ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ (マッハでゴーだ!)
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【ネタバレ注意】登場人物設定集:オリジナルキャラがメイン


前々から打診されていた、キャラ紹介です!
多大なるネタバレを含むので、初めて本作をお読みくださる方は次の話からご覧ください。


【主要人物】

 

・兵藤一誠(オルフェル・イグニール)

歴代赤龍帝の一人で、最も魔力の才能に乏しかった青年、オルフェル・イグニールが死して転生した。

転生後はある程度の魔力量を誇るようになり、赤龍帝の能力と掛け合わせて戦況に順応した戦い方で数ある強敵を打破するようになる。

7章での悪神ロキをおおむね個人の能力で打倒したことをきっかけに、他勢力からの介入を避けるため、一足飛びで上級悪魔となった。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を宿す。

 

 

・ミリーシェ・アルウェルト

本編のメインヒロイン。

オルフェルの幼馴染であり、恋人でもあった少女。非常に嫉妬深く、オルフェルを傷つける者は何人も許さない少女でもある。

歴代の中でも卓越した魔力の才能、戦闘能力の高さがあり、特に激昂状態では歴代最強と称されるヴァーリ・ルシファーを以ってしても敵わないとされる。

謎の黒い影に襲われて(3章番外編:追憶のオルフェルを参照)息絶える。その魂は幾つかの欠片として現代に散っていることが明らかになった。

本編当初からオリキャラなのに謎のヒロイン力を持っているにも関わらず、7章になるまでまともに出番がなかった影の薄いヒロイン。……満を持して、8章にて物語に無理やり食い込んでくる。

 

 

・ドライグ

二代続きでオルフェル、イッセーの相棒として登場。共に転生を果たしていることで仲は良好すぎるほど。

新たな相棒、フェルウェルの登場でドライグの中の父性が目覚め、自らを「パパドラゴン」と自称するようになる。

オルフェルの一番の理解者であり、常に彼を肯定し続ける最高の相棒。また彼の大切にするドラゴンファミリーを重要視しており、いずれは第四勢力に近い派閥になることを予想している。

ドラゴンファミリーでは父担当。親バカが凄い。

 

 

・フェルウェル

未だ謎の多い兵藤一誠の中のもう一人のドラゴン。

創造の力を宿しており、その力は二天龍を凌駕し、オーフィスやグレートレッドにも匹敵するほどとされる、忘れられたドラゴン。

イッセーの中で目覚めて以降は彼を「主様」と慕い、ともに戦う相棒となる。

自身をドライグに倣って「マザードラゴン」と名乗り、彼の第二の母親を自称する。そのため、兵藤まどかはライバルであるが、しかし彼女のことは認めている。

記憶の混濁が激しく、自分の過去のことを思い出せない。どうして生まれたのか、何のために存在しているのかが分からず、9章ではそれを対となるアルアディアに追求され、深い眠りについてしまった。

ドラゴンファミリーでは母担当。育児放棄中

 

 

・アーシア・アルジェント

本編のメインヒロイン。

1章にてイッセーと出会い、命を危機を救われる。優しいところは原作と変わらないものの、本作でもっとも心が成長しているヒロインでもある。

常にイッセーを肯定し、いつでもどんな彼でも受け入れたことが、イッセーが前に進むことができたきっかけの一つになる。

癒しの力は健在で、さらに6章ではイッセーを救うために亜種の禁手「微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)」に目覚める。

その圧倒的女神力と癒し力と作者の推しによりメインヒロインに昇格。これについては、本当に申し訳なく思っているが、許してほしい。

 

 

・袴田観莉

第1章の番外編初登場。本編でも時々登場し、なんと8章では一誠と共にパラレルワールドに飛ばされた。

中学三年生で凄まじいバランスの良い隠れ巨乳である。ルックスは多少幼さは残るが整っている。

多少人見知りだが、明るく元気で常にバイトをしている勤労少女。

一誠には家庭教師をしてもらっており、時々誘惑している。

その正体は、第8章でネタバレされてしまった……が、彼女の設定はまだまだあり、これからの展開をご期待願いたい。

 

 

【兵藤家】

・兵藤まどか

転生したイッセーの母親。旧姓は「土御門」

異様に若々しく、言葉遣いも現代の若者と大差ない上に圧倒的な母親力を持つことで、オカルト研究部の女子たちから神聖化されている様子。誰とでも仲良くなれる性質から、伝説のドラゴンたちからも高評価を得ており、ひそかにフェルウェルよりライバル視されている。

7章にて彼女が人の心の声を無条件に聞こえてしまう能力を持つことが発覚。イッセーの事情や彼が悪魔になったことも本当は知っていて、その上で彼の本当の母親であることを心に決めていた。

9章以降からは夫である兵藤謙一と共にベルフェゴール眷属の僧侶となる。

 

 

・兵藤謙一

原作とは違い、海外に単身赴任中のエリートビジネスマン。

親バカでありながら熱く、嫁と息子を愛している父のお手本のような漢。非常に引き締まった肉体をしており、そのレベルは一誠以上。

身体を鍛えており、あらゆる格闘技を習得しているので、素で人間を超えている。なんなら異能を持つ暗殺者を格闘技で倒している。

9章にて今まで救ってこれなかった息子を救うため、エリファの

下僕として悪魔に転生し、ベルフェゴール眷属の戦車となる。

 

 

【猫又姉妹】

・白音(塔城小猫)

幼少期のイッセーによって救われた猫又。

ひたむきなイッセーに惹かれ、彼の飼い猫として生きていくことを決めていたものの、最上級悪魔のガルブルト・マモンのせいで姉ともイッセーとも離れ離れになってしまう。

その後、リアス・グレモリーに救われて悪魔に転生した。

イッセーのことをご主人様として愛しており、彼のひたむきな姿に当初から恋心を抱いていた。

 

 

・黒歌(塔城黒歌)

白音と共にイッセーに救われた猫又。

常に妹とイッセーが平和であることを望み、彼らを守ることを第一に考えるほどに優しい存在。ガルブルト・マモンの策略で彼らの近くにいられなくなり、白音をサーゼクス・ルシファーに託し、兵藤家を海外へ引っ越させた張本人である。

4章にてイッセーと再開し、彼を守る。そして次の5章で本格的に彼と接し、ガルブルトとの戦いを経てイッセーと白音の元に帰ってこれた。

8章にてイッセーの眷属となり、僧侶として彼と永遠に共に過ごすことを決める。

 

 

【グレモリー眷属+α】

・リアス・グレモリー

原作ではメインヒロインなのに、本作ではサブヒロインのような扱い。作者の趣向が原因である。

本作では立派な主であることが重点になっていて、特に王としての成長は著しい。

イッセーには原作同様に2章でのライザーの一件で惚れ込んでいるものの、やはり作者の手腕ではリアスというヒロインを生かすのには実力不足である。

 

 

・姫島朱乃

0章にて母子共にイッセーに救われる。

名前も知らない、自分たちを救ってくれた少年を探し続け、1章終盤でその少年がイッセーであると知り、彼への想いが明確化する。

7章にて父親と和解する。

 

 

木場祐斗

イッセーの親友。概ねの設定は原作と変わらないものの、能力についてはイッセーと接することで変化を重ね、原作とは乖離的に違っている。

彼の同士たちの一部が生き残っていることでエクスカリバーを受け入れており、それによって能力をある程度再現した「エールカリバー」を発現し、それを元にさまざまな派生武装を創造できるようになる。また原作と違いイッセーを愛していると公言しており、なにやら「愛には性別など関係ない。僕はイッセーくんを一人の人として愛しているんだ」と豪語している。彼からすれば迷惑かもしれないが、木場に対する対応が完全にヒロインを落とすものであったのは間違いない。

 

 

・紫藤イリナ

早期から一誠に惚れているものの、作者の意向であまり活躍できずサブキャラクターと化している、すまぬ。

たぶんオートクレールとかの話をしないので、ゼノヴィアと共にコメディー回を盛り上げてくれることに期待している。

 

 

・ゼノヴィア

原作と同様であるが、戦い方は多少異なる。

本作では一誠と関わったことでデュランダルとの相性が格段に良くなっており、剣との対話を経てかなりの実力を持つようになった。またテクニックも多少は取り入れており、単なる脳筋ではない。

しかし根本の部分では脳筋である。たまにそれが垣間見える。

本作ではエクスデュランダルは登場せず、あくまでデュランダルを極めることになる。

エクスカリバーの行方は……乞うご期待。

 

 

・ギャスパー・ヴラディ

本作ではなんと両性に。なおかつ女の子寄り。

明らかに一誠を性的な目で見ており、彼の血が大好物。その度にゼノヴィアに切り刻まれそうになる。

本作ではどこまで彼女が活躍できるかわからない。

 

 

・ロスヴァイセ

過去に一誠に出会っており、そのころより己の勇者は彼であると決めていた一途さん。

能力も高いのだが、いかんせん扱いづらい。

現状のプロットでは活躍することはたぶんないと思われる。

 

 

アザゼル

本作でもマッドサイエンティストは健在。でも最近出番は少ない。

ヴァーリを子供のように思っており、一誠は自分と対等に神器を語れる同士として重宝している。ある意味原作とはそんなに変わらない人物。

 

 

【フリード勢力】

・フリード・セルゼン

恐らく敵側で最も変化を重ねたキャラクターの一人だろう(アクセラフリードとか言ってはいけない)

当初は外道神父として遺憾なく存在感を発揮していたが、イッセーの圧倒的力に当てられてバトルジャンキーに変貌。3章にて外道であるバルパーを裏切り、木場と一騎打ちの末敗北し、しばらくは登場しない。

そして6章にて世界で初めて人の手によって生まれた聖魔剣であるアロンダイトエッジを持ってイッセーたちの前に登場する。

その実力は以前とは画然として違い、ふざけた雰囲気も消され、あのアーサーからも「卓越された戦士」であると称されるようになる。

第二次聖剣計画を崩壊に追い込んだ一人であり、その結果、被験者の子供たちを救って、それ以降はガルド・ガリレイと共に子供たちを守って行くことを決める。

その後、9章と10章にもしれっと登場し、イッセーと共闘するなど、本当にお前は何者だと言いたくなるほどに成長した。

実力的には悪魔で定義すると、最上級悪魔をしれっと倒してしまうかもしれないくらい。

 

 

・ガルド・ガリレイ

なんとバルパー・ガリレイの弟が登場。天才錬金術師で、フリードの持つアロンダイトエッジや聖剣ガラティーンを復元、エクスカリバーの復元にも携わったほどの存在。

バルパーの方法論を疑問に感じながら止められなかったことから、もう二度と間違わないことを誓った。

現在はフリードと共に子供達の親代わりをしている。

 

 

・子供達

フリードとガルドが保護している第二次聖剣計画の生き残りの子供達。全員が白髪で、合計五人。それぞれフリードに懐いており、本物の兄のように慕っている。

 

 

・イリメス

特にフリードに懐いている小さな少女。裏設定では、実はガラティーンを与えられる存在だった。

自分たちの未来を変えてくれたフリードを本気で愛しており、将来的にお嫁さんになることを画策する策士でもある。

 

 

【赤龍帝眷属】

・兵藤一誠『王』

 

・黒歌『僧侶』

 

・レイヴェル・フェニックス『僧侶』

本作では9章終盤より、赤龍帝眷属の僧侶となる。原作と同様の戦略家としてはもちろん、戦闘面でも頑張ってもらう予定。

一誠に惚れ込んでいるが、あまり思い切ったアプローチは出来ない模様。原作から性格的にはあまり変化はしていない。

 

・ティアマット『戦車』二駒消費

原作で登場しているティアマットとは別人で、オリジナルキャラクターである(原作初登場よりも本作での登場が早かったため)

最強の龍王で、グレートレッドに「天龍の二歩手前」と称されるほど。

元々はイッセーの使い魔として活動していたが、家出騒動で一誠と戦い、敗北した結果イッセーの下僕悪魔として転生した。駒は戦車である。

またチビドラゴンズを育てており、溺愛している。それはもう内心引くぐらいの溺愛ぶりで、その愛は一誠にも向いている。

ドラゴンファミリーの一員で、姉担当でもある。自称。

 

 

・土御門朱雀『騎士』

兵藤まどかの血縁の者。英雄派の安倍清明の弟。

封印龍の神器を宿しており、妖術に長けるなど戦闘能力が高い。速度も速く、赤龍帝眷属として即戦力である。

見た目は青みがかった黒髪のロングで、一見すれば絶世な美女だが、歴とした男性である。

 

・騎士、兵士、女王は未枠

 

 

【ドラゴンファミリー】

・兵藤一誠

 

・ドライグ

 

・フェルウェル

 

・ティアマット

 

・フィー、メル、ヒカリ

1章の番外編から登場する、一誠の使い魔。通称チビドラゴンズ。ドラゴン形態は可愛く、人間の幼女モードでも可愛く、少女形態も可愛い一誠の癒しの象徴の一つ。

ティアマットに鍛えてもらっており、将来の龍王候補である。

フィーが火炎龍で、メルが蒼雷龍、ヒカリは光速龍である。

ドラゴンファミリーの妹担当である。自他共に認める。

 

 

・オーフィス

原作同様、最強の龍神。本編では何気に二章から登場し、早速一誠と友達になる。

彼とのふれあいの結果、なんと禍の団が表に出てきたタイミングで脱退。しかし力の総量の半分(回復にしばらく時間はかかるものの、無限の力は健在)を組織に置いてきた結果、それを元にリリスが生まれる。リリスについてはリリスの欄で紹介。

一誠に懐いており、しかし時には彼の修行相手にもなる。

ドラゴンファミリーの一員で、従妹担当。理由は一誠と結婚できるから。

 

 

・タンニーン

原作とはあまり変わらないものの、おじいちゃん感が凄い。その包容力から一誠からはタンニーンのじいちゃんと呼ばれる親しまれている。

他の親バカたちとは違い、一誠とは自然な距離感を持っているため、彼からの信頼度は高い。

ドラゴンファミリーの祖父担当。常識人。

 

・夜刀神

 

・ヴィーヴル

 

・ディン

 

・グレートレッド

世界最強のドラゴンさん。泳ぐの大好きドラゴンさん。でも気が短くて口も悪い。

色々な人の夢に出てくる一誠に興味を持ち、彼と邂逅してから何度か接するたびに、オーフィスが羨ましくなったのか、ドラゴンファミリーに入った。しかし基本放任でレアキャラ。オーフィスとは兄妹のような関係性である。

ドラゴンファミリーの兄担当。圧倒的な、兄貴肌。世界最強はパナイ。

 

 

【その他ドラゴン】

・ガルゲイル

番外編3「追憶のオルフェル」に登場した邪龍。力的には中堅クラスである。

最終的にはオルフェルとミリーシェによって討滅されたものの、しぶとく生き延びたが、封印の龍である善龍・ディンによって封印された。

 

 

・ヴァーリ・ルシファー

本作でも変わらず一誠のライバル。しかし原作とは立場が逆転しているため、間近の目標を一誠にしており、日々鍛錬に励んでいる。

根は原作同様いい奴なので、割と本作では一誠の友達的な扱いになりつつある。

リゼヴィムが割と早く登場したので、早期に禍の団を抜けたおかげで、お咎めは少なくなった(そもそもテロ行為をしていない)

 

 

・アルビオン

他とは違い、オルフェルとミリーシェの記憶を持つ数少ない存在。彼女の無念の最後を悔いている。

一誠のひたむきさを知っており、その実力を当初より認めていた。

何やらドラゴンファミリーに憧れを持っているらしい。

 

 

・終焉の少女・エンド

本編では初登場は4章終盤。名前が登場したのは9章である。

終焉の神器を宿す少女で、謎に包まれたキャラクター。一誠の存在以外はどうでもいいと発言しつつ、リリスのことを気にかけたりしている。

思想は話が進むほどに歪んでいき、特に一誠に執着を見せるなど、危険な存在である。

第9章にて初めて一誠と邂逅した。

 

 

【二源龍】

 

・フェルウェル

 

・アルアディア

エンドに宿るドラゴンで、フェルウェルとは対極の存在。

終焉の力を宿しており、彼女が宿る神器を神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)と呼ばれる。

能力は未だ明らかになっていないが、神であるヘルを消失させたり、事象を終わらせることだけは明らかになっている。

フェルウェルに挑発的で、彼女が育児放棄した原因。

 

 

【三大名家】

・ガルブルト・マモン

黒歌と白音が幼少期、眷属に誘った存在。

冥界にある三大名家と呼ばれるマモン家の当主で(原作のマモンとは別物と思ってください)、黒歌たちが一誠と離れ離れになった原因。

力は魔王に近く、頭も切れるため危険な存在。第5章にて黒歌を殺すため彼女の前に現れ、一誠を痛めつける。

結果的に一誠の神帝の鎧に敗れ、最上級悪魔の位を失い、禍の団に入団。秘密裏にクリフォトのメンバーとなり、今もなお悪意を持っている。

 

 

・ディザレイド・サタン

三大名家の一つ、サタン家の当主。地位に拘りを持っておらず、最上級悪魔の位を返上し、平穏に暮らしている。

その実力は三大名家最強であり、更には魔王クラス。サーゼクスが本気で戦わざる負えないレベルで、超越者に近しい存在。

サイラオーグの憧れであり、彼もまた筋肉党の一員である。

 

 

・シェル・サタン

元々はベルフェゴール家の当主。サタン家に嫁いだことで、現在は娘のエリファがベルフェゴール家の当主を務める。

男勝りの美人だが口がとにかく汚く、禁止用語を連発する。

強さは最上級悪魔クラスで、魔王にも匹敵する。冥界最強のデルタウーマンとは、シェル、セラフォルー、グレイフィアの三人とされている。

 

 

【三善龍】

・夜刀神

善を尽くしたドラゴンの一人で、刀に特化したドラゴン。

ドラゴンの中では最小クラスの大きさで、最大でも人より一回り大きい程度である。

しかしその実力は裏付けされており、仙術を使え、あらゆる刀を生成し、暗殺術に長けるなど、テクニックタイプのドラゴン。三善龍最強で、現在ではティアマット以外の龍王よりも強いとされる。

ござる口調で戦い方が好きなので、作者お気に入りの一人。

ドラゴンファミリーでは従兄担当。一誠が心置き無く頼る存在の一人で、尊敬するドラゴンの一人でもある。

 

 

・ヴィーヴル

三善龍の一人で、回復に特化したドラゴンである。

優しい性格で、傷ついた人を見ると治してしまうほどなお人好し。身体は小さいが、これは回復すると体が小さくなってしまうため(現在までに身体が小さいのは、ディンが死ぬ間際に回復の力を極限まで使って消耗したため)

ディンとは恋仲にある。

ドラゴンファミリーの従姉担当で、特にアーシアと雰囲気が似ているところから、一誠は彼女に癒しを感じている模様。

 

 

・ディン

三善龍の一人で、封印に特化したドラゴン。生前は邪龍との戦いに明け暮れ、夜刀神と共に戦っていた。

その身に邪龍を封印していたが、特に強い邪龍であるグレンデルを始め、名のある邪龍を封印し続けた結果、精神が薄れ、死亡宣告を受けてしまう。

死の最中、それを哀れに思った聖書の神が彼を神器へと封印し、その魂を生き長らえさせた。封龍の宝群刀の中に宿っており、宿主の朱雀とは良好な関係を結んでいる。

 

 

【ベルフェゴール眷属】

 

・エリファ・ベルフェゴール『王』

本作のキーパーソンの一人。

生前とミリーシェと生き写しのようにそっくりの見た目や声をしている。

母に変わってベルフェゴール家の当主となっているが、実際にはリアスと同世代。

お兄ちゃんドラゴンのファンで、一誠と会うのを楽しみにしていた。

シェルとディザレイドの力を受け継いでいるが、どちらかといえばシェル寄りである。

 

 

・ミルシェイド・サタン『女王』

エリファの妹であり、女王。家名がサタンなのは、将来的なはサタン家の当主となるため。ディザレイドの血を濃く継いであり、肉体戦が得意である。

いじめられっ子で、とても楽しい子。

 

 

・霞『騎士』二駒消費

忍者の末裔で、世界クラスの最強忍者。あらゆる忍術を取得しており、速度は木場も追いつかないレベルある。

ミルシェイドのお目付役でもある。

 

・兵藤謙一

 

・兵藤まどか

 

 

【ロキ陣営】

 

・ロキ

7章のボス。原作では呆気なく倒されたものの、本作では圧倒的な強者として描かれた。

劇中だ二度一誠を瀕死、または戦闘不能に陥らせた唯一の存在心理戦を得意としており、手札の多さと狡猾さが彼を苦戦させた。

最終的に神を捨てた上に、守護覇龍で敗れる。その後、神聖をかなり失ってしまった。

 

 

・ヘル

ロキの娘。やばい女。

気に入った存在を食べるやべぇやつで、一誠も餌食になりかけた。むかし、ミドガルドオルムも同じ目にあったらしい。

女性連合によって最終決戦では足止めをくらっており、相当消耗した末に父が負けてしまう。

守護覇龍を見て一誠を我が物にしようと考えているとき、目の前に現れたエンドによって命を狩られ、この世界から消えてしまった。

 

 

【平行世界】

・黒い赤龍帝

平行世界の兵藤一誠。

親を殺され、仲間を殺され、先生を殺された結果、精神を闇に落としてその鎧を赤黒く染めてしまった。

本来とは違う亜種禁手となっており、その力は伝説級の邪龍に相当する。倍増も健在で、本編中で一対一で一誠が真っ向から負けた唯一の敵。

死滅の獄覇龍という力に目覚めており、この力は一誠の守護覇龍に匹敵する力を持つ。

最終的にはアイ(アーシア)と共に元の世界に帰り、そこでゼロからやり直すことを決め、旅に出た。

 

 

・アイ

平行世界のアーシア・アルジェントで、一誠を平行世界に呼んだ張本人。原作とは違い、幾人もの仲間を失っているため、その力の源が変化している。

北欧魔術や魔法、魔力法などが攻撃的になっており、神器の禁手が「聖魔女の二重微笑」という絶大な回復とそれを反転した攻撃転換の力となっている。その力は魔王に近しいものに成長している。

最終的には黒い赤龍帝と共にサイラオーグに別れを告げ、世界中を放浪して恵まれない子供達を保護する活動をしている。

 

 

【英雄派・曹操派】原作通りの黒服の学生服を着ている

 

・曹操

英雄派の二大トップの一人。

原作のようなゲスい部分はなく、人類最後の希望であることを目指し、活動する聖人のような男。敵である一誠のことを倒すべき壁としており、ちっぽけな人間がどこまでやれるか。守護の存在になれるかを本気で考えている。

その考え方から一誠には戦い辛いと思われている。

原作の力に加えて身体的な面だけで仙術を体得しており、些細ながら気配察知も出来る。

神滅具としての力は健在だが、禁手が原作通りかは未定。

 

 

・ゲオルク

曹操の影響で随分な好青年となってしまった人その1。

意志を持って力を持っており、油断も隙もない……が、裏方ばかりに徹しているせいで影が薄くなってしまった。

 

 

・ジャンヌ・ダルク

曹操の影響で随分な清き美女となってしまった人その2。

原作のような外道さはなく、曹操の考えに賛同して彼を支えるために英雄派として活動している。曹操派の一人。

聖剣創造を原作通り駆使しており、ゼノヴィアとは少しばかり因縁がある。

 

 

・レオナルド

原作通りの寡黙な少年。しかし心が壊れているわけではなく、単にあまりしゃべらないだけ。

曹操とゲオルクを兄のように感じており、その結果曹操派所属となった。

魔獣創造の力を有しているが、なかなか戦闘に参加できなく影が薄くなってしまった。

 

 

【英雄派・晴明派】白い学生服を着ている。

 

・安倍晴明

本作のオリジナルキャラクター。曹操に並ぶトップの一人。

本名は土御門白虎で、朱雀の実の兄である。数年前に土御門家を一方的に追放され、それから足どりをつかめていなかった。

英雄派でもっとも歪んだ存在で、その力も歪んでいる。

元から素養のある妖術や陰陽術に長け、更に仙術も扱え、伝説級の妖刀「童子安切綱」を使う上に神滅具「紫炎祭主による磔台」を前の宿主から無理やり奪っている。

何故か兵藤家の人間を大切にしており、敵であっても一誠とは戦いたくないと思っている様子。

 

 

・クー・フーリン

本作のオリジナルキャラクター。

光輝剣クルージーンを扱い、奥の手はゲイボルグ。自分のことを僕と呼び、イリナとキャラが被るとのことで彼女を敵視する。

その正体は、戦争派によって作られた八人の子供達の一人。その力は人間に人外の身体能力を付加させる人体実験で、悪魔以上の身体能力を誇る。

しかし詰めが甘い。

 

 

・ジークフリート

彼だけは原作あまり変わらないものの、アーサーのライバルとして相応しい実力を持つように描いている。

とにかくバトルジャンキーで、祐斗と因縁を持っている。

英雄派の中で曹操に次いで強く、更に常に冷静である。

彼が晴明派に所属する理由は、晴明派に不安定なものたちが多く、それを支えるため。

戦争派、クリフォトのやり方が気に食わず、許されるならば斬り殺したいと思うほど。

 

 

・ヘラクレス

英雄派の中では最も原作通りの性格をしていた。しかしそれは初期だけで、兵藤謙一に完膚なきまで倒されたことで、己のあり方を考え直すようになる。

英雄派の中では一番成長するキャラクターになるかもしれない。

 

 

【クリフォト】

・リゼヴィム・リヴァン・ルシファー

原作よりも早くから行動していた悪意の塊。対して原作からの変更はないものの、準備段階でまどかママンのせいで存在が露呈したおかげで、扇動がままならない模様。

 

 

・リリス

原作とは産まれ方が異なり、元は戦争派の子供の一人、メルリリアという人間の子供から作られた存在。

 

 

・クロウ・クルワッハ

9章の戦争の最中、しれっと登場して木場を倒し、ティアマットを倒した最強のブラックさん。原作同様に超強く誇り高い。

ティアマットと因縁がある。

 

 

・ガルブルト・マモン

 

・ユーグリット・ルキフグス

たぶんほとんど活躍しないシスコン野郎。

 

 

【戦争派】

・ディヨン・アバンセ

戦争派のトップ。純粋な人間で、アザゼルを超えるマッドサイエンティスト。

自分の娘すら実験材料にしてしまう鬼畜で、作中最悪クラスの外道。

 

 

・ドーナシーク

まさかの再登場を果たすも、1話のうちに元部下のフリードに首チョンパされたしまった哀れな堕天使。

一応堕ちた聖火を扱えるが、フリードと相性が悪かったとも言える。

 

 

【八人の子供たち】

・メルティ・アバンセ

初登場は7章。英雄派に貸し出されていた獣のような少女。

9章にて再登場して一誠を執拗に狙うものの、守護覇龍を前にしてなす術なく、そのまま一誠の管理下に降った。

 

 

・ディエルデ

戦争派の子供の一人。聖剣の因子を産まれながら持っており、その総量はなんとゼノヴィアクラス。

妹のティファニアを第一に考えるお兄ちゃん。

 

 

・ティファニア

戦争派の子供の一人。ディエルデの妹で、聖剣になれる存在。

 

・メルリリア

リリスの元々の人格。人間であったが、様々な力を組み込まれて人外となり、人格は消えた。

 

・クー・フーリン

 

・ハレ

戦争派の悲劇に巻き込まれた少女。アメの双子の姉。

剣型の神器を宿している。

 

・アメ

ハレの妹。

 

・ドルザーク

戦争派の子供の一人で、最終番号。龍人であり、食らったドラゴンの力を己のものとする。赤龍帝眷属の天敵のような存在。

 

 

【その他登場人物】

・セファ、ジーク、エルー

第一次聖剣計画の生き残り。幼少期の一誠が救った三人で、現在は北欧で平和に暮らしている。

保護者はロスヴァイセの祖母、リヴァイセ。

 

・リヴァイセ

6章の番外編で登場したロスヴァイセの祖母。原作とは設定が異なり、名前も違う(本作で登場した時はまだ原作では未登場だったため)



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【第0章】 未来転生のニュードラゴン
第0話 転生の赤龍帝


はじめまして、マッハでゴーだ!(びっくり)、です。


この作品は僕の処女作となるので暖かな目で見ていただけると幸いです。


それでは、どうぞ。


 花弁が舞っていた。

 美しい色とりどりの花びら。

 壮大な草原の隅にひっそりと開花させている、名もなき花の数々。

 それは風によって花弁を散らし、その光景は酷く幻想的で、……そして走馬灯のようであった。

 ……だけどその美しい光景は次第に見たくもない光景へと変わっていく。

 色とりどりの美しい花弁は次第に全てが赤く染まっていく。

 まるで燃え滾るような血のように赤い花弁。

 色の上から色を塗り足したように……鮮血に覆われている。

 本当にそれは走馬灯のようで……俺は色々な大切な記憶を思い出して、意識が朦朧となる中で考えていた。

 ――――――俺は、決めていたはずだった。

 自分たちの運命を打ち砕いて、あいつを愛して、一緒に生きていくと……。そう決めたはずなのに、なんで俺は倒れている。

 目の前が血で真っ赤に染まり、ただ重い現実が俺に圧し掛かる。

 

『相棒……ッ!』

 

 心の中から唯一無二の相棒の声が響く。

 はは……ドライグ。

 そんな声を出すなよ……お前は何も悪くない。

 弱い俺に、才能なんて一つもなかった俺に力を与えてくれたのはお前だろ?

 だからお前はそんな声を出すな……最強のドラゴン、だろ?

 

『……相棒、お前は確かに弱い。……だが、これだけは覚えておいてくれ――――――相棒は最高の赤龍帝だった……ッ!』

 

 そっか……それを聞ければ、俺はもう―――心残りはあるに決まってる。

 でももうそれを叶えることはできない。

 俺は地面に倒れながら、自分の傍で血交じりに異様な光沢を放っている白銀の鎧を身に纏い、その鎧のいたるところから血を流している少女の元へ、這いながら近づく。

 俺の通る道は俺の鮮血で不気味に跡を描いていく。

 

「ミー……ごめん、な? …………。赤と白の宿命を俺がどうにかするって言ったのに……」

 

 息が絶え絶えになりながら、俺は既に息すらしていない最愛の人であった少女の頬を撫でた。

 冷たい……。

 凍るように冷たいのに―――ミリーシェの瞳から落ちるはずのないのに一筋の涙が落ちた。

 滴のような涙。今なお生きていると思ってしまうほどの人間味が帯びたその涙を見て、俺もまた涙を溢した。

 ……やりきれない気持ち、憎む様な禍々しい想い、様々な気持ちが交差する俺の心の中。

 そんな中で俺は思った。

 ―――これが神器(セイクリッド・ギア)を身に宿した人間の最後なのか……俺は空に手を伸ばす。

 手は震え、今すぐにでも地面に落ちるだろう……それでも思わずにはいられなかった。

 

「ミーと一緒に生きれたら、何も要らなかったのにな……」

 

 俺の中の相棒が何か叫んでいる……でももう俺には聞こえない。

 そうして俺―――赤龍帝、オルフェル・イグニ―ルの意識はそこで途絶えた。

 

―・・・

 ……真っ暗闇だった。

 俺は意識を失い、ただ無気力のように浮遊したような感覚に囚われていた。

 力なく、思いもない。

 全く感じたことのないような実感だ。

 ……これが死ってやつなのかな。

 それは分からない―――だけど全てを失った今ならどうだって良い。

 この暗闇に永遠に囚われるのも、今はどうだって……そう考えていると、きっと相棒は怒るんだろうな。

 だけど俺は―――もう、死んだのだから。

 今まで一緒だった相棒はもういない。

 俺に出来ることだって、やりたいことだって何もない。

 これが俺が消えるまでの猶予だっていうのなら、今は何も考えたくない。

 ただもう眠りたい……そう思っていた時だった。

 ―――何か、眩しいものが俺の眠りを妨げるように光を放つ。

 ……何の、光だ?

 俺は死んだはずだ……この体は崩れ去り、瞬く間に死んだはずだ。

 なのに何で意識がある? 視界に光景が見える?

 いや、そもそも……俺は―――誰なんだ(・ ・ ・ ・)

 意識はある。記憶もある。なのになぜ名前を思い出せない……、なぜ声を出すことが出来ない?

 なんだ……?

 声は出せるだろうけど、なんだ?

 このどうとも言えない感覚―――なぜ、なぜ俺は……

 

「お、おぎゃぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 何で泣いているんだぁぁぁああああああ!!!??

 しかも赤ん坊!?

 一体何が起きているんだ!?

 先程まで全てがどうでも良いと考えていたけど、いくらなんでもこれは許容範囲外だ!!

 

『……とにかく、落ち着いたらどうだ?相棒』

 

 ……ッ!?

 その声は、まさか……ドライグ?

 

『ああ、そうだ……俺は相棒より前に目が覚めた。混乱すると思うが、まずは俺の話を聞いてほしい』

 

 ……ああ、ドライグの言うことなら、俺は信じれる。

 言ってくれ、一体何が起きているんだ?

 

『ああ、まず俺は相棒の存在……最高の赤龍帝、優しいドラゴンということは知っているが、肝心の相棒の名前が出てこないんだ』

 

 それは……俺もだけど。

 

『一応は俺も外を見ることはできるが……お前は赤ん坊になっているようだ、相棒』

 

 ―――はあ!?

 もしかして俺は過去に戻ってるなんて言わないよな?

 

『ああ、過去には戻っていない……過去に戻っているならまだマシだった―――むしろそれはある意味では逆かもしれない』

 

 ……まさか俺は

 

『勘のいい相棒は既に理解ぐらいはしているだろうが、相棒――――――お前は新しい人間に転生している』

 

 ……俺の勘は嫌に当たったのだった。

 かくして、始まった。

 俺の……名を忘れたから新しい名前で。

 兵藤一誠の人生が、赤ん坊からはじまったんだ。

 そしてこの時、俺は予想だにもしなかった。

 これから先に待ち受ける未来を……ただこの時は何も知らなかった。

 ―――選択はまだ先だ。

 だから今は俺は今の状況を見つめることしか出来なかった。




―追記―
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第1話 とりあえず赤ん坊だけど赤龍帝です

 俺が死んで、そして赤ん坊として転生してからおそらく3カ月くらいが経った。

 恐らくという未確定な言い方なのは、未だに俺が時間の経過とかその他云々を理解していないことが原因。

 ……っということを語る前に、まずは俺がそこまでに苦労した様々経験を語ろう。

 

『何を言っている? 相棒。相棒は少し、自暴自棄になっているのではないか?』

 

 ドライグの鋭い指摘が俺へと向けられる!

 うるさい! こっちは初めてすぎることが多すぎて混乱してんだよ!!

 ……と、ドライグを責めるのはそろそろやめておこう。

 まずは一般的な事から考えてみる。

 赤ん坊の記憶なんて普通は存在していないものであり、仮に大きくなって記憶に残っている場合を考えても、それは極稀なケースだ。

 だけどそれどころか今の俺には前世の意識が普通に存在している。

 前述の事なら極稀だけど、今の俺の状況は間違いなく唯一と言っても良いかもしれない。

 ……さて、じゃあ次の問題はさっきも言った通り、今の俺の問題だ。

 生後3カ月。

 普通に言えば赤ん坊で、そりゃあお母さんがいなければ生きていけないような年齢だ。

 だけど今の俺の精神年齢は既に18歳だよ?

 流石にさ……。―――歳がほとんど変わらないような女の人の胸を見たり、母乳を飲むのにどれだけ抵抗があるのか、理解できるのか!?

 なあ、ドライグさんよ!?

 

『母であろう? ならば問題ないのではないか?』

 

 母は母でもこの人、めちゃくちゃ美人で正直、昔の俺より年下に見えるんだよ!

 体は子供でも精神年齢18歳だぞ! 思春期舐めるな!

 

『俺の相棒はもっと爽やかで叫ぶような性質はしてなかったはずだが……』

 

 ……その点では悪いけどさ、ただでさえストレスが溜まるんだよな、意外と赤ん坊ってさ。

 前までは赤ん坊は世話してもらえるから楽だと思っていたこともあったけどさ、実際赤ん坊になってみるとわかったことがあるんだよ。

 

『ほう……それはいかにも興味深いな』

 

 まずは話せない。これ一点だよ。

 それに日本語? っていうのは未だに俺には理解できていないよ。

 元々は俺は違う国の、ここで言ったら外国人だったんだからな……最近、やっと自分の名前を兵藤一誠って理解できたレベルだよ。

 

『その辺は大して問題ない。……相棒は頭が良いからな、今でもある程度は理解しているのだろう?』

 

 ああ、そうだな……外から話しかけられる母と思われる女の人の言葉やドライグのある程度の説明で日本語については少しは理解している。

 簡単な日本語……例えばこんにちは、とか日常会話に関しては既に理解した。

 ドライグが日本語がわかるのは、ドラゴンは相手の言葉を自動で自分の言語に出来る、そして自分の言う言葉を相手の最適な言語に聞こえさせることが出来るらしい。

 意外なドラゴンの利点を俺は少し前に知った。

 

『ドラゴンは非常に優れた種だからな……だからこそ、ドラゴンは恐れられる』

 

 ドラゴンは恐ろしいか……俺はそうは思わないけど。

 もちろん、俺が兵藤一誠になる前にドラゴンという他の個体を見てきたことはある。

 だけど俺はそこまでの否定的な感情を抱いたことはなかったよ。

 

『相棒は変わっているな……ドラゴンと言えば畏怖され、嫌煙される存在だろう?だからこそ”龍殺しの呪い”(ドラゴンスレイヤー)なんて物が存在している』

 

 んん……でもさ、俺からしたらドライグなんて良いやつだぜ?

 俺の力になってくれるし、こうやって話相手になってくれる。

 そもそもドラゴンスレイヤーが出来たのも、悪いドラゴンが存在していたからなら、そんなのドライグには無関係だろ?

 まあ多少ヤンチャし過ぎて色々な存在を怒らせたのはダメだと思うけど。

 でも命あるものを殺そうとした、虐殺とか、欲望のために戦っていたわけではない。

 白龍皇であるアルビオンとも戦っていた理由は単なる喧嘩だったんだ。

 だったらまあ……なんとなく、悪い存在とは思えないかな?

 

『……あはははは!! これだから相棒は最高なんだ!! 優しいドラゴンのあだ名は相変わらず、健在だな!』

 

 ……「赤い龍」(ウェルシュ・ドラゴン)、ドライグ。

 二天龍と称されるドラゴンで例外を除けばトップクラスの龍であり、そして俺の相棒だ。

 何でも昔にドライグと対を成す「白い龍」(バニシング・ドラゴン)、アルビオンっていわれるドライグのライバルと大喧嘩をして、その結果、神器に封印されたらしい。

 

『ははは、懐かしいな。……あの頃は白いのも、俺も若かったし、何よりも時期が悪かったな』

 

 ドライグは自嘲気味にそう呟くが、実際の所、俺自身が良く知っているわけではない。

 俺も存在を詳しく知っているわけではないけど、その昔、悪魔と天使、そして堕天使が三つ巴の戦争をしていたらしい。

 悪魔や天使、堕天使からしたら互いの命を懸けて戦っていたんだろう。

 だけどその中に全く無関係の、ただただ喧嘩をしていた二天龍……つまりドライグとアルビオンは三勢力を無視して喧嘩をしたらしい。

 

『そして俺と白いのは激高した悪魔、天使、堕天使によって滅ぼされ、そしてその魂が神器に封じ込められた』

 

 そうそう!

 それが神器(セイクリッド・ギア)であり、そしてその神器の中でも上位の力を有する神をも殺すことが出来る13種の神滅具(ロンギヌス)の一つ、赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)だ。

 

『白いのが封印されているのが白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)で、同じように神滅具(ロンギヌス)だ』

 

 そっか……やっぱり、白龍皇の神器も他の人間に転移してるのか?

 

『…………。ああ、恐らくは既に宿っているか、それとも眠っているかだろうな―――ミリーシェの存在は今の所は俺の口からはどうとも言えない。ただ一つ……彼女はあの時―――すまない』

 

 ……何で謝るんだよ、ドライグ。

 今のどころに謝る要素があったんだ?

 誰が悪いとか、そもそもドライグは何も悪くない。

 そして何よりも俺が死んだのだって全部自分の責任だ。

 そこには誰の介入も、苦言だって許されない。

 俺が死んで、ミリーシェが死んだ―――それが理不尽なものだったとしても、それはどうしようも出来ない事実なんだ。

 だから今は俺はそれを背負って、ミリーシェを忘れてはいけない。

 ……っていうか、あれくらい強烈な奴を忘れることなんかできないよ。

 ―――ずっと、永遠に。

 

『……そうか―――そう言ってもらえると助かる、相棒。だが全部を背負う必要はない。少なくとも相棒である俺も、一緒にその十字架を背負おう』

 

 ……こんな暗いのは無しだ!

 とにかく、せっかく繋がった命なんだ。

 前に出来なかったことを絶対にしてみせるよ、ドライグ。

 前にはいなかった家族、大切と思えるような存在を……手の平で収まる大切を俺は守りたい。

 ―――二度も、失ってたまるかっ。

 

『……ああ、期待している。相棒』

 

 俺は心の中でドライグと笑いあう。

 

『時に相棒―――そろそろあの時間(・ ・ ・ ・)じゃないか?』

 

 …………ッ!?

 ドライグのその言葉で、俺は今まで自分から意識を逸らしていたいた現実を突き付けられた。

 ドライグ、お前はなんてことを!

 せっかくお前とこの会話を通じて分かり合えたと思っていた矢先に!!

 現実逃避していた事柄を持ってくるとはどういうことだ!!

 

『相棒よ。……今を生きるためには何が必要か、わかっているだろう? 腹減っては戦はできぬというやつだ』

 

 くそ、ドライグの野郎!

 少し鼻で笑いながら言いやがった! しかも変な言葉使うなよな!

 こっちは日本語のコトワザとかカクゲンって奴が未だに理解不能なんだからさ!!

 

「はぁ~い、イッセーちゃん? おっぱいのお時間でちゅよ~?」

 

 ……とてつもなく甘美で優しそうな声音と赤ちゃん言葉で、俺が眠るベビーベットに近づいてくる俺の母こと兵藤まどか。

 それと共に俺の中の衝動が……!

 

「おぎゃぁぁああああああああ!!!」

 

 うぉぉぉぉぉおおおお!?

 何で泣くのを止められないの!?

 ドライグ、助けてくれぇぇぇえええ!

 

『相棒よ……生きていくためには母から栄養を貰わなければならん。いい加減慣れようか』

 

 慣れたくねぇぇえええ!!

 そう言っている間にも母は俺に近づいてくる。

 

「あらら、ベストタイミングね♪ はぁ~い、イッセーちゃんの大好きなママの大きなおっぱいでちゅよ~」

 

 自分で言うなよ、母さん!?

 でも母は俺をそっと抱きしめ、そして俺を少し斜めになるように抱きしめる。

 そして服を脱ぐ、下着を外すと母さんの乳房が!!

 これは、覚悟がいるのか!?

 何で赤ちゃんなのにここまでの覚悟がいる? そして何で本能に負けて俺は乳を吸おうとしているんだ!?

 

「ん、ちゅ~……」

「あぁん……」

 

 ―――……そして何でそんな甘い喘ぎ声を出してんだよ、かあさぁぁぁぁぁぁぁあああんん!!!?

 

「もう、相変わらずこの子はぁ~……いやぁん♪ そこだめぇ……」

 

 いや、だからさ!?

 何感じちゃってんの!? 俺、赤ん坊だよ!?

 

『ははは、相棒、楽しそうだなぁ』

 

 笑うなよ、ドライグ! この野郎!!

 お前のあだ名を赤龍帝から乳龍帝に変えるぞ、おら!!

 

『…………それだけは止めてくれ。なぜだか分からないが、あり得ないほどの拒否反応がするんだ、その言葉には……まるで別世界からの交信のような……。ははは、何を言っているんだ、俺は』

 

 そこで拒否するな!

 

「もう、この子ったら……。将来絶対、すごい色男になるんだから。あの人と違って」

 

 いや、ホント何言ってんの、母さん!?

 お願いだからホント止めて!?

 そんなことを言っていたらお父さんが泣いちゃうぞ!?

 最近だって母さんが俺に付きっきりだからっていつも泣いているんだからさ!?

 男泣きであの超筋肉質な体系で哀愁漂わせているんだよ!?

 

「もぅ……イッセーちゃんはホントに。こうなったら私好みに育てて将来的には……ふふ」

 

 はいぃぃぃぃいい!!?

 それ軽く、犯罪的な言葉だから! 何、淫靡な表情で真剣に計画してるの!?

 まず子供に手を出す前提が終わりだからさ!!

 

『なんだ、相棒……日本語を理解しているじゃないか』

 

 理解してなくてもわかるわ、雰囲気で!!

 それよりどうするの!? 俺、将来的に母さんに!母さんに!!

 

『落ち着け、相棒。いくらなんでもそれは……』

「そうね……中学生くらいが食べごろかな?」

 

 ………………………………俺たちの無言は数十秒続いた。

 

『すまん、相棒。責任は持てない』

 

 おい、このドラゴン!

 どうするんだよ! そこは断言して「違う!!」って言うところじゃないのか!?

 それでも相棒を名乗るのか、この野郎!!

 ―――こうなったら今すぐにこの状況を打開する事の出来る、子供ならではの、あの手を使うしかない!

 

「ぎゃぁぁぁぁぁあああ! おぎゃぁぁぁぁあああ!!」

「あらあら、もうおっぱいは良いのかな? ……残念♪」

 

 そう、泣く……それこそが赤ん坊である俺にしかない特権であり技である。

 そして今の母の声は俺には当然、届いていない。届きたくもない。

 むしろ届くな!!

 

『今日の相棒は荒れてるなぁ』

 

 ……そりゃ荒れるだろ。

 搾乳の時間の度に女としての喜びを母さんは抱くんだよ?

 ねぇ、ドライグ……精神年齢は俺と全く変わらない女の子の乳を吸って感じられる苦しみ、分かる? 分かったら乳龍帝だからね?

 そもそもミリーシェともそういうことは出来なかったんだからさ!!

 

『…………。すまなかったな、だから許してくれ―――そして乳龍帝は止めてくれ』

 

 ドライグは沈んだ声でそう言った。

 ……っと、ここでなんか眠くなってきたよ。

 

「あらあら……イッセーちゃんは眠たいのかな?」

 

 母さんはそう言うと、俺を抱っこしてそのまま子守唄を歌う。

 少しあれなところもあるけど、でもこの人の優しさと温かさは本当に”お母さん”だ。

 そして母の温かみは俺は知らない……だって知る前に俺の母さんは死んでいたから。

 父さんも俺にはいなくて、家族の温かさは何一つとして知らなかった。

 だからこの暖かさは心地いいし、それに……好きだ。

 ……ミリーシェを失ったあの苦しみの中で転生して、今なお俺がこんな風に話せるのはきっと―――家族の温かさの断片を教えてくれた母さんと父さんのおかげだから。

 

「本当にイッセーちゃんは可愛い。子供って、本当に宝なのね……」

『……相棒の母は良き母だな』

 

 ああ……ホント、そうだな。

 俺は母さんの腕に抱かれ、顔を胸に当ててそのまま目を瞑る。

 そして静かに母さんの胸で眠ったのだった。

 

「すぅ……すぅ……」

「うふふ……おやすみなさい、イッセーちゃん―――良い夢を、見てね?」

 

 ―――この時、俺は母の暖かさを知ったのだった。




―追記―
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第2話 夢の中 ~愛し合った赤と白~

 夢を見ていた。

 ……俺は確か、母さんに抱かれて温かさに包まれながら眠っていたはずだ。

 それを認識した瞬間、俺の頭の中には一人の女の子の笑顔が広がる。

 ―――忘れることなんか、出来ない。

 そう、これはあいつとの……大切な存在で、大好きなあいつとの記憶だ。

 ……ミリーシェ・アルウェルトとの、忘れることの出来ない大切な……記憶だった。

 

―・・・

 

「オルフェルはミーのこと、好き?」

 

 ミリーシェ・アルウェルト。……この子は俺の生まれながらの幼馴染であり、色々なことがあって恋人になって、そして……絶対に守りたかった女の子だ。

 薄い金色の綺麗な髪と、ふわっとした髪質が特徴で、一見するとどこか幻想的な絵本の中に出てくるようなお姫様みたいな容姿。

 そしてこの風景は確か……そうだな、本当に子供の頃のことだ。

 二人で丘を登って、すごく広大な草原を手を繋いで歩いた。

 特別性は一切ない、ホントに日常的な事だろう。

 だけどとても大切な、記憶だ。

 

「好きってなに?」

「えっとね……。お母さんが言ってたけど、好きは好きらしいよ?」

 

 小さな俺はミリーシェの言葉を理解できずにそう聞き返して、ミリーシェは若干自信がないのか首を傾げてそう返す。

 

「よく分からないよ」

「だからえっと……もう!」

 

 あはは、そうだったな。……ミリーシェはよくわからないからってあの時、6歳の年齢で俺にキスしたんだよな。

 実はファーストキスだったりしたっけ? 今更だけど……

 

「……ミー?」

「チューしてもいいって思えるのが、好きってことだよ?」

「なら僕も……」

 

 俺はそのままやり返しのようにミリーシェにキスしたっけ? あの時のミリーシェは顔を真っ赤にして、それからキスの勝負みたいなことをした記憶がある。

 互いに長い時間、キスをし合うっていう馬鹿げた遊びを。

 今から考えてみれば恥ずかしいし、今では絶対出来ないようなことだけど……でも今でも思い出せる確かな記憶で、そして大切な思い出だ。

 

「ミーはさ……僕以外にキスしたい人はいるの?」

「んっとね・・・お母さん!」

「そうじゃなくて……家族以外で!」

「……むぅ〜! そんなのいるわけないよ~!」

 

 ミリーシェは頬を膨らませてたっけ?

 今思えば、あれはミリーシェを軽い女のように言ったっけか?ホント、女の子って男より成長が早いよな。

 

「ミーがチューしたいって思うのはオルフェルだけだよ~・……。他の人なんか、絶対嫌だもん……」

 

 そう言うと、ミリーシェは泣きだした。

 本当に悲しそうに……。

 すると夢の中の子供の俺はミリーシェを上から覆いかぶさって、そしてびっくりした顔をしているあいつを放って、そのままキスをした。

 

「……僕だって、ミー以外にはこんなことしないもんっ!」

「オルフェル……」

 

 本当、この時の俺の積極性はすごいな。いくらミリーシェが泣きそうになっているからって、こんなの今ではもう出来ない。

 ……きっと子供ながらにミミリーシェのこんな表情を見たくなかったんだ。

 本当に好きだったから。

 

「だったらミー達は恋人さんだね?」

「恋人?」

「うん! 恋人はね、好き好き同士の人がカップルになって、キスして、それで夫婦になるんだって!」

「夫婦?」

「そ! お父さんとお母さんになるの!」

「でも……僕にはお父さんもお母さんもいないから、分からないや」

 

 そう、俺にはこの頃には既に父さんも母さんもいなかった。

 俺が生まれて少し経って、二人揃って交通事故で死んだということを、俺の両親と友達だったミリーシェの両親から教えて貰った。

 覚えてはないけど、俺の誕生日にプレゼントを買いに行っていたらしい。

 俺はその時はミリーシェのところに預けられて、ミリーシェと遊んでいたらしい。

 

「……だったらミーがオルフェルの家族になる!」

「家族? どうやったらなれるの?」

「結婚! 結婚したら私たちは家族になってね! そしたら子供が出来てね! お父さんとお母さんになって! 皆、幸せ!!」

 

 ミリーシェは手を万歳にしてそう笑顔で俺に言ったっけ……でもそれで俺は確かに救われたよ。

 

―・・・

 

 景色はまた変わる。

 風景と体格から鑑みるに、14歳くらいか?

 当然、学校に通ってる。ミリーシェも一緒で、何故か小学生のころからクラスも、席の位置も変わらなかったっけ?

 この時は確か……そうか、ミリーシェと学校の屋上でたまたま会った時か。

 

「あれ? オルフェルはココでなにしてるの?」

 

 俺は屋上で風に当たりながら夕日が落ちる様をこの時、見ていた。

 夕暮に夕陽に照らされる街を一望できるこの屋上。

 この風景が好きで、俺はいつも天気のいい放課後は屋上で寝て、そして夕方になったらこの夕日を見るのが日課だった。

 

「わぁ! 綺麗!!」

 

 ミリーシェは目をキラキラと光らせて屋上の柵を掴んでそう叫ぶ。

 

「綺麗だろ? ここ、俺のお気に入りなんだよ」

「もう、オルフェルって意地悪だよね! こんな綺麗な場所、知ってるなら何で教えてくれなかったの?」

「ここは俺だけの場所! っていう我が儘かな? ……まぁ、ミリーシェだったら別に良いんだけどさ」

 

 俺は最後の方をごまかすように小さく呟いたけど、それはミリーシェには聞こえていた。

 

「ッ! ……ふふ、もう。嬉しいこと言ってくれるよね♪」

 

 ミリーシェは少しはにかみながら、腕にくっ付いてきた。

 夕日の色のせいで、この時のミリーシェの頬の色は俺には分からなかった。

 それは向こうからしたら俺も同じ。

 たぶん、俺の顔は真っ赤に茹で上がったタコみたいに赤面していただろうな。

 

「オルフェルってクラスの他の女の子にもそんなこと言ってるの?」

「……言ってないよ」

「うっそだぁ! 言わなきゃオルフェルが女の子に好かれるはずないのに、……っ!!」

 

 するとミリーシェは突然、口元を押さえる。

 この時の俺は何も分からなかったけど、後から聞いた話はこうだ。

 単純に、俺のことが好きな女子がいて、ミリーシェがそれを少し嫉妬していた、というところだ。

 

「……オルフェルは、もしもだよ? もしも……女の子に告白されたらどうするのかな?」

「……絶対に付き合わない。好きでもない人とは一緒になれないよ」

「だ、だったら! もしオルフェルがすごく気になっている人が告白してきたら!? 付き合っちゃうの!?」

 

 ミリーシェはすごく焦ったような表情で、必死に俺の服を掴んでそう追求してくる。

 鬼気迫ると言っても良いほどの剣幕。当然、当時の俺はそんなミリーシェの気持ちは露知らずであった。

 

「……なぁ、ミリーシェは何を焦ってるかは知らないけどさ? ……俺が気になる人なんて一人しかいないよ」

 

 俺はミリーシェの言葉の真意も彼女の想いもいざ知らず、そんなことを言っていたよな。

 今思えば女心の一つも知らない馬鹿だった。

 

「……そっか、いるんだ~。……気になる人。あはは、あたし、馬鹿みたい……ッ」

 

 ひどく落ち込んでいたっけ、この時のミリーシェ。

 たぶん、すごい勘違いをしてたんだと思う。

 力なくミリーシェは俺の服を掴む力を弱めると、ミリーシェはそのまま後ろへと体を後ずさりをする。

 つまりは……低い柵の方へ体を吸い込まれるように後ずさったんだ。。

 

「っ!!」

 

 ミリーシェは案の定、足を滑らせて柵から落ちそうになる。

 ミリーシェは何の抵抗もなく、柵を越えてそこから地面へ落下しそうになるところを、この時の俺はあいつの腕を掴んで止めた。

 既にミリーシェの体は柵を越えて、俺はその体を腕だけで支えていた。

 

「なに、してるんだよッ!!」

「あれ? 何で私……でもいいや。オルフェルには好きな人がいるんだもんね。……だったら私はもう……」

「何言ってんだよ!? 今の自分の、状況が! 分かってるのか!?」

「分かってるよ? ……危ないから早くその手を離して、オルフェル―――オルフェルまで落ちちゃうよ?」

 

 ミリーシェは諦めているのか、体をぷらんとさせるから、余計に体重がかかって腕に負担がかかる。

 自分一人の力では無理だった。

 

「俺が離したら、ミリーシェが落ちるだろ!」

「別にいいでしょ……? オルフェルが隣にいない人生なんか、あたしにとって意味ないもん」

「うるさい! お前が死んだら……」

 

 俺はこの時、初めて本気で怒っていた。

 自分の命を捨てようとするミリーシェと、彼女をこんな風にしてしまった自分自身を。

 涙を流して無理やり笑顔を見せてくるミリーシェの、こんな表情を見て、俺は双方に怒っていたんだ。

 そしてその時、初めて自分の幼馴染のミリーシェの弱さを知った。

 ミリーシェは一人で何でも出来て、他人から好かれていて、何でも出来る強さばかりを持っていた。

 俺もこいつのことを強いとばっか思ってた。

 そんな自分に一番……俺は本気で怒っていた。

 

「お前を守ることが出来ないじゃないか! 俺とミリーシェは本当に家族になるんだろ!? 小さい頃に約束しただろ!? だったら何でお前は諦めてんだよ! 何に諦めてるんだよ!!」

 

 ここで更にずしっと腕に負担がかかった。

 

「お前が死んだら、誰が平気って言ったんだよ!お前がいない人生なんて俺にとっても意味がないんだ!」

 

 俺はこの時、心の底から思った。

 ……こいつを守れる、力が欲しい。

 こいつの脆さを、儚さを……ミリーシェの弱さも強さも全てを支える、覆うような力が欲しいと―――守るための力が欲しいと。

 

「俺の中には初めから、お前がいない時間なんて存在すらしてないんだよ! ミリーシェが死んだら俺の気持ちはどうなる! 俺の中のミリーシェを想う気持ちはどうなるんだよ!!」

「なに、言ってるの? だってオルフェルは……」

「だってじゃない! 俺は…………、俺は!!」

 

 俺は喉が潰れるくらい、学校中に響き渡るような大きな声で、叫んだ。

 

「ミリーシェのことが呆れるくらい!! ―――どうしようもなく好きなんだよ!!!」

 

 その時だったな……あいつとの出会いは。

 

『Boost!!!』

 

 ……その時、突然聞こえた機械的な音が響いた瞬間、俺の手の甲には緑色の輝きが生まれ、その音とともに俺の中に流れる力は大きく感じた。

 腕の負担が突然消えて、そして俺は余りある力でミリーシェを持ち上げ、そのまま抱き寄せて地面に倒れる。

 

「……心配させないでくれよ。ミリーシェは俺の……大切な人、なんだからさ」

 

 ……恥ずかしいな、本当に。

 俺はずっと、小さいころにミリーシェとの約束をずっと覚えていたんだ。

 だからずっと、あいつのことを自分の女と思っていた。

 そしてそれはミリーシェも同じだった。

 ただの勘違いだったんだ……俺の気になる人を、ミリーシェは他の他人と思っていたんだろうな。

 そして俺はミリーシェを抱きしめた。

 

「好きだ、ミリーシェ……。俺の、恋人になってくれ……ッ!」

「……うん!」

 

 ミリーシェは力なく、だけどしっかりとした笑顔で俺に体重を預けながらそう呟く。

 そして程なくして俺は気付いた。

 

『ほう……今代の俺の相棒は随分と恋溢れるようだな』

 

 声が聞こえた。

 普通の人には出せないような、圧倒的な威圧感を放つ畏怖を抱くような声であり、威風堂々とした声音。

 そしてこの時、俺は初めて自分の左手を見た。

 そこにはそれから、俺が運命を共にする相棒……

 手の甲には緑の宝玉がはめ込まれ、そこから赤い機械の龍の手のような篭手が左腕に装着していたのだった。

 つまり……

 

『俺の名は赤龍帝・ドライグ。これからお前と共に戦う、二天龍の名だ』

 

 ドライグとの出会いだった。

 

―・・・

 景色が随分変わるな。

 追憶ってやつか?

 っとこの風景は……ああ、真実を知って、そしてもう修行だったか。

 これは確か17歳のころだな。

 

「ドライグ! これって本当に強くなるのか!?」

『当たり前だ。……今までの赤龍帝の何人かはココで修行したものだ』

 

 その時、俺が来ていたのは冥界……つまり悪魔が住まう世界の一歩手前にある化け物クラスのモンスターが出現する地域だった。

 本来、人間が立ち寄る場所ではない。

 そんな場所に俺が来ていた理由は単純明快に修行のためだ。

 

『Boost!!!』

「よし! これで15回目の強化! くらえ!!」

『Explosion!!!』

 

 俺はその音声と共に溜めた倍増の力を解放し、極大の魔力弾を目の前の三つ首の化け物にくらわせた。

 ……ドライグから聞いた話では、俺は歴代赤龍帝の中では最弱に部類するほど弱いらしい。

 赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)での強化なしでは満足に魔力弾すら撃てないほどの魔力のなさ、神器と出会った既に2年経っているにも関わらず、満足に神器の奥の手であり切り札……

 禁手(バランス・ブレイカー)に至っていないほどに。

 

『仕方ないさ、個人差が出る。……それに相棒の冷静力と頭の良さは歴代赤龍帝の中でもトップクラスだぞ?』

「結果が出なければ同じだよ。……俺は弱い。だから努力するしかない。じゃないとあいつには一生、追いつくことすらできない」

『……訂正しよう。相棒、お前は歴代の中で最もの努力家であり、執念深い男だ。ならば行こうか、相棒!!』

「ああ!!」

 

 ……その時だった。

 ―――その時、俺の胸の中で何かがドクンと波打った。

 その瞬間に異様な高揚感が身体中を駆け巡り、何故か力が異様に湧いた。

 

『……まさか―――ははは! 驚いたぞ、相棒! お前は最高だ!! さあ、努力が報われる時だ、相棒ッ!!』

 

 俺はドライグが何を言っているのか、分からなかったが、次の瞬間に理解した。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 次の瞬間、俺の身に全身が真っ赤な鎧の赤龍帝の篭手の禁手……

 赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を纏っていた。

 途端に俺の体から力が湧く。

 これが……バランス・ブレイカーか? ……と、この時は思った。

 

『聞いて驚け、相棒。……今の相棒の体はこの鎧を1カ月毎日、装着していても解けないほど、強固なものになっている!』

「それはすごいことなのか?」

『ああ。これが努力の結果というものか―――なまじ才能がないことは悪いとは言えないな……』

 

 すると周りの木々から俺の体を堂々と越す大きさの化け物どもが襲いかかってくる。

 

『さあ、相棒。お前を歴代最弱と嘲笑った者共に見せてやろうか―――歴代最高の赤龍帝の力を!』

「ああ、行くぞ!!」

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 ッ!?

 なんて強化の数だ、と俺は思ったよ。

 10秒ごとに倍増の力が、一気にあり得ないほど短縮したんだから。

 そして俺の体からは途端に力が溢れてくる。

 

「くらえ! 拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 能力付加。

 魔力の才能のない俺が唯一得意だった、魔力弾にプロセスを叩きこんで独特の能力を身につけさせる技。

 俺は掌から出した極大の魔力弾を幾重にも生み出し、魔弾が拡散する要領で、極太の魔砲を放った。

 全ての弾丸は化け物へと当たり、それまで一匹を倒すのに苦労した化け物を、何十匹も同時に屠ったのだ。

 

『そうだ。それが相棒の力だ。……そして至ったことに俺は嬉しく思うぞ、相棒』

「……サンキューな、ドライグ」

 

 ああ、これは俺が初めて禁手化(バランス・ブレイク)した時の記憶か。

 確か、2年もの月日を費やし鍛え上げたおかげで、常人では耐えることのできない禁手に耐えることのできる体が出来上がったって言ってたっけ?

 ドライグは俺の努力を一番、評価したみたいだけどな。

 そして、また景色が変わる。

 

―・・・

 

「ねぇ、オルフェル」

「ん? なんだよ」

「あたしたち……ずっと、一緒にいれるよね?」

「当たり前だろ? 俺とミリーシェは結婚して、子供を作って、家族になって―――ずっと一緒にいるんだよ」

「……そっか。うん、そうだよね?」

「ああ、そうだ―――だから、全てを終わらせよう。赤と白の宿命を」

 

 …………ああ、これは思い出したくなかったな。

 でも俺の心に深く刻み込まれている。

 そうだ……これは、俺の愛するミリーシェとの、避けられない戦い。

 これで全てを終わりにして、幸せを掴み取るって二人で決めたこと。

 結末はもう思い出したくもない。

 ―――これは白龍皇ミリーシェ・アルウェルトとの最初で最後の戦いだ。

 この後、俺たちは―――




今回の話の続きを先に知りたい方は、第三章番外編に掲載している番外編3「追憶のオルフェル」をお読みください。

ちょうどこのミリーシェとの戦いについての詳しい内容が描かれています。

―追記―
2014 5/4 誤字修正&描写を少しだけ追加しました!



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第3話 潜むドラゴンと未だ赤ん坊です

『……あい、ぼ……う! ―――相棒!!』

 

 ……ッ!?

 俺は意識の奥底から俺に叫びかけてくるドライグの声で目を覚ました。

 ……そうか。

 俺は昔の……いや、前の人生のことを夢で見ていて、そして一番見たくない場面を見る前に目が覚めたのか。

 それに俺の名前も、夢の中なら思い出していたはずなのに、今はもう覚えていなかった。

 

『相棒の心が嫌なほどに乱れていたからな。夢の途中だったが、俺が強引に覚ましたんだ』

 

 ドライグが起こしてくれたのか……いや、むしろ感謝したい。

 あのままあの夢を見てたら、きっと俺は抑えきれなくなっていたから。

 たぶん現実で泣いてたんじゃないか?あのままだったらさ……

 

『むしろ負の感情から神器(セイクリッド・ギア)が発動したかもしれないさ……。だが今の状態で神器が発動したら、相棒は10秒で死んでしまうからな』

 

 ……ああ、ドライグの言うとおりだ。

 生まれたばかりの赤ん坊の体で、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の倍増の力に耐えられるはずもないからな。

 それこそ最初の一段階目の倍増で体が引き裂かれる。

 

『そうだな。赤ん坊で立つこともままならないのだ―――ちょうどいい、暇つぶしといっては何だが、相棒のこの体の性能について教えておこうか』

 

 体の性能か……。そういう言い回しをするってことは、俺は前とはまた違った体の性能をしているってことだよな?

 ……ならちょうどいい。

 自分の体のことを知れば、何をすればどれだけ強くなれるのか一目瞭然だ。

 前も俺はドライグに自分の体の価値を教えて貰いながら修業したからな!

 

『……いや、まあこれは確定事項なんだが。現在の時点で分かる限り、相棒の肉体性能はかなりの高レベルの数値を叩きだしている』

 

 …………俺は思わず絶句した。

 それは本当なのか、ドライグ?

 

『ああ。歴代の赤龍帝では稀に見ないほどの将来性に期待できる肉体、骨格だ。これは俺の仮定だが、前のように相棒が体を鍛えたら、今までにない力を発揮できるだろう』

 

 ……つまりがむしゃらに突っ走れってことか!

 そういうのならいくらでもやってやる!

 努力は身に結ばれることは誰よりも知っているからな!

 

『相棒、落ち着け。……まだ朗報はある』

 

 ……まだ何かあるのか?

 

『ああ。……これに関しては俺も正直、驚いているのだがな』

 

 それでドライグ、一体何が朗報なんだ?

 お前がもったいつけるんだから、相当のことなんだろう?

 

『相棒。相棒の転生前の自分の魔力に関して、理解しているか?』

 

 もちろん、ドライグから何度も言われたことだからな。

 本来、人間にも個人差はあるけど魔力が存在しているにも関わらず、俺の中には残りかすぐらいしか残ってなかったってやつか?

 あれを聞いた時はさすがにショックで未だに覚えているけど……

 

『まあそう沈むな……それにこれを聞けば相棒はそんなショックは消えさる』

 

 消えさる?

 それってもしかして……

 

『察したか? そうだ。相棒の中には人間としては考えられないほどの魔力を保有している……ということだ』

 

 ……ッ!?

 俺のこの……兵藤一誠の体に?

 

『ああ。もちろん、悪魔や天使、堕天使からしたらちょっと目立つだけであろうが……だが相棒が魔力を持つのと持たないのでは、話が変わる』

 

 そう言うとドライグは興奮しているのか、何故か得意げな声音で話し続ける。

 

『魔力が皆無な相棒は、しかしそれでも歴代の中でも遜色のない強さの赤龍帝になれた……つまりは才能のない相棒は努力だけで強くなったんだ。当然、最強とは言えない。だが最高の赤龍帝になれたのだ』

 

 そりゃあ、努力しなけりゃ強くなれなかったしな……

 それにミリーシェと強くなるって約束したんだから、当たり前だよ。

 

『そう。……相棒の素晴らしい所はそれだ。常人ならば、相棒が自分に課していた修行は半日も持たない。死と隣り合わせの毎日だったからな』

 

 ああ……俺も何度、死を覚悟したか覚えてないよ。

 

『しかし相棒はそれを乗り越えた。相棒の持ち前の根性と向上心に加え、以前とは比べ物にならないほどの魔力……才能を踏まえた相棒は、きっとなれる』

 

 なれる?

 

『ああ。最強でそして……真に最高の赤龍帝に。そして赤と白の運命を変えられる。そう俺は信じているさ』

 

 …………ドライグ。

 ああ、そうだな。

 新しく生まれ変わったからには、前に出来なかったことをするさ――ドライグとアルビオンの戦いを、赤と白の運命を次こそはどうにかしてみせる!

 ……俺がそうしないと、行けないんだ。

 

『期待している……だが当分の間は相棒の成長を待つしか他はないな』

 

 それだよな……せめて6歳までには数回の倍増に耐えれる体は出来るようにしないとな。

 それと禁手(バランス・ブレイカー)

 あれはどうにかしてまた至らないと……

 

『そのことだが相棒……相棒が自分の体を捨てるというのならば今すぐにでも禁手化出来るぞ?』

 

 ……は!?

 それはどういうことだ、ドライグ!

 

『どうもこうも、相棒は昔の記憶があるだろう?つまり赤龍帝としての経験が存在しているんだ・・・それと何故かはわからないが、神器の方もリセットされていない』

 

 リセット?

 

『ああ。神器所有者が死んだら本来、リセットされて他の人間の元で転生する。これは神滅具(ロンギヌス)に限った話ではなく、全ての神器がだ』

 

 つまり本来、赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)の中の俺のデーターは一度、リセットされるはずだったのに、何故かまだ保存されていたってことか?

 

『分かりやすく言えばそうだ。……つまり相棒はやろうと思えば、禁手も使えるし、神器を介した魔力弾も放てるし――――――覇龍(ジャガーノート・ドライブ)も使用は可能だ』

 

 ……覇龍(ジャガーノート・ドライブ)か。

 ブーステッド・ギアに眠るドラゴンの力を半強制的発動させ、命を削って一時的に神を超える力を手に入れる、最凶の力。

 しかも神器の中に眠る歴代赤龍帝の”負”の魂によって、時に意識をしていなくても発動させてしまう、忌まわしき禁じ手。

 

『言っておくが相棒、覇龍はもう(・ ・)使ってはいけない……何があってもだ』

 

 分かってるよ……そんなこと、誰よりも。

 俺はあれのせい(・ ・ ・ ・ ・)で死んだのだからな(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 ―――とにかく満足に動けるようになってから倍加と禁手化に耐えれる体を作るさ。

 

『……ああ、是非そうしてくれ。覇龍は神をも超えるが、代わりに人を失ってしまう。人の成りをしたドラゴンといったところだ。あんなもの、力とは言わないさ』

 

 ……多分、ドライグがここまで覇龍を敬遠するのは認めていないからだろうな。

 ドライグ曰く、覇龍は本来の二天龍の力ではないらしい。むしろ負の感情が積み重なってできた呪いの力とドライグは昔、俺に語った。

 だから嫌悪しているんだろうな。

 

『それに相棒には覇龍なんてものは必要ない……相棒には、これまでの赤龍帝にはなかった無限の可能性があるはずだ』

 

 無限の可能性か……。どれくらい届くかはわからないけど、でもに出来る限りの高みまで登れるように頑張るとするよ。

 俺は心の中でそうドライグに意気込み、笑いかけた―――その時だった。

 

『―――ふふ……なるほど、これがわたくしの最初にして最後の主様ですか』

 

 ―――――――!!?

 なんだ、今の声は……っ!

 ドライグの威厳のある声じゃない!

 むしろ優しい、だけど神々しいような女性の声だ。

 でも何でだ……何でドライグと同じように俺の心の奥から声がしたんだ!?

 

『そう怖がらないでください。―――そしてはじめまして。我が主、兵藤一誠。……そして赤龍帝のドライグ』

『……貴様は何者だ。なぜ俺と同じように相棒の中から声をかけることが出来る』

『それはドライグ、大体のことは察しているのではありませんか?』

 

 するとドライグは図星を突かれたように黙る。

 どういうことだよ! 何で俺にドライグと同じような存在が!?

 

『ふふ……。それはまだ話すには早いでしょう。ですがこれだけは覚えておいてください、我が主様』

 

 すると突然、まばゆい光が俺の意識を覆う。

 そして俺はまるで精神世界に飛ばされたような感覚に陥って、そして目を開けると、俺は転生前の体のまま、何もない無の空間にいた。

 

『ここは何なんだ!?いったい……』

『―――それは貴方に姿を一度、見せようと思ったからです』

 

 俺は後ろからかけられる声に耳を傾け、そしてそのままそちらに目を向けた。

 ……その時、俺は思わず声を失う。

 こんなにも……ここまで美しい存在を俺は知らない。

 そこには一匹のドラゴンがいた。

 しかし俺の知っているドラゴンとは別の、まるで一つ一つの羽に宝石が詰っているのではないか錯覚してしまうほどの綺麗な翼、クリスタルのように光る鱗、そして何より、圧倒的に感じる威圧感。

 俺はあの女の声の主がこのドラゴンということを何となく理解した。

 

『そう言えば、まだお名乗りしていませんでしたね。……わたくしの名はフェルウェル―――神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)フェルウェルと申します』

 

 ドラゴンから発せられるその声は、目の前の威圧感を送るドラゴンからは考えられないほどの優しい声だ。

 

『ほう……大よその想像はついていたが、本当に相棒の中に俺以外の存在がいるとはな』

 

 すると俺の後方から聞きなれた声……紅蓮の鱗に幾重もの傷がある威厳としながらも誇り高き最強の二天龍の片翼、ドライグの姿があった。

 俺も初めてその姿を見るが、どちらも凄まじい威圧感を送るドラゴンだ。

 

『赤い龍の帝王、ドライグ。……わたくしの知っている貴方は、もっと乱暴なドラゴンだったのですが』

『悪いが、今代の相棒が素晴らしいのでな。……乱暴でいられるほど暇ではない』

『素晴らしいという点では同意しましょう。そのような性質がなければ、そもそもわたくしはこの場にはいませんし、姿を現すこともなかったでしょう』

 

 そう呟くと、眩く輝くドラゴン、フェルウェルは翼を羽ばたかせて飛翔した。

 

『兵藤一誠。聞きたいことは山ほどあるでしょう。ですが、これだけは信じてください―――わたくしはあなたの敵ではなく、相棒だと』

『どういうことだよ!?』

『……貴方がわたくしを使えるようになれば、わたくしを真に望むときが来れば―――わたくしは貴方とドライグの前に再び姿を見せます。……それまでに強くなってください。身も、そして何より心を』

 

 その声と共にフェルウェルは飛び去っていき、そして空間が消えて俺は視界が真っ白になった。

 

―・・・

 ……気がつくと、俺は意識が飛ばされる前と同じベビーベットの上で眠っていた。

 

『相棒、俺にもあのドラゴン……。神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)、フェルウェルが何者かは分からない。だがとりあえずは敵ではない。それは確かだろう』

 

 ……そんなことは俺も分かっているさ。

 だから多分、あいつが言ったことは本当なんだろう。……俺が強くなって、フェルウェルを望む時まであいつは俺たちの前には姿を現さない。

 あとは自分の体を使えるようになったら、か……。

 

『相棒、おそらくだがあのドラゴンは俺と同じく、神器に魂を封印されたドラゴンだろう』

 

 つまり、俺の中には赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)の他にまだ神器があるってことか……。

 ったく、転生だけでも驚いてるのに、昔とは比べ物にならないほどの才能に、正体不明の神器ときたか。

 っていうかそもそも神器は一人一つまでっていう習わしがあるんじゃないのか?

 色々、あり過ぎて頭が追いつかないけどとりあえずは……

 ―――早く、乳離れしたいなぁ……。

 

『…………。それはそれでどうかと思うぞ、相棒』

 

 ドライグにそうツッコまれるのだった。

 だけどこれだけは言わせてもらいたいよ―――これは割と切実なことだってことを。

 ……そうして俺は真新しい日常を謳歌していく。




ここではオリジナルドラゴンについてですね。


神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)フェルウェル

これはオリジナルドラゴンにして無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)オーフィスや真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)グレートレッドと並ぶドラゴンという設定です。


一応、女性ドラゴンで非常に温厚な性格をしているドラゴンです。


ちなみにドライグですら、その存在を知らないのは彼女が歴史から抹消されたドラゴンということです。


それでは最後に覇龍について。


多少、覇龍の解釈を変えている、というか原作を改変しているので、そのあたりはご容赦ください。


第4話は一誠、幼少期編です!


・・・なかなか原作の本編にまで行かないぁ


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第4話 2匹の猫と女の子、助けます





 俺、兵藤一誠は転生してから8年という月日が経った。

 突然、何でそんなことを言うんだって?

 それは……そうだな。

 ―――この8年間、本当に辛かったんだッ!!

 俺は一人部屋が欲しいと言っても母さんは許してくれず、更に俺の唯一の良心であった父さんは単身赴任で外国に行ってしまって!

 期間は短いものの、それでも母さんを止められるストッパーがいなくなってしまったんだ!

 しかも母さん、俺に対してあり得ないほどの過保護なんだぞ!?

 精神年齢が実年齢と比例しているならまだしも、俺は一応もう心は大人なつもりだ……。

 でも母さんがそんなこと知る由もなく、お風呂に一緒に入らされる(強制)。

 俺は自分の体を鍛えたかったのに、遊びに行くと言えばついてこようとする、いつでも俺の隣にいようとする。

 ……本当に母さんの俺に対する愛情が凄かったです。

 でも最近は少しはマシになって、つい先日、母さんは俺に一人部屋をくれた。

 ものすごい渋々といった感じだったけど、俺がこの8年間で培った演技力でどうにか出来た。

 ……っていうか子供が演技を必要になる親ってある意味すごいな。

 とにかく、現在の俺がしている修行の内容とは、体に負担がかかり過ぎないくらいまで自分の体を痛めつけ、鍛えているくらいだ。

 長年、少しずつそれをしているおかげで赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)による倍増も八段階くらいなら何とか出来るようになって、無理をすれば更に倍加は可能なぐらいだ。

 禁手(バランス・ブレイカー)は出来ることは出来るんだけど、体のサイズからして30秒が限界で、しかもどんな弊害が起きるか分からないから、まだ試したことはない。

 しかも静止状態で30秒だ。

 つまり動けば一瞬で鎧は解除され、そのまま体も動かなくなる。

 っということでドライグに止められているって具合だ。

 

『当たり前だ、相棒。お前の大切な体を傷つけてまで強くなって欲しくはないさ、俺は』

「お前は俺の親父か?」

 

 ドライグが心の中から話しかけてくるのに対し、俺は声を上げた。

 

『正直、相棒と共に生きていると何故か父性が湧いてきてな。……とにかく、相棒がとても心配だ』

 

 ……そうなんだよ。

 俺が兵藤一誠に転生してからというもの、ドライグは異常に親らしい性格になっていた。

 元々、面倒見は良い方だったから納得だけど、ある時、俺がドライグの親父染みた台詞から”パパドラゴン”なんてあだ名をつけたら非常に気に入ってさ。

 

『パパドラゴン。……パパ―――良い響きではないか、相棒!』

 

 このように、少し性格が愉快なものになっているドライグだ。

 だけどドライグの存在は俺の中では確かに絶大で、ドライグは俺にとってもかけがえのない相棒だ。

 正直ドライグがいなかったら俺はこの8年間、無事では済まなかっただろう。

 

『それより相棒、さっきから余裕そうだがいったいどれだけの距離を走っているのだ?』

 

 そして今、俺は日課であるランニングをしている。

 まあランニングというよりかはマラソンに近いけど、今の俺に出来ることは体力づくりだからな。

 無理に筋肉なんかつけたら成長しにくくなるし。……っと、これはドライグの意見だ。

 

「途中で休憩を入れながらで、大体20キロくらいだよ。そろそろちょっと休憩するけど……」

 

 俺はドライグにそう告げると、走るのを止めた。

 近くに小さな公園があったから俺は公園に入ってベンチに座り、そして首に巻いているタオルで汗を拭う。

 

『普通の子供は20キロなんて走れないと思うがな。いくら速度が遅いからって、流石に肉体を酷使し過ぎだ』

「……だけどこれくらいしないとな。今は出来ることが走ることと、実際に神器を発動させて力を倍増させることしかできないからな」

 

 そう。……今の俺に出来ることはこのように限界まで走ることと、そして実際に神器を使うことだ。

 当然、誰かと戦うわけではない。

 体に負担をかけて限界まで倍増したら、溜まった力をリセットする。

 それを限界まで続け、倍増の限界値を少しずつ増やしているんだ。

 幸いドライグが前に言っていた通り、この体は前の俺の体とは比べ物にならないくらいに身体的な能力が高い。

 20キロ走っても体はまだ平気だからな。

 だから今の段階では倍増は最高、14段階までは可能だ。

 まあそこまで倍増したら、反動ですぐに倒れてしまうけど。

 実戦で使うとなれば大体2、3段階の倍増の解放が限界だと思う。

 

『いや、大したものだよ。……自分に才能があると分かっていても努力を怠らない。流石は相棒で俺の息子だ』

 

 まあ息子云々は置いておくとして、そうだな。

 俺は……強くならないといけない。

 じゃないとあいつはいつまで経っても現れないし、それに……もしかしての事態で大切な家族を守れないかもしれない。

 

『……フェルウェルのことか』

 

 俺がまだ赤ん坊の時、一度だけ俺の精神世界で姿を見せたドラゴン。

 神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)ことフェルウェルは今よりも強くなり、自分を求めるようになったら再び俺の姿に現れると言った。

 俺の中のもう一つの神器の鍵はフェルウェルが持っているからな。

 

『だが奴の言った強さとは一体、どれほどのものなのだろうな。……あれほどのドラゴンだ。恐らく相当のスペックを誇る神器だろうな』

 

 ……ドライグがここまで言うのだが、実際にドライグは彼女を分析したらしい。

 なんでも二天龍の一角であるドライグでさえ、フェルウェルには及ばない可能性が高いと言っていた。

 それは彼女から感じ取れた重圧かららしいが、ドライグ曰く、単純な力は最強の二体のドラゴン。

 無限と夢幻を司るドラゴンに近しいものを感じたらしい。

 まあドラゴンについて、俺は詳しいことは分からないけどさ。

 

『まあそのことは良いさ。……相棒ならばいずれ、会うこともあるだろう』

 

 そんなもんか。……っとそろそろ帰らないといけないな。

 俺が時計を見ると、既に時間は4時半になりかけていた。

 俺が母さんから一人部屋を貰う時の約束で、絶対に17時には帰ってこいとのことだった。

 ここから家まで走って20分ってところだろうからまだ余裕だけど……

 

「にゃ~……」

「……ん?」

 

 その時、俺は不意に近くから今にも消えそうな猫の泣き声が聞こえた。

 普通ならそんなに気にならないと思うけど、でも余りにも声が弱々しそうな声だったから、気になって俺は辺りを見渡した。

 左右や遠くの方を見渡していると、目の前の草の茂みに猫が二匹……毛並みが綺麗な白い猫と黒い猫を見つけた。

 

「……もしかして、怪我をしてるのか?」

 

 俺は茂みにいる二匹の猫をじっと見た。

 ……黒い猫の方は大して傷ついていないが、だけど白い猫の足から血のようなものが出ていた。

 綺麗な毛並みに血が滲み、見るからにひどい怪我だ。

 黒い猫は白い猫を心配そうに泣きながら、周りをうろうろしている。

 

「ドライグ……どうにか出来ないか?」

『悪いな、相棒……。籠手には傷を直すなんて機能はない』

「そうだよな。……確かに傷は酷いけど、命に関わるほどのものじゃないし。それに黒い方も結構傷ついてるみたいだしな」

 

 俺はそう思うと、二匹の子猫の元に近づいた。

 

「―――にゃ!!!」

 

 ……すると、まるで俺を警戒しているように黒い猫が白い猫を守るように立ちふさがって、俺を威圧するように睨みつけてくる。

 守るように、じゃない。

 守っているんだ、この黒い猫は白い猫を。

 俺はその黒い猫の勇敢な姿を見て、不意にこの黒猫と自分が重なる。

 

「……大丈夫だよ。悪いようにはしないからさ、な?」

 

 俺はそっと、警戒している黒い猫の頭をそっと壊れ物を扱う感覚で優しく撫でた。

 黒い猫はその瞬間、そのクリッとした目をキョトンとさせて、俺の方をじっと見て来る。

 ……最初の方は警戒していた黒い猫は、少しすると緊張が解けたのか、力が抜けてその場にぐったりした。

 

「お前も限界だったんだな。そっちの猫を守るために……お姉ちゃんってやつかな?」

 

 俺は力なくぐったりしている黒い猫を手で抱える。

 すると黒い猫は俺の胸に頭を擦りつけるように頬ずりをしていた。

 

『相棒は動物に良く好かれるな。……最近では近所の番犬にすら懐かれているのだろうに』

 

 ドライグは何かを呟いているが、今の問題は黒い猫じゃなくて、この白い猫だ。

 生きてはいるけど、でも足からは血が出ているからそこから動けない。

 

「……何があったらこんな怪我をするんだよ。とにかく治療をしないと」

 

 俺は茂みに倒れている白い猫を黒い猫と同じように抱き抱えると、すると白い猫は焦点の合っていない目で俺を見ていた。

 

「絶対に助けてやるからな。……俺が言うから絶対だ」

 

 俺は抱えながら白い猫の頭を撫でた。

 

「にゃぁぁ……」

 

 すると白い猫から安堵するような鳴き声が聞こえた。

 白い猫は俺に体を委ね、そして静かに眠り始める。

 俺はそれを確認すると二匹に刺激を与えないようにゆっくりと歩いて帰るのだった。

 

―・・・

 …………俺は猫に負担をかけないように慎重に歩きながら帰った。

 当然帰る時間は門限をとうに過ぎていて、家に帰ったら母さんがすごい形相で心配してきたけど、俺の手元の猫を見ると大体のことを察してくれたようだ。

 幸い黒猫は白猫を守るために神経を使いすぎただけで怪我は特になく、白猫も歩くことはできないものの大きな傷ではなかった。

 俺は二匹の猫が泥などで汚れているのに気付いて、白猫の怪我の部分を意識しながらお風呂に入れた。

 二匹とも俺のことは警戒していないのか、特に抵抗しなかった。

 そして今は二人仲良く俺の手元で眠っている。

 

「イッセーちゃん、確かに猫を助けることは良いことよ?でもお母さんとの約束を破ったんだから、とにかく今日は一緒に寝ようね?」

 

 ちなみに俺は母さんの説教という名の願望を永遠と聞かされている。

 

「でもお母さん。白猫を助けるために仕方がなかったんだよぉ……」

 

 一応、母さんからしたら俺は子供だからな。……口調は子供のようなものにしている。

 

「良い、イッセーちゃん? 約束を破ったらハリセンボン飲ますとはよく言うけど、お母さんとの約束は『嘘ついたらお母さんと一緒におねんねする』なのよ?」

 

 ……母さんは相変わらずぶれないなぁ。

 ここまでの親馬鹿はなかなかいないと思う。

 あと、どんな魔法かは知らないけど、何で母さんは歳をとってないと思わせるほど見た目が変わらないんだろうな。

 本気で学生って言われても気付かないくらいの容姿をしてるから。

 この前なんか一緒に買い物行ってたら歳の離れた姉弟に間違われたからな。

 ……なお、母さんはそれに頷いて「可愛い弟です!」なんて言いながら抱き着いてきたというのは内緒だ。

 

『確かに相棒の母殿は若々しいな。……知っている限りでは昔とほとんど変わらないんじゃないか?』

 

 などとドライグも俺と同じ意見のようだ。

 結果的に、俺は猫の面倒をみると言って母さんを説得したけど、母さんは翌朝には俺の布団に潜り込んでいたのは言うまでもないのであった。

 

―・・・

 ……大体、それから数カ月過ぎた。

 俺は白い猫と黒い猫に何となく白音と黒歌という名をつけてみると、二匹はすごく尻尾を振って喜んでいた。

 白音の傷は既に癒えていて、あと二匹はものすごく俺に懐いてくれている。

 二匹を引き取ってから家にいる間はずっと俺の傍にいるからな。……とにかく、可愛いから俺も悪い気はしない。

 猫ってお風呂とか水の類のものが嫌いだと思っていたけど、案外そうではないらしく俺が風呂に入っていたら黒歌と白音は風呂場に突入してくるからな。

 ……それはともかく現在、俺は日課となっている走り込みをしてるんだけど、だけど今日はコースを変えていた。

 一応神社がある方向に一直線に走っていて、いつもより速度は速めだ。

 

『時にして相棒。何故、今日はコースを変えた?』

「今日は神器の訓練もしたいからさ。ほら、神社の近くにある裏山ってほとんど人が来ないから訓練しやすいんだよ」

『神器か。……最近はあの二匹も相棒の後ろをついてくるようになったからな。なかなか神器の鍛錬も行えん』

 

 そう。前まで家でも倍増の我慢稽古は出来るけど、あれからは白音と黒歌もいるからなかなか神器を出せないんだよな。

 二匹を引き取ってからはまだまともに神器の訓練をしていない。

 だから今日くらいは神器を使わないと、赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)に埃が被っちまう。

 

『相棒は毎日走っているからな。おそらくかなり身体能力は向上しているはずだ』

 

 まあ俺が走り始めたのって一人部屋貰ってからだからな。……大体数か月は走ってるか?

 まあ走り自体はもっと前からしてたけど、一応長距離はそれくらいからだ。

 速度はまだまだ遅いから今日は出来る限り速度を上げる傾向で走ってみよう。

 

「はぁ、はぁ……」

『とりあえず一度休憩しようか、相棒』

 

 それから大体30分くらい走った。

 体力的にはまだ大丈夫だけど、適度に休憩をはさまないと体を壊す恐れがあるとドライグが制止をかけてきたんだ。

 最近、ドライグが俺専属のトレーナーになっている気がするんだけど。……いや、それは昔からか。

 

『同じようなものであろう。―――しかし相棒、何か妙だぞ?』

「……妙ってのは、休日なのに人通りが全くないこの辺りのことか?」

 

 俺はドライグに言われて改めて辺りを見渡す。

 辺りはごく普通の平屋建ての小さな家が軒並みに並ぶ、多少都会に近いところである地域の中では田舎の部類に位置している。

 今日は朝からずっと走っているから、多分県を超えているんだろうな。

 流石に帰りは電車を使うけど。

 っとそれどころじゃなかったな。

 問題はこの人の気配が全くしないことだ。

 

『……魔力とは別の、何かの力を感じるな』

「別の力、か。なら……ブーステッド・ギア!」

 

 俺は腕に意識を込め、篭手の形を思い浮かべると、突如俺の左腕に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を発現した。

 一応、今のうちに力を溜めておこうというところだ。

 とはいっても今は走ったせいで少し疲れているため、何段階の倍増が出来るか分からないけどな。

 

『Boost!!!』

 

 10秒経ったのか、一度目の倍増を俺は確認する。

 

『相棒。……どうやら謎の力はあの家の庭から感じる』

「……やっぱりそうなのか」

 

 俺も大体の位置は察していた。

 ドライグの指摘した家は、周りと同じような平凡な庭のある家だ。

 見た目は特に変わりはないが、だがあの付近から魔力とは違う何かを感じる。

 俺は物音を立てないように静かに庭を見てみた…………ッ!?

 

「これは……何がどうなってるんだ?」

 

 俺の目の前に映るのは、異様に荒らされた庭だった。

 庭だけではない。

 縁側から見える家の中もあり得ないほどにぐちゃぐちゃに荒らされていた。

 室内は見えるだけでボロボロ、畳は大きく抉れ、タンスや家具といったもの散乱し……そして何より血が少し、散っていた。

 血自体もつい先ほど飛び散ったようで、明らかに普通じゃない!!

 

「誰がこんなことをッ!」

『Boost!!!』

 

 俺の声に応えるように、二段階目の倍増が行われる。

 そしてその時だった。

 

「駄目!その子に手を出さないで!!」

 

 ……女性の声だった。

 俺は縁側から室内に顔を覗かせると、そこには複数人の刀を持った男と、俺とほとんど歳の変わらない女の子を抱き寄せ、庇っている女性がいた。

 女の人は額から一筋の血を流しており、遠目から見ている限りではそれしか分からない。

 複数人の男は、二人を囲むように立っている。

 俺は観察するようにその二人の姿をじっくりと見た―――ッッ! 多分、あの女の人はあの子の母親だろう……。でもあの人の体のいたるところに、痣や切り傷があるッ!!

 

「まずはその子を渡せ。穢れし天使の忌子なのだ」

 

 男の手が女の子に伸びる。

 女の子の肩にその手が触れそうになったその時。

 その手を母親らしき女の人が払った。

 

「絶対に渡さない! この子は私の大事な娘です! あの人の大事な娘です! 絶対に、何があっても渡さない!!」

 

 女性は女の子を今一度、強く抱きしめる。

 女の子は……泣いている。

 

「貴様は黒き天使に穢されたか―――ならば致し方あるまい」

 

 すると、男は刀を引き抜き、そのまま真上に上げた。

 ―――なにを、している……ッ!?

 いったいその刀で何をしようとしているんだ!!

 

『Boost!!!』

 

 もう何回目かの倍増を知らせる音声が鳴るが、俺の耳には通らない。

 今すぐにでも俺の体は前のめりに動かせて、突っ込んで行きそうになる!

 俺はこの場では何も関係のない人間だ。

 だけど……だけど!!

 ―――思い出してしまう、大切な人が血まみれになってしまった光景を。

 あのときの光景と現実が重なった。

 そんなこと、絶対にさせてはいけない。

 たとえ見知らぬ人だとしても―――もう二度と、誰かが死ぬところなんてみたくないんだよ!!

 

「ドライグ……。行かせてくれ……ッ!」

『ともすれば危険と隣り合わせだ。相棒の体は子供、勝てる見込みはどうとも言えんが。……だがしかし!! 流石は相棒だ!!』

 

 ドライグはそう高らかに笑い、高揚した声音で続ける。

 

『その言葉を待っていたさ。この状況下、俺の知っている相棒なら何もしないはずがない!! いつも愚直に、無理だと思っていてもやろうとするのが相棒という男だ! ならば相棒、救って見せようぞ!! 最高の赤龍帝と謳われた相棒の力を!!』

 

 俺の相棒がそう言った瞬間、俺は室内に走り込んだ。

 拳を強く握り、足腰に力を込めて。

 そして―――

 

「やらせてたまるかぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 俺は部屋いっぱいに届くぐらいの怒声で走っていく。

 俺の声に驚いたのか、刀を抜刀していた男も含めた全員が俺の方を見ている。

 良く見ると刀を抜刀しているけど、そんなもん関係ねえ!!

 目の前で殺されそうになっているのを見捨てるぐらいなら斬られた方がまだマシだ!

 

「解放だ! ブーステッド・ギア!!」

『Explosion!!!』

 

 その音声と共に体から力が湧き出てくる!!

 今まで倍増した全ての力が一気に解放され、一時的に俺の身体能力が何倍にもなった。

 体は子供だけど、でも戦える!

 

『相棒、この状態は持って2分間だ。その間に相手を屠るぞ!』

 

 ドライグの頼もしい声が聞こえる。

 ああ、2分もあれば十分だ!

 

「はあぁぁぁぁあああ!!!」

 

 俺は即座に先ほど、二人に刀を振りかざそうとしていた男へと駆け寄り、そのまま全力の拳を放った。

 

「な、なんだとッ!?」

 

 男は俺の姿を確認した瞬間、目を見開いて驚いたがそんなことは関係なしで殴りつけ、木の柱に叩きつけた。

 木の柱に衝突する男は激しい打撃により呻き声を上げて蹲る。

 そして二人の前に壁になるように立ちふさがるって男たちを睨んだ。

 

「なんだ、貴様は!?」

「黙れ! 人に簡単に刀を向ける奴なんかとは話すことは何もない!」

「こ、子供だと!?」

 

 よし!

 こいつらはまだ俺を子供だと思って油断している!

 

「はぁ!」

 

 俺は掛け声と共に油断している男たちに一発ずつ、全力の拳を叩きつけていった。

 男たちが縦横無尽に振るう刀を時には避け、時には神器で防ぎ、可能であれば武具を破壊していく。

 避けては最小限の動作で殴り、殴り、殴り続けた。

 ―――それを繰り返すたびに俺の体は悲鳴を上げる。

 体なんかとっくの昔に限界に近づいてきている―――でもここで屈したら、倒れたら俺の後ろの二人が死ぬ!

 それだけは絶対に、してはいけない。

 ……目の前で何かが死ぬのは二度と御免だ。

 

『無茶だ、相棒!! 力の使い過ぎだ!!』

 

 ……まだ二分経ったわけじゃない!

 たとえ限界を過ぎてだって戦う!

 ―――護るんだ。この二人を、この命に賭けてでも!!!

 俺はそのまま残りの男達に、本当に殺してしまうのではないかと思うくらいの拳を放ち続けた。

 

「はぁ……。くそ、しつ……こいッ!」

 

 だが子供の拳をいくら強化したとはいえ、何人かの男はまた立ち上がっていた。

 数にしたら3人くらい……しかも最初に殴った奴も立っていた。

 子供の体の俺には力に限界があるってことかよ……ッ!

 

『Reset』

 

 その音声とともに、俺の体から力が抜ける。……強化の制限時間が終わったのか―――だけど!

 

『Boost!!』

 

 再び、倍増の音声が鳴り響く。

 もう体は内部からボロボロで、口の中は倍増の負担がかかり過ぎたのか、血がにじみ出る。

 だけど俺は倒れそうになる体を奮い立たせ、地面に拳をぶつけて男を睨みながら言った。

 

「この二人を殺すな……ッ!」

 

 俺は籠手が装着されている左腕の拳を握り、まだ戦う意思があると示す。

 

「小僧。貴様が何者かは知らんが、わしを傷つけたことには死の報いを受けて貰うぞ……ッ!!」

「―――何が死の報いだ。この人たちが何をしたかなんて知らない。でも……殺すなんて絶対に……、絶対に間違っている!!」

『Boost!!!』

 

倍増の音声が鳴り響く。……その時、ドライグの焦っているような声が俺の耳に入った。

 

『無茶だ、相棒!! これ以上強化したら、本当に相棒は!!』

 

 ……まだだ。

 まだ戦える。

 まだ拳は握れる。

 まだ戦意だって消えていない。

 敵は目の前にいて、戦える自分がいるなら―――

 

「絶対に守ってみせるッ! 無茶をするとかそんなもの関係なく、絶対に!!」

『Boost!!』

『Explosion!!』

 

 三段階の倍増と同時にその倍増した力が全て解放される。

 多分倍増の数は足りないだろうな。……でも!

 

「頼む。今だけで良いから、もう少しだけ力を貸してくれ―――拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)……ッ!!」

 

 全盛期とは比べ物にならないくらいひ弱な魔力弾を俺は強化して放つ。

 拡散の龍砲は魔力弾を発射と同時に操作し、弾丸を拡散させて広域に対して影響を与える俺の技の一つ。

 魔力弾は拡散して、室内のいたるところに当たる。

 そしてそのいくつかは男達に当たったのと同時に、俺の聞きたくなかった音声が籠手から響いた。

 

『Burst』

 

 力が抜ける。……これは転生前に何度か経験したことがある。

 神器の倍増に体が耐えきれなくなり、篭手の方が倍加を拒否する。……それがバースト状態。

 つまり神器の機能が停止した。

 ……俺はその場で膝の力が抜けた。

 

「だ、大丈夫?」

 

 女の子が母の腕から離れて、涙ながら俺の服の裾をつまんで聞いてきた。

 駄目だ、前に来たら!

 でも体が動かない―――まだ男はあと一人、残っているんだ!

 俺の弾丸により立っていた男は大半倒れたが、しかしまだ一人だけ血を流しながらも立ち続ける男がいる!

 最初に殴った、あの男だ!

 限界に近いだろうけど、それでも刀を一本振るくらいの力は残っている!

 手には刀……今更だけど、あの刀から嫌な空気を感じるッ!

 

『相棒!! しっかりしろ!! あれは妖刀だ!! 刺されれば、今の相棒では命を失う!』

 

 妖刀? ……駄目だ、あんなものを真っ向から食らえば子供である俺の命なんかたやすく摘まれる。

 それどころか目の前のこの女の子すら危険だ。

 ―――また、守れないのか、俺は。

 あの時と同じように。……ミリーシェを守れなかったときと同じように……?

 ……だったら何で俺は力を欲した! 守るためじゃなかったのか!?

 そうだ―――俺は護るんだ!!

 ならこんなところで諦めて……たまるか!!!

 

「よく、も……やってくれたな、小僧ぉぉぉぉ!!」

 

 男の表情は憤怒に包まれている。

 まあ、そうだろうな。……こんな子供に大の大人が何人もやられたんだ。

 

「やめて! この子に、手を出さないで!!」

「何を……して……」

 

 ―――女の子が手を横に広げ、俺の壁になるように俺を守っていた。

 瞳に涙を溜めて、それでも俺を守るように刀を持つ男の前に立ち塞がる。

 駄目だ……そのままじゃあ、君は!

 

「貴様……」

「この子は朱乃を助けてくれたもん! だから朱乃もこの子を守る!」

 

 目に涙を閏わせながら、女の子が俺を守ろうとする。

 でも男は刀の柄で女の子の頬を殴って地面に叩きつけるッ!

 ……何してんだよ、お前は。ふざけるな―――ふざけるなッ!!!

 

「なに?」

 

 俺は動かせるはずのない体を無理矢理動かせる。……ほとんど火事場の馬鹿力みたいなもんだ。

 ―――体が動かないんなら体を無理やり動かせろ。

 ―――力がないんだったら拳を握れ!

 命を糧にしてだって、それでこの子を守れるなら使え!

 二度と何かを失わないために!!

 

「まだ、だよ……ッ!!」

「……貴様は、何だ? おぞましく、恐ろしい……っ」

「さぁ、ね……じぶんでも、どうして、ここまでするかはわからない―――それでも護りたいと、思った。救いたいと、おもった」

『―――Boost!!!!!』

 

 ―――鳴るはずもない倍増の音声が鳴り響いた。

 

「だから、まだ戦えるんだ……ッ! あんたを、倒す!! だから―――応えてくれ、ドライグ!!!」

『Explosion!!!!!!!』

 

 ……籠手は次の瞬間、俺の想いに応えるように頼もしい音声を再び響かせた!

 

「な、なんだと!? お前はさっきまで!?」

「知らない……だけど応えてくれたから、それを受け止めなきゃな。じゃないと相棒に怒られちまう」

 

 息が絶え絶えになりながら言葉を紡ぎ、拳を構える。

 

「―――守ることに、理由なんていらない」

 

 俺はそして、男へと拳を懐に撃ち放つ。。

 殴った感触は自分では分からない、でも……男はその場に膝をついた。

 

『Burst』

 

 はは……もう一度倍増が出来たのは奇跡か―――もう一歩も動けない。

 

「が、ぁ……き、さまぁぁぁぁあああ!!!」

 

 ……男が刀を俺に振りかぶる。

 最後の力を振り絞ってってやつか?

 ……駄目だ、動けない。

 朱乃って言ってたっけ? あの子が目を見開いている。

 なんでだ…………? ―――そう思って、俺は視線を彼女が向ける方向に向けた。

 

「やらせ、ない!」

 

 ―――そこには、俺を庇って男の刃をその身に受けている、女の子の母親の姿があった。

 辺りが彼女の鮮血が散らばる。

 しかし彼女は、自分の傷を介さないで傍で俺を抱きしめるように崩れ倒れた。

 

「こんなに、子供なのに……。小さいのに……朱乃を、私を救ってくれて、ありがとうね……?」

 

 声が、出ない―――なんでだ、なんで助けるはずなのに助けられている。

 何でこの人が血を流して死にかけている?

 

『相棒は良くやった。一度はバーストしたのに、もう一度倍増してあの男を倒し、少女を救っただろう……』

 

 違う、この人も救わなきゃだめなんだ!

 この人を救わないと、きっと女の子もずっと深い傷を負う!

 

『無理だ、相棒。妖刀は妖怪を殺すための刀。その刃には呪いがある……それにあの傷ではもう』

 

 

 ―――助からない。

 ドライグは言葉に出さないが、暗にそう言っているようだった。

 ……まだだ。

 俺には無限の可能性があるんだろ?

 だったら俺にあの人を救わしてくれ、助けなきゃいけない!

 俺はあの人のことは何も知らない!でも死んでいい命じゃない!!

 それに女の子は泣いてるんだ!全く知らない子供の俺も助けてくれた!!だから死んだら駄目なんだ!!

 

「力を……救うための、力を……!! 守るための、力を!!」

 

 俺は鮮血で濡れ広がっている天井に手を伸ばした。

 それは俺が兵藤一誠になる前の、死ぬ間際の行動と重なった。

 違うのは血が俺のか、そうじゃないか―――俺は救いたいんだ!

 ……もう、二度と目の前で誰かが死ぬところを見たくない。

 ―――俺はミリーシェを救えなかった。

 俺はあのときみたいに、無力はもう嫌なんだ。

 覇の理とか、そんなものじゃない。

 もっと、優しい力が……ッ

 誰かを救えるような力を!!

 だからお願いだ―――応えてくれ!

 俺に、この人を救う力を!!

 

「こたえてくれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 俺の叫びは、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――でしたら、主様の気持ちに応えましょう』

 

 …………それはドライグとは違う、声音だった。

 知らない声……、いや、違う。

 俺はこの声を知っている。

 この声は俺の中に存在するもう一匹の龍。

 ―――神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)、フェルウェル。

 

『本当に救うべき存在を救う、救済の気持ちの強さ。……心が善の極地に達した時、わたくしは主様にこの神器を授けると決めておりました』

 

 フェルウェルは『故に』と続ける。

 

『授けましょう。わたくしが宿る神器。主様が望む力―――神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を』

 

 すると、俺の胸の中心からプラチナのように光り輝く白銀の宝玉が現れた。

 それはエンブレム型のブローチのように機械的な見た目を形作りで、俺の胸に埋め込まれるように装着される。

 

『Force!!』

 

 その音声はブーステッド・ギアとは違う、フェルウェルのような女性の音声だ。

 そしてその音声は立て続けに何度か鳴り響く。

 

『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』

 

 そして5回ほどの音声が聞こえると、俺の心の中からフェルウェルが話しかける。

 

『簡単にいえば、この神器は何かを創り出す神器です。それは主様が思い浮かべるものが神器となって具現化されます。当然限界は存在しますし、その神器は時間制限がありますけど―――とにかく、今すぐに力を使いましょう』

 

 俺はフェルウェルの言うとおりにすぐに動こうとするが、体はうんともすんとも言わない。

 ……腕で体を動かし、地を這うように、すでに虫の息の女性に近づく。

 近くで朱乃と呼ばれた少女が彼女の肩を揺らしながら泣いている。

 ……この子の涙を俺は見たくない。

 ―――この子を救いたい。涙を見たくない。

 ―――俺を護ってくれた人を救いたい。だから……ッ!!

 

「助けるための力を、貸してくれッ!」

 

『Creation!!!』

 

 その音声とともに……胸の宝玉が光に包まれながら俺の手元に来る。

 光が少しずつ晴れ、そして俺の手元には……神器らしき瓶が手元にあった。

 瓶の中に何やら粉のようなものが存在している。

 この人を救いたい……そう考えて出来たもの。

 

「大丈夫だ。……絶対に、救うから。君のお母さんは、俺が―――救ってみせるから」

 

 俺は女の子の頭に手をおいて、安心させるように優しくなでる。

 そして俺はその瓶を、女の子の母親に持たせて瓶の蓋を開けると、白銀の粉が彼女の周りを包んだ。

 そしてそれと同時に、俺の意識は完全に途絶えた―――・・・

 

―・・・

 目を覚ますと、俺は家にいた。

 普通にベッドで寝ているが、しかし体のいたるところが痛む。

 

「……ああ、夢じゃなかったのか―――ッ! そうだ……ッ! あの人はどうなって……ッ!!」

『大丈夫ですよ、主様』

『そうだ、相棒……。むしろ今は他人のことより自分のことを優先させろ』

 

 ……すると俺の心の中から、二つの声が響いた。

 ドライグとフェルウェル、二体のドラゴンの声が聞こえた。

 

『一応、主様の救った女性は無事です』

「一応?」

 

 俺はフェルウェルの言葉に首を傾げる。

 

『傷は完治出来たと思うが、妖刀の呪いは話が別だ。あれは長い年月をかけないと、消えないからな……。消えない可能性すらもある』

 

 そう説明するドライグは少し声を沈ませた。

 ……そうか、あの人を完全に救えたわけじゃないのか。

 

『沈まないでください、主様。あなたは出来る限りのことして、彼女は命を繋ぐことが出来たのです。そして主様がいなければ二人は死んでいた―――それよりもドライグがあり得ないほど心配していたのです。それを案じて今後は無茶はお控えください』

『当然だ。……それに聞いたこともないぞ、一度バーストになりながらも、更に倍増して力を解放するなんて』

「……ああ、無茶はした。でも助けれた。まあ、最後はフェルウェルのおかげだろうけど」

 

 それに完全には救えていない。

 あの人の呪いは、未だに残っている。

 

『相棒。呪いといっても、そんなすぐに死に至らしめるようなものではない。それよりも相棒は自分のことを考えた方が良い』

「そうだ……一体どうやって俺をここまで運んだんだ? それよりも、どれだけの間、眠ってたんだ?」

『……時間にして2日間、そしてここまで相棒を運んだのはフェルウェルだ』

 

 は?

 でもフェルウェルは魂の存在だろう?なんで魂なのに、そんなことができたんだ?

 

『ふふ。これはわたくしの力の一つなのですが、神器を小型のドラゴン化して私の意思で動くことが出来るのです』

 

 ……すげえ!! それってあれだろ? 独立具現型の力ってやつだよな?

 確か!

 

『全く……神器を創りだす神器に、独立具現型の力までとは―――これは神滅具(ロンギヌス)と認定されてもおかしくないだろうな』

 

 ドライグはぶつぶつ何かを呟いていた。

 

『とりあえずはお疲れ様です。主様の行動は確かに命を懸けたものでしたが、ですがそれによって救われた命も確かにあります。故にあなたは素晴らしい。わたくしの主として、何の遜色もなく、素晴らしい主様です』

「俺だって助けて貰ったよ。ありがとう!」

『いえ……それよりも主様。一つ、お耳に入れておきたい情報があるのですが』

 

 するとフェルウェルは少し苦笑していた。

 そして途端に廊下の方ですごい足音が聞こえた。

 ―――まさか!?

 

『流石は主様……ご察しの通りでございます』

 

 するとフェルフェルの声が消え、彼女は俺の心の深奥へと行ってしまった!?

 そしてドライグも同様だと!?

 お前ら、主である俺を見放すのか!!

 これから起こることを全部知っているのに、俺を放って!!

 それでもパパドラゴンか、この野郎!!

 

「いっせーちゃぁぁぁんんん!! うわぁぁぁぁぁん!!!」

 

 その泣き声と叫び声と共に勢いよく扉が開けられた。

 そこにいうのは目の下にすごい隈をつけている母、兵藤まどか。その人と母さんの後ろからすごい速度で俺の胸元へ飛び込んできた白音と黒歌だった!

 

「しんぱいしたんだからぁぁぁぁぁあああ!!!」

「にゃぁぁん!!」

「にゃん!! にゃんにゃん!!」

 

 そう言うと母さんは俺を抱きしめて、わんわんと泣いており、黒歌と白音は何かを訴えるように鳴き声を上げていた……泣かしたのは、俺か。

 

「ごめんなさい……お母さん」

「……ううん。無事ならいいの。帰ってきたら一誠ちゃんが部屋で倒れててびっくりしたわ。すごい熱で……でも平気でよかった」

 

 そして母さんは俺の頭を優しく撫でてくれる。

 俺はそれに心地よさを感じた……っのはホンの数秒だった。

 

「イッセーちゃんのためにご飯いっぱい作ったから、全部食べてね♪」

 

 …………その日、俺が見たのはやはり怒っているとしか思えないような、異様なほどの母さんの手料理であった。

 ただ二日間何も食べてなかったからそれを完食すると、嬉しかったのか母さんは更に料理を奮った―――その後日、俺は胃もたれに悩ませられる日々が続くのだった。





―追記―
7/5、誤字修正と描写を追加しました。


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第5話 駒王学園と入学

 桜の花びらが咲き誇り、通学路を桜色に染める。

 月日というものは早いものだと思う今日この頃。

 こんにちは、兵藤一誠です。

 そして唐突だけど、今、俺の視界には春に咲き誇る桜の花びらが舞っている並木道がある。

 季節は春で、そして今は4月。

 それで俺は……今日から駒王学園の新入生として入学し、高校生になるんだ。

 兵藤一誠になってから既に15年経過し、これまでに色々なことがあって、色々な経験をして俺はまた色々な意味で成長出来た。

 それもこれも父さんや母さん、そして誰よりも近くにいたドライグやフェルのお蔭だ。

 

『ああ、早いものだ。相棒も立派になって……ッ!!くっ、そう考えると途端に目頭が熱くなる!』

『……ドライグ、あなたの最近の主に対する態度は完全に父親化していますよ?』

『むしろ何故、俺は相棒の父ではないのだ! 奴、兵藤謙一よりも俺の方が父親をしているではないか!?』

 

 ……こういったように、ドライグは相変わらずパパドラゴン化してる。

 今では俺の父さんを何故か敵対視しており、「奴は俺の永遠のライバルで、いつかは超えなければならない壁だ」とか言っているくらいだし。

 そしてあの時……俺が謎の男達から少女と女性を救った時から、フェルも俺の中にずっと存在していて、こんな風にドライグのツッコミ役をしている。

 なんだかんだでこの二人は仲が良いんだろうな。

 

『ゴホン! ……それで相棒。なぜ、相棒はこの学校を選んだのだ? 相棒の頭ならどんな高校でも合格できただろう?』

『それについてはわたくしも同意見です。それにこの学園にいる存在くらい知っているでしょう?』

 

 ドライグは一度、咳払いをしてそう言うと、フェルウェルも同意する。

 駒王学園にいる存在、か……ああ、知っているさ。

 どんな人物かは知らない、その存在自体は何度か遭遇したことはある。

 ―――悪魔、そう呼ばれる存在が駒王学園にはいるらしい。

 悪魔って言えば一概に考えれば悪行を行い、人間と欲にまみれた汚い契約ばかりをする……それが人間で考える悪魔の価値観だ。

 俺はそこまで悪魔に否定感を持ってはいない。

 そもそも俺がそんな学校に入ろうと思ったのは特に大きな意味はないけど、一応は何かを守るためだ。

 この町を根城にしている悪魔がいて、この町には俺の大切な家族がいる。

 少なからず友達だっている。

 だから俺は見定めるためにこの学園に来た。

 そしてもしも、仮に駒王学園にいる悪魔が人間を利用し、自分の利益のために傷つけているなら、俺は俺の全てを捧げて傷つく人を守る。

 それ以外の、それ以上の理由なんてない。

 

『至極簡単、だがさすがは相棒だ』

『ドライグ、あなたは過保護すぎます。……それに今の主様がただの悪魔に遅れなど取りませんよ』

 

 ……それについては俺も同意見だ。

 これは自惚れなんかじゃなく、審査の厳しい頼もしい相棒であり、最強のドラゴンであるドライグとフェルが認めてくれた事実だ。

 大体、中学生を過ぎてくらいからかな?

 そのころから俺の体は成長期に入り、ようやく俺は実践的な訓練を行えるようになった。

 つまりは、転生前に行っていた修行……冥界に入る一歩手前の化物レベルのモンスターが現れる地域での修行をし始めたんだ。

 俺はあそこで、赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)の実践的な使い方や、魔力弾を応用したテクニック技、更に奥の手である禁手(バランス・ブレイカー)を使った戦闘訓練。

 そしてもう一つの神器……神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の扱い方と応用、などといったことを毎日のようにしていた。

 扱いなれたブーステッド・ギアはともかく、フェルウェルの神器に関しては性能以上に使いこなすことは困難で、もう何年も訓練を積んでいるけど未だに禁手に至っていない。

 

『そう簡単に至れないことは主様が最も理解しているでしょう。……それにこの神器を手にするものは主様が最初で最後なのです』

 

 ……そうなんだ。

 フェルの言い分では、フェルは自分を持つに相応しい人間を自分で一度だけ選ぶことができるらしい。

 そしてその者が死ぬと、フェルウェルの神器ごとこの世から神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)はこの世から消失するそうだ。

 つまり俺が死ぬとき、フェルはこの世界から存在を消すことを意味している。

 何でそんなシステムをフェルが背負わされているかは俺も分からないけど……

 そしてそのたった一人の所有者に選ばれたのが俺、ということらしい。

 

『むしろ主様はこの神器を幾分に使えこなせています。……自信を持ちなさい、主様』

「……たまにフェルからも母親オーラを感じるのは気のせいか?」

『ふふ。ドライグとは一緒にしないでくださいね? わたしくしはまどかさんを尊敬していますから』

 

 俺がそう言葉を漏らすと、フェルは小さく笑っているのが何とも言えない。

 まあでも間近に母親の域を超える母さんがいるからな……

 ちなみに母さんは未だ、昔のような美貌を保ち続けている。これに関してはさすがのドライグやフェルも驚いている。

 母さんが駒王学園の制服を着て、何食わぬ顔で俺の隣で入学式に出たら違和感がないと言えばいいだろうな。

 あと、俺はフェルウェルのことをフェルって呼んでいる・・・というのはただ親近感を持つためだ。

 

「でも、考えてみると、あれから色々あったよな……」

 

 俺は腕時計で時間を確かめると、まだ時間が入学式までかなりあることを知り、並木道にぽつりと置いてあるベンチに腰掛け、桜の花びらの舞う空を見上げた。

 何があったかと言えば、例えばあの事件から少し経ってからのことだ。

 ちょうどその時、父さんの単身赴任が2年間と決まったことで母さんと俺は父さんのいる北欧のある国に2年間だけ暮らすことになった。

 まあ元々は転生前の俺はそっちの方の人間だったから言語に関しては特に困らなかったけど、父さん達が驚きそうだったから二人の前では英語は絶対に話さなかった。

 それでそこにいる時に立ち寄った教会で外国に引っ越した小さい頃の幼馴染の紫藤イリナと何かとも再会して、彼女とも更に仲良くなった。

 でもすごく信仰者になってたけど……今でも時たまに連絡を取り合う程度の繋がりはある。

 それと……白音と黒歌か。

 

『相棒。……あの時の相棒はひどく落ち込んでたな』

 

 ……ドライグの台詞だけを聞いたら勘違いするかもしれないが、別に死んだわけじゃない。

 何があったかと言えばそれは単純に、突然2匹ともどこかに行ってしまったんだ。

 すごく懐いてくれてて、本当に可愛かったから俺は自分でもわかるくらいに落ち込んで、しばらくの間はショックで皆を心配させたしまったよ。

 たったの1年くらいしか一緒にいなかったけど、今でもあいつらのことは忘れられないさ。

 

『ですが、何故、白音だけは数カ月後に帰ってきたんでしょうね?』

 

 フェルは不思議そうに俺に尋ねてくる。

 ……そうなんだ。白音と黒歌がいなくなった数ヶ月経って、突然、俺の部屋に白音が帰ってきたんだ。

 さすがに驚いたけど、でもなんか様子がおかしくてさ。……何故かものすごい悲しそうな鳴き声をだして、その日は俺から片時も離れなくて。

 だからその日はずっと白音を抱きながら一緒にいたんだ。

 

『そうしていたら翌日にはまた消えて、もうあの時のドライグの必死さは笑いましたよ』

『仕方あるまい。……相棒が悲しがっていたのだぞ! 心配しないパパがどこにいる!?』

『……そんなことばかり言っているとアルビオンが泣きますよ?』

 

 フェルは哀れんでいるような声音でドライグにそう言うが、当のドライグは全く気にしていないようだった。

 ……白い龍も大変だな、こんなライバルを持って。

 

「心配だけど、心配してももう仕方ないよな」

 

 ……俺は昔を思い出しながら、声のトーンを下げる。

 黒歌と白音はいつも俺と一緒で、一緒にお昼寝をしたりお風呂に入ったりした。

 ちょっと頭を撫でてあげると心地よさそうに体を震えさせて、抱きしめたら俺に身を委ねてくれた。

 ……家族だった。

 だから今でもあいつらのことを思い出したら悲しい。

 でも2匹はもう何年も見てないんだ……探そうにも探せない。

 

『にゃん、にゃん♪ にぁぉぉぉん~~~♪』

 

 俺は特に甘えん坊だった白音の愛くるしい姿を思い出す……!

 ああ、あれは俺にとっての最高の癒しだったなぁ。

 修行の疲れは全て白音のお蔭で吹き飛ぶくらいに可愛かった!

 ……そうだ、最近の俺には癒しというものが足りない!

 

『……相棒が荒れている―――フェルウェル、大至急、相棒に癒しを用意するぞ!!』

『……はぁ。まあそれがドライグですから、今更どうにもならないですけど』

 

 フェルはドライグの発言に対して溜息をつきながら呆れる。

 ……寂しくはあるけど、仕方のないものは仕方ないよな。

 

「さてと……そろそろ時間か?」

 

 俺は勢いよく立ち上がり、そして服に着いた桜の花びらを払って歩く。

 駒王学園の新入生らしい生徒もちらほらと見えるから、もうそろそろ学校に向かってもいいだろう。

 ……それにしてもなんか視線が気になるな。

 チラホラ見える学生はほとんどが女子生徒なんだけど、どっちにしろ余り心地の良いものではない好奇な視線を向けられるのはいい気分じゃない。

 

『まあ仕方ないだろうな……入学試験で相棒はかなり目立っていたからな』

 

 ……入学試験か。

 駒王学園の試験は筆記試験と身体能力試験、そして面接の3種類だ。

 ドライグの言うところの目立っていたっていうのは、多分二つ目の試験のせいだろうな。

 ……なんていうか、軽く流しただけなのに結果が1位ってどういうことなんだよ?

 

『主様は人の身で怪物を相手に手玉に取っているのですよ? 言っておきますが、あの冥界辺境地域の魔物の力は上級悪魔でも苦戦するレベルです』

『相棒は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に耐えるための肉体を小さいころから、こつこつと作っていたからな。普通の人間とは比べ物ならないほどに素晴らしい肉体だと断言しよう。悪魔ですらも敵わないレベルかもしれないほどだ』

 

 でも軽く流しただけで1位っていうのはな。……しかも過去の記録を全て塗り替えるって何の冗談だよ。

 ……とにかく、そういうわけで今は視線を集めている。

 

「ねえ、あれってやっぱり……」

「噂の兵藤くんよね……。どうしよ、わたし、声をかけようかな?」

「まだよ! まだ焦る時じゃないわ!! 焦るのと焦らすのは違うのよ!?」

 

 ……いや、何の会話してんだよ!?

 誰も(あせ)らしてないし、()らしてねえよ!

 っていうかそもそも初対面の人間を見ながらする会話ですらないだろ!!

 俺は心の中でそうツッコむのだった。

 

「くそ、一誠のくせに……ッ!」

「うらやましい、うらやましぃぃぃぃぃいい!!」

 

 すると俺の後方より、何やら怨念めいた声が聞こえる。……振り返るまでもないな。

 

「何のことだよ、松田、元浜」

 

 松田に元浜。……俺の小学校時代からの友人ってところだな。

 俺が外国から母さんと共に帰って来て、転校した学校にいて、色々あって友達……いや、親友になった奴らだ。

 今となってはホント不肖の、が付くほどだけど。

 

「貴様ぁ! 試験であそこまでのことをやらかしておいて、まだ言い逃れをするつもりか!」

 

 松田が喚き、俺が殴る。

 

「お前なら女なんか食い放題なんだろ! うらやましい、うらましいぃぃぃ!!!」

 

 元浜が泣き、俺が蹴飛ばす……といったように二人は音もなく殴られ、蹴られた部分を押さえて膝を地面につけた。

 さすがに大げさだろう?

 そんな二人に俺は背を向け、背中越しで一言。

 

「お前らと一緒のクラスにならないことを願ってるよ。……少しは煩悩を抑えれば、お前らならすぐに彼女の一人は出来るだろうよ―――まあ無理だろうが、変態共」

 

 俺の一言に二人は倒れたようだった。

 

「そん、な……殺生な……ッ!!」

「我が人生、胸の一つは触りたかったな……」

 

 ……どんな格言だよ。

 俺はあきれ果ててそう心の中でツッコむのだった。

 

―・・・

 俺は松田と元浜を放置し、駒王学園に到着するとそのままクラス発表をみて、自分の名前を確認した。

 

「1-Aか。知り合いは……げっ、松田と元浜かよ」

 

 俺はガクリと肩を落とす……けどなんとなく、そうなるかなっと思っていたから特に気にすることなく教室に向かうことにした。

 ―――のはずなんだけど……

 

「あれ、ここはさっき見たような。……ああ、迷った」

 

 ……見事に、迷子になった。

 あれ? この学校にこんな森あったっけ?

 周りに生い茂る草花を見て、俺はそのように思う。

 

『……相棒の数少ない短所の一つだな』

『むしろわたくしはこれくらいの方が可愛いと思いますが……』

『ああ……父性を感じ取れる!』

 

 なに愉快なこといってんだよ、パパドラゴン!

 それどころじゃねえ!

 学校で迷子って、いくら方向音痴の傾向がある俺でも限度があるだろ!

 

「うぅ……泣きそうだ」

『……だが、どうにも奇妙だな。いくら相棒が方向音痴気味になってしまったとはいえ、まさか学校で迷子になるわけもあるまい―――となると、もしくはこの辺りに結界でも張ってあるのか?』

『その可能性は大いにあり得ますね。それに先ほどから周辺で多少の魔力の反応がいくつか―――その考えが妥当でしょう』

 

 ……いくらなんでも考え過ぎじゃないか?

 まあでも疑うの仕方ないか。……何せ、ここには悪魔がいるんだからな。

 俺は赤龍帝だから、この三年間は出来る限り正体がバレないように生活しないといけないな。

 なんでも三大勢力ってのは人間にもっとも干渉しているらしいからな。

 ―――そんなことを考えている時だった。

 

「あれ? こんなところで何をしているんだい?」

 

 ……妙に優しい口調の声で、誰かが俺に話しかけてきた。

 俺は声をかけられた方を見ると、そこには金髪で優しげな表情を浮かべた、駒王学園の制服を着ている男子生徒の姿があった。

 

「ああ、気にしないでくれ……自分の方向音痴具合に涙しているところなんだ」

「はは……察するに、道に迷ったんだね?」

「察しなくてもそうだよ……まさか学校で迷子になるなんてな」

「まあ気を落とすことはないよ。この学校、広いからね」

 

 爽やか風の男子生徒が苦笑しながら俺を宥めている。

 ……ああ、なるほど―――俺はなんとなく、経験的なものでこいつの正体が分かった気がした。

 上手く隠しているし、ほとんど感じないが……微かに異物の香りがこいつからする。

 確信はないが……このタイミングでそんな奴に出会ったってことは、あながちドライグの考察も間違いではないかもな。

 

「じゃあこうしよう。僕が君の教室まで案内しよう。……名前を聞いてもいいかな?」

「……兵藤一誠、今日からこの学校に入る新入生だ」

「兵藤……なるほど、君が部長の言っていた面白そうな子かな?」

 

 すると男子生徒は、ニコリと笑ってくる。

 

「お前、もう部活に入っているのか? っていうか何で俺の名前を知っているんだ?」

「君は有名だよ? ああ、僕はオカルト研究部に所属しているんだ。部長っていうのはその部の部長……リアス・グレモリー先輩のことだよ」

「へ~……それで?」

 

 俺は有名っていうところを聞きなおした。

 

「ああ、そうだね。……君は身体能力試験でほぼ満点の出したそうじゃないか。しかも記録を全て塗り替える勢いで。しかも部長から聞いた話では、筆記試験は満点、面接も文句がつけようもなかったらしいからね」

 

 ……当然、前の記憶と知識があるから勉強については全く問題ない。

 しかも幼稚園の時とか小学校のときも高校のほうの勉強してたからな。

 たぶん、大学受験も勉強しなくても大丈夫だ。

 

「さて、じゃあ僕は君を教室まで案内することにするよ」

「……そう言えばまだお前の名前を聞いていなかったな?」

 

 すると男子生徒はハッとしたように俺を見てきた。

 さては忘れていたのか、こいつは。

 

「そう言えば僕はまだ名乗っていなかったね。……僕は木場祐斗。君と同じで新入生だよ?」

 

 ……これが木場祐斗との出会いだった。

 俺はこれから一年、こいつを観察することになるとは木場祐斗自身、思いもよらないだろうな。

 

「……………………」

 

 当然、この時の俺は、俺のことをじっと見つめる少女など知る由もなく、そしてそれから1年の平和な月日が経ったのだった。




これが5話ですが・・・原作にはなかった自分のオリジナルな解釈で一誠の駒王学園入学を書かしてもらいました。


この間の空白の数年間を埋める回想なんかをしたかったんです!


あとすんごい眠気の状態で書いてましたから、誤字脱字とかがあるかもしれませんから、恐らく改善するはずです(苦笑)


そして木場君登場。


一誠とは既に1年のころに知り合っていたということにしています。


さて、では次の話から本格的に本編開始!


ようやくヒロインズと一誠を絡ませることが!?




そしてミリーシェの存在が希薄となってきましたが、彼女とオルフェルくんの過去なんかはもう出来てるんですよね~


個人としてはそこを書きたいんですけど、まだ早いから当分あとになりそう(涙)


おそらく、忘れたころに彼女は出てくると思います(^ 。^)


では今回はこの辺で、ではまたです!

―追記―
7/5 誤字修正&描写を大幅に加筆しました!


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【第1章】 旧校舎のディアボロス 
第1話 金髪と、視界は真っ赤な……


 何故かは知らないけど、どういうわけか俺の視界にはプライドの欠片もなく土下座をしている友人二人がいる。

 唐突で悪いけど、こちらからしても唐突なんだ。

俺、兵藤一誠の前には中学以来の友人の松田と元浜が恥を捨ててそんな暴挙にでている。

 

「とりあえずどうしたんだよ? そんな土下座なんかして……」

「もうこの際、イッセーでいいんだ! 女の子を紹介してくれぇぇぇぇ!!」

「そうだ! もうイッセーしかいないんだぁぁああ!」

 

 ……このエロ野郎どもが叫ぶせいで周りからすごく視線を集める。

 中には女子で、軽く悲鳴を上げる子もいるけど、それは松田と元浜が学園で煩悩を全開で表に出すため、女子生徒からかなり引かれているらしい。

 

「…………とりあえず落ち着け」

 

 俺は運動場が見える芝生の上で未だに土下座をする二人の後頭部を軽く小突く。

 さすがにこれは居心地が悪い。

 周りから見たら、俺がこの二人をまるで従えているみたいだからな。……え、死んでもいやだけど。

 

「……イッセーよ、俺と松田がこの学校に猛勉強して入った理由は覚えているな?」

 

 ……確か、驚くほどの煩悩だらけの理由だったと思う。

 その前に駒王学園のことに少し触れると、駒王学園は元々は女子高であったらしく、その名残から女子生徒の数の方が学年を通しても比率が高い。

 学力のレベルもそこそこ高く、普通に難関校であるのだけど、この二人はそんな駒王学園でどうやらハーレムを作れると思っていたらしい。

 ……全くもって幻想だよな、それ。

 当然、そんなことは初めから不可能なわけで。

 それに特に松田なんかは普通にしていればスポーツ万能で爽やかに見えるはずなのに、エロ発言がこいつを駄目にしている気がする……

 まあそれは云々として、こいつらは普通な面で言えば良い奴らだ。

 エロは置いといたら人のことをしっかりと考えれるし―――そう、エロを置いておいたらな。

 

「蓋を開ければどうだ!? 女子は俺らを避け、ハーレムどころか彼女の一人も出来やしない!」

「いや、それは自分の責任でもあるだろ? あと地味に俺を加えるな。俺は避けられてない」

「黙れい、このモテ男が!! 女弄びやがって!」

「弄んでねぇよ! ってか何で女の話になるんだよ!」

 

 俺は元浜の眼鏡越しの本気の涙に少し戸惑う……

 涙するほどにお前はハーレムしたいのか!? いや、ホントに彼女一人いればいいじゃん!

 まだいないだろうけど、元浜も普通にしていればいい奴だし、そこまで見た目も悪くないからさ!

 

「イッセーよ。……貴様、入学して以来、女子に人気のない所に呼ばれた回数を言ってみよ」

「覚えてねぇよ?」

「ならば俺が答えてやろう!! イッセー!!」

 

 元浜は突然立ち上がり、メガネをくいっと上げ、胸ポケットから黒い手帳をとった。

 

「まずは一度目の呼び出し、入学当日、クラスの女子。……話した内容は不明、しかし戻ってきた時の女子は妙に浮かれていた。それからの数カ月、お前の元には数々の女子が来たはずだ、数にして50人程度……」

「う、浮かれているだと!? どういうことだ、元浜氏!」

「俺の調査によれば付き合った形跡はない。だが浮かれていたのだ。そりゃあ目に見るよりも明らかにな……」

「な、何がったんだ、イッセー! 応えてくれ!!!」

 

 松田が俺の肩を激しく揺らす。

 ……そんな大した話じゃない。

 初めは普通に好奇心で俺を呼び出したが、良いのか悪いのか、駒王学園は割と草花で繁っている。

 当然、虫とかも出てくるわけで女子からしたら怖いらしく、それを助けたら仲良くなったという経緯だ。

 虫が嫌なら校舎裏なんか呼び出さなきゃいいのにな。

 

「そんな大したことじゃないさ。……普通に仲良くなっただけだし、お前らが考えるような告白とかもそんなにないし、あっても断った」

「……そう言えばイッセーは特定の相手をつくらないよな。引く手は数多のはずなのに」

 

 松田は俺の顔を見てそう言ってくる。

 

「……別に、彼女とかはあんまり気にしないんだ。出来る時は出来るだろうし、それに今はお前達とかと馬鹿してるほうが俺に合ってるし、俺もそっちの方が楽しいんだよ」

 

 芝生に寝転びながらそう言った。

 実際の話、俺は正直、こいつらとの関係は気にいっている。

 いい奴だし、こいつらの長所は俺が良く知っている……もしこいつらを噂だけ判断しようとする奴は俺は許さないさ。

 それに……どうも今の俺には恋愛というものに楽しさを感じないんだ。

 良いものだとは思うし、必要なことなのかもしれない……でも俺は何故か、一歩先に踏み込もうと思えないんだ。

 どうしてもチラつくんだよな……あいつの、笑顔が。

 多分それは……いや、暗い話はなしだ!

 とにかく今は、こいつらと一緒に遊ぶことが楽しい! それで良いんだ!

 

「うぅ……イッセーが俺達のことをそんな風に思ってたなんて!」

「ああ、こんなことなら嫉妬してあんな噂を流さなければ良かった!」

 

 ―――…………あんな、噂?

 それまで穏やかだった俺の心にヒビが入った。

 

「おい、おまえら……噂っていうのを俺に詳しく、それはもう詳しく教えてくれるか?」

「「やばッ!!」」

 

 二人は顔が青ざめ、すぐさまその場から逃げようとするが俺はそれをさせず、こいつらの首根っこをしっかりと握りしめて俺の方に向かせた。

 表情は当然、笑顔である。

 

「い、い、いやぁ~……イッセーがあまりにも異性にモテルくせに特定の相手を作りませんからね?」

「ほう……それで?」

「た、たまに教室に遊び来ていたイケメン王子、木場祐斗と仲が良いみたいだから、その……」

「……言い逃れは?」

「「……出来れば命は残す方向でッ!!」」

 

 二人の声が綺麗に重なった瞬間、俺は二人をギャグ漫画のように芝生に顔を埋め込んでやった!

 よし、すっきりした!

 そして俺の中のもやもやも消えた!

 

「お前らだったのかよ……俺と木場のホモ疑惑を流したのは!!」

 

 ……それは非常に不名誉な噂であった。

 

「兵藤君、今日もすごい具合に埋まってるね? そこの二人」

「……木場か」

 

 すると俺のすぐ傍にもう一人のエロ馬鹿の被害者、木場祐斗が現れた。

 傍らにはこいつの取り巻きみたいな女子生徒が何人かいた。

 

「ひ、兵藤君と木場きゅんのツーショット!?」

「見るようであまり見ないシーンよ!! 今すぐ永久保存しましょう!!」

「爽やかイケメンの木場きゅんに、兄貴肌男前イケメンの兵藤くん……ぐは!」

 

 おいおい! 最後の子、なんか血を吐いたよ!?

 そして何で木場、お前の取り巻きは俺とお前の会話を見てそこまで興奮してるんだよ!

 なんか不本意な噂がここまで広がっている!?

 

「あはは……それより兵藤君、こんなところで何をしているんだい?」

「変な噂を流すのが大好きなそこの馬鹿をめり込ませただけだ」

「噂? ああ、僕はそれはあまり気にしてないから大丈夫だよ」

「いや、気にしようぜ? それでお前は部活か?」

 

 俺は気を取り直して、木場に尋ねる。

 

「うん。なんか最近、部長とか他の部員が悩んでるみたいだからね。……兵藤君もどうだい?」

「いや、俺はオカルト研究部の面々とは面識がないしな。……行ってもお前と話しているのが関の山だろうな」

「僕はそれでも構わないけど。でもそれなら仕方ないね。じゃあ兵藤君、またね」

 

 木場はそう言うと、爽やかな笑顔で手を振りながら旧校舎にあるオカルト研究部の部室へと歩いて行った。

 そして俺は、あいつの後ろ姿を見ながら、ふと思った。

 ……松田と元浜を、地面に埋め込んでいたことを。

―・・・

『Side:木場祐斗』

 

 まず最初に僕、木場祐斗は悪魔だ。

 元は人間で、とある事情で死にそうになっているところを我が主、リアス・グレモリ―様に悪魔の駒(イービルピース)を与えられ、悪魔に転生した転生悪魔だ。

 そして僕は今、リアス様が部長をしている駒王学園の旧校舎にあるオカルト研究部の部室のソファーに座りながら、副部長である姫島朱乃さんの淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

 

「あらあら、裕斗くんは本日は来るのが遅かったのですね」

「はい、道中に友人と顔を合しましたので、少し会話を……」

 

 口調が柔らかく、艶のある黒髪でニコニコしているオカルト研究部副部長の姫島朱乃さんが普段通りの笑顔で僕に話しかける。

 

「祐斗くんにそんなに仲の良い友人がいるのは初耳ですわ」

「あはは、僕にも友人の一人はいますよ」

 

 僕は苦笑しながら彼女の入れてくれた紅茶を飲み干す。

 今、この場にいるのは全て悪魔だ。

 僕の主、リアス・グレモリー様を筆頭に、彼女の右腕であり同時に女王の駒を与えられた三年生の朱乃さん、そして僕の反対側のソファーでぼうっと呆けている戦車の駒を与えられた一年生の塔城小猫ちゃん。

 僕は部長から騎士の駒を与えられていて、そしてここにはいないけどもう一人、僧侶の駒を与えられた子もいる。

 

「あらあら……小猫ちゃんは本当に最近はずっとぼうっとしてますわね。何か悩みかしら」

「小猫ちゃんはあんまり自分のことは表に出しませんからね……それに部長も」

 

 僕は小さな円テーブルの上に置かれたチェス盤の上の、真っ赤なチェスの駒をいじっている部長の姿が目に入った。

 そこには兵士の駒が8つ、僧侶、戦車、騎士の駒が一つずつ乗っていて、いずれも部長の待つ悪魔に転生させるための悪魔の駒(イ―ビルピース)だ。

 

「やはり部長の悩みとはあのことでしょうか」

「ええ。……それは突然のことでしたもの。流石の部長も戸惑っているのですわ」

 

 すると朱乃さんは部長の傍に寄って行った。

 

「部長、あまり考え込むのは体に毒ですわ。少し肩の力を抜かれればどうですか?」

「……ええ、ありがとう、朱乃。少し休むことにするわ。それに私の頭で考えてもどうにもならないでしょうから」

 

 部長は少し笑うと、朱乃さんと共に部室の横にある仮眠室に行った。

 何で一介の部活であるオカルト研究部にそんなものまで備えられているかというと、そもそもこの駒王学園がグレモリー家が作った学校だからだ。

 

「……祐斗先輩」

 

 すると小猫ちゃんが知らない間に僕の傍に来ていて、僕の服の裾を軽く引っ張っていた。

 

「……少し出てきます。一応、部長に言っておいてもらえますか?」

「うん、わかったよ。……それで今日はどこに?」

「……内緒です」

 

 すると小猫ちゃんは少し頬笑みながら部室から退散した。

 ここのところ……っというより僕が駒王学園に入学して以来、小猫ちゃんはこの夕方の5時ぐらいから6時にかけて、どこかに一人で行くようになった。

 最初の方は部長や朱乃さんも心配していたんだけど、ずっと悩んでるのかは分からないけど、ぼうっとしている小猫ちゃんが帰ってきたら少し機嫌が良くなっているのを見て、二人も黙認するようになった。

 

「気にはなるけど……」

 

 僕はそう呟くと、部長がそれまでいじっていた部長の悩みの種であるチェスの駒……3つの兵士の駒をみた。

 どれも同じように見えるが、8つのうちのこの3つの兵士の駒はただの駒ではない。

 いや、違うね―――ただの駒だったのに、ある日突然にただの駒ではなくなったんだ。

 本来、悪魔の駒は転生させる際、その人間の能力や価値によっては一つの駒では足りなく、複数の駒が必要になることがある。

 そんな中で悪魔の駒の中のバグとして生まれた駒……変異の駒(ミューテーション・ピース)は、その当たり前が通用しない。

 例えば騎士の駒で考えると、すごい剣豪がいて、本来はその剣豪は騎士の駒の一つでは転生できないとする。

 なら騎士の駒が複数いるけど、変異の駒というのは本来複数の駒が必要なのにも関わらず、それを一つで済ますことのできる一種の特異現象を起こすものなんだ。

 簡単に言えば、一つの駒の中に何個もの駒が入っているって考え方だね。

 そして僕の目の前の兵士の駒はそれに該当する。

 普通はこの変異の駒は、悪魔の10人に1人は一つくらいは持っているんだけど、数年前までなら部長は変異の駒は既に使っている僧侶の駒の一つしか持ってなかった。

 しかしここ数か月前、突然、それこそ変異的に8つの駒のうち3つが変異の駒になったんだ。

 部長はこの3つの駒を悪魔の駒の製作者、四大魔王アジュカ・ベルゼブブ様に見せたところ、一つで兵士の駒の6個分の価値があるらしい。

 こんな現象は流石の魔王様も見たことも聞いたこともないらしく、その現象を追求したいということから、魔王様はこの駒を部長に使わせるということになったらしい。

 

「単純計算で、兵士23個分か……」

 

 僕はその数字に少し恐れおののく。

 一体、何があったらただの駒が変異の駒になるんだろうね……

 その時だった。

 

「……駒が、動いている?」

 

 ―――突然、兵士の駒の8つが、小さい光を灯しながら動いていた。

『Side out:木場』

―・・・

 俺、兵藤一誠は今は学校から帰っている途中だ。

 とりあえず情けで松田と元浜を芝生から抜くと、あの二人は化け物をみるような顔で謝りながら走り去ったのだ。

 だから俺は今は一人で帰ってる。

 時間にしたらもう夕方の5時を少し過ぎたぐらいだ。

 

「うう~ん……今から帰ったら母さんに絡まれるから、少し遅めに帰ろうかな」

 

 母さんは少しはマシになったとはいえ、やはり子供の俺を可愛がることを非常に好んでいる。

 この前、母さんの部屋にある「イッセーちゃん成長アルバム」と題名に書いてあるアルバムを見つけて中を見た時、俺はものの2秒でアルバムを元のあった場所に戻した……

 そりゃそうだよ!

 なんか体重から全てのあらゆる情報が赤裸々に書いてあったんだぞ! 悪寒の一つくらいはするわ!!

 

『それだけ主様を愛しているということなんでしょう……美しいではありませんか、親子愛』

 

 すると俺の中からフェルの声がした。……ってあれ?

 ドライグは?

 

『以前にドライグが言っていたでしょう? 今は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は調整期に入ったとのことなので、数日の間はドライグはその調整作業に集中するらしいです』

 

 ああ、言ってたな。

 そう……今、俺の中の神器の一つの赤龍帝の籠手は負担が掛かり過ぎたために、ドライグから使用を止めるように言われて、今は発動できない状態にあるらしい。

 

『主様の修行量と更に成長速度は相当の早さですよ。……それで負担がかかり過ぎたのでしょう。わたくしの神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)も今は軽い調整期ですし、三度の創造力をためるのがやっとでしょう』

 

 三回で作れる神器と言えば……下級か中級クラスの神器くらいか?

 

『そうですね……。どちらにしても今日はゆっくりしましょう。たまには休暇も必要です』

 

 フェルは優しい声でそう言ってくれる。

 相変わらずフェルは優しいよな。

 するとその時だった。

 

「……あれは、どうしたんだろ?」

 

 俺の視線の先には、道行く人に何かを聞こうとするが結局相手にされずにおどおどしているヴェールを被った小柄な女の子がいた。

 髪の毛の色は……金髪?

 ああ、だから日本語が通じずに相手にされないってわけか……。はは、仕方ないな。

 

『ふふ……。主様もお優しいですよ』

 

 俺はフェルウェルの呟きを聞きながら、その女の子の方まで歩いて行った。

 たぶん、さっき聞こえた言語通りなら彼女の言語は昔の俺と同じだろうから、俺は言語を変えて彼女に話しかけた。

 

「何かお困りですか?」

「……え?」

 

 その女の子は俺の方を振り向く。

 目を丸くして、俺の方をじっと見るとちょうど風がなびいて彼女のヴェールが飛ばされるのを黙視すると、俺はヴェールをその場で軽く飛んで、そしてヴェールを掴んで彼女に渡した。

 

「はい、飛ばされたもの」

「あ、ありがとうございます!」

 

 すると女の子はぺこぺこと頭を下げて大げさにお礼を言った……そんなすごいこともしてないのに、そんなに礼を言われたらなんか罪悪感がっ!!

 ……じっと俺は彼女を見る。

 正直言って、俺が今まで見た中では圧倒的な美少女がいた。

 あまりにも綺麗なグリーンの相貌によく手入れされているだろう金髪の髪。

 肌は雪みたいにきれいで、どこか守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出しており、何よりその雰囲気はとても優しそうだ。

 

「うぅ……私の言葉はこの国ではどの方にも通じませんでしたから、すごく嬉しいです! 通じる方がいらっしゃって!」

「それは良かったんだけど……なんか困ってたんじゃないのか?」

「はぅ! そうでした!」

 

 あはは……なんかホントに守りたくなってきた。

 っと話は逸れたな。

 

「私、今日付けでこの町の教会に赴任してきたんです。……貴方はこの町の住民の方なのですか?」

「ああ、俺は兵藤一誠。仲の良い奴とか、家族からはイッセーって呼ばれてるよ」

「わ、私はアーシア・アルジェントと言います! それでその……」

「道に迷ったんだろ? 教会なら俺、知っているから案内しようか?」

「えっと……。その、いいのでしょうか? 初対面でそんなにお世話になって……」

 

 アーシア・アルジェントという少女はどこか不安げな表情で俺を覗き込む。

 ……こう、なんていうか。俺は猛烈な癒しを感じる。この子の人の良さをほんの少しの会話で確信した。

 

「ああ、どうせ俺も大してすることなかったしさ。困った時はお互いさまって言うだろ? それに君だって、困っていたら助けようと思わない?」

「……ええ。そうですね―――それじゃあ、お言葉に甘えます、イッセーさん! 私のことはアーシアって呼んでください!」

「おう――よろしく、アーシア!」

 

 そして俺とアーシアは隣に立って歩き始めた。

 その途中で知った話で、アーシアは出身は欧州らしく、後はシスターっていうのは見た目で分かった。

 あと分かったのは……アーシアが本当に優しい子ということだ。

 俺のことを気遣うように話すし、この子と話していてすごく楽しい。

 松田とか元浜とは違う、新しい新鮮な楽しさだ。

 

「あ……イッセーさん、少し待っててくださいね?」

 

 アーシアの目的先である教会がようやく見えてきた時、公園を横切った際にアーシアは突然、公園の中に入っていった。

 俺はアーシアについて行くと、そこには転んで怪我をした男の子がいてアーシアはその子の血が出ている膝へ手を当てる。

 そして次の瞬間、俺は少し目を見開いた。

 

「……あれは、神器(セイクリッド・ギア)?」

 

 ……アーシアの手から淡い緑色のオーラのような光が発せられ、すると男の子の膝の傷がどんどんなくなるようにみるみると治っていき、終いには傷が完全にふさがった。

 

『回復系統の神器ですか……あれはかなりの高位の神器ですね』

 

 フェルの言うことだから間違いないだろうな。

 なんか、俺はアーシアが聖女のように見えた。

 

「はい、これで大丈夫です」

 

 アーシアは男の子にそう言うが、当然、男の子には通じていない。

 するとその時、男の子の母親らしき女の人がアーシアを怪訝な表情で見ていて、そして男の子を連れて公園から早歩きで立ち去ろうとしていた。

 

「お姉ちゃん!ありがとう!!」

「……?」

 

 当然、アーシアには通じていないらしく、俺はアーシアの方まで近寄った。

 さっきの男の子が言ったことを彼女に伝えると……

 

「ありがとう、だってさ」

「……すみません、つい」

 

 アーシアは舌を出して小さく笑うと、嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「……その力ってさ」

「はい、治癒の力です。……変、ですよね? こんな力を見たら普通のヒトなら……なんて。でも神様から頂いた大切な力なんです。……そう、大切な」

 

 ……アーシアはどこか表情を暗くさせる。

 どうしてだろう……アーシアのその顔を見たら、どうにかしてあげたいと思ってしまった。

 何で神様からの頂いたって言うのに、そんなに暗い顔をする彼女を笑顔にしてあげたいと思った。

 ―――それに何より助けてあげたのに、母親からはあんな怪訝な表情……報われない。

 アーシアは優しい子だから報いなんてどうでもいいんだろうけど……でもそれとこれとは話が別だ!

 俺は居ても立っても居られなくなり、アーシアの手を握った。

 

「……イッセーさん?」

「……もちろん驚いけど、俺は優しい力だと思った。誰かを救える力が、間違っているはずがないと思う。それに優しいアーシアに癒しの力って、相性抜群だろ? 会って間もない俺でもそう確信できるんだぜ?」

「……イッセーさん。ふふ―――ありがとございます。なんか、慰められちゃいましたね」

 

 少しは表情は晴れたかな?

 アーシアは笑顔だ。この子にはこの屈託のない笑顔が良く似合う。

 

「教会はもうそこだから道はもう大丈夫か?」

「はい! ありがとうございました、イッセーさん。何かお礼をしたいのですが……あ、お礼を教会で!」

「……せっかくのお誘いだけど、今回は遠慮しとくよ。俺はお礼が欲しくて助けたわけじゃないんだ―――だから今度、お礼とか関係なく誘ってくれたら嬉しい!」

「……イッセーさん、お優しいです。本当に―――はい! 次はしっかりと御もてなしの準備をしてお誘いします!」

 アーシアは少し微笑を浮かべながらそう言った。

 

 俺はそのまま、何故かアーシアのヴェールに包まれた頭を撫でた。

 アーシアは俺の行動にキョトンとしながら頬を少し赤くしている。

 

「また何か困ったことがあったら俺を頼ってくれよ? あの時間帯なら毎日さっきの道を通るからさ」

「……ありがとうございます、イッセーさん! ……日本に来て、不安だったんですけど、イッセーさんみたいな素敵な方に出会えて、私、嬉しいです! あぁ、これは主が私に下さった優しい贈り物です!」

 

 アーシアは高い声音でそう言うと、上機嫌で教会の方に向かう。

 アーシアは俺から少し離れ、俺にそこから手を振った。

 

「じゃあ、イッセーさん!必ずまたお会いしましょう! 絶対ですよ!」

「ああ・・・またな」

 

 そうして俺はアーシアと別れたのであった。

―・・・

 アーシアと別れて、俺は家へと向かっていた。

 ちょうど、良い頃合いの時間でそろそろ母さんも心配するよな時間帯だ。

 大体、6時くらいかな?

 夕日もそろそろ消えそうな時間帯だ。

 それにしても、アーシアは良い子だったなぁ……

 

『主様が特定の女の子を気にいるのは珍しいですね?』

 

 いや、本当に良い子だったから。

 優しいし、気が利くし、最近はあまりああいう良い子はいないからさ……あと守りたくなる雰囲気がな?

 ……それにどことなく、誰かに似ていていたから。誰か、は言わないけどさ。

 

『気持ちはわかりますよ、主様……今、この場にドライグがいないことが唯一の救いですか?』

 

 ああ……そう言えばドライグ、最近は本当に保護者の域を超えたからな。

 嫌な気分じゃないけど、松田と元浜を何故か敵視しているし……

 

『主様の悪影響になるとでも考えているのでしょう。……ですがなんだかんだでドライグは主様の意思を尊重しますので、大丈夫ですよ』

 

 分かってるよ。

 まあ今はドライグの力も使えないし、すぐに帰りますか……

 そう思ったその時だった。

 

「……フェル、この感じ、まさか」

『ええ、魔力を感じます。それとこれは―――聖なる力? いえ、聖なる力に邪さが入っている……。恐らく、堕天使の類かと』

 

 ……フェルは力の探知を得意としている。

 だからこそ信じられる。

 俺が今いるのはさっきのアーシアと通った小さな公園ではなく、もっと大きな、噴水が有名な公園だ。

 

「魔力は十中八九、悪魔のものだろうな……。でも聖なる力に邪さ、か。フェルの言う通り、堕天使で間違いなさそうだな」

 

 俺は大体の予想がついて、急いでその場から走り出す。

 

『主様。今の主様は籠手の力は使えません。その状態でこの件に首を突っ込むのは危険です!」

 

 ……そうかもしれないな。だけど、それは俺が止まる理由にはならない。

 俺の予想から考えると、この町にいる悪魔は全て、駒王学園の生徒のはずあんだ!

 堕天使が悪魔を襲う理由は一つ―――なら俺がどっちを救うのかは明確だ。

 

『……確かに、悪魔の方が弱まっているのは確かです。……ですが主様を危険な目に遭わせては、相棒としてドライグに合わせる顔がありません!』

「―――お前も過保護だよな、大概。だけど俺にはお前がいるんだぜ?」

 

 俺はそう呟くと、俺の胸から白銀の宝玉が現れた。

 宝玉は俺の胸に埋まるように装着されていて、宝玉の周りは銀色の装置のようなもので包まれている。

 

『Force!!』

 

 ……神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)

 15秒ごとに創造力を高め、溜めた創造力に比例して一時的に神器を創り出すことの出来る無限の可能性を秘めた神器。

 でもこれも調整中だからそんなに使えないだろうな。

 

『Force!!』『Force!!』

 

 更に15秒後、30秒後に二度の創造力が溜まる……が、現状においてこれが限界だ。

 三回なら、高が知れた神器しか創れないが、無いよりはマシだ!

 

『Creation!!!』

 

 その音声とともに、俺は想像する。

 武器は使い慣れた籠手型、今、創れる最高の神器を創造。

 そして次の瞬間、俺の左腕には赤龍帝の籠手と少し見た目が似ている籠手型の神器が装着されていた。

 

龍の手(トゥワイス・クリティカル)か。……ありふれた神器だけど、仕方ないな」

 

 赤龍帝の神器を創造して生まれた神器はありふれたものだ。

 確か所有者の力を一時的に倍増する力。赤龍帝の籠手の超下位互換の神器だ。

 ……仕方ない、これでやるしかないんだ。

 

『主様、その神器でさえ10分と持ちません! 本当に危なくなったら逃げてください!』

 

 分かってるよ。……さあ、行くぞ!

 

『Boost!』

 

 龍の手から力が倍になるのを感じる。

 これはブーステッド・ギアじゃないから魔力を介した力は使えない……というより、俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)がないと現状魔力を使えない。

 状況は最悪だ。でも行くしかない!

 俺は倍増した身体能力で力を感じる方へ走っていく。

 そして……公園の中心にある噴水のところまで行くと、そこには二人の存在がいた。

 

「あらら……。随分と弱い悪魔さんだこと!」

「……不意打ちしたくせに、良く言いますね」

 

 1人は駒王学園の女子の制服を着た小さな女の子だ。

 髪は白髪で確か……そうだ、松田と元浜が言っていた学園のマスコット!!

 あとは木場と同じでオカルト研究部でそして・・・悪魔ってことか。

 彼女は血をいたるところから流していて、どうにも調子が悪そうだ。

 ……そしてもう一人は堕天使。

 黒髪で、恥ずかしいほどに肌を露出しただらしない格好をしていて、光の槍のようなものを手にしている。

 

「ふふ……下級な種族である悪魔なんて、殺してしまえばいいのよ。それに貴方は主の元を離れてぼうっとしてたし……もしかしてはぐれ?」

「……違います」

「ま、どうでもいいんだけどね。私の本来の目的はあなたの学校の男子生徒だったのに、その子の名前を聞いた瞬間、目的を聞いてくるなんてね。……しかも気付いていなかったのに魔力まで出して、私に悪魔ですって言いたかったのかしら?」

「……知りませんッ!」

 

 小さな女の子は堕天使に小さな拳を放とうとするが、だけどあの手負いだ。

 明らかに思うように動いていない。

 駄目だ、あの子はこのままじゃ殺される!

 でも今の俺は人間の倍の力しかない……それでも俺に何もしない選択肢なんて存在しない!

 堕天使があの子に槍を向け、それを投げるような動作に入った!

 もう迷ってはいられないな。

 

「―――その子から離れろ、痴女ぉぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は全速力で少女と堕天使の間に入って龍の手(トゥワイス・クリティカル)をつけた左腕の拳を強く握る。

 堕天使の槍は既に放たれていた。

 

「……ッ!! せ、先輩!?」

 

 後ろの女の子が俺の突然の登場に驚いている。

 でも彼女は致命傷はないものの、光によるダメージが激しい。

 満足に動けないだろう。

 

「大丈夫だよ。―――堕ちた天使がうちの後輩を傷つけてんじゃねえ!!」

 

 そして俺は放たれた光の槍に全力の拳をぶつける。

 例え仮の神器でも耐久力は本物並みだ!

 槍は相殺され、そして俺を見た堕天使は俺を見て驚いている。

 

「……私の槍を相殺したのは驚いたけど、まさか兵藤一誠君?」

「ああ、そうだよ……堕天使」

「私の存在を知っているのね。……確かに、あなたは危険分子かもしれないわね―――っていうか初対面の女性に対して痴女は失礼じゃなぁい?」

 

 堕天使の女は先ほどの俺の叫びに反応したのか、青筋をピクピクとさせる。

 ―――でも今の問題はそんなことじゃないんだよ。

 今の問題は、お前がこの女の子を傷つけたってことだ!

 

「本当は貴方に告白して、デートでもしてから殺してあげようと思ったのだけどね……ねえ、私と付き合ってみる?」

「……いやいや、無理だから。好みじゃないし、それに俺はお前みたいな下品な女が嫌いでね―――そんな痴女っぽい格好している女は死んでもごめんだ!」

「下品、ですって!!」

 

 ……百人中百人が痴女って選択するからな?

 そんなことを考えていると、堕天使は両手に光の槍を二つ作って、俺に放ってくる!

 俺は片方を籠手にぶつけて相殺し、もう片方を避けて後ろの女の子を背負ってその場から離れる。

 速力も倍になっているからな。あれくらいの攻撃なら余裕で避けれる!

 

「たかが人間風情が! 至高なる私に向かって!!」

「至高とかなんだか知らないけどな。だがな。誰かを傷つける奴は至高なんてありえない! 単なる害悪だ!」

 

 俺は少し離れたところに少女を置いて、堕天使へと向かった。

 多分相手の方が身体能力も全てが上だろうな……。だけどそれがどうした?

 俺は堕天使へと全力で拳を振るった。

 

「……何かと思えば、それってただの龍の手(トゥワイス・クリティカル)じゃない。全く、何が危険分子よ―――まあ確かに人間のくせに強いけどね!!」

 

 堕天使は槍を投げてくる!

 速いッ! 避けきれずに槍は俺の頬を掠め、そして頬からは一筋の血が滴り落ちる。

 

「……割と結構好みのルックスだけど、死んでちょうだい!」

「お前の好みとか一切興味ないんだよ!」

 

 再度、槍を籠手にぶつけて相殺する。

 だけどもう神器が限界だ!!

 さっきから籠手にヒビが生まれ始めていているのを見て、俺は冷や汗を掻いた。

 

『主様! もう駄目です、神器が持ちません! このままでは!』

 

 フェルの声が聞こえる……でもここで逃げても何も変わらないさ。背を向ければあの槍にやられる。

 それなら前を見て戦う方がまだ建設的だ!

 

「ふふ……ならお次はこんなのでどう!!」

 

 堕天使は槍を投げた。

 ―――俺が離れたところに置いた、あの少女の方に。

 駄目だ、槍は複数投げられてる。……相殺は出来ない。

 なら足は間に合うか?

 そう思考したときには、俺は全力の速力を出していた。もう瞬間移動ってくらいのものじゃないか? 体のリミッターが外れたように、人間離れした速度で少女を突き飛ばし、そして……

 

「ぐっ…………ぅッ!!!」

 

 ……何かが突き刺さる感覚がした。

 何かが、俺の胴体を貫く。

 白髪の少女を庇って、俺はあの槍を突き刺されたのか……

 感覚がない―――まるであの時、俺が死んだときみたいだ。

 ……あの子は大丈夫か?

 

「先輩っ! しっかりしてくださいッ! 起きて……起きてくださいッ!!」

 

 ったく、なんて顔をしてんだよ。

 こんなもの、大したことねえのに……あれ?

 俺の体は突然、力が抜けていく。

 何で立ち上がれない?

 

「まだ意識があるなんて相当のものね……。じゃあね、兵藤一誠君♪結果的に貴方を殺せてよかったわ」

「ふざける、な―――」

 

 堕天使が立ち去る……。―――最初からこいつの目的は俺だったってことか。

 

「あぁ。……ダメだ―――だけど無事で、良かった……」

 

 俺は俺の傍で泣いている少女が目に入った。

 悲しそうだ、不安そうだ・・・

 ―――何となくこの子は、あいつに似てるな……白音に。

 こういう時、あいつは何をしたら喜んだっけ?

 そうだ……頭を撫でて、抱きしめれば―――

 ああ、抱きしめる力も残って無かったな……。じゃあ頭を撫でるくらいだな。

 

「だい、じょうぶだ……心配、なんか―――」

 

 声が出ない。

 視界が真っ赤だ。

 こんな赤、久しぶりに見た。

 ああ、そう言えば木場が言ってたっけ?部長の髪は素晴らしい紅だって……

 一度くらいは見たかったかもな……。

 ごめんな、ドライグ、フェル……こんなに弱い俺で。

 でも今回は守れたよな? だったら俺はそれで……―――あいつは。こんなので死んだら、ミリーシェは怒るよな。

 ……俺の意識は完全に途切れた。

 まるでパソコンの電源を切ったように、ぶつりと。

 そして最後、かすかに見えた……紅の髪が。

 俺はかすかに見えた紅の髪と、俺の中で泣き叫ぶフェルの声を傍目に、静かに目を瞑った―――……



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第2話 悪魔となってしまったらしいです

 ん? ……俺は日差しのあまりもの眩しさに目を開ける。

 俺はいったいどうして……確か昨日堕天使に襲われていた女の子を助けようとして、そして―――堕天使の光の槍で射貫かれ、殺されたはずだ。

 俺は少しずつ色々な事を思い出してゆき、そして昨日、堕天使によって開けられた腹部の幾つかの傷を見るけど、しかしそこには傷一つなかった。

 ……夢?

 いや、それは絶対にない。今もまだ傷の感触は残ってるし、かすかに痛みもある。

 なら何で俺は生きている?

 ……俺には分からなかった。

 

「それよりも……何で俺は裸なんだろう」

 

 色々な事柄はとにかくさて置くとしては、今現在の俺は全裸だ。

 こんなところ、母さんに見られたら大変だ――――――そう思ったその時だった。

 

「イッセーちゃぁぁぁぁぁぁん!!!何でまた帰ってくるなり怪我して…………」

 

 まるでタイミングを見計らったように、我が母、兵藤まどかが扉を勢い良く開けた。

 って、何でノックの一つもしないんだ!?

 しかも母さんは何故かわなわなと震えさせて俺をじっと凝視してるし!!

 

「―――…………ッ!!」

 

 って、おい!!

 母さんは突然、どこから出したであろう見事と言わんばかりの一眼レフカメラを取り出すと、無言で俺を激写する!?

 パシャパシャというシャッター音をその耳で聞きながら、俺は思う。

 ―――マジで何やってるの!?

 

「い、い―――いい加減にしてくれ、かあさぁぁぁん!!」

 

 ……シリアスな俺の自問自答は裏腹に、いつも通りの騒がしい一日の始まりを告げる合図のようだった。

―・・・

「それで俺は昨日、いつに帰ってきたんだ?」

「はい……ちょうど7時くらいです」

 

 母さんを説教して5分ほど経過し、母さんは親とは思えないほど肩身が狭くなりながら俺の質問に敬語で応える。

 

「そっか……。それで俺はどんな格好だったの?」

「……何故だか良く覚えていないんだけど、とにかくすごい怪我をしてるってイッセーちゃんを連れてきた子が言ってたの。確か木場って名乗ってた。イッセーちゃん程じゃないけど、割とイケメンだったよ?」

 

 ……確実にビンゴだな。母さんの親バカ加減は置いておくとして。

 木場ってことはオカルト研究部……。なるほど、大体の話の辻褄は通った。

 あとは、まぁ……問題は一つ残ってる。

 

「ごめんな、母さん。心配掛けて……もう大丈夫だから、心配しないでくれ」

「イッセーちゃん……ッ!!」

「でもそれとさっきの行動を許すかどうかは別だよ?」

 

 俺の一言で母さんは押し黙るように封殺した。

 ……俺は朝食を食べた後、学校に行くための支度をしてそのまま家を出た。

 朝だからかはわからないが、重い身体を引きづりながら通学路を歩く。

 この謎の身体の重さも突然のことで理解できないんだよ。

 

「身体が重すぎる。流石にこれは普通じゃないぞ」

 

 俺はそう呟きながら通学路を歩く。

 ―――それとは違う問題がある。

 それはずっと呼びかけているにも関わらず、俺の中のドライグとフェルから返事が来ないということだ。

 当然、消えたわけじゃない。

 実際に二つの神器は残っているし、二人の気配も俺の中からしてはいる。……けど、まるで眠っているように目を覚まさない。

 

「昨日のことが関係しているのか?」

 

 なんとなく不安げな表情が、白音……俺が大切にしていた猫に似ていたあの女の子を襲ってた堕天使に、俺は戦った結果、殺された。

 負けたとか、そんなことはどうでもいい。

 今はあの子は無事なのだろうか、それが一番心配になるところだ。

 

「でもあの子も悪魔で、それに木場も悪魔か……」

 

 知っていたわけではない。

 だけど何となく、予想はついていた。

 俺の長年の経験上、悪魔や堕天使、天使といった関連の存在には独特のオーラや魔力がある。

 それを察知することである程度の予想は出来ていたんだ。

 おそらく、木場の所属するオカルト研究部とは悪魔で結成されているはずだ。

 昨日、木場が俺を家まで運んでくれたというのだから間違いないだろう。

 俺を家まで運んだ木場、堕天使に襲われてた悪魔、ここは完全につながっている。

 ……とにかく救ってくれたのが悪魔でも、礼を言わないと気が済まないな。

 それがせめてもの礼儀ってやつだ。

 

「悪魔だってそんなに悪い存在じゃないってことは、この一年で証明されたからな」

 

 俺が駒王学園に入ったのは、もし悪魔が人間を傷つけたり、私利私欲のために利用しているのならば、守ろうと思ったからだ。

 俺は木場が最初の方に悪魔ということは察していたし、たぶんオカルト研究部もあいつと密接に関係しているから、そっち関連の存在という仮説も立てていた。

 だからこそ、悪魔はどういうものか俺は見定めた。

 そして俺は答えを出した。

 悪魔は人間と大して変わらない……悪魔なのにいい奴ってのが俺の出した答えだった。

 もちろん全ての悪魔がそういうわけてはないというのは理解している。

 ただ、噂とかの言葉で相手を見るなってことだな。

 

「とにかく一度、木場に会っておいた方が良いかな?」

 

 俺はそう思って学校に向かい、そして真っ先に木場の教室に向かった。

―・・・

「は?休み?」

「は、はい……その木場きゅ……。木場君は今日はお休みみたいで、その……」

「あ、ああ……なんか驚かしたみたいでごめんな?」

「い、いえいえ!! そんなことないです!有名な兵藤君に話しかけられて驚いただけなので……」

 

 ……正直、拍子抜けだった。

 その日、木場は学校を休んでいたのだ。

 珍しいことではあるけど、いないものは仕方がない。

 俺はそのまま自分の教室に向かおうするが、そういえばという風に思い出した。

 松田と元浜の情報によれば、確か昨日の女の子は後輩だったはずだ……確か学園のマスコットとかあいつらは言ってたっけ?

 ほんの少ししか見ていないけど、確かにマスコットと言われてもおかしくないほど可愛らしい容姿はしていたけど……(とはいえ、状況が状況だったから確証は持てない)

 心配だから顔を見に行こうかな?

 そう思って俺は足を一年校舎のほうへと向けた。

 ――はずだったんだけどな。

 ……結果的に言えば、あの女の子はどこにもいなかった。

 でも後輩の女の子が何人か俺に話しかけてきたので、それで朝の時間は潰れた代わりにあの子の名前とある程度の情報を知る得ることができた。

 何でもあの子もかなり有名な存在らしく、あの小さく愛らしい容姿と小柄な体から、松田と元浜の言うとおり、学園ではマスコットのように思われているらしい。

 名前は塔城小猫。

 木場と同じくオカルト研究部に所属しており、学年は一年。

 そして彼女も今日は休みだということを彼女のクラスメイトの子が言っていた。

 

「……これは本格的に繋がったな。ってことは俺を助けてくれたのは―――」

 

 駒王学園オカルト研究部の部長。確か名前は、リアス先輩だっけ?

 いつか顔を合わすことはあるだろうと思ってたけど、それがこんなタイミングになるなんてな。

 とにかく、行動は明日からするか。

 俺はそう思って自分の教室に向かうのだった。

―・・・

 放課後になった。

 その日は特に何もなく、普通にいつも通りご飯を食べ、そして授業を受けただけだった。

 ただ体が時間が経つにつれて動くようになっていた。

 それと授業中に何となく神器が動くかどうか試してみたけど、両方ともまだ動きはするが力を発揮できないようだ。

 この摩訶不思議な現象の解明にはまだ時間が掛かるだろう。

 

「さてと……松田、元浜! 今日はどっか遊びに行くか?」

「ああ。……実はな、昨日素晴らしいものを手に入れてしまったのだ」

「素晴らしいもの?」

 

 俺は元浜の気味の悪い笑い声に少し引く。

 そして高らかに顔を上空に仰ぎ・・・叫んだ。

 

「ああ……タイトルは『堕天使の私が童貞の貴方を食べちゃう♪』というDVDなのだが―――ってイッセー! 何をしてるぅぅぅぅぅうう!!?」

 

 ……元浜がピンポイントに俺の聞きたくない単語を言うので、仕方なく俺は元浜の鞄の中をまさぐってDVDを取り出した。。

 

「え? いや、普通にディスクを叩き割ろうと思って……駄目か?」

「駄目に決まってるだろう!? 何でそんなにキョトンとした無垢な表情で言うんだよぉぉぉぉぉ!!」

「元浜、諦めろ……イッセーは心が綺麗な女が好きなのだ―――心が欲望に堕ちた堕天使はだめらしい」

 

 ……松田が元浜の肩をポンと叩いた。

 それと時を同じくして、なんか周りのクラスメイトの女子がざわざわしていた。

 

「さて! 今日はお花にお水でもやろうかな!!」

「あたしなんてあれよ! 動物を可愛がる!!」

「私は木の陰で兵藤×木場本作るもん! ……ぽっ」

 

 ……ぽっ、じゃねえよ!!

 特に最後のはひどいじゃないか!

 俺と木場のホモ疑惑を更に深めようとするなぁぁぁああ!!!

 ……すると松田が俺の肩を持つ。

 

「ふふ、イッセーよ……。今日は俺の家でこれでも見て癒されようじゃないか」

 

 松田はそう呟いて俺の手元に一つのDVDを乗せてくる。

 ……題名は「金髪シスターと仲良くなろう!」。

 ―――俺は次こそ箱ごとDVDを叩き割ったのであった。

 ただ一言―――なんだかアーシアを穢されたようでムカついたのであった。

―・・・

 ……嘆く松田を無視して、俺は一人で帰路についていた。

 ったく、ピンポイントすぎるあいつのDVDを思い出すと、俺は不意にアーシアを思い出した。

 

「……アーシアはまさしく癒しの存在だな」

 

 ……癒しのような雰囲気に、癒しの神器。

 正に本当に現実にいた癒し系女子だな。

 

「……ブーステッド・ギア」

『Boost!!』

 

 俺は周りに人目がないことを確認して赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出現させる。

 次に心の中でもう一つの神器を思い浮かべた。

 

『Force!!』

 

 すると俺の胸元に白銀の宝玉が埋まっているような、エンブレムブローチ型の神器、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)が現れた。

 

「試してはなかったけど、ドライグの神器の調整は終わっているんだな。ただ、力が何故か抑制されているか……」

 

 そう……何故か赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の力は抑制されていた。

 普通の倍増なら問題ないけど、今の状態では禁手化は出来ない。

 それと神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)も問題なく動くが、思ってたよりも創造力が溜まらない。

 

「ただ……」

 

 そう、時間が経つごとに気付いたけど、今の俺は相当なまでに体が動く。

 体が軽いって言った方が良い。

 神器の力が急に落ちたけど、身体能力は著しくアップしているんだ。

 

「朝は弱いけど。……さて、どうしたものか」

 

 俺は神器を二つとも消した。

 確認は出来たし、多分、今なら籠手だけで仮にあの堕天使と遭遇しても遅れは取らないと思う。

 

「さてと。そろそろ帰ろうかな?」

 

 そう呟いて歩み出したその時だった。

 

「―――ほう、数奇なものだ。都市部でもないこんな辺境で、よもや貴様のような存在に出会うとは……」

 

 ……何となく、肌越しに威圧感を感じ、その存在に気付いた。

 今、俺の目の前にいるこいつは人ではない。

 スーツを着ていて、黒いシルクハットのような帽子を被っている男。……でもこの聖なる感覚に邪さが入ってるこの感覚は―――

 

「ったく、どうしてまあこんな連続で遭遇するんだよ―――堕天使!」

「ほう……貴様、私の存在が解るのか。ならば話が早い。貴様、主は誰だ?」

「……何を言っているのかさっぱりだけど、お前、俺を殺すつもりか?」

「ほう。その目、決死の覚悟を持つ者の目をしている―――ということは貴様、”はぐれ”か?」

 

 ……こいつ、昨日の堕天使の女が塔城小猫に言っていたのと同じ台詞を言いやがる!

 ―――こいつらははぐれとかいう肩書だけで、殺してもいいっていう感覚でいるとでも言いたいのかッ!!

 

「ふざけるなよ、堕天使風情が」

「……貴様、今何と言った?」

 

 堕天使が俺の言葉を聞いた途端に本領を発揮する。

 黒い、真っ黒な翼を展開して手には光の槍。

 ……昨日の俺と同じと思ってもらっては困る。

 

「ドライグはいない。……でもいけるな、ブーステッド・ギア!」

『Boost!!』

 

 俺は籠手を出現させて本領である倍増の力を発揮する。

 

「何をぼそぼそと……よもや神器か?」

「ああ……そんでもってこいつはお前をぶっとばす力だ」

『Boost!!』『Boost!!』

 

 立て続けに力が倍増してゆく。

 だけど俺はこの時、全く別の事を考えていた。

 ―――この堕天使はもしかして、俺を舐めているのか、と。

 この強化の瞬間でも、俺を殺すことは可能だ。

 でもそれをしないのはつまり……

 

「お前、命を懸けた戦いを知らないのか?」

「貴様、何を言って……」

「知らないならどうでもいい。……他人を殺す殺す言っておいて、いざ自分は戦いを知らないとは思わなかった―――まあ関係ないか」

『Boost!!』

 

 俺は神器の倍増をもう一度行い、そして次の瞬間―――籠手に溜まった倍増の力を全て解放した!

 

『Explosion!!!』

 

 解放の力と共に、俺の体には一気に倍増の力が流れてくるッ!

 この感覚、数日ぶりだ!!

 

「な、なんだ、貴様は!!」

 

 堕天使は突然、力が格段に増した俺に恐れるような顔をしていた。

 まだ不安定も良いところだけど……でもお前を倒すくらいはどうってことはない!

 

「駒王学園、兵藤一誠だ!! 覚えとおけ、この堕天使野郎!」

 

 俺の拳が堕天使の懐に入ろうとした時……その時だった。

 

『Burst』

 

 ――――――その時、今まで蓄積してきた力が一気に消えるように、音声が響く。

 バースト……本来は神器の活動限界―――つまり俺の肉体の限界を迎えた時、神器が強制的に機能を停止させるものだ。

 

「……何だ? 貴様から感じた圧倒的な力が、消えた?」

「ッ!!」

 

 俺はすぐさま堕天使から離れる。

 どういうことだ・・・体の限界なんかまだ当分先だ!

 なのに何でバーストした!?

 まだドライグの調整は終わって無かったのか!?

 

「……何が起きたかは知らぬが、貴様を野放しにしていては危険そうだ―――ここで死ぬが良い」

 

 堕天使がそう言うと、手元に瞬時に槍を出現させ、そして俺に光の槍を放ってくる……ッ!!

 なんだ、この悪寒……俺は反射的に槍を避けていた。

 

「……なんていうか―――絶体絶命?」

 

 堕天使は両手に槍を持っていて、対する俺は使い物にならない神器。

 神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)は、龍の手でも45秒の時間が必要だから使えない……

 こういう時、ドライグとフェルウェルの存在が大きいことに気付くな。

 

「では死ね。どうせはぐれならばここで殺しても誰の文句も……」

 

 ―――その時だった。

 風が、一陣の風がなびく。

 それと同時に俺の付近の地面に、赤い……紅色の魔法陣?のようなものが浮かんでいた。

 

「―――その子に手を出さないで貰えるかしら、堕ちた天使さん?」

 

 ……涼しげな声が聞こえた。

 それと同時に紅い魔法陣から一つの影が、堕天使の男の方に向かって行った。

 

「……先輩に近づかないでくださいッ!」

 

 ……ッ!

 その影は俺が助けた塔城小猫であり、彼女はオープンフィンガーグローブを装着してる。

 そして彼女は堕天使の懐に入って、堕天使を遠く後方に殴り飛ばした。

 しかし殴られた当の堕天使は、翼を織りなしてすぐに戻ってくる。

 ってことはこの声の主は…………。俺は先ほど、涼しげな声が聞こえた方向を見た。

 そこには―――赤。いや……むしろ紅と言うべきだろう。

 見たこともないような鮮やかな紅の髪が、俺の目に入った。

 

「紅の髪―――なるほど、グレモリーの者か」

「はじめまして。私の名はリアス・グレモリー。あなたの言う通り、グレモリー家の次期当主よ―――さて、この場合はどうすればいいかしら?」

 

 ……リアス・グレモリー先輩が本気で怒ってる。

 彼女から感じられるオーラは怒りそのものだ。

 笑顔だけど、彼女は仲間を殺されかけているから、当たり前か。

 それと同時に管理している学園付近で敵対しているはずの堕天使が平気顔で活動しているのならば、怒るのは当然だ。

 

「怖い怖い……なに、散歩がてらにその者を発見してな。はぐれと思い狩ろうと思っただけだ」

「そう……それでどうするの?」

 

 俺は周りを見た。

 周りにはリアス・グレモリー先輩を筆頭に、塔城小猫、それと……何故か面影を知っている女子生徒がいる。

 艶やかな黒髪でどこか作り笑いのような笑みを浮かべる、恐らくは先輩であろう悪魔。

 

「あらあら、部長がお怒りのようで……うふふ」

 

 ……この人、どこか楽しそうだな。

 俺は先ほどまでの作り笑いではない、どこか冷や汗を掻くような笑みを垣間見て苦笑いを浮かべた。

 

「いやいや、こちらとしては散歩だったのでな。今日のところは帰ろう。……しかしリアス・グレモリーよ。自ら眷属はしっかり管理しておいた方が良いぞ? 私のようなものが散歩がてらに狩るかもしれぬぞ?」

「ご忠告痛みいるわ。でも私の眷属やこの町で何かするのであれば消し飛ばすから―――そのつもりで」

 

 怒りのオーラを出しながらも、リアス・グレモリー先輩は特に手を出すつもりはないらしい。

 ドライグやフェルの話では、三大勢力はいつ爆発しても可笑しくない均衡状態らしいから、それも当然か。

 一悪魔が戦争を勃発させるような行動は取れないということだ。

 ―――すると堕天使が飛び去っていく最中、突然、俺の方を見てきた。

 

「……兵藤一誠と申したか。貴様のことは覚えておこう。再び相まみえることがあればその時は」

「―――俺がお前を完膚なきまで消し飛ばしてやるよ」

 

 俺は皮肉のように堕天使に言うと、奴は高笑いをしながら飛び去っていく。

 ああ……お前がもし人を傷つけるなら、赤龍帝の全てを以てして、お前を叩き潰す!

 

「……随分と、好戦的な性格のようね。裕斗の話とは少し違うけど」

 

 すると俺の前にリアス・グレモリー先輩がいた。

 少し困ったように苦笑している先輩の隣にはニコニコしている女子生徒と塔城小猫がいる……。なんか塔城小猫の頬が少し赤いぞ?

 

「いえ、助かりました。リアス・グレモリー先輩」

「グレモリーはつけなくて良いわ。それより無事なのかし……ら?」

 

 すると、リアス先輩は俺のことを不思議そうに見ていた。

 あれ……? なんか、視界が暗くなってきた。

 なんで――

 

「どこも怪我はない様子だけど……。確かこの子の家は……」

 

 ああ、最近、俺は意識を失うことが多いなぁ。……多分、また木場が俺を家まで送るとかそんなところか?

 とにかく……俺はそのまま眠りについたのだった―――

―・・・

 

 夢を見ていた。

 夢の中の俺は何故か裸で、そして何故か俺は母さんらしき人に追いかけられている。

 しかも何故かその母さんらしき人は複数人いて、大きさがまばらで、しかも全員似ているという具合だ。

 まるで母さんの成長するまでの全ての姿を見ているようで何とも言えない気分だ。

 ……なんていう夢だよ、そう思った時に俺は目を覚ました。

 

「んん……。なんか変な夢を見たような……」

 

 俺は布団から起きて、首を少し回した。

 案の定、俺は家にいて、そして何故かは知らないけど、また裸……ここまで前と一緒だ。

 おそらく俺を連れてきてくれたのは木場で、そして俺は昨日、どういうわけかは分からないけど、また意識を失った。

 よし、ここまでは整理は出来た……

 なら今、俺の目前にある状況はどうなっているんだ?

 

「すぅ~……。すぅ……んん」

 

 ……何で下着すら身につけていない、全裸のリアス先輩が俺の前にいるんだぁぁぁあああ!?

 いや、ホントに目のやり場に困るっていうか、いくら母さんでなれたとはいえ相手は俺と同じぐらいの年齢で、しかもスタイル抜群だから目のやり場に困る!

 時間は……って6時30分!?

 普段俺が母さんに起こしてもらう時間だ!

 そして俺は昨日、多分、また木場に家までおぶられたに違いない!

 ってことは母さんは――

 

「いっせーちゃぁぁぁぁん!!!!!」

 

 ほらやっぱり来た!

 今にも足音が俺の部屋に届く!

 

「ん……あら、もう朝?」

 

 ああ、もう! 先輩はなんか起きたけど寝ぼけてるし、母さんも来てるし……

 ―――なんだ、俺、詰んでるじゃないか!

 そうして俺の部屋の扉の音という名の悪魔の音が静かに響いた。

 

「イッセーちゃん! 大丈夫なの!? どこも怪我はない!? 昨日、また木場君って子が……………………」

 

 …………母さんが俺とリアス先輩を黙視して、10秒経過。

 ……20秒経過。

 30秒経過。

 そしてその沈黙を破ったのは、ようやくお寝ぼけさんから覚めたリアス先輩だった。

 

「おはようございます?」

 

 ……そりゃあ、ねえだろ―――俺は心の中でそう毒突くように思った。

 そして次の瞬間、母さんの絶叫に近い声が家中、もしくは近所中に響くのであった。

 

「いやぁぁぁぁぁああああ!!! イッセーちゃんがぁぁぁぁああ!! 可愛いイッセーちゃんがぁぁぁあ!! 子供から大人にアップいやぁぁぁぁぁあああ!!!」

「か、母さん!? ちょっと待って、それ勘違い!! 理解できないかもしれないけど、勘違いだから!! 息子の身はまだ綺麗なままだからぁぁぁ!!!」

 

 母さんが俺の部屋から走り去って行くが、俺は何も着ていないのでどうにも出来ず、ただ母さんの走り姿を見送るしか出来なかった。

 

「あら、彼女は貴方の妹さん?随分と可愛い子ね?」

 

 母さん……貴方は俺の妹に間違えられています。

 兵藤家七不思議の一つ、いつまでも若々しい母さんはやはり健在という証明が成された瞬間だった。

 それはそうと俺は先輩から目線をそらした。

 

「どうしたの、兵藤一誠君?」

「い、いえ……その、何か羽織ってもらえませんか? 先輩はちょっと、思春期の男子には刺激が強すぎるので」

「ふふふ……。あなたはなんだか思っていたよりも可愛いわね」

 

 先輩から小悪魔見たいな笑い声がするのは気のせいか!?

 すると俺の耳に布の掠れる音が聞こえた。

 

「布団を羽織ったから、こっちを見ても平気よ?」

「それならわかりまし……って全然羽織ってない!?」

 

 そこには下半身を隠した先輩の姿が……全部、隠せよ!!

 色々と見えてるから、本当にやめてください!

 

「ふふふ、あなたをからかうのは楽しいわね。……っと、後輩くんいじりはこれくらいにしておくわ」

「そ、それで先輩、その……」

「先に言っておくわ―――私はまだ処女よ?」

「聞いてませんわ!!」

 

 俺は先輩をついツッコンでしまう!

 駄目だ、なんか先輩のペースに引き込まれている!

 

「ふふ……本当に可愛いわね―――いいわ、教えてあげる。私はリアス・グレモリー、あなたの駒王学園での貴方の先輩で、そして悪魔よ」

 

 ……やっぱりそうか。

 俺は既に分かっていたので大して驚かなかった。

 

「あと貴方も悪魔だから」

 

 ―――…………えぇぇぇぇええええええ!!?

 それは予想外の言葉だった・・・いや、考えてはいたけど完全に候補から消していた!

 

「私はあなたのご主人様よ、よろしくね。兵藤一誠君・・・イッセーって呼んで良いかしら?」

 

 ……なんか、突然のことが多すぎて頭はかなり混乱している俺だった。

 例えるならそうだな・・・兵藤一誠として生まれ変わったときと同じくらいの衝撃だった。

―・・・

 制服に着替えて、リアス先輩と一緒にリビングに降りた。

 リアス先輩はもう学校に行くものと考えてたけど、どうやら勝手にお邪魔したことを母さんに説明するらしい。

 でも母さんは、すごく歳不相応にリアス先輩をふくれっ面でじと目で見ていた。

 ……確かにリアス先輩が妹と間違えるはずの容姿と反応だよ。

 

「イッセー? お母上はどちらかしら?」

「先輩をじっと見ているあの人が母さんです」

 

 俺は母さんを指差す。

 

「イッセー、私があなたをからかったからって、私をからかうのは止めてちょうだい? あんな可愛い子がお母さんなわけないじゃない」

「気持ちはわかりますけど、母さんです。本人に確かてみたら分かると思いますけど……」

 

 すると先輩は母さんの方に歩いて行った。

 少し観察するように母さんを見て、そして話しかける。

 

「イッセー君のお母様ですか?」

「そ、そうですわ! イッセーちゃんのお母さんの、兵藤まどかです!!」

 

 母さん!

 少し大人びた言葉遣いをしてるけど、結局子供じみてるぜ!

 

「……すみません、勝手にお邪魔して。……それで私は彼と一緒に学校に行きたいんですが」

「…………仕方ありませんね、行ってらっしゃい、イッセーちゃん」

 

 っ!?

 か、母さんが折れた!?

 あの俺のことになると頑なに頑固になることで有名な母さんが!?

 俺は信じられない状況に目を丸くしていると、先輩は俺の耳元で何かを呟く。

 

「あなたのお母様は貴方のことが大切すぎるらしいから、少し魔力を使わしてもらったわ……ごめんなさいね?」

 

 ……母さんの目は虚ろだ。

 魔力ってことは、母さんを洗脳した?

 いや、軽く認めさせただけだろうから洗脳って言葉は悪いか。暗示が妥当だろう。

 

「……行ってきます、母さん」

 

 俺は母さんにそう言いながら、家を出たのだった。

―・・・

 リアス先輩との登校は正直、居心地が悪かった。

 リアス先輩は学園のアイドルらしく、わざわざ歩くのを止める人もいるくらいだし、そんな先輩の隣で歩く俺は嫌でも目立ってしまう。

 先輩の問題じゃなく、周囲の問題だ。

 

「嘘、だろ? あの兵藤が特定の相手を……?」

「う、嘘よ! 兵藤君がお姉さまのオーラに!?」

「胸か! 私達にないのはおっぱいか!? 結局男の子はおっぱいが好きってことなの!?」

 

 ……どうでもいい叫びなんかも聞こえる。

 っていうか、俺の周りはどうして愉快な叫びをするんだろうな、不思議で仕方がない。

 とにかく、居心地の悪いまま俺と先輩は学校に着くと、校門付近で先輩は俺の方を振り返った。

 

「放課後、あなたのところに使いを出すわ。詳しいことはその時に話すことにしましょうね?」

「は、はい……」

 

 そうして先輩は三年の下駄箱の方へと歩いて行った。

 

「俺も行くか……」

 

 そして俺は教室に向かい、そして教室の扉を開いた。

 

「おっはよ~……」

「き、来たな!イッセー!!!!!」

 

 扉を開けると、そこには坊主頭の松田の姿が……なんか涙を流している。

 すると元浜は松田の後から自前のカメラを手に、負のオーラを纏いながら画面を見せてきた。

 そこには……今日の登校風景、つまりリアス先輩と俺のツーショットだった。

 

「どういうことだ、イッセー! いったい何があったらあの難攻不落! 誰にも堕とせないと言われた学園のアイドル、リアス・グレモリー先輩と登校できるのだ!?」

 

 ああ……こいつら、あの登校風景を見ていたのか。

 ならちょうどいい、面倒だし、それにこいつらに言いたいことがあったんだ!

 

「―――なあ、女の子の裸って実際はあんまり見れないよ……恥ずかしいしさ」

「「っっっっっっっっっ!!!!????」」

 

 俺の冗談交じりの台詞に戦慄したのだった。

―・・・

 そして時間はあっという間に放課後。

 ちなみに既に大学受験までの勉強を終えている俺は、適当に授業を流していました。

 さて、放課後になったということは、使いが来ることになってるはずだけど……

 

「やぁ、兵藤君」

「やっぱりお前か。来ると思ったぞ?」

 

 予想通り、木場が来た。

 だけど予想と違ったのは、こいつの後ろにもう一人、女の子がいたことだ。

 

「えっと……塔城小猫さん、だったっけ?」

「……はい、先輩。小猫って呼んでください」

 

 そうか?

 なら小猫ちゃんって呼ぼうか、なんか呼びやすいし。

 すると木場が目を見開いていた。

 

「……はは、びっくりだね。小猫ちゃんが一緒に行きたいって言うから何かと思ったら」

「……祐斗先輩には関係ないです」

 

 何かは分からないけど、とにかく俺は木場と小猫ちゃんと一緒について行った。

 廊下を歩くたびにどこからか声とかその他諸々を感じる。

 なんか視線を集めている気がするけど、気のせいか……?

 

「きゃ~! 兵藤君と木場君よ!」

「待ちなさい、あそこには塔城さんもいる……ということはまさか!!」

「三角関係!? まさか木場きゅんと塔城さんが兵藤君を取り合い!?」

「何故だ! なぜ兵藤ばかり!!!」

 

 ……気のせいじゃなかった。

 木場は苦笑いしてるし、小猫ちゃんは……?

 

「~~~~~~ッッッ!!!」

 

 なんか顔を真っ赤にして、それこそプチトマトみたいに真っ赤にして俯いていた。

 恥ずかしいんだろうけど……ま、いいか。そうしているうちに、旧校舎にたどり着いた。

 いつの間にか俺の隣に来ていた小猫ちゃんはどういうわけか、少しずつ近づいている気がするんだけど―――あの時のことを気にしているのか?

 まあこの子を庇って死んだんだけど俺はなんとも思っていない。

 っていうか死んだという事すらも謎だからな。

 むしろ小猫ちゃんがどこにも怪我がなくてよかった。

 

「部長、連れてきました」

「……来ました」

 

 オカルト研究部と扉のプレートに書かれた扉越しにそう言った。

 

「入ってちょうだい」

 

リアス先輩の声が聞こえる。

二人はその声を確認すると扉を開け、そして俺と木場、小猫ちゃんは部室に入っていった。

 

「兵藤君はここに座っておいてね?」

「ああ・・・あ、どうも」

 

 すると俺の座ったソファーの前の机にお茶が出された。

 日本らしい茶飲みで、それを置いてくれた女子生徒・・・あの時、リアス先輩の隣にいた人だ。

 ニコニコフェイスが印象的な先輩だな。

 

「あらあら、うふふ……構いませんわ」

 

 髪は黒で、艶っぽい。髪を後ろで結んでいて、すごいお姉さまって感じだな。

 なんかすごくニコニコしていて、手にはバスタオルを持っていて、そしてそのまま部室の中にあるカーテンのほうに歩いて行った。

 

「部長、バスタオルですわ」

「ありがとう、朱乃」

 

 するとそのカーテンから手が伸びて、バスタオルを受け取る。

 そしてカーテンが解放されると、そこにはバスタオルしかつけていないリアス先輩……

 だから服着ろよ!?

 そう思った瞬間、横から腕をひかれた。

 

「……み、見ちゃ、駄目ですッ!」

 

 ……そう言うと、俺の顔を腕で覆うように抱きしめてきた。

 その時、ほんのりと甘い香りとささやかな膨らみを感じるも、何とか冷静さを保つ!

 えっと……とにかく訳が分からないです。

 

「人見知りの小猫ちゃんが……あらあら、面白い子ですわね」

 

 なんか言っているけど、俺はそれどころじゃない!

 なんか抱きしめる力が強くなっているような!?

 それに小猫ちゃんのささやかな柔らかさが顔を通じて伝わってきて、割と限界なのですが……!?

 そう思った―――だけど……それは違った。これは――

 

「…………ごめん、なさいっ」

 

 ―――小猫ちゃんは、泣いていた。……たぶん、先輩達や木場は気付いていない。

 体を震わせてる……。やっぱり、俺が小猫ちゃんを庇って傷ついたことを気にしてたのか。

 

「俺は生きてるから、気にするなよ、小猫ちゃん」

「……でも」

「でも、じゃない! ―――君が無事で安心したよ。それで良いんだ」

「……ありがとう、ございます。先輩」

 

 そう言うと小猫ちゃんは俺から離れる。

 涙の跡はほとんど見受けられない。たぶんもう大丈夫だろう。

 そして気付くと、リアス部長は着替え終わっていて、そして部長席みたいなところに座っていた。

 

「ごめんなさいね、イッセー。昨日は貴方の家で寝てたせいでお風呂に入れなかったのよ」

「ああ、だからですか。……それで、その―――色々聞きたいことがあるんですが、まずは皆の名前を教えてもらえませんか?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。……私は姫島朱乃、三年生ですわ」

 

 姫島……朱乃?

 なんかどこかで聞いたような……そうだ、昔、そんな名前を聞いた覚えがある。

 いや、まあ今はいいか。

 昔のことだし、確信は持てないからな。向こうが気付いたら話そうと俺は決めた。

 

「兵藤一誠です、二年生です」

「ふふふ、礼儀正しいですわね。私のことは朱乃とお呼びください」

 

 朱乃さんはそう言うと、そのまま部長の隣に座った。

 俺はソファーに座って、木場はその反対側の俺と対面する形の席。

 そして小猫ちゃんは俺の隣だ……距離が絶妙に近いということは放っておこう。

 

「これで全員揃ったわね。イッセー」

「はい?」

「貴方をオカルト研究部に歓迎するわ。……悪魔としてね」

 

 ……やっぱりそうなのか。

 俺の中で今更ながら色々と合点が一致した。

 ここ最近の俺の状態・・・朝は気が重く、そして時間が経つごと。つまり夜に近づくごとに体の調子が良くなるという現象。

 部長の言葉を俺は素直に納得した。

 ―――拝啓、外国にいる俺達のために働いてくれている父さん。

 俺はどうやら……悪魔になったようです。

 

「……最初に、私たちは悪魔なの」

「ええ。流石にあれだけ何度も言われたら分かりますよ」

「じゃあ貴方や小猫を襲った存在は?」

 

 ……分かっている。

 あの存在を、俺は。

 

「堕天使。堕ちた天使、邪な聖なる力を持つ者」

「っ!」

 

 するとリアス先輩を含めた全員が驚いた。

 

「……どうして知っているのか、聞いてもいいかしら?」

「…………」

 

 俺は迷った。

 正直に言えば、俺はまだリアス先輩を信用しているわけではない。

 助けてくれたのは礼を言うしか他にないと思うけど、でもそれとこれとは話は別だ。

 俺は兵藤一誠になる前に何度も悪魔の醜い部分を見る機会があった。

 だからこそ、安易には信用は出来ない。

 だから本当のことを言ってもいいかどうか……ま、答えはすぐに出た。

 

「教えて貰ったんですよ。誰かは今は言いません、それで駄目でしょうか、リアス先輩」

 

 だから俺は曖昧な答えをリアス先輩に示した。

 部長は少しばかり眉間にしわを寄せるも、すぐに表情を直した。

 

「まあいいわ……あと私のことは部活中は部長と呼びなさい?周りに示しがつかないから」

「わかりました、部長!」

 

 俺は言い方を改めるように言う。

 部長が話が通じる人でよかった。さすがに実は俺、赤龍帝ですなんて言えないからな。

 赤龍帝はどの勢力からしてもまずい存在だと思うし、良くも悪くも赤龍帝は力を呼び込む象徴だからな。

 まだ隠しておきたい。

 

「それで俺は何で生きているのでしょうか?」

「……それは私の説明を聞いて貰ってから答えるわ。貴方は悪魔と天使と堕天使の争いは知っているかしら?」

「はい、その辺はもう聞きました。三勢力がただの消耗だけの戦いをしている最中、周りを顧みない馬鹿な二天龍が壮絶な喧嘩を起こして、三勢力が二天龍をぼこぼこにして神器に魂を封印した……。その代わりに三勢力ズタボロ―――これで良いですよね?」

「え、ええ……貴方に教えてくれた人が誰か、すごく気になるけど大体は合っているわ。それであなたが生きている理由かしら?」

 

 俺はドライグとフェル受け売りの情報を話すと、部長は顔をひきつらせながら頷く。

 今の俺の言葉の端々には色々苦言が組み込まれているからな。

 特に「ただの消耗戦」とは無駄な戦いっていうのを意味していたりする。

 

「ええ……俺は確か、あの時に変態堕天使に腹部を刺されて死んだはずなんです。助けてくれたのは部長なんでしょう?」

「そうよ。ほとんど瀕死だった貴方に悪魔の駒(イ―ビルピース)を与えて私が下僕として悪魔に転生させたわ」

「……悪魔の駒?」

 

 俺は聞きなれない単語を聞いて、つい同じ言葉を復唱した。

 すると部長はその言葉を待っていたというように、席に置いてある赤いチェス盤の駒を一つ取り、そしてそれを俺の方に向けた。

 

「簡単に言ってしまえば、特定の存在を悪魔に転生させる物よ。上級悪魔に持たされ、それで眷属を作る……いわば自分だけの少数精鋭の軍隊を作ると言えば良いかした?」

 

 ……ドライグの受け売りだけど、悪魔は永遠に近い命がある代わりに出生率が非常に低いと言っていた。

 だから予想では悪魔の存在自体を増やすための制度か?

 特定の存在……恐らくは人間だろう。

 その人間を悪魔に転生させて、そして悪魔の勢力の力を拡大化していこうって考え方なら、ある意味では合理的かもしれないな。

 それを部長に聞くと、頷いた。

 

「あなた、本当に賢いわね。本当ならびっくりして話についていけないんだけど……」

「……まあ母さんとかがあれですし、衝撃的なこととか異常関連には慣れてるつもりです」

 

 騒がしいからな、母さん。

 それに前世の記憶もあるものだから、ちょっとの事では驚かないつもりだ。

 部長もなんか苦笑いしてるし。

 

「……イッセー、あなたは何で堕天使に殺されたのか、知っているかしら?」

「さぁ。……馬鹿にされたからじゃないですか?」

「ふふ、まあ堕天使は短気だけど、実際には違うわ。小猫から聞いた話から考慮して、あなたには神器(セイクリッド・ギア)が宿っているわね?」

 

 ……流石にそれくらいは既に知っていたか。

 ただ俺の神器の強さや重要性までは認識していないだろう。……まさかこんな付近に神滅具があるなんて普通は考えないからな。

 とりあえず俺は部長の言葉に頷いた。

 

「なるほど。……神器のことはちゃんと認識しているのね」

「一応は。それで一つ聞きたいのですが……どうして小猫ちゃんは襲われていたんですか?」

「……小猫が堕天使に襲われたのは本当に偶然よ。どうやら堕天使は貴方のことを嗅ぎまわってらしく、どういうわけか小猫はイッセーの名を聞いた瞬間、魔力を微量に出しちゃったみたいなの」

 

 なるほどな、それで堕天使に存在がバレたのか。

 

「堕天使はそもそも、貴方に近づいて貴方を殺そうとしていたみたい・・・自分たちの脅威になるかも知れないから。でも実際に貴方と話して理解したわ」

「……あいつは俺を危険因子と言っていました。なるほど、大体分かりました」

 

 神器を手にしたものの末路、か。―――何も変わって無いな、人ならざる力を持つただの人間が不幸になる。

 ―――昔から、何一つ変わらない。糞喰らえな現実だ。

 

「イッセー?」

「あ、すいません……部長」

 

 俺はつい頭に血が上り、考え込んでしまった。

 そうだ、今こんなこと考えても仕方がない。

 今はミリーシェのことは考えず、今の状況を考えろ。

 堕天使は俺を狙った、その過程で小猫ちゃんが悪魔だと気づき、そして小猫ちゃんを襲撃。

 そして割って入った俺を最終的に殺した。

 

「イッセーが小猫の助けに入ったというのは驚いたわ。助けに入ったということは、つまり……」

「ええ、俺は神器を使うことが出来ます」

 

 俺の言葉に小猫ちゃんを除いた全員が驚いた。

 

「……見せて貰えるかしら。実際、私も今の状況(・ ・ ・ ・)がわからないのよ・・・」

 

 部長は少し、興奮気味に言う。

 どういうことだろう。……俺の神器は知らないはずなのに、何でそんなすごいもの見たいというような表情をしているんだ。

 

「……こればかりはすみません。実は俺の神器は今、絶賛使用不能らしいですから。そもそも使えたらあんな堕天使に殺されませんし、瞬殺で倒せます」

「随分、自信があるみたいだね?」

 

 すると木場が不敵に笑う。

 

「そりゃあ小さいころから鍛えているからな。……俺の神器が少しはマシになったら戦おうぜ、木場」

「それはいい提案だね」

 

 すると木場からなかなかの殺気が発せられる。

 ……なるほど、経験から力量は分かった。多分少し強いとは思う―――でも負けることはまずないだろう。

 木場の体の頑丈さ、纏っているオーラから察すると、恐らくテクニックタイプの速度重視か?

 大体の仮説を立てた。

 

「とりあえずもう一度、自己紹介すると、僕は木場祐斗。悪魔だよ」

「……塔城小猫、悪魔です」

「あらあら、うふふ……姫島朱乃。悪魔ですわ」

「そしてリアス・グレモリー。……あなたの主でグレモリー眷属の『王』で悪魔よ。仲良くしましょう、イッセー?」

 

 ……そうして俺の肩書が増えたのだった。

 駒王学園二年オカルト研究部部員兼、新人悪魔。

 そうして俺は悪魔の世界に足を踏み込んだのだった。



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第3話 悪魔のお仕事とはぐれ

 悪魔になって数日間のことを振り返ると、まず少しの期間、夜中に町中の家のポストに簡易魔法陣のチラシ配りをした。

 悪魔だから、そりゃあ人間の欲望を叶えるものだからね。

 それで人間の欲望を叶える代わりに対価を貰う。……それが悪魔との取引ということらしい。

 そして悪魔はこの魔法陣から出現するらしいから、一度試してみた。

 誰で試したかといえば木場で、試してみたら次の日、木場が苦笑しながら魔法陣から現れた。

 とにかく悪魔になりたての俺はこの仕事をしていた。

 そしてつい先日のことだ。

 ちらし配布期間を終え、次に俺は本格的な悪魔家業を開始した。

 ……既に二人を相手したんだけどさ、それがまたすごい人だった。

 なんか、俺が絶賛するような鍛え上げた肉体に世紀末覇者のような風貌をした依頼人……。

 魔女っ子コスプレの漢の子。

 名はミルたん!

 いや、あれは本気で焦った!

 本気で下級悪魔なら殺せそうな威圧感だったもん! つい顔が引きつったよ! 戦慄したわ!

 しかもお願いが魔法少女にしてくれって!?

 むしろ魔法戦士のほうが似合ってるわ!! むしろあんたは魔王だわ!

 なんてツッコミをついにしたら号泣されたのは内緒だ。

 ……とりあえず、腕に数十キロの重りをつけて、毎日棍棒を20000回振りまわしたらいつか、魔法と同じくらいの強力な力を手に入れれると言ってみると、契約を結んでくれた。

 対価は何故か知らないけど持ってた魔法の本……ちなみにこれはとある悪の組織と戦って、手に入れたらしい。

 ……まあ結果論から得られるものは、肉体的な力だけどね?

 ちなみに本気で毎日鍛錬をしているらしい。

 あともう一人は……あれはひどかった。

 見た目はすごいイケメンで、魔法陣から抜け出た瞬間、突然に「むむ……君、脱いでくれないか」とか言ってきた。

 本気で身の危険を感じたよ。

 それからなんか俺の体を触ってきてさ。……まあ結果的にあの人は本気ですごい人だった。

 美術家で、どうやら男の肉体美をかくのが得意らしい。

 そして俺の体を見て、どうしてかは分からないが気に入ったのか、俺の上半身を裸にさせてひたすら絵を描いてたんだ!

 一応、小さいころから鍛えているから体には自信があったけど……

 後から聞いた話ではあのイケメンさんはかなり有名な美術家で、人の絵……特に男の裸画の評価が高いらしい。

 彼曰く、「兵藤君の体は至高だ。……また君にここにきてもらいたい、なに、おもてなしはするさ。……ふふ」とのことらしい。

 ちなみに対価は彼が今までで最も評価された絵……ちなみにオークションにかけたら数百万は軽く超えらしい。

 とにかく経緯はあれだけど俺は契約を二つ取り、今は放課後。

 そして今は部長の前に立っていた。

 

「……前代未聞よ」

 

 部長はなんか呆れたように言う。

 あれ?俺、契約取ったよね?

 

「普通、悪魔と人間はただのビジネス関係なのよ・・・この魔法陣の書いてあるチラシの裏にアンケートを書けるところがあるのだけれどね。……こんな評価、私は見たことがないわ」

「……えっと、そんなに悪かったんですか?」

「逆よ。良すぎるってこと」

 

 ……え?

 それって悪いこと?

 

「一人目の契約者。ミルたん?さんは『こんな親身になってくれた人ははじめてにょ。また彼を呼びたいにょ』らしいわ」

 

 ……部長が少し顔を赤くしながらミルたんの台詞を言う。

 恥ずかしいんなら言わなければいいのに……。

 

「次に二人目の契約者、桐谷圭吾さん。彼からは『あんな素晴らしい体の子は初めてだ。僕は君を専属のモデルにしたいんだが……まぁともかくまた近日中に君を呼ばせてもらうよ。……次は上だけじゃなく、下の方も―――おっと失言だったね』だそ、そうよ……っ!!」

 

 だから恥ずかしければ読まなきゃいいのに!

 でも恥ずかしがって顔を真っ赤にしてる部長は可愛い!

 

「と、とにかくかなり貴方に好印象で、イッセーを専属にしたいと言ってきているのだけれど……正直、貴方には驚かされまくりだわ」

「……俺も驚いてますよ。ってか圭吾さん。なんか危険な台詞をすごく使ってたし……」

「と、とにかく! あくまで仕事なんだから、必要以上に仲良くなり過ぎちゃダメよ? 契約できたのは素晴らしいけど……」

 

 ……何とも言えない表情をしている部長。

 

「ちなみに桐谷圭吾さんって前に祐斗にも召喚の要請が来たのだけれども、契約取れなかったのよね」

 

 ……マジですか?

 まあ木場はそんなに鍛えてる方じゃないから圭吾さんはあんまりに気にいらないかもな。

 

「まあまあ、部長……結果は宜しいんですから良いではありませんか」

 

 すると朱乃さんがニコニコしながら部長を止めてくれる。

 

「それよりイッセーくんのことが非常に気になりますわ。憶測なのですが、彼には非常に素晴らしいな魔力があるようなので……」

 

 朱乃さんは俺の胸元に手を当てながらそう言う。

 ……まあ人間では異常なほどの量ってドライグは言っていたからな。

 悪魔になって更に増えたのか?

 

「恐らく、私の次に……いえ、もしかしたら私以上に魔力が強いかもしれません」

「でも俺は神器を介してなければ魔力は使えませんよ?」

「……うふふ、そう言えば私、イッセーくんのことは何も知りませんわね。神器を持っているそうですが、何故まだ見せてくれないのです?」

「それは私も気になるわ。イッセーの神器……いったいどんなものなの?」

 

 見せたいのは山々だけど、残念ながら今はまだそんなに使えるわけじゃない。

 神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)は割と安定してきたんだけど、最も俺と適合している赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の力が中々安定しないんだ。

 悪魔になった影響だろうか……。とにかく力をうまく使えないせいで割とストレスも溜まってるわけで、ちょくちょくゲーセンのパンチマシーンでストレス解消しているというわけだ。

 

「……まあまたの機会で?」

 

 すると部長は途端に不機嫌になるが、ちょうどその時、部室に小猫ちゃんが入ってきた。

 

「……先輩、タイ焼き一つどうぞ。ここのたい焼き、おすすめです」

「ああ、ありがとう」

「……今度一緒に、クレープ食べに行きましょう」

「ああ、良いけど――お、うま」

 

 小猫ちゃんは俺に紙袋いっぱいに入ってるタイ焼きの一つをくれた。

 中身は……イチゴジャム?

 でも意外といける。……っと、部長と朱乃さんはなんか驚いてた。

 

「「小猫(ちゃん)が他人に自分のお菓子をあげてる!!?」」

 

 ……二大お姉さまと称される二人はそんなことで驚愕しているけど、俺はそんな二人を傍目に小猫ちゃんの頭をつい撫でた。

 

「にゃん♪」

 

 ……何故だか分からないけど、その仕草に俺はぐっときたのだった。

 ちなみにこの後、俺は小猫ちゃんの愛くるしさから数分の間、頭を撫で続けたっていうのは余談だ。

―・・・

 次の日、その日は休日だった。

 とりあえず午前中に鍛錬をして、午後からは気晴らしに街に出ていた。

 気晴らし……そう。自分の中にいつもいた二人の存在がここ最近、ずっといないからな。

 なんていうんだろうな。

 調子が出ないというか、どこか毎日が物足りないんだ。

 

「こういう時は、絶大なまでの癒しの存在が欲しい…………。ん?」

 

 その時、俺は見知った姿を見つけた。

 白いヴェールを頭に被ったシスター服の女の子……あの後ろ姿は間違いなくアーシアだ!

 俺が最近知り合ったシスターさんで、とても良い子というのは間違いない癒しの存在。

 何故かまた道の真ん中で周りをキョロキョロしながら困った様子でいた。

 ……割と人通りが多い町中だからな、おそらくは迷子か。

 俺は少し早歩きでアーシアの元に向かった。

 

「よう、アーシア! こんなところで何してるんだ?」

「……あ! イッセーさん!!」

 

 アーシアは俺の存在に気付くと、小走りで俺の方に走ってくる。……でもそれも束の間だった。

 

「はぅ!!」

 

 ……丈の長いスカートの裾に足を取られ、そのまま額を地面にぶつけた。

 

「ああ……今のは痛かったな。大丈夫か?」

「うぅ……これも神が与えた試練なのでしょうか……」

 

 アーシアは俺が差し伸べる手を控えめに握ると、そのまま立ち上がる。

 ああ……額に赤くなってるな。

 確かアーシアの神器は回復系統だから自分に使えばいいのに。

 

「アーシア、傷は……」

「……大丈夫です。あの力は、他人のために使うものですから……」

 

 アーシアは屈託ない笑顔でそう言う……そっか、アーシアはこういう子だもんな!

 だったら俺がどうにかしてやるか!

 

「アーシア、ちょっと付き合え!」

 

 俺はそう言うとアーシアの手を取って走り出す。

 さすがに俺も人目の多い所で神器を使うわけにはいかないからな!

 そして俺はアーシアを人気の少ない公園まで連れて行き、そしてそこでベンチに座らせた。

 

「……神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)

『Force!!』

 

 俺の胸にブローチ型の神器が発現し、そこから小さな白銀の光が生まれ、音声と共に創造力が溜まる。

 小さな傷を直すぐらいの神器なら今の俺でも作れるはずだ。

 

『Creation!!!』

 

 その音声とともに俺の手元に瓶型の神器、呼称としては癒しの白銀を創造する。

 

「アーシア、少し目を瞑っていろよ?」

 

 アーシアは俺の今までの行為を見て目を見開いているけど、かまわず俺は瓶の栓を抜いて、中の少量しかない白銀の粉を振りまいた。

 するとアーシアの額が、少しずつ治っていく。

 

「あの、イッセーさん……これは、私と同じ力ですか?」

「まあ創ったっていうのが正しいけどな……さて、何かお困りかな?」

 

 俺は初めてアーシアと出会ったときの台詞をそのまま使うと、アーシアはおかしそうに笑ってくれた。

 

「そのイッセーさん……私はどうやら方向音痴みたいです。……また迷子になりました」

「あはは。……俺も大分、方向音痴だから大丈夫だよ。俺はこの町を出たら多分ずっと迷子だ!」

 

 俺は少し笑ってそう言う。

 アーシアも笑ってくれる。…………ああ、癒しだ。

 そう、俺はちょうどアーシアのような存在を今、望んでいたんだ。

 

「じゃあまた連れて行こうか?」

「……いえ、落ち着いたらなんだか帰り道が分かりましたから大丈夫です!」

「そうか? ちょっと残念だな。せっかくアーシアと話せる思ったのに……」

「・・・ッ!!」

 

 俺はわざとらしくアーシアの気を惹くためにそう呟いた・・・流石にバレバレか。

 するとアーシアは突然、ハッとしたような表情になった。

 

「や、やっぱり道を忘れましてしまいました!はう!なんて私は駄目な子でしょう!」

 

 アーシアは演技臭い言葉を紡いでそう言う・・・アーシア、流石にバレバレだよ。天に手を仰いでいるようで俺の方をちらちら見てるし。

 

「じゃあ一緒に行く?」

「はい!」

 

 アーシアは満面の笑みでそう言った。

 

―・・・

 アーシアを教会まで送り届けたその日の夜、俺は部室で少し怒っている部長に怒られていた。

 

「二度と教会に近づいたらダメよ」

 

 部長はいつになく表情が険しく、とても怒っていた。

 流石に他の部員も苦笑いをしたり、相変わらずニコニコしたり、なんかおどおどしてる後輩ちゃんもいたりしている。

 

「良い?イッセー……私達、悪魔にとって教会とは踏み込めばそれだけで危険な場所なの。それこそ、いつ光の槍が飛んでくるかわからないわ」

 

 ……部長は、本当に心配そうな表情でそう淡々と怒る。

 部長は自分の眷属をとても大切にしてるからかな?

 小猫ちゃんの時も、堕天使に平然を装ってたけど明らかに怒ってたし……グレモリーは悪魔にしては珍しく、情愛が深い。

 これは木場が俺に言ってきたことだ。

 グレモリー家は悪魔の中でも情愛が深いことで有名らしい。

 つまり身内を大切にする、か……。

 俺は素直に頭を下げた。

 

「次からは、気をつけます」

「……いえ、私も少し熱くなりすぎたわ。でもこれだけは言わせてちょうだい……。悪魔祓いは私達、悪魔を完全に消滅させる。悪魔の死は無よ。それだけは覚えていて」

 

 そう言うと部長はそれからは何も言わなかった。

 すると朱乃さんは見計らったように、部長に話しかけた。

 

「お説教はすみましたか、部長?」

「朱乃、どうしたのかしら?」

「ええ。―――大公より、はぐれ悪魔の討伐命令が届きました」

 

 朱乃さんの言葉に俺以外の眷属の皆が真剣な顔に変わったのだった。

―・・・

 はぐれ悪魔とは簡単に言えば野良犬のような存在だ。

 はぐれ悪魔とは、眷族である悪魔が主を殺し、主なしという状態になる極めて稀な事件らしい。

 そんなはぐれ悪魔がグレモリ―領であるこの町に潜入していて、毎晩、人間をおびき寄せては喰らっているらしい。

 ……大体は悪魔の転生者が起こす事件だけど、悪魔という絶大な力を持ったからって、主を殺すまでのことなのかよ、と俺は毒づく。

 ちなみにあのスーツの男や小猫ちゃんを襲っていたあの女の堕天使が、はぐれを殺すと言っていたのは、各勢力がはぐれは見つけ次第、殺すようになっているらしい。

 まあ人の害悪になるような存在だろうからな・・・まあそのことに納得はしないけど。

 そして俺たちは、今は廃墟にきている。どうやらここにはぐれ悪魔が潜んでいるらしい。

 

「…………血の匂い」

 

 小猫ちゃんはそう呟く。……ああ、確かに嫌な匂いがぷんぷんしてる。

 

「イッセー、いい機会だから貴方にも悪魔としての戦い方を経験してもらうわ」

「……それは俺も戦えってことですか?」

「ん~……。確かに貴方の力も見てみたいけど、それはいざってときにね―――それとそろそろ悪魔の駒(イ―ビルピース)の各駒の特性と由来をレクチャーするわ」

 

 それは俺も確かに知りたかった!

 ……それといざっていう時のために、俺も力を溜めておくか。

 一応、あれから自分なりに神器なしでの魔力の使い方を練習したから、軽い魔力弾なら打てるだろうから。

 

「人間の世界にはチェスというボードゲームがあるでしょ? 悪魔がどうして人間を転生者として悪魔に変えようとしたのかは話したわね?」

「ええ。悪魔の出生率の低さですよね」

「実際にはそれだけじゃないんだ」

 

 すると木場が部長に代わって話し始める。

 

「三勢力の戦争はね、永遠とも呼べるもので数百年の年月、戦い続けたんだ。もちろん勝者なんかは存在せず、三つ巴の戦いの結果、各勢力の当時のトップのほとんどは死んでいったんだ」

「悪魔はその時に多くの純粋な悪魔を失い、兵力を失いましたわ・・・ですが堕天使や天使との臨戦態勢は消えません。そこで大きな兵力の数は無理ですので、逆に少数精鋭にしようとしましたわ」

「…………それが悪魔の駒(イ―ビルピース)です」

 

 木場、朱乃さん、小猫ちゃんの順番で説明してくれる。

 なるほどね、そんな過去は流石にドライグも教えてくれなかったな。

 それから説明してくれたことは、強い眷属を持ったから次は悪魔が自分下僕を自慢したいがために生まれた、悪魔同士のゲームを模した戦いのこと。

 それを総称して『レーティングゲーム』と呼ばれているらしい。

 あとは駒の種類があり、なんでも『兵士』『騎士』『戦車』『僧侶』『女王』の駒があるらしく、そしてその頂点にあたるのが『王』だ。

 つまり『王』は部長だろうな。

 

「部長、俺の駒の役割は何ですか?」

「イッセーの駒? それなら―――」

 

 ……すると部長は説明の言葉を止めた。

 止めた理由は俺もすぐに分かった。

 

「はぐれ悪魔のご登場ってわけか」

 

 ……俺の視線の先には馬鹿みたいに大きな、上半身は女、しかし下半身は化物のように四足という存在がいた。

 さらに手には槍みたいな獲物……なるほど、これがはぐれか。

 

「不味そうな匂いがするぞ? だがうまそうな匂いもする……甘い、ぎゃ!!?」

 

 すると、突然、はぐれ悪魔の顔に何かが衝突した……

 まあ俺があいつの顔面に軽い魔力弾を放ったんだけどね?

 はぐれを全て否定はしないけど、少なくともこいつの声でこいつが何で主様を殺したのか分かった。

 ―――単に、自分の欲望を満たしたかったから。

 なら俺も容赦はしない。

 

「おい、はぐれ悪魔。なんか言ってるとこ悪いけどさ……。お前が主を自分の欲のためだけに殺したんだからさ―――これは自業自得だ!」

 

 ……おっと、流石の部長達もキョトンとしているな。

 俺が魔力弾を放ったことじゃなく、多分、容赦なく相手の顔面に放ったことをだ。

 

「イッセー、あなた……」

「あ、どうぞ。部長」

 

 俺は一歩引いて部長を前に立たせた。

 

「己の欲を満たすために主を殺したはぐれ悪魔、バイサー。悪魔の風上にも置けない貴方を消し飛ばしてあげる!」

 

 部長は気を取り直したかのように、既に顔に傷を負っているはぐれ悪魔に億さずに言った。

 

「黙れ、小僧ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

 って俺か!

 つーか、部長の台詞をほとんど聞いていないらしい。

 

「祐斗」

「はいっ!」

 

 部長の声に木場は腰に帯剣してた剣を引き抜き、常人には目にも負えないような速度で動いていた。

 

「じゃあイッセー、気を取り直して駒の特性を説明するわ」

 

 すると部長は木場の方を見た。

 当の木場は非常に速い速度ではぐれ悪魔の槍による攻撃を全ていなし、軽くかわしている。

 

「祐斗の駒の性質は『騎士』。あのように騎士になった悪魔は速度が増すわ。……そして祐斗の最大の武器は―――剣」

 

 すると木場ははぐれ悪魔の槍を持った片腕を、一瞬で切り落とした!!

 あれは……俺もかすかに見失うほどの速度だった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 はぐれ悪魔の切断された腕からは血が止まらない!

 そうしている中、絶叫の途中のはぐれ悪魔の足元に小猫ちゃんがいた!

 

「小猫の特性は『戦車』。その力は……」

 

 すると、はぐれ悪魔は小猫ちゃんをその巨体なる足で押しつぶそうとしていた!

 まずいと思い、俺は魔力を放とうとするが……部長に止められる。

 

「大丈夫よ……。小猫は『戦車』。その力はいたってシンプル」

 

 踏まれているはずの小猫ちゃんが、はぐれ悪魔の足をぐぐぐっと持ち上げてた。

 

「馬鹿げた力と、圧倒的な防御力!あんな悪魔じゃあ小猫はつぶれないし、それに……」

 

 部長は小猫ちゃんの方をじっと見た。

 

「……先輩に良いところを見せなきゃ……ッ! 吹っ飛べ、えい……ッ!!」

 

 そしてその小さな拳ではぐれ悪魔の巨体を殴り飛ばした!!

 さ、流石は戦車のパワー……普段の可愛い一面とはすごいギャップだ。

 

「……なんだかやる気みたいだわ」

 

 こっちまで声は届かないけど、部長は嘆息してそう呟いた。

 

「最後に朱乃ね」

「あらあら、うふふ……分かりました、部長」

 

 朱乃さんはそう言うと、そのまま悪魔の方へと歩いてゆく。

 はぐれは木場の切断と小猫ちゃんのやる気の打撃で既に戦闘不能だった。

 っと、あのはぐれが槍を少し動かしているのに俺は気付いた。

 

「おっと!」

 

 はぐれ悪魔は部長に向かって槍を投げてくる!

 ま、警戒していたから俺は部長を引き寄せて、そのまま手の焦点を向かい来る槍に向け、そして魔力弾を放った。

 

「あ、ありがと……」

「いえいえ」

 

 俺がそう言うと、部長は気を取り直して朱乃さんを見た。

 

「あらあら、うふふ……部長に手を出すなんて、おいたが過ぎましてよ!」

 

 すると、朱乃さんの手からビリビリと、電気のようなものが発生する。

 

「朱乃の駒は『女王』。……『女王』は『王』を除いた全ての特性を持つ、最強の駒。最強の副部長よ」

 

 するとはぐれ悪魔の上空で雷雲のようなものが発生し、次の瞬間、そこから激しい落雷がはぐれ悪魔を襲った!

 

「ぐぎゅゅゅゅ…………」

「あらあら―――まだ元気みたいですわねぇ」

 

 ……鬼だ。

 既に瀕死のはぐれ悪魔に、これでもかっていうほど雷撃を浴びせ続けているっ!

 二度、三度、四度!?

 はっきり言って、あの雷撃は一撃一撃が相当強力なはずだ。……そして何より、朱乃さんの表情が

 

「うふふふふふふふ!」

 

 ……笑ってる。

 もう楽しいのがこの距離で分かるくらいに雷撃を浴びせることを楽しんでるよ、あの人!!

 

「朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの。イッセーがさっきした、魔力による衝撃弾もその一つね。特に彼女が得意なのが雷……そして何より、彼女、究極のSだから」

 

 部長がサラリと告白するけど、寧ろあれを見てそうじゃないって言える人がいるのだろうか……

 

「ふふふふふ!!まだですわ!!」

 

 ほら、まだまだっといったように未だに雷を撃ちい続けているし!

 表情もなんか生き生きしてるし!?

 …………俺はこの人には逆らわないでおこうと決めたのだった。

 

「大丈夫よ、朱乃は味方にはすごく優しいから」

「ならいいんですけど……」

 

 俺は苦笑いでそう呟く。

 

「うふふ。そろそろ限界かしら?とどめは部長ですわ」

 

 すると朱乃さんは雷撃を止め、部長に道をつくった。

 

「何か言うことは有るかしら?」

「……殺せ」

 

 はぐれ悪魔はその一言と同時に、部長の手より極大の魔力が生まれる。

 その魔力は黒と赤を混ぜたような少し気味の悪いオーラを放っており、危険な匂いがプンプンしていた。

 

「そう。……なら消し飛びなさい」

 

 その一言とともに部長から発せられた魔力の塊を受け、はぐれ悪魔は跡形もなく消しとんだ。

 

「……お前も、人間のままだったらこんなことにはならなかったんだろうな」

 

 俺は、誰にも聞こえないような声で小さくそう呟いたのだった。

 そして俺は部長に、一番気に気になっていることを投げかけた。

 

「それで部長。……俺の役割は?」

 

 ……まあほとんどの答えは出てたんだけどさ?

 予感というか、予想というか―――そしてそれは普通に的中した。

 

「『兵士』よ?」

 

 ……笑顔でそう言う部長に、俺は肩を落とすのだった。

―・・・

 はぐれ悪魔の討伐の帰り、部長は俺への召喚についてを話した。

 どうやらまた契約を取ろうとする人間がいるらしく、そして廃棄からそう遠くない家らしいから、俺は徒歩で向かってる。

 歩いて召喚に応じる悪魔っていうこともあって、部長とかは皆、苦笑いしてたっけ?

 とにかく、俺は召喚した人間の家の前に到着した。

 さすがに夜中だからインターホンは不味いか?そう思ったその時だった。

 

「……この感覚は、まさか」

 

 ……この血が凍るような感覚。

 悪魔の天敵が、ここにいる。

 

「もしかして…………っ!!」

 

 俺は嫌な予感を頼りに、その家に土足で踏み入れる。

 正直、予感は外れていて欲しい。

 家の中は明かりがついていなく、そしてリビングは薄暗いライトがついているだけであって、そして……

 

「お前、何してんだ?」

 

 ―――血を出して倒れる人と、それを見下げている白髪の神父服のような服を着ている男がいた。

 

「おぉ~?これはこれは、下種で下種な存在な悪魔くじゃあ~りませんか~」

 

 ……ふざけた口調だ。

 俺の予感は当たってる―――ってことは、こいつが……っ!

 

「お前が、やったのか?」

「ええ? ああ、これでありますなぁ……そう! 俺っちです、はい! こんな悪魔を頼る糞みてえな人間なんかジ、エンドですよ!! 死んで当然、殺されて当然、むしろ俺という至高に殺されたんですからねぇ……感謝感激ぃぃぃ!!」

 

 ……………………こいつは、何を言ってんだ?

 人を一人、その手で殺しているのにそれを当然? 感謝? ―――ふざ、けるな。

 その時、俺の頭の中の理性を縛るネジが……

 ――――いとも簡単に、弾けた。



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第4話 ……許さない

 俺は目の前のこいつ……恐らくは悪魔払い(エクソシスト)だろう。

 俺はこいつに心底イラつきを覚えている。

 怒りで我を失いそうなほどに……ッ!

 

「お前は……どうも思わなかったのか?人を殺すことに」

「ありゃありゃ、それはナンセンスな質問でござんす!人を殺す?快楽っしょ!?そんなあ~たりまえっなことを悪魔の糞のくせ聞いてんじゃあ~りませぇぇん!」

 

 ……そうか。

 そんなくだらない理論で、感情で……ただ誰かを殺すことがお前の生きがいであり、願いなのか。

 誰も幸せになれない選択肢がお前の答えなんだとしたら―――俺はお前を屠ることしか考えられなくなった。

 俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を腕に装着する。

 相変わらずうんともすんとも言わない籠手。もしかしたら動かない可能性があるかもしれないけど―――関係ない。神器は俺の気持ちに応えてくれる。

 

「動け、ブーステッド・ギア」

『Boost!!』

 

 ……悪魔になって、ようやくまともな倍増だ。。

 これがいつまで持つかは自分でもわからない。いつ何時バーストするかもわかんねぇけどさ―――例えそうだとしても何度も倍加してやる!

 

「……おいおい、そりゃ何ですか!?赤い腕?腕だけで僕ちんを倒せると?のんのん、そんなのノーキャンですよ?だって今からあたしゃ~、てめえの心臓やら内臓器官に弾丸を注ぎ込むっちゃ♪」

 

 ……イカレ神父が懐より銀色の拳銃を取り出し、もう片手に刀身のない柄だけの剣を握っている。

 剣の柄より光が眩く生まれ、光の刀身となった。

 

「ってことでバイちゃ!!」

 

 イカレ神父はその拳銃から数発の光の弾丸を音速で打ち込んできた,

 ―――今の俺は切れてんだ。

 そんな目で追えるような速度、大した力の無い攻撃なんぞ―――

 

「遅いんだよ!!」

 

 俺は籠手で光の弾丸を殴り、相殺する。拳からは煙が立ち込め、煙越しに見えるイカれ神父の表情は驚愕そのものだった。

 ―――籠手は悪魔のものじゃない。元が神器によるものなら聖なる光も怖くはない。

 

「……おいおい、まじっすか!?なに簡単に俺の弾丸砕いてんの!あひゃあひゃ、すんばらしいぃぃぃ!!悪魔のくせに糞みたいな根性してますね~、ひゃは!それでそれで!?今度はこの俺、フリード・セルゼンに何を見せてくれるわけよ!!」

「―――お前は黙って糞でもしてろ、イカレ神父。お前に見せるものはこれ以上は」

『Boost!!』

「―――なにもねぇ!!」

 

 籠手の力で更に倍増を果たすと、様子を見計らったようにイカレ神父は光の剣を俺に振りかざしてくる!

 ……まだだ。怒りはまだ発散するな。

 冷静になるんだ、あいつの口車なんかに乗ってやらない。

 

『Boost!!』

『Boost!!』

『Boost!!』

『Boost!!』

 

 奴の攻撃を全ていなすように躱し、倍増の力をプールするように増やしていく。

 思っていた以上にスムーズに倍増は行われることに俺は驚くけど、いつ消えるかわからない。

 またバーストを起こす可能性だってある。だからこいつは短期決戦。一撃必殺で確実に叩き潰すッ!!

 

「おいおい!?何で俺の攻撃が当たらないんスか!?糞の糞の脱糞野郎のくせに粋がるのもいい加減にしちゃいましょうかぁ!!」

 

 イカレ神父は至近距離から光の弾丸を撃ち込んでくる。……当たってなんかやらねえ。

 俺は奴の弾丸を、斬撃を全て避ける。

 身体能力において、こいつは俺の足元にも及ばない。俺は何も装着していない右手で、神父の顔面を全力で撃ち抜いた!

 

「が・・・ッ!?」

 

 俺のストレートが奴にまともに入ると、衝動でイカレ神父は後方の壁へと激突する。

 イカレ神父は殴られたことにか、それとも光の弾丸を避けられたことにか、どっちにしても驚愕という表情をしている。

 顔にはあの呑気な余裕さも消えてないけども―――切り札でも隠してやがるのか?

 

「ひゃははははは!殴った!?悪魔が神父を殴った!おいおい罪深いですねぇ、あ!悪魔ですからね?悪魔だけに!?ははは、上手いっしょ!―――そう言うわけでさ。そろそろホント、マジで死んでくれよぉ!!!」

 

 するとイカレ神父は服をまさぐり―――そこより二丁目の銃を取り出した。

 あの野郎、もう一丁隠し持ってたのか!

 神父はあの光の弾丸を撃ち放てる拳銃を両手に持ち、その照準を完全に俺に合わせる。

 

「封魔弾の二丁流っすよぉ?ってことでぇ…………死んでねぇぇぇぇ!!」

 

 イカレ神父は二丁の拳銃で俺へ弾丸をぶち込む仕草に入った。

 ―――この体勢で、あの全てを見切ることは不可能だ。

 俺は奴の弾丸を逃れるため、障害物を探そうとした。

 

「―――やめてください!!」

 

 ―――その時だった。

 俺の耳に、聞いたことがある声が聞こえた。

 その澄んだ優しそうな声音を、俺は知っている。

 何で、ここにいる……そう思いながら、俺は耳を疑った。

 ―――本当につい最近出会った子だ。

 その性質も力も、全てが全て癒しのような女の子。

 あの子が何でここに……どうして―――どうしてだよ!

 

「―――アーシア!」

 

 ―――そこには……部屋の扉の入口には、アーシアが立っていた。

 いつものようなシスター服に身を包み、ヴェールを被るアーシア。

 

「おやおや?助手君のアーシアじゃあーりませんか~?結界は張り終わったのかな?なら邪魔しないでね、こいつを今から蜂の巣にしちゃうんでね!!」

 

「何を言って……っ!?い、いやぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

 アーシアは床に倒れている、何度も切られた跡のある男の死体を黙視すると、悲鳴に近い叫び声をあげたッ!

 

「見るな!アーシア!!」

 

 俺はアーシアの元に行こうとするが、イカレ神父が俺に銃口を向け、硬直状態になった。

 

「可愛い悲鳴、いただきちゃ!アーシアちゃんも教訓として神父のお仕事を学びなさいねぇぇ!特に悪魔に魅入られた人間なんかは即、首はねってことでぇぇ!」

「そ、そんな……………え?」

 

 ……不意に、アーシアの視線が俺の方に向けられた。

 目を見開いて、まさに驚愕していた。

 俺を悪魔と信じられないと言わんばかりの表情だった。

 その目に宿るのは拒否の色と、その逆に信じたいと思うような縋るような色。

 

「い、イッセー、さん……どうして、ここに?」

「おやおや!?もしかしてアーシアちゃんはこの悪魔とお知り合いですかぁ?そんなのノンノン!悪魔は殺す!問答無用ってわけっすわ!」

「イッセーさんが、悪魔?」

「……アーシア」

 

 アーシアは信じられないような目で呆然と俺を見ている。

 ……そうだったのか、アーシアは。

 アーシアはあいつの仲間で、恐らくはぐれと呼ばれる存在なんだろう。

 

「あれあれ?もしかしてまさかのシスターと悪魔の禁断の恋?でも残念!悪魔と人間の恋なんて皆無、皆無ってやつですよ~!それに俺たちは神の加護から見放されたはぐれなんで?堕天使様の加護がなかったら生きていけないんですぜ?」

 

 アーシアは未だ、呆然としている。

 それに……堕天使の加護?

 まさかアーシアはあの堕天使と繋がってたのか?

 俺の頭にそんな可能性がチラつく。

 ―――だけど。俺はすぐにその考えを振り払うように自分の頬を殴った。

 …………違うだろ、俺は知ってるだろ。

 馬鹿野郎、俺は一体彼女のなにを見てきたんだよ。

 あの子は他人にあそこまで優しくなれるすごい子なんだ!

 そんなアーシアは一瞬でもあんな野郎たちと一緒と思った自分が許せない!

 アーシアをイカレ神父と一緒にするのもおこがましい!

 ―――なら俺に出来ることは一つだけだ。

 

「まあそこの辺はどうでもいいんでぇぇ……とにかく俺様、そこの悪魔君を殺さないと気が済まないんすよねぇ!封魔銃の二丁ばりでこいつの体全体に風穴空けてやるぜい!」

 

 イカレ悪魔は二丁拳銃を構える。

 その時だった,……今まで、呆然としていたアーシアが俺とイカレ神父の間に入り、俺を庇うように腕を広げ、イカレ神父をじっと見た。

 

「……おいおい、アーシアちゃん?自分が何してんのか分かってんでしょうかぁぁぁ!?」

 

 イカレ神父はアーシアの行動に明らかに不機嫌になる。

 

「フリード神父。この方を……イッセーさんをお見逃しください」

 

 アーシア、君は―――俺を…………庇ってくれるのか?

 

「もうやめてください……!!悪魔に魅入られただけで人を殺すなんて、間違ってます!!」

「はぁぁぁぁあああ!?こんの糞シスター!頭湧いてんじゃねぇか!?悪魔はゴミ屑で、死する存在って教会で習っただろうが!!」

「悪魔だって……悪魔にだって良い人はいます!私は少なくともイッセーさんと触れ合って、そう思いました!」

「いるわけねぇだろ、このバァァァァアアアアカ!!!目を覚まそうぜ!!?そこの糞悪魔殺してさ!!!」

「嫌です!!イッセーさんは良い人です!!こんな私を何度も助けてくれました!だから私は悪魔だって良い人がいるって思えたんです!!」

 

 アーシアは、イカレ神父に断言し、拒否する。

 ……その時だった。

 イカレ神父は、アーシアに銃口を向け、そして光の弾丸を放った。

 ―――俺の反応が一歩遅れた。

 

「ッ!アーシア!!」

 

 ……俺はアーシアの腕を掴んで、自分の後方に投げた。

 そして俺の太ももに……光の弾丸が撃ち込まれた。

 

「が、あぁぁぁぁああ!!」

 

 撃ち込まれた弾丸は俺の体を蝕み、激痛を迸らせる。

 血が止まらないッ!体を引き裂く痛みだ!!

 これが光かの力―――確かに悪魔にとっては毒以外の何物でもない。

 

「おお!?悪魔ちゃんにクリティカル・ヒット!!おいおい、偽善悪魔君。君を殺す前にやることが出来ちゃったみたいだから、ちょっと待っててね?」

 

 すると、イカレ神父は俺の後ろのアーシアのところまで歩いて行った。

 そしてアーシアの腕を引っ張ると、陰に叩きつけて頬を乱暴に―――殴った。

 

「あ~あ、堕天使の姉さんからは君を殺さないようにいわれてんだけどさ、何してるわけ、君ぃ。……ホント、殺すのと同じぐらいのことをしないとな!そうだ!元聖女なわけだから処女っぽいしぃぃぃ、ここで無理やりロストヴァージンってのはどう?アーシアちゃんの大切な悪魔くんの前で犯すっていうのも中々のものですなぁ!?」

「いや……ッ!そんなの、いやぁぁぁ!!!」

 

 ―――情けねえな。

 こいつが俺の横を通った時、痛みなんか気にせずに殴ればよかった。

 ドライグとフェルウェルがいたら、たぶん、俺を叱るだろうな。

 ……どうかしてるよな。ちょっと自分について見直さないといけない。

 こんな油断ばかりで―――これなら昔の方が力がなくても百倍マシだ。慢心が過ぎるんだよ、馬鹿野郎。

 ―――アーシアが泣いてるんだ。

 彼女は俺に助けを求めている。

 戦う力なんてないのに、それでも俺を庇ってくれるような強い子が、泣いているんだ。

 ―――あのイカレ神父がアーシアを傷つけようとしてんだ!

 こんなところで、のうのうと息なんかしてられねぇ!

 それにな・・・・・・アーシアを殴った。

 俺の―――大切な友達を傷つけた。

 アーシアに汚い言葉を浴びせて、汚い言動を繰り返してアーシアの全てを穢そうとしている。

 ……たった一つ、俺がすべきこと。

 それは―――アーシアを助けることだ!

 

「いい加減にしろよ、イカレ神父」

 

 ―――怒りを抑えることは止めた。

 

「ああ?何、敗者復活してるわけ?てめえはそこでご観覧お願いしますわ!」

 

 痛みは怒りで忘れろ。冷静さなんて今は捨て去れ。

 ただ一つ、あのイカレ神父を消し飛ばすことだけを考えろ!!

 

「アーシアとお前なんかを一緒にするなよ。アーシアは良い子だ、優しい子だ!!てめえみたいな外道と一緒にしてんじゃねぇよ!!」

「……ヒュ~、かっくいいねぇ―――なら君から殺してあげるっすわ!!」

 

 イカレ神父は拳銃を捨て去って、懐から柄のない二本の光の剣を取り出す。

 

『Boost!!』

 

 ・・・一度、倍増の力はアーシアの登場でリセットされた。

 気付かないうちにな。

 でもな、あれから時間は経ってんだ。

 今の倍加で、もうな―――8回の倍増が済んでるんだよ!!

 

『Explosion!!!』

 

 力が漲ってくる。

 力の放出、それが赤龍帝の力の一つ。

 溜めた倍増のエネルギーを解放し、一時的に自分そのものを溜めた分だけ強化する。

 時間が経てば神をも超える、神滅具の力だ。

 

「はぁ!?何ですか、この魔力は!?ちょ、ま!!」

「―――消し飛べ、イカレ神父ッッッ!!!!!」

 

 俺は赤龍帝の赤いオーラを纏った全力の拳で、イカレ神父の剣を完全に壊し、そして腹部に一撃、身体能力が上がっている間に、更に4撃、5撃を連続でくれてやった。

 ゴキッ、バキッ……。そんな骨が折れる音や、肉が潰されるような音が響き渡り、俺の拳はイカレ神父に突き刺さる。

 そしてイカレ神父は俺の殴打の勢いに負け、そのまま家の窓を突き破って遠くまで飛んで行った。

 ちょうど、廃墟があるところぐらいだ。……近辺の家には特に被害は出ないだろうと思う。

 生きているか死んでいるかで言えば、あいつの悪運次第か。

 

『Burst』

 

 そこで俺の籠手は機能を失い、神器は解除される。

 まあ、今回はまだ持った方だ。

 あいつをぶっ飛ばせた。今回はそれで充分だ。

 ―――っ!次の瞬間、今まで痩せ我慢を続けていたツケが回ってきたように、光の傷の痛みを痛感する。

 さすがに光のダメージが少しは残ってる……。

 でも今はそれよりも―――

 

「アーシア。……ごめんな、悪魔だって、黙ってて」

 

 実際には初めて会った時は悪魔じゃなかったけど……でも謝りたかった。

 少なくとも二度目にあったとき、俺はもう悪魔だったから。悪魔だって理解した上で、君と親しく接してしまったから。

 ―――するとアーシアは首を横に振った。

 

「良いんです。だってイッセーさんは、優しい人ですから。……また私を助けてくれました。たくさん驚きましたけど、私はそれでいいんです―――ごめんなさい。私のせいで、こんな怪我を……」

 

 ……アーシアの指にある指輪型の神器から優しい、緑色のオーラが撃ち抜かれた太ももに放射される。

 ―――優しい、こんな優しいのに、何で堕天使の加護なんて受けてるんだ。

 俺は癒しの力を一身に受けながら、そう考えた。

 ……こんな人材を、なぜ天界勢力は手放したんだ?

 ―――その時、大きな部屋の一点に赤い、グレモリー家の紋章が現れた。

 ……転移のための魔法陣だ。

 

「やあ、兵藤君。助けに来た……けどもう終わったのかい?」

 

 ……遅いんだよ、木場。

 木場に続くように残りのオカルト研究部の面々が魔法陣から現れ、周りの状況の確認をすると、俺の元に駆け寄る。

 

「あんなクサレ神父に負けるかよ。……アーシア、ありがとう。おかげで随分楽になったよ」

 

 俺はアーシアの頭を優しく撫でる。そしてアーシアが殴られた頬に触れた。

 

「い、イッセーさん?」

「……頬が赤くなってる。俺のせいだな」

「い、いえ……イッセーさんが助けてくれなければもっと酷いことをされたと思うので、……その、えっと―――助けてくれて、ありがとうございました……っ!!」

 

 …………やっぱあいつに、100発くらい殴っておけばよかった。

 少し恥ずかしそうに、殴られた反対側の頬まで赤くしたアーシアがペコリと頭を下げている姿を見て、俺はそう思った。

 

「・・・・・・・・・先輩、その人から離れてください」

 

 その光景を見ていた小猫ちゃんがジト目で俺を見てくる!?

 …………それよりも、だ。

 

「ごめん、アーシア」

 

 俺はその場から立ち上がり、あの神父に殺された人の元に向かう。

 既に、息は絶えてる。

 この人は俺を呼んだ人だ……何かしてほしいことがあって、自分ではどうにもできなくて悪魔を頼った。

 確かにそれは良くないことだったかもしれない―――でもこんな風に無惨に殺される理由にはならない。

 

「……俺がもっと早く来ていれば、救えたかも知れない命だ―――ごめん、せめて……アーシア」

「イッセーさん……。はい」

 

 アーシアは俺の傍に寄ると、既に息絶えてる男性の傷を神器で癒す。

 ……俺は男性の顔を見ると、そこにはどこか安らかな表情をした男性の姿があった。

 

「・・・イッセー、貴方は悪くないわ」

「いいえ。これは俺が背負うべき十字架です―――そんな簡単に割り切っていいことじゃない」

 

 部長が少し離れた所から俺にそう言ってくる―――こんな簡単に人が死んで良いのかよッ!

 

「……イッセー、貴方はそこにいる女の子の正体を知っているのね?」

「・・・シスターと悪魔は、相容れないって言いたいんですか?」

 

 俺は少し、部長を睨んでしまう。

 分かってる、部長の言いたいことは理解できる……。でもアーシアは俺の―――理屈じゃ、ないんだよ、これは!

 

「―――ッ!部長、この近くに堕天使のような気配がここに近づいていますわ」

 

 ……朱乃さんは何かを感じ取ったように部長にそう言うと、部長は手を開いてその場に魔法陣を出現させる。

 

「イッセー、話しはあとで聞くから今は帰るわよ?」

「……ならアーシアも!」

「無理よ。この魔法陣は眷族しか転移されない。だからその子は無理なの。そもそも彼女は堕天使に関与している者。だったら尚更よ」

「―――なら俺は……!」

 

 俺は立ち上がり、堕天使全員ともう一度、戦うことを示す。

 するとその時だった。

 

「……イッセーさん」

 

 アーシアが……俺の背中に抱きついた。

 

 

 その手はほんの少し震えていて、俺は首だけアーシアの方を向けると―――アーシアは優しげに微笑んでいた。

 

「私は大丈夫です。だから行ってください」

「な、何言ってるんだ?アーシア、大丈夫だよ……。俺は戦えるし、あんな堕天使何かに負けは―――」

「駄目です。イッセーさんを大切に想う仲間を心配させたら……。イッセーさん、大丈夫です―――またきっと……きっと、会えますから……っ」

 

 ……アーシアは涙を流しながらも笑顔だった。

 そしてその笑顔のまま、俺の背中を押し、俺は押されるがまま部長が展開させた魔法陣の中に入る。

 

「……感謝するわ、シスターさん」

「アーシア!」

 

 俺はアーシアに向かって手を伸ばすも、でもその手がアーシアを掴むことはなかった。

 

「……また、です!イッセーさん!」

 

 そうして、俺は俺たちは光に包まれ、そしてそのまま駒王学園の部室へと転送されたのだった。

 

 ―・・・

 

 俺はその日、ずっと呆然としていた。

 家の縁側でずっと呆然としながら空を見ていた。

 時折、母さんが俺を心配してか顔を出しては飲み物やらお菓子やら果物などを俺に渡してくる。

 でも食欲がわかないんだ。

 昨日、あの後、部室帰ってからの部長の言葉を俺は思い出す。

 

『あのシスターのことは諦めなさい。初めから教会側の人間と悪魔は相容れないのよ、悲しいけどね。……それにそれ堕天使と戦ったら私達も堕天使たちと争うことになるわ。それで私の可愛い眷属を失うのは嫌なの。分かってちょうだい、イッセー……』

 

 ……部長の言いたいことは最もだ。

 俺の気持ちだけで、他の部員を危険な目に遭わせるわけにはいけない。

 それは確かにそうだけど、でも!

 

「イッセーちゃん、これ」

 

 すると母さんは、いつの間にか隣にいて俺に紙切れを渡してきた。

 

「映画のチケット。本当はイッセーちゃんと行きたかったけど、でもイッセーちゃん一人で行って来て?それかお友達でも誘って……」

「母さん……」

 

 母さんは心配そうな顔でそう言ってくる。……この母さんを悲しませるなんて、俺は何してんだよ。

 

「母さん、ごめん……でもありがとう!」

 

 俺は母さんの好意を無下にせず、手軽に財布と携帯電話をもって靴を履き替えて、町に出ることにした。

 っと言ってもチケットは二枚ある。

 一人でいくのもあれだな。……よし、木場でも呼ぼうかな?

 オカルト研究部男子との親交を深めるのも大事だよな、うん。

 そう思って俺はケータイを操作し、最近木場に無理やり教えられた番号に電話した。

 

『はい、もしもし兵藤君?どうしたんだい、珍しいね、君が電話なんて』

 

 木場は一コール目で電話に出て、興味津々というような声音で話し始めてきた。

 

「母さんからさ、映画のチケットもらったからさ、その」

 

 俺が木場を誘おうとしたその時だった。

 

「……イッセー、さん?」

「―――え?…………アー、シア?」

 

 俺はつい電話口から耳を話し、何故かそこにいる―――アーシアを呆然と見た。

 

『映画かい?良いね、僕も一度、君と一緒に遊んでみたかったんだよ!それでどこにいるんだい?今すぐ向かうけど……』

「……木場、悪いけどやっぱりそれは無しだ」

『え?兵藤君、ちょっと待』

 

 俺は木場に本当に悪いと思いながらも電話を切った。

 っというより、完全に今、混乱していた。

 

「あ、アーシア?何でこんなところで……」

「えと.ちょっとだけ野暮用があって、ってそれよりもその―――また会えるって、思ってました……ッ!!」

 

 そう言うと、アーシアは満面の笑みで俺にそう言ってくる。

 アーシアは俺の手をギュッと握る。

 俺は当然、今は混乱しているけど、とにかく今思えることは……

 

「良かった……ッ!アーシアが無事で!」

 

 ……男らしくもなく、少し涙を流してしまう。

 そんな俺をアーシアは心配そうな表情で声をかけてきた。

 

「い、イッセーさん!?どこか怪我をしたんですか!?そんな泣くほどの怪我……もしかして昨日のあの怪我がまだ!?」

 

 アーシアは途端におろおろする……ホント、アーシアは良い子だな。

 

「大丈夫だよ、アーシア……俺の体には全くもって、傷一つもない!!」

 

 俺はその場で一回転した。

 

「…………ふふ。イッセーさん、何ですか、それ」

 

 アーシアは可笑しそうに笑ってくれた。

 アーシアには笑顔が一番似合う。それに俺はそんな笑顔が一番好きなんだよな。

 

「さてアーシア……俺は今、非常に暇を持て余しているんだ?」

「そ、そうなんですか?」

 

 アーシアは少し戸惑うように俺に尋ねる。

 

「どこか心の優しいシスターさんは、そんな暇で暇で仕方のない俺を助けると思って一緒に遊んでくれないかな~……なんてな」

 

 アーシアはキョトンとしたような表情になっている。

 

「あの・・・イッセーさん?」

「……今日は遊ぶ楽しさってものを教えてやる。だから覚悟しろよ!今日一日、足腰が痛くなるくらい連れまわすからな!!」

「―――はい!」

 

 俺の言葉にアーシアは力強く、嬉しそうに頷いてくれたのだった。



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第5話 友達と遊びます!

「わぁ、わぁ~!! すごいです、イッセーさん!! こんな大きなテレビ画面、私、見たことないです!!」

 

 俺のすぐ傍には、映画館の大きな画面に好奇心旺盛で目をキラキラさせているアーシアの姿があった。

 見ていて微笑ましくなるほど嬉しそうなアーシア。

 見る物、全てが真新しそうに見えるのか、アーシアは今すぐにでもスキップしそうなテンションになっていて、俺もそれにつられそうになるくらいだ。

 

「アーシア、聞いて驚け。――この映画は画面から飛び出すのだ!!」

「そ、そんな!! す、すごいです、イッセーさん! 私はまるで時代錯誤に陥った感覚です! タイムスリップです!!」

 

 アーシアの反応がいちいち可愛くて、面白いからつい俺はからかってしまう。

 その度にアーシアは過剰にも反応するものだから、俺はついつい癒された。もうアーシアはあれだ、癒しの体現者といっても過言ではない。

 

「アーシア、この映画を見る際には入口で貰ったこのメガネを装着してみるんだ」

「わ、分かりました! やってみます!!」

 

 アーシアはマジマジとそれを見つめるも、恐る恐るという風に3Dメガネをつけて画面を見た。

 

「大変です、イッセーさん! 目の前が暗くなりました!!」

「アーシア……そりゃあ3Dメガネだからな?」

 

 ……アーシアの純粋さに俺は苦笑するのだった。

 さて、俺とアーシアは現在、母さんから貰ったチケット……3D映画『陽と闘の74日』というアクション映画を見に来ている。

 何でも3Dアクションに力を入れた作品で、迫力がすごいらしい。

 特に主人公とラスボスキャラとの戦いはかなりのものらしく、俺も楽しみにしているんだ。

 それに日本語が分からないアーシアでもアクションシーンなら楽しめるだろうと思ったんだけど、母さんがここまで都合の良い映画を選ぶなんて信じれなかった。

 どうせ、すごいドロドロとした恋愛もののチケットと思ってたんだけど……

 

「はぅ! すごいです、イッセーさん!」

 

 映画が始まってアーシアはずっと活き活きしている。

 でも少し声が大きいかな?

 俺はアーシアにそれを耳打ちすると、アーシアは顔を真っ赤にして口に手を当てる……その仕草もまた癒しだ!

 そうして映画はそっちのけで、アーシアに癒されていると、映画はどうやら終盤になっ―――…………はい?

 俺はその映像が信じられなくなり、ついメガネを外した。

 いや、だってさ……アーシアも顔を真っ赤にしながら画面から目を離そうにも離せない状態になっている。

 …………そこに映ったいたのは、3Dとして俺達の目に入る、濃厚なラブシーンだった。

 

「そ、そんな! い、イッセーさん! あんなことはいけません! あ、あれは恋人同士がする神聖なもので!!」

 

 アーシアは真っ赤になりながらそう言ってくる。

 ……そう言えばこのチケットをくれたのは母さんだ。

 あの母さんが、ただの映画を選ぶはずもないわけで―――うん、すっかり失念していたよ。

 母さんがただのアクション映画を選ぶわけがないよな―――俺はそう考えると、何でか悲しくなったのだった。

 そして俺とアーシアはその映画を最後まで悶えながら見て、映画が終わるころには二人して意気消沈しているのだった。

 アーシアは映画館を出て、俺に言った言葉。

 

「うぅぅ……。で、でもあれを最後まで目を離さずに見てしまった私は、咎人なのでしょうか……? イッセーさん……」

 

 俺は涙目でそう訴えて来るアーシアに対し、ただ苦笑いで頭を撫でてあげることしか出来なかった。

 ……今度映画を見ることがあれば、俺自身で話をチョイスしようと心に刻んだ一時であった。

 ―・・・

 

「イッセーさん! これは何ですか!?」

 

 次に俺達が向かったのは某チェーン店のハンバーガーショップだった。

 そしてアーシアはまた、紙に包まれたハンバーガーを見ながら右往左往している。

 教会出身であるアーシアがジャンクフードのような食べ物に縁がないのは当たり前で、食べ方が分からないのも当たり前ってもんだ。

 

「アーシア、それはな? こうやって食べるんだ!」

 

 そういうと、俺はハンバーガーの紙を取っ払い、大きな一口でハンバーガーを食べた。

 体には良くないとは思うけど、やっぱり偶に食べるとこれは美味い!

 アーシアは俺の食べる姿を見て、目を見開いて驚いた。

 

「はわわ! そんな食べ物がこの世にあるなんて!」

「郷に入っては郷に従え、ってな! ほら、アーシアも食べてみなよ」

「は、はいっ!」

 

 するとアーシアは小さな口でハンバーガーを上品に食べる。

 シスターとハンバーガーのアンバランスさがなんか絵になるなぁ、っと保護欲が駆り立てられる!

 そして良く見ると、店の中の男子客はおろか、恐らく彼女持ちの男でさえアーシアのことを呆けて見ていた。

 ……まあアーシアは可愛いし、絶世の美少女だし、清楚だし、癒しの存在で且つシスター服だからか?

 いや、間違いなくそれだな。

 

「……あ、イッセーさん。頬にケチャップがついてますよ?」

「え、本当か? えっと……」

 

 俺はアーシアにそう指摘され、近くにあったウエットティッシュで頬を拭こうとしたその時だった。

 

「わ、私が取りますね!」

 

 するとアーシアは突然そう言って、そっと俺に顔に手を近づけて―――指でケチャップを取ってそのまま俺の頬についてたケチャップを舐めたぁぁぁあ!?

 

「あ、あはは……。ちょっとハシタナイですか?」

「ソ、ソウデスネ、ハハ……」

 

 俺の言葉は何故か、片言になる……そりゃそうだろ!!

 こんな子にこんなことされて、緊張しない男なんかいない!!

 周りなんか見たら……ああ、あそこの男なんか彼女に頬をぶたれちゃってるよ。

 まあ彼女とのデート中に他の女の子に目を向けるなんて、男としてあるまじき行為だから、自業自得だけど。

 それ以外はなんか、俺にすごい殺意を込めた視線を送ってくるし……

 アーシアに至っては、未だモジモジしてる!

 ホント、一つ一つの仕草が男の加護欲を掻き立てるよ、アーシアは!

 俺はそんなことを考えつつ、アーシアに提案するのだった。

 

「アーシア、今すぐ食べてこの店を出よう!」

「え? イッセーさん?」

 

 それから俺とアーシアが店を退出したのは3分後のことだった。

 

 ―・・・

 

「これはパンチング・マシーン。お金を入れて、自分のパンチ力を測ると共にストレス発散になる優れ物だ!」

「す、すごいです! そんな画期的なシステムが存在しているなんて! 科学とはすごいです~!!」

 

 ……なんか、アーシアの「すごいです」がもう定番になっている気がする。

 ということで俺とアーシアはゲームセンターの中にある俺、御用達のパンチングマシーンのところに来ていた。

 さっきのバーガーショップに居にくくなったのも理由の一つだし、アーシアには出来る限り色々な遊びを体験してほしいからな!

 ……ちなみにここに記録されているトップ10のランキングは全ては俺の記録だ。

 

「よぉし、まずは俺が!」

 

 俺は専用のグローブをはめて、お金を入れる。

 このパンチングマシーンの上限パンチ力は20000だ。

 今までは18000くらいだけど、今なら限界を超える気がする!

 

「うぉりゃあ!!」

 

 俺の拳が、パンチ力をはかる計測機に衝突する!

 パァン、という心地良い衝突音が鳴り響き、数字を表示するディスプレイが計算を始める。

 そして数秒のタイムラグの末、パンチ力を示すディスプレイにパンチ力が出された。

 

「イッセーさん!20000オーバーって何ですか?」

 

 そこには20000を超えた数字にのみ出される、20000越えの表示が出ていた。

 ……悪魔になったのも大きな理由の一つか?

 悪魔になって弱点は増えたけど、その分肉体的な性能が格段に上がったからな。

 

「あはは……。今まで、誰も見たこともないようなパンチ力ってことだよ」

「や、やっぱりイッセーさんはすごいです!」

 

 アーシアが自分のことのように喜んでくれる。

 その反応に俺は少し照れ臭くなって頬をポリポリと掻くが、アーシアは未だに尊敬の眼差しを俺に送っていた。

 そこで俺は機械にもう一度、お金を入れてグローブをアーシアに手渡した。

 

「次はアーシアがやってみたらどうだ?」

「わ、私ですか? ……頑張ってみます!」

 

 アーシアは慣れない手つきでグローブをイソイソとはめ込んで、俺を真似してるのように構える。

 が、あまり様になっていない。

 っていうか腰が若干引けてる。

 

「えいっ!」

 

 そしてアーシアの拳が計測機にぶつけられた!

 でも何だ、嫌な予感がする!!

 ―――だって音が!

 バコン、じゃなくてペコ、だったんだ!

 そして数秒が、計測器が残酷な点数を言い放った。

 

「ぱ、パンチ力、2……」

 

 アーシアはその数字を見て枯れる!?

 待ってくれ、ちょっと小突いただけでパンチ力は30はいくんだぞ!?

 しかもパンチ力の下に『なに?蚊でもついたの?パンチじゃなくで虫さされだな』とか非常にムカつく台詞込みだし!!

 しかもご丁寧に英語つきって何だよ!!

 思いっきり嫌がらせじゃねぇか!!

 アーシアなんか固まっちまったじゃねえか!

 

「イッセーさん……私は蚊さん以下何でしょうか?」

「うぅぅぅぅ! 大丈夫だ! アーシアは俺が守るから!!」

 

 ……俺はどうしようもなくなって、アーシアを抱きしめてそう言うしかなかった。

 ちなみにアーシアからシャンプーみたいな良い匂いがしていたのは秘密だ。

 

 ―・・・

 

 アーシアが気を取り直してくれたのはそれから数分後のことだった。

 そして俺がアーシアに断って、トイレから帰ってくると、アーシアはクレーンゲームのディスプレイに張り付いてた。

 それは・・・ああ、ラッチューくんか。

 ネズミが元の可愛いマスコットキャラで、母さんが好きで家に割と人形がある。

 アーシアが見ているのはそのラッチュー君人形が取れるクレーンゲームだった。

 

「アーシア、それが欲しいのか?」

「は、はぅ!」

 

 アーシアは突然、声をかけられたことに驚いてか情けない声を出してしまう。

 そして俺の方を見て、俺だということに気がつくと安堵の溜息をついた。

 

「アーシアはラッチュー君が好きなのか?」

「そ、その……はい。こういうものは見るのは初めてで……実は前に初めてテレビを見た時にラッチュー君が映っていたの見てから、その……」

「なるほど、ファンになったってことか」

 

 アーシアは頬を紅潮させて頷く。

 でも可愛いものに惹かれるのは女の子としては当たり前のことで、恥ずべきことは一切ない。

 むしろアーシアに人形とかヌイグルミは似合いすぎるくらいだ。

 ……よし、なら一肌脱ぐしかないな!

 

「俺に任せろ、アーシア! こう見えてもこのゲームは得意なんだ!」

 

 俺はそう言うと機械に小銭をいくつか入れて、クレーンを操作し始める。

 これでも松田と元浜と一緒にゲームセンターで遊んでたからな!

 俺は一度目の操作でラッチュー君を落としやすい位置にもってきて、そして二度目で確実にとれるようにした結果、二度目でラッチュー君を無事、獲得したのだった。

 俺はヌイグルミの排出口から先ほど取ったものを取り、そしてアーシアに渡した。

 

「はい、アーシア。ご所望のラッチュー君だ」

「あ、ありがとうございます!イッセーさん!」

 

 アーシアは俺から人形を受け取ると、それを嬉しそうに抱き寄せる。

 本当に嬉しそうで、感動してるのか少しだけ涙目だった。

 うん、やっぱり様になるけど涙目はなんかいたたまれない気がする。

 

「私はこれを、一生大事にします。……今日、イッセーさんと出会えた記念として」

「……馬鹿だな。これくらい、俺がいつでもとってあげるよ。だから泣くことはないだろ?」

「…………。そうですね、イッセーさん!」

 

 そして俺とアーシアはどちらともなく、笑い合った。

 ―――でもその笑顔は、どこか儚げだった。

 ―・・・

 

 その日、俺とアーシアは遊び尽くした。

 ゲーセンに行った後は、屋台でタイ焼きを買って二人で食べたり、服屋で服を見たり……

 そうしているうちに、時間は既に夕方になっていた。

 俺とアーシアは立ち寄った公園の水辺付近のベンチで二人して座っている。

 ……そういえば、この公園はあの堕天使野郎と初めて合って、俺が殺された公園だな。

 

「ふぅ。さすがに疲れたなぁ……」

「は、はい……でもこんなに楽しかったのは、生まれて初めてですっ!!」

「……俺も、こんなに楽しく女の子と遊べたのはアーシアが久しぶりだよ」

 

 ……そうだ。

 俺はどこか、女の子を少し遠ざけていた。

 松田と元浜もそれを指摘してきたし、実際に俺自身も、そんなに女の子がどうこうって気持ちはなかったんだ。

 たぶん、それは俺の転生前の……名前は忘れてしまったころの俺の、好きだったミリーシェのことが関係しているんだろうな。

 ……だった、じゃないな。

 今もあいつのことが好きなんだ。

 ……それでも、アーシアと一緒にいると本当に楽しい。

 もっと一緒にいたいって思える。

 そんな風に思えるのは、本当に久しぶりだった。

 

「その、イッセーさん……私、イッセーさんに少し聞きたいことがあるんです」

「……良いよ。俺もある。それにアーシアの聞きたいのはこれのことだろ?」

 

 俺は大体のことは察して、胸に白銀の宝玉が埋め込まれたブローチのような神器である神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)、そして左腕に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出現させる。

 共に未だに力を完全に解放できないけど、発現自体は出来るからな。

 

「……イッセーさんも、神器を持っているんですね」

「ああ。アーシアほど、優しいものではないけどな」

「優しい、ですか……」

 

 ……俺の言葉を聞いたアーシアは、復唱するようにボソッと呟く。

 そして……アーシアは、一筋の涙を流した。

 いや、一筋なんかじゃない―――止め止めもなく、ずっと絶えずに涙を流し始める。

 俺はその姿を見て、余計に知りたくなった―――アーシアのことを。

 これほどの涙を流すアーシアを、優しいアーシアを……傷ついているアーシアを。

 そんなアーシアを癒してあげたくなったんだ。

 

「私の過去……聞いてもらえますか?」

「ああ。……もちろんだ」

 

 するとアーシアが語り始めた。

 

「聖女」とあがめられた一人の少女の、救われない末路を、涙を流しながら。

 それはアーシアが小さい頃、彼女は欧州のとある地方で生まれ、生まれてすぐ捨て子として教会に捨てられたところから始まった。

 そこで育てられたアーシアだったけど、転機は8歳の時のことだった。

 

 アーシアはある日、怪我をした犬を発見し、そしてその犬を助けようと思った時に神器(セイクリット・ギア)を目覚めさせ、そしてその回復の力で犬を救ったらしい。

 

 そしてその回復の力が教会中に知れ渡り、そしてアーシアは人の傷を癒す力を持つ「聖母」として崇められたらしい。

 傷を癒すシスター……崇められるのは必然だったのだろう。

 

 そう―――彼女が望んでいなくても、それは当たり前のように行われた。

 どれだけアーシアの地位が高くなっても、どれだけの名声を浴びせられても……アーシアの心の隙間は埋まるどころか広がっていった。

 

 当たり前だ。

 

 だってアーシアが望んでいたものはそんなものじゃなく、もっと単純で……だからこそ大切なこと。

 ……アーシアはただ、友達が欲しかったんだ。

 だけどそれは出来なかった。

 出来るはずがなかった。

 

 例え誰かを癒すことのできる優しい神器を持っていたとしても、それは人ならざる力だ。

 他人はアーシアを異質な目で見るようになり、そしてアーシアはずっと孤独。

 友達はいない、誰も守ってくれない、味方がいない・・・神器に目覚めた者が受ける確執、孤独。

 

 アーシアは幼い時からそれをずっと味わってきたんだ。

 ……そんな状況だった。

 そしてアーシアの人生が大きく変わってしまったもう一つの転機は―――ある日、アーシアが教会の前にいた黒い翼を生やした悪魔を救ったことだった。

 

 神器とはそもそも神聖なものではない。

 どの神器もそれぞれの力は世界に対して平等に働き、そしてそれはもちろん多種多様な種族に影響する。

 ……つまり悪魔すらも癒すことが出来る。

 

 悪魔をも救えるその力は聖なるものではない、魔女のものだと教会は判断し、そして……

 

 ―――アーシアを追放し、そして見捨てた。

 

 だからこそ、アーシアは行き場がなくて極東の……日本のはぐれ悪魔払いの組織に入って、堕天使の加護を得るしかなかった。

 それがフリードがあの家で言ったことの真相だ。

 

「私は、きっと神様に対する祈りが足りなかったんです……ッ! 私は自分ひとりじゃ何もできないから。ハンバーガーの食べ方だって、自分だけでは分からないし、それに力も何もないから……」

 

 アーシアは、泣きながら笑ってる。

 自分を嘲笑うように、自分で自分を傷つける。

 自分で自分を否定して、未だに信じ続ける神に対して「ごめんなさい」 

 ……そうやって、謝り続けている。

 

 弱い……小さい体が、今にも悲しさで消えそうだ。

 俺がアーシアに出来ること……アーシアに壮絶な過去を知って、今さらもう何も変えることはできない。

 だったら何もしないのが正解?―――そんなの、あるわけがない……!!

 確かに過去を変えることなんて不可能だ。

 だけど、だからこそ俺はアーシアに出来るをことをしてあげないといけないんだ。

 

「これは試練なんです。神様が私に与えてくれた、試練……。これを乗り越えさえすれば、きっと友達だって―――そんなこと、ないってわかってる癖に」

 

 アーシアは涙を止めない。

 神様、か……そんなもの、何の役にも立たない。

 神はいつも世界に対して不平等で、いつも不幸を見捨てる。

 苦しんでいても絶対に救ってくれなくて、知らんぷりする。

 この子を絶対に守ってくれない……いつも神様ってのはこの子を見放すんだろう。

 俺は泣いているアーシアの頬に伝う涙を指で拭った。

 そしてアーシアの手をギュッと握り、アーシアと向き合った。

 

「辛い思いをしなければ幸せになれないなんて、間違ってるよ」

「イッセー、さん?」

 

 アーシアは俺の方を目を丸くして見ている。

 ……俺はアーシアに救われている。

 あの日、フリード・セルゼンが殺した男の人を俺は救えなかった。

 目の前で死んでいる姿を見て、後悔した。

 守れなかったことを、死なせてしまったことを。

 だけどアーシアが彼の傷を癒し、せめて安らかに眠って欲しいと思ったら、あの男の人は安らかな顔になった。

 ……アーシアは知らずの内に俺を後悔の渦から救ってくれたんだ。

 だからこそ、俺がアーシアを救わないといけない。

 

「アーシアがいつ間違った? 悪魔すらも治してしまう優しい力なのに、それを追放した協会は大馬鹿野郎だ。勝手に聖女とか崇めて、最終的に魔女何て言うのもお門違いだ」

 

 そして俺は片手アーシアの手を握り、もう片手で頭を撫でた。

 臭いことをしてるのはわかってる……でもしなきゃいけない。

 この子を……アーシアを守りたい、救いたい。その心を、せめて救いたかった。

 

「もしも今の俺の言葉を神様が聞いているとして、それでアーシアを神様が裁きに来たとしたら―――アーシアを守るために戦うよ」

「い、イッセーさん?」

「神様だろうが、魔王だろうが、ドラゴンだろうが……その全てを俺が全部倒す。それでアーシアを笑顔にしてみせる」

 

 そして俺は「それに」、と繋げた。

 

「俺はアーシアのことを、友達と思ってる。友達はさ、なってやるじゃないんだ。―――なってるものなんだ! だからアーシアは俺の大切な友達だ。そんで俺は、友達は死んでも守る!」

「とも、だち?」

「そうだ、友達だ! ほら、友達がいるんなら、もう神様の試練なんか無視すればいい! 俺は信仰とかは分からないけど、人を不幸にする教えなんかいらない!」

「イッセーさんは……私の友達になってくれるんですか?」

「なるんじゃないよ。一緒に遊んで、笑って、それでもう友達だ! だからよろしく、アーシア」

 

 アーシアはそう言うと……涙を浮かべてるけどすっきりとした、笑顔を俺に見せてくれる。

 嬉し泣きだと良いな。

 そうだ、この笑顔を俺は守りたいんだ。

 だから俺は―――こいつらを、アーシアをどうにかしようとする連中を。

 消し去ってでも……倒してやる。

 

「―――友達?そんなのは無理よ」

 

 ……その時、俺の知っている声が上空から聞こえた。

 しかしそれは既に俺も探知して知っていた―――堕天使。

 

「アーシアが逃げ出したと聞いて急いで追いかけてみたら、まさか男とデートしてるなんてねぇ……。アーシアに妬いちゃうわ」

 

 本気で言ってない……こいつはそう、小猫ちゃんを襲い、そして俺を殺した女の堕天使だ。

 相変わらずの下品な恰好で噴水口の上に浮いていて、そして気味の悪い笑みを浮かべている。

 

「あれ? もしかして兵藤一誠君?あはは! あなたはまだ生きていたのね!」

「……変態堕天使さん、あんた相変わらず恥ずかしい格好をしているんだな」

「あなた、一度殺したはずなんだけど……もしかしてあなた、悪魔になっちゃったの? うわ、最悪」

 

 堕天使は俺を潮笑する。

 こいつは典型的に悪魔を下等と思っているタイプか。

 いや、自分の種族以外の全てを下に見ているタイプだ。

 

「れ、レイナーレ様……」

 

 するとアーシアが俺の隣で見知らぬ名前を呟いた。

 なるほどな……。この堕天使の名前はレイナーレっていうのか。

 それにしてもアーシアがこいつらの元から逃げた、か―――つまりこいつはアーシアの敵というわけだ。

 アーシアはその堕天使の存在に恐怖し、体を震えさせながら俺の陰に隠れた。

 

「アーシア、帰って来なさい。あなたの力は私の計画に必要なものなの。だから……」

 

 俺はアーシアに近づこうとする堕天使にそこに落ちていた小石を投げた。

 それは堕天使の足元に衝突し、それは制止を促した。

 

「アーシアに近づくな、堕天使レイナーレ」

「汚らしい悪魔が私の名を」

「汚いのはお前だろうが―――欲望で天使から堕ちた半端者の癖に良く言うな」

 

 ……レイナーレの表情は、その言葉で明らかに憤怒のものに変わった。

 手にはあの時、俺を殺した光の槍がある。

 

「……あなた、たかだか龍の手(トュワイス・クリティカル)を持ってるだけで良い気になってるの?」

「……あっはは! その龍の手に手こずった堕天使は誰だよ―――下級堕天使風情が、調子に乗るのもいい加減にしろ」

 

 ―――俺は全ての殺気を真正面でレイナーレに送った。

 そしてなるべく堕天使を怒らせるように笑って、煽ってやる。

 そうだ、こいつから冷静力を失わせる。

 ……それに俺もそろそろ舐められるのにイラついてたんだ。

 何だかんだでグレモリー眷属は俺のことを下に見ている節があるし、それに―――殺されたことに対する恨みだってある。

 

「―――いくぞ、ブーステッド・ギア」

『Boost!!』

 

 俺は籠手を出現させて、一度目の倍増を溜める。

 

「このくそ悪魔ぁぁぁぁ!!!」

 

 堕天使は光の槍を俺に打ち込んできた。

 俺はそれを神器でいなして避け、そして堕天使の近くに近寄る。

 神器が少しでも正常に動いていれば、こんな堕天使に俺は負けない!

 俺は低し姿勢のまま、自身の最高速度でレイナーレに近づき、そして懐に入る。

 

「な!? 早い!!」

 

 ああ、お前が油断してくれたおかげでたった一回の強化でお前の元までたどり着いた。

 

『Boost!!』

 

 ちょうどそこで二度目の倍増!

 俺は腕を振りかぶり、そして未だに防御態勢を取っていないレイナーレに対して拳を撃ち放つ!

 それはレイナーレの腹部にめり込み、その瞬間―――

 

『Explosion!!!』

 

 倍増の力を解放し、ゼロ距離から倍増した身体能力でレイナーレを殴り飛ばした。

 確実に内臓に影響を及ぼす攻撃法。

 レイナーレは成す術もなく公園の木々に衝突する。

 口元からは血が流れ、そして俺はそれに近づいて行った。

 

「終わらせるぞ、堕天使」

 

 俺がそう呟き、そしてトドメを刺そうと魔力を拳に集中した―――その時だった。

 

「き、きゃぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 ッ!!

 突如、後方よりアーシアの叫び声が聞こえる!?

 俺はその方向を見ると、そこにはスーツを着た、死んだ次の日に俺を襲いかかってきた堕天使の姿があり、更に元には気絶したアーシアが抱え込まれていた。

 俺は方向転換してアーシアを拘束する堕天使の方に向かって走るが、スーツの堕天使はアーシアを抱えたまま、先ほど俺がいた場所に翼で飛んでって、そして着地した。

 そして木に背を任せているレイナーレに手を差し伸べた。

 

「レイナーレ様、油断がすぎますぞ……。それとそこの小僧は良く分からぬ。貴方は早く、聖母の頬笑(トワイライト・ヒーリング)を持つその少女を持って儀式場まで行ってくだされ」

「わ、私を馬鹿にした上に傷つけたあの悪魔を放っておけっていうの!?」

「辛抱て下され。あの悪魔は私が相手をしておきます故……」

 

 するとスーツの堕天使は光の槍を幾つにも創る。

 

「アーシア! ?アーシアをどこに連れていくつもりだ!!」

「ふん、あなたには関係ないわ……。そこのドーナシークにでも殺されているがいいわ」

 

 そう堕天使が呟くと、あいつはアーシアと自分の体を黒い翼で覆い、そして次の瞬間、一瞬の光とともに黒い羽を撒き散らしてその場から……―――消えた。

 俺はアーシアが連れ去られるのを呆然と見て、そして頭の中は考えることで精一杯になった。

 

『Boost!!』

 

 ……アーシアを、どうして俺は奪われた?

 

『Boost!!』

 

 何で俺は油断してたんだ……

 

『Boost!!』

 

 考えれば分かることじゃないか……仲間が潜んでいることぐらい。

 

『Boost!!』

 

 なんで俺は!!

 

「……貴様、何者だ。たったの数分足らずでどこまで力が―――貴様の神器は……!?」

「俺は……馬鹿だ」

 

 そうだ―――こいつを最初から、襲われた時にさっさと潰しとけば、こうならなかった。

 アーシアを守れたかもしれない……でもまだ遅くない。

 そうだ。……力を求めれば、覇を―――求めれば。

 そうすれば全てを守れるかもしれない。

 だから…………ッ!!

 

『―――……違うでしょ、―――の馬鹿……そんなの、ダメに決まってるよ―――』

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――なん、だ?

 今、どこから声が……それに今の声は―――ミリー、シェ?

 ……その声を聴いた瞬間、俺の歪みかけていた心が元に戻る。

 今の声が幻聴で、ミリーシェの声でなかったとしても……今、少しだけ冷静さを取り戻せたから。

 ……ったく、俺は今、何をしていた……覇は捨てたと思ってたのにな。

 こんなんじゃ駄目だ―――あいつに顔を合わせることも出来ない。

 

『Boost!!』

「なんでもいい……ただ、俺はお前らを許さない」

「ッ! この力は、魔力は!!? やはりそうなのか!? 貴様は!」

 

 堕天使が何かに気付いたようだった。

 奴は焦るように光の槍を俺に投げてくる―――それと同時に俺は力を解放した。

 

『Explosion!!!』

 

 光の槍は、俺の強化した魔力が、オーラと化したものが受け付けず、消失させる。

 

「なんてことだ……貴様は、まさか」

「―――呆けている場合か?」

 

 俺は自分の力が一瞬で無力化されて呆けている堕天使に一気に近づき、そして顎下からアッパーを放つ。

 そして足で空中に浮かぶ堕天使を連続で蹴って、更に宙に浮かばせ―――そして手の平をそっと堕天使に向けた。

 

「……消えろ―――断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)

 

 次の瞬間、俺の籠手より極大の、力を凝縮した魔力弾を放った。

 

「赤、龍……帝…………」

 

 ……怒りに狂ったドラゴンのような魔力弾は堕天使をあっという間に飲み込み、堕天使はその一撃になすすべもなく全ての力を失い、体はボロボロになって倒れた。

 既に虫の息だ。

 

『Burst』

 

 ……神器の機能が制止する。

 関係ない、また無理矢理でも使ってやる。

 

「……死にたきゃ勝手に死ね。罪を改めるなら勝手に生きろ―――だけど覚えておけ。もし次に俺の前に現れた時。……その時は生き残ったことを後悔させてやる」

 

 ……多分、あいつならこうするだろう。

 俺はあの時に聞こえた、幻聴の面影を思い出しながらそう呟いた。

 ……することは決まってる。

 今助けに行く。

 だから待っていてくれ。

 ―――アーシア。



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第6話 友達を助けます!

 ―――パシン!

 ……室内に、乾いたその音が響き渡った。

 その音の源は俺であり、今、俺の頬は赤く染まっていた。

 そう、俺は部長に本気の平手打ちをされたんだ。……部長の表情は、本気で怒っているようだった。

 あの後、俺は一人でアーシアを助けに行こうとしていたけど、電話での一件の後、一日中俺を探し回っていたらしい木場に公園で発見され、そして近くに堕天使が瀕死の状態でいることに気付き、無理矢理に俺を部室まで連れてきた。

 そして俺は部長に事の顛末を話し、アーシアを救いに行くということを伝えると、それを止められた。

 それでも何度も食い下がらずに言っていたら最後は頬を殴られたんだ。

 

「何度言ったら分かってくれるの!? イッセー、あなたがしようとしていることはほとんど自殺行為よ! ……どちらにしろあのシスターのことは救えないわ」

 

 ……部長が怒るのは分かる。

 あんなに自分の眷属を大切にする部長だ。……でも!

 俺はアーシアのことを諦めることなんてことだけは出来ない!

 だから―――

 

「すみません、俺はこれだけは譲るわけにはいきません」

 

 俺は自分の意見を、考えを全て包み隠さずに言った。

 

「これは貴方だけの問題じゃないの! 私や他の部員に被害が及ぶ可能性だってあるの! 貴方の主は私よ! 主として、眷属を危険に晒すことなんてできないわ!」

「……それは俺が、悪魔だからですか?」

「……そうよ、悪魔になったからには、私たちのルールを守ってもらうわ」

 

 部長は俺を睨みつけながらそう言ってくる。

 ……悪魔ってことが、それが俺を止めている原因なら俺は―――

 

「皆に迷惑をかけたくありません。……だから俺をはぐれにしてください」

「「「「ッ!!?」」」」

 

 その場にいる全ての人が、俺の発言に目を見開いて驚いた。

 

「はぐれはどの勢力からも殺されるべき対象でしょう。……だったら、俺がはぐれになってアーシアを救えば誰の迷惑にもかかりません」

「ふざけないで! あなたは私の大切な眷属で下僕よ! イッセー、どうして分かってくれないの!?」

 

 部長だって、譲れない部分があるはずだ。

 眷属を守り、愛し、一緒に戦う・・・それが部長のやり方なんだろうな。

 確かにそれはすばらしいことだ・・・状況が許せば、俺だって部長のために一緒になって必死についていく。

 でも・・・俺にだって譲れないものがある。

 例え悪魔になったんだとしても、俺はアーシアを―――誰かを見捨てるなんてことは絶対に出来ない。

 

「アーシア・アルジェントは俺が人間のころに知り合った友達です。だから部長。……俺は友達を見捨てません。何があっても」

 

 俺はこれだけは絶対に、たとえ神様でも、魔王様でも譲るつもりはない!

 友達を守るのは、友達の役目だ!!

 俺はアーシアに友達だって豪語したんだ―――助けに行かなくて、何が友達だ……ッ!!

 

「イッセー、貴方は素晴らしい性質を持っているわ。……だからこそ、貴方を失いたくないの!」

 

 部長はいつになく悲しそうな目をする。

 それは部長だけじゃない。

 小猫ちゃんだって、俺の顔を見ながら不安そうな表情をしているし、木場だって心配そうな顔で俺を見ている。

 朱乃さんも今日に至ってはいつものニコニコ顔じゃなくて真剣そのものだ。

 ……本当に、悪魔と思えないような良い人たちだよ。

 悪魔も捨てたもんじゃない、それが俺が駒王学園に入って悪魔に対する評価だった。

 悪魔だって人を傷つけるだけじゃない、少なくともこの学園の悪魔は人間に優しいはずだ。

 

「それにあいつらはアーシアの中の神器を使って、儀式という単語を行っていました。もしかしたら、放っておけば・・・」

「……儀式、ですの?」

 

 すると俺の顔を真剣に見ていた朱乃さんが突然、そのような声を上げる。

 すると朱乃さんは部長に何かを耳打ちすると、途端に部長は表情を険しくする。

 

「私と朱乃は大事な用事が出来たわ。今から席を外すわ」

「部長!」

 

 俺は部長に食ってかかろうとした。

 しかし部長の声がその場の俺を遮った。

 

「一つ言っておくわ、イッセー。……あなたの駒である『兵士』の駒は何も最弱ではない。一たび駒がチェス盤の敵地の最奥まで行けば、『兵士』は『王』以外のどの駒にもなれるの。そしてそれは戦闘においての敵陣―――つまり私たち悪魔にとっての敵陣(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)にね」

「……昇格(プロモーション)

 

 俺はチェス単語でそれを知っていた。

 つまりそのシステムは悪魔の駒にもあるってことか。

 

「あなたは下っ端なんかじゃないわ。『兵士』だって、チェックすることが出来るの。祐斗、小猫。イッセーを宜しく頼むわ」

 

 そう言うと、部長は部室から朱乃さんと共に部屋から出て行こうとする。

 そして俺はそこでようやく・・・部長の本心に気付いた。

 

「……部長。俺は悪魔ですけど、ただの悪魔じゃないです―――俺は、ドラゴンです」

 

 部長は俺の言葉があまり聞こえていないのか、少し怪訝な顔をして部屋から去っていった。

 そして残された俺、木場、小猫ちゃん。

 二人は俺をじっと見ている。

 

「……俺は行くよ。部長から許可も貰ったことだし」

「あはは、やっぱり気付いたみたいだね」

 

 木場は悟ったようにそう言った。

 

「そう、部長は敵地において昇格条件に出した。……つまり部長は悪魔にとっての敵陣―――つまり教会を敵地と認めたということだね」

「……つまり、暴れてこいという、許可」

「ああ、その通りだ。……だから邪魔はしないでくれ」

「邪魔なんてしないさ」

 

 すると木場は、部室に置かれてあるチェス盤の何も置かれていないところに『兵士』の駒と、そして『騎士』の駒を置いた。

 

「部長は僕と小猫ちゃんに言ったはずだよ。兵藤君をよろしく、と」

「…………先輩は一人で無茶しちゃうダメな子です。私がイッセー先輩と一緒に行ってあげるです」

 

 すると小猫ちゃんもチェス盤に『戦車』の駒を置いた。

 

「木場、小猫ちゃん」

「……人の中と書いて、仲間です」

「そうだよ―――それに兵藤君。君にはからかわれた恨みもあるからね」

 

 二人は不敵に笑みを浮かべたり、悪戯な表情を浮かべながらそう言った。

 でもありがとう、二人とも。

 

「じゃあお願いだ―――俺と一緒に、友達を助けてくれ!」

 

 ……二人は静かに頷いた。

 

 ―・・・

『Side:リアス・グレモリ―』

 

「それにしても部長。……イッセー君達を行かせても良かったのですか?」

 

 私……リアス・グレモリーの隣には、私の『女王』である朱乃がいる。

 私と朱乃は現在、ある森に来ていた。

 

「ええ。それにイッセーの本当の力、私は常々見たかったのよ」

「……変異の駒を三つ消費」

 

 そう・・・朱乃の言うとおり、イッセーを悪魔にする時に信じられないような現象が起きた。

 突如変異の駒になった私の『兵士』の駒の三つ、更に残りの兵士の駒を全てつぎ込んで、私はイッセーを悪魔にすることが出来た。

 単純計算で兵士23個分の価値。

 彼の中に、一体なにがあるのか私は気になった。

 

「それもあるし、それに単純に堕天使共を許せないのよ」

 

 そうしていると、木々の上から黒い羽のようなものが落ちてくる。

 私はそれが堕天使のものであるとすぐに気がついた。

 

「あらあら、うふふ……。思ったより早い到着ですことですわ」

「……貴様らか、ドーナシークを瀕死にまで追いやり、身柄を拘束した悪魔は!」

 

 良く見ると、そこには二人の堕天使がいた。

 どちらとも性別は女。

 

「ええ、私の下僕が貴方達の仲間を吹き飛ばしたらしいわ―――でも命は残ってるから良いじゃない」

「黙れ! 悪魔風情か!! どうせその下僕もドーナシークの油断をついたに決まってる!!」

「そうそう~! えっとなんだっけ? 兵藤一誠だっけ? あんなきざな男にドーナシークが普通に考えて負けるわけないじゃ~ん? 見かけ倒しだし? 守る守る行って結局守れないし弱いし? 挙句敵も殺せない偽善者! きゃははは!!!」

 

 ……この堕天使、今、なんて言ったのかしら

 イッセーが、見かけ倒し? きざな男? 弱い?

 ……………………偽善者?

 その言葉が頭に広がった瞬間、私の怒りは頂点に達した。

 

「とにかく貴様らは死ね! 悪魔が!!」

「そうよ! あたしとカラワーナの光の槍で死んじゃいな!!」

 

 堕天使が、私と朱乃に光の槍を幾重にも打ち込んでくる。

 ―――そんな脆弱な力で、私を殺そうというのかしら?

 

「……あらあら、うふふ―――怒らせる相手を間違ったようですわね」

 

 朱乃が一歩、私から離れる……ええ、良く分かってるわね、朱乃。

 

「お前達が私の可愛い下僕を語るな」

 

 ……堕天使の光の槍が、私の魔力で完全に消滅した。

 

「な!?」

「う、うそ!!?」

 

 堕天使の表情は青ざめていて、そして私は堕天使に向けて手の平を向け、照準を定めた。

 

「……私の可愛いイッセーを馬鹿にしたわね。その報い、万死に値する―――消し飛べ」

 

 そして私は自分における全力の魔力を放出した―――・・・

 

『Side out:リアス』

 ―・・・

 

「あの、兵藤君……本当にいいのかい?こんな堂々と」

「構わない。どうせ向こうは俺が来ることは分かってるはずだ。それにここの見取り図なら捨てておけ。俺は昔、ここに何度か遊びに来たことあるから必要ない」

 

 来たことあるさ。……幼馴染である紫藤イリナの親に誘われて、あいつと一緒にここで遊んだ記憶があるくらいだ。

 

「…………にゃ、えい」

 

 俺の隣の小猫ちゃんは教会の門を殴り壊した。……俺がやろうと思ってたんだけどな、それ。

 

「……やったもん勝ち、です」

 

 まるで心を読んだかのように小猫ちゃんは俺にVサインをしながら無表情でそう言う。

 まあ誰がやっても同じか。

 

「さて……。早く出てこいよ、フリード・セルゼン」

「おお!? まさか俺っちのことを覚えててくれたんでありますか~?」

 

 俺の応答に応えるように姿を現す白い影。

 ……相変わらず、軽い口調だな。

 俺達の目の前には、物陰から体中、包帯で巻かれている白髪のイカレ神父、フリード・セルゼンが現れた。

 

「随分とボロボロだな」

「だぁぁぁぁれのせいでこうなったか、わかってるっすようねぇ!?」

「知るかイカレ神父。……それにあんまり時間がないんだ。さっさと消えろ」

 

 俺は一歩前に出て、イカレ神父に本気の殺意を向ける。

 今回は、邪魔するなら容赦はしない。

 もう油断するのはごめんだからな。

 

「あらあら……こりゃ恐ろしい殺意だこと―――っつーかさぁ? イッセークンはどうしてあんな糞堕天使の女に殺されちゃったのかなぁ? 明らかにあんなのより強いじゃん?」

 

 ……イカレ神父の言葉で、小猫ちゃんの表情が軽く曇る。

 そうだ、小猫ちゃんはそのことをまだ気にしてるんだ!

 

「ああ、俺様、ひじょ~~に優秀でありんすから、別にあの堕天使はどうでも良いんすわぁ……って言ったら見逃してくれるっちゃ?」

「……ああ、いいぜ。お前が俺の邪魔をしないんならな」

「「!?」」

 

 俺の言葉に木場と小猫ちゃんが驚愕といったような表情を浮かべる。

 

「どうした? 早く行くぞ、木場、小猫ちゃん」

 

 俺は率先して、前に行こうとする。……その前に小猫ちゃんにあることを耳打ちしてから。

 

「じゃあ行かせてもらうぜ、イカレ神父」

 

 俺が神父の横を通った瞬間だ。

 神父は突然、奇声を上げた。

 

「ひゃははは!! 君はアマちゃんだからアーシアちゃんを助け―――ぐほ……ッ!!?」

 

 ふん。……イカレ神父の声は最後まで言えない。

 何故なら突如、現れた小猫ちゃんに鳩尾を『戦車』の馬鹿力で殴られた後に、そのまま顎の下からアッパーされたんだからな。

 イカレ神父は小猫ちゃんの殴打に耐えきれず、そのままあの時と同じように教会のガラスを突き破って、そのまま外に飛んで行った。

 

「……先輩、どうでした?」

「ああ、ナイスタイミングだ、小猫ちゃん」

 

 俺は小猫ちゃんの頭を軽く撫でると、小猫ちゃんは嬉しそうに体を震えさせた。

 

「え? ねえ、兵藤君? あれ、小猫ちゃん?」

 

 ……腰に剣を帯剣して、すごいやる気みたいだった木場は何が起きたのか分からずに右往左往している。

 俺が小猫ちゃんにお願いしたことは、俺があのクサレ神父の隣を通った瞬間、あいつをぶん殴れってことだった。

 あいつの性格を考えたら裏切ることは目に見えてるし、現に仮にも自分の上司をあんな風に言う奴が、約束を守るとも思えない。

 

「何してんだ、木場。……行くぞ」

 

 俺は小猫ちゃんとともに教会の奥。……いや、アーシアがいる教会の地下まで急いだ。

 アーシアの優しい神器の感覚は俺は肌で感じることが出来る。

 今行くから―――だから待っていてくれ、アーシア!

 

 ―・・・

 教会の地下に俺たちはたどり着いた。

 薄暗く、薄気味悪い。

 そして俺達は教会地下の最奥付近にままでたどり着いていた。

 その道中、木場は突然、俺に話しかけてきた。

 

「兵藤君、恐らく今から向かうところには神父が多くいると思うんだ」

「……大がかりな計画らしいからな。それで?」

「ああ。……僕たちは神父を引き付ける。だから君はすぐにアーシアさんを救い出してくれ」

「…………いいのか?」

「大丈夫だよ、心配しなくても。……それに僕は個人的、神父の類は好きではないからね」

 

 木場は恨んでいるような目つきで、そういうと腰の帯剣を掴む。

 そのことに深くは追及はしないが……そうだな、俺も一つの決心をするか。

 

「……いい加減、隠すのは止めるか」

 

 俺は自分の中の、未だ力を思う存分に使えない神器を発現した。

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

 神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)

 今まではまだ完全にグレモリー眷属を信頼していないという点から、様子見として神器の使用は抑えていた。

 だけどそんな甘っちょろいことはもう言っていられない。

 

『Boost!!』

『Force!!』

 

 二つの神器から、同時に二つの音声が響いた。

 それと同時に俺の力は倍増され、更に創造力が溜まる。

 

「……兵藤君、それは一体?」

「……詳しいことは帰ったら話す」

 

 俺は木場にそう言い、前に進む。

 そして、俺たちは教会の最奥まで到着し、そして覚悟を決め、最奥の部屋の門を開けた―――ッ!!

 ―――見つけた!!

 祭壇の上で、キリストのように十字架に体を磔にされているアーシアを!

 そして、その傍にいる……堕天使、レイナーレをッ!!

 

「……思った以上に早いわね」

 

 良く見ると、悪魔払いの大群がいた。

 儀式、アーシアを拘束―――何だ、何でアーシアを拘束する必要がある?

 そもそも儀式とはなんなんだ。

 引っかかる、何か、分かりそうなんだ。

 アーシアを持っているモノは―――回復。

 ……悪魔すらも回復することのできる、優しい力だ。

 ―――嫌な予感がした。

 俺はその予感に従って、木場と小猫ちゃんに向かって叫んだ!

 

「木場、小猫ちゃん!! 神父の相手を頼む!!」

「ああ、そのつもりだよ!! 光喰剣!!」

「……先輩の、お役にッ!!」

 

 木場と小猫ちゃんが神父に攻撃し、祭壇への道をつくってくれる。

 祭壇は階段のように長く、そして俺は疾走した。

 何が起きているかも、起こるかもはっきりとは分からない……でも!

 

『Boost!!』

『Force!!』

 

 何度目かは覚えてない倍増と創造力が溜まる。

 このままでも俺の身体能力は高まっているんだ!

 不調だからって関係ねえ!

 俺は祭壇を登る階段の途中でアーシアの名を叫んだ!!

 

「アーシアァァ!!!」

「……イッセー、さん?」

 

 ……今まで目を瞑っていたアーシアが俺の存在に気付く。

 

「……ほんっと! ヒトをわざわざいらつかせるガキね!!」

 

 だけど、俺の前にあの堕天使が舞い降りた。

 両手に光の槍。

 そして俺を囲む多くの神父。

 

「あともう少し何だから、邪魔しないでもらうわ!」

「……あともう少しとか、どうでも良いんだよ! アーシアを返してもらう!!」

 

 俺は堕天使レイナーレの懐に瞬間的に入った。

 篭手は溜めた力を解放すれば20秒も待たずにバーストしてしまう。

 だったらただの肉体強化での肉弾戦だ!

 堕天使レイナーレを含む神父共は俺に向かって光の剣やら槍を振るって来るが、俺はそれを全て避けつつ、拳でいなしながら戦闘を続ける。

 その戦いに少なからず、敵も動揺を隠せていなかった。

 

「ッ! 予想している速度を上回っている!? なんで……何で私の槍が当たらないの!?」

 

 ああ、避けてるからな!

 死を覚悟した戦いもしたこともない堕天使が!

 戦いの「た」の字も満足に知らないど素人が自分に酔ってんじゃねえ!!

 それに何より!!

 

「アーシアに手を出してんじゃねぇぞ!!」

 

 俺は堕天使の槍を篭手で打ち砕き、そしてそのまま懐に拳の弾丸を放った。

 レイナーレはそれでその場に蹲りそうになるが、翼を織りなして後方に飛び、体勢を整える。

 

「が……ッ!? ……強いわね、あなた。まるで最近悪魔に転生したばかりの人間とは思えないわ―――でも残念ね」

 

 ……すると、レイナーレは突如、翼を織りなして空を舞う。

 傷だらけのレイナーレは、アーシアが磔にされている祭壇の傍に降りて……そして彼女の手にそっと触れる。

 ―――それは次の瞬間だった。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 ―――アーシアの悲鳴が聞こえた。

 何かを喪失することに恐怖するようなアーシアの悲痛な悲鳴。

 そうしている時だった。

 アーシアの胸に……あの優しい緑の光が灯ってる?

 ―――途端に頭の中で最後のピースがはまる感覚に囚われた。

 儀式、回復の力、拘束、そして―――あの光。

 …………そういうことか!

 あいつらの目的は!

 

「ふざけるな―――ふざけるなよ、レイナーレェェェェッ!!!!」

『Explosion!!!』

 

 俺は篭手の溜まった力を解放し、そのまま周りで俺の行く手を遮る神父たちを魔力弾で蹴散らし、祭壇の頂上に到着する。

 そしてバーストを引き起こさない間に祭壇を壊す!!

 じゃないと、アーシアが―――死んでしまう!!

 

「間に合えぇぇぇぇえええ!!!」

 

 俺は倍増した全ての力を拳に込めて、そしてアーシアのいる祭壇を拳で完全に破壊し、そして祭壇から落ちるアーシアを抱きとめた。

 

「い、イッセー……さん」

「アーシア!? 大丈夫だ、こいつなんかに、お前の優しい力は渡さない!」

 

 ……こいつらの目的は、アーシアの神器だ。

 神器とは人に与えられた人ならざる力。

 いわば魂、心臓と同じようなものなんだ。

 つまり堕天使レイナーレの目的は、アーシアの中に存在している悪魔でも関係なく傷を癒してしまう神器を抜き取り、自分のものとすること。

 どういう原理かは分からないし、どうでも良い。

 ―――だけど神器を抜き取られた人間がどうなるか、こいつは分かってるんだろう!?

 俺はその事実を理解すると、目の前の女に更に怒りが芽生えた。

 

「……褒めてあげるわ。あの人数の敵を相手に、よくもまあここまで来てアーシアを手に取れたわね―――でも残念ながら手遅れよ」

「何を言ってんだ。……アーシアはもうこの腕の中にいる!」

 

 俺はアーシアを強く抱きしめて、拳を握った。

 アーシアを取り戻した今、こんな下級堕天使を倒すことは造作もない。

 俺はアーシアから離れ、最後の決戦に身を投じようとした―――その時だった。

 

「い、いやぁ! ……いやぁぁぁぁ!! イッセーさん、イッセーさん……ッ」

「……なんで」

 

 ―――アーシアの胸から、淡い緑の光が抜け落ちるように離れた。

 そしてその光は……静かにレイナーレの元に行く。

 

「ふふふ……。あははははははは!!! これよ!! これぞ、私が長年求めてきた力! 至高の存在になるための !最高の!!」

「やらせるか!」

 

 俺はアーシアを置き、レイナーレがあの神器を自分の中に入れる前に倒そうとする。

 まだいける!

 届け、俺の拳!

 

『Burst』

 

 倍増の解放は限界を迎え、力が一気になくなる―――だけど止まるわけにはいかないんだよ。

 例え神器が限界を迎えていようが!

 

「関係ないんだよ!!」

 

 力は消える! ……でもやるしかないんだ!!

 拳を握り、足で地面を蹴り飛ばし、歯を食いしばって戦うんだ!

 

「邪魔よ」

 

 光の槍が俺の体を抉る―――いてぇよ、でも身体の痛さは!!

 

「プロモーション、『戦車』!!」

 

『戦車』の防御力で我慢しろ!

 

「まだよ!!」

 

 堕天使は、俺に何度も槍を放つ!

 こうしている間にも、アーシアは傷つく。

 神器が持ち主を離れるのは、魂が離れるのと同義だ!

 だから放っておいたらアーシアは死んでしまう……だから俺がこいつを神器を取り込む前に倒す!

 神器がレイナーレの中に入ってしまう前に、こいつを屠る!

 

「アーシアの力を……返せぇぇぇ!!!」

 

 俺の拳は……そのまま一直線にレイナーレの頬を貫いた。

 レイナーレはその衝撃に耐えきれず、祭壇の壊れた十字架に激突する。

 そして俺は、その場に浮遊している緑の光を手に取ろうとした。

 

「―――ふふふ……残念でしたぁぁぁぁ!!!」

 

 ――――――指先が触れた瞬間、アーシアの淡い光が……―――消えた

 

「あははははあははははは!! すごいわ!! 致命傷の傷がみるみる治る!! これが聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の力!!」

「……アー、シア?」

 

 ……俺はおぼつかない足取りでアーシアの元まで歩いて行く。

 アーシアは、息絶え絶えとしていた。

 

「イッセー、さん……怪我してますよ?」

 

 アーシアは俺の頬の傷に手をかざす……でも何もおきない。

 ああ、そうか……俺はまた―――守れ、なかった。

 

「―――あ、あ、あぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」

 

 俺は頭を掻きむしり、自分の過ちに叫ぶ。

 また、俺は助けれなかった……ッ!!

 護るって、言ったのに!!!

 自責の念に囚われている……その時、アーシアの冷たい手が俺の頬を包んだ。

 

「イッセーさんの、せいじゃないです……」

 

 アーシアは精一杯の笑みを見せながら、そう呟く。

 ―――俺はアーシアをもっと安全な場所に置くため、アーシアを抱き上げてそのまま祭壇を駆け降りた。

 恐らくはレイナーレだろうな・・・堕天使が俺へ光の槍を撃ちこんでくるが、俺はそのまま走り去る。

 

「兵藤君……。いや、イッセー君! 君はその子を連れて早く上へ!」

「……ここは私たちが食い止めます、イッセー先輩ッ!」

 

 ……二人は俺がアーシアを救えたと思っているんだろう。

 アーシアを安全なところに連れて行かせようと、道を作った。

 

「……ああッ! 頼むッ!!」

 

 俺はそう言うしか……なかった。

 

 ―・・・

 俺は、教会の聖堂の椅子の上に、アーシアを寝かしている。

 息はまだある・・・諦めてたまるかっ!

 

「アーシア! 大丈夫だ!! まだ俺にはこれが!」

 

 一度、篭手と一緒にリセットされてるけど、フォースギアも数回の創造力は既に溜まってる!

 俺は胸元のフォースギアに手をやり、すぐさま頭の中で神器の工程を思考する。

 回復の力! 前にアーシアのおでこの傷を治した神器だ!

 

『Creation!!!』

 

 音声が鳴ると、俺はいつかアーシアや、女性を助けた白銀の粉の入った瓶を出した。

 想像力に比例して回復の粉の量はかなりある……これなら!

 

「イッセー、さん……」

「俺はアーシアをきっと助けてみせる! アーシアは絶対に生きれる!! ―――なのになんて顔をしてんだよ、アーシア! お前は助かるんだ! 絶対に、助けるんだ!!」

 

 俺は瓶の蓋を取り、多量の白銀の粉を振りまいた。

 ―――でも…………本当は分かってた。

 神器を抜かれたのは怪我じゃない……魂を抜かれたのと同種。

 神器を抜かれた人間は、死ぬ―――

 

「アーシア! お前にはまだまだ教えたいことがあるんだ! なのに何でお前が諦めてんだよ!」

 

 嘘つきだ、俺は。

 自分だって察してるのに、気休めしかいえない。

 弱い、俺は弱い。どうしようもなく―――

 

「私は…………少しの間でも、友達が、出来て、幸せ……でした」

 

 ―――頭の中に、アーシアと過ごした時間が次々に映し出される。

 初めて会ったとき、ちょっと見惚れたこと。

 二回目にあってお茶目さを垣間見せて、その次にあったときは敵なのに俺を庇ってくれた。

 その次なんてデートまでして―――全てを楽しんで、初めてハンバーガーを食べて喜んで、映画を見て感動して赤面して、自分のことを話してくれて……っ!!

 本当に少しの時間だ……だけどアーシアの優しさは、笑顔は! こんなところでなくなっていいはずが、ないんだ!

 

「何言ってんだ! 少しの間だじゃない! ずっとだよ! アーシアと俺は!」

 

 もう自分が何を言っているのか分からない。

 涙があふれる、止まらない、目の前で苦しんでる女の子を救えない。

 

「また遊びに行くんだ! 次はさ、カラオケとかボーリングとか! 俺も友達も呼ぶからさ! 俺の幼馴染なんて絶対にアーシアと仲良くなれるからさ!! だから!!!」

 

 こんなところで消えて良い命じゃないんだッ!!

 辛い想いをしたアーシアを、その辛さを忘れるくらい楽しい思い出を一緒に作ってあげたいんだッ!!

 それだけ、なんだ……ッ!

 一緒に笑顔でいて、俺を癒して……楽しい時間を過ごしたい!

 ―――たった、それだけの願いなのに、どうしてそれが叶わないんだよ!!

 

「わた、しのために……泣いて、くれるん、ですか?」

 

 アーシアは、俺の頬を優しく・・・撫でた。

 

「こんなにも、良い人が……私の友達。……もしイッセーさんと、一緒の国に生まれ……一緒の学校に通えたら―――」

「―――通うんだよ! 毎日俺と一緒に登校してさ! ごはん食べて! 一緒に帰って!! 俺、母さんに行ってアーシアを俺んちに住めるように説得するからさ! だから!!」

 

 何でだ……何でこんなに優しい女の子が……ッ!! こんな理不尽が、どうして起こるんだ!!

 ダメだ、俺がこんなことを思っちゃだめなんだ!!

 俺は、俺はッ!!!

 

「イッセー、さん―――ありがとう……私なんかのために、泣いてくれて……」

「……アー、シア?」

 

 俺はアーシアの声音がどんどん小さくなっていることに気がついた。

 

「助けてくれて……ありが、とう……っ」

「違う! 俺は助けれてなんてない!! だって何も出来なくてッ!! 君を、君をッ!!」

 

 俺は泣きながらそう言っても、アーシアは・・・首を横に振る。

 

「いいえ……救われ、ました。……今もこうやって、私の傍にいてくれる、イッセ……さん―――今まで私の傍にいてくれた人なんて、いなかったんです」

 

 ……アーシアの俺の頬を触る手が、離れた。

 その落ちそうになる手を、俺は強く握り締める……ッ!

 

「初めて、だったんです。……あんな本音、言ったの。……それ、を……自分のことみたいに、聞いてくれて……泣いてくれて―――私は、救われたんです……ッ!」

「アーシア……」

「ああ、主よ。……あなたは、最後に……私に、とても大切な、思い出を……くれたのです、ね?」

「違う……違うんだ、アーシアッ」

 

 ……何も考えることすら出来なかった。

 自分の言っている言葉すら理解できなかった。

 涙で顔がぐしゃぐしゃになって、アーシアの頬に俺の涙が・・・零れ落ちる。

 

「あたた、かい……嬉しいです、イッセー、さん―――こんなわたしを、大切に想ってくれて……」

「大切だ・・・アーシアはッ!! 俺の大切な人だッ!!!」

「……ありがと、イッセー、さん―――それだけで私は、幸せ……なんで、す」

 

 ―――アーシアの力が抜ける。

 目を瞑る・・・まるで安らかって言いたいように、穏やかに。

 

「おねがい、します……もう、泣かないで。……イッセーさんは、えがおでいて……?」

「無理だよ、そんなのッ! 君がいないのに、笑えるわけがないだろ!?」

「だめ、です……そしたら、私……未練で、お化けに、……なっちゃい、ます」

 

 冗談めかすアーシア・・・体は、確実に冷たくなっていた。

 

「ね、イッセー、さん……もし私が生まれ、変わったら……その時、もし近くに貴方がいたら……」

「ああ―――ああッ!!」

「―――きっと、とても、幸せなんでしょう……っ」

 

 声が気薄になる。

 

「あは、は……ダメ、そんな夢物語。……絶対に、無理……です、よね」

「―――無理じゃ、ないッ!!」

 

 ……もう俺に出来ることなんてない。

 だからこんなデマカセしか、言えない。

 でも、それでもアーシアが笑顔でいてくれるなら―――

 

「きっと、きっと! 大丈夫、だよ? 俺がきっと、君を幸せにして、みせる!」

 

 こんな言葉、気休めの嘘だ。

 でもアーシアはそんな嘘でも、笑顔になった。

 

「あり、がとう……!」

 

 

 

 次第にアーシアの声が、優しい声音が……小さくなる。

 そして…………―――最後に、聞こえた。

 

「――――――――大好き、です」

 

 その声と共に・・・・・・アーシアの鼓動が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら……もしかしてアーシア、死んじゃった?」

 

 ……声が、聞こえた。

 

「あらあら、怖いわねぇ。……見てよ、この傷。ここに来る間に君のところのナイトにやられたのよ」

 

 呆然とする俺は、その存在に目を向けることは出来なかった。

 

「でもアーシアの素晴らしい治癒の力があれば瞬間で治るわ。……本当に素晴らしい力」

 

 守れなかったのは、俺が……俺が弱かったから、中途半端だったから。

 命を摘むことに躊躇して、そもそも力を使わなかったから。

 全部全部、全部!!

 俺が―――

 

「―――いつまで、寝てんだよ……ッ」

 

 俺は呟く。

 堕天使にも聞こえてるのだろうか、俺を怪訝とみている。

 

「ドラゴンが、なに呑気に寝てんだよ……」

 

 自分が悪いのに、当たるように呟く。

 守れなかったのは、俺のせいなのにッ!!

 

「いつまで、そうしているつもりだよ……ッ!!」

 

 だけど……

 

「応えろ……」

 

 こんな自分を大好きと言ってくれたアーシアに・・・情けない姿は、見せれない……ッ!!!

 

「応えろ……ッ!」

 

 だから俺は泣きながらでも、前に進まなくちゃいけない!

 

「応えろ…………ッ!!」

 

 だからッ!!!

 

「―――応えろぉぉぉぉぉ、ドライグ、フェル!!!!!!!!!!」

 

 叫び、名を呼ぶ!!

 目の前の害悪を倒さなきゃ、あの二人に顔向けできねえ!!

 ―――一緒に…………俺と一緒に戦ってくれ!!!

 ……俺は心の奥底に眠る存在に、そう叫んだ―――

 

 

 ―――――ようやく、わたくしを頼ってくれましたね

 ―――――ならば共に優しき赤龍帝の道を進もうか、相棒

 

 

 ……耳に通り過ぎる二つの声音。

 その声音が響いた瞬間、俺の脳髄で変化が起こる。

 体が勝手にビクンと振動し、目を見開かせた。

 ―――力が、体の奥から溢れるように満ちてくる……ッ!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』

『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』

 

 まるで今まで流れを止めていたダムみたいに、俺の中に力が溢れる。

 怒りと悲しみ……その二つを現すように音声が鳴り響き、俺はその場に立ち上がった。

 

「な、なに……!? この音声は、なんなの!?」

 

 ……レイナーレは、こちらを化け物を見るように見ていた。

 

『……相棒、ずっと相棒の中で動きがとれなかったのだ。すまない』

『主様。申し訳ございません―――あの少女は……』

 

 ドライグとフェルは、ひどく落ち込んだ、低い声でそう謝って来た。

 ……確かに言いたいことはある。

 今すぐにでも涙が出そうなくらい、辛いよ……ッ。

 だけど今は―――あの子が大好きと言ってくれた自分を、感傷的に責めている時じゃないッ!!

 きっとそんなことをしたらアーシアに怒られる!

 ……だから今は―――歯を食いしばって、無理をするんだッ!!

 

『……相棒―――ああ。ならば俺は相棒に相乗りします。……涙するときも、怒るときもッ!!』

『それがわたくしたちの、罪ッ!!』

 

 ……俺は拳を突き立てる。

 今の俺は……あいつからどんな風に見えているのかな。

 まだ立ち上がる馬鹿か? それとも頭の狂った化け物か?

 ―――それとも、自分を殺そうとする殺人者か?

 

「な、なによ、これ……なんで、ま、魔王クラス? いえ、それ以上の魔力が!?」

「……うるせぇよ。そんなことはどうだっていい―――ただな、一つだけはっきりしてる」

 

 俺は思う……もっとだ、こいつを二度と立ち上がらせないようにするにはもっと力がいる。

 

『Boost!!』

『Force!!』

 

 違う、半端な量じゃねぇ……もっと、もっとだ!!

 神器は、想いにって力を変える。

 なら叶えろ、俺の想いを!!

 あいつを、一撃で沈める―――圧倒的強さを!!!

 

『Force Gear Movement New Stage!!!』

『―――Created Force Gear Over Ability!!!!!!』

 

 ……俺の胸の白銀の神器が、眩く光る。

 それでいい、応えろ!

 

『Reinforce!!!』

 

 ―――音声とともに、俺の胸から生まれた神器の白銀の光は、そのまま俺の左腕の籠手に吸い込まれ、俺の籠手は赤と銀の光に包まれる。

 螺旋のようにとぐろを描く二つの光は俺を包み、その空間全てを包み込んだ。

 

「―――お前が、アーシアを殺したんだ……ッ!!」

「な、何なのよ!!」

 

 堕天使は、俺に槍を撃つ……避ける必要もない。

 

「なんで……何もしてないのに光が消えるのよ―――ッ!!?」

 

 槍は、俺に届くよりも遥か前方で消失する。

 

「神器強化……赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)

 

 ―――神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の新たな力、『強化』。

 それは神器の性能そのものを桁違いに上げてしまう、神器の『強化』の力。

 それによって俺の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)はその性質を大きく変えた。

 ……どれほどの力かは分からない。

 だけど一つだけ分かることがあるとすれば―――あいつを倒すのに、十分ってことだ。

 

『さあ、行こう―――相棒の大切なものを奪った奴を、屠る一撃を』

『その拳に怒りを込めて!!』

 

 次の瞬間、一気に俺の篭手から音声が鳴り響いた!!

 一秒ごとに『Boost!!』の音声が流れ、それとともに俺の力が次々に倍増する!!

 力は際限を知らないように、狂ったように増えていき、俺はレイナーレに一歩、近づいた。

 

「い、いや……ッ! そんなの聞いてない!! 高が龍の手が、何で!!?」

 

 ……レイナーレは、翼を広げてその場から逃げようとする。

 俺はその動きを先読みし、そして先回りして背後に回る。

 

「逃がすわけ、ねえだろ」

 

 俺は奴の翼を乱暴に掴む。

 そのままその薄汚い黒い翼を抜き千切り、相手の痛みも気にしないまま地面に放った。

 

「ぎゃぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!」

 

 薄汚い絶叫が響くもそれを無視して、俺は拳を握る。

 そして未だなお、倍増を続けている籠手の力を解放する。

 

『Over Explosion!!!!!』

 

 力が今までとは段違いのレベル倍増の解放。

 本気で禁手を使っているのと、変わらないほどの力を感じた。

 

「わ、私は至高の!!!」

「―――黙れ。お前が至高ならなッ!!」

 

 俺はレイナーレが話せないように首を勢いよく掴み、そして―――

 

「―――そもそも堕ちてねぇんだよッ! 吹っ飛べ、糞堕天使野郎ォォォォォォォ!!!!!!!」

 

 俺の拳は、一直線に堕天使レイナーレの腹部に入る!!

 直後、俺の耳に通るおぞましいほどの打撃音、骨が完全に砕ける音ともに、辺りは地震のような揺れが起きる。

 レイナーレを抉る俺の拳は徐々に地面の状態を変化させ・・・

 そしてレイナーレをそのまま、地面へと叩きつけると、レイナーレは床を突き破ってそのまま、あっという間に先ほどの地下へと叩きつけられた。

 ……そしてレイナーレはピクリとも動かなくなった。

 ―――それを確認して、俺はその場で天を仰ぐ。

 力の停止もせず、ただ起きた現実に囚われる。

 

『……相棒』

『主様・・・』

 

 二人の声が、俺の耳に嫌に響く。

 ―――俺のすぐ真下の地面に、大粒の水滴が留め止めもなく落ちる。手でぬぐって、それは止まりやしない。

 ……ああ、分かってるさ。……アーシアの仇は、倒した。

 もう、俺に出来ることは何もない―――だからさ?

 もう、良いだろ……もう―――泣いても、良いだろッ!

 

「アー、シア……。あの野郎をさ、倒したよ? ……くそ、どうしてだよ―――なんで、こうなるんだよッ!! なんで、なんで……―――」

 

 ―――俺は、アーシアの傍で泣くことしか……出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――泣か、ないで……イッセーさん

 

 ……その声が、聞こえるはずのない声が聞こえるまでは。








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第7話 ずっと、一緒だ!

『Side:木場優斗』

 ……僕、木場祐斗はずっとその光景を見ていた。

 隣には小猫ちゃんがいて、そして僕も彼女も、目の前で起きている状況に、光景に目を離せずにいた。

 リアス部長の魔力の気配もあり、恐らく、どこかで朱乃さんと共に見ているんだろう……

 僕は……。―――いや、僕達は何を勘違いしてたんだろう。

 イッセーくんが一人で助けに行くって言った真意。それは死ぬ覚悟じゃない。

 ……たった一人で出来たからだったんだ。

 僕たちの力を借りずとも、彼は一人で解決できるだけの力を有していたんだ。

 だから僕たちが名乗りを挙げるまで助けを求めなかった。

 

「……祐斗先輩」

「うん、そうだね……あの力は―――」

「正に、上級悪魔以上の力だわ」

 

 ―――部長の声がした。

 よく見てみると、部長の足元には魔法陣が展開されていて、恐らく転移魔法陣からここまでジャンプしてきたようだ。

 僕は今一度、兵藤君を見る。

 腕の関節から手の甲かけて赤い籠手が装着されていて、しかもその籠手は白銀のオーラで包まれおり、更に籠手より生まれる赤いオーラと相まって、異様な光を上げていた。

 そして、一秒に一度流れるように『Boost』という音声が鳴り響き……そしてその音声とともに、イッセー君の力はどんどん増していく!!

 

「―――まさか、あれは……」

 

 部長は目を見開いている。

 まるで信じられないような表情で、彼の腕に装着されている神器を見ている部長。

 あの力の正体がわかったように、部長はふと呟いた。

 

「赤き龍。二天龍と恐れられた、天を統べる片割れの神器―――」

「「ッ!?」」

 

 僕と小猫ちゃんはその言葉を聞いて心底驚いた!

 赤き龍と言えば、地上で最強と称される二天龍のことだ!

 かの昔、悪魔、天使、堕天使の三大勢力が総力を挙げてようやく滅ぼすことの出来た最強のドラゴン。

 つまりあの籠手はただの神器ではなく……

 

「13種の神滅具(ロンギヌス)の一つ……。倍増を重ね、力を無限に増していくと言われる単純かつ最強の神器―――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。普通の神器ではないとは思ってたけど、ここまでのものとは思ってもなかったわ……っ!!」

 

 部長は少し興奮気味にそう言った……なるほど、あの時の現象は、もしかしたら駒がイッセーくんを求めていたのだろうか。

 あの日、悪魔の駒が突然、赤く光って震え、そしてその数時間後に部長はイッセーくんは悪魔に転生した。

 僕はそれをどこか運命めいたものとしか思えなかった。

 

「10秒ごとにその力を倍増を重ねる籠手。……でもあれは明らかにそのスペックを大幅に超えてます!!」

 

 僕は部長にそう言うと、部長は静かに彼の方を見る……もう、戦いは終わる。

 そもそも、堕天使の力が全く通用していない。あんなもの戦いにすらなっていない。

 光の槍が、放たれた瞬間に兵藤君から発せられる魔力で、瞬く間に消滅したッ!!

 ―――一秒ごとの倍増なんて、体がついていくわけないのに……彼はそれをものともせず、前へと歩み続ける。

 ただ目の前の自分の友達を殺した者を倒すために。

 ……僕はその光景を見て、体の芯から震えるような感覚に囚われた。

 

「……私はもしかしたらあの子をどこかで見くびっていたのかもね。イッセー、赤龍帝がまさか、こんなに近くにいるなんて……」

 

 そうしている時だった。

 兵藤君は拳を振り上げ、そこから莫大なオーラのようなものを噴出させた。

 ―――この魔力はなんだ!?

 明らかにただの悪魔の領域を超えている!!

 彼の籠手型の神器も眩く光っていて、そして一つ、大きな音声が凄惨なほどぐちゃぐちゃとなっている教会全域に響いた。

 

『Over Explosion!!!!!!』

 

 ッ!! 地面が揺れる!?

 イッセーくんの体から、大質量の魔力が生成されて、ただの魔力の放射が周りに地震に近い影響を与えている!!

 そしてイッセー君は……全力の一撃をそのまま堕天使に放った!!

 堕天使は床だけではおさまらず、床を突き破って一気に地下まで体を叩き落とされる!

 凄まじいまでの打撃音の後、そして辺りは静寂に包まれた。

 

「…………イッセー先輩、泣いてます」

 

 ……小猫ちゃんは兵藤君を見て、悲しそうにそう呟く。

 そうだね……彼は何も悪くない。

 悪いのは全部、堕天使だ。

 なのに彼はまるで自分が悪いかのように涙し、天を仰いでいた。

 大粒の涙はとめどめもなく床にポツリポツリと落ちていき、涙の跡を作る。

 

「僕は、あの堕天使が生きていれば連れてきます」

「……ええ、任せたわ」

 

 そして僕は今一度、地下に行こうとした時、ちょうど教会の入り口の扉付近に朱乃さんが立っているのを発見した。

 

「―――――――嘘ですわ…………。こんな、ところに、いた……なんて」

 

 …………ッ!!

 こんな表情の朱乃さんを僕は見たことがなかった。

 目を見開いて、軽く涙を流して、いつものニコニコ顔じゃなく、頬を赤く染め、まるで初恋をしているように女の子の表情をしている朱乃さん。

 普段のお姉さまの雰囲気は消えていて、そして朱乃さんの見る方向には、赤と白銀のオーラを纏っているイッセー君の姿があった。

 一体、何が起きているんだろう。それは僕には分からない

 ―――ともかく今は、ことを発端を持ってこないとッ!!

 僕はそう思って、地下へと急いだ。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

 俺は、何が起きているか分からなかった。

 俺は守れなかった…………守って連呼しておいて、最後は優しいアーシアを死なせてしまった。

 俺の判断が遅かったばっかりに、神器を使うことができなかったばっかりに!

 俺は―――守れなかったんだッ!!

 なのに何で、幻聴が聞こえる?

 何で、アーシアの声が聞こえたんだ。

 消えそうなほど、小さな呻きのような声……聞こえるはずないのに―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセー・・・さん・・・」

 

 また、聞こえた…………。

 アーシアの神器は既に彼女の元にはない……だからアーシアは死んだはずだった。

 鼓動は、息は止まったんだ。

 もう嫌だッ!!

 期待して、また失うのは!

 これが夢なら、こんな幸せな夢は見せないでくれ!!!

 

「泣か、ないで……ください。イッセー、さん」

 

 ―――すっと……俺の手を握る存在がいた。

 

 

 手は冷たい……それなのに……生命の鼓動を感じた。

 

「アーシア……ッ!」

『……主様』

『……………相棒』

 

 俺の中のドラゴンが、俺の名を暖かい声で俺のことを呼んだ。

 ……今は細かいことはい。

 ただアーシアが生きていてくれてることがッ!

 ―――どうしようもなく、嬉しかった。

 

 俺は両手でしっかりとアーシアの手を握り、二度と離さないように強く握り締めた。

 

「……イッセー」

 

 その時、俺の背後から部長の声が聞こえた。

 俺はそこに視線を送ると、そこには部長や小猫ちゃん、そして何故か俺を呆然とした表情で見つめてる朱乃さんの姿があった。

 

「本当にイッセー君には驚かされるね」

 

 そしてさっき、レイナーレをぶん殴った時に床に出来た大穴から、木場と……体中から血を流しているレイナーレがいたッ!

 あいつの中にはアーシアから奪った神器があるはずだ。

 なのに回復できていないだと?

 

「……この堕天使は体中の骨が砕け、一切動けない状態だよ」

「でもコイツの中にはアーシアの回復の神器が!」

 

 俺はレイナーレの方に詰め寄り、勢いよレイナーレの胸ぐらを掴んだ。

 

「目を覚ませよ、レイナーレ! アーシアがまだ生きてるんだよ!! だからお前の中のアーシアの神器を返せ!」

「ッ! いや、来ないで……ッ!!」

 

 するとレイナーレは俺を化物のような目つきで見てくる。

 まるで俺を恐れをなし、恐怖に負けて逃げる草食動物のような眼。

 するとドライグは、貶した声音でこう言ってきた。

 

『相棒、その女はもう駄目だ。ドラゴンに恐怖した、臆したものの目をしている』

『もう、そのものは主様に襲いかかることはないでしょう』

 

 ……そうかよ。

 俺は特に何も想うところはなく、ただ心の中で唾を吐いた。

 ―――ともかく、コイツから神器を取り返さないと始まらない!

 

「いや……殺さないでッ!」

「殺されたくなかったら、アーシアに神器を返せ!!!」

 

 俺はレイナーレの頬をぎりぎり、掠るか掠らないかのギリギリのラインで振るい、床に拳を叩きつけるッ!!

 こっちは怒りを抑えてんだよッ!!

 

「し、知らないわよ! あったら私は全身の傷を少しはマシに出来るもの!」

 

 ……持ってない?

 俺はレイナーレが言い放った言葉に戦慄するように、呆然となる。

 ―――待て、それってつまり……

 

「イッセー、さん」

 

 後方よりアーシアの力なき声が響く。

 ……アーシアが俺のところまで這いながら近づいてくる。

 俺はアーシアの体を支え、長い座椅子に座らせると、アーシアは堕天使に抉られた俺の腹部の傷に手を当てた。

 ……そして温かい、優しい淡い緑の光が俺を包むと、途端に俺の腹部を傷が癒されていき、傷がなくなっていく。

 そこでようやく、合点が一致した。

 

「……アーシアの神器は、アーシアの中に戻ってる?」

「…………はい、イッセーさんッ!」

 

 声に張りはない。

 声量もない。

 ―――でも、アーシアは確かに生きている……ッ!!

 奇跡でも何でもいい! それだけで十分だ!

 そう思っていると、部長は堕天使の元に歩いて行った。

 

「こんにちわ、堕天使さん」

「あ、あなたは……」

「ええ、あなたが随分と可愛がってくれた眷属の主……リアス・グレモリーよ―――私の管轄する街で良くもまあ勝手してくれたものね」

 

 部長はにっこりと笑い、レイナーレにそう言い放つ。

 ……だけどその笑みは、怒りに満ち溢れているように見えた。

 

「ぐ、グレモリー家の娘か!?」

「どうぞお見知りおきを……と言っても、貴方はもうすぐ、死ぬのだけれども」

 

 ……部長の言葉で、堕天使の表情は青ざめた。

 

「まあ死ぬ前にいくつか教えておいてあげるけど―――まずはイッセーのことよ。貴方は……いえ、現に私も彼を甘く見ていたけれど、彼の中に眠る力はそれは恐ろしいものよ」

 

 部長は、話を続ける。

 

「昔、三大勢力よって神器の中に封じ込められた最強のドラゴンの片割れ。赤龍帝の力が封じ込められた神をも屠る13種の神滅具の一つ―――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

「ぶ、ブーステッド・ギア…………。10秒ごとに力を倍増させる、神を殺せる力を宿した最強の神器……」

「そうよ……それで? 何か申し開きはあるかしら?」

 

 部長は静かに目を瞑り、ほんの少し手のひらに魔力を集める。

 それで俺は察した。

 ……部長は、殺すつもりだ。

 この堕天使は人を傷つけ過ぎた。

 アーシアを傷つけ、恐らくこれまでたくさんの人を傷つけてきたんだろう。

 償いは当然であり、当たり前。

 

「ま、待って! 兵藤一誠くん!! あなたはドーナシークの命までは奪わなかったのでしょう!? なら私の命も!!」

 

 レイナーレは部長の言葉の意味が分かってか、途端に俺に縋る。

 俺の腕の中にいるアーシアはひどく怯えてるけど、でもその瞳には……まだ優しさがある。

 

「イッセーさん……。レイナーレ様のところまで、連れて行ってもらっても宜しいですか?」

「―――ああ」

 

 俺はアーシアの考えが分かってしまい、嘆息しながらアーシアを抱える。

 そしてアーシアを抱えながら、レイナーレのすぐ傍まで歩いて行った。

 レイナーレは俺が近づいてきたことに怯える。

 

「……それは俺が決めることじゃない。お前が殺した人間―――アーシアが決めることだ」

「アーシア? なんで、生きて……」

 

 レイナーレは青ざめた顔をする。

 こいつはアーシアを一度殺した。だからもう救われないって確信したのか?

 だったらこいつはアーシアのことを何も分かっていない。

 

「……貴方は、酷いことをしました―――でも嘘でも、私に優しくしてくれました」

 

 アーシアの手から淡い緑の光がレイナーレの傷を癒していく。

 ……悪魔すらも癒してしまう優しい力を有していた故に、そして死にそうな人を見捨てることができない故にアーシアは教会から追放された。

 そんなアーシアが……見捨てることはしないんだ。

 その光景に部長達は驚いて身構えてるけど、アーシアはレイナーレを助けているわけじゃない。

 与えてるんだ……生きるチャンスを。

 ―――たとえそれが、どういう結果であろうかわかっていても。

 

「だから……もうイッセーさんを傷つけないでください……。こんなに優しいヒトを、私は二度と自分のことで泣かせたくないんですッ!!」

「アーシア……」

 

 レイナーレの傷は治る兆しはない。

 俺の一撃が、アーシアの力でさえ直しきれないほどに大きいからだ。

 動くことは出来るだろう……少なくとも、腕を動かすくらいは。

 

「もういいのか、アーシア」

「はい……。イッセーさん、ありがとうございました」

 

 そう言うと俺はアーシアを連れてその場から背を向ける。

 ……でも多分、アーシアの優しさは無駄になる。

 確信に近いものを俺は察していた。

 だからアーシアの優しさは―――

 

「高貴なる私にそんな目を送るんじゃないわよ! 魔女が!!!」

 

 ―――こいつには届かない

 

「い、イッセーさん!?」

「イッセー!」

 

 レイナーレが放ったアーシアと俺を同時に突き刺さる光の槍を、アーシアを床に降ろして庇うと、槍はそのまま腹部に突き刺さる。

 ―――痛い。

 だけどそんな痛みよりも、もっと凄まじい感情が俺を占める。

 どうして……こいつはこうまで―――最悪なんだよッ!!!

 

「何でだよ、レイナーレ……。アーシアの優しさが、何でお前には伝わらなかったんだッ!!」

「う、嘘よ! 槍は貴方を貫いてるのに、何で!!」

 

 ああ、光に焦がされて!この身が張り裂けそうになるくらいに痛ぇよ!!

 今すぐにでも倒れたい―――でもな!

 アーシアの優しさを踏みにじったお前を俺は絶対に許せない!

 人を傷つけることしかできないお前を!!

 

「アーシアはな! お前にやり直して欲しかったんだ!! 自分の欲だけじゃなくて、もっと他人に優しくなれるような!」

 

 ……そこまで言って、言葉を止める。

 ―――もう、言葉は必要ない。

 

『……相棒。こいつを殺そう』

『ええ、辛いかもしれませんが、主様をこんなに傷つけたのです―――許せません』

 

 ……二人は怒ってる。

 ―――俺はいつも自分に対する決断が甘い。

 ドーナシークだって生かした……。その甘さは命取りだって分かっているのに―――もしかしたら俺はあいつらの言う通り、偽善の仮面を被っているのかも知れない。

 ………自分の不始末は、自分で処理する。

 俺が部長に一言、やってくださいって言ったら部長は躊躇いも躊躇もなくやってくれるだろう。

 ―――でも汚れ仕事を部長にやらせるわけにはいかない。

 

「レイナーレ、お前は俺が―――――――殺す」

 

 俺の言葉でレイナーレは、その場で這いながら逃げようとする。

 俺はまださっきの倍増解放の余力がある……その全てを一つの魔力弾にする。

 

「……もしお前が、アーシアの優しさを受け入れたら、俺は手を差し伸べた。でもお前はしなかった―――――――――だから、さようなら」

 

 辺りに赤い閃光が響き渡る。

 部長達は俺の方を見てる、アーシアも見てる。

 俺の手から魔力の塊の弾丸がレイナーレを包み込んで、そして……

 

「―――――――――――――――――」

 

 音もなく、絶叫もなく、ただ静かに跡形も残さず―――消し飛んだ。

 空しく言葉に出来ない思いを抱いていると、突然俺の体がくらっとふらついた。

 

『Over Reset』

 

 途端に力が抜け、体に重りが掛かるように体は動かなくなり、そして今まで気にならなかった腹部の痛みは痛みだす。

 ・・・でも気にならない。

 この気持ち悪い感触は、二度と忘れない。

 その場に倒れて、色々な声が交る。

 俺の名を呼ぶ声。

 部長、朱乃さん、小猫ちゃん、木場・・・そしてアーシア。

 色々な人の声が聞こえる。

 そして俺の意識は朦朧となり、そして消えていく。

 俺は非情になった。

 ―――俺はこの日、初めて自分の意思で命を摘んだ。

 そう心に刻むと、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

[終章] 終わって、そして始まる

 

 戦いが終わって、俺は学校の教室でぼうっとしてた。

 あれから一日……俺の腹部の傷は、どうやらアーシアが治してくれたらしく、そして俺は無事一日で復帰することが出来た。

 

「……イッセーが元気がない、どうする、松田氏!!」

「俺ならエロでも見れば元気になるが、イッセーは純情なんだ!」

「ど、どうすれば!」

 

 松田と元浜の声が聞こえる。……はは、相変わらず良い奴だよ、お前らは。

 普段はあれだけ言ってくるくせに、こういう時は俺の心配をしてくれる。

 俺の数少ない親友だ。

 

「……心配すんな、ただの寝不足だよ」

「……寝不足、だと?」

「なに、寝不足するほど……良いことをしてただと?」

 

 ……俺の寝不足をムカつくくらい別の方向で捉えたらしい。

 …………ちょっとでも良いやつと思った俺が馬鹿だった!!

 俺は静かに、笑顔で松田と元浜を見て二人の頭を鷲掴みにする。

 

「い、イッセー? そ、その手は何なのだ?」

「お、俺達、友達だよな?」

 

 二人は顔が引きつった状態で、歪んだ笑顔でそう言ってくるが、俺は敢て、すごい笑顔でこいつらの方を見る。

 そして二人は安堵したのか、力を抜いた瞬間……

 

「―――ふざけんな♪」

 

 ……聞こえてはいけない顔面の骨の音が鈍く響いたような気がしたが、ま、気のせいだな。

 二人はその場に悲鳴もなく崩れたんだから大丈夫と俺は自己解決してやった。

 

「お~っし、今日も一日、元気で行くぞ~」

 

 すると教室に俺達の担任が入ってきて、数秒、俺の方を見てきた。

 

「おい、兵藤……なぜそこに松田と元浜が死んでいる?」

「女子にセクハラをしていたので、少し説教したらこうなりました」

「それは良いことをしたな、兵藤!さすが我がクラスの兄貴分だ!」

 

 先生はすごく笑顔で言ってくる・・・さすがに恥ずかしいです。

 ……でも気は紛れても、どうしても思い出してしまう。

 初めてだったんだ。

 この手で、自ら、ヒトの命を絶ったのは。

 堕天使だったし、アーシアを実際、一度殺した奴だった。殺しても文句の言われない野郎だった。

 誰も俺を攻めはしないし、俺以外のオカルト研究部でもレイナーレを殺すことは躊躇わなかっただろう。

 ……俺は甘いのか?

 そのことばかりが頭の中で巡っていた。

 

『相棒……確かにお前は甘い。だが、相棒の甘さは優しさでもある。甘さは時として身を滅ぼすものだ。……だからこそ見極めればいい。甘い時は甘くして、決断する時は決断する。相棒、これは相棒が今まで無意識にしてきたことだ』

『それに主様は最後まで、あの堕天使に改心のチャンスを与えました。それを踏みにじったのは堕天使です。もしあの時生かしていたら、それこそまたアーシアさんの脅威になっていたかもしれません』

 

 ……ドライグとフェルが俺を励ますようにそう言ってくれる。

 そう言ってもらえると、助かる。

 俺のことを誰よりも分かってくれる存在のドライグ、それに負けないくらい理解してくれるフェルウェル。

 俺はこの二人がいなくなって、初めて二人の存在の大きさに気がついた。

 俺は一人だけではこれっぽっちも強くない。この二人がいなきゃ、まだまだ弱いままだ。

 だから強くなろう、二人に頼らなくてもないように。

 

『……ちなみに主様、実はドライグは封印されている時、ずっと泣いてたんですよ?』

『き、貴様! 何故それを相棒に言う!!』

 

 ……ドライグとフェルが俺の中で、なんか話していた。

 いや、もはや口喧嘩に発展していた。

 

『わ、我が息子を殺してしまった~~~~、って言ってましたよね?』

『ならば俺も言おう! 貴様なんかずっと立ち上がって、イッセー!! なんて言ってたじゃないか! しかも相棒のことを息子扱いするなど!』

『いいですか? この世界、偉大なのは……”ママ”です』

『――――――ッ!!』

 

 ……いや、ドライグ!?

 何、全ての核心を突かれたみたいに「そんな馬鹿な!」って言いたげな声出してんだよ!?

 それにいつの間にフェルウェルは自分のことを”ママ”って言ってるんだ!?

 

『主様……ドライグがパパドラゴンなら、私はマザードラゴンです』

 

 ママドラゴンじゃないのか?

 

『それならドライグと夫婦になってしまいます!』

 

 …………そうですか。

 俺は半分、二人の争いを呆れたように聞いていた。

 すると突然、クラスが騒ぎ出しているのに気が付く。

 俺は意識を教卓の前に集中させた。

 そこには―――

 

「転校生のアーシア・アルジェントさんだ!この通り、日本に来て間もないらしいから皆、助けてやれ!」

 

 金髪碧眼、素晴らしい美少女で存在自体が癒しであるアーシアがいた。

 ……ん? んんんっんっん!!?

 ―――ええぇぇぇぇええええ!!!?

 

「―――えぇぇぇぇぇ!!?」

 

 俺は心の中だけで抑えることが出来ず、そのまま声に出して驚いてしまう!

 そりゃあそうだろ!?

 昨日命を失いそうになった少女が目の前に、転校生としているんだ!!

 驚かないはずがない!

 しかもアーシアは俺の存在に気付いてか、少し顔を赤くしてはにかんだ!?

 

「じゃあアーシアさん、一言どうぞ」

「えっと……じゃあ最初に二言三言だけ―――私はアーシア・アルジェントと申します! 日本に来て日が浅いですが、皆さんと仲良くしたいです!」

 

 お、おぉぉぉ!!

 何故いることはさておくとして、実に普通で素晴らしい転入初日の挨拶だ!

 掴みはばっちりだと思う!

 ……しかしアーシアは、まだ何かを言おうとしていた。

 ―――刹那、嫌な予感が俺を襲う。

 

「それと私は、その……イッセーさんの家に居候うさせてもらうことになりました!! ―――あと、私はイッセーさんのことが……大好きです」

 

 …………教室が、数秒の沈黙に包まれる。

 教室の時計の長針の音が、鮮明に聞こえる中、俺は少し混乱した。

 そして次の瞬間、教室に木霊した。

 

「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!??」」」」」」」

 

 クラス全員の、その驚き声が!!!

 そりゃ俺も驚くよ!

 確かにあの時、言われたけどもさ!ここでまたそんなこと言われるとは思っても見なかったよ!!

 ただでさえアーシアの登場で驚いてるんだ!!

 現に松田と元浜なんか俺の胸倉を掴んでグラグラしているし!!

 ……するとアーシアは俺の席の横に歩いてきて、そして俺に笑顔を見せた。

 

「・・・よろしくお願いします! イッセーさん!!」

 

 ……でも、アーシアのこの笑顔。

 もう二度と、見ることが出来ないと思っていた、この笑顔を見たら―――そんなことどうでもよくなった。

 それにアーシアと学校生活を過ごせるっていうのは、それは間違いなく楽しいことだから。

 

「ああ―――よろしくな、アーシア!」

 

 だから俺はアーシアに、笑顔でそう返したのだった。

 

 ―・・・

 放課後、俺は隣にアーシアを連れてオカルト研究部まで来ていた。

 理由は簡単、部長にアーシアを連れて一緒に来いということを木場から知らされたからだ。

 そして俺は部室の扉を開けると、そこにはオカルト研究部の面々が既に勢揃いしていた。

 

「遅かったわね、イッセー」

「すみません、アーシアとのことをクラスメイトにずっと追求されていまして……」

「ああ。……告白事件のことね。それ、三年の方にも広まってたけれど」

 

 ……どうやら、アーシアのホームルームでの俺への告白は学園中に広がっているらしい。

 そりゃそうだ。

 転校初日に外国人の美少女が皆の前で大告白だ!

 噂にならないはずがない!

 しかもやった方のアーシアが顔を真っ赤にして悶えちゃってるよ!!

 

「…………先輩、こっちです」

 

 すると小猫ちゃんが俺の手を突然引っ張って、ソファーに無理やり座らせた。

 そして俺の膝の上に座り、きわめつけは……

 

「にゃぁ……♪」

 

 ―――甘えた目つきでそう一言、破壊力抜群の声を漏らすッ!!

 大抵の男はこれだけで落とせるほどの可憐な仕草ッ!!

 ……ギャップ萌えって、本当に存在するっていうことを俺は初めて知ったのだった。

 普段静かな性格をしている分、すごいなこれ。

 

「もぅ! イッセーさん!」

 

 するとアーシアが俺の腕を引っ張りながら、ほっぺたをぷくっと膨らませて怒ってくる!?

 そして膝の小猫ちゃんと軽く睨みあいになった。

 

「…………譲歩しましょう、アーシア先輩は腕を支配してください」

「……ありがとうございます!」

 

 ってなんか勝手に決められてる上に、支配って何なの、小猫ちゃん!!

 ……っとそんな時だった。

 

「イッセーくんッ!!」

 

 あ、あ、朱乃さんが俺の体を抱きしめてくる!?

 しかも実際には体ではなく、胸に俺の頭を埋めつくす形で後ろから!!

 膝には小猫ちゃん、左腕にはアーシアに背中から頭にかけて朱乃さんが密着してくる!?

 なに、このカオス!

 ってかなんでこんな状況になってんだよ!?

 

「ねえ、祐斗。この場合、王である私はイッセーの右腕にしがみつくべきなのかしら」

「・・・僕に聞かないでください」

 

 木場、苦笑してないで助けやがれ!!

 俺は聞きたいことが山ほどあるんだ!!

 ―――――――結果的に、その状況は10分ほど続いたのだった。

 

「それで部長……俺はともかく、何でアーシアまでここに呼んだんですか? それとアーシアが俺のクラスに転入なんて聞いていないんですが」

「それは同じ理由なんだけど……アーシア」

「は、はい!」

 

 ……部長がアーシアの名前を呼ぶと、途端にアーシアはびくっとする。

 そしてアーシアの背中から黒い、悪魔の翼が生えていた。

 

「……部長、なんでアーシアを悪魔にしたんですか?」

 

 俺は不意に少し怒りが生まれる。

 ―――あれほどのことがあって、アーシアを自らの欲が為に悪魔にしたのかと思ったからだ。

 だがそれは杞憂に終わった。

 

「ち、違うんです! イッセーさん!! これは私からお願いしたことなんです!!」

 

 アーシアは焦ったように俺にそう言ってくる。

 ……どういうことだ?

 アーシアは神を信じてたはずだ。それなのに何で……。

 

 

 

「……確かに私は神を信じていました。それは変わらないことです。ですがイッセーさんは私を救ってくれた。神が私を見捨てたのに、助けてくれた―――だから私はイッセーさんの傍にいたいから、リアス様に悪魔にしてもらったんです!」

 

 ……助けた?

 違う、アーシアはあの時……

 

『いえ、主様は救いましたよ』

 

 俺の力は及ばず、アーシアは一度死んだはずだ―――どういうことなんだ?

 

『正直、ほとんど奇跡と言うしか方法はありません。まずは主様が行ったわたくしの力による神器創造……それにって生まれた癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)を主様は使いました。……確かに気休めにしかなりませんでしたが、ですがそれのお陰でアーシアさんは仮死状態になっていたのです』

 

 仮死、状態?

 

『はい。そして主様は堕天使を力を覚醒させ、そして一瞬の間で葬った。そしてその一撃は神器は持ち主が死んだと思わせるほどのものだったのでしょう。……つまり神器が堕天使を死んだと判断し、そして……』

 

 ……神器はまだ生きていた、アーシアの元に戻った。

 そして仮死状態が解かれ、アーシアは息を取り戻した。

 

『といっても、単に仮説です。それにもしかしたら、無理やり抜かれた神器がアーシアを求め、そして戻ったのかも知れませんし……どちらにしろ、主様の行動は無駄ではなく、アーシアさんを救ったのです』

 

 ……フェルの言う仮説は穴だらけだ。

 証明なんて、誰にもできないだろう―――でも今は奇跡が起きた、そう信じよう。

 

「私、ほとんど死んだような状態でイッセーさんの声だけが確かに聞こえたんです―――私のために怒ってくれて、泣いてくれて。だからもっと頑張ろうって……そう思えたんです」

「アーシア……」

「だから、私はイッセーさんの傍にいたいです。……それが理由じゃ、駄目ですか?」

 

 アーシアは不安そうな顔つきでそう言ってくるけど……俺の答えは決まってる。

 

「当たり前だ……ずっとだ。ずっと、一緒だ! 次にまたあいつらみたいなのが出たら俺がぶっ潰すから、だからこれからずっと一緒だ!」

「ッ! イッセーさん!!」

 

 アーシアは、俺に思い切り抱きついた。

 瞳には涙が溢れているけど、俺は何も言わずにただアーシアの小さな体を優しく抱きしめ返した。

 小猫ちゃんや、何故か朱乃さんが恨めしそうにアーシアを見ているけど、状況が状況なだけに何も言わず目をそむけてる。

 

「それはそうとびっくりしたわ。……イッセーのあの力」

「僕もびっくりしたよ。……それで教えてくれるんだろう? イッセー君の中にある、力を……」

「ああ……ならまずは皆に紹介しないといけない二人が―――――――」

 

 ―――俺は、甘いし弱いかもしれない。

 全てを完璧に出来るほど器用じゃないし、全てを守れるなんて言うほどう自惚れてはいない。

 だけど一つだけ、断言できることがある。

 ……仲間を、大切な友達を、家族を―――アーシアを守る。

 自分の掌に収まるくらいの存在なら、まとめて守る。

 それが俺の掲げる・・・”守るための赤龍帝”の定義。

 助けを求めるなら助ける、それは例え偽善と言われても構わない。

 それが俺の相棒が言うところの、最高で、そして……

 ―――優しい赤龍帝ってとこだろ。

 

 

 ……ただ、一つだけ腑に落ちないことがある。

 ―――何故立て続けに、俺の神器はバーストしたという点だけは、本当に解明することができなかった。



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番外編1 悪魔は使い魔が必須なようで

 アーシアが悪魔になり、悪魔家業にある程度は慣れてきたある日のことだった。

 アーシアと俺は部長に呼びだされ、夜の部室に来ている。

 それよりまず、アーシアについての説明が先だよな。

 アーシアは結局、俺の家にホームステイする形で事が収まった。

 まあその間にいろいろといざこざ(主にというよりも完全に母さん)があり、結果的に俺が母さんに土下座をして頼んだら、渋々頷いてくれた。

 でも母さんもアーシアの優しさに気がついて今ではすごい気にいっていて、家ではよくアーシアに料理の仕方なんかを教えてあげてるらしい。

 まさに娘が出来た感覚なんだろうな……俺への過剰なスキンシップは消えないけど。

 そんな淡い期待を粉々にされたわけだ。

 まあとにかく、アーシアは兵藤家でうまくやっているさ。

 ちなみに母さんに関しては、たまに夜にこうして集まることがあるんだけど、部長に悩んだ末に頼み、母さんが俺が夜に出て言っても気にならないようにしてもらった。

 そして今、俺とアーシアは部室で部長の話を聞いている。

 他の部員はと言うと、小猫ちゃんはソファーで羊羹を食べていて、朱乃さんは箒を以て部室を掃除していて、木場に至っては本を読んでいる。

 

「「使い魔、ですか?」」

 

 俺とアーシアは声を合わせてそう部長にそう聞いた。

 使い魔……という存在自体は把握している。

 悪魔と契約し、情報伝達や追跡、意思疎通が出来る便利な存在……っというのがセオリーか?

 アーシアはそんなこと知らないだろうから、一応俺は耳打ちすると、アーシアは納得したような表情をした。

 

「イッセーの助言で大体のことは分かったみたいね。……そう、悪魔は大体が自分の使い魔を持っているの。イッセーの場合はもう何件も人間と契約を結んでいるし、アーシアも仕事に慣れてきたからそろそろ使い魔を持たせようと思ったわけよ」

 

 ……ちなみにアーシアが契約を結ぶお客様は、大抵が癒しを求めている人間らしい。

 仕事でストレスが溜まり、それをどうにかしたいがために悪魔を呼んだサラリーマンの男のヒトや、家事などのストレスを抱えた主婦。

 そんなストレスを抱えた人に対してアーシアは純粋に心配し、話を聞いてあげるのが定番となっているそうだ。

 より親身に話を聞いてくれるアーシアはリピーター力が凄まじいとのこと。

 まあアーシアは存在自体が癒しで、優しく、気が利いてなおかつ可愛いからな!

 癒されたい気持ちは十分にわかる!

 

『使い魔か……フェルウェルよ、俺達はいったい何なのだろうな?』

『……わたくしは主様のマザー、母です』

『ならば俺はパパだ』

 

 ……俺の中の愉快なドラゴンは本当に復活してから恥ずかしげもなく、そんな台詞を言うようになった。

 しかも最近では俺の中で口喧嘩をよく勃発させ、落ち着いてご飯も食べられないようになっている。

 良いドラゴンなんだけど……な?

 ちょっと俺に対して過保護すぎるっていうか、親馬鹿加減がリアルの母さんと父さん並に凄まじいんだ!

 

「使い魔は分かったんですけど、どこで獲得するつもりですか?」

「それは…………」

 

 部長が俺達にそれを伝えようとしたときだった。

 オカルト研究部の部室の扉が、唐突に誰かにって開かれた。

 誰だ?ここにはオカルト研究部の面々は全員、ここにいる。

 誰だ、と思っていると部屋の中にどこかで見たことのあるような数人の女子生徒と一人の男子生徒が入ってくる。

 見覚えがあるはずだ。……この人たちは駒王学園の生徒会役員の面々だ。

 その先頭にいる女生徒。確か、彼女の名は……

 

「生徒会長の……支取蒼那先輩?」

「イッセーさん、あの方々は……」

 

 アーシアは不安そうな表情で、部室の入口に立っている生徒会役員の面々の方をみている。

 

「あれはこの学校の生徒会の人たちだ。簡単に言ったら学校を支えてくれてる人だな」

「は、はぅ! そんな人たちのことを知らないなんて、ああ、主よ! 罪深い私をお許しくだ―――ひゃう!!」

 

 アーシアは悪魔にも関わらず昔みたいに神に祈りを捧げるポーズをしてそう言うと、頭を押さえて頭痛に苦しむ。

 ……アーシア、もう俺達、悪魔だから!

 

「うぅ……忘れていました、イッセーさんッ!」

「はいはい、よしよし」

 

 俺はアーシアの頭を撫でてあげると、アーシアはもう見てるだけで癒されるような笑顔を向けてくれる。

 うぅ……アーシア! なんて君は癒しなんだ!!

 それはそうと、この人たちが今、ここにいるということはつまり……

 

「まあ予想はしてたんですけど、やっぱり生徒会は悪魔の集まりだったんですね?」

「あら、イッセー。やっぱり気が付いていたのね?」

 

 部長は俺の言葉に関心を持ったようにそう言う。

 まあ学園に悪魔がいるってことは知ってたし、それに悪魔が学園の上の方にいるということも何となくだけど予想はついていた。

 まさか生徒会がそうだとは思ってなかったけどな。

 

「リアス、そこの彼はもしかして……」

「ええ。最近、私の眷属の『兵士』になった兵藤一誠、そしてイッセーの後ろに隠れているのが『僧侶』のアーシア・アルジェントよ」

 

 部長は会長に俺達を紹介すると、俺とアーシアは一歩前に出て頭を下げる。

 

「リアス部長の下僕で『兵士』の兵藤一誠です。……それでこっちは」

「そ、『僧侶』のアーシア・アルジェントと申します!」

 

 すると会長は俺達に少しお辞儀して、にこりと笑ってくる。

 

「はじめまして。学園では支取蒼那を名乗っていますが、本当の名はソーナ・シトリー。上級悪魔でシトリ―家の次期当主です」

 

 ……まるっきり部長と立場が同じだな。

 上級悪魔―――ドライグの情報が正しければ、三勢力の戦争はほぼ全ての純粋な悪魔を失った生き残りを元72柱というんだ。

 シトリー家もまた、グレモリー家と同じく72柱の生き残りの名家だ。

 

「それでソーナ。今日は何のつもりできたのかしら?」

「ええ。お互い、下僕が増えたようですし交流を兼ねてと思いまして……匙」

「はい、会長!」

 

 すると今まで会長の隣にいたこの中の唯一の男子生徒が大きな声を上げて、前に出てくる。

 ちなみにアーシアは俺の背中に隠れた。

 

「生徒会書記として会長の下僕になった匙元士郎だ! まさかお前が悪魔になっているとはな、兵藤!!」

 

 ……なんか俺の方を指さして自慢げにそう言ってくるんだけど、一つ問題が発生した。

 それは

 

「お前……誰?」

 

 ……その場の空気が、凍った気がした。

 いや、厳密には凍っているのは目の前の匙とかいう男のみで、小猫ちゃんなんか羊羹を食べることに必死になってる!

 

「ま、まあ? ただの『兵士』のお前には俺の偉大さが分からないかもな! 俺は兵士の駒、4つ消費のエリート! ほんと、残念だよ、兵藤!」

「い、イッセーさんは残念じゃありません! 優しくて強いです!!」

 

 ……今まで俺の後に隠れていたアーシアが俺のことを悪く言ったと思ったのか、少し怒った口調で匙元士郎にそう言う!

 アーシア……別に俺は気にしてないけど、でもありがとう!

 っていうか何気にアーシアの怒り口調は珍しいな。

 

「止めなさい、匙」

 

 すると会長は匙の頭を強くはたいた。

 途端に匙は頭を押さえて、その場にうずくまると、会長が俺に頭を下げてくる。

 

「か、会長! なんでそんな奴に頭を下げるんですか!?」

「黙りなさい。……ごめんなさい、兵藤君。私の下僕がご無礼を……」

「気にしないでください! 俺も気にしてませんので」

 

 そう言うと、会長は頭を上げた。

 

「……匙の言った言葉は気にしないで。あの子、貴方に無駄に敵対心を持っているだけで、面識があるわけじゃないから」

「通りで全く、これっぽっちも、存在すら知らないわけですね!」

 

 ……俺はせめてものやり返しのつもりで、屈託の笑顔でそう言ってやる!

 アーシアを怒らせたこいつが悪い!

 

「な、なぁにぃぃぃい!?」

 

 すると匙は俺に掴みかかりそうになるが……

 

「匙。止めなさい」

 

 ……途端に、会長の凍りそうなぐらい低い怒り声が、部室内に響いた。

 

「匙、あなたは勘違いしているのかもしれませんが、そこにいる兵藤君はリアスの『兵士』の駒を8つ消費しています。……しかもその内、3つが変異の駒で単純計算で『兵士』23個分以上の駒を消費して転生できたほどです」

「に、23……ッ!!」

「それにあなたでは勝つことはおろか、戦いにすらならないでしょう。瞬殺です―――無礼を謝りなさい、匙」

 

 匙は会長に怒られて、俺の前に出て頭を下げた。

 

「すまなかった、兵藤……この通りだ。ちょっとお前に対して対抗意識を燃やし過ぎた」

「……いや、俺も少し大人げなかった。ほら、アーシアも」

「……イッセーさんは残念じゃありませんッ!」

 

 あらら、アーシアが珍しく頑固だ。

 ぷくっと頬を膨らませて、つーんとしていて匙はそれを見て血の涙を流したのだった。

 

 ―・・・

 

「貴方達も使い魔を?」

「も、ということはつまりリアス達も……」

 

 どうやら、会長は新人悪魔である匙に使い魔を持たせようと思っているらしく、そしてそれはリアス会長と被っている。

 どうやら使い魔を手に入れるのは月一回、満月の夜だけらしく使い魔の専門家は一月に数人しか請け負ってくれないらしい。

 

「……どうせなら三人同時ってのはどうですか? それなら早いし、別に我先にって思うわけでもないでしょうし……」

 

 俺はそう提案すると、あっさりとその提案が呑まれたのだった。

 ちなみについて行くメンバーは俺、アーシア、部長、小猫ちゃん、朱乃さん、匙、そして会長に副会長の真羅椿姫先輩だ。

 木場は来たがってたんだけど、どうやら悪魔家業の仕事が入ったらしい。

 そして今、俺達は悪魔を使役する使い魔が多く生息している地域らしい……けどここはあれだよな?

 

『相棒、お前の言いたいことは分かる。……ここは相棒が大きくなってから修行に使ってきた場所に非常に近い場所にある森だ』

 

 ここは俺が兵藤一誠になる前、修行の一環で利用していた森がある。

 そこの風景にとてつもなく似ているんだ。

 そこにいる魔物を相手に最初はただの神器一つで戦ってたっけ?

 それが修行の果てに禁手として目覚め、そして俺は強くなれた。

 

『主様、使い魔は強さ良いも優しさや従順さを主にすればよいです。主様自体が強いので、そもそも主様の強さに見合う使い魔がいませんよ』

 

 ……それは少し過大評価すぎないか?

 それに俺は転生してから強者という強者とも戦ってないし……この前の堕天使の時は目覚めた力と一緒に全力で倒したけどさ。

 まあそれは今はいい。

 問題は、部長で言うところの使い魔専門悪魔が未だにいないことだ。

 

「ゲットだぜぃ!!」

「ひゃ!」

 

 突然の声に、アーシアは可愛い悲鳴声を上げながら俺の後ろに隠れる。

 その仕草を見ていたのか、俺の横の匙は何とも言えない、にやけているのか、笑っているのかといった表情している。

 ま、俺は何となく察した……あれが使い魔専門悪魔。

 夏休みの少年が虫取りに行くようなラフな格好で帽子を逆に被っている、おっさんがそこにいた。

 

「俺はザトュージ、使い魔マスターだぜ! リアス・グレモリーさんよ、その者たちが電話で言っていた子たちか?」

「ええ……一人増えたのだけれど、良いかしら?」

「問題ないぜ! ……なるほど、そこの金髪美少女に茶髪な野性的な男前、それとさえない茶髪し男子か」

 

 ザトュージさんはアーシア、俺、匙の順番で見ながらそう言った。

 

「おいおい、兵藤! お前、冴えないって言われて……いだいいだい!!」

 

 匙は自分のことを言われているのに気付かず、俺をからかってくると、彼の付近にいた小猫ちゃんが匙の腕を曲がらない方向に曲げようとしていた。

 

「……イッセー先輩はあなたとは違います」

「い、いやぁぁぁああ!! 俺の腕はそっちには曲がらないぃぃぃ!!」

 

 ……小猫ちゃん、最近、君は何か俺のことで良く怒るね。

 よし、今度甘いものをご馳走しよう。

 あとうんと可愛がろう!

 

「イッセー、アーシア、この人は使い魔のプロフェッショナルよ。今日はこの人の言うことを参考にして、使い魔を手に入れなさい」

「匙も同様よ。いつまでも痛がってないで」

「「「はい!」」」

 

 匙は痛みに耐えながらそう言うのだった。

 …………で、さっきからずっとスルーしてたことがある。

 

「がぅ……がぅ?」

「ぴ~、ぴ~」

 

 ……森に入ってからもう数十分何だけど、なんか俺の周りに小さい動物みたいな魔物がすり寄ってくるんだ。

 まあ可愛い小動物みたいな魔物で無害なんだけどさ、俺の脚に頬ずりされたりすると、どうしても歩きにくいんだ!

 

「ほう……そこの男前さんは魔物に好かれる才能があるかもしれんな」

 

 ザトュージさんは俺を見ながら、興味深そうにそう呟いた。

 確かに小さい頃から動物に好かれやすいと言われれば、そうだったけど。

 っと、一つ気になることがあるからザトュージさんに聞いておくか。

 

「ちなみにザトュージさん。ここらで最も強い魔物って何ですか?」

「おう! それはこいつしかいねぇ! 龍王の一角、そして龍王最強と謳われる伝説級のドラゴン! 天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)、ティアマット! 時たま姿を現しては暴れまわるらしいが、まあ手にいれられた悪魔などはいないぜ!」

『……ティアマットか。懐かしい名である』

 

 ドライグは俺の中でしみじみといったように呟く。

 知り合いなのか?

 

『ああ。……昔、何度か戦ったことがあってな、それでそのころの力を求めた俺は奴を何度も完膚なきまで倒したのだ。……それで奴は俺のことを嫌っていてな。そう言えば、歴代の赤龍帝で何人かが奴と遭遇したことがある』

 

 ……龍王って魔王クラスの実力保持者だろ?

 末恐ろしいな、ドラゴンは。

 

「……赤龍帝に龍王―――イッセー、ティアマットを使い魔にしなさい!!」

「ぶ、部長!? 話聞いていましたよね!? 完全、それ死ぬ方向じゃないですか!」

「だって見てみたいじゃない。赤龍帝と龍王のセット」

 

 ……そのために死ねと?

 まあ出来るものなら俺もティアマットもいいなと考えてしまう。

 だって、龍王ほどの力がいれば、修行の時も有意義なものになるからさ!

 

「……それにしても今日の森は静かすぎる」

 

 するとザトュージさんは怪訝な顔つきになった。

 

「おい、見てくれよ兵藤! この蛇、俺のことを気にいってくれたみたいなんだ!」

 

 匙は俺に自分の首に巻きつけてる蛇を見せてきた。

 しかもコイツ、既に使い魔契約をやってやがる!

 

「おお、そいつはまたレアな魔物だぜ!」

「マジッすか!?」

「まずそいつに気にいられる悪魔はなかなかいねいぜ! そいつはなんたって、人食い蛇だからな!」

 

 …………場の空気が、凍った。

 

「正式名称はバジリスク! 成体になれば大きさは50メートルを軽く越す巨大な蛇だぜ! 力もこの辺では最高クラス! 狙った獲物は最後まで逃がさない!」

「……それに気にいられた悪魔っていうのはまさか」

「おう!相当うまそうに見えているんだぜ!つまりは捕食対象だぜ!」

「―――い、いやぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 蛇は、嬉しそうな声を上げながら匙の首に巻きつく。

 子供のころの見た目は可愛いのにな……

 

「ちなみに言っておくが、どうやら今の時期はドラゴンの時期らしい」

「ドラゴンの時期?」

 

 俺は聞きなれない単語に首を傾げていると、ザトュージさんは間髪入れずに説明をする。

 

「そうだぜ! どうやら、森があまりにも静かなのはドラゴンがここに生息しているらしいからだぜ!」

 

 するとザトゥージさんは俺とアーシアに数枚の資料を見せてきた。

 

「ここにいるのはまだ子供なんだが……蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)火炎龍(サラマンダ―・ドラゴン)光速龍(ライトスペイド・ドラゴン)。大人になると相当の強さのドラゴンとなる」

「……いいな、こいつら」

 

 俺は何故か、ここに載ってあるドラゴンが気に入った。

 この三種の内、少なくとも一種くらいは俺の使い魔にしたい。ティアマットはともかく置いておいて!

 ……その時だった!

 

「あれは……スプライトドラゴン! しかも二匹だぜ!!」

 

 ザトュージさんはそう言ってくる。

 そしてその指の先には二匹のブルーダイアモンドのように美しい鱗を持つドラゴンが二匹いた。

 

「あれが……」

「それだけじゃないぜ!良く見ろ!あの二匹の他にもいるぜ!」

 

 ……ホントだ!!

 何か友達みたいにドラゴンが遊んでる!?

 良く見るとそれは―――火炎龍に光速龍だ!!

 何故か蒼雷龍の一匹だけが他の三匹から少し距離を取られている!?

 

「どうやらあの距離を取られている蒼雷龍はオスで、それ以外はメスみたいだぜ」

 

 ……あれか?

 ドラゴンの中にも、オスはメスの中に入れないという暗黙があるのか?

 まあどっちにしてもチャンスだ!

 

『相棒の使い魔にドラゴンか……いいだろう、相棒……―――ッ!?』

 

 するとドライグは突然、なにかに気付いたように驚いた!

 そして辺りに凄まじい強風が吹き渡り、そして突然、轟音のような音が響いた!

 ―――肌で感じることが用意なほどの威圧感。

 この感覚、俺は覚えがある。

 

『主様。この圧力の正体。恐らくは……』

「―――龍王、なのか?」

 

 俺は空を見上げる……そこには巨大なドラゴンの姿があった。

 白と黒の混ざり合った、どこか神秘にも感じる美しいドラゴン。

 そう―――龍王ティアマット!

 その姿は先ほどの図鑑で見た通りの姿だった!

 

『相棒! 奴を使い魔にする気か!?』

 

 さあな!!

 っていうか龍王を使い魔とか、正直不可能だろうけども―――挑戦はやってみなくちゃ分からないだろ?

 俺は悪魔特有の翼を展開させ、そして更に腕に籠手、そして胸に白銀の宝玉を出現させる。

 俺の中の二つの神器。

 それの力を解き放ち、俺は目前のティアマットの元まで駆け寄った!

 

「―――初めましてだな、最強の龍王ティアマット」

「……何だ、貴様は?」

 

 ……ッ!

 こいつ、言葉を話せるのか! しかも普通の女性の声だし!

 するとティアマットは俺の何かに気付いたように、その目つきが鋭くなる!!

 

「……その神器、まさか赤龍帝―――その赤龍帝がなんの用だ?」

「うぅ~ん……用って言うか、なんというか―――簡単に言えば、俺はここに使い魔を探しに来ているんだよ」

 

 俺は自分の事情をティアマットに話した。

 

「使い魔だと?」

「そ、使い魔! それであんたがここに偶に現れるっていうのを聞いて、ちょっと会えるか期待していたんだよ―――ってことで、俺はあんたを使い魔にしたいってわけだ!」

 

 俺は嘘偽りのない言葉で真っ直ぐティアマットを見て、拳を巨大なドラゴンに向ける。

 ―――するとその時だった。

 

「あはははは!! 私を使い魔か! そんなことを言う悪魔がこの世に存在するとはな!! 赤龍帝の小僧というから、どれだけの戦闘狂と思えば!!」

 

 ティアマットは、可笑しそうにそう笑いをこみ上げた。

 ……龍王の王者の余裕ってわけだ。

 

「それで、答えは?」

「……いいだろう、お前の名を言え」

 

 ティアマットはしばらく笑っていたが、途端に声音が真面目となる。

 ―――王者の風格、ここにありってか。

 なら俺も名乗ってやる。

 

「……赤龍帝、兵藤一誠」

「そうか―――ならば一誠、私を認めさせるほどの力を見せろ!」

 

 するとティアマットは遥か彼方の上空へと飛行した!

 俺の全力、可能性をあいつに見せつけるッ!!

 ドライグ、フェル!

 

『応ッ!!』

『はい!!』

 

 俺は神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の新しい力を使うことを決める。

 神創始龍の具現武跡の『強化』

 神器の性能を一時的に創造力を用いて強化し、自身の戦闘能力を著しく上昇させるフェルの新しい力だ!

 

『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』『Force!!』

 

 音声と共に創造力は確実に溜まっていき、そして『強化』に必要な7回の創造力が溜まった。

 

『Reinforce!!!』

 

 そして俺の胸の神器より、白銀の光が俺の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に纏い、そして神器の状態が少し変化する。

 フィルムは多少鋭角になり、そして籠手の色が紅蓮というように強くなる。

 

赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)!!」

 

 一秒ごとに力を倍増させるという能力に一時的に強化された俺の新しい力、籠手の神帝化!

 ティアマットは上空から下降してくる最中、俺の状態を見て面白そうに笑った。

 

「―――なんだ、それは!! 赤龍帝が白銀を覆うだと!? 面白い!! 面白いぞ、一誠!!」

 

 するとティアマットは飛翔を終え、俺の方に全速力で降下してくる!!

 

『Over Boost Count!!』

 

 この音声は1秒倍増の音声!

 そして次の瞬間、一秒ごとに籠手から音声が鳴り響く!

 

「面白いぞ! 兵藤一誠!!」

「いくぞ! ティアマット!!」

 

 ティアマットは様子見というように特大のブレスを放ってきた。

 

『Over Explosion!!!』

 

 瞬間で何段階も倍増した俺の力が解放される!

 負担はすごいけど、どこか心地いい!!

 俺は籠手越しの拳に倍増した全ての力を終結させる!!

 その拳でブレスを薙ぎ払い、そして俺はティアマットの懐に入る!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

「私は龍王だ!それほどの攻撃、見切って当然だぁぁぁ!!!」

 

 ティアマットは翼を織りなし空中で一回転するも、俺はそれを爆発的な加速力で追いつき、拳を放つ!

 しかしティアマットはその拳を片手で受け止めた。

 

「良いパンチだが、まだまだ若いな! ならば今度は私が」

 

 ティアマットは更に腕を振りかぶり、俺へとお手本というように殴り掛かるポーズを取る。

 だけど体格(サイズ)が大きいため、その動作は手に取るように分かる!

 俺はティアマットの拳を紙一重、当たるか当たらないかの寸前で避けた。

 

「―――な、にぃ!?」

 

 俺は再度、ティアマットの懐に入り、拳を握る!

 恐らく解放の力は数分と持たない!

 この一撃に俺の全てを注ぎ込む!

 俺はそう考え、倍増のエネルギーと魔力を全て拳に集中させ―――そして放った。

 俺はそのまま、ティアマットの体を、真下の部長達の方とは別の方向にある山に向かって殴り飛ばした!!

 ティアマットの体は山に直撃する。

 

『Over Reset』

 

 ……ッ!

 さすがにこの脱力感は何とかしないと二度目の攻撃が出来ないからな……力を改善しないと。

 俺はそう思いながら部長達の元に降りて行った。

 

「ただいまです、部長。…………ってなに驚いているんですか?」

 

 俺が下りると、そこにはすごい目を見開いた全員の姿があった。

 

「そ、それは驚くわよ! 龍王が現れたと思ったら、あのティアマットの攻撃を薙ぎ払って思い切り殴り飛ばすんだもの!!」

「いやぁ……あいつが力を証明しろって言ってきましたから」

 

 俺は苦笑いしながらそういうと、不意にアーシアの手元を見た……そこにはアーシアの手の中で恐ろしそうなものを見た、という顔をしている雄の蒼雷龍がいた。

 

「それ、もしかして……」

「はい! どうやらティアマットさんが怖くて私のところに来たそうです! それでどうしてか気にいられて、使い魔にしました!」

 

 おぉ!

 確か蒼雷龍は心の清いものにしか心を開かないはずだ!

 アーシアならぴったりだな!

 ―――がしっ。

 ……何かが俺の背中に何かが張り付く感覚に見まわれた。

 

「……これは更に驚きだぜい。あの龍王、ティアマットと互角に戦ったことでもおどろきだが、まさか」

 

 ザトュージさんは感心したような声音で俺の背中を見てくる・・・・・・そこにはあの時の三匹の小さな龍がいた!

 

「蒼雷龍、火炎龍、光速龍の雌の子供だぜ? その三匹に認められる男の悪魔はとにかく、類ない強さと善の心、そして―――見ための良さが決め手だぜ?」

 

 ザトュージさんはそう言うと、俺の手元に三匹の龍が抱きつくように引っ付いてくる。

 

「あははは! こいつら可愛いな!」

「ちなみにドラゴンのメスは姿を変化できるぜ?恐らく、その三匹はかなりお前さんのことを気に行ったみたいだぜ」

「―――そのようだな、兵藤一誠」

 

 ッ!

 これはティアマットの声……でも何で空中からじゃなく、森の中から?

 

「この姿で会うのははじめてか……」

 

 ……俺は声の聞こえた方を見ると、そこには背の高い、なんかすっきりとした顔立ちの美人な女性がいた。

 

「そいつで言うところの変化だ」

「あ、まさか……ティアマット?」

 

 ……彼女はティアマットが人間の姿となった存在ってことか。

 もちろん、彼女から圧倒的な威圧感は出ている。

 でもどこか彼女は優しげな雰囲気を今は出していた。

 

「あの一撃、私はお前を見誤っていたのかもしれない。まさか私が裏をかいたその裏をかいて全力の一撃を瞬時に放てるその機転―――評価に値する」

「……堅苦しいからイッセーでいいよ、ティアマット」

「貴様も堅い! 良いだろう、特別にティアと呼ぶことを許可する!」

 

 するとティアマットは高らかに笑う。

 そして俺の方に近づいてくる。

 

「本来、ドラゴンのメスはな、気に行った男にしか体を触れることすら許さない。その三匹の龍はお前のことを相当、気に行ったみたいだ・・・私同様、使い魔にしてやれ」

 

 ―――ッ!?。

 俺はティアの言葉に心底驚いた。

 あの伝説の龍王の一角が、俺の使い魔になるなんて夢みたいだ!

 ―――俺は部長に言われたとおり、使い魔にするための魔法陣を展開させ、そしてその中にティアマットを含めた4匹のドラゴンが入る。

 

「兵藤一誠の名において命ず。……汝、我が使い魔として契約に応じよ!」

 

 赤い魔法陣が光り出すと、そのまま魔法陣は消失した。

 

「そこのアーシアちゃんの蒼雷龍の使い魔化でも前代未聞だが、お前さんはもっと前代未聞だぜ。一度に四体の強いドラゴンを使い魔にしちまうくらいだからな」

 

 ザトュージさんは腕を組んで、うんうんと頷きながらそう言う。

 そして俺は使い魔となったティアマットや他のドラゴンの元に行き、手を出して握手を求めた。

 

「これから、よろしくな!」

「ふふ……そうさせてもらおう」

 

 ティアマットは俺の握手に快く応え、そして他のドラゴンは俺の胸に飛び込んだのだった。

 

「……イッセーくん、ずるいですわ」

「……イッセー先輩、私も」

「イッセーさん!!」

 

 すると三人が俺の傍まで来て、ティアマットと口論が起きたりなんかもした。

 …………伝説のドラゴン相手に口論出来る時点で、この三人も相当な勇気だよ。

 ―――こうして俺達には使い魔が出来たのだった。



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【第2章】 戦闘校舎のフェニックス
第1話 恋する乙女と悩む部長です


 突然で悪いけど、俺、兵藤一誠は悪魔だ。

 元は人間、さらに言えば前赤龍帝からの転生者なんかでもあるんだけど、最近の俺のことを振り返ると、多少だけど性格が変化したらしい。

 これは俺の前からの相棒、ドライグからの意見だ。

 どうも俺はとても熱い性格になったらしい。

 最近の俺はとにかく困っている人がいたら何も考えず助けようとして、がむしゃらに突き進む傾向にある。

 ……自分観測はこれくらいにして、まずは無事に復活を果たした俺の中の二人のドラゴン、ドライグとフェルのことを言っておく。

 リアス部長の話を織り交ぜると、どうやら俺を悪魔に転生させるためには異様なほどの現象が起きたらしい。

 なんでも、本来の俺は『悪魔の駒』の役割の一つ、『兵士』の駒8つだけじゃあ転生は不可能だったらしい。

 それでも俺が転生出来たのは、部長の駒が普通の駒ではない駒……一つの駒で複数の駒と同価値の『変異の駒』が3つ混ざっていたからだったらしい。

 そして駒は俺を転生させる前に蠢いていたらしく、木場曰く……

 

「君が僕達の仲間になるのは必然だったんじゃないかな?」

 

 ……ということらしい。

 そしてドライグとフェルウェルが俺の中で身動きが取れなかったのは、恐らくはその『悪魔の駒』のせいと思われる。

 俺が突然、悪魔になったことで『悪魔の駒』が自動的に俺の中の力を縛り、封印したとドライグは言っていた。

 あの時の俺の神器の不調はたぶん、その封印が原因だと思う。

 今では神器の縛りもなくなったから、前の神器の性能に戻ってきているけど、ただ一つ戻っていないとすれば……

 

『相棒、その件だがまだ禁手は待ってくれないか?』

 

 ドライグが俺の中から話かけてくる。

 そう……俺の悪魔への転生前から体に染みついていた禁手化はまだ出来ないということだ。

 

『元々、俺の神器は相棒が人間だったころの体を主に調整していたものでな。……悪魔になった相棒の体は正直、体一つでも相当強い。不完全なら今でも禁手出来るんだが……』

 

 ドライグは少し言葉を濁す。

 

『出来れば、相棒にはその時における最高の力で禁手を使ってもらいたいからな。だからあと10日ほどは待ってくれないか?』

 

 ドライグッ!

 お前、俺のことをそこまで考えてくれていたなんて!

 

『当然だ、俺にとっては相棒は最高の相棒だからな!それに子供のようでもある!!パパだ!!』

 

 ……それがなかったら、もっと良いのに。

 

『主様』

 

 すると今まで、俺達の会話を聞いていたフェルが俺に話しかけてきた。

 

『少しばかり主様が新しく手にれた、強化のことを話したいのですが……』

 

 ……あれのことか。

 俺が堕天使レイナーレとの戦いで新しく手に入れた神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の”強化”の能力。

 神器の性能を上げ、今までにない力を引き出す反則級の能力―――簡単に言えば神器の性能を格段に上げるという力だ。

 

『あの力はわたくしも想像しておりませんでした。ですがあの力は正直、人の身には余る力……主様の鍛えた体でも、1秒ごとの強化はかなり体に負担がかかるでしょう』

 

 ……確かに、その通りだ。

 この前、使い魔を獲得した時も、俺はあの力を龍王ティアマットに力を示すために使った。

 籠手を強化し、結果的にティアマットを含む4体のドラゴンを使い魔に出来たけど、だけどあの時の体への負担は普通の篭手とは比べ物にならない。

 強化の力の欠点はおそらくは……

 

『ええ。―――性能を上げ過ぎて負担を体に掛け過ぎる……ということです』

 

 ……まあそうだよな。

 正直、あれを連続で使うのは相当の修行が必要になる。

 確かにただの……だけで従来の禁手に近い力は手に入るけど、代わりに一回使ったらもう戦えないでは話にならないな。

 

『おそらく、今の主様なら連続の使用は5回が限度。……しかもそれは創造力が最低限溜まった創造力を使い発動した時に限っての話です。創造力を極限まで引き上げた状態での強化では3回も出来ないでしょう』

 

 ……使うために創造力の上限があるのか?

 

『ええ……”強化”を使うためには最低7回の創造力を溜める必要があります。そして溜めた創造力の分だけ、神器の力を強化することが出来るのです。その神器の強化度が創造力と比例する……というわけです』

 

 ……まだまだ使い勝手が悪い。

 あれはいうなれば、ここぞというときの切り札か。

 まあそこは今後の課題だな。

 

『それと先ほど、5回は出来ると言いましたが、戦闘中では1度の使用で体に影響を及ぼすでしょう。……神器の強化ですから、当然、他人の神器を強化することも可能です』

 

 アーシアの聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)とかか?

 

『ええ。グレモリー眷属の中ではアーシアさんがそれに該当しますね。主様、”強化”で強化される神器の強さはどれほどになると思いますか?』

 

 ……正直に言えば、神滅具クラスだと俺は思う。

 

『その通りです。神滅具である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は強化をすれば、神滅具の域を凌駕します。主様がそんな物に耐えれるのは、日頃の努力のおかげでしょう』

 

 そう言ってもらえると助かる。……確かに、普通の神器が神滅具クラスの神器に突然なると考えるなら、扱いに困るだろうな。

 

『ただ神滅具になるならば良いのですが……”強化”の欠点は、強化対象にあり得ないほどの負担を与えることにあります。例を上げるなら、主様は単純に体に負担がかかります』

 

 つまり、神器によって負担がかかる場所が異なるってことか?

 

『これは予測ですが、主様のような戦闘神器ならば体に、サポート神器ならば精神的にですね。そしてそれは『どちらかと言えば』の話で、どの神器にもある程度の精神的、身体的な負担はかかります』

 

 ……なるほど、出来ることならあんまり他人には使いたくないな。

 

『ええ。ですので主様、”強化”の仲間への使用は禁止しておいた方がよろしいでしょう―――そして自分への使用も自重してください』

 

 了解だ。

 ……それはそうと、今の俺は夢の中だ。

 夢の中でフェルやドライグと話している言ってもいい。

 だから今の俺には二人の姿が見えている。

 ……相変わらず、ドライグは威風堂々としており最強の名が相応しい姿だ。

 フェルは美しく、俺が見てきたドラゴンの中では一、二を争う美しさを持つドラゴンだ。

 

『主様はそのような事を臆面もなく言えるから、異性に良く好かれるのですね』

『良くも悪くも、相棒は素直だからな……そこがまた可愛い!』

『ええ……珍しくドライグ、意見が合うますね! なんていうのでしょう。大人ながら童心を忘れない純粋な心!』

『その通りだ! 流石は相棒の中に十数年、一緒にいることはある!!』

 

 ……そう言うのは、よそでやってくれ!

 ああ、もういい! もう起きる!!

 俺は二人の俺に父性と母性を感じさせるドラゴン・・・パパドラゴンとマザードラゴンに呆れながらも、夢から覚めるのであった。

 

 ―・・・

 

「すぅ・・・イッセー、さぁん・・・」

 

 ……さて、これはどういう状況だろう。

 待て待て、俺は寝ぼけて誰かの布団に入り込むなんて性癖は持っていない!

 でも、でも!!

 こういうことをするのは今まで母さんだけと思ってたんだ!

 なのに!!

 

「ふふ……イッセー、さんは……かっこいい、ですぅ……」

「何でアーシアが俺の布団で下着姿で寝てるんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 ……俺は朝から、そう高らかに叫ぶのであった。

 

 ―・・・

 

「さて、アーシア。どうして俺の布団で、しかも下着だけで!更に体を密着させながら寝てたか教えて貰うぞ!!」

 

 現在の状況はアーシアが俺の部屋で寝ぼけながら正座をしている、何とも言えない状況。

 ちなみに服は着せてある。

 

「はふぅ……イッセーさん、おはようございまふ……」

 

 もう、この寝ぼすけ!

 可愛いけど! ホントに抱きしめたくなるくらい可愛いけど!!

 

「…………はぁ、どうせ桐生あたりに唆されたんだろうけどさ」

 

 俺はクラスメイトで、アーシアが転校してきてからアーシアとよく仲良くしているメガネをかけた女子、桐生藍華の顔を浮かべながら嘆息する。

 ……そう、桐生はある意味で松田や元浜と同じだ。同類と言っても良い。

 それ―――彼女が異常に性に関して興味を示していることだ。

 割と可愛いくせにそれが男子を遠ざけてしまっている。

 話は逸れたけど、簡単に言えばアーシアは転校初日に俺に告白をして以来、クラスでは癒しの存在以上に『愛のアーシア』なんてあだ名を頂戴した。

 それで桐生が気に入ったんだろう……で、俺とお近づきになる方法をアーシアに提案して、このような状況になった。

 こんなところだろうな。

 

「まあ一緒の布団で寝る。……これは百歩譲ってまあ許すよ。だけど下着はだめだ。アーシア、君は男を知らなさすぎる。言っとくけど、アーシアみたいな可愛い子がこんなことしたら、男はどうなるか分からないからな!」

「か、可愛いだなんて、イッセーさん……」

 

 なんでそこしか聞いていないんだよ!?

 アーシアはすごい顔を真っ赤にして「きゃ~、きゃ~」と悶えている!?

 うわ、乙女だ!

 …………まあ、アーシアは俺に直球で好意を示している。

 だから、行動の全てを否定することはしない。

 アーシアからの好意ならできる限りは受け取りたいからさ。

 

「一緒に寝たい時は、まあ腕の一つは貸すからさ。……潜り込むのはやめような?」

「……はい。すみません、イッセーさん。今思うと、私は何か舞い上がっちゃうみたいで―――これからは毎晩、イッセーさんのところに了解を得ていこうと思います!」

「ああ、それでいい……って!?」

 

 毎晩って言ったか、アーシア!

 俺の予想ではまあ一週間に一度くらいと思ってたんだけど!?

 …………ま、いっか。

 アーシアの俺に対する気持ちは分かってるつもりだ。

 そんなに鈍感じゃないし、それにあれほど素直に言われた方が俺は嬉しいし好きだし……

 でもまだ答えは出せない。

 それは本当に申し訳ないけど、俺の中の全ての問題が解決しない限りは―――

 だから今はアーシアの気持ちに出来るだけ応えよう。

 

「アーシア、早く着替えて下に集合な? 俺は日課のランニングにいくから」

「は、はい! すぐに支度します!!」

 

 するとアーシアは急いで自分の部屋に戻って、ドタバタする。

 アーシアが俺の家に住み始めてから、アーシアは俺のすることに興味を示して俺の毎朝の日課であるランニングに付き合ってくれている。

 アーシアは体力が皆無と思ってたんだけど、思ったより体を動かすことは不得意じゃないらしく、良く俺の速度についてきている。

 まあ終わるころには息が絶え絶えになっているんだけど……でも俺に追いつこうとする意思は俺は好きだ。

 アーシアはすごい努力家で、俺に神器の使い方なんかも習いたいって言ってきてさ。その努力の結果か才能かは分からないけど、最近では回復の速度なんかがすごい上がってる。

 俺は先に玄関先に行き、そしてアーシアを待つ。

 こうして、俺の一日が始まった。

 

 ―・・・

 

「おはよ~」

「おはようございます!」

 

 俺はアーシアと一緒に登校する。

 これは毎日のことで、最近ではそれにも慣れた。

 そして俺とアーシアはいつもと同じように教室の扉を開けて挨拶をすると、突然、松田と元浜が俺に近づいてきた。

 

「やぁ、イッセー……おはよう」

「…………松田、なんか悪いものでも食った?」

 

 俺は妙に爽やかな松田に向かって、そう言った。

 

「いやいや、俺は悟っただけさ。……イッセーが何でそんなにもモテるのか―――その答えに辿りついた時、俺は悟ったね」

「……………………」

 

 俺はちなみに呆れている。

 アーシアは目を丸くして、それでもにこっと笑みを浮かべている所は本当に天使だ。

 

「そう……最近の男子は爽やかさだけではない! 同時に熱さ! そして適度なエロス! これが必須なのだ!!」

「その通りだ、松田氏!故に我らはイッセーに頼みたい!」

「……何をだ?」

 

 俺は、一応は親友のよしみで聞いてやる。

 

「「どうやったらアーシアちゃんみたいな子を堕とせるの?」」

 

 ……声を合わせて聞いてきやがる!

 なんて執念だ!

 全く爽やかさも熱さも関係ねえ! 脈略が存在しないよ!!

 

「……そうだな、まずは命を懸けることだ」

 

 仕方ないから応えてやろう……俺の実際の経験からね?

 

「なに!? 初っ端から命をかけるのか!? さすがはイッセーだ!」

「あぁ。そして思うんだ……助けたい、ってな。そのためなら槍で腹部を刺されるのも、銃で撃たれることも厭わない。そしてそれこそがむしゃらに突き進めばいい……そんでもって最後は必ず救う」

 

 俺は松田と元浜の耳元に顔を寄せ、あることを呟いた。

 

「―――すっげー難しいことだけど、大切な人のためなら俺はそうするよ」

「「ッッッッ!!!???」」

 

 ……すると松田と元浜は途端に俺から距離を置く。

 

「ま、まさかこの俺が男相手に……!?」

「まてまてまてまてまて!! 俺は女の子が好き、女の子の体が好き、とにかく女の子が大好き!!!」

 

 ……松田と元浜が呪詛の如くぶつぶつと呟き始める。

 

「イッセーさん、松田さんと元浜さんに何を仰ったのですか?」

「……アーシアを助けた時のこと?」

「あ、あの時のイッセーさんはカッコよかったです! いえ、いつもカッコいいんですけど、あの時は特によかったって言うか……」

 

 アーシアが照れながら、もじもじしながらそう言う!?

 すごい! なんかここまで恋する乙女ならもう無敵な気がする!!

 ……するとアーシアに近づく影が一つ。

 

「やっほー、アーシア」

「あ、桐生さん!」

 

 ……出たな、アーシアの大胆な行動の張本人!

 眼鏡をかけているからなんかインテリっぽく見えるけど、裏を返せば松田と元浜よりも厄介な人物、桐生藍華!

 アーシアに良からぬことを伝授してるであろう、張本人だ!

 

「兵藤もおっは~……相変わらず仲良く御登校でいらっしゃいます?」

「仲良くは否定しないけど」

「じゃあ昨晩はお楽しみでしたかねぇ?」

 

 桐生のやつがニヤニヤにやけながら俺にそう言ってきやがる!

 やっぱりこいつが全ての元凶か!

 

「……アーシアは先に席に座っておいてくれるか? 俺はちょっとこいつに用があるから」

「お、私に告白ですかね? それともちょっとエッチな要求?」

 

 ……少し黙ろうか、桐生藍華?

 

「私はイッセーさんを信じてます!」

 

 そういってアーシアは自分の席に行って一時間目の用意をし始める。

 さて……尋問の時間だ!

 

「まあ言いたいことは分かるけど、一応聞いておくわ。……なぁに?」

「白々しい! 今朝のことだ! お前、アーシアになんて言ったんだよ! なんか下着姿で俺の布団に入っていたんだけど……」

「え? 私、そんなことをアーシアに言ってないわよ?」

 

 桐生は目をパッチリと開けて俺を見てくる。……本当に知らないのか?

 ……なんか悪いことしたかも。

 そうだよな、証拠もないのにそんな勝手に決め付けて……

 

「もうアーシアったらぁ―――私は裸で潜り込めって言ったのに……」

「前言撤回だ、こらぁ!! しかも状況が悪化するところじゃねえか!」

「あはは! 兵藤って意外と面白いね!」

 

 この野郎、なんかむかつく!

 ……だけど突然、桐生の奴は真面目な表情になった。

 

「ま、実際のところさ? 兵藤って女子に人気がある割には結構、話しかけづらいところがあるからさ。……なんて言うんだろ。分かってて女子に距離を置いているの。しかもそれが分かるか分からないかの絶妙な距離」

 

 …………こいつ、意外と洞察力があるんだな。

 

「まあそんなあんただけど、最近の兵藤は割と話し掛けやすいって言うか……それもアーシアのおかげかなって思ってね」

 

 こいつの言うことは、間違いじゃない。

 確かに俺はアーシアと知り合ってから、少しは周りとも話すようになった。

 元々、俺は松田と元浜くらいしか仲の良い奴がいなかったからな。……いや、仲良くしようとしてなかっただけか。

 

「アーシアね? 最初にあんたに告白して、割と女子の間で話題になったんだよ。なんか突然出てきていきなり兵藤にアタックしてるから? あんたのことを気になってる女子からは嫉妬の的ってわけ」

「でもアーシアは……」

「分かってる。アーシアは優しくて良い子。だから皆もだんだんアーシアのことを分かっていって、今はみんなアーシアのことを大切にしてるわ」

「……ありがとう」

 

 俺はそう言えずにはいられなかった。

 

「ま、だからアーシアのある程度の暴走は容認してあげてよ? あれでもアーシアは全部、本気なんだから」

「分かってる。さすがにあんなに堂々、好意を受けたら嫌でもな?」

「ふ~ん……なるほど。―――兵藤は自分からじゃなく、周りが勝手にハーレムを形成してしまうタイプの人か……」

 

 桐生がなんか呟いているけど、俺の耳には何を言っているのか聞こえなかった。

 

 ―・・・

 

 放課後になった。

 まあ一日は非常に平凡なもので、特に変わったこともなく一日が過ぎ去ったって感じだ。

 今は机の上で突っ伏してる。

 何だろう……今日はどうしてか非常に眠たい。

 

『おそらく普段の鍛錬の疲れだろうな。……相棒は誰よりも自分を追い込んで鍛錬をする。最近ではティアマットを相手に体一つで修行しているのだろう』

 

 そう……最近の俺の鍛錬の相手はつい最近、俺の使い魔となった龍王の一角にして最強の天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)のティアマット。

 伝説のドラゴンを相手に出来る環境は充実していて、あいつとの修行はすごい有意義だ。

 ただの魔物を相手にするのとではまるで違う。

 でもなんか、少しティアは俺に甘いんだよ。……どうしてか。

 

『ティアマットは主様に好意を抱いているのでは?』

 

 いやいや……伝説のドラゴンだぞ?

 さすがにそれは……

 

『ちなみにわたくしは創造の龍です。ある意味、伝説を超えている気がしますが……』

 

 ……そうでしたね。

 詳しいことはあまり知らないが、ドライグですら知らないほどに存在を抹消さえたほどのドラゴンだ。

 しかも世界最強のドラゴンと同等の力を持つドラゴン。

 ある意味では伝説を超えてるな。

 

『相棒、ティアマットは女性ドラゴンの中では凄まじい人気があったそうだ。強く、美しいのでな。誇っていいぞ、相棒はドラゴンに好かれる才能がある』

 

 ……否定はできない。

 ドライグをはじめとしてフェルウェル、そして更に俺のティアマット以外の3匹のドラゴン、火炎龍のフィー、蒼雷龍のメル、光速龍のヒカリ。そしてティアマット。

 合計6体のドラゴンが俺の周りにいる。

 ちなみにティアはフィー、メル、ヒカリの面倒を見ているらしい。

 あの三匹は……まあ可愛いな。

 たまに召喚して遊んだり、俺の鍛錬の時にタオルを預かってもらうと欲しい時に持ってきてくれるし、非常に利口なドラゴンだ。

 特に速度が非常に早い光速龍のヒカリは、欲しいものがあると光速で取ってきてくれるというありがたいドラゴン。

 どいつも才能あふれるらしく、ティアは三匹を強くすると張り切っていた。

 意外と面倒見のいいドラゴンである。

 あと、三匹は人間で言うところの赤ん坊らしく、まだ話すことは出来ないらしいけど、成長したらティアやドライグ、フェルウェルみたいに話せるらしい。

 ……そのように思い耽っていると、突然、俺の服の裾を引っ張る存在に気がついた。

 

「……イッセー先輩、元気がないなら大福をどうぞ」

 

 するとそこには大福が沢山入っている袋を持った小猫ちゃんがいた。

 そして俺に大福を一つ、渡してくる。

 

「あれ、小猫ちゃん? あ、大福ありがと」

 

 俺は小猫ちゃんがくれた大福を食べて、そして小猫ちゃんに質問してみる。

 

「……先輩と一緒に部室に行こうと思ったら、イッセー先輩が寝ていまして」

「ああ、起こしてくれたのか。……ありがと、小猫ちゃん」

 

 俺はもう癖になったように小猫ちゃんの頭を撫でると、これまた癖になったように小猫ちゃんが体を震えさせ、そしてニコっと笑ってくれる。

 

「にゃぁぁ…………♪」

 

 ……このように、小猫ちゃんは非常に俺に懐いてくれてる。

 思えば、初めて教室で会った時からそうだった。……いや、実際にはレイナーレの一件で公園で会っているか。

 まるで初めてではないように俺のことを先輩と呼んで、どうやら木場や部長たちは異常ともいえる小猫ちゃんの行動……

 他人にお菓子をあげるという行動も初めて見たって言ってたな。

 あとはたまに教室に来て、俺のことを陰から見てたりもしていた。

 まあ小猫ちゃんはそれぐらいだな。

 

「さてと……じゃあ行こうか?」

「…………はい」

 

 なんか少し残念そうだけど、俺と小猫ちゃんはそのまま部室に向かう。

 ……そういえばアーシアはどこに行ったんだろう? いつもは部室に行くのに待っていてくれるのに。

 

「……アーシア先輩なら先に行くと言っていました」

「あぁ、なるほど―――お。木場?」

 

 するとちょうど、階段でばったり木場とあった。

 

「イッセーくんに……小猫ちゃん?」

「…………ちっ」

 

 小猫ちゃん!?

 なんか今、木場に対して舌打ちをしなかったか!?

 

「ええっと……イッセー君、僕はそんなに悪いことをしたかな?」

 

 ほら!

 木場が少し涙目で俺に詰め寄ってくるじゃん!

 確かに気持ちは分かるけども!

 

「…………気のせいです、行きましょう。イッセー先輩」

 

 小猫ちゃんはすっとぼけた様子でそういうと、木場の名は言わずに一人先へ行ってしまう。

 俺はそっと木場の肩に手を置いて少し同情した。

 

「……木場、今度、飯でも食いに行こうぜ。奢るから」

「うぅ……。ありがとう、イッセー君。君は眷属の中での僕の良心だよ……」

 

 そして俺達は一緒に部室に向かうことになり、そしてしばらく歩くと部室に到着した。

 

「失礼します」

 

 俺達は部室の中に入ると、そこには部長の姿とアーシアの姿があった。

 どうやら部長とアーシアはチェスで対戦しているようだが……

 

「……ありゃりゃ、これもう詰んでる」

 

 そこには割と序盤で既にチェックメイトされてるアーシアの姿があった。

 

「うぅ……イッセーさん、私はやはり、おバカなんでしょうか?」

「……まあ部長が強いってのもあると思うよ? ……確かにこういう攻防が得意そうには見えないけど」

 

 俺は涙目のアーシアの頭を撫でると、すると小猫ちゃんがじと目で俺を見てくる。

 

「あはは……はいはい」

 

 まあこれもなれたことだ。

 俺が涙目のアーシアの頭を撫でることが結構あり、そのたびに小猫ちゃんは俺に同じことを要求するからな。

 

「あら、イッセー。そういえば貴方とチェスをしたことはないわね……どう? 私と一戦、交えてみない?」

「……いいですね、やりましょうか」

 

 俺は部長の申し出に快く頷く。

 …………こう見えても、実はこういうゲームは得意なんだ。

 俺はアーシアに席を変わってもらい、椅子に座る。

 そして部長と戦うのだが……

 

「―――チェックです、部長」

「…………イッセー、あなた、何者?」

 

 それから10分ほど経って、そこには明らかに劣勢な部長の盤面があった。

 部長の残っている駒はポーン一つとビショップ一つ、そしてルーク。

 対する俺はクイーン、ナイト、そして昇格してクイーンとなったポーンに2つのポーンが残っている。

 この戦況にその場にいる木場と小猫ちゃんは驚いていた。

 

「驚きだね。……部長が押されているのを見るのは、ソーナ会長以来、僕は見たことがない」

「……新たな才能」

 

 木場と小猫ちゃんは感心したように言うと、部長は頭を悩ませる。

 

「なんて言うのかしら。……イッセーは他人の手を読むのに長けているのかしらね。私が今、打とうとした手を先に止めてしまうから、思うように駒を進ませれないの。……そしてミスを起こすように誘導する。私の感覚としては正直、ソーナよりもやりにくいわ。ソーナは確率を準じた計算尽くめの先方ばかりだもの。イッセーは心情を読み取って逆に自分はポーカーフェイスを決め込むタイプね」

 

 ……どうやら、俺の勝ちみたいだ。

 部長は素直に投了して、そしてチェスは終わる。

 部長は決して弱くはない……だけど少し表情に出過ぎるところがある。

 それで何となく、次の手が読めてしまう。

 だからそこを直せば多分、俺でも勝てるかは分からない。

 部長の大胆な戦法とかは多分俺よりも得意としていることだと思うしな。

 

「イッセーはかなり『王』向きかもしれないわね? 将来が楽しみだわ」

「……部長はもっと表情を隠すべきですね」

「私、年頃の女の子よりは隠れてると思うのだけれど……」

「そうですか? 俺にとっては部長はただの部長で女の子ですからね」

 

 ……その時、部長は目を見開いて驚いていた。

 

「えっと……変な事を言ったでしょうか?」

「い、いいえ……少し不意をつかれて驚いただけよ。あまり気にしないで―――女の子、か」

 

 すると部長は俺から視線を外す。

 かすかに頬が赤い気がするけど……

 

「……イッセーくん」

 

 すると、俺は朱乃さんが部室に入ってきて、俺に来てくれというような視線を送ってくる。

 

「どうしたんですか、朱乃さん?」

「そのですね……お菓子を作ってきたのですが、食べてくださらないですか?」

 

 朱乃さんがアーシアみたいにモジモジしながら箱に入った多めのクッキーを勧めてくる!

 ……そうだ。変わったと言えば朱乃さんが一番変わった。

 あれはそうだな。……俺が堕天使を力を全力で使って戦ってからのことだな。

 元々奥ゆかしい大和撫子でお姉さまキャラが定着していて、普通の同級生より大人びていた感じなんだけどさ……

 ここ最近は妙に乙女ちっくなんだ。

 俺に差し入れみたいにお菓子を作って来てくれたり、照れることも増えて、年相応って言うのかな?

 割と甘えてくることが増えた。

 

「どう、ですか?」

「いつも通り、おいしいです!!」

「あらあら…………ふふ」

 

 そう言うと朱乃さんは嬉しそうにニッコリ笑ってくれる。

 ……こういう朱乃さんも悪くないな。

 

「むぅ……イッセーさん」

「…………先輩」

 

 するとアーシアと小猫ちゃんがじと目で俺を見てくる・・・まあ最近の俺の日常とはこんなものだ。

 

「……朱乃も、ね。皆、それぞれの想いを持ってるってことかしら」

 

 その時、部長が何かつぶやいたけど、俺にはあまり聞こえなかった。

 だけど部長の表情はどこか……暗かった。

 

 ―・・・

 

 俺は家にいる。

 学校から帰り、悪魔の仕事も今日はない。

 ちなみにアーシアは桐生の家に泊まるらしく、母さんは今は父さんの単身赴任先に行っており、久しぶりに俺は一人で家にいる。

 

『一人とは言い難いな、相棒』

「ま、そうだな……最近はアーシアも居たし、それに1人ってことはあんまりなかったからな」

 

 意外と1人はすることがない。

 どうせならチビドラゴンズを呼んで遊んでやろうかな・・・そう思った時だった。

 

「……グレモリ―の魔法陣?」

 

 突然、俺の部屋の隅にグレモリー眷族の紋章の魔法陣が浮かんだと思うと、そこから俺の見知った人が現れた。

 

「ぶ、部長!? どうしたんですか?」

 

 そこには部長がいて、そしてどこか表情に曇りがあった。

 俺はベッドに横になっていて、そして部長は俺の姿を確認すると、俺に馬乗りになった!?

 

「ぶ、部長!?」

「ごめんなさい……でも急を要するの」

 

 そういうと部長は……急に服を脱ぎ出した!?

 

「黙って聞いて、黙って言うことを聞いて……―――イッセー、私のことを抱きなさいっ!」

 

 …………え?

 俺は部長の言うことに呆然とする……が、部長は更に続けた。

 

「―――お願い。今すぐに私の処女を貰ってちょうだい……っ」

 

 

 

 

 

 ――――――どうやら、また何かが起こっているみたいです。



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第2話 喧嘩、売られました!

 まず最初に言っておく。

 今の俺は冷静さが欠けてしまっている状態だ。

 ……何故かって? はは、そんなの決まっているだろ?

 そんなもん―――俺の視線の先には俺の上に馬乗りになりながら、自分の衣服の類を脱ぎ始めているリアス部長の姿があるからだ!

 頬はほんのり赤くなっていて……って、ちょっと待て! これはいくらなんでもおかしい!

 

『貴様ぁぁぁぁああ!!!? 相棒に何を言っているぅぅぅ!!?』

『主様に体で近づくなんて許しません!!!』

 

 ぎゃぁぁぁああ!!?

 俺の中のドラゴン二人が怒り奮闘で叫んでる!?

 ってそうじゃない!

 怒り心頭のドライグとフェルなんか、今はどうだって良い!!

 

「ぶ、部長!どうしたんですか!? なんでこんなことを!?」

「……お願い、今は黙って私を抱いてッ!ただの都合のいい女と思っていいから・・・既成事実が出来れば・・・」

 

 部長は何かに縋るように、何かから逃げるように自分を卑下してそう魅惑の言葉を並べる。

 だけど……違う。

 こんなの、俺の知ってるリアス・グレモリー部長じゃない。

 さっきまで恐ろしいほどに焦っていた頭は途端に冷静になっていった。

 

「お願い。……無理を言っていることは分かっているわ。でもあなたしかいないの! 私だって本当なら、こんな形でなんて……」

 

 部長がぶつぶつと何かを呟く。……でも、俺にはあまり届いてはいない。

 確かに今日の部長は何となく暗かった。

 何かに悩んでいるような、そんな……そんな顔をずっとしていた。

 それが今の行動を起こしているのだとすれば。

 それなら俺にだって出来ることがある。

 

「いい加減にしろ―――リアス(・ ・ ・)!」

 

 俺は部長の肩を躊躇いもなく掴んで、叱るようにわざと名前で部長を呼ぶ。

 

「そんなの、あなたらしくないです。自分を都合のいい女なんか呼ばないでください! 今の部長は俺の知っている部長じゃない。何かに焦って、好きでもない男に抱かれるなんてダメです!」

「で、でもこうでもしないと私はッ!」

「部長。部長が何に困っているのか、焦っているのか、それは俺には分かりません。ですが……」

 

 俺は部長から離れ、タオルケットを部長の肩からかける。

 

「俺は部長の『兵士』です。だから部長が何かに困っているなら助けます。本当にこの場で抱いてほしいなら、ギュッと抱きしめることくらいはします。ですから……自分を大切にしてください」

「…………イッセー」

 

 部長は泣きそうな顔で、俺の名を呼ぶ。

 

「大丈夫ですよ。俺は赤龍帝! 俺は何かを守るために赤龍帝になりました。だから部長の悩みくらいは命を懸けてでも解消します」

 

 俺は部長に不安を与えないように、二カッと笑ってそう断言した。

 

「……ありがとう、イッセー。私がどうにかしてたわ―――そうね、あなたにそんなことしたら、そもそもアーシアに悪いわ。それにもしかしたら私は……ふふ、それは駄目ね」

 

 部長は瞳に涙の雫を溜めた状態で、指先で目元を拭って俺にそう言ってくる……。その時だった。

 俺の部屋の床に、突如、銀色の魔法陣が浮かんでくる。……これはグレモリー眷属の転移魔法陣?

 銀色ってことは、俺達の眷属の一員じゃないってことか?

 

「……来たわね」

 

 部長はあれの正体を知っているようだけど……そうして少しすると、魔法陣から人が現れた。

 

「こんなことをして破談に持ち込もうということですか?」

 

 ……そこから現れたのは銀髪の髪にメイド服らしき服装の女性。

 だけど現れた瞬間、俺はその存在の異常性に気がついた。

 ―――肌を焦がされるほどの魔力、これまで感じたことのない濃密な魔力の質。

 

『……相棒、この者は今までの悪魔とはレベルが違うぞ』

 

 分かってるいるよ、ドライグ。

 身に纏う威圧感から魔力まで……正直、ここまでの悪魔は俺は会ったことがない。

 これは下手すりゃティアと戦って善戦するかもしれないほど。……それほどの悪魔。

 俺はそんな存在の、突然の登場に緊張感を解けずにいると、そのメイドは俺のことをじっと見つめてきた。

 

「…………こんな下賤な輩に操を捧げるということをサーゼクスや旦那さまが知れば悲しみますよ?」

 

 ……下賤、か。

 そう言われたのは初めてだな。

 

『おい、相棒……あいつを殺していいか?』

『主様、今すぐわたくしを自立歩行型の機械ドラゴンとなって、あの者を完膚なきまで痛めつけます。っていうかぐちゃぐちゃに殺戮します』

 

 ……まあ予想はしてたけど落ちつけ!?

 俺は怒って無いからさ!

 俺の中の相棒達は俺が「下賤」と呼ばれたことに怒り心頭みたいだ。

 

「私の貞操は私の物よ……それに今、あなたは私の下僕を下賤と言ったかしら? それは違うわ。……イッセーは私が暴走しているのに私を叱ってくれた。だから今の私は冷静よ」

「……どちらにしろお嬢様はまだ学生なのですから、殿方の前で肌をさらすのはおやめください」

 

 メイドさんは部長の脱ぎ去った衣服を部長に手渡しすると、部長は少し不機嫌な表情でそれを受け取る。

 そしてメイドさんは俺の方を見て、頭を下げてきた。

 

「先程の無礼を謝罪申し上げます。はじめまして、私はグレモリー家に仕えるグレイフィアと申します」

 

 ……先ほど、俺を下賤呼ばわりした人とは思えないような丁寧なあいさつだ。

 俺は感心していると、部長は既に服を着こんでグレイフィアさんの前に立っている。

 

「グレイフィア。貴方がここにいるのはお父様のご意思? それともお兄様のご意思かしら?」

「……全部です」

 

 今の部長とグレイフィアさんの会話から察するに、恐らく部長のお家事情がこの状況の発端いなっているんだろう。

 俺には部長のお家事情は分からない。……だけどまあ、もう大丈夫だろう。

 少なくとも俺に馬乗りになった時のあの焦りようは感じられないし、冷静っていうのもあながち嘘じゃない。

 ……するとグレイフィアさんは俺のことをもう一度、見透かすような視線でじっと見ていた。

 

「……もしかしてこの方がお嬢様の『兵士』ですか?」

「ええ。私の下僕にして今代の赤龍帝。……兵藤一誠よ」

 

 するとグレイフィアさんは、まるで納得したような表情になる。

 

「なるほど……。私に対して初手から警戒をしていたのはそのためですか」

「どちらにしろ、一度私の根城に戻りましょう。話はそこで聞くわ。朱乃も同伴でいいかしら?」

「ええ。『王』たる者、傍らに『女王』を置くのは当然でありますから」

 

 グレイフィアさんは感心するようにそう言って、部屋の床に銀色の魔法陣を展開させる。

 部長はその最中、俺の元に近寄ってきた。

 

「ごめんなさい、イッセー。……今日のことは気にしないで。でもこれだけは覚えておいて―――私は誰でも良いわけじゃない。一番最初に思いついたのがイッセーだったってことを」

 

 すると部長は俺の顔に唇を近付けて……途端に俺の頬に柔らかい感触が伝わる。

 ―――ま、まさか頬にキスをした!?

 

「今日はこれで許してもらえるかしら?」

「は、はいっ!?」

 

 俺は突然のことで頷くことしか出来なかったのだが……

 

『よし、フェルウェル。悪魔を滅ぼそう』

『そうですね、主様の貞操は主様のことを本当に想っている女性の物です!!』

 

 なんかドラゴン、殺る気になっていらっしゃる!?

 いや、こいつらがマジになったら本気でどうなるか!

 封印されてるけども!!

 それをどうにかしてでも行動しそうな危うさがあるんだよ!

 

「また、部室で会いましょう」

 

 そう言うと部長は魔法陣に入って、そしてグレイフィアさんと一緒に部屋から光のように消えていく。

 残された俺は少し、何故だかむなしい心が残った。

 

「…………おいで、チビドラゴンズ」

 

 ……俺は何か居たたまれなくなって、魔法陣を出して俺の使い魔である小さな子供ドラゴン3匹を出して、その晩、思いっきり可愛がった後、一緒に眠るのであった。

 

 ―・・・

 

 朝―――それはとても心地よいものであり、今の俺はとても幸せな気分だった。

 ちなみに俺の腕の中には安らかに眠っている愛くるしい小さなドラゴンが三匹、幸せそうな形相で眠っている。

 昨日はアーシアがいなかったから、俺の中の癒し成分が足りなかったのか?

 まあ何にせよ、なんか虚しかったからフィー、メル、ヒカリの三匹を呼んだわけだけれど……これはやばいな、可愛過ぎるッ!!

 

「おはよう、一誠。どうだ?可愛いだろう? その三匹」

 

 ……何故か黒髪のすらっと背の高い見ためで、肌がすごく白い美人な女性がいる。

 まあこれは人としての姿で、実際には龍王、ティアマット。

 人間態ではまさにお姉さん、って感じの見た目なんだよな。

 

「ティア。悪いな……。ちょっと1人が虚しくて癒しが欲しかったんだ」

「まあそれは良いんだが…………何故だ?」

 

 するとティアが俺の顔をじっとのぞきこんでくる。

 

「何故チビたちの三匹は呼んで、私は呼ばないのだ!?」

 

 ……ティアが俺の肩を掴んで、目をクワッと見開いてそう言ってくる!

 そして未だに不思議だけど、どこから現れた、お前!

 俺、これでも気配に対しては敏感だぞ!?

 

「いや、ティアは癒しと言うよりもうお姉さん系だろ? めちゃめちゃ綺麗だし、何か包容力があるし……」

「……なるほど、お姉さん、か」

 

 …………んん?

 なんかこれ、デジャブな気がするんだが気のせいだろうか……

 

「そう言えば、お前の中のドライグは確かパパ……そしてもう一人の正体不明のフェルウェルは確かマザー、だったな」

 

 ……どこから仕入れたのだろうか、ティアはぎらぎらとした目で俺を見てくる!?

 待て、思い出した―――このパターンはドライグの時と一緒だ!

 不意に言った言葉をあいつが気にいって、そのままパパになった、あの時の状況と!!

 

「よし、ならば私は一誠の姉になろう。これは決定事項だ!」

「―――ああ、もう! なんで伝説ドラゴンは俺の家族の立場に立ちたがるんだよぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ……朝っぱらから、俺の叫び声が響き渡る一日であった。

 ちなみにティアはチビドラゴンを連れ戻しにきたらしい。

 

 ―・・・

 

「イッセーさん、何故か顔がつかれているようですが・・・」

 

 俺はアーシアと学校に行く道で合流して、共に登校をしている。

 何故一緒に暮らしているのに合流するかといえば……今朝、俺はどうにも気があれだったのでランニングどころかフルマラソンをした。

 だからアーシアは今日はランニングはしなかったんだ。

 フルマラソンで悪魔の身体能力を完全に使ったために、どうにも体が疲れているみたいだった。

 まあ疲れている一番の原因は朝一番の出来事のせいだったんだけどさ……

 

『とうとう姉まで出来たか……ならば順当にいけば、あのチビどもは―――』

『妹、という立場に治まるでしょうか?』

 

 ……本当にあり得そうだから止めて貰えるかな?

 チビどもは俺にべったりとくっついてくるから、成長したらどうなるか考えないようにしていたのに。

 

「はは……。大丈夫だよ、アーシア。……アーシアが傍にいるなら俺は癒されるからさ」

 

 そう言って俺はアーシアの体にぎゅっと抱きつく。

 

「あ……イッセーさんは甘えん坊さんですね♪」

 

 アーシアは嬉しそうな声で抱きしめてくれる。……と、俺はそこでずっとそこにいた存在に気がついた。

 

「ほほう……兵藤はアーシアには甘えると」

 

 ……そこにはニヤニヤと笑みを浮かべる、桐生藍華がいた。

 俺はそれでハッとしたようにアーシアから離れ、桐生に怒鳴り声を響かせた。

 なお、離れた時にアーシアはシュンとしていた。

 

「こりゃ、思った以上にアーシアと兵藤の距離は短いね!」

「おい、てめ!! 今見たことは全て忘れろぉぉぉぉ!!!」

「あははは! いやぁ、今の写真を見たら学園の女子はどう思うかな~?」

 

 すると桐生は自前のデジカメを片手に、その中の一枚を見せてくる……

 って俺がアーシアに抱きついてる写真!?

 いつの間に!?

 

「桐生さん!!」

 

 するとアーシアが顔を真っ赤にして桐生の名を叫ぶ!

 おぉ、やっぱりアーシアも分かってくれるか!

 そうだよな! 隠し撮りなんかダメだもんな!!

 

「―――その写真……今度、焼き増ししてくれませんか?」

「あ、アーシア!?」

 

 あぁぁぁああああ!!?

 俺の想いをへし折って、アーシアが桐生に詰め寄る!!

 アーシアは最近、暴走気味だぞ!

 

「オーケイ、オーケイ……今度、しっかりと背景をラブラブのピンクにデコってアーシアにあげるわ!」

「ありがとうございます! 桐生さん!!」

 

 するとアーシアは桐生の手をぎゅっと握って、お礼を言う。

 

「なんでこうなるぅぅぅぅ!!!」

 

 ……俺はそう叫びつつ、朝の通学路を懸け走るのだった。

 今日の俺は少し、叫び気味である。

 ―・・・

 学校到着。

 ですがもう俺のヒットポイントは風前の灯だ。

 朝はティア、登校は桐生とアーシアのことでもう、俺はふらふらである。

 

「やぁ、イッセー君! おはよう!!」

 

 ……すると元気な木場が俺に下駄箱で挨拶してくる。

 

「ああ、おはよう。……今日はすごく悪い天気だな?」

 

「その聞き方はすごく大丈夫じゃないよね? 今日は快晴だよ。……一応聞くけど大丈夫かい? なんなら僕が保健室まで運ぶけど」

 

 ああ、木場は苦笑いをしながらそう尋ねて来た。

 確かに今日はすごい快晴で雲一つないもんな。

 

「いや、運ぶなら教室にしてくれ……」

「……イッセー君がそこまで元気がないなんてね。……よし! 今日のお昼は僕がおごるよ!」

 

 ……それは暗に俺を昼食に誘っているのか?

 まあ今日は購買で済まそうと思っていたから、ちょうど良いけど。

 

「ところでイッセー君、そろそろ僕のことを名前で呼んでくれないかい? 僕一人だけ名字というのは悲しいからね……」

 

 ……おい、木場、この野郎。

 下駄箱で何言ってやがる?

 なに乙女みたいな表情でそんな、恋人にずっと名字で言われている女の子みたいな照れくさいこと言ってやがる?

 もう一度言うぞ?

 ここは下駄箱、そして下駄箱は生徒が最も集まる場所。

 つまり……

 

「きゃ~!! ついに木場×兵藤のカップリング、きたぁぁぁぁああ!!」

「あ、あの王子様系イケメンの木場きゅんと、男前兄貴系男前の兵藤きゅんが……ぶほ!!」

「神聖だわ! もうあの二人は神の領域よ!!」

 

 ああああああああ!!!

 女子が俺と木場を見て、あの松田と元浜が流したホモ疑惑を確信のものに変えてるぅぅぅぅ!!?

 しかも木場はまだ照れてやがる!!

 湧くんじゃねぇよ、腐り過ぎだろこの学校の女子!!

 

「なんで今日はこんなにぃぃぃぃ!!!?」

 

 ……俺はどこにそんな力が余っていただろう、すごい速力でその場から風のように消え去るのだった。

 

 ―・・・

 その日の俺は、ずっと女難(たまに男難)続きな気がする。

 昼に木場が俺を迎えに来たと思うと、先に俺の元に来ていた小猫ちゃんと木場が睨みあい(小猫ちゃんが一方的だけど)。

 そして教室の入り口からモジモジとした朱乃さんがとても大きな重箱でお弁当を作ってきてくれて、それを見たクラスメイトが発狂。

 更に昼明けの体育でアーシアがソフトボールに当たりそうになったのを庇ったら、アーシアを押し倒してしまい、危うくキスをしてしまいそうになったとき、その時咄嗟にそれを回避するためにアーシアの胸を揉んでしまったということ。

 更にその時のアーシアがどこか嬉しそうだったという事で一騒動!

 …………今日、俺は既にボロボロです!

 そして今は放課後……。俺は木場とアーシアと共に、オカルト研究部の部室に向かっている。

 

「い、イッセーさん……」

「い、イッセー君の負のオーラが目に見えるのは僕だけだろうか?」

 

 ……木場がそう言う。確かに昨晩から今日の放課後に掛けて、俺は女難が立て続けに続いて、ホントにな?

 ―――いや、ホントもう疲れました。……オカルト研究部からすごい魔力の気配を感じますが、もう俺には関係ないことです、はい。

 

『……相棒の心が廃れている!? 相棒には癒す存在がいる!!』

『ダメです! アーシアさんでさえ、今の主様は癒されない!」

『くそ! ならばどうすれば! 詰んでいるじゃないか!! 誰か相棒を助けてくれぇぇぇ!!!』

 

 ……ドライグとフェルウェルが焦っている会話を聞いて、少しだけマシになる。

 なんだかんだでこいつらは俺のことを第一に考えてくれるからな。

 

「とりあえず早く部室に行こう。……じゃないと倒れてしまうッ」

「は、はいぃ!」

「うん、そうだね……。イッセー君が割と真剣に倒れそうなところを僕ははじめてみるよ」

 

 木場が本格的に心配してか、俺の荷物を持ってくれる。

 アーシアは癒しの光で俺を癒そうとしている、その仕草に軽く癒される俺なのだが……

 俺達が部室の近くまで来た時……そこで木場がハッとしたように顔を上げた。

 

「……まさか僕がここまで気配に気がつかなかったなんて」

 

 ……恐らく、木場は気付いたんだろうな。

 アーシアは首を傾げてるけど。

 

「とりあえず入ろうぜ……多分、敵じゃないから」

「え? も、もしかして君は気付いて……」

 

 俺は木場の言葉をスルーして部室の扉を開けた。

 ……まあ予想通りと言いますか、そこには昨日に会ったグレイフィアさんの姿があり、そしてその傍に不機嫌な形相の部長、そしてニコニコ顔だけどどこか表情が冷たい朱乃さん。そしてドアを開けた瞬間に俺に抱きついてきた小猫ちゃんの姿があった。

 小猫ちゃんに至っては、まるでその場にいたくないって言いたいみたい表情だ。

 

「全員そろったわね……でも部活を始める前に少し、話があるの」

「お嬢様、私がお話しましょうか?」

 

 部長はグレイフィアさんの申し出を断ると、席を立って何かを言おうとした。

 

「実はね――――」

 

 部長が何かを言おうとした時だった。

 …………部室の床の一面に、魔法陣が出現した。

 それと共に広がる熱い炎。

 そしてそれはグレモリ―家の紋章じゃない―――前に適当に呼んでいた本に、この紋章があった。

 それは確か―――

 

「……フェニックス」

 

 俺の傍で木場がそう呟く。

 そう、あれはフェニックスの紋章。

 その紋章から炎の熱気が部室の中を包み、そしてその炎の中心に男の姿があった。

 

「ふぅ……久々の人間界だ」

 

 ……そこにいるのはスーツ姿の男。

 スーツだけどシャツを着崩して着ていて、ボタンを胸が見えるくらいまではだけている状態だ。

 当然ネクタイなんてつけていない。

 容姿は整っているが、俺からしてみれば鼻につき貴族らしさなんて欠片も存在しない男。どちらかといえばチンピラ、三下。・・・それが俺の印象だ。

 

「やぁ、愛しのリアス」

 

 ……そしてそいつは、部長を見ながらそんなことを軽い口調で言う。

 

「部長。……こいつは誰ですか?」

「おいおい、リアス。……下僕の教育がなってないんじゃないか? 俺を知らないとは……」

「教える必要がないもの」

 

 部長がきっぱりとそう断言した。

 

「兵藤一誠様」

 

 するとグレイフィアさんは俺の前に来ていた。

 そして話し始める。

 

「この方は古い家柄であるフェニックス家の三男坊にして将来が有望視さえている上級悪魔の一人……ライザー・フェニックス様です」

 

 グレイフィアさんは「そして」と付け加える。

 

「この方はグレモリ―家の次期当主……すなわちリアスお嬢様の婚約者であらせられています」

 

 ―――さすがにそこまでは予想になかったから、俺を含めたアーシア、小猫ちゃん、木場は驚愕の色を隠せなかった。

 

 ―・・・

「いやぁ……リアスの『女王』が淹れてくれたお茶は美味いな~」

「……痛み入りますわ」

 

 ……朱乃さんはニコニコしてるけど、やっぱりいつもの笑顔とは違う。

 なんて言うんだろう……演技臭い微笑みだ。

 いつもの朱乃さんの魅力的な笑顔ではなく、形式ばった微笑みで朱乃さんの心情が大体理解できた。

 そしてライザーの隣に座る部長は、不機嫌な表情で腕を組んでいる。

 時折、ライザーが部長の綺麗な紅髪を触ったたり、太ももを撫でてやがるのが目につくけどな……ッ!

 

『……品性の欠片もないな。あれがリアス・グレモリーの婚約者』

『昨日の彼女の行動には怒りはしましたが、ですがあれを見れば気持ちは分かります。……あれなら主様の方が万倍良いです―――いえ、比べるのがおこがましい』

 

 ドライグとフェルウェルはライザーをそう評価する。

 ……確かにあんな奴、部長には似合わない。

 部長を美しい紅石(ルビー)なら、ライザーはさしずめ石ころってところか。

 どこにでも落ちていて、復活しているように無限に現れる鉱物、ってところだ。

 

「いい加減にして頂戴、ライザー。私は前にもあなたに言ったはずよ。私はあなたとは結婚しない……私は私の旦那様を自分の意思で決める」

 

 部長はライザ―の手を振り払って、そしてソファーから立ってそう言い放つ。

 

「しかしリアス。……先の戦争で純粋な悪魔の72柱の大半は消えた。この縁談はそんな純粋な悪魔を減らさぬよう、俺の父やリアスの父、そしてサーゼクス様の考えの総意なんだよ。それに君のお家事情はそんなことを言えるほど、切羽詰まってしまっているのではないか?」

「私は家は潰さないし、婿養子は迎え入れるわ。……でもそれは私が本気で好きになった人とよ。だからもう一度言うわ。ライザー、私は貴方とは絶対に結婚しない!!」

 

 部長が真剣な瞳でそう言うと、ライザ―は部長の目の前に立って睨みつけ舌打ちをする。……しかも部長の顎を掴んで顔を近づける!

 

「リアス。俺もフェニックスの看板を背負っているんだよ。家名に泥を塗られるわけにはいかないんだ。俺はお前の眷属、全員を燃やし殺してでもお前を冥界に連れて帰―――」

 

 ―――俺は部長の頬を掴むライザ―の手を振り払い、そして至近距離でこの野郎を睨みつける。

 

「―――薄汚い畜生の手で、俺たちの主である部長に触れるな、ライザー・フェニックス」

「貴様、この俺が誰だか分かって言っているんだろうな?」

「はっ、知るか。生き返ることしか脳がないフェニックスが、リアス・グレモリーと同等の価値があるとでも思っているのか?そんな奴が部長に触れることが我慢ならないんだよ」

 

 俺は引かない。

 それにコイツは今、俺の仲間を殺してでも部長を冥界に連れて帰るって言った。

 俺の仲間に、手を出すと言ったんだ―――我慢なんてしていられるか。

 己が欲だけのために多方面が傷つくのを、俺は許せない。

 だからこそ、引いてられるか!!

 

「俺の大切な仲間を殺すつもりなら俺はお前を許さない。俺の大切に手を出すっていうんなら、命を摘もうと少しでも考えているのなら―――お前を殺してでも俺は仲間を護る」

「……ははは! たかだか転生したての下級悪魔のくせにな―――息がるなよ、小僧ッ!!」

 

 するとライザ―から炎が噴射する。……だからって俺が恐怖に陥るとでも思っているのか?

 俺はライザーに対抗するように魔力を放出しようとした時・……背筋に冷たいものを感じた。

 

「おやめください、兵藤様、ライザー様」

 

 ……すると俺とライザーの真横にグレイフィアさんの姿があった。

 そしてグレイフィアさんの体から漏れる魔力……それは恐ろしいほどに強力なものだった。

 

「私はサーゼクス様の命によりここにいます故、この場に置いて一切の遠慮はしません」

「……最強の女王と称されるあなたに言われたら俺も止めざるおえない」

「……お言葉ですが、例え魔王様の命だとしても俺はこの拳を抑える気はありません」

 

 俺はグレイフィアさんの前に屈せず立つ。

 

「少なくとも、俺が納得するような説得があるなら別ですが……」

「……グレモリー家もフェニックス家も当人の意見が食い違うことは初めから気づしていました。……ですので、もしこの場で話が終わらなければということで最終手段を用意しました」

「最終手段?」

 

 部長はグレイフィアさんにそう質問すると、グレイフィアさんは話し続ける。

 

「お嬢様が自らの意思を押しとおすのであれば、ならばこの縁談を『レーティングゲーム』でお決めになるのはどうでしょう」

 

 ……『レーティングゲーム』という単語で俺達は少し、驚く。

 レーティングゲームは爵位もちの上級悪魔が自分の下僕を戦わせるゲームのことだ。

 でも確かそれは成人を迎えた悪魔でしか出来ないはずだけど……だけど非公式なら別か。

 すると途端にライザーは得意げな顔をして嘲笑した。

 

「リアス、俺は既に成人していて、レーティングゲームを幾度も経験している。それに勝ち星も多い……どう考えても、君が勝てるとは思えないけどな」

「……圧倒的不利、か」

 

 俺はライザーの発言を聞いて、そう呟く。

 それは明らかなことだ。

 すでに何度もゲームを経験しているライザ―と、まだ一度もゲームをしていない部長とでは、圧倒的な戦力差がある。

 

「……それだけじゃないです」

 

 すると小猫ちゃんの小さな声が俺の耳に通った。

 ……それだけじゃない、ってことは―――

 

「おい、リアス。もしかしてと思うが、君の眷属はここにいるだけで全部か?」

「……ええ、そうだけど?」

「……あはは! おいおい、それでこの俺と戦おうと言っているのか? 君の下僕では『雷の巫女』と謳われる君の『女王』くらいしか、俺の眷属とまともに対抗できないと思うが……それに」

 

 ライザーは朱乃さんの二つ名を呟いた後、指を鳴らす。

 すると部室の床にフェニックスの紋章が現れた。

 そして部室は再び、炎に包まれて、そしてその炎の中には―――15にもなる人影があった。

 

「俺の眷属は全部で15名。フルでそろっているわけなんだがな、……だから君が俺に勝てるとは到底思えないね」

 

 俺はその人影を見る―――そこには、男の姿はなく、全てが全て、美少女や美女と呼べるような女の子だった。

 

「……アーシア、君はこんな悪い男にだまされたらダメだよ?」

 

 ……俺はそれを見ると、ついアーシアにそう言ってしまう。

 すると小猫ちゃんは俺に同意してくれているのか、うんうんとうなずいていた。

 

「おい、貴様……もしかしてうらやま」

「もしかしなくても、全くうらやましくないから大丈夫だ。この変態鬼畜種まき野郎」

 

 ……なるほど、こいつはどうしても高貴な存在に思えないわけだ。

 こいつはあれだ。松田と元浜の性癖の同類者で、ただの成功例だ!

 

「なっ!? 貴様、俺を愚弄するつもりか!?」

「うるさいわ!! なんだよ、もう!! ホント、今日は何でずっと女、女、女!! ああ、もう! 女難にはもううんざりなんだよ! この種まきクソ焼き鳥が!! 四六時中欲情しやがって、この変態野郎!!」

「種まき!? 焼き鳥!! 貴様ぁぁぁぁ!!!」

 

 ライザーは怒ったようにそう叫んでくるけど、ふざけんなよ!!

 こちとら、今日は見知らぬ女を見るのは、もういいんだよ!

 

『……まさか相棒がこんなところで爆発してしまうとはな』

『普段爽やかな主様から出る単語ではないですね』

 

 ドライグとフェルが俺を宥めることなく、達観してそう言った。

 

「ライザー様」

 

 するとあいつの眷属の一人らしき大きな杖を持った女が、ライザーに近づく。

 

「ユーベルーナ……ああ、そうだな。少しは落ち着こうか」

 

 …………するとライザ―は、とんでもないことをしやがった。

 ライザーに近づいた眷属の一人の腰に手を回し、そしてグッと近づけた。

 そして・・・自分の眷属の女を貪りつくようにキスし始めやがった!!

 舌まで入れて胸を弄る。

 女の羞恥心も考えず無理矢理、しかもこの場に他の男がいるのに衣類を取っ払って直接揉んでいた。

 ―――ふざけんなよ。

 

「お前……部長と結婚するつもりでこの場にいるんじゃないのか?」

 

 するとライザ―は眷属の口元から唇を離し、そして俺の問いに答えた。

 手は未だに胸にあり、更に首筋にキスをする始末。

 

「ああ、愛するぞ? ―――俺のハーレムの一人としてな」

「―――ッ!!」

 

 部長がライザーのことを軽蔑を含んだ目つきで睨みつける。

 その言葉を聞いて、頭の中で言葉に出来ない「何か」が広がった。

 

「人間界のことわざで、英雄、色を好むってのがあるだろ?それだよ、それ」

「……違うな、色欲魔、自分の欲望を満たすの間違いだ、変態フェニックス」

 

 俺はライザ―の言葉を真っ向から否定する。

 そうだ。……あんな奴が、ヒーローなんかじゃない。

 あんなやつが英雄であってたまるか。

 

「一人の女を純粋に愛することすらできない奴が、多くの人を愛することなんか不可能だ。お前は自分の女を、所詮、道具としか思っていない」

「・・・貴様、どこまで俺を怒らせる?」

「怒るのは、思い当るからじゃないか?―――それに何より、英雄(ヒーロー)が色を好むんじゃない。正しいことをした英雄は魅力的で、周りの異性が英雄と一緒になりたいと思うからそんな言葉が出来たんだよ」

 

 俺は遠慮もなしにそう断言し、そして―――

 

「お前には部長は不釣合いだ! 自分の女をこんな場で辱めて、それを許されるなんて思っているお前には特にな!」

 

 俺は部長の手を引っ張り、皆の前に立って部長を俺の背に隠す。

 

「ふん―――ミラ、やれ」

 

 ライザーは小さく近くにいた棍棒を持った小柄の女の子に命令する。

 するとその子は俺に向かい、棍棒を突き立ててきたけど・・・

 

「……悪いけど、そんな単純な動きは見切る必要もない!」

 

 だけどな!

 そんな遅い速度、木場の速度の方が何倍も上だ!!

 俺は刺してきた棍棒を神器なしで掴み、そして棍棒を引いて女の子を自分のところに寄せる。

 

「これで終わりだ」

 

 そして拳をその女の子の額付近で止めると、その女の子はその場にぺたんと座りこんだ。

 

「き、貴様、俺の可愛い下僕を!!」

「それでどうする? 俺はどこも怪我をしてない、神器も使ってない。まだやるって言うなら、俺はゲーム関係なしでお前を倒しちまうが」

 

 俺とライザーは睨みあいになる。

 あいつと俺の間で緊張感が生まれ、沈黙の硬直状態が続いた。

 

「……矛を納めてください」

 

 するとその間にグレイフィアさんが溜息を吐いたように立っていた。

 

「しかしグレイフィア殿! 奴は俺の眷属を傷つけた!」

「いえ、兵藤様はライザー様の眷属に指一本触れてはいません。それよりも最初に手を出したのはあなたではありませんか―――これ以上するなら、サーゼクス様の女王として、あなたを粛清します。あなたを屠ることがどれだけ容易いかをご証明いたしましょうか?」

 

 ……グレイフィアさんの本気の殺気が部室に広がる。

 まるで風が生まれたといえるほどの衝撃を感じ、俺も寒気を感じる。

 アーシアは既に恐怖で体を震えていた。

 小猫ちゃんも同様で、木場も冷や汗をかいているようだ。

 

「……わかりました。ならばそれは、レーティングゲームで決めよう―――リアス!」

「ええ。私もあなたとのレーティングゲームを受けるわ―――そして消し飛ばしてあげる!」

 

 すると部長は俺の前に立って、ライザーと睨みあう。

 

「……ではゲームはこれから10日後の深夜。それにて全てを決着とします」

 

 グレイフィアさんの言葉で、ライザーは魔法陣を展開させて眷属と共にその中に入る。

 

「そこの下級悪魔。10日後だ。……その時、貴様をフェニックスの炎で焼き殺してやろう」

「知るか。そんなチンケな灯、俺たちが蝋燭みたいに消し飛ばしてやる」

 

 ライザーはそう捨て台詞を言うと、そのまま魔法陣から消える。10日後。それはつまり俺たちへの配慮だ。

 まだ未熟な俺達の、準備期間。

 つまりは……

 

「部長。俺、勝手に突き進んじゃいます。だけど最終的には絶対に損をさせません―――だから部長を勝たせて見せます!」

 

 俺は部長に真っすぐな瞳を向けてそう言う。

 ああ、決めたさ。

 俺は部長を勝たせて見せる!

 あんな下種悪魔に部長を渡してたまるか!

 ……俺はそのことを心に決め、そして奴との戦いに向け準備を始めるのだった。



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第3話 修行と想いと新しい戦い方の模索です!

 部長とライザーの野郎との、未来を懸けた『レーティングゲーム』が10日後に決まったその翌日。

 俺達は満場一致で自分達を鍛えようということになった。

 ちなみに修行場所は人間界のある山奥で、そこにはグレモリー家の別荘があるらしく、更にそこはその場所のほとんどがグレモリー家の所有地らしい。

 だから多少暴れても大丈夫だろうと勝手に想像する俺だ。

 ちなみにここで一応言っておくが、鍛錬と言っても様々な種類がある。

 一つは俺が好んでよくやる、体を痛めつけまくって体の性能そのものを鍛える修行。

 基本的に俺はそれだ。

 でも短期間で強くなろうと思うなら、体を強くするのは不可能だ……ということ今回の鍛錬合宿は主に戦闘に慣れる主軸で動くと部長はまず宣言した。

 …………そして今、俺達はその別荘まで徒歩で向かっている!

 

「ふぅ……意外ときついものだね、イッセーくん」

 

 明らかに重いであろう大きなリュックサックを持つ木場は、爽やかな汗をかきながらそう言ってきた。

 既に歩き出して2時間ほどだ。

 ある程度までは電車で向かい、そしてそこから徒歩で基礎体力をつくる鍛錬。

 ちなみに俺は木場より大きな荷物を持っているわけだけど、更に部長と朱乃さんの荷物すら持っているという、なんか罰ゲームで荷物を持たされる小学生みたいな気分だ!

 

「……アーシア、大丈夫か?」

 

 俺は少し小さいが、それでも重量のある荷物を背負うアーシアにそう尋ねると、少しばかり疲れているようだがまだまだ元気なアーシアがそこにいた。

 

「はい!イッセーさんと毎朝走っていますから!」

 

 ……そう、アーシアは悪魔になって俺の家に住み始めてから毎日の俺の日課に付き合おうようになった。

 初めは少し走るだけで息が切れていたけど、最近ではその効果か、少しずつ体力がついてきた。

 それのおかげか、アーシアの神器を扱う技術も上がってきていて、俺はアーシアは実はすごい努力家ってことを知ってたりする。

 ……するとひときわ大きな荷物を背負う、小猫ちゃんの姿が俺たちを横切った。

 

「…………イチャつくのは目につきます、イッセー先輩」

 

 小猫ちゃんは俺をじと目で睨んできて少し怖い……そして何より怖いのは俺の二倍近くの荷物を持っていることだ。

 これは部長の命令なんだけど、『戦車』の特性は力と防御だからな……これくらい、わけないか……

 

「…………イッセー先輩、別荘に着いたら頭を撫でてください」

 

 ……最近の小猫ちゃんは非常に甘えん坊なのであった。

 

「……一応、僕は騎士だからこういうのは苦手なんだよね」

「アーシアが頑張ってるんだぞ!お前はもっと気合いを入れろ!」

 

 俺は弱音を吐く木場の後頭部に軽くチョップを入れると、木場はその場に倒れそうになる。

 俺はすかさず木場を支えると、木場との距離がとても近くなった……ってマジで近い!

 

「あ、ありがとう……イッセーくん」

 

 顔とか顔との距離が非常に近い!?

 しかもこの野郎、乙女みたいな態度で顔を逸らしやがった!

 最近、お前のこんな態度のせいで一部女子から『兵藤×木場は鉄板!!』なんか言われてんだぞ!?

 

「…………やっぱり祐斗先輩は敵」

「あうぅ……もうライバルが多いです!」

 

 …………アーシア、少なくともこいつはライバルはないから。

 俺は心の中でそう呟くと、すると前方にいる部長と朱乃さんが俺達に手を振ってきた。

 

「もうそろそろ到着だからもうひと踏ん張り、頑張りなさい!」

「あらあら、うふふ……男の子の汗を見ると拭いたくなってきますわ……」

 

 ……そういえば、朱乃さんが俺への態度を変えたのは何でだろうな。

 ―――なんて、察しはついているのに何言ってんだろ。

 でも俺からは聞かない。

 一応、確信があるわけでもないし……俺が昔、朱乃さんを救ったって確証なんてないからな。

 それに今更昔のことを穿り返して「俺って朱乃さんを助けたんですよ」みたいなことを、したり顔で言おうなんて思わないしな。

 …………さて、じゃあ気合い入れていきますか!

 俺はそう意気こんで、部長達の元に駆け足で向かうのだった。

 

 ―・・・

 

「ここは10日間、私たちが合宿を行う別荘よ」

「……部長、これは別荘と言うより屋敷です」

 

 ……俺の視線の先には、本当に漫画とかに出てくる位、大きな屋敷のような建物があった。

 しかも周りにプールとかも見えるし、今さらながらグレモリ―家のすごさを身に感じるんだけど、それよりも俺は辺りの環境に関心していた。

 俺だけじゃない……俺の中のドライグやフェルもだ。

 

『これは良い場所だ。人は結界で入ってこれず、更に自然も多い。人間界では最高クラスの修行場所じゃないか?』

『ええ……特に空気が良いです。これは学校を休んでまで来る意味はありますね』

 

 ……そう、俺達は学校を休んでまでゲームに備えるつもりだ。

 俺は既に大学受験の勉強まで終わらせているから、出席日数の10日くらい休んでも成績に何も問題はない。

 幸いなことに、母さんはしばらくは父さんの所らしいから、修行に専念できる!

 

『本当に今さら何だが、相棒は修行が趣味になってきていないか?』

 

 強くなれるんだぜ?

 鍛えれば守る力も強くなるじゃん!

 それなら例え辛いことだって、俺は耐えて頑張れる!

 

『……相変わらず、さすがは主様です』

 

 俺は相棒達にそう評価されつつ、部長に案内されて別荘の中に入っていく。

 別荘の中は良く掃除されていて、埃一つなかった。

 そして俺と木場は一つの部屋に案内されて、そこで修行できる格好になるように言われて着替えることにした。

 

「…………イッセー君の体、すごい鍛えられているね。普段は服に隠れて分からなかったけど、体一つで女の子を落とせそうだね」

「笑顔だけで落とせるお前に言われたくないさ……馬鹿言ってないでさっさと着替えろ」

 

 そして俺と木場は着替え、そしてそのまま部長が指定した別荘の中庭に向かうのだった。

 ―・・・

 

 ~レッスン1~ 木場との剣術訓練

 

「ッ!」

 

 木場が俺へと正確な剣戟で切り込んでくる!

 ちなみに俺と木場は部長に言われるがまま、互いに木刀を持って剣術の訓練をしていた!

 俺は神器を使うことを禁止されている……理由は神器なしでどこまで戦えるということを理解するためだ!

 

「……甘いぞ、木場!!」

 

 俺は木場が踏み込んできたのと同時に木刀を横なぎに振るう!

 

「くっ!!」

 

 木場は回避は不可能と悟ったのか、木刀を両手で持って鍔迫り合いで俺の攻撃を避けようとするが……甘い!

 俺は全力の力を持って、木場の体ごと木刀で後方に飛ばした!

 

「ッッッ!!…………まさか神器なしで僕の動きを見極めるなんて……イッセー君、君はパワー馬鹿じゃなかったのか!?」

「残念ながら俺は元々生粋のテクニックタイプだ!!」

 

 俺は木刀を裏手に持ち替えて、木場に剣戟を繰り出そうとする!

 才能がなかったからテクニックを磨くしかなかったんだ!

 まあそれも過去の話なんだけどさ。

 

「そこ!隙だらけだよ!」

 

 木場は俺が裏手に持ち替えた一瞬の隙を狙って俺に木刀を突き立ててくるけど……引っかかったな!

 俺は木場の一撃を紙一重でかわし、そのまま木刀を普通の持ち方に変える。

 俺に紙一重にかわされた木場の体は前かがみ気味になっていて、俺は木場の隙だらけの後頭部に軽く、木刀を振りおろした。

 

「…………僕の負けのようだね」

 

 木場は負けを認めたように木刀を地面に置いて、その場に尻もちをつく。

 

「木場。正直お前の速度に関しては俺も目で追いつくのがやっとだ……でもお前の動きは単調すぎる。いや、教科書通りと言ってもいい。だから予測が立てやすいし、しかも簡単な罠に引っ掛かる」

「……その点、イッセー君は本来、剣を使って戦わないのに剣で戦い慣れている僕に普通に勝ったよね。少し自信をなくすよ」

「ああ、そんなもの失くしてしまえ。自信は時にして慢心と同義だ。常に最悪の事態を考えねえと、命がけの戦いで生き残れないぞ?」

「…………君に言われると、説得力があって困るよ」

 

 木場は苦笑いしながら、俺が差し伸べた手を掴んで立ち上がる。

 

「それにしても末恐ろしいよ。速度で圧倒している僕に知恵と頭脳で倒して、しかもテクニックタイプの戦士なのにパワーまで備えているなんてね……まさにオールラウンダ―。僕達の眷属はパワー重視の人が多すぎるから助かるよ」

 

 木場は俺の肩を掴んでそう言ってくる。

 

『まあ相棒は元々は魔力皆無の赤龍帝。その魔力の無さを頭脳と戦い方のみで歴代最高クラスの赤龍帝になった男だからな…………テクニックタイプの極みとも言える』

『しかも転生してからは魔力不足は大幅に解消され、更に悪魔化でそれがもっと大きくなった……火力と技術を兼ね備えた赤龍帝です』

 

 ……ま、そういうことだ。

 木場は当然、弱くなんてないし、むしろ鍛えれば誰よりも才能を持っているはずだ。

 だけどこっちはあいつ(・ ・ ・)と一緒になるという夢のために、死にもの狂いで修行して、力を手にした。

 

「……イッセー君の剣術は何なんだい?あんなもの、僕は見たことがないんだけど……」

「ああ、裏手に変えるあれか?その場のノリだよ」

「…………その場で即席で考えて行動するか。僕には到底、出来ないことだね」

 

 …………そこにはほんの少し、落ち込んだ木場の姿があった。

 一応、なんかごめんな?

 

 ―・・・

 

 ~レッスン2~ 朱乃さんとの魔力訓練

 

「魔力と言うのは体から溢れるオーラを流れるように集めるのです……ってイッセー君に言っても出来るかしら?」

「……まあやっぱり神器を介した方がやりやすいですけどね」

 

 俺は木場との訓練を終え、次はアーシアと共に朱乃さんに魔力の訓練をしてもらっている。

 俺の場合、堕天使と戦っていた時に戦うための力が一時的になくなったから、仕方なく魔力の基本的な使い方はマスターした……つもりだったけど、やっぱり甘かった。

 

「あらあら……イッセー君は意外と不器用ですわね」

 

 ……俺は魔力の球が大きくなり過ぎて安定しないでいる。

 普段、魔力に加減なんかしないからな……単純な魔力を小さな球体にするのが出来ずにいた。

 すると横にいるアーシアの手元には小さな緑の魔力を集中したものを出している!

 おぉ!さすがアーシアだ!飲み込みが早い!

 

「あらあら、アーシアちゃんは魔力の才能があるのかもしれませんね……これはイッセー君は個人レッスンが必要ですわね」

 

 ―ゾクッ……

 ……朱乃さんがなんか、久しぶりにお姉さまオーラで俺にそう悪戯な瞳で言ってくる!

 個人レッスンが嫌な響きに聞こえるのは俺だけか!?

 

「だ、だ、大丈夫です!俺だってやれば!!」

 

 俺は魔力を掌に集中する!

 そうだ、魔力を嫌々に加減しようとするからうまくいかないんだ!

 だったら全魔力を解放してやる!

 

「は、はわ!イッセーさん、すごい魔力です!」

「さすがですわ、イッセー君。魔力の放出を抑えるのを止め、あえて全て解放して抑えることへの集中を魔力の調整に向けることで形を成させる。それでこそ、私の……」

 

 ……よし!

 俺の考えは間違ってなかった!

 魔力を全解放したら途端に魔力球が安定して、球状になっている!

 少し大きいけど次第点だろう!

 俺は朱乃さんの方をみると……ってなんか顔が上気して最近の朱乃さんの乙女の表情になってる!?

 とにかく!

 俺とアーシアは魔力の基本を学んだのだった。

 

 ―・・・

 

 ~レッスン3~ アーシアへの神器授業

 

 ……まあ神器に関しては部長より俺の方が詳しいからな。

 ということで、俺はアーシアと二人で神器についての鍛錬をすることにした。

 

「いいか、アーシア……まず基本だ。神器はどんな力で力を発揮する?」

「イッセーさんを想う気持ちです!」

 

 ……断言するアーシア。

 

「……質問を変えるか。神器が新しい力を発現する時、何が必要になると思う?」

「イッセーさんを大好きと想う気持ちがあれば良いと思います!」

「ああ、もう!俺からまず離れよう、アーシア!」

 

 アーシアが何度も俺に告白まがいのことを言ってくる!

 アーシアのことだから全部本気なんだろうけどさ……さすがに何度も言われたら恥ずかしい!

 

「でもイッセーさん。私の力はイッセーさんを想った時の方がすごく調子が良いんですが……」

「……そうだよ、あながちアーシアの答えは間違ってないよ? 間違ってないけどさ……」

 

 俺はぶるぶつと呟くと、アーシアは首を傾げた。

 

「それでイッセーさん。ずっと気になっていたことがあるのですが……」

 

 するとアーシアは俺の腕を見つめながらそう呟く。

 

「イッセーさんのその左腕にはすごい神器が宿っているんですよね?確か、神滅具?」

「……そう。神をも殺す13種の神滅具(ロンギヌス)の一つ、赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)だな」

 

 俺はこの合宿中、神器を出すことを禁止されているから説明だけする。

 

「10秒ごとに所有者の力を相乗していく能力を持つ……けど使うにはすごい体と精神力が必要だから、最強の神器と言うわけではないよ。それに俺の中にはもう一つ、神器があるしな」

「……えっと、謎のドラゴンが封印さえている神器ですよね?」

「ああ……神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)。15秒ごとに創造力を溜めていき、それで神器を創ったり、神器の性能を上げる”強化”っていう力を持つんだ。強化に関しては今は禁止されてるけどな―――その禁止をしているのが俺のもう一人の相棒、フェルってわけだ」

「はわわ……すごいです、イッセーさん―――その力で私を助けてくれたんですよね?」

 

 ……するとアーシアは俺の手を握って、優しく握り締めてくる。

 その手の温もりは、人間だったころと何も変わらない、アーシアの清い心の現れなんだ。

 

「私はイッセーさんと一緒にいるためだけに悪魔になりました……そんなことをしてしまうほど、向こう見ずなことをしてしまうほどイッセーさんは素敵な男性です!―――だからこそ、部長さんがあんな、お、女の人にいかがわしいことをする人と無理やり結婚させられるなんて間違っていると思います!」

 

 ……アーシアには珍しい、少し怒った表情だった。

 若干の俺に対する評価が高すぎるかもしれないけど。

 ああ……アーシアの性質は仲間にも優しいことだったな。

 本当に優しい子だよ、アーシアは。

 

「ああ。俺だってそんなの許せないし、許さない……だから俺達で絶対勝つ。だからアーシアも神器の使い方に慣れよう。なに、アーシアは才能の塊だから大丈夫だよ」

「…………はいッ!」

 

 アーシアは満面の笑みでそう言うのであった。

 

「じゃあまずは回復の力の拡散と縮小をやってみようか」

「はい!」

 

 そして俺とアーシアは神器の特訓をするのであった。

 ちなみにアーシアはコツをつかむのが早く、回復のオーラを一つに凝縮して瞬間回復の速度を上げることに成功するのであった。

 

 ―・・・

 

 ~レッスン4~ 小猫ちゃんとの格闘鍛錬・・・

 

 ……本来、俺は小猫ちゃんと森で格闘技能の訓練を行うはずだった。

 そのはずなんだけど……

 

「にゃ~~~♪」

「……あのね、小猫ちゃん。俺達は本来、格闘の訓練をやらなきゃだめなんだけどさ」

 

 ……現在の小猫ちゃんの状態は、森で俺が地面に胡坐をかいて、そして俺の太ももを枕にしながら小猫ちゃんの頭を俺が撫でているという、修行が全く関係ない状態である。

 簡単に言えば膝枕をしながら頭を撫でてあげているんだ。

 そしてなんでこんなことをしているかと言えば……最近の小猫ちゃんの甘えん坊スタイルが発動しただけなんだけどな。

 小猫ちゃんは俺にすごく懐いてくれていて、俺が頭を撫でたりするとまるで尻尾があるみたいにお尻をふりふりして喜んでくれるんだ。

 何故だか保護欲が生まれ、俺的は眷族の中ではアーシアに並んで俺を癒してくれる存在でもある。

 

「……いいですか、先輩。イッセー先輩の膝は私のです」

「……もう小猫ちゃん専用で良いから鍛錬しようよ!」

 

 ……鍛錬が開始したのはそれから10分のことだった。

 ちなみにそうするために俺は別荘に帰った後、部屋で頭を気が済むまで撫でると言うことになってしまったのは別の話だ。

 

「・・・・・・ッ!!」

 

 鍛錬を始めたと途端、小猫ちゃんは先ほどと打って変わって真剣そのものになる。

 放ってくる拳は鋭く、力強い。

 

「……当たって、くださいッ!」

 

 でも俺はその全てを見切って避ける。

 確かに当たればかなりのダメージは予測できる……けど小猫ちゃんの攻撃は木場と同様、単純かつ直線的だ。

 目で追える速度を見切れないわけがない。

 ……それに

 

「ッ!……さすがに小猫ちゃんの拳を受け止めるのはつらいね」

「……ッ!?」

 

 何も受け止められないわけではない。

 掌にまだ慣れないけど小さな魔力を集中すればある程度のダメージは軽減されるし、それに悪魔の身体能力でも何とかできる。

 

「…………驚きました。昇格もしてないのに『戦車』の私の拳を受け止めるなんて」

「それだけ小猫ちゃんの攻撃は効率よく放てていないってことだよ」

 

 小猫ちゃんも木場同様、才能は十分にあるはずだ。

 特にどっちも駒の性質に合っていると思うし……まあ小猫ちゃんはまだ体が小さく、腕のリーチも短いから仕方ない気もするけど。

 

「……先輩はどうして私に攻撃しないのですか?」

「ん?俺は生粋のテクニックタイプの人間だからさ……一番好きな攻撃がカウンターなんだよ」

「…………意外です。イッセー先輩はパワー重視の人と思ってました」

「……やっぱ皆、そう思っているんだ」

 

 ……まあ皆が俺の力を見たのは堕天使との戦いの時の、レイナーレに放した”強化”込みの打突だからな。

 あれを見たら俺の性質がパワーと思うか……

 だけど俺の本領は相手を観察して対処法を考察する観察眼と自負している。

 

「まあ木場から言えば俺はオールラウンダーらしい。また他の奴が言うには技術と力を有しているらしいぜ?」

「……イッセー先輩はどうしてそんな力を?」

「…………守るため」

 

 俺は小猫ちゃんの質問に真剣に応える。

 

「守る対象は曖昧だけどさ……助けを求める人は助けるつもりだ。特に仲間は命を賭けてでも必ず守る。小猫ちゃんがもし助けを望んでたら、俺はこの手で必ず守るよ―――少なくとも、この手の平で覆える大切を俺は全部守りたい」

「……ッッッ!!」

 

 ……すると小猫ちゃんは顔を真っ赤にして俺から顔を逸らした。

 そして何か、ぶつぶつ呟いている。

 

「……こ、殺し文句はダメです……イッセー先輩に言われたら我慢できなくなります。そもそもそんな台詞を真顔で言える人は先輩ぐらいしか―――もう、知りません!!」

 

 途中の方は全く聞こえなかったけど、最後の方を小猫ちゃんが叫んで殴りかかってきた!?

 しかもこれまでにない速度と精度だ!!

 力を集中できている上に、的確に俺の中心線を狙って来てやがる!!

 

「…………他の人にそんなことを言えないようにしてやるです」

 

 …………こうして非常に動きのよくなった小猫ちゃんと俺は格闘訓練を続けるのであった。

 

 ―・・・

 

 ~レッスン5~ 部長と基礎訓練……だけど

 

「……っと思ったけど、イッセーに関しては基礎の体は誰よりも出来ているのよね」

 

 ……部長は俺の上着を脱がせた挙句、そう言って嘆息した。

 じろじろと俺の体を見てくるのは何とも言えないけど、なんか納得しているみたいだ。

 

「ちょうど良いわ。イッセー、貴方の普段の体づくりを教えて貰えるかしら?」

「えっと……毎朝のランニング20キロ。最近はアーシアが一緒でしたから10キロに減らしましたけど、アーシアも今では俺と同じ距離を走ってますね。最近ではティアとの戦闘訓練。主に神器の訓練をしてます。以前は魔物を相手に戦ってたんですけど……」

「…………なるほど、それは私が指示した内容じゃ物足りなかったかしら?」

 

 部長は申し訳なさそうに言ってくるけど、実際はそんなことはない。

 確かに力量で言えばティアの方が何倍も凄いけど、例えば木場は鍛錬の途中で考えを変えて今までとまるで違う攻撃方法で俺に攻撃してきた。

 小猫ちゃんは動きが良くなって手間取った。

 戦いで突然、劇的に何かが起こって予想外な事が起きるからな……そういう相手と戦うことも修行としては十分だ。

 小猫ちゃんの攻撃も、木場の攻撃も一発は最後に当てられたし。

 まあその分、やり返しはしたけれども。

 

「俺の修行は自分にとにかく、過酷なことをやらせるだけですからね。だから少し効率が悪いところがあります。部長の修行内容も悪くないですし、どっちが良いとかはあんまり言えませんね」

「……どちちも利点があると言う意味なら助かるわ」

 

 部長は安堵のような表情をしていた。

 

「…………神器なしで、祐斗と小猫を圧倒。今やイッセーは眷属にはなくてはならない存在ね。―――そう、私にとっても……」

 

 部長は、何故か悲しそうな表情で呟くのだった。

 

 ―・・・

 

「うまいぞ、アーシア!」

 

 俺達は今、修行を終えて晩御飯を食べている。

 ご飯は当番制で、今日はアーシアの当番になったんだけど、さすがはアーシアだった。

 最近では母さんに教えられて上手になっているとは聞いたけど、まさかここまでとは……

 俺はアーシアが作ったカレーを食べながら、思った。

 

「はい!愛情が最高のスパイスと聞いたもので、イッセーさんを想いながらつくりました!]

 

 な、なんて屈託のない笑顔で君はそう言うんだ!?

 全く自分の気持ちに疑いを持たないアーシア!

 ほんと、すごい笑顔だ!

 癒される!!

 

「…………最近のアーシア先輩は危険です」

「あらあら……そうですわね」

 

 すると俺の隣でカレーを食べている小猫ちゃんと朱乃さんが何とも言えない表情をしていた。

 すると小猫ちゃんは俺の耳元まで顔を近づけて何かを言ってきた。

 

「……ご飯を食べ終わったら、私の部屋に来てください」

 

 ……鍛錬をするために結んだ約束だった。

 ま、別に良いけどね。

 すると突然、部長はご飯を食べる手を止めた。

 

「……イッセー、あなたは今日一日、修行をしてみてどう思った?正直に答えて貰えるかしら。もちろん変な遠慮はいらないから」

 

 ……部長がそう言うなら、言わせてもらおう。

 

「現状のあらゆる面を総合して、俺が一番強かったと思います」

 

 ……自惚れ。そう聞こえるからも知れないけど、悪いけどこれは間違いなくそうだ。

 下手に謙遜して一番弱いとか抜かしたら、それこそ皆に申し訳が立たない。

 確かに専門的なところでは朱乃さんの魔力の使い方、木場の剣術、小猫ちゃんの力。

 それぞれ俺より勝るところはあるとは思うけど……でも総合評価をすれば俺は間違いなく一番だ。

 それがドライグやフェルウェルの意見。

 過去の経験から戦闘慣れしている俺に分があるってわけだ。

 

「……そうね、貴方は間違いなく、この眷属の中の誰よりも強いわ」

「……ええ。正直、僕はかなりまいりました。僕の速度についてきて、しかもパワーだけでなくテクニックの方が秀でている、万能タイプのオールラウンダー……厄介とかそんなレベルではないです」

「…………1時間の修行の合間に先輩の体に触れたのは一度だけでした」

「ただの魔力合戦なら、私は一瞬で負けてしまいますわ」

「神器についての理解がすごかったです!」

 

 ……皆は俺と一緒に修行したことに対する感想をそれぞれ言う。

 

「とにかく、イッセーは眷属の中では頭一つ飛びぬけているわ。戦闘センスはもちろん、自分を追い込めるほどの覚悟と根性、回転の速い頭脳による瞬間的な見極め、そして神器を使った戦術……正直、イッセーは『王』が一番、向いていると思うわ」

「……部長、俺ほど『王』に向いていない人間はいません。だって俺は」

 

 ……そこで俺は言葉を濁す。

 言って、しまってもいいのか?

 俺の本質を、仲間に……でもこれ以上は自分を隠したくない。

 これを隠したら、俺は……俺達は勝てなくなるかもしれない。

 

「俺はすぐに冷静さを失くします。例えば仲間を傷つけられた、それだけ頭の中には傷つけた相手をぶっ潰すことしか頭になくなる……だから俺は『王』にはなれません」

「イッセー……それは優しさというのよ」

「優しさだけで戦いに勝てるなら、『王』は誰でもなれますよ……優しさだけで誰かを救えるなら、どんなにいいことか……ッ」

 

 俺はボソッと呟くように言う……誰にも、聞こえてないはずだ。

 

「イッセー?」

 

 すると部長は首を傾げて俺の名を呼ぶ。

 

「―――な、なんでもないです!とにかく、今はライザーに勝つことが最優先です!だから俺の出来ることは何でもするつもりです!」

 

 俺は重くなった空気を払うようにそう大声で言った。

 ……そうだ、今はそれを考える場合ではない。

 戦いは10日後……もう10日もないんだ。

 

「……そうね、ならまずはお風呂にでも入って今日の体の汚れでも落としましょうか」

 

 部長は話題を転換してくれた。

 すると、何故か俺の方を見ながら、部長が悪そうな顔をしている……って何、その顔!?

 

「イッセー、一緒にはいる?ここは露天風呂だから、それに日本には裸のお付き合いって言葉があるのでしょう?」

「そ、それは間違っていませんけど間違ってます!!そもそも男女で一緒のお風呂なんか皆、嫌に……」

「なら聞いてみましょうか」

 

 すると部長は女性陣の方を見る……そして束の間の沈黙。

 

「わ、私はイッセーさんと裸のお付き合いをしたいです!」

 

 アーシアぁぁぁああ!!?

 暴走する子だとは思ってたけど、君はここまでの子だったのか!?

 

「あらあら……イッセーくんのたくましいお背中を流してみたいですわ。是非、色々とお世話したいですわぁ!」

 

 朱乃さんも部長のノリに乗らないで!?

 

「……イッセー先輩と、お風呂ッ!」

 

 顔を真っ赤にして頭から煙を出す小猫ちゃん、可愛いけどせめて嫌がってね!?

 っていうか何でここまでみんな積極的なんだ!?

 こうなりゃ!

 

「おい、木場!さっさと男二人で裸のお付き合いだ!」

 

 俺は呑気に紅茶を飲んでる木場の腕を無理やり引っ張った。

 

「い、イッセーくん……困るよ、そんな強引に……」

「ああ、うるさい!とにかくついてこい!!」

 

 俺はそう叫んで木場を連れて風呂に向かうべく、その場から退散しようとする……すると後方より声が聞こえた。

 

「…………祐斗先輩は、敵です」

「うぅ……イッセーさんは私の体より、木場さんの体のほうが良いのでしょうか……」

「あらあら……祐斗くんにはお仕置きが必要ですわね」

 

 ……部長は苦笑いしていて、そして俺に手を引かれる木場は途端に顔が青ざめていった。

 

「……イッセー君。茨の道って、あるんだね」

「何言ってんだか……さっさと行くぞ」

 

 俺はとほほ、と唸っている木場を連れて、そのまま露天風呂に行くのであった。

 

 ―・・・

 

「ふぅ・・・さすがは温泉。体が休まるな~・・・」

 

 俺は即座に体を洗って温泉に入る。

 湯加減は最高で、俺は脚を伸ばして欠伸をしてみる……温泉は脚を伸ばせるから好きだなぁ……

 

「温泉は日本の文化だよ、イッセー君」

 

 すると俺に遅れて入ってきた木場がそう言ってくる……まさしくそれだな。

 俺が転生して一番感動したのはご飯のおいしさと、そして温泉だ。

 いやぁ、素晴らしいの一言だった!俺はこんなことを知らずに昔、生きてきたのだと思うと自分は人生を損してきた気持ちになった!

 

「珍しく意見があうな、木場……あぁ、癒されるぅ」

「そう言えばイッセー君は癒しの言葉をよく使うね?」

「……まあアーシアが身近にいるからな。俺はあれほどの癒しの存在を知らない……最近では小猫ちゃんが俺の癒しの存在になりつつあるけど」

 

 小猫ちゃんを愛でると、心が安らかになるしな!

 

「でも最近、アーシアさん関連でイッセー君、よく叫んでないかい?」

「それを言うな、木場……ッ」

 

 ……アーシアが非常に積極的なのは良いんだけど、それで最近は遠慮がなくなってきている。

 もちろん俺に対して遠慮なんかは要らないんだけど……いいんだけども!

 アーシア=癒しの方程式に、更にそこにアーシア=癒し=トラブルとなっているのが最近だ!

 ……その分、癒されてるから良いけども……さっきから癒しって言葉が連呼だな。

 

「……イッセー君はいつから神器に目覚めていたんだい?」

 

 すると木場は興味津津と言ったように俺にそう言ってくる。

 

「生まれた時から……って言ったらどうする?」

 

 俺は冗談交じりに言ってやる……嘘は言ってないぜ?

 実際、そうだし。

 

「……確かに生まれた時から力を持っているなら納得できるんだけどね……イッセー君の強さは」

「……強さってものはな、そんな簡単なもんじゃねぇよ」

 

 強さがあっても、出来ないことなんて山ほどある。

 逆に弱さしかなくても出来ることは少しはある……矛盾しているよな、強さも弱さも力だなんて。

 

「……君を見ていると、本当に僕と同い年かと思うことがあるよ。それに君の強さはまるで、長年戦乱の中にいたかと思えるような強さだ」

「…………」

 

 少し驚いた。

 木場がそんなことを言ってくるとは……割と核心をついた木場の言葉に俺は素直に評価する。

 

「……星、か」

 

 俺は露天風呂から空を見上げる。

 都会から離れたところだからか、星が非常に綺麗に見ることが出来る。

 

「木場、絶対に勝とうぜ……じゃないと部長が焼き鳥に奪われる」

「はは……あのライザーに啖呵を切れる君は、僕には眩しいね」

「―――俺は暗いよ。眩しさなんか、存在するわけがない」

 

 ……木場は俺の言葉を聞くと、不思議そうな顔をしていた。

 

「僕は先に出ているよ。イッセー君はどうする?」

「俺はもう少しのんびりしとく」

 

 そう言うと木場は温泉から出て脱衣所に出た。

 

『相棒、少しばかり口が軽くなってはいまいか?』

 

 ……ドライグは木場がいなくなってか、俺に話しかけてきた。

 

「ま、そうかもしれないな……気分だよ、気分」

『……相棒は、まだ気にしているのか?』

 

 ……まだ、か。

 ああ、そうだよ……俺はあの時(・ ・ ・)のことを忘れない。

 忘れてはいけない。

 

「ドライグ、俺はもう”覇”は捨てたつもりだった……でも捨ててないんだ。だから俺は……」

『相棒……確かに相棒はあの時、最後の最後で覇を求めた。だがそれであの者―――白龍皇ミリーシェが死んだわけではない』

 

 …………分かっている、さ。

 ああ、なんで俺はこのことを思い出してしまったんだろう……いや忘れたくないからか。

 今は、じゃない。

 今も、そのことは考えるべきではない。

 今は部長を救う、助ける……それだけを考えよう。アーシアの時と一緒だ。

 

「……そう言えば、小猫ちゃんとの約束があったな」

 

 ……それを思い出して俺は温泉から出ようと思った。

 ―――……どこかで、俺は予想していたかもしれない。

 だが何でだろう……確か、この別荘には男は俺と木場しかいないはずだ。

 なのに、脱衣所には人の影のシルエットが3つほどあった。

 男子風呂に、3つの陰……しかも体の曲線は妙に滑らか。

 ああ、そうだ……こんなことをするのは……

 

「あらあら……偶然ですわね?今から私達もお風呂に入ろうと思っていたところだったのですわ」

「イッセーさん!お背中、お流ししますね!」

「…………先輩の膝の上に座ってお風呂、入りたいです」

 

 ―――最後の最後で俺は絶叫したのであった。

 ―・・・

 

 あれから俺はボロボロになりながらも3人の要望に出来る限り応えることになり、更にそのあと小猫ちゃんの部屋に言って1時間ほど膝枕させられた挙句、小猫ちゃんは眠りにつき、その後に部屋に戻ろうと思ったところをアーシアに捕まり、その後はアーシアの部屋で世間話をしていた。

 そして今は俺は気分転換に別荘の外を散歩している。

 なんか、室内にいたら次は朱乃さんに捕まりそうな気がしましたのでね……

 すると俺は部長を発見した。

 部長はテラスの方のベンチで座りながら本を読んでいるようだった。

 俺は部長の元に近寄っていくと、部長は俺のことに気がついたのか、本を閉じて出迎えてくれた。

 

「あら、イッセー……まだ起きていたの?」

「……部長?」

 

 部長は眼鏡をかけて、寝巻らしき赤いネグリジェを着ており、幾つも重ねられている本を横にして椅子に座っている。

 

「あ、これのことかしら?」

 

 すると部長は俺の視線に気がついたのか、眼鏡を指差して説明してくれた。

 

「何かに集中したい時にこれを掛けると集中できるの……単なる願掛けね。人間界にいるのが長いから、人間の風習になれたのかしら」

 

 部長は苦笑いをしながらそう言うと、俺の視線は部長の手元の本に行く。

 ……レーティングゲームに関しての資料か?

 

「部長、それは……」

「……正直、こんなものを読んでも気休めにしかならないんだけどね」

 

 部長は本のカバーを指でなぞりながら、自信なさげにそう呟く。

 

「……部長は、ゲームに勝つ自信がないんですか?」

「…………正直、勝てるかどうかと言われれば、難しいわね」

 

 ……らしくもない、弱々しい声だった。

 部長のいつもの威風堂々としたものじゃない―――もっと不安で、そんな気持ちに押し負けそうな声だ。

 

「普通の悪魔なら、資料を呼んである程度は対策を練れるかも知れない。でも相手はフェニックス……そう、不死鳥(・ ・ ・)なのよ」

「……死なない、鳥」

「ええ。あなたも知っている通り、不死鳥とは聖獣として有名だわ。どんな傷でもその涙は癒し、殺しても死なない永遠の鳥、不死鳥……そしてその能力と悪魔のフェニックス家は同じ力を有している」

 

 部長は本の一冊を積み上げられている本の上に更に重ねる。

 

「つまりライザ―は死なないのよ。攻撃してもすぐ再生する。彼のレーティングゲームの戦績は10戦2敗……その2敗は懇意にしている家への配慮だから実質無敗。既に公式でタイトルを取る候補として挙げられているわ」

「不死鳥の王……そんなの反則級に無敵ですね」

「ええ。正にその通りよ。フェニックス家はレーティングゲームが始まって一番、悪魔の中で台頭してきた一族・・・」

「死なないから、負けない……単純で分かり易い強さですね」

 

 俺は嘆息する。

 たとえ、あいつに力がなくても不死鳥の性質からあいつは負けることがない。

 そんな相手に、まだ学生の部長に、この賭けをしろって言うのはあまりにも仕組まれているな。

 初めから部長が婚約を嫌がるのは分かっていて、それで最後は勝てるはずのないレーティングゲームで決めさせる。

 これはまるっきり……

 

「ハメ手―――チェスではスウィンドル。初めからライザーが勝つように仕組まれているのね」

 

 ……それでも部長は、戦おうとしている。

 何でだ?

 負けることが分かっているなんて、そんなのは言い訳だ。

 でも部長はそんな勝負でも諦めようとしない。

 

「部長は、どうしてこの縁談を破棄したんですか?ライザーの問題はともかくとして……」

 

 自由じゃない恋愛なんてしたくはないなんてことは分かってる。

 ライザーの性質を垣間見て、あんな野郎とくっつこうなんて気持ち、普通は持つなんてありえない。

 だけど悪魔の発展的な意味だけで言えば、フェニックスとグレモリーの婚姻は間違ってはいないはずだ。

 互いに強力な力を持つ家系、その二つの家から生まれる新たな命のポテンシャルは計り知れない。

 ……それでも部長は自分の意志を通す。

 例え仕込まれた勝てない戦いだろうと。

 

「……私はリアス・グレモリー―――でもね、誰も私を”リアス”とは見てくれないの」

 

 ……部長は淡々と話し始める。

 

「どこまで行っても、どこに言っても私は”グレモリー”としてみられるわ。名家のご令嬢、グレモリー家の次期当主。もちろん、自分がグレモリーということは誇りよ。でも、せめて自分を愛してくれる人には、”リアス”と見られたい…………接してほしい。それだけよ」

「…………」

 

 そっか……部長は誰よりも当たり前の幸せを望んでいるだけなんだ。

 一人の女として、好きな人に愛されたい、恋したい。

 家とかそんなもの関係なく、年相応の恋をして、結婚したい。

 この人は……そんな当たり前の心を持った人なんだ。

 そう思うと、俺は……

 

「ライザーを倒す方法はないんですか?」

「……理論上存在はしているわ。一つは圧倒的力で押しつぶす。もう一つは何度も何度もライザーを殺し続ける。前者は魔王クラスの力、後者はそれだけの体力と精神力よ」

「つまりフェニックスは、不死身だけど精神や心までは不死身じゃない……だから心を圧し折れば勝てるんですか?」

「ええ……神クラスの一撃なら、一瞬で体の全てを滅ぼすことは可能とは思うけどね。でも残念ながら私にはそんなものはない」

 

 部長は立ち上がって空を見る。

 

「私の小さな夢よ。誰か好きな人と結婚する。笑顔で毎日を過ごして、他愛のない話をして、キスをして、子供を作って―――だけど、それすらかなわないかもしれない……戦うからには勝つつもり。でももし無理な時は私は……」

 

 部長がその言葉を言おうとした時、俺はつい部長の手をギュッと握った。

 ……体が勝手に動いたんだ。

 だけど今、俺の心がそうしろと命令した。

 今、彼女を離してはいけないと。

 部長は俺のそんな行動に驚いているが、俺は構わずに手を強く握って部長と目を合わせた。

 

「……俺が、部長を自由にします」

 

 ……俺は部長にそう断言する。

 ここまで部長のことを知ったんだ。これで何も考えるなって言った方が難しい!

 それに俺は……

 

「俺には部長のお家事情も、悪魔の事情もあまり知っていません。でも、俺にとって、グレモリーの名はどうでも良いんです―――俺を助けてくれたのはグレモリーじゃない……リアス部長です!」

「……イッセー」

「それに俺は死を見たことのない馬鹿には負けませんよ。それに部長をあんな奴には渡さない。俺は部長を……リアスという一人の女の子を助けたいです」

 

 ……俺は言いきると、部長は少しだけ、瞳に涙を溜めていた。

 そしてすぐに笑顔になった。

 

「イッセーが皆から好かれている意味が少し、分かった気がするわ……そんなこと、真正面から言われたら、ね?」

 

 部長はそう言うと、本を持ってその場に立ち上がる。

 

「おやすみなさい、イッセー……それとありがとう。貴方の言葉で、私は戦えるわ」

「はい!」

 

 そして部長はその場から居なくなる。

 部長は最後は笑顔を見せてくれた……今はそれでいい。

 あとは俺の仕事だ。

 

「ドライグ……俺の言いたことは分かるな?」

『……魔王に匹敵するほどの一撃。そんなもの、禁手しかないと言いたいところだな』

 

 ああ……あいつを倒すにはあれだ。

 ―――赤龍帝の鎧(ブーステッドギア・スケイルメイル)

 赤龍帝の力を鎧として顕現した、全てを倍増して敵を討つ力。

 

『だが正直、あれが間に合うかどうかと言えば……不安の一言だな』

「……なら、俺は禁手には期待しないよ」

 

 そう……そんな間に合うかも分からないものに縋るわけにはいかない。

 今、禁手を使った魔王クラスの力が出せないとなると、ならもう一つの可能性は”強化”による赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)赤龍神帝の篭手(ブーステッド・レッドギア)にすること。

 でもあれでも一撃では勝てないだろうな。

 

『連発も出来ませんから、そうですね』

 

 ……フェルの言うとおり、あれによる1秒毎の倍増と、倍増した力の発動は数回しかできないし、それが全て効果があるとは限らない。

 仮にそれで仕留められなかった時のことを考えると、新しい戦い方が必要だ。

 

「……さてと、課題は出来た。不死鳥を殺す戦い方か―――面白い。やってやる……そして部長を助ける」

 

 決意は出来た。

 後はそれに向けてがむしゃらに突き進むだけ。

 俺はいつだって……そうしてきたんだ。



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第4話 開始と直前のドラゴンです!

 10日間の修業期間を果て、俺達は色々な事をした。

 俺の場合は毎日の日課であるランニングを2倍に増やし、更に3日に一度、ティアとの鍛錬。

 更に神器の応用を考えて神器の性質を再認識するためにドライグやフェルと相談をしたり、小猫ちゃんと木場との実践訓練。

 おそらく禁手(バランス・ブレイカー)は間に合わないことを想定して、禁手化に変わるライザーを倒すための戦法とかも思いつき、恐らく、俺が今までしてきた修行の中では最も効率的で、効果的な10日間だったと思う。

 小猫ちゃんと木場は戦いに少しは慣れた様子で、これなら心配は少ないだろうと言えるくらいに強くなっているはずで、アーシアは神器による回復の速度が著しく上がったはずだ。

 部長とは戦術の話をして、朱乃さんとは魔力の集中なんかを習ってみた。

 …………そして今、俺は自分の自室にいる。

 ゲーム開始は今日の夜。

 今はまだ夕方で、陽はまだ明るい。

 

『相棒、すまないな。禁手がまだ間に合わなくて……』

「気にするな。それに……禁手がなくても戦えるよ」

 

 俺はそう言うと、すると次にフェルが出てきた。

 

『しかしまさかあんなことを思いつくなんて……正直、主様には驚きました』

「……まあ何度か試して見たから大丈夫だとは思う。調整に関しては今回は戦いの中で神器を調整するさ」

 

 そう……俺が見つけた神器の新しい可能性は正直、これからの俺の戦い方を大きく広げてくれるものだ。

 まだあまり連発は出来ないけど、伸びる可能性は大きい。

 

「それにしても……すごい暇だな、この時間」

 

 俺は制服に着替えている。

 部長曰く、ゲームは正装でするらしく俺達の正装は制服ということになった。

 動きやすいし、別に運動能力に問題はない。

 

「ああ、暇だ…………暇つぶしにアーシアで癒されるか」

『暇つぶしの癒しなど聞いたことがないぞ、相棒』

「……分かってるよ、冗談だ。アーシアは道具じゃない」

 

 そんなことをしたら、俺はあの焼き鳥やろうと同じになっちまうよ。

 …………っ?

 なんか今、形容しがたい大きさの何かを感じたんだけど……

 まるで無限のように力が存在する、湖のような感覚。

 まるで俺を観察するような雰囲気を感じる。

 

『……まさか。いや、奴がこんなところにいるはずが』

『ですがドライグ。私も一瞬、感じました……今の波動はまさしく―――ドラゴン』

 

 二人は何を言っているんだ?

 無限の感覚とドラゴン…………まて、俺はその組み合わせを知っている。

 そんな存在、どこの世界を見ても一人しか存在しない。

 俺は急いで、さっき力を感じた方を見た。

 それは窓の外でしかも……俺の家の前にいた。

 

「……まさか今日会えるなんてな―――無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)!」

 

 俺は世界最強クラスのドラゴンの登場に心を躍らせた!

 その存在は、俺は転生前から聞かされていた。

 戦いたいわけではなく、俺は単に伝説の存在と話してみたかったんだ。

 世界の敵になるわけでもないのに、その存在が危ぶまれ、あらゆる勢力からその力を危惧されているドラゴン。

 俺はすぐに部屋を出て、玄関へと向かう。

 そして扉を開け、そこにいる存在へと視線を送った。

 

「……はじめまして、伝説のドラゴン」

 

 ……そこにいたのは、至って普通の女の子だった。

 ゴスロリの黒いヒラヒラの服に、真っ黒な髪、真っ黒な瞳……どこか神秘的な想像を膨らませるほどの無表情。

 小猫ちゃんと似ているようで、似ていない。

 その少女から湧き出る力は、でも本物だ。

 例え俺が持てる力を全て出し切っても傷一つ付かないであろう、そのオーラ。

 

「……我、伝説のドラゴンじゃない。我、名はオーフィス」

 

 すると無限のドラゴン……オーフィスは訂正を促せるような発言をした。

 なるほど、オーフィスにもドライグやフェルと同じでちゃんとした名前があるんだな。

 これは失礼なことをした!

 

「……オーフィスがこんなところにいる理由は分からないけど、ここではなんだ、どこかで話そうぜ」

「……なぜ?」

「俺がオーフィスと話してみたいからさ。俺はオーフィスに興味がある、オーフィスだって興味があるから俺の所に来たんだろ?―――だったら会話しよう!その方が楽しそうだろ?」

「…………それは楽しそう。我、ドライグ、ついて行く」

 

 ……ドライグって言うのは恐らく俺のことなのか?

 ってことオーフィスは俺のことを赤龍帝と分かってここに来ているってことか。

 とにかく俺は靴を履き替え、明らかにただの美少女にしか見えないオーフィスと並んで歩く。

 そして少し歩くとそこには公園があり、既に夕方と言うこともあり誰も公園にはいなかった。

 

『……相棒、なぜそいつと普通に話せる。いや、話そうと思う。そいつは世界で最高クラスに危険なドラゴンだ』

『主様の危機管理能力ならば、わざわざ二人きりになろうとなど……』

 

 ……悪いな。でもなんか感覚的にこいつは放ってはおけないんだ。

 なんていうんだろ……ドラゴンの癖にさ、こいつは鎖でつながれている感覚が何となくするんだ。

 それに先入観に囚われて、初対面の相手を否定するって方がおかしい話だよ。少なくともオーフィスからは敵意のようなものは感じない。

 だから少しの間、俺に任せてくれないか?

 

『『………………』』

 

 二人は押し黙るけど、これは了承ということで受け取る。

 そして俺はオーフィスをベンチに座らせ、そして公園の外にある自販機で適当なジュースを買って一本をオーフィスに渡した。

 

「……これ、何?」

 

 オーフィスは俺から手渡されたジュースの缶を不思議そうに見ながらそう尋ねてくるけど……そんな普通の物のどこが不思議なんだろう。

 

「それはジュースっていうんだ。飲み物だよ」

「それは、お菓子よりおいしい?」

「……同じくらいはおいしいんじゃないか?」

「ならば、我、ジュース、飲む」

 

 そう言うとオーフィスはジュースを飲もうとするんだけども……プルタブの開け方が分からないらしい。

 なんか非常に首を傾げている。

 ……プルタブに苦戦する世界最強の存在もなかなかシュールだな。

 

「開けるから貸してくれ」

 

 俺はオーフィスから缶ジュースを貸してもらうと、そのままプルタブを開けてオーフィスに渡す。

 オーフィスはそれを不思議そうに見つめながら、そのままジュースを飲んだ。

 

「……これは、お菓子とよく合いそう。我、気に入った」

「まあ合うと思うよ?」

 

 俺は驚いているオーフィスを見て苦笑しながら自分のジュースを飲む。

 なんていうか、気の抜けたドラゴンだよ。

 

「……それで、なんで世界最強のオーフィスがこんなところにいるんだ?」

「…………我、ドライグに会いに来た」

 

 ……するとオーフィスは俺をじっと見つめてそう言ってくる。

 俺を?それともドライグを?

 

『……オーフィスよ。どういうつもりだ?』

 

 するとドライグは俺の手の甲から宝玉から声を周りに聞こえるようにして、そしてオーフィスに話しかける。

 

「我、会いに来たの、龍、じゃない……人のドライグ」

「……俺はドライグじゃなくてさ、兵藤一誠っていう名前があるんだ。イッセーって呼んでくれ」

「なら、イッセー、会いに来た」

 

 ……オーフィスは素直に俺の名を呼ぶ。

 あれ?思ってたのとこいつはなんか違う。

 なんか、オーフィスは純粋っていうか……何でも受け取ってしまうそうな、そんな感受性を見受けた。

 

「俺に?なんで……」

「我、少し前に瞬間的、圧倒的なドラゴンの力を感じた。それ、グレートレッドの力、似ていた」

「……ああ、強化した神器の力か」

 

 恐らくそれは堕天使との戦いの時の赤龍神帝の篭手(ブーステッド・レッドギア)の一撃のことなんだろうな。

 まああのドラゴンの名前を頂戴しているくらいだから、そりゃあ少しは力が似通っても不思議ではないか……そう、真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)の名を。

 

「でも、違った。イッセーの力、グレードレッドのもの、まるで違う。感じたことのないドラゴン、そして力に、悲しみ、怒り、苦しみ、想い。色々混ざった力。でも、温かなドラゴンの、波動」

「……そんなに、分かったのか?」

「……イッセー、何者?何代かの赤龍帝、我、見てきた。でもイッセー、どの赤龍帝とも違う。力、求めてない。でも力、手に入れようとしてる……何故?」

 

 ……オーフィスはどこまで分かっているんだろうな。

 何もかも、俺のあの時の一撃で分かったのならば、こいつはどれほどの純粋なドラゴンなんだろう。

 いや、そこまで分かっても何も分からないほど、このドラゴンは無垢なのか。

 

「守るため、救うために力を欲する。それが俺の掲げる赤龍帝の真髄だ」

「……守る、赤龍帝?」

「ああ。助けを求める人を助ける。仲間を命がけで救う。それが俺のしたいこと……俺はさ、優しいドラゴンって呼ばれたいんだ。最高の赤龍帝。そんな二つ名を、欲しているんだ」

「……イッセー、優しいドラゴン。我、認める。イッセー、歴代最高の赤龍帝」

「……いや、そいつは誰かにつけて貰うじゃダメなんだ―――皆に認められて、自分が自分を認めないとなれない」

 

 オーフィスは俺の手を握りそう言ってくるが、俺はそう返す。

 ……オーフィスの真意は何なんだろう。

 

「我、イッセーに頼みたい。助け、望む」

「助け?」

「うん。我、静寂を手に入れたい」

 

 オーフィスは無表情のままそう言う……どういうことだ?

 

『相棒、そもそもこのオーフィスとグレートレッドというドラゴンは、この世界では生まれていない。この2匹……いや、奴も入れれば3匹は次元の狭間で生まれたドラゴンだ』

 

 奴?

 

『わたくしのことです、主様』

 

 するとフェルが俺の胸より宝玉となって、オーフィスにも聞こえるように話しかけてくる。

 

「……誰?」

『わたくしは神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)のフェルウェル……歴史から名を消された、始まりのドラゴンです』

「我の、敵?」

『いえ……それにしても静寂を求める。ですが貴方は確かグレートレッドに……負けたはずです』

 

 ……フェルはどこまで知っているんだ!?

 ―――って、知っていて当然か。

 フェルは次元の深奥に永久ともいえる長い時間、神器の中に封印されていたんだからな。

 詳しい情報源がどこからかは知らないけど、フェルが嘘を付くなんてことはない。

 

『そして貴方はグレートレッドのいる次元の狭間を追放された。だからあなたは……』

「故に我、静寂を求める」

 

 ……静寂、か。

 俺はそんなもの考えられない。

 静寂とか、一人とか……そんなの悲しすぎて俺には無理だ

 

「イッセー、我、グレートレッドを倒したい。でも我、一人では不可能。故に、イッセーの力、貸して欲しい」

 

 ……オーフィスは本気だ。

 この目は本気でそう言っているんだ……だったら俺はどうするべきだ?

 助けを求めるオーフィスを、俺はどうしたいんだ。

 救いたいか?……いや、違う……それ以上に俺は―――

 

「……オーフィス、お前には友達っているか?」

 

 この()の友達に、なりたい。

 

「友達?」

「ああ。仲のいい友人のことでさ……仲良く話したり、一緒に遊んだり。こんな風に相談したりする存在。そんな存在、いるか?」

「……我、そんなものがいたことない」

「……なら俺はオーフィスと友達になりたいな」

 

 俺はオーフィスの髪を撫でてそう言うと、オーフィスは目を見開いていた。

 

「相談されたからな……そのことは、今日の俺の戦いを見てから決めてくれ」

「……戦い?」

「ああ……今日さ、俺の大切な仲間があるやつに奪われそうになっているんだ。だからその大切な仲間を助けるために俺は戦う。だから見ていてくれ。俺の戦いを」

 

 ……陽は、暗くなっている。

 あと数時間もすれば俺達は戦いになるだろう……だからそれを見てオーフィスには分かってもらいたい。

 戦う理由が、自分だけの利益のためだけじゃないことを……仲間のために戦う価値を。

 

「……我、イッセーの戦い、必ず見る」

「ああ……とりあえずは俺はオーフィスと友達になりたい。それについての返答が欲しいな!」

「……友達、なると、何に、なる?」

「そうだな。とりあえずいつでも一緒に居れる。それと今みたいに相談に乗れるし、助けることも出来る。何より―――笑顔でいれる」

 

 俺はそう言うと手を差し出す。

 

「?」

「これは握手だよ。友達になるための、簡単な契約?」

「……それは、是非、契約する」

 

 そういうとオーフィスは俺の手を握りしめた。

 そして俺は、一人家へと向かったんだ。

 オーフィスは俺を見送るようにその場に佇んでいた。

 その表情は一番最初に見たときの、無機質なものではなく……どこか嬉しそうな微笑みを浮かべていた。

 ―・・・

 

『主様。なぜ、わざわざオーフィスにあんなことを……』

 

 俺は再び自室に戻り、椅子に座って時間を待っていた。

 そうしていると俺の中のフェルは俺に、先ほどの俺の行動について聞いていた。

 ……そう聞かれてもな、実はあまり理由なんてものはないんだ。

 強いて言うなら……

 

「何となく、オーフィスは放っておけなかったんだ」

 

 そう言うことだ。

 あいつは良い意味でも悪い意味でも純粋なんだ。

 言われたことを何でも信じてしまうような危うさと、何でも純粋な気持ちで捉える純粋さを兼ね備えている気がした。

 だからあいつを見てると放っておけなかった……たとえ、最強クラスの力を持っていても、あいつが夢幻でも無敵とは俺には思えなかった。

 

『……この世界広しといえど、どれだけ探してもオーフィスを守りたいと思うのはお前だけだと思うよ、相棒』

「……皮肉だな。でも悪いけど譲らない」

 

 ああ、譲らない。

 それにオーフィスは既に俺の友達だからな。

 そうしていると、俺の扉を控えめにトントンと叩く音がした。

 

「……アーシアか?」

「は、はい!その……」

「ああ、入っていいよ」

 

 俺はアーシアにそう言うと、アーシアは俺の部屋の中に入ってくる。

 俺は部屋に入ってくるアーシアの姿を見て、素直に驚いた。

 なんたってアーシアは……初めてあった時と同じ、シスター服を着ていたからだ。

 

「あはは……部長さんが一番、良い服を着てきなさいと言われたもので……悪魔が修道服なんて、変、ですよね?」

「……全然、むしろその服はアーシアしか似合わないよ」

 

 アーシアは不安げな顔だったから、俺は素直な感想を言うと、アーシアは嬉しそうな表情になった。

 ……アーシアは良く表情に現れる子だもんな。

 

「……怖いのか? 今から、戦うことが……」

「…………はい。正直、部長さんの未来の掛かった戦いと思うと、どうしても怖くて……だから、一緒にいても、いいですか?」

 

 俺は頷くと、俺はベッドに腰掛けてアーシアは俺の隣に座る。

 そして俺の腕をからめて、ぎゅっとしてきた。

 

「……イッセーさんがいてくれたら、大丈夫です」

「ああ。俺がいる限り、あいつの好きにはさせないさ。そのためにこの10日間、死に物狂いで修行したんだからさ」

 

 ……ああ、負けないさ。

 アーシアだって、部長だって、小猫ちゃんに朱乃さん、木場だって頑張って来たんだ。

 それに……オーフィスだって見てる。

 皆の想いを無駄になんかしない。

 

「皆で勝つ。あのライザ―をぶっ倒して、みんなで明日は笑顔で入れたらいいな」

「……はい!」

 

 アーシアは先ほどのような気弱な声ではなく、気合いを入れたはっきりとした口調でそう言った。

 

「それはそうと……イッセーさんは先ほど、急いでどこに行っていたんですか?」

「う~ん……そうだな。新しく出来た友達とお話、かな?」

 

 俺は少し言葉を濁してそう言うのであった。

 そしてしばらくの間、俺達はじっとその場で座って話をするのだった。

 

 ―・・・

 

 日付が変わる寸前の0時にさしかかる前の11時40分ほどの時間帯……

 俺とアーシアを含めたグレモリー眷属の皆はオカルト研究部の部室に集まっていた。

 顔合わせは半日ぶりか?

 小猫ちゃんは拳に皮のオープンフィンガーグローブを付けて、木場は帯剣している剣をじっと見ている。

 部長と朱乃さんはさすがと言ったほど落ち着いていて、アーシアは俺が傍にいるからか、比較的に落ちついていた。

 

「木場、小猫ちゃん。戦う前から肩に力が入っててどうすんだよ。そんなんじゃ些細なミスをすんぞ!」

 

 俺は冗談交じりに二人の肩を叩くと、二人は驚いたように俺の顔を見てきた。

 

「……そんなに顔に出ていたのかい?」

「いいや……ただ他に比べて戦闘準備が入念過ぎたからやま勘で言った。ま、正解だったから良いだろ?」

「…………確かに肩に力が入り過ぎていたのかも知れません」

 

 そう言うと、二人は少しだけ肩の力が抜けたように溜息を吐く。

 

『……相棒、どうやらオーフィスは本当にこの試合を見るようだ。先ほどから小さく、こちらの様子を観察している奴の波動を感じる』

 

 ……そっか。

 ならいい、あいつには俺の戦いを見て貰いたい。

 自分の目的だけじゃなく、誰かのために戦うことを。

 

「……皆様、準備はお済なりましたか?」

 

 ……すると試合開始の10分ほど前に銀色の魔法陣が展開され、その中からグレイフィアさんが現れた。

 そしてグレイフィアさんが俺達を少し目を見開いたように見てきた。

 

「……たかが10日で随分と変わられましたね。お嬢様、私の立場上申し上げにくいのですが…………頑張ってください」

「……ええ。最善はつくさせて貰うわ」

 

 そう言うとグレイフィアさんは部長から視線を外し、そのまま部室の真ん中に立った。

 

「ちなみに、このゲームは魔王であるサーゼクス・ルシファー様も見ていられます」

「お、お兄様が!?」

 

 …………え?

 今、部長……魔王様をお兄様って言った?

 

『……例の先の戦争で先代の魔王は全て死んだそうです。それで新しい魔王を作るべく、悪魔の強者を魔王にしたのではないでしょうか?』

 

 なるほど……それなら部長のお兄様が魔王で、しかも名前が違うことも納得だな。

 ルシファーの名を受け継ぎ、そして魔王となったのが部長のお兄様、サーゼクスさんってことか。

 ルシファーは名前ではなく役職……魔王が役職って言うのはなかなか新しい発想だな。

 

『なるほど……リアス・グレモリ―が当主なのは、兄が魔王になったからか』

 

 ドライグも納得しているようだった。

 

「では皆様、この魔法陣の中にお入りください」

 

 グレイフィアさんは部室の真ん中に魔法陣を展開させる。

 そして魔法陣の中に入ると、次の瞬間、魔法陣が光を出し始める。

 

「これにより皆様を先頭フィールドにご案内します。それでは、ご武運を……」

 

 そして次の瞬間、俺達は光に包まれながら転移していった。

 ―・・・

 

 目を開けると、そこは何の変哲もない今までいたはずの部室だった。

 転移をしたはずだけど……

 

『皆様、この度、フェニックス家とグレモリー家の試合に置いて、審判役を任せられましたグレモリー家の使用人、グレイフィアと申します』

 

 ……するとアナウンスのような音声で、どこからかグレイフィアさんの声が聞こえた。

 

『この度のレーティングゲームの会場として、リアス・グレモリー様方の通う、駒王学園の校舎を元にしたレプリカを異空間に用意させていただきました』

 

 ―――異空間って、もしかしなくても……

 

『ああ……相棒の思うとおり、次元の狭間だろう』

 

 ……そっか。

 俺は一応、部室の窓のから外の風景を見てみる。

 …………悪魔の魔力って恐ろしいものだな。

 学校そのものが俺の視線の先にはあって、空は何とも言えなく色で覆われていた。

 

『両者、転移された場所が本陣でございます。リアス様は旧校舎、オカルト研究部部室、ライザー様は新校舎の生徒会室でございます。『兵士』は互いの敵地に足を踏み込めた瞬間、昇格を可能とします』

 

 ……つまり俺が新校舎に入ればその瞬間に昇格できるってことか。

 分かりやすいな。まあ俺は今回の戦いで『兵士』の性質はあんまり関係ないけどな。

 

「全員、耳に通信機をつけなさい」

「……通信機?」

 

 部長の言葉に俺は少し首を傾げる……っていうか通信機ってもしかして、この光の球のことか?

 俺は部長の周りで浮遊するいくつかの球体を見ながらそう思った。

 

「通信機と言っても、魔力を介した物よ。この光を耳に入れれば、仲間間で会話が出来るわ」

 

 そう部長が説明してくれると、俺は部長に言われるがまま、光を耳に入れる。

 

「……準備は完了だわ」

 

 部長は席を立ち上がる。

 それと同時に校内にグレイフィアさんの声が響いた。

 

『それでは0時になりました。開始の時間となります。制限時間は人間界の夜明けまで。ゲームスタートです』

 

 ……そして校内に鐘の音が鳴り響く。

 それはゲームの開始時間と暗に告げているようだった。

 

 ―・・・

 

「さて・・・じゃあまずはどう攻めるかを決めましょうか」

 

 ……元々、俺の考えていた試合とは短期決戦の攻防を入り組んだ超大戦と思っていたんだけど、10日間である程度、俺はゲームを理解した。

 部長と戦術を考えていたのもあるんだけど、それ以上にレーティングゲームは面白い要素がある。

 悪魔をチェスの駒として動かし、最後は『王』をチェックメイトする……

 単純だけど、それゆえに面白い。

 それがレーティングゲームだ。

 

「……イッセーと私は戦術を考えたわ。でもそれのいずれも型にはまりすぎている気がする―――イッセー、どう思う?」

「はい……確かに色々考えはしましたが、結局は臨機応変に戦場で戦わなければなりません。だからこそ、まずは俺はここ以外に自分達の領域を増やそうと思いましたが……」

「……それの場合、長期戦になるわね」

 

 ……その通りだ。

 人数がフルでそろっているならまだしも、長期戦では俺達は不利すぎる。

 向こうは全部で15人、全てがそろっていて、更に王であるライザ―は不死身。

 やるなら短期決戦しかない。

 

「……体育館を仮にライザー達に取られてしまうと、こちらは不利になるわ」

「体育館はチェスで言うところのセンター……先に取られたらこっちは不利ですね」

 

 木場はそう言うと、俺は考える。

 長期決戦は不利だから避ける、でも体育館を占拠されたらまずい。

 体育館は比較的こちらの旧校舎側にあって、そこを占拠されたらこちらに手が出し放題だ。

 特に『兵士』は8人全員がこちらの校舎に入ると全員、『女王』になる恐れすらある。

 …………危険だ。

 

「…………なら部長、逆の発想をしましょう」

「逆の発想?、…………ッ!」

 

 すると部長は何かに気付いたようだった……よし、部長も俺と同じことを考えたようだ。

 

「……イッセーの考えることは驚きね。ならまずはこちらの校舎に近づけない小細工をしなきゃいけないかしら……朱乃」

「はい、部長」

 

 朱乃さんは納得したような表情で、部室から出ていく。

 おそらく、部長は朱乃さんに旧校舎をカモフラージュするための幻術を用意するようなことを指示したんだろうな。

 

「祐斗と小猫は森にトラップを。恐らく、ライザ―は最初にこの校舎に『兵士』をいくつか投入するはずよ。その際にこの校舎への道は森よ」

「はい、部長」

「……わかりました」

 

 小猫ちゃんと木場は朱乃さんと同じように部室からいったん出ていく。

 

「……部長、体育館には俺と、もう一人誰かで向かった方が良いと思うのですが」

「そう考えていたわ。そうね、『騎士』は正直、室内よりも室外での戦闘の方が向いているわ……機動性があるもの。ならここは小猫かしら」

 

 ……妥当なところだ。

 小猫ちゃんの防御力と攻撃力は室内の方が生かせるはずだ。

 

「……全く、イッセーの使いどころは多すぎて逆に困るわ……祐斗の言ったオールラウンダーっていうのは伊達じゃないわね」

「それで?恐らくは部長の考えることと俺の考えることをは同じだと思うんですが……」

「そのことは後でいいわ。それよりも……こっちに来てここに寝なさい」

 

 ……すると部長は俺を自分の太ももの所に指差して、そのまま寝なさいと言ってくる。

 ―――なんでだ?

 俺がそう尋ねようとした時、部長はそれを見越して話しを続けた。

 

「この戦いは貴方が要なの。だからイッセーには体を休めて貰わないと……」

 

 ……そして俺は言われるがまま、部長の太ももに頭をのせ、ソファーに横になった。

 

「むぅ~~………………」

 

 アーシアが嫉妬めいた視線で涙ながらに俺を睨んでくる!

 予想はしてたけどアーシア!そんな目でお兄さんを見ないでくれ!

 

「……くすくす。相変わらず、面白いわね。イッセーは」

 

 ……部長はそう言うと、俺の頭を優しく撫でてくる。

 ――――――すると、俺の中で何かが外れた気がした。

 

「ぶ、部長、これは……」

「……貴方を悪魔に転生させる際にね、貴方の力はあまりにも大きすぎたの。だから私はたかだか人間がそんな力を持って転生したら、体が持たないと判断し、貴方の力をいくつかに分けて封印したのよ……杞憂だったけどね」

 

 ……つまり、部長は俺の中に存在する封印を解いたってことか?

 だから俺は力が溢れている。

 

「とは言っても、既にいくつかの封印が貴方の力に耐えきれなくなって壊れていたんだけどね?全く……すごいわ、イッセー」

 

 ……堕天使の時の神器の覚醒によるものだろうな。

 とにかく、俺の中の縛りはなくなったってことか。

 これならあの力(・ ・ ・)も、もっと使えるかもしれない。これは嬉しい誤算だ。

 

「……あなたが悪魔に転生出来たのは今さらながら奇跡でしょうね。変異の駒を3つも使っても転生できない23個分の『兵士』……最強の『兵士』よ、イッセーは」

 

 最強の『兵士』、か……良い名前だ。

 優しいドラゴン、最高の赤龍帝、最強の兵士……全く以て大層な名前が並ぶな。

 

『だが事実だ。それに俺も心地が良い……相棒の力が近くで分かる』

『主様、今すぐあなたと共に戦いたいです』

 

 はは……二人は既にやる気満々だな。

 かく言う俺もやる気が俄然、湧いてきたよ……それはそうと、何か知らないけどアーシアが頭を押さえているんだが。

 

「うぅ……部長さんがそんなことを考えていたなんて!私はそれなのに部長さんに嫉妬を抱いたなんて―――ああ、主よ、罪深い私に、ひゃう!!」

 

 ……アーシアは神に祈りをささげ、そして激しい頭痛に見舞われる。

 アーシア、俺達は悪魔なんだからさ?

 神に祈ったらそうなるんだよ……俺は切にそう思った。

 

『部長、僕と小猫ちゃんの準備、整いました』

『こちらもですわ、部長』

 

 ……木場と朱乃さんの声が通信機から聞こえる。

 なら俺の出番か。

 

「朱乃は旧校舎の屋根で待機、祐斗は相手の『兵士』を森で警戒しながら待機しておいて……そして小猫はイッセーと合流、そして体育館に向かいなさい」

 

 その言葉で俺達は同時に了承する。

 

「さあ……グレモリー眷属を怒らせたらどうなるか、フェニックスに分からせてあげましょう!」

 

 それは宣戦布告としてはありがたいほど、意気の入った声だった。

 ―・・・

 俺は体育館付近で小猫ちゃんと合流し、そのまま裏口から体育館に入る。

 俺達は舞台袖で相手がいるかどうか窺っていて、そして小猫ちゃんは俺の服の裾を掴んでいた。

 ちなみに俺は部長にあること……それはライザーが考えそうな作戦をいくつか予想して教えておいた。

 真実かどうかは分からないけど。

 

「……ま、隠れていても意味はないか。小猫ちゃん、敵さんのお出ましだ」

「…………イッセー先輩は潔いというか、勇気があると言うか。でもそこがカッコいいです」

 

 ……小猫ちゃんにそう言われたのは初めてだな。

 そう思いつつ、俺達は舞台の真中に立つと、すでに体育館の中心にはライザ―の眷族の数人がいた。

 チャイナドレスの女の子、ブルマ姿の双子の女の子、そしてライザ―の命で俺を襲った棍棒を持ったミラっていう女の子だ。

 

「こんにちは、グレモリー眷属の下僕さん……っとあなたでしたか。あのライザー様に喧嘩を売った殿方」

「どちらかと言ったら売られただよ。―――俺は兵藤一誠。リアス部長の下僕にして唯一の『兵士』…………そう言えば、この前は悪かったな、ええっと……ミラちゃん、だっけ?襲ってきたとはいえ、少し怖い目にあわせて」

「……べ、別に気にしてませんので……!」

 

 ん?

 なんか妙に顔が赤いっていうか……って小猫ちゃんが俺の脇腹をつねってきて地味に痛い!

 

「……全く、天然で戦闘中に女の子を口説かないでくださいッ」

「く、口説いてないよ!?小猫ちゃん!」

 

 俺は小猫ちゃんに食いつくと、小猫ちゃんは相変わらず俺の裾を握っている。

 

「私はライザー様に使える『戦車』、シュエランよ」

「『兵士』のイルで~す!」「ネルで~す!」

 

 双子の女の子とチャイナドレスの女の子がそう言って自己紹介してくる。

 

「……レイヴェル様があまり傷つけるなと言っていたけど、残念だけど貴方達はココで退場よ」

「……こ、この前の雪辱……は、晴らします!」

 

 未だ顔が赤いミラちゃん……なんでだろ?

 ま、どうでもいいか。

 とりあえず、舐めた口を聞いてくれたおかげで俺の中のドラゴンが怒り心頭だ。

 

『よし、5秒で地獄送りだ』

『主様、最初から全開です!』

 

 それは飛ばし過ぎ!?

 ……まあ最初は様子見も兼ねて行こうか。

 

「小猫ちゃん、俺達のデビュー戦だ。いくぞ!―――いいか、ライザーの下僕!俺たちグレモリーを易く見てると、思いがけない痛手を被ることになるぞ!」

「…………はい!」

 

 そして俺と小猫ちゃんは相手の方に向かって舞台から飛び降りて、そのまま向かって行った!

 

『Boost!!』

 

 そして俺は篭手を出現させ、戦いの狼煙のように篭手から音声が鳴り響くのであった。



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第5話 さあ、消し飛ばしてあげなさい!

「「バッラバラ、バッラバラ♪」」

 

 ええ、とても跳ねるような子供らしい無邪気な子供の声が聞こえます。

 ええ、それはもうホントに無邪気な可愛い女の子が俺の元に駆け寄ってきます……

 ―――チェーンソウを振りまわして。

 

「か、可愛い顔してなんてもん振りまわしてんだよ!!ギャップ狙ってんのか!?そうなんだろ!」

 

 今はレーティングゲームの序盤戦であり、俺と小猫ちゃんはライザ―の『戦車』一人と、『兵士』3人と対峙している。

 正直、俺一人でも良かったんだけど、どうしても小猫ちゃんは相手の『戦車』と戦いたかったみたいだ。

 たぶん自分の修行の成果を見せたいんだろうな。

 だから俺は『兵士』3人と対峙しているわけだけど……

 

「きゃはは!お兄さん、ぶっちゃけカッコいいからバラバラしがいがあるよ!」

「バラバラにしてあげる!! かっこよくね?」

「かっこよくばらばらってなんだよ!? チェーンソウは乙女が振りまわすもんじゃないだろ!?」

 

 俺はイル、ネルが振りまわしてくる物騒極まりないチェーンソウをほとんど当たる寸前で避け続ける。

 その太刀筋、速度……全てを鑑みて俺は一つの結論へと辿り着こうとしていた。

 太刀筋は素人感があり、速度は多少ありもするが、大したことはない。

 何よりチェーンソウに纏っている魔力の質が低すぎるってところが決め手か。

 結論、大したことはない。

 ・……つまりこれは正直、当たっても大したことはないかもしれない。

 ただの魔力による防御壁だけでどうにかなるほどの弱い攻撃に近い。

 

「ネル、そっち!」

「はいさ!」

 

 代わりにコンビネーションは卓越されているけどな!!

 双子のネルと思われる方が俺へとチェーンソウを振りまわしてきて、そして隙を見て後方よりイルが俺にチェーンソウを振りかざす!

 

「でも、残念!!」

 

 だけど既に数段階、倍増された俺の身体能力で二人のチェーンソウを手と篭手で受け止める!

 手には魔力を集中させ、チェーンソウの回転による斬撃を無力化する。

 するとすかさず、ミラちゃんが俺に棍棒を突き刺そうとしてきた!

 

「決して悪い攻撃じゃないけどないけど、相手を選ぶ悪い作戦だな」

 

 そんなことは予想の範疇だ!

 

『Boost!!』

 

 籠手の力が5段階目の倍増を告げる!

 とりあえず、こいつらを黙らせるには十分な倍増だ!

 

「解放だ!ブーステッド・ギア!!」

『Explosion!!!』

 

 俺の叫びと共に篭手に溜まった倍増の力が解放されるッ!!

 5段階の倍増による魔力を俺を中心とする円形数メートルに放射した!

 

「「「きゃあ!?」」」

 

 ……するとその魔力の噴射により起きた風圧で『兵士』3人が飛ばされ、そのまま体育館の壁に激突する。

 

「あれれ……少し強すぎたか?ま、とりあえず今はこれでいいか」

 

 俺は拳を構え、飛ばされた3人の方を見る。

 既に立ちあがってはいるものの、多少はダメージはあるようだな。

 

「この魔力……上級悪魔クラス!?」

「昇格していないはずなのに!?」

 

 ……なるほど、今の俺は上級悪魔クラスの魔力なのか。

 それは良いことを聞いたな。

 つっても、5段階だからもっといけるんだけど。

 

『昔の相棒とは魔力の質と量が違うからな。相棒ならば上級とは言わずにもっと上さ……さぁ、舐めくさった乳臭い餓鬼どもに説教をしようか』

『ええ、主様を馬鹿にした罪、万死に値します』

 

 まあ待てって……まだ始まったばかりだ。

 体力は温存しておきたいし、それに―――

 

「そこまで余裕になれるほど弱くないよ、彼女らは」

 

 すると、『兵士』3人は武器を持って更に立ち上がっていた。

 ライザーに対する忠義が本物、か。

 それを見て、俺はふとこう思った。

 

「―――気に入った。その真っ直ぐと俺の方に向かってくるところ、嫌いじゃないぜ?だからまぁ全力で倒す!」

 

 俺は一気に3人と距離を詰めた!

 

「イル、ネル!こうなったら相打ちでもこの殿方を倒します!この人は危険です!」

 

 ミラちゃんが二人に命令するけど……関係ない!

 ミラちゃんが棍棒、イルとネルがそのまま俺にチェーンソウを使って同時に攻撃を仕掛けてくる。

 ……なるほど、同時に三つの攻撃を行えば、物理的に腕が足りないって魂胆か……悪くない発想だけど、でも残念!

 

「同時と言っても、多少のタイムラグは当然起きる!!」

 

 ……三つ子だったら、同時もあり得ただろうな。

 だけど多少、ミラちゃんの棍棒は二人よりも早い!

 俺は真正面から篭手で棍棒の先を殴りつけると、棍棒は……

 

「な!?私の棍棒が!?」

 

 先から割れるように崩れ、そして拳の衝撃波で跡形もなく消し飛んだ。

 そして少し遅れてきたイルとネルの攻撃を、俺は避ける。

 勢いがつきすぎていたんだろうな……二人はそのまま体勢を保てぬまま床に転がっていった。

 

「いたぁ……もう、なんで攻撃が当たんないのよ!」

「わかんない!!」

 

 俺は3人から距離を取り、少し離れた所から観察する。

 

「単調な動きの割に速度も微妙だからだよ。ちと修行が足りないんじゃないか?―――つってもライザーの馬鹿が修行なんてことするわけないか……さて、時間的にはもう少し稼ぐとするか」

 

 俺はそう思うと、小猫ちゃんを見た。

 ……相手の『戦車』は、正直に言えば小猫ちゃんより格上の『女王』クラスの実力者だ。

 魔力の質も、普通に高いし、何より戦闘センスは高い。

 …………でも小猫ちゃんはそんな相手に、一切の劣勢は見受けられない。

 攻撃を見切り、隙あらば拳を入れていた。

 

「な、なんなの!?私の攻撃が!!」

「……ずっとイッセー先輩を相手に修行していたんです。私がイッセー先輩に触れたのは修行中、二回だけです。そんな相手と戦っていたら、嫌でも対処の仕方を覚えました」

 

 そして小猫ちゃんは相手の一撃を体を固めて防御し、そして隙をついて全力の一撃を相手の腹部に入れた!!

 よし!俺との戦いで言った戦法が出来ている!

 しかも極めつけに小猫ちゃんは相手の顎からそのまま拳を上に繰り出し、アッパーをした!!

 

「ぐぁっ……ッ!!」

 

 その結果、相手の『戦車』はそのまま地面に頭から叩きつけられて、相当のダメージを受けた模様……小猫ちゃんは戦いの中でまた強くなったな。

 やはり生きた戦いをすれば、思考が良いものになる。

 俺は小猫ちゃんの隣に立った。

 

「…………先輩は相変わらず、悠々と相手を無力化しましたね」

「悪くはなかったよ。もう少し冷静だったらもっと苦戦したかもね」

 

 そして四人のライザーの下僕が体勢を立て直して立ち上がる。

 内、一人は満身創痍だけど、でも立ち上がる行動は俺は素直に評価する。

 

「……さて、小猫ちゃん。正直、俺は今すぐにこいつらを全力で応えてやりたい。どうするべきだと思う?」

「……見ておきます、先輩の戦う姿を。それの方が得られるものが多そうですし、その……」

「その?」

「……先輩の戦う姿、見せてくださいっ」

 

 小猫ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤くする。

 そしてそう言うと、一歩、後ろに下がってくれた。

 

「さて、ライザーの眷属達。ここからは俺が一人で相手をする」

「な、舐めた真似を!!」

「……はは。舐めた真似、か。ならさ―――それが本当かどうか、見せてやるよ」

 

 すると相手の『戦車』が俺の方へと、走ってくる!

 なら今の俺の全力の速度だ!

 さっきの解放の力もまだ残っていることだし、木場並みの速度を見せてやる!!

 

「…………まずは一人目!!」

 

 俺は足を動かし、全力の速度を出すとあっという間に『戦車』の元まで近づいた。

 向こうは目を見開いて驚いているようだけど、でも関係ねえ!!

 そのまま俺は篭手の方の左手で彼女の腹部に拳を放ち、そしてそのまま壁へと床へと叩きつけた。

 

「かッ……! なんて、速さ……」

 

 そのまま彼女は戦闘不能という風に動かなくなる。

 意識を失ってはいないからまだリタイアじゃないのかな?

 そして次に俺の目に映るのはようやく構え始めた三人の兵士だった。

 

『相棒!あと10秒しか持たんぞ!』

 

 ああ、倍増の解放はそれぐらいだろうな!

 でもそんだけあれば十分だ!

 

「気をつけなさ」

「―――他人より、まずは自分からだ」

 

 俺は静かにイルの方のチェーンソウを殴りつけ、刃を粉々にした!

 それと同様にネルの方も刃を壊し、最後は足蹴りで二人を『戦車』と同様に床にたたきつける!

 そして最後!

 手のひらサイズの魔力球を出現させ、そのままミラちゃんへと出来るだけ出力を押さえた魔力弾を放った!!

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ……俺の魔力弾でミラちゃんは戦闘不能のギリギリのラインまで消し飛ぶ。

 体は傷だらけだけど、まだリタイアではないみたいだ。

 

「……最小限の魔力で最高の戦果。さすがです、イッセー先輩」

「ありがと。それよりも今すぐここを離れるよ?」

「……え?―――せ、先輩……ッ!?」

 

 俺は小猫ちゃんの腰を持って、そのままダッシュで体育館からでる!!

 小猫ちゃんは俺の行動に驚いているようだけど、もう時間がない!

 俺と部長の考えが同じなら、もうそろそろ……

 

『イッセー、体育館から離れたようね、さすがだわ』

 

 ―――次の瞬間、今までそこにあった体育館が激しい落雷によって消し飛んだ!!

 

「―――テイク」

 

 その言葉と共に、体育館の上空にいる巫女服姿の朱乃さんの姿があった。

 

『ライザー様の『兵士』3名、『戦車』1名、リタイア』

 

 ……同時に今まであそこにいた4人がリタイアしたことを知らせる、グレイフィアさんのアナウンスが入った。

 

「…………イッセー先輩、これは」

「……俺と部長の考えた作戦。自分達は短期決戦しかない、でも敵に渡ったら面倒になるなら、先に体育館を破壊してしまえば良い。そうしたらその問題は解決するだろ?」

『Reset』

 

 俺は小猫ちゃんを下ろし、そういうと俺の倍増が一度、リセットされた。

 

「今のは朱乃さんの雷撃だ。さすがは雷の巫女。威力は絶大だ」

「……イッセー先輩の作戦、戦い。見事です」

「そんなことはない……むしろ、問題はここからどう出るかだ」

 

 俺はそう思っていると、部長から通信が入った。

 

『良くやったわ、イッセー、小猫。なら次は祐斗と合流なんだけど……』

「今すぐ向かいます……それとさっき言ったことですが」

『ええ……あなたに任せるわ』

 

 ……俺は少し前に部長に言ったことを確かめると、部長は俺に任せてくれる。

 

「小猫ちゃん、行こうか」

 

 俺は小猫ゃんの手を握って、歩き出す。

 

「……せ、先輩。そんなに私の手を握りたいですか?」

「……まぁ、そんなところだな」

「……そうですか。なら仕方ないですね」

 

 小猫ちゃんはどこか嬉しそうに手を握り返す。

 ……まあ実際はそれもあるけど、今危惧すべきなのは別の所にある。

 ―――そう思った瞬間、俺と小猫ちゃんは光に包まれた。

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 

 ……僕、木場祐斗は今、部長の作戦通りに森の中で待機している。

 僕の仕事は、おそらく最初に旧校舎にくるであろう『兵士』を倒すことだ。

 さっきから僕と小猫ちゃんで仕掛けたトラップが解除されているのが何となく分かる。

 

「全く……イッセー君には驚かさせる」

 

 ……先ほど、僕の耳にまで届いた落雷の轟音。

 あれは恐らく、イッセー君と部長の作戦だろう……しかもイッセー君はそのあとのことも考えている。

 本当に、万能としか言いようがない。

 頭が切れて、攻防もこなし、しかもパワー込みのテクニックタイプというオールラウンダー。

 その癖、仲間のために熱くなれて、誰かのために怒ることが出来る。

 本当に、僕が女の子だったとしたら彼のことをアーシアさんや小猫ちゃん、朱乃さんみたいに好きになったかもしれない。

 ……いや、多分好きになっただろうね。

 

「さて……あまりイッセー君ばかりに負担をかけるのはあれだね」

 

 僕は隠れるのを止め、歩き始める。

『兵士』と思われる3人の動きは止まった……ということは旧校舎を発見したんだろうね。

 ……でも、残念だったね。

 

「……残念だけど、それは僕達の副部長が仕掛けた幻術だよ」

 

 僕はその場で辺りを焦るように見渡している3人の『兵士』を見つけると、森の奥からそう言う。

 

「君達は既に朱乃さんが仕掛けた結界の中にいる。出ることは不可能だよ」

「しまった!?」

 

『兵士』の一人が、焦ったような声を出すけど……それも束の間のことだった。

 

「……あら、グレモリーの騎士君かしら?まさか一人で出て来たのかしら?」

 

 相手は僕一人と確認すると、途端に舐めた口調で僕を嘲笑する。

 

「……割と好みだから言いたくないけど、もしかして貴方は一人で私達と戦う気?」

「…………試してみるかい?」

 

 僕はつい頭に軽く血が昇り、煽るようにそう呟いた。

 そして腰に帯剣している剣……光喰剣(ホーリーイレイザ―)を抜き、その剣先を敵に向けた。

 光を喰らう剣……以前、イッセー君と小猫ちゃんと共に堕天使と戦った時の剣だ。

 

「……面白いわ!行くわよ」

 

 ……3人は同時に僕に向かってくる。

 どうやら僕は見くびられているみたいだ。

 ならば、イッセー君……君と共に鍛えた僕の力を使うよ!!

 

「僕がこの10日間、鍛えたのは全てが速度と剣の扱い方……君たちでは僕は止められない!」

 

 僕は『騎士』の特性である速度を全力で解放する!

 この10日間の努力が無駄だとは言わせない!

 最後は最高速度だけイッセー君でも僕を見失った!

 そして僕の力で、僕達の力で部長を勝たせて見せる!!

 

「な!?早すぎる!どうして、なにも!!」

 

 メイド服を着た『兵士』二人と、水着に甲冑姿の『兵士』が僕の速度に翻弄される。

 さあ、決めよう!!

 

「……例え幻術がなくても、君たちは僕の敵ではない―――随分とあっさりだったよ」

 

 僕は一人ずつ、確実に一刀両断する!

 深い傷を負わせ、時間が経てば確実にリタイアにまで追い込む様な傷を……そしてその間に運動場でイッセー君と小猫ちゃんと合流する。

 

「・・・君達の敗因は、僕達の『兵士』を舐めすぎたことだね。それと僕を見くびったことが少し―――自身の力を過信していたことだよ」

 

 僕はそう捨て台詞を言い放ち、そのまま歩みを進めようとした…………そのときだった!

 バァァァァァァァァン!!!!

 ……そんな爆発音が、僕の耳に確かに届いた!

 しかもその音の方向は―――体育館跡の付近!

 イッセー君達がまだいるかもしれない場所だ!

 

「イッセー君!どうしたんだ!?小猫ちゃん!」

 

 でも通信機からは雑音しか聞こえてこない……まさかイッセー君と小猫ちゃんが、やられた?

 だけどまだリタイアの音声は流れていない!

 今は信じよう……イッセー君と小猫ちゃんを!

 そう思って僕は二人との合流地点まで急いだ。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

「ふふふふふふ……まさか攻撃されるとは思っていなかった?狩りを終えて油断した獲物は一番狩りやすい……基本よ」

「―――確かに基本だけどさ…………御託はそれだけか?ライザーの『女王』」

「!!?」

 

 ……俺の声に随分とライザ―の『女王』は驚いているようだった。

 それはそうか―――確実に不意を突き、事前から用意していた術を全力で放って、しかも直撃したことを確信したのにも関わらず、声が聞こえたんだからな。

 俺は拳を振るい、爆炎による煙を振り払って空に浮かぶ敵を見る。

 ……あの時、俺は部長に言ったんだ。

 

『ライザーの性格を考えたら、あいつは自分の下僕を犠牲にしてでもこちらの駒を減らすかもしれません』

『……つまりサクリファイス?』

『ええ……こちらは駒を一つでも失えば致命傷です。別に可笑しい手ではないでしょう? だからこそ、俺は一つ、賭けに出たいんですが……任せてもらえませんか?』

 

 ……俺は少し気がかりだった。

 あいつは初めから俺達を舐めていた……でもあいつの下僕がそうではなかったら?

 もし仮に、建設的な考えをして俺達を確実に減らすことを考えるほど頭の切れるやつがいたらって。

 頭の切れる存在が配下にいるのではないか、と。

 

「狩りをし終わった獲物が狙いやすいね、それは確かにそうだな……まあ、俺達は誰も狩らせやしないけど。それに今のお前は得物に逃げられて悔しそうにそいつを見ている、情けない狩人の顔をしているぞ?」

「くっ!?き、貴様っ!!」

 

 敵は見るからに怒気を含んでおり、杖を今にも振るおうとしていた。

 ―――あの時起きたこと……それは至極簡単だ。

 小猫ちゃんと俺が油断していると思ったライザーの『女王』が爆発の魔法を俺達に向かってきた。

 しかも小猫ちゃんを重点的に狙ってきてたことから考えると、間違いなく小猫ちゃんを狙ったんだろうな。

 小猫ちゃんと手をわざわざ繋いだのは、小猫ちゃんをもしかしての時に庇うため。

 今回はそのことが頭にあってよかった……っていうより、ここまで勘が当たるのは奇跡に近いな。

 ……って言っても

 

「……私の作戦を見破ったのは褒めてあげる。でもどうやら仲間をかばって自分がダメージを受けたみたいね」

 

 ……あいつの言うとおりだ。

 俺は小猫ちゃんを庇うため、自分を守る魔力壁は少ししか展開できずに、致命傷を免れただけだ。

 一歩間違えれば俺がリタイアだったな。

 ……でもあいつは知らないだろう。

 

「さて……ダメージもあることだし、さっさと回復するか」

『Force!!』

 

 致命傷は免れてんだぜ?

 だからさ……こんなダメージは一回の神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の一度の創造力で生まれる回復の神器だけで十分、カバーできる!

 

『Creation!!』

 

 ……俺の手元に、白銀の光と共に俺が最も創りだしている神器、癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)を出し、自分に振りかける。

 それと同時に俺の体にあった爆発の炎傷は跡形もなく消えた。

 

「な!?お前達の回復担当は一人だったはずよ!」

「残念、それは調査不足だったな。こっちもなりふり構ってないんだよ。―――大丈夫か、小猫ちゃん」

 

 俺は、俺の腕で静かにポツンとしている小猫ちゃんに話しかける。

 俺が小猫ちゃんに庇った際、小猫ちゃんの体に魔力壁を覆わせるために俺が小猫ちゃんを抱きしめたから、小猫ちゃんを座りながらお姫様抱っこしている状態なんだけど……

 

「…………イッセー先輩。ホント、先輩は何者です」

「……ちょっと頭の働く先輩だよ」

「……ありがとうございます。ですがあいつをどうしますか?」

 

 小猫ちゃんは上空に浮遊しているライザ―の『女王』を指差してそう呟く。

 ……まあ、倒しておくのに変わりはないけど、でも作戦はどうしても上手くいかなくなる。

 予定では木場と俺と小猫ちゃんで運動場の敵を殲滅、更に俺が新校舎に入って昇格してライザーを倒す作戦なんだけど……

 そう思っていると、ちょうどあの『女王』と相対するように上空から下りてくる、朱乃さんの姿があった。

 

「イッセー君、小猫ちゃん……先を急ぎなさい」

「朱乃さん!」

「……ですがここは三人でやった方が確実なんじゃ―――」

 

 俺がそこまで言いかけて、そこで気付く。

 それは―――朱乃さんの纏う雷が、バチバチと雷鳴を響かせていることに。

 それは暗に彼女が怒っていることを意味していた。

 

「心配はご無用ですわ。私の大切な後輩に不意打ちで傷つけようとする不届き者。オカルト研究部副部長として―――」

 

 すると朱乃さんの魔力が跳ね上がる!!

 

「倒しますので」

「……油断はしないでください。そいつは不意打ちこそしましたが、そうでなくても相当の腕です」

「分かっていますわ……さて爆弾女王(ボムクイーン)さん」

「うふふ……雷の巫女と呼ばれる貴方に知られているなんて光栄だわ。でも、私ね? その名はあまり好きではないのよ」

 

 ……俺は小猫ちゃんを連れて、そのまま木場との合流地まで急ぐ。

 後ろでは女王同士による激しい魔力合戦が始まっていた。

 

『ライザー様の『兵士』3名、リタイア』

 

 ……すると更に三名がリタイアしたというアナウンスが入った。

 兵士三人か。なるほど……木場のやつか!

 

「これで半分近くのあいつの駒を殲滅出来た……あとは」

 

 俺と小猫ちゃんは運動場付近に到着すると、俺はすぐそばに木場がいることに気がつく。

 そして俺は腕を引かれた。

 

「やあ、イッセー君、小猫ちゃん。無事でよかったよ」

 

 そして腕を引いた張本人は涼しい顔で無傷でいた木場だった。

 

「……さすがだな、木場」

「いやいや、君に比べたらまだまだ足りないよ……それにしてもイッセー君は服装がボロボロだね」

 

 ……言われてみれば、今の俺は制服の上着が完全に燃えて、シャツの前の部分が燃えて腹筋から胸が軽く見えると言う、何ともだらしない状態だ。

 ここに朱乃さんがいたら直してもらえるんだろうけど。

 

「僕の上着を代わりに着るかい?」

「いや、別に戦闘に支障はない。ったく、あの爆弾野郎、服を完全に消し飛ばしやがって……」

 

 ……そんなことを言っていても仕方ないか。

 そして俺達3人は運動場の近くにある用具倉庫に入った。

 

「……戦況的に考えて、あんまり小猫ちゃんを戦わせるのは好ましくないな」

「…………イッセー先輩は何を」

「気付かないとでも思った?俺の魔力壁は完全じゃなかったことくらい、一番俺が良く分かってる―――それに次の敵は確実に屋外戦で有利な騎士が出張ってくるんだ」

「ッ!!」

 

 ……そう、完全じゃなかったんだ。

 小猫ちゃんは無表情だけど、元々は俺ではなく小猫ちゃんが標的だった。

 庇ったとはいえ、明らかに小猫ちゃんもダメージはある。

 俺は今は連続で神器を創造することが訳あって出来ない。

 それに何より、次の敵は小猫ちゃんとは相性の悪い騎士や僧侶。

 

「一度、小猫ちゃんは本陣に戻るべきだ。アーシアの回復を受けて、そして戦場に戻ってきてくれ」

「……ですが!」

「可愛い後輩が傷ついているんだぜ?ここは先輩にカッコつけさせろって」

 

 俺は小猫ちゃんの頭を撫でながらそう言うと、小猫ちゃんはそのまま黙ってしまう。

 

「…………分かりました。すぐに戻ってイッセー先輩と共に!」

 

 ……そうだけ言うと小猫ちゃんはそのまま用具倉庫から出て行って本陣に戻っていく。

 

「……僕も一応、いるんだけどね?それにしてもイッセー君の兄貴肌には困るよ」

「…………気にすんな、頼りにしてるぜ?」

 

 俺はそのまま木場を慰めるのだった。

 

「……それに実を言うとな、そろそろ隠れてこそこそやるのが面倒なんだわ」

「同感だね。僕も面倒なのは嫌になってきたところだよ」

 

 ……そう言うと、俺達はどちらともなく笑った。

 考えることは一緒か……なら!

 

「オカルト研究部の男子コンビで、あいつらに目が飛び出るくらい驚かしてやろうぜ!んで見せつけるんだ―――俺たちの底力を」

「……当然だよ! 僕たちは舐められて終われないからね」

 

 そして俺と木場は拳を殴り合わせ、そして用具倉庫から飛び出る。

 

「出てこい!ライザーの眷属共!俺達は逃げも隠れもしねえ!!」

 

 俺は運動場に出て叫ぶようにそう言い放つ。

 そして篭手を出現させて、それと同時に胸に白銀の神器を出現させる。

 

『Boost!!』

『Force!!』

 

 1段階目の倍増と創造力が溜まる。

 そして……お出ましだ。

 

「堂々と真正面から現れるなど、正気の沙汰とは思えんな―――だが!」

 

 ……運動場から霧が現れたと思うと、そこから甲冑姿のライザ―の下僕が現れる。

 

「私はお前らのような馬鹿が大好きだ!」

「……………………」

 

 ……はぁ、こいつも相当の馬鹿なんだるな。

 とにかく、あいつは恐らくは『騎士』……剣を帯剣しているくらいだしな。

 

「私はライザー様に使える『騎士』、カーラマインだ。さぁ、グレモリーのナイトよ、名乗れ!」

「……僕はグレモリー様に使える『騎士』、木場祐斗。ナイト同士の戦い、待ち望んでいたよ!!」

 

 ……木場が帯剣していた黒い剣を引き抜き、何度か振りまわすとその剣先を相手に向けた。

 

「良く言った、リアス・グレモリ―のナイトよ!!」

 

 ッ!

 すると相手の『騎士』が高速で動きははじめる。

 木場と遜色のないほど速度……さすがは『騎士』!

 っていうか、木場!

 お前も実は剣馬鹿だったのか!?

 

「……全く、カーラマインは剣馬鹿なんだから」

 

 ……なるほど。

 考えたな、ライザー。

 

「全員投入とはさすがに俺も驚いたぞ」

 

 ……そこにはライザーの持つ、全ての駒が集結していた!

 ツインロールの金髪の女の子に、仮面をつけたいかにも近接戦闘を得意とするような女性、和服の女の人に、これまた双子の猫耳少女に大剣を持った奴……

 おいおい、まじか?

 

「それにしては随分と物静かだな、リアス・グレモリーの『兵士』」

 

 仮面の女が俺にそう言ってくる。

 

「悪いが、これぐらいで焦っているようじゃあいつに喧嘩を売らねえよ」

「ほう……面白い。ならばその力を!」

「イザベラ!!!」

 

 ……あのイザベラ?って呼ばれた仮面の女が俺に掛かってこようとした瞬間、俺の右側の少し離れたところにいたツインロールの金髪の女の子が彼女の名を叫ぶ。

 

「……わかりました、レイヴェル様」

 

 ……?

 何か知らねえけど、あの女の人が腕をひっこめた。

 そしてツインロールの女の子……レイヴェルと呼ばれた少女が突然、一歩前に出た。

 

「……お前が戦うのか?」

「い、いえ……わ、私は戦いませんのよ、兵藤様」

 

 ……はい?

 兵藤様?しかも戦わないって……

 

「……そのイザベラさん?少しこいつが何を言っているのか分からないんだけど」

「……なんかすまない。そしてその方は戦わないのだ。なぜならその方の名は……レイヴェル・フェニックス」

 

 ……ッ!?

 フェニックス!?

 

「つまりライザー様の実の妹君だ」

「……………………………………………………」

 

 その時間、10秒。

 俺はその間、本気で何か理解できなかった。

 つまりなんだ?

 今、俺の前でモジモジと顔を赤くしてこっちを見ている女の子はライザーの実の妹でそしてあいつの駒?

 ………………まじか、あいつは変態だったのか。

 

「えっとさ……とりあえず、あいつに言ってもらえるか?さすがに妹に手を出すのは人として、悪魔としてでも頭おかしいんじゃねえの!?……って」

『Boost!!』

『Force!!』

 

 ……俺の神器がむなしく音声を響かせる。

 なんかさ……気が抜けたけど、でもあいつは何となく倒さないといけない気がしてきた。

 

「ええっと……レイヴェルちゃんだっけ?とりあえずさ、可愛いからって妹に手を出すような変態はぶっ潰すけど、いいかな?」

「か、可愛い!?は、はい!!」

 

 ……さて、何か知らないけど許可は貰えたしとりあえずは―――

 

「気合いを入れますか!!いくぞ、ブースト!!」

『Boost!!』

 

 よし!これでなんやかんやしている内に8段階の強化が終わった!

 

「……遅れたが、私はライザー様に使える『戦車』イザベラ。正直レイヴェル様の件は私もどうかと思うが、それとこれとは全く以て関係ない!―――さあ、行くぞ!!リアス・グレモリーの『兵士』!!」

「望むところだ!」

 

 そして俺と『戦車』の近接戦闘が始まる。

 ―――ッ!!

 こいつはさっきの小猫ちゃんが戦っていた戦車よりも明らかに強い!

 俺はこいつの全ての攻撃を避けていくけど、拳の風圧だけで火傷しそうだぜ!

 

「ほう!良く避ける!さすがはライザー様に啖呵を切る男だ!」

「そりゃどうも!つってもあんな気障な奴に啖呵キレない男の方がダサいけどな!―――これでも喰らえ!!」

 

 俺はイザベラの攻撃をした瞬間、篭手に包まれた拳を強く握り、素直にストレートを放ち狙う!

 紙一重で交わすも、そして体勢が崩れ攻撃してきたところを……回し蹴りでカウンター!!

 

「ぐぅッ!!」

 

 勢いに勝てず、イザベラは地面に叩きつけられる。

 ……ああ、戦えるさ。

 

「…………これほどとは。ならば全員で掛かるまで!!」

 

 ……すると俺を囲むようにレイヴェルを除く全ての駒が臨戦態勢になる。

 いいね……なら久しぶりのあれだ!

 

「そんな手を俺が予想していないとでも思ったか?人数がそちらの方が上なんて、初めから考慮している!だからそれなりの手も考えて来てるんだよ―――木場!!今すぐその場で飛べ!!」

「ッ!!」

 

 俺は木場に思い切り叫ぶと、木場は反射的に俺の指示に従う!

 

『Explosion!!!』

 

 そして溜まった倍増のエネルギーを俺は爆発的に開放する!

 魔力も、身体能力も全てが上がる感覚が俺に包まれる!

 俺は幾つもの魔力の球を作り、そして俺は適当にその場に投げ捨て、そして……

 

『拡散の龍砲』(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 俺の魔力が龍の形の弾丸となり、更に拡散していく形で彼女たちを襲う!

 木場の相手にしていた『騎士』は楽々と避けているが、俺の本当の目的はそこじゃねぇ!

 倒すことじゃない、そこから脱出するためだ!

 だけど嬉し誤算は、俺の周りには少なからずダメージを与えれたということか……全ての力を使い果たすわけにはいかないから、力を弱めたからな。

 さすがにリタイアまではいかないか。

 

「……貴様の『兵士』はどうなっている?」

「さあ……僕にも彼の強さは恐ろしいよ」

 

 ……すると木場の手元を見た。

 そこには折れた木場の黒い剣!

 まさかあいつにやられたのか!?

 

「大丈夫だよ、イッセー君―――壊れたならば、創ればいい」

 

 ……木場は俺の視線に気付いて静かにそう言うと、何も折れた剣を持ったまま、相手の『騎士』に向かって行く!

 

「血迷ったか!?」

「そんなはずがないだろう?…………凍えよ!!」

 

 ―――ッ!?

 折れた剣の柄から氷の剣が出てきて、相手の剣の刃を凍えさして儚くも刃は消える……いや、そういうことか。

 まさかとは思ったけど、あれは……

 

「な!?貴様、神器を二つも持っているのか!?ならば!」

 

 相手の『騎士』は腰の短剣を抜くと、そこよりフェニックスの炎が眩く光る!

 そしてその炎の剣で木場の氷の剣を解け壊すが……俺の考えが正しければ無駄だ。

 

「―――無駄だよ」

 

 木場は解けた氷の剣の柄から、次は先端が大きく、更に円状で中心に不可解な球体がある。

 そしてその球は炎を風のように吸い込んでいった!

 

「……僕は複数の神器を持っているわけじゃない―――創ったのさ」

 

 ……やっぱりそうか。

 そうして木場を見るのと同時に、先ほどからずっと攻撃してくるライザ―の下僕の攻撃を避ける。

 

魔剣創造(ソード・バース)。僕の任意で、あらゆる属性、あらゆる能力の魔剣を呼び出す神器さ!」

 

 そして木場は地面に剣を突き刺すと、そこから次々と魔剣が生まれて次々に地面からの剣が生えてくる!

 ……創造系の神器、俺の神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)と同系統の神器だったか!

 あらゆる属性を瞬間的に生み出せるから、使い勝手はタイムラグのある俺のより高い!

 木場にぴったりの神器で……俺も負けてられないな!!

 

「そろそろいくぞ!」

 

 倍増の爆発力はまだ時間はあるはずだ!

 今のうちに決めて…………魔剣創造か。

 なら悪魔に転生してから、何故か出来なかったあれをしてやる!

 

「木場!!俺に向かって神器の力を使え!!」

「!?……分かったよ。信じているよ、イッセー君!!」

 

 木場は一瞬、驚いた顔をしたけど次の瞬間、俺に幾重にも連なる魔剣が地面から生えるように放たれる!

 俺は倍増の力を全て篭手に集中し、そしてあれをする!

 

赤龍帝の贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)!!」

『Transfer!!』

 

 俺の中の倍増の力が……木場の神器、魔剣創造(ソード・バース)に照射され、次の瞬間!

 

「ば、馬鹿な!?」

「これも……ドラゴンの力?」

 

 ……大地から鋭く生えたさっきとは比べ物にならないくらいの魔剣が、ライザ―の下僕の腹部に全員刺さっていた。

 それと同時に、彼女達は光輝く。

 

『ライザ―様の『兵士』2名、『騎士』2名、『僧侶』1名、リタイア』

 

 ……つまりはリタイア。

 なるほど、こんな風に消えていくのか。

 ちなみにリタイアした下僕は然るべき場所で然るべき治療を受けるらしい。

 

「……イッセー君。この力は……」

「……ギフトの力だな。元々、俺は使うことはなかったから忘れてたけど、これは第三者に倍増した力を譲渡する力。つまりお前の力を大幅に高めた技だな。完全なサポート技で、ずっと一人で戦っていた俺には縁のない技だけど―――集団戦なら、これほどに便利な技は中々ない」

 

 ……神器の性能をあり得ないほど上げる神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の”強化”とは違い、これは神器や普通の人の力すらも上げてしまう使い勝手が良い力だ。

 最も、兵藤一誠に転生する前の俺は一度も使ったことがない力だけどな。

 ついでに言うと、悪魔の駒で何故かこれだけ、まだ封印されてたし。

 

「……君の”強化”の力と組み合わさったら恐ろしい能力になりそうだね」

「ああ、その考えがあったか」

 

 木場の何気ない言葉に俺は新しい発想に思いつく。

 ……まあそれは今後、検討していくか。

 とにかく今はライザ―だ!

 何かは分からないけど、あのレイヴェルと言われる変態の妹にはさすがに効かないようだったからな……

 さすがは不死身ってとこか。

 

『イッセーさん!聞こえますか!?』

 

 ……すると、その時、アーシアの通信が突然に響いた。

 焦ってる?どういうことだ?

 

「どうした、アーシア!何があった!?」

『大変なんです!部長さんが……部長さんが!!」

 

 ……なんだ、この嫌な予感は。

 アーシアの焦り声と、どこからともなく感じる嫌な予感に俺は冷や汗を掻きながらアーシアの言葉を待つ。

 そして、その嫌な予感は的中したのだった。

 

『―――部長さんが単騎で相手の本陣に向かいました!!』

 

 ……それは衝撃的なことで、俺は目を見開いて驚いた。

 そして―――

 

『リアス様の『女王』1名、リタイア』

 

 新たに響く音声と共に、ゲームは終盤戦へと迎えていた。




今回はここまでです!

一日に二話を更新したのは、明日は更新できるか分からないからです。

今回は序盤戦と中盤戦の二つの話でした。

次回は終盤戦!

突然のリアスの行動、イッセーの行動に注目です!

では今回はここまで、また次回です!


PS

イッセーのゲームでの功績はやばいですね(笑)


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第6話 双璧の紅蓮と白銀、そして・・・

 ……俺はアーシアが何を言っているのか分からなかった。

 そして俺の耳に聞こえた、朱乃さんのリタイアの音声。

 少なからずその二つの事柄で俺からは先ほどまであった冷静さが欠如してしまった。

 

「アーシア、一体何があった!?どうして部長が……」

 

 ……朱乃さんのことは当然、心配だ。

 だけど今は部長が最優先だ!

 

『……小猫さんが部室に戻る最中に……突然、相手の『王』に襲われたんです』

 

 ――――それを聞いた瞬間、俺の頭はフリーズした。

 ……小猫ちゃんが、襲われた?

 それってつまり……俺が小猫ちゃんを陣地に戻したから?

 

『それで……向こうからの通信で、小猫ちゃんを殺されたくなかったらって言って……そのままキャスリングって方法でッ!!』

 

 ……アーシアの泣きそうな声が聞こえる。

 キャスリングは、ルークの持つ性質の一つ。

『王』と『戦車』の位置を瞬間的に移動させる、一つの技だ。

 つまり……

 

「部長は、いま……」

 

 それと同時に、俺は新校舎から怒る爆発音と轟音に気付く!

 ……新校舎で、部長とライザーが戦っているッ!

 

『イッセーさん……私は今、小猫ちゃんを治療してますッ!だけど部長さんは今まで見たことのないような表情でッ!』

 

 ……ああ、怒るだろうな。

 眷属を一番大切にしている人だ……怒らないわけがない。

 それに俺が浅はかだったッ!

 ライザーが動かないなんて保証、どこにあったんだ!

 俺の中で後悔とやりきれない気持ちが充満し、自分を殴り飛ばしたくなるッ!

 

「木場!相手の『女王』は朱乃さんを倒した!次に狙われるのは部長か、アーシア達がいるところだ!だからお前はアーシアと小猫ちゃんの所に向かって……」

 

 ……その時、通信機からアーシアの叫び声が聞こえた!

 まさかこれは―――間違いない!

 

「急げ、木場!あの付近には朱乃さんが仕掛けた罠があるけど、それも通用しない!俺は今すぐ部長のところにいく!」

「ああ、分かった!…………イッセー君、頼んだよ!」

 

 ……木場は急いでアーシア達の所に向かう

 敵の狙いは俺たちの生命線であるアーシアの撃破。

 そして部長を自身で葬り、保険としてアーシアを潰す。

 だけど木場が相手の『女王』を押さえてくれたえら、俺はライザーに集中できる。

 でも敵は朱乃さんを倒したほどの悪魔だ……強さは相当なはず。

 

「……こんなこと、言いたくありませんけど、兵藤様―――あなた方は勝てませんわ」

 

 ……俺が急いで新校舎の中に入ろうとした時、俺に話しかけるライザーの妹のレイヴェルがいた。

 彼女はガラス張りの扉にもたれかかってそう言ってくる。

 

「こちらの女王、ユーベルーナ。彼女にはフェニックスの涙を一つ、持たせていますわ」

「……レーティングゲームで二つだけ利用を認められている、どんな傷でも一瞬で癒す高価なアイテム。作っているのは、確かお前の家だったな」

 

 ……話している暇はない。

 だからこそ、こいつとの会話はここで終わりだ。

 

「だからどうした?木場を舐めるなよ。あいつは俺と似ているところがあって、冷静さを失い易いかもしれない―――だけどあいつは強い」

『Boost!!』

『Force!!』

 

 そして俺は拳をレイヴェルの顔の前に向け、そして言った。

 

「―――それに何より俺は負けない。不死身だろうが、倒す。何があってもだ」

 

 俺はそれだけ言うと、そのまま新校舎を駆け上がる。

 部長達が戦っているのは恐らくは校舎の上、屋根だ!

 そして俺は全力で走り続けた―――

 

 ―・・・

 

『Side:リアス・グレモリー』

 

 私、リアス・グレモリーは『王』失格だ。

 イッセーと考えた作戦を無視して、今、感情でライザーと戦っている。

 

「はは、その程度かリアス!!そんなもんじゃ俺には傷一つ付けられんぞ!!」

 

 ……でも許せなかった。

 ライザーはリタイアするかしないかの瀬戸際まで小猫を痛めつけ、挙句の果てに一騎打ちしなければ殺すとまで言ってきた。

 それを映像として部室に流され、私は我慢ができなかった。

 そしてキャスリングをして、そのままこの男と戦っている。

 

「リアス、いい加減諦めろ……君はもう詰んでいる。君の本陣には我が最強の女王、ユーベルーナを送った。もうじき、リタイアになるだろう。そしてここで君が倒されればそこでもう終わりだ……投了しろ、リアス」

「誰が!!」

 

 私はライザーの顔に向かって大質量の魔力を放つ……でもそれが直撃しても、ライザーの顔は消し飛んでもまた再生する。

 それの繰り返し。

 精神力は確実に削がれて、自分の行動が馬鹿みたいになるのは当たり前よね。

 

「リアス、言っておくが今の君では俺に何度やっても勝てない。未成熟な力に未成熟な心……君はあまりにもまだ弱いさ」

「そうかもしれないわね……確かに私の攻撃は一切通らない。全てあなたの言う通りかもしれない―――だからって、私は貴方を許せない!」

 

 何度も何度も……私はライザ―に滅びの魔力を放ち続ける。

 私の体はボロボロ……ライザーの攻撃だって防御の魔法陣で回避しても反動は来る。

 傷もある……アーシアがいればそれも直せるけど、でも私はアーシアを放ってここまで来た。

 

「私が諦めるわけにはいかないわ……まだ戦っている下僕がいる!それなのに王である私がどうして諦めなければならないの!」

 

 私は決死の覚悟で、今までとは魔力の質が違う滅びの魔力を放つ……でも

 

「確かにそれはすごい力だ……だがな、リアス!単調過ぎて見え見えだ!!」

 

 ……ライザーが私の首根っこ掴んで、そして校舎の屋根に叩きつけたッ!

 

「うぅ…………」

 

 ……痛い。

 痛みで意識が飛びそうになるも、私は自分の唇を血が出るほど強く噛み、身体を無理やり起こさせる。

 ……諦めるわけにはいかない。

 だって……イッセーは何があっても諦めなかった。

 堕天使の時も、最後までアーシアを守り抜こうとして、涙を流しながらも戦った。

 彼の力が強いから?・・・違う。

 彼はたとえただの人間でも戦う。諦めない。だから私も……

 

「諦めない!!」

 

 私は倒れた状態で先ほどのレベルの魔力をライザ―に放った!

 

「ッ!!」

 

 ……その攻撃にライザーは表情を変える。

 

「……やはりリアス、君の将来性はすごい。土壇場で力を更に上げるとは……だがバージンが経験者に喧嘩を売っちゃいけないよ!」

「下劣な!イッセーはそんなことは絶対に言わない!!」

 

 私はライザ―の炎を魔法陣で防御する……でもその反動で、体のいたるところに火傷跡が出来た。

 ……イッセーなら、止まらない。

 戦い続ける……いつの間に、私の中はここまでイッセーで埋め尽くされていたのだろう。

 

「イッセー、イッセー……そこまであの小僧が気になるか?」

「……私の可愛い下僕よ。気にならないわけない!」

「……まあ、いい。君を倒せば、そこでお前は俺の花嫁だ!」

 

 ライザーの炎がこれまでとは比べ物にならないくらいに大きくなる。

 ……私は本能的にそれを回避しようとして校舎から飛び降りた。

 次の瞬間、今まで私がいた場所が焼けて燃え屑になっていた。

 ……あれに直撃していたら、私は完全に終わっていた。

 ―――でも今も同じだ。

 私は先ほどのライザ―の一撃で心身ともに限界に近付いている。

 今や、地面に落ちるのを待つしかできない。

 それにライザーは空を飛び、私に追撃の一手を放とうとしている。

 ……私は不意に、あの日の夜のことを思い出していた。

 

『……俺が、部長を自由にします』

 

 イッセーは真っ直ぐ、私を見てそんな出来もしないことを言った。

 最初、私はそれをありがとうと済まそうとした。

 だって期待するだけ無駄と思ったから―――でもイッセーはその後、更に私に心からの言葉をぶつけてくれた。

 

『俺には部長のお家事情も、悪魔の事情もあまり知っていません。でも、俺にとって、グレモリーの名はどうでも良いんです―――俺を助けてくれたのはグレモリーじゃない……リアス部長です!』

 

 ……その言葉を聞いて私は涙が出た。

 だって、それは私が一番望んでいた言葉だったから。

 その目は真剣で、私の名を―――「リアス」と呼んでくれた初めての男の子。

 その握る手は温かくて、私は心の底で理解した。

 ―――私は、この子に惹かれていると。

 弟みたいに思っていて、祐斗と同じような感じと思っていたけど、それも違う。

 一人の男の子として……

 …………イッセーに、助けを求めたら来てくれるかしら?

 ……ダメね、私は自分の下僕に何を求めているのかしら。

 私を助けるわけが……だけど私は不意に涙を溢し、そして言ってしまった。

 ありもしない奇跡を信じて。

 

「イッセー、助けて……」

 

 私は小さく、今は届くはずもない言葉を口にした。

 ――――――刹那、私は暖かい何かに包まれた。

 抱きしめられるような感触に包まれ、私は目を開けて目の前の存在を確認する。

 

「―――ええ、助けますとも。俺はリアス部長の下僕なんですから」

 

 ……それは優しくて、頼もしい姿だった。

 涙した……待っていたのかもしれない。

 そこには、私の…………私達の『兵士』、イッセーが悪魔の翼を展開させて、宙に浮いて、私を抱きとめていた。

 

「良く頑張って持ち堪えてくれました―――ここからは、俺が頑張る番です」

 

 そう言ってイッセーはニッコリと笑った。

『Side out:リアス』

 

 ―・・・

 部長を抱き止めて、俺はそのまま新校舎の天井に部長を下ろす。

 部長は満身創痍の状態で、ゆっくりと下ろすと、優しく頭を撫でた。

 

「……言いたいことはたくさんあります。でも、今は俺に任せてください」

「…………イッセー」

 

 部長は泣きそうな顔で俺を見てくる。

 そんな顔、しないで下さいよ。

 俺は貴方の『兵士』……だから俺は―――戦う。

 

「行ってきます、部長」

「……ごめんなさいっ」

 

 俺はそう言われると、新校舎の南塔に立っているライザーの元に向かった。

 悪魔の翼をはばたかせて、そしてあいつと同じ目線の高さで睨みあう。

 

「……まさかお前がここまで来るとわな。赤龍帝のゴミが」

「……そのゴミに負けるお前は有害な焼き鳥野郎だな」

 

 奴の翼……フェニックスの炎の翼が煌めく。

 ……確かに相当のものを感じるよ。

 

「……俺はお前がしたことを許さない」

『Force!!』

『Boost!!』

 

 こいつが傷つけた小猫ちゃんを許さない。

 部長の慈愛を踏み躙り、それを利用したこいつを許さない。

 何より―――俺を救ってくれた主様を傷つけたこいつを、許さないッ!!!!

 

「だからこそ、俺は全力を持ってお前を潰す」

『……主様、もう宜しいでしょう?』

『ああ―――――俺ももう怒りの限界だ』

 

 ああ、そうだな……それは俺もだ。

 

「黙れ、下級悪魔が!俺の力を思い知って、そのまま死ね!!」

「知るか、お前は下級以下だ―――きっちり40回の創造力」

 

 俺は篭手が装着されている―――――その逆の右手で胸を押さえた。

 

「お前に見せてやる」

 

 途端に胸のフォースギアからは白銀の光が水のように溢れ始める。

 

「自分が相手にしている存在が、敵に回した存在が何であるかを」

 

 そして次の瞬間―――

 

「『創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す』」

 

 俺の胸のブローチ型の神器……神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)は白銀の光と共に輝く。

 そして俺は紡ぐ―――言霊、こいつを倒すための力を発動する。

 

「『故に我、求める……神をも超える、滅する力―――神滅具(ロンギヌス)を!!』」

 

 呪文を言い終え、フォースギアは狂ったように光を輝かせ、そして次の瞬間、激しい新しい音声を鳴り響かせた!

 

『Creation Longinus!!!!』

 

 俺の胸を押さえた右腕に光が包まれる。

 白銀の光……心地いい、フェルの光。

 ……ずっと、この時のために創造力を溜めてきた。

 俺が訳もなく創造力を戦いの中、負担になるのを覚悟に溜めてきたのは布石のためだ。

 こいつを倒すための……40回、600秒……10分もの創造力の果てに、俺はようやくこれを創造し、この力を行使するが出来る。

 神をも殺す力……すなわち

 

神滅具(ロンギヌス)創造―――白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)!」

 

 左右共に装着される紅蓮と白銀の篭手。

 俺は手の平を何度か開いたり閉めたりしてその状態を確かめ、そして拳と拳の撃鉄を打ち鳴らす。

 ガキッ!!!……そのような激しい金属音が鳴り響き、そして二つの篭手から同時に音声が鳴り響いた。

 

『Start Up Twin Booster!!!!!!!』

『Boost!!!!』『Boost!!!!』

 

 ……これが俺がこの10日間、ずっと探してきた答えだ。

 神滅具の創造。

 これは正直、不可能と言われていた。

 それは神滅具が神をも殺すとされることと―――構造があまりにも複雑だからが故に創造はまず不可能であるというのがフェルの見解であった。

 ……だけど俺は長年、この赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)と一緒にいる。

 その積年の篭手との調和と、更にフォースギアに備わる神器の構造を見ることの出来る力。

 この二つが噛み合うことによって俺のこの力は完成した。

 だから篭手の創造は今のところ、可能となった。

 600秒の創造の果てに出来る神滅具は本物より火力は劣るけど、でも十分に有用な力だ。

 しかも互いの神器が共鳴して、新しい神器システム……そう、ツイン・ブースターシステムが発現する。

 

「な、なんだそれは!!?神滅具を創るだと!?そんな馬鹿な話が!?」

「それが真っ当な反応だ。だけどな、ライザ―。これは冗談ではなく―――俺の中のドラゴンは今回、俺を突き動かしてくる」

『Boost!!!!』『Boost!!!!』

 

 ……時間の制限は15分。

 それだけしかこの創造した神器は持たない。

 

「―――ライザー、お前を完膚なきまで叩き潰せってな!!」

 

 俺は二つの篭手によって圧倒的に早くなった爆発的速度で、ライザーの懐へと入りこむ!

 

『Right Booster Explosion!!!!!!』

 

 ……右の白銀の篭手から倍増した力を解放するように爆発させる!!

 悪魔の翼でライザーの付近に瞬時に到達し、更に胸倉を掴んでヘッドバッドをする!

 ライザーはそれに怯むも、俺は臆せず更に膝で奴の鳩尾を蹴り飛ばし、そのままライザーを地上に叩きつけるように殴り飛ばした!

 

『Right Reset』

 

 そして全ての力を使い終え、白銀の篭手は一度リセットされ、そして更に倍増をしていく。

 二度の倍増ではこれくらいが限界か。

 俺はそのまま殴り飛ばしたライザーが飛んで行った運動場へと屋根を蹴り飛ばして高速で降りていった。

 ―――ツイン・ブースターシステム。

 これは左右の赤と白銀の力を10秒ごとに倍増していく……つまり俺の力を10秒ごとに倍増させ、更に倍増させていく。

 更にそれぞれの篭手を任意で力を解放することが出来て、それによってリセットされても片方の倍増が残っているから問題なく戦闘を続けられる。

 そうして次の倍増を使うともう片方の倍増の力が溜まることで、絶えずパフォーマンスを維持し続けることができるのがこいつの最大の特徴―――もちろん負担は大きい。

 だけどそれは長年に渡って鍛えた体と悪魔の体で耐えればいい―――そうして初めて使える俺の禁手の代わりの力!!!

 俺の仲間を傷つけたライザ―を潰すのには十分過ぎる力だ!!

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 ライザーは土煙が立つ運動場から極大の炎を放ってくる!

 俺はその炎に包まれるが、でもそんなもんに負けるわけにはいかねぇんだよ!

 覚悟もない!

 

「―――そんなチンケな炎で!」

『Left Explosion!!!!!!』

 

 解放される俺の赤い左の篭手。

 そしてそれによって生まれた莫大な魔力を、俺は何も考えず魔力弾として撃ち放った!!

 

「俺が焼かれると思うなぁぁぁ!!!!」

 

 魔力弾は炎を突き破り、ライザ―の胸へと撃ち抜かれる!

 ライザーの胸を貫いた圧倒的破壊力の魔力弾により、奴は胸部が欠損する。

 だけどその欠損した部分はすぐさまフェニックスの性質により再生した。

 ……だけど

 

「―――がはッ!?不死身の俺が…………血だと!?」

 

 ……ライザーは口から少し血を吐き出した。

 ……つまりそれは、今の俺の攻撃が確かに効いたという証拠に他ならない。

 

『Left Reset』

 

 左の力もリセットされ、それと同時に俺の力は倍増し、倍増する。

 絶えず行われる倍増。

 ツイン・ブースターは互いの篭手の力を共鳴し高め、一度の倍増で今までとは比べ物にならない力を発動させるんだ。

 ……底が知れない。だけど

 

「時間制限があるんだ。行くぞ、ライザ―!!」

「黙れ小僧!!」

 

 ッ!!

 予想外のライザーの一撃が俺に襲う!

 炎が俺を囲むように包まれていて、俺は炎によって飲み込まれた。

 途端にライザーは勝ち誇ったような顔で俺を嘲笑した。

 

 

「どうだ!これがフェニックスの炎!!お前ごときの下級悪魔が図にのることがおこがましい!!」

「…………」

 

 ……確かに奴の炎は熱い。

 熱いけど―――軽い。

 誇りもなく、ただ自らの欲望のためだけに振るってきた軽すぎる力だ。

 何かを護るわけでもなく、平気で仲間を犠牲にする。

 ―――でもな、俺は仲間を背負ってんだ。

 お前みたいなすぐに犠牲を払ってまで結果を求めようとする……そんなの認めねえ!!

 

『Boost!!!!』『Boost!!!!』

 

 更に倍増する。

 ……これで倍々増は6回目。

 いくぞ―――俺は炎の中で両手の拳を力強く握り締めた!

 

『Twin Explosion!!!!!!!!!』

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 篭手から新たな音声が鳴り響く!

 俺の中の溜まった倍増の力が二つの篭手から一気に放射された!!

 全ての力を、両拳に溜める!

 魔力を拳に!

 俺は炎を拳で薙ぎ払い、そしてライザーの元へと一直線に飛んでいった。

 ……『騎士』をも超える速度。普通の『兵士』にしたら領域を超えているな。

 

「喰らえ!!!ツイン・インパクト!!」

『Twin Impact!!!』

 

 ツイン・ブースターシステムの真骨頂は同時解放だ!

 それにより神器は倍加した力を更に上乗せする相乗効果を発揮する!

 そして一番分かりやすく、強力な攻撃方法は……両篭手に力を注ぎ、相手を殴り飛ばす!!

 

「がぁぁぁぁぁぁああ!!?」

 

 俺はライザ―の体を何度も、何度も拳を打ち付ける!

 飛ばしはしねえ!何度も何度も苦しみを味あわせて、絶望を見せる!!

 解放が途切れる直前に俺は最後に全力でライザーを新校舎のガラス張りの方に殴り飛ばした!!!

 

『Twin Reset』

 

 ……代償は急に力がなくなることだ。

 だけどそれも10秒待てば二重倍加が起きる。

 そして俺は急いで、ライザーの元に向かおうとした時だった。

 

『リアス様の『戦車』1名、『僧侶』1名、リタイア』

 

 ……とうとう、その音声が響いたのだった。

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 

 ……僕が自陣の校舎に到着したときには、すでにもう手遅れだった。

 アーシアさんと小猫ちゃんは光となって消え、そしてそれをした人物……ライザー・フェニックスの『女王』は笑いながらその光の結晶を見ていた。

 

「よくも、小猫ちゃんとアーシアさんを!」

 

 僕は魔剣を創りだし、相手の女王に向ける!

 何も出来なかった二人を一方的に痛めつけ、リタイアさせた敵!

 

「あら……思ったより早かったわね。リアス・グレモリーの『騎士』、木場祐斗」

「……全然早くないさ。二人とも、救えなかったんだからね!」

 

 僕は『女王』に向かって剣で切りかかる……けどその瞬間、嫌な予感がしてその場から離れた。

 ……次の瞬間、僕が今までいた場所で爆発が起きた!

 

「……避けるとは予想外だわ」

「やっぱり、貴方は空間に爆発の罠を張っていたか」

 

 ……この『女王』が張っていた爆発の罠は、おそらくその罠の一定の距離に近づいたら発動するんだろうね。

 しかも既にはってある罠だから、その後も彼女は爆発の魔法を行えるだろう。

 ……厄介だ。

 攻撃力もだけど、この手の相手は僕とは最も相性が悪い。

 近接格闘戦ならまだしも、相手は生粋の魔法を使った遠距離戦闘が得意なはずだ。

 

「イッセー君なら……どうしたんだろうね」

 

 ……まあ彼は相当に頭が良いからね。

 僕は彼と同じように戦えるとは思えない……っていうか絶対に無理だ。

 何度も彼と戦っている僕だから言える確信。

 戦い方なんて幾つもあるだろうけど、この『女王』をイッセー君が戦っているライザ―・フェニックスの元まで送るわけにはいかない。

 

「全く―――僕はいつからここまで怒れるようになったんだ!」

 

 ああ、怒ってるよ……僕だって目の前でリタイアさせられた二人を想うと、この『女王』を憎み思ってしまう!

 でもここで冷静を失ったら、僕は負ける。

 僕は彼から学んだ。

 怒った時こそ、冷静になれと。

 だから―――僕は僕のやり方で、戦う!

 

「まずはその邪魔な罠から消させてもらう!ソード・バース!!」

 

 僕は手に一本の魔剣を創り、それを次々と『女王』へと投剣する!

 すると僕の魔剣は次々に爆発により消えていき、それを見た相手の『女王』は少し顔つきが変わった。

 

「……あなた、危険ね。あまりにも私の罠に対する順応が早い」

「…………悪いけど、イッセー君ならこんなこと、一瞬で思いつくよ」

 

 ……するとその時、新校舎の方で轟音が響いた!

 そしてこの魔力の波動は……間違いない、イッセー君だ!!

 

「君たちは随分とイッセー君を低く見ているようだけどね―――僕から言わせてみれば、フェニックスよりも彼の方が怖いよ」

「……まさか貴方がここに来たのは―――私の足止め!!」

 

 すると『女王』はその場から離れようとする……気付かれるのも当然か。

 だけどそうはさせないよ!!

 僕はひときわ長く細い魔剣を床から創り、そしてその刃が『女王』の頬をかすめた。

 

「悪いけど、ここは死んでも通さない。君にイッセー君の邪魔はさせない!!」

 

 ……魔剣創造による魔剣の地面からの奇襲を僕は『女王』にする。

 でもそれらは彼女の爆発魔法で無効化され、僕は両手に魔剣を創って『騎士』の特性を生かして一気に距離を詰めた!!

 

「爆炎剣!風魔剣!」

 

 触れれば爆発を起こす爆炎剣、風を司る風魔剣、それらを二刀流でもって僕は相手の『女王』に二つの傷を負わせた。

 

「くっ!たかがナイトが!」

 

『女王』は爆発系の魔力弾を放ってくる!

 ならば僕は二つの剣を捨て、新たに剣を創った!

 

「大盾剣……攻撃から僕を守る、防御の剣!そして!」

 

 僕は非力な力で爆発から身を守った魔剣を『女王』に投げ飛ばした!

 これは丈夫な、彼女の爆発すらも耐える剣!

 それは破壊されない遠距離武器となる!

 ―――常に最悪の事態を想定して、臨機応変に戦え。

 イッセー君から言われた言葉だ。

 自信なんか捨てる!そして最善の戦いをする!

 

「ッッッッ!!?」

 

 ……相手の女王の腹部に僕の魔剣が抉る。

 直撃は避けているけど、あれほどの傷だ!

 僕は更に魔剣を投剣し、怯んでいる女王を刃によって抉っていく。

 ―――今しかない。

 持久戦では間違いなく僕の方が不利になる。

 やるなら短期決戦しかない!

 僕は使い慣れた軽量の魔剣を生み出し、そして最高速で『女王』に詰め寄る!

 するとその時、僕は見た。

 相手の女王の――――――笑い顔を。

 

「テイク」

 

 ……その一言共に僕の周りに爆発の魔法陣が展開されていた!

 しかも一歩でも動けばそのまま爆発させられ、そうでなくても相手によって爆発させられる!

 罠……僕は最悪の想定した、最悪の事態。

 

「…………でも」

 

 僕は止まらずにそのまま『女王』に向かおうとした!

 イッセー君なら諦めない!

 だから!

 

「諦めるわけにはいかないんだ!!」

「勇ましいのは結構―――でも終わりよ」

 

 ……次の瞬間、僕は圧倒的な爆発に包まれた。

 死にそうなほどの灼熱に照らされ、僕の意識は遠のく……

 

「……油断大敵よ。でも褒めてあげる。むしろ私相手に良く戦えたわ……うっ……!! 高がナイトにここまでやられるなんて……ライザー様、今私も向かいま―――ッ!?」

 

 ……油断大敵は、君だよ

 彼女は、驚いているだろうね。

 だって彼女は今……僕によって生み出された無数の魔剣が腹部に刺さっている状態なんだから。

 

「……言った、よね?命に懸けてでも、通さない……って」

「あ、あなたは、どうして、そこ、まで……」

 

 ……イッセー君が戦っている。

 僕は憧れた……彼の力を初めてみた時から。

 そして嫉妬して……結局は最後はまた憧れた。

 涙を流しながら堕天使レイナーレに拳を振るい、悲しみに暮れていた彼を。

 そして最終的に大切な存在を護ってしまった彼を。

 

「あなたは、何者……?」

「僕は……リアス・グレモリー様の『騎士』―――木場、祐斗だ」

 

 僕は最後の一撃というように魔剣を創り出し、それを女王に投げ刺した

 ……僕は最後まで言うと、僕の体は光に包まれる。

 全ての爆撃を全て受けて、すでに僕の体は限界を迎えていたからね。

 相手の『女王』も、光に包まれているようだ。

 

「僕が出来ることは、ここまでだ……あとは……任せたよ……イッセー君ッ!!」

 

 ……僕の意識はそこで途切れた。

 彼ならライザー・フェニックスを倒せる。

 そんな確信を抱いて……

 

『Side out:木場』

 

 ―・・・

 

『リアス様の『騎士』1名、リタイア……並びにライザー様の『女王』1名、リタイア』

 

 ……アーシアと小猫ちゃんが退場して少しして、その音声が鳴り響いた。

 ……木場、お前が『女王』を倒したのか。

 ったく、やってくれるな!

 

「どうなっている……ユーベル―ナが負けるなど、あり得ない!!」

 

 ……さすがのライザーも今の放送が信じられないようだった。

 だから言っただろう……木場―――祐斗を舐めるなって。

 

「ライザー、後はお前だけだ」

 

 戦う気のない僧侶を抜けばな。

 どちらにしろ俺にももう時間がない。

 白銀の篭手の限界がもう5分を切っている。

 

『Boost!!!』『Boost!!!』

 

 ……これで7度目の倍々増。

 次の二つの解放でもこいつをやらなきゃいけない!

 

「……ドラゴンの分際で!フェニックスに勝てると思うなよ!!!」

「るっせぇ!忘れたか!?四大魔王を殺した存在を!!―――二天龍を!!」

 

 俺はドラゴンを侮辱するライザーに激昂するように遅い掛かる!

 力の解放はせず、単なる格闘能力だけを信じる特攻!

 魔力による弾丸を駆使してライザーの猛攻を仕掛けながらも、言葉を口にした。

 

「俺の中に宿るのはその片割れ、赤龍帝ドライグ!高だか雛鳥のお前が上から目線で居て良い存在じゃないんだよ!!」

「だ、まれぇ!!」

 

 俺のゼロ距離からの魔力弾を受け、ライザーは苦渋な表情となりながらも絶大な炎を生み放出する!

 こいつ、どこからこんな炎を出しやがる。

 校舎を揺らすような炎……ライザーはそのまま屋外に出た!

 ―――ライザーの中で、精神的に俺は恐れるほどの存在になっているからこそ、その恐れから俺の攻撃は通っている。

 それを理解した上で、俺はすかさずライザーを追いかける!

 

「決めるぞ、赤龍帝!!」

「……いいぜ、フェニックス!!!」

『Twin Explosion!!!!!!!!!』

 

 力を全解放、そしてそれを両篭手の拳に集中!

 紅蓮と白銀のオーラが俺の左と右に集まり、ツイン・インパクトの準備が整う!

 決めるぞ、ドライグ、フェル!!

 

『ああ、相棒!!』

『行きましょう、主様!!』

 

 俺はその全力を持って、傷だらけのライザーへと拳を放つべく、地面をけり飛ばして飛翔し、悪魔の翼を展開させて空を飛んだ。

 ―――――――――だけど、ライザ―は俺を、見ていなかった。

 ……なにを、してる?

 なんで俺の方を見ていない?

 お前の敵はここにいるだろ?

 お前が戦うべき存在は俺だろ?

 なのに何で…………動けないほどに消耗している部長の方に、その巨大な炎を向けている!!

 

「ライザァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 俺は急いでライザ―をぶん殴ろうとしようとした……その刹那―――

 

「これで終わりだ、リアス!!」

 

 …………ライザーの、炎が……新校舎の屋根で力なく座っている部長へと放たれ、部長は炎に包まれた。

 俺の一撃は―――届かなかった。

 

 ―・・・

 俺は炎で傷つきながら落ちてゆく部長を抱き抱え、そのまま運動場の脇で降りる。

 部長を木の陰に下ろし、腕で部長を支えながら横にした。

 ―――部長はライザーの炎に焼かれ、恐らくもうすぐにリタイアする。

 

「ご、めんなさい……イッ、セー……」

 

 部長の声に力はない。

 なぜならライザ―の全力の一撃を、既を満身創痍の状態で受けたのだから。

 それでも部長は、涙を流す。

 流し続け、後悔の言葉を紡ぎ続ける。

 

「私が、ふがいない、ばかりに……あなたの足ばっかり引っ張って……」

 

 ……俺は部長の俺の頬に伸ばしてきた手を、ただ握ることしかできない。

 言葉が詰まり、それがどれほど部長が傷ついているかの証明みたいなもので。

 それでも部長は謝り続ける。

 

「……王、失格よ……私は、仲間……小猫が傷つけられる、ところを……見捨てることが、できなかった…………ダメね、綺麗事、ね……」

「……確かに、部長は『王』としては間違った行動をしたと思います。ですが……でも!」

 

 俺は部長の抱きしめた!

 こんな弱い、儚く消えそうな部長を放ってなんて置けなかった!

 

「もし俺が同じ立場だったら、同じことをしていたッ!!たとえ、俺に力がなかったとしても、部長と同じことをしていたっ!」

「ありがと、イッセー……―――私、ね?新しい夢が出来たの……ずっと気付かなかったけど、さっき気付いた……」

 

 部長は俺を頭から抱きしめる。

 胸に俺の顔を埋めて、優しく俺の頭を触る。

 

「……あなたと共に、眷属と一緒、ずっと楽しく―――そしてあなたと出来ることなら……」

 

 部長が光に包まれる。

 何度か見てきた、リタイアを告げる光。

 そして同時に……

 

「……部長。きっとその夢を俺が叶えて見せます」

「イッセー……無理、よ……だって私はもう……」

「……だったら期待せずに、俺に助けを求めてください。だったら俺は―――何があろうと、あなたを……リアスという女の子を必ず助けます」

 

 部長は光になって消えていく。

 そして消える直前、確かに聞こえた。

 

「―――助けて……イッセー……」

 

 ……聞こえましたよ、確かに。

 

『リアス様の『王』、リタイア……よってこのゲームは、ライザー・フェニックス様の勝利です』

 

 ……俺の近くに魔法陣が出現する。

 でも俺はそれを無視して、少し離れたところにいたライザーと、その傍にいるレイヴェルの近くに行った。

 

「お兄様!どうして、あんなことを!!?」

「黙れ!王としては当然のことをしただけだ!お前は俺の眷属だろうが!!」

 

 そこには妹であるレイヴェルと共に口論をしているライザーとレイヴェルの姿があった。

 ……ああ、確かに正しいよ、お前は。

 ―――でもな。

 

「ライザー」

 

 ……自分でも驚くほどに低い声だった。

 その声に気付いたライザーはハッとするように振り返り、そして俺を化け物でも見るような目で見てきた。

 

「な、なんだ貴様はッ!。……もう終わったんだ!」

「ああ、終わったよ―――でも忘れるな」

 

 俺は二人に背を向け、そして言った。

 

「俺はお前を許さない……お前がどれほどの罪を犯したのか。誰を怒らせたのか、を」

 

 ……俺は転移魔法陣の中に入る。

 そして俺は再びライザーの方を睨んだ。

 

「―――決して、忘れるな」

 

 俺は光に包まれ、転移するとそこはいつもの部室だった。

 ……誰もいない、部室。

 俺はたった一人、傷がなかった。

 そのことが無性に腹立たしくて、体が震えるッ!

 

「……部長、アーシア、小猫ちゃん、朱乃さん、祐斗…………」

 

 全員、生きている。

 でも傷つけられたことは事実だ。

 確かに向こうも同じように傷つけられている……だから仕方ないことだ。

 仕方ない……ことなんだッ!

 でも……少なくとも小猫ちゃんを痛めつけ、最後に部長を傷つけたライザーだけは許さない。

 

『相棒……奴は相棒との戦いから逃げた臆病者だ―――相棒、少し遅すぎるが、調整がほぼ終わった』

「……遅、すぎるよ、ドライグッ!!」

 

 俺は言いたくもないのに、そんな言葉を漏らしてしまう。

 自分で今回は期待しないとか言ったくせに、ドライグに当たってしまう自分が憎たらしい。

 ……そんな俺に、ドライグはただ「すまない」というしか出来なかった。

 

『……主様』

 

 ……俺がすべきことなんか決まっている。

 俺はそう…………部長との約束を果たさなければならない。

 つまり、俺が部長を……

 ――――――助ける

 そう俺は決意を決め、だけど抑えきれない怒りから壁を殴りつけた。

 室内の壁の一部がボロボロになり、そこに瓦礫の山が築かれる。

 

「……んだよ、これ―――っ」

 

 ―――痛みは……感じなかった。



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第7話 涙なんか、似合いません

 ……ゲーム終了から既に丸二日が経った。

 ゲームは俺達、グレモリー眷属の敗退、そして俺を除くすべての仲間はリタイアしてしばらくの間は治療に明け暮れた。

 俺はゲームが終わって皆が治療を受けているところに行った。

 部長はその時はまだ意識はなく、祐斗も動けない状態で、朱乃さんも相当の傷を負ったらしく治療をしていて、アーシアは未だに目を覚まさない。

 そして動くことが出来たのは小猫ちゃんだけだった。

 小猫ちゃんはアーシアと自陣の部室にて、彼女から治療を受けていたらしいけど、そこに相手の女王の奇襲に掛かり、そのまま退場したらしい。

 ライザーの件は、部室に戻る最中に襲撃を受け、そのまま新校舎にまで連れて行かれ、部長との交渉の道具にされた……それを小猫ちゃんを泣きながら教えてくれた。

 ……小猫ちゃんの特性は防御と攻撃を司る『戦車』

 でもいかに体が丈夫でも……小猫ちゃんの心は弱かった。

 自分がライザ―に捕まったせいで、部長があいつの元に行ってしまった。

 それに加え、自身が味わった恐怖。

 自分のせいで負けた、と。……泣きながら、謝ってきた。

 でも違う……誰が悪いとかそんなことを考える必要はない。

 小猫ちゃんにとっても誰にとっても今回のゲームは初めてだった。

 それを初めから完璧に出来ることなんか、無理に決まっていた。

 少なくとも最善はしていて、不測の事態を対処できなかっただけなんだ。

 初めは俺も自分を責めた……俺が小猫ちゃんを戻さなければ、部長をもっと離れた場所に置いておけば……だけどそんなことは俺達の眷属は誰も思っていない。

 皆が極限状態で戦っていた……誰かが誰かを責めることなんか、この眷属ではありえない。

 ……だから俺は自分を責めるのを止めた。

 俺の責任はあるけど、一人で感傷に浸って、独りよがりで自分に酔っているわけにはいかない。

 ……俺は今、謹慎状態にあった。

 理由は単純……これは祐斗からのグレイフィアさんへの要望だった。

 ―――今のイッセー君を放っておいたら、ライザー・フェニックスを殺してしまうかも知れない。

 ……その通りだった。

 祐斗は俺のことを理解して、先に先手を打ってくれ、俺は軽い監視の中で謹慎をグレイフィアさんから言い渡された。

 俺はそれを素直に聞き、そして2日間はずっと家にいる。

 どうやらアーシアの回復が思った以上に遅いらしく、アーシアはグレモリー家経営の病院に昨日まで入院していて、今は部屋で休んでいて、俺はまだ目を覚ましたアーシアとあっていない。

 俺の家には木場と小猫ちゃんが一度、顔を出しに来た。

 現状報告と、部長と朱乃さんについてのことを俺はその時に聞いた。

 …………どうやら婚約の発表の日取りが決まったらしく、二人はそれで冥界に行っているそうだ。

 ―――今、俺は部屋のベッドで横になっている。

 いつもと同じ天井を見つめる。

 

『…………相棒、どうするつもりだ?』

 

 ……どうもこうも言う必要がない。

 なにしろ、部長の婚約発表は……今日だ。

 俺は未だに謹慎……つまりフェニックス側も、グレモリー側も俺には来てほしくないってことか?

 それとも後から連れていくとか……どんな魂胆かは分からないけど、やることはずっと前から決めている。

 

『……主様。わたくしには主様のお気持ちが痛いほど分かります。怒りがあるのにずっと仕舞い込んで苦しんでいる。いえ、溜めこんでいる』

 

 ……そうだよ。

 勝手に一人で怒って物に当たっても仕方がない……それに

 

「皆を守れなかった、そんな自分にもムカついてんだ」

 

 ……俺は拳を握る。

 ―――それと同時に、俺の部屋の中に一つの気配を感じ取った。

 まるで無限の力が体現しているかのような存在感……真っ黒な髪に真っ黒なひらひらとしたゴスロリ風の服、そして黒い瞳。

 ……最強のドラゴンであり、俺の友達であるオーフィスがそこにはいた。

 

「……我、イッセー、会いに来た」

 

 オーフィスはそう言うと俺のベッドに腰掛けて、俺に一つの缶ジュースを渡してきた。

 

「この前の、お礼。イッセー、一緒に飲もう」

「……それもそうだな」

 

 電気も付けず、月明かりだけが俺の部屋を照らす。

 俺はオーフィスのジュースを開けて、自分のもあけて一気にそれを飲み干した。

 

「……オーフィスはさ、この前の俺の戦いは見たか?」

「見た。我、イッセーの雄姿、目、焼きつけた」

 

 ……するとオーフィスは少し瞳に光が灯ったような目をしていた。

 まるで子供のような目。

 こんな顔をこいつは出来たんだな。

 

「……ごめんな、負けちまって。がっかりしただろ?」

「…………」

 

 するとオーフィスは首を左右に振った。

 

「イッセー、真っ直ぐだった。いつも、どんなときも、諦めなかった。力も満足に振るえない、ずっとおさえこまれてる、でも強かった。カッコよかった。こんな気持ち、初めて。誰かのために戦う、悪くない、思った」

「……そっか。ならさ、答えを教えてくれ。俺に本当にグレートレッドを倒してほしいのか?」

「……我、静寂は今でも望む。でも、我、初めて静寂以外、興味、出来た」

 

 するとオーフィスは俺の手を握ってまっすぐと、その混沌とした目の奥にかすかに光があった。

 

「我、イッセー、興味ある。気になる。イッセー、我が知らないこと、教えてくれる。我を友達、言ってくれる。故に我、イッセーと共にいたい」

「……友達だからさ、いつでも俺の所にこいよ。静寂が欲しいならさ、たまに里帰りしてまた俺の所に来ればいいさ―――一人ぼっちなんてさ、寂しいから」

 

 ……俺はそう言うと、オーフィスは俺をじっと見つめてくる。

 

「……イッセー、まだ諦めてない。でも、ゲーム、負けた。なのになぜ?」

「まだ終わってはいないさ。俺が諦めると思うか?」

「思わない。我、友のイッセーの力になる」

 

 するとオーフィスは手をぶんぶんと振りまわした……最強のドラゴンは天然だ。

 思った事を口にするほどの天然、そして赤子のような子だ。

 ……オーフィスのおかげか?

 やっと腰を上げることが出来る。

 

「ありがと、オーフィス。でもな、今回は俺だけで十分だ」

 

 俺はオーフィスの頭を撫でると、オーフィスは不思議そうな表情をしていた。

 

「……我、何故か心地いい。イッセー、我に何を?」

「頭を撫でただけだよ。嫌だったか?」

「……我、この心地よさ、好き。故に更に望む」

 

 ……少し小猫ちゃんと似てるか?

 でも俺はオーフィスの願いを聞き届けて少しの間、頭を撫で続けた。

 そしてオーフィスは少しすると俺の手から離れていく。

 

「……我、すること、出来た。我の静寂、気付いた」

「そっか。なら行ってこい。オーフィスはオーフィスのやらなきゃいけないことをして、そんで苦しかったらまた俺を頼ってくれ」

「……我、必ずここに戻る」

 

 ……そう言うとオーフィスは風のように消えていく。

 オーフィスのいなくなった部屋に俺は立って、そして顔を強く叩いた。

 

「……目が覚めた。ドライグ、フェル、待たせたな」

「―――それは私にも言って欲しいぞ、一誠」

 

 ……すると俺の耳に聞いたことのある威厳のある女性の声が響く。

 ―――そう言えば、ずっと忘れてた。

 レーティングゲームでは本人が悪魔のいざこざに興味がなくて出ないと言って、俺もあまりにも反則級過ぎて出すのを断念した、彼女を。

 

「……ティア」

「全く……数日間、私を放って何をしていると思えば、まさかオーフィスがいるとは肝を冷やしたぞ」

 

 ……ティアはいつも突然、俺の部屋に現れる。

 彼女はそれを龍王の力だと言っていたけど、真偽のところは分からないな。

 すると彼女の傍には俺の最近の癒しの一端の、チビドラゴンズがいて俺に抱きついてきた。

 

「おぉ……少しこいつらも強くなったか?」

「ああ。もう少ししたら人間に化けれるんじゃないか?こいつらは人で言ったら3歳くらいだからな」

 

 ティアはそう言うと、俺の頭を突然、撫でてきた。

 

「この際、何故オーフィスがいたのかは聞かん。だが風の噂で一誠が根性無しの不死鳥に卑怯な手で負けたと聞いてな」

「……負けたけど、それはゲームの中での話だぜ?」

「それは暗に―――実戦なら負けない、と言っているようなものだぞ?……しかし許せんな。正々堂々と戦わないなど、この国での武士道に反する!」

 

 ……まあ悪魔だから武士道もないだろう。

 

「ふ……それで一誠、どうせ答えは決まっているのだろう?」

『ティアマット、それは当然であろう。相棒を誰だと』

「ドライグ、私は一誠と話しているんだ、出てくるな」

 

 ティアは話そうとしたドライグに対して、その一言を浴びせてぐうの音も出なくさせる。

 ……あのドライグが冷徹な一言で押し黙った!

 

『ティアマット。主様は当然、自分が何をすべきか分かっていますよ』

「さすがは一誠だな。ならば今回は私が力を貸そう」

 

 するとティアは、人間の姿のまま背中にドラゴンの翼を展開した。

 

「安心してくれ。直接的な介入はしない。そうだな、タクシーでもしようか」

「……サンキュー、ティア」

 

 俺はティアが伸ばしてくる手を握り、握手をする。

 

「では私は一度戻る。呼ぶ時は魔法陣で呼んでくれ」

 

 そういうとティアはチビドラゴンズを無理やり俺から引き離して、そのまま魔法陣から消えていく……魔法陣!?

 ……あいつが突然現れる意味が何となく分かったような気がした。

 

「……そして本命のお出ましか―――ったく、今日は客人が多いな」

 

 ……すると俺の部屋の何度も見た、銀色のグレモリー家の魔法陣が現れる。

 つまりはグレイフィアさんだろう。

 

「……思っていたよりかは、落ち着いているようですね」

「ええ……祐斗からの配慮のお陰で」

 

 俺は数日ぶりに顔を合わせるグレイフィアさんと同じ目線で話す。

 

「……もう知っているのですか? リアスお嬢様のことを」

「ええ、知ってます。全て祐斗達から聞きましたし、俺の謹慎はまだ解かれていないですから想定も出来ていました」

 

 グレイフィアさんは俺の方をじっと見てくる。

 

「……それであなたはどうするつもりです?お嬢様の結婚を静かに見守るか、それともここで静かにしているか」

「……悪いですけど、俺は諦めが悪いんです」

 

 ……俺はグレイフィアさんの話を途中で折って、そしてグレイフィアさんに笑顔を見せる。

 

「俺は何があっても諦めません。たとえ敵が神様でも、魔王様でも……腕が消し飛んでも、剣が刺さって死にそうになっても―――絶対に諦めることだけはしません」

「………………」

「だからこそ、部長のことも諦めません。もしグレイフィアさんがここで俺を止めるのなら、俺は死を覚悟してでも止まらない。俺は約束しました……だから」

 

 俺は前に進みます……そうグレイフィアさんに何の躊躇いもなく言った。

 途端にグレイフィアさんは口元に手を当てて、そして…………笑みを浮かべた。

 

「……ふふふ」

 

 グレイフィアさんは可笑しそうに笑う。

 はじめて見る、この人の笑い。

 公私を完璧に分けているであろう、この人が今は『女王』の顔のはずだ。

 なのに何で……

 

「さすがです、兵藤一誠様。もしもあなたが弱音の一つでも吐こうものなら、サーゼクス様から叩いてでも目を覚まさせろと言われたのですが……どうやらとんだ検討違いだったのですね」

 

 するとグレイフィアさんはポケットから一枚の魔法陣を取り出し、俺に渡してきた。

 

「あなたは面白い方です。本来、お嬢様の下僕として見合わない実力を誇るのに、一番大切に思うのは仲間、力に決して溺れず、自分の気持ちに素直に突き進む」

「…………」

「長年、多くの悪魔を見てきましたが、あなたのような人は初めてです。がむしゃらに突き進んで、自分の想いを信じる。サーゼクス様も、そんな貴方だったから私にこれを授けたのでしょう」

 

 ……俺は魔法陣の書かれた紙を見る。

 なるほどな。

 やっぱりグレイフィアさんは……

 

「サーゼクス様も本来、こんな婚約は望んでいませんでした。彼は妹を誰よりも大切に思う。ですが魔王である身、自分の権限だけで実家とはいえ、グレモリー家に肩入れすることができませんでした……」

「……そんなこととは思いました」

 

 ……だって、あまりにもグレイフィアさんはこちらに友好的だったから。

 俺とライザーの一触即発の時もこの人はライザ―のみを理屈に付けて非難した。

 それに何より―――俺たちに10日という猶予を設けた。

 部長への大切に思う気持ちがあったんだろうな。

 公私を分けるこの人でもそんな一面があることに俺は苦笑した。

 

「これはサーゼクス様からの一言です……『妹を救いたくば、会場に殴りこんできなさい』―――そしてその魔法陣は婚約会場へと続く魔法陣です……ッ!?」

 

 ……俺はその魔法陣を破り捨てるのを見て、グレイフィアさんは相当驚いていた。

 確かに気持ちは嬉しい……でも、俺は

 

「気持ちはありがたく受け取ります。ですが、俺は、俺と俺の仲間の力だけで部長を救います……ですから場所だけを教えてください。あとは自力で向かいます」

「……本当に面白い方です」

 

 そしてグレイフィアさんは冥界にある婚約会場の場所を俺に教えてくれた。

 ティアは冥界のことには詳しいらしく、おそらく場所を教えれば連れて行ってくれるだろう。

 それに魔法陣を簡単に使うことも出来るようだし……

 

「……それでは私はこれで失礼します」

「あ、グレイフィアさん。ちょっと待ってください」

 

 俺はグレイフィアさんが魔法陣で消える前に、一つだけ言いたいことがあった。

 

「なんでしょうか?」

「一つ、魔王様にお伝えしてほしいことがありまして」

「……伝えましょう。仰ってください」

 

 グレイフィアさんは少しだけ微笑み、俺の言葉を待つ。

 そして俺は、遠慮なしに言いたい言葉を伝えた。

 

「会場で、面白いものをお見せします―――赤龍帝の本当の力。それを惜しみなく」

「……それは楽しみです」

 

 そしてグレイフィアさんはその場から魔法陣により消えていく。

 俺はそれを確認すると、その場から勢いよく立ち上がった。

 

「あともう一人……よし」

 

 そして俺はそのまま自室で眠っているアーシアの部屋に向かった。

 

 ―・・・

 俺が静かに扉を開けると、アーシアは上半身だけベットから起こして、夜の空を見ていた。

 アーシアが起きているのを俺はその日、初めて見た。

 

「……アーシア」

「ッ…………イッセーさん」

 

 ……意識のあるアーシアと顔を合わせるのは2日ぶりだ。

 アーシアは今すぐにでも泣きそうな顔をしていて、俺がアーシアの傍に近づくと、そのまま俺の腰に抱きついて泣きだした。

 

「イッセーさん……私はなんて非力なんでしょうっ!何もできなかったんです……誰かを癒すことも、守ることも……相手に攻撃されて、あっさりリタイアして……っ!!」

「……ああ、アーシアは非力かもな」

 

 俺はアーシアを抱きしめながらそう言う。

 

「皆、今回のゲームは後悔だらけだろうな。皆そうだよ……俺だってそうだ。だけど俺は誰も責めない……あのゲームで頑張って無かった奴なんかいない」

「……イッセーさん」

「アーシアは今回の苦しさを、これから役立たせればいい。だから今回のことは俺に任せろ」

「―――ッ!?もしかして…………なら私も!」

 

 アーシアは立ち上がろうとする……そりゃ、そうだよな。

 アーシアの性格を考えたら、自分も何かしたいと思いたくもなる。

 だったら俺はアーシアの気持ちを踏みにじらない!

 

「ああ……二人で一緒に、部長を助けに行こう。部長の婚約発表はあと数時間もすれば始まる。急いでシャワーを浴びて、急いで用意してくれよ?」

「はい!!」

 

 そう言うとアーシアは笑顔で俺にそう言ってくる……皆、涙なんか似合うはずがない。

 アーシアだって、小猫ちゃんだって、朱乃さんだって…………部長だって。

 だからこそ、俺は行く。

 決着を着けに、大切な主を救うために。

 ―・・・

 

 数十分後、俺とアーシアは家の屋根の上にいた。

 アーシアと俺は制服に着替え、そしてまだふらついているアーシアの体を腕で支える。

 そして俺は悪魔の翼を展開させて、そして空へと急上昇していった。

 ……さすがに伝説のドラゴンをあんなところで召喚するわけにはいかないからな。

 そして俺とアーシアは人は目視することすらできない高度まで上がると、俺は巨大な魔法陣を展開させる。

 

「……我の名において、応えろ―――馳せ参じたまえ、龍王ティアマット!!」

 

 ……俺の声と共に、魔法陣から静かに黒と白の美しく神秘的な見た目をしているティアがドラゴンの姿で現れた!

 相変わらずの美しさとでかさだ!

 そしてその傍らにはチビドラゴンズもいる!

 

「一誠、随分と待ちくたびれたぞ」

「え、えっと……こんにちは、ティアマットさん」

 

 アーシアは流暢にティアに挨拶をすると、ティアは少し笑う。

 

「アーシアよ。私のことはティアで良い。一誠が気に入っているお前ならば許そう」

 

 ……そして、俺はティアの背中に飛び乗る。

 

「ティア、目的地は冥界の婚約会場だ。分かるか?」

「誰にものを言っている?急ぐのだろう……少し飛ばすからしっかり掴っていろ!!」

 

 そしてティアは真正面に巨大な龍の文様をした魔法陣のようなものを展開させる!

 やっぱり、ティアは魔法陣を持っていたのか!?

 それともドラゴン特有のものなのか?

 どちらにしろ、それが転移するためのものであるということは分かった。

 俺はティアの体にしがみつき、そして……冥界へと向かうのだった。

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 

 僕、木場祐斗はリアス部長の婚約会場にいる。

 僕だけじゃない。

 ドレスを着こんだ小猫ちゃんに和服姿の朱乃さん。

 僕もスーツを着込んで会場の一角にいた。

 既に上級悪魔の面々が会場にいて、話をしたり、ごちそうを食べていたりする人もいる。

 

「……この前のゲーム、拝見させていただきました」

 

 ……するとそこには同じ駒王学園の生徒で生徒会長、そしてシトリー眷属の『王』、ソーナ・シトリー様がいた。

 

「ソーナ会長」

「……正直、納得できない部分も多いです。ですが負けは負け。それはおそらく、誰よりもリアスが分かっているでしょう」

「あらあら……さすがは幼馴染が言うことは違いますわね」

 

 ソーナ会長は実際にあのゲームを見ていたのか、僕たちに対してそう話しかける。

 それに対し朱乃さんはいつも笑い声でそう言った。

 ……朱乃さんがあの『女王』に負けたのは、どうやらフェニックスの涙を使われたかららしい。

 一度は追いつめ、魔力が尽きたところを涙で回復され、そしてそのまま敗北。

 逆に言えば涙さえなければ負けることはなかったというわけだ。

 

「あのゲーム、私は素晴らしいものだと評価します」

「…………お気遣いはありがたいんですが、でも大丈夫です」

 

 小猫ちゃんはそう言う。

 彼女はイッセー君に慰められたからもういつもの調子が戻っていた。

 ゲームの終了してすぐの小猫ちゃんは、それはもう後悔と恐怖の圧力で自身を見失っていたからね。

 すると、僕達に近づいてくる人影があった。

 

「……グレモリー眷属の皆様、少し宜しいでしょうか?」

「確か貴方は……」

「お兄様の眷属で『僧侶』のレイヴェル・フェニックスですわ」

 

 ……そこには金髪のツインロールの髪形をしていてる、紫色のパーティードレスを着ているレイヴェルさんの姿があった。

 

「それで……どうしたのですか?」

「……その、この前のゲームのことを謝りたくて―――兄の蛮行、謝罪申し上げます」

 

 ……すると彼女は僕達に頭を下げてくる!?

 どういうことだろう。

 するとレイヴェルさんは頭を上げて、話し始めた。

 

「……お兄様は『王』として勝利を求めました。ですが私はあれが……お兄様の最後の行為がどうしても許せませんの。だから兄に代わって、妹である私が謝ろうと思いまして……」

「あらあら……いいですわ、そんな頭を下げないでください」

「…………ゲームはゲーム。もう割り切りました」

 

 するとレイヴェルさんは少し、安堵の表情となった。

 彼女は相当、緊張していたみたいだね……これだけの眷属に面と向かって頭を下げれるこの子の芯の強さ。

 正直、あのライザ―・フェニックスの妹とは思えなかった。

 ……僕は相手の『女王』と相打ちになり、そしてリタイアして治療を受けている最中、イッセー君のそれまでの戦いを見ていた。

 唖然としたよ。

 紅蓮と白銀の二つの篭手で、あのフェニックスの不死身さに傷をつけていたんだから。

 あの強さ……イッセー君が神器を使ったら、僕では相手にならないだろう。

 神器を発動したら僕を軽く超える速度を体現し、攻撃力は恐らく、僕達眷属では断トツのトップだ。

 これにまだ”強化”の力があるんだ。

 彼は底が見えない。

 だからこそ、僕は憧れてしまう。

 

「……それで、兵藤様はいらっしゃらないのでしょうか?」

「「………………」」

 

 レイヴェルさんはイッセー君の名を出すと、顔を赤くする……ということはもしかして―――

 すると小猫ちゃんは途端にじと目で彼女を見ていた!

 やっぱりそうなんだ!!

 ―――――それにしてもイッセー君か。

 ああ、そうだね……この場には確かにいない。

 

「今、この場にはいない…………でも心配はいらないさ」

「そうですわ……うちのイッセー君は、最後まで自分を突き通す人ですわ」

「…………その癖、それが他人を救うためだけっていう反則級の優しさの持ち主です」

 

 ……僕達の気持ちは同じのようだ。

 そしてその時、あの男……ライザー・フェニックスが炎に包まれながらという派手な演出で会場に登場した。

 

「冥界に連なる貴族の皆様!お集まりいただき、大変うれしく思います……この度、皆様に集まっていただいたのは名門、グレモリー家の次期当主、リアス・グレモリーと、私、ライザー・フェニックスの婚約という、歴史的瞬間を共有していただきたいからでございます」

 

 ……この会場で、貴方の暴挙を見た人は少ないだろう。

 だけど言わせていただく―――貴方は怒らしてはいけない僕達の『兵士』を怒らせた。

 その意味をあなたは未だに理解していない。

 だからそんな恐れもない表情をしている。

 未だ鼻高々というべき態度を取っている。

 ……僕と小猫ちゃんはイッセー君の元を一度だけ尋ねた。

 だけどその一度きりで、それ以上は彼の元には近づこうとしなかった。

 それは―――彼の姿を目の当たりにしたから。

 今まで見たことがないほど怒っていて、でも僕たちの前では笑顔でいてくれる彼の姿を見たくなかったから。

 

「ではご紹介しましょう!わが妃!リアス・グレモリ―!」

 

 ……グレモリーの魔法陣がライザー・フェニックスの隣に浮かび、そして少しして、ウエディングドレス姿の部長が現れた!

 …………そしてそれと同時に――

 ガォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!

 ……そのような激しい怒声が鳴り響いた。

 

「な、なんだ!?」

「このおぞましいほどの咆哮……まさか!」

 

 会場が騒がしくなる。

 ああ、これは間違いない―――ドラゴンの、咆哮!

 そしてこんなことを出来る人は僕は一人しかいない!!

 僕はそう思って、会場の入り口を見た瞬間だった。

 

「部長ォォォォォォォ!!!」

 

 兵士を殴り飛ばし、扉を粉砕して僕達が待ち望んだ男……兵藤一誠が、アーシアさんや3匹の小さな龍、そして人間の姿をした龍王、ティアマットと共に現れた。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

 

 ……俺が部長の姿を確認して、部長の名を叫ぶ!

 二日間、ずっと見ていなかった部長の姿!ウエディングドレス姿だ!

 

「い、イッセー!?」

「貴様!ここをどこだと思って!」

 

 うるさい!!

 俺はあいつの言葉をさえぎる!

 

「俺は駒王学園、オカルト研究部で部長の下僕!赤龍帝、兵藤一誠だ!!」

 

 俺は会場に響くくらいの大声で叫ぶ!

 どうせなら派手にやってやる!

 

「リアス・グレモリー様はお前には渡さない!!―――卑怯者のお前に彼女を任せられねぇ!!」

「き、貴様!?何を言って!?」

「―――心も想いも全部ひっくるめて俺のものだ!!!」

 

 会場が俺の声によってざわざわと騒がしくなる!

 

「警備員!その者を取り押さえろ!!」

 

 ……すると、突然、俺達の周りに甲冑姿の警備員みたいなやつらが襲いかかってくる!

 

「……イッセー君!ここは僕達に任せて!」

「…………さっきの言葉は後で言い訳を聞くです」

「あの言葉、私にも言ってくださらないかしら?」

 

 ……ッ!

 木場と小猫ちゃんと朱乃さんが俺を襲う警備員にそれぞれの武器で抗戦する!

 俺を守るように!

 

「ぎゃう!!」「ぴき!!」「めぃ!!」

 

 ……俺の可愛い使い魔のチビドラゴンズのフィー、ヒカリ、メルがそれぞれ炎と雷と光速による体当たりで警備員と交戦する!

 

「では一誠、私はアーシアを守ろう」

 

 ティアはアーシアに近づいた警備員を指パッチンで地面にめり込ませた!!

 

「……ありがとう!!」

 

 俺は皆に背を向けて、そのまま部長とライザーの元まで走る。

 

「これはいったい!?」

「リアス殿!いったいどうなっているのだ!!」

 

 周りがざわつく中、俺はひときわ目立つ赤髪の長い男性が、ちょうど部長に近づいて行くのを見た。

 ……部長と、似ている。

 

「私が用意した余興ですよ」

「さ、サーゼクス・ルシファーさま!?」

 

 貴族の一人が慌てた表情と声で、その名を呼んだ。

 ッ!! つまりあの人が部長のお兄様で、そして……魔王。

 

「サーゼクス様!このようなご勝手は困り」

「……いいではないか、ライザーくん」

 

 ……サーゼクス様はライザーの言葉を止める。

 俺はその様子を見て、立ち止まった。

 

「この前のゲーム、拝見させてもらったよ。しかしゲーム経験もなく駒も半数に満たないリアス相手に、随分と興味深い妙手を使ったそうではないか」

「ッ!!…………それはサーゼクス様、貴方様はあのゲームを白紙に戻せと?」

「いやいや、そこまでは言っていない。魔王である私がどちらかに肩入れすることは不可能だ」

 

 するとサーゼクス様は俺の方を見てきた。

 

「ならばサーゼクス、お前はどうしたいのだ?」

 

 ……すると赤髪のダンディーチックな悠然としている男性がサーゼクス様に話しかける。

 恐らくは、部長の父親。

 近くには部長に似た女の人もいるから間違いないだろうな。

 

「……聞けばそこの少年は今代の赤龍帝の力を有しているそうではありませんか。ドラゴンとフェニックス。私はその戦いがみたいのですよ……それにそうしなければそこの彼は止まりませんよ」

 

 ……サーゼクス様がそう言うと、会場の視線が俺に集まった。

 ああ、その通りだよ。

 そして場は静かになり、部長のお父様やお母様や会場は黙りこくる。

 

「兵藤一誠君、どうやらお許しが出たそうだ。もう一度、君のあのドラゴンの力を見せてくれないか?」

「…………そのつもりできましたから―――ご期待通り、お見せします」

 

 そして俺はライザーを睨みつける。

 あとはこいつだけだ。

 

「……いいでしょう。このライザー・フェニックス、これを最後の試練として迎え入れましょう!!」

「勝負は成立……ならば兵藤一誠君、君は勝った場合の代価は何がいい?」

 

 ……サーゼクス様が俺にそう言ってくると、途端に周りが騒がしくなった。

 

「サーゼクス様!たかだか下級悪魔にそんなことを!」

「お考え直しください!」

「黙れ」

 

 ……サーゼクス様の低い声が響く。

 

「下級であろうと、上級であろうと悪魔は悪魔だ。こちらは頼んでいる身、ならばそれ相応のものを出さなければ……それで君は何を願う?絶世の美女か?それとも爵位か?」

 

 ……そんなもんは自分でどうにでもなる。

 そんな目先の欲望なんて、どうだって良い。

 だから俺は即答する……自分の気持ちを!

 

「部長……リアス・グレモリー様を返してください!こんな馬鹿げた婚約は白紙に戻す―――それだけが俺の願いです」

「いい答えだ。ならば勝ったらリアスを連れて行きたまえ」

 

 ……サーゼクス様はどこか嬉しそうな笑顔でそう言うと一歩下がる。

 そして俺はライザ―の前に堂々と立つ。

 

「……この前の言葉、忘れていないな?―――決着を着けるぞ、ライザー」

「いいだろう、小僧……お前にフェニックスの力を分からせてやろう!」

 

 ……決まった。

 俺はライザーから離れ、部長の隣に行く。

 俺は自分の胸に神器を出現させブローチ型の埋め込まれている神器に手を当てた。

 ―――そして神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を部長の方に投げた。

 

「フェル。分かってくれるな?」

『はい』

 

 すると神器は自立歩行型の小型の機械ドラゴンとなり、部長の傍に舞い降りた。

 

「それは俺の相棒……お守りとして一緒に見ていてください」

「で、でもこれはあなたの……」

「大丈夫です―――俺は赤龍帝ですから」

 

 俺は部長の言葉を最後まで聞かずに後ろを振り向く。

 そこには笑顔の仲間の姿があった。

 俺はそれ以上何も言わず、そして急遽、用意された戦闘フィールドに繋がる魔法陣から転送された。

 

 ―・・・

 

『Side:リアス・グレモリ―』

 

 ……私はイッセーに何も声をかけることが出来なかった。

 ただ、彼の背中を見守るだけ。

 そして今、イッセーは戦闘フィールドの中心で立ち尽くしていた。

 

『……主様のことが気になりますか?』

 

 ……初めて声を聞く、隣にいる小さな小型の機械的なドラゴン。

 彼女がイッセーが入っていた創造のドラゴン、フェルウェルという存在らしい。

 そして私の周りには朱乃、小猫、祐斗がいて、少し離れたところにイッセーの使い魔である小さな3匹のドラゴンを肩と頭に乗せるティアマットの姿がいた。

 そして皆、スクリーンからイッセーの姿を見ている。

 

「だってあの時のイッセーの力は貴方によるものでしょう?なのに貴方はここに……」

『確かにツイン・ブースターシステムは、わたくしの力なしでは無理です。ですが、あなたは主様を少し、見くびってはいませんか?』

 

 ……見くびってなんていない。

 彼は私の眷属で最強の存在。

 本来なら私の下僕には不相応な実力を持っていることは既に理解している。

 現にゲームでもほとんど傷を負わずに最後まで戦い続けた。

 

『……はっきり申しますと、主様は悪魔になってから本気と言うものを一切、出してはいません』

「「「ッッッ!!?」」」

 

 ……私達はその言葉に驚く。

 イッセーが、あれでも本気じゃない?

 

『……言い方が悪かったですね。主様はその時にだせる全力は出しています。そもそもの問題は主様が悪魔になってから力を制御されました。それでも戦い方を見つけ出し、ゲームではあの臆病者を倒すほどの戦い方を考えました』

 

 ……このドラゴンは、怒っている。

 静かな声音からは信じられないほど、静かに。

 自らの主との戦いから卑怯な手で逃げた、ライザーに対して。

 

『見ていれば分かります。貴方の眷属である主様の力がなんなのか……その性質がどれほど優しいものなのか』

 

 ……私はそう言われて、イッセーの姿をみた。

 ―――その背中はあまりにも頼もしかった。

 

『Side out:リアス』

 

 ―・・・

 

 戦闘フィールドの中心辺りに俺とライザーは立ちすくんでいる。

 今は開始の合図を俺達は待っていた。

 神器もまだ発動していない。

 

「……小僧。俺はお前を認めよう―――お前があの力を使えば、正直、手がつけられん」

 

 ……こいつは恐らく、俺の二つの篭手によるツイン・ブースターシステムのことを言っているんだろうな。

 

『試合、開始してください』

 

 ……男性のアナウンスと共に、俺達の雰囲気は変わる。

 

「ならば俺はお前があれを使う前にお前を倒す……俺は勝たなくてはならない!我がフェニックス家には敗北の二文字は認められんのだ!!!」

 

 ライザーはそう言って、不死鳥の炎の翼を羽ばたかせる。

 ――――お前はただ、プライドだけで部長を傷つけたんだな。

 そんな薄っぺらい言葉と、看板を張るにしては逆に泥を塗るような行為。

 矛盾の塊。

 そんな半端者が、俺の大切な仲間を傷つけた。

 

『……ライザ―・フェニックス』

 

 ……ドライグがあいつにも聞こえる声で威厳ある声を鳴り響かせる。。

 

『貴様は確かに、王としては正しいことをしたのかもしれん…………だが、貴様はこの世界で一番、怒らせてはいけない存在を怒らせた』

「ど、どこからこの声は聞こえる!?誰だ!?」

 

 ……焦る、ライザー。

 でもドライグの威厳のある声は止まらない。

 

『それはドラゴンでも、ましては俺でもない…………優しい赤龍帝だ。貴様が怒らせたのは兵藤一誠という男だ。誰よりも優しき者の、逆鱗。そしてこの者の中に存在するドラゴンの逆鱗に触れたお前には――――――地獄の苦しみを味あわせよう』

 

 途端に、俺の中で何かが始まる。

 体中から魔力が湧き出て、俺の体は赤い魔力で覆われる。

 

「な、なんだ……この、肌を焦がすほどの濃密度な魔力は!?」

 

 ライザーは業炎を俺へと放ってくる。

 でも今の俺はそんなものを気にしている暇ではなかった!

 懐かしい…………懐かしくもあり、待ち望んでいた力。

 ずっと制限され続け、やっとこの日、復活を果たすことの出来る力!

 

「行こう、ドライグ!」

『応ッ!!あの者に、ドラゴンの力を!!」

 

 俺とドライグの想いが一つになった時、俺の篭手の宝玉が赤く光輝く!

 いくぞ、ライザー・フェニックス!

 俺は踏ん張り、空を駆ける!

 

「『禁手化(バランス・ブレイク)!!!』」

 

 俺の体が赤い光に包まれる!

 そして篭手から音声が流れた!

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 それと同時に、俺の体に次々に鎧が装着されていく!

 ライザーの炎はそれによって無効化し、形作られていく。

 全ての鎧を装着し、そして俺は地面に舞い降りた!

 

「これが赤龍帝の籠手(ブーステッドギア)禁手(バランス・ブレイカー)―――赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)だ!!」

 

 俺は空に浮かぶライザーにそう言い放った!

 

「ば、バランス・ブレイカーだと!?」

 

 ライザーは驚愕な表情になっていた。

 ……神器の奥義とも言える最強の切り札、禁手化。

 神滅具の意味がここにあるほどの力だ。

 

『相棒……調整は完璧だ。今の相棒の能力なら、いくらでもこいつを使いこなせるだろう』

 

 ……ああ、可笑しいくらいにさっきから力が溢れてくるよ!

 人間の時とは比べ物にならないほどのものが!!

 

「いくぞ、ライザー!!!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 懐かしい限界を外れた、一瞬の倍増!!

 現状でも十分なほどの大きな力が、更に倍増した!!!

 

「初手だ……避けないと、それで終わりだ!」

 

 俺は倍増した魔力を全て、腕で覆い抱えることが出来ないほどの大きな魔力球として地面に浮かせる!

 

「くらえ!!」

 

 俺はそれを殴り飛ばすと、途端にライザーへと体の面積よりも遥かに大きな魔力砲が撃ち放たれた!

 

「ッ!!?」

 

 ライザーはそれをギリギリで避けた……つもりでいるんだろうな。

 

反射の龍砲(リフレクション・ドラゴンキャノン)

 

 魔力砲が地面にぶつかる瞬間、俺は魔力砲を操る!

 魔力砲はまるで反射するように屈折し、次の瞬間にライザーの胴体を貫いた!!

 

「がぁぁぁぁああ!!!?」

 

 ライザーの表情を苦痛に包まれる!

 腹部はすぐさま、フェニックスの能力で再生されるが……関係ない!

 

「うぉぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 俺は鎧の後ろから魔力を噴射させてライザ―に高速で近づく!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

「なんなんだ、お前は!!不死の俺に何故、傷をつけることが出来る!!」

「そんな理屈、どうだっていい!!」

 

 倍増した力を全て拳に集中!

 そして一瞬で俺はライザ―の腹部へと撃ちこんだ!!!

 

「俺がここでお前に放つ拳は、全部お前を殺すためのものだ!傷つけられた仲間、皆が流した涙!!無駄にしてたまるかよ!!」

「ッッッッッッ!!!???」

 

 ライザ―はそのまま地面へと衝突するように落ちていく!

 まだだ……お前はまだまだ終わらせない!

 

『ああ、相棒……不死鳥は何度も絶望を味あわせないと死なない。故に』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

 

 倍増した力を全て解き放つ。

 普通の篭手で言えばエクスプロージョン……解放の力だ!

 背中の魔力噴射口、足、腕、全てから魔力が放出される……全ての能力を均等に倍増―――倍増!!

 

「フェニックスを、舐めるなぁぁぁぁああ!!!!」

 

 ライザーは極大の炎を光速で放つ!

 

「……そんな炎じゃ俺の鎧は貫けない!!」

 

 俺は避けない!

 こいつの攻撃じゃあ、俺の魂を込めた鎧は敗れるわけがねえ!!

 俺は炎の中を防御もせずに駆け抜ける。

 体中が焼かれるように痛い、でも!

 部長の痛みはもっと大きなもんだった!!

 それなのに俺が弱気を吐けるわけがねえ!!

 

「吹っ飛べ!ライザ―!!」

 

 炎を潜り抜け、俺はライザーの顔面に何度も、何度も拳を入れる!

 腹部、脚部、あらゆるところを殴り続ける!

 時折、こいつが極炎を放ってくるが、気にしない!

 熱くても、こいつに地獄を見せるまでは!!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

「集結しろ!!」

 

 拳に倍増したオーラを全て纏わせる。

 そしてすかさず、ライザ―の顔面を拳で撃ち抜いた!!

 ――――――ッ!!

 

「な、なにぃ……ッ!!?」

 

 ……ライザ―が突然、急いだように俺から離れる。

 ―――俺は今の一撃、確かにあいつを捉えた感触があった。

 それを証拠にあいつの再生は……明らかに速度が遅くなっていた。

 それはつまるところ……奴の限界を意味している。

 だけど、まだ足りない。

 まだ火力が全然足りない。

 あいつを倒すのに、殺すのに―――何回も殺し続けるなんて温い考えはしない。

 俺が欲するのはあいつを完膚なきまで、二度と再生できないほどの力。

 そして俺には―――それ可能にする可能性がある!

 

「―――ドライグ、神器はさ…………想いに応えてくれるよな?」

『ああ。応えてみせよう、相棒の想いに!!』

 

 ……俺は加速したい。

 あの時、俺が部長を救えなかったのは遅かったから。倍増をする速度が、彼女に駆けつける速さが足りなかった。

 ……今でも倍増は枷が外れたように早く出来るだろう。

 ―――だけどまだ足りない。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!!』

 

 まだだ、こんなもんじゃ足りない。

 こんなものでは、本当に必要なときに何も守れられない!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBBBBBBBBBBBBBBB!!!!!!!!!!!!』

 

 違う、もっとだ―――もっとだ!!!

 

『BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBB―――――――』

「―――弾けろ、ブーステッド・ギアァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 倍増の音声が小刻みになり、俺はそれと共にそう叫んだ。

 俺の鎧は激しい『赤』に包まれており、そしてその形態を変化させる。

 背中の噴射口は更に大きくなり、鎧が煙を噴射する。

 そして―――

 

『Accel Booster Start Up!!!!!』

 

 ……次の瞬間、倍増の速度が加速する。

 

「な、に―――」

 

 俺はライザーの元に刹那で近づき、目にも留まらぬ速度で奴の生命機関を的確に抉るように殴った。

 喉、心臓、肺、膝、脳……あらゆる箇所を連打するように殴りつけ、そして蹴り飛ばす。

 鎧からは力が倍増に倍増を重ね、音声すら追いつかないほど力が高まっていった。

 そして俺はその力と共に…………そこで俺を恐怖する目で見ているライザーへと歩いて行った。

 

「木場とは木刀で撃ちあった。小猫ちゃんとは格闘訓練を何度もした。朱乃さんとは魔力を、アーシアとは神器の使い方――――そして部長とは!正々堂々、お前を倒す作戦を考えた!!」

 

 俺はライザーのもとへと一瞬でたどり着き、そして一発腹部を殴る!

 

「なのにお前は!」

 

 更にもう一度!

 

「勝ちにこだわって、部長を傷つけた!! 俺の仲間を幾度となく傷つけた!!」

 

 気が遠くなるほど、殴り続けた。

 ライザーは再生を続けるも、次第に再生が無くなっていった。

 そして蹴り飛ばすと、ライザーは地面に倒れるが、すかさず立ち上がる。

 ……表情は、絶望だ。

 

『相棒……もう決めよう』

 

 ドライグがそう言う……ああ、そろそろ限界だ。

 ライザーは顔面がクシャクシャになるほど傷ついていて、既に戦意はほとんどなかった。

 倍増を止め、力を全て左腕に溜める!

 鎧も全て解除して、全てをあいつに……ライザ―に!!

 

「や、止めろ!貴様、分かっているのか!?この婚約は悪魔の未来のためのものだ!!お前のような何もしらないガキが、どうこうしていい問題ではないんだ!!!」

「……そんなこと、承知の上だ。そんな事情、今は何の関係もない」

 

 俺はライザーの胸倉を掴み、そしてライザーを宙に投げた。

 成す術もなしにライザーは宙に浮かび、俺は構える。

 

「今ある問題はそんな大それたことじゃない。本当に、些細なことだ」

 

 左腕は激しい紅蓮のオーラに包まれ、俺の出す魔力に鎧がついて来ず、鎧の兜が崩壊する。

 

「部長はな……お前にやられて、全く似合わない――――涙を流していた!!泣いてたんだ、部長は!!小さな夢も諦めて、お前みたいなやつの女にされることが嫌で!!仲間を守ることが出来なくて!!泣いてたんだ!!!」

 

 篭手の宝玉が光輝く!

 

「―――そんな部長は、言ったんだ。助けてって」

 

 その輝きを全て拳に込めて、ライザーに一歩、近づいた。

 

「俺たちと、眷属の皆とずっと一緒にいたいってさ。そんな小さな願いだ。それを俺は守る―――歯ぁ食いしばれ、ライザー」

 

 ―――駆ける。ライザーの落ちてくる袂まで、奴をぶっ倒す一撃を繰り出すために。

 

「俺がお前を倒す理由は!!」

 

 ライザ―の懐に踏む込む。

 拳を強く握り、足で上半身を支え、左腕を振りかぶる!!

 

「それだけで、十分だッッ!!!!」

「―――――ッッッ!!!!?」

 

 落ちてくるライザーの腹部に、確かな俺の拳が抉り込む。

 相手の中心線に向かって、抉り込むように撃つ!

 力は一切、緩めない!

 

「だから、俺は何があろうと負けない―――お前の負けだ、ライザー・フェニックス」

「ば、かな……こんな、ことが……」

 

 ――――――そしてライザ―は、膝から地面へと倒れこみ、そのまま動かなくなった。

 俺はライザーに背を向けたまま、そう言い放つ。

 すると俺の中のドライグは俺に話しかけて来た。

 

『……素晴らしい一撃だった。相棒、お前の勝ちだ』

 

 ああ……行こう。

 ―――皆の元へ。

 

 

 

 

「終章」 紅のキス

 

 

 俺は部長の元にひざまずく。

 体はいたるところ火傷だらけ……でも大したことはない。

 

「言ったでしょ、部長?―――約束通り助けました」

「イッセー……あなたって……ッ!!」

 

 ……部長は俺の顔を見て涙を瞳に溜めながら、頬を赤く染める。

 そして俺は、部長の傍にいた、部長のお父様とお母様に頭を下げた。

 

「ご無礼、失礼しました……ですが自分は間違ったとは思っていません。だから約束通り、リアス様は返してもらいます―――ただ一つだけ。もしまた同じようなことをしようとお考えなら、俺はまた同じことを繰り返すだけです」

「「…………」」

 

 ……二人は黙ったままだった。

 そして俺は部長と仲間を連れて、そのまま会場の外へと出た。

 そしてそこには、レイヴェルの姿があった。

 

「……悪いな、兄貴をぶっ飛ばして」

「いえ……あれほどのことをしたのですわ。あれで反省するでしょう……今は眷属の者に傍について居させていますわ」

「……なら、あいつが起きたら言っておいてくれ―――文句があるならいつでも俺の所に来い。真正面から、いつでも戦ってやるってな」

「―――はいッ!」

 

 レイヴェルはそのまま、会場の中に戻っていく。

 そして俺は会場の外で部長の手を握って、二人で立つ。

 周りで木場や、じと目の小猫ちゃん、朱乃さん、ティア、チビドラゴン、自立歩行型の機械ドラゴンのフェル。挙句、会長までが俺に意味深な視線を送ってくる……ったく、本当にいい仲間たちだよ。

 

「……ティア」

「分かっている。一誠」

 

 ティアは溜息を吐きながらそう言うと、次の瞬間に姿が大きなドラゴンとなった。

 俺と部長はティアの背中に乗り、そしてそのあとを続くように……とはいかなかった。

 

「行きなよ、イッセー君。残念ながら、部長の御供は君だけで十分なようだよ」

「……なら、部室で待ってるぞ!祐斗、小猫ちゃん、朱乃さん、アーシア!」

 

 そしてティアはそのまま上空へと飛ぶ。

 チビドラゴンズのフィー、メル、ヒカリは疲れたのか、眠っていて、現在はティアが腕で抱きかかえて飛んでいた。

 

「……バカね、イッセー。そんなに傷だらけになって、私のため何かに……」

「なんか、じゃないです。部長だから、助けたんです」

「ッ!!」

 

 ……部長は顔を真っ赤にして、俺から視線を外してしまう。

 

「もうっ……イッセーってそれ、わざとなのかしら……」

「?」

 

 何を言っているのか分からなかったけど、部長は俺の首に腕を巻きつけたまま、抱きしめてくる。

 

「でもありがとう、イッセー……でも今回は破談になったかもしれないけど、また次の婚約が来るかもしれないわ」

「大丈夫です。何度来ても、俺がこう言ってやります―――『部長を自分のものにしたいなら、まずは俺を倒せ』……って言って、もし突っかかってくるようなら全力で潰します!!あ、さっきの台詞は忘れてくださいね?あの場で大げさに言って、ド派手にことを進めようとしたので」

「それは、無理な相談ね―――なんたって………………んっ」

 

 ―――――何が起きたか、俺には最初、分からなかった。

 俺の唇に、冷たい、でも暖かくて柔らかいものが当たる。

 それは数秒、ずっと続く。

 そう、俺は……部長とキスをしていた。

 

「……だって、あなたは私を本気にさせてしまったんだから」

「え……は?な、何がおきて……って何を言って……」

「……だから、その……私があなたにキスしたのよッ!日本ではファーストキスは女の子は大事にするものなのでしょう?だからあなたにその……あげたのよ―――責任、とらないと後がひどいんだからね?」

 

 …………俺の脳内は、真っ白になる。

 

『うがぁぁぁぁぁぁぁああ!!?リアス・グレモリー!!貴様、よくもわが息子のぉぉぉぉ!!!』

『許しません!!許しません!!!高々上級悪魔の分際で!!キイィィィィィィ!!!』

 

 がぁぁぁああ!!?

 俺の中のドラゴンがあまりのことで叫んでいる!?

 

「おい、一誠!!お姉さんの上で何をしている!?私はそんな風にお前を育てた覚えはない!!」

 

 俺もねえよ、育てられた覚えは!!

 

「……うふふ。あなたは本当に素敵よ。それに私の全てはイッセーのものなんでしょう?――――こんな素敵な男の子、私は逃がさないわ」

 

 部長は満面の笑みでそう言うと、大変なことになっている俺に抱き着いてくる。

 ―――まあ、いっか。

 部長の笑顔を見れたら、それで。

 ずっと暗かった部長の笑顔を見れて、俺は肩に力を抜く。

 ……キスは驚いたし、たぶんここから滅茶苦茶大変だと思うけど。

 

「それと私、イッセーの家に住むことにするから」

「へぇ……―――えぇぇぇぇえええ!!?」

「当然よ……イッセー、貴方は私のイッセーよ」

 

 …………ああ、もう俺の女難は消えないようだ。

 ―・・・

 

 あれから部長は悪魔の交渉術を使って母さんを説得した。

 理由としては、まさかの親が無理やり許嫁を決めて、俺がそいつをぶっ飛ばしたという割と真実を告げて、それによって母さんが俺を褒めて、テンションが上がった母さんにノリでお願いして、そしてノリで了承された。

 そんなところで頭を使わないでくださいよ!

 まあその同居の決定の際に、母さんから与えられた試練に部長は四苦八苦し、中々同居に至れなかったという裏話も存在しているが……

 ……ちなみにアーシアは部長を妙にライバル視している。

 部長の言うところ、アーシアの方が私よりも7歩先にいると言っていた。

 まあ詳しい意味は分からないけど。

 ちなみにライザーは生まれて初めて敗北と恐怖により、寝込んだとレイヴェルが苦笑いをしながら俺の家までやってきて言っていた。

 ……何はともあれ、こうしてライザーとのいざこざは幕を閉じた。

 グレモリーとフェニックス間で色々とまだ交渉みたいなもので、グレイフィアさんはとても大変らしいけど。

 …………例えば、また部長を泣かせる奴が現れたとしよう。

 その時は、俺はまた今回みたいにそいつをぶっ倒す。

 無理してでも、体を張ってでも。

 なんでそこまでするかって?

 そんなもの、決まってる。

 ―――それは、グレモリー眷属が……仲間がそれほどのことをしたいと思うくらい、大切な存在だから。

 ……理由なんてそれだけで良い。



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番外編2 チビドラゴンズの休日の過ごし方

 俺、兵藤一誠は癒しを求める男だ。

 俺の中の最上級の癒しの存在はアーシア、そして最近では小猫ちゃんも癒しの代名詞になりつつあるが……

 けど最近、この二人は癒しなんだけど、とにかく女難を連れてくる性質にある。

 ああ、それはもう頭を悩ますくらいの女難が次々に招来するんだ。

 よって最近の俺は俺の使い魔……チビドラゴンズに癒しを求めている。

 小さくて、慕ってくれて、しかもどこか愛くるしさがあるフィー、メル、ヒカリの小さなドラゴン達。

 俺があの三匹を呼ぶのは大抵は一緒に遊んだり、昼寝をしたりするときで使い魔と言うよりもペット化している気がした。

 それはもう可愛くて可愛くて……その可愛さを祐斗に電話で三時間ほど熱弁するくらいの入れ込みようだ。

 …………それはともかく今、現状を説明するなら俺の目の前には小さな子供の女の子がいた。

 大体は3歳くらいの小さな女の子だ。

 薄ピンクの短い髪にタンクトップとショートパンツ、淡い青の髪にワンピース、そして金髪の髪に白いゴスロリの服を着た女の子。

 ……似合っているし、三人とも可愛いだけどさ?

 突然、家のチャイムが鳴って出てみると、そこにそんな子供がいて、しかもその子たちが俺の顔をじっと見てるんだぜ?

 時間にしたら数秒経つ……でも俺はこの子達が誰なのか、知らない。

 何故か見たことがある気がするんだけど……なんか面影を感じるけど、とにかく知らないはずだ。

 そうして困っていると、居間の方から最近この家に居候することになった部長が顔をのぞかした。

 アーシアも一緒だ。

 

「イッセーさん?どうしたんですか?」

「イッセー、早く戻ってきなさい。映画を早く見るわよ?」

 

 ……二人が俺と、そして俺の顔をじっと見る小さな女の子達を交互に見て、何故か俺の顔を見つめる。

 

「…………イッセー、その子達、イッセーの娘?」

「そ、そんな……!イッセーさんが隠れて女の人と!!」

 

 なんでそうなんだよ!?

 それならまだロリコンって思われる方がマシなのに、何で最初の発想が娘なんだよ!

 ロリコンも対外だけどさ!

 するとその時だった。

 

「……にいちゃん!!」

「お、おお!?」

 

 ……突然、薄ピンクの髪の女の子が俺にめがけて飛んできて、俺はそれを抱きとめる……んンッ?

 にいちゃん?

 

「フィーずるい!にいたん、メルも抱っこ!!」

「……ヒーも!にぃに、抱っこ!」

 

 は、はい!!?

 薄ピンクの女の子を抱きとめたと思うと、続くように淡い青と金髪の髪の女の子二人が同様に俺に飛び乗ってくる!?

 ど、どうなってんの?

 

「い、イッセー……あ、貴方、妹がいたの?」

「……そんなつもりはないんですが」

 

 しかし俺に抱っこをされながら衣服に顔をスリスリと擦りつけてくる、小さな女の子を横目で見て俺はふと思いつく。

 ……フィー、メル?

 それは俺がつけた使い魔の名前だ……そして一人は自分のことをヒ―と呼んだ。

 もしこれがヒカリと発音することが出来なかっただけだとすれば……もしかして

 

「ええっと……フィー、メル、ヒカリなのか?」

「「「うん!!!」」」

 

 えっと、結果だけ言わせてもらうと…………

 ―――俺の可愛い使い魔達が、人間の姿になっていました!

 

 ―・・・

「いやぁ、すまないな一誠。あいつらがどうしても自分たちの姿をお前に見せるとうるさくてな」

 

 それから5分後、俺はティアマットを呼び出して事情を説明してもらっている。

 ちなみに三人?は今は俺の太ももに座りながらオレンジジュースを上機嫌に飲んでいる。

 

「……つまりなんだ?ようやく三人は人の姿になれる術を手に入れた?」

「まあそう言うことだ」

 

 簡単に言えば、ティアは火炎龍のフィー、蒼雷龍のメル、光速龍のヒカリの保護者かつ姉的な存在で、この三人の面倒をよく見ているそうだ。

 そして立派なドラゴンにするべく鍛えているそうで、今は龍の術を教えているらしい。

 その過程でチビドラゴンズは人間の姿になる術を手に入れたらしく、それを俺に見せたくてティアの地図の説明を頼りに兵藤家まできたらしい。

 すごい行動力と言うか……ティアに魔法陣で連れてきてもらえばいいのに。

 

「はぁ……まあそれは全く以て問題ないから良いんだけどさ。問題は」

 

 ……そう、問題は他にある。

 例えばほら、目の前の不機嫌な表情のアーシアとか、部長とか。

 元々、俺達は久しぶりの休日を映画を見てのんびり過ごそうと思っていたからな……その予定を崩されて怒っているんだろうか?

 ライザーの一件とかで中々忙しかったもんだからさ。

 

「……イッセーさんは悪くありませんから良いですけどッ」

 

 ぷんぷんしてるアーシアは可愛い!頬を膨らましているのに俺を癒してくれるなんて、なんてすごい子だ!

 最近、俺は思うんだ―――アーシア=癒しの化身ってさ。

 

「すまなかったな、アーシア。だがこの子たちはまだ子供のドラゴンなんだ。許してやってはくれないか?」

「……大丈夫です!それにこんなことで怒っていては主がお許しになるわけが、きゃう!!」

 

 ……天に祈りをささげ、頭痛という大ダメージを負うアーシア。

 悪魔にそれは本当に毒だからね!?神に祈ったらだめだよ!

 

「…………朱乃?」

 

 すると部長は突然、誰かから魔法陣を介して通信が入る。

 そしてアーシアは携帯電話が鳴ったのか、そのまま電話に出て通話を始めた。

 二人とも数分経ったら通話を止め、突然申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「イッセーさん、私、桐生さんとの約束をすっかり忘れてました!今から急がないと約束時間に間に合わないので、ごめんなさい!」

「イッセー……少し仕事が溜まっているらしいから今日は部室にいくわ。せっかくの休日なのに……」

 

 部長はぶつぶつと何やら呟きながら魔法陣を展開してそこから居なくなった。

 そしてアーシアはすぐさま荷物をまとめて家から飛び出て行ってしまう。

 

「……ふむ、どうやらそいつらが来て、ちょうどよかったんじゃないか?」

「ま、結果的にな。それよりさ、気になることがあるんだけど…………」

 

 ……そう、俺はどうしても気になっていた。

 この三人は俺のことを何やらそれぞれ違う呼び方をしていた。

 フィーは”にいちゃん”、メルは”にいたん”、ヒカリが”にぃに”……共通している単語が―――兄。

 もしかしてと思った。

 まさかそんなことがあるはずないだろと思ったが、やはりここは聞いておかなければならない。

 そしてティアは、至極当たり前のように言った。

 

「それと一誠。そいつらからしたらお前はお兄ちゃんらしい。よかったな、可愛い妹が三人も出来て、あははは!!!」

「なに高らかに笑ってんだよ!?パパ、マザー、姉ときて次は妹ですか!?いや、いつかは来ると思ってけども!!」

 

 ああ、思ってたさ!

 だから覚悟もしてたさ!

 だけどそれとこれとは話が別なんだ!

 普通に呼称が欲しいだけならなんの問題もない!

 だけどこういう時、大抵俺は甚大な被害を被ることになるんだ!

 心労とか、心労とか、心労とか!!

 俺が心の中でそう叫んでいる最中、突如俺の足をクイッと引っ張る存在が三つあった。

 

「……にいちゃん、フィーのこと、きらい?」

「メル……いもーと、だめ?」

「ヒー、にぃにのいもうとじゃない?」

 

 ……三人が泣きそうな顔をした瞬間、俺の口は勝手に動いた。

 

「嫌なわけないじゃないか。三人は俺の可愛い妹だよ」

 

 ……だって可愛いもん!!

 こんな妹が三人もいたら愛でたいに決まってんじゃん!!

 三人は無邪気に俺に抱きついてくる!

 俺も抱きしめ返す!

 何故って?可愛いからに決まってるだろ!!

 俺は気持ち悪いくらい笑顔で我が妹たちを受け入れたのだった。

 

 ―・・・

 

 さて、俺は家で三人と1時間くらい遊んでいた。

 母さんはどうしたって?

 俺が母さんの誕生日にプレゼントした夫婦3泊4日旅行で、一時帰国した父さんと旅行に行ってます!

 母さんが夫婦じゃなくて親子で行こうとしたのは父さんには内緒だ。

 そして俺の傍にはフィー、メル、ヒカリが遊び疲れたのか、ソファーの上で眠っていた。

 居間には俺とティアがいて、ティアは俺が淹れた紅茶を啜っていた。

 

「弟の淹れた紅茶は格別だな……どうだ、ドライグ……お前には感じることが出来ない幸福さだぞ?」

『き、貴様!?なんとうらやましいことを!?』

 

 すると今まで黙っていたドライグが、俺の左腕から宝玉だけ出現してティアの挑発に安易に乗る!

 違う、ドライグだけじゃない!

 

『ずるいです、ティアマット!我々が魂だけの存在ということをいいことに!!』

 

 ……伝説のドラゴン達は随分安っいぽい喧嘩をしていた。

 っていうか俺を弟って呼ぶな……手遅れだけどさ。

 そう、こんないざこざを俺の中で勝手に起こすから、俺はこうまで呼称を付けられるのを嫌がっているんだよ。

 ―――それにしても、冷静に考えるとこの状況はすごいものだな。

 二天龍の一角、赤龍帝のドライグ。

 忘れられし伝説級のドラゴン。始まりの神創始龍、フェルウェル。

 最強の龍王である天魔の業龍・ティアマット。

 そして将来有望の上位レベルのドラゴンのフィー、メル、ヒカリ。

 ここで俺の友達のオーフィスなんかが来たら……

 

「我、イッセーの元、遊びに来た」

 

 ―――まるで狙いすましたように現れるオーフィス!!

 タイミングが噛み合いすぎて怖いよ!

 なんだよ、今のタイミング!

 しかもすごく自然に風のように現れた!?

 いつものように黒いゴスロリの服を着て、てくてく俺の方に近づいてくる!

 まさかの無限の龍神のオーフィスまで集まった!

 この空間はまさしくドラゴンのみの空間となった……パワーバランスが半端ない。

 

「ティアマット、久しい」

「……まさかこんなところでお前と会うとわな……オーフィス」

「我、遊びに来た。故に警戒、皆無」

「…………そうか。ならば私も肩の力を抜こう」

 

 ティアは突然のオーフィスの登場に警戒態勢を取っていたが、オーフィスの言葉に肩の力を抜いた。

 

「……ここ、ドラゴンの巣窟?天龍に龍王、創造龍、有望な龍、たくさんいる。イッセー、ドラゴン、集めてる?」

「……勝手に増えていくんだよな」

「我、仲間に入る」

 

 するとオーフィスは俺の膝の上に座ってくる!

 無限のドラゴンが何とも言えないほのぼのとした行為をする中、ティアが溜息を吐いた。

 

「全く……ドラゴンも落ちぶれたものだ。ドライグ、今はお前は幸せか?」

『当然だ。魂だけでも俺と相棒は繋がっている。固い絆だと自負している』

『そうですね……悔しいですが、ドライグと主様の絆は私とは比べ物にならないほど堅く、強いです』

 

 ……フェルも俺の大事な相棒だよ。

 上も下もない、大切な相棒だ。

 

『そう言ってくだされば幸いです』

 

 フェルはそう言うと、俺は今一度、部屋を見渡す。

 

「ドラゴンの巣窟ってのは良い表現だな。天龍、龍王、龍神、創龍、チビドラゴンズ……世界のトップクラスのドラゴン大集合、しかもこんな小さな家でって……」

 

 俺は嘆息する。

 これ、正直に戦争を起こせるくらいの戦力だよ?

 ティアとオーフィスがいればそれだけでどんな敵も倒せそうだし、まさしく……

 

「さしずめドラゴンファミリー。まさしくこれが相応しい名だ」

 

 ……ティアが感慨深そうにそう呟く。

 確かに、ドライグとかフェルは自分のことをパパ、マザーなんて名乗ってるし、姉に妹まで出来ちゃったからな。

 これは本格的に認めないとな。

 

「家族?」

 

 するとオーフィスはいつもと同じように聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 俺の膝の上から上目遣いでそう言ってくるから、俺は教えてやった。

 

「家族はいつでも絆で繋がっているんだ。離れても離れても互いを忘れない。ずっと一緒にはいれないかもしれないけど、でも心は繋がってる。そんなもんだ」

「……我、うらやましい。我、そんな存在、いない」

「友達も大切な存在だよ。どっちもかけがえがない。だから無理に家族とかは別に気にする必要はないさ。オーフィスはまたいつでも遊びに来ればいいからさ」

「…………我、ますますやることを終わらせたい。我、終わればここにいていい?」

「……オーフィスのやらないといけないことは分かんないけどさ―――当然だ」

 

 そう言うと、オーフィスは俺の膝から立ち上がって、そのままティアの方まで歩いて行く。

 そして彼女の耳元で何かをボソボソと呟くと、ティアは一瞬驚いたような表情をして、そして椅子から立って俺の方まで来た。

 

「悪いな、一誠。そのチビどもは今日は預かってくれないか?少しやることが出来てな……」

「別に良いけど……」

「恩に着る。今度、一緒に入浴してやろう!」

 

 ……はい、全力で拒否しましたよ。

 だってそれ、あいつの完全なる欲望なんだもん。

 とりあえず回し蹴りからのチョークスリーパーを喰らわして、制裁をした俺なのであった。

 ……ティアはオーフィスを連れて龍の文様らしい魔法陣に類似した転移法で家から消える。

 そしてそれを見計らったように、フィー、メル、ヒカリは起き上った。

 

「……にいちゃん、ティアねえは?」

「用事で今日は俺が面倒を見ろってさ……嫌か?」

「ううん!メル、にいたんといれるの、好き!!」

 

 ……ああ、なごむ。

 俺はメルの頭を割れものを触るように優しく撫でて、そのあとからフィー、ヒカリの頭も同様に撫でるのだった。

 かくして、俺の妹の面倒をみる一日が始まった。

 ―・・・

 

 とりあえず、俺は三人を連れて散歩することにした。

 フィーを肩車し、左にメル、右にヒカリと手を繋いで仲良く歩く。

 道を歩いているとおばあちゃんに「お兄ちゃんとお散歩かい?微笑ましいねぇ」と言われたり、「娘さんを三人も……若いのにえらいねぇ……」と勝手な勘違いをされたりした。

 ま、あんまり気はしてないけどな!

 公園は流石は休日、子供連れの親子や若いカップルとかが結構いて、その中で三人の小さな女の子を連れる俺はかなり目立った。

 ちなみに三人は辺りをキョロキョロして物珍しさに目を光らせたりしてた。

 すると俺はちょうど、車での移動販売のアイス屋を見つけた。

 

「フィー、メル、ヒカリ。アイス食べたいか?」

「「「アイス?」」」

 

 三人は声を合わせて不思議そうにそう尋ねてくる。

 そりゃ知らなくて当然か。

 俺は三人にも分かり易いように教えてあげることにした。

 

「冷たくて甘い食べ物だよ?」

「「「食べたい!!」」」

 

 ……三人は俺の説明を聞くと即答で答えてくる。

 どうやら、ドラゴンでも甘いものは女の子は好きらしい。

 そして俺は三人を連れて店に行き、そしてそこでメニューを見る。

 店員は俺と同じくらいのバイトらしき女の子で、制服に茶髪のセミロング気味な女の子で、営業スマイルを浮かべていた。

 

「いらっしゃいませ!おすすめはバニラとミントです!どっちもおいしいと思うよ!あ、季節限定のベリーアイスとか、ショコラバニラとかもおすすめ!」

「そうなんですか?なら俺はバニラにして……三人はどうする?」

 

 俺はメニューと睨みあいになっている三人に苦笑しながらそう言った。

 

「あはは……妹さんとかかな?」

「まあそんなもんだな。今日妹になったっていうか……」

「今日? あはは!あなた、面白冗談言うね!でもあなたから感じるお兄ちゃんオーラは、そこらへんのお兄ちゃんを凌駕していると私のスカウターが申しております!」

「何だよ、お兄ちゃんオーラって」

 

 ……実に人懐っこい子だ。

 俺とあんまり年が離れていないってことを思ってか、普通にため語で話してくるから俺も敬語は止めた。

 

「でも不思議だな~。私、結構人見知りなんだけど、君とは初めて会った感じがしないんだよね~!」

「そうか?」

 

 俺は何となくわからない。

 ただ普通に気兼ねなく話せるのは確かだった。

 

「君の名前はなんていうの?あ、私はね!袴田観莉(はかまだみり)!中学三年生ってことは内緒だよ?」

 

 ……年下だったのか。

 同じ年と思ってたけど、実は違っていたことに素直に驚く。

 

「俺は兵藤一誠。駒王学園の二年生なんだ」

「ホント!?わたし、第一志望校が駒王学園なんだ……あ、なら年上だからタメ語はダメだよね?」

「俺はあんまりそんなのは気にしないからいいよ」

「なら私のことは下の名前で呼んでね!私もイッセーくんって呼ぶから!!あ、それと注文、決まったかな?」

 

 観莉は俺の足元の三人に向かって優しそうな声音でそう言った。

 

「フィー、チョコ!」

「メル、オレンジ!!」

「カプチーノ!!」

 

 カプチーノ!?

 そんなもんがアイスクリームであるんですか!?っていうかそんなものを何で子供が食べるんだよ、ヒカリ!

 

「はい、バニラ、チョコ、オレンジ、カプチーノはいりました~!!」

 

 ……もしヒカリが食べれなかったら俺が代わりに食べてあげよう。

 そう思う俺だった。

 

 ―・・・

「……にぃに、にがい……」

「ほら……俺のバニラと交換してあげるから」

 

 案の定、ヒカリは涙目で俺にそう懇願してきたから、俺はヒカリにまだ食べてないバニラアイスを上げた。

 カップにアイスの塊が入っていて、結構これが美味い。

 三人も嬉しそうにそれを食べる中、俺は考え事をする。

 ……あの子、なんか変わった子だった。

 あれのどこが人見知りなんだと思う。

 まさに社交性の塊と言いますか……ってか人見知りがバイトなんて出来ないだろ。

 俺は心の中でそうツッコみを入れつつ、アイスをスプーンで掬う。

 

「おお、兵藤!こんな休日にお前と会えるなんてな!」

 

 ……俺と三人がベンチに腰掛けてアイスを食べていると、俺は後ろから声をかけられる。

 

「……匙か」

 

 そこには生徒会の書記で、更にシトリ―眷属の『兵士』、匙の姿があった。

 たぶん、こいつの位置からは三人は見えないだろうな。

 

「聞いたぜ?お前、あのライザ―・フェニックスを完膚なきまで倒したんだってな!同じポーンとして俺はお前を尊敬するぜ!」

 

 ……ちなみにこいつは最初こそ、邪険な態度だったけど話してみるといい奴で、今ではこんな風に話せる友達だ。

 ティアの一件で俺の力を認識したらしく、たまに俺と手合わせをして鍛えてくれ、って頼んでくる。

 実は影の努力家で、才能を努力でなんとかするという考え方には俺も感嘆を覚えたもんだ。

 

「お前はどうしたんだ?」

「おう!今日は会長の命令であるアイスを買いに来たんだ!あ、隣座らせてもら……!?」

 

 匙は俺の前に回り込み、俺の隣が開いていると思ったんだろうな。

 そして三人の幼女を見て、固まった。

 

「…………兵藤、お前」

 

 ……やばい。

 こいつは割と普通の感性を持ってるから、この状況をどう言うか分かんねえ!

 

「小さい子にまでアイスを奢ってあげるなんて優し過ぎる!!さすがだよ!まじ尊敬します!!」

 

 ……どうやらこいつは俺が思っている以上にいい奴だった!

 俺、こいつとなら親友になれそうだ!

 

「匙!お前いい奴だ!普通ならロリコンとか言うところをお前は!!」

「兵藤!俺がお前にそんなこと言うわけないだろ!お前がロリコンな訳がねえ!お前は真の男だ!」

「匙!」

「兵藤!!」

 

 俺と匙は力強く手を握る!

 ……この日、俺と匙の間に確かな友情が芽生えた。

 

「……ところでホントにその子達は何なんだ?」

 

 匙はいったん落ち着いて、そう尋ねてきた。

 

「俺の三匹のチビドラゴンがいただろ?」

「……龍王もお前の使い魔だったと思うけど、そうだな」

「それが人の姿になったんだ。で、俺はティアにこいつらの面倒を見ろって言われてるって話だ」

「なるほど。つまりは子守か……おっと!俺はそろそろ会長のためにアイスを買いに行かなければ!じゃあな、兵藤!それとそこのちっちゃいドラゴン!」

 

 ……良く見ればあいつは制服姿だった。

 生徒会の仕事で、会長にアイスを頼まれたんだろうな。

 ったく、あいつは良い意味で下僕してるよ。

 

「にぃに、あのひと、いいひと?」

「ああ、俺の友達だ」

 

 ヒカリの口元はバニラでべたべたになっていた。

 ほんと、小さな妹を持つとこんな感じなのかな?

 俺はポケットティッシュを出して、ヒカリの口元を拭く。

 が、結局三人とも同じくらいに汚れていたもので、ポケットティッシュが全て消えることになった。

 

 ―・・・

 

「「「みーんなをまもる、どらごんは~♪きずついても、たおれない~♪やさしい、やさしいどらごんは~♪みんなのつよい、おにいちゃん~~~♪」」」

 

 ……三人が口をそろえて歌を歌っていた。

 この歌はティアの奴が三人に教えたらしく、恥ずかしいことにこれは俺の歌だったりするらしい。

 ドライグとかフェルの話を聞いたティアが勝手に作った歌なんだけど、三人がお気に召した様子だ。

 恥ずかしい事この上ないけどな!

 

「「「つよくて、やさしいどらごんは~~、みんなのひーろー、いつまでも~~~♪」」」

「……さすがに恥ずかしい」

 

 俺達は今、公園を出て普通の住宅街を歩いていた。

 三人がこの町を見てみたいと言ってきたからだ。

 

『それにしても相棒も立派な兄になって……俺としては頼もしい相棒もいいが、どこか抜けてる相棒も恋しい……』

『そうですね……この町にいる限り、主様は迷子スキルを発動しませんから…………無念です!』

 

 ……俺の中のドラゴンがなんか好き勝手に言ってるよ!

 全く、俺をなんだと思ってんだよ!

 俺だって昔は方向音痴じゃなかったんだからな!

 ただ最近の都市は異様なほどに複雑な道過ぎて、迷いやすくなっているだけなんだからな!

 

「おや、これはイッセー君じゃないか」

「……今日は随分と男と出会うな」

 

 俺達は住宅街を歩いていると、俺は祐斗とばったり出くわした。

 ちなみに俺はライザーの一件以来、祐斗のことを下の名前で呼び始めた。

 認めた、っていうのが本音だな。

 

「えっと……こんにちは。イッセー君の親戚か何かかな?」

「……普通にそう言う発想をしてくれるお前は流石だよ、祐斗」

「…………なんのことかは分からないけど、どういたしまして?」

 

 祐斗は苦笑いを浮かべながらそう言うと、すると三人はじっと祐斗の方を見ていた。

 …………なんか、視線が冷たい。

 

「にいちゃん、このひと、なんかいや」

「にいたん、このひとあぶない」

「にぃににちかづくな!ほも!!」

 

 ――――――俺は絶句するしかなかった。

 祐斗なんかすごい泣きそうになってる!最近、祐斗への皆の辺りが少しひどい気がする!

 そしてヒカリ、そんな汚い単語を吐かないでくれ!

 

「ご、ごめんな?今度、一緒にぱあっと遊ぼうぜ?」

「うぅ……もう僕の味方は君だけだよ、イッセー君」

 

 ……祐斗は肩を落としながらそう言うと、少し落ち込んだままそこで俺達は別れた。

 

「……一応、俺の友達だからさ。ああいうのはあんまり言ったらダメだぞ?」

 

 三人は俺の言葉に渋々頷くのだった。

 ……それにしても祐斗は何であそこまでコイツらに嫌われたんだろうな。

 少し同情をする俺であった。

 ―・・・

 時間は夕方頃になって、辺りは夕日に照らされる。

 ちなみに今日は遊び疲れたのか、フィーたち三人は俺の元で眠っていた。

 三人を持つのは少し疲れるけど、三人ともすごく軽いからそこまで苦にはならない。

 三人はドラゴンの腕力で俺の体にひっつきながら眠っているからな。

 背中に三人を背負ってるけど、手を離しても三人とも落ちないという力。

 はたから見たら結構面白い光景だろうな。

 

「……まあ、たまにはこんな休日もいいか」

 

 ……最近は少し騒動が多すぎた。

 アーシアの一件から始まって、悪魔になって、ライザーとのゲーム、そしてライザーとの一騎打ち。

 最近、俺の肩には力が入り過ぎてたのかもな。

 今日はいい息抜きになった。

 …………それもこいつらのお陰だな。

 

「……一誠、今日はすまなかったな」

 

 ……すると俺の視線の先には黒髪に透き通るくらいの真っ白い肌のティアの姿があった。

 手には紙袋のようなものを持っていて、それが三つある。

 

「そいつらに似合う服を探しに行ってたんだ。そのついでにオーフィスの相談に乗っててな。それでチビどもと一日過ごした気分はどうだ?」

「……久しぶりに和やかな一日になったよ。こいつらのお陰だ」

 

 俺は三人を横目で見てそう言った。

 

「そうか……主である一誠がそう言ってくれるなら助かる……―――それに一誠、私は今日確信したよ」

 

 するとティアは一歩、俺に近づく。

 

「お前はドラゴンに好かれる才能がある。力の塊のドラゴンに何の恐怖もなく接し、普通に会話する。不思議だったよ、私は何でお前の契約に乗ったんだろうって……でも分かった。本能的に、私はお前の優しさに気がついたんだ―――ドラゴンとは知性ある生物。どんな生物よりも優れていて、感受性がどの種族よりもある……故に異端とされることが多いがな?」

「……そっか」

「ああ。そのチビどもも同じだろう。じゃなきゃ、あそこまでお前には懐かない……どうか、そいつらの力になってほしい」

「……ティアもお姉ちゃんだな。任せろ! 言ったからには俺はこいつらの兄貴だからな」

 

 俺は苦笑いしながらそう言うと、ティアは俺の頭をわしわしと撫でまわしてくる!

 

「そうか、流石は私の弟だ!…………チビどもは私が連れて帰ろう。どうせ、またすぐにお前の元に行くだろうから覚悟しておいた方が良い」

「……覚悟なんて必要ないよ。ティアも含めて、もう俺の大切な存在なんだからさ!」

 

 俺はティアに三人を渡すと、ティアは龍の模様の魔法陣らしきものを展開する。

 

「これは龍法陣。ドラゴンの力で移動する、転移魔法のようなものだ。では一誠、またな」

 

 ……ティアは龍法陣の中に消えていく。

 今日は終わりか……そう思いながら俺は帰路につき、そして家へと帰った。

 

「イッセーさん!今日、見れなかった映画を見ましょう」

「そうよ!今日は仕事のせいでイッセーと触れあえなかったんだから!」

 

 ……帰るなりそう言う俺の同居人達。

 まあ、これも俺の平和な日常か。

 そう思って、俺は家の中へと入って行った。







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【第3章】 月光校庭のエクスカリバー
第1話 幼馴染に聖なる剣です!


『そういうわけなのよ、イッセー君』

 

 俺、兵藤一誠は幼馴染と国際電話で通話をしていた。

 唐突で悪いから説明すると、俺の幼馴染は小さい頃、俺の家の隣に住んでいて良く遊んだりしてたんだけど、親の都合で幼い頃に外国に引っ越したんだ。

 それから再会したのは8歳の時で、俺がちょうど2年間、ヨーロッパで住んでいる時だったな。

 それからは月に一度くらいは連絡を取り合っているわけなんだけど、最近は悪魔とか堕天使とかの関係でなかなか連絡が取れなかったんだ。

 それで久しぶりに連絡が来たから、今は幼馴染……

 紫藤イリナと電話越しで話している。

 

「つまりイリナは一度、日本に戻って来るってことか?」

『そうなのよ!教会のお仕事がすごく忙しくてね?今回は仕事で日本に行かないといけないんだけど……その時にイッセー君の家に寄ろうかと思って♪』

 

 ……イリナの話は至極単純だ。

 要は一度、日本に帰るから久しぶりに会おう、ということだった。

 イリナは教会関係者だから、悪魔的にあんまり関わりを持っちゃいけないとは思うけど、でも小さい頃から仲が良いし何より幼馴染だからな。

 

「おう、いつでも来いよ。母さんもイリナなら許してくれるだろうからさ」

『流石はイッセー君!私はイッセー君を信じてたわけよ!ああ、主様、我が心優しき幼馴染に祝福あれ!』

「……ッ!」

 

 …………何も知らないイリナだから仕方ないかもしれないけど、そういう神に祈られる行為でも悪魔にダメージって来るんだな。

 とにかく、俺の幼馴染は相変わらずということで、俺は少し世間話をしてからそのまま通話を切ったのだった。

 そして俺はそのまま携帯電話をベッドの上に置くと、そのままベッドの上で横になる。

 

『珍しいな、相棒。今日は随分と疲れているようだが……』

「……そんなに暴れてたわけじゃないんだけどさ、疲れが来たのかな?ほら、この前は悪魔になって初めて禁手(バランス・ブレイカー)を使ったわけだし」

 

 この前っていうのは、部長とライザーとの一件のことだ。

 グレモリー眷属はゲームに負け、だけど俺は婚約発表の会場に殴り込みをし、部長との婚約に関してライザ―と一騎打ちでの勝負をした。

 その際に使った悪魔になってからずっとドライグが調整を続け、ようやく使えるようになった神器の奥の手……禁手(バランス・ブレイカー)を俺は使ってライザ―を倒した。

 その疲れが時間差で来たのかな?

 

『おそらく単なる気疲れと思いますよ?それに最近の主様は女難が激しそうですから……』

 

 ……フェルが俺にそう言って慰めてくる。

 フェルの言うとおり、俺は以前にも増して女難が増えてきたような気がする。

 ライザーの一件で部長の婚約は解消され、ライザーはドラゴン恐怖症に陥り、問題はめでたしめでたしとなったんだけどさ。

 あの一件以来、部長は俺の家にアーシアと同じくホームステイという形式で同居を始めたんだ。

 悪魔の話術で母さんを説得し、そして今は俺の家で住んでいるわけなんだけどさ……部長はライザ―との一件以来、俺のことを前以上に可愛がってくるようになったんだ。

 例えば、何かにつけて身体的接触をする。

 それをアーシアが家の中で発見、自分も俺と触れ合おうとする。

 それによって俺の中のドライグとフェルが怒る。

 そして部長とアーシアによる俺の取り合いが始まる…………そう、家の中でも俺の女難はあるんだよ。

 しかも悪いことに俺の母さん、見た目は高校生でも十分に通用する兵藤まどかは俺にすごい愛情を持って接してくるしさ……

 想われることは幸せだけど、それによって引き起こる二次災害の規模がすごいんだ!

 学校ではアーシア、部長に加えて更にそこに小猫ちゃん、朱乃さんが入ってくる。

 しかも面倒なのが……そう、あのエロメガネ女、桐生藍華!

 俺が部員の皆と仲が良いことを変な方向で捉えやがって、毎晩、女を喘がせてるとかホラ吹きやがるんだ、あいつは!!

 お陰で最近、男子の俺に対する視線がかなりやばくなってきたんだ!

 特に松田と元浜なんか俺の顔を見ただけで泣いてきてさ、それで慰めたら慰めたでキレてくるし……

 とにかく、毎日は楽しい代わりに気疲れがすごいです!

 ついでに言えばライザー戦以来、ライザーの妹であるレイヴェルからよく手紙が送られてくるようになったっけ?

 すごく奥ゆかしい達筆な日本語を書いて送ってくるもんだから感動して、今では文通をしたりしている。

 それで小猫ちゃんがじと目で俺を見てくるようになり…………言っているとキリがないな。

 ちなみにオーフィスは三日に一度、風のようにやって来て、誰かが俺の部屋に来るとまた風のように消えていくんだ。

 

『相棒、一度は女との関係を止めるのも手だと俺は思う。むしろ相棒はパパと一緒にいよう』

『マザーも必要ですよね?もうドラゴンファミリーで過ごしましょうか?』

 

 ……ちなみにドラゴンファミリーって言うのはティアが名付けた俺達の略称みたいなものだ。

 オーフィスの立ち位置がなんだかよくわからないんだけど、一応のメンバーはドライグ、フェル、ティア、フィー、メル、ヒカリ、そして俺らしい。

 

「……とりあえず、今日は休むよ。明日も早いしさ……」

 

 毎朝の習慣のランニングもあるし、俺は部屋の電気を完全に消して、瞳を閉じる。

 ……そしてこの時、俺は朝、あんなことになるなんて思いもしてなかったんだ。

 

 ―……

 

 俺は朝、朝食を食べていた。

 自分でも理解出来るくらい、俺は……

 

「い、イッセー……その、大丈夫?」

「は、はぅ……い、イッセーさん……」

「い、いやぁぁぁ!!イッセーちゃんの目が!目が死んでる!?」

 

 ……元気がないだろうな。

 俺がこんな状態になっているのには理由がある。

 まずは今朝まで遡ってみようか……朝一番の俺が見たもの、それは

 

「ごめんなさい、イッセー……私、裸で貴方の体に触れてないと眠れないのよ……」

 

 そう、全裸の部長の姿だった!

 そりゃあもう朝から少し叫んだよ!家中に響く位の大声で叫びましたよ!

 そのお陰でアーシアと母さんが俺の部屋に入ってきて、母さんはいつものことながら叫びながら俺の部屋から出て行って、アーシアに至ってはせっかく着替えてたジャージを全部脱ぎ捨てて……

「仲間はずれは嫌です!私も裸になってイッセーさんと!」って言いながら俺の腕に抱きついてきた!

 そして俺は頭の中がわけわからなくなって、心を無にするべく朝から悪魔の体をフルで使って、フルマラソン以上の距離を走っていたんだ……

 お陰で精神的には回復したけど、体力的に今の俺は顔が死んでるだろう。

 フルマラソンを一時間二〇分ほどの時間で疾走……人間の速度を完全に超えました。

 だって悪魔ですもん。

 

「あ、そうそう……母さん、イリナがね?一度日本に帰って来るって……」

「そ、そうなの?それよりイッセーちゃんは今日は学校を休んだ方がいいわよ?顔色が優れないから、お母さんが一日看病してあげるからね?」

 

 ……母さんがすごい心配してくれる。

 それだけで、俺は戦えるさ……

 

「大丈夫だよ、母さん……俺、ちゃんと生きて帰ってくるからさ……帰ってきたら、言いたいことがあるんだ……」

「止めて、イッセーちゃん!すごい死亡フラグにしか感じないから、その台詞!リアスさん、アーシアちゃん!イッセーちゃんをちゃんと見ていてあげて!」

「「は、はい!!」」

 

 ……母さんの阿修羅を連想させるような形相で二人に迫るから、二人は即答する。

 それはそうと、最初のきっかけはどうであれ部長とアーシアと母さんは仲良くしていたりする。

 元々母さんは人懐っこくて、少し人見知りなとこはあるけど誰とでも仲良くなれると父さんが言っていた。

 だからすごく仲が良くて、俺も安心はしている。

 っとそろそろ時間か……すると部長は母さんに何かを言っているようだった。

 

「お母様、実は今日、部活をこの家で行いたいのですが……」

「別に良いけど、どうしてなの?部室とかは?」

「それが今日は部室がある旧校舎が耐震検査で使えませんので……それでよろしいでしょうか?」

「良いわよ?イッセーちゃんが所属している部活のことだもんね!」

 

 母さんが歳と比例していないVサインを部長に送っている……アーシアはそんな母さんを見て目をキラキラしていた。

 

「す、すごいです……私たちより年上なのに、童心が全く消えない純粋さ……憧れてしまいます!まどかさん!!」

 

 ……そう言えば、アーシアの憧れの人は母さんだったな。

 どうもアーシアには母さんが料理が出来て、若々しくて、優しくて、家族を大事にする良母に見えるらしい。

 確かに母さんは良いお母さんだけど、でも父さんに対しては俺が生まれてからすごい適当な接し方だぞ!?

 父さんとの時間を過ごすよりも俺のことを優先するし、ご飯は何故か俺の方が豪勢だし!

 流石に俺も父さんに同情せざるを得ない!

 大切にしてるとは思うけど……でも父さんと母さんを歩かせたら犯罪チックなんだよな。母さんは良くも悪くも若いし、父さんは逆に歳の割に老けてるし。

 ―――そんなことを思っていると本当に時間が危なくなってきた!

 

「アーシア、部長……時間がやばいです!」

「あら、本当ね。じゃあお母様、行ってきます」

「行ってきますね!」

 

 俺たちは鞄を持って玄関に向かい、そのまま急ぎ足で学校に向かうのだった。

 

 ―……

 学校に着いて、一番最初の授業が体育ということもあり、俺はクラスの男子と共に更衣室で体操着に着替えてグラウンドに出ていた。

 ちなみに女子もその日はグラウンドでの体育らしい。

 男子の数はやっぱり少なく、出来る種目があまりないということで今日は50メートル走を測っているんだけど……実は今日の体育においては、一年の小猫ちゃんのクラスも運動場でバレーをしているんだ。

 それですごく視線を感じる。

 視線を感じる方に顔を向けると、いつも小猫ちゃんがこっちを見ていてなんか落ち着かないんだよ!

 

「おい、イッセー……今日は負けねえぞ?」

「……松田、それは勝ってから言う台詞だぜ?」

 

 ……ちなみにこのクラスでは松田は俺に続いて運動能力が高い。

 普段はエロエロなことでうるさいくせに、こういう体育の時だけ爽やかさを感じさせる表情になるんだ。

 これをクラスの女子が見れば、見直すと思うんだけど……

 

「さあ、兵藤!お前の速度を俺に見せてくれ!」

 

 ……妙に授業に熱いと評判の体育のゴンダ先生が、生き生きとした表情で俺にそう言ってきて、俺と松田はスタート位置に立つ。

 そして先生の声を合図に、同時に走り出した!

 

「ッ!!」

 

 ……流石は松田だ。

 足がすげぇ速い……人としては相当な速さだな。

 もちろん、人間の頃の俺はこいつよりも速かった……でも俺は悪魔になってから体の根本の部分で変わっちまったからな。

 今では体育の授業は流すだけでも評価は高い。

 本気を出したら、皆の目が飛び出すくらいやばいからな!

 ……でも加減ってやつはすごい難しいんだ。

 本当なら五〇メートル走くらいなら二秒程で走れるんだけど、今の俺は六秒くらいで走っている。

 それ以上、速度を出すと流石に奇妙過ぎるからな。

 

「くそ!どうして兵藤は走っている時でさえ男前なんだ!」

「男でも憧れてしまうほど男前でカッコいいから悔しい!」

「むしろ爽やかイケメン、木場祐斗ならば陰口も叩けるのに!」

 

 ……俺は走り終えて、クラスメイトの近くに寄るとそんなことを言っていた。

 ……止めてあげてくれ!最近の祐斗は不憫過ぎて俺が優しくしてやるレベルなんだよ!

 それ以上、言われたら祐斗が本気で泣いてしまう!

 俺はそう思いながらも静かにクラスメイトから離れて芝生の坂のほうに行って横になった。

 今日は計測をしたら後は自由だからな。

 この学校は自由な校風だから、体育の時間は本当に緩い。

 だからこんな風に芝生で横になったりも出来るんだ。

 ……そうしていると、俺の近くに何かが近づいてくる気配があった。

 

「にゃ~」

 

 ……それは小さな黒い猫だった。

 その黒い猫は俺に徐々に近づいてきて、そして俺の腹部に乗り頬を擦りつけ、そして丸くなって寝ようとしていた。

 俺はその姿を見て、不意に昔、俺の家にいた黒猫の黒歌を思い出した。

 

「……ホント、突然消えちゃうんだもんな……」

 

 黒歌だけじゃなくて白音も消えた時は、流石に俺もかなり落ち込んだっけ?

 すごく可愛がってたし、それに向こうも甘えてきてくれるから俺はあの二匹のことがすごく好きだったからな。

 俺は懐かしくなって、黒い小猫の体を撫でた。

 

「にゃぁぁぁ~~ん♪」

 

 猫は震えるように、しかし嬉しそうな仕草で体をブルブルとする……久しぶりに猫に触れたけど、やっぱ可愛いな。

 後輩に猫っぽくて可愛い小猫ちゃんがいるけど……な。

 

「…………先輩は猫が好きなんですか?」

 

 すると隣辺りから小猫ちゃんの声がしたのに気がついて、俺は猫に気を遣いながら上半身を立たせる。

 すると俺の左側の芝生に体操着姿の小猫ちゃんがしゃがみながら俺を見ていた。

 ……アングルを狙っているのか、異様なほどに際どいのは気のせいだろう。

 

「まあ好きだな。っていうよりさ。昔、一年くらい一緒に暮らしてた二匹の猫が大好きだったんだ」

「…………どれくらいですか?」

「世界を敵に回しても愛してるくらい?」

「ッ!!」

 

 ……すると小猫ちゃんが顔をリンゴみたいに真っ赤にした。

 俺、なんか困らせること言ったっけ?

 

「…………先輩は、その猫に帰ってきてほしいですか?」

「……そうだな、帰ってきてほしい。でもあいつらだって意味があって出て行ったと思うからさ―――うん、もし帰ってきてくれるなら喜んで迎え入れるな」

「…………そうですか」

 

 ……小猫ちゃんが少し寂しそうな表情でそう呟いた。

 だけど、この時の俺にはそれが何を意味してるなんか分からなかったんだ。

 

 ―……

 ……放課後になった。

 本来なら、俺たちは部室でいつものように悪魔関係の仕事?をするはずなんだけど、でも今日は旧校舎の耐久確認のせいで部室が使えず、グレモリー眷属の面々は俺の家……しかも俺の部屋に集合していた!

 ちなみに木場は俺の机の椅子に座り、部長、アーシア、小猫ちゃん、朱乃さんは床に敷いてある座布団に下敷きにして座っていて、俺はベッドの上で胡坐をかいている。

 俺たちは今、その月の悪魔稼業の契約者数についての結果を部長から発表されていた。

 

「じゃあ今月の定例会議をするわ。まずは契約者数から……朱乃が11件、小猫が10件、祐斗が8件……そしてアーシアは3件よ」

「すごいじゃないか、アーシアさん」

 

 すると祐斗はアーシアの契約件数を聞いて素直に驚いていた。

 

「……新人さんにしたらいい成績です」

「はわわ……ありがとうございます!」

 

 アーシアは嬉しそうに俺達にペコペコ頭を下げる……アーシアは流石だな。

 

「そしてイッセー……29件」

「「「「……………………………………………………………………」」」」

 

 ……その数字を聞いて、今までにこやかな雰囲気を醸し出していた全員の表情が固まった。

 そうなんだよ……俺の場合、何故か同じ人に何度も呼ばれるんだ。

 例えば俺のお得意さんの一人の天才美術家、桐谷さんなんか一か月に十回ぐらい俺の絵を描くためだけで呼んできて、そして毎回対価としてすごい価値の自身の新作の絵をくれるんだよ。

 ミルたんも俺を呼んで修練の結果を見せてきたり、最近では博士さんって人が俺のお得意になった。

 何でも発明家らしく、俺の神器の知識をほんの少しだけ教えてあげると何かが閃くらしく、それで何度もリコールを貰う……

 そう言うわけで俺は毎回必ず契約を常連さんから契約を取って、そんな数字になってるってわけだ。

 言ってしまえばリコールが多いのが俺の特徴だな。

 

「………………新人さんに惨敗」

「イッセー君だもんね……うん。何となくそんな気がしてたよ」

「あらあら、うふふ……私もイッセー君を呼んでみましょうか?」

「は、はぅぅ!イッセーさん、流石です!」

 

 ……明らかに落ち込んでいる小猫ちゃん、苦笑いをしている祐斗、いつも通りのニコニコ顔の朱乃さんに目をキラキラと光らせているアーシア。

 ちなみに部長はやれやれって風な感じで笑っていた。

 

「でもイッセーは正直、契約している人間と仲良くし過ぎなのよ。普通の人はここまで悪魔を呼ばないわ……大抵は怖がるもの」

「それもこれもイッセー君の優しさから怖さが無くなるということではないでしょうか?」

 

 朱乃さんはそう言うけど、俺はあまり気にせずそのままベットに寝転ぼうとした……その時だった。

 

「お邪魔します!イッセーちゃんの良いもの、持ってきました!」

 

 …………突然、扉が開けられたと思うと、そこにはダンボールを持った母さんの姿があった。

 ―――ま さ か 、 あ れ は ! !

 

「か、母さん!それは前に燃やせって言ったものじゃねえか!いったいどこに隠してやがった!」

 

 そう、あれは………………母さんが昔から逐一に記録していた、俺の成長記録アルバムだ!

 俺の全てを観測され、その全てを書かれてしまった忌まわしきアルバム!

 しかもそれがダンボール単位で存在しているんだ……あれを部員に見られるわけには……

 

「祐斗、イッセーを抑えなさい」

「…………ごめんね?イッセー君。女の子は怒らせたら怖いから」

 

 こ、この野郎!

 祐斗の奴が俺を関節を極めて動かさないようにしやがった!

 いくら部長命令でも、ここまでやるか!?

 

「イッセー……悪いとは思うけれど、前からその存在が噂となっていたイッセーの昔の写真集を前にすれば、私は我慢することなんか出来ないの」

 

 饒舌で何を言っているのでしょうか!?

 ホント待って、それはマジでやばいんだって!

 ヤンデレ性質を持つ彼女が、彼氏の全てを知るために作った彼の情報記録でも敵わないくらいの俺の細部までの情報が詰まっているから!

 

「ゆ、祐斗!離せ!俺はあれを見られるわけにはいかないんだ!」

「…………諦めも肝心です。それと私も見たいです」

 

 ―――どうやらここには俺の味方はいないようだ。

 

 ―……

「これが三歳の時のイッセーちゃんよ!」

 

 ……母さんは俺が三歳の頃、無理矢理着せられた女の子の服を着る俺を指差して嬉しそうに話していた。

 俺?

 俺は部屋の隅っこで体育座りをしてます、はい。

 味方だって?

 味方と思ってた奴に裏切られました、はい。

 ……ちなみに俺を裏切った祐斗の野郎は呑気に俺の普通のアルバムを見ていた。

 

「小さいイッセー、小さいイッセー!」

「うぅ……可愛いです、イッセーさん!!」

「…………やっぱり、先輩は……」

「……うふふ、イッセー君、こんなにも……」

 

 すごい興奮気味のアーシアに部長、何故か優しい表情で写真を見ている小猫ちゃんと朱乃さんがそこにはいた。

 

「あはは……イッセー君は人気だね?」

「……祐斗、今度、俺と本気の模擬戦しようか……赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を使って」

「……ぜひとも遠慮しておくよ。殺されてしまうから」

 

 祐斗は顔を真っ青にしながらそう言う。

 そして俺のアルバムを見ながら途端に呟いた。

 

「……良いお母さんじゃないか。こんなものまでしっかりと残して……」

 

 ……その点に関しては、俺も同感だ。

 俺は転生前は親の暖かさとかは全く知らなくて、でも兵藤まどかという母さんの母親としての暖かさは知った。

 俺への愛情が若干……かなり強いだけで、それ以外はいたって文句のつけようのない母親だ。

 

『……正に兵藤まどかは素晴らしい母親だ。これは認めざるを得ない』

『そうですね。私からしてみれば彼女ほど子を愛し、家族を大切にしている母はいないでしょうから』

 

 流石は母さん、二体のドラゴンからも好評価だ。

 ……俺が転生して、それでも普通でいれたのは母さんのお陰だ。

 本当なら俺は、もっと歪んで(・ ・ ・)いたはずだから。

 それでも俺が俺でいられた最も大きな理由は母さんがいてくれたからだ。

 

『相棒。それ以上を思い出すのは今は止めておいた方が良い。振り返っても仕方のないことだ』

 

 ……そう、だな。

 とにかく、俺は今は普通に過ごすとしよう。

 

「……家族っていいよね。繋がってるって感じで……うらやましいよ」

「……祐斗?」

 

 祐斗の儚げな表情を見て、俺は少し怪訝な表情をした。

 そしてどういうことだ、と思った時、祐斗はアルバムの一ページを捲った。

 ……と同時に、目を見開いた。

 

「……ねぇ、イッセーくん。この写真は何かな?」

 

 祐斗の表情は前髪が顔に掛かって良く見えないが、祐斗はアルバムの中の一枚の写真を指さした。

 そこには八歳くらいの俺とイリナが二人で腕を組んで写真に映っている……確かこれは久しぶりにイリナと再会したからあいつの家で遊んで、その時に記念として撮ってもらったやつだ。

 暖炉のようなところに白い鞘に入れられた剣みたいなのが映ってる。

 

「それは俺の幼馴染のイリナって奴と一緒に撮った写真なんだ。こいつ、この時は男みたいだけどさ、今ではすごい女らしくなってるらしいぜ?」

 

 俺は母さん経由の情報を祐斗に言うが、しかし祐斗の視線は未だにその写真に行っていた。

 ……どうしたんだ?

 祐斗の表情が、いつもと少し違う。

 まるで怒っているような、憎しみが篭っているような……そんな瞳。

 そして祐斗は小さく何かを呟いた。

 

「……こんなことも、あるんだね」

「どうしたんだ?」

 

 祐斗の目は疑問を持つほどの感情によって彩られていた。

 少しばかり手も震えているようだ。

 

「ねぇ、イッセー君はこの剣に見覚えはあるかい?」

 

 ……祐斗は写真の中の白い剣を指差して言う。

 こいつ、まさか……この聖剣(・ ・)のことを言っているのか?

 

「……まさかこんなところで、出会えるなんてね」

 

 ……まさか今回の一件は、この何の変哲もない一枚の写真から始まるとは、俺はこの時は思ってもいなかった。

 ―……

 

「それでイリナ、君の幼馴染はこの町にいるのか?」

「うん!すごく優しくて、すごくカッコいいんだよ?写真で見せて貰ったけど、昔に比べてもっとカッコ良くなってた!」

「…………今回の私たちの目的を履き違えるなよ?」

「……………………分かってるわ、今回私たちは―――聖剣を奪取、もしくは破壊に来たんだから」

「分かっているならいい。…………いくぞ」

「ええ」



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第2話 エクスカリバーを許さない

 ……最近、祐斗の様子がおかしい。

 そう俺が感じたのは数日前からだ。

 どうも祐斗が俺の家に来て以来、もっと厳密に言えば例のイリナと俺の映っている写真を見てから妙に呆然とすることが増えた。

 まるで考え事をしているかのような立ち振る舞いをしていて、それで最初のほうは部長も気にかけていたけど、とうとう祐斗は悪魔家業にまで影響を及ぼし、結果、昨日は部長に怒られた。

 だけどそれでも祐斗の様子は変わらなかった。

 そして今日、今は夜中で俺達グレモリー眷属はある悪魔の依頼ではぐれ悪魔の討伐に来ていた。

 とある廃工場の跡地で、そこに凶暴な自我を失っているはぐれ悪魔が潜伏しているらしく、今は先行して来た俺と祐斗しかいないが、ともかくはぐれ悪魔討伐のためにここにきている。

 だけど、祐斗は剣を帯剣しているがそれでも様子は変わらない。

 

「……祐斗、お前は今日は帰るか?」

「…………いや、別に大丈夫だよ。はぐれになんか遅れはとらない」

 

 祐斗はそう言うと、一人で静かに工場跡地に入っていく!

 まだ部長の命令は出ていないのにだ!

 俺は祐斗の肩を掴んで制止の声を掛けるも、祐斗はこちらを振り返らなかった。

 

「おい、祐斗! まだ命令は下ってない!」

「……やることは一緒だよ? それに今は部長達もいないし、先に片づけておくよ」

 

 ……やっぱり様子がおかしい!

 俺は祐斗が心配になって部長達とは後で合流するため、祐斗と二人で先に工場跡に来たけど、それが仇になった。

 まだ部長達は到着していないから、必然的にあいつを止めないといけないのは俺だけだ。

 それに祐斗は眷属の中では最も冷静な部類に入るはずだ……その性質が、今のあいつの中にはない!

 

「待て、祐斗!」

 

 俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を発動し、祐斗を追いかける。

 工場の中は埃で包まれていて、空気が悪く視界も悪い。

 ……そもそもはぐれが弱いなんて確証はどこにもないんだ。

 不意打ちでも主である上級悪魔を殺すほどの力を持っているってことは、それなりに戦闘力は誇っているはず。

 今のあいつが戦えば、怪我をするかもしれないし、何より危ない可能性だってある!

 俺はあいつを追いかけると、祐斗は剣を引き抜いて工場の中心に立っていた。

 

「さあ、姿を現しなよ。僕が相手をしてやる」

 

 祐斗は無表情のまま剣で空を切り、挑発するようにそう言った。

 そして祐斗の声が工場の中に響き渡り、そして俺は工場の中でいくつかの魔力が動くのを感じた……

 そう、いくつもだ。

 それが意味していることなんか一目瞭然…………単純に相手が一人ではないということだ。

 

「ひひひ……どれだけ多勢のあくまで来たかと思えば、ただの男のガキじゃないか」

 

 ……すると工場がが月光に照らされて影が晴れて少し明るくなる。

 そして工場の少し奥から、恐らく今回のはぐれ悪魔と思われる人物……それに加えじっと黙ってこちらを伺ういくつもの悪魔の影が見えた。

 そして俺たち前に立つ悪魔は、筋肉の塊のような体に血管が全身から浮き出ていて、目が赤く光っている。

 手が獣のように大きく、それと比例して体も俺たちの2倍以上あった。

 ……見るからに童話に出てきそうな悪魔だな。

 だけどこいつは―――最悪のパターンだ。

 さっきは不意を突いたとか色々言ってたけど、こいつの場合は真正面から殺すほどの力がありそうだ。

 はぐれのくせに知能はありそうだな……そう思考している最中、祐斗は俺より一歩、前に出る。

 

「君がはぐれ悪魔、ギルゴルグだね。さあ、君を殺すよ」

「それはこちらの台詞だ……貴様のような細腕で、我が力を止めれるかな!」

 

 ……ッ!

 あのバカでかい男が動き出した。

 それと共にあいつの傍らにいた無言のままの奴の仲間と思われる悪魔も同時に動き出す。

 ……仕方ない、一時は祐斗にあの怪物を任せるか。

 

『Boost!!』

 

 これで15回目の倍増!

 こんな人間界のこんな場所で禁手化なんか使ったら、余波だけで工場は吹き飛んでしまうからな!

 ただの籠手だけの力で戦わせてもらう!

 

「解放だ、ブーステッド・ギア!」

『Explosion!!!』

 

 神器が俺の声にこたえるように倍増した力を全て解放する。

 俺はその力を全て篭手に込める!

 魔力弾はどれだけの二次被害が出るか分からないからな!

 相手の悪魔はでかいのを抜けば6人ぐらいだ。

 俺はその一人に、倍増で高めた拳の力を全力で振り絞って殴り飛ばす!

 そして同じ動作で襲い来る悪魔を迎撃するんだけど……こいつら、まるで意識がないように、操られているように何度殴っても、どれだけ体が壊れても襲いかかってくる!

 

「……まさか、あの怪物悪魔に操られているのか?」

『冷静に考えるならばそうだろう……だが厄介だぞ、相棒』

『ええ。意識もなく、ただ屍のように襲いかかって来る悪魔は、ほとんど生きる屍と同義です……埒が明きません』

 

 ……俺も同意見だ。

 こいつら単体は弱いけど、でもこれほどしつこく襲ってくれば話は別だ。

 それに今は体力戦なんて悠長な事はしてられない。

 こうなりゃ、最近考えた二つの神器のコンボ技だ!

 

「フェル!あれを使うぞ!」

『……仕方ありませんね―――了解です!』

 

 俺の倍増の解放はまだ時間が残っている。

 俺はすかさず自分の胸にエンブレムのような外見をしているブローチ型の神器である、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を出現させる。

 

『Force!!』

 

 俺は悪魔たちの攻撃を避けながら、数段階だけ創造力を溜める。

 数にしたら……大体四段階くらいだ。

 今のままなら中堅クラスの神器しかつくれない……けど俺にはこの神器だけじゃない、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)がある!

 ライザー戦以降、ようやく俺の元に戻ってきた篭手の”譲渡”の力を使う。

 

「いくぜ、ブーステッド・ギア!」

『Transfar!!!』

 

 俺は籠手にあった倍増された力をそのまま胸にある神器へと譲渡する!

 途端に今まであった創造力は一気に創造力の濃度を濃くした!

 溜めた創造力を籠手の倍増の力で強く、密度の高い創造力を創り出す。

 今ならたった4回の創造力で上級の神器を創りだせる!

 

『Creation!!!』

 

 俺は溜めた創造力を使い、神器を創りだす!

 大体、10分くらい耐久出来れば良いほどの神器だけど、こいつらを倒すのには十分すぎるものだ。

 上級の神器……そう、例えばこいつらを行動不能に出来るような能力を持った神器ならば。

 俺がそう考えると、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)から白銀の光の塊が俺の手元に光のように舞う!

 俺はその光を握り潰すと、次の瞬間、その光は白銀の神器となった。

 

白銀の不能鎌(シルヴァルド・イネフィシン・サイズ)!」

 

 白銀の光沢をみせる、思ったよりも小さめの鎌で、だいたい1メートルくらいの大きさか?

 

『主様、その神器は刃で切りつけた数だけものの行動を不能にします。より俊敏な攻撃を出来るように大きさは小さめになってます』

 

 ……神器の創造で少し精神力と頭に負荷がかかるが、だけど些細な痛みだ。

 籠手は一度、力をリセットして既に3段階ほど倍増を完了している!

 よし、一気に決めるぞ!

 

『Explosion!!!』

 

 俺はその段階で倍増の力を再び解放する!

 身体能力は格段に上がり、俺は速度を重視して相手を速度で圧倒する!

 そしてそのまま切れば切るほど相手の行動を不能に近づける鎌で一瞬で幾数撃、斬撃を浴びせた。

 少しすると悪魔たちは動かなくなる……もちろん、これは神器の効果だからな。

 ただ物理的なダメージはあいつらは無視できても、あいつらを縛ってる怪物の術は神器による強制的な行為は対応できないだろう、という考えは正解だったな。

 

「さて、こっちは終わりだ……けど」

 

 祐斗の方は終わっていなかった。

 祐斗は傷はないが、でも体力的に消耗していた。

 むしろあいつはいつも通りの戦い方が全く出来ていない!

 ただ感情任せに剣を振っているだけで、相手からしたら丸見えの攻撃法だ。

 

「ははは! 速いが丸わかりだぞ、餓鬼!」

 

 ……まずいな。

 俺は咄嗟に手に持っていた白銀の鎌を怪物野郎に回転させるように投げた。

 鎌はあいつの目に命中し、それに怯んだ隙に俺は祐斗の腕を引っ張って少しだけ距離を取る。

 鎌は俺の任意で消滅させることが出来るから、俺は鎌を消して篭手を構えた。

 

「しっかりしろ、祐斗! そんなのお前のいつものお前の剣技じゃねえぞ!」

「…………君が手を焼くまでもない。僕がやる!」

 

 すると祐斗は『騎士』の特性である速度で、俺のさっきの神器の効力で少しだけ行動が不能している怪物野郎に近づいて剣を横薙ぎに一閃する。

 ……おそらくはあの悪魔の元々の特性は『戦車』。

 あの防御力なら祐斗の剣が届くかどうかは微妙なところだ。

 いつもの祐斗ならば、圧倒的防御力を誇っていたとしても弱点を見抜いて攻撃に転じることが出来るだろう。

 

「ソード・バース!」

 

 でも今の祐斗はただ剣を振るっている、それだけだ。

 ……祐斗は地面に剣を突き刺すと、幾重もの剣が地面から生まれ、次々に怪物野郎に突き刺さるように向かって行く!

 剣の地面からの雨みたいな攻撃だ。

 だけど、それでもあいつの体に少し深い傷しか負わせない!

 

「仕方ない! 祐斗、お前の攻撃力じゃ埒が明かない! 俺の”譲渡”の力を使え!」

「…………悪いけど、必要ない」

 

 ……無表情で祐斗は俺の提案を断る。

 ったく、あいつはどうなっているんだよ。

 

「餓鬼が…………調子に乗るな!!」

 

 俺の与えた行動不能の斬撃の効力が切れたか。

 それにあの怪物悪魔が放つ狂気に満ちた魔力……やっぱりあいつはどこまで行ってもはぐれだ。

 力があっても冷静さは欠如している。

 ……俺の籠手の倍増は既に10段階ほどは溜まっている状態だ。

 だからいつでもあいつに譲渡出来るけど……あいつが断るなら仕方ない。

 本当に祐斗が危なくなった時、俺はあの怪物を一撃で沈める。

 それまでは力を溜める!

 

「ならこれならどうだ!」

 

 祐斗は一際大きな剣を創りだすと、それを怪物悪魔に投剣する!

 おそらく、あれは貫通力が高い性質を持つ魔剣だろうけど……ダメだ、祐斗とあいつは相性が悪い。

 たとえ傷がつけられても、戦車の防御力で無力化に近い状態になっている。

 速度で圧倒はしているけど、あれじゃあ祐斗の体力が尽きるのが関の山だ!

 

『……だが相棒。あれはあまりにも木場祐斗らしからぬ行動だ』

 

 ……分かってる。

 普段のあいつなら、俺の譲渡を断ったりはしないだろう。

 でも今のあいつはただ感情的に剣を振るっている。

 いつも通りならさ……いくら相性が悪くてもとうに決着はついているはずだ。

 でも今の祐斗の斬撃はめちゃくちゃで、普段の的確な鋭い剣戟が消えてしまっている……あの状態では、勝てる相手にも勝てない。

 斬撃の深さも鋭さも、感情的な行動で全てが出来ていないんだ。

 

「こんなものじゃないはずだ!僕の魔剣よ!」

 

 祐斗はそれでも魔剣を何本も創りだす。

 あらゆる属性、あらゆる能力を持つ無限の可能性のある希少な創造系の神器。

 あれは神器の中でも万能さに限定すれば上の部類に位置する神器。

 ……でも今の使い手じゃあ、それも満足に活用されない。

 

「……悪い、もう見てられないわ」

 

 俺はそっと動き出す。

 あまりにも、今の祐斗は俺には見ていられなかった。

 あいつのこんな戦いを俺は見たくない……ライザ―の一件で、あいつが相手の『女王』を倒した時の戦いを見れるかと思ったけど、それももはや幻想にすぎなかった。

 

『Explosion!!!』

 

 相当の倍増を続けた俺の神器が力を解放、俺は全身が赤龍帝の赤いオーラに包まれる。

 そして俺は一瞬で祐斗の後ろにたどり着き、祐斗の首根っこを掴んでそのまま後方に乱暴に投げた。

 

「き、貴様は……!?」

「悪いけど、見てられねえから介入させてもらった。悪く思うなよ!」

 

 俺は拳に魔力を集中させて、打撃力を極限にまで上げる。

 怪物野郎は俺に拳を振るってくるが、俺はそれを右手で受け止め、そのまま宙にこいつの体ごと投げる。

 そしてあいつが落ちてきた瞬間、拳をそのまま腹部に撃ちこんだ!!

 

「が、がぁ……ッ!!?」

 

 怪物野郎の腹部がゴキッ、という音を上げて顔をひどく歪ませる。

 一撃必殺。

 俺の一撃で、怪物野郎は工場の壁を突き破って外へと吹っ飛んでいった。

 確実に仕留めた……そう俺は確信して先ほど、投げ捨てた祐斗の元に行く。

 

「イッセー!!」

 

 ……ちょうどそこで工場の入り口から部長達が到着した。

 アーシア、小猫ちゃん、朱乃さんも息を絶やしながらも部長の後に続いて工場に入って、そして倒れている悪魔達を見た。

 祐斗はただ、顔を上げることなくそこに座り尽くすだけだった。

 ―・・・

 バチンッ!

 ……工場跡地の外に出て、そのような乾いた音が響く。

 頬を叩かれる音……叩かれたのは以前は俺だったが、今回は俺じゃない……祐斗だ。

 部長は外で倒れていた悪魔を止めを刺して、そして俺が倒した6名の操られていた悪魔を然るべきところに転送し、そして俺から事情を聞いてきた。

 そして今の状態になっているというわけだ。

 

「……今ので目が覚めたかしら? 祐斗、あなたが行った独断行動がどれだけ危険なものだったか分かっているかしら? 相手のはぐれ悪魔はA級クラスの危険指定のはぐれ悪魔だったのよ。イッセーがいてくれたから大事には至らなかったけど、下手をすれば誰かが傷ついていたかもしれないの」

「………………」

 

 部長は本気で怒っていて、厳しい口調で祐斗にそう言うが、だけど祐斗は無表情で無言のままだ。

 ……本当に祐斗はどうしたんだ?

 いつもの爽やかさはもう今はどこにもない……いつもの笑顔もない。

 ただ、何も考えていないような……逆に考え過ぎて顔に出ていないような錯覚までする。

 ……一体どうしたんだよ、祐斗。

 

「……すみませんでした。自分一人で何とかできると思いましたが、結局イッセー君がいなければ僕は何もできませんでした。今日のことは全面的に僕が悪いです……だから今日はもういいですか?」

 

 ……祐斗は淡々にそう言う!

 こいつ、部長にそんな言い方をして部長が怒らないとでも思っているのか!?

 そして流石の部長も、祐斗の面倒くさそうに感じる発言に目を見開いていて、同時にもう一度、祐斗に掴みかかろうとした。

 けど俺はそれを部長の手を引いて止めた。

 

「……イッセー、離しなさい。私は祐斗に言わなければいけないの」

「今言っても逆効果です。こいつのことは俺に任せてください……それでいいよな、祐斗」

「…………ああ、感謝するよ、イッセー君」

 

 祐斗はそう言うと、部長は肩の力を抜いた。

 そして祐斗は俺達に背を向ける。

 

「……イッセーさんッ」

「…………イッセー先輩」

「大丈夫だ。俺に任せておけ」

 

 俺は怯えるアーシアと不安そうな表情の小猫ちゃんの頭に手をポンっと置いて、そのまま祐斗について行く。

 空からは大きな雨粒がポツリ、ポツリと落ちてきた。

 部長達の姿が見えなくなったところで、祐斗は立ち止まり、振り返った。

 

「……頭の良い君のことだ。たぶん、ある程度は察しはついているだろう……だから部長を止めたんだろう?」

「……さあな。ただ俺もお前も部長に救われたんだろう? だからこそ、俺たちは部長の下僕だ。それ以上も、以下もない」

「…………そもそも君が悪魔になったのは、グレモリー眷属のせいじゃないか。それをそんな風に言うのはお門違いだよ。君はもっと責めるべきと僕は思うけど」

 

 ……祐斗は細く笑う。

 こいつは、そんなことも分からないのか?

 

「仲間だから、責めるわけないだろ! 俺にとって眷属は仲間で、友で、そして大切な存在だ。お前だって、それくらいは分かっているだろ!」

「仲間、か……君は相変わらず熱いね。でもね、イッセー君。僕はここのところ、少し浮かれて本来の僕を忘れていたんだ」

 

 祐斗は少し俺から離れて、一本の小さな魔剣を創りだす。

 ……何色にも染まらない、闇色をしたどす黒い剣。

 薄気味悪いくらいのそれを祐斗は指でなぞる。

 

「僕はそもそも、部長のために悪魔になったんじゃない。僕は僕の目的のために悪魔になった」

「……助けて貰ったのにか?」

「そうだよ。これは僕は断言する。たとえ、命を救われても僕は自分の使命を果たす……そのためなら僕は部長を利用することを迷わない」

 

 ……そうかよ。

 今のこいつは芯が固まり過ぎて、それが間違った方向に進んでいる。

 今の俺ではそれを正すことは出来ない。

 

「……この前、俺の家でお前は一枚の写真について聞いてきたな」

「やっぱり、察しはついていたんだね」

 

 祐斗は苦笑すると、頷いた。

 

「そうだよ。あの写真には、僕がこの世で最も嫌うものが映っていた」

「―――聖剣のことか?」

「ッ!?」

 

 ……祐斗はその単語を聞いて、目がどす黒く鋭くなる。

 

「知ってたんだね……そうだよ、僕はこの世で最も聖剣を嫌う―――その中でも僕はある剣を嫌悪していてね。僕はそれを壊すために生きている」

 

 祐斗は手に持っていた魔剣を消して、雨の降る空へと顔をあげた。

 

「僕は復讐のために生きている。僕はね、許さない……そう、聖剣を」

 

 そしてその名称を―――言った。

 

「僕はエクスカリバーを許さない」

 

 ……その言葉が嫌に俺の耳に響いた。

 こいつ……祐斗の憎悪、全てが篭ったたったそれだけの言葉で、鳥肌が立つ。

 本気だ、祐斗は……木場祐斗という男は本気で復讐のために生きている。

 祐斗は俺に背を向け、そしてそのまま歩いて行く。

 雨に濡れながら、俺はその姿を見ることしかできなかった。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 

 僕は雨にうたれてながら夜中の道を歩いている。

 傘の代わりなんか、神器を使えば創れるけど、でも今の僕の沸騰した頭を冷やすにはちょうどいい。

 ……部長にわざと挑発的な事を言ってしまった。

 そして僕を考慮してくれたイッセー君には余計な事を言った。

 生まれて初めて、僕は自分を救ってくれた主に背き、そして生まれて初めてできた友達をあしらった。

 僕の中には当然、後悔はあった。

 ……でもそれと同時に、僕は今まで一度も聖剣エクスカリバーのことを忘れたことはないという想いが沸々と浮かんできたんだ。

 ……僕はただ、居心地のいいグレモリー眷属、学校生活にただ呆けてしまったんだ。

 それだけ……僕の目的は一つも変わってなどいないのに。

 ……部長に生きがいを貰い、名前を貰い、僕は幸せだ。

 でも、僕には幸せなんかあってはならない。

 僕の同士の無念を晴らすまでは、僕は好き勝手に生きて、笑顔でいてはいけないんだ。

 

「はぁ……僕はどうにかしてる」

 

 ……僕は初めて憧れた人に、愛想を尽かされただろうか。

 僕の名をイッセー君が呼んでくれた時、その時は彼が僕を認めてくれたと思って歓喜だった。

 素直に嬉しかった……今までで一番うれしいと思えるほどだった。

 僕は揺れている。

 皆の温もりと、復讐に……でも答えは一つだ。

 ―――僕の原動力は復讐だ。

 それさえ出来るなら、僕は仲間なんて捨てる。

 捨てたくなくても、捨てるだろう……その時はイッセー君は僕の敵になるかもしれない。

 それくらいの覚悟じゃないと、エクスカリバーを壊すことなんか不可能だ。

 ―――その時だった。

 僕は魔剣を創造し、それを構える。

 何故なら、路地裏から突然、神父服を着た男が現れたからだ……だけどそれの様子はどこか違った。

 すると神父服の男はその場で倒れる。

 

「……死んでる」

 

 そう、既に息絶えていたんだ。

 そして体には、至るところに致命傷になりえる急所を的確に突いた後があった。

 ……ここまで的確なら、死ぬのに苦しみすらなく死ねるだろう。

 でも、誰がこんなことを……僕がそう思った時だった。

 

「あらあら、そこにいる美男子君は悪魔君ではあ~りませんか! おひさっすねぇ~……っといっても話すのは初めてでありんすけど! ぎゃははは!!」

 

 ……こいつは、アーシアさんの件で堕天使側についていたはぐれ神父!

 フリード・セルゼン!

 まさかこいつがこの神父を?

 

「いや~、ほんとここに来なけりゃ死ななかったんスけどねぇ? まあ来たからには仕方ないでございますから? せめて苦しみを与えないように殺してあげたんでありますよ! きゃはは! 僕チン、天才?」

 

 ……相変わらず、下種な笑いだね。

 だけどちょうど良い。僕はいらついていた所だ。

 

「まさかまだこの町にいたとはね……でも悪いけど、今の僕は機嫌が悪いんだよ」

「ははは、こりゃ怖いですわ! 正直、悪魔を殺すことは今となってはどうでもいいんすけどぉ? でもこいつの試し切りに付き合ってくれるんなら、ご協力お願いしまぁ~っす!!」

 

 ……この男、以前と少し何かが違う。

 この男が悪魔のことをどうでもいいと言うだろうか……でも今は関係ないか。

 僕は魔剣をもう一本創りだした時だった。

 

「――――その剣、一応は名称を聞こうか」

 

 ……僕はフリード・セルゼンの握る剣の輝きとオーラをみて、自分の中のどす黒い部分が現れる。

 ―――あれはッ! 間違いなくそうだ!

 

「お察しのとーり! 最強の聖剣、エクスカリバ~~~っす! さぁて、おまえさんのその魔剣っぽい剣と、俺様のエクスカリバーの力、どっちが上かを試させてもらうですぜ? ひゃはは!!」

 

 ……まさしく僕が長年恨み続けてきた剣。

 それはエクスカリバーだった。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

 ……俺は祐斗と別れたあと、家に帰って風呂に入り、部屋でごろごろしながら考え事をしていると、すると部長とアーシアが俺の部屋に来て、祐斗のことで話があると切りだした。

 そして俺とアーシア、部長は同じ部屋で今は話を聞いていた。

 

「……聖剣計画」

 

 部著の口から語られたその単語、それは祐斗の過去の最も大きな出来事のことだった。

 聖剣計画と呼ばれる事件のこと。

 それは教会サイドで行われていた聖剣、特にエクスカリバーを扱える子供育成するための計画のことだった。

 数年前まで当たり前のようにあったその計画は、悪魔にとっては究極の兵器ともいえる聖剣を人為的に操れる人間を創るための計画。

 そう、それだけの計画なら良かった……のに、部長の口から更に言葉が続けられる。

 

「でも祐斗はその計画での成功なんてものにはならなかった……いいえ、言い方が悪いわ。その計画に置いて、成功者なんか一人もいなかったの」

「「…………」」

 

 俺とアーシアは黙って部長の話を聞く。

 

「そして、誰一人として成功者を出さなかったその計画の果て、祐斗達は処分という形で全員が殺された……不良品というレッテルを張ってね」

「ッ! そ、そんなこと、主がお許しになるわけが!」

 

 ……アーシアが泣きそうな表情でそう言う。

 アーシアは信じられないんだ……少し前まで自分のいた世界で、そんな非人道的なことが起こっていたことに。

 そしてその犠牲になった子供のために涙を流している。

 

「でも事実なの……嫌悪するわ。ただ勝手に計画のために子供を使って、それが失敗だったからって全てを処分という形で毒ガスで殺す……許せないわッ!」

 

 部長は悔しそうな表情を浮かべながらそう言った。

 ……部長は、人に対して優しい。

 悪魔だけど、優しい悪魔だ。

 当然、人間も優しい人だってたくさん存在している……でも悪意や欲望のみに支配された人間は醜く、残酷だ。

 聖剣計画はそれの成れの果てだ。

 人の欲望が渦巻いて、子供の未来を奪い、そして殺した。

 許せないよ…………何があろうと、絶対に。

 ―――だけど、俺は部長の言った「毒ガス」って言葉に引っ掛かった。

 

『……やはり相棒、お前もそう思うか?』

 

 ……ああ、どこかでその単語を聞き覚えがあるんだよ。

 俺は自分の机の中の一枚の写真(・・)を手に取り、そう思った。

 ―――でも、今はとにかく祐斗が先だ。

 

「祐斗はね……唯一、命かながら施設から逃げたの。私が祐斗を発見した時には既に毒ガスを多く吸ってしまったから、雪が積もる森の中で息絶えた……私はその時に祐斗を悪魔に転生して生き返らせた……だから彼は唯一の生き残りだと思うわ」

「……祐斗」

 

 俺はあいつのことを考えた。

 生き残り、仲間だった者のための復讐……あいつが占める生きる意味っていうのはそれなんだろう。

 でもあいつもグレモリー眷属の一員だ。

 放っておけるわけがねえ。

 

「…………もうこんな時間だわ。イッセー、そろそろ寝て明日の朝に備えた方が良いわ」

 

 部長は暗に俺のことを心配するようにそう言って……

 制服を脱ぎ始めた。

 

「は、はぁ!?部長!何やっているんですか!?」

「何って……最近、私はあなたの体の温もりを肌で感じないと眠れないのよ。朝だって裸で寝てたでしょ?」

「それは朝、いきなりいたんでしょうが! 完全に夜中に忍び込んでましたよ!」

 

 俺は全力で反論する!

 だって、ここでしっかりと断らないと今朝と同じことになるんだもん!

 だけど部長は既に下着姿になっていて、そしてそれを見ていたアーシアは顔を真っ赤にして頬をぷくっと膨らませる!?

 

「部長さんだけずるいです! 私だってイッセーさんの温もりが欲しいです! 最近は自重してたんです!」

 

 そうだった!

 アーシアは兵藤家に住むようになってから少しの間、毎日のように俺と一緒の布団で寝てたんだった!

 そして最近はそれをやんわり止めて貰ってたのに今の部長の行動だ!

 アーシアが納得するわけがない!

 

「……アーシア、貴方はイッセーの右側よ。私は左側、これでどうかしら?」

「……はい! それでいいと思います!」

 

 俺には発言権はないんですか!?

 どうして二人で決めてしまうのか、俺は本当にわかりません!

 ……でも俺の心の叫びはむなしいもので、もう完全に詰んでいた。

 

『……フェルウェル、自立歩行型は俺でもなれるか?』

『無理ですね……アーシアさんはともかく、リアスさんには少しお仕置きが。以前は勝手に我々の主に接吻をしましたし……ッ!!』

『相棒をたぶらかすなど、許さん!』

『ええ! こうなれば戦争です! ドラゴンファミリーを呼びましょう!』

 

 ……頼むからそれだけは止めてくれ。

 俺は諦めながらも、それだけは止めろとドライグとフェルに心から言うのであった。

 そして朝、どうなったのかは言うまでもない。

 ―・・・

 翌日の朝、俺は目元に大きな隈があった。

 さて、まず言おうか……寝れるはずがない!

 部長の破壊力抜群のスタイルを誇る裸と、アーシアの健康的で綺麗な体を前に冷静に寝れるやつがあるか!

 しかも二人とも下着姿だ!

 ……結論、朝からボロボロです。

 っということで、俺は朝のランニングをする気も起きなくて一人で起きて、そしてさっさと学校に向かっていた。

 まだ朝としては早すぎる時間で、誰の姿も通学路にはなかった。

 大体、7時くらいだからな。

 

「……コンビニでも言って、コーヒーでも買おうかな」

 

 俺は学校への道から方向転換して、そのままコンビニに向かおうとした。

 

「―――ああ! イッセー君よね!? きゃ~! やっと会えた! これも主のお導きだわ!!」

 

 ……俺は聞いたことのあるような、むしろ最近、話していた声が聞こえた。

 俺は静かに声がした方を見る。

 そして、俺の予想は的中した。

 

「……・・来るとは言ってたけどさ、さすがに早すぎないか?」

 

 ああ、早すぎるよ。

 俺の視線の先、そこには……

 

「やっほ、イッセー君!本当にカッコよくなってる!背が高い!」

「……ほう、これが(・ ・ ・)イリナの幼馴染君か」

 

 ―――白い教会のローブを纏った栗毛のツインテールの美少女に変わった俺の幼馴染の紫藤イリナと、イリナの知り合いと思われる同様の格好をした青髪に緑のメッシュを入れた女の子だった。

 ああ、これはまた面倒な事になりそうだ……俺はそう何となく予感していた。



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第3話 一人だけと思うなよ

 まだ辺りには俺以外の生徒の姿はなく、朝の7時前後の時間帯ってところだ。

 だけど俺の前には嫌にも目立ってしまう格好をしている二人の少女がいた。

 一人は俺の幼馴染で電話でずっと連絡を取っていた紫藤イリナ、そしてその隣に恐らく彼女の知り合いであるはずの緑のメッシュが入った青髪の女の子。

 格好は白いローブのようなもので顔以外を覆われていて、イリナは予想通り、教会関連での仕事のことでこっちに来たということを今さっき教えられたところだ。

 そして俺は今、こいつら二人と学校近くにある小さな公園のベンチで向かい合っている。

 とりあえずコンビニで買った飲み物を渡していて、イリナは屈託ない笑顔で礼を言ってくるが、しかしもう一人の女の子は何とも言えない表情をしていた。

 

「……君のことはイリナから聞いているよ、兵藤一誠君。私はゼノヴィア。見ての通り、教会に関わりのある者だ」

 

 ……俺はその時、そのゼノヴィアと名乗る女の子の近くにもたれ掛かっている、大きな布で覆われている物体に目が入った。

 何となく分かっていたけど、これはまさか……

 

『相棒、間違いない……このオーラは間違いなく――――聖剣』

 

 ……やはりか。

 このゼノヴィアと会ってから、俺の肌にチクチクと突き刺さっていた聖なる力の正体はやはり聖剣。

 対悪魔の究極兵器。

 ……なるほどね、大体は察したよ。

 つまりあれだ、イリナが聖剣を持つ少女と一緒にいると言うことはイリナも一緒ってことか。

 

「それで? イリナに関しては町に来るって言ってたから別に驚きはしないけど、どうしてここに来たんだ?」

 

 一番の問題はそれだ。

 イリナは確実に聖剣に関わりがあるんだろうな……それは間違いない。

 でも、そんな聖剣持ちがどうしてわざわざこの町に来るんだ?

 悪魔狩りではないだろうし、でもそれにしたって来る意味が……

 

「そうなのよ、イッセー君! 結果的にイッセー君と再会できたから良いけどね? さすがに教会も勝手なのよ!」

「……イリナ、少し落ちつこうか。それにお前は少しはしゃいでいただろう?」

「ぎくッ!」

 

 ……イリナ、自分の口でギクって言ってるよ!

 そんなことをしている奴は初めてみた!

 

「そ、それは……い、イッセー君と久しぶりに会えるから、少しくらい世間話とか、遊びに行けるかと思って! 幼馴染だしね!」

 

 ……イリナ、君は聖職者だろ。

 だからそう言う欲望を滲みだしたら問題じゃないのか!?

 

「そ、それに私の信仰する神は愛を真とする神なのよ! だから全くもって問題ないわ、故に私は正しいのよ!」

「ふっ……これだから君の信仰は軽いのだ。私を見習え、全ての欲は捨てているではないか?」

「愛も知らない子供が言うセリフじゃないわ!」

「黙れ、この異端者め!」

 

 ちょっと、ちょっと!?

 なんか信仰の違いですごい喧嘩に勃発して、しかもにらみ合いが激しい二人!

 何を話しているのかは俺には理解不能だけどさ、でもこれ以上巻き込まれたら面倒だ!

 時間もそろそろ他の生徒がちらほら見えてきてるし……仕方ない、仲裁をするか。

 

「どうでもいいけど、とりあえず要件を言えよ。目的があってここに来たんだろう?」

「……確かにそうだが、君に言われるのは存外、不愉快でもあるな」

 

 ……ゼノヴィアが呟くように言う。

 もしかしてこいつ……いや、間違いない。

 確実にこいつは俺のことを悪魔だと気づいている!

 イリナは気付いていないようだけど……

 

「そうだな。私は君の通う駒王学園に在籍しているリアス・グレモリーという女に会いたくてな……出来れば君が仲介してくれないか?」

「ゼノヴィア!」

 

 するとイリナは突然、ゼノヴィアの肩に掴みかかった。

 

「関係のないイッセー君を巻き込むなんてどういうつもり!? イッセー君を巻き込むのは許さないわ!」

「……いや、同じ学校なら面識くらいはあっても可笑しくないだろうと思ってな。それでどうだ? 兵藤一誠」

「…………」

 

 確実に俺が悪魔で、なおかつグレモリー眷属と関係あるって確信している顔だな。

 そしてイリナはまだ俺が悪魔だとは気付いていない。

 ……なるほど、イリナは俺を人間と思っているから悪魔に俺を近づけたくないってことか。

 

「お前の言いたいことは分かった……いいよ、俺が仲介役になろう。それで日取りは?」

「なるべく早く……そうだな、今日なんかどうだ?」

「もう! 勝手に話を進めるなんて許さないわ!」

 

 ……イリナは少し怒りながらそう言う。

 仕方ない、こうなったら……

 

「イリナ、少し歩いたところにある自動販売機でジュースを買って来てくれないか? 話してたら少し喉が渇いてさ……」

「……イッセー君の頼みなら、無下にするわけにはいかないわね!」

 

 イリナは素直に頷いて俺から小銭を受け取ると、小走りで走っていった。

 

「……さて、イリナは消えた所で話を決めようか、悪魔」

「そうだな……聖剣使い」

 

 ―――イリナが消えた途端、俺とゼノヴィアの視線が合わさる。

 やっぱり気付いていたか、こいつ……

 

「どうしてイリナに黙っていた? 俺が悪魔だってこと……」

「分からないか? ずっと慕ってきた幼馴染が悪魔だと知ってみろ。そんな酷なことは私には出来ない。言うなら自分から言ってもらう」

「………………」

「……イリナは、君が幼馴染という先入観から君が悪魔ということは勘違いということにしている。何があろうと、我々にとっては悪魔は仇敵。許されるなら、今この場で殺しても構わない」

 

 するとゼノヴィアは布に包まれた聖剣らしき大きな物体の柄らしき部分を掴む。

 血の気が多い奴だ。

 

「悪いけど、俺はお前とやりあうつもりはない。悪魔だろうと、イリナは昔からの幼馴染、それには変わりはないからな!」

「……とにかく、リアス・グレモリーとの会談は本日の君の学校で放課後に。場所は校門前で迎えに来てもらおう。それならば君のことは私からイリナに伝えてあげよう」

「……わかった。その要望に飲む」

 

 俺はそう言うと、鞄を持ってゼノヴィアから背を向ける。

 実のところを言えば俺は……自分の口からイリナに真実を告げることが怖かった。

 昔から仲が良かったから、余計に……口ではどう言っても、結局のところは怖いの一言だ。

 

「イッセー君、買ってきたよ?」

「……おう、サンキューな? 詳しいことはゼノヴィアから聞いてくれ」

 

 俺はイリナと公園の入り口付近で遭遇し、そしてイリナの持っているジュースを受け取るとそのまま彼女の横を通って学校に向かった。

 ……心に重い何かを感じながら。

 ―・・・

 俺は午前中、ずっとらしくないほどに暗かった。

 それは俺よりも学校に遅く来たアーシアが激しく心配してくるくらいで、俺はアーシアに心配をかけるくらいならと割り切ることにした。

 悪魔になったからにはいずれ、通る道であることは間違いないことだからな。

 覚悟ぐらいはしよう。

 っということで、俺は今は午後の授業の真っ最中であるのだが、俺を右側の席のクラスメイトの女子が俺に何か紙を回してきた。

 なになに……?

 

『木場きゅんとは喧嘩しちゃったの? ダメだよ? 恋人はしっかりと大事にしなきゃ!』

 

 ……無言で破り捨てる。

 そして更に左側の女子からも手紙が回ってくる。

 

『兵藤君の攻めもいいと思うんだけどさ? 木場君の攻めで、兵藤君が受けって言うのもなかなか斬新と思わない?』

 

 ……またもや無言で破り捨てる!

 すると最後と言うべきか、俺の前の席の桐生藍華が紙を送ってきた。

 

『そういえばアーシアと昨日寝たんだって? どうだった? アーシアの蜜の味ってやつは? アーシアはきっと初めてだったんだから、優しくしなさいよ? あはは♪ あ、でもアーシアは若干Mっ気があるから、無理やりヤッても受け入れるかもね♪』

 

 ……その文面を見た瞬間、俺の中で限界を迎えたのです。

 

「おらぁ!! お前ら、なんの恨みがあって俺にこんな紙を回してくんだよ! そして桐生!! 書いていいこととダメな事があるだろうが!!!」

 

 俺は、授業中であるということをつい忘れて叫んでしまう!

 ……そう、授業中なんだ。

 

「ひ、兵藤君……わ、私の授業は至らなかったかしら?」

 

 先生が、震えながら俺を見ている。

 しかも松田、元浜の美女教師ランキングで上位に位置する足立先生は涙目だった。

 

「にひひ♪」

 

 ……よし、俺は桐生藍華を殺そうか、うん。

 今こそドラゴンファミリーを出動させるべきだと俺は思うな!

 

『相棒……人間相手にそれは……』

『いえ、ドライグ。主様は誰よりも純情なのです。そんないかがわしいことを言われて、我慢できるわけが……』

『……なら仕方あるまい』

 

 俺は授業が終わったら桐生をどう説教しようか考えながら、残りの授業を無言で受けるのだった。

 ―・・・

「すみませんでした、だからもう許してください! 私の体に何をしてもいいから、ぶたないで!!」

 

 ……桐生は今、俺の前で正座をしている。更に言えば土下座をしていた。何しても良いんなら殴っても良いんじゃないか?

 ……今は昼休みなんだけど、こいつが授業が終わった瞬間にどこかに逃げようしていたから、首根っこを掴んで今は正座をさせている。

 そんでもってまだ、ふざけたことを言っているようだ。

 

「よし、何でもしていいんならまずは校庭を100周ほど走ろうか? な? 桐生?」

「……いやぁ、私も少し悪乗りし過ぎたね! ごめん、ごめん! そりゃあ一緒に住んでたらアーシアと毎日、熱い夜を……」

 

 ……俺は桐生の頭を掌で掴む。

 そして少しずつ、力を込める。

 するとどういうことか、桐生の頭からギシギシと軋む音が聞こえるではないか!

 

「いだい、いだい! ちょ、兵藤!? マジで真剣な方向で私の頭が!」

「そんな緩い頭は一度、完全に崩壊するべきだと俺は思うんだよ……なあ?」

 

 俺は桐生と同じように紙を送ってきた女子に笑顔でそう言うと、女子は首をぶんぶんと縦に振った。

 どうやら、彼女たちは賢明なようだな!

 

「あ、あんたら私を裏切った!? アーシア、私を助けて!」

 

 すると桐生は心配そうな表情を向けている、優しいアーシアにそう助けを求めるんだけど……

 

「アーシア、後で一緒にご飯食べよっか? 先に屋上に行っておいてくれ」

「は、はい!イッセーさんとお食事……ふふ」

 

 アーシアはスキップでもしそうな勢いで教室から離れていく。

 ……さあ、桐生。退路は俺が絶たしてもらった!

 あとはお説教の時間だ!

 

「こ、これが……地獄……がく」

「まだ何もしてねえだろうが!嫌なら最初からあんなことしてんじゃねえ!」

 

 俺は手を離し、手元にあった教科書で桐生の頭をはたいた!

 

「きゃうッ! ……もう兵藤~、もっと優しく………………はい、ごめんなさい! だからその拳を本気で直してください!」

 

 ……女の土下座を見たのは初めだったよ、桐生。

 俺は桐生の情けない姿を見て溜息を一つ溢した。

 

「……でも少しは表情はマシになったかな?」

「お、お前……」

 

 俺は桐生の苦笑いを見て少し罰が悪くなる。

 桐生はもしかして、俺を気遣ってあんなことを……

 良く見ると周りの女子も俺のことを心配そうに見てるし、男子もなんか笑ってる……

 やっぱり俺は今日一日、そんな顔をしてたのか。

 ……ダメだな、切り替えないと。

 俺はそう思って思い切り自分の頬をパンパンとたたいた!

 

「よし! 俺はアーシアとご飯食べに行ってくる! 桐生! さっきのことは置いといて、ありがとな!」

 

 俺は自分のお弁当を持って教室を出ていく。

 これはアーシアにも謝らないといけない、そう思いながら俺はアーシアの待つ屋上に向かった。

 ―・・・

 俺はアーシアと二人でご飯を食べることを望んでいた。

 アーシアは一人だったら暴走することは少ないし、それだったら気疲れもないだろう……そう考えたていたんだけどさ。

 

「……イッセー先輩、こっちです」

「イッセーさ~ん!」

 

 屋上に入った瞬間、俺の目に入ったのは俺の方に嬉しそうに腕を振っているアーシアと、ここに座れと言うように自分の近くの地面を叩いている小猫ちゃんの姿があった。

 ……この二人は最近、妙に仲が良い。

 まるで協定でも結んでいるように俺と三人でいようとするなどといった強硬手段を何回かとっていたりする。

 ちなみに少し前にそのことを聞いてみたんだけど……

 

『部長さんと朱乃さんに一人で挑んだら大変です!』

『……圧倒的、戦力差』

 

 ……だそうだ。

 確かに部長と朱乃さんは女子から見ても凄いスタイルをしているとは思うけど、俺はアーシアや小猫ちゃんが二人と劣っているようには見えない。

 俺からしたら愛でたい対象だし……眷属の中での俺の癒し双門だしな!

 そして俺は小猫ちゃんの言う通りに言われた場所に座ると、アーシアは距離を詰める!

 そして小猫ちゃんは胡坐をかく俺の足の上にちょこんと座る!

 

「…………協定通り、今日は膝は貰います」

「うぅ……仕方ありません! 私はあーんをします!」

「……ッ! それは交互です!」

 

 ……なんか俺が知らないところで二人の交渉が始まっている!?

 待って、俺の権利が存在していないんだけど!

 ―――ま、俺が何言っても二人は止まんないから考え事でもするか。

 ちなみに今、兵藤家では俺の弁当を交互に母さん、部長、アーシアが作っている。

 部長は昔から花嫁修業で色々仕込まれたらしく、和洋折衷、あらゆる料理を平均的にこなしている。

 母さんは元々料理上手で慣れ親しんだ味だからな……安心できる料理を作る。

 アーシアはダークホースで、料理をし始めて数カ月とは思えないような上達ぶりで、師匠である母さんは賞賛していたな。

 ちなみに今日はアーシアの当番である……追伸で言うと、俺は料理は作れない。

 お菓子なら出来るんだけどさ、そういう包丁を使う作業がどうにも下手で……

 たぶんやろうと思えば出来るんだけど、母さんがあんまり俺を台所に入れてくれないからな。

 ま、やってくれる人がいるんだから文句なんかはない。

 それにしても昼の屋上なのに誰もいないな。

 

「…………人払いの結界です」

 

 ……俺が周りをきょろきょろするもんだから小猫ちゃんがそう呟く。

 って人払いの結界!?

 たかが昼ぐらいで魔力使うって小猫ちゃん!

 

「イッセーさん!あ~んです!」

「…………先輩、あ~ん」

 

 するとアーシアと小猫ちゃんが同時にお箸を俺に向けてくる!?

 もしかして、交渉の結果が一緒ってやつなのか?

 …………よし、腹をくくろう!

 寧ろこんな可愛いアーシアと後輩の小猫ちゃんにこんなことをされて、もっと喜ぶべきだ!

 俺はそう思い、まずはアーシアの卵焼きを食べようとした時―――

 屋上の扉が、バン!……っという音と共に開かれた。

 

「そこまでよ!アーシア、小猫!」

「あらあら、うふふ……抜け駆けは許しませんわ~」

 

 ……そこにいたのは仁王立ちの部長、そしてニコニコしてるけど額の血管がぴくぴく動いている朱乃さんの姿があった!

 

「…………アーシア先輩、不味いです」

「はぅ! どうしましょう、どうしましょう!」

 

 ……俺の近くであわあわしてるアーシアの卵焼きを、俺はパクリと食べる。

 うん、これは絶品だ!

 …………ごめん、今のはただの現実逃避だ。

 だって部長と朱乃さん、すごい怖いんだもん!

 ―――部長には、俺は今朝のことを既に話している。

 朝、俺は直接部長の教室に言って、人影が少ない所で事情を話して了承はすでに貰っている。

 それもあるから今日の俺はいつもとどこか違っていたんだと思う。

 

「全く、最近の貴方達は油断の隙もないわ。ただでさえアーシアと小猫は強敵なのに……」

「あらあら……私では相手にならないとでも言いたいのかしら?」

 

 ……なんで次に二人が険悪になるんですか!?

 部長の呟きに、朱乃さんが真っ向から反応して睨み合いになってる!

 しかも朱乃さんが部長に対してため口だ!

 ……でも、この場には祐斗はいない。

 俺は不意にそう思ってしまった。

 眷属が集合している中で、いつもなら俺たちの傍で微笑みを浮かべているあいつがいない。

 みんな集まっているのに、祐斗だけがぽつんと居ない……そんなの、悲しすぎる。

 だから俺は小猫ちゃんに耳打ちをして、足の上から退いてもらって、そして立ち上がる。

 

「部長、せっかくなんですから眷属みんなで仲良くご飯を食べましょう!」

「……イッセー? ……そうね、私は少し大人げなかったわ。朱乃、それでいいかしら?」

 

 朱乃さんは部長の言葉に頷く。

 ……そうだ、あとは一人だけだ。

 

「じゃあ俺は祐斗でも誘ってきます! あいつ、昨日あれだけ失礼な事をしたんですから、皆の前でしっかりと謝らせます。ま、それはダチの役割ってことで」

「……イッセー。分かったわ―――じゃあ行ってきなさい!」

 

 俺は部長に背中を後押しされて屋上から祐斗のクラスに向かう。

 あいつは放っておけない……認めた仲間だし、それに俺の友達だ。

 俺は祐斗のクラスのガラス窓から教室を窺うと……祐斗は教室の自分の席で静かに本を読んでいた。

 でも明らかに、あいつの機嫌は昨日よりも悪い。

 普段あいつに近寄っていく女子たちも、今は遠巻きで祐斗のことを心配そうに見ていた。

 ったく、あいつは……仕方ねえ。

 

「祐斗! 昼なのに何、本なんか読んでんだよ!」

 

 俺は教室に入ってあいつの席の前に座ると、祐斗は俺の顔を見て一瞬、驚いた顔をする。

 

「……イッセー君か。驚いたよ、昨日の今日で僕に話しかけてくるなんてね」

「うるさい。それよりもお前、昼はどうするんだ?」

「……いらないさ。今は何も考えたくはないからね」

「…………お前、昨日あれから何があった?」

 

 ……俺はそう聞かずには言られなかった。

 今日の祐斗はあまりにも昨日とは更に雰囲気がガラリと変わっている。

 目に宿る復讐の色が、更に濃くなっている。

 それはつまり、俺と別れてから祐斗に何かがあったという確信にしかならなかった。

 

「……昨日、やるべきことを再認識しただけさ。そして今の僕は逆に生き生きしている」

「つまりそれは……いや、何でもない」

 

 ……こいつがイリナとゼノヴィアと接触しているとは思えない。

 今のこいつが所見で突然、あの二人と出会ったら襲いかねないからな。

 その状態であのゼノヴィアが俺と会って普通に交渉できるとは思えないからな。

 ……今の祐斗はそう思うしかないほど危う過ぎた。

 

「……一人で考え込むのは良くない。もしお前が他の部員を頼れないなら俺を頼れ。ある程度、お前の想いは理解している」

「……そうだね、他の人に比べたら君は僕を尊重してくれるだろうから。もしもの時は頼らせてもらう」

 

 こいつの中にはまだ頼ろうと思う気持ちがあることに俺は安堵する。

 やっぱり祐斗は仲間がどうでも良いわけじゃない……自分の問題に関わって傷ついてほしくないからそう言っているんだ。

 ……そんな祐斗だからこそ、言っておいた方が良い。

 

「祐斗、今日の放課後、必ず部室に来い」

「……どうしてだい?今僕が行っても、空気が悪くなるだ」

「―――今日、部室に聖剣を所有している教会の者が来る。お前はその場にいるべきだ」

「―――ッ!!」

 

 祐斗は俺の宣言に表情を変える。

 

「……君は僕の欲していることを分かっているね……ありがとう、イッセー君。僕は君に感謝する」

「…………」

 

 俺は何も言わない。

 だけど……俺はそれに加え、祐斗に条件をつきつけた。

 

「ただし、今から屋上で皆で飯を食う! それが教えた条件だ!」

「…………条件を言う前に情報を僕に与えるなんて―――全く、君は食えない人だよ」

 

 ……祐斗はそこで少し肩の力が抜けた苦笑いを浮かべる。

 確かに祐斗が今の状態で屋上で皆とご飯を食べたとしても、一人だけ浮くかもしれない……でも一緒にいることが今は大切なはずだ。

 俺はそう思う。

 そして俺は祐斗と共に屋上に向かうのであった。

 ―・・・

 放課後になった。

 もう俺の中の不安な気持ちはない。

 俺は約束通り、放課後になって駒王学園の校門前に行くと、そこには目立つ白いローブを纏っているイリナとゼノヴィアがいた。

 そんな中、俺はイリナの顔を見た。

 イリナの表情は……暗い。

 俺の顔を見ると、どこか泣きそうな顔になっていた。

 

「……やあ、兵藤一誠君。話しはつけてくれたか?」

「ああ、約束通りな……お前も、約束は果たしてくれたみたいで何よりだ」

 

 俺は特に動揺することもなくそう言う。

 ゼノヴィアに俺のことを伝えてくれと願ったのは俺だ。

 今更、もう焦ることはない。

 それに何より、焦ってももう逃げることは出来ない。

 

「……イリナ、ゼノヴィア。俺についてきてくれ」

 

 俺は歩み始める。

 二人は無言で俺についてきて、しばらくすると俺達はオカルト研究部がある旧校舎に到着した。

 おそらく、既に俺以外の眷族は部室に集結しているだろうな。

 俺は部室前に着くと、先にノックを済まして部長の許可を得てから部室に入った。

 ……部室には、部長がソファーに座っていて、窓側に朱乃さん、アーシア、小猫ちゃんが立っていて、そして祐斗は皆から離れたところに腕を組みながら立っていた。

 俺は二人をソファーに座らせ、そしてアーシアと朱乃さんの間に立つ。

 ……部室の空気は、どこか重いな。

 まあ当たり前だ……本来は敵であり、向こうからしたら悪魔は殺す対象でしかない。

 そんな悪魔に話があるってことは、相当の事情があってのことだ。

 

「この度、会談に了承してもらって感謝する。私は教会からの使者、ゼノヴィアだ」

「……紫藤イリナです」

 

 ……イリナは声音が随分、いつもと比べて暗い。

 

「ああ、イリナのことは気にしないでくれ。少し知りたくなかった事実を知って、意気消沈しているだけだ」

 

 ゼノヴィアが俺の方を見て少て笑ってくる。

 

「……それで、今まで悪魔を敬遠してきた教会側が一体、私達に何の用かしら?私達と交渉するくらいだもの……相当なことがあったのでしょう?」

「……簡潔に言おう。我々教会はある聖剣が所有している。その聖剣―――エクスカリバーが、堕天使によって少し前に奪われた」

 

 ―――聖剣エクスカリバー。

 その名が部室の中に響いた。

 ……ゼノヴィアのその発言に俺たちは驚愕の表情になるしかなかった。

 そしてそれは祐斗も同様だった。

 ―――エクスカリバーは、大昔の大戦で一度、完全に折れて壊れた。

 それはドライグから聞いた情報だけど、それから年月が経過し、そしてエクスカリバーは新たな形で生まれた。

 それはエクスカリバーを七つに分散させるという形……要はエクスカリバーは7本あるんだ。

 

「…………私たち、教会は3つの派閥に分かれていて、所在が不明のエクスカリバーを除いて6本の剣を2つずつ所有していた。それが少し前、堕天使によって3本が奪われた」

「…………」

 

 俺たちはあまりにもの突然のことに驚いている。

 ……よりにもよって、こいつらがここに来たのはエクスカリバーの関係か。

 

「先に言っておこう。我々は聖剣使いだ―――エクスカリバーのな」

「「「「「―――ッ!!」」」」」

 

 俺たちは身構える……流石にそこまでとは思っていなかった!

 しかもゼノヴィアは我々と言った……つまりイリナもまた、聖剣エクスカリバーの使い手ということになる。

 祐斗の復讐対象の、所有者。

 

「私の持っているエクスカリバーは『破壊の聖剣』(エクスカリバー・デストラクション)

「……私の聖剣は『擬態の聖剣』(エクスカリバー・ミミック)よ」

 

 ゼノヴィアは布に包まれた大きな聖剣、そしてイリナは自分のしなやかな腕を出して、そこに巻かれているひものようなものを指した。

 破壊と擬態か。

 

『相棒……破壊の聖剣は文字通り、破壊を司る。そして擬態はあらゆるものに姿を変えることが出来る聖剣だ』

 

 ……だからイリナはあんな軽装で来ていたのか。

 擬態の力でエクスカリバー事態を剣ではない、別の形態に変化させて持ち運びをしやすくしたってところか。

 

「我々がこの地に来たのはエクスカリバーを奪った堕天使がこの町に潜伏したからだ。我々はそれを奪取、もしくは破壊するためにここにきた」

「堕天使に奪われるくらいなら、壊した方がマシだもの」

「……貴方達の聖剣を奪った堕天使のことを教えて貰えるかしら?」

 

 部長は事務的にゼノヴィアにそう尋ねた。

 確かに教会から聖剣を盗むことが出来るほどの堕天使なら、気になるのも仕方ないか。

 そう思っていると、ゼノヴィアは特に戸惑う事なく応えた。

 

「堕天使、コカビエル」

 

 ……俺は少なくとも、驚いた。

 まさかとは思ったが、堕天使の中でも上位クラスの奴が出てくるとは思わなかった。

 コカビエルは俺でも知っているほどの歴史に名を残すほどの堕天使だ!

 まさか、そんな奴が聖剣を奪うとは……

 

「まさか堕天使の中でもトップクラスの堕天使とはね。古の戦争から生き残り続けた堕天使の強者……つまり、今回の件は」

「ああ、間違いなく『神の子を見張る者』(グリゴリ)が関係している」

 

 ……グリゴリ?

 それは俺も知らない単語だ……俺が首を傾げていると、俺の隣の朱乃さんが俺に耳打ちしてきた。

 

「彼方より存在する堕天使の組織ですわ。おおよそ全ての堕天使がその組織に属している……この前の堕天使レイナーレもグリゴリのメンバーですわね」

 

 朱乃さんが少し声音を低くしてそう言う。

 なるほど、あのレイナーレはグリゴリの末端だったってことか。

 

「……それで、貴方達は私達に何を要求するのかしら?」

「簡単だ……今回の件に、悪魔の介入を許さない。それが我々、教会側の総意だ。つまり、今回の事件で悪魔側は関わるなということだ」

 

 ゼノヴィアの発言に、部長のオーラが少し怒りになる……これは不味いな。

 それはそうか……要は教会側の対策が足りないせいで聖剣を強奪される事態に至った。

 責任は全て教会側であり悪魔側には落ち度がないのにこの言い方。

 怒るなっていうのが無理な話だ。

 それに何より、二人がこの町に来たってことはその堕天使もまた駒王町に隠れているはずだから余計か。

 

「それは牽制かしら?それにしては随分な言い方だわ……もしかして、貴方達は堕天使の行為に私たち、悪魔が関わっているとでも思っているのかしら?」

「……悪魔にとっては聖剣とは身を滅ぼす兵器だ。堕天使と結託して聖剣を壊すと言うのならば、利害は一致していると思う。それが本部が示した可能性の一つだ」

 

 ……部長は完全にぶち切れていた。

 あの魔力が抑えきれていないのは何よりの証拠だ。

 

「もしそれが本当なら、我々は貴方を消滅させる。たとえそれが魔王の妹である貴方でもな」

「私を魔王の妹と知っているということは、言わせてもらうわ―――私はグレモリーの名に掛けて、魔王の顔に泥を塗ることはしない」

 

 部長は視線を鋭くし、ゼノヴィアを睨むように言い放った。

 それに対してゼノヴィアは嘆息して、納得するような表情を浮かべる。

 

「……それが聞けただけでいい。今のは上の考えだから、私の本意ではないさ」

 

 ゼノヴィアは好戦的な笑みを浮かべてそう言う。

 ……最初からそれくらいは分かっていたってことか。

 

「それで私たちが今回のことに介入しなければ、貴方達は私たちに関わろうとはしないのかしら?」

「ああ、神に誓って約束しよう」

「……了解したわ」

 

 部長はそう言うと、肩の力を抜く。

 話は終わったか…………でも一人だけ、まだそうでもない。

 ―――祐斗だ。

 未だに殺意のこもった視線で祐斗はエクスカリバーを睨んでいる……ずっと恨んできたものがこんなところにあるんだから、当たり前か。

 

「……そろそろ帰らせてもらおう。お茶などの気遣いは無用だ―――何よりこれ以上、イリナにここにいさせるのは苦だろうからな」

「……そんなことないわ」

 

 ……イリナは立ち上がって俺を見てくる。

 目には、はっきりとした怒りが映っている。

 それは俺への怒りなのか、それとも俺を悪魔に転生させた部長への怒りなのかは分かりはしないけど……

 そして二人は俺たちの近くを通って部室から去ろうとした……その時だった。

 

「―――君はもしや…………アーシア・アルジェントか?」

 

 ……ゼノヴィアは俺たちの隣を横切って通り過ぎようとした時、アーシアの顔を見てそう聞いてきた。

 

「は、はい……」

 

 アーシアは名前を呼ばれたことで少し驚いている……まさか、こいつはアーシアのことを知っているのか?

 ……待て、それならゼノヴィアが知っているのは当然―――

 

「……まさかこんな地であの『魔女』と会うことになるとはな」

「―――ッ!」

 

 ……魔女、その言葉にアーシアは体を震えさせた。

 その単語はアーシアが最もトラウマを持つ単語であり、忘れられない悲しい日々の始まりとなったもの。

 

「……あなたは確か、一部で噂になっていた元聖女―――悪魔をも治癒してしまう力のせいで教会から追放された少女……」

 

 ……イリナも気付いたのか、ゼノヴィアとは違い少し同情しているような目でアーシアを見ている。

 

「まさか悪魔になっているとはな……安心しろ、このことは上には報告しない―――だが、堕ちれば堕ちるものだな。聖女と崇められた者が、今では本物の魔女になっているとは……」

 

 ―――こいつは、今何て言った? ……俺は今すぐにあいつに殴りかかろうとした時、不意に小猫ちゃんに止められる。

 ……分かってる、ここで俺が手を出したら大変な事になることくらい!

 

「……だが君はもしかして、まだ神を信じているのか? 君からは罪の意識を感じながらも神を信じる信仰心がまだ匂う。抽象的だが私はそう言うのに敏感でね」

「…………捨てきれない、だけです……ずっと、ずっと信じてきたものですから……ッ!」

 

 ……アーシアはゼノヴィアの質問に涙を浮かべながらも答える。

 辛いのに、アーシアはそう言うしかなかった。

 

「そうか、なら私達に斬られるといい。我々の神は罪深い君でも、それでも救いの手を差し伸べてくれるだろうからな……せめて私が断罪しよう。神の名においてな!」

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、俺は小猫ちゃんの手を振り切って、アーシアとゼノヴィアの間に立つ。

 ―――何が可笑しくて、アーシアが弾劾されなくちゃいけないんだよ。

 

「―――ふざけんな。アーシアを斬る? 殺す? ―――ふざけるのもいい加減にしろ……ッ!」

「イッセー!?」

 

 部長は俺に制止の声をかける……でも、俺は我慢できない。

 俺はアーシアの優しさを知っている。

 その笑顔で俺だって救われてきたんだッ!!

 だから、だから! アーシアの何にも知らない野郎に、アーシアを傷つけられて、何も言えずに言えるかよッ!!

 

「イッセーさん……ッ!」

 

 しかもアーシアが泣いている……また泣いているんだ!

 それだけで俺はもう我慢できない!

 

「お前、アーシアを魔女と言ったな」

「……だが現時点では間違いなくそうだろう? 堕ちた聖女、そして今は悪魔……どこからどうみても、彼女は」

「ふざけるなよ……ゼノヴィア!!」

 

 アーシアを……誰かのために涙を流して、死にゆくその瞬間まで俺の心配をしていたほどのお人好しなんだッ!!

 それくらい優しいのに、こいつらはそれを分かろうとしない!

 俺は声を荒げてゼノヴィアに反論する。

 

「勝手に聖女なんてものに称えておいて、悪魔すら癒してしまう優しい力を持っているのに、それを魔女だって……お前らはどこまで身勝手なんだ!!」

「……聖女と呼ばれたのも、そして神に見捨てられたのも彼女の信仰心が足りないからだろう?」

「そんな信仰、クソ喰らえだ! そんなもので優しい子を不幸にする! そんな信仰、間違っている!」

 

 俺は手の骨が折れてしまうと錯覚してしまうほど強く、強く拳を握りしめる。

 言わなきゃいけない……こいつらに!

 

「色々な人を救って、救って、それでも友達が全然できなくて、ただ泣いていた子なんだぞ! そんなアーシアをお前たちは見捨てたんだ! アーシアはな! ずっと……―――一人だったんだ!」

 

 ……俺の瞳からは少し、涙がこぼれる。

 思い出したからだ―――死にそうになった最後で、アーシアが言った小さな夢を。

 そんな夢しか描けないくらい辛い目に遭った、孤独だったアーシアの寂しさが頭に残っていた。

 後ろからアーシアは涙で嗚咽をもらし、俺の名を呟く。

 

「聖女は神に愛される存在だ。そんなものが、他人から愛や友情を求める時点で、聖女の資格はない」

「何が資格だ……どいつもこいつも、アーシアの優しさを理解しようともしない馬鹿野郎だ! 教会も、信徒も……神もどいつもこいつも愚かな奴じゃねえか!!」

「……君はアーシア・アルジェントのなんだ?それほど我々を愚かだと言うくらいだ……それほどのものなのだろう?」

 

 ……不機嫌な表情でゼノヴィアは俺にそう問い掛けてくる。

 ―――俺はすかさず、自分の本心の全て吐露した。

 

「家族だ! 友達だ! 仲間だ! ……俺のことを好きだって言ってくれる、優しい、俺の大切な存在だ! だから俺は許さない……アーシアを傷つけるというなら、俺はお前ら全員敵に回してでも、神を殺してでもアーシアを守る!!」

「……ほう。一介の悪魔がそれほどの口を叩くか。いいだろう」

 

 ……ゼノヴィアが布に包まれた聖剣をすっと構える。

 

「イッセー、止めなさ」

「……いや、イッセー君の言うとおりだ」

 

 ……部長の言葉を遮り、祐斗がそこで声を上げる。

 

「教会……いや、そもそも天界は一度滅ぶべきだ。間違いしか犯さない愚かな存在だよ―――だから僕が相手になろう」

「…………誰だ、君は」

「ふん……君たちの先輩だよ――――――失敗作のね」

 

 ……祐斗はそう言うと、一本のどす黒い魔剣を創りだす。

 

「どれだけ待ったことか……これで僕はエクスカリバーを壊すことが出来る……ッ!!」

「……祐斗」

 

 祐斗は狂気に囚われた歪な笑みを浮かべながら、そう言い放った。

 ……部長は祐斗の名を、悲しそうに呟き、それ以上は何も言わなかった。

 ―・・・

 俺と祐斗、ゼノヴィアとイリナは旧校舎前にある芝生の空間で対峙している。

 ここら一体に結界を張っていて、辺りには騒動は広がらないはずだ。

 

「……祐斗。お前はあのゼノヴィアってやつを任せる」

「いや、僕はどちらも……ううん、わかった」

 

 ……祐斗は俺の真剣な目に頷いてくれる。

 模擬戦だけど、対決は一対一。

 俺はイリナ、祐斗はゼノヴィアだ。

 ……本当なら、俺がゼノヴィアを叩き潰したい気分だけど―――俺には自分のけじめがあるんだ。

 そう……俺は伏し目がちのイリナをみると、そこにはローブを着ている大切な幼馴染の姿。

 ……イリナとのけじめをつける。

 

「では……はじめよう!」

 

 そしてゼノヴィアの声でイリナとゼノヴィアはローブを脱ぎ去った!

 ゼノヴィアは剣から布を解放し、馬鹿みたいに巨大な聖剣を掴む……あれがエクスカリバー。

 いや、それよりも俺が気になるのは……あいつらの格好だ!

 

「おい、お前らの教会はどうなってやがる! 何で歳もまだ言っていない女の子にそんな戦闘服を着せてんだよ!!」

 

 そう、あいつらの服装……それはピッチリとしたボンテ―ジっぽい体のラインが見えるくらいぴっちぴちの戦闘服だった!

 

「おい、イリナ!可愛くなったと思ったら、そんな服着てんじゃねえ!」

「な、イッセー君!? か、可愛いとかそんなのは今は無し! ……もう!落ち込んでたのに、台無しよ!」

 

 ……するとイリナの腕の紐が日本刀の形に変化する。

 なるほど、あれが聖剣……擬態のエクスカリバーか。

 

「俺はお前を説教する! ドライグ、いくぞ!」

『……相棒がやる気になっている。だがその理由が幼馴染にいやらしい服を着せた教会に対する怒りか……』

 

 うっさい!

 敵でもあんな服、俺は認めないし、それにそんな服を着せるあいつらの上司の変態の聖職者を俺はいつか説教してやる!

 そう思いながら、俺は赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)を発現させた!

 

『Boost!!』

「……まさかそれは―――神滅具」

「イッセー君が…………神滅具保持者?」

 

 イリナとゼノヴィアが目を見開いて驚いている……そうか、こいつらは俺が赤龍帝ということを知らなかったんだ。

 

「……僕を忘れて貰っては困る! ソードバース!!」

 

 ……すると祐斗は地面から次々に魔剣を生やしていく!

 地面から伸びた魔剣は次々にゼノヴィアを襲った!

 

「……イッセー君、君はいつからそれに目覚めていたの?」

「少なくとも、お前と遊んでいた時には既にな」

 

 俺は拳をイリナに向ける。

 

「あの時はよく喧嘩したな……お前を男と思ってた時代もあったし。そうだな……今、その決着をつけようか」

「……イッセー君の、馬鹿!!!」

 

 ……イリナは俺に突撃してくる。

 片手に悪魔を殺すための聖剣を持ち、立体的な動きで。

 俺はその全てを見切って、全てを躱す。

 

「久しぶりに会えると思って、嬉しかったわ! 前みたいに優しいし、カッコよくなってたし! でもそんな幼馴染が悪魔になっていた私の気持ちが分かるの!?」

「…………」

 

 俺は黙ってイリナの攻撃を避け続ける。

 イリナは感情を全て曝け出して剣を振るう。

 ……強くなったな、イリナ。

 

「分からないでしょう! だから私がさばいてあげる! 罪深いイッセー君に愛の手を……アーメン!!」

 

 イリナは刀で俺の頭から一閃する……俺はそれを神器で受け止めた。

 

「……お前の気持ちは、俺には正直よくわかんねえや」

 

 そして聖剣をそのまま掴んで、そして聖剣を奪い、それを俺の後方の大きな樹に投げ刺す。

 

「わ、私の聖剣が……ッ!?」

「……悪いけど、これで勝負ありだ」

 

 俺は拳をイリナの目の前で止め、そして寸止めしてそう言う。

 

「はっきり言う。俺は悪魔になったことを後悔していない。俺は堕天使に殺されて、そして部長に命を救われた身だ。そんな部長をお前が恨む意味はない」

「……いやよ。絶対に、私は悪魔は許さないもんッ! ―――大切な幼馴染を悪魔に変えた存在を、絶対ッ」

 

 ……イリナは、その場で静かに膝を地面につけて崩れる。

 

「……種族は違うけどさ、でも俺にとってはイリナはずっと友達で幼馴染だよ。それだけは何があっても変わらない。俺はそれが伝えたかっただけだよ」

「……それでも、私は……」

 

 俺は俯いているイリナの頭を少し撫でて、そして背を向ける。

 勝負は終わった。

 もしイリナに冷静さがあったら、こんなあっさりでは終わらなかっただろうな。

 あいつの動きは洗練されていたし、速くもあって相当の実力者だろう。

 

「終わりました、部長」

「は、早いわね……まさかもう?」

 

 部長はおろか、そこにいる全員が俺の戦闘を見ていたのか、顔をひきつらせた。

 ……全ての攻撃に手を出さず、一閃された斬撃を受け止めて更にそれを奪って戦闘不能。

 確かに信じられないだろうな。

 

「……それにしてもあなた、あの子と随分と親しそうだったけど」

「そりゃあ、幼馴染ですから」

「「「「幼馴染!!?」」」」

 

 ……4人とも、すごく驚いていた。

 そういえば言ったのは初めてだったな。

 まあ、良い……それよりも問題は祐斗だ。

 

「……魔剣創造の神器。それにまさかこんな辺境の地で、しかもイリナの幼馴染が赤龍帝であるとはな―――それにしてもイリナは一瞬で倒される、か……」

「次は君の番だ!」

 

 祐斗は光喰剣を幾つも創ってゼノヴィアに放り投げる……けどそれは全てエクスカリバーによって完膚なきまで破壊される。

 

「魔剣か……そんなもの、私のエクスカリバーにかかれば!!」

 

 そしてゼノヴィアが聖剣を大きく振りかぶり、そのまま祐斗のいる地面にそれを叩きつけるッ!

 ―――祐斗は避けたが、今まで祐斗がいたその場所の小さな範囲で深いくれ―タみたいな穴が生まれた。

 

「……破壊のエクスカリバー……ここまでの物とはね。これでも7つにわかれているんだから、全てを壊すのは骨が折れる―――でも!」

 

 祐斗は剣を構えてゼノヴィアに襲いかかる!

 

「僕の神器は僕の同士の恨みの剣だ! エクスカリバーを僕はこの剣で叩き壊す!」

「…………先ほど見たであろう? 破壊の聖剣が繰り出したあの破壊力。君では私には勝てない!」

 

 ゼノヴィアと祐斗の聖剣と魔剣は激しい剣戟を繰り広げる!

 速度は祐斗の方が分はあるけど、パワーは段違いにゼノヴィアが上だ!

 さっきから祐斗の剣が壊れて、既に何本も魔剣は壊れている!

 消耗戦……しかも今のゼノヴィアのエクスカリバーはオーラを覆っていて、一撃で祐斗の魔剣を壊すほど!

 まずい……ただの魔剣じゃあ一撃で壊れるぞ!

 

「……僕の魔剣はこんなものじゃない。死んでいった同士の、想いがあるんだ!」

 

 ……祐斗はひときわ大きく頑丈な剣を創る。

 でもそれは、あいつが一番取ってはいけない行動だ。

 あれならいくら聖剣でも一撃では破壊は出来ないだろう……でも代わりにあいつは自身の長所を失う。

 

「僕の魔剣の破壊力と、その聖剣の破壊力、どちらが上か勝負だ!」

 

 破壊力重視の魔剣……明らかに重量のある魔剣は、本来は祐斗は持ってはならない。

 

「……残念だよ、木場祐斗」

 

 ……ゼノヴィアは真正面からその剣を斬り合う。

 ―――壊れたのは、祐斗の魔剣の方だった。

 そしてゼノヴィアはエクスカリバーの柄で祐斗の腹部を抉りこませる!

 

「が、は……っ!?」

 

 祐斗の口からは血が吐かれる。

 ……あれは破壊の聖剣だ。

 ただの柄の一撃でも、防御力のない祐斗は打撃と衝撃波で終わる……つまりこの勝負は

 

「君の負けだよ、『先輩』……君がもっと冷静であればいい勝負が出来ただろう。だけど君の強みは速度。それを潰すその大きな魔剣を創った時点で、君の敗北は決していた」

 

 ……ゼノヴィアは聖剣を布で再び包んで。そして座っているイリナの元に行った。

 

「待てッ!僕はまだ……ッ」

 

 ……俺は祐斗の所にアーシアと共に駆け寄る。

 傷は浅いから、大丈夫だろう。

 

「イリナ。君は何をしている? それではこれから起こる戦いで足手まといだぞ?」

「……大丈夫よ。自分の想いには決着はつけたもの」

 

 ……イリナは立ち上がって、俺の方を見てくる。

 

「……私にとってもイッセー君は大切な幼馴染……でももう、一緒には居られない、か―――行きましょ、ゼノヴィア」

「……ああ。それではリアス・グレモリー。先ほどのことを宜しく頼む……それと赤龍帝、兵藤一誠。先ほどの動きは素晴らしかった。いつか、戦おう」

 

 ……好戦的だな、あいつは。

 そう言いながら、ゼノヴィアとイリナは去っていく。

 幼馴染、対立するしかない……懐かしい言葉だ。

 ………………クソがッ! ―――俺はそう心の奥で思った。

 ―・・・

「待ちなさい、祐斗!」

 

 ……祐斗は、戦いが終わってから一人、その場から去ろうとしていた。

 俺達は部室でその現場を止め、そして部長は祐斗の腕を掴んで止めている。

 

「祐斗、あなたが私から離れることは許さないわ。はぐれになんてさせない……あなたは私の大切な『騎士』よ!」

「…………それでも僕は、許せない」

 

 ……俺は祐斗の腕を、部長が掴む手を退かして代わりに掴む。

 

「祐斗。去るならそれははぐれ、じゃなくて頭を冷やすために去れ。復讐をしたい気持ちは俺には良く分かる―――でもな、復讐だけが人生じゃないんだ。復讐だけを生きる意味にしていたら、いつかお前は脆く崩れ去る……だからお前はもっと強くなってくれ」

「ッ!!!!」

 

 ―――祐斗は俺の掴む手を乱暴に振り払った。

 表情は怒りだった。

 

 

「君は強いから、そんなことを言えるんだ! 君に僕の気持ちなんか分かるはずがない!! 勝手な事を言うな! 僕がどんな気持ちか……憎しみを抱いたことがないくせに、復讐をする前に守れるくせにそんなことを言うな!!!」

 

 祐斗はそう言う。

 ―――プツンッ…………その時、俺の中の線のような物が、切れる音がした。

 そして………………俺はそのまま―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――復讐を知らない? お前……誰にそんなこと言ってんのか、分かってんのか?」

 

 ―――こいつの首を片手で絞めあげて、壁に勢い良くうちつけた。



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第4話 俺は否定しない

『Side:木場祐斗』

 僕はイッセー君の言いたいことは理解しているつもりだ。

 部長が僕や他の眷属を愛していて、そして大切にしていることなんて分かっている。

 でもそれでも、僕の復讐は止まることが出来ない……いや、止まることが許されないんだ。

 イッセー君は、強い。

 自分のするべきこと、守ると言ったものは今まで全部守っている。

 アーシアさんのこと、部長のこと……全部、その手で救っている。

 彼のことだから過去もずっと、他人を守り続けてきたのだろう。

 だから彼は人望があり、他人から好意を持たれ……僕が彼を憧れているように、たくさんの人から憧れられる。

 だからこそ、僕はイッセー君にだけは言われたくなかった。

 僕は弱い……だから彼に「復讐だけが全てじゃない」なんて言葉を掛けられたくなかった。

 正しいのは分かっている……でも、復讐なんかの前に、前提の復讐の理由すら作らずに守ってしまう彼に、僕の気持ちなんか分かるはずないと思ったいた。

 だから言ってしまった。

 

「君は強いから、そんなことを言えるんだ! 君に僕の気持ちなんか分かるはずがない!! 勝手な事を言うな! 僕がどんな気持ちか……憎しみを抱いたことがないくせに、復讐をする前に守れるくせにそんなことを言うな!!!」

 

 言ってしまった後で、僕は後悔した。

 こんなもの、ただのやつあたりだ。

 本当のことを言われて、ただそのことを認めたくなかったからだ。

 今まで復讐を糧に生きてきた僕の全てを否定されるような気がして、つい頭にきた。

 彼は何も悪くない……だからすぐに冷静さを取り戻した。

 その時だった。

 ―――僕は、胸倉を乱暴に掴まれてそもまま壁に体を打ちつけられて、押し上げられた。

 

「が……ッ! い、イッセー君?」

 

 何とか息は出来る……でも僕からはイッセー君の顔は見えない。

 部室にいた僕以外の眷属の皆も、目を見開いて今何が起きているか分からないと言いたいような目をしていた。

 ……そして、ただイッセー君は静かに……

 

「―――復讐を知らない? 誰にそんなこと言ってんのか、分かってんのか?」

 

 顔をあげて、そう言った。

 …………その目は、僕が今まで見てきた彼の物じゃない。

 その声音は、今まで聞いたことがないほどに低く、恐ろしい。

 そこには僕の知る兵藤一誠の姿はなく、まるで別人のような人だった。

 

「ふざけるなよ……何も知らない? 復讐をする前に守れる……ふざけんじゃねえ!!」

 

 彼の胸倉をつかむ力が強くなるッ!

 ―――復讐だった。

 彼の目は、僕と同種の目。

 いや、むしろ更に暗く、更に悲哀に満ちた目。

 僕は何も言えない……言えるわけがない。

 

「……お前はまだマシなんだよ。お前には、まだ明確な復讐の対象(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)がいるんだから……お前は考えたことはあるか?」

 

 彼は掴む手を緩め、再び顔を下にしかめる。

 

「復讐したいのに出来ない……何も分からない……そんな、ずっと暗闇を歩く奴の気持ちが……」

 

 ……ほとんど聞こえない声だけど、僕の耳には嫌にも響く。

 その声は絶対に他の眷属には届いていない。

 

「イッセー!!」

 

 部長の声が響く。

 それと同時に、イッセー君の僕を掴んでいた手が離れ、僕はその場に座り込んだ。

 息が楽になる……だけど僕の頭にはそれ以上に彼のことがあった。

 

「さっさと行け…………祐斗。ただこれだけは覚えておけ。俺は復讐を否定しない。肯定もしない……大事なのは、復讐を果たした後だってことを」

 

 ……彼はそう言うと部室の端に歩いて行く。

 僕は声をかけたい……でも僕はイッセー君に近づけない。

 あの僕以上の闇を抱えた目を僕は気になっている……でも触るべきじゃない。

 そうだ。彼の言うとおり、僕は僕が抱える問題をどうにかしないといけないんだ。

 

「……部長、すみません」

 

 そう思って、僕は部室を後にした。

『Side out:木場』

 ―・・・

 ……俺は、アーシアと部長より先に家に帰って、真っ先に風呂場に向かった。

 シャワーを冷水にして、頭から浴びる。

 ―――どうにかしてる、なんで俺はあそこで我慢できなかったんだろうと後悔する。

 あの後、祐斗が部室を去ってからずっと皆は俺の方を心配そうに見てきた。

 

「……何やってんだよ、俺はッ!!」

 

 俺は風呂場の壁を軽く殴ってしまう。

 ダメだ……ものに当たっても、そんなの何も解決しない。

 

『……相棒。お前はずっと』

 

 全てを知っているドライグは、俺の奥底から語りかけてくる。

 ああ、そうだよ……ずっと俺はあの時(・ ・ ・)のことを忘れたことはなかった。

 忘れられるはずがないだろッ!?

 …………だけど、今はそんなことを考えるべきじゃないんだ。

 今の問題は祐斗なんだ!

 それなのに俺は勝手にキレて、そんな俺は…………自分の弱さに怒ってるんだよ。

 

『主様……わたくしはドライグより聞かされた情報から、ある程度のことは存じ上げています。だからこそ、わたくしは何も言えません……ですが自分を責めないでください』

『相棒。お前は弱いかもしれない……だからこそ、俺達がついている。なに、天龍と創龍がいるんだ。何も恐れることはない』

 

 ……二人が、俺を励ましてくれる。

 

「……ありがとう。もう、大丈夫だよ」

 

 俺はシャワーにうたれながらも段々、冷静さを取り戻していく。

 とりあえず、まずは皆に謝らないとな。

 祐斗は、多分当分は帰ってこないだろうな。

 なら俺に出来る限りのことはしてやりたい……それが俺があいつに当たってしまった償いだ。

 あいつのためになることは何だろう……って、あいつが望むのは、それは決まっている。

 

「はぁ……とりあえず風呂に入って考えよ」

 

 俺はシャワーを止め、そのまま湯船に入る。

 俺に何が出来るかを考える、それが今すべきことだ。

 ……少なくとも、それを考えていればあのことを思い出さなくて済む。

 俺は単にそう思っていたいだけだった。

 ―・・・

 

 翌朝、俺はいつものようにランニングをしている。

 昨日はあれからすぐに部長とアーシアが帰ってきて、とりあえず心配してきたけど、いつも通りの俺を見て肩の力が抜けたんだろうな。

 でも昨日のことを詳しく聞いてこなかったことはありがたかった。

 そう言えば、俺の日課なんだけどアーシアはずっと俺と走っている。

 最近はアーシアの体力もついてきて、俺的には何か成長を見ている感じで嬉しい。

 部長はどうやら朝は弱いらしく、最初の方は俺達に参加していたんだけど、最近では俺達の走った後の朝ごはんを作ってくれる。

 これがまた美味いんだぜ?

 

「イッセーさん! 今日もいい天気ですね!」

「おお? アーシアはまだまだ元気だな! でももうすぐ終わりなのにな」

 

 ……本当にアーシアは体力がついたと思う。

 流石に速度は俺よりはだいぶ遅いけど、俺もランニング程度ならこれくらいでも十分だから、アーシアに速度を合わしている。

 でも最近は徐々に速度は上がっているし、アーシアの最近の神器の扱い方もだいぶ良くなってきた。

 神器の効果範囲も広くなってきたし、精度も高い。

 

『確かに神器の使い方の精度で言えば、木場祐斗よりも高いかもしれんな。流石に相棒には遠く及ばないが……』

『いえ、回復だけに絞るのならば、主様よりも高いです。主様が創造するわたしくしの神器である、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)による癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)でも、彼女の回復には敵いません』

 

 ……えらく好評価だな、アーシアには。

 でもこいつらは俺と同じでずっとアーシアの努力を見ているからな。

 考えてみれば、俺がアーシアと一緒に寝ていた時も二人はアーシアにはそんな怒っていなかったし……

 怖いパパドラゴンとマザードラゴンをも認められるアーシアか。

 

「よし……今日はこれくらいにするか」

「はぁ、はぁ……はい!」

 

 アーシアが少し汗をかきながら笑顔でそう言う……ああ、癒される眩しい笑顔だ!

 そう思いながら俺は二人で歩きながら近くにある家まで話しながら帰っていく。

 そしてアーシアに先にシャワーを浴びて貰い、そのあと俺がシャワーを浴びる……それが俺とアーシアの暗黙の了解だ。

 たまに部長が俺のシャワー中に突撃してくるんだけど……まあそれは置いておくとする。

 それでアーシアは先にバスルームに向かい、俺は自室に戻っているわけだ。

 

「あ、そう言えば風呂場のシャンプーが確か無くなっていたな……」

 

 でもなぁ……アーシアは今シャワーを浴びてるからな。

 でも母さんも部長も料理をしてるから頼めないし……仕方ないな。

 脱衣所から渡せば問題ないだろう、そう思って俺はシャンプーの換えを持ってバスルームに向かった。

 

「おーい、アーシア。脱衣所からシャンプーの換えを渡すから、扉から手を…………」

 

 ……俺はこの時、本来しなければならないノックという存在を忘れていた。

 アーシアがバスルームに向かって少し時間が経っているからって、まだ脱衣所にいる可能性があるわけで……

 アーシアは全ての服を脱いで、ほんのり汗で湿っている白い肌に何もつけずに、俺の突然の突入に目を丸くしていた。

 

「い、イッセーさん?」

「あ、あ、アーシア?えっと……その……」

 

 ……体が硬直して動かない。

 ―――俺は馬鹿か!?

 ホント、何をデリカシーないことをしてんだ……俺はアーシアから背を向けて脱衣所から去ろうとした……その時―――

 

「い、イッセーさん……私、イッセーさんなら……構いませんよ?」

 

 ……………………何言っちゃってんのぉぉぉぉぉ!!!?

 俺は背を向けて出て行こうとした瞬間、服の裾を掴まれてそう言われる!

 

「あ、アーシア! 女の子がそんなことを言ってはいけません!」

「わ、私はイッセーさんなら大丈夫です! それに日本には裸のお付き合いという風習があると聞いています! 桐生さんから!」

 

 あんのエロ眼鏡ぇぇぇ!!

 俺の可愛い純粋なアーシアにそんないかがわしいことばかり教えやがって!

 やっぱり昨日、懲らしめとけばよかった!

 

「……イッセーさんは、私の一緒にお風呂に入ることが嫌ですか?」

 

 俺はアーシアの裸を見ないように何とか、彼女の顔を見る・・・上目遣い止めて!

 可愛い上に潤んだ目は俺の加護欲を、保護欲を掻き立てる!

 そして俺は…………

 

「た、タオルを巻いてくれるなら良いよ?」

 

 情けなく、頷くのだった。

 ―・・・

「い、イッセーさん……か、痒いところはありませんか?」

「だ、大丈夫です……はい」

 

 俺は体が固まりながらも何とか冷静さを保っており、アーシアに背中を洗ってもらっていた。

 これも桐生の策略なんだろうか……あいつにはいつか”エロの諸葛亮孔明”というあだ名をつけたいものだ。

 ……とにかく、緊張の一瞬だ。

 こう、意識している女の子と一緒のお風呂なんて、普通の男子なら緊張しないはずがない。

 そうして考え事をして何とか気を紛らわそうとした―――その時だった。

 

「んしょ……い、イッセーさん……桐生さんから聞いたんですけど、この洗い方は男性が喜ぶそうで……どこかは教えてくれなかったんですけど、私を気持ちよくしてくれる部分が、あんッ……肥大化するって聞いたんですが……」

 

 アーシアが胸で俺の背中を洗ってる!?

 ちょ、それは本気で冗談にならないから!

 しかも艶めかしい吐息まで漏らしているし!?

 しかもまた桐生か!

 

「……イッセーさんが昨日、どうして怒っていたのか、私にはわかりません」

 

 ……するとアーシアは体を密着させたまま、静かにそう言ってくる。

 ―――ここからの流れはどうであれ、アーシアは気にしていたのか。

 

「……でもイッセーさんが怒ってくれる時は、いつも誰かのためです。私の時だって、部長さんの時だって……この前のゼノヴィアさんの時だって、誰かのために怒ってくれた……だから、私は何も聞きません」

 

 ……アーシアは俺のことを思ってくれてこんなことをしたのか。

 俺を気遣って……ったく情けないな、俺は。

 俺はそう思ってアーシアの方を向いて、頭を撫でた。

 

「ありがとう、アーシア。でも大丈夫。今はやらなきゃいけないことをひたすらやるから……今、分かったから」

 

 そう……今、ようやく決心がついた。

 やらなければいけないことを……ああ、動こう。

 

「では続きをしますね!」

「それは止めなさい」

 

 俺はアーシアの頭を軽く小突いて、そう言うのだった。

 全く、桐生にはキツイお仕置きが―――

 

「イッセー、もう朝食の用意は出来て……」

 

 ―――――部長が、脱衣所に入って顔を風呂場に、覗かせた。

 ……部長は俺とアーシアの状態を見て固まってしまっている!

 簡単に言えば、俺の背中を胸に石鹸の泡ををつけて洗っていたアーシアと、そのアーシアの頭を撫でている俺。

 むろん、裸でタオルを腰に巻いているだけである。

 

「…………イッセー、少し話があるのだけれども」

「……は、はい」

 

 ……部長の声音が低くなったから、俺は素直に頷いたのだった。

 ―・・・

 ……あの後、俺とアーシアは部長からきついお説教……というより「何故私を誘わなかったのかしら?」といったことを言われた。

 部長は俺とアーシアが密着していたことに怒っているのではなく、自分を誘わなかったことを怒っているようだった。

 それはさておき、今、俺はある男を呼び出している。

 時間は放課後、場所は俺の行きつけの喫茶店。

 静かでゆっくりできる喫茶店で、そこのマスターとバイトの子とは仲が良い。

 

「いらっしゃいませ~……ってイッセー君だ!」

 

 ……俺が店内に入って、出迎えてくれた店員はここでは初めてみる顔で、そして少し前に知り合った子だった。

 確か、チビドラゴンズと一緒に公園に遊びに行った時、移動販売のアイス屋でバイトしていた中学3年生の……袴田観莉だったはずだ。

 

「覚えてる? 袴田観莉だよ?」

「覚えてるよ。それで、ここもバイトか?」

「うん! 実はあれからアイスのバイト、クビになっちゃって……それでここに面接に来たらこの年でもオッケーって言ってくれて!」

 

 ……まあ、ここの店長は個人経営だからな。

 それに観莉は可愛いから、宣伝役にもなるか。

 

「ま、俺もここには結構来るから宜しくな?」

「ホント!? やった、またイッセー君とお話しできるね!」

 

 ……本当に人懐っこい子だな。

 それはそうと、俺は席に案内してもらった。

 この店は町の中心からは少し離れたところにあって、それで知る人ぞ知る自家製ブレンドのコ―ヒーやご飯を出す名店。

 俺みたいな常連が結構いるんだ。

 とりあえず、俺は紅茶を頼む。

 そして、少しして店内に新たな客が入ってきた。

 

「お、来たな」

 

 俺はその客らしき人を見ると、それは俺が呼びだした男だった。

 

「いたいた……それでどうしたんだよ、兵藤」

「悪いな、匙……急に呼び出して」

 

 そう……俺はシトリー眷属の『兵士』の匙を呼び出したんだ。

 こいつとは結構仲が良く、たまに飯を一緒に食うほどに仲が良い。

 

「いやいや、俺が兵藤の呼び出しを無視するわけねえだろ? で、どうしたんだ?」

 

 匙は俺の前の席に座る。

 

「ご注文はいかがですか~?」

「ああ、こいつにコーヒーでも淹れてやってくれ」

「了解! イッセー君、ちょっと待っててね!」

 

 俺は観莉にそう注文すると、観莉はそのままスキップで店の奥に行く。

 

「……流石は兵藤、あんな可愛い知り合いもいたのか」

「来年、駒王学園に入るらしいぜ? ……話はコーヒーが来てからでいいか?」

「おう!」

 

 匙が頷くと、少しして俺の紅茶とコーヒーが運ばれる。

 そして観莉がそのまま店の奥に行くのを確認すると、俺は早速話してみた。

 

「ああ、これは本来、お前に頼むのは筋違いと思うんだけど……」

「そんな水臭いことを言うな! 俺とお前の仲じゃないか!!」

 

 出鼻を挫くならぬ、初めから受け入れ態勢とは流石は匙!

 ……本当にこいつはいい奴だ!

 ならば言おう!

 

「俺の仲間がさ……実はある問題を抱えていてさ。俺はどうしてもあいつを救いたいんだ!」

 

 ……なんとも演技臭いな、俺。

 

「な、仲間を助ける……なんて素晴らしいんだ、兵藤……いや、もうイッセーと呼ばせてくれ!」

「もちろんだ! むしろ呼んでくれ!」

 

 ……無駄に俺と匙の仲が深まった。

 

「それで仲間というのは……」

「ああ……祐斗のことだ」

「……木場か。だけどあいつはそんなに何かの問題を抱えているのか?普通に爽やかに女子に人気のある奴だと思うけど……」

 

 ……お前も祐斗のモテモテに嫉妬しているパターンの奴か。

 でも匙は松田や元浜よりかはまだ軽度か……あいつらに至っては「イケメン、死すべし!!」なんか言ってるくらいだからな。

 

「……やっぱり、そんなことだろうと思ってました」

 

 ……ッ!

 今の声はまさか……

 

「こ、小猫ちゃん?」

「……はい、何かイッセー先輩が考えているようなので、つけさせてもらいました」

 

 ……俺と匙の座るテーブルの前には小猫ちゃんの姿があった。

 つけられた? ……でも俺、そんなへまはしてないと思うんだけど……

 

『相棒……実は相棒に心配かけたくなかったから黙ってたんだが、相棒が駒王学園に入学して以来、誰かに毎日放課後つけられていたんだ』

 

 ……えっと、それってもしかして?

 

『十中八九、彼女でしょうね。主様が気付かないほど追跡に慣れているってところでしょう』

 

 フェルが冷静にそう分析してくれる。

 

「…………その話、私も聞かせてもらいます」

「……分かったよ。小猫ちゃんも何か頼むか?」

「…………なら、パフェを」

 

 ……小猫ちゃんは注文を取りに来た観莉にパフェを一つ頼む。

 そして少ししてパフェが運ばれて、そしてようやく話が出来る状態になった。

 

「……じゃあ結論から言おうか。俺は祐斗の力になるため、一つの計画を考えたんだ」

「…………計画、ですか?」

 

 小猫ちゃんは俺の隣からパフェを食べながら尋ねてくる。

 

「ああ。俺が計画したこと、それは―――聖剣エクスカリバーの破壊」

「な、何だと!?」

 

 すると匙はすごく驚いた表情をしていた。

 ま、確かに一介の悪魔なら聖剣ってやつは聞きたくもない単語だろうからな。

 

「ま、実際にはそれの許可をイリナとゼノヴィアに取ることなんだけどさ……匙、お前は聖剣使いのことは会長から聞いているか?」

「あ、ああ……確かリアス様から会長に渡った情報を聞いたが、そのイリナ、ゼノヴィアって子がそうなのか?」

「ああ。そいつらの目的がエクスカリバーの奪取、もしくは聖剣の破壊でな。これは利害が一致しているんだ」

 

 ……そう、向こうは最悪の場合はエクスカリバーを破壊してもいいと考えている。

 祐斗はその聖剣を壊したがっている。

 だから、利害が一致している分、向こうも素直に頷いてくれる可能性が高い。

 俺がしたいのはあいつが何の後腐れなく聖剣を破壊できる状況を作ることだ。

 それにあいつも聖剣が絡んでたら、俺達と一緒に行動してくれるだろうから、一石二鳥だ。

 ―――あいつを今、一人にしてたら、死んじまうかもしれないからな。

 それほどの危うさがあるからな。

 

「でも、イッセー……そんな勝手な事をしたら俺は会長に殺されてしまう!」

「……そっか。やっぱり、嫌だよな」

 

 ……ここは声を低くして落ち込んだ雰囲気を出す。

 流石に俺だけで動くのは出来ない……少しのサポーターが必要だからな。

 

「分かってたよ……なら俺は命に代えても一人でやる。匙、悪かったな……今日の話は忘れてくれ……でも、明日になって俺がいなかった時は、その時は……俺を忘れないでくれ」

「なっ!! イッセー! 俺はそんな薄情な奴じゃない! 友を見捨てることなんて俺には出来ないぃぃぃ!!! ああ、覚悟するぜ!! 会長のお仕置きがなんぼのもんじゃぁぁ!!」

 

 言っちゃ悪いけどさ、匙…………もう少し疑おうぜ?

 でもこれで協力者が出来た。

 匙の神器はサポート向きでしかも結構強いからな。

 

「…………イッセー先輩の考えは分かりました。でもそういうことはつまり」

「ああ、部長に黙ってことを進める。悪いけど、部長はこういうことには融通が利きにくいからな。ばれた時は俺が一人だけ怒られるから心配すんな!」

「…………いえ、怒られるなら私も一緒です。私も祐斗先輩のために動きたいです」

 

 小猫ちゃんははにかんだようにそう言う。

 ……これで役者はそろったか。

 

「…………でもイッセー先輩。彼女たちがどこにいるか、分かるのですか?」

「それもそうだぞ。流石にそんな簡単には見つからないと思うが……」

「……ふふ、俺を舐めるなよ?これでもイリナとは幼馴染なんだ。あいつの行動ぐらいは読める」

 

 そう……あいつは基本、馬鹿だからな。

 どうせ、今頃は……

 

「じゃあ行こうか。何、一瞬で見つかるさ」

 

 俺はそう言って3人分の料金を支払って店を出る。

 その時、後ろで匙が……

 

「……なるほど、出来る男は黙っておごる。これぞ、俺が目指す男か!」

 

 ……なんてことを言ってた。

 ―・・・

「………………イッセー、どうしてお前は決意から数分で目的を見つけるんだ?」

「……驚きです」

 

 二人は目線の先の存在に目を向け、驚いていた。

 そりゃそうだ……俺達の目的の人物が―――

 

「えぇ~……迷える子羊に恵みの手を~」

「どうか、天にかわって哀れな私達に救いの手をぉぉぉ!!」

 

 イリナとゼノヴィアが白いローブを身に纏って、お手製の募金箱でそう道行く人に祈りながら募金をお願いしてたんだからな。

 俺達が喫茶店から町に向かって約10分のことだ。

 

「言っただろ? 俺は幼馴染のことを理解してるって。大方、町の路上販売で何か、神に関係するようなものを押し売られて、それで買ったんだろうな……イリナが」

「「…………」」

 

 二人は、それはないだろう、とでも言いたいような顔をしている。

 だけど間違いない。

 これは昔、俺とイリナが西欧にいた時の話なんだけど……

 

『お譲ちゃん、この石はね? 神によって作られた聖なる石……これを持つことで神に認められた人間になれるわけだ』

『おじさん! イリナ、それ買う!!』

『ほう、ならば君の持つお金全てでギリギリ足りるよ』

『うん!!』

 

 ……こんな感じで、あいつはすごくだまされやすい。

 どうせそんな感じで何かを買って、それで日本にいる間の資金を根こそぎ奪われたんだろうな。

 

「さて、じゃあ神の手じゃなく……悪魔の手でも差し伸べようか」

「…………イッセー先輩の悪そうな顔、意外といけます」

「なるほど……真の男は時に悪くもあるのか」

 

 俺は二人の呟きを無視して、そして二人の近くに近づいた。

 

「やあ、迷える子羊? 神の手じゃなく、悪魔の手を望むことをお勧めするぜ?」

「なっ! イッセー君!?」

 

 俺の顔を見た瞬間、イリナがそう声を上げるのだった。

 ―・・・

 …………その20分後。

 

「んぐ、んぐ……日本の料理は、なんてうまさだ!!」

「うぅ……幼馴染の優しさで涙が―――昨日はあんな恋人の別れみたいなこといってたのにぃぃぃ!! ああ、故郷の味はおいしいわ!!」

 

 そして現在、俺達は例の喫茶店に戻ってイリナとゼノヴィアにご飯をおごってやっている。

 ここの喫茶店のオーナーの料理は最高だからな……値段もリーズナブル。

 既に机には異様な量の皿があり、さっきから観莉が大忙しだけど。

 にしても食べる量が尋常じゃない……こんなにスタイルが良い二人なのにな。

 

「…………私も、もう少ししたらスタイルくらい……」

 

 ……この子は俺の心でも読んでいるのだろうか?

 小猫ちゃんの呟きに俺は一応フォローを入れる。

 

「俺は小猫ちゃんは小猫ちゃんで可愛いと思うんだけどな」

「……ならいいです」

 

 少し顔を赤くしてそうぶっきらぼうに言う小猫ちゃん……いちいち可愛いな!

 ……それはそうと、二人はようやくご飯を食べるのを止めていた。

 

「ふふ……まさか悪魔に救ってもらうとは……世も末だ」

「ああ、主よ! 悪魔だけど変わらずに心優しいイッセー君にご慈悲を!!」

 

 ……イリナは天然で十字架を刻もうとするが、俺はそれを先に止める。

 

「お前、俺達が悪魔だってことを忘れてんのか!」

「あ、そうだった」

 

 可愛く舌を出してるけど、それは結構、真剣に頭痛がするんだからな!

 

「ごめんね、イッセー君……つい癖で!」

「……イッセー、お前の幼馴染は恐ろしいよ」

 

 匙が俺にそう言うけど、まあ先に止めたからギリギリセーフだ。

 それにしてもよく食べたな……今日はお金を大分持って来ててよかった。

 

「……それで、私達と接触してきた理由は?」

 

 ……ゼノヴィアが単刀直入にそう尋ねてくる。

 なるほど、大体は察していたか。

 なら話は早い。

 

「単刀直入に言わせてもらう。お前たちが行おうとしていること―――エクスカリバーの奪還、もしくは破壊に協力させてほしい」

 

 俺の発言に、二人は目を丸くして驚く。

 まあそうだろうな……昨日は俺達に手を出すなっていって契約を結んだ矢先、いきなりこんなことを言われているんだから。

 

「……昨日のことを忘れたのか?私たちは悪魔の手は借りない」

「そうも言ってはいられないはずだ。どう考えても、お前たち二人では戦力不足だろう?」

「ッ!!」

 

 俺の発言に、ゼノヴィアが顔を曇らせる。

 

「図星だろ?相手は堕天使のトップクラス……コカビエルだ。エクスカリバーの聖剣使いだろうが、そんな簡単にはことは運ばないはずだ」

「……確かにそれはそうだ。だが、我々は命に代えてでもエクスカリバーを壊す。堕天使の手に渡るよりはマシだ」

「そこだ」

 

 俺はゼノヴィアの発言にそう言って区切らせてもらう。

 

「命をかける……そんな簡単に言うな。命はなくなったらそれまでだ。信仰も何も関係ない…………それに悪魔になってもイリナは俺にとっては幼馴染だ」

「……イッセー君」

「祐斗だって、聖剣のせいで人生を狂わされたんだ。あいつの気持ちは、痛いほどに分かるッ!」

 

 ……だから俺は動くんだ。

 ずっと闇にいるあいつを助け出すため、イリナを死なせないために。

 自分の身をささげても守り切る。

 

「…………確かに君の言うことはもっともだ。確かに、コカビエル相手に我々二人では聖剣3本の奪取は不可能に近い」

「……でもゼノヴィア、相手はイッセー君とは言え、悪魔なのよ?」

 

 イリナはさも当然のことを言う。

 確かにこれは下手をすれば三大勢力が関わってくる問題だからな……だけど俺は

 

「俺は赤龍帝……ドラゴンだぜ? それに俺の力は知っているはずだ。それにこの前の戦い、俺は全く力を使っていない。ただの身体能力だけでイリナ、お前を圧倒した」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 イリナが全力じゃなかったことくらいは分かってる。

 でも、仮に全力でも俺の本気以前にあいつは俺には届かない。

 イリナはそれくらいは分かっているんだろうな、だから難しい顔をしている。

 

「……確かに、君の力は絶大だろう。いつかは魔王や神すらも超える神滅具……しかもドラゴンが封印される赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)を宿しているんだから。それに君からは何故か、悪魔なのに聖なるものを感じる」

 

 ……こいつ、まさか俺の中の神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)に気付いているのか?

 あれは確かに聖なる力に似ている力を宿している……まあドラゴンだから聖力ではない。

 それを感じ取る……か。

 

「先に言っておく。俺の中には赤い龍以外にも白銀の龍がいる。それを駆使すればコカビエルとも渡り合える。それでも俺の協力を無下にするか?」

「……わかった。一本くらいなら任せても構わない」

 

 ……ゼノヴィアは渋々といったようにそう言った。

 交渉は成立か。

 

『今度は堕天使のトップクラスか……相棒、そのレベルならば禁手(バランス・ブレイカー)は必須だ』

『ええ。間違いなく、必要でしょう』

 

 ……バランス・ブレイカーか。

 赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)白銀龍帝の篭手(ブーステッド・シルヴァー・ギア)によるツイン・ブースタ―でも良いと思ってたけど、それはきつそうか。

 あれもまだまだ改良の余地はあるんだけどな。

 

「お前の領分の広さに感謝するぜ。大丈夫、まとめて俺が守ってやる」

「お、おぉ……これが真の男、兵藤一誠!!」

 

 匙が何か、すごい感動しているわけだけど、なら次にすることは一つしかない。

 

「……来たようだな」

 

 すると更に一人、店内に見知った男が入ってきた。

 ……それは少し前に俺がメールで呼び出した祐斗だった。

 ―・・・

 

「……なるほど、話は大体理解した」

 

 祐斗は俺の隣に座って、コーヒーに口をつけながら俺が話した事情を聞いている。

 マスターは温かい目でこっちを見て、騒いでもいいよ、みたいなことを言ってくれている。

 今は一応、他に客はいないからな……あとでちゃんと謝っておこう。

 ちなみに祐斗は「聖剣関連で話がある。お前にとっては確実に有益な事だ」という連絡を送ったら普通に来てくれた。

 

「……それにしてもまさか、貴方からそんな譲歩が出るとはね」

「こちらも方法を選んでいられないということだ。私だって、まさか悪魔に頼ることになるとは思ってもいなかった……」

 

 ……途端に睨みあいになる二人。

 こいつら、本当に相性が悪いな。

 

「……なら僕も情報を提供しよう。君達以外にこの町に来た神父はいたかい?」

「ああ。ただ、この町で何者かに殺されていたが……」

「それをやった人物を僕は知っている……しかもエクスカリバーを持っていた人物だ」

『ッ!?』

 

 ……俺達は祐斗の情報に驚いた。

 まさか祐斗が既にエクスカリバーと接触していたとは……もしかして、祐斗が一番機嫌が悪かった時にか?

 だったら説明がつくけど。

 

「……やったのはイッセー君や小猫ちゃんが知っている人物……フリード・セルゼン」

「……はぁ、またあいつか」

 

 俺は白髪のふざけた口調の似非神父を思い出してつい溜息を吐く。

 …………でもこのタイミングであいつか。

 

「……聞いた話では、君はあの聖剣計画の被害者らしいな」

「そうだよ」

「……君の憎しみは、もっともだ。あの計画は、我々の間でも最大級に嫌悪されている。故にその首謀者だった男も教会から追放され、今では堕天使側の人間だ」

 

 ……堕天使側?

 エクスカリバーに、聖剣計画の首謀者……そしてコカビエル……―――!!

 なるほどな、今回の件、都合が良すぎるわけだ。

 

「バルパー・ガリレイ。皆殺しの大司教って呼ばれた男よ」

「……バルパー・ガリレイ」

 

 祐斗はその名を呟く。

 バルパー・ガリレイ……間違いない、そいつは今回のこの件と関わっている。

 

「今回の件、間違いなくバルパー・ガリレイが関わっている。エクスカリバー、聖剣計画、コカビエル、はぐれ神父……全部繋がっているからな」

「……君は本当に頭が回るね、イッセー君……そうだね、同士の敵であるバルパーが関わっているのなら、僕が黙っている理由はない。力を貸そう」

「……話はついたな。赤龍帝、兵藤一誠。飯のお礼はいつか必ずする」

「イッセー君……こんなことになっちゃったけど、よろしくね?」

 

 ……そう言うと二人は店内から去っていく。

 

「……はぁ、緊張した~」

 

 匙はすると、肩の力が抜けるように机にうなだれた。

 ……さて、どうせ祐斗のことだから今回の件は手を引けくらいのことは言いそうだな。

 先に先手を打つか。

 

「祐斗、昨日はすまなかったな。でも、俺はお前の気持ちは誰よりも理解している。だからお前に手を貸すことにした」

「……だけどこれは僕の問題で」

「お前は俺達の仲間だ!仲間がみすみす死んでいくさまなんか、俺は見る気はない……」

「…………私も、祐斗先輩がいなくなるのは嫌です」

 

 ……小猫ちゃんの必殺、上目遣いのうるうる瞳が祐斗に炸裂する。

 ちなみに俺はあの可愛すぎる動作に勝てたことがない!

 それはあいつも同じなようだ。

 

「……はは、小猫ちゃんにそう言われたら仕方ないね。わかった。僕も自分のことを話そう。匙君も何知らずに関係するのは納得がいかないだろうから」

 

 ……祐斗はそれから話し始めた。

 聖剣計画のことを。

 自分の他に同士がいて、みんな色々な夢があった。

 神に僕達は選ばれた、聖剣の力を僕達は使える……そう信じて計画に参加していた。

 でも毎日のようにたくさんいた同士は傷つき、少しずつ消えていき、途端に恐怖に身をよせるようになった。

 次は自分かもしれない、死ぬのは嫌だ……そんな日々が毎日続く。

 でもいつか、特別な存在になれると信じて……毎日過酷な実験に身を投じ、毎日聖歌を歌った。

 ……そしてその結果が――――――『処分』

 

「……僕は毒を散布しに来た奴らから、同士に君だけは逃げろ、そう言われて施設を抜け出した。でも毒はね?もう僕の体に回っていて、僕は雪の降る寒い森の中で、倒れた……死んでいった仲間たちのことを思いながら、僕は復讐を誓った。そして生きることを願った……そしてそれを部長が叶えてくれた」

 

 ……祐斗は語る。

 その話に、小猫ちゃんは少しだけ涙を流し、匙は号泣していた。

 

「うぉぉぉぉん!!! 木場、お前がそんなこと過去を背負っていたなんて! 俺、お前と一緒に戦うぜ!! エクスカリバー、んなもん壊そう!」

 

 ……熱い男だ。

 でも、俺はある事(・ ・ ・)に祐斗の話を聞いて確信した。

 

『やはりそうか……やはりあの事は繋がっているのか、相棒』

 

 ああ、間違いない……でも、今はまだそのことは黙っておこう。

 少なくとも、今回の騒動が終わってからだ。

 俺はそう思い、確信を自分の胸に押し込んだ。

 

「安心しろ、コカビエルごとき、俺がぼっこぼこにしてやる!」

「君が言うと本当にしそうだから困るよ」

「…………イッセー先輩は、最強」

 

 ……久しぶりの、祐斗の笑顔。

 ああ、決まった……祐斗、お前の想いをぶつけようぜ。

 

「とりあえず、よろしく」

「……ああ、イッセー君」

 

 俺はそう言うと、俺は祐斗に手を出し、そして祐斗はその手を握り返したのだった。



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第5話 聖剣破壊の共同戦線です

 俺、兵藤一誠は現在の服装はいつもと勝手が違う。

 実際には俺だけではなく、その場にいる匙、祐斗、小猫ちゃんも普段の駒王学園の制服ではなく、フリードが着ていた黒い神父服を着飾っている。

 そして俺達が今現在滞在しているのは、多少因縁のあるアーシアを助けに来たあの教会。

 流石に俺達が暴れたからすごい勢いで内装はめちゃくちゃだけど、俺達はここで神父服に着替えている。

 部長の目もさすがにここには来ないという考えからこうなったんだ。

 一応、アーシアには急遽悪魔家業の仕事が個人的に入ったってことで話をつけている。

 悪魔が神父服を着るのはどうかと思ったんだけど、祐斗からの情報とゼノヴィアの情報を合わせた結果、フリードは聖剣を神父などといった人間に使って、性能を確かめているらしい。

 っということで、囮捜査的な発想で俺達は4人は神父の格好をしているわけだが……

 

「悪魔が神父服姿とはね……」

「そこは我慢してよね。気持ちは分かるけど……」

「分かってるさ。目的のためだからね……どんなことでもするよ」

 

 祐斗はある程度、落ち着きを取り戻している。

 一応、復讐を果たせる一つのきっかけがあるからか分からないが、少なくとも最近の中では最も冷静な気はする。

 まあそれでも危うさは消えないんだけどさ。

 

「効率を考えよう。これだけ人数がいるんだ、二手に別れた方がいいだろうが……力を均等に分けたほうが良いか?」

「…………均等に分けるならイッセー君を一人、それ以外を一緒にしたらようやく計算がつくと思う」

 

 ……祐斗はやけに冷静にそう言うと、皆、黙りこくる。

 ゼノヴィアに関しては理解不能という表情をしているけど。

 ……どうして祐斗はそんなことを?

 

『それは相棒、ここにいる全員で襲いかかって来ても相棒は倒せないからさ』

『赤龍帝の禁手もありますしね』

 

 ……まあそうか。

 確かに自惚れを差し引いても負けるとは思わないからな。

 

「……ごほん! とにかく、二手に分かれよう。流石に一人では辛いだろうし、いざとなったら私は奥の手もある。よってやはり、当初の予定通り、悪魔は悪魔、私達は私達で動くことにする」

「もしどちらかが先に目的を見つけた場合は?」

「戦闘になれば嫌でも気付くだろう。気付き次第、援護に回る」

 

 ……確かにイリナとゼノヴィアが遭遇したら聖剣の波動は何となく察知できるし、俺達が遭遇したら魔力がだだ漏れだからな。

 嫌でも気付くのは当然か。

 

「了解。ただ油断するなよ? フリードは油断こそすれど、弱くはない。それにあいつだってエクスカリバーを扱っているんだからな」

 

 実際に見ていないから何とも言えないけど……と言うよりあいつは俺にぶっ飛ばされて、小猫ちゃんにぶっ飛ばされてるからな……どうしてもあいつが手ごわくなるって予想は出来ないな。

 

「分かっているさ…………そう言えば兵藤一誠。君には色々と感謝がある。それゆえに君に一つ、教えておきたい情報があるんだ」

「教えたい情報?」

「ああ……単刀直入に―――白き龍は、既に目覚めている」

 

 ―――――思ったより、俺の動揺は少なかった。

 その情報に驚いてはいるけど、どこか自分の中に冷静すぎる自分に俺は一番驚いている。

 白い龍……アルビオンは目覚めている、か。

 

『……相棒、分かっているな?』

 

 ああ、分かってる。

 嫌なほど冷静だからな……これからのことに支障を起こしてしまうほど、弱くはないさ。

 解決しないといけないことはエクスカリバーの問題だ。

 私情は挟まない。

 

「……そっか。情報をありがとう、ゼノヴィア」

 

 俺は礼を言うと、イリナとゼノヴィアは俺達に背を向けてその場から去っていく。

 さて……

 

「じゃあ俺達も移動するか」

 

 俺の一言ともに俺達は教会を出て、適当に夜道を歩く。

 でも俺達には圧倒的に情報がない。

 フリードは教会関係者を中心に襲っているらしいけど、こんな大っぴらな住宅街で襲ってくるのか?

 なんて俺は疑問を抱いてるわけだけど、流石に俺も落ちつかない。

 傍らには復讐に燃える祐斗の姿、友情に燃える匙、普段通りの無表情ながらも俺の服の裾を握る小猫ちゃん……

 しかも黒い神父服を着飾る何とも言えない集団だな。

 そして小猫ちゃんは可愛い。

 

「どこから探したら効果的だろうな」

 

 俺は呟きながら考える。

 フリードは教会から送られてきた神父を処分する形で殺していると言うのは明らかになっているけど、俺は実は祐斗の言ったことが気になっていた。

 それはフリードの様子が前よりも違っていたということだ。

 

「イッセー君。もう一度言っておくけど、僕はあのはぐれ神父と対峙している……だからあの神父は以前とは明らかに違っていたんだ」

 

 すると祐斗は今一度といったように話し始めた。

 

「まずはフリード・セルゼンと言う男の性格を考えると、神父を苦しませずに殺すなんてことをすると思うかい?」

「いや、思わない……むしろ苦しみを与えて喜ぶ部類の男だろ、あいつは」

 

 ……そこだ。

 祐斗の話では、フリードの野郎は聖剣を持っていて、しかもそれはエクスカリバー。

 そしてその能力は祐斗とゼノヴィアの情報から察するに、おそらく『天閃の聖剣』(エクスカリバー・ラピッドリィ)だろう。

 フリードの速度が前よりも上がっていた、斬撃の速度が速すぎる……これに該当するエクスカリバーは間違いなくこれだ。

 問題は、フリードが神父を残忍に殺さず、苦しみを与えないみたいな急所を突く的確な殺人を行ったこと……正直、気味が悪い。

 あいつが、人を殺すのにそんな躊躇をするとは考えられない……でもそれが本当なら真に厄介なのはあいつかもしれないな。

 警戒は怠らない方が良い。

 

「それとフリード・セルゼンは悪魔はどうでもいいと言っていたよ……そしてもう一つ―――彼は君にこだわっていたよ。そしてエクスカリバーを使いこなしていたよ」

「……厄介だけど、それよりも俺を拘る?」

 

 俺は祐斗の言葉に疑問を持つ……俺に拘る?

 どういう意味かは分からないけど、とりあえずはあいつを探すことに専念するしかないか。

 見つからない限りは正直、どうしようもないし……それに部長にいつ、この勝手がばれるかも分からないしな。

 

「とりあえず、神父の立場になって考えるか……匙、お前ならはぐれを探すならまず、どこを探す?」

「俺か?俺なら…………とりあえず誰も行かないようなところに行くかな?人目が少ないとこにいそうだし……」

「大体俺と同意見だな。そうだ、俺もまずは誰も近づかないようなところを探す」

 

 ゼノヴィア達の情報だけど、この町に潜入した神父は既に何人も殺されているらしい。

 大体が祐斗の言ったような殺され方だけど、そいつらは大抵は人目のない所で殺されている。

 

「……とりあえずは人目がつかないところを重点的に探すほかはないね」

 

 ……なら人手が必要か。

 

「よし、なら使い魔を使おう」

 

 俺は魔法陣を目の前に出現させる。

 全部で三つで、それぞれ光をあげる……これは使い魔の召喚のための魔法陣。

 ティアにたまにはチビドラゴンズを使ってくれっていわれているからな……あいつらも偵察くらいなら大丈夫だろ。

 

「おいで、フィー、メル、ヒカリ」

 

 俺の声で魔法陣から三つの可愛らしい見た目をした小さなドラゴンが現れて、それでを俺の胸にダイブしてくる!

 しかもすぐさま人間の姿……大体3歳くらいの子供の姿になった。

 真ん丸な目をパッチリと見開いて、召喚されたことを確認して嬉しそうに俺に抱き着いてきた!!

 

「にいちゃん!フィー、ずっとあいたかったぞ!」

「あはは……これでも3日に一度は召喚してるんだけどな?」

 

 ……まあ遊んでやろう感覚で3日に一度はこいつらは召喚してる。ってティアに至っては突然龍法陣で現れてくるしな!

 

「にいたんは何でメルをよんだの?あそんでくれる!?」

「おままごと!ヒ―はあいじん!」

 

 …………ヒカリぃぃぃぃ!!?

 お前は何でいつもいつもそんな、おませさんなんだ!

 一体誰にそんなことを教えられて…………ああ、ティアか。

 とにかく、一度この子たちの教育と言うものを考えた方が良いかも……兄貴だし!

 

「今日は普通に仕事だ。少しお願いがある」

「おねがい?」

 

 フィーがそう言うと、三人とも俺のお願いの言葉に目を光らせる!

 ……そう言えば、俺がチビドラゴンズに使い魔らしいことをさせるのは初めてだった。

 なるほどな、嬉しいってことか。

 

「いいか?この町をドラゴンの姿で空から見て、怪しい奴を見たら俺に知らせて欲しいんだ……出来るか?」

「「「うん!」」」

 

 即答する三人は瞬間的に最初のドラゴンの姿となって、そして空へと飛び去っていく。

 

「…………いいなぁ、兵藤。俺の使い魔なんか、すごい俺のことを狙ってきて怖いからまだ召喚してないんだよ……」

 

 ……そう言えばこいつの使い魔は将来的に超有望の人をも食う蛇―――バジリスクだったな。

 それに比べれば俺の使い魔は可愛く見えるか……

 実際可愛いけど!

 

「……でもこれですぐに見つかるはずだよ。君には感謝しないとね」

「それは終わってから、まとめて感謝してもらうぜ? ……男三人でどっか、ぱぁっと遊びに行こうぜ」

「………………私は仲間はずれですか、ぷん」

 

 ……小猫ちゃんがぷくっと頬を膨らませてすごく可愛い仕草で怒っていらっしゃる!

 愛らしいから何とも言えない……とりあえず、小猫ちゃんには俺から御礼をしようか。

 

「……でも心配だよ。彼女らはドラゴンって言ったってまだ子供だよ。相手は堕天使の幹部、コカビエル……下手をすれば殺されるんじゃ」

「それこそ大丈夫だ。どうせ、どこかで過保護なドラゴンがあいつらを見張ってるはずだからな……指一歩でも手を出したら、この町は消えてしまうぜ?」

 

 無論、ティアのことである。

 

『確かにティアマットはこの町にいる。大方、あのチビどもの召喚と共に龍法陣で飛んできたのだろう』

『ティアマットはいいお姉さんですからね』

 

 ま、そう言うわけでチビドラゴンズのことは心配はいらねえ。

 ただ、俺の心配はエクスカリバーを目の前にした時に、祐斗が今みたいに冷静に居られるかどうかの所だ。

 ただでさえ、ゼノヴィアの時はあれだけ荒れてたわけだし……出来れば今回の件はこいつの力で終わらしてやりたい。

 俺はただ、こいつをサポートするだけだ。

 

「……とりあえずは俺の使い魔の連絡を今は待とう。どうせすぐ見つかると思う。なんだかんだでドラゴンってやつは優秀だからな」

 

 ……俺はいつかドライグに言われたことをそのまま3人に言うのであった。

 優秀故に畏怖され、敬遠される存在と。

 

 ―・・・

 

 チビドラゴンズから連絡があったのは、それから数十分後のことだった。

 どうやらフリードはある廃墟に隠れているらしく、そこを拠点に神父を狩っているらしい。

 待ち伏せってやつか。

 しかもその廃墟っていうのは、以前に俺達眷属がはぐれ悪魔、バイザーを滅したところだ。

 灯台もと暗しだな……とりあえず、俺達は今はそこに向かっている。

 ちなみに俺の手元には人間の姿にドラゴンの翼を生やしたヒカリがいて、案内をしてくれていた。

 

「にぃに!こっちでフィーとメルがまってる!」

 

 どうやらフィーとメルはフリードをずっと遠くから見張っているらしい。

 俺達はヒカリに連れられるがまま走り、そしてその付近に到着すると、上からフィーとメルが下りてきて俺の胸に再びダイブした……ちなみに小猫ちゃんの視線が厳しいです。

 一応、こいつらの存在は部員は全員、知っているはずなんだけど……まあいい。

 

「ありがと、三人とも……でも今から戦闘になると思うから、三人はもう帰ってくれるか?」

「「「…………うん」」」

 

 三人は声を合わせて、少し沈んだ声でそう呟く。

 流石のまだ成長中だからな……この戦いには巻き込めない。

 三人とも俺と一緒に戦いたいんだろうな……でも兄貴的に俺はそれをさせることは出来ない。

 三人を護りながらコカビエルと戦うなんてことはたぶん、俺には出来ないから。

 そして三人は魔法陣から消えていく……よし、また今度呼んで遊ぼう!

 俺はそう決め、そして祐斗達の方に視線を向けた。

 

「…………確実にいるな。この体を焦がすような感覚、間違いなく」

「…………聖剣です」

 

 小猫ちゃんは俺の横で呟く……っとその時!

 

「あひゃひゃ!! これにて切り捨て御免ですですぅ!!!」

 

 聞いたことのある奇声をあげて、俺達の目線の上空より奴……フリード・セルゼンが現れる!

 手には剣……エクスカリバーを持ってそのまま振りかざしてきやがった!

 だけど、それは

 

「やらせない!」

 

 祐斗が瞬間的に創った魔剣によって防がれる。

 祐斗はそれと共に頭に被っていた帽子を脱ぎ去り、その顔をフリードに向けた。

 

「おやおや!? あの時の悪魔君ではありませんか!? またまたお会いしましたねぇ~……それでまた俺の剣の試し切りになっちゃってくださるんですかぁ!?」

「黙れ! エクスカリバーを僕は壊す! それだけだ!」

 

 ……やっぱり冷静さを失ったか。

 仕方ない、今は倍増を溜める!

 

『Boost!!』

 

 俺は篭手を出現させ、倍増のエネルギーを溜める。

 

「―――おぉ!? まさかまさかの君は、まさかのイッセー君!!? ひゃひゃひゃ! まさかに君が会いに来てくれるなんて、僕チン感激ぃぃぃ!」

 

 フリードは祐斗から一度距離を取って、柱の上に立つ。

 

「俺も出来ればお前とは出会いたくはないんだけどな……フリード・セルゼン」

「いいよいいよ! その冷たい視線が俺を熱くさせてくれます! 当の俺は君と会いたくて会いたくてねぇ!! でもまだ早い! 君と戦うのは少し待ってくださいっちょ! だからぁ~」

 

 ……フリードのふざけた口調とは裏腹に、建物の中から結構大人数の男が現れる……間違いないな、はぐれ神父かその類だ。

 

「ちょっとそこのザコ神父を蹴散らしていてねぇぇぇ!! その間に僕チン、このイケメン君を切り刻むから!」

「それは僕の台詞だ。やらせてもらおう!!」

 

 祐斗は瞬間的に『騎士』の特性である光速でフリードへと斬りかかる……けどそれにフリードは速度を以て張り合う―――同等の速度だとッ!?

 ……あれがスピードを上げる天閃のエクスカリバーか。

 あれじゃあ祐斗の強みが通用しない。

 

「イッセー!! なんかわらわら出てきたんだけど!?」

「……焦るな。どうせはぐれだ。お前の実力を出せば負けはしねえよ」

 

 実際、俺は何度かこいつと戦ってるけど、戦うごとにこいつは少しずつ強くなっている。

 ……俺の篭手も数段階の倍増は完了した。

 

「匙、お前も神器を発動しろ」

「お、おう! ―――こい、黒い龍脈(アブソーブション・ライン)!!」

 

 匙は手の甲に黒い神器、黒い龍脈(アブソーブション・ライン)を発現する。

 あの神器は龍系統の神器で、しかも相手の力を吸って誰かに渡すことの出来るサポートの神器だ。

 その力を自分にも使えるから、使い勝手はいい。

 

『……黒邪の龍王と謳われた龍王の一角、ヴリトラの魂が封印されている神器だな。しかもあれはヴリトラの魂が封じられた神器の一つにすぎない。全部そろえば、それこそ神滅具ともタメを張れるだろう』

 

 解説ありがと、ドライグ……さて、じゃあさっさと決めるか。

 

「小猫ちゃん、今から小猫ちゃんに力を譲渡する。それであいつらを匙と一緒に蹴散らして……」

「…………一人で十分です」

 

 ……隣で匙が泣いています。

 仕方ないか……それに実際問題、小猫ちゃん一人でもどうにかなるのは事実だからな。

 

『Transfer!!!』

 

 俺は倍増した力をそのまま小猫ちゃんに譲渡……途端に小猫ちゃんの魔力を含めた全ての能力が跳ね上がる!

 

「あ、あぁんっ……こ、これが、イッセー先輩の、力!」

 

 ……力を神器じゃなく、体にその人の体に送ったのは初めてだったけど、小猫ちゃんが艶めかしく体を震わせている!

 なんか、罪悪感が……

 

「……兵藤! 気持ちは分かるが、あれを見ろ!」

「…………押されているな」

 

 若干内股気味の匙は指を指す。

 そこには光速で戦い続ける祐斗の姿があった……でも若干、押されているな。

 魔剣を創ってもエクスカリバーに壊される……あれじゃあ消耗戦で祐斗が負ける。

 それに祐斗の言った通り、フリードはエクスカリバーを使いこなしている。使いこなしのレベルだけで言えば、下手すりゃゼノヴィアよりも上手い―――多分、天閃の力があいつに一番、あっているんだろうけど……それにしても本当にフリードかと疑うほどの強さだな。

 

「僕は、僕の同士の想いに応える! ソード・バース!」

「おいおい、なんですかぁぁぁ!! その雑魚雑魚の魔剣は! この僕チンのエクスカリバァァァァァ~には勝てないわけってことですのよぅ!!」

 

 祐斗が放った魔剣の弾丸を物の見事に避け、そして幾つかを完全に破壊する……あれ、本当にフリードか?

 

「おいおい、イッセー! あいつ、超強いじゃん! 木場も押されてるしよぉ!」

「……何の変革があればあんなに変わるんだろうな。それにあいつからは……」

『……やはり気付いていましたか、主様』

 

 ……ああ。

 どう考えてもフリードは戦いを楽しんでいるように見える―――殺気がほとんど感じられない。

 それこそ無邪気な餓鬼みたいな雰囲気だ。

 それ引き換え、祐斗は怒りで強さが半減している。

 それに加えて強みの速度が封じられている状態で、武器のレベルは相手の方が格段に上……まずいな。

 譲渡をしようにも、あれほど激しく動かれたらその暇すらない。

 

「イッセー! もうお前がやった方が早いんじゃないか!? お前ならあいつに何か負けないだろ!」

「……ああ、負けないよ。でもあれは―――あいつの戦いなんだ」

 

 だから俺はいざという時までは手を出さない。

 エクスカリバーを俺が壊すのはたやすいけど、それじゃああいつの気が晴れない。

 俺がするのはサポートまでだ。

 

「……でもあのままじゃあきついな。匙、フリードの動きを止めてくれ!」

「お、おう! 伸びろ、ラインよ!!」

 

 匙は俺の指示通り、フリードの動きが一瞬狙った隙をついて光っている「ライン」と呼ばれるカメレオンの舌のようなものを発射する。

 

「うお!? 何すか、何でっせ!?」

 

 匙の神器は龍が封印されている……その力は絶大だ。

 ただ相手の力を吸うパイプだけど、あれの強度は相当だからな……ただでは切れない管だ。

 

「よくやった! 匙!」

 

 俺は勢いよく飛び出す。

 祐斗は建物の上に乗っていて、俺は脚で地面を踏み蹴り、そして祐斗の近くまで飛翔して祐斗の肩を叩いた。

 

『Transfer!!!』

 

 俺は祐斗へと倍増した力をそのまま全て譲渡した。

 

「お前の目的はフリードじゃない。エクスカリバーだってことは忘れてねぇよな?」

「……もちろんだよ」

 

 ……祐斗の力が俺の譲渡の力で跳ね上がる。

 祐斗の場合は体ではなく神器への譲渡だから、その分、神器の力が上がるはずだ。

 俺は祐斗から離れて、そして匙を見た。

 

「うぉ!? なにこれ、切れねえ!! 因子集中しねえといけないってことですか!?」

 

 そこには匙の神器で足を拘束され、その場から動けないなっているフリードの姿がある。

 ……でもそれも束の間の話だ。

 

「フリード・セルゼン! 覚悟してもらう! ソード・バース!!」

 

 祐斗は譲渡によって上がった力で、地面に剣を刺すと、そこからすごい速度で地面から剣が生えてフリードへと向かって行く!

 

「―――――えぇ、えぇ、集中すればいいんでしょ?」

 

 ……次の瞬間、フリードを拘束していた匙の神器の管が切断された。

 ―――あれは聖剣に橙色のオーラが集中している?

 でも匙の神器の管を破壊するほどの切断力……間違いない、エクスカリバーの力が上がっている!

 

「体に流れる因子を刃に集中させているってことですわ! じゃあこれにて本気のタイムっとことで!」

 

 さっきよりもフリードの速度が上がってる!

 そしてフリードは襲いかかる魔剣を避け、そして祐斗に襲いかかる。

 祐斗も突然のことで反応が遅れ、そしてフリードはエクスカリバーをそのまま祐斗に振りかざす―――事にはならなかった。。

 

「―――遅れてすまないな。察知が遅れてしまったものでね」

 

 何故ならフリードの斬撃は、遅れて登場しやがったゼノヴィアの聖剣に止められたからだ。

 ゼノヴィアだけじゃない。

 

「イッセー君! 助けに来たよ!!」

 

 ローブを脱ぎ去って、例の戦闘服姿になっているイリナの姿があり、そして小猫ちゃんは神父を倒し終えて俺の傍に来ていた。

 

「…………終わりました」

「ご苦労さん……それより」

 

 フリードは突然のゼノヴィアの登場に驚いたのか、祐斗から離れて少し離れたところで着地した。

 

「ちょいと人数が多すぎ! しかもエクスカリバー持ちのクソビッチが二人とか」

「……確かにそうだな、少しお前には分が悪いようだ、フリード」

 

 ……この声はここにいる者の誰の声でもない。

 新しい、年老いた声。

 

「まさか、貴様は……バルパー・ガリレイ」

「―――ッ!!」

 

 その姿を見た瞬間、激昂のような声音でその名を叫ぶゼノヴィア。

 祐斗はその名を聞いた瞬間、目を見開いて怒りの表情をあらわにさせる。

 

「……ソード・バースか。あらゆる属性、あらゆる力の魔剣を生み出し、使い手によれば無類な力を発揮する上級の神器。それに聖剣使い二人に―――赤龍帝か」

「バルパー・ガリレイ!!」

 

 祐斗はフリードの傍に立つバルパーへと襲いかかろうとする!

 でも祐斗の剣はフリードの阻まれ、そのまま鍔ぜり合いになった。

 そして祐斗は魔剣の限界を察知して、フリードから離れる。

 

「もしや君は……聖剣計画の生き残りかね?」

「―――そうだ。僕は一度、貴様に殺され、そして悪魔となって生き延びた。僕のこの魔剣は僕の同士の無念を顕現したものだ!! だから僕は貴様を殺して復讐を果たす!!」

 

 ……魔力の純度が少し上がった。

 それだけ祐斗の想いが本物ってことか……仕方ないな!

 

『Boost!!』

『Explosion!!!』

 

 俺は数段階倍増した力をそのまま解放する。

 そして俺は祐斗の隣まで走っていき、そして傍で立ち止まって拳をバルパーとフリードに向けた。

 ……祐斗の心からの叫び、それに充てられたのか?

 

「不干渉でいようと思ってたけどさ……やっぱり止めだ。祐斗の本気の想いを見てたらどうしても何とかしてやりたくなった。だから一緒に戦うぞ、祐斗!」

「…………君は全く……だけどありがとう」

 

 祐斗も同じようにひと際純度の高い魔剣を創造し、そしてそれを俺と同じようにバルパーとフリードに突きつけた。

 

「……これは分が悪い。聖剣使い二人に赤龍帝がいるのならば、計画に支障をきたすかもしれん。ここは一端引こう」

「おぉ、バルパーの爺さん! さすがの僕チンもイッセー君相手はまだ拒否したい気分っすからねぇ」

 

 聞きたいことは山ほどあるけど、まずはこいつらを抑えることだ!

 逃がさねえ!

 

「はい、ちゃらば!!」

「ちっ! 逃がさん!!」

 

 ―――フリードは閃光弾のようなものを地面にたたきつけ、そして俺達は全員が眩しさから目を瞑った。

 ゼノヴィアはその仕草を早く察知したのか、エクスカリバーでフリードに切りかかったが、しかし目を開けるとそこにはフリードとバルパーはいない。

 ……逃がしたか。

 

「イリナ、追うぞ!」

「分かったわ!」

 

 イリナとゼノヴィアが逃げた二人を深追いする!

 

「絶対に逃がすものか!」

 

 って祐斗!?

 予想通りと言うか、祐斗もまたイリナとゼノヴィアに続いてすごい速度で走っていく……ったく、世話が焼けるな!

 

「小猫ちゃん、匙! お前らはもう帰っていてくれ! 俺は今から祐斗を追いかけ……」

「―――何を追いかけるって?イッセー」

 

 ………………この場で響くはずのない声がはずのない声が俺の耳に通る。

 そしてその声が聞こえた瞬間、俺の動きは止まる……このタイミングですか?

 俺は壊れた人形みたいに少しずつ声が聞こえた方向を見る。

 

「随分と勝手な事をしてたみたいね、イッセー?」

 

 …………はい、そこには笑顔だけどすごい寒気がするくらいに怒っている部長、更にソーナ会長、そして副会長の椿さんに朱乃さんがいた。

 

 ―・・・

 

「イッセー、姿勢を崩さない」

「……はい」

 

 現在の俺と小猫ちゃんの状況から説明しよう。

 まず肩身狭く寄り添いながら正座をしていて、場所は例の廃墟。

 部長は仁王立ちで俺と小猫ちゃんの前に立っていて、朱乃さんもニコニコしながらも少し怖い……

 

「匙……貴方はどうしてこんなことに首を突っ込んでいるのかしら?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!? イッセー!! こういう時、真の男はどうすれば!?」

 

 匙は正座をしながら俺に懇願してくるけど、あいにく、俺も自分のことで精いっぱいだ!

 

「イッセー。あなた自分が何をしていたのかは……理解はしているわよね。賢明な貴方ですもの。理由がなくこんなことをするとは思えないわ」

「……言い訳はしません。結果的に、小猫ちゃんと匙を巻き込んで危ない橋を渡っていました。祐斗のためとは言え、許されることではありません」

「ええそうね。下手をすれば三勢力の均衡を崩壊させるほどのものよ。でも過ぎたことをこれ以上、言う気はないわ」

 

 ……部長はそう言うと、俺と小猫ちゃんを大切そうに抱きしめてくれた。

 心配だったんだろうな…………あれだけ派手に戦闘をしてたら、嫌でも部長は俺達が何かを企んでいることに気付いたらしい。

 

「あうぅぅぅ!? 会長ぉぉぉ!! 止めて! それ、洒落にならないぃぃぃ!!?」

「ええ、洒落になりません。それくらいのことをあなたは!!」

 

 ……匙の叫び声が聞こえたと思うと、匙は魔力を介した会長の魔法陣込みの掌で―――お尻を叩かれていた。

 

「イッセー! 俺は後悔してないぞぉぉぉ!! 会長がなんぼの……やっぱりむりぃぃぃぃ!!!」

「さあ、後1万回です!!!」

 

 ……そこは千じゃないの!?

 匙のお尻が何かすごい細胞分裂を起こして分裂しそうな数ですよ、それ!!

 

「あら、イッセー。他人事じゃないのよ?」

 

 ―――良く見ると、そこには会長のように掌に魔法陣を展開させている部長のお姿がありました。

 はい、魔力を溜まっていますね。

 凄い量の魔力です。

 それでお尻を叩かれたらもう―――いやぁぁああああ!!!

 

「せめて、小猫ちゃんだけでも……」

「首謀者は貴方でしょう? ――――――さあ、お尻を出すか、私の言うことを何でも5回聞くか、どちらかにしなさい!!」

 

 それ、欲望入ってるじゃないですか!?

 何でも五回って!! しかも朱乃さんみたいなドS顔になってますよ!?

 

「どこかいじめたくなるイッセー……さあ、イッセー!」

 

 ……覚悟を決めよう。

 今、いじめたくなるとか私見が入っていた部長をスルーして、俺は静かにお尻を差し出したのだった。

 ……だって何でも5回は嫌な予感がするんだもん!

 そして―――廃墟に無慈悲な炸裂音が響き渡るのだった。

 

 ―・・・

 

「……割れます。いや、本気で割れる……っ!」

 

 今の状況をいいましょう、俺はお尻を押さえてすごい不自然に家へと向かっています。

 祐斗のことは部長の使い魔を使って探索しているらしく、俺と部長は帰路についているところだ。

 あれから尻叩きは千回で許されたけど、匙は本当に一万回叩かれていて、最後は静かに倒れた……

 あいつは魔法陣で家に運ばれたらしいけどね?

 

「なんでも5回なら、そんなにしなかったのに……」

「……じゃあ何でもを選択したら、俺に何を要求するつもりだったんですか?」

「・・・・・・~~~~っ!! そんなこと、女の私から言わせないで頂戴!!!」

 

 ―――ちょっと待て、今何を想像したんですか!?

 一瞬、寒気がしました…………本当に叩かれたのは正解だったかもな。

 

「……でも部長、祐斗はどうするつもりですか? あいつの精神はある程度は回復しましたが、それでも復讐が祐斗の行動原理です」

「…………イッセー、貴方は今回、仮に堕天使コカビエルと遭遇したらどうするつもりだったの?」

「……戦います。俺がやらなきゃ、皆が死にますから、何があっても倒しますよ」

 

 俺は即答すると、部長の表情は何とも言えない表情になった。

 

「……前からずっと思っていたわ。貴方は誰かを助ける、救うために手段は選ばない。そのくせ、絶対にハッピーエンドに持っていく―――でもあなたは今まで、傷ついてばかりよ」

「……それが必要なら、俺は喜んで傷つきます」

「ッ! ダメよ!」

 

 ―――部長は俺の手を握って、真剣な表情でそう言ってきた。

 

「イッセーは自分を蔑にし過ぎだわ! 自分のことを貴方は何も考えていないわ!傷つくことを前提に、助けることをしている……お願い、私も、眷属の誰も貴方が傷つくのは見たくないの」

「……最善は尽くしますよ。それに俺って結構強いですから―――傷ついても、平気です」

「……強さの基準が戦闘なら、そうね。でもイッセー、貴方はある意味では祐斗よりも…………いえ、何でもないわ」

 

 ……部長はそう言うと、俺の手を離す。

 最後に何を言おうとしたか、俺には何となくわかった。

 

『……主様。遺憾ながら、わたくしもリアスさんと同意見です』

 

 だろうな……でも俺はこの考えは変えるつもりはない。

 大丈夫だよ、出来るだけ傷つかないようにするからさ。

 

『……なるほど、リアス・グレモリーが最後、何を言おうとしたのか分かったよ、相棒』

 

 ……出来れば言わないでもらいたいものだな。

 そう思いつつ、俺は家の前にまでついて、そしてドアを開けた。

 

「おかえりなさいです、イッセーさん! 今すぐご奉仕します!!」

「……あ、あ、あ、アーシアぁぁぁ!!? また桐生なのか!? そうなんだろ! どうせまた桐生なんだろう!! ぜってー許せねぇ、あの野郎!!」

 

 ああ、怒るのは当然だ!

 何故なら……アーシアは裸エプロンだったからだ!!

 しかも計算されているような様子……桐生のせいで最近のアーシアは暴走し過ぎだ!!

 

「……なるほど、その手があったわね―――ふふ、アーシアはいつも私よりも先の手を考えるわね」

「……負けたくないですから!」

 

 ……なんか部長とアーシアの視線が好敵手と出会ったバトル漫画見たな感じになってる!

 でもこの状況、あの母さんに見つかったら……

 

「イッセーちゃん! どうかな? 私も裸エプロン、似合うかな?」

「―――なんで母さんまでぇぇぇぇ!? いや、似合ってるけど、なんでそんなに似合ってんの!?」

 

 俺は突然、リビングから姿を現したアーシア同様……少し違うのは下着をつけている母さんのエプロン姿だった!

 それを見た部長は目を輝かせる!

 

「お母様!私にも裸エプロンのご指南を!」

「ほう……リアスちゃんも裸エプロンになりたいか!?」

「はい!!」

 

 部長ぉぉぉぉぉおおお!!

 貴方だけは暴走しないって信じてたのに!

 すると部長はアーシアに何かを耳元で囁く。

 

「今日は先手を打たれたわ、アーシア。でも私は貴方の壁を乗り越えて見せるわ!」

「桐生さんが言ってました……武器がないなら、作ればいいと!!」

 

 桐生……一見したら良いこと言ってるんだけどさ? それがもっと違う状況だったらよかったよ。

 桐生が言っているのは大方、スタイルとかその辺だと思うけどさ……あぁ、俺の女難が消えはしない。

 

「ふふ……なら次は私の番よ。首を洗って待ってなさい!」

「はぅ……でも負けません! 乳房で勝てなくても、お尻で勝ちます!」

 

 ……さぁ、聴覚をシャットダウンしようか。

 ドライグ、今すぐ俺の耳を壊してくれ!

 

『は、早まるな、相棒! 気持ちは分かるが、そんなことは出来ん! ああ、自分の指で耳を刺すな!?』

『主様!? わたくしたちが慰めますから止めてください!! ドライグ、主様癒しモードのための一時協力です!!』

『応! 相棒の廃れた心を俺達、パパとマザーが癒すのだ!』

『ええ!!』

 

 あぁ……神器を通して二人の俺を大切に思う気持ちが流れて、癒されるぅぅぅ……

 耳を指から抜いて、俺は少し深呼吸をした。やっぱりちょっと痛いけど、別に怪我はない。

 今気付いたけど、既に母さんと部長は家の奥に行っていて、玄関にはその姿はなかった。

 

「……イッセーさん、イッセーさん♪」

 

 アーシアは甘えたように俺に抱きついてくる!

 待ってよ、それは本当に、真剣と書いてマジでやばい!

 …………ま、いっか。

 甘えてくれるなら、甘やかせたいし、それにアーシアはもう俺にとっては……大切な存在だ。

 好きとか、そんなんは分からないけど、でもアーシアにずっと傍で仲良くしたい。

 

「いつか…………皆であそこに行けたらいいな」

「……イッセーさん?」

「…………何でもないよ。ほら、風邪ひくからそろそろ―――」

 

 俺はアーシアに着替えを進めた瞬間だった。

 

「イッセー! 私も着替えてきたわよ!」

 

 …………俺の女難は、もう止まらないようです。



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第6話 堕天使と遭遇と決戦の学園です!

 次の日は休日で夕方、でも俺達はオカルト研究部部室にいた。

 いるのは部長、朱乃さん、小猫ちゃん、アーシアでそして俺……祐斗は昨日の夜にバルパーとフリードを追いかけてから姿を見せていないって状況だ。

 そして部長はそのことで腕を組んで考えている。

 

「祐斗のことは、聖剣使いが二人もいるのだから、フリード・セルゼンに遅れをとることはないと思って特に呼び戻さなかったけど……流石にこれは問題だわ」

「…………最悪な事態にならなきゃいいけど」

 

 未だ、俺達のところに帰ってこない祐斗。

 俺が予測している最悪の事態は、それは堕天使との接触だ。

 今回の件でコカビエルが関わっているのは間違いなく、そして祐斗の復讐は聖剣計画が繋がっているのも明確となった。

 でもまだ、不思議なのは堕天使であるコカビエルが何でわざわざバルパーとかフリードに力を貸してるんだろうな……

 確かにエクスカリバーは強力だし、価値も高いと思うけど、それでも堕天使側がエクスカリバーを奪い、しかも悪魔側のこの町に来た意味が分からない。

 コカビエルはそのリスクに見合う何かがあるのか?

 

『……コカビエルか。奴は聖書に載るほど昔から生きていた堕天使。そして戦争を生き抜いてきた者だ。そんな男がわざわざエクスカリバーを狙う理由か』

『理由があればいいのですが……』

 

 ……理由があれば、か。

 理由がなかったら単なる馬鹿か、それか……想像が付かないほどの厄介な存在だ。

 とにかく、祐斗がコカビエルに遭遇しているなら結構、事態は余り良いものじゃないかもしれないな。

 

「……部長、こうなってしまえば仕方ないと思います―――今すぐに祐斗を探しましょう」

「ええ、そのつもりよ。使い魔を使って祐斗達を探しましょう……イッセーも頼めるかしら?」

「はい!―――……ッ!」

 

 ……今、俺の無意識の感覚で何かを察知した。

 肌を刺すような感覚。

 でも堕天使とは……何か違う。

 

『……邪な聖の力。だがこれは、堕天使なのか?』

『ただし力を使ったわけではなく、それも挑発でしょうか? 感覚で言えば相手は相当遠くにいると思います』

 

 相手の居所を察知してもらう……コカビエルなのか?

 

「……部長、少し俺は出てきます」

「イッセー?」

 

 部長は怪訝な顔をするけど、俺はそれを無視して窓から出て校舎を足踏みで蹴って、そして悪魔の翼で飛び上がる。

 分からないけど胸騒ぎがする。

 

「ブーステッド・ギア! フォースギア!」

 

 俺は空を飛びながら二つの神器を発動する。

 赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)

 それぞれが胸にエンブレムブローチ、左手に篭手として装着されると、俺は倍増と創造力を溜めていく。

 俺はしばらくの間、空を全力で飛び続けている……その最中だった。

 

「……どういうことだよ。相手の気配が消えた?」

 

 俺は今まで感じていた邪な聖なる気配が消えたことに気付いた。

 俺は空で止まって辺りを見回すけど、誰もいない。

 すると俺のケータイが空中で鳴り響いて、俺は空中でケータイをポケットから出すと、そこにはアーシアと表示されていた。

 

「もしもし?アーシアか?」

『イッセーさん! 突然出て言って部長さんが驚いているんですが、一体何があったんですか!?』

「……いや、何でもないよ。とにかく部長には俺はこのまま祐斗を捜索に行くって言っておいてくれ」

『は、はい……気をつけてくださいね、イッセーさん』

 

 アーシアの心配そうな声が俺の耳に通る……はは、心配しなくても平気なのにな。

 俺はそれを聞いて通話を切る。

 

『……主様。今の状態で言いたくはなかったのですが、今の感覚―――もしかしてとは思いましたが、わたくしは存じているかもしれません』

 

 ……なんだって?

 フェル、お前はさっきの存在を知っているのか?

 

『ええ……今気付きました。長い間、あの者のことをずっと忘れていたのです。本当に長い間、名前すら発していませんでしたので』

 

 それで、さっきの奴はいったい……俺がフェルにそう尋ねると、フェルは重たい口を開けるように言い放った。

 

『二天龍が対に成っている龍……すなわち赤龍帝と白龍皇がいるように、無限と夢幻の龍が二対になっているように―――わたくしにも、対極に位置している龍がいます』

 

 ―――初耳だ。

 

 いや、でも考えてみればそうか。

 創造の龍がいて、その対極がいないはずもない。

 

『ええ、言っていませんし、忘れていましたから……ですがあの感覚、わたくしとは全くもって対極の力……―――神焉の終龍(エンディング・ヴァニッシュ・ドラゴン)と呼ばれる、終焉を司るドラゴンです』

 

 …………終焉の、ドラゴン。

 確かに対極の存在だ……始創と終焉、始まりと終わり。

 だけど、何でこのタイミングでそんなやばい感じのドラゴンが。

 

『……あのドラゴンはわたくしと共に「次元の深奥」に封じられていたはずなのですが……すみません、わたくしも奴がどのように封じられたかまではわかりません』

 

 ……いや、いい。

 むしろ今はそいつのことは考えてたら目の前の問題に集中できない。

 終焉とかなんだか知らないけど、そいつは今の状況に全く関係ない。

 

「今は上空……ちょうどいい」

 

 俺は魔法陣を4つ、展開させる。

 これは使い魔を召喚する魔法陣であり、それを4つだからもちろん今回はティアも召喚させてもらう。

 相手はコカビエル、チビドラゴンだけでは流石に危険すぎる。

 魔法陣は光り輝き、そしてその中から人間の姿のティア、そしてドラゴンの姿のフィー、メル、ヒカリが現れた。

 ティアは三人を抱えながらドラゴンの翼を生やして宙に浮かび、こちらを伺っている。

 

「一誠、珍しいな。4人を同時に召喚とは、何かあったのか?」

 

 長身美人のティアが空中でドラゴンの翼を織りなして俺の元に来る。

 チビドラゴンズはいつも通り、俺の腕に抱きついてきたから俺の腕の中にいるけど……まずは説明だ。

 

「俺の仲間の祐斗って知っているか?」

「ああ、あの復讐に燃える少年か。あれほどの負の感情であればチビどもが嫌悪するのも分かるな」

 

 ……やっぱり、チビドラゴンズが祐斗を嫌っていたのは気配で察したからだったのか。

 

「ドラゴン、しかも子供のドラゴンはそう言うのに敏感だ。幼いながら奴の問題を察していたんだろうな……私の場合は単に経験則だが」

「……ああ、その祐斗が今、復讐対象が目の前にいて―――」

 

 俺はティアに今まであったことを簡単に説明すると、ティアは理解したのか腕を組んで考えていた。

 

「……コカビエルか。ふふ、堕天使の幹部で相当の実力者―――是非とも戦いたいものだが。今回はイッセー、お前が戦うのだろう?」

「当然だろ? それにティアの力を借りずとも、戦えるさ」

『Force!!!』

 

 そうしていると40段階の創造力が溜まる。

 俺はそこで一度、創造力の創造を止める……これはつい最近になって発現した新システムで、創造力を任意で止めることが出来るんだ。

 40回以上の創造力は精神力に負担がかかり過ぎるからな。

 

「なるほど、一誠は常に進化をつづけているようだな」

「まあ赤龍帝で、創造の力まで備わっているからな」

 

 俺は軽口をたたくようにそう言うと、ティアは俺の胸の中の三人のうちからフィーとヒカリを両手で抱える。

 

「こいつらは私が持っていこう。一誠の願いは木場祐斗の発見、もしくはその聖剣使いの確保だったな?」

「ああ……メルと俺で違うところを探す。頼むぜ?」

「私を誰と思っている……いくぞ、チビ!!」

 

 ティアは人間の姿のまま上空からすごい速度で移動して行った。

 俺にくっ付いていたヒカリとフィーを無理やり剥がすと、二人は何か呻き声を挙げていたがティアは気にする様子もなく。

 俺は姿を見送ると、胸元のメルにコンタクトを取った。

 

 

 

「さてメル。俺達も行くぞ!」

「にいたんといっしょ♪」

 

 ……ちなみにいつの間にか、メルは人間の幼女の姿になっていた。

 それから俺とメルは上空から町中を探し続けた。

 魔力の微かな乱れも、全てを何とか察知するために目も瞑る。

 ―――その時、俺は何かを感じ取った。

 

『……相棒、次こそ完全に強力な堕天使の気配だ』

『しかも力を使っています』

 

 ……俺はドライグとフェルの声に心で頷く。

 ああ、俺も今さっき察知した。

 しかも同じ所から聖なる力も……―――まずいな。

 これは確実に俺の危惧していた最悪の事態だ……ッ。

 

「メル! しっかりつかまっとけよ!!」

 

 俺はメルが俺の腕にしがみつくのを確認すると、篭手の力を少し解放した。

 これも最近になって発現した新しい篭手の能力で、溜まった力を全て解放するんじゃなくて、ある程度だけを解放できる”部分解放”って奴だ。

 って言っても基本力を全力で解放し、そこから倍増の力を操作する俺からしたらそこまで重要な技でもないけどな。

 

『Part Explosion!!!』

 

 その音声が”部分解放”の音声で、俺は上がった魔力を駆使して空中を駆ける。

 速度で言ったら戦闘機位は出てるんじゃないかな……流石に継続でここまで速度を出すのはつらいけど。

 俺が気配に近づいた時、ちょうど光のようなものが辺りを覆い、そして次の瞬間、轟音が鳴り響いた!

 

「いた―――しかも現在進行形で襲われてるって! ったく、世話が焼ける!」

 

 俺は目視で確認すると、そこにはある存在に襲われている三人の姿。

 町のはぐれにある人通りがほとんどない山に近いところだな。

 そして一人、異様な人物がいる―――10枚の黒い翼を生やす堕天使コカビエル!

 無数の光の槍で三人を襲っているけど……いや、祐斗とゼノヴィアが戦線離脱している。

 

「ったくあのバカ! 逃げ遅れてんじゃねえよ!」

 

 俺は一人、光の槍の雨から逃げ遅れているイリナの姿を確認した。

 ダメージが激しい上に、しかもいきなり現れやがったフリードに襲われている!

 

「解放だ!」

『Explosion!!!』

 

 俺は篭手に溜まった全ての力を解放し、一気にイリナの元まで詰め寄ろうとする……けど一歩遅かった。

 

「なんですなんです、その弱さ!! 聖剣使いが聞いてあきれますわ! あはははは!!」

 

 ―――イリナは樹に首を抑えつけられて、そのまま聖剣を奪われていた。

 ……こいつは、どうしていつも俺の頭の中の「何か」をプツッと切れさせるんだろうな。

 今はもう相容れない関係かもしれない。

 聖教者と悪魔……だけど俺とイリナはそんなもん関係なく幼馴染だ。

 小さい頃からの、掛け替えのない友達なんだ。

 そんな大切な存在が傷つけられている―――我慢できる、かよッ!!

 

「……そこまでにしとけよ、クソ神父」

 

 俺はそんなフリードに向かって魔力弾を撃ち放った。

 直撃すれば確実に死ぬレベルの殺傷力を誇る弾丸。

 

「わ、わお!?」

 

 フリードはそれを天閃の能力を使ってで避ける。

 魔力弾は空中で霧散させて辺りに被害を出さないようにすると、俺はイリナの方に近づいて、イリナの体を支えるように抱き寄せる。

 

「……何やってんだよ、イリナ」

「っ……イッセー、くん」

 

 ―――イリナの体は、傷だらけだ。

 あの戦闘服は切り刻まれていて、更に体のいたるところから血が出ている。

 瀕死ではないけど、でもそれでも酷いけがだ。

 

「……ごめんね、イッセー君―――足を引っ張って……本当なら、関係ないのに……巻き込んで……」

「関係ないわけない。言っただろ? お前は幼馴染で、大切だって。例え種族が変わってさ。俺がやることは昔から何も変わらない―――必ず守るよ」

『Creation!!!』

 

 俺は溜まった力の一部を使って回復の神器、癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)を創ってイリナの傷を回復させて、その場に寝かせる。

 イリナの表情は幾分穏やかなものに変わり、そして気を失った。

 

「よう、フリード、それに……コカビエル。俺の幼馴染が随分とお世話になったようで―――殺すぞ」

 

 俺は樹の上に立っているフリード、そして空中で悠然と浮いているコカビエルに交互に睨んでそう言った。

 

「……ほう、貴様は今代の赤龍帝か。既に話は聞いているぞ。何でも異様に強く、なおかつ良く分からん力を有している、とか」

「おいおい、イッセーく~ん……まさかまさかのお早い登場だねぇ。さすが、俺の宿敵くんだ!!」

 

 俺は警戒を解かない。

 言わば今は硬直状態だ……下手には動けない。

 俺の傍には動けないイリナ、しかも武器すら持っていないんだ。

 俺が動いたら、イリナが無防備になってしまうからな。

 

「……賢明だな、赤龍帝。今動けばその後ろの女は無防備―――だが安心しろ、俺はその女に興味はない」

「どうだか……でもお前に一つ言っておくぞ? ―――俺の大切に手を出してんじゃねえ、堕ちた下種」

「―――ッ!!」

 

 コカビエルは俺が発する殺気に近い魔力に、少し表情を変える。

 その時、俺の後方から赤い魔法陣が展開されて、そこから祐斗を除く眷族の皆、そしてシトリー眷属の会長、椿副会長、匙が現れる。

 

「イッセー、一体何が……―――コカビエル…………ッ!?」

「……部長、俺の後ろで倒れているイリナを保護してください」

 

 俺は振り返らずに部長にそう言う。

 

「リアス・グレモリーにソーナ・シトリーか。……ところでリアス・グレモリー、貴様、どうやってそこの赤龍帝を従えている?」

「何を言って……」

「そこの男はお前には見合わぬ存在だ。何を使った。体を抱かせて契約でも結んだのか? それとも好条件を叩きつけたか? 悪魔なら前者も後者もいけるだろうがな」

 

 ……勝手な事をコカビエルは部長に言う。

 にしてもふざけたことを抜かしやがるな、あの野郎は。

 

「俺は体でも、条件を出されているから部長の下僕になったわけじゃねえよ。ただ、仲間だから、大切な仲間だから一緒にいる。勝手な事を言うな!」

「……勿体ないな。たかだか魔王の妹にその身をささげるなど、愚の骨頂だが……まあいい。どちらにしても、俺の計画には問題は発生しないからな」

 

 ……ふざけやがって。

 イリナを傷つけて、何も知らないくせに部長のことを勝手な事を言いやがって……絶対に潰す。

 

「コカビエル、貴方の目的は何なのかしら? 悪魔と天使に喧嘩を売って、貴方は一体何をしたいのかしら?」

「―――つまらんのだよ。こんな平和は」

 

 コカビエルは、そう切り捨てた。

 その表情は奴の言う通り、つまらないの一言。

 この世の何もかもにうんざりしていると体現しているようだった。

 

「戦争が終わり、俺のとこの幹部は戦争に消極的になりやがった。しかもアザゼルに至っては神器の研究に没頭して戦争をしないと断言する始末―――どいもこいつもふざけてやがる!!」

 

 ……堕天使の総督、アザゼル。

 堕天使サイドのリーダーで、こいつの上司って言う具合か。

 つまりこいつは―――自分のリーダーである存在を差し置いて、このような暴挙に打って出ているってわけだ。

 

「お前は……戦争を望むのか?」

「分かっているじゃねえか、赤龍帝! そうだ! 俺は戦争がしたい! 殺して殺して、殺しが正当化されるものを望む! エクスカリバーを奪えば天使側は戦争は攻めてくる思ったんだが、送ってきたのは雑魚神父と、そこの聖剣使いのみ・・・ならば次はお前達、悪魔に喧嘩を売ろうと思ったわけだ」

 

 ……そんな理由でお前はイリナを傷つけ、俺達を襲うつもりってことかよ。

 

『まさしく戦闘狂。狂っているな』

 

 ドライグの呆れ声が耳に通るも、コカビエルの汚い声はまだ響いていた。

 

「……魔王の妹を殺せば、魔王は出てくるだろうな。だから俺はお前らを殺す。しかもそのついでに、そこの赤龍帝と戦える……面白い!」

「狂ってやがるな、お前」

「いやいやイッセーくん! この狂い具合が最高のスパイスでしょ!?」

 

 フリードが俺の前に立ちふさがる。

 手には聖剣エクスカリバー……しかも二本だ。

 イリナの擬態と天閃の聖剣。

 

「正直、戦争とかそんなものどうでも良いんで~、ちょっと俺っちとやろうぜぇぇぇ!! なあ、イッセー君よぉぉぉぉ!!!」

 

 フリードは天閃の速度で俺に近づいてくる……遅い。

 目で追える、全ての行動が嫌なほどにスローモーションに見える。

 

「……フリード、何をしている。お前は先に例の場所に向かえ」

「…………はぁ、仕方ないっすわねぇ」

 

 フリードはコカビエルの声で動きを止めて、そのまま俺に背を向ける。

 

「イッセー君、じゃあまたあとでねぇ? はい、ちゃらば!!」

 

 フリードはそう言うと、また閃光弾で姿を消しやがった。

 そしてその場に一人残されたコカビエルは未だ宙に浮かび続け、そして俺たちを見下すように見下ろしている。

 

「さあ、リアス・グレモリーにソーナ・シトリー。そしてその眷属。俺はこの町の、駒王学園を中心に破壊活動を行う。止めたければ、こいつを殺してでも来るのだな!!!」

 

 ッ!!

 コカビエルは突然、二つの魔法陣みたいなものを展開させて、俺達に無数の光を槍を撃ち放ってくる。

 だけど問題はそれではなく……もう一つの魔法陣。

 部長や他の皆は魔法陣を展開させたり、避けたりしてそれを回避していて、俺は魔力でそれを打ち消して魔法陣を見ている。

 

「赤龍帝、俺と戦う資格があるかはそれを殺して証明しろ! なに、最強クラスの魔獣だが、ドラゴンなら殺せるだろう!!」

 

 …………そういうことかよ。

 俺はコカビエルのあの魔法陣を正体が分かった―――あれは召喚陣。

 

「部長、この一帯に簡易的な結界を張ってください」

 

 俺は部長の隣でそう言った。

 そして次の瞬間だった。

 

 ガァァァァァァァァァァァァアアアアア!!!! ……悲鳴に似た魔物の叫び声辺りに鳴り響いた。

 

「こ、これは……ケルベロス!? でも何で―――首が九つもあるの……ッ!?」

 

 部長は驚いている。

 そりゃそうだ……俺達の目の前には身の丈が異様にでかい、9つの首を持つ魔物がいたんだからな。

 ケルベロスを合成したのか、それとも変異種かは知らないが……俺が知る中では最強クラスの魔物だな。

 

「……今すぐにここから離れて学校に向かってください」

「イッセー? もしかしてあなたはこれを……」

「ええ。こいつは俺が戦います」

 

 皆、驚いた表情をしている。

 だけど仕方ない……あれは正直、上級悪魔でも厄介な魔物だ。

 9つの首なんか聞いたことがねえ……そんな未知な化け物を皆に戦わせるたけにはいかない!

 あいつはまだ完全に召喚されていないからまだ動いていないけど、でももう時間の問題だ。

 

「ダメよ! いくらイッセーでも、こんなのを相手にしたら!」

「……俺が一番可能性は高いです。それに俺は大切な仲間を放って死にはしませんよ。だから―――――行け!」

 

 俺は最後の語尾を鋭くした。

 もう限界だ……魔物は動き出す。

 

「……わかったわ、イッセー…………お願いだから、帰ってきて!」

「…………」

 

 俺は何も言わずに皆を背中越しに見送る。

 応える必要なんかない。

 

『ああ、相棒……さぁ、やろうか』

『共に再び、戦いましょう』

 

 俺の相棒もやる気になったところで、俺は手をフェルの神器が装着されている胸に重ねた。

 

「『―――創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す』」

 

 俺は呪文を呟くと、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)は光輝く。

 

「『故に我、求める……神をも超える、滅する力―――神滅具(ロンギヌス)を!!』

『Creation Longinus!!!』

 

 神器から光の球が俺の右腕に漂い、次の瞬間に俺の右腕に見た目が左と同じで色が異なる神器。

 白銀龍帝の篭手(ブーステッド・シルヴァーギア)が現れた。

 光が止まり、篭手が完全に顕現した状態で俺は右拳を強く握る。

 ―――よし、戦える。

 

「紅蓮と白銀の篭手で戦うのか」

「……ティア?」

 

 すると上空からフィーとヒカリを抱えたティアが下りてきて、俺の隣に立つ。

 その表情から察するに、恐らく今の事態を大体理解出来ているんだろう。

 俺は詳しくは語らず、ティアに話しかけた。

 

「……禁手は強いけど、今はまだ連続では使えないんだ。篭手に新しいシステムが生まれたからってドライグが言ってたよ」

「……使えないゴミめ」

 

 ……ティアの毒舌がドライグの心に刺さる!

 

『ドライグ、感謝はしていますよ? 最近、主様はドライグの力ばっかり使って、わたくしの力はご無沙汰でしたから……さぁ! 使えないドライグは放っておいてやりましょう!!』

『うぉぉぉぉおおお!!!! 止めろぉォォォォォォォォ!!!!』

 

 ど、ドライグが叫ぶほどに傷ついてる!?

 止めてあげて、それ以上はドライグが!!

 

「ああ、もう今度絶対に慰めるからごめん! いくぜ、ツインブースター・システム!!」

『Start Up Twin Booster!!!!!!!』

 

 俺の掛け声でツイン・ブースターシステムが発動する。

 

「……亜種型のケルベロスが動けるようになったようだ。ふふ、コカビエルは譲るが、だがこいつは私も戦わせてもらうぞ!!」

 

 ……するとティアは人間の姿のまま体から翼、尻尾、そして指はすげえ長い爪が生えた。

 ―――まさに人型美女ドラゴンってとこか。

 

『Boost!!!!』

『Boost!!!!』

「……前よりも倍増の質が上がってる?」

『ああ、相棒は日々、成長しているんだ。倍増して上がる能力は以前とは格別に上がっている』

 

 おぉ、復活してくれたかドライグ!

 

『ふふ……息子の励ましを聞いて起き上らないパパはいないさ……』

 

 か、カッコいいのに何かカッコ良くない!!

 

「まあとりあえずは良い! いくぜ、ドライグ、フェル、ティア!!」

 

 俺はそのまま、9つ首の化け物へと向かって行った。

 

 ―・・・

『Side:リアス・グレモリ―』

 

 私達、グレモリー眷属とシトリー眷属は学園の校舎の中にいる。

 早すぎるけど、コカビエルやバルパー・ガリレイ、フリード・セルゼンは運動場にいて、しかも何かをしていた。

 魔法陣らしきものを張っていて、何をしているかは分からないけど……

 

「……悪いわね、ソーナ。結界を任せて」

「いいです。それに私は貴方にそれ以上のものを任せてしまったのですから……」

 

 ……ソーナの眷属は現在、学園の周りに被害が出ないように結界を張ってくれている。

 そして私の仕事は……コカビエル達を止めること。

 

「……リアス、もうこれは私たちだけで済む問題ではないわ。サーゼクス様を呼びなさい」

「…………奴の目的はお兄様を表に出して戦争を起こすことよ? そんなこと、出来るわけ……」

「現実を見なさい。今、この場には兵藤一誠くんの姿はない。聖剣使いのイリナさんだって、怪我をして今は兵藤君の家で休ませている。木場君やもう一人の聖剣使いもいない……魔王様を呼ぶ以外、方法はないわ」

 

 ……分かっているわ。

 この場にはイッセーはいない。彼は私たちではどうにもならない魔物と今、この時だって戦っている。

 私はポケットにしまってあった3つの瓶を出した。

 

「……それは何、リアス」

「…………イッセーがもしもの時のために少し前に私に渡したものよ」

 

 これはイッセーが創った神器の空き瓶。

 確かイッセーの創る回復の瓶型の神器の、使い終わった後の瓶にイッセーの倍増の力を閉じ込めたらしくて、これを破壊すると一時的にイッセーの譲渡の力を手に入れることが出来るらしいわ。

 この神器は2日くらいしか持たない神器で、そして三本しかない。

 ……全く、イッセーは予言者かしら。

 こんなものを私に渡して、本当に心強いわ。

 

「私には、私達にはイッセーがついているもの。負けないわ……彼がいる限り」

「…………あなたにとっては兵藤一誠君は相当の存在なのですね。私から見れば、彼はもうグレモリー眷属には無くてはならない存在です」

 

 ……ええ、その通りよ。

 イッセーがいないのなんて考えれないし、そんなの考えたくもない。

 

「……どうか、ご無事でいてください。私は一応、もしもの時のためにお姉さまをお呼びします」

「……わかったわ。私もお兄様に連絡をいれるわ」

「あらあら―――それならもう連絡しておきましたわ。冥界からの軍勢は1時間ほどで到着するとのことです」

 

 ……すると私の後ろから朱乃が笑顔でそう言ってきた。

 

「……流石は朱乃ね。敵わないわ」

「私も死ぬわけにはいかないので……少なくともイッセー君と添い遂げるまでは」

 

 ……朱乃は顔を乙女のように赤く染めて、そんなことを言ってくる。

 

「ふふ……私は結界を張る作業に戻ります。どうか、ご武運を」

 

 ソーナはそう言って、その場から去っていく。

 私は改めて朱乃を見た。

 

「ずっと思っていたのけど、どうして朱乃はそこまでイッセーに拘るのかしら? そもそも、男に興味はないって……」

「イッセー君は別ですわ。そもそも、彼以外の男に触れられることも嫌なもので……」

「…………」

 

 ……目は少し本気だわ。

 

「部長には悪いですけど、私のイッセー君に対する想いは想像を絶しますわ。誰も理解は出来ないと思いますけど、私はイッセー君のためなら何でもします」

「……会ってまだ時間は経ってないのよ? それにアーシアと私とは違うはずなのに……」

「助けられたのは自分だけと思っているのなら、そうですわ……」

 

 ……朱乃が懐かしそうな顔をしていた。

 でも分かった……朱乃の気持ちは本物。

 こんな朱乃、見たことないもの…………私にここまで宣戦布告めいた口調の朱乃は今まで初めて。

 

「……でも私は負ける気はないわよ?」

「あらあら……残念ですが、イッセー君の正妻は私の物ですわ」

 

 ……私と朱乃の間に電撃が走るような緊張感が流れる。

 そしてそれを打開したのは―――

 

「い、イッセーさんのことで喧嘩はダメです!」

「…………イッセー先輩は、喧嘩が嫌い」

 

 ……アーシアと小猫が朱乃と私の硬直を解いてくれる。

 そうね、イッセーがそんなことを望むわけはないわね。

 そう思って私は肩の力を抜いて、そして私は三人の前に立った。

 

「……普段なら、この場にはイッセーがいるわ。だから皆、安心して戦える……だってイッセーは絶対に守ってくれるもの。でも今回はイッセーはいないわ。だからこそ、私たちは自分の力で戦わなければいけないわ」

 

 私はそう思って、3つの瓶の内の2つを小猫と朱乃に渡した。

 

「…………これは?」

「なんですの?」

 

 小猫と朱乃は不思議そうに、白銀の瓶を見ている。

 

「それはイッセーが私に託した神器よ。その瓶にはイッセーの譲渡の力の有する倍増のエネルギーが入っているわ。これの蓋をあけるか、破壊するかで発動するらしいわ。持続は恐らく少しだけ……言ってしまえば、オプションのアイテムよ」

 

 ……でもこれがあれば、少なくとも瞬間の攻撃力はコカビエルにも通るはず。

 小猫から聞いた話だと、イッセーの譲渡の力は相当の力が上がるのと……心地よさが半端ではないらしい。

 なんでも、イッセーを肌で感じるとかなんとか……

 

「アーシア、ごめんさなさい……これは3つ、戦闘をする者を最優先にしたら、貴方には……」

「……いいです。私はイッセーさんに言われたとおり、後方から皆さんのサポート―――私にしか出来ないことをしますから!」

 

 ……アーシアはイッセーの弟子みたいなものね。

 神器の扱いを学び、早朝は毎朝一緒に走っている。

 

「……さぁ、行きましょう。イッセーは必ず来てくれるわ。それまで、私たちの出来ることをしましょう!」

 

 ……三人とも私の言葉に頷く。

 ―――祐斗の連絡は未だつかず、ゼノヴィアさんも消息は不明。

 不安要素はあるけど、でも最善は尽くさなければならないわ。

 下手をすれば全てを壊される……そんなこと、絶対にさせない。

 私たちは未だかつてないほどの敵へと向かっていった。

 

 ―・・・

 

「……部長、あれは魔法陣ですわ」

 

 朱乃は私にそう言うと、私はその魔法陣に目を向けた。

 ―――そこには4本のエクスカリバーが魔法陣によって浮いている状況があり、その前にはフリード・セルゼン、バルパー・ガリレイと思われる姿があった。

 

「ほう……まさか傷一つなくここにたどり着くとは」

 

 ……私たちの上空から、コカビエルが見下げた目線で私たちを見ながらそう言ってくる。

 奴は宙に浮く祭壇のような椅子に座っていた。

 

「……何をするつもり、コカビエル!」

「なに……多少、バルパーの計画を手伝っているだけだ。ただ―――そのせいでこの町全土が消し飛ぶがな」

 

 ―――ッ!?

 町が……消し飛ぶ!?

 

「だが赤龍帝はどうした? 俺の楽しみはあいつにあって、そもそもあの男を怒らせるために、お前たちを殺すための魔獣を放ったんだが……まあいい」

 

 コカビエルが座っている祭壇が消え、奴は10もの翼を展開して宙に浮く。

 

「大方、ケルベロス亜種はあの男が戦っているのだろう? あれは俺のペットの中でも上級の堕天使を普通に殺してしまうほどのものだ……余興にはちょうどいい、貴様らは俺のペットの残りと戦っているがいい!!」

 

 ―――――ッ!!

 コカビエルはいくつかの魔法陣を校庭にまばらに展開させると、そこから幾匹の魔獣……

 三つ首のケルベロスが現れた!

 

「朱乃、小猫、戦闘準備よ!! アーシアは魔力壁でケルベロスから逃げて、要所で支援!」

「は、はい!!」

 

 アーシアは急いで魔力壁を展開させる……心もとないけど、仕方ないわ!

 あれほどの魔物だもの……死なない限りはラッキーと言っても良いわ。

 

「いくわ!」

 

 私と朱乃は悪魔の翼を展開させて、空中から魔力による攻撃、小猫は徒手格闘での応戦……だけど流石は地獄の番犬ね。

 攻撃が嫌なほどに通らないわ。

 

「……消し飛びなさい!!」

 

 私は魔法陣から滅びの魔力を撃ち放つ……攻撃は当たるけど、でも完全に殺せていない!

 

「きゃあ!!」

 

 ―――ッ!!

 アーシアの叫び声!? まさか……そう思ってアーシアの方に視線を送ると、そこにはケルベロスに襲われて魔力壁が壊れかけているアーシアの姿があった。

 

「アーシア! ……くッ! どきなさい!!」

 

 私は立ちふさがるケルベロスに魔力弾を加え続けるけど、アーシアの元にはたどり着けない……ダメ!

 このままじゃあアーシアが!

 

「こうなったらイッセーの力で!」

 

 私は魔力でイッセーから受け取った瓶を割り、そしてその力を吸収する。

 ――――途端に、私の体に電撃が走ったような錯覚が襲われた。

 

「あぁぁ……なに、これぇ……」

 

 心地いいとか、そんなレベルじゃないわ!

 イッセーと一体になってるくらいの心地よさ……もう一種のドラッグみたいなものね。

 でも力が……溢れる!

 

「はぁぁ!!」

 

 私は魔法陣から全力の魔力弾を放つ。

 するとわたしの目の前のケルベロスを屠る……これでアーシアを救う!

 ケルベロスはアーシアの魔力壁を破壊させ、そしてそのままその鋭利な爪でアーシアを裂こうとしていた。

 私は魔力弾をそのまま、そのケルベロスに放とうとした刹那―――

 

「―――遅れてすみません、部長」

 

 ……地面から、無限のように生えてきた魔剣によってケルべロスは串刺しにされた。

 そして光のようにケルベロスは消えていき、私はアーシアの前に立つ存在に目が入った。

 

「…………祐斗、遅いわ」

 

 ……そこには私の『騎士』、祐斗の姿があった。



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第7話 仲間を守る剣になる

3章7話ですね。

今回のメインは木場!そして残念な事にこの話にイッセーはほとんどでません!

イッセーがあまり出ないのは初めてです!

では7話、どうぞ!


『Side:木場祐斗』

 

 僕、木場祐斗はようやく皆と共に闘うために学校に着き、今は校庭にいる。

 僕はアーシアさんに襲いかかろうとしていたケルベロスを幾重にも生んだ魔剣で貫いた。

 ……僕はゼノヴィアさん、紫藤イリナさんと一緒にバルパーとフリードを追跡していて、それで最終的に堕天使コカビエルと遭遇した。

 僕とゼノヴィアさんは戦線離脱したんだけど、でもイリナさんは逃げ遅れた……でもイッセーくんが駆け付ける姿を僕は薄ら見えたから大丈夫だと思う。

 

「祐斗……あなたは……」

「……遅れました、部長」

 

 僕は部長にそう言って苦笑いをした……まさかこんなことになっているとは思ってもいなかったよ。

 すると僕に遅れて、校舎の影から現れる一人の女性がケルベロスへと向かっいた……ゼノヴィアさんだ。

 

「加勢に来たぞ―――グレモリー眷属!」

 

 彼女はエクスカリバーでケルベロスを一刀両断する……するとケルベロスは絶叫をあげながら消失した!

 

「……流石はエクスカリバー。魔物にはすごい攻撃力ですわ―――ならば私も見せますわ!!」

 

 上空で魔力戦をしている朱乃さんが、見たことあるような瓶を破壊した……あれはイッセー君が創った回復の神器の抜け殻だ。

 でもそう思っていたのも束の間、朱乃さんの魔力が跳ね上がった!

 破壊した瞬間に何とも言えない艶めかしい喘ぎ声を漏らしたのは気にしないほうが良いだろう……

 

「来たれ雷……魔を滅ぼせ」

 

 ―――ッ!

 朱乃さんの魔法陣を介した圧倒的な雷がケルベロスを襲う!

 それだけじゃない、小猫ちゃんも掌で瓶を割った。

 

「…………イッセーせんぱいの、ちからぁ……いきましゅ!」

 

 ……何故か小猫ちゃんの呂律が回っていないけど、それにしてもすごい力だ!

 僕も魔剣を駆使してケルベロスを屠る! 皆もケルベロスを屠り、いつの間にか全滅していた。

 他の三人の眷属の力が圧倒的に上がってる……間違いない、これはイッセーくんのものだね。

 でも彼はこの場にいない……

 

「……ほう、高が貴様たちでも赤龍帝の力でそこまで強くなるか」

「この町は滅ぼさせはしないわ!」

 

 部長が宙に浮くコカビエルへと上級悪魔を越しているような魔力の塊を放つ!

 あれは確実に、最上級悪魔にも通用し得る力!

 

「……面白い! 実に面白いぞ!」

 

 コカビエルはそれを片手間で反射するように返した。

 部長はそれを避けると、魔力の塊はテニスコート辺りに直撃し、次の瞬間にテニスコートにあり得ない大穴が出来る!

 ……やはり堕天使の幹部はレベルが違う!

 あの時もそうだったけど、力の質が僕達とはあまりにも……そう思っていた時だった。

 

「ふははははは! 遂に……遂に完成だ!!」

 

 ―――この声は、バルパー・ガリレイ!!

 僕は怒りの想いで声のした方を見る……そこには魔法陣から眩い光をあげながら4本のエクスカリバーが輝いている様子があった。

 

「俺の目的は戦争で、そのついでに奴の計画を手伝ってやったが……あの魔法陣は少ししたら町全土を崩壊させるものだ」

 

 コカビエルから聞かされる真実に、他の皆は驚愕と怒りに包まれていた。

 ……だけど僕の内心は、もっと凄まじい。

 ただ自分の欲望のために他者の犠牲を目にも当てず、平気で残虐な行為をし続ける男。

 バルパー・ガリレイ。

 僕の同志を全て殺した男―――そして今度は、また僕から大切なものを奪おうとする悪ッ!!

 貴様はまた…………皆を殺そうとするのかッ!!!

 

「バルパー・ガリレイ!! 貴様は、貴様だけは許さない!!!」

 

 僕は魔剣を創りだして、バルパー・ガリレイの方へと向かう!

 聖剣計画で皆を殺して、次は町の……僕の仲間を殺すなんて許さない!

 イッセー君だったら、何があっても奴を止める!

 

「……邪魔はさせん」

 

 ――――――直後、僕を襲ったのは眩すぎる光の大槍だった。

 僕は直感的に体を動かして、槍の直撃を避けるけど……でもその風圧と衝撃波で吹き飛ばされた。

 地面を何度かバウンドするように叩きつけられ、口からは血が噴き出すッ。

 

「祐斗!? コカビエル! あなたはどこまで私の眷属を!!」

「あはははは!! 通りたかったら、俺を倒していけばいい!」

 

 ……部長の、怒りの声が聞こえる。

 僕は視界は、嫌なほどにかすれる。

 あの槍は直撃していたら間違いなく僕を殺すものだった……僕はバルパー・ガリレイを見た。

 

「ようやく私の夢がかなう!! 新しいエクスカリバーの誕生だ!」

 

 ―――そこには、一本の聖剣があった。

 まさか、4本のエクスカリバーを一つに集結させた?

 

「く、そ……バルパー、ガリレイ!!」

 

 僕は体がボロボロになりながらも立ち上がる。

 

「……そう言えば君は聖剣計画の被験者だったな。感謝しよう! 君たちの犠牲のお陰で私は手に入れた!」

「ふざけるな! 何が感謝だ……お前は僕たちを傷つけるだけ傷つけて、殺したんだッ!! 犠牲なんかじゃない―――お前は僕たちを生贄にしたんだよ!!」

 

 魔剣創造……皆のやりきれない想いが僕の体に顕現した神器。

 創る魔剣は何色にも染まらぬほどに黒く、それは僕の復讐の現れ。

 皆の無念がこの剣には詰っているんだ!

 

「君に真実を教えてやろう、生き永らえた褒美だ」

 

 ……バルパー・ガリレイは、僕の足元に一つの青い瓶を投げてきた。

 僕はその瓶を手に取り、怪訝にバルパーを睨む。

 そして―――

 

「貴様たちは聖剣の因子を持ち合わせていなかったのではない―――そう。ただ、少なかっただけだ」

「―――何を、言って」

 

 バルパーの言葉に僕は呆然となる。

 ……僕たちは聖剣の因子がなくて、エクスカリバーに適応できなかった故に殺された。

 だけどバルパーは語る―――少なかった、と。

 

「言葉通りだよ。聖剣を扱うための因子が君たちには不足していた・・・ならば不足している出来損ないはどうすればいい? ―――――答えは簡単。因子を抜けばいいんだよ」

 

 …………その言葉を聞いて、僕は頭が真っ白になる。

 因子を、抜く?

 バルパーは呆然と立ち尽くす僕を見て、愉快そうに更に続けた。

 

「因子を抜いて、それを集めれて結晶化出来れば、聖剣を第三者が扱うことが出来る! たとえ才能がなくてもな! そして私は研究の末、完成させた! だがどうしたものだ!! 教会は私を異端者と追放した挙句、私の研究成果を奪う!」

「だが! それなら殺す必要はなかったはずだ!」

 

 因子を抜いて、後は捨てれば命だけは救われたんだッ!!

 なのに、こいつは!!

 僕はやりきれない怒りで今すぐにバルパーに斬り掛かろうとした。

 ……奴はそれを見計らうように―――

 

「……ははは。何を言っている―――貴様たちは実験動物だ。使い終わったモルモットは、殺すにきまっているだろう?」

 

 ―――実験動物、モルモット。

 その言葉を聞かされた瞬間、僕の動きは止まった。

 ……何故、そんな言葉を、そんな簡単に言える……ッ!

 僕の脳裏に大切だった同士の笑顔が浮かぶ―――それすらも、こいつはモルモットというのか?

 だったら僕たちが生まれた意味は……なんだんだよ―――ッ!!

 

「今、君の足元に落ちているのは君たちから抜き去った因子の残りだよ……そんな残り屑、君にあげよう。そんなゴミは私にはもう必要ない」

「バルパー・ガリレイ!あなたはどこまで私の祐斗を傷つければ!」

 

 ……僕は手に取っている瓶を呆然と見つめた。

 僕の、仲間の結晶。

 青い綺麗な輝きを放っているも、その輝きは淡かった。

 ……怒っているはずなのに、僕は涙を流していた。

 結晶を握り締めて、体を震えさせて。

 

「僕は、ずっと思っていた……何で僕が生き残っていたんだろうって……」

 

 ――僕よりもずっとずっと生きたい、そう思った子はもっといた。

 夢を持つ子だっていた。

 皆が皆、夢があり想いがあり―――でも、僕には何もなかった。

 夢も何も……ただ聖剣に憧れて、辛い実験にも耐えて。

 ただ皆の笑顔が、夢を語るときの顔が大好きで。

 ……それを、守りたかった。

 そんな夢も、直ぐに消え去った。

 

「僕は生き残って、それで部長の眷属になって、学校に通えて、友達が出来て―――僕だけが幸せになっていいのかと考えた……」

 

 何度も考えた。

 あの時、僕はあの施設から逃げ出し、部長に会って……いろいろなものを貰った。

 暖かさ、力……沢山のものを。

 僕は涙を流し続ける。

 

「何で僕はここにいる―――ここにいていいわけがない……それなのに……!!」

 

 今だって復讐と仲間への想いで揺れるくらいの半端者なのに!

 僕は……守れなかったんだッ!

 何も出来なかった―――生きている価値なんて、ないんだ。

 僕は一人きり。

 こうして何も出来ないくらい、一人では何にも出来ない。

 

「僕にあるのは復讐だけだ……それ以外に、何もない―――だから僕は一人でも!!」

 

 自暴自棄だ。

 僕は何も考えず、何も持たず……バルパーのところに走ろうとした。

 ……死のうとでも考えていたのかもしれない。

 辛いのはもう嫌だ……真実を知って、何も出来ない自分が嫌で、そして……

 ―――目の前の大切に目を眩んでしまう、自分が嫌だッ!!

 ……僕は走る。

 きっとあのエクスカリバーで斬られて僕は死ぬ。

 ならせめて一人で足掻いて見せる!!!

 

 

 

 

 ―――貴方は一人じゃないよ。

 

 

 

 

 …………僕の耳に、人とは思えない声が響いた。

 一つじゃない……何人も、何人もの声がする。

 

『泣かないで。どうして一人なんて寂しいことを言うの?』

『死ぬなんて、悲しいよ……』

『君は生きていいんだよ。だって僕達の希望なんだから』

「どう、して……ッ。皆……ッ!!」

 

 ―――――僕の周りには、薄ら青い透明な人影……小さい人影、大きい人影があった。

 その影は僕を囲むように、声を掛ける。

 

「僕は何も出来なかった! 何も……皆を見捨てて、今は平和に暮らすなんてそんなこと許されるはずがないッ!!」

 

 僕は結晶を両手で握り締めて震え泣く。

 そうだ、皆の屍を越えていった僕が幸せになんてなってはいけないんだッ!

 

『見捨ててなんかないよ』

『だって君はずっと、僕達のことを想ってくれていた』

『たとえそれが復讐なんだとしても、君が私たちを忘れた日はなかった』

『それに―――今も涙を流してくれている』

 

 ……涙は止まらない。

 指摘されて更に涙は溢れ、服で拭っても拭っても、止まらなかった。

 ―――忘れるわけがない……みんな、大切だったから!!

 辛い日常で、笑顔で励まし合ったんだ……大好きだったん、皆のことがッ!!

 忘れるはずがないんだッ!!

 

『なら私達もあなたを大切に想う』

『あなたはひとりじゃない』

『一人の力は弱くても、みんなと一緒なら大丈夫だ』

『だから受け入れよう……』

 

 ……皆は僕の手に、自らの手を添える。

 笑顔を浮かべて、僕の手の中の青い瓶を指した。

 

『歌おう―――みんなで歌った歌を……』

 

 ……僕の周りの光から、聖歌のようなものが響く―――それは眷属の皆にも聞こえているようだった。

 部長は驚いていて、アーシアさんは涙を流している……みんな優しい表情。

 そうか、僕は…………

 

『聖剣を受け入れよう』

『神が僕達を見放しても、君には神なんていらない』

『君には私達がいる』

『たとえ神が僕達を見ていなくても僕達はきっと……』

 

 そうだね……僕たちずっと……どこまでも―――繋がっていける。

 僕が君たちの分まで笑顔になってみせる。

 だから、だから―――

 

「―――一つだ……ッ!」

 

 僕はそう言うと、僕の周りにいた霊魂のような魂は僕の周りに光と成って纏う。

 暖かい……暖かい。

 みんなの気持ちが僕に入ってくる…………僕は、一人じゃない。

 ……共に行こう、皆。

 僕は一人なんかじゃなかったんだ。

 僕は涙を拭い、天に顔を仰いで―――バルパーを睨んだ。

 

「…………バルパー・ガリレイ。僕の仲間は僕に復讐なんか、望んでいなかった。優しい僕の仲間が、そんなことを考えるわけがない。だけど貴方はこれからも人を傷つけ、殺すだろう」

 

 僕は光に包まれながら魔剣を創る。

 

「―――僕は第二、第三の僕達を創らないために、貴方を、滅ぼす」

「黙れ! おい、フリード! ちょうどいい、エクスカリバーを使って私を守れ! それくらいは出来るだろう!」

「ふはぁ~……え? なんか言った? バルパーのおっさん?」

 

 ……フリード・セルゼンはおかしな態度だった。

 聖剣が刺さっている傍で聖剣を見ながら、バルパーの顔を虫けらを見ているような顔で見ている。

 

「いやぁ……正直、あんた守るメリットってやつを感じられないわけでして~」

「貴様、何を!」

「だから……こういうことっすわ!」

 

 ……フリードは、バルパーの脚部に以前、見たことのある封魔銃で撃ち込んで貫いた。

 しかも一発ではなく、何発も連続で撃ち続け、バルパーを血だらけにする。

 バルパーはその場に倒れ込み、フリードを睨みながら怒声を上げた。

 

「がぁぁぁ!? き、貴様!!」

「いやぁ、俺が言えたことじゃないんスけどぉ……下種すぎるっすわ! あんた。こりゃあ悪魔の方があんたよりもマシなんじゃないのぉ? お~い、そこのイケメン君! このおやじなら好きにしても良いぜ?」

「……どういうつもりだい?」

 

 ……僕は不可解な態度のフリード・セルゼンにそう言うと、フリード・セルゼンは刺さっているエクスカリバーを引き抜いた。

 

「俺は最初からこいつ、どうでもよかったってわけだ! うひゃうひゃ! 俺っちが求めるのはそう!―――力、力、力!! あのイッセー君と戦うための力が欲しいんすよ!!」

「……何を言って」

「君も知ってんだろぉ? イッセー君のあの白銀の力!あんなもの見せられたらさぁ……悪魔殺すだけの人生とか面白くねえじゃん? そう思ったら俺の人生は馬鹿らしくなってさぁ……」

 

 フリード・セルゼンはバルパーの首根っこを掴んでそのまま適当な方に投げ捨てる。

 

「お前さんもみたっしょ? あのクソビッチの堕天使、レイナーレのねえちゃんを潰したあの力!! もうあれで一目ぼれ!! うっひゃ~、恥ずかしぃぃぃ!!」

 

 ……こいつの違和感はこれだったんだね。

 つまり彼の変革はイッセー君が原因だったってわけだ。

 

「……でもイケメン君、君もなかなか面白いぜ? あんな聖歌、聞いたことがない!―――闘おうぜぇ! イケメン君!! このエクスカリバーちゃんでよぉ!!!」

 

 ―――フリード・セルゼン。

 君が以前とは違うのは理解したよ……でも

 

「良いだろう―――僕はリアス・グレモリ―様の『騎士』……木場祐斗」

「俺様は単なるはぐれのエクソシストぉぉぉ!! フリード・セルゼン!」

 

 僕は君を……エクスカリバーを壊す。

 そして証明してやる。

 

「僕は剣になる。皆を守るための……眷属の剣となる!!」

 

 僕は剣を空に掲げる。

 今、この場にイッセー君がいるとするならば、多分僕に渇をいれて奮い立たせてくれるだろう。

 

「祐斗、やりなさい。私のナイトは、エクスカリバーになんか負けないわ」

 

 ……はい、部長!

 他の皆も僕の応援をしてくれる……戦える!

 

「皆、越えよう―――あの時、出来なかった、叶えることの出来なかった聖剣に対する想いを……」

 

 僕の声に呼応するかのように、僕の魔剣に黒いオーラと白いオーラが交互にまとわりつく。

 僕の魔剣が……形状を変えた。

 

「さぁ、行こう……ソード・バース!」

「おぉ!? なんすか、それは!! ここで俺を喜ばせてくれる強化ですか!?」

 

 青いオーラが剣を包み込み、黒と白の旋律が剣を包む。

 激しいオーラをちらつかせ、そしていつしか形を成す。

 ……僕の魔剣は、白と黒の一本の剣となった。

 分かる……これが何か、何をするためのものなのか!

 

「―――双覇の聖魔剣(ソードオブ・ビトレイヤー)……聖と魔を司るこの剣、受けてみるといい!!」

「最高!! イッセー君との戦い前の前哨戦では勿体ないくらいだぜぇぇぇ!!!」

 

 フリードは僕と同様の速度で動く!

 天閃の力だろう……なら僕も速度だ!

 僕はフリード・セルゼンの速度と同等に移動し、そして剣を交え合わせる!

 

「おぉ! 速度は互角! なら剣の性能ってことですわぁ!!」

 

 フリードはエクスカリバーを僕に振りかざす……だけど僕は既にそこにはいない!

 僕の速度は今のが限界じゃない!

 

「前の僕ではない! 今の僕は仲間に支えられ、みんながついている! だからもう迷わない!」

「うっしゃぁ! じゃあ俺も迷わずにお前さんを潰してあげるぜ!」

 

 フリード・セルゼンは剣を振り回し、すると剣が徐々に変化を始める!

 次は擬態の力か!

 聖剣の形状が変化して、鞭のような聖剣が僕を襲う……けど全てを避ける!

 それくらいの攻撃、イッセー君との鍛錬でいつもそれ以上を受けていた!

 

「目視できないならどうかなぁ!?」

「ッ! 厄介だね、エクスカリバーは!」

 

 ……鞭の形状から、次はそれが消える!

 おそらく、他のエクスカリバーの能力だろうね。

 全く以てエクスカリバーは厄介にも程があるよ。

 ……でも見極める。

 僕はイッセー君に言われた―――慢心は捨て、臨機応変に戦えと。

 例え変幻自在のエクスカリバーだとしても、絶対に穴が存在している。

 フリードは見えない軌道による斬撃を僕に飛ばしてくるが、僕は聖なるオーラの気配を感じ取るように目を瞑る。

 ……僕の中には皆の聖剣の因子がある。

 それが教えてくれる―――僕は目を開けた。

 

「聖なるオーラを感知したら、即席のそんなものは僕には通用しない!」

 

 僕は全ての攻撃をいなし、そして聖魔剣で切り落とした。

 それと共にフリードの懐に入り込み、聖魔剣を両手で握ってフリードに切り掛かる……しかしフリードはその剣をエクスカリバーで受け止めた。

 そしてフリードと鍔迫り合いとなった。

 

「……前と全然違うねぇ。聖魔剣、ここまでこのエクスカリバーと打ち合って、折れないとかふざけたスペックだぜ!!」

「僕たちの聖魔剣だ―――何があろうと折れないよ!」

 

 僕は両手で握る聖魔剣から左手を離し、即座にもう一振りの聖魔剣を創る。

 それをフリードに対して振るおうとするも、フリードは察知したかのように懐から以前使っていた光の剣を取り出し、僕の剣を薙ぎ払った。

 ……単純な筋力は僕よりも強いようだね。

 ―――僕はそこで自分の後方に目をやった。

 

「……悪いけど、君の相手は僕だけではないようだ」

 

 そこにはゼノヴィアさんがいた。

 僕たちの鍔迫り合いの最中、何かを呟いているゼノヴィア。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

 

 ―――ゼノヴィアさんはそう呪文のようなものを唱えると、彼女の手元の空間にひびが入った。

 そしてそこから……鎖で包まれている大剣が出現した。

 ―――あれは聖剣。しかもエクスカリバーよりも大きなオーラを有している!

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する―――デュランダル!!」

 

 ゼノヴィアは宙に出現する剣の柄を掴み、そのまま振り抜く。

 その剣を拘束していた鎖は、まるで糸が切れるように粉々になり、ゼノヴィアはその聖剣―――伝説の聖剣・デュランダルの剣先を僕たちの方に向けていた。

 

「デュランダル!? 貴様、エクスカリバーの使い手ではなかったのか!? それに私の研究ではデュランダルを扱うまでの所までは到達していない!」

 

 彼女の発言にバルパーはひどく驚いている……僕も驚いているよ。

 デュランダル……エクスカリバーに並ぶほどの聖剣の一つだ。

 

「私はイリナやそこの男とは違って天然ものの聖剣使いでね」

 

 なるほど、彼女は僕達と違って神から祝福されて生まれたということか。

 だけど関係ない……神など、僕にとっては何の意味もなさない!

 

「……デュランダル、ねぇ―――でもそれ、使い手によって変わるんじゃないんでしょうかぁぁ!!」

 

 フリードは僕の鍔迫り合いを避けてゼノヴィアに鞭型の聖剣を伸ばす!

 そしてそれは透過する。

 

「なるほど、透過の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシ―)か。擬態と合わせるのは上手い……君は私よりも聖剣の扱いが上手いようだな―――だが」

 

 ゼノヴィアはデュランダルと破壊のエクスカリバーを両手で二刀流にする……伝説の二つの聖剣の二刀流。

 

「私の方が性質的に適合している!」

 

 ……すごい。全ての聖剣を文字通り破壊している!

 特にデュランダルは僕の聖魔剣よりも凄まじいオーラを発している!

 

「ったくよぉ!!」

 

 フリードはゼノヴィアへと距離を詰める……でも!

 

「君の相手は僕だ!」

「ちぃ! 流石に二人相手はきついものですけどぉぉぉ!!」

 

 僕はフリードの道を遮るように聖魔剣を片手に身を乗り出す。

 対するフリードはエクスカリバーを巧みに操り、剣戟に剣戟を重ねていく!

 余波だけで僕の体には少し傷が出来てしまい、直撃をすれば致命傷は避けられないだろう。

 ……フリードはエクスカリバーの性質を使う。

 天閃と擬態と透過の合わせ技。

 速い速度で僕へと透過している鞭型の聖剣が襲いかかる……これはイッセー君に言われたことを実行するしかない!

 

『常に臨機応変に思考して戦えよ? だったらお前は普通に強いからさ』

 

 ああ、そうするよ!

 僕は聖魔剣を無数に創り、そしてそれを盾のように形で地面から生やした!

 僕の姿を彼の方向から完全に剣の影で見えなくする!

 僕は見えない状態を利用して高速で移動し、そしてもう一本の聖魔剣を創った!

 ゼノヴィアを見習って二刀流で行こう……もう終わりにするよ!

 

「二刀流! んじゃ俺もそうさせて貰いますんでぇぇぇ!!」

 

 エクスカリバーを二つに分裂……というよりかはむしろもう一本創ったのか?

 ―――いや、あれは幻術!

 

「……まさか夢幻の力までも使いこなすとはッ!!」

 

 ゼノヴィアさんがフリードに向かい、剣を構えたまま感嘆の声を漏らす。

 夢幻…………幻術の類か!

 本当に君には驚かされるよ……ここまでエクスカリバーを使いこなすなんてね!

 でもだからこそ戦いがいがある。

 ―――僕たちがエクスカリバーを越える、その価値がある!

 

「聖魔剣! すんばらしぃぃぃ!!」

「……僕達は、エクスカリバーには負けない!!」

 

 僕は全魔力を聖魔剣に込める……これで終わりだ!!

 

「おぉ!? まさかこれは……」

 

 そうだ―――僕が二本目に創りだした聖魔剣は光喰剣!

 光を食う……つまり君の聖剣という光の剣によってもたらされたそれは僕の剣の餌食だ!

 彼の幻覚の剣は消える…………これで終わりだ!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!! 僕達の、勝ちだ!!!」

 

 僕はそのまま聖魔剣をエクスカリバーにぶつける!

 激しい金属音、それと共に―――勝負はついた。

 

「……皆、僕達の剣は……―――エクスカリバーを越えたよ」

 

 ―――エクスカリバーは、真っ二つに折れた。

 

「おいおいまじで!? …ああ、せっかくイッセー君と戦える力が手に入ったと思ったのになぁ……」

 

 ……でもフリードは嫌に冷静だ。

 本当に彼は偽物じゃないかという錯覚に陥る。

 

「……でもまあ楽しかったらいいぜぃ!! ええっと、何だっけ? 木場祐斗くん? 君、俺の中の倒したいランキング上位にのりましたぁ! おめでとう!! ―――いつか、絶対に潰すからね?」

「ああ、その時はまた勝たせてもらう」

 

 僕は涼しい顔したフリード・セルゼンに聖魔剣の一閃を浴びせると、フリードはそのまま倒れた。

 ……少しはマシな人間になったようだね、君は。

 

「ば、馬鹿な!?そんなことがあり得るわけがない!聖と魔、二つの相反する力が混ざり合おうなどと!!」

「―――黙れ」

 

 僕はバルパーの両肩に目掛けて聖魔剣を投剣した。

 剣はバルパーの両肩を貫き、そこから更に生々しい血が流れゆく。

 バルパーの戯言なんて、疑問何て僕にとって何の意味をなさない。

 僕は更にもう一本聖魔剣を創り出し、バルパーに一歩近づいた。

 

「そんなこと、どうだっていい。ただ僕は貴様を斬る。それだけだ!」

「そうか、わかったぞ!聖と魔、二つが混ざり合うということは、つまり神が創ったシステムは消失しているということ!つまり魔王だけでなく神も―――」

 

 ……だけど、バルパー・ガリレイが全ての台詞を言い終わることはなかった。

 何故なら、彼の腹部に巨大な光の槍が刺さっているからだ。

 そしてバルパー・ガリレイは…………光の藻屑と成って消えていった。

 

「バルパー、貴様は非常に優秀だった。貴様がその真理にたどり着いたのは、優秀だからであろう……だがお前がいなくとも、俺は別に一人で何とかできた」

 

 ……コカビエルの、攻撃だ。

 奴は僕達の目線の先の空中で浮遊しながら、未だなお僕達を見下ろしている。

 こいつは、自分の仲間すらも殺すのか!!

 

「聖魔剣にデュランダル、魔王の妹……だが足りないな。お前たちでは決して俺には届かない。所詮は雑魚だ。殺すに限る」

 

 ―――コカビエルは震えだすほどの光の槍を創っていた!

 まずい、あれが放たれたら、結界は関係なくここら一体が消滅してしまう!

 僕は聖魔剣を、他の皆は魔力で魔力壁を作って防御しようとする。

 

「――――――誰が誰を殺すって?コカビエル」

 

 ―――戦場に響く、新しい声。

 酷く低く、明らかな怒気を含んでいる声。

 ……僕は、その声を聞いて体が震えた。

 

「貴様……」

 

 僕だけじゃない……アーシアさんはその姿を見て涙を流し、部長や朱乃さん、小猫ちゃんは頬を真っ赤に染めてその姿を見ていた―――全く、君は本当に最高のタイミングで登場するね!

 でも、だからこそ憧れる!

 

「俺の仲間に手を出してんじゃねえよ、コカビエル!」

 

 ……そこには紅蓮と白銀の篭手を装着したイッセーくんの姿があり、その手には大きな9つの首を持つ魔物を掴んでいた。

 ―――ここからは彼の独断場。

 僕はそう確信していた。

 

『Side out:木場祐斗』

 

 ―・・・

 

 俺は部長達より後方の宙からコカビエルに向かってそう言い放つ。

 

「い、イッセー…………あなたは、本当にッ!」

 

 部長や皆が俺の姿を見て驚いているが、俺は真っ先に祐斗の方に向かった。

 俺がここに着いたのは少し前で、俺は祐斗とフリードの戦いを見ていた。

 だからこそ、あいつに言いたいことがある。

 俺は先ほど、ティアと共に倒したケルベロスをその場に放置すると、そのまま祐斗の元に行った。

 

「良くやった、祐斗! ったく……カッコいいな、お前!」

「イッセーくん……僕は……」

「話は後だ……これ、皆に渡しておいてくれ」

 

 俺はどこにでもあるビニールの袋を祐斗に渡す。

 そうそう……こいつのために俺は来るのが遅れたんだよ。

 祐斗はその中身をみて驚いている……そこには俺が大量に創った癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)があるんだから当然か。

 

「こ、これは……」

「皆怪我してると思ったから、アーシアの回復じゃあ間に合わないと思ってさ……少し無理して創ってきたんだよ」

 

 お蔭で若干精神的にダメージが少なからずあるが……まあ大丈夫だ。

 

「……君はすごいね。イッセー君、僕は」

 

 ……祐斗は若干申し訳なさそうな顔をしているが、俺は祐斗の手元の白黒の聖魔剣を見た。

 

「……聖魔剣か。お前もついに至ったわけだ―――良くやった、お前は強い。認めてやる…………だから後は俺に任せろ」

 

 俺は空中に浮かぶコカビエルを睨みつける。

 

「責任を以て……」

 

 拳を握り、その拳をコカビエルに向け、そして言い放った。

 

「―――あの野郎をぶっ倒してやるからよ」

 

 俺はそう言うと、祐斗の肩をぱんと叩いて皆より、一歩前に立つ。

 

「イッセー!」

「……部長、俺が帰ってきたら、それで全部解決ですから」

 

 俺は振り返って、笑顔を見せると部長は綻んだ表情となった。

 

「…………イッセー先輩、勝ってください!」

「イッセーさん! 怪我をしたら私が癒します!!」

「帰ってこないとお仕置きですわ!」

「……イッセー、戻ってきたらお礼をさせてちょうだい」

「……イッセー君、僕は君を、君を信じてるよ!」

 

 ……皆の激励が俺の背中にぶつかる。

 心地いい……皆に背中を押されて、俺は翼を織りなしてコカビエルと同じ目線に立った。

 

「……貴様、あまりにも無傷すぎる。あれは上級悪魔でも倒せぬ魔物だぞ?」

 

 ……まああの時はティアもいたし、それにあの犬は何かある程度潰しまくったらなんかおとなしくなって従属してきたし。

 ティア曰く、あのケルベロスに懐かれたらしいけど、あんなのに好かれても嬉しくねえよ!

 ―――とにかく俺は

 

「じゃあ理由は簡単だ……俺が上級悪魔よりも強い、それだけだろ?」

「ははは! その通りだ! お前は素晴らしい……素晴らしいぞ!」

 

 コカビエルの堕天使としての力が発揮され、巨大な光の槍が様子見として放たれる。

 俺はそれを―――一動作、拳で振り払うように消し去った。

 俺が悪魔に転生して以来、たぶん一番の強敵だ。

 でも負ける気は全くしない。

 この馬鹿は、ただの戦争狂で、俺達を殺そうとしている……それだけで十分だ。

 

「ははは! 俺の槍を拳をぶつけるだけで消し飛ばすとは驚きだぞ!」

 

 コカビエルは嬉しそうにそう言う……そうだ、こいつに教えてやる。

 

「俺が何で部長の下僕かを教えてやるよ。仲間以上の理由を見つけたよ」

「……ほう、冥土土産に聞いてやる」

 

 コカビエルは腕を組み、興味深そうにそう言ってくる。

 そして―――

 

「―――守りたいから。云々を全部おいて、単純に守りたいからだ」

『堕天使コカビエル。この者は守るための赤龍帝だ。貴様のような屑では釣り合わない』

『故に我々の力を持って、貴方を潰しましょう……優しいドラゴン、最高の赤龍帝、兵藤一誠と共に!』

 

 ……流石のコカビエルもドライグとフェルの声に驚いているようだ。

 

「……ほう、優しいドラゴンに最高か―――ならば見せてみろ! 貴様を力を!!」

「言われなくても見せてやる……いくぞ――――バランスブレイク」

 

 ……俺は小さくそう呟くと、俺の体から赤い紅蓮のオーラが辺りを覆う。

 さぁ、これでお前を倒してやるよ……コカビエル!

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺の体に次々に赤龍帝の鎧が装着され、そして俺は変形する……神器の奥の手、禁手(バランス・ブレイカー)に。

 

赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)……さあ、潰すぞ、コカビエル!」

 

 俺は開戦の狼煙のごとく、最初から命を奪う勢いで魔力弾を放った!



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第8話 決戦!イッセーVSコカビエル

 俺の魔力の弾丸が、決戦の狼煙のようにコカビエルに放つ。

 コカビエルは俺の魔力弾の力を察したのか、そのままギリギリのところで避けやがった。

 あらぬ方向に放たれる魔力弾に対し、俺は言霊を一つ言い放つ。

 

「霧散しろ」

 

 俺は結界に影響を与えないために避けられた魔力弾を霧散させる……魔力の使い方は修行してるからな。

 これくらいは出来なきゃ恥ずかしいレベルだ。

 ……するとコカビエルは俺の方を見て、何かに驚愕していた。

 

「……バランス・ブレイカーだと? しかも今の魔力、篭手の力でなくお前自身の力!」

「ああ、そうだ。俺は既に禁手に至っていて、そしてコカビエル―――俺はお前を拳で潰す」

「…………ならば受けてみろ! その体で堕天使である俺の力を!!」

 

 コカビエルは手を宙へあげて、バカでかい光の槍を創りやがる……こいつ、学校を壊す気かよ!

 でもさせねえ!

 手の平に魔力を集中し、更に俺は鎧の力を発現させた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

 力が一気に倍増する!

 あの槍を相殺するほどの力だ……いくぜ!

 俺は全ての倍増した力を魔力弾にして、更に新たに性質を加える!

 

爆撃の龍砲(エクスプロウド・ドラゴンキャノン)

 

 魔力を出来る限り収縮させて、一瞬の爆発力を高め、破壊力を極めた魔力弾だ……俺はそれを撃ち放った。

 同時にコカビエルも極大な光の槍を撃ち放つ……だけど俺は直後、動き出す!

 今は二つのエネルギーが互いに相殺しあってるけど、あれは単なる目くらまし!

 まあ目くらましのレベルの魔力弾ではないから。

 あいつは光の槍に力を送り続けているからか、その場から動けなくなっていた。

 

「ドライグ! アクセルモードだ!」

『応! だがあれは負担が激しいから気をつけろよ、相棒!』

 

 ドライグの注意を聞いて、俺は発動する。

 ライザー戦の時、俺の加速したいという想いから生まれた赤龍帝の新しい力。

 背中にある噴射口はその大きさを更に大きくし、俺の鎧は密集した密度から風を通すような隙間が生まれ、篭手は鋭さを増す。

 

『Accel Booster Start Up!!!!』

 

 ―――アクセルモード、始動の音声が鳴り響いて俺は拳を握り、姿勢を低くした。

 ブーストの音声が聞こえなくなるほどに俺の力の倍増速度は加速する!

 転生前にはなかった神器の新しい力!

 ライザ―との一戦で発現した力、行かせてもらうぜ!!

 俺は魔力弾を相殺していて動けないコカビエルの懐につくと、高まり続ける倍増の力の一部を拳に集中させた!

 

「なにぃ!?貴様は何故ここに!」

「吹っ飛べ!」

 

 俺はコカビエルの顔面に全力の拳をめり込ませて、コカビエルをそのまま地面へと叩きつける!

 コカビエルはそのままなすすべなしに地面へと降下していき、そのままグラウンドに大穴が出来た。

 ってやり過ぎた!

 部長達は……

 

『大丈夫です』

 

 フェルがそう言う……俺はひとまず、俺は地上の皆のすぐそばに降りた。

 流石にある程度の被害が部長達を襲うかもしれないからな。

 

「い、イッセー……」

「部長に皆も、戦闘の被害が行くかもしれませんから全力で防御に徹してください。ここからは俺も余裕はないので」

 

 皆は頷くと、俺はグラウンドに出来た大穴に向かって一瞬で移動する。

 

「空中戦は終わりだぜ? 今からは地上戦だ…………覚悟しろよ、コカビエル」

「……ふはははは! お前はいい……いいぞ、赤龍帝!!」

 

 コカビエルは突然、大穴から飛び出て俺の方に低飛行の高速度で襲い来る!

 手には二つの光の剣……剣で来るなら!

 

『Transfer!!!』

 

 俺は胸にある創造の神器に一瞬で倍増の力を送る!

 神器を少し創り過ぎたから精神的にやばいけど、まだ少しくらいなら創れる!

 創造力が足りないから、倍増の力で創造力の質を上げ、俺は同じ神器を同時に二つ作る!

 創造力を二分して、同じものを創るってのは最近成功した新しい力だ!

 

『Creation!!!』

 

 その音声と共にブローチから二つの光が俺の両手に漂い、そして形をそのまま刀の形の変えた!

 

白銀の龍刀(シルヴァニック・スレイサー)! ついでに二刀流!!」

 

 俺は白銀の長刀に倍増の力を乗せ、そしてそのままコカビエルの光の剣と打ち合う!

 

「なんだ、それは!? 貴様、まだ神器を持っているのか!?」

「ああ、そうだよ! この剣は俺が創りだした創造神器、ドラゴンの力に反応して、その能力を変化する神器だ!!」

 

 俺は二つの一本で光の剣ごと力技で押し切り、コカビエルに一瞬の隙をつくる!

 そしてそのまま刀でコカビエルの腹部を軽く一閃した。

 

「ぐっ……まだだ!」

 

 コカビエルは負けじと俺に剣を振るうが、俺はそれを紙一重、当たるか当らないかの瀬戸際で避け、大ぶりをしたせいで隙だらけになったコカビエルの腹部へと全力の回し蹴りをくらわして、後方に吹き飛ばす!

 

「がぁ……貴様、一体何者だ!」

 

 コカビエルは吹き飛ばされながらも寸前のところで状態を維持する……しぶとい奴だ。

 だけどこいつは戦えないほどじゃない……むしろ俺は戦えている。

 それだけ俺だけ今までしてきたことが、無駄じゃなかったって証明になる。

 

「俺は兵藤一誠。リアス・グレモリーの『兵士』だ! ついでに子供ドラゴンの兄貴をしているけどな」

「……笑えないな。貴様ほどの男が、自分より格下の主に従うなど」

「格下とか格上とか、正直俺はどうだっていい……自分が一緒にいたい仲間と楽しく一緒にいる、それだけだ!」

 

 俺はグランド中に響く位の声量でコカビエルにそう言った。

 その言葉による決意と共に俺の中の魔力、またはそれ以前の「力」が湧き出るような気がした。

 

「―――ッ! 貴様の重圧が更に上がった…………だが、どういうことだ―――貴様はあまりにも戦い慣れし過ぎている。それが気になって仕方ない!」

 

 ……コカビエルは本気となったようだな。

 10枚の黒い翼を展開させて、光の槍や剣を自分の周りに無数のように創りやがる。

 ……全部放ってきたら、流石に面倒だけど。

 

「さあ、思う存分、血潮を浴びる戦いをするぞ、赤龍帝!!」

 

 ……コカビエルは俺へと光の剣と槍を撃ち放ってきた!

 

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 

 僕達は少し離れた所からイッセー君の戦いを見ていた。

 ちなみに先に言っておくと、先ほどのイッセー君の台詞は眷族の女子メンバーの心にすごい勢いで刺さったらしく、みんな照れて顔を真っ赤にしていた。

 ……あんな台詞を惜しげもなく、本心で言えるのは君ぐらいだよ、イッセー君。

 僕だってあんな台詞を言われて内心は相当複雑だ……絶対、女だったら堕ちてるよ!

 ……それはさておいて、やっぱりイッセーくんはすごい。

 知ってはいたけど、でも圧倒的だ。

 その戦いはテクニックの極みと言っても良い。

 敵の攻撃を最低限の動作、力でいなし避け、そして必殺のような一撃を確実に喰らわしていく。

 

「……無数の光の槍と剣!? まずい、あんなのを喰らえば兵藤一誠は!!」

 

 ……何も知らないゼノヴィアは狼狽えている。

 でも彼女も知ることになる―――自分が喧嘩を売った、彼の本当の力を。

 イッセーくんは絶えなく放たれる光の槍を流れるように、全てを見切っているかのごとく避け続け、しかも着々とコカビエルの方に移動していた。

 流れ作業のようなその動き……僕には出来ないことだ。

 

「……なんだ、あれは。まるであのコカビエルの力が効いていない? 兵藤一誠はいったい……」

「彼はグレモリー眷属で最も破壊力があり、そして最も戦闘センス、テクニックを有している最強の『兵士』だよ。僕は彼をオールラウンダ―と思っている。攻撃を見切ってカウンターを得意としていると思えば、まさかの攻撃力を持っていたり、ね」

「……君があの時、戦力を均等に分けるなら兵藤一誠は一人でといった意味がようやく分かったよ。だがあれはあまりにも……」

 

 ……ゼノヴィアさんはイッセー君の戦いを見て目をキラキラさせていた。

 ああ、あれは確かに見ていたらすごいワクワクする。

 僕だってイッセー君の戦いを見ている時はいつも気持ちが舞い上がるよ。

 イッセーくんは永遠に続くような光の剣と槍の攻撃をかいくぐって再びコカビエルの懐に飛び込んでそのままアッパーをいれ、更に追いうちのようにゼロ距離からの魔力弾、そしてそこから再び地面に抉りこむほどの打突で殴り捨てる。

 …………あれはあまりにも地獄のコンビネーションだ。

 

「……祐斗、あれは私にはあのコカビエルを圧倒しているように見えるのだけれど」

 

 部長は一筋の汗を垂らして、目を見開いて興奮しているように言う……ああ、僕もあの戦いを見て興奮している。

 他人を震え立たせるほどの戦い……あのフリードが戦いで人間的にマシになったのも分かる。

 ―――強い。

 徒手格闘だけでもコカビエルを圧倒できそうなほどに、彼は強い。

 現にこの戦闘で、イッセー君はまだ一撃も傷ついていない……僕は彼のあのスタイルに憧れるよ。

 そして僕だって、今すぐ彼の隣で戦いたい衝動に襲われる。

 でも行ったら邪魔になるだけ……それほどに僕達はイッセー君とはかけ離れて弱いから。

 

「……だけどコカビエルも戦争を生き残ってきた堕天使。あれを一撃で沈めるほどの力は流石にイッセーにも難しいようね」

「僕もそう思います」

 

 ……イッセー君は悠然と戦っている。

 でもきっと、ライザ―・フェニックスと戦った時のように倍増を加速する力を使っているのだろう。

 先ほどから、彼の篭手から音声が発生しないのはそのためだ。

 イッセー君はあの力は体に負担を掛け過ぎると言っていた。

 だから長期戦になれば、イッセー君は不利になる。

 

「……私にもっと力があればッ!」

 

 ……その通りだ。

 それは僕たち全員に言えること……僕達がもっと力を持っていれば、彼への加勢が出来る。

 いつも彼は一人で背負って、戦って傷ついている。

 

「……歯がゆいですわ。堕天使がいるのに、何も出来ないなんてッ!」

 

 ……朱乃さんの目は、酷く鋭い。

 

「……見守るか。そんなこと、私には到底できないな」

 

 ―――ッ!

 ゼノヴィアさんは聖剣デュランダルを握り締めると、そのまま歩みはじめていた!

 

「止めるんだ!イッセー君の戦いに君では実力が不足している!」

「分かっているさ……だがあんなものを見せられて、動かずにはいられない!!」

 

 気持ちは痛いほどに分かる!

 でも止めなければイッセー君は戦いに集中できなくなる。

 僕はゼノヴィアさんの手を引き止めようとした……その時、僕達の後ろから声が聞こえた。

 

「―――イッセー君……」

「紫藤さん!?」

 

 ……そこには体を引きずりながら、それでも何とか立っている紫藤イリナさんの姿があった。

 彼女は確か、逃げ遅れてそのまま聖剣を奪われ、傷ついていたはずだ!

 

「どうしてあなたがここにいるの? あなたはイッセーの家で安静にしていたはずなのに……」

「私だけが、そんな安全な所で居られないってことなのよ……それにイッセー君が戦ってる…………一人だけ、寝てられないわ!」

 

 ……って僕が呆けている間にゼノヴィアさんが歩みを進めている!?

 

「あれ? ゼノヴィア、何でイッセー君のところに……」

 

 君が現れたせいで彼女から君に僕の視線が行っていたからだよ!

 イッセー君の言う通り、この子は抜けているね!

 でも行ってしまったからには仕方がない、連れ戻すしか方法はない!

 僕はそう思って、聖魔剣を創りだしてゼノヴィアさんの方へと向かった。

 

『Side out:木場』

 ―・・・

「はぁ、はぁ……」

 

 息が荒れる。

 流石に疲れてきたな……そう思い始めていた。

 未だに俺はコカビエルの攻撃は受けていないけど、俺はここに来る前に神滅具を一つ、大量の回復神器に更に日本の刀の神器を創ってるからな。

 しかももう10分ほどずっとアクセルモードを継続している……流石に少しは消耗してきたところだ。

 

『アクセルモードは常に倍増を加速させる力だ。本来は禁手ではなく通常の篭手で使ったほうが効果的だが……今回は相手が相手か』

『ですが主様、長期戦は今の主様では不利です。万全ならまだしも、主様は前のケルベロスとの戦いでツイン・ブースターシステムを使ったのですから』

 

 ……分かってるさ。

 でも気を緩めることなんかできない。

 消耗してきてるっつっても、まだまだ戦える。

 死戦はほんの少しの慢心、油断が命取りだからな。

 

「……ここまで俺が完膚なきまで封殺されるとはな―――プライドも糞もあるか」

 

 コカビエルは俺に何度か殴られたり、魔力弾を直撃しているせいか、体にはいくつかの傷がある。

 でも流石は堕天使のトップクラス……決定打が全く通らない。

 普通ならここまでの強化している打撃だけで致命傷のはずなんだけど……

 

『いや、相手の消耗は確実だ。現に奴は息が上がっている……それでもなお倒れないのは、歴戦の覇者と評価した方が良いだろうな』

 

 ……強いのは間違いないからな。

 俺だって、神経をすり減らすほどの戦いをしている……楽じゃない。

 だけどあいつは圧倒的な光力に頼り過ぎるため、戦闘においてのテクニックが不足している。

 

「でも俺も余裕は全くないぜ? これでもお前の攻撃には冷や冷やしている……まあ当たらなければ問題ないけどな」

 

 俺はそう言いながら三つの魔力の塊を宙に浮かせる。

 俺は篭手を介してんなら魔力操作に関してはかなり自信がある。

 流石に三つ同時は初めてだけど……まあ何とかなるか!

 

「先にいっておく……こいつを避けるのは不可能だ!!」

 

 そして俺は拳でその魔力球を殴り、そのままそれはコカビエルへと放った。

 

「こんなもの!」

 

 コカビエルは光の槍で三つの魔力弾を相殺しようとした……だけど、悪いけど俺はただの魔力弾は放たない!

 全部が全部、俺が考えたシステムで動く弾丸だ!

 

「拡散、反射、爆発……さあ受けて貰うぜ!」

 

 ……光の槍が魔力弾と接触しようとした瞬間、一つ目の魔力弾……爆撃の龍砲(エクスプロウド・ドラゴンキャノン)が光の槍を全てを相殺する!

 そして次は拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)は魔力弾が拡散し、あらゆる方向から襲いかかる奇襲の弾丸だ!

 

「くっ、小癪な! ならば避ければいい!!」

 

 コカビエルは次の魔力弾を避けるけど、だけどそれは早計だったな!!

 そいつの能力は反射!

 反射の龍砲(リフレクション・ドラゴンキャノン)は俺の任意で一度だけ魔力弾を好きな方向に反射できる技!

 それはコカビエルの背中へとまともにぶち当る!

 ……その結果、コカビエルの翼の内の数枚が焼け落ちた。

 

「こ、この俺の翼が……貴様ァァァァ!!!」

 

 そのことに激高するコカビエル……関係ない。

 

「お前みたいなやつが怒るのはいつも自分だけのためだ!」

 

 俺は激高し、光の槍と剣で襲いかかるコカビエルとまともに近接戦闘にもつれこませる。

 手にはほとんど限界を迎えている刀二本……使わない時は腰に帯刀させていたけど、これで攻撃を割としてたから限界だ。

 でもこの刀はドラゴンの力に反応して力を上昇させる。

 言わば、ドラゴンの性質によってこの刀は能力が変化するんだ!

 ドライグとフェルの力を二つの刀にそれぞれ顕現し、そして俺はコカビエルの剣や槍と剣戟を開始する。

 

「ちぃ! 翼よ!」

 

 ……ッ!

 コカビエルの翼は刃のように俺に襲いかかる……これは避けれない!

 俺は防御にしようとした―――その時、俺の前に人影が現れた!

 

「邪魔かもしれないが、加勢させて貰う!」

「ごめんね、イッセー君」

 

 ……祐斗とゼノヴィアが、俺が直撃すると覚悟した翼の斬撃を受け止めていた!

 祐斗は何本も聖魔剣を創りだして片手で二本ずつ持ち、ゼノヴィアはデュランダルとエクスカリバーで全ての翼を押さえている……

 

「ったく……だけど今は感謝するぜ!」

 

 俺はアクセルモードで高まり続ける力を解放し、祐斗とゼノヴィアの登場で動きを止めているコカビエルへと5連斬を浴びせた!

 創造の力であいつの体に傷に新たな傷を創造し、そして倍増の力でその傷を倍増させる……最悪のコンボだな。

 そこで刀は限界を迎え、俺は刀をその場に捨てて全力の力を以て更に何発もコカビエルの体を殴りつける!

 そして俺の両脇に剣を持つ祐斗、ゼノヴィアが立つ。

 

「僕の専売特許の剣も扱えるんだったね……」

「……それよりお前ら、何で前に出てきた。助かりはしたけど、下手すりゃ死んでいたのかもしれねぇんだぞ!」

「……それは君も同じことだ、兵藤一誠。君が戦っているのに黙って指をくわえて見ているなんて不可能でね―――共に戦わせてもらう」

 

 ゼノヴィアは二本の聖剣を構える。

 

「私は神の名において宣言する……堕天使を共に滅ぼそう、兵藤一誠」

「……ったく、怪我しても知らねえぞ!」

 

 仕方ねえ……それにこいつだって強い。

 俺があいつを押さえている間に攻撃してくれたら、効率的に戦えるはずだ。

 

「―――神? 笑わせるな……よく主がいないのに信仰心を持ち続けられる」

 

 ……俺が殴り飛ばして生まれた砂埃の中から立ち上がるコカビエルの影。だけどそれよりも―――今、あいつはなんて言った?

 

「どういうことだ!? コカビエル!」

「おおっと、口が滑った……だが良く考えてみれば戦争を起こすのだ……黙っている必要もない」

 

 ……コカビエルは残っている翼で埃を消し飛ばすと、少し空中に浮く。

 

「―――神は既に死んでいるんだよ、当の昔に……戦争の時に魔王どもと共にな!!!」

 

 ―――その言葉を聞いて、そこにいる全員が目を見開いた。

 いや、三人だけ反応が違う……アーシア、ゼノヴィア、そしていつの間にかそこにいたイリナ。

 

「う、嘘だ! 神が死んでいるなど、そんなわけが!」

「いいや、死んでいる……そこの聖魔剣使いが良い証拠だ。本来、聖と魔がまじりあうことはない―――そう、神がいればそんなことは起きないはずなのにな」

 

 ……間違いない。

 こいつの言っていることは理屈もあっている。

 聖と魔、二つの相反する力が一緒になるってことは、つまり神様が創った聖と魔のシステムに欠落があるからだ。

 そのバグみたいなものから生まれた……それが聖魔剣。

 そして神がいればそんな欠落は存在すらしない……でも存在するから神はいない。

 

「うそ、よ……ならわたしはいったい、何を信じていたっていうの?」

「そんな……なら、神の愛はいったいどこに……っ」

 

 ……イリナとアーシアは呆然とその場をふらつきながら、足元がおぼつかない状態だった。

 特にあの二人は神の存在への信仰が深かった。

 その存在が死んでいたということに動揺が隠し切れていない。

 ゼノヴィアも、剣から手を離して地面に膝を付けて力なく下をうつむいていた。

 

「神の愛なんて存在していない。神がいないのだから当たり前だ。それでもそれでもミカエルは良くやっている。神の代わりをして人、天使をまとめ上げているのだからな」

 

 …………止めろ、それ以上真実を言うな。

 

「誰かが起こそうとしなければ戦争は起きないだろう……だがそんな世界に何の楽しみがある! 戦争のない世界など、愚の骨頂! だから言ってやろう! 神などいない、お前たちが信じていたものなんてただ偶像だ!!」

「……黙れ」

 

 ―――俺はコカビエル元へ一瞬で飛び上がり、そのまま急所へと向かって殺すつもりで拳を鋭くいれた。

 

「がぁぁッ! …………なん、だと!?」

 

 そして俺はコカビエルの頭を掴み、そのまま地面へと降下しながら地に顔を叩きつけた。

 だけど俺の怒りは収まらない。

 コカビエルは危険を察知したのか、俺から離れ距離を取った。

 

「はぁ、はぁ……なんだ、今のは―――貴様、本気を出していなかったのか!?」

 

 ……本気、か。

 確かに俺は無意識の内に”戦い”をしていたんだろうな。

 そんなんじゃああいつに致命傷を負わせることなんかできるわけがねえ。

 

「……アーシア、イリナ、ゼノヴィア。神がいない―――多分、それは真実だ」

 

 俺は皆に届くように声を出す。

 その言葉に、三人は少し俺に目線を送った。

 

「俺は神なんか信じていない。だって神様はアーシアを救ってくれなかった。そりゃそうだ、いないんだからな。神様は愛をくれない、いないならそうだろうな……だけどそれって誰かが与えれるものじゃねえか」

「……イッセー、さん?」

 

 アーシアは俺の顔をじっと見つめてくる。

 そしてそれはイリナも、ゼノヴィアも一緒だった。

 俺は自分の心の中の気持ちを、嘘偽りなく三人に言った。

 

「―――神が救ってくれないなら、俺が救ってやる。愛がないなら俺が愛することだって出来る。信仰出来ないなら、俺を信じろ。俺は神になるつもりはない……だけど、支えくらいにはなってやる」

 

 俺はそう言って、一歩、コカビエルの方へと歩む。

 

「創造力は……十分溜まっているな」

 

 俺は胸に光る白銀の神器を少し触り、そう言う。

 少し前から溜めていて、今は大体12回くらいの創造力が溜まっている。

 

「……泣きたいなら後で胸くらいは貸してやる。だから今は、俺の戦いを見ていてくれ」

 

 俺は振り返らずにそう言うと、後ろから嗚咽のような声のない鳴き声が聞こえた。

 …………泣かせたのは俺か。

 だったら後で笑わしてやろう―――だから今はこいつをぶっ潰す。

 

『……主様、やるのですね?』

 

 ああ……こいつを一撃で潰す。

 覚悟は決めた。

 

『……今の相棒は止まらないな。だが止める気もない。さあ、相棒。解き放とうか』

 

 俺はコカビエルと目の鼻の先の距離まで近づいて、対峙する。

 

「……コカビエル、お前はちょっとやり過ぎだ」

「なんだ、貴様は……赤龍帝にしてはお前は異質すぎる…………ッ! そこまでの力があって貴様は何故に力におぼれん! 何故力をもっと違うことに使わない!」

「守りたいものがあるから……俺は自分のために力は使わない―――そう昔、決めた。だから俺は皆を守る!」

 

 俺の胸の神器が白銀の光を眩ゆく輝かせる。

 その光は俺の鎧の全体を覆い、俺はフェルの暖かい光に包まれた。

 

『Reinforce!!!』

 

 ―――禁手の強化。

 試したことはない、どうなるか分からない……でも俺はこいつを倒すために覚悟を決める!

 

「なんだ、それは! 赤龍帝ではない……もっと別の、異質を感じる!」

「ああ、そうだろうな……だけどこいつはどこまで言っても赤龍帝―――いくぜ、ドライグ、フェル」

 

 そして俺の鎧が紅蓮と白銀の光によって包まれ、俺の鎧が変化していく。

 背中からは機械的なドラゴンの翼が生え、鎧の各所が鋭く鋭角にフィルムとなる。

 篭手の純度は異様なまでに明るくなって、そして俺自身の力は……跳ね上がる。

 

赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)。いくぜ、ドライグ、フェル!!」

「くっ!!」

 

 コカビエルは空中へと逃げていき、そしてその場で無数の光の槍をそこら一帯に、皆を巻き込むように放った。

 …………やらせはしない。

 

『―――Infinite Booster Set Up』

 

 静かな音声……その音声は静かに、そして内面で激しく俺の中に響く。

 ……いわば、無限の感覚。

 今俺を支配している力は正に無限だ。

 それは俺が今、欲する力であり―――こいつを殺すための力。

 それをフェルの力でドライグの力に紡ぎ、形を成すッ!!

 そして次の瞬間、爆音のような音声が響いた!

 

『Starting Infinite Boost!!!!!!!』

 

 音声と共に俺の体から激しい紅蓮と白銀のオーラが辺りへと撒き散らされた!

 これはただの余波……だけどその余波はコカビエルの光の攻撃を全て相殺する。

 そして音声から俺の力は……無限に倍増し続けられている。

 正直、今にも倒れそうなくらいきつい―――だけど俺はそんな苦しみは全て無視して、ほとんど瞬間移動に近い速度でコカビエルの目の前にたどり着く。

 

「―――俺の光が……消された? それに何でもう俺の前にいる?」

 

 コカビエルはただ、目の前の状況に呆然としている。

 

「無限の倍増……いくぞ、コカビエル!!!」

 

 無限に倍増されていく力に耐えながら、俺はオーラを全て両拳に込めた。

 

「これから俺が行うのは戦いじゃない―――殺しだ」

 

 俺は……鋭い一撃をコカビエルの腹部にねじ込ませる!!

 もうそれでコカビエルは動けない……でもまだ意識はある―――そして俺は

 

「―――終わりだ……コカビエル」

 

 コカビエルの腹部にもう一撃、打撃を加えたまま俺はコカビエルを地面に叩きつける!!

 地面には俺が力を加えるごとに穴が深まっていく!

 そして拳を放ち、その場で翼を織りなし―――そして手の平に丸い紅蓮の魔力を溜めた。

 その魔力の球を宙に浮かせ、それを叩きつけ……魔力砲をコカビエルへと遠慮なしに放つ!

 砲撃はコカビエルを遅い、地面に大穴を空けながら、そして―――コカビエルを完膚なきまでボロボロにした。

 

「…………どうせお前は再起不能だ。ドラゴンを敵に回した、そのことがお前の失敗だ、コカビエル」

 

 俺はそのまま地面に空いた大穴からコカビエルに背を向ける。

 

 ―――コカビエルは指一本動かせないまま、白目をむいてそこに倒れていた。

 

 体全身の骨が砕けた感覚があったし、相手の中心性を完全に撃ち抜いた。

 もう立ち上がることは、二度とない。

 そして俺の篭手の強化の力はフェルによって強制解除され、俺は鎧の姿のまま部長達の元へと歩いて行った。

 

 

 

「へぇ、随分と面白いことになっているじゃないか」

 

 ―――透き通るような、男の声がした。

 俺はその声を聞いた瞬間……いや、その気配や力を察した瞬間、体に電流が走る。

 俺は声が聞こえた方を静かに振り向くと、それは上空。

 だけど何も見えない……学校の周りは結界が張られているからだ。

 だけど次の瞬間、結界はガラスが割れるように崩壊した。

 

「…………まさか」

 

 俺は想像がついて、その存在にひどく驚く。

 頭が真っ白になる……知っていたはずなのに、いつかは出会うと分かっていたのに。

 

「アザゼルに言われてついてみれば驚きだね。まさかあのコカビエルがこうも完膚なきまで倒されているなんてね…………なるほど、君が俺の宿敵ってわけだ―――赤龍帝」

 

 俺はその姿に声が出せなくなる。

 そこには懐かしい姿があった。

 ―――白い鎧を身に纏った、全身鎧の姿。

 俺と対極をなす存在。

 

「はじめまして…………俺が今代の白龍皇だよ、赤龍帝」

 

 白龍皇の姿があった。




今回はここまでです!

コカビエル戦、よくよく考えたらイッセーは無傷で狩っていることに今気付きました!!

でも本来当たるはずだった攻撃はゼノヴィアと木場が止めたので、実質は傷を負っているはずです!

それはともかく、とうとうヴァ―リ登場です!

アニメでもちょうど登場しましたね・・・さて、イッセーはその白龍皇と出会い、そして何を思うか。

次回、3章の最終話です!

それではまた!


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第9話 赤と白の邂逅

 俺は宙に浮かぶ白い鎧を纏い、白い翼の神器を付けている姿をただ呆然と見ていた。

 体が硬直したみたいに固まって、俺は舞い降りてくる白い存在……白龍皇の姿を見ていた。

 それと同時の俺の鎧は活動限界を向かえ、そして禁手化は解除されて俺の腕には元の籠手が装着される。

 

「君が今代の赤龍帝かい?」

「…………ああ」

 

 酷く俺の声が低い……さっきからまともな思考が働かない。

 あの綺麗な白の鎧を見ていたら、俺の頭にはずっと一人の少女の姿―――ミリーシェの姿が浮かぶ。

 

「……先ほど、あのコカビエルを圧倒していたとは思えないような覇気だね。でも俺は君をずっと見ていたが―――素晴らしい。ぜひとも君とは死闘をしたいものだよ」

 

 ……白龍皇は白い翼を煌めかせると、俺の後ろにいた皆が臨戦態勢を取った。

 今すぐにでも現れた「白」に襲いかかろうとする雰囲気。

 それを察したとき……俺の口は、勝手に怒声を上げていた。

 

「―――止めろ!!!」

 

 ―――俺はその好意に対し、仲間に向かってそう荒げた声を撒き散らした。

 何でだ……俺は何で今叫んだ?

 俺の怒号に皆、驚いている……俺はどうして、ここまで乱れているんだ。

 

「……どうにもこうにも理解は出来ないな。だけど安心していい。万全じゃない状態の君と戦っても面白くないからな」

 

 白龍皇はそのまま俺が倒したコカビエルの所まで行き、そして体を抱えると、そのまま少し宙に浮いた。

 

「どうやらあのはぐれ神父はどこかへ行ってしまったようだね」

 

 俺は横目でフリードが今までいたところを見ると、既にそこにはあいつはいない。

 でも今の俺にはそんなことどうでもよかった。

 違う……違うのにあの白龍皇が、ミリーシェと重なるッ!!

 性別も声音も、正確に至ってまで何もかもしれないのに、あの白の鎧が俺の心を抉るッ!

 

『相棒、それ以上は考えるな! 自分の心を壊してしまうぞ!』

 

 ……ドライグ。

 俺とずっと共に戦ってきたい相棒……俺のことを誰よりも分かっている奴だ。

 そのお陰で、少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

「じゃあ俺は行くよ。なに、君と俺はいずれ戦う」

 

 すると白龍皇は少しずつ宙に浮いて行く、けど俺はまだ確かめたいことがあった。

 

『無視か? 白いの……いや、アルビオン』

 

 ドライグは俺の気持ちを汲み取ってか、辺りに響き渡るような音量で籠手から声を出した。

 

『よもやお前から話しかけてくるとはな、ドライグ』

「……まさか、これは赤龍帝と白龍皇の会話?」

 

 察した部長がそう呟くと、俺はヴァ―リと同じ高度まで飛び上がる。

 悪魔の翼を展開し、そして同じ目線になった。

 

『……ドライグ、随分とお前は変わったな。以前よりも……いや以前以上におとなしいではないか』

『お前だって分かっているんじゃないか、アルビオン。残念だが、今の俺にはお前とのことよりも大切なことがあるんでな』

『……そうか。俺は今代の白龍皇にも興味はあるものでな』

 

 ……そうか、こいつはミリーシェのことを覚えているのか。

 なら俺は最後に白龍皇に聞かないといけないことがある。

 

「白龍皇、俺の名は兵藤一誠……お前は、誰だ? お前は本当にただの白龍皇なのか?」

「……言っている意味が分からないけど、俺は白龍皇だ」

 

 すると白龍皇は鎧の頭の部分を収納して、そして俺に素顔を見せてきた。

 ……そこには彩度の低い銀髪の、絵画に出てきそうな美少年顔。

 

「俺の名はヴァ―リ。覚えておくといい。いずれ、君は俺と戦うのだからな……それが赤と白の運命だ」

 

 ―――運命、だと?

 俺はその言葉を聞いた瞬間、頭に血が上った。

 だからこそ、何も考えずに言った。

 

「―――ふざけるな。運命だと? そんなものに振りまわされて、何で傷つけあうんだ! 赤と白の運命、それがなければ俺は!!!」

 

 ……俺はそこでハッとしたように顔をあげた。

 俺の目の前の白龍皇、ヴァ―リは驚いたような表情できょとんとしていた。

 

「……なんだ、その目は。君は何に泣いているんだ?」

「―――え?」

 

 俺はヴァ―リに指摘されて、自分の頬を指で触る…………俺は知らずの間に一筋の涙を流していた。

 

『……ドライグ、これはどういうことだ。もしや……―――いや、それを問いただすのは愚行か』

 

 ……アルビオンは何かに気付いたようだけど、何も言わなくなる。

 

「……君は不思議だね。だけど面白い。また会おう、兵藤一誠。その時は楽しい戦いをしよう―――ただ忘れるなよ? 俺は今すぐにでも君と戦いたいということを」

 

 そう捨て台詞を吐いて、ヴァ―リはそのまま高速で空に飛んでいく。

 その姿は一瞬で見えなくなり、俺はその後、しばらくの間は宙に浮いたままだった。

 

『……相棒』

 

 分かってる……俺が今更叫んだって無意味なことくらい。

 大丈夫だ……少し泣いたら、すぐに今やるべきことをするから。

 だから少しだけでいい―――それで俺は兵藤一誠に戻るから。

 そう思って俺は、宙に浮いてヴァ―リの飛んで行った方を見続けた。

 ―・・・

 あれから数時間が経った。

 俺はすぐに皆の元に戻ると、俺のことを心配してか駆け寄って色々と気を使ってくれた。

 でも俺はもう冷静を保っている……それよりも問題は神の死を目の当たりにしたアーシア、イリナ、ゼノヴィアだ。

 俺達は今、何とか無事だった旧校舎のオカルト研究部部室にいた。

 ちなみに俺が派手にやった運動場の大穴や壊れた校舎はシトリ―眷族が修復していてくれて、明日の登校には何とか間に合うらしい。

 三人は静かにソファーに座っていて、そして祐斗はどこかここに居ずらいような表情をしていた。

 ……さっきは突然のことで動揺したけど、でも俺は祐斗に伝えないといけないことがある。

 それと同じで、アーシアやイリナ、ゼノヴィアもどうにかしてやりたい。

 俺は部長に目線を送ると、部長は察してくれたのか、小猫ちゃんと朱乃さんに目配りをして声を上げないようになる。

 

「……イッセー君。君には……いや、僕は皆に迷惑をかけた。僕の命を救ってくれた部長を裏切るような真似をして、ただ感情だけで動いたッ!僕は君に顔向け……出来ないッ!!」

「顔向けなんかいらねえよ。それに俺はお前に黙っていたことがあるんだよ」

「……黙っていたこと?」

 

 祐斗は俺の言葉にキョトンとする。

 俺はそれを見ると、自分のポケットの中に入っていた一枚の写真を取り出した。

 

「……これを見たら、多分全部分かるんじゃないか?」

「……これはいったい―――」

 

 ……祐斗は俺に渡された写真を見た瞬間、表情を失くした。

 そして次に祐斗に訪れた現象は……涙だった。

 表情を失った祐斗の瞳から落ちる涙は、次々と……止まることなく溢れていく。

 

「なんで……これはイッセー、君……どういうことなんだ―――なんで、どうして死んだはずの皆が!」

 

 ……その写真は、笑顔で俺と一緒に映っている、数人の小さな男の子と女の子だった。

 大体俺と同じくらいから少し離れた歳の子供―――たぶん、それは祐斗が同士と言っていた子供だ。

 

「……俺は復讐を否定しないっていっただろ? だから俺はこれを見せることで、お前の想いを踏みにじってしまうと思ったんだ」

 

 ……簡単に言えば、あの聖剣計画で犠牲になったと祐斗が言っていた子供は生きていたってことだ。

 これは俺が外国にいた時の話……俺は神器の修行のために母さんと父さんに黙ってある国の極寒の地域に行っていたんだ。

 俺はそこでしばらく修行を続けてたんだけど、俺はその時、不自然にその極寒の森の中にぽつりと立っていた施設を見つけ、そして俺はその中の光景を目の当たりにした。

 

「ガスマスクを着け、防寒具を着た何人の大人達、そして苦しむ何人もの子供。既に息絶えていた子もいた……だけど大半は毒ガスが回っていて、苦しんでいたんだ」

「ああ、そうだよ……ッ!」

「……俺はその状況で、幼かったけど何とかしなきゃと思って―――それで大人たちを神器でぶっ潰して、それでまだ息の合った子の元に行った」

 

 俺は思い出すように祐斗に話す。

 祐斗はずっと涙を流しながらその写真を握り締めている。

 

「俺は毒を消す神器を創って、何とか皆を助けた……それがそこに映っている子たちだ」

「……イッセー君! 君はどうして、そこまで……!」

 

 ……祐斗は床に膝を付けて、何度もありがとうと言う。

 

「……礼、なんて言うなッ。俺は全員を助けることが出来なかったんだ」

 

 ……そう、俺は当時はまだフェルの創造の神器を使いこなせていなかった。

 だからこそ、俺はまだ息の合った、確実に助かると思った子供を優先的に助けた。

 もっと俺に力があれば、皆を救うことは出来たんだ。

 何かを救うために、他の子を見殺しにしたんだッ!!

 

「それでも、君は! 君は……皆を救ってくれたんだッ! どんなに礼を言っても、感謝しきれない! 僕はそんな君を……君にひどいことを言ったんだ!」

「……お前は、あいつらと同じことを言うんだな」

 

 ……俺は数人しか救うことが出来なかった。

 毒が完全に回り切って、いくら神器を使ってもどうにも彼らを助けることができなかった。

 でもまだ何とか意識があって、俺は何度も何度も謝った。

 でもあの時、あの子たちは俺の顔を見て、笑顔で言ったんだ。

 

「『ありがとう……たとえ僕達、私たちが死んでも、それでも君は救ってくれた』―――あの子たちが俺に最後に言った言葉だよ。全く……死ぬのに、ありがとうって何だよな……」

「……僕には気持ちが痛いほどに分かる。僕達を救ってくれる人は誰もいなかった……だけど君だけが皆を救ってくれたんだ……だからイッセー君、ありがとうッ!」

 

 ……そっか。

 ずっと、俺の胸に残っていた後悔の一つが祐斗の言葉で楽になった気がした。

 

「あいつらさ、北欧の小さな村で皆で住んでいるんだ。今度、一緒に会いに行こうぜ?きっとあいつら、お前が生きていたことを知ったら喜ぶからさ!」

 

 俺は祐斗に手を伸ばすと、祐斗は俺の手を握って立ち上がる。

 ……もうそこには、復讐だけのために生きている祐斗の姿はなかった。

 そして祐斗は部長の前に膝まずく。

 

「……たびたびのご無礼、お許しになるとは思いません……ただ、もし許していただけるなら、僕はリアス部長の『騎士』として終始、命をかけて眷属を守ることを誓います」

「……祐斗」

 

 部長も祐斗の姿を見て、優しい表情になった。

 

「顔をあげて、祐斗。あなたは私の大切な『騎士』……バランス・ブレイカーに至るなんて主として光栄よ。祐斗―――皆と共に、イッセーと共に最強の『騎士』になりなさい」

「―――はいッ!」

 

 ……ああ、これでいい。

 俺は祐斗を横目に、俺の顔を驚いたような顔で見ている三人の元に行った。

 

「……イッセーさん。イッセーさんは、本当にすごいんですね。色々な人を守って、救って、皆を笑顔にして」

「すごくないよ。アーシアだってすごいじゃん―――いつも俺をなごませて、癒してくれる……今はつらいかもしれないけどさ、少しずつでいい……受け入れていこう」

 

 俺は静かにソファーに座るアーシアの頭を撫でると、アーシアは俺の胸に抱きついて泣いた。

 それに呼応するように、イリナも俺に抱きついてきたけど、俺はそれを優しく壊れものを扱うように抱きしめる。

 泣きたいなら泣けばいい、つらいなら胸くらいは貸してやるって言ったからな。

 

「つらかったよぉ……ッ。イッセー君……ずっと信じてきた神様がいないなんて! 私は…………」

「……悪いな、兵藤一誠―――私も、肩くらいは貸してくれ」

 

 嗚咽を漏らすイリナと同じくして、ゼノヴィアは俺の肩にちょこんと頭を乗せる。

 イリナやアーシアと違って静かだけど、ゼノヴィアもつらいんだ。

 ずっと信じてきた神の不在を突き付けられて、生きる理由を失ったような感覚。

 ……俺は、痛いほどに良く分かる。胸を引き裂かれるような、つらい気持ちが。

 だから今だけは甘えていい、そう思って俺は何も言わなかった。

 

「あらあら……妬いてしまいますわ―――でも今は譲りましょう」

「…………同感です」

 

 朱乃さんと小猫ちゃんは優しい顔でそう言っていて、祐斗も俺の方をにこりと笑っている。

 部長も優しい笑顔で口元を緩めている。

 ……これで俺達、グレモリー眷属はまた一つになれる。

 今回の件は、俺にとっても相当堪えることがあった……でも今、俺が冷静でいられるのはきっと…………皆がいてくれるから。

 そう、信じた。

 

 

「終章」 明日は必ずある

「……そっか、イリナはもう帰るのか」

「うん」

 

 俺は今、空港にいる。

 そしてイリナのご要望で俺一人でいて、そしてイリナは本国へ帰るために空港に来ていた。

 イリナは少し表情が優れないけど、でもそれでもある程度は元気になっていた。

 

「イッセー君には感謝してるわ。もしあの時、イッセー君が居なかったら私はもう死んでたと思うわ。神の不在なんて、そんなこと聞いてしまえば頭がおかしくなっちゃうもの!」

 

 イリナは苦笑いをしながらそう言うと、そして俺の手を握ってきた。

 

「……この手で、イッセー君は木場君を救って、アーシアさんを救って、リアスさんを救って、そして私とゼノヴィアまで救ってくれた……もう、イッセー君が神様で良いんじゃないかしら?」

「……神様ねぇ。俺が白いひげつけて、杖なんかつけてたら可笑しくないか?」

「あはは! それは神に対する偏見ね! …………でもそうかもしれないわ」

 

 イリナは俺の手を離して、少し俺から離れる。

 

「イッセー君は神様より、ドラゴンの方があってるわ。優しいドラゴン、いいあだ名ね。そう……イッセーくんは優しいドラゴン、最高の赤龍帝。ホント、罪な男になったわよ!」

 

 ……その時、イリナが搭乗する飛行機のアナウンスが入った。

 

「時間みたいだわ……最後にもう一度、ありがとうね? それと……あの子のこと、宜しく頼むわ。私もだけど、彼女もそんなに強くないから」

「ああ……でも忘れんなよ? 例え種族は違えど、お前は大切な俺の幼馴染。困ったら、いつでも電話してこい! 一瞬で助けに向かうからさ!」

「―――うん! ありがとう、イッセー君! イッセー君のこと、祈ってるわ!」

 

 そう言ってイリナはスキップで搭乗口に向かう。

 イリナは最後まで、笑顔だった。

 

「……さて、俺もそろそろ部室に行くか」

 

 俺はその場を振り返ると……

 

「やぁ。イリナは無事に行ったようだな」

「ゼノヴィアも、見送りに来てたのか?」

 

 ……そこには、ゼノヴィアの姿があった。

 彼女の姿は駒王学園の女子生徒の制服。

 非常に似合っているけど、彼女がその制服をきているのには理由がある。

 

「歩きながら、少し話さないか?」

「ああ、いいぜ」

 

 俺はゼノヴィアと隣になって歩き始める。

 空港から出て、徒歩で部室に向かう。

 

「……神の不在を知った時、私は精神が崩壊すると思ったよ」

「そりゃあ信じていたものがいなくなったからな」

 

 ゼノヴィアの言葉に俺は軽口でそう言うと、ゼノヴィアは苦笑いをしていた。

 そしてまた話し続ける。

 

「何も信じられなくなって、自暴自棄になっていたさ……でも君は一人で私たちに言葉を掛けてくれた。私はあの言葉どれだけ救われたことか―――だから私は、悪魔になった」

 

 ……そう、ゼノヴィアは悪魔になったんだ。

 この事実はまだ部長と俺しか知らないけど、ゼノヴィアはわざわざ俺と部長の元まで来てお願いしてきたんだ。

 そして部長が『騎士』の駒を与えてゼノヴィアは俺達眷属の仲間になった。

 

「私はアーシア・アルジェントに酷いことを言ったな。魔女か……私だって今は彼女と同じ…………いや、彼女を愚弄したから、なおひどい」

「分かっているなら、謝ったらいいさ。アーシアは優しい、きっとお前とも仲良くなれるよ」

「…………時に兵藤一誠、私も君のことをイッセーと呼んでも構わないか?」

 

 ゼノヴィアは改まったという感じでそう言ってくる……頬はほんのり赤く、俺を上目遣いで見てそう言ってきた。

 

「ああ。好きに呼んでくれて構わない」

「ありがとう。それにしても男に甘えるなど、私は生まれて初めてだぞ」

 

 ゼノヴィアは先日のことを思い出して、目を逸らしてそんなことを言ってきた。

 そんなことを言ってしまえばイリナは甘えっぱなしだけどさ。

 

「……あぁ、そうか。そういうことか」

 

 するとゼノヴィアは何かに気がついたような顔をしていた。

 

「―――イッセー、私はどうやら君に惚れたみたいだ」

「そうなんだ……って!?」

 

 ……突然のゼノヴィアの告白に、俺は情けなく声をあげる。

 いや、この状況は以前のアーシアと一緒だからさ!

 驚くよ、そりゃ!

 

「最近の私は気付けば君のことを考え、近くにいれば君を見てしまう。君の隣にいるだけで胸は高鳴るし……これは惚れたということじゃないのか?」

「……良く恥ずかしげなくそんなことを言えるな」

 

 俺は恥ずかしくなって視線をゼノヴィアから外した。

 

「神はいない。イッセーは私に言っただろ? 愛がないなら愛してやる、と……」

「あれは言葉のあやだからな!? 確かに本気で言ったけど!」

「ふふ……イッセーは意外と面白いな。なに、1パーセントくらい冗談だよ」

 

 残りの99パーセントは本気なのかよ、おい!

 

「……とにかく、私はイッセーを信じるよ。悪いが、今の私は支えを失った家も同然だ。だから君に支えて貰うが……」

「……ま、それくらいだったらお好きなように。約束は守るからな」

「……ありがとう、イッセー!」

 

 ……ゼノヴィアは満面の笑みでそう言った。

 ―・・・

 俺とゼノヴィアが部室に向かうと、何とそこにはティアいた!

 

「おぉ、イッセー! お邪魔しているぞ~……ほう、リアス・グレモリ―の『女王』のお茶は感慨深いな!」

 

 しかもお茶菓子を出されてすごいくつろいでいらっしゃる!

 

「ええっと……どうしているんだ?」

「おお、すっかり忘れていたぞ! ほら、あの時に私とイッセーで倒したあのクソ犬がいるだろ?」

「ああ、いたな」

「あれ、私のペットになった」

「はいぃぃ!?」

 

 俺は突然のティアの発言につい叫んでしまう!

 あれ、相当凶暴だからペットとかそんなレベルじゃないだろ!?

 

「あの犬はどうやら私とイッセーには従順みたいだぞ? 私の命令で、今は首を一つにしているしな!」

「待って、あいつ首を一つに出来るの!?」

「ああ、しかも小さくなれるしな! ケルベロスの亜種というやつは随分と利口らしい。今はチビ共の相手をさせているよ。今のあいつは柴犬くらいの大きさじゃないか?」

 

 ……ケルベロス、お前は何でもう。

 ま、平和ならいいか。

 それにあいつは普通に強いし、ティアが管理してくれているなら心強いな。

 

「まあそう言うことだ。後は弟の顔を見たかったんだが……色々と顔が増えているな、この眷属は」

 

 ティアはゼノヴィアを見ながらそう言った。

 部室の皆は特に驚いていないから、多分部長に既に話されていたんだろうな。

 

「……そう言えば、祐斗はいないんですか?」

「祐斗なら屋上でたそがれているらしいわ……呼んできてもらってもいいかしら、イッセー。皆に話したいことがあるから」

「わかりました、部長」

 

 俺は部長の言葉を聞いて、そのまま旧校舎の屋上に行った。

 屋上と言うより、屋根の上だな。

 祐斗は屋根の上で、静かに寝転がっていた。

 

「何してるんだ? イケメン」

「……イッセー君。うん、少し空を見てたんだ」

 

 俺はそういう祐斗の隣に同じように寝転ぶ。

 

「……この空は、どこまで続いているんだね。この空の向こうには僕の同士がいて、僕の周りには仲間がいる。僕はそんな簡単な事を忘れてたんだね」

「忘れてなんかねえよ。お前はあのときでも少しでも冷静であろうとした。だからお前は怒りでただ暴走していただけだ」

 

 俺は少し笑むと、祐斗は苦笑いをしてありがとうと言ってきた。

 

「……君が、何を憎んでいるのかなんて僕には想像できない」

 

 ……祐斗は俺にそう言ってくる。

 ああ、そう言えば俺は祐斗に怒って、あんなことをいったな。

 

「もちろん、知りたくはあるさ……でも、僕には想像もつかないことを君は背負っているんだろうね」

「……そんなんじゃねえよ」

 

 俺は切りすてるようにそう言うと、祐斗は話し続けた。

 

「……僕は聞かないよ。気になるけど、君が皆に、僕に話してくれるまでは僕は僕のままでいるよ。君が気付かせてくれたんだ―――仲間って、いいね」

「今更か?」

 

 俺達はどちらともなく笑う。

 

「お前は最強の『騎士』、俺は最強の『兵士』になろうぜ」

「うん……僕は君に追いつけるように強くなるよ。イッセー君は僕の目標だからね」

 

 俺はそう言って、祐斗と拳をぶつけあう。

 

「それと忘れてねえよな?お前、部長からのきついお仕置きが残っているのを」

「―――え?」

 

 祐斗の俺の言葉を聞いた瞬間、顔が青ざめる。

 そう……部長は許したけど、別にお仕置きをしないとは言っていないからな!

 

「部長からの魔力を使った尻叩き1000発……そう言えば匙は10000発やられたって言ってたっけ?」

「……それは、諦めるしかないのかな?」

「うん、俺の中のドラゴンも諦めろだってさ」

 

 実際には何も言っていないけどな。

 

「んじゃ戻りますか。祐斗、部長は優しいからせいぜい1000回で止めてくれるから安心しておけよ」

「……ふっ、あはは! 本当に……君がいたら退屈しないね」

 

 ……祐斗のこんな笑い方を見たのは初めてだな。

 でもいいじゃねえか……お前はそれの方がいい。

 それでお前や皆は明日に進めばいいからな……俺はそう思った。

 

「明日は必ずある……本当に、そうだよな」

 

 俺は聞こえない声でそう言って、そして俺と祐斗は皆の元に戻って行った。

 ―――そうだよな、ミリーシェ?



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番外編3 追憶のオルフェル

 視界は朧に包まれる。

 朦朧とする視界の中で、俺はほんの少しだけ意識を持っていた。

 俺は誰だ。

 ここはどこだ。

 …………そんな思考もすぐに解消される。

 ああ、これは夢だ。

 久しぶりの夢だ……兵藤一誠に転生してすぐの赤ん坊の時以来、見ていなかった昔の夢。

 名前を忘れた、昔の俺の記憶。

 俺はその映像に、意識を奪われた―――……

 ―・・・

『―――棒、相棒!』

 

 ……ッ!

 俺は心の中から叫ぶように呼んでくる相棒の声で目を覚ました。

 俺……オルフェル・イグニ―ルはぱっとその場に起きると、そこは何もない草原の草むら。

 心地いい風が時折吹いて、俺の髪を靡かせる中、俺はふと思い出す。

 そうか、俺は今日の修行を終えてここで昼寝をしていたのか。

 

「んん~~……はぁ、おはよう、ドライグ」

 

 俺は軽く背筋を伸ばして、ドライグ……

 俺の中に存在する神滅具(ロンギヌス)である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に封印されるドラゴンの魂に話しかけた。

 

『ああ、おはよう。それにしても珍しいな。随分と長い間、寝ていたじゃないか』

「ああ、今日の修行はきつかったからな……流石にトップクラスの魔物から生身で逃げ回るのは死すら覚悟するよ」

 

 修行……というより俺が神器に目覚めたのは今からちょうど、3年とちょっとが経過した。

 俺が神器に目覚めた理由は俺の大切な幼馴染……ミリーシェとの約束を成就させるためだった。

 そして俺は目覚めて以来、ずっとこの力を鍛えてきた。

 生身の人としての体を壊す勢いで鍛え上げて、神器の倍加に耐えれるほどの体を押つくらないといけない。

 10秒ごとに宿主の力を倍増していく最強の神器を持っていても、宿主がそれに耐えれなかったら無意味だからな。

 それに俺には……魔力と言うものが皆無だ。

 ドライグには最初の時に「魔力の総量は微々たるもので、倍加しても大したことはない、歴代で最も才能がない最弱の赤龍帝」……なんて称されたな。

 

『相棒、それは少し待ってくれ。あの当時と今は違うさ』

 

 分かってるよ……才能がないのは確かだしな。

 魔力なし、元の力も弱い、マシなのは頭と戦い方。

 知恵があっても体がついて行かない、最弱って言われても仕方ない。

 

『……だが努力は時にして大器晩成を果たす。才能がないのが弱いなんて事はないさ』

 

 ……修行を初めて、俺は馬鹿みたいに強い魔物と生身で戦ったり、世界中をその足で歩いて修行の旅なんてことをしていた。

 その度、馬鹿みたいに強い魔物、時には悪魔とか堕天使とかと戦って俺は少し前に、ついに禁手(バランス・ブレイカー)に至った。

 歴代で最も遅かったらしいけど、でも精度はかなりの物だとドライグは言っている。

 基礎となる体は完全に出来上がっていて、力不足は禁手の力で結構解消された。

 

『…………だが、そろそろ相棒も恋しくなってくるんじゃないか? もう3年近くも会っていないんだ』

「……恋しいさ。きっとミリーシェも一緒だ」

 

 ……俺は恋人であるミリーシェと3年も会っていない。

 違うな、会いたくても会えないんだ。

 もちろん今でも俺はミリーシェのことを好きで、愛している。

 俺とミリーシェが会えない理由は、それは俺が神器に目覚めてすぐに発覚した。

 ―――簡単に言えば、敵である運命の神器、俺の持つ籠手と同じく神滅具のひとつ、白龍皇の翼(ディバイン・ディバイディング)をミリーシェが有していたことが原因なんだ。

 これには流石のドライグも驚いていた。

 赤龍帝と白龍皇、この二者が深く近い所に生まれたのは過去から現在でも、これが初めてだったらしい。

 大体は全く知らない他人で、互いのドラゴンの力に引き寄せられてそして戦い、殺しあう。

 それが赤と白の運命……だからこそ宿主は……

 

『覇を求める……故に二つの神器の中には怨霊に近い、呪詛の魂。歴代赤龍帝の意識が存在しており、赤と白を戦わせようとする』

 

 そうだ。

 赤龍帝の力も、白龍皇の力も絶大だ。

 そんな力に目覚めてしまえば、普通だったら力を求め、溺れ、そして自分を見失う。

 戦うことだけが全てになり、そのためなら非情にもなる。

 でも俺はそんな赤龍帝は嫌だ……俺は、戦うためだけで強くなんかなりたくない。

 俺は困っている人、助けを求める人の為に力が欲しい。

 

『ふふ……そんな考えをするのは相棒が初めてだよ。故に相棒は素晴らしい。覇を求めず、守るために力を欲する。相棒はこれまで、非力ながらも沢山の命、救いを求める者を救ってきたじゃないか』

 

 ああ、そうだな。

 世界中を修行の旅で回って、その先々でいろいろなトラブルに巻き込まれて俺は傷つきながらも守ろうとした。

 守れたものもあるし、守れなかったこともあった。

 だからこそ俺は力を欲するんだ。

 誰も傷ついてほしくない、助けたいから……だから力に溺れる”覇”なんて、いらない。

 

『優しいドラゴン、相棒に助けられた者たちが相棒を見てつけたあだ名だ。そして俺は相棒を最高の赤龍帝と言おう。過去、現在、未来……これ以降、相棒に勝てる優しい赤龍帝はいない……だからこそ、相棒には期待したい』

 

 ああ……赤と白の宿命は俺がどうにかしてやる。

 赤と白の宿命……こいつが俺とミリーシェが一緒に居られない理由だ。

 本来、赤龍帝と白龍皇は他人だ。

 それが今までの普通のことであったんだけど、今回はそれとはあまりにも違い、俺とミリーシェは生まれて以来の幼馴染。

 しかも互いに想い会っていて、恋人でもある。

 心も体も繋がっていて、それに前例がないからだろうか……

 俺とミリーシェは、近くにいると、互いにその心が張り裂けるほどつらくなる。

 神器の中の歴代の先輩たちの意識が、俺とミリーシェを戦わせようとするんだ。

 こんなことは一度もなかったらしく、ドライグはそのことについて驚いていた。

 

『相棒と白龍皇の想いは強すぎるがゆえに、だからこそ神器の中の魂は反応し、戦わせようとする。覇の道に歩ませようとする』

「でも俺とミリーシェはそんなことは望んでいないよ。だからこそ、今は互いに離れているんだ」

 

 ……そして俺とミリーシェはある一つの約束をした。

 もし仮に、歴代の赤龍帝と白龍皇が何も言えないような、戦いが楽しいと思えるほどの最高の赤と白の戦いを繰り広げたら、もしかしたら神器の闇は薄くなるんじゃないか。

 そうしたらどうにか赤と白の運命を覆すことが出来るんじゃないかって。

 そう考えたんだ。

 それで俺はそれまでずっといたミリーシェの傍を離れ、最初で最後のミリーシェとの戦いのために力をつけている。

 ―――じゃないと、俺はミリーシェに瞬殺されてしまうからな。

 

『今代の白龍皇、ミリーシェ・アルウェルトは過去最強の白龍皇だ。女皇という二つ名を持っていて、しかも魔力は相棒とは天と地の差。しかも才能があり、まるで相棒と真反対だからな』

 

 そう、ミリーシェは異常なまでに強いんだ。

 昔から運動は出来たし、昔喧嘩した時なんて俺は手も足も出なかったくらいだ。

 年齢を重ねて言っておとなしい性格になり、女の子らしい子になったけど、その根本の部分は全く変わっていなかった。

 しかもミリーシェは神器に覚醒してから少し経つと禁手化したからな。

 でもミリーシェは圧倒的な力を持っているのに、覇はどうでもいいと言っている。

 

『覇、なんてどうでもいいよ。私はオルフェルと一緒にいたら、それだけでいいから!!』

 

 ……俺はミリーシェにそう言われた。

 俺がミリーシェの元を去る時、俺はあいつと少し会話をした。

 その時に言われたのが今の言葉。

 あいつは……全く、恥ずかしいことをさらっと言いやがるよ。

 

『相棒もまんざらではないのじゃないか?』

「は、はあ!? う、うるさい! ……っなの、当たり前だろ」

 

 照れ隠しみたいに俺は言うと、ドライグは更に笑う。

 ……そうだな、俺の一番の成長はそのことを否定せずに肯定できるようになったことか。

 ったく、主をなんだと思ってんだよ。

 

『相棒だよ。最初から最後まで、オルフェル・イグニ―ルは俺の最高の相棒だ。それ以上も以下もない』

「……はは! 同感だ」

 

 俺は草原に再び寝転がって哄笑する。

 にしても空は蒼い。

 雲ひとつない、見渡す限り蒼い空。

 ……もう、時間はない。

 俺はミリーシェとの約束で、毎日のように神器の中の歴代の先輩達に話しかけている。

 神器の奥の心層世界は真っ白な空間で、そこにテーブルと椅子があるんだけど、その椅子に歴代先輩は静かにうつむきながら座っている。

 魂の抜け殻のようなものだな。

 説得を試みるけど、やっぱり誰も返してくれたことはない。

 でも、それでも昔に比べたら呪いのような闇はマシにはなったと思う。

 

『ああ、相棒のがむしゃらな努力に歴代の赤龍帝は少しずつ、惹かれ始めている証拠だ。このままいけば、相棒と相棒の嫁の願いは叶うかもしれないな』

「ああ、そうだな……って嫁って言うな! 恋人だ!」

 

 俺はドライグの軽口にそう反論するけど、俺はポケットの中から一枚の手紙を出した。

 宛先は俺で、差出人は……ミリーシェ・アルウェルト。

 ミリーシェが俺の元に送ってきた手紙だ。

 俺はそれの内容に目を通した。

 

『やっほー、私の愛しきオルフェル! 元気にしてるかな? 私は貴方に会えないから全然元気じゃないよ! もう3年もオルフェルの生の匂いを嗅いでないから、オルフェル欠乏症に陥ったよ! キスしようよ!!』

 

 ……始まりがこんな駄文な俺の幼馴染。

 

『ああ、オルフェルに会いたいなぁ……っと思っていたらもう3年に経ったね! オルフェルは約束、覚えてる? もう少しだよ?』

 

 ……ああ、覚えているよ。

 もう三年近く経ったけど、俺達の約束はもう少しだ。

 あと数日で、俺は生まれ育ったミリーシェの元に帰る。

 

『……そうか。とうとう、なのか』

 

 俺はそのままミリーシェの手紙に視線を戻した。

 

『成功したら、私はやっとオルフェルと一緒になれるね! やっと……だから早く帰ってきてね? 貴方を愛するミリーシェより』

 

 ミリーシェの手紙は簡潔にそう締めくくられて、終わった。

 俺はそれを再びポケットにしまいこんで、そして勢いよく立ち上がる。

 

「ここから歩いて帰ったら、ちょうどその日でつく。のんびり行こうぜ、ドライグ」

『ああ……少し体を休めるためにもそうしよう』

 

 俺はそのまま、歩き出す。

 とてつもなく俺の故郷からは離れているけど、まあ鍛えた体からしたら大したことはないな。

 俺は帰る……戦いを決めた、約束の日のために。

 つまり俺とミリーシェ―――最初で最後の赤と白の戦いのためだ。

 ―・・・

 俺は数日かけて故郷に帰った。

 故郷の風景はまるで変わっていなく、俺は故郷のホテル、というより宿舎に旅の荷物を置いて着替える。

 なるべくお洒落な服に着替え、俺は故郷で有名な噴水のある広場に向かった。

 流石に休日は人がごった返していて、俺は適当にベンチに座ってのんびりとする。

 疲れとかは全然ないけど、でも帰ってきたという実感がわかないんだよな。

 あいつに会わないと……そう思った時、不意に俺の視界が暗くなった。

 

「問題です! 私は誰でしょう? 正解者には私からのキスと大人なキスと、大人な事をプレゼントです!」

「……そんな馬鹿な事を言うのはお前だけだよ―――ミリーシェ」

 

 すると俺の目元に押さえられていた手は離れ、俺は後ろを振り向く。

 

「あはは……久しぶりだね、オルフェル」

「……ああ、久しぶりだな、ミリーシェ」

 

 そこには三年ぶりに会った最愛の幼馴染の姿があった。

 背は少し伸びていて、どこか大人っぽい雰囲気を出している。

 服装はヒラヒラのスカートに白色のコートを着ていて、髪型は前とほとんど変わらず綺麗なふわふわとした金髪で長い。

 ―――とても綺麗になったミリーシェがいた。

 

「あはは。オルフェルは随分と背が伸びたね? 体もがっちりしてるし……なんか、男らしくなった?」

「俺は前から男らしいから。お前は、まあ成長したな」

「むう! それはおっぱいが全然大きくなって無い私に対するあてつけか!」

 

 ミリーシェは胸元を隠しながら涙目でそう言う……ってお前、胸を気にしていてたのかよ。

 

「ふんだ……どうせ揉み心地が微妙ですよ~だ……いざ揉んだら、どうせオルフェルは溜息吐いて『ふ……小さいな』って言うんだ! えっちの時に溜息吐くんだ!」

 

 め、面倒くさい!

 こいつ、前までこんな面倒だったか!?

 

「こんな人通りの中で何言ってんだよ!! それに俺はどっちかって言うと!!」

「ほ~う? どっちかって言うと控えめな方が好きなのかな?」

 

 …………してやられた!

 こいつ、全部これを言わせるために演技してたのかよ!

 3年会わなかっただけでとんでもなく小悪魔になったな、ミリーシェは。

 

「でも、カッコよくなったよ、オルフェル。顔つきが、前と全然違うもん。あ~あ……私はオルフェルの全てを知っていると思ってたんだけどな~」

 

 ミリーシェは少し寂しそうな顔をしてそう言う。

 ……まだ、俺はミリーシェと普通でいれる。

 俺の中の歴代先輩の怨念は今はドライグにどうにかして押さえて貰っている。

 たぶん、それはミリーシェも同じで白い龍のアルビオンに抑えて貰っているんだろうな。

 

「ま、色々あったからな……前までの俺じゃないよ。少なくとも、変わっていないのはお前への気持ちだけだ」

「……根本は変わって無いってことね。じゃあ、オルフェル!」

 

 するとミリーシェはすっと俺に手を差し出してきて、そしてミリーシェの頬は赤くて笑顔だ。

 俺はその手の意味をすぐに理解して、そしてその手を握った。

 

「久しぶりに、遊びますか?」

「うん! デートだよ! ラブラブデート!!」

 

 ……久しぶりに会った時、二人でデートする。

 これは俺とミリーシェの約束の一つだ。

 俺達の故郷は観光名所で遊べるところなんか山ほどある。

 

「最初は映画だね! 今日はいいのが上映してるんだよ!」

 

 そう言われながら、俺はミリーシェに手をひかれて映画館に行くのだった。

 

「あ、それとミリーシェ。すっごく綺麗になったな!!」

「へっ!? ふ、不意打ちはズルいよ! 今すぐにエッチしたくなるからー!!!」

 

 ……偶にそんな会話を挟みながら。

 ―・・・

『良いじゃないか、ミルシェ……ほら、君だって興奮しているんだろう?』

『だ、ダメよ、オルフ……こんなとこで……あんっ!』

 

 …………………………………………俺は、映画のスクリーンを見ながら絶句する。

 俺は今、ミリーシェと映画を見ているけど、その内容は圧巻の物だった……もちろん、悪い意味で。

 最初は本当に純愛ものと思っていたけど、まさかの開始10分でラブシーン開始だよ!

 しかもなんかリアルだし、しかも名前が微妙に俺達に似通っているし!

 

「ふふふ……」

「お前、確信犯か!」

 

 俺はほとんど人のいない映画館で隣に座るミリーシェにそう叫ぶように言うと、ミリーシェはさも当然のように胸を張っていた。

 

「ほら、予行演習? のための勉強と思えば……」

「お前はいつから、そんなにはしたない子になったんだよ!」

 

 俺はついミリーシェの頭を掴んでギリギリと力を入れる!

 

「いたい! オルフェル、私にはそんな趣味はないよ!」

「るっせぇ! 映画の選択、頭おかしいだろ! もうちょいマシなのがあったはずだろうよな!」

 

 映画館だと言うのに、俺は考えもなしに叫ぶけど、あいにく俺達以外にほとんど客はいないし、居ても寝てる客ばかりだ。

 

「でもね、オルフェル……この映画館で他に上映しているのって、これよりも過激な奴だよ? しかもどろっどろの三角関係の」

「…………とりあえず、出るぞ」

 

 俺はミリーシェの手を引いて映画館から出る。

 ……俺も男だから、ああいうのはこいつと二人で見るのは色々ときついものがあるんだよ。

 そして俺達は映画館を出て、そして街にもう一度歩く。

 

「むぅ……せっかく楽しみにしてたのにぃ……オルフェルが喜んでくれると思ったのに」

「せめて純愛だけにしろよ。あんなシーンばっかじゃあ見た後に気まずくなるだけだろ?」

「ふふふ……気まずくなってよそよそしいのが初々しいんじゃないのかな?」

 

 ものには限度があるっていうの、覚えようか?

 

「ま、流石の私もあれはちょっと恥ずかしかったんだけどね?」

「流石って何だよ……ったく、何でこうも変わったかな。元々悪戯とかは好きだったけどさ」

「大人になったってことだよ! えっへん!」

 

 ……ミリーシェらしいと言えばらしいか。

 ちょっとずれてるところはあるけど、それを全部ひっくるめてミリーシェだからな。

 

「でもオルフェルは男の子なんだから、女の子を引っ張っていかないとダメだよ!」

「じゃあ久しぶりにあそこに行こうぜ?」

 

 俺はこの街にいた時、とくミリーシェと一緒に行ったことがある喫茶店のことを思い出しながらそう言うと、ミリーシェは少しさみしそうな顔をした。

 

「……あの喫茶店、今はないんだ……店長さんが亡くなっちゃって」

「―――そっか。俺がいない間に……」

 

 ……この街も、俺がいない間に随分と変わったんだな。

 そう思うと、少し悲しくなってきた。

 

「……大丈夫だよ。変わらないものもあるから」

 

 ……ミリーシェはそう言って俺の手をぎゅっと握る。

 変わらないもの…………そうだな、俺だってお前への想いだけは変わらない。

 

「……今日はめいっぱい遊ぼ?」

「ああ……そうだな。今日は(・ ・ ・)、な」

 

 俺とミリーシェは互いを求めあうように、どちらともなく自然と握る手を強くする。

 そして俺達はその日、街中を歩き遊びまわった。

 ―――適当な店を見つけては子供みたいに入って、何気ないただの日常を謳歌した。

 ずっと会えなかったからこそ、どうでもよかったことがどうでもよくなくなっていた。

 ただ二人でこんな風に歩くことが、こんなにいいことなんて考えもしなかった。

 離れて初めて分かったんだ。

 いや、再認識した……俺には、ミリーシェがいなきゃダメだってことを。

 俺が三年もの長い期間、命を危ないほどの修行に耐えることが出来たのはきっと……ミリーシェが俺の遥か前にいたから。

 ミリーシェの傍にいたい、だからこそ俺達の問題を俺達で解決する。

 その想いがあったから、俺は強くなれた。

 ―――…………楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。

 永遠に続けと思っても、時間はすぐに過ぎてしまう。

 

「……もう、夕方に近づいてきたね」

 

 人通りのベンチで寄り添うように座る俺とミリーシェ。

 ミリーシェはそんな中で、静かにそう言った。

 太陽は既に沈みかけていて、幻想的な夕焼けが俺達の瞳に映し出されている……時間か。

 

「ミリーシェ……最後に、あそこに行こうぜ。俺とお前が、いつも遊んでいたあの場所に」

「…………うん」

 

 頷きあうと、俺達は立ち上がり再び歩き出す。

 ……楽しい時間は、幸せは終わりなんだ。

 あとは―――全部終わらして、またミリーシェと同じ時間を過ごす。

 それだけだ。

 ―・・・

 広大な草原、俺達の街から数十分歩いたところにある、俺達が良く二人だけで遊んだ思い出の場所だ。

 夕方になると夕焼けが美しく見えて、俺の知る限りでは一番綺麗な場所。

 

「……ここに来たのは久しぶりだね」

「……ああ」

 

 何もない草原、そしてミリーシェは夕焼けを背景にして俺の前に立つ。

 俺の背中を見せて、振り返らずに。

 

「……ずっとね、私は自分の境遇を恨んでたんだ」

「俺もそうだよ」

 

 神器に眠る深い恨みの怨念のせいで一緒に居られなかった……やっと想いが繋がったのに、一緒に居られないと知ってしまった3年前。

 苦しかった……会えないことが、一緒にいれないことが。

 

「……私は、すごく嫉妬深いんだよ。オルフェルが私の傍にいないとき、もしかしたら他の女の子と仲良くしてるとか、そんなこと思ってた……あり得ないのにね」

「……俺に他に好きな人がいるって勘違いして死のうとしたからな。そんなこと知ってるよ」

 

 俺は昔を思い出すようにそう言う。

 俺が神器に目覚めるきっかけ……屋上から落ちそうになったミリーシェを救おうとして、力を欲して発現した神器。

 

「……心が張り裂けそうだったよ。最初の頃なんて毎晩泣いてたよ。今まで毎日会ってたオルフェルとは会えない。だから私はアルビオンに言ってたよ。なんで私を選んだの! ……って」

 

 ……選んだわけじゃない。

 俺とミリーシェが赤龍帝と白龍皇になったのは本当に偶然だろうな。

 ドライグだって、しばらくしてから俺に謝ってきた。

 自分とアルビオンが争っているから、想いあっている俺達を引き裂くような真似をして……でもそれは違うってことは分かっている。

 こうなってしまったのは、ドライグのせいではない。

 力という”覇”を求めた歴代の赤龍帝と白龍皇の過失だ。

 ただ戦うためだけに覇を求め、そして死んでいった。

 

「でも俺達は誓った……赤と白の運命を変えて見せるって。だからこそ、俺はお前から離れて、そしていつか一緒になるために―――強くなった」

「……そっか」

 

 ミリーシェはそう言うと、俺の方に振り向いて一歩ずつ俺に近づいてくる。

 そして俺の目の前で立ち止まって、少し顔を俺の方に向けて目を閉じた。

 俺はそれに応えるように…………ミリーシェにキスをした。

 短い時間の接触……それがいつまでも続けばいいと思うけど、でもそれはすぐに終わる。

 

「……好きだよ、オルフェル。ずっとずっと、小さいころから生まれた時から大好きだよ」

「…………ったく、お前の愛は重くて純粋だな。でも―――俺はそんなお前が好きだから、どうしようもないな」

 

 夕焼けに照らされるミリーシェは嫌に幻想的に見える。

 愛しい……でも俺は覚悟を決めよう。

 

『……もういいか? 相棒』

「ああ……ありがとな、先輩方を押さえてくれていて」

 

 ドライグが様子を窺っていたように、ミリーシェにも届くように籠手から声を出す。

 

『……実にありえないことだな。赤と白の力を有したものが、こうして一日を過ごすなんて…………満足か、ミリーシェ・アルウェルト』

「……うん」

 

 ……アルビオンの声が聞こえる。

 そっか…………もう時間か。

 

「俺達は歴代の怨念が消し去るほど、戦いを楽しいと思わせるために全力で戦う……ミリーシェ、そうだったよな」

「そうだよ……ここからは、私も自分は抑えれないから」

 

 ……籠手の中から、俺の魂に怨念がへばりつく。

 ―――殺せ、白は敵だ……奴を殺せ

 ……そんな声が聞こえるけど、俺はそれをふりはらう。

 

「いつまでもそんなことを言ってんじゃねえ! お前らは見ておけ……最初で最後、最高の赤と白のぶつかり合いを!」

 

 俺はミリーシェの方に拳を向けた。

 

「ミリーシェ、いくぜ……ブーステッド・ギア」

「……ディバイン・ディバイディング」

 

 俺は左腕に籠手型の神滅具、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を展開し、ミリーシェは背中に翼の神滅具、白龍皇の翼(ディバイン・ディバイディング)を発現する。

 ……ミリーシェをこうして目の前にすると、明らかな強さが肌を通じて分かる。

 

「……流石は女皇。威圧感が半端じゃないな」

「オルフェル。私はオルフェルが好き……だから手加減なんかしてあげない。私のもつ全ての力をオルフェルにぶつける!」

 

 ミリーシェは動き出す。

 元の魔力が俺とは雲泥の差だからか、神器の力がなくとも既に速度は俺よりも上だ。

 

「いくぞ……ブースト!」

『Boost!!』

 

 籠手から倍増の音声が鳴り響き、俺は飛んでくるミリーシェを避けて距離を取る。

 ……ミリーシェの半減の力は強力だ。

 触れたものの力を10秒ごとに半減して、それを自分の糧にする。

 それが白龍皇の力だ。

 

「触れなければ意味がない。俺はそれを3年間、考え続けてきたさ」

『Boost!!』

 

 だけど俺は違う。

 俺は10秒ごとに自分の力を倍増させる……つまり触らさせなければそれだけで俺は強くなる。

 たとえ一の力が弱くても、時間が立てば俺は強くなれる。

 

「悪いけど、格好悪いがこういう戦い方をさしてもらう。お前の攻撃は、当たらない!」

「……なら、こういうのはどうかな!!」

 

 ミリーシェは白い翼を体に這わせ、そして次の瞬間にそれを羽ばたかせる!

 それは白い魔力弾となって無数に俺へと放たれた!

 

「ッ! ホント、才能って怖いな!」

 

 俺は放たれる魔力弾をかわしながら倍増してゆく。

 俺はある程度の力を倍増しなければ魔力弾は放てないけど、ミリーシェは元からの魔力が高いからそうではない。

 こんな風に、強力な魔力散弾をも軽く放てるからな。

 

『Boost!!』

 

 そうしているうちに俺の籠手は6段階の倍増を完了する。

 ミリーシェは白い弾丸を撃ち続けているせいか、動けてはいない。

 よし……いくぜ!

 

『Explosion!!!』

 

 籠手の力が解放され、俺の力は何倍にも膨れ上がった!

 俺はその力を身体能力に加算して、そして一瞬でミリーシェの後方に移動する。

 今の速度は目では絶対に追えることはない……ミリーシェは俺が後方に来ていることに気付くことに少し遅れ、俺はミリーシェが振り返った瞬間に、ミリーシェの額ギリギリに拳を突き付けた。

 

「―――今の一撃、決まってたら俺の勝ちだ」

「…………あはは。そっか。私は神器の扱いでは負けたんだ―――なら」

 

 ミリーシェは一瞬で俺の傍から離れ、空中に浮かぶ。

 残念だけど俺は籠手の状態では空中には行けない。

 ただの神器としての勝負は俺の勝ち……なら次は間違いなく―――禁手での戦いだ。

 

「驚いたよ、オルフェル……魔力もほとんどないのに、それでも神器の扱い方は私なんかよりも強いなんて。でもここからは神器の使い方とか、そんな次元の話じゃないよ?」

「……そうだな」

 

 俺とミリーシェは地と空中に見つめあう。

 

「「バランス・ブレイク」」

 

 両者同時にそう言った瞬間、俺達は赤と白のオーラに覆われた。

 体中に鎧が装着されていき、そして……

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺とミリーシェは、赤い鎧と白い鎧をそれぞれ装着した。

 対極、赤と白の奥手だ。

 ”赤龍帝の鎧”(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)”白龍皇の鎧”(ディバインディバイディングスケイルメイル)は対となる二つの力だ。

 

『ドライグよ……貴様の主と我が主の才能の差、思い知るがいいさ』

『ふふ……アルビオン、才能だけが強さと思っているなら、お前はこの男に恐れおののく。才能の無さは、時にして強さになると』

 

 ……ドライグとアルビオンの神器越しでの会話の最中、俺は鎧の力で飛行能力を得たためにミリーシェと同じ目線に浮く。

 鎧に体全身が覆われているため、ミリーシェの顔は見えない。

 

「禁手化同士の赤と白の戦い……これが本当の勝負だよね?」

「ああ……楽しもうぜ、一世一代の戦いだ―――なあ、ミリーシェ!!」

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 俺はブーステッド・ギアの禁手の力を使い、限界を越えた倍増の応酬を披露する。

 これこそが赤龍帝の鎧の真骨頂。

 ミリーシェは俺の力に対し、少しばかり関心したような声音を漏らしていた。

 

「……ッ! これが赤龍帝の……オルフェルの力」

『ミリーシェ。お前の力は触れなければ機能しない』

 

 アルビオンがミリーシェにそう言うと、ミリーシェは翼を羽ばたかせる。

 ……すげえな、魔力が段違いだ。

 だけど……行くぞ、ドライグ!

 

『応ッ! 相棒、お前の力を奴に見せつけろ!』

 

 俺は極大な赤い魔力の塊をつくり、そしてそれをミリーシェに放つ!

 

拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!」

 

 魔力弾は放たれた直後、ミリーシェに向かう最中に拡散して幾重にもなる。

 一つ一つが相当の威力だ……どう出る?

 

「……うん。これならいけるかも」

 

 ミリーシェは魔力壁をつくりだして俺の魔力弾を阻もうとする……でも目的はそれじゃない!

 魔力壁を介して、あいつは俺の弾丸に触れている!

 

『Divide!!』

 

 ……俺のドラゴンキャノンは半減された。

 俺に触れていないのに、そんな芸当すらもできるのかよ。

 弾丸はさらに半減し、更に半減されて力は完全に消失する。

 

「半減した力を更に自分の力の糧にする……白龍皇の力、忘れたわけじゃないでしょ?」

「……当然、そいつの対処も考えてきたんでね!」

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 ミリーシェには遠距離戦じゃあ戦いにならない!

 だったら、倍増の全てをパワーに変えてやる!

 俺はミリーシェの付近まで一瞬で移動して、そして背後に回り込む!

 一度でも触られたらそれでもう半減の対象だ!

 しかも俺は半減された力を倍増で元に戻せるけど、ミリーシェはその分強くなるからそれで俺は詰んでしまう!

 

「―――オルフェルの事は、ミリーシェは何でもお見通しだよ?」

 

 ……その言葉が聞こえた瞬間、ミリーシェは翼から極大な魔力弾を撃ち込むッ!

 俺はそれを避けきれず、そして地面に直撃しそうになるのを何とか押しとどまるけど、でもミリーシェは既に俺の前にいた!

 

「くそっ!」

「無駄だよ、オルフェル!」

 

 でもミリーシェは俺の腹部に打撃をいれ、そして一度俺より距離を取った。

 まずいッ!

 

『Divide!!』

 

 ―――俺の体から、力が半減される。

 それに負けじと、籠手は更に倍増するけど、でもまたミリーシェの力で半減する。

 不味い……このままじゃあミリーシェの力が上がり続ける!

 

「ドライグ、あれをするぞ!」

『……気をつけろ。あまりにもあれは諸刃の剣だ―――決めろよ、相棒!』

 

 俺は赤龍帝のオーラを全て前面に出す!

 

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 俺の力は再び倍増され続け、俺は倍増した瞬間に力を全ての力を解放した!

 

「くらえ! ドラゴンキャノン!」

 

 俺はすぐさま龍の形をした魔力弾を撃ち放った!

 ……力を取られるくらいなら、力を溜めて惜しげもなく使い果たす。

 これが俺が考えた白龍皇の対処法の一つだ。

 俺がミリーシェに触れられた以上、もう半減の力からは逃れられないからな。

 

「……ッ! これでは私の白龍皇の力からは逃れられないよ!」

『Divide!!』

 

 ……再び俺の力は半減される。

 だけど倍増の力を全て使い果たしたから、大してミリーシェの力は上がってない!

 

『身体の負担を何も考えず、力をあげて途端に使う……何度も何度もアクセルをを踏み続ける車と同じ原理だ。相棒だからこそ、肉体が完成形となっているからこそできる芸当だ』

 

 ああ、これは負担がすごい。

 ミリーシェの半減を発動する前に全ての力を使い果たすなんて、正直魔力皆無の俺からしたら自殺行為だ。

 だけど……これくらいしないと、運命なんか変えられない!

 俺はミリーシェに近づき、そしてその付近から一気に倍増の力を込める拳で殴り飛ばす!

 

「くッ! なら!」

 

 ミリーシェも同じように俺と近距離戦で殴りあった。

 ……昔、ミリーシェと喧嘩した時のことを思い出す。

 そういえば昔は俺はミリーシェにいつも泣かされてたな……こいつは普段はぽわぽわしていたくせに、怒ったら鬼のように怖くて強いから。

 でも今は……

 

「いつまでも俺は同じじゃない!」

「なら見せてよ! オルフェルの、力を!」

 

 ミリーシェは俺から奪った力を全て魔力弾に変えて俺に放つ!

 

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 再びなる倍増、そして俺は一気にミリーシェの魔力弾へと向かって、同じように魔力弾を放つ!

 

追尾の龍砲(ホーミング・ドラゴンキャノン)!!」

 

 でも俺はそれを相殺のために使わない。

 それは全て、ミリーシェにダメージを与えるための追尾型の魔力弾。

 魔力弾は俺のコントロールのもと、雨のようなミリーシェの魔力弾を潜り抜けてそしてあいつに直撃する!

 そして俺もまた、幾重もの魔力弾を直撃して、鎧のあちこちに傷が生まれた。

 

「はぁ、はぁ……オルフェル、強いね。魔力なんてほとんどないくせに、最小限の力で最大の攻撃をする。もしオルフェルに私みたいな魔力があれば、オルフェルは私にすぐに勝てるね」

「ぬかせ……ないものねだりはしないさ。さぁ、俺はまだまだ戦える! やろうぜ、ミリーシェ!」

『Boost!!』

『Divide!!』

 

 互いの反発しあう力が力を相殺しあう。

 これは長期戦になる。

 

「いくよ、オルフェル!」

 

 ミリーシェが流星のように俺の元にすごい速度で向かい来る。

 近距離戦での殴り合い、遠距離戦での魔力弾での応戦。

 同じような事を何度も何度も繰り返し、俺達は遥か空中で互いに想いをぶつけあいながら戦う。

 ―――楽しい。

 こんなにも均衡する戦いは初めてだ。

 さっきから、俺の中の怨念が姿を現さない。

 

『相棒……随分と歴代の赤龍帝の怨念が静かだ。おそらく、この戦いを見届けているのだ』

 

 そうか……なら、もっと頑張らないとな!

 

「はぁ、はぁ……そっか、長期戦になったら不利なのは私だね」

「……気付いたか」

 

 ……俺のミリーシェの対処法の一つは単純に長期戦。

 長い間、俺はこの体一つで戦い続けてきたからな……スタミナには自信がある。

 白龍皇の力はパワーは奪えてもスタミナまでは奪えない。

 たとえ、圧倒的な魔力の差があってもミリーシェにその余裕がなければ怖くない。

 

「才能がないのは時に強さか……オルフェルの中のドライグが言った意味が分かったよ―――オルフェル、貴方は強い。最弱だなんて言われてるけど、そんなことないよ。現に私は追い込められている」

『…………認めたくはないがそうだ。ミリーシェ、貴様は押されているな』

 

 アルビオンが宝玉からそう言う。

 ……って言っても既に俺の中には魔力は残されていない。

 スタミナだけで、近距離戦だけで戦えるか?

 

『戦おうじゃないか、相棒……いつでも相棒は不利な状況で戦ってきた』

 

 ……そうだな。

 いこうぜ、相棒!

 

『応ッ!』

 

 俺は背中のブースターから倍増のオーラをジェットのように使って、一気にミリーシェと距離を詰める。

 ミリーシェは俺の顔面に拳を放ってくるけど、俺はそれをいなしてカウンターで腹部に打突を加え、そしてミリーシェの鎧の籠手を蹴りで粉砕した!

 

「ッ! アルビオン、修復!」

「やらせるか!」

 

 俺は焦るミリーシェを地面に向かい蹴り飛ばし、そしてそれを追いかける!

 

『Divide!!』

 

 ……力が半減され、ミリーシェは降下途中に魔力弾を放ってくるが、俺はそれを何とか避け続ける!

 途中、何度か直撃して鎧の各所に穴が空く。

 だけど俺はミリーシェに追いつき、そしてその背中の翼に向かって全力の拳を加えた!!

 

『ッ! 避けろ、ミリーシェ!』

 

 アルビオンがそう言うが、関係ない!

 

『Transfer!!!』

 

 俺はミリーシェの翼に倍増した力の全てを注ぎ込む!

 その途端、ミリーシェは嬌声をあげた!

 

「あぁぁぁっ……! これはぁぁ……!?」

「白龍皇の力を利用させてもらうぜ!」

 

 俺は嬌声をあげた直後、ミリーシェを再び空中に投げ飛ばす!

 ……白龍皇の力は半減した力を自分の糧にする。

 だけどそれは、吸収した力が自分のキャパシティを超えていたら、その翼から力を放散して体の決壊を止め、いつでも万全の状態で戦えるという力だ。

 だから俺は、半減どころか全ての力をミリーシェに送った。

 倍増で限界まで高めた力……濃密度の倍増の力だ。

 それで突然の力が翼に入ったことで翼から出される吐きだす力と、俺が渡した力を吸い取る力が暴発して神器が暴走を起こすってことだ。

 

「ドライグ、全力だ!」

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 今までよりも限界に近づくほどの倍増を俺はする!

 これは体への負担が思っていたよりもすごいッ!

 だけど行ける!

 

「これで終わりだ!!」

 

 俺は背中のブースターより倍増の力を放射して、一気に遥か空中でミリーシェに近づく!

 そして付近に来た時だった。

 

『ッ!? 相棒、逃げろ!!』

『赤龍帝、ミリーシェを連れて更に高く飛べ!!』

 

 ……突然、ドライグとアルビオンが俺にそう言ってきた。

 その途端、俺は背筋に冷たいものを感じて、言われた通りにミリーシェの手を掴んで空中を飛んだ。

 ―――その瞬間だった。

 

「ッッ!!」

 

 今まで俺達が浮遊していた所は、青黒いブレスのような極大な力で貫かれ、それは遥か向こうまで伸びていた。

 

「……これは、どういうことだ?」

『……相棒、気をつけろ。まずは向こうを見ろ』

 

 俺はドライグに言われた方向を見る―――そこには、あり得ない存在がいた。

 

「……なんだ、この禍々しい―――ドラゴンのオーラはッ!!」

 

 俺の視界には……体調が200メートルを軽く越す、青と黒の色をしたドラゴンがいた。

 

『奴は邪龍だ』

 

 ……アルビオンがそう言うと、俺の腕の中にいるミリーシェがようやく動けるようになった。

 

「……オルフェル、あれは」

 

 ミリーシェはその禍々しい邪龍を見て、少し震える。

 

【おいおい……適当に暴れてやろうと思ったら、どうした? まさか赤と白の戦いに遭遇するとはよ―――この蒼闇の滅龍(ブルーネット・ルインドラゴン)、ガルゲイルを混ぜろや】

 

 ……邪龍が離れた所から、嘲笑うようにそう言ってきた。

 

『相棒、奴は邪龍と筆頭されるドラゴンの一歩手前にいる、強力な邪龍だ。あのブレスに当たれば死をも覚悟するような滅亡が襲う』

 

 俺はドライグの説明を聞いて、静かにミリーシェを支える手を離して、ミリーシェと共に宙に浮く。

 ……でもそんな説明の最中、俺は恐れよりも耐え難い怒りに囚われていた。

 ―――この日のために努力を続けて来た日々、俺の大切な存在を手に掛けようとした畜生の存在。

 それに対する度を越えた怒り。

 

「……なあ、ミリーシェ―――俺さ、今かなり怒ってんだよ」

「同感……最初は少し怖かったけど、でも今は私も怒ってるよ」

 

 ……ミリーシェの声は怒気が含まれている。

 そう、俺達が長い間かけて用意してきた戦いを邪魔されて、俺の中の怒りは頂点に達している。

 

「一時休戦だ。俺の中の先輩の怨念も、今はあいつをぶっ殺せって言ってる気がするからさ」

「……ふふ。赤と白が共闘するなんて、まさかと思うけど、今までなかったはずだよね」

 

 俺とミリーシェはそう言いながら共に邪龍の元まで空を掛けながら行く。

 

『よもや、お前と共に戦うことになるとはな、白いの』

『……だがそれもいい。流石に俺もこうも三下に邪魔されたら、頭にくるものだからな』

 

 ……皆の気持ちが、一つになる。

 

【おぉ?まさか二人で相手にしてくれんのか? まあお前ら、死は確定だけどな!!】

 

 邪龍はお構いなしにその尻尾を俺とミリーシェに振るってくる。

 ―――ミリーシェが完全にキレている意味、こいつには分かんないだろうな。

 

「―――切り裂け」

 

 ……ミリーシェがそう呟いた瞬間、ミリーシェの翼は邪龍の尻尾を―――完全に切断した。

 

【は? はぁぁぁぁああああああ!!?】

 

 邪龍は突然のことに驚くけど、悪いけどこうなってしまったミリーシェはもう止まらない。

 ミリーシェの魔力の性質は……怒りが頂点に達した時、全てを切断する性質に魔力が変わる。

 そして神器は宿主の想いに応えて進化するからな……言わば、切断の翼。

 

「邪魔しないでよ。私はオルフェルと戦って、一緒になって、子供を作って、いっぱいいっぱいラブラブするって決めてるんだからさ。子供の名前ももう決めてるし、老後のことも全部私の頭に入ってるんだからさ……三下が水をさすなよ、屑龍」

 

 ……ミリーシェは本気でキレた時、マジでやばい。

 しかもそれが俺が関係していることなら、こいつは怒りのせいで俺とミリーシェの邪魔になる存在を全て消そうとする。

 ―――思い出すだけで怖いぜ……ミリーシェに手を出そうとしたクラスメイトの男子の末路。

 だけどこの状態のミリーシェは正直隙だらけだからな!

 

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

【黙れ、白龍皇ォォォォォォォ!!!!!!!】

 

 邪龍がミリーシェにブレスを吐こうとした瞬間、俺は邪龍を拳で殴り飛ばす!

 怒りで俺の力も相当高まりが早くなっている!

 邪龍は俺からの衝撃波で一気に飛ばされ、そして体の至るところから傷が生まれていた。

 

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない―――許さない!!!!!」

 

 ……ミリーシェの追撃が邪龍を襲う!

 ミリーシェの翼から全てを切り刻む魔力弾が放たれて、邪龍の体を抉る!

 

『……相棒、彼女はなんだ? 明らかにさっきよりも動きも力も上がっているではないか』

「……ミリーシェは昔からさ、俺が関わったら暴走するんだ。特に俺が昔、クラスメイトにはぶられたときなんかヤバかった―――クラスの男子を血祭りにあげたよ」

 

 ……どうしてもあの時のことと今が重なってしまう。

 それほどにあの邪龍、本領以前に圧倒されている。

 

【うがァァァァぁぁああああああ!!!?】

 

 邪龍が口を大きく開いた!

 これは間違いなく今のミリーシェでは防ぐことなんかできない!

 っていうか今なお切断の魔力弾を撃ち込んでるし!

 

「間に合えよ……ッ!」

 

 俺は避ける動作もしないミリーシェの手を引いて、そのまま投げ飛ばした瞬間に邪龍は蒼黒いブレスを放ち、俺はそれをかすかに鎧がかすめるッ!

 かすっただけで鎧に穴が空く……あいつの攻撃は相当厄介だ。

 あいつはのろいけど、代わりに強い力を持っているようだからな。

 ……その時だった。

 

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!』

 

 ……邪龍に包まれるドラゴンの強大なオーラが、次々と消失していく。

 ―――見ると、そこには白いオーラを体に包みながら怖いほどのオーラを放っているミリーシェの姿があった。

 

「オルフェルが傷ついた……オルフェルが痛がってる……許さない、ホントに許さない!!!」

 

 そしてミリーシェは奪った力を全て超極大の魔力弾に変えている!!

 あいつの今のキャパシティーを完全に乗り越えて、全部の力を使えてる!?

 

『末恐ろしいな……だがあの程度では邪龍は倒せないぞ!」

「だからこそ、俺がいるんだろ?」

 

 ……俺はミリーシェの傍に近寄る。

 

「あ、オルフェル。待っててね? 今すぐオルフェルを傷つけたあいつを殺すから」

「……ああ、だけどそれでもあいつは殺しきれない―――だから俺の力を使え」

 

 俺は天に手を仰いでいるミリーシェの手を取って、力を手に集中させる。

 

『Transfer!!!』

 

 そして倍増して限界まで高めた力をミリーシェに譲渡した途端、俺の体は力が入らなくなる。

 だけどまだだ!

 ミリーシェの魔力弾は俺の倍増の力を得て、更に大きく強くなっている。

 ……でもあまりにも大きすぎて、あれじゃあ避けられるだろうな。

 

「ミリーシェ、俺があいつに隙をつくる。その間にあいつにそれをぶっ放て! 俺達の初めての共同作業ってやつだ」

「―――共同作業ッ!?」

 

 俺はそう言うと、力が抜けた体に更に無理を強いた。

 

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 流石にッ、これ以上の倍増は体が引き裂かれるみたいにきついな。

 

「俺が必ず隙をつくる……だから決めろよ?ミリーシェ!!」

 

 俺は全ての限界をかき捨てて、痛みと力の消失で自我を失っている邪龍の元に向かう。

 

【なんだよぉぉぉ!!たかが赤龍帝と白龍皇の分際で!!この俺の力を奪って!!】

「……そんな程度で自我を失っている程度じゃあ、ドラゴンの名が泣くぞ―――俺の知ってるドラゴンは、悠然としていて、優しく、強く……誇り高い! お前なんかと一緒にするのがおこがましい!!」

 

 そうだ……ドライグはもっとすごい!

 こんな奴なんかよりも!

 

【黙れぇぇぇ!!!】

 

 邪龍は俺に向かって未だ強い、ブレスを放つ!

 だけどこんなのは他の魔獣と戦ってて慣れてんだよ!

 むしろあいつらの方がまだマシだ!

 

『奴は滅することで快感を覚えるドラゴンだ……命をかけて生きている魔獣とは違うさ』

 

 ああ、あいつらは生きるために戦ってる!

 こいつは人を殺すため、快楽のために力を使う……それが一番、許せない!

 それに何より、俺達の戦いを邪魔した!

 

「ドライグ、全部拳に乗せろ!!!」

『応ッ!!』

 

 俺はブレスを真正面から赤龍帝の全ての力をオーラにした拳で相対する!

 鎧が次々に決壊する中、でも俺の拳は消えない!

 

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 俺は邪龍のブレスを抜けて、そして自分の拳が壊れるほどの力で邪龍の堅い体を殴りつけた!

 その一撃で邪龍は体の動きを止め、そして隙が生まれる!

 

「いけぇぇぇ!! ミリーシェ!!!」

 

 俺はそのまま邪龍から出来るだけ距離を取り、そしてミリーシェをみた。

 そしてミリーシェは超極大で更に一回り大きくなった白い魔力弾を、邪龍へと放った!!

 邪龍よりも下降の場所からの発動だから、そのエネルギーは全部空に放たれる!

 街には影響はないはずだ!

 

【ぐがぁぁぁぁぁぁぁああ!!! おのれぇぇぇぇぇぇ!!! 赤龍帝、白龍皇!!! お前らを絶対にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!】

 

 ……ミリーシェの白い極大の魔力弾で、邪龍は飲み込まれる。

 そして絶叫に近い声をあげて、そして…………ミリーシェの力で完全に消滅した。

 ―・・・

 俺とミリーシェは再び、相対している。

 邪龍を完全に下し、そして俺達は同じ目線で宙に浮きながら目線を外さない。

 鎧は互いにボロボロで、修復するほどの力ももう残っていない。

 俺とミリーシェは鎧のマスクを収納していて、互いに顔だけが外気にさらされている。

 

「……楽しかったよ、一緒に戦えて―――なぁ~んだ。赤と白の運命ってさ…………もう、乗り越えてたんだよ」

「…………ああ」

 

 ……さっきから、俺の中の怨念は姿を現さない。

 

『……本当に、こんなことがあるんだな。まだ怨念はあるが、だがそれもかなり薄い―――はは、相棒達の想いは、届いたということか?』

 

 ああ、それならいいな。

 そして俺とミリーシェは近づきあう。

 そして手を取るけど、俺達には変化は訪れない。

 

「……やった……これで、これでオルフェルとッ!!」

 

 ミリーシェはそのことに涙を流す―――長かった。

 本当に、長かった。

 これで俺とミリーシェは……一緒にいられるッ!!!

 

 

 

 

 

 ――――――――ザシュ・・・ザシュ・・・俺の耳に、聞き覚えのない効果音が響いた。

 そして俺は……目を疑った。

 

「……ミリー……シェ―――?」

 

 何が起きたか分からない。

 どうして……どうして―――

 

「あ、れ……? なんで、わたし……息が…………体が、いたいの?」

 

 ――――――ミリーシェの体が、常闇の槍で、何か所も串刺しにされていた。

 

「ミリーシェ……? なんでそんな……」

 

 ミリーシェは力なく、そこから落ちていく姿を、俺は力なくミリーシェを腕で支える。

 黒い槍は消失し、宙にミリーシェの鮮血が舞った。

 俺は頭が真っ白になる。

 一緒になれると思ったのに……いつまでも二人で共にいれると思ったのに―――

 なんで……

 

「誰だ……誰だぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁあああああああ!!!」

 

 叫ぶッ!

 俺は叫び続けるなか、不意に空を見た。

 辺りは月の光に照らされ、そして俺はそこである黒い影をみた。

 ―――そっか……あいつがミリーシェを……

 

『相棒ッ! 気を確かに持て! 今はそんなことを…………ッ!! まさかここで……』

 

 …………ああ、そっか。

 なんだ、簡単な事じゃないか。

 ―――――――”覇”を、求めればいいんだ

 そう思った途端に、俺は今まで見たことないぐらいの赤い、闇の色に染まった赤色のオーラが俺を包む。

 力が欲しい……力が……

 

『……相棒ォォォォォォォぉ!!!!』

 

 ドライグの叫び声が聞こえる……でもそれとは別に俺の耳にさらなる心地いい呪詛の声が聞こえた。

 憎い……悲しい、辛い…………―――殺したい

 

『我、目覚めるは――』

<始まったよ><始まってしまうのね>

『覇の理を神より奪いし二天龍なり――』

<いつだって、そうでした><そうじゃな、いつだってそうだった>

『無限を嗤い、夢幻を憂う――』

<世界が求めるとは――><世界が否定するのは――>

『我、赤き龍の覇王と成りて――』

<いつだって、力でした><いつだって、愛でした>

 

 ―――分かってた。

 ドライグが叫んだ理由も、全て、何もかも……

 でも俺は……俺は!

 

「「「「「「「汝を紅蓮の煉獄へと沈めよう――」」」」」」」

『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!』

 

 身を破滅する、赤龍帝の力が俺の中で爆発する……体全体がドラゴンになった感覚……

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!ミリーシェぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 俺は空に浮かぶ黒い影へと襲いかかろる。

 

『………………相棒』

 

 ……だけど、途端に俺は体が引き裂かれるような痛みに襲われる。

 覇龍を発動しても―――発動した反動で死ぬほど、俺は無力だった。

 どうしてだよ……どうして、俺はッ!

 こんなところで、何も出来ないんだよ!

 俺は突然、体が動かなくなったと同様に空から地面へと落ちていく。

 今まで支えていたミリーシェも同じで、俺と同様に落ちていた。

 そして……俺は最後の力を振り絞って、衝撃からミリーシェを守り、そのまま美しい花が咲く草原で横になった。

 

『……覇龍(ジャガーノート・ドライブ)は所有者の命を糧にする……分かっていただろう、相棒!!』

 

 ……ああ、そうだな。

 分かっていたさ……俺じゃあ、使えないことくらい。

 俺ぐらいじゃあ、ジャガーノート・ドライブは使えないし、それに俺は”覇”を捨てたって言ってたくせにッ!!

 

「俺は……守れ、なかったッ!ミリーシェを、失って……何も考えられなく、なって……」

 

 俺の体から永遠のように血が流れゆく。

 俺は……ほとんどない力を振り絞って、近くに倒れているミリーシェに近づいた。

 花を俺の血で濡らしながら、地面を這うように……

 

「……ミリーシェ……何でだろう、な。俺達は……」

 

 話す力も残ってない。

 視界が薄れていく。

 

「―――好きだ、ミリーシェ……ッ!!」

 

 俺はミリーシェの頬に触れると、冷たい頬に一筋の涙が落ちる。

 ……ああ、そうか―――もう俺は……

 

『相棒ッ!』

 

 ……ごめんな、ドライグ。

 もう俺は―――

 

『お前は、最高の赤龍帝だったッ! 誰が何と言おうと、それだけは事実だ!!』

 

 まだ、そう言ってくれるなら、俺は…………幸せ、者だったよ。

 憎しみも、怒りも、何も……俺は断てない。

 想いも、気持ちも…………これが神器を宿したものの、末路なのか?

 もう少ししか生きられない……風前の灯だ。

 死ぬ間際になって昔のことを思い出す。

 無邪気に二人で遊び回った日々、キスをした光景。

 ……もう、終わりか。

 

「ミーと一緒に生きれたら、何も要らなかったのにな……」

 

 俺は、昔のミリーシェの呼び方をしながら目を閉じる。

 あの黒い影はいない……

 ドライグは何かを叫んでるけど、俺はそのまま――――――

 ―・・・

「―――ミリーシェ!!!!」

 

 俺は目を覚ます………………そうか、俺は夢を見てたんだ。

 昔の夢……転生前の、俺。

 名前すらも思い出せない……俺の隣には部長やアーシアが寝てる。

 

『……相棒。お前は夢を見ていたんだな』

 

 ……ドライグが、俺に話しかける。

 ああ……そうだよ。

 今頃になって、どうして……

 

「うぅ……くそッ! どうして、涙が……」

 

 俺は布団から出て、そのままベランダに出る。

 ……あそこにいたら、部長やアーシアが起きるかもしれない。

 ―――俺は、弱い。

 俺が誰かを救うのは、ただの贖罪なのか?

 

『……相棒、そんなことを考えるな! お前は今まで、昔もずっと、たくさんのヒトを助けたじゃないか!!』

 

 ……ごめん。

 でも今は……

 

「弱いな……これじゃあ、祐斗のことなんか言えない……ッ」

 

 俺は空を見上げた。

 それはあの時、ミリーシェともに命を落とした時と同様に月が照らしている。

 

「―――俺は…………弱い」

 

 俺はそう呟いて、そのままその場に力なく崩れた。



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【第4章】 停止教室のヴァンパイア
第1話 神器マニアと空元気なイッセー


 俺、兵藤一誠は悪魔だ。

 悪魔がすることと言えば、眷属悪魔として主様に忠誠を誓うことだ……それに加えて悪魔家業をこなすこと。

 その悪魔家業なんだけど、俺の契約する人間には特徴がある。

 それは大体が俺を月に何度も呼ぶという、リコールが多いということなんだ。

 例えば天才画家の桐谷圭吾さんとか、発明家の博士とか、魔法少女を目指す「漢の娘」のミルたんとか……

 まだまだ俺のお得意さんは多いけど、とにかくその類の人たちは俺を召喚すると必ず契約を結んでくれる。

 それはともかく今、俺は大きな豪華なマンションの一室の前にいる。

 ここの住人は最近、俺を良く召喚しては毎回契約を結んでくれる人だ。

 とてもダンディーでカッコいいイケメンさんで、良い人だ。

 とにかく、俺は部屋のインターホンを押すとすぐに扉は開けられた。

 

「やあ、悪魔君。よく来てくれたな」

「……毎回思うんですけど、俺は別に魔法陣から出れるんですよ? わざわざインターホンを押して来る必要はないと思うんですけど……」

「まあそうつれないことをいうな。さあ、入ってくれ」

 

 俺は催促されて部屋の中に入る。

 部屋はすごい豪華な内装をしていて、ソファーも最高級、しかも俺と遊んでハマったのか色々なゲームを取りそろえている。

 この人が俺を呼ぶ時は大抵はゲームの対戦相手になる、晩酌のお供をする、話し相手になる……ってぐらいのことだ。

 しかもそれだけで対価に見合わないものまでくれる始末だ。

 ちょっと申し訳ない気持ちはあるものの、まあくれるものはもらおうって思っていたりもするんだ。

 

「それで今日は何をすればいいですか?」

「そうだな……新しくゲームを買ったから対戦しないか?」

 

 するとその人はゲームケースが詰まれている山を俺にさし出してくる。

 

「こりゃまた大人買いしましたね」

「俺は一度熱中してしまったら全部集めたくなる性格でねぇ……俺の同僚はお前のコレクター趣味は異常だって良く言ってくるよ」

「へぇ……」

 

 ……すると、その男性は立ち上がる。

 

「ゆっくりしていきな。夜は長いんだからな―――なぁ? 赤龍帝」

「それもそうだな―――堕天使さん」

 

 俺はそう言うと、少し笑って……12枚の黒い翼を展開している堕天使を特に警戒することなく見た。

 

「俺はアザゼル。堕天使の総督をしている。宜しく頼むぜ? 赤龍帝、兵藤一誠」

「そうだな……よろしく。堕天使の総督、アザセル」

 

 …………それから30分後。

 

「あはははは!! いいぜ、赤龍帝! まさか俺と神器について語れる奴がいるなんてな!」

「いやいや、お前も相当に神器が好きなんだな! 俺も神器で語れたのは初めてだよ、アザゼル!」

 

 ―――俺達は、凄まじい勢いで打ち解けていた。

 内容はそう、神器についてだ。

 その前に言っておくと、俺はこいつが堕天使ということは最初から分かっていたんだけど、敵意は無いから放っておいたんだ。

 話はそれたけど、俺達は神器のことで盛り上がっている。

 そして俺はすげぇ感動してる……アザゼルは俺と同じくらい神器のことに関しては詳しくて、今まで俺が誰とも話せなかったことを話せるってのが最高に楽しい!

 フェルの神器、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の特性上、神器に関しては俺はかなり勉強していて、現存する神器に関しては全て理解している。

 神器を創造する神器だからな……それで調べているうちに、俺は神器にすごく関心を持つようになったってわけだ。

 

「全く、近頃の若者はよ、自分の神器について何も知ろうともしやがらねえ! 宝の持ち腐れってのが一番ムカつくよな!」

「おぉ、分かってくれるか、アザゼル! 俺の周りにも何人か神器持ちがいるんだけどさ、使い方を見てるだけでむしゃくしゃするんだよ!」

 

 ……ちなみにアザゼルは酒が入っているから普段よりテンションが高い。

 

「それよりもお前、神器を複数持ってんだろ!? 見せてくれよ!」

「おお! 他ならぬアザゼルのためなら……フェル!」

『……主様』

 

 フェルが呆れた声で俺の名を呼ぶけど、渋々といった風に俺の胸に神器が発現する。

 俺はフォースギアで一段階創造力を溜めて、そして神器をアザゼルの前で創ってやった。

 するとアザゼルは子供のようにきらきらとした目で俺の創った神器を見ていた。

 

「す、すげえ! お前すげえよ! 神器を創造する!? やばすぎんだろ! やべえ、興奮してきた! 他に何か創れるのか!?」

「ああ! ブーステッド・ギアなら複製出来るぜ?」

「おぉぉぉぉ!! なんて奴だ! よし、決めた―――お前は同士だ!」

「ああ、我が友よ!!」

 

 ……俺はアザゼルと手を握って友情を確かめる。

 ―――それは昨日の晩のことだった。

 

「冗談じゃないわ!!」

 

 そして現在、俺は部室にて昨晩のことを部長に説明していた。

 その説明を聞いて、部長はすごい怒りの表情を露わにしていた。

 ……部長が一番怒っているのは、簡易召喚陣が描かれているチラシの裏に書かれている感想だった。

 

『よぉ、リアス・グレモリー! 俺は堕天使の総督、アザゼルだ。お前の悪魔は最高だな! 俺は兵藤一誠、我が同士に感動しているぞ! なあ、ものは相談なんだかが、そいつを俺にくれないか? そいつと一緒なら俺は神器研究を更に進化できると思うんだ! な、いいだろ?』

 

 ……という具合で部長の怒り心頭だ。

 

「まぁまぁ、部長……別に俺は何もされてませんし……あ、ごめんなさい」

 

 俺はポケットの中の携帯電話がなっているのに気付いて、急いで電話に出る。

 相手は……

 

「おぉ、アザゼル。どうした?」

 

 アザゼルだった。

 そして部長の怒りは更に頂点に達し、部長は俺から電話を奪い取り、電話口に向かって大声で叫んだ!

 

「イッセーは私のよ!! 手を出さないでもらえるかしら!!!」

 

 ……そして、電話を完全に切って、すっきりとした顔をして俺に笑顔で携帯電話を返してきた。

 

「さ、イッセー。色々と聞きたいことがあるから、そこに正座しなさい」

「……はい」

 

 ……俺は部長のあまりもの怖さに素直に頷くのだった。

 俺はそれから10分ほど説教され、ずっと正座をしながら反省をする。

 確かに堕天使と分かりながら接触し続けて、挙句の果てには仲良くなってしまいましたじゃあ怒れられて当たり前だな。

 俺は軽薄すぎたんだ。

 

『だから言ったんだぞ、相棒……自重しろと』

 

 ……そう言えばドライグはアザゼルと初めて会った時、最初に俺に警告してたっけ?

 ―――それはともかく、コカビエルとの一件から既に数日が経過した。

 事件の翌日に部長は部員を全員集めて、これから起こることを説明してくれた。

 それは一度、三大勢力のトップが集まり、三すくみの現状について話し合うという会談が行われるということ。

 そして俺達グレモリー眷属は直接この件に関わっているということなので、事件に関しての詳細な説明をしないといけないらしい。

 

「全く……アザゼルは何を考えているのかしら。もうすぐ三すくみの会談があると言うのに。アザゼルは神器に異様に興味を抱いていて、神器所有者を集めていると聞くわ。イッセーも気をつけなさい」

「……はい」

 

 ここで反論したら説教は更に続きそうだから素直に頷く。

 ま、アザゼルに関しては本当に神器馬鹿だからそんなに警戒を怠ることはないと思うけど……少なくともあのコカビエルとは違うわけで。

 それよりも今、俺はかなり眠い。

 そりゃそうだ……アザゼルと夜が明けるまで神器の話で盛り上がってたんだからな。

 おかげでかなり寝不足だよ。

 

「大丈夫ですよ、部長。イッセー君は『騎士』である僕が絶対に守ってみせますから」

 

 ……おい、祐斗。

 お前、聖剣の一件以来、俺への態度が可笑しいだろ。

 俺は部長に良い笑顔でそう言う祐斗にそう思った。

 聖剣の事件からもう数日は明けているけど、一番変わったと言えば祐斗の俺に対する絡み方……それはもう想像を絶するほど酷いものだっだ。

 朝、偶然会うとそこから日常会話をするんだけど、こいつは徐々に会話している距離を短くする。

 更に頻繁に飯に誘うようになってきて、更に言えば帰りに遊んで帰ろうなんていう始末だ。

 それだけならまだしも、顔は近いわ距離は近いわ……

 そのせいで最近、俺と祐斗が一緒に歩いていると一部の女子が……

 

『きゃぁぁぁぁ!!! ゴールイン!!』

『鉄板なのよぉぉぉ!! 木場キュン×兵藤キュン!!』

『嫌いじゃないわ、嫌いじゃないわ!!』

 

 ……なんて言ってきやがる!

 そもそもスタートすら切ってねえよ!!

 鉄板も糞もねぇし、そもそも嫌いだわ!!!

 

「お、おい……少し気持ち悪いぞ、祐斗……」

「いやいや、君は僕を救ってくれたことだけじゃなく、僕の同士まで救ってくれた……君は僕にとってはもう掛け替えのない存在なんだ」

 

 …… や  め  ろ !!

 お前が話し始めてから部室の視線が全てお前へと行っていることを理解してんのか!?

 小猫ちゃんなんか良い例だ!

 今すぐにでもお前を狩ろうとしている野生の動物の目つきだぞ!

 

「僕は禁手化に至り、君に一歩近づいた……イッセー君の赤龍帝の力と、僕の聖魔剣―――もう何でもできるなんて気がするよ。そう考えると僕の胸は熱くなってね……」

 

 ――――――よし、窓から飛び降りよう!

 

『相棒!? なんてことだ! 相棒の心が、平穏な精神が欠落してしまった!! 医者だ! 誰か、医者を呼べ!! メディスィィィィィンン!!!』

『ドライグ、今すぐ私が自立歩行型になってドラゴンファミリーを呼んできます!!』

『こうなればオーフィスすらも呼ぼう! 相棒に癒しの全てを!!』

 

 ……いや、冗談だよ!? それぐらいの衝撃波あったってだけで、そもそも俺は窓から落ちたくらいじゃ死なないからさ。

 

「でもどうしたものかしら……堕天使の総督がイッセーに接触して、あまつさえイッセーを欲するなんて……しかも相手が相手だから手は出せないし」

 

 あからさまに祐斗に触れない部長。

 俺の精神が危うく崩壊しかけている最中、部長はそう頭を悩ませていた。

 ちなみに他の部員は全員部室にいて、アーシアとゼノヴィアは自分たちの祈りを語り合っていて、小猫ちゃんは珍しく洋菓子を食べていて、朱乃さんは何故か編み物をしている。

 朱乃さんの手際は良く、編んでいるのはマフラーかな? とてつもない長さだ。

 ―――ゼノヴィアはアーシアに謝罪をして、今では二人はとても仲が良くなったよ。

 ……どういう訳か、部室の中が趣味やらなんやらで埋め尽くされてるぜ!

 

「アザゼルは昔からそう言う男だよ、リアス」

 

 ……すると俺は一度聞いたことがあるような声が聞こえた。

 俺達はその声が聞こえたほうを見ると、そこには今までいなかったはずの長い紅の髪をしたすごいカッコいい男性がいた。

 ―――魔王サーゼクス・ルシファー様。

 まさかの魔王様のご登場だ!

 

「お、お兄様!?」

 

 部長はその顔をみて目を見開いて驚いて、祐斗、朱乃さん、小猫ちゃんはその場に跪く。

 アーシアは何が起きているのか理解できておらず、新米のゼノヴィアはきょとんとしている始末だ。

 俺は他の三人の後に続いて跪こうとした時……

 

「いやいや、頭を上げたまえ。私は今日はプライベートで来ているのだよ。そんな畏まる必要はない。くつろいでくれて構わないさ」

 

 ……するとサーゼクス様は気さくにそう言ってくれた。

 それで三人は頭をあげるけど、未だアーシアとゼノヴィアは何が起きているのか理解していないっぽいな。

 俺はそう思って二人に近づいた。

 

「あの方は魔王様だ。アーシアは一度見ただろう?」

「は、はい……ただあまりにも突然のことで……」

 

 アーシアはそう言うと、サーゼクス様に頭をペコペコ下げる!

 なんか可愛くて、和む!

 流石はアーシア、動作一つで俺を癒してくれる!!

 

「……なるほど、イッセーはアーシアみたいな子がいいと」

 

 ゼノヴィアが何か唸っているけど、今の問題はサーゼクス様の突然の登場だ。

 しかも良く見ると、サーゼクス様の後ろにはあの方の『女王』のグレイフィアさんがいた。

 

「やあ、我が妹よ。そしてまた会えたね? 赤龍帝、兵藤一誠くんにリアスの眷属達……会うのはライザ―君の一件以来かな?」

 

 サーゼクス様は柔らかい笑顔でそう言うと、俺達の緊張が少し緩む。

 

「それにしても殺風景な空間だ。リアス、君はまだ若いんだからもっと可愛らしいものでもおいたらどうだ?流石にこの空間に魔法陣とはいささか……」

「……それよりもどうしてここに?」

 

 するとサーゼクス様は一枚のプリントを出してきた……あれはまさか

 

「何を言っているんだ? もうすぐ授業参観だろう。これは兄として来なければならない理由だよ」

「そ、それを見せたのはグレイフィアね!? どうして黙っていたのに!!」

 

 部長はサーゼクスさまの後に位置しているグレイフィアさんにそう言うと、グレイフィアさんはさも当然のように頷いた。

 

「サーゼクス様がこの学園の理事をしています故、私にも当然学園の情報は入ってきます。そして私はサーゼクス様の『女王』ですから、聞き耳を立てるのは当然かと」

「そうだ、リアス。たとえ魔王の仕事が激務であろうと、我が妹の頑張る姿は私的にも見たいものでね? 仕事を速攻で済ましてきたよ」

 

 ……ああ、この人はすごいシスコンだ。

 もう見てたら分かるよ……そりゃあ妹の婚約をわざわざ俺に破らせようとするわけだ。

 

「ちなみに後から父上も来るらしいよ?」

「なっ!?」

 

 ああ、部長が赤くなって驚いてるよ……こんな恥ずかしがっている部長を見るのは初めてだな。

 思春期だから、親にあんまりそういうのに来てほしくないってやつかな?

 俺は激しく部長に同意した。

 かく言う俺も母さんに授業参観を黙っているからな!

 

「し、しかしお兄様は魔王ですよ!? 一悪魔を特別視するのは……」

「いや、これも仕事のうちなんだ。何故なら、三すくみの会談はこの駒王学園で取り行われるからね」

 

 ―――流石にその事実には驚きだ。

 なるほど…・・・だからわざわざ魔王であるサーゼクス様がここにいるのか。

 

「それはこの学園でコカビエルが好き勝手しようとしたからですか?」

 

 俺は先陣切ってサーゼクス様にそう尋ねる。

 

「ああ、その通りだ。何しろここには今代赤龍帝である君に、聖魔剣へと至ったらしい木場祐斗君、聖剣デュランダル使いに魔王セラフォルー・レヴィアタンの妹がいる。更にそこにコカビエル、そして……白龍皇が襲撃してきたからね」

 

 ……白龍皇。

 ここでまたその単語が聞かされるか。

 

「……だが私は思う。ここまで様々な力が入り混じって強者が来たのは、君が理由と思っているよ―――赤龍帝・兵藤一誠君」

 

 ……確かにそうかもな。

 赤龍帝は、特にドラゴンは強者を引き寄せる性質を持っている。

 今回のコカビエルが良い例だな。

 その時、俺の近くにいたゼノヴィアが静かに立ち上がってサーゼクス様の方に向かって歩んだ。

 

「あなたが魔王か。私は聖剣デュランダルの所有者、ゼノヴィアというものだ」

「君のことは既に聞いているよ……よもや伝説の聖剣であるデュランダルの担い手がリアスの眷族になるとは、聞いた時は耳を疑ったよ」

「……先に言っておこう。私が悪魔になったのは、私を救ってくれたものがそこにいる赤龍帝・兵藤一誠がいたからだ。破れかぶれとはいえ、今までの敵側についたんだ……私は何より、イッセーや仲間のために力を振ろうと思う」

 

 ……ゼノヴィアはこういうけど、やっぱり少し支えなければいけない部分がある。

 神の不在を知って悪魔になったとはいえ、ゼノヴィアは自分の精神は弱いと言っていたしな……イリナも言っていたし。

 

「ハハハ。リアスの眷属は面白いな。ならばそれでいい……リアスのために、君の思うがままに力を振るってくれ」

「無論そのつもりだ」

 

 ……サーゼクス様は部長に似ている微笑みをみせてそう言った。

 

「さて、小難しいのはこれで終わりにして世間話でもしようじゃないか。とはいえ、今はもう時間が遅くなりつつあるね。今から宿泊施設は空いているだろうか?」

 

 確かに時間的にはもう9時を回ろうとしているからな。

 探せばあるとは思うけど、時間がどうにも……と、そこで俺は一つ、思いついた。

 

「ならこういうのはどうです―――」

 

 そして俺は、思い付いたことをサーゼクス様に言った。

 ―・・・

「こんな遅くにすみません。そして私の妹のリアスがお世話になっているようで……」

「いえいえ、リアスちゃんはとっても良い子なので!!」

 

 ……現在、サーゼクス様は我が兵藤家に来て母さんの料理を食べている。

 俺が思いついたのは、うちにサーゼクス様を泊めてあげようということだった。

 最初はどうであれ、今は母さんと部長はすごく仲が良いから、母さんも快くサーゼクス様のことを許してくれた。

 

「それにしてもおいしいです。流石は兵藤君の妹さんが作った料理ですね?」

 

 …………。おっと、どうやらサーゼクス様は勘違いをしているようだ。

 ここは流石、兄妹と言うべきかそれとも流石母さんの若々しさと言うべきか……当の母さんは目を丸くして驚いていた。

 

「えっと……私はイッセーちゃんのお母さんですよ?」

「…………。ん? いやはや、御冗談を。ははは!」

「信じられないかもしれませんが、事実なんですよ……サーゼクス様」

 

 サーゼクス様はとても驚いている。

 まあ母さんは普通に俺と同い年っていっても違和感がないからな……すると母さんは俺の方に詰め寄ってきた。

 

「ねえ、イッセーちゃん! これはやっぱりお母さん、まだ通じるってことなのかな?」

「……そうじゃないのかな?」

 

 俺は苦笑いをしながらそう言うと、母さんは歳不相応に喜んでいる。

 アーシアはそんな母さんを見て目を光らせているし……そう言えばアーシアは母さんに憧れていたな。

 

「……失礼しました、兵藤まどか様。うちの旦那様が失礼な事を……」

 

 グレイフィアさんが母さんの前に立ってそう言う……って!!

 

『ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!?』

 

 部長を除く全員がその事実を知って驚く声をあげた!

 そりゃあまさかそうだよ!! グレイフィアさん、サーゼクス様の嫁だったの!?

 そしてサーゼクス様はグレイフィアさんに頭を小突かれて、殴られた部分を押さえて悶絶していらっしゃる!

 っていうかサーゼクス様のノリが軽い!? 俺が想い描いていた魔王像は厳格なものだったからギャップが激しい!

 

「それよりも少し宜しいでしょうか、兵藤まどか様」

「あ、まどかでいいよ? 私もグレイフィアさんって呼びますから!」

「……はい。なら少し教えていただいても宜しいでしょうか……どうしたら、そこまで綺麗さを保てるのでしょうか?」

 

 ……母さんの正体を知った人がまず、初めに通る道だ。

 部長もアーシアも母さんのことを知ったら最初に聞いたのが、今グレイフィアさんが言った台詞だった。

 

「う~ん……私はイッセーちゃんを産んでから特に気にしてないからね―――とにかく、イッセーちゃんを愛してたらこうなった?」

「……なるほど。まどかさん、今晩、お話を詳しく聞いて宜しいでしょうか?」

「うん! 飲み明かそうね!」

 

 ……母さんはそんなにお酒は飲めないだろ。

 まあとにかく、母さんとグレイフィアさんはなんか仲良くなったみたいだけど、代わりにサーゼクス様は放置されている。

 

「そう言えば兵藤一誠君。君のお父さんは……」

「父さんはずっと単身赴任なんですよ」

「……それは残念だね。ではまた次回の機会にしようか」

 

 そう言って、サーゼクス様は母さんの方を向いた。

 

「私は今回、妹の授業参観を見に来たんですよ」

「……授業、参観?」

 

 ……母さんはその単語を聞いて、驚いていた。

 サーゼクス様、何故……なんで今その話題を出すんですか!

 

「……イッセーちゃん? お母さん、そんなことは知らないけど……どういうことかな?」

「えっと……高校生にもなって、授業参観とか別に行きたくないかなぁ……って思いまして」

 

 ……実際の所、俺は部長と同じ気持ちだ。

 母さんに来てほしくない……絶対に暴走するから!

 

「甘い……ケーキの生クリームなんかよりも甘いよ! イッセーちゃん! なんでそんな水臭いことを言うの! お母さん、カメラ五台持って絶対に行くからね!!」

「せめてそこは1台だろ! 5台あって俺の何を撮るんだよ!!」

「それは……うふふ」

「意味深な鼻笑いが怖いんだよぉぉぉ!!」

 

 ……母さんはとてもいつもどおりでした。

 ―・・・

「イッセー、私は貴方と……」

「イッセーさん……」

 

 ……部長とアーシアが瞳をうるうるとさせながら俺の部屋の前にいる。

 ちなみに俺の横にはサーゼクス様がいて、どうやら俺と話がしたいらしく今日は俺の部屋で眠ると言ってきたんだ。

 それで普段、俺の部屋で寝ている部長とアーシアは今日は俺の部屋で眠れないと言うことでこうなっている。

 ……ちなみに母さんとグレイフィアさんは今は部屋でお話をしているそうだ。

 

「悪いね、リアス。……今日だけは彼を貸してもらえるかな?」

「……わかったわ。イッセー、じゃあおやすみなさい」

「イッセーさん! 明日は私も絶対にイッセーさんのお布団で寝ますからね!」

 

 そう言って部長もアーシアも自分の部屋に戻っていく。

 そして俺とサーゼクス様は部屋の中に入っていくと、既にお客様用の布団が敷かれていた。

 それからサーゼクス様と俺は部屋でのんびりとしている。

 

「君の周りは楽しいことが多いね……それはそうと、君のことはイッセー君と呼んで良いかな?」

「はい。皆そう呼んでいますから。……サーゼクス様」

「……コカビエルの件はご苦労だったね」

 

 するとサーゼクス様は俺を労わる。

 

「でも報告を聞いて驚いたさ。あの記録に載るほどの堕天使であるコカビエルを、君は圧倒したそうじゃないか」

「……一応はそうですね」

 

 確かに俺はあの戦いで一度も攻撃は受けていない。

 あのレベルの奴が相手だと、一撃を受けただけでも致命傷だからな。

 

「君の事はライザ―君の時からずっと注目してはいたが……だが君は強すぎるね。悪魔になってまだ日は浅いのも関わらず、既に赤龍帝の力は禁手に至っており、しかもその身にはもう一つ……神滅具のレベルに達する神器を持つ」

「……そう、ですね」

 

 俺はそう頷くしかない。

 俺が今のレベルにいれているわけは、小さいころから力を高め続けたことと、何よりも前代の赤龍帝でもあるからだ。

 転生前に得た知識と戦い方、そして転生後に手に入れたフェルの力と屈強な体……これが無かったら俺は今、生きてはいない。

 確かに異質の強さって言われても不思議ではないだろうけどさ。

 

「……これは私の感想だ。君は確かに強い力を宿しているね。しかも君の周りには色々な力が交差している。ドラゴンの力、悪魔の力、聖なる力……様々なものが入り組んでいる。そしてそれは君を中心に動いていると感じるよ」

「……それがどうかしたんですか?」

「いやいや、ただ私はこんな存在が悪魔サイドに来てくれたことが誇りに思えてね……ライザ―君との一件以来、君のことは悪魔の上層でもたびたび話されている。故にまず、これを渡しておこう」

 

 サーゼクス様はすると、俺に一つのチェスの駒を渡してきた。

 

「これは……悪魔の駒?」

 

 それは赤いチェスの駒……悪魔の駒(イ―ビル・ピース)だった。

 

「上層部はどうしても君を悪魔サイドに置いておきたいらしくてね。私にこんなものを渡してきたよ。それは『王』の駒だよ。ただし、それはまだただの駒にすぎない」

「……つまり、これは見せかけの駒なんですか?」

「そう……それの意味は、君が近い将来に君が上級悪魔に昇格するかもしれないと言うことを示しているものだ。これは私も賛成してね―――いつかは本物の駒を渡そう。それは私が君を認めた証しとでも思っていてくれたまえ」

「……ありがとうございます」

 

 俺は『王』の駒を握り締めてサーゼクス様にそう言うと、微笑みかけてくれる。

 ……上級悪魔か。

 流石に考えてもいなかったな……もっと先になるとは思っていたけど。

 目標でもなんでもなかったし、正直に言えば考えたこともなかった。

 

『だが相棒の実力を鑑みれば、妥当とも言えるな。下級悪魔が堕天使の幹部を圧倒するなど聞いたことがない』

『そうですね。主様は”王”が似合っています。私的には主様にはもっと活躍してほしいものですね』

 

 どうやら二人は俺が上級悪魔になることは賛成のようだ。

 

「さて、これで政治が入り組んだ話は終わりだよ。ここからはプライベートの話……時にイッセー君、君は眷属の女の子たちをどう思う?」

「……それは異性としてでしょうか?」

「ああ、その通りだ……私は特にリアスをどう思っているか気になってね?」

 

 ……どう答えれば良いのか困るな。

 眷属の皆か……アーシアは言わずもがな、癒しの存在で大切な存在だし、ずっと一緒だって言ったからな。

 小猫ちゃんは妙に甘えてきたりしていて可愛いし、朱乃さんも優しくて俺を可愛がって来る。

 ゼノヴィアなんか惚れたとか言ってるし……

 それに部長だって朱乃さんと同じで可愛がってくれてる……みんな大切な仲間だ。

 ―――だけど、それ以上でも以下でもない。

 

「……仲間です。何があっても守ると決めています。ですけど・・・俺はそう言う目で、部長や皆は……見れません」

「……そうか。意外だったよ―――君の眼は、印象的だ」

 

 するとサーゼクス様は俺の目をじっと見てきた。

 真剣な瞳……まるで俺を見透かすような瞳だ。

 

「まるで何かに縛られるように生きている……自分が幸せになるのを拒んでいるような目だ。何故とは聞かないが、君は妹の眷属だからね。出来ることなら傷ついてほしくはない」

「……拒んでいるわけではないです。ただ俺は、俺の抱える問題を解決するまで、幸せを望む気はないです。今だって普通に幸せなんですから、これ以上は望みませんよ」

 

 俺はサーゼクス様に出来る限りの笑顔を浮かべてそう言った。

 するとサーゼクス様は少し悲しそうな顔をした。

 ……ダメだ、この人には薄っぺらい嘘は効かない。

 調子がおかしい……白龍皇と出会ってから、やっぱり俺は冷静じゃない。

 

「……リアスや君の眷属は君のことを強いと思っているだろうね。だけど私から言わせてみれば―――君は危うい。イッセー君、君は……」

 

 ……するとサーゼクス様は途中で言葉を止める。

 

「いや、これ以上は言ってもどうしようもない。ただ君はもう少し周りを頼るべきだよ」

「……そうですね」

 

 そう言って、俺は一人ベッドに入りこんだ。

 ―――やっぱり、魔王ってすげえな。

 俺がやっとの思いで冷静に出来た俺の感情を、いとも簡単に崩してしまう。

 俺は逃げるようにそのまま眠りに囚われた。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕、木場祐斗は現在、部室の中にいる。

 部室の中にはイッセー君を除く部員全員がいて、当のイッセー君はサーゼクス様に誘われてどこかに行ってしまった。

 昨日、サーゼクス様が現れてから次の日の朝で、今日は日曜日の休日だけど部員が集まっているのには当然、理由があるわけで……

 

「皆はもう分かっているかもしれないけれど、最近のイッセーはどうも調子がおかしいわ」

 

 今、眷属の女性陣は最近のイッセー君の調子の悪さについて会議しているんだ。

 もちろんそれは僕も感じたことだ。

 どうもイッセー君はコカビエルの一件以来……もっと言えば白龍皇との邂逅から様子がおかしい。

 

「……傍から見たら普通ですが、明らかにあれは空元気です」

「そうですわね……体をくっつけた時の抵抗感がどこか少なくて、ちょっと物足りないですわ」

「……イッセーさん、朝のランニングでも少し調子が悪かったです!」

「悪いが自分は分からないな」

 

 ゼノヴィアさんはイッセー君との付き合いがまだ僕達に比べて短いからね。

 でも何となくは彼女も察してはいるだろうね。

 とにかく、我が眷属では既にイッセー君はかけがえのない柱になっているのは確実だ。

 だからこそ、皆イッセー君の心配をする。

 

「正直に言うと、あまり原因を追究するのは良い方法とは思えないわ」

「部長さんの言う通りだと思います! それにイッセーさんはあまり自分のことは仰らないので……」

 

 流石はアーシアさん、おそらくこの中でイッセー君と一番距離が近い子だ。

 傍でイッセー君を見ているから何となく察しているのだろうね。

 

「……ならイッセー先輩の悩みが吹っ飛ぶくらい、楽しいことをしましょう」

 

 おぉ、小猫ちゃんがいつにもましてやる気だ!

 小猫ちゃんはイッセー君のことが絡むと一層にやる気が起きるみたいだね。

 っというより僕達は皆そうだ。

 全員がイッセー君に一度は励まされたり、救われたりしている。

 アーシアさんは堕天使の件で、部長は婚約の件、僕は聖剣の件で、ゼノヴィアさんは神の不在の時に励まされた。

 未だ謎なのは小猫ちゃんと朱乃さんのイッセー君に対する想いだけど、僕の感覚だがこの二人のイッセー君への想いは相当なものだ。

 ある意味、眷属で一番イッセー君に依存をしているのはこの二人だろうね。

 

「……夏で楽しいことと言えば海ですわね」

 

 ……だけど海に行く暇は今の僕達には無いはずだ。

 明日には授業参観で、しかもそのあとに三すくみの会談が待ち構えているからね。

 

「……ならこの学校のプールというのはどうだろうか?」

 

 ……ゼノヴィアさんの発言で皆は目を見開いた。

 これは盲点だった……確かに学校のプールなら楽しいと思うし、イッセー君のリフレッシュにもなるはずだ。

 

「ナイスよ、ゼノヴィア! そうね……。プールだったら最近はあんまりイッセーとの触れあいがないし、ちょうど良いわね!」

「プール……こうなれば、新しい水着を買いに行きますわ」

「………………水着なんて、ただの布です」

「はわわ! イッセーさんの好みが良く分かりません!」

 

 ……どうやら決まったようだね。

 だけど小猫ちゃんだけが恨めしそうな目で部長や朱乃さんの方を見ていた。

 

「……そう言えば祐斗、そろそろあの子(・ ・ ・)をイッセーに紹介したいのだけれども」

「……もしや、もう一人のビショップですか?」

 

 僕は部長の発言に少し驚く。

 そう……本来、僕達の眷属にはもう一人、アーシアさんとは別の『僧侶』の駒を持つ下僕悪魔がいる。

 これはまた何かが起きそうな気がするね。

 そして僕はそのことにどこか楽しみを抱いている。

 イッセーくんとあの子がどういう風に接しあうのか……僕はそれを考えた。

 

「とりあえずさしあたってはプールの使用許可をソーナに取りましょうか。決行は今日のお昼から! 各自、準備を怠らないように!」

『はい、部長!』

 

 僕達は結束の強い声でそう言った。

 ……全く、イッセー君がいないと僕達は締まらないね。

 だからいつものイッセー君に戻ってほしい、僕はそう思った。

『Side out:木場』



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第2話 プールと皆の優しさです!

 俺、兵藤一誠はサーゼクス様のお願いで街の案内をその日の朝にしていた。

 その案内自体は既に終わって、そして今日は休日。

 今、俺はその日曜日に部長からの連絡を受けて今は学校に向かっている。

 ……今はあんまり誰かと一緒にいたい気分じゃないんだけどな。

 

『ならば相棒、今日はゆっくりとのんびりしていたらどうだ?』

『気分が乗らないのであれば仕方ないでしょう』

 

 ……そういうわけにもいかないよ。

 さっきはそう思ったけど、なんだかんだ言っても仲間と一緒にいれば治まることだってある。

 ともかくそういうことで今、俺は学校に向かっているわけだ。

 ……白龍皇と出会って以来、俺はどうも調子が出ないのは多分、皆も気付いているんだろうな。

 伊達に仲間はしてないし、仮に俺だったら絶対に気付くからな。

 いつまでもこのままじゃいけないよな……よし!

 うじうじと考え込むのは止めだ!!

 

「あ、イッセーさん!」

「……先輩、遅いです」

 

 俺が校内に入ると、すぐに体操着姿のアーシアと小猫ちゃんに出会った。

 何故かは知らないけど若干濡れてるけど……

 ともかく風邪を引く上に、それに……ふ、服が透けているから何とかしなければッ!

 

「水遊びでもした? とりあえず濡れてるからタオル使おう、うん」

 

 俺は鞄の中からタオルを出して特に濡れているアーシアの頭の上にかぶせた。

 

「はふ……イッセーさんの匂いがしますぅ……」

「……む。ずるいです、アーシア先輩」

 

 そして途端にそのタオルの匂いを嗅ぎだすアーシアと、それを見て恨めしそうに自分も顔を近づける小猫ちゃん。

 ……えっと、君たちは何でタオルの匂いを嗅いでるのかな?

 とりあえず今はそれをスルーしよう。

 

「あらあら……遅いと思っていましたら、何やら羨ましいことをしていたのですわね」

 

 っと、次にこれまた何故か体が濡れている朱乃さんが現れた!

 しかもそれは色々とダメでしょ! 体操着が透けて下着が見えてるし!

 

「うふふ……見たければいくらでも見せてあげますわ。望むなら、その先も……」

 

 朱乃さんが悪戯な表情で近づいてきて、舌舐めずりをした!

 まずい、これはドSの状態の時の朱乃さんだ……完璧ないじめっ子性質が半端ないな。

 っていうかそれは女の子としてダメです!

 

「え、えっと……。またいつかの機会で……」

 

 ってそうじゃねえだろ、俺! なんだよ、またいつかの機会って!

 まるで俺がそう望んでいるみたいに聞こえるだろ…・・・そう思っていると、朱乃さんはニコニコしていた。

 

「あらあら……ではまた(・ ・)の機会ですわ」

 

 やけにまた、のところを強調する朱乃さん。

 

「はい。……それで俺を呼んでどうしたんです? 何かみんな体が濡れていますし……何故か体操着ですし」

「はぅっ! そうでした!」

 

 するとアーシアは俺のタオルの匂いを嗅ぐのを止めて、そんな声をあげる。

 アーシア、まだ嗅いでいたのか!?

 

「…………先輩、こっちです」

 

 すると小猫ちゃんが俺の手を引いてどこかに連れて行こうとしていた……俺のタオルの首に巻きながら。

 それで俺は小猫ちゃんに連れられて、目的地は知らないけど校内を歩いて行った。

 

「小猫さん! それは協定違反です!」

「……ならアーシア先輩は先輩の左腕を支配してください」

「あらあら……。なら私はイッセー君の背中を支配しましょう」

 

 ……小猫ちゃんの前にどこかで聞いたことのある台詞と同時に、俺は左腕にアーシア、右腕に小猫ちゃん、背中に朱乃さんと密着したまま向かうのだった。

 ちょっと皆、男に対して警戒心が足りなさ過ぎると思う今日この頃だった。

 ―・・・

 俺が連れられた先にはオカルト研究部の面々がいた。

 そして連れられた先はプール……なるほどね、だから皆濡れてたんだ。

 プールは既にピカピカに光るくらい掃除されていて、水まで張られているところを鑑みると、恐らくプールの掃除をしていたんだろう。

 ともかく今、俺は部長に言われて男子の更衣室で水着に着替えている。

 ……ちなみに水着はいつの間にか部長が用意していた―――何故俺のサイズにピッタリの水着を用意できたかは聞くのが怖いけど。

 

「それで祐斗、どうしてプールの掃除なんてしてたんだ? あれって確か生徒会の仕事じゃ……それに俺を呼ばなかったしさ」

「それは部長がソーナ会長に頼みこんだからなんだよ。プールの掃除は今年は僕達でするから、今日一日プールを好きに使わせてくれないかって。イッセー君はサーゼクス様に街をご案内していたからね」

 

 ふ~ん、なるほど……そんな経緯があったのか。

 まあ良いか。

 とりあえず俺は制服のシャツやらの衣服を脱いで上半身が裸になっているわけだが、何故か祐斗は制服の前をワイルドにあけながら俺の体をマジマジと見ていた。

 

「……おい、視線がさっきから気になるんだけど」

「……悪いね。君の体はいつ見ても鍛えられていて美しいからね」

 

 ……こいつ、同じ眷属の女の子達にすら美しいとか可愛いとか言ったことないにも関わらず、なぜ同姓の俺をそんな風に褒める!

 やっぱりお前は最近、少しおかしい!

 

「ゆ、祐斗? 俺、先に行ってるからな!!」

 

 俺は祐斗から逃げるように更衣室から一瞬で着替えて出ていく!

 だってなんか祐斗の目がギラギラしていて怖いんだもん!

 ……俺はプールサイドに出るけど、まだ俺以外の部員の姿はなかった。

 俺はとりあえず暇なのでプールの中に足を入れ、温度を確かめる……流石にまだ少し冷たいか。

 ―――皆がこんなことをしてくれたのは、多分俺のためだよな。

 

『……そうだな。グレモリー眷属は悪魔の中でも同じ眷属への情愛が強いことで有名だ。それに相棒が調子が悪いなんて他の奴らは見たことがないだろうからな。でなければわざわざ相棒の知らないところでこんなことをするはずがない』

『いつも主様の強い部分しか見ていませんからね。その点、マザーであるわたくしは主様の強さも弱さも分かっています!』

『なぬ!? 貴様、そのような事をぬかすか! 俺なんて転生前からの相棒だ。お前とは年差が違う!―――そしてパパだ!!』

 

 ああ、せっかく感動してたのにどうしてすぐに俺の中で喧嘩するかな!?

 そしてお前らがマザー、パパって言うの久しぶりに聞いたよ!

 っていうかお前らがママパパ連呼するせいで、謎に家族の呼称を欲しがるドラゴンがわんさか出ているんだからな!?

 俺がそうやって俺の中のドラゴンに突っ込んでいる中、更衣室から他の部員が出てきた。

 

「あら、イッセー。随分と早かったのね?」

「……祐斗の視線が怖かったので」

「…………ごめんなさい、無神経だったわ」

 

 俺は後ろを振り返り部長にそう言うと、そこにはビキニ姿の部長、朱乃さんに学校指定のスクール水着のアーシアと小猫ちゃんがいた。

 ……皆、似合っているけど部長と朱乃さんの露出が少し多い気がする。

 少なくともあまり男に見せるような水着じゃない!

 

「イッセー、この水着はどうかしら?」

「に、似合ってると思いますよ? 少し肌が見え過ぎな気がしますが……」

 

 俺は直視が出来ないので目線を外してそう言うと、部長は何故かニヤッと笑っていた!

 

「イッセー、しっかりと見て言わないと信憑性に欠けるわ……もっとじっくり見てちょうだい」

「部長、それ絶対わざとですよね!?俺をいじめたいだけなんですよね!」

 

 俺はそう言ってそのままプールに飛び込もうとしたとき、突然腕をひかれた。

 ……案の定、それは小猫ちゃんとアーシア、そして朱乃さんだった。

 

「イッセーさん! 私の水着はどうですか?」

「…………感想を」

「うふふ」

 

 三者三様の態度だけど、要は三人とも水着の感想を言えって言っているんだろう。

 甲斐性のある男なら、ここで気の利いた褒め言葉を思いつくだろう。

 ―――だけどそれを選択したら、取り返しのつかない事態になる気がするんだよな。

 

「……眩しいくらいとてもお似合いです!!」

 

 俺は感情を押し殺してそう言ったのだった。

 ―・・・

 プールの一角で、俺は水面にプカプカと浮かびながら空を見ていた。

 とりあえず、皆の水着の似合っている部分まで言わされて若干疲れているけどな。

 それで俺はプカプカと浮かびながらリラックスしている。

 プールは程よく冷たくて、俺の心は穏やかになっていくようだった。

 

「……はぁ」

 

 俺は安堵のため息を吐きながら浮いていると、俺の元に浮き輪を装備した小猫ちゃんがバタ足で向かってきていた。

 

「どうしたんだ、小猫ちゃん?」

「…………イッセー先輩、お願いがあります」

 

 そう言うと、小猫ちゃんは頬を軽く赤くして上目遣いでそう言ってきた。

 ……保護欲が、俺の守りたくなるような目が俺の良心を刺激する!

 やはり小猫ちゃんみたいな可愛い女の子の上目遣いは卑怯だよな。

 

「お願い? 小猫ちゃんのお願いなら、俺は聞くよ」

「……でしたら私に泳ぎを教えてください」

 

 ……意外だったな、小猫ちゃんはどうやら泳ぐことが苦手らしい。

 小猫ちゃんは運動が得意だから水泳も出来ると思ったけど、意外と苦手らしい。

 俺は水泳は特に苦手とはしていないから快く了承した……したのだけれどさ?

 

「小猫ちゃん、これは泳ぐ練習じゃない!」

「……浮き輪を捨てたので、今はイッセー先輩にくっつかないと溺れてしまいます♪」

 

 小猫ちゃんが俺の胸板から腹部に至って、挙句の果てには足まで絡めて水中で密着してきたんだ!

 小猫ちゃんは俺が了承した瞬間に浮き輪を捨てて、そのまま今のような状態になってしまった。

 しかもさっきから俺を抱きしめる力が強くなってるし!

 嫌でもドキドキしてしまう……そりゃあ小猫ちゃんはすごく可愛いからな。

 可愛い後輩にこんなことされてドキドキしないなんておかしいよ、男として。

 ―――でも……何でだろ。

 やっぱり俺は……この子を知っている。

 この子の泣き顔も、この子の笑顔も、この子の……温もりも。

 俺はこの子に対して何故か甘やかしてしまうし、可愛がってしまう。

 きっとそれは何か要因があるんだ。

 

「……小猫ちゃんはさ。……どこかで俺と会ったことある?」

「―――ッ!」

 

 ……俺がそう言うと小猫ちゃんは突然、驚いたような顔をした。

 やっぱりそうなのか。

 俺は小猫ちゃんのこの匂いを何故か知っている……この抱きしめた時の感触を知っている。

 

「小猫ちゃんと接していると、会ってまだ数カ月とは思えないんだ。懐かしい感じがするんだ」

「………………」

 

 小猫ちゃんは俺の腕の中で黙り込んでいる。

 頬はこれまで見たことのないくらい紅潮していて、かすかに瞳が潤んでいる。

 ……俺はそれを見た瞬間、本能的に小猫ちゃんを―――抱きしめた。

 

「…………せん、ぱい?」

 

 分からなかった。

 何故かは分からないけど、さっきの小猫ちゃんを見た瞬間に体が勝手に小猫ちゃんを抱きしめたんだ。

 抱きしめなきゃいけないと、思ったんだ。

 この抱きしめた感触は俺はやっぱり知っている……そもそも、初めて会った時も俺は初めて会った感じがしなかったんだ。

 だから俺は自ら死ぬことを恐れずに、体を動かして小猫ちゃんを護った。

 

「ごめん。……急に抱きしめて」

 

 俺は小猫ちゃんを抱きしめるのを止めて腕を離す。

 小猫ちゃんは依然として俺の腹部にひっついているけど、俺はそれを特に気にしなかった。

 ……何でか、心地いいんだ。

 小猫ちゃんが傍にいてくれたら、心が楽になる。

 アーシアと同じ感覚のようで少し違うんだ。……アーシアは傍にいるだけで俺を癒してくれて、小猫ちゃんは傍にいるだけで安心する。

 眷属の皆に言えることだけど、この二人は特にそれだ。

 ……どうにかしてるな。

 ここまで弱っているのか、今の俺は。

 

「……イッセー先輩、私は…………。―――いえ、何でもないです」

 

 すると小猫ちゃんは俺の腹部にひっつくのを止めて、俺の腕を掴んで何とかプールに浮いていた。

 

「……泳ぎ方、教えてください」

「ああ!」

 

 小猫ちゃんはわざとらしく話題を変えるようにそう言うと、俺はそれに便乗するように行動する。

 知りたくはある……。俺が小猫ちゃんに対して抱いている懐かしい感覚。

 それを小猫ちゃんが知っていたとしても、小猫ちゃんが言いたくなかったら俺は聞かない。

 いつか言ってくれると思うから。

 

「……そう言えば先輩の体、すごく素敵だと思います」

「……ありがと?」

 

 俺はその台詞に苦笑いで応えた。

 そして小猫ちゃんの手を握ってそのまま小猫ちゃんを支えて引っ張るように泳ぎを教えようとした……その時だった。

 

「イッセー? いつ貴方は小猫とそんなにイチャイチャするようになったのかしら?」

 

 ……修羅のごとく恐ろしく怒った形相をした部長が、俺と小猫ちゃんが向かっているプールサイドの上で仁王立ちをしながら立っていた。

 こ、怖い!

 すると小猫ちゃんは突然、バタ足を止めてそしてわざとらしく俺の胸に飛び込んできた!

 

「……ここは私の居場所、です」

「―――ッッッ!! 小猫……それは宣戦布告ということで良いのかしら?」

「あらあら……なら私も参加せざる負えないですわね」

 

 すると朱乃さんは突然、俺の背後から現れて俺に密着してくる……って感触が色々とヤバい!

 

「はぅ! ゼノヴィアさんを呼びに行ってたら出遅れました!」

「な、何!? アーシア、私達も今すぐにあそこに混ざるぞ!」

 

 そして着替えに手間取っていたゼノヴィアと、ゼノヴィアを呼びに行っていたアーシアが戻ってきて、そのままプールの中に飛び込んで俺の元に来る!?

 ってか準備体操しろぉぉぉ!

 

「な!? い、イッセーは私のイッセーよ!」

 

 ぶ、部長までもですか!?

 部長は他の部員に遅れながらも俺の元まで来て、そしてどうにかして俺にくっつこうとするけど、既にいっぱいくっついていますから無理です!!

 

『…………。主様、今よりわたくしは自立歩行型になります』

 

 ま、不味い!

 今までずっと黙っていたフェルがとうとう殲滅モードになった!?

 

『フェルウェルよ……とりあえずは殲滅だ。これ以外は却下だ』

 

 ドライグぅぅぅ!!

 フェルを止めてくれ、パパだろ!?

 

「お、お願いだから離れてくれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 俺はプールの中心でそう叫んだ。

 そしてこのことから、女子陣では少しの間、口論となったのだった。

 ちなみにその頃、祐斗は一人優雅に泳いでいた。

 ―・・・

「うぅ……酷い目に遭った」

 

 俺は上に上着を羽織ってプールのすぐそばにある自販機の元に来ていた。

 俺の体のひっついてきた女子陣……特に部長と朱乃さんの口論が凄まじかったよ。

 アーシアと小猫ちゃんは譲歩して二人が口論している間に俺をどこかに連れて行こうとして、ゼノヴィアはそれに便乗。

 それに気付いた部長、朱乃さんが更に怖い形相で俺達を見てきた……っとまあそんな具合だ。

 それにしても驚いたな。朱乃さん、部長に啖呵を切って普通に口喧嘩していた。

 内容は俺のことだけども。

 

『……相棒、先ほどからフェルウェルの様子が恐ろしいんだが』

 

 ……ちなみにフェルは本当に機械ドラゴンとなって、今は部長と何か話しをしているみたいだ。

 よって俺の中にはドライグだけしかいないから、ドライグはそう愚痴る。

 

「う~ん……普通に炭酸にするか、紅茶系にするかで迷うな。あ、皆の分も買っていった方が良いよな。ならいっぱい買えばいいか」

 

 俺は財布から札を出して自販機にいれると、すると俺の後ろから手が伸びてきた。

 そしてその手は俺の首に巻きついて、そのまま誰かに後ろから抱きつかれた。

 

「うふふ……相変わらず優しいですわね、イッセー君は」

 

 ……朱乃さんだった。

 そして朱乃さんは俺の背中に引っ付きながら俺の頬を撫でてくる。

 

「朱乃さん?」

「あらあら……流石にこうも抱きついていたら反応が鈍くなりますわね。なら……」

 

 ん? ―――ってちょっとストップ!

 朱乃さんから何故か布が掠れる音が聞こえるんですけど!?

 しかもそのまままた抱きつかれると思っていると、感触がただの肌の感触だ!

 まさかこんな所で脱いだのか!?

 

「今日は日曜日ですわ。……それにここら辺に簡易的な結界を張りましたので、人は誰も来ません」

 

 すると朱乃さんは……俺の耳たぶを甘噛みしてくるぅぅぅ!!?

 

「あ、朱乃さん! それは流石に……」

「あらあら……これでも我慢している方なんですのよ? 私的にはイッセー君を今すぐに押し倒したい気分ですわ」

 

 ……俺は朱乃さんの方を振り返ると、そのまま朱乃さんに手をひかれて近くにある準備室に連れ込まれた。

 水泳用具が色々と入っている倉庫だけど、何故かそこにマットが敷かれている。

 それはもう用意周到に、あらかじめ用意されていたかのように。

 そして俺は呆気なく朱乃さんに押し倒された。

 

「朱乃……さん?」

「……ふふ。イッセー君は大人っぽいですけど、まだ誰とも経験はないですよね?」

「け、経験って……」

 

 俺は朱乃さんの表情を見た。

 ……そこにはお姉さまではなく、一人の女の子としての朱乃さんがいた。

 髪の毛を解いて、髪を俺の前で初めてロングにする。

 ―――それに意味は俺はすぐに分かった。

 経験……ってのはたぶん、女性との性交経験のことを言っているんだよな。

 ミリーシェとも結局キス以上の進展がなかったから、その問いには頷くしかない。

 でも髪を解いた意味は、たぶんそれじゃない。

 たぶんそれは昔の姿になるため。

 つまり―――

 

「部長や他の皆さんには申し訳ありませんが、私も自分の気持ちには嘘はつけませんわ。……応えてもらえるかしら、イッセーくん」

「……はい」

 

 朱乃さんの表情は真剣だった。

 上半身だけ体をあげている俺に馬乗りになって、至近距離で俺の顔を見ている。

 

「……イッセーくん、あなたは―――私やお母様を昔、救ってくれた男の子。そうですわね?」

 

 ―――朱乃さんはそう言った。

 そっか……やっぱり朱乃さんがそうだったんだ。

 ……予想はついていた。

 朱乃さんは俺が昔、まだ神器を思うがままに使えていないころに命がけで救った少女だったんだ。

 

「……ええ、そうですよ。久しぶりです(・ ・ ・ ・ ・ ・)―――朱乃さん」

「―――ッ!!」

 

 朱乃さんは俺の言葉を聞いた瞬間、そのまま俺を抱きしめた。

 俺はその体を支えることが出来ずにマットに倒れ込むが、朱乃さんは体を震えさせる。

 

「ずっと……ずっと貴方を探していましたわッ! 私と全然、年が変わらないのに命をかけて守ってくれてッ! 傷ついて、探していましたのにッ!」

「…………」

 

 ……朱乃さんは涙を流していた。

 そっか……朱乃さんはずっと俺を探していたのか。

 

「ずっとお礼が言いたくて、貴方を長い間探していましたわ……でも一年経っても、二年経ってもイッセー君を見つけることはできませんでした……」

 

 ……朱乃さんとの一件の後、俺は両親に連れられて海外で2年間暮らしていたからな。

 たぶん、それで朱乃さんとはすれ違いになったんだろう。

 

「……いつから、気付いたんですか?」

「……イッセー君が堕天使レイナーレとの戦いで初めて神器を見せた時、確信しましたわ―――この子は私がずっと探してきた男の子……私の、想い人」

 

 そうだな。

 俺が初めて朱乃さんに神器を見せたのは多分その時だ。

 それから朱乃さんの態度は一変して、すごく俺を可愛がろうとした。

 

「見た時、体中が震えるくらい鳥肌が立ちましたわ―――優しい赤いオーラ、誰かを救う白銀の光……お母様を救ってくれたあの時の白銀の光。あれを見た瞬間、イッセー君が私の王子様と確信しましたわ」

 

 ……すると朱乃さんは俺に真正面から対面した。

 ―――可愛い、俺はついそう思ってしまった。

 涙を流し、頬を赤く染めて少しニコっと笑っている。

 

「私は、イッセー君が好きです。……イッセー君なしじゃ生きていけませんわ。それくらい、あなたのことを考えると胸が弾けそうになるくらい……ずっとずっと想っていました」

「朱乃、さん……」

「それにようやく出会えたんです。お母様もあなたにお会いになりたいでしょう」

 

 ……そうだ。

 あの時、朱乃さんのお母さんは俺を庇って妖刀の一撃を受けて、そのまま呪いを受けたままなんだ。

 

「朱乃さんのお母さんはどうなったんですか?」

「……生きていますわ。と言っても、私の元にはいませんが」

 

 ……どういうことだ?

 呪いのせいでどこか悪魔の病院で修養されているとか……でもそれじゃあ私の元にはいないとまでは言わない。

 

「……イッセー君、このことはまたいずれ、絶対に話しますわ。だから今は―――」

 

 そう言いながら朱乃さんが自分の服を脱ぎ始めた!

 しかも丁寧に全部綺麗に脱いで全裸になるけど、俺は直視できずに目を逸らす……けどそれは防がれた。

 

「……見てください、イッセー君―――触れてください。乱暴に、自分の物のようにぐちゃぐちゃになるくらい……」

 

 そう言うと朱乃さんが俺の手をそのままその豊満な胸に近づけて、そして触れさせた。

 ……ウソみたいに、朱乃さんの胸は高鳴っていた。

 ドキドキ、という音が手に伝わるマシュマロみたいに柔らかい感触と共に伝わる。

 

「うふふ……いつもですわ。イッセー君のことを考えると、こうなってしまいますわ。小さいころから、ずっと想い続けてきましたもの……抱いてください」

「俺は……」

 

 俺はなにも言えない。

 俺が断ったら朱乃さんは悲しむ……でも俺の脳裏には一人の女の笑顔が映った。

 ―――ミリーシェだ。

 

「……朱乃さんの俺への好意は分かりました―――でも、俺はそれに応えるわけにはいかないんです」

 

 俺はきっぱりとそう言った。

 

「……それはどうしてです? 単に私に魅力がないから…・・・」

「それは違います! 朱乃さんは……魅力的な人です。これは誰のせいでもない……俺の中で決着をつけないといけない問題なんです」

 

 俺の問題……。ミリーシェに対する未練と、俺の復讐の心。

 それをどうにかしない限り、俺は半端にみんなの気持ちには……応えられない。

 俺は自分の胸に拳をくっ付けてそう言うけど、朱乃さんはなおもそこから離れようとはしない。

 

「……魅力があるなら、イッセーくんをその気にさせて見せますわ。ここでイッセー君と既成事実を作れば、後々が楽になりますから」

 

 朱乃さんが俺の唇にその艶っとしている唇を近付けてきた!

 

「あ、朱乃さん! そ、そう言うのは恋人がするものであって、手軽にするものじゃ!」

「あらあら……でもリアスには無理矢理されたのでしょう? なら私も」

 

 なんでそんなことを知って……まさかティアか!?

 もしかしてこの前、コカビエルの一件が終わったあの時に言ったのか!?

 とりあえず差し迫っては目の前の朱乃さんをどうにかしないと! ……そう思った時、用具倉庫の扉がバタンと開かれた!

 

「……朱乃、これはどういうことかしら?」

「あらあら……思ったより早いご登場ですわね」

 

 ……今日はとことん部長はここぞって時に現れる。

 でも今はそれに感謝しよう!

 

「どうせ朱乃のことだからイッセーを無理矢理ここに連れたんでしょうね……私のイッセーから離れてちょうだい」

「嫌ですわ。今から私、イッセー君と大人な時間を過ごしますので」

 

 ……まずい、今のこの二人は相当頭にきている。

 朱乃さんは俺との時間を邪魔されて、部長は俺と朱乃さんが密着していることに……

 

「なっ!? それは私が最初よ! 朱乃、貴方は男には興味はないって言ってたじゃない!」

「あらあら……私は昔からイッセー君一筋ですわ。それにリアス、貴方だって男なんてどれも同じだって言ってたじゃない!」

「「……………………」」

 

 そして両者、睨みあいになる。

 朱乃さんは部長と同じ目線で無表情、部長は仁王立ちでいた。

 

「朱乃、貴方は調子に乗りすぎね。表に出なさい」

「あらあら―――望むところですわ」

 

 ……冗談抜きでヤバそうなので、俺はそそくさと用具倉庫から離れるため、二人が睨みあっている隙に部屋から抜け出した。

 ―――命が二つあっても足りないよ!

 そう思って俺はそこから少し離れたところにある自販機で人数分のジュースを買って、プールに戻った。

 ―・・・

「あれ?イッセー君、部長と朱乃さんはどこにいったの……いや、いいや」

 

 祐斗が俺にそう聞いてきて、そして空を見上げた瞬間に言うのを止めた。

 俺はプールに戻ってくると、部長と朱乃さんはプールの上空で飛びながら魔力の飛び交う喧嘩をしていた。

 俺はそれをスル―して買ってきたジュースを皆に渡して、自立歩行の機械ドラゴンになっていたフェルも俺の中に戻った。

 

「イッセーは気が利くな。流石は私の将来の旦那だ」

「ゼノヴィア、お願いだからそれは皆の前で言わないでくれ……もしこの場に部長と朱乃さんがいたら大変な事になる」

 

 俺は切にそう願う。

 だって現在でも小猫ちゃんの視線が鋭くなったんだからさ!

 ……今日の女難はヤバい。

 

「……それにしてもイッセー、君の体は素晴らしいな。無駄な筋肉はついていなくしなやか、かつ美しい。正に君の体は芸術というものだ。なるほど、脱いだらすごいというやつか」

「ゼノヴィアさん、分かってるね。確かにイッセー君の体は美しい。実は部室にイッセー君の半裸の肖像画があるんだけど……」

「なに!? それは本当か、木場!!」

 

 ……何でそんなものがあるんだ?

 

「だが生に勝るものはないさ―――っということでイッセー、子作りしよう」

「はいはい、そうだなそうだな……―――って子作りぃぃぃぃぃぃ!!!?」

 

 俺はゼノヴィアの言葉を軽く流そうとしたが、でも流せなかった!

 今、軽く問題発言が入った!

 流石にこの発言には祐斗も小猫ちゃんもアーシアも驚いているよ!

 

「おぉ、イッセーもその気なのか? な、ならばその物陰にでも行って……」

「おい、ゼノヴィア! 誰だ、お前にそんな情報を与えたのは!!」

 

 俺はゼノヴィアの肩を掴んでそう言うと、ゼノヴィアは特に動揺することなく、

 

「部長だが、それがどうかしたか?」

「うぉぉぉ!! 部長、あんた何してんのぉ!?」

 

 俺はすぐ上空に部長が朱乃さんと喧嘩しているのに関係なくそう叫んだ。

 俺の叫びはむなしくも空に消えていく。

 ……だけど一応、理由くらいは聞いておくか。

 

「何しろ私は今まで神を信仰し、神につくすことを人生と思っていたからな……そこで神がいないという事実を知り、絶望のどん底にいた―――そんな私を救ったのがイッセー、君だよ」

「えっと……まあ一応はそうだな」

「それでだ。女としての喜びを全て捨てていたわけだが、悪魔になったんだ。欲望のままに生きていこうと思ったが、何分欲望を禁忌としていた私は何をすればいいか分からない。だからリアス部長に聞いたんだが……」

 

 ゼノヴィアはコホン、と咳払いをした。

 そして若干声音を部長に真似て、話し始めた。

 

「『好きな人を作って子供を作るいうのはどうかしら? 私の今の欲はそれだけど……。ふふ、イッセーとの子供はさぞかし可愛いんでしょうね』って言っていたものでね?」

 

 部長ォォォ……最近、部長の目がギラギラしていたのはそのためですか。

 っていうかゼノヴィアになんてことを教えているんですか……。こいつは嫌な意味で純粋なんですから!

 

「……駄目ですッ! イッセー先輩は私がッ!」

「あうぅ! 言ってくれれば私もイッセーさんのために!」

 

 ……ああ、空は青いな。

 いや、今は部長と朱乃さんの喧嘩のせいで赤いや、もうホント、赤いさ。

 

「……イッセー君、少し目が死んでいる気がするんだけど」

「大丈夫……僕、赤龍帝だから。ほら、赤龍帝って赤いでしょ? だから何にも問題ないんと思うんだあはははははははは」

「イッセーくん!? 気を確かに持つんだ!」

 

 祐斗が俺を励ましてくれるけど、残念ながら俺は現実逃避するしかないんだよ!

 ……すると俺とゼノヴィアの間に割って入った小猫ちゃんとアーシアが何かゼノヴィアと話していた。

 

「そうか……ならば三人で子作りをしよう。私もイッセーを一人でどうにかしようなどと考えてはいないさ」

「…………私もそれで譲歩しましょう」

「はい! じゃあ最初は誰か、まず決めましょう! ……それで子作りってどうするんですか?」

 

 アーシアが思った以上に純粋だった!

 ああ、もうアーシアは可愛過ぎるッ!!

 なんか救われた、ホント、今の一言のお陰で救われた!

 俺はとりあえず、テンションが変な方向に向かってしまった頭を冷やすためにプールに飛び込んだ。

 ……体が沈んでいき、俺は体を丸くする。

 でも不思議だけど……俺の中の痞えが消えていた。

 最近の俺の憂鬱さがどこかに消えていた。

 ―――皆のお陰、なんだろうな。

 

『相棒が望んでいたのは一人じゃなかったということだよ。相棒は一人でいるべきではない―――いつでも誰かと一緒にいないといけないさ』

『……認めたくはないですが、グレモリー眷属は我々と同じくらい主様を想っています。ですから、たまには寄り添ってもいいのではないでしょうか』

 

 ああ……もう十分頼りにしてるよ。

 だけど―――もう一歩だけ、近づこうと思う。

 もう大丈夫だ、プールから上がれば、俺はいつも通りでいれる……心の底から、そう思う。

 サーゼクス様は俺を弱いと言った。

 ……その通りだ。

 俺は弱い、だから誰かに支えて貰わないと崩れてしまう……だけどそんなの皆だって一緒だ。

 俺も支える、だから皆も支えてくれる。

 今はそれでいい。

 俺はそう考えながらそのまま水中から顔をあげて、プールサイドを見た。

 そこには眷属皆の姿があって部長や朱乃さんも皆、笑顔だった。

 そして部長は俺に手を差し伸べてくる。

 

「イッセー、手を貸すから上がりなさい」

「……はい!」

 

 俺はのばされた手を力強く握る。

 この手をしっかりと掴めばいい……そう思った。

 俺は皆の優しさを改めて知った、そんな休日のひと時だった。

 ―・・・

 次の日の朝、部長とアーシアには先に学校に向かってもらった。

 それは俺が朝、感じた感覚によるものだった。

 俺は一人、学校に向かう。

 周りには既に同じ駒王学園の生徒の姿がちらほらあり、だけど俺は真っすぐに校門前に向かう。

 そして俺は……特に動揺することなく校門前にいる存在に近づいた。

 

「……よぉ。これは久しぶりって言えばいいか?」

「そうだな……ここで会うのは2回目だからね」

 

 そこにいたのは暗い銀髪の容姿が整った俺と同じくらいの身長の男。

 その男は不敵な笑みを漏らしながら校門前で壁にもたれかかりながら、そこに存在していた。

 

「じゃあ久しぶり―――白龍皇、ヴァ―リ」

「そうだね―――赤龍帝、兵藤一誠」

 

 だけど俺はもう大丈夫だ……もうおかしくなんかならない。

 ―――俺は校門前で、再び白龍皇と邂逅した。



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第3話 白との対話と授業参観です!

 俺の前にはダーク色の強い銀髪の、俺くらいの身長の容姿が整った男がいる。

 ヴァ―リ……俺と対をなす今代の白龍皇だ。

 そして俺は学校に続く道の間にある橋で、ヴァ―リと向かい合っており、ヴァ―リは俺が始めに用意していた缶ジュースを渡していて、それを飲んでいた。

 

「……こんなものを用意していたってことは、君は俺がここにいることが分かっていたのかい?」

「まあな。俺は残念な事に白龍皇の匂いに敏感なんだ。それでだ……」

 

 俺は苦笑いをしているヴァ―リのすぐ隣の橋の手摺を背もたれのようにして、手で掴んでいるジュースのプルタブを開けた。

 

「どうしてここに来た?」

「……今一度、今代の赤龍帝。つまり俺のライバルである君の姿を確かめに来たんだ。あの時はよくわからなかったからね―――でも今の君はどうやらあの時とは状態が違うみたいだね」

「……仲間に支えられてるからな」

 

 俺は昨日のことを思い出して切にそう思った。

 …・・・皆の優しさに触れて俺は今、こいつと普通に話せているからな。

 

「仲間、か。……それはともかく、俺がここに来たのはもう一つ、理由がある」

「理由?」

 

 俺はヴァ―リの言葉をオウム返しすると、ヴァ―リは間髪いれず話し続けた。

 

「いや、正確には俺じゃないさ……アルビオン、君が兵藤一誠に用があるんだろう?」

『……そうだな。礼を言う、ヴァーリ』

 

 ……するとヴァーリの手の甲から、普段の俺と同じように宝玉が現れて途端にアルビオンの声が聞こえた。

 アルビオンが俺に用―――そういうことか。

 

『ヴァーリ…・・・出来れば今からの話は君には聞いてほしくない』

「……まあいい。気になるが、君がそう言うなら尊重しよう」

 

 するとヴァ―リの耳元に黒い魔力の塊が出現した……多分、自分の聴覚を遮断するためのものか。

 そしてアルビオンがわざわざヴァ―リに席を外させたということで、俺の予想が的中した。

 

『さて……ここは久しぶりと言った方がいいか? ―――前赤龍帝』

「……やっぱり気付いていたんだな、アルビオン」

 

 俺は予感が的中したことに特に驚くことなく、そう答えた。

 なんとなくアルビオンが俺のことに気付いているのは分かっていたけど、まさかこいつの方から俺に話しかけてくるのには驚いたな。

 

「俺が前赤龍帝の魂のまま転生したってことは理解はしてんだろ? だったら俺に何の用があるんだ?」

『……いや、私も以前の終わり方は遺憾だったからな。まさかミリーシェが殺されるとは思ってもいなかった』

「…………お前、覚えているのか?」

 

 俺はアルビオンがミリーシェの名を言ったことに素直に驚いた。

 

『覚えているさ……だがここからが問題だ。お前が前赤龍帝と言うことは分かる。だがどういうことだろうな―――お前の名前、それだけが思い出せない』

『……なんだと?』

 

 すると俺の手の甲からドライグが宝玉をして現れてそう言った。

 ……俺の前の名を、思い出せない?

 

『ドライグか……言葉通りだ。貴様の戦闘スタイル、性格、あらゆることは覚えているにも関わらず名前だけは思い出せない』

「……一つだけ教えてくれ。お前の今の宿主―――ヴァ―リはミリーシェではないよな?」

『……当然だ。それは貴様が良く分かっているだろう。ヴァ―リは彼女とは全て反対だ―――そう、力以外は。それに分かっているはずだ……どう取り繕うが、ミリーシェ・アルウェルトはあの時死んだ』

 

 ズキッと、その言葉が俺の胸に突き刺さる。

 分かっていたことだ。

 だから今更、そのことで一々調子を崩して要られない。

 それに……俺の中のもやもやが一つ消えたんだ。

 

『アルビオン、まだ質問は終わってはいないぞ。貴様は覚えているのか? 貴様の主を殺した相手を』

 

 ドライグはアルビオンにそう問いかける……あの時の正体不明の黒い影のことか。

 奴を思い出すだけで俺の頭は沸騰しそうになるけど、今はそうしても無駄だからな。

 

『……分からないな。あの時、私は奴の存在すらも認識できなかった。知らぬ間に漆黒の幾数もの槍らしきものがミリーシェを突き刺し、一瞬の間に彼女の命を奪った―――いや、終わらした(・ ・ ・ ・ ・)

「『終わらした?』」

 

 俺はドライグと声を合わせてそう尋ねると、アルビオンは続ける。

 

『その通りだ、正に命が消えたと言うより、寿命が尽きたような感覚だった。話す間もなく、ただ一瞬でミリーシェは散った……。正直言えば、惜しかった。あの時、神器の中の怨念はほとんど姿を消していたのでな。あのまま行けば、全ては上手く行っていたのだが』

 

 ……少なからずアルビオンもあの時の事を悔いているようだった。

 アルビオンだって長い間、ミリーシェの中で生きていたからな……少しぐらいは情はあったんだろうか。

 

『一つだけ言っておく。今の神器の怨念は戻っているが、それでもマシな方だ。少なからず貴様とミリーシェの行為は無駄ではなかったということだ』

「……へぇ、お前が俺に気遣うなんてどういう神経だ?」

『……うるさい。こうでもしなければミリーシェが浮かばれないであろうッ!』

 

 ……そっか。俺はアルビオンの悔しそうな声音を聞いて、それ以降は何も言わない。

 アルビオンにとっても、ミリーシェは大切な相棒だったんだな。

 少しだけ、涙が出そうになるけどそれを耐える。

 

『……随分とお前は情に厚くなったようだな、アルビオン』

『貴様には言われたくない。それにどちらにしても赤と白は敵同士だ……慣れ合う気はない』

『同意見だな。ただ俺は悪くないと思ったぞ? ―――あの時初めて実現した、赤と白の共同戦線』

 

 ……突然襲ってきた邪龍のことだな。

 あの時は俺とミリーシェは一世一代を懸けた戦いを邪魔されてぶち切れて、ミリーシェが殺したっけ……でもそのあと―――ッ!!

 

『主様、今はそのことは考えるべきではないです』

 

 ……今まで俺達の会話に入ってこなかったフェルが俺へとそう声をかけてくる。

 分かっている……大丈夫だ。

 

『……ずっと気になっていたが、ドライグ。そこの男。兵藤一誠の中にはまだ違う存在がいるな』

『ああ、相棒のもう一つの神器に封じられているドラゴンだ』

『……そうか。興味はないわけではないが、今は質問を抑えよう。……そろそろ我が主を解放しなければ暇すぎてどうにかなってしまうな』

 

 アルビオンはそう言うと、そのまま宝玉は手の甲から消えた。

 声は聞こえなくなり、それと同時に俺の手の甲の宝玉も消えて無くなり、そしてヴァ―リの今まで耳を覆っていた魔力も消えた。

 

「終わったか? 随分と話しこんでたけど、少し興味が湧くな」

「……聞きたきゃいつかアルビオンから直接聞けよ。それと気を遣わして悪かったな」

「……はは、まさか君から謝罪の言葉を聞けるなんてね。俺の君への第一印象は随分と異なるよ」

 

 するとヴァーリは飲み終えたジュースの缶を一瞬の間に魔力で消失させた。

 

「君は俺と似ていると思っていたけど、どうやら俺とは正真正銘、逆の性質を持っているね。俺の行動原理は戦うこと。これに尽きる」

 

 するとヴァ―リは魔力の塊を掌に集中させる……まさかここで始めるつもりかよ!?

 そろそろ生徒が一気に学校に来る時間だってのに……

 

「なに、何もこんなところで君と戦う気はないよ。そんな身構えなくてもいい」

「……お前は戦うことが全てだとでも言いたいのか?」

「そうだよ。俺の人生は強者と戦うことに意味がある。そう言う意味では君は俺が一番戦いたい相手なのかもしれないね」

 

 ……やばいな。

 こいつ、前の白龍皇であるミリーシェ以上の魔力を感じる。

 コカビエルをこいつが回収しに来ていた理由が分かった―――単に、コカビエルを簡単に圧倒出来る奴だからだ。

 

「じゃあ俺とはまるで違うな。俺は誰かを守るために力を使い、そして戦う。俺が戦いを楽しいと思ったのは、残念だけど今までで一度だけだ」

 

 ……それはミリーシェとの怨念も何も関係ない、最初で最後だった大喧嘩のことだ。

 

「…・・・君とは相容れないな。仲良くなれそうだけどね。人としての性質では君は好意的な人物に当たるからね」

「そうか? まあ俺もお前に対して特に嫌悪感はないけど」

 

 これは素直な意見だ……だけど、それでも俺はこいつとは相容れないだろうな。

 俺の戦う理由とこいつの戦う理由はまるで違う。

 こいつが戦うのは個人のためで、俺が戦うのは他人のため。

 俺はそこで初めて、ヴァーリに向かって殺気を含んだ目で睨んだ。

 

「―――ッ!! ……すごいね、君のその殺気。つい俺の鳥肌が立つレベルだ。……なるほど、君のあの時の実力は本物ということだね」

「それで? お前はどうするつもりだ?」

「……今すぐにでも俺は君と戦いたいよ」

 

 ヴァーリが好戦的な目つきで俺にそう言ってきた瞬間だった。

 俺の耳に風が動くような音が聞こえたと思うと、ヴァ―リの首元に二つの剣がクロスして向けられていた。

 

「……今すぐイッセー君から離れてもらえるかな―――白龍皇」

「冗談にしては性質が悪いな。イッセーは私たちの仲間だ……手を出すことは許さない」

 

 ……そこにいたのは聖剣デュランダルを向けているゼノヴィア、そして聖魔剣を向けている祐斗だった。

 周りには生徒の姿はない……人払いの結界でも張ったのか?

 

「ほぉ……中々の速度だったよ。だけど俺の目でも目視出来た時点でどうってことはないな」

 

 二つの剣を首元に向けられているにも関わらずヴァーリは依然として平然としていた。

 こいつにとったら、こんなのは大したことはないだろうからな。

 

「二人とも止めとけ……分かってるだろ」

 

 俺は二人の肩に手を置いて、祐斗とゼノヴィアの状態を見た。

 ……祐斗もゼノヴィアも手が震え、ヴァーリを見ながら冷や汗をかいていた。

 正直にヴァーリは、二人と比べたらあまりにも実力がかけ離れている……むしろ俺はこの二人を称賛する。

 

「相手の実力を知るのは強いものの証拠だ。相手の恐ろしさを感じ、それでも立ち上がるのは勇気だ。だけどそれに真っ向から向かって行くのは……無謀だ。だから今は剣を収めろ」

 

 俺が祐斗とゼノヴィアにそう言うと、二人は警戒を解かないままヴァ―リに向ける剣を下ろした。

 そして俺は二人を俺の後ろにして、俺は前に立ってヴァ―リを見た。

 

「それは俺が言おうとしていたんだが―――まあいい。戦いたくはあるが、流石に俺もこの場では自重しよう。……そう言えば俺がここにいるのにはもう一つ、理由があったよ」

 

 ヴァーリが思い出したようにそう言うと、俺の後ろに視線を向けた。

 

「俺がここに来たのはアザゼルの護衛だよ。そう言うことでリアス・グレモリー。そこの男、兵藤一誠は貴重な存在だ。大切にするがいいさ」

 

 俺はヴァーリが送った先に視線を送ると、そこにはすごい不機嫌な表情の部長、更にその周りにはアーシア、小猫ちゃん、朱乃さんがいた。

 

「どういうことかしら、白龍皇。堕天使と関わりのあるものが私達に接触するなんて……」

「悪いね、でも俺の中のドラゴンがどうしても兵藤一誠に用があるとうるさくてね。……内容は知らないけど、無粋な事はしない方が良い」

 

 ヴァーリがそう言うが、部長は未だに不機嫌なままだ。

 

「……二天龍に関わった者は、ろくな人生を送らない。そうある人物に聞いたんだけど、君たちはどうなんだろうね?」

「言っとくけど、俺が傍にいる限り皆は守る。お前がいう二天龍の運命も全て俺がぶっ潰す」

「はは……楽しみにしておこう、兵藤一誠」

 

 俺がヴァーリにそう言うと、奴は苦笑いをしながら俺達に背を向ける。

 

「次に会うのは三すくみの会議の時だ―――俺も色々と多忙でね? 君との戦いよりも前に色々とやらなくちゃいけないことがあるってことを覚えておいてもらおう」

 

 そう言うとヴァーリはその場から去っていく。

 俺は去っていくヴァーリを特に気にせず、後ろを振り向くとそこには未だに緊張感を切れずにいる皆の姿があった。

 そしてアーシアと小猫ちゃんはその中で俺の元に近づいてきて、そして何も言わずに手を握ってくる……この二人は特に怖がりな側面があるからな。

 まずはこの緊張感を解かないとな……今日は授業参観なんだから。

 俺はそう思って、とりあえずは皆のケアに回った。

 ―・・・

 ヴァーリとの遭遇から大体30分ほど経った今、俺達は今はオカルト研究部の部室にいた。

 俺が家を出たのは割と早い時間だったからまだ朝礼の時間には余裕があり、とりあえず強張った皆の緊張を解きほぐすことにした。

 そのおかげか皆、幾分はマシな表情になった。

 …・・・緊張を解きほぐすために俺がしたことはあまり聞いてほしくない。

 何故なら―――

 

「……イッセー先輩の膝枕からの頭なでなで。2分だけなのが悔しいところです」

 

 ……色々と辛い時間だったからだ。

 簡単にいえば俺はしてほしいことを何でもできる範囲で2分だけするって言ったら、部員の皆の食い付きがおかしくなった。

 まずは小猫ちゃん、これは普通に膝枕をしてからの頭を撫でる……これは割と良心的だ。

 次にアーシア、手を握るだけ―――アーシアはやはり天使だった。

 ……だけど問題はここからだった!!

 朱乃さんは自分の番になった瞬間に俺に跨ってキスしようとして、それを部長に見つかって一悶着。

 そして部長は朱乃さんに見せつけようとしてか、強引にキスを迫る!

 それからはこの二人は口論となり、そして部室を出て行ってまた魔力を介した喧嘩をし始めた。

 次はゼノヴィア……予想はしていたけどいきなり

 

「子作りをしよう。それで私の緊張はほぐれる」

 

 緊張以前に子供がつくってどうするんだよ! っていうか2分で何考えてんだよ!

 ……そして最後に祐斗、祐斗は思ったよりマシで剣の打ち合いをして欲しいと言ってきて打ち合いをした。

 っと言う具合で皆の緊張は解せたってわけだ。

 昨日は皆に気を遣ってもらったからな……これぐらいはしないと。

 そして今は俺達は部室で少しのんびりしているってわけだ。

 

「全く、朱乃は油断も隙もないわ」

「あらあら……部長の方こそ、()のイッセー君の唇を奪おうとして、舌までいれようとしていたじゃないですか」

 

 ……部室に戻ってきてもこの二人は口論を続けていた。

 でもそのお陰で緊張はかなり解すことができて良かったよ。

 

「……そろそろ朝礼の時間だから行くか。ゼノヴィア、アーシア」

「はい!」

「つまりこれより先はイッセーをアーシアと共に占領できるということか……。これは同学年の特権といえるだろうな」

 

 ゼノヴィア、お願いだからそれ以上は言わないでくれ……聞こえていないから幸いだけど、それを言うと色々と面倒だからさ。

 とりあえず、俺達は教室に向かったのだった。

 ―・・・

 俺とアーシア、ゼノヴィアは教室に到着して扉を開けると、そこには既にほとんどのクラスメイトがいた。

 

「意外と早いな……っと、おはよ、松田、元浜」

 

 俺は教室の扉付近の席に座っている松田と元浜に挨拶すると、この二人は俺に恨めしいような視線を向けてきた。

 

「ちっ……。このリア充野郎が! 馬に蹴られて死んでしまえ!!」

「そうだ! 朝から美少女を二人も侍らせて登校するなど愚の骨頂! 伴死に値する!」

「とりあえず、黙ろうか?」

 

 俺は挨拶が出来ない馬鹿な友人の頭を掴んで、そのまま机にごつんと額をぶつけてやった!

 

「ほう……。イッセーが私とアーシアを侍らすか。素敵な事じゃないか」

「?」

 

 アーシアはゼノヴィアの言っていることが理解できずに可愛く首を傾げている。

 純粋な子に育って、お兄さんは嬉しいよ……うんうん。

 するとアーシアとゼノヴィアに近づく影が一つあった。

 

「やっほー、アーシア、ゼノヴィア~」

「桐生さん! おはようございます!」

「おはよう」

 

 それは眼鏡をかけた黙っていれば美少女の桐生藍華だった。

 しかも顔つきはかなりにやついていて、何故か不気味。……そうだ、アーシアの普段の暴走の原因の9割方はこいつにある!

 

「それにしても朝から可愛い女の子を二人両手に抱えて登校とは、兵藤もやるねぇ~~~」

「美少女は否定しないけど、両手には抱えてねえよ」

「またまた~……それでゼノヴィア、あの手は兵藤には通じた?」

「いや……どれだけ誘っても乗ってこないんだ」

 

 ―――そんな不穏な会話が俺の耳にしっかりと届いていた。

 ……こいつ、まさかゼノヴィアまでにいらない知恵を与えてんのか!?

 っていうか全部こいつのせいじゃねえか!!

 

「ふむふむ……ならゼノヴィア、もう既成事実を作る他はないわね。アーシアにも言えることよ」

「既成事実、ですか?」

「そうよ。とりあえず今日の夜に―――」

「おら、桐生!! 俺のアーシアに変な事を吹き込んでんじゃねえ!!」

 

 俺は鞄の中から取り出した教科書を丸めて桐生の後頭部を叩くと、桐生は変な悲鳴をあげて後頭部を押さえた。

 

「うぅ……相変わらず兵藤のツッコミは過激だね。あ、突っ込みじゃないよ?」

「分かってるから拾ってんじゃねえ!」

 

 俺は相変わらずのエロネタにツッコむと、すると周りはざわざわとしていた。

 

「おいおい……今の聞いたか?()のアーシアって」

「きゃぁぁぁあああ!!! 私も兵藤君に言われたいわ!!」

「くそ、死んでしまえ、イッセー!! お前なんか人類の敵だ!!」

 

 ……俺の発言はどうやら周りに聞こえているらしい。

 そしてそれを聞いたアーシアは顔を真っ赤に染めながら、頭を左右に振って恥ずかしがっていた。

 

「イッセーさん! 私はイッセーさんのものですから!」

「イッセー、出来れば私もイッセーの女にして欲しい」

「―――世界は、理不尽だよ…………」

 

 俺はもう何も考えることが出来ず、そのまま自分の席に戻っていく。

 ……眷属皆を何とか癒そうとしたのに、直後、俺の神経は真っ向から削られたのであった。

 これから授業参観なのにな。

 ……ところで授業参観って言っても、実は親御さんだけじゃなく駒王学園の中等部も見学できるのが駒王学園の特徴だ。

 まあ中等部の場合は親御さんが一緒に来るのが条件だけどな。

 

「イッセー、先ほどはすまなかったな。少し無神経だった」

 

 すると俺の元に再びゼノヴィアが現れる……この子は素直だからなぁ。

 

「いや、いいよ。そんなに気にしてないから」

「そうか! ならばイッセー……私は少し焦り過ぎていたのだと思う。会って間もないのに突然子作りなど、確かにイッセーが断るのも当たり前だ」

 

 ―――ようやく分かってくれたか、ゼノヴィア!

 

「突然、一児の父になれと言うのは流石にまだ学生の身であるイッセーに頼むのはいささか厳しいであろう」

 

 ―――あれ?何か話の方向が……

 

「だからこそ、いざ子作りをする時のために予行演習というものが必要になる……。故にこれを使って練習しよう」

 

 するとゼノヴィアは俺の机の上にある物体を置いた………………

 

「ぜ、ぜ、ゼノヴィアさん? これはどういう―――」

「なんだ、知らないのか? それは性行為をする際に子供が出来なくするための道具だ。日本はこういうのをお国柄で使用するのだろう? だからまずはこれを陰茎につけて、そこから……」

「だから!! 学校でなんてもん出してんだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!?」

 

 俺は机にある物体……コンドーム(避妊道具)を指差してそう叫んだ!

 ここは学び舎だ! なんてもんを男子高校生の机の上に出してんだよ!

 見ろ! 周りが蒼白としているぞ!

 

「アーシア、君もこれを使ってイッセーと練習するかい?」

「……うぅ」

 

 あれぇ!?

 アーシアは何故そんなに顔を真っ赤にして……確かそう言うことには疎いはずじゃ。

 ……そう思った瞬間、俺はアーシアの隣でニヤニヤしている桐生の姿をみた。

 

「またお前かぁ!? 桐生!!」

「いつかは知ることだから良いじゃない、いひひ」

 

 今すぐにあいつをツイン・ブースターシステムでぶっ潰したい!

 紅蓮と白銀の恐ろしさを分からせてやろうか!?

 

「くそぉぉぉぉぉぉ!! 何故だ!! 何故イッセーばかりがモテる!?」

「どこが俺たちとイッセーとの差を生んでいるんだぁぁぁ!!?」

『顔と性格、それと紳士さでしょ?』

 

 ……松田、元浜はクラスの女子のさも当たり前のような言葉に声も出せずに泣くのであった。

 とりあえず今、俺が言えることは―――誰か助けてください。

 そう切に願うのだった。

 ―・・・

 俺の今の状態を詳しく客観的かつ冷静的に説明しようか。

 まず今は一時間目が始まったばっかりだ……そして教室の後ろには既に沢山の親御さんがいる。

 うん、ここまではまあ普通だな。

 だけど問題はここからだ。

 

「にいちゃん、がんばれー!!」

「にいたん! ふぁいとー!!」

「にぃに、だいすき~~~!!!」

 

 ―――なんでフィーにメル、ヒカリがいるんでしょうか?

 そしてどうして人の姿であるティアがそこにいるんでしょうか?

 ……つまり簡単に言えば、授業が始まった瞬間にティアとチビドラゴンズ(幼女)が教室に入ってきたのだ。

 ちなみに母さんは普段とは違う大人っぽい服装で大人を装っているけれども、手にはごつい一眼レフの立派なカメラが鎮座していた。

 そして先ほどから三人のせいで俺への視線が痛い……そりゃああんな小さくて可愛い子にお兄ちゃんって呼ばれていたらおかしいもんな!

 

「お? 兵藤……あの可憐な少女たちはお前の妹か?」

「えっと……そんな感じです、はい」

 

 俺はとにかく担当の教師にそう言うしかなかった。

 そしてヤバい……ゼノヴィアとアーシアの視線がすごい。

 

「なら兵藤! あの子たちをお前の傍にいさせることを許可しよう!!」

「なんでだよ!! そこは静かにさせろとかでしょう!?」

 

 俺はつい先生にツッコんでしまう!

 って俺の近くに既にフィー達が来ている!? 動くの早いな、おい!

 そしてティアはニコニコ笑ってる!?

 っていうか母さんに近づいて何か言っている?

 

「貴方が一誠の母親か? 私はティアというものだ……兄貴肌の一誠、そんな一誠を見てみたくないですか? その立派な一眼レフのカメラに収めたくはないですか?」

「―――ッ! あなたは……ティアさん、あなたは天才ですか?」

 

 なんか交渉してる!?

 っていうかお前ら初対面だろうが!

 そしてこの学校の教師は緩いな、ホントにもう!

 

「にいたん、メル達のこと……いやなの?」

「……ははは! 嫌なわけないじゃないか! さ、俺の膝においで」

 

 ……はい、負けました。

 俺は三人の潤んだ目に負けて、そのまま三人を膝に乗して授業を受けます。

 ちなみに授業は美術……最近は確か造形を中心にしていたはずだ。

 あとこの授業は二時間続きだから俺はこの状態で美術をするのか……まあ平気だけど。

 

「兵藤の可愛い妹も混じってはいるが、授業を始めよう! そして今日の課題は造形と絵のどちらかだ!! どっちもやってもよし!! お題はそうだな……自分の大切な存在! どちらかを決めて前の用具を持って行ってはじめろよ?」

 

 ……大切な存在か。

 大切といえば俺の手元の三人も大切だな。それ以外にも大切なんかいくらでもある。

 母さんに父さん、眷属の皆やイリナ……ドライグ、フェル、ティア、オーフィス……皆大切な人だ。

 それに何より大切だったのは……もういないのに、何考えてんだか。

 

「……にいちゃん?」

「……何でもないよ。お前らはとりあえず、粘土でも貰ってきて遊んでおくか?」

「「「うん!!」」」

 

 ああ、愛くるしく三人は前の教卓の上に詰まれている粘土の袋の一つを先生から受け取ると、すごい笑顔で俺の所に戻ってきて再び俺の膝の上に座る。

 

「良い……ティアさん、イッセーちゃんのお兄ちゃんも凄いわ!!」

「そうだろう、そうだろう!! しかしあいつの弟っぽいところも捨てがたい……そう思わないか?」

「―――ッ! イッセー君を語りましょうか」

「ふ……望むところだ」

 

 ……親馬鹿の母さんと、姉馬鹿なティアが輝いていた。

 だけど母さんの先ほどからのシャッター音は中々治まらず、俺はもうそれを気にするのをシャットダウンして作業に集中した。

 とりあえず絵にしよう…・・・そして俺は、思ったまま絵を描くために鉛筆を画用紙に走らせた。

 ちなみに俺は絵は得意な方である。

 昔は今みたいにゲームとか漫画とかなかったから、自然と絵を描いて遊んでいたもんな。

 …………そして数十分後。

 

「……兵藤、俺は君に感動しているッ!! なんて素晴らしい絵だ!!」

 

 体育教師みたいに熱い美術教師は俺の絵を見てそう絶賛する。

 俺が描いた絵は……まあ俺の大切な存在と思った皆の笑顔を描いた大集合みたいな絵だ。

 まだまだ鉛筆でのラフがだけど、それなりに様にはなってる。

 まずは母さんと父さん、そのあとに眷属の皆、ドラゴンファミリーにイリナ、オーフィスやそれ以外の沢山の人……そして無意識に俺はある女の子を描いていた。

 

「兵藤。君のテーマを教えてくれ」

「……えっと、俺が出会ってきた大切な人を皆描いてみたんですけど……。それに笑顔の方が幸せそうですし」

 

 俺がそう言うと、何故か教室中の人がポロリと涙を流す!?

 いや、俺はそんな泣かせることなんかしてないだろ!

 

「うぅ……なんて良い子なのかしら!」

「私、それを買います!!」

 

 はいぃ!?

 何やら中等部の制服を着た女の子がそう言った瞬間、それから何故かは知らないけどクラス中のクラスメイトが立ちあがった!

 良く見るとアーシアとゼノヴィアまでいる!

 

「1000円だ!」

「甘いぞ! 15000円!!」

 

 ゼノヴィアが一気に値段をあげた!?

 って俺は誰も売るなんか言っていないんですけど!

 

「うぅ……ならお財布のお金、全部出します!!」

 

 アーシアぁぁぁ!!?

 こんな絵ならいくらでも描いてあげるから早まらないで!

 ……するとその瞬間、ある背の高い黒髪の美しい美女、すなわちティアと母さんが挙手した。

 

「「10万円出そう」」

 

 ……その数字を聞いてクラス中が戦慄しましたとさ。

 

「……ねえにいたん」

 

 すると俺の制服の裾をくいくいと引っ張るメルが、俺の描いた絵の一部分に指差した。

 

「……このヒト、だれ?」

「……そうだな―――お兄ちゃんの大切だった人、かな」

 

 ……そこに指差されているのは、ミリーシェだった。

 無意識だ、俺は知らずの間に画用紙の最後にミリーシェを描いてしまった。

 でも俺はそれを消さない……消したらいけない気がするから。

 そうして時間は過ぎて行った。

 ―――ちなみにこの絵は最高価格が20万円まで跳ね上がったけど、結局売りませんでした。

 ―・・・

「……それにしても良く描けているな、イッセー。あんな短時間でこんな絵を描けるなんて、意外な才能だ」

「昔から絵は好きだったからな」

 

 ちなみにここでいう昔とは転生前のことである。

 そして今はお昼休みで俺とゼノヴィア、アーシア、そしてどうしてここに来れたのかティアやチビドラゴンズ、そして母さんは食堂に向かっていた。

 ゼノヴィアは俺の描いた絵を見て感心深そうにしていて、その隣でアーシアも俺の絵を見ていた。

 フィー、メル、ヒカリはそれぞれ俺の体にセミみたいに引っ付いていて、ティアと母さんは先ほど撮った写真を見ながら何やら話しこんでいた。

 

「これはまた大所帯だね、イッセー君」

「……サーゼクス様?」

 

 すると俺達の目の前からサーゼクス様と、グレイフィアさん、そして部長と部長とサーゼクス様に面影のある男性が姿を現した。……ってこの人は確か―――

 

「やあ、久しぶりだね、兵藤一誠君。私はリアスの父だ」

 

 ……ライザーの時に婚約会場にいた部長のお父さんだったか。

 通りでどこかで会ったような気がするわけだ。

 

「ええ、久しぶりです。あの時は失礼なことをしてしまい、すみませんでした」

「いいや、あれは私の過失でもある。むしろ君には感謝したい。……君のお陰で私は目が覚めたよ」

 

 俺が頭を下げると部長のお父様は厳格ながらもにこやかな表情でそう言った。

 

「……それにしても随分とすごいメンツだね、イッセー君」

「…………そうですよね」

 

 俺はサーゼクス様の言葉に苦笑いをして応える他なかった。

 そりゃあ母さんと話しているのは魔王に匹敵する力を持つ五大龍王最強のティアだからな。

 

「……立ち話もなんだ、ご飯でも食べてゆっくりとしようじゃ」

 

 サーゼクス様がそう言おうとした瞬間、突然俺は誰かに肩を掴まれた。

 っていうかすごい速度で走ってきた人に真正面から肩を掴まれたってところだ。

 

「……兵藤君、お願いだから私を隠してください」

「えっと―――ソーナ会長、どうしたんですか?」

 

 ……そこにはすごい焦っている表情をしたソーナ会長がいた。

 若干眼鏡がずれていて、それが彼女が焦っていることを象徴しているようだ。

 

「そ、ソーナ!? 貴方までイッセーに!!」

 

 すると部長は怒ったような声音で会長の元に来るのだけど、すぐに何を察したようだった。

 ……その時、食堂にいる俺の耳に何やらすごい足音が聞こえた。

 

「ソーナちゃぁぁぁぁぁんんんん!!!! お姉ちゃんから逃げないでぇぇぇ!!!」

 

 ―――えぇぇぇぇぇぇ!!!?

 なんかすごい速度で魔女っ子のコスプレをしてるすごい美人の人がステッキを振り回して走ってきた!!

 

「……兵藤君、あれは敵よ。今すぐに駆逐してください」

「いや、流石にそれは無理ですよ会長。それにお知り合いなんでしょう?」

 

 俺は俺の影に隠れる会長にそう言うが、そうしている間に例の魔女っ子は走ってきて、急ブレーキを踏むかの如く俺の前で立ち止まった。

 

「ソーナちゃん! どうして私から逃げるの……ってあれ? サーゼクスちゃんも来てたんだ~」

「セラフォルー、ここは食堂だ……妹が好きなのは分かるが、もう少し自重しなさい」

 

 …………うん、つまり要約するとだ。

 この奇抜なファッションの魔女っ子は会長のお姉さんで、会長は魔王の妹……つまりこの人が―――魔王セラフォルー・レヴィアタン様ってことか!!

 

「兵藤君!! 今すぐにこの魔王を駆逐してください!! あなたなら出来るでしょう!」

「いや、魔王様にそんなんしたら俺が殺されますからね!?」

 

 俺はどうやら混乱している会長にそう言うと、食堂の入口から俺と同じく下僕悪魔で『兵士』の匙が走ってきた。

 

「ソーナたん、酷いわ! 私はこんなにもソーナたんを愛しているのに!」

「私の名前にたんを付けないでください!」

 

 ……俺は二人の口論の隙をついて、走ってきた匙の元まで行った。

 

「匙。一応、聞いとくけど……あれが本当に魔王様なのか?」

「イッセー……残念ながらそうなんだ。俺もどれほど厳格ですごい方と内心、すごいお姉さま系の魔王様を期待していたんだけど、まさかここまでのシスコンとは思わなかったよ」

 

 匙は呆然とセラフォルー様を見続ける。

 そして今気付いたけど、既に母さんとティアは食堂の一角ですごい会話に花を咲かせていた。

 あれはそう……もう何人も入ることは出来ないやつだ。

 そう思っていたら部長のお父様がその間に入っていった!

 なんて命知らずなお方だ! あの状態の母さんとティアの邪魔をしたらどうなるか……俺はそっと視線をセラフォルー様に向けた。

 まだソーナ会長と口論しているけど、会長は再びこっちに逃げてきた!

 

「……サーゼクスちゃん、まさかこの子が上で噂になってるドライグくん?」

「ああ、そうだよ。彼は赤龍帝の兵藤一誠くんだ」

 

 ……ちゃん付けをツッコまないんですね、サーゼクス様。

 

「はじめまして☆ 私、ソーナたんのお姉ちゃんのセラフォルー・レヴィアタン☆ 気軽に『レヴィアたん』って呼んでね☆」

「………………………………………」

 

 俺は絶句した。

 ……どいつもこいつも魔王は、どうしてこうも軽いんですか!?

 サーゼクス様といい、セラフォルー様といい!!

 

「ん~……確かにすごい才能だね! 上が悪魔側に残しておきたい気持ちも分かるわ!」

 

 セラフォルー様は俺の顔をじっと見てそう言った。

 

「さ、流石はイッセー……まさか魔王様にまで認められるなんて―――痺れるぜ!!」

「……魔法少女ならぬ魔王少女かよ」

 

 俺はつい思い付いた単語を呟くのだった。

 ……ちなみにその後はカオスな状態が続き、赤面した部長と会長、そして母さんとティアの間に入っていった部長のお父様がしょぼんとすることが起き、俺とアーシアとゼノヴィアとチビドラゴンズは逃げるかの如く、部長と会長を放置して違うテーブルで食事をとったのだった。

 ―・・・

 ……その日の放課後。

 俺達、グレモリー眷属、特に俺と部長はそれぞれ疲れた表情でいた。

 部長は親御さんやサーゼクス様とかのせいでお疲れ、俺は色々ツッコミ過ぎて疲れました。

 

「……ねぇイッセー、どうしてお兄様はああまで大馬鹿なのでしょうね?」

「部長……お気持ちは痛いほど分かりますが今は抑えてください」

 

 俺は部長の頭を撫でて慰める。

 そして俺達は今、部室に眷属全員でいる。

 授業参観が終わって皆、部室でのんびりしているって具合だな。

 

「うぅ……イッセー、ありがとう―――それと話があるわ」

「話?」

 

 俺は部長の言った言葉を復唱すると、部長は部室の扉を開ける。

 

「今日のお昼に実はお兄様に言われたの。……そろそろもう一人の『僧侶』を皆に紹介してもいいって」

『―――――――ッ!!!?』

 

 その部長の台詞に俺達は全員が息をのんで驚いた。

 部長のもう一人の『僧侶』と言えば、確かずっと表に出していないって言ったいたはずだ。

 しかも俺と同じで『変異の駒』である駒を使って悪魔になれたっていうのは

 祐斗から聞いた。

 そんな『僧侶』が、このタイミングで?

 

「イッセーとアーシアは知らないと思うけど、その子はこの旧校舎の中に一日中いるの。能力が余りにも強すぎて、私にはまだ扱いきれないということで上から封印が命じられていたんだけれどね」

 

 ……部長の言い分はこうだ。

 それはこの街で最初に起こった堕天使騒動、そしてそのあとのライザーとのレーティング・ゲーム。

 そしてつい最近に起こったコカビエルの件。

 これら全てが評価されて、部長はその『僧侶』を扱えるだろうと決断されたらしい。

 それを昼休みにサーゼクス様から話されたそうで、今は俺達は部長に連れられて開かずの扉と言われている、旧校舎の一角。

 その扉の前に『KEEP OUT!!!』と書かれているテープがあって、更に扉には魔術刻印で絶対に開かないようになっている。

 

「……正直に言えば、レイナーレの件もライザ―の件も、コカビエルの件もイッセーがいてくれたから解決できたものだけどね」

「いいえ、俺だけじゃないです。みんな頑張ったからそうなったんです」

 

 俺はそう返すと、部長は笑顔で俺の頭を撫でた。

 

「そう言ってもらえると助かるわ…・・・そうね、イッセーならあの子だって」

 

 部長がそう呟くと、その扉に描かれている魔術刻印を解除していく。

 そして完全に解除し終えた時だった。

 

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!』

 

 なっ!?

 叫び声……まさか堕天使か何かが潜んでいたのか!?

 

「待ってろ! 今助ける!!」

「ちょ、イッセー!?」

 

 俺は部長の制止も聞かずに扉を突き破り、そして室内に入って行った!

 

「おい、大丈夫か!?どこに敵がいる!大丈夫だ!俺がいるならどんな奴だってぶっ倒して………………………」

 

 俺は神器を展開し、その室内に入っていく。

 部屋は女の子らしい可愛い部屋で、壁にはデコレーション、ベッドの上にはぬいぐるみなんかもあった。

 ザ・女の子と呼ぶべき部屋だな。

 そして俺の視線の先には一人、可憐な少女の姿があった。

 何かに怯えるように、シーツを頭から被っていて顔だけ俺の方を向けて目を見開いていた。

 

「えっと……俺は兵藤一誠だ! リアス部長の『兵士』で、ついでに赤龍帝。……ってことで、よろしく?」

「よ、よ、よ、よろしくですぅ!!!」

 

 ―――そこには金髪のボブくらいの髪の長さの、小さい美少女の姿があった。

 なるほど。

 この子が部長のもう一人の『僧侶』……俺はそう確信したのだった。

 



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第4話 新たな僧侶は後輩です!

 今、俺こと兵藤一誠の前には凄い美少女がいる。

 アーシアと双壁を成すような綺麗な金髪の髪に赤い瞳、ショートボブ位の髪の毛の長さにきっちりと切り揃えられている。

 それは俺が初めてアーシアと出会った時と同じくらいの衝撃だった。

 あれか? 僧侶は金髪の美少女と相場が決まっているのかな?

 俺は何となくそう思った。

 ちなみにその子は今、白い毛布にくるまって顔だけ俺の方を見ているという状況下である。

 

「イッセー! どうして突然入っていくの!?」

 

 俺に遅れて部長や他のメンバーも、その可愛い部屋の中に入ってくる……でも何で部長はそんなに大慌てなんだろう。

 別に新しい眷属の仲間と顔合わせだけで……そんなにこの子の力は恐ろしいものなのかな。

 

「あうぅ!! 人が増えたぁぁぁぁぁぁあああ!!!?」

 

 すると突然、その子は毛布から飛び出て近くにあった大きめのダンボールの中にダイブした……って段ボール!?

 しかもダンボールの穴から見える赤い眼光が何となくホラーな感じがして怖い!

 でもそれっきりその子はダンボールから出てこなくなった。

 

「部長……一応説明してもらってもいいでしょうか」

「分かってるわ。そのためにここの封印を解いたもの。でもまさかイッセーが突撃するとは思わなかったわ」

 

 そりゃあ、あんな悲鳴をあげられたら敵襲と疑うしかないだろ?

 部長が少し呆れたような表情になったが、俺の要望に応えてくれて話し始めた。

 

「この子は私の『僧侶』のギャスパー・ヴラディ。転生前は人間と吸血鬼のハーフだったの」

「……ヴラディ?どこかで―――」」

 

 俺はそのヴラディという名に聞き覚えがあって少し考える……と、そこでドライグが俺に話しかけてきた。

 

『相棒。ヴラディは吸血鬼の一族の一つの名だ。確か相棒は転生前に吸血鬼と遭遇したことがあるだろう?』

 

 ……そういえばあったな。

 確かあれは、はぐれの吸血鬼が人里に出て若い女性を連れ去って命を吸い取って力の糧にしていた時のことだな。

 俺はたまたまその吸血鬼と遭遇して、そして更にその吸血鬼を追ってきた吸血鬼……つまりはぐれを殺しに来た吸血鬼の女性が確か”ヴラディ”と名乗っていたはずだ。

 なるほど……あの一族の末裔がこのギャスパーってことか。

 とりあえず今はあの吸血鬼の事を考える時ではないな。

 

「……話をつづけるわ。それでこの子を封印していた理由の一つはこの子の持つ神器が理由なの」

「……神器?」

 

 俺は部長が言った神器のワードに反応する。

 この眷属には祐斗のようなレアな神器を持つ者だっているし、しかも変異の駒が必要になるほどの神器か。

 

「そうよ。このギャスパーの神器は”停止世界の邪眼”(フォービトウン・バロール・ビュー)。とても強力なものよ」

 

 ……驚きだな。

 その神器は俺も知っている……使い手によれば全ての時間を否応なく停止させる反則級の神器であり、神滅具にも近い力を持つ神器。

 それが停止世界の邪眼(フォービトウン・バロール・ビュー)

 それなら変異の駒が必要な理由も納得できる―――駒価値が3つの僧侶の駒じゃあ転生はまず不可能だ。

 しかもギャスパーは吸血鬼の血もあるなら才能も十分あるだろうな。

 見た感じ、どうにも強い力を感じるし……ダンボールの中に入って震えているけど。

 

「でもどうしてその子はダンボールの中に蹲っているんですか? さっきまではベッドで毛布に包まってただけなのに……」

「それは私も驚きよ。初対面のイッセーが入ってきてこの子が面と向かってあいさつなんかできるわけもないのに……」

 

 部長が何やらぼそぼそと呟いているけど、その間に朱乃さんがダンボールの中に入っているギャスパーに話しかけに行った。

 

「もうお外に出られるんですよ? さぁ、私たちと一緒に外に出ましょう?」

 

 あ、朱乃さんの声音がすごく優しい!

 普段のドSの悪戯っぽい声音じゃなくて母性を軽く感じるような優しい声音だ!

 

「い、嫌ですぅぅぅぅぅ!! ここがいいですぅぅぅ!! 外に出たくない、人に会いたくないですぅぅぅ!!」

 

 ……馬鹿な、あの朱乃さんの優しい声音を振り切るだと!?

 俺は驚いているが、それは同様にアーシア、ゼノヴィアもそうであった。

 でも祐斗と小猫ちゃんは何か納得している表情をしている。

 俺はどういうことだと疑問がっていると、部長が俺の隣に来て耳打ちしてくれた。

 

「あの子は凄まじいほどに対人恐怖症なのよ。もちろん理由はあるのだけれど、こんな感じで外に出ることを嫌がってるの」

「……そうですか」

 

 対人恐怖症か…・・・そんなのになる理由なんか数えるぐらいしかないな。

 っていうか神器を持つものの共通して言えることだ。

 人とは違う違う力を持った者は周りから異質がられ、怖がられ、遠ざけられる。

 俺が知っている中ではそれで人から拒絶され、人間不信にまで至った奴なんかもいた。

 言ってしまえば神器を持つ人間が不幸になるっていうジンクスが実際に存在している……そんなバカみたいなジンクスを俺は何とかしたい。

 とにかくこのギャスパーも同じなんだろうな。

 ここまで人に恐怖するのは普通じゃない。

 

「っていうか! な、何で人が増えているんですか?」

 

 するとダンボールの中から可愛らしい声が聞こえる。

 そっか……この子は俺やアーシア、ゼノヴィアが部長の下僕になったことを知らないのか。

 

「ここにいる兵藤一誠、アーシア・アルジェント、ゼノヴィアはそれぞれ私の下僕になった眷属悪魔よ。ギャスパー、あなたも仲良くしなさい」

「…………」

 

 するとその赤い眼光は俺の方を窺っていた。

 

「ギャスパー、お願いだから外に出ましょ? もう貴方はここに封印される理由はないのよ」

「い、嫌ですぅぅぅ!! 外なんか怖いだけなんです! 外に行ったって皆の迷惑になるだけですぅぅぅ!!!」

 

 ……重症だな、これは。

 一体どれだけ怖い目に遭えばここまで外に恐怖するんだろうな。

 ―――仕方ないな。

 

「部長、ここは俺に任せてください」

 

 俺は部長に断ってギャスパーが隠れるダンボールの前まで歩いて、俺はギャスパーの前でしゃがみこむように屈んだ。

 

「改めてはじめましてだな。俺のことはイッセーって呼んでくれて構わない。代わりに俺はお前をギャスパーって呼ぶことにするから」

「……知っていますぅ」

『――――――ッ!!?』

 

 その場にいる俺以外の人は全員が驚いた。……たぶん、俺の言葉に反応したってことにかな?

 そこは俺も気になっているところだ……っと、そこでギャスパーはダンボールから顔を出した。

 

「ま、前のレーティング・ゲームをこの部屋から見てました……だから先輩のことは知ってますぅ!」

「……じゃあ話が早いな。この部屋から出ようぜ? 外が怖い理由は俺には分からないけどさ」

 

 俺はギャスパーに手を差し伸べるが、でも一向にその手が握られることはない。

 

「い、嫌ですぅ!! 外に出ても傷つくだけですぅ!! それならここで一人でいる方がいいですぅぅぅぅ!!」

「……外に出て誰かに傷つけられるって思ってんなら、悪いけど強硬手段をとらせてもらうぜ」

 

 俺はそう言うとギャスパーをダンボールから無理矢理、手を引っ張ってダンボールから出した。

 ……神器はその所有者の精神状態で力を暴走させたり、発動させたりする。

 こいつの邪眼の場合は間違いなく暴走の効果は決まっているはずだ。

 ―――次の瞬間、その空間の時間が止まった。

 周りは時間が止まったようにモノクロの風景となって、その中でギャスパーは俺の手から離れて逃げようとする。

 たぶん、俺も停止していると思っているだろうけど……

 

「その邪眼は相手との力の差が圧倒的だった場合、その効果は成さない。つまり俺はお前の神器が効かないってことだ」

「え……僕の力が、効いてない?」

 

 するとギャスパーは目を見開いて信じられないような顔をして驚いていた。

 俺以外の眷属は確かに時間が止まって動けなくなっているからな。

 

「全ての事象を停止させる事の出来る神器、確かに恐ろしいと感じる人もいるだろうな……大方、お前が恐れているのはそれか?」

「……そうですぅ! 僕の力は人を傷つけてるだけですぅぅぅぅ!! だから僕は……」

「そう思っているなら、俺がお前の面倒を見てやる。それだけ外が怖いなら外の良いとこを教えてやるよ」

 

 俺は掌でギャスパーの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 っていうか中々、ギャスパーの停止が消えないな。

 そう思っているうち周りの停止された空間は解除されていき、他の眷属も動けるようになった。

 

「……ギャスパー、貴方はまた力を暴走させて……」

「―――部長、一つお願いがあるんですけど」

 

 俺は未だに混乱している部長や他の皆をさて置いて、部長にあるお願いをした―――・・・

 ―・・・

 あれから部長に聞いた話では、ギャスパーは吸血鬼にも関わらずデイウォーカーと呼ばれる日中を活動できる特別な血を継いでいるらしい。

 しかも魔術的な才能もあり、吸血鬼の才能もあるらしく、才能だけで言ったら眷属の中でもトップクラスに近いらしい。

 ちなみに後から聞いて驚いたけど、ギャスパーの性別は男か女か分からないらしい……部長は俺にそう教えてくれた。

 そして今、部長は朱乃さんと祐斗を御供にして、今は三すくみの会議の打ち合わせに行っているらしく、俺は部長にあるお願いをして、そして今、俺は夜の学校の校庭にギャスパーと二人でいた。

 怖いのかギャスパーはダンボールの中に入ろうとしたけど、俺は無理矢理体一つで出てこさせた。

 ……手元にはダンボールがあるけどな?

 ―――俺が部長にしたお願い。それは少しの間、ギャスパーと二人きりにしてほしいというものだった。

 

「少しは落ち着いたか、ギャスパー」

「うぅぅぅぅ……やっぱり外は怖いですぅぅぅぅぅ!」

 

 ……まあ少しはマシになったか。

 

「人が怖い割にはどうして俺とは普通に話せているんだ?」

 

 俺はギャスパーに最も疑問だったことを投げかけた。

 

「……優しそうだったから、不思議と平気だったんですぅ。僕を傷つけない、そんな気がして―――不思議と傍にいても怖くなかったんです」

 

 ……不思議と傍にいて怖くない、か。

 

「……あのレーティング・ゲーム。僕は部屋からずっと見てました。それでその……い、イッセー先輩の戦っている姿はずっと見てましたですぅ!」

「ライザーとの戦いか。まあ最後は結局、ゲームは負けちまったけどな」

 

 最後にライザーが部長に攻撃をして、そして負けたあのゲームのことを思い出す……まああの後にライザ―をぶっ潰したけどな!

 

「見ていて思ったんですぅ…・・・こんなすごい人がいて、僕なんかよりも才能があって僕なんかよりも遥かに強い人がいるなら僕なんかいらないなって……そう思ったんですぅ」

「……悪いけど、俺に才能があるって言うのは止めてほしいな。俺は今の自分を才能の一言で言いきってほしくない」

 

 俺はそうギャスパーの一言を切った。

 ギャスパーはそのことに少し驚いているようだった。

 

「俺はさ、本当に昔から死を覚悟するような修行をしてきたんだ。人一倍、誰よりも才能がなかったから」

「さ、才能が、ない?」

「そうだ。それに引き換えギャスパー、お前はすごい才能を持っている。ただいまは色々な事に対する恐れと力の制御が出来ないだけだ」

「……イッセー先輩は、どうして強くなろうとしたんですか?」

 

 するとギャスパーから、今まで何度もされた質問が飛び込んできた。

 ……俺が兵藤一誠になる前から何度も問いかけられ、そして一度も変わらなかった答え。

 

「―――守りたいから。助けを求める人、仲間を守りたいからだよ。そしてそれはお前も例外じゃない」

 

 俺はギャスパーの赤い瞳を真っ直ぐと見つめた。

 

「ギャスパー、お前が外を怖いと思っているのには理由があるだろうな。怖いならまずは俺を頼ってくれ。先輩として、仲間としてギャスパーを絶対に守ってやるからさ!」

 

 俺はニカっと笑ってギャスパーにそう問いかけると、ギャスパーは少し瞳に涙を溜めながらにこりと笑った。

 その顔は月光に照らされて酷く幻想的で美しく、俺はそこで疑問をギャスパーに聞いてみた。

 

「そう言えばギャスパーの性別ってどっちなんだ? 正直、俺からしてみれば凄い可愛いし、女子の制服も凄い似合ってるから女の子にしか見えないんだけど……」

「……僕は半分人間かどうかはわからないですけどぉ、一応、男と女、どちらにでもなれるんです」

「……両性ってことか?」

「見た目は同じなんです。ただ、その……」

 

 するとギャスパーはモジモジしながら下をうつむいて顔を真っ赤に染めていた……うん、間違いなく美少女の反応だ。

 普通に可愛い。

 

「そ、その……せ、生殖器はどちらでも好きな方になれるんですぅ……。僕はずっと女の体でいますけど……」

「……なら一応、女扱いでいいのか?」

「は、はいぃぃぃ!! 子供だって産めますからぁ!!」

 

 ……それは聞いてないんだけど、少しは元気になったからいっか。

 にしても両性、男にも女にもなれるのか。

 確かに男でも女でも見た目は変わらないから見分けはつかないけど。

 って今さらだけどギャスパーが恥ずかしがっていたのは生殖器のことか!

 ああ……なんかギャスパーもアーシアとか小猫ちゃん同様、守りたくなるオーラがあるよな。

 俺はあれなのか? 保護欲を掻き立てられる存在が好きなのか?

 

『確かに主様が癒される対象は色々と不完全な守りたくなるような雰囲気を持ってますね』

 

 するとフェルがそう俺に語りかけてきた……そう言えばずっと静かだったな。

 

『ええ。少しばかり気になることがありまして、神器の奥に行って色々と調べていたんです……。あまり良い結果は出ませんでしたが』

 

 気になることか。

 何かは知らないけど、また今度教えてくれ……っと今はギャスパーだ。

 

「とりあえずギャスパー、しばらくは俺の悪魔家業の付き添いをして対人恐怖症を克服しよう」

「は、はいぃぃ!! イッセー先輩の期待にこたえたいですぅぅぅ!!」

「お、良い意気込みだ! ……ところでギャスパー、ずっとあの部屋にこもっていたなら、血の摂取はどうしてたんだ?」

 

 吸血鬼といえば血を飲むことを欲する種族だからな。

 でもギャスパーは俺の質問に顔を青ざめていた。

 

「ぼ、僕は血が嫌いなんですぅ……あんな生臭いもの、嫌いですぅ! 普段は一週間に一度、輸血パックを飲んでいるだけなんですけど……」

「……半分人間の影響か? ……じゃあ俺の血でも飲んでみるか?」

 

 俺はそう言うと自分の制服のシャツのボタンをいくつか外して首をさらけ出した。

 ドライグが転生前、吸血鬼と遭遇した時に教えてくれたけど、赤龍帝の力を宿した者の血は、飲めば力を増すことが出来るらしい。

 特に神器の成長にはもってこいという事らしい。

 

「赤龍帝の血は神器の成長に最適だ。それでお前の邪眼の暴走も幾分マシになるだろうからな」

「い、いいんですかぁ? 確かに先輩からはあり得ないことに、僕でも反応するほど良い匂いですけど……」

「可愛い後輩のためならいくらでも吸わしてやるよ」

「……なら」

 

 するとギャスパーは俺の首筋に顔を寄せると、自然と俺との距離が近くなる。

 鼻息が首筋に辺りに当たってかなりくすぐったいけど、次の瞬間に俺の首筋に少しだけ痛みが走った。

 ……血が吸われているんだろうな。

 力がほんの少し抜けそうになるけど、まあ大丈夫だ。

 

「…………ギャー君だけ良い思いしておかしいです」

「ああ、その通りだな……少し新顔のくせに調子に乗っているな」

「うぅ……私でもイッセーさんのあんなとこ、触れたこともないです!」

 

 ……俺は声が聞こえた方向を目だけを向けてみると、そこには仁王立ちして凄い怒った表情をしている小猫ちゃん、ゼノヴィア、アーシアの姿があった!

 もしかしてずっと様子を見ていたのか!?

 そして数秒経つとギャスパーは俺の首筋から口を離し、溶けそうなくらいの朦朧とした頬を赤く染めた表情で、俺をとろんとした目つきで見ていた。

 

「不思議ですぅ……。イッセー先輩の血は、全然生臭くなくて、僕を暖めてくれるようですぅ。先輩、もっと、ください……。先輩の熱いの、もっとくださいぃ……」

 

 ギャスパー!? お前のその発言は傍から聞いたら凄い卑猥に聞こえるのは気のせいか!?

 そしてまだ近くにいる修羅に気付いていないのか!

 

「ぎ、ギャスパー? 少しあっちを見ようか……」

「あっちぃ? …………ひっ!!!?」

 

 ギャスパーはもう一度俺の首筋に噛みつこうとしている最中、目線を小猫ちゃんたちがいる方向に向けると、そこには先ほどよりも激怒している三人の姿があった。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ……この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する―――デュランダル!!」

 

 ゼノヴィアが呪文を呟き、そして空間を切り裂いて聖剣デュランダルを発現している!!?

 ちょっと待って、普段は異空間に閉じ込めなければならないほどの暴君であるデュランダルを何で今開放しているんだ!?

 って目がマジだ……これは本気で―――ギャスパーが殺される!

 

「…………逃がしません。へたれヴァンパイアの分際でッ!」

 

 小猫ちゃんも何かマジで怒ってる!?

 手にオープンフィンガーグローブをつけて、普段の戦闘態勢でじりじりとギャスパーの元まで近づいてる!

 いや、俺とほとんどゼロ距離にギャスパーはいるから、俺達の元に近づいているの間違いだ!

 って本気でヤバい!

 そしてギャスパーの錯乱状態もヤバい!

 

「いやぁぁぁぁぁぁあああ!!!? 聖剣デュランダル使いに殺されるぅぅぅ!! 小猫ちゃんもいじめるぅぅぅ!!」

 

 そう言った瞬間、ギャスパーは俺の手を引っ張って走り出した……俺まで走らしてどうする!

 そして分かっているのだろうか……俺を連れているという恐ろしさを。

 

「ほう……それは私に対する挑戦か。いいだろう、私は小さいころよりヴァンパイアと相対してきた―――私の気持ちに応えろ、デュランダル!!」

「……イッセー先輩から貰った瓶、使います!」

 

 うっそぉぉぉ!?

 もしもの時のためについ先日、小猫ちゃんに渡した俺の倍増の力を譲渡した瓶を小猫ちゃんは割って、小猫ちゃんは力を何倍にも倍増した!

 ゼノヴィアはかつてないデュランダルの輝きを露わにして、剣を振りまわしている!

 アーシアはおろおろしてる! それがすごい可愛い!

 ってここでギャグを挟んでいる場合じゃないだろ、俺!!

 ギャスパーはそのまま校舎に入ると、すごい速度で校舎の中を叫びながら逃げ回った。

 

「っと、いて!」

 

 俺はその途中で血を吸われ過ぎたのか、力が抜けてギャスパーに振りほどかれる……にしてもギャスパーの奴、すごい速度だ。

 

「だ、大丈夫か、イッセー!? 首筋に血の跡が…………ってキスマークぅぅぅ!!!?」

 

 すると匙が近くにあった生徒会室から出てくるや否や、俺に近づいて俺の心配をしたと思いきや、俺の首筋を見てそう叫んだ!

 嘘だろ、キスマークがついてんの!?

 

「いや、イッセーだから当たり前なのか? ……とりあえずイッセー、廊下を走ると危ないからな―――って新しい顔だな。あれが噂の僧侶か?」

 

 すると匙はすぐに切り替えてそう尋ねてきた。

 

「ああ。ただ今、少し他の部員を怒らせてしまってな……それで今までで一番強い輝きを放つデュランダルを振るうゼノヴィアと、力が何倍にも増している小猫ちゃんに追いかけられているんだ」

「ほう……おお、すげえ可愛いじゃん!」

「でもあれ、男でもあるらしいぜ?ギャスパー曰く、両性らしい」

 

 俺が匙にそう言うと、匙は驚いていたけど俺は校舎を出て次はまた校庭に出ている三人を見た。

 ゼノヴィアが聖なるオーラを纏った斬撃をギャスパーに放った!

 小猫ちゃんも凄い拳を放ちまくってる!

 ……でもギャスパーの奴、あれを全部速度で避けてやがるな。

 ―――流石にそろそろ仲介に行くか。

 

「とりあえず俺はあの三人を止めてくる……ってアーシアも来たみたいだな」

 

 俺は廊下の方から遅れてやってきたアーシアの姿を確認すると、アーシアは一目散に俺の方に近づいてきた。

 

「イッセーさん! 血が出ています、今すぐに治療を……治療、を…………」

 

 ……アーシアが俺の首筋を見た瞬間に表情を失った。

 ―――あれ、これ詰んでるじゃん?

 

「い、イッセーさん……反対の首筋を出してください!!」

「は、はいぃ!!」

 

 俺はアーシアの迫真の迫力に負けて黙って反対の首筋をさらけ出す……っとそれと同時にアーシアは俺に抱きついて、首筋に唇を重ねた!

 

「あ、あ、アーシア!?」

「んん……」

 

 なんかすごい勢いで俺の首筋を吸ってるぅぅ!?

 アーシア、何でそんな大胆なことをするんだよ!?

 君はそんなことをする女の子じゃないだろ!

 横の匙も表情を失っているよ、目の前の出来事を見て!

 ……少し経つとアーシアは俺の首筋から唇を離した。

 

「……これでおあいこです!」

「―――やばい、これどうしよ……」

 

 俺は真剣に、首筋の両側に出来たキスマークを見て青ざめるのだった。

 ちなみにギャスパーが作った首筋の血はアーシアが治療してくれて、そして俺は首元を隠しながらギャスパーと小猫ちゃん、ゼノヴィアを止めに行ったのだった。

 ―・・・

「ほう! ひきこもりの癖に中々の身のこなしだ! だが私は激怒しているぞ!」

 

 俺とアーシア、そして呆然としている匙が校庭に来ると、そこには本気で剣を振るうゼノヴィアと涙目で逃げ回るギャスパーの姿があった。

 ちなみに匙は無理やり連れてきた……っていうよりあまりにも呆然として面白そうだっので連れてきただけだ。

 匙も先ほどのアーシアの行動は衝撃的だったんだろうな。……まあ普段はアーシアは学校では清純、穢れを知らない真っ白な子という評価を受けているくらいだからな。

 ただ一つ、アーシアは俺のことで暴走するけど……

 

「……へたれヴァンパイア」

 

 小猫ちゃんは恨めしそうな視線でギャスパーに近距離で攻めている!

 っていうか動きがいいな、二人とも!

 ……まあそんな二人から逃げているギャスパーも驚きだけど、流石に俺はそろそろ止めようと思って、既に胸に装着されていたブローチ型の形状の神器、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を掌で覆う。

 

『Creation!!!』

 

 俺は少し前から溜めていた十数回分の創造力を半分に分けて、同種の神器を二つ創造した。

 それは俺の腕の手の甲で輝き、次の瞬間にそれは鎌のような形状になった。

 ……一度、祐斗と一緒にはぐれ悪魔と戦った時に創造した白銀の不能鎌(シルヴァルド・インフィシン・サイズ)だ。

 こいつはその刃で切れば切るほど相手の動きを不能に近づける神器で、しかも今回はかなり大きな創造力を使って作ったから少し能力を変化させた。

 

「そろそろ止めておけよ、ゼノヴィア、小猫ちゃん」

 

 俺は両手に持つ二つの白銀の鎌を二人に向ける形で、ギャスパーとゼノヴィア、小猫ちゃんの間に割って入る。

 

「……イッセー、それは創った神器か? まあそれよりもそこをどいてもらうぞ」

「…………イッセー先輩、どいてください」

「それは少し困るな……。力づくでも止めるぞ?」

 

 俺達の間に何とも言えない空気が流れる。

 俺は一触即発になりそうな瞬間、鎌の刃に宿る力を解放する!

 それは刃は粉々に砕け、その砕けた刃があった部分から白銀のオーラのような刃が光輝いている力のことだ。

 流石に仲間相手に鎌で何回も切りつけることは出来ないからな……このオーラは人体には直接傷は付けないが、この光が通過した対象は通過した分だけ不能に近づく。

 ただ新しい力だけに不能に出来る規模……刃の大きさが小さくなってしまったのが難点だな。

 

「―――ッ! 面白い……。私はいつかイッセーと手合わせしたいと思っていたのでな……ちょうどいい!」

 

 するとゼノヴィアは俺に向かってデュランダルを向けて特攻してくる。

 ゼノヴィアはとにかく分かり易い。

 

「私はイッセーに決闘を申し込む……私が勝ったら即子作りだ。子を身籠るほどの熱いあれを私に注ぎ込んでもらう!」

「こんな時に何言ってんだよ!」

 

 俺はゼノヴィアが『騎士』になったことにより手に入れた速度に対抗するため、手に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を発動させて同時に倍加を行う。

 でも今回のメインは、この鎌の試運転だ。

 

『Boost!!』

 

 俺の力が倍増して、俺はゼノヴィアの聖剣による斬撃を避ける。

 斬撃を見るにゼノヴィアの動きは単純明快なもので、目で追える速度。

 まだ倍増による身体強化は十分に行えていないから下手には動けない。

 まあ次に力を解放した瞬間、決着はつくけど。

 するとその時だった!

 

「……えい」

「―――ッ!」

 

 俺はいつの間にか後ろにいた小猫ちゃんの鋭い拳を当たる寸前で回避し、俺は二人から距離をとる。

 ……全然気配を感じなかったな。

 

「……ゼノヴィア先輩、一人でやってもイッセー先輩には勝てません。二人で協力しましょう」

「……それもそうだな。ならば勝った暁には君もイッセーに子作りしてもらうがいいさ!」

「……無論です」

 

 すると小猫ちゃんとゼノヴィアが同時に俺に向かって早い速度で向かってきた。

 ったく、下手に連携されたらやりにくい。

 

『Boost!!』

「よし、5回目の強化! ドライグ、任せたぜ!」

『応ッ! 相棒を穢されてたまるか!!』

 

 すごい怒っているドライグの声を皮きりに、次の瞬間に籠手から解放の音声が流れた。

 

『Explosion!!!』

「いくぜ、小猫ちゃん、ゼノヴィア!!」

 

 俺は解放した力の全てを速度に重視して動いた。

 おそらく二人からしたら目にも止まらぬ早さで光のように粒子化した鎌の刃を横薙ぎに振るい、察知される前に出来るだけ多くの斬撃を放った!

 もちろん体に傷はない……この神器はただ戦闘を終わらせるための神器だからな。

 

「な、なんだ、これは……急に体が」

「…………ッ! イッセー先輩の、創った神器の力ですッ」

 

 それと同時に二人の動きは鈍くなる。

 ……まだまだこの二人は冷静さと戦略がまだまだだな。

 

「とりあえず、ギャスパーは俺の血を吸ってただけだから勘弁してやってくれないか?」

 

 俺は動きが鈍くなった二人に苦笑いをしながらそう言うと、二人は渋々といった風に頷いたけど、俺が頭を撫でると何も言わなくなった。

 

「流石は俺の同士だな! 素晴らしい神器だぜ、それ!」

 

 すると突然、拍手のような音が俺の耳に響き、俺はその声の聞こえた方向を見た。

 ……するとそこには渋い男性用の甚平を着ているアザゼルの姿があった。

 

「アザゼル、久しぶりだな」

 

 俺は特に警戒することなくそう言うと、その名を聞いた瞬間にその場にいる皆の目つきが変わった。

 ゼノヴィアと小猫ちゃんは動けないけどアザゼルを睨み、匙も流石に冷静さを取り戻したのか、手の甲に黒い神器を出現させて臨戦態勢をとっている。

 ギャスパーに至っては怖いのか、どこから出したのか不明なダンボールに身を隠している。

 

「警戒するのはいいことだが、残念だけど君たちでは俺の敵にはならない……イッセーを除けばな」

「悪いな。でもお前がここに今来ることは色々問題だと思うぞ?」

 

 俺はアザゼルの目の前に立ってさも当然のことを言う。

 なんたって会談はまだ少し後のことだからな……悪魔サイドであるこの学園に侵入するのは問題になる。

 

「それは悪いな。だがどうしても今朝の事を詫びようと思って来た次第だ。俺のとこのヴァ―リがそっちにちょっかい掛けたらしいな」

「……ちょっかいと言ったらお前もそうだと思うけど」

「あははははは!! そりゃそうだな!! 本音を言えば、単にお前らのサイドのレアな神器を見に来ただけなんだけどな!!」

 

 アザゼルは高らかに笑ってそう言うと、ギャスパー、匙を見た。

 目はすごいキラキラ光っていた!

 

”停止世界の邪眼”(フォービトウン・バロール・ビュー)”黒い龍脈”(アブソーブション・ライン)か。これはまたレアな神器だな」

「わかるか、アザゼル!」

「当然だ……邪眼は言わずもがな、使い手によれば全てを停止させるものだが、それこそ使い手の身に余れば害悪にしかならんもんだ。そしてその龍脈はかの有名な伝説のドラゴン、龍王の一角である”黒邪の龍王”(プリズン・ドラゴン)ヴリトラの魂の一部が封印されている代物だ」

 

 俺以外のその場にいる人物はそれを聞いて驚愕した。

 俺の場合は事前にドライグからその事実を聞かされていたわけだしな。

 

「そもそもヴリトラの神器は複数存在している。これは最近発見した事実だ。……そう言えば聖魔剣使いはどこに行った? 今日の目的はそれなんだが」

「祐斗なら朱乃さんと一緒に部長の付き添いで今は居ない。で、今日はどうするんだ? 今なら俺は何も見なかったことにするけど」

 

 俺はアザゼルにそう言うと、アザゼルは俺の言ったことを予測していたのかのように不敵な頬笑みを浮かべた。

 

「流石は我が同士だ。当然、今日の所は帰らせてもらうぜ。だがどうせ近いうちに顔を合わせることになる……。その時に神器について語ろう」

「ふっ」

 

 俺とアザゼルの間に妙な関係が出来上がっているのを見て、周りの仲間は呆れているのだった。

 ―――ちなみに俺はその後、騒ぎの全てを知った部長に2時間説教をされた上に、部員の言うことを一人一つずつ聞かないといけないという事態に陥ってしまったのは内緒の話だ。

 ……そういうことで、とにかく俺は少しの間、ギャスパーの面倒をみることになったのだ。

 






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第5話 天使に聖剣、悪魔に吸血鬼です!

「いいか、ギャスパー。今のギャスパーは俺の血を吸って一時的に神器が安定してる。だから今のうちに神器の特訓をすることにする」

「は、はいぃ!!」

 

 現在、俺とギャスパー……厳密にいえば匙、祐斗、アーシアもいるが、俺達は体育館にいる。

 部長の厳しいお説教(色々と約束事をさせられた)の後、俺はギャスパーの邪眼の神器の安定を目指すべく軽く修行をすることにした。

 今、この場にいるのは集められる限りに集めた神器持ちだ。

 俺は”赤龍帝の籠手”(ブーステッド・ギア)”神創始龍の具現武跡”(クリティッド・フォースギア)

 ギャスパーは”停止世界の邪眼”(フォービトウン・バロール・ビュー)

 その他にアーシア、祐斗、匙の神器である”聖母の微笑”(トワイライト・ヒーリング)”魔剣創造”(ソード・バース)”黒い龍脈(アブソーブション・ライン)などといった、レアな神器が勢ぞろいしている。

 ちなみに今はデフォルメしたトカゲの頭部のような神器が匙の手の甲に装着されており、そこからトカゲの舌のようなものがギャスパーの華奢な腕に繋がっている。

 

「いいか? 今のギャスパーは力が暴走しないよう、匙の神器で余分な力を吸収している。だから周りを気にせずに今から飛んでくる祐斗の魔剣を止めるんだぞ?」

「は、はいぃ!!」

 

 ……匙の神器に関しては俺の調べはついている。

 あれは他人の力を吸って他者に譲渡出来る俺の神器と似ている部分があるから、今回はそれを使うために匙には協力してもらっている。

 

「いくよ、ギャスパー君!」

 

 すると祐斗は一本の魔剣をつくりだし、それをギャスパーに勢いよく投げた。

 祐斗は簡単に言ったらギャスパーに停止させるものを創る要因として来てもらっている……っというよりこの神器持ちが集まることで、参加したいと言ってきたからな。

 ちなみにアーシアは俺が参加してもらうようお願いした。アーシアはこの中では神器の扱いが上手いからな。

 それと仮にギャスパーが剣を停止し損ねて怪我をした場合の回復要因だ。

 剣をわざわざ真剣にしているのは、単に本当の戦闘を模擬しているからだ……流石に命に関わりそうなら俺が飛んできた剣を消し飛ばすけど。

 

「ギャスパー、今だ! 剣だけを停止させろ!」

「は、はいぃ!!」

 

 ギャスパーは目を見開くと、あいつの目は赤く輝き祐斗の放った魔剣はその空中で静止した。

 ……なるほど、ギャスパーは中々の神器を扱う上での能力が長けているな。

 

「い、イッセー先輩! 出来ましたぁ!!」

 

 するとギャスパーはぴょんぴょんその場で飛びながら歓喜していた。

 そして俺の懐まで来て、いい笑顔でそう言ってくる。

 

「よしよし、良くやったな。だけど止められる剣が一本だけなら話にならないぞ? 今は魔剣でやっているけど、祐斗は聖魔剣すらも創造が可能だ。それを停止させないと合格とはいえないな」

「うぅ……。そうでしたぁ……」

 

 するとギャスパーはしょんぼりした。

 うぅ……くそ、抱きしめたい衝動に掻き立てられるが、俺は自分の舌を噛んでそれを何とか止める。

 この場にはアーシアがいる。

 普段は優しく、気が利いて努力家、しかも可愛く俺の癒しの最強の存在だけどアーシアは俺のことになると暴走しがちだからな。

 さっきなんか俺の首筋にキスマークを付けるなんてこともしたから……だから俺は今、包帯を首に巻いてるし。

 そうしているとギャスパーはまた所定の位置に戻った。

 

「イッセーさん、首は大丈夫ですか?」

「……だ、大丈夫だよ? アーシアの癒しパワーで回復したからな!」

 

 寧ろ傷以外にもっと傷を産む原因があることは黙った。

 ―――キスマークはどれくらいで消えるかを本気で考える最中、俺は俺の隣でラインを伸ばしている匙に話しかけた。

 

「悪いな、眷属の中の問題なのにお前の手を煩わして……」

「気にするなよ、イッセー! お前は俺の憧れだから、そんなお前に頼られて何もしないってのは男が廃る! それにこれは俺にとってもいい訓練だからな!」

 

 ……確かに力を吸って誰かに譲渡する訓練にはもってこいだな。

 使い手によれば匙の神器の舌のようなラインは一つではなく複数にすることも可能だ。

 ―――それにしてもギャスパーの神器はどうやら扱いにくいみたいだった。

 先ほど剣を止めることに成功はしたものの、それまでに何度もギャスパーは失敗してその空間を一瞬、停止させてしまった。

 その中で俺は動けたものの、祐斗でさえほんの一瞬、動きを止めてしまうほどだ。

 その度に泣きながら逃げようとするのを宥めて、また修行を開始する。

 ……よし、少しだけステップアップしてみるか。

 

「祐斗、次に放つ剣は聖魔剣にしてくれ」

「……いいのかい、イッセー君。あれは自分でいうのはあれだけど、悪魔には危険だよ?」

「本当に危ない時は俺が身を呈して止めるから心配するな」

 

 俺がそう言うと、祐斗は神器の奥の手を発動する。

 禁手(バランス・ブレイカー)だ……そして祐斗は双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)を発動し、そして一本の白と黒の聖魔剣を創った。

 そして祐斗は黙ってそれをギャスパーに投げる。

 

「…………ッ!!」

 

 ギャスパーは先ほどと同じように目を見開いて、聖魔剣を止めようとするが……聖魔剣はその動きを停止させたけど、少しずつ動いている!

 ……むしろ上手く行った方だ。

 

「ッ! 不味い、聖魔剣が!」

 

 祐斗は聖魔剣がギャスパーの停止を破り始めていることに気付き、急いで聖魔剣を止めようとするけど、俺は先に動いていた。

 腕に籠手を出現させて、掌に魔力の塊を集中させてそれを聖魔剣に向かって放つ!

 

断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)

 

 俺は少しずつ動いている聖魔剣に向かって、出来るだけ力を凝縮して消滅する力を高めた龍の形をした魔弾を撃ち放った。

 それは聖魔剣を包み込み、そして少しずつボロボロにしていった。

 ……流石は聖魔剣、中々の耐久度だ。

 俺はそう評価して、次の瞬間にもう一度同じ魔弾を撃ち放ち、そして次の瞬間に聖魔剣は跡形もなく消し飛んだ。

 

「―――僕の聖魔剣は君の魔弾を二度も耐えれたんだね。適当に創った聖魔剣だけど、精度が少し高かったのは嬉しいよ」

「分かってんじゃねえか、祐斗」

 

 祐斗は特にそのことに落ち込むことはなく、むしろ関心したような目だった。

 そして俺はその場でぺたっと座りこんでいるギャスパーの元に近づき、そして腰をおろして頭を撫でまわした。

 

「祐斗の聖魔剣をあそこまで停止したことはよかったぞ。後は修行を重ねれば神器の扱い方は上手くなるさ」

「うぅ……イッセー先輩の優しさが骨身にしみるみたいですぅ!」

 

 ギャスパーは体を震えさせて嬉しそうにそう言うと、アーシアが俺の服の裾を引っ張ってきた!

 

「イッセーさん! ギャスパーさんばっかりずるいです!」

「……あはははは」

 

 俺は苦笑いをしながらアーシアの頭を撫でると、どういうことだろうか……

 近くに来ていた祐斗が羨ましそうな目でアーシアを見ていた。

 

「……先に言っておくけど、お前にはやらねえぞ?」

「なッ!? イッセー君、ギャスパー君にはしているのにどうして!?」

 

 おい、どうしてお前は驚愕してんだ?

 ……ってギャスパー君?

 ああ、そっか……こいつは知らないんだな。

 

「言っておくけど、ギャスパーは男の子であり女の子でもあるんだぞ? 言わば両性……まあ限りなく女の子に近いけど」

「――――――そ、そんな、馬鹿な……」

 

 すると祐斗はふらふらな足取りになった。

 どうしてそんなに信じられないような感じになっているんだよ……

 

「どうしよう……まさかギャスパー君が男じゃないなんて。これではイッセー君を除けば男は僕一人だけ……最近の皆はイッセー君絡みで僕に冷たいし、こうなったら僕も……ッ!」

 

 すると祐斗はぼそぼそと何かを呟いていた。

 ……ちょっと怖いです、はい。

 

「そういえばギャスパー、やっぱりギャスパーの事はギャスパーちゃんって呼んだ方がいいか?」

「……出来れば呼び捨てでお願いしますぅ!」

 

 ……とにかく、俺達はそれからしばらくは訓練を続けた。

 だけどギャスパーは俺以外の誰とも目も合わせなかったことが俺は気になっていた。

 ―・・・

 ギャスパーとの修行の後、匙とは礼を言って別れて俺と祐斗、ギャスパーに小猫ちゃん、アーシアは部室に戻った。

 時間もそろそろ夜中に差し迫っていた。

 そして部室には既に全員がいるけど、ギャスパーは相変わらずダンボールの中に入っていた。

 ……俺はそこでドライグとフェルに心の中で話しかけた。

 

『相棒、どうした?』

 

 いや、ギャスパーの事を少し聞こうと思ってな……それでどうだった?

 

『才能はあるとは思います。ですが未だに未熟すぎますね……特に精神が脆すぎます』

 

 するとフェルは俺にそう言ってきた。……確かにギャスパーはそうかもしれないな。

 

『俺の個人的な意見では今のあの吸血鬼は相棒に依存する形で安定している気がするさ』

『それを言ってしまえば、ドライグ……この眷属は誰もが主様に依存しています。いえ、眷属だけでは治まりません―――主様は依存したいと感じさせてしまうほど優しい性質を持っていますので、当然な気もしますが』

『依存に依存を重ねた場合、最後はその依存対象が消えた時に崩壊が訪れる』

 

 フェルは冷静に俺のことを分析した。

 ……それを言ってしまえば俺も依存している気がするんだけどな。

 

『いえ、主様はいずれの誰にも依存すらしていません。むしろその逆……主様は誰も頼ろうとせず自分の力だけで行動しています』

『待て、フェルウェル。今はそのことを言っても」

『いえ、この際だからはっきりして言っておきます。主様は自分が傷つくことで誰かを守ることを正当化しています。つまり初めから自分は傷つくことを度外視しています』

 

 ……そうだとしても俺は上手くやっていけた。

 

『今はそうでもいずれ、それでは治まりきれないこともあります。故に自分を大切にしてください。主様が傷つくのは誰も望んではいないのです』

 

 フェルは俺を叱るようにそう言った。

 ……ホント、こういう時はお母さんっぽいよな。

 でも肝に銘じておくよ……だけどもし誰かが傷つくことがあれば俺はこの生き方を止める気はない。

 この身を呈してでも大切を護る。

 せめて最小限に留めるように努力はするよ。

 

『……まあいいでしょう。ですがマザー的にはあまり傷ついてほしくはないです―――では私は今一度、神器の奥底に行って調べることがありますので』

 

 そう言ってフェルの感覚は消える……神器の深層か。

 俺は二人と会話するのを止めて、現実に戻る。

 すると部長は何か話していた。

 

「三すくみの会議の日取りが決まったわ……決行は明日よ」

「あ、明日!?」

 

 俺は突然知らされたその事実に情けなくも大きな声をあげて驚いた。

 

「い、イッセーが驚くなんて珍しいわね。まあ確かに突然の事で驚きはあるのだけれど……」

「い、いえ……気がついたらその事実を突き付けられて驚いただけなので。話しの続きをどうぞ」

 

 部長は咳払いをしてその場を改めて、もう一度話し始めた。

 

「突然のことで悪いのだけれど、会談は明日になったわ。それに先立って明日の学校は臨時休校。他の生徒は立ち入り禁止で私達もいくつか仕事を任されているわ。……朱乃」

「はい、部長」

 

 すると朱乃さんは俺の前に来た……どうしたんだろうな。

 

「実は会談の前にどうしてもイッセー君にお会いしたいとおっしゃる方がいるのですわ。イッセー君は明日のお昼頃にある場所に来てほしいのですが……」

「それぐらいだったらお安いご用ですが……誰なんです?」

「うふふ……それは実際に会ってお確かめください」

 

 朱乃さんは悪戯そうな表情でそう言う。……朱乃さんはあの件以来、特に俺に対する態度を変化させていない。

 ただ俺と朱乃さんが話していると部長がすごい不機嫌になるんだよな。

 とりあえず俺は朱乃さんの言葉に頷くのであった。

 ―・・・

「いい? イッセー。私は最近思うの……あなたとの触れ合いが最近減っている気がするって―――由々しき事態よ」

 

 俺とアーシア、部長が家に帰っている途中で部長は俺にそう言ってきた。

 ……いや、正しくはギャスパーの入ったダンボールが俺の腕の中にある。

 ギャスパーが俺の家を見たいと言ったから部長が渋々了承したのがあれから起こったことだ。

 そして部長が俺の部屋に入り、アーシアもそれに続いて俺がダンボールを部屋の片隅に置くと部長は切羽詰まったようにそう言ってきた。

 

「ええっと……そうなんですか?」

「そうよ! どうしてか朱乃はイッセーに好意を抱いているわ。そして当然、アーシアや小猫、ゼノヴィアに至るまで。しかもそこに貴方の幼馴染のイリナさん、そしてティアマット……最近イッセーとの触れ合いが無さ過ぎて私はこのままでは死んでしまうわ」

 

 そこまでですか!?

 そんなに俺との触れ合いは死活問題な事に俺は驚いていると、部長は俺の肩を掴んできた。

 

「そういうことでイッセー、一緒の布団で寝るわよ」

「ええ、ええ、そうですか。なら早速布団に……ってはいぃぃぃ!!?」

 

 いや、なに芸人みたいなノリしてんだ、俺は!!

 っていうか触れ合い=ベッドで寝るっていうのはいささか違う気がする!

 それよりも部長がそう言ったおかげでアーシアは頬をぷくっと可愛く膨らませて俺を見ているし、何よりダンボールの穴から赤く光る眼光で俺を見ているギャスパーの恐ろしさが凄まじい。

 

「イッセーさん、部長さんがいいなら私だってイッセーさんのお布団で寝ます! 桐生さんに教えてもらった起こし方で起こしますから!」

「……桐生に教えてもらったってとこでもう嫌な予感がするんだけど、一応聞いておくよ。どんな起こし方なんだ?」

 

 俺がそう言うとアーシアは突然、顔を真っ赤に燃えあがらせて目線を下に向けた。

 

「あぅ……えっと、桐生さんが仰っていたのは男性のイチモツは朝、元気になるって……それを鎮めるために熱いのをお口で御奉仕して…………。―――やっぱり無理ですぅぅぅぅ!!!」

 

 アーシアはそう叫びながら涙を撒き散らして俺の部屋から逃げていく!?

 っていうか桐生の奴は俺の大切なアーシアをどれだけ穢すんだ!

 

「ふふ……これでアーシアは退場ね。なら私は今夜はイッセーを」

「―――ほぉ、リアス・グレモリー。我が弟に手を出そうとは、よい覚悟を持っているじゃないか?」

 

 ―――その時、アーシアが開けっぱなしにしていった扉から黒髪美女のティアが現れた!

 どうしてここにいる!?

 いや、なんでいるんだよ!

 

「気にするな、イッセー……まどかとお前について語っていたらいつの間にか夜になってしまってな。それよりもリアス・グレモリー。誰が誰と眠るって?」

「わ、私とイッセーよ! それに使い魔である貴方には何も関係は」

「ほう……ならばお前には話さないといけないな―――そう、ドラゴンファミリーの一員として、姉としての弟の愛し方を」

 

 するとティアは部長の首根っこを掴んでずるずると俺の部屋から連れ出す!?

 なにその絵! 部長が誰かに引きずられるのなんか見たことがない!

 

「い、イッセー! 助けなさい!」

「……部長、怒ったティアは俺も止められないので。……御愁傷様です」

「い、イッセーの裏切り者ぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は涙を流して顔を真っ赤にする部長を不意に可愛いと思いながらも、ティアに酷くしないようにしてもらうことを伝え、そのまま部長とティアを見送ったのだった。

 だけどティアがここにいるってことはフィー、メル、ヒカリはどこに行ったんだろうな……

 

「……ま、いっか」

 

 俺は布団に横になろうと思い制服を脱ぐと、妙に布団が盛り上がっているのを確認した。

 …………考えられる可能性は二つだ。

 一つはチビドラゴンズが俺のベッドで寝ている。そしてもう一つは……

 俺はそれを確かめるべく布団を剥ぐと、そこには

 

「い、イッセーちゃん! ち、違うの! これは、そう! 親子でのコミュニケーションというやつなのよ!」

 

 ……そこには歳不相応のパジャマを着た母さんの姿、そしてこれまた年相応の可愛いパジャマを着たチビドラゴンズの姿があった。

 

「……母さん? またなのか?」

 

 俺は先ほどのティアがしたように母さんの首根っこを掴んでそのまま廊下に放り投げる。

 

「とりあえず反省しなさい! この親馬鹿母さん!!」

 

 そして俺は厳重に部屋に鍵をかけて、そのままベッドの上に横になる。

 どうやらチビドラゴンズは寝ているらしく、俺はその傍で横になった。

 ……っと忘れてたな。ギャスパーもこの部屋にいるんだった。

 

「ギャスパー、お前はどこで寝るんだ? ……って、もう寝てるのか?」

 

 俺はギャスパーが入るダンボールの蓋をあけると、そこには小さく丸くなって儚げな寝息を漏らしているギャスパーが眠っていた。

 なんか捨て猫みたいな儚げさだな。……不意に可愛いと思ってしまう。

 

「ったく、そんなとこで寝てたら風邪ひくだろ……」

 

 俺はギャスパーをダンボールから抱き寄せるように抱っこして、そのままベッドに横にした。

 

「さてと……俺は今日はどこで寝ればいいんだ?」

 

 さしあたっての俺の今の問題は自分の寝床の確保であるのだった。

 ―――ちなみにその夜、結局俺が寝たのは冷たい床である。

 ―・・・

 次の日。

 俺は制服姿のまま朱乃さんに指定された場所に向かっていた。

 でもその指定された場所は少し不可解だったんだ。……確か神社がある場所のはずだ。

 だけど悪魔は神社や教会の類には入れないはず。

 俺は神社へと続く大きな石段の前に到着すると、そこには巫女姿の朱乃さんがいた。

 そう言えば朱乃さんには「雷の巫女」なんてあだ名があったっけ。……たぶんこの姿からきてるんだろうな。

 

「あらあら、イッセー君。お早い御到着ですわ」

「家にいたらティアとフィーたちが絡んでくるもので……」

 

 実際にはアーシアとチビドラゴンズが俺に甘え過ぎた結果、ティアも参加しようとして来て逃げただけなんだけど……

 そして俺は朱乃さんに連れられて石段を登っていく。

 

「でも朱乃さん、確か悪魔は神社には入れないんじゃないんですか?」

「この神社は先代の神主がお亡くなりになり、荒廃していたものをある取引で悪魔でも入れるようにしたものですのです。だから大丈夫ですわ」

 

 朱乃さんは二コリと笑ってそう言うと、俺達は石段を登り切りそのまま境内の中の鳥居をくぐった。

 そして俺は神社の本殿を見ると、そこには立派などこも壊れている様子がないと思った。

 

「本当に入れるんですね。それよりも俺に会いたい人っていうのは……」

「それは私のことですよ」

 

 ―――その時、俺や朱乃さんじゃない第三者の声が俺の耳に響いた。

 俺はその声を辿ると、そこは空でしかもその空は眩い黄金の光で突然輝き始めた。

 しかもこの俺の肌に突き刺す強いオーラ……間違いない、相当な力を持つ者だ。

 俺はその気配に警戒しようとしたとき、横の朱乃さんが俺の手をすっと握ると思うと、俺の掌に女の子らしい柔らかい手の感触が伝わった。

 

「大丈夫ですわ、イッセー君」

 

 朱乃さんは俺にそう言うと、俺はその輝きの中心に佇んでいる人物を見た。

 

「そのオーラ……。まさしく赤龍帝のものですが、ですがそれ以外にも私に似たものを感じますね」

 

 ……おそらくフェルのことだろうな。

 ゼノヴィアも同じようなことを言っていたし。

 

「……誰だ?」

「私はミカエル。……お久しぶりですね、ドライグ。そしてはじめまして、赤龍帝の兵藤一誠」

 

 その輝きの中心にいた青年と見間違えるほど端正な顔立ち、豪華すぎる白いローブを身に纏う頭部に天輪を浮かばした12枚の黄金の翼を展開する天使。

 しかも今の名前から察するに……

 

「天使の長をしており、周りからは大天使などともてはやされています」

 

 柔和な笑顔でそう言うその人は、すごい大物だった。

 ―・・・

 俺と朱乃さん、そして今さっきあったミカエルさんは今、本殿内の大広場にいる。

 既にミカエルさんの翼やらは消えていて、ただ未だに頭の天輪は消えていない。

 そして俺達は座敷に座っていて、三人とも正座をして俺と朱乃さんはミカエルさんと対面している。

 

「……ではまず最初に少しお話しましょう。先日、あなたはコカビエルの件で教会側の紫藤イリナとゼノヴィアを御救いなさってくださったそうなので」

 

 するとミカエルさんは俺に頭を下げた。

 

「ありがとうございました。おかげで聖剣は返ってきました。誰も死んでいないことに私は感謝したい」

「…………それよりも俺はどうしてもあなたに言いたいことがあります」

 

 俺はその場に立ち上がる……そして俺は無礼を覚悟に、ミカエルさんの胸倉を乱暴に掴んだ。

 

「い、イッセー君!?」

 

 朱乃さんは俺に制止の言葉を掛けるが、でも俺はこの無礼を止めるわけにはいかない。

 

「無礼覚悟で、俺は処罰されることを覚悟で今行動しています。……だけど言わせてもらう。あんたたちは何でアーシアを異端者扱いした!!!」

「……ッ」

 

 俺がその言葉を言い放つと、ミカエルさんは苦虫を噛んだような顔になる。だけどそんなんじゃあ止められない。

 

「散々アーシアを担いで、悪魔を癒しただけで彼女を追放した! それが!! あんたら天使がすることなのかよっ!!!」

 

 ……本来はこんなこと、やってはいけない。

 だけど俺はその時、わざと自分の自制心を消し飛ばして―――ミカエルさんを、殴った。

 

「……あなたがアーシア・アルジェントを助けたという報告はありましたので、覚悟はしていましたが―――やはり痛いものですね。純粋な怒りがこもった拳は」

「……罰は後でいくらでも受けます。でも応えて貰います。どうしてアーシアが悪魔を治療しただけで異端扱いしたんです」

 

 俺はミカエルさんと同じ目線でそう問いかけた。

 

「…………神の不在のことはもう知っているでしょう。ですが神の不在が公になれば混乱が訪れ、どうなるかわからなくなる。ですから我々は神の不在を隠し通そうとしました」

「……つまり天使側は神の創ったシステム、すなわち聖と魔のバランスを脅かす存在を放っておけなかったってことですか?」

「ええ。アーシア・アルジェントの”聖母の微笑”(トワイライト・ヒーリング)は人どころか悪魔まで癒してしまう神器です―――故にこれの存在は神の不在を気付かせてしまうものだと言うことで我々は彼女を教会から追放しました」

 

 ……ミカエルさんは淡々とそう言うと、頭を深く下げた。

 

「ここでは謝りはしません。あなたに謝っても納得はしませんでしょうから。……直接、アーシア・アルジェント、そして悪魔となってしまったゼノヴィアに私が謝ります」

「……ならいいです。それに俺は感情的にあなたを殴った―――処罰は受けるつもりです」

「いえいえ。ここで私を殴らなければ私は貴方にこれを授けようとは思いませんでしたので……」

 

 ミカエルさんは殴られたことを気にしていないのか、掌に黄金の魔法陣みたいなものを展開させて、そこから光に包まれた物体を出現させた。

 ……形的には剣か?

 

『……これはまさか、”龍殺し”(ドラゴンスレイヤー)か?』

 

 ”龍殺し”(ドラゴンスレイヤー)……龍を殺すために作られた剣。

 でもこの剣から俺を殺すような感覚がしないんだけどな。

 そうすると、剣を出した張本人であるミカエルさんが何故か驚いたような声を出していた。

 

「ま、まさか……アスカロンが共鳴しているというのですか?」

 

 するとその聖剣は俺の元に浮遊してきて、そして静かに俺の手元にその柄を握らせようとしてきた。

 

「驚きました。もともとその剣……聖ジョージが用いたとされる聖剣アスカロンは和平の証しとして貴方に授けようとしたものですが」

「アスカロン……有名な聖剣を何で俺に? しかもこいつは……」

 

 アスカロンは聖なる光を出しながら俺の手の中にある。

 聖剣は確か悪魔では持つことすらできないし、聖剣の因子がない限り使うことすら出来ないはずだ。

 

「一言で言いましょう―――兵藤一誠、貴方はその聖剣アスカロンに認められたようです。ドラゴンの力を持つあなたなら使えるはずです」

「俺がアスカロンの担い手ってことですか?」

 

 俺は手の中にある聖剣アスカロンを軽く振るうと、その瞬間に衝撃波が辺りを襲った。

 ……軽く振るっただけでこの威力か。

 

「……元々、アスカロンはデュランダル同様、使い手を選ぶ傾向があります。ですがその聖剣は誰にも目を向けず、今まで真の力を発揮することはありませんでした……。ですがここにきて真の所有者が見つかったとあれば、その聖剣も本望でしょう」

「……ありがとうございます、この聖剣はありがたく頂きます」

 

 俺はアスカロンをその場に置いて、ミカエルさんに頭を下げた。

 

「頭をおあげください。それにそれは和平の象徴です。あなたに与えたのは貴方が赤龍帝だからです」

「俺が赤龍帝だから?」

「ええ……。三つの勢力が互いに手を取り合ったことは一度だけありました。そう―――二天龍である赤と白のドラゴンを倒したときのことです」

 

 ……ドライグとアルビオンが三大勢力の戦争に水を差し、その身を滅ぼされた時のことか。

 

「そして今回、我々が会談をしようということになった原因、それは兵藤一誠くん、あなたです。故に私は貴方にそれを授けようと思いました。再び我々が手を取り合えるきっかけとなった貴方に」

「……わかりました」

 

 するとミカエルさんは聖剣アスカロンに手をかざすが、アスカロンはそれを拒絶するように眩い光を放った。

 

「おやおや、よほど新しい宿主を気に入ったようですね。兵藤一誠くん、その剣は貴方の力になってくれるでしょう……。これ以上の修正は必要ないでしょう」

 

 たぶん悪魔の俺が使えるようにするための修正のことだろうな……聖剣アスカロンか。

 剣は使えなくもないけど、普段から持っているのは面倒だな。かといってゼノヴィアのように異空間に閉じ込めるのもどうにも気が引ける。

 

『相棒、ならばその聖剣を籠手と合体させるのはどうだろうか? それならば拳にドラゴンスレイヤーの力を付与することも出来る』

 

 ……ドラゴンが龍殺しのスキルを持つか。

 でもその意見には中々見所がある―――やってみる価値はあるな。

 俺は目を瞑り、籠手を出現させて聖剣アスカロンに籠手の宝玉を当てて意識を集中させる。

 アスカロンから流れる聖なる波動とドラゴンの波動を同調させ、新たなる神器の進化を願った。

 神器は所持者の想いで変わる……そして次の瞬間、今までそこにあったアスカロンは突然姿を消した。

 

「……驚きですね。それの助言はしようと思いましたが、先にされるとは」

「流石イッセー君ですわ」

 

 ……結果的には籠手とアスカロンの同調には成功した。

 今、俺の籠手の中にアスカロンが収納されていて、たぶん俺の思うがままに出すことが出来るんじゃないかな?

 そして俺は籠手を手から消して、もう一度ミカエルさんを見た。

 

「私はそろそろ帰ろうと思います。そしてあなたとの約束通り、あの二人には償いを果たすつもりです。・・・・・・ではまた、会談の時にお会いしましょう」

 

 そう言ってミカエルさんの体が光に包まれ、一瞬の閃光が輝いたと思った次にはミカエルさんの姿はどこにもなかった。

 ―・・・

「はぁ……イッセー君がミカエルさまを殴った瞬間はどうしようかと思いましたわ」

 

 ミカエルさんが去った後、俺は本殿の隣にある小さな家のような建物に案内されて、そこで朱乃さんにお茶を御馳走して貰い、そして今は朱乃さんと対面している。

 

「ですけど、それがイッセー君ですわね。……誰かのために怒り、助ける。私とお母様を助けてくれた時だって、全く関係ないのに何度も立ち上がって……ボロボロになっても、諦めることなく」

 

 そう言うと朱乃さんの瞳から一筋の涙がこぼれおちた。

 

「……朱乃さん。確かに関係はなかったですけど、でも俺は見捨てることなんかしません―――教えてくれませんか。あの時、何があったのか」

「……はい、そのためにイッセーくんをここに通しました」

 

 ……すると朱乃さんは巫女服を脱ぎ始める。

 俺は慌てて目線を外そうとするが、俺はあるものを見てそれが出来なくなった。

 ―――朱乃さんの背中に生える、悪魔の翼とそして―――堕天使の黒い翼。

 

「……あの時、私とお母様を襲ったのはお母様の家の親戚の者ですわ。お母様は神社の娘、そしてそんなお母様はある男と交わった。その男は堕天使でそしてそれから生まれたのが、私ですわ」

「……つまり朱乃さんは」

「ええ、私は堕天使と人間の子供―――そして今は悪魔。だから悪魔と堕天使の翼を持つ、忌むべき存在……。そうして私とお母様は命を狙われました」

 

 ……朱乃さんの表情は悲しみに覆われていた。

 

「……私の父の名はバラキエル。堕天使の幹部をしている男ですわ」

「バラキエル。……有名な堕天使です」

 

 アザゼル、シェムハザ、コカビエル、バラキエル……堕天使のトップとして有名で歴史に名を残す堕天使だ。

 俺は朱乃さんがそのバラキエルの娘ということに素直に驚いた。

 ……だけど朱乃さんの表情は未だに暗いままだ。

 

「……私もお母様もイッセー君に助けられました。ですが、私は悪魔になりましたわ」

「どうしてですか?」

「……許せなかったんです、父であるバラキエルを」

 

 ……朱乃さんの目はバラキエルにひどい憎しみを抱いているようにギラギラとしていた。

 

「……イッセー君が私たちを助け、お母様は瀕死から何とか持ち直しましたわ。そしてお母様は私を連れて家から無理に体を動かし、そしてまた倒れた。あの時、お母様には妖刀による呪いが掛けられていたんです」

「……知っています。俺は朱乃のお母さんを完全に助けることは出来なかったから……」

「イッセー君は自分を責めてはいけませんわ。……ここから話すことはただの私の逆恨みかもしれません。それでも……聞いてくれますか?」

「……ええ。何だって、受け入れます」

 

 朱乃さんはそう言って話し続けた。

 

「お母様は現在、堕天使が管理している医療施設にいますわ。日本の九州地方にある病院で、空気が綺麗な場所ですわ」

「……堕天使が?」

「そうです。……父が私たちの元に場に到着したのはそれから1時間後のことでした」

 

 一時間……そこまで遅れてきたら二人は―――

 

「……もし、イッセー君がいなかったらお母様も私も死んでいました。なのにあの人が来たのが1時間後……。正直、私は父の事を父と見れなくなりました。ただお母様と交わったせいでお母様は家の者に殺されかけ、消えない呪いを受けてしまった―――許せません。許しては、いけないんですッ!!」

「朱乃さん……」

 

 俺はそう涙を流しながら話す朱乃さんの頬に伝う涙を指先で拭いながら、朱乃さんを抱きしめた。

 

「……やめて。わたしは穢れています。それに堕天使の翼はイッセー君を殺したあの堕天使と」

「はっきり言います。レイナーレの翼と朱乃さんの翼、ぜんぜん別物ですよ」

 

 俺は朱乃さんの目をしっかりと見てそう言った。

 

「あいつは欲望だけでアーシアを傷つけ、殺そうとした……そんな穢れた奴です。ですけど朱乃さんは―――優しいです」

「やさ、しい?」

「ええ。俺にとっては朱乃さんは堕天使とか、そんなの関係なくすごく優しくていい先輩。ただ昔に縁があって、最近それが明らかになってもっと仲良くなっただけの……。ただの女の子です。だから自分を穢れた存在とかいわないでください。もし望むなら、俺がバラキエル。朱乃さんのお父さんをぶっ飛ばしますから」

 

 俺がそう言った瞬間、朱乃さんが俺の胸に飛び込んできた。

 俺はそれを咄嗟に受け止めて……そして俺に抱きついてくる朱乃さんの小さい体を抱きしめた。

 

「……何があっても、私は父を許しません。私が悪魔になったのは、父に対する戒めなんです」

「……分かりあうことは出来ないんですか?」

「それが出来たとしても、もう私の優先順位は変わりませんわ。仮に父とイッセーくんがピンチなら、私はイッセー君を真っ先に助けます―――それぐらいの想いです」

 

 ……それは悲しいな。だけど朱乃さんの決心は消えないだろう。

 でも―――バラキエルと朱乃さんのお母さんが交わったことを否定するのは、自分の存在を否定することになってしまう。

 それだけは駄目だ。

 それに……むしろこんな風に思われるまで娘を放っているバラキエルにも、俺は問題があると思う。

 事情があったとしてもそれからしっかりと朱乃さんを想っていれば、こんな風に嫌われることもなかったはずだ。

 事情は知らないけど、俺も現状ではバラキエルには良い思いは抱かないな。

 

「朱乃さん……今はまだ無理かもしれません。ですけど俺はいつか、朱乃さんのお母さんの呪いだって治してみせます」

「……もしイッセー君みたいなことを父が言っていれば、ここまで嫌うことはなかったかもしれませんわ」

 

 朱乃さんはぼそりとそう呟いた。

 そして数分経つと、顔をばっと上げた。

 

「……決めましたわ。もう譲りません」

 

 すると朱乃さんは――――――体を前に乗り出して、顔を俺に近づけてきてそして……

 俺の唇と朱乃さんの唇が重なった。

 

「あ、朱乃さん?」

「うふふ……ようやく念願のイッセー君とのキスですわ。そういうことですので、部長―――イッセー君は私のものですわ」

 

 朱乃さんがいつもとは違う真剣な表情で部屋の襖の方を向いてそう言った。

 するとそこには……部長の姿があった。

 

「……朱乃、今すぐイッセーから離れなさい」

「嫌ですわ。もう決めましたので……。イッセーくんへの想いは譲りませんので、お帰りくださいませ―――リアス」

 

 …………部長と朱乃さんの今すぐにでも戦いを始めそうな雰囲気が俺の肌に伝わる。

 あれ? どうしてこうなったの?

 

『主様……女という個体は時にして戦うことが必要なんです』

『相棒、女が怖かったらいつでも俺の元で慰めてやろう!!』

 

 るっせぇよ、ドライグ!

 っていうかこれは本気で洒落にならないくらいの殺気が交差してるぞ!

 

「朱乃、あなたは主である私にそう言うのね……」

「主や下僕は関係ありませんわ。下僕は下僕同士、仲良くしますので主はお下がりくださいませ」

「あら。主が下僕を可愛がるのは当然だと思うけど?」

「貴方の場合はただの邪な感情が混ざっているでしょう、リアス」

 

 やばい、今すぐにアーシアと小猫ちゃん、ギャスパーを可愛がりたい!

 癒されたいと思う中で殺気が更に大きくなる。

 俺はこの日、学んだ。

 ――――――女の人は怒らせてはダメ、じゃないと死んでしまうということ。

 その日、俺は教訓を得たのだった。

 ……ちなみにこの二人はまた喧嘩を始め、今度は神社の上空で魔力を介した喧嘩をして、仲介にきたサーゼクス様にきついお叱りを受けました。

 ―――そしてその日の夜、様々な力が交差する三すくみの会議が始まるのだった。



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第6話 和平の裏の蠢く影

 俺達、グレモリ―眷属はオカルト研究部部室に全員で集まっている。

 昼間のいざこざ(主に女難)を経て、現在は既に夜の時間に差し迫っている。

 そして今日、更に言えばこれから行われる会談……悪魔、天使、堕天使の三つの勢力のトップがそれぞれ集まって行われる3すくみの会談が駒王学園で行われる。

 駒王学園の教員会議室でその会議は行われ、そして会談に第三者が乱入して邪魔にならないようにするために今日の学校は休校となり、そして会議に乱入がないように学校全体に強固な結界を張っているらしい。

 厳重な警戒だ。……先ほど、この部室に来ていたサーゼクス様は絶対に崩れることのない結界と言っていたから安心できるだろうな。

 ……ところで今の眷属の皆は一部を除いて緊張で固まっていた。

 普段通りなのはゼノヴィアと俺ぐらいなもので、他はそれぞれ岩のように緊張によって固まっていた。

 

「イッセー、どうしてここまで皆は緊張しているのだ?」

「……皆をお前と同じにするなってことだよ」

 

 ゼノヴィアは肝が据わっているというよりかは若干鈍感だからな……これから起こる会談の重要性をあまり理解していないかもしれないな。

 

『今の悪魔、天使、堕天使の均衡は危ない状態で保たれている。それをどうにかするというのが名目だと魔王は言っていたな』

 

 ドライグが俺の中から声をあげるが、当然のことながら他の部員には聞こえていない。

 まあ大方はドライグの言う通りだ。

 今の三勢力はいつでも均衡が崩れて再び戦争になるかも分からないからな……そう言う意味でもこの会談は諸刃の剣的な一面を持ち合わせている。

 会談が上手くいかなかった場合、この均衡はいとも簡単に崩れさることと、逆に上手く行って和平が完成する。……この二択だ。

 ―――そうは言っているものの、俺はこの会議の大体の結末は考えがついている。

 何せ俺は三勢力のトップ陣……サーゼクス様にミカエルさん、アザゼルと既に対面しているからな。

 それであの人たちの大体の性質は分かったつもりだ。

 よっぽどのことがない限りは……そう思っていると俺の方にアーシア、小猫ちゃんが擦り寄ってきた。

 

「い、イッセーさん……。緊張して震えてきてしまいました……」

「…………撫でてください」

 

 小猫ちゃんはドストレートだな!

 そう思いつつ俺は小猫ちゃんとアーシアの頭をいつものように髪の毛を梳くように撫でた。

 前から思ってたけど女の子の髪の毛はきめ細やかで綺麗だよな……すると俺の足元に何か知らないけどダンボールが不気味に近づいてきていた。

 

「い、イッセーせんぱい~、僕も撫で撫でしてくださいぃ~」

「……邪魔しないでください、ギャー君」

 

 ダンボールの中に入っていたギャスパーが顔だけ出して俺にそう言ってくるけど、俺に撫でられている小猫ちゃんが少し不機嫌そうな顔でギャスパーに睨みを放つ!

 そして途端にギャスパーはぶるっとダンボールの中で震えた!

 

「……朱乃、お姉さまキャラにイッセーは興味がないのかしら」

「あらあら、そうでもないですわ。甘え方が上手なのはアーシアちゃん達っていうだけですわ。……それに私もイッセー君に甘えるのは得意ですわ」

「あら、なら朱乃はイッセーのお布団で一緒に()で眠ったことはあるのかしら?」

「それなのに手を出してもらえないなんて、部長は女としての魅力がないのですか?」

「…………戦争よ、朱乃」

「望むところですわ」

 

 ってこんなとこで知らないふりしてたらまた喧嘩に勃発しそうな二人を発見、っていうか仲が良いのか悪いのかが良く分からない会話だな!

 ……っと嫌に祐斗が静かだな。

 俺は部長と朱乃さんを傍目に祐斗の方を見ると、祐斗はソファーで足を組んで静かに紅茶を飲んでいた。

 ―――気付かなかったけど、祐斗も冷静だったんだな。

 たぶん、辛い過去をを乗り越えて祐斗は強くなったんだろうな。……だからこんな状況でも冷静でいられるってことか。

 俺はそれに対して軽く微笑んで祐斗から視線を外し、時計を見る。

 ……そろそろ時間だな。

 

「部長、そろそろ会談の時間です」

「あら、そのようね」

 

 朱乃さんと延々と口論をしていた部長は切り替えたように言うと、俺達を先導して前に立つ。

 ……そしてギャスパーの方を見た。

 

「悪いわね、ギャスパー。この会談は各勢力のトップ陣が集まる会談なの。あなたの力は未だに不完全なの。……だからギャスパーは部室でお留守番よ」

「はいぃぃ! 僕はここでいつも通りひきこもっていますぅ!」

 

 ……ギャスパー、お前のひきこもり体質は未だに健在だったか。

 俺がそう呆れながらもギャスパーにあらかじめ用意していた一冊の本を手渡した。

 

「イッセー先輩、これは何ですか?」

「俺がよく読む本だよ。作家はあんまり有名じゃないけど、面白いから読んで暇つぶしでもしとけってとこだ。そこの棚にはお菓子。間違っても小猫ちゃんの奴には手を出すなよ?」

「い、イッセー先輩の本……僕、必ず読みますぅ!! お菓子は……はい、気をつけますぅ!」

 

 ギャスパーは意味が分からないほどのハイテンションでそう言うと、ダンボールの中に入り込んでそのままもぞもぞと部屋の端まで虫のように這っていった。

 そのなんともいえない光景に俺を含めた皆は苦笑いをしているのは言うまでもない……うん、俺も何も言えないよ。

 とにかく今は三すくみの会談が先だ。

 俺達はそこで先日のコカビエルの事を説明しなければならないらしい。

 そして俺達は部長を先頭に会談が行われる会議室へと向かった。

 ―・・・

「失礼します」

 

 部長が控えめな感じで教員会議室の扉をコンコンと叩いて、扉を開けた。

 そしてそこには―――俺からしたら見知った姿がちらほらとあった。

 室内の内装は普段の会議室とは違って豪華絢爛、どこぞの王族が使っていそうな長いテーブルに豪華なイス、明らかに会談のために改良された会議室がうかがえるな。

 そしてその椅子に腰かける数人の姿。

 一人は光の天輪を頭に浮かべる優しい表情のミカエルさん、我らが魔王様であり部長のお兄様のサーゼクス様にその傍らに立つグレイフィアさん、ソーナ会長の姉であり魔王でもあるセラフォルー様、更に我が友、アザゼル!

 ……そしてアザゼルの隣に座る白龍皇、ヴァ―リ。

 それぞれのトップ陣は普段のような格好ではなく、装飾の施されている派手な格好だ。

 俺達は室内に入り、そして俺はそこに参列している方々を見た―――あ、ミカエルさんの頬は未だに殴られた跡がある!

 でも表情は優しげだな。

 すると今まで座っていたサーゼクス様が立ちあがり、そして俺達の方まで歩いてきて他の悪魔以外の者たちに話しかけた。

 

「この子たちは今回、コカビエルの件を解決してくれた我が妹とその眷属だ」

 

 サーゼクス様は部長や俺達をそう各陣営に紹介をした。

 するとその中でミカエルさんがその場で立ち上がり俺達に軽く頭を下げた。

 

「報告は受けています。深くお礼を申し上げます」

「うちのコカビエルが随分と迷惑をかけたな、悪かった」

 

 ミカエルさんが頭を下げてそう言った最中、アザゼルが特に表情を変えずにそう言った。

 アザゼルは特に悪そびれがないって感じだな。……ってあいつがそんな気の利いたことをするわけもないか。

 

「ではそこに座りなさい」

 

 サーゼクス様は俺達のために用意されている席を指してそう言うと、俺達はサーゼクス様の言うとおり、静かに座った。

 その席の付近にはソーナ会長の姿もあり、今回の件にはある程度、関わっていたためだろうな。

 一人なのは眷属を代表してってことか。

 俺達は今回のコカビエルの件は思いっきり当事者だから、全員集められたってところだろうな。

 

「さて、それでは集まったところで話しを始める前に言っておこう。ここにいる者達は全員が神の不在を認知しているということでいいかい?」

 

 俺達を含めるその場にいる全員が無言でサーゼクス様の問いに肯定すると、サーゼクス様は話し続けた。

 それから3つの勢力による会談が始まった。

 各陣営のトップがそれぞれの勢力の意見を一人ずつ話していき、そしてそれを他の陣営は黙って聞いておくっていうのが暗黙だ。

 そしてサーゼクス様は悪魔の未来について熱弁し、そしてそれは戦争と隣り合わせで生きていれば叶わないと説く。

 ミカエルさんはいかにして人々を導くか、神がいない世界でどのように平和を掲げるかを説き、そしてアザゼルはわざと空気を読んでいないような発言をして俺達を凍りつかせる。

 ……ちなみに俺の席順は部長を隣にして後ろに小猫ちゃん、部長の逆サイドにアーシアという具合だ。

 特にアーシアは神の不在の事を聞いてから不安なのか、俺の手を握っていて俺はそれをそっと握り返した。

 するとそれを見ていたのか、俺の後ろの小猫ちゃんから冷たい視線が俺に突き刺さる!

 

「……イッセー先輩、私も手をニギニギしてほしいです」

 

 小猫ちゃんが小声でそんな可愛い台詞を無表情で吐いてくる!

 ああ、もう小猫ちゃんの可愛さには俺は最近どうにかなりそうだ。……一日中膝枕して撫で撫でしてあげたい!

 そんな煩悩を考えていると次は部長が苦笑しながら俺を見ていた。

 

「イッセーは凄いわね。こんな状況で冷静でいられるなんて」

 

 すると部長はアーシアと同じように俺の手を握ってくる……その手は少しだけ震えていた。

 ……普段は俺達の『王』として立ち振る舞い、そしてお姉さまキャラだけど部長も普通の女の子なんだな。

 こういう風に不安になってしまうのは当然か。

 

「大丈夫ですよ。隣に誰かがいれば不安なんか消し飛びますから」

 

 俺は部長に小声で少しはにかむように言うと、部長は笑顔でありがとうって言ってきた。

 不安は誰かが隣でいてくれれば消し飛ぶ―――これを再認識させてくれたのは眷属のみんなだ。

 そうしているとサーゼクス様達は既に自分たちの意見を言い合ったのか、俺達の方を見ていた。

 

「ではリアス、こちらは大体のことを話し終えたからそろそろ今回の事件についての説明をしてもらえるか?」

「はい、ルシファーさま」

 

 部長がそう言うと、部長の傍に座っていた会長と共に立ち上がり、今回のコカビエルの件で俺たちが関わったことの全てを説明する。

 部長の口調は一見、淡々している感じはするもののやはり部長も自分の言い方を違えれば三勢力の今の関係にひびでも入ると思っているのかな?

 故に部長の手は小さく震えていた。

 ……部長と会長がする説明については各陣営、様々な表情をしていた。

 二人の説明する内容は全ての事実をありのまま、正直に伝えている。

 コカビエルが何のために悪魔や天使側に喧嘩を売ったのか、そしてそのコカビエルやあの事件に関わっていた者……フリード・セルゼンやバルパー・ガリレイなどといったことも全て。

 そして部長と会長が説明を終えると、サーゼクス様は二人に労いの声をかけたのちに座らせた。

 

「コカビエルの件は完全に俺の監督不届きだ。それに関しては謝罪するぜ。コカビエルは今は俺が直々にコキュートスに凍らした。一生出てこれねえよ。…・・・だがあのフリードの野郎は雲隠れしやがってどこにいるのか分からないのが現状だ。ったく、あの野郎はどこに行ったんだか……」

 

 アザゼルがやれやれと言いたい風な溜息を吐きながらそう言う。

 フリードの奴、祐斗にやられてから消えたことには気づいてたけど、雲隠れしてたんだな。

 隙がないというか何というか…・・・ある意味尊敬できるかもしれないな。

 あいつのそういう身の軽さだけは。

 いや、適応力と言った方が良いかな?

 

「……で、そんなことはどうでもいいんだ。俺はもっと知りたいことがある」

「ほう……奇遇ですね、アザゼル」

 

 アザゼルのその言葉に便乗するようにミカエルさんとアザゼルが俺の方をじっと見てきた。

 な、なんだ?

 

「一応ここでは友と呼ばずに名前で呼んでおくぜ、赤龍帝の兵藤一誠。ヴァ―リから報告は受けている―――あのコカビエルを無傷で倒したそうだな」

「それは私も紫藤イリナから報告を受けました。あの伝説に残るほどの堕天使コカビエルを赤龍帝で、しかも悪魔になって日も浅い貴方が圧倒したと聞いた時は耳を疑いました」

 

 二人は俺をまじまじと見ながらそう言うけど俺は特に動揺することはなかった。

 

「……お前は何者だよ。神器を俺並みに熟知している奴なんか聞いたこともねえ。しかもお前の中には赤き龍だけじゃなく、それに準ずる、もしくはそれすらも超える存在がいるんだろう」

「お前の言う通りだよ、アザゼル。俺の中にはドライグやアルビオンすらも超えるドラゴンが眠っている」

 

 ……今の俺の発言で驚かなかったのは眷属の皆とサーゼクス様、グレイフィアさんだけだった。

 だけど俺の中のもう一人のドラゴン……始まりと創造を司る「神創の始龍」(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)であるフェルの存在をそれ以外の奴らは知らないから驚いてるんだろうな。

 

「……お前の神器を創造する神器の存在を聞いてから疑っていたが、やはりそれほどのドラゴンか。だが聞いたことがないぞ、赤龍帝。俺の知る限りでは二天龍を超えるドラゴンと言えば……」

「グレートレッドにオーフィスって言いたいんだろう」

「……そこまで知っているのかよ」

 

 アザゼルは次は特に驚くこともなく、むしろ関心するような感嘆の声を漏らした。

 実際にオーフィスとは面識まであるし、友達だからな。

 いずれはグレートレッドとも話してみたい!

 

「今までで稀に見ないほどの異質な赤龍帝だよ、お前は。現段階でバランスブレイカーを取得し、更に二天龍すらも超えるドラゴンの神器の担い手」

「そして聖剣アスカロンの真の所有者に選ばれた赤龍帝ですか。全く規格外もいいところです」

 

 規格外、か……

 確かに聖剣に選ばれたことも、そもそもフェルの眠る神器を所有してしまったことも、そしてなによりも兵藤一誠に転生したこと自体が信じられない。

 だけど俺の根本はたとえ力を得ても変わることはない。

 ……するとアザゼルが俺にあることを問いかけてきた。

 

「赤龍帝。お前に……いや、白龍皇であるヴァ―リ。お前にも問いたい。お前たちはその絶大な力。神をも殺す力(神滅具)を得て何がしたい」

「……俺は戦うことが全てだ。それ以外のことには一切の興味はない」

 

 するとヴァーリは口を開いて即答する。……こいつは徹底的な戦闘馬鹿のタイプか。

 するとその場にいる視線が全て俺の方に向けられた……そして俺は口を開いて答えた。

 

「守ること。せめて俺の掌に収まる全てを守ること。俺はそのために力を欲する。だから強くなろうと思うし、敵とも戦う。戦うことのない世界があれば俺は喜んで力を捨てる」

「……それは本気で言っているのか、兵藤一誠」

 

 するとその場でヴァ―リが立ちあがって俺の顔を睨むように目を細め、見てきた。

 

「ああ、何もかも本音だ」

「……君が戦う理由が守るため、他者のためか。まるで俺と正反対だな」

「ああ、だからこそお前とは相容れない。俺はお前を否定する気はない。ただお前と違って俺は戦いに魅力を見出すことはない」

「……残念だよ。俺の中では君は俺が戦いたい存在の中でも断トツだ。……今すぐにでも戦いたい気分だよっ!」

 

 ヴァ―リが声を荒げてそう言った瞬間、ヴァ―リの首筋に光の槍が突きつけられた……アザゼルによるものだ。

 

「自重しろ、ヴァーリ。今、この場でお前と赤龍帝が戦えば、この会談は無駄になる」

「だからと言ってこの男への戦闘意欲は消し去ることなんて不可能に近い。……アザゼル、あんたは見ていないから知らないだろうがあの男の力は想像を絶する」

 

 ヴァーリがにやりと俺の方を見て笑う。

 

「そんなことは知らない。それでも俺はお前と戦う気なんか一切ない」

「だが赤と白は戦う運命だろう?」

「そんな運命、俺には必要はない。俺はただ仲間を……。眷属の皆や友達、家族を守るだけでいい」

 

 俺はそう言うとヴァーリから視線を外して皆を見た。

 眷属の皆は笑顔で俺の方を向いている……そうだ、これが正しいんだ。

 俺は自分の気持ちに素直になるだけでいい。

 それが俺の今できることだし、それにやりたいことだ。

 

「つまらないな、そんな人生は。誰かのためだけに生きて行くなど俺じゃあ到底できないな」

「お前が退屈と思うことでも俺にとっては大切なことなんだよ。どちらしても俺はお前と戦う気はない」

 

 俺はそう断言すると、ヴァーリは俺から視線を外して特に何も言わなくなくなった。

 

「ほぉ……。赤は他人のために、白は自分のために戦うか。本当に今回の赤と白は変わってんな。本当なら赤と白は出会ったら、神器に眠る歴代赤龍帝と白龍皇の魂が共鳴して、互いに戦い合うってはずなんだが……」

 

 ……赤と白の神器の中にある負の魂、悪霊のような心を前世の俺や今はいないミリーシェはどうにかしようとした。

 実際にあんなことがなければ―――ミリーシェが何者かに殺されなかったら全てが上手く行っていた。

 それはアルビオンも言っていた事実だ。

 今更、過去を振り返っていても何も変わるわけがない。

 だから俺はもう過去を拭い去らなければならない。

 ―――それでも、これだけは聞いておきたい。

 ちょうど各勢力のトップ陣がここに勢ぞろいしてるんだ……ちょうどいい。

 

「貴方達に一つ聞きたいことがあります……前代赤龍帝の事を御存じではないでしょうか」

 

 ……俺の発言にまず最初に驚いたのは俺の中にいる二人のドラゴン、ドライグとフェルだった。

 

『どうしてそれを今に聞く!』

『ドライグ。……わたくしも驚きでありますが、今は主様のなさることを見ておきましょう。主様は無意味な行為をしたことはないのですから』

 

 フェルは驚きながらも俺の行為に驚きながらもドライグを鎮めてくれる。

 そして俺の質問に最初に応えたのは神妙な顔つきをしたアザゼルだった。

 

「前赤龍帝のことだと? ……なぜそんなことを聞く必要がある」

「俺の中のドラゴンが前赤龍帝のことを言ってくるからな。一応、聞いておこうと思って」

 

 ……俺は即興で考えた出まかせをアザゼルに言うと、アザゼルは腕を組んで考え込んでいた。

 

「……はっきり言ってしまえば、俺は知っていることはほとんどない」

「ほとんど?」

 

 俺はアザゼルの言葉を反復するように言い返すと、アザゼルは続けて話す。

 

「実は前赤龍帝の事は俺が知りたいくらいだ。どういうわけか前の赤龍帝のことは誰も分かっていないんだ。前代の赤龍帝がいた時代、人物……どれも分からないことずくし―――俺はこの空白を『前代の空白』って呼んでいる」

「それは我々天使サイドも同じです。前代赤龍帝のことは全てが謎とされています……そして白龍皇もまた然りです」

 

 ―――俺はアザゼルとミカエルさんの話を聞いて、あることを自覚した。

 俺は……前赤龍帝であった俺の存在はこの世界のどこにもなくなっている。

 俺ですら自分の本当の名前を忘れてしまっているんだ。

 そしてミリーシェ……前代の白龍皇のことでさえ、今ではもう俺やドライグ、アルビオンしか覚えていない。

 分からないことだらけだけどそれだけは分かる。

 …………一体どうなっているんだ。

 前代の赤龍帝と白龍皇……つまり俺とミリーシェは最後、凄惨な最期を迎えたはずだ。

 なのにそれを誰一人として把握していない。

 

『……相棒、今の優先順位を見誤るな。今は昔のことよりも、掌に収まるくらいの仲間を守るのだろう』

 

 ……そうだな、ドライグの言うとおりだ。

 このことはおいおい考えていく。それよりも今は和平のための会議だ。

 

「話を中断させて悪かった。―――とにかく俺が戦う理由は守るため。皆が笑顔でいられるためです」

 

 俺は三勢力のトップ陣に頭を下げて謝罪すると、サーゼクス様は俺の隣まで歩いてきて俺の肩をトントンと叩いた。

 

「いや、君の気持ちはよくわかった。これからもリアスや仲間のためにその力を発揮したまえ」

「はい」

 

 俺はサーゼクス様にそう頷くと、俺は話すことを止めた。

 とりあえず今は黙ることで色々と知ったことを冷静に追っていこうとしたためだ。

 

「赤龍帝の性質も分かったことだしさ、そろそろ本題に入ろうぜ。……ミカエルにサーゼクスよ」

「……理解しているのだろう。三勢力の中で最も信用の薄いのは堕天使サイドということを」

 

 サーゼクス様はそう言う。

 確かにここまでの経緯の中で、最も問題を起こしてきたのは堕天使サイドだ。

 アーシアの一件に今回のコカビエルの件。

 これは言い訳のしようのない真実で、例え部下が勝手にやったとは言えど、監督不届きに違いがない。

 

「ああ、全部俺の部下が起こした不祥事だ。今更それを言い訳する気はねえよ。それに俺自身は戦争なんてものに興味はねえ―――だからこそ、和平を結ぼうぜ」

 

 ……驚いたな。

 まさかアザゼルが最初にそのことを言ってくるなんてな。

 いつかはこの話になるとは思っていたけど、まさかアザゼルがそれを切り出したことに俺は素直に驚いた。

 

「……まさか貴方からそのような言葉を聞くことが出来るとは。私はてっきり、堕天使はまた戦争を起こすものだと思っていました」

「ははは! 信用ねえな、俺は!」

 

 するとサーゼクスさまとミカエルさんは同時に当たり前だろうと言いたげな表情になった。

 

「当然だ。神器やその所有者……特に白龍皇を手中に収めた時は流石に肝を冷やした。また戦争をしようとするものだと思ったよ」

「……まあ神器に関しては若干俺の趣味が入っているんだけどよ。そこの辺は赤龍帝である兵藤一誠が分かっているはずだぜ」

 

 アザゼルは俺の方を見て薄く笑って言った……まあアザゼルは戦争を起こすとか、そんなことは今更考えていないだろうけどさ。

 でもまだ疑問ってやつは残る。

 

「……今さら何だがミカエル。ずっと気になっていたんだが、何でお前、頬に殴られた跡があるんだ?」

 

 ―――そこに気付くのは勘弁してくれよ、アザゼル!

 割と俺も殴ったことに冷や冷やしてるんだからさ! 後悔は全くないけど!

 

「……殴られて当然なことをしたので、気にしないでください。それに私はまだこの場で話さなくてはならなく、そして謝罪が必要です」

 

 ……するとミカエルさんはその場から立ち上がって俺達―――アーシアとゼノヴィアに近づいてきた。

 

「……アーシア・アルジェント、ゼノヴィア。本当に申し訳ありませんでした」

 

 そしてミカエルさんは深々と、アーシアとゼノヴィアに向かって頭を下げた。

 その行動に俺と朱乃さん以外の眷属の皆……サーゼクス様やアザゼルまでもが驚愕の表情になった。

 そりゃあ天使のトップが下級悪魔に頭を下げているんだからな。

 

「み、ミカエルさま!?」

「……これは流石に私も驚きだ。ですが頭をお上げください、ミカエルさま」

 

 アーシアとゼノヴィアはミカエルさんの行動に慌てふためいているから、俺は二人に近づいて経緯を軽く説明した。

 なぜアーシアが追放となったのか、どうしてそのような事をしなければならなかったかを。

 その間、ミカエルさんは頭を下げたままだった。

 

「私はどうすることもできません。貴方達二人を悪魔にしてしまったのには私に責任があります。もっと上手くできたはずです。……だからこそ私は貴方達二人に償わなければならない」

 

 ……ミカエルさんは本気で二人に謝罪していた。

 この人のことだ。ずっと気がかりだったんだろうな。

 アーシアを追放してしまい、神の不在を公にすることが出来ずにゼノヴィアまでも追放してしまったこと。

 仕方なかったこともある。でもこの人の性質を考えるとそんな風には思えないはずだ。

 激しい後悔と自虐の念。……今、ミカエルさんを襲っているのはそんなところだろうな。

 俺は口を出すべきじゃない……それに俺が口をはさまなくても心配はないはずだ。

 

「……頭をお上げください、ミカエル様」

 

 ……すると室内にアーシアの優しげな声音を帯びた声が響いた。

 アーシアの表情はいつも通りの優しく、俺を癒してくれる綺麗で一緒にいるとどこか安心できる表情だった。

 

「確かに当時の私は本当に辛かったです。聖女から魔女と呼ばれ、追放されて。―――辛いの他に言葉が見つかりませんでした」

 

 アーシアは一瞬、暗い表情をするけど「だけど」と言って話を続ける。

 

「私は追放されたお陰でイッセーさんと出会いました。堕天使に利用されて殺されそうになった時もイッセーさんが私を命がけで救ってくれました。神の不在を知って絶望した時も……イッセーさんがいてくれて、頼もしい言葉をかけてくれたから私は今もここにいます」

「……その点は私も同様だ。イッセーがあの時、私達に声をかけてくれた。たとえ種族が違えど、例え敵であろうともあの言葉は深く私の胸に刻み込まれた。ある意味では神の不在を知ることが出来て私は本当の幸せを知ることが出来たよ」

 

 ゼノヴィアは「辛いこともあるけどね」と苦笑しながらもそう言った。

 少し照れくさいけど、二人はミカエルさんにそう言いたいことを伝えると、ミカエルさんは静かに頭をあげた。

 

「……そうですか。ならば私はせめてあなた達に幸せでいれるように祈っておきましょう」

 

 ……ミカエルさんは穏やかな表情でそう言った。

 そこで俺は不意に思い出したことがある。

 祐斗のことだ。

 祐斗は今回の件で禁手……しかも”魔剣創造”(ソード・バース)では異例の形で禁手化した。

 聖と魔を司る聖魔剣は神のシステムにバグが生じたからこそ生まれた禁手のはずだ。

 それならば、と俺は思った。

 

「……ミカエルさん。勝手なお願いであると思いますが、一つ俺の願いを聞いてもらえないでしょうか?」

「他ならぬ貴方の頼みなら快く受けましょう。それで一体何を望むのです?」

 

 ミカエルさんは特に邪険な様子もなく、俺の問いを持っていた。

 

「今回の件で俺達の『騎士』は聖と魔を司る聖魔剣という、本来は混ざり合わない力を手に入れました。それは神の創ったシステムにバグが生じたことによって出来たこと。……なら、悪魔であっても神に対し、祈ることは出来ないでしょうか?」

「―――ッ! つまりそれは……」

「はい。アーシアとゼノヴィア、この二人に対して祈りを捧げることを可能にすることは出来ないでしょうか?」

 

 ……俺の言葉にアーシアとゼノヴィアは目を見開いて驚いていた。

 悪魔だから神に祈りをささげることでダメージを受ける……そんな場面を俺は何度も見てきた。

 だからこそ、悪魔になってなお、神に祈りをささげる二人をどうにかしてあげたいとずっと思っていた。

 

「……赤龍帝、貴方は私の予想を遥か斜めに裏切ってくれますね。もちろん、良い意味で―――良いでしょう、二人くらいならどうにかなると思います。もちろん教会や神社の類に近づくのは無理でしょうが、せめて祈ることぐらいならば何とかしてみせましょう」

 

 ミカエルさんが二コリと笑ってそう言うと、すると俺に突然、一つの衝撃が伝わってきた。……アーシアだった。

 ゼノヴィアは腕を組んで涙ぐんでいるけど俺の方を見ている。

 アーシアは何も言わず、ただ涙をこらえるように嗚咽を漏らしていた。

 

「……ありがとう、イッセー。私は君に救われてばかりだよ」

「……そっか」

 

 それ以降はゼノヴィアは特に何も言わず、俺は会談の席を見た。……なんだ、凄い生温かい視線が俺に直撃する!

 

「ほう……。兵藤一誠はあんな感じで女を落とすのか。俺とは全く違うな」

「……グレイフィア、イッセー君を題材に何か出来ないだろうか? 私には出来ないのでどうともいえないんだが……」?? 分かりづらいのですが どういうことなのでしょうか

「サーゼクス様、そのようなことはこの場に於いてはお話にならないでください。後でしっかりと計画などを聞きますので。とりあえずプロットを考えるところからです」

 

 ……なんかサーゼクス様とグレイフィアさんの不穏な掛け合いが俺はかなり気になっているけど、とにかくは―――

 

「……本題に戻そうか。アザゼル、貴方は何故、神器を集めていた? 戦争を起こす気がないならどうしてだ?」

「ああ、戦争は起こす気はねえ。ただ力を蓄えていたんだ」

「力を蓄える? それこそ戦争を起こすためじゃないのか?」

「まあ聞けよ、サーゼクス。確かに俺は神器を集めていた。それは趣味の一環でもあるし、それに……ある存在を危惧してだ」

 

 ……俺はアザゼルの意味深な言葉に疑問を抱く。

 存在? アザゼルが危惧するほどの存在があるのか?

 

「それはある組織でな、このことは俺達、堕天使サイドも少し前に露見した事実なんだが……特にその組織のトップがヤバいなんてものじゃない。マジで世界を滅ぼせるくらいの奴だ。そいつらに対抗するためにも、今は俺達は争うべきじゃねえ」

「……まあ我々天使側も和平を持ちこもうとは思っていましたが、まさかそんな事情があるとは思いもしませんでした」

「悪魔である我々も和平を望んでいる。だがアザゼル、君が危惧するほどの組織、そしてそのトップに君臨している存在を教えてほしい」

 

 サーゼクス様はアザゼルにそう詰め寄ると、アザゼルはあっけらかんとした態度で応えた。

 

「教えるも何も……。まあ良いぜ。その組織の名は―――」

 

 アザゼルが口を開いた瞬間だった。

 俺の体が一瞬、何か血の気を引くような感覚に襲われた。

 ……俺はこの感覚を知っている。

 ――――――今のはギャスパーの力が暴走した時に起こる現象そのものだ。

 それはつまり…………。

 その場において、全てが停止したことを意味していた。

 簡単に言えばギャスパーの力が暴走した……そしてギャスパーのいる旧校舎とこの会議室の距離から察するに。

 ここら一体が停止したことを指していた。

 そしてそれが起こる理由は暴走。

 つまり……

 ―――ギャスパーが暴走を起こすほどの何かが、この駒王学園で起こっているいう他なかった。



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第7話 停止世界と後輩の涙

 俺、兵藤一誠は今の状況を誰よりも早く理解した。

 先ほど、一瞬俺の肌に感じた違和感……それは間違いなくギャスパーの神器が暴走し、辺り全ての時を停止させたことを意味している。

 その証拠に今、俺達グレモリ―眷属の一部のメンバーは一切動かなくなっていた。

 

「……小猫ちゃんと朱乃さん、アーシアは停止しているのか」

 

 俺は一切動かなくなった小猫ちゃんと朱乃さん、アーシアを見ながらそう呟いた。

 ……これもギャスパーの潜在的な才能のせいか。

 本来、邪眼は自分より強いものを停止させることは出来ない。

 ……だから本来なら小猫ちゃんや朱乃さんも停止させることは出来ないはずだ。

 でもそれが出来ているということは恐らく、ギャスパーの潜在能力は二人を上回っているということだろう。

 

「……おい、イッセー。これはあの吸血鬼の仕業か?」

 

 するとアザゼルが頭をポリポリとかきながら俺にそう尋ねてきた。……仕業って言うのは人聞きが悪いな。

 

「たぶんそうだろうな」

「ふむ……これが邪眼によるものなら、納得できるな。イッセーは実力的にも停止させられることはない。主であるリアス・グレモリーは当然として、聖魔剣使いは、その存在の異質さから停止を免れ、デュランダル使いは停止される直前で聖剣を発動させたのか……」

 

 アザゼルが俺の考えていたことをそのまま口に出した。

 一応、この場に置いて動くことが出来ないのは小猫ちゃんと朱乃さんだけだ。……流石に各勢力のトップを停止することは出来ないか。

 でも問題は……

 

「……なぜギャスパーの力が暴走したのか。私からしたらそれが一番の問題だわ」

 

 部長の言うとおり、ギャスパーの力が暴走した理由だ。

 少なからず今のギャスパーは安定しているはずだ・・・俺の血を飲んだことと修行をしたから暴走はまずしないだろうと高を括ったんだけどな。

 

「……これは由々しき問題かもしれません」

 

 するとミカエルさんは部屋の窓から外を見てそう呟いた。

 ……そこには停止しながら宙に浮いている存在がいくつか見受けられた。

 

「……今回の会談は我々にとって今後を決める重要なことだった。だからこそ各陣営はそれぞれ、持てる力をこの学園の警護に回したが……。しかし全て止められては警護の意味もないな」

 

 サーゼクス様は少し苦虫を噛んだような表情しながらそう言った。

 ……この学園にはサーゼクス様、ミカエルさん、アザゼルがそれぞれの力を使って張った強固な結界によって包まれている。

 そしてその結界の中には俺達以外に、悪魔、天使、堕天使といったそれぞれの種族が警護を行っていたんだ。

 だけど今、その警護に回っていた者たち全員が停止している。

 ……ギャスパーの停止の力に抗えたのはここにいる俺たちだけってことだ。

 

「……どうしてギャスパーは今の状況で暴走したんだ」

「わからないわ。でも今はとにかくギャスパーの身が心配よ」

 

 部長は少し焦ったような表情になっていた。

 手は少し震えていて、今すぐにでもこの場からギャスパーの所まで行きそうになっている。

 だからこそ俺は安心させるように部長の手を握った。

 

「……イッセー」

「落ちついてください。気持ちは分かりますが、今この状況を把握していない限り、ここを離れるべきではありません」

 

 ……部長は静かに頷いて俺の言葉に耳を傾けてくれる。

 この中でこの状況で情報を持っていそうなのは…………。アザゼルだな。

 そう考えている矢先、アザゼルは俺の近くに寄ってきて話しかけてきた。

 

「イッセー、先に言っておく―――これは偶然じゃねえ、引き起こされた必然だ」

「ッ!? …………どういうことか説明してくれるか?」

 

 俺はアザゼルの言葉に心底驚きながらも問い続けた。

 

「全てが停止した直前、俺はここにいる全員にテロ組織の名を言おうとしただろう?元凶はそれだ」

「……なるほどな」

 

 大体の察しはついた。

 この状況で何でギャスパーの神器が暴走したのか……。でもその察しがついた瞬間、俺の中の怒りが跳ね上がった。

 

「……部長、落ち着いて聞いてください。俺も冷静ではないですけど我慢しているので」

「……分かっているわ」

 

 部長は俺の言葉に耳を傾けてくれ、そしてその場にいる人物は俺が話すのを待っているようだった。

 

「おそらくそのテロ組織っていうのは、この会談の意味。……すなわち和平というものに否定的な感情を抱く連中の集まりでしょう。つまりテロ組織からしたらこの会談は邪魔の他ならない。だからこそ邪魔をしに来た。……ギャスパーの暴走は恐らく―――組織によって強制的に暴走させられたッ!」

「……さっき言えなかった組織の名前を言っておくぜ―――禍の団(カオス・ブリゲード)。あらゆる勢力の強者が集まった種族混合の組織だ」

 

 ……カオス・ブリゲード。

 正直、名前なんかどうだっていい。

 ただそいつらはギャスパーに何かをして暴走させた!

 その事実に変わりはないんだ!

 

「……許さないわ。私の可愛い下僕を利用するなんてッ! 万死に値する!」

「落ち着きたまえ、リアス……それに窓の外を見れば今の状況を理解できる」

 

 サーゼクス様は部長の肩に手を置いてそう言うと、眷属の皆は同時に窓の外を見た。……そこには黒いローブのようなものを纏った幾人もの人間の姿があった。

 俺はその存在を知っている―――だからこそつい呟いてしまった。

 

「……魔法使い」

「その通りだ。あれは魔法使い。……ったく、魔法使いまでも組織に手を貸してんのかよ」

 

 ……魔法使いは魔法陣から次々と現れ、そして俺達のいる校舎に魔法を発動させて攻撃している。

 でもこの校舎は堅牢な結界によって包まれているから、あんな半端な攻撃ではびくともしなかった。

 だけどあの魔法使いたちは恐らく……

 

「……あれは見た感じだと中級悪魔クラスの魔法使いだね。力量は何となく察しがついたよ」

 

 祐斗はじっと魔法使いを見つめながらそう呟いた。

 すると祐斗の隣にいたゼノヴィアは俺に疑問を浮かべたような顔をしながら、そして次に話しかけてきた。

 

「イッセー、君はギャスパーが暴走した理由を察しているのかい?」

「……まあいくつかは想像は出来ている。ただどれも外れていて欲しいけど…………。一つは神器を暴走させるような神器を使ったりすること。正直これならまだマシだ。だけど問題はもう一つの可能性……」

 

 俺は思い付いた可能性を頭に浮かべながら、爪がめり込むほど拳を握る。

 掌からはそれによって少し血が出てくるが、今の俺は怒りでどうにかなりそうだった。

 もう一つの可能性……俺の血を飲んで神器の暴走が治まったはずのギャスパーが暴走した最悪の理由。

 ……魔法使いなら可能なことだ。

 ただ単純にギャスパーを精神的に追い詰め、傷つけ、更に―――負の感情を増幅させる魔術を施せば神器は暴走する。

 俺がここまで頭に血が上っているのだって、もしかしたら魔術が若干作用しているからかもしれない。

 

「……やることは完全に決まっている―――ギャスパーを助ける、それだけだ」

「ふふ……イッセーならそう言うと思っていたさ」

 

 ゼノヴィアは不敵な表情でそう呟いた。

 だけど問題はここからどうやって出ていくかだ。

 外は害虫のように魔法使いがうじゃうじゃいるし、ひょっとすると更に強大な敵がいることも否定は出来ない。

 下手に外に出るのは危険か。

 すると突如、ヴァーリは何の躊躇いもなく言い放った。

 

「……アザゼル、ハーフ吸血鬼がいる校舎ごと吹き飛ばせば済む話ではないのか?」

「そんなことしてみろ。赤龍帝はお前を何があっても殺すぞ」

 

 ヴァ―リの発言にアザゼルは特に表情を変えることなく返した。

 

「ヴァ―リ、お前は外に出て魔法使いどもを蹴散らせ。白龍皇であるお前が出れば、恐らく相手は動揺で作戦が乱れる」

「……ふ。了解だ」

 

 ヴァ―リは少し鼻で笑い、そして次の瞬間、眩い光を発しながら力を解放した。

 ……これは間違いなく禁手(バランス・ブレイク)

 

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 その音声と共にヴァ―リの体は白い鎧によっておおわれる。

 赤龍帝と対を成す白龍皇の神器の禁手化……”白龍皇の鎧”(ディバインディバイディングスケイルメイル)

 すごく懐かしい姿だ。

 ……そんな感傷に浸る暇もなく、ヴァーリは行動を起こす。

 そしてヴァ―リは窓を突き破って外に出ていった。

 白い鎧を身に纏ったヴァーリは魔法使い共の上空に移動し、そして上空から魔力を弾丸として雨のように撃ち放った。

 

「まあこれで外の魔法使いはどうにかなるだろうな。……だが問題はまだ解決してねえぞ」

 

 そうだ……まだギャスパーを助けるための筋道が見つかっていない。

 おそらくギャスパーは捕まっているから、真正面から行くのは危険すぎる。

 かといって相手の虚を突く方法は……

 

「……キャスリング。これを使えば一瞬で旧校舎に移動できるわ」

 

 ―――ッ!

 そうだ、俺は失念していた。

 ……『王』には瞬間的に『戦車』と位置を変えることが出来る”キャスリング”という力がある!

 そして部長の『戦車』の駒はまだ一つ残っていて、それは確か部室にあるはずだ。

 

「……確かにキャスリングは良い手だ。だがリアス一人に行かせるのは正直、心もとない。やはり複数人で行かせるのが妥当なところだが……」

 

 サーゼクス様は腕を組んで考えていると、グレイフィアさんはサーゼクス様に何かを耳打ちした。

 

「サーゼクス様、赤龍帝である兵藤一誠に渡したものをお忘れですか?」

「……手柄だよ、グレイフィア」

 

 するとサーゼクス様は俺の方を見て二コリと笑ってきた。

 ……なんだ? そう思っていると、俺のポケットに入っているある物が光り出した!

 

「……イッセーくん、私が君に渡したものは今もあるようだね」

「もしかして。……この『王』の駒のことですか?」

 

 俺はそれ……サーゼクス様から頂いた『王』の”悪魔の駒”(イ―ビルピース)を掌に置いてそう尋ねた。

 でもこの駒は飾りのはずだ。

 

「……黙っていたが、本物ではなく直接的な力も有していないが、だが『王』の駒の機能だけは働く―――術を施し、その駒をリアスの『王』の駒と同調させて同一のものとすれば二人を同時に転送することも可能だよ」

 

 ……なるほど、『王』の駒同士だからこそ出来る同調か。

 するとサーゼクス様は俺の駒を手にとって、何やら術を施し始める。

 グレイフィアさんもそれを補助し始めて、俺は部長と顔を見合わせた。

 

「恐らく旧校舎には敵がいます。だから失敗は許せません……部長、ギャスパーを救いましょう」

「ええ、イッセーがいれば私は何でもできるわ。ギャスパーだって絶対に救ってみせるわ!」

 

 部長の覇気のある心強い声と共に、俺の士気も上がった。

 ……でもここで停止している小猫ちゃん、アーシア、朱乃さんのことが心配だな。

 

「……御安心ください。ここで停止している貴方の仲間は私が確実に守ります」

 

 するとミカエルさんは俺の心を見透かしたようにニッコリと笑ってそう言ってきた。

 ……大天使のお守りなら安心だな!

 

「……赤龍帝として既に絶大な力を持つイッセーなら安心か。だが気をつけろよ?」

 

 すると突然、アザゼルは手を宙に向けた。

 その瞬間、窓の外に無数の光の槍が現れて、そしてアザゼルが手を淵下ろした瞬間にその槍は魔法使いに降り注がれた!

 

「容赦はしねえぜ。向こうも覚悟の上だろうから、殺すことを躊躇しない。……っても次々に魔法使いが現れるからキリがねえな」

 

 俺はアザゼルによって屠られた魔法使いを傍目に、更に魔法陣から現れる魔法使いを見る。

 確かにこれほどの人数を導入するということは向こうも本気ってことか。

 

「……そもそもこの会談を邪魔することなんか不可能に近いはずだ。三勢力のトップの創った結界を潜り抜け、この学園に潜入なんてありえねえ。……つまりこの会談の場にいた、もしくは関係していた奴にスパイがいたことを考えねえとな」

 

 ……アザゼルは何故かその言葉を遠くを見るように儚げに呟いた。

 

「リアス、イッセー君。準備が整った」

 

 するとサーゼクス様は俺に『王』の駒を手渡して、そして次の瞬間に俺と部長の足元に少し大きめな魔法陣が生まれた。

 

「……そういえばアザゼル。組織のトップの事を聞いていなかった。一体誰なんだ?」

 

 俺はアザゼルにそう問いかけると、すると何故かアザゼルは俺の方を向いて不思議そうな顔をしてきた。

 

「……お前はとっくに気付いていると思ってたが、まあ仕方ないか。っていうよりこの会談の中でお前はそいつの名を言ったはずだ」

「―――は?」

 

 俺はアザゼルの言葉にただ情けない感嘆を漏らす。……それと同時に、俺達のいる室内にいくつかの異変が起きた。

 一つは室内に突然、展開された魔法陣……恐らくは悪魔のものだ。

 そしてそれを見た瞬間のサーゼクス様やグレイフィアさんの慌てよう……すると次の瞬間、サーゼクス様は転送のための魔法陣を即座に発動した。

 

「……そうか、今回の黒幕は―――グレイフィア! 今すぐにリアスとイッセー君を転送する!」

 

 サーゼクス様が焦り、そして何かに気付いたような表情になっている・・・相当な事だ。

 あの魔王であるサーゼクス様が焦るなんてな。

 だけど今、俺と部長に命じられているのはそのことではなく……ギャスパーを助けることだ。

 すると部長は不安からか、俺の手を再度握った。

 

「……行きましょう、イッセー」

「ええ。ギャスパーを救いましょう!」

 

 そして俺達は光に包まれて、そして次の瞬間に転移したのだった。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 ……僕、木場祐斗は聖魔剣を出現させて今の状況を警戒している。

 部長とイッセー君が転移されてすぐ、そして転移される前に室内に展開された一つの魔法陣。

 それを見てその場にいたセラフォルー様は不意に何かを呟いていた。

 

「……レヴィアタンの魔法陣」

 

 ―――僕はその言葉を聞いて驚愕したッ!

 何故なら、僕の知るセラフォルー様の魔法陣の紋様とあの魔法陣の紋様はまるで違う……ということはつまり、残された可能性はッ!

 

「……ヴァチカンの書物で見たことがある―――あれは旧魔王の魔法陣だ」

 

 ゼノヴィアが冷や汗をかきながらそう呟いた……なるほど、つまり今回のこの騒動の黒幕、首謀者は!

 

「はじめまして、偽りの魔王。……そして各勢力のトップの皆様」

 

 魔法陣の中より一人の女性が姿を現す。

 胸元を大きく露出させているスリットの入ったドレス。……イッセー君が見たら即座に説教し始めそうなドレスだ。

 

「……これはどういうことだ、旧魔王レヴィアタンの血を引く者―――カテレア・レヴィアタン」

 

 ……やはり旧魔王の血族ということか!

 話には聞いたことがある。……現在の魔王―――サーゼクス様やセラフォルー様が魔王になるまでの経緯はそんな簡単なものではなかった。

 つまるところ、今の政権になることに反対していた者たちがいたらしい。

 それが今は亡き旧魔王の血族……旧魔王派と呼ばれる者たちのだ。

 旧魔王派は最後まで魔王を力有るものから選出することに反対していたそうだけど、、結局それは通らず、そして戦争で疲弊した悪魔は最後の力で旧魔王派を冥界の隅に追いやったそうだ。

 ……そしてカテレア・レヴィアタンは見下げた目つきで僕達を見下した。

 

「サーゼクス、我々旧魔王派のほぼ全ては禍の団(カオス・ブリゲード)への参加を決めました」

「―――旧魔王派と新魔王派の確執はここにきて完全なる溝になってしまったってわけか」

 

 アザゼルは少し面白可笑しそうにそう呟く。……そう言えばイッセー君がそういう男だって言っていたね。

 だけどサーゼクス様は何とも言えない表情になっていた。

 

「……それは本気で言っているのか、カテレア」

「ええ、そう受け取ってもらって構いません」

 

 ……クーデターというやつだ。

 だけどいくらなんでもタイミングが面倒すぎる!

 恐らく旧魔王派は和平のこと、神の不在の事を知った上で行動に移ったと思うけど、それにしたって同じ悪魔である僕達の敵になるなんて……

 

「……考え直すことは出来ないか? 出来れば私は、旧魔王派の存在を失いたくはない」

「まるでいつでも殺せるから、だからついでに情けをかけると言いたげな台詞ですね」

 

 ……カテレア・レヴィアタンは笑顔でサーゼクス様の言葉を否定する。

 

「旧魔王派を代表して言わして貰いましょう。……ふざけるな、私達はお前達偽りの魔王を認めない」

 

 するとカテレア・レヴィアタンの周囲に幾つもの魔法陣が展開された。

 

「私たちは悟りました。旧魔王も神もいないこの世界。そんなもの必要ない―――それならば創り変えよう。……そのために組織への加入を決めたのです」

「カテレアちゃん! 止めて!」

 

 するとセラフォルー様は悲痛な叫びをあげた。

 ……同じレヴィアタンの名を名乗る方だ。恐らく複雑な思いがあるんだろうね。

 

「よくぬけぬけとそんな台詞を吐けますね、セラフォルー! ですが私は貴方を殺し、再び魔王を名乗ります。そして全てを消し去り、新たな世界を創る。……そのために私は力を得ました」

「それは興味深いな。力を得た……。そりゃあお前らのトップから貰ったもんか?」

 

「……堕天使の総督、アザゼル」

 

 するとアザゼルは一歩前に出て少し侮蔑しているような表情でカテレア・レヴィアタンを見ていた。

 

「ええ、そうです。……だから何と? 私たちは世界を滅ぼし、そしてそこに新たな魔王として君臨し、神を我々の指導者とします」

「……あはははははははは!! そりゃあすげぇな!!」

 

 ―――アザゼルは突然、高笑いをあげながら嘲笑うかのような態度をとった。

 ……何を考えているんだ、彼は。

 

「……何が可笑しい、アザゼル」

「いやいや、夢があって良いと思うぜ? だけどよ―――夢と言うよりそれは無駄にスケールのでけぇ無謀な野望だ。夢っていうのは赤龍帝が俺達に示したことを言うんだぜ?」

 

 ……ああ、その通りだ。

 イッセー君の夢は皆と一緒に笑って平和に過ごすこと。……だからこそ彼は力を欲する。

 皆を守ることを第一の前提として戦う。

 ―――この悪魔たちとは、絶対に違う。

 

「言ってしまえばお前らのは人さま迷惑ってわけだ。ただ自分たちの利益のためだけにしか動けない馬鹿共。だけどそう言う奴が力を持つから世界は不公平だよな」

「……我々を侮辱するとは許しませんよ、アザゼルッ!」

「お前の台詞の端々から俺は感じるぜ? ―――一話目で主人公に倒させる、無駄に強い悪役の成れの果てを。まあここには主人公は居ねえから仕方ねえ」

 

 ―――ッ!

 アザゼルは掌に光の槍を出現させて、そして常闇の黒い翼……ここまで来れば寧ろ美しいとまで思ってしまう黒い翼を展開させた。

 おそらく堕天使の中では最も多い12枚の翼。

 それは暗に彼が堕天使で最も強いことを意味している。

 

「カテレア、お前の相手は俺がしてやる。ミカエル、サーゼクス、邪魔立ては許さねえぜ?」

「……分かっていますよ。私は兵藤一誠の仲間を守りますから」

「……カテレア、最後の通告だ―――我々に下る気はないか?」

 

 ……サーゼクス様の最後の良心だ。

 だけど、カテレア・レヴィアタンはその言葉を無視して、そしてアザゼルに襲いかかる。

 ―――だけど僕は次の瞬間、堕天使の総督の強さを知ることになった。

 

「おいおい、そんな馬力でこの俺に相対するつもりか? ―――冗談にしては笑えねえぞ」

 

 カテレア・レヴィアタンの頭蓋を持ち、アザゼルはそのまま乱暴に彼女を天井を破って頭上に放り投げ、そして無限のように光の槍を撃ち放った。

 ……あのコカビエルは相当な力を持っていた。

 だけどこの男はその力を遥かに凌駕するほどの圧倒的な力を保持している。

 そしてアザゼルは光の槍を止め、そしてカテレア・レヴィアタンが飛んでいった方に向かって行き、そして二人の空中での壮絶な戦いが始まった。

 そんな最中、サーゼクス様は僕に話しかけた。

 

「……木場祐斗君。今この場にリアスがいないから、私は君にお願いしたい。私とミカエルはこの場から動けない。学園中に張ってある結界の制御をしなければならないからね。だからこそ、君に外にいる魔術師を押さえてほしい」

「―――はい。魔王様の命、この木場祐斗、全霊を持ってその役目を果たします」

 

 僕はサーゼクス様に跪いて低い姿勢のままそう言った。

 

「君がリアスの下僕でよかった。その聖魔剣で私たちの剣になってくれたまえ」

「……木場祐斗、ならば私も君と戦おう。私も不肖な事に『騎士』なものでね。……『騎士』は二つ揃えば真に力を発揮するだろう?」

 

 ゼノヴィアは聖剣デュランダルを構え、不敵な笑みでそう言った。

 

「そうだね。……行こう、これも皆のためだからね」

「ふふ、そうか。これは後でイッセーに御褒美を貰えそうだ―――そうだな、まずは……」

 

 ……イッセー君、僕はゼノヴィアのこの呟きは聞かなかったことにするよ。

 だって”子作り”と”10人”って単語が聞こえたんだから、仕方ないよね?

 僕は心の底で親友に謝りながら、聖魔剣を二本構えて魔術師の殲滅に向かうのだった。

 ……ギャスパー君は頼んだよ、部長、イッセー君!

『Side out:祐斗』

 ―・・・

 ……うん、状況は最悪だ。

 俺、兵藤一誠が言えるのはまずはこれくらいだ。

 キャスリングで部室に飛ばされたのは良いんだけど、飛ばされた先には思っていた以上にローブを着こんだ魔術師がいた。

 そして何より……ギャスパーの様子がおかしい。

 ロープで椅子に縛られ、だけどその表情からは―――絶望の色が見受けられた。

 俺と部長はというと、今は魔術師に囲まれている。

 そりゃあギャスパーを人質に取られているから下手には動けない。

 

「突然現れたから肝を冷やしたぞ、悪魔」

 

 するとローブをきた魔術師のリーダー格と思われる女が、俺達を睨みながらそう言い放つ。

 

「……そんなことどうだっていい。だけどどういうことだ―――お前ら、ギャスパーに何をした!?」

 

 俺は様子のおかしいギャスパーをみながら、魔術師たちに叫ぶように言う。

 

「あら、あの使えない吸血鬼のことかしら? ホント、煩わせてくれるわ!」

 

 ガンッ!

 そんな打撃音が室内に響き渡る。……あの女、ギャスパーを殴りやがったッ!

 

「こいつは私達に抵抗して何人も私たちを停止させ、私まで―――本当に気味が悪いわ」

「ふざけないで! 私の下僕を傷つけて、許さないわ!」

 

 部長はギャスパーが殴られたことに激昂する。……俺も正直、怒りで我を忘れそうだ。

 ……その時、ギャスパーの沈んだ顔が少し上がる。

 そこには――――――ギャスパーの涙があった。

 

「部長、イッセー先輩……。僕はどうしようもないです。結局何もできないし、皆を停止させるだけ……皆を傷つけることしかできない」

「……ギャスパー」

 

 部長はギャスパーを見てあいつの名前を呟いた。

 ……そして俺はその状況が、一番回避したかったことへの証明だと言うことに気が付いた。

 つまりは

 

「お前らは、まさかギャスパーのことを調べて、トラウマから神器の暴走を強制したのか!?」

「あら……中々頭が回るようね。その通りよ。こいつのある程度の過去を調べ上げ、そして負の感情を相乗させる魔術を使って精神を壊し、そして神器を暴走させた。……中々いい方法でしょう?」

 

 ふざけやがってッ! 俺の後輩の心を弄んで、何得意げに話してんだよ!

 

『……だが歯がゆい。手を出そうにも出せないッ!』

『手を出せばギャスパーさんを傷つけることになる。命の保証が出来ないことを主様がすることはないです』

 

 ドライグとフェルの言うとおりだ!

 俺は手を出せない……今はまだ。

 

「もう嫌なんですッ! 誰も傷つけたくない! だから死んだ方がいいんだッ! それならだれにも迷惑はかからない。…………だから僕の事は無視してここにいる人たちを倒してください」

 

 ―――ギャスパーは涙でぐしゃぐしゃになった状態で、笑顔でそう俺と部長に言った。

 

「愚かね、貴方達は。こんな出来そこないの吸血鬼、洗脳して道具にすればいいものを……悪魔の癖に偽善ぶる。吐き気がするわ」

「……ふざけないで。私は下僕を大切にする。偽善なんかじゃない! ギャスパーは私の大切な下僕よ!」

 

 部長はギャスパーをけなされたことに激昂するけど、すると魔術師は長い杖を部長に向けてきた。

 

「生意気よ。それに悪魔の癖に美しいのがいらつくわ」

「ギャスパー……私は貴方を大切に思っているわ」

 

 部長はそんなことお構いなしにギャスパーに笑顔でそう言った。

 

「……本当にどうしようもない悪魔ね。使えないごみを労い、死ぬ状況下で切り捨てもしない。いいわ、とびっきりその体を傷つけ、凌辱してから殺してあげる」

 

 魔術師は部長に杖を構えて魔術を行使しようとした。

 …………ああ、これはあれだ。

 ――――――我慢の限界だ。

 

「―――ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

 

 俺は溜まりに溜まった全魔力を部長とギャスパーに当たらないように、それだけを考慮して乱暴に放つッ!

 たかだか人間に少し力が生えた位の存在が、赤龍帝の力に対抗することもできるはずもなく、なすすべなく吹き飛んだ。

 部長はそれに目を見開いて驚いている。

 ……もちろん、決定打にはならない不意打ちだけど、でも吹き飛んだおかげでギャスパーの元には魔術師はいない。

 俺はすかさずギャスパーに近づいた。

 

「い、イッセー先輩……。僕を、殺してくださいッ!」

「……………………」

 

 ギャスパーは涙を流しながら俺にそうせがむように言ってくる。

 そして俺はそんなギャスパーを

 

「ふざけんな、この馬鹿野郎!!!」

 

 ―――その頬を叩いた。

 

「い、イッセー、先輩?」

「……叩いたことは後でいくらでも償ってやる。だけどな! ふざけんなよ、ギャスパー!!」

 

 俺はギャスパーが囚われるロープをちぎってギャスパーの胸倉をつかんだ。

 

「何が死んでいいだ……ッ。お前は俺の後輩だッ! 死んでいい存在なんかじゃない!!」

「だけど……僕がいたらイッセー先輩だって!」

「誰がいつ、お前に傷つけられたって言った。ギャスパー」

 

 俺はギャスパーの胸倉から手を離し、そして次にギャスパーの肩に手を置いた。

 

「俺は赤龍帝だぜ? 例えお前がおっかない神器を持っていたとしても、俺はお前に傷つけられたりしない。それに仮に停止させられたとしても、何も思わない」

「どうして、ですか?」

「……仲間だから。後輩だから。大切な奴だからだ」

 

 ……俺はギャスパーに素直な気持ちをぶつける。

 ギャスパーは薄ら涙を浮かべながら俺の言葉を聞いてくれる。

 だから言うんだ。……ギャスパーに!

 

「ギャスパー! 俺はお前が大好きだ!! 大好きな奴ならどんだけ傷つけられても許してやる! 皆そうだ! 部長も。朱乃さんも、小猫ちゃんも、祐斗、アーシアも、ゼノヴィアも皆そうだ! だから死んで良いなんかいうな!!」

 

 俺はギャスパーの今すぐにでも壊れそうな儚い肢体を抱きしめる。

 部長はその姿を見て近づいてギャスパーの頭を優しく撫でた。

 

「私も同じ気持ちよ……ギャスパー、例え神器が暴走しても私たちは仲間よ。一人が怖いなら皆と一緒なら大丈夫よ」

「イッセー先輩、部長……」

 

 ……ギャスパーの体は震える。

 涙がこぼれる―――けどこの涙はさっきとは違う。

 

「……ギャスパー、俺の血を飲め。俺がお前の中にいればお前は大丈夫だ。いつでも俺はお前の味方だから―――一緒に戦おう」

「――――――ん、かぷ」

 

 ……ギャスパーは少し遠慮げに俺の首筋の包帯を取り去り、そしてこの前と同じ箇所を噛む。

 そして血を吸い始めた。

 ほんの数秒、ギャスパーは俺の体に自分の体を押しつけるように手を回し、抱きつきながら血を飲み続ける。

 そして……静かに俺の首筋から離れた。

 

「イッセー先輩が……僕のなかに……」

 

 ……頬が異様なまでに高揚し、表情は惚気ているように朦朧としている。

 だけど確かに感じた。

 ギャスパーの力が―――格段に上がったことを。

 

「くっ! ふざけないで、私たちをぞんざいに扱い、感動ごっこするなんて!」

 

 魔術師は吹き飛ばされた後、起き上って俺達に向かって魔術による攻撃を放ってきた。

 ……だけどそれは完全に止まった。

 いや、ギャスパーによって―――

 

「イッセー先輩と部長には手を出させないですぅ!」

 

 停止させられていた。

 

「なっ!? 何が起きて―――」

 

 そして魔術師の一人が最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。

 ギャスパーの邪眼はあやしく光り、そしてその魔術師を停止したからだ。

 ……後輩にだけ戦わせるのもあれだな。

 

『Boost!!』

 

 俺は籠手を出現させてギャスパーの隣に立つ。

 そしてギャスパーと二人で部長を背にし、守るように魔術師たちの前に立ちふさがった。

 

「ギャスパー、一緒に戦うぞ。部長を守るために!」

「はいッ!」

 

 ―――次の瞬間、ギャスパーはその姿を変化させた!

 そうか……吸血鬼の本質は、変化!

 ギャスパーはその特性を使い、無数のコウモリとなった!

 そしてギャスパーは魔術師たちに襲いかかった。

 

「見た者を全て停止させる邪眼に、姿を変化させることが出来る吸血鬼の能力。そして俺の血を飲んだことで今のギャスパーは安定しています」

 

 俺は部長にそういいつつも、籠手の倍加を続ける。

 ギャスパーの生み出したコウモリの群れは魔術師たちに襲いかかり、血を吸っていた。

 

「な、に!? 血だけじゃないわ! これは魔力を吸っている!」

『無駄ですよ。僕はイッセー先輩の血のお陰で力を自由に使える! 全てを停止する!』

 

 ギャスパーは次の瞬間、魔術師の行動のみを全て停止させた。

 ―――才能ってものはあいつの事を言うんだろうな。

 

『Boost!!』

 

 籠手は6段階の倍加を終えた。

 そして俺は一歩、前進する。

 

『イッセー先輩! 今です!!』

「ナイスアシストだぜ、ギャスパー!」

 

 俺は籠手に願った……手に入れた、一つの剣を。

 

「聖ジョージの龍を切り裂く剣よ。……俺の思うがままになれ」

 

 ―――次の瞬間、俺の籠手から聖剣アスカロンが出現した。

 俺はそれの柄を握り、後方に横薙ぎに振りかぶる。

 そして籠手に溜まった倍増の力を解放し、アスカロンの聖なるオーラに力を注ぐ。

 

「いくぜ魔術師。これがアスカロンの初撃だぁぁぁあ!!!」

 

 ギャスパーはその場から退避し、俺はアスカロンを横薙ぎに振り切った。

 聖なるオーラは斬撃として停止した魔術師へと放たれ、そして一瞬にして―――魔術師は成す術もなくアスカロンの斬撃波でぶっ飛んだ。

 ……ついでに部室も消し飛んだ。

 

「い、イッセー! 部室を消し飛ばしてどうするの!? …………ってそうじゃなかったわ!アスカロンの聖なるオーラを使いこなすってどういうことよ!」

 

 すると部長が色々な感情が混ざったような表情……好奇心に怒り、驚愕に焦りなどと言った表情が交錯しながら俺にそう問いかけた。

 

「えっと……その、まだ言ってなかったんですけど、俺はアスカロンに認められて本物のアスカロンの担い手になったみたいです」

「――――――驚きで何も言えないわよ。とにかく凄いとだけ言っておくわ」

 

 ……部長が呆れたような表情でそう言うと、するとギャスパーはコウモリの状態から人の姿となって俺の隣に舞い降りた。

 

「イッセー先輩! やりました!」

「……ああ、お前と俺が組めば最強だ!」

 

 俺はギャスパーの頭をわしゃわしゃと撫でまわしながら、笑いかける。

 ギャスパーは小犬みたいにぶるぶると心地よさそうに震えるが、それをよしとしない部長は俺の頬を引っ張ったのだった。

 ……そして気付けば、停止された世界は解除された。

 

「いいか、ギャスパー。お前は同等と俺達の仲間だって言えばいい。もしそれを否定する野郎がいたら、そんときは俺を呼べば、そいつぶっ飛ばすからさ」

「イッセー先輩……。分かりました、その時はイッセー先輩を呼ぶですぅ!」

 

 ……ギャスパーはそこで、初めて見る満面の笑みでそう言ったのだった。

 ―・・・

「……ドライグ、一つ気になっていることがある」

『テロ組織のトップのことだろう……。相棒、信じられないだけで、実は見当はついているんじゃないか?』

 

 ……俺はドライグにそう言われ、押し黙る。

 今、俺と部長、ギャスパーは旧校舎を出てサーゼクス様の元に帰ろうとしている。

 その最中、俺は転送前にアザゼルが言った言葉が気になっていた。

 ―――見当か。確かについている。

 だけど信じたくないっていうのが本懐だ。

 

『……主様―――あの組織のトップがオーフィスかもしれない、そのことに気付いているのでしょう』

 

 ……フェルは俺の見当を何の構いもなしに言い放った。

 そうだ。

 俺があの会談で口にした世界最強クラスの存在なんか、オーフィスとグレートレッドぐらいだ。

 そしてグレートレッドは現在、次元の狭間にいる。

 だからこそ、消去法でオーフィスがとなった。

 だけどさ……俺は信じていないよ。

 仮にオーフィスがそうだとしても、俺はオーフィスが世界を滅ぼしたいとは思っているとは考えられない。

 だってオーフィスは…………俺の友達だ。

 あんな純粋で良い子なドラゴンが、そんなことを願うはずもない。

 

「……イッセー?」

 

 俺がドライグと心の中で会話していると、部長が怪訝そうな表情で俺を見ていた。

 ちなみにギャスパーは俺の背中にひっついていて離れない。……こいつ、根本的な人見知りは一切治っていないな。

 まあそれは今後、どうにかするか。

 俺はそう思って一歩、歩んだ―――その時だった。

 

「ッ!? 部長、伏せてください!」

 

 俺は突然の強大な力の接近に部長に向かってそう言い、俺もギャスパーを抱えて地面に伏せた。

 そして次の瞬間に、ごぉぉぉぉぉぉぉん!!!!

 ……そんな衝突音が聞こえたと思うと、その音が聞こえた所。…………俺達のすぐそばにはアザゼルの姿があった。

 しかもその姿は……血を流していて衣服が少しボロボロになっている状態。

 俺はそれがどうしても信じられなかったが、すると俺は一つの……いや二つの力を察知した。

 それは空中で、そして俺は空中に視線を向ける。

 

「これは僥倖だ。運が良い。……まさかアザゼルを殴り飛ばした先に君がいるなんてね―――赤龍帝・兵藤一誠」

 

 そこには破廉恥以外のなにものでもない女の姿と、そして……

 ―――白龍皇・ヴァ―リの姿があった。



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第8話 倒錯のイッセー ~赤龍帝VS白龍皇~

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルはカテレア・レヴィアタンと空中にて戦闘を行っていた。

 っていってもカテレアと俺の間には埋まらない圧倒的な戦力差があり、俺にとってあいつの攻撃なんざ足止めにもなんねえ。

 

「カテレア。お前、その程度で俺をどうにかできると思っていたわけじゃねえよな?」

「……笑わせてくれますね。この程度でそんな声を上げるなんて、堪え性がないのでは?」

 

 俺は攻撃の手を止め、カテレアにそう言うと奴は俺を鼻で笑うかの如く嘲笑する。

 ったく、最近の若い奴は高齢者に対する労りの気持ちってやつが欠如してんな。

 

「おうおう、そうかい。……で、そろそろ何かしねえと死ぬぞ? お前らのトップの見当はついている。大方―――無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)と謳われるオーフィスなんだろう?」

「そこまでの調べはついていましたか。ではその質問の回答として頷いておきましょう。その通りです。我らはオーフィスをトップとして活動している」

 

 カテレアは呆気もなく俺の質問に応えた。

 ……オーフィスがトップってことは、俺の中でいくつかの状況の悪さが廻った。

 

「……つまりあれか。お前らはオーフィスの蛇(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を既に持っているってことか?」

 

 俺はカテレアにそう核心に迫る質問をした。

 あいつがこの俺を相手に未だ余裕を見せている理由としては十分すぎることだ。

 無限の龍神と謳われるオーフィスは名の通り、無限を関するドラゴンだ。

 その力は無限、更にその無限の力は、力を分断させて他者にそれを黒い蛇として譲渡することもでき、それを飲めば力が膨大と駆け上がる。

 ようは簡単に他人の力を数段階上げることが出来るってことだ。

 これが面倒極まりない、……なにせ三下でもオーフィスの加護があれば一流の力になるからな。

 それをカテレアが飲めば恐らくは前魔王に近い力が手に入れれるんだろうな。

 

「ええ、その通り……ごらんなさい」

 

 するとカテレアは懐から一つの小瓶を取り出した。……その中には禍々しい黒色をしている、うねるように蠢く蛇が入っていた。

 

「そりゃあ本物だな。それがオーフィスがトップに君臨している確たる証拠だ」

「まだ余裕が御有りなのですか? 私がこれを飲めばあなたなど軽く凌駕する。堕天使の分際が調子を乗るから―――ッ!?」

 

 するとカテレアは突然、信じられないような表情をした。

 まあそうだろう……何故なら俺の手元にも一つの瓶があるからだ。

 それは当然、オーフィスの力なんかではなく―――赤いオーラを放つ力が入った小瓶。

 

「こいつはその蛇とよく似ていてよ。……赤龍帝の倍増の力がまるごと譲渡されている瓶だ。しかもこれはあいつの創った神器の空き瓶を使っているらしいから、この中に入っている力の総量は計り知れないな」

 

 ……俺がイッセーと神器について語り合った時、あいつは俺にこれを渡した。

 あいつの倍増の力が入っている瓶……しかもこの瓶自体が神器であることに俺は驚いたもんだ。

 それをあいつは一つ、俺に渡してきたわけだが……まさかこの俺が使うことになるとはな。

 

「いいか、カテレア。俺は今の状態でお前を瞬殺出来る。つまりお前が仮にその蛇を飲んでも、俺はこの瓶を使えば力関係は少しだけだが元通りだ―――わかるよな、どっちにしてもお前は詰んでいる」

 

 俺は光の槍を幾重にも出現させ、カテレアにそう宣言した。

 

「……貴方は馬鹿ですか? もしかして私が一人で貴方と戦おう(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)としているとでも思っていたのですか?」

 

 ……カテレアが俺に訳の分からないことを言った瞬間だった。

 ―――俺の背後から何か白い光が俺を襲ったッ!!

 そいつは俺を何度も殴り、そして地上へと殴り飛ばす。

 くそ……マジかよ。

 

「結局俺は自分の部下に対する監督不届きかよ。くそっ!!」

 

 俺は飛ばされながらも俺に横槍を加えてきた存在……宙に浮く白い鎧を身に纏うヴァ―リの姿を見た。

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

 突然の衝撃音、そして宙に浮かぶ女と白龍皇ヴァ―リ。

 そして見るからにボロボロなアザゼルを前に俺は少しの間、思考していた。

 ボロボロのアザゼルに対し、悠然とアザゼルを見下げるように宙に浮いている白龍皇ヴァ―リ。

 ……なるほど、あの場にいた裏切り者―――そいつがヴァ―リってことか。

 

「いきなり現れて僥倖とはどういう神経だ? ―――この裏切り野郎」

「裏切り者は心外だね。いつ赤と白は仲間になったんだって言うんだい?」

 

 俺とヴァ―リは互いに大地と空中にて睨みあう。

 その間、時にして数秒くらいだろうな……そしてその沈黙はアザゼルによって破られた。

 

「じゃあ俺が言う分には問題ねえよな、ヴァ―リ―――今になって反旗を翻すのか?」

「ああ、そうだよ。あんたには世話になった。…・・・本当にな。だけど悪いね―――俺には和平なんて退屈すぎる」

 

 ヴァ―リは鎧の兜を収納し、顔をアザゼルに見せてそう言い放った。

 ……あいつはどこまでいっても戦闘狂だから納得できるといえば納得できるか。

 

「和平が決まった瞬間に拉致していたハーフ吸血鬼の神器を暴走させ、願わくば各陣営の一人でも殺せればよかったが……まあ高望みは出来ないな。それにその吸血鬼も赤龍帝に保護されたようだしね」

 

 ヴァ―リは俺とギャスパーを見ながらそう言ってくる……こいつ、まさかギャスパーを利用する作戦を提案したのか?

 ……いや、流石にそれはない。

 ただ今回の首謀者、それだけなんだろうな。

 

「……イッセー、あのヴァ―リの隣にいる女は旧魔王派、レヴィアタンの血を引く者だ。お前ならもう理解していると思うが」

「……今回の黒幕は”禍の団”で、旧魔王派はその組織に入ったってことか」

 

 俺は先ほどまで考えていたこととアザゼルの情報を頼りにその解にたどり着く。

 アザゼルはそれを無言で頷くと、俺はその旧魔王派の女を凝視した。

 

「………・・・俺の対峙する敵は高い頻度でだらしない格好をしている気がするよ」

「なっ!? 貴様、私を愚弄するつもりか!?」

 

 ヴァ―リの隣の女は俺の発言に激昂し、俺に攻撃しようとする。……だけどそれは

 

「止めておけ、カテレア。君は赤龍帝には勝てないし、それに―――彼は俺の標的だ」

 

 ヴァ―リによってさえぎられる。

 

「……ヴァ―リ、一体いつからだ?いつからそっち側についた」

「コカビエルの件の後だよ。組織にスカウトされてね。……まあただ協力するだけだよ。降るつもりはない。ただね。『神と戦ってみないか?』、……そんな魅力的な条件を突き付けられて俺が断る理由はあると思うか?」

「けっ……戦闘狂が」

「ああ、そうだ。俺は戦うこと以外に何の興味も抱かない。永遠に戦う……それが俺の夢だよ」

 

 ヴァ―リはさも当然のようにそう語るが、対するアザゼルは少し寂しそうな表情になっていた。

 

「……俺は心のどっかでこうなることを感じていたのかもな。お前は俺と出会ってからずっと戦うことのみを一番にしてきた。こうなることは必然だったんだな」

「今回の件は、我ら旧魔王派の一人、ヴァ―リが情報提供をしてくれました。頭が働く貴方の割には拘束力が弱かったですね、アザゼル。……自分の首を自分で絞めたようなものです」

 

 ―――待て、今あの女はなんて言った?

 ヴァ―リが……旧魔王派の一人、だと?

 

「そう言えば兵藤一誠、君にはまだ俺の本名を名乗っていなかったね―――俺の名はヴァ―リ。……ヴァ―リ・ルシファー」

「なっ―――!?」

 

 俺は……いや、俺の他にも部長もその言葉を聞いて信じられないような表情になった。

 ルシファー……それは前魔王の一人、現在サーゼクス様がついている位にいた魔王の名前。

 ……だけど待てよ。

 神器は人間に宿るシステムだ。

 それが悪魔であるヴァ―リに宿るはずがない。……普通に考えるならそうだ。

 

「イッセー、リアス・グレモリー。信じられないとは思うが事実だ。あいつは魔王と人間の間によって生まれたハーフ悪魔。半分人間だからその身に神器を宿すことが出来た規格外の存在だ」

 

 ……規格外、確かにそうとも言えるな。

 魔王に匹敵する魔力を保持し、神をも殺す神滅具の一つ……”白龍皇の翼(ディバイン・ディバイディング)を持つ。

 力と力を上乗せしたような存在だ。

 

「アザゼルの説明通りだよ。でもまあ俺の他にも規格外なんかいくらでも存在する……そうだろう、兵藤一誠」

 

 するとヴァ―リは白龍皇の翼のしたから悪魔の翼を幾つも生み出す。……それが証明ってことかよ。

 

「う、嘘よ……そんなことあるわけが―――」

「現実を受け止めろ、リアス・グレモリー。こいつは俺の知る中で過去、現在、未来……未来永劫最強の座に君臨する白龍皇だ」

 

 ……アザゼルがそんな風にヴァ―リのことを評価した時だった。

 ―――俺の拳の宝玉が、突然に光を上げた。

 

『…………。少し俺は今、頭にきている。それは相棒も一緒だろう』

 

 ……そうだな。

 頭にきていると言うよりも、そんなわけねえって感じだ。

 俺はそう思った瞬間に悪魔の翼を展開し、そして軽く飛翔する。

 

「お前は最強の白龍皇じゃねぇよ。……俺の中の最強の白龍皇は、一人しかいない」

『如何にも。ヴァ―リ・ルシファーと言ったな。貴様は強いかも知れんが……所詮強いどまりだ。自らのためだけに力を欲する、それだけではこの男―――最高の赤龍帝である兵藤一誠には遠く及ばない』

 

 ……その時、ドライグは辺りに響き渡るほどの声でヴァ―リにそう宣告した。

 

「……まるで俺以外の白龍皇を知っているかの発言だね。だけど俺は最強の白龍皇になるのが今の目標でね―――そしていずれは世界で最も強い奴を倒すのが目的だ」

「それがどうした? 勝手にしておけ……だけどな、お前たちは俺の後輩を利用し、傷つけた。……それで俺はもう頭にきてんだ」

 

 俺は魔力を解放し、ヴァ―リとその隣に立つ女を睨んだ。

 

「―――ッ! これだよ……この殺気、それが君は本物の強者と教えてくれる」

 

 ヴァ―リは少し口元を緩ませる……まるで嬉しそうな表情だ。

 するとその時、ヴァ―リと同じ位置まで飛翔した俺の隣にアザゼルが飛んできて、そして止まった。

 

「アザゼル、嬉しいよ。何せ俺が戦いたい奴が二人も集まっているんだからね……これで落ちついて居られる訳がない!」

「……ヴァ―リ、残念だが俺はお前とは戦わねえよ。そんな機会、赤龍帝が与えてくれねえからな―――せいぜい俺は悪魔の裏切り者を始末するぜ」

 

 するとアザゼルは懐から一つの短剣を取り出し、それを女に向けた。

 ……俺には分かる。

 アザゼルとは夜を通して一晩中語った中だ。……アザゼルの手にあるのは神器。

 しかも見たことのないタイプだ。

 

「俺はよ、サーゼクスやミカエルとはそりゃあ長い付き合いだ。例えよぉ、オーフィスの力を利用して力が上がろうとカテレア―――お前はサーゼクスやミカエルのような存在にはなれねえ」

「世迷言を!」

 

 カテレア……そう呼ばれた悪魔はアザゼルに大質量の魔力弾を放つ。

 確かに力だけで言えば魔王に近いものを感じる。

 

「カテレア、お前は神器のことをどう思う?」

「……そんなもの下賤なものです。私たちが創る新世界においてはそんな存在は許さない」

「はは! とことん俺とは意見が合わねえな―――俺はその逆だぜ。神器が好きすぎて、神器マニアすぎる故に自作神器を創ったりしちまった。まあそのほとんどがガラクタ、機能しないようなゴミだがよ。……何度も繰り返してりゃいつかは成功作は出来る」

 

 その時、アザゼルの持つ短剣が光輝く。

 その光は、オーラは正に……ドラゴンの力ッ!!

 

『これは…・・・っ! まさか”黄金龍君”(ギガンティス・ドラゴン)か!まさかあの神器に龍王を封じているのか』

 

 ……龍王の一人を人工神器に封じたってことか。

 

「こいつは赤龍帝と白龍皇の神器を模して作った人工神器。いや、ドラゴン系の神器を片っぱしから研究し、つい最近、赤龍帝から得た情報から完成した俺の最高傑作。……”堕天龍の閃光槍”(ダウン・フォール・ドラゴンスピア)・・・本当に俺は神器を創った神を尊敬するぜ―――そんな神器のない世界なんか興味はねえ。俺の趣味の邪魔をする奴は誰であろうと―――潰す」

 

 アザゼルが更に神器を光輝かせる。……この波動はまさか、禁手化の前兆。

 

「よく見ておけ、イッセー、ヴァ―リ―――禁手化(バランス・ブレイク)ッ!!」

 

 アザゼルの持つ短剣はその形を崩していく。

 そしてそれは光となり、アザゼルを包んでいきそして……次の瞬間にアザゼルの体に鎧が出現していた。

 金色の眩い輝き、まるでドラゴンのような形状の鎧、そして黄金の鎧から生える12枚の漆黒の翼。

 これは……強さが計り知れない。

 これが堕天使の長。

 アザゼルの真の力とでもいうのか?

 

「こいつは人工神器の疑似禁手状態。”堕天龍の鎧”(ダウンフォールドラゴンアナザ―アーマー)。常に神器をバースト状態にし、禁手化の力を再現したってわけだ」

 

 ……もちろん神器をそんなことをしたら完全に神器はつぶれる。

 だけど人工神器って言うぐらいだからな。

 

『間違いなく使い捨てでしょうね、あの状態は。ですが確かにあれは禁手と同等の力を持っています』

 

 フェルが言うくらいだからそうだろうな。

 さて……カテレアはアザゼルに任せるとして、俺は―――

 

「行こう。ドライグ、フェル」

 

 俺は一瞬目を瞑り、そして次の瞬間に腕に籠手を、胸にエンブレム型の神器を出現させた。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 そして俺は静かに赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を禁手化させ、赤の鎧を身に纏い、それと対称である白龍皇ヴァ―リと対峙する。

 

「これは圧巻だね。……黄金の鎧と赤龍帝の鎧。さあ、兵藤一誠―――戦おうか!!」

 

 ……ヴァーリはそう言って一気に俺との距離を詰めてきた。

 白龍皇の力は触れた相手の力を半減し、それを自分の糧にする。

 だけどな、ヴァーリ。……俺は最強の女皇と戦っている!

 強かった。それにあの時はミリーシェと戦うことが楽しいと思えた。

 あの時だけだ。……俺が戦うことを楽しいと思えたのは!

 

「ヴァーリ・ルシファー。俺が戦うのはお前が俺の仲間に手を出したからだ……だから……全力を持ってお前を潰す」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

 

 倍増の力が一気に上昇する!

 俺は向かい来るヴァーリに特に小細工をすることなく、真正面から迎え撃つ。

 あいつは『騎士』と思わせるほどの速度で向かってくるが、俺のこの状態の速度はあいつと拮抗している!

 ヴァーリは至近距離から俺の腹部に拳を放つが、俺はそれをギリギリのタイミングで避けて逆にヴァーリの肩に蹴りを喰らわせた!

 

「ぐっ! 肩の装甲が……、面白いッ!」

 

 ヴァーリは俺に自慢の魔力弾を放ってくるッ!

 すげえ威力だ……コカビエルの圧力とは比べ物にならない!

 俺は背中の噴射口から倍増のエネルギーを噴射し、その魔弾を避け逆に性質を持たせた魔力弾を放つ!

 

「喰らえ。……爆撃の龍砲(エクスプロウド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 俺は魔弾に魔力が暴発し、より強力な爆発力を生む魔弾を放つ。

 するとヴァーリはその魔力弾に対し、片手を軽くその弾丸に向けた。

 

『Divide!!』

 

 ……半減の力か。

 しかも今の半減の力はミリーシェがした技の一つ。……何も触れず、現象のみを半減することが可能な技だ。

 魔力という一種の現象を半減する。

 俺の魔力弾はそうやって次々に半減され、そしていつしか消えていった。

 

「やっぱり白龍皇に魔力弾は通用しないか」

『……だが相棒、お前は以前とは違う―――ミリーシェと戦った時はこんな魔力の乱用は出来なかった。だが今の相棒はそれが出来る』

 

 ……そうだな。

 確かにあの時の俺は魔力が欠片ほどしかなく、倍増を重ねてようやく力を使うことが出来たほどだった。

 それに今の俺には、フェルもいる!

 

『Force!!』

 

 創造力が溜まる。……これで気付かないうちに15段階の創造力を溜まった計算だ。

 

『主様が以前、コカビエルに手間取ったのはそれ以前に私の力を使用して消耗していたからです。でも今回に関しては―――主様は万全な状態です』

『相棒、白龍皇の小僧に見せてやれ。お前が昔から変えることのなかった力の真理―――守るための力を!』

 

 ああ、言われるまでもねえ!

 

『Creation!!!』

 

 俺は神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の真骨頂を発動する。

 神器創造……俺はその力を使い上級神器クラスの神器を創った!

 

「神器創造、白銀の無限槍(インフィニィ・シルヴァスピア)。その能力は、魔力を無限の槍に変えて放つこと!!」

 

 俺は光と共に創り上げた一見、ただの槍を空に放り投げ、そしてそれに向かい膨大な魔力を注いだ!

 この槍の能力は至ってシンプル。

 ……魔力で槍を形成し、それを無限に増殖させる力だ!

 

「神器を創った? しかもこれは……」

 

 ヴァーリは俺の放り投げた槍をじっと見ている。……だけど次の瞬間、槍は光輝いて無数の槍が雨のように舞い降りる!

 全てはヴァーリに向けた力だ!

 

「面白い……ッ!!」

 

 ヴァーリは俺が発動した無限の槍を、魔力壁や拡散タイプの魔弾で相殺しながら消し損ねた槍を軽々と避けていた。

 ……こんなもの、実際には目くらましにしかならないか。

 だけど時間は稼げた。

 

「ドライグ、アクセルモードだ」

『それしかあるまい。それに今は万全の状態。……振り切るぞ、相棒!!』

 

 ドライグは俺の言葉に了承し、次の瞬間に俺の体に変化が訪れる。

 

『Accel Booster Start Up!!!!』

 

 ……神器の倍増速度を魔力を代償に加速させるアクセルモード。

 それにより音声では追いつかないほどの倍増を可能にしたもので、言ってしまえば倍増の速度を更に上げた力だ。

 発動にドライグの意思を必要とするため、多少の時間を要するけど、今ならその心配もない!

 俺の体に一気に倍増による負担が掛かるが、コカビエルの時と違って今日は万全の状態だ!

 俺は背中の噴射口を一瞬で爆発するようなほどに噴射させ、ヴァ―リに向かって行く!

 倍増の力を拳に乗せ、腕を振りかぶりタックルをする勢いで特攻をかけた!

 

「まずは初撃だ!」

 

 俺は雨のように降り注ぐ槍にまぎれてヴァ―リに近づき、そして渾身の一撃を放とうとした。

 完全なる意表を突く確実な攻撃。

 これが外れることは……―――

 

『―――絶対に赤と白の運命をどうにかしようね、■■■■■!!』

 

 ……その瞬間、俺の脳裏に突如浮かぶものがあった。

 それは俺の掛け替えのなかった大切な存在の、守れなかった笑顔。

 ―――ミリーシェの笑顔が、浮かんだ……ッ!!

 俺の拳はヴァーリの顔面に当たる寸前の所で止まる……

 どういうことだッ!?

 どうして、この状況下でミリーシェのことが頭に浮かんだ!!

 俺はあのことは割り切ったはずだろうッ!

 

『相棒ッ! しっかりしろ!! 今は戦闘中だぞ!!』

『主様、今すぐ白龍皇から離れてください!』

 

 俺の耳にドライグとフェルの叫び声が聞こえる。……だけどそれが俺の頭に浸透してこなかった。

 そしてその時は訪れた。

 

「―――これが初撃だ、兵藤一誠」

 

 低いヴァーリの声が俺の耳に通ったと思うと、俺はヴァーリの拳によって殴られ、そして地面へと墜落していくのだった。

 

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕、木場祐斗がこの戦場に到着したのは少し遅れてからのことだった。

 ギャスパー君が暴走し、発動した停止世界が解除させて僕はまず朱乃さんや小猫ちゃん、アーシアさんを迎えにサーゼクス様達の元に向かった。

 そして解放された三人を連れ、ゼノヴィアと共に部長達の元に向かった。

 ……白龍皇ヴァーリが裏切ったことは僕は知っている。

 何せ彼は僕とゼノヴィアの目の前でアザゼルに不意打ちをして殴り飛ばしたんだからね。

 サーゼクス様は部長の連絡を受け、今の状況をある程度お教えくださった。

 どうやら今、カテレアはアザゼルと、そしてイッセー君は白龍皇と戦っているらしい。

 そして僕達は部長とギャスパー君の元に到着した。

 二人とも空を見上げて空中による戦いを見ていた。

 

「祐斗、それに皆も……」

 

 部長は僕達の姿を目視するけど、すぐに視線を上に向けた。

 ……そこには恐らくアザゼルと思われるが、彼が黄金の鎧を身に纏って戦っている姿があった。

 そして赤龍帝の鎧を身に纏って、赤龍帝とは対照の存在の白龍皇と戦っていた。

 

「部長。……今の状況はどうですか?」

「ええ。アザゼルの方は特に問題はないわ。あの黄金の鎧を身に纏ってカテレアを力技で圧倒している。……だけど問題はイッセーよ」

 

 僕達は部長とギャスパー君と同じように空を見上げる。

 そこにはイッセー君の得意とする魔弾の性質変化……あれは恐らく爆撃の龍砲だ!

 それを放つものの、白龍皇の半減の力でその攻撃が無力化された光景だった。

 

「流石は白龍皇と言ったところかしら。……イッセーの力と拮抗しているわ。今のところはね」

「……でもイッセー先輩には、もっと別の手があります」

 

 ……確かに小猫ちゃんの言う通りだ。

 イッセー君の強みは冷静な分析力とテクニックの極み、そしてそこから繰り出されるパワー。

 柔軟な発想から幾つもの戦い方を持っていて、一例なアクセルモードと呼ばれる力だ。

 あれはイッセー君にしかできない芸当。……仮に僕も使えたとしても、多分使いこなせない代物だ。

 それにコカビエルを一撃で沈めた二つの神器の合わせ技もあるけど……イッセー君はあれはそれらはあまり乱用できないと言っていた。

 それに何より、イッセー君最大の強さは―――攻略。

 相手を見極め、相手の攻撃を全て攻略していくところだ。

 

「イッセー君の技は圧倒的な力はありますが、その分リスクは大きいですわ。乱用は避けた方が良いのは当たり前。特にあのレベルの強者に対しては余計にです」

 

 朱乃さんの冷静な分析。

 イッセー君が負担を一切考えずにコカビエルと戦っていたのは時間がなかったからだ。

 街全土を崩壊させてしまう術式を破壊するためにコカビエルをすぐに倒す必要があった。

 でも今回は時間制限はない。

 思えばライザー・フェニックスのときだって、不死鳥の精神を折るために追撃に追撃を重ねるために負担を無視していた気がするよ。

 

「……見ろ、イッセーが動くぞ」

 

 ゼノヴィアの言葉に僕はハッとなって考えるのを止めて、空で戦っているイッセー君をみた。

 そこにはイッセー君が槍型の神器を創造し、それを宙に放り投げて、更にそれに魔力の塊を注ぐように放っている姿があった。

 そして放たれた槍は刹那、状態を大幅に変化させた。

 

「不味いわ! 皆、防御を徹底しなさい!」

 

 部長はいち早くそれに気が付き、僕達に命令する。

 僕は耐性のある聖魔剣を幾重にも生みだし、それをドーム状のシェルターのように展開して皆を守ろうとした。

 そしてイッセー君が白龍皇に放ったそれは雨のように槍が無限に降り注ぐ。

 ……だけど槍は地面から一定の距離に突入すると、その姿を塵のように消した。

 

「……なるほどね、イッセー君が部長達を考慮せず危険な技を使うはずないか」

 

 僕は改めてイッセー君の性質を再確認した。

 ……恐らく、地面から一定の距離になると槍を無力化するようにコントロールしたんだろうね。

 相当の集中力と精神力を削がないと出来ないことだけど、イッセー君は変わらないね。

 

「全く……。私たちの事を気にせずに戦えば良いのに」

「でもそれがイッセーさんの良いところです!」

 

 部長の呟きにアーシアさんは笑顔でそう言った。

 ……だけどあの槍の雨も白龍皇には効かない。

 あの男はある意味でイッセー君と似ているね。

 あの身のこなしを見るからに、恐らくテクニックよりの性質だ。

 白龍皇だからパワーも相当にあるだろうね。

 

「見て、イッセーが動き出すわ!」

 

 ……イッセー君は槍の雨が効いていないこと理解してか、すぐさま次の行動に出た!

 恐らくアクセルモードを発動したんだろうけど、それにより突如、イッセー君の力は急激に倍増する。

 そして槍に紛れるように白龍皇に近づき、そしてイッセー君は奴に一撃を放とうとした……

 ――――――その時、僕達は光景を目の当たりにする。

 

「な……ッ!? イッセー君が……殴り飛ばされた!?」

 

 イッセー君は白龍皇に拳を放ったと思った瞬間、奴に拳が直撃するギリギリで拳を止めたんだ。

 そしてその隙を突かれ、激し轟音が響くほどの打撃を与えられ、イッセー君は僕達がいる方に殴り飛ばされた。

 

「ッッッ!!」

 

 イッセー君は僕達に衝突する寸前で背中からオーラを噴射してギリギリのところでとどまる。

 ……先ほどの一撃、あのイッセー君でも相当のダメージを負うほどのものがあったようだった。

 鎧の兜のようなマスクから血が漏れ出て、殴られた箇所の鎧は穴があいている。

 ―――僕は初めて、イッセー君が真正面からまともにダメージを受ける姿を見た。

 

「い、イッセーさんッ! 今すぐに傷を治します!」

 

 アーシアさんはいち早くイッセー君の傷を察知し、神器を発動してイッセーくんの傍に駆け寄る。

 だけどイッセー君の様子は少し可笑しかった。

 

「大丈夫だ、アーシア。……ここは危ないから、今すぐに離れるんだ」

 

 イッセー君はアーシアさんの回復を拒否した。

 どうしてだ。……普段のイッセー君ならこんなことしないはず。

 それにあの時、イッセー君が攻撃の手を休めたのだっておかしい。

 そしてそれは僕だけじゃなく、部長も分かっていることだった。

 

「イッセー!」

「……部長、今のイッセー君には逆効果です」

 

 僕は部長が一歩、イッセー君に近づくのを確認して、部長の腕を掴んで引きとめた。

 さっきの声音―――優しいイッセー君のものではない。

 まるで焦っているような、恐怖しているような声音だ。

 そしてイッセー君はアーシアさんを拒んだ。……普通じゃないのは目で見るよりも明らかだ。

 ―――一体、どうしてしまったんだ、イッセー君!!

 僕は心の中でそう思ったのだった。

『Side out:祐斗』

 ―・・・

 俺は、俺に何が起きているのか分からなかった。

 ヴァーリに殴り飛ばされ、俺は部長達がいるところに墜落した。

 そして部長達が何か言っているのを無視して再びヴァーリの方に向かって、それから少しの時間が経っている。

 

『Divide!!』

『Boost!!』

 

 白龍皇の半減が俺を襲い、その度に俺は倍増を繰り返す。

 俺の力は元に戻るけど代わりにヴァーリの力は奪った分だけ上がり、余分な力は翼から放出されあいつは最高の状態で俺と戦っている。

 

「まだだ。…………まだだ!!」

 

 俺は継続して使用しているアクセルモードによる倍増で一瞬で力を得て、そしてヴァーリに特攻をかける。

 ヴァーリは魔弾を放ちながら俺を迎え撃ち、時折俺に殴りかかるも俺はそれを難なく避けて追撃の一撃必殺を放とうとした。

 全力の魔力を拳に篭め、更に倍増の力でそれを更に強化したものを。

 

「―――ッ! くそ!!」

 

 ……だけどヴァーリに一撃必殺クラスの攻撃を加えようとした瞬間、ヴァーリの姿がミリーシェと重なったッ!

 それにより俺はヴァーリを足蹴りするだけで、ただ後方に蹴飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……。なんだよ、これ……」

 

 俺は鎧越しの手を見ると、俺の手は震えていた。

 まるでヴァーリを殴ること。……白龍皇を傷つけることに恐怖を抱いているように。

 

『相棒、奴はミリーシェではない!』

「そんなこと分かってる!! 分かってるけど……くそ!」

 

 俺は震える手を握り締め、全ての感情を吹き飛ばしてヴァーリの方に向かう。

 

「……おかしいな、兵藤一誠。あの時、コカビエルを圧倒した時の力はどうした?」

 

 ヴァーリもまた俺の方に向かってきて、そして俺達は至近距離で殴打の合戦となった。

 俺とヴァーリは放たれる拳を互いに避け、近距離線をする。

 ……こいつの動きは確かに研ぎ澄まされている。

 戦いが好きと言うだけのことはあるけど、でも俺はそれを全て見切れる。

 そして再び一撃をくらわそうとするけど、……でも

 

『私と■■■■■なら運命なんて簡単に変えられるよ!』

 

 ―――何なんだよ、どうしてヴァーリを殴ろうとするとミリーシェを思い出すッ!

 何で俺の体は硬直するんだよ……!!

 ……ヴァーリは俺が止まった瞬間を見計らい、俺を拳で殴り飛ばしたのちに極大な魔力弾を撃ち放った。

 俺はそれを避けることが出来ずに直撃し、そしてそのまま後方に飛ばされ地面に叩きつけられたッ!!

 

「がっ!? 体が、動かない……あいつの顔が、頭に浮かぶッ!」

 

 俺は上体を起こして地面を踏みしめて立ち上がる。

 口から血反吐を吐いて、壊れた鎧を修復した。

 

「……イッセー!!」

 

 ……すると俺の後方から眷属の皆が焦っているような表情で俺に駆け寄ってくる。

 駄目だ、来たら―――今の俺じゃあ、皆を守れないッ!

 

「イッセー君、もう君一人で戦うことはない! 僕達も君と共に戦う!」

「その通りだ、イッセー!」

 

 祐斗とゼノヴィアが共に剣を握ってそう俺に言ってくる。

 ……だけど俺はそれに応えない。

 

「―――アスカロン!!」

 

 俺は静かに聖剣アスカロンを籠手から引きずり出して、再び飛翔する。

 

「もう少し待っててくれ―――俺が何とかするから。……何とか、するからッ!!」

 

 俺は皆から逃げるようにヴァーリへと向かう。

 ヴァーリは先ほど、俺を殴った位置から移動しておらず、ただ宙に浮いていた。

 

「……それはアスカロンか。有名な龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖剣だね」

『気をつけろ、ヴァーリ。あれはお前が喰らってもかなり大きなダメージを受ける』

 

 ……アルビオンがヴァーリに話しかけているようだった。

 

『相棒。……何度でも言うぞ。ヴァーリ・ルシファーはミリーシェではない。お前の脳裏に浮かぶ存在はただまやかしだ!』

『主様はいつも言っていたではないですか。大切なのは今だ、と……。このままでは誰も……誰も守れません』

 

 ドライグとフェルはそう言うけど―――でも、しょうがないだろッ!?

 どうあがいたって、ヴァ―リを殴ろうとするとミリーシェが頭に浮かぶ。

 そうしていると俺の手は震えて、体が硬直するんだッ!

 怖いんだ……傷つけることが。

 あの白い鎧が赤に染まるのが―――どうしようもなくッ!

 ……俺はその感情を断ち切るようにアスカロンを横薙ぎに振るう。

 

「―――なるほど、持ち主によればあの剣はスペック以上の力を有するというわけか」

 

 アスカロンによって発生した衝撃波を受けて、ヴァーリは少し興奮気味な声音を上げる。

 

「守るための赤龍帝なんだ―――なのにこんなところで止まってられないんだよッ!!」

 

 俺はアスカロンを手にヴァーリに斬りかかった。

 当然、その剣戟はヴァーリには予想されていたから楽々と避けられる……違う、俺は避けられるように加減してしまったんだ。

 これまで何度もヴァ―リにダメージを与える機会はあった。

 だけどそれは全て、訳の分からないことで全部失敗している。

 ……フォースギアによる神器の”強化”を使えば無限の倍増が可能になり、事実上あいつの半減の力も封じれるのに、それを使うことが出来ない。

 俺はヴァーリに直接的なダメージを与えられず、代わりに何度も致命傷のような傷を負わせられていた。

 

「……はぁ。がっかりだよ、兵藤一誠」

 

 ……ヴァーリは落胆の声を上げ、再び俺を殴り飛ばした。

 俺はそれを空中で何とか踏みとどまるけど、俺の真下には部長達がいる。

 俺の方を見て心配そうな表情をしていた。……そうか、今の俺は皆から見てもそんな風に見えているのか。

 笑っちまうな。

 冷静さは取り戻してるのに、それでも敵を傷つけることが出来ないなんて。

 

「……どういうことだ、兵藤一誠。何故君は俺に攻撃してこない。何度も機会はあったはずだ」

 

 するとヴァーリはマスクを収納した。

 その表情は不機嫌以外のなにものでもなく、怒気が含まれる表情でもあった。

 

「おいおい、ヴァーリ。珍しい表情をしてんな」

 

 ……そこで第三者の声が聞こえた。

 その声は俺とヴァ―リの上空から聞こえ、そしてそこには不敵な笑みを浮かべるアザゼルの姿があった。

 でもアザゼルの様子が少し変……ってアザゼルの腕がなかった!

 更に腕の中には意識を失い、全身ボロボロ状態で瀕死に近いカテレアの姿がいた。

 

「ああ、腕か。……こいつが俺の腕に触手巻きつけて、それを媒介して自爆しようとしやがったからな。腕を斬り落として無力化してやったんだ。後はまあ好き勝手に潰してやったさ」

 

 アザゼルはカテレアを無造作に地面に向かって放り投げた。

 少し経って地面との衝突音が聞こえた。

 

「まあ殺しはしねえよ―――悪魔側の問題はサーゼクスに任せることにしているからな。煮るなり焼くなり、それはサーゼクスがするだろうがよ。どうせあの甘ちゃんは命だけは取らないとか言いだしそうだけどな」

 

 アザゼルは面倒臭そうにそう言うと、アザゼルの体を覆っていた黄金の鎧は崩壊した。

 ……疑似禁手化の限界を突破して、神器自体が壊れたか。

 

「こんなもんか。……まあ力は思っていた以上に出ていたし、もう少し付き合ってもらうぜ? 五大龍王の一角・ファーブニル」

 

 アザゼルは唯一残った神器の核として使われていた宝玉に軽くキスをして、それを懐にしまって手に光の槍を出現させた。

 

「……止めろ。こいつは俺がどうにかする」

 

 俺はアザゼルにアスカロンを向けてそう言うと、アザゼルは特に表情を変えなかった。

 

「イッセー。……お前、ヴァーリ相手に手加減しているだろ? そんなお前がこいつを相手になんか出来ない。何故手加減なんて舐めたことをする理由は知らねえがな」

「……それもどうにかする。だから手を出すな!!」

 

 俺の声が響き渡る。

 ……こんなの建前だ。

 実際にはアザゼルがヴァ―リと戦うのが、どうしてもミリーシェを傷つけられると思ってしまうからだ。

 だけどそんなことを知らないアザゼルは舌打ちをして光の槍を消した。

 

「じゃあどうにかしろ。……そろそろあいつも我慢の限界みたいだからな」

 

 アザゼルはそのまま静かに部長達がいるところに降下していく。

 ……確証もないくせに、何言ってんだよ。

 

「……この俺が舐められたものだ。だが君が受けたダメージは相当のものだろう。正直、今から本気でやって楽しいか分からないな」

 

 ああ、その通りだよ。

 お前の一撃一撃はそりゃあ体を抉るほど強力なものだった。

 俺が”兵藤一誠”に転生してからここまで一人の敵に傷つけられたのも初めてだ。

 コカビエルも軽く越えるその実力は本物だ。……本気でやらないと俺は恐らく死ぬ。

 

『相棒。……今の精神状態以上に、肉体の状態を考えると、もう神器強化による無限倍増は不可能だ』

 

 ……そっか。

 だけど自分でまいた種だ。……俺が何とかするしかない。

 禁手化はまだ問題なく行えるはずだ。

 後の問題は―――ミリーシェの影。

 するとヴァーリは突然、部長達の方を見た。

 一体なんだ……。そう思っているとヴァーリは突然、話し始めた。

 

「そうか。……君は守ることを前提に戦っているね。ならばこうしよう―――君の仲間、君の守るべきものを全て殺そう」

 

 ―――なに、言ってんだ?

 

「うん、これは良い手だ。君は仲間をどうにかされると怒り狂う性質のようだから、これで行こう―――まず最初は君の主であるリアス・グレモリーでも殺そうか」

 

 ―――ふざけてんのか、こいつは

 

「そのあと君の家族を殺す。それで君は本気になってくれるだろう。さあ始めようか」

「―――黙れ」

 

 ……言い表せない。

 なんだ、今俺がこいつに抱いている感情は…………。ずっとミリーシェと重ねていたのが馬鹿らしく思える。

 ―――こいつは、ミリーシェとは……

 

「俺が馬鹿だった。……例え重なるにしても、お前はミリーシェとは違う―――ヴァーリ、ふざけるなよッ!! 俺の仲間を殺す? 家族を……、こんな俺を育ててくれた母さんと父さんを殺す?」

 

 神器が俺の怒りに応えて倍増を幾重にも重ねていく。

 

「―――ふざけるのもいい加減にしろ、ヴァーリ・ルシファー!!!!」

 

 俺の赤龍帝の力が赤いオーラとして辺りを包んでいくッ!

 怒り……それが今、俺を支配するもので俺を突き動かす原動力。

 

「……はは、これは実に純度の高いドラゴンの波動だ。感情によって左右される二天龍の力、真っ直ぐな者こそ二天龍の力は向いているそうだけど―――君はその力を俺よりも同調しているみたいだね」

『……ヴァーリ、それ以上の挑発はよせ。取り返しがつかなくなる』

 

 ……アルビオンは分かっているみたいだけど、もう遅い。

 体の限界なんか知るか―――やってやる。

 

『Boost!!!!!』

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 俺はひときわ高い倍増の音声を皮切りに、轟くほどの絶叫でヴァーリに向かって進撃した。

 ヴァーリは嬉しそうに魔力弾を撃ち放つが、俺はそれを全て、アスカロンを片手に切り裂いて無力化し、そしてアスカロンを籠手に収納した。

 

「ッ! 速いッ!?」

 

 ヴァーリは俺の突然の速度の上昇に戸惑うが、もう止まらない!

 俺はヴァーリへとまずは一撃、本気のストレートを放つッ!

 ……ミリーシェの姿と一瞬、重なるが今の俺はもう止まれない。

 その影ごとヴァーリを殴りつけた。

 

「アルビオン、修復だ!」

「させねえッ!!」

 

 俺はアスカロンを収納した籠手でヴァ―リの兜のマスク周辺に拳打を繰り出す!

 それによってヴァーリの兜は完全に崩壊し、そして俺は至近距離で倍増した魔力弾を撃ち放つ!

 ……こいつは徹底的に潰さないと皆が殺される。

 ―――そう思うと俺の体は気味が悪いほどスムーズに動いた。

 

『Divide!!』

 

 その音声と共に俺の力はまた半減される。

 その半減された力はヴァ―リに還元され、あいつの力になっているんだろうな。

 だけどドラゴンスレイヤーであるアスカロンを収納した拳で殴られた兜は修復出来ていない。

 

「かはッ! ……龍殺しの力は流石と言ったところか―――それにしても面白いよ、兵藤一誠! 最初からこうしておけばよかったものを。……でもいいさ。まだ俺は戦える!」

 

 ヴァーリは一段と大きな魔力を俺へと威圧を与えるように放った。

 ……ヴァ―リは大地に降りて行き、俺はそれを追跡するように降下する。

 すると俺の傍に部長や皆が寄ってきた。

 

「イッセー、大丈夫なの!?」

 

 すると部長は俺を心配してか、泣きそうな顔でそう言ってきた。

 

「……すいません、ちょっとどうかしてましたけど、もう大丈夫です。だから少し離れておいてください」

 

 俺は皆から一歩前に出て、マスクを収納してヴァーリと顔を合わせる。

 

「ここまで戦いに高揚したの久しぶりだよ、兵藤一誠。だからこそ本気を出そう―――ハーフ・ディメンション」

『Half Dimension!!!』

 

 ……次の瞬間、ヴァ―リの翼は肥大化し、そして辺りの景色が歪み始めた。

 こんなのミリーシェと戦ったときだってなかった。

 

「イッセー、そいつは全てを半分にする力だッ!」

 

 アザゼルが少し焦るように俺にそう言ってきた―――確かに周りも木とか建物が段々小さくなって半分くらいになっているけど。

 

「まだ物体にしか働いていないが、それはいつしか人体にも影響するッ! 下手すりゃ命も半分になるぞ!」

 

 ……そんなことさせてたまるか!!

 ドライグ、今はもう体の事は気にしている場合じゃない! アクセルモードを全開で発動するぞッ!

 

『……仕方あるまい。ただし一撃で決めろよ、相棒!』

 

 ドライグの言葉を聞き、俺は瞬間的にアクセルモードを再び発動するッ!

 狙うはヴァーリの腹部……そこに全ての力を注いで拳を放つ!

 俺は倍増による全てのエネルギーを速度とパワーに変え、そして一気に動き出す!

 ほんの一瞬でヴァーリの懐にたどり着き、そしてアスカロンが収納されている籠手の方の拳で、狙い通りヴァーリの腹部を殴り飛ばしたッ!!

 

「!!!?????!!!????」

 

 ヴァーリは言葉にもならないような声を上げ、そして後方に殴り飛ばされる。

 それと同時に白龍皇の鎧の、俺の殴った部分は完全に粉々になり、俺の足元にはその破片と腹部から胸にかけてあった白龍皇の宝玉が落ちてあった。

 ヴァーリのしたハーフ・ディメンションは解除され辺りは元の風景に戻り、俺は落ちている宝玉を見た。

 …………ああ、そうか。

 やっと分かった。

 

「お前はそこにいたんだな」

 

 俺は落ちている宝玉を手にとって、それに軽く触れる。

 ―――二天龍の神器の中には、歴代の所有者の残留思念が残っているはずだ。

 それがあったからこそ、俺はヴァーリとミリーシェを重ねてしまったんだ。

 俺はマスクを収納して宝玉を直に見る。

 

「……ごめんな。俺がふがいないばかりに死なせて―――ミリーシェ……ッ!!」

 

 不意に俺の瞳から涙が流れた。

 この位置からなら部長達にはギリギリ見えないはずだ。

 みられてはいけない。

 こんな姿、見られたくないッ!

 

『……主様』

 

 分かっている。……この宝玉はすぐに消えてしまうだろう。

 この中にミリーシェの思念があるとも限らない。

 

『……その宝玉を消さない方法はあります』

 

 ……なんだって? どういうことだ、フェル!

 

『その宝玉を使って神器を創造するのです。元々、私の力は何もない所から神器を創り出す。……だから神器は少ししか存在することが出来ません。ですが主様もアザゼルの技術を見たでしょう』

 

 ……龍王を人工神器に閉じ込めて、神器としたことか?

 

『ええ。それを利用すれば白龍皇の力を神器にすることが出来るはずです。原料があるならもしかしたら長い間、存在することの出来る神器が出来るかもしれません。……それに神器は主様の想いに応えてくれます』

 

 ……やってみる価値はある。

 少なくとも何もしなく、ただここで涙を流すよりは何倍もマシだ!

 俺はフォースギアを掴み、心の底から願う。

 

「……俺の想いに応えろッ! フォースギア!」

『Force!!』

『Creation!!!』

 

 ……俺の胸の神器から白銀の光が発生し、それは白龍皇の宝玉を包んだ。

 優しい光だ―――そして宝玉は同調するように白いオーラを放つ。

 これはなんだ。……そう思った時、俺の胸の神器が突然、音声を響かせた。

 

『Attraction!!!』

 

 その初めて聞く音声に共鳴するように、宝玉の光は神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の中へと吸収されるように消えていった。

 ……途端に俺の心の中に温かいものが入っていくような気がした。

 

『これは正に吸収。……主様、あの宝玉はわたくしの中に吸収され、保存と言う形で主様のものになりました』

 

 ……そっか。

 

『……恐らく二度と起きない現象でしょう。それにフォースギアの中にはもう保存するほどの容量も残っていませんよ』

 

 フェルは少し可笑しそうな声音でそう言った。

 ……その時だった。

 

「これは本当に驚いたよ。……まさか俺の力を吸収するなんてね」

「ッ!? ……まだ動けんのかよ。かなりヤバい一撃だったはずだけどな」

 

 ヴァーリは鎧を修復した状態で少し宙に浮きながら俺達の前に姿を現す。

 

「ああ、倍増の力を究極にまで高め、更に龍殺しの力までもあった一撃だったからね。俺も流石に回復のアイテムがなかったら死を覚悟したよ」

「……それはまさか、フェニックスの涙?」

 

 ……俺はヴァーリの指と指の間で挟まれている小瓶を見てそう言うと、ヴァーリは静かに頷いた。

 

「まあ傷は治せても体力や魔力までは元通りには出来ない。それにしても正直まいったな―――この世界にはまだ強者が沢山いるんだね」

 

 ……するとヴァーリは手を天に掲げた。

 

「だからこそ面白いよ、戦うことは……。アルビオン、今、俺がこの男を倒すのにはあれしかない―――覇龍(ジャガーノ―ト・ドライブ)、あれを使おう」

 

 ヴァ―リはさも当然のようにその単語を言った瞬間だった。

 ―――俺の頭の冷静さを絞める螺子が、完全に…………外れた。

 

『ヴァ―リ、今すぐに逃げろ!! その名をその男の前で言うのを止めるんだ!!』

 

 ……アルビオンがそう言っているけど、もう遅い。

 

「ん? 何を言っているのか分からないな。……だがそれでまたあの男の力を引き出せるならまた一興だね―――我、目覚めるは」

 

 ヴァーリはその呪文の一端を口にした瞬間、俺はフェルに対して短く言葉をかける。

 

「フェル―――あいつを潰す」

 

 俺はフェルにそう言うと、フェルは何も言わずにただ力を発動させた。

 今まで溜めてきた創造力を全て使い、それを全て強化に回す。

 

『Reinforce!!!』

 

 そしてその音声と共に胸のエンブレムからはこれまでに比べることが出来ないほどの強化の光を生み出し、そしてそれは俺の体に装着される鎧を包んだ。

 鎧の形状は変わり、全体的にフォルムが鋭角になる。

 そう―――鎧は、赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)となった。

 

「その呪文を口にするな。……そんなものがあるから―――」

 

 俺の体にまとわりつくオーラが紅蓮色に近づく。

 ああ。……これはある意味で暴走だ。

 もう止められない。

 

「それを使うな―――あぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

『―――Infinite Booster Set Up』

『Starting Infinite Boost!!!!!!!』

 

 静かな音声の後、突然鳴り響く激しい音声。

 それと共に俺の力が無限のように倍増した。

 これは倍増の濃度が最上級までに上がっている。……そしてそれが無限に続いている。

 逆に俺が壊れそうなほどの衝撃に襲われる。

 俺は気付いた時には既にヴァーリの前にいた。

 

「―――消えろ」

 

 まるで自分じゃないような冷たい声。……そして俺は体が勝手に動くように常に倍増し続ける力を放った。

 それと同時に、俺の体も限界を迎え、自動的に強化は解除されて禁手化による鎧も崩壊し始める。

 ……だけどそれはヴァーリも同じだった。

 白い鎧が粉々に消え去り、足元がふらついていた。

 

「―――これほどのものかッ! だけど君の方が限界だったみたいだね。……全ての力を防御に回したから、ある程度の動きの自由があるよ」

 

 ―――ッ!

 ヴァ―リはまだ動けるッ!?

 俺は倒れそうになりところを足を踏ん張り、そのまま耐えて拳を前にだす。

 

「まだだ。……拳はまだ握れる」

「だけど兵藤一誠、君はもう限界だろう―――初めから本気でやっていればこうはならなかったはずだ」

 

 ヴァーリは一歩、後ろに下がって翼を展開した。

 白龍皇の神器によるものだ。

 そして掌には魔力の塊。……最初に比べたら弱いけど、それでも十分な威力だろう。

 ……俺が避けたら皆に当たる。

 

「まだ俺は倍増出来る」

『Boost!!』

 

 単に禁手化に耐えれないだけで、今の俺でも倍増くらいは出来る。

 足腰に力は入らないけど、でも皆の盾くらいにはなれるッ!

 

「ダメよ、イッセー!」

「イッセー君、逃げなさい!! 私達は大丈夫ですわ!!」

 

 ……皆の声が聞こえる。

 だけど悪いけど、あの威力の魔弾は皆には止められない。

 アザゼルだってのほほんとしているけど、実際のダメージは相当のものだろうからな。

 

「……それが君の答えか」

「そうだ―――俺の、答えだ」

 

 ヴァーリは魔弾を放つ。

 俺はそれを力を倍増を解放し、皆と盾として防ごうとした―――その時だった。

 

「―――ヴァ―リ!! ダメにゃん!!」

 

 …………ヴァーリの放った魔弾は、突如現れた一人の女の子によって防がれた。

 

「……これはどういうつもりだ―――黒歌(・ ・)!」

「言ったはずにゃん! ……兵藤一誠を手に掛けさせないって。この人を手に掛けることは許さないにゃ!!」

 

 ―――俺を助けてくれた、それは後で礼を言うとする。

 だけどヴァーリ、あいつは今なんて言った?

 黒、歌?

 

「そ、そんな……。うそ、です……、そんなはずが……」

 

 ……すると俺の後方で一人、震えた声を上げていた。

 ―――小猫ちゃんだった。

 

「俺の邪魔をしないでもらう。……そこを退いて貰おう。俺はその男と決着をつけなくてはいけない」

「嫌! ……絶対に退かない!!」

 

 黒歌(・ ・)と呼ばれた少女は両手を広げ、手を出させないといったような仕草をする。

 この子を盾にしたら駄目だ。

 ……傷つけたら駄目だ。

 俺の頭の中にそんな想いが駆け巡った。

 そして俺はほぼ反射的にその黒い着物を着た女の子の腕を引いて、瞬間的に自分の後方にさせる。

 

「お前の標的は俺だけだろ、ヴァーリ!」

「ああ、そうだよ。……決着をつけよう!!」

 

 ヴァ―リは俺に向かって翼を羽ばたかせ、飛行しながら襲ってくる。

 だけど駄目だ―――力がもう……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「――――――我の友達、傷つけるのを、我は決して許さない」

 

 …………次の瞬間、俺に襲いかかってきたヴァーリは動きを止める。

 ゴスロリ系の可愛い服を身に纏い、突如、俺達の前に姿を現した少女。

 ―――普段の無表情ではなく、怒りの形相をしたオーフィスがそこにいた。

 



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第9話 無限の少女と守りたいもの

 その場にいる全ての人物は、その存在の登場に声も出せずに驚いていた。

 黒い髪に黒い瞳、ゴスロリ風のファッションをしている美少女の姿をしたドラゴン―――無限を司るドラゴンと謳われる世界最強クラスの存在を前に絶句していた。

 無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィス。……神が最も恐れたドラゴンの一角であり、そして……

 ―――俺、兵藤一誠の友達だ。

 そんなオーフィスは俺とヴァーリの間に立って、俺を守るように立ちふさがっていた。

 

「―――これはどういうことだ、オーフィス。……君は今、何をしているのか分かっているのかい?」

 

 あのヴァーリすらも冷静を保ってはおらず、声音の端々に困惑感があった。

 

「……我、今、感じたことのない気持ちになっている」

 

 するとオーフィスは耳に響くような静かな声で話し始めた。

 

「その気持ち、我、知っている―――我、怒っている」

「―――ッッッッ!!!!」

 

 その時だった。

 オーフィスはヴァーリに向かってドラゴンのオーラを噴出させる。……なんつうレベルの力だよ。

 反対側にいる俺にまでオーフィスの力は伝わってきた、圧倒的なほどの力。

 世界最強と言われるのが十分頷ける。

 

「イッセー、我の大切な友達。故、我、許さない。……イッセーを傷つけること、絶対に許さない」

「……冗談が過ぎると言いたいところだけど、本気のようだね―――まさか俺ともあろうものが強者を目の前にして足が震えるなんてねッ!」

 

 ……恐らくヴァーリは今まで味わったこともないような恐怖に襲われているんだろうな。

 あのオーフィスの力をまともに感じているんだ。

 

「おいおい、冗談きついぜ。……こいつはどういう状況だよ、イッセー」

 

 するとその時、アザゼルがオーフィスに警戒するような表情で槍を出現させて話しかけてきた。

 いや、アザゼルだけではない。

 その場に魔法陣が展開され、そこからサーゼクス様やミカエルさんまでもが現れた。

 各陣営のトップが全員集まり、そしてそれぞれがオーフィスを警戒していた。

 

「イッセー、とりあえずそいつから離れろ。そいつはヴァ―リやカテレアの組織でトップを張ってる野郎だ」

「イッセー君、今すぐにその者から離れたまえ。……ここは私も本気でいかなければならないということか」

 

 アザゼルとサーゼクス様は力を解放し、今すぐにでも戦い始めようとしている。

 確かに、そんな存在が突然現れたら警戒するのは当然のことだ。

 だけど俺はそんなものお構いなしにオーフィスに話しかけた。

 

「オーフィス……お前が組織―――禍の団のトップっていうのは本当なのか?」

「…………我、その質問に頷く」

 

 するとオーフィスは俺の質問に頷いた。

 

「詳しいこと、後で言う。故に、この場、我、任せてほしい」

「……そう言うことなら頷くしかねえな。ただし、俺も一緒だ!」

 

 俺は限界に近付いている体に鞭を打ってオーフィスの隣に立ち、そして皆のいる方向を見た。

 

「部長、サーゼクス様……。大丈夫ですよ。そこで見ていてください―――どうにかなりますから」

 

 ……俺はそれだけ言うとヴァーリを見た。

 翼を展開したまま未だ戦闘意欲を示していて、ギラギラとした視線を浮かべていた。

 ―――っとそこで俺はすぐ後ろにいる存在に気がついた。

 

「助けてくれてありがとな! 色々聞きたいことはあるし、話さなきゃいけないこともあると思うけど―――とりあえずありがとう、それだけ言っておくよ」

 

 俺はすぐ後ろにいる黒い着物を着た黒髪の美女に向かってそう言った。

 その子はどこか涙を流しそうな顔になるけど、俺は構わず前を向く。

 

「……そろそろ本題に入らないか? 俺はこれでもうウズウズしているんでね―――早く決着をつけたいんだよ」

「そんなこと、我、させない。それでも向かい来る。それなら我、アルビオン、消す」

 

 オーフィスの体から這うように黒い蛇のようなオーラがうねりを上げて放たれる。

 俺は初めてみたな―――オーフィスが怒っている姿を。

 そうだよ。……誰かのために怒れる人が、こんな優しい子がテロ組織にただ参加しているはずがない。

 

「禍の団の者に我は言う――――――我、この時、以て、禍の団、脱団する」

 

 ―――オーフィスの発言を聞いた瞬間、一番早くに反応したのはヴァ―リではなく、アザゼルに倒された旧魔王派の女だった。

 いつの間に起きてたんだろうな。……当然、動けないようだけど。

 

「オ、オーフィス!!? 貴方は何を仰っているのか分かっているのですか!?」

「分かっている。……故に我、イッセー、隣、いる」

「ふざけるな!! 貴方は自分の立場を何も分かってはいない!! 組織には、我々が創る新世界には貴方という存在が!!」

「―――んなもん、幻想にすぎないだろうが」

 

 ……俺は女の発言に、つい頭にきて口をはさんだ。

 それを機に旧魔王派の女は俺の方をキッと睨みつけてきたけど、俺は構わずに話し続ける。

 

「立場も何もねえよ。お前らは大方、オーフィスの願いを聞くふりをしてオーフィスの力を利用していただけだろうが! それをふざけるなとか、それこそふざけんな!! そんな勝手な戯言、オーフィスの友達の俺が許さない!!」

「そ、そんなものただの虚言にしかッ!!」

「虚言じゃねえ。俺はオーフィスの最初の友達で、それはずっと変わらねえ。それにお前の創る世界には誰もついて来ねえよ。ただ自分たちの幸福だけのために他者を傷つけることを前提にした都合の良い世界、共感する奴なんていない。お前たちはただ愚かなだけだ。だから魔王の座を奪われ、無様にそこにひれ伏してる―――そんなお前たちに、誰も付いて来ない。努力の欠片もないお前たちにはな」

 

 俺の言葉を全て聞くと、女は絶望的な表情になってその場に崩れ落ちる。

 ……ただ自分たちの思惑だけで和平を実現させるための会談を襲い、俺の後輩を利用した。

 そんな奴らが創る世界なんか良いわけがない。

 ただ自分たちの利益だけの世界なんか、俺は絶対に認めないし、それにこいつがサーゼクス様や他の魔王様に通用するとは思えない。

 そして俺は改めてヴァーリを見た。

 

「あはは……驚きというか、むしろ今の俺は感動しているよ―――兵藤一誠、君はとんでもないことをしでかしたね」

「その割には口元が緩んでねえか? ヴァーリ」

 

 ……ヴァーリはどこか嬉しそうな表情をしている。

 どういう思惑かは知らねえけど。……とにかく最後の問題はこいつだ。

 

『相棒、お前の体はもうもたない。立てているのが不思議なくらいだ―――だが根性を見せれば一度くらいの解放は可能だろう?』

 

 ……ならそうさせてしようぜ。

 いつだって俺は最後は我慢で戦ってきたもんな。

 

「オーフィス、下がってろ。……こいつは俺が倒す」

「イッセー。……我、イッセー、従う」

 

 そしてオーフィスは俺の言葉に頷いて一歩退いた。

 

「君は凄まじいね。赤龍帝の力だけでなく、その身に末恐ろしいもう一つの神器、龍殺しの聖剣アスカロン、そして―――ドラゴン。龍神すらもその手中に収めるとはね」

「収めてなんかいねえよ。ただ友達、大切な存在なだけだ。……それ以上の意味なんかいらない」

『Boost!!』

『Divide!!』

 

 ……同時に俺達の反発する力が発動する。

 そして、その音声が鳴り響いた瞬間、俺の籠手は力を解放したッ!

 

『Explosion!!!』

 

 ドッと俺の体に負担が掛かる―――普段ならどうってこともないけど、今の状態ではかなりきつい。

 だけど俺は拳を握り、ヴァーリと対峙した。

 ヴァーリは翼を織りなして魔力弾を俺へと放ちながら近距離でぶつかりあう。

 ―――ずっと、こいつの白い鎧をミリーシェと重ねてきた。

 だけどそれが間違っていることに気付いた。……こいつはミリーシェとは根本で違いすぎる。

 ……ミリーシェは、決して間違ったことはしなかった!

 戦いに溺れなかった!!

 愛に歪むことはあっても、他人を傷つけてまで間違いを起こすことはなかった!

 

「俺は……、お前を倒す! ヴァーリィィィィィ!!!!」

「ッッッッ!!!?」

 

 俺はヴァ―リが放つ魔力込みの拳を右腕で防ぐ。

 その拳によって右腕に嫌な亀裂の走る音が響くが、俺は浮いているヴァ―リの腕を瞬間的に掴み、そして地面にたたきつけた。

 ヴァ―リは一度、大きく地面にバウンドして宙に浮き、俺はそれに向かって……

 

「これで終わりだ!! うぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ―――解放した全ての力を注ぎ、再び地面へと叩きつけたッ!!

 ヴァーリが叩きつけられた地面は巨大な窪みを生み、そしてヴァーリはその窪みの中心で震える。

 ……確かな感触があった。

 

『……見事だ、兵藤一誠』

 

 その声はヴァーリのものではなく、アルビオンのものだった。

 

『……ヴァーリはフェニックスの涙で回復したと言ったが、あれは嘘だ―――実際にはあの一撃は涙でも完全には治すことは出来なかった。ヴァーリもまた、満身創痍だったんだよ』

「……はは、凄いな。君は―――これでは覇龍を使うこともできないな」

 

 ……ヴァーリはそう自嘲するように呟いた。

 そんなヴァーリに俺は奴の近くまで歩いていき、そして言った。

 

「―――俺の勝ちだ。……ヴァーリ」

「……そうだね、俺の負けだ―――兵藤一誠」

 

 ……ヴァーリは少し苦笑いをしてそう呟いたのだった。

 

「―――おいおい、マジかよ! オーフィスが寝返ったと思いきや、まさかヴァーリが負けるとか、あり得なさ過ぎて俺っち驚愕だぜ!」

 

 するとその時、俺とヴァ―リの近くに舞い降りる一人の存在がいた。

 三国志風の鎧を身に纏っている青年のような見た目で、軽い口調の男。

 

「美候か……何をしに来たんだ?」

 

 ヴァーリは突然現れた男に対し、倒れたままでそう問いかけた。

 対する美候と呼ばれた男は苦笑いをしながらヴァ―リの質問に応える。

 

「それは酷いんだぜ? お前がピンチって聞きつけて急いで向かってみたらなんだ、この状況は―――オーフィスが反旗を翻して、しかも黒歌までいるってどんな状況だぜ? しかもお前が敗北しているなんてよ」

「ふふ……それもそうだね―――だけど負けは負けだ。俺は今回、兵藤一誠に敗れた」

 

 するとヴァーリはゆっくりと体を起こし、口から出る血を拭った。

 俺は一歩、足を後ろに下げると次の瞬間にさっき俺を庇った黒歌(・ ・)と呼ばれた少女がヴァーリと美候の傍に現れる。

 そして何やら回復の光みたいなものをヴァーリに浴びせ始めた。

 

「……黒歌。君はあっち側に行ったのではなかったのか?」

「…………約束は守るにゃん。ただあの人を傷つけるのは許さないにゃん」

「そうか。……ならばそういうことにするよ」

 

 ヴァ―リは嘆息するように溜息を漏らした。

 

「イッセー。……我、どうしたらいい?」

「……何もしなくていい。どうせ俺はこいつを追撃するほど力は余っていないからな」

 

 俺はそう言うと体全身から力が抜けて、装着している全ての神器が解除されるのを確認した。

 ……今までで一番状態がヤバい。

 意識を保っているのがやっとだ。

 

「イッセーさん!!」

 

 ……アーシアの声が聞こえて俺はその方向をみると、そこにはそれまで俺とヴァーリの戦いを見ていた眷属の皆や各勢力のトップが急いで駆け寄ってきた。

 アーシアは俺の元まで来るとすぐさま神器で俺の体の傷を回復し始める。

 ……久しぶりに受けたけど、相変わらず癒されるなぁ……。

 そう和やかに思っているところだけど、今はそうじゃなかった!

 ヴァーリは倒したけど、問題は山積みだ。

 

「……ヴァ―リを倒すなんて今代の赤龍帝は相当の腕だな! 俺っちは美候。……闘戦勝仏の末裔だぜ!」

「なるほどな。孫悟空の力を受け継いでいるってわけか―――で、お前はどうする気だ? この場で俺たちとやり合う気か?」

「それも魅力的なお願いだけどよぉ。ヴァーリ、残念ながらお帰りの時間だ」

 

 すると美候はヴァーリに向かって不敵に笑みを浮かべて言った。

 美候はヴァーリの回答を待たずに手に持っている長い棍棒をくるくると回転させて、そして地面にポンと当てた。

 するとそこから黒い煙のようなものが出現し、あいつら三人を包んだ。

 

「―――俺が見逃すとでも思っているのか?」

「はっは! 見逃すねぇ。……少なくともこっちに黒歌がいるなら見逃すっしょ?」

 

 ……こいつ、まさかそれを見透かしてこの大胆な行動に出ているのか?

 だけど問題はそこじゃない―――さっきから、小猫ちゃんが震えていることだ。

 そしてそんな小猫ちゃんを黒歌は優しそうな目つきで見ていた。

 

「……ごめんね―――ご主人さま、その子(・ ・ ・)を宜しくたのむにゃん」

 

 ……何故か黒歌は俺の顔を見て少し寂しそうな笑顔で言ってきた。

 ―――そうかよ。……ならいい。

 何となく、また会えると思うから。

 

「兵藤一誠」

 

 するとヴァーリは少しずつ姿をくらます中で俺に話しかけてきた。

 当然他の皆はそれを止めようとするけど、どういう原理かサーゼクス様やミカエルさん、アザゼルが干渉しても黒い煙は消し去らない。

 

「君は強かった。……だけど今度はもっと本気の君とやりたいな。俺は君に必ず追いつくよ。とりあえず、今の目標は君に絞る。次に会う時は―――もっと強くなって戦いたいものだ」

 

 ヴァーリはそんな台詞を残して行くと、一陣の風がその空間を襲って黒い煙は消えさる。

 そしてそこには既にヴァーリ達の姿はなかった。

 

「…………逃がしちまったのはまあ仕方ねえとして―――話は聞かせてもらうぜ、イッセー。……そしてオーフィス」

 

 ……俺とオーフィスはアザゼルの言葉に頷くのだった。

 ―・・・

「そう言えば部長、旧校舎が半壊しているのですが……」

 

 とりあえず俺とオーフィスの話を聞くと言うことで、落ちつける場所に向かう途中で祐斗が旧校舎を見て言った台詞に俺は冷や汗をかいたものだった。

 ……何せぶっ飛ばしたのは俺ですから!

 っという経緯もあって今、俺達はまだ無事であった新校舎の生徒会室に来ている。

 ちなみにこの場には俺の治療のために付き添っているアーシアと主である部長、そしてサーゼクス様とアザゼル、ミカエルさん。……そしてオーフィスしかいない。

 それ以外の皆は今回の事件の後処理……まあ生け捕りした組織の連中を拘束して然るべきところに閉じ込め、後は校舎の修復だ。

 祐斗は鋭い指摘を加えただけで復旧作業に勤しんでいるそうだ。

 ……さてと、そろそろこの場の空気から逃げるのはよそうか。

 今の状況は生徒会室の席に三勢力の面々がそれぞれ座っている。……ってアザゼルはアーシアにでも治療してもらったのか、切断された部分を包帯で覆っていた。

 現在、俺は三人の目の前に対面するように座っていて、アーシアは俺の隣で回復をしてくれていて、そして部長は生徒会室の壁にもたれかかるように立っている。

 オーフィスはというと……

 

「我、この位置、気に入った」

 

 俺の太ももの上に座って足をパタパタさせている!

 なんてマイペースな龍神様だ!! そうしているとアザゼルの青筋がピクピクしているのが俺でもわかった。

 

「聞きてえことは山ほどだが、まずオーフィスに聞こうか―――さっき言ったことは本当か? 組織を抜けるってやつは」

「我、その問いに頷く。我、イッセーとの約束、守るため、やるべきこと、終えた」

 

 ……そう言えばずっと気になっていたことだった。

 オーフィスが俺に言っていた「やるべきこと」。

 ずっとどんなことかは教えてくれなかったんだよな。

 

「ふむ。……そのことは私からも説明した方がよさそうだな」

 

 ―――その時、何度か経験している神出鬼没な声が聞こえた。

 なんでだろう。……何故黒髪美女の最強の龍王、ティアマットことティアは突然現れるんだろうな。

 よく見ると彼女の足元には龍法陣。……ドラゴンが使う魔法みたいなものらしいが、それが浮かんでいた。

 更に幼女モードのフィー、メル、ヒカリもばっちりといるし―――そして突然の龍王到来によって各陣営のみなさんは更に驚いていた。

 

「やぁ、三勢力のトップ共。私は一誠の使い魔にしてドラゴンファミリーのお姉ちゃんドラゴン―――ティアマットだ」

 

 ……………………空気が凍ること数十秒。

 未だ決め顔でいるティアは、次第に自分がやらかしたことに気がついて顔を赤くなるのがその更に数秒後。

 

「で、オーフィス。そのやるべき事とはなんだ?」

 

 ―――そして見事になかったことにされたのがそのすぐ後の事だった。

 

「うわぁぁぁん!!! イッセェェェェェェェ!! 鴉がお姉ちゃんをイジメるぞ!! 不埒な変態鴉が虐めるんだぁぁぁぁ!!!!」

「うそ! ティアってそんなキャラだったっけ!? フェル、とにかく自立歩行型になってティアを慰めてあげて!!」

『はい、主様!! ティアマット、しっかりしてください!!!』

 

 俺にしがみついてくるティアをどうにかするため、俺は胸にブローチ型の神器を出現させて分離させる。

 ティアは自立歩行型の機械ドラゴンになることができ、そしてフェルはティアの傍によって慰めを開始した。

 

「……お前のせいだぞ、アザゼル! うちのティアは強いくせにメンタルが豆腐なんだぞ! 突いたら簡単に穴が空くんだぞ!?」

「知るか、そんなの!!」

 

 ああ、ごもっともだ!

 ……ってシリアスが台無しになってしまった!

 アーシアは隣で苦笑いしてるし、部長は頭を手で押さえて溜息を吐いていらっしゃる!

 でも何となく、この場の苦しい空気はどうにか消えていた。

 

「にいちゃん、ねえちゃんをなぐさめる?」

「そうだな。……とりあえず頭を撫で撫でしてあげたらどうだ?」

 

 俺は純粋な瞳でそう尋ねてくる火炎龍ことフィーにそう言うと、フィーは赤い髪を揺らしながらティアの所に行って頭を撫でていた!

 ヤバい……ッ! 久しぶりの俺の保護欲が爆発する!

 可愛すぎる。……そう思っているとアーシアが俺の頬を軽くつねった!

 

「むぅ~~~~~……!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて怒るアーシアの可愛さに俺はクラクラするが、とにかく今はふざけている場合じゃないよな。

 

「ふぅ……私とした事が、堕天使ごときに精神攻撃をされるとはな―――恐るべし、堕天使の総督」

「おうおう、全く嬉しくない評価をありがとよ! ―――で、そろそろ本題に入ろうや」

 

 するとアザゼルは仕切り直しと言ったようにオーフィスを指差した。

 

「そいつはテロ組織。……禍の団のトップだった。そのことは理解しているか? 龍王ティアマット」

「ああ、それはオーフィスから知らされていた。まあトップと言うよりかはお飾りに近いんだがな」

「……お飾り?」

 

 俺はその単語に少し反応すると、ティアは話を続けた。

 

「簡単に言えば象徴だよ。オーフィスの願いは一誠も知っているな?」

「ああ。……静寂を手に入れる。グレートレッドをどうにかしたい、だったっけ?」

 

 俺は事前に知っていた情報を口にすると、サーゼクス様が俺とティアの会話に乱入した。

 

「ちょっと待ってくれるかい? ―――イッセー君、君はいつオーフィスと出会ったんだい?」

「……ライザーとの一戦の直前の夕方ですよ」

「…………そうか、あの時だったのか」

 

 サーゼクス様は何か納得したような表情になっている。……もしかしてオーフィスが俺達のゲームを見ていたことに気付いていたのか?

 

「話を戻すぞ。イッセーの言う通り、オーフィスの願いは次元の狭間。……そこに漂うグレートレッドをどうにか倒して静寂を手に入れることだった―――当初はな」

「当初ってことはつまり……」

「そう。……我、最初、静寂、手に入れること、願いだった」

 

 するとオーフィスは俺の膝の上で口を開く。

 

「故に我、禍の団に蛇、渡した。いつかグレートレッド、倒すのに協力してくれる、言った」

「なるほどな。……カテレアの野郎が蛇を持っていたのはそれが理由か」

 

 蛇っていうのは確かオーフィスの力の一つだったはずだ。

 それを飲むことにより対称は異常なまでの力を手に入れることが出来る、ある意味では俺の倍増の譲渡と似ているものだ。

 っていっても持続性が全く違うけどな。

 

「……でも我、その考え、違うと知った。イッセー、我のこと、友達と言ってくれた」

 

 ……するとオーフィスは膝に座ったまま首だけ俺の方を向けて、上目遣いで俺を見つめる。

 そしてその表情は―――笑顔だった。

 

「我は求めるもの、変えた。……当然、静寂も大事。でも我、それ以上に―――イッセーの近くで、平穏、求めたい」

「つまりそういうことだ。オーフィスは組織に利用され、力をなし崩しに提供していたわけだ。だがオーフィスの願いを叶える奴が現れたとしたら、オーフィスは組織に頼る必要はなくなる。……私はそれをオーフィスに相談されたんだよ」

 

 ……なるほど、オーフィスが前にティアにしていた相談事はそれだったのか。

 ってことはオーフィスが言っていたやるべき事っていうのは……

 

「私はほっとけば良いと言ったんだけどな。……オーフィスは思った以上に律儀な奴で、感情みたいなものが芽生えたからか組織の連中を気遣った。元は自分のせいで出来た組織。……裏切るようなことは出来なかったんだ。だからオーフィスはな―――無限の力の半分を占める割合を自ら切り離し、それを禍の団に献上した」

「―――なっ!?」

 

 俺はティアの発言を聞いて驚いたッ!

 まさかオーフィスはそこまでして俺の傍にいようとしたとでもいうのか!?

 そしてそれに驚いているのはその場にいる全員だった。

 

「まあ話を最後まで聞け。切り離すと言っても、その力は無限ではなく有限。そもそも無限を体現しているのは”オーフィス”であり、力ではないからな。……無理矢理奪われるならまだしも、私も手伝って自ら力を切り離したんだ。回復には時間を有するが、オーフィスは未だ無限の体現者だよ」

 

 ……つまり禍の団に献上した力は有限なもので、いつかはなくなるってことか。

 確かにオーフィスのオーラは以前に比べて少し減っているようだけど。……だけどそれでも半減したようには見えないな。

 

「オーフィス、今どれくらい回復したんだ?」

「……8割弱くらい」

 

 ……そりゃあ最強のドラゴンだもんね。

 常識が全く通用しないぜ!

 

「だが半分で有限とはいえ、オーフィスの力をそれほどに保有している組織はやはり危険です。……もしそれを使えば少なくともどこかの勢力が崩壊する恐れも……」

「天使長は用心深いね。……でも大丈夫だろう。組織はどう思っているかは知らないけど、こっちにはオーフィスがいるんだ―――少なくとも、オーフィスはイッセーを守るためなら惜しみなく力を使うさ」

 

 ティアはさも当然のようにそう言うと、そこにいる全員が俺の方を見た。

 ……後は俺の仕事ってわけか。

 

「……サーゼクス様も、ミカエルさんも、アザゼルにもそれぞれ抱く想いはあるとは思うけど。……でも俺にとってオーフィスは大切な友達で、家族とも言っていい存在だ。もしそれに手を出すなら―――俺達は黙ってはいない」

 

 ―――俺の周りに機械ドラゴン化したフェル、三人のチビドラゴンズにティアに俺の手の甲から宝玉としてドライグ、そしてオーフィスが集結する。

 ティアが言うところのドラゴンファミリー。

 

「……おいおい、怖いなぁ。天龍に龍王、しかも龍神に睨まれたら流石に何にも言えないぜ―――しゃーねーな。一応、黙認ってことにしてやるよ。ただし、オーフィスが表立って何かするのは禁止だぜ?」

「そもそも伝説級のドラゴンが出てきている時点でそう答えるのが自然でしたね。ある意味での第四勢力。……兵藤一誠君、全てはあなたに掛かっているので、どうかその手で龍神を手中に収め続けてください」

「はは。もう流石と言うべきかな? ―――イッセー君、今後も君には期待するよ」

 

 アザゼル、ミカエルさん、サーゼクス様はそれぞれ諦めの表情や苦笑い、笑顔を漏らしてそう言ってくれた。

 ……正直、脅しに近い行為だったけど、でもどうにかなったはずだ。

 部長も特に不機嫌そうな表情はなく優しい表情で居てくれる。……そしてアーシアは何故かチビどもと戯れていた。

 

「はーい、これが回復の力ですよ~」

「「「きれい!!」」」

 

 ……とりあえずアーシアの肝っ玉が思った以上にでかいことに俺は気付いて、そして肩の力を抜く。

 ―――どっと、しんどさが出てきたな。

 そう言えば俺は直前までヴァ―リと死闘を繰り広げていたんだな。……色々あり過ぎてそれが麻痺してたけど。

 アーシアのお陰で傷は癒せたけど(それ以上に心もだけど)、体力や神経までは癒すことは出来ないからな。

 

「赤龍帝もお疲れということだしよ―――悪かったな、うちのヴァーリが裏切って」

「それを言うなら私達悪魔サイドも過失があった―――カテレアの件は礼を言おう。よくぞ殺すことを躊躇ってくれた」

「はっ! あいつが堕天使サイドの奴だったら迷わず殺した。……ただ、まだ和平が成立してねえからな」

 

 ……どうやらアザゼルも相当疲れているようだな。

 あいつだってカテレアと戦っていたんだから当然と言えば当然か。

 聞くところではオーフィスの力を利用し、前魔王に近いパワーを得ていたらしいし。

 だけどあいつとはまた色々と語らねえといけないな。……特にあの人工神器!

 

『……相変わらずだよ、相棒は。―――だがそれが相棒だな』

 

 ドライグが呆れるようにそう言ってくる。

 とにかく、オーフィスはこれで晴れて―――あれ、なんか忘れているような……?

 

「ところでオーフィス。お前はイッセーの何がいい?」

 

 ……そうだった。

 俺の周りに近づくドラゴンは皆、何かとつけて立場に拘るんだった!!

 っていうかティアは何故それをわざわざ聞くんだよぉぉぉ!!

 

「……我、イッセーの、従妹、良い」

 

 ……あれ?

 オーフィスのことだから妹とか、そこらへんで攻めてくると思ったけど意外と謙虚だった。

 家族というより親戚だけど……

 

「従妹? まだ祖母枠と祖父枠、あとは兄枠が残っているぞ?」

「ティアマット、分かっていない――――――従妹、結婚できる」

 

 ―――――――はい、これまでで一番の爆弾でした。

 それからの事は覚えていません。

 何故ならその発言に驚きすぎて疲れが頂点に達したからです。

 最後に俺が覚えているのは……まあアーシアと部長の怒った表情でした。

 そして俺は静かに望んで意識を手放した。

 

 ―・・・『Side:???』

『どう思った?あんたは』

「どうってことはないよ。それにいきなり赤と白の対決を見せられてもどう返せばいいかもわかんない」

『懐かしむ、そんな気持ちは湧かないみたいだね』

「懐かしむ? 何を懐かしむのかな?」

『……そうか、それは私の勘違いね。そもそも覚えていないなら仕方ないね』

「そっ。……わたしはまた寝ることにするよ。また時が訪れたら起こしてね――――――アルアディア」

『そうするわ。それに何も目覚めぬ雛鳥を覚醒させるのも酷だからまだお休みなさい―――――――終わりはまだまだ先だからね』

『Side out:???』

 

「終章」 心の在り処

 駒王学園で起きた騒動から既に3日が経過した。

 その間に俺は更に詳しい事情をオーフィスとティアから聞いて大体の事は理解した。

 ”禍の団”を創ったのはオーフィスで間違いないが、だけどそれは口車に乗せられたようなものであり、まだ実際に組織全体が動いていないとのことらしい。

 今回、三大勢力のトップが集まる会談を襲ったのが実質的な初めての行動であったと後にアザゼルが言ってきた。

 オーフィスに関しての処罰はないけど、一応責任としては俺が取ることになっていて。……まあ簡単にいえばオーフィスがこちら側にいれるように細心の注意を払えとのことらしい。

 それで今、俺達グレモリ―眷属は最近になって修復された(壊したのは俺)部室でのんびりしている。

 今の俺はと言うと……

 

「……イッセー先輩は今は私だけのです」

 

 ……最近、前にも増して甘えん坊になってきた小猫ちゃんを膝枕しながら頭を撫でて可愛がっていた。

 うん、だって頭がいたくなるほどに可愛いんだもん!

 なに、この癒しの存在!

 最近アーシアと共に台頭してきた二大癒しの存在です!

 ―――そう言えば、俺はまだ幾つか疑問を持っている事柄がある。……っていうより確信を持っていないことがたくさんあるのが正しいな。

 一つはオーフィスと共に俺を庇った黒歌と呼ばれた黒い着物を着た黒髪の女の子。……偶然かもしれないけど、彼女の名前は俺の大切な存在の一つであったあいつと同じ名前だ。

 ……そして小猫ちゃんのこの甘えようは少し疑問を抱くほどだ。

 純粋に甘えてくれるのは嬉しいけど、でも今の小猫ちゃんは何かから逃げたくて俺に依存しているって風に感じる。

 今、この場にアーシアが不在なのは助かるけど。……それと先ほどから女性陣の視線が凄まじいです。

 でも状況を察してかギリギリで止まってくれてるけど。

 

「……和平が成立したからひと段落と思ったのだけれど。……これは対策が必要みたいね」

「そうですわね。……正直、小猫ちゃんのあの儚い可愛さにはかなわない部分もありますわ」

 

 んん? 部長と朱乃さんは何やら作戦を練っているみたいだけど、そう言えばサーゼクス様が仰っていたな。

 和平成立。……これは事件後の後日にもう一度、内密に開かれたサーゼクス様、ミカエルさん、アザゼルの三人の会合によって決まったことだ。

 和平成立にあたって最も関係深いのが駒王学園だったことから、この歴史的な事は『駒王協定』と呼ばれているらしい。

 どの勢力にもこの決定に不満を持つ人もいるけど、アザゼルなんかは流石と言うべきカリスマと口頭で部下をその気にさせたらしい。

 アザゼルは有能だな。

 

「おっす、グレモリ―眷属~! 来てやったぜ!」

「あうぅ。……皆さん、遅れて申し訳ないです!」

 

 ……突然開けられた部室の扉、そして申し訳なさそうな顔をしているアーシアに、スーツを着崩したアザゼルが何故かそこにいた。

 ―――ってなんでアザゼルがいるの!?

 

「なっ!? アザゼル、なぜ貴方がここに!!」

「ははは! そりゃあ言ってないから驚くも当然か。……いやぁ、よくよく考えたら俺の部下の馬鹿がイッセーやアーシア・アルジェントに迷惑かけたってことを反省して、この学園に教師として赴任してやったんだぜ!」

「…………ごめんなさい、正直有難迷惑だわ」

 

 うわぁ……部長の表情が超冷たくなった。

 あれはアザゼルに全く関心を持っていない表情だ。

 

「まあこれは俺の償いみたいなもんだ。今回の事件でお前らは嫌でも”禍の団”と接触することが増えるだろうからな。……そんな時に奴らと戦えるのがイッセーだけっていうのがお前らの魔王も心苦しいんだろうよ。ってことで俺がこの眷属の力の底上げとしてコーチになってやるってわけだ」

「……確かに堕天使の総督レベルの奴が俺の修行相手になってくれるのは嬉しいな」

 

 俺は小猫ちゃんに膝枕をするのを止めて、アザゼルの方に歩いて行ってそう言った。

 ……いや、小猫ちゃんよ。そんな名残惜しそうなウルウルな目を浮かべないで?

 撫でまわしたくなるから!

 

「にしてもリアスよ、お前はついてるぜ。……この眷属は神器持ちの奴が多いが、この俺とイッセーの力を借りることが出来るからよ」

「イッセーだけで十分なんだけどね」

「まあそう言うな―――それにこいつはお前にとってもメリットは多いことだぜ? 神器っていうもんは使いこなせば強い矛だが、そうでなかったらただの諸刃の剣だ。それにこの眷属は強力な神器が多い。それを使いこなせばお前らは相当の眷属になれるぜ?」

 

 ……確かにアザゼルの言うとおりだな。

 そもそも俺はあまりアザゼルに否定はしていないけど、問題は朱乃さんだ。

 朱乃さんにとって堕天使は複雑な存在のはずだからな。

 

「……姫島朱乃、やはりお前にとってバラキエルは許せないか?」

「……たぶん、自分の中で許せないと思いこんでいると思いますわ。でも私から父様に近づくことはないですわ」

「……思っていた以上に対応が柔らかいな。俺としては罵倒するぐらいは覚悟してたんだが」

「いない人を罵倒するほど私は落ちぶれていませんわ。それにイッセー君がいれば父様など……ふふ」

 

 ……朱乃さん、少し頬笑みが怖いです。

 でも朱乃さんのお父さんに対する気持ちは色々とマシにはなったのかな?

 許せない気持ちはあるとは思うけど、それでも俺と話した時よりは幾分マシだ。

 

「ああ、それとバラキエルなんだがな。……最近、朱璃が冷たくて沈んでんだわ。それとイッセー、朱璃がお前に会いたがってんぞ? それと朱乃もな」

「……俺ですか?」

「おう。……聞いた話じゃあお前、餓鬼の頃に朱乃と朱璃の命を救ったみたいだな? それで朱璃がその時のお礼をしたいって……ってお前ら、何驚いているんだ?」

 

 アザゼルが俺と朱乃さん以外の部員の驚いている顔を見ながらそう言った。

 ……そう言えば俺と朱乃さんの事は誰にも言ってなかったな。

 

「……朱乃、後でそのことを詳しく聞かせてもらうわよ?」

「望むところですわ」

 

 ああ、またこの二人のにらみ合いだ。

 でももう最近は見慣れてしまったな。

 

「それと白龍皇のことだ」

 

 ……その単語を聞いた瞬間に皆が静まり返った。

 ヴァーリ・ルシファー。

 俺が対峙した白龍皇の名前だ。

 

「奴は”禍の団”に入っているということが正式に発表された。しかもあいつ、自分のチームを持っているらしい。この前の美候ってやつが良い例だな。今のところは知ってんのはそれだけだ」

「……すみません、あの黒い着物を着た人はどうなんですか?」

 

 ……すると珍しく小猫ちゃんが挙手をしてアザゼルにそう尋ねた。

 表情は少し不安そうだけど……なんだ?

 

「……俺も詳しいことは知らねえが、恐らくあいつは直接組織には関わっていないらしい。詳しいことはサーゼクスが知っているらしいが」

「……いえ、それだけ聞けたら十分です」

 

 すると小猫ちゃんは再びソファーに座った。

 表情はどこか安心していそうな顔だな。

 

「まあリーダーであるヴァーリはイッセーが倒しちまったんだけどな。まさかあのヴァーリが下されるとは思っていなかったぜ。あながち、今代の赤と白は互いに歴代最強なのかもしれないな」

「それ、違う。イッセー、最強じゃない」

 

 ……ホントに突然だった。

 その声が聞こえたと思った瞬間、俺の背中に少し重荷が掛かるように誰かくっついていた。

 って誰かっていうのは言うまでもなく。……オーフィスだ。

 

「おお、オーフィス。相変わらず風のように現れるな」

「我、イッセーの隣、いつでも現れる。ブイ」

「っておいおい! まるで何回もこんなことがあったような会話だな!」

 

 ……アザゼルが焦ったように俺とオーフィスにツッコンできた。

 だけどアザゼルはこほんと咳払いをして、仕切り直しと言う風にオーフィスを見た。

 

「で、オーフィス。イッセーが歴代最強じゃないっていうのはどういう意味だ?」

「……イッセー、強い。今までの赤龍帝よりも、誰よりも。でも我、知っている。……イッセーは最強じゃない―――最高」

「……最高?」

「そう。イッセー、最高の赤龍帝、優しいドラゴン。今まで最も優しくて、でも強い。だから、最高の赤龍帝」

「……それは僕も―――いや、僕達も同意見だね」

 

 ……オーフィスの言葉に祐斗が頷くと、他の皆もうんうんと頷いた。

 俺の中のドライグとフェルも頷いているようだった。

 

「なるほどねぇ……。確かに、イッセーには期待してしまうな―――とにかく、この眷属の現時点における目標は強化。少なくとも組織から生きて逃げれるほどには強くなってもらうぜ?」

「分かっているわ」

 

 部長が真剣な表情をしているのをアザゼルが確認すると、今一度高らかに笑う。

 

「まあそう言うことで俺は形的にはオカルト研究部の顧問だ。納得してなかったら納得してもらうぜ」

「……そう言えば貴方がここに入るのは誰に頼んだの?」

「あ? そんなのセラフォルーに決まってんだろ」

 

 ……確かにあの魔王様なら軽く「オッケー☆!」とか言いそうだよな。

 

「ところでだ、イッセー。……オーフィスは今はどこで生活してるんだ?」

「ああ、基本的にはティアに面倒は見てもらうはずだったんだけど。まあほとんど俺の家に居候だな。風のように現れるからもう慣れたよ」

「……龍神が居候とはシュールだな」

 

 アザゼルの言うことに俺は激しく同意すると、オーフィスはVサインをして少し笑った。

 

「改めて考えるとイッセーの家族……ドラゴンファミリーだっけ? 世界の新しい勢力になるレベルだな。龍神のオーフィスに龍王最強のティアマット、赤龍帝ドライグにオーフィスに近いものを感じる創造の龍、あと子供の上級クラスのドラゴン。……あとは優しいドラゴンか?」

 

 アザゼルは少し苦笑いをしながらそう言うけど……確かに傍から見たら三大勢力に拮抗しそうなくらいの勢力だよな。

 ドラゴンは力の塊。……俺はそうは思わない。

 ドラゴンにだって心はあるし、優しさもある。

 ……ただ皆が恐れているだけで、ドラゴンはいい奴なんだ。

 

『世界広しと言えど、そんなことを言ってくれるのは相棒だけだよ』

『あのオーフィスを恐れずに接したのですから、当然ですよ。……ああ、実態があるのが羨ましいです』

『言うな、フェルウェルよ。……最近、相棒は弱ってくれているから慰めることが良くできる! それだけを噛みしめるぞ』

『ふふ……そうですね』

 

 ……ドライグとフェルは最近は割と仲がいいな。

 普段からそうしていればいいのに、些細な事で俺の中で喧嘩するからな。

 ―――後、問題が残っているとすれば、俺か。

 今回ではっきりした。

 俺の心の中にはまだミリーシェがいる。

 それは俺の中で大きな割合を占めるもので、たぶんどうしようもないだろう。……ヴァーリを殴れなかったのもミリーシェと重ねてしまったせいだからな。

 俺の中の無念、そしてあいつを死なせてしまった後悔……それが俺を支配している。

 たぶん、この問題はまだ解決しない。

 ……だけど皆となら解決出来るかもしれない。

 まだ皆に俺のことを告白する勇気はないけど、いつか絶対に言って見せる。

 ――――――絶対に。

 



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番外編4 龍神様とほのぼのです!

 俺、兵藤一誠は悪魔である。

 そしてドラゴンファミリーの一員である。

 ドラゴンファミリーっていうのは俺の使い魔であるティアこと、最強の龍王、”天魔の業龍”(カオス・カルマ・ドラゴン)ことティアマットが名付けた名称だ。

 ちなみにメンバーはパパドラゴンことドライグ、マザードラゴンことフェル、自らを姉ドラゴンと決め顔で語るティア、そして妹ドラゴンのフィー、メル、ヒカリ。

 そして最近、爆弾的な発言をして従妹ドラゴンとなった”無限の龍神”(ウロボロス・ドラゴン)のオーフィスが俺の家族とも言ってもいい仲間だ。

 さて、そんなオーフィスなんだけど今は俺の隣にいる。

 格好はいつものゴスロリ風のファッションで俺とオーフィスは今、休日を二人でのんびりと過ごしていた。

 駒王学園の騒動が終わってから既に4日・・・アザゼルが俺達、眷属の前に再び現れオカルト研究部の顧問になってから一日が経過している。

 ……オーフィスは現在、俺の家に9割くらい居候みたいな感じで居座っている。

 まあ俺は別に良いんだけど、実は母さんを説得するのにはあまり苦労はしなかった。

 母さんは実は人情深い人で、オーフィスの今の状態。……すなわちオーフィスが一人ぼっちなのが可哀想だっていったら、勝手に話を解決させて即答でOKって言ってきたんだ。

 後から聞くと、母さんは一人ぼっちを天涯孤独ってことだと勘違い(まあ実際にはあながち勘違いではないけど)したらしく、それでアーシアの時と同様に俺がオーフィスを助けたと思ったらしい。

 っということもあり、母さんの許しを得たことでオーフィスは俺の家に住んでいるってわけだ。

 そして今、俺達は家の縁側でゆったりとしていた。

 

「我、イッセーと遊ぶ」

「んん? どうした、オーフィス」

 

 俺は縁側で日差しに当てられてウトウトしていると、突然オーフィスは俺にそう言ってきた。

 確かに俺とオーフィスが二人きりで遊ぶことは今まで一度もなかったな。

 

「う~ん……。確かに暇だよなぁ~。部長は何故か知らないけど一時的に冥界に帰ったし、母さんは友達の人と食事、アーシアは今日はゼノヴィアと買い物に行っているらしいし……」

 

 そう、今日この家にいるのは俺とオーフィスだけなんだ。

 俺はオーフィスが隣にいてくれるだけで嬉しいし、オーフィスは俺の行動に興味深々で俺の後ろをいつもついてくる。

 傍から見たら小鳥が親について行くみたいな感じでどこか癒されるんだよ。

 オーフィスは見た目は可憐でか弱そうな女の子だからな。……その実、世界最強のドラゴンだけど。

 

「……我、イッセーとやりたいこと、ある」

「やりたいこと? 別に出来ることなら何でも良いけど……」

「なら我、イッセーと子づ―――」

「ちょっと待て、それどこから仕入れた情報だ」

 

 俺はオーフィスから聞いてはいけない単語を言いかけたので、オーフィスの口元に手を当てて言葉を遮るッ!

 オーフィスは何でも信じてしまう純粋な子なんだからそんなことを教える輩は許さないぞ!

 正直、見当はついているけど!

 

「我、イッセーの仲間、一人一人に聞いた。イッセーと何したい、そう聞いた」

「うんうん、それで?」

「ゼノヴィア、我に言った。女の喜び、イッセーの子供、産むこと」

「……いやいやいやいや! それ間違っているから!! その言い方ならこの世の全ての女が俺の子供を作ることが喜びになるからな!?」

 

 俺はオーフィスにそう諭して、そして心の中でゼノヴィアに少し後で説教をしようと考えた。

 全く……そう言えば祐斗が俺に最近、言っていたな。

 

『イッセー君、いいかい? 夜は気をつけた方が良い。むしろ部屋に鍵を何重にも施錠して彼女の魔の手から逃げるんだ。いいかい? これは親友としての絶対のお願いだ―――ゼノヴィアは本気で君の貞操を狙っているからね』

 

 ……うん、聞き流そうかと思ったけどあまりにも真剣すぎる表情に俺は素直にうなずいたよ。

 

「子作りダメ。……なら我、イッセーとデート、したい」

「ちなみにそれは誰の意見?」

「アーシア」

 

 ……うん、アーシア、俺は君の事を信じていたよ!

 今度思いっきり可愛がろう。……俺はそう決心したのだった。

 

「デートか。それなら全然いいよ?」

「ふふ……我、とてもうれしい」

 

 オーフィスの笑顔を見て俺まで嬉しくなる。……オーフィスはこのうちに来てから少しずつ表情が増えてきたんだよな。

 こうして見ると普通の女の子と変わらないし、なんかどうにか守りたくなる。

 守るっていうのは力とかそう言うのじゃなくて……。なんていうんだろう、悪い奴に騙されないように一緒にいたいって感じだな。

 

『龍神とデート、か。この世界でそんなことをしたのはお前が初めてだよ、相棒』

『流石は我が主様です。ですが最近の主様は頼もしすぎて、もう少し甘えてもいいと思います!!』

『そうだな。……なんと悲しいことか。いや、パパとしては子供の成長は喜ぶべきか……』

 

 ドライグとフェルが好き勝手言ってくれてるけど、とにかく俺は立ち上がって体を軽く伸ばす。

 

「じゃあ行こっか?」

「うん」

 

 そして俺達は支度を済ませ、そのまま外へと行くのであった。

 ―・・・

 俺とオーフィスはお昼前と言うことで喫茶店に来ていた。

 町はずれにあるどこかお洒落な喫茶店で、俺はここのマスターと知り合いだから頻繁に来てたりする。

 あとはまあバイトの子とも仲が良いしな。

 そして俺は喫茶店のドアを開けて店内に入って行った。

 

「あ、いらっしゃいませ~! 何名様ですか? ……ってイッセーくん!」

「おっす、観莉。久しぶりだな」

 

 俺は仲良くしている中学三年生のバイト少女、袴田観莉と軽く挨拶を交わした。

 ……相変わらずエプロン姿が似合っているな、観莉は。

 

「うん、久しぶり! っていうかあんまり顔を見せないもんだからちょっと寂しかったよ~!!」

「まあ色々あったからな。……それで席の方、いいか?」

「うん! 今の時間帯はまだ人が少ない方だしね! っと、今日は一人じゃないんだね?」

 

 観莉はオーフィスに気付いたのか、笑顔でそう尋ねてきた。

 

「我、イッセーの従妹。オーフィス」

「へぇ、オーフィスちゃんか! 可愛いね! イッセー君にこんな可愛い従妹がいるなんて知らなかったよ。あ、席に案内するね~」

 

 相変わらず明るく人懐っこい女の子だな。

 それで俺とオーフィスは観莉に連れられて席に座ってメニューを開いた。

 

「やぁ、久しぶりだね。イッセー君」

「あ、マスター。お久しぶりですね」

 

 するとこの店の主人である通称マスターが一枚のメニューを持って俺とオーフィスにニコニコした表情で話しかけてきた。

 マスターは非常に温厚かつダンディーな人で、どこか渋さを醸し出す髭と優しそうな表情だから昔はさぞモテていたんだろうな。

 この人の淹れるコ―ヒーは絶品で、しかも料理もお手頃価格でおいしいから隠れた名店って感じだ。

 

「はは、これは随分可愛い従妹だね。あ、これは私の新作でねぇ。……良かったら食べるかい? もちろん試作品だからお金はいらないよ」

「でも悪いですよ!」

「いいんだよ。こういうのは第三者の意見が欲しいからね。それにイッセー君との付き合いも長いし、遠慮なんて皆無だよ」

「……それならお願いします!」

 

 ……マスターとは結構長い付き合いだ。

 何せマスターは俺が小学生の頃からの知り合いだからな。

 修行帰りに偶々寄ったこの喫茶店でお世話になったのが俺とマスターの出会いだ。

 それからは周期的にこの喫茶店に来ているよ。

 

「あ、マスター! イッセー君と仲よさそうに話してるのはずるいですよ~~」

「はは。後で休憩がてらに話せば良いよ」

 

 マスターは温厚な表情で俺達に背を向けてそう言った。

 おぉ。……俺はこれぞ紳士だと思うな。

 俺が慕う数少ない人だよ、マスターは。

 

「じゃあイッセーくん! 後でまた来るからね?」

 

 観莉が元気いっぱいの笑顔を見せて店の奥の方に行った。

 ……そして俺とオーフィスは再び二人になる。

 オーフィスは俺の反対側のソファーにいるんだけど、何故かそわそわしている。……どうしたんだ?

 そう思っているオーフィスは突然立ち上がり、テクテクと俺の隣まで歩いてきた。

 

「イッセー。やっぱり我、ここ、一番良い」

 

 そしてオーフィスが座ったのは俺の隣ではなく、―――膝の上だった。

 これは今に始まったことではなく、オーフィスはどうやら俺の膝の上に座るのをお気に召したみたいだった。

 ちなみに同様によく俺の膝の上に座って甘えてくる小猫ちゃんはオーフィスに敵対心を持っているんだけど、まだ小猫ちゃんとオーフィスの争いはないことが唯一の救いか……

 そう言えばオーフィスはアーシアと良くお話をしているみたいで、アーシアは優しい子だからオーフィスの事を特に怖がってはいない。

 むしろ怖がっているのは……そう、俺の後輩にして両性の美少女?であるギャスパーだ。

 何やら龍神という響きが怖いらしく、オーフィスがいる時はダンボールに身を潜めて様子を窺っていることも良く見る光景となった。

 ……部長と朱乃さんは流石というべきか、大人の対応をしている。

 あとはゼノヴィアだけど、良くも悪くもあいつは表裏がないから、オーフィスとは上手くやれているだろうな。

 

「まあいいけど。……でも流石に料理が運ばれてきたら退いてくれよ?」

「我、そこでしたいこと、ある」

「……ちなみに何なんだ? あと誰の意見だ?」

 

 俺は一応、オーフィスに聞いてみる。

 たぶんそれも眷属の皆のしたいことを言っているだろうからな。

 

「我、朱乃の話し、聞いた。……我、イッセーに口うつ」

「うん、やっぱりストップ! っていうか朱乃さん、そこはご飯を食べさせてあげたいとかにしてくださいよ!!」

 

 俺はここにいるはずもない朱乃さんに向かってそう叫んだ!

 うぅ……どうも俺の願いはかなわない。

 皆、アーシアみたいなのだったら喜んでするのに……

 

「?」

 

 ああ、首を傾げさせて目を丸くしているオーフィスは可愛いな、もう!!

 俺はとにかくいたたまれなくなって純粋すぎるオーフィスの頭を撫で撫でしたのだった。

 

「……それ、小猫の言ったやつ。我、とてもうれしい」

「それって頭を撫でること?」

「そう。小猫、イッセー、一日中撫でまわされたい、言っていた」

 

 ……ああ、やはり二大癒しの存在は格が違う。

 俺の嬉しいことをピンポイントで突いてくるぜ!!

 ただ一日中ってところに若干疑問を持っているけどね?

 

「む……ならば我、イッセーにあ~ん、する」

「ああ、母さんの意見か」

 

 何故か母さんの意見ということは俺はすぐに見抜く。……だって他のに比べて普通すぎたから。

 でもおかしいな。

 母さんならもっとドンピシャでアウトな事を言ってきそうなのに。

 

「それならまあ良いけど……」

 

 俺は若干の不安を抱きつつもマスターの創作料理を待つのであった。

 そして俺は料理を待っている間にオーフィスから色々話を聞くことにした。

 

「そう言えばオーフィスが組織に献上した力の半分ってどれくらいのものなんだ?」

「……難しい。我、無限を関するドラゴン。表現、難しい」

『ふむ。……無限というのはな、相棒。元の力はそれほどないが、減るとどんどん力が追加されていく。簡単な例を出せば水を飲んで、また水をとめどなく淹れられると言う具合だ。オーフィスの力の絶対値は図りしれんだろうが、それでも献上した力は有限なのであろう?』

 

 ……ドライグの声が俺に響く。

 でもこの声はドラゴンの力を有する者なら近くにいれば聞こえるらしいから、当然オーフィスにも聞こえていた。

 

「そう。我の存在、それが無限。切り離した力、それは有限。力は所詮、力」

「そう言えばティアがそう言っていたな」

「……我の切り離した力、蛇を幾千も創れるほどのはず」

 

 ……幾千もか。

 流石はオーフィスの力と言うべきか、とにかく厄介だな。

 使用者の力を大幅に上げてしまうオーフィスの蛇。……こりゃあまだまだ強くならないといけないな。

 ―――っていけないな。

 せっかくのデートなのにこんな色気のない話をして……。難しい話はまた後だ!

 

「オーフィスはどこで従妹なんて言葉を知ったんだ?」

「我、ルフェイに教えてもらった」

「……ルフェイ?」

 

 俺は聞いたことのないような名前を聞いて少し疑問に持つけど……もしかして組織の一員とかかな?

 

「ルフェイ、とても良い子。本来、あの組織、いるべきではない」

「ふ~ん。……オーフィスが言うくらいだからそうなんだろうな。でもその子が従妹の存在をオーフィスに教えたのか」

 

 ……うん、一度会って一回くらいはお説教しても許してもらえるだろうな。

 あの発言のせいで俺はティアやら眷属の皆に色々されてるんだから!

 

「は~い、お待たせしました! マスターの気のままメニューです!!」

 

 元気活発な観莉の声が聞こえると思うと、盆を片手になれた動きで料理を運んでくれている観莉が笑顔でそこにいた。

 

「さて、私もついでにお昼……ってオーフィスちゃん! なんて羨ましいことをしてるの!?」

 

 そこで観莉はオーフィスが俺の膝上に座っているのを見て驚愕している。……ってお前、羨ましいって何だよ!

 ……それはともかく、観莉が持ってきたマスターの試作料理は試作とは思えなく位の完成度の高さだった。

 一見は何の変哲もないパスタなんだけど、パスタとソースが分かれていて、そしてソースは2種類に分けられている。

 

「む……イッセー、我、どう食べたらいいか、分からない」

 

 オーフィスは俺の膝の上でフォークとスプーンを両手に持って、目をきゅっと丸くしている。

 …………仕方ないなぁ、ホントもう。

 俺は自分のフォークをオーフィスのお皿に突き刺して、パスタを巻いてオーフィスの口元に持っていった。

 

「ほら、オーフィス」

「ん。……おいしい」

 

 オーフィスは素直にパスタを口に含み、少し表情を綻ばせて喜んでいるようだった。

 そして俺も一口……おぉ!

 流石はマスター、腕は確かだ!

 あっさり系のソースとクリーム系のソースだからバランスも取れてるし……これは売りだしてもいいんじゃないかな?

 

「ふふふ……イッセーくん! あーん♪」

 

 ……すると俺の反対方向に座った、休憩中である観莉がいつの間にか俺の隣に座って悪戯そうな表情で俺にパスタを巻いたフォークをさしだす。

 これはあれか。……俗にいうあーんだな。

 

「……なら我も」

 

 するとオーフィスまでもが俺に向かってフォークを差し出してくる。

 俺の仕草を見てパスタの食べ方は理解したのか?

 ……これは素直に諦めた方が賢明と思い、俺は素直に差し出されたパスタを食べたのだった。

 がしゃ!

 …………その時、俺の席のすぐそばにある窓の外からそんな音が聞こえた。

 するとそこには

 

「ぬぉぉぉぉおおお!! くそ!! なんて羨ましい状況だ!! ゴスロリ風の幼女と中学生のようなあどけなさを持つ美少女にあ~んとは、イッセーめぇぇぇええ!!」

「く、俺のスカウタ―が彼女のスタイルを示している! 中学生で86-54-79だと!? なんていうことだ!!」

 

 ……和やかな雰囲気が台無しになるような声を上げている、窓に張り付いて俺を見ている松田と元浜がそこにいた。

 その声と更に発言で観莉は突然、顔を真っ赤にして体を手で押さえた。

 ……ちょっと涙目だ。

 

「観莉、オーフィス―――ちょっと害虫処理に行ってくるから待っててな?」

「う、うん……イッセーくん」

「我、イッセーの健闘、祈る」

 

 二人に見送られて俺は席から立ち上がって外に行く。

 ―――さて、観莉を泣かせた奴はどこのハゲと眼鏡だぁ?

 ―・・・

 それから5分後、俺の元友人(松田と元浜)は遠く彼方の星となったので、俺は再び店に戻っていた。

 うん、良い仕事をしたよ。

 

「うぅ……。イッセーくんのお友達はえっちな人なのぉ?」

 

 うっ!?

 観莉の涙目での台詞が俺の心を抉る!

 

「あんなの友達じゃない! もう俺が守るから泣かないでくれぇぇ!!」

 

 俺の保護欲が爆発して愛でてしまうから!

 そんな子犬みたいな目をしないでくれ!

 

「うぅ……でもね? 私、ちょっときつめの下着つけてるからホントは89なんだよ……」

「うん、今その情報はいらないよね? っていうか泣いてたのって間違えられたから?」

「うん! 私、自分のスタイルには誇りを持ってるんだよね!!」

 

 観莉が胸を張って「えっへん!」と可愛く仰る。

 

「あ、でも見せるのは好きな人だけだから大丈夫だよ? あと触らせるのも!」

「…………」

 

 俺は確信したのであった。

 ―――観莉、お前は小悪魔だ!

 とりあえず、俺は観莉にデコピンをするのであった。

 

「こらこら、女の子がはしたないよ?」

 

 するとマスターが柔らかい笑顔で俺達の方に歩いてきた。

 

「あ、マスター! でもイッセーくんが守ってくれるって言ってくれたんです! デコピンも愛の鞭ってやつですね♪」

「それは違うと思うけど。……はは、イッセーくんも前途多難だねぇ」

「マスター……やっぱり貴方は他とは違います!」

 

 俺はマスターの気遣いに涙をホロリと流す!

 もう俺の良心はマスターしかいない!

 

「それでイッセーくん、ものは相談なんだが……。写真を撮らせてもらってもいいかな?」

「それは良いですけど……どうしてですか?」

「軽い宣伝みたいなものだよ。店の前のボードにお客様の写真を張ることにしたものでね。それに君は有名(・ ・)だからね」

 

 有名?

 俺は特に何もやっていないはずなんだけど……

 

「うんうん! イッセーくんは凄い有名だよ! うちの学校の女の子もたまに『駒王学園の木場様と兵藤様が凄くカッコいいらしいよ!!』って噂してるくらいだよ? お陰で駒王学園の倍率が上がって仕方ないよ……」

 

 ……そう言えば以前部長が言っていたな。

 去年の駒王学園の入学倍率、特に女子の倍率が昨年度の5倍を達したって。

 

「ま、まあまあ。それに勉強が困ったなら教えてやるから元気出せよ?」

 

 俺は観莉の頭を撫でてやった。

 元々駒王学園はレベルが高い学校だからな。……門をくぐるのは相当難しいと思うけど。

 

「ありがと! イッセーくん!」

 

 ……まあとびっきりの笑顔を見せてくれたからいっか。

 それから俺とオーフィスはツーショットでマスターに写真を撮られた。

 ちなみにオーフィスが俺の膝の上に座って俺にパスタ付きのフォークを向けているところだったのは後で知ったことだった。

 ―・・・

「我、手をつなぎたい」

 

 喫茶店を出た俺とオーフィスはぶらぶらと道を歩いていると、途端にオーフィスは俺の服の裾を引っ張ってそう言ってきた。

 たぶんこれも眷属の誰かの意見なのかな?

 

「オーフィス、それは誰の意見だ?」

「ギャスパー。吸血鬼、恥ずかしそうにそう言ってた」

 

 ギャスパーか……。まああいつらしい奥ゆかしさだな。

 あいつの場合は最近、よく俺の血を吸っている。……危うくそれで貧血を起こしかけたのは秘密だ。

 それ以外は普通に可愛い後輩で俺も良く面倒を見てやっている。

 

「そう言えば祐斗にも聞いたのか?」

「うん。でも我、木場の意見、もうしてる。木場、イッセーと遊びに行きたい、言ってた」

 

 眷属ではたった二人の男子だからなぁ。……ギャスパーは何とも言えないけど。

 とにかく、俺と祐斗は仲が良い。

 なんだかんだで一緒に戦ってきた奴だし、たぶん眷属の中で一番俺の動きについて来れるのは祐斗だ。

 出来る日はよく祐斗と模擬戦闘訓練を行っていて、最近のあいつの伸びは中々のものだ。

 

「夏休みは俺も鍛えないとな……。―――そうだ! オーフィス、俺の鍛錬に付き合ってくれないか?」

「鍛錬? それ、イッセーと一緒、いれる?」

「ああ。夏休みはずっと俺と一緒にいれる」

「ならする。我、夏、イッセーと過ごす」

 

 オーフィスは即答でそう言ってくれた。

 ……最近、俺は強者と戦い続けてきて何となく危機感があった。

 確かにコカビエルもヴァーリも退けたけど、仲間を守るためにはもっと強くならないといけない。

 それにヴァーリは恐らく、これから更に強くなるだろうからな。

 ……アザゼルにティア、それに加えてオーフィスが加わればかなりの鍛錬をすることが出来るな。

 これは夏休みが待ち遠しくなってきた!

 

『……やはり相棒の鍛錬は趣味化しているな。いや、趣味は喜ばしいことだが……』

『仕方ありません。主様は仲間を守ることで力を発揮しますから。……そうなるのも必然でしょう』

 

 二人が既に諦めに入っているけど関係ないな!

 ……さてと、これからどうするかな。

 娯楽施設はこの時間帯はどこも多いだろうし。……うぅ~ん。

 

「……我、連れて行ってほしいとこ、ある」

「連れて行ってほしい所?」

 

 するとオーフィスは珍しく自分から申し出た。

 オーフィスが自発的にどこかに行きたいと言ったのは初めてじゃないか?

 

「我、下着、欲しい」

「――――――うん?」

 

 俺は今、自分の耳を疑った。

 下着が欲しい? 何かの聞き間違いだろうな、そうに違いない。

 でも確信が欲しいな。……もう一度聞いてみよう。

 

「オーフィスは何が欲しいんだ?」

「我、下着、欲しい。何故なら、我、下着持ってない」

 

 …………さて、それから俺がした行動を纏めようか。

 俺はオーフィスを腕で抱えて全力で街を疾走。

 そして街の一角にある女性の下着の店を恥ずかしげもなく突入。

 ……恥ずかしさなんかそんなもんは捨てた。

 だってさ? ―――ノーパンノーブラってどういうことだよ!!

 どうしてティアはそういう大事な事を全然教えていないんだよ!!

 

「よし、オーフィス! 好きな奴を好きなだけ選べ!!」

「我、イッセーに選んでほしい」

「店員さぁぁぁんん!!! この可愛い女の子に似合う下着を選んでください!!」

 

 俺は近くにいた店員に向かって涙ながらにそう叫んだのだった。……店員さんはあまりもの剣幕に頷いて、オーフィスを連れて試着室に向かってくれた。

 ……でも問題は更に振りかかる。

 

「やばい……ッ! この場に男は居てはいけないッ!」

 

 そう、他のお客さんの視線がヤバい!

 そりゃあ女性のお店に男がいたら不審がるよな、普通!!

 ……ポンポン。

 俺はその時、後ろから肩を叩かれた。

 俺はそっちに振り向くと、そこには―――

 

「……やっほー、兵藤~。こんなところでにゃにしてるのかな~?」

「……桐生?」

 

 何故か私服姿の桐生藍華がいた。

 って普通に休日だから下着を買いに来たに決まってるか。

 

「ま、まさか。……兵藤、女の子の下着を台無しにしたからプレゼントのエロエロ下着を買いに来た、そういうこと!?」

「違うわ、このド変態がッ!!」

 

 俺は桐生の頭を鷲掴みにして、ギリギリと力を加えていく!

 

「ひ、兵藤ッ! 出会いがしらに頭ギリギリだめぇ!!」

「いや、今日こそお前を潰してやる! アーシアに変な事仕込む罰だ!!」

 

 ……数分後。

 

「はぁ、はぁ。……もう兵藤、女の子はか弱いんだからいじめたらダメよ? 最近兵藤に色々されて、なんか目覚めてきちゃったんだから」

「お前が卑猥なのがいけない。むしろお前はまだマシな方だぜ? ―――何せ、松田と元浜は星になったんだからさ」

「……御愁傷さまねぇ」

 

 あ、こいつ全く興味すら抱いてねえ。

 目を見れば分かる。松田と元浜はどうでも良いってことですか。

 そして俺は桐生の発言はスルーした。

 

「で、兵藤はここで何をしてるのかなぁ?」

「別に……従妹?の下着を買いに連れてきただけだよ」

「従妹? まああんたの従妹なら懐いてもおかしくないと思うけど」

 

 桐生は肩をすかしてやれやれとか言ってやがる。

 

「で、そのあんたの従妹があんたの後ろにいる子ってこと?」

「?」

 

 俺は桐生が見るに体を向けると、そこにはオーフィスがいた。

 ……下着姿で。

 

「よし、オーフィス。今すぐ試着室に戻ろうか!」

「嫌。イッセー、我の下着、見るべき」

 

 くそ! オーフィスの奴、是が非でも動かないつもりか!

 ……確かに良く似合っているとは思うよ。

 オーフィスの白い肌に黒い下着は栄えると思うし、子供っぽさが残るデザインとは思う。

 だけど、だけども!

 さっきから桐生のニヤニヤした視線がひどく不愉快だ!

 

「にひにひ……。なるほど、兵藤はロリもいけると―――兵藤、あんた見かけによらず雑食ね!!」

 

 ……後で星屑にするのは決定だ。

 

「……イッセー、興奮、する?」

「なんて事聞いてんだよ、お前はぁぁぁ!!」

 

 俺は近くにあった壁に頭をガンガン打ちならす!

 誰だ、無垢なオーフィスに間違った知識を与える奴は!

 

「ティアマット、言ってた。……下着は女の、ポイント」

「そうか、そうか―――とりあえず今度ティアは説教だな」

 

 俺はそう言ってティアを説教することを固く誓うと、そのままオーフィスの方をなるべく見ないように言った。

 

「に、似合ってるけどさ。……うん、似合ってるからとりあえず試着室で着替えてくれ!!」

「ダメ。まだ20着ある」

「それ全部買ってあげるから! 後で何でもしてあげるから!!」

 

 ……俺がそう言ったら、オーフィスと俺の間に沈黙が走った。

 なんだ? すっごく嫌な予感がする。……こう、言ってはいけないような感覚が俺を襲うッ!

 

「……我、イッセーに従う。約束、忘れるの、許さない」

 

 するとオーフィスは静かにトコトコと試着室に戻って行った。

 ……大丈夫だよな? だってオーフィスだから大丈夫だよな?

 

「兵藤、いい? 女の子にあんたは何でもしてあげるなんか言ったら、あんた大変な事になるわよ? ただでさえあんたは親しい女にはあり得ないくらい甘いんだから」

「……うん、今それを後悔してるよ」

 

 珍しくも桐生は俺を諭していた。……流石の桐生も俺の行動を哀れんだんだろうな。

 

「ま、兵藤は兵藤ってことねぇ~……。にしても可愛い子ね? 無表情が凄いけど」

「そうか? たまに笑うし結構表情は変わると思うけど……」

「そんな些細なとこまで分かるのはあんたくらいよ? まあそんなのが分かるから好かれるんだろうけど」

 

 桐生は最後の方を小さな声で言ったものだから俺はその声を聞き取ることが出来なかった。

 ……そうだ、これからどこに行けばいいか分からないから桐生に聞いてみるか。

 

「なあ、桐生。女の子が連れて行ってもらって嬉しいとこってどこかな?」

「にひひ。……私にそんなの聞くなんてどんな風邪の吹き回し~?」

「いや、桐生だって普通に女の子だろ? お前だって黙っていたら可愛いのに……」

「……………………へ?」

 

 すると桐生は突然、鉄砲玉を喰らった鳩みたいに目を丸くして、少し経つと顔を真っ赤にし始めた。

 

「な、な、なに言ってるのかな~? わ、私が可愛いとかそんなんあるわけないじゃ~ん!! ああ、もう兵藤訳わかんないな~~~!! ね、なんか暑くない、この店!」

「いや、普通に涼しいけど? それよりどうした? 顔、赤いぞ」

「べ、別に? 別に可愛いとか言われても嬉しくなんかないけど?」

 

 ……こいつ、もしかして

 

「桐生、お前……もしかして照れているのか?」

「は、はあ!? そんなわけないじゃん!! この天下の桐生、兵藤ごときに」

「……お前、可愛いな」

 

 俺は追撃と言う感じでもう一度、桐生に向かってそう言った。

 

「~~~~~~っ!!!」

 

 すると桐生は更に顔を真っ赤にして悶え始める!

 ははは! これが普段からの恨みの仕返しだ!!

 アーシアに変な事ばっか吹き込みやがって!

 

「ひょ」

「ひょ?」

「兵藤の鬼畜~~~~!!! この天然ジゴロ!!!」

 

 ……そんな不名誉な捨て台詞を吐いて、桐生は店内から凄い速度で走っていくのだった。

 これは……勝った!

 俺の完全勝利だ!!

 

『ふふふ。これが子供心か。相棒にも、息子にもそんな童心な心がまだあったなんてな……パパは嬉しい』

 

 ……うるさいよ、ドライグ。

 今のは普段からアーシアの暴走の原因となっている野郎への軽いやり返しだよ。

 っていうか普段からあんな卑猥なエロ発言している割にはあいつ、照れ屋な一面があったんだな。

 あんな表情を普段からしてたら男子にもっとモテるのに。

 

『……確かに主様は天然ですね、桐生さんの仰るのは最もです』

 

 フェルまでそんなことを言って。……っとその時、籠一杯に下着をいれているオーフィスが試着室から帰ってきた。

 

「我、帰還した」

「そうか、そうか。じゃあ早速レジに行こうか!」

 

 俺は気分が良いのでオーフィスを連れてレジに行った。

 …………俺はその後で後悔することになる。

 女の人の下着ってさ、思ってたより高かったんだ。

 ちなみに俺の持ち金は全て消えていったのは内緒の話だ。

 ―・・・

「我、最後に行きたいところ、ある」

 

 そんな台詞から俺はオーフィスに連れられてどこかに向かっていた。

 下着店から出て結構、時間は経っている。

 まあその日は二人でのんびりと過ごしていたんだけど、突然オーフィスは俺の手を引いてそんなことを言ってきたんだ。

 俺はオーフィスに連れられること数十分。

 

「ここは……オーフィスと友達になった公園?」

 

 そして俺が連れられたのはオーフィスと一緒にジュースを飲んで、友達になった俺の家の近くの公園だった。

 特に何の変哲もない公園。

 今はもう夕方で、その景色は俺とオーフィスが初めて会った時と似ている。

 そして俺はあの時と同じように、公園のベンチに座ろうとしたんだけど、何故かオーフィスはそれを止めて先にベンチに座った。

 

「……イッセー、我の膝、枕にする」

「ええっと……」

 

 俺はオーフィスが座りながら、自分の膝をポンポンと叩いているのに苦笑いをするしかなかった。

 たぶん膝枕の事を言っているんだろうな。……でもオーフィスの頼みだから断るわけにはいかない。

 

「じゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな?」

 

 俺はそう言ってベンチに横になる。……オーフィスの小さいけど柔らかい太ももが俺の後頭部に感触となって伝わった。

 ……オーフィスの体は、冷たい。

 ひんやりしていて、周りは夏に近づいているから暑いはずなのにな。

 するとオーフィスは突然、俺の頭を撫で始めた。

 

「オーフィス?」

「……我、リアスに聞いた。こんな風、膝枕して、頭撫でたい」

 

 ……部長がそんなことを言ってたのか。

 確かに俺は最近色々あり過ぎて部長のことを少し蔑にしていたのかもしれない。

 俺だって意識していないわけじゃない。

 形式上、ライザ―との婚約発表の時にとんでもない台詞を吐いてしまったからな。

 部長の好意なんか、とうの昔に理解している。

 

「これで眷属の意見は一通りしたみたいだな」

「うん。でも我、まだ一つ、してないこと、ある」

「してないこと?」

 

 俺がそう尋ねると、するとオーフィスの顔が次第に俺の方に近づいてきた。

 俺は突然の事で何もできず、そしてオーフィスは―――俺の頬に軽くキスをしてきた。

 

「お、オーフィス?」

「…………」

 

 オーフィスは次第に俺の頬から冷たい唇を離していき、そして不思議そうな顔で俺を見ていた。

 

「……不思議。我、何故こんなにも暖かい? イッセー、キスした時、心が高鳴った。……ドキドキ、我、してる」

 

 するとオーフィスは自分の胸に手を当ててそう呟く。

 ……オーフィスは雛鳥だ。

 まるで生まれたばっかみたいに純粋で、無垢で、何も知らないような子。

 人の悪意も善意も、何も分からない。

 だから簡単に騙されて、組織なんかも創ってしまった。

 強いのに弱い。……まるで首に鎖をつけられて飼いならされているような感覚。

 それが俺がこの場所で初めて会った時に感じたことだった。

 でもオーフィスは俺と触れあう中で自我みたいな感情が芽生えて、組織を脱退した。

 力を切り離してまでして、俺の元に帰ってきた。

 ……俺が守らなきゃな。

 例えオーフィスがどれだけ強かろうと、俺がどうにかして守る。

 だってオーフィスは無敵ってわけじゃないから。……だから俺が守りたい。

 

「……その気持ちは俺も分からない。だからこれから、分かっていけばいいよ。…………俺はずっとそばにいてあげられるから」

「……我、イッセーの言葉、信じる」

 

 夕日に照らされたオーフィスの頬は、心無しか。…………赤く染まっていた。

 それが夕日によるものか、それともどうなのかは分かんないけど。……でもその笑顔は今までで一番、自然な笑顔だった。

 

「―――で、イッセー。……オーフィスに頬にキスされたみたいだけど、申し開きはあるかしら?」

 

 ……その怒気を含ませた聞いたことのあるような声が聞こえ、俺はその声の主の方向を見た。

 ―――そこには、皆が、いた。

 

「ぶ、部長? それに朱乃さんに小猫ちゃん、アーシアにゼノヴィアまで。……あ、ギャスパーも」

 

 ……視線の先の先頭から部長、朱乃さん、小猫ちゃん、アーシア、ゼノヴィア、そしてギャスパーはそれぞれの表情を醸し出しながらじっと俺を見ていた。

 嘘、なんでここに?

 部長とアーシアはともかく、ここは俺の家の近くの公園のはずだろ?

 

「いやね? 私はアーシアと共に街に繰り出してたんだが、その時にイッセーとオーフィスを見かけてね。まあつけさせてもらっていたよ」

「はう! イッセーさん、ごめんなさい!」

「……私はたまたまそこを通りかかっただけです」

「あらあら……私とリアスは冥界から帰ってきたところですわ」

「ぼ、僕はイッセー先輩のお家をお尋ねしようと思ったらこの公園でイッセー先輩を見ました!」

「…………ま、概ねこんなところよ―――それでイッセー、いつまでオーフィスの膝で寝転んでいるのかしら?」

 

 ……やばい。

 これは俺の第六感が逃げろと仰っている。

 

「ははは! イッセー、中々面白い状況になってんじゃねえか!!」

「うう……。僕の親友が、遠くなっていくよ」

 

 ……アザゼルと祐斗もいつの間にか女性陣の後方側にいた。

 アザゼルの野郎、俺の状況を嘲笑いやがって! って祐斗が泣いてる意味がわかんねえよ!!

 

「な、オーフィス。……この状況の意味が分かるか?」

「絶体絶命」

 

 ……うん、意外と分かっていたみたいだった。

 

「とりあえずイッセー? 積もる話もあるからお説教はまた後よ。とりあえずお家に帰りましょうか」

「……はい」

 

 俺はそう頷くしかなかった。

 ―・・・

 それから俺が部長に知らされたことは色々とぶっ倒れる位の衝撃的な事だった。

 まず部長と朱乃さんが冥界に行っていたのは、冥界にいる部長のお父様とサーゼクス様にあることで呼ばれたからだった。

 それは―――眷属とのより深いスキンシップ。

 そしてそれを解決するための方法としては、眷属同士の同居とのことらしい。

 うん、まあそこまでは良いんだけど問題はここからだ。

 その同居先……これが―――

 

「は、俺の家?」

 

 ……ということだったのだ。

 しかも手回しが早いことに、母さんには既にアポを取っているらしい。……っというより、母さんが友達と買い物をしに行っているっていうのは本当なんだけど、その相手が―――部長のお母様だったらしい。

 どうにも部長のお父様経由で俺が知らないうちに仲良くなっていたらしく、それで言葉巧みな感じで言いくるめられて、そして母さんは快諾。

 ……そういうことで眷属の皆の同居が決まってしまった。

 でも祐斗は騎士が女性と屋根を一つにすることはいけないと言ってそれを断っていた。

 ……ちなみにギャスパーは既に荷物をまとめていらっしゃる。

 

「……でもこのうちに眷属皆を入れることは出来ないわね―――リフォームをお父様とお兄様に進言しましょう」

「それならリアス、イッセーくんの部屋のベッドは……」

「当然、かなりの大きさにしておくわ」

 

 ……なんか俺の知らないところで計画が進んでいるような気がします。

 まあとりあえず頭が痛くなったから俺は自分の部屋に戻ってベッドに横になった。

 恐らく付いてきたであろうオーフィスはその隣で寄り添う形で横になる。

 

「イッセー、疲れた?」

「ああ……最後の最後で色々な事が起きたからな」

「……でもイッセー、嬉しそう」

 

 ……そっか、そんな表情をしているのか。

 たぶん、当たり前になったにぎやかさを今更ながら噛みしめているんだろうな。

 こんなにも、多くの人に囲まれたことはなかったから。

 昔…………。俺が兵藤一誠ではなかった頃のこと。

 

「オーフィス……また一緒に、遊ぼうな?」

「……我、そう願う!」

 

 ……龍神様は、ほのぼのとした表情でそう言うのだった。

 

 

 ―――ちなみにその夜の事…………

 

「よくもオーフィスに変な事教えやがったな!! ティア!! 戦じゃあ、おらぁ!!」

「い、一誠!? どうしたんだ!? お姉ちゃんにそんな……嘘!? レッドギアを使うのか!?」

「るっせぇ! 神帝の鎧じゃ、この野郎ォォォォォォ!!!」

 

 ……俺はティアとの鍛錬に置いて、色々な鬱憤を晴らすべくドライグとフェルの力を全力で使い、やつあたりのような鍛錬をするのだった。



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【第5章】 冥界合宿のヘルキャット
第1話 夏休みといろいろです!


 俺、兵藤一誠は悪魔である。

 突然だけど今の俺の状況を簡単にまとめようか。

 現在、俺の視点には天井が広がっている…うん、これは別に問題視することじゃない。

 ―――が、それは自分の部屋だった時にのみ言える話だ。

 しかし残念なことに俺の視線の先の天井は自室のものではない。

 …………俺は確か自分の部屋で眠っていたよな?

 それは間違いないはずだ。

 そして俺の寝床には昨日は部長とアーシアがいたはず(半分強制)なんだけどな。

 ………………なのに何故俺の腰には張り付くように抱きついている小猫ちゃんがいるのだろう。

 

「ってなんで小猫ちゃんと部長達が入れ替わってるんだぁぁぁ!?」

 

 いや待て、そもそも部屋の景色がずいぶんと違う!

 俺は小猫ちゃんに抱きつかれた状態で室内を見渡すと、そこには白を基調としたヌイグルミやらといったファンシーグッズとか、とにかく可愛い光景の部屋だ。

 …………うん、間違いなく小猫ちゃんの部屋だろうな。

 でもどうして自分の部屋で寝てたはずの俺が小猫ちゃんの部屋にいるのだろう…………

 とりあえずまずは小猫ちゃんを起こそう…………そう思った時だった。

 

「…………にゃぁ……すぅ…………せん、ぱぃ…………しゅき……」

 

 ………………小猫ちゃんの寝息交じりの寝言を聞いた瞬間、俺の癒されゲージが爆発する!(癒されゲージとは俺をとにかく癒してくれる存在の度合いのことだ)

 なんていう破壊力だ!

 寝顔は可愛いし、小猫ちゃんの愛くるしさで俺は今日をやっていけるぞ!

 とりあえず可愛いので頭を撫でて愛でることにした。

 

「にゃふぅ……」

「よし、今度から癒されたくなったらここにこよう」

 

 俺はそう決意した。

 …………っとあまりにも可愛い小猫ちゃんの仕草で本題を忘れてたな。

 

「小猫ちゃん、起きて」

 

 俺は愛でることを我慢して小猫ちゃんの肩を揺さぶった。

 すると小猫ちゃんは未だに半分寝ているような目で俺をじっと見てきた。

 

「…………イッセーせんぱぁい♪」

「ちょ、小猫ちゃん!?起きてるよね!それ絶対に起きてるよね!?」

 

 小猫ちゃんが寝ぼけたように俺の首に手を回して頬をスリスリしてくる!

 なんだ、この可愛い生物は!

 ってそうじゃない!

 小猫ちゃんは勢いで更に耳たぶを甘噛みしてきたり、首元を舐めたりしてくる!!

 

「ちょ、それホント待って!洒落にならない!洒落にならないからぁぁぁぁ!!!」

 ………………今朝早く、兵藤家に俺の絶叫が響いたのだった。

 

 ー・・・

「…………おはようございます、イッセー先輩」

「うん、おはよう。でも俺は朝から色々と小猫ちゃんに聞きたいことが山ほどあるんだけど……」

「…………先輩の体、温かかったです。それといい匂いでした」

「違う!俺が言いたいのは自分の部屋で眠ってたのに何で朝起きたら小猫ちゃんの部屋にいたっのかってことだよ!」

 

 俺は若干声を荒げてそう尋ねる。

 今の状況はパジャマが若干着崩れしている小猫ちゃんがベッドの上でチョコンと座っており、俺はそれの反対側に座っている。

 小猫ちゃんは未だに眠そうだけど…………ふと時計に目をやると時間はまだ5時にもなってなかった。

 

「…………事の始まりは夜中の一時くらいです」

「それくらいなら皆もう寝てるな」

 

 皆、っていうのはそれはオカルト研究部の女子部員のことを指す。

 というのも、少し前から小猫ちゃんを含めるオカルト研究部の女子部員は俺の家で居候をしているんだ。

 なんでも眷属同士の交流を深めるとかの名目で……それでアーシアや部長を筆頭として朱乃さん、小猫ちゃん、ゼノヴィア、ギャスパーは兵藤家で一緒に暮らしていたりするんだ。

 小猫ちゃんは話を続ける。

 

「……私はイッセー先輩と一緒に寝たくて夜中に先輩の部屋に忍び込みました」

「…………うん、続けて」

「…………そして布団を剥ぐと、そこには部長とアーシア先輩がいました」

「うんうん。それで?」

「………………ムッとしたのでイッセー先輩から二人を剥がして、先輩を部屋に連れ込みました」

「はい、ストップ!連れ込むってなんだよ!っていうか小猫ちゃん、俺をどうやって運んだんだ!?」

 

 俺はあまりにも現実味がなさ過ぎてそういうと、小猫ちゃんは……

 

「…………ルークの力ですが?」

 

 キョトンとした表情で、さも当然のようにそう言ってのけた!

 ……そっかー、悪魔の力か。

 俺は遠い目をしながらそう思った。

『戦車』の性質はパワーだからな。

 ただ、夜中に男を担いで自分の部屋に連れ込むのはなんとも想像しにくいもんだな。

 

「…………部長やアーシア先輩ばっかりズルいです。私も先輩と一緒のお布団で寝たいです」

「…………いや、あれ半分強制だからな?逆らったらアーシアの涙目とか、どれだけ俺の心を抉れば気が済むんだ…………」

 

 一度一緒に寝るのを断ったときのアーシアの絶望した悲しそうな表情を思い出して俺はげんなりとする。

 

「……とにかく、今後はあまりこういうのはよろしくないと思うからさ。たまにだったらいいから連れ込むのは禁止だよ?小猫ちゃん」

「…………わかりました。イッセー先輩がそう言うならちょっとだけ我慢します」

 

 小猫ちゃんは渋々といった感じで頷く。

 とりあえず頭を優しく撫でると小猫ちゃんは嬉しそうに体を震えさせる。

 ーーー最近の小猫ちゃんは俺へのスキンシップが前よりも過剰になっている。

 俺がそう感じ始めたのは和平会議が過ぎてからすぐのことだ。

 それから小猫ちゃんはできる限り俺の側にいて、そして甘えるようになった。

 でもそれは純粋に甘えてるだけじゃなくて…………手放したくないような、離れたくないような感じ。

 どこか俺が小猫ちゃんから離れることに恐怖を抱いている感じがするんだ。

 それ故か、最近の小猫ちゃんは朝の登校から休み時間、昼休み、放課後は絶対に俺の教室に来るなどしてるんだ。

 だから何となく、今の小猫ちゃんは危うい感じがする。

 …………もしかしたら小猫ちゃんのトラウマみたいなものが和平会議の時の事件で発作したのか?

 朱乃さんの過去のようなことも…………まあそんなことは考えてもわからないか。

 とりあえず今は早く小猫ちゃんの部屋から退散するか。俺が小猫ちゃんの部屋から去るために部屋の扉の取っ手を握ろうとした…………その時だった。

 

「小猫?朝早くから悪いけれどイッセーを見なかったかし―――」

「「あ」」

 

 ノックもなしに扉が開き、茫然とする俺と小猫ちゃんは部長と真っ向から顔を合わせる。

 視線が交差することものの数秒。

 が、その数秒が俺にとって永遠のように感じた……これはやばい。

 朝早くから小猫ちゃんの部屋から出てくるとか、何か誤解を生んでいるに違いない!

 そんな施行に至りながらも俺は冷や汗をぶわっと掻いた。

 

「部長さん、イッセーさんはいましたか?」

「ふふふ…………イッセーくんがいないなんて許しませんわ」

 

 ………………結果論を言おう。

 状況は最悪な方向で悪化したッ!!

 部長の後方よりひょっこりと顔を出したアーシアと朱乃さんの視線が俺と合い、再びその場に静寂が訪れる。

 そして小猫ちゃんは先程から俺に視線を合わせてくれない。

 なんだろう、この裏切られた感覚は……

 

「「「「「…………………………」」」」」

 

 俺たちの間で繰り広げる静寂。

 そんな静寂を最初に破ったのは…………

 

「お、おはようございます?部長にアーシア、朱乃さん?」

 

 ……それはいつの日か部長が母さんと最初に遭遇した時に言った、それはねえよと思った言葉だった。

 その数秒後、朝早くから約3名のお説教を受ける俺であった。

 ―――俺は無実だぁぁぁぁぁぁああああ!!!!

 

 ―・・・

「全く、イッセーは油断しすぎだわ」

 

 部長が嘆息するようにそう声を漏らす。

 今朝早くの説教を終え、俺を含むオカルト研究部は部長と朱乃さんの作った朝食を食べていた。

 ちなみに日課であるランニングはしたんだけど、アーシアを宥めながら走ったから、ほとんどジョギングに近かった。

 ともあれ誤解は解いたので、もう誰も怒っていない……はずだ!

 

「イッセー、我、ご飯を食べさせて」

「あらあら……なら私はイッセー君に私の愛情をこめて食べさせてあげますわ」

 

 その言葉にわかりやすく反応する他のみんな。(母さんを含む)

 

「い、イッセー?私は卵焼きを作ったのだけれど、よかったら……」

「あら、リアス?これは公平な勝負で得た者の唯一の権利ですわ―――そこで黙って指を咥えて見ておいてください」

 

 あ、朱乃さんの挑戦的な物言いに部長の青筋がぴくっと動く!

 最近ではよく見るようになった光景だけど、ほうっといたらこの二人は魔力を使った喧嘩を勃発させるからな。

 ちなみにご飯を食べる席を決めるときにも一悶着あったりした。

 今現在は俺の左隣にオーフィス、右隣に朱乃さんが座っているんだけどさ……それを決めるまでの騒動が大騒ぎだった。

 最終的に公平にじゃんけんってことになって今の配席となった。

 ……それにしても兵藤家の食卓はにぎやかになったよな。

 今やオカルト研究部の女子部員全員に母さん、ほぼ居候状態のオーフィス……母さんは本当によく認めたよな。

 聞いた話で部長のお母様が交渉したらしいけど……ホント、どんな交渉をしたら母さんを説得出来るんだろうな。

 そもそもアーシアの同居自体が渋々だったわけだし……っていうか父さんが帰ってきたら現状に驚くだろうな。

 ―――さてと、ずっとスルーしてきたことをそろそろ部長に聞くことにしよう。

 

「部長、ずっと気になっていたことを聞いてもいいですか?」

「なあに、イッセー?」

 

 部長は屈託のない笑顔で可愛くそう尋ねてくる。

 いや、だってさ……誰もそのことにつっこまないんだ。

 朝は小猫ちゃんの一件で目に入れなかったんだけどさ―――なぜだかしらないけど家が前よりも格段に大きくなってるんだ!

 なんだ、これ!?

 今更ながら冷静になって考えてみるとあり得ないだろ!

 ごく普通の二階建てだった家が気付いたら六階建てになっているなんてさ!

 

「取り敢えず、なんで家が六階建てになっているかっていう理由を聞きたいんですが……」

「あら、言っていたじゃない?家を増築しようって。それに流石にこの人数と共同生活するのには元々の大きさでは限界があったのよ…………それと六階建てじゃなくて地下三階を加えた九階建てよ?」

「き、九階!?―――あ、なんかエレベーターみたいなものまである……ってウソだろぉ!?」

 

 俺はリビングを出たすぐそこにあるエレベータを遠目ながら見てそう叫ぶ。

 そりゃあ信じられないだろ!

 朝起きて九階建ての豪邸になってるんだだからさ!

 しかもこのリビング、今までの5倍以上の広さを誇ってるし?

 ああ、なんかもう考えるのがおかしくなってきたな~~~

 

『ふ、フェルウェルぅぅぅぅ!!!息子が!!俺たちの可愛い相棒が現実逃避をしているぞぉぉぉ!!!』

『おおおお落ち着いてください、ドライグ!こうなればもう癒しのドラゴンオーラを放つのです!!』

 

 ……俺の中の愉快なドラゴン、ドライグとフェルが慌ただしくそう叫んだ。

 いや、フェル……お前が一番落ち着こうぜ?

 そんなことを心の中で言っていると、俺の斜め前に座っている母さんが俺に話しかけてきた。

 

「イッセーちゃん、リアスさんのご実家ってすごいんだね?最近モデルハウスの仕事を手掛け始めたってことで無料で家をリフォームしてくれたのよ。それとお隣の鈴木さんと田村さんが急にお引越ししたらしくて…………なんでもすごい好条件の物件が見つかったって言ってたけど…………」

「・・・部長?」

 

 俺は母さんの話を聞いて部長のほうを見ると、部長はわざとらしく視線を外した。

 っていうかリフォームの域を軽く超えてるよ!

 一日で地上六階地下三階の豪邸なんかどこぞの匠が出来んだよ!

 ……お隣さんの引っ越しは間違いなくグレモリー家がかかわってるんだろうな。

 よし、これ以上考えることはよそう。

 するとその時、俺の席から一番離れたところに座っているギャスパーが突然立ち上がった。

 

「イッセー先輩!どうして僕をランニングに誘ってくれなかったんですか!?僕も先輩と一緒にいた……先輩のように強くなりたいのに!」

 

 ギャスパーは少し涙目でそう懇願する。

 そういえばギャスパーはこの家に移ってから、オーフィスとは違う意味で俺の行動を真似するようになったんだ。

 オーフィスがなんでも俺の真似をして俺の後ろをついてくるのに対して、ギャスパーは俺の鍛錬に付き合ったり、たまにランニングについてくるようになった。

 

「おい、ギャスパー。君にそんな発言権があると思っているのか?」

 

 ……するとギャスパーの隣に座っているゼノヴィアが鋭い視線をギャスパーに送った。

 配席のじゃんけんで最初に負けたからか、少し機嫌が悪いゼノヴィアだけど、当然それだけではないんだ。

 

「ぜ、ゼノヴィア先輩!?い、イッセー先輩、助けてくだ」

「ほう……朝の全てをかけたじゃんけんを停止の力を使ってズルしたお前がイッセーに助けを求めるのか?」

 

 ……そう、ギャスパーはじゃんけんで全員が手を出す瞬間にみんなの動きを止めて完璧な後出しをしようとしたんだ。

 もちろんゼノヴィアは聖剣の力があるから止めることが出来なくて、それでばれて強制的に一番遠い席になった。

 

「…………自分で起きないギャー君が悪いです。このヘタレ」

 

 すると小猫ちゃんから厳しい一言がギャスパーに発せられた!

 

「あぅぅぅぅ!!!小猫ちゃんがいじめるよぉぉぉ!!!」

 

 するとギャスパーは足元に置いてあった段ボールに体ごと入って隠れる。

 ……ったく、あいつは根本的に変わってないな。

 まあでも随分とマシにはなったよ。

 最近ではちゃんと学校に行ってるし、クラスのほうでも何とかやっていけてるって小猫ちゃんも言ってた。

 ……とにかく、いろいろとあったけど今は比較的に平和に毎日を楽しく過ごせてる。

 まあそんな頻繁に前みたいにテロとかは遠慮したいけどな。

 

「……イッセー、郵便受け、手紙、届いてた」

 

 するとオーフィスは思い出したように懐から一通の手紙を渡してきた。

 橙色のきれいな便箋に包まれた手紙…………ああ、レイヴェルからの手紙か。

 レイヴェルってのは俺が前に部長の婚約の一件でぶっ倒したライザー・フェニックスの妹のレイヴェル・フェニックスって女の子だ。

 あまりにも綺麗な日本語と達筆な文字に感動して以来、こうして時たまに文通とかをしているんだ。

 あいつの妹とは思えないほどの礼儀正しい女の子で、文通でいろいろと話したりしている。

 ちなみにライザーはいまだに引きこもっているらしいが……まあレイヴェルが頼んで来たら目を覚まさしてやろうかな?

 とりあえず俺は早速手紙を開けた。

 そしてその文面には……

 

『お久しぶりです、兵藤一誠様。レイヴェル・フェニックスです。人間界ではそろそろ夏の真っ盛りだとは思いますが、体調は宜しいでしょうか?ところで私、最近になってお母様とトレードされてフリーの僧侶となったのです。お兄様が今は伏せていますので、見かねたお母様がそうなさったのですが……と、そんなことはどうでもいいですわ。ところでそろそろ長期休暇となると風の噂でお聞きしました。もし冥界に訪れることがあればぜひ、我がフェニックス家にお立ち寄りください。それではまたお会いできる日を楽しみにしています

 ―――レイヴェル・フェニックス』

 

 ……ああ、なんて素晴らしい気品を持ってる女の子なんだろう。

 まあもともといい子だったし、今はフリーなのか……あの子なら僧侶としては引く手数多なんだろうな。

 そうしてるとなんかみんなの視線が俺に向いているのに気付いた。

 

「はぅ!イッセーさんが他の女の子の手紙を読んでます!」

「な、なにぃ!?アーシア、それはどういうことだ!私にも分かるように簡潔に教えてくれ!!」

 

 アーシアとゼノヴィアがわけのわからない方向に暴走している!!

 

「で、イッセー。レイヴェルからは何て?」

「いえ、特に何かはないんですが……あ、そういえばあの焼き鳥はまだ引きこもっているらしいですよ?」

「そう?元婚約者ながら情けないわね」

 

 部長は全く興味すらなさそうにご飯を食べながらそう呟く。

 まあ相手があのライザーだからな。

 っと、俺は視線を外していたアーシアとゼノヴィアの方を見ると……

 

「「ああ、主よ!私たちはどうすれば良いのでしょうか!!」」

 

 ……ミカエルさんに頼んで悪魔でも祈れるようになったからって、とにかくわけのわからないことを祈っている二人の姿があった。

 とにかく、兵藤家の食卓は普段通り騒がしいのだった。

 

 ―・・・

「え?冥界に帰るんですか?」

 

 俺は朝食を終えて自室で夏休みの宿題を昇華していると、部長は俺にそう言ってきた

 ちなみになぜか今までの数十倍にまで大きくなった俺の部屋にはオカルト研究部のメンバー全員が集まっていた。

 そしてなんか少しづつ俺のもとに接近してきている気もするんだけど……

 

「ええ、そうなの。毎年夏は冥界に帰っていてね」

「そうなんですか……じゃあその間は俺はこっちにお留守番なんですね。じゃあ予定とか入れるか…………」

 

 俺は夏は悪魔の仕事とかすると思っていたから予定を丸ごと空けてたけど、予定を入れないとな。

 

「何を言っているの?イッセー、あなたも冥界に行くのよ?」

「へ~………………えぇぇぇぇええ!!?」

 

 俺は軽く流そうとしたけど、やっぱり流せなかった!

 

「当然でしょ?下僕が主についていくのは当たり前よ。それにあなたと離れて暮らすなんて私には考えられないもの」

「い、いや……まあそう考えれば当然かなって感じもしますけど……他のみんなは知ってたのか?」

 

 俺は俺よりも先に悪魔になってた他のメンバーに話を聞いてみることにした。

 

「うん、そうだね……去年の夏も部長と共に冥界のグレモリー家にお世話になったよ。その分、いろいろと悪魔の勉強もしたんだけどね?」

「私はリアスとは一番長い付き合いですので……あ、今は部活中ですわね」

「…………冥界はいろんな意味ですごいです」

 

 祐斗、朱乃さん、小猫ちゃんは三者三様にそう答えてくれる。

 確か俺が冥界に行ったのはフェニックス家との婚約式典の時に殴り込んだ時だよな。

 それ以外は行ってないし……ってことはゼノヴィアだけが冥界に行ったことがないのか。

 

「ちなみにアーシアは冥界に行ったことはあるのかい?」

「冥界ですか?私はイッセーさんと一緒にティアさんの背中に乗せていただいて一度だけ……」

「ふふふ……元教会の聖剣使いの私が悪魔となって冥界に行くのはごく当たり前か…………まあ破れかぶれとはいえイッセーに責任を取らせるからそれも良いか」

 

 ……ゼノヴィアが何やら怪しく笑っているのを俺は見ないことにしよう。

 すると祐斗は俺のほうを見ながら苦笑いをしていた。

 ―――そういえば、祐斗と一緒に聖剣計画の一件で俺が助けたあいつらに会い行く約束をしてたな。

 あいつらとはたまに連絡も取ってるんだけど、まだ裕斗のことは教えていないんだ。

 何て言うんだろうな……驚かせたい。

 夏休みに会いに行くのもよかったんだけど、こうなってしまえば仕方ないか……うん、でも絶対に会いに行きたいな。

 

「冥界か……出来れば修業したいな」

 

 ……ここ最近の俺の悩みの一つだ。

 ここのところ遭遇する敵はどいつもこいつも強敵ばっかだ。

 コカビエル然り、ヴァーリも然り…………とにかく俺は今の状態よりもさらに強くなりたい。

 みんなを守るための力をもっと身に着けたい。

 そのためにもっと強くなるために強い奴に稽古をつけてもらいたいんだよな……っとなるとやっぱり……

 

「……リアス、我、イッセーと離ればなれ?」

 

 ……そんな時、オーフィスはとても悲しそうな表情で部長にそう尋ねた。

 そう、やっぱり強者といえばオーフィスしかいない。

 それに夏になったら俺を鍛えてくれるように約束したからな。

 

「う~ん……オーフィスに関してはなかなか難しいのよね。無害ってことは分かっているわ……ただ、元禍の団(カオス・ブリゲード)のトップってことがね……でも公にはなってないんだし、大丈夫かしら……でも……」

 

 すると部長は自問自答をするようにぶつぶつと言いながら考え込む。

 確かにオーフィスはそれまでの経歴に若干の問題があるからな……

 

「まあいいじゃねえか。オーフィスを連れて行っても特に問題はないと思うぜ?そして俺も冥界に行くぜ」

『―――!?』

 

 すると突然、今までそこにいなかった人物の声が聞こえた。

 その声が聞こえたほうに顔を向けると、そこには渋い色の和服を着た容姿の整っているオカルト研究部の顧問兼堕天使の総督のアザゼルがいた。

 ……不法侵入か、この野郎。

 

「おっと、ちゃんとチャイムを鳴らして玄関から入ったぜ?そんなに睨むなよ、生徒諸君」

 

 ……アザゼルを皆は睨んでいるんだけど、それもこれもアザゼルはいまいち俺以外の人物から信用されてないんだ。

 まあ俺にちょっかいかけてきたこともあるし、今まで敵対してきた組織のトップだからな。

 仕方ないといえばそれまでなんだけど、とにかく信用を獲得するのはまだ先の話だな。

 

「へぇ、お前はこの夏休み、研究に没頭すると思ってたんだけどな」

「それも魅力的なんだがなぁ……まあ一応は堕天使の頭を張ってる身分、仕事しねえとシェムハザがうるせぇんだよ。くそ、あの野郎、自分が結婚してるからって調子づきやがって……俺だってその気になりゃ結婚くれぇ………………」

 

 ……どうやらアザゼルの地雷を踏んでしまったみたいだな。

 こいつ、自分で「俺は過去に幾重ものハーレムを築いてきたから、お前ら俺に惚れんなよ?」とか新任教師のあいさつで全校生徒の前で言ったのに、意外と婚期を気にしてるのか……

 

「っと脱線したな。とにかく、俺も冥界にお前らの『先生』として行かしてもらうぜ。俺のスケジュールはと…………面倒くせぇな。リアスたちの里帰りに現当主にお前らの紹介。あとはまあ新鋭若手悪魔との会合で、あっちでのお前らの修業だ……あとはサーゼクスとの会合―――はぁぁぁぁ……」

 

 うわ、こんな面倒そうな溜息を聞いたのは初めてだ。

 確かにハードスケジュールだけどな……ま、それもアザゼルの宿命ってことで。

 

「リアス、俺はどのルートで冥界入りすればいい?堕天使ルートか、それとも悪魔側が用意してくれるか?」

「……こちらで用意させてもらうわ。アザゼル―――先生」

 

 部長は渋々といった感じでそう呟くのだった。

 

 ―・・・

 俺は冥界に向かう日の前日、行きつけの町のはずれにある喫茶店に来ていた。

 今日は珍しく一人で、実はある子に会いに来ているんだ。

 そして俺は店の扉を開けると、鐘の音が鳴って店の中から明るい声が聞こえた。

 

「いらっしゃいませ~~~、何名様ですか?---ってイッセーくん!」

 

 そこには満面の笑みを浮かべて出迎えてくれる中学3年生の俺の知り合い、袴田観莉がいた。

 いつも通りのバイトの制服にエプロンという姿で、セミロング気味の髪を一つに纏めている。

 まあこれも夏の約束の一つなんだ。

 この喫茶店にお茶に来るときに観莉の休憩時間に勉強を教えるって約束したからな。

 

「今日は一人なんだ!オーフィスちゃんは?」

「今日は家でゴロゴロしてたから置いてきたんだよ」

「あはは……なんか簡単に想像できちゃうのがすごいよね……あ、席に案内するね?」

 

 すると観莉は慣れたように俺を席まで案内する。

 今日はまだ早い時間からか、俺以外には特に客はいなかった。

 

「おや、イッセー君。数日ぶりかな?」

「あ、マスター。数日ぶりです」

 

 すると俺の元まで直接マスターこと風浜江さんがコーヒーの入ったカップを持って、柔らかい笑顔でやってきた。

 

「あ、これは僕の新しいブレンドのコーヒーなんだ。できれば意見をもらえるかな?」

「……いつもすみません」

「何、僕と君の間柄だ、特に気にすることはないよ……ところで今日は観莉くんへの勉強会かな?」

「はい。夏休みに急遽予定が入ったもので……」

 

 すると観莉はレールに水を乗せて俺の座る席にまでやってきて、笑顔でそれを俺の前に置く。

 

「はい!お水に私の愛情の詰まったクッキー!手作りだよ?」

「……いいのか?」

「うん!勉強を教えてもらうお礼みたいなものだから遠慮しないで食べて?結構自信あるから!」

 

 俺は水と一緒に置かれて可愛い袋に入れられている小麦色のクッキーを一つつまんで口に含む。

 ……うん、甘すぎず程よい固さのクッキーだな。

 なんとなく心が休まる。

 

「おいしいよ。ありがと、観莉」

「いえいえ!それでイッセーくん、今日もお願いできるかな?」

「ああ、そのために来たからな……ってことで、マスター。観莉をお借りしても宜しいですか?」

「うん。この時間帯はほとんど客が来ないからね。それにそろそろ観莉くんも休憩の時間だったからね」

 

 マスターは笑顔でそう言うと、静かに店の奥へと消えていく。

 

「じゃあイッセーくん、勉強道具を取ってくるから待っててね!」

 

 観莉はそういうと、まるでスキップをしそうな勢いでルンルンとバイト用の更衣室に勉強道具を取りに行った。

 

 ―・・・

 勉強を教え始めて1時間くらい経った。

 元々観莉は飲み込みが早い。

 これはマスターから聞いたんだけど、いろいろなバイトを短期間でたくさんしていたらしく、だからその仕事を短期間でマスターするほどに順応力が高いらしい。

 まあ大体が年齢がばれてバイトを辞めさせられていたっていうから、けがの功名って感じだな。

 それはさておいて、とにかく観莉はそういう経験からか飲み込みは早い。

 だから教えていて教えがいがある。

 

「ね、イッセー君。ここの問題なんだけど……」

「う~ん……それは筆者の言いたいことを問う問題か」

「うん。筆者の言いたいことなんて筆者にしかわからないと思うんだよね」

 

 ……最もなことをいう観莉に俺は苦笑いをすることしか出来なかった。

 

「まあそこら辺は割り切って考えよ。とにかく、筆者の言いたいことなんかは文章から根拠を探して―――」

 

 そういった風に観莉に説明すると観莉は次々の飲み込んでいってしまうんだよな。

 これなら倍率が跳ね上がってる駒王学園も大丈夫かもしれない。

 運動は得意らしいし、バイトの面接で面接慣れしてるから駒王学園の面接試験と身体能力試験もまあ大丈夫だとは思う。

 

「ああ、なるほど……そういう考え方もあるんだね~…………?どしたの、イッセー君。私の顔をじっと見て…………あ、もしかして見惚れてた~?」

「そうだよって言ったらどうするんだ?」

「え?…………あはは、それはそれで照れるね」

 

 観莉はにこやかに笑ってそう言い返した。

 

「キリもいいし一回休憩にしよっか……っというの忘れてたんだけど、俺、明日からの夏休みは実はこの町にいないんだ」

「へ、そうなの!?あ~あ……せっかくイッセー君と一緒に遊びに行こうと思ってたのにぃ…………それで旅行とか田舎に帰ったりするの?」

 

 ……旅行って言われれば旅行だし、帰郷っていえば部長の帰郷に付き合うから里帰りとも言えるんだけどな。

 

「ああ、まあそんなとこだ。それでしばらくは会えないんだけど……」

「うん……それじぁあ仕方ないよね………………―――あ!いいこと考えちゃった!!」

 

 すると観莉は思いついたように暗そうな表情から一変、明るい表情となった。

 

「夏休み終わったら私の家庭教師してくれない?迷惑じゃなければの話なんだけど…………」

「ああ、それくらいならむしろ引き受ける!まあ後輩になるかもしれないしな」

「えへへ…………イッセーせんぱい?」

 

 ……俺は観莉の先輩という言葉にかなりぐっと来た!

 何て言うんだろう、小猫ちゃんやギャスパーとは違う感じの言葉に俺は不思議とやられた。

 ―――とにかく、帰ってきたら全力をもって観莉の受験を手伝おう、俺はそう決心したのだった。

 

 ―・・・

 次の日、朝早くから俺たちグレモリ―眷属+アザゼルとオーフィスは汽車らしきものに乗って冥界に向かっていた。

 らしき、なんていう曖昧な表現を使うのは、これが汽車かどうかすらわからないからだ。

 元々は普通に俺たちは電車のホームで待ってたんだけどさ、突然足元に穴が開いて、そこから降下していったんだ。

 それでその降下中に足元に魔法陣が現れたと思うと、俺たちの目の前には今現在、乗っている汽車が煙を上げながらそこにあって、俺たちはその汽車に乗り込んだんだ。

 ちなみにこの汽車はグレモリ―家の所有物らしく、俺はそこでグレモリ―の家のすごさを再認識したんだ。

 ちなみに今の俺たちの席順に関してはなぜかまたじゃんけんで決められ、その結果で俺の隣が小猫ちゃん、その前がアザゼルとオーフィスというような形となった。

 座席の形は向かいあう形の電車でよくある席で、オーフィスはぼ~っとしながら何も見えない外を見ており、そしてアザゼルは何やら本を読んでいるようだった。

 

「……そういえば最近ティアを見かけてないな。いつもいつも呼んでもないのに突然現れるのに…………」

 

 俺はそうふと思った。

 ―――その時だった。

 

「ふふふ……姉が弟の行動を理解していないはずがないだろう?龍王およびお姉ちゃんドラゴンをなめるなよ?」

 

 ………………………………なんか、いた。

 ものすごく自然に、部長と朱乃さんの席の正面に座って優雅に紅茶を飲んでいた。

 しかもよく見るとひざ元でチビドラゴンズのフィー、メル、ヒカリが眠っていた。

 ―――なんで、またこのバカドラゴンは唐突に現れるんだよぉぉぉぉぉ!!!

 

「……部長、これは大丈夫なんですか?いや、ホントマジで……このバカドラゴン、何のアポもってませんよ?」

「え、ええ……私も今気付いたら目の前にいた彼女に驚いているわ…………い、一応魔王様やお父様に確認するけど、一応はいつでも現れてもいいように許可だけはもらっていたのが幸いしたわ」

「あらあら……過去の行動をかんがみて進言して正解でしたわね」

「い、イッセー?わ、私はあれだぞ?お姉ちゃんであってバカドラゴンではないぞ?」

 

 ……朱乃さん、ナイスです!!

 俺は朱乃さんに心から礼を言って、俺はティアをスルーするのだった。

 

「…………イッセー先輩、少しお膝をお借りしてもよろしいですか?」

「え?別にいいけど……」

 

 俺は突然の言葉に反射的にうなずくと、次の瞬間小猫ちゃんは俺の膝を枕にして横になった。

 そして少しすると小猫ちゃんは寝息を漏らし始めたのを俺は聞いて、少し嘆息しながらも彼女の小さな頭を撫でた。

 

「ははは!さすがはイッセーだな!後輩人気なら木場を抜かすことはある!」

「いや、そんな情報は別にいらないんですけど…………」

 

 俺はそういうと小猫ちゃんの頭を撫で続ける。

 背筋が凍るほどの鋭い視線を四方から向けられるが、気になんかしないぞ!

 とりあえず俺は落ち着くまで無視することにした……っと思った時だった。

 

「イッセー、そんな状態で悪いんだが、ちょっと話をしてもいいか?」

「話?」

「ああ……って言ってもお前にとっても将来的には必要な話だ…………以前、三勢力の和平会議の時に襲ってきた奴らのことを覚えているか?」

「ああ……旧魔王派の奴らだっけ?」

 

 俺はアザゼルの問いに答えると、アザゼルは頷いて話を続ける。

 

「ああ。旧魔王の直接の血を引く奴らが起こした反乱だ。旧魔王派の連中の大半は禍の団に入ったって話だ……ヴァーリも含めてだが」

「……で?その話は俺もすでに理解しているぞ?」

「本題はここからだ。実はな、旧魔王派が健在だった時代、その当時から魔王どもと肩を並べるほどの大きな悪魔の家があったんだ」

 

 するとアザゼルは球状の機械みたいなものを出して俺に放り投げると、それは俺の見やすいちょうどいい高さで浮いてそこから三枚の画像を映し出した。

 二人の男と一人の女の画像だ。

 

「そいつらはある家の当主でな……その三家は通称『三大名家』なんて呼ばれている悪魔界ではトップクラスの力の持ち主だ。一応、強さの序列からいうと”サタン家”、”ベルフェゴール家”、”マモン家”……まあどの家も知られていない名門だ」

「……サタンにベルフェゴール、マモン」

「そうだ。まあ実際に俺が知っているのはその中の一人、三大名家当主最強と言われるディザレイド・サタン。まあ戦争の時に遭遇してハルマゲドンしたことはあるんだけどよ……正直、二度と戦いたくないと思ったぜ……勝ったけどよ」

 

 アザゼルは身震いするような表情でそう言う。

 ……アザゼルが恐れるほどの悪魔か。

 俺は表示されている画像の悪魔を見る…………その肉体には幾重もの古傷があり、歴戦の覇者という言葉が似合うほどの鍛え抜かれた体、写真越しでもわかるほどの力量……確かに魔王クラスの実力保持者だな。

 

「まあ三大名家自体は現魔王政権には不介入で不満はねえんだろうけどな……サーゼクス達は相当焦ったみたいだ。あの三大名家が旧魔王派に手を貸すことがあるかもしれないってな」

「そりゃあ旧魔王と関わりのあった人物だからな」

「三大名家は基本的には権力とかには興味がない連中ばっかだからな。サタンことディザレイドも今では最上級悪魔の称号を捨てて、何やら冥界の餓鬼どものために奉仕活動しているって話だしな……しかもベルフェゴール家は世代交代して、今はお前と対して変わらない年の女が頭を張ってるらしい」

 

 ……なるほどね。

 まあ大体の三大名家の事情は理解できた。

 でも俺はまだ多少の疑問が残っている。

 アザゼルが最後の一人のことを話していないことだ。

 

「で?なんで最後のマモンのことを話さないんだ?」

「…………いや、すまんな。最後の一人は俺もなかなかの恨みに近いものがあるからな……そいつには部下を何人も虐殺されたから何ともな」

 

 ……アザゼルのこんなところ初めて見たな。

 こんな憎憎しい表情は。

 

「そいつは三大名家の中では最弱なんだが、でも三大名家で最も権力を持ってる悪魔なんだ。現在存在する最上級悪魔の一人で、その絶対値は魔王とも遜色のない悪魔。マモン家当主の―――」

「………………ガルブルト」

 

 ……するとその時、俺の膝で眠っているはずの小猫ちゃんが体を起こして、静かに言葉を発した。

 冷たい、まるで雪のような言葉だ。

 今まで聞いたことのないような刺々しくもなく、感情も何もこもってない声音。

 

「…………ガルブルト・マモン。それがマモン家当主の名です」

「……小猫、なんでお前はそれを知っている?」

 

 アザゼルは驚いたような表情をしながら小猫ちゃんにそう尋ねると、小猫ちゃんは今までに見たことのない表情でただ一言……

 

「…………ガルブルト・マモンは私が世界で最も嫌いな悪魔ですから」

 

 ……小猫ちゃんのセリフの後に列車内に冥界に入ったというアナウンスが入る。

 だけど俺の耳にはそのアナウンスは入ってこず、ただ小猫ちゃんの豹変した声音に耳を奪われているだけだった。



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第2話 修行と冥界突入です!

 俺は汽車に揺られながら考え事をしていた。

 アザゼルとの三大名家についての話をしてから既に数十分が過ぎていて、アザゼルは神器研究のためか資料を見ていて、小猫ちゃんはさっきまでと同じように俺の膝で眠ってはおらず、今はガラス張りの窓に頭を寄せながら眠っている。

 先程、三大名家の一つ、マモン家当主のガルブルト・マモンの名を聞いてから小猫ちゃんの様子が急変したこと。

 俺はそのことをずっと考えていた。

 あの小猫ちゃんが今まで聞いたことのないような声音で淡々と語っていた話の内容を思い出しながら、俺は腕を組んで考える。

 ……考えてみたら俺は小猫ちゃんのことを何も知らないよな。

 塔城小猫。

 部長の『戦車』の駒の下僕で、そして何よりも俺の可愛い後輩だ。

 よく暴走もするし、そこにも愛嬌があることも知ってる……そしてアーシアや部長、みんなと同じように俺に好意を持っていることだって分かってる。

 だけどそれだけだ。

 俺はそれ以外の小猫ちゃんのことを何も知らない。

 それがどうしても―――悔しかった。

 大切な後輩にあんな声を出させてしまうなんて、先輩失格だ。

 

『主様、ですがどうしようもありません。主様がどんなに思っていても、今の状態では主様ができることなんて高がしれています』

『いや、フェルウェル。俺たちは知っているはずだ…………兵藤一誠という男はそんな普通の理論が通用しない男だということを……そしてそんな性質が、俺たちが相棒のことを慕う理由ということも』

『しかし何も言ってこなければ解決できるものも解決なんて……』

『それをどうにかしてしまうのが相棒だよ……なぁ、相棒……実は何をするべきなんか理解しているんじゃないか?』

 

 ……ドライグは全部悟っているといいたい風に俺にそう言ってくる。

 ―――確かに、弱音を吐くのは俺らしくもないな。

 信じたことをバカみたいに突っ走る……それが俺だよな。

 ったく…………認めたくないけど、やっぱりお前はいい親父だよ、ドライグ。

 

『な、に―――?ま、まさか相棒…………俺のことを……とうとう認めてくれたのか?』

 

 ……まずい、変な地雷を踏んだのかもしれない。

 わなわなと震えるドライグの歓喜の声が俺の心に染み渡ってくるッ!

 

『は、ははははははははははは!!!!どうだ、フェルウェルよ!!!何がマザーだ、パパに敵うはずもなかろう!!!!』

『……ドライグ、表に出なさい』

 

 お、俺の中で赤い龍と白銀の龍が暴れる!

 いや、魂だけの存在だから周りに被害を出すわけではないが、こいつらが喧嘩をしたらフィードバックで俺に精神的ダメージが来るんだよ!!

 

「……?イッセー、もしやドライグとフェルウェルが暴れているのか?さっきからお前からピリピリとしたドラゴンのオーラが出ているんだが……」

 

 するとティアは俺の席のすぐそばに立っていて、不思議そうな表情でそう尋ねてきた。

 ……腐っても龍王、そういう雰囲気は読めるんだな。

 場の空気は簡単に破壊するけど。

 

『来い、フェルウェル―――今の俺は誰にも負けんッ!!』

『その減らず口をへし折ってあげましょう!!!』

 

 っておいおい、マジで喧嘩はじめんのか!?

 自重しろよ、仮にもパパとマザーだろ!?

 

「諦めろ、イッセー。いいか……親というものは、時にして戦わねばならないんだ」

「んな格言いらねえんだよ!むしろ今は俺の戦いだよ!!」

「しかしな、イッセーの中での喧嘩を私はどうこうできないわけだが……オーフィス、どうにかできないか?」

 

 すると今までずっとぼうっとしていた俺の斜め前に座るオーフィスは俺の方をじっと見て、すくっと立ち上がる。

 

「方法、無いことない」

「ならオーフィス!ドライグとフェルを止めてくれ!!」

「…………わかった」

 

 ――――――するとオーフィスは何故か着ている服の首元のリボンを解き始めた。

 ……ってなにやってんの、マジで!!

 オーフィスの突然の行動に俺だけではなくその場にいる眷属の皆、更には眠っていたはずの小猫ちゃんまでもが驚いていた。

 

「他人の精神、入るの難しい。しかし我、ドラゴンの力、宿すものなら可能…………方法、より深い接触」

「お、オーフィス?まさかと思うけど深い接触って……」

「………………生物的繁殖活動」

 

 ……オーフィスは多少もじもじしながらそんなことを言ってのけた。

 

「な、なん、だと…………そうか、より深いつながりを作り、そしてその繋がりから他者への精神にダイブする……龍法陣の活用かッ!?龍というつながりがあるから故に成功する…………さすがは龍神というべきだな、オーフィス!!」

「いや、なに感銘を受けてんだよ、ティア!!そしてオーフィスは服を脱ぐなぁぁぁぁ!!」

 

 俺は慌てて脱ぎ続けるオーフィスの手を止めようとする。

 ……が、その時だった。

 

「ん…………イッセー、大胆」

 

 ―――まるで狙いすましたようにオーフィスは軽やかに移動し俺の手はオーフィスの手ではなくオーフィスの胸へと吸い込まれるように誘導された。

 ふにゃん、という感触が俺の掌に…………ウソだろぉぉぉぉぉ!?

 

「ふふふふふふふふふ………………あれだけ説教してもまだわかっていないのね、イッセー……そうなのね…………」

「あらあら……ちょっとおいたが過ぎましたわ」

 

 ……俺の後方からメラメラとした魔力のオーラと、更に鞭がしなるような音が聞こえた。

 ははは―――振り向かなくても分かる。

 もうあれだな……四面楚歌、俺にはもう味方がいないんだな。

 俺は若干あきらめムードに入った。

 

『く……まさかドライグがここまでやるとはッ!』

『ははは!どうだ、これが父性に目覚めた天龍の力だ!さあ、まだまだ勝負はこれからだ―――俺は知っているぞ!!相棒は実は昔、迷子になって泣いたことがある!貴様はそんな相棒を見たことはあるまい!!』

『何を!わたくしだって主様を慰めたことがあります!』

 

 ……勝負って俺の暴露大会のことじゃねえか!!

 ウソだろ、俺に誰も味方がいないってどういうことだよ!

 っていうかこの事態を収拾するための方法が俺には思いつかない!

 

「イッセー、私は悲しいわ―――揉むのしたってもっと大きいほうが良いでしょう?私ならいつでも受け入れ可能だわ」

「リアス、何もわかってない――――――そんなもの、ただの脂肪」

 

 …………オーフィスの発言に俺たちの空気は冷えに冷える。

 しかもよく見たら眷属の中の小猫ちゃんとかアーシアとかギャスパーが、うんうんっていう風に頷いている!

 

「あらあら……持たざる者と持つ者の違いを分かっていないのですか?」

「オーフィス、それは私も聞き捨てならないぞ?本にも書いてある……男は大きいほうが好きだと」

 

 おっと?

 雲行きが怪しくなってきたぞ?

 オーフィスの発言に朱乃さんとゼノヴィアまで反応してるし、なぜだかオーフィスを先頭に小猫ちゃん、アーシア、ギャスパーはチームを組んでいるみたいに固まってる!

 この中では小柄なメンバーだ。

 そして対抗馬に部長、朱乃さん、ゼノヴィア、なぜかティアといった風にスタイルが女性らしいメンバーがオーフィス達とにらみ合いを始めてる…………

 俺は助けを求めるようにアザゼルのほうを見ると、するとそこにはいたずらな表情を浮かべた堕天使の総督がいた。

 

「まあまあそんな喧嘩すんなって……そんなにイッセーの趣向を知りたいなら、試してみればいいんじゃねえの?」

『――――――――――――!!?』

 

 アザゼルの言葉を聞いた瞬間、俺を除く女子メンバ―ははっと俺のほうを同時に見てきた。

 

「あ、アザゼルぅぅぅ!?お前、謀ったな!!わざとだろ、それ!!!」

「はい?俺も年だなぁ……視力が低下してきたみたいだぜ」

「視力関係ねえだろ!!おい、どうしてくれんだ!!みんなの目がギラギラしてんじゃねえか!!」

 

 俺は少しずつにじり寄ってくるみんなに対し、一歩後ずさりをする。

 どうしてだろう…………悪い予感しかしない。

 この状況から脱出する方法を考えるんだ、じゃないと大変なことになってしまうッ!!

 何か…………そう思った瞬間、俺は女神を見つけた。

 

「んん~・・・あ、にいちゃんだ!ヒー、メル、おきて!!」

「にぃに~~~~」

「にぃたん、にぃたん~」

 

 すると俺のもとに全力でダイブしてくる可愛い可愛い俺の使い魔……フィー、ヒカリ、メルが俺の胸に嬉しそうに抱き着いてきた!

 め、女神だッ!

 俺のこの状況を唯一救ってくれるのは、もうこの子達しかいない!!

 

『……………………』

 

 すると一同も自重してか、にじり寄る歩みを止めて納得できないような表情しながらも進行を止める。

 流石に小さな三人の前では暴走も止まるか……助かった!

 

『はぁ、はぁ…………さすがはマザーを名乗るだけのことはあるッ!まさかここまで俺と対等に戦えるとは』

『わたくしも貴方を見くびっていたようですね―――大した”愛”です』

 

 ―――お前らはまだそんな争い続けてたのかよ。

 俺は心の底から溜息を吐いて肩を落とした。

 つーか、俺のシリアス返せて、ちくしょう!!!

 

「はは……トイレから帰ってきたらすごいことになっているね、イッセー君」

「祐斗……なあ、トランプでもしないか?」

 

 俺は苦笑いをする祐斗にそうすがるのだった。

 ちなみにそれから少しの間、先ほどのチームは硬直状態で睨みあいを続けていたというのは内緒だ。

 

 ―・・・

「ほい、あがり」

 

 先程の騒動が嘘のように俺たちは今、トランプをしていた。

 トランプをしているのは俺と祐斗、ゼノヴィアに部長、朱乃さんでアーシアは最近母さんに教えられてハマっている編み物をしている。

 オーフィスはフィー、メル、ヒカリと戯れている。

 小猫ちゃんは……ギャスパーと携帯ゲーム機で真剣勝負をしていた。

 ……少し前の冷たい感じは、今は見受けられないな。

 ちなみに俺達はババ抜きをしていて、今のところ俺の負けなしといった具合だな。

 

「…………イッセー君、強すぎるよ。一度もジョーカーを引いていないんじゃないのかい?」

 

 祐斗は苦笑いをしながら俺にそう言ってくる。

 確かに一度もジョーカーは引いてないけどな…………言っちゃ悪いが、この中のメンバーは全員表情でどこにジョーカーがあるのかが手に取るようにわかる。

 まあこの中でのポーカーフェイスは朱乃さんくらいかな?

 部長もなんだかんだで表情に出てるし、ゼノヴィアはおバカだし。

 祐斗も惜しいんだけど、やっぱり表情でジョーカーを持っているかどうかがわかってしまうな。

 

「むぅ……やはり私は頭を使う作業が苦手なのか?いや、だが勉強は別にできないことはないし……しかし10回やって8回最下位はいくらなんでも……」

「ゼノヴィア、いくらイッセーが相手だからってあなたは弱すぎるわよ」

 

 部長が珍しくゼノヴィアに苦笑いをしながらそうツッコム。

 

「そのうち二回の敗退は部長ということを忘れては困るな」

「…………いいのよ、これからもっと上手くなるもん」

 

 ふ、不貞腐れた部長は年相応ですごくかわいい!!

 そういえば最近部長はお姉さまじゃなくて、普通の女の子としての反応が増えてきたんだ。

 まあそれは朱乃さんも同じことなんだけど……

 

「でもイッセー君が強すぎるのは同感ですわ。私も相当のポーカーフェイスだと思うけど……」

「確かに朱乃さんが一番手ごわいと思いますけど……それでもなんとなくは察せますから。昔から嘘を見抜くのは得意なんですよ」

 

 ……っといっても、それは俺が兵藤一誠として生きる前の、名前を忘れたころの俺の経験談だけど。

 

「それに俺はどうしても勝てない相手もいましたから」

「……それは興味があるわね。勝負ごとにめっぽう強いイッセーが勝てない相手なんていたの?」

 

 部長は興味津々と声に出そうなくらいの表情で俺にそう尋ねる。

 ……確かにいた。

 俺がババ抜きをしても、何をしても心理戦では絶対に勝てなかった…………ミリーシェだ。

 

「ええ、それはもう心理戦では一度も勝てた試しがありませんよ。俺の心を読んでんじゃねえのかってツッコミたいくらい、俺の考えてることを言い当ててくるんですよ?そんな奴に勝てませんよ」

「……そういえばイッセー君が自分のことを楽しそうに話すのはあまりないよね」

 

 すると祐斗は少し嬉しそうな表情でそう言ってくる。

 ………………俺、今、楽しそうだったのか?

 

『……認めたほうが良い、相棒。相棒にとって、ミリーシェとの思い出はただ楽しいものだったということだ。むしろ、そんな感情がしっかりと残っていたのは俺としても嬉しいさ』

 

 ドライグはそう言ってくれる。

 そうだよな……楽しかったものは楽しい。そう思わないと駄目だよな。

 じゃないとミリーシェにも顔向け出来ない。

 

「まあな。楽しい思い出だし、それに…………俺にとっては掛け替えのない思い出だからな」

「……掛け替えのない思い出、か。いいね、そういうの。僕もそういう思い出をできることなら君と作っていきたいよー――親友として、仲間として、君の笑顔を守れるようになりたいね」

 

 祐斗は笑顔でそう言ってくる。

 おいおい……そういうのはお前のファンとか、ヒロインに言う言葉だぞ?

 少なくとも男の俺に言う言葉じゃねえよ!

 

「祐斗、私のイッセーを口説くのはやめて頂戴」

「あらあら……ダメな子にはお説教が必要ですわね」

「木場祐斗……断罪されたいかい?」

 

 そして祐斗を取り囲む部長たち……ご愁傷様だな、祐斗。

 俺は今までの経験を踏まえて、その場からそそくさと移動しようとしたその時だった。

 

『えぇ~、もうすぐ目標地でありますグレモリー領、グレモリ―本家へ到着します。席に座ってお待ちください』

 

 汽車を運転している車掌のアナウンスが入り、俺は一人黙々と編み物をしていたアーシアの隣に座った。

 するとアーシアは柔らかい笑顔を浮かべて編み物をする手を止めて俺のほうをにっこりとした表情で笑いかけてくれた。

 

「お疲れさまです、イッセーさん」

「ああ……それで何を編んでるんだ?」

「はい!夏が終わったら秋なので、イッセーさんのセーターを編んでるんですけど……不要ですか?」

 

 ……アーシアのウルウルとした涙目を見て、俺はついアーシアの頭を撫でた。

 

「いやむしろ嬉しいよ、アーシア。ありがとう!」

「はい!でもまだちょっと自信がないのであんまり期待はしないでくださいね?」

 

 アーシアは舌をペロッとだして可愛くそういうと、その時汽車は突然揺れる。

 俺は体勢を崩したアーシアを抱き留めて支えた。

 

「あ、ありがとうございます、イッセーさん……」

「わ、悪い!アーシア!」

 

 アーシアの頬が紅潮しているのを見ると、俺はアーシアを抱きしめているのを理解して急いで離れようとした。

 でもアーシアは頭を横に振った。

 

「だ、大丈夫です!むしろ私はイッセーさんがお傍にいるほうが嬉しいというか、とにかく歓迎です!!」

 

 ……俺はアーシアの焦ったような顔を見て自然と頬が緩む。

 ―――今更考えたら、アーシアと出会って俺はいろいろと変わった。

 それまで無意識に女の子を避けてたのもなくなったし、それにこの子と出会ってから自然に笑えている気がする。

 元々楽しいと思っていたけど、アーシアと出会ってからはそれを拍車にかけて楽しい毎日となった。

 もちろんアーシアだけのおかげだとは思わない。

 眷属の皆はもちろん、母さんやティアやフィーたち……みんなのおかげで今、俺は毎日が楽しいって自信を持って言える。

 

「アーシア、ありがとう」

「?」

 

 俺はアーシアにそう言うと、アーシアは首をかしげて不思議そうな表情をする。

 ははは……まあそうだよな。

 

「この毎日を守るためにもっと強くならないとな…………」

 

 俺はそう小さく呟いて、そして決心するのだった。

 そうしていると汽車は停車して、汽車の扉は自動的に開く。

 

「到着したわ。さ、行きましょう」

『はい、部長!』

 

 部長の声に応えるように、俺たちグレモリ―眷属+αは汽車を降りるのだった。

 

 ―・・・

 汽車を降りた瞬間、俺たちが目の当りにしたのは綺麗に整列している人だかりだった。

 そして部長を先頭に汽車から降りると、その人だかりの中心にいる執事服を着ている男の人が一礼した。

 

「お帰りなさいませ、リアスお嬢さま」

『お帰りなさいませ、リアスお嬢様とその眷属様!』

 

 お、おぉぉ…………なんかすごいな。

 部長が汽車を降りた瞬間のお出迎え……さながらお嬢様って感じだ。

 っと、俺はアザゼルが汽車から降りていないことに気が付いた。

 

「アザゼルは降りないのか?」

「俺は今からサーゼクスとの会合でな。あとは三大名家のディザレイド・サタンの野郎も来るってことだから顔を出さねえといけねえんだ。まあお前らの修業までには戻って来てやるよ」

 

 アザゼルは汽車の窓から手を振りながらそういうと、再び先程からずっと目を通していた資料に目を通し始める。

 そして俺は視線を前に戻すと…………おぉ!?

 なんか兵隊みたいな人たちが出てきて鉄砲を上空に向かって撃ち始めた!

 しかもさらに人は増えていて、一種のパレードみたいなものが開催されている!

 …………知らされていたけど、部長って本当にお嬢様なんだな。

 

「ただいま、みんな。こんなお出迎えしてくれてありがとう」

 

 部長は屈託のない笑顔でそう言った。

 ……すると執事やらメイドたちが道を空けて、そして一人のメイド服を着た女性が俺たちのほうにまで歩いてきた。

 

「お帰りなさいませ、リアスお嬢さま……そして眷属の皆様」

「ただいま、グレイフィア。元気そうで何よりだわ」

 

 歩いてきたグレイフィアさんの登場で、眷属の皆は頭を下げる。

 まさかグレイフィアさんのご登場とはな……サーゼクス様のところにいなくても大丈夫なのか?

 

『まあサーゼクス・ルシファーは悪魔の中でもトップの実力者だ。そんな心配は無用とも言えるだろうな』

 

 ドライグが懇切丁寧に説明する……それもそうだな。

 あの人が誰かに負ける姿なんて想像できない。

 

「とりあえず馬車をご用意したのでこれにお乗りください。グレモリ―家の本邸までこれで移動します」

 

 すると馬車が数台、魔法陣を介して現れた。

 でもなんか俺の知っている馬とは明らかに違うような……馬ってこんなに目がギラギラしてたっけ?

 しかも鋭い牙まで生えてるし……どこからどう見ても肉食獣だよ!

 

「……ところで馬車の配置はどうします?」

 

 すると朱乃さんは突然、にこにこ笑いながらそんなことを言ってきた。

 …………来るとは思ってたけど、またか。

 

「……お前たちには悪いが、少し今回は遠慮してもらってもいいか?」

「ティアマット?」

 

 するとティアは部長の前に出て、そう言った。

 もちろんその発言から女性人の視線が鋭くなるが、ティアはやれやれといったような表情をしていた。

「何、そう身構えるな。別に私がイッセーと同じ馬車に乗りたいわけではなくな…………あのチビ共はイッセーと一緒にいたいんだよ」

 

 ……ティアが優しげな、さながらお姉さんのような表情でそう呟いた。

 ティアの視線の先には未だなお行われているパレードを目をキラキラさせて見ていて、ものすごく楽しそうなフィー、メル、ヒカリの姿があった。

 

「いつも一緒に居られるお前たちと違ってあいつらはイッセーと接する時間が少ないんだよ。すまないが、私のわがままを聞いてもらってもいいか?―――なんだ、妹の幸せを願うのも姉の役割なもんでな」

 

 ……俺たちはティアの苦笑いを見て、どこか感動めいたものを抱いた。

 普段は呆れるほどの馬鹿な行動ばかりしているティアがまさかこんなお姉ちゃんな一面があるなんて……そういう俺も本気で感動している。

 なんか今ならティアのことを喜んで「お姉ちゃん」って言っても嫌じゃないかも……

 

「ふふ……どうだ、イッセー。キュンと来たか?お姉ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」

 

 …………おい、俺のときめきを返せ。

 最終的にそんな思考に至るティアに俺は溜息を吐いたけど、それがティアらしいとこなので、早々に感動を取り戻すことを諦めたのだった。

 そして俺はフィーたちを連れて馬車に乗り込む。

 俺らが乗る以外の馬車にはオーフィス、小猫ちゃん、アーシア、ギャスパーたちが乗っており、残りはもう一台の馬車に乗っている。

 

「わ~!にいちゃん、すごいよ?キラキラがいっぱい!」

「ははは……お兄ちゃんは黙って妹の面倒をみろってことか?まあ楽しいしいいか」

 

 俺は興味津々に外のパレードを見ているフィーの頭を撫でると、馬車にある椅子に座って足を組んだ。

 俺は三人を見てふと思い出したんだけど、三人って確か普段はティアに鍛錬してもらってるんだよな?

 俺はティアに可愛がられる3人しか見たことないけど……

 

「三人はティアにどんな風に鍛えられてるんだ?」

「ティアねーに?えっとね……フィーはゴウエン?とかおしえられてるぞ?」

「ご、業炎……まあ火炎龍だからな……」

 

 小さく無邪気で可愛いフィーが業火の炎をまき散らしてる姿とか絶対に見たくないな、うん。

 

「メルはりゅーほうじん!」

「龍法陣ねぇ……ティアはドラゴンなら誰でもできるって言ってたけど……」

『主様はドライグやわたくしの力を有していますが、実際にはドラゴンというわけではないですからね……とはいえ、魔力のオーラは限りなくドラゴンに近いものですから……』

 

 ドラゴン専用の魔法のような術式である龍法陣か……俺も余裕が出来たら教えてもらおうかな?

 っと最後はヒカリか。

 ヒカリは光速を司るドラゴンだから速度関係か……そう解釈してみると、ヒカリは俺に話しかけた。

 

「ヒーはおんなのみがきかた…………にいたんにもっと好きになってもらう!」

「へ、へ~……でも今でも大好きだから大丈夫だぞ?」

「そうなの?えへへ」

 

 ヒカリは嬉しそうにだらしなく頬を緩ませる……全くティアはヒカリに何を教えてんだよ。

 でも三人ともだんだんだけど、成長はしてきているとは思う。

 ティアも鍛錬の時にそう言っていたし…………ティアは本人たちの前では恥ずかしがって言わないけど、俺との鍛錬の途中、三人について話したことがある。

 

『あのチビ共?ああ……私は個人的には高く評価している。なんたって私についてくるのだからな!ドラゴンとしての才能は相当なものだろうと思うよ。過去、いろいろな龍を見てきたが、あれほどに純粋で、しかも強い憧れを持つドラゴンはいない』

『憧れ?』

『そうだ。大抵のドラゴンは憧れるとすれば自分の親か、それか強いドラゴンに憧れを持ち、自分を高める……私もそうであったよ。でもな、あいつらが憧れてるのはお前なんだ、一誠。すり寄っているのもお前を憧れ、本気で好きでいるからだ』

『あの小さなドラゴンがねぇ…………』

『想いの力は時に本当の強さになりうる……お前も共感できるところがあるんじゃないか?一誠の力の本質は誰かを守るためだからな。だからこそ、龍王最強と謳われる私との鍛錬もこなせる』

『つまりお前はあいつらがこれまでのドラゴンとは違う、もっと別の成長をするって言いたいのか?』

『その通りだ…………いつかは世代交代もあるだろうな。龍王……今や現役で存在する龍王は私を含めても少ししかいない。だからこそ、あいつらは将来の龍王の候補と私は踏んでいる』

 

 …………こんな会話をティアとしたのは初めてだったな。

 それから俺はフィー、メル、ヒカリのことを別の視点から見るようになった。

 俺の手元にいる小さくて、守りたいドラゴンはいつかすごいドラゴンになって龍王って言われるのか……全然想像がつかないな。

 

「ドラゴンの可能性ってやつは底も見えないな」

『相棒、それを言えば相棒の底も全く見えないぞ?』

 

 俺はドライグからの皮肉に苦笑いをした。

 そうだよ……俺に底なんかいらない。

 強くなるために、守るために制限なんかいらないからな!

 すると俺の前には今まで外のパレードを見ていたはずの三人が俺のほうに掌を出していて、しかもそこから色とりどりの龍の刻印が浮かぶ龍法陣が展開されていた。

 フィーが緋色、メルは藍色、ヒカリが黄色……確か龍法陣の色って言うのはその発動者の性質が色に現れるってティアが言ってたな。

「んん……できた!」

 

 するとフィーはそんな声を出して、緋色の龍法陣を自分に展開し、すうっと円陣が通り抜ける。

 そして緋色のオーラが馬車を包んで、それに続くように藍色のオーラと黄色のオーラが馬車の中を包んだ。

 俺はまぶしさに目を閉じる……そして少し経って目を開けるとそこには―――

 

「フィー?同時展開って言ったのに自分だけ先に展開するなんてずるいよ?メルさんは怒ってるんだから!」

「あちゃちゃ~、ごめんごめん!思ったより早く出来ちゃったから先走ったよ!」

「……とかいいつつメルもフィーと同じくらいに展開してた……全く、こんなのが姉妹なんてにぃにがかわいそう」

 

 ……………………………………えっと、どうなってんだ?

 さっきまで3、4歳くらいの大きさだったメル、フィー、ヒカリが大きくなった?

 年で言えば小学生くらいの大きさ……えっと、なんだこれ?

 そう思っていると大きくなった赤毛のフィー?が俺に話しかけてきた。

 

「一時的にしかなれないんだけど、現状よりも成長できる龍法陣なんだ!知能も発達するから覚えとけってティア姉が教えてくれたんだ!」

「なるほどな……ってことは力もか」

「メルたちの今の精度じゃあ数分が限界なの……でも成長すると兄さんも全然違うように見えるんだね!」

 

 するとメルは少し頬を紅潮させて、両手で自分の頬を覆う。

 

「……にぃに、カッコいい。小さい頃は憧ればっかりだったけど、大きくなったらドキドキする……抱きしめてもいい?」

 

 うぅ~ん……ヒカリは昔より静かになるんだな。

 タイプ的にはオーフィスに近くて、小猫ちゃん寄りだ。

 

「それでどうしてその龍法陣を展開したんだ?」

「うん……あたしたちの成長を兄ちゃんに見て貰いたかったんだ!でも思ったよりも冷静だな、兄ちゃん!」

「普段からこれくらいの驚きは当たり前だからな……でも普通に驚いてるよ。小さくて可愛い三人が、少しだけ成長して更に可愛くなったんだからな!うんうん、兄貴的に妹の成長は好ましいな!」

 

 俺は腕を組んで何度もうなずく。

 が、俺の反応とは裏腹に3人は少しだけ震えてた。

 

「「「か、かわいい…………」」」

 

 ……ん?なんか様子がおかしいような気がしてならない……そう思った瞬間だった!

 

「兄ちゃん!可愛がって!撫でて!」

「メルも!兄さんに愛でられたい!!」

 

 お、おぉ!?

 突然、フィーとメルが小さいときと同じように俺に抱き着いてきた!

 俺は当然、それを受け止めるしかなかったんだけど、そんな二人は俺の胸をすりすりとしてる!

 成長したって言ったけど成長してないじゃん!

 

「……ふふ。二人は甘い」

 

 ……ヒカリが後方でそう言った瞬間、突然二人から煙が噴き出した。

 そして煙が消えるとそこには……さっきまでの姿はなく眠っている小さいドラゴンのフィーとメルの姿があった。

 

「……あの術はまだまだ未完成。しかも私とは違いその二人は急いで展開したから制限時間が私よりも少ない……しかも人間の姿の術まで解けて、眠ってしまう副作用がある……つまりヒカリの大勝利」

 

 するとヒカリは同じ大きさのまま俺にVサインを送ってくる。

 …………ヒカリ、大きくなったら計算高い小悪魔になるんだな。

 昔からませてたけど、こういう風に成長するのか……

 

「私の制限時間はまだまだ残ってる……可愛がって?にぃに」

 

 …………狙ってやっているのだろう。

 物静かになった分だけ、首をかしげて上目遣いをされただけで可愛すぎて倒れそうになるッ!!

 なるほど……女を磨くティアの特訓は将来的にこうなってしまうのか!

 そしてヒカリは俺のすぐ隣に来て、腕にピタってくっつくように抱き着く……そして俺のひざ元にいたフィーとメルを前の席に放った!

 

「ここだったら誰も邪魔こない……にぃに、可愛がって?」

「あ、あはは…………眷属の誰よりも抜かりがないよな……」

 

 俺はそう力なく言いつつ、しかし愛嬌のあり過ぎるヒカリの頭を撫でて、到着する寸前まで膝枕をするのだった。

 ……ちなみにヒカリがわざとらしく衣服を乱していたのは内緒だ。

 

 ―・・・

 馬車に乗って数十分。

 外の風景は綺麗な草原が広がっており、どこか幻想的な紫色の空はどこまでも続いているようだった。

 っと詩人みたいなコメントはさておき、ヒカリの策略から少し間をおいて、ヒカリの龍法陣は解けてしまい、今はドラゴンの姿ではなく小さな子供の姿となって俺の膝で眠っている。

 ヒカリの術は二人とは違い完璧らしく、副作用がないため人間になるための術が解けないと言っていた。

 たださすがに眠気までは消えないそうだけど。

 ま、それはさておいて……いつになったら着くんだろうな。

 さっきから外の風景は森林ばっかりだ……部長が言ってたけど、グレモリー領はどうやらありえないくらいの規模があるらしく、その分、未だに未開の土地も多いらしい。

 土地の大きさで言えば日本の本州くらいって言ってたっけ?

 それを聞いたときは流石に声をあげて驚いてしまったな…………それから俺たちにその土地の一部を割譲するとは言っていたけど。

 ちなみに小猫ちゃんや祐斗、朱乃さんは既に自分の土地を持っているそうだ。

 なんていうか……悪魔っていうのは何でもありだな。

 

「でも流石に三人とも寝てるのか……アザゼルに神器の資料でも借りとけばよかったか?」

『ふふふ……子供の探求心は消えていない主様にわたくしはとても嬉しく思っています……アザゼルと出会ってからは主様は更にわたくしを使いこなすようになってきましたから』

 

 ……そうなんだ。

 フェルの神器……神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の真骨頂は神器の創造。

 つまり何もないところから神器を創り出すっていう、とんでもないスペックを誇る。

 だからこそ負担も大きく、乱用は避けるべきなんだけどな……とにかく、神器を創造する際に最も必要なことってのが、より詳しい神器の情報ってわけだ。

 例えばその情報が濃密であれば、大げさに言えば現在俺が創れる最高クラスの神器、白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)のような神滅具だって創造可能だ。

 最も白銀の籠手は、俺がドライグの力を昔から宿していたからこそ出来たんだけどな。

 とにかく、アザゼルは恐らくは神器に関しては世界でも一二を争うほどの博識を持っている。

 その情報を得て、更に自分の情報と当てはめていったら神器創造がスムーズに行えていけるようになったんだ。

 まあギブ&テイクの悪魔の性質上、俺からもアザゼルに情報を提供しているから、アザゼルの人口神器のスペックも大幅に上昇したそうだけどな。

 とはいえ、龍王ファーブニルの宝玉を核にした神器は安定しないって嘆いていたけど……

 

『最近の主様は多少ドライグの力を使いすぎです。横暴です。確かにドライグの力はパワーに関してはわたくしの力よりも強いですが、しかし多様性を持つ主様の性質から考えたらわたくしの手数の多さのほうが合っていると』

『フェルウェルよ……自分が使われないからって相棒に文句を言うのはお門違いだぞ。マザーが聞いて呆れる』

『……あなたは調子に乗り過ぎです。それに先程の勝負はわたくしの……』

 

 はいはい、ストップ、ストップ。

 ドライグとフェルが俺の中で暴れたら精神的ダメージになって俺にフィードバックするんだから、控えてくれよ…………

 

『イッセー、少しいいかしら?』

 

 ……すると突然、馬車に設置されているモニターみたいなところに部長の姿が映し出された。

 

「部長?どうしたんですか?」

『大したことではないんだけど……もうそろそろ本邸に到着するわ。それでそっちはどんな風に……ふふ、眠っているのね』

 

 部長は眠っているフィー、メル、ヒカリを見て苦笑いをしながらそう言った。

 

「わかりました。そろそろ三人を起こしますけど……」

『こっちの馬車では話したんだけど、まずはお父様とお母様と会うことになるわ』

 

 ……部長のお父様とお母様か。

 お父様の方は以前、授業参観の時にお会いしたけどな…………一応、俺は部長とライザーの婚約をぶっ壊したから、なかなかお会いしにくいな。

 間違っていたとは思ってないけど。

 

『ふふ……イッセーでも不安な顔になることはあるのね』

「そりゃまあ……って部長、俺のことを何か勘違いしてませんか?」

『そう?私はこれでも嬉しいのよ。イッセーの意外な一面を見ることが出来て……普段は私よりも冷静だからね』

 

 ……そんな風に見られていたんだな。

 

『でもイッセーなら大丈夫よ。私の可愛い下僕だから当たり前ね……それより冥界にいる間、デートでもしましょ?私が冥界の良い所を案内するわ』

「あはは……お願いします、部長」

 

 部長がそういうとモニターの映像が消える。

 なかなか部長と話をする機会がないもんな……もっと大切にしないと。

 

「…………あれが部長の本…………邸―――?」

 

 俺が馬車の窓から目の前に現れ始める建物を見て、口を大きく開けながら目を見開く。

 ……なんだ、俺は夢でも見ているのか?

 

『相棒、落ち着け。夢ではなく、あれは間違いなく―――城だ』

 

 マジですか!?

 …………そう、俺の目線の先には大きくその存在感を訴えかけてくるほどの大きな城があったのだ。

 そうだな、中世の王族が住んでいるような立派過ぎるお城って言えばいいか?

 ライザーの時に使った豪邸にしか見えない城を“別荘”って言った意味が今になってわかった。

 ……確かにあの城に比べたら、あんなの別荘だ!

 とにかく、俺はしばらく呆けながら目の前の城を見ているのだった。

 

 ―・・・

 俺は眠る三人を背負って馬車から降りて、先に降りていた部長たちに合流する。

 俺の荷物は部長の家のメイドさん達が運んでくれて、ドラゴンの姿のフィーとメル、小さい子供の姿のヒカリをティアに預けて、俺は眷属の皆とグレイフィアさんに案内されて城の門前まで歩いていった。

 俺たちが歩く道の脇にはびっしりとグレモリー家の使用人が綺麗な姿勢で立っている。

 そして門が開き、俺たちは城の中へと入っていった。

 足元にはレッドカーペットが敷かれていて、グレイフィアさんは優雅に手を屋敷の中へと手招きを送った。

 

「どうぞ、お入りください。お嬢様、そしてその眷属様」

 

 う~ん……グレイフィアさんは俺たちよりも身分が上だから敬語を使われると何とも居心地が悪いな。

 ともかく、俺たちはグレイフィアさんに連れられて門を入った先にある大きな階段を上ろうとした時、俺の目線の先に紅の髪をした男の子がいた。

 

「リアスお姉さま!お帰りなさい!!」

 

 するとその男の子は部長の元まで階段を駆け下りて、そのまま部長に抱き着いた。

 

「ミリキャス!久しぶりね……前に見た時よりも大きくなったわね」

 

 部長はその男の子をかわいがるように頭を撫でる。

 …………紅髪ってことはグレモリ―家の所縁のある子なんだろうけど、なんかどこかで見たことがあるような。

 俺がそう思っていると、部長はそのことに気付いたのか、俺の方を見て話しかけてきた。

 

「イッセー、この子はミリキャス・グレモリー。お兄様……現魔王のサーゼクス・ルシファー様の子供で私の甥なのよ」

 

 …………考えてたよりも凄い子供だった。

 でもなるほどな。確かにこの子はサーゼクス様に似てる。

 魔王の名は魔王にしか名乗れないから、名前はグレモリ―のままなのか。

 

「ミリキャス。この子は私の新しい眷属なの。挨拶しなさい」

「はい、お姉さま!僕はミリキャス・グレモリーと申します!よろしくお願いします!」

 

 お、おぉ…この場合、俺は敬語を使えばいいのか?

 いや、でも…………するとグレイフィアさんが俺に耳打ちしてくれた。

 

「兵藤一誠さまのお好きなように接してくださいませ」

 

 グレイフィアさんの耳打ちに従い、俺は普段通りのように接することにした。

 

「よろしく、ミリキャスさま。俺は兵藤一誠。部長ー――リアス様の『兵士』だ。よろしくな?」

「は、はい!そ、その……イッセー兄様って呼んでも宜しいですか?」

「ああ……でもいいのか?こんな馴れ馴れしくて……」

「いいです!それに敬語なんて使われたら緊張してしまいますから!僕のことはミリキャスって呼んでください!」

 

 ……ミリキャスはぺこっと頭を下げる。

 いい子だ。

 きっと将来はとても良い上級悪魔になって、良い『王』になるんだろうな。

 

「流石イッセーね。さて、みんな行きましょう」

 

 部長がそう先導して階段を上りきると、そこにはもう一人女性がいた。

 ……部長とすごい似てる上に、部長よりも大人って雰囲気だ。

 初めて見るならこの方を部長のお姉さんとか思うんだろうけど、俺は一度会っているからな。

 

「リアス、帰ってきたのね」

「はい。只今帰還しました―――お母様」

 

 そう、この方は部長のお母様。

 確かライザーの一件で婚約式典の時にお会いしたことがあったと思う。

 亜麻色の髪、部長と非常に似ているけど少し目つきが鋭い。

 ……なるほど、この人が母さんと交渉した部長のお母様か。

 ライザーの一件では部長を助けることでしっかりとは見てなかったけど、実際にお会いしてみると部長のお父様と同じで年齢不詳だよな。

 

「この子たちがリアスの眷属ね……私はリアスの母、ヴェネラナ・グレモリ―です。新しい眷属の子たちは初めましてですわ」

 

 部長のお母様は柔らかい笑顔を浮かべてお辞儀をした。

 俺たち眷属もそれに返すようにお辞儀をして、部長のお母様は頭をあげて俺の方を見てきた。

 

「……改めてお話しするのは初めてですね、兵藤一誠くん」

「……まあお会いした状況が状況でしたから当然ですね。今一度挨拶申し上げます―――リアス様の『兵士』、兵藤一誠です。どうかよろしくお願いします」

「あら、ふふふ……リアス、良い眷属を持ったわね」

 

 部長のお母様は部長に似た……この場合は部長が似ているか。

 そんな笑顔を浮かべながらそう言った。

 

「まあ立ち話もなんですわ。部屋を用意しましたのでグレイフィアに案内させるわ。グレイフィア、頼みます」

「はい、奥様。それではご案内します」

 

 グレイフィアさんに案内されて俺たちは屋敷を移動する。

 

「あの、イッセーお兄様!もしよろしければお話などをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 その途中、俺たちについてきたミリキャスにそうお願いされたから俺は快諾したのだった。

 

 ―・・・

 屋敷を案内されて数時間が経った。

 俺は案内された部屋に入り、それに同伴してきたミリキャスと少し話をしていた。

 どうやらミリキャスは俺のことを既にサーゼクス様や部長のお父様から聞いていたらしく、その時から俺と会いたがっていたらしい。

 それで聞いた話なんだけど、既に俺の存在は冥界では少しばかり有名になっているらしい。

 何でも上級悪魔の通う学校にミリキャスは通っており、コカビエルの急襲、テロ組織の和平会議の乱入において尽力を尽くしたことが既に知れ渡っているらしい。

 そのためか、ミリキャスは俺のことをキラキラした目つきで遠慮なく聞いてきて、それの受け応えをしていたらいつの間にか数時間も過ぎていた。

 

『おう、イッセー。そっちはどうだ?』

 

 そして今、俺はアザゼルと通信をしながら会話をしていた。

 通信の内容はアザゼルが汽車の中で言っていた修業についてだ。

 

「まあ待遇が良すぎて戸惑ってるよ。で、そっちはどうだ?」

『サーゼクスとディザレイド……現魔王のリーダー格と三大名家のリーダー格と会合したとこだ。つっても世間話を少々したくらいか。なぜか知らんがガブリエルの野郎もいたしな』

「ガブリエル?熾天使の一角だろ、確か……今回の会合は三大勢力の会合だったのか?」

『知らない間にそうなってたって話だ。ガブリエルはミカエルの代わりだったらしい……っと話がそれたか』

 

 アザゼルはそういって咳払いをした。

 

『修業に関しては絶対にいると思う。なんたってお前らは“禍の団”の末端に関わっている上に、奴らの一番最初のテロ行為を防いだ。いやでも狙われることは必至だ。故に力をつけてもらうってわけだ』

「まあそれは分かるんだがな……ちゃんと考えてるんだろうな?」

『まあお前以外のメンバーに関して内容は考えているが…………イッセー、どうもお前に関しては扱いに困るんだよ』

「扱い?」

『……現状で不利な状況ながらヴァーリを倒す、無傷でコカビエルを倒す―――眷属の中でのお前の実力は頭二つ抜けてるんだ。一つじゃねえんだよ。一応、お前の修業相手は考えてはいるがな』

 

 アザゼルは本気で困った表情をしていた。

 ……確かに俺は普段、ティアに修業をつけてもらってる。

 しかも夏はオーフィスにも修業をつけてもらおうって思ってたし……下手すれば俺に関しては深く考えなくてもいいんだけどな。

 

『とりあえず、俺はこっちの仕事が終わってからお前らに合流する。それはそうと……三大名家のディザレイドがお前に会いたいって言ってたぞ』

 

 アザゼルは話題の変えて、俺のそう言ってきた……ディザレイド・サタンって言えば、アザゼルの言っていためちゃくちゃ良い悪魔だっけ?

 最上級の位を捨てて、今は冥界の身寄りのない子供のために尽力を尽くしているって言ってたけど……

 

『なんでもお前の仲間を絶対に守るってとこに感銘を受けたらしくてな……好意的に接したい、いずれ話そう、だってよ』

「そんな人なら俺も会って話をしてみたいけどな。ディザレイド・サタン……確か憤怒を司る悪魔じゃないのか?」

『ああ、大罪を司る悪魔なんだがな……まあ憤怒っていっても怒りっていうのは間違いじゃないからな。ただの逆切れなら話は終わりだが、ただ誰か傷つけられた、間違った行動に憤怒する……そんな意味では怒らしてはいけない悪魔だな、あいつは』

 

 ……だからサタンか。

 誰かのために憤怒する、そんな悪魔がいるんだな。

 

『とりあえず一度通信を切るぞ。あとでそっちに合流した時に詳しいことを説明する。それまではバカンスでも楽しんどけよ?』

 

 アザゼルがそういうと通信は切れる。

 バカンス、ねぇ…………とりあえず、修業前の休憩って取っておくか。

 そう思ったとき、部屋の扉がコンコンとノックされた。

 

「若さま。夕食の準備が出来ました」

 

 部長の家の使用人のメイドさんがそう言ってくる…………って若さま?

 俺はメイドさんの言葉を不審に思いながらも部屋を後にしてメイドさんについていく。

 確かこれから…………そう、部長のお母様やお父様との会食だ。

 それを再認識して俺はダイニングルームに向かうのだった。

 



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第3話 会合と邂逅

 端的に今の状況を説明しよう。

 現在、俺、兵藤一誠は名門グレモリ―家の本邸の屋敷のリビングルームにいる。

 俺の目の前、というよりかは俺の前にあるテーブルには絶対に食べきれないほどの量の豪華な料理が鎮座しており、更に席には部長をはじめとするグレモリ―眷属、ティアや幼女モードのチビドラゴンズ、オーフィスとミリキャスなどといった面々と、縦長のテーブルの先に座っている部長のお父様とお母様……グレモリ―卿、ヴェネラナ様がその場にいた。

 グレイフィアさんは使用人のようにヴェネラナの傍に優雅に立っていて、これぞメイドの真骨頂というべきメイドの中のメイドって感じがする。

 ちなみに配席ってのは今回は流石に部長の実家に来ているということから、いつものような騒動は起きずに今は俺の隣にはミリキャス、もう隣には祐斗がいた。

 ま、確かに祐斗が俺の隣に来ればある意味で安心ではあるんだけど…………ちなみに周りはしんとするように静かだ。

 皆が席に着いてから数分が経っているけど、なかなかお声がかからないんだよ。

 流石に当主を差し置いて勝手に食べるなんて無礼なことは出来ないし……俺はライザーの件があるから少しばかりお二人とは顔を合わせにくいんだよな~……

 

「はは。そんなに固まらなくていい。リアスの眷属の諸君。今日は無礼講だ。好きなだけ食べ、好きなだけ楽しみなさい」

 

 グレモリ―卿が柔らかい笑顔でそう言うと、緊張が解けたのか眷属の皆は一礼して目の前のごちそうを食べ始めた。

 うぅ~ん……こう豪華な料理を目の前にすると食べ方に困るよな。

 部長、朱乃さん、祐斗なんかはもう慣れているように優雅に食べ始めてるし、小さなドラゴンのフィー達はそんなことを気にする必要はないし、ティアは何だかんだで上品だ。

 アーシアは元々丁寧で綺麗な女の子だから様になってるし……仕方ない、俺は祐斗の食べ方でも真似するか……そう思ったとき、俺の中からある声が聞こえた。

 

『主様は普段のようにしていれば問題はないです。元来の姿勢が主様は紳士そのものですし、それに普段から主様は上品ですよ』

 

 そうか?ならそうするけど……そう思いつつ俺は目の前の肉料理を一口食べる。

 うお、うまッ!!

 普段から母さんのおいしいご飯を食べてるけど、この料理はまた違う意味でおいしい料理だな!

 何て言うんだろう……母さんの料理が心が温まる恋しい味とするなら、この料理はそれこそ最高級のレストランで食べるような最上なものって具合だ。

 どちらもおいしいのが結論だけどな!

 

「ときに兵藤一誠くん」

 

 すると突然、グレモリー卿が俺に少し笑いながら話しかけてきた。

 

「なんでしょうか?」

「そんな畏まらなくてもいい。君のお母様や……お会いしたことはないがお父様は元気かな?」

「まあぼちぼちですね。母さんはいつも通り元気ですし、父さんは毎日電話をかけてくるくらい家族を大切にしてますので……」

「はは、そうか。まあ以前君のお母様にお会いした時、私はあまり話をすることが出来なかったんだけどな」

 

 グレモリー卿は、ははは、というように高笑いをする。

 するとその隣に座っているヴェネラナ様が俺に話しかけてきた。

 

「私も少し前にまどか様とお会いしました。それにしても素晴らしい母でしたわ……年甲斐なく子供についての可愛さなどを討論するほどに盛り上がってしまいまして……それにしても人間でありながらあの美貌を保ち続けるとは、いったい彼女は何なのでしょうね?」

「まあそれは兵藤家の七不思議の一つですから、触れない方が良いです」

 

 苦笑いをするヴェネラナ様に対し、俺も苦笑いで返すしかない。

 っと、その会話を聞いていた俺の周りの皆がなぜか驚いていた。

 

「い、イッセー君はなぜそんなに臆面もなく話せるのかな?」

 

 すると祐斗が俺にそう尋ねてくる…………って言ったって、別に俺は質問されたことに答えただけなんだけどな。

 

「別にお二人も取って食おうってわけでもないからな。普通に話してるだけなんだけど……変か?」

「あらあら……肝が据わっているイッセー君も素敵ですわ」

 

 朱乃さんが少し艶のある笑顔でそう言って、周りには見えないように舌なめずりをする……絶対になんか企んでる顔だよ、あれ!

 っと俺は一つだけ部長のお母様に聞きたいことがあったんだった。

 

「……ヴェネラナ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「あら、なんですか?わたしに応えられることなら応えましょう」

「…………うちの母さんをどうやって今回、説得したんですか?リアス様にお聞きしたんですが、俺はリアス様の帰郷にお供するなんて、俺の母さんが納得するとは思えないんですが……」

 

 ……冷静に考えてみるとそうなんだ。

 俺の母さんは俺がいうのもあれだけど、俺に対する愛情が子供に向ける以上のものがある。

 あのアーシアを家に住まわせることすらも最初は渋っていたくらいだし、しかも今回に関しては長期的に家を空けることになったし……俺の知る母さんなら許可しないと思うんだ。

 でも今回、俺が部長のお供をするって言ったときに……

 

『イッセーちゃん、気を付けてね?悪い人についていっちゃいけないよ?それと困っている子がいたら絶対に助けるんだよ?それからそれから……帰ってきたらただいま、だよ?』

 

 ……なんてことを俺に言ってきた。

 何故か妙に真剣な趣だったな。

 

「いえ?普通にお話をして、許可を得ました。特には不満も漏らしていないはずですわ……それに夏は夫のところに行くと言っていましたし……すみません、あまり詳しいことは私も分かりませんわ」

「いえ、それだけ知ることが出来たら十分です。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」

 

 なら俺の杞憂かな?……うん、母さんが子離れしてくれたってことにしておこう!

 

「それにしても兵藤一誠くん。君の活躍は冥界でも有名となっているよ」

「……活躍、ですか?」

 

 すると唐突にグレモリ―卿が俺にそう言ってきた。

 

「ははは。謙遜することはない。実際に聞いていれば大した功績だ。あの堕天使コカビエルを倒し我が娘や眷属を救い、テロを未然に防いだ。これを功績と言わずにはいられない。本来ならば中級悪魔に昇格してもおかしくない……いや、むしろ上級悪魔への昇格の話も既に浮上しているだろう」

「確かにサーゼクス様にこれはいただきましたが…………」

 

 俺は普段から肌身離さず持っているサーゼクス様から頂いた赤い『王』の駒を見せた。

 

「…………それは四大魔王の刻印が入った『王』の駒―――なるほど、君はかの魔王に見初められているというわけか…………ヴェネラナ。やはりあの話を進めるべきではないか?」

「しかしそれはあまりにも早急というものです。順序というものがですね……」

「しかし既にあれ(・ ・)をサーゼクスから受け取っている。早いこと事を進めないと、他からも目をつけられる恐れがある」

 

 ……?

 なんか部長のご両親が真面目な雰囲気で話し合いを始めたぞ?

 

「確かに彼は気品も備えており、今までの動作、仕草から見ても容易にやってのけるでしょう。しかし私たちは以前、その早計さでリアスを苦しめたのですよ?」

「ぐッ……それを言われれば……」

「えっと……何を話しているのかは解りませんが、それは自分に関係することなんですか?」

 

 俺は少し苦笑いを浮かべてお二人にそう尋ねると、グレモリ―卿は咳払いをした。

 

「気にしないでくれたまえ……まあこれは興味程度で聞きたいんだが……君は娘、リアスのことはどう思っているかね?」

「な、お、お父様!?」

 

 すると今まで穏やかだった部長が顔を真っ赤にして突然、椅子から立ち上がった。

 っていうか部長のこと?俺は突然聞かれたことに少しばかり考えていると、部長は少しばかり焦った様子で言葉を続けた。

 

「先程から聞いていればお父様にお母様!私を置いて話を進めないでください!!」

「…………黙りなさい、リアス」

 

 すると今までにこやかだったヴェネラナ様の雰囲気が一転して、目は鋭くなり、口調もこれまでの朱乃さんの柔らかなものではなくなり、棘のある声音となった。

 

「そもそもリアス。あなたは一度、フェニックス家の婚姻を放棄しているんです。それを私たちが許しただけでも寛大だとお思いなさい。旦那様やサーゼクスがどれだけ上に手をまわしてくださったのか、それを理解できていないのですか?」

「り、理解はしています。ですがそのことは私の問題です……お父様やお母様がどうこうするのは、それこそお門違いと思います」

「……ほう」

 

 うわ、部長の一言でヴェネラナ様の視線が更に鋭くなる。

 

「それにおそらくお父様とお母様が考えなさっていることは下手をすれば私の眷属内に亀裂を入れるような事柄です。だからこそ……私は私の眷属をそんな風にはしたくありません。だから……」

「…………そうですか、そこまでこの母に言葉を繋げれるならば、それは本心ということでしょう」

 

 するとヴェネラナ様が肩を下すように嘆息すると、すると次に俺の方を見てきた。

 ……この空気の中で答えないといけないのか?

 …………………………はぁ、仕方ないよな。覚悟決めるか。

 

「……俺にとってのリアス様は―――最高の主です」

 

 俺は自分の本心をヴェネラナ様に言った。

 

「俺の命をお救いになったのもリアス様ですし、それからも何かとお世話をしてくれます……グレモリ―家がいくら情愛深いお家でもリアス様の情愛は相当高いものでしょう。そんな主だからこそ、俺は全力で守るために戦いますし……これからも守るためなら命を懸けるでしょう。だから最高の主です―――それが、俺のリアス様に対する気持ちです」

「………………そうですか。ありがとうございます」

 

 ヴェネラナ様は満足げな表情でそう言うと、それ以降は何も言わなくなった。

 ―――でも俺は結局のところ、最も肝心な部分をはぐらかしている。

 今のヴェネラナ様の言葉の真意を分かっているくせに、俺はその部分をあえて気付かないふりをした。

 いや違う……答えてはいけないんだ、俺は。

 部長は確かに俺に明らかな好意を向けてくれている……じゃなきゃ毎晩一緒の布団で寝たりなんてしない。

 他の眷属の皆だってそうだ。

 だけど俺は実際のところ、みんなをそんな風には見ていない。

 確かに望まれれば頭は撫でるし、一緒に寝ることだって許容している……デートだってする。

 だけど俺はそれ以上の関係を望んでいない。

 俺だって男だ……あんな魅力的な女の子たちにすり寄られたら、純粋な皆に邪まな感情も抱くしし、抱きたいって思うことだってある。

 でも俺はそれをしてはダメなんだ……自分の中の問題がどうにか解決するまでは、そんな半端な気持ちで本気の皆に応えては駄目なんだ。

 皆のことは好きではある……好意だって持っている。

 だけどそれは、俺が祐斗に向ける好意とほとんど変わらない。

 

『……俺はこの最高の相棒を、こんなに苦しんでいる相棒を救える術を持っていない。それが俺が何よりも悔しい』

 

 違うよ、ドライグ。

 これはどうしようもなく俺の問題なんだ……むしろ他の誰かにどうこうされたほうが嫌だ。

 心配すんなよ、相棒。

 今の俺は以前のような俺とは違うからさ……なんていうか、ヴァーリとの一戦以来俺の中には余裕が生まれたんだ。

 あの白龍皇の宝玉を取り込んでから俺の心の中に温かさが入った気がするんだ……それが何かは分からないけど。

 だから今の俺はお前らに心配かけて自分ひとりで無理をすることはないから。

 

「イッセー?」

「―――っ!」

 

 俺は部長の声で気が付いて、周りを見渡すと皆が俺の方を心配するように俺を見ていた。

 

「なんでもないです。とにかく俺は部長や皆を守ります。ほら、今まで守れましたし、これからも守りますし―――守ってもらいますよ、俺も」

「そうか。リアスの『兵士』が君で良かったよ――――――ところで兵藤一誠君。私のことは『お義父さん』と言ってもらえないかな?」

 

 …………グレモリ―卿がそう言った瞬間、俺は感覚的に冷や汗を掻いた。

 よりにもよってなんでそのことを……俺がそう思った瞬間、俺の中で奴の叫び声が放たれる。

 俺の手の甲から緑色の宝玉が現れ、ドライグが辺りに聞こえるように声を出した!

 

『グレモリ―卿よ。貴様、今我が息子のことをなんと言った?』

「ん?兵藤一誠くん。君の手の甲の宝玉から出る声とはもしや……」

「ええ……残念ながらも赤龍帝・ドライグです」

 

 俺がグレモリー卿の問いに答えるけど、当然ドライグは止まらなかった。

 

『言うに事欠いて相棒に“お義父さん”だと?俺ですら呼ばれたことのない至高の言葉を貴様は……貴様はぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 お、落ち着け!

 フェル!!どうにかドライグを止めてくれ!!

 

『すみません、主様。誠に残念なのですが、ドライグの気持ちはわたくしにはよくわかります―――わたくしがドライグの立場であれば怒り狂います』

 

 このおバカ!

 この親馬鹿ドラゴン!嬉しいけどこういう時の過保護はいらねえんだよ!

 

「これはこれは……長いこと生きてきたが、かの有名な赤龍帝と話すことが出来るとは……」

『御託はいい!いいか!相棒……我が可愛い息子の父は俺だけだ!赤龍帝・ドライグと恐れられた二天龍の特権である!!』

「ははは!!本当に兵藤一誠くんは愉快な仲間に囲まれてるな!!」

 

 うわ~、温度差がすごいな。

 っと俺は視線をみんなの方に向けると……

 

「せ、赤龍帝の怒りですぅぅぅぅ!!もう段ボールににげますぅぅ!!!」

「おい、ギャスパー。イッセーからお前の教育を任されているんだ。その段ボールを切り刻むぞ」

「くくく……ドライグが切れてもただのネタでしかないな!」

 

 ……うん。なんかギャスパーが怯えていて、なんか勝手にギャスパーの教育役になっているゼノヴィアが目を尖らせてる!

 何故かギャスパーに対するゼノヴィアのあたりが強いような気がしないことがないな。

 そしてティアはドライグをバカにしたように笑っていて……うわ、場がカオスだ。

 …………だけど、俺はその時、ある姿が目に映った。

 

「…………………………」

 

 ……小猫ちゃんが誰とも話さず、目の前のごちそうにも手も付けず、ただ無表情でいた。

 どうしたんだ、小猫ちゃん……いつもはご飯をおいしそうに食べていて、俺に笑顔を見せてくれているのに…………

 騒がしくなったグレモリ―家本邸のリビングルーム……だけどその中、一人でいる小猫ちゃんを俺はずっと見続けたのだった。

 

 ―・・・

 夜、俺は天井を見上げていた。

 俺がお借りしている部屋は普通に俺の部屋(改築される前の部屋)の何倍もあって、天井もあり得ないくらい高く、更にシャンデリアがついてるくらい豪華な部屋だ。

 会食のあと、俺たちはリビングルームでグレモリ―卿とヴェネラナ様とお話をしたんだけど、その場には小猫ちゃんはいなかった。

 小猫ちゃんはあのご飯にほとんど手をつけなかった…………やっぱり様子がおかしいよな。

 俺は寝付けなくて一度、ベッドの上から起き上がり、部屋の窓の外に歩いていき、外を見た。

 外は月みたいなものが浮かんでおり、空は紫色。

 本邸の庭はびっくりするほどに広大で、噴水なんかもある。

 

「小猫ちゃんの様子が変わったのはヴァーリの一件からか……それとガルブルト・マモンの名を聞いてから」

 

 俺はヴァーリの一件の時の黒い和服を着た少女と、アザゼルから教えてもらった三大名家の一角、ガルブルト・マモンの名を思い出して呟く。

 やっぱりあの名前が出てからだよな……小猫ちゃんの様子が拍車をかけておかしくなったのは。

 最近の俺への妙な甘え、そしてマモンの名が出てからの様子の急変。

 一度、真剣に小猫ちゃんと向き合わないといけないよな。

 

「ん?あれは…………」

 

 俺は窓の外を見ていると、なぜか外にはギャスパーがこそこそしている姿があった。

 なんだ、あれ……何かをこそこそ見てんのか?

 俺は室内から悪魔の翼を展開し、窓を開けてそのまま屋敷から飛び出て静かにギャスパーの傍に舞い降りた。

 

「おいギャスパー。何してんだ?」

「は、はいぃぃぃ!?…………ああ、なんだぁ……イッセー先輩でしたか」

 

 ギャスパーは突然声をかけられたことに驚くも、俺の顔を見てほっと胸をなでおろすように息を漏らす。

 

「で?こんなところで何を見てたんだ?」

「は、はい……実は僕、ちょっと前に寂しくなってイッセー先輩の部屋にお邪魔しようと思って部屋を出たんです」

「へぇ……で、ここにはなんでいるんだ?」

「はい……あれ、見てください」

 

 ギャスパーは一転して心配そうな表情になりながらも、森のような木々の奥の方にある小さな空間を指さした。

 ―――そこには駒王学園の夏の制服を着こみ、手にオープンフィンガーグローブをつけている小猫ちゃんの姿があった。

 

「小猫ちゃん?」

「はいぃ……実は先輩の部屋に向かう直前に小猫ちゃんが屋敷から出ていく姿を見かけたんです。それで今日の小猫ちゃんは様子が変だったのでつけていったら、あんな風に……」

 

 小猫ちゃんは腕を振りかぶり、そのまま一本の大木に拳を放つ。

 小猫ちゃんの放った先の大木には大きな窪みが生まれた。

 

「鍛錬を始めたってわけか」

 

 …………いや、あれは鍛錬とかその類のものじゃないな。

 ―――明らかに全然身が入っていない。

 あんなのはただの捌け口が関の山だ。

 

「はぁ……ったく、後輩って奴は肝心な時に先輩を頼ろうとしねえよな。ギャスパー、ここからは俺に任せて今は部屋に戻れ。いいか?他の誰にもこのことを言うなよ?俺とお前だけの約束だ」

「ふ、二人だけ…………はい!!僕とイッセー先輩だけの約束ですぅ!!」

 

 するとギャスパーは屋敷の方に方向を変え、そのままスキップをしてそうな雰囲気で戻っていく。

 さてと……じゃあ俺もそろそろ向かいますか。

 俺はそう思い、一歩、小猫ちゃんに近づいて行った。

 

「おっす!こんな夜に何してんだ?夜更かしはお兄さん的には許せないぞ?」

「………………イッセー先輩こそ、こんなところで何を?」

 

 俺がそう話しかけると、小猫ちゃんは特に驚くことなく俺の方に振り返ってそう言った。

 

「夜の散歩ってことにしてもらえたら助かるな……で?」

「……別になんでもないです」

「そういうのはもっと嘘をつくのがうまくなってから言ってほしいな」

「…………わかってました。言ってみただけです。イッセー先輩には嘘をつけないことはずっと前からわかってましたから」

 

 小猫ちゃんは視線を俺から外し、そしてぽつぽつと話し始めた。

 

「……自分の不甲斐なさを感じて、鍛えていただけです」

「不甲斐なさ?」

「……イッセー先輩が悪魔になった原因は私です。私があの堕天使レイナーレに正体を知られなかったら、私は襲われることはありませんでした。そしてイッセー先輩が私をかばって死ぬことも………………いつもそうなんです。結局、誰かに守られて、守られて……本当に大好きなものをなくしてしまう…………捨て猫みたいにフラフラで……」

 

 ……小猫ちゃんが少し涙を流しそうになるが、それを彼女は拭って俺の方を真剣に見てくる。

 

「……だから一人で歩けるようになりたいんです。しっかりと前を見て、イッセー先輩みたいに…………」

「―――昔話、しよっか」

 

 俺は今の小猫ちゃんを見て、ふとあることを思い出した…………俺が兵藤一誠ではなかった頃の話を。

 

「昔さ、俺には友達…………いや、相棒がいたんだ。ドライグじゃないよ。その相棒は最初は俺をライバル視してたけど、一度拳を交えてそれからは仲良くなった。まあよくある喧嘩して初めて分かり合えるって奴だ―――そしてそいつは普通の人より強い力を持ってた。だけど俺はさ、そいつより強いから……そいつは劣等感を持ち始めたんだ」

「…………劣等、感?」

「そう。俺にできないのに何であいつには出来るんだ……俺に近づきたい、俺の隣に立ちたい……そんな風に思って無理して戦って、その末で何かを守ろうとして……そこでやっと気付いたんだ」

「……何に気付いたんですか?」

「それには答えない。悪いけど、それは自分で出さなければいけない答えだ」

 

 ……そいつが気づいたのは、本当の強さの意味。

 ただ覇を求めるのではなく、本当の意味で強い奴の条件を―――誰かを大切に思うっていう気持ちを。

 

「小猫ちゃんは絶賛迷い中だろう。だけど迷うことは悪いことじゃない。別に無茶をすんなとも言わない。むしろ迷惑をかけてくれ……他人ならまだしも、近くにいる仲間って奴は好きな奴に迷惑かけられることが嬉しんだ」

 

 俺はそう言うと、羽織っていた上着を脱いで服の裾をまくった。

 

「そんなに強くなりたいなら俺が相手をしてやる。もちろん神器は使わない。だけど俺の力の全力をもって相手する」

「………………全く、イッセー先輩は甘々です」

 

 すると小猫ちゃんは薄く笑ってファイティングポーズをとる。

 

「……でも先輩のそんな優しいところがずっと大好きです」

 

 そう言って小猫ちゃんは俺の言う通り、俺と鍛錬を始めるのだった。

 ……答えを出してくれ、小猫ちゃん。

 そしたら俺は全力をもって小猫ちゃんの表情を笑顔にして見せるから。

 

 ―・・・

 夜が明けて翌日となった。

 俺と小猫ちゃんの鍛錬はあの後、すぐに終わって今俺たちは先日乗った汽車に乗っていた。

 理由は簡単…………これから若手悪魔の会合があるからだ。

 今回に関してはティアやチビたちはグレモリ―家においてきて、眷属のみの移動となる。

 向かう先は魔王様がいる領土で、話では都市部ってことだ。

 

「都市部って言っても割と人間界と変わらないんだなぁ……あ、自動販売機みたいなものがある!それと……コンビニ!?治安大丈夫なのかな……そもそも自動販売機って治安の良い日本だから出来たことだから、それを悪魔世界で……」

「大丈夫よ、イッセー。ここは魔王が管理している領土ですもの。そんな物騒なことは起きないわ」

 

 部長が俺の疑問に笑顔で答えてくれる。

 

「悪魔は結構人間に合わせてるのですわ。戦争が終わってからは純粋な悪魔が減り、人間が悪魔に転生するのも増えましたので」

「ああ、なるほど……じゃああのコンビニとかもそうなんですね」

 

 俺は汽車の窓から見えるコンビニを見てそう呟いた。

 っとそろそろ駅に到着しそうだな。

 

「いい?これから地下鉄に乗り換えるわ……表から行くと面倒だから」

「地下鉄もあるんだ……なんか悪魔も画期的ですね」

 

 俺が関心しているのも束の間、汽車が駅について俺たち眷属は汽車から降りる。

 そしてそれと同時に……

 

『きゃぁぁぁぁぁぁああ!!!リアス様ぁぁぁぁ!!!!!』

 

 うおっ!?

 俺たちが汽車から降りると、そこにはたくさんの悪魔がいて部長に黄色い声援を送った!

 なんかアイドルがファンに浴びせられる声援みたいだな……ってか部長って実はかなりの人気者だったのか?

 

「あらあら、イッセー君も驚いてしまいましたのね。リアスは魔王の妹ですわ。しかも容姿は整っていていますもの……人気が出るのは当然ですわ」

「まあそうですけどね……ははは」

 

 俺たちは部長を先導としてついていく。

 当然視線は眷属である俺たちにも向けられるわけで……

 

「リアス様の眷属の顔ぶれが増えてるわ!」

「噂では最近、赤い龍を宿した男性を眷属にしたと聞いたけど……」

 

 ……そんな会話が微妙に聞こえてくる―――って俺のことじゃん!

 こんな一般層にも知られてるのか。

 

「困ったわね……急いで地下に行きましょう。専用の電車も用意させているわ」

 

 部長がファンの子に手を振りながら歩いていく。

 意外と女の子のファンが多いけど……まああれだけ綺麗な人だったら同性でもファンになるってことなのかな?

 

『うぉぉぉぉお!!リアス様!!お綺麗です!!』

 

 ……男性にも人気の部長様であった。

 そんな部長は苦笑いをしながらも手を振るのだった。

 

 ―・・・

 地下鉄に乗り換えてから数分後、俺たちは目的地に到着した。

 電車を降りたすぐの場所にいた係りの人に連れられて俺たちは待合室のホールみたいなところに連れていかれて、今は待機室としてホールで待機していた。

 ホールの先には通路があって、たぶんそこから会合の会場に向かうんだろうけど……まあその辺は部長から説明を受けたから大丈夫だろう。

 

「そういえばこれから集まる若手悪魔について何も知らなかったな……部長、教えてもらえませんか?」

「あら、言ってなかったかしら?」

 

 部長は目を見開いて可愛く首を傾げる……が、そのあとすぐに説明してくれた。

 

「今期の若手悪魔は私を含めて6人。一人はイッセーも知ってる駒王学園の生徒会長でシトリー家の次期当主、ソーナ・シトリー」

「会長に関しては予想はついてましたけどね……それで残りは?」

「残りはそうね……大公家のアガレス家、現魔王アジュカ・ベルゼブブ様を輩出したアスタロト家、その他の魔王を輩出したゼファードル家もね。そして最後に大王家の次期当主にして若手ナンバー1の―――」

「バアル家だ」

『―――――――!!?』

 

 そこで初めて俺たちとは全く違う、低い声音の男の声が後方より聞こえた。

 俺はいち早くそちらに目を送るとそこには一人の男がいた。

 短い黒髪、明らかに鍛えられあげた圧倒的に肉体、肉食動物のようにぎらぎらとした紫色の瞳…………そして闘気にも似た雰囲気。

 背は高くて俺よりもかなり高い。

 

「―——サイラオーグ!!」

 

 すると部長はその男の人の名前?を叫んで彼の傍に駆け寄った。

 

「久しぶりだな、リアス」

「ええ、本当に……会わないうちにまた背が高くなったんじゃない?」

「ははは。そうであるかもな…………っと、そろそろお前の眷属がポカンといているから、紹介をしてもらえないか?」

 

 男が俺たちの方……取り分けて俺の方を見ながらそういうと、部長は咳払いをして一歩後ろに下がって男の方に手を向けた。

 

「この人はかの有名な大王家のバアル家の次期当主なの……名前は」

「サイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

 

 ……サイラオーグさんは野性的ではあるが社交的な笑みを浮かべた。

 そしてすかさず眷属の皆がサイラオーグさんに挨拶と自己紹介をして、なぜか知らないけど残されたから最後に挨拶をすることになった。

 

「部長…………リアス様の『兵士』の兵藤一誠です」

「……なるほど。お前がサーゼクス様の仰っていた…………」

 

 サイラオーグさんは俺の方をじっと見ながら何かに納得するような顔をしたと思うと、俺の方に一歩近づいてくる。

 近くで見るとホントにでかいな……俺もこれくらい背があればいいのに。

 

「なるほど、一目あって理解した。確かにその身にまとうオーラ、魔力は赤龍帝に間違いないな。噂はかねがね聞いている。あの魔王様が絶賛するほどだ」

「お褒めに預かり光栄です」

「そんな堅苦しい言葉は必要ない。普段の話し方で構わないぞ」

「……ならそうさせてもらうよ。実はあんまり堅苦しいのは苦手だからさ」

 

 俺は口調をみんなに向けるようなものに変える。

 にしてもこの人が大王家の当主か…………なんか思っていたのと全然違うな。

 

「堕天使コカビエルを無傷で倒し、歴代最強の白龍皇を倒したと聞いたときは耳を疑ったが、なるほど……確かにそれほどの力量はあるだろうな」

「むしろ俺も驚いてるぜ、サイラオーグさん。よくもまあそこまで極端に鍛えられるもんだ。尊敬するほかない」

 

 俺は多少意味深にそう言うと、サイラオーグさんは嬉しそうに笑みをこぼした。

 

「ほう……強さだけではないということか。まあ立ち話もなんだ……またゆっくり話そう」

「……で?サイラオーグは何故この場にいるのかしら?」

 

 部長は仕切り直しというようにそういうと、するとサイラオーグさんは嘆息した。

 

「くだらないから出てきた。既にアスタロト、アガレスも来ているんだが……面倒なことにグラシャラボラスまで来ていてな……早速口論になった」

「…………心中察するわ、サイラオーグ。でも放っておいて大丈夫かしら?アガレスはともかく、グラシャラボラスの方は自制心というものが……」

 

 部長がそう言った瞬間だった。

 ドガァァァァァァァァァアアアン!!!!…………突然、そんな激しい轟音が離れた会合の会場の方から聞こえてきた!

 

「ったく、なに暴れてんだよ!」

 

 俺は溜息を吐きながらも轟音の音の大きさから心配になって、会場の方に駆け走って行った。

 

「い、イッセー!?ちょっと、まだ今回の注意とか言ってないんだけど!?」

「すんません、後にしてください!!アーシア、一応ついてきてくれ!!」

「は、はい!!」

 

 俺はけが人がいるかもしれないという心配からアーシアの手を握って走る。

 

「ははは!リアス、なかなか面白い男を眷属にしたな」

「笑い事じゃないわ!サイラオーグ、あなたもついてきて!」

 

 部長が後ろでそんな会話をしているのをそっちのけで俺は轟音の響いた会場の方に走っていき、そして大きな扉を勢いよく開けた。

 そしてそこには―――まるでテロでもあったと疑いたいほどのボロボロとなった会場の風景だった。

 そしておそらく会場をそうした人物が二人……厳密にはその眷属がそれぞれ強いオーラを発しながらにらみ合いをしていた。

 そしてそれを全く止めない笑顔な悪魔が優雅に茶を飲んでたけど……止めろよ、バカか。

 とにかくけが人とかはなくて良かった。

 

「グラシャラボラス、あなたは馬鹿なの?こんなところで戦闘を始めようとするなんて……これだから野蛮な男は嫌いなのよ」

「はぁ!?ったく、こっちが気を利かして別室に女にしてやろうとしてんのによ。アガレスの女どもはガードが堅くて仕方ねえな!そんなんだから男が誰もすり寄ってこねえんだろ?処女臭くて仕方ねえ!!ははははは!!」

 

 うわぁ……面倒な男だよな。

 ってかあれのどこが上級悪魔なんだろうか……部長や会長、サイラオーグさんは上級悪魔としての気品ってもんがあったし、見た感じあのアガレスの女の人も上級悪魔らしい。

 だけどあの男……上半身は裸だし、どこぞのヤンキーみたいにタトゥなんかやってるし……なるほど、部長やサイラオーグさんが溜息を吐いた意味が分かった。

 

「い、イッセーさん……どうしましょう……ちょっと怖いです」

「安心しろ、アーシア」

 

 俺は少し怖がるアーシアの頭を撫でてあげると、するとつい視線を感じた。

 

「……なんだ?」

 

 先程まで優雅にお茶を飲んでた笑顔の男が一瞬、憎憎しそうな表情で俺を見ていたような……ちょっと試してみるか。

 

「アーシア、ちょっと目をつぶってみてくれ」

「目をですか?」

 

 アーシアは半分疑問に抱きながらも目をつむってくれて、俺は男の方に背を向け、アーシアが完全に隠れるように立って少し頭を屈んだ。

 たぶん後ろから見ればキスしているように見えるはずだけど、実際には頭についてた毛屑を取ってただけだ。

 だけど突如、机ががたんとなり更にティーカップが割れるような音が聞こえた。

 …………ま、とにかくなんか知らないが俺は嫉妬されてたってわけか。

 でもあいつ、視線がどうにも気味が悪いからアーシアはあいつには近づけないようにしよう。

 って問題はあっちだよな……

 

「ここはお前たちが使っていたホールとはまた違う、若手悪魔が軽く挨拶をする場だったんだが……血気盛んでプライドの高い若手悪魔を一緒にするというところが愚の骨頂というところか。あの通り、予想通りに喧嘩を始めたんだ」

 

 遅れてその場に到着したサイラオーグさんは俺にそう言ってきた。

 なるほどな……そう言ってもアガレスのあの女の人は迷惑そうにしてたけど。

 

「鎧はやり過ぎか?でも介入するためには力を見せつけないといけないし……はぁ、面倒くさい!」

 

 俺はその場で全力の魔力を開放する。

 俺の体から赤いオーラが噴出し、そして俺はホール全体から視線を集めることになった。

 

「ほう……俺がしようとしていた介入とはまた違うが、だが面白いな」

「そういうんだったら初めからあの二人を止めておいてくれよ」

 

 俺はサイラオーグさんにそういうけど、依然として彼は笑っているだけだ。

 

「おいおい、そこの下級!しゃしゃり出てんじゃねえぞ!?」

 

 ……思ったより簡単に釣れたな、あの上級悪魔。

 今までアガレス家の女の人に向いてた殺意が俺に向けられたと思うと、俺はアーシアを背に隠し、魔力放出を止めて何も言わずに三下臭のする男をにらみつけた。

 

「何見てんだよ、お前!見てんじゃねえ!!」

 

 すると男は俺に向かい魔力弾を行使してくるが…………残念なことに、それは同じ魔力弾で相殺する必要もなかった。

 俺は向かいくる魔力弾に対してただ神器も使っていない拳を放った。

 拳の表面に多少の魔力を覆うだけの拳だけど、それだけで魔力弾は消え、俺の拳から煙が少しだけ浮かぶ。

 

「い、イッセー!!」

 

 そして少し遅れて部長が俺の名を呼びながら登場する……まあ手は出してないから大丈夫だろう。

 

「おぉ?お前、もしかしてリアス・グレモリ―の眷属だったか?おいおい、聞いてくれよグレモリー。お前の眷属が俺に喧嘩売ってくれてよぉ……お詫びついでに別室に来てやらせ」

 

 ……男が部長に下心満載の表情で近づこうとした瞬間、俺は動き出した。

 さっきまでは俺たち眷属に関係なかったけど、部長に手を出そうとするなら話は別だ!

 俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を展開し、一度の倍増と共に男の前に一瞬でたどりつき、そして拳を当てようとした瞬間だった。

 

「お前が手を下すまでもない、兵藤一誠」

 

 ……サイラオーグさんが男の前に立ちふさがっていた。

 俺は寸前のところで拳を止めて、神器を消した。

 それを見るとサイラオーグさんは男の方に体を向けて、上から見下げた。

 

「ゼフォールド・グラシャラボラス、最終忠告だ。おとなしくしろ。この場で暴れることも、ましてや俺の従妹であるリアスを手にかけることも許さん」

「邪魔すんなぁぁ!!!バアル家の無能―――」

 

 男……グラシャラボラスが最後まで言葉を発することはなかった。

 サイラオーグさんに襲いかかろうとした瞬間、男の腹部にサイラオーグさんの迫力ある拳が突き刺さったからだ。

 その打撃音の後、グラシャラボラスの体は大きく後ろにそれ、そしてそのまま壁に衝突して壁に大きなクレーターが生まれた!!

 グラシャラボラスはそのまま意識を失ったのか、ぐったりとその場に倒れた。

 ……速い。

 俺の前に立った時も思ったけど、サイラオーグさんはとんでもなく早く、そして圧倒的なパワーだ。

 俺が先程、サイラオーグさんに皮肉のように言った言葉の理由はこれだ―――この人は悪魔としてはあり得ないけど、魔力というものが全然感じられなかった。

 それこそ全く……だけど俺はサイラオーグさんが弱いなんて全く思わなかった。

 むしろ逆…………この男は若手悪魔にしては強すぎるだろうな。

 俺は武者震いをするように体が震える。

 ……っていうか部長の従妹だったことに内心驚いた。

 

「……最終忠告と言ったはずだ」

「おのれ、貴様!!よくも我が主を!!」

 

 するとあの男の眷属がサイラオーグさんに襲いかかろうとしたから、俺は神器を再発動してサイラオーグさんの前に立って眷属どもに拳を向けた。

 

「ここでこの男とやりあってもお前らの主の二の舞だ。それよりも主を本当に大切に思うなら主を回復させたらどうだ?これは同じ眷属悪魔としてのアドバイスだけど」

『………………』

 

 俺がそういうとあいつの眷属は頷いて、壁のあたりで倒れている主のもとに駆け寄った。

 

「俺のセリフを取ってくれるな、兵藤一誠」

「ははは……悪いな。あと、俺のことは気軽に一誠でいいよ。本当なら俺は敬語を使わないといけないんだからさ」

 

 ……俺とサイラオーグさんはどちらともなく笑う。

 改めてわかった―――この男は俺とどこか似ている気がする。

 たぶん向こうも同じことを思っているだろうな…………なんとなくだけど。

 

「イッセー…………あなた」

 

 …………やばい、部長のことを忘れてた。

 めちゃめちゃ不機嫌オーラを出しながら腕を組んで俺を見てる!あとサイラオーグさんの方も!

 

「とりあえずイッセー……正座よ?」

「はい…………」

 

 俺はそう頷く。

 

「アガレス、まだ時間はある……一誠が叱咤を受けている間に化粧直しでも行け。一度殺気立ったのであればそれを洗い流した方が良い」

「……わかってます」

 

 そしてあの男と喧嘩をしていたアガレス家の女の人もその場から立ち去り、そして俺はそれから数分の間、部長から叱咤を受けることとなった。

 

「ごきげんよ―――何ですか、この状況は」

「い、イッセー!?どうしたんだ!いったいお前ほどの男がなぜ正座をしているんだぁぁぁ!!?」

 

 そして会長率いるシトリー眷属が会場入りしたのがそのすぐ後であった…………正座はきついなぁ~……

 

 ―・・・

「私はアガレス家の次期当主、シーグヴァイラ・アガレスです。先程はお見苦しい姿をお見せしたこと、お詫び申し上げます」

 

 先程の雰囲気とは一変、若手悪魔の『王』たちは挨拶を交わしていた。

 ボロボロになった会場は駆けつけたスタッフによりほとんど修復され、今は例のゼフォールド・グラシャラボラスの眷属を抜いた5人の悪魔が顔合わせをしていた。

 そして化粧直しを終え、アガレス家の次期当主の女性がお詫びも込めて挨拶をした。

 そしてそれに続くように部長、会長、サイラオーグさん―――グレモリ―家、シトリー家、バアル家の次期当主の皆さんが挨拶をした。

 

「グレモリ―家次期当主、リアス・グレモリ―です。こちらこそ私のイッセー……『兵士』が迷惑をかけたわ」

「シトリー家次期当主、ソーナ・シトリーです。先程の騒動の場には居合わせませんでしたが、よろしくお願いします」

「バアル家次期当主、サイラオーグ・バアルだ。最初に収拾をつけなかったことを詫びよう」

 

 三人のあいさつが終わり、そして最後に先程優雅にお茶を飲み、俺の挑発に反応した男が挨拶した。

 

「僕はアスタロト家次期当主、ディオドラ・アスタロトです。以後お見知りおきを」

 

 ……今は特に邪険さは感じないけど、でもこういういつも笑顔を浮かべている奴は信用できないんだよな、経験的に。

 とりあえずアーシアを気になっているみたいだから、アーシアは俺の傍に置いておくか。

 まあとにかく、5人の挨拶は終わって少し談笑する場となったので、俺は匙のところにいった。

 

「おっす。久しぶりだな、匙」

「おお、イッセー!聞いたけどお前、上級悪魔の方々の喧嘩に首突っ込んだってな!流石って言いたいけど、手はいくらなんでも出さない方がいいぞ?」

「それはもう部長に大目玉くらったよ」

 

 俺は先程の説教を思い出してげんなりする……でも確かに少し自制しないとな。

 ここから先は俺等よりも身分の上の上級悪魔もいることだし、下手なことをして部長の評価を下げるわけにはいかないな。

 ……でも俺にそんなことできるかな?仲間をバカにされたらもう冷静さなんか無くなるとしか思えない。

 

「俺の性質みたいなものだからな……ある程度は我慢できるとは思うけど…………」

「イッセーはそう言うよな。だけどお前の仲間だってイッセーが非難されるとこなんて見たくないだろうからさ」

 

 珍しくも匙が俺を心配してくれる……元々世話焼きな性格だからそれも仕方ないか。

 それと人情深い男でもあるし……まあそんなところを俺は気に入っているんだけどな。

 

「イッセー、ちょっといいかしら?」

 

 すると俺の前には部長がいて、俺を呼んでいるようだった。

 

「どうしたんですか、部長」

「あなたを紹介してほしいとシーグヴァイラさんが言ってきたのよ。いいわね?」

「部長が言うのであらば、従います」

 

 俺は匙に手を軽く送って、そしてアガレス家次期当主のシーグヴァイラさんのところまで部長と共に歩いていく。

 シーグヴァイラさんの隣にはサイラオーグさんが腕を組んだ状態で立っており、部長は俺を紹介した。

 

「彼は私の『兵士』の兵藤一誠よ。一応、『兵士』は彼ひとりなのだけれど……」

「初めまして、シーグヴァイラ殿。俺は兵藤一誠です。先程は不遜な真似をしたこと、お詫びします」

「いえ、助かりました。あの場でかの凶児、ゼフォールド・グラシャラボラスとやりあわずに済みました」

 

 シーグヴァイラさんは柔らかい対応でそう言ってくれる。

 改めて彼女を見ると、すごくきれいな人だ。

 眼鏡をかけているのがインテリっぽくて高貴に見えるし、おそらく頭もまわる人だろう。

 それに着ているドレスも露出の少ない感じで清楚って感じがするし、綺麗って言葉が一番しっくりくるな。

 

「先程のオーラから察するに……あなたが赤龍帝ですか。ですが神滅具の力を使わずにあの魔力のオーラ……相当の実力と察します」

「身体能力だけでもかなりのものだ。察するに鍛えるのを怠っていないとみる」

 

 すると隣のサイラオーグさんが俺の方を好奇心旺盛に見てくる。

 

「主を守らないといけないからな……それぐらいはして当然だと自負してるよ」

「そうか。リアス、良き『兵士』を持ったな。力以前にこれほどの良き心だ―――さぞ惚れ込んでいるのだろう」

「なッ―――サイラオーグ!!!」

 

 部長は顔を真っ赤にしてサイラオーグさんの名を叫ぶ。

 ……まあこの三人はうまくやっていけるだろうし、ソーナ会長も社交的で知的な人だ。

 だけど未だ誰とも話そうとしないディオドラ・アスタロト……あの人は何を考えているんだろう。

 まあいい。

 とりあえず俺は居心地の悪そうなゼノヴィアのところに行った。

 

「やっぱり居心地が悪いか?ゼノヴィア」

「……イッセーか。いや、そういうわけではないのだが……まあこれまで敵としていた悪魔がこれほどいるものでな」

「元教会出身にはきついか」

「だがイッセーが来てくれたおかげで随分と楽になったよ。相変わらず居て欲しいときにいてくれるな。だから私は惚れたのだが……」

 

 ゼノヴィアは躊躇いもなく俺に大胆にそう言う……そこまで真正面から好意を示されたら俺もちょっと恥ずかしいッ!

 

「ははは!イッセーが照れる姿は可愛いな!アーシア、お前も来てみろ。イッセーが可愛いぞ?」

 

 すると少し離れたところで朱乃さんと話をしていたアーシアが不思議そうな表情でこっちに来た。

 

「なんですか、ゼノヴィアさん」

「イッセーに自分の想いをぶつけてくれないか?」

「はぁ…………イッセーさん、いつもいつも一緒にいてくれてありがとうございます!大好きです!!」

 

 や、やめてくれぇぇぇ!!

 恥ずかしくて死にそう!!死なないけど、やっぱ死にそう!!

 なんだこの甘くも苦しい空間は!!

 この俺が遊ばれている!?

 

「あらあら、可愛いイッセーくんですわ…………うふふ、苛めっ子の苛め心をくすぐる可愛さですわ」

 

 うそ~……朱乃さんが舌なめずりをしながら妖艶な様子でこっちに来た!

 それだけじゃなくてさっきまで物陰に隠れていたギャスパーまでこっちに来たし!

 そして小猫ちゃんも来たけど、彼女の様子が明らかに不機嫌だ!

 

「イッセー先輩、僕も大好きですぅ!!」

「ギャスパーやめろ!これ以上俺をいじめるな!!」

 

 若手が集まる場なのにいつも通りか!

 全く俺の仲間は肝が据わってる!人のこと言えないけど!!

 

「…………イッセー先輩を苛めるのはやめてください」

 

 ……すると小猫ちゃんはその空気を破壊するような声音でそう言ってくれた。

 それを皮切りにその場は収拾がついたけど……小猫ちゃんの様子も昨日に比べたらマシになったな。

 

「小猫ちゃん。もう昨日のことは……」

「……昨日のことは忘れてください。どうにかしてました…………でももしかしたら迷惑かけるかもですから……」

「その時は遠慮しなくていいよ」

「……はい」

 

 小猫ちゃんは少し笑顔を見せ、はにかむように笑った。

 それと同時にその場に使用人が登場して、俺たちを会合の場に案内する。

 そして始まる……若手悪魔が勢ぞろいする会合が。

 

 ―・・・

 俺たちが連れていかれたところは異様なほどの魔力が交差する会場だった。

 俺たちが立っているななめ上の方に大きな席がいくつも並んでおり、そこには上級悪魔と思われる初老などの威厳さたっぷりの悪魔。

 まあそっちからは特に強いものは感じないけど、やばいのはその上だ。

 一番上の席には俺も知るサーゼクス様、その隣にセラフォルー様がいらっしゃり、そしてその隣には知らないけど恐らく魔王様なんだろうな。

 残り二人の魔王という四大魔王が集結していた。

 そして眷属を後ろにして、各悪魔の主がその悪魔の方々の前に立つ。

 先程サイラオーグさんにぶっ飛ばされたヤンキーみたいな男は回復したのか、だが腹部に痣が残っており、時折サイラオーグさんを睨みつけているな。

 そして6人の若手悪魔がそんな風に並び立つと、上級悪魔のお偉いさんの一人が威圧的な声音で話し始めた。

 

「よくぞ集まってくれた、次世代を担う若手の者たちよ。この場を設けたのは一度、この顔合わせで互いの存在の確認、更には将来を競う者の存在を認知するためだ」

「早速やってくれたようだがな」

 

 老人風の悪魔がそう言った後、その隣の年老いた悪魔が皮肉を言う。

 まあそうですよね……顔合わせの一番最初にホールを半壊させるとか、俺も流石にどうかと思うけど。

 

「まあ若気の至りというものもある。君たち若手悪魔の実力は申し分ない。よってこの会合を皮切りに、互いに力を高めてもらいたいものだね」

 

 すると一番頂上にいるサーゼクス様が俺たちに向かってそう言ってくれた。

 たぶん魔王の中でもサーゼクス様がリーダー格なんだろうな。

 するとその時、サイラオーグさんが挙手をした。

 

「一つ質問をしても宜しいでしょうか、サーゼクス様」

「なんだね、サイラオーグ」

「……我々、若手悪魔もいずれは禍の団(カオス・ブリゲード)との戦に参戦するのでしょうか?」

 

 サイラオーグさんはそこまで見越しているのか……といっても俺たちグレモリ―眷属はいやでもテロ組織に狙われる可能性が高いからな。

 そのことを知っている上での進言だろうけど。

 

「できれば私たちとしては君たちを戦に巻き込みたくはない」

「ですが、実際にこの場にはテロ組織とまともにやりあって生きて帰ったものだっています。若手ですが我々の悪魔の一端を担うもの。悪魔の世界のためにも尽力を尽くしたいと―――」

「サイラオーグ。君のその勇気と力は私も認めているよ。だけど前回……私の妹の眷属が巻き込まれたことも私は嫌でね。君たち若手は私たちの宝だ。君たちほどの有望な若手を失うのは私としても心苦しい。発展途上の君たちは段階を踏み、確実に強くなってくれ」

 

 ……サーゼクス様の言葉でサイラオーグさんはぐうの音も言えなくなり、そのまま発言を取りやめた。

 そしていろいろな悪魔の方々の言葉をいただいて、サーゼクス様は最後といった風に話す。

 

「長話をしたが、最後に君たちには本当に期待している。だから私に聞かせてくれないか?君たちの目標……野望でもいい。それを聞かせてくれ」

 

 サーゼクス様はうっすらと笑ってそう言う…………と共にその言葉に最初に反応したのはサイラオーグさんだった。

 

「俺の夢は魔王となることが夢です」

 

 ―――場が騒然とする。

 すげえな、サイラオーグさん!あれだけの悪魔を前にして、何の迷いもなく真正面から言い切った!

 流石のあの悪魔の方々もその真っ直ぐさに感嘆を漏らしていた。

 

「ほう……大王家から魔王か。すさまじい目標であるな」

「俺が魔王になってほしい、それほどの男であれば自然と俺が魔王となるでしょう。そうでなければその程度の男と言うまでです」

 

 やっぱりサイラオーグさんはすごいな。

 そうしていると、次に間髪を入れず部長が進言した。

 

「私の目標はレーティングゲームの覇者となり、愛する眷属と共に精進する……それが現在の、近い未来の目標です」

 

 部長がそういうと、先ほどと同じほどの感嘆を漏らす声が聞こえる。

 そしてそのあと若手の悪魔の人たちがそれぞれの抱負、目標を言って最後はソーナ会長の番となった。

 

「私の目標は…………冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」

 

 レーティングゲームの学校?

 でも確かレーティングゲームを学ぶ上級悪魔の学業施設は存在しているはずだ……アザゼルが俺に教えてくれたから間違いない。

 

 それはそこまで難しくないはず……だけどソーナ会長ほどの人がそれだけで終わるわけはない。

 するとソーナ会長は間髪入れず言葉を続けた。

 

「レーティングゲームの学校と言っても、現存する上級悪魔や特例の悪魔のための施設ではありません―――平民、下級悪魔、転生悪魔……そんな悪魔が平等に学ぶことのできる、そんな学校を作ることが私の目標です」

 

 ―――ッ!!

 すごい……やはりその程度ではない人だ。

 この場で、そんな壮大な目標を語れるこの人はやっぱり只者じゃない!

 俺は心の中でソーナ会長の目標に感嘆するが、だけど上にいる悪魔の方々は眉を細め、どこか見下げるようにソーナ会長を見ていた。

 なんでそんな目をする?―——俺はふと嫌な予感がよぎった。

 そしてその予感は的中してしまう。

 

『ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!』

 

 ……突如、その場で起きる嘲笑。

 俺たち若手側の悪魔は一部を除けば誰も笑っていない……だけど上の魔王様を抜いた悪魔共は会長を嘲け笑う。

 なんだそれ……人の夢を、目標を、祈願を!なんで笑ってんだ!!

 俺の拳を握る強さがつい強くなる……と同時に俺の腕を引く祐斗。

 

「これは笑える!笑い話としては腹がよじれるぞ!!」

「言うに事欠いて下級のための学校?―——冗談としてはなかなかのものだぞ!!」

「無謀にして傑作!そんなものを語るのが正式な場ではなく、この場でよかったものだ」

 

 ふざけんな……なんだ、この腐った老害どもは……ッ!!

 

「ダメだ、イッセー君。君は聞いていないかもしれないが、この場で上に逆らうのは得策じゃないッ!」

「……んだよ、それ。んなこと分かってる!でも……」

 

 あそこで一人、あんな罵倒を受けるソーナ会長を見て、なにもしないなんてそんなことできるわけがない!

 

「私は……本気です」

 

 ……会長は少し手が震えるものの、真っ直ぐ上を見る。

 

「本気ならばなおさらそのような愚考を考え直されよ、ソーナ殿。いくら魔界が変革期に入っているからとはいえ、悪魔とは上級悪魔が下級、転生者を見定め、下の者は力を示してのし上がるのが常だ。それをそのような乙女の夢ごとのように語りよって……旧家の家の顔も丸つぶれも良い所でありますぞ」

 

 ――――――腐っている、あの糞悪魔は。

 なぜ人の夢を汚されないといけない?目標を持つことがどれほどの素晴らしいことか、なんでわからない?

 この場でその言葉を浴びせられることを覚悟していたはずのソーナ会長がなぜそんな言葉を浴びせられないといけない?

 悪魔は…………俺の思い描いていたものとはやはり違うってのか?

 

「ごめん、祐斗」

 

 俺は祐斗の手を振り払い、老害どもへと殺意を込めてにらみつける。

 俺の付近で塵が燃えるような音がバチバチと聞こえ始め、近くにいたそれぞれの眷属悪魔は俺を見た。

 ―――っとその時だった。

 

「なんでっすか!!なんで……ソーナ様の夢をバカにするんですか!!たとえそれがそうであっても、貴方たちに会長の夢をバカにする権利があるんですか!!?」

 

 ……匙が、一歩前にでてそう言った。

 あいつ……あれほど俺に言っておきながら自分がそれをすんのかよ。

 ったく、あいつは―――最高の男だぜ。

 

「匙、やめなさいッ!この場であなたがそれを言う権利は……」

「いやっす!!たとえ会長の命令でも、俺の目指す男は絶対に引きません!だから俺は自分の言ったことを撤回なんて絶対しないっす!!」

「……ふん。主が主であれば下僕も下僕と言ったところだな。全く……これだから人間の転生者など高がしれて―――」

 

 …………くそ、どうしてくそ悪魔は一度覚めた俺の冷静さをまた消すようなことを―――言うんだろうなッ!!!

 俺は全力の殺気……コカビエルに対して最後に浴びせた殺気以上のものを老害どもに浴びせた。

 

「―——ッ!!貴様!名を名乗れ!!そのような殺気を我々に向けるなど、謀反だ!!」

 

 ……老害の一人が俺の方に視線を向けて、そう発言する。

 でも俺は何も言わない―――こんな奴らと口をきいてやる必要もない。

 眷属の皆も、周りの他の眷属も俺の方を見てくる。

 だけど俺は視線を外さず、じっと老害を見る―――正しいはずはないだろうけど、親友に“俺の目指す男”なんて言われたら引き下がれない。

 

「名乗れと言っている!!この場からつまみだされ―――」

「ああ~、ああ~、うるせぇなぁ~~~、老害ども」

 

 ―――ッ!?

 その場に俺の声とも違う、今まで聞いたことのないような第三者の声が聞こえた。

 その声は俺たちの立つその後ろ…………会場の入り口から聞こえた。

 そこには男がいた。

 指にいくつもの高級そうな指輪をつけ、目つきはギラギラと鋭く髪はオールバックでいかにも悪魔らしい風貌。

 真っ黒なコートを羽織って、ポケットに手を突っ込んで歩いていく。

 俺たちの隣を通り、そして通り過ぎるさなか俺の首根っこをつかんで匙の隣に行き、そして俺を匙のとなりに立たせた。

 

「自分じゃあ行動に起こせない無能が勝手なこと言ってんじゃねえよ、ははは!!」

「な、なぜ貴様がここにいる!!名家は今回の席は欠席すると言っていたはずじゃ!!」

「はあ?んなの知らねえよ。暇つぶしに来てみればミドコロある奴がいてよぉ……ってかお前、誰に向かって話してんのかわかってのか?」

 

 すると男は一番先頭に立ってその老害を睨みつけ、そして魔力をオーラとして威圧するために放つが―――ッ!?

 この力……間違いなくコカビエルを上回っている!

 なんだ、この男は……

 

「……そのくらいにしてもらえないかな」

 

 するとサーゼクス様はその場に立ち上がって男に向かってそう言った。

 隣のセラフォルー様は何故か俺たちに向かって親指を立てて「グッジョブ!」って言う風な顔をしてるけど……まあシスコンだから仕方ない。

 

「おい、サーゼクス。お前らは有能だが、なぜそんな無能を飼い馴らす?俺ならさっさと捨てて有能な奴をこの場に置くがなぁ」

「……名家である君がそんなことを言えば、どうなるかはわかっているだろう」

 

 ……待て、名家?

 じゃあなんだ……もしかしてこいつは―――

 

「おっと、餓鬼共に自己紹介がまだだったな……俺はマモン」

 

 ……その名が会場に響く。

 

「三大名家、マモン家当主のガルブルト・マモンだ。覚えておけ、若手ども」

 

 ――――――ガルブルト・マモン。

 その男はまさかのタイミングで現れたのだった。

 そしてその男の登場が会場の空気を一変させることとなった。

 



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第4話 本心とレーティングゲームです!

 目の前の男、ガルブルト・マモンは不敵な笑みを浮かべながら俺たち若手悪魔の顔を見ていた。

 こいつが……三大名家の当主の一人、ガルブルト・マモン。

 アザゼルの言っていた三大名家で最も権力を持つ、現役の最上級悪魔の一人。

 

「おい、そこの茶髪二人。この俺に名乗ることを許してやる。名乗れ」

「……リアス・グレモリ―さまの『兵士』、兵藤一誠」

「そ、ソーナ・シトリーさまの『兵士』、匙元士郎っす!」

 

 俺は存外に扱われるも体裁から名を名乗り、匙は若干緊張の趣で名乗り……あの老害どもを一言で黙らせるほどの人物っていうのが匙の中に植えつけられたから当然といえば当然か。

 だけど俺からすればあいつは良い感情を持てる相手ではない。

 アザゼルの部下を何人も殺した男、そして何より小猫ちゃんが嫌う……っと俺はその時、初めて小猫ちゃんの方を見た。

 …………あれは少しまずいかもしれないな。

 小猫ちゃんがガルブルト・マモンに向ける視線は完全に恨みを持つ者の視線だ。

 しかも相当の……おそらく聖剣計画の時の祐斗とも変わらないほどだ。

 

「……マモン殿、どういった風の吹き回しかな?このような場にあなたは今まで現れたことはなかったはず」

「はは!サーゼクス、それは言ってくれるなよ。そもそも一応は招待状はもらってんだからよぉ。つ~か、この場を収めろよ、魔王殿」

 

 ガルブルト・マモンは煽るような挑戦的な口調でそう言うと、サーゼクス様は額に手を当てる。

 

「もう!おじ様たちはよってかかってソーナちゃんを苛めるんだもん!!お姉ちゃんは怒るよ!!」

 

 するとセラフォルー様がぷんぷんと自分で効果音を言っているけど、目は割と本気で怒っていた……ああ、セラフォルー様も分かりにくいけど怒ってたんだな。

 するとあの悪魔たちはバツが悪そうな表情になって押し黙る…………俺もまだまだ未熟だよな。

 いくらなんでもあの場で前に出たのは失策だった…………ああ、後で部長のお説教だろうな。

 

「それにそれだけソーナちゃんを苛めるんなら、それならソーナちゃんが勝てばいいんだよね?ゲームで好成績を残せば叶えられることも多いもん!!」

「……セラフォルー、それはいい考えだ」

 

 するとサーゼクス様は感心したように、そして思いついたような表情をしていた。

 

「良い機会だ。いずれ君たち若手悪魔には一度ゲームを体験してもらいたかったのだよ。ふむ―――リアス、ソーナ。一つ、ゲームをしてみないか?」

 

 ―――そういうことか。

 俺はサーゼクス様の言葉を得心した…………つまりはこの悪魔たちを黙らせるため、ソーナ会長が実現させようとしている夢の可能性を示させるチャンスを与えているのか。

 

「―――ははッ!!おもしれえ対戦カードだな、サーゼクスよぉ。この場に置いて上に歯向かった馬鹿ども二人を含む眷属か?だが悪くねえ」

「「……………………」」

 

 俺と匙はガルブルト・マモンの視線を無言でとらえ、俺は奴をじっと睨むけど、奴はノラリクラリとした表情で挑戦的に俺を見てくる。

 ……いまいちこの悪魔の目的が掴めない。

 

「俺は馬鹿な奴が大好きだぜ?なんたって思いも知らねえ方向に進んでくれるからよぉ―――てめえらのことは俺の脳細胞で覚えておいてやるよ。天龍と龍王を身に宿す餓鬼」

 

 ―――こいつ、まさかドライグとヴリトラの存在に気付いているのか!?

 

『……相棒、この男には気を付けたほうが良い。この者、おそらく相棒が先程、殺気を送った老害の悪魔共とはわけが違う―――力は間違いなく最上級悪魔のもので頭がかなりまわる男だ』

『ドライグと同意見です。あの三下の言動のようで超一流の雰囲気……警戒を怠ることはしないでください』

 

 ……ドライグとフェルを以てしてその意見。

 気を引き締めねえとな。

 

「ちょうどよかったんだよ。アザゼルとの会合の時、アザゼルが各勢力のレーティング・ゲームファンを集めてデビュー前の悪魔の試合を観戦させて親交を深めようという意見もあったものでね―――いいかな?リアス、ソーナ」

「はい。このような場をくださったサーゼクス様にこのソーナ・シトリー、全力をもってお答えします」

「私もです―――ソーナ、やるからには本気よ。手加減なんて許さないわ」

 

 すると部長と会長の間で火花が飛ぶように視線が飛び交う。

 俺たち、グレモリ―眷属とシトリー眷属のレーティング・ゲーム……どうなるかは予測不能だけど……でも。

 

「……………………」

 

 今は小猫ちゃんの方を気にした方が良いな。

 

「では対戦の日取りは人間界の時間で八月二十日。それまでは各自好きなように過ごしてくれ―――詳しいことは後日送信しよう」

 

 ……サーゼクス様の言葉を皮切りに会合は終わる。

 そして気付いた時には既に俺の近くにいたガルブルト・マモンの姿はどこにもなかった。

 

 ―・・・

「なるほどな……そんな経緯でソーナたちシトリー眷属とやりあうってわけか」

 

 会合が終了して俺たちグレモリ―眷属はグレモリ―家の本邸に帰り、そして俺たちを迎え入れてくれたアザゼルに部長は事の顛末を話していた。

 ちなみに俺は列車の中でこれまでで一番きついお叱りを受け、今は猛反省中だ。

 

「にしてもまさか奴が…………マモンの奴が会合に現れるとは。俺も予想外だったぜ」

 

 アザゼルは苦虫を噛んだような表情になって腕を組んだ。

 ……アザゼルの場合はガルブルト・マモンは部下を何人も殺した奴だから複雑なんだろうな。

 でも和平の成立のため、アザゼルは自分の想いを振り切って実現のために奔走したんだし、頭では理解しているとは思うけど、こればっかりは仕方ない。

 

「にしてもイッセーにしては我慢できた方じゃねえか?今回は視線とオーラだけで済んだんだからな…………俺の知ってる限り、罵倒ぐらいしても不思議じゃなかったんだが……」

「俺の言いたかったことは匙が全部言ってくれたし……それにあそこは匙の男気を汚したくなかったんだよ。当然反省はしてる―――流石に軽率な行動だった」

「はっ!違いねえが、まあそれがお前の性質だから仕方ねえ。で、だ」

 

 アザゼルはリビングルームの机をトンと叩いて、仕切り直しのように切り出す。

 

「レーティング・ゲームの実施日は8月20日。今は7月28日……大体20日間あるな。リアス、お前は何をすべきか分かるか?」

「……修業、でしょ?」

 

 部長がアザゼルの質問に当然のように答えた。

 やっぱりそれしかないよな……どっちにしろ、俺は冥界にいる間は鍛錬を増やそうと思ってたし丁度いい。

 それに目先の目標もあることだしな。

 

「当然だな。それにお前たちのトレーニングメニューは既に俺の頭で出来上がっている……一部を除いてだが」

 

 ……アザゼルが俺の顔を見て苦笑いをしてくる。

 それを見て皆はなんか納得したような顔をしてるんだけど。

 ―――俺は視線に耐えきれなくなり、アザゼルに質問した。

 

「でも俺たちだけが堕天使の総督にそんなことをしてもらってもいいのか?いくらなんでも他の若手と比べて不公平な気が……」

「な~に言ってんだ。俺は悪魔サイドに随分と神器関連の研究成果を献上してんだぜ?こんなことで不公平とか言う悪魔なんか格下もいいとこだ。いいか。強くなるためには目の前のものを利用しろ。そして最大限の努力が必要なんだよ」

「あらあら…堕天使に努力など言われても説得力ありませんわ」

 

 およよ、朱乃さんの珍しい毒舌。

 これは普段は小猫ちゃんの役目なんだけど…………まあこの状態の小猫ちゃんに言っても無理があるか。

 今の小猫ちゃんは完全に先程のことから殺気立っている。

 いや、何かに焦ってるって感じだ。

 普段のファンシーさも、愛くるしさ……はあるが、とにかく余裕がない。

 

「……というよりイッセーがいればあなたの提示する内容くらいのものを出してきそうなんだけど」

「ははは!それを言われるときつい部分があるが―――堕天使の総督様をなめんなよ?確かにイッセーは優秀だが、俺もなかなかの優秀さだ。そんぐらい自負しているんだ。ま、あんまりイッセーばっかに頼るってのも考えものだな」

 

 アザゼルがそう言うと部長は押し黙って封殺される。

 

「それに俺以外にも各勢力のトップが若手に助言ぐらいはしてるぜ?例えば熾天使の一人、ガブリエルなんかはシトリー眷属のアドバイザーだ」

『―——―——―——ッ!?』

 

 え、なにその新事実!

 あまりにも突然の宣言に俺はびっくりした!っていうか皆びっくりしてる!

 熾天使の一人、ガブリエルさんって言ったら天界の女性最強で有名な人だ。

 しかも天界一の美人ということで悪魔にもファンがいると聞いたことはあるけど……それほどの人が匙たちのアドバイザーをしてんのか。

 

「っと言ってもガブリエルのスタイルからして確実に実力が伸びるのが保証できるのはテクニックタイプなんだけどな……ちなみにこいつはあいつ本人から聞いたことだから間違いない」

「なるほどな……天界からガブリエルさんが冥界に来てた理由はそれか」

「おう。あ、それと紫藤イリナだっけ?あいつもガブリエルのお供で来てるらしいぜ」

「……は?」

 

 ……なんかもう、ガブリエルさんのことであんまり皆も驚かなかったけど、そうなのか。

 イリナか……コカビエルの一件以来、色々と教会側であったそうで落ち着いて連絡できてないから心配してたけど、安心したな。

 あいつはあいつでしっかりできているようで。

 

「とにかく修業は明日から始める。各修業内容もだな。今日はまあ……嵐の前の静けさでも味わっとけ」

 

 アザゼルがけらけら笑うと、するとグレイフィアさん&ドラゴンファミリーの面々が歩いてきた。

 そして俺たちにグレイフィアさんが上品にお辞儀をした。

 

「皆様、温泉の準備が整いました。どうぞお入りください」

 

 俺はその言葉を聞いて固まった。

 そしてグレイフィアさんの手を握って、心を籠めて……

 

「お、温泉――――――グレイフィアさん、俺はあなたを心の底より尊敬し、感謝しています」

 

 感謝の気持ちを表した。

 そう俺は―――――――――温泉が大好きなのだ。

 

 ―・・・

 ギャスパーが「あれ?僕はどちらのお風呂に入ればいいんですか?イッセー先輩のところ?でもイッセー先輩以外に見られるのは……うぅぅぅぅ!!!」などというわけがわからない自問自答を無視して、俺は早速だが露天風呂に入っていた。

 湯船につかり、足を延ばしてタオルを頭の上に乗っける。

 はぁ…………なんていう極楽。

 これぞ日本が伝統文化だ。

 ちなみに男風呂ということで現在、フェルは機械ドラゴン化して部長たちのところに送っている。

 フェルはドライグとは異なって一時的になら俺から離れることが出来るからな……だから眷属の皆ともある程度はお話は出来るそうだ。

 ちなみに俺以外に祐斗、アザゼルが俺の隣で湯船につかっていた。

 

「ふぅ~、極楽だなぁ―――流石は冥界の名門中の名門であるグレモリ―家の私有温泉なら、名泉の中の名泉だろう」

「お?アザゼルも温泉の良さが分かる口か?」

「おうよ。これでも人間界でも温泉には入りまくってる……どうだ?湯煙の旅でもしてみるか?」

「あはは……イッセー君とアザゼル先生は仲がいいよね」

 

 祐斗が苦笑いをしながら温泉について語る俺たちを見てくる。

 

「おうよ。何せこいつは俺と神器について語り尽くせる数少ない同志だ―――俺とこいつの情報を合わせれば、確実に全勢力で神器関連ではトップだ」

「ははは……それは笑えないよね」

 

 確かに一個人である俺とアザゼルで一番なら問題もいいとこだけど、残念だが真実だ。

 神器を創る神器、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を持つ俺は神器の奥深い所、深層から細部までを解析する力を持っている。

 そしてそんなものなしで神器を解析し、自分で人口神器なんてものを創ってしまうほどの知識と頭脳、力を持つアザゼル。

 言わずとも答えは出てくるよ。

 

「そういえばずっと気になってたんだけど、イッセー君の神器創造は僕の魔剣創造(ソード・バース)を創ることは出来るのかい?」

「一応は出来るぞ?だけど…………お前が持ってこそのソード・バースだ。お前の持つ神器は他の魔剣創造(ソード・バース)所有者の数倍ものスペックを誇ってる。聖魔剣がいい例だ。あれは悪魔であり、なおかつ聖剣の因子を持つお前―――お前たちだからこそ起こせた奇跡だ。まあ結論から言えば創造は出来るが創ろうとは思わないな」

「それは採算が取れないからか?」

「そ。魔剣創造(ソード・バース)は高位の神器だからな……負担は大きい方だし、それに祐斗の聖魔剣ほどの出力が出ないなら創る価値がない」

「君にそういわれると嬉しいね」

 

 …………祐斗は笑っているが、なぜか先程から祐斗は俺に少しずつ近づいてきている。

 おい、やめろ!ちょっと顔を赤くすんな!

 

「裸の付き合いで神器の話とはいけねえな―――男の裸の付き合いでは元来から内容は決まっている。すなわち下ネタだ」

「「……………………」」

 

 俺と祐斗はアザゼルの宣言に少し口元を歪ませる。

 まあ昔は幾百ものハーレムを築き上げてきた奴だし?女好きなのは分かるけどな……俺らを巻き込むな。

 

「まあそんな黙りこくるなって。お前らは多少紳士すぎだ―――つーかイッセーの理性の強さは異常だよ。よくもまああれだけの女どもにすり寄られて一つもヤラねえもんだ」

「いや、お前だったら逆に寝るのか?」

「そりゃあ望まねえんならやらねえが…………俺も昔は若かった。女の乳を揉んで堕天したのが遠い過去のようだぜ」

「「……はぁぁぁあああ!!!?」」

 

 うお、祐斗と叫ぶ声がハモってしまった―――ってそうじゃない!

 なんの暴露だよ、それ!!

 そりゃあアザゼルは普通に良い奴だし、なんで堕天したのか不思議だったけどさ!!

 女の人の胸を揉んで堕ちたとか、予想をはるかに上回り過ぎだろ、おい!!

 

「おいおい、言っておくが天使といえど聖人君子ばかりじゃないぜ?そりゃあ女の裸を見るだけで堕天しそうになる童貞ばかりだ!ははは!!それだから実は女の扱いが苦手なんだ!!天使なんて童貞使だ!ははは!!!」

「……イッセーくん。アザゼル先生、お酒入ってるよね?」

「ああ、今気付いたけど……湯船にグラスとウィスキーとつまみがある」

 

 …………早く退散した方がいいか?

 いや、下手に動けば怒らすこともないわけじゃないし、まだまだ温泉につかっていたい。

 

「何が結婚だよ、こんちくしょうがぁぁぁ!!気付けば同期で俺だけ取り残されてる?ははは!笑えねえよ、くそったれ!!」

「まあまあ落ち着いてください、アザゼル先生」

「るっせぇ!!お前にはわからねえ!何が未婚総督アザゼルだ!!シェムハザの野郎もバラキエルの野郎も結婚してるからって余裕見せやがって!!ひっくッ……うぃぃぃ、調子出てきたぜぇぇぇ」

 

 こいつ、どんだけ飲む気だよ!!

 それで何本目になると思ってんだよ!ってかどこからそんなに酒が出てくるんだよ!

 

「コカビエルゥゥゥの野郎もぉぉぉ、女に興味ないとか言いつつ愛人をぉぉぉ……うっぷ」

「おいおいおい、流石に飲み過ぎだろ!アザゼル」

「るっせぇ!!そんなことを言うてめえは、こうだぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 アザゼルは12枚の漆黒の翼を展開して、俺の体をとらえて宙に浮かせる!

 っておい!!

 

「なんのつもりだ、アザゼル!!おろせ!!!」

「ひっく!旅は道ずれ~~~~、世を~~~はなさぁぁぁけぇぇぇぇ~~~~」

 

 アザゼルは完全に悪酔いしたのか、翼をぶんぶんの振り回す!

 当然俺も回転して少しずつ目が回ってくる!

 くそ!ドライグ、仕方ないから神器を使うぞ!!

 

『……ぐがぁぁぁぁ……ずごぉぉぉぉ……』

 

 おい!温泉が気持ちいいからって寝るとかふざけんなよ!!

 

「あらよっと、そらよっと、とんでゆけぇぇぇぇぇ~~~~!!!」

「歌いながら遊ぶなぁぁぁぁ!!飛ばすなぁぁぁ!!!」

 

 俺の叫びもむなしく、俺は酔っぱらったアザゼルによってそのまま投げ飛ばされたのだった―――女子風呂に。

 ………………ああ、こんなことならさっさと温泉から上がればよかった。

 俺は切にそう後悔するのだった。

 

『ん?あれはもしや―――主様!?』

 

 飛ばされる俺、アザゼルの飛ばした距離は半端なくて結構離れていた女子の露天風呂の方まで飛ばされているさなか、どういうことか寸前になってフェルが俺に気付く。

 っていうか裸で飛んでくるってどこぞの変質者だ!

 そして俺は……………………女子の露天風呂の湯船に墜落したのだった。

 

「ごほっ!!アザゼル…………いつか絶対殺す…………確実に屠る…………」

 

 俺は湯船から顔を半分出してそう言った……と共に嫌な予感がした。

 

「い、イッセー先輩……ぼ、僕と一緒に温泉に入るために飛んできてくれたんですか!?」

 

 ―――俺が落下したところに丁度いたギャスパーが、俺の手を握って目をウルウルさせてんなことを言ってきた。

 

「んなわけねえだろ!?未婚総督アザゼルに投げ飛ばされたんだよ!!」

 

 俺はつい怒って立ち上がってギャスパーにそう言…………ん?立ち上がって?

 俺はふと自分の腰回りを見る。

 ―――腰 元 に は 何 も 装 備 は な か っ た !

 

「うぅ……イッセーさんの…………あんな大きなものはいらないですぅ……」

 

 む!この癒される声はまさか!!

 湯船に顔をほとんどつけ、顔を真っ赤にして俺の方を見ているアーシアちゃんの姿があった。

 

「う、うそぉぉぉぉぉぉおお!!?」

 

 俺は急いで湯船に体をつけさせる……が、残念ながら湯船は半透明!

 隠せないじゃん!ってかタオルはどこ行った!?

 

『主様!タオルは屋敷の屋根にのっています!!』

「あのときか!?アザゼルに飛ばされたときにのったのか!?おのれ、アザゼル!!」

「あらあら…そんなに一緒に入りたいのなら言えば喜んで混浴しますのに」

 

 ぴとっ……そんな風に俺の後ろから誰かが抱き着き、その瞬間俺の背中に何かとてつもなく柔らかい感触が広がる!

 って朱乃さん!?

 

「ちょ!それは本気でやばいですって!?」

「あらあら、反応してちゃいます?ふふ―――欲情してもいいんですのよ?」

「いや、俺も男ですからまずいですって!っていうか女の子がそんなことを言っちゃいけません!!」

 

 俺はすぐさま離れようとするけど、俺の体にホールドされた朱乃さんの手は振りほどけない!

 さっきから耳元に息を吹きかけながら話すのはやめてください!

 

「朱乃!!」

 

 おぉ!!すると俺の前に何もつけてないが、この際それはどうでもいい!!

 部長が俺と朱乃さんのもとに来て、朱乃さんを引きはがそうとしてくれた!!

 救世主だ!

 そして朱乃さんは部長によって引きはがされ、俺は自由に―――

 

「イッセー……朱乃ばかりずるいわ」

 

 …………なりませんでした、はい。

 引きはがし、部長は俺に抱き着きました―――真正面から。

 

「むぅぅぅぅぅぅう!!イッセーさん!!私もくっつきたいです!!」

「イッセー……私も女なんだ―――わかるな?」

「はぅ…なら僕は足に……」

 

 するとアーシアとゼノヴィアがちょっと怒った顔で俺の腕にそれぞれくっついてくる!

 ど、どうすればいい?

 右にアーシア、左にゼノヴィア、前に部長と後ろに再び抱き着いてきた朱乃さん!ついでに足にくっつくギャスパー!!

 完全に俺は包囲されているじゃないか!!

 ってかなぜこんな時にティアやオーフィスがいない!

 あいつらなら助けてくれたはずなのにぃぃぃ!!!

 っていうかフェルはなぜ助けてくれない!ってなんですぐに俺の中に戻ってるの!?

 

『いえ、こんな状況で寝ているドライグを叩き潰すのが今のわたくしの役目なので―――起きなさい、糞親父ドラゴン』

 

 口が悪い!ってか本当に誰か助けてください…………なぜか俺の力でも振りほどけないから!!

 そう懇願したその時だった。

 

「―――先輩、目を瞑ってください」

 

 突然、澄んだ声音が俺の耳を通り、俺はその声の通りに目を閉じると突如、今まで感じていた感触が消えているのに気が付いた。

 そして誰かに手を引かれ、そして走り出して少し経って俺は目を開けるとそこには小猫ちゃんがいた。

 

「……先輩が困っていたので、助けました。でも鼻の下を伸ばしてました」

 

 小猫ちゃんは俺から目を逸らして少し怒る。

 ……小猫ちゃんはタオルを巻いているけど、水滴のせいで少し濡れて透けている。

 

「こ、小猫ちゃん……前、隠して……」

「……先輩になら、見られてもいいので」

 

 すると小猫ちゃんはすっと俺の手を握ってきた。

 俺は視線を外していたけど、小猫ちゃんにもう一度視線を戻す。

 

「そ、それにしてもよくあの5人から俺を連れ出せたな~、ってここはどこなんだ?あと、タオル巻いてくれてありがとう?」

 

 俺は今更ながらいつの間にか巻かれていたタオルのことをお礼し、雰囲気を変えるためにそう言うと……

 

「……を操れば、その程度くらいは簡単です」

 

 小猫ちゃんがボソッと何かを言う……魔力でも操ったのか?

 いや、でも小猫ちゃんがそんな高等技術……それこそ朱乃さんや部長でも出来なさそうなことをできるとは……

 俺は辺りを見渡すと、そこは恐らく脱衣所だった。

 小猫ちゃんは露天風呂から俺を連れ出したから未だ髪の毛からぽたぽたと水滴が落ちている……って早くここから行かないと……って俺の服ないじゃん!!

 どうする?もう一度露天風呂に戻ってそこから男子風呂に戻るか?

 いや、でも……

 

「……イッセー先輩は、私のことを聞かないんですか?」

「―――ッ」

 

 俺は不意に尋ねられた小猫ちゃんの問いに、言葉を詰まらせる。

 

「聞いても、答えてくれるの?」

「……イッセー先輩が言うなら、答えます」

「………………だったら一つだけ教えてくれ―――小猫ちゃんは、あの男……ガルブルト・マモンをどうしたいんだ?」

 

 俺は真剣に小猫ちゃんにそう言った。

 小猫ちゃんの内情は聞かない……だって自分から言ってほしいから。

 だから俺はこのことを聞いた。

 すると小猫ちゃんは答えた。

 

「…………大嫌いです、あんな悪魔ッ!他人を見下して…………そんな男を……いえ、やっぱり何でもないです」

 

 すると小猫ちゃんは俺の手を放そうとしてくる―――だけど俺は強く小猫ちゃんの手を握った。

 

「―――逃げるのか?俺から」

「…………ッ!」

 

 小猫ちゃんは俺の顔を見て、一瞬泣きそうな顔をするが、すぐに顔をしかめる。

 

「………………小猫ちゃんが言いたくなかったそれで良い。だけどさ、一つだけ言っておくよ」

 

 ……あぁ、俺はやっぱりバカだな。

 冷たく接することなんかできない……だから俺は―――小猫ちゃんを抱きしめた。

 

「―――俺はいつでも君の味方だ。臭いセリフかもしれないけど、無責任に聞こえるかもしれないけど………………小猫ちゃんのためなら命を張る覚悟だってある(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。それだけは頭に入れておいてくれ」

 

 俺はそれだけ言うと、小猫ちゃんを抱きしめのを止めて、顔を見ずに神器を発動し、そのまま赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏い、そのまま高速で露天風呂を経由して空を飛ぶ。

 その途中部長たちが俺の姿を見て驚いていたけど、俺はそれを無視してはるか上空まで飛んで止まった。

 兜をスライドさせて顔だけ外気にさらし、そして拳を強く握る。

 

「―——ったく、世話が焼ける後輩だよ。ちょっとは俺を頼れっての」

『相棒…………そのだな、今言うべきじゃないと思うが、すまんかった』

「フェルにボコボコにされたんだろ?なら良い―――なあ、俺は小猫ちゃんを救うことが出来ると思うか?」

『……主様らしからぬ弱気ですね。ですが大丈夫ですよ…………わたくしの可愛い子は、いつだってどこでだって優しいドラゴンですから』

『最高の赤龍帝、その言葉を忘れているぞ?』

「……そっか」

 

 俺は少し笑って男子露天風呂に飛んでいく。

 ……あの時の小猫ちゃんの表情は見ていない。

 だけどたぶん笑ってはいない―――きっと泣きそうな顔だったはずだ。

 改めて俺はお前・・・ガルブルト・マモンを嫌いになったかもしれない。

 たとえ俺が何も関係なくても、あの時わかりにくい方法でソーナ会長を助けてあげたかもしれなくても。

 小猫ちゃんにあんな顔をさせる奴は―――嫌いだ。

 そう俺は思った。

 

 ―・・・

 翌日。

 俺を含めたグレモリー眷属は現在、屋敷のリビングルームにあるソファーの前で、ソファーに座っているアザゼルを前にして立っている。

 オーフィスやティアなどといった付き添いのドラゴンファミリーは俺たちの方を見ながらもゴロゴロしており、そして俺たちは今からアザゼルから修行の説明を受けようといていた。

 アザゼルの手元には数枚の紙があり、たぶんそれに各人の修行内容がびっしり書いてあるんだろうな。

 

「さて、これからお前らに修行の内容を通達するんだが……この修行においてはすぐにでも効果が出る奴とそうじゃない奴がいる。そのことは十分理解しておけよ?」

 

 アザゼルはそう言うと、早速という風に一枚目の紙を部長に向けた。

 

「まずはこの眷属の『王』であるリアス。まずは俺の意見を言おうか。お前の潜在的な魔力の才能、頭脳、どれをとっても一級品だ。これは間違いない。このまま何もせずとも成人を迎えるころには才能は開花し、近い未来最上級悪魔の候補にも挙げられるだろう―――が、今すぐにでも強くなりたい。それがお前の意気込みだな」

「・・・あんな無様な恰好、それに―――足手まといは嫌よ」

 

 部長は苦虫を噛んだように悔しそうな表情をした―――たぶんライザーとのレーティング・ゲームのことを思い出してるんだろうな。

 あの時、部長はライザーの不死身に一歩近づかず、さらに最終的にライザーの不意打ちによって倒された。

 そのことは部長の心に深く刻み込まれているんだろう。

 

「それならお前はその紙に書かれた内容をみっちり体に叩き込め」

 

 アザゼルは先ほど部長に渡した紙を指すと、部長は黙々と読み始める。

 そして読み終わると少し不思議そうな顔をしていた…どうしたんだろう。

 

「これ、ほとんど基本のトレーニングなんだけど…」

「お前はそれでいいんだ。いいか?お前の才能と力はすでに上級悪魔でも結構高位のもんだ。ただお前の相対してきた敵はコカビエルやら不死鳥とかの奴らだ。お前は自分の肉体を酷使するタイプの戦士じゃない上に『王』だ。『王』は時にして力よりも知恵、眷属を導く統率力が必要となる。それをするためには基礎あるのみ、基礎がねえ奴がどれだけ応用やっても効果なんてねえんだ」

 

 アザゼルの説得力のある言葉で部長は納得したのか、何も言わなかった。

 確かに部長の修行内容、相当の効率でなおかつ理想的な内容だ。

 さすがはアザゼルだ…たぶん俺よりも人に何かを教えるのに長けているな。

 

「さて、次は朱乃」

「はい」

 

 朱乃さんはすっと俺たちの一歩前に出てアザゼルの前に立つ。

 朱乃さんか……朱乃さんはある程度は堕天使のことは割り切っているのか、特には不満な表情は見せずにアザゼルを見ている。

 ただ視線は氷のように冷たいけど……まあ最初よりは随分とマシだな。

 だけど朱乃さんのやるべきことと言えば…それを伝えるのは余りにも酷だけど、でもアザゼルは躊躇いもなく言った。

 

「自分に流れる血、堕天使の血を受け入れろ」

「………」

 

 アザゼルの言葉に朱乃さんは少し顔をしかめた。

 …朱乃さんのお父さんは堕天使の幹部、バラキエル。

 おそらく最上級悪魔と同等かそれ以上の力の使い手なんだろう。

 その血が朱乃さんに流れているのならば、おそらく力の絶対値は計り知れないだろうな……が、それは血を受け入れた場合の話だけどな。

 するとアザゼルは重ねて続ける。

 

「フェニックス家とのレーティング・ゲームは見させて貰った。全体にいろいろと言いたいことはあるが、朱乃。あの時、お前は堕天使の力を行使すれば容易に相手の『女王』を倒せたはずだ。たとえそれが涙という回復アイテムがあった場合でもだ」

「…わかっていますわ。そんなこと……」

 

 …ここから先が朱乃さんの本当の闘いなんだろうな。

 自分の気持ちとどれだけ向き合え、どれだけ戦えるか…俺にはどうすることもできないけど。

 

「さて、次は木場。お前は現段階でどれだけ神器の禁手化を持続させられる?」

「…約5日間。ですが力を全力で使えば1日も満たないと思います」

 

 アザゼルの問いに祐斗が答えると、アザゼルは少し考える間をおいて再び話し始める。

 

「…予想していたよりはかなり長いな。しかし木場。この眷属ではイッセー、今までお前たちが遭遇してきた人物ではヴァーリ……この二人は余裕で禁手状態を一か月以上持続できる。特にお前の禁手は持続時間が長いのが肝だ。現在が5日間なら次は1週間、そしてそれを少しずつ伸ばしてゆき、最終的には修行の終わりまでに1か月間、禁手状態を維持しろ」

「…わかりました」

 

 祐斗はアザゼルの言葉に頷く…禁手の持続性を伸ばすのが一番の課題ってことか。

 かなりタフな鍛錬になりそうだな。

 

「神器の扱いは以前のゲームから随分上達しているようだが…剣術の方はもう一度一から鍛えなおすんだっけか?」

「はい。師匠に一から教えていただくつもりです」

 

 へぇ、祐斗にも師匠なんて存在がいたんだな。

 っと次はゼノヴィアか……

 

「さて、次はゼノヴィアだが…お前は今以上に聖剣デュランダルに慣れてもらうことを重点とするぜ。なんたってその剣は悪魔にとっては最高の矛だ。後は…少しは視野を広げろ。お前はパワーに直線すぎる傾向がある」

「しかしパワーこそ至上…これまで使ってきた聖剣もパワー系だから私には……」

「んなこと言っても、この眷属の実質的なテクニックタイプは木場、そしてオールラウンダーのイッセーだけだ。お前がパワーパワー言ってると眷属のパワーバランスが崩れる」

「むぅ……」

 

 ゼノヴィアは痛いところを突かれてぐうの音も言えないようになる…実際そうだしな。

 ゼノヴィアのパワーは戦車並だけど、代わりにテクニックに富んだ相手に弱い傾向がありそうだからな。

 今のところはそんな相手とは遭遇していないものの、残念だが次の対戦相手であるソーナ会長の眷属はテクニックタイプの人物がほとんど…

 嵌め手を貰って終わりとかは話にならないからな。

 

「まあテクニックっていうもんはすぐには身につけることは不可能だ。何だかんだで経験と慣れがものをいう……今回はとにかくデュランダルを使いこなせるようになれ。その続きはそれからだ」

「了解した」

 

 ゼノヴィアが少し居心地が悪そうな表情になりながらも頷く。

 

「さて、次はギャスパーだが…」

「は、はいぃぃぃぃぃ!!?」

 

 …アザゼルに目線を送られたギャスパーは視線が怖いのか、近くにあったダンボ―ルに隠れようとする……だけど俺はギャスパーのダンボールを粉砕した!

 

「ぼ、僕のお家がぁぁぁぁああ!!」

「お前は反省しろ。そんでアザゼルの話を聞けっての」

 

 俺はギャスパーの首根っこを掴んでアザゼルの前に立たせる。

 ったく、この馬鹿な後輩は世話が焼けるな。

 

「ナイスだ、イッセー。で、ギャスパー……お前は現状、論外だ」

「ろ、論外!?」

「そりゃそうだろ?停止世界の邪眼(フォービトュン・バロール・ビュー)は非常に危険な神器だ。しかも宿主のお前が引き籠りに加え対人恐怖症とかあり得ない。お前はその人に対する恐怖心を克服、さらには神器の更なる操作を可能にしてもらうぜ。そのための専用プログラムは組んでやった―――ところでギャスパー、お前はイッセーの血を飲んだことがあるんだよな?」

「は、はい……二度三度四度五度…………あれ?どれくらい飲みましたっけ?」

「…ならまあいい。赤龍帝の血は神器の成長には都合がいいからな。修行前に一度吸わせてもらえ」

 

 アザゼルがそういうとギャスパーは俺の方をじっと見てくる……はぁ、今飲まれるのは勘弁してほしいから用意してきて良かった。

 俺はポケットにある瓶を取り出し、それをギャスパーに向かって投げた。

 

「直接飲まれるのは面倒だからある程度抜いておいた。後で飲んどけ」

「…ぼ、僕は先輩の首筋から直接飲みたいなぁって……」

「別にいいが……ゼノヴィアに殺されるぞ?」

 

 ギャスパーはゼノヴィアの鋭い視線に気が付いて顔を引きつらせたまま黙ってしまった。

 

「じゃあ次はアーシアだ」

「は、はい!」

 

 おぉ、アーシアは気合が入っているな。

 アーシアは普段から俺との朝ランニングとか神器の訓練を一緒にこなしているから、アーシアの力はよく理解している。

 

「はっきりって現段階のアーシアの神器の使い方はこの眷属でもトップクラスだ。回復という点においてはイッセーをも遥かに凌駕している。さらに体力も予想をはるかに上回るほどにある」

 

 アザゼルはアーシアに関心するようにそう言う。

 …アーシアはすごい努力家だから当然だな。

 

「イッセーの鍛錬に付き合っているそうだな。だがまだまだ未熟な点は多い」

「だけどアザゼル。アーシアの回復力は現時点で最高レベルだぞ?瀕死程度の傷は一瞬で治すくらいだ」

「それぐらいは理解している。回復力の速さ、努力を続けて得た体力、んで神器の使いこなしているのは分かる…が、すべては基本的な使い方だ」

 

 …なるほどな。

 現在、アーシアが行える神器の応用は回復領域の拡大と縮小だ。

 基本が忠実に出来上がっているから、ここから先は応用ってことか。

 

「アーシア、お前の才能は大したもんだ。向上心もある。確かに力の質から考えて戦闘は不向きだが、それを補えるほどのサポート能力がある」

「…つまり、私にできることをしろってことですか?」

「ああ。そういうことだ。とりあえずお前はリアスと同じく基本トレーニングを重点に置け。んで神器の方だが…質問だがアーシア、お前は瀕死の敵がいたら放っておくことはできるか?」

「………」

 

 …その質問はアーシアにはきついものがあるぞ。

 アーシアが追放された原因は悪魔の怪我を治してしまったこと…敵であろうと治療してしまう優しいアーシアにそんなことできるはずがない。

 

「答えたくないなら答えなくていい。まあまず不可能だろうな。アーシア、お前の優しさは美点だが、しかし戦闘になれば不利な美点となる。俺が予定していたメニューでは回復範囲を大きくすることだったが、そうするとアーシアは味方だけではなく敵すらも回復してしまう……だからこそ、もう一つの応用を覚えてもらうぜ」

「もう一つ、ですか?」

「おうよ。回復オーラの拡大から派生した方法…名付けて『癒しの弾丸』だ。要は回復のオーラを弾丸のように放ち、遠くに離れた味方だけ回復する方法。回復力が落ちる可能性があるだろうが、それでもこれからの回復の可能性は広がる…イッセー、見本を見せてやれるか?」

 

 するとアザゼルは俺にそんなことを言ってきた…まあできないことはないけどな。

 俺は嘆息して左腕に籠手を出現させた。

 

『Boost!!』

『Transfer!!!』

 

 一段階倍増が完了し、瞬時に俺はそれを譲渡の力で放射。

 倍増のエネルギーを手のひらで魔力を操る感覚で球体にし、それをアザゼルの方に投げた。

 

「まあこういうことだ。今イッセーがした赤龍帝の譲渡の力により倍増した力を放射、それを球体にして俺に投げたってことだ。アーシアはこれをできるようにしてくれ」

「は、はい!…イッセーさんと同じことを…同じことを…」

 

 アーシアは強く頷くと何かを呟きながら下がった。

 ……………で、一番の問題に直面するってわけだ。

 

「最後に小猫だ」

「…はい」

 

 いつもの何倍も気合の入っている声……なにを言っても今の小猫ちゃんは無理をするんだろうな。

 

「お前は『戦車』としての才能は申し分ない。駒の性質にも同調しているだろう―――だけど、この眷属の中にはお前よりオフェンスが強い奴がいる」

「―――ッ!分かっています…」

「ああ、わかっているからこそ、そこまで焦ってんだろう。木場は聖魔剣によって大幅に力が上がった。ゼノヴィアはデュランダル、そしてイッセーに至っては赤龍帝でしかも禁手化すらも会得している。その中でお前の攻撃力は小さくはないが……目立たない」

 

 …なかなか重いことを言うな。

 アザゼルだって本当なら言いたくはないだろうけど…汚れ役ってものか。

 教師も大変だよな。

 そして小猫ちゃんは……悔しそうな表情で歯噛みしていた。

 

「…小猫、お前はなぜ力を使わない?お前だって本当の力を―――」

「やめてくださいッ!!!」

 

 ――――――小猫ちゃんが、叫んだ?

 普段から物静かで、よく甘えてくる小猫ちゃんが誰かに叫ぶのを俺は初めて見た。

 

「………それ以上は、やめてください。ここからは自分で考えることですから」

「……俺から言えるのは朱乃と同じ―――受け入れろ、自分の力を」

 

 アザゼルはそういうと、手元の最後の紙を小猫ちゃんに渡した。

 小猫ちゃんはそれを無言で受け取って、一歩下がる。

 そして俺の隣に来て、そして俺の服の裾をキュッと握った。

 

「小猫……」

 

 部長は小猫ちぁんを見て心配そうに見ている…いや、全員か。

 アザゼルは頬を掻きながら苦笑いをしていた。

 

「…仕切り直しだ。最後にイッセー」

「ああ」

 

 俺は小猫ちゃんの手を一瞬握り、安心させて一歩前に出る。

 さてさて、いったいアザゼルは俺にどんな修行をつけてくれんだろうか…わくわくして仕方ない。

 今まで自分で決めて自分で鍛えることしかしなかったからな~。

 

「はぁ…お前の扱いにはホント困るぜ。ライザーとの戦闘でも分かることだが、お前の力と言うか影響力はもうこの眷属の支えと言ってもいい。と言ってもお前の成長は止まっているどころか今もなお続いている…ってかヴァーリ倒せるとか自分で鍛えても問題ないだろうってのが正直なところだ」

「おいおい…結構わくわくしてるのにそりゃねえだろ」

「待てよ。何も考えていないわけではない―――なんつーか、もうこの際、お前には一切の遠慮はいらないと思ってな?」

 

 アザゼルは笑った―――あり得ないほど歪んだ、何か企んでいそうな表情を……

 その瞬間だった!

 

「うぉ!?なんだ、この揺れ!」

 

 室内が突然揺れる!

 俺は何が起きたかわからなかったが、アザゼルは悠長にリビングの窓を全開にすると、そこには――――――ドラゴンがいた。

 

「―――よくもまあこんな堂々と悪魔の領域に入るとはな、アザゼル」

「そう言うなって…これでも魔王の許可をわざわざ貰ってんだぜ?―――タンニーン」

 

 ―――ッ!?

 今アザゼルはタンニーンって言ったのか?

 まさかこのドラゴンは……元龍王の魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)と謳われるドラゴンにして悪魔に転生した最上級悪魔―――タンニーン!

 すっげぇ!!

 めちゃめちゃカッコいいし、なんか風格ってものを感じる!

 俺の周りには変なドラゴンが集まりすぎて、こういう誇らしいドラゴンとは久しく会ってなかったんだ!

 

「ふん、俺もサーゼクスの願いでなければここには来なかった―――で、そこで俺のことをキラキラした視線で見ている小僧はなんだ?」

「おお、こいつが今回、お前にも(・ ・ ・ ・)手伝ってもらう現代の赤龍帝だ。普段は冷静なんだが……おい、イッセー!」

「んだよ、俺は今、このドラゴンを見て感動してんだよ!こんな普通にカッコいいドラゴンを久しぶりに見て感激なんだよ!!邪魔スンナ!未婚総督アザゼルさんよ!!」

「んだと、てめえ!!」

 

 するとアザゼルは沸点が低く、俺に襲いかかろうとしてくる。

 が―――

 

「おい、鴉。誰の弟に手を出そうとしている?」

「我、アザゼル、屠る」

 

 そのアザゼルの前に今まで不干渉だったティアとオーフィスが乱入してきた。

 ってオーフィスの発言が洒落にならない!

 

「む!!!!???……これは驚いたな。まさかこんなところにティアマットとオーフィスがいるとは………しかもなんだ?二匹だけではなくそれ以外にもドラゴンのオーラ…」

 

 タンニーンはチビドラゴンズや俺の方を見てきて戸惑うような声を出していた。

 ……それにしてもカッコいいな、このドラゴン。

 

「小僧…名を名乗ってもらえるか?赤龍帝が悪魔についたというのは聞いていたが、名は知らんのだ」

「兵藤一誠だ!にしてもカッコいいな、タンニ―ン!15メートル以上はあるか?それと握手してくれ!」

「ははは。いいぞ、それくらい。なんだ、今代の赤龍帝は随分と面白いな」

 

 タンニーンは俺を見て笑う。

 

「随分と仲良くなっているとこ悪いが、その辺で―――オーフィス、ティアマット。昨日の要請について受諾してくれるか?」

「まあいいだろう。他ならぬイッセーのためだ。ひと肌脱ごう」

「…」

 

 ん?アザゼルの言葉にティアとオーフィスが頷いている。

 …………………………なんだろう。

 とてつもなく嫌な予感がするのは俺だけだろうか。

 

「ってことだ、イッセー」

 

「…………なあ、アザゼル?そう言えば俺の修行相手って…」

「ははは、目の前にいるだろ?」

 

 …アザゼルは指さす方向に確かにいるドラゴンたち。

 えっと……まさか―――まさかぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!?

 

「おい!お前の修行相手ってこの3人!?いくらなんでもそれは!!」

「ははは!なに言ってんだ、イッセー。そんなわけないだろぉ?」

 

 ああ、そうなのか……さすがはアザゼル、俺の同志だ!

 そんなわけないよな~、こんな伝説のドラゴンを相手にしたらいくらなんでも俺だって―――

 

「後からもう一匹、龍王に近いレベルの奴を呼んでるからな!これだけじゃあ物足りないんだろう?」

 

 ……………その時、俺はふと肩を掴まれる。

 そこにはオーフィスがいて、ティアがいた。

 

「あ、アザゼル!?いくらなんでも可笑しいわ!!」

「そ、そうですわ!!いくらなんでもイッセーくんが死んでしまいますわ!!」

 

 おお!!二大お姉さまが俺の擁護に回ってくれた!!

 

「おいおい、考えてもみろよ?―――イッセーが強くなって帰ってきて、お前らを守って耳に愛の言葉をささやく……最高と思わねえか?」

『――――――!?』

 

 なんで衝撃を受けてんだよ、この眷属は!!

 愛をささやくってなんだよ!

 ってか本気でこれはやばい!!ティア一人ならともかく、龍神に龍王最強、元龍王に加えて龍王に匹敵するドラゴンはやばすぎる!!

 俺はすぐさまこの空間から逃げ出そうとした瞬間、俺は体の自由が奪われる!!

 ってオーフィス!?

 

「我、約束した―――夏、イッセー、我と一緒」

「約束したけど!!うお!?」

 

 俺はそのままタンニーンのいる方に投げられて、そのままタンニーンの太い腕によってロックされた!

 そしてタン二ーンの背中に飛び乗るティア、オーフィス、そして連れられているチビドラゴンズ!

 ていうかタンニーンの力強い!?

 

「リアス嬢、その辺の山を好きに使うが…良いか?」

「ええ、好きに使ってもらって構わないわ―――イッセー、生きて帰ってくるのよ?」

 

 部長!?

 なにアザゼルに説得させてるんですか!!

 

「助けてぇぇぇ!!!いくらなんでもこれはあんまりだぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

 俺は助けを呼ぶように叫ぶが、しかし誰も答えてくれない!!

 俺はドラゴンに掴まれ、空中でふと思った。

 

 ――――――母さん、ごめん。

 俺、今年の夏で死ぬかもしれない本気で…

 かくして始まってしまった。

 最強クラスのドラゴン+αによって鍛えられる地獄の修行が………そんなことを考えながら、俺はドライグとフェルに慰められながら色々と諦めるのだった。



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第5話 地獄の修行と三善龍

 高校二年生の夏休み。

 普通の男子高校生ならば、夏休みに家族や友達と旅行に行ったり、遊びに行ったりデートに行ったりとそりゃあもう青春ってもんができるはずだ。

 そう…………普通の高校生ならばそれが当たり前なんだろうな。

 だけど俺、兵藤一誠はと言うと…

 

「うぉぉぉおおお!!こいつでもくらえぇぇぇ!!ティアァァァァァ!!!」

 

 ……生身一つで15メートル超の巨大なドラゴンと対峙していた。

 

「くっ!!まさか通常形態でそこまで出来るようになっているとはッ!!さすがは我が弟!!」

 

 ティアはでかい巨体で空を軽やかに舞いながら俺の攻撃を受け流す。

 今の俺の状態は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を通常の形態で使用してティアと対峙している。

 …………いや、語弊があるな。

 

「ならば兵藤一誠!俺の炎を食らってみよ!!」

 

 地上の山から突然、ティアと同じくらいの大きさのドラゴンが現れ、俺に向かって炎のブレスを放ってきた!

 そう…………俺の対峙―――修行相手は何もティアだけではない。

 元龍王にして最上級悪魔であるドラゴン、タンニーン。

 魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)の異名を持つ馬鹿みたいに強いドラゴンだ!

 

「解放!!」

『Explosion!!!』

 

 俺はそのブレスを解放した倍増の力で魔力を何倍にも高め、魔力弾を放ち相殺する。

 向こうは力を加減しているとはいえ、さすがはドラゴン……威力がけた違いだ。

 

「……まさかここまでのレベルとは思いもしなかったぞ、兵藤一誠」

「まさか禁手を使わずにそれほど実力が上がっているとはな。お姉ちゃんは驚きだ」

 

 空中にて俺はティアとタンニーンといった伝説級のドラゴン二人と相対する。

 ……アザゼルに嵌められてから既に5時間ほど経過している。

 俺はタンニーンに捕まえられて今はグレモリー領の山や空、挙句海のようにでかい湖まで使って鍛錬をしているんだ。

 今は山での修行、湖での修行の果てに空中による本気のスパーリングをしている…………今のところは禁手なしで戦っているんだ。

 

「……イッセー、油断、禁止」

 

 ―――ッ!?

 気配もなく、風のように突如俺の後方に現れるオーフィス!!

 俺は最短の挙動で後ろに振り向くと同時に防御態勢をとると、オーフィスはすでに黒い蛇を弾丸のように放とうとしていた。

 ダメだ、ブーステッド・ギアだけじゃやられる!!

 

「フェル!防御系の神器だ!!」

『了解です、主様!!』

 

 俺は胸元にあるエンブレムブローチ型の神器、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を発動する。

 既に数段階の創造力は溜まっている!

 

『Creation!!!』

 

 その音声とともにエンブレムから白銀の光の塊が発生し、俺のブーステッド・ギアに重なりあった!

 

白銀の装備盾(シルヴァルド・ユニオンガード)!!」

 

 この盾の能力はいたって簡単だ!

 単に神器に装備する盾であり、その神器の能力によって適応した防御力の盾を得る!

 ブーステッド・ギアの性質は倍増……つまり与えられる盾は―――防御力を高めていく盾!!

 

「ドライグ、盾に倍増のエネルギーを譲渡!」

『応ッ!!』

『Transfer!!!』

 

 ドライグが盾に力を譲渡し、倍増による盾の防御力上昇は更に速度を増し、盾は巨大なものとなった。

 俺はそこで盾を籠手と分離し、そしてオーフィスの弾丸を迎え撃つ!

 

「……無限、蛇、食らえ」

 

 くっ!!さすがは龍神様だ!!

 破壊力が段違いに強い上に、これでも手加減してんだろうな…だけど一矢報いてやる!!

 盾が蛇によって浸食されるのを見計らい、俺は盾を捨ててオーフィスに突っ込む!

 速度は禁手じゃないから昇格で『騎士』の力を発動させ、速度を補う!

 

『Boost!!』

『Explosion!!!』

 

 倍増のち俺は瞬時に倍増したエネルギーをすべて解放し、拳に集中する。

 そして無防備にたたずむオーフィスに一撃入れた!!

 

「……イッセー、一撃、良い。だけど我、少ししか、効かない」

 

 オーフィスは殴ったまま止まっている俺の腕を持つと、すさまじい勢いで空中に放った!!

 ってマジか!?

 俺は遥か空中に上昇していく!しかもえげつない速度で!!

 止まらないとやばい!!死ぬ!!マジで死んじゃう!!

 俺は何とか魔力を後方に逆噴射して動きを止めようとした時…………

 

「兵藤一誠。多少覚悟することをお勧めするぞ」

「久しぶりに本気の力を使うぞ、一誠」

 

 ―――ようやく動きを止めた瞬間、俺の後ろには巨大なドラゴン二匹。

 極太の腕を振り上げて、そして…………

 

「ウソォォォォ!?それは不味いって!死ぬ!!本気で洒落にならん!フェル!!」

『はい!!』

 

 俺はフェルに心の中で指示を出した。

 

『Force!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺は溜めた7段階の創造力を『強化』の力を使い、ブーステッド・ギアに使う!

 それにより籠手の形状は多少変化し、籠手の各所が鋭角なフォルムとなった。

 

「神器強化、赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)!」

『Over Boost Count』

 

 その音声が鳴り、そして次の瞬間―――一秒ごとの倍増が始まる!

 俺は目の前に全力で魔力壁を作り、一秒でも多く時間を稼いで自分の力を高めていく!!

 っていうかまともにこいつら二人の一撃なんか食らうことは出来ない!!

 

「よしッ!いくぞ!!」

『Over Explosion!!!』

 

 その音声が鳴り響いた瞬間、俺の体から赤いオーラが噴出し、力が何倍にも膨れ上がった!!

 そして俺の魔力壁は打ち破られ、そして俺はティアとタンニーン、二人の拳と俺の拳が交差する!

 ―――って流石に無理に決まってるだろぉぉぉお!!!

 …………俺の抵抗はむなしく、俺は遥か上空から叩き落されることになるのだった。

 俺に出来ることは…うん、今の解放で余った力を防御に回そう。

 そうして俺は無駄に冷静な頭で抗うことをあきらめた。

 

 ―・・・

 ズガァァァァァァン!!!

 ……そんな轟音が響いて俺は地面にたたきつけられる。

 防御を集中したおかげか、割と怪我は少なくて済んだけど……さすがは龍王最強と元龍王。

 まったく歯が立たないな。

 とりあえず山の中に落とされたから見つかるまで隠れておくか。

 ―――ちなみに俺が今している修行はティアかタンニーン、オーフィスのうち誰か一人に見つけられたら即バトルってものだった。

 ドラゴンと超恐怖の鬼ごっこ……しかも一人に見つかれば三人で来るという恐ろしいものだ。

 

『相棒、なぜ禁手を使わない?禁手を使えば少なくともタンニーンとティアマットとは戦えるだろう?』

「ああ、そうだなぁ…………今まで発現してきた力の確認と…まあなんだ。どれくらい俺に可能性があるかを探るために全部の力をまんべんなく使ってるってところだ」

『ですが主様…………それも全ての力を以てしても…………』

「まあ現段階の俺の最強の力は禁手を強化した赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)だろうな」

 

 無限の倍増を理論上は可能とするあの鎧があれば、少なくともティアとタンニーンといい勝負は出来るだろうけど…あの技は連発できない上に燃費が悪い。

 圧倒的に差が開いている相手ならまだしも、ティアとタンニーンが相手なら燃料切れが目に見える。

 それにやってみて分かったけど、倍増の感覚……つまり倍増の大きさは前と比べてもかなり大きくなっているみたいだからな。

 普通の神器の状態でもある程度の敵とは戦えるよ…………防御力はないけど。

 

『今の相棒の籠手の状態での戦闘能力は眷属でも一位だ。おそらくほとんどの上級悪魔に通用するだろうよ…………相棒も内心で焦っているんだろう?ここまで戦ってきた敵の強さに』

「まあ、な」

 

 俺は草の上に寝転びながら空を見上げる。

 焦っているのはその通りだ。

 これもかなりのオーバーワークだし、効率的かどうかはわからないけど…………やってみる価値はあるはずだ。

 それにこんな良い修行環境はなかなかないしな。

 相手が龍王やら龍神とかの伝説級のドラゴンばっかりだ。

 これだけの経験を積めば、俺が今考えている力の応用だって可能になるかもしれない。

 

「そう言えばアザゼルが龍王に近い力を持つドラゴンも呼んでいるって言ってたよな?」

 

 俺はアザゼルが俺を見捨てる前に言った言葉を思い出してふとそう言った時だった。

 

「ん?なんかいい匂いが…………」

 

 俺の鼻孔が何かいい匂いを掴んだ。

 これは…………料理?そう言えばあれから5時間もぶっ通しで鍛錬してたせいで腹がペコペコだよな。

 ……一応行ってみるか。

 俺は立ち上がり、そのまま匂いのする方に歩いて行った。

 草木をどけて歩き、少し経つと森の中に一つの空間にたどり着く―――そしてそこに誰かがいた。

 ……鍋を混ぜてる?

 背丈は2メートルくらいか?なんか和服……袴なんか着ていて頭に侍が被るような藁の帽子を被ってる。

 腰には……刀を帯刀している?

 まんま時代劇に出てくるような侍だな。

 

「……そこにいるのはもしや、兵藤一誠殿でござるか?」

 

 …………その侍は、振り返ることなく俺のことを指してそう言ってきた。

 俺はそれで警戒しようとするが―――

 

「警戒は無用でござる。拙者、赤龍帝殿の敵ではないでござる故に」

 

 すると侍は鍋を回すのをやめ、俺の方に振り返る。

 その顔を見て俺は少し驚いた―――そこにいるのは人の見た目ではなかった。

 いや、ほとんど人なんだけど顔には数か所に鱗、さらに耳は鋭く牙が少しある。

 まるでその見た目は……龍人。

 見た目はすごいカッコいいけど、もしやこの人が……

 

「……あなたはいったい」

 

 俺がそう尋ねようとしたその時…………ぐぅ…………俺の腹から情けない音が響いた。

 

「はは。腹が減っては戦は出来ぬ。さあ、拙者とともに飯を食おう」

 

 すると侍は自分の隣をポンポンとたたいた……座れとでも言いたいのか?

 …………だけどこの人はあまり警戒しなくても大丈夫かな?

 

「粥でござる。味付けは塩、それと自家製の漬物もあるでござるよ?」

「あ、ありがとう…………ってそうじゃない!侍さん。あなたがもしかして」

「最後までは言わなくてもわかるでござるよ。拙者、名を夜刀(やと)と申す」

 

 夜刀さんはそういうと、薄く笑って立ち上がる―――そして次の瞬間、彼の背中には群青色の翼…………ドラゴンの翼があった。

 

「アザゼル殿より要請を仕った龍でござるよ」

「……やっぱり貴方が」

 

 夜刀さんはそう言うと、再び腰を下して粥の入った器をすする。

 俺はそれをみて真似するように粥を食べる……?

 なんだ、なんか食べた瞬間、体が活性化したみたいに温かくなったような…………

 

「今、不思議に思っているでござるね?当然、この粥はただの粥ではござらぬ」

「ただの粥じゃない?」

「如何にも。この粥は拙者の仙術によって効能が最上化されている健康面において最高位に達する粥……万能粥でござる」

「仙術!?」

 

 俺はその言葉を聞いて驚いた。

 詳しく知っているわけではないけど、仙術っていうのは生命をつかさどり、操る力だ。

 大雑把な知識しかないけど悪魔や天使、堕天使が持つような魔力や光力といった直接的な物理攻撃は持たないものの、その代わりに人の気やチャクラなどといった力を操作することができる力。

 一例では身体強化や相手の気を乱して活動を停止させるとか応用法がかなりあるらしいけど…………

 とにかくすごい力だ。

 

「赤龍帝殿は今しがた、かの有名な龍王や龍神と手合せしていたのでござる。疲れも相当のものだと察する……故にこまめな回復は必須なのでござるよ」

「……ありがとうございます」

「いいのでござるよ。ただ鍛えることだけが修行というものではないのでござる。衣食住、それらをきっちりこなすこと、これこそが至上なのでござる」

 

 …………ひどく説得力があるな。夜刀さんの言うことは。

 それに仙術を操ることができるということは、この方はそれほどの力を以ているという証明だろうし、それに近くでいてそれに気付かせないほど実力を隠している。

 でも夜刀さんは間違いなく龍王クラスのドラゴンだ。

 

『随分と久しぶりだな、靭龍(じんりゅう)の小僧』

 

 するとドライグが俺の手の甲から宝玉となって現れる…珍しいな、自分から現れるなんて。

 

「これはこれは……ドライグ殿も既に目覚めて参ったか。おひさしゅうでござる」

「ドライグ、お前は夜刀さんと知り合いなのか?」

『ドラゴンの中でこの者を知らないものは少ない。世にも珍しい”恐れられないドラゴン”だからな』

 

 恐れられないドラゴン?

 なんだそれ…………確かにこの人は全然怖くない上に、すごい優しいドラゴンだとは思うけど。

 

「そう言えば正式な紹介はまだでござった―――拙者、閃刀の靭龍(サソード・ナイトドラゴン)と言われており、名を夜刀神と申す。神は大げさでござるから夜刀と申しているでござるね。それに加え、不肖ながら”三善龍”の一角と言われているでござる」

「三善龍?」

 

 俺は夜刀さんが言った聞きなれない言葉に首をかしげていると、ドライグが俺に話しかけてきた。

 

『三善龍とはその名の通り、人間や悪魔、神や天使など様々な勢力から”善”の性質を認められ、その称号を得た三匹のドラゴンのことを示す。この夜刀神もまた認められた善のドラゴン…………古来より力の象徴として畏怖されてきたドラゴンの中では異端とされる龍なんだ』

「天下の天龍殿にそういわれると嬉しく感じるでござる……とはいえ、拙者は古来では不気味なドラゴンと言われていたのでござる」

「不気味なドラゴン?」

 

 善と言われるまでに良いドラゴン…………それがこの夜刀さんなのに、なんでこの人はそんなことを言うんだろう……そう思っていると夜刀さんは語り始める。

 

「拙者の名がつけられた所以は夜に現れる龍。そして拙者を見た者は不幸に見舞われる……そんな伝説がある時代に生まれたのでござる。現代であれば夜に動くことは何も不思議ではないでござるが…………昔、特に日本という国では夜に動くのは大抵が悪しき心の現れでござった」

 

 ……なるほど、言いたいことは分かった。

 つまり昔……まだ武士がいた時代やもっと昔の時代では夜に何かをすることは、たとえば誰かを暗殺したりすることがあったってことか。

 

「拙者はそんな悪の心を持つものから人々を守るために夜の世を徘徊していたのでござるが…………この時代はそんなことはもう無用であるから故に、今はこのようにフリーの万屋のようなことをしているのである」

「……つまり夜刀さんは日本出身のドラゴンってことですか?」

「そうでござるね。同期には八岐大蛇や印旛沼の龍などが存在しているでござるが……八岐大蛇は邪龍として討伐され、顔なじみのドラゴンは随分と減ったでござる」

 

 夜刀さんは遠い目をしながら少し寂しそうにそう語った。

 俺は話を聞きながら夜刀さんの作った粥や漬物を食べる……本当に体の疲れが消え去ったな。

 これが仙術の力か……俺も出来ればつかえたいいんだけど、たぶん無理だろうな。

 

「さて、腹ごしらえは済んだでござるね」

 

 すると夜刀さんは手をパンパンと払って、そして立ち上がり手で鍋をふれる。

 ―――次の瞬間、大きな金属性と思われる鍋は真っ二つに切り裂かれ、そして次々と鍋が切り刻まれていつしか粉のようにあたりに霧散してゆく。

 …………なんていうか、力に無駄が一切なかった。

 

「さて、ではそろそろ拙者と手合せ願おうか―――好きなように向かってくるでござる」

 

 ……その瞬間、夜刀さんから発せられる殺気に俺は一歩、後ずさりした。

 ―――俺もまだまだ弱いな。

 実のところ、この人を若干なめていたかもしれない。

 柔らかい物腰に優しい性格、しかも善の心を持つ三善龍の一角……そんなドラゴンだからこそ、俺は失念していた―――俺も一発、気合を入れるか。

 

「フェル、創造力はどうなってる?」

『主様のご食事中も溜まっていたので、40段階は溜まっております』

「了解……じゃあ久しぶりにあれだ」

 

 俺はフェルに確認をし、胸のブローチに手を当てる。

 

「『創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す』」

 

 神器創造の極地……神滅具の創造の呪文。

 そして俺が創造できる神滅具クラスの神器は―――一つしかない。

 

「『故に我、求める…………神をも殺す力―――神滅具(ロンギヌス)を!!』」

『Creation Longinus!!!!』

 

 俺の胸を押さえた右手に、フォースギアから出現する白銀の光が纏わり、そして徐々に形作る。

 光は次第に止み、そして俺の右腕には白銀の籠手……白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)が装着されていた。

 

「ほう……神器を創る神器―――それが創造の龍の力でござるか」

 

 夜刀さんは腰に帯刀している刀を引き抜き、それを両手で持って構える。

 ならこっちもシステムの発動だ!

 

『Start Up Twin Booster!!!!!!!』

『Boost!!』『Boost!!』

 

 赤龍帝の力である紅蓮の籠手と、フェルの力を用いて創造した白銀の籠手。

 その二つが共鳴し、互いに相乗効果を生んで今までの籠手の力の何倍ものスペックを放つツイン・ブースターシステム。

 夜刀さんにどれだけ通用するかわからないけど……でもあの人はいつまで人の姿でいるんだろう。

 

『いや、相棒。奴は実質、ティアマットやタンニーン、そして俺やフェルウェルとは違い性質的には人間に近い。龍人というやつだ。つまりあの姿がすでにドラゴン……多少の変化は出来るだろうが、成人を迎えたドラゴンの中では奴は最も小さいドラゴンだ』

 

 ……なるほど、つまり夜刀さんはあの大きさでドラゴンなのか。

 

「―――いざ尋常に参る」

 

 ―――ッ!?

 次の瞬間、夜刀さんの姿が俺の視界から消え、一瞬で俺の目の前に現れて刀を振るう!

 俺はそれに何とか反応し、左腕の籠手よりアスカロンをイメージした!

 

『Blade!!』

 

 籠手より聖剣アスカロンが出現し、刃と刃を交差させる!

 

「それは聖剣……なるほど、つまりお主は剣を扱うことができるというのでござるか!」

 

「それはどうでしょうね!」

『Right Explosion!!!』

 

 俺は夜刀さんの嬉しそうな顔を皮切りに、右腕の籠手の倍増の力を解放する!

 力を拳に篭め、アスカロンで刀ごと薙ぎ払おうとするが……

 

「―――無切の斬過」

 

 次の瞬間、俺は突然力なく膝を地面に落としてしまった。

 

 なんだ、今の…………まるで神速のように夜刀さんの刀が俺を通りすぎ、その瞬間に俺の体が動かなくなった!

 

「無切の斬過は仙術を用いた術。この刀、拙者の創りだしたいくつもの刀の一つ。無切刀―――何も切れぬ刀だが、速度は目に見えぬ神速を生み出す刀でござる」

「……まだ、だぁ!!」

 

 俺は全く動かない体をどうにかしようと魔力を逆噴射させ、無理やり体を動かせる!

 おそらくはあの斬撃…仙術で俺の気を若干歪めたんだろうな。

 だからこそ、気は関係のない魔力のみで体を動かしてみたが……かなりきついな。

 

「ッ!?……体に流れる魔力を伝達させ、魔力の噴射により身体能力を向上させ、無理やり体を動かせる…………その状態で動けるものなど数知れずでござる……なるほど、磨けば磨くほど輝きを増すとはこのことでござるね」

 

 すると夜刀さんは刀を腰に再び帯刀させ、手のひらを俺の方に向けてくる。

 ……体は魔力のオーバーブーストで何とか動かせるけど、流石は龍王に近いドラゴン。

 ―――経験が全然違いすぎる!

 

「肉弾戦がお好みでござるなら、拙者もそれに合わせようぞ」

「別に好きとかそんなのはないんですが…………夜刀さん、貴方は究極のテクニックタイプの本質ですね」

 

 俺は二つの籠手を構える。

 勝てないにしても、夜刀さんに一撃ぐらいは当ててみせてやるッ!!

 

「体が小さく、他の龍とは違い拙者はブレス系統にめっぽう弱い故でござる―――が、肉弾戦ならば拙者の見せ場でござるね」

 

 夜刀さんは再び神速で俺に近づく!

 手にはいつの間にか出現した二つの小さな短刀!

 ここは全力でぶつかってやる!!

 

『Twin Explosion!!!!』

 

 ツイン・ブースターシステムの真骨頂、同時解放により俺は二重に溜まった倍増のエネルギーを魔力に向けて使い、身体のオーバーブーストを高めて体を動かす!

 神速が相手ならば俺も神速で相手をするしかない!

 俺は素早く『騎士』にプロモーションし、夜刀さんと神速の攻防を開始した。

 同時解放の制限時間は割と長くなったけど、どれほど長続きするかはわからないからな。

 確実に攻撃をよけ、俺もテクニックタイプとの戦闘をシュミレーションする。

 

「拙者の動きについてくるでござるか!拙者、龍王と競っても速度だけは勝てる自信があるというものを!!」

「本気じゃないくせによく言いますね!!」

 

 俺の拳が夜刀さんに突き刺さる……と思いきや、それは神速による残像で、夜刀さんはいつの間にか俺の背後に立っていた。

 

「これにて一本……ッ!?」

 

 夜刀さんは勝利を確信したのか、短刀を俺に振り下ろそうとするが―――俺はこれを読んで、既に手を打っていた。

 籠手のひじ部分にある噴射口からオーラを噴射し、体の向きを夜刀さんに向け、さらに両手の手のひらを彼に向けている。

 そして次の瞬間、二つの籠手から音声が流れた。

 

『Twin Impact!!!!』

「ツイン・ドラゴンショット!!」

 

 ゼロ距離からの魔力砲が夜刀さんを襲う!

 夜刀さんは赤い魔力弾に覆われ、俺は空中を飛んですぐさまそこから距離をとる。

 

『Twin Reset』

『Boost!!』『Boost!!』

 

 すると同時解放の力は解除さえ、再び倍増が開始する。

 どうだ?そう思った時だった。

 

「―――良き攻撃に良き判断、予想…………つい拙者も本気になったでござる」

 

 ―――煙の中から現れた夜刀さんは、状態が変化していた。

 顔は完全に龍のものとなり、腕も足も全てが太く、すさまじいものとなっている。

 背中には剣のような群青色の翼、刀の尾。

 そしてドラゴンのすさまじいオーラ―――本気の姿だ。

 そして彼を取り囲むように包囲された幾重もの刀……体には少しだけ傷がある……おそらくは俺の攻撃によるものものだろうけど、それにしたってこの状態での全力があの程度か……

 

「が、拙者を打ち取るほどではないでござる―――精進せよ、兵藤一誠殿。お主はまだまだ強くなれるでござる」

「ありがとう、ございます」

 

 ―――次の瞬間、俺は無限のように放たれる神速の刀に襲われる。

 そのあまりにも圧倒的すぎる攻撃に、俺は抵抗むなしく意識を失うのだった。

 その中で思った―――真っ向から久しぶりに誰かに負けたのに、なぜか悔しくないということを。

 

 ―・・・

「―――く…………はぁ……」

「ようやく目を覚ましたか、一誠」

 

 ―――目を覚ますと、俺の後頭部には柔らかい感触があった。

 俺は瞼を少しずつ開け、辺りを見るとそこには人間となって膝枕をしてくれているティア、更にせっせと布を水に浸しているチビドラゴンズ、そして薪に火をつけて魚?を焼いている夜刀さんがいた。

 ここは山の中か?

 辺りは樹がかなり生えていて森のようだけど、おそらく森の吹き抜けの空間がここなんだろうな。

 よく見れば空にはタンニーンが飛んでおり、オーフィスは木々を飛んで遊んでいる。

 

「ああ、ティアか……俺はどれくらい眠ってた?」

「大体二時間くらいだ……自信を無くすことはないさ。この男は龍王に近い力を持つ―――下手をすれば龍王最強の私の次に強いレベルだ。本気になれば負けて当然だ」

 

 ティアが俺の頭をなでながら、優しい口調でそう言った。

 ―――俺はあの時、夜刀さんの圧倒的な斬撃の攻撃に歯もたたず、そのまま敗れ去った。

 俺は体の状態を何とか起こし、そして夜刀さんの方を向いた。

 

「おや、起きたのでござるね。傷は仙術である程度、回復する力を促進させておいた故に大丈夫でござるよ」

「……おかげで体に違和感は感じないけど」

 

 俺は腕を軽く振るってそういうと、上空からタンニーンが降りてくる。

 

「起きたか、兵藤一誠。さすがに初日からやり過ぎだぞ。いくらなんでも俺やティアマット、オーフィスを同時に相手にするのは正気の沙汰じゃない」

「こんぐらいやらないと強くなれないんだよ。俺は赤龍帝だから力を呼び込んでしまう性質がある―――守るためにはもっと力が必要だからな」

「……ふむ。何世代かに渡って赤龍帝殿を見てはきたが、そういう者は初めてでござるな」

 

 すると夜刀さんは関心したようにそう言った―――そう言えば夜刀さんはいったいどんな力を有したドラゴンなんだろうな。

 

『夜刀はその名の通り、刀を司るドラゴンだ』

 

 すると俺の手の甲より宝玉が現れ、あたりに聞けるように俺にそう言ってきた。

 刀を操る?

 

「その通りでござるね。拙者の力は仙術と龍術―――ティアマット殿の言うところの龍法陣でござる。更に拙者の龍としての性質は刀……龍刀、と呼ばれる特殊な刀を生み出すことができるでござる」

「龍刀?」

 

 俺が不思議にそう言葉を漏らすと、夜刀さんは笑顔で頷く。

 

「龍の性質を持つ刀。拙者はそれによりパワーは欠けているものの多彩な攻撃を繰り出すことができるでござる……先ほどの兵藤一誠殿―――一誠殿に向かって放った刀の群れはすべてがすべて、違う性質を持つ刀を神速で放つ”無双・億変化の刀舞”。拙者の技の一つでござる」

「……あれは避けるのも難しそうですね」

「あれは本来避けることが不可能な技なのでござるが……それでもいくつかの刀を避けていたのは評価するべきでござるね」

 

 そう言ってもらえるとありがたいけど、避けることが出来たのは本当に少しだけだ。

 俺もあの状態では手も足も出なかったし、まだまだ未熟な部分も多い。

 

「しかし兵藤一誠。お前は既に禁手を得ており、しかも出力も安定していると聞く。白龍皇も下すほどであろう。ならばその力を使えば……」

 

 タンニーンがそう言うけど、残念だけどそんなにうまくはいかないってのが現段階だ。

 ヴァーリは確かに撃退はしたけど、実際にはフェルの力をフル活用しての勝利。

 途中、普段通りに戦えなかったとはいえ、戦場では言い訳は無意味だからな。

 

「禁手は絶対ではないんだよ……っていうかこの世に絶対なんてことはないしな―――愚直に鍛えぬくしかないだろ?」

「ほう…………面白い。なるほど……お前がドラゴンに気に入られる理由が分かった気がする」

 

 タンニーンが悟ったように可笑しそうに笑う……俺、そんなに変なことを言ったか?

 

「兄ちゃん!!タオルどーぞ!」

「おぉ、フィー。ありがとな?」

 

 俺は濡れタオルを持ってきてくれたフィーの頭を撫でると、フィーは嬉しそうに体を震えさせる。

 すると俺の近くのティアは手を組んで何かを考えていた。

 

「……今のファミリーで埋まっている席は父、母、姉、妹、従妹……空席は兄、祖父、祖母、従兄だけか……」

 

 ……真剣に何考えてんだよ。

 俺は肩を落とすと、俺は横目でタンニーンを見た。

 大きな巨体、鋭い瞳、だけどそこからそこはかとなく優しいオーラを感じる。

 なんとなくあのドラゴンの背中で眠ってみたいという感覚に襲われる……改めて俺はそう思った。

 そう思うとタンニーンなんてそんな失礼な呼び方はダメだよな……ならどう呼ぼうかな?

 タンニーンさん?

 いや、なんか違う…………となると―――

 

「タンニーンのじいちゃん?」

「む?どうした、突然俺をじいちゃんなどと……」

 

 すると俺の小言にタンニーンのじいちゃん……うん、これが一番しっくりくる。

 じいちゃんが反応した。

 

「いや、なんかタンニーンのことがお爺ちゃんって思えてさ……ほら、誇り高いし、俺に稽古つけてくれるし…………」

「ははは。そうか、じいちゃんか―――いいだろう、一誠。じいちゃんと呼べばいい。なぜかは分からんが心地いいからな」

 

 ……なんてカッコいいドラゴンだ!

 俺の中のパパドラゴンとはえらい違いだ!

 もうなんだー――このドラゴンならドラゴンファミリーに入ってくれても大歓迎っていうか、むしろ入ってほしいくらいだ!

 今まで常識が通じる人がいなかったし!

 っていうか今日はカッコいいドラゴンによく出会うな。

 夜刀さんもそうだけど、タンニーンのじいちゃんも誇り高き崇高なドラゴンだし。

 いや、そういってしまえば昔のドライグだってカッコよかったんだけど……パパ化してから俺の悩みの種の一つだしなぁ……まあそれでも俺を叱るときは叱るし、俺にとっての最高の相棒であるのだけれど。

 

『……主様、そろそろ今の状態を整理しましょう』

 

 するとフェルが機械ドラゴン化して俺の前に現れ、そう言ってきた。

 そう言えばまだ他のみんなに俺の目標やら修行内容を決めてなかったもんな。

 まずは俺の現在使える力をまとめてみるか。

 まずは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)……こいつが今の俺の中で最も安定している力だ。

 次に神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)……未だに連続の神器創造は精神力を大幅に喰らうけど、最近力が少しずつ安定はしてきているな。

 基本的な力はこの二つ……そこからの応用が俺の自分の可能性で強さと仮定しているけど……

 

「一誠殿。お主が眠っている間にティアマット殿やドライグ殿に色々と教えてもらったでござる。それを踏まえて評価するに、一誠殿の力は大したものでござる。が、多少燃費が悪いものが目立つでござるね?」

「確かに、俺の使う力は自身への負担が大きすぎるから連発は出来ないな。特にフォースギアは使うたびに精神力を削るし、神滅具を創造することは現在は連続は無理だな―――今のスタイルは籠手をメインに予備としてフォースギアってところだな」

 

 俺は率直な意見を皆に言う。

 フォースギアの『強化』にしても二つの神器を兼ね合わせた『ツイン・ブースターシステム』も負担ってもんは大きい。

 それに何より、俺はすべての闘いを神器を前提とした戦い方としているからな……逆に神器なしなら俺はどれだけ戦えるんだろうな。

 悪魔になって身体能力は格段に上昇したし、もともとの格闘訓練も効果は出ている。

 体力は昔から鍛え続けてきたから大丈夫だろう……魔力も心もとないが何とかいける。

 だけど決定打がないよな……神器だったら一撃必殺的な力があるけどな…………

 そういう意味ではフォースギアだって決定打に欠けるところがあるから……やっぱりブーステッド・ギアとフォースギアによる赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)が最高の火力を誇るってわけか。

 でもそればっかりだと対策だって立てらえるだろうし…………難しいな。

 

「手札を多くしないと―――やっぱり、無謀に挑戦するしかないか」

「イッセー、その顔、思いついた?」

 

 するとオーフィスが俺の顔を覗いてそう言ってきた。

 おぉ……こいつは俺の心でも読んでいうんでしょうかね?

 今考えていたことをそのまま言いやがって……まあ確かにオーフィスの言う通り、俺は二つのことを思いついたけど。

 

「何を思いついた?兵藤一誠」

 

 タンニーンのじいちゃんがそうたずねてくる……これは言っておいた方がいいかもしれないな。

 俺はそう思い、話した。

 

「俺がしようとしているのは――――――――――――――――ってことなんだ」

 

 俺は自分が掲げる目標を言うと、途端にそれぞれが多様な反応をし始めた。

 ……やっぱりそうなるか。

 

「……拙者としての意見は、片方は可能で、もう片方は不可能に近いということでござる」

「しかしそれをするならば、更に経験値を積む必要があるな」

「仕方ない―――かわいい弟のためだ。ひと肌脱ごうとするか」

 

 夜刀さん、タンニーンのじいちゃん、ティアはそういってくれた。

 俺の掲げた目標に驚きつつも協力してくれるみたいだな。

 

「……よし、おいチビども」

 

 するとティアは突然、フィー、メル、ヒカリの首根っこを掴んで俺の方に放ってきた!

 俺はそれを抱き留めると、ティアは立ち上がりたき火を消す。

 

「これから1週間、私やタンニーン、夜刀はそれぞれ不意打ちとしてお前を狙うサバイバルゲーム方式をとる。そのチビどもは一誠のサポート役としてくれ。それとオーフィス、お前の仕事は1週間後だからそれまではイッセーの修行を見ていてくれ」

「……了解」

 

 オーフィスは珍しくも声でうなずき、俺やフィーたちも頷く。

 不意打ち形式のサバイバルゲームか……随分と恐ろしいことを考えてくれるな。

 だけどそれなら俺が今一番必要としている経験値(・ ・ ・)を培うには最適かもしれないな。

 火は完全に消え去り、あたりは闇に包まれる……それとともにタンニーンのじいちゃんは空に飛んでゆき、夜刀さんとティアは同時に森の暗闇に消えていく。

 

「じゃあ俺のサポート頼むぜ。フィー、メル、ヒカリ」

『うん!』

 

 三人同時ににっこり笑って、俺は再び木々に火をつける。

 たぶん鍛錬は明日からだろうから今日はゆっくりと体を休めないと…………そこで俺は気付いた。

 ―――寝床、どうしよう…………非常に重要な問題であった。

 

 ―・・・

「にぃに!うしろからティアねえ!!」

「了解!!」

 

 フィー、メル、ヒカリが俺のサポート役となり、サバイバルルールの鍛錬を初めて早くも三日。

 俺は現在、メルを背後に置きながら森の中から不意打ちのように攻撃を続けるティアと対峙していた。

 この鍛錬は俺の修行もだがチビドラゴンズの修行も兼ねている。

 今は俺のサポート役として参加させているけど、少しずつ戦闘というのに慣れ始めてもいた。

 たとえば気配察知や軽いブレス攻撃……それと龍法陣とかか。

 戦力としてはまだまだだけど、でも大いに役立っている。

 ……ティアの気配がとり難いランダムなブレス攻撃。

 更に接近戦での肉弾戦―――まだまだティアには届かない部分もあるけど、でもだんだんわかってきた。

 

「もうそろそろ単調な攻撃は飽きたんだよ、ティア!!」

 

 俺はメルのいう背後に向かって魔力弾を放つ!

 威力が拡散した連弾式では話にならないから、一点集中の貫通力を増大させた魔弾だ!

 

「くっ!読まれたか!さすがだな、イッセーにメル!!」

 

 ティアが人の容姿で姿を現す……なるほど、隠れた闇討ちなら人の姿が良いってわけか!

 

「メル!ティアに向かって全力のブレスだ!」

「うん!」

 

 メルは人間の姿からドラゴンの姿となる……大きさは少しだけ大きくなり、オーラの質もでかくなったか?

 まだまだ小さいけど口を大きく開けると、そこから雷撃が溜まっていく!

 

『Boost!!』『Boost!!』

 

 俺は現在、ツイン・ブースターシステムを使っており、数段階の倍増が完了する。

 俺はその左の紅蓮の籠手でメルの体にふれた。

 

『Left Transfer!!!』

 

 そして突如、俺の左の籠手の倍増のエネルギーがメルの体に譲渡され、メルの雷撃は絶大のものとなる。

 ……今日は俺は基本的にサポートを重点において戦っているんだ。

 だからサポート的な立ち回りをする!

 ただメルが強力な雷撃を放つにはもう少し時間が要する!

 

『Light Explosion!!!』

 

 俺は白銀の籠手の倍増を解放し、溜まった分だけ己を倍増する!

 そして雷撃をためるメルをおいてティアに近づいた!

 

「ッ!まだ二日目で速度が上がっているッ!!」

「お前の闇討ちのおかげで身体能力が上がりに上がってんだよ!!フェル!!」

『主様、了解です!』

 

 俺はフェルの名を叫ぶと、胸のエンブレムブローチが白銀に光る!

 

『Reinforce!!!』

 

 こいつは神器の強化の力!

 俺はそれを先ほどメルに力を譲渡した左腕のブーステッド・ギアに使用し、その瞬間、籠手の形状が変わり赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)となる!

 

『Over Boost Count!!』

 

 一秒ごとの倍増を知らせる音声とともに、左腕の籠手は一瞬で俺の力を引き上げる!

 毎日毎日死ぬ気で鍛錬しているおかげか、身体への影響が減ってきているのを俺は感じた。

 

「ちっ!―――龍法陣」

 

 ティアは自分の付近に幾重もの龍法陣を展開し、俺を迎え撃つ。

 だけど俺の役目はメルが全力の雷撃をティアに直撃させることだ!

 ……っとその時、龍法陣はティアの体に次々に吸収される。

 

「身体超過の龍法陣だ―――いくぞ!!一誠!!!」

 

 ―――次の瞬間、ティアの速度が急上昇する!

 人の姿で相手してんのに、夜刀さんと同様の速度!?

 これはもう本気じゃないと逆にやられる!

 俺は即座に赤龍神帝の籠手で未だなお続けている倍増のエネルギーを、右腕の白銀の籠手に譲渡する!

 一度リセットされた白銀の籠手に再び瞬時に倍増のエネルギーが供給され、倍増を失った左腕の籠手は再び一秒ごとの倍増を始める!

 これで準備は整った!

 

「今日はこれで終わりだ、一誠―――」

「ああ、終わりだ―――今日は一本、とらせてもらうぜ」

 

 ティアが神速で俺の前に現れると同時に、俺は十分に倍増の溜まった両籠手の倍増を解放した!

 

『Twin Explosion!!!!!』

 

 ツイン・ブースターシステムの真骨頂、同時解放!

 これにより今までとは比べ物にならないほど力が底上げされ、更に俺は『兵士』の特徴である『昇格』の力で『騎士』に昇格。

 速度をティアと同列にまで上げる!

 

「うぉぉぉぉぉおお!!」

 

 ティアの攻撃が拳が当たる前に俺はティアを凌駕する速度でそれをかわし、そして

 

『Twin Impact!!!!!』

 

 両腕にオーラを集中、そして全力の一撃を両手で一撃ずつ、ティアに放った!!

 

「くっ!!!?」

 

 ティアは避けることが出来ないと判断したのか、防御に徹しようと腕を交差させるものの、しかし威力を殺し切れず後方に飛んでいく!

 

「今だ!!メル!!」

「な、なにぃぃぃぃぃ!?」

 

 ティアが飛んでいく先には既に雷撃を溜め終わったメルの姿……今のメルの一撃は命中率は極端に低いものの最上級悪魔にだって傷を与える一撃を持ってる!

 ただ避けられる可能性が高いのなら、当たる状況を作ればいい!

 これがサポート役のすべきことだ!

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁ!!!」

 

 メルの全力の雷撃がティアに直撃する!!

 ティアは抵抗できずにそれを真っ向から受け、今なお雷撃の渦に巻き込まれて感電中である。

 すると雷撃を撃ち放ったメルは力を使い果たしたのか、その場に倒れそうになっているのを見て、俺は神器をすべて解除してメルの方に走って、支えるように抱き留めた。

 

「ふぅ…………さすがに負担をかけすぎたか」

 

 俺は腕の中で眠る小さなドラゴンの頭を撫でてその場に座る。

 まだ大丈夫だけど、流石にツインブースターからの片方の神器の強化は疲れるな。

 

「ほう、ティアマットに深手を負わせたか」

 

 すると上空から次はタンニーンのじいちゃんが現れる―――連戦かい!

 俺はすぐさま籠手を出現させ、じいちゃんに対して臨戦態勢を整える!

 

「ヒカリ!!!」

 

 俺はヒカリの名前を呼ぶと、すると森の奥から高速で黄色いドラゴンが俺のもとに飛んでくる!

 一応、呼べばいつでも来れるようにしておけって言ったけど、予想より速いな!

 

「くぅ……妹の雷撃も私にある程度のダメージを与え始めるのか……成長はうれしいものだな」

 

 すると雷撃を振り払い、ドラゴンの姿となったティアが森の木々を薙ぎ払い現れる!

 この状況で二人相手か!?

 全く、人気者はつらいなッ!!

 

「おうおう、やってるねぇ―――おっす、イッセー」

 

 すると木々の間より現れる男の姿があった―――それは和服を身に纏う我らが顧問、アザゼルであった。

 

「あ、アザゼル?」

「三日ぶりだな……さすがにドラゴン4匹の相手は骨が折れるか?にしては五体満足だが……」

 

 アザゼルは俺を見ながらそんなことを言ってくるけど……俺は既に上半身は裸だ。

 だってこいつら相手にしてると制服が消えるくらい激しいものになるからさ!

 っていうかなんでアザゼルがこんなところに?

 

「まあいい。おいタンニーン、ティアマット!ちとこいつを休憩させてくれ!!多少話があるもんでな!」

「どちらにしろそろそろ休憩をさせようと思っていたところだ―――一誠は自分に対する追い込みが常識を逸脱しているものでな。俺としてもある程度で様子を見分けなければならん」

「同感だ」

 

 するとティアは人の姿となり、メルとヒカリを持ってどこかに飛んで行ってしまう。

 

「まあなんだ―――飯でもくらって話そうぜ?」

 

 するとアザゼルは大きな重箱を出して、そして俺に手渡ししてきた。

 

 ―・・・

「ふぅ…………三日ぶりに普通の飯を食えた気がするよ」

 

 俺は部長やアーシア、朱乃さんが作ったということらしい弁当を平らげて満足したようにそう言った。

 いや、うまかった!

 最近は魚やら獣の肉ばっか食ってたからな!

 しかもこの2日間はチビドラゴンズやオーフィスの分も作らないといけなかったし……うん、なんでこんなサバイバルに適応してんだろうな。

 

「はは、良い食いっぷりだな!そんだけ綺麗に食ってやれば、あいつらも笑顔だろうよ」

 

 ……現在、この場にいるのは俺、タンニーン、オーフィス、アザゼルの4人だけだ。

 今日はまだ夜刀さんを見てないんだけど、どうやら彼は今日は他の依頼で違うところに行っているらしい。

 明日からまたこっちに合流するらしいけど。

 

「んで修行の状況はどうだ?見た感じ、三日前よりも更にオーラが上がっているように見えるが……」

「そりゃあ四六時中ドラゴンに追っかけまわされたらそうなるわ!ったく……限度ってもんがあるだろうが」

「そう言う割にはきっちりこなしてんじゃねえか。言っておくがこの修行はグレモリー眷属ではできるもの……いや、ある程度の悪魔では絶対に出来ねえことだ。それをこなすお前はやっぱり常識をいろんな意味で超えてんだよ」

 

 アザゼルが腕を組んでそう納得するように言う……こんな修行、どこの誰がするんだよ。

 命がいくつあっても足らねえ!

 

「で、アザゼル。まさか弁当のデリバリーがお前の目的じゃないだろ?」

「察してくれて助かるぜ。どうしてもお前と面と向かって話すことがいくつかあってな」

 

 するとアザゼルは真剣な趣となる……真面目な話か。

 俺は座りなおしてアザゼルと向き合うと、アザゼルは口を開けて話始めた。

 

「イッセー、お前は朱乃のことをどう思う?」

「朱乃さんか…………それを聞くのは、アザゼルが堕天使だからか?」

 

 ……アザゼルは頷いた。

 

「まあなんだ。朱乃は俺の部下と言うか、ダチの娘でその嫁の娘だ。お前も少なからず朱乃とは昔、かかわりがあったんだろ?」

「まあ……一応は、な」

 

 俺は昔、朱乃さんと会ったことを思い出す…………ぐちゃぐちゃになった和風の室内、泣き叫ぶ朱乃さん、娘を守る母親。

 それを思い出すと拳を自然と強く握ってしまう。

 

「……話はまあ大体、朱璃から聞いてる。なんでもまあ餓鬼なのに朱乃を救って、死にかけだった自分の命まで救ってくれたとは言っていたが―――お前なら納得だ。餓鬼でも命張るだろうからな、お前は」

「…………」

 

 俺は考える。

 朱乃さん…………俺にとっては守るべき仲間、そして俺の前では年相応の女の子。

 多少イタズラが過ぎるところもあるけど、そこも美点である可愛い女の子で、そして…………俺にはっきりとした好意を抱いている。

 

「朱乃さんは……守りたい仲間だよ。これはいつまでも変わらない。たとえ命を張っても守るだろうな」

「……そうか。ならお前が守ってやってくれ―――あいつが最も信頼を寄せているのはお前だ。おそらく、これはここから先も絶対に変わらない。お前に負担をかけんのは分かっているが」

「負担とかそんなのはない。守ることが負担なんかにならないし、それに―――それが重荷になるんだったら、俺は喜んで背負い込んでやる。俺、馬鹿だからな!」

 

 俺が笑ってそういうと、アザゼルは俺の肩を掴んでくる。

 

「…………頼む。あいつは、俺の大切な友の最愛の娘なんだ―――お前は力を呼んでしまう赤龍帝……お前じゃないと朱乃は守れないんだッ!!」

「アザゼル……」

 

 ……アザゼルの真剣なところを俺は初めて見た。

 この男が、そこまでの思いを朱乃さんにぶつけるのはいったい何故なんだ?

 

「……一つだけ、聞いていいか?」

「ああ」

「……朱乃さんのお父さん―――バラキエルはどうして、朱乃さんが悪魔になったことを許したんだ?」

 

 俺は一番の疑問をアザゼルに聞いた。

 アザゼルが言うことが本当なら、バラキエルは本当に朱乃さんを愛しているはずなんだ。

 なのに朱乃さんは悪魔となった。

 ここに明らかな矛盾がある。

 

「……複雑だったんだろう。朱乃は当時、まだ小さい子供だった。そして自分が死にかけだったところにお前が来て、助けてくれて、そんで死にそうだった朱璃を救ってくれた―――さぞかしヒーローに見えたんだろうな」

「…………もしかして、俺が原因なのか?」

 

 俺はアザゼルの話を聞いてふとそう思ってしまった。

 

「いいか?子供頃の思い出ってものはそれからの人生に関わる。そんな中、家族を救ってくれたヒーローってもんが朱乃の頭の中にこべりついているんだ。お前に救われてからの朱乃は毎日のようにお前を探し回っていたそうだ。お前の姿を見たい、また会いたい……そんな気持ちにとらわれて、お前を毎日探し、探し、それが何か月……1年以上続いた」

 

 ……?

 その時点ではまだ朱乃さんはまだ悪魔になっていない?

 

「なんていうか、その時はまだバラキエルは朱乃に嫌われてなかったんだが…………父親の複雑なところだな。朱乃は自分よりも男、父親のバラキエルは信頼せず、ただ一人の男を追い求めた……まだ一ケタの年の可愛い娘がだ。そりゃあほっといたら夜ですら探しに町に繰り出すとか、親として怒るだろう?―――そこで大喧嘩だ」

「あ…………………………それ、思いっきり俺のせいじゃん」

 

 俺はそこで頭を抱える―――完全に、俺のせいじゃん!

 朱乃さんがお父さんを嫌う理由は俺自身だ!っていうかマジか!そこまで想われてたのか、俺!!

 

「お前のせいじゃねえよ。こいつはな、それぞれの想いのすれ違いなんだよ。バラキエルは娘を想うあまり、正直俺もどうかと思うけど朱乃に言っちまったんだ―――『それだけ探しても見つからないならそれまでだったんだ。お母さんや俺にこれ以上心配かけないでくれ』ってな」

「……それは子供に対しては流石にきついんじゃないか?」

「その通り。それが原因で朱乃とバラキエルは大喧嘩。朱乃はずっと我慢していたことをバラキエルに言いまくって、バラキエルはその真実やら言葉を受け止めることしか出来なかったんだが…………最終的に朱乃が悪魔になる要因となった理由はお前を貶されたからなんだよ」

「…………なんて言っちまったんだ?」

「『助けるだけ助けておいてその後、お前を放置する男なんて忘れろ。どうせその程度の男だ』…………本当は言いたくなかったセリフだが、娘を止めるため仕方なく言ったんだ―――それが原因で朱乃は家を飛び出し、しばらく経ってリアスに保護されたってわけだ」

 

 アザゼルがそう言い終わり、俺はいろいろと考える。

 ……これは誰かが悪いわけじゃない。

 本当にただのすれ違いから起こったことなんだな。

 でも原因は俺で、朱乃さんが悪魔になったのも俺が原因。

 でも俺があの時、朱乃さんを助けていなければもっと悪い状況になっていただろうし―――考えても仕方ないか。

 

「イッセー、今俺が言ったことは俺の主観も入ってる。両者の本当の気持ちなんか、本人しかわからないが―――まあバラキエルは現在、妻には愛想をつかされて冷たい態度を受けてるから、罰はある程度は受けてると思うぜ?そんなところだ―――お願いだ。お前だったら、あいつの問題だってどうにかしてやれると思ってる。俺じゃどうにも出来ねえんだ」

 

 アザゼルが俺に頭を下げようとするが、俺はそれを止める。

 

「だから言ってんだろ?お前に言われなくても目の前に問題が現れたら何とかする。その程度の重荷は俺が背負うって。ったく、俺の周りは俺を肝心なところで頼らないやつが多すぎだろ」

 

 俺は毒を吐くようにそう言うと、小猫ちゃんを思い出す。

 

「でもありがとう。朱乃さんのことで、胸の閊えがとれた気がするよ。たまには先生らしいこともするんだな、アザゼル」

「……はっ!当然だろ?俺はなんたって、堕天使の総督で超優秀だからな」

 

 ……アザゼルは普段通り、不敵な笑みを見せてそう言った。

 

「んじゃそろそろ俺は修行に戻るかなぁ……」

「っと待て。一番大切なことをお前に言ってない。さっきのは俺の私情だが、これはお前に関することだ」

 

 するとアザゼルは足元に魔法陣を出現させた。

 

「実はな、ついさっき小猫が倒れた」

「なっ!!?」

 

 俺はその言葉を聞いて驚いた。

 

「話は最後まで聞いてくれ。理由はオーバーワーク……単に修行をし過ぎて体が限界を達して現在は療養している」

「……やっぱりそうなったか」

 

 俺はそうつぶやいた。

 言ったそばから早速無理して倒れるか……全くもってしょうがないな。

 

「お前はこうなることを予見していたのか?」

「まあ、な。無理することは目に見えてたけど……大方、それでも無理に修行を続けようとしてるんじゃないのか?」

 

 俺は予想を伝えると、アザゼルは頷く。

 

「今はリアスと朱乃が説得して静かにしているが、あれじゃあまた同じことは目に見えている」

「つまりは俺を呼び戻す―――ったく、人使い荒いな、アザゼル」

 

 俺は嘆息すると、近くにかけてあった制服のシャツを羽織り、魔法陣の中に入る。

 

「タンニーンのじいちゃん。呼ばれたから一度戻る。いいか?」

「お前も少し休め。一誠だってオーバーワークだ。ここらで少し休んで、そこからまた地獄を見せてやる」

「はは―――了解。楽しみにしてるぜ、じいちゃん」

 

 そして俺は魔法陣でジャンプする。

 さて…………人のことは言えないけど、無茶するかわいい後輩を叱らないとな。

 そう思いながら俺はグレモリー家の屋敷に転送された。

 

 ―・・・

 屋敷に転送され、俺はアザゼルと別れて廊下を歩いていた。

 

「あら……兵藤一誠君」

「ヴェネラナ様。数日ぶりです」

 

 廊下を歩いているとヴェネラナ様と遭遇し、俺は反射的に頭を下げる。

 

「いえ、あなたを呼んだのは私ですわ―――小猫さんはメディカルルームにいます」

「……今の小猫ちゃんの状態はどんな感じですか?」

「…………無茶をし過ぎる向こう見ず。それが私の感想ですわ―――話では、あなたが普段自分に課する修行メニューの数倍のものをしていたそうです」

 

 ま、まさか俺のメニューの数倍!?

 今の俺の修行に比べたらかわいいものだけど、だけど小猫ちゃんがそれを数倍もするのはいくらなんでも無茶すぎる!

 俺の普段はティアと一対一で戦っているんだぞ!

 たぶん魔獣相手に修行をしてたんだろうけど…………それでも一歩間違えれば死ぬことだってある。

 

「……今はリアスや朱乃に様子を見せていますが、正直目を離したらすぐに出て行ってしまうでしょう―――どうかお願いします」

「……頭なんて下げないでください。そんなことしなくても、はじめからどうにかしますから」

 

 俺はヴェネラナ様から離れてメディカルルームに向かおうとする。

 場所は近くにいたメイドさんに教えてもらい、連れて行ってもらう。

 屋敷の中はでかすぎて、たぶん俺は道に迷うからな。

 そして連れられてメディカルルームまで連れられ、ノックをして中に入った。

 

「い、イッセー!?」

 

 俺が突然室内に入ってきたことに部長が驚きつつも俺に近づいてくる。

 室内は学校の保健室みたいな作りになっており、白いカーテンに仕切られて誰かがいた。

 たぶん小猫ちゃんだろうな。

 そばに朱乃さんが椅子に座ってるし、たぶん間違いないだろう。

 

「小猫ちゃん、俺だよ」

「ッ!?」

 

 すると小猫ちゃんの姿は見えないが、驚いているような声を上げた。

 ……どうしたんだろう。

 俺は小猫ちゃんがいるベッドに近づき、カーテンを開けた。

 

 

「全く、俺の修行の数倍のメニューをするのは向こう見ず過ぎ――――――」

 

 

 ―――――――――――――――開けた瞬間、俺は言葉を失った。

 頭の中が真っ白になった。

 何も考えられない、感情が真っ白になる。

 俺の中にポッカリと空いていた空白が埋まるような感覚。

 俺は何も考えられない状況で、ただ自動的に言葉を出した。

 

「部長、朱乃さん―――席をはずしてもらえますか?」

「い、イッセー?どうしたの、突然」

「……………………部長、ここはイッセー君の言うことを聞きましょう―――こんなイッセー君は見たことがありませんもの」

 

 ……朱乃さんがそう言いながら、部長を連れて室内から出ていく。

 だけど俺はその姿すらも見えなかった。

 なぜなら、俺は目の前の姿に目を奪われてるから。

 確かに目の前にいるのは小猫ちゃんだろう……それは間違いない。

 そして俺の頭の中で、ようやく一つの事柄がつながった。

 俺の胸の中に空いていた空白。

 それを埋める事柄が。

 

 

 

 

 

「―――白音、なんだよな?小猫ちゃん」

 

 俺は目の前の、真っ白な猫の耳と尻尾をはやした少女にそう問いかけた。

 



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第6話 迷い猫の涙

 俺の中でようやく全てのことが繋がった。

 何故、小猫ちゃんが一番最初、俺と出会った時、死にかけだった時に見た小猫ちゃんの不安そうな泣き顔が大切な存在と重なって見えたのか。

 初対面だったはずの俺に甘えてきて、好意を向けてくれるのか。

 黒歌と名乗る少女の俺への態度…………ここ最近の小猫ちゃんの変貌。

 それを理解したうえで、俺は目の前の女の子。

 ―――猫のような白い耳と尻尾をつけた小猫ちゃんの姿を見て、俺はこの子が白音だということを確信した。

 俺が小さかった頃、俺が拾って1年間ぐらい一緒に毎日遊んでいた俺の大切な家族……そして突然いなくなってしまった家族。

 大好きで、ずっと一緒だって思っていた二人の猫。

 真っ白で音のような鳴き声だから白音……そんな安直な名前を喜んでくれた俺の猫。

 それが目の前に…………いた。

 

「白音、なんだろ?―――小猫ちゃん」

「………………どうして、ここにいるんですか…………どうして……どう、してッ!」

 

 ……小猫ちゃんは涙をこぼす。

 不安そうな顔で、それを必死に隠すように…………昔から何も変わっていない。

 昔から変わっていないからこそ、俺は

 

「……ったく、突然俺の前からいなくなりやがってッ!…………でも」

 

 小猫ちゃんを抱きしめた。

 不意に俺の瞳から涙が落ちる…………俺が泣くとか、どんなだよ。

 

「やっと会えたな―――白音ッ!!」

「……イッセー、先輩…………」

 

 俺は抱きしめながら頭を撫でる。

 俺の首筋に小猫ちゃんの涙が滴り落ちて、俺は改めて思った。

 ―――この子は白音だ、と。

 そう思うと自然と小猫ちゃんを抱きしめる力が強くなり、小猫ちゃんから少し驚いたような吐息が漏れた。

 

「……ちょっと、強いです―――でも、もっと強くしてください……」

 

「ああ……いくらでも抱きしめてやるッ!だから…………もう、俺の前からいなくなるなッ!!!」

 

 ……二人が消えた日、俺は泣いた。

 あり得ないくらい沈んで、ドライグやフェル、母さんに慰められて……

 そんな俺の胸にポッカリと空いた穴が塞がっていく……二度と離してたまるかッ!

 俺はそう思い、心に刻み―――この子を抱きしめ続けた。

 

 ―・・・

 あれから数分経って、俺は小猫ちゃんと肩を並べながらベッドに座っていた。

 俺の気持ちもある程度おさまり、俺の横には猫耳と尻尾を生やした小猫ちゃんの姿……白音の姿があった。

 

「話して、もらえるか?あの時、風呂場で言わなかったこと……それと小猫ちゃん―――白音に何があったのか」

「……分かってます。私が白音だと知られてしまったのなら、イッセー先輩にだって知る権利がありますから…………」

 

 小猫ちゃんは俺の手を握る。

 少しだけだけど……手が震えていた。

 だから俺は小猫ちゃんの冷たい手を暖めるように、安心させるように指を絡めて手を握る。

 それに安心したのか、小猫ちゃんの震えは止まり、そしてぽつぽつと話し始めた。

 

「……私の正体は猫又。日本の妖怪で、それはお姉さま―――黒歌お姉さまも同様です」

「妖怪、か。確かに猫又は人の姿に近い妖怪だから納得できる」

「……はい。私とお姉さまは小さいころに親を失い、そんな私たち姉妹は頼る術もなく、ずっと彷徨いつづける迷い猫……はぐれ妖怪のような存在でした。どこに行っても人間には敬遠され、同族の妖怪にも貶され、揚句妖怪ハンターに狙われる……そんな毎日でした」

 

 小猫ちゃんは沈んだ趣で話し続ける中、「でも」と区切る。

 

「……そんな時、私は怪我を負いました。妖怪ハンターによって怪我を負わされ、お姉さまがハンターを撃退しましたが、でも……私の怪我はひどかった。私は倒れて、そしてその時―――イッセー先輩と出会いました」

「それがあの時、小猫ちゃん……白音がひどい怪我を負っていた理由なのか」

「……はい。最初は、意識が朦朧としていました。怪我をして意識がほとんどなくなってる中で、何か温かいものを感じました。イッセー先輩が私に触れる手は優しくて……誰かに撫でられたこともなかったのに、野生で汚かった私にイッセー先輩は躊躇いもなく触って、撫でて……気付けば怖かった人間が怖くなかったんです」

 

 ……人に敬遠されて、子供に至ってはいじめてきたこともあったんだろう。

 だからこそ、初めて二匹にあったとき俺に異常なまでに警戒していた。

 

「……イッセー先輩に保護されて、優しくされて……それからしばらくの間は幸せでした……イッセー先輩の温かさ、いつも優しくしてくれて、遊んでくれて……そんなイッセー先輩のことが大好きになっていました。いつもそばにいて、学校にまでついていこうとして……そんなことをお姉さまと一緒にしながら―――この前、イッセー先輩をかばった黒い着物を着た女の人はお姉さま……黒歌お姉さまです」

「やっぱりそうなのか。だから黒歌は俺に小猫ちゃん……白音をよろしくねなんてことを言ったのか」

 

 俺は和平会議テロの際、ヴァーリの去り際にいた黒歌の姿を思い出す。

 あの時の黒歌は優しそうな表情で小猫ちゃんを見ていた……このことで気付いてもおかしくなかったのにな。

 

「……本当は、私たちはイッセー先輩に自分の正体を明かそうと思っていました。そして自分たちの事を正直に言って、本当の家族に……なろうとしました」

「じゃあどうして俺の前から消えてしまったんだ?突然……何も言わずに」

「……事の発端はお姉さまでした。お姉さま―――いえ、私たち姉妹は猫又の中でも極稀な種族…………猫魈と呼ばれる猫又の中でも特別強い力を誇っていました。私はその力に目覚めてはいなかったのですが―――当時、お姉さまは既に最上級悪魔クラスの力を誇っていました」

「……最上級悪魔クラスか―――待て、そんな存在を」

「……はい。そんな強い存在を放っておけるはずもなく……ですがお姉さまはそれに加え、仙術と呼ばれる力にすら目覚めていました」

 

 ……仙術。

 最近になってその存在を初めて見た俺だから言えることだけど、確かにあの力は絶大だ。

 実際にそれを操る夜刀さんと戦って、その力の強さを知った。

 

「……お姉さまはその力で私を守ってくれました。いつも私を……でもイッセー先輩が私たちを保護したおかげでお姉さまはその力を使うことがほとんど無くなりました…………たまにイッセー先輩の疲れをとるためにくっついて、気の乱れを良くするために仙術を使っていましたが」

 

 ……だから俺はあの当時、年不相応な修行が出来ていたのか。

 ドライグやフェルが二人の存在に気付かなかったのも、おそらくは仙術による何らかな妨害があったからか。

 

『おそらくは、だがな』

『……このわたくしですら気づかないほどです。相当の仙術の使い手だったのでしょう』

 

 二人は俺にうなずいた。

 

「……幸せだった私たちの前に現れた存在。それが最上級悪魔、三大名家の一角―――マモン家当主、ガルブルト・マモンでした」

 

 すると小猫ちゃんの優しげな表情がそこで崩れた。

 俺の手を握る手の平が汗ばむ。

 

「……当初、ガルブルト・マモンは友好的でした。どこかでお姉さまの力を嗅ぎ付けたんです……どうにかして私たちを調べ、二人で日向ぼっこをしている時、突然現れました。この前、会合で現れた時みたいな感じの話し方で……お姉さまを自分の眷属にするためにやってきたんです」

「………………」

 

 俺はそのことを聞いて、少し嫌な予感がした。

 

「……私もお姉さまもその時の幸せが失うのを拒みました。だからそのオファーを断り、最初はガルブルト・マモンも潔く去って行きました…………ですが何度も何度も……ガルブルト・マモンはイッセー先輩がいないときに現れ、何度もオファーを出してきました」

 

 ……俺の知らないところでそんなことがあったなんて。

 小猫ちゃんは話を続ける。

 

「……私たち姉妹はずっとイッセー先輩と一緒にいることを望んでいました。だからどんな条件を出されようとも、お姉さまは断り続けた―――イッセー先輩、マモン家の特徴を知っていますか?」

「………………いや」

「―――強欲、です。自分の欲しいものが手に入らない強欲の悪魔は次第に本性を現しました。口調も雑なものになり、金に糸目もつけずに…………そしてイッセー先輩と出会って一年の日に……再びガルブルト・マモンは私とお姉さまの目の前に現れました」

 

 ……出会って一年ぐらい…………そう、つまりは―――二人がいなくなった日だ。

 

「……ガルブルト・マモンは今まで通り、お姉さまを自分の眷属に迎え入れようとしましたが、お姉さまはいつも通り拒否して……そして…………っ!」

 

 すると小猫ちゃんは突然、涙を流し始めた。

 ……予感なんて当たってほしくないけど、でも俺は聞いた。

 

「……あいつに、何をされたんだ?」

「………………私は、殺されそうになりました」

「――――――ッ!!」

 

 俺はその台詞を聞いて目を見開く…………小猫ちゃんが、殺されそうになった、だとッ!!

 

「…………当然、お姉さまはそんなことをさせずに私を助けてくれました。でもあの悪魔は―――お姉さまが自分のものにならなければ、次はイッセー先輩を手にかけるって言って、それでッ!!」

「―――大丈夫、俺がいるから」

 

 俺は小猫ちゃんを静かに抱きしめる。

 ガルブルト・マモンが俺を殺そうとしていたことには驚きだけど、今は小猫ちゃんのことが最優先だ。

 背中を撫でて、優しく抱きしめると、小猫ちゃんは涙声で話し続ける。

 

「…………お姉さまはイッセー先輩が自分のせいで傷つくことを嫌がった。でも一緒にいたい。そんな気持ちの中で、仙術の副作用を利用しました」

「副作用?」

「……はい。仙術はこの世に流れる気を操ることのできる生命の力。ですがこの気を操ることはこの世の悪意や邪心すらも集めることになる。お姉さまはそれすらも操っていましたが、それをわざと吸収したんです」

 

 悪意の吸収……俺は夜刀さんに教えてもらった。

 仙術を扱う者は常に悪意や邪心の気と隣り合わせだと……それに負けない正しい心を持ったものが真に仙術を扱えると。

 だけど悪意や邪心に負けたものは理性を失い、暴走する……代わりに爆発的な力を得ることが出来る。

 

「……お姉さまはそれにより力を爆発させ、ほとんど不意打ちの形ですがガルブルト・マモンの気を掻き乱し、狂わせ、そして……半殺しにしました。それはイッセー先輩を殺すといったことと、私を殺そうとした悪魔に対する怒りもあったと思いますが……」

「だけど、はぐれ妖怪が最上級悪魔に手を出したとすれば」

「……はい。お姉さまはすぐに悪魔から指名手配となってしまいました。そうなってしまえばお姉さまはイッセー先輩のところにはいられない。そして私を連れていくことは出来ない……お姉さまはいつも私を大切にしてくれて……だから私を………………置いていきました」

 

 ……俺は小猫ちゃんの告白を聞いて、理解した。

 突然小猫ちゃん……白音と黒歌が消えた理由。

 小猫ちゃんの気持ち…………こんな小さな体に、震える体にここまでのものを背負っていたのか。

 

「……グレモリー家は情愛に深いことで知られている家柄です。その出身であるサーゼクス・ルシファー様のことはお姉さまは知っていて…………お姉さまは追っ手に追われながらも私をどうにかして魔王のもとに連れていき、一方的に私を魔王に引き渡しました……そして私は部長に保護され、そして」

「眷属となった……つまり悪魔となったのか」

「……はい」

 

 小猫ちゃんを抱きしめながらそう聞くと、小猫ちゃんは頷く。

 

「……じゃあどうして、一度小猫ちゃんは俺のもとに帰ってきたんだ?」

 

 ……白音は俺の前からいなくなって数か月して、俺の前に一度だけ現れた。

 不安そうな泣きそうな顔で、片時も俺のそばを離れなくて、そして―――次の日にまた姿を消した。

 

「……それは私の弱さです」

「弱さ?」

「はい……あの日の前後、私は部長に悪魔に眷属になることを推薦されました。当然、それが部長の優しさだって分かっていました…………でもイッセー先輩から貰った大切な名前を捨てることが怖くて、嫌で……だから近づいてはいけなかったイッセー先輩のところに、また行ってしまいました……イッセー先輩はそんな私を何も気にせず抱きしめて、優しくして…………その優しさに甘えて、またこの人を傷つけてしまうかもしれない…………そう思うと近くにいるのが……ダメだと思って……」

 

 ……小猫ちゃんは自分の思い、心の内を吐露する。

 泣きながら、それでもどうにかして言葉を紡ぐ。

 今まで言いたかったことを、ずっと我慢していたこと、背負っていたことを……

 

「……イッセー先輩のもとを去って、必死に『塔城小猫』になろうとして……いつも夜になってお姉さまやイッセー先輩を想って泣いて……そんな弱い自分が……守られてばっかりの自分がッ!…………こんな風に甘えてしまう自分が、嫌なんですッ」

「小猫ちゃん…………」

「……イッセー先輩が駒王学園に入学したときは驚きました……だってずっと触れたかった人が、大好きな人が……また自分の前に現れたんです。近づきたかった……でも巻き込みたくないから…………いつも放課後、あとを追って……遠くから見て……そしたらまた私のために大切な人がッ!!」

 

 ……堕天使レイナーレに悪魔ということが知られ、不意打ちで負傷を負い、俺に助けられたことの代わりに俺が命を落とす。

 あの時、小猫ちゃんがあそこまで自分を責めていたのはそのせいだったんだ。

 ……こんな想いを俺は背負わせていたのかッ!

 何が優しいドラゴンだ!最高の赤龍帝だ!!

 こんな身近な大切な後輩のことすら、分かってねえじゃねぇか!!

 

「―――そんな顔、しちゃダメです……なんとなく分かります…………イッセー先輩は自分を責めてる……イッセー先輩が怒ったり、泣いたりするのはいつも誰かのため……」

 

 ……小猫ちゃんは俺の頬を撫でながら、そう言った。

 俺は知らずのうちに泣いていた……カッコわりぃ……だけど止めることなんてできない。

 

「……もう、守られるだけじゃ嫌なんです……イッセー先輩はいつも誰かを救う。私も……お姉さまもいつも私を守って、傷ついて……大好きな人達が傷つく姿なんて、見たくないです……だから強くなりたい……イッセー先輩のように、お姉さまのように……ガルブルト・マモンがあの場に現れた瞬間、私は怖かったです……また私の大切な人を傷つけるかもしれない……そんなことを思うと……」

「動かずにはいられなかった、か?」

「……はい。だから無理に仙術も使って…………私は、イッセー先輩にこんな弱い姿を見せたくなかったんです……また甘えてしまうから…………今みたいに……」

「だから……俺に正体を隠していた。だから強くなろうとした……か」

 

 全部わかった。

 小猫ちゃんの弱さも、俺の馬鹿さ加減も。

 黒歌の行動も……そして――――――ガルブルト・マモンに対する憎しみも。

 

「―――馬鹿だよな。小猫ちゃんも、黒歌も…………そして俺も」

 

 俺はそのままベッドに倒れこむ。

 それと一緒に小猫ちゃんも俺の上に覆いかぶさるように倒れ、俺は小猫ちゃんを頬を撫でた。

 

「……馬鹿、だけどさ…………俺はその馬鹿を貫き通すよ。だから小猫ちゃんはもっと―――俺に甘えろ、バカ」

「……だ、ダメなんですッ!また甘えたら、イッセー先輩を傷つけてしまうんですッ!お姉さまも傷つけてしまう!弱い私じゃ……ダメなんですッ!」

「小猫ちゃんは!!」

 

 俺は小猫ちゃんの名を大きく叫ぶ。

 言いたいことを言え……自分の気持ちに素直になれる馬鹿になれ!

 

「―――決して弱くなんかないんだ」

「…………え?」

 

 小猫ちゃんはその言葉に茫然と俺の顔を見てくる。

 

「弱い奴はこんな風に誰かを想うことなんてできない。ここまでの後悔を言えるはずがないんだ……強さは力のことじゃねえんだ!本当の強さは―――想いの強さなんだよ」

「……想いの、強さ?」

「そうだ……想いがあれば、人はその想いに向かって努力する……そうして力は付属的に強さになるんだ―――だから小猫ちゃんは弱くなんかない。本当に弱い奴は、現実を見ようとせず想いもなく、努力もしない、志もない……そんなのを本当の弱さって言うんだ」

 

 俺が笑顔でそう言うと、小猫ちゃんは再び涙をその綺麗な瞳に溜める。

 でもそれを止めようと手で自分の顔を抑えつけようとするが、俺は小猫ちゃんの手首を握ってそれをさせない。

 

「―――俺の胸で泣け。泣き叫べ。自分の想いを全部俺にぶつけろ。全部一緒に背負ってやる……だから今は泣いていいんだ―――――――――白音」

「あぁ……うぅ…………なん、で……先輩はいつも……いつ、も……うっ……ひっ……うわぁぁぁぁぁぁぁ―――」

 

 ……小猫ちゃんは涙腺が切れたように、今まで以上に泣き叫ぶ。

 俺の服にしがみつき、涙でぐちゃぐちゃになるくらいまで泣いていた。

 そんな体を抱きしめて、俺はそれを受け入れた。

 

 ―・・・

 小猫ちゃんが俺の胸で泣いてしばらくが経った。

 目元は泣いた跡がくっきり残っていて、小猫ちゃんは今も俺の手を握りながらベッドで横になっている。

 積もり積もった思いを吐露して泣いたことで疲れたのか、今はベッドで規則正しい寝息を漏らしながら眠っていた。

 

「……それでイッセーは小猫を泣かして今は寝かしつけたのね?」

 

 ……つい先ほど部屋の中に入ってきた部長の問いに俺はそう答える。

 部長は腕を組んで俺の話を聞いており、俺は大雑把なことを部長に説明していた。

 

「……部長は小猫ちゃんのことを知っていたんですか?」

「……難しい質問ね。この件は政治の事柄が絡んでいるせいか、私もお兄様から知らされなかったから……まあある程度は自力で調べたわ。自分の眷属のことだからね」

「……部長は、ガルブルト・マモンのことをどう思います?」

 

 俺は話を大体理解した部長にそう尋ねた。

 

「ガルブルト・マモン……聞いた話では豪胆な性格よ。それは以前の会合でも分かるでしょう?―――曲がったことを嫌い、自分の欲望に真っ直ぐでいて冷淡……それがお兄様から教えてもらった彼の人物像よ」

「……それ、たぶんほとんど悪い意味で使っていますよね。曲がったことが嫌いとか」

「……そうね。私の眷属を傷つける輩はどんな人物でも許さないわ……ただ、多少相手が悪いっていうところが本音ね」

 

 すると部長はそう少し苦虫を噛んだような表情で言った。

 

「既に最上級の位から降りたサタン家や、世代交代で最上級ではなくなったベルフェゴール家とは違いマモン家は未だ最上級として健在。しかも悪魔の中でも最古参組で根強い権力がある―――言ってしまえば腐った悪魔身分と同列の家柄なの」

「腐った悪魔……っていうのはこの前の」

「ええ。ソーナの夢を馬鹿にしたあの悪魔たちよ。彼らでさえあの男に恐れている…………それほどの影響力がある男なのよ」

 

 ……だけど俺はこの怒りを抑えることは出来ない。

 真実を知った俺が何もしないなんてことは何があっても―――ない。

 

「…………実はね、あのガルブルト・マモンは一度、お兄様を通じて小猫のトレードを申し込んできたことがあるの」

「ッ!それってつまり……」

「復讐、ってところが妥当ね。もちろんそれはお兄様をはじめとする四大魔王様によって阻止されて、流石の彼もあきらめたそうだけど……気をつけなさい。話によればあなただって当事者の一人かもしれないわ―――あの男の矛先はあなたにも向けられることがあるかもしれないわ。それだけはダメ。可愛い私の『兵士』を傷つけさせないわ」

 

 ……ホント、いい主様だよ。

 小猫ちゃん、一人ぼっちって言ってたけど……それは違う。

 小猫ちゃんには俺もいれば部長だって……みんながいる。

 だから一人ぼっちなんてことはないんだ。

 

「部長……1日だけ、小猫ちゃんのことは俺に任せてもらえませんか?」

 

 俺の頬を撫でている部長に、俺は真剣な表情でそう言った。

 部長は少しだけ渋る顔をした……たぶん、主なのに俺だけに任せるのはどうかと思うって感じているんだと思う。

 だけどこれは俺にしかできないことと思うから……だから小猫ちゃんのことは俺に任せてほしい。

 

「……そうなったイッセーが止まらないことは初めから分かっていたのだけどね。いざ言われると断れないわ」

 

 部長は俺の肩を握ってキスできそうな至近距離で俺に言う。

 

「お願い。小猫もあなたも私の愛する眷属なの―――笑顔にしてあげて。その子は今まで、私に本当の笑顔を見せたことがないから……」

「主様の言うことならしなくてはならないのが下僕の役目―――任せてください!これでも結構頼りになるので」

「ええ、知ってるわ」

 

 部長が笑顔でそう言ってくると、室内から出ていこうと部屋の扉のもとに行き、扉を開ける。

 俺はそこでふと思い出して、ポケットの中のものを出した。

 

「部長、これを!」

 

 それを部長に向かって投げると部長はそれをキャッチする。

 部長は白銀の鈴を手に取ってそれを目を丸くしてみた。

「これは……イッセーの創った神器?」

「ええ。訓練の途中に創ったお守りです―――効能は、疲れた体を少し癒す。アーシアを思い浮かべて創りました」

「……ふふ。ありがたく貰うわ。これを貴方だと思って、私は私で頑張るから……イッセー、言うのを忘れていたけど、あなたのことは私も大好きよ」

 

 ……ええ、わかってますとも。

 部長はそう言って室内から出ていく。

 

「……ん…………先輩」

 

 そこで小猫ちゃんは目を覚ます。

 一時も俺の手を離さなかった小猫ちゃんは、もう片方の手で目をこすりながら俺を見ていた。

 

「おはよ、小猫ちゃん」

「…………先ほどはお見苦しい姿をお見せしてごめんなさい……でももう」

「大丈夫、とかは言わせないぞ?悪いが、俺は俺の我が儘で小猫ちゃんのそばにいる」

「……ふふ」

 

 小猫ちゃんは俺の言葉を聞くと、少し可笑しそうに笑った。

 ……そういえば、小猫ちゃんのこういう笑いは初めてかもしれないな。

 

「っということで、小猫ちゃん―――おめかししようか」

 

 ―・・・

 気分転換……今日一日、修行がなしの俺はおめおめと修行相手のドラゴンたちのもとへは帰れない。

 そういう建前で俺は小猫ちゃんを連れて、空を飛んでいた。

 小猫ちゃんは普段着のかわいい服を着て俺に抱っこ…………お姫様抱っこされて空を飛んでいる。

 俺は悪魔の翼で空を早い速度で飛びながら、風に包まれている。

 一応は魔力で小猫ちゃんが寒くないよう、薄い魔力壁を覆っている。

 俺がなぜこんなことをしているのかと言えば、特に理由はない。

 ただ俺が修行の途中で見つけた綺麗な景色なとことか、それを見るためだけの気分転換。

 皆が修行を頑張っているところ申し訳ないが、これも修行の一環ってことにしておこうか。

 

「……イッセー先輩、いったいどこに向かって……」

「世界の果てまで……なんて言ったら面白いかな?」

「……少しだけ、面白いです」

 

 採点が厳しいな!

 まあ自分でも微妙だったけどな?

 そう言えばずっと静かだったけどドライグとフェルは起きているのか?

 

『起きているが?』

『起きていますが?』

 

 うわ、突然声が俺の心に響く。

 ってか何してたんだよ!

 

『いや、なんだ…………先ほどの相棒がカッコよすぎて、フェルウェルと”我が息子が成長して嬉しいが、親離れしそうでそれはそれで悲しい会”をしていた』

『大いに盛り上がりました。それはもう、奇声を上げるほどに……ふふ』

 

 怖いよ!

 まあそれならしばらくはまた仲良くしていてくれ!

 

『ドライグ、次は先ほどの映像を再生しましょう―――ともに主様の雄姿を堪能しましょうか』

『いいだろう……これぞ息子愛だ』

 

 二人はそんな馬鹿な会話をしながらも俺の深いところに消えていく……最近、ますます親バカ加減が強くなっていることは気のせいだと思いたい!

 

「さて、もう少しで目的地だ!」

 

 俺は更に速度を上げて空を駆けていく。

 俺が修行中に見つけた遊べそうでのんびり出来るところ……あまり体を動かせない小猫ちゃんが安静に出来るところと言えば……

 

「……湖、ですか?」

「そ。あの湖はすごく綺麗でさ……のんびりするには持って来いの場所なんだ」

 

 俺たちの視線の先には大きな湖があって、俺はその湖の脇の地面に降下していく。

 そして着地して、俺は小猫ちゃんを地面に出来る限りゆっくりとおろした。

 湖の近くは芝生のようにフカフカした地面で、タンニーンのじいちゃんに聞いたところこの付近には特に危険な動物やらはいないらしい。

 小動物は現れるらしいけど……

 

「簡単にだけどメイドさんにお菓子も作ってもらったんだ。一緒に食べようぜ?」

「……でも」

「修行したいって言ってもさせない。ってかその疲労なら後一日は安静だ」

 

 俺はそれでも譲らない小猫ちゃんを無理やり膝枕し、毛繕いするように頭を撫でる。

 

「……っ!……先輩はずるいです。私がこうされると、何もできなくなるのを分かっているのに……」

「そりゃあ小猫ちゃんのことだからな……素直に愛でられろってことだ」

 

 小猫ちゃんはあきらめたのか、そのまま力を抜いてリラックスする。

 そうしていると近くの森の中から小動物……ウサギみたいな動物やら、犬みたいな小さな動物がトコトコと俺たちの周りに近づいてきた。

 ……そういえば使い魔を手に入れに行った時もこんな風に小動物みたいな魔物がすり寄ってきたよな。

 俺は近寄ってきた動物を撫でると、小猫ちゃんは俺の方をみてむすっとしていた。

 

「……手が休んでます」

「ははは……動物に嫉妬はいけないぞ?」

 

 和む……先ほどまであれほど感情を乱していたことは思えないほどぐらいだ。

 ―――これ、本当は自分のためなんだよ。

 こうでもしないと怒りでどうにかなりそうだったから、自分をリラックスさせるために小猫ちゃんを連れまわしてるんだ。

 もしかしたら次は俺がオーバーワークのし過ぎで倒れるかもしれないから……だからだ。

 それにもしかしたらこうすることが俺の目標を達成するための道かもしれない。

 

「……私が仙術を拒否した理由は、先輩に本当の自分を知られたくなかったからです……もう赤裸々に、丸裸にされてしまいましたが……」

「表現が艶めかしすぎる!?…………まあ確かに、仙術を使えばその耳と尻尾は出てくるのか?」

「……はい……だからそれで気付かれるかなって思って……案の定、そうでしたが……」

 

 まあ気付くだろうな。

 あの耳と尻尾、不安そうな表情だけで分かったんだからな。

 

「……イッセー先輩…………イッセー先輩なら、お姉さまを救えましたか?あの時……」

「……どうだろうな。当時の俺はまだ力があまり出せなかったから…………だけど、それでも命は懸けたと思う。どれだけ傷ついても、諦めることはなかったかもしれないな」

「……それはダメですッ!死んじゃ、やです……もう、この手を離したくないです……」

「わかってるよ。離れない―――それに、黒歌だって助ける」

 

 俺がそういうと、小猫ちゃんは優しい表情になった。

 

「黒歌があの時、俺を助けたのはたぶん……俺に助けを求めたからだ。どんだけ強がっても誰しも弱さがあるからな……黒歌は禍の団(カオス・ブリゲード)のメンバーじゃないってアザゼルが言ってたから、たぶん何か理由があってヴァーリのところにいるんだろう」

「……あの白龍皇のそばに、ですか?」

「ああ。それにヴァーリは確かに戦闘バカな上にアザゼルを裏切った大馬鹿者だけど、でもまだ救いようはある馬鹿だ―――っていうかそんなに嫌いじゃないし。まあ皆を殺すとか言った時は流石に本気で潰そうと思ったけど。とにかく、黒歌の安全性を考えるだけならヴァーリのところ以上に安心なとこはない」

「……拳を交えて、そこまで白龍皇のことを信じることが出来るのですか?」

「ああ……理屈じゃないんだ。あいつには悪意ってもんが存在しない。ただ自分が闘いたいだけの戦闘マニア。その矛先は現状では俺に向いているからな―――大方、今頃組織でも浮いてんじゃねえの?もしかしたらテロ行為そっちのけで組織内の強い奴と戦いまくってるとか」

 

 ……本気であり得そうで笑えなかった。

 うん……割と真剣にそれぐらいのことはしてそうだよな~……あの美候ってやつも相当なバトルマニアぽかったし……同類は集まるってか?

 

「……ですが相手は悪魔界ですよ?それを敵に回せば―――」

「大丈夫。俺の大丈夫は安心できるだろ?守って見せる……バットエンドなんか絶対にひっくり返してハッピーエンドにしてやる―――それが俺の夢の一つだ」

「……まったく……ちょっと先輩はカッコよすぎます……自重、してください」

 

 小猫ちゃんが薄く笑うと、俺も笑う。

 

「救ってみせる…………黒歌も白音も」

 

 俺は小猫ちゃんにすら聞こえない声でそう言った。

 明日になれば俺は再び地獄の修行が始まってしまうけど…………はは、笑えねえ!

 

「…………この気配―――夜刀さんですか?」

 

 俺は後ろを振り返ることなくそういうと、後ろから布切れの音が聞こえた。

 

「よく分かったでござるね、一誠殿」

「まあ、これでも闇討ち訓練で気配を読むのが異常に上がってしまったからな……特に夜刀さんのはもう暗殺級だから」

「ははは!拙者、暗殺などしたことないでござるが……」

 

 ……すると俺の膝元で小猫ちゃんが眠っていた。

 

「その少女の気を安定させ、眠りに近づけたのでござる。仙術の応用でござる」

「……もしかして今日の夜刀さんの依頼って……」

「こうなることを予見していたアザゼル殿から仕ったことでござったが……拙者ではなく一誠殿が彼女をどうにかしたのでござった」

 

 夜刀さんは爽やかな笑顔でそう言うと、俺のそばに腰を下ろす。

 

「……夜刀さん。俺にも仙術って出来るかな?」

「……出来る出来ないで言えば可能性は十分あるでござるね。しかし、僭越ながら申し上げると、仙術とは長い習練、善の心を失わないこと、世界の悪意に負けぬ強い心……これらが集まって出来る仙人の術。それが仙術。素養はあるでござるが、済まぬが拙者は人に教えれるほど仙術を使いこなしているわけじゃないでござる―――世界で最も強い仙術使いである拙者の師匠に会えたのであれば、その方に聞いた方がいいでござるね」

「師匠、ねぇ…………まあいいや。とにかくありがとう……小猫ちゃんを助けてくれて」

「礼には及ばぬ……三善龍の看板を背負っている身、誰かを救うことが拙者の務めでござる。その少女は明日になれば鍛錬に身を投じることが出来るでござるが……無理はするな、とでも言っておいてほしいのでござる」

 

 そういうと夜刀さんは立ち上がって、手元にあった藁の帽子をかぶる。

 

「それと一誠殿。逢瀬は構わぬが、子を身ごもらすことだけは避けるのでござると?猫又は子を作る時期が―――」

「うん、そんな鬼畜じゃないからとりあえず殴るぞ?そういう心配は遠慮するから、明日覚えておけよ?」

「あはは……からかっただけでござる―――それはそうと拙者、一つ言い忘れていたことがあったでござる」

 

 すると夜刀さんは悪戯そうな表情で薄く笑い、俺を見ると……

 

「龍の家紋……拙者は従兄という形で入門させていただくでござるよー――ティアマット殿にも許可は頂いている故に」

「えっと……大体検討はつくけど龍の家紋っていうのは…………ドラゴンファミリーのことか?」

「そうでござるね……ではまた明日でござる、一誠殿」

 

 ……そういうと夜刀さんは神速で、風のように消え去った。

 良い人……なんだけど意外と悪戯好きって感じだな。

 

「救う、か…………救えなかった俺の贖罪―――そんなこと考えるだけ無駄か」

 

 俺はそうつぶやいて、手元にいる小猫ちゃんの頭を撫でた。

 



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第7話 成長したグレモリー眷属です!

 空中による空中戦、地上による地上戦、海の中での海中戦……俺、兵藤一誠は出来る限りのことは全てやっていた。

 俺が修行を開始して既に十数日ほど経過している。

 途中、一度屋敷に戻って小猫ちゃん……白音との再会を果たし、俺はその後、またこの地獄の修行に戻っている。

 どんな修行もこなし、どんな苦しいことも耐えてきた。

 その努力もあってか、少しずつ俺の中で変わり始めていたものがあった。

 

「神滅具創造―――白銀龍帝の籠手・弐!!」

 

 一つはフェルの神器創造のときに起こる精神への負担。

 俺はこの地獄の修行をこなしていく中で精神力が異常なまでに鍛えられ、それまでの一度の創造力の溜まる大きさが更に大きくなり、今では神滅具を創造するのに20段階の創造で創造可能になっていた。

 つまりこれまで40段階でようやく創造出来た白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)が同じ段階で二つ創造出来ることを意味している。

 それによりドライグの力なしでもツイン・ブースターシステムが可能になり、更に身体能力も向上しており、白銀の籠手の制限時間も大幅に上がっている。

 俺は現在、空中にてティアとタンニーンのじいちゃんと対峙しており、俺の両腕には白銀の籠手が装着されている。

 

「手札が多いな、一誠―――来い!!」

「言われなくても!!」

『Boost!!』『Boost!!』

 

 俺は二重倍増により力が増大し、更に悪魔の翼を展開してじいちゃんの極大ブレス、ティアの無駄のない拳を避けながら倍増をためる。

 夜刀さんの神速と一切の無駄のない戦いを経験し、相手の動きを読んで確実に避けることを学んだ。

 あの人の一撃、食らったら洒落にならないもんだからな!

 っていうかこの戦闘は俺の初日の戦闘に似ている。

 あの時はやられてばっかりだったけど、今は違うッ!

 

「俺の成長を見せてやる!!」

『Twin Transfer!!!』

 

 俺は数段階溜まった倍増の力を胸の神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)に譲渡!

 まだあまり溜まっていなかった創造力は一気に倍増し、俺はその力を即座に発動する!

 

『Reinforce!!!』

 

 神器の強化の音声とともに、胸の神器から白銀の光が俺の両籠手に注がれ、そして神器の形状は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が強化された時と同じように変化する!

 強化の力を二つに分けて同時に強化する、これを俺は思いつきフェルの神器の可能性の広さを改めて実感した!

 だから今はフェルの力のみを使い、この馬鹿強いドラゴンと対峙しているんだ!

 

「神滅具強化―――白銀龍神帝の籠手(ブーステッド・シルヴァルド・レッドギア)!!双龍手!!」

 

 現段階のフェルの力を全活用した最高火力の形態……今日こそぶっ倒す!

 

『Over Twin Boost Count!!!!!!』

「ツイン・ブースターシステムと両籠手の一秒倍増のコンボ!いくぜ、ティア、じいちゃん!!!」

 

 俺は動き出す。

 即座にじいちゃんが小さいブレスを乱雑に放ってくるけど、俺はそれをすべて見切る!

 今の俺は一秒でも野放しにしたら止まらない!

 

「まずいッ!タンニーン!!今のイッセーの火力は―――」

「人の心配してるんじゃねぇぇぇ!!!」

『Left Over Explosion!!!!!』

 

 俺の左手の籠手の倍増の力が爆発的に解放される!

 この形態は制限時間が短い上に身体、精神とも負担を掛かる力だからな!

 俺は解放した力でティアに拳打を放つッ!速度で言えば瞬間的なら夜刀さんに近いもののはずだ!

 更に俺はゼロ距離から破壊力抜群の魔力弾……俺の得意の性質を持たせた魔力弾を連続で放つ!

 爆発、断罪、拡散…………俺が今まで使ってきた性質魔力弾をすべてうち放ち、俺はティアが地面へと落ちていくのを確認すると、標的をじいちゃんに絞る!

 

『Left Over Reset』

『Right Over Explosion!!!!!』

 

 左の解放が終わり、残った右腕の籠手の倍増を解放!

 その力をすべて魔力に向けて使い、俺は口の中に一つの火種を創った!

 

「て、ティアマット!?―――そこまでの火力を持つか!?ならば俺の全力の火炎で相手だ!!」

「望むところだ!!」

 

 じいちゃんは口を大きく開け、口元に業火の火炎を溜めていく…………あれに対抗する力も考えてる!

 火種、それを倍増の力を使って倍増に倍増を重ね、そして―――放つ!

 火種の元は龍法陣の基礎的なものをティアに教えてもらったから出来る技!

 積んだ経験をすべて使うぜ!

 

「うぉぉぉぉ!!劫火の龍息(ヘルファイア・ドラゴンブレス)!!!」

 

 俺の口元より放たれる劫火とじいちゃんより放たれる業火がぶつかりあう!

 これでも相当の力を使って放ってるんだ!対抗してくれないと困るぜ!

 

「むッ!これは……ぐごぉぉぉぉ!!!」

 

 ッ!?

 じいちゃんのブレスの力が更に大きくなる……本気ってわけか!

 だけど今の俺の状態でならいくらでも威力を上げることが出来る!

 なぜなら……この瞬間でも右の籠手は一秒倍増を続けているからだ!

 

『Left Over Transfer!!!』

 

 俺は火炎に向かい力を譲渡!!

 譲渡されたことで劫火はひときわ強力なものとなり、そのままじいちゃんを包む!

 

『Twin Booster System Down』

 

 ……その音声と共に俺の二つの籠手は崩壊し、ツイン・ブースターシステムは終わりを迎える。

 普通の形態ならもっと時間制限があるけど、神帝形態のツイン・ブースターシステムは神器そのものに負担がかかりすぎる上に、創造した神器では耐久力が足りないんだ。

 それ以上に俺の体への負担も凄まじいものだけど……これまでの地獄を考えたらどうってことはない。

 とりあえずは倒せていないまでも、行動は不能にできたから次は……

 

「久しぶりに行きますか―――禁手化(バランス・ブレイク)

 

 俺は悪魔の翼を展開したままブーステッド・ギアを展開し、そのままノーステップで禁手化へと移行する。

 体に次々と鎧が装着されていき、そして……

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺はこの修行を始めて数回目の赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏った。

 そして俺より更に上空にいる無表情のゴスロリ少女……オーフィスを見た。

 

「……イッセー、初日と違う…………なお、強く……なった?」

「どうだろうな―――ただ、地獄にいたから強くなったんじゃないか?」

「……今のイッセー、油断、皆無。我、イッセー、脅威、感じた」

 

 龍神様のお言葉はありがたいな……だったら行くぜ!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

 

 久しぶりの制限の外れた倍増!

 ツイン・ブースターシステムも、籠手の神帝化による一秒倍増も強力だけど、この鎧の火力安定はやっぱりトップクラスだ!!

 

「闇、蛇、我、放つ」

 

 次の瞬間、無慈悲にもオーフィスから蛇のような弾丸が放たれる!

 それは一直線ではなくうねるように向かっており、動きに予想がつけにくい!

 それどころかあれは一発一発が破格の力だ!

 一発でも受けたらその時点で鎧が崩れる!

 

「プロモーション……『僧侶』(ビショップ)!!」

 

 俺はこの攻撃に対処するため、『兵士』の昇格の力を使い『僧侶』に昇格。

 それにより魔力面の力が増加し、俺はオーフィスの蛇に対して特攻をかける!

 

「当たればそれまでだけど、威力自体があるわけじゃない!コントロールは俺の十八番だ!!」

 

 オーフィスの放つ蛇の数と同じ数だけ俺は赤い魔力弾を放った!

 オーフィスの蛇は当たれば浸食して、それが無限に続いて対象物を崩壊させる力!

 つまり特殊な能力があるだけで、威力事態は余りない!

 いや、たぶん威力のある技もあるんだろうけど……まあいい!

 オーフィスは絶大な力を誇り、そりゃもう世界最強だろうが、最強だからこそあまりコントロールがうまい方ではない!

 蛇は確実に一つずつ消え去って行き、俺は瞬時にオーフィスに近づく。

 

「…………我、驚いた―――今の、打撃重視、蛇」

「そりゃ驚いた……じゃあ今回はダメージを通す!!」

『BoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBooutBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 俺は瞬時に幾重もの倍増を行い、そしてオーフィスに本気の打撃を加えた!

 それにより一瞬、煙が立ち込めるけど…………確かな感触がない。

 まあそれは予想の範疇で、本当の目的はほかにある。

 

「……強い。力、一日目より、強い。10倍?20倍?…………我、測れない」

 

 ……思っていたよりもオーフィスの感想はいいものだったけど、だけど本当の目的はオーフィスの腹部……腹部にある一つの龍法陣だ!

 これも基礎な龍法陣……ドラゴンに対するマーキングの力!

 ただのそれだけなら別に特別な力はないけど……こいつの本当の目的は―――

 

「油断が過ぎるでござるよ、一誠殿」

 

 突如、背後に現れる夜刀さん。

 

「一誠ぃぃぃ!!!お姉ちゃんは怒ったぞぉぉぉ!!」

「今一度、本気の一撃を喰らわしてやるッ!!」

 

 更に下方よりブレスを放とうとしているティアにじいちゃん……おいおい、思い通りに動きすぎだろ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 俺は不意に少し笑みをこぼした。

 三人はほぼ同時に俺へと各々の攻撃を放つ。

 俺はそれを見て確信した―――引っかかったな!

 

「―――発動、誘導の龍法陣!!」

 

 俺の言葉と共にオーフィスの腹部の円陣が赤く光る!

 強い奴には強い奴の一撃を喰らわせればいい!

 しかもオーフィスに俺の攻撃が通らないのなら、同じドラゴンの攻撃を当てればいい。

 ……その発想で俺は特に攻撃力のない龍法陣……マーキングに加え、対象を”龍の攻撃”に絞った誘導の術を発動した。

 って言ってもこれはドラゴン限定で出来る技なんだけど……まあ知恵を働かせた奴の勝ちだろ?

 夜刀さんの仙術込みの無慈悲の斬撃、ティア、タンニーンのじいちゃんの先ほどの戦闘のとき以上のブレス……それらがオーフィスに襲い掛かる。

 俺はオーフィスから出来る限り離れ、離れた位置から手のひらに今日練れるすべての魔力を収束し、更に神器の倍増の力でそれを倍加。

 

「今までのやり返しだあぁぁぁ!!!」

 

 そして、それまでで最も強力な魔力弾をティア、タンニーンのじいちゃん、夜刀さんに放つ!

 魔力は尽きたけど体力的にはまだ余裕があるから鎧は解除されず、俺は結構な傷を負った三人を遠目で見る。

 ……?

 なんか、あいつら動いていないんだけど…………そう思った時、突然オーフィスを襲った三人の攻撃によって発生した煙が消え去り、そこから…………

 

「……我、激怒。プンプン」

 

 まるで怒ってないように聞こえるが、実際にめっちゃ怒ってるオーフィスの姿……あれ?なんか俺じゃなく三人に切れてる?

 オーラをめちゃめちゃ噴出しているし、それを見ているドラゴン三人が凄い震えてる……

 

「今、ターン、我。何故、邪魔した?」

 

 手に俺に放った時とは比べ物にならないほどの黒い蛇の弾丸が生まれてる……もしかしてあれか?

 俺との二人きりを邪魔されたから腹いせに……とか?

 

『主様、いいですか?―――オーフィスは、あれでも自分の欲望に素直なんです。故に深愛を示す主様との時間を邪魔されるのは我慢ならないのでしょう』

『ふ……これだからティアマットはダメなのだ……まず自分で龍法陣を教えておきながらそれを見抜けぬとは何たる馬鹿だ。だが夜刀は流石にかわいそうだな』

 

 うわ、この二人助けるつもりが毛頭にない。

 夜刀さんは確かに不意打ちで攻撃するように頼んでたからかわいそうだよな……よし、助けよう。

 そもそも俺のせいだし、ティアやじいちゃん、夜刀さんの行動を読んだ上での攻撃だったし!

 

「オーフィス、お前が本気になったらさすがにここら一帯が消し去るからさ……その蛇、消してもらえるか?」

「……条件」

 

 するとオーフィスは一言、条件という言葉を口にする。

 ……条件か。

 オーフィスが喜びそうな条件なんかあるのか?

 

『……癪だが、仕方あるまい……相棒、少し耳を貸せ―――とっておきの言葉を教えてやる』

『なっ!!ドライグ…………まさかあなたはあのセリフ―――主様を知るものが一度は言われたいセリフを主様に吐かせるつもりですか!?』

 

 ……え、ちょっと待って!?

 そんなやばいセリフなのか?なあ、答えて!?

 

『ええい、うるさい!散々バカにされてようやく出来たまともなファミリーであるタンニーンと夜刀を失うわけにはいかんのだ!』

 

 ……ドライグも男一人が寂しかったんだな。

 うんうん、でも俺がいたじゃないか―――いいぜ、腹くくってやる。

 教えろ、ドライグ!!

 

『ふ……幸運を祈るぞ、わが息子。さあ、オーフィスに――――――』

 

 ………………なっ!?

 ドライグ、あんたは俺にそんなことを言えというのか!?

 そんなくっさいセリフを真顔で吐けと!?

 

『主様、一応言っておきますが普段からその程度のセリフ、吐いてますからね?この前だって……』

 

 えぇい、うるさい!

 良いぜ!オーフィスの胸に響く言葉を言ってやる!

 

「よく聞け、オーフィス!!俺になら撃っても構わない!!だけど―――お前は撃てないって知っている。だってお前は俺の――――――大切な奴だから」

「……………………………………………………結婚、して」

 

 オーフィスが顔を真っ赤にしてそう言うと、巨大な蛇は消えていく…………って結婚!?

 あんなセリフで求婚するくらいなのか!?

 するとオーフィスは空中から俺の腕に抱き着く…………ちょっと待ってな?

 これ、取り返しがつかない可能性が……

 

「………………我、イッセー、全部、捧ぐ」

「なんだそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

 

 自分で撒いた種だけど言わせてもらいたい―――なんで俺の仲間はこんなのばっかなんだぁぁぁぁぁぁ!!!

 ……とりあえず、修行の皮切りのように俺が叫んだ瞬間だった。

 

 ―・・・

「にぃに、にぃに……オーちゃんはどうしてにぃににひっついてるの?」

「それはな……俺の迂闊な行動が原因なんだよ」

 

 俺はヒカリの頭を撫でながらため息を吐く……先ほどの修行が終わり、薪木を火の中に突っ込みながら俺たちは火を中心を円を描くように座っていた。

 修行は9割方終わり、俺は現在、修行相手だった先生たちに話を聞くことにした。

 それで今は結構遅い時間ってこともあり、ティアの傍でフィーとメルは既に眠っており、ヒカリは未だに元気だ。

 ……将来的には計算高い魔性の女の子になるからなぁ、ヒカリは。

 

「ははは、先ほどは助かったでござるよ。まさかオーフィス殿の逆鱗をこの身に受けそうになるとは……」

「……それで俺の生んだ代償は凄まじいものですけどね」

 

 ちょっとムスッとしたように言うと、夜刀さんはまた笑う。

 全く、この人は能天気だよな。

 

「本題に入ろうか、一誠。この数週間、お前の修行を4人体制で行ってきた―――そして結果、今日に至っては禁手なしで我らに深手を負わせた……これは凄まじい進歩、成長だ」

「そうだな、流石は私の弟!もちろんイッセーだけでなくチビ共も成長した……姉としては誇り高いな!」

 

 タンニーンのじいちゃんと人間の姿のティアがそんな風に俺を評価してくる。

 ……確かにかなり力はついたと思う。

 先ほど久しぶりに禁手を使ってみたが、今までよりもはるかに体は軽かったし、それに倍増の強さの感覚も上がっているようにも感じた。

 とはいえ、オーフィスと真っ向からやったら瞬殺だろうけど……

 

「元々、一誠殿は完成に近い力を持っていたでござる……おそらく、一誠殿の力が本当の意味で発揮されるのは死と隣り合わせの戦場……誰かを守るときでござるね。拙者もうかうかはしていられないでござる。わずかこの期間で一誠殿は大幅に力をつけた―――完成だったものを壊し、再び高見に向かって成長し続けているでござる」

「……でも、俺は目標にしていたことには届かなかった……」

「二つの目標の内、一つは届いたでござる。むしろあれ(・ ・)自体が普通の思考じゃないでござる」

 

 ……俺の掲げた目標の一つは今回、成し得なかった。

 でももう一つ―――神器なしで最上級クラスと戦う可能性の糸口を掴むという目標は達成した。

 

「だが一誠殿。あれは主に拙者しか内情を知らぬが、非常に危険なものでござる。下手をすれば自分の身を亡ぼすこともあり得る―――あくまで必要な時にだけ使うべきでござる」

「……分かってますよ。っていうか、ツイン・ブースターシステムやら禁手よりかはまだ優しいでしょう?」

「…………気を付けろ、と言いたいだけでござる」

 

 夜刀さんの忠告を俺は聞き入れる……肝に銘じておくよ。

 

「……一誠。一つ、お願いがあるんだ」

「お願い?」

 

 するとティアが珍しく俺にそう切り出してきた……ティアが俺にお願いをするなんて珍しいな。

 

「ああ……今度のゲームがあるだろう?おそらく使い魔の使用は一誠は制限されると思う。私は龍王だ……だがそのチビ共は制限されない」

「……つまりお前が言いたいことは」

「ああ―――そこのチビ共をレーティング・ゲームで使ってやってくれ。お前ほどじゃないが、チビ共だっていつもの何倍も頑張ってきたんだ」

 

 ……知ってるよ。

 今、俺の近くにいるヒカリだってよく見れば傷や土埃の跡が付いてる……それにこいつらは俺のサポートをして全力で俺と一緒に修行した。

 その中で一度も弱音を吐かず、ただ俺の後ろをついてきたんだ……誰よりも、俺がこいつらが頑張ってきたことは分かってる。

 

「―――約束するよ。俺は次のゲーム、フィーとメルと、ヒカリ、それと眷属の仲間と共に勝つ。二度と負けてやんねぇ……絶対に」

 

 ……初めてのゲームのとき、俺の甘い考えで小猫ちゃんを敗退させてしまい、アーシアは泣いた。

 部長だって守れなくて泣いた……もう二度と、ゲームで負けるわけにはいかない。

 

「まあなんだ―――ありがとな?一緒に戦ってくれて…………その、ね……ティア姉ちゃん」

「――――――――――――――――」

 

 俺は少し恥ずかしかったがそう言うと、ティアはなんか固まった。

 どうしたんだ?そう思ったら突然、ティアは……

 

「そ、の、笑顔、は…………はんそ、く…………がくっ」

 

 ……わけわからないことを言って、幸せそうな表情でその場に倒れたのだった。

 

「凄まじいでござるな。ティアマット殿の周りに幸せの気が満ち溢れているでござる……」

「……もう一生寝かしといてください……はぁ、ティアはいいお姉ちゃんなのに残念だよ、本当に…………」

 

 俺はため息を吐く。

 

「ははははは!!退屈しないな!お前たちと一緒にいるのは!!」

「……そう言えばタンニーンのじいちゃんはさ。どうして悪魔になったんだ?」

 

 俺はじいちゃんに一番疑問だったことを聞いた。

 じいちゃんは龍王の一角だったし、それに未だなお力は健在だ。

 それなのに何でわざわざ悪魔になったんだろうって不思議だったんだ。

 

「……あれはいつのころだったか」

 

 するとじいちゃんは話し始めた。

 

「……ドラゴンアップルという果実があるんだ。その果実を主食とするドラゴンの種族がいてな……だがドラゴンアップルが絶滅しかけ、そしてその種族は龍王であった俺のもとに来た…………果実があった地域は既に冥界にしかない。だから悪魔になった―――簡単だろう?」

「つまりじいちゃんはドラゴンを守るために、自分の不利益を考えずに悪魔になったのか?」

「ああ……上級悪魔、更には最上級悪魔になれば領地を貰える。ドラゴンアップルの生息している場所を占領するために悪魔になった。今では人工で果実を作る研究をしているよ―――俺の生きがいみたいなものだ」

 

 じいちゃんは昔を思い出すようにそう言った…………俺はそのじいちゃんの話に共感できるものを感じた。

 誰かを救うために、そこまでの行動がとれる―――やっぱり、このドラゴンは誇り高く、優しいドラゴンだ。

 

「タンニーン殿は悪魔でなければ三善龍の一角でもおかしくなかったでござるね……素晴らしい行動でござる」

「俺にしか出来なかったんでな……それに貴様は三善龍の称号を貰うほどの善行を重ねて来たのだろう?」

 

 ……そう言えば夜刀さんからは行ってきた善行については聞いてなかったな。

 

「……拙者の行ってきたことは当然の事ばかりでござるよ。時には人々を導くために悪を切ったことも……たとえ悪でも命を奪うのは罪でござる」

「……でもそれは」

「わかってるでござる。拙者がやらなければもっと多くのものが傷ついたでござる―――故に拙者、その者たちの分まで生き、己が道を信じぬく。それが拙者の志であり、生涯変わらぬ思いでござる」

 

 ―――カッコいいな、この二人は。

 誰かを救うことを当たり前、当然のように語ることのできるドラゴン。

 俺はこの二人にあこがれた。

 

「大丈夫でござるよ。一誠殿は拙者とは違う、もっと優しい道があるでござる。拙者、こう見えても不器用で故に遠回りも多かったでござる。一誠殿には一誠殿の道が、拙者には拙者だけの道がある……そう考えると人生とは捨てたものじゃないでござるね」

「……そう、だよな」

 

 ……この人が三善龍と称される理由が改めて分かった。

 夜刀という龍は、誰よりも自分を知っている……自分に出来ること、しなければならないこと……そんな当たり前のようで出来ないことをするのが夜刀さんなんだ。

 

「……三善龍の残りはどうなっているんですか?」

「…………三善龍のあと二角でござるか……彼らとは共に切磋琢磨した友でござったよ」

 

 ……夜刀さんは少し悲しそうな顔をしていた。

 もしかして……そんな予想が俺の頭を駆け巡ると、夜刀さんは俺をじっと見て首を横に振った。

 

「大丈夫でござる。死んだとか、そういうのではないのでござる…………拙者以外の三善龍は片方は健在、しかし……もう片方は封印されたでござる」

「ふ、封印!?」

 

 俺はその台詞に驚きを隠せなかった!

 善行を重ねて来た龍が封印される理由が俺には見当たらない……そう思ったんだ。

 

「何も悪の心に堕ちたから封印されたわけではないのでござる―――寿命、だったのでござる」

「寿命……」

「そうでござる。彼―――封印の刻龍(シィール・カーヴィング・ドラゴン)と謳われた龍は名の通り、封印をつかさどるドラゴンであったでござる」

 

 ……夜刀さんはその龍のことを語った。

 

「名はディン……彼の行った善行とは、害悪となる怪物や邪龍……魔物を封印して人々を守ったことでござる。しかしその封印とは……自身の中に邪悪を封印すること―――結果、ディンは命を削りながら様々な者を救っていったでござる」

「……それで今は?」

「…………聖書の神が死ぬことを憐れんだ結果、ディンは神器に封印されたでござる。おそらくドライグ殿やフェルウェル殿と同じように意識だけの存在……それが三善龍の一角、封印の刻龍・ディン」

 

 ……神器か。

 神器の中で未だなお生きているんなら、いずれは会うことも出来るだろうな。

 

「残りの善龍は今も健在でござる。宝眼の癒龍(トレジェイズ・ヒールドラゴン)ヴィーヴル……その名の通り、癒しの龍でござる。絶対的な癒しの力を持っている龍でござるが…………めったに世間に顔を見せぬが、拙者の友でござる―――ちなみに彼女は女性の龍でござる」

 

 ……最後の情報をなぜ俺にひそひそといったのかは置いておくとして、なんかアーシアみたいなドラゴンだな。

 しかも癒しの力……人前に現れない理由は分かる。

 アーシアもそうなんだけど、回復の力ってものはかなり希少なものだ。

 それがドラゴンなら相当の回復力を持っているんだろうし、存在を悪魔が知れば群がって眷属にしそうな勢いだもんな。

 だから本当に癒しが必要な者にだけ癒すために隠居してるのかな?

 

「拙者の知る友たちは以上でござるね。ヴィーヴル殿とは時たまに会いに行っているでござる。彼女は寂しがりのドラゴンでござるから」

「実は好きとか?」

「―――残念ながら、ヴィーヴル殿はそのような人物ではないのでござる。それにヴィーヴル殿の愛したのはディン殿…………拙者など、足元に及ばぬ若輩者でござる」

 

 ……なんか、ドラゴン通しの恋愛を聞かされて何とも言えない空気になってしまった。

 っと俺はそこで腕に引っ付いていたオーフィスが寝ていることに気が付き、俺はそっとオーフィスを寝かせて再びじーちゃんと夜刀さんと対面する。

 

「……さて、そろそろ眠ったらどうでござる?今日で修行は終わり……ここからは疲れた体を癒すことに専念するのでござる」

「まあそれはそうなんだけど……なんていうか、こんな風に腹を割って話す機会もそうないと思って……」

「…………なるほど、ドラゴンファミリーが一誠殿を溺愛する気持ちが分かったでござる」

 

 すると夜刀さんは懐から一本の刀?のようなものをだし、それを俺に渡してきた。

 その刀には刀身はなく、ただ柄と鍔だけがあるもの。

 

「それは刀身なき刀でござる。名は無刀…………無の淵より顕現する刃は一誠殿の気持ちに応えてくれるはずでござる―――護身刀として、常に身につけるでござる。きっと一誠殿の力になるであろう」

「……いいんですか?」

「いいでござる。拙者が創った傑作の一つを一誠殿が持つことに意味があるでござる―――一誠殿には刃がない方がお似合いでござる」

 

 夜刀さんが薄く笑うと、そのまま立ち上がって群青色の翼を展開した。

 

「拙者はこれより他の任務がある故、ここで別れを申すでござる…………また、会おう」

「……ありがとう。夜刀さん」

「どういたしまして、でござる」

 

 そのまま夜刀さんは神速でその場から消える……三善龍の一角……あれこそが優しいドラゴンだな。

 

「お前の強さは既に最上級悪魔と全く遜色がない。むしろ下手をすれば他の最上級悪魔から『駒』のトレードが来るほどだろう……だがお前はリアス嬢の『兵士』が似合っているだろう」

「ああ、トレードなんかされる気はないよ―――それでもタンニーンのじいちゃんにはまだ勝機は見えそうにないけど」

「がはは!!それは当たり前だ……と言いたいところだが、実のところ肝を冷やしている。お前の成長の速さと爆発力は実践で発動するだろう。あれが本気の闘いであれば、俺も全力でやらなければならんだろうな。お前の強さは手札の数だ。しかもその手札一枚一枚がジョーカー級だ。だからこそその力、仲間のために使え……歴代の赤龍帝は皆、力に溺れ堕ちて行ったからな」

「……分かってるよ。俺が誰よりも…………赤龍帝の宿命を」

 

 俺はうまく笑えているだろうか?

 じいちゃんは俺の方を見ている。

 

「そうか……さあ一誠、早く眠れ。眠れぬならじいちゃんの翼で寝るか?少し硬いが温かいぞ?」

「はは……そうさせて貰おうかな?」

 

 その日、俺はタンニーンのじいちゃんの翼に包まれて眠ったのだった。

 

 ―・・・

「んん……久しぶりに帰ってきたなぁ」

 

 俺はあくびをするように体を伸ばす。

 今、俺やドラゴンファミリーの皆はグレモリー家の本邸前にいた。

 なんか知らんが帰りにタンニーンのじいちゃんの背中に乗って帰ろうと思っていたのに、なぜか知らないけど俺はじいちゃんと速度の勝負をすることになって……

 俺も全力で飛んだんだけど、思った以上に疲れなかったのは修行の成果かな?

 俺は手を軽く払って目の前にいるじいちゃんを見た。

 

「サンキューな、じいちゃん!おかげで強くなれた」

「いや、俺も楽しかったぞ。まさかドライグを宿すものに加え、未だかつて見たことないドラゴンを宿した神器ともやり合えたからな―――長生きはするものだ」

『礼をいうぞ、タンニーン。だが忘れるな―――パパが一番偉大だ』

『いえ、マザーです!』

 

 ……もういいから、対抗意識燃やさなくて!

 

「まったく……楽しい集団だ、ドラゴンファミリーというのは」

「じいちゃんもその一員だぜ?」

「ふ……だから余計に楽しいのだな」

 

 するとじいちゃんは俺に手を差し伸べてきた。

 握手かな?俺はそれを受け入れ、じいちゃんのでかい手と握手をした。

 

「これからもよろしく、タンニーンのじいちゃん!」

「…………ところで一誠。パーティーには俺も参加するが、会場入りはどうするんだ?」

 

 ……パーティーっていうのは魔王様がゲームの前に主催していものであり、若手悪魔である俺たちも招待されてるんだ。

 当然、最上級悪魔であるじいちゃんもそれに参加することになっており、他の最上級悪魔も数多く来るらしい。

 

「いや、まだ決まっていないと思うけど……」

「ほう……ならば俺の背中に乗って行け。当然眷属の者共も総出で連れて行ってやる」

「……いいのか?」

「当然だ。孫を甘やかすのがじいちゃんの役目、か?」

 

 タンニーンのじいちゃんが少し可笑しそうにそう言った……ああ、なんで他の皆はじいちゃんみたいな紳士さとかがないんだろうか。

 

「では後日、連絡を送ろう……ではな、一誠!」

 

 そしてじいちゃんは空に飛翔し、そのまますごい速度で飛んで行ってしまった。

 うぅ~ん……いいヒトだった。

 

「さてと……ってみんな先に屋敷に帰ったか?」

 

 俺は周りに自分だけの状況に少しため息を吐く……まあ気を利かしてくれたんだろう。

 んじゃあ俺も戻るとしますか……っと思った時、俺は後ろに気配を感じた。

 

「おっす、久しぶりだな。祐斗」

 

 俺は振り返らずにそう言うと、後ろで驚くような声がして、俺はそこで後ろを振り返る。

 そこには案の定、祐斗がいた。

 

「け、気配を消して近づいてたんだけど……驚いたよ。久しぶりだね、イッセー君」

「ははは。気配消すってのはマジで気付かないから……」

 

 何度夜刀さんに殺されかけたことか……だってあの人、仙術で完全に気配消す上に速度が超絶の神速なんだもん。

 思い出しただけで泣けてくる。

 

「……僕も強くなったつもりでいたけど、まだまだだね―――イッセー君のオーラの質が桁違いに上がってるよ」

「それを測れるお前も相当腕あげたな……今度手合せしようぜ」

 

 俺は薄く笑うと、すると次に何か物体が祐斗の後方よりトコトコと歩いてきた……なんだ、あれ?

 包帯?を身に巻き付けまくっていて、ミイラみたいだな。

 

「おや、イッセーと木場じゃないか。随分と久しぶりだな」

「……ゼノヴィアだったのか。うん、まあそんな馬鹿なことするのはお前くらいだもんな」

 

 俺は全身包帯だらけのミイラ女、ゼノヴィアに呆れたように言うと、ゼノヴィアはちょっと怒った声音で……

 

「怪我をして包帯を巻いて、また怪我をして包帯を巻いたらこうなったんだ……仕方ないだろう?」

「はいはい……フェル」

『了解です』

 

 俺はそういうと、胸にフォースギアを展開する。

 

『Force!!』『Force!!』

『Creation!!!』

 

 二段階の創造力を使用し、そのまま神器を創造…………修行中、非常にお世話になった癒しの神器、癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)を創造し、その瓶を割って中の雪のような粉をゼノヴィアに振りまいた。

 

「……傷がなくなった?」

 

 ゼノヴィアはそうつぶやくと、そのまま包帯をとっていく……って包帯だからまさか!!

 

「おい祐斗!屋敷からお前の自慢の足で羽織るものをとってこい!このバカ、包帯の下は裸だ!」

「了解したよ!!」

 

 祐斗はそのまま一瞬で姿を消す……あいつもかなり速くなったな。

 っと今はこいつだ……仕方ないな。

 

「ゼノヴィア、こいつを羽織っとけ」

 

 俺は自分の夏服のシャツをゼノヴィアに羽織らせる。

 修行中は上半身裸で修行をしていたためほとんど破れていなくて助かったな。

 ゼノヴィアは包帯をかっぱらって、そのまま俺の制服を羽織った。

 

「ありがとう、イッセー…………それにしてもまたすごい体になったようだ……差がますます開いたか?」

「お前のオーラだって相当なまでに上がってるぜ?パワー全般だけど……」

 

 俺はそこで嘆息する……まあすぐにはテクニック力なんて身につかないだろ。

 

「さて………………ッ!!このオーラ…………俺を癒すこのオーラはッ!」

 

 俺は突然感じた気配に目を向けると、屋敷から少し慌てながら出てくる存在……アーシアの姿があった!

 

「イッセーさん、ゼノヴィアさん!」

 

 シスター服を身に纏い、小走りで走ってくるアーシア……くそ、流石は元祖癒しの存在!!

 別格過ぎる!!

 もう今すぐに愛でたいぜ!

 

「久しぶり、アーシア。随分と頑張ったようで何よりだ」

「い、イッセーさんも…………前よりもずっとカッコよく……いえ、前もカッコよかったんですけど……あうぅぅぅ!!」

 

 アーシアは俺を見て恥ずかしそうに視線を外す……ああ、そう言えば今の俺って上半身裸だったな。

 

「俺がいない夜は一人で眠れたか?」

「い、いえ……やっぱりイッセーさんの温もりが……今日は一緒に寝てもいいですか?」

 

 アーシアがそんなことを上目づかいで言ってくるッ!

 ぐっ……!こんな視線に俺が負け―――

 

「おう、いつでも大歓迎だ!」

 

 ―――るに決まってる!!

 だってアーシアの可愛い上目遣いに勝てる男がこの世にいようか!?いや、いない!

 大事だから反語使ったけど、それが世界の常識なんだ。

 …………俺、さっきから何言ってんだろ。

 自重しようと思った瞬間だった。

 

「あら、みんな大集合ね―――イッセー、久しぶりね」

「……部長も久しぶりです」

 

 するとアーシアが出てきたところから部長も現れて、笑顔で俺たちを迎え入れてくれる。

 

「積もる話しもあるけれど、今はまずシャワーでも入ってきなさい。修行の報告はそれからよ」

 

 部長のその言葉で、俺たちはシャワーを浴びてそのあと俺の部屋に集合ってことになった。

 ……なんで俺の部屋なのかは疑問だけど。

 

 ―・・・

 外で修行していた俺、祐斗、ゼノヴィアはシャワーを浴び、そして今俺の部屋には眷属の皆にアザゼルがいた。

 どうやらドラゴンファミリーの他のメンバーの内、フィー、メル、ヒカリは疲れが溜まってたんだろう。

 今は用意された部屋でティアに面倒を見られながら眠っている。

 オーフィスは後で部屋に来るそうだけど……

 そして部屋に集まった皆と久しぶりに顔合わせする。

 ……全員、かなり魔力の質やオーラが上がっているな。

 まあとにかく、まずは外で修行をしていた俺たちが話をすることになり、だいたいのことを話した。

 祐斗は師匠との修行の顛末、ゼノヴィアはもういろんな猛者と戦いまくったことを。

 そして俺の番になって―――俺は全ての事を洗いざらい話した。

 

「――――――ってことなんですけど…………ってみんな、どうした?」

 

 なぜか知らないけどみんな引くどころか、唖然としていた。

 アーシアに至っては顔面蒼白、小猫ちゃんは手に持っていたお菓子を全部地面に落とす始末。

 アザゼルすら口を大きく開いていた。

 

「いや、引いてんだよ……なんだ?お前はつまり、禁手も使わず、寝床も用意せず、野生の中で適応して生活してたってことか?」

「え、普通はそうじゃないのか?」

 

 俺は普通にそれをしろってことだと思ってたんだけど…………

 どうやら祐斗もゼノヴィアも山小屋やグレモリー家の別荘で生活していたそうだ。

 ……あれ、俺の扱い、今更ながら可笑しくないか?

 

「おいおい、冗談きついぜ?じゃあなんだ―――タンニーンのじいちゃんの全力の炎も、夜刀さんの暗殺級の闇討ちも、ティアの無慈悲な攻撃も、反則級のオーフィスの力も…………俺だけそこまで自分を痛めつけていたのは」

「だから驚いてんだよ。俺の予想してたのは一人一人、マンツーマンでの指導って思ってたのに、まさか全員一気に相手してたとか……よく死ななかったな?」

「うっさいわ!!何度も死にかけたわ!!体中生傷が毎日出来たわ!」

「……それでも逃げ出さないイッセーは流石だわ。ほら、抱きしめてあげるから……」

 

 部長の優しさが心に染み渡る……俺はつい抱きしめられてしまった。

 

「………………イッセー君が桁違いになっているのは納得したよ」

「んで、イッセー……どこまで力は上がった?」

 

 するとアザゼルは俺にそうたずねてくる。

 

「……神滅具創造、シルヴァーギアの創造力の20段階まで短縮。ツイン・ブースターシステムの神帝化。身体能力全面、スタミナ、気配察知……それと神器なしでの戦闘方法。あとは倍増の尺が大幅に上がった。じいちゃん仕込みの火炎放射と簡易龍法陣……ってくらいだな」

「……………………お前、磨けば磨くほど強くなるのか?さすがにそれは…………ってことは燃費の悪さは?」

「ある程度は解消できた。けどそれでもやっぱり微妙だな…………もっと長期に渡って鍛えねえと、これ以上の解消は難しいな―――ってかあんな修行、二度とごめんだ!もうトラウマだよ……うぅぅ」

 

 ちょっと涙が落ちる……だって一時は寝る時でさえ夜刀さんが狙ってきたんだもん……そのせいで気配察知なんてものまで身に付いたし……

 知ってる人じゃないと見分けつかないけど……

 

「……アーシア、小猫……イッセーを癒してあげて?貴方たちが一番効果があるわ」

「は、はい!イッセーさん!私はここにいますよぉ?」

「……先輩、膝枕してあげるです」

 

 あぁ……俺の疲弊した精神が癒されていく…………地獄の修行はいいこともあったけど、今になってトラウマのようによみがえってきた。

 ……今は癒されよう。

 そう思ったのだった。

 

「ま、とりあえずはイッセーダウンで報告会は終わりだ。明日はパーティー。そのためにしっかり寝ておけよ?」

 

 ……アザゼルのその言葉で解散となる。

 ようやく、俺は地獄から解放されたのであった。

 

 ―・・・

 ……その夜、俺のベッドにはアーシアがいた。

 既に俺の腕を掴んで熟睡中であるけど、俺はなぜだか眠れなかった。

 

「……はぁ、ちょっとふらふらするか」

 

 俺はそっとアーシアの頭を撫でて、そのまま部屋を出て廊下を歩く。

 屋敷の中は高級そうな壺やランプとかで飾られており、俺はそれらが飾られている廊下を歩く。

 

「…………先輩」

 

 ……すると突然、後ろから声がかけられる。

 ―――俺が全く反応できない、なんてな。

 俺は声の聞こえた方を振り向くと、そこには小猫ちゃんの姿があった。

 

「こんばんは、小猫ちゃん」

「……はい」

 

 ……小猫ちゃんは真っ白いパジャマを着ていて、そして少し頬を染めている。

 

「今、気配が全く感じられなかった……ってことは」

「……仙術、です」

 

 やはりそうか……でも俺が気配を察知できないほどってことは、かなり高レベルの仙術だ。

 それほどの仙術の才能を小猫ちゃんも持っているのか。

 俺と小猫ちゃんは壁にもたれかかるように立ち、そして話す。

 

「……いっぱい、修行しました……イッセー先輩があの日、私に言ってくれた言葉を思い出して…………」

「……俺さ、なぜか眠れないんだ。本当に、なぜだかわからないけど……たぶん、俺はここで小猫ちゃんと話すために眠くないのかもな」

「……うれしいです……それに私も一緒、ですから」

 

 ……小猫ちゃんはキュッと、俺の手を控えめに握ってきた。

 

「……もう足手まといは嫌です。だから先輩……力をください」

「小猫ちゃん」

 

 ……小猫ちぁんは俺の方に顔を上げて、目をつむっていた。

 ああ、これはあれだろう……キス、ってことだろうな。

 普通の男なら、ここで小猫ちゃんを想っているならキスくらいするはずだ……俺だってそんな気持ちがないわけではない。

 部長と朱乃さんには不意打ちだとはいえ、キスは確かにされた。

 だけど俺にとってキスは…………ミリーシェとの大切な思い出なんだ。

 今更、引き摺っても何も変わらないことは分かってる……でもそんな半端な気持ちではキスは出来ない。

 ―――何もない草原で、子供心で何度もしたキス。

 あれが俺にとってミリーシェを愛したのには変わりないから……

 俺は小猫ちゃんの頬を撫で、そして顔を近づける。

 そして俺は…………小猫ちゃんの頬にキスをした。

 

「……ごめん。これが俺の精一杯なんだ……」

「…………いいえ、十分です」

 

 小猫ちゃんは目を開けると、弱い笑顔を見せてくれた。

 

「……イッセー先輩が自分からしてくれたキスなら、頬っぺたでも嬉しいです。たぶんみんなされたことはないと思うから……イッセー先輩からは……」

「小猫ちゃんはなんで……いや、聞くのは野暮だな」

 

 俺は苦笑いをして窓の外を見る…………小猫ちゃんの気持ちはもうわかってるから、だから聞かない。

 

「……先輩は色々な人に好かれてます……私もそうだから、みんなの気持ちが分かるんです…………でも私は誰にもこの想いは負けません…………」

「勝とうぜ、ゲーム」

「はいッ!」

 

 俺たちは笑顔でそういうのだった。

 そして夜は老けていく…………俺たちの大事な一戦が、すぐそばまで来ていた。

 



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第8話 似た者同士

「若様、お似合いでございます!」

 

 ……俺、兵藤一誠は何故だかスーツを着せられていた。

 そりゃあもう高そうな、結婚式とかパーティーとかで着そうなしっかりとしたスーツ。

 それを俺に着せたグレモリー家のメイドさんは、まだまだ若いのか俺を見てキャーキャー言っているけど、こんなことになったのは経緯がある。

 今日は魔王様主催のパーティーの日……俺は朝起きると、なぜだかそこにはグレモリー卿がいて、そのまま流されるようにメイドさんに別室に連れて行かれたんだ。

 そんで成す術もなく着替えさせられ、髪型まで整えられた始末……こういうの好かないから後で髪だけはもとに戻そう。

 

「グレモリー卿……どうして俺は着替えるんですか?制服でもいいとアザゼルが言ってたんですが……」

「ははは。今回のパーティーは最上級悪魔の方々まで集まる大きなものだ。そこで制服とは恰好がつくまい……似合っているよ、兵藤一誠君」

 

 グレモリー卿はうんうんと頷いて俺をじろじろ見てくる……う~ん、そんなものか?

 

「とりあえず俺はもう行きます……ありがとうございました、色々と」

「赤龍帝殿にそう言われたらうれしいものだ……君の中のドラゴンに言っておいてくれ。あの時は失礼なことを言った、と」

 

 グレモリー卿はそう微笑みながら言うと、俺はそれを確認して室外に出る。

 ……そう言えば部長が今、この屋敷にソーナ会長たち、シトリー眷属が来てるって言ってたな。

 

「あー!!イッセーく~~~ん!!!」

 

 ……すると廊下の奥の方から何ともまあ騒がしい声が聞こえた。

 俺はそっちの方に振り返ると、そこには………………

 

「―――い、イリナ!?」

 

 ……そこには白い制服みたいな服を着た俺の幼馴染、紫藤イリナが長い茶色のツインテールをぶんぶん揺らしながら俺の方に走ってきていた!

 なんでイリナがこんなところにいるんだ!?

 

「やっほー、イッセー君!私とあえて嬉しい?嬉しいよね!?」

「う、嬉しいからちょっと引っ付くのやめろ!ってかテンション高過ぎ!?」

 

 俺は嬉しさのあまりか、俺の腕に抱き着いてくるイリナを全力で離そうとするが、一切離れねえ!?

 

「ふふふ、これぞ幼馴染の特権なのよ!すりすり~♪」

「いや、だから離れようか!?ってかそろそろ教えてくれよ!」

 

 俺は前と変わらずマイペースの愛すべき幼馴染を見ながらそう嘆息する。

 ってかなんだ、このテンションの高さは!そんなに会えないのが寂しかったのか?

 いや、俺だってちょっと寂しかったけども!

 なんか忙しいからって連絡も取れなかったときは不安だったけど!

 

「くんくん……イッセー君、また逞しくなった?」

「お前は犬か!……で?」

「あ、そうだったわ!はい、これ天界のお土産!」

 

 するとイリナは背負っていたカバンから温泉まんじゅう?と書かれた箱を俺に渡してきた。

 ……一発、殴っても構わないだろうか?

 

「イリナ、ちょっと歯を食・い・し・ば・れ?」

「い、イッセー君?そ、その拳は何なの!?う、嘘よね?幼馴染を殴るなんて!?」

「殴られたくなかったら答えろ?あ、あと温泉まんじゅうはありがと」

 

 ……だってまんじゅう好きだもん。

 

「えっとね?私はガブリエル様のお伴で冥界に来たのよ!それでガブリエル様がシトリー眷属の一時的なアドバイザーになったから、それで観光を……ほら?今まで冥界は私からしたら禁忌な場所だったからはしゃいじゃって……それで今日はガブリエル様に連れられてグレモリー家の屋敷に来たの!」

「なるほどな……とりあえず久しぶり。会わないうちに少し力をつけたようだな?」

 

 ……イリナは何も変わってないように見えるけど、明らかに身に纏う聖なるオーラが上がってる。

 天界で修行でもしたのかな?

 

「うん!ミカエル様の加護でちょっと光の力が上がったんだ!でも……イッセー君はそれ以上のようね」

「そりゃあ世界トップクラスのドラゴン4匹に毎日のように襲われてたから……うッ!思い出すだけで頭痛が!」

 

 ……うん、頭痛はしないよ、寒気がするだけで。

 

「うんうん、辛かったよね……はい、私の胸に飛び込んできて!」

「――――――イリナさん?誰が誰の胸に飛び込むのですか?」

 

 ……するとイリナの後ろから、少し背の高い女の人がイリナの頭を軽く小突いた。

 気配すらわからなかった!?そう思ってそっちを見ると、そこには真っ白い肌と真っ白い髪をした凄まじいほどの美しい人がいた。

 

「あ、ガブリエル様!?こ、これは違うんです!お、幼馴染が寂しそうだったから!」

「あら……あなたは幼馴染の殿方が寂しそうにしていたら誰でも、その身を投じて抱きしめると……ふふ、随分と惚れているのですね」

 

 ……とても柔らかくも、しかしながら少し厳しい言葉がイリナに飛び交う!

 待て……ってことはこの人―――この方が……

 

「ふふ……初めまして、赤龍帝。私は天界の熾天使の一角、ガブリエルと申します。よろしくお願いします」

「ひ、兵藤一誠です……グレモリー眷属の『兵士』です」

 

 俺は丁寧に挨拶されたから反射的に深く頭を下げてしまう……そうか、この人がアザゼルの言っていた女性天使最強の人。

 

「あなたの噂はかねがね聞いています……と言ってもそこのイリナさんやミカエルからですが……」

「えっと……あんまりイリナをいじめるのは控えてくださいね?そいつ、見た目の割にメンタルが豆腐ですから……」

「ひ、ひどいわ!イッセー君!!こんな敵地にあなたに会いにわざわざ来たのにそんな言葉!ああ、これも私への試練と言うの!?」

 

 イリナが天に祈りを捧げた瞬間、俺の頭に激痛が走るッ!

 この、バカ!悪魔にそれは毒って言ったろうに!

 

「こら、イリナさん。悪魔にとって天に祈りを捧げることは見ただけで激痛が走るのです。しかもイリナさんはのんびりと観光をしていたでしょう?」

「うぐ……ガブリエル様ぁぁぁ」

 

 ……めちゃめちゃ仲が良いな、この二人。

 なんていうか、年の離れた姉妹?でもガブリエルさんは普通に若い見た目だし、それこそ……姉妹?に見える。

 

「私はシトリー眷属の修行のアドバイザーを今回に限りしていたのです。一応はアザゼルからの依頼でしたが……」

「そうなんですか……それでどうです?シトリー眷属は」

「そうですね……異常なまでに成長したものはいませんが、しかしそれなりに全員が成長した、とでも言っておきましょう。それよりもあなたは大丈夫なのですか?聞いた話では、してしまえば3日で死ぬほどの修行をしていたと聞いたのですが……」

「…………まあ一応は。トラウマと恐怖はちょっと出来ましたけど……」

 

 俺はガブリエルさんからの気遣いを苦笑いをしながら答える。

 

「ふふ……ではあなたの力はゲームで見せてもらうことにします。イリナさん、そろそろ向かいますよ」

「は、はい!じゃあイッセー君、また今度ね!!」

「お、おう。じゃあまたな!」

 

 それだけ言うと、ガブリエルさんに連れられてイリナはどこかに行ってしまう……嵐のような人たちだったな。

 

「……また今度(・ ・ ・ ・)?………………まあいっか」

 

 俺は特に気にせずに廊下を歩いていく…………っとそこで見知った後姿を見つけた。

 駒王学園の夏服を着こんでるけど、あれは……

 

「久しぶり、匙!」

「……イッセー!久しぶりだな!!」

 

 俺が名を呼ぶと、俺と同じ『兵士』……匙元士郎は振り返って俺の近くまで近づいてきた。

 

「…………俺さ、大分修行したんだ」

「見たらわかるよ……相当腕を上げたな」

「……そりゃあ修行したからな―――だけどちょっと強くなってようやく分かった。お前のいる領域の遠さ…………分かっちゃいたけど、お前には全然届かない」

「―――で、そんな弱音を俺に吐きたいのか?」

 

 ……性格悪いな。

 わざわざ試すようなことを俺は匙に言った。

 

「は!そんな男じゃないことするかよ―――宣戦布告だ。俺はお前に憧れてる!そんじょそこらの憧れじゃねえ!お前を目標に、お前を超えるために頑張ってきた!!たとえイッセーが堕天使の幹部や白龍皇を倒せるとしても、俺はお前を倒して見せる!!!たとえお前が俺を眼中にいれてなく―――」

 

 俺は最後のセリフを言わせぬよう、匙の目の前で拳を寸止めするように放つ。

 

「眼中にない、とかは絶対にない―――お前は、俺がシトリー眷属で一番警戒している奴だ…………自分を卑下にしてんじゃねえ」

「………………悪かった」

 

 匙は素直にそう言ってくると、俺は拳を解いて匙の肩に手をのせた。

 

「宣戦布告、ありがたくもらうぜ。だからこそ言っておく―――ゲームでお前を倒す。完膚なきまで、俺の全力で」

「……そうこなくっちゃ、面白くないッ!」

 

 匙はニヤッと笑ってそう言った。

 

「俺さ……目標、が出来たんだよ」

「目標?」

「ああ……ソーナ会長が掲げた夢―――レーティング・ゲームの学校を創る。それは身分や差別のない、平等にゲームを学べる教育機関。それを会長から聞いたとき、感動してさ……それで俺は教師になりたいって思ったんだ」

「……教師、か」

 

 匙は真剣な声音でそう語る。

 

「会長の夢……惚れた女の夢をどうにかして叶えたい、って言ったら聞こえは良いんだろうけどさ。そんなことは会長には言えないけど…………でもだからこそ、俺は悔しかった。上級悪魔の奴らに会長の夢を笑われて、貶されて、汚されて……そんな奴らに見せてやりたいんだ。会長にそれだけのことをやってのける力があるってことを!」

「……あるだろうな、会長には。そんなことをやってのけるほどの能力、力が―――だからと言ってゲームに負ける気は一切ないけど」

「当たり前だ。ってか本気でやってもらわないと俺たちの評価も上がらねえよ」

 

 匙は苦笑してそう言った。

 会長はなんでこんなに思われてるのに気付かないのかなぁ……惚れた女か。

 そんなことを恥ずかしげもなく言えるお前は間違いなく男だよ。

 

「……と、ところでさ……イッセーはいろいろな奴に好意を持たれてると思うんだけどさ―――ぶっちゃけ、お、女を抱いたことはあるのか?」

 

 ……匙はそんなことを小さな声でこそこそと聴いてきた。

 ―――こいつも人並みに男だってことだな。

 

「そういうのは修学旅行でやれよ……俺に振るな!」

「だ、だってよ!お前、いろいろと眷属の子に積極的にアプローチ受けてるじゃん!俺だったらもう一人や二人、手を出しても可笑しくないんだよ!?」

「知るか!!えぇい、離れろ!!さっきの感動を返しやがれ!!」

 

 ……松田や元浜ほどではないが、こいつ…………結構ムッツリだったのかよ。

 まあ別にそれがいけないこととは言わないけど……

 

「……別に……そういう行為はしてない。っていうか中途半端な気持ちでみんなの好意を受け止めたら、その子が傷つくから」

「…………大丈夫だ。イッセーは誰も傷つけない!それに……お前だったら好かれてるやつ全員幸せに出来る気もするよ」

「だったらいいけど……そろそろ時間だ。いこうぜ」

 

 俺は時間を見ると、既にタンニーンのじいちゃんから受けた連絡で言われた時間になっていた。

 俺はそれを確認すると、そのまま屋敷の庭に向かうのだった。

 

 ―・・・

 庭に向かうと、そこには凄い圧巻の光景が広がっていた!

 庭に埋め尽くされるドラゴンの群れ……タンニーンのじいちゃんと同じくらいのドラゴンがいっぱいいた!

 じいちゃんの眷属はドラゴンなんだ……そう思っていると、空から見知ったドラゴンが来た。

 

「昨日ぶりだな、一誠」

「タンニーンのじいちゃん!」

 

 それはタンニーンのじいちゃんで、俺はじいちゃんに手を振る!

 

「十分と疲れはとれたか?」

「ああ、おかげさまで。今日はありがとうな?」

 

 俺はじいちゃんに挨拶をすると、じいちゃんは屋敷の大きな門に目を向けた。

 そこからは綺麗なドレスを身に纏った皆の姿……シトリー眷属の女性陣の姿もあるな。

 って匙は俺の横にはいなかったと思いきや、会長の方に行ってやがる!

 

「あら、イッセーも着替えたのね」

「部長はそのドレス、すごい似合ってますよ。それにみんなもめちゃめちゃ綺麗だよ」

 

 ……?

 何故だか知らないが、こっちまで歩いてきたみんなが少し顔を赤くする。

 

「一誠、そう言うセリフを真正面から言うのは凄まじいな。俺には出来ん」

「そうか?本音を言っただけだけど……」

 

 ……そう軽口を聞いていると、部長は一歩、俺とじいちゃんに近づく。

 

「タンニーン、イッセーの修行を見てくれて感謝するわ……それでソーナも会場入りしたいのだけれど……いいかしら?」

「構わんよ、リアス嬢。何、背中に魔力で結界を張ってある。特に衣装や髪の乱れは気にしなくて大丈夫だ」

 

 ……女性に気を遣うじいちゃん、マジ尊敬ものだな。

 ちなみに今回は流石にティアやオーフィス、フィー、メル、ヒカリは屋敷にお留守番だ……ティアはともかくオーフィスは連れていくことは出来ないからな。

 そして俺はじいちゃんの背中に乗り、外の皆もそれぞれ分かれて背中に乗る。

 かくして俺たちはドラゴンの背中に乗って会場に向かうのであった。

 

 ―・・・

 会場に到着し、タンニーンのじいちゃんとは一度別れて俺たちはパーティー会場に向かっていた。

 俺たちが下ろされた場所から会場は少し距離があり、グレモリー眷属は用意されたリムジンで移動し、そして会場の大きなビルみたいな建物に入っていく。

 周りは……森か?

 ここはグレモリー家の領土の端っこのときにあるらしく、深い森に囲まれた中にポツンと高層ビルが存在しており、何ともアンバランスな感じがするな。

 

「祐斗もスーツを着せられたんだな……」

「うん。君が着て僕が着ないわけにはいかないしね……それにしても似合ってるね、イッセー君」

 

 会場に向かいながらも祐斗と軽口を挟むと、部長が俺の隣に来た。

 

「全く……こういうパーティーはあまり行きたくないのよね……」

「そうなんですか、部長?」

「ええ……これ、若手悪魔のためとか言っているのだけれど、実際は他の有名家が顔合わせをしてお酒やらを楽しむ宴みたいなものなのよ。私はお父様やお兄様に連れられてこういうのに参加しているのだけれど……正直、男性の視線がね」

「部長は容姿が整っているから、殿方からいやらしい視線を受けるのですわ」

 

 すると前を歩く朱乃さんがそう説明してくれた。

 ……確かに部長みたいな綺麗な人を放っておくわけないよな。

 

「でも今回は助かるわ……男避けの祐斗や…………そ、その、い、イッセーもいることだし……」

「あら、リアス。言っておきますが、イッセー君には私がエスコートしてもらいますわ」

「…………聞き捨てなりません」

「ぼ、僕だってイッセー先輩にえ、エスコートされたいですぅ!!」

「は、はぅぅ!!ゼノヴィアさん!出遅れてしまいました!!」

「む、むぅ……これは別室に呼ぶか?」

 

 ……また始まったよ。

 本当に何回目だと言いたいほどの言い合い。

 ったく、勘弁してくれよ。

 そう眷属で仲良く?していると、会場に到着する。

 そして扉をくぐった先には……グレモリー家本邸以上の豪華で巨大な光景が広がっていた。

 既に他の悪魔の人たちがたくさんいて、部長の姿をじろじろと見ている。

 んん?視線が俺にも向けられているような気もしなくもない。

 

「おぉ……リアス様はまた一段とお綺麗になられた」

 

 ……などいう感嘆の言葉も部長は頂いているけど、こんな大人数の悪魔を前にうちの引き籠りは大丈夫なんだろうか。

 そう思って俺はギャスパーの方を見ると……

 

「……あれは動物、あれは動物……ただ動物、人型の動物…………」

 

 なんか呪文のように唱えてた!?

 って怖ッ!!

 アザゼルの野郎、ギャスパーにどんな修行をやらせたらこうなるんだよ!?

 

「…………ギャー君、ちょっと怖いです」

「小猫ちゃん……今度、めいっぱい優しくしてあげよう―――全てはアザゼルが悪いんだ」

 

 ……俺はお風呂の件、忘れてねえからな!アザゼルッ!!

 っと俺たちは会場の端のほうに向かい、一度落ち着いた。

 

「さてと……俺はどうするかねぇ……」

 

 俺は会場を見渡す……と、そこで見知った姿を目にした。

 パープル色のドレスに身を包み、豪華絢爛な金髪をツインロールにした女の子……以前、ライザーとのレーティング・ゲームであいつの僧侶をしていた少女のレイヴェルの姿があった。

 何やら他の悪魔に囲まれて困っている……まあかわいいから仕方ないか。

 あの子も上級悪魔だからこんな社交の場に出てこないといけないってわけか……

 仕方ないな。

 俺はそう思ってレイヴェルの方に近づいて行った。

 

「―――失礼、お嬢様。少しお話しでもよろしいですか?」

「だ、だからそういうのはお断―――!!ひ、兵藤一誠様!?」

 

 うんざりした顔つきで俺にそう言おうとしたレイヴェルは、俺の顔を見て驚いたような表情をしていた。

 その声のおかげで俺はレイヴェルに声をかけてたチャラそうな男どもから何か視線を貰う羽目になる。

 

「久しぶり、レイヴェル。前のパーティーのとき以来か?」

「は、はい……その度はあ、兄のお恥ずかしいところをお見せしまして……」

 

 レイヴェルはちょっともじもじしながらそんなことを言ってくる……奥ゆかしい子だなぁ……やはりあのライザーとは違う。

 っていうかさっきから俺に嫉妬に近い視線を送るチャラ悪魔が面倒だな。

 

「ちょっと待てよ。レイヴェル様は俺たちと話をしていたんだぜ?ってお前誰だよ!!」

「俺ですか?―――若手悪魔、リアス・グレモリー様の『兵士』、赤龍帝の兵藤一誠ですが?」

『―――ッ!!?』

 

 俺が名乗りを上げると、そのチャラい少年共はひどく驚いた表情となった。

 赤龍帝の噂がかなり広まっているって聞いてたから言ってみたけど、予想以上に効いているな。

 

「それでよろしいでしょうか?俺はそこにいるレイヴェルと話したいだけで―――別にお前らは要らないんだが」

「ッ!くそ!いくぞ!!」

 

 すると男たちはどこか違う場所に行く……一応、眷属の女性陣には何かあったら俺を呼んでくれって言っているから大丈夫だと思うけど。

 

「あ、あの……ありがとうございましたわ……兵藤様」

「あ、イッセーでいいよ。レイヴェルも大変だよな。ああいう奴がすぐ寄って。まあ可愛いから仕方ないけど」

「か、可愛い!?」

 

 ……お世辞じゃないけど、レイヴェルは顔を真っ赤にして手を頬にあててしまう。

 

「おや、レイヴェル様をお救いしようと思って来てみれば……これはこれは赤龍帝」

「……えっと、イザベラさん、だっけ?」

 

 すると次に片目を仮面で隠したライザーの『戦車』のイザベラさんが現れた。

 

「久しぶりだ。貴殿の噂はかねがね……レイヴェル様から伺っているよ」

「そうなのか?まあレイヴェルは文通をかわす仲だから……でも意外だな。ライザーを引きこもりにした俺と普通に接するなんて」

「そんなに低い女に見るのは心外だ。それにあれぐらいが丁度いい。ライザー様もいずれは…………出てきて……………………くれる…………はずだ!」

 

 ……ライザー、お前…………

 

「うん、とりあえず頑張れ!」

「うぅ……その言葉、胸に染みるなぁ……ライザー様、いつになったらあの豪胆な態度をお見せに……」

 

 あの武人肌のイザベラさんがこうなるほどなのか!?

 全く……どうしようもない男だな!タンニーンのじいちゃんやティアの火炎でも喰らわしてやろうか!

 

「ふぅ……それはさておき、レイヴェル様とは仲が良いようで安心したよ」

「当たり前だろ?こんな良い子が友好的に接してくれるんだ。仲が良いに決まっている」

「はは!そう言っているぞ、レイヴェル様?」

「あ、当たり前ですわ!もう、イザベラ!!からかわないでください!」

 

 ……この子を見てるのは飽きないな。

 

「まあまあ、レイヴェル……で、調子はどうだ?色々と大変そうだけど」

「……お兄様は引き籠ってもう結構経ちますから……全く、イッセー様がお兄様ならどれだけ……」

 

 レイヴェルは何かをぶつぶつ呟く。

 やっぱりあいつの妹も苦労するんだろうなぁ……あの野郎、もう一回殴って目を覚まさしてやろうか。

 

「ま、ストレス溜まったら俺にぶつけてきてもいいからさ。結構レイヴェルからの手紙、楽しみにしているからな!」

「―――な、な、な…………そ、それなら……あ、そうですわ!!」

 

 すると顔を再び真っ赤にしたレイヴェルが何かを思いついたような顔になる。

 

「イッセー様、私はこれよりお父様とお話がありますので失礼します!ごきげんようですわ!」

 

 ……それだけ言うとレイヴェルは風のように去ってしまった。

 

「……君はあれだな―――レイヴェル様を落としにかかっているだろ?あんなことを笑顔で言われたら……」

「……いや、別にそういうわけじゃないんだけど……ほら、レイヴェルってすごい達筆な字を書くし、それに話も毎回楽しいから……」

「ふふ……まあうちのレイヴェル様をよろしく頼むよ。あんな風なところはあるが、素直で純真無垢だから」

 

 ……イザベラさんはそう言うと、そのままレイヴェルの方に向かって歩いていくのだった。

 

「……嵐のような人たちだな」

「あ、イッセー!ちょうどいいところにいたわ。今から挨拶周りに行くわ」

 

 ……そして俺は突然現れた部長についていく、他の上級悪魔の人たちに挨拶をかわすこととなった。

 

 ―・・・

「部長も大変だなぁ……」

 

 俺は挨拶周りから解放され、そして今は室内の窓付近の方でグラスを持ちながら外を見ていた。

 俺の周りにはギャスパーとゼノヴィアがいる。

 先ほど、ギャスパーが例のチャラい男たちに捕まってたから助け、そのあとゼノヴィアの方に行ったところを一蹴されて泣いて帰ったらしい。

 全く、貴族のかけらもない馬鹿だな。

 

「お疲れ……っというにも疲れていない顔をしているね」

「ただ挨拶をするだけだったし、普段通りにしていれば大丈夫だったよ。まあ中に面倒な人もいたけど」

 

 一例では部長をいやらしい目つきで見てくる悪魔だけど。

 

「あ、あの……ゼノヴィア先輩、ぼく……」

 

 するとギャスパーは足元をもじもじしながらゼノヴィアの手を軽く引いた。

 

「どうした?ギャスパー」

「そ、その……お、お花を、ですね…………その……」

 

 ……ああ、納得した。

 要はお手洗いに行きたいってわけか……ギャスパーは心の中まで乙女だからなぁ……

 両性だけど。

 するとゼノヴィアは理解したような顔をして……

 

「トイレに行きたいのか?ふ、そんなのはっきりと言えば良いものを」

「こんのおバカぁぁぁ!!お前には乙女の心がわからんのか!!!」

 

 俺は空気を読めないゼノヴィアの頭を、ホントどこから出したんだろう……なぜか手元にあったハリセンで全力で叩く!

 その瞬間、ゼノヴィアは頭を抑えて蹲る。

 

「うぅ……こ、これは愛の鞭なのか?……私はイッセーのためにそんなものに目覚めないといけないのか?」

「お前は女心を知れ!……ギャスパー、人の目が怖いんだろ?俺が連れて行ってやるから」

 

 俺はこれまた蹲るギャスパーの手を取って、そのままホールの外にあるトイレに向かった。

 入口付近でギャスパーを送り、そして俺はその辺をブラブラすることにした。

 内装はグレモリー家本邸とよく似てるな。

 俺が辺りを見てそう思っていると、会場の方から誰かが歩いてきた。

 身長は俺を遥かに超えるほど高く、貴族服のようなものではなく、俺のようにスーツを着ている。

 髪は短く、黄土色?

 金色がかすんだ色で鋭い眼光……でも俺はその姿に少し見覚えがあった。

 どこでだろう……そう思った時、その男は俺の前で立ち止まった。

 

「―――なるほど、見ただけで分かった。君が彼の言っていた赤き龍を身に宿す者」

 

 俺の顔を見て、そう言ってくる……俺のことを知っている?

 

「えっと……どこかでお会いしたことがありましたっけ?」

「いいや、会ったことはない。が、聞かされたことはある」

 

 すると男は俺に向けて手を差し伸べてくる…………そこで俺はようやく、この人の正体に気付いた。

 

「も、もしかして貴方が……」

「そうだ……私の名はサタン――――――ディザレイド・サタンだ」

 

 …………その人は、いずれ俺が会いたいと思っていた人だった。

 

「……少し話さないか?兵藤一誠殿」

「は、はい」

 

 ……俺はディザレイドさんに連れられてトイレから少し離れた休憩スペースに行く。

 そこには誰もいなく、そして俺はディザレイドさんと向かい合うように座る……何とも、緊張するな。

 サーゼクス様とはこんなに緊張することはなかったのに。

 

「ふっ。そんなに肩に力を入れる必要はない。腹を割って話そうじゃないか」

「そ、そうですね……って言いたいとこなんですけど、どうにも緊張して……」

「私は最上級悪魔の身分ではないんだ。そこまで気を遣う必要はないぞ?これでも人と話すのは好きだ―――大抵の者に怖がられるんだがな?」

 

 ……意外とコメディーな人だった。

 俺もこの人と話をしたいって思ってたからな……なんて言うか、この人の話を聞いてみたいっていうか。

 

「さて、何を話そうか……そうだな、先に労おう―――功績は数々聞いている。堕天使コカビエル急襲と白龍皇の件、ご苦労だな。それ以外にもたくさんの者を救ってきたとアザゼル殿に聞いた」

「いえ……そんな労うとかを目的にやったんじゃないので……皆を守るためにしたんです」

「……世界に、その台詞を純粋に吐けるものはあまりいない。それゆえ、私は君と話したかったんだ」

 

 するとディザレイドさんは軽くネクタイを緩める。

 

「ははは。私……俺はこういう畏まったのは余り得意じゃないんでな。昔から俺はこんな社交の場は苦手なんだ」

「そうなんですか……少し、話を聞いてもいいですか?」

「ああ、いいぞ。いくらでも聞いてくれ」

 

 ディザレイドさんは爽やかな笑顔でそう言うと、俺は遠慮なく聞くことにした。

 

「……どうして、最上級という位を捨ててまで誰かを救おうと思ったんですか?」

「…………救おう、か。兵藤一誠。君にとって、救うとはどういうことだと思う?」

 

 するとディザレイドさんは俺にそんなことを尋ねてきた。

 救う……それは困っている人を救うこともあるだろうし、自分から動くことだろうな。

 俺にとっての救うは……守ることだ。

 

「守ること、ですか?」

「……それもある。しかし俺とは少し違うな―――俺にとって、救うとは誰かを想うことだ」

「想う?」

「そうだ。君の答えは当然正解だ…………今の悪魔の世界は変革してきていはいるが、未だに腐った部分―――身分による差別が存在している。そして差別をする者には大方、”想い”というものはない。自分が良ければ何でもいい、そんな考えを持つ者ばかりだ」

 

 ……俺はそこで前回の会合の際の老害どもを思い出す。

 たぶんこの人が言っているのはあんな類のことだ。

 

「俺が身分を捨てた当時、最上級悪魔はそんな者ばかりだった。そして俺はその中の一員……そのことが俺にはどうしても耐え難かった。想いも無き者達と同列に扱われるのもそうだが……奴らが行う差別的な言動が許せなかった。故に俺は身分を捨てた。腐った者に傷つけられる人々、子供……それらを守ろうと思った。それが結果的に誰かを救うことになった―――君にならば、わかるところもあるだろう」

「ええ……痛いほどに分かりますよ。俺だってあなたと同じ立場だったら……」

 

 ……俺は思った。

 この人―――ディザレイドという悪魔は、自分の利益、不利益を考えて動いていない。

 ただ己の信念を信じ、貫き、曲がったことを嫌って……そして誰かを守り、救う。

 俺はそんな俺の想いに正直、感動した。

 

「サタンは憤怒の一族……俺以外のサタン家はな、非常に野蛮な者共の集まりだった。少しのことで頭にきて、誰かを傷つける―――そんな環境で育って、俺は誰かを傷つけられることに憤怒した。言わば俺のこの人格を作ったのは家というわけだ…………皮肉だがな?」

「……そんなことないですよ。ディザレイドさんは、きっとそんな人たちに囲まれてなくても……きっと誰かを救えた人です」

 

 苦笑いをしながらそんなことをいうディザレイドさんに俺はついそう言ってしまう。

 それを聞いたディザレイドさんは再び薄く笑った。

 

「今は俺は冥界に小さい地域を領土に引き取った子供と生活している―――一応、妻と共にな」

「……奥さんがいるんですか?」

「ああ―――っと言っても、ベルフェゴール家の当主だった女だがな」

 

 ……当主同士の結婚ですか。

 ってか三大名家との婚約か。

 

「シェル・ベルフェゴールと言ってな……今は俺とシェルの娘がベルフェゴール家の当主だ。俺は身分を捨てているが未だに当主だからな」

「……もう、権力は要らないんですか?」

「要らん。そんなものなくても幸せで生きれる―――まあたまにこんなパーティーに俺を呼ぶ、変わった魔王もいるのだがな」

 

 ……それ、サーゼクス様の事だよな。

 そう言えばサーゼクス様に呼ばれたもの……前、アザゼルやガブリエルさんとの会合のときもいたそうだし、サーゼクス様と仲が良いんだろうな。

 ディザレイドさんとサーゼクス様、この二人はなんていうか、波長が合うと思うし。

 

「長々と話してしまったな……いつかうちの娘と会ってみないか?あいつは男に一切興味を持たないのでな……お前とも年はそう変わらん。どうだ?」

「えっと……まあまた機会があればということで……」

「そうか……お前ならばあいつも気に入ると思ったのだが……うむ」

 

 そんなにディザレイドさんの娘さんは男っ気がないのかな?

 まあ俺には関係ないけどな。

 

「……そろそろ良い時間か。俺はそろそろ帰るつもりだ。今日、このパーティーに来た理由は達成できたからな……良い時間を過ごせた。礼を言うぞ、兵藤一誠」

「俺もです。ディザレイドさん」

 

 俺は席を立つディザレイドさんに頭を下げて礼を言う……この人と話が出来てよかった。

 俺はそのまま歩いていくディザレイドさんの後ろ姿を見続ける……と共に隣に誰かが来る気配がしてそっちを見ると……

 

「久しぶりだな、一誠」

「……サイラオーグさん」

 

 そこには貴族服を身に纏うサイラオーグさんの姿があった。

 

「あの方とお会いしたのか」

「ああ……良い悪魔だな、ディザレイドさんは……」

「当然だ……俺は悪魔の中であの方を最も尊敬している―――俺が目標としているのは、あのお方だ」

 

 ……俺はそれを聞いて少し驚く。

 サイラオーグさんの目標としている悪魔……それがディザレイドさんなのか。

 でもある意味納得した……俺もそうだけど、サイラオーグさんとディザレイドさんはなんとなく似てる。

 志なんかは特に、だ。

 ホント、なんとなくだけど。

 

「あの方は本来、魔王になるべき方だった。それほどの力を持つ―――冥界で最も近距離戦闘において、無類の強さを誇るそうだ……言ってしまえば肉弾戦に特化した方…………それがディザレイド・サタンという悪魔だ」

「ああ……オーラから察したけど、やっぱりそうか……あんたと似てるな、サイラオーグさん」

「だからこそ、俺はあの方のようになりたい―――それはそうとまた力が増したようだな、一誠。今回はお前とは戦えないが、いずれは……」

「そん時は、真正面からぶつかってやる……まどろっこしいのは嫌いだからな」

 

 俺はそう言うとサイラオーグさんと拳をぶつける。

 軽く、コツンとあてるだけ……それだけでこの人の力が分かった。

 ―――また、力が上がっている。

 

「ではな、一誠。俺は『女王』を待たせているのでな……」

「おう……じゃあまた」

 

 そう言ってサイラオーグさんは俺が先ほどいたトイレの方向に…………あ!!

 やっべ!ギャスパーのことをすっかり忘れてた!!

 俺はそのことを思い出し、すぐさまギャスパーのところに向かおうとした!

 

 

 ――――――――――チリン………………

 …………その時、俺の耳に鈴が鳴るような音が聞こえた。

 俺はその音に足を止める……と共にある気配を感じた。

 

「……この気配…………俺は、知っている?」

 

 俺はあたりを見渡す……けどどこにも誰もいない。

 だけど気配はしっかりと感じた……あの気配は―――まるで、探してほしいと言っているように存在を相手に誇示する、猫のような………………ッ!

 

「まさか…………」

 

 俺はあることを思い出し、すぐさま歩む方向を変える。

 方向を―――この建物の出口へと。

 

 ―・・・

 俺は少し走りながらビルを出た。

 周りは森で囲まれているけど、俺はその森を全力で駆け走る。

 ……近くで、俺は一つの気配を感じた。

 修行して、ようやく身につけた気配の察知。

 夜刀さんは危機的状況下で無意識に仙術に限りなく性質が近いなものが発動したとは言ってたけど、そんなことはどうだっていい。

 ただ俺が感じた気配は―――懐かしいものだった。

 つい最近、感じたものだった。

 俺は森を無我夢中で走り抜く。

 走って、走って…………そして森にある一つの小さな空間にたどり着いた。

 ―――そこには、誰かいた。

 黒い着物、動物の耳のようなもの、尻尾……長い黒髪を簪でまとめ、空を高層ビルを見上げている少女を。

 

「―――にゃはは……どうしてこんなところに来れたのかにぁ?バレないようにしてたはずにゃのに……」

 

 俺がその空間に入ったことを確認したのか、その少女は俺の方を見ずにそう呟いた。

 そして俺の方に振り向く。

 …………その顔は、少し憂いに包まれていた。

 

「さぁ、どうしてだろうな。これは久しぶりと言えばいいのか?それとも初めましてって言えば良いのか?」

「……久しぶり、が正しいと思うにゃ」

「そうか。じゃあ……」

 

 俺は一歩前に出て、そしてその少女と真正面から目を合わせ、そして……

 

 

「久しぶり―――――――――黒歌」



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第9話 彷徨いの黒猫






「久しぶり―――――――――黒歌」

 

 俺は一言、静かな声音で少女に向かってそう言った。

 俺がその名を口にすると、その少女―――黒歌は瞳から涙を少し落とし、そして笑顔を俺に見せてきた。

 

「久しぶりにゃ…………ご主人様」

 

 少し憂いを含んだ笑顔だけど、俺の顔を見てそう言ってくる……やっぱりこの子は黒歌だ。

 ここで初めてちゃんと話して確信を持てた―――こんな懐かしい感覚、黒歌しか考えられない。

 

「にゃはは……私のことを知ってるってことは……白音から全部聞いたのかにゃ?」

「まあ、な…………って言っても俺が正体に気付くまでずっと黙ってたけど」

「……あの子らしいにゃ」

 

 そう言うと、黒歌は胸元に手をやって左手で右手をキュッと握る……どこか様子がおかしい気がする。

 俺が知っている黒歌はいつも白音を連れまわし俺に悪戯したり、甘えてきたり……そんな猫だった。

 だけど今の黒歌は……どこかふらふらしている。

 

「じゃあ私が今は絶賛指名手配中の凶悪はぐれ妖怪ってことも理解してるってことにゃのね……」

「……ああ、理解してる―――わかってるから、ここに来た」

 

 俺は黒歌のわざとらしい、自虐的な発言を止めるように言葉を紡ぐ。

 ……俺はもう全部知ってしまっているんだ。

 

「まどろっこしい話はなしだ。俺はもうほとんどのことを理解している……お前が本当に小猫ちゃんを愛しているのも、俺に隠れて俺を救おうとしたことも―――その結果、命を狙われることになったことも」

「……全部知っていたのにゃね。うん、大体は正解……ご主人様の言う通りにゃ」

 

 すると黒歌は歩んでは止まって、歩んでは止まる。

 手を後ろで組んで、相槌を打つように話す。

 

「私は黒歌。ご主人様の想像通り……白音の姉で、ご主人様のペットの黒歌にゃ。ご主人様と離れるのが嫌で、悪魔ににゃることを断り続けた結果、すべてを失った猫……」

「……なんで自分をそんな風に語るんだ?」

 

 俺は居ても立っても居られなくなって、黒歌にそう言うと、黒歌はまた似合わない苦笑いを俺に向けてきた。

 

「……ご主人様は既に悪魔にゃ。そして私は最上級悪魔に手を出した犯罪者…………どうつくろっても、その現実は変わらにゃい」

「…………」

「……私は今でもご主人様が大好き―――今でも初めて出会った時のことは覚えてるよ」

 

 ……すると黒歌は昔を思い出すように上を見ながら話し始めた。

 

「私は人間が大嫌いだったにゃん。白音をいじめて、石ころを投げてくる……ほかの種族も大嫌いだった。親のいない彷徨い猫又、薄汚い下種……そんにゃことを言われたこともあった」

「…………そんなこと」

「わかってる―――白音が妖怪ハンターに怪我をさせられて、私は既に心身が疲労していたにゃ。傷つけられて、傷つけられて……そんな毎日の中で大切にゃ妹と一緒に生きていたにゃ…………だけど白音は怪我をして、私もほとんど倒れかけだった―――そんなとき、ご主人様が私達の前に姿を現した…………初めは警戒してたにゃ……でもご主人様を見た瞬間、私は思った」

 

 すると黒歌は目の前に何か青いオーラのようなものを発動する……あれは……仙術なのか?

 

「……私は当時から仙術を使えたにゃ。仙術は気の流れを読むことが出来るにゃ……つまり、なんとなくその人がどんな人物なのかを分かることが出来る―――ご主人様の気は優しいものだった。本当に、それまで見たことないくらいの気……優しくて、強さを持っていた……だから私はご主人様に身を投じたにゃ」

「…………小猫ちゃん―――白音も同じことを言っていたよ。俺はなんとなく暖かかった。だから身を委ねることが出来たって」

「にゃはは……姉妹だから、男の好みも想いも同じね!」

 

 ……だったら黒歌はなんで俺に近づいてこないんだよ。

 俺はふと心の中でそう思った。

 さっきから黒歌は俺に一定の距離以上近づいてきていない。

 

「……ご主人様が知らにゃいことを教えてあげる」

「……何をだ?」

「―――私がガルブルト・マモンを半殺しにして、私は白音を連れて冥界に行った。そこで私はどうにかして魔王サーゼクス・ルシファーと会ったにゃー――不思議と思わなかった?私と白音が消えてからの付近の期間で、2年間もおじちゃんが海外に出張になったこと」

 

 …………確かに俺は疑問に思っていた。

 あの当時は何も知らなかったけど、突然の父さんの出張……あまりにも時期がおかしかった。

 二人がいなくなってから俺は二年も海外で住むことになった。

 つまり……

 

「……黒歌がサーゼクス様に進言したのか?」

「そうにゃ……何とかして私はガルブルト・マモンにご主人様という存在を隠していた。だけど私は奴を傷つけて、追われることににゃれば、ご主人様にも魔の手が伸びるかもしれない―――そう思って、私はほとんど強引な手で自分の家族を海外にやったの」

 

 ……俺たちが行ったところの付近にはイリナやイリナの家族がいた。

 つまりそれが意味していたのは…………付近に教会があったということ。

 教会は天界サイドの領域であり、悪魔は迂闊に近づけない……それに加えてガルブルト・マモンは最上級悪魔だ。

 だからこそ権力が余計に働き、俺たち家族に手を出すことが出来なくなった。

 

「……俺は、お前に―――守られてたのか?なのに俺は何も知れずに……のうのうと暮らしていたって言うのか!?」

 

 俺は黒歌の衝撃の話に頭が混乱する。

 俺は……誰かに守られていたのに、その守ってくれていた奴を救わなかったのか!?

 それを今まで知りもしなかった……そう思うと悔しさが俺の胸に広がった。

 

「ご主人様は何も悪くないにゃ!…………ご主人様はいつも優しい。だから自分を責めるの―――そんなご主人様だからこそ、私も白音も……」

 

 ……黒歌から涙がこぼれるが、でも黒歌はすぐに着物の裾でその涙を拭う。

 まるで俺に涙を見せたくないと言いたいように……必死に涙をぬぐった。

 

「あれ?なんで涙が止まらないにゃ……悲しくなんかにゃい、にゃいのに……ッ!!」

 

 ……黒歌は拭うけど、でも涙は止まらない。

 次々に涙は溢れた。

 

「悲しくないなんて、嘘だ」

「う、嘘じゃないにゃ!私は白音とご主人様が幸せなら、悲しくなんか!!」

「悲しくないなら―――涙は出ないよ」

 

 俺が黒歌にそう言葉を浴びせると、黒歌は目を丸く見開いて俺を見た。

 ……そうだ、俺は小猫ちゃんと約束した。

 たとえどんなに難しいとも、どんな問題があろうとも―――黒歌を助ける、救って見せるって。

 ああ、救ってみせる。

 自分の想うがままに……ディザレイドさんも言っていたみたいに―――黒歌を想うことで救ってみせる!

 

「黒歌、お前は優しい奴だ。白音を守って、俺も知らない間に助けて、俺はお前がした行動を誇りに思う。たとえ悪魔を傷つけて犯罪者に仕立て上げられたとしても、たとえ誰かがお前を否定したとして…………俺は黒歌が正しいってことを知っている」

「……でもどうすることもできないにゃ!!ご主人様は優しい!!優しいからそんにゃ言葉を何の疑問もにゃく、真正面から言えるにの!!でも問題はもう一悪魔の話じゃにゃい!!」

 

 ……ああ、黒歌の言っていることは最もだ。

 黒歌の言っていることはもう既に一悪魔にどうこうできる問題じゃない。

 悪魔の世界の上層部……下手すれば悪魔全体を敵に回すことにもなるかもしれない。

 だけど……だけど俺は今、黒歌という女の子を放ってなんて置けない!

 自分を助けてくれた子を、見捨てることなんかできない!

 

「私が傷つけた悪魔は手を出しちゃいけにゃい悪魔だった!!でも私がしにゃければ悪魔は白音を殺してた!!ご主人様だって、傷つけられたかもしれにゃい!!だから、私は自分のした行動に後悔なんてにゃい!!」

「ああ、そうだろうな……黒歌は自分のした行動に後悔はしていないよ。当然だ。妹を守るのは姉の役目、そして妹を愛するのも姉の役目……ああ、そうだよ―――だけどそれが、結果的に小猫ちゃんを一人ぼっちにした!!」

「――――――ッッッ!!」

 

 ……俺の言葉に、黒歌は表情を失った。

 

「黒歌、確かにお前は何一つ間違っていない。そんなことは分かってる―――でも小猫ちゃんはずっと、ずっと一人ぼっちだったんだ!大好きな姉を失い、俺にも近づけない!そんな中で悪魔になって…………あいつは俺のところに一度だけ来た」

「――――――そ、そんにゃ……の、嘘にゃ」

「嘘じゃない。あいつはすぐにでも泣きそうな表情だった……本当に一人になったような顔で……この前だって泣いてた―――泣いて、たんだッ!!」

 

 俺は歯を食いしばって涙を堪えるッ!

 ここで俺が泣くのはダメだッ!

 

「俺は悔しいッ!近くにいたお前らのことを何も分かってやれなくて、小猫ちゃんを泣かせて、黒歌を泣かせて……一人ぼっちにしたッ!俺は許せない――――――こんな馬鹿な俺が、一番許せないッ!!!」

 

 俺は涙を止めるため、握り拳をそのまま地面へと向けて放つ……痛くないはずなのに、そこからは血がどくどく出ているように痛さを感じた。

 

「ち、違うにゃ!ご、ご主人様は何も悪くない!!勝手にしたのは私!!自分たちの正体を知られて、また大切な家族を失うのが怖くて!!自分たちの本当の姿を明かしていればもっと違う結末があったにゃ!!それをしなかったのは私!!ご主人様じゃにゃい…………だから、自分を責めないで!!!」

「…………じゃあ黒歌。お前も自分を責めるな!」

 

 ―――俺は涙を振り払い、再び立ち上がって黒歌を見つめる。

 

「そんな風に、自分を責めるなッ!お前が自分を責めると、俺も辛いんだ……お前だって辛いんだろ?苦しいだろ?だったらなんで助けを求めないんだ!どうして今も泣いてるのに、どうして強がるんだ!」

「強がらにゃいと……白音は守れにゃい!もう…………私は、大好きな人達とは、いられにゃい……私がいると、みんな傷つくから……」

「―――今、お前がいないから傷ついてるやつがいるだろう?」

 

 俺は一歩、黒歌に近づく。

 

「白音は自分の弱さに泣いた。いつもいつも守られてばかりと言って、泣いた……俺がその時出来たことは、あいつを抱きしめることだけだった―――小猫ちゃんは、今傷ついている…………俺は言ってることがむちゃくちゃなことは分かってるッ!今も冷静じゃないし、頭の中はぐちゃぐちゃだ……だけど一つだけ言わないとダメなことがある」

 

 また一歩、黒歌に近づく。

 

「近づいちゃ、ダメにゃ……」

 

 黒歌は力なく、しかしそこから動かない。

 

「俺はお前が大好きだ」

 

 動かない黒歌に、一歩ずつ、確実に近づく。

 

「ダメ……抑えられにゃいから、やめて……ッ!私の幸せは……」

「やめない」

 

 俺は一歩、更に一歩…………そして距離はほとんどなくなる。

 

「自分がどうなってもいい幸せなんて嘘だ―――さっきも言っただろ?本当に幸せだったら、涙なんか出ない」

 

 ―――俺と黒歌の距離はゼロとなった。

 

「嫌なら、黒歌は逃げれたはずだ。そもそも俺に存在を知られるへまはしなかったはずだ」

「そ、それはご主人様が―――」

「それもだよ。本当に俺と関わらないつもりなら、俺のことをそんな風には呼ばない。仙術があるのに、俺に気配を察知されることもなかったんだ……お前は俺に気付いてほしかったんだ……一人ってことを分かってほしかったんだ」

 

 そして俺は―――

 

「―――もう一回言う。俺はお前が、大好きだ。だから俺を頼れよ」

「あ―――」

 

 俺は黒歌を抱きしめる……痛いくらい、強すぎるほどギュッと。

 昔、黒歌と初めて出会った時と同じように、優しく……でも力強く。

 

「本当のことを教えてくれ、黒歌―――お前はどうしたいんだ?本当に、こんなバッドエンドで良いのか?本当に、これがお前の幸せなのか?」

「―――違うに、決まってるにゃ……っ!!」

 

 ……黒歌は涙声で、俺の背中に手を回して抱きしめてくる。

 

「どうしてッ!せっかく、覚悟、だって……決めてたのにッ!―――一緒に居たいッ!白音とも、ご主人様ともッ!!ずっとずっと一緒に居たいにゃ!!大好きだから!!愛してるから!!」

「だったら言え―――俺にどうされたいのか、言え!!」

 

 俺は黒歌に叫ぶようにそう言うと、黒歌は涙腺を切ったように涙を流し、そして……

 

「……けて…………―――助けて!!ご主人様!!私を…………助けてよぉ…………」

「――――――当たり前だ、バカ…………助けてやる。俺が絶対にッ!!」

 

 俺は更に強く、涙を流す黒歌を抱きしめる。

 

「………………ご主人様、ホントに、分かってるかにゃ?私を助けるってことは、悪魔を敵に回すってことにゃるよ?それなのに……」

「大丈夫……どうだ?俺の大丈夫は何となく説得力があるだろ?」

「…………ご主人様は変わってにゃい…………だから、ありがとう……」

 

 黒歌は俺に体重をあずけるように抱きしめる……俺はそれを受け入れつつ、森の方を見た。

 

「……いるんだろ?小猫ちゃん」

「――――――ッ!!」

 

 ……すると黒歌は俺の言葉を聞いた瞬間、俺が向けた方に顔を向けた。

 そこには一本の大木があり、そこから―――小猫ちゃんが現れた。

 その瞬間、黒歌は俺から離れようとするが、俺はそれをさせずに黒歌を小猫ちゃんの方に押した。

 黒歌は俺に押されたことに耐えれず、そのまま小猫ちゃんの前に立たされる。

 

「し……白音」

「…………お姉さまッ!!」

 

 ……小猫ちゃんは黒歌の顔を一瞬見て、そして一瞬で顔を真っ赤にして涙を一筋落としてそのまま黒歌に抱き着いた。

 黒歌は何が起こったかわからず抱き着かれたことで呆然としている。

 ……小猫ちゃんはおそらく、俺が会場を出ていくのに気付いて付いてきたんだろうな。

 そしてそこから俺たちの様子を見ていたんだ。

 俺と黒歌の会話を聞き届けた。

 

「……もう、いやですッ!!お姉さま、もう離れないで!!一人に…………しないで……」

「白音…………ごめんね……ごめん、ねッ!!」

 

 ……姉妹そろって似たように涙を流す。

 この二人はホント、そっくりの姉妹だ。

 一人でため込んで、背負って、無理をして……そして一人で悲しみ、泣いてしまう。

 そんなことを一人で我慢なんて出来るはずがないんだ。

 これだけの絆で結ばれた二人が、ずっと一緒にいないなんて、そんなことは絶対にダメなんだ。

 それに俺は二人にってしまったからな……助けてやるって、救ってやるって―――一人で背負えないものを一緒に背負ってやるって。

 問題はこれからだろうけど、だけど俺はこの二人―――とても、とても大切な俺の二人の家族を。

 白音と黒歌を絶対に守ってみせる。

 あの時は守れなかったから、だからこそ今度こそ。

 もう二度と傷つけさせない。

 

「……お姉さま、帰りましょう…………もう、ずっと一緒、です……」

「…………私も、一緒に居たいにゃ―――大好きにゃ、白音……」

 

 黒歌は昔からの……妹を優しく柔らかい表情で抱きしめる。

 俺たちはまた、ここから進めばいい。

 俺は抱か合う二人に近づこうとした――――――ッ!!?

 俺はその瞬間、背筋に冷たいものを感じ、そして嫌な予感が頭をよぎった!

 

「―――ッ!?ダメにゃ!!白音!!」

 

 ……すると黒歌は突然、小猫ちゃんを抱きしめるのを止めて俺の方に向かい勢いよく小猫ちゃんの体を押した。

 その反動で小猫ちゃんは俺の方に体制を崩して飛んできて、そして―――次の瞬間だった。

 ―――――――――ズガァァァァァァァァン!!!!!

 ………………今まで黒歌と小猫ちゃんが抱き合っていたところに何者からの魔力の塊が放たれ、辺りの木々が消し飛び、そして俺は飛ばされそうな小猫ちゃんを支えてその場に足腰に力を入れ、踏ん張る。

 黒歌は……黒歌は大丈夫なのか!?

 

「にゃ…………ご、主人さま……白音……に、げて……ッ!!」

 

 ……辺りに立ち込める砂塵。

 その砂塵の中から、声が掠れ掠れになっている黒歌の声が聞こえた。

 

「黒歌!!」

「お姉さま!!!」

 

 俺と小猫ちゃんは同時に黒歌の声を聞き、叫び声に近い声で彼女の名を叫ぶ。

 ……その時、その砂塵の中より黒歌とは違う、一つの人影が目に入った。

 ―――あいつが、黒歌と小猫ちゃんを狙った奴かッ!!!

 

「誰だ…………お前は誰なんだよ!!?」

 

 俺は砂塵の中にある人影に怒声を浴びせると、次の瞬間、その人影から風のようなものが吹き荒れ、そして砂塵は消える。

 ……そこには血を流し、衣服をボロボロになっている黒歌の姿と、そして―――

 

「―――あぁ?てめぇ、誰に口効いてんのか分かってんのか?下級が」

「……っ!!あ、あいつは…………よくも、よくもお姉さまを!!」

 

 小猫ちゃんはその姿を見た瞬間、体に溢れる魔力を噴出させる。

 ……それは俺もだった。

 

「なんで、お前がここにいる―――ガルブルト・マモン!!!」

 

 ―――そこには、前回見た服装と同じ服装をした悪魔。

 ガルブルト・マモンがいた。

 

 ―・・・

『Side:リアス・グレモリー』

 

「ふぅ……やっと挨拶は終わったわね」

 

 私、リアス・グレモリーは他の上級悪魔、最上級悪魔の方々に挨拶を終えて今は近くにある椅子に座りながらため息を吐いた。

 こういう時、自分の身分が恨めしくなるけれど、でも私はグレモリー家の次期当主だから仕方ない。

 そんなことを思いながらも先ほど朱乃から貰った飲み物に口をつけて一段落つけた。

 

「お疲れ様です、部長」

「祐斗……ううん、こんなもの別に疲れなんてないわ。慣れっこだもの」

 

 私の元に寄ってきた『騎士』の祐斗に私はそう答える。

 祐斗かイッセーが近くに居れば男避けにはなるから丁度いいかもしれないわ……欲を言えばイッセーの方が嬉しかったのだけれど……

 っと、そう言えばさっきからイッセーの姿が見当たらないわね。

 それに小猫も……どうしたのかしら?

 

「祐斗、イッセーを知らないかしら?それに小猫もいないようだけれど……」

「いえ、僕は特には……先ほど、イッセー君とギャスパー君とゼノヴィアが一緒に居るのは見かけましたが……」

「おや?およびかな、木場」

 

 ……すると突然、祐斗の後ろにゼノヴィアがひょこっと顔を覗かせた。

 

「ゼノヴィア。イッセー君を知らないかい?先ほどから姿を見かけないんだよ」

「イッセーか?イッセーは確かギャスパーのト……お手洗いについていったはずだが……」

 

 ゼノヴィアが珍しくも物事をオブラートに包む……まあ大方、イッセーに叱咤を受けたのでしょうね。

 でもそのギャスパーも帰ってこないし……とその時、会場の入り口付近から見知った顔が……サイラオーグ?

 隣には彼の『女王』もいるけれど……

 するとサイラオーグは私の方に向かい、歩いてきた。

 

「リアス、少しいいか?」

 

 するとサイラオーグは私に話しかけてくる……どうしたのかしら?

 

「どうしたのかしら、サイラオーグ」

「いや、先ほど化粧直しに行っていた俺の『女王』を迎えに行ったらな、確かお前の『僧侶』だったものが周りをあたふたして見渡していたものでな……」

「ギャスパーかしら?でもギャスパーはイッセーに連れられて行ったはずよ」

「………………どういうことだ」

 

 するとサイラオーグは良く分からないような表情をしていた。

 

「俺はお前の『僧侶』を見る前、一誠と会っているぞ?しかも俺はそのあとトイレに向かうと言った……あの男が眷属の仲間を放っているとは思えん」

「それはそうね…………待って、小猫もいない?」

 

 ……私はそこで少し嫌な予感がした。

 どういうことかしら……どうしてよりにもよってイッセーと小猫…………

 

「祐斗、私はギャスパーを迎えに行くわ。それと眷属を私が行った後、エントランスに連れてきてちょうだい」

「……どうしてですか?」

「……・・予感が外れていてくれたら嬉しいのだけれど、もしかしたらまずいことになっている可能性があるわ」

 

 ……今回のこのパーティーには最上級悪魔も招待されている。

 私は来ている全ての悪魔の方にご挨拶をしたわ……だけど、ある方だけ挨拶できていない。

 確か今回のこのパーティーには来ていたはずなのに、その方は未だ姿を現さない。

 ―――そう、ガルブルト・マモン。

 小猫が最も恨む悪魔、憎む存在。

 私は急いでギャスパーをトイレ前で回収し、そのままエントランスに向かった。

 そして少し経って、祐斗がほかの 眷属の皆を連れてくる。

 

「部長さん?イッセーさんを知りませんか?さっきから姿が見えなくて……」

 

 するとアーシアは私に目を丸くしてそうたずねてきた。

 ……やっぱりこの中にイッセーと小猫のいる場所を知る人はいないのね。

 

「私もイッセーの居場所は分からないわ……とりあえず外に―――」

「リアス嬢、少し良いか?」

 

 ……私の名を呼ぶ方向に目を向けると、そこには小さな図体をした一匹のドラゴンがいた。

 ……今の声はまさか―――

 

「おっと、すまんな。俺はタンニーンだ」

「やっぱりそうだったのね」

 

 イッセー曰く、ドラゴンは種族によっては姿を変えれるものもいるとは聞いていたけど、まさかこんなチャーミングな容姿にこの方が変化するなんてね。

 

「どうしたのかしら、タンニーン。こんなところに来て……」

「……先ほど少し気になるものを見てしまってな。一応、リアス嬢に確認を取ろうと思ってな」

「気になるもの?」

「ああ―――先ほど、会場から飛び出して森の中に入っていくリアス嬢の下僕の―――小猫といったか?その者が森の中に入っていたのだ……なにか心当たりはあるか?」

 

 ………………まさか、本当に嫌な予感が当たってしまうなんて!

 それがもし本当なら……

 

「タンニーン、少し問題かもしれないわ。皆、今すぐに森に向かうわよ」

「……どういうことだ。それにこの場には一誠の姿もない…………まさか、あの二人は何かに巻き込まれたのか!?」

「そうかもしれないわ。とにかく今は―――」

 

 ズガァァァァァァァァァン!!!!

 ……その次の瞬間、そんな轟音が外で響いた。

 私は急いで外を見ると…………森のあるところから煙のようなものが舞い上がっていた。

 

「予想が当たったわ…………」

「……まさか、禍の団(カオス・ブリゲード)か!?」

「いえ、タンニーン―――おそらく、これはあの組織の仕業じゃないわ」

 

 私はタンニーンと眷属の皆と共に森の中に入っていく…………

 

「…………これは―――結界魔術!?」

 

 ……でも、その歩みは少しすると止まってしまった。

 私たちの目の前には大規模な結界魔術が展開されている……しかも見る限りではかなり複雑かつ強固なもの。

 下手をすればお兄様たち魔王レベルの人でも解除に時間を要するほどのものだった。

 しかもそれが一重ではなく何重にも……ここで朱乃と私でどうにかなるものじゃない!

 

「これは結界……ならば!」

 

 ゼノヴィアは空間にひびを作り、空間の裂け目に手を伸ばし、そこから聖なるオーラを放つ聖剣デュランダルを取り出して、その結界へと剣を振りかぶり、そして切りつける。

 

「ッ!?なんて硬さだ!私のデュランダルで少しの傷しか出来ないとはッ!」

「ならば僕も!聖魔剣!!」

 

 祐斗は幾重にも聖魔剣を生み出し、それを放つように結界にあてるが……全てが跳ね返される。

 なんていう固さなの!

 

「―――どけ、リアス嬢と眷属よ」

 

 ……するとタンニーンが巨大なドラゴンと化し、そして大きく腕を振り上げ、そして結界に向かって打撃を加えるものの……

 

「くっ!俺を以てしてもこれほどの傷しか生まんのか!?」

 

 ……しかしそこには結界にほんの少し、ひびが入るほどだった。

 タンニーンがもしこの場で本気のブレスを吐けば、ここら一帯は炎の海となる……それを考えての行動だったのだろうけど……

 

「―――朱乃!あなたは私と共に結界の解除を!祐斗、ゼノヴィアは引き続き結界に出来る限りの傷を生まして!アーシアは今すぐにこのことを魔王様にお知らせしてきて!」

『はい!!!』

 

 私の言葉にみんなが頷く……私は術の解除に取り掛かる―――けど、これは余りにも複雑すぎる上に何層も結界重ね過ぎているわ!

 こんな結界を張れるのは―――やはりあの男しかいない。

 弱音なんて吐いている場合じゃないわ。

 私は全身全霊の力を持って術の解除をする。

 ―――お願い、無事でいて!イッセー、小猫!!

 

『Side out:リアス』

 ―・・・

 俺と小猫ちゃんは目線の先にいるガルブルト・マモンを睨み付けるように見ていた。

 

「ははは!!偶には魔王共の言う通り、こういう社交の場に出てみるもんだなぁ!まさかこんなところで糞猫と再び会える……とはな!!!」

 

 ッ!!!

 あの野郎……倒れる腹部に蹴りを入れやがったッ!!

 それにより黒歌の口からは血が吐き出されるッ!

 

「う、ぐ……はぁ、はぁ……」

「くははははは!!!良いざまだなぁ、おい!!あの時はよくも俺を半殺しにしてくれたもんだなぁ……」

「ッ!止めろ、ガルブルト・マモン!!」

 

 俺は野郎を制止するようにそう叫ぶが、奴はあの蹴りを止める気はない!

 ならこっちもやるしかない!

 

「ドライグ、フェル!!」

『Boost!!』

『Force!!』

 

 俺は瞬時に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を展開し、すぐさまガルブルトに近づこうとした!

 

「おっと、そこから動くな―――じゃねえと、さっきと同じレベルの魔弾をこいつにぶち込むぞ?」

 

 だけど俺の脚は止まってしまう……あの野郎は黒歌に手のひらを向け、そこから魔力を集中させていた!

 さっきの威力……正直驚くほどの破壊力を飛んだ魔力弾だった。

 あんなものを悪魔じゃない黒歌が二度も受けたら命に関わるッ!

 

「神器を全て解除しろ。じゃねえと今すぐこいつを殺すぞ?」

「ッ!この野郎…………分かった」

 

 俺は全武装を解除する。

 そして俺は動けないが、その場で奴を睨んだ。

 

「それが……それが三大名家のすることなのか!?ガルブルト・マモン!!」

「ははは!おいおい、まさかお前……これを卑怯とか抜かす気か?―――そもそもこいつは犯罪者だろうが!」

「ッ!!それもこれも貴方が!!」

 

 小猫ちゃんは頭に血が上ったように、普段からは考えられないようなほど大声で叫んだ。

 

「はっ!……良く見りゃあお前……あの時、この糞猫に守られてた害猫じゃねえか―――おいおい、俺を誰だと思ってんだ?俺はマモン……強欲のままに生きて何が悪い?」

「あぐ……ッ!」

 

 黒歌は再び蹴られるッ!

 

「やめろ!!なんでだよ……なんでお前はそんなことが出来る!!どうしてこいつらを傷つけるんだ!!」

「おいおい、お前は気に入っているからよぉ、兵藤一誠?同じことを何度も言わせるなよな」

 

 ふざけやがって!!

 俺の爪が手の平に食い込み、手の平から血が出てくるのを忘れるほどに頭に血が上るッ!

 

「俺はマモン。強欲こそが俺の至上だぁ―――欲しいものは何があっても手に入れる。どんな手段を用いても、気に入るもんは全部俺のものだ!」

「それがたとえ!人としての尊厳を失うことだとしてもか!?」

「ああ、そうだ―――代わりにいい条件を出してんだ。それでお相子、代わりにそいつの人生を全て俺のものにする…………なのによぉ、こいつは俺のラブコールを何度も、何度も送ったのにそれ全部断りやがって!!!」

「うぐッ!……はぁ、はぁ…………」

 

 黒歌の息が絶え絶えになり始めてる!

 

「止めろ!なんで目の前から来ない!!お前にはそれほどの力があるだろう!?」

「……ははは!おいおい、まさかお前……俺がお前を過小評価してるとでも思ってんのか?」

 

 ……ガルブルト・マモンは黒歌を傷つける足を止め、俺をにやにやとした気持ち悪い目つきで見てきた。

 

「逆だ、逆……お前、最近転生したばっかりのくせに強すぎんだよ。いいか?相手を侮るのは三下のやることだ―――本当の強者はよぉ、相手を見定める。それにより最も適切で心臓を抉るような方法を考えるんだよぉ!!!」

「ッ!!」

 

 ……こいつは万が一にも、油断することは絶対にない。

 たとえ屑でも戦争を生き抜いてきた悪魔だッ!そんな甘いものじゃない!

 

「ははは!こいつもそうだ……俺はあの時、一切の油断もなかった。だがな、まさか仙術を予想をはるかに超えるほどに使えたことで俺はやられた―――でもこいつ、大馬鹿だ!!わざわざ人間だったてめぇを助けるために悪魔から追われる屑に成り下がったんだからな!!!」

 

 ―――こいつ、俺が黒歌が庇った人間ってことを知っていたのか!?

 

「さてと……じゃあそろそろもう少し悲鳴を上げてもらいましょうか!!!」

「ッ!止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ガルブルトが黒歌に向かい、複数の小さな魔力弾を放とうとしたとき、突発的に発動してしまった―――龍法陣。

 簡易的なものしか出来ない上にドラゴン限定で行える力……マーキング系の誘導術。

 つまりドラゴンを見に宿す限りなくドラゴンに近い俺に、発射系統の技を全て俺に誘導する技。

 要は……

 

「が、ぁぁ!!?」

 

 ―――全ての魔力弾が、俺に向かうってわけだッ!

 くそ……いてぇな!

 

「…………てめえ、バカか?わざわざ自分の方に殺人弾をぶち込ませるとか、頭行ってじゃねえの?」

「お前、ほどじゃねえよッ!糞野郎ッ!――――――そんだけ人を傷つけたいなら、俺に撃てよ」

 

 俺は口元から流れる一筋の血をぬぐい、首元のネクタイを緩めてガルブルト・マモンを睨む。

 

「……っ!先輩!」

「小猫ちゃんッ!……俺から、離れろッ!」

 

 俺は前に出てくる小猫ちゃんを手で遮ってガルブルト・マモンと対峙する……俺の近くに居れば小猫ちゃんだって危ない!

 

「や、めて……ご主人、さま……」

「黒歌、お前はそこで見とけ―――俺が助けてやるからッ!ぐ、ぐがぁぁぁぁぁあ!!?」

 

 ……再び奴から放たれる常識外れの魔力弾。

 俺の胸に描かれる赤い龍法陣は赤く光、その力を発動させすべての魔力弾を俺に向けさせる。

 血反吐を口から地面に吐く。

 だけど倒れないッ!ここで倒れたら俺は二度と二人を救うことは出来ないッ!

 

「…………糞が。なぜそこまでこんな糞どものために命を張れる?言っておくが、今の攻撃でてめえの骨は幾つか逝ったぜ?それでも」

「黙れ、糞野郎。てめえは黙って俺に弾丸ぶち込めよ、ヘタレ!!」

「…………ははは!!!てめえ、やっぱり面白れぇぞ!!気に入り過ぎだぜ、あはははは!!!!――――――おい、お前、俺のものになれよ」

 

 ……ガルブルト・マモンは高笑いの後、俺の方を見てそんなことを言ってきた。

 

「今ならこの糞猫もおまけでつけてやるよ。三食首輪付で一生楽しい生活を送らせてやる―――だからお前、俺の眷属になれ」

「んなの、死んでもお断りだッ!!」

 

 俺は奴の気に入らない目を睨みつけてそう叫ぶ……そんなの、嫌に決まっている!

 

「ふざけんなよ、糞悪魔―――俺の主はリアス様だけだッ!誰がお前の眷属になるかよ!!眷属を大切に思わない、人をものにしか感じない!何回転生してもお前はリアス様には逆立ちしても敵わないんだよッ!!」

「―――はっ。じゃあ死ねよ!」

 

 ガルブルト・マモンから先ほど、黒歌に放ったレベルの魔力弾が次々に放たれるッ!

 

「ぐッ……はぁ、はぁ…………まだまだ、んなの、効かねぇッ!!」

 

 ……体のいたるところから血潮が噴き出る。

 

『相棒ッッッ!!!あの、卑怯者がぁぁぁ!!!』

『主様ッ!!主様ッ!!』

 

 ッ!泣いてんじゃねえ、よ!フェル!!

 お前の主が、どいつか分かってんだろ……ッ!

 こんなことで俺はやられねえッ!!

 

「……もう、やめて……ッ!!私が、死ねば……ご主人様、は……傷、付かにゃい…………傷つくのを、見たくにゃいッ!!」

「―――黒歌!俺は、お前を、助けるって言っただろッ!!」

 

 ……奴から魔力弾は続けて撃ちだされる。

 俺はそれに抵抗せず、ただ受け止め続ける。

 くそ……痛みで意識がおかしくなってきやがるッ!

 だけど―――あいつの涙、それだけで俺は立ち上がらないといけないッ!

 

「お前は、死なせねぇ!!お前は笑顔で、小猫ちゃんの元に…………俺の傍に、いなきゃ、いけねえんだ!!」

 

 俺は倒れそうになる体を膝を殴っていうことを聞かせる……まだまだ限界なんか来てねぇ!

 こんな程度で倒れるようじゃあ、俺はあの修行でとっくに死んでんだよ!

 

「……ッ!?どう、して……魔力、が……」

 

 ……俺は後ろにいた小猫ちゃんを見ると、そこには蹲って驚愕の表情となっている小猫ちゃんがいた。

 ―――小猫ちゃんの魔力が、どこかに流れてる?

 

「ようやく俺の体質が効いてきたみてぇだなぁ……糞猫の分際では結構、頑張った方じゃねぇのか?」

「ん、だと?―――まさ、か!」

「ご名答!マモン家には代々受け継がれてきた体質ってもんがある―――強欲を司るからこそ得た、他人の魔力を強奪する特性だ!ごく無自覚に流れ出る微弱な魔力を自動的に感知し、他人から魔力を奪う!!実力が拮抗している、もしくはかけ離れすぎている奴には効かねぇが、まあそこの餓鬼も頑張った方だ、ぜ!!」

 

 奴は小猫ちゃんから奪った魔力で俺へと魔力弾を三度放つッ!

 く、そ……今の奴は、かなりヤバいッ!

 ありゃあおそらく、小猫ちゃんが『戦車』だからか、パワー重視の魔力……んだよ、才能あるじゃん……小猫ちゃん。

 

「くはははは!!良い様だ!!仲間の力で自らを亡ぼす!!それがてめえの本懐なんだよ、赤龍帝!!」

「もう、止めて…………私だったら、どうなっても構わないにゃ!!だから……もう、ご主人様を」

「―――だから、言ってんだろ」

 

 俺はまた倒れそうになる…………けど、もう一回踏ん張る。

 仲間の攻撃がなんだ……仲間の力を受け入れねえなんて、仲間じゃない!

 

「ッ!!んだよ、てめえは!!!」

 

 ……ガルブルト・マモンは突然、焦ったように俺に魔力弾を放つ。

 俺はそれを腕を体の前にだし、こらえながらも言葉を続けるッ!!

 

「命を、懸けてでも…………お前を、守るって!」

「だまれぇ!!!」

 

 ガルブルト・マモンは一際大きな魔力の塊を作る………………あれは冗談じゃすまないかもな。

 塊は俺に放たれ、俺へと―――

 

「はぁ、はぁ―――あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!?」

 

 痛みに耐えるために絶叫を上げるッ!

 服なんて、もうボロボロだ……

 体中から出血し、意識も朦朧としている……腐っても最上級悪魔ってことかよ。

 一撃一撃が殺人級の威力…………そんなこと、わかってる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………ぺっ…………その、程度か?」

 

 俺は口の中から血の塊を吐き、奴を何度目かわからないほどに睨みつけた。

 あいつの目から俺はどんな風に映っているんだろうな……誰かのために自分を捨てる愚か者?

 それともただのマゾヒストか?

 ―――まああいつの視線なんてどうだっていい。

 

「はぁ、はぁ……何なんだよ、お前は。仮に、今この場をしのげてもこいつは指名手配の犯罪者だ!お前がしようが、犯罪者を冥界は見逃さねぇ……どっちにしろ、この糞猫は死ぬことは変わんねえ!!」

「それ、が……どうしたッ!!」

「ッ!!」

 

 ……俺の叫びに、奴が一歩、後方後退りした。

 それは正に―――恐れたって具合だな。

 

「でも……実際にそうにゃの…………ご主人様……」

「ああ、そう、だろうな……例え、この場を逃げれたとしても、お前は犯罪者のままかもしれない―――なら、黒歌を俺の眷属にすれば良い」

 

 ……小猫ちゃんとの会話の後、俺はずっと考えていた。

 黒歌は何一つ悪いことはしていない。

 でも黒歌が追われる身となっているのは、目の前にいるこの糞野郎が下手に権力を持っているからだ。

 なら俺が権力を持てばいい。

 対等な権力でなくても、俺は今、冥界から重宝されつつある悪魔―――赤龍帝だからな。

 

「ある男が言っていた。救うことは誰かを想うことだとッ!人は想い、努力し、結果誰かを救うと!―――俺が、上級悪魔になれば眷属を持てる。現四大魔王はガルブルト・マモン、お前の行動に疑念を持っている!だからこそ、サーゼクス様は黒歌の気持ちに応え、小猫ちゃんを救った!!」

 

 俺はそこでようやく真っ直ぐと立ち、奴を見ることが出来た。

 

「お前は確かに権力を持っているのかもしれない―――でも覚えておけ。今まで傷つけてきた人の分だけ、お前はあらゆる人物から恨まれている……一つ一つが些細な者でも、重なればお前の先には―――絶望しかないってことを」

「はっ!んなことあるわけ」

「―――三大名家の内、ディザレイドさんやベルフェゴール家が最上級の位を降りてお前が降りない理由が今になって分かったぜ―――お前は怖いんだ。自分が貶めてきた奴に自分が貶められることを恐怖した!権力に守られてないと何もできないから!!だから、捨てられないんだ!!なら話は終わりだ」

 

 俺は拳を握り、戦う意思があることを示す。

 

「俺が上級悪魔になれば、その時点でお前は終わりだ―――覚悟しろ、ガルブルト・マモン。例え死にかけでも俺は死の底から立ち上がるッ!!」

「―――はっ!ああ、そうかもなぁ……ったく、これだからてめぇを欲しがったんだ………………てめえは危険すぎる。ここで始末してやるよ。せめてもの情けに、この糞猫とお前、全員まとめて殺してやる!!!」

 

 ……奴は両手を宙に向け、絶大ともいえる魔力を溜めていく。

 

「お前が生きて戻れば俺は位を失う―――ああ、正しいぜ。だからこそ、俺はてめぇを俺のものにしようとした。だがもう殺すことも同じだ…………シネェェェェ!!!」

 

 奴の掲げる魔力の塊は大きな球体となり、それは辺りの木々を消していく。

 ……野郎、やっぱり結界を張ってたのか。

 これじゃあ外にこの情報が行かない……このままじゃあ確実に死ぬッ!

 俺だけじゃない……魔力を奪われ続け、疲弊している小猫ちゃん、既に最初の攻撃で瀕死の黒歌……せめて、この二人だけでも守る!!

 

「くっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 俺は内にある魔力を解放し、小猫ちゃんの肩に手を触れ、小猫ちゃんに龍法陣……基礎的な防御術だけど、俺の魔力をかなり注いだから大丈夫だろう。

 後は黒歌にどうにかして同じ術を掛けるっ!

 

「ッ!?この期に及んでまだんな力が!?だがもうおせぇ!!もう終わりなんだよぉ!!!」

「あき、らめない!!」

 

 俺は魔力をコントロールしているせいで動けないガルブルト・マモンの方に走り出す。

 ……なんだろうな。

 俺が堕天使レイナーレ、あいつに小猫ちゃんを殺されそうになった時と似ている。

 あの時みたいにまるで体の枷が外れ、自分の体じゃないように体が動く感覚。

 ってかあの時、俺一回死んだんだな。

 ―――たとえ死ぬかもしれなくても、守って見せる。

 ガルブルト・マモンはあと数秒もすれば魔力の塊を放つだろう。

 たぶん、こいつは全ての魔力をあの塊に注いだはずだ……結界を操作する力位は残しているかもしれないけど。

 でもその程度なら、二人が生き残ればどうにかなるはずだ。

 生き残れば、ガルブルト・マモンは罪なき小猫ちゃんを殺そうとしたことになり、しかも今までの黒歌に対する悪事も世間に漏洩する。

 ……居場所は、出来るはずだ。

 黒歌も小猫ちゃん……白音も。

 

『やめろ、やめろ相棒!!?何を考えている!!自分を犠牲にして誰かを救うのは良い!だが自分を捨てて誰かを救うのはやめろといっただろ!!!』

『ダメ……ダメです!主様!!』

 

 ……ごめんな……ドライグ、フェル。

 だけどそれでもあえて言う―――絶対に死なない。

 説得力ないけどさ……大丈夫。

 俺の大丈夫は説得力があるだろ?

 

「黒、歌ぁぁぁ!!」

 

 俺は瀬戸際で黒歌の肩に触れ、そしてそこから龍法陣が展開、俺の魔力を注ぎ強固なものとする。

 ……禁手ではもうタイムロスでどうこう出来ない。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 ガルブルト・マモンが俺に向かい魔力弾を放とうとする。

 俺はその余波で木々に叩きつけられ、遠目からそれを見ていた。

 

「いや……ご主人様ぁぁぁぁぁああ!!!」

「せんぱい!!!!」

 

 ―――くそ、泣かせたままで死ねるか!!

 俺はまだある魔力で体の防御力を高める。

 あとは…………神頼みだ。

 神様はいないけどさ―――奴は、放つ。

 その全力を……………………そう思った時だった。

 

 

 

『Half Dimention!!!』

 

 ―――その音声が、自然と俺の耳に入ってきた。

 その瞬間、俺の目の前の脅威はまるで半分になったかのように(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)減少する。

 それが次々と小さくなっていく…………なん、なんだ?

 俺はふと、掠れる視線の中で空を見上げた。

 ……この結界は、かつてコカビエルが俺たちの学校を襲撃した際にシトリー眷属が張った術とよく似た構造をしている。

 要は……ガラスのような結界。

 そしてあの時………………あの時と同じようにガラスが割れるような音がした。

 そしてその結界を割った人物は俺の方を見て、そして……

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな――――――――――――――――――我が好敵手(ライバル)、兵藤一誠」

 

 ―――白龍皇、ヴァーリ・ルシファーが純白の鎧を身に纏い、そこにいた。

 



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第10話 赤き想いと涙の怒り

 白龍皇……それは赤龍帝と対を成す、俺のライバルという存在だ。

 前代は俺の大切だった存在、ミリーシェ・アルウェルト……そして今代の白龍皇は―――ヴァーリ・ルシファー。

 以前に起きた三勢力のトップ陣を狙った禍の団のテロ活動で、アザゼルを裏切って俺と交戦し、俺に敗れた男。

 ―――そんな男、ヴァーリ・ルシファーは俺の視線の先……結界が張られてあった場所に大穴を空け、白い鎧を身に纏って悠然と空に浮いていた。

 先ほどガルブルト・マモンから放たれた大質量の魔力の塊は、おそらくヴァーリからの干渉でその力を失いつつある。

 俺はその一瞬を見逃さない。

 魔力の塊が失いつつ、ヴァーリを見ているガルブルトが黒歌から注意を逸らしている一瞬を狙い、俺は崩れそうな体を動かす!

 これはチャンスだッ!

 俺は数メートル離れる黒歌の元に駆け走る。

 と、それを境に俺の隣に同じように俺と走る存在…………先ほどまで魔力を奪われ、伏していた小猫ちゃんだった。

 

「……先輩……先輩はお姉さまを助けてください―――私は一瞬でも時間を作ります」

 

 そう言って、小猫ちゃんは獣の耳と尻尾を体から出現させ、俺よりも速い速度で動いたッ!

 恐らくは仙術……魔力の消耗で力は小さくなっているだろうけど、それでも現在の俺よりも速度は速い!

 小猫ちゃんは俺よりも早くガルブルト・マモンの近くに到着し、奴に掌底を放つ!

 

「ッ!?糞が、邪魔すんな!!」

 

 奴は小猫ちゃんへと乱雑に魔力弾を放とうとするも、小猫ちゃんはそれを読んだかのように奴の懐に入る。

 俺は小猫ちゃんが時間を稼いでいる間に黒歌の体を支え、そのまま黒歌を腕で背負い、そしてガルブルトに対して魔力弾を放った。

 

「ッ!!」

 

 奴はそれを察知したのか、小猫ちゃんに攻撃をしようとしているのを止めて防御態勢をとるのを確認すると、俺は黒歌と共に小猫ちゃんを回収し、ガルブルトから距離をとる。

 ―――ッ!

 傷が深いか……今の動作でかなりのダメージが俺を襲う―――でも、黒歌は救出できた。

 

「…………体の傷がひどいな、兵藤一誠」

「―――ヴァーリ……どういうつもりだ!」

 

 俺は俺の付近に舞い降りてきて、そう言ってくるヴァーリにぶっきらぼうにそう言った。

 

「俺は俺の契約を果たすためにここに来たんだ。けど来てみれば結界を張られていて、黒歌が囚われていたからな」

 

 ヴァーリは不敵な笑みを浮かべ、俺にそう言ってくる。

 ……そして鎧を解除し、懐から何かを取り出した。

 

「俺の目標であり、好敵手である君が死ぬのは頂けないな―――それでは助けた理由にはならないかな?」

 

 ―――それは瓶。おそらくは、フェニックスの涙。

 ヴァーリは瓶の蓋をあけ、そのままその涙を俺へと振りかけた。

 その瞬間、俺の体中の傷が塞がっていって、俺の体の負担がかなり低くなった。

 

「…………いや、正直かなり助かった―――ありがとう、ヴァーリ」

「………………不思議なものだ。以前は殺し合いをした人物に礼を言うなんて……だが不思議と心地良い―――それで、奴をどうする気だい?」

 

 ……ヴァーリはガルブルト・マモンの方を指さしてそう言った。

 奴の表情には……憤怒の表情。

 まるで自分の思い通りにならないことに対する怒りが体現するように、オーラを噴出している。

 

「お前は手を出すな―――黒歌、小猫ちゃん」

 

 俺は俺の手元にいる黒歌と小猫ちゃんから手を離し、地面から立ち上がる。

 黒歌の傷はかなりのものだ。

 恐らくヴァーリも涙を持ってないし……俺は即座にフォースギアを出現させる。

 

『Force!!』

『Creation!!!』

 

 一度の創造力を使用し、俺の胸の神器から白銀の光が現れ、そしてその光は瓶を形作る。

 癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)、回復の神器を創りだし、俺はその中にある雪のような粉を黒歌に振りまいた。

 一時的な応急処置にしかならないけど、ないよりはマシだろう。

 

「俺は二人を絶対に助ける。そのために今はあいつ―――ガルブルト・マモンをぶっ倒す。後でちゃんと話は聞くから―――待っていてくれ」

「ご、主人さま……」

「先輩……!」

 

 二人に白銀の光が漂い、俺は二人に背を向けガルブルト・マモンに一歩近づく。

 

『Boost!!』

『Force!!』

 

 俺はブーステッド・ギアを発動し、神器から音声が流れる。

 

『―――許さん。何があろうと、俺は奴を…………二天龍と謳われた俺がここまで怒り狂ったのは初めてだ――――――相棒、今すぐあいつを倒すぞ―――そうでなければ俺の怒りは抑えきれんッ!!!』

『………………よくも主様を、主様を……主様を!!』

 

 二人のこれまで聞いたことのないような怒りの声が俺の胸に広がり、それと同調するように俺も怒る。

 フォースギアからはかつてないほどの白銀の光、ブーステッド・ギアからは今までで最も強く、力強い紅蓮のオーラ。

 

「―――俺は、お前を許さない」

 

 俺とガルブルト・マモンの距離はほとんどなくなる。

 籠手とエンブレムからは音声が鳴り響き、その音声はドライグとフェルの怒りの声のように辺りに響く。

 

「ようやく一緒になれた二人を傷つけて、殺そうとする―――何よりも俺とあいつらを離れ離れにしたお前を絶対に許さない!!!」

「ッ!!うっせぇんだよ、赤龍帝!!!何が許さないだ!!!お前をここで殺せば問題ねぇんだよ!!」

 

 ガルブルト・マモンは幾重にも悪魔の翼を展開し、手に魔力を包んで手刀で俺に襲い掛かる。

 

「―――たかが、自分のために動く奴に…………俺は倒せない!!!」

 

 次の瞬間、俺の二つの神器から莫大なオーラが噴出した!

 

『Boost!!!!!!』

『Force!!!!!!』

 

 そのオーラがガルブルト・マモンを吹き飛ばし、近くの木にあいつの体が衝突し、木々が倒れる。

 

「俺の想い応えろッ!!!―――禁手化(バランス・ブレイク)!!!!!」

 

 俺の怒号にブーステッド・ギアが赤く輝き、フォースギアが轟く。

 俺の体に次々に鎧の各所が装着されていき、そして俺は……

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏った。

 更に次はフォースギアが光り輝く―――まさかフェルがあの力を俺に使わせようとするなんてな。

 いいぜ……フェルがそう俺に訴えかけるなら、俺は――――――その気持ちに応えるだけだ!!

 

『Reinforce!!!』

 

 フォースギアがその音声を辺りに響かせる!

 それは神器の強化の音声。

 膨大な白銀の光がフォースギアから噴出し、そして俺の鎧を覆っていく。

 そして俺の鎧はその光に包まれるように変化していく…………鎧の各所が鋭角となり、更に宝玉の数も増え、そして―――

 

「禁手強化―――赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)!!!」

 

 俺は現在最強の形態となり、白銀の光に包まれながら奴を見る。

 

「そ、それが、コカビエルを一撃で倒した力かッ!?くそッ!!」

 

 ガルブルト・マモンはその瞬間、足元に魔法陣を描く。

 ―――そんなもん、既に気配で察知してんだよッ!!!

 

「うぉぉぉぉぉおお!!!!」

 

 俺は無限倍加が始まっていない状態でガルブルト・マモンに接近し、その場から逃げようとするガルブルト・マモンの顔面を拳でとらえる!!

 さっきからこいつは逃げ腰の雰囲気を醸し出してた―――夜刀さんの修行で俺は気配を何となく掴む力を得た。

 そうでなければ死んでいたから……だからこそ、俺はこいつを許せない。

 夜刀さんは人々を救い、善を尽くす優しいドラゴンだった。

 人々に不気味なんて呼ばれていた時も、そんな時でも誰かを守る優しいヒトだった!

 なのにこいつはヒトを傷つけ、傷つけ、傷つけ続ける!!

 

「がッ!!?糞が…………糞がぁぁぁぁ!!!!」

 

 ガルブルト・マモンは魔力弾を撃ち放つ。

 ―――そんな攻撃が、何の覚悟もない攻撃が

 

「そんなもんが、俺に喰らうわけねぇだろ!!!」

 

 俺はそれを拳で消し潰すッ!

 

「…………いくぞ、ドライグ、フェル」

 

 ―――その次の瞬間

 

『―――Infinite Booster Set Up』

 

 辺りに静けさを含む静かな音声が鳴り響く。

 それはこの力の本質―――嵐の前の静けさ。

 

『Starting Infinite Boost!!!!!!!』

 

 その爆音が響いた瞬間、俺は紅蓮と白銀のオーラを噴出させたッ!!

 音声はない―――なぜなら、永遠に倍増を続けるから。

 俺の体には負担が掛かり続ける……けど、俺は動ける!!

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「ッ!!この下級がァァぁ!!!」

 

 ガルブルト・マモンは絶大な魔力弾を放つも、俺はそれを予見してそれを避ける。

 こんな分かりやすい動きで、俺が倒せると思っていたら大間違いだ!

 俺は乱雑な奴の攻撃を全て避け、そして倍増し続ける力を全て力に回す!!

 ―――魔力は既に俺の中にはない。

 あるにしても少しだけだ。

 だけどそんなものがなくても、俺はこいつをぶっ潰せる。

 俺は奴の懐に入り、そして

 

「喰らえッ!!」

「ッッッッッッッ!!?」

 

 奴の腹部に全力の打撃を放つ!!

 奴の腹部からはあり得ないような音が響き、だけど俺は手を休めないッ!!!

 何度も何度も、ガルブルト・マモンの体へと殺すつもりの打撃を放ち続けるッ!!!

 その度にガルブルト・マモンからは聞こえてはいけない体の叫びが響く……こんなもんじゃあ終わらせない。

 いや―――終われないんだ!!!

 

「がぁぁぁぁぁ!!!?……………………く、そ、……く、らえぇぇぇぇ!!!」

 

 俺と接近戦をするガルブルト・マモンから魔力を大幅に含んだ拳が俺の鎧の兜に放たれ、そして俺の兜が崩壊する…………こいつがここまでずっと魔力を持ち続けるのは恐らくは体質ゆえ。

 実力が拮抗している奴からもある程度は取れるんだろうな―――だけど、それがどうしたって話だ。

 魔力の才能なんてなくても戦える!!

 拳が握れる限り、あきらめない限り!!

 

「人は、何かを守るために戦えるんだッ!!!!」

 

 無限の倍増に耐えながら、俺は無限に強くなっていく拳でガルブルト・マモンの顔面を殴り飛ばすッ!!!

 ガルブルト・マモンはその瞬間、その衝撃で地面にたたきつけられ、更に地面には殴り飛ばした影響で奴を中心に大きなクレーターが出来た。

 奴は俺の一撃が大きすぎたのか、動きを一瞬止めてしまった。

 ―――その瞬間、俺は口元に龍法陣を発動する。

 口の中から火種が生まれ、俺はそれに向かい倍増の力を譲渡する!

 

『Infinite Transfer!!!!!!!!』

 

 倍増された火種は炎となり、そして劫火となる。

 全てを焼き尽くす劫火―――タンニーンのじいちゃんとの修行の成果だ!!

 

劫火の龍息(ヘルファイア・ドラゴンブレス)!!!!」

 

 次の瞬間、俺は地面に出来た大穴に向かって大質量の劫火を放った!!

 大穴に劫火が浸透し、劫火の海が出来る…………奴には確実に直撃した。

 ―――ッッッ!!

 …………その時、俺の体に嫌な音が走る……恐らく、今の俺の状態はあまりよくない。

 それを証拠に神帝の鎧を使っているのにも関わらず、出力がまだ微妙だ。

 

『違います、主様―――主様はこの鎧を支配し始めているのです。だからこそ、ここまで長く鎧を使い続けている―――奴を完膚なきまで潰しましょう』

『俺らの思いを一つしよう』

 

 ああ、そうだ。

 俺は再び、拳を握る。

 出力が微妙か…………なら――――――ッ!!!

 

『Infinite Accel Booster!!!!!!!』

 

 こいつが、おそらくはこの鎧の最高出力を引き出す音声ッ!!

 なるほど……俺の成長に合わせて、神器もまた進化しているってことか!!

 体への負担が激増した代わりに…………力の上限がそれ以上に上がった!!

 

「―――――うがぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

 

 ……俺が先ほど放った劫火がかき消される。

 ―――そして先ほど殴り飛ばした男は、大穴の中心で魔力のオーラ全開で俺の方を見ていた。

 ……三大名家。

 恐らくこいつは消耗した状態でもここまで俺の攻撃に耐えれる実力を持っているんだろうな。

 だからこそ、こいつはディザレイドさんと共に三大名家なんて大層な二つ名を持っている。

 だけど

 

「俺は仲間を守るためなら、魔王や神様だって倒すって決めてんだ―――だからお前を倒すッ!!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――――――だまれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 奴と俺が同時に動くッ!!

 俺の紅蓮と白銀のオーラは輝きを増し、その瞬間に俺の背中の発射口のようなブースターから二つの交じり合った光を放つ。

 それにより俺の速度は―――神速となった。

 

「こいつで終わりだ―――くそ悪魔ぁぁぁぁ!!!!」

 

 一瞬で俺は自分でも驚くほどの拳による連撃をガルブルト・マモンに放つ!!

 もうこいつには何もさせない!!

 こいつが放とうとする魔弾を全て霧散させるように攻撃をし、最後に極め付けと言いたいように空に向かいアッパーを喰らわすッ!!

 ―――もうほとんど力は残ってないんだろう。

 成す術もなく空中に浮くガルブルト・マモン。

 

「―――集結しろ」

 

 俺は手元に残り少ない全ての魔力を集中させる。

 無限倍増は次々とその拳の力と魔力を倍増していき、俺はガルブルト・マモンのすぐ上の空中に移動する。

 兜は先ほどの奴の攻撃で破壊されており、既に顔は外気にさらされている。

 …………俺は奴と目があった。

 

「く、そ……………………なん、で、てめぇは!!あいつ、と……同じ目を、している!!!なにが、そんなに、憤怒する!!?俺、は悪魔!自分の欲、に、素直になって…………なにが、わりぃ!!?」

「―――その考えが大間違いなんだよ、くそ悪魔!!お前はどんだけ足掻こうが」

 

 拳が紅蓮に輝く。

 ―――まるで、龍の逆鱗のように。

 

「救いたいって気持ちには、誰かを想う気持ちには――――――勝てないんだよ!!!」

 

 俺はこの身に宿る全ての力をガルブルト・マモンへと放つ!!

 全ての力を乗せ、想いを乗せ、全力で奴の体をとらえるッ!!

 空中から地面に向かって、奴をそのまま殴り飛ばすッ!!!

 ガルブルト・マモンはそのまま―――先ほどの大穴の中心へと、俺の拳の衝撃で再び落ちてゆき、そして

 

「だから、お前はディザレイドさんにも勝てない―――くそ悪魔」

 

 そのままガルブルト・マモンは穴の中で動かなくなった。

 

 ―・・・

「はぁ、はぁ…………流石に、あれほど赤龍神帝の鎧を身に纏えば……体が引き裂かれるか……」

 

 ……俺はガルブルト・マモンをぶっ潰し、そのまま黒歌、小猫ちゃん、ヴァーリのいるところに降りて行って、そのまま倒れる。

 上半身だけ起こし、何とか肩で息をするけどかなりきついな……

 体からは数か所だけど傷が出来てる……いくらあの鎧を使いこなし始めているって言ったって、あれだけ酷使すれば負担は大きくなるか。

 

「ご主人様!!」

「先輩ッ!!」

 

 俺の状態を見た黒歌と白音が俺に駆け寄り、抱き着いてくる……ったく、こっちは神器を作るのも一苦労なほどに消耗してんのに、甘えん坊な猫だな。

 

「もう、傷つかないでッ!!自分を……自分が死のうと、しにゃいでッ!!」

「……先輩ッ……せんぱ、い!!」

 

 ……小猫ちゃんは一度、俺の死に姿を見ているからか、俺の破れまくっている服を握りしめて泣いている。

 黒歌は分かっていたんだな……俺が命を掛けて守ろうとしていたことを。

 ―――情けないな、この二人を一番泣かせてるのは俺か。

 

「……ごめんな、黒歌、白音………………もう大丈夫だ。俺が、あいつをぶっ倒してやったから―――言っただろ?俺の大丈夫は、説得力があるって」

 

 俺は二人を抱きしめると、二人は更に泣いてしまう。

 おいおい……こりゃあなだめるのは一苦労か?

 

「―――俺の存在を、認知してもらっても良いかな?」

「……ヴァーリ」

 

 俺が背もたれに使っている木の付近で手を組み、もたれかかるように立っているヴァーリに俺は目を向けた。

 

「君はまた一段と強くなったね―――以前、俺を一撃で行動不能にしかけた技と、コカビエルを一撃で倒した力を一度に使うとは思わなかった。特に龍のオーラが極限まで達したのが凄まじいな」

「……そんなこと、どうでも良いだろう?」

「まあそうだな……俺の言いたいことは、君と更に再戦したくなった―――当然、真っ向から正々堂々。楽しく面白い戦いを」

「はっ……戦闘狂が…………」

 

 俺は鼻で笑うけど、やっぱりこいつがそんな悪い奴じゃないと思った。

 ……ホント、なんとなくの感覚だけど。

 

「……ってかあの結界、消えないんだな」

「あれか?あれは結界付近にいる存在の魔力を吸って回復していくものでね。俺も優秀な仲間がいなければ入ることも出来なかった」

「仲間、ねぇ……お前が仲間なんて言うとは思わなかったよ」

 

 俺はヴァーリに軽口を挟む。

 ってかあの結界、あいつが倒れても消えないのか。

 …………だけどたぶん、もうそろそろ解除されると思う。

 森の中におそらく、サーゼクス様などといった魔王クラスのオーラを幾つも感じる。

 今は術の解除に専念してるってところか?

 

「…………お前が黒歌を助けた理由はなんなんだ?」

 

 俺は一息つき、そしてヴァーリにそう問いかけた。

 

「……さっきも言った通り、契約なんだよ―――『黒歌の身を俺が保障する代わりに、俺の個人的な私情の手伝いを要請する』…………俺の目的のために黒歌の仙術が必要だったんだ」

「…………だから、助けたのか?」

「……何を言っている?黒歌を助けたのは俺じゃない―――君だよ」

 

 するとヴァーリは少し笑って黒歌の方を見た。

 

「悪いな、黒歌。俺は君との契約を破った。君の身は保障していないからね―――契約は破棄だ」

「……ヴァーリ」

 

 ……黒歌はヴァーリの方を見て、少しだけ涙をためる。

 こいつ…………まさか初めから……

 

「……ヴァーリ、答えてくれ―――もし、仲間に危険が迫ったら、お前ならどうする?」

「…………さぁ?まぁ…………危険を与える奴と戦ってみたいな」

 

 ……ははは!

 こいつ、分かってんのか?

 自分が…………遠まわしに仲間を守るって言っているのを。

 

「兵藤一誠。黒歌は禍の団(カオス・ブリゲード)には関わっていない。彼女の行動は全て俺の私情に対する補佐……俺をあの時、逃がす助けをしたのは脅されてたと言えば説明がつく―――君が保護してくれ」

「…………言われなくても、そうするよ」

 

 俺は未だ痛みの走る体を何とか立たせて、ヴァーリと同じ目線に立つ。

 

「お前は、オーフィスが組織を抜けると言った時……カテレア・レヴィアタンとは違いどこか嬉しそうな顔をしてた。どうしてだ?」

「……別に、大した意味はない……ただ―――チームの一人が、寂しそうなんて言っていたからな」

 

 ……それを聞いて安心した。

 俺はヴァーリの肩を掴んだ。

 

「―――ありがとう、ヴァーリ……少し、お前のことを勘違いしていたかもしれねぇな……」

「…………調子が狂うな。肩から手を離してくれ……」

 

 するとヴァーリは俺から目線を外して、背中を向ける。

 すると黒歌は俺の前に出て、ヴァーリに対し声をかけた。

 

「ヴァーリっ!!…………ありがとうにゃ…………ご主人様を助けてくれて……ありがとうッ!!」

「…………その男と戦うのは俺だからな。勝手に卑怯な手で負けてもらっては困るさ」

 

 ……ヴァーリは少し含み笑いをした。

 その時、辺りを取り巻いていた結界が解除された。

 その時、森の中から二つほどの影がこっちに向かって来て、そしてヴァーリの傍で止まった。

 

「あっれー?ヴァーリ~、もう赤龍帝ちゃんの戦い終わっちゃったの?あたし、見るの楽しみにしてたのぃ~~」

「そうだぜぃ?俺っちも久しぶりに見たかったのによぉ~」

「…………なぜ、お前たちがいるんだ?スィーリス、美候」

 

 そこには中華風の薄い甲冑を身に纏う、一度見たことのある確か孫悟空の末裔の美候。

 その隣に背がとても低く髪は薄い桃色、何か色々と出るとこ出てる女の子……だけど異様にふしだらな恰好女の子がいた。

 

「あ、ヤッホー!君がヴァーリが言ってた赤龍帝ちゃんか~~~……良い男だねぇ……おっと、あたしはスィーリス!サキュバスと人の身に生まれた異端児なりぃ~」

 

 ……サキュバスは確か下級の悪魔だったはずだ。

 ってことは、この子はヴァーリのチームの一員ってわけか。

 

「いやいや、お前を迎えに来たんだぜぃ?よくもまあ、魔王まで来てるここに来たもんだ!で?やっぱり黒歌はあっちに行くのかい?」

「……元々協力関係でしかないからな」

「へぇ……つまり、あの赤龍帝ちゃんが黒歌の…………ふふふ」

 

 ………………なんか、あのスィーリスって子が俺の方を見て舌なめずりをしてくるッ!

 その瞬間、俺は背筋に冷たいものを感じた。

 

「……スィーリス、ご主人様にそんな目を向けるにゃ!!ご主人様は私と白音のもの!!」

「…………ッ!!」

 

 すると黒歌と小猫ちゃんが俺の腕を掴んで、後ろに引っ張る!

 

「へぇ……人のものって、見ると欲しくなるのよね~―――あ、名前教えてよぉ、赤龍帝ちゃん!ヴァーリはこんな風に童貞臭い上に女に興味ないからねぇ」

「それは言い過ぎだぜぃ?さすがのリーダーも気にしてるかもしれないぜ?」

 

 ……ヴァーリを煽ってる!?

 なんてチームだ……白龍皇を煽るとか。

 

「……兵藤一誠」

「ほうほう、イッセーちゃんか……でも普通すぎるからイッちんって呼ぶね?―――あ、私、特異体質でエッチしなくても触れるだけで男から精力奪えるから、処女だよ?きゃー、きゃー、言っちゃった~~~」

 

 ……………………今すぐに説教してやろうか、この野郎。

 

「……どうでも良い、帰るぞ」

「へいへい……じゃあ魔王も来たことだし帰りますぜ!」

「えぇ、あたしもっとイッちんと話したいのにぃぃぃぃ……仕方ないなぁ」

 

 するとスィーリスはやれやれといった風に上空に桃色の魔法陣を展開し、それを三人が通過する。

 ……あれは本当に下級悪魔なのか?

 明らかに相当な魔力と―――神器の気配がする。

 しかもさっき言ってた特異体質…………流石はヴァーリのチームに入ることはあるってわけか。

 

「あ、それとヴァーリ~?あのキモい上に汚い男……がるぶっと・めもん?だっけ。あれ、なんか英雄派の奴らが回収していったんだけどぉ?」

「………………なに?」

 

 ……三人が光の粒子となりつつ転送しそうになるとき、スィーリスが突然ヴァーリにそう言った。

 ヴァーリもその言葉に納得のできないような表情になる……が、すぐに表情を変えて俺の方を見てきた。

 

「……俺の方で奴を調べておく―――またいつか戦おう、兵藤一誠」

「…………ああ、その時は敵同士だ―――ヴァーリ」

 

 ……そのまま三人はその場から消える。

 あいつらは敵同士……テロ組織に加担しているんだからな。

 ―――だけど、最後にスィーリスが言っていた言葉。

 俺が気付かないほど気配をなくし、ガルブルト・マモンを回収した存在がいる。

 …………英雄派。

 あいつが捕まらない限り、俺は油断できないな。

 ………………まあ今考えても仕方ない。

 とにかく今は……………………流石に限界だ。

 

「くそ…………全然力が入らねぇ……」

 

 俺はその場に倒れる。

 これはアーシアの特大の癒しオーラじゃないと治らないぞ……

 

「イッセー!小猫!!」

 

 ……倒れる俺と、その傍で俺を心配そうに見ている小猫ちゃんと黒歌の元に部長や他の眷属の皆が到着する。

 傍にはサーゼクス様やセラフォルー様、それにグレイフィアさんもいた。

 

「……これはひどい傷だ……アーシア・アルジェントさん、イッセー君の傷を治療してもらっても良いかな?」

「は、はい!!」

 

 ……サーゼクス様が俺の傍に来て、俺の傷を見るや否やアーシアにそう言って、アーシアは俺を治療する。

 いつもながらに、癒されるなぁ……

 

「………………………………」

 

 ……そして皆が黒歌の存在に気が付き、黒歌を見た。

 そして黒歌は俺の手をぎゅっと握る。

 

「大丈夫だ、黒歌………………俺の大丈夫は、本当に大丈夫だろ?」

「―――ホント……そうにゃ」

 

 ……黒歌はそう満面の笑みを漏らして、俺に頷いたのだった。

 

 ―・・・

「あぁ、いてぇ……アーシアの癒しオーラとフェニックスの涙でもダメなのか?」

 

 俺はグレモリー家のベッドの上で唸っていた。

 あの後、俺はすぐさま救護班によって保護され、まあいろいろ話をしないといけないことからグレモリー家の本邸に運ばれた。

 その時のティアやオーフィスの怒り方は半端なかったな。

 今すぐにでも俺をこうしたガルブルト・マモンを殺すとか言いそうな勢いだったし……

 まあそれを何とかなだめ、俺は治療を受けたんだけど、それにも関わらず俺の痛みはなかなか消えない。

 

「ご主人様は無理な力を全力で使ったから、体の神経に深刻なダメージを負っているにゃ……あんな無理な力を使えば当たり前よ」

「こりゃ厳しいな、黒歌」

 

 ……そして俺のベッドの傍には包帯をして傷の手当てをされた黒歌と、俺のベッドに突っ伏して眠る小猫ちゃんの姿があった。

 あれから既に数時間が経ってる。

 俺もさっきまでは寝てたんだけど、それまで小猫ちゃんと黒歌が俺の看病をしていたそうだ。

 部長や皆もここに帰ってきたいはずなんだけど、残念だけど今はまだパーティー会場にいる。

 パーティー自体は中止になったけど。

 どうやら向こうでも色々と説明をしなければダメなこともあるらしく、現在この本邸にいるのは、ここにいる俺たちだけだ。

 チビ共やオーフィス、ティアはどうやらメイドさんたちと共に俺の料理を作っているそうだ。

 

「小猫ちゃん、俺の看病に疲れて寝たのか?」

「うん……この子も魔力を奪われて、かなり疲労していたところで仙術を使ったから疲れで眠ったにゃ」

 

 ……あの時、小猫ちゃんがあの男の動きを止めてくれなかったら、俺は黒歌を救うことが出来なかったかもしれない。

 俺は幸せそうに眠っている小猫ちゃんの頭をそっと撫でた。

 

「……ご主人様が寝てる間に白音と色々話したにゃん。あれ以来、白音に何があったとか……白音の気持ちとか……たまに惚気られてイラついたこともあったけど」

「……ちゃんと話せたのか?」

「―――うん。本当にご主人様には助けられてばかりにゃん。初めて会った時も、今も…………ずっとずっと……」

「…………そう言えば、俺も言うのを忘れてたな」

 

 俺はふとあることを思い出し、黒歌をそっと抱き寄せた。

 

「―――ありがと、黒歌。小猫ちゃんから聞いたよ……昔、俺が疲れていた時に仙術を施してくれたって……あれがなかったらさ……俺はきっと強くなれなかった」

「…………ご主人さまは……罪作りにゃッ!……こんなに私を泣かせて…………ずっと、傍にいてくれる?白音と私の傍に……」

「当たり前だろ…………ずっと一緒だ!」

 

 俺はそのまま黒歌を抱きしめると、途端に俺の体にとても暖かい光が包んだ。

 それと同時に俺の体の、今まであった痛みがすぅっと消えていく……これは夜刀さん手作りの粥を食べた時と同じ……

 

「……仙術を使って、ご主人様の気の乱れを治して神経を正常に動かしたにゃん……これでもう大丈夫だわ」

「……ありがと、黒歌」

 

 俺はしばらく黒歌を抱きしめていると

 

「……イッセー君、もう良いかな?」

 

 ……その場に第三者の声が響いた。

 

「さ、サーゼクス様!?」

「にゃん!?」

 

 俺と黒歌は突然のことにびっくりする!!

 ベッドの脇には、サーゼクス様とグレイフィアさんがいた。

 

「いや、脅かせるつもりはなかったんだ。こちらは急いで魔法陣でここに飛んできたわけだが……取り越し苦労だったみたいだね」

 

 ……サーゼクス様は俺の体の状態を見てそう言うと、嘆息する。

 

「……少し事務的な話になるが、良いかい?」

「ええ……俺も聞かないといけないこともあるはずですから」

 

 ……サーゼクス様はあれからあったことを話し始めた。

 あれから調べたところ、俺が倒したガルブルト・マモンの姿はどこにもなかったそうだ。

 俺の提供した情報から鑑みた結果、恐らくはガルブルト・マモンは何らかの繋がりを禍の団と持っていたらしい。

 それを裏付けるように不明な取引の記録が存在していたそうだ。

 魔王様率いる眷属の方々がマモン家に突入したそうだけど、その時には既に家はもぬけの空……ではなく、それでは説明がつかない惨劇があったそうだ。

 ――――――マモン家の者が、ほぼ全員命を失う瀬戸際まで殺されかけていたらしい。

 その中で比較的傷の少なかったものから証言を得た結果、そのマモン家を襲った人物は特定できず、しかも見たこともないような力を使っていたそうだ。

 魔力ではなく、別の次元と言えるほどの力……ここはまだ調査中らしいけど。

 それと……三大名家のこと。

 

「……今回の件でガルブルト・マモンがこれまでしていた悪事や隠していた事実が全て漏洩したよ。彼は自分の家の者を口封じもしていたそうだ…………彼は家の中でも相当浮いていたとも言っていたね」

「……それであいつはどうなったんですか?」

「彼は最上級悪魔の称号を失うだろう……それは今度、また悪魔の中で会議を開くだろうが決定されている……そしておそらくは彼は禍の団によって回収されたことから、奴ら側についたことになる―――はぐれ悪魔、ということで指名手配されるだろう」

 

 ……それを聞いて安心した。

 でもまだ一番大切なことを聞いていない。

 

「それで…………黒歌はどうなるんですか?」

「…………そうだね」

 

 サーゼクス様は腕を組んだ。

 

「彼女のしたことは全て知っているよ……ただ、まさかあの時海外へ転勤させた家族が君の一家だとは知らなかった…………いや、兵藤という名で気付くべきだったかもしれないね―――彼女のことはおそらく、指名手配は解けるだろう。ただし、マモン家と由縁のあった家が彼女を排除しようと動くかもしれないが……そこは私や魔王がどうにかしよう」

「……ありがとう、ございます……あの時も、白音を助けてくれて……」

 

 ……黒歌はサーゼクス様に頭を下げる。

 そっか……ならもう大丈夫か。

 

「ならサーゼクス様……あの時ははっきりと言えませんでしたが、今の俺の気持ちを言います」

 

 俺はあの時……サーゼクス様が俺の部屋で王の駒を渡した時のことを思い出す。

 俺はあの時、受動的にサーゼクス様の言葉に頷き、『王』の駒を受け取った。

 だけど今は違う。

 

「俺は絶対に上級悪魔になります。そしてこの黒歌を俺の眷属にする―――そうすれば、赤龍帝の眷属なら誰も文句は言いません。だから、俺は絶対に『王』になります!!」

「……そうか。あの時とはまた瞳の強さが違う……その言葉、胸に刻んでおくよ」

 

 ……そう言うとサーゼクス様は部屋の中に魔法陣を展開し、その中にグレイフィアさんと入る。

 

「ああ、それとイッセー君。君の受けた傷は余りにもひどい。君が望むなら、ゲームを先延ばしにも出来るが……」

「はは……そんなの、必要ないですよ―――アーシアと黒歌の力で俺はもう元気ですから。絶対に勝ちますよ…………俺も悪魔になってようやく目標が出来ましたから」

「わかった……明日のゲーム、楽しみにしているよ」

 

 そしてサーゼクス様は魔法陣の中から消えていく。

 

「……ご主人様」

「あはは!そんな呼び方はもうやめろって…………俺はイッセーで良い。そっちの方が俺はうれしいよ」

「……わかったにゃ!イッセー~♪」

 

 ……すると黒歌は服を唐突に脱ぎ、俺に抱きついてくる。

 ってなんで脱ぐ!?

 

「ち、ちょっと待て!?黒歌!!どうして脱ぐ必要がある!?」

「えー?だって名前で呼んで良いんでしょ?だったらエッチしても問題なしにゃん♪」

「その考えは間違ってる!!ってかダメじゃん!!ダメに決まってんだろ!?」

 

 俺は大声でそう叫ぶと……

 

「ん…………姉さま、先輩は起きたのです……か……」

 

 ……するとどういうことだ。

 俺の叫びに小猫ちゃんが伏せて眠っていたのに、起きてしまい、そして裸の黒歌と俺を見ながら固まった!!

 ―――非常にまずい。

 

「…………ずるいです、姉さま。私も先輩の……赤ちゃん、欲しいです」

 

 あれ?

 小猫ちゃんが頬を真っ赤に染めて胸元のリボンを外し始めたぞ!?

 待て待て待て待て待て待て!!!!

 

「良いかにゃ?イッセー…………猫又は多種族との交尾で子供を作るにゃ…………っていうか私の疼きを沈めてにゃ~~~!!!」

「……優しく、してください……」

 

 …………そう、俺は忘れてたのだ。

 元来、黒歌は悪戯好きに加え、俺に対する甘え方が小猫ちゃん……白音よりも凄まじかった。

 

「うそ、待ってくれ!楽になったけど、まだ体動かないから逃げられない!?」

「にゃふふ……私が楽にしてあげるにゃ~!!」

「……ちっちゃいですけど……柔らかいです……ッ!」

 

 うお、こいつら、けが人の俺に跨ってきた!!

 ヤバい、襲われる!!

 

「嫌ァァァァァァァア――――――・・・」

 

 ……この後、この状況の中で部長や眷属の皆が帰って来て、ひと悶着あったことは言うまでもないだろう。

 

 ―・・・

『Side:三人称』

 

 ……冥界の奥地、誰も入ることのないであろうはずれの森にある廃墟。

 そこには数人の人影があった。

 一人は体中に包帯や薬品で治療を受けている悪魔。

 更にその付近に槍を持つ男と、黒いコートを羽織る眼鏡をつける男。

 悪魔―――先ほどまで赤龍帝と謳われる男と対峙し、そのまま無残にも敗れ去ったガルブルト・マモンは肩で息をしながら男たちを見ていた。

 

「はぁ、はぁ……糞が………………てめぇら、組織のどの位置のもんだ」

「俺は英雄派の者―――人間ですよ。三大名家のガルブルト・マモン殿」

 

 槍で肩をポンポンとしている学生服のようなものを着る男はガルブルト・マモンの質問に答える。

 すると槍の男の傍に立っていた恐らくは彼の部下の者だろう……その部下が彼に何か耳打ちをした。

 

「―――なに?マモン家の者がほぼ全て、死にかけだった?」

 

 男はその部下の言葉を聞いて眉間にしわを寄せる。

 と、そこでガルブルト・マモンは反応した。

 

「大方、俺を恨む悪魔、が……やったんだろうな…………」

「……そうでしょうか?悪魔だったら殺しても可笑しくないと思いますし、まだあなたには権力がある…………本家を狙い、家のものを皆殺しには出来ないはずですが……」

 

 槍の男は顎に手をやって何かを考え始めた。

 

「どうせ、権力は消える…………マモンにはまだ数人、俺が認めるレベルの強さの奴がいたはずだッ!!……それを潰した……だと……いったい、誰だッ!!」

 

 ガルブルト・マモンは少し焦るような表情をした。

 当然、それはマモン家を傷つけられたからではない。

 ―――戦争を生き抜いた悪魔だからこそある、第六感的なものが自分の危険を告げていたのだ。

 それは赤龍帝と戦った時とはまた違うもの。

 あるいはそれは―――本気の死の恐怖。

 赤龍帝は確かに彼を殺す勢いであったが、しかし命まではとらなかった。

 しかし彼が今感じる寒気は―――そう思った時だった。

 

「―――様!!敵影です!!何者か、が……―――」

 

 ……槍を持つ男の名前が廃墟に響いた瞬間、その男の名を呼んだ部下が力尽きたようにその場に倒れる。

 そして部下は黒い霧なのだろうか……そんな霧に包まれ、姿を見せなくなった。

 

「―――何か様子がおかしい。ゲオルク、今すぐ転移の魔法を頼む」

「了解した」

 

 ゲオルクと呼ばれた眼鏡をかけている男はすぐさま、槍の男を中心に魔法陣を展開する。

 そして槍を持つ少年はその槍を構えた。

 

「……何者だい?この廃墟の周りにはゲオルクに察知の魔法を掛けさせていた。それに反応しないもの……姿を現したらどうかな?」

 

 男は槍を構えると、その槍の先端に位置する霧の中から足音が聞こえた。

 コツ……コツ……その足音は静かに彼らに近づく。

 そしてその霧から何かが飛んできた。

 

「……先ほどの俺の―――一瞬のうちに俺の部下を瀕死にした、か」

 

 槍の男は薄く笑う。

 男の足元に飛んできたのは、先ほど霧に包まれた男であった。

 そして霧の中からの足音は続き、そしてその中より―――一つの姿が現れた。

 

「――――――ねぇ」

 

 ……その姿―――真っ黒な布のようなものを羽織り、顔も輪郭も見えない者が槍の男に話しかける。

 

「ここに………………悪魔はいない?」

「…………さぁね。居たら、どうするんだ?」

「そうだね――――――殺す、かな?」

 

 ―――次の瞬間、その黒い布の者から黒い霧が伸びてくる。

 槍の男はそれに気付いたのか、槍を輝かせ、その霧に対抗するように振るう……が、霧はそれすらも突破し始める。

 

「―――ッ!?この聖槍を突破するだと!?」

「ねぇ………………そこの悪魔、殺すから頂戴?」

 

 ……その者は一歩、槍の男に近づく。

 

「君は何者かな?俺の槍を突破するなんて、普通じゃないッ!」

『小僧、少し黙った方が良いよ』

 

 その時、その黒い霧を操る者ではない、別の声が響く。

 

『この子は今、憤怒しているからね―――まさかこのタイミングで起きるとは思わなかったけど…………邪魔をするなら、お前すら殺すぞ?』

「……何かは知らないが―――ゲオルク!!」

「分かっている―――曹操!」

 

 ……ゲオルクという男が槍の男―――曹操という男の名を呼んだ瞬間、魔法が発動し、そのままその場にいる全ての人物……

 霧を操る者以外が転送されていった。

 そして廃墟には一人、その姿だけが残る。

 

「あれぇ?消えちゃった………………あ~あ、全員消えちゃった」

『仕方ないさ……まだ力が2割も出せない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ようじゃ、当たり前だよ』

 

 廃墟に響く二つの声……それは余りに不気味だった。

 

「はぁ……せっかく表に出られたのにもう終わりかなぁ…………でも、どうして私はあんなに怒ったのかな?」

『さぁな……眠ると良いよ。君はまだ起きるべきではない』

「うん……どうして、私は赤龍帝が傷つけられるのを怒ったのかなぁ?……じゃあまた起こしてね?―――アルアディア?」

 

 ……そうしてその姿は黒い霧によって消えてなくなったのだった。

『Side out:三人称』



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第11話 負けられないレーティング・ゲーム

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルは魔王の連中とそれ以外の今回の事件に関与した、もしくは真相を知っている最上級悪魔の集まりにいる。

 その中にはタンニーンや既にその事実をどこから得たか分からんが、真相のある程度を知るガブリエル、その付き人の紫藤イリナの姿もあるな。

 でもまさか三大名家の残り二家の当主と前当主まで来るとは思っていなかった。

 

「この度の事件でおそらく最上級悪魔、ガルブルト・マモンを慕っていた悪魔は猫又の黒歌を非難するだろう……それはどうにかしても止めなければならない」

 

 サーゼクスはそう言い始める。

 こいつは先ほどまで自分の『女王』と共にグレモリー家の本邸にイッセーの見舞いに行ったから、その時何か話したんだろうな。

 ……にしても俺も流石に知らせを聞いたときは驚いた。

 悪魔のパーティーだから魔王共と会場入りしようとしていたから、その集合時間まで遊んでいたのは完全に俺の過失だ。

 あと一歩、あの場にイッセーがいなかったら……そう思うと鳥肌が立ってしまう。

 …………しかも、俺はイッセーに内密に知らされたが、あの場にはヴァーリもいたそうだ。

 何故イッセーがヴァーリの存在を内密に俺に知らせたのかわからんが、イッセーから教えてもらった情報から、俺はヴァーリが組織に入ったのには何か本当の理由がある気がする。

 その理由こそがヴァーリが黒歌を私情による契約をしていた原因でもあり、あいつは不器用ながらも遠まわしにイッセーや黒歌、小猫を助けたんだろうな。

 ……あいつは戦闘バカだが、嫌いになれない。

 イッセーはそう言っていたが、まあそうだろう。

 あいつは芯から悪ではなく、心はどちらかと言えば善に近い。

 ―――全く、今代の赤龍帝と白龍皇はどっちもイレギュラーだな。

 その力もそうだが、それ以上にその精神、目標とするもの。

 

「……サーゼクス殿。話を聞いている限りでは、過程がどうであれ、彼……赤龍帝、兵藤一誠くんの手柄はかなりのものと思いますよ?」

 

 ……そこでガブリエルの野郎が挙手をして言う。

 今回の件は完全に悪魔の過失…………悪魔の問題の種であったガルブルト・マモンを放置していた悪魔側の責任だ。

 故に熾天使や堕天使の幹部からは非難もあるんだが……まあイッセーの働きでそれもかなりマシだ。

 全勢力が共通しているのは、”兵藤一誠”という男に対する評価の高さ。

 俺のところのシェムハザも珍しくイッセーのことを褒めていたし、熾天使どもはイッセーが教会近くにいた二年間のうちに天使サイドがイッセーを確保しておけば良かったと後悔しているそうだ。

 ……それに関しては俺もそうだな。

 とにかく言えることは、各勢力は未だ膠着状態なんだが、兵藤一誠という存在には共通してある程度の信頼を置いているってことだ。

 まああれだけ各勢力を救った男でもあるからな。

 

「確かに赤龍帝くんの手柄は上げていけばかなりのものよね!この前だってソーナちゃんを助けてくれたし!あ、コカビエルの時もそうだね~!」

「セラフォルー。それは君の私情も入っているだろう?」

 

 セラフォルーの相変わらずのシスコンぶりにサーゼクスがツッコむが、サーゼクス……お前も相当なシスコンだ。

 

「だがサーゼクス殿。実質、俺の孫…………一誠の功績はかなりのものだ。実力も既に最上級悪魔とも対等、あるいはそれ以上にやり合えるだろう……実際、俺はあいつと本気の戦いになれば持てる全ての力を出さなければならん…………俺が鍛えたからこそ分かる―――あの男は、現状でも先が見えんほどの可能性を秘めている」

「お前がそこまで言うとはタンニーン……イッセーをかなり評価してんだな」

「アザゼルよ。お前こそ、先ほどから頬が緩んでおるぞ?」

 

 ……タンニーンにそう言われて俺は自分の頬がゆるんでいることに気付いた。

 

「…………この度は、すまなかった……ガルがこんなことを起こして」

 

 ……すると部屋の一角に二人で座っているディザレイド・サタンとシェル・ベルフェゴール―――今はシェル・サタンか。

 ディザレイドがサーゼクスに頭を下げた。

 

「……ディザレイド殿とシェル殿は彼と同期の幼馴染だったね…………やはり悲しいのか?」

「……まあ、な。だがそれ以上に苛立っている―――この落とし前は俺がつけよう。でなければこの拳が収まり切れんッ!」

「…………落ち着け、この筋肉ダルマ」

 

 ……するとその隣のシェル・サタンがディザレイドの脇腹を小突く―――では済まない打撃音で殴る。

 こいつ、口悪いな。

 だがこいつが悪魔界では女性悪魔の双翼と謳われる―――唯一、最強の『女王』と謳われるグレイフィア・ルキフグスと魔王セラフォルー・レヴィアタンと同等以上に渡り合える女性悪魔として有名なシェル・ベルフェゴールだ。

 っていうかディザレイドもよくこんな嫁さんをもらったな。

 

「あの変態糞脱糞のストーカー変質者、及びどうしようもなく救いようのない強欲無能野郎はディー……あんただけの責任じゃない……あたしもあんたと一緒に落とし前をつける」

「……シェル。この場でその言葉はダメだ。それでも抑えた方だが……」

 

 ……マジか!?

 今のでも抑えた方なのか!?

 ―――この嫁とディザレイドの間に生まれた娘が今のベルフェゴール家当主とか、恐ろしすぎるな。

 

「とにかく、この度もまた兵藤一誠によって救われた……これはもう上級の位を渡しても問題はないはずだ」

「…………難しいぞ、サーゼクス。それは余りにも現状では難しい」

 

 俺はサーゼクスにそう言う。

 ……確かにイッセーには上級悪魔の看板を背負うほどの力量、品格、頭脳……『王』としても力を十二分に発揮するだろう。

 仲間想いもかなり良いところだ。

 だが―――あまりにも早すぎる。

 イッセーは悪魔になってまだ月日が経っていないんだ。

 確かにイッセーという赤龍帝を自分たちの元に置きたい悪魔側のトップ陣の気持ちは分からないでもない。

 だがトップだけが決めることに下はついて来ない……特に悪魔は。

 せめてイッセーがもっと世間的にも有名で、なおかつ相当の功績を上げれば、中級を飛び超えて一気に上級に飛び級もあり得るんだろうが……難しい。

 

「分かっている。だが彼はもう止まらないさ―――この私を前に、絶対に上級悪魔になると宣言したからね」

「……あいつが自分から?」

 

 俺はサーゼクスの言葉に素直に驚いた。

 ……まさかイッセーが自ら望むなんてな…………まあどうせ、また誰かを救うためだろうけど。

 でもあいつ…………いったい無意識にどれだけの女を惚れさせるつもりだ?

 俺の知っている限りでは眷属全員は木場も含めて、あいつに熱烈な好意を向けている。

 あいつはあのルックスにあの熱血漢だ。

 モテないはずがないし、それ以上にあいつに向ける好意は劣情がない。

 おそらく、イッセーはその存在自体がでかすぎて、あいつの傍に居たいと女に思わせてしまい、結果的にそれが「ハーレムでも良いから彼に愛されたい」と思ってしまい、無自覚にハーレムを形成してしまうタイプの男だ。

 滅多にいないタイプ……女たらしでもなければ欲が多いわけでもない。

 修羅場のようなもんが発生しないハーレム……か。

 あいつなら平等に全員を大切にするだろうからな。

 しかもあいつ、男にまで好意的に見られる傾向にあるからな。

 まあそんなあいつが自分から上級悪魔を目指すと言ったんだ―――もう、あいつは止まらない。

 目標があればそれを絶対に達成するために努力をする奴だ……俺の課したあんな修行をこなすんだからな。

 

「―――小童ども。お主らはわざわざ来てやったわしに出迎えなしとは無礼じゃぞ?」

 

 ……その時、その室内に老人のような声が響いた。

 古ぼけた帽子をかぶる隻眼の爺。偉大な風格をしているのにも関わらず質素なローブを身に纏い、杖を体を支えてる。

 

「―――オーディン」

 

 ……こいつはオーディン。

 北欧の神々の主神である化け物みたいな強さのエロ爺だ。

 今回はおそらくはサーゼクスにゲームの招待を受けて来たんだろうな……何人かの戦乙女(ヴァルキリー)を連れてのご登場だ。

 

「これはこれは…………お早いご到着で。申し訳ございません、オーディン殿」

「サーゼクスか。お主の招待状、もらったからには来てやったぞ―――それにしてもいろいろな勢力がそろっているのぉ…………良い女がうようよいるわい」

 

 ……するとオーディンはシェルやガブリエル、紫藤イリナ、セラフォルー、グレイフィアなどと行った女の体をいやらしい目つきで見始めた。

 するとそんなオーディンの前に立つヴァルキリーの鎧を身に纏う背は高い方か?

 明るい銀に近い髪のヴァルキリーが少し怒った顔でオーディンを叱った。

 

「もう、オーディン様!!そんな卑猥なことばかりだとヴァルハラの名が泣きますよ!」

「うるさいのぉ……そんなのだからお前はいつまで経っても好きな男を勇者(エインヘリヤル)に出来んのじゃ」

 

 ……オーディンの一言で急に泣き出すヴァルキリー……なんだ、こいつは……

 するとオーディンは不思議に思う俺を見てきた。

 

「久しぶりじゃのう、アザゼル…………この娘、まだ小さいころに祖母の家にいた東洋の男に一目惚れしたらしいんじゃが、その男とは音信不通な上に向こうは忘れてるとか思っているのじゃ……故に」

「うえぇぇぇぇぇん!!私はこんなだからどうせあの子にも無視されるのよぉぉぉ!!どうせ彼氏いない歴=年齢のヴァルキリーだもん!!うぇぇぇぇぇん!!!」

「こんな風に、泣き叫ぶのじゃ……ほほほ、愉快じゃ、愉快じゃ」

 

 ……にしても東洋人の男、か。

 なんかまた面白そうなものが転がりこんできたな。

 

「それでわしはゲームを見に来たのじゃ…………噂では、サーゼクスの妹の…………あのけしからん乳房をしておる娘に新しい眷属が出来たと聞き及んだのじゃが……」

 

 ……ヴァルハラにもイッセーの噂は行っているのか。

 っとその時、先ほどまで泣きわめいていたヴァルキリーが俺の前に来て、少し何かを聞きたいような顔をしていた。

 

「ああ?どうした?」

「貴方様はアザゼル様、でいらっしゃいますか?」

「おう、そうだが……」

「……その…………イッセー、という男の子の名前を知りませんか?実は私の祖母が彼と由縁がありまして……その…………信じられませんが、悪魔に転生…………したという噂を聞きまして……」

 

 ……うわ、ビンゴ。

 こいつの惚れてる男ってまさかのイッセーかよ!

 ってかどんな経緯でヴァルキリーの祖母と由縁を持てんだよ!!

 

「ああ、イッセー君なら私の妹、リアスの『兵士』だよ」

 

 するとサーゼクスは隣でヴァルキリーに言った。

 

「…………あの、彼に会うことは、できますでしょうか?」

「……今は難しいね。彼は先の戦闘で今日は絶対安静で…………禍の団と交戦となり、怪我をしたんだよ」

「―――――――――」

 

 ……そのサーゼクスの苦笑いを含むセリフを聞き、ヴァルキリーは表情を失った。

 ―――なんだ、この威圧感は。

 先ほどまでヘタレな感じを出していたヴァルキリーとは思えないほどの覇気だ。

 するとヴァルキリーはオーディンの隣まで歩いていき……

 

「―――オーディン様。今すぐにテロ組織を滅亡させましょう。私の勇者(希望)に手を出したなんて…………断じて許しませんッ!!」

「ろ、ロスヴァイセ?お主、落ち着け……そんなんだから彼氏が―――」

「―――オーディン様?何か、仰いましたか?」

 

 …………あいつ、あのオーディンを笑顔で封殺したッ!!

 なんて奴だ……この場で口数が減らないオーディンを笑顔で黙らせただと!?

 

「ま、まあなんじゃ…………わ、わしがその男と会わせてやるから、明日はその男の雄姿を見ようぞ!サーゼクス!その男はゲームに出るんじゃな!?」

 

 ……オーディンが言葉を少しだけ震えさせてサーゼクスに問う。

 この爺のこんな姿を拝められるとは……あのヴァルキリーには感謝だな。

 

「ええ、イッセー君は出ますよ。明日の試合、恐らくリアスは彼を中心にゲームを動かすでしょうから……」

「そ、そうか……それでいいじゃろう?」

「…………はい!ではこのロスヴァイセ、オーディン様を全力を以てお守りします!」

 

 ……先ほどとは違い屈託のない笑顔でオーディンにそういうロスヴァイセというヴァルキリー。

 イッセー……お前、とんでもない女にもフラグ立ててたのか?

 

「…………ところでアザゼル」

 

 するとサーゼクスは俺に話しかけてきた。

 

「君は教師という立場から、監督者という立場からリアスたちを見ているだろう。だからこそ聞きたい―――君ならば、一番最初にリアスたちの誰を取る?」

「…………そりゃあ……まあイッセーだろうな」

 

 俺は本音をサーゼクスに言った。

 

「イッセーという存在は既にリアスの眷属の中では精神的な支えだ。そりゃああいつは何があっても諦めず、今まであいつら全員を守り抜いてきた―――が、それがあいつらの最も大きな弱点でもある」

「それは……彼を失った場合のことか?」

「そうだ……っと言ってもあいつは機転が利く上に今回の修行で得たものが大きい……だがそのイッセーを失えば、リアスたちは崩れる可能性が大きい」

 

 ……ゲームにおいて、テンションを上げるための存在はかなり重要だ。

 その役目は今はイッセーが無自覚にしている。

 俺だってイッセーの敗退は考えられんが、もしイッセーが使えない状態になればどうなるだろうな。

 

「……ソーナもそこを突くだろう」

「だけどあいつも難儀だよな―――実質、『王』を二人も相手にする羽目になる。イッセーはパワーもあればテクニックもある。頭もあるから…………だがソーナは一番気を付けなければならないことはイッセーではないぜ?」

「……というと?」

 

 サーゼクスは俺にそう言ってくる。

 

「簡単だ――――――リアスの眷属で警戒するのがイッセーだけと思えば、あいつは大怪我をするってわけだ。強くなってんのはイッセーだけだと思えば大間違いだ」

 

『Side out:アザゼル』

 

 ―・・・

 俺は怪我もかなりマシになり、甘えるチビドラゴンズやオーフィス、眷属の皆を宥め、今は明日の試合の最後のミーティングをしている。

 その前に黒歌のことだが……まあそれなりに皆と仲良くは出来ている。

 今はあいつも疲れていたのか、用意された部屋で眠っており、今の俺の部屋には眷属の皆にアザゼルの姿があった。

 

「よし、全員集まったな」

 

 アザゼルは全員が集まったこの状況で、仕切り始めにそう言った。

 

「んじゃ最後の確認を始めるぞ……っとその前にイッセー、今のお前の状態が知りたい。ゲームではお前の力は必要不可欠だからな……正直に答えろよ?」

「……分かってるよ」

 

 俺はアザゼルの言葉にため息を吐きながら頷く。

 

「今の俺はアーシアの癒しの力と黒歌の仙術でかなり回復はしてる……体力も問題ない……けど恐らく、フォースギアの強化は出来ない。普通の神器なら問題ないけど、赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)は使用できない。あとは制限は特にないな……例のモード(・ ・ ・ ・ ・)も使用は可能だ―――ただ、長引けばちょっと支障が出る可能性はないとは言い切れない」

「……想定していたよりははるかに良い。俺の想定では禁手やその他もろもろ使えないと仮定していたからな」

 

 ……俺も覚悟はしていたけど、あの無茶な修行は俺に傷に対する耐久力も兼ね備えた。

 二度と御免だけど、でも得たものは大きいな。

 でも相手はソーナ会長……俺の見立てでは、『王』としての資質は部長よりも高いかもしれない。

 シトリー眷属はテクニックタイプの人物が多く、熾天使であるガブリエルさんがアドバイザーだったからな……

 油断なんて、一切出来ない。

 

「良いか?相手はお前らと同じ学び舎で生活しているからこそ、お前たちの大まかなことは理解しているはずだ……それはお前たちも同じ。ライザーとのゲームもソーナは見ていたから、研究されているだろう」

「そんなことは百も承知よ……その上でソーナを倒すわ」

「その意気だ―――向こうにはギャスパーの力、小猫の本当の力を知られているわけだが……小猫」

「……もう、何も怖いものはありませんから……私は私の出来ることを全てします」

 

 ……小猫ちゃんは決意のこもる目で頷いた。

 このゲームは黒歌も見るだろう……だから気合も十分だ。

 

「向こうの駒は理解しているか?」

「ええ……『王』が一、『女王』が一、『騎士』が一、『戦車』が一、『僧侶』が二、『兵士』が二…………数の上では同じよ」

「ああ、数ではな…………が、この眷属には大きな武器がある。わかるか?」

「……イッセー、でしょ?」

 

 アザゼルは頷いた。

 

「イッセーの強さは『王』である私も理解しているわ……悔しいところだけれど、イッセーには『王』としての資質がある。それを『兵士』として、しかもパワーだけではなくテクニックにも精通しているわ―――ジョーカー、と言っても可笑しくはないわ」

「その通りだ。本来ならばイッセーは制限されても可笑しくないほどのオーバーアビリティーを持っている…………が、それは全て努力によるものだ。それを言った悪魔は全員黙らせて、今回の勝負はイッセーにハンデはなし……ただ、ギャスパーには制限が掛かった」

 

 するとアザゼルは一枚の紙?みたいなものをテーブルの上に置く。

 そこには悪魔文字が書かれており、俺は微妙な知識しかないけど、それを一部翻訳する。

 そこには『以下のことにより、ギャスパー・ヴラディの持つ停止世界の邪眼(フォービトュン・バロールビュー)の使用を禁止する』と書かれていた。

 

「ギャスパーは修行により、かなり神器も安定し始めたんだがな……やはり停止の力は危険なんだ。動きだけでなく、他者の命を停止したら終わりだ―――だからこそ、今回はギャスパーは吸血鬼としての力しか使えない……どうだ、大丈夫か?」

「……大丈夫です。僕だって……必死で修行しました……イッセー先輩みたいになりたいから……」

「その心構えがあれば大丈夫だ。あとはゲームで弾けろ―――とまあ俺が言えるのはこれぐらいだ。後は修行で得た力を発揮すればいい……イッセー、何か言いたいことはあるか?」

 

 するとアザゼルは俺にそんなことを聞いてきて、みんな俺に視線を向ける。

 ……言いたいことか。

 

「……何ていうか、向こうはたぶんがむしゃらに突き進んでくると思う……それこそ命を賭けて。だからこそ起きるはずのないことだって起こるかもしれない……向こうも必死で修行してたんだから、油断なんてダメだ。全力で、油断もなく、完膚なきまで―――ソーナ会長のことは考えず、目の前の敵を討つ。それぐらいの覚悟でいかないと勝てないと思う」

「……そうね。たとえこのゲームはソーナの夢が掛かっているからと言っても、私の夢もあるわ―――二度と負けられないわ。前回のゲームは私のせいで負けた。だからこそ…………勝ちましょう」

 

 ……部長の言葉にみんな頷く。

 負けられない……俺にあれほどの男を見せつけた匙。

 あいつに報いるためにも、あいつの想いに応えるためにも……絶対に負けられない。

 

「…………ははは、やべぇな……今から鳥肌が立ってきた…………お前ら、俺が最後に言ってやる――――――圧倒しろ。向こうがどんなに強くなっていても、お前たちにはその力がある」

『…………』

 

 俺たちは無言でアザゼルの言葉に頷く。

 圧倒なんて、不可能に近いかもしれない。

 だけどまぁ……やることは全部やってやる。

 そうして決戦前夜の夜は更けて行った。

 

 ―・・・

 その次の日、俺たちグレモリー眷属は一つの何もない空間にいた。

 いや、実質俺たちだけではない。

 俺たちと睨みあうように、目の前にはシトリー眷属の面々がいた。

 緊張の趣き……ここから俺たちは同時に試合の会場に転送される。

 いわばこれはゲーム前の最後の顔合わせってことだ。

 

「……リアス。先日のことは既に聞いています。まずは労いが必要でしょうか?」

「要らないわ、ソーナ。見ての通り、イッセーは普段通りだもの―――遠慮なんていらないわ」

 

 部長と会長が軽く言葉を交わす。

 両者とも視線は好戦的だ…………この二人は昔からの幼馴染だそうだ。

 だからこそ二人には負けられない感情があるんだろう。

 

「そんなもの始めからないわ……リアス、私はあなたに絶対に勝ってみせるわ」

「…………いえ、それは無理よ―――私たちの眷属は負けないもの……二度と」

 

 ……それだけ言葉を交わすと、俺たちはそれぞれ違う方向に歩いていく。

 俺たちの向かう先には俺たちを応援するグレモリー卿やヴェネラナ様。

 更には俺のドラゴンファミリーやミリキャス、そして黒歌の姿があった。

 チビドラゴンズは既にちょっと戦闘態勢を整えてる……気合入り過ぎだろ。

 さっきからシトリー眷属を睨んでるよ!

 ……ともかく、俺たちがこの場所から転送されてから皆は所定の観覧席に移動するそうだ。

 

「リアス。グレモリーの名に恥じぬよう、全力でやってきなさい」

「一度負けているのです―――勝ってきなさい、私の娘なのですから」

「リアスお姉さま!頑張ってください!!イッセーお兄様も皆さんも!!」

 

 ミリキャスが元気いっぱいの笑顔でそう言ってきた。

 

「イッセー、我、イッセーの雄姿、見る」

「冥界中にお前の強さを見せつけて来い、一誠……私の弟は負けん」

「にいちゃん!はやくフィーも呼んでね!!」

「メルも!!にいたんのためにたたかう!!」

「にぃに……ヒカリがすぐにかけるつけるからね?」

「……イッセー!応援するにゃん!!」

 

 ……俺の家族がいろいろな表情を浮かべつつ俺にそう言ってきた。

 こんだけの声援を貰ったんなら、勝たねぇとカッコ悪い!

 

「ああ……絶対にカッコいい姿見せてやるからな!」

 

 俺は拳を皆に向け、笑って言葉を返す。

 すると俺たちの周りに魔法陣が出現し、俺たちの体は輝き始める。

 そして俺たちは―――俺たちのゲームが始まった。

 

 ―・・・

 ………………目を開けると、テーブルだらけの空間に俺たちはいた。

 ここは…………レストランか?

 でもこの風景、どっかで見たことあるような…………なるほど。

 俺はそこで理解した。

 ここはおそらく、駒王学園の生徒であれば誰しも一度は行ったことのある学校の付近にあるショッピングモールだ。

 二階で横長の建物で天井はガラス張りだ。

 色々な店が軒並み並んでおり、俺も結構な頻度で行くから慣れ親しんでいる。

 つまりこのデパートが今回のゲームのフィールドってわけか。

 ……このデパートにはそんなに大きな広場はない。

 一応あるとすれば子供の遊び広場か、それかデパート内にある噴水広場……もともと広大なデパートではあるけど、俺たちの有利とは言い難い戦場だな。

 

『皆様、この度、グレモリー眷属とシトリー眷属のレーティング・ゲームの審判役を務めますルシファー眷属の『女王』、グレイフィアです』

 

 ……すると店内放送のアナウンスからグレイフィアさんの声が響いた。

 前回のゲームの時はルシファー眷属とは言わなかったけど、今回のゲームは冥界中に放送されるものらしいからな。

 しっかりと自分の身分を誇らなければならないってところか。

 

『両陣営、転送された場所が本陣でございます。リアス様は二階の東側、ソーナ様は一階の西側が本陣となります。『兵士』の駒の方はそれぞれ敵陣に入った瞬間から昇格が可能となります』

 

 ……なるほど。

 この建物は横の長さが異様に長いから、両端の階の上下がそれぞれの本陣ってわけか。

 分かりやすいが、たぶんこれだけがルールじゃないはずだ。

 この建物は屋上が駐車場、他にも立体駐車場もあるはずだ……店内はたぶんほとんどの系統の店舗がある……おそらくは普段と同じように再現されているはずだ。

 つまりは駐車場に止めてある車、食品売り場の食べ物……それらはたぶんあるんだろうな。

 ……まだ何か考えられることはあるか?

 そう思っていると、アナウンスが再び入ってくる。

 

『なお、今回のゲームでは両チームにフェニックスの涙を一つずつ支給されます。作戦時間は30分。それまでは両チームも接触は禁止となります……更に特別ルールをそれぞれの『王』に送信しましたのでご確認ください―――では作戦時間です』

 

 グレイフィアさんによるアナウンスがブツッと切れる。

 特別ルールか……俺はそこで部長の方を見ると、部長は少しだけ訝しい表情をしていた。

 

「……ちょっと困ったわね」

 

 すると部長は俺たちに部長の手元にある端末を俺たちに見せてきた。

 

「特別ルール『物を極力壊さない』……つまり、これは派手な攻撃を封じられたのと同じことよ」

「…………それはつまり、私や副部長の力が制限されるということかな?」

 

 部長の言葉に一番早くゼノヴィアが反応した。

 物を極力壊さない……言ってしまえばこの中で随一のパワーのゼノヴィアの力が封じられたことと同じなんだよ。

 ゼノヴィアの強みはその絶大なデュランダルによる聖なるオーラ。

 そしてゼノヴィア自身のパワーだ。

 あらゆるものを破壊する力を持つがゆえに、今回のゲームではそれが封じられているのも同然……俺もかなり痛い。

 俺の全力の力と言えば、どれもこれも周りに影響を与える”実戦向きの力”だ。

 通常の禁手でさえかなりの力を発動してしまう故に、今回は余り向かない力かもしれないな。

 いや、むしろ通常形態である籠手と……ツイン・ブースターシステムが限界か。

 それでもかなり怪しいな―――単なる火力は今回は余り使えない。

 となると……予想よりも早くあれ(・ ・)を使うことになるな。

 

「今回のルールは正直に言って、私達には不利なルールよ。ゼノヴィアは力が半減され、朱乃の大掛かりな魔法もどれほど効果を発揮するか分からないわ……力が売りの私達には最悪と言っていいほどのルールね」

 

 ……でも部長は薄く笑っていた。

 

「でもこれはポジティブに考えましょう―――圧倒的に最悪な状況下で、敵を倒す。それによって私たちの評価は上がるわ」

「あらあら、部長も珍しく燃えていますのね」

「ふふ、そうかしら…………私も『王』らしく、自分のしなければならないことをしたいのよ」

 

 部長はそう言うと、手元に光の小さい球を浮かせ、それを俺たちの耳に入れた。

 確か戦場においての通信機。

 

「屋内線では大掛かりな攻撃は封殺されるわ。それはこれによって一番被害を受けるのはイッセー…………イッセーの強みは最強のパワーから繰り出されるテクニックの数々……そのうちのパワーが消えたから、今回はテクニックに走るしかないわ」

「了解です」

 

 俺は部長の言葉にうなずく。

 俺が今回、テクニックで戦うとなると、俺は誰と組むべきだろうな。

 俺はそれを言おうとした時、部長に人差し指で口元を抑えられる。

 

「イッセー、あなたの助言は最後にもらうわ……あなたばかりを頼っていたら『王』として示しがつかないわ」

「……すみません。ちょっと調子に乗り過ぎました」

「いいのよ……今回こそ、私の……私たちの力で勝ちたいもの」

 

 部長は俺の口元から指を離し、そのまま一拍する。

 

「今回は3つのチームに分けるわ。一つはゼノヴィアと祐斗のチーム。もう一つはイッセー、小猫、ギャスパーのチーム……そして本陣を構える朱乃、アーシア、私のチーム。涙は祐斗に渡すわ」

 

 ……俺もそれの方が良いと思う。

 俺の場合は神器の創造で回復出来るし、部長の陣営にはアーシアがいる。

 そうなると涙は必然的に祐斗……特にゼノヴィアに必要になるだろう。

 

「さて……ここからはソーナの使いそうな手を考えましょうか」

 

 ……会長は既に俺たちの最初のゲームのことを調べ上げ、それを元に色々と仕掛けてくるだろう。

 つまりそこで既にハンデがある。

 

「ソーナの眷属はテクニックタイプが多いわ。イッセーやゼノヴィアのような大きなパワーを持つ者はいない……代わりにカウンター系統の力が多いでしょう。それに加えて修行を積んでいるからそれなりに能力の変化もある…………特に神器持ちは顕著ね」

 

 神器は一つの変化で様変わりする能力があるからな。

 俺の力だって向こうからしたら脅威だし……そりゃあ時間さえあればあらゆる属性の神器を創れる上に、ブーステッド・ギアがあればその時間さえ短縮できる。

 回復の神器でさえ15秒で最低なものは出来るわけだし……そう考えるとフェルの力ってすげぇな。

 

「……イッセー、あなたはカウンターに対するカウンターは得意かしら?」

「―――一番好きな相手ですね。俺は一応、他人の表情を読むのは得意ですし……たぶん大抵のテクニックタイプは俺には通用しません」

 

 ……流石に夜刀さんは無理だけどな。

 あそこまでテクニックを極めればカウンターどころの話ではないし。

 

「おそらくソーナはこのくらいのことを普通に考えるわ……つまり向こうからしたら、イッセーはこの眷属で最も厄介ってことね。つまりどんな手を使ってでもイッセーを敗北させようとしてくる……祐斗、普段からイッセーと修行をしているあなたなら、イッセーをどうやったら倒せると思う?」

「…………正直、僕にはそんなビジョンが思いつきません。実践なら瞬殺も覚悟しなくては勝負にもならないはずです」

 

 ……祐斗がそう言った時、俺は祐斗の発言に少し目を見開いた。

 そこで部長が少し笑った。

 

「そう―――実践ならば、ソーナはイッセーには足掻いても勝てない……そう理解しているわ。実践なら、ね」

「でもこれはゲーム、って言いたいんですか?」

 

 部長は俺の言葉に頷く。

 

「……ここからは想定の話。ゲームに記載されるルールは『戦闘不能の状態であるならばリタイア』……つまり真正面から倒さなくても、敵が戦闘不能になってくれればリタイアになる。おそらくソーナが突いてくるイッセー対策はそこね」

 

 ッ!?

 ……驚きだ。まさか部長の頭の中にはここまでのことが予測されていたのか?

 俺も全く考えもしなかったことだ……少し油断していたのかもしれないな。

 今まで倒してきた敵から考えて、俺が倒されることなんてあるはずがない……

 そんな慢心さが俺にあった、か。

 まだまだだ……俺も『王』を目指す悪魔なら、慢心は捨てなきゃいけないな。

 このゲーム……俺にとってはチャンスだ。

 俺はいち早く上級悪魔にならなければいけない……そのためにもこの場で俺にはその資格があるということを冥界中に知らしめなければならないんだ。

 

「…………部長、一つ質問良いですか?」

「ええ。ぜひ聞かせて頂戴……あなたの意見は頼りになるから」

「……物を出来る限り破壊しない―――つまり、相手に破壊させるように動かせば、それは相手が破壊したことになりますか?」

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、眷属みんなが少し驚いた。

 

「……盲点だったわ。確かにものは壊してはいけない……つまり相手を殴り飛ばし、その殴り飛ばした相手が例えば車に激突し、その車が大破した―――そうなれば破壊したのは殴った力に勝てなかった相手ってことね」

「それだったら俺はいくらでも戦い方があります。何しろカウンターは得意ですから………………それと、ちょっとだけ相手に怖いところがあります」

「怖いところ?」

「はい…………仮に、相手が命を顧みないような戦い方をした場合です」

 

 ……俺は自分に置き換えて一度考えたんだ。

 例えば匙。

 俺があいつの立場だとして、もし自分が惚れている相手の夢が馬鹿にされ、その眷属も馬鹿にされて、そして残された見返すチャンスがこのゲームだった場合……

 俺は命を賭けてでも勝ちを優先する。

 しかも匙はかなり熱い男だ。

 かなりの予想でそれぐらいのことをしてくると思う。

 

「命がけで戦い続ける奴ほど怖いものはありません……たとえ、力が大幅に離れていたとしても、油断なんて一切できません」

「……そうね。そのことも念頭に置かないといつ逆襲されるかわからない……それにソーナのこのゲームに賭ける想いは相当のものでしょうから……」

 

 ……さて、まだ考えれることはあるはずだ。

 ソーナ会長ほどの人なら、これくらいのことは事前に予想しても可笑しくない。

 

「ギャスパー、あなたはコウモリに変化して序盤戦を逐一報告してもらうわ……ただし、危険になればすぐにイッセーに報告。イッセーチームと名付けましょう……イッセー、私は現場にはいないから正しい指令が出せないかもしれないわ。だから貴方がこのチームを動かして」

「了解です……ギャスパー、何かあれば俺に常に連絡。疑問がちょっとでもあれば俺に話せ」

「は、はいですぅ!!」

 

 ギャスパーが俺に敬礼するようにピシッとする……成長したなぁ、こいつも。

 俺は「えらいぞ、ギャスパー」とか言いつつ頭を撫でた。

 

「見たところ、この会場は丸ごとコピーされているみたいですわ……部長、一応は駐車場を確認するべきと思いますわ」

「そうね……祐斗、あなたの速度で調べてきてくれるかしら?そこに階段もあるからそこから行ってきて」

「了解しました」

 

 すると祐斗は一瞬でその場から姿を消す……速いな、あいつ。

 

「……この位置からもソーナの位置からも敵がこちらに来るのは手を取るようにわかると思うわ。となると幻覚を使ってくる可能性もある……イッセーと小猫、あなたたちはかなり重要な戦力となるわ」

 

 すると部長は俺と小猫ちゃんにそう言ってきた。

 ……俺の気配察知と小猫ちゃんの仙術による気配の察知。

 同じように見えるけど、小猫ちゃんは辺りに流れる気の気配から気配を察するのに対し、俺はマジで命の危険性から身につけた野性的な第六感と魔力探知によるものだ。

 精度は間違いなく小猫ちゃんが上だ。

 

「吹き抜けのショッピングモールが今回の一番考えることね。向こうの兵士は二人……そしてこっちはイッセーのみ……ソーナは何があってもイッセーを自陣には寄らせたくないでしょうから……」

 

 すると部長は色々と考え始める。

 本当に部長はいろいろと勉強したんだな……前回のゲームで一緒に戦術を考えたけど、今回は一人。

 しかも感心するほどの予想だ。

 ……予想はたとえ当たらなくても十分に効果を発揮する。

 予想は大げさに物事を考えるからこそ、それ以外の事態に陥っても冷静に対処できるようになるからだ。

 ……俺は俺のことを考えるべきか。

 俺を間接的に倒す方法……ドライグ、フェルは思いつくか?

 

『……微妙だな。間接的に相棒を倒すなど不可能に近い。大抵の不意打ちに対処できるからな……そう、あるとすれば不意打ちなんだが、相棒には頭が三つあるのと同義だ』

『わたくしの意識とドライグの意識、そして主様の意識がそれぞれ平行で動いてますから不意打ちはおおよそ効きません』

 

 ……となると俺を行動不能にする手もあるな。

 不能にしている間に部長を倒す……比較的可能性の高い手でもある。

 ……考えてたら嫌な予想はいくらでも生まれるか。

 

「イッセー……貴方が最も危険視すべき相手は誰かしら?」

 

 ……すると部長は俺にそんなことを言ってきた。

 一番警戒すべき相手…………なぜか知らないけど、俺の頭には自然とその姿が浮かぶ。

 

「―――匙ですよ。間違いなく、向こうの最大戦力は匙です。あいつは俺に言ってきました……自分の夢を。目標を。そして俺に宣戦布告を…………俺に宣戦布告を放つ奴って決まって諦めの悪い根性が凄まじい奴なんです…………だからこそ、俺は向かいくる匙を倒します。喧嘩を真正面から売られたんです―――真っ向から返り討ちにしてやりますよ」

「そう…………匙君ね。彼の神器は厄介よ―――おそらく神器についてもっとも詳しいことを知っているのはイッセーでしょうね。進化していると思うかしら?」

「間違いなく、していますよ。神器は良くも悪くも宿主の想いに応える…………っていうか、あれほどの想いがあるのに神器が応えてくれないんなら、その程度の想いだってことですよ」

 

 俺は切り捨てるようにそう言った。

 

「厳しいのね、イッセー……」

「……どうせ、あいつは俺の前に来ますから。それくらいの想いがあるって信じているんです」

 

 俺は拳を握る。

 あいつは俺の前に来る……この謎の感覚はきっと当たる。

 そうしていると祐斗が屋上と立体駐車場から帰ってきた。

 あいつの話では存在はしているものの、機能は働かないってことらしい。

 さて……ここからはもう考えることはない。

 実践あるのみだ。

 

「みんないるわね―――ゲーム開始は今から15分後。5分前にはここに集まれるようにして頂戴。それまではそれぞれでリラックスでもしておいて」

 

 部長の一言で俺たちは一旦、解散する。

 リラックスねぇ……俺は割と落ち着いている方だから、他の人物に対してリラックスさせようかな?

 見たところ、祐斗と部長、ゼノヴィアは特に固い感じはしない……アーシアとギャスパーはがちがち、小猫ちゃんと朱乃さんは……ちょっと不安って感じか。

 俺は先にがちがちのアーシア、ギャスパーと少し話し、そのあと朱乃さんの方に向かった。

 

「―――朱乃さん」

「あ……イッセー君でしたか」

 

 雑貨屋で雑貨を見ていた朱乃さんが俺の声に気付いて俺の方に振り返った。

 朱乃さんは修行で悪魔として魔力の才能と……堕天使としての光の力を使えるようにしていたらしい。

 ……そう言えば朱乃さんの堕天使嫌い…………っていうかお父さん嫌いは俺から始まったようなものだったな。

 

「……ちょっと謝ろうと思いまして…………その、朱乃さんとお父さん……バラキエルのことをアザゼルから聞きました」

「……ええ、そうですわね。だって私からアザゼル……先生に頼みましたもの」

 

 すると朱乃さんは不安そうに俺の手を握る……この眷属は不安になると手を握ろうとしてくるな。

 でも俺はそれを握り返した。

 

「自分では言うのが恥ずかしかったんです……だって、まるで親の仇、みたいな風にイッセー君にお父様のことを言えましたから……」

「……そうですか。でも、喧嘩の理由は」

「イッセー君にはありませんわ―――私はもしかしたら、お父様に止めてほしかったかもしれませんわ」

「止めて、もらいたかった?」

「……そうですわ。あの時、私が家を出たとき、お父様は私を止めませんでした。私の王子様を悪く言ったことでちょっと懲らしめてやろうと最初は思いましたの……そしたらお父様は止めてくれませんでしたわ……それがどうしようもなく悲しくて…………一度、しっかりと話さないといけないことは分かっていますの……でも」

「……もう良いです……朱乃さんの気持ちは分かりましたから」

 

 ……バラキエルさん。

 あんたはちょっと不器用すぎる。

 娘のしてほしいことを何も分かってなかったんだ。

 そりゃあヒトは完璧じゃないから相手の気持ちを完全にわかることは出来ない。

 それに自分の妻を傷つけてしまった負い目もあったんだろう……だからこそ、朱乃さんに強く当たれなかった。

 ……でも家族は反発しあっても、喧嘩したとしても最後に分かり合うべきなんだ。

 俺は兵藤一誠ではないころ、それが出来なかった。

 家族がいなかったから……でも俺を想ってくれる家族同然の人がいた。

 だからこそわかるんだ。

 これは朱乃さんの問題じゃない……こんなにも朱乃さんの心を乱しているのはバラキエルさんだ。

 両方とも悪いわけではない……すれ違ってるだけなんだ。

 

「…………私はこのゲームで、堕天使の力を使いますわ」

 

 ……すると朱乃さんは決意のこもった目をしていた。

 

「あの人に私が進んでいるところを見せつけるために……イッセー君が私を安心させてくれたから……だから見ていて、イッセー君」

「はい……勝ちましょう」

 

 朱乃さんは笑顔のまま、無言で俺の言葉にうなずいた……と共に俺は服の裾を引っ張られる。

 俺はそっちの方に目を向けると……そこには小猫ちゃんの姿があった。

 

「あらあら……私はもう十分に力を貰いましたわ……ここは小猫ちゃんに譲りますわ」

 

 朱乃さんはいつも通りのニコニコ顔でそのまま歩いていく。

 俺はそれを確認すると、小猫ちゃんの方を見た。

 

「……先輩は相変わらずですね。自分はさておいて……」

「俺はなぜかリラックス出来てたからな……小猫ちゃんは不安なのか?」

「……はい。本当に上手くいくのか……それが凄く不安で、ちょっとだけ……甘えさせてください」

 

 すると小猫ちゃんは……猫が飼い主に抱き着くように、少し飛んで俺の首に手を回して俺を抱きしめた。

 その時間は本当に数秒だけ。

 それが経つと小猫ちゃんは俺から手を離し、そのまま笑顔になる。

 

「……もう、大丈夫です。怖くありません」

「ああ―――もう時間だな」

 

 俺はその辺りにあった時計を確認し、もう5分前になったことを確認して小猫ちゃんと共にみんなの元に向かう。

 そして―――――――――――――――

 

『それではレーティング・ゲームを開始してください』

 

 ―――そのアナウンスと共にレーティング・ゲームが始まった。

 



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第12話 序盤から波乱の幕開けです!

 グレイフィアさんのアナウンスでゲームは開始した。

 その瞬間に俺たちは動き始める……既に部長の立てた戦略と戦術は頭に入れてある。

 これは序盤戦……おそらくは両者とも『王』による読み合い、様子見だろうな。

 俺たちのチームは小猫ちゃん、ギャスパーであり、ギャスパーはすぐに各フロアにコウモリに変化させて送るつもりだ。

 ギャスパーの強みは変化することにある。

 そこで監視をする役目なんだけど、実際に戦力としては完全にサポートだ。

 後は……まあ俺がギャスパーを面倒見るのが最適ってのが部長の考えだな。

 

『なお、この試合においては追加ルールとして制限時間3時間。短期決戦(ブリッツ)となります。3時間で試合が終わらなければ残る駒の数で勝敗が決まります』

 

 ……追加ルールね。

 だけど制限時間がついたからには、向こうもある程度急いでこっちを攻略することに必死になるだろう。

 俺は手早く神器を二つ発現し、倍増と創造力を溜める……俺は時間が経つごとに強さを増すからな。

 

「……先輩は誰が一番最初に衝突すると思いますか?」

「…………セオリーなら、匙を当てるだろうが…………おそらくはすぐには当ててこないはずだ。向こうの最大戦力が匙となれば使いどころってものがある。下手に使ってリタイアしたら元も子もないからな」

 

 俺と小猫ちゃん、ギャスパーは一階のモールを少し隠れながら隠密活動のように動く。

 そして一度モールのトイレ付近に移動し、そしてギャスパーをコウモリに変化させた。

 

「いいか、ギャスパー。まずギャスパーはコウモリを分裂して辺りにある全ての監視カメラを破壊しろ。それが最初に俺たちに課せられた任務だ」

『監視カメラ、ですか?』

「そうだ」

 

 ギャスパーが不思議そうに言うのは当たり前だ。

 だけど意外とカメラってもんは面倒なものだ。

 しかも監視カメラを全て同時に作動させている集中管理室は相手側の方が近い……つまり序盤戦はそこを占拠したほうが楽に戦いが出来るのが普通。

 だがこちらには監視役のギャスパーがいるからな……監視カメラは別になくても構わないし、それに仮に占拠されたら面倒だ。

 だから出来る限りカメラを破壊する。

 それが俺たちの役目。

 

「お前が危機になれば俺と小猫ちゃんで救出に行く。お前は序盤で消えるのはダメだからな―――心配しなくても、可愛い後輩は俺が守ってやるよ」

『……はい!!イッセー先輩、何かあれば連絡しますぅ!!』

 

 ……するとギャスパーは凄まじい速度で飛んでいく。

 ―――あれも部長の囮の一つ、『明らかに誘っているだろう?』作戦だ。

 序盤戦において、まさかこうも分かりやすく飛ぶ馬鹿はいない。

 いや、実際にいるんだけど……まあそれは置いておくとして、相手側からしたらギャスパーは囮、実は釣られた奴から落とす気じゃないか?と思わせる。

 そしたらギャスパーを警戒するしかない。

 手を出したら俺が魔力弾を操作して遠距離から攻撃する……隠密作戦だな。

 どちらにしろ、俺たちに損はない。

 ギャスパーの武器を封じられたから向こうはギャスパーを軽視しているかもしれないが、ゲームにおいて最も必要なのは度胸とはったり。

 心理を読まれ、焦れば立てた作戦が崩壊する。

 全く……部長はすごい。

 

「……イッセー先輩、気配察知はどれほどの範囲で行けますか?」

「うん…………俺の場合は殺意を送った時点で分かるかな?何しろ死線上の修行だったから、敏感になったのは攻撃に対する気配なんだ……油断しているとそれすら無理だけど」

 

 ……俺はガルブルト・マモンによる不意打ちを思い出し、つい後悔する。

 

「……イッセー先輩はちゃんと守ってくれましたから……」

「ありがと……ギャスパー、現状はどうだ?」

『はいッ!監視カメラを数台破壊して、今は相手側の動きを見てますぅ!!』

「了解……深追いはするな。向こうは頭の切れるソーナ会長だ……それとお前のコウモリの分身体は深追いさせても大丈夫だが、術者であるお前はやめておけよ?」

 

 俺はギャスパーと通信を切り、そのまま物陰に隠れて辺りを確認する。

 小猫ちゃんは既にファンシーな猫耳と尻尾を出現させて仙術を発動させていて、辺りの気配を確認している。

 

「……大雑把ですが、かなり先に気配が二つ…………どう見ますか?」

「そうだな……囮だ」

 

 俺はそう断言する……向こうもギャスパーの監視は怖いんだろうな。

 あいつは今は次々に監視カメラを壊して行っているから……まあ当然と言えば当然だ。

 ここらで一つ目のアクションを起こしたいだろうから、囮を用意した。

 で、囮と俺たちが交戦した時に隠れていた伏兵が俺たちを倒す、もしくはダメージを与える。

 それが普通の作戦だろうが…………おそらく裏がある。

 

「小猫ちゃん、戦闘準備だ」

「……はい」

 

 小猫ちゃんは俺の言葉に頷いて拳を握る。

 向こうからしたらまさか俺がこんな物が多いところにいるとは思わないだろう。

 そこがこの作戦の意味。

 俺の力は何もない平地で最も花開く力だ。

 つまり向こうからしたら俺は居るはずもなく、この俺は大方、ゼノヴィア辺りと思われているのかな?

 本来、俺は祐斗と動いた方が効率的だった……テクニックとテクニックならどんな相手でもある程度は圧倒できる。

 祐斗の話では立体駐車場は車の数が多く、代わりに屋上はほとんど車はないらしい。

 たぶん休日ではなく平日のデパートを元にフィールドを創ったからだろうな。

 ソーナ会長はだからこそ、俺は屋上に向かうと想定するはずだ。

 だけど俺はあえてこっち……これは牽制だ。

 俺を最初の戦闘にぶち込むことで、下手に動けばそっちは狙い撃ちされる……そんな印象をつけさせる。

 俺はとりあえず、手元に魔力を固めた。

 

「……この距離から魔力弾を撃つつもりですか?」

「大丈夫。こいつはただの魔力弾じゃない―――性質付加の弾丸だよ」

 

 俺は手元をおそらく相手がいる方向に向けた。

 

「小猫ちゃん。気配を察知してるなら、ナビを頼めるか?この距離を狙い撃つにはそれなりに正確な位置がいるんだ」

「……分かりました」

 

 小猫ちゃんは俺の手を握る……と共に仙術により俺に相手の気配を握った手越に教えてくれる。

 ……仙術にはこんな使い方もあるんだな。

 俺は目を瞑り、神経を集中させる。

 ――――――そして、撃ち放つ!

 ほぼ直線の動き、が二度ほど曲がる魔力弾だ。

 俺は撃ち放った後に再び魔力弾を操作……そしておそらく相手に直撃しそうになった瞬間―――

 パァン!!

 …………その音と共に弾丸がまるで閃光弾のように光る!!

 

閃光の龍弾(フラッシュ・ドラゴンショット)

「…………今のはどうして発動したんですか?」

 

 小猫ちゃんは首を傾げてそう尋ねてくる。

 理由は……まあ二つだな。

 その一つがさっきの牽制……そしてもう一つが……

 

「気配をもう一回確認してみると良いよ」

「……はい……ッ!?」

 

 小猫ちゃんは仙術を使い気配を確認するしぐさを取ると、何かに気付いたのか驚いた顔をしていた。

 

「……さっきの気配が……無くなっている?」

「そ。おそらくあれは魔力を応用したものだろうな。かなり面倒な手があると思うが……あれが人の囮か偽りの囮か気になってやってみた。さっきの閃光弾、びっくりしただろ?」

「……はい」

「つまりそう言うこと。術者は驚いてつい術を解除した……つまりは牽制。俺はもうお前のしていることを分かっているっていうな―――ギャスパー」

『はいです!さっきの光の後におそらくですが姿を隠していた人物が二人いました!イッセー先輩!!僕は本体で今はそれを追っています!!』

 

 ……なるほど。

 中々面倒な手を使ってくるな。

 俺は大体の手を理解した上で、部長に連絡を入れた。

 

「部長、聞こえてますか?」

『イッセー?どうしたのかしら……何か動きが?』

「はい。もしかしたらこの序盤戦、これ以上ギャスパーを無理に飛ばす必要はないかもしれません」

「……そうね。私も薄々気づいていたけど―――ソーナはおそらく、監視カメラのことも全て予期して動いているわ」

 

 ……なんつう頭脳だよ。

 これが序盤戦……『王』と『王』の駆け引き。

 チェスでも序盤戦では失う駒、動かす駒によってゲームが有利か不利かが決まる。

 

『ソーナは防御(ディフェンス)を徹底しているようで攻撃(オフェンス)をしているわ。おそらくギャスパーを放置したのは監視カメラを壊させて時間を稼ぐため―――何か仕込む気かしら?』

「だったら危険ですね……俺たちはまんまとその手に引っかかった。だけど向こうももう少し時間を稼げると踏んでいたでしょうから……」

『挽回はむしろ可能、ね……分かったわ。イッセー、あなたの思うようにギャスパーを動かしてちょうだい……私も一つ、仕込むわ』

 

 部長は含み笑いを浮かべつつ通信を切る……と次に俺はギャスパーに通信を入れた。

 

「ギャスパー、一度と俺と合流。潰した監視カメラの数は?」

『七割弱です……でも良いんですか?』

「ああ、むしろ丁度良い数だ……小猫ちゃん、食材品売り場に行こうか」

「……でも確か敵が」

「ああ、まんまと引っかかってやるんだ―――で、二人で圧倒してやろう」

 

 俺が小猫ちゃんの手を引っ張り、走る。

 恐らく向こうは俺たちの手を読んだ上でこのことをしている……まあ予想の範疇だけど。

 俺と小猫ちゃんは走り、目的の食材品売り場に到着……と共にギャスパーと合流した。

 

「さてと……今から徹底抗戦だ。この中に入ればその時点で敵陣と思った方が良い―――祐斗、そっちの手際は?」

『……順調に進んでいるけど、こっちもそろそろ相手が来ると思うよ』

 

 俺は祐斗と連絡を取り、確認する。

 よし―――行くか!

 俺たち三人は食材品売り場に入る……どこから来るだろうな。

 俺は神経を全力で気配察知に向けながら、広場を歩く。

 ―――その時だった!!

 シュン!!……その音が聞こえたと思うと、ななめ前の野菜売り場から何かが飛んできた。

 

「予想通り、お前かッ!!」

 

 俺はその飛んできた物体を避けて

 

『Explosion!!!』

 

 神器に溜まる倍増の力を解放!

 それを全て身体能力に変換し、籠手でその飛んできたもの―――カメレオンの舌のようなラインを握ってそれを強く引いた!

 

「―――うぉッ!?」

 

 すると男の声が聞こえ、俺に引かれて飛んできたその男をそのまま全力で殴り飛ばす!!

 ……だけど感触がないな。

 恐らくは防御に成功したんだろう。

 ―――俺が殴り飛ばした匙は、足を踏ん張り、飛ばされるのを我慢した。

 

「悪いな、匙……俺は殺意には敏感だから、普通に気付いたぞ」

「へっ……ここに来たってことは、全部理解されてんのかよ―――会長の言った通り、『王』が二人いるんだな」

 

 匙はそう言うと、腕を払って食品材売り場で俺たちと睨み合いになる。

 ……いや、匙以外にも一人いるはずだ。

 

「ギャスパー、お前は今すぐに祐斗とゼノヴィアの元に行け。おそらくここはお前にとって最悪の敵地だ」

「え?それってどういう……」

「ニンニク、食わされたいか?」

 

 ……俺がそう言った途端、ギャスパーは猛スピードでその売り場から消えていった。

 あの速度ならば他の敵にもやられないだろう。

 さて……

 

「…………会長、最悪の結果になったっす―――イッセー、やっぱりお前が俺の壁かよッ!!」

「俺も大分焦ったぜ…………だけどこれはほとんど部長の予想からの結果だ。俺だけと思うなよ、グレモリー眷属を!!!」

 

 空気が少し動いた気がした。

 俺と匙に訪れる静寂……互いに睨み合い、動けなくなる。

 

『Reset』

 

 ……そういうことか!!

 俺の籠手からリセットの音声が響いた瞬間、匙は動き出す!

 手には神器―――進化したのか、黒い龍脈(アブソーブション・ライン)は俺の籠手のように何匹も蛇がとぐろを巻いている状態だった。

 匙の神器は接触した者の魔力やら力を吸う物……俺の籠手の譲渡と同じことも出来るサポートタイプに近い神器だ。

 見たところ、いくつかラインを使えるんだろうな……くっつかれるのは面倒か。

 匙は俺に蹴りを放つ……と同時にラインを飛ばしてきた……面倒くせぇ!!

 蹴りは容易に避けれる。

 それほどの単調な動きに加え素人に毛が生えた程度だ。

 だけどあの一つでも接触が面倒なラインがあれば話は別だ。

 ……ここは

 

『Blade!!』

 

 俺は籠手からアスカロンを取り出し、まずはラインを切り裂く!!

 龍殺しの力を持つアスカロン……匙の神器はドラゴンタイプの力だからな!

 ただアスカロンも余り使用は出来ない……なんたって、従来のアスカロンよりも出力が高いからな。

 だけどラインは確実に切り裂き、そして……こっちには小猫ちゃんがいることを忘れるな!!

 

「……ッ!!」

「くっ!こうなるか!!仁村!!」

 

 小猫ちゃんが掌底を放とうとするが、物陰から現れた会長の残りの『兵士』が小猫ちゃんに襲い掛かる。

 しかし小猫ちゃんはそれを読み、残る腕でそちらを殴った!

 俺は一度聖剣を仕舞い、更に匙に向かい裏拳を放つも、匙は『兵士』の少女の腕を掴んで一度俺たちから距離を取るが―――逃げ腰か!

 俺はその一瞬を突き、一気に距離を詰めて匙もろとも二人を視線の先の肉製品の売り場に殴り飛ばす!

 次は耐えきれなかったのか、二人は肉製品を辺りに撒き散らし、そこに衝突。

 今のは俺の攻撃に耐えることの出来なかった向こうのミス。

 俺は特になにも壊してはいない。

 序盤からこうなるとはな…………だけどあまりここに居座るのは得策じゃない。

 ここは―――

 

「小猫ちゃん……この場は相手側のどちらかをリタイアさせれば十分だ―――俺が匙を止める。小猫ちゃんはその間に……」

「……分かりました」

 

 俺は耳打ちでそう言うと、二手に分かれる。

 匙たちがいる方向は真っ直ぐに行く道と一度曲がって菓子製品の場所を通る二つの行き方がある。

 菓子製品の方から行けば姿は見えない……俺は真っ直ぐ、小猫ちゃんは見えない方から向かう!

 

『Boost!!』

『Force!!』

 

 二つの神器から音声が流れ、匙と仁村さんとの距離がなくなっていく。

 

「仁村、俺から離れんなよ!ラインよ!!」

 

 匙はラインをよくわからない方向に放つ……と思いきや、そのラインは色々な屈折をした後に俺の方に向かってきた!

 こいつ……神器をここまで使えるようになってるのか!?

 だけどこの程度、オーフィスの蛇の弾丸に比べたら!!

 俺はラインを避けながら進み、そして走る最中で胸のフォースギアに手を当てた。

 

「―――四十段階、創造力が溜まったな」

 

 この戦い、一つの籠手では火力不足だ。

 でも禁手ならば火力は高すぎる。

 なら話は簡単……二重倍増の倍増を身体能力面に特化させればいい!

 

「小猫ちゃん!時間を十秒稼いでくれ!!」

 

 俺は大声でそう叫ぶと、その場で止まる。

 

「『創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す―――故に我、求める…………神をも殺す力―――神滅具(ロンギヌス)を!!』」

 

『Creation Longinus!!!!』

 

 フォースギアより放たれる白銀の光が俺の右腕を覆い、次の瞬間、俺が動き出すのとほぼ同時に白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)が装着された。

 

「行くぞ、匙ッ!!」

『Start Up Twin Booster!!!!!!!』

『Boost!!』『Boost!!』

 

 俺は匙に叫び、ツイン・ブースターシステムを発動し、二重倍増を開始する。

 倍増感覚は二分の一になり、それ以上の利点である左右別の解放も可能になる。

 

「あれはライザー・フェニックスを追い詰めた力ッ!ラインよ!!」

 

 匙は向かい来る俺に向かいラインを五本放つ……限界のライン数は知らないけど、それでも五本はかなりの精神力がいるはずだ。

 しかも付近には既に小猫ちゃんがいる……あまりラインを使わせるのは抑えたいが……

 ―――度胸はいるか。

 俺は魔力を右手の籠手に集中し、更に……

 

『Right Explosion!!!』

 

 倍増の力を解放し、力を上げる!!

 そしてようやくたどり着いた匙に向かい左手の打撃を放つ!

 

「ラインよ、巻け!!」

 

 匙は神器を装着している手でラインを円状に巻いていく……ラインによる盾!?

 あれは触れるのが危険だろうが……ここは押し通す!

 俺の拳がラインの盾とぶつかり合い、激しい轟音を轟かす!!

 こいつ……身体能力がかなり上昇してる!!

 俺の打撃の衝撃に耐えているほど……魔力による身体能力の上昇か。

 しかもラインの盾もかなりの強度だ!

 

「右手解放!!」

『Left Explosion!!!』

 

 俺は右手の倍増を解放、更にそれにアスカロンの力も乗せ、そしてラインの盾に打突を放った!

 

「くっ!アスカロンか……ッ!!だけどイッセー!!一矢報いるぞ!!!」

「―――ッ!!」

 

 盾は崩壊するも、その内からかなりの本数のラインが俺に放たれるッ!!

 こいつ、俺から嫌でも力を吸い取るつもりか!!

 

「……させませんッ!!」

 

 小猫ちゃんは俺から少し離れたところから相手の『兵士』を殴り飛ばし、それを匙に直撃させた。

 それにラインは俺のところには来ず、匙は味方の『兵士』にぶつかってそのまま同じように飛ばされる。

 ……とはいえ、ここまで粘るとはな。

 

「小猫ちゃん、やれたか?」

「……いえ、恐らくは私の動きはかなり研究されています。思い通りに攻撃が進みませんが……さっきの通り、向こうは私の動きについてこれません」

「なるほど……でも今のは本気でヤバかったな。あれが当たったら匙はかなりラインで俺の力を吸ったはずだから……」

 

 やっぱり匙は危険だ。

 予想をはるかに上回る勢いで神器を扱う上に、普段よりも魔力が高まっている気がする。

 というかそもそも匙はあまり魔力がある方ではないのに、この魔力量はおかしい。

 

「……まさか」

 

 俺は少し離れたところで膠着状態となっている匙を見た。

 ―――あいつの胸の辺りにラインが伸びており、あいつは今、何かをラインから吸った。

 

「お前……自分の命を魔力に変換しているのかッ!?」

「……ばれちまったら仕方ねぇ……ああ、そうだ!俺はお前みたいな魔力もなければ最強クラスの神器もねぇ!!そんなお前に勝つには、これしかないんだ!!」

「真正面から、正々堂々……」

 

 俺は以前、匙が言っていた言葉を思い出す。

 俺を絶対に倒してみせる…………そんなことを匙は言ってたよな。

 すげぇよ、お前……

 惚れた女のために命を賭けて、向かいくる。

 ――――――お前は俺が全力を持って倒す。

 

「匙、お前はすげぇ。認める……そんなことが出来る奴はめったにいねぇ―――好きな女の想いを守るために、そこまで出来るんだ…………いいぜ」

『Boost!!』『Boost!!』

 

 ……数段階の倍増が完了した。

 ―――考えるのは止めだ。

 こっから先は

 

「ここから先は男の勝負だ、匙!!!」

『Twin Explosion!!!』

 

 俺はそう叫び、二つの籠手の力を同時に解放した!!

 

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕、木場祐斗とゼノヴィアは立体駐車場を抜けて屋上に行くために現在行動している。

 元々のセオリーをあえて破ったこの戦法……部長もかなり大胆な手を取ったと僕でさえ思うよ。

 僕とゼノヴィアは屋上までの道を作りながら動いており、隠密行動のイッセー君なら、僕たちは陽動だ。

 そしてイッセー君たちが暴れる時には僕たちが隠密にことを進める。

 更に部長たちのチームが布石を打つ……パワーバランス的には一応は平等に分けられた理想的なチームだろう。

 

「僕たちの目的は避難所の確保……すなわち屋上を占拠することだ。ゲームの性質上、屋上というのは一番派手な戦いが出来る場所……ここを取れば僕たちの最大の武器を使えるってことなんだけど……理解していたかい?」

「いや、全くわからんかった……が、要約すると私を生かすために屋上を取れと言いたいのだろう?」

 

 僕は頷くも、少し溜息を吐く……まあゼノヴィアにそんなものを期待してもダメだよね……

 ―――部長の予想は的中したよ。

 僕とゼノヴィアは車の陰に隠れるとともに、今の一瞬で目視した相手の影を車のバックミラーで確認する。

 向こうからしたら屋上を取られてしまえば終わりだ。

 だからこそ、ここから僕たちを止めに来る。

 そんな予想だってけど、当たっていたようだ。

 ただ一つだけ考えるとしたら……いや、うまく行っているのなら構わないね。

 何かイレギュラーが起きてもそれを瞬時に対処する……それが僕の役目だ。

 

「ゼノヴィア、行くよ」

「了解」

 

 僕は小さくゼノヴィアと声を掛け合い、飛び出そうとした時だった。

 

『びぇぇぇぇぇん!!にんにく怖いよぉぉぉ!!!』

 

 ………………………………僕たちが出陣しようとした瞬間、複数体のコウモリを引き連れてギャスパー君が泣き声を叫びながら飛んできた。

 ―――僕の口とゼノヴィアの口は半開きになり、苦笑いをするしかなくなった。

 ギャスパー君は猛スピードで駐車場を駆け抜ける。

 何て速度だ……だけどあれでは格好の的だ!

 序盤からギャスパー君を失うのはまずい!

 僕は即座に小さめの聖魔剣を二本創りだし、ゼノヴィアと共に車陰から飛び出した―――と、その時、僕たちの近くにあった車が爆発したッ!?

 ……どういうことだ。

 そう思っていると、僕は僕たちがさっきまでいた付近にあるものが染み込んでいるのを確認する―――この匂い、今気づいたけど…………灯油だ。

 恐らくは術か何かで匂いを消したんだろうね……灯油自体はこのモールから調達したんだろう。

 そして僕たちが走り去ろうとした時に靴の摩擦で火花が起き、そして爆発した―――ギャスパー君が叫び来て、焦って速度を出し過ぎたのが幸いした。

 一歩遅ければ僕とゼノヴィアは間違いなく負傷を負っただろう……

 

「……外しましたか。まさかあんな乱入があるとは……」

「―――なるほど、こんな芸当が出来るのはそちらの眷属ではソーナ会長か、それとも―――あなただったというわけですか。真羅椿姫副会長」

 

 すると僕たちが先ほど人影を見かけた逆方向から薙刀と短刀を持つ『女王』の副会長と、確かソーナ会長の『僧侶』の花戒桃さんと草下憐耶さんが出てくる―――『女王』と『僧侶』をこっちに送るってきたのか!?

 部長の予想ではこっちには『戦車』を送ると踏んでいたけど……まさか3人を向けてくるとはね。

 

『……祐斗。イッセーからの連絡で、イッセーと小猫は現在相手の兵士と交戦中。そちらにギャスパーを送ったわ。そちらは?』

「……向こうは『女王』と『僧侶』が二人、合計で3名です」

『……なるほど。あえて魔力に秀でた三人をそっちに送って来たのね……祐斗、カウンターには気を付けて。特にゼノヴィアはカウンターにめっぽう弱いから……それでギャスパーは?』

「…………何かに恐怖して、立体駐車場を全速力で突き抜けていきました」

『………………………………………………………………そう』

 

 すごく長い間の後、部長は呆れきったように頷く。

 でもギャスパー君の呆れた行動は結果的に言えば僕たちを救い、しかも今は屋上に向かっている。

 向こうからすれば止めるはずだった敵をみすみす逃がしてしまった……これは好機だ。

 

「ゼノヴィア、荷が重いと思うが、君はあの僧侶二人を相手してもらえるかな?最悪、足止めだけでも良い」

「私を誰だと思っている?足止めと言わず、リタイアにさせてやる」

 

 ゼノヴィアさんは空間に裂け目を作り、そこから聖剣デュランダルを引き出した。

 

「木場、一本、剣を創ってもらえるかい?」

「……了解」

 

 僕はゼノヴィアの目の前にシンプルな聖魔剣を創りだす……形はゼノヴィアが以前使っていたエクスカリバーに似せてあるから使いやすさは上々だろう。

 それと性質をパワー重視にしているからね……さて。

 

「僕はリアス様に仕える『騎士』、木場祐斗」

「私はソーナ様に仕える『女王』、真羅椿姫」

 

 副会長は薙刀と短刀を構え、僕は小ぶりの聖魔剣を両手に構えて動き出すッ!

 女王は全てのパラメーターが全体を通して高い万能タイプ!

 ならば『騎士』の強さで圧倒する!!

 僕はそう思い、初めから速度を全開で発動する。

 周りの障害物……足元は怖いから車の天井を伝って翻弄するように動いた。

 

「ッ!!以前よりもはるかに速いッ!!」

 

 副会長は僕に追いつこうとするも、僕は立体駐車場をここにいる誰よりも速い速度で駆け抜けていった。

 向こうだって大きな攻撃は出来ないからね……今回に関しては肉弾戦が多いだろう。

 イッセー君にはそう言われたけど、予想以上だ。

 

「聖魔剣よ!!」

 

 僕は車と車の間を飛ぶような動きをしながら、地面から次々に聖魔剣を生やしていく。

 先ほどここを見に来た時にここの配置を全て確認したからね!!

 僕は相手を翻弄しながらもゼノヴィアの方を確認する。

 

「……あれは結界!?」

 

 するとゼノヴィアは二人の僧侶に挟まれ、結界のようなもので動きを止められていた。

 ……やはりテクニックタイプか!

 あの熾天使の一人、ガブリエル様がアドバイザーをしていたそうだけど、テクニック関連が相当技術が上がっているようだ。

 だけどゼノヴィアに対してあれだけの結界で動くのは自殺行為だ。

 

「むぅ……―――デュランダル、その刀身に宿る聖なるオーラの加護を御剣へ……」

 

 するとゼノヴィアは僕の創った聖魔剣とデュランダルの刃を重ね合わせる……あれを使うつもりだね。

 アザゼル先生はデュランダルの使い方もそうだったけど、更にそのデュランダルの余りある聖なるオーラに着目した。

 あのオーラをイッセー君のように他の物体……他の剣に譲渡出来ないかと。

 本当はイッセー君のアスカロンをゼノヴィアが借りて、そのアスカロンであれをするはずだったんだけどね。

 アスカロンは宿主をイッセー君だけと認識しているのか、彼以外は使えないという欠点がある。

 代わりにその力は従来の聖剣の何倍もの力を発揮するんだ。

 デュランダルにはまだまだ可能性が秘めているというのがアザゼル先生の見解だけど……あれはただの全てを切り刻む聖剣ではないと思う。

 …………ゼノヴィアは動いた。

 デュランダルによる斬撃では辺りの車を波動で大破させてしまう恐れがあるからね。

 ゼノヴィアもそれを分かっているんだろう……デュランダルの力を聖魔剣に譲渡しての斬撃ならある程度、パワーは落ちるだろうけど、結界くらいなら簡単に切り裂く。

 

「たわいもないな」

 

 結界は破れ、ゼノヴィアは二人の僧侶に攻撃を開始する……相手は魔力を操った遠距離戦。

 だけどこれは序盤戦だ……相手も深追いで自分の味方を減らそうとはしないだろう。

 頃合いを見て戦線から離脱するはずだ。

 

「聖と魔、二つの聖魔によって形を成す」

 

 僕は小振りの聖魔剣を二本、片手で持ちもう片方の手に集中する。

 僕のしていた修行は剣技の再認識と神器の可能性を更に見つけることだった。

 そのために色々なことを考え、たくさんの経験を踏んだ……今ならば、出来るはずだ。

 僕はずっと聖剣計画によって犠牲になったみんなの想いはどんなものだろうと考えてきた。

 ―――皆、聖剣を……エクスカリバーを使いたかったはずだ。

 なら僕が、僕の中に永遠に生き続ける皆の想いに応えたい。

 

「僕の願いを、皆の願いを、魔の力と聖の因子によって紡げ―――ソード・バース!!」

 

 僕の手元に一つの剣が形作られていく…………それは以前の僕の憎しみの対象だったもの。

 当然、本物に比べたらさして脅威にもならないものだ。

 だけど僕たちの想いのこもったこれは―――聖魔剣エクスカリバー・フェイクは絶対に負けない!!

 

「―――ッ!!?」

 

 僕は白と黒の混じった聖魔剣・エクスカリバーを片手で持ち、もう片方に持つ聖魔剣二本を副会長に投げつけた。

 副会長は薙刀に魔力を集中し、斬撃波を放ってくるが、あの剣は両方とも囮。

 

偽・天閃(フェイク・ラビットリィ)!!」

 

 僕の声に応えるように、聖魔剣による力で僕の速度が上昇するッ!

 僕が使える能力は僕が実際に見て、対決したエクスカリバーのみ!

 その力も本物に比べたら劣るけどね!

 はぐれ神父、フリードがエクスカリバーを使いこなした状態で戦えたからこそ出来たことだ!

 

「せ、成長の幅が予想外ですッ!桃、助太刀を頼みます!!」

「はい!!」

 

 すると花戒さんから魔法陣が生まれ、僕に向かって何かを放つ……それと共に僕に何か重力のようなものが掛かった!

 ……だけど、魔法陣を切り裂けば問題はない。

 

偽・破壊(フェイク・ディストラクション)!!」

 

 僕の声を鍵として、天閃の力が解除され、そのまま破壊の力に換わる……この剣の弱点は能力の装填が必要なこと。

 普通のエクスカリバーと違い、僕の声を認証して力を変える必要があるんだ。

 ただ、研究されていれば予測は立てられるだろうけど……初見ならば強さは倍増する!

 僕は魔法陣を切り裂き、そのまま相手側の僧侶へと攻撃を仕掛ける―――と、その時、僕の前に一つの装飾された鏡が現れた。

 

「―――追憶の鏡(ミラー・アリス)……まさか序盤戦で見せてしまうとは……」

 

 すると車の上で薙刀と短刀を持つ副会長は、その鏡を自分の近くに移動させる……あれは彼女の持つ神器ッ!

 イッセー君の推測によれば、進化しているのは間違いないはずだ……ここからは用心して責めないとね。

 ……それにしてもなぜ会長は僕たちのチームに『騎士』を当ててこなかったんだろう。

 それに『戦車』もだ。

 ……まあ良い。

 

偽・夢幻(フェイク・ナイトメア)!!」

 

 僕は夢幻の力を発動させ、僕と全く見た目が同じの分身を創る。

 とはいえ幻術な上にエクスカリバーの足元にも及ばないレベルだ。

 ただの気休めでしかないけど……僕はもう片方に聖魔剣を創りだし、更に次の瞬間、かつて堕天使コカビエルがイッセー君に放ったように剣を次々に撃ち放つッ!

 そして僕は分身を操作し、副会長に挟み撃ちを掛けるように聖魔剣を振るった!

 

「鏡よ!!」

 

 すると僕の前に再び鏡が現れる―――どの類の神器かはわからないけど、危険な物に手を出すべきではないか。

 僕はそれをステップを踏み、それを回避―――そして副会長にエクスカリバー・フェイクを振りかざした!!

 副会長はそれを薙刀で受け止めようとする……今だ!!

 

偽・破壊(フェイク・ディストラクション)!!」

 

 聖魔剣の性質を瞬時に変換、僕は破壊化したエクスカリバー・フェイクで薙刀を粉砕した。

 エクスカリバー・フェイクをそのまま副会長に向かい振り落す…………と、またもや剣が触れる寸前で鏡が現れた。

 ……まさかこれは。

 僕は剣を止め、一度距離を取る。

 

「…………なるほど、あなたにゼノヴィアを当てなくて良かったです」

「―――まさか、私の神器を」

「ええ……追憶の鏡…………それはカウンター系の神器ですね」

 

 僕は副会長にそう言い放つ。

 副会長は先ほどから決まって僕が攻撃を当てる寸前であれを使っている。

 つまりあれには攻撃をする寸前で当てると効果のある神器と仮定すると……おそらくは防御系かカウンター系。

 フェイクで一回目に僕の前に壁として出したんだろう……僕に神器を防御系と思わせたいがために。

 ……と、僕の頭ではここまでが限界だ。

 

「能力は何かは分かりませんが、つまり僕はそれをカウンター系の神器と想定した上であなたを見切れば良い―――僕にあなたを当てたのは失敗です」

「…………そうでしょうか?それに向こうの『騎士』の方はかなり苦戦しているようですが……」

 

 僕は副会長が示した方を見ると、そこには相手の魔力戦に苦しむゼノヴィアがいた。

 ……おそらく、全力のデュランダルによる斬撃波を放てば一発で終わるだろう。

 だけどルール上は派手で周りに被害を与える攻撃は出来ない。

 とはいえ、ゼノヴィアに副会長を相手させるわけにはいかない……ならば

 

偽・擬態(フェイク・ミミック)!!」

 

 僕は聖魔剣の形状を擬態させ、それを鞭のような形にする……これはフリード・セルゼンが行った応用法だけど、使わせてもらおう。

 剣は鞭のようにしなって副会長に迫るものの、副会長はそれを避けて一台の来る前の上に乗った。

 

「……その聖魔剣の力は大体理解できました。おそらくいくつかの能力があると思いますが、それを一度に使えるのは一つまで。しかも声で力を変える必要があるなら、対処法はいくらでもあります」

「ですが得物を失った今のあなたではカウンター系神器と短刀では限界があるでしょう…………それとも何か秘策があるんですか?」

「さぁ?」

 

 副会長は意味深な笑みを見せる…………これは何かがあるんだろうね。

 とはいえ、ゼノヴィアの援護に回らないといけないけど、目の前の敵はかなりやりにくい。

 流石は『女王』……一筋縄ではいかないね。

 

『祐斗、聞こえる?』

 

 ……すると部長が通信を入れてきた。

 

「部長……どうしたんですか?こっちは戦闘中ですが……」

『さっき屋上に向かったギャスパーから連絡があったわ。屋上には一瞬だけど人影を見つけたそうよ……おそらく、今の状況を考えるに―――ソーナは屋上で何かをしようとしていたわ。でもおそらく、無理と察したから引いたのでしょうね……そろそろ序盤は終わりよ』

「了解です…………それでは僕は一人でも多くを倒して見せます」

 

 通信は途切れ、僕は剣を構える。

 危惧すべきは彼女の神器。

 それ以外では僕は基本的に彼女を圧倒しているはずだ。

 ―――っと僕の背中にゼノヴィアの背中がぶつかり、背中合わせとなる。

 

「悪いね、木場…………予想以上にやりにくい。出来れば私も最小限の破損物で一撃、必殺のものを放ちたい」

「……本当に必殺かい?」

「ふふ……私の必殺は頼りになるだろう?」

 

 僕は少し笑みを浮かべつつも頷く。

 ……ならばやることは決まった。

 その必殺を直撃させる舞台を整えよう。

 

「ゼノヴィア、副会長はカウンター系の神器を持っている―――気を付けて」

「了解……行くぞ、木場!」

 

 ゼノヴィアはそう言うと、手元にあったパワー重視の聖魔剣を地面に刺し、デュランダルのオーラを溜めていく。

 なるほど、僕はそれの守護をすれば良いということか!

 僕はゼノヴィアの周りにいくつもの聖魔剣を彼女を守るように出現させ、そしてゼノヴィアに魔法陣による攻撃をしようとしている二人の『僧侶』に向かい聖魔剣を二本放つ!

 一撃でも当たればこの剣は悪魔を蝕む!

 

偽・透過(フェイク・トランスペアレンシー)!!」

 

 僕は今現在使用できるエクスカリバー・フェイクの最後の能力、透過を発動させ、僕の体を透明にした。

 これは制限時間があり、恐らく数十秒しか持たない……だけどそれだけあればこの場においては強い武器だ!

 

「消えたッ!?」

 

 花戒さんが驚いたように魔法陣を解いて僕を詮索し始める―――せめて一人だけでもリタイアさせるッ!

 僕は『騎士』の速度を発動させ、そのまま全速力で僧侶二人を剣で一閃しようとした―――その時だったッ!!

 

「―――ごめんね、木場君」

 

 ―――突如、すぐそばの車の陰から現れた刀を持った会長の『騎士』、巡巴柄さんが日本刀を鞘から抜いた状態で奇襲をかけてきた。

 不味い……僕の反応が少し遅れた。

 刀は真っ直ぐ僕に振られる……これは余りやりたくなかったけど……もう迷っている暇ではない。

 まさか序盤でこれを見せるなんて…………失態だ。

 

「ソード・バース―――聖魔の剣鎧」

 

 ―――次の瞬間、僕の体の周りに次々と聖魔剣が包んでいく。

 それにより剣は僕の体を覆う剣の鎧となり、巡さんの刀は僕には届かず、僕から『騎士』の速度で離れていった。

 

「はぁ、はぁ…………エクスカリバー・フェイクと剣鎧を創るのは容易じゃないね」

 

 僕は二つの技をしたことで少し息が荒くなる。

 ……これは僕の新しい可能性だけど、代わりに少し燃費が悪い。

 イッセー君の神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)と同様に、彼ほどではないが精神力を削り、体力も消耗してしまう。

 序盤戦でこの二つを見せるのは展開的にも体力的にもあまり良くない。

 ―――だけど、もう心配はなさそうだ。

 

「―――木場、ありがとう……行けるぞ!!」

 

 すると僕の後方には準備を終えたゼノヴィアの姿…………よし、これで数人のリタイアが決定した。

 悪いけど、これはもう避けることは出来ない。

 僕はゼノヴィアの宣言を聞いた瞬間、『騎士』の速度でその場を離脱した。

 副会長は鏡で警戒しているけど…………これはその次元ではない。

 

「木場の地中からの剣の出現を見て私は思った…………それは私でも出来るんだろうかと…………実際にはあんな芸当、今の私では瞬時では不可能だったが、な!!」

 

 ゼノヴィアのデュランダルから圧倒的な聖なる波動がオーラとして放たれ、更に地面に刺す聖魔剣も輝く。

 まるで右から左へ、聖なるオーラが移動するような感覚……電線の回路がゼノヴィア自身とすると、発電機がデュランダル、そして地面との接続器具が聖魔剣。

 そして次の瞬間、事態は急変した。

 

「―――アンダー・デュランダルッ!!」

 

 ―――地面から噴火のように放たれる聖なる斬撃!

 しかもそれは聖魔剣を通過していることから魔の力も混じっており、それはいくつかの支柱のように敵へと放たれる。

 

「り、リバー――」

「止めなさい!それはまだ―――」

 

『僧侶』の二人が何かを言い合う中で、次の次の瞬間……『僧侶』の二人は聖なるオーラの光の中に消えていく…………いや、恐らくは……

 

『ソーナ様の「僧侶」二名、リタイア』

 

 これはまともに当たれば普通の悪魔なら命を落とす……その前に強制的にリタイアさせられたのだろう。

 巡さんはあの攻撃をいとも簡単に避ける…………あれを避けるとは。

 

「…………桃と憐耶の仇は!!」

 

 副会長の神器である鏡はあっさりと粉々になる…………あれをまともに受け止めるのは至難の技だ。

 だけど少し可笑しい…………なぜ、聖なるオーラは止まっているんだ?

 そう思った時だった。

 

「追憶の鏡は…………破壊されたときに衝撃を倍にして相手に返します」

 

 ―――その瞬間、聖なる地中からの斬撃がゼノヴィアへと放たれたッ!!

 まずい、あれはもう追いつかない!!

 ソード・バースで剣による盾を―――ッ!?

 

「邪魔は、させないよ!!」

 

 ……巡さんは僕と刀をぶつけ、僕の集中の邪魔をする。

 そしてゼノヴィアは―――

 

『―――ゼノヴィア先輩ッ!!!!』

 

 ―――突如、現れたコウモリの群れによって守られた……ギャスパー君が……ゼノヴィアを守っている?

 でもダメだッ!!

 あれではギャスパー君が!!

 

「ぎ、ギャスパー……?」

 

 ゼノヴィアがコウモリの群れを見ながら、呆然とする。

 

『僕、は……序盤以外では使えません……だからゼノヴィア、先輩ッ!!僕の代わりに―――戦ってくださいぃ!!!』

 

 ……ギャスパー君はそう叫び、そして―――

 

「ギャスパァァァァァァァァ!!!!」

『……リアス様の「僧侶」、リタイア』

 

 ……ゼノヴィアとアナウンスの音声が同時に僕の耳に鳴り響いた。

 

『Side out:木場』

 

 ―・・・

『……リアス様の「僧侶」一名、リタイア』

 

 ……俺と小猫ちゃんが匙と仁村さんと交戦中、そのアナウンスが響く。

 ―――ギャスパーが、やられたのか。

 だけどその前に相手の僧侶が二人、リタイアしている……そのことから考えるとギャスパーの敗退はそこまで戦況を左右するものじゃない…………でもッ!

 俺は自分の心を落ち着かせる……確かにやり切れないけど、今は目の前の戦闘が一番だ。

 俺は両手の紅蓮と白銀の籠手を構え、少し傷がある二人と対峙した。

 

「はぁ、はぁ……やっぱり、イッセーは強いな……だけど負けねえ」

 

 ……この二人は何度殴り飛ばしても起き上ってくる。

 …………正直、怖いな。

 諦めない瞳、自分がダメージを負っても俺を殴る根性…………俺もある程度は傷が出来ている。

 小猫ちゃんも無事には見えるが、服の下は少し殴打による傷があるらしい。

 俺はツイン・ブースターシステムを使っているけど、いつも通りに戦えないからな。

 一撃一撃は弱いし、大きな力技は避けられる……かと言って速度を出し過ぎることも出来ない。

 この物が多いフィールドは俺にとっては最悪だッ!!

 

『Boost!!』『Boost!!』

 

 二重倍増は問題なく行われ、俺はかなりの倍増が溜まった。

 これはもう確実にここは仕留めた方が良い―――多少の物を破壊するのも覚悟しよう。

 俺は籠手を打ち鳴らし、足元に力を入れる。

 そして―――力を解き放った!!

 

『Twin Explosion!!!』

 

 二つの籠手の同時解放!!

 その力を全て力に送り、そして走り出す!!

 瞬時に俺は匙の前に到着し、そして拳を匙に放とうと―――

 

「―――へへ、悪いな、イッセー…………俺も本気なんだよ」

「ッ!?先輩、ダメです!!!」

 

 その時、匙は笑い、小猫ちゃんは俺に静止の声をかけた。

 だけど俺はそんなものお構いなしに匙に打撃をうち放つ!!

 その瞬間だった。

 

「―――反転(リバース)!!」

 

 ……突如、横の物陰から人影が姿を現し、そんな言葉を口にした。

 

 

 ――――――その瞬間、俺の力が一気に…………………………無くなった。

 



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第13話 封じられし兵藤一誠

 俺の力が唐突に消えてなくなったように抜ける……なんだ、これはッ!?

 先ほど、二重倍増の力を解放して匙を倒しに掛かった矢先、不意に物陰から現れた女の人……会長の『戦車』である由良さんが言った瞬間、俺の力は消え失せ、人間レベルのものとなった。

 ……いや、消えたレベルではない……まさにこれはあの時の感覚と似ている。

 ―――白龍皇に力を半減された時の感覚……それが更に何倍にもなったような……

 

「悪いな、イッセー!!―――ラインよッ!!!」

 

 ……匙から放たれる8本ものライン……恐らく匙の出せる限界の本数に近い数だろう。

 あいつの表情がかなり苦しそうになっているから一目瞭然だ。

 だけど俺はそれを避けれない……いったい、何が起こったんだ!?

 そして俺は…………匙のラインの餌食となる。

 

「くッ!!俺の力を吸う気かッ!!」

 

 こいつの目的は俺の無力化からの神器による力の吸収!

 くそ、失態だ…………まさかここで『戦車』を投入してくるとはっ!

 待て、今考えるのはそんなことではない。

 俺の力を無力化した…………このことを考えるんだ。

 

「……イッセー先輩から、離れてください!!」

 

 小猫ちゃんは手に仙術による少し青いオーラを纏わせ、匙の腹部を全力で殴打した。

 匙は神器のコントロールに集中しているせいか、防御も出来ず激しい打撃音と共に吹き飛ばされる。

 

「はぁ、はぁ……小猫ちゃん、サンキュー―――アスカロン!」

『Blade!!』

 

 俺は再び籠手からアスカロンを取り出し、ラインを完全に断ち切る……だけどかなり力を持っていかれた。

 今の俺は人間クラスか?

 今は下手な攻撃でもやられる可能性がある……それに神器も発動は出来ない。

 さっきの向こうの攻撃を見極めない限りは、な。

 

「……小猫ちゃん、今の攻撃の感触は?」

「…………仙術を合わせましたが、少しの間だけ気が狂い、行動できなくなる程度です。骨もひびくらいは折れていると思いますが……」

 

 ……どちらにしろ、今の俺は完璧に足手まといだ。

 相手は行動不能の匙を除けば、五体満足の由良さんと仁村さんがいる。

 こっちは小猫ちゃん……圧倒的に分が悪い。

 とはいえ、逃がしてはくれないだろうな……

 

「兵藤君……あなたはここで打ち取るわ…………匙くんが作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかないもの」

「打ち取らせねえよ―――何せ、俺は眷属を守り抜くと決めてるからな。どんだけピンチでも、俺は切り抜けてみせる!」

 

 ……考えろ。

 由良さんは現れた瞬間、反転(リバース)と言った。

 これがもし何かを引き起こすキーとなるものだとすれば、恐らくはその言葉が俺の力がなくなった理由だ。

 なら反転とはなんだ?

 言葉通りの意味なのか?…………仮にこれが消失の力なら、バニッシュとかそんな感じの言葉でも良いはずだ。

 なら……おそらくは反転は何かを反転させるんだろうな。

 予備知識で調べた時にはそんなものは相手にはなかった。

 となると……後付けの能力。

 だけどそんなものは簡単に身につくはずがない。

 とすれば―――まさかとは思うが、匙と同様に命を賭けているってわけか。

 

「……留流子、あなたは私が出てから兵藤君を倒して。今の彼は人間クラスよ」

「分かりました……匙先輩、少しここで見ていてください!」

 

 すると二人は同時に動き出す……おそらく、仁村さんは俺を取りに来る。

 小猫ちゃんの相手を由良さんがするんだろうな……だけど、今の俺がたとえ弱っていたとしても……

 

「ちょっとさ…………俺を舐めすぎじゃないか?」

 

 あんまり簡単に取られると思われるんのは頭に来るんだよ!

 魔力は使ってはいけない……反転の力はもしかしたら放たれた攻撃を反転させ、跳ね返してくるかもしれないからな。

 つまり体技のみで相手を圧倒する。

 今の俺は力はない、神器は使えない。

 あるのは観察するための眼と今まで培ってきた経験と体術。

 予測しろ、相手の動きを……相手は力はあるにしろ、戦闘においてはド素人。

 たとえ速度があっても相手の動きを予測し、表情から相手の次の手を読み取れ。

 

「ッ!?攻撃が、当たらない!?」

「留流子ッ!早く向こうに加勢をッ!」

「……させません」

 

 ……小猫ちゃんは俺と体術もしていた。

 あれしきの事、どうとでもなるはずだ。

 ―――俺は相手の攻撃を避け、そして距離を一定に取りつつ考える。

 反転……オセロで言えば白を黒に返すことを反転と言う。

 じゃあ俺がされた反転は何なんだ?

 俺があの時使っていたのは一つは魔力……だけど魔力を反転してもそれは聖力となるから、逆に相手からしたら厄介な代物になるはずだ。

 ――――――…………なるほど、そう言うことか!!

 

「小猫ちゃん!この場は一端を引く!!相手はかなり危険なものを使ってくるからな!!」

「ま、まずい!匙君!!」

 

 すると、小猫ちゃんが殴り飛ばした際が立ち上がり、腕をこっちに向けていた。

 ―――まさか、ラインで俺を拘束するつもりか!

 

「イッセー!!お前を逃がすわけにはいかねぇ!!」

 

 匙は俺へとラインを飛ばしてきた。

 ダメだ、ここで俺がやられたらこの情報が部長に行かない。

 ラインは俺の元に近づく。

 ―――その時

 

「――――――あらあら……私のイッセー君に手を出すのは許しませんわ」

 

 ……悠然としたその優しい声と共に、俺の横を雷撃―――雷に光の混じった力……雷光が通り抜け、伸びてきたラインへと放たれ、衝突する。

 それと共に俺の耳に音声が入った。

 

『―――イッセー、そちらに朱乃を送ったわ。そちらに大方、相手側の『戦車』が行っていると予想したけど……正解だったようね』

「……ははは。助かりました、部長」

 

 俺は通信の声に笑いながら、小猫ちゃんの元に行く。

 突然の攻撃に驚いている由良さんを不意打ちで蹴り飛ばし、そのまま小猫ちゃんと共に雷光の放ち続ける―――朱乃さんの傍に駆け寄った。

 雷光は匙のラインの動きを止める……ものの一瞬で燃え尽きるように、ラインは光が崩れるように消えた。

 

「なっ!!俺のラインがッ!?」

「…………まさかここで相手側の『女王』を……匙君、留流子、ここは引くわ!!」

 

 すると俺に蹴り飛ばされた由良さんは匙と仁村さんの腕を掴み、戦線から離脱し始める。

 

「い、イッセーを打ち取れてないんだぞ!?今が最高のチャンスだ!」

「相手側に『女王』がいる方が危ないわ!それに仮に取れてもこっちは全滅する可能性が高い!!」

 

 匙はその行動に文句を言うが、由良さんに封殺される。

 ……恐らく、分かっているんだろうな。

 朱乃さんが先ほど放った雷光……その恐ろしさを。

 普通の雷ならさして危険性はない……が、この雷光は堕天使の力である光力を含む。

 それらが相乗し合い、そして強化された雷が朱乃さんの新たに使う雷光。

 悪魔に対しては強力な武器だ。

 

「あらあら……私の後輩を苛めて、苛め返さず帰すわけないですわ」

 

 朱乃さんは追撃をするように雷光を何発か放つ……だけど先ほどに比べ威力を消している。

 ……たぶん、この場では使いにくいんだろうな。

 雷光は屋外で使うのが最も効果的な力……ここでは不利だ。

 とにかく、今は少し落ち着けるところに行かないといけないな。

 

「……逃がしましたわ……大丈夫です?小猫ちゃん、イッセー君」

「なんとか……助かりました、朱乃さん」

「……右に同じく、です」

 

 朱乃さんは俺たちの方に振り向き、ニコニコした表情で満足顔をする。

 雷光……朱乃さんは自分の過去を振り払い、ようやく前に進めた証拠。

 その力は、想いは……相当なものだ。

 

「朱乃さん―――朱乃さんの雷光は綺麗です。本当に、惚れ惚れするくらい!だから誇りましょう……その力を、自分のものって」

「ふふ……そうですわね…………ここは敵陣ですわ。まずはここから退却しましょう。ここからは中盤戦……祐斗くんの方も色々あったそうですから」

 

 ……そうだ。

 今まで抑えていたけど、既にギャスパーはリタイアした。

 それを思い出すとかなりきつい……ギャスパーを送ったのは俺だ。

 

「……大丈夫です、イッセー先輩」

「……ありがとう、小猫ちゃん」

 

 小猫ちゃんは籠手に包まれた俺の手を握り、そう言ってくれる。

 そうだ……今は感情的になる局面ではない。

 そう思い、俺たちは安全な場所へと向かった。

 

 ―・・・

 ……俺と小猫ちゃん、朱乃さんは俺たちの自陣に近いカフェの窓辺の椅子に座る。

 ここは仮に敵が来ても俺たちにとってはかなり有利な立地……ものは少ないほうだし、窓から外に行けるからな。

 そこで一旦落ち着くことにした。

 

「……これから俺は全員に通信を繋げます。少し今すぐに言わなければいけないことがありますので」

「……それはさっきの、イッセー先輩を無力化した力のことですか?」

「ああ……」

 

 俺は小猫ちゃんの言葉に頷いて耳に手を当てた。

 

「……皆、聞こえているか?」

 

 ……俺が通信を開始すると、通信を聞くみんながそれぞれ声を出して応答した。

 

「今から言うことを黙って聞いてもらいたい…………さっき、俺が完全に無力化された」

『―――ッ!?』

 

 俺の言葉を聞いて、通信を聞く全員が声にもならないように驚く。

 

『イッセー、どういうこと?』

「ええ…………正直、こんなことを予測もしていなかったんですが……向こうは反転(リバース)という力を使います。これは言葉通り、事象を反転する力ですが……恐らくは反転できる事象は限られています」

『……それでイッセー君はどうなったんだい?』

 

 祐斗が通信越しで俺に尋ねてきた。

 

「ああ……恐らく、俺が反転されたのは”倍増”…………しかも一度の倍増なら問題はないが、それを俺はツイン・ブースターシステムの時の解放でやられた」

 

 倍増が反転されたら、それは白龍皇の力の半減となる。

 解放は自分の内側で力を内放し、自らの力を倍増していくことだ。

 しかもツイン・ブースターシステムはその性質上、左右の同時解放時に通常の籠手の数倍の力を引き出すという利点がある。

 それがあるからこそツイン・ブースターシステムなんだけど、今回はそれを逆に利用された。

 力の解放は何も一気にすべてを引き出すわけではない。

 何段階に分けて力を解放し、そしてある地点で全ての倍増の力を解放出来るんだけど、今回はその一段階目で反転された。

 つまり、元々の力を簡単に飛び越え、俺を人間レベルまで力を半減した……激減だ。

 俺はそのことを皆に説明する。

 

『…………困ったわ。つまりその反転の力はイッセーの神器を封じたことになるわ。今は回復しているかしら?』

「……倍増を続け、一度解放したら元には戻りますが、それは一時的……しかもそこで更に半減されたらまた俺は使い物になりません……恐らく、反転は完全なものではない……徐々に力は戻りつつありますが……」

『事実上、ブーステッド・ギアは使えないことになるわね』

 

 ……フォースギアだけで戦えないことはない。

 だけど俺は既に40段階で神滅具を創造しているんだ。

 本来は20段階に短縮されてるけど、具現できる時間を長くするためにわざわざ40段階にした。

 ……恐らく、禁手クラスの力なら反転でも力のレベルが違い過ぎて無理だろうけど……あれはもっと物のないところでないと出来ない上に、反転されない保証は出来ない。

 さて…………俺もそろそろ出し惜しみは出来ないか。

 

『……こっちの状況を説明します』

 

 すると祐斗がそう話し始める……そう言えば向こうのことは何も知らなかったな。

 

『先ほどのギャスパー君のリタイアは副会長の神器によって跳ね返されたゼノヴィアの聖なるオーラを彼……彼女が身を挺して守ったことによるものです。ゼノヴィアはギャスパーくんが抑えきれなかったオーラの衝撃で少し負傷。だけど戦闘には支障はありません。今は戦闘中だった副会長、巡さんを聖魔剣の幻術で回避し、本陣の近くで待機しています』

 

 ……ギャスパー。

 あいつはおそらく、序盤戦以外で自分は戦力にならないから、ゼノヴィアを庇ったんだろう。

 だけどそんなことは簡単に出来るものじゃない。

 例え命は保障されているゲームでも、そんな恐ろしいことは生半可な覚悟ではできない。

 ……あいつも強くなってる。

 本当は神器を使えるのに今回はそれを禁止されて、悔しい思いをしただろう。

 だけどあいつはよく戦った……本当に!

 

『……だけどギャスパーの犠牲は私たちに勝機を見出したわ……私たちはソーナたちの企てをことごとく打倒している。つまりは向こうも焦っているはずよ。向こうは僧侶を二つ消えているどころか、手の内をかなり出したのにイッセーとゼノヴィアは倒せず、更に屋上で何かをしようとしていたことも遮られた』

「つまり、相手は手を失い始めている……反転の力を晒し、神器の力も晒し、作戦は破綻……そろそろ何か仕掛けてくるはずだ」

 

 俺は椅子から立ち上がる。

 

『イッセー、行けるわね?』

「ええ……ちょっと俺も舐められたみたいですし―――ブーステッド・ギアを封じたぐらいで勝てると思っていた相手に思い知らせます」

 

 白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)の具現時間はゲーム中は続くはずだ。

 一度具現した神器は普通の神器同様、いつでも取り出せる……代わりにその度に制限時間が減るけど。

 俺の力は……半分は元に戻ったはずだ。

 俺の武器はフォースギア……恐らくアスカロンも反転で聖剣としての力を封じられるだろうからな。

 それと使い魔……あいつらは絶対に戦わせることになるな。

 ―――匙、まさかお前は俺が神器なしでは使い物にならないとは思ってないよな?

 いずれはこういうときが来るとは思っていたけど、まさかこんなに早くとは思わなかった。

 

「部長、指示を」

『ええ…………祐斗はイッセーと合流、小猫は続行でイッセーと組んで頂戴。朱乃はイッセーの危機にイッセーを守ることを専念。ゼノヴィアは一度私たちのところに戻りアーシアの回復を受け、こちらで待機……涙は祐斗が持っていて』

『はいッ!!』

 

 俺たちは同時に力強く言い、そして動き出す。

 これから向かうのは相手の本陣。

 向こうは恐らく、俺たちの本陣は狙ってこない―――向こうの本陣は一階の西側……つまり建物の入り口付近のカフェだろう。

 あそこはほとんど物がなく、俺たちからしたらもっとも戦える舞台。

 しかも近くにこれまた比較的に俺たちの戦いやすい広場がある……恐らくはここで俺たちを本陣に近づかせないようにするだろうな。

 俺がそこに入った時点で俺は『騎士』に昇格する。

 ここで最も戦いやすいのは騎士だからな。

 そしたら速度は相手を圧倒、神器創造により相手を屠る……この方程式が成り立つ。

 それをさせないためには俺たちを何とかそこで食い止める。

 要は俺たちよりも早く部長たちの方にたどり着く……こっちには俺たちの大半の戦力を送っている。

 相手はそれを予測するはずだ。

 ……局面は完全に俺たちの優勢に動いているはずだ。

 俺たち三人は相手の本陣に向け移動する。

 祐斗は後から俺たちに合流するだろうけど、部長は何で祐斗をよこしたんだろう。

 この局面なら祐斗ではなくゼノヴィアの方が良いはずなのに。

 そうしているうちに俺たちは広場付近に到着す…………る……………………おいおい、冗談だろ?

 何故だ…………何故、広場に――――――大蛇がいるんだ!?

 俺はつい目を見開いて素直に驚く。

 俺たちの目の前には体長は4メートルほどあるすごく強そうな大蛇がいた。

 

「これはまさか…………使い魔か!!」

「ええ―――そうですよ、兵藤一誠君」

 

 ……俺の言葉に誰か、静かな声の持ち主が応えた。

 その声の主は大蛇の頭の上…………そこに乗りながら俺たちを見下げていた。

 まさか……本陣を離れるのか!?

 そこには―――ソーナ会長がいた。

 

「……まさか自分で戦線に参加ですか?」

「ええ。ここであなたたちの最大戦力をつぎ込んでくるのは読めていましたので……ここであなたたちを全員で迎え撃とうかと」

 

 ……すると、広場の陰から会長の眷属が俺たちを囲むように現れる。

 ―――なるほど、本陣を捨てて全員でここに来たと。

 おそらく俺にブーステッド・ギアは封じたことを知らしめたからこそ出来た手だろう。

 ……ああ、確かにこれは大ピンチだ。

 俺の力はまだ完全に回復していない上に力を匙に吸われたからな。

 

「私たちは命を賭けています。これは私の夢を賭けた大勝負―――生半可な覚悟で挑めば、終わりです」

 

 すると全員が戦闘態勢を取り、ソーナ会長は蛇の上から降りてこちらを睨む。

 

「バジリスク!!イッセーを狙え!!」

 

 ……確かバジリスクは匙の使い魔だ。

 相当な力を持っているらしいし、たぶんあの蛇もかなり成長してんだろうけど……さて、そろそろ頃合いだな。

 

「イッセー、お前の神器は封じた!!この人数にバジリスクが相手だ!ここでお前を倒す!!」

 

 …………はぁ。

 ったく、あいつは――――――何、油断してんだよ。

 

「―――悪いけど、イッセー君だけじゃないよ。グレモリー眷属は」

 

 爽やかな声が響いた瞬間、匙の目の前に一瞬で現れる祐斗。

 それに匙は完全に反応できず、祐斗は聖魔剣をそのまま振るおうとした…………が、それを阻まれる。

 

「悪いね、木場君―――さっきは出来なかったけど、ここで勝負願えるかな?」

「……願ったり叶ったりだ―――偽・天閃(フェイク・ラピッドリィ)!!」

 

 祐斗がそう叫んだ瞬間、祐斗の速度は一気に上がる!!

 あれがあいつの新しい力……エクスカリバー・フェイク。

 現状では出力と能力がまだ弱いと言っていたけど、あれはかなりの可能性を秘めている。

 さて……祐斗が頑張ってんだ。

 

「匙さ…………お前だけが、強い使い魔を持っているとでも思っていたのか?」

「は?……まさか、お前―――龍王使うつもりか!?いくらなんでもそれはずるいだろ!?」

「…………お前、バカか?」

 

 俺はつい、本音が漏れてしまう。

 

「ば、バカだと!?これでも俺は学校の成績は―――」

「止めなさい、匙……それに龍王を使うことは禁止されています」

 

 ……ソーナ会長が匙の言葉を遮り言った。

 ああ、ティアの使用はルール上、禁止された。

 作戦時間の時には話題に出てこなかったが、昨日のミーティングの後にアザゼルに直接言われたからな。

 

「よし―――フィー、メル、ヒカリ!!聞こえてるか!?」

 

 俺は空に向かい、全力で声を上げる。

 これを三人も見ているはずだからな……あいつらのモチベーションを上げるために何かしてやんねぇと。

 

「ちょっと不甲斐ない兄ちゃんに力を貸してくれ!!―――汝、我の契約をもって召喚に応えよ!!」

 

 俺の足元に赤い魔法陣が現れ、そして俺はそこから一歩下がる。

 

「ッ!今すぐに兵藤君を打ち取りなさい!」

 

 するとソーナ会長は他の眷属にそう言うが、俺の仲間がそうはさせない。

 朱乃さんは雷光を、小猫ちゃんは仙術を使い俺を守護する。

 さぁ、行こう―――

 

「召喚!出でよ―――チビドラゴンズゥゥゥ!!!」

 

 魔法陣は赤く輝き、そして―――魔法陣より三人の人影が現れ、俺に飛びついて来た。

 

「にぃちゃん!!だいじょぶ!?」

「メルもしんぱいだよ!!けがないの!?」

「………………あれが、にぃにのかたき」

 

 ……あれぇ?

 俺の予想ではチビドラゴンズが颯爽と現れ、そしてカッコいい演出になるはずだったんだけどなぁ……

 幼女の姿で現れたフィー、メル、ヒカリの内、フィーとメルは俺に抱き着いて俺の心配をし、ヒカリは凄い敵意丸出しで匙をすげぇ睨んでる。

 あれだ……親の仇を見るような表情だ。

 

「……なんだろう、このそこはかとなく負けた気分は……」

 

 匙は俺の使い魔を見ながらげんなりする……ったく、シリアスが台無しだ!にしても可愛いな、チクシォー!!

 俺は宥めるように三人の頭を撫で、地面に二人を置いた。

 

「だがな!!明らかに俺のバジちゃんの方が強い!!聞いた話では幼少のドラゴンは余り力が上がらないからな!!」

 

 ……確かにバジリスクは短期間で相当なまでに成長しているようだ。

 だけど俺は匙の言葉に少し頭に来た。

 ―――誰が……誰の妹が弱そうだと?

 

「匙―――お前は今、ドラゴンファミリーの怒りを買った」

 

 恐らくこの放送を見ているティア、オーフィス、タンニーンのじいちゃんは切れてるだろうな。

 そして俺の中の相棒は……

 

『……熱い男と思ったがな―――相棒、もうやってやれ』

『主様、ティアマットの思いが私に流れてきます…………主様、あいつを殺せとの言葉をきっと彼女は言っているでしょう』

 

 ちょ、流石にそれは切れすぎ!?

 …………匙も運がない。

 この世で最も怒らせてはならない者たちの地雷を踏んでしまったのはお前だよ。

 

「いいか、匙―――兄は大切で可愛い妹を馬鹿にされると怒り狂う。姉もそうだ…………俺はこいつらのために、馬鹿にされたこいつらの努力を証明するためにお前を殺…………倒す!!」

「ちょ、なんかヤバいセリフ言っただろ!!―――バジちゃん!いけぇ!!」

 

 すると匙はバジリスクを俺の方に襲わせてきた。

 ―――俺は三人の背中に瞬間的に3つの龍法陣を描く。

 龍同士の心を繋げる簡易陣だ。

 これで心で会話できる。

 バジリスクは俺たちに襲いかかる―――その瞬間、突如バジリスクは雷と炎に覆われた。

 

「それと普通のドラゴンとこいつらを一緒にすんなよ―――こいつらは伝説の龍王に鍛えられてんだよ」

 

 俺は目の前でバジリスクを止めた三人―――ドラゴンの形態となった三人を見ながらそう言った。

 

「フィー、メル、ヒカリ!そっちは任せたぞ!!」

 

 俺はそう言うと、フィー、メル、ヒカリはバジリスクと交戦を始める。

 光速で動くヒカリがバジリスクを翻弄し、強い火炎と雷を持つフィー、メルが追撃のように攻撃を放つ。

 バジリスクは毒のようなものを口から吐くものの、そんな遅い攻撃故に簡単に三人に避けられる。

 さて。

 

「さっきは度胆抜かれたが、ここからはそうはいかねぇ―――行くぞ、匙」

「ああ……だけど今回は俺だけの力じゃない!!」

 

 すると匙は手元にある……大きな風船?のようなものを俺に見せてきた。

 ……その時、俺はそれの正体に気付く。

 

「―――俺から吸った力かッ!!」

「そうだ!お前に勝つにはお前から奪ったこの力と眷属の皆の力が必要なんだ!!」

 

 すると匙は自分の胸にラインを一本、更に複数のラインを各方向に放った。

 ―――それは皆と交戦している他の眷属の者。

 その皆からラインにより魔力を吸い取り、そして自分の生命力すらも魔力源として使う―――俺から奪った力は倍増の力。

 ……つまり眷属が一丸となり、匙に力を少しずつ託したことになる。

 

「お前から奪った力を魔力コーティングをしてもらった風船に溜めて、お前を倒すための布石とする!!俺は命を賭ける!!」

「……………………」

 

 匙は風船を割り、集めた魔力を全て解放し、そしてそれを俺の力で倍増する。

 匙の体中の血管からは筋が浮き出て、体が振動する―――あいつの付近で魔法陣が展開されている!

 恐らくはあいつによるもの……それにより匙の力は何倍にも膨れあがる。

 

「くっ!!お前を、倒すために、会長に禁止されてるけど使ってやるッ!!ヴリトラッ!!お前も龍王なら、あいつに勝たせろぉぉぉ!!!」

 

 ―――次の瞬間、一瞬だけ匙の付近に不吉な黒い影が見えた。

 あれは……ヴリトラの意識?

 そして匙からの威圧感は増す……あれは一種の暴走を利用した一意的なレベルアップ!命を削り、自分の力ではないレベルのパワーを引き出している!!

 魔法のようなものを利用してるのか!?

 ガブリエルさん……あんた、なんて危険な物を教えてんだよ…………いや、たぶん匙にお願いされて教えたんだろうし、禁止もしていたはずだけど……これは下手をすれば命を大幅に削ることになる。

 そこまでして……か。

 

「―――お前は遠すぎる!でも、今の俺なら届く!!たとえ自分だけの力じゃなくても、勝てればそれは俺の勝ちだ!!」

「…………ああ、そうだな。勝てれば、それはお前たちの勝ちだ。だけどな!!」

 

 俺は全魔力を解放する。

 ここまでの戦いで俺はほとんど魔力を使ってない。

 それはこの状況の可能性を考え、最小限にとどめてきたからだ。

 確かにこのゲーム、俺は派手な魔力弾や禁手は下手には使えない。

 頼みのブーステッド・ギアも封じられた。

 

「俺は絶対に負けねぇ!!たとえお前が眷属全員の思いを背負って戦っていても!!俺は仲間を守り抜き、お前を倒す!!!」

 

 匙は俺へと速攻と言える速度で近づき、俺に拳を放ってきた。

 俺はそれを――――――片手で掴んだ。

 

「なっ!?俺は、自分の体を何倍にも強くしてんだぞ!?なのに神器も使ってないお前がどうして!?」

「…………甘いんだよ、匙!!!」

 

 俺はその拳を手の平で砕くように握り、そしてそのまま全力であいつの顔面を殴り飛ばす!!

 その瞬間、バジリスクがその巨体で勢いよく飛んでいく匙を支える…………

 俺の体から魔力が漏れる―――これこそが、俺が神器なしで最上級の敵と戦うために編み出した技。

 きっかけは簡単だった。

 俺が夜刀さんと戦った時、俺は仙術によって気を狂わされて動けなくなった時、俺は魔力を逆にオーバーブーストさせて無理やり体を動かした。

 ……ならそれを実戦で使えないかって考えたんだ。

 もちろんそれの習得にあり得ない過酷な修行をして、しかも手に入れた今でも最上級レベルと相対するには修行がいる。

 だけど―――この戦いでは使える。

 体中に魔力を過剰供給し、肉体に負荷をかけ続け、脳のリミッターを強制的にはずし、身体能力を魔力のみで強化した状態。

 拳一つで岩を砕き、敵を崩し、神器がなくても戦えるようにした形態。

 すなわち

 

「―――オーバーヒートモード、始動」

 

 俺の体からは湯気のような霧が出て、俺は匙を睨みつける。

 

「ここからは俺は神器は使わない。ラインで俺の力を吸えば、お前は逆に暴走する―――こい、匙。男は男同士、拳で来い!!」

「ッ!!」

 

 匙は俺へと拳を放つ。

 俺はそれを敢えて避けず、そのまま受ける!

 

「ッ!?か、硬い!?」

「―――その程度なら、今の俺には傷一つつけられない!!」

 

 俺はその手を掴み、匙へとストレートを振るった!!

 匙はそれを避けれず飛んでいきそうになるが、俺は匙の手を再び掴んで空に上げる。

 ……この形態は身体面の全ての能力を一時的に爆発させる。

 燃費の悪いレーシングカーにガソリンを注ぎ込み、限界速度を超えて走るような状態だ。

 だけどこの状態なら元々の防御力よりも大幅なレベルアップが出来る……ただし、現在では限界が15分だ。

 それ以上するとリタイアの恐れがある。

 だけど……

 

「イッセーェェェェ!!!!」

 

 匙は空中でラインを二階の手すりに伸ばし、そのまま蔓で降りるように落下の力も加えて俺に蹴りを入れるッ!!

 

「くっ!効かねぇ……効かねぇよ!!!」

 

 俺は蹴りの痛みを我慢し、そのまま匙を殴り飛ばし、更に俺は飛ばした方向に移動する。

 すると主の危機を察知したバジリスクが俺の前に立ちふさがる!

 シャァァァァァァァァ!!!…………そんな声を放つと、すると俺の付近にヒカリが舞い降りた。

 するとヒカリは俺に龍法陣を掛ける…………これは自分の性質を少しだけ相手に付加する龍法陣!

 かなり高度な技のはずだ。

 すると俺の体は少し軽くなり、そして俺は一瞬でバジリスクに近づき、こいつの前で拳を振るうモーションに取る。

 

「お前の相手、は!俺だ!!」

「匙ッ!!」

 

 すると匙は俺の前に姿を現し、俺の拳を止める!

 ……俺の制限時間が過ぎるのと、こいつの魔力が尽きるの。

 たぶんこの殴り合いはそれが終わらないと終わらない。

 匙はどんだけ殴られても倒れない。

 そして俺も絶対に倒れない。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

 匙は無理やり体を動かし、俺へ拳をぶつけようとするが、俺はそれを避ける。

 ―――二度と、こんな戦いはこいつはしないだろう。

 こんな捨て身の戦い方、ガブリエルさんが許すわけがない。

 きっと会長だって許さない。

 だけどこいつは惚れた女のために、命を賭けて俺と相対する。

 正直言って、匙は魔力は弱い。

 動きも素人なら、神器だって俺の神器に比べたら並のものだ。

 ……だけどこいつは俺に似てる。

 俺が―――俺が兵藤一誠でなかった頃の俺に。

 才能が何一つなくて、禁手に至るのも数年掛かった俺に。

 魔力もなく、出来ることは自分の体を鍛えることだけだったあの頃の俺に。

 だから……だからこそ、俺はこいつを完膚なきまでぶっ倒さなくちゃいけない。

 こいつが俺に憧れてるっていうのならば、こいつは正々堂々、真正面から倒さなくちゃいけない。

 これはゲームだ。

 だけどゲームだろうと!!

 匙の……匙元士郎という男のこの想いに俺は全力で応えなければならない!!

 例え万全の状態でなくとも、俺はこいつが憧れ、目標となるための存在で居続けるために匙を倒す!

 こいつは俺のダチだから―――

 

「お前を倒す!!匙!!!」

「うるせぇ!!イッセー!!!」

 

 俺と匙の拳がぶつかり合う。

 俺は普段の俺通りの戦いをしていない。

 正真正銘、これは喧嘩だ。

 これほどわかりやすい男同士の喧嘩は他にない。

 拳と拳で、自分たちの想いと想いをぶつけ合う。

 例え俺と匙に圧倒的な差があったとしても、一瞬でも油断があれば俺は負ける。

 

「俺は、お前に、憧れてる!!でも、会長の夢のために―――お前は邪魔、なんだ!!」

「お前の王様だけが命がけで戦っていると思うな!!」

 

 俺は匙のボディーブロウを躱し、そのまま裏拳で匙を地面に叩きつける。

 匙は数バウンドしてすぐに立ち上がるも、俺はそれに食らいついた。

 

「部長だって、ライザーとの戦いでずっと後悔してた!」

「くっ!!」

 

 俺は連続で何度も匙に拳を放ち続ける。

 匙はそれを防御もせず、俺の顔面に重い拳をぶつける。

 

「部長だって負けられない!!自分のせいだと後悔して!!この日のために寝る間も惜しんで修行した!!」

 

 ……レーティング・ゲームを知るため、色々な資料を寝る間もなく読んでいたとアザゼルは言った。

 

「会長だって!!馬鹿にされて、夢をかなえるために!!このゲームに全てを賭けてんだ!!」

「こっちだって全力だ!!勝手に自分たちの想いを上にしてんじゃねぇ!!」

 

 俺は匙の拳に血反吐を吐きながらも、匙を頭から地面に叩きつける。

 ……今のは確かな感触があった。

 匙は頭を抑えながらも俺を睨みつける。

 

「上も下もねぇ。優劣を勝手に判断してんじゃねぇ。そんなことを考えているうちは―――お前の拳は響いてこない」

「く……そッ!!」

 

 匙はポケットから何かを取り出した―――瓶。

 つまりはフェニックスの涙。

 あいつが持っていたんだな。

 匙は涙を自分に振りかけると、今まであった傷がみるみるうちに治っていき、そしてあいつは再び立ち上がる。

 

「……あぁ、確かに俺はお前の言う通り、心のどっかで思ってたよ…………俺たちのゲームにかける想いは誰にも負けないって……実際にそう思ってる」

「…………こいよ、匙。俺は何度だって相手する」

 

 俺は拳を構える―――と同時に、ドスンという音がその場に響いた。

 俺はそっちを見ると、そこには体から少し血を流すチビドラゴンズと、光の結晶化して消えていくバジリスクの姿があった。

 更に他の俺の仲間は……傷だらけになりつつも、まだ戦える状態。

 数で圧倒はされたものの、相手の方が傷ついている。

 

「会長、もうあなたは攻め入られています―――もう反転は通用しません。祐斗の聖魔剣は反転しても変わりませんし、雷光は出力が大きくて反転は出来ないでしょう」

「…………残念ですが、チェックされていたのはあなた達ですよ」

 

 ……すると会長の姿が少しずつぼやけていく。

 

「ここには私はいません。なぜならここにいる私は映像。魔術を使い、そこにいるかのように見せかけた幻術です。これはそちらが倒した僧侶二人が残してくれた賜物。そして私は既にあなたたちの本陣の付近にいます。そこに魔法陣を展開し、私の眷属の数人だけでも転移させれば私たちの勝ちです」

 

 ―――会長はそんなことを言った。

 すると会長は少しずつ姿を消していく。

 ……おそらく、戦闘になれば気を読める小猫ちゃんがそんな余裕をなくすと思ったんだろう。

 実際に正解だ。

 そして人知れず王単身で気配を消し、俺たちの本陣に近づき、そしてそこに眷属を数人転移させる。

 俺たちの来る人物を全て理解した上での行動、今の俺たちの本陣にいるのはゼノヴィアと部長とアーシア……なるほど、確かにかなり危ない。

 しかもゼノヴィアは反転に対処は出来ないだろう。

 アーシアの回復の力を反転されれば、絶大なダメージがアーシアを襲う。

 そして本陣に行けば、この状態の匙や仁村さんと言った『兵士』は昇格する。

 

「…………悪い、イッセー……これはゲームだ。俺たちの目的は悟られることなく会長を送り届けるために派手に戦うこと」

 

 すると匙を中心としたシトリー眷属の数人が魔法陣に包まれ、消え始める!

『兵士』が一人、『戦車』が一人、『女王』が一人……恐らくは傷が深くない人物だ。

 残りはサクリファイス、か!

 そして会長の姿は消え、そのまま俺たちはその場に残された。

 

「さて、じゃあ残された私達でここを死守するわ―――私たちの勝ちよ」

「命がけで!!」

 

 するとこの場に残る巡さんと仁村さんは戦闘準備を始める。

 ――――――何も知らないで。

 

『皆、そろそろ始めるわ―――私たちの反撃を』

 

 そう部長から通信が入った瞬間だった。

 俺と朱乃さんはチビドラゴンズを連れてその場を一気に離脱する…………屋上に向かって。

 

「ど、どうして―――屋上への階段の方に……」

 

 遠目で見る巡さんが少し不安そうな目で俺たちを見た。

 あの場に残るのは小猫ちゃんと祐斗……それは相手の巡さんと仁村さんの足止めのため。

 ――――――ここからは反撃。

 何故なら………………部長は会長の最後の攻めを見抜いていたからだ。

 部長が最初の方に言っていた仕込みはこのための布石だったんだ。

 

「部長も今回はかなり頭が切れていますわ…………まさかこんな手を思いつくなんて、思ってもいませんでしたわ……少なくとも、失敗すれば私と部長、アーシアちゃんの行動は無駄になっていましたもの」

 

 ……部長と朱乃さん、アーシアは魔力面で優秀な側面を持っている。

 しかもこの三人は修行場所が同じで、そういう術関連の修行を積んでいたそうだ。

 つまり三人が集まれば高度な魔術的なものを仕掛けることも可能…………ギャスパーをあの展開で祐斗の方に送った大きな理由は屋上とその付近に魔法陣を利用した術を仕掛けるためだった。

 でもまさか会長が屋上で何かを企んでいたとは考えもしなかったけど……向こうもこっちも戦略や戦術が交差して、上手くいかないことが多かった。

 部長だって最後はほとんど賭けだった。

 なんたって部長たちの仕掛けた術は―――自分たちの本陣付近に転送されたものと術者を強制的に屋上に転送するというもの。

 俺と朱乃さん、チビドラゴンズは屋上に到着する。

 車は綺麗に端に避けられており、これがゼノヴィアが俺たちの戦闘に参加しなかった本当の理由。

 パワーのあるゼノヴィアが車を移動させ、戦闘しやすい布陣を作るために車を動かしたんだ。

 俺たちが到着すると―――

 

「早かったわね、イッセー……もう少し遅くても良かったのだけれど」

「…………リアス、あなたは」

 

 そこにはあらかじめ屋上で待ち伏せていた部長とアーシア、ゼノヴィアがいて、それに対抗するように会長の他の眷属が臨戦態勢を整えていた。

 

「正直な感想を言えば、ソーナ……私はあなたを甘く見ていたわ。まさかイッセーが一度突破されるとは思っていなかったもの…………反転。おそらくそれはイッセー攻略とアーシアの無力化のために用意していた切り札だったんでしょうね」

「ええ……でもまさかリアスがここまで私の手を潰してくるとは思いませんでした……いえ、私は舐めていたんでしょう―――あなたの眷属の兵藤君だけを潰せば、それで有利になると」

 

 屋上にいるのはソーナ会長、匙、真羅副会長、由良さん……こっちは俺、朱乃さん、部長、ゼノヴィアで、実質的にはアーシアを護るためにゼノヴィアは戦えない。

 部長もそこまで深く戦闘に参加できないから……実質俺と朱乃さんで会長を除いた三人と戦わないといけない。

 

「ソーナ……あなたは知らないと思うけど、私のライザーとのゲームの評価は最低なものだったわ―――一人の兵士と戦術を思考し、自らそれを感情任せに潰した王…………私はあのゲームでは何も出来なかった。だから私はあれ以来、一人でずっとゲームを知ろうとしたわ―――このゲーム、がむしゃらなのはあなただけではない。私だって、未来を賭けているわ!」

「私だって負けません!私には夢がある!!戦力的にはこっちの方が分があります!」

 

 すると会長は魔法陣を出現させ、それより水による物体……蛇やドラゴン、獣と言った造形のものを創り上げる。

 

「朱乃さん、副会長は任せます―――俺はあのバカと、決着をつけるので」

「……あらあら、そんな凛々しい顔を魅せられたら、頷くしかないですわ」

 

 朱乃さんは雷光を迸らせながら、少し頬を赤くして言った。

 俺はこっちを向く匙と由良さんと視線を合わせる。

 

「―――逃げてんじゃねぇよ、匙。お前の覚悟は十分分かった…………だけどな、こっちは今まで思い通りに戦えず、みんなに負担を掛けたばかりか、俺を応援してくれる大切な奴らにカッコ悪いところを見せちまった―――だからこそ、俺はこの場でお前を倒す」

「……来い!!イッセー!!」

 

 匙が再び自分の体に鞭を打ち、無理な力で血反吐を出すが、それでも好戦的な視線を俺に送る。

 

「にぃちゃん、ガンバレェェェェ!!!」

「にぃたん、だいすき!!そんなのたおしちゃえ!!!」

「にぃに!!にぃにぃ~~~!!!」

 

 ……チビドラゴンズは精一杯の声援を俺に送り、それを何度も大声で叫んだ後に限界を迎えてその場から離脱する……あいつらもバジリスクとの戦闘でかなり傷ついていたからな。

 

「見てろよ、三人とも……皆の想いに応える!!」

 

 オーバーヒートモードはもう使えない。

 一度あいつを戦闘不能に出来たから、もう十分だ。

 それにこのフィールドは―――俺の力を最大限に発揮できる場所だ!!

 

「行くぞ、ドライグ、フェル!!!」

 

 俺の腕に紅蓮と白銀の籠手が再び装着する……そして赤龍帝の籠手は光輝き、俺の体を覆った。

 そして次々に俺の体に鎧を装着させて行き、そして―――

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺は赤龍帝の鎧を身に纏い、その音声が鳴り響く。

 ―――そして、最終決戦が始まった。



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第14話 限界を超えて

 俺は赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏い、オーラを噴出させる。

 俺たちが今いるこの屋上は俺にとって一番有利な戦場だ。

 魔力弾は放てるし、空だって飛べる。

 俺は鎧を身に纏いつつ、右手には白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)を装着している。

 鎧とは倍増が別機関で動いているからな……まあ簡単に言えば鎧で制限なしで倍増した力を更に倍に出来るってわけだ。

 

「ば、禁手(バランス・ブレイカー)ッ!!やっぱりそれで来るか!!」

 

 匙は俺の姿を見て目を見開く……フェル、今の俺の具合はどうだ?

 

『はい。絶対に「強化」の力はダメです。あれをすれば昨日の傷が再び開きます。「創造」も抑えた方がよろしいかと……神滅具を具現している状態で別の神器は非常に危険です』

『相棒、アクセルモードに制限をつける―――一度だけだ。それ以上は相棒が持たん』

 

 了解……今ある武器だけで何とかやってやる。

 向こうはフェニックスの涙を使い、既に回復の術がない。

 俺は匙と由良さん、朱乃さんは真羅副会長と対峙する。

 ゼノヴィアは部長とアーシアを護る形でデュランダルを持っている……けど少し体が自由には動かないのか?

 少し苦い表情をしている。

 祐斗と小猫ちゃんは広場で巡さんと仁村さんと交戦中……これが最終決戦だ。

 さて―――相棒、一発のろしを上げるぞ!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

 俺は瞬時に力を倍増させ、そして禁手の力で一瞬で匙の前にたどり着き、そして拳を撃ち放つッ!!

 

「くっ!!反転(リバース)!!!」

 

 すると由良さんはそんなことをしてくる―――無駄だ。

 屋上に俺を連れてきてしまった時点で、相手側にあった俺に対するアドバンテージは失った。

 俺のブーステッド・ギアが封じれたのは、通常の籠手の状態のみ。

 

「たとえ、その反転があなたたちが命を賭けて使う力でもッ!!」

「なっ!?リバースが効かない!?」

 

 由良さんはその真実に恐れおののく。

 …………俺のこの鎧は俺が長い間かけてようやく手に入れれたものだ。

 

「たかが数日で手に入れた力で!!俺の魂の篭ったこの鎧に勝てると思うな!!」

「がぁッ!?」

 

 俺の拳が匙の腹部に突き刺さり、そのまま匙は屋上の車に激突し、更にそれを大破させてフェンスにめり込む。

 すると次は由良さん。

 俺に『戦車』の力と魔力を含んだ拳を放つも、俺はそれを敢えて避けない。

 

「―――小手先ばかりに時間を費やして、自分の体を作るのがおろそかになってる。それじゃダメだッ!!」

 

 俺は由良さんの拳を受けて、そう言い放って匙と同じ方向に由良さんを殴り飛ばす!!

 ……確かに、振動は俺の鎧越しにも伝わってきた。

 だけど、それだけだ。

 全然、匙ほどの力が伝わってこない。

 反転…………その力を何とか使うために修行してきたんだろう。

 だけど反転なんて、所詮は一度限りの不意打ち程度にしか使えない。

 その性質さえ分かってしまえば幾らでも対処の方法はあるし、それに頼り過ぎれば今度は隙が生まれる。

 …………ならば、それに時間を費やすならもっと肉体を強く出来たはずだ。

 

「―――立て、匙…………まだ終わってねぇだろ」

 

 俺は一歩、殴り飛ばした二人に足を進める。

 するとフェンスの方から、ガシャンという音が響き、そしてそこから―――匙が立ち上がっていた。

 

「く……流石は、イッセーだなぁ…………本気でもないのに、どんだけ想いのこもった拳なんだよ……」

 

 ……匙は血反吐を吐き、でも俺の方に向かって歩いてくる。

 おそらく、あいつの捨て身のパワーアップももう続かないはずだ。

 それでもあいつがあれを続けられるのは、まだ立ち上がれるのは…………男の根性だ。

 俺だったらどれだけ殴られても、どんだけ傷つこうとも倒れない。

 それをあいつは俺の前でしてるんだ―――はは、これがガルブルト・マモンが俺を相手にしていた時に感じた恐怖、か。

 怖いな……どんだけ傷ついても立ち上がる。

 想いのために立ち上がるこいつは―――強者だ。

 たとえどれだけ力が離れていようとも、こいつは立ち上がる。

 

「イッセー…………お前は、なんでそんなに油断しねぇんだよ……そんだけの力を持ってんのに、どうして格下の俺にそんな風に―――本気で、相手をしてくれるんだ……」

「―――格下じゃねぇ。お前は強い…………俺が認める。たとえどれだけ傷つこうとも、どれだけ地面を這いつくばっても―――諦めない奴が一番強いんだ!!だからこそ、俺はお前を倒す…………お前の気持ちに応えるために」

「くそ…………くそぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 匙は残る魔力を全て放射し、俺へと黒いラインを10本以上放ってくる!!

 もう避けねぇ……俺もこいつの想いに応えるために―――俺の全てをぶつけてやる!!!

 ――――――その時、俺の心の奥がドクンという音を響かせる。

 

『ま、まさか…………まさかこのタイミングでッ!?こんなことが、あり得るなんて……』

 

 するとフェルはどこか戸惑ったような、しかし少し嬉しそうな声を上げていた。

 

『主様…………主様は超えました―――わたくしの限界、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の更なる高みへ!!』

 

 ―――待て、それはまさか…………

 

『はい。主様が掲げた目標の内の最後の一つ―――事実上、あり得ないはずの現象………………すなわち』

 

 フェルが何かを言う前に、俺の右腕の白銀の籠手が光り輝くッ!!

 俺の手は震え、辺りに衝撃波のような風を吹き荒らせ、匙のラインを吹き飛ばすッ!!

 

『……ガルブルト・マモンとの事柄、このゲームが始まってからの様々な事柄……そして何より修行の事柄……その全てが主様の経験となり、そして主様は今、更なる高見への階段を目の前にしています』

 

 ……俺の突然のことに、その場での戦闘は一度中断し、みんなが俺を見ている。

 籠手は更に光り輝く。

 

『わたくしのフォースギアの禁手は今までの前例がないので、至れるのかは現状で分からない。ですが主様は敢えてわたくしではなく、わたくしの力で創った神器に着目しました』

 

 そう……俺はフォースギアを禁手にすることはまだ出来ない。

 だけど創造した神器…………この籠手ならそれが出来ないだろうかと考えた。

 そりゃあ一度創った後に経験を積み、禁手させるまでの時間が数時間しかないならそんなものは不可能だ。

 だけど俺はこれまで様々な経験を積んできた。

 だからこそ可能とは思っていた―――創造した神器のバランス・ブレイク。

 経験したことを全て神器に叩き込み、そして何か劇的な変化を起こして、俺の想いに応えさせる……それが禁手。

 

『形も能力も未知です。彼を倒すのは鎧だけでも十分です―――それでもこの力を使いますか?』

 

 ああ……俺の想いに応えてくれたんだ。

 ならその想いはあいつ―――匙にぶつけねぇといけない。

 

『ならば、ともに―――』

 

 フェルは静かな声でそう言った。

 そして俺はフェルと声を合わせるように―――

 

「『創造神器―――禁手化(バランス・ブレイク)』」

 

 そう言い放った。

 その瞬間、籠手は辺りに白銀の光を放ちながら、次第にそれは形と成す。

 ―――ブーステッド・ギアを複製したこの籠手は俺は普通に鎧になると思っていた。

 だけど違ったようだ。

 まるでこの戦いに応えるように、俺の一番望んでいる形となる。

 それは鋭利な鋭角のフォルムをした腕だ。

 まるでドラゴン……赤き鎧に現れた、美しい光沢の白銀の龍の腕。

 籠手とかなり形状が変わり、腕は太く、更に強大そうなオーラを放っている。

 俺はそれに見惚れた……これはまさしくフェル。

 美しく、崇高な見た目をする白銀のドラゴン。

 その腕は肩から一定の間隔で埋め込まれた宝玉を介して光り、手の甲の大きな宝玉はまるで全ての力を解放するように白銀に点灯する。

 そう、これは―――

 

白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)の禁手―――白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)!!!」

 

 白銀に光り輝く、俺の両腕に装着された左右一組の禁手。

 通常の籠手の数倍もの厚さを誇る硬質で頑丈な―――最強の拳だ。

 

「つ、創った神器を……バランス・ブレイカーにした?」

 

 会長はこっちを見て、目を見開いて驚いている。

 それはその場にいる全員―――呆けてんじゃねぇ。

 そう言おうとした時だった。

 

「呆けるな!!これは本気のバトルだ!!あれは今、初めて使うから隙もある!!力が全てじゃないってガブリエルさんに教えられただろ!?」

 

 ……匙は俺の言いたかったセリフを全て言って、そして俺を睨みつける。

 

「たとえお前がまた強い力を得たとしても、俺は諦めない―――お前が俺だったら、お前がそうするようにな」

「ああ………………行くぞ、匙」

 

 俺は白銀の腕を構えると腕の宝玉が一つ割れ、その突如、一瞬の内に何倍にも凝縮されたような倍増の力が俺の中に廻ったッ!?

 まさかこれは―――倍増の最大限のエネルギーを含んだいくつかの宝玉を破壊し、一瞬で力を解き放つ力なのか?

 しかもこの力はやばい―――鎧と合わせれば、下手すれば「強化」の力なしでも神帝の鎧と同等に戦えるッ!!

 

「一撃で決める」

 

 俺はそう言って、動き出す。

 匙の動きをよく見て、あいつの動きを予測する。

 この力があいつに放てるように、当たるように―――そして

 

「これで終わりだ、匙」

 

 俺は力を解放していない逆の腕で匙を上に殴り上げる!

 匙は空中に浮遊し、俺は鎧の倍増の力を背中の噴射口から噴射し、一瞬で匙の元に移動する。

 

「くそ―――強すぎんだ、ろ……イッセー…………ったく、これだからお前は―――憧れてしまうんだよ……」

「ああ、勝手に憧れろ…………俺はお前の憧れで居続けてやるから―――これで終わりだ!!!」

『Full Boost Impact!!!!!!!』

 

 白銀の腕よりそんな音声が響き、俺は匙へと全力で拳を打ち当てる。

 匙の腹部に拳が埋没し、そして腕の宝玉が白銀に光輝き、そして力は更に大きくなるッ!!

 鎧の倍増の力も更に加え、匙を屋上に向かい殴り飛ばし、そして―――

 

『ソーナ様の「兵士」一名、リタイア』

 

 ……屋上の地面に衝突する前に、匙は光となってリタイアした。

 さっきの攻撃……おそらくその前で既に満身創痍だったはずだ。

 それでもあいつは俺に立ち向かい、戦意を失いかけていた自分の仲間に叱咤をかけて立ち直らせた。

 下ではみんなが未だに戦闘を続けている。

 ゼノヴィアはアーシアを背後に俺が殴り飛ばした由良さんと交戦、朱乃さんは真羅副会長、そして会長は部長―――俺は部長の前に舞い降りた。

 

「匙は倒しました、会長―――これで数はこちらが有利になりました」

「ソーナ…………もうあなたの眷属は全てが満身創痍よ。それでも戦うならば、私はあなたと戦う」

「……そうですね。確かに私達は既に疲弊している…………ですが、私の大切な『兵士』……匙があれだけあなたに喰らいついて、私が諦めるわけには行きません」

 

 ……会長は水を魔力で操作し、そして部長を睨みつける。

 部長は嘆息し、そして俺の前に出る…………と共に、俺は膝をついて鎧を解除する。

 

「はぁ、はぁ…………強がってたけど、あいつもやるなぁ…………俺もそろそろ限界かも……」

 

 ……本音を言えば、俺は昨日の一件はかなり今日も引き摺っていた。

 普通に戦う分には問題ないけど、今回俺はオーバーヒートモード、そして……土壇場で手に入れた白銀の腕を使用し、持てる力を全て使ってあいつを終わらした。

 恐らくは……体力よりも体の中枢を担う神経に負担が掛かっている。

 気が少し乱れているんだろうな……もうこの腕くらいしか使えないぞ。

 

「イッセーさんッ!!」

 

 するとアーシアは俺に駆け寄って回復オーラを俺に浴びせてきた……最小の小さいオーラで瞬間回復。

 回復速度は磨きがかかっていて、反転のことも頭にいれて反転されない範囲で俺を回復した……神経の方もかなり楽になったな。

 ここから俺が出来るのはアーシアの護衛。

 アーシアは各人に回復オーラをすごい速さで放ち、サポートに徹底する。

 回復の出来る俺たちと、疲弊を続ける相手……勝敗は明らかだった。

 そしてその数分後……

 

『ソーナ様のリザインを確認しました。今回のゲームはリアス・グレモリー様眷属の勝利となります』

 

 ……ゲームは幕を閉じたのだった。

 

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼル……いや、その場にいる各勢力のトップ達はそのゲームを見て唖然としていた。

 恐らくこれは俺らだけではない。

 これを見ている最上級悪魔、レーティング・ゲームをする悪魔全体、そして冥界の市民。

 皆が驚いているはずだ。

 始まりは『王』と『王』の読み合い…………これはもう俺からすればプロの戦いと言ってもよかった。

 そしてゲームの進行に伴い、リアスが打った布石という賭け、ソーナの眷属の命を賭けた戦術……たとえ褒められたものではなくても、あいつらの思いがどれだけ大きいかを冥界中に知らしめた。

 その他にも木場の神器の新たなる進化、ゼノヴィアのデュランダルの新たな可能性、小猫の成長、朱乃の雷光、リアスたちにチャンスを作ったギャスパー、王として覚醒したリアス……

 特に匙という男はこの冥界にその名を轟かせたはずだ。

 あの赤龍帝にあれほど喰らいつき、あれだけの想いで命を賭けて戦い続けた。

 ―――そしてそれに全力で応えたイッセーもまた、その存在を冥界どころか全ての勢力に知らしめた。

 正直、鳥肌が立った―――あれほどの不利な戦局で、自分に不利な攻撃をされてもなおあいつは自分の力を最大限に使って相手を撃退した。

 昨日の件が未だに響いているのにも関わらず……しかもあいつが掲げた馬鹿げた目標すらも突破しちまった。

 あいつは今回のゲームで魅せた。

 その可能性とゲームの面白さ…………俺はこのゲームを評価できない。

 どっちの眷属も素晴らしすぎる……そう思わせるほどの好カードだった。

 

「…………これはどうするべきだろう……どちらの眷属も申し分ない。これを見ている冥界放送の視聴率が最高80%を超えたそうだ」

 

 するとサーゼクスは俺の隣でそんなことを言ってきた。

 ……おおよそほとんどの悪魔はこれを見てたんだな。

 

「正直、若手悪魔でこんなゲームを見ることが出来るとは思わなかった。どちらも一歩も引かないゲーム。ただ勝敗を分けたのは最後の一手を読んだリアスと、そのきっかけを作ったギャスパー君だろうね」

「……サーゼクス、あの兵士の二人、名を何と申した?」

 

 するとめちゃめちゃ顔を真っ赤にしてキャーキャー言っているヴァルキリーの横にいるオーディンが、面白いものを見たような顔をしてサーゼクスにそう尋ねた。

 

「リアスの『兵士』の兵藤一誠君と、ソーナの『兵士』の匙元士郎です」

「そうか…………あの二人、大事にするが良い。ああいう悪魔は将来、悪魔の世界を背負うべき者じゃ……あの二人の三度にわたる戦い、見ているこっちがハラハラしたものじゃい……ただシトリーの方に言っておけ―――あんな未来を潰す戦い方はこれ以降するな、とな」

 

 ……まあその辺はオーディンと同意見だ。

 あの反転(リバース)の力は俺たちグリゴリが研究していたものだ。

 以前までは属性のみを反転することしか出来なかったが、イッセーとの出会いでかなり技術が上がった。

 だがあれは後天的な能力だ…………後天的な神器のようなもので、しかもあれは命を削るもの。

 どれだけの強者でも一度の使用で命を削る危険な物だから、俺たちも研究を止めたほどだ。

 一体、あれはどこからのリークだ?

 ガブリエルはあれを見たとき、ここで驚いていたから絶対に違う……となればグリゴリの誰かが教えたのか?

 ……まあそれはおいおいどうにかするとして、とにかくあれは今後のゲームでは禁止にさせる。

 若い可能性の芽を摘みたくないからな。

 

「ふむ……これは悪魔も捨てたもんじゃないのぅ……愉快じゃ、愉快じゃ!」

 

 ……オーディンが誰かを褒めるのは珍しいな。

 っと俺はそこで反対側に座るディザレイド、シェル、そしてその二人の娘の方を見た。

 

「……あれがディーの言っていた面白く素晴らしい男、か……なるほど、確かに良い戦士だ。敵を下に見ず、たとえ不利な状況でも打開する……しかもあれほど熱い男―――お前と似ているよ、ディー」

「いや、彼を俺と一緒にするのはダメだ…………兵藤一誠はきっと、将来の悪魔を背負う存在になる」

「なるほどな……それでさっきからこいつが画面を見て全く反応がなくなったんだが……」

 

 するとディザレイドとシェルの娘がモニターに映るイッセーの姿を見てぼうっとしていた。

 ……おいおい、嘘だろ?

 確かにゲームにおけるイッセーは俺から見ても男らしい男……熱い想いで拳を振るうカッコいい奴だ。

 それは冥界全土に知れ渡っているとは思うが……まさかこの二人の娘もイッセー病にかかるか?

 こりゃああいつの女難は更に拡大していくだろうな……それを見て楽しみにしている俺もいるが。

 ……ヴァーリがなぜ、あの場に現れて言い訳をごねてイッセーを助けた意味が分かった気がするぜ。

 あいつは、たとえ敵であっても面白い。

 力もそうだが、あいつは無意識に色々な者を惹きつけてしまう。

 赤龍帝の性質以前に、あいつの行動は全部あいつに返ってくるんだ。

 それが友好にしろ、好意にしろ……あいつの女難は一生消えねえよ。

 あいつが自分の行動を変えるまで……んで、あいつはあの行動を止めることはない。

 なんつっても、俺はあいつの同志だからな!!

 

「うぅ~~~、ソーナちゃん負けちゃったよぉぉぉ!!でも………………」

 

 ……あれ?

 イッセー……お前もしかして―――一番ダメなフラグを立てたか?

 あのシスコン大魔王が妹以外でもない男に興味を示している……これは嘘であってもらいたい。

 でもあの魔王様、モニターをディザレイドの娘と同じような顔で見てんだぜ?

 

「……んで、ティアマットやらタンニーンやらオーフィスやらは何故殺気だっているんだ?」

 

 俺はモニターを見て殺気立つ奴らを見てそう言った。

 

「……あの匙とかいう男はこの世界で一番怒らせてはならん私たちを怒らせた」

「我、許さない。妹、侮辱、あいつ殲滅」

 

 ―――匙、お前、やっちまったな。

 このファミリー、自分の身内を少しでも馬鹿にされると怒り狂うみたいだ。

 これは自業自得……ちなみにあの小さなドラゴンは治療を受けているらしいが……

 俺は再び画面に目を戻す。

 ゲームは確かにソーナの負けでリアスの勝ちだ……だが、ソーナは自分たちの可能性を知らし、リアスは持てる全てをぶつけて勝利した。

 どっちも評価は高い。

 

「さて、どうしたものか…………ゲームで最も印象深かったのは三度の『兵士』と『兵士』の戦い……どちらにこれを贈ればいいんだろうね」

「ゲームでのМVPに送るものか…………そりゃあイッセーか匙、どちらかだろうが……」

 

 確かに、どっちに贈っても不思議ではない。

 片や新たなる可能性を示し、限界を超え、更なる高見へと昇り始めた赤龍帝。

 片や格上の敵に決死の覚悟で挑み続け、負けはしたが自分の眷属の強さを見せつけた男。

 どちらも賞賛すべきだし、МVPはどちらでもおかしくはないな。

 さて……これから更に面白くなってきたぞ。

 イッセーの成長は見ていて面白いし、戦っている姿は不思議と気持ちを高揚させ、あいつと共に戦いたいと思ってしまう。

 だがリアス、今回のゲームでお前は気を付けろよ?

 

「―――今後、リアスにはトレードの要請が殺到するはずだ。もちろん相手はイッセー君…………彼は既に最上級悪魔レベルな上に手元に置きたくなる……面白いね、彼は」

 

 そう……今回のゲームでイッセーはその強さを示した。

 悪魔は強い奴を望む傾向にあるからな……あのガルブルト・マモンは最初、イッセーと匙を称賛したそうだ。

 あいつは悪でも、この二人の性質を理解してたんだな……聞けばイッセーを自分の眷属にしようとしていたそうだし。

 

「さて、ゲームは終わった―――私は向こうに向かうよ」

 

 サーゼクスは立ち上がり、その場を後にする。

 そして俺もまた、ゲーム終わりのあいつらの元に向かった。

『Side out:アザゼル』

 

「終章」 可能性はどこまでも

 

 俺、兵藤一誠はゲームが終わった直後に医療施設に送られた。

 意識はあったものの、中々体の負担が大きかったらしい。

 にしてもこのゲーム……俺にとって得るものは大きかったな。

 オーバーヒートモードの力と創造神器の禁手化。

 まだ白銀の籠手だけしか出来ないだろうけど、確かな感触があった。

 あれをするには今後、神器を創造して俺の知識を神器に無理やり叩き込む必要があるな―――知識と経験、それを神器に送り続けて禁手化させるまでの時間を鎧で稼ぐ……これが俺のこの神器の使い方になる。

 あの白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)はあの時の俺の想いに合わせたから体への負担がかなり軽減されている使い勝手の良い禁手。

 宝玉には俺が篭めることの出来る最大限の倍増のエネルギーが篭められていて、タイムラグなしで最大限の倍増が可能になる。

 しかも鎧と比べて負担が少ないとなれば、俺の可能性は更に高くなるはずだ。

 危惧すべきは宝玉は一度使うごとに数を減らしていくということだけど……

 ……赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)の掛け合わせの絶対値は赤龍神帝の鎧に近いだろうな。

 別に俺はアーシアの力で既に回復しているから、ここに来る必要はなかったんだけどな……とにかく、俺は動けるから匙の病室に向かった。

 俺は二度、扉をノックして中に入る。

 

「……イッセーか」

「おう…………治療はされてるみたいだな」

 

 匙は俺の方を見て苦笑いをする。

 体中に包帯を巻いており、殴られた跡がまだ消えずに残っている。

 俺も結構殴られたけど……まあ修行の時に更に大きなものを喰らいすぎたからな。

 

「……勝てるとは、思ってもなかった。お前は強いし、俺のことを全く油断してくれないからな」

「―――響いたよ。お前の拳は、俺のここに」

 

 俺は自分の胸を叩いて匙にそう言うと、匙に手を差し伸べる。

 

「会長の眷属で俺にあそこまで喰いかかれたのはお前だけだ。あんな魂を込めた拳、この冥界を探してもあんまりいない―――ナイスゲームだよ、匙」

「…………くそっ……なんだよ、それ……カッコ、よすぎんだろッ!…………ありがとう、イッセー」

 

 匙は俺の手を取り、少し涙を流して強く手を握った。

 俺はそれを握り返す……お前は男だったよ。

 会長もそれを分かってくれているはずだ。

 

「……俺、先生になれるかな?」

「なれる。俺の太鼓判だ……あれだけの熱さを持っていれば、きっと良い先生なれる」

「はは……お前に言われると、何故か説得力があって困るな」

 

 俺と匙は少し話していると、唐突に扉がノックされてそこから紅髪の魔王、サーゼクス様が現れた。

 

「サーゼクス様?」

「さ、サーゼクス様!!!?」

「おや、イッセー君もここにいたのかい?」

 

 すると匙は取り乱したように驚き、俺は現れたサーゼクス様に視線を送るだけ―――テンパりすぎだろ、匙……

 

「いやいや、そんなに大層な態度を取らなくても良い。まずは労おうか……良い戦いだったよ、イッセー君に匙君。あれほどの名勝負はなかなか見れるものではない」

 

 俺と匙はその言葉に頭を下げる……だけど労いのためにわざわざ魔王様が直々に来るか?

 そう思っていると、サーゼクス様は高価そうな箱を俺たちの方に渡してきた。

 

「これはレーティング・ゲームにおいて最も印象に残った戦いをした者に贈る物なんだ……言ってしまえばМVPだね」

「……だけど、何故それが二つあるんですか?」

 

 すると匙は恐る恐るサーゼクス様にそう尋ねた。

 

「……悪いが、本当のМVPはイッセー君だ。これは勝者でもあり、更には他の方々の意見でもある…………だけど、私は匙君にもこれを贈りたくてね―――前例はないが、今回のМVPはイッセー君と匙君……君たち二人だ」

「……はい」

 

 俺はサーゼクス様の持つ箱を受け取り、礼を言うが…………匙はそれを受け取らなかった。

 匙は少し悔しそうな顔をして、サーゼクス様を見ている。

 

「……俺は……イッセーに負けました……だからこそ、そんな大層なものは受け取れませんッ!!俺は仲間に守られてようやくイッセーと戦えたんですッ!!それで負けているのにそんなものはッ!!」

「―――馬鹿か、お前」

 

 俺はそんなことを言う匙の頭を小突いた。

 その威力が意外と強かったのか、匙は小突かれた頭を抑えて悶え苦しむ…………ったく、こいつはしょうがないやつだな。

 あんだけゲームで強気だったのに、今はこれかよ。

 

「たとえ自分の力でなくても、勝てば俺の勝ちだ……お前はあの時そう言った―――俺はその時、言い返しただろ?勝てばお前たちの勝ちだ、って。これはゲーム、一対一で馬鹿みたいに戦うより、仲間と手を取って戦う方が良いに決まっている…………受け取れ、大馬鹿。これを受け取らないのは、自分の仲間を……会長の頑張りを無にしていることと同義なんだよ」

「…………でも」

「それはお前だけのものじゃねぇ―――お前の眷属全体に贈られたものだ」

 

 俺がそう言うと、匙は下を向いてサーゼクス様に礼を言い続ける。

 ……ったく世話の焼ける。

 

「ははは……イッセー君に言いたいことを全て言われてしまったね―――匙元士郎、先生になりなさい。君ならば、君たちならばきっと冥界を支える柱になれる」

 

 ……俺は病室を後にしようとしたその時、あることを思い出した。

 ああ……そう言えば、匙に言い忘れてたな。

 

「匙……お前、俺の妹を馬鹿にしたことを忘れるなよ?あれは流石にやばい―――世界最強のドラゴン達がお前を敵視するかも知れないけど、俺は助けないからな~」

「は?え、なにそれ……ちょっと待って!?最強のドラゴン!?っておわ!!」

 

 すると匙の病室の開いている窓から一本の矢がベッドに突き刺さる。

 そこには紙が巻かれており……矢文?

 匙はそれを見てガタガタと震え始める……俺は少し気になったから、それを奪ってて矢文を見ると……

 

『拙者、人というものに怒りを覚えてしまった……拙者は夜刀と申す。この度、主は我が家内のフィー殿、メル殿、ヒカリ殿を容姿で判断し、侮辱した―――正々堂々、果し合いにてこの怒りを晴らしたい所存でござる。更に申せば主は龍王、龍神、悪魔となった龍王すらも怒らせてしまったでござる…………いずれ会おう、黒きヴリトラの主よ』

 

 …………あの夜刀さんがこんなものを送ったか~……匙、お前は強く生きろ。

 意外と悪戯好きな夜刀さんのことだ……今頃、この匙の姿を少し笑っているんだろうな……ただ果し合いは本気と思うけど……

 

「やべぇ……お、俺……とんでもない奴らを、敵に?―――うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 匙が号泣する姿を見て、サーゼクス様は苦笑し、俺は面倒なので放置して病室から去る。

 そして病室に戻る最中……部長と出会った。

 

「あらイッセー……あなたはよく頑張ってくれたわ。それにその箱を貰えたのね―――本当に、あなたは私の誇りよ」

「いえいえ……部長の読みがなかったら、きっと負けていましたよ……俺たち全員の勝利です」

「ふふ……そうね。でもイッセー。いくらゲームだからって色々とカッコつけ過ぎよ」

 

 すると部長は俺にそんなことをガミガミ言い始めた。

 どうした?そう思うと、俺は施設の大きなテレビ画面に目が入る―――

 

『心配しなくても、可愛い後輩は俺が守ってやるよ』

『ここから先は男の勝負だ!!匙!!!』

『本当に、惚れ惚れするくらい!』

『ちょっと不甲斐ない兄ちゃんに力を貸してくれ!!』

『俺は絶対に負けねぇ!!たとえお前が眷属全員の思いを背負って戦っていても!!俺は仲間を守り抜き、お前を倒す!!!』

『こっちだって全力だ!!勝手に自分たちの想いを上にしてんじゃねぇ!!』

 

 ………………な ん だ 、 こ れ は ! ! ?

 先ほどのゲームがダイジェストのように放送されてる!?

 しかも俺がゲームの時に言った言葉が次々に放送され続けてるぅぅぅ!!?

 いや、マジで何これ!?

 

「……本当なら、ゲームにおいてその箱を貰ったМVPの悪魔はインタビューを受けるんだけどれどね?イッセーは運ばれたから放送の中で時間が余ってしまったの……だから急遽、ゲーム中の出来事をダイジェストすることと、それと確か―――」

 

 部長が何かを言おうとした時、ダイジェストが切れてどこかの施設の映像が流れる。

 するとマイクを持つキャスター?の人がハイテンションでそこにいる子供―――チビドラゴンズにマイクを向けた。

 

『この度、ゲームにおいて巨大なバジリスクを見事撃退した小さきドラゴン、使い魔の子達です!!さて、彼女らは兵藤一誠君の使い魔だそうですが、今の心境は?』

 

 キャスターはそう質問する……やめろ……なんか嫌な予感がするから!!

 

「カッコよかった!!にいちゃんはいつもやさしくて、つよいんだよ!!」

「にぃたんだいすき!!あとでだっこしてもらう!!」

「……にぃにはやさしいドラゴン!つよくて、かっこよくて、だいすきなおにいちゃん!!」

 

 ―――俺は、なぜか寒気がした。

 これはいけない、そう思ってしまった。

 

「部長―――これ、取り返しがつかないと思うんですが……」

「ふふ…………イッセーが有名になるのは誇るべきなのかしら、悲しいことなのかしら……いえ、イッセーと既にキスをしている私は……でも一番甘えてないし……イッセー、ちょっと頭を撫でてくれる?」

「え?あ、はい」

 

 俺は部長の頭を撫でる……部長は俺より少し背が低いからか、ちょっと頭を掲げた。

 綺麗な髪だな……ってそうじゃない!!

 これ、冥界中に放送されてる全国放送だよな!?

 なんだよ、この羞恥プレイ!!

 恥ずかしすぎるだろ!?

 

『『『やさしい、やさしい、ドラゴンはぁ~~~』』』

 

 しかもあのチビドラゴンズ、画面の前で歌を歌い始めやがった!?

 もう無理……俺はフラフラとした足取りでそのまま自分の病室に向かうのだった。

 

 ―・・・

「部長……俺、もうダメみたいです……」

「イッセー!ダメよ!!私はまだあなたとキスしかしてないわ!!死んではダメよ!!」

 

 ……なんてコントのようなことをする俺たち。

 病室に戻り、俺は現実逃避でそんな演技をして部長はなぜかそれに乗ってくれた。

 っとのこともあって、ある程度精神が回復した俺…………そっかぁ、俺、冥界中にあんな恥ずかしい歌を歌われたのかぁ……

 俺は無表情で放心していると、するとドアがコンコンと二度叩かれる。

 そして扉が開くと、そこには白いひげにローブを身に纏う爺さんがいた。

 傍には数人の女の人を連れており、そしてその爺さんに部長は立ち上がり、そして挨拶をした。

 

「あなたはオーディン様ですね?お初にお目にかかります……私はリアス・グレモリーです」

 

 部長はその爺さんを知っているようだけど……オーディン!?

 あの北欧の主神、アーズガルドの実質的なトップ!?

 神様だ!!神様がいる!!

 

「ほほう……ゲームでもそのけしからん胸を―――っとそうじゃないのぅ……ゲーム、見事であった」

「いえ、オーディン様にそう言っていただけるならば、今後も精進します」

 

 ……その爺さん、頭を下げる部長の胸を凝視する。

 ―――こいつ、エロ爺か!?

 

「っと、お主が赤龍帝じゃのぅ……実はお主に会いたい会いたい言っておったヴァルキリーが鼻血の出し過ぎで病院送りになったのじゃ……」

「えっと……とりあえず、そのヴァルキリーさんにお大事にって言っておいてもらえますか?」

「ほほほ……お主はまたロスヴァイセを殺す気かのぉ?」

 

 ……ロスヴァイセ?

 なんか聞いたことのある名前のような………………まあいっか。

 っていうか鼻血で倒れるって。

 

「まあ良い。あのヴリトラの男とお主の戦い、見事であった。あのまま先へ進むがよい……ではわしは今から神々や三大勢力との会議があるのでのぅ……また会おうぞ………………その前にあのバカを迎えに行かなくてはのぉ……」

 

 ……嵐が去るようにエロ爺は病室から出ていく。

 ってかロスヴァイセ―――今更だけど、ちょっと心辺りがある俺がいる。

 たぶんあの人も孫って言ったよなぁ……どうせ夏休みに一度あの人の元に行かないといけないから丁度いいか。

 そう思って俺は再び、先ほどのことが胸に刺さって眠りにつくのだった。

 

 ―・・・

 八月の後半。

 夏休みも残すところ1週間ほどで、俺たちは行きよりも人数が若干増えてるけど、ともかく今日俺たちは人間界に戻る。

 今、俺たちグレモリー眷属の面々は見送りに来てくれたグレモリー卿とヴェネラナ様、ミリキャス、グレイフィアさん、サーゼクス様と顔合わせをしていた。

 

「リアス。お前は良い眷属を持った。これからもその眷属と共に、精進しなさい」

「ゲームについてはよくやりました。それでこそ私の娘よ」

「はい、お父様、お母様」

 

 部長は二人に賞賛を贈られて少し照れた様子で礼を言う。

 俺はというと、ゲームの後から色々とあって、精神が削られているが……まあ元気だ。

 するとミリキャスは俺の前に歩いてきた。

 

「イッセー兄様!ゲーム、すっごくカッコよかったです!!あの白い腕もカッコよかったです!!」

「お、おう……ミリキャスも元気でな?」

 

 俺はミリキャスの頭を撫でてやると、ミリキャスは子犬のように嬉しそうに震える……こういう弟がいたら可愛いんだろうけどな……

 すると幼女モードのチビドラゴンズがミリキャスの方を睨んでいた。

 

「こら!にいちゃんにかわいがられるのはフィーたちだけ!!」

 

 すると3人のリーダー的存在のフィーがミリキャスに食って掛かる……この二人は毛色も性格も似ているところがあるからな。

 俺はフィーを宥めて嘆息する……すると俺はグレイフィアさんに話しかけられた。

 

「兵藤一誠様。名家との戦い、並びにゲームでの活躍……サーゼクス様はこれを高く評価し、それを上の方々に掛け合うそうです。上級悪魔、それが今のあなたの目標でしたら、それは近い将来叶うでしょう―――サーゼクス様からはその後を見据えなさい、とのことです」

「その後……ねぇ」

 

 俺はグレイフィアさんの言葉を重く受け止める。

 確かに俺には目標がない。

 上級悪魔になるのだって、俺の傍にいるこの黒歌のためだ。

 だけど……俺には目標なんてあるのかな?

 ただ皆をずっと守りたいし、楽しく生きていきたい。

 悪魔は永遠に近い年月を生きて行く。

 だからこそ、目標ってのはかなり重要なことだ。

 あぁ、これはまた色々なことを考えないといけないかもな。

 

「……ところで兵藤一誠君。私は君のことを親しく”イッセー君”と呼びたいのだが……良いだろうか?」

「私も呼んでも構いませんか?」

 

 するとグレモリー夫妻はそろってそんなことを言ってきた。

 

「ええ、構いませんよ。そう呼ばれる方がしっくりくるので」

「そうか……ではイッセー君。その手で、わが娘をよろしく頼む」

「色々と我が儘なところもありますけど、根は良い子なので」

「ちょ!お母様にお父様!!私は我が儘などではありませ……って朱乃にみんなもどうしてそんな顔をしているの!?」

 

 すると部長は苦笑いしている俺たちに向かい、そんなことを涙ながらにそう言った。

 

「イッセー君。先ほどグレイフィアに私の気持ちを言われてしまったけど……君には近々、色々な悪魔から眷属に誘われるだろう。だがどうか……リアスの兵士でいてくれ」

「あはは……俺の主は永遠に部長―――リアス様だけですよ。ご心配なさらずとも」

 

 俺は笑顔でそう返すと、サーゼクス様は納得したように何も言わなかった。

 そして俺たちは列車に乗る。

 ああ、色々あったけど、さらば―――冥界。

 色々なトラウマを残したが、まあいい思い出として頭に刻むよ、うん。

 そして俺たちを乗せた列車は出発したのだった。

 

 ―・・・

 帰りの列車の中で俺は窓辺の席で少しうたた寝をしていた。

 正直、まだ体の疲れは取れてない。

 ガルブルト・マモンの一件とレーティング・ゲーム(の後の騒動)で心身共に疲弊しているのだ。

 っとその時、俺の足元に一匹の黒い猫が現れ、俺の膝元に飛び乗った。

 

「何してんだよ、黒歌」

「にゃはは!ばれちゃった?」

 

 するとその黒猫は一瞬で黒歌となり、俺の膝元に座って抱き着いてくる。

 

「良い?イッセー……私は長い間、イッセーの近くに入れなかったから白音と一緒に甘える権利があるにゃん♪っていうか将来を約束されているから、この眷属で一番イッセーと一緒にいれるんだよぉ?」

「まあ黒歌は俺の眷属になるからな……まあまだ当分先だけども」

「……ありがとにゃ……白音と私に―――居場所をくれて」

 すると黒歌は俺の耳元でそんなことを呟く……居場所、か。

 むしろ俺はこいつらにそれを言いたい……俺は小さい頃、こいつらが俺の家に来てから素直に笑えるようになった。

 ミリーシェを失い、ただ誰かを守りたいことだけが俺の生きる理由だった俺に、生きる活力をくれたのは黒歌と白音だ。

 だからこそいなくなって悲しかったし、苦しかった。

 

「―――姉さま、ずるいです」

 

 すると小猫ちゃんは俺と黒歌のすぐそばに突然現れる。

 そして俺の空いている席にちょこんと座り、俺の腕をギュッと掴んできた。

 

「……甘えさせてください、ご主人様……」

 

 ――――――これはあれだ。

 俺は小猫ちゃんの猫耳&尻尾&頬を赤くした上目遣いに、何か目覚めてはならないものが目覚めそうになった。

 

「む……この眷属、白音が一番の敵にゃん……白音、私と取引しにゃい?」

「……取引、ですか?」

 

 んん?

 なんか黒歌と小猫ちゃんが取引なんて言葉を使い始めたぞ?

 

「そうにゃん―――私と一緒にイッセーを虜にするにゃん。イッセーは素直に甘えてくれてかつ、騒動にさせない女が好きにゃん」

「…………お姉さまと私が組めば最強、と言いたいのですか?」

「そうにゃん―――どう?」

「……分かりました、お姉さま」

 

 ……なんか知らないけど取引が成立してた―――っておいおい。

 これじゃあ俺の平穏が消えるじゃないか!!

 そうすると、俺の猫は満面の笑みを俺に向けてきて、そのまま俺を押し倒しやがった!!

 それを見た他の眷属、ドラゴンファミリーの面々はめちゃくちゃ反応してまたもや騒動になる。

 ……でも、俺は手元にいる二人の姉妹の温もりを感じて、心が温かくなる。

 ようやくこの二人は元の仲の良い姉妹に戻れたんだ。

 俺が二人に黒歌と白音という名前を付けた理由。

 ―――二人は猫なのに、いつも二人で仲良く、鳴き声で歌を歌っていた。

 歌で綺麗な音色を俺に聴かせてくれた―――だから白音と黒歌。

 俺の大切な…………大切な存在だ。

 俺はあの日、二人が居なくなった日を思い出す。

 大好きだった二匹が消えて、一日中、家にも帰らず町中を探し続けた。

 家に帰って何度も泣いた…………もう子供じゃなかったのに、子供のように……

 俺はその温もりを再確認すると、目から涙が落ちた。

 それを二人に悟られないように拭い、俺はただ―――止まらない涙をぬぐい続けたのだった。

 

 ―・・・

 駅に到着し、俺たちは共に荷物を持ってホームに向かった。

 帰る方向はアザゼルと祐斗以外は一緒。

 ああ、ティアはどうやら電車疲れで眠ったチビドラゴンズを連れて帰るようだった。

 まあとにかく、俺たちは駅から出ようとした―――その時、目の前に一人の男がいた。

 あいつは確か―――アーシアに変な目線を送っていたディオドラとか言う若手悪魔。

 そいつはアーシアの方に詰め寄ってきた。

 

「アーシア?アーシアなんだろう?」

「……イッセーさんッ」

 

 するとアーシアは俺の後ろに隠れて、怯える。

 でもディオドラはそんなことをお構いなしに詰め寄ってくるもんだから、オーフィスはそんなディオドラの前に立ち塞がった。

 

「アーシア、我の友達。怖がらせる、許さない」

「僕は君に話があるんじゃない―――アーシア、僕だよ。忘れてしまったのかい?」

 

 するとディオドラはオーフィスを避けて近づき、胸元を開いて傷を見せてきた。

 その傷を見たとき、アーシアが反応する。

 

「も、もしかしてあの時の……」

「そうだよ。あの時は顔を見せることが出来なくてごめん……僕は君に命を救われた悪魔だよ」

 

 こいつが……アーシアが教会を追放された原因となった悪魔ッ!!

 ディオドラは笑顔でアーシアに触れようとしてくる―――けど、俺はそれを遮りアーシアを護るように庇う。

 

「悪いが、俺のとこのアーシアはお前に怯えてんだ。お引きとり申し上げる」

「……僕はアーシアに話があるんだ。そんなに悪い事かい?」

 

 ディオドラはさも当然のようにそんな風に言ってくるが、悪いが俺は最初からこいつのことを何故か敵視してしまっていた。

 こいつに―――アーシアは触れさせたくない。

 

「アーシア、聞いてくれ。会合の時は挨拶が出来なくてすまなかった。僕はずっと君にお礼を言いたかった。あの時、君に救ってもらい、出会えたことは運命と思っている―――僕は君のことが好きだ。僕の妻になってくれ」

 

 ―――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!?

 ディオドラはそんなことを言って、そして俺の後ろに隠れているアーシアに近づいてその手を握って手の甲にキスをしようとした。

 ……その時、アーシアはその手を勢いよく振り切った。

 

「ご、ごめんなさい―――私、イッセーさんが大好きなので貴方とは絶対に結婚できません!!!!」

 

 ―――夏が終わり、秋となる。

 そんな季節の境目で、俺は初めて見てしまったのだった。

 …………真っ向から求婚を即答で拒否された男を。

 アーシアはそう言って俺の手を握る。

 眷属の皆は突然現れて振られ、意気消沈しているディオドラを哀れな目で見ている……恐らく俺の目もそんな感じだろうけども。

 …………………………俺はまず、この振られた残念な悪魔を放置するか、無視するか、憐れみを込めるかで迷うのだった。

 ……うん、また騒動の幕開けなんだろうなと俺は一重に諦めるのだった。



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番外編5 剣に誓いと願いを

 夏休みも終盤を迎えた8月25日の昼頃。

 俺、兵藤一誠は列車に乗っていた。

 俺の前の席には制服ではなく、かなり気合の入った服装をしている祐斗の姿、隣にはいつも通り清楚で可愛いワンピースを着るアーシア。

 祐斗は開いている窓から来る風で髪を靡かせながらクールでいて、アーシアは俺の肩に頭をコツンと乗せながら眠っている。

 ……俺たちがなぜ列車に乗っているかと言えば、それは少し前に遡る。

 堕天使コカビエルが学園を襲撃してきた際に発覚した聖剣計画の被験者……祐斗以外の他の計画の生き残りと会うために俺たちは遠い北欧に向かっているんだ。

 アーシアが何故この場にいると言えば……俺たちが冥界から帰って来た時にディオドラ・アスタロトに求婚され、それを即答で断ったのは良かったんだけど……それからあのフラれ悪魔は諦めてないのか、アーシアに無駄にプレゼントやデートのお誘いの手紙などを送ってくるんだ。

 それに嫌気のさした部長が俺と祐斗の数日かけた旅行にアーシアを同行させることにしたっていうのが実際のところだ。

 アーシアは言葉には出してなかったけど、かなり迷惑そうな感じになってたし、ストレスも溜まってたからな……それの気分転換って意味もある。

 俺がいない間はグレイフィアさんが兵藤家に居てくれるって言ってたし、まあ大丈夫だろう。

 ちなみにこの旅行、実は他の皆も来たがってたんだけど……まあそれぞれに事情があって来れなかったんだ。

 部長はこの前のソーナ会長とのゲームにおいてのことが雑誌に載るとのことで、その手の企業から依頼を受けて朱乃さんと共にモデルの仕事が入る。

 ゼノヴィアはまず宿題が一切終わっていない。

 ギャスパーはそもそもこんなところに来れるはずもない……だってまだまだ引きこもり気味だからな。

 小猫ちゃんは……まあ黒歌と絆を深めるべく今は家で色々と話すことになっており、当の黒歌も駒王学園の転入に関して色々と手続きがあるため来れない。

 ……っとまあこんな感じだ。

 オーフィスは今回は何故か遠慮したんだよ……噂ではティアと色々することがあるってことをチビドラゴンズから聞いたけど……まあいいか。

 とにかく、俺たちはそういうわけで北欧の田舎に向かっており、今はその最寄りまで列車で向かっているわけだ。

 長旅で少し疲れたアーシアは今も少し寝息を漏らしつつ寝ている……うん、なんか久しぶりに癒されるな。

 それにしても綺麗な髪だよな……っと、アーシアに見惚れてる場合じゃない。

 

「ははは、よく寝てるね。アーシアさん」

「お前は思った以上に落ち着いているんだな、祐斗」

「……まあ、ね。僕からしたら彼らは永遠に会えないと思っていた同志だからね……現実味がないんだ」

 

 祐斗は少し苦笑いをした。

 聖剣計画……聖剣の適合者を創るために始められた非人道的な計画で、その結果は大失敗。

 が、計画の責任者であったバルパー・ガリレイが被験者の子供のわずかにあった聖剣の因子を抜き取り、その後その被験者全員を口封じのために殺そうとした最悪の計画。

 それが聖剣計画であり、祐斗もその被害者の一人で生き残りの一人だ。

 とはいえ、祐斗は一度死んでいる。

 部長に命を救われたとはいえ、一度命を失って悪魔に転生したそうだからな……つまり、聖剣計画においての本当の生き残りは俺たちが今から会いに行くあいつらだ。

 

「……教えてくれないか?僕は断片的なことを君から聞いただけで、全てを知っているわけじゃないんだ。僕は知らないといけないと思う……ううん、知りたいんだ」

「…………あんまり、気持ちの良い話じゃない。正直言えば、あのことは俺の心に結構深く残ってんだ……それでも聞きたいなら、俺は話すよ」

 

 俺は一度深呼吸をして、目を瞑る。

 あの日のことを思い出すように記憶の断片を思い出していき、そして一息をついて話し始めた…………

 

 ―・・・

 当時、俺がまだ子供だった頃の話。

 俺は父さんの転勤……今になって知ったことだけど、ガルブルト・マモンと黒歌の一件で海外で2年間過ごしていた時の話だ。

 当時、俺は外国のある地域に暮らしており、俺の家族はある日、北欧の方に旅行を2週間ほどすることになった。

 そこはすごい自然の多い場所で、当然、当時から修行に明け暮れていた俺はその旅行先でも色々と遊んでいるという嘘を付いて修行をしていた。

 そんなある日、俺は少し離れたところにあった大きな森で修行をしようと思った。

 当時はフェルの神器に慣れることを第一に考えてたんだ……丁度、フェルの―――神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)に目覚めた付近でもあったしな。

 自分の知らない土地で、しかも人気の少ないところは神器の修行には持って来いだったから、俺は喜んで森で修行をした。

 ……修行をしたのは良かったけど、俺はそこであることに気が付いたんだ。

 ―――森の中にポツンと存在する、一つの大きな施設。

 余りにもその施設は不自然すぎた。

 それを見つけたその日、俺は嫌な予感がしたから少しだけその施設を調べようと思った。

 そこで俺が見たもの、それが…………ガスに苦しむ子供たちだった。

 中にはガスマスクをつけた大人が何人もいて……俺はそこでそのガスが毒ガスと言うことに気が付いた。

 俺は既に神器に目覚めていた上に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に関しては既に使いこなすレベルになってたから、大人が多数いても問題はなかった。

 俺は大人を全員血祭りにあげ、すぐさま苦しむ子供のところに行った。

 

「はぁ、はぁ…………きみは、だぁ、れ?」

 

 ……息は絶え絶えだった。

 嫌な汗をかいていて、支えた体は体重が乗ってすごく重かった。

 すぐに施設を換気して毒ガスは消えた……けど、毒は個人差はあれど、それぞれに回り始めていた。

 

「ちょっと待ってろ!!絶対に俺が助けるから!!」

 

 毒消しの神器……今になれば簡単に創れるものだったけど、力を得たばかりの俺はそれを創るのもかなり力が必要だった。

 ブーステッド・ギアとの併用で最短で創れても一つで数分……間に合うはずもなかった。

 …………毒は死に至らしめるまで時間を要する。

 つまり人によれば毒が回り始めても時間によれば助かる可能性があった。

 だからこそ……俺は決断するしかなかった。

 迷う時間すらなかった。

 俺の迷いが命を摘むことになることを理解して、ただ一心不乱に神器を創れば誰かを治す、創っては誰かを治す。

 確実に助かる人を率先して助け、でも…………間に合うわけなかった。

 そこには二十人近い子供がいたんだ。

 それを助けることは俺の力では無理だった。

 …………俺の神器は使えば使うほど精神を疲弊させる。

 俺は精神をすり減らしながら、助けることが出来る子供だけを助けたんだ。

 もう助からない子供は見捨てて…………そして少ししたら俺の体に限界が走るに決まっていた。

 結果的に俺が助けれた子供はほんの3人だった。

 それ以外はもう毒が回り、既に手遅れの状態……呼吸もままならず、俺は救えなかったことにその場で謝り続けた。

 

「ごめんッ!!助けることが出来なくて…………俺に、もっと……もっと力があればッ!!君たちを助けることが、出来たのにッ!!!」

 

 俺は体中から嫌な汗を掻きながら謝り続けた。

 神器の酷使で頭痛がしてたけど、それでも構わず謝り続けた。

 その中には息絶えた子供だっていた。

 なんの罪もないのに、ただ大人の欲望のために命を失ったのに……そしたら、一人の横たわる男の子が俺の手を握ってきた。

 眼も虚ろで、手は震えていて……温もりもなく。

 

「君は、僕、たちを救ってくれた……例え、僕たち、が死んでも……助けて、くれたのは……君だけだ……」

「違うッ!!助けられてなんてない!!こうして君たちが死ぬところを見るしか出来ないんだッ!!」

 

 その男の子は笑顔でただ俺に礼を言ってきた。

 これから死ぬのに、もう助からないのに。

 それは男の子だけではなかった。

 そこに倒れる、他のまだ意識のある子供たちは俺に笑顔を向けていた。

 何も出来ない俺に……救えない俺に。

 

「あり、がとう…………君が、来てくれたから……それだけ、で……救、われたよ……」

 

 ……一人ずつ力をなくして倒れていった。

 俺はそれを……その子たちの手を握って、そのかすかに残る温もりを確かめることしか出来なかった。

 一人倒れては俺に礼を言い、また一人が倒れる。

 礼なんて言われてはいけないのに、それでも子供は俺に笑顔を向けた。

 助けられない、それなのに助かった。

 わけがわからなかったよ。

 今から死ぬことを理解しているのに、それが怖くないように……ただ嬉しそうに、ただ優しそうな表情で……

 恨みもあったはずなのに、それでもそれを俺をぶつけずに……ただ”ありがとう”……そう言い続けた。

 

「君が、救った……僕、達の仲間を……守って、あげて…………それが僕たちの、たった一つ……一つの……お願い……」

「ああ、絶対に守るッ!!この命を引き換えにしても、絶対に守るからッ!!」

 

 その中で一番大きかった男の子の言葉に俺は何度も頷いた。

 この命を引き換えにしても守る……そんな軽いセリフに、その男の子は笑顔で応えてくれた。

 それがあまりにも俺の心に刻まれたよ。

 あんなに綺麗な笑顔を見たことがないから。

 今から死にゆくのに、助かった子供の心配ばかりするような優しい男の子だった。

 …………その男の子も次第に息を引き取る。

 そして…………もう、生きている子供はいなくなったんだ。

 俺の傍にいる助けることが出来た、たったの3人だけが生きている状態。

 そして倒れる子供たちは皆……安らかな表情だった。

 俺はそれを見て、自分の不甲斐なさのあまり拳が赤く染まるまで地面を殴り続けた。

 何度も、何度も……泣き叫んで、懺悔して……そしてもう生きていない子供たちを置いて……

 助けた3人を神器を使って何とか安全なところまで移動させた。

 ……俺の中では今でもあの時の事が鮮明に思い出せるよ。

 俺が救うことの出来なかった人、俺の無力さ。

 それを思い知ったからこそ、俺は今歩いて行けるんだ。

 もう二度と、あんなことにならないためにも。

 誰かを失わないためにも。

 それが俺が強くなりたい理由、強くある理由。

 それが……俺が大切な存在を守りたい理由なんだ。

 

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕、木場祐斗は列車の中でイッセー君の話した聖剣計画の話を聞いて、不意に口元を抑えてしまった。

 ……涙を堪えることが出来なかった。

 イッセー君の話は後悔の想いが重く伝わってきた。

 イッセー君は話している最中、不意に涙をこぼした。

 …………僕たちは、彼に何て重荷を背負わせてしまったんだろう。

 僕の同志を救ってくれた。

 それなのに、今なおイッセー君は涙を流すほどの悲しみ、後悔を背負っていたんだ。

 誰も恨んでいない……それが彼の心にあの時の後悔が残り続ける理由なんだろう。

 

「……っとまあ、俺の話はこれぐらいだ」

 

 イッセー君はいつも通りの表情で話を終わらせる。

 

「……イッセー君は、僕たちを救ってくれた……同志を……たとえ少ししか救えなかったとしても……君は僕たちの心を救ってくれたんだ」

「……心、か……そうだったら良いな。だけどさ……俺にもっと力があれば……救えた命もあったんだ」

「……僕は仲間に逃がされて生き延びた。そして死にかけだったところを部長に悪魔にしてもらい、命を繋いだ……僕も同じだよ。力がなかったから何も救えなかった……僕は救ってもらってばっかだよ」

 

 僕は涙を拭い、イッセー君に笑顔を向けた。

 

「だから僕は君のように強くなる。君の、眷属の剣となって皆を守りたいんだ」

「はは……守るのは俺の役目だ。剣の役目は―――眷属の敵を倒すこと。お前が剣となり、敵を倒せ。俺はその間は絶対に仲間を護るから」

「君は剣と盾を兼ね備えてるけどね?」

 

 僕は少し意地悪っぽく言うと、イッセー君は笑ってくれた。

 ……君にはそんな悲しそうな表情は似合わないよ。

 この前だって、君はその性質で、小猫ちゃんや黒歌さんを救った。

 きっとイッセー君はこれからも様々な人を救うだろう。

 その度に様々な人に好意を向けられ、そして振り回される。

 ……これはもうイッセー君の運命かもしれないね。

 イッセー君は誰かに好かれる性質だ……好かれるほどのことをしているから当然だろうし、僕だってイッセー君が好きだ。

 彼のためならば命だって賭けることも出来る。

 

「うぅぅ……イッセーさんがそんなことを思っていたなんてッ……!」

 

 ……するとイッセー君の肩に頭をコツンとあてて眠っていたアーシアさんがいつの間にか起きていて、イッセー君の方を涙目で上目づかいで見ていた。

 たぶんさっきの話を聞いていたんだね。

 アーシアさんはイッセー君の手をギュッと握って、ちょっと涙をこぼしている。

 

「あ、アーシア?お、起きていたんだな?」

「はい……イッセーさん、私はイッセーさんに救われました!!イッセーさんの事が大好きですからッ!!」

 

 ……アーシアさんは一度、死にかけた。

 そのことを思い出して、そして救ってくれたイッセー君に対して自分の想いを素直にぶつけている。

 

「はは……アーシアは大げさだな。よしよし、涙は止めような?」

 

 するとイッセー君は慈愛に満ちた表情でアーシアさんの頭を撫でる……それでアーシアさんはとろけたような表情になるけど……そういえば、イッセー君ってアーシアさんには特別に優しくしているような気がする。

 小猫ちゃんは飼い猫として可愛がられていたから、まあ可愛がられる理由としては分かるんだけど……アーシアさんは出会ってまだ数か月しか経ってない。

 それなのに、イッセー君の周りの他の魅力的な人達より丁寧に接している……なにか思うところがあるのかな?

 意外とイッセー君に最も近いのはアーシアさんなのかもしれないね。

 この前だってディオドラ・アスタロトの求婚を即答で断ったし……あの時は哀れと言うべきか、ちょっと無謀さに残念さを感じたけど。

 性格が悪い言い方をすれば、少し笑うのを我慢していた。

 ……確かにディオドラ・アスタロトは容姿は整っているとは思う。

 優しそうな雰囲気はしている……けど、相手が悪すぎるね。

 イッセー君は男の僕から見ても相当なほどに魅力的な人だ。

 彼の凄いところは、僕とは違い男子からも人気があるところ。

 ……僕は何故か目の敵にされているんだけど、イッセー君には女の子だけでなく男の子さえも惹かれてしまうんだ。

 何故か仲良くしたいと思ってしまう……彼の美徳だね。

 誰にも分け隔てなく接して、自分からは勘違いされるような態度はとらない。

 ……いや、実質には勘違いされるような態度は取っているんだけど、アフターフォローがうまいんだ。

 ―――とにかく、そんなイッセー君がアーシアさんには特別な接し方をしている。

 ……眷属の中で、イッセー君に普段から撫でられたり、あそこまで接触されているのはアーシアさんくらいだ。

 他の皆は大体自分からイッセー君の方に行って、そこから甘えてイッセー君もそれに応える。

 そんな感じだけど、比較的にイッセー君はアーシアさんに自分から近づいている。

 ……ちょっとだけ、アーシアさんが羨ましいね。

 

「そう言えばイッセー君。お母様はよく三人だけの旅行なんて許してくれたね?」

「…………それ、聞いちゃう?」

 

 するとイッセー君は引き攣った表情になってそう言ってくる……不味いね、地雷を踏んだのかもしれない。

 

「大変だったんだ……前に長期的に家を空けたせいで母さん、帰ってきたらめちゃくちゃ構ってちゃんになってて……父さんからも気を付けろって連絡が来て……」

 

 ……イッセー君がぶつぶつと何かを言い始める。

 ちなみにアーシアさんは聖母のような微笑みで沈むイッセー君の頭を撫でてる。

 

「……結論から言えば、昨日は母さんと満足するまでショッピングさせられて荷物持ちさせられたよ。それ以外にも……くそ、あの店員何がカップルだよ、目が悪いのか?確かに母さんは見た目は学生レベルだけど、もう…………」

「……アーシアさん、もうイッセー君を止めてあげて。このままじゃあ彼は壊れるよ」

「は、はいッ!!イッセーさん!膝枕してあげます!!」

 

 するとアーシアさんは膝を少し払うと、手の平で膝元をパンパンとたたく。

 

「とほほ……悪いな、アーシア…………ちょっとだけ、膝を借りるよ……あ、頭は撫でてて……」

 

 するとイッセー君は素直にアーシアさんの膝を枕にして横になる……何故だろう、このイッセー君を見ていると保護欲が湧く。

 ……赤龍帝ドライグや創造の龍、フェルウェルさんがイッセー君を子供のように接する理由が分かった気がするよ。

 

「ふふ……イッセーさんは甘えん坊さんです♪」

「嬉しそうだね、アーシアさん」

 

 甘えられて嬉しそうにイッセー君の頭を撫でるアーシアさん……イッセー君って中々誰かに甘えることがないから、これもアーシアさんに限定されることだね。

 最近ではイッセー君の周りの女の子たちが暴走して色々と振り回されていたからかな?

 この旅行中くらいはアーシアさんに癒されてもらいたいね。

 ……するとアーシアさんは僕の方をじっと見ていた。

 

「……木場さんは、イッセーさんのこと、好きですか?」

「好きだよ?」

 

 ……あ、つい即答してしまった。

 するとアーシアさんはちょっと心配そうな表情で……

 

「……えっと、もしもの話ですよ?その……イッセーさんに告白をされたら……どうします?」

「……………………あはは、それは男の僕にする質問じゃないね」

 

 僕は笑ってごまかすものの、アーシアさんはまだ僕の方を見ている。

 ……なぜだろう、顔が熱い。

 

「……木場さん、お顔が赤いです……うぅぅ……やっぱり、木場さんもライバルなんですかぁ?」

「ごめんね?男の好きと女の好きを同じにしたらダメだよ?…………でも、もし僕が女の子だったら…………たぶんアーシアさんに負けないくらいアタックしていたと思うよ」

 

 ……まあ嘘は言っていないよ。

 僕が女の子だったら、絶対にイッセー君に惚れているだろう……それは間違いない。

 少しだけ、ギャスパー君が羨ましいよね。

 ギャスパー君は両性だから、男としても女としても生きられる。

 性質的には限りなく女の子に近いけど……最近はイッセー君に影響されて男らしい行動も増えてきたしね。

 この前のゲームではゼノヴィアを庇って僕たちの勝利に貢献した……あのゲームでの眷属の中での評価の順番は一番はほぼ同じで部長とイッセー君、その後にギャスパー君が来るくらいだ。

 彼の評価もこの前のゲームでかなり上がったと思う。

 僕は天界の方々から絶賛されていたらしい……たぶん、エクスカリバー・フェイクを創りだしたことが一番の評価点だろう。

 ……っと言ってはいるものの、前回のゲームでの僕たちの評価は全体的に良い。

 低評価はないとアザゼル先生は言っていたからね。

 ただ一つだけ心配することがあるとすれば…………この前の放送は、冥界全土に放送されたものだった。

 そんな舞台で最高の戦いを魅せたイッセー君……これによりイッセー君はまた有名になっただろうね……彼は知らないと思うけど、実はゲームの特番でイッセー君のことを取り上げていたくらいだし。

 ちなみにこれをイッセー君が知らないのは……アザゼル先生が教えたら余計にイッセー君に負担が掛かる(精神的に)と言われたからなんだ。

 ……っとそうしている時、列車にアナウンスが入った。

 

「うぅん…………アーシアの膝は柔らかなぁ……」

「ふふふ……イッセーさんならいつでも大歓迎ですよ?いつでも膝枕します!!」

 

 ……そんなこといざ知らず、二人の世界に入っている。

 これ、もう夫婦の域だよね?本当に部長たちがいなくて良かったよ。

 僕は出発する前に朱乃さんと部長や、他の皆から……

 

『祐斗、アーシアとイッセーをあまり近づけてはダメよ?』

『アーシアちゃんは危険ですわ……祐斗くん?見張りは任せましたよ?』

『……もしイッセー先輩に変なにおいがしたら……許しません』

『あ、あうぅぅ……祐斗先輩、頑張ってください!!』

『木場、ホントは私も行きたい!しかし私は(以後省略)』

 

 ……って具合に釘を刺されたからね。

 ちなみにゼノヴィアの言ったことは途中からかなりヤバい内容だった。

 ホント、ゼノヴィアは日に日にイッセー君に対する気持ちがねじ曲がってきている気がするよ。

 ―――ともかく、イッセー君をまともな状態にしないとこのまま延々にアーシアさんとラブラブして居続けそうだから、僕はイッセー君を通常の状態に戻すことにした。

 

『Side out:祐斗』

 ―・・・

 ……列車を降りて1時間。

 俺はフェルとドライグの案内の元、目的地の小さな村に向かっていた。

 何で俺が案内しないかって?

 そんなの簡単…………中々町から出る機会がなかったから良かったが、俺は極度の方向音痴に成り下がっているのだ。

 冥界でもタンニーンのじいちゃんがいなかったら普通に帰ることすらできなかっただろう……そのレベルだ。

 というわけで、俺は二人に案内を任せ、今は歩いている。

 列車で付近まで行ってもそこから距離がかなりあるからな……歩いていくのはかなりかかる。

 まず駅周辺で人はほとんどいない無人駅だし、ここから歩いて何時間もかかるはずだ。

 ……俺が赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)になって移動すればすぐに到着するんだけど……仮に人に見られたら面倒だからな。

 まあのんびり歩くことにした。

 歩くことは別に嫌いじゃない。

 昔は3年も歩きながら世界中を修行の旅をしていたくらいだからな……まああと数時間か歩けば目的地だ。

 アーシアも体力はついてきたし……いざとなれば俺がおんぶすればいい。

 祐斗は限界が来ても歩かせるけど……まあ悪魔は身体能力面でかなり高い数値を出すからな。

 特に問題はないはずだ。

 

「日本には始業式に間に合えばいいか?……そう言えばアーシアと祐斗は宿題は終わってるのか?」

「私はもう終わらせました……その、早めにやってイッセーさんと遊ぼうかなって……」

「僕はこういう事態を考えてすぐに終わらせたんだけど……そう言えばイッセー君は?」

 

 すると祐斗は俺にそんなことを聞いてきた。

 

「貰った日に全部終わらした。あれ、結局計算やら漢字やら覚えて書けばいいだけだからなぁ……そんなに多くなかったし」

 

 ……英語に関しては英文読むだけで理解できるからな。

 とにかく、宿題はさっさと終わらせた。

 どうせ合宿になってしまえば絶対に出来ないって分かってたしな。

 そんな風に会話をしながら歩くこと更に数時間。

 突如、俺の籠手と胸から宝玉が現れた。

 

『相棒、そろそろ到着だ』

『徒歩での移動、お疲れ様です、主様』

 

 もうそろそろ目的地に到着するそうだ。

 そうしていると俺たち三人の目の前に小さな村が現れる。

 北欧の田舎……そう言えばこの前は北欧の主神、オーディンとあったな……凄まじいほどのエロ爺だったが。

 あの時、少し気になることを言っていたけど……あとでおばあちゃんに聞いてみるか。

 

「さて、じゃあそろそろ―――」

『イッセェェェェェェェェェェ!!!!!!』

 

 ―――っと、その時、俺の名を力いっぱい呼ぶ元気な男女の声が響いた。

 俺たちの眼前の村より数人の俺よりも少し小さい年下の男女が3人ほど、俺たちの方に向かって全速力で走ってきている。

 それを見た祐斗は少し震えた。

 

「お久しぶり、イッセーお兄ちゃん!!元気だった!?」

「そうだぜ、イッセーの兄貴!!偶には顔を見せろよな!!」

「もう……この子たちはイッセーの顔を見ると騒がしいんだから……イッセー、お久しぶりです」

 

 その子たち……俺があの時、助けた3人の子供たちだ。

 エルー、ジーク、セファ……エルーとジークは背が低く、年は二人とも同じで13歳、セファは俺より一つ年下の15歳だ。

 この中ではセファがお姉さん……ふわっとした綿のような色素の抜けた白色の髪で、ニコニコしている女の子。

 セファの妹と弟的存在であり、髪を短く切りそろえた活発そうな見た目の女の子のエルー、頬に絆創膏を付けているヤンチャな少年がジークだ。

 それぞれ俺に引っ付いて久しぶりの再会に喜んでくれている……のは良いけど、少しはしゃぎ過ぎだな。

 本当に話させたい奴は俺の隣の……すると祐斗は手に持っていた荷物を地面に落として、膝をついた。

 

「本当に……生きて、いたんだね…………皆ッ!!」

「―――え?」

 

 ……すると、祐斗の姿を初めて視界に入れたセファが、その崩れる姿を見て目を見開く。

 俺の傍にいるエルーのジークも同様だった。

 そこで少し静寂が生まれ、そして…………

 

「貴方は、あの時の……あの時、逃げてくれた――――――レイル?」

 

 ……恐らく、それは祐斗が『木場祐斗』になる前の名前。

 その名前をセファが言った瞬間、祐斗は顔をすっと上げて、そして……

 

「そうだよ。でも今の僕の名前はあの計画で与えられた名前じゃない―――木場祐斗だよ、皆ッ!!」

「…………生きて、いたんだね……本当に、生きてッ!!」

 

 するとセファ、ジーク、エルーは祐斗の傍に駆け寄った。

 …………数年もの間、互いに死んだと思っていたはずだ。

 それが今になって出会えた―――祐斗が仲間が生きていることを知ったとき、心から泣いたように、俺が救った三人も、涙をあふれさせる。

 その光景を見ていたアーシアは涙を流し、俺も少し視線を外した。

 ―――俺は、今もなおあの時の事が胸に深く残っている。

 救えなかった数十人もの子供たち、そしてその最後の笑顔。

 …………俺も、救われた気がした。

 笑顔で抱き合い、涙を流し合う4人を見ていると、俺も救われた気がした。

 俺とアーシアはそっと4人から離れ、そして遠目でその姿を見る。

 

「…………イッセーさんの顔から憂いがなくなりました」

「……アーシアはよく見てるな。うん…………あの4人を見ていたらさ……少しだけ救われた気がした。俺の持ってた後悔、救うことの出来なかった他の子供たちへの想い……それが少しだけだけど……」

 

 そう思うと目頭が少し熱くなり、アーシアから顔を背けようとすると、アーシアは何も言わず俺の手を握った。

 俺はアーシアの方を見ると、アーシアは何も言わず笑顔を向けてくれる。

 

「泣きたいときは泣けばいいんです―――って、イッセーさんの受け売りですけど……神の不在を知ったとき、イッセーさんが自分で私やイリナさん、ゼノヴィアさんに言ったことですよ?」

「はは……アーシアには……敵わないな―――ちょっとだけ、このまま手を握ってもらえるか?」

「……はいッ!」

 

 …………俺はしばらくの間、再会を果たした4人を見ながら、泣き続けたのだった。

 

 ―・・・

 ……俺とアーシアは再会を果たした4人を水入らずにするため、先に村に入って目的のある家に向かっている。

 それは4人を引き取って貰った人の家で、元々は母さんの知り合いだ。

 とても優しく、色々なことを知っているおばあちゃん……俺とアーシアはそのおばあちゃんことリヴァイセさんを目の前にしてソファーに腰かけていた。

 

「久しぶりねぇ、イッセー君と…………恋人かね?」

「あ、アーシア・アルジェントと申しますッ!!この度はイッセーさんと一緒にこのような場にお招きいただき……は!!イッセーさん、どうしましょう!!別にお招きいただいていません!!」

「ほほほ……楽しい子だねぇ……」

 

 するとリヴァイセさんは笑みを浮かべつつアーシアの傍に来て、そのまま頭を撫でた。

 

「おや、この雰囲気…………なるほど、君は聖女のアーシアちゃんか」

「……し、知っているんですか?」

 

 アーシアは真実を言われて、少し表情が固まる……アーシアはディオドラ・アスタロトの命を救って「魔女」なんて言われたからな。

 そのことを気にしているんだろうけど……

 

「ああ、知っているとも……君は優しい子だ。教会も馬鹿だねぇ……悪魔をも救ってしまう優しい力を捨てるなんてねぇ……アーシアちゃん、この婆さんは色々と物知りだから、気構えることはないよ……ほら、頭を撫でてあげよう」

「あ…………ふふ、ありがとうございます」

 

 するとアーシアは安心しきった表情でリヴァイセさんに頭を撫でられる。

 うんうん、このおばあちゃんは世論のことは気にせず、その人の本質を見抜くからな……俺も頭の上がらない人だ。

 しかもリヴァイセさんは三大勢力のこと、聖剣計画のこと、悪魔やらそれらと言った人間では踏み込まない部分まで知っている人だからな。

 だからこそ、俺はこの人にあの3人をあずけることが出来たんだ。

 ちなみに俺の誰かの頭を撫でる癖はこのおばあちゃんからうつった……リヴァイセさんに頭を撫でられたらすごい安心して、心が温かくなるからな。

 

「な、撫で方がイッセーさんとそっくりです……」

「ほぅ……君は目が良い。イッセー君を好きになるのは正解だよ?」

 

 するとリヴァイセさんは俺の目を見てきた。

 

「ほうほう……ようやく聖剣計画のことから救われたのぉ……ばあちゃんは安心だよ」

「……相変わらず、ナチュラルに人の心を読みますね…………」

「イッセー君は私の孫のようなものだよ……時にアーシアちゃん、実際のところ、イッセー君の恋人なのかね?」

 

 するとリヴァイセさんは少し悪戯な表情でアーシアにそう尋ねた。

 リヴァイセさんは色恋沙汰が意外と好きなお茶目なおばあちゃんだからな……

 

「あ、あうぅぅ……そ、その……イッセーさんが望むなら、すぐにでも……いえ、でも……あうぅぅぅ!!!」

「可愛いのぉ、可愛いのぉ……娘に欲しいくらいだのぉ……」

 

 ……あぁ、アーシアの純真な心がリヴァイセさんの弄り対象になったか。

 おばあちゃんは意外と弄ることが好きだからな。

 

「……イッセー君も色々あったようだねぇ……久しぶりに見たら、色々と強いオーラを含ませているのぉ……」

「そういうことを聞くってことは、俺が悪魔だってことは知っているんですか?」

「知っているとも、知っているとも……冥界でも有名になっているそうだねぇ……神々も君を噂しているだろうねぇ……」

 

 ……やはりこのおばあちゃんは伊達じゃないな。

 聞いた話では昔は戦乙女(ヴァルキリー)なんてしていたらしいし……当時、最強のヴァルキリーだったとか違うとか……

 

「……イッセー君は昔よりも更に黒い部分が払拭されてきたみたいで良かったよ……ただ、やはりまだ完全ではないみたいだねぇ……」

「……黒い、部分?」

 

 するとアーシアはその言葉に反応する。

 

「……イッセー君はのぉ、様々なものを救う子じゃ……この年でそこまでのものを背負う者などおらん……それを平気で背負ってしまうのでな、そりゃあ心にも黒い影が出てくるのぉ……それをしっかりと見なければ、この子を理解することなど出来んよ」

「イッセーさんを理解する…………」

 

 するとアーシアは俺を見てきた。

 ……これはアーシアが頑固な時の表情だな。

 全く―――リヴァイセさんには本当に敵わないな。

 

「こらこら、アーシアちゃん……そういうのは聞くことで解決することじゃない。イッセー君を見て、支える。そうした信頼感を得て、そして知るべきじゃよ……ただ、既に信頼関係は出来ているようだけどのぉ……」

「は、はい……イッセーさん!」

「は、はい!!」

 

 俺はアーシアに名前を呼ばれてつい大声で応える。

 

「私は、イッセーさんのことをあまりよく知りません……だから、もっとイッセーさんを知りたいです!!」

「………………はぁ、このアーシアは頑固だから、言っても引き下がらないか」

 

 俺は半分諦めたように溜息を吐いた。

 

「いつか……俺がもっと強くなったらさ……アーシアには本当のことを言うよ。俺の抱く問題も、リヴァイセさんの言う闇ってものも……だからそれまで待ってくれるか?」

「…………はい。イッセーさんがそういう時は決まって頑固って知ってますからッ!」

 

 するとアーシアはやり返すようにそう言った……ったく、アーシアは。

 そうすると、その時、家の扉が開く音がした。

 

「祐斗たちが帰ってくるのはまだ早いと思うけど……」

「あぁ……確か今日はロスヴァイセちゃんが来るって言ってたねぇ……」

 

 ……その名を聞いて、俺は不意に数日前のオーディンとの出会いを思い出す。

 あ、そうだ―――ロスヴァイセって言うヴァルキリーのことを聞くんだった。

 そう思った時、不意に部屋の扉が開かれた。

 

「おばあちゃん!もうこの前は大変だったよぉぉ!!オーディン様にはまた嫌味言われるし、ようやく会えると思ったあの子とも結局会えずじまい――――――……………………え?」

 

 ……何やらスーツのようなものを着飾った女の人が、俺の顔を見て持っていた小さなカバンを床に落とす。

 

「ロスヴァイセちゃん、よう来たのぉ……この子がイッセーちゃんじゃ。直接会うのは初めてかのぉ?」

 

 するとリヴァイセさんは俺の方に手招きし、俺を紹介してくれた。

 ……ってやっぱりロスヴァイセってリヴァイセさんの孫だったのか!!

 道理で名前やら髪の色まで似ている訳だよ!

 

「初めまして、兵藤一誠です。この前、オーディン……様とお会いした時はいなかったけど……あの、鼻血は大丈夫でしたか?」

「は、は」

 

 ……するとロスヴァイセさんは口元をワナワナとしながら俺の方に指を向けてくる。

 その指先ですら震えてるな……ってかなんでこの人、鼻血で倒れたんだろう。

 

「は、初めまして、ロスヴァイセって言います!!特技は北欧式魔術で節約、料理も得意でいつでもお嫁さんに行ける所存です!!仕事も安定したヴァルキリーをしていて腕も中々と自負しています!!身長は173cmで上から96-61-86です!!子供はしっかりと生計を立ててからいっぱい作るつもりです!!!末永くどうかよろしくお願いします!!我が勇者、兵藤一誠君!!!!!」

 

 ――――――はい?

 なんか一気に自己紹介……って言うか、言ってはいけない情報まで言って極め付けに何やら勇者とか言っているし……ってか子供って何だよ!

 なんか横でアーシアの笑顔が少し怖くなっているし……っと思っていると、アーシアは隣で俺の腕と自分の腕を絡めた。

 

「こらこら、ロスヴァイセちゃん。あんまり暴走するでないよ」

「―――はッ!!私はいったい何を……っていうかおばあちゃん!!年々言葉の訛りがなくなってるんだけど!?」

「若い者に囲まれているからのぉ……ほほほ」

 

 ……うん、このおばあちゃんの孫だ、このロスヴァイセさんは。

 この祖母あっての孫って感じだな。

 おばあちゃんの話で聞いていた通り、色々と騒がしいヒトだなぁ……あ、ヴァルキリーか。

 そう言えばリヴァイセさんと出会ったころは訛りが凄くて会話にすらならなかったな……うん、そう考えればすごい訛りが治ってる。

 

「この子は可愛い孫のロスヴァイセちゃんじゃ……以前話したことがあるじゃろう?」

「まあ話には聞いてたけど……」

 

 俺は顔を真っ赤にしてあたふたしているロスヴァイセさんを見る……なんか、そこはかとなく残念さを醸し出しているけど……まあ綺麗な人だな。

 リヴァイセさんと同じで銀髪で、可愛いと言うよりかは美人寄りの人だ。

 

「……にしてもあいつらも遅いな……祐斗と色々話し込んでるのかな?」

 

 俺はそう思いつつ、外を窓から見た。

 久しぶりに再会した生き別れた仲間。

 話すこともたくさんあるだろう……あいつらにはゆっくりと話してもらいたい。

 …………仲間、だからな。

 

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕は久しぶりに会えた同志たち……セファ、ジーク、エル―とたくさんのことを話した。

 あれから僕がどうなったかを、そして三人がイッセー君に助けられてからのことを聞いた。

 三人はイッセー君の知り合いのリヴァイセというおばあさんに預けられ、今はそこで生活しているようだった。

 そして今、ジークとエル―は泣き疲れたのかセファの膝元で眠っている……あれから1時間くらい話し続けていたからね。

 

「……セファは髪の毛が白くなったんだね。いや、銀髪?」

「ううん。白髪だよ……毒の後遺症で色素が抜けちゃって……それでも命はあるから良い方だよ」

 

 セファは少し微笑んで応えてくれる。

 ……彼女は僕を一番最初に逃がしてくれた女の子だ。

 彼女の行動で他の皆が僕を逃がすためにガスマスクの男たちを止めてくれた……僕に「あなただけでも生きて!」と言ってくれた女の子だった。

 あの時は髪の毛は茶色だったけどね。

 

「…………僕を、責めないのかい?僕は君たちの命を踏んでいって生き延びた……ううん、悪魔に成り果ててまで生きて伸びたんだ」

「知ってるよ……悪魔、か」

 

 するとセファは膝元で眠るジークとエルーの頭を撫でながら、座り込んでいる木々を背もたれにしながら空を見上げた。

 

「……イッセーも、悪魔なんでしょ?」

「……ああ。彼は誰かを守るために体を張って、そして死んで悪魔になったよ」

「そっか……イッセーは相変わらず、誰かを守るために戦っているんだね」

 

 ……セファは少し寂しそうな表情だった。

 

「…………イッセーはいつでも誰かを守るために戦う。そして誰かのために泣ける人……たとえ悪魔でも、そんなの私たちには関係ないよ」

「………………そうだね。イッセー君は、そういう男だよ。誰かのために戦える、涙する。そんな男だからこそ、僕は憧れるし、それに…………超えたいと思う」

 

 ……兵藤一誠という男は大きい。

 余りにも大きく、遠く離れた存在だ。

 そんな男に体一つで向かい合った匙君はすごいよね……真正面から何度も殴られて、倒されてはまた起き上る。

 そんなこと、たぶん僕は無理だ。

 

「……僕は、エクスカリバーを壊した」

「エクスカリバー……あの計画の発端となったあれを壊せたんだ…………すごいね……祐斗」

「すごくないさ……あれはイッセー君がいてくれたから、僕は立ち上がれた。あの剣に応えるために、僕は皆の想いをこの身に宿した」

 

 僕はそう呟き、手元に意識を集中し、そして―――一本の聖魔剣を創った。

 あの時、僕が初めて創った聖魔剣。

 無念の思いで死んでいった、でも僕に復讐を願わなかった優しい同志たちと僕が創りだした一本の剣で、エクスカリバーを超えた剣。

 

「……聖魔剣。聖と魔が融合した、僕たちの力だ」

「聖魔剣……触っても、良いかな?」

「―――それは君たちにあげるよ」

 

 僕はその剣をセファに渡した。

 今の僕に持てる全ての力を具現化させて創った最高の聖魔剣。

 僕の魔力と聖剣の因子をつぎ込んだ剣だ。

 

「……あの計画の全容は知っているのかい?」

「うん。おばあちゃんに教えてもらったから…………私たちの因子を抜くこと、それがあいつらの目的だったんでしょう?」

「ああ。そして僕の中には……僕たちから抜いた皆の因子が流れている」

 

 僕は胸に手を当てて、セファにそう言った。

 

「少し前、エクスカリバーを超えた時に僕はこの剣に誓った。僕は仲間を守る剣になる、ってね……だからこそ、僕は君たちの剣になりたい」

「…………守る対象は狭くしないと守り切れないかもしれないよ?」

「僕の目指す男は……そんなこと絶対にしないからね。だから君たちだって守りたい。僕の大切な同志……友達を守りたいんだ」

 

 僕はセファにそう言うと、彼女は少し微笑みを漏らしていた。

 

「そっか。祐斗は強くなったね…………私、ね。イッセーのことが好きなんだ」

 

 するとセファは少し昔を思い出すように話し始める。

 

「でも私が好きなのは彼の強さじゃない…………弱さ、なんだよ」

「……イッセー君の弱さ?」

「そう……私たちを救ってくれたイッセーは本当に、すぐにでも倒れそうなほどに感情が黒く染まってたんだ……救いたかったのに、私たち以外救えなかった……それがイッセーの重荷になって…………私たちに毎日お見舞いに来てくれたけど、毎回のように泣きそうな顔で、たまに泣いてた……」

 

 ……イッセー君は今でもあのことを後悔していたくらいだ。

 例えイッセー君が凄くても、当時はまだ彼は子供……子供に背負えるものではない。

 

「そんなイッセーを見るとさ……どうにかしてイッセーに笑ってほしかった……だから色々と話したよ……もう、私には何も残ってなかった……だからイッセーに縋ったんだ。彼の弱さをどうにかしたい、彼を守りたい…………そうしているうちに、いつの日かイッセーのことしか考えれなくなってた」

「……僕も、立場が同じだったらそうなったかもしれないさ……」

「…………歪んでるよ、私は。だって、イッセーに向けている想いは恋とかそんな可愛いものじゃないもの……イッセーの弱さが見たい、そんな彼を支えたい……私はイッセーを独占したいんだ。もう、誰も触れないくらいに……そして、そんな風な自分が嫌いだから、私は彼の傍で過ごさずにここにいるの」

 

 ……確かに、セファの想いは歪んでいるかもしれない。

 でも、好きという気持ちには嘘はないはずだ。

 

「……確かに、イッセー君は僕の目から見ても魅力的な子たちに囲まれてるよ。だけどイッセー君の弱さをその人たちは知らない。だからイッセー君の弱さを知る君の方が……彼に近いかもしれないよ」

「断定はしてくれないんだ……」

「出来ないよ……だって、今日、一緒に来たアーシアさんがイッセー君の強さも弱さも知っているからね……強敵だよ、アーシアさんは」

 

 僕がそう言うと、セファは再び微笑んだ。

 何かに吹っ切れたような表情で、僕の方をじっと見た。

 

「ありがと、祐斗…………昔はレイルって呼んでたけど、でも祐斗の方が何故かしっくりくるよね」

「主様に頂いた名前だからね……うん。僕は木場祐斗だよ。レイルじゃない……あの名は捨てた」

 

 そして僕はそのまま立ち上がる。

 ……僕が今日、ここに来たのは一つの決断をするためでもある。

 僕の過去を断ち切るため、もっと前に進むために僕は一度、しなければならない。

 ―――そう

 

「僕は本当の意味でレイルという僕を捨てるために、新しい一歩を進むために―――イッセー君に勝負を挑むよ」

 

 僕は、初めてイッセー君に本気の勝負を挑むんだ。

 

 ―・・・

 僕は3人に案内されて、リヴァイセさんというおばあさんの住む家に行き、そしてそこにいるイッセー君に事の全てを話し、リヴァイセさんに挨拶や雑談などをし、そして今は夕方……

 僕とイッセー君は果し合いのため、今はリヴァイセさんの家の大きな庭で対峙していた。

 

「祐斗、お前が俺と本気の勝負をしたいって言ってきた時は驚いた…………だけどその目を見れば納得だ―――何かを振り切り、新しい一歩を踏み出す男の顔をしてるな」

「……そうだね。匙君が君に挑み、そして前に進み始めた…………僕も、そろそろ前に進まないといけないんだ」

 

 僕はそう言うと、手を前に出し、言霊を言う。

 

「聖と魔、二つの聖魔によって形を成す」

 

 思い浮かべろ。

 僕の願いを、誓いを……僕の同志が望んだ聖剣を……そして僕だけが出来る形として。

 そして形を成すんだ―――僕たちの、僕たちだけのエクスカリバーを!!

 

「ソード・バース―――エクスカリバー・フェイク!!!」

 

 僕の手元にはその瞬間、黒と白の混ざり合う波動を放つ聖魔剣エクスカリバー・フェイクを創り出し、それをイッセー君に向けた。

 

「武器は剣。ルールは簡単に相手に一撃入れるか、それを寸止めする。一撃喰らえば終わりってことで良いかな?」

「ああ」

「……剣だけなのは僕に対するハンデって思って欲しい―――剣と剣を交えよう」

「分かってるよ、祐斗…………それでも俺は、勝つ」

 

 するとイッセー君は籠手を展開し、そこから聖剣アスカロンを解き放つッ!!

 即座に籠手を消してイッセー君はアスカロンを握って一振りすると、その瞬間、僕の方に衝撃が来た……

 持ち主が違えば、アスカロンはゼノヴィアの聖剣デュランダル以上の波動を放つんだね。

 全く……凄いよ、イッセー君は。

 

「……オーバーヒートモード、起動」

 

 ……イッセー君は大量の魔力を自らの内部に放つ。

 あれは以前のゲームで使った、神器なしで最上級悪魔と戦うための技。

 自らの体内に消化不良になるほどの魔力を流し込み、一時的に脳のリミッターを外し、身体能力をオーバーブーストするように限界を超える力。

 ……本気だね、イッセー君は。

 ―――この試合、ほんのわずかな時間で終わるだろう。

 それでも、僕は挑まなければならない。

 

「行くよ、イッセー君―――偽・天閃(フェイク・ラピッドリィ)!!!」

 

 僕は言霊を言ってエクスカリバー・フェイクの天閃の力を解き放ち、『騎士』の速度を増大させて一瞬でイッセー君に近づく。

 その瞬間、もう片手にもう一本の聖魔剣を創り出し、双剣による光速剣戟を開始する。

 僕は出来るだけ速く動くことを理念に置き、彼に僕の速度を見極められないように動くッ!!

 

「―――唸れ、アスカロン。龍を活かせ」

 

 ―――その時、アスカロンは突如光に包まれ、その光はまるで龍のような形となる。

 それは蛇のごとく僕の方に向かって来て、僕はエクスカリバー・フェイクでそれを切り裂くが……

 

「背中が留守になってんぞ、祐斗ッ!!!」

「くッ!!」

 

 イッセー君は僕をも超える速度で僕の背後に近づき、そのままアスカロンを振りかざすッ!!

 僕は先ほど創った聖魔剣で防御しようとするも……

 ガシャンッ!!!!

 ……その金属音と共に聖魔剣は一瞬で破壊された。

 僕は一端距離を取ろうとするも、イッセー君はそれをさせない。

 

「ソード・バース!!」

 

 僕は短剣型の聖魔剣を幾つか創り出し、それをイッセー君に投剣する……だけどイッセー君はそれを全てアスカロンの斬撃で無力化し、不規則な動きで僕を攪乱するッ!!

 凄いね、イッセー君は……もうアスカロンを使いこなし始めている。

 しかも神器なしで僕の速度を超えている―――ああ、分かっていたことだよ。

 だからこそ僕は彼に挑んだ。

 どれだけ遠くにいる存在か理解し……前に進むために。

 だからこそ、僕はイッセー君に僕の魂の剣を届かせなければならない!!

 

「聖と魔、二つの聖魔によって形を成す!ソード・バース!!」

 

 僕は再び言霊を発した。

 ……二本目のエクスカリバー・フェイク。

 本当なら出来るかどうかも分からない―――だけど、彼はいつもこれくらいのことを平気でやってのける。

 なら僕にも出来るはずだ―――この戦いを見てくれている僕の友達のためにも!!

 

「イッセー君の真似にしか過ぎないかもしれない―――だけど、それでも君に届くなら、喜んでするよ」

 

 ……僕の手元に光る二本のエクスカリバー・フェイク。

 それをギュッと握り、そして僕は動き出す!

 どの力を使うべきだろうか。

 ―――イッセー君には幻術は効かない。

 破壊の力は通用しない。

 透明なんて目くらましで、擬態なんて何の意味もなさない。

 ならば―――僕の本質を上げればいい!!

 

偽・双天閃(フェイク・ツイン・ラピッドリィ)!!!」

 

 僕は二本のエクスカリバー・フェイクで速度を二重に上昇させるッ!!

 肉体に対する影響はあり得ないレベルだ……たぶん。イッセー君が普段から自分に課している負担はこのレベルなんだろう。

 僕は神速でイッセー君の背後に近づき、そのままイッセー君に剣を振り下げるッ!!

 

「―――よくやったな、祐斗…………だけど、全部見切った」

 

 ……イッセー君はまるで見切っていたようにこちらを見ずに振り返る動作でアスカロンを振り切り、同時に僕の二本のエクスカリバー・フェイクを薙ぎ払うッ!!

 余りにも強い力で僕は剣を手放し、反動でその場に尻餅をつく。

 ……二本の剣は別々の方向にある地面に突き刺さり、そして僕は首元にアスカロンを突きつけられた。

 そうか―――――――僕の、負けだ。

 

「僕の負けだ―――ありがとう、イッセー君。いつか、絶対に倒すよ」

「その時は返り討ちだ―――最後の速度、俺も見失った……ただの予想だよ、馬鹿」

 

 ―――これで僕は前に進める。

 イッセー君は僕に手を差し伸べた。

 ……僕はそれに頼らず、自分の足で立ってからイッセー君の手を握る。

 

「君と僕は対等だ。喧嘩したんだからね……これからもよろしく頼むよ―――イッセー」

「そうか……分かったよ。祐斗」

 

 …………僕は改めて誓う。

 僕は剣になる。

 仲間を守ることを誓い、みんなが笑顔でいられることを願う。

 それを心に刻み、これから僕は聖と魔、二つの混ざったところに新たに加えよう。

 それが僕の創る剣。

 ――――――誓いと願いの剣だ。

『Side out:祐斗』

 

 ―・・・

 ……俺と祐斗が一騎打ちをしてからのこと。

 俺は本当の意味で祐斗と親友となり、そしてリヴァイセさんの家で数日だけお世話になった。

 今ではアーシアも祐斗もセファ、ジーク、エルーと仲良しだ。

 俺はジークとエルーと一緒のベッドで寝たり、セファとアーシアとで出かけたり、祐斗と色々話したり……皆で遊んだりして数日間を全力で楽しんだ。

 セファもジークもエルーもアーシアも祐斗も……皆ずっと笑顔だった。

 初日以外はロスヴァイセさんは仕事で帰っちゃったけど、色々と世間話をして少し仲良くなれた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、そして―――

 

「リヴァイセさん、本当にありがとうございました」

「いいよ、いいよ……私も楽しかったからねぇ……」

 

 するとリヴァイセさんは俺達に手招きをするから、俺達はリヴァイセさんに近づくと…………リヴァイセさんは俺達の頭を撫でてきた。

 

「またいつでもおいで……イッセー君もアーシアちゃんも祐斗君も、私の可愛い孫だからのぉ……」

「……はい!僕も……また来ます!!」

「リヴァイセさん!!色々と教えてくれてありがとうございました!!私もリヴァイセさんのことが大好きです!!」

 

 ……アーシアはリヴァイセさんに涙ながらにそう言うと、リヴァイセさんはアーシアを抱きしめる……リヴァイセさん、アーシアのことをかなり気に入ったんだな。

 するとジークとエルーがトコトコと歩いてきて……

 

「うわぁぁぁぁん!!!兄貴、ホントに帰っちゃうのか!?俺、もっと兄貴と遊びたいよ!!もうこっちに住もうぜ!!?」

「うぅ、ぐすっ……お兄ちゃんが帰るの、やだよぉ……」

 

 ……ああ、この二人は可愛いな。

 凄い号泣しているジークとエルーの頭を撫でて、俺は抱きしめた。

 

「同じ地球に生きてんだぜ?またすぐに会えるよ―――だからまた会おう」

「……分かったよ……絶対だかんな!!!じゃあまたな!!ユートもアーシアもまた来いよな!!」

「手紙書くからね!!イッセーお兄ちゃん!!祐斗さんもアーシアさんもまたね!!」

 

 そう言うと、二人は涙を見せたくないからかそのまま家の中に入って行った。

 ……前にも増して懐くようになったな。

 

『相棒、恐らく相棒の兄貴的オーラが以前とは比べ物にならんからだろう……』

『下手をすれば革命を起こせる兄貴肌です―――凄まじい』

 

 …………その真剣なトーンで言うのを止めてもらえるでしょうか!?

 っと、次はセファが俺の前に立った。

 

「あの子たちは大げさだけど、私も結構寂しいな……三人が帰っちゃうの」

「……いつでも会えるよ。あいつらにも言ったけどさ」

「うん…………祐斗、色々とありがとう―――あなたのおかげで、私も前に進めるよ」

 

 するとセファは祐斗に笑顔を見せ、そのままアーシアの前に立った。

 

「アーシア。私とあなたはライバルよ?私だってずっと前から彼のことが好きなんだからね?」

「わ、私だって負けません!!背もおっぱいも小さいですけど……でも一緒に居れる時間はもっと長いです!!」

「ふふ……じゃあ、またね?アーシア」

 

 するとセファはアーシアに手を差出し、アーシアもそれに応えるように握り返した。

 

「はい!また会いましょう!セファさん!」

 

 ……そしてセファはアーシアから離れ、そして俺の前に再び立つ。

 

「……ってことだから、イッセー。私、本気になっちゃったから覚悟してよ?魔法電話を毎日するからそのつもりで」

「はいはい……ってセファ、魔法出来るのか!?」

「まあ、おばあちゃんに教わってね?」

 

 新事実に驚きつつも、俺とアーシア、祐斗は荷物を持って家を離れ始める。

 

「じゃあな!!また会おうな!!」

「いつかまた会おうね!!セファ、ジーク、エルー!!」

「みなさん!!お元気でいてくださいね!!」

 

 俺たちはずっと手を振り続けてくれる皆に背を向け、歩き始める。

 少し経って後ろを見るとまだ手を振っていた…………また、絶対に来るからな!

 俺はそう思っていると、突然、祐斗は俺の方を見てきた。

 

「……ありがとう、イッセー君。僕は君のおかげで先に進めるよ」

「別にイッセーで良いのに……」

「いや、僕はこの方がしっくりくるし…………アーシアさん、少し良いかな?」

 

 すると祐斗は歩きながら、アーシアに声をかけ、当のアーシアは少し不思議そうな顔をしていた。

 

「あの時は否定したけど、僕も本気になってしまったよ―――想いに、男も女も存在しないよ。だから僕もライバルだね?」

「「―――――――――え?」」

 

 ……その言葉を聞いてアーシアは表情が固まる。

 俺も固まる。

 俺の背筋にあり得ないほど冷たいものが感じた。

 なんだ……何なんだ、祐斗のその熱烈な視線は!!!!

 

「さぁ、帰ろうか!あ、イッセー君。新学期が始まったら僕がお弁当を作るよ!僕はこう見えても料理が得意でね?」

「ちょ、待て!祐斗ォォォォ!!さっきの発言は何だ!?ってかナチュラルに腕を組もうとするなぁぁぁぁ!!!!」

「ま、待ってください!イッセーさぁぁぁぁん!!!!」

 

 俺とアーシアは共に朝日に向かい走り出す…………俺はこの旅行でとんでもないものを目覚めさせたのかもしれない。

 俺は涙ながらに、逃げるように走りアーシアはそれに続く。

 それに『騎士』の力で追いつく祐斗…………

 

「なんで最後はこうなるんだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」

「い、イッセーさんは男となんかダメですぅぅぅぅぅぅ!!!!」

「あはははは!!風が気持ちいいね、イッセー君、アーシアさん!!」

 

 ……北欧の田舎で、俺とアーシアの絶叫と、祐斗の爽やかな声が響くのだった。



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【第6章】 体育館裏のホーリー
第1話 新学期の始まりと驚きの連続です!!


 俺、兵藤一誠は限りなく癒しを求める男だ。

 色々と精神的苦痛を味わう俺にとって、癒しというのは重要かつ必要不可欠なものであり、それがなくなるということは俺の「死」を意味している……

 なんて冗談?はさておき、俺の癒し的存在であるアーシアは何故か今、俺の部屋の中のベッドで倒れていた。

 倒れている、っていうのは語弊があるかもしれないな。

 ……倒れているのを装っている、というのが正しい。

 

「アーシア?どうした~?」

 

 俺はベッドの上に倒れるアーシアの肩を揺すると、するとアーシアに手を引っ張られた。

 俺はそれに引き寄せられるようにアーシアの上に覆いかぶさるように倒れ、そしてアーシアは至近距離で俺に何かを言ってきた。

 

「はふぅぅ……あぁ、イッセーさんだぁ……」

「…………アーシア?酔ってる?もしかして酔っぱらってる?」

「酔ってなんてないれすぅ……チュ~」

 

 するとアーシアは頬を赤く染めて、呂律の回っていない状態で俺にキスをしてこようとする!!

 酔ってんじゃん!!普通に酔ってますよ、アーシアちゃん!!

 

「おい、誰だ!アーシアに酒なんて飲ました奴は!!」

「にゃはははは!!ハイハーイ、私だよ~~~」

 

 ……するとベッドの脇から一人の黒髪で着物を着た女の子。

 将来の俺の眷属候補、黒歌が笑いながら登場する。

 今の時刻は飯を食い終わって既に9時を回っており、他の皆はお風呂に入っているそうだけど……

 すると黒歌は何やらお酒の空き瓶をクルクルと回しながら笑っていた。

 

「黒歌ぁぁぁ!!!アーシアになんてもんを飲ましてんだよ!!」

「アーシアちんが飲み物を探してたからねぇ?丁度いいところに飲み物があったからあげたにゃ~」

「あげるな!!アーシアは未成年!!ってかなんでそんなものがあるんだよ!」

「フフフ……それはイッセーをこれで酔わして…………その隙に……じゅるり……」

 

 …………黒歌の舌なめずりを見て、俺は冷や汗を掻いた。

 ―――こいつの目はマジだ。

 マジで俺を酔わせて何かする気だと俺は確信した。

 

「イッセーさぁん……服脱いで一緒にぃぃ……」

「ちょ、アーシア!?首に腕を回すの止めてぇぇぇ!!」

「むむ……アーシアちんも中々やるなぁ……私も仲間に入れてー!!!」

 

 すると黒歌が必要最低限の装備(パンツのみ)でベッドにダイブしてくる!!

 何考えてんだよ、この馬鹿猫がぁぁぁぁぁ!!!

 

「将来的にイッセーの眷属が内定してる私は、そろそろ既成事実が欲しいにゃ~♪えっちしよ?」

「可愛く首を傾げてもダメに決まってんだろォォォォ!!!そういうのはもっと深い仲になってから」

「じゃあ深い仲になろうよぉぉぉ!!!」

 

 すると黒歌まで俺に抱き着いてくる!!

 ちょ、待ってね!?

 黒歌のスタイルってもんは、俺から見ても爆発的なものなんだ!!

 下手すりゃ部長や朱乃さんと同等、むしろそれ以上なんだ!!

 しかも二人よりも甘えるのが上手という武器を持っていて、いかに俺が理性が強いだろうが……やばい。

 顔が熱くなってきた。

 

「あ、ちなみにイッセーのご飯の中に時間差で来る微量の媚薬を少々……」

「おい、今なんて言った!媚薬!?」

 

 俺は黒歌の言葉をしっかりと聞いた!

 道理で体が熱いわけだよ、コノヤロー!!

 

「むぅぅぅ……イッセーしゃん、黒歌しゃんだけと仲良くはダメれすぅぅ……私とも……仲良く………………すぅ、すぅ……」

 

 ……するとアーシアは規則正しい寝息を漏らしながら眠り始めた。

 うん、この寝顔を俺は一生守り続けたい!!

 そんなことを思いながら、俺はアーシアに布団をかぶせてあげた。

 

「……この眷属でやばいのは白音とアーシアちんかな?イッセー、ロリコン?」

「甘い、甘いぞ黒歌……俺は俺を癒してくれる存在が良いんだ。それが結果的にアーシアや小猫ちゃん、チビドラゴンズだっただけで、俺はロリコンなわけではない!ちなみに黒歌は最近、悪戯ばっかしてくるだけで十分俺の癒しだよ」

「……………………たまにイッセーは、無意識に堕としに掛かるにゃん」

 

 すると黒歌はちょっと顔を赤くして、俺から視線を外して脱ぎ去った着物を再び着る。

 なんだ、冗談だったのか?

 

「にゃふふ……今、冗談って思ったでしょう?違うにゃん……イッセーはお淑やかで素直に甘えてくれるタイプの女の子が好きと分かったから、それに合わせているだけにゃん!!」

「…………はぁ、まあそれが黒歌だよな」

「溜息はひどいにゃん!?」

 

 黒歌は俺の反応を見て、そうツッコんでくる。

 まあ、でも……

 

「合わせないでも、俺が好きなのはタイプじゃなく、その人自身だから……黒歌も好きだよ、色々な意味で」

「……色々な意味がなかったら、イッセーを襲っていたとこにゃん」

 

 ……うん、セリフのチョイスは正解で良かった。

 一歩間違えればそのままベッドに押し倒される→そのまま仙術で拘束→頂かれる、までのコンボが発動してしまうから。

 

「……でも確かにアーシアちんは可愛いよね……なんか、この眷属内でもある意味頭一つぬけてるというか、特別イッセーが気に入っているっていうか」

「別にそんなことないと思うけど……」

 

 ……アーシアは大切な存在だ。

 絶対に守る存在で、出来ることならずっと傍に居たい。

 悲しんでいたら頭を撫でるし、姿を見れば話しかける。

 俺もたまに甘えるし、話していても話が尽きることはない。

 

「何ていうかにゃ~?イッセーとアーシアちんって私と白音並に似合ってるにゃ。これは自画自賛じゃなくて、もうずっと昔から一緒にいる二人みたいな?」

「……よくわからないな。とにかく――――――この寝顔、写真撮っても良いかな?」

「………………笑顔で許してくれるにゃん」

 

 ……俺は呆れた顔を黒歌にされるのだった。

 ちなみに寝顔は俺の脳内に厳重に保存しました!

 ―――なんて馬鹿なことをする間に、俺は寝てしまったアーシアに布団をかけて、あり得ないほどでかくなった自分の部屋のソファーに腰かける。

 隣にはきっちり黒歌が居て、距離が数センチもない上に体をくっ付けてくる!!

 

「く、黒歌は明日から駒王学園に転入だよな?」

「そうだよ?流石に白音と同じ学年は無理があるから、一個上の学年……イッセーと同じ学年にゃん」

 

 黒歌は前回のガルブルト・マモンの一件で指名手配が解除され、今は俺の保護という形で兵藤家に居候している。

 部長の計らいで駒王学園の2年生に転入することになっており、明日の始業式に合わせて転入する。

 

「クラスはイッセーと同じがいいな~……本当は白音とも同じクラスが良いんだけど……お昼休みとか、白音のところに遊びに行っていいよね?」

「ああ。その時は俺も行くよ。黒歌だけじゃあ不安だから」

 

 ……暴走しそうだし。

 黒歌ってめちゃめちゃシスコンな上に、小猫ちゃんに不用意に近づく男子を排除しそうだし……俺も許さないけども!

 ………………今更ながら、俺って意外と独占欲強いのか?

 

「私には王子様の付き添いはいらないよ?そんなキャラでもないし」

「黒歌も女の子だろ?似合わないもなにも、初めからお姫様だし………………ってどうした?」

 

 俺は顔を真っ赤にした黒歌の珍しい表情を不思議に思いながらも、黒歌の頬を少し触ってそう言うと……

 

「に、にゃん!?」

「あ、悪い……それでどうした?」

 

 俺が黒歌の頬に触れた瞬間、可愛い声音で驚く黒歌……今まで隠していた耳と尻尾が出たな。

 この家では母さんの目があるから、どっちとも隠してたはずなんだけど……まあ似合っている上に可愛いからいいか。

 

「い、イッセーのえぐい角度からの天然はずるいにゃん……悪戯好きはこういう方向からの不意打ちは弱いのに……」

「なにぶつぶつ言ってんだ?」

 

 考えることがあるのか、黒歌はぶつぶつ独り言を言い始める。

 まあとにかく―――その時、部屋の扉が開いた。

 

「むむ、アーシアはここにいたのか」

「ぜ、ゼノヴィア先輩……ノックは必要ですよぉ……」

 

 そこにはパジャマ姿の風呂上りのゼノヴィアとギャスパーの姿……ギャスパーはフリフリで、ゼノヴィアは何ともまあシンプルな青色のパジャマだ。

 ってか最近、風呂上がったら絶対に一人は俺の部屋に来るっていう決まりでもあるのか?

 そしてギャスパー……お前だけだよ、そんな当たり前な常識を言ってくれるのは……これで俺の血を頻繁に飲みにこなければッ!!

 ギャスパーが俺に血を望むときは決まって貧血になる寸前まで飲まれるからな……ギャスパー曰く、「奇跡の血液」らしい。

 何でも何年も置き続け、最高の状態になった最高級のワイン以上のものらしい……なんでワインで例えたのかは知らないが。

 

「まあとにかくイッセー、先にお風呂に入ったらどうだ?もう全員出たらしいから」

「おう……って黒歌、何で付いてきてんだ?お前、もう入っただろう?」

 

 俺は立ち上がって着替えを持って部屋から出て行こうとするとき、後ろから付いてくる黒歌にそう言った。

 

「気にしない、気にしない♪」

「………………」

 

 ―――そーか、そーか……こいつはちょっとだけお話(説教)が必要なようだな。

 俺は黒歌と肩を組んでそのまま―――

 

「にゃん!?い、イッセー!?そ、それはちょっと洒落にならにゃいぃぃぃ!!!」

「ああ、そうだろう?懲りたら風呂場までついて来ようとするなよ?な?俺の可愛い眷属候補ならわかるよな?」

「わ、分かったから止めてにゃぁぁぁ!!!」

 

 ……ふふ、黒歌は昔からな―――首元に息を吹きかけられるのが弱いんだ!!

 肩を組んでぎっちりホールドしたら逃げられるまい!

 ささやかな俺のやり返しだ、おらぁぁぁぁ!!!!

 

『うぅぅ……相棒が日に日に口が悪くなっている…………何故だ、あの可愛い頃の相棒が…………』

『いえ、親とするならば、子供の成長を悲しくも喜ぶのです……それが親の使命。親とは、子の成長に涙し、笑みを見せるもの……ふふ、辛い定めです』

『やはりか……フェルウェルよ。お前には色々と教えられるな……』

『いえ。わたくしも貴方に教えられることもあります……流石はパパドラゴン』

 

 ……なんか、親の道を語ってんぞ、夫婦ドラゴンが。

 

『『夫婦などではない!!!』』

 

 ……うん、とにかく仲が良いことは分かったから、もう何でもいいから俺の奥で話しておいて?

 

「だ、め……イ、ッセェェェ……それ以上は……ダメェェ……」

 

 …………あ、放置していたせいで黒歌が痙攣を起こしたようにぐったりしていた。

 とりあえず俺は肩を組むのを止めて、介抱をゼノヴィアとギャスパーに任せてそのまま逃げるように風呂場に向かうのだった。

 

 ―・・・

 異様なほどに改築された兵藤家の風呂場は当然のように巨大になっている。

 もう露天風呂のようなレベルな上に、サウナまでついてるからな……地下にはプール、屋上には家庭菜園のスペース。

 が、俺が使うのは基本的には新しく出来た風呂ではなく、今まであった普通のサイズのお風呂だ。

 …………冗談ではなく、大きな風呂に入っていたら誰かが絶対に入ってくる。

 それも偶然を装い、だ。

 一度露天風呂に入ってたら朱乃さんが乱入してきたからな……それから基本的に俺はこの馴染みのお風呂に入っているわけだ。

 

「……あれは」

 

 俺は風呂に向かう最中、リビングを抜け玄関の近くを通ったとき、あるものを見て苦笑いする。

 …………玄関先に積みに積まれた豪華な箱の数々。

 まるでプレゼントを贈るときの紙に包まれていて、それは全て同じ人物からの同じ人物への贈り物だ。

 

「あら、イッセー。お風呂に入るのかしら?」

 

 するとエレベーターが開き、そこからパジャマ姿の部長が現れる。

 ……せめて寝る前までは下着をつけましょうよ…………半分諦める形で視線を送りつつ、俺は部長に尋ねた。

 

「部長、これはあのフラれ……ディオドラ・アスタロトからアーシアに対するプレゼントですか?」

「ええ……彼も困ったものね。もう木端微塵に振られているのにこんな悪足掻き……アーシアはしっかりと自分の気持ちを伝えて振ったのにね」

「優しいアーシアじゃあ絶対に即答はしないのに、アーシアは頑張ったんですけどね」

 

 ……ディオドラ・アスタロト。

 若手悪魔の一人で、そして合宿から帰ってきたところを待ち伏せて、そして急に現れてアーシアに求婚。

 そして呆気なくフラれた残念な悪魔だ。

 にも関わらず未だにアーシアにプレゼントを贈ったり、デートに誘おうとする始末……正直、あいつには困っている。

 アーシアはこれのせいで笑顔を見せながらもストレスは溜まっているし、他の眷属の皆も困っている。

 アーシアのストレスは前の祐斗と俺、アーシアとでの北欧旅行でほとんど消えたけど……代わりに大変な爆弾が投下したんだが……思い出したくもない!

 とにかくディオドラには俺たちは本当に困っているんだ。

 

「それにあいつ、分かってないんですかね?一度拒否されてるのにこんなにもので釣ろうとしたら、普通の女の子だったらまず一発で嫌いになるのに」

「ちなみにイッセーならどうするの?」

「…………恋人は無理でも、友達になりますかね?」

「……普通は友達になろうとも思わないけど、まあディオドラよりは健全ね」

 

 部長は少し苦笑いをして、積み上げられた箱を小突く。

 

「私なら一発でお断りだわ。こんなの受け取って喜ぶなんて絶対にあり得ないわ。アーシアは優しいから何も言わないけど、アーシアだって迷惑しているもの」

「……とりあえず、俺は先に風呂に行ってきます。俺の部屋でアーシアが寝てますけど、自分の部屋に戻しておいてもらえますか?」

「……そう。ええ、分かったわ」

 

 ……っとのことで俺は部長と別れ、そのまま風呂場に行って脱衣所で服を脱ぎ、そのまま風呂場に突入する。

 その数分後………………

 

「はぁぁぁ……良い湯だなぁぁぁ……」

 

 俺はリラックスするように足を伸ばし、そう言葉を漏らした。

 連日で旅行に行ったのは良いものの、代わりに凄まじいほどの疲れることに遭遇したからな。

 こうやってのんびりするのも久しぶりな気がする。

 

「そう。我、イッセーとお風呂、気持ちいい」

「そうか、そうかぁ……風呂は良いよな~―――それでなんでここにいるのかな?オーフィス?」

 

 俺は特に驚くことなく体重をかけて一緒に湯船につかるオーフィスの頭を撫でながら、そう尋ねた。

 もうオーフィスに至っては驚くことの方が疲れるし、割と気配なしでいつの間にかいることも多々だからな。

 

「我、イッセーの傍に居たい。ダメ?」

「ダメじゃないよ~」

 

 ……随分とまあ軽い口調でそう言ったもんだな、俺。

 そうするとオーフィスは俺の体にスリスリと自分の体を押し当ててくる。

 

「どうした、オーフィス?」

「……イッセー、反応しない。何故?」

「どこ見て言ってんだ、おい」

 

 俺の下半身を見てそう呟くオーフィスの頭を小突く。

 ったく、せっかくのんびりモードだったのに一発で元通りになったじゃんか!

 

「それで?なんで風呂に突入したんだ?それとそろそろ体を擦り合わせるのは止めろ、限界だ!」

「…………仕方ない」

 

 するとオーフィスは擦り合わせるのは止めたものの、体育座りをしながらチョコンと俺の太ももの上に座った。

 

「最近、我、イッセーと触れ合ってない」

「まあ確かにな。俺は旅行に行ってたし、オーフィスは用事やらで家に居なかっただろ?何してたんだよ」

「………………ヴリトラ、殲滅」

 

 ………………その言葉を聞いた瞬間、俺の頭には笑顔で俺に手を振りながら空へと昇って行く匙の姿が廻った。

 きっと、あいつはこう言っているはずだな……『イッセー、俺、星屑になったよ~、妹は馬鹿にしてはいけないんだな~、さようなら~』って。

 ―――本気であり得そうだから、明日あいつの様子を見に行こうと思う俺なのであった。

 

「……イッセー、力、跳ね上がってる」

 

 するとオーフィスは俺の胸を手の平で抑えながらそう呟いた。

 

「俺の力が?」

「そう……神器じゃない。根本的、身体能力、跳ね上がってる。オーラが数段階、上がってる」

 

 ……それを聞いて少し驚く。

 確かに前の夏合宿は色々あったからな。

 ガルブルト・マモンとの戦い、匙とのゲームでの拳のぶつけ合い。

 修行の経験値とそれらの事柄が結果的に俺の最終目標だった創造神器の禁手化、特に白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)を禁手させることに成功した。

 通常の籠手の約数倍の厚さの龍のような腕である左右一組の腕、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)

 非常に燃費の良い禁手で、肩から手にかけ、一定間隔で埋め込まれている白銀の宝玉を一つ代償にすることで、その時点の俺の限界倍増の力を一瞬で手に入れれる力だ。

 タイムラグなしで、しかも負担も軽減されているからかなり使い勝手が良い。

 ただ禁手に至らせるまでに多少の時間を要するのが唯一の欠点だけど、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を使えばそれも解消される。

 それにまだまだ力を隠していそうだからな。

 相当期待の大きい神器だ。

 

「……龍王に近い、またはそれ以上。でも、力に飲み込まれるの、ダメ」

「分かってるよ。力になんて飲み込まれたりしない……それが駄目だってことは俺が一番良く知っているからさ」

 

 俺は心配そうに俺を見てくるオーフィスの頭をそっと撫でながら宥めた。

 …………過去の赤龍帝はその絶大な力に溺れ、最終的に力に支配されてその身を滅ぼした。

 その後悔や怨念が神器に意識として残り、それが覇龍なんてものを生み出してしまったんだ。

 力なんて、そんなものはオプションにしか過ぎない。

 必要なのはその力を得るまでの過程なんだ。

 どれだけ努力したか、それがあれば力に溺れることなんてない。

 たぶん、歴代の赤龍帝はそれがなかったんだろうな……突然、人外の力を得て、そしてその力を振るった。

 俺は元が最悪だった上に自分の体を鍛える他、これを使いこなす術がなかったから努力に努力を重ねただけで、才能があれば歴代のようになっていたのかもしれない。

 ……そう思うと、ミリーシェはすごいよな。

 あれほどの才能に恵まれていたのに、力なんてどうだって良いって割り切っていたんだから。

 あいつみたいなのが、本当に強い奴なんだろう。

 

「……イッセー、すごく、悲しそうな顔、してる」

 

 するとオーフィスは俺の頬を両手で触り、少し心配をするような表情をしていた。

 ……悲しそう、か。

 

「ちょっとだけ、昔のことを思い出しただけだよ」

 

 やっぱり、まだ俺は過去を払拭する事が出来てない、か。

 そりゃそうだ……あんなことを簡単に拭い去ることが出来るわけがない。

 ミリーシェを殺した奴だって、姿もその尻尾すら掴めてないんだ。

 ―――仮に、その正体を俺が知ったとしたら、俺はどうするんだ?

 怒りに狂うか?それとも復讐なんてことを止めるのか?

 …………分からない。

 下手をすればまたあの力を……覇龍を無意識に使うかもしれない。

 あんなものは使いたくないが、でも―――俺の負の部分に触れるあの黒い影が現れたら、俺の理性は保てるのか?

 

「俺の秘密主義もここまでくればあれだな…………キツイものがあるな」

 

 俺は天井を見上げてそう呟いた。

 ……俺は他人の気持ちを知りたがる癖に、そのくせ自分はさらけ出さない。

 皆を守るけど、自分の心を表には出さない。

 何でだろうな……俺が前代の赤龍帝ってことを言っても、信じてもらえないと思っているからか?

 それとも……本当は自分が被っている仮面を外したくないだけなのかもしれない。

 他人の仮面は剥ぎ取るけど、皆に恰好悪いところを、醜い部分を見せたくないんだ。

 自分をさらけ出せば、周りが離れていくと思ってしまうから……昔のように、本当にミリーシェしかいなくなって、そして彼女と同じように……いなくなってしまうと思うから。

 ―――いい加減、そんな自分に嫌気がさした。

 だからこそ、自分の殻を破るために俺の力は進化し始めたのかもしれない。

 

「ありがと、オーフィス。俺もなんとなく分かった気がするよ」

 

 俺はオーフィスの頭を再度撫でて、風呂場から出ようとする……っとその時、オーフィスは俺の背中に抱き着いた。

 

「……イッセー。我、家族…………ドラゴンファミリー、絶対、イッセーの味方」

「分かってるよ―――ありがと、オーフィス」

 

 俺は振り向かずそのまま風呂場から出て脱衣所に行って服を着た。

 ……皆が俺に好意を向けてくれている。

 そんなことはとっくに分かっている。

 それでも俺がその想いに、気持ちに応えないのは……失うのが、怖いから。

 本気で好きになって、またそれを失うのが怖いから。

 今まで俺の好きになった奴はみんな死んだ。

 ミリーシェだって、俺は兵藤一誠になる前に何人も大切だった仲間を失っている。

 だからこそ……怖い。

 それをさせないために全部守るために……そうするために俺は力を望んでいる。

 守るための力、命を賭けて誰かを守りたい。

 俺の周りの、手の平で収まるくらいの皆を守って、共に生きていきたい。

 

「―――俺は変わりたい。弱い自分を、変えたいんだな」

 

 そう呟き、俺は脱衣所から出ていくのだった。

 

 ―・・・

 翌日、俺とアーシアは日直の仕事があるため先に学校に向かっていた。

 久しぶりの学校、ついでにアーシアと二人での登校ってのも久しぶりだ。

 

「イッセーさん!今日から新学期ですよ!!」

「はは。アーシアは朝から元気だな」

 

 俺の前をスキップしながら歩くアーシア。

 まあ久しぶりに学校の皆と会えるからか、多少テンションが上がってるんだろうな。

 本当は俺は黒歌と一緒に行こうかと思っていたけど、日直だからゼノヴィアに昨日の晩に頼んだ。

 

「そう言えば桐生さんから昨日電話がありました」

「桐生から?」

「はい……それが、なんか面白い噂話というか、都市伝説?みたいなことを言ってまして……」

 

 アーシアの口から都市伝説って言葉が出るとはな。

 でも桐生か……奴はアーシアに良からぬことばかりを吹き込む不届きものだからな!

 

「それでどんな話な」

「ふふふ、それは皆のアイドル、桐生藍華ちゃんが教えて進ぜよう!!」

 

 ……突如、俺たちの後ろから現れる黙っていれば眼鏡系美少女、桐生藍華がそんなことを言いながら俺たちの前に現れた。

 

「アイドルっていうか、変態じゃね?」

「あ、あはは……」

「ひ、兵藤!?私をあんな松田や元浜と一緒にしないでもらえるかな!?アーシアも愛想笑いでごまかしちゃダメでしょ!!」

 

 普段の行いを悔い改めろ、俺はそう心の中で思った。

 

「まあいいわ。それで都市伝説よね?」

「ああ。お前がわざわざアーシアに話すくらいだからな。結構興味ある」

「都市伝説っていうか、何か一種の病気みたいなものなんだけどねぇ……都市伝説”他人の心が乗り移る欠片”!!」

 

 ……他人の心が乗り移る欠片?

 そんなことを桐生は言ってきた。

 

「これ、最近結構有名になってる話なのよ?なんでも、その他人の心ってのは女の残留思念らしくて、その心に乗り移られると誰かを唐突に好きになったり、好きな気持ちが歪んで犯罪まがいなことを起こしてしまう……どう?ある意味、怖いでしょ?」

「いや、まあ怖いけど…………都市伝説って言うほどのものか?そりゃあ人を好きになれば歪んだ部分も出てくるだろ?」

「そ!だから都市伝説と言うよりかは一種の病気!恋の病?みたいな感じかなって思ってねぇ」

 

 桐生にしては上手いこと言ってるな。

 確かにそれは都市伝説っていうより恋の病だ。

 

「まあ?どれだけ信憑性を持ってる噂かどうかは分からないけど、まあここに約一名、絶賛恋の病に犯されている末期患者いるけどねぇ~~~」

「う、うぅぅぅ……」

 

 桐生はアーシアに悪戯な視線を送りながらそんなことを言った。

 それによってアーシアは顔を真っ赤にして俺の方を見てくる……おい、そんな保護欲を掻きたてる表情で俺を見るな!

 って俺て手が勝手に動く!?

 自然とアーシアの頭に手が向かって、そのまま俺は撫で始める……なんだ、これ。

 

「ほうほう……イッセーも中々やるね!それにアーシアのその表情も卑怯よねぇ~。男の感情を弄ぶ天然の魔性?みたいな」

「おい、純真で可憐なアーシアを小悪魔呼ばわりするな!」

 

 悪魔だけど!!

 心は天使なんだよ、アーシアは!!そりゃ愛しい存在だよ!!

 

「は、はぅ!!純真で、可憐で、愛しいだなんて……」

「うん、愛しいは声には出してないよな?まさか俺の心を読んだのか!?」

 

 ……ってなわけで新学期早々、早くも騒々しい朝の幕開けだった。

 

「それはそうと、今日うちの学年に二人の転校生と新しい先生が来るみたいよ?」

 

 ―――新しい先生と転入生二人?

 これはまた変な時期に新任の先生か……転校生の一人は黒歌だろうけど。

 

「もしかしたらうちのクラスに集まるかもねぇ……何故か転校生は十中八九、私たちのクラスに来るし」

「アーシアとかゼノヴィアか?まあ確かにな」

 

 実際には部長のコネで俺のいるクラスに入れただけだけどな?

 ―――俺はこの時、気付くべきだった。

 この転校生と新任教師という単語で、想定しておくべきだった。

 そんなことはいざ知らず、俺たちはそのまま和気藹々と学校に向かうのだった。

 

 ―・・・

「初めまして、塔城黒歌と申します。どうかよろしくお願いありんす」

「初めましてー!紫藤イリナです!!イリナって呼んでね~!!」

 

 ……新学期が始まり、いつもの顔ぶれと軽く挨拶をかわしHRとなった少し前。

 俺たちの担任が転校生のことを言ったのが数分前。

 そして後ろの方にある俺の席に視線を送る二人の顔見知りの女の子が教室の前で挨拶したのが現在だ。

 俺の目の前には駒王学園の女子生徒の制服を身に纏う黒歌とイリナの姿があり……って何だ、それ!?

 黒歌は良い!!言葉遣いが何故か似非京都風になっているのは何とか目を瞑ろう!

 だけどなんで天界サイドの人間であるイリナがいるんだ!?

 

「えぇ~っと、紫藤さんと塔城さんは兵藤と縁があるそうだから、何かあったら兵藤に聞きなさい」

「「はい!!」」

 

 元気の良い声ありがとう!!

 これは後で全力で尋問だ!!

 そう思いつつ、俺はにこやかに二人に笑顔を送るのだった。

 ……そしてその数分後。

 

「塔城ってことは黒歌さんはあの小猫ちゃんのお姉さんなの!?」

「そうだにゃ~♪白音は可愛いよね~」

「紫藤さんは兵藤君とどういう仲なの?」

「幼馴染だよ!小さいころから仲良しなんだ~」

 

 ……休み時間となった現在、黒歌とイリナの周りには女子生徒がたくさんいる。

 二人のコミュニケーション能力は高く、既に仲良さげに色々と話している……のは良いんだけど、俺はそれを遠巻きにアーシア、ゼノヴィアと見ていた。

 

「……イッセー、イリナは何故ここにいるんだい?いつかはイリナと再び顔を合わせるとは思っていたが、まさかこんな形で……」

「今更ながらあの時のまた今度ねってこのことだったのか……っていうか、あの野郎、一本も連絡を寄越さないとはな」

 

 俺は遠巻きで奴を睨むと、すると俺の後方から殺気が!!

 俺はその方向に即座に拳を放つと……

 

「あぶしッ!?」

「へぶッ!!?」

 

 ……そこには俺に殴られ、その場に倒れる松田、元浜の姿があった。

 

「よぉ、松田、元浜。随分なご挨拶だな?あぁん?」

「くっ!新学期に入って元より拍車が掛かって体がガッシリした上に幼馴染と黒髪爆乳美少女と知り合いだと!?ふざけるな、イッセェェェェェ!!!」

「何故だぁぁぁ!!!なぜイッセーと我らでそこまでの差が!!」

 

 松田と元浜は号泣しながら駄々っ子のようにそう喚く……こいつら、やっぱり駄目だったのか?

 

「それで女の一人でも出来たのか?」

「うぅぅぅぅぅ……嫌味なのか?それは嫌味だろ…………何が色々と進む夏だ!!他の男子は俺は卒業しましたって顔しやがって!!おい、田中!!こっちをニヤニヤしながら見んじゃねぇぇ!!!」

「荒れてるな、松田……」

 

 俺はマジで号泣している松田の肩をポンポンと叩く。

 っと、そろそろイリナに話を聞かねぇと。

 そう思い、俺はイリナの方に近づいた。

 

「イリナ、黒歌。ちょっと良いか?」

「あ、イッセー君。あの時ぶりだね、お久しぶり~!ゼノヴィアも!!」

「どうしたにゃん、イッセー?」

 

 うわぁ、こいつらの雰囲気、若干似てるところあるから一気に相手するのは面倒だなぁ……とりあえず俺は二人を連れて人気のないところに連れていく。

 俺の周りにはアーシア、ゼノヴィアもいて、そのまま二人と対面した。

 

「まあ黒歌が同じクラスなのかは何となくそうなるかなって思ってたからいい。だけどイリナ、どうしてお前がここにいるんだ?」

「あ、それはまた放課後にオカルト研究部の方にお邪魔するから、その時に説明するわ!」

 

 ……なんか納得できないんだけど、まあ良いか。

 ―――っていうか、どうしてかイリナから感じる聖なるオーラの純度が高くなっているような気がするのは気のせいか?

 

「っていうか黒歌。さっきの良く分からない言葉遣いは何だ?」

「あれ?第一印象が大事と白音に言われまして……にゃは♪」

 

 ……可愛くウインクする黒歌を可愛いと思ってしまう自分が悔しいッ!!

 何ていうか、黒歌はある意味で小猫ちゃんよりも破壊力のある可愛さを持っているかもしれないな。

 明らかに可憐さでは小猫ちゃんが圧勝しているようにみえるが、実際のところこの両者に差はない。

 むしろ黒歌のギャップ差にやられる男子も少なくはないはずだ。

 これで暴走がなければ問題はないけど……考えるだけ無駄か。

 

「まあいっか……にしても俺たちのクラスにここまで転校生を集める、ねぇ……元々人数が少ないクラスだったのもあるだろうけど」

 

 アーシア、ゼノヴィアに続き黒歌、イリナまで俺たちのクラス入りか。

 何ともまあ騒がしいクラスになったもんだ。

 でも黒歌もイリナも社交性は抜群だからすぐに馴染めると思うし、それにうちのクラスはノリが良く、良い奴が多いからな。

 一応、部長にメールで聞いておくか。

 俺はそう思い、イリナの件に対することを文面化して部長にメールで送信した。

 そして数分でメールは返事が来た……えっと、何々?

『色々と話すことがあるから放課後に部室まで案内をお願い出来るかしら?黒歌も連れて来て頂戴』っていう内容だ。

 とりあえずは…………っと、次の授業は体育だったな。

 

「じゃあアーシアにゼノヴィア、二人をよろしく頼むな?今から体育だから二人の案内をしてやってくれ」

「はい!イリナさん、黒歌さん!更衣室はこちらです!」

 

 何故かアーシアは嬉しそうな笑顔を見せながらイリナと黒歌を連れて更衣室へと向かっていく。

 ……なんであんなに嬉しそうなんだ?

 そんなことを思いつつ、俺も体操服に着替えてさっさと運動場に向かうのだった。

 

 ―・・・

 駒王学園の体育の授業は少し面白いシステムだ。

 2クラス合同の体育の授業なんだけど、クラスの時間割を時折変更し、年を通して全てのクラスと合同出来るように授業を進めるんだ。

 だから男子数が極端に少ない男子生徒にとって交友関係が広くなる良い機会で、俺も仲良くなろうと積極的に話しかける。

 今日は確か匙のクラスと合同の体育のはずだ。

 そう思いつつ俺は匙を探して辺りを見渡すと……確かに匙はいた。

 そう―――体の数か所に傷テープやら包帯を包んでいる姿で。

 ……そう言えばオーフィスが言ってたな。

「………………ヴリトラ、殲滅」って言ってたけど、まさか本当に殲滅したとは思わなかった。

 

「おっす、匙!元気か?」

 

 俺は敢えてそう聞くと、匙はビクッと振り返り、そして俺の顔を見て少し涙を流し始めた。

 

「い、イッセー…………もう、俺死んじゃうのかな?」

「………………………………………………今日、飯奢ってやるよ。うん……とりあえず涙を拭けよ」

 

 俺は本気で涙してそんな悲しいことを真剣に聞いてくる匙の肩に手を置き、そう言うと匙は次は号泣する。

 ―――オーフィスにティア、いったい匙に何したんだよ!?

 

「聞いてくれるか、イッセー」

「ああ。当然だ―――俺もあいつらに地獄を見せられた仲間だ!」

 

 匙にそう言うと、匙は自分の身に何が起こったかを話してくれた。

 要約すると、俺とアーシア祐斗が北欧旅行に行っているとき、匙は生徒会室で眷属の皆と新学期に向け仕事をしていたらしい。

 するとドラゴンファミリーの面々が現れ(夜刀さんも)、突如匙をあるところへ連れて行ったそうだ。

 ドラゴンファミリーのメンバーは会長には匙に稽古をつけてやると言って、会長はそれを承諾。

 そして匙は……

 

「お前、あんなことを2週間もしていたんだな……刀を持ったドラゴンの兄ちゃんは木場なんか目じゃないレベルの速度で無双してくるし、ティアマット様はいつまでも追いかけてくるし!!!オーフィス様のデコピンで木々が何本も消え去るって本当にチートかよ!!!………………イッセー、俺は今から過去に戻れるならあの発言を言い直したいよ……」

 

 ってな具合で叫んだり、沈んだり、何とも言えない状態で話してくれた。

 これはあれだ……一生もののトラウマだろうな。

 でもな、匙―――俺はもっとすごかったぜ?

 何せ更に殺しにかかるドラゴンの皆様、更にはタンニーンのじいちゃんまでも居た生活を山の中で2週間以上していたからな。

 ……思い出すだけで凍えそうになる。

 

「おーい、兵藤兄貴!出番だぜ!」

「おう。じゃあ匙、俺は番が回ってきたから」

 

 ちなみに今日の体育は野球で、俺は呼んでくれたクラスメイトからバットとヘルメットを受け取り、打席に立った。

 ちなみに兵藤兄貴って言うのは一部の男子から最近になって呼ばれ始めたあだ名なんだけど……とりあえず、俺はバットを構える。

 相手は男子野球部でピッチャーをしているクラスメイト、更に二塁には既に松田が出ていた。

 あいつ、同じチームだったのかよ。

 

「兵藤!普通のスポーツでは負けるが、これでは負けないぞ!!」

「……おう」

 

 ……いや、正直言って今の俺の視力と反応速度は世界最高の投手の投げる球ですら止まっているのと同じなものでな?

 悪魔だからそれも当たり前で、しかも夏の修行で身体能力全般が大幅に上がっているおかげでどんな球でもホームランにしてしまうわけで。

 初めから対等の勝負を人間とは出来なくなってしまっているんだ。

 悪魔になって少し辛いところだな。

 こうやって対等にクラスメイトとスポーツを楽しむことも出来ないからな……かといって、俺はわざと負けるなんて甘いことは出来ない。

 それに手を抜いたら相手にも悪いし……ってことで全力ですることにした。

 

「行くぞ、兵藤ォォォォ!!!!」

 

 ピッチャーがかなりの速度の送球をする。

 ―――結果は明白で、普通にホームランになるのだった。

 

 ―・・・

 時は変わって放課後。

 俺とアーシア、ゼノヴィアはいつも通り部室に向かっていて、そしていつもと違うのはそこに黒歌とイリナがいることだった。

 部室前に着き、俺たちは扉を開けて部室の中に入っていくと、そこには部長、朱乃さん、小猫ちゃん、ギャスパー、祐斗、アザゼル、ガブリエルさんがいた―――って、ガブリエルさん!!?

 俺はまさかの人物の登場に手に持っていた荷物を部室の床に落とし、そのまま目を見開いたまま口を開けて驚く……いや、ホントなんで?

 

「あら。兵藤君はお久しぶりでイリナさん、こんにちは。それ以外は初めましてですね?」

 

 するとガブリエルさんは上品に立ち上がり、そのまま淑女らしくペコリと頭を下げた。

 でも俺の頭の中は混乱し続ける!

 

「あの、イッセーさん?ガブリエルさんってもしかして……」

 

 アーシアが俺の制服の裾を引っ張って恐る恐ると言う風に聞くと……

 

「ええ、アーシア・アルジェントさん。私は熾天使の一人、ガブリエル。お会いできて嬉しく思います」

「い、いえ!!わ、私もお会いできて嬉しいです!!」

「か、かの有名なガブリエル様とこのような場でお会い出来るとは……ああ、主よ……この奇跡をお許しください!」

 

 元教会出身のアーシアとゼノヴィアは本当に嬉しそうにそう言うと、ガブリエルさんは微笑みを見せた。

 

「とりあえずお前は早く入ったらどうだ?」

「お、おう」

 

 俺はアザゼルにそう言われ、戸惑いつつ扉を閉めて室内に入る。

 そして朱乃さんはイリナに特製の紅茶を淹れ、そしてイリナはガブリエルさんの隣に座り俺たちはその場に立って二人を見る。

 ガブリエルさんは前に見た服装と違い、人間界の女性用の白いスーツを着ている……すごい似合ってるけど、何でそんなのを着ているんだ?

 それにイリナだってどうして転入して来たんだ?

 

「どうも、お久しぶりです!この度は天界の者である私をこのオカルト研究部に招待してくれてありがとうございます!」

「ああ、それは良いんだけどさ……なんでここにいるんだ?」

 

 俺はイリナにそう聞くと、するとイリナは突然立ち上がる。

 

「よくぞ聞いてくれたよ、イッセー君!いくね?―――えい!!」

 

 イリナがそう言うと、次の瞬間―――イリナの頭に天の輪、そして背中には純白の翼が生えていた。

 …………え?

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!?』

 

 そこにいる俺やアーシア、ゼノヴィアなどとこの状況を飲み込めないものが全員、同時にそう叫んだ!!

 いや、驚くだろ!?

 幼馴染から背中と頭に翼と天輪を装着したんだぞ!?

 驚くわ!

 何のゲームの装備だよ!!天使系統の武器ですか!?

 

「こら、イリナさん。あなたと私は天界からの使者でこの学園に来たんですから、もっと常識ある説明をしてからそれを出しなさい」

 

 するとガブリエルさんが座ったままイリナに睨みを利かせると、イリナはシュンとしてそのままの状態で座りなおした。

 

「こいつは天使化って言ってな。悪魔が人間を転生させるシステムを天界が応用し、実現させた人間を天使に転生させるシステムだ。んで、この娘はそのシステムで天使に転生したってことだろ」

「ええ。イリナさんは御使い(ブレイブ・セイント)として天使になりました」

 

 アザゼルの問いにガブリエルさんが応える……ブレイブ・セイント?

 俺は聞きなれない単語に頭を悩ませていると、するとガブリエルさんは続けて話し続ける。

 

御使い(ブレイブ・セイント)というのは悪魔サイドのイービルピースの天使版と思ってください。悪魔の技術を教えていただき、それにより人間をトランプの札に見立てて転生させるというシステムで、現状では熾天使の4人がそれぞれスペード、ダイア、クローバー、ハートのキングの札であり、人間を天使に転生させて配下と言う形にしているのです」

「イービルピースで言えば熾天使が『王』でそれ以外の駒を人間から転生させようってわけだ。駒が札になったってわけだな。ガブリエルはハート、ミカエルがスペードの札のキングってわけだ―――ったく、天界も面白いことを考えるもんだ。悪魔がチェスなら天使はトランプ。悪魔と堕天使の二つの技術を組み合わせて新しいシステムを創るとは、中々に面白いな」

 

 アザゼル、どこか面白そうな顔してるな。

 まあこいつは研究堅気の堕天使だし、こういう技術ものが大好きだからそれも当然か。

 天使は神が死んだことでこれ以上の天使が生まれなくなった。

 だから人間から天使を転生させ、そして自軍の強化をしようってわけか。

 でもトランプってことは、イリナにも相応の札が渡されてるんだな。

 

「イリナは誰の配下でどの札なんだ?」

「私はミカエル様のエースよ!かの有名なミカエル様のエースなんて、私は幸せよ!!これも神の―――ミカエル様のお導きだわ!!神の不在を知って死ぬほど泣いたけど、これでもう大丈夫よ!!」

「うぅ……分かります、イリナさん」

「分かるぞ、イリナ!!」

 

 アーシアとゼノヴィアはうんうんと頷き、そして三人は手を握り合って共に『ああ、主よ!』と祈った―――これは教会三人娘の結成の瞬間だな……悪魔が混じってるけど。

 ……それにしてもなるほど、イリナはミカエルさんを神のように信仰してるってわけか。

 イリナも中々強いな。

 別れるときは弱弱しかったけど、普通に割り切って考えてる。

 

「いずれはミカエル様は悪魔と天使の異種間のレーティング・ゲームをしたいと仰っていました。未だに両者のトップ陣の一部は三勢力の和平に垣根を訴えるものも多いから、それをゲームというスポーツのような形で発散させようと……」

 

 確かにレーティング・ゲームは命を失うまで戦うわけではないし、殺し合いではないからな。

 そういう意味では不満を発散する良い機会になるだろうけど……でもどうして二人が来たんだろう。

 

「イリナとガブリエルさんはどうしてここに来たんです?」

 

 俺は二人に質問をすると、ガブリエルさんは小さく挙手をした。

 

「三勢力の和平が実現するきっかけとなったこの駒王学園。ここは既に三勢力のバックアップにより成り立っています……ある意味の完全なる中立地帯のような場所です。この学園には悪魔、そして堕天使の総督という現地のサポート要員がいるのに対して天界からは誰もいない……そうミカエルは考えたのです」

「それで私は生徒、ガブリエル様は教師としてこの学園に送られてきたの!」

 

 つまりは新しい教師っていうのがガブリエルさんだってわけか。

 ようやく納得が出来たな。

 確かにここには悪魔、堕天使がいるのに天使がいないのは天界からしたら少し問題なんだろう。

 天使っていうのは堅気の律儀なヒトが多いって話だし、それはミカエルさんの人柄とか性質を鑑みたら理解できる。

 それで送られてきたのがイリナとガブリエルさん。

 でも熾天使を送るとは、ミカエルさんも大胆なことをしたな。

 

「ったく、俺はガブリエルはいらねぇって言ったのにミカエルの野郎、勝手に魔王と話をつけやがって……」

「アザゼル。私には手を出さないでくださいね?えっと……未婚総督アザゼルでしたか?」

「うるせぇぇぇぇぇえええ!!!!それを言うなぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 お、おぉ……アザゼルが手玉に取られるとこを見れるとは。

 ガブリエルさん、ナイスです!っと俺は親指を立ててエールを送るのだった。

 

「ふむふむ……これはすごく勉強になるわ……ここは私が任されているのだから、もっとしっかりしないとッ!」

 

 部長が何やら決心を固めていらっしゃる!

 確かにこの学園を直接任されているのは部長とソーナ会長だからか、すごい張り切ってるな。

 

「に、にゃはは……私は唯一普通の妖怪だから肩身が狭いにゃ……」

 

 すると黒歌は少し苦笑いをしながらそう呟く……っと、小猫ちゃんがそんな黒歌の手をすっと握った。

 

「……大丈夫です。お姉さまには私と先輩がいますから」

「………………もう、可愛いにゃ~!白音~~~!!!」

 

 黒歌はそう励まされたからか、小猫ちゃんの頭をナデナデしながら抱きしめた。

 二人はまたすごい仲良しの姉妹に戻れたんだな、うんうん。

 仲良しが一番、ついでに俺も混ぜてほしいのは内緒だ。

 っていうかあの二人を愛でたい、全力で!

 俺も我慢しているけど、大好きだった黒歌と小猫ちゃんの尻尾やら耳やらを見ていると、すごく触れ合いたい想いが爆発しそうになるんだよな。

 …………ちなみに俺の愛でたいランキングではチビドラゴンズと同等かそれ以上っていうのが素直なところだ。

 

「……イッセーくん?大丈夫かい?」

「―――う、うぉ!!?」

 

 俺は突然祐斗に話しかけられて、一瞬で祐斗から距離を取る。

 …………そりゃあ当たり前って話だ。

 なんたって、旅行の最後にあんなことになったんだからな……帰りの飛行機では何とかアーシアの隣に座り、二人でもうずっと話し込んだ―――そうでもしないと祐斗の魔の手が……くそ、寒気が!!

 

「……祐斗先輩はイッセー先輩に常に3メートルの距離を取ってください」

「うちのイッセーはホモに何てあげないにゃん!!」

 

 するとそんな祐斗と俺の間に俺の愛でたい筆頭、小猫ちゃんと黒歌が立ちふさがる!!

 って黒歌!

 俺がせっかく言葉を濁してたのに、そんなはっきりと!!

 ちなみに祐斗のことはアーシアを介して眷属の皆が知っていることだ。

 

「あはは……良いかい、黒歌さん。僕は男が好きというホモではない―――好きになったのがイッセー君だった。たったそれだけだよ」

「―――重症にゃん!!!!リアスっち!!今すぐこのバカに薬をつけるにゃん!!」

「無理よ……祐斗の目を見なさい。これほどの覚悟の灯った目では薬程度ではどうにも出来ないわ」

 

 部長、ちょっと諦めが入ってませんか!?

 そうしていると眷属メンバーが俺と祐斗の間にバリケードを作り、一致団結して俺に近づかせようとしないようになる。

 ……すごい、普段あれだけ言い合いになるのに共通の敵が出来ると最高のコンビネーションを発動する!

 これをゲームで使えたらすごいことになるんじゃないか?

 

「なるほど……この眷属はイッセーを巡る共通の敵ならば最高のパフォーマンスをすると……これは今後のゲームで使えるな」

 

 アザゼルもどうやら同じことを考えていたようだ。

 

「ガブリエル様、みなさんが仲良くしているから私も混ざっていいと思いますか?」

「ええ。しかしあの少年からは何故か邪なものを感じませんね…………なるほど、それほど純粋な想いというわけですか……ふふ、面白いです」

 

 ……そうなんですか、ガブリエルさん!?

 邪のない純粋な気持ち……それを俺以外の女の子に向けたら良いのに。

 俺はそう思うしかなかった。

 

「これは困ったね。でも皆に聞いてもらいたい―――この気持ちには邪さはないよ。これはむしろ僕は誇るべき想いと断言できるよ。僕がこれほどの熱情に科せられたことは今までに一度もない。故に僕は恥ずかしげもなくイッセー君が好きだと言えるよ」

「むしろここまでくれば清々しいですわね。ですが近づけさせませんわ」

「断罪してくれようか、木場!いいか!!イッセーの貞操は私の物だ!!」

『違うわ!!!!』

 

 凄いな、眷属+イリナの言葉が重なった!!

 っていうかこれは色々と面倒なことになりそうだったから、俺は逃げるようにその場から離脱しようとすると、ダンボールの中に隠れているギャスパーに手を引かれた。

 

「僕は女の子と男の子なので問題ないです!!」

「うん。そう言うセリフはダンボールから出て言おうか?天界が怖いのは分かるけど、あの人たちは怖いヒトじゃないからさ?」

 

 俺はこの中で最も安全なギャスパーの頭を撫でながらそう言うのだった。

 とりあえず今の状況で言えることは……うん、この部室は更ににぎやかになったってことだった。



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第2話 若手は色々と大変だそうです!

 現在、俺たちのクラスでは迫っている体育祭の種目決めをしていた。

 駒王学園の体育祭と言えば学年を4つの組に分けて行い競うものであり、俺たちのクラスは事前の抽選で組の色は赤になっている。

 ちなみに眷属内では小猫ちゃんとギャスパーたちと一緒らしく、他はまんべんなく分かれていたりする。

 ともあれこの体育祭は非常に盛り上がる……特に最後の男女混合リレーなんかはかなり盛り上がり、この時に限っては身体能力が高い松田は非常に活躍する場でもある。

 去年までは俺もかなり盛り上がってたんだけどな……うん、身体能力が人間とかけ離れたからあんまり自身の力を使う種目は出たくないのが本音だ。

 勝ちが決まっている勝負ほど面白くないものはないし、この学園で俺は負けることはまずない。

 例え他の悪魔が相手でも。

 っということで今年の種目は比較的に優しいものを選ぶことにするか。

 

「えっと……あと残っているのは男女混合二人三脚と男女混合リレーと借り物競争、騎馬戦だね」

 

 すると体育員が黒板に書かれた種目を見て何度か頷く。

 このクラスの最高戦力である松田は男女混合リレーに出ていて、ちなみに俺はまだ何もあげてない。

 残ったものを考えれば……リレーは反則、騎馬戦は一人で全騎馬を取れそうだから却下。

 となると残るは借り物競争と二人三脚か。

 これがかなり安全なところだな。

 

「あれ?兵藤君はリレーは出ないの?去年は出て3人抜きしたのに」

 

 っと体育員さんが余計なことを言ってくれる。

 いや、ホント出るのは勘弁なんだよ!

 去年はまだ人間だったからいいが、俺は手加減が嫌いだから仮に出れば本気でやってしまう。

 それが卑怯に感じるから俺は身体能力を使った種目は出たくないわけで。

 

「俺は借り物競争と二人三脚にするよ。って二人三脚は女子がまだ埋まってないのか……」

 

 ……出来れば眷属の仲間か桐生辺りならありがたい。

 話せる奴とが一番だからな。

 するとその瞬間、ほぼ同時にイリナ、ゼノヴィア、黒歌が手を挙げた!

 

「はい!!私、出たい!!」

「何を言っている、イリナ!イッセーと出るのは私だ!!」

「うるさいにゃん!ここは私の一択よ!!」

 

 ……うん、とりあえず争いが起きていることは間違いない。

 俺は溜息を吐きながらその光景を見ていると、すると俺のすぐ傍のアーシアが控えめに小さく手を挙げていた。

 ―――ああ、これは一択だな。

 

「悪いな、やっぱり俺はアーシアと出る。ってことで騒動は終了だ」

「は、はわ!!」

 

 俺はアーシアの手を取り、そのままアーシアを立たせて二カッと笑うと、すると今までいがみ合っていた三人は少し溜息を吐きながらも、仕方ないなっという風に納得してくれた。

 

「俺とアーシアが一位を取ってやるから安心しろって!な、アーシア?」

「は、はい!!イッセーさんとゴールインします!!」

 

 ―――アーシア?それはまた全く違う意味だよ?

 そんなアーシアの爆発発言に周囲は騒然となり、騒がしくなった。

 まあこのノリならリレーは出なくてよさそうだな。

 俺はそう思ってほっと胸を下した。

 

「アーシア、昼休みに練習しようぜ?アーシアと俺の相性の良さを見せつけるんだ!」

「は、はぅぅ……あ、相性最高だなんて……嬉しいですっ」

 

 うん、やっぱり最近のアーシアは意味の取り違いが多いよね?まあむしろ大歓迎だから良いけど―――大歓迎って、おい。

 とにかく、騒然とするクラスの中で俺とアーシアは笑顔を交わし合うのであった。

 

 ―・・・

 イリナはあれから色々な、本当に様々な試練を乗り越え無事に兵藤家に居候が決まった。

 ―――突然のことであれだけど、実は兵藤家に入るためには鬼の関門というものが存在する。

 ちなみにこれをアーシアは一発合格、部長は何度も落ちて同居までに時間が掛かった。

 ちなみに関門というのは言わないでも分かるだろうが、我が母、兵藤まどか。

 その人である。

 まあ簡単に言えば母さんの許可なしでは家には立ち入ることすら難しく、その試練っていう具体的な内容は知らないが中々厳しいものらしい。

 良くは分からないけど、小猫ちゃんは割とすんなり合格したそうだ……本当にどんな試練何だろうな。

 とにかく、そういう経緯でイリナも兵藤家にお邪魔することになり、うちの女率がまた上昇したという割と笑えないのが今の俺の状況。

 ―――父さん、いったい貴方はどこで何をしているのですか?

 

「いっち、に。いっち、に~」

「よし、アーシア。いい感じだ」

 

 ……ちなみに今、俺とアーシアは二人三脚の練習をしている。

 アーシアがこれ以外で出場する種目は女子マラソンらしく、マラソンの練習は特には必要ないだろうな。

 何せ毎朝俺のランニングを欠かさずに付き合っているからアーシアは結構スタミナがついているからな。

 前のレーティング・ゲームでも瞬間回復から回復オーラの縮小、そして拡大、あのゲームでは反転(リバース)があったから使わなかったが回復を弾丸にして放ち、遠く離れた仲間を遠距離で回復する術も手に入れたらしい。

 うんうん、アーシアの成長にはお兄さんも鼻が高いよ。

 今も俺のペースに何とか付いていこうとする姿は微笑ましい……まあ流石に俺がアーシアに合わせるが。

 

「ふふ……イッセーさんとの共同作業は楽しいです」

「うん……確かに共同作業だけど、何かニュアンスが違う気がするのは気のせいだろうか」

「気のせいだと思いますよ?はい、イッセーさん!」

 

 アーシアが笑顔でごまかし、俺はアーシアにつられて足を結んでいる状態でアーシアの肩を掴み、体と体が触れ合いながらも練習をする。

 

「むむむ……あれは不味いにゃん!アーシアちんの未発達ながらも出るとこは出始めているおっぱいが触れているにゃん!!」

「くっ!流石はサラブレッドのアーシアだ!伊達に小猫と並び”イッセーを癒す二大女子”と言われることはあるというものかッ!!」

「うそ、そんな風に言われているの!?なら私も癒してあげるわよ~!!ってか二人とも速い!?」

 

 ……俺たちが練習する傍で3人で徒競走の練習をする黒歌、ゼノヴィア、イリナ。

 おぉ、すごい速いな。

 あれは100メートル走を9秒代で走ってるんじゃないか?まあ手加減してあれなのは色々と笑えないけど。

 流石は眷属一の脳筋馬鹿と転生天使に妖怪の黒歌だけのことはあるな。

 

「はわわ……速いです、みなさん!!」

「アーシアは俺とのんびり練習しような?あんなのほっといて」

 

 俺は止めていた足を動かし、アーシアと練習を続ける。

 ―――っと、ギャラリーが多いな。

 

「アーシアさん!兵藤君!頑張ってぇぇぇ!!!」

「くそ、兵藤!!アーシアさんと一緒に走るんだから勝てよな、男前!!」

「くそォォォォ!!!どうしてあいつは!!!」

 

 ……うん、貶すか褒めるかどっちかにしろよ。

 我がクラスメイトながら愉快だけどな……っと、すると望遠鏡を両手に何かを覗き込む俺の悪友の松田と元浜の姿が一つ。

 何してんだ?

 

「おおーい、松田と元浜は何を見ているんだ?」

 

 アーシアの速度に合わせ、タイミングよく足を交互に動かして松田と元浜に近づく。

 だけど反応は皆無だ……気付いてないのか?

 俺は存在に気付かない松田の望遠鏡を奪い取った。

 

「ぬわッ!?い、い、い、イッセー様!?」

「いや、何で様付けなんだよ。それにいったい何を見ていたんだ?」

「や、止めろ!!それに目を通せば太陽光が色々とあれで目が潰されるぞ!!」

 

 何を言ってんだか。

 俺はそう思い二人が見ていた方向に望遠鏡を向けてそこを覗き込むと―――

 

「さぁ、二人とも―――お説教の時間だ」

「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!!???」」

 

 俺は二人の肩を掴み、満面の笑みを見せてそう言うと、松田と元浜はまるで鬼を見ているかの表情をしながら震え始める。

 俺が覗き込んだ先、そこには俺たちと同様にグラウンドで女子騎馬戦の練習をする女の子たちの姿があった。

 まあ騎馬戦だから多少は衣服が肌蹴るんだろう、木々に隠れて衣服の乱れを直していた、そこをドンピシャで覗いていたんだろう。

 こいつらには女性に対するデリカシーというものを徹底的に教え込まないと気が済まないな。

 

「―――正座」

「「はい!!イッセー様の仰る通りに!!!」」

 

 俺がそう言うと慣れたようにすぐさま土下座に移行する我が悪友。

 こういう時は抵抗しない方が良いということを理解しているんだな。

 

「何度も言ったよな?女の子の嫌がることはするべからず。着替えを覗くのは言語道断。セクハラは死刑―――あぁん?」

「「お、お、お、仰りました!どうか!!どうかぁこの醜い豚をお許しくださいませぇぇぇ!!!」」

 

 …………予想以上に素直に謝って来たな。

 まあ謝るべきは俺じゃなく覗いた女の子なんだけど。

 

「さて、二人に質問だ―――自分たちは何をするべきか、俺の親友なら分かってるよな?」

「「は、はい!!!丁重に粗相を犯した我らは女子生徒に土下座をするべきと進言致します!!!」」

「分かってるじゃないか―――逝け」

 

 俺は二人に出来る限り優しく肩をポンポンと叩くと、先ほどまで覗いていた方向に歩いて行った。

 遠目から見ると……おぉ、凄まじい勢いで土下座したな。

 ん?あ、蹴られた。

 でも何故か松田は後輩?っぽい子に頭を撫でられてるな。

 

「あいつらも普通にしてれば良い奴なのになぁ……はぁ」

「でもイッセーさんと松田さんと元浜さんって仲が良いですよね。ちょっと……羨ましいです」

「まあ……俺の恩人でもあるからな」

 

 ……松田と元浜は悪友だ。

 まあ昔の話だし、実際にあいつらは俺が胸を張って言える親友だ。

 例え周りがどれだけあいつらのことを悪く言おうが、それだけは俺の中で絶対に変わらない。

 

「恩人、ですか?」

「ああ。俺さ……あいつらと小学校の時に出会ったんだけど、それまで友達が一人もいなかったんだ。イリナは別だけど、男の友達っていうのは少なくとも一人もいなかった」

 

 いつもスケベで女子に嫌われるような事ばっかをしてる二人だけど、あいつらがいなかったら俺はこんな性格にはならなかった。

 

「あいつらはそんな俺と友達になってくれた大切な親友なんだ。だから……まあほっとけないっていうか、あんな感じで上下関係みたいなのになってるけど」

「……イッセーさん」

 

 アーシアが優しそうな表情で俺の頭を撫でてくる。

 う~ん……なんかこんな感じは調子が出ないな。

 っていうか最近のアーシアが若干俺に似た行動をし始めているのは気のせいか?

 この前の北欧旅行以来、アーシアがリヴァイセさんと出会ってから俺への態度とか、表情が更に優しくなったっていうか。

 こんな風に俺の頭を撫でてくるかと思えば、普通に甘えてくるし。

 

「と、とにかく……練習だ!練習…………全く、こんなの俺のキャラじゃないだろ」

「そうですか?ふふ……イッセーさん、可愛いです!」

「―――い、行くぞ!!いっち、に!!」

 

 俺は照れ隠しに顔をそむける……ホント、調子狂うな。

 っと、そこで足が絡まる!?

 やば……俺は態勢を崩し倒れそうになって、せめてアーシアを庇おうと無理に抱きしめて体をねじり、そのまま倒れる。

 何とかアーシアは庇えたか?

 俺は起き上りアーシアの確認をすると―――

 

「んん……イッセーさん……恥ずかしい、です……」

「わ、悪い!!すぐ離れるから!!」

 

 俺の手はアーシアの胸元にあり、まるで俺がアーシアを押し倒したような態勢になる!

 俺はすぐに離れようとするが……って離れられない!?

 そうだ、二人三脚で足を紐で結んでいるのを忘れてた!

 っていうかアーシア、何故艶やかでトロンとした表情で俺の方を見ているの!?

 

「イッセーさん……触るなら……家とか、その……人のいないところでなら……いくらでも良いですから……」

「アーシア、落ち着こう。うん―――誰の差し金だ?」

「えっと……今回は桐生さんは関係ない感じで……はい」

 

 ……チッ。

 あいつだったら紐を解いて一瞬で血祭りに上げるんだけどな。

 とりあえず俺は先に立ち上がり、そのあとアーシアを立たせて状態をどうにかする。

 さて、誰にも見られては―――

 

「む、む、胸を揉みしだいて、家でベッドで―――い、イッセー!嘘だと……嘘だと言ってくれぇぇぇぇぇえええ!!!」

 

 ……そこには頭を抱えて地面にデコを打ちつけている匙の姿。

 まるで何かに憑り憑かれた様な感じがするけど。

 ってか匙の野郎、今までの一部始終を見てたのか!?

 アーシアは恥ずかしがって俺の背中に隠れてるし!

 

「こら、匙。兵藤君を困らせてないで、私の仕事を手伝いなさい」

 

 すると匙の方に会長が歩いてきて、その場にしゃがんで匙の頭を軽くはたいた。

 

「か、会長ぉ……イッセーが……女の子にモテまくりなんですよぉ……」

「それはそうでしょう。彼は特に後輩の人気が高いようですし、3年生からの人気も高いです。兵藤君、あの時以来ですね。お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです」

「こ、こんにちは!」

 

 アーシアはぺこりと頭を下げ、会長は微笑ましそうに笑う。

 

「うちの匙が迷惑をかけて申し訳ないです……匙、あなたも頭を下げなさい」

「良いですよ…………会長、何か変わりました?」

「……いえ、変わっていませんが」

 

 ……どこか会長の物腰が前よりも柔らかくなってる気がするんだけどな。

 何ていうか、微笑みが柔らかいというか何というか。

 それにさっきの匙を見た時の表情が特に慈愛に満ち溢れていたというか―――あ、そういうことか。

 

「匙、早くしなさい」

「分かりましたよぉ……じゃあな、イッセー……二人三脚ガンバレ……俺はパン食い競争頑張るから」

 

 すると会長に連れられて匙はトボトボと歩いていく……おっと、少しここでからかってやるか。

 

「会長!!いろいろ(・ ・ ・ ・)と頑張ってくださいね!!いつでも相談に乗りますから!!」

「―――なっ!?ひ、兵藤君!?」

 

 会長はその瞬間、今まで見たことのないような狼狽した顔で振り向き、そして俺はアーシアの腰に手を回して二人三脚の練習を継続する。

 これはこれは……まああんな男を魅せられたらしょうがないか。

 

「イッセーさん?どうしたんですか?そんな新しいおもちゃを見つけたようなお顔をして……」

「いや……色々と向こうも楽しい感じになって来たと思ってさ」

 

 俺は会長の最後の顔を思い出して、少し笑いを堪える。

 あれだ―――恋する乙女って感じだな。

 

「Sな兵藤ね……これ、需要がどれくらいあるのかしら?」

 

 ……すると制服姿で腕を組み、うんうんと唸る桐生が現れた。

 

「お、Mな女子筆頭の桐生じゃん」

「Mって言うな!!……ふふ、この匠と言われる私がこの程度で動揺すると思った?」

「…………はは、そうっすね」

 

 俺は気持ちが全く篭ってない声音でそう言うと、桐生は納得していないような表情になりながらも本題に入るように俺とアーシアの方に近づいてくる。

 

「それにしてもあの会長を手玉に取るなんて兵藤もやるわねぇ……あの動揺顔はすごかったわ」

「手玉に取る?別にそんなことはしてないけど……」

「……なるほど。天然のドSってわけね。危険だから私も気を付けておかないと」

 

 何かものすごい馬鹿にされてる気がするのは俺だけだろうか。

 

「時に兵藤?あんた、新学期に入ってからどうにも後輩人気が急上昇しているらしいけど、何故に?」

「知らねぇよ……まあ夏休みは割と小さい奴らの面倒見たり、一緒に色々としたからな」

 

 主にチビドラゴンズ、したことはサバイバルだけど。

 

「まあ兵藤は元々面倒見が良い方だし、何故か兄貴オーラ噴出で男も”兵藤信者”が多いほどだからねぇ……あ、兵藤信者ってのはあんたの兄貴肌に違う意味で惚れこんだ男のことよ?」

 

 ……まあ?身近に親愛とは違う意味の愛を俺に向けてくる野郎は居るけど?

 今日の昼休みなんてアーシアと黒歌を連れて一瞬で教室から避難し、そのまま屋上に直行してご飯を食べたくらいだからな。

 

「ちなみにアーシア。兵藤って触れたらどんな感じなの?」

「触れたら、ですか?」

 

 アーシアはキョトンとするも、すぐに桐生の言った言葉の意味を理解したのか、ひらめいたような顔をして……

 

「触れていると、顔が熱くなって……その、恥ずかしいんですが、離れたくないって感じになるというか……」

「はいはい、ごちそうさま、ごちそうさま……でも、それも一興よね」

 

 ……すると桐生は何故かは知らんが俺の腕に引っ付いてくる。

 ―――おい、てめぇ何しやがる。

 

「おい、桐生?どういうつもりだ?」

「ん?アーシアが離れたくなくなる兵藤がどんな感じか実験中……かなり鍛えてるのね、兵藤」

「そりゃあまあ……っていつまで引っ付いてんだよ!早く離れろ!!」

「そ、そうです!桐生さん!イッセーさんから離れてください!!」

 

 するとアーシアも桐生に異を唱え、俺の傍で暴れ始める……ってなんでこんなことになったんだ?

 

「…………………………あれ?なんで私、こんなこと………………ま、いっか♪」

 

 桐生は一瞬、ポカンとした表情になりつつも気を取り直してという感じで再び強く俺の腕を組む!

 いや、ホントなんでこいつがこんなことしてんだよ!

 ―――その時、俺の背後で殺気のようなものを感じた。

 俺はそっちをギリギリと人形のような動作で向くと……

 

「イッセー?何をしているのかにゃん?」

「ふふ…………まさかそこまでその毒牙を伸ばすとはな」

「イッセー君?断罪が必要かな?」

 

 ………………黒歌、ゼノヴィア、イリナが口元は笑っているのに、目が一切笑っていなかった。

 奴らは俺の方を見て恐ろしいほどに殺気を飛び火している。

 これは―――ライザーなんか目じゃないぞ?

 こういう時は………………逃げる!

 俺は足を結ぶ紐を解いて、そしてアーシアを抱えて走り出した!!

 

「お、お姫様抱っこにゃん!!」

 

 黒歌が余計なことを言うせいでまた騒ぎが大きくなる!

 辺りからは「兵藤がアーシアちゃんをお姫様にする!?」とか「アーシアちゃん、羨ましいな……俺も……」とか―――って

 

「今、男で羨ましいとか言ったの誰だ!?」

 

 俺は黒歌、ゼノヴィア、イリナから逃げつつもそう叫ぶが、応えるものは誰もいない。

 …………ちなみにこの追いかけっこは30分ほど続き、ある意味俺は鍛錬になったのだった。

 アーシア?

 そんなの、俺の腕の中で顔を真っ赤にして放心していました。

 

 ―・・・

 追っかけっこが終わり、俺たちは着替えを済ませて部室に向かっていた。

 放課後に部室に向かうことは既に日課となっていて、そう言えば俺の今日の悪魔稼業は珍しくなしだな。

 夏休み期間は悪魔の稼業は休業していたから、ここらでお得意さんが挙って依頼してくると思ってたんだけどな……ま、昨日はびっくりするくらい依頼が来ていたから今日は休みなのはありがたい。

 今日はのんびりと過ごせるだろう、そう安堵して俺は後ろのうるさい者共をスルーして部室の中に入っていく。

 

「だからどうして私にはお姫様抱っこというのをしてくれないんだ!?」

「ああ、もううるさいよ!ゼノヴィア、しつこい!」

 

 室内に入ってなおうるさい後ろのゼノヴィア。

 確かにゼノヴィアに対してはあんまりそういうことをしたことはないけど……だってしたらやばい状況になりそうだし。

 ……っていうか、何か部室の中が静かと言うか、険悪な雰囲気というか。

 いつもよりも空気が悪いような感じが俺に伝わる。

 

「あ、あの部長?どうしたんですか?」

「イッセーも来たのね……じゃあ話すことにするわ」

 

 すると部長はいつもの席から立ち上がり、俺とアーシアの方に歩いてきた。

 

「……今度の若手のレーティング・ゲームの相手が決まったの」

「へぇ……誰が相手なんですか?その空気からするにサイラオーグさんとかですか?」

 

 確かにあの男を相手にするのなら、こういう空気になるかもしれないな。

 俺は俄然やる気が湧くけど。

 でも部長はそれを首を横に振って応えた。

 

「サイラオーグならまだ良かったわ。強いけど、芯の部分がしっかりしているもの……でも違うの。今度のゲームの相手は」

「…………まさか」

 

 俺は察しがついて部長に視線を送ると、部長は静かに頷く。

 

「今度のゲームの相手は―――ディオドラ・アスタロトよ」

「え?」

 

 その言葉にアーシアは驚いたような声を出し、そして俺は頭を抱える。

 まさかあの野郎だとは、な。

 少し頭が痛くなる。

 未だにしつこくアーシアに迫るあのフラれ野郎が相手とか面倒極まりない。

 

「アーシア」

 

 俺はアーシアが気がかりになり、アーシアの手を握って安心させる。

 ……アーシアは安心したのか、肩の力を抜いてリラックスし始めるのを見て俺は部長に更に問うことにした。

 

「あいつから何か連絡が来たんですか?」

「ええ、最悪の連絡が来たわ―――アーシアをトレードしたいと申し出て来たわ」

 

 ―――はあ?

 あの野郎、ふざけてんのか?

 アーシアはあいつの告白を勇気を振り絞って断ったのに、それなのにアーシアにプレゼントを送って気を引こうとしたり、挙句の果てにトレードだと?

 ……ふざけるのもいい加減にしろ。

 

「アーシアは絶対に渡しません。俺がゲームでディオドラを完膚なきまで倒して、二度と戦いが出来ないような恐怖を与えます」

 

 俺は出来る限り血が上った頭を冷やすようにそう言うと、部長は少し好戦的な顔になった。

 

「当たり前よ。アーシアは私にとっても、この眷属にはもう掛け替えのない存在だもの―――アーシア、安心しなさい。あなたをあの男になんて渡したりはしないわ」

「イッセーさん……部長さんッ!!」

 

 アーシアは涙目になって俺と部長の言葉に嗚咽を漏らす。

 

「……アーシア先輩は色々な意味で仲間なので」

「お、同じ『僧侶』として僕も頑張りますぅ!!」

「私はアーシアの友達だからな。当然、アーシアを守るさ」

「僕の友達も君を助けてあげてって言うだろうから……僕も騎士として、眷属を守るよ」

 

 他の眷属もアーシアの元に集まり、そしてアーシアにそう言葉をかけていく。

 アーシアはついには泣き出して、俺の手を握る力も強くなった。

 

「うぅぅぅ……こんなにも美しい絆を魅せられるなんてッ!私はなんて幸せ者なの!!」

「い、イリナちん。流石にちょっと空気読もうにゃん。悪戯好きの私でも自重してるのに」

「ふふ……良いんです……皆さん、ありがとうございますッ!!」

 

 アーシアは涙を流しながら頭を下げてそう言うと、皆優しい表情になった。

 っとその時、俺たちの後ろに人影があるのに気付いて、そっちを振り返ると……

 

「お、おう……流石の俺も入るのが躊躇われるぜ」

「ふふ。美しい友情と絆を見せてもらいました……ごちそうさまです」

 

 そこには苦笑いをしているアザゼルと微笑みを浮かべるガブリエルさんの姿があった。

 ……ちなみにガブリエルさんは駒王学園では理系の教師として働いていて、実はオカルト研究部のもう一人の顧問という立ち位置となっていたりする。

 

「アザゼルとガブリエルさん」

「あら、こんにちは。兵藤一誠君」

 

 ガブリエルさんはお上品に大人の品格を見せるかのごとく、淑女の社交辞令のように頭を下げる。

 …………これが、天界で最も美しいとされる女性最強の天使の成せる業かッ!!

 これをぜひともうちのゼノヴィアに伝授していただきたい……今度本気で頼んでみようか。

 

「絆を深めあったのは良いんだが、今日は次のゲームに関してのことやこれからのことを話すつもりだから部屋の中に入っていいか?」

 

 アザゼルの言葉に部長は頷き、俺たちは普段の部室内でのミーティングの陣形になる。

 アザゼルがソファーに座り、今回はガブリエルさんも居るのでその隣、イリナはアーシア、ゼノヴィアの傍に立っている。

 

「とりあえずはこの前のゲームを労うぜ。お疲れ様。俺から見ても不利な戦場ながら最大限に戦えたと思うぜ。冥界の上層部でも若手でこれほどの試合を見せたお前たちを高く評価していた」

「私からも賞賛を贈ります。私が鍛えた者が負けたのは悔しいところでありますが、やはりリアスさんの眷属の方がソーナさんの眷属よりも一枚も二枚も上手でした」

 

 ……少し匙たちに厳しい言い方だ。

 あいつらも評価は高いと聞いていたんだけどな。

 

「ガブリエル様はグレモリー眷属とシトリー眷属の評価はどのような考えなのですか?」

 

 すると部長はガブリエルさんにそう尋ねる。

 

「……そうですね。評価を10段階にするとグレモリーは8、シトリーは2です」

「そりゃ随分厳しいな」

 

 アザゼルも俺の意見と同じようだ。

 あまりにもそれは厳しい。

 俺たちの8は納得できるが、ソーナ会長の2は低すぎる。

 

「納得できないでしょうが、私の評価は覆りません。これは既に彼女らに言いましたが、あんなものたった一度きりの命を賭けたゲームにしかなりません」

「だけどあいつらはそれだけの想いでやっていたんです!それなのに……」

「想いは満点です。ですが、将来の可能性を踏みにじって得るものに何の意味があるでしょうか?反転なんて曖昧で危険なものに手を出して、それに頼って負けたのです。考えれば反転の成功例は一度だけ。しかもそれ以降は全てを対策され、役に立たなかったのです―――あれに時間を費やすぐらいなら、もっと強くなれたはずです」

 

 ……俺の言葉はガブリエルさんの言葉に封殺される。

 確かに、命を費やして会得した反転の力は結果的に俺に対する不意打ちでしか成功していない上に、あれに頼り過ぎたせいで他の力があまり伸びてないところもあった。

 あの中で真に実力を大幅に伸ばしていたのは、悪いが匙ぐらいだ。

 テクニック系の能力は上がっていたし、神器の応用もかなり磨きがかかっていた。

 

「本来、2の評価もつける気はありませんでしたが……匙君に救われましたね」

「……でも、あいつだって命を賭けて戦っていました。その点では同じではないのですか?」

「同じですよ。でも彼は倒れなかったでしょう?あなたという強敵と戦い、自分の弱さを理解して貴方を倒すために奮闘した。戦闘意欲が失われた眷属に叱咤を駆け、立ち直らされた―――本来は『王』の役目です」

 

 ガブリエルさんはそう言うと、部長の方を見た。

 

「リアスさん、あなたのライザー・フェニックスとのゲームを見せていただきましたが、悪いですが貴方の評価はとても低いものです。ですがあなたの前回のゲームではそれを振り払い、『王』に相応しい行動をとりました。負けたことに対する執念、ソーナさんはそれを理解していなかったんです」

「……つまり、ガブリエルさんのソーナ会長の評価は」

「一番下。兵藤一誠君の覚醒に戦闘意欲を失ったことが減点対象ですね。それと……匙君の捨て身のあれを止めなかったことが一番の悪い部分です。彼女の課題はそうですね……相手を軽く見るな、でしょうか」

 

 ふぅ、そうガブリエルさんが吐息を漏らして一息つく。

 ガブリエルさんはシトリー眷属のアドバイザーをしていたからこそ、それだけの厳しい評価をしたんだろうな。

 

「でもゲーム自体は最高評価です―――ちなみにグレモリー眷属で最も評価しているのはギャスパーさんです」

「……え、僕ですか?」

 

 するとギャスパーは俺の背に隠れて少し顔をガブリエルさんの方に覗かせた。

 ガブリエルさんは優しい微笑みを見せている。

 

「ええ。アザゼルから聞いた話ではあなたは神器を使いこなし始めている。ですが万が一の可能性を考え、今回はその力を禁じられた―――あなたに制限が掛かっていなければ、ソーナさん達は圧倒されていた可能性が非常に高いです」

 

 ……ギャスパーの停止の力は絶大だ。

 視界に映らなければならないということで欠点は多くあるけど、それは何人かでチームを組めば克服される。

 例えばあの場で俺と小猫ちゃんの組んでいた時、もしも停止の力を使うことが出来るとする。

 視界を仮に幻術で邪魔しても、小猫ちゃんの気配察知で相手の幻術を打ち破り、そしてギャスパーが相手を停止、俺が極大の魔力弾を放つ。

 それだけで既に勝利は確定していた。

 

「しかしギャスパーさんは制限されていた状態で眷属の勝利に貢献し、更に自分の有用性を理解した上でそれ以降のゲームに必要なゼノヴィアさんを身を挺して守り、自らをサクリファイスにした……私はあなたを最も賞賛します」

「で、ですが……やっぱりイッセー先輩がいたからこそ、僕はあの時、まともに動けました。だからイッセー先輩が一番だと思います!」

「兵藤一誠君は私が評価する必要もないです。既に高水準を叩きだしている赤龍帝ですから。土壇場の覚醒はゲームとしては最高の見せ場です。何だかんだでゲームはエンターテイメントですから」

 

 確かにゲームの様子は冥界中に放送されるからな……うぅ、この前のチビドラゴンズのテレビでの行動を思い出すと泣けてくる。

 恥ずかしくて冥界を歩けないぞ、俺……

 

「我、イッセー、慰める」

 

 すると俺の背中に突然、誰かがのしかかって俺の頭を優しく撫でた。

 この声から察すると恐らくはオーフィス……またもや風のように現れたのか。

 

「これは龍神ですか。お初にお目にかかります」

「………………」

 

 ガブリエルさんはオーフィスの突然の登場に驚くも、いつもながらの淑女挨拶を発動する!

 あれは大抵の男や女ですら憧れてしまうレベルだからな……きっとすぐに学園でもファンクラブ的なものが出来るはずだ。

 

「天使。イッセーの、敵?」

「いえ。親交を深めようとするものですよ」

「なら良い。イッセー、今日、一緒にゲームをする」

 

 するとオーフィスは手元の携帯ゲーム機を出して俺に差し出してきた。

 最近のオーフィスはゲームが趣味になっていて、よく部屋にゲーム機を持って遊びに来るんだ。

 チビドラゴンズはまだ小さいからゲームなんて出来ないけど……まあ少し成長する術は持っているから、出来ないこともないけど。

 

「帰ったらな?今は話の途中だから……」

「わかった。我、イッセーの背中、くっつく」

 

 ……まるで親鳥が雛に引っ付かれるような状態だろうけど、俺はそれを気にせず話しの続き聞くことにする。

 

「ギャスパー、ガブリエルさんの賞賛だぜ?素直に受け取っておけよ」

「で、でも……やっぱりイッセー先輩が一番活躍したんですから……」

「あの時のお前の行動で俺たちは勝てたものだから、気にせずに胸を張れ!な?」

 

 俺はギャスパーの肩を掴んでそう言うと、ギャスパーはガブリエルさんの方を向いて頭をペコリと下げた。

 

「ようやくグレモリー眷属は動いたと思うぜ?小猫はようやく自分の力を解き放ち、しかも仙術のエキスパートである黒歌が傍にいることで力は高まるだろう。朱乃も一歩踏み出し、リアスは『王』として進化をし始めた。イッセーは言わずもがな、そして木場は――――――色々と覚醒している」

「おい、言葉を濁すな。こいつの被害にあっているのは俺だぞ?」

「被害は酷いね。イッセー君」

「…………イッセー、良い男は同性すらも惹きつける。お前の定めだよ、うん」

 

 そんな定め、俺は全力で捨て去りたい!

 俺はアザゼルの言葉に涙すると、オーフィスはアザゼルに殺意を向けた。

 

「……アザゼル、イッセー、泣かせる?殲滅対象?」

「………………いや、殲滅すべきは木場だ!!」

「あ、アザゼル先生!?僕を売る気ですか!?」

 

 あ。あの野郎、祐斗を売りやがった!

 流石の祐斗もそのことに顔を青くして、そして俺から少し距離を取る!

 オーフィスに至ってはメラメラの死線を……いや、視線を送っており、祐斗はガクガクと震える。

 

「我、許さない。イッセー泣かせる、許さない」

「ぼ、僕がイッセー君を泣かせることなんてあるわけないないよ?」

 

 そう言うとようやく殺意を抑えるオーフィス。

 ……すげぇ、あの木場が恐れるなんて相当な殺気なんだろうな。

 

「とにかく、話を戻すぞ。この前のゲームで随分とゲーム前調査の順位が変更した」

「ゲーム前調査?」

 

 俺は聞きなれない単語に質問すると、アザゼルは親切丁寧に説明をしてくれた。

 要は若手悪魔のそれぞれの眷属の力の総量を平均化したもので、しかも眷属のデータは俺とかがいない時のものだったらしい。

 そこに新しく入った眷属の大体の予想データを組み込み、そしてその6人の若手悪魔の眷属の順位を出したそうだ。

 

「元々は一位がサイラオーグ・バアル率いるバアル眷属、二位がシークヴァイラ・アガレス率いるアガレス眷属、三位がリアス率いるグレモリー眷属、四位がディオドラ率いるアスタロト眷属、五位がソーナ率いるシトリー眷属、六位がゼファードル率いるグラシャラボラス家だ」

 

 ……納得の結果だ。

 バアル眷属はほとんどの眷属が集まっているそうだし、アガレスは全ての席が埋まっている。

 俺たちは色々と少ないながらもイレギュラーな存在が集まっている。

 事前調査ならそんな感じだろうけど……どういった風に変わったんだ?

 

「ここからグレモリーは二位に格上げ、シトリーは四位だ」

「三位じゃないのか?アガレスが三位とか……」

「いや、ここからは俺も予想外だったんだが……アスタロトがアガレスを下して三位にはアスタロトがついた」

 

 ……何?

 あり得ない―――あのシークヴァイラ・アガレスさんは予想ではディオドラよりも更にオーラがあったはずだ。

 それを倒したのか?

 ……確かにゲームは何が起きるか分からないが、ソーナ会長と同じで相当頭が働く人のはずだ。

 

「お前たちも知っていると思うが、ゲームはグレモリーとシトリーだけでなく他の若手でも執り行われた。実際に冥界に放送されたのは好カードだったお前たちだけなんだが……バアルとグラシャラボラス、アガレスとアスタロトだ」

「……結果は?」

「ああ。前者はバアル、後者はアスタロト……実際に映像を見た方が早い」

 

 するとアザゼルは端末のようなものを出現させて、そこから映像を流す。

 そこにはサイラオーグさんとあのヤンキー野郎のゲームが繰り広げられていた。

 その力は……拮抗とは言い難かった。

 圧倒的なサイラオーグさんの眷属の強さ。

 ヤンキー野郎の眷属も対抗しているものの、やはり押され、一人一人リタイアしていった。

 そして最後に残るヤンキー野郎。

 最後はサイラオーグさんが出てきて、サイラオーグさんとヤンキー野郎の一騎打ち。

 ……勝負は一瞬だ。

 ヤンキー野郎の放つ様々な攻撃は何の意味もなさず、サイラオーグさんは防御すらしない。

 ただ冷たい目で、しかし獅子の如く獣のような目でヤンキー野郎を見ていて、次第にヤンキー野郎はそのあまりにも違いすぎる実力差で恐怖に染まっていき、そして……サイラオーグさんの神速の拳打で屠られた。

 ―――圧勝、というのが一番しっくりする。

 眷属も強いと思うけど、それ以上にサイラオーグさんの実力が飛び抜けている。

 魔力の才能はない、にも関わらずここまでの体術の強靭な体。

 まさしく若手最強と名高いことはある。

 そう……才能なんて全くなく、ただ愚直に力を昇華させた努力の体現者と言うべきか。

 

「サイラオーグは事前調査でも圧倒的だが、実際にやってみてそれすらも超越した。リアスと違い、滅びの力を得ないにも関わらず、これほどの実力だ」

「確か、部長の母親方の親戚でしたっけ?」

「ええ。滅びの魔力を持たずに生まれたバアル家の長男……その味わってきた苦しみ、悔しさ……想像を絶するわ」

 

 悪魔には未だに才能によって侮蔑されることもあると聞いている。

 グレモリー家は特別慈愛に深い家なだけで、それ以外の悪魔は実力重視、家の名が一番なんだ。

 にも関わらず親戚側の部長やサーゼクス様に滅びの力が色濃く継いで、そしてサイラオーグさんはそれがなかった。

 

「サイラオーグは普通の上級悪魔と違い自分を鍛え抜き、それは死と隣り合わせの修行をしていたそうだ。いいか。あいつには一切の妥協も慢心もない―――上級悪魔にありがちな慢心があいつには一切ないんだ。それの恐ろしさはイッセーを持つお前たちが一番よく分かっているはずだ」

「……そうね。イッセーの相手をすると思うと恐ろしさしかないわ。私はそれに勝たなければならないわけね」

 

 ……慢心もなく、容赦のない上級悪魔。

 でも実力だけなら既に最上級悪魔ともいい勝負なはずだ。

 それほどの力を画面越しで感じる。

 

「……とはいえ、タイプ的にはこいつとまともに当てれるのはイッセーのみか」

「サイラオーグ・バアルは極端な接近戦による肉弾戦の人物ですわ。この眷属で単純な拳で戦うのはイッセー君だけですわ」

「でも俺は剣とか飛び道具も使いますよ?」

 

 朱乃さんに向かいそう応えると、朱乃さんは口元に手を当てて少し笑った。

 最近ではアスカロンとかもよく使うし、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)で飛び道具を創って戦うしな。

 

「イッセーは稀にみる万能タイプだからな―――ここに各若手のパラメーターをまとめた資料がある」

 

 するとアザゼルは机の上に資料を置き、それを俺に見るように視線を送る。

 俺はその資料に目を通すと、そこには立体のグラフがあってパワー、テクニック、ウィザード、サポート、そして『王』という項目がある。

『王』っていうのは資質だろうな。

 部長は全体を通してバランスが良く、パワーとウィザードの項目が高い上に『王』の項目が高い。

 ソーナ会長は『王』の資質が高くテクニックが飛びぬけており、パワーが弱い。

 サイラオーグさんは―――極端だ。

 サポート、ウィザードの項目はほとんどないのに対し、テクニックと『王』の項目は若手でトップ、パワーに至っては他の追随を許さないほどに高い。

 サイラオーグさんを抜いた若手で最もパワーのあるゼファードルよりも何十倍も高いな。

 それ以外は大体平均的な高水準を叩きだしているけど。

 ……何故か知らないけど、俺のデータもあった。

 

「ついでに将来、王を目指すイッセーのやつも出してみた。リアスや他の若手には悪いがな…………イッセーに関しては唯一低いのはウィザードだ」

 

 そこには全体的に平均を大きく飛び越えるパラメーターがある……これは俺のデータなのか?

 

『……納得できるデータだ。パワーはサイラオーグ・バアルと同等以上、『王』の資質はこの中でトップに近い……っというよりウィザード以外はほとんどトップだな』

『主様は自分を下に見ることもありますが、明らかにオーバーアビリティーですよ。全ては努力の結果です』

 

 ……なら嬉しいけど。

 

「ウィザードは魔法関連だが……イッセーの場合はこれも上昇気味だ。龍法陣だったけか?あれをマスターすれば全体的にトップクラスだからな―――オールラウンダーとはよく言ったもんだ。まあ感情的すぎるのが『王』の資質が飛び抜けない理由だが」

「感情的なのがいけないか……」

 

 少し反省しよう。

 確かに不条理に対してすぐ頭にきて、感情的になり過ぎる。

 言ってしまえば我慢強くないんだ。

 

「お前の美点だが、『王』としては弱点にもなるな。お前は力以上にそこをどうにかするべきか……つっても、それを望まないのはお前の周りなんだがな」

「肝に銘じておくよ―――だけど、あのサイラオーグさんと相対したヤンキー野郎は大丈夫なのか?」

 

 俺がアザゼルにそんなことを言ったのは、あれほどの恐怖を植え付けられた悪魔が普通でいれるのか、と思ったからだ。

 普通なら戦意なんて消失し、下手すれば一生モノのトラウマだ。

 するとアザゼルは首を横に振る。

 

「ゼファードルはもう駄目だ。サイラオーグに完全に心を折られ、もう若手のゲームには参加することすら出来ないだろう」

「……聞いていたけど、やはりそうなのね」

 

 部長はさも当然のような表情で理解した。

 

「っていうことは、これからは五人の若手で戦うのか?」

「いや。違う―――一人、若手悪魔というか既に当主の悪魔が補充されることになった」

『―――ッ!!』

 

 眷属の皆は驚く。

 実際に俺も驚いた……まさか若手を補充することになるなんてな。

 

「補充と言うのは少し言葉が足りないな。元々、前回の若手の会合の場にいるはずだったんだが、その時期に色々あってあの場に参加出来なかったんだ。そしてその空席にゼファードルが埋まったことで今回は見送りにされた若手悪魔を補充する―――言っておくが、既に実力だけなら上級悪魔でトップクラスだ」

「そんな悪魔が参戦、か」

 

 こりゃあ大荒れになるぞ、おい。

 

「それで参戦する悪魔は誰なのかしら?」

「ああ―――現ベルフェゴール家の当主、エリファ・ベルフェゴール」

 

 ……………………嘘だろ?

 まさかのディザレイドさんの娘!?

 しかも三大名家二人の血を受け継いでいるって話だし……最悪のライバル登場ってわけか。

 

「既に当主という看板を背負っているから今回は見送ったらしいが、前党首のシェル・サタンが仮で一時的に当主の仕事を請け負う形で参戦となった―――リアス。サイラオーグと同じレベルで気を付けろ。エリファ・ベルフェゴールは三大名家のディザレイドとシェルの血を色濃く受け継いで生まれたサラブレッドの悪魔だ」

「……分かっているわ。会ったことはないけど、名前くらいは聞いたことがあるもの」

 

 ……そんなに有名な人物なのか?

 

「噂では女性の悪魔の中でも上位に食い込むレベルらしいですわ」

 

 すると朱乃さんが俺の思っていたことをそのまま俺に教えてくれた……そうか、それほどのレベルの人物なんだな。

 女性悪魔のトップと言えば……魔王であるセラフォルー様や最強の女王、グレイフィアさんだ。

 アザゼルに聞いたけど、その二人と同等以上にやり合うのがシェル・サタンっていうディザレイドさんの嫁さんだ。

 ……それの一歩手前にいる『王』ってわけか。

 

「近いうち若手に挨拶に向かうらしい。ディザレイド曰く、自分とシェルの娘とは思えないくらい社交的で人付き合いが上手らしいから、たぶん大丈夫と思うぞ」

 

 それを聞き部長がほっと胸をなで下ろす。

 ……うん、平和が一番だもんな。

 

「三大名家の参戦……そして魔王を排出したグラシャラボラス家の脱落。今回の若手は面白いことばかりが起こるな!見ている分にはかなり面白い!」

「こら、人の不幸を馬鹿にすることは駄目です、アザゼル。貴方の昔からの悪いところですよ」

 

 するとガブリエルさんはアザゼルの頭をゴツンと叩き……ゴツンか。

 そこはせめてコツンだと思うんだけどな。

 アザゼルは叩かれた部分を抑えて蹲る―――アザゼルが微妙にガブリエルさんを苦手としている理由が分かった気がした。

 確かに怒らせたら怖いと思う!

 

「っと、話が途切れたな。次はアスタロトとアガレスのゲームだが―――」

 

 アザゼルが先ほどと同じように映像を流そうとした時だった。

 ―――部室の一角に魔法陣の光がパァァ、っと光り輝いた。

 小さい魔法陣……悪魔稼業で使うときの一人用の大きさくらいの大きさの魔法陣だ。

 見たことがない魔法陣だな。

 だけどその瞬間、俺は少し嫌な魔力を感じた。

 ……これはまさか

 

「……アスタロト」

 

 朱乃さんがそう言葉を漏らし、俺はそこで合点がいった。

 そして魔法陣の中から少しずつ人が転送されてきて、そして

 

「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いに来ました」

 

 ―――そこには張り付くような気に食わない笑顔を浮かべるディオドラの姿があった。

 その姿を見た瞬間、アーシアは俺の後ろに隠れ少しだけ震える。

 ディオドラが何をしに来たのかは分からない。

 だけど―――アーシアを怯えさせるのは許さない。

 俺はそう思った。



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第3話 離れたくないです!!

 ディオドラ・アスタロトが突然、俺たちの部室に来てから数分が経つ。

 ディオドラは淹れられた紅茶を手にソファーに座って笑みを浮かべており、部長とアザゼルはその反対側のソファーであまり焦ることなく座っており、そして俺たちはその光景を見ながらもディオドラを睨んでいた。

 俺も既にこの野郎には嫌悪感すら抱いていて、アーシアは俺の手を握って不安そうな表情をしている。

 少しの沈黙がこの空間を包んでいる。

 ―――ディオドラ・アスタロト。

 アーシアが魔女と呼ばれる原因となった悪魔で、アーシアはこいつを助けるために教会を追放され、辛い思いをしてきた。

 会合の場ではアーシアに変な視線を送り、求婚して断られたのにも関わらず未だなおしつこく迫ってきてアーシアを困らせる。

 許されるのならば、この場で二度と表に顔を出せないようにしてやりたい。

 だけど俺は下級悪魔。

 赤龍帝とはいえ、直接上級悪魔に手を出せば悪魔の上層部は黙ってはいないだろう。

 だからこそ、俺は今は見ていることしか出来ない。

 でも、もしこいつがアーシアに手を出すのなら……身分なんか関係なしに、こいつをぶっ飛ばす。

 それぐらいの覚悟はある。

 

「ディオドラ。どういうつもりかしら?わざわざ私の領域に足を踏み入れて」

「リアスさん。あなたには既に連絡を送ったでしょう。僕はここに『僧侶』のトレードをしに来ました」

 

 ディオドラは表情を変えずにそう言うと―――

 

「ぼ、僕は絶対に何があっても嫌です!!」

「落ち着け、お前じゃないから」

 

 俺は焦るように即答するギャスパーの頭を叩き、溜息を吐く。

 ……まあ見ていて気持ちよかったな。

 あのギャスパーが拒否する場面を見ることが出来るなんてな。

 いつもならダンボールの中に入ってビビっているところだけど、これもこいつの成長ってわけか。

 

「言い方を変えましょう。リアスさんの『僧侶』、アーシア・アルジェントをトレードして頂きたい」

 

 ディオドラは笑顔でそう言うと、アーシアの方を嫌な目つきで見てきた。

 アーシアは途端に震え、そして俺の手を握る力も強くなり、手は汗でにじむ。

 ……あいつ、自分がふざけたことを言っているのを理解しているのか?

 求婚して、物でアーシアを釣ろうとして、挙句の果てにトレードというアーシアの意志を無視して手に入れようとする―――舐めてんのかっ!!

 

「では僕の方から用意するのは―――」

 

 するとディオドラは何やらカタログのような冊子を取り出し、それを机の上に置こうとした時だった。

 ―――その冊子は部長から発せられた滅びの魔力で塵となり、そして部長は今まで見たことのない目つきでディオドラを睨みつけた。

 

「―――ふざけないで。何故あなたにアーシアを渡さないといけないのかしら?」

 

 ……声は驚くほどに静かだ。

 だけどその眼、纏うオーラは完全に頭にきているもの。

 いや、部長だけではなく、その場にいる者は全員が同じような状態だった。

 

「それはアーシアの能力が捨てがたいからですか?それとも―――」

「もっと単純な話よ。私はアーシアを愛しているわ。妹のような存在よ。それをトレードというまるで物を扱うような言動に私は怒っているの―――今すぐにここから消えなさい。そうしなければ私はあなたを滅するかもしれないわ」

 

 ……部長の稀に見る完全拒否。

 普段ならまだ余裕を見せてお姉さまの態度を見せるけど、今の部長はそんなものを取っ払い、一人の眷属を大切にする『王』としてディオドラを牽制している。

 塵となった冊子を見てディオドラは少し目を鋭くする。

 

「僕はそんな気持ちはないんですが……それは思い違いです。僕は真にアーシアを愛している。だからその想いに付き従ってここに来たんです。それを」

「聞こえなかったかしら?今すぐにここから消えろって言ったのを」

「だから僕は―――」

 

 すると次はディオドラの近くのティーカップが切り裂かれ、真っ二つになった。

 ―――ゼノヴィアだ。

 ゼノヴィアは凄まじい殺気を纏っており、恐らくそれが聖なるオーラが漏れたものが刃となって無意識にディオドラに向かったんだろうな。

 

「そもそも、あなたは自分の愚かさを分かっているのかしら?相手を傷つけることを嫌うアーシアがあなたにはっきりとした拒否を示したのにも関わらず、あなたはあろうことか物で釣ろうとして、挙句の果てにはトレードという汚い手を使おうとしたのよ―――そんなあなたにはアーシアは何があっても渡さないわ」

 

 部長は立ち上がり、ディオドラにそう言い放って魔力を全開で放出する。

 その場にいる皆は全員がいつでも動けるようになり、俺も拳を握る。

 アーシアの手を優しく握り、反対の手でいつでもあいつを殴れるようにした。

 

「―――分かりました。今日は素直に帰ることにします」

 

 するとディオドラは溜息をした後に立ち上がり、俺とアーシアの方に歩いてくる。

 アーシアはすぐさま俺の背中に隠れ、俺はアーシアとディオドラの壁となった。

 

「……どいてもらえるかな?僕はアーシアに用があるんだ」

「アーシアはお前に話なんてない。そもそもお前を拒否しているんだ―――男なら察せよ」

「違うね。アーシアは突然のことで前はつい断ったんだ。僕とアーシアは運命で結ばれてる―――それを邪魔しないでもらえるかな?下等生物の薄汚いドラゴンくんは汚い炎でも吹いておきたまえ」

 

 ―――ディオドラは笑顔でそんなことを言ってきた瞬間、俺は理解した。

 これがこいつの本性。

 誰かを笑顔で馬鹿にして、嘲る畜生。

 

「運命?はっ……そんなもんあるなら、初めから拒否されているわけねぇだろ。な?アーシア―――」

 

 ……俺がアーシアの方を振り向いてそう言おうとした時、そこにはアーシアはいなく、そしてその瞬間―――パンッ!!

 ―――部室内に、そのような何かを叩く破裂音が聞こえた。

 俺はその方向を見てみると、そこにはディオドラの頬を平手打ちしたアーシアの姿があり、ディオドラは殴られた頬を抑えていた。

 

「私の大好きな人に……そんなこと言わないでください!!イッセーさんは……優しい―――優しいドラゴンです。いつも私を助けてくれる人です!!」

「…………そういうことか。アーシアはそこの赤龍帝に惑わされているんだね」

「惑わされてなんていません!運命なら、私は……イッセーさんとが良いです。絶対に……何があっても離れたくないですッ!!」

 

 アーシアはそう言うと、俺の腕を抱きしめてディオドラに強い意志を示し、これほどにない拒否を見せた。

 ……アーシアが、誰かを叩くなんてな。

 ―――優しいアーシアにそんなことをさせたのは、この悪魔か。

 

「ならこうしよう。僕は次のゲームで」

「まだ分からないのか?そう言うのがアーシアに嫌われる原因なんだよ」

 

 俺はもう我慢の限界になり、ディオドラを睨みつけたまま言葉を紡ぐ。

 こいつにははっきりと言わないと気が済まない。

 

「大方、お前はゲームで俺に勝ったらアーシアに自分の物になれって言うんだろ?それが前提で間違いなんだよ―――お前のやってることは身勝手。まるで人を物として扱い、その人の想いを全て無視して自分の思い通りにする自分勝手な行動なんだよ。それならお前には誰も付いてこない」

「……貴様」

「それに、それ以上に―――お前は何があっても俺には勝てない。例え反則技をしようが、どんだけのパワーアップをしようが、俺がどれだけ疲弊していようが……お前が俺に勝てる可能性は万が一すらない。アーシアを泣かせる奴は俺が神様であろうと魔王であろうと―――ぶっ潰す」

 

 俺はそう言い放つと、ディオドラは声は上げずにただ俺を睨む。

 

「―――その言葉、ゲームでも聞かせてほしいね。じゃあまたね、アーシア。次に会う時はきっと君を僕の虜にしてみせるよ」

「嫌ですッ!!」

 

 ディオドラはそんなことを言って魔法陣を展開し、そしてその場から姿を消す。

 ……アーシアの体は震えており、手の平は真っ赤になっていた。

 怖かったんだろう。

 誰かを傷つけることなんてしたことのないアーシアが初めて誰かを叩いた。

 ―――生半可な覚悟じゃない。

 

「……はぁ。空気が最悪ね―――イッセー、今日はもうアーシアと一緒に帰って頂戴。そうね、今日の夕食は19時よ」

「―――はい、わかりました」

 

 俺は部長の言っている言葉の意味を察し、そして立ち尽くしているアーシアの手を引いてそのまま部室から退散する。

 ……アーシアもあの言葉を言うのはかなり無理したはずだ。

 普段は人を傷つけることを言わないアーシアが、それでもディオドラに自分の本心と怒りを口にしたんだ。

 部長はアーシアと気晴らしをして来い、そう言いたいんだろう。

 ディオドラの件は家に帰ってアザゼルから再度聞くことにするとして、今はこの状態のアーシアをどうにかしないとな。

 俺はそう思いつつ、アーシアを引き連れて行くのだった。

 

 ―・・・

 学園からそう離れていないところにある二階にわたる縦長のデパート。

 この前のシトリー眷属とのゲームの時に戦いを繰り広げたフィールドでもあるな。

 俺はそこにアーシアを引き連れて、そして今はフードコートのアイスショップに来て、適当なものを選んでアーシアに渡した。

 アーシアは未だ沈んだ表情をしており、どちらかと言えば怒っているというよりも悲しそうだ。

 どっちにしろ辛そうっていうのは手に取るように分かる。

 ……アーシアは結構自分で溜め込む女の子だからな。

 だからこそ、誰かが察してあげないといけない―――その役目は俺だ。

 

「アーシア。元気がねぇぞ?」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 アーシアの頭を軽く撫でると、アーシアは少し顔を上げてそう言った。

 だけどまだ表情は曇っている。

 

「……アーシアは、ディオドラを助けたことを後悔しているのか?」

「…………わかりません」

 

 俺がそう聞くと、アーシアは苦笑いをしながら応えてくれる。

 ……普通の者なら、ディオドラに恨みの一つでも抱いて当然だと思う。

 あいつが教会の前で倒れて、それをアーシアが見つけ治して、当のディオドラは駆けつけた教会関係者を殺して逃亡した。

 それによりアーシアは魔女と言われ、教会を追放されたんだ。

 だけどそれでもアーシアは微笑みを絶やさない。

 そんな優しいアーシアが初めて怒ったんだ。

 

「あの時は、私も無我夢中でした。ただ目の前には傷ついていた悪魔がいて、助けないといけないほどの重症で……辛かったです。魔女って言われたり、教会を追放されたのは―――だけど、それよりも優しいイッセーさんがひどいことを言われるのが、何故か耐えれなかったんです」

「アーシア……」

 

 ……聖母の微笑み。

 それはアーシアの神器の名前でもあるけど、それ以上にアーシアの性質を象徴している名前と今更ながら思った。

 アーシアがそう話しているときの顔は優しさに包まれており、微笑みは美しかった。

 儚げで、だけど惹きつける。

 ……初めてアーシアを見た時、俺はアーシアを一目見た瞬間に見惚れた。

 何となく優しい雰囲気をしていて、あの時は特定の人とは出来る限り接さなかった俺が、アーシアとは接したくなっていた。

 ―――アーシアを守りたい。

 この小さな体を、不安になる心を、笑顔を……守りたい。

 いや、守るだけじゃ駄目だ。全然対等じゃない。

 そう、俺は―――

 

「ずっと一緒だ……アーシアが学園に転校してきたその日に言っただろ?だからさ―――アーシアを傷つける奴は俺が潰す。何があっても、この拳でアーシアを守ってみせる」

「……やっぱり、イッセーさんは優しいです」

 

 ……アーシアは不安さを全て捨て去って、俺に満面の笑みを見せる。

 アーシアの笑顔は俺が、何があっても守らないといけない―――違う、守りたいんだ。

 これは俺の意志だ。

 強迫観念じゃなくて、ただ純粋にアーシアという一人の女の子を守りたい。

 色々な存在に振り回されて、ようやく手に入れたアーシアの平穏を壊させやしない。

 

「……無理は、なさらないでください。私はイッセーさんが傷つくところを見たくはないです。心も、体も」

「傷ついたら、両方の意味でアーシアが癒してくれよ?アーシアは俺にとって最高の癒しなんだから」

「……いつか、癒しだけでは済まない存在になります!」

 

 アーシアは決意の篭った目で俺の方を見て、力強い言葉を俺にぶつけてくる。

 

「今日は悪魔稼業なんてないから思いっきり遊ぼう!」

「はい!」

 

 俺とアーシアはそう言い合い、そして家に帰るまで遊び尽くすことにした。

 

 ―・・・

 アーシアと俺はゲーセンに行ったり、一緒にクレープを食べたりしていると既に外はかなり暗くなっていた。

 時間を忘れていたから仕方ないけど、時間は既に19時30分……部長に言われた時間から30分も過ぎていた。

 俺とアーシアは今は何度か来ている噴水のある公園に来ており、そこで座りながら話をしていた。

 他愛のない話だけど、最近はそんなことが出来ていなかったからな。

 同居人が増えたり、ライザーやらコカビエルやらヴァーリやらガルブルト……ホント、最近になって厄介なことが凄まじい勢いで増えたからな。

 最近は賑やかな暮らしも悪くないと思えるけど、やっぱりこんな風に前みたいにアーシアと二人でゆっくり話したりするのも良いと思う。

 ともあれ、そろそろ帰った方が良いなと思った矢先だった。

 

「やぁ、久しぶりだな。兵藤一誠」

 

 ………………俺とアーシアの座るベンチの前に、一人の男が親しげに声を掛けながら現れる。

 ―――親しげも何も、こいつは何でこんな短期間で俺の前に姿を現すのかな。

 

「久しぶりっていうか、数週間ぶりじゃねえか―――ヴァーリ」

「それもそうだな」

 

 ……白龍皇。またの名をヴァーリ・ルシファー。

 テロ組織である禍の団(カオス・ブリゲード)の一員であるのにも関わらず、何故かテロ組織のような直接のテロ行為をしない変わり者であり、そして以前は黒歌を助けるために力を貸してくれた人物でもある。

 とにかく一言で言えば、戦闘狂であるが悪い奴ではない。

 警戒はするけどな。

 

「い、イッセーさん……この方は」

「大丈夫。ヴァーリは馬鹿だが、そんなに悪い奴じゃない。少なくとも襲ってくるような卑怯な真似はしないよ」

 

 少し怯えるアーシアに俺はそう宥めると、アーシアはじっとヴァーリを見て一回ぺこりと頭を下げる。

 

「……テロ組織に入っている時点で悪い奴だろう?」

「でも黒歌は助けてくれただろ?なら良い奴だ」

「………………そうか」

 

 何故かヴァーリは顔を俺たちから背ける。

 何でだろう?と思った矢先、ヴァーリの後ろから人影が更に二つ、俺たちの前に姿を現した。

 

「やっほ~、イッチン!!処女サキュバスのスィーリスだよぉ?」

「ヴァーリは意外と褒められることに弱いのですよ。初めまして、赤龍帝殿」

 

 ……そこには黒歌の件で一度俺たちの前に姿を現した、確か人間とサキュバスのハーフのスィーリスって子と、優しい雰囲気と微笑みを浮かべながら帯剣している丁寧な口調の男。

 だけどあの剣は…………

 

「その剣。何の聖剣だ?いくらなんでもオーラのレベルが段違いだ」

 

 俺はその剣―――聖剣から感じる莫大なオーラに警戒しつつ、その男を見る。

 するとその男は少し感心したような目をしながら、一度会釈をした。

 

「これは失礼しました。私の名はアーサー・ペンドラゴン。ヴァーリチームの一員でございます」

「アーサー・ペンドラゴン―――英雄・アーサー王の血を引いているのか?」

「ええ、その通りです―――そしてこの聖剣はわが家に伝承される聖王剣コールブランドです」

 

 ―――聖王剣コールブランド!?

 あの地上最強の聖剣と謳われる世界最強の聖剣だとは……そりゃあオーラを鞘越しに放つわけだ。

 だけどそれもかなり抑えられているところを見ると、恐らく相当の強者だろう。

 

「……ですが、あなたから発せられるアスカロンのオーラは私の聖剣とさして引けを取らない―――手合せしたいところですが、ここでは自重しましょう」

「こっちとしてもこんなところでドンパチ騒ぎを起こしたくないからな」

 

 ほんの一瞬、好戦的な目をしたところを見ると、このアーサーという男もヴァーリと同じく戦闘狂かそれに準ずる奴なんだろうな。

 にしても俺のアスカロンはこの男にここまで言われるほど従来と違ってくるのか。

 

『そもそも相棒は従来の赤龍帝から大きく異なる成長をしているがな』

『おそらくわたくしという特異性と主様の性質が完全に新しい道へ進ましているのです。それが赤龍帝の新たなる可能性を芽生えさせている……というのが客観的な見方でしょうか』

 

 とにかく、俺はこのまま突っ走れってことで。

 ……ってかなんでこいつらがここにいるんだろう。

 

「あ、その顔は何故お前たちがここに!?って思ってるでしょ?その答えにはこのスィーリスちゃんが教えてあげよう♪」

 

 すると、以前に比べれば露出の少ないハーフパンツにダボダボのシャツ?を着ているスィーリスがマイペースにそう言う。

 ……なんとなく、このスィーリスは苦手なタイプだ。

 何ていうか、色々な意味で勝てそうにない気がする。

 

「それでスィーリス。どうしてここにヴァーリやらアーサーやらがいるんだ?それとお前も……一応はテロ組織だろ」

「えぇ~?私って別にテロ行為とかする気ないからね~……ぶっちゃけ、スカウトされて入ったは良いけど、つまんないからヴァーリのチームに転がり込んだんだ~」

「俺も特にテロには興味がない……戦えればそれで満足だからな」

 

 ヴァーリは特に表情を変えることなくそう言う……ま、戦闘狂だから何を聞いても意味はないか。

 確かに白龍皇が分かりやすく何かテロをしたということは聞いていないし。

 

「ヴァーリ、スィーリス。話が進みません―――私が説明しましょう」

「ああ、あんたがこの中で一番まともそうだしな」

 

 アーサーは柔らかい微笑みを見せながら、そして話し始める。

 

「ヴァーリがここに来たのはあることに関する調査と、あなたに対する情報提供です」

「……情報提供?」

「ええ―――ガルブルト・マモン、彼のその後についてです」

 

 ―――俺はその言葉を聞いて息を飲む。

 ガルブルト・マモンは黒歌と小猫ちゃんを傷つけ、二人を引き離した悪魔だ。

 今では最上級の位を剥奪され、冥界中の指名手配となっている。

 話では禍の団によって回収され、そこに入ったと聞いたけど……

 

「あの男は禍の団に入った……んだけどね。俺の予想では大方、旧魔王派の派閥に入ると思っていたんだけど、実際には不明な点が多い」

「不明?」

 

 俺はヴァーリの言葉を聞き返すと、ヴァーリは頷く。

 

「組織には色々な派閥があって、それは一枚岩じゃない。例えば俺は白龍皇チームとしての派閥であり、旧魔王派、様々なものがある。それのどこに入ったのか、そもそも組織内にいるのかすら不明だ」

「……そのことを気を付けろと?」

「それもある……けどそれ以上にこの前のゲームを見せてもらったからそれの賞賛をしに来た」

 

 するとヴァーリは少し含み笑いをして、そして拍手をした。

 

「驚愕だ。まさか君が自分で創造した神器を禁手に至らせるとは思ってもいなかった。あの技には感服したよ―――まだまだ、君に届かないことが嬉しくもある」

「……白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)か」

 

 確かにあれは応用は利くし、瞬間的な爆発力は赤龍帝の鎧すらも凌ぐ。

 だけどあのヴァーリがそれを素直に賞賛するとはな……悪い気分じゃないが。

 

「それとアーシア・アルジェント。君の回復能力もかなり高水準だ。君の神器を使いこなす点で言えば兵藤一誠とも引けを取らない」

「あ、ありがとうございます!」

 

 するとアーシアは突然褒められたことで驚いて、反射でお礼を言ってしまう……うん、礼儀正しく誰にでも優しいのがアーシアだ。

 だけど流石のアーシアもまだこの3人には警戒しているのか。

 それは普通の反応だし、俺が微妙に警戒していないのが可笑しいと思うけど……でもやっぱりこいつらがそんな悪い奴とは思えないんだよな。

 

「……それと一つ、忠告をしておこう。ディオドラ・アスタロト……あの若手悪魔には警戒しておいた方が良い」

 

 するとヴァーリはそんなことを突然言ってきた。

 何でヴァーリがそんなことを言ってくるんだ?

 そう思っていると、ヴァーリは察したのか更に言葉を続けた。

 

「まだ君はディオドラ・アスタロトとシーグヴァイラ・アガレスを見ていないんだな……後でアザゼルにでも聞いてみると良いが、簡潔に言えばあの男は本来の力よりも大幅に超えた力を使ったんだ」

「……大幅に超えた力?」

「そう。あまりにも不相応な力だったものでね。必要ないと思ったが、一応君に忠告しておこうと思った……次の相手はあの男なのだろう?ならば気を付けた方が良い……俺からはこれくらいだ」

 

 するとヴァーリは一歩下がり、そして次はアーサーが俺の前に出てくる。

 この男が俺に用があるのか?

 

「……あんまりお前らと話すわけにはいかないから、出来る限り簡単に話してくれ」

「ええ、察しています。私は少し前、ある聖剣使いと一戦交えました―――白髪で白い神父服を身に纏う、見たことのない聖剣を扱う少年と」

 

 ……なんだろう、その単語を聞いていき、俺の頭にはある一人の男の顔が頭に浮かぶ。

 いやいや、まさかと思うけど―――まさかそれって

 

「―――フリード・セルゼン。多少奇怪な話し方をする少年でしたが、非常に卓越された戦いをする戦士でした」

「やっぱりそうなのか……ってかフリードって」

 

 ……フリード・セルゼン。

 一度俺に呆気なくぶっ飛ばされ、その後、コカビエル襲撃の際にエクスカリバーという「力」が欲しいだけで計画に参加するも、当の首謀者、バルパー・ガリレイの非人道さを貶したらしく、最終的に祐斗の聖魔剣と一騎打ちで敗れたはずだ。

 確かヴァーリの登場でいつの間にか姿を消していたけどな。

 

「ヴァーリから聞き、少なからず貴方に関わりがあった人間ですので。ただ―――彼の剣には凄まじい覚悟と、しかし迷いがあったのが印象でした」

「覚悟と迷い?」

 

 ……全く正反対の性質だぞ、それは。

 アーサーの感想は曖昧な上に良く分かんねぇものがあるが、分からないことはない。

 俺も拳を交えた奴の性質は何となく、その拳から放たれる力で分かるからそれとよく似た感覚だろうけど。

 それにフリードの性格を考えると、覚悟と迷いを背負う男じゃない。

 マイペースに外道で、でもヴァーリと同じように戦闘に楽しさを見出した野郎だ。

 そこには覚悟も、何よりも迷いはなかった。

 

「……彼は今、禍の団に居ます。突如、組織に現れたのです。どこからスカウトされたかもわかりませんが、しかし私と交戦した時以外は常に憂鬱な表情をしていました」

「憂鬱……それもあいつにはない性質のはずだけど」

 

 それにフリードの使っていた聖剣っていうのも気になる。

 このアーサーが見たこともない聖剣っていうレベルだ。

 そしてこの男にそこまで言わせる腕、力……今はまだ分からないけど、あいつにはいったい何があったんだ?

 

「一応は頭に留めておいてください」

「……なんで俺にそんなことを言うんだ?」

 

 俺はアーサーにそう問うと、アーサーは少し腕を組んで、そして少し唸るように考える。

 そして少し経って思いついたように考えて……

 

「そうですね。あの少年は少し鬼気迫るところがあって、すぐにでも死んでしまうような感じでしたので……良き剣士を死ぬのは見るに堪えないところがあるので。ただの保険ですよ」

「とか言って、結構あいつのことを気にかけているお兄ちゃん肌のアーサーくん、お人好し~~~♪」

 

 するとスィーリスは肘でアーサーの脇腹をつつきながら、面白おかしそうに笑う。

 ……ってなんでこいつはここに来たんだ?

 

「あ。あたしは結構人の心を読めるからあんまり不必要に考え込まない方が良いぞ~?あたしはイッチンに会えるって聞いて、わざわざこの童貞ちゃんと一緒に来たのだ♪」

「お、お前……流石に白龍皇と最強の聖剣使いを煽るなよ?俺でもお前の未来を心配する」

「ど、ど、童貞って……はぅ……」

 

 するとアーシアは俺の横で、何故か意味が分かったのか恥ずかしがる。

 ……また桐生の野郎かッ!

 後日、あいつを徹底的に潰す計画をつい頭で考えていると……

 

「ほぉ~……君がイッチンのお気に入りのアーシアちゃんかぁ……むむ、これは手ごわいなぁ」

「へ?」

 

 するとスィーリスは俺の腕に引っ付くアーシアの方をじろじろ見て、見定めるような顔をしていた。

 

「全体的なバランスが良く、小さくもなく大きくもない……顔はかなり整ってるし、性格は見たところ良好、一途っぽくて彼氏を絶対に裏切らないタイプ、エッチは相手に尽くすのと、保護欲をくすぐる受け身タイプか……うん、気に入った♪」

 

 何かスィーリスはぶつぶつと何かを言い始めると、隣のアーサーが解説をしてくれた。

 

「ああ、気にしないでください。彼女は女の子の性質を解析するのが好きなようで。私の妹も解析されてしまいまして、彼女とは仲良しですよ」

「へぇ、妹がいるんだ」

「ええ。ルフェイという私の自慢の妹です」

 

 ……ルフェイ?

 確かオーフィスの話で出てきた、本来は組織にいてはいけない普通の女の子で、オーフィスに従妹の存在を教えたという女の子か。

 

「ねね、アーシアちゃん。私とお友達になってよ!私のことはスィーリスって呼んでくれて良いからさぁ~~~」

「へ?……え?」

 

 アーシアは突然のことで頭が混乱するようにスィーリスと俺の方を交互に見ながら?のマークを浮かべる。

 うん、俺も理解不能だけど、そんなに悪い子じゃないと思うよ。

 

「あたし、可愛くて純粋な子が好きなんだよねぇ~……だからお友達になって?あたし、結構友達少ないから!」

「は、はい……じゃあ、スィーリスさん?」

「あぁん、もう可愛い♪」

 

 するとスィーリスはアーシアに抱きつく!

 ―――今更だけど、この子がぶつぶつ何かを言い始めた時に神器の気配を感じた。

 察すれば恐らくは解析する神器か、それに準ずる神器か。

 余り聞いたことのない能力だけど。

 

「―――イッチン、この子をあの気味悪い笑顔の変態に渡したらダメだぞ?」

「……お前に言われるまでもねぇよ。さっさとアーシアを離せ」

 

 俺は少し笑って、アーシアからスィーリスを引き離し、3人から少し距離を取る。

 

「そうだな、そろそろ頃合いか―――アーサー、スィーリス。そろそろ帰ろう」

 

 するとヴァーリは腕時計を見てそう言うと、二人はヴァーリの方に行く。

 頃合い……恐らくそろそろ自分達の存在がバレるとでも思っているんだろう。

 そもそも警戒されているはずのこいつらがこんな自由にこの町に入ることが出来たのは、恐らく仙術か魔術の類を活用したからだ。

 

「えぇ~……ヴァーリ一人で帰りなよぉ。あたしはアーシアちゃんとイッチンと遊ぶから~」

「スィーリスさん。あまりヴァーリを困らせないでください。一応、私たちはテロ組織の一味なのですから」

「ぶぅ~……はぁ、仕方ないなぁ~」

 

 スィーリスはふてぶてしくそう言うも、しかしすぐさま懐からチラシのようなものを出してヴァーリに渡した。

 

「あたし、このイタリアンを食べたいからヴァーリ、奢って!!良い男は良い女に甲斐性を見せるものだよ?」

「ならその魅力を感じさせてもらいたいね、不可能だけどな」

「むぅ~~~」

「―――はぁ、早くいくぞ。イタリアンを食べに行くんだろう?」

 

 ヴァーリは大きな溜息を吐いた後でスィーリスの持っていたチラシを奪い取って歩き出す。

 ……ヴァーリも大変だなと心の中で同情したよ。

 そして3人は暗闇の中に去って行き、嵐が過ぎたように俺とアーシアはその場に立ち尽くす。

 そこで俺は時間を確認した―――既に、20時を過ぎていたのだった。

 

「帰ろっか、アーシア」

「そうですね」

 

 ……俺は半分母さんからのお説教を諦め、そのまま家へと向かって帰って行ったのだった。

 

 ―・・・

「お母さんは悲しいの。可愛い息子が不良になっちゃって」

「いや、だから母さん。アーシアの気晴らしね?」

「―――黙って、お母さんの話を聞くの!!」

 

 ……現在時刻は20時30分。

 俺とアーシアは母さんの前で正座をしていた。

 俺がアーシアを抱え、あの公園から空を飛びながら帰ること1分、家を玄関先で母さんは仁王立ちで立っていたんだ。

 そしてそのままリビングに直行、正座までにはさして時間は要らなかった。

 ちなみに小猫ちゃんやオーフィス、黒歌なんかはアイスを食べながらこっちを見ており、部長や朱乃さんは心配そうな目でこっちを見ている。

 

「イッセーちゃん。私はね?お母さんとして言ってるんだよ?可愛い可愛い私の子供が夜遊びを覚えちゃうなんて、お母さんは悲しいの!」

「夜遊びって……」

「夜遊びなの!!女の子と一緒に夜に遊ぶのは重罪!!もうお父さんに連絡するからね!?」

「は、はぅぅ……お母様、ごめんなさい!私です!!イッセーさんと遊んで一緒にアイス食べてクレープを食べて、ベンチでおしゃべりをしたのは私のせいです!!」

 

 ―――アーシア、それは逆効果だ!

 そんな真実をぶちまけてしまえば―――

 

「う」

「「う?」」

「―――羨ましいよぉぉぉ!!!」

 

 すると母さんは突然、そんな風に叫び声を家中に木霊した。

 ……なんて声出すんだよ、母さん!!

 アーシアもびっくりだよ!!

 あんた最近本当に年を疑うほどに若すぎる!!

 ―――きっと、最近は身近に若い女の子がたくさんいるからと思うけどな。

 

「ひぃ、ひぃ……ふぅ~……ふふ、このまどかさんが、してやられるなんてね。でもアーシアちゃん、流石が私の弟子ね」

「―――お母様ッ!!」

 

 するとアーシアと母さんが手を取り合って師弟関係を確かめる……なんだ、この青春ドラマを見ている気分は。

 

「聞きなさい、アーシアちゃん。イッセーちゃんとはどういう存在?」

「尊い存在です!!」

 

 ……んん?

 何かは知らないが、唐突に儀式みたいな掛け合いが始まったぞ?

 

「そう、尊い存在なの。カッコ良さの中に子供らしさが残る可愛い存在。頼りになり、たまに抱きしめたくなる存在なの。ならそんなイッセーちゃんが夜遊びをすることはどう思う?」

「はっ!―――私が、間違っていました……イッセーさんにそんなことをさせてはいけないんですね」

「そう……精進しなさい、アーシアちゃん。貴方はまだまだ可能性があるの。あなたなら、私を超えられる!!」

 

 ……これ、何てドラマ?

 俺は目の前で繰り広げられるドラマを見ながらそう呟くと、すると……

 

「帰って来たか、一誠。待ちくたびれたぞ、私の可愛い弟よ」

「くぅぅぅぅ……」

 

 ……すると、突如リビングにティアと犬?が現れる。

 柴犬くらいの大きさか?よく見れば上にはチビドラゴンズが乗っており、何かペットのような扱いだ。

 ってかどうしてティアがここにいるんだ。

 

「オーフィスにゲームを一緒にすると誘われてな。弟と従妹のためなら喜んで地の果てから来るのが姉の役目だろう?ついでにチビ共がお前に会いたいと言っていたもんでね」

「あ、にいちゃんだ!!おふろはいろ?」

 

 すると正座をする俺の元にフィーが飛び込んで来た。

 

「あ、ティアさん!久しぶりね~。フィーちゃんもメルちゃんもヒカリちゃんも元気?」

「おぉ、まどか!!私もお前と会いたかったぞ!!」

「「「まどか、こんばんは!!!」」」

 

 ティアは母さんと仲が良く、この家には母さんと話すために現れることが多い。

 チビドラゴンズは母さんに良く懐いていて、母さんからしたら小さい娘のような存在らしく、良くお菓子を作ってあげてたりするらしい。

 ってここに来て人の密度が増えたな。

 部長と朱乃さん、黒歌とかは自分の部屋に戻っていて、つぶらな目で俺の方を見ている犬?に俺は目を向けた。

 ……何だ?何でこのワンコは俺を見ている?

 いや、普通に可愛いけど。

 

「あ、イッセー。そいつはケルベロスの亜種の奴だ。ほら、あの時に下った」

「…………ああ、なるほどね」

 

 そう、この犬はつまりはコカビエル襲撃の時に俺とティアの前に立ちふさがった九つの首があったケルベロスの亜種で、今は確かティアのペットのはず。

 非常に従順らしいが、これを見れば納得だな。

 でもこいつ、かなり強い。

 実はあの時は俺一人ではかなり手こずった奴だ。

 何せ首が9つあるから、それぞれの首から様々なブレス攻撃、その強靭の足からは信じれないほどの速度、脚力を見せつけた。

 コカビエルは上級悪魔を簡単に屠れるレベルと言っていたけど、あれは納得だ。

 まあツイン・ブースターシステムによる同時解放で全力で殴ったらおとなしくなったけど。

 ……こうしてみると可愛いな。

 そうだ、名前を聞いてみよう。

 

「ティア、この可愛いワンちゃんの名前は何なんだい?さぞ凛々しくも可愛い名を付けたんだろう?俺はこう見えても動物は好きなんだ」

「ほぉ……私の神がかりなネーミングセンスを聞きたいか?ふふ、良いだろう」

 

 するとティアは母さんから離れてポーズを取り、そして……

 

「その犬の名は――――――ポチだ!!!」

「そうか、そうか。そりゃあ凛々しい…………………………はぁ?」

 

 俺は自信満々でそう宣言するティアの言葉に頷きそうになるも、言葉を聞き逃さずティアにそう発言した。

 ―――ポチ、だと?

 その名を呟いた瞬間にケルベルスは震えて、泣きそうな目で俺を見て来たぞ!!

 おいおい、この野郎!!

 

「いくらなんでもポチはねぇだろ、この馬鹿野郎!!!」

「ふげ!?」

 

 俺はノンステップで立ち上がり、そのままティアに近づいて背負い投げをして地面に倒し、そのまま関節技でティアを固める!!

 これはいくらなんでもケルベロスが不憫すぎる!!

 普通に最上級悪魔と渡り合える魔獣に対して何ていう名前をつけやがる!!

 

「今すぐそんな名前は取り下げやがれ!いや、もう俺が名前を付ける!!いいな!!?」

「ぎ、ギブだ!!一誠、お姉ちゃんは限界だからその辺で止めてくれ!!!名前は好きに決めていいからぁぁぁぁ!!!」

 

 ティアが地面をバンバンと叩き、俺は納得がいかないままティアへの拘束を解いてやる。

 そして涙ながらの目で俺を見るケルベロスの方に行き、目線をケルベロスと合わせてやる。

 名前、か。

 俺が黒歌や小猫ちゃんに名前を付けた時はその見た目でつけたけど、柴犬の見た目をするケルベロスからは何も……亜種のケルベロス、か。

 亜種とケルベロスから文字を引っ張って―――良し、決まった。

 

「良いか?お前はこれからポチじゃなくてアロスだ。ケルベロスの亜種だからアロス。それで良いか?」

「わん!!」

 

 アロスから心地良い鳴き声が響き、俺は頭を撫でてやる。

 確かこいつは人の言葉が理解できるほど知性が発達しているはずだから、俺の言葉の意味が分かるだろう。

 

「これからもフィーたちをよろしく頼むな?ティアはあんな感じでダメな姉だから、お前がしっかりしてくれよ?」

「わん!」

 

 するとアロスは俺の足元に来て甘えてくる……おぉ、かなり懐かれたな。

 そういえばアロスは俺とティアには従順ってティアが言っていたな。

 ……俺のペットにしたい気分だ。

 

「ああ!!ポチ……じゃなかった!アロス、にぃたんにくっつくのダメ!!メルがくっつく!!」

「……ダメ。にぃにはヒカリのにぃに」

 

 ……あれ?

 ヒカリちゃんの様子が少しばかり変化した?

 まるで以前見たかのような大人びた声音と話し方。

 …………あぁ、そろそろあの小悪魔ヒカリへと進化を始めているわけか。

 ともかく、母さんの説教はティアやこいつらのおかげでどうにかなったな。

 

「ぷっ……くすす……」

 

 すると突然アーシアは面白可笑しそうに笑った。

 楽しそうに、可笑しそうに。

 

「どうしたの、アーシアちゃん?」

「い、いえ……少しだけ、楽しくて……こんな楽しい毎日が続けばって思うと、可笑しくて……」

 

 ……この家は暖かいという言葉に俺は素直に同意した。

 俺とアーシアはそっくりだ。

 神器に振り回され、親も居ない。

 親の温かさも知らなくて、ただ一人の心から笑いあえる友達も居なかった昔の俺に。

 だからこそ、アーシアはこの暖かさを噛みしめているんだ。

 俺と同じように、この空間がいつまでも暖かいように祈っている。

 ―――だからこそ、俺は守るための赤龍帝でありたい。

 この笑顔を……アーシアだけの笑顔じゃない。

 皆の、俺が自信を持って大切と呼べる人を守りたい。

 だからこそ、だからこそだ。

 この平穏を、アーシアの笑顔を奪おうとするディオドラ・アスタロトを俺は絶対に倒す。

 こんな最高の居場所を絶対に奪うことは許さない。

 俺はそう決心した。

 その夜、俺は自分の居場所という存在を再認識したのだった。

 

「あ、イッセーちゃん?まだお説教は終わってないからね?」

「……あ、やっぱり?」

 

 ―――俺に逃げ道など存在しないことを知った夜でもあった。

 それから母さんのお説教(延々と息子の可愛さを語る)をして、それに我が第二の母、フェルウェルが俺の中で大はしゃぎになるのは別の話である。



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第4話 もう、諦めて吹っ切れます!

 俺、兵藤一誠が母さんのお説教から解放されたのは22時だった。

 ……なんだろう、あの拷問は。

 最近は母さんと話す機会が中々なかったからか、母さんはすごい不満を俺に言ってきた。

 とりあえず色々なことを言っていたけど、簡単に要約すれば「最近、私と接してくれてない。お母さん寂しい。もっと構って」というのが一番分かりやすい。

 ……母さん、少しで良いから子離れしよう。

 ホント切実な願いだった。

 ともあれ、母さんの拷問を終えた俺は風呂に入り、先にアザゼルに連絡することにした。

 俺は携帯電話を取り出し、画面を操作してアザゼルへとコールを電話した。

 

『もしもし、イッセーか?』

 

 少し間をおいて電話口からアザゼルの声が聞こえた。

 

「ああ。母さんにさっき解放されたんだ……それで連絡したのは」

『分かってる。大方、ディオドラのゲーム内容を見せろってところだろ?今から俺がそっちに向かおうか?』

「いや、俺が直接行く」

 

 俺はそう応え、魔法陣の書かれた一枚の紙を出した。

 これは悪魔を召喚するための簡易魔法陣であり、悪魔稼業をする際に良く使うものだ。

 

「召喚してもらっていいか?俺、あんまり術は得意じゃないから」

 

 アザゼルはその言葉に頷き、そして俺は周りに誰もいないことを確認するとそのまま転移していった。

 ……転移先はアザゼルが俺にちょっかいをかけていた時の高級なマンションの一室だ。

 そこには和服姿のアザゼルがいた。

 

「まあ上がれや。積もる話があるからよ」

「ああ。俺も少し話さないといけないことが多いからな」

 

 俺は靴を脱ぎ、そのまま部屋のソファーの方に歩いていき、そして座るとアザゼルから飲み物が出される。

 

「で?ディオドラの件はさておくとして…………アーシアとやったのか?」

「やってねぇよ。そんなことよりも重要なことだ―――ヴァーリが出た」

「……なんだ、そのゴキブリが出たみたいな言い方は」

 

 アザゼルは特に驚くこともなく、そう言った。

 俺としてはもっと驚くと思っていたんだけどな。

 

「ヴァーリが、ねぇ……一応話は聞かせてもらう」

「それがな――――――」

 

 俺は先程、アーシアと俺の前に現れたヴァーリ、アーサー、スィーリスのことをアザゼルに隠すことなく話した。

 アザゼルは俺の話を何も言わず聞き、そして俺が全てを言い終わると……

 

「なるほど……あいつが忠告しに来たってわけか」

「そう。俺も現れた時は驚いたけど、特に危害を加えてこなかったし、それに何かあいつはテロリストっぽくないってのが個人的な意見だな」

「同感ではある。確かにあいつが目立ってしたテロ行為は和平会議の時のみだ。それ以降は特に目立ったことはしてねぇ……お前の予想通り、大方組織の強い奴に喧嘩を吹っかけて楽しくしてんじゃねぇの?」

 

 素直にあり得そうで笑えないけど、ならあいつは何でわざわざ禍の団に入ったんだろうな。

 そもそも黒歌がヴァーリに協力していたのだって、あいつは私情が原因って言ってたから、恐らくは……

 

「あいつは私情のために組織に入った―――不本意ながら組織に入っているっていうのが一番の見解か?」

「さぁな。あいつは読めねえし、まあそれが面白くはあるんだが……はぁ、俺も親の感情が抜けねぇな」

 

 するとアザゼルは溜息を吐きながら頭をポリポリと掻いた。

 

「……敵になっても、アザゼルはヴァーリのことを心配しているのか?」

「さあな。ただ……ヴァーリが小さい頃にあいつを拾い、ずっと育ててきた。俺にとってあいつは子供みてぇなもんだ。だからこそ分かることもあるんだよ―――あいつは戦闘狂だが、間違ったことを嫌う芯の通った戦士だ。だからこそガルブルト・マモンの一件でお前や黒歌、小猫を助けるような真似をしたんだろう。だから今回もわざわざ忠告なんてしてきたんだろうな」

「―――そういうのを心配って言うんだよ」

「……は。違いねぇな」

 

 アザゼルは若干諦めるようにそう頷くと、傍に置いていたグラスに酒を注ぎ、そのまま飲み干す。

 照れ隠しだな、きっと。

 

「にしてもガルブルト・マモンの行方か…………もしかしたら、これは全部繋がっているのか?」

 

 するとアザゼルは顎に手を当てて何かを考え始める。

 繋がる、ねぇ。

 

「……お前には話しておくか。これはまだ機密事項であまり大っぴらには言えねぇんだがよ。ガルブルト・マモンの奴が行っていた不明な取引に関してはある程度、露呈した」

「禍の団か?」

「ああ、それが大半だ。あの野郎は言いたくはないが、三下ではねぇ。自分の立場、自分の末路を考え込んで逃げ道を無数に用意していた。その一つが禍の団。だが露呈した不明な取引でも未だに正体不明の取引が残ってんだ」

 

 ……正体不明か。

 恐らく、その正体不明がガルブルト・マモンと繋がりがあり、そしてあいつを匿った正体ってわけか。

 ―――そうか、だから繋がったか!

 

「つまりアザゼルはガルブルト・マモンを匿った存在の正体が、ヴァーリが組織に入った理由って言いたいのか?」

「大方は正解だ……つっても未だに空想の理論でしかねぇからな。実際のところは本人しかわからねぇ―――だが、お前に関しては今はそれよりも問題があるだろう」

 

 するとアザゼルは何やら束となっている資料を机の上にドサッと置いた。

 それは―――レーティング・ゲームの資料?

 

「そいつは前回のディオドラのレーティング・ゲームの資料やらお前の個人データ、っていうか眷属全体の詳しい情報がある。お前は既にヴァーリから聞いていると思うが、ディオドラは理解不能なパワーアップをしたんだよ。実際に映像を流すか……」

 

 するとアザゼルは術か何かで空中に映像を映し出すと、そこからアスタロト眷属とアガレス眷属のレーティング・ゲームが開始される。

 最初はセオリーの駒のぶつけ合い。

 戦力的にはシーグヴァイラさんの眷属が圧倒的に有利、明らかに押しているし、今のところはディオドラが完全に劣勢だ。

 ゲームは序盤から中盤に入る……とその時、突然ディオドラは前線に出た。

 そして

 

「―――なんだよ、これ」

 

 ……実際には中盤戦なんてなかった。

 突如台頭してきたディオドラは、ヴァーリの言う通り不相応の力を行使してシーグヴァイラさんの眷属を次々に撃破していき、そして最後はシーグヴァイラさんと一騎打ち。

 そこでも力で押し切り、そしてそのままゲームは終了した。

 

「ああ、その意見には俺も賛成だ―――これはもう反則の類だ。完全にこれは自分の力ではないっていうのが俺の意見だ」

「……映像越しには分かりにくい、けど―――この力、オーフィスの蛇に少し似ているところがある」

「ああ、それはオーフィスからも既に聞いている」

 

 するとアザゼルは足を組んで酒をもう一度飲んだ。

 

「だが、オーフィス曰くこれは自分の力じゃないらしい。確かにオーフィスの力があれば三下も一流に近い力を発揮できるが、それすらも検出出来なかった……ゲームを取り止めさせるためには証拠がなさすぎる」

「でも、仮にオーフィスの力が関与している場合は―――」

 

 間違いなく禍の団が関与している、というのを俺はのど元で止めた。

 はっきり言えば俺の言っているのは所詮は空論でしかないから、説得力に欠ける。

 説得力を帯びるためには確固たる証拠か現行犯を抑えるしかない。

 だけど当のオーフィスが自分の力とは違うと言っているんだ……恐らくは本当に違う。

 でも似ている力となれば……くそ、考えがまとまらない。

 守護の神器をフェルの力で創って、皆に渡すのが一番の安全策かもしれないな。

 今なら中級クラスの神器なら具現を1か月していても平気になってきたし。

 数には限りがある上に具現中は俺の精神が削られ続けるけども。

 とりあえずディオドラ対策は俺の頭でしっかりとして、いつでも対応できるように神経を研ぎ澄ますことにして……

 

「イッセー、お前の言いたいことは理解できる。お前はいつも最悪のことを考えて行動し、今まで仲間を救ってきた。だが……この推測は結局は下級悪魔と堕天使の総督、しかも極めつけは敵である白龍皇。しかもオーフィスは前までは組織にいたんだ」

「悪魔の上層部を納得させるだけの説得力がない、か……」

 

 俺とアザゼルは同時に溜息を吐いた。

 より良い解決方法なんて思いつかないし、何より今の俺に出来るのは守るだけ。

 

「……にしてもマモン家全員を瀕死に追い込んだ奴はいったい誰なんだろうな」

「例の正体不明の襲撃者のことか」

 

 アザゼルが漏らした言葉で俺は得心した。

 それは俺も既に聞き及んだ、俺たちとガルブルト・マモンの一件のすぐ後に明らかになったマモン家襲撃事件だ。

 犯人は正体不明で、襲撃を受けたマモン家の者はほぼ全て瀕死。

 命を失う瀬戸際のところまで傷つけられていたらしい。

 

「お前も知っての通り、マモン家は未だに絶大な力を有していた三大名家の一角だった。ガルブルト以外にも上級悪魔トップクラスの者も多い……にも関わらず、それがほぼ全て殲滅された―――襲った人物は相当な手練れであり、なおかつ不気味な奴だ」

 

 ……俺も既に聞き及んでいる。

 その正体不明の奴が使った力っていうのは全くもって説明することの出来ない代物だったらしい。

 一番わかりやすい言葉で表すなら、黒い霧のようなものが襲ってきた……っていうのが得られることの出来た情報。

 

「お前も気を付けろ。この存在はかなり不気味だ。人知れずマモン家に現れ、そして人知れず消え去った。足跡の一つも残さず、何の痕跡も残さねぇんだ」

「分かってる」

 

 警戒しておくことに違いはないか。

 ……だけど、何でマモンを襲ったんだろうな。

 直截な恨みとかか?あいつは色々な悪魔に恨みを買っていただろうから、それも理解できるが……

 

「ま、俺からの話はこれくらいだ―――一つ、質問良いか?」

「ああ、別に構わないけど」

「じゃあ質問だ―――お前は何故、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の存在を知っているんだ?」

「―――ッ」

 

 俺はアザゼルのまさかの質問に一瞬、歯ぎしりをした。

 覇龍……俺の最も嫌う、赤龍帝の籠手に宿る最悪の力。

 俺が兵藤一誠ではない頃に命を失った原因であり、俺がミリーシェと離れ離れになった原因でもある。

 

「ずっと気になっていたぜ。ヴァーリが覇龍を使おうとしたあの時、お前は尋常じゃない怒りをあいつにぶつけた。あの時は特に何も思わなかったが、お前と接している内に少し疑問を覚えたぜ……お前のすげぇところは怒りに燃えていても冷静さを失わないところだが、お前はあの時、完全に冷静さを失った。何故だ?」

「…………覇龍なんてものは、この世界にあってはならない力だよ」

「ああ、あんなものはただの力に対する溺れ―――だが、高々高校生のお前がそこまではっきりとした拒否を何故出来るんだ」

 

 アザゼルは真面目な表情で俺の方を見る。

 俺はその眼に思わず息を飲んだ。

 ―――俺が前代の赤龍帝で、しかも覇龍を使ったことがある。

 そう言えばアザゼルは簡単に納得するだろう……だけど俺の過去を教えるということは、それはすなわち俺の弱さを見せるってことだ。

 ……他人の弱さを肯定する俺は、自分の弱さを肯定されたくない。

 淡々と言ってしまえば俺の性質は所詮、それだ。

 しかも俺の過去はただの弱さじゃない―――後悔の憤り、未だ残り続けるミリーシェへの想い。

 そこには今の俺の姿は一つもないんだ。

 ……ダメだ、俺は言い訳ばかりだ。

 結局のところ、俺は―――自分をさらけ出せない。

 

「俺は……」

「言わなくても良い―――最強じゃない。オーフィスがそう言った意味が今更ながら分かったぜ。んで、お前と同じドラゴン共がお前を可愛がるのも。お前は放っておけねぇよ」

「……ごめん。今はまだ―――何度この言葉を使えば気が済むんだろうな。俺は」

「一応言っておく。少なくともお前の周りにいる奴はどいつもこいつもお前の味方だ。年長者のありがたい言葉を聞かせてやる―――自分と周囲を信じろ」

 

 アザゼルは意地の悪そうな笑みを浮かべつつ、俺にワインを注いだグラスを向けてそう言った。

 自分と周囲を信じろ、か。

 

「ああ、肝に銘じておく」

「そうかい?なら良いが……っと、そろそろ帰ってやれ。お前を独占しすぎると女どもがうるさいかねぇ」

「なんだよ、それ」

 

 俺は苦笑をしながら立ち上がり、アザゼルは俺の部屋に向けて魔法陣を展開した。

 俺はその中に入った。

 

「……っと、最後に素朴な質問だ。部室に飾ってるお前が描いたらしい、大切な存在の大集合の絵があるだろ?」

「ああ。最近は暇になったら新しいのを描いてるけど、それがどうかしたか?」

「……お前の隣にいるあの金髪のゆるふわな髪の美人は誰だ?俺の知っている限り、お前の周り(・ ・ ・ ・ ・)にはあの美人はいないだろ?」

「―――大切な奴だった奴だよ……誰よりも」

 

 俺は顔をアザゼルから背け、そして魔法陣の力でその場から消えていく。

 しかしアザゼルの表情は少し怪訝なものであった。

 

 ―・・・

 俺が部屋に戻ると、そこには眷属の皆+黒歌、イリナ、オーフィス、ティアの姿があった。

 チビドラゴンズは既に眠かったのか幼女モードで眠っていて、その傍でギャスパーも眠っていた―――という現状説明という名の逃げを止め、現実を見ることにしよう。

 俺の目の前には何故だか知らんがコスプレをした女の子たちがいた。

 

「あれ、部屋間違えたのかな?失礼しまし―――」

「皆、イッセーを捕えなさい」

 

 部長は部屋から逃げようとする俺に対し、周りに命令をした瞬間に俺は襲い掛かられるッ!!

 俺はあっという間に動きを封じられ、そのまま椅子に縄で縛られてコスプレした彼女たちを見させられる……なんだ、何なんだこの状況はぁぁぁ!?

 

「……先輩、逃げちゃダメです」

「ちょっと小猫ちゃん、距離が近いんじゃないでしょうか!?」

 

 小猫ちゃんは異様に俺に接近して、俺の顔を覗き込むように顔を近づけてきて、少し身を乗り出せばキス出来るくらいの距離になっている!

 

「こらこら、白音?お姉さまを差し置いて自分だけはズルいにゃん?」

「……ごめんなさい、姉さま」

「良い子、良い子♪素直に反省するのは良いことにゃん♪」

 

 黒歌は小猫ちゃんの頭を撫でながら可愛がる姿を見て、俺の心は温かくなる。

 あぁ、姉妹愛を見ていると癒されるなぁ。

 ……黒歌と小猫ちゃんは何やら魔法少女のコスプレをしていて、猫耳と尻尾を生やしているという斬新な魔法少女のコスプレだ。

 可愛いし似合っているが……黒歌は胸のサイズが大きいためか、胸のあたりがかなりきつそうで動くたびに服がはち切れそうになっている……魔法少女じゃないぜ!

 スタイルがこの中でもトップクラスで高いからだな?

 

「イッセー、姉妹そろって魔法少女にゃん♪可愛い?」

「……先輩のために着ました。どうですか?」

「ああ……うん、可愛いよ?二人なら何を着ても似合うと思うし……あ」

 

 俺は迂闊なことを言ってしまったということをすぐに気付いた。

 俺の前の二人は非常に顔を赤くして尻尾をすごく揺らしている。

 ―――これはそう、昔から黒歌と白音は嬉しいことがあると尻尾を振って、そして挙句の果てにえげつないほどに甘えてくる、そんな前兆。

 俺は少し身構える……と、それと共に二人は予想通りに俺の懐に飛び込んできた!

 俺はそれに対し成す術なく倒された。

 

「罪作りにゃん、イッセー♪すりすり~」

「……すぅ、すぅ……いい匂いがします。にぁ♪」

 

 何か俺のにおいを嗅ぐ二人の猫姉妹……あはは、周りの目線が辛いぜ!

 もうあれだ……諦めよう。

 それが最も傷つかなくてすむ方法だから……さぁ、みんなの評価に勤しもうか。

 

「い、イッセーさん!その……大丈夫、ですか?」

 

 すると俺の最強の癒しの存在ことアーシアが倒れる俺の心配をしてか、そんな言葉を言ってくれる。

 俺はそっちに顔を向けると、そこにはアーシア、ゼノヴィア、イリナの姿が。

 

「ホントこの家は面白いよね!私、すごく気に入ったって感じなの!」

「どうだい、イッセー。一応頑張ってはみたんだが……」

 

 ……そこにはベタなメイド服姿のイリナ、そして更に似合いすぎている執事服を着るゼノヴィアの姿があった。

 そして―――天使の羽をつけ、頭に天使の輪っか。更に真っ白の純白の女神のような布を身につけるアーシアが―――

 

「あなたは女神ですか?」

 

 あ、つい声が漏れた。

 ……だって、あまりにもアーシアが別格過ぎるんだもん!!

 なんだよ、この天使は!

 もう似合いすぎててアーシアを愛でまわしたい気分になるじゃねぇか!(注:頭を撫でまわす)。

 

「はい、イッセーさんだけの女神です!」

「あはは、天使はここにいたんだ~……」

「ちょ、ちょっと!?天使は私だよ!?ほら、翼も輪っかもあるし!!」

 

 イリナは焦るような形相ですぐに翼と輪っかを展開するも、俺はそれを一切見なかった。

 イリナは泣き崩れるも、俺は気にも留めずに……するとゼノヴィアが俺の前に立ちふさがる。

 

「さて、イッセー。そろそろ私の魅力に気付いたらどうだい?似合っているだろう?」

「似合っているけど、何で執事服?」

「………………この眷属、普通に可愛いコスプレをして勝てるとは思わない。なぜなら私は女らしくない性質だからな。故に敢えて執事で攻めてみた。桐生に意見を貰ってね」

 

 ……初めて桐生に俺は賞賛を贈る。

 ―――偶には良いことするじゃねぇか、あの野郎。

 でも確かにこれはかなりのギャップだな。

 女の子が執事なんて面白い発想だし、意外と男装が似合ってるな、ゼノヴィア。

 っていうかまだ俺の懐にいたのか、小猫ちゃんと黒歌は!

 

「ふふ……イッセーくん」

 

 すると突如、俺の自由な右腕は何やら柔らかく温かいものに拘束される……って朱乃さん!?

 俺の隣には露出の多すぎるナースの恰好をした朱乃さんの姿があり、そしてその豊満な胸で俺の腕を挟んでいた……何やってるんだよ、もう!!

 でもその拘束は解かれず、そして俺も謎の力で解けなかった。

 

「最近、私はイッセー君との触れ合いが少ないですわ……少し寂しいの」

「いや、だからってこれはダメでしょ!?」

 

 俺は何とか力技で拘束から抜け出し、部屋の隅まで逃げる!

 するとじりじりと寄ってくる数人の人影。

 小猫ちゃんと黒歌、アーシアやゼノヴィアは満足したのか寄らず、イリナは未だに挫折中。

 残りのメンバーは俺との距離を詰める中、突如俺の背後に風が吹いた。

 

「……イッセー、我とゲームする」

 

 そこには真っ黒なウエディングドレスを着たオーフィスがあり、少しだけ不機嫌な表情で俺を見ていた。

 

「お、オーフィス?どうしてわざわざゲームをするためにそんな綺麗なドレスを?」

「我、似合う?お嫁さん、恰好」

「に、似合ってるよ?うん、黒いウェディングドレスが異様に似合っているけど……」

「……良かった」

 

 するとオーフィスは少し微笑を俺に向ける。

 ……オーフィス、表情が少しずつ多彩になってきたよな、っていう地味な感動を覚えつつ、未だに近づく部長、朱乃さん、ティアに顔を向ける。

 

「朱乃、あなたはイッセーに対してエッチな接し方が多過ぎよ!!」

「あら、それすらも出来ないリアスは黙っていれば良いですわ」

「私に出来ないとでも?」

「「…………………………………………」」

 

 すると突如にらみ合いが始まる部長と朱乃さん。

 ちなみに部長はどういうわけかバニー姿だった。

 

「表に出なさい、朱乃。今日という今日は許さないわ」

「あらあら、うふふ…………望むところ、ですわ」

 

 ……もう見慣れた日常なのでもう何にも思いません、それが俺の素直な感想であった。

 

「一誠。ところでお姉ちゃんの姿はどう思う?ほら、最近は尊厳がなくなっていると思って騎士の姿になってみたんだが……」

「はいはい、似合ってるよ。でも甲冑姿は結構見慣れてるからな」

 

 俺の言葉に崩れ去るティアなのであった。

 ……ちなみに俺のベッドでスヤスヤと眠るチビドラゴンズはデフォルメな怪獣の着ぐるみを着て顔だけ出しているというファンシーな恰好で、俺はついキュンと来たのだった。

 

 ―・・・

「それにしても平和だな~……あ、オーフィスはそっちのモンスターを倒して」

「我、殲滅する」

「……先輩、そいつの弱点は角です」

 

 現在、俺とオーフィス、小猫ちゃんはゲームをしていた。

 大画面には大きなドラゴンのようなモンスターがいて、俺たち三人はそれを倒すべく会話をしながらコントローラーを操作する。

 ちなみに俺たち以外はと言うと、既に自分の部屋に戻ったり俺たちのプレイを見ていたりしている。

 部長と朱乃さんは未だ別室で喧嘩?をしており、ティアはショックからチビドラゴンズを連れて帰って行った。

 俺のベッドで眠っていたギャスパーは、満面の笑みで上機嫌なゼノヴィアが自室に連れて帰り、結果としては室内には俺、オーフィス、小猫ちゃん、アーシア、イリナ、黒歌が居て、イリナは先ほどからうつらうつらとなっている模様。

 黒歌はゲームをする小猫ちゃんを自分の膝上に乗せて腹部をギュッと腕で抱きながら可愛がっていた。

 

「……我、こんなドラゴン、捻り潰す」

「はいはい、それはゲームの世界でな?あ、オーフィス。ラストアタックだ」

 

 オーフィスは中々倒れないドラゴンに対し黒いオーラを少し漏らすも、俺の言葉を聞いて使っている大剣でドラゴンを一閃。

 画面の中のドラゴンはそのまま倒れた。

 

「……私と先輩、オーフィスさんが居たらどんなモンスターも倒せます」

「そう言えば小猫ちゃんがオーフィスにゲームを教えたんだよな」

 

 今更ながら、小猫ちゃんの趣味はゲームだったりする。

 俺も結構得意なんだけど、小猫ちゃんのゲームテクは俺たちと比べても飛び抜けており、そんな小猫ちゃんはオーフィスのゲームの師匠だそうだ。

 

「小猫、我の師匠。頭、上がらない」

「……そんなことないです。オーフィスさんもかなり上達しています。流石にまだイッセー先輩と私には敵いませんが、少しずつ近づいてきています」

「……我、尊敬する」

 

 オーフィスと小猫ちゃんはグッと腕を組む……何か妙な組み合わせだな。

 とにかく、俺としてはオーフィスと小猫ちゃんが仲良くすることは賛成だからもっと仲良くなってほしい。

 オーフィスは友達と呼べる存在が少ないからな。

 

「すぅ……すぅ……イッセー……さん……」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえて俺はそっちを見ると、そこには床の上で眠っているアーシアの姿があった。

 今の時間は結構遅くなってきてるからな……そろそろ眠かったんだろう。

 俺はそっと立ち上がり、アーシアを抱き上げて部屋の方に連れて行こうとすると……

 

「イッセー、アーシアちゃんを起こすのは可愛そうだから寝かしてあげたらどう?ほら、イッセーのベッドで」

「……それもそうか」

 

 黒歌にそう言われると、俺はアーシアを自分のベッドに連れて行き、そっと布団を被せた。

 ……今日一日はアーシアにとっても色々あった日だ。

 ディオドラのせいでアーシアは初めて誰かに怒り、初めて誰かを殴った。

 

「アーシアも頑張ってんもんな」

 

 毎朝俺の日課に付き合ったり、神器の扱いの修行を俺と一緒にやったり、誰かを癒したり。

 アーシアは努力家だから、誰よりも何かを背負ってしまう傾向にある。

 だからこそ、俺がアーシアを支えないといけないよな。

 

「それでイッセー。あのディオドラとかいうヘタレをどうするつもり?一応はあれでも上級悪魔だからあんまり荒手は使えないけど」

「さぁな。何も考えてない―――だけどタダでは済ませない。きっちり自分の無力さやら卑怯さやらを知らしめて……潰す」

 

 俺は黒歌の言葉に拳を強く握って応えた。

 

「うぅ~ん。まだまだ優しいね~……私なら再起不能になるまで壊し続けるけど♪」

「……怖いぜ、黒歌。まあ同感だけどさ?」

 

 俺は若干顔を引き攣らせながらそう言うと、黒歌は可愛くウインクする……女の子は怒らせたら怖いぜ!

 何ていうことを考えていると、もう次の日になっていた。

 

「もう日が変わったから自分の部屋に帰った、帰った!」

『……?』

 

 するとその場にいるイリナ以外の人物は頭の上に?のマークを付けたような表情になり、キョトンとしていた。

 

「おい?なんでそんなキョトンとしてんだ?」

「我、イッセーの従妹。従妹、結婚可能。故に我、一緒に寝る」

「にゃはは!流石にこの黒歌ちゃん、アーシアちゃんっていう敵に塩を送る真似はしないよ。二人っきりでベッドに入るとか羨ましすぎるからねぇ」

「……私はアーシアさんと協定を結んでいるので」

 

 はい、ストップ!

 つまりは

 

「つまり俺の部屋で眠ると?」

 

 俺の言葉にイリナ以外は頷く―――マジっすか?

 

「だ、ダメよ!!そんなのは不純だわ!!男の子と女の子は適切な距離があるの!」

「ふふふ、イリナちん。そんなことを言って、実はイッセーのベッドで一緒に眠ることをちょっと羨ましいだけなんじゃないのかにゃ~?」

「ち、違うわ!確かに望みがないこともないけど、でもやっぱり天使的にダメ!!」

「でもその天使の御株もアーシアに見事に奪われたんじゃ……」

「止めてぇぇぇ!!!それは言わないでよぉぉぉぉ!!!!」

 

 俺の呟きにイリナは夜中にも関わらずそんなことを涙ながらに叫んだ。

 アーシアの天使姿はイリナからしても中々心に来てたんだなぁ……確かにもう女神様って言っても良かったほどの可愛さだったけど。

 

「うぅぅ……アーシアさんの女子力は反則よぉ……料理も出来て、何でも頑張っちゃって一途で……金髪碧眼ってもう反則よぉ……天使の姿も似合ってて……」

「い、イリナ?もしかしてマジ泣き?」

 

 俺は崩れ去るイリナに近づき肩をそっと揺らすと……やべ、マジで泣いてる。

 

「い、イリナの天使姿も可愛かったぞ?うん、似合ってたよ。ほら、幼馴染にそう言うのを関係なく言うのは恥ずかしいもんなんだよ」

「……ホント?」

「そうそう!イリナは可愛いぞ!髪の毛は栗毛で綺麗だし、スタイルも良いからさ!!」

「可愛い……綺麗……スタイルが良い……愛してる……」

 

 ……おい、最後のは一言も言ってねぇぞ。

 だけどイリナは純白の天使の翼を展開した……が、それは白黒に点滅していた。

 

「だ、ダメェェェェェ!!!そんな甘い言葉を言わないでぇぇぇぇ!!!堕ちちゃう!!堕天使に堕ちちゃうからぁぁぁぁ!!!」

「あ、なるほど。これが天使が堕天使に堕ちる瞬間なのか」

 

 俺はイリナの叫びに関心するが、残念ながらイリナはそれどころじゃない。

 天使が堕天使に堕ちる時は決まって不純なことを考えたり、実際に不純なことや野蛮なことをした時だ。

 つまりイリナはその瀬戸際に立たされていると、そういうことか。

 

「……天使も難儀です。好きな人に不純なことを考えれないなんて……悪魔で良かったです」

「私はまだ妖怪だけどねぇ……うん、早くイッセーの眷属になって命令されたいにゃん♪」

「……我、無限の龍。我の気持ち、無限大」

 

 何か後ろの奴らが言ってるけど、どうしようか。

 イリナは天使、不純なことを考えれば堕ちる可能性が大。

 だから俺は下手なことを言ってはいけない……か。

 

「ん?結局はイリナがどうにかするしかないのか?」

「それを言わないでぇぇぇぇぇ!!――――はぁ、はぁ……何とか収まったわ」

 

 イリナが思いっきり叫ぶと白黒の点滅は消えて元の純白の翼に戻る。

 叫ぶことで煩悩を振り払ったか。

 ……天使ってのも大変だな。

 

「私はもう戻るわ……イッセー君の傍に居たら、今ならすぐに堕ちちゃうもの……じゃあお休みなさい、皆」

 

 イリナは少しやつれた顔で顔で俺の部屋から出ていく……イリナ、希望を持つんだ!

 煩悩は確かに天使にとっては刃だけど、それを超純粋な愛に変えれば大丈夫!……なはず!!

 俺はイリナにエールを送りながらそう呟くのだった。

 

「……先輩、一緒に眠っちゃ……ダメ?」

「―――なん、だと?」

 

 すると小猫ちゃんは俺の服の裾を弱弱しくキゥッと握り、そして上目遣いをしてきた。

 小猫ちゃんはこんな技は持っていないはずだ!

 だってこんな俺の保護欲を掻き立てる表情は今までしなかったもん!!

 素で保護欲を掻き立ててたけど、今回のは今までで一番のものだ。

 

「にゃふふ……イッセーに適材適所という言葉を贈るにゃん。白音の保護欲を一番良く分かっているのは私♪…………ソースは私にゃん」

「そりゃああんた、物凄いシスコンですもんね!!」

「あと白音にその技を授けたのは私だよ?これでもイッセーの好みは昔から理解してるにゃん♪」

 

 俺は蕩けた表情の黒歌にそうツッコムが、小猫ちゃんの上目遣い&黒歌の教えた技に俺は抵抗など出来るはずもない。

 

「―――眠るだけな?ホントにくっつくとかは無しだよ?」

 

 そう、負ける以外の選択肢など存在すらしていなかった。

 

 ―・・・

 眠れない夜だ。

 眼は完全に冴えていて、俺の体は活発化している。

 今すぐにランニングして汗を流したいくらいだ。

 ―――そりゃあ魅力的な女の子に囲まれながら眠れるわけがない。

 

「にゃ……もう……食べれません……」

「……………………」

「すぅ……すぅ……ふふ……」

 

 順番に小猫ちゃん、オーフィス、アーシアの寝息と寝言が俺の耳に通る。

 っていうか思いっきりくっついてんじゃん。

 何が眠るだけだよ、畜生ッ!

 これはもう起きるしかないか。

 

「ふふふ……イッセーは自分に甘えてくれる子が好き?」

「起きてたのか、黒歌」

 

 俺は小猫ちゃんとオーフィスを振り払い、ベッドから出ると黒歌がベッドの脇で和服を少し着崩して座っていた。

 

「元々白音は一度眠ると目を覚まさないにゃん。こんな状況でイッセーが眠れるとは思わなかったけど、その通りだったにゃん」

「まあな。少しトレーニングルームで汗でも掻こうかと」

「手伝おうか?」

「卑猥な意味以外ならいいけど」

 

 俺の言葉に黒歌は黙りこくり悔しそうな顔をしていた……先手を打って良かった。

 本気じゃないだろうけどさ。

 

「そう言えば、黒歌の本気って知らないな。最上級悪魔クラスとは聞いているけど」

「そりゃあまだ見せていないからねぇ……私と手合せする?」

「そうだな……お願いしようか」

 

 俺はそう言うと黒歌と共に地下のトレーニングルームに行った。

 トレーニングルームと言ってもいくつかの部屋に分かれており、魔力や悪魔の技術で完全防音かつミサイルが撃ち込まれても大丈夫なところだ。

 多少派手に暴れても大丈夫だとは思う。

 俺はトレーニング用のジャージに着替え、そして黒歌も着物から専用の着物?に着替える。

 普段着ている黒い着物だな。

 さてと……

 

「じゃあ始めますか―――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

『Boost!!』

 

 俺は籠手を展開し、黒歌の方を見た。

 

「籠手だけで良いの?これでも私、結構強いにゃん」

「おいおいで考える……っていうか禁手は使った後が疲れるからな」

「そ―――さてと。じゃあ私もイッセーの眷属に相応しいのを見せつけるために本気を出すにゃん」

 

 すると黒歌は青い綺麗なオーラと、黒いオーラを纏う。

 青いオーラは恐らくは仙術で、黒い方はたぶん妖術か何かか。

 すると刹那、俺の右の頬を何かが掠めた。

 そして俺の背後の壁から少し大きな音が響き、俺はそっちを見ると、壁は少し傷が入っていた。

 ―――見えなかったな。

 

「なるほどな……あんまり出し惜しみはしないでおくか」

『Force!!』

 

 俺は籠手の他に神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を展開し、創造力を溜める。

 今の一撃で理解した。

 黒歌は相当なまでに強い。

 しかも今のは本気ではなく、ただの牽制だ。

 ガルブルト・マモンの一件では突然の不意打ちに小猫ちゃんを守ったせいで戦えなかったけど、仮に真正面から戦えばあいつも黒歌に押されたはずだ。

 それほどの力を今感じた。

 

「これでも仙術、妖術のエキスパートにゃん。舐めて掛かれば痛い目を見るよ?」

「ああ―――今思い知ったよ。こっちもギアを上げる」

 

 俺は魔力のオーラを噴出させ、身体能力を大幅に上げる力―――オーバーヒートモードを発動させる。

 それにより身体能力は神器なしでも上級悪魔レベルになり、俺は籠手を強く握る。

 

「なるほど、接近戦ね……じゃあこういうのはどうにゃん!!」

 

 黒歌の周りにいくつかの円陣が生まれ、そしてそれに通過した黒歌は突如オーラを増した。

 妖術か何かだろう……恐らくは徒手格闘のための術。

 更に仙術を織り交ぜているから一度攻撃が当たれば気を狂わせられる仕組みか?

 夜刀さんとの修行で仙術を嫌なほどに受けまくったからな……あのヒト、容赦がないからな。

 

「じゃあ行くにゃん―――」

 

 黒歌は俺の目線から消え、突如殺気を俺は隣から感じた。

 そこには黒歌の俺に拳を振り上げる姿があった―――気配を感じなかったってことは、恐らく仙術で気配を消したのか。

 夜刀さんの仙術は見抜けることがかじろうて出来てたのに黒歌には出来ない……ってことは簡単な話で仙術においては黒歌は夜刀さんよりも極めているってわけかッ!!

 だけどオーバーヒートモードは身体能力だけじゃなく、各神経系のレベルも大幅に上がる技だ!

 反射神経のレベルも数段階でアップしているから、俺は黒歌の拳を何とか避けて距離を取り、そのまま何発かの攻撃力重視の魔力弾を放つ!

 

「妖術、仙術を用いて硬質さを」

 

 黒歌は言霊を言いながら妖術による円陣を展開し、それに仙術のオーラが付加されて、俺の魔力弾を完全に防御した。

 ―――強い。

 一切の隙もなく、防御の力も兼ね備えている。

 妖怪としての能力もそうだけど、極め抜かれた仙術と妖術は圧倒的に強い上に、それを最高の形で織り交ぜて戦う。

 この中に将来的に強い魔力が加われば恐ろしいな……ともかく今の俺ではこの状態で勝てる気がしないな。

 

『認めたくはないですが、黒歌さんは禁手で相手をするべき相手ですね。あの力量、ずっと妹を守ってきた力です』

『守る力ほど強いものはない、か……まるで相棒だな』

 

 この二人が認めるほどか。

 

「オーバーヒートモード、解除」

 

 俺は魔力の過剰供給を止めて、強制的な身体能力の上昇を打ち止めにする。

 高々上級悪魔の力では黒歌には勝てない。

 ここは―――

 

「ドライグ、行くぜ―――禁手化(バランス・ブレイク)

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺は籠手を禁手化し、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏った。

 力は増し、更にオーラが勝手に噴出する。

 ……これがオーフィスが風呂の中で言っていた俺の変化か。

 

「……イッセーの鎧のオーラがまた強くなってるにゃん」

「そりゃどうも―――こっちも本気だ、黒歌」

 

 俺は姿勢を低くして、一気に動き出すモーションを取る。

 その瞬間、俺の鎧から倍増の音声が鳴り響いた!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

 

 俺の力は次々に倍増し、そして俺は背中の噴射口からオーラを噴出させて一気に黒歌との距離を縮めた。

 黒歌はそれに気付いて防御陣を幾重にも作るが、恐らく強度に回す力が足りない。

 俺はそれを素直に拳で打ち砕き、更に鎧の速度を活用して神速で動いて黒歌の背後に立って拳を放つ。

 

「―――降参にゃん。流石の黒歌ちゃんも真正面から力で押されたら無理にゃん」

 

 俺は黒歌の言葉を聞いて拳を寸止めし、そのまま鎧を解いた。

 

「ふぅ……頑張ったけど、通常のイッセーを圧倒するのが今の限界にゃん……っていうか通常で上級悪魔クラスっていうのが反則よね」

「そりゃあ修行しているからな。お前の王様にならないといけないんだから」

 

 俺はその場に座り込む黒歌の頭を撫でてそう言うと、黒歌は少し微笑した。

 

「神器なしで上級悪魔、神器を使えば最上級悪魔と同等かそれ以上にゃん。全く、すごい王様を持ったものにゃん……まあイッセーの努力は昔から知ってたけどねぇ」

「そっか」

 

 黒歌は修行で疲れた俺をいつも仙術で癒してくれていたらしいからな。

 

「……実は私、イッセーが特別な力を持っていることに気付いていたにゃん」

 

 すると黒歌は唐突にそう言ってきた。

 

「そうなのか?」

「うん……まさか神滅具なんてものとは思わなかったけどね。でも持っていたからこそ、私はイッセーの存在を悪魔に知られたくなかったにゃん」

「俺の力を知れば……悪魔が俺の力を欲すると思ったからか?」

「うん……それにガルブルト・マモンは最上級悪魔だったにゃん。まだ小さな子供だったイッセーに関わらせたくなかった」

 

 ……黒歌は俺と白音との平穏な毎日を望んでいたからな。

 

「……守って、私と白音を。私も白音とイッセーを守るから」

「約束する」

 

 俺はすぐさま断言した……何度も俺が言っている言葉だ。

 守る、約束する。

 その言葉を今まで俺は何度も言ってきた。

 だからこそ今回もきっと―――

 

「さて、しんみりは無しにゃん♪キャラじゃないし……それよりも私はどの駒が良いかな~」

「駒の役割か……」

 

 俺は少し考えることにした。

 今の戦闘を考えるに、黒歌は結構幅広い可能性を持っていると思う。

 術関連に特化していると思えば、それを応用して接近戦も可能。

 つまり「僧侶」と「戦車」のどちらでもいける……となると当然「女王」との相性もいいはずだ。

 除外すべきは「騎士」と「兵士」か……あれは完全に接近戦の類だからな。

 それに黒歌には「騎士」も「兵士」も似合わない。

 

「俺的には僧侶、かな?妖術とか仙術とかに精通しているし、将来的には魔術関連も可能になるとしたら一番適切なのは僧侶か。ただ、その僧侶の駒価値は『兵士』三つ分……確実に足りないな」

 

 俺はそう嘆息した……「女王」は「兵士」9個分の駒価値だからな。

 それに「女王」の駒はもっとオールラウンダータイプに与えたい駒だから……うん、「僧侶」だ。

 戦車は黒歌の価値に見合うか分からないからな。

 

「まあ駒は二つ使えば大丈夫だろうから……変異の駒なら良いけどな」

「将来的に見据えれば良いと思うにゃん♪」

 

 黒歌は俺にタオルを渡して、そして腕にくっついてくる。

 ……無心だ。

 俺の腕に広がる感触はただのクッション、それ以上のそれ以下の何者でもない。

 俺は心にそう刻み込んだ。

 

「反応してる、反応してる♪イッセーってそう言う感情が無いようで実はかなり過剰だよねぇ……あれ、理性が鋼鉄みたいな感じにゃん。普通の男ならこんなことされたら押し倒すくらいはすると思うけどね~」

「俺は今後もその鋼鉄を硬くし続けるよ……うん、俺の理性は誰にも壊せない!」

「じゃあ今壊してあげるにゃん!!」

 

 黒歌は俺にそう言いつつ、色々とヤバいことをするのであった―――貞操は守ったが。

 

 ―・・・

 黒歌を引き離し、俺は飲み物を飲むためにリビングに来ていた。

 既に時刻は1時くらい。

 黒歌は先に部屋に戻り、俺はリビングに誰もいないと思っていたんだけど……リビングには明かりが灯っていた。

 俺は静かにリビングに顔を覗かせると、そこにはソファーに座る母さんの姿があった。

 

「母さん?」

「イッセーちゃん。まだ起きてたんだね」

 

 母さんは俺の存在に気づき、すぐにソファーから降りて冷蔵庫の方に行き、そしてグラスにお茶を注いで俺に渡してきた。

 

「はい、これでしょ?」

「ああ。ありがと、母さん」

 

 ……母さんは昔から心を読んでいるかの如く俺の行動を当ててくる。

 実際に当てているわけではないけど、親が成せる業かそんなもんか。

 

「でもいつもきっちり早い時間に寝る母さんが珍しいな。どうしたんだ?眠れないの?」

「うん。ちょっと目が冴えちゃって……イッセーちゃん。お母さんが眠くなるまでお話に付き合ってくれない?」

 

 俺は母さんのお願いに頷き、ソファーに座った。

 母さんは俺の隣に座って、俺と母さんは色々と話した。

 学校の事、友達の事、夏休みの話せる事……色々と日常的な会話をした。

 母さんとの会話をする機会が最近はなかったからな……この機会って感じで色々と話している。

 

「松田君と元浜君は相変わらずだよね~……でもイッセーちゃんとだからバランスが良いと思うけど」

「それならあいつらにはもっと行動を自制してほしいけど」

 

 ちなみに今の話題は我が悪友、松田と元浜だった。

 あいつらの軽はずみな行動を愚痴っているだけなんだけどな。

 だけど母さんはそれを全部聞いてくれて、助言をくれたりする。

 たまに俺も母さんの愚痴を聞いたり話を聞いたり……そうしていると既に時間は2時を超えていた。

 母さんも流石に眠くなって来たのか、時折目元を拭っては眠気を隠そうとしているのは明確だった。

 

「眠かったら寝たらいいじゃないか?母さん」

「えぇ~……イッセーちゃんとお話しする機会が中々ないんだもの。ここで話さなければ兵藤まどかの名が泣くわ!!」

 

 母さんはエッヘン!、っと胸を張って満足げな表情をする……そこで俺は少し思った。

 母さんは、本当にこの状況を可笑しいとは思っていないんだろうか。

 突然部長のお母様と会って俺の夏休みの一件を承諾するとか、そもそもこの家に他の皆を住まわせること許可するとか。

 母さんは特に術に掛けられているわけではない。

 でも母さんは突如大きくなった家とか様々なことを許容している……もしかしたらそういうことを素直に受け入れるような何かを受けているかもしれないけど。

 

「―――大丈夫だよ」

「え?」

 

 母さんは見据えたような表情で俺の頬に触れていた。

 優しく、包み込むような―――アーシアが母さんに憧れてるのはこういうところなんだろうな。

 

「お母さんはイッセーちゃんの味方だよ。ずっと、何があっても……親が子供をしっかりと見るのは当然だもの。だから……気にしなくて良いよ」

「母さん?一体何を―――」

「じゃあお休みなさい、イッセーちゃん!!」

 

 母さんはそう言うと、俺から離れて自分の部屋に行ってしまう。

 俺は母さんの言葉の意味も、何も分からずただその時、呆然と立ち尽くしただけだった。

 

『……彼女はまさか―――いえ、そんなはずは……』

 

 ただ俺の心にフェルの疑心な声音が響いたのだった。

 

 ―・・・

『Side:アーシア・アルジェント』

 私、アーシア・アルジェントは今の生活が大好きです。

 毎日イッセーさんと一緒に居れて、話せて、たくさんの大切なお友達が出来ました。

 昔の私が今の私を見たら驚くと思います。

 誰かに囲まれて、笑顔で居られることを。

 ……だからこそ、私に居場所をくれたイッセーさんが私は大好きです。

 イッセーさんの笑顔、優しさ……誰かのために怒ることも、時には叱ってくれるところも、頭を撫でてくれるところも―――たまに寂しい顔をすることも。

 私は夏休み最後の北欧旅行でリヴァイセさんにたくさんのことを教えてもらいました。

 イッセーさんの強さ、弱さ……誰かのために涙を流し、自分を責める。

 たくさんのことを教えていただいて、力の意味も教えてもらい、色々と考えました。

 だからこそ、私はイッセーさんに本当の意味で笑ってもらいたい。

 ―――白龍皇のヴァーリさんが現れてから少し経った夜中、イッセーさんは嫌な夢を見るようにうなされていました。

 それが何の夢かはわかりません……イッセーさんは少し経って起きて、そして涙を流していました。

 その時の涙、悲しい表情を私は朧げな意識でしたが、今でも良く覚えています。

 何で泣いていたのかはわかりません……だけどイッセーさんは、今なお何かと戦い続けているような気がします。

 時たまに見せる寂しそうな表情、そんなイッセーさんの隣に立ちたい。

 ……私のささやかな願いです。

 大好きだから、他の何とも比較できないほどにイッセーさんのことが大好きだから。

 私はまどかさんをこの世で一番尊敬しています。

 だってまどかさんが一番、イッセーさんを理解している人だから……一番イッセーさんを愛している人だから。

 嫉妬以上に、尊敬しました。

 例えそれが親が子供に向けるものであろうと、私はそれほどの想いを向けるまどかさんが大好きです。

 ―――イッセーさんの特別になりたい。

 桐生さんが私に教えてくれるような関係になりたい。

 イッセーさんと一生一緒に居て欲しい……これは私の我が儘なのでしょうか。

 イッセーさんは魅力的な人です。

 皆が彼のことが大好きで、色々な人に認められて……ライバルのヴァーリさんにも認められる。

 そんな私がイッセーさんの隣に立つことが許されるのかと考えたこともありました。

 ……だけど、リヴァイセさんは私に教えてくれました。

 ―――誰かの隣に立つのに、資格は要らない。本当に必要なものは、それはその者をしっかりと理解し、そして自分の想いも理解できているかどうか、と。

 だからこそ私はイッセーさんの強さも弱さも、綺麗な部分も醜い部分も……何もかも好きになりたい。

 イッセーさんが間違っていたらそれを正して、私が間違っていたらイッセーさんに正してもらいたい。

 ……イッセーさんの一番になりたい。

 それが難しいことは分かっています。

 イッセーさんの周りには私に負けないくらいの想いを向けている魅力的な人達がいます。

 だけどまどかさんはそんな私にこうも言ってくれました。

 ……アーシアちゃんは魅力的な女の子。だから他に負けるなんてことはないよ。

 その言葉に私はついこの人には敵わないと思ってしまいました。

 私が尊敬するまどかさんやリヴァイセさんは誰よりもイッセーさんという存在を理解して、そして愛している。

 それが私が抱く行為とはまた違うものでも、でも決して決定的な違いがあるものじゃない。

 私はそう思います。

 朝になって私はイッセーさんの隣でいつものように何とかついて行こうと走っています。

 イッセーさんは私のスピードに合わせてくれていて、私は思いました。

 合わせるんじゃなくて、私が追いつきたい。

 走るという意味ではなくて、もっと別の意味で。

 私は少しだけ速度を上げました。

 イッセーさんは驚いたような表情で私を見て、そして笑顔を見せてくれる。

 ……離れたくないです。

 こんなにも大好きになってしまった人と……離れたくない。

 私、アーシア・アルジェントに生まれた何が何でも叶えたい夢、願望。

 今までここまでの感情に動かされたことはありませんでした。

 ディオドラさんを治療して、そして魔女と言われ教会を追放された時は悲しかったですが、どこか達観した思いもありました。

 仕方ない、こうなってしまったの自分の行いのせいだ。

 そんな風に考えて全てを諦め、そして日本に来てイッセーさんに出会い、そして救われた。

 居場所をくれて、私に大切な存在と、絶対に何があっても守ると言ってくれました。

 私の幸せはイッセーさんから始まったんです。

 だからこそ、私は永遠にイッセーさんと幸せで居たい。

 大切な人達と笑顔で居たい―――居て欲しい。

 ……そんな中で、本当の笑顔で居ないイッセーさんを私が笑顔にしてあげたい。

 違いますね―――一緒に笑顔で居たい。

 だから私はディオドラさんに近づきたくないです。

 生まれて初めて私は誰かに憎しみ、怒りという感情を抱きました。

 ディオドラさんがイッセーさんのことを醜いドラゴンと言った時は、つい手が出ました。

 怒りに任せて、普段は言わないような言葉を言ってしまいました。

 だけど……だけど私は一切の後悔はありません。

 あそこで言わなかったら、自分を責めていたと思うから……殴らなかったら、イッセーさんが醜いと肯定すると思ったから。

 だから私は初めて言います。

 ―――私は、ディオドラさんが……大嫌いです。

 良く好きの反対は無関心と言いますが、私はそうは思いません。

 大好きの反対は大嫌いだと思います。

 ……大好きな人を傷つける人は、大嫌いだから。

 だから私はどう思われようが、嫌な目で見られようが……イッセーさんが大好きで、ディオドラさんは大嫌いです。

 もうすぐイッセーさんと私の二人の時間は終わります。

 日課のランニングは終わって、また騒がしいけど楽しい日常が始まります。

 だからこそ―――

 

「イッセーさん」

「ん?どうした、アーシア」

 

 私はイッセーさんに声をかけると、イッセーさんは何の戸惑いもなく私に笑顔を向けてくれました。

 そんなイッセーさんに私は

 

「―――イッセーさんのことが、私は大好きです!!」

 

 ……何度目かも分からない、自分の本心をイッセーさんに言いました。



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第5話 ヒーローはお兄ちゃん?

 真っ暗闇の中、俺は神経を研ぎ澄ましていた。

 呼吸を規則正しく行い、目を閉じて暗闇の世界でほぼ無心でいる。

 手には以前の修行の後で夜刀さんに貰った刀身なき刀、”無刀”……未だに一度も使った試しはないけど、夜刀さんはこの刀が自分の傑作の刀って言っていたからな。

 っというわけで俺は今、家の地下にあるトレーニングルームで精神統一と刀の力を試していたりする。

 ……わけだけど、どうにも力が上手く発動しないんだよ。

 振るって何かが切れるわけじゃなく、特に何か超常現象を起こすわけでもない。

 ただ刀身の無い刀があるだけだ。

 

「さて、これはいったい何なんだろうな」

 

 本日は休日。

 朝の日課をアーシアと共に終え、俺はこうして軽く鍛錬をしている最中だったりする。

 後でアーシアや眷属の神器持ちが集合するらしく、本日は神器鍛錬の日ということになっている。

 っというのも、俺は日によって鍛錬の内容を色々と変えているんだ。

 例えば休日なんかの暇なときは神器関連、平日は短い時間で質の良い結果を生む実践。

 時には神器を使わずに祐斗とバトルしたり、聖剣の可能性を確かめる、仲間同士の連携の練習……などなど。

 連携は主に俺は小猫ちゃんとギャスパーのチームの連携をとっているんだ。

 以前のゲームではこのパーティーはかなり安定した力を誇っていたし、それに未だに不完全なギャスパーの面倒や、力にブレのある小猫ちゃんを黒歌と一緒に支える……っていう後輩組の面倒は俺が最近は見ている。

 後輩共曰く、俺は面倒見が良いから頼りたくなるらしい。

 ……とにかく、今は一人で無刀の力を試しているんだ。

 

「夜刀さんの傑作なんだから凄い刀とは思うんだけど……どう思う?」

『そうですね……夜刀の事ですから、主様にただの刀を与えるとは思いません。それに刀身のない刀が主様には合っている、ということを考えると……』

『誰も傷つけない刀、ということになるな』

 

 だけどそれじゃあ矛盾しているよな。

 刀は誰かと戦うための武器だ。

 それを誰も傷つけないための刀なんて矛盾している。

 

「つっても、今の状態じゃあ何も進まないな。さっきから色々試してはいるけど……ものは試しだ」

 

 俺は籠手を出現させ、手の平に小さな赤い球体を浮かべる。

 俺の魔力の才能は半分以上は魔力弾に対する能力付与に注いでいる。

 だから魔力弾が拡散したり、膨大したり、貫通したりと言った様々な能力を得られるんだ。

 自分の頭で魔力弾のプロセスを思考し、それを実行するから力以上に頭を使う技ではあるけど。

 

「―――なるほど、無刀ってのはそういう事か」

 

 ……俺は赤い球体と無刀が共鳴を起こしているのを見て、納得した。

 俺の出した赤い魔力による球体……今はシンプルな断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)と名付ける俺のもっとも良く使う魔力弾の一つ。

 単に破壊力と滅却力が上がっている、どちらかと言えば部長の魔力に近い性質を持つ魔力弾だ。

 流石にあのレベルの再現は出来ないけどな。

 ……無刀にその魔力弾の球体は入っていく。

 そして再び訪れる静寂、その少し経った瞬間に無刀からはあり得ないほどの赤いオーラを噴出させて、本来は刀身があるはずの部分から丁度良い長さの赤い刀身が現れた。

 それは辺りに激しく炎のようなオーラを巻き散らかせていて、その質は恐らくは……断罪の龍弾。

 つまりこの無刀とは

 

「俺の魔力弾を吸収し、その性質をこの刀に一時的に付与し、オーラによる刀身を生む、か」

 

 俺は一振り無刀を振ると、その刀身から波動のように斬撃が飛ぶ。

 それを俺は壁に衝突する直前で消した。

 ……この刀はかなり凄まじいレベルの物かもしれない。

 

『自身の魔力と性質を刀に付与し、そこから莫大な刀身を生む刀。無刀とはそういう意味ですね。何もないという無から刃を生み、刀にする。だから無刀』

「ああ―――無刀・断罪の刃ってところか?」

 

 俺は適当に今の力をそう略称した。

 そう考えるとこの無刀は結構な戦力になる。

 神器なしでも相当な戦闘も出来るだろうし、これで神器以外の武器もそろってきたな。

 ―――魔力弾に対する能力付加という性質変化、今までにはない状態となった聖剣アスカロン、過剰魔力供給によるオーバーヒートモード、そしてこの無刀。

 俺の目標は神器なしで最上級悪魔と渡り合うかそれ以上だ。

 色々と力を伸ばす可能性はあるはずだから、後はどれだけ努力して、ひたすら突っ走るかだな。

 俺はひとまず無刀を腰の辺りに帯刀し、そしてトレーニングルームの脇にある休憩スペースで軽く水分を取った。

 朝起きて日課を済ませてから数時間、ここで自主トレーニングをしてたからな。

 流石に気疲れくらいはする。

 

『それにしても相棒。今更だが最近は特に力に対する探究心が高まったようだが、やはりアーシア・アルジェントの一件が原因か?』

「……まあ、最大の理由はそれだ。でもそれだけじゃない。そもそも俺が一度、殺されて悪魔になったのは神器の不調によるもの。しかも全部自分の責任だ―――神器なしでも戦える、それは俺にとっては必須な事柄なんだよ」

 

 いつ何時、神器が封じられるかも分からない。

 もし仮に神器なしで戦うときが来るのなら、それに用心しすぎることは絶対にないからな。

 っと、そろそろ神器組が来る頃だな。

 神器組で今回の鍛錬に参加するのはアーシア、ギャスパー、祐斗。

 それとゼノヴィアが追加で参加するそうだ。

 ゼノヴィアは祐斗と剣戟での修行が目的らしい。

 ……数分後、俺の元にメンバーが揃うのだった。

 

 ―・・・

「行くぞ、木場!!」

「望むところだ、ゼノヴィア!!」

 

 現在、神器組の鍛錬が開始して既に1時間ほど経過していた。

 ギャスパーは今まで通りの神器の扱いに慣れるためのアザゼル仕込みの修行内容。

 連続で掃射される柔らかいソフトボールの中にごく稀に含まれる強烈な爆発玉を見分け、停止させるという集中力と適応力を含ませる修行をしている。

 祐斗とゼノヴィアは見ての通り、激しい剣戟。

 アーシアは俺からアーシアの神器に関してのレクチャーを受けていた……と言いつつ、俺は恥ずかしくてアーシアの顔を直視できない。

 ……理由は簡単で、今日の朝にアーシアから満面の笑みで「大好き」って言われたからだ。

 何度も言われてはいるけど、今までのものとは重みが違ったというか……アーシアの気持ちが俺の胸に届いた。

 嘘偽りのない純粋な言葉に俺は未だにドギマギしているんだ。

 ……集中、集中。

 ここは悟られないように、冷静かつクールに行かないと。

 最近アーシアに一本取られることも珍しくないからな。

 

「じゃあアーシア。アーシアの神器は完全なるサポートタイプのもの。その回復力はおそらく現存するどんな神器よりも高い。これは確実だ」

「はい!」

 

 アーシアから心地よい言葉が響く。

 さっきからニコニコと俺の考察を聞いているみたいだけど……何がそんなに楽しいんだろう。

 とにかく続ける。

 

「現在のアーシアは十全に神器を使いこなせてる。体力面も問題ないし、あとはメンタル面も問題はないはずだ。つまりある意味では今のアーシアの聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)は完成している―――アーシアに足りないものは何だと思う?」

「えっと……自分では戦えないところ、でしょうか」

「ああ。基本的なアーシアの性格上、誰かを癒しはするけど傷つけは出来ない。故に神器とは相性抜群だ。なら少なくともアーシアは自分の身は自分で最低限守れるようになれば更なる進化が出来る―――戦うんじゃなく、自分を守ることならアーシアも出来るはずだ」

 

 アーシアは俺の言葉を手元にあるメモ帳に書きながら納得していく。

 ここまでは神器というよりアーシアの可能性の話だ。

 

「神器には禁手っていう奥の手がある。例えば俺の『赤龍帝の籠手』は『赤龍帝の鎧』、祐斗の『魔剣創造』は『双覇の聖魔剣』っていった様にな。だけど前者と後者とでは別物だ……何か分かるか?」

「えっと……木場さんの神器の禁手は普通じゃない、ですか?」

「そう。祐斗の聖魔剣は従来の魔剣創造とはかけ離れた進化をした。これは亜種の禁手って言われる。つまり神器は持ち主によれば従来の禁手とは違う進化が可能なんだ。これは俺やアーシアにも可能性はある」

「……私もイッセーさんと一緒に戦えるってことですか?」

「ああ。アーシアの『聖母の微笑み』の禁手はおそらく、今の状態とは余りかけ離れることはない。大体は今の力の大幅な上昇に加え、新たな能力が加わるくらいだ―――アーシアは恐らく、このまま行けば従来の禁手とは違う方向に進化するよ」

 

 ……アーシアは元々は聖女で、そこから悪魔になって以降、様々なことを経験している。

 色々な人とあって、たくさんの事が劇的に変化しているだろう。

 母さんやリヴァイセさんとの出会いもそれの一つ。

 様々な劇的な事が繰り返され、そして決め手となる想いが爆発したとき、神器は禁手に至る。

 その決め手は知らないけどな。

 

「とりあえずアーシアの強みは通常よりも高い魔力の才能、あとは魔法関連による自身の防御とかだな。神器の安定はもう問題ない。これからはそれをどうにかすれば更に強くなれるはずだ」

「魔法や魔術、ですか……頑張ってみます!」

「良い返事だ―――向こうもそろそろ終わる頃か」

 

 俺はそう呟きながらボールを連続掃射されているギャスパーを見た。

 ギャスパーの眼光は赤く光り、そして俺はそのボールを見る。

 20球近く撃たれるボールの中に7球ほど爆発弾が紛れており、ギャスパーはその球をきっちり7球とも停止させ、更に小さなコウモリに変化してその球を無力化した。

 ……成長しているな。

 

「お疲れ、ギャスパー」

 

 俺はジャージ姿で床にぺたんと座り込むギャスパーの方に歩いていき、タオルとドリンクを渡した。

 ギャスパーは今のが堪えたのか、肩で息をして俺の方を上目遣いで見ている。

 

「先輩、出来ました!もっともっと強くなるですぅ!!」

「おう、意気込みは十分だ。あの速度の球を7球も見極めれるなら今後のゲームにも制限なしで参加できるはずだ」

「はい!次はもっと皆さんのために戦いたいです!」

 

 ギャスパーは満面の笑みでそう言うと、俺の首筋を軽く触ってくる……まさかこいつ、ここで?

 

「その……血を吸っても、良いですか?さっきからその……イッセー先輩から直接吸いたくて……」

「………………………………………………………………ゼノヴィアに殺されるから後でな?」

 

 俺は遠い目をしながらアーシアの厳しい目線に耐えると、祐斗とゼノヴィアの方に目線を向けた。

 ゼノヴィアはデュランダルを出来る限りオーラを抑えるように祐斗と剣戟しており、当の祐斗は聖魔剣を二本構えて対抗している。

 祐斗の聖魔剣はおそらく耐久重視の聖魔剣。

 あのデュランダルと打ち合えるのはそれが理由だ。

 

「やるね、ゼノヴィア―――聖と魔、二つの聖魔によって形を成す」

 

 すると祐斗の手元の剣が消失し、更に聖なるオーラと魔のオーラが祐斗の手に集中する。

 それはすぐに剣の形になって行き、そして完全に剣となった。

 

「ソード・バース―――行こう、聖魔剣・エールカリバー」

 

 祐斗の呟きでその聖魔剣―――エールカリバーは激しいオーラを放つ。

 

「それはエクスカリバー・フェイクじゃないのか?」

「元々の名前はそうだけど、今は違うさ―――この剣には僕の仲間の想いが、応援をしてくれる優しい想いが詰まっている…………だからこれは偽物なんかじゃない」

「エールカリバー……良い名前だな、木場」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを構え、好戦的な目つきとなる。

 

「そう、これはエールカリバー。僕の新しい力で、そして―――想いだよ」

 

 祐斗とゼノヴィアは同時に動き出す。

 祐斗は耐久タイプの聖魔剣を捨て、そしてエールカリバーでゼノヴィアと交戦。

 二人の騎士の速度と速度がぶつかり合った。

 

真・天閃(エール・ラピッドリィ)!!」

「くっ!更に速度が上がるようだね、木場!」

 

 祐斗はエールカリバーの天閃の力により、速度が底上げされる―――だけどあの速度、あの剣の性能は完全にエクスカリバー・フェイクを大幅に上回っている。

 祐斗は北欧旅行で自分の仲間たちと再会し、ようやく新しい一歩を進み始めた。

 エールカリバーの名前を変えたのも、その現れだ。

 ……未だなお進化を続けるな。

 俺もウカウカしては居れない。

 

「だが木場、変わっているのはお前だけじゃない―――デュランダル!!」

 

 するとゼノヴィアは光のオーラをデュランダルから放つ。

 そのオーラはまるで爆発したかのように放たれ、そしてその光はゼノヴィアの手元で球体となって―――って!?

 

「デュランダルは暴君だ。力を制御しようものならすぐさま爆発的なオーラでそれを拒否し、逆に垂れ流しにすれば余り強さはない。だから私はそのオーラをギリギリまで溜めて、それを放出して大きな塊のオーラにしてみたわけだ」

「……えっと、うん。それは分かるよ。だけどね?悪魔にとって聖なる物は命取り―――」

「分かっているよ」

 

 ゼノヴィアは満面の笑みでそう言うが、実際には全く笑っていない。

 オーラはすごい殺気を覆ったままゼノヴィアの思うが儘に彼女の上空を回っており、祐斗は冷や汗を掻いていた。

 

「流石の私もお前の発言には頭を悩ませたよ―――お前を今、断罪してやる。私は惚れた男を男に取られるような趣味はないんでな!!」

「でもそれは洒落にならないと思うんだけど!?」

 

 すると祐斗はすぐさまゼノヴィアから距離を取る。

 ……なんでだろう、今のゼノヴィアは凄まじく頼りに思える!

 思えばゼノヴィアはいつも俺を困らせてばかりだったのに、最近はすごく良いじゃないか!

 あの時の執事服も似合ってて可愛かったし!

 

「私はデュランダルを支配するのではなく、協力してもらうことにしたよ。何故かは知らないが、もう他人のように思えなくてね―――喰らえ、私たちの敵!!」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを大きく振りかぶり、そして

 

聖斬剣の天照(デュランダル・シャインダウン)!!」

 

 その光の球体は祐斗を襲うのだった。

 

 ―・・・

「あ、あ、あ、あは、あははは…………流石の僕も死を覚悟したよ……そうか、僕が目指す道とは茨なのか……」

 

 祐斗は半分壊れた状態で半笑いしながらエレベーターに乗って上へと来ていた。

 ゼノヴィアはやり切ったようにツヤツヤしている―――一応、死なせないための考慮はしていたらしく、祐斗はあの上空からの聖なるオーラの落雷の衝撃波だけで済んだ。

 体に傷はないもののジャージはひどい有様だ。

 とはいえ助けは出す気になれない―――学校でのあの仕打ちに比べたら。

 おかげでまた変な噂に信憑性が付いたからな。

 でもあのゼノヴィアの新技、相当なポテンシャルだ。

 広範囲における落雷のような聖なるオーラの放射。

 しっかりと操作も出来るみたいだし。

 しかもデュランダルを今まで以上に扱えていた……俺のアスカロンと同じような現象が起こっているのかな?

 とにかく、俺たちのレベルは日に日に上がっているわけだ。

 

「さて、じゃあそろそろ昼飯にでもしようか」

 

 今日は母さんや他の眷属はそれぞれ用事があるって言っていたから今家には誰も居ない。

 だからこうして暴れていたわけだ。

 にしても昼か……みんな修行で疲れているみたいだし、久しぶりに俺が作るか。

 俺はリビングに入り、特に模様のないシンプルなエプロンをつけて台所に行き、冷蔵庫の中身を確かめる。

 普段は母さんは俺をキッチンに入れないせいか、俺はあまり料理をする方じゃないんだけどな。

 一応、ある程度は出来る。

 兵藤一誠になる前は一人暮らしだったからな。

 親が小さい頃に死んだ俺はミリーシェのところに一時的に預けられて、ある程度自立できるようになってからは一人暮らしだった。

 母さんや部長、アーシアや朱乃さんほど上手には出来ないけどな。

 

「ふむ……エプロン姿のイッセーか。これは中々レアだな」

「あうぅぅ!凛々しいです!イッセー先輩!!」

 

 何故か関心するゼノヴィア&ギャスパー。

 っていうかこの二人は意外と良いコンビだな。

 結構二人で行動するのも多いし、結構強い信頼関係なのかもしれない。

 っと適当な雑談を踏まえて俺は手ごろな料理を作る。

 材料は余りなかったから手軽に簡単オムライスにして、それを人数分作って皿に並べた。

 大体30分くらいか?

 もう12時は過ぎている。

 

「そう言えば小猫ちゃんと黒歌、オーフィスは買い物行ってるけど朱乃さんとイリナはどこ行ったんだ?」

「えっと……朱乃さんは確か女を磨きますって言ってまどかさんに付いて行ったんですが」

 

 俺の問いにアーシアは答えてくれる。

 ……もしかしてイリナは

 

「あいつ、まだ寝てんのか?」

「起きてるわよぉぉぉ!!!」

 

 おっと!?

 突如俺の後ろから音声が響くと思うと、そこには寝間着に翼を生やしたイリナが居た。

 若干涙目でちょっと怒った顔をしているけど……

 

「ど、どうした?」

「私、悲しいわ!イッセー君が起こしに来てくれると思ってウキウキしながらベッドで寝たふりしてたのにどれだけ待っても起こしてくれないんだもの!幼馴染を起こすのって重要なイベントじゃないの!?」

「そ、それは女の子が男の子を起こすものじゃないかと……」

 

 ギャスパーは恐る恐るそう言うが……

 

「知ってるわよぉぉ!!でもイッセー君起きるの早いんだもん!!5時半起床で6時からアーシアさんと二人ランニングって何よぉぉぉ!」

「どう、どう……ほら、イリナのためにオムライス作ったから」

「ホント?嘘、イッセー君って料理も出来るの!?………………ってちっがぁぁぁうぅぅぅ!!」

 

 イリナのノリツッコミが炸裂するも、それを見ている他の皆は苦笑いしている。

 ……はぁ、仕方ないか。

 イリナに気にかけてなかった俺も悪いし、それにイリナの分のオムライスがないからな。

 俺は冷蔵庫の中身を見ると―――

 

「やべ、卵がねぇ」

 

 ……結果論、俺はチキンライスを食べることになりました。

 あと余った鳥で即席焼き鳥を作ってイリナをあやした上にデザートまで作るという面倒なお昼となったのだった。

 ―――20分後

 

「今戻ったわ。色々と話さないといけないことがあるから、先にご飯を作るわ…………え、イッセーの手料理を食べているの!?ズルいわ、皆!!」

 

 帰ってきた部長に事態の説明をし、二度手間を食ったのだった。

 

 ―・・・

 現在、俺たちはきっちり駒王学園の制服を身に纏って冥界に来ていた。

 理由は単純明快、先日、部長からある事を聞かされたからだ。

 それは―――冥界のテレビ出演のオファーだった。

 何でも若手悪魔の特集をするらしく、それで各若手悪魔がほぼ全てオファーを出され、俺たちもそれに参加するべくここに来ている。

 ということで冥界のテレビ局の待合室で待っている俺たちなんだけど……ギャスパーは大丈夫だろうか。

 最近ではかなり度胸がついてきて学校に行くのも何とか出来てるし、眷属間では遠慮もなくなっては来ている。

 だけど流石に冥界全土に放送されるテレビに出演するからな。

 俺はそっとギャスパーを見てみると……

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ―――人はもの、とるに足らない置物、置物、置物……よし!」

「…………前々から思ってたけど、アザゼルにどんな修行を課せられたんだよ、お前」

 

 俺は軽くギャスパーの後頭部をチョップして嘆息する。

 どうやら考え過ぎだったようで、ギャスパーも方法はどうであれ成長しているということにしておくか。

 俺は気分転換に待合室に置いてある一つの雑誌を手に取ると……

 

「おお、部長の特集されてるな。リアス・グレモリー姫特集か……やっぱり冥界でも人気があるんだなぁ……」

 

 俺は興味深く雑誌のページを捲っていく。

 その中にはレーティングゲームのことが載ってあったり、かなり面白い内容だった。

 レーティングゲームの上位ランキング陣の情報とかも載っている。

 そして俺は真ん中のページまで来た時、衝撃を受けた。

 

「―――え?なんで俺が鎧姿で写っているの?え?」

 

 俺はそのページを開けたまま雑誌を地面に落とす。

 俺の異変に気付いた眷属の皆は一斉にそのページを見る―――そこには、一面全て俺が赤龍帝の鎧と白銀龍帝の双龍腕を装備した状態で写ったいた。

 しかも器用にマスクを取っ払っていた終盤戦の画像で、更にそこには俺があの時言ったセリフが事細かに書かれている。

 記事には『今、子供に爆発的な知名度を挙げるリアス・グレモリーの兵士!!赤龍帝兵藤一誠に迫るッ!!』と書かれているが―――一切迫られてねぇよ!!

 なにさらっと嘘を付いているんだよ!!

 

「……まさかイッセーの特集が既にしているは思っていなかったわ―――ん?情報提供者、ティアマットって隅に小さく書かれているわよ?」

「―――あんのバカヤロォォォォ!!」

 

 俺はそう叫ぶのだった。

 叫んだら幾分か冷静になったな……とりあえず読んでみようか。

 

「……あまりイッセー先輩の良い所を書けていません。私ならもっと先輩の良い所を書ける自信があります」

「僕も小猫ちゃんの意見に賛成かな?ちょっとこれはお粗末だね―――処分しよう」

「あらあら、私の意見と合いましたね……そんな出来損ない、燃やした方が良いですわ」

 

 小猫ちゃん、祐斗、朱乃さんの意見が同調されて小猫ちゃんが空中に本を投げ、祐斗が切り刻み、朱乃さんが燃やす―――って

 

「勝手に捨てたらダメでしょ!?」

「大丈夫よ、イッセー。雑誌の一つや二つ、そんなことでは怒られないわ―――むしろこんな未完成なものを載せる記者が悪いの」

「イッセーさんの魅力をしっかりと書いていないなんてダメだと思います」

 

 アーシアの顔だけ笑顔も怖いことで、皆この記事に少し怒っているようだった。

 ……そんなに俺のことをしっかりと書けていないのが駄目なのか?

 っていうかティアが情報提供者な時点でまともな情報が行かないと思うんだけど。

 

「とにかくそろそろ時間だわ。行きましょうか」

 

 部長は慣れている様子でそう言うと、ソファーから立ち上がってそのまま歩き始める。

 俺たちはそれに続いて歩いて行って、そして収録スタジオまで魔法陣でジャンプした。

 今回はサイラオーグさんや他の若手も呼ばれているらしいから、後でまた会えるかもしれないな。

 そして目的地に到着すると、俺たちの前に背がすらっと高い真面目そうなスーツを着た男性がお辞儀をしながら立っていた。

 

「お待ちしておりました、グレモリー眷属の皆様。そしてお初にお目にかかります」

「あら、丁寧なお出迎えありがとう。確かあなたは冥界第一放送の有名な……」

「ええ。不肖ながらも局アナをさせて頂いています。この度は我々のオファーをお受けいただいてありがとうございます」

 

 深々と男性は頭を下げ、そして仕切り直しという風に手元にある資料に目を通した。

 

「今回の特番は若手悪魔の方々の特集です。前回のレーティング・ゲームの視聴率は過去の若手の試合を大幅に上回る超高視聴率を叩きだしましたものです。その勝者であるグレモリー眷属の方々にはかなりの質問などをすると思いますが……」

「構わないわ。ただ……一応ギャスパーへの質問は極力抑えてもらえるかしら?この子、今は何とか安定しているけど大勢の見知らぬ人の前では……」

「承知しております。ギャスパー様には眷属に対する想いを一言二言ほど言っていただくので大丈夫です」

 

 そして次々と打ち合わせが進んでいく。

 どうやら今回は部長を中心としたインタビューで、ちょくちょく俺たちにもそれが回ってくるらしい。

 それを男性は説明するのだが……

 

「それから姫島朱乃様、木場祐斗様。このお二方にも結構質問が行くと思いますのでよろしくお願いします」

「ええ、わかりましたわ」

「はい」

 

 朱乃さんと祐斗は快く頷いた。

 でもなんでこの二人なんだ?そう思っていると、男性は俺の想いを汲み取ったのか、話しかけてきた。

 

「前回のゲームから姫島様と木場様の人気が上昇しているのです。姫島様は男性人気、木場様は女性人気――――――ところであなたはあの兵藤一誠様ですか?」

「え、ええ。そうですけど……」

「そ、その……私情でまことに申し訳ないのでございますが…………私の娘があなたの大ファンなので、サインを貰ってもよろしいでしょうか?」

「…………………………はい?」

 

 俺は男性の突然の申し出に情けない声を漏らした。

 いや、だってさ―――ファンって何?

 俺、別にアイドルとかそんなものじゃないしさ?ファンなんているはずが……

 

「この色紙にお願いできますか?ご無礼承知の上ですが、娘に泣き頼まれまして……」

「いや、別に大丈夫です!そんな申し訳なさそうにしないください!サインくらいで!!」

 

 俺は反射的に色紙とペンを受け取り、自分の名前をスラスラとそれっぽく書いてみる……うん、様にはなっているはずだ。

 それを男性は受け取るとまた深々と、さっきよりも深々と頭を下げた。

 ―――どうなっているのだろうか。

 

「失礼しました。それでですね、兵藤一誠様。あなた様には誠に申し訳ございませんがオファーが一つではないのです」

「……えっと、それは」

「実はこのテレビのオファー以外にも雑誌と極秘のオファーがありまして―――前回のゲームのことを覚えていらっしゃいますか?」

 

 すると男性は俺にそう尋ねてきた。

 前回のゲームといえば、俺は匙と戦ったり、チビドラゴンズを召喚して一緒に戦ったり、新しい力が発現したり―――……え、まさか

 

「ご察し頂けたのならば幸いです。あの時のゲームもこの冥界第一放送で放映していたのですが、あのゲームは冥界中のお茶の間に流れていまして。他人目から見ても兵藤一誠様のご活躍、言動、そして力の覚醒。どれをとっても一言、『カッコいい』というのが同意見で」

「…………結論、お願いできますか?」

「はい。実は冥界の市民層……いえ、貴族層の若い子供の世代においてあなたは今、社会現象クラスの大人気になっているのです。試しに我々で兵藤一誠を知っていますか?という質問を子供にしたところ、1000人中の全員が知っていたほどです」

 

 男性が少しウキウキしながら話してくれる。

 たぶんそれはあのゲームの後の事柄も理由なんだろうな。

 

「更にあなたの使い魔の小さなドラゴンの言動は冥界中の子供に衝撃を与えまして―――あんなお兄ちゃんが欲しい、なんてことも相まって冥界の子供から兵藤一誠様は『兄龍帝(きょうりゅうてい)・お兄ちゃんドラゴン』なんて言われているくらいで……私や娘も貴方の大ファンです」

 

 お、おぉぉぉぉ……あの時のフィーたちの全国放送はそんな現象を引き起こしていたのか!?

 兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンって……誰のネーミングだよ。

 これはあれか―――諦めて吹っ切れるしかねぇのか!?

 俺は助けを求めるべく眷属の方に視線を送ると……

 

「ふむ……惚れた男が子供に大人気。誇るべきか」

「そうですね。イッセーさんが遠くに感じますが、心はいつも近くにあります!」

「あらあら……兄龍帝。良い響きですわ―――私も彼の妹になってみたいですわ」

「主としてイッセーは誇りね。ふふ、イッセーが有名になるのは自分のことのようで嬉しいわ」

 

 ……おや?ゼノヴィア、アーシア、朱乃さん、部長は結構受け入れてるみたいだよ~?

 何故か俺よりも喜んでいるぞ!?

 

「……でもちょっと寂しいです。先輩が皆の先輩になるなんて……」

「あうぅ……イッセー先輩が有名になったら、先輩の周りに人がいっぱい集まるですぅぅぅぅ!!」

「これは子供人気だけじゃないと思うね。おそらく僕と朱乃さんと同じように男性女性人気もあるはずだ―――ライバルが増えて困るよ」

 

 くそ、後輩達はあんなだし祐斗はもう帰れよ!この野郎!!

 今の俺に無駄な視線を送るな、この野郎!!

 

『兄龍帝……お兄ちゃんドラゴン―――ついにこの次元まで到達したかッ!!流石はわが相棒……否、我が息子よ!!』

『ふふふ……可愛い息子がここまで立派になるなんて―――もう感無量とはこの事です。誇り、そう誇りなのです!!もうわたくしは主様に一生ついていきます!共にお兄ちゃんドラゴンとして冥界の子供たちに希望と夢を見せてあげましょう!そう、お兄ちゃんドラゴンなのだから!!』

 

 ドライグゥゥゥ、フェルゥゥゥ!!?お前たちの口調がもう爆発して考えれないほどお父さんとお母さんになってるぞ!?

 帰ってこい!

 普段の威厳ある二人に戻れ!!

 

『戻る必要などない!!相棒、現実を受け止めるのだ!!良いではないか、兄帝!!』

『最高にカッコいいです!!お兄ちゃんドラゴンになりましょう!!』

 

 あぁん、もうなんでそんなに賛成的なんだぁぁぁ!!?

 後々の苦労を考えたら!俺の頭が割れる!!

 もう叫ぶしかない!いや、叫ばずにはいられない!!

 

「なんでこうなったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 俺はスタジオ全域に伝わるほど大きな声で叫ぶのだった。

 

 ―・・・

「では質問を変えましょう。木場祐斗様。あなたにとって眷属とは何ですか?」

「僕の大切な、掛け替えのないものです」

 

 そんなこんなで俺の叫びとは裏腹に収録が始まる。

 俺は若干げっそりしながら椅子に座っていた。

 俺への質問は未だに飛んでおらず、今は部長中心でたまに朱乃さん、祐斗に質問が回っている。

 ギャスパーへの唯一の質問は既に終わり、ギャスパーは今は安堵しているようだけど、俺の心は安堵しない。

 ―――もう兄龍帝のことは諦めて受け入れた。

 そうしないと逆にしんどそうだから。

 俺はこの収録の途中で別スタジオで何かの収録をするらしく、たぶんもうそろそろだ。

 ってことはそろそろ俺への質問が来る頃だろう……そう考えている時だった。

 

「ところで兵藤一誠様。あなたは今、冥界の子供の間で大人気となっているのですが、貴方にとって戦いとは何ですか?」

 

 ……まさかの質問だった。

 これ、応えなきゃダメか!?

 でもここで変なことを言えば部長の顔に泥を塗るんだろうな。

 ならここは―――

 

「仲間を、困っている人を、助けを望んでいる人を、好きな人を……誰かを守ることが俺の戦いです。俺にとっての戦いというものはそんなものです。ありきたりなことだと思いますけど、俺はそれを元に戦っています」

「そうですか、誰かを守ること。ならばもし冥界の子供が脅威に晒されていたどうしますか?」

「そんなの決まってます……命を賭けてでも守ります。そのための赤龍帝ですから―――あ」

 

 つい自然と俺は答えてしまった。

 何も考えないで、普通に答えてしまった今この頃―――なんであんなことを言ったんだろう。

 ……ま、いっか!

 うん、もう平穏は諦めたから大丈夫!

 俺、強い子だから!!

 どんとこい、子供の純粋な目!!

 そう思っていると、どうやら俺にスタジオ移動のサインが来た。

 

「実に兄龍帝らしいお言葉、ありがとうございます。それではこれより前回のゲームの名シーンを抽出したダイジェストをお送りします」

 

 ここで一度、別枠で制作したシーンを流すらしく、俺はそこで別室へ移動することになったのだった。

 ちなみにその内容は一つは雑誌の小さなコラム記事の取材と、あと一つはとあることに対する収録だったのだった。

 

 ―・・・

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……疲れたぁぁぁぁぁ……主に、精神が……」

 

 俺は楽屋のソファーでぐったりしていた。

 あのダイジェストは大体20分の長さで、俺はその間にすごい速度で色々やらされてた。

 とにかく疲れた。

 

「ところでイッセー。極秘のオファーって何だったの?私も教えてもらっていないんだけれど……」

「ああ。それは放送までのお楽しみと情報漏洩を防ぐために黙っててって言われているんで、一応黙秘しておきます」

「そう?なら楽しみにしているわ」

 

 部長は俺の言葉を察してくれたのか、特に気にすることなく頷いてくれた。

 ……確かにしんどかったけど、結構楽しくもあったから俺も本放送が楽しみだ。

 ってことで楽屋でひと段落ついている俺たちだ。

 さっきの収録は皆もきついものがあったのか、結構疲れた表情をしている。

 にしても俺は子供に大人気っていうのは本当だったんだな。

 実はさっきの会場には一般悪魔もいて、例えば祐斗と朱乃さんが質問されると黄色い声援をされるように、俺の質問になった時、子供から「おにいちゃんドラゴン!!がんばってぇぇぇ!!」とか「きょーりゅーてー、へんしんして!!」などなど。

 そんな可愛い声援が届いたんだ。

 流石にあそこで禁手になるわけにはいかなかったけど。

 ともかく、意外と子供からの声援は心地の良いもので、兄龍帝には特に否定感はないな。

 最初は突然のことで驚いたが。

 ―――コンコン。

 その時、俺たちの楽屋の扉からノック音が響いた。

 部長はそのノックを了解すると、扉は開けられた。

 そこには……

 

「久しぶりだな、リアス。それとリアスの眷属」

「イッセー様はいらっしゃいますか?」

 

 貴族服を身に纏ったサイラオーグさんと金髪縦ロールで少し気合の入った服装のレイヴェルの姿があった。

 

「あら、サイラオーグとレイヴェルさん?」

 

 部長はその二人の登場に驚いていた。

 当の俺たちも驚いている。

 確かレイヴェルはお兄さんの一人がテレビ局で働いているらしく、それが理由で来てついでに俺たちに会いに来たんだろう。

 レイヴェルのお兄さんとかに関しては以前からの文通で聞いていた。

 サイラオーグさんは俺たちと同じで出演のオファーだろうな。

 

「俺は単にお前たちに労いの言葉を言いに来たんだ。とりあえずは良きゲームだった。お前たちには不利なゲームだったのにも関わらず、かなりの善戦をしていたと言っておこう」

「ありがとう。でも貴方も圧倒的だったわ―――でも、これ以降のゲームで当たることになっても油断はしないことね」

「言われなくともそうする。お前たちにそんな余裕をかましているほど俺は馬鹿ではないのでな」

 

 部長とサイラオーグさんの好戦的な視線が飛び交う中、するとレイヴェルは俺の方に近づいてきた。

 一度、上品に一礼して

 

「お久しぶりでございます、イッセー様」

「おう。前のパーティー以来か?」

「はい!あの時はお助け頂いてありがとうございますわ」

 

 なんかいつにも増して丁寧な言葉遣いだな。

 

「ふむ。先ほどここに来る途中でフェニックス家のご息女とお会いしてな。ついでだから一緒に来た」

「へぇ、そうなんだ。っとサイラオーグさんも前回のゲームお疲れ様―――おかげで俺もかなり焚きつけられたよ」

「はは。それは俺も同様だ―――お前とは小細工なしの、ただ純粋な力と力のぶつけ合いをしたいものだ。楽しみにしておくぞ、一誠。この拳、お前とぶつかり合うその時まで鍛えておこう」

 

 サイラオーグさんは拳を俺に突き出し、俺はそれに応えるように拳と拳をぶつける。

 サイラオーグさんは不敵な笑みを浮かべつつ、その場から離れる。

 

「今回はこれくらいだ。あまり長居はする気はない―――それともう少ししたらベルフェゴール家の当主がそちらにも来るはずだ。どうやら若手悪魔にあいさつ回りをしているそうだからな」

 

 サイラオーグさんはそれだけ言うと、楽屋から離れていくのだった。

 ……あの男は相変わらず、男の俺から見てもすげえ男だな。

 またその重圧は大きくなっていた。

 ―――にしても、ベルフェゴール家の、確かエリファ・ベルフェゴールって女性悪魔だっけ。

 ディザレイドさんとその妻のシェル・サタンという三大名家のサラブレッドで、その強さは現状でも女性悪魔のトップに迫る新世代のホープと聞いている。

 顔とかは未だ非公開で部長ですら知らないけど。

 ……っと、レイヴェルのことを忘れてたな。

 

「それでレイヴェルはどうしたんだ?それに手に持っているそのバケットは……」

「あ、そうでしたわ。グレモリー眷属の皆様で、よろしければケーキをお召し上がりください。確か文通でお話しした通り、私の特技はケーキ作りなのですわ」

 

 レイヴェルはそう言うと、後ろ手で持っていたバケットを俺に渡してきた。

 そこには店で売っているような美味しそうなチョコケーキがあり、すごく良い香りがする。

 

「おお、すげぇうまそうだな!ありがと、レイヴェル!」

「い、いえ……その、それと前回のゲームを拝見しましたわ。とても素晴らしいゲームでした。私たちと争っていた時が嘘みたいなレベルで驚きましたわ」

「そう言ってもらえるとありがたいわ、レイヴェルさん。それとケーキは後でありがたく頂くわ」

 

 部長は何故か少しムスッとした感じでそう言う……まああまり触れない方が良いか。

 

「……その、実は私、上級悪魔として勉強するために近々、人間界の方に留学することになったのですわ」

「そうなのか?」

 

 俺はレイヴェルに再度そう尋ねるとレイヴェルは頷いた。

 そう言えばレイヴェルはライザーみたく下級悪魔を上から見ないせいか、忘れていたけど上級悪魔だったな。

 

「それでもし宜しければそうなった時、色々と助けていただいてもよろしいでしょうか?そ、その……構わないのであればの話ですわ」

「ああ、喜んでサポートするよ」

 

 俺がそう言うとレイヴェルは表情が見る見るパァッと輝いた。

 でもすぐさまその表情が戻り、そしてコホンと咳払いをした。

 

「ありがとうございます!それでは私はこの辺りで失礼しますわ。それでは御機嫌よう」

 

 レイヴェルは優雅に一礼すると、室内から出て行った。

 それで俺たちは再度、肩から力を抜くのだった。

 

「……先輩はフェニックスのあの子に良い顔しすぎです」

「そ、そうか?いや、文通で色々話をしているから割と仲が良いんだけど……」

 

 小猫ちゃんは少しムスッとした顔で、ほっぺを膨らましている。

 ―――可愛いと思ってしまった俺は罪なのだろうか?

 それと同様にアーシアや朱乃さん、部長もそうなっていた。

 意外とゼノヴィアが何も反応していないな。

 

「ところで部長。エリファ・ベルフェゴールがここに来るってサイラオーグさんが言ってましたけど……」

「……ええ、私も初耳よ。ただ若手悪魔に挨拶回りをしているらしいから、そろそろ―――」

 

 ……その時、再びドアが控えめにコンコンと二度鳴った。

 だけど扉は開かず、恐らくはこちらから開くのを待っているんだろうか。

 ってことはおそらく、そのエリファ・ベルフェゴールさんがここに来たのかな?

 

「イッセー、お出迎えしてもらっても良いかしら?」

「はい」

 

 俺は部長にそう言われ、扉に近づく。

 そしてドアノブを捻り、そして扉を開けた。

 

「どうぞ。エリファ・ベルフェゴール様ですか?」

 

 俺は扉が完全に開いていない状態でそう話しかけると、その突如、声が響いた。

 

「―――ええ。私がエリファ・ベルフェゴールです。突然の来訪、申し訳ないですね」

 

 …………………………え?

 何だろう、この今の声を聴いた瞬間に俺の頭に過ったものは。

 まるで信じられないような、絶対に聞こえるはずのないものが聞こえた気がした。

 その声は余りにも澄んでいて、俺が知っているものとはあまりにも話し方、トーンの低さは違う。

 だけど声音は―――一緒だった。

 扉は開かれる。

 俺は反射的に一歩下がり、そして扉は完全に開かれて俺はその少女の姿を見た。

 

「お初にお目にかかりますわね―――私の名はエリファ・ベルフェゴール。三大名家と称された偉大な父と母を持つ、ベルフェゴール家の当主ですね」

 

 その髪の毛は腰を超えるほど長く、ふわっとした金髪。

 まつ毛が長く、そして瞳は少し優しげで、大人っぽい雰囲気に少し子供っぽさが残る美しさ。

 清楚な白いドレスチックな私服を着ている。

 

「―――な、なんで…………嘘、だろ……どうして」

 

 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 だって俺の目の前には居たからだ。

 だってその姿は俺が未だなお想い続ける、大切な存在だったからだ。

 

「あなたは赤龍帝殿ですね!ゲームでのご活躍、私は不肖ながらあなたのファンに―――どうしたのですか?兵藤一誠?」

 

 

 

 

 

 

 ―――――――そこには、生前のミリーシェの姿をした少女が居た。

 



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第6話 ミリーシェという欠如

 俺は何度か考えたことがある。

 俺が兵藤一誠になったように、本当はミリーシェも俺と同じように他の誰かになっているんじゃないだろうかと。

 何度も何度も考えて、何度も何度もそれは違うと考えてきた。

 アルビオンに否定され、ドライグにも否定された。

 だからミリーシェはもう存在しない。

 俺の愛した女の子はどこにもいないんだ。

 そう心に刻み込んでいた。

 

「―――どうしたのですか?私の顔に何かついていますかね?」

 

 ―――俺の目の前には、いるはずのない少女がいる。

 腰まで届くふわふわした金髪、背は俺よりも低くて大人っぽい容姿の中に子供っぽさが含まれる女の子。

 そう…………まるでミリーシェの生き写しのような容姿だ。

 

「―――み、ミリー…………」

 

 俺の喉元からミリーシェという言葉が出かける。

 だけど俺はその言葉を口元に手を当てて何とか止めた。

 目元から涙のようなものが溢れそうになって、俺はそれを何とか止める。

 ―――泣くな。

 泣いちゃダメだ。

 

「あなたは、イッセーの絵の中に居た…………」

 

 俺の後方で椅子に座る部長が目を見開いて、入ってきたエリファ・ベルフェゴールさんの顔を見ていた。

 ……部室にある俺の描いた「大切な存在」の絵。

 あの中の俺の隣にはミリーシェが描かれている。

 俺が無意識で描いてしまったものだ。

 だからその姿には見覚えがあるのだろう。

 

「おや?確かお初にお目にかかるはずなのですがね……どこかでお会いしましたか?リアス・グレモリー」

「……いえ、会ったことはないわ―――でも」

 

 部長は立ち尽くす俺の方を怪訝な目で見てきた。

 今まで会ったことがないのに、エリファ・ベルフェゴールと瓜二つの容姿の女の子が、俺の描いた絵に描かれていた。

 これはおかしい以外の何物でもないよな。

 

「失礼だけれど、あなたはこのイッセー……私の『兵士』の兵藤一誠と面識はあるかしら?」

「いえ、ありませんが……どこかでお会いしましたか?」

 

 エリファさんは上目遣いで俺の方を見てくる―――止めろ。

 その顔で、その仕草で……俺を見ないでくれッ!!

 

『……何が起こっている。死んだはずのミリーシェがいるだと?だがおかしい……アルビオンも言っていたはずだ―――ミリーシェは死んだ、と』

 

 分かってる……だから恐らく、これはただの他人の空似のはずなんだ。

 んなこと分かってる―――でも、そんな理屈ではどうにも出来ねぇんだよ。

 その姿、俺の好きだったミリーシェの姿……目の前にそんな存在がいるなら、嫌でも俺の心を掻き乱すんだッ!

 

「あ、あはは。すみません。俺の知り合いに貴方がどうしても似ていたもので―――お気になさらないでください」

「…………何か、無理をしている顔ですね」

 

 するとエリファさんは俺の頬をそっと触れそうになるけど、それを寸前で止める。

 ……口調も性格も、何もかもが違う。

 同じなのは見た目と声音だけで、この人がミリーシェとは違うっていうことは分かる。

 

「……辛そうな顔をしていますね。泣きそうな、だけど少し嬉しそうな―――今日の目的はグレモリー眷属への挨拶のつもりだったのですが、予定を変更しますね」

 

 ……エリファさんは少し笑みを浮かべると、俺の隣を通り過ぎて部長の前まで歩いていく。

 

「リアス・グレモリー。眷属とは己の所有物と同時に掛け替えなき宝物。そんな宝があのようになっているのなら、主としては癒してあげてくださいね」

「なっ!……分かっているわ」

「いいえ、分かっていませんね。ならば何故彼の隣に行き、心配をせずに怪訝な目線を送るのです?そんなことをしていれば、いずれこの『兵士』は他人に奪われます」

 

 エリファさんはそれだけ言うと、部長から一歩下がった。

 

「……差し出がましいですね。私が言いたいのは、素晴らしい『兵士』をお持ちなのだから、大切にしてくださいということ。これは一人の王として、そして家を支える当主―――一人の女としての忠告です」

 

 ―――エリファさんの言葉を聞いて、俺の頭でようやく分かった。

 この人は、ミリーシェとはあまりにも違いすぎる。

 もしミリーシェならば、たぶん俺の姿が違っていてもすぐに見抜いてくる。

 昔から俺のあること、成すこと全てがあいつには筒抜けで、何を考えていても見抜かれていたから。

 だから割り切ろう。

 ―――この人は仮にミリーシェの姿の生き写しだとしても、ミリーシェではない。

 俺の愛した女の子の姿だけど、愛した女の子ではない。

 ベルフェゴール家の当主であり、そしてディザレイドさんの娘、エリファ・ベルフェゴールさん。

 俺は一度、大きく深呼吸した。

 そして歩いてくるエリファさんをじっと見る―――もう、平気だった。

 エリファさんは俺の顔を見て一瞬驚いた表情となる。

 

「驚きましたね。先ほどまで恐ろしく儚げな表情だったのに、今はもうゲームの時の凛々しい状態になるなんて」

「すみません。少し戸惑っただけで、もう大丈夫ですから」

「そうですか。それと私には敬語など不要です―――エリファとお呼びください」

 

 エリファさんは柔らかい笑顔を俺を含む全員に向けてくると、扉の外に行き、そしてもう一度振り返った。

 

「この度は失礼な態度を取りましたこと、お詫び申し上げます。後日改めてご挨拶に向かいますので、どうかお許しください」

「あなたの言う事は最もだったもの……心から感謝するわ」

「そうですか……っと忘れていましたね。シトリー眷属とのゲーム、見事でした。今後、私と戦うこともあるでしょうが」

 

 楽屋の扉が閉まる。

 扉が閉まる寸前、その時エリファさんの声が室内に響いた。

 

「―――その時、あなたの真価をお見せくださいね」

 

 ……その言葉を誰に向けて言ったのかは分からない。

 だけど―――その言葉は俺に向けられていた気がした。

 

「…………一度、帰りましょう」

 

 ……俺たちは重い空気のまま、人間界へと帰っていくのだった。

 

 ―・・・

「ねぇ、イッセー君。この問題はどうやって解くのかな?」

 

 俺の前でペンを走らせる私服姿の少女。

 髪はセミロングの茶髪で、今日は一つに束ねており、そして俺の知り合いである袴田観莉はテキストの問題を解いていた。

 こうなった経緯は……まあとんでもなく俺の逃避だった。

 ミリーシェと外見が瓜二つのエリファさんのことを皆に話す空気になってたんだけど、実は俺には先約で観莉の家庭教師が入っていた。

 夏休みに入る前に勉強を教えていた時に約束したし……なんて、俺が説明から逃げただけなんだけど。

 ミリーシェのことは言えない。

 言えるはずがない。

 ―――言いたくないんだ。

 だから俺は観莉をダシにして逃げた。

 

「ん?どしたの?イッセー君。難しい顔して」

「あ……いや、悪い。ちょっと色々あってさ」

「ふ~ん……何か苦しそうな顔をしてたけどねぇ~。ねね、こう見えても観莉ちゃんは結構頼りになるよ?」

 

 観莉は胸をバンっと張って、ポンポンと胸を叩く。

 俺へのウインクも忘れないところは流石か。

 ……ったく、年下に心配されるなんて俺もどうにかしてるな。

 

「いや、大丈夫―――」

「大丈夫、じゃない!」

 

 すると観莉は俺の唇に人差し指を当てて、俺の言葉を遮った。

 少し眉を寄せて怒っている様子にも見える。

 

「イッセー君ってすごい頼りになるけど、何か壁感じるよね~……なんでも自己解決しちゃうっていうか、他人に力を借りず一人でどうにかしようとするか―――不器用って感じ」

「そんなことないと思うけど……」

「ダメダメ、観莉ちゃんにはそれが通用しませ~ん♪付き合いは短いけど、これでもイッセー君のことはちゃんと見てるんだよ?世話焼きなところとか、子供に好かれやすいとか、お友達がたくさんいるとか」

 

 すると観莉は俺の頭に手を乗せてくる。

 そして俺の頭を優しく撫でた。

 

「誰かに頼るのは間違ってないよ。私だってイッセー君に勉強見てもらったり、バイトで先輩を頼ったり、マスターにだって迷惑かけてるんだから」

「……お前は迷惑かけすぎだ、バカ」

 

 俺は観莉の手を振り払って、軽く観莉の頭を小突いた。

 でも……ちょっと観莉の考え方が羨ましい。

 つまり観莉は俺に「本当の結びつきは迷惑をかけて、自分も迷惑をかけられる」ってことだろう。

 片方にだけ負担を掛け続けるのは本当の信頼じゃなくて、ただのエゴってことか。

 ……全く、中学三年生の観莉にそんな当たり前のことを教えられるなんて、エリファさんのことを全然振り切ってないな。

 いや、エリファさんじゃなくてミリーシェか。

 

「うん、いつものイッセー君だ♪」

 

 観莉は悪戯な笑みを浮かべながらうんうんと頷いている。

 俺が勉強を教えているのは観莉の家の彼女の部屋。

 色々ぬいぐるみとかが置いてある普通の女の子の部屋って感じで、眷属の皆の部屋ともそんなに差はないな。

 すると観莉は自室のベッドの上に飲み物の入ったグラスを片手に座り込む。

 

「それでどうしたのかな?この観莉ちゃんに話してみたらどうかな?」

「……じゃあ簡単に―――」

 

 俺はかなりごまかしを入れつつ、あったことを簡単に説明した。

 もちろん悪魔のこと、ミリーシェのことは何も触れていない。

 ただ昔の友人と似ていた、みたいなセリフを吐いただけ。

 話し終わると、観莉は手を組んで納得しているようだった。

 

「なるほど、なるほど。つまり昔の可愛いお友達とさっき出会った人が似てて、その昔のお友達はもう会うことが出来ないと」

「……何故可愛いお友達って分かるのかが不明だけど、大体そんな感じだ」

「もう、会えないか……ちょっと寂しいね」

 

 すると観莉はグラスを机の上に置き、ベッドの上で体育座りをして何か考えるような表情となった。

 

「私って小さい頃から親の都合で色々なところを転々としてたんだ。二人とも共働きで、今だって家には私一人。だからかな……本当のお友達って居ないんだよね」

「そうなのか?」

「うん。誰かとあんまり深く関われるわけでもないの。ほら、私って実は結構人見知りでね?不思議とイッセー君は平気だったんだけど……誰かを家に入れることも今までなかったんだ」

 

 ……友達が居なくて、深く関わる人も居ない。

 それがどれだけ寂しいことか、俺には想像もつかない。

 

「だけど……イッセー君が私の前から消えちゃうって考えたらすごく寂しいと思う。だからイッセー君の気持ちがなんとなく分かる気がするよ」

「俺も―――観莉が居なくなったら寂しいよ」

 

 これは本音だ。

 観莉とはどこか波長が合って、話しているのも楽しいし駒王学園に入るっていうのなら是非に入ってほしい。

 先輩として助けると思うし、きっとそうなればもっと仲良くなれる。

 ……確かに付き合いは短いけど、それでも自信を持って友達って言える。

 

「あ……あはは。こらこら、中学生を口説くのはダメだぞ?もう……本気にしちゃいそうだよ」

 

 観莉は何かを呟くが、俺には上手くそれが聞き取れない―――けど、その頬の赤さから、何を言ったのかは大体分かる。

 たぶん俺も今は顔が赤いはずだから。

 ……久しぶりに自分の本音を言えた気がする。

 そうだ、俺は嘘ばっかりだから。

 仲間に対してもまだ何も言っていない。

 せめて―――皆の気持ちには応えたい。

 

「―――よし、観莉!絶対に駒王学園合格するぞ!俺が全力でサポートする!!」

「なんか私よりも気合入ってるね~、イッセー君―――うん、頑張るよ!だって観莉ちゃんなのだから♪」

「どういう意味だよ―――ほら、次は数学だろ?」

「ノンノン……保健体育でお願いします!」

 

 ……この数分後、俺が観莉に対して全力の絞め技を喰らわしたことは言うまでもないだろう。

 

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕たちは現在、駒王学園オカルト研究部の部室にいる。

 いや、僕たちだけというのは少し語弊があるかもしれない。

 室内にはアザゼル先生、ガブリエル先生、それにイリナさん、黒歌さんもいる。

 そして僕達は先ほどテレビの取材から帰ってきたところ……なんだけど、室内は空気が悪い。

 イッセー君は先約があるという事でいち早く部室から出て行ったから、今は居ない……けど、実のところイッセー君が居ないと話は始まらない。

 僕たちの前にあるのは以前、イッセー君が参観日の美術の時間に描いたとされる大きな画用紙に描かれた僕たちを含む笑顔の絵。

 描かれる人物は全員が笑顔で、それだけならただただ心温かくなる絵だ。

 だけどこの絵の中に描かれる、イッセー君の隣にいるふわっとした金髪で、イッセー君に寄り添う女性。

 ―――先ほど僕たちの楽屋に姿を現した新しい若手悪魔であるエリファ・ベルフェゴールさん。

 非常に丁寧な悪魔で、部長に眷属とは何たるかを言った立派な人だとは思う。

 ……だけどそんな人物とは会ったことがないはずのイッセー君は、何故彼女の姿をこの絵に描けたのだろう。

 それが僕たちの疑問なところだ。

 何故この場にイリナさんがいると言えば、それはイッセー君の幼馴染としてこの少女を見たことがあるか聞くためだ。

 すると……

 

「うぅ~ん……知らないわ。私とイッセー君はものすごく小さい頃からの幼馴染なんだけど、こんな子は見たことないし……それに背丈は今のイッセー君くらいだから、幼馴染とか昔の友達とかじゃないと思う」

 

 イリナさんの弁は最もだと思う。

 恐らくイッセー君と最も古い付き合いはイリナさんだ。

 特にこの中ではそのはずなんだけど……

 

「……私も先輩の飼い猫だった時代にこんな人を見かけたことはありません」

「白音と同じにゃん。っていうかこんな金髪美人なんて見たら忘れないと思うけどね~」

 

 同じくらいの昔に関わりのある小猫ちゃんと黒歌さんでもこれだ。

 ……恐らく僕たちの知らないイッセー君の知り合い。

 そういうことになるんだろうね。

 

「俺はお前たちのゲームをしている時、観戦しているエリファ・ベルフェゴールを初めて見た時は驚いたぜ。まさかイッセーと知り合いだとは思わなかった……っとも思っていたが、それも違うらしいな」

「瓜二つで戸惑った、だけならこんなに考え込まなくても良いのだけれど……イッセーって思えば、あまり自分のことは話したがらないと思うのよ」

 

 ……部長は小さな声でそう呟く。

 それに同意する数人の人物―――だけど僕は悪いが、そうは思わなかった。

 僕はこの中でイッセー君の闇の部分を知っている一人だ。

 北欧旅行の時、リヴァイセさんも仰っていた。

 イッセー君は話したがらないんじゃないと思う。

 まるで自分の弱さを見せたくないだけで、自分のことは話しているんだ。

 根本の部分、闇の部分は見せていないわけでもない。

 自分の弱さも理解している―――そうか、だからエリファさんは部長にいきなりあんなことを言ったのか。

 

「リアス。お前は良い王だと思う―――が、そんなんじゃあイッセーを他の王に取られるぞ」

 

 するとアザゼル先生はエリファさんが言ったことと同じ言葉を部長に浴びせた。

 部長は何か反論をしようとするが、アザゼル先生は話を続けてそれを塞いだ。

 

「何も言わねぇイッセーもイッセーだが、それ以上に王ってもんは下僕の強さも弱さも見極めねえといけねぇ。この眷属はイッセーの強さしか見てねぇんだ―――一部を除けばな」

 

 アザゼル先生はそう言うと、アーシアさんの方を見た。

 アーシアさんはアザゼル先生に視線を送られると、少しビクッとしたが、すぐにその真っ直ぐな瞳をアザゼル先生に向ける。

 

「別に俺は鋭くなれって言っているわけじゃねぇ。だけどよ……偶には本当の兵藤一誠という男を見てやれよ」

「本当の……兵藤一誠……」

「あいつの今の顔が嘘とは言えない。たぶんあいつのあの笑顔も、強さも、全部本物だ―――俺が言えるのはここまでだ。そこからは自分で考えやがれ。それが仲間ってもんじゃねぇの?」

 

 アザゼル先生はすっとぼけた感じでそう言うと、隣のガブリエル先生は溜息を吐いて「やれやれ」なんて言っていた。

 ……そうだ。

 誰かに言われて動くなんて、本当の仲間とは言えない。

 それに僕はイッセー君の弱さを知っている。

 僕が暴走したとき、イッセー君に言い放った一言で彼は本気で怒ってくれた。

 そう考えれば、あれがイッセー君が僕に向けてくれた初めての本音だったのかもしれない。

 ―――考えれば、イッセー君は所々でその弱さを垣間見せていた。

 アーシアさんを失ったと思った時の涙、白龍皇と邂逅した後の調子の悪さ、ヴァーリ・ルシファーが何かをしようとした時はまるで殺すような動作で彼を倒した。

 そしてついさっきの事柄。

 ……きっと皆、僕と同じことを考えている。

 皆、「赤龍帝」ではなく「兵藤一誠」のことを考えているはずだ。

 

「ふぅん……ま、いっか。アーシアちん、白音。帰ろっか?」

 

 すると黒歌さんは小猫ちゃんとアーシアさんの手を引いて、その場から離れようとする。

 

「……何で今、その二人を連れて行こうとする理由を聞いても良いかしら?」

「さぁ?ただ私はイッセーの眷属候補にゃん。そんなこと、とっくの昔から考え付いていたってこと。白音は私とじっくり話すし、それに~…………アーシアちんはもう考える必要もないかなって思って」

 

 黒歌さんは部長を挑発するかのような声音を響かせる。

 だけど部長はエリファさんの時のような反応をすることなく、ただ黒歌さんの話を黙って聞いていた。

 

「そいえばリアスちん。自分で言ってたらしいにゃん?アーシアちんは自分より7歩先に居るって―――もっと広がってるよ。だってこの中で真にイッセーを見てるのはアーシアちんだけにゃん。ホモを抜けば」

「―――そう、ね。私は主なのにイッセーの強さやカッコよさばかり見ていたわ……愚か以外の何物でもないわ」

 

 すると部長は肩の力を抜く。

 ……黒歌さんはきっと、わざとあんなセリフを吐いたんだ。

 部長に対して考えるよりも先にすることがあるだろう、そう言いたいのだろう。

 考えるだけだったらいくらでも出来る……だけどそれを行動に移さなければ全くの無意味。

 きっとそう言いたいんだと思う。

 じゃなきゃあんな部長を煽るようなセリフは吐けない―――遠いね。黒歌さんも、アーシアさんも。

 

「ええ、エリファさんの言うことも、アザゼルの言う事も、貴方が言う事も全部正しいわ―――ぶつかるわ、私は私の下僕と」

「……私の王様なんだから、あんまり無理しないでにゃん。イッセーを苛めたら私が許さないから」

 

 答えなんて一つも出ていない。

 きっとこの問題は僕たちじゃなくて、イッセー君一人の問題なんだろう。

 きっと彼はこう言う……「これは俺の問題。自分でどうにかしてみせる」って。

 確かに今まで彼は一人でどうにかしてきた。

 さっきだって一人で自己解決して、そして一人どこかに消えた。

 ……そんなこと、させてあげないさ。

 僕たちも一緒になる。

 一人で全てを背負おうとするイッセー君を助けてあげる。

 有難迷惑でも、ね―――自分たちの我が儘を通して、彼の領域に踏み込むのだって仲間のするべきことだ。

 僕は他の誰でもない、イッセー君にそう教えられたからね。

 

「……まあ若い奴らはそうすれば良いとして―――ってかお前ら、一人面倒な奴がライバルになったことを理解してんのか?」

 

 するとアザゼルの言葉に僕たちは皆、耳を傾けた―――ライ、バル?

 

「その様子じゃあ分かってねぇみたいだな。エリファ・ベルフェゴールの眷属は現在2名のみ。あいつ、確実にイッセーを狙っているぞ?下僕面でも、女としても」

『……………………えぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!??』

 

 僕たちの声が一つになった瞬間だった。

 それはそうだろう!

 まさかあの悠然としたエリファ・ベルフェゴールさんもイッセー君に惚れてるのか!?

 僕はそのことが驚きで仕方なかった。

 

「お前ら、突然の事で気付かなかっただけだろうけどな。ま、気を付けたまえ、少年少女」

「な……つまりあれは―――宣戦布告なの!?」

「そういう事でしょうね……リアス、こうなれば休戦ですわ。今すぐに彼女の対策をしなければなりませんわ」

「ええ―――朱乃、頼めるかしら」

 

 部長と朱乃さんが普段のいざこざはどこへ行ったかというように手を握り合っている!

 っていうか、結局最後はこうなるのか。

 最初のシリアスがどこへ行ったんだろう―――だけど忘れてはならない。

 僕たちの目先の問題はエリファ・ベルフェゴールではなく……ディオドラ・アスタロトということを。

 そして彼とのレーティング・ゲームは近づいているということを。

 そう、このゲームは僕たちの大切な仲間……アーシアさんが掛かっているゲームなんだ。

 何があっても負けるわけにはいかない。

 そこで僕はアーシアさんの方を見ると、そこにはもうアーシアさんの姿はなく、恐らくもう帰ったんだろう。

 ……きっと誰よりもイッセー君を見ようとしている彼女は、誰よりもイッセー君に近いんだろう。

 僕はそう思ったのだった。

『Side out:祐斗』

 

 ―・・・

 俺が夜、家へと帰ると明らかに皆の態度が変わっていた。

 何ていうか、俺にすごい踏み込んでくるというか、いつも以上に迫ってくるというか。

 例えば部長と朱乃さんは一緒に編み物をしましょう、と言って部屋で編み物を編みつつ俺に色々と話しかけてきた。

 ギャスパーは何故か吸血鬼の事を俺に話してきて、結果的に血を欲して危うく襲い掛かってきそうになる。

 イリナは小さいときのアルバムを片手に思い出話。

 小猫ちゃんと黒歌は猫耳&尻尾を生やして超甘えモードに突入し、俺もつい愛でてしまった。

 アーシアに至っては皆に付き合ったおかげで少し疲れた俺に膝枕をした挙句、耳掃除までしてくれたという癒しを与えてくれた。

 ……などなど、いつも通りと言えばいつも通りだったんだけど、やはり原因は俺にあると思いつつ今は既に夜も遅くなりつつあった。

 誰も俺のことに触れてこないところを見ると、きっと皆は俺から話すことを待っているのだろう。

 あの絵の少女……ミリーシェとエリファさんの容姿が瓜二つのこと。

 そして俺の態度の急変について。

 

「どうにかしないといけないよな……って風呂場で考え事をするのは俺の決まりなのか?」

 

 俺は普段使っている湯船とは違う、露天風呂に入りながら天井を見上げた。

 湯気で天井は見えないけどな。

 何か考え事をするのは露天風呂に限る……っというより気分転換で今日は露天風呂にしてみたんだ。

 確認で他の皆は全員既にお風呂に入ったはずだし、今日はオーフィスはティアたちのところにいるはずだし。

 

『主様。わたくしとしては主様が仲間に本当のことを打ち明けるのも良いかと思います―――主様は背負い過ぎなのです』

「背負う、っていう感覚がいまいち分からないんだけどな」

『それは単に、相棒の感覚が麻痺しているだけだ。誰かの何かを背負うことが相棒の中では当たり前のことになっているんだ』

 

 フェルとドライグは交互にそう俺に話しかけてくる。

 結局のところ、俺という存在を知るのはドライグとフェルだけだ。

 だから一人で背負っているとは言い難い―――一人だったらとっくに限界を超えていると思う。

 だけどドライグとフェルがいるから、俺は今まで誰にも自分を見せずに生きてこれたのだと思う。

 ホント、二人からしたら傍迷惑な話だけど。

 

『何を言う、相棒。お前の迷惑さなど昔からの事だ。今更どう思うこともない。子が親に迷惑をかける……当たり前のことだ』

『良いことを言うじゃないですか、ドライグ……ええ、ドライグの言う通りです―――主様に頼られることがどれだけ嬉しいことか』

 

 皆もきっとそういう気持ちなんだろう。

 …………そういえば、と俺は思った。

 

「そう言えば母さんはどうしてあの時、あんなことを言ったんだろう」

 

 俺は先日、夜中に母さんと話したことを思い出す。

 あの時の母さんはまるで全てを見透かしたように「大丈夫」って言った。

 それがどうしても俺の頭の中に残っているんだ。

 

『……そのこと、ですか』

 

 するとフェルは突然、俺にそう話しかけてきた。

 

「どうしたんだ、フェル」

『……いえ。わたくしは特に何かを知っているわけではないのです。ですが……まどかさん、私は彼女を他人のようには思えないのです』

「他人のように思えない?」

『はい。それはわたくしが主様のマザードラゴンだからなのか、それとも彼女を尊敬しているからなのか……それは分からないんですが』

 

 ……考えればフェルの存在を深く考えたことはなかったな。

 今やドライグと同じで居ることが当たり前、俺のもう一人の相棒っていうのがフェルに対する俺の感情だ。

 それこそもう一人のお母さん……そんな感じだ。

 だけど俺はフェルがどんな感じで生まれ、そしてどういう経緯で神器の中に封印されたのかも分からない。

 そして誰に封印されたのかも。

 

『実を言えば、わたくしも良く分かっていないのです。わたくしが知っていることは次元の狭間で生まれ、そして封印されていたこと。宿主は永遠に一人で、そして……神焉の終龍のことと”フェルウェル”という名前だけ』

「フェルも記憶が曖昧なのか?」

『ええ。ですがわたくしが選んだ宿主が主様で良かったです―――わたくしと同じ不完全な主。だからこそわたくしたちは互いを補える……主様とドライグ、そしてわたくしは3人で初めて一つなのです』

 

 ……フェルの言葉に俺は少し涙腺が緩くなった気がした。

 ドライグも一言も言葉を発さないところを見ると、恐らく泣くのを我慢しているのか。

 ―――一人じゃない。

 それが俺の心を温かくさせた。

 俺は自分を見つめるのもだけど、実際には身近な人をしっかりと見つめないといけないかもしれない。

 例えばフェル、ドライグ、母さん、父さん……仲間。

 皆をしっかりと見ないと、強くなれないな。

 

「よっしゃ!!見てろよ、ディオドラ!!!この俺がてめぇをぶっ潰してやるからな!!!」

 

 俺は風呂場に響き渡るような声量で叫ぶと、どこか心がすっきりした。

 ホント、観莉やドライグ、フェルには世話になる。

 これからもよろしく頼むぜ。

 そう思った。

 

 ―・・・

 風呂から出て俺は自分の部屋に戻ろうとする最中、ふとゼノヴィアの後ろ姿を見かけた。

 ゼノヴィアは何やらジャージを着て地下のトレーニングルームに行こうとしているみたいだけど……俺は一応気になってそれに付いていくことにした。

 するとその時、俺の服の裾が誰かに引っ張られた。

 

「アーシア?」

「イッセーさん。シィ、です」

 

 そこに居たのは静かな声で人差し指で自分の唇に当ててそう言ってくるアーシアで、そしてアーシアは俺に付いて来るよう指示してきた。

 そして物陰からゼノヴィアの様子を見ていると……

 

「……デュランダル。どうか力を貸してくれ―――私に出来た大切な友達を救うために」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを手に取り、そう呟きながら激しい乱舞をしていた。

 敵などいない。

 ただ剣を振るい、そしてその動きを次々に早くするというありきたりなもの。

 だけどその動き、剣の太刀筋……どれをとっても美しかった。

 乱雑な動きではある―――だけどそんなの無視できるくらいの何か分からない、惹きつけるものがゼノヴィアにはあった。

 ゼノヴィアは数分それを休みなしの急ピッチでして、そして数分経つと動きを止める。

 

「はぁ、はぁ……まだだ。アーシアを、イッセーを守るのにはまだ……」

 

 ……あいつ、そんなことを考えていたのか?

 肩で息をしながら呟いたゼノヴィアの一言に、隣のアーシアは手を口元に当てる……少し涙を浮かべているな。

 

「―――ゼノヴィア」

 

 俺は耐えきれなくなって、アーシアを連れてゼノヴィアに話しかけた。

 その瞬間、ゼノヴィアは俺たちの方を見るが、俺とアーシアということが分かると嘆息してデュランダルを異空間に戻す。

 

「イッセーとアーシアか……まさか見られているとはな」

「おう……お前はずっと誰にも言わずに一人で修行していたのか?」

「……私は馬鹿だから、あまり考えがつかない。アーシアを助ける手段も、イッセーを助ける手段も。だからこそ、私は私にしか出来ないことをするべきと考えてね」

 

 それでこんな風に鍛えていた、ゼノヴィアはそう言った。

 

「……私は当初、木場よりも強かった」

 

 するとゼノヴィアは突然、そう話し始めた。

 

「出会った当初、あいつと戦って圧倒した。だが前回のゲーム、私はギャスパーに救われて何とか生き残った……足手まといだったと思うよ。そして木場はエクスカリバー……エールカリバーを使って眷属の勝利に貢献した。一緒に行動していたからわかる……木場が居なければ私はすぐにリタイアしていたよ」

「違います!ゼノヴィアさんはッ!!」

「良いんだ……アーシアならそう言うと思っていた―――そんな風に言ってくれる私の友達を、私は助けたい」

 

 ゼノヴィアはアーシアを抱きしめて、そう呟いた。

 

「私は天然の聖剣使いだ。誰よりも聖剣に祝福されて生まれてきた―――私は天才のように扱われたよ。デュランダルの所有者、神に愛された聖剣使い。だが、だからこそ……私にはずっと友達が居なかった。誰もが私を特別扱いし、そして誰も近づこうとはしなかった―――イリナを除いてな」

 

 ―――まるでアーシアのような話だった。

 アーシアは幼き頃に神器に目覚め、そして聖女としてもてはやされた……だけどその特異性から周りがアーシアに近づかなくて、そして友達も出来なかった。

 ゼノヴィアは天然の聖剣使いということと、更にデュランダルの所有者だったということで周りからはきっと、嫉妬のような視線を送られたんだろう。

 それで友達が出来なく、一人ぼっちで教会でも浮いていた。

 ゼノヴィアの場合はイリナが居たのが救いだ……きっとイリナとゼノヴィア、アーシアが昔に出会っていれば、アーシアは悪魔にはならなかったかもしれないな。

 

「……だからこそ、私は友の大切さを知っている。私の唯一の友達だったイリナが居たからこそ、友の大切さを教えてもらったからこそ……私は今、アーシアのために戦う。ディオドラ・アスタロトをこのデュランダルで斬る」

「ゼノヴィアさん……」

「……改めて謝らせてくれ。私はアーシアと出会った当初、良くも知らないで君を馬鹿にしたこと……本当に、悪かった。これは償いじゃない―――どうか、イッセーと共に君を守らせてくれ、アーシア」

 

 ゼノヴィアの言葉にアーシアは何度も頷く。

 俺はそれを傍目で見ていた―――ゼノヴィアのくせに、カッコいいこと言いやがって。

 だけど俺はその光景をじっと見ながら、何も言わずにその光景を見ていた。

 

「―――それとイッセー。私にはお前の気持ちは分からない。何でエリファ・ベルフェゴールを見て呆然としていたとか、様子がおかしかったとか、そんなことを分かるほど敏感ではない。ただ困ったことがあれば私も頼ってほしい。風呂場とかで」

「ああ、そうさせてもら―――…………………………風呂場で?」

 

 俺はゼノヴィアがそう言った時に少し固まった。

 今まで感動していたものが一気に冷めるような、上がっていた好感度が一気に暴落するような。

 ……気のせいと思いたい。

 ほら、最近のゼノヴィアは結構いい感じなことをしていたからさ?

 たぶん何かの聞き間違いだと思うんだよね。

 よし、聞いてみよう!

 

「ゼノヴィア?どうしてわざわざ風呂場なんだ?」

「自分で言っていなかったか?風呂場で考え事と……」

「うん、言ったよ―――露天風呂で。ねぇ、何でそれを知っているんだ?」

「それは初めから私が入っていたからだよ。イッセーが私に気付かず入って、しかも自分の中のドラゴンと話し始めたものだから、出にくくてね?」

 

 ―――俺に原因があるから、怒るに怒れねぇ!!

 ってか普通、女なら男が風呂に入ってきたら叫びの一つでも起こせよ、この野郎ッ!!

 いや、ゼノヴィアは悪くねぇけどさ!

 というよりゼノヴィアの存在に気付かなかった俺って……どんだけ考え事していたんだよ。

 

「だが私も少し感動したぞ?二体の龍と語り合うイッセーの泣きそうな顔とかは秀逸だった。絆とはこういうものだと思い知らされたよ」

「ぜ、ゼノヴィアさんッ!その辺りを詳しくお願いします!」

「ああ、良いとも!それではまずは―――」

 

 …………結果的に俺の感動は台無しとなり、普通に俺の暴露大会のようなものに成り代わってしまうのだった。

 ―――なんでこうなるんだよぉぉぉぉ!!

 俺は心の中でそう叫んだのだった。

 

 ―・・・

『Side:三人称』

「あぁぁ……くっそつまんねぇ……なんでこんなことしてんすかねぇ」

 

 特に何の装飾もない、寝ることしか機能しそうにない部屋で一人の少年が溜息を吐きながらそう呟いた。

 何もない部屋にポツンと置かれている白いベッド。

 それに寝転がりながら。

 

「今更そんなことを言うのかい?君に残された道はもう僕に使われることだけさ―――そうだろう?」

 

 いや、実際のところ厳密に言えばそこに居るのは少年だけではない。

 鼻につく笑みを浮かべる、一見穏和に見える青年が部屋の陰に居た。

 白髪の少年はそちらの方をじろりと睨み、そしてその青年に嫌悪的な視線を送った。

 

「はっ。んなこと分かってるっすけどねぇ……なんでてめぇみてぇな糞悪魔に従わなきゃなんねぇんだよって話っすわ」

「そんなことを口にしても良いのかい?君は―――」

 

 青年が何かを言おうとすると、白髪の少年はそれを遮るかの如く少しトーンの大きな声を出した。

 

「……分かってるっすよ。早く出てけ―――あいつらには手を出すことは許さないってことをお忘れになるんじゃねぇっすよ?手ぇ出したらその汚い一物をぶった切ってやりますからねぇぇぇ」

「ふん、汚い言葉だ―――働きに期待しておくよ、フリード・セルゼン。せいぜいこの僕のためにその命を使いたまえ」

 

 青年はそう言うと、その部屋からいつの間にか姿を消した。

 白髪の少年―――フリード・セルゼンはほんの少し奇怪な笑みを浮かべる……

 

「うひゃひゃひゃ―――ふっざけんじゃねぇぞ、この糞悪魔がぁぁぁぁ!!!!」

 

 それを皮切りに勢いよく拳を振り上げ、そこにある唯一の物であったベッドを殴ると、拳はベッドを貫いて真っ二つになる。

 怒号に近い声を上げ、ところどころで息を荒くする。

 

「何が嬉しくて、あんな糞悪魔に従わなきゃなんねぇんですかよぉ……糞が……糞がぁぁぁ!!!」

 

 フリード・セルゼンはもう一度拳をぐり上げるも、すると首元に付けているロケットペンダントが地面に落ち、ロケットペンダントがパカッと開いた。

 ―――そこにはフリード・セルゼンと、彼と同じように白髪の小さな子供たちが数人戯れている小さな写真が埋め込まれていた。

 フリード・セルゼンはそのペンダントを大切そうに掴み、再び首元にかける。

 

「何でこんなに俺様は弱くなっちまったんでしょうねぇぇぇ。こんなの、キャラじゃねぇんすよぉぉ、糞――――――ちょっとだけ待っといてねぇ。このフリードの兄貴がちょちょいと全てを解決してやっからねぇぇぇ……」

 

 ただフリード・セルゼンは自問自答をするようにそう呟き、そしてベッドの近くに立て掛けていた身の丈ほどの剣を手に取り、そしてその部屋から出ていくのだった。

 

「―――ぜってぇ、助けちゃいますから静かに自家発電でもして待っておけっすわ、ガキんちょ共」

 

 そう呟く彼の表情は、あまりにも暗かった。

『Side out:三人称』



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第7話 心で繋がっているんです!

 ディオドラとのゲームに向け、俺たちは全力で出来ることをしてきた。

 時にそれはハードワーク気味な修行、精神を落ち着けることなど、本当に今までにしてきたことを短期間で。

 俺はと言うとティアにお願いして本気の模擬戦をしたり、神器組と共に神器関連の修行をしたりしていた。

 そして今日―――ディオドラとのレーティング・ゲームの日となった。

 俺の部屋には眷属全員に加えイリナ、黒歌、オーフィスがいて、俺たちは最終確認の途中だ。

 今日のゲームの対策はもちろんだけど、それ以上にディオドラ対策。

 そうしている間に時間は刻一刻と過ぎて行き、そしてゲームまで残り2時間となった。

 今回は部室から魔法陣で一気にゲーム会場まで飛んで、そこからゲームスタートらしく、割と落ち着ける仕様となっている。

 

「……こんな感じかしら。何か質問はあるかしら?」

「いえ、特には」

 

 部長の建てた戦術を聞いて、俺は特に意見はないのでそう言う。

 ……かなり考え込まれた戦術の数々に俺は驚いているけど、それはたぶんアーシアを失わないための部長の努力なんだろうな。

 たぶん、これほどの戦術ならば何が起きても対処は出来ると思う―――相当の事ではない限りは。

 という事で一度、この場で自由行動となり、部長や朱乃さんは一緒に部室に向かい、小猫ちゃんは黒歌と何かを話しているようだった。

 祐斗とゼノヴィアは騎士同士で何か話しており、ギャスパーはいち早く部室に向かった。

 ……俺は一人、ポツンと床に座るアーシアの方に近づき、話しかけた。

 

「アーシア……不安なのか?」

「イッセーさん……不安、なのでしょうか。自分ではあまり分からないんです」

 

 アーシアは苦笑いをしてそうはにかんだ。

 この戦いはアーシアのための戦いだ―――俺たちの方が燃えるに燃えて、肝心のアーシアはきっとどう反応すれば良いのか分からないんだろう。

 アーシアは皆のように戦えるわけではない。

 後方からの支援、これが基本となるだろう。

 アーシアからしたら、この戦いは自分のためのものなのに、自分は何もしないとか思っているのが妥当か。

 ……だとしたら、アーシアらしい。

 自分のために誰かが傷つくのを嫌がる優しい女の子だ。

 

「アーシアに、お守りをあげるよ」

 

 俺はポケットから一つの小さなネックレスのようなものをアーシアに手渡した。

 そのネックレスは白銀色の鈴が鎖で通されており、少し手を揺らすと音色を響かせる。

 ……俺が40回ほどの創造力を使い、何日かかけて創った創造神器。

 白銀の護鈴(ガーディアン・シルヴベル)

 その装着者に対する物理的な攻撃を全て防ぐ、音の壁を作り所有者を守る俺の創れる最高の防御系神器だ。

 これなら魔力弾や打撃からアーシアを絶対に守ってくれる―――代わりに何重にもかけて創った神器な故に、具現中の俺の精神的なダメージは否めないけど、な。

 だけどそれぐらいどうってことない。

 

「これは……」

「俺が創ったお守りだ。特に変わったものじゃない―――絶対にアーシアを渡さない。だからそれをずっと肌身離さず持っているんだ」

「……つけて貰って、いいですか?」

 

 アーシアは俺にネックレスを渡してそう言った。

 俺はアーシアのお願いに頷いてアーシアの後ろに回り、髪に引っかからないようにアーシアの首元にそれを付けた。

 アーシアの胸元で鈴のネックレスは光る。

 

「綺麗な鈴ですね」

「まあフェルの力だから綺麗なのは当たり前だ」

 

 俺は普段、俺の胸に神器が展開される部分に手を抑えて、そう言うとアーシアは少しだけ微笑んだ。

 

「……無理は、しないでください。イッセーさんはいつも誰よりも頑張って、誰よりも傷ついてしまいます。だから無理だけはしないでください。傷は私が癒します。イッセーさんを私が完全に癒しますから……」

「―――誰にものを言ってんだ?俺があのヘタレ悪魔にやられるわけないだろ?安心しろって。五体満足で帰ってくるからさ」

 

 俺は久しぶりにアーシアの頭を優しく撫でて、微笑み返した。

 ……やる気が更に出てきた。

 完膚なきまで俺はあいつを―――

 

「完膚なきまで、私はディオドラ・アスタロトを粉砕させてみせよう」

「おい、俺のセリフを奪ってんじゃねぇよ。ゼノヴィア」

 

 横からカッコいいセリフをゼノヴィアに奪われてそう言うと、ゼノヴィアはしてやったりと言いたいような顔をしていた。

 この野郎……って思いながらも少し可笑しい自分もいることは否定できないな。

 

「イッセー、気を付ける」

 

 俺は声をかけられたと思うと、すぐ傍にはオーフィスが居た。

 

「どうした?」

「……あの悪魔、使う力、不明。だから気を付ける。慢心、ダメ」

「分かってるよ―――慢心なんて欠片もないから」

「……そう」

 

 オーフィスはそう言うと、次は視線をアーシアに向けた。

 

「……イッセー、頼む」

「はい!」

 

 オーフィスとアーシアは特に言葉を交わすわけでもなく、ただその一言ずつで頷き合った。

 二人にも何か通じるところがあったのだろうか……にしても俺をよろしく、か。

 初めて言われたな……そんなこと。

 いつも任されてばっかりだったけど、たまにはそれも良いか。

 そう思った。

 

「イッセー、約束―――あの悪魔、殺す勢いで倒して」

「ああ、任された!」

 

 オーフィスの最後の言葉に俺は力強く頷いたのだった。

 そしてゲームまでに時間は刻一刻と近づいていた。

 

 ―・・・

 カチ、カチと時計の音が妙に鮮明を帯びて聞こえていた。

 ゲーム開始までの時間はもうなく、俺たちはいつも通りの服装をしていた。

 アーシアはシスター服、ゼノヴィアは俺の要望で多少露出が解消された教会の戦闘服。

 それ以外は駒王学園の制服で開始までの時間を部室で過ごしていた。

 

「……そろそろ時間のようね」

 

 部長がそう呟くと、時計の針がゲームの時刻を告げた。

 部長は立ち上がり、用意された魔法陣の中へと入って行き、俺たちはそれに続いた。

 魔法陣は転送する準備段階に入り、そして俺たちは転送されるのを無言で待つ。

 途中、ゲームが不安なのかアーシアが俺の手を握ってくるが、俺はそれを握り返した安心させる―――不安が俺の行動で消えるなら、喜んで不安を消してやる。

 魔法陣は次第に光り輝く。

 やれることはやった……後はそれを全てあの糞野郎にぶちかますだけだ。

 魔法陣から発せられる光は俺たちを包んでいき、そして―――俺たちは転送された。

 

 ―・・・

 俺たちは転送された。

 辺りは白く、地面は石造り、ただ何もないただっ広い空間で一定間隔で柱のようなものが埋め込まれているな。

 後方を見ると、そこには大きな神殿のようなものがある―――だけど何か様子がおかしい。

 俺たちは戦闘フィールドに到着したはずなのに未だにアナウンスが来ない上にディオドラの眷属も到着した様子はない。

 

「……なんだ、この嫌な予感は」

 

 俺はすぐさま赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を展開し、謎の雰囲気に備える。

 皆もその雰囲気を察したのか、警戒を始めた。

 ―――その時だった。

 神殿の反対側にあるところに魔法陣が現れ、それが次々と現れていく。

 その数は一つや二つの騒ぎじゃない!

 何重にも魔法陣が描かれていく!

 

「―――これはアスタロトの紋様じゃない!」

 

 祐斗の叫びで俺たちは完全に戦闘態勢になった。

 アスタロトの紋様じゃない魔法陣がフィールド内に現れる……間違いなくこれは異常事態の他の何物ではない。

 ってことはつまり―――

 

「魔法陣一つ一つに同じ紋様の物はないですわ。だけどこの紋様は記憶通りだとすれば―――」

「旧魔王派、ってわけかッ!!」

 

 俺は目の前に現れ続ける悪魔―――禍の団(カオス・ブリゲード)に堕ちた旧魔王派の悪魔どもを睨みつける。

 その数は十や二十を軽く超えている…………下手をすれば千を超える旧魔王派の悪魔共だ!

 なんて数を送ってきやがる!!

 ってことはつまりこれは―――ゲームがテロ組織に乗っ取られた。

 こういう事か!?

 

「皆、一か所に集まって!」

 

 部長の一言で俺たちは一か所に固まり、俺たちを囲むような悪魔の軍勢に警戒する。

 ……それぞれにレベルの差異はあるだろうが、恐らく平均的には上級悪魔クラスの悪魔共だ。

 人数はまだ増え続けている。

 ―――結局、ヴァーリの忠告は正しかったのかよッ!

 

「忌々しき偽りの魔王の血縁者、リアス・グレモリーとその眷属よ―――今、ここで散り行くが良い」

 

 すると悪魔共は同時に魔力を集中させ、照準を俺たちに向けてくる―――ここは無理をしてでもどうにかするしかないッ!!

 

「ドライグ、フェル!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺はすぐさま赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏い、更にあらかじめ溜めていた創造力を使用して神器を強化する。

 鎧の形状は鋭角になり、そして鎧は赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)となった。

 

「部長ッ!俺が相手を薙ぎ払う隙に一気にここを離れてください!!」

「でもッ!!」

「早く!!これはゲームじゃない!!戦争と同じです!!」

 

 俺はすぐさま上空に飛び、手元に何重もの赤い魔力の塊を出現させ、そして上空からそれをあらゆる方向に撃ち放つ!!

 

拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!!」

 

 弾丸はその全てが拡散し、弾数が数百にもなって旧魔王派の悪魔共に雨のように降りかかる。

 それにより奴らの一部が行動不能となり、その隙を見て皆がそこから離れようとする。

 ―――すると俺に向かい、地上から旧魔王派が次々に魔力弾を放ってきた。

 

「赤龍帝を先に落とせ!!奴が消えれば我らの脅威はない!!」

「殺せ!!殺せェェェェ!!!!!」

 

 呪詛のような叫びと共に撃ち放たれる魔力弾。

 俺はそれを上空を飛びながら避け続け、そして神帝の鎧の真骨頂を発動しようとした。

 

「無限倍増、行くぞ!!」

 

 俺は神帝の鎧の能力である無限倍増を行おうとしたその時だった。

 

「キャァァァァッ!!!?」

「――――――なっ!?アーシア!!」

 

 俺の視線の先には鎖によって体を拘束されるアーシアの姿があった。

 しかもその鎖は上空から放たれており、そしてそこには―――ディオドラの姿があった!!

 

「ディオドラァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 俺は冷静さを欠如した状態でアーシアを拘束する鎖へと貫通の性質を付加させた魔力弾を撃ち放つッ!!

 ―――だけど、鎖は切れなかった。

 

『―――Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Boost!!!!!!』

 

 俺はすぐさま無限倍増を開始して自らの力を倍増し続け、アーシアの元に向かう!

 皆もアーシアの救援に行こうとするも、旧魔王派の悪魔共に防がれて出来ていない!!

 

「生かしては還さぬぞ、赤龍帝ェェェ!!!!!」

「くっ!!邪魔だぁぁぁ!!!」

 

 俺は特性を付加させず、ただ破壊力だけの魔力弾を撃ち放ちながらアーシアの元へ急ぐ!!

 アーシアは鎖に抵抗しているけど、あれはアーシアを攻撃しているわけじゃない!

 動きを封じるための束縛な故に、俺の渡した神器では対抗できないはずだ!

 俺は幾人もの旧魔王派を吹き飛ばし、そしてアーシアの元に辿り着いた。

 

「アーシア!!」

「イッセーさんッ!!!」

 

 アーシアの手と俺の手が触れ合う―――しかし俺の手は届かず、アーシアは鎖に拘束されたまま宙に浮いた。

 

「あはははははははははは!散々僕を馬鹿にしてくれたな、赤龍帝!!アーシアは僕が頂く!君は僕とアーシアが結ばれるその時を見ていろ!!」

「ふざけんじゃねぇぞ、ディオドラ!!!」

 

 俺はアスカロンを左籠手から引き抜き、そしてそれをディオドラに速射するッ!!

 アスカロンは空を切り、その剣先はディオドラの肩を貫通した。

 

「がぁぁぁぁぁああ!!!?き、貴様……赤龍帝!!!!」

 

 ディオドラはすぐさま剣を抜き、その場に投げ捨てて俺たちに膨大な魔力弾を放とうとした。

 くそ、謎のパワーアップの影響からか、俺の手から聖剣が離れたことで聖剣の力がダウンしたのかは分からないけど、思った以上にあいつにダメージが少ないッ!!

 だけど聖剣の傷の影響か、今は動きが鈍っている!!

 

「ゼノヴィア!今がチャンスだ!!」

「分かっている!!アーシア!!!」

 

 ゼノヴィアは足元を踏み蹴って飛翔し、デュランダルの聖なる波動を振動させながら剣を大きく振りかぶった。

 ディオドラがその場で捨てたアスカロンはどういうわけか、空中で浮きながら俺の元に戻ってきて、俺はそれを握るともう一度飛び上がって奴の方に向かう。

 

「―――良いのかい?そんなオーラを放つ聖剣を振りかぶればアーシアは死ぬよ?」

「なッ!?―――くっ!!」

 

 ゼノヴィアの動きは一瞬止まり、その隙を突いてディオドラはゼノヴィアへと魔力弾を放った!

 ゼノヴィアは剣を盾にそれを防ぐも、体勢を崩して地面に落ちて行く。

 ―――アーシアに俺の渡した神器があったことを忘れたのか!

 ……だけどゼノヴィアの判断は正しい。

 流石の創造神器でも聖なるオーラに対抗できるかどうかは不明な所だ。

 もしものことを考えたら―――くそ!!

 

「無様だ、汚いドラゴン君」

 

 ディオドラは俺に魔力弾を放つが、俺はそれを拳で相殺する―――だけどそれがタイムラグを生んだ。

 アーシアは空中に出来た空間の歪みに囚われ、身動きが取れずにその歪みに消えていく。

 もう、間に合わない―――ならアーシアを安心させるんだ。

 

「―――アーシア。絶対に助けに行く。大丈夫だ―――だから待っておいてくれ」

「イッセーさん、ゼノヴィアさん…………はいッ!私、皆さんを信じています!!」

 

 ……俺は間に合わないことを悟ると、アーシアにそう言って上空から落ちて行くゼノヴィアを救出して地上に降りる。

 ディオドラはアーシアと共に歪みに消え、そして最後に……

 

「君たちは禍の団のエージェントに殺されるが良い。この人数だ―――もし生き残れたのならば、神殿の深奥に来るが良いよ。素敵なものが見れるから」

「―――ほざいてろ、低能。お前みたいな雑魚じゃあ何も出来やしねぇよ」

 

 俺はそう捨て台詞を言うと、ディオドラの気配は消えた。

 

「何故だ!!イッセー!!!なぜアーシアの所に行かなかった!!!お前ならば間に合っただろう!?なのになぜ私を先に助けた!!!」

 

 ……ゼノヴィアは俺にそう言って、涙を浮かべてそう懇願する。

 俺の鎧を弱弱しく殴り、寄り掛かるように蹲った。

 

「―――しっかりしろ、ゼノヴィア」

 

 俺とゼノヴィアは旧魔王派に囲まれ、よく見ると他の皆は俺たちの救出に動いていた。

 何十、何百も悪魔がいるがそんなのお構いなしに俺はゼノヴィアに話し続ける。

 

「アーシアが待つって言ったんだ―――さっさとこの屑共を消し飛ばして、ディオドラを潰しに行くぞ」

「イッ……セー?」

 

 ゼノヴィアは力弱くそう呟く……故に俺は敢えて叫ぶ。

 

「―――さっさと立て、ゼノヴィア!!いつもの馬鹿はどこに行った!?簡単だろう!!奪われたから奪い返す!!お前の残念な頭でも分かるだろうが!!」

「……………………ああ、そうだね」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを握り、立ち上がる。

 そしてその剣先を俺たちを囲む旧魔王派の連中に向けた。

 

「目が覚めたよ、イッセー……さっきの発言は取り消してくれ―――久しぶりに私も堪忍袋の緒が切れた」

「同感だ、相棒―――同じ伝説の聖剣を持つ者同士、あいつらを殲滅するぞ」

 

 俺とゼノヴィアは背中越しに聖剣を構える。

 そして同時に動こうとした―――その時だった。

 

「―――その覚悟、気合。あっぱれだ」

「久しぶりにあたしも良いもんが見れたな。礼を言うぞ、この集まることしか能がない糞悪魔の能無し旧魔王派共」

 

 その二つの声が響いた瞬間、俺たちの周りに居た旧魔王派の悪魔たちは一瞬でぶっ飛ぶ―――え?

 確か数百人いたはずなんだけど……中級悪魔や上級悪魔が一気に吹き飛んだ?

 俺は先ほど聞こえた方向を見ると、そこには―――二人の男女が居た。

 袖のない服から見える、その鍛え抜かれた強靭な腕とその腕にある無数もの傷跡。

 短髪で、目はサイラオーグさんよりもギラギラしたまるで恐竜のような風格をあらわにしてる悪魔と、その傍に立つ目が鋭く、腰まで届く金髪を雑に後ろで結っている綺麗だけど雌豹のような女性。

 だけどその女性からもとんでもなく恐ろしいオーラが出ており、そのレベルはその男―――三大名家最強と謳われる男と同等だろう。

 そう、そこには―――ディザレイド・サタンとシェル・サタンがいた。

 

「で、ディザレイドさん!?ど、どうしてここに!!」

「久しぶりだな、兵藤一誠。娘と会ったようで嬉しく思う……が、今はそんな悠長なことを言っている場合ではないようだな」

「見りゃあ分かるだろ、この筋肉ダルマが」

 

 ……口が悪いな、この人!

 見た目とのギャップがあり過ぎて怖いわ!

 

「まぁ良い。ここはあたしとディーに任せて先を急ぎな」

「で、でもこの人数です!三大名家と言えど―――」

 

 俺が反論しようとすると、瞬間的にシェルさんが俺とゼノヴィアの前に現れて俺たちの体を軽々と持ち上げ、部長たちが戦っている方向に投げた……投げた!?

 

「餓鬼は大人のいう事を聞いとけ!!」

「ちょ!?ディザレイドさん!?」

「ど、どういうことだ!?私とイッセーの華麗なコンビネーションは!!?」

「………………すまんな。俺の嫁はこう、鬼なもので」

 

 ディザレイドさんが申し訳なさそうな声でそう言うが、俺とゼノヴィアはそんなのお構いなしに絶賛交戦中の部長たちの方に飛んでいく。

 俺は鎧を身に纏っているから良いけど、ゼノヴィアは生身だ!

 俺はゼノヴィアを抱えてそのまま旧魔王派の連中のところに突入―――結果的に部長たちの元にたどり着き、更に衝突の勢いで何人か倒せた。

 

「え、イッセーとゼノヴィア!?どうして飛んできたの!?……っれそれは良いわ!早くここを薙ぎ払って神殿に向かうわよ!!」

「そうなんですけど……ディザレイドさんとシェルさんがここは私たちに任せろって……」

「三大名家!?……でも流石にこの人数を二人で相手にするのは―――」

 

 部長は辺りを見渡すと、未だに人数が増え続ける旧魔王派共の姿がある。

 その数は千人をも超えているはずだ。

 これは抜くことも困難だぞ!?

 

「―――キャッ!?」

 

 ―――するとまた悲鳴が聞こえる。

 そっちを見ると、悲鳴を上げた朱乃さんが居て、更にその傍に人影が!!

 

「敵か、くそぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は敵と認識してその影に拳を放とうとした―――が、それを寸前で止めた。

 何故か?それはそこにいたのは敵ではなく……朱乃さんのスカートを捲って朱乃さんのパンツを見ているエロ爺がいたからだった。

 

「ふぉふぉふぉ……危ないのぉ。その拳がこのおいぼれに当たったらどうする気じゃったのかのぉ」

「あんたは―――オーディン!?」

 

 俺はまさかの人物の登場に驚いて情けない声をあげた。

 そりゃそうだろう―――俺たちの前には何せ、北欧神話の主神であるオーディンがいるのだから。

 

「オーディン様!どうしてこのような戦場にいるのです?」

 

 すると部長は驚きながらも爺さんにそう尋ねた。

 爺さんの登場で旧魔王派も動きが止まり、一触即発の空気になっている―――下手に手を出せば殺される、そんな空気になっているくらいだ。

 そりゃあ神様だからな。

 奴らもそれくらいは分かってるんだろう。

 

「話せば長くなる―――簡潔に教えてやろう。禍の団がこのゲームを乗っ取ったんじゃ」

「えらく簡単だな、おい」

 

 俺は既に分かり切っていることを言われてそう言うと、オーディンは「ほほほ」と笑う。

 ……この爺さんには敬意が湧かねぇよ。

 

「此度の一件の原因はディオドラ・アスタロトの反逆。即ちあの小僧が旧魔王派の手を引いたのじゃろう。奴の急激なパワーアップも組織が関わっているはずじゃ。しかも厄介なことにお前たちのいるこの空間は面倒な結界で覆われており、このオーディンを以てして数人しかここに送ることは出来んかった―――たまたま傍にいたディザレイドとシェルしかな」

「……大体理解は出来たよ。それでその結界ってのは何なんだ?神である爺さんですら干渉が難しいレベルと言えば―――」

「―――神滅具(ロンギヌス)じゃよ」

 

 ―――ッ!?

 俺たちはその言葉に衝撃を受ける……神を殺すためのシステム、神滅具。

 俺の籠手のそれやヴァーリの翼と同じものってわけか。

 厄介なものが敵に回ったものだな。

 

「名は絶霧(ディメンション・ロスト)。神滅具の上位ランクに名を記す伝説の神滅具の一つじゃ。空間、結界に対して抜きんでた能力を誇るものじゃ。この神―――魔術、魔法関連に特化したわしですら干渉が難しいものとなると、術者は神滅具があろうとなかろうと相当の実力者じゃな」

 

 オーディンはその左目を軽く覗かせながらそう呟いた。

 そこには水晶のような義眼が埋め込まれており、その義眼は魔法文字や呪術文字あどが記されているなど、多少気味の悪いもののように感じた。

 

「さて、アザゼルの坊主からお前たちにこれを渡すように頼まれたのじゃ」

 

 するとオーディンは部長に耳に付けるタイプの通信機のようなものを渡し、部長はそれを受け取って眷属全員に渡す。

 恐らくはアザゼルと通信を取るためだろう。

 

「オーディンッ!!貴様を打ち取れば我らの名は上がる!!ここで死んでもらおう!!」

 

 するとその均衡を破った一人の旧魔王派の悪魔はオーディンに向かって魔力の塊を放った。

 それに続くように他の悪魔共も魔力弾を放ち―――

 

「己の高も知らぬ低能共は黙っておれ―――神の御前じゃぞ?」

 

 オーディンはその全てを指を少し動かすだけの動作で全てを無力化した。

 ……圧倒的だ。

 これが神の力、か……恐ろしいな。

 

「さぁ、行くが良い。ここはこの爺に任せてのぉ」

「で、ですがオーディン様!この人数はいくらなんでも御一人では―――」

 

 その時……ドゴォォォォォォォォン!!!!

 ……近くの方から激しい轟音が響き渡る。

 俺たちは突然のことにそちらを向くと、そこには……

 

「―――消え去れ。覚悟なき者よ」

 

 その強靭な腕を旧魔王派の悪魔共に振るい、一度に百単位の悪魔を屠るディザレイドさんがいた。

 腕には同色のオーラが噴出しており、そのオーラに俺は背筋が凍る―――世界は広い。

 何てレベルのオーラだ。

 あんなものをまともに受ければ無事では済まないぞッ!!

 

「若き悪魔よ。この戦場においてお主らの実力では逆に足手まといじゃ―――神殿に行くのじゃろう?仲間を救うのじゃろう?結構な事じゃ―――行け、ここはわしたち大人に任せてのぉ」

「……爺さん」

 

 オーディンはそう言うと、手元に槍らしきものを具現化させ始めた。

 その隙を突こうとして悪魔共はオーディンに襲い掛かってくるが……

 

「貴様ら。敵をオーディン殿だけと考えているのか?」

「これだから蠅共は気持ち悪いことこの上ない」

 

 しかし、それは二人の悪魔の猛烈な攻撃により無力化された。

 ―――強い。

 三大名家と謳われたディザレイド・サタンとシェル・ベルフェゴール。

 一角のガルブルト・マモンとやり合ったこともあるけど、この人達の実力は段違いだ。

 恐らく魔王にも匹敵するほどのレベル―――あの時、ガルブルト・マモンが本気を出していたかは分からないけど、ホント嫌になるな。

 俺が目指す世界は、こんな奴らが集まっているなんてな。

 

「助太刀、感謝するぞ―――グングニル」

 

 オーディンは槍の具現を終わり、そしてその槍を投げ放つ。

 その瞬間―――その場にいた数十人は跡形もなく消し去ったッ!!

 槍から放出されたあり得ないほどのオーラに当てられてやられたのか?

 ……なんでもありかよ、神様。

 

「さぁ、行け。兵藤一誠とグレモリー眷属。ここは俺たちに任せて仲間を救ってみせよ―――若き世代の可能性は無限大だからな」

「カッコつけてんじゃねぇよ、ディー………………戦場で女口説くなよ、バカ」

 

 ―――あぁ、ディザレイドさんがこの人に惚れた意味がなんとなく分かった気がした。

 色々とギャップが凄まじいな、この人。

 

「―――ッッッ!!?早く逝きな、糞餓鬼ども!!!頭に風穴開けられてぇのか!?」

 

 そして怒り狂うシェルさん―――いつの間にか具現化させた黒い銃をバンバン撃つもんだから、俺たちは走るしかなかった。

 

「皆、行くわよ!!」

『はい!!』

 

 部長の言葉に頷いて、俺たちは神殿に向けて走り出す。

 すると俺たちの周りに何か膜?のようなものが張られ、それは旧魔王派共の攻撃から俺たちを守っていた。

 俺はその膜から感じるオーラの方向を見てみると、そこにはオーディンが何か丸い球体を操作する姿がある。

 

「神殿までは守ってくれよう―――さて悪魔共。この老体を偶には動かさぬと鈍ってしまうからのぉ……少しは気張ることを期待する」

「ここで貴様たちは俺が屠る―――覚悟しろ」

「ディー!!さっきのことは何でもねぇからな!!―――あぁ!!てめえらが全部悪い!!この憂さ晴らしはさせてもらうから!!!」

 

 …………シェルさん、それは完全なる逆恨みです。

 俺は心の中でそう思いつつ、三人の頼りになり過ぎる背中を見ながら神殿へと走って行くのだった。

 

 ―・・・

 俺たちは次々に現れる旧魔王派の悪魔共の攻撃から避け続け、ようやく神殿の前まで到着した。

 神殿前に到着すると耳に通信機を付けて、そこから何か反応を待つこと数秒。

 通信機から何か音声が届いた。

 

『あぁ、こちらはアザゼル。お前たち、無事にオーディンからそれを受け取ったみてぇだな』

「アザゼル」

 

 そこから流れる音声はアザゼルの声で、アザゼルは少し安心したような溜息を漏らす。

 

『とりあえず言いたいことはあると思うが、話を聞いてくれ―――現在、俺を含むレーティングゲームの観戦席、VIPルーム、そしてそのフィールド。そこにはうじゃうじゃ旧魔王派がいる』

「それは分かっているわ」

『続けるぞ。この件についてはある程度の予見は出来ていた―――ってか、イッセーもある程度納得はしているだろう?』

「……ああ。なんとなく、嫌な予感はしていたよ」

 

 もしかしたらアザゼルとのあの時の会話で予感はしていたのかもしれない。

 だからこそ、アーシアにあんなものを渡したんだ。

 完全なる守護の神器を、な。

 

『そう、予見していた。旧魔王派共は禍の団においては現状、最大勢力だ。そして俺が立案した―――奴らのテロ行為を事前に察知し、逆に一網打尽にする』

「待てよ。つまりお前はこの展開を予見した上で俺たちをここに送り込んだって言うのか!?」

『ああ―――責任は全て俺にある。後でお前やリアスたちに非難されることだって覚悟の上で、もしお前たちが死んでいたら……俺も首を斬らせるつもりだった』

「………………」

 

 俺はアザゼルの声音で少し上がった怒りが静まる―――確かに危険な賭けではあった。

 だけど今回の事柄で旧魔王派の悪魔共を一掃出来れば、確かに今後の悪魔陣営にとっては得は多い。

 …………今は身内で言い争っている場合じゃない、か。

 

「アザゼル。教えてちょうだい……ディオドラのパワーアップは原因は何?」

『おそらく、禍の団が何か力を上げるアイテムでも創りだしたんだろう……テロ組織ってやつは無駄に高性能な危険物を創りやがる。おそらく媒介はオーフィスが置いていった奴自身の力―――有限だからこそ、それを改造し、強化し発展させたのが俺の予想だ』

「……借り物の力であいつは―――ふざけんな」

 

 俺は神殿の壁を拳で殴ると、その神殿の壁は軽く消し飛ぶ。

 ……怒りは抑えて、抑えて、あとで爆発させろ。

 

『この事態を予見していた理由の一つは、お前たちには黙っていたが現魔王の血族のものが不審死するという事件が原因だ。お前たちは知らないだろうが実はグレイフィアやサーゼクスの下僕は陰から悟られずお前たちの護衛をしていた。不審死っていうのはおそらく旧魔王派の者共による暗殺だろう―――首謀者は旧魔王派の旧ベルゼブブと旧アスモデウスの子孫。そして予見できた最大の理由は』

「ディオドラの馬鹿な行動ってわけか」

『ああ。奴らとしてもあの行動は予想外だったろうな―――敵ながら愚かな行為だ。俺は今からお前たちを裏切ります、と言いたいような行動だ。だがここからが本題だ―――奴らはそれを承知でテロを行っている(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ってことだ』

 

 アザゼルの意見には俺も賛成だ。

 何せ、相手に予見されている行動をわざわざ実行に移したんだからな。

 たぶんオーディンがこの場にいるという事は他の神話の神々とか他勢力も旧魔王派狩りに参加しているんだろう。

 見た感じ旧魔王派の人員は相当なものだと思うけど、でも何か裏がありそうだな。

 

『この点がポイントだ―――奴らにはこんな失敗するような計画を実行に移すだけの理由がある。それが判明するまでは俺も迂闊なことは出来ねぇんだ。一応俺もお前らのいるフィールド内で旧魔王派共と交戦しているが、いかんせんフィールドが広大過ぎてお前たちの援護にも回れねぇ』

 

 アザゼルがそれを言い終わると、一度間を置いた。

 

『……悪いな、リアス。お前たちを危険なことに巻き込んで。お前が眷属を愛しているのは知っている―――すまない、俺の行動でお前たちを危険な目に遭わせた』

「……私たちは別に良いわ―――でもアーシアがディオドラに連れ去られたわ」

『―――なっ!…………そうか、あの野郎は……ッ!!』

 

 するとアザゼルは明らかな怒気を含ませた声音を響かせる。

 

「―――俺はアーシアを救いに行く」

『…………神殿には何があるか分からねぇんだ。お前たちのいるところだって安全とは言えない―――ここからは俺たちに任せて」

「―――ふざけんな。何を言われようが俺は助けに行く…………アーシアと約束したんだ。絶対に助ける、だから待っておいてくれって―――何があっても助ける。止められても、俺は一人ででも行く」

「……一人で行って貰っては困るな―――私だってアーシアの友達だ。一人で格好つけるなよイッセー」

 

 ゼノヴィアは俺の肩を掴んでそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

 ……ああ、そうだ。

 これは俺一人の気持ちじゃない。

 

「私は王様よ。アザゼル、たとえ命を賭けてでもアーシアの元に行くわ」

「妹みたいな存在ですもの―――助けて当然ですわ」

「……協定以上に、アーシア先輩を尊敬していますから」

「お、同じ僧侶の仲間を失いたくないですぅぅ!!!」

「僕も皆の意見と同じです―――僕の剣は仲間を守るため剣です」

 

 皆がアザゼルに向かってそう言うと、アザゼルは苦虫を噛んだような声を上げ、しばらくすると……

 

『―――頑固なのはいつも通りかよ。ああ、くそ…………行け、俺の教え子共!!そんでアーシア救って俺の前にもう一回顔見せろ!今回はお前たちには縛りはない!!本当のお前たちがどれほどの物か、あの勘違い野郎に見せつけろッ!!!!』

『当然ッ!!』

 

 俺たちは声を合わせてそう言うと、神殿の前で立ち尽くす。

 

「イッセー。あなたの出番は最後までとっておくわ―――ごめんなさい、今回はあなたを頼ることが多くなるかもしれないから、先に謝るわ」

「謝らないでください―――俺も最後まで怒りはとっておきますから」

「そう……小猫、アーシアのいる場所は分かるかしら?」

 

 俺が部長にそう言うと、小猫ちゃんにそう言った。

 小猫ちゃんは猫耳をピョンとだして、それをフリフリと揺らしながら何かをサーチしているような仕草を取り、そして神殿の奥へと指さした。

 

「……神殿の奥からアーシア先輩の気を感じます」

「なるほど、神殿の奥ね―――イッセー、貴方がアーシアに渡した神器について教えてくれるかしら?」

 

 すると部長は小猫ちゃんの説明を聞いた後に俺にそう聞いた。

 現状の確認をするためだろう……俺はアーシアに渡した神器の説明をした。

 

「……はい。基本的には完全な防御のための神器です。能力もさっきオーディンがしたような防御の術に似ています―――ただ対象限定がアーシアを傷つける、って具合に絞っていますからさっきみたいに拘束の類には利きません。ディオドラがアーシアに暴力を振るえば間違いなく神器の効力は発動するので、最低限の安全は確保できているはずです」

「神器はどれくらい持つかしら」

「恐らくは今の状態―――今は俺は神帝の鎧の無限倍増を止めていますが、これを発動すればあまり長くは持ちません。防御レベルは神滅具に近づいてはいますが、一度に大きな攻撃を受けたらフィードバックでダメージを受ける可能性も……最低限、命を守るための神器ですから」

「いえ、十分よ―――急ぎましょう」

 

 俺の説明を聞いて部長は神殿へと一歩、足を踏み入れる。

 ―――アーシアを傷つける奴は許さない。

 例えそれが神様や魔王様で…………どんな奴でも俺がこの手でぶっ倒す。

 だからアーシア、待ってろ。

 すぐに助けに行くから……だから待ってろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―・・・

『Side:???』

『どうやら悪魔共が何か起こすみたい。あんたはどうするの?』

「アルアディア……さぁね。何にも覚えていない私にそんなことを聞くのはあれだと思うけど?」

『そう?でも―――赤龍帝も居るみたいだけど』

「…………そう」

『おや?反応したみたいね?』

「別に反応なんてしてないよ―――良いよ。私も見に行ってあげる。それであの時、赤龍帝が傷つけられて怒った理由が分かるなら……ふふふ」

『?何が可笑しいんだい?』

「さぁ、分からないなぁ―――でも何故か、見に行くことが楽しいんだ。何故かは分からないけどねぇ」

『そう……さぁ、生まれたての雛鳥が起きていられるのは少しだけなのだから、早く行こうじゃない』

「―――次は何を見せてくれるのかな?創造の龍を身に宿す赤龍帝は」

 

『Side out:???』



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第8話 圧倒のグレモリー眷属

 アーシアの抜けたグレモリー眷属はアーシアのいる神殿の奥へと向かい走っていた。

 神殿の中は特に旧魔王派の奴らがいるわけでもなく、ただ静かすぎる不気味さは残るぐらいのただの神殿。

 何となくギリシャ神話に出てきそうな内装をしており、たぶんどっかの神殿をモチーフにして創ったと予想される。

 恐らくは神滅具の一つ、絶霧(ディメンション・ロスト)によって生み出した空間なのだろう。

 ただ一つ、この神殿のおかしなところと言えば……神殿の中が広大過ぎるところだ。

 目視では壁も見えない神殿で、更に神殿を抜けるとまた前方に神殿が見える始末。

 幻術の類なら良かったけど、残念だがこれは単純に神殿が連なっているだけだから最短ルートなんてものは存在しない。

 だからこうやって走って神殿の奥へと向かうしかないんだ。

 

「…………待ってください。人の気配がします」

 

 すると小猫ちゃんは皆にそう静止をかけ、一人立ち止まった。

 つい先ほど神殿の一つを抜けた俺たちの前にはまた新しい神殿があり、俺たちは今しがたそれに突入しようとした最中の出来事。

 小猫ちゃんは猫耳をピコピコ反応させて神殿を見ている……仙術で人の気配を察知したんだろう。

 小猫ちゃんの仙術の精度は黒歌との特訓からか、右肩上がりで上がっているって聞いたからな。

 小猫ちゃんの言い分はおそらく正しいと判断した方が良い。

 

「そう……皆、ここからは心して行くわ。いつ相手に襲われるか分からないから、最新の注意を払って行くわ」

 

 俺たちは部長の言葉に無言で頷き、新たな神殿へと突入していく。

 そしてある程度神殿を走ったところで、俺たちの前にはローブを深々と被った人物が数人も現れた。

 全員体格は小柄……大体10人ほどの者。

 でも確かこいつらは―――ディオドラの眷属。

 素顔は知らないけど確か全員が女だったはずだ。

 俺たちはその場で立ち止まり、一気に臨戦態勢となる―――今、ここでこいつらと戦えってわけか。

 裏切り者はディオドラだが、それに加担するならこいつらを見過ごすことは出来ない。

 俺はすぐさま鎧の無限倍増を再び開始させようとしたその時―――

 

『やぁ、グレモリー眷属の皆さん』

 

 ―――突然、アナウンスのような機械音のディオドラの声が空から聞こえた。

 ゲームのアナウンスシステムでも使っているんだろうな。

 

『あれ?意外と静かだね、赤龍帝。僕としてはもっと焦る君を見たかったんだけど』

「焦ってんのはお前だろ?大方、アーシアには触れることも出来ないとは思うけど」

 

 俺はそう言うと、ディオドラは図星でも突かれたように言葉を濁した。

 ……アーシアに渡した神器は、アーシアが仲間と認識する者以外からは触れることすらできない仕組みになっている。

 まあそれが災いしてさっきのような鎖などの物体の拘束からは逃れられなかったんだけどな―――要は神器の能力を”他人が触れることを防ぐ”のと”物理攻撃の無力化”に絞ったおかげでただアーシアを拘束する鎖は無効化できなかった。

 あれがディオドラが直接アーシアを攫おうとしていたら、それすらも敵わなかったんだけど……

 とにかく、ディオドラからアーシアに触れることはまずない―――あいつが神器の防御を突破するほどの攻撃をアーシアに与えない限りは。

 

『……まあ良い。僕も暇なんだ―――一つ、ゲームをしないかい?』

「……ゲーム?」

 

 その言葉に部長の眉がぴくっと動いた。

 ……少し頭に来ている顔だな。

 それは俺も同感だ―――アーシアを攫っておいて、何がゲームだ。

 あいつの言うこと成すことは全て嘘だらけだ。

 

『ああ、そうさ。レーティング・ゲームは中止となったからね。それの代用としてゲームをしよう。ルールは至って簡単。各眷属が駒を自由に出す。それを続けて君たちは神殿の奥に来れば良いさ。ただし一度使った駒は僕の所に来るまでは使えない―――簡単だろう?』

「………………えぇ、良いわ」

 

 部長は少し考えると、そう許諾した。

 ―――アーシアは俺の神器である程度の安全は保障されているとはいえ、人質として捕えられている。

 あまり勝手な行動は取れないから頷くしかない、か。

 

『賢明だね―――さぁ、じゃあ僕はまずそこにいる『兵士』八名と『戦車』二名を出そう。既に『兵士』は『女王』に昇格済みだけど、良いよね?だって君たちは赤龍帝君を飼い慣らしているのだから』

 

 ……初手から一五名中の十人を投入してくるか。

 俺はディオドラの馬鹿らしいゲームメイクに溜息を吐きながら、部長を見た。

 ―――部長の王としての素質はあんな外道とはレベルが違う。

 もう奴とは土俵が違うんだ。

 だからこそ言える…………これはゲームなんかではない。

 たぶん俺が戦わなくても圧勝する―――そもそも、今、俺の名前だけを出した時点で奴の敗北は決まっている。

 赤龍帝を飼い慣らしている……か。

 典型的な慢心悪魔だ。

 ……グレモリー眷属は俺だけじゃない。

 聖魔剣の祐斗、デュランダルのゼノヴィア、雷光の朱乃さん、仙術の小猫ちゃん、停止と吸血鬼のギャスパー、誰でも癒すアーシア、そして俺たちの『王』である部長……リアス・グレモリー。

 前回のゲームでは俺たち特有の爆発力を活かせなかったおかげでソーナ会長たちと競り合ったが、規制のない俺たちの強さは既に……若手悪魔を超えている。

 それすらも理解できないあいつはもう上級悪魔ですらない。

 

「はぁ……イッセーを出すまでもないわ―――私たちの初手は小猫、ギャスパー、ゼノヴィアよ」

 

 部長がそう言う―――祐斗と俺は後々の切り札ってわけか。

 だけどこのメンバー……なるほど、小猫ちゃんとギャスパーの成果を見せるってわけか。

 俺の指導を受けるこの後輩二人で相手の兵士は十分だ。

 

『へぇ、この人数で僕の駒を相手にするのかい?はは、死んでしまうよ?』

「あなたは高見で見ていなさい―――あなたは何も得ることが出来ないわ。勝利も女も、何一つ」

 

 部長はそう言い捨てると先ほど呼んだ三人に視線を向ける。

 ディオドラが何か喚いているようだけどそれを俺たちは全て無視した。

 

「ゼノヴィア。あなたには『戦車』の殲滅を頼むわ。本当はここでイッセーか祐斗を出したいところだけど、イッセーは後が控えているの……あなたの全力を見せて頂戴」

「ああ――そういうのは得意だ。私も騎士として尋常に参ろう」

 

 部長がそう言うと、ゼノヴィアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「小猫ちゃん、ギャスパー。俺と一緒に修行をしてんだ―――圧倒して来い」

「……はい」

「任せてください、イッセー先輩!!」

 

 小猫ちゃんとギャスパーが俺の言葉に頷くと、俺は満を持して鎧を一部分解除し、制服のボタンを外して首元をさらけ出す。

 ―――緊急事態だから仕方ない。

 恥を忍んで俺はギャスパーに吸血行為を促した。

 

「吸え、ギャスパー」

「え……っと、良いんですか?」

「良いから早くしろ―――後で面倒なことになることは間違いねぇんだから」

 

 俺は厳しい視線に耐え、そうギャスパーを急かすとギャスパーは少し背伸びをして俺の首元に唇を近づけそして……カプッ……その音と共に俺から吸血を始めた。

 ギャスパーの喉元からゴクッ、ゴクッという音が響き、ギャスパーは俺から血を吸い続ける。

 …………………………どんだけ飲むつもりかは分からないけど、少し経ってギャスパーのオーラが急激に変化した。

 不気味なほどのオーラの上昇、目は怪しく光る。

 

「んくっ…………はぁ、はぁ……美味しかったですぅ……」

 

 ギャスパーは俺の血を口元から一筋垂らして蕩けた表情で惚気ていた。

 ……この野郎、絶対この機を逃さずって感じでいつも以上に飲みやがったッ!!

 おかげで貧血だよ、チクショー!

 

「……ギャー君。後で覚悟して」

「ギャスパー。後で断罪するからな」

 

 小猫ちゃんとゼノヴィアは未だ惚気ているギャスパーの首根っこを掴んで戦場へと足を踏み入れる。

 ……情けねぇ姿だけど、でもギャスパーも小猫ちゃんもゼノヴィアも、一階の下級悪魔の次元を軽く超えている。

 

『じゃあ始―――』

「まずは初手だ―――アンダー・デュランダル!!!」

 

 突如、ゼノヴィアの叫びと共にディオドラのアナウンスは遮られ、地中から聖なるオーラの斬撃が放たれる。

 地面を削るように相手の眷属に放たれる聖なる斬撃波。

 ……ゼノヴィアは実はデュランダルを地面に軽く突き刺したまま部長とディオドラの掛け合いを聞き、その場に立ち止まっていたんだ。

 アンダー・デュランダルは前回のゲームでゼノヴィアがソーナ会長の僧侶二人を一撃で屠った技。

 地中に自身では対処しきれない聖なるオーラを溜め、それを一気に斬撃波として大地を削るように放つ技……地面から聖なる斬撃波が放たれると言った方が良い。

 突然の不意打ちに加え対処がとり難く、仮に躱せても反応が大幅に遅れる。

 ……ゼノヴィアの開始早々の攻撃により、相手の『戦車』と『兵士』は完全に分断され、小猫ちゃんとギャスパーは『兵士』を、ゼノヴィアは『戦車』の前に立ち塞がった。

 ―――ゼノヴィアはいつの間にアンダー・デュランダルをデュランダル単体で出来るようになったんだろうな。

 今まではデュランダルの力が強すぎて、操作が難しく、簡略化のために祐斗の創る聖魔剣を接続具として電流のように流すことで自身の負担を軽減していた。

 それをデュランダル単体で発動出来るとは……これで役割は分断できた。

 

「とはいえ、二人の相手は昇格した『兵士』。面倒な事には変わりないな」

「ええ……でも大丈夫よ。それを貴方が一番よく理解しているでしょう?」

 

 部長の言葉に俺は頷く。

 ああ、問題はない。

 俺が小猫ちゃんとギャスパーの頑張りはしっかりと見ているからな。

 ……ギャスパーは神器関連を、小猫ちゃんは近接戦闘を。

 後輩組は俺にすぐ甘えてくる一方で俺の隣に立ちたい意識は人一倍高く、それ以上に誰よりも努力家だ。

 ギャスパーは暇さえあれば俺やアザゼルに神器関連の事を聞いてくるし、小猫ちゃんは黒歌と俺に稽古を良く頼む。

 そんな二人は負けやしない!

 

「……アーシアは、優しい女の子だ」

 

 するとゼノヴィアは『戦車』二人の攻撃を悠然と避けながら、デュランダルを片手に独白を始めた。

 

「私は最初、アーシアに魔女だの信仰心が足らないだの、挙句私は断罪しようとした―――私は馬鹿だ。アーシアの本質も知らず、そんな愚かなことをしようとした」

 

 ゼノヴィアの動きは速くなり、次第に相手の『戦車』が反応できないほどの速度となり始める。

 しかしゼノヴィアの独白は止まることはない。

 

「だがアーシアはそんな愚かな私に、どうしようもない私に話しかけてくれた!友達と言ってくれた―――だからアーシアを返してもらう!!私も大切な友達を―――仲間を返してもらう!!!」

 

 ゼノヴィアの叫びで『戦車』は一瞬怯んだように足を止める。

 そりゃあそうだ……何しろ、ゼノヴィアのデュランダルから発せられる聖なるオーラは許容の範囲を大幅に超えるほどの出力を出しているんだからな。

 そのオーラはまるでゼノヴィアの叫びに、想いに反応するかの如く光り、ゼノヴィアを覆っていた。

 

「デュランダルよ、私の想いに応えてくれッ!!協力してくれ―――アーシアを助けるために全てを切り裂く力を!!」

 

 ゼノヴィアの言葉にデュランダルはパァァァっと更に光り輝いた!

 …………その瞬間、俺の腕からドクンという鼓動が生まれる。

 俺の籠手にはアスカロンが収納されている―――その左手の籠手から聖なるオーラがまるでデュランダルと共鳴するように反応し、光り輝いていた。

 まるでこれは―――ゼノヴィアに応えるかのように。

 

「そうか、お前はゼノヴィアの力になりたいか……行け、アスカロン」

 

 俺は籠手からアスカロンを引き抜き、ゼノヴィアのいる方にアスカロンを投剣する。

 アスカロンはゼノヴィアの足元に突き刺さり、ゼノヴィアはそれを一瞬見た。

 

「……お前は私に力を貸してくれるのか?」

 

 ゼノヴィアはアスカロンにそう問いかけると、アスカロンからはまるでその問いに肯定するかのような光を輝かせる。

 ……アスカロンは俺を真の所有者として認め、結果的に従来のアスカロンを遥かに上回る力を体現した。

 デメリットで他人がアスカロンを持つことは出来ず、俺専用の武器になっていた―――そんなアスカロンがゼノヴィアの想いに当てられ、あいつに一時的に使用を許可した。

 これは他の誰も出来ないこと……聖剣に愛されている、って言ったら聞こえが良いか。

 ゼノヴィアは地面に突き刺さるアスカロンを引き抜き、力強く柄を握る。

 

「ならば力を貸してくれ、デュランダル、アスカロン!!お前たちの力を以て私を友達を助ける剣となれぇぇぇぇ!!!!」

 

 ゼノヴィアはデュランダルとアスカロンを交差させて聖なるオーラを溜め始めた。

 ……あれはこの前、祐斗相手に放ったゼノヴィアの新しい技!

『戦車』の二人はそれを察知したのか、すぐさま動き出す!

 が、ゼノヴィアはそれを察したように後方に飛び、更にアスカロンを振りかざした。

 アスカロンの一閃、それにより『戦車』に聖なるオーラの斬撃が飛ばされ、それを『戦車』はガードしようとするも―――ゼノヴィアの一閃には敵わない。

 防御のおかげか外傷は少ないが地面に倒され、そしてゼノヴィアはデュランダルを上空に向けた。

 見る見るデュランダルからは聖なるオーラが溢れ出て、それはデュランダルの剣先で球体となり始める。

 

「……あれは恐ろしいよ。テクニックとか一切関係なしに相手を圧倒できる必殺技みたいなものだからね―――あれは屋内戦の被害を考えなければ無類の強さを誇るよ」

 

 実際にゼノヴィアの一撃を受けた祐斗は若干顔を青くしながらそう呟くと、ゼノヴィアの創った聖なるオーラの塊はあいつの上空で浮かぶ。

 あれは一度出来ればいつでも技をゼノヴィアの任意で発動できる―――あいつは無意識であの技を生んだと思うが、そのバカさ加減でとんでもない技になっているはずだ。

 つまりいつでも発射できる必殺の大砲を常備して、近接戦闘を行える。

 デュランダルだけならばあの球体の操作で上手く近接戦闘は出来ないだろうが、今のゼノヴィアにはアスカロンがある。

 要は―――二刀流専用の技。

 あいつの可能性も祐斗に負けず劣らず相当なものだな。

 

「―――この技は決まればお前たちの命は間違いなくない。故に選択させてやる……ここで断罪されるか、素直に負けを認めて拘束されるか。せめてもの情けだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 ……『戦車』は何も言わない。

 ―――そう、一言も言葉を発さないんだ。

 何故かは知らない……本当に何でなんだろうな。

 ディオドラの愚かさも理解しているはずなのに。

 そもそも勝ち目がないことなど最初から分かっていたはずなのに。

 ……『戦車』は同時に動き始める。

 速度は速く、戦車としての才能には伸びしろもあるだろう。

 …………だけど選んだのはその道。

 

「そうか……残念だ――――――聖斬剣の天照(デュランダル・シャインダウン)

 

 ゼノヴィアは上空にある聖なるオーラの球体を操作し、砕き、上空から光の柱のような激しい一撃を放つ!

 それにより『戦車』二人は飲み込まれ、そしてゼノヴィアは静かに目を瞑る。

 

「「―――ありがとう、ございました…………ゼノヴィア様」」

 

 …………一瞬、その光の柱の中で静かな声音が聞こえた。

 ゼノヴィアはその声を聞いた瞬間に未だ放たれる光の柱を見て、目を見開いた。

 

「―――そう、か…………静かに眠れ」

 

 ―――光が晴れた時、そこには既に何もなかった。

 あの時のあの言葉……本当にゼノヴィアに感謝するような声音で「ありがとう」と言っていた。

 ……どういうこと、なんだろう。

 俺はそう疑問に思いながらも、ギャスパーと小猫ちゃんの方向を見た。

 

「……そこ」

 

 そこには八人で小猫ちゃんに襲い掛かるディオドラの『兵士』の姿があった。

 だけど小猫ちゃんは特にその無表情を崩すことなく、気配を読んで全ての攻撃をいなしていた。

 本当に後ろに目が付いているっていうほど正確に。

 流石の『兵士』もそれに焦りを見せ始めている。

 ―――と、そこで一人の『兵士』の動きが完全に停止した。

 

『小猫ちゃん、停止している間に相手を無力化するですぅぅぅぅ!!!』

 

 ……ギャスパーは複数のコウモリに変化し、その邪眼を活用して相手の動きを止めていた。

 一人が停止されるともう一人が停止され、小猫ちゃんはその度に停止した『兵士』を掌底で殴り飛ばす。

 小猫ちゃんは仙術を得てからは柔と剛を使い分ける戦闘スタイルになっている。

 気配を読み、相手の動きを先読みして動く『柔』とそこから放たれる『剛』の一撃。

 グレモリー眷属は小猫ちゃん以上のパワーを持つ者が多い故に、小猫ちゃんが俺や黒歌との修行で編み出した結論の一つ。

 まだ未完成のスタイルだけどあいつらを圧倒することなら簡単だ。

 動きを止めるギャスパーと、その他大勢を一気に相手にする小猫ちゃん……普段は小猫ちゃんのポジションに俺が参加する形で、俺たち三人の理想的なスタイルを今回は二人で体現しているな。

 

「…………驚きだわ。いつの間にあの二人はあんなに強く……私もウカウカしていたらいつの間にか追い抜かれそうね」

「ええ。俺が一緒に修行しているんですもん―――って、部長も朱乃さんも、二人でかなりキツイ修行しているのは知っているんですけどね」

「あらあら……知られてしましたのね」

 

 部長と朱乃さんは少し微笑みながら、すると戦いは終盤に移行していた。

 明らかに相手は不利―――が、それを悟ったようにまだ動ける『兵士』は一か所に集まって魔力を溜め始める。

 ……なるほど、そう来るか。

 確かに小猫ちゃんとギャスパーは魔力弾関連のことは出来ないだろう。

 何せ教えていないから。

 だけど少しリサーチ不足だ。

 ―――ギャスパーはそもそも、魔力弾など必要ない。

 

『全部止めるですぅぅぅぅ!!』

 

 ギャスパーはコウモリの分身体を全て集結させて小猫ちゃんの前に立ち、そして一度姿を元に戻した。

 魔力弾はそれと共に小猫ちゃんとギャスパーに放たれる……ギャスパーは一瞬、目を瞑った。

 ―――あれをするつもりか。

 

「すぅ……はぁ……ッ!!!」

 

 ギャスパーは息を吸って吐いて、そして一気に怪しく光る邪眼を見開いた。

 その瞬間、ギャスパーの前方の空間はモノクロの世界のように白黒となり、そして魔力弾、『兵士』は全員動きを停止させた。

 ……いや、厳密に言えば少し違う。

 あれはギャスパーの以前行っていた修行が関係した応用の技。

 ―――停止っていうのは非常に神経を使うものだ。

 故に完全な停止は非常にキツイものがあり、だからこそ制御が難しい。

 ―――だけど完全な停止は本当に必要か?

 これがアザゼル、俺が提案したことだ。

 発端はギャスパーだった。

 ギャスパーと初めて出会い、色々話して、そして神器を扱う上での訓練をし始めた時のことだ。

 丁度三大勢力の会議がある前の事で、ギャスパーが初めて俺の血を飲んだ時のことだな。

 あの時、確かギャスパーは祐斗からの投剣を限定で停止させる修行をしていた。

 ギャスパーは祐斗から放たれた聖魔剣を完全に停止させることが出来なかった。

 剣は少しずつ動いて、結果的に停止は破られたのだが……それまでの経緯が重要だ。

 完全な停止は出来なかったが、不完全な停止をした結果、剣の動作はかなり遅くなった。

 それこそ目視できるレベルで。

 簡単に言えば超スロー再生、っていうやつだ。

 だから厳密に言えば停止とは違う。

 ギャスパーの神器の神髄を敢えて不完全に使うことで負担を減らし、余計な停止をさせないがための技。

 停止させている間はギャスパーは集中しているために動けないが、これならある程度集中を削いでも停止は続行できるから応用が利く。

 ……って言ってもこれもまだまだ未完成。

 実力が大幅に離れている奴にはそもそも停止の力は利かないからな。

 だけどギャスパーの停止世界の邪眼(フォービトュン・バロール・ビュー)の可能性っていうやつもかなりのもの。

 更にギャスパーの吸血鬼としての可能性も含めれば相当なものだな。

 ―――さて、もうそろそろ終わりだ。

 相手は既にほとんど停止させられてるだろう。

 停止を受けている本人は実際に完全に停止させられているわけではないから、停止の実感はないだろう。

 要は小猫ちゃんとギャスパーが異様に速く動いていると思うだけ。

 たったそれだけだ。

 

「……これで終わりです―――にゃん!!!」

『い、行け、行けぇぇ!!!』

 

 小猫ちゃんは可愛過ぎる掛け声と共に『兵士』に掌底やら音のえげつない打撃を加えて相手を無力化し、ギャスパーは即座に無数のコウモリに変化して『兵士』にまとわりついて相手を完全に無力化した。

 極めつけと言えば小猫ちゃんが仙術により相手が魔力を練れないようにしたことか。

 停止はそのまま解除され、そして術者を失った魔力弾は消滅し、そして『兵士』は完全に気を失った。

 戦いが終わった。

 ゼノヴィアとギャスパー、小猫ちゃんは俺たちの元に帰って来た。

 ……圧倒的だ。

 ゼノヴィアもギャスパーも、小猫ちゃんも本来は前回のゲームでこれほどの爆発力を抱えていた。

 だけどゲームの形式上、それは不可能だった。

 ―――まあ今回はそんな制限がないから俺たちは好き勝手に暴れられる。

 

「よくやったわ、ゼノヴィア、小猫、ギャスパー……あなたたちの成長に驚いたわ」

「……姉さまとイッセー先輩との修行の成果です」

「イッセー先輩!やりました!僕、勝ちました!!」

「…………早くアーシアを助けに行こう」

 

 三者はそう言うと、部長は嬉しそうに笑う―――自分の眷属が成長しているんだ。

 嬉しいに決まっているよな。

 

「イッセー。アスカロンをありがとう」

 

 するとゼノヴィアは手に持っていたアスカロンを俺に渡した。

 アスカロンからは既に先ほどの輝きはなく、俺が受け取ると再び光を放つ。

 

「お前の想いにアスカロンが呼応したんだ。良い戦いだった、ゼノヴィア」

「そうか―――イッセー、アーシアを助けよう。私の考えることが正しければ、ディオドラ・アスタロトは殺しても足らぬほどの外道かもしれないからね」

 

 ゼノヴィアは先ほど消失した『戦車』がいたところや拘束されて倒れている『兵士』に視線を向けてそう小さく呟いた。

 ……もしかしたらゼノヴィアに何か思い当るところがあるのかもしれない。

 でも今は悠長に話している暇はないからな―――そうして俺たちは次のステージへと足を進めた。

 

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 

 俺、アザゼルは旧魔王派の悪魔共を蹴散らしながら移動していた。

 俺が移動する先はリアスやイッセーたちがいるあの神殿。

 この広大なフィールドで唯一存在する建物だ。

 ……だけど敵の数が多すぎて、中々前に進めないっていうのが正直なところだ。

 今回のこの旧魔王派一掃にはオーディンを始めとする神々、帝釈天の仏や各勢力の幹部、話を聞けばティアマットやタンニーンなどイッセーで言うところのドラゴンファミリーも参加しているそうだ。

 ドラゴンファミリーは基本的にイッセーを巻き込んだことに対する怒りだそうだが、そのパワーは半端なく相当な敵を屠っているらしい。

 ……そりゃあタンニーンやティアマットは龍王、夜刀は三善龍最強でオーフィスに至っては龍神だ。

 ―――旧魔王派は本当に敵に回したらいけない存在を分かってんのか?

 

「あぁぁぁ!!!うぜぇぇぇ!!!」

 

 俺は我慢ならず光の槍を幾重にも生み出して悪魔共に放ちまくる!!

 そりゃあもう縦横無尽に放つ。

 ……が、ゴキブリのように奴らは湧いてきやがる。

 

「あぁぁ、めんどくせぇ……RPGで出てくるスライムかよ、あいつら」

「アザゼルよ、喚くな」

 

 すると俺の付近に巨大なドラゴン―――タンニーンが現れた。

 ドラゴンファミリーの一角のこいつがここに現れるか。

 

「あの神殿に一誠はいるのか?」

「ああ。だけどこの人数、中々前に進めねぇよ。明らかにこっちの一個人の戦力は圧倒的だろうけど数だけは奴らの方が段違いだ。マジで戦争を起こすつもりなんだろうな」

「だが肝心のトップは未だに姿を現さん―――さて、どうしたものか」

 

 タンニーンは上空から炎の弾丸を地上の悪魔に放つ。

 それにより結構な数が消失するも、やはりまた生まれる。

 

「オーフィスは来てるのか?あいつがいたら楽なんだが……」

「考えてもみよ。オーフィス程の力ならば簡単にこの空間は崩壊するぞ?そうすれば敵味方関係なく終わりだ―――奴はチビドラゴン共の護衛をしている。ティアマットと夜刀は小回りが利くからな」

 

 タンニーンからの話を聞き、俺は納得するが……やはりこの人数は面倒だ。

 ……その時、俺はある二つの気配を察しした。

 それはタンニーンも同じようで、その二つのオーラは割と俺たちから近いところに感じる。

 ―――両方とも、感じたことのないオーラと質量だ。

 俺とタンニーンはその方向に一気に飛び駆ける。

 この戦場で更にイレギュラーとかは本当に勘弁してほしいぜ!

 俺の懐にある龍王の一角、ファーブニルが封じられる宝玉が反応していることから、これはどちらともドラゴンの反応だ。

 つまり俺たちの知らないドラゴンが二匹、この戦場に紛れ込んでいるってことだろう。

 

「アザゼル、気をつけろ。この匂いはただのドラゴンではなく―――何ッ!?」

 

 俺たちはその気配の所に到着して、そこで信じられないものを見た。

 ………………そこにはオーフィス、のような少女がいた。

 

「何だ、奴は…………オーフィス、なのか?いや、だがオーフィスは今は違う場所にいる……」

 

 俺は何が起きているのか分からずにいるが、地面に降りてそのままそのオーフィスらしき少女を真正面から見る。

 

「お前は何者だ!どうしてオーフィスの姿をしている!!」

「………………おまえ、だれ?」

 

 するとその少女は一切の光のない目をこちらに向けてきた―――まるでオーフィスだが、しかしオーフィスとは根本的に違う。

 オーフィスは既に自我というものがイッセーとの触れ合いにより生まれていて、結構元気な龍神様だ。

 だがこいつからはそんなものが一切感じられなく、殺意も何も感じない。

 まるでつい最近生まれたような感じで何も分かっていない顔をしていた。

 

「俺はアザゼル……俺のことを知らない時点でオーフィスとは別人か」

「オーフィス……リリスの、おねえさま?」

 

 するとそいつはリリスと名乗る―――リリス、だと!?

 リリスとは確か前ルシファーの妻だった存在で、悪魔にとっては始まりの母と言える存在だ。

 ……偶然と言って良いのか?

 それにこのリリスと名乗るこいつからは異様な雰囲気が感じる―――ドラゴンだけじゃなく、まるであらゆるものが無理やり詰め込まれているような様々なオーラを感じる。

 それにオーフィスをお姉さまって呼んだ―――つまりそういうことか。

 

「お前はまさか、オーフィスが組織に残していった力で生まれた存在ってことかッ!?」

「何!?この者がオーフィスの分身体のようなものだと言うのか!!」

 

 タンニーンの言葉に俺は頷くも、警戒は怠れない。

 しかも正体不明の龍の気配はこいつだけじゃないんだ。

 

「―――ああ、その通りだ。堕天使の総督よ」

 

 するとそのリリスの背後から声が聞こえた。

 そいつは貴族服を着ている男で、俺はそいつに見覚えがある―――今回の首謀者の一人だ。

 

「お初にお目にかかる、堕天使の総督。俺の名はクルゼレイ・アスモデウス。真の魔王の後継者なり」

「けっ……首謀者はここで登場ってわけか?」

 

 俺はそう言うと、クルゼレイは不敵に笑った。

 ……くそ、こいつは下手に殺すわけにはいかねぇ。

 少なくともこのリリスのことを少しでも多く聞きださねぇといけねぇからな。

 

「先に貴殿の疑問に答えてやろう。このリリスは我々、禍の団が創りだした最高の人工ドラゴン。裏切り者、オーフィスの残した莫大な蛇の力を媒介し、そこに何万の人の命を代償にする魔術、悪魔の魂、幾数ものドラゴンの亡骸……様々なものを混ぜに混ぜ、それを禁術で形にした新たなドラゴンだ―――ある方のご助力を頂いて完成した存在だ……その絶対値、二天龍をも凌駕する」

「貴様―――そいつを創るためにどれだけの命を摘んだのか、分かっているのかぁぁぁ!!!!!」

 

 タンニーンはクルゼレイの発言に激怒し、口元に大きな爆炎を溜める。

 ……禍の団はリリスを創るために一体どれほどの者を生贄にしたんだ!

 恐らく現魔王の血族の者が次々に襲われていたのはこのリリスも関係しているんだろう。

 つまりディオドラがしたような強化は、このリリスが生み出した何らかのオーフィスと同じような技をしたということ。

 ……幾数ものドラゴンの亡骸。

 恐らく禍の団がドラゴン狩りをし、こいつを具現化させるための肉体を創りだした。

 その人格を創るために禁術を使い、人間を万の数ほど生贄にして、力を向上させるためにあらゆる種族を殺してその力をリリスに合成したんだろうが……残酷すぎる。

 あまりにも旧魔王派共は残酷すぎる……ッ!!

 こいつらはやはり生かしては置けない―――ここで始末するべきだ。

 俺は懐から短剣を取り出し、そして瞬時にその力を解放させる。

 

「行くぞ、ファーブニル―――禁手化(バランス・ブレイク)ッ!!」

 

 俺は即座に黄金の鎧を身に纏い、臨戦態勢を整える。

 よく見れば俺とタンニーンの周りには旧魔王派共が囲んでおり、そしていつでも攻撃出来るような態勢だ。

 ―――上等だ、三下が。

 

「行くぜ、タンニーン―――」

 

 俺が動こうとしたその時だった―――ズォォォォォォォォォォ…………

 突如、そのような気味の悪い音が響いた。

 そしてその瞬間、俺たちを囲んでいた旧魔王派共は、謎の黒い何かに攻撃されて一瞬で消失する―――なんだ?

 こんな芸当をする味方は居ねぇ。

 一体何が……そう思うと、俺たちの後方には何かがいた。

 

「―――ねぇ、そこの堕天使さん。赤龍帝の居場所、知らない?」

 

 俺は後ろに振り返ると、そこには純白の白い布のようなものを頭から被った女らしき人物がいた。

 顔は一切見えない。

 フードのように白い布を被っており、声だけが聞こえる。

 そいつは純白の姿とは裏腹に、恐ろしいほどの”黒”を放っていた。

 ……黒、の中に金色が混じっていると言えば良いか。

 首元にはダイヤ型の宝玉と、それを包むような外装をしているが、その外装はイッセーの神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)と似ており、宝玉の色はそのオーラと同じ黒金。

 気味の悪いほどの黒金だ。

 ……何者だ、こいつは。

 しかも赤龍帝―――イッセーだと?

 

「貴様、何者だッ!!我々の邪魔立ては―――」

「…………うるさい」

 

 するとその少女から不機嫌な声が漏れ、声を荒げたクルゼレイの方に鞭のような動作で黒金のオーラが放たれる。

 クルゼレイはそのオーラを何とか避けるが、その後ろにいた旧魔王派の悪魔はそれが直撃し―――絶叫もなく、瞬く間に消失した。

 

「き、えた?き、貴様!!何をした!?」

「別に……あなたには興味ないから―――消えちゃえ」

 

 するとその女から次々と黒金のオーラが弾丸のように放たれ、それはクルゼレイを追尾するように追いかける。

 クルゼレイは空中を飛びながらもそれを避けるも、オーラは消えることなく追尾していた。

 

「くっ!?何なのだ、貴様はぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 クルゼレイは魔法陣を展開し、その場からどこかに転移して居なくなる―――このフィールド内のどこかに消えたのだろう。

 禍の団の者ならこの空間内を自由に行き来出来るようだな。

 ……気付くと、俺たちの周りからリリスの姿は消えていた。

 良く見るとリリスはあの白いローブの少女の近くに居て、そしてその少女を見ている。

 

「……おまえ、なに?」

「さぁ、私も分かんないかな~……それを知るために赤龍帝の所に行きたいんだけど」

 

 ……あんな恐ろしい力を使う割に、その口調は普通のものだった。

 年は……若い?

 ―――だが正体不明の謎の攻撃、これはあの事件とかなり密接に関係している。

 おそらくこいつは―――

 

「お前が、マモン家襲撃事件の犯人なのか?」

 

 俺は女にそう尋ねると、女は俺の方を向いた。

 

「マモン?…………ああ、あの。さぁ……どうかな?」

「……それを肯定と取らせてもらうぜ」

 

 俺は目の前の奴を警戒しつつ、光の槍を出現させ、タンニーンは爆炎を口元から漏らした。

 ……どうにも恐ろしい力を誇るこいつを放っては置けねぇ。

 

『それは止めておいた方が良い、堕天使アザゼルと元龍王タンニーン』

 

 ―――すると次は機械的な音声が響く。

 その音声は奴の胸元辺りにある黒金の宝玉のネックレスから発せられており、俺はそこでようやく確信を持った。

 

「……やはりそのネックレスは神器―――しかもイッセーの持つ神器と同じタイプの、新種のものかッ!?」

『流石は堕天使の総督。その辺の三下とは違うというわけね』

 

 ……神器に魂が宿るタイプ、ドラゴンの気配、イッセーのフォースギアと同じタイプの神器。

 ここから導き出される結論は―――そういう事か。

 

神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)……この名は赤龍帝の中に眠るもう一体のドラゴンの名だ―――お前は、その娘の中に眠るお前はそれと同種のドラゴンなのか?」

『……ほぉ。中々に鋭い男だ―――その通り、と頷いておくわ』

 

 そいつがそう言うと、俺は一歩後ずさる。

 

「タンニーン……オーフィスを呼んで来い。こいつは俺たちではどうしようも出来ないッ」

「……それが賢明だな―――生きていろアザゼル!すぐに戻る!!」

 

 するとタンニーンは俺の元から離れ、そして俺の前には正体不明の女とリリスが残った。

 

「おまえ、リリスのてき?」

「……誰が敵とか、自分が何とかは知らないけどね―――君も一緒に赤龍帝を見に行く?」

 

 謎の少女の言葉にリリスが頷くと、謎の女は足元に魔法陣を描いた。

 ―――魔法陣を簡単に人間が描く、か。

 規格外も良い所だ。

 今、相当の魔力を感じたことと神器の事を考えるとこの少女は間違いなく人間。

 代わりに人間離れしたものを感じるがな。

 ……だがこいつらがイッセーたちの所に向かうのは正直、勘弁してほしいぜ!

 

「……赤龍帝の居場所、知らないや―――ねぇ、教えて?」

「……断る、と言ったら?」

「うぅ~ん―――消しちゃうかも」

 

 すると少女は俺へと黒金のオーラを放った。

 そのオーラは俺の頬を通り過ぎ、そして俺の後ろで襲い掛かろうとしていた旧魔王派の悪魔に直撃し、その悪魔は一瞬で消え去る。

 

「ね?教えて……じゃないと終わっちゃうよ?」

「―――それはお断りだ。堕天使の総督を舐めんなッ!!」

 

 俺は鎧から光力を最大限に放ち、一気にリリスと女との距離を詰める!!

 そしてタックルをするように飛び込み、そしてその反動で二人は後方に飛んだ。

 二人がいた後に残るのは奴の描いた魔法陣―――これは見たことのねぇものだ。

 

「ひっどぉ~い……私はせっかく優しく聞いてあげてるのに」

「――――――おいおい、マジか……光力マックスだぜ?」

 

 ―――俺は冷や汗を掻く。

 俺の後ろにはいつの間にか、先ほど吹き飛ばしたはずの少女が黒金のオーラをまるで鎌のような形に変え、俺の首元に添えていたからだ。

 リリスは俺の前方に居て無表情でこちらを見ており、黒金の鎌は俺の鎧に軽く触れると―――その刹那、鎧の首元部分が消失した。

 

「…………殺すのか?」

『殺されたくなければ言いな―――赤龍帝はどこだ?』

 

 次は機械音が俺にそう言う―――俺の悪運もここまでか?

 流石にこれは死を覚悟しねぇとやべぇ……たった一度、触れただけで俺の鎧が消失するんだ。

 俺にこんな奴を相手にする手は今はない。

 だがこいつらにイッセーの居場所を教えれば何が起きるかわかったもんじゃねぇ―――たとえ命が消えようとも、教え子を売る行為は絶対にしない。

 俺は徹底抗戦を心に決めた時だった。

 

「―――蛇、我、穿つ」

 

 静かな声が俺の耳に響き、そして俺と少女の間に漆黒の蛇のようなものが放たれた。

 それは黒金の鎌へと衝突し、そして完全に黒金の鎌を切断する。

 ……この鎌を無力化する奴なんて、俺は一人しか知らねぇ―――俺はすぐさま少女から離れて先ほどの援護を受けた方を見ると、そこにはオーフィスがいた。

 オーフィスは片手を少女に向けており、更に視線をリリスの方に向けていた。

 上空にはタンニーンの姿があり、その懐にはイッセーの妹ドラゴン共がいる。

 

『……流石のあんたでも今の状態では龍神には勝てない―――万全で五分五分かそれ以上さ』

「ふぅ~ん……二割じゃあこんなもんか」

 

 ―――二割で、これだと!?

 俺はその事実に驚愕しながら少女を見る。

 ……オーフィスに、オーフィスを元に創ったリリス。

 更に謎のドラゴンをその身に宿す人間の少女。

 この空間は異様すぎる。

 その場にはまた静寂に包まれた。

 

「お前、我と同じ匂い、する……何?」

「……リリスはおねえさまでうまれた。ここにはけんがくにきた」

 

 見学、か……考えはまとまらねぇ。

 ただ一つ、こいつらをイッセーの元に送ることは絶対に出来ねぇことだ。

 何かするに違いねぇしな。

 

『流石に劣勢ね―――良いわ、適当なところにジャンプしなさい。この際、その娘は放っておいて構わない』

「えぇ……仕方ないなぁ―――じゃあまた後で。堕天使さんと龍神さん♪」

 

 すると少女は黒金のオーラに包まれ、一瞬でその場から姿を消した。

 ……この空間で魔法陣は発動するわけがねぇのに、どういう了見だ。

 っと、今はリリスだ。

 こいつをどうにかしねぇと……っと思ったその時、リリスの付近に魔法陣が再び出現する。

 その魔法陣から次第に男の背格好のシルエットが露わとなり、そして……

 

「ちっ……あの糞爺。この俺の手を煩わせやがって―――おい、リリス。いつまで遊んでんだ!!」

「―――お前は……ッ!!」

 

 俺はその男のまさかの登場に驚いた。

 何でこの野郎がこの場にいるんだよ!

 少なくともこいつは旧魔王派には加担しねぇと思っていたのによ!!

 

「あぁ?勘違いしてんじゃねぇよ―――誰が旧魔王派のカス共に手を貸すかよ、アザゼル!!!」

「なんでてめぇがここにいる!!―――ガルブルト・マモン!!!」

 

 ―――そこにはイッセーと小猫、黒歌を境地に立たせたガルブルト・マモンの姿があった。

 

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

 俺たちは最初の戦いを終え、次の神殿へと足を踏み入れていた。

 新しい神殿に突入し、しばらく歩くと俺たちの前に4人の男女が立ちふさがっていた。

 俺はその男女を見てどの駒かを大体理解する。

 ……確かゲームでも戦っていたディオドラの『騎士』と『僧侶』だったはずだ。

 見た感じ特に強力な武器は持っておらず、ゲームも早々で両方ともリタイアしていたはずだけど……特に『僧侶』の方はすぐにリタイアした。

『騎士』も特に祐斗に敵うレベルではなかったはず。

 

「相手は『騎士』二人に『僧侶』二人ね……残るは『女王』―――ここは私と朱乃、祐斗で出るわ」

 

 そう言うと朱乃さんと祐斗は一歩前に出た。

 ……なるほど、最後の女王は俺がやれってことか。

 

「イッセー、あなたにはディオドラの『女王』を相手にしてもらうわ……ディオドラの『女王』はあいつの下僕悪魔の中でも飛び抜けて優秀な悪魔だわ」

「ええ。アガレス戦では唯一、アガレスの『女王』を倒しましたから」

 

 そう、ディオドラの『女王』はアガレス眷属の『女王』を実際にゲームで下した。

 強さで言えばあの中では抜きんでているほどだ。

 とにかく俺は与えられた仕事を全うして、あの糞悪魔をぶっ潰すだけ。

 それで良い。

 

「では部長、祐斗くん。参りましょう」

「ええ」

「はい」

 

 部長、朱乃さん、祐斗は相手の眷属と向かい合うように立つ。

 戦いに関しては大丈夫だとは思うんだけど、時間的には出来れば瞬殺くらいしてもらえればありがたいんだけどな。

 アーシアに渡した神器がいつまで持つか分からない上に、一分一秒でも早くあの勘違い野郎からアーシアを離したい。

 

「……イッセー先輩。部長と朱乃さんの戦闘力を一気に上げる方法があります」

「なに?それは本当か、小猫ちゃん!」

 

 俺は小猫ちゃんの突然の発言に少し驚愕した!

 なんと、そんな裏ワザのようなものがあるのかッ!!

 

「それで小猫ちゃん……その方法とは?」

「……ギャー君、イッセー先輩の隣に立って。ゼノヴィア先輩は先輩の背中の後ろに立ってください」

 

 すると小猫ちゃんはギャスパーを俺の隣に立たせ、更に自分はその逆サイドに立ち、ゼノヴィアを指示通りに俺の後ろに立たせる。

 ……んん?

 何故だろう、ものすんごい嫌な予感がする。

 小猫ちゃんはギャスパーとゼノヴィアに何かを耳打ちし……ているうちにもう祐斗が動き始めた!

 相手の『騎士』は祐斗の神速に一切反応できず、祐斗は相手の『騎士』を速度で翻弄する!

 

「―――聖と魔、二つの聖魔によって二重の形を成す」

 

 すると祐斗は言霊を発し、未だ祐斗の速度に驚いている『騎士』はその言霊を聞いて後ろを振り返る……が、遅い。

 祐斗は両腕をクロスさせ、手の平で何かを掴む仕草を取っていた。

 両手には次第に剣の柄のようなものが生まれ初め、それは徐々に形を成す―――あいつ、同時に二本も創れるようになったのか。

 

「ソード・バース―――行こう、聖魔剣・エールカリバー!!」

 

 そして祐斗はその両手にあいつの現段階で創れる最高の聖魔剣・エールカリバーを具現化した。

 エールカリバーの同時創造……あいつも短期間にそれを可能にするほど修行したってわけか。

 祐斗は二本のエールカリバーを構える。

 

「すぅぅ―――さぁ、行くよ」

 

 そして一息つき、動き始める。

 ……勝負は確実に一瞬だ。

 祐斗の速度は圧倒的だ―――つまり今更速度を上げても同じという意味。

 恐らくあいつが使うエールカリバーの能力は……

 

真・双破壊(エール・ツイン・デストラクション)!!!!」

 

 そう、あいつに不足がちなパワーを補う「破壊」の力だ。

 これにより祐斗は『騎士』を速度で圧倒し、そして二重に底上げしたパワーを含む剣戟で相手を切り裂く―――出来事は本当に一瞬。

 ディオドラの『騎士』は祐斗の一動作で無残にも散り行くのだった。

 

「……主が部長だったら、きっと幸せだっただろうね―――」

 

 祐斗はその場で血を流しながら倒れる二人の『騎士』を一瞬、悲しい目で見るとエールカリバーに付着した血を振り払い、剣を消失させる。

 ……流石は祐斗だ。

 さて、後は部長と朱乃さんだけど……

 

「よし、小猫。了解したぞ」

「……はい。よろしくお願いします」

「ぼ、僕も頑張りますッ!!」

 

 ……すると俺の傍で何かボソボソ話していた三人が最後の確認と言いたいような掛け合いをしており、そしてそれを部長と朱乃さんが怪訝な目で見ていた。

 ……………………その瞬間、ギャスパーと小猫ちゃんが俺の腕をギュッと抱きしめ、俺を上目づかいで見てきたッ!!

 ゼノヴィアは後ろから俺に抱き着き、背中に感じてはならない柔らかい感触がぁぁぁぁ!!!?

 無心だ、無心で居るんだ!!俺!!!

 

「……先輩、さっきは頑張ったからご褒美が欲しいです……ッ!!」

「イッセー先輩、僕もご褒美をください!!!」

 

 ―――おい、作戦ってこれか?

 マジかよ、本気で洒落にならないって!!

 

「イッセー、私も頑張った!!だから叱るべき報酬が欲しい!!部長と副部長は未だに相手を倒せていないようだからな!!」

「「――――――ッッッッ!!!?」」

 

 ……ゼノヴィアの大きな声に反応するかの如く、部長と朱乃さんの目がクワッと大きく見開いた。

 ―――煽られるのに慣れてないんですね、分かります。

 

「……イッセー先輩、一日中私とデートしてください―――一番相手を瞬殺した女の子とデートしてくれるんでしょう?」

「なら僕と小猫ちゃんが一日中デートです!!イッセー先輩!!お部屋デートです!!」

「ふふ、お部屋デートか―――まあ未だに相手を倒せていないどこかの二人は無理だがな」

 

 ―――ブチンッ!!!!

 ……実際には聞こえるはずのない音が俺の耳には聞こえた。

 

「うふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふ…………そう、リアス―――敵を瞬殺しますわ」

「えぇ、朱乃、珍しく意見があったわね―――ふふふ……イッセーとお部屋デート、お部屋デート……いえ、やっぱり外に遊びに行くのも良いかしら?あ、でも―――」

 

 ひ、ひぇぇぇぇぇええ!!?

 これ、ゲーム中だよな!?

 朱乃さんと部長が凄い惚気た表情で何か考え事をしている……っていうか簡単に釣られ過ぎだろ!?

 アーシアがこれを見たら逆に絶望するよ!?

 

「な、何を戦闘のとちゅ―――」

「―――雷光よ!!!」

「―――滅びなさい!!!」

 

 ―――部長と朱乃さんは相手の『僧侶』さんが何か言おうとした瞬間に同時に今までとは比べ物にならないほどの雷光と滅びの魔力を撃ち放つ!!

『僧侶』は何か防御の魔法陣らしきものを展開するも、まるでそれは紙のように破壊されて―――漫画に出てくるように体中真っ黒になりプスプスと煙を上げていた。

 …………………………これは相手に少し同情する。

 相手の『僧侶』はそのまま地面に倒れてぴくぴく動いており、一応は死んでいない……はずだ!

 ただ一つ―――ひどい戦いだった。

 せっかく二人がどんな進化をしたか見れると思ったのに、こうなるのかよ!!!

 とにかく、俺たちは次なる舞台へと向かうの―――

 

「あぁぁぁ、次の舞台はございませぇぇぇぇぇぇん―――ってことでこの子をどーぞ!!」

 

 ―――その瞬間、俺たちの前方から何かが勢いよく飛んで来た。

 それは人影……その姿は確かディオドラの『女王』の姿だった。

『女王』にはいくつかの傷が出来ており、そして少し苦しそうな表情をしながらその場に倒れる。

 ……なんで、この『女王』が前方から勢いよく飛んでくるんだ?

 このステージの一つ後で俺が倒すはずだった『女王』を見ながら俺は前方を見る。

 ―――さっきの声、どこかで聞いたことがある。

 

「……部長、行きましょう―――おそらく、次で最後です」

「ええ…………」

 

 俺たちは前方にある次の神殿へと急いだ。

 距離はほとんどない。

 俺たちはすぐにその神殿の前に到着し、そしてその神殿に入って行くと―――少しして一人の男が神殿の中心にいるところに到着した。

 白髪で、身の丈ほどの剣をその場に突き刺してそれに腕を組みながらもたれ掛かる男。

 髪は以前に見た時よりも更に伸びており、その目元には何やら傷跡のようなものがある。

 目つきは鋭く、前に会った時とは比べ物にならないほどの威圧感を纏っていた。

 

「ひゃはははは!お久しぶりでござんす!―――皆の仇敵、フリード・セルゼンでございまぁぁぁす!!」

 

 そこには―――黒いカジュアルな感じに改造された神父服を着こなす、フリード・セルゼンの姿があった。

 

「フリード……ッ!どうしてお前がここに……」

「いやぁ、何ていうか―――糞悪魔のために動かなきゃなんねぇわけってもんがあってねぇぇぇ…………さぁ、やりましょうかぁぁぁぁ!!!グレモリー眷属さんよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 フリードはそう楽しそうに言うと、突き刺さる剣を抜き去るのだった。



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第9話 外道神父の瞳に映るもの

 フリード・セルゼン。

 元々は教会の悪魔祓い(エクソシスト)であったが、悪魔を狩ることに至上の喜びを得て、同時に自身の邪魔をする他の悪魔祓いを傷つけたことで教会を追放されたはぐれ悪魔祓い。

 俺の知っている限りでは堕天使レイナーレに従ったり、堕天使コカビエルやバルパー・ガリレイと行動を共にするなど、本当に迷惑としか言えない男だ。

 喜怒哀楽が激しく、変なしゃべり方をして、それなりに因縁が深い奴でもある。

 ―――そんな男が、俺たちの前に立ち塞がっていた。

 手には聖剣……しかも相当のオーラを放つ聖剣だ。

 下手すればあれは俺のアスカロン、ゼノヴィアのデュランダルと同レベルのものかもしれないと思われるほどの威圧感がある!

 剣の形状は特におかしい部分はない。

 フリードの身の丈ほどの大きな剣ではあるが、フリードはそれを縦横無尽に振り回し、そして少し格好つけたポーズをとって俺たちに剣先を向けてくる。

 

「―――さぁて、僕ちんの相手はどなたかなぁ?って、分かりきってるでござますけど!!ぎゃははは!!」

「……イッセー君、彼はディオドラの眷属ではない―――ここは確実に仕留めて」

「―――いや、俺がやる」

 

 俺は、聖魔剣を創り出し動こうとする祐斗に静止を掛けた。

 それに祐斗は驚いたように反応するが、俺にはこのふざけた野郎にいくつか聞かないといけないことがある。

 ―――ヴァーリのチームの一員、アーサー・ペンドラゴンの言っていた話だ。

 アーサーはこのフリードと一戦交えたらしく、そして剣越しにフリードの性質をなんとなく汲み取ったらしい。

 ……剣には凄まじい覚悟と、そして相反する迷い。

 アーサーはフリードからそんなものを感じ取ったと言っていた。

 それの正体を俺は知りたい……少なくとも俺は知らないといけない気がするから。

 俺は籠手からアスカロンを再び抜き取り、眷属の皆よりも一歩前に出る。

 神帝の鎧の無限倍増は今は停止させているが、すぐにでも倍増を開始出来るようにし、そして鎧の兜を収納し、フリードと顔を合わせた。

 

「これこれはイッセー君じゃあぁりませんか!本当にお久だねぇぇ―――元気してたぁ?」

「ああ、元気だったよ―――お前も相変わらずのようでな」

 

 世間話のように言葉を交わす俺とフリード。

 だけど俺はフリードと再び相対してようやく実感した…………こいつ、まるで以前とは別物のようなレベルの覇気を発してやがる。

 以前とは比べ物にならない……実際の実力は見たことはないが、あのアーサーを以て”卓越された戦士”と言わせるほどの実力を今のこいつは誇っているのだろう。

 ……さて、どうするべきか。

 

「あ、イケメン君もお久だね~~~―――でもこの眷属で僕ちんを相手に出来るのはそこのイッセー君だけなもんでごめんなさぁぁぁい♪あ、でもこの前のゲームのエクスカリバーもどき?今はエールカリバーだっけ?あれは良かったっすよ?一本くださいな♪」

 

 何を考えてるかは分からないが、隙があまり感じられない。

 こんなふざけた口調なのに、今のフリードには下手に近づくことが出来ない、か……ったく、万年やられ役はどこに行ったんだか。

 

「あ、今、万年やられ役とか思ったしょ?ひゃひゃひゃ!!正解正解♪この堕ちた神父、フリード・セルゼンは最悪の進化と魔改造により無駄に強くなったんですよぉぉぉ―――さぁ、そろそろやろうか?イッセー君♪」

「そうか―――行くぞ。ドライグ、フェル」

 

 フリードは聖剣と思われる剣から何やらオーラのようなものを纏わせ、俺に対し不敵な笑みを見せる。

 

『Infinite Booster Re start!!!』

 

 俺は即座に神帝の鎧の無限倍増を再開させると、そのような音声が流れる。

 アスカロンを握り、そして―――背中の噴射口から放たれるオーラと共に神速の速度でフリードへと突撃をした。

 フリードと俺の距離は一瞬でなくなり、俺のアスカロンはフリードに斬撃を加え―――

 

「ざぁんねぇんでっした♪」

 

 ―――フリードの軽薄な言葉と共に、俺は何かに一閃された。

 俺の前にはフリードの姿はなく、そして俺の鎧の腹部の部分は……完全に切断された。

 鎧は腹部の部分のみが綺麗に斬られており、つまりそれはフリードが俺の速度を見切って斬撃を放ったということ。

 ……俺は信じられなかった。

 

「―――こいつは、やべぇな」

 

 俺は冷や汗を掻く。

 ―――あまりにもフリードの今の動作が不気味だった。

 まるで全てを予測し、俺の攻撃を軽々と避けてカウンターのように俺に攻撃を放った。

 俺の体には傷はないが、堅牢な鎧を切り裂くほどの攻撃力と、俺の速度に対応するあいつ自身の速度も上がっている。

 

「おやや?まさかイッセーくん、僕ちんを見誤ってんじゃねぇの?あひゃひゃひゃ!!―――以前の俺様と思っていたら、死ぬぜ?」

 

 フリードは剣を俺に向けて、そう断言する―――あぁ、確かに油断していたかもしれないな。

 見誤っていた、っていうのも正しい。

 今のは神器の性能に救われたけど、二度目はないと考えた方が良い。

 何せ奴の攻撃は俺の鎧を突破する威力がある。

 ……俺の今の性質に合わせ、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)は比較的従来の鎧よりも防御力は低めだ。

 それは俺の相手の攻撃に対する被弾率の低さによるものもあるけど……それでもただの聖剣では俺の鎧は突破できないほどの最低限な堅牢さはある。

 だけどそれを突破したフリードの聖剣―――やはりただの聖剣ではない。

 

「やっぱり気付かれちゃうか!ひゃは!そう、この聖剣はそんじょそこらの聖剣ではないのであぁぁぁる…………いや、そもそも聖剣という括りにして良いかもわかんねぇ代物でありんす♪」

 

 フリードは剣を舞うように振るい、そしてまた決めポーズを取った。

 

「―――聖剣・アロンダイトというものをご存じ?」

「聖剣・アロンダイトだとッ!?」

 

 ……フリードの発言に驚愕の声を漏らしたのは、俺たちの戦いを見るゼノヴィアだった。

 ゼノヴィアはその名に聞き覚えがあるのか、フリードの剣を見る。

 

「ゼノヴィア、知っているのか?」

「ああ……アロンダイトとは聖王剣と謳われるコールブランドを家宝とするペンドラゴン家に代々仕えていた者が所持していた伝説の聖剣……だった物だ」

「だった?」

「……アロンダイトを所持していた者はペンドラゴン家に同じように仕えていた戦友の一族を殺してしまい、その罰としてアロンダイトを所持していた者は処刑され、魔剣に堕ちたアロンダイトは完全に壊された。遥か昔の話だよ」

 

 ゼノヴィアがそう説明すると、するとフリードはゼノヴィアの説明を聞いて拍手をしてまた高らかに笑った。

 

「解説ありがとうござんす―――そう、聖剣・アロンダイトはこの世にはもうそのものは存在しない……しかぁし!この剣は壊れたアロンダイトの破片を全て集め、とある最高のはぐれ錬金術師によって新たなる力を篭められて生まれ変わったのでぇぇぇす!!!―――名付けてぇぇぇ、聖堕剣・アロンダイトエッジ。そしてこのフリード・セルゼンは堕ちた聖剣に選ばれた所有者というわ・け♪」

「アロンダイトエッジ……堕ちた聖剣、ね」

「そう、堕ちてるんすよ……お似合いっしょ?堕ちた神父と堕ちた聖剣。故に、そう!故に俺はイッセー君と戦える力を得たんですよぉぉぉぉ!!!」

 

 そう叫ぶとフリードは凄まじい速度で俺へと迫ってくるッ!!

 あんな馬鹿デカい剣を持つとは思えないほどの軽快な動きに俺はアスカロンを構えて迎え討つ!!

 フリードはアロンダイトエッジを横なぎに振りかざし、俺はそれをアスカロンで受け止める!

 が、フリードの横なぎの一閃はフェイントで、フリードはそこから異様な反射速度でターンをしながら一回転し、そしてその勢いと共にアロンダイトエッジで俺の体を一閃しようとする!

 

「アロンダイトエッジ、その一の力!!所有者との相性の良さによる身体の魔強化でっさ!!!」

「チッ―――フェル」

 

 俺は小さくそう呟くと突如、鎧から音声が流れた。

 

『Infinite Accel Booster!!!!!!』

 

 それは神帝の鎧の最大出力を発揮するための音声であり、俺の全ての能力が一気に爆発するッ!!

 出来ればここでこれはしたくなかったけど、仕方ねぇ!!

 アロンダイトエッジの能力がまともに判明しない限りは、あれに斬られるわけにはいかねぇんだ!

 俺は振りかぶられるアロンダイトエッジを拳で弾き、そして神帝の鎧の推進力でフリードから距離を取る……が、フリードの追撃は止まらなかった。

 フリードはゼノヴィアがするように聖なるオーラの斬撃波を放ってくる!

 

「ほらほらほらほらぁぁぁ!!」

「マジかよ―――断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)!!」

 

 俺は即座に魔力弾を創り出し、それに滅力を付加した断罪の力を加える。

 そしてそれを斬撃波に対し相殺するために放つ……も、やはり相性が悪いかッ!

 斬撃波は聖剣による聖なる物で、しかもあのアロンダイトエッジは恐らくゼノヴィアのデュランダルとも引けを取らないスペックだ。

 対する俺は自身の魔力によるもの―――相性が最悪だ。

 倍増の力で凄まじい勢いで強化されているものの、根本の部分で弱点を突かれることで俺の攻撃はかき消された。

 ―――ならドラゴンによる力で勝負だ!!

 俺は口元に小さな火種の龍法陣を描き、そして口内に火を溜める。

 

『Infinite Transfer!!!!!』

 

 そして倍増の譲渡を口元の火種に使い、火種を炎―――タンニーンのじいちゃんの炎のような爆炎へと強化する!!

 そして即座にそれを弾丸のように放つ!!

 大規模の火炎放射ではなく、小回りの利く爆炎の小さな弾丸の連射だ!!

 

「わお、めちゃめちゃ炎だねぇぇぇぇ……じゃあこっちも連発で!!!」

 

 するとフリードは俺の爆炎の弾丸に対抗するように何度も聖なる斬撃波を放つッ!!

 ったく、どんだけパワーアップしてんだよ!

 確かに初めて遭遇した時から慢心はありまくりだったけど戦いに関しての才能は結構なものだった!

 だけどこの強さはただの人間にしたらあり得なさ過ぎる!!

 それだけアロンダイトエッジの力が強大と言いたいのか!?

 

「さぁぁぁて……これでイッセー君の炎にも対抗できるってことを証明しちゃったよぉぉぉぉ!?さぁ、次は何だ?ゲームの時にしたあの新しい禁手ちゃん?それとも鎧を解いての身体強化ですかぁぁぁ!?」

 

 ―――強い。

 これは認めるしかない。

 フリード・セルゼンの力は強く、俺の攻撃にも対応を示しているほどだ。

 当然、速度も攻撃力も俺の方が断然上だ。

 だけどあいつはまるで予知の如く俺の攻撃を避け、更に要所要所で俺の弱点なことを何度も何度もしてくる。

 俺が今まで戦ってきた強者のような大技のようなものはなく、たぶん大規模な技は持ち合わせていないはずだ。

 ―――だけどそれを補うほどの小技、応用テクニックがある。

 以前あった油断は消え、その剣からは凄まじい殺気と威圧感。

 鬼気迫るものを俺は感じた……なるほど、アーサーの言っていたことは正解ってわけか。

 ……こうなると俺の大技はほとんど当たらないと思った方が良い。

 俺の神帝の鎧は絶大過ぎる力はあるが、小回りは利きにくいというのが唯一の弱点だ。

 出力が大きすぎて今のフリードがしているような小技が作用しにくいという弱点がある。

 ……俺は神帝の鎧を解除し、元の姿となる。

 

「ほぉ、ほぉ……鎧は捨てて次はオーバーなんちゃら?良いね、良いねぇぇぇ……確かに実際の身体能力はイッセー君の足元にも及んでないから、正解っちゃ正解でござる、ござる♪」

「……ござる、ね」

 

 俺はその口調でふと夜刀さんのことを思い出し、懐に閉まっていた無刀を出した。

 刀身なき刀……夜刀さんが俺へと贈ってくれた最高の刀だ。

 この状態でも俺はフリードに速度も攻撃力も勝っている。

 だがフリードの、謎のような攻撃に対する回避力と予測不能の動きで今の俺は翻弄されているんだ。

 ―――落ち着け。

 今考えることを考え、ある情報を全部集めて、最善の方法で戦うんだ。

 俺が今までしてきたことは無駄じゃない、きっとあの力の正体に気付くことが出来るはずだ。

 自分を卑下にするな……俺は強い。

 だから勝てる―――そう考えると俺の頭がクリアになっていく。

 

「―――顔つきが変わったねぇ……さぁて、じゃあそろそろ本気で来いよぉぉぉぉ!!!」

 

 フリードは乱雑に聖なる斬撃波を無作為に放ってくる。

 乱雑そうに見えて、あいつのあれはただの囮で、フリードは相当の速度で俺に近づいてきた。

 俺は斬撃波の軌道から離れ、そしてアスカロンを強く握った。

 

「―――唸れ、アスカロン。龍を活かせ」

 

 俺は小さくアスカロンにそう告げると、アスカロンは俺の言葉に従うようにその刀身から激しいオーラを噴出させ、フリードへと襲い掛かる。

 そのオーラはまるでドラゴンのようだ。

 しかしフリードはそこには既にいなく、俺からも距離を取っている―――俺もそこでようやくあいつの回避力の真意が分かった。

 

「なるほど、フリード。ようやくお前……アロンダイトエッジの力の一端が分かったよ」

「……マジっすか?」

「ああ、大マジだ―――今まで俺が使ってきた技の大体はゲームやら戦いで見せてきたから、それはお前によって研究されて回避されていたと思っていたけど、どうやら違うようだな……今のアスカロンによるドラゴンの弾丸は、今まで祐斗にしか見せていない。それをお前はまるで知っていたかのように―――予知したかのように避けた。つまり」

「…………おいおい、適応力がありえないでしょ?この短時間でアロンダイトエッジ最高峰の力を見抜くとか、マジで勘弁してほしいわぁぁぁ―――アロンダイトエッジ、第二の力は未来予知なんでした♪」

 

 フリードはふざけた感じでウインクをし、目元でピースをする。

 だけどその能力は本当に恐ろしいッ!

 

「まあ実際には未来予知じゃなくて気配察知―――アロンダイトはそもそも、魔剣に堕ちた聖剣。要は聖剣の性質と魔剣の性質、その両方を兼ね備えたもの。アロンダイトは元々大きな破壊力ではなく小回りの利く聖剣でしたからねぇぇ……故に聖なる力と魔なる力、そしてアロンダイトそもそもに宿る気配察知の力が相まって、聖魔の超気配察知が成されるのよ。だからほとんど予知とお・な・じ♪特にイッセー君には相性の悪いものってことだぜ!」

 

 ……恐らく、アロンダイトエッジはこの時代だからこそ生むことの出来た聖剣だ。

 聖書の神の不在のバグにより祐斗が聖魔剣を生み出したように、聖堕剣・アロンダイトエッジを創り出したその最高のはぐれ錬金術師って奴もバグを突いてこの剣を創ったんだろう。

 この聖堕剣・アロンダイトエッジは恐らく祐斗の創る聖魔剣以外で世界で唯一、人の手によって創られた聖魔剣だ。

 純粋な聖剣ではないが故の強さがあるのはそれが由縁なんだろう。

 

「ま、これを俺にくれたあの爺ちゃんはここまでのスペックは予想していなかったらしいじぇ?何せ、これは所有者と認めなければ相手を殺すような代物だからねぇ」

「―――ったく、そんなものに選ばれたのか。お前は」

「ああ、そのトーリ!!おかげで俺様、悪魔以上の身体能力も手に入れて、君とまともに戦える力を得たんでござんす!ついでにこの剣には若干の龍殺しの性質もあるからね?」

 

 ふざけたスペックの聖剣だこと。

 恐らく、アロンダイトの小回りが利く性質を受け継いだおかげで色々な能力が付加されてんだろうな。

 聖魔の予知と多少の龍殺しの性質、人間を悪魔と対等に戦えるほどの身体強化と俺にも十分通用する聖なるオーラの攻撃。

 ……応用力を誇る聖剣だ。

 俺の鎧を斬れることの出来た理由は龍殺しの性質と聖なるオーラが相乗効果を生んだからだろう。

 ともかく言えることは、あの聖剣は確かにすごい。

 だけどその聖剣と同調し、使いこなすフリードもすごいってことだ。

 

「アロンダイトエッジは色々な聖剣魔剣が詰め込まれて創られたって、俺にこいつを授けた爺ちゃんが言ってたのよ、これが。さてネタ晴らしは済んだし―――そろそろ殺すよ?」

「…………………………それは、お前の本音か?」

 

 ―――俺はフリードにふとそう呟いた。

 俺が戦いの最中、そんなことを呟いたのは気分ではなくて、もちろんアーサーの言っていたことが原因でもある。

 …………フリードからは確かに殺気はする。

 本気で戦っているのは確かだ―――だけどアーサーの言う通り、今のフリードの剣からは迷いのようなものを感じた。

 それはあまりにも理論的なものではない。

 感覚的なもの……だけど確かだ。

 

「―――はぁぁぁ!?何言ってちゃってんですか、あんちゃんは!ひゃははははは!!馬鹿じゃねぇの?この外道神父様が、イッセー君を殺すつもりはない?……なわけねぇだろ、バァァァァァカ!!!!」

 

 するとフリードは激情するかのように素早い速度で俺へと近づき、そしてアロンダイトエッジを一直線に一閃する。

 俺はそれをアスカロンで受け止め、アスカロンとアロンダイトエッジが激しい金属がぶつかり合う音を立てながら、ギリギリと鍔迫り合いをする。

 

『Boost!!』

 

 籠手からは通常の状態になっているから10秒ごとの倍増がされ、更にそれを繰り返していく。

 俺は至近距離にいるフリードになお話し続けた。

 

「お前と剣を交えたアーサーという聖剣使いが言っていた―――お前の剣には覚悟と迷いがあるってな!!」

 

 俺はフリードの体ごと力任せに剣で薙ぎ払うと、フリードは勢いに負けて吹き飛ぶもののすぐに体勢を整えて再び俺と剣戟を続ける。

 

「はぁぁ!?この俺様に迷いも糞もねぇよ!!覚悟?知るか!!」

 

 フリードが剣を振るい、俺はアスカロンを振るう。

 刃と刃は激しくぶつかり合う。

 フリードはアロンダイトエッジの能力から俺の攻撃を何となく察知しているのか、俺はあいつに決定打を与えることは出来ないものの、俺は反射神経と経験でフリードと交戦した。

 未来予知は確かに違うみたいだな。

 ただの気配察知……だけどその精度が高くて俺の大技、力技は全て見切られてしまう。

 だから小回りの利くこの形態で、小回りの利く武器で戦うしかない。

 フェルのフォースギアは後々のために残しとかないと俺の精神力が持たないから使えない。

 だから―――アスカロンとこの無刀、籠手の力だけで戦う!!

 

「お前は何で禍の団にいる!お前はバルパー・ガリレイのしたことを嫌悪したはずだ!!」

「気の迷いに決まってんだろ、バァァァァカ!!俺はフリード・セルゼン!!最悪最低の外道神父様だぁぁぁ!!!」

 

 フリードは俺へと距離を取り、小さい動作で聖なる斬撃波を放つ。

 龍殺しの力があるのなら、籠手で防御するのは危険だ。

 俺は今まで使っていなかった無刀に意識を集中する。

 ……無刀は俺の魔力のオーラに反応して、俺の魔力を媒介としてそれを凝縮、刃にすることで初めて刀身を宿す刀だ。

 だけど魔力ならばそれはあの斬撃波によって阻まれる。

 ならば―――アスカロンの聖なるオーラを使う!!

 

「―――唸れ、アスカロン!!」

 

 俺はそう叫ぶと、アスカロンから莫大な聖なるオーラが噴出し、そしてそれは龍の形となり無刀へと吸い込まれる。

 フリードによる斬撃波は俺のすぐ傍まで来ている!

 さぁ、行くぞ―――無刀・聖者の刃!!

 

「―――もう、俺にはそいつは利かない」

 

 ―――俺は無刀から生み出される真っ白な刀身で聖なる斬撃波を切り裂いて、そう言った。

 無刀からはブゥゥゥン、という振動音が聞こえ、聖なる力を漏らさぬように無刀によって制御されている。

 ……無刀は俺に最も合っている剣かもしれないな。

 

「おいおい、次々に攻略とかマジで勘弁ッ!!―――でも、負けるわけにはいかねぇんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 フリードは切り裂かれることを分かってるはずなのに、縦横無尽に聖なる斬撃波を放ちまくる!

 俺はそれを全て見切り、居合切りのように無刀・聖者の刃でそれを次々に切り裂いて無力化する。

 

「目くらましだぜ、イッセーくぅぅぅんん!!」

 

 ―――するとフリードは軽やかな動きで最短距離で俺に接近した。

 恐らくあの斬撃波は囮で、俺へと近づくことが本当の目的……俺が以前、コカビエルにした戦法と同じだな。

 だけどあの時のコカビエルと俺とでは違う!!

 

「唸れ、アスカロン!その刃に宿れ!!」

 

 俺は言霊を言うように叫び、アスカロンはその刃に莫大な聖なるオーラを纏ってフリードの振りかざすアロンダイトエッジと再び刃を合わせる!!

 アロンダイトエッジは鋼色のようなオーラを刀身に纏わせており、恐らくこれは攻撃的な力だろう。

 アスカロンとアロンダイトエッジで鍔迫り合いをする俺とフリード。

 その時―――俺のアスカロンとアロンダイトエッジは突如、互いに光を放ちながら輝き始める。

 

「なんだ、これは―――共鳴してるのか?」

 

 俺はそう思いながら、しかし鍔迫り合いをする力を緩めない!!

 ここは力で圧倒するため、籠手に溜まった倍増の力を解放しようとしたその時だった。

 

『―――俺が、あいつらを救わないとダメなんすよ。だから爺ちゃん、そいつを俺にくれ……それで助けてみせっから』

 

 ……突如、俺の頭に何かの光景のようなものが垣間見えた。

 そこには優しそうな老人と、目元に傷のないフリードの姿があり、フリードはらしくない苦笑いをしながらそう言った。

 

「―――くッ!!?」

「これは……」

 

 俺は今の光景を見て、少し考え込むとフリードは突如、俺から距離を取った。

 頭を手で押さえて、目を見開いて驚愕と言うべき表情をしている。

 

「……今のは、いったい……」

「フリード・セルゼンなのか?」

 

 ……その光景は俺以外の周りの皆にも見えていたらしく、各々が少し戸惑ったような顔をしていた。

 って言っている俺も少し戸惑っている。

 ―――聖剣と聖剣が共鳴したと思ったら、あんな光景が見えた。

 

「―――ひゃははは!!アロンダイトエッジ、第3の能力!!相手に嘘の光景を見せて動揺させる精神破壊!!見事に引っかかったっすねぇ!!」

「…………違う。今のは、アロンダイトエッジの力じゃない」

 

 俺はフリードの言葉が嘘であることを見抜いた。

 …………今のフリードは少し焦ったような表情をしている。

 まるで知られたくなかったことを知られたと言いたいかのように、ただ嘘を吐いて誤魔化した。

 そんな風にしか見えなかったんだ。

 

「んなわけねぇでしょうが!!さぁ、もっとやり合おうぜ!イッセーくん!」

 

 フリードは未だ動揺を隠しきれないように俺に剣を振るって来るも、俺は先ほどと同じようにそれをアスカロンを受け止めた。

 

『―――選ばれなくても、一時的にはアロンダイトエッジは使えるってことだぜ?ならこんな命くらい、あの辛気臭い餓鬼共にやるよ、やるよ♪』

『―――フリード君!君は分かっておるのかね!?あの実験場には恐ろしい数の堕天使や悪魔がいるのだ!何も関係ない君が関わって死んだら、それこそあの子たちが!!』

『―――ひゃははは!…………俺を救ったのはあの餓鬼共っすよ?飢え死にそうだった俺に自分たちの少ない飯を分け与えた馬鹿共っすよ?―――キャラじゃないけどね?俺に初めて優しくした馬鹿共を仕方ねぇから救っちゃうんだよね』

 

 ……そこには、優しげなフリードの表情があった。

 今の今まで見せたことの無いような表情―――何かを守るために覚悟を決める、一人の戦士の姿。

 軽薄な口調で、ふざけた態度で……だけどそのしようとしていることは正しいこと。

 何かは知らない……でも間違ってはいないことを。

 その一瞬の光景はそれを物語っていた。

 

「―――んだよ、どうしてこんなもんが流れるんすか、アロンダイトエッジ!!!!」

 

 ……フリードはとうとう、聖剣にそう叫ぶが光景は止まらなかった。

 流れるのは外道神父であるフリードではなく、小さな何人かの子供のために血を流しながら、傷つきながら戦うフリード。

 複数の堕天使、悪魔に対し勇敢に戦う男。

 そして―――子供たちを救って、笑みを溢すフリードの姿だった。

 ……アスカロンとアロンダイトエッジの共鳴のような輝きは次第に消え、そしてフリードは急いで俺から再び距離を取り、地面に剣を刺して頭を抑える。

 その額からは一筋の汗が流れ落ち、そしてフリードは俺を睨みつけてきた。

 

「……そうか。お前から感じた覚悟はあの子供たちを救う覚悟のようなもの。迷いは禍の団そのものだったんだな」

「―――分かったような口を聞くな!!」

 

 ―――フリードから放たれる怒号は、いつものようなふざけた口調ではなかった。

 本気で怒り、本気で自分の想いを訴えるようなもの。

 フリードは……あのフリードが怒っていたんだ。

 

「ああ、分からない。だけどたった一つだけ分かることがあるとすれば……今の事が本当のことだってことだけだ」

 

 フリードにそう言うと、あいつは目は更に厳しいものになる。

 その目は、瞳は何かに囚われるような強迫観念を受けるように闘争心をむき出しにし、アロンダイトエッジを再び抜き去って俺に攻撃を加えようとするも、フリードの動きは止まる。

 まるで先ほどの光景を見られたくないように、動くことを止めた。

 俺のアスカロンがあいつのアロンダイトエッジと刃を交えればまたさっきのような現象が起こるとでも思っているんだろう。

 

「フリード。お前は何を背負っているんだ?お前は本心でディオドラに従っているのか?あんな顔をしていた―――誰かを守ろうとした男が、何でディオドラに……禍の団になんているんだ!」

「………………うるさい―――あんたに何が分かる!?あんな糞悪魔に、糞組織に身を投じないといけない俺の何が分かるんだよ!!」

 

 ……フリードは目を見開き、ようやく本音を怒鳴るという形で言う。

 これが本当のフリード・セルゼンと言う男の顔なんだろう。

 不安で、今にも潰れそうな表情……今まで溜めこんできた想いをぶちまけるようにフリードは一方的に叫ぶ。

 ―――ここでフリードのことを気にせずにあいつを倒して、アーシアを救いに行くことは簡単だ。

 だけどもし仮に、俺がここでこいつを見放してしまったら、アーシアはどんな顔をするだろう。

 眷属の皆は、どう思うだろう。

 ……何より、俺は見捨てたくない。

 確かにフリードは今までろくなことをしていない。

 レイナーレの時だってアーシアを傷つけた。

 恐らくたくさんの罪を犯してきたはずだ……だけどそれが見捨てて良い理由にはならない。

 だから―――

 

「オーバーヒートモード、始動―――」

 

 俺は内に秘める魔力を全身に過剰供給し、更に籠手に溜まる倍増の力を解放し二段階で身体能力を強化する。

 アスカロンと無刀・聖者の刃を構え、そしてフリードを睨んだ。

 

「お前が何を考えているのか、何と戦っているのか……そんなことは俺には分からない。だけどお前の想いが正しいことはなんとなく分かる―――だから目を覚まさせる」

「うるさい!!―――くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 フリードは鋼色の聖なるオーラをアロンダイトエッジから噴出させ、鬼気迫る勢いで突っ込んでくる。

 速度は今まで一番速く、祐斗のそれと同等を誇り、俺はそれに対抗するように地面を踏み蹴った。

 あいつは俺の動きを読むだろう……だけどこのモードは既に読むだけでは通用しない!

 反応すらも出来ない速度で、しかもオーラの噴出が最小限に抑えれている!

 このモードは鎧とは違い、俺のオーラは悟られにくいからな!

 俺はアスカロンでアロンダイトエッジと剣戟を繰り広げ、その間に逆にフリードの動きを予測する。

 あいつは俺の動きを聖なるオーラと魔なるオーラで読んで動いているのなら、俺は裏を突けばいい。

 わざとオーラを噴出し、俺は動くような仕草を取った。

 フリードはそれを察知して、俺の行動を読んだようにアロンダイトエッジを瞬間的に俺の懐に刺そうとする―――俺はアスカロンを限界を超える筋力で振るい、その突きを薙ぎ払って投げ飛ばすも、力の余りアスカロンは俺の手から離れ、アスカロンと共にアロンダイトエッジは俺とフリードから離れたところ地面に突き刺さった。

 そして俺は武器を持たないフリードに無刀・聖者の刃を突きつける。

 

「ははは…………やぁっぱ、強いねぇ、イッセー君は……さぁ、心置きなく殺そうぜ?代わりに殺してくれたらこのペンダントをやるからさ?」

「……ロケットペンダント、か」

 

 フリードは自分を嘲笑うように嘲笑すると、服の中に隠れていたロケットペンダントを俺に見せてそう言った。

 ……死んで、それで何かが解決する。

 俺はそれを認めない―――だから

 

「―――目を覚ませ、この馬鹿野郎ッッッ!!!!」

 

 俺は無刀を持つ反対の手……左腕の籠手でフリードの頬を捉え、殴り飛ばした。

 フリードはその場に倒れ、長く伸びた髪が目元まで掛かる。

 表情は見えず、ただ殴られたところを抑えていた。

 ただ俺が殴った影響でフリードの首元に掛かっていたペンダントは俺の足元に落ちており、そしてロケットは開いてその中の写真が俺の目に映った。

 ―――先ほどの聖剣同士の共鳴で俺たちが垣間見た、フリードが助けたと思われる小さな少年少女。

 そこにはその少年少女に囲まれながら皮肉気な表情ながらも、どこか楽しげなフリードの姿があった。

 子供たちは満面の笑みでフリードを囲んで遊んでおり、フリードもそれに文句を言いたげな表情であるが、渋々と言った風に相手をしている。

 ……俺はそれを握り締めてアスカロンとアロンダイトエッジが突き刺さるところまで歩いていき、二本の聖剣を抜き去ってフリードの元に行く。

 俺がアロンダイトエッジを握ると、聖剣は俺を拒否するように俺の手を焦がすが、俺はそれを我慢しながらフリードの傍に聖剣を刺した。

 

「……お前が死んだら、この写真に写る子供たちはどうなる。こんなにも笑っている子供たちが、どんな顔をすると思っているんだ……俺は事情なんか分からない。だけどお前がこの子たちを大事に思っていることだけは分かる―――どうなんだ、フリード!」

 

 俺はフリードにペンダントを放ると、それはフリードの体に当たって地面に落ちる。

 フリードは呆然としながらそれをじっと見ると、大事そうに拾ってペンダントを握り締めた。

 

「こんなの演技だ……こいつらに向ける笑顔も、糞喰らえだ……こいつらを救ったのも気まぐれ、こんな糞餓鬼ども……なんか……助けたくなんか……ッ!!」

 

 フリードはペンダントを強く握り、歯ぎしりをしながら悔しそうな表情で俺を見上げた。

 

「―――助けてくれよ、こいつらを!!どうしようもねぇ、救いようのねぇ俺を優しいだの、ありがとうだの、大好きだの言う糞餓鬼どもを救ってくれよ!!お前だったら出来るんだろ!?今、俺をここで殺して、こいつらを……糞悪魔共から救ってくれよ……ッ!!」

「…………話してくれ。一体、お前に何があったんだ」

 

 俺は籠手も聖剣も、全ての武装を解除してフリードにそう問いかけた。

 フリードの目は絶望で染まっている―――だったら俺が出来ることは絶望を終わらせて、希望を始めるだけだ。

 だから俺が…………希望になる。

 俺がフリードにそう言うと、他の眷属の皆も警戒をしながらも俺とフリードの元に近づいてきた。

 

「……さっき、あんたらも見た光景は事実だ。あれはバルパーの糞爺が計画していた計画―――第二次聖剣計画の被験者だった餓鬼だ」

「ッ!!」

 

 聖剣計画の言葉に反応したのは、実際にその実験に参加させられていた祐斗だった。

 

「俺があの餓鬼共と出会ったのは、前のコカビエルさんやら何やらの後のことですわ……傷を負って、俺が最初に向かったのはバルパーの隠れ家だった所。家族も居ねぇし、頼る奴なんか居ないっすからねぇ……そこで俺は第二次聖剣計画というものを知ったんですわ」

「第二次聖剣計画……それはいったい……」

「それは想像はつくっしょ?特にイケメン君なら……そりゃあもうひどいもんすわ。命など無視して現存するどの聖剣よりも強い最強最悪の聖剣、そしてその使い手を創り出すっていう人権無視のもの……が、当初の俺はそんなものに首を突っ込むつもりなんてなかったん……だけどなぁ―――今までやってきた馬鹿らしい行動の贖罪でも取りたかったんすかねぇ。俺はその実験の施設の付近まで足を運んでいたんですわ」

 

 ……フリードは語り続ける。

 懐かしむような声音で、淡々と……俺たちはそれを固唾を飲んで黙って聞いた。

 

「当然、生きていくための金も何もなく、付近に近づいた時には既に腹はペコペコ……そんで、倒れた―――そんな時、この糞餓鬼共と出会った」

 

 フリードはペンダントに写る子供たちを俺たちに見せながら、そう言った。

 

「知ってる?こいつら、一日一食しか与えられない上に過酷な実験を受けてるんだぜ?それなのに、貴重な飯を俺に与えて挙句『死にそうなのを見るのは辛いから』なんて言うんだぜ?―――ホント、今まで俺がしてきたことが馬鹿みたいに思えたのですわ、マジで」

「……フリード」

 

 俺があいつの名を言うと、フリードは儚く笑っていた。

 ……そもそも、何でフリードはそんな道に堕ちたんだろう。

 そもそも悪の心しかない奴は、いつまで経っても、どんな好意を受けても治らないもんだ。

 だけどこいつはこんな気持ちを抱くことが出来た―――誰かを大切に想える気持ちを。

 だから俺は思った……フリードがはぐれになったのには、実は何か理由があるんじゃないかと。

 フリードは続ける。

 

「そいつらに与えられた自由は一日10分も無いもの……しかもその自由時間すらも計画のための事だった。そんな中、あいつらはその与えられた時間を笑顔で過ごす―――騙されていることすらも分からずに…………第二次聖剣計画は力の小さな堕天使やはぐれ悪魔によってバルパーが死んだ後でも続けられていた。どいつもこいつも最凶の聖剣使いを創り、それを洗脳して自分たちの武器を増やそうとしていたのが本音……そんな真実を知った俺は、ある馬鹿な爺さんと出会ったんすよ」

 

 それがあの時の光景でフリードと会話をしていた優しそうなおじいさん。

 フリードで言うところのはぐれ錬金術師ってやつか。

 

「その爺さんは一度は闇に染まった爺さんだったそうですわ。元々は聖剣の錬金術師だった爺さんは、それによって教会を追放され、そしてようやく自分が過ちであることに気付いた―――そう、その爺さんは第二次聖剣計画で自分の過ちに気付いたんですわ」

「やはり、か」

 

 するとゼノヴィアは一人、反応する。

 ゼノヴィアは元々は教会出身の聖剣使いだ。

 何かその爺さんのことを知っているんだろうけど……するとフリードは話し続けた。

 

「名はガルド・ガリレイ……バルパーの弟っすわ。デュランダル使いなら知ってるっしょ?」

「ああ……兄に影響され、聖剣に対して間違った解釈をした結果、悪に堕ちたとして教会を追放された者だ。確か教会が誇る最高の錬金術師だったはずだが……」

「そう。その爺さんはバルパーに唆され、間違った道に進んでしまった爺さんでねぇ……第二次聖剣計画の存在を知った―――第二次聖剣計画で創られていた聖剣っていうのはエクスカリバーの姉妹剣として有名な、今は既に壊れて存在しない聖剣ガラティーン……しかも神の不在を良いことにそれを最悪な強化を強行し、聖魔剣なんてもんにしようとしていたらしいぜ……結果的にガルドの爺さんは第二次聖剣計画の被験者の子供を救おうとして自身が創った聖堕剣・アロンダイトエッジを使って計画そのものを壊そうとした…………が、それも叶わなかった」

 

 フリードはアロンダイトエッジを軽く撫でながらそう話す。

 ……フリードはさっき、アロンダイトエッジは所有者だと選ばなければ持つ者を殺すほどの聖剣と言っていた。

 だからその爺さんはアロンダイトエッジを使う事すら出来なかったんだろう……だから子供たちを助けられなかった。

 そしてこの話の続きは、さっきのフリードとガルド・ガリレイの会話の光景に繋がっているんだろう……そしてフリードはアロンダイトエッジに選ばれて、そしてその力で子供たちを救い、そしてその時に取った写真がさっきのペンダントに埋め込まれていた写真。

 ―――フリードはそこまで語ると、次は悔しそうな顔つきになった。

 

「餓鬼共は救えた……確かに第二次聖剣計画は糞堕天使共と悪魔共を皆殺しにして、この俺が潰した。聖剣ガラティーンの結晶も処分して、あいつらは普通の子供のように暮らせるはずだった―――なのに旧魔王派の糞悪魔共は餓鬼共を拉致して、人質に取ったんだよッ!!」

 

 ―――フリードは地面を拳で殴ると、地面はフリードの怒りを表すようにヒビが生まれた。

 怒りと悔しさ、虚しさや悲しさ……それが全て詰まったようなものだった。

 

「どうしようもねぇんだよッ!!帰ってきたら、餓鬼共は一人残らずいなかったんだッ!!ガルドの爺さんも居ねぇし、そんな時に……ディオドラの糞野郎が俺の前に現れた……」

 

 ―――大体の話が俺には理解できた。

 禍の団はフリードとアロンダイトエッジの強さに目を付けた。

 人間でありながら数多くの悪魔、堕天使を屠ることの出来るほどの強さを持っているんだ……例え旧魔王派でもその強さは今回の件で使えると判断したんだろう。

 俺の見立てでは上級悪魔を殺す程の力を今のフリードは有している―――聖なるオーラと魔なるオーラを察知し、相手の行動の大体を読むことが出来るんだからな。

 だけど、だからって―――人質に取るなんて汚い真似をするとか、ふざけんな!!

 何が真の魔王だ―――本当の魔王なら、真正面から衝突して、暴君であろうがその強さを見せつけろよ!!

 ……俺は心の中でそう思った。

 

「ディオドラの糞は禍の団に加担する悪魔サイドの裏切り者だ……あいつは餓鬼共の命が惜しかったら、僕の計画の手伝いをしろなんて言ってきた―――拒否したら、あの餓鬼共は殺されるんだぜ?これが俺の今までしてきた贖罪であったとしても、それだとしてもッ!!!―――見捨てるなんて、出来るわけねぇだろ……なぁ、イッセー君よぉぉ……」

「……あぁ、そりゃそうだ。お前が命を賭けて守った子供たちなんだ―――見捨てるなんて出来るわけないよな」

 

 俺は脆く崩れるフリードを見つめてそう言う。

 ……フリード・セルゼンという男は間違った男だ。

 今まで数多くの者の命を奪ってきた悪人でだろう……きっとこいつを恨む人も少なくないはずだ。

 俺だってこいつが今までしてきたことを許すなんてことは絶対にしない。

 ―――だけど俺は認める。

 フリードが子供たちを救ったことは、決して間違いなんかじゃない。

 例えそれが贖罪なんだとしても、誰かを守ろうとする気持ちには嘘なんてない。

 それは俺が誰よりも良く分かっていることだ。

 

「何で、黙ってあいつらを救ってくれねぇんだよ……あんたはヒーローだろ?何でも救って、誰でも笑顔にしちまう奴だろ!?なのに何で―――俺みたいな野郎を救おうとするんだよ!!」

「…………ああ。確かに俺は今まで色々な人を救ってきたと思う……謙遜じゃなく、本当に……だけど俺は自分をヒーローとか、正義の味方とか思ったことはない」

 

 そう、誰かにそう言われようとも俺は一度も自分がそうであると思ったことはない。

 

「俺が救えるのは俺の手の平で収まる、本当に数少ない人だけだ。人ってもんはそんなものなんだよ―――誰かを救える力のある奴でも、何もかもを救えるなんてことはない」

 

 それは俺がずっと自分で経験したことだから。

 助けようと思って、でも力が足りずに死なせてしまったこともあった。

 失ってしまったこともあった。

 ……だけどそれを背負って、また何かを守るために俺は戦うんだ。

 失った奴を忘れないために……護れなかった大切な奴ならそう言うから。

 

「俺は第二次聖剣計画なんてものは知らなかった。でもお前は知っていた。子供たちはお前でしか救うことが出来なくて、そしてお前は子供たちを救った―――フリード、お前は何も間違っちゃいない。間違っているのは悪魔だ」

 

 俺はそっと、フリードに手を差し伸べた。

 

「―――俺はお前を許さない。きっとこれからもずっとだ。たくさんの命を奪ったお前を、許すことはきっと出来ない……だけど正しいことをしようとして、でもそれを踏みにじられて苦しんでいるなら……俺はお前に力を貸す。俺が子供たちを救うんじゃない―――お前が子供たちを救うんだ」

「………………餓鬼どもは旧魔王派の糞どもに捕えられている」

「それでも何もしないよりはマシだ―――フリード、お前はお前が一番望むことをしよう。俺はそれに手を貸す……お前が贖罪を望むなら……きっと、その子供たちと一緒に居てやることがお前の贖罪だ」

「……………………ひゃははは―――ホント、イッセー君は甘いんだよ……そんなに俺の状況は甘くはない。捕えられてる時点で、そんなもんは希望観測でしかねぇってわけだけど―――あぁぁぁ、白けた。何が悲しくて死んでイッセー君に救ってもらおう作戦を考えたんだか……最初からお前なんてあてにするんじゃなかった」

 

 フリードは憎まれ口を叩きつつ―――俺の差し伸べた手を掴んで立ち上がった。

 

「ああやこうや考えるのは俺様のキャラじゃなかったよねぇぇぇ♪良いぜ、良いぜ―――イッセー君の口車に乗ってあげるよぉぉ?」

「いつものふざけた口調で安心した」

「ひゃははは!!ホント、お前馬鹿じゃねぇの?もうお人好しのランク超えてるだろ…………旧魔王派共は考えればどいつもこいつも戦闘、戦闘で餓鬼共の監視もお留守になってるかもだからねぇ―――しゃーねーから、救ってやるか♪」

 

 フリードはアロンダイトエッジを力強く握ると、剣は喜ぶかのように光り輝く。

 ……アロンダイトエッジは、もしかしたら自分と同じ性質の宿主を求めていたのかもな。

 堕ちて魔剣になりながらも聖の文字を失わない聖剣と、堕ちてもなお改心して何かを守ろうとした男。

 フリードとアロンダイトエッジは相性が抜群の聖剣だったからこそ、俺も手こずったんだろうな。

 

「待て、フリード・セルゼン。君にはいくつか聞かなければいかないことがある」

 

 すると俺たちの隣を通り過ぎようとするフリードに、ゼノヴィアがそう語りかけた。

 

「あぁん?」

「……先ほどのお前が倒したとされるディオドラの『女王』。外傷こそ大きいものだがあれは確実に死なないように手加減されていた。君はもしかして、イッセーとあの『女王』がまともに戦えば、彼女が死ぬと分かっていたからわざと戦闘不能にして命だけは守ったんじゃないか?」

「………………ま、顔なじみのよしみでね」

 

 ―――顔なじみ?

 どういうことだ、と俺がフリードに言おうとした時、ゼノヴィアは俺を遮って話し続けた。

 

「そうか。ここまで聞いてようやく確証が持てたよ―――ディオドラの眷属は、私が知る限りでは『戦車』『兵士』『女王』、この者達は元教会の聖女だ」

『―――なっ!!!!?』

 

 俺たちはゼノヴィアの発言に驚愕の声を上げたッ!!!

 元教会の聖女だって!?

 ………………おい、待てよ。

 ゼノヴィアは『戦車』との戦闘の後、ディオドラは想像を絶するほどの外道かもしれないと言っていた。

 そしてディオドラの眷属のほぼ全ては元教会の聖女―――俺はそれらの単語を当てはめ、考えた結果……異様なまでの怒りを覚えた。

 

「……フリード・セルゼン。君は教会でも有名なエクソシストだった。有能な戦闘センスや光力の強さは目を見張るものがあり、若き天才とまで言われていた…………そんな君が、理不尽な悪魔狩りや身内のエクソシストをも傷つけるほどの傍若無人になったのは突然のことだと聞いている」

「………………まあ、一応は話しておいた方が良いっすよねぇ―――ま、あの『女王』ってのは俺の所属していた正統派の教会で俺とコンビ組んでたシスターさんなんですわ。まあ俺も若気の至りってもんで、結構慕ってて、あのシスターさんラブだったんだけどねぇ…………ある日、あのシスターさんは悪魔に唆されて悪魔に籠絡され、そして教会を追放されたんだよ」

 

 フリードは昔を思い出すようにそう話す…………ここまでの話を聞いて、俺の予想が正しいということを俺は理解した。

 そう、ゼノヴィアの言う通り、ディオドラは―――最悪の悪魔だ。

 

「まあ、俺が教会を追放された一番の理由は、追放されたあのシスターさんを悪く言う同僚と喧嘩して、そいつを勢い余って殺しちまったことなんですけどねぇ……ここまで言えば分かるっしょ?―――全部、ディオドラの仕業だよ」

 

 フリードはそう言った。

 

「待ちなさい……ディオドラの仕業?それってつまり」

「おうよ……ディオドラの趣味ってもんは糞みたいなもんでよぉ……信仰心の強いシスターや聖女を籠絡し、それを堕として犯しまくり、自分の物にするってもんなんすよ」

「―――ッ!!!」

 

 俺たちはそれを聞いて、殺気立った。

 たぶん皆もその言葉を聞いて分かってしまったんだろう―――ディオドラの本性と過ちを。

 

「……先ほど私が倒した『戦車』は私が所属していた教会の末端にいた非常に信仰心の深いシスターだった……話しか聞いていなかったが、悪魔に唆されて追放されたと聞いていたよ―――予想していたとはいえ、まさかこれほどの悪党とはッ!!」

 

 ああ、その通りだ。

 ディオドラ・アスタロトと言う男は最悪の悪魔―――下種、外道なんて言葉じゃあ物足りない。

 鬼畜、畜生……いや、それ以下の存在だ。

 

「あの糞悪魔はそういう奴なんですわ―――アーシアちゃんもあの糞悪魔に陥れられた被害者の一人。ディオドラの言う『運命』ってやつはあいつの仕込んだシナリオで、アーシアちゃんはそれに見事に嵌り追放された……これが俺の知る真実―――あいつの大誤算はアーシアちゃんをイッセー君が救ったってことだったんだけどねぃ」

 

 フリードはそれを言い終わると、俺の方を見てきた。

 その目には嫌悪感のようなものと、覚悟のようなものがある。

 

「……俺が言えることじゃないのは分かってるんだけどねぇ?―――あの野郎をぶちのめしてくれよ、グレモリー眷属方。俺は今から餓鬼共を助けに行くからさ?俺の分まで―――あいつをぶん殴ってね?」

「ああ、任せろ―――そろそろ、俺も限界なもんでな………………ッッッ!!!」

 

 俺の体からは突如、意識もしていないにも関わらずオーラが爆発する。

 ……不思議な感覚だ。

 怒りで頭が爆発しそうなのに、意識は妙に鮮明だ。

 

「……アーシアちゃんはきっとあの糞悪魔に真実を告げられているかもしれないよ?あいつは堕とした奴にそう言って、その悲しみや苦しみの表情を見て快感を得る糞野郎だよ?アーシアちゃんは絶望……」

「―――大丈夫だ。例え真実を知らされても、アーシアは絶望はしない……アーシアのメンタルを舐めるなよ?アーシアはあんな野郎には屈しない……俺が信じろって言ったんだ。きっと、俺を信じて待っているよ」

「…………何でしょうねぇ。イッセー君の大丈夫は異様な説得力があるのは―――じゃ、俺様、この場でおさらば!!はい、チャラバ!!」

 

 するとフリードは懐から小さな玉のようなものを取り出し、いつかの時にしたように閃光弾で辺りを輝かせながらその場から消える。

 ……相変わらず派手なのが好きな奴だな。

 

「……イッセー?さっきからあなた―――いいえ、何でもないわ」

 

 すると部長は俺に何かを言いかけて、だけどそれを言うのを止めた。

 俺はそれを確認すると、一人神殿の奥へと歩み始める。

 ……俺は気付かなかった。

 だってあまりにも俺の心が静かだったから―――まるで嵐の前の静けさのように、静かだったから。

 気付かなかった―――俺の体が、今までにないほどのどす黒い紅蓮のオーラを噴出していることに。

 俺たちは神殿の奥へと歩く。

 そして―――ようやく辿り着いた。

 

「―――よう、糞悪魔。待たせて悪いな…………さて、覚悟しろ」

 

 神殿の奥には何やら機械仕掛けの装置のようなものがあり、そして辺りの風景はいたるところに何かに抉られた様な傷があった。

 柱は何本か折れ、地面には削られた跡、そして―――装置によって手枷を付けられたアーシアと息を荒くしてアーシアを睨んでいるディオドラ。

 俺はアーシアを見る。

 その目は力強さが帯びており、ディオドラを拒否するように睨んでいる姿だ。

 涙の跡はない。

 でも―――体にはいくつかの火傷の跡のようなものがあった。

 

「あぁ、何だ、もう来たんだね―――丁度いい、僕の心をここまで掻き乱したアーシアを絶望させるために君を殺すよ!!!赤龍帝!!!!!」

 

 ディオドラは何かに怒るように、そう叫ぶが俺はそんなことどうでも良かった。

 そう、あんな奴、どうでも良い。

 だけど―――アーシアが傷を負っている……ということは、あいつはアーシアを殺すつもりで他人からの借り物の力を使い、そしてアーシアに渡した神器の防御力を突破するほどの攻撃をしたってことだろう。

 辺りの光景はそれの証明―――あれ?

 何で俺、こんなにも冷静なんだろう。

 俺はふと、自分の体を見た。

 ――――――そこには自分でも驚くほどの紅蓮のオーラを放つ、俺自身がいる。

 ああ、そうか―――俺はとっくの昔に我慢の限界だったんだ。

 ただあまりもの怒りに頭が体に追いつかず、そして頭だけは冷静だった。

 そうか、そうか……………………………………なら、話はとても簡単だ。

 

「アーシア。助けに来たよ」

「イッセーさん…………はい!信じてました!!」

 

 アーシアはほんの一瞬、怯えたような顔をするも、すぐに俺に笑顔を見せ、俺も出来る限りの笑顔を見せる。

 そう、それだけで良い。

 アーシアに笑顔を向けるだけで良い。

 

「黙れ、赤龍――――――」

 

 ディオドラは全ての言葉を言い終わることなく、一瞬でアーシアの傍から消えた。

 何故?

 簡単だ―――俺が殴り飛ばしたから。

 顔面を、その拳で……あいつを殺すつもりで。

 

「ディオドラ―――――――――お前、もう生きている必要はないだろ?」

 

 もう、抑える必要はない。

 後はただ、この悪魔を

 

 

 

 

 ――――――ぶっ潰す。



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第10話 怒らせてはいけない者

『Side:アーシア・アルジェント』

 私、アーシア・アルジェントがディオドラさんに連れ去られてから、結構な時間が過ぎました。

 私はディオドラさんに連れ去られ、まず最初に鎖を解かれてから良く分からない装置に繋がった枷を付けられ、そして当のディオドラさんはゲームを上から眺めるように空中にモニターのようなものを出現させて見ていました。

 最初の方は当然、私の大切な仲間を嘲笑いながら見ていたのですが、その様子が変わったのはゲームが始まってすぐの事でした。

 ……小猫ちゃんとギャスパーさん、ゼノヴィアさんの圧倒的な戦い。

 ディオドラさんの眷属の皆さんは手も足も出ず敗退し、そしてその後に続く部長さんたちの戦いもすぐに終わりました。

 ―――その姿を見て私は少し涙が出ました。

 嬉しかったんです……私のために戦ってくれる皆さんが、どうしようもなく大好きで。

 だからこそ、私も戦わなくてはなりません。

 イッセーさんが、皆さんが戦っている姿を見て私はそう思いました。

 ……っと、その時でした。

 

「ははは。全く、あいつらは本当に役に立たないね―――ま、結局は僕に堕ちた聖女じゃあそんなものってことかな」

「―――今、何と言いましたか?」

 

 私はディオドラさんの言葉を聞き逃しませんでした。

 ―――僕に堕ちた聖女?

 その言葉を言った時のディオドラさんの顔は気味が悪く、今すぐにでも逃げ出したい気持ちになりました。

 するとディオドラさんは私の方を同じような顔で見てきて、そして近づいてきました。

 

「ああ、そうだね……丁度良い頃合いだ―――あんな神父崩れの屑でも、時間稼ぎくらいにはなるだろうから」

 

 ディオドラさんがモニターを見ながらそう言うと、そこにはイッセーさんとフリード神父の姿がありました。

 お二人が戦っている光景が広がっており、あのイッセーさんが押されていましたが……今はそのことが頭に入ってきませんでした。

 

「アーシア。僕はね?君が好きなんだよ―――もう、聖女なんて位を堕とさせて、ぐちゃぐちゃにしたいくらいね」

「………………何を、言っているんですか?」

 

 私は近づいてくるディオドラさん―――その男から離れるために動こうとしますが、枷で繋がれているため動けません。

 そして言葉を続けるその男は気持ち悪い笑みを浮かべながら……話し始めました。

 

「君は騙されてたんだよ、僕に!僕はね、信仰心の強いシスターとか聖女とか、そんな女の子を堕ちていく姿が大好きなんだよ!そしてその表情が溜まんなくてねぇぇ……僕の眷属の僧侶の男以外は全員僕が堕としたシスターや聖女なんだよ」

「じゃあ……私があなたを助けたのは……」

「そうだよ―――全部全部、僕の計画さ。考えてみれば分かるだろう?あんな教会に悪怪我をした悪魔が現れるわけないじゃないか!なのに優しい君は面白いほど僕の思い通りに僕を治療し、そしてそのまま追放された……最高だったよ!!君のあの時の表情!!涙も出ず、呆然と絶望する君は!!―――なのに、君はどうしてあのゴミのような赤龍帝と出会ったんだろうね」

 

 ―――その男の話は、私にとってとても悲しいものがありました。

 私が追放されたのも、あんな目に遭ったのも、全てはこの悪魔のせいです。

 でも…………私は悲しさよりも、怒りの方が強かったのです。

 

「イッセーさんを悪く言うのは止めてください―――イッセーさんは、あなたのような人とは違いますッ!!!!」

 

 ―――私にとって、イッセーさんを馬鹿にされることの方が嫌でした。

 イッセーさんのことを何も知らない人に、私の大好きな人を馬鹿にされることが耐えれませんでした。

 だから私は声を荒げてそう言いました。

 

「―――その顔、どうして涙を見せてくれないんだい?君にとって神様を信じる信仰心は未だに残っているはずだろう?それを僕が奪ってあげんたんだよ?なのに―――どうしてまだそんな強い瞳をしているんだ!!!」

 

 その男は私に近づいてきました―――息を荒げて、怒り狂うように。

 

「もう良い!!君はここで僕が徹底的に犯して、絶望させてあげるよ!!どうせ赤龍帝は手を出していないんだろう!!だったら君の処女は僕が奪って君を僕の物に―――」

 

 その男が私に触れようとした―――その時でした。

 チリン…………そのような音が響いて、私の周りに綺麗な白銀の膜のようなものを展開しました。

 美しい、綺麗なイッセーさんの力……良く見ると、それは私の胸元にあるイッセーさんが私にくれたネックレスから白銀の光が放たれ、私を覆っていたのです。

 ―――イッセーさんはいつも私を守ってくれます。

 優しい表情で、自分も一人では耐えきれない何かを抱えているのに……それなのに笑顔で誰かを助け、時には誰かを叱って奮い立たせ、そして最後は皆を守ってしまう。

 私が神の不在を知った時も私を抱きしめてくれました―――だから、私はここで一人泣いて、この男の思うがままになりたくはありませんでした。

 男の手は白銀の膜によって跳ね返され、その触れようとした手からは何かが焦げるような煙を上げていました。

 

「……はっきり言います―――私は、貴方が嫌いです」

 

 私は自分の意志をはっきりとその男に示しました。

 普段ならこんなことは何があってもしないでしょう……誰かが悲しむ顔なんて見たくないですから。

 でも私は言わなければなりません。

 ―――グレモリー眷属として、イッセーさんを想う一人の女の子として。

 

「な、に……言っているんだい?」

「嫌いです。イッセーさんを馬鹿にするあなたが、人の想いを簡単に踏みにじるあなたが―――嫌いです」

 

 私がそう言うと、その男はフルフルと肩を震えさせる。

 ……魔力が体から湧き出て、それは怒っているようにも見えました。

 ―――でも、自分の本心は曲げたくないです。

 私はその男の話を聞いても、全然悲しくありませんでした。

 確かに教会を追放された時は心が潰れそうになるくらい辛かったです。

 毎晩のように泣いて、泣いて……そしてそんな時にイッセーさんに出会いました。

 もしも……もしもこの男に騙され、そして悲しい想いをした眷属の皆さんがイッセーさんと出会っていれば……きっと幸せになれたはずです。

 助けてくれたはずです。

 ―――私はそこで気付きました。

 私が真実を知って、それでも悲しくなかったのはイッセーさんを悪く言われたことに対する怒りだけじゃなくて……その眷属さんたちが自分の事のように思えて、彼女たちのことを想うと怒ってしまったから。

 そして―――イッセーさんを信じているから。

 

「私はグレモリー眷属の『僧侶』、アーシア・アルジェントです!力なんてないです。いつもイッセーさんや皆さんに守られてばかりです―――だけど戦います。例え力が無くても、あなたを心の底から嫌うことで戦います!!」

「……うるさい」

「私はあなたの言葉になんて屈しません!絶望だってしません!泣いてあげません!!―――それが私に幸せをくれたイッセーさんに対する気持ち―――私は、イッセーさんを愛していますから」

 

 その想いが重くたって構いません―――きっと、イッセーさんは苦笑いをしながら、それでもありがとうと言ってくれるから。

 私はイッセーさんに包まれているから……この白銀の膜のような光のように。

 

「うるさい!!何が赤龍帝だ!!何が愛しているだ!!何故君は僕の物にならない!!なぜそこまで強く居れる!!ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」

 

 その男は辺りに向かって魔力のようなものを放つと、それは私の方にも飛んできました。

 それは白銀の膜によって防御され、それを見た男は更に目を充血させて鬼気迫る様子で私を見ました。

 

「薄汚いドラゴンが僕の邪魔をするなぁぁぁぁ!!!僕は、僕はアスタロト家のディオドラ・アスタロトだ!!!」

 

 その男は怒りながら次は集中的にすごい量の魔力を塊で私に放ってきました……ッ!!

 その風圧で私は飛ばされそうになりますが、イッセーさんのお守りの力で何とか踏み留まるも、その威力に負けたのか私の服の左腕のところの一部が吹き飛んで、私の体に少しひどい火傷のようなものが生まれました。

 ―――痛い。だけどイッセーさんに包まれているから気になりませんでした。

 

「ははははははは!!どうだ!!あの男の力なんて僕の力の前では無意味!!アーシア、分かるだろう!?僕の方が君を幸せに出来る!!気持ちよく出来る!!だから」

「―――無理です。イッセーさんはあなたなんかには負けません!!もう……遠慮なんてしてあげません!!!」

 

 私には戦う力はありません。

 だから私の本当の戦いは、この男の言葉に負けないこと。

 自分の気持ちを曲げないこと。

 想いを……言葉であの男にぶつけることです。

 

「うるさい!!僕の思い通りにならないなら―――死んでしまえばいい!!!」

「死んであげたりなんてしませんッ!!私は……イッセーさんと幸せになるんです!!」

 

 その男から放たれる魔力の塊の攻撃はお守りが護ってくれますが、それを超える力は全て私の体を傷つけていきます。

 ……だけど屈したりしません。

 眷属の皆さんは日が経つごとに強くなっています……私には確かに戦う力は皆無です。

 でもイッセーさんは私を眷属一の努力家、いつも頑張っている頑張り屋さん。

 いつも俺を癒してくれる優しい子……色々な言葉を私に向けてくれます。

 だから私はイッセーさんに、自分の強さを見せるために―――戦います!!

 

「黙れぇぇぇぇ!!!汚いドラゴンに汚染された汚いアーシアなんて!!」

「―――汚いのは、あなたです!!!」

 

 ……私がそう言った時、その男は動きを止めました。

 私の方を呆然と見て、目を見開いていました。

 

「私達、シスターにとって……信仰心とはとても大切なものでした。確かに神様はもう死んでいます……だけどあなたは平気でその信仰心を踏みにじり、大切な想いを壊して嘲笑う―――汚いのはあなたです!」

 

 ……私が言いたいことを全て言い終えると、その男は息を乱しながらも私をひどく呪うような目で睨みました。

 私はその目に負けないように、じっと拒絶を示すようにその男を睨みました。

 ―――その時、その場にイッセーさんたちの姿が見えました。

 

「―――よぉ、糞悪魔。待たせて悪いな…………さぁ、覚悟しろ」

 

 イッセーさんがそう言うと、その男はイッセーさんを睨みました。

 イッセーさんはふと私の姿を見たり、辺りを見渡した後にもう一度、その男を見ました。

 ―――その光景を私はもう二度と忘れることはないでしょう。

 

「あぁ、何だ、もう来たんだね―――丁度いい、僕の心をここまで掻き乱したアーシアを絶望させるために君を殺すよ!!!赤龍帝!!!!!」

 

 ―――私はあんな姿のイッセーさんを見たことがありませんでした。

 

「アーシア。助けに来たよ」

 

 いつも優しく、笑顔のイッセーさんが

 

「イッセーさん…………はい!信じていました!!」

 

 ―――私も一瞬、怯えるほどの紅蓮と呼ぶべきオーラを出しながら、今までにないほど怒っているその姿を。

 声は、表情は優しいものでした。

 そう……私に向けるものは。

 イッセーさんは私に優しい表情を見せてくれるから、私もイッセーさんに出来る限りの笑顔を見せました。

 イッセーさんはそれを笑顔で返してくれました。

 

「黙れ、赤龍―――」

 

 その男はまたイッセーさんに暴言を吐こうとしたのでしょう……ですが、それは叶いません。

 ―――イッセーさんは信じられないほど無駄のないような綺麗な動きで、ですが信じられないほど激しい一撃をあの男に与えたからです。

 聞こえてはいけない打撃音が聞こえた後、イッセーさんは地面に激しくバウンドをしながら倒れるあの男に静かに言い放ちました。

 

「ディオドラ―――――――――お前、もう生きている必要はないだろ?」

 

 その一言は普段のイッセーさんを知っている人からしてみればあり得ないほどの低い声音でした。

 ―――ディオドラ・アスタロトという悪魔は、怒らせてはいけない人を怒らせてしまいました。

 優しいドラゴンと呼ばれて慕われて、最高の赤龍帝とドライグさんやオーフィスさんに称される私が知る一番優しい人。

 そんなこの世で一番怒らせてはいけない人を―――怒らせてしまったのでした。

『Side out:アーシア』

 

 ―・・・

 ディオドラは呆気なく俺に殴り飛ばされた。

 俺は特に力を強化したり、魔力を使っていない。

 そう―――黒歌を助けた時にあった、まるで体のリミッターが外れたような感覚だった。

 

「イッセー、私たちも戦うわ!!あんな外道をあなた一人が―――」

「部長たちは、そこで見ていてください」

 

 俺は全員でディオドラを叩こうと言う部長の言葉を遮り、後ろを少し振り返りそう言った。

 皆の気持ちは痛いほど分かる―――だけどこれは俺の我が儘だ。

 皆を……あの屑悪魔に触れさせたくない。

 だから俺は一人であいつと戦う―――完膚なきまで、二度と転生なんてできなくなるくらい。

 

「安心してください―――俺がぶっ潰しますから」

 

 俺がそう言うと、皆は俺を見て一瞬ビクッとしながらもそれ以降は何も言わず、そして俺は一歩前に出てディオドラを睨む。

 奴は俺に殴られた影響で地面を大きく削りながらも、上半身を上げながら殴られたところを抑えている。

 ―――もう、限界だ。

 

「ドライグ、フェル……俺ってさ―――こんなにも怒ることが出来るとは思ってなかったんだ」

『そうだな―――ああ、そうだとも。優しい相棒はいつも誰かを守り、想う』

『故に我らは主様をお慕いし、そして共に力を合わせています―――あの悪魔を、消しましょう』

 

 ドライグとフェルの言葉を受け取り、俺は二人の怒りの分まであいつを―――ディオドラ・アスタロトを

 

「潰す」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺は即座に赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏い、更に鎧を強化し、神帝化した。

 再びの神帝化―――いかに俺の肉体が強化されているかを物語っているな。

 

「立て。そこの糞悪魔」

「赤、龍帝ッッッ!!!!!」

 

 するとディオドラは不意打ちのように俺へと膨大な魔力弾を放った。

 ―――なんだ、それ。

 俺は不意に落胆し、手の平をその魔力弾に向けた。

 魔力弾は俺の手の平へと直撃し、辺りにはその影響で煙が舞う。

 

「ははははは!!!なんだ、それは!!!見かけ倒しだね、赤龍―――」

「はぁぁ……防御も要らないな、これ」

 

 ……俺は高笑いを起こすディオドラに現実を突きつけるようにそう呟き、手の平から魔力弾をディオドラに放った。

 一直線の、一切の力を込めてない最低クラスの威力しかない弾丸。

 しかしそれはディオドラの腹部を貫いた。

 

「ガハッッッ!!??!な、に?」

「―――来いよ、上級悪魔」

「だ、黙れぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ディオドラは俺へと向かい乱雑に魔力弾を放ちながらも近づいてきて、接近戦に持ち込もうとした―――俺は魔力弾を同じ魔力弾で全て相殺し、更に近づいてくるディオドラの懐に一瞬で辿り着き、更に胸倉を掴んで地面に叩きつけたッ!!!

 地面に叩きつけられたディオドラはそのままバウンドをし、更に空中に浮くのを見て俺は連射型の魔力弾を放つ!!

 ドガガガガガガガガッッッ!!!!……機関銃のようなその弾丸は全てディオドラに直撃し、更に後方にディオドラは飛んで行くも、俺はそれを神速で追いついた。

 

「なんだ、それは!!なぜ僕の攻撃がぁぁぁ!!!」

「―――何故?そんなのも分かんねぇのかよ、この糞悪魔!!!!」

 

 俺は喚くディオドラを空中で掴み、更にディオドラを上空にぶん投げた!!!

 それに成す術もなくディオドラは空中で無防備に浮かび、俺は空中で足蹴りの乱舞を放ち、神殿の柱にディオドラを叩きつけた!!

 ―――神帝の鎧も必要ない。

 無限倍加も必要ない。

 そもそも神器がこんな奴相手に必要なのか?

 そう思うほどに……ディオドラ・アスタロトは弱かった。

 

「―――ドライグ、フェル。力を全て解除だ」

 

 俺は鎧を解除し、一歩ずつディオドラに近づく。

 ―――フリードの戦いは小回りが利くという面から鎧は使わなかった。

 それはフリードが強かったからこそした行動であり、決して慢心でも油断でも手加減でもなかった。

 相応の戦い方、より適した戦い方……だけど、こいつにそんな敬意は必要ない。

 

「悪いな。こいつはお前たちの力を使うことも俺は拒否する―――二人の神器にすら触れさせたくない」

 

 俺はそう言うと、二人は何も言わなかった。

 

「なにを言っているッッ!!僕を舐めるなぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ディオドラは馬鹿の一つ覚えのように魔力弾を放った。

 一つの大きな弾丸―――だけど一切の脅威はなかった。

 覚悟の無い一撃、敬意を払う意味もない。

 

「―――お前には慢心をしてやる価値もないッ!!!!」

 

 俺はその魔力弾を―――拳で払い消した。

 

「ディオドラ・アスタロト。お前は俺を怒らせた―――お前には神器も何も必要ないッ!!俺がこの拳で―――消し飛ばす」

 

 俺は体に魔力を過剰供給し、一気に身体能力を上昇させた。

 ―――オーバーヒートモードを始動させ、そして俺の身体能力は過去最高レベルに上昇する。

 俺は一瞬でディオドラの元にたどり着くと、その首を思い切り掴んで締めた。

 

「がぁッ!?」

「なぁ、ディオドラ。苦しいか?―――アーシアはもっと苦しかった!!!」

 

 手をぱっと放すと、俺は両腕に力を込めてディオドラの顔面を何度も殴り、殴り、殴り飛ばしたッ!!!

 俺の体からは紅蓮のオーラが湧き出て、ディオドラは魔力弾を行使しようとするもそれをさせない。

 

「お前に騙されて!!魔女と呼ばれて!!優しいアーシアを傷つけた!!!ふざけんじゃねぇ!!!―――ふざけてんじゃねぇぞ、ディオドラァァァァァ!!!!!!」

 

 俺は拳に魔力を篭め、ディオドラを殴り飛ばしたッ!!

 柱は完全に折れ曲がり、ディオドラはぐったりしながらもすぐに立ち上がり攻撃をしようとする。

 

「僕は上級悪魔だ!!!お前のような汚い赤龍帝に誰が!!!」

「―――雑魚が粋がるんじゃねぇよ!!!!」

 

 俺はディオドラの口元に魔力弾を放つ!!

 ディオドラはそんな直線な攻撃も避けれず、口から血を吐き出した。

 

「何が上級悪魔だ、何がアスタロトだ!!!お前がアガレスに勝てたのも!!」

 

 俺はそんなことはお構いなしにディオドラに近づき、そして腹部を殴る!!

 

「全部他人からの借り物じゃねぇか!!!お前に上級悪魔の資格はない!!!」

 

 何度も何度も殴り飛ばす!!

 例えこいつの体が限界を迎えようが、俺は殴ることを止めない!!

 何だって―――こんな奴がアーシアを傷つける!!

 何だってこんな奴が何も悪いことをしていない、聖女やシスターを不幸にさせる!!

 フリードがようやく手に入れた大切なものを、護りたい存在を、贖罪の気持ちを踏み躙る!!

 

「リアス部長も、ソーナ会長も、サイラオーグさんもお前なんかとは違うッ!!眷属を大切にし、大きな想いを胸に抱いて戦っている!!―――そんな誇り高い上級悪魔を名乗るな、ディオドラ・アスタロト!!!!」

 

 サイラオーグさんは自分に才能がないから、その体を鍛え抜き、バアル家の次期当主に返り咲いた!!

 ソーナ会長は自分の夢を笑われながらもその信念を貫き、ゲームで俺たちを苦しめた!!

 リアス部長はそんな会長の想いに応え、今もなお絶え間なく努力を続けている!!

 俺の知っている上級悪魔とこんな屑悪魔を一緒にされることなんて―――許せるわけがねぇ!!

 

「黙れ、下級以下の分際で!!!この僕にッ!!!」

「―――いつまで勘違いしてんだよ、ディオドラァァ!!!!」

 

 俺はいつまでも喚くディオドラの顔面を完全に捉え、そして殴り飛ばしたッ!!

 殴り飛んだディオドラは柱を何本も何本も貫きながら飛んで行き、俺はそれを追い越して再びディオドラを同じ方向に殴り飛ばす!!

 

「お前には誇り高き上級悪魔を語ることすらおこがましい!!下級悪魔に手も足も出ない時点でお前は―――終わってんだよ」

 

 俺は地面に倒れるディオドラに近づきながらそう言った。

 

「痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!!どうして僕の攻撃が効かない!!禍の団の新たな蛇を貰って力を絶大なまでに上げているのにどうして!!」

 

 ディオドラは前方に幾重もの防御魔法陣を展開し、防御に徹しようとした。

 ―――鼻で笑ってしまうな。

 そんな紙のような魔法陣で―――

 

「俺を止められると思うなよ、三下」

 

 俺は拳を振りかぶる。

 足腰で上体を安定させ、そして―――拳を振り下ろした。

 魔力を込めた俺の拳は幾重もの魔法陣をそれこそ、紙のように貫き、そして―――完全に防御魔法陣を消し飛ばした。

 

「ひっ!!」

 

 ディオドラはその光景に一瞬、怯えるような顔をしたが俺の怒りはそれにより更に膨大する。

 ―――今まで、お前の行動にお前の眷属はそんな表情をしていたはずだ。

 なのにこいつはそれを笑った。

 嘲笑い、傷つけ、それを何度も繰り返した。

 そんな奴が―――他人を平気で傷つけて自分が傷つくのが怖い奴は

 

「俺が潰す―――これは俺たち全員の怒りだ!!!」

 

 ディオドラの顔面を捉え、地面に叩きつける。

 その度に地面にはヒビが生まれ、それでも俺はぶつける拳の力を緩めなかった。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ―――俺の叫びに呼応するように、俺の中のアスカロンは勝手に光り輝く。

 籠手は紅蓮のオーラを発し、フォースギアは白銀の美しい光を放つ。

 無刀は俺に力を使えと言うように震え、俺の魔力は俺の全てに応えるように最善の力を与えてくれる。

 仲間は俺に、勝て!!と言う風な視線や声援を送り、アーシアは―――祈るように両手をギュッと握って、俺を見ていた。

 ―――手加減なんてしない。

 今までこいつがたくさんの人を傷つけ、絶望させてきたのだから、俺がこいつを絶望させる。

 例えばそう……自身にある力を使わず、ただの悪魔としての力だけで戦って負ける情けない上級悪魔として。

 心と体―――全てへし折る。

 俺は地面に埋没していくディオドラの胸倉を掴み、そのまま引き上げて奴の顎を捉えてアッパーを放つ!!

 それに対抗できずディオドラは上空に上がるも、反抗のように空中に何かを浮かべた。

 それは円錐状の魔力の塊で、その鋭い先は俺へと向いていた。

 

「死ね!!お前なんて死んでしまえ!!」

 

 ディオドラはその魔力弾を俺へと放つ―――そんな単調な魔力の使い方で、俺は下せない。

 

拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)

 

 俺は手元にいくつかの魔力球を生み、そしてそれを狙いを定めて放った。

 それは次第に弾丸となり、そして―――拡散するように状態を変化させ、ディオドラの全ての魔力技を消し飛ばした。

 しかも余った拡散した弾丸は更に拡散し、そして幾重もの魔力弾はディオドラへと直撃した。

 

「ディオドラ、立てよ―――まだまだ終わらせない」

 

 俺は柱に埋没するディオドラに近づく。

 ……近づこうとしたその時、俺の付近で幾重もの剣が地面から返り咲いた。

 俺はその剣―――魔剣創造(ソード・バース)によって生み出された聖魔剣を見ながら祐斗を見る。

 そこには何も言わず、ただ黙ってそれを使ってくれと言っている祐斗の表情があった。

 それだけじゃない。

 俺の近くにデュランダルが飛んできて地面に突き刺さり、更にギャスパーのコウモリの分身体が一匹飛んでいる。

 小猫ちゃんは仙術による身体的向上の温かいオーラが届き、部長と朱乃さんからは小さな魔力の塊……滅びの魔力と雷光の光が浮かんでいた。

 

「―――ああ、そうか。皆も、俺に力を貸してくれるってわけか」

 

 俺はそれを見ながら薄く笑い、ゼノヴィアのデュランダルと祐斗の聖魔剣……一本だけ圧倒的な存在感を示す聖魔剣エールカリバーを握る。

 デュランダルとエールカリバーは輝き、更に俺の中のアスカロンも喜ぶように輝きを見せた。

 エールカリバーには滅びの魔力が、デュランダルには雷光が覆い、そしてギャスパーのコウモリはその場から動こうとするディオドラの足を停止させた。

 

「なっ!?足が動かない!?」

「―――真・天閃(エール・ラピッドリィ)

 

 俺は焦るディオドラにエールカリバーの能力を天閃に変換し、それを神速で投剣する。

 その剣はディオドラの頬を掠め、そこから滅びの魔力の影響で普通よりも大きな傷を負った。

 俺は一歩ずつディオドラに近づく。

 

「ぐがぁぁぁぁぁぁ!!!!……ならばこれで―――」

 

 ディオドラは更なる悪足掻きをしようとするも、俺はもう片手のデュランダルを一閃し、そこから聖なる斬撃波を放つ。

 わざとあいつへの直撃は避け、あいつの腹部へと斬撃波が掠った―――途端にディオドラは雷光と聖なるオーラの影響で、激しく血が噴出した。

 斬撃波はディオドラの腹部を掠るとそのまま神殿を貫いていき、そして神殿の外まで斬撃が届いたように音を神殿内に響かせた。

 

「はぁ、はぁッ!!ちくしょぉぉぉ……僕が……偉大なるアスタロトの僕がぁぁぁ!!!」

「―――偉大なのは魔王だけだ。お前は害悪でしかない」

 

 俺はディオドラの前に到着し、デュランダルをその場に突き刺して奴の胸倉を掴んだ。

 ―――その時、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)が勝手に展開された。

 更にフォースギアからは自動的に神器強化の光が放たれ、更に籠手はそれにより赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)となる。

 籠手からは際限がなくなったように一秒ごとに『Boost!!』という音声を流した。

 

『―――すまない、相棒。俺も知らぬが、神器がお前と戦いたいという思いからか、勝手に動いている』

『わたくしもです―――主様。もう、決めましょう』

 

 ……そうか。

 わかったよ―――決める。

 

「ディオドラ・アスタロト。お前は幾人もの人を傷つけ続けた―――俺はお前を許さない」

『Over Explosion!!!!!!』

 

 重ね続けられた倍増は一気に解放されるも、その力は俺に一切の負担を掛けない……違う、俺が負担に思わないんだ。

 これは負担なんかじゃなく―――俺の拳に宿る全員の重さだ。

 それは負担なんかじゃない。

 

「止めろ……っ!!どうして僕の思い通りにならない!今まで僕はうまくやってきたのに!!誰も僕を咎めない!!僕は何も間違ってなんかいない!!なのにどうしてアーシアは真実を知っても平気でいる!?何でお前はそこまで僕を邪魔できる!!僕は―――」

「思い通りになんかさせない!お前は何も間違っていないんじゃない!!―――お前は全てが間違っているんだよ!!そしてお前は二度と間違いに気づくことはない!!アーシアは強い!!お前なんかよりも何倍も、何倍も!!だから―――俺がお前をぶっ潰すッッッ!!!」

 

 俺の拳はディオドラの頬を捉えた。

 俺の周りには風が吹くように振動し、その度にディオドラの傷ついた体は壊れていく。

 そして俺は―――ディオドラを完全に壊し、そのまま皆がいる方に殴り飛ばした。

 ディオドラは狙い通り眷属の皆のいる方にバウンドをしながら倒れこむ。

 身体中の骨は折れるか、所々で砕けているだろう。

 生きてはいる―――いや、わざと生かした。

 俺はゼノヴィアのデュランダルを握り、そしてゼノヴィアにそれを返してディオドラを上から見下げた。

 ……情けない姿だった。

 全身から血を流し、情けなく涙や鼻水を垂らしながら泣いている。

 ―――こいつに、死は甘すぎる。

 

「イッセー……この男を殺そう。君が殺すことに躊躇するのは君の優しい性質だろう―――私がその役を変わる」

 

 するとゼノヴィアはギラギラとした目つきでディオドラを睨みながら、俺から受け取ったデュランダルをディオドラの首元に添えた。

 ―――放っておいたら間違いなく、こいつはディオドラを殺すだろうな。

 

「ゼノヴィア―――こいつは今まで数多くの人を不幸にして来た……そんなこいつには死なんてものは甘すぎる」

 

 俺はゼノヴィアの肩に手を置き、デュランダルを持つ手に俺の手をそっと添えた。

 

「お前がこいつに触れることだって嫌だ―――こいつには、罪を償ってもらう」

「つ、み……?」

 

 ディオドラは助けを乞うような目でなお俺を見る……そんな目を見て、俺はすぐにでも殺したい気持ちに駆られるが、それを我慢して睨みつけた。

 

「お前は永遠に表の世界には戻って来れない。上級悪魔の地位は当然消え、死んだ方が良いという地獄を永遠に味わい続ける―――お前は、お前が傷つけて来た者たちに償え。その永遠をかけて、下級以下の下種となって……ッ!!」

「…………………………そんなもの、僕が……」

「申し開きなんて聞かない……ッ!!俺は今すぐにでもお前の心臓を貫き、殺したい気分なんだッ!!―――誓え、ディオドラ」

 

 俺はディオドラの胸倉を掴み、声を荒げる。

 

「二度と俺たちに、俺の大切な人に近づくなッ!!お前が傷つけた人たちに償え!!それでももし、お前が誰かを傷つけたとしたら、俺は―――お前を地獄のような殺し方で、殺してやる!!」

 

 ディオドラに対し、恐怖を抱かせるほど低い声音でそう言うと、ディオドラは俺の言葉に何度も何度も頷いてその場に蹲った。

 俺はディオドラから乱暴に手を離し、そして近くにあった柱を思いっきり殴った。

 ―――怒りが……消えないッ!!!

 でも、ここで俺が感情的になってディオドラを殺せば……きっと、残されたあの糞悪魔の眷属は更に不幸になる。

 あの眷属がディオドラに従っていたのは恐怖もあるだろうけど……それ以上に、あいつに騙されていたとしても想うところがあったからだ。

 だから俺は殺さない―――どれだけ殺したくても、殺さないんだッ!!

 

「―――アーシア」

 

 俺は感情を整え、未だ枷で拘束さえているアーシアの方に行って体を屈め、同じ目線でアーシアの頭を撫でた。

 アーシアの傷が消えていないのはきっとアーシアを拘束するこの装置が神器の力を発動させないからだろう。

 俺の渡した神器は拘束の類には効力を発揮しなかった……またはこの装置が俺の神器すらも突破したかどちらかだろう。

 枷で拘束されてもこの神器が作用したのは、恐らくはアーシアの魂に根付いた神器ではなく俺の創造神器だから―――イレギュラーな神器だからだろうな。

 

「イッセーさん…………胸を、お借りしても良いですか?」

「ああ……アーシアは泣いて良いよ」

 

 俺がそう言うと、アーシアは俺の胸へと抱き着いた。

 ―――真実を聞いて、平気なわけがない。

 今までの苦しみを突きつけられて、平気なわけがない。

 アーシアは声には出さず、だけど肩を揺らしながら俺の胸元を涙で濡らす。

 強い子だ……違うな。

 強くなった。

 俺はアーシアを出来る限り優しく抱きしめた。

 ―――アーシアを二度と離さない。

 俺はアーシアを抱きしめながら、何も言わず…………ただそう思ったのだった。

 

「アーシア。帰ろう、俺たちの家に」

「はいッ!!」

 

 俺の言葉にアーシアは顔を上げて、涙を拭いながら笑顔でそう言うのだった。

 俺はそれを確認すると、アーシアを拘束していた枷を外そうと―――

 

「……なんだ、これ―――枷が、外れない?」

 

 ―――アーシアを拘束する枷は外れなかった。

 俺はあまりにも突然なことで驚くも、その時、俺は枷に繋がる装置が目に入る―――まさか、これは

 

「ディオドラ、答えろ―――この装置は何だ!!」

 

 俺は枷を壊すため力を加えながらも、ディオドラに向かって叫ぶように言った。

 ディオドラはその言葉に一瞬、体をビクッとさせるも俺の方を向いて小さく呟く。

 

「……それは禍の団の神滅具保持者によって生み出された装置型の固有結界。それは物理的なものでは何があっても外れることはない―――アーシアの能力が発動しなければ、ね」

「どういうことだ」

 

 するとディオドラの傍にいた祐斗は聖魔剣を出現させ、鬼気迫る目つきでディオドラに剣を向けながらそう言った。

 するとディオドラは更に続ける。

 

「その装置は機能上、一度起動させると停止するにはその枷に繋がれたものの力を発動しないと停止しない」

「……神滅具保持者によって創られたと言ったな。つまりこれは上位神滅具の一つ、絶霧(ディメンション・ロスト)によるもの。だけどこの神滅具にはそんな大層な装置、固有結界を創るような能力はない。結界系最強の神器だが、その力は所有者を中心に霧を展開し、その場の空間を干渉し、霧に入った物体を封じることや、次元の狭間に送るような能力だ―――これはただの神滅具じゃないはずだ」

「……そうだよ。これは確かに絶霧だが、実際にはそれを大きく上回るもの―――禁手(バランス・ブレイカー)だ」

 

 ―――ッッッ!!?

 バランス・ブレイカー、だと!?

 

霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)。所有者が好きな結界装置を生み出すことの出来る。それは一度正式に発動しないと止めることは出来ない……物理攻撃では破壊することも出来ない」

「……装置の能力と発動条件を答えろ」

 

 祐斗がそう問いただすと、ディオドラは淡々と答えた。

 

「……発動条件は僕か、その関係者の合図、もしくは……僕の敗北か死亡。能力は―――枷を繋いだ者、すなわちアーシアの力の増幅、及びその反転(リバース)だ」

 

 ―――反転、だと?

 俺はその単語を聞いた瞬間、頭に血が上るのと同時に嫌な考えがよぎった。

 アーシアの力は絶大な回復力……それを増幅し反転ということは、絶大な回復力が殺傷力に変わることを意味している。

 ……反転。

 ソーナ会長とのゲームの際、シトリー眷属の数名が切り札として使った性質を反転させる力。

 俺の倍増はゲームの時、半減に変えられて一時的に俺は戦闘が出来なかったほどの力だ。

 つまり―――ゲームがこの計画の強行の原因となっていたのかよッ!!

 

「―――ふざけんな……そんなことが、そんなことがあってたまるか!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺は鎧を身に纏い、この日、三度目の神帝化に体の限界を感じつつ拳をアーシアに繋がれた枷や装置に放つ!

 仮に籠手よりも上位の神滅具だとしても、フェルの強化の力で鎧は神滅具の位を大幅に超えている!

 俺は神殿が振動するほどのオーラを纏った、恐らくディオドラにぶち当てていたら一撃で終わっていたであろう拳を装置に放つ!!

 ―――それでも、生まれた傷はほんの少しだった。

 

「くそ!!フェル!!もっと神器を強化しろ!!」

『……無理です。神滅具の強化は一度に一回しか出来ませんッ!!それに今の主様は溜まっている創造力の相当数使って強化しています!!それで装置を破壊出来ないとしたら……』

 

 フェルから放たれる言葉に、俺は信じられずに何度も何度も装置を殴った。

 でも少しの傷しか生まない装置―――俺の力じゃあ、どうにもならないのか?

 

「……発動の効果範囲はこのフィールド内と観客席だ」

「なっ!!ディオドラ!!あなたはその意味を分かってこの計画に参加していたの!?そんなことをしたら全勢力のトップ陣が根こそぎやられることになる!!!」

 

 部長はディオドラの胸倉を掴んでそう激昂する。

 ディオドラの話を聞いた眷属の皆は同時に枷を外すために攻撃を始める。

 ……だけど俺の神帝の鎧の全力でも、ほんの少しの傷しか生まなかったんだ。

 ディオドラの言う通り、この力は物理的な攻撃では破壊出来ないんだろう。

 物理的に………………―――物理的には?

 

「……イッセーさん。術者である私を殺せば、装置は―――」

「―――大丈夫だよ、アーシア」

 

 俺は何かを覚悟するように、しかし悲しそうな顔をするアーシアの頭をそっと撫でた。

 その行動に驚いているのはアーシアだけではなく、その場にいる全員。

 

「言っただろ?俺がアーシアを必ず救って見せる―――命に賭けても、アーシアを守る」

「何を、言って……?」

 

 アーシアが何か言おうとするけど、俺はアーシアの唇を人差し指で当てて何も言わせなくする。

 ……ドライグ、フェル―――ちょっとだけ、無茶をするよ。

 

『―――まさか、主様……む、無茶です!!あなたは何をしようとしているのか理解しているのですか!?』

『フェルウェル―――相棒を信じるしかない。もう、それしか方法がないだろう』

 

 ドライグは全てを悟るようにそう言葉を漏らすも、フェルは納得のいかない声音を更に上げ続ける。

 ―――俺がしようとしているのは至極簡単だ。

 今の俺は神帝の鎧で無限のように力を倍増し続けている。

 フォースギアは幾つか創造力を使ったが、未だに10回分ほどの創造力が残っているはずだ。

 物理的には、確かに装置は破壊できないだろう。

 いや、間接的にだって難しいかもしれない。

 ―――ならば、俺は破壊しない。

 この結界を創った術者が全く予想もしないような方法でアーシアを救う。

 ―――神滅具の力を解除する神器を創ってやる。

 例え、俺の精神力が壊れようとも……アーシアを救ってみせるッ!!

 

『Infinite Transfer!!!!!』

 

 俺の鎧から無限倍増によりフォースギアにエネルギーが譲渡される。

 フォースギアからは狂ったように白銀の光が乱れるかのように暴走し―――がぁぁ⁉頭が……割れるくらい痛いな……ッ!!

 

「あぁ、がぁッ!!?!?!??」

「イッセー、さん?―――イッセーさん!!?」

 

 アーシアは俺の異変に気付いたように俺の手を握る。

 心配そうな表情だ―――だけど、この表情を笑顔にしてみせる。

 ―――構築しろ。

 装置の形状は枷、それが装置に鎖で繋がれ、そこから装置がアーシアの力を反転させ、暴発させる。

 枷、だからこそ枷を外す術がある。

 足りない創造力は倍増し続けることで何段階にも強化しろッ!!

 神滅具を解除させる神器の形は鍵―――俺はふとアーシアの胸元に輝く鈴を見た。

 装置は次第に動き始めている―――一から神器の設定を考えたら、間に合わない。

 なら既存している創造神器を活用するしかない……ッ!!

 

「ごめん、アーシア―――少し借りるな」

 

 俺はアーシアから鈴の神器を返してもらい、それをギュッと握る。

 ―――神器は、俺の想いに応えてくれる。

 神器創造の媒体となるのはこの守護の神器、白銀の護鈴。

 これは何重にも重ねた創造力で生み出した神器だ。

 これを元に、アーシアを護るために力を創り換えるッ!!

 白銀に輝く鈴は光を輝かせながら次第に分解されて行き、俺の胸元のブローチからは神々しいまでの白銀の光が俺の体を覆う。

 ―――時間が経つにつれ、意識は朦朧とする。

 そりゃそうだ……何度も赤龍帝の鎧を神帝化し、アーシアに渡した守護の神器も創ったんだ。

 精神力が、いつ壊れてもおかしくない。

 だからこそフェルは俺の行動を止めようとした……その危険性を知っているから。

 ……だけど、さ。

 アーシアを護るってことは、アーシアを笑顔にするってことはきっと、俺が傍にいないと成り立たない。

 それが自惚れだとしても、俺はそれを信じている。

 アーシアを護りたい想い、アーシアを大切に想う気持ち。

 ―――なぁ、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)

 俺はこの命をほとんどお前にやっても良い―――だから、アーシアを助ける力を俺にくれ。

 俺は……アーシアと―――ずっと一緒に居たいんだ!!!!!

 

「俺、の……想いに―――応えろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 俺は体中から嫌な汗を掻きながら、空に向かってそう叫んだ―――その時、フォースギアは輝く。

 乱れるように光を放っていたのが嘘のように静かになり、白銀の光は俺の手をとぐろが巻くように覆った。

 激しい頭痛はする―――だけど、その光は俺の気持ちに応えるように。

 

『Covert Creation!!!』

 

 ―――力を、創り換えた。

 俺の手の平には守護の鈴が次第に形を変えていき、小さな鍵のような形となる。

 その鍵には鈴のようなものがついていた。

 

「はぁ、はぁ…………祝福する鈴の音鍵(ブレッシング・ベル・ザ・キー)―――神器を解除、するための……神器の力を無効化する……鍵、だ」

 

 俺はその鍵をアーシアを拘束する枷へと近づける。

 だけど力が抜けるように倒れそうになった―――だけどアーシアはそんな俺を、抱き留めた。

 俺の体を、涙を流しながら抱きしめた―――ああ、そうか。

 俺が泣かしたのか……じゃあ、後でお詫びをしないとな。

 俺は震える手で、意識も消えそうな状態で枷に鍵を近づけた。

 

「神滅具に、創られたものよ……我、消えゆることを……命ず―――消え去れ、アーシアを苦しめる者よ」

 

 ―――鍵は美しい鈴の音を奏でるように白銀を光を放ちながら枷に纏わりつく。

 ズガガガガガッ!!!ギャガガガガッ!!!……そんな激しい轟音を辺りに響かせた。

 装置は白銀の光に浸食されるように、包まれる。

 ―――確かに絶霧(ディメンション・ロスト)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)よりも高位の神滅具だ。

 だけどだ―――俺にはドライグしかいないわけじゃない。

 フェルがいる、仲間がいる……例え俺だけの力ではお前に勝てなくても、皆が合わされば―――

 

「てめぇの思惑は……ここまで、だッ!!!」

 

 どんな奴にも負けない!!

 ―――ガチャッ……俺がそう思った時、何かが解錠されるような音が辺りに響く。

 そう―――アーシアを拘束する、枷が外れた音。

 その音が響き、アーシアの胸には再びその神器が機能を失ったように輝きを失い、ネックレスのように首元に添えられた。

 

「だから、言っただろ?アーシアは……俺が助けるって」

「はいッ!はいッ!!イッセーさん……イッセーさんッッッ!!!」

 

 アーシアは止どめなく涙を流しながら、枷が外れた状態で俺に抱き着いた。

 俺の服を、俺の体を痛いほどに握り涙を流す。

 眷属の皆は一瞬、信じられないような顔をするもそれに気付き、俺とアーシアの方に近づいてきた。

 ゼノヴィアは俺とアーシアに抱き着き、彼女もまた涙を流す。

 部長も少し目線をそらしながら涙を拭い、朱乃さんも笑いながら涙を流していた。

 あぁ……俺は改めて思った。

 この、優しい眷属を……俺は心の底から大好きと想う。

 もう、信じよう―――俺の全てを、この皆に打ち明けよう。

 俺が経験したこと、前赤龍帝だったことを……全部、打ち明けよう。

 きっと皆は俺を受け入れてくれる。

 笑顔で迎えてくれる。

 そして俺たちは初めて―――本当の仲間になるんだ。

 さしあたってはアーシアに言おう……俺にこんなことを決心させてくれたアーシアに。

 それから皆に言って、黒歌に言って、オーフィスに言って、ティアに言って、アザゼルに言って―――俺の大切な奴全員に話そう。

 母さんにも、父さんにも……

 

「アーシア、皆―――帰ろう」

「はいッ!!イッセーさん!!」

 

 アーシアがそう力強く応えると、皆も涙を浮かべつつ頷いた。

 俺は立ち上がり、アーシアに体を支えてもらいながら歩く。

 ははは……まさか俺がアーシアにこんな風に支えてもらう日が来るとはな。

 アーシアは俺を支えるのを一人でやるって聞かないし……さぁ、早く安全なところに行こう。

 皆はアーシアの想いを汲み取ってか先に前を歩き、時たまにこっちを見て笑顔を見せる。

 装置は完全に俺が無効化した。

 もうアーシアを傷つけることはない―――もう、ないんだ。

 

「イッセーさん……大好きです」

「ああ……俺もアーシアが――――――」

 

 大好き、と言おうとした。

 ―――――――――突如、俺は異様な量の魔力を感じた。

 それは神殿を取り囲むように、神殿の中に突然現れ何かを一気に放つ。

 それは……魔力の塊。

 それは後方を歩くアーシアと俺へと放たれ、俺はほとんど無意識にアーシアをそこから突き飛ばした。

 俺は無秩序に魔力弾を次々と当てられ、体中から血を噴出させる。

 

「なん、だ―――お前らはどれだけアーシアをッッッ!!!」

 

 俺の視線の先には悪魔の姿が数百という数あり、そして俺は倒れながらその先の魔力が他と段違いの男二人を見た。

 ――――――その時、何かが眩く光り輝く。

 それは光の柱で…………………………は?

 

「偽りの魔王の妹、汚物同然のドラゴン、堕ちた汚き聖女―――死に行くのは当然という事だ」

 

 男の言葉は俺の耳には入らない。

 だけどその光の輝きを見た時、俺は不意にある光景が頭に過った。

 ―――ミリーシェが、黒い影に突然、殺された時の光景。

 

「アー、シア?―――アーシアァァァァァ!!!!?」

 

 俺はアーシアの名を叫ぶ。

 アーシアがいたはずの所には光の柱があり、光の柱は消えていき、そしてそこには―――アーシアの姿はなかった。

 

「貴方はまさか!!旧魔王派のシャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウス!!」

「その通りだ、偽りの魔王の妹―――リアス・グレモリー」

「我らは真の魔王だ」

 

 ……その言葉が俺には聞こえなかった。

 

「そんなことどうだって良い!!アーシアはどこだ!!私の友達をどこにやった!!!」

「ふん―――あぁ、あの光の柱に吸い込まれた者は次元の狭間へと転送される。死んだのだよ、あの娘は」

「き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを振りかぶり、そして飛んで悪魔共に斬撃を放とうとする。

 だけどそれは幾重もの魔力弾に阻まれ、そしてゼノヴィアはそれに直撃して地面に落下した。

 ―――アーシアが……死んだ?

 あんな笑顔で、優しくて、いつも誰かを癒してくれる子が……死んだ?

 ―――――――――ドクン。

 そんな音が俺の胸に響いた。

 

「なんでだよ―――なんで、アーシアを!!!」

「分からぬか、汚物塗れの赤龍帝よ―――堕ちた聖女の転生悪魔など、生きる価値がない。せめてもの情けで偉大なる私の手で殺したのだ―――あの娘も幸せだろう」

 

 ―――幸せ?

 幸せだと?

 

『いかん、相棒!!この感じは!!!―――フェルウェル!!今すぐに相棒から分離してグレモリー眷属に言え!!今すぐにここから離れろと(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)!!』

 

 ドライグの声も聞こえない。フェルの行動もどうでも良い。

 何も聞こえない。

 ―――何も、聞きたくない。

 

「―――あははははははははははははははははははははは!!!!!!!」

 

 狂ったような笑い声が響く。

 

「―――あぁあ、何だそれ…………あはははは!!そんなことのために……そんなことのために!!!!」

 

 どす黒い感情が俺を支配する。

 そうだ――――――簡単だ。

 

「簡単な話だよな―――全部、壊せば良いんだ」

 

 何も考える必要はない。

 

『相棒、それがお前の本懐なのか!?覇を欲することの間違いをお前が一番良く―――そうか。分かっているからこそ、か。お前はきっとアーシア・アルジェントをアルウェルト―――ミリーシェと同じくらい、無意識の内に想っていたのだな』

 

 ドライグの声が聞こえる。

 俺は何も考えない―――ドライグの言葉も、聞きたくない。

 

『俺はお前を止められない―――相棒、聞こえぬかもしれぬが覚えていてくれ…………お前は俺の大切な相棒ということを』

 

 俺はドライグの言葉を……聞かなかった。

 …………あるじゃないか―――簡単に全てを破壊する力が、”覇”が。

 こんなことを考えるのは本当に俺なのか?―――もう、それだってどうでも良い。

 だから―――

 

「我、目覚めるは―――」

 

 俺は意識を閉ざした―――頭の中で最後に残ったのはアーシアの笑顔だった。



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第11話 覇を求めるのはいつだって・・・

 ―――イッセー君が突然の攻撃に襲われ、アーシアさんが光の柱に飲み込まれて姿を消した。

 僕たちはそれをただ、見ていることしか出来なかった。

 それは僕、木場祐斗も同じだった。

 僕たちの前に現れたのは数百を超える上級悪魔……旧魔王派の悪魔。

 そしてその先頭に浮かぶ二人の悪魔―――部長が言ったように今回の騒動の中心にいるはずの者だろう。

 旧魔王派の血族、シャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウス。

 

「神滅具がよもや解除され、無力化されるとは些か予想外であった―――故に我らはここで赤龍帝と、そして貴様たちを殺そう」

 

 シャルバ・ベルゼブブはそんなことを淡々と、訳の分からない理論をいくつも並べた。

 そんなことのため―――アーシアさんを殺したのか?この者達はッ!!

 僕たちの纏うオーラは殺意へと変わり、そして今すぐにでも交戦しそうになろうとしていた時だった。

 ―――その時、イッセー君から分離したフェルウェルさんが、機械ドラゴンとなって僕たちの前に舞い降りた。

 どうしたんだ……そう思いイッセー君を見た時だった。

 

「―――あははははははははははははははははははははは!!!!」

 

 ―――狂った人形のように、イッセー君が高笑いをしながら空を見上げていた。

 その光景に僕はぞくっとした。

 僕だけじゃない―――その場にいる皆が、そのイッセー君の急変に驚いたんだ。

 

『リアス・グレモリーの眷属よ―――今すぐに、ここから離れてください』

 

 イッセー君が何かを言っている最中、いつもはイッセー君を尊重するフェルウェルさんはそう静かな声音で呟いた。

 

「何を言っているの!?私の眷属が―――アーシアがあいつらに殺されたのよ!?それを黙っていられるわけが!!」

『お気持ちは察します、リアスさん―――ですが、そんなものは主様と共にいるわたくしが分かっていないはずがないでしょう』

 

 泣き叫ぶ部長の言葉に、フェルウェルさんはなお低い声音で淡々と話していた。

 

『―――もう、これ以上主様をお見せしたくありません。今はドライグが必至に掛け合っているでしょうが、それも無駄でしょう』

「どういう、ことですの?」

 

 朱乃さんはフェルウェルさんにそう尋ねると、すると彼女は―――

 

『きっと、主様は自分を抑えることが出来ません―――主様が覇を求めるのは、いつだって大切な存在を失った時です……主様はあなたたちに本当の自分を見せることを望んでいません―――だから、ここから離れなさい』

「いや、よ!イッセーが一人で戦うなんて―――」

『戦いじゃ、ないのですッ!!ここからの主様は―――』

 

 フェルウェルさんが感情のまま、何かを言おうとした時だった。

 

「―――全部、壊せば良いんだ」

 

 ―――低すぎる、呪詛のような言葉が僕たちの耳に届いた。

 イッセー君の体からは血のように赤い、血の気が引くほどのどす黒いオーラを放ち続けている。

 紅蓮なんて言葉じゃ足りない。

 そう―――これはもう、僕たちが知るイッセー君じゃないんだろう。

 アザゼル先生が言っていた、リヴァイセさんが言っていたイッセー君の―――闇。

 僕たちが目を背け続けた、その闇を垣間見て僕たちは動けなくなった。

 

『……もう、主様を止めることは出来ません。何があろうと今の主様は全てを壊す修羅となるでしょう―――わたくしは止める気もありません。例えそれが主様が本当に望んでいないことでも―――わたくしは主様の全てを受け入れます』

 

 フェルウェルさんがそう言った時、イッセー君から言葉が発せられた。

 

『我、目覚めるは―――』

<どうしていつも、俺は全てを失う><何故この力を発動するのだ>

『覇の理を神より奪いし二天龍なり―――』

<どうして、愛する者はいつもいなくなる><お前はまたもこれを望んでしまうのか>

『無限を嗤い、夢幻を憂う―――』

<涙は当の昔に枯れた><それでもあなたが覇を望むのならば>

『我、赤き龍の覇王となりて―――』

<それでも貴様たちが全てを奪うのならば><我ら、貴殿に覇を与えよう>

 《何もかも、全てを殺してやる……ッ!!!》

 ―――イッセー君の言葉だけじゃない。

 イッセー君の他に、声音が全く違う男の子の声が聞こえる。

 それは全てを恨んでいるように、悲しんでいるように……でもどうしてだろう。

 ―――それが、イッセー君の叫びにも聞こえた。

 その叫びのような呪詛の呪文により、イッセー君が身に纏う鎧の形状が変化していき。

 より鋭角に、色は血のような赤、背中からはドラゴンの翼のようなものが生え、目から光る眼光は赤く染まる。

 両手、両足からは鋭利な爪のようなものが生え、その姿は―――まさにドラゴン。

 今すぐにでも全てを蹴散らしそうな危険なオーラを噴出させて、そしてただ上空に浮かぶ旧魔王派に向けていた。

 ……フェルウェルさんの言ったことが分かった。

 きっとイッセー君は自分のこの姿を見られたくないはずだ。

 ―――僕たちは何も出来ない。

 すると変質したイッセー君の鎧の各所の宝玉は光り輝き、そこから絶叫に近い二つの声音が響いた。

 

「『汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――――――』」

『Juggernaut Drive!!!!!!!!』

 

 イッセー君から放たれる赤いオーラは辺りを破壊していった。

 イッセー君は何もしていない―――ただ、オーラを放つだけで旧魔王派の数名はその場から消失する。

 

「ふん。これが赤龍帝に宿る覇龍というものか。恐れるに足ら―――」

 

 ……クルゼレイ・アスモデウスがセリフを最後まで言い切ることはなかった。

 突如、その男はイッセー君から神速で放たれた斬撃波―――イッセー君の腕から生えているアスカロンによる斬撃だろう。

 それを受け胴体が真っ二つとなり、ほどなく無限のような斬撃により一瞬でセンチ単位で切り刻まれ、そして―――血を撒き散らすことなくその身を一瞬で消失させた。

 

「何?」

 

 そのあまりにも残酷で、圧倒的な攻撃を近くで垣間見て、隣に立つシャルバ・ベルゼブブは怪訝な顔をした。

 イッセー君はそのオーラの激しさとは反対に、異様に静かだった。

 声を一つも発さず、ただ殺している。

 

『おかしい……何故、覇龍なのにあれほどまでに―――怨念が少ないのでしょうか?』

「どういうこと?」

 

 部長はフェルウェルさんの言葉に対してそう問いただすと、フェルウェルさんは話し続けた。

 

『覇龍とは本来、発動した瞬間に神器に宿る歴代赤龍帝の魂が暴走し、そして一個の化け物のように叫び散らし、大暴れします……ですが今の主様はまだその場から一歩も動いていません―――まさか主様は時間を稼いでいる?いえ、そもそも何故一人の声しか(・ ・ ・ ・ ・ ・)聞こえなかったでしょう……いえ、考える必要もありませんか』

「……私にはあなたが何を言っているかは分からないわ……でも一つだけ。イッセーは……私たちがここから離れるための時間を稼いでいるの?」

『……そうとしか考えられません―――怨念を抑え、暴走を今だけ止めている……ですが、そんなことをすれば主様はッ!!』

 

 ……次第にイッセー君は動きを見せる。

 翼をバサッと開き、その眼光は旧魔王派を見ていた。

 ―――そして、その瞬間イッセー君の姿は消える。

 

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!??」

 

 ―――気付くと、シャルバ・ベルゼブブの両手が消え去っていた。

 シャルバ・ベルゼブブはそれの影響で絶叫し、しかし血はとどまらずに辺りに撒き散らされる。

 もうこれは神速なんて言葉では収まらない!!

 あのシャルバ・ベルゼブブという男の魔力は魔王に近いものを感じた……恐らくはアザゼル先生が言っていた、オーフィスさんの蛇のような力を得て強くなってるんだろう。

 だけど今のイッセー君はそれすらも超越している……彼が言うところの、間違った方法で。

 

「がぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁあああがぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 ―――叫び声はイッセー君のものだった。

 もちろん誰かに攻撃されたわけではなく、むしろ怒りが暴走しているかの如くイッセー君は絶叫のような叫びを神殿内……いや、このフィールドにまで届くような声で叫んだ。

 その途端に鎧は更に変質する!!

 翼は剣のように鋭くなり、兜の角は旧魔王派の悪魔たちを貫いていく。

 手に埋まるアスカロン、もう片方に埋まる無刀は憎しみのように赤い魔力によって包まれて、その空間内に幾重もの魔力弾を乱雑に放ち続けた。

 一撃一撃で悪魔が一人一人、絶叫も上げることが出来ずに死んでいく……シャルバ・ベルゼブブは失った両腕を庇いながらも交戦しているが、それは全てイッセー君の絶大な魔力によってかき消された!!

 

『Infinite Booster Beast Out!!!!』

 

 宝玉より放たれるその音声によりイッセー君のオーラは更に荒々しく、獣のような獰猛さを含んで力が膨れ上がる!!

 それは際限を知らないように無限に上がり続き、そしてイッセー君は旧魔王派に襲い掛かった!!

 あれは神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の強化の力があって初めて発現する力のはずだ!

 それなのに、赤龍帝の力だけであの力を発現した!?

 覇龍は一体、どれだけのスペックを誇っているんだ!

 

「ぬぅぅぅぅぅ!!!なんなのだ、これはッ!!!こんなものとは、聞いていないッ!!!」

 

 シャルバ・ベルゼブブはイッセー君によって切り裂かれた両腕の傷を止めるため魔法陣で覆うも―――無駄だ。

 イッセー君の攻撃……虐殺は止まらない。

 ―――これはもう既に戦いとは言えない。

 何故なら相手の旧魔王派はイッセー君に一切対抗できておらず、何も出来ずに死んでいく。

 あれほど誰かを殺すことをためらうイッセー君が……その身を汚していく。

 イッセー君の鎧は血で覆われ、ひどく恐ろしい光沢を見せていた。

 

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!赤龍帝ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 すると旧魔王派の悪魔が数十人掛かりで捨て身のように突っ込んできたッ!!

 間違いなく命を賭けた捨て身だろう。

 するとイッセー君は翼を展開し……ブチッ、ブチッ……そんな音と共に翼が引き裂かれて何重もの剣のような翼が生まれた。

 そしてイッセー君は翼を振るうように一回転をし―――その悪魔を全て、切り裂いた。

 

「はぁ、がぁッ!!!がぁぁぁぁぁぁぁ!!!ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!よ、ぐもぉぉぉぉ!!!!アーシアぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ―――その声で、僕はふとイッセー君の想いに感化されるように涙を流してしまった。

 ……イッセー君がここまでしているのは、元を正せばアーシアさんが殺されたからだ。

 それを僕は……何を恐怖していたんだッ!!

 仲間なら……目を逸らすな!イッセー君を想っているのなら―――怖がっちゃダメなんだ。

 イッセー君は誰よりもアーシアさんを想っていた。

 きっと、好きだったんだろう。

 本当に、一人の仲間としても、一人の女の子としても。

 僕は目を背けない。

 

『Boost!!!!!!!!!!!』

 

 ……その倍増の音声は普段よりも何十倍も大きく、その音声の後にイッセー君の速度、力、魔力、オーラ……全てが更に段違いに上がる。

 もう僕たちの目では追えないほどの速度で移動し、翼や腕の二本の剣、残酷な魔力弾、様々な力を使って旧魔王派を殺していく。

 ―――本当に、全てを壊すのだろう。

 今のイッセー君にはそれほどのことを出来る力がある。

 初めは数百ほどいた旧魔王派の悪魔が、今はほとんど絶命している。

 リーダー格のシャルバ・ベルゼブブですらイッセー君の相手にはならず、もう片方の首謀者だったクルゼレイ・アスモデウスは瞬殺されたほどだ。

 

「―――へぇ……暴走しているんだ」

 

 ―――ッ!?

 その時、僕たちの後方から聞いたことのないような女の子の声が響く!

 僕達はそちらを見てみると―――そこには奇妙な女の子のような姿をした者がいた。

 真っ白い布のようなローブを着て、顔が一切見えないように生地を頭から被っている。

 見えるのは口元くらいだ。

 声音は幼く、そして…………異質なオーラを漂わせる。

 

「うぅん……あれ、綺麗だね。純粋な怒り、かな?」

「……あれを綺麗だと思うのかい?」

 

 僕はその少女の言葉に疑問を持ち、そう呟くと少女は僕の方を伺うように顔を向けた。

 

「うん、綺麗。それを怯える君たちは本当に仲間なのかな?ま、どうでも良いけど―――ところでそこの始創のドラゴン、はじめまして♪」

 

 するとその少女は機械ドラゴンと化したフェルウェルさんの方を見る。

 ―――良く見ると、その少女の胸元には何やら仰々しい装置のようなネックレスらしきものがあった。

 ダイア型の黒金色の宝玉がはめ込まれたネックレス……その見た目はイッセー君のフォースギアと酷似していて、するとフェルウェルさんは―――

 

『何故、あなたがここにいるのです!!なぜこの状況下で居るのですか!?―――神焉の終龍(エンディング・ヴァニッシュ・ドラゴン)!!!』

『おや?私のことはしっかりと覚えていたようね。神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)

 

 ……二つの女性らしき声が聞こえる。

 一つはフェルウェルさんで、もう一つは―――少女の胸元のネックレスから聞こえていた。

 宝玉が点滅するように光り、音声を流す……そしてフェルウェルさんが言ったその名前。

 

『グレモリー眷属よ、この者から離れてくださいッ!!この者の中に存在するのは、わたくしとは対極のドラゴンです!終焉を司る、全てを終わらせるドラゴンです!』

『―――今はアルアディアと呼ばれているわ。はじめまして、偽りの絆で結ばれた者達よ』

 

 ―――偽りの、絆?

 僕たちはその言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になるような感覚に囚われた。

 その言葉、聞き流せば良かったのに……僕たちは受け止めてしまったんだ。

 

『……何が目的です、アルアディア!!』

『さぁ。ただ私の主がどうしても赤龍帝を見たいと言ったからね―――さぁ、どうするんだい?』

 

 そのアルアディアと名乗るドラゴンは、宝玉越しに少女に声を掛ける。

 

「うん、ちょっと興味が出た―――でも残念かなぁ……あれ、死んじゃうよ?」

『――――――ッッッッ!!!?』

 

 僕たちはその言葉に言葉なく驚いたッ!!

 イッセー君が……死ぬ?

 僕はその事実に驚きつつも、何とかその少女に話しかけた。

 

「どういうことだ!?イッセー君が……死ぬ、だって?」

「そうだよ~?あんな力、ノーリスクで使えるわけないよ―――あれ、きっと命を使って起動するんだろうねぇ……今は魔力でどうにかなっているけど、もうすぐそれも終わるよ」

 

 ……まさか、イッセー君が僕たちを逃がそうとしていた時は、冷静さを何とか欠片だけでも残していたということか?

 そして今は本当の意味での暴走状態……つまり、命を糧にあの力を使っている!!

 ならば止めないと!!

 

『……無駄です。今の主様は止まりません―――ドライグですら、止めることが出来ないのです』

 

 ……僕たちは再びイッセー君を見る。

 イッセー君は身を屈ませて、幾重もの魔力の塊を正確に、しかし荒々しく放つ―――残る旧魔王派は腕の無いシャルバ・ベルゼブブだけだった。

 イッセー君は二つの拳を強く握ると、それだけで衝撃波が僕たちをも襲うッ!!

 それに何とか耐えるも、目を一瞬だけ閉じた時に…………既にイッセー君は動いていた。

 シャルバ・ベルゼブブの拳で殴り、更に神殿の天井を貫いていき上空に浮遊する。

 遠目からでしか見えないけど、何かをしようとしている!!

 上空からシャルバ・ベルゼブブを凄まじい勢いで地面に叩きつけ、そしてシャルバ・ベルゼブブからは吐瀉物を吐きながら肩で息をしている。

 イッセー君は神殿の穴が空いたところから見える上空で、何やら赤いオーラを撒き散らしていた。

 ―――このフィールド内にいる全ての旧魔王派を殺すつもりだろう。

 イッセー君は空を見上げ、そして―――

 

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 その雄叫びのような叫びと共に、一発一発が絶大な、血のように赤いオーラの魔力弾を、雨の如く無限に放ち続けた。

 その瞬間、外から絶叫のような声が絶え間なく聞こえた。

 永遠とも思える激しい絶叫……しかし、それも少し経ってなくなった。

 イッセー君は地面に降りて来る。

 向かう先はシャルバ・ベルゼブブの元。

 奴は既に肩で息をした瀕死の状態で、むしろイッセー君の虐殺にここまで耐えたことが凄まじい。

 ―――でも何故だ。

 あれほど怪物のような行動なのに、僕はあれがイッセー君としか思えなかった。

 その姿を見て眷属の皆は恐れおののいており、震えながら見ていることしか出来ない。

 ……イッセー君の闇を、弱さを見てこなかったのは僕も一緒だ。

 だけど僕はようやく分かった―――あれは、あの強さこそがイッセー君の弱さなんだ。

 この姿を見て、アーシアさんがここにいればどう思うだろうか。

 ―――止めようとするはずだ。

 イッセー君の弱さを受け入れるに決まっている。

 

『……ほぉ。お前は偽りではないのだな』

 

 すると僕の近くにはいつの間にか少女がいて、更にアルアディアは僕に向かってそう言ってきた。

 ―――彼女の言う偽りとは、イッセー君の強さしか見てこなかった僕たちを言っているんだろう。

 ……ああ、その通りだ。

 だけど僕は偽りと言われたくはない。

 僕たちがイッセー君を想うものは、偽りではないから。

 

「ば、化け物がッ!!!逸脱している!!記録上の赤龍帝の力を逸脱しているではないかッ!!?旧魔王に匹敵するほど、今の私はパワーアップされているのだッ!!それを何故、貴様如きが!!貴様如きがぁぁぁ!!!!!」

 

 シャルバ・ベルゼブブはなお抵抗するように魔力弾を放つも、イッセー君の鎧の兜の口元はガシャンとスライドする。

 そこには何かの発射口のようなものがあり、そしてイッセー君はそこから幾重ものレーザー砲を撃ち放つッ!!

 それは様々な方向に撃ち放たれ、一発が僕たちの方にも来た!!

 

「まずい!!あんなものを喰らえば!!」

 

 僕はすぐさま動けない皆を護ろうと動く―――が、そのレーザー砲は僕たちの方には向かわず、屈折して、イッセー君の覇龍に恐れるように震えるディオドラ・アスタロトの脇腹を貫いたッ!!

 その一撃にディオドラ・アスタロトは声も出せぬほどに痛み苦しむが、命には達していない。

 ……だけど、今、屈折した?

 イッセー君のレーザー砲のような攻撃は辺りの物を壊しつくし、シャルバ・ベルゼブブは足を消し飛ばされ、更に苦痛に苦しむ。

 

『敵と味方の選別くらいは出来る、か……面白い』

 

 ……敵と味方の選別をしたのか?無意識で……イッセー君は。

 ―――次第にイッセー君の鎧の胸辺りがガシャン、という音を響かせてスライドし、そこには一際大きい発射口が現れる。

 イッセー君はまたもや変化し、ドラゴンの尻尾のようなものまで出現した。

 姿勢は次第に低くなり完全に小さなドラゴンのような姿となり、そして―――

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………………僕たちの耳に、何かが溜まるような音が響いた。

 発射口は赤いオーラを集結させており、イッセー君は幾重にも分裂した剣の翼をバサッと開く。

 ―――あれは不味いッ!!!

 

「くそッ!!私が!!偉大なる私がここで死ぬわけにはいかんのだ!!こうなれば!!!」

 

 シャルバ・ベルゼブブは残された最後の足で転移魔法陣を描こうとする―――も、それすらも叶わなかった。

 イッセー君の瞳は赤く染まり、そしてシャルバ・ベルゼブブの足は動かなくなっていた。

 

「あれは…………僕の邪眼?」

 

 するとその光景を見たギャスパー君がふとそう呟く―――ギャスパー君の邪眼すらも使えるほど、赤龍帝の力は絶大なのか!?

 ―――シャルバ・ベルゼブブにはもう手段が残されていない。

 

『Boost』

 

 イッセー君の鎧は一度、静かに倍増の音声を流した。

 そして―――次の瞬間、音声がまともに聞こえないほどの量の『Boost!!』という音声を神殿中に流し続けるッ!!!

 頭が割れるような音声!!

 その度に胸元の発射口は赤く輝き、血のようなオーラを迸らせた。

 

「―――二…………ゲ………………ロ…………」

 

 ―――ほんの一瞬、イッセー君の声が聞こえたような気がした。

 その声を聞いた瞬間、眷属の皆は目を見開いてイッセー君の元に近づこうとするッ!!

 あの声が、もし仮にイッセー君の声なんだとしたら―――この力は僕たちを巻き込むような一撃に違いないはずだ!!

 

「部長!!早くここから離れます!!!きっと、イッセー君がそれを望んでいるんです!!!」

「イッセー……私は、あなたを……」

 

 ……ほとんど呆然としているんだろう。

 僕の言葉が聞こえていない。

 もう、無理やり連れて行く!!

 

「フェルウェルさん!お願いします、何人かを連れて神殿を外へ!!」

『……分かっています』

 

 機械ドラゴン化したフェルウェルさんはギャスパー君と小猫ちゃんを翼で背負い、そして凄まじい速度でそこから離れる。

 僕は部長を背負って動き、ふと我に返った朱乃さんはゼノヴィアに肩を貸しながらその場から走り出すッ!!

 僕は走る最中、その目で未だにその場に立ち続ける白いローブの少女を見た―――まさか、動かないつもりか!?

 

「ふふ……綺麗な赤―――あはは……こんなの、ここから離れれるわけないよ」

『……まあ良いわ。少なくとも完全防御に徹しなさい―――流石に今のあなたでも無傷は無理だから、私も力を貸すわ』

 

 ―――その少女は突如、黒い霧のようなオーラを噴出し、そしてその場から動かずにイッセー君を見た。

 ……もう、時間がない!!

 僕たちはその少女から目を避け、そして神殿の外に急ぐ。

 

『Longinus Smasher!!!!!!!!!!!』

 

 ―――その音声が神殿内の全てに響き渡り、そこで僕たちは神殿の外にたどり着く。

 そして―――神殿内から、おぞましいほどの赤い閃光が放たれた瞬間、シャルバ・ベルゼブブは光に包まれ……

 ズバァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!

 ……その音と共に神殿は光の中に消えて行った。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルの前に突如姿を現したガルブルト・マモン。

 奴の傍らにはオーフィスと瓜二つの見た目をしたリリス、そして俺の傍らにはオーフィスとタンニーンがいた。

 先程から消えない臨戦態勢……それが突如、解除されたのはさっきの事だ。

 何故かは知らないが、リリスが突然神殿の方に顔を向けた。

 

「……やみをかんじる。あかいオーラ。すべてをにくむ、かなしいオーラ」

「あぁ?リリス、てめぇは何を―――あぁ、そういうことか。旧魔王派の糞どもは地雷を踏んじまったってわけか」

 

 ガルブルトの野郎は何かに気付いたように神殿に見る―――そしてそのオーラに気付いたのは、リリスだけではなかった。

 

「―――イッセー?これは……イッセーのオーラ?」

 

 ……オーフィスが珍しくも戸惑う。

 その表情には焦りのようなものすら見え、そして俺の背筋に異様なまでの寒気を感じた。

 ―――なんだ、この今まで感じたことのねぇどす黒いオーラはッ!!

 

「アザゼル、てめぇの生徒が大変みてぇだぜ?俺をぶっ潰したあの赤龍帝の餓鬼がやばい雰囲気を作ってやがる。このフィールド全体に広がるほどのオーラ―――大方、覇龍ってとこか」

「覇龍、だとッ!!?」

 

 俺はガルブルトの発言に耳を疑ったッ!!

 覇龍―――イッセーがあれほどまでに否定していた力を、それをあいつ自身が使ってしまう状況が、今あの神殿の中で繰り広げられているのか!?

 俺はすぐさま動こうとするも、突如、旧魔王派の悪魔共が俺達を囲む。

 ―――ガルブルトまでだと?

 

「おいおい、何のつもりだ?糞共―――この俺様に反逆か?」

「黙れ、三大名家が!!貴様たちは我らが真の魔王たちと肩を並べながら我らを愚弄するなど!!ここで貴様を殺してくれる!!堕天使の総督と共にな!!」

 

 ……どうやら、禍の団も纏まった組織というわけではないようだな。

 

「ちっ……リリス、てめぇは先に行ってろ。面倒な奴がもうすぐここに来る」

「わかった―――ガルブルト、へびは?」

「けっ、要らねぇよ―――こんな糞どもに必要ねぇよ!!!」

 

 するとガルブルトを中心に、何かの渦が出来始める―――そう、こいつの本当の強さは一対一では作用しない。

 こいつの力は他人の魔力を奪い、それを自分の力として使うもの……今、俺たちを囲む旧魔王派共は実力は高が知れている。

 故に―――こいつの力の範囲内だ。

 

「くぅぅ!?力が、奪われ!!?」

「死に晒せ、五流悪魔が!!!」

 

 ガルブルトは俺へも含んで凄まじい魔力弾を放つッ!!

 ……こいつがイッセーに下されたのは、単に相性が悪かったからだ。

 イッセーはその力を何倍にも膨れ上がらせる赤龍帝。

 力をたとえ奪われても、それを赤龍帝の力で補うことが出来るからどうしてもガルブルトはイッセーには勝てなかった。

 だがこいつは―――単純な力は三大名家最弱でも強い。

 戦場によればディザレイドも勝てるかどうか分からないと言っていたレベルだ。

 俺は光力を使い奴の攻撃を避けるも、しかし旧魔王派の悪魔共はそれだけで行動不能となった。

 リリスは神殿の方に行き、そしてオーフィスとタンニーンはそれを追うように向かう―――俺も早く向かいたいところだがな。

 

「さぁて、雑魚は大方片付いた―――久しぶりにやろうか、アザゼル!!!」

「―――それは俺を相手にしてから言ってもらおう」

 

 ―――ガルブルトがそう叫んだ瞬間、突如俺の隣から誰かが通り過ぎて瞬間的にガルブルトの野郎に拳を放つ!

 ガルブルトはそれを予見していたように避け、更に魔力弾をそいつに放つも、その男はそれを拳で悠々と砕いた。

 

「ははは!!予想していたとはいえ、まさかこのタイミングかよ―――ディザレイド!!!!」

「―――落とし前を付けに来たぞ、友だった男よ」

 

 ―――そこには傷一つ負っていない三大名家最強の男……ディザレイド・サタンの姿があった。

 ディザレイドは激しい怒りのオーラを纏いながら、鬼気迫る表情でガルブルトを見ていた。

 ……ディザレイドとガルブルト、そしてシェルの三人は同じ三大名家で競いながら悪魔の世界に台頭してきたと聞いている。

 特にディザレイドとガルブルトは性質は正反対だ。

 相反すると言っても良いこの二人は戦い方から考え方までが正反対で、交わることがないと言っても良い。

 ただ二人とも唯一ある共通点は―――互いに、負けず嫌い。

 シェルはこの二人の仲裁をすることが多々あったらしいがな。

 ……ガルブルトは三下の魔力を奪い、それを永遠のように行使することで持久戦と圧倒的火力線を得意としている悪魔だ。

 対するディザレイドは―――凄まじいまでの体術。

 この冥界でディザレイドに超近距離戦で敵う存在は居ないと言われるほどの猛者だ。

 鍛え抜いた力、そしてディザレイドの性質が全て相まってディザレイドは格闘戦……いや、どんな戦闘も格闘戦に持ち込むような実力を誇っている。

 恐らく、今のイッセーでもディザレイドには勝てる可能性はほとんどないだろう。

 ……本来、魔王になるべきだった男。

 サーゼクスはこの男をそう評価していた。

 

「ガル。お前は若き芽を傷つけた…………お前をここで確実に―――消滅させる!!!」

 

 ―――ディザレイドは瞬時に俺の視界から消える!

 まるで『騎士』のような圧倒的な速度で、一瞬でガルブルトの前に現れその拳を振り下ろした。

 

「ちっ……やはりてめぇは面倒だ―――」

 

 ガルブルトはその拳に対し、巨大な魔法陣を展開し防御を図ろうする……が、それをディザレイドは拳でいとも簡単に打ち壊した。

 ガルブルトはそれを予見していたのか既にディザレイドから距離を取っており、辺りに無限のように魔力弾を機関銃式に撃ち放つ!

 ―――ディザレイドの力の性質は『憤怒』。

 怒れば怒るほど、その怒りが正しいものであれば力は良い方向に急上昇し、怒りが負の方面であればそれは間違った力となる。

 あいつが今、憤怒しているのはきっと正しい方面だ。

 それ故に今のディザレイドの力は圧倒的だ。

 更にディザレイドは生まれつきの性質で、魔力を術関連ではほとんど機能しない。

 だがディザレイドの特異体質で、全ての魔力は身体超過と呼ばれる、身体強化の何十倍も強力な、攻撃力と防御力を圧倒的に上げてしまう。

 だからディザレイドは遠距離戦、中距離戦において魔力弾や術の行使が出来ないが―――それを簡単にカバーするほどの完成された近距離戦に適した悪魔だ。

 ディザレイドの拳一つで大気が振動し、地面が簡単に割れる。

 

「強欲よ―――その男を抉れぇぇぇ!!!」

 

 ディザレイドを覆う、ガルブルトの黒い網のような魔力―――それによりディザレイドは拘束され、あいつから何かがガルブルトに流れて行く。

 これは―――ディザレイドの魔力を吸収しているのか!?

 

「久方ぶりだ、お前の強制魔力強奪魔力術は…………だが俺にとって―――魔力は必要ない」

 

 ディザレイドの腕は数倍にも膨れ上がり、更に姿勢を低くした。

 そしてディザレイドは拳を凄まじい威力で振るう。

 ―――その瞬間、ディザレイドを覆う黒い網は消し飛ばされ、更にガルブルトはそのあまりにも強い拳圧で吹き飛び近くの柱に衝突した!!

 ……なんつう力技だ。

 反対方向にいる俺にすら圧力が加わったぞ!!

 

「―――おいおい、腕は鈍ってねぇようだな。ディザレイド。隠居してしばらく経つがよぉ……歓喜ものだ、ディザレイドォォォ!!!」

 

 ガルブルトは拳圧により吹き飛ばされたところから勢いの良い魔力弾を放つ!!

 ……ガルブルトの体には傷一つなかった。

 ―――おいおい、あいつは確かイッセーにやられたんだよな?

 なのにディザレイドの一撃を受けて無傷とかあり得ねぇ。

 

「お前の力は戦場において最も花開く……相変わらずだ。他人から奪った魔力でダメージはほとんどなし。しかもお前のキャパシティーは未だにそこ知らず―――アザゼル殿、お前は早く生徒の元に行け。先程から嫌なほどの『憤怒』を感じる」

「……憤怒?」

 

 俺はディザレイドの言葉に疑問を持ち、ふと神殿を見た―――その時だった。

 

「がぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁあああがぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 ―――突如、俺たち……いや、フィールド全体に何かの絶叫。

 雄叫び、咆哮のようなものが響いた。

 それはひどく俺の耳を貫き、そして俺は薄目でその声がした方向を見た―――まさか……………………イッセー?

 俺の視線の先には神殿があり、そしてその神殿は血のように赤いオーラの光が中から漏れるように出ている。

 そしてこの背筋が凍るほどのオーラと、感じる圧倒的な殺意。

 俺はこれの正体を知っている―――あり得ぬほどの怨念に近いもの、怒りを通りこした感情。

 歴代赤龍帝の無念の思いが神器に残した負の遺産……それが覇龍だ。

 ……だがこの力は、普通の覇龍―――少なくとも、俺が知っている覇龍のどれとも違う感じがした。

 そう、あのリリスが言ったように……悲しんでいる。

 それが一番しっくりする言葉だ。

 

「ディザレイド、ここを頼むぞッ!!」

 

 俺はその場から動こうと翼を展開した瞬間、俺は旧魔王派の悪魔共に囲まれる……邪魔だ。

 俺はすぐに生徒の……友の所に行かねぇと駄目なんだ。

 俺はその身に宿す黄金の鎧から光力を漏らし、そして次の瞬間に光の全方位弾を放つ!

 死角すら存在しない全方位の弾丸に旧魔王派は消失する奴もいるが、未だに生き残っている奴もいた。

 旧魔王派は俺へと向かい魔力の塊を無駄な繰り返しのように放つ―――いや、放とうとした瞬間か。

 その者たちは突如、どこからか放たれた神速の弾丸によって消滅した。

 

「ったく……集まることしか能がねぇ変態旧魔王派は殺す価値もないんだがな―――あたしを怒らせたのが失策だったね」

 

 その者―――シェル・サタンは片手に黒い装甲をした銃のようなものを構えて、そう呟いた。

 ……シェルはディザレイドとガルブルトの中心的な力を持つ者と言われる悪魔だ。

 シェルの強みはディザレイドのような接近戦と、ガルブルトのような遠距離戦。その両方を兼ね備えた戦い方を出来る女性悪魔だ。

 魔力を凝縮し、それを弾に込めることにより普通の魔力弾よりも強い破壊力を発動する銃型の魔戦具による圧倒的な遠距離戦。

 俺の見立てでは瞬間攻撃力はガルブルトのそれよりも上だろう。

 ―――シェルは突如、魔力戦では勝てないと察した旧魔王派の悪魔に剣を用いて襲われる。

 シェルはそれを横目で見ながら、一瞬溜息を吐き―――そして体をスムーズに動かして、その剣を振るった悪魔の腹部を絶大な魔力を含んだ拳で貫いた。

 悪魔は口元から血を吐き出すも、シェルは遠慮なく悪魔に回し蹴りで首元から蹴り飛ばし、そして極め付けに魔戦銃で完全に戦闘不能にした。

 

「はぁ……ホント、面倒な男どもね―――ちょっとはうちのディーを見習え、童貞悪魔」

 

 シェルは魔戦銃のカードリッチを取り換え、再び銃に弾丸を装填する。

 ガチャッ、という音がして装填が完了すると、シェルは縦横無尽にそれを破壊的に、しかし的確に旧魔王派の悪魔に撃ち貫く。

 その一撃で旧魔王派の悪魔は戦闘不能になり、それがあの銃の強さ……更にシェルの強さの証明となった。

 

「アザゼル。あんたは早く行きな。ここはあたしとディーで十分だ―――さっきから嫌なほどの雰囲気があの神殿から感じる。あそこに力が集まっているようだ」

「……赤龍帝の性質か」

「……兵藤一誠が死んだら、あたしの可愛い娘が悲しむ―――何かあったら容赦しねぇぞ、未婚野郎」

 

 ……俺はシェルの最後の一言に青筋が凄まじく立つも、それを何とか我慢してその場を飛び立つ。

 

「ガル、続きをしようか」

「けっ……シェルの野郎までいるとはな―――おもしれぇ!!!」

「はぁ……ディー。お前にそこのヘタレは任せる。あたしはこの童貞カス悪魔の息の根を完全に止めるからね」

 

 地面では三者三様の反応を取りながらも三大名家による激しい戦闘が行われていた。

 俺はそれを傍目に神殿に向かう―――その時、神殿の天井付近が撃ち抜かれ、更にそこから赤い影が目に入った。

 あれは―――

 

「―――イッセーか……あれがあいつの…………覇龍」

 

 俺は空中に浮かびつつその光景を見た。

 イッセーは空中にドラゴンの翼のようなもの……剣のように鋭い幾重もの翼をバサッと開き、そして巨大な赤い魔力の塊をその腕で支え、そして一気に放った。

 イッセーから放たれた赤い雨のような弾丸は、そのフィールドの大部分に放たれる―――味方にすら影響を及ぼすと思ったが、それは違った。

 あの赤い弾丸はまるで味方と敵を完全に判別するように確実に旧魔王派のみを殺していた。

 …………覇龍で、そんな芸当が出来るわけがない。

 あれはただの暴走―――だが、イッセーの振るう覇龍は残虐だが……敵だけを殺している。

 イッセーから発せられる絶叫と共にあいつは再び神殿へと向かった。

 

「……あいつは、一人で戦っているのか―――いつも、一人で」

 

 俺はそう呟きながら空中を移動する。

 今のイッセーの一撃で近くにいた旧魔王派共は完全に血反吐を吐きながら倒れており、戦闘続行は不可能だ。

 俺は瀕死の悪魔共を無視して移動していると、すると俺の横辺りからいくつかの飛行する存在に目が入る。

 ―――ティアマットに、夜刀だった。

 こいつらは今回の件で俺から依頼し、旧魔王派の討伐に力を貸して貰っている。

 故に小回りの利くこいつらに旧魔王派の掃除を頼んでいた。

 

「―――アザゼル。何故、一誠は……私の弟は泣いている」

「知らねぇ……ただ覇龍が発動したのは只事じゃねぇ―――自分の怒りすらコントロールするあいつが、怒りに従いあれを使ったんだ」

「只事じゃないでござるね―――許さぬ」

 

 すると空を飛ぶ夜刀はその腰に帯刀する刀を引き抜き、更に速度を上昇させた。

 

「ああ、許さない。私たちの家族に、弟にそんな力を使わせた旧魔王派共を私達は許さない―――行くぞ、夜刀」

「承知仕った」

 

 するとその二人は俺よりも速い速度で神殿へと飛行する―――ったく、家族想いなドラゴンだこと。

 だがあのイッセーの覇龍を見て、リアスたちは普通でいるのか?

 木場やアーシア辺りなら受け入れるが、イッセーの強さしか見てねぇあいつらじゃあ到底受け止められるものじゃねぇ。

 それでも受け止めるのならば……イッセーの闇を見るのならば―――いや、見なければ仲間じゃない。

 ともかく―――

 

「待ってろ、生徒諸君―――今行く」

 

 俺は神殿へと向かって更に速度を上げた。

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

 僕、木場祐斗は神殿から出てまず聖魔剣を幾重にも展開し、シェルターのようなものを創ってイッセー君の攻撃の衝撃から眷属を護った。

 衝撃だけで僕の聖魔剣はほとんど形を無くし、そして僕たちは神殿―――のあったところを見た。

 ……そこには破壊尽くされ、瓦礫の山となっている神殿があり、アーシアさんを拘束していた装置も既に跡形もなく消えていた。

 僕たちグレモリー眷属と、既に意識を失って瀕死の状態のディオドラ・アスタロトは肩で息をしながら、瓦礫の山……

 その頂点で空を仰いで涙を流すイッセー君を見た。

 ……悲しみと虚しさ、怒りのような様々な感情が交差しているような光景だ。

 血が撒き散らされる神殿の跡地。

 ―――イッセー君は、一人泣き続けていた。

 

「―――あちゃ~……流石の私も完全防御は無理だねぇ……」

 

 ……すると僕の隣から先ほどの謎の少女の声がした。

 そこには少しばかり口元から血を拭う少女の姿があるが、しかしあの攻撃を近くで見ていてこの傷しかないとは……規格外としか言えない。

 既にシャルバ・ベルゼブブは跡形もなく消えており、ただ悲しく咆哮のような鳴き声を漏らすイッセーくんの姿がった。

 

「……覇龍が……解除されない」

 

 僕はイッセー君を見てふと言葉を漏らす。

 イッセー君の血のように赤い鎧は未だにオーラを放ち続けており、それはすなわち―――イッセー君の命を散らしている。

 このままじゃあイッセー君の命が危ないッ!!

 僕は―――いや、瞳に力を取り戻した眷属はイッセー君の傍に駆け寄ろうとした。

 皆の瞳には先ほどの恐怖心は一切なく、ただイッセー君を救いたいという想いが僕には伝わってくる。

 ……その時だった。

 

「―――止めておいた方が良い。今の君たちが兵藤一誠に近づけば、間違いなく殺される」

 

 ……僕たちの後方より、涼しいような男の声が響く。

 僕たちはそちらの方向に視線を送るとそこには―――白龍皇、ヴァーリ・ルシファーの姿があった。

 その周りにはヴァーリの影に隠れて良く見えないが、中華の甲冑を来た美候と、背広のスーツを着た男の姿がある。

 

「ヴァーリ・ルシファーね……」

 

 部長は一瞬、ヴァーリ・ルシファーを警戒する目をするも、すぐにヴァーリから視線を外してイッセー君を見た。

 ……なぜなら、ヴァーリ・ルシファーから敵意は感じなかったからだ。

 

「ほう、リアス・グレモリー。俺としてはすぐに殺意を向けてくるものだと思っていたが」

「……今はイッセーよ。あの状態、継続すれば不味いはずよ」

 

 部長の言葉にヴァーリは頷く。

 

「あれは……覇龍なのかな?あまりにも彼から感じる怨念の()が少ない。だがその負の感情はあまりにも大きい―――さて、今の兵藤一誠を止める方法はあるのかわからないな」

「……イッセーはアーシアが殺されたから……うぅッ……アーシアッ!」

 

 ……部長は今になってアーシアさんを失ったことを実感したのか、涙を流して崩れそうになるのを僕は支える。

 ―――アーシアさんを失って、その上イッセー君まで失ったら……そんな思考にたどり着くと、僕も涙が出そうになった。

 眷属の皆は皆、大小あれど涙を流す―――その時だった。

 

「―――あ、あの…………皆さん?どこか怪我でもしたんでしょうか……?」

 

 ――――――控えめに、何かを心配するような優しい声音が僕たちの耳に入る。

 その声は、僕たちはもう聞くことが出来ないと思っていたものだ。

 …………ヴァーリ・ルシファーの影からひょこっと顔を覗かせる人物がいた。

 綺麗な金髪の髪に、碧眼の瞳、背は低くてどこか守りたくなるような雰囲気を醸し出している少女。

 そこには―――アーシアさんの姿があった。

 

「あ、アーシアッ!!!!」

 

 その姿に一番最初に反応した、怪我をしたゼノヴィアはアーシアさんに抱き着いた。

 アーシアさんはそれに驚きつつも押し倒されて、素直に抱きしめられる。

 

「ぜ、ゼノヴィアさん……ごめんなさい、心配かけて……」

「うぅぅぅ……良いんだ、アーシア……こうして、戻ってきてくれただけで私は……私はッ!!」

 

 ……僕も不意にその光景を目の当たりにして涙を流してしまう。

 ―――だけど、いつまでも感動に浸っている状況じゃない。

 

「どうしてアーシアさんが……」

「私達は次元の狭間を偶然にも探索していたのです」

 

 すると背広を着た優しげな青年……その手に神々しいほどの聖なるオーラを放つ剣を持つ男がそう説明を始めた。

 

「当初は私達もこの少女を見つけていなかったのですが、次元の狭間で何か白銀のような光が私達に届いたのです……そこに行くと、この少女が白銀の光に包まれながら、右往左往しながら浮いていたのです」

「……白銀の……光?」

 

 僕たちは同時にアーシアさんの胸元にある白銀に輝く鍵のようなものを見た。

 それはネックレスのようにアーシアさんの首元から掛けられており、アーシアさんの命をイッセー君が救うために創った創造神器。

 ―――イッセー君は、最後までアーシアさんを救った、ということだろう。

 するとアーシアさんはゼノヴィアさんをそっとどかして、一歩前に出る。

 

「……イッセーさんが、泣いています。すごく悲しそうに……」

「……イッセーは貴方が死んだと思って、暴走したの。アーシアを殺そうとした悪魔を全員殺して、今は―――ずっと、命を消耗させながらあそこにいるわ」

 

 ……瓦礫の山の上に一人、悲しげに咆哮を上げるように泣き続けるイッセー君。

 その姿を見てアーシアさんはイッセー君に近づこうとした。

 

「止めておいた方が良いぜい。あの力は近づいた存在を否応なく殺す化け物みたいもんだぜぃ―――死ぬぜ、癒しの嬢ちゃん」

「……でも、イッセーさんが泣いているんです―――私が傍にいないと……いえ、いたいんですッ!!」

 

 ―――アーシアさんの決意の目が美候に向けられる。

 ……止める方法はないのか?

 すると朱乃さんと小猫ちゃんがヴァーリに詰め寄った。

 

「……こんなことをあなたに聞くのは場違いと分かっていますわ―――ですがお願いします。白龍皇……あなたはイッセー君を止める手段を知っていないんですか?」

「……お願いしますッ!私たちは何だってします……だから、イッセー先輩を助ける方法を教えてくださいッ!!」

 

 ……もう、手段なんて考えていられない。

 イッセー君は今なお命を消耗し続ける。

 例え悪魔が万という永遠に近い時間を生き続ける存在だとしても、あまりにもそれは過酷だ。

 いつイッセー君の命が尽きてもおかしくない状況だ。

 するとヴァーリは何やらイッセー君をじっと見て、顎に手を当てて考えていた。

 

「……俺の力は残念ながら、兵藤一誠の領域にはまだ辿り着いていない。だから俺が仮に今の彼を半減しても、きっと倍増したのちに殺されるのが妥当なところ―――あの覇龍は完全な覇龍とも言えるし、そうでないとも言える……意識がこちらに向けば、多少の冷静さを取り戻せば鎧が解除する術はあるが―――ところでそこにいる白いローブの女は先ほどから何故俺を見ている?」

 

 ……するとヴァーリは少し不機嫌な顔をしてそこにいる不気味な少女を見た。

 その少女は興味深そうにヴァーリを見ている……顔は一切見えないけど。

 

「白龍皇が赤龍帝を助けようとしているっておかしいなって思ってね~……少しだけ興味があるんだ。宿敵を助けようとするその心得は?」

「……君が何者かは知らないが、兵藤一誠は俺のライバルでね―――死んでもらっては困る。俺は本当の彼と戦いたいからな」

「ふぅ~ん……今すぐにあの鎧を解除する方法はあるよ?」

 

 ―――ッ!!?

 その少女の言葉に僕たちは少なからず衝撃を覚えたッ!!

 その言葉に警戒をするフェルウェルさんをさて置いても、今の状況下でその言葉は魅力的に聞こえてしまう。

 

「どうする気?」

「簡単だよ―――私の神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)の力を使えば鎧は(・ ・)解除できるよ」

 

 ……神焉終龍の虚空奇蹟。

 恐らくはフェルウェルさんの神器とは対極にある神器の名前だろう。

 だけど僕はその神器の存在以上に彼女の言葉に疑問を持った。

 

「待て―――鎧は、とはどういうことだ」

「言葉通り♪―――鎧の性質を私の力で終わらせる(・ ・ ・ ・ ・)の。当然、命を対価にして発動するあの力だから、赤龍帝の命がどうなるかは分からないけどね~~~」

「そんな軽い口調で良くも抜け抜けとッッ!!!」

 

 部長はその少女の口調と言葉に怒りを表すが、今はそんなことを言っていられない。

 仮にイッセー君の命が彼女に削られたとしても、それで命が残るならマシだ!!

 ……だけど僕たちはそれを頷けない。

 彼女は正体不明の危険分子だ。

 そんな存在に僕たちの大切な仲間を預けることなんて……出来ない。

 

『ふん。早くしないと赤龍帝は死ぬよ。あたしはどうだって良いが―――なぁ、宿主』

「……私はちょっとイヤかも。あの赤龍帝は綺麗だから―――助けたら、私が貰うよ」

『―――ッッッ!!!!』

 

 ……僕たちはその言葉に衝撃を受け、突如戦闘態勢をとった。

 ―――だけど、僕たちがこの少女に敵うとは思えない。

 イッセー君のあの攻撃の衝撃波を至近距離で受けてぴんぴんしているような存在だ。

 神器を持っているのだから、きっと人間なんだろう―――そんな正体不明の存在に、勝てる見込みはない。

 ……どうすれば良い?

 このままこの少女にイッセー君を救わせて、それで奪われるのか?

 それしか方法はないのかッ!!

 

「……あれを止めるには深層心理を揺さぶるような現象を起こせば俺がどうにか出来る」

 

 ……するとその空気の中で、ヴァーリがそんなことを言った。

 

「へぇ……白龍皇は赤龍帝を助けたいんだ」

「……お前はどうにも気に食わないものでな―――お前に奪われた兵藤一誠では詰まらない」

「ま、良いけど。どうせ覇龍を止める術なんてあるわけがないもんね―――」

 

 その少女がそう呟いた瞬間だった。

 ―――アーシアさんが、また歩み始めた。

 その光景は僕は何故か、無謀だとは思えなかった。

 アーシアさんの覚悟の篭る瞳はアーシアさんの強さを僕たちに見せつけるような感じがした。

 ……その光景を見て、謎の少女は不機嫌な声を漏らした。

 

「……あれを止めるつもり?あんな化け物みたいな状態のあの子をどうにかできると思っているの?」

「……化け物なんかじゃないです。あれは―――イッセーさんです」

 

 するとアーシアさんは両手にエンゲージリング型の神器、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)を出現させた。

 イッセー君から貰った鍵と鈴をギュッと握り締めて、なお少女に食らいつく。

 

「イッセーさんはいつも私たちを助けてくれました。あんな状態になったのも私のせいです―――だから、次は私がイッセーさんを助けます」

「……無理だよ?あれほど暴走してるのに近づいたら殺されちゃうよ?赤龍帝の意識何て関係なく」

「無理じゃないです―――イッセーさんは、私に教えてくれましたから」

 

 アーシアさんは一歩、イッセー君に近づいた。

 そしてまた一歩近づき―――

 

「神器は、宿主の本当の想いに応えてくれる。その想いが強ければ強いほど、より強く応えてくれるって―――私はイッセーさんが大好きですから!!」

 

 そしてアーシアさんは瓦礫の下でイッセー君を見上げる。

 

「イッセーさん……そんな姿になって、イッセーさんが一番辛い、ですよね。いつも誰かを護るために力を使うイッセーさんがそんなことを望んでいないことは分かってます」

 

 ……アーシアさんは何かの衝撃波を受けて、頭に被るヴェールが飛んでいく。

 だけどアーシアさんは屈しない。

 例えイッセー君がアーシアさんを認識していなくても―――するとイッセー君はその顔をアーシアさんの方に向けた。

 

「―――イッセーさん。私はイッセーさんが大好きです」

 

 アーシアさんの想いは、イッセー君に真っ直ぐに向けられる。

 例えその言葉がイッセー君に届いていなくても……その言葉は続けられる。

 

「この言葉はきっとイッセーさんには届いていないでしょう。だけど―――私はずっとイッセーさんと一緒です。ずっとイッセーさんの傍にいて、いつもイッセーさんを癒します…………だから、お願いします」

 

 ―――アーシアさんは天に何かを祈るように、両手の指と指を交差させて目を瞑る。

 そして何かを歌い始めた。

 これは―――聖、歌?

 だけど僕たちが知っている聖歌じゃない―――僕たちすらも癒すような歌声だ。

 その声は響く。

 ―――その時、アーシアさんに変化が起こった。

 

「アーシアさんの神器が……輝いている?」

 

 アーシアさんの歌声に、神器が反応するように綺麗な碧色の光を輝かせ、更に機能を失ったはずの鍵と鈴も再び命を注ぎ込まれるように白銀の光を放ち始めた。

 ―――僕は、これを知っている。

 

「―――ドラゴンの怒りを鎮めるのはいつの時代も歌だ」

 

 すると僕の隣でヴァーリはそんなことを呟いた。

 

「もちろん赤龍帝にも白龍皇にも専用の歌なんてものは存在しない―――だが何故だろうね。心地良いと感じてしまう」

 

 ……アーシアさんの歌に僕たちは安らかなものを感じた。

 きっとあれは聖歌じゃなくて―――アーシアさんが、イッセー君を想って作った歌なんだろう。

 イッセー君はいつもアーシアさんを癒しの存在と言っていた。

 いつも俺を癒してくれて、笑顔を向けてくれる大切な存在……そうとも言っていた。

 

『……わたくしの力が息を吹き返した、ですか―――アーシアさんは、きっと……至ったのでしょう』

 

 するとフェルウェルさんはそう呟く……至った、という言葉で僕は先ほど感じた既視感が確信出来た。

 ―――アーシアさんは、バランス・ブレイカーに至ろうとしているんだ。

 イッセー君を想う気持ちと、助けたいと思う気持ち。

 様々な想いが交差して、アーシアさんの想いが、願いが世界の流れと拒み、劇的に変化しようとしている。

 そう―――僕がそうであったように、アーシアさんは新しい一歩を踏み出そうとしている。

 だからきっと、僕たちで初めて―――イッセー君を救う。

 僕はそんなことを確信してしまった。

 アーシアさんから放たれる心地良い碧色の光は更に輝きを増し、そしてこのフィールドに届くような綺麗な歌声が響いた。

 ……心が、癒されるようだった。

 

聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)は最高峰の回復系神器です。それは傷を癒すものであり、そして彼女の性質が他の人の心までも癒す―――神器は、そのアーシアさんの性質を汲み取って禁手に至った』

 

 フェルウェルさんは嬉しそうな声を響かせる。

 良く見ると、イッセー君から放たれる負のオーラは徐々に解消され始めていた。

 血のように赤いオーラが消えていき、次第に鎧が朽ちていく。

 

「ヴァーリ・ルシファー!今ならばイッセー君を!!」

「……その必要はないだろう」

 

 するとヴァーリはそんなことを言って、少しばかり関心を向けるような声音でアーシアさんを見る。

 

「むしろ今、俺が近づいた方が駄目なはずだ―――あの神器はおそらく、何かを倒すなどの力は有していない―――だがこの世界に、心までを癒す力など存在しない」

「心を……癒す?」

「そう……アーシア・アルジェントの力は兵藤一誠の心までも癒している―――名付けるならば、微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)と言うところだな」

 

 ……その名はピッタリだね。

 微笑む女神の癒歌―――アーシアさんの性質を捉えた名前だ。

 アーシアさんの歌はイッセー君を癒していく。

 

「あぁ……がぁ……アー…………シ……ア……」

「……イッセー、さん」

 

 アーシアさんはイッセー君の反応に応え、更に歌声を上げた。

 その瞬間、イッセー君を包む優しい碧色のオーラと歌声……イッセー君の体は揺らめき始めた。

 心まで癒す力―――アーシアさんの性質そのものだ。

 イッセー君の鎧は消え去り、そしてその体にあった幾重もの傷も治っていく。

 ……心を癒し、傷を癒す力。

 歌と言う耳で聞こえ心にまで届く方法はきっと正しいんだろう。

 もしこの歌を心地悪いと感じる存在がいるのだとしたら、この力はきっと働かない。

 ―――それだけ間違っている存在と言えるはずだから。

 

「―――つまんない」

 

 すると僕たちの近くにはあの少女の姿はなく、その少女は黒いオーラを纏ってアーシアさんから視線を外していた。

 ……あの歌声を聴いて、そんな言葉を漏らすなんて。

 

「……認めない。心まで癒すなんて、あるわけない―――アルアディア」

『分かっているわ―――そろそろ眠りの時間だよ』

 

 その姿は黒い霧のようなオーラに包まれ、少しずつ姿を消していった。

 その姿にフェルウェルさんは何かを呟いた。

 

『……アルアディア。わたくしは貴方が何のためにここに来たのか、それはわかりません―――ですが、もし貴方たちが主様を傷つけようとする存在なのならば……許しません』

『ふん。何も知らないあんたが言う言葉じゃない―――知るべきことも知らないあんたは誰も守れないよ』

 

 そんな捨て台詞を言ってその少女は消えていく。

 ……正体不明の少女。

 異様なまでの力を持ち、だけどその行動原理は分からない―――でも気をつけておかないといけないね。

 

「……止まる。覇龍が、たった一人の力で」

 

 ヴァーリの言葉で僕たちは再びアーシアさんとイッセー君を見た。

 アーシアさんは、イッセー君に微笑みを向けていて、イッセー君からは赤いオーラが消えて普段のイッセー君に戻っていた。

 イッセー君は虚ろな目でアーシアさんをじっと見ていて、そして―――瓦礫の上で倒れた。

 イッセー君はアーシアさんの胸に落ちて行き、そしてアーシアさんは―――イッセー君を支えるように抱き留め、そして優しく抱きしめた。

 ―――何度目かも分からない涙が出た。

 イッセー君はアーシアさんに抱きしめられると、次第に目に光を取り戻していく。

 そして―――

 

「―――アー……シア」

「おはよう、ございます……イッセーさん」

 

 ―――イッセー君は意識を取り戻してアーシアさんの名前を呼ぶと、アーシアさんはそれに応えるように笑みを浮かべ、涙を流しながら……イッセー君を、抱きしめた。

 イッセー君は弱弱しくアーシアさんの背中に手を回し、その存在を確かめると……

 

「……ごめん、な……アーシアッ!!……俺、俺……お前を……護れ、なくてッッッ!!!」

 

 何度も何度も謝って………………涙を流すのだった。

 その光景はまるで一枚の美しい絵を見るような感覚で、僕たちはただそれを黙って見ることしか出来なかった。



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第12話 真龍の雄叫び

 ……俺が覇龍を発動している時の記憶は薄らと残っていた。

 この手で幾百もの命を殺し、血に染まってしまった。

 俺は……弱い。

 アーシアを失った瞬間、暴走して、ドライグの言葉も聞かず―――自分が一番嫌っていた力を、何も考えずに使った。

 ……でも、俺は自分を止めることが出来なかった。

 アーシアが光の柱に飲み込まれ、その場から消えた瞬間―――俺は不意にその光景がミリーシェを失った時と重なった。

 突然、何かにミリーシェが襲われてその命を失った時と同じ―――アーシアをミリーシェと重ねてしまった。

 だけど……それだけじゃないんだ。

 アーシアをミリーシェと重ねただけじゃない。

 …………俺は、アーシアを―――あいつと同じくらい、いつの間にか想っていたんだ。

 頑張り屋さんなところ。

 いつも誰かを癒すところ。

 ちょっと不器用で、でもどこか守りたくなるところ。

 ―――俺は、アーシアをいつの間にか好きになっていたんだ。

 ……俺が覇龍を使っている時、俺の頭にはアーシアの姿とミリーシェの姿ばかりが映った。

 俺はようやく分かったんだ。

 歴代赤龍帝の怨念に近い残留意識。

 それはまだ神器の中に色濃く残っていた―――俺の怨念が。

 ミリーシェを殺され、俺自身も死んでしまった名前を忘れてしまった俺。

 ……その怨念が、俺を突き動かした。

 全てを壊せ、全てを殺せ―――臨んだことも、小さな夢も手に入らない世界なんて捨ててしまえ。

 そんな……俺自身が抱いていた恨みが俺に降りかかった。

 …………どうして、俺はこんなにも弱いんだろう。

 ―――誰にも、見られたくなかったんだ……ッ!!

 こんな俺を……いつもカッコつけて、本当の自分を誰にも見せてこなかった俺の弱さ―――醜い、憎しみに埋め尽くされた俺を……見られたくなかった。

 俺は……誰も、信じていなかったんだ。

 言葉ばかり並べて嘘の仮面を被り、その仮面で評価を受けていた。

 強い、規格外だ、何でも守ってしまう―――そんなものを受けて喜んでいた。

 そして俺は―――仮面を被った俺を好きになる人の好意を、受け止めたくなかったんだ。

 自分の問題すら解決していない中途半端な状態で好意を受け入れたくないなんて、ただの建前だった。

 そんなことばかり考えている時、俺を優しい光が包み込んだ。

 碧色で、どこか懐かしいようなオーラ……そのオーラに包まれて俺は唐突に心を支配していた憎しみ、怨念が消えていく―――いや、消えるんじゃない。

 まるで癒されるように、心が安らかになったんだ。

 沈んでいった俺の意識を引き摺りだすような、引き上げてくれるような歌声が聞こえた。

 まるで聖歌のような、だけどそれとは全くの別物のような……優しい歌。

 その歌は憎しみに、後悔に、怒りに……様々な負の感情に支配されていた俺の心を癒すように、ただひたすら助けるように―――ただ優しく包み込んだ。

 その癒しの歌とオーラは弱い俺を癒し、徐々に俺の意識は回復していった。

 俺は状態を崩していった。

 ずっと瓦礫の山の上で叫んでいたはずなのに、その歌が聞こえて、覇龍の力が少しずつ消えていくような感覚だった。

 そして瓦礫の頂点から俺は落ちていく……力は既に残ってなかった。

 ただ流れに身を任せるように瓦礫の山から落ちて、そして―――誰かに抱き留められた。

 その誰かは俺を優しく抱きしめて、そして―――

 

「アー……シア」

 

 ―――その姿を見て、その温もりを感じて……その存在を確かめて、俺は虚ろにその誰かを…………アーシアの存在を認識した。

 何で、いるんだろう……アーシアはあいつの攻撃で消えたはずだッ!

 ……だけど、俺の口からはそんな言葉は出なかった。

 ただそこにアーシアがいる。

 そう思うと―――涙が止まらなかった。

 二度とこの温かさを感じることが出来ないと思っていた。

 俺が守れなかったから―――守れ、なかったから…………ッッッ!!!

 

「おはよう、ございます……イッセーさん」

 

 アーシアは涙を流して俺を更に抱きしめる。

 涙の滴は俺の首元に滴り落ちていた。

 その温かさがアーシアが存在していることを……生きていることを物語っていた。

 アーシア……アーシアッ!!

 

「ごめんッ!!アーシア……俺、俺ッ!!お前を……お前を守れなくてッ!!!」

「いいえ……イッセーさんは……いつだって私を守ってくれます」

 

 俺は泣き叫んだ。

 自分でも驚くほどにアーシアを強く抱きしめて、涙を流して―――何も考えず、自分の弱さをアーシアに見せたとしても。

 

「ごめんッ!ごめんッッ!!アーシア……アーシアァァ!!!」

「良いんです……私は、ここにいますから。だから……イッセーさんは、偶には泣いたって良いんです!!」

「アーシア……」

 

 アーシアはほんの少し涙を溜めて、でも俺を安心させるように満面の笑みを見せた。

 その笑みは、どこかミリーシェと重なるところがあり、でも―――ミリーシェじゃない。

 ただ一人の女の子……俺のことを大好きと言ってくれる、アーシア・アルジェントの笑顔だった。

 

「イッセーさん……イッセーさんは本当に強い人です。でも弱い人です。きっとイッセーさんの強さも弱さも……全部が全部、イッセーさんなんです。だから私はイッセーさんを受け入れます。胸だって貸してあげます―――だから、今は甘えてください。存分に泣いて、苦しんで……そしてまた笑顔を見せて私を守ってくださいッ!!!」

「―――もう、誰も……失いたく、ないんだ……」

 

 俺はポツリと、弱音を吐きだした。

 それは俺の意志ではどうにもならなくて……ただ俺は小さな声でアーシアに本音を、弱音を吐露した。

 

「弱さを……消し去りたいんだ……誰も失いたくないから、だから……いつも誰かを絶対に守ろうとしたんだ……だけど俺はアーシアを、守れなかったッ!!」

「……守って、くれました」

 

 ……アーシアは胸元にある既に何の意味もない鍵と鈴を握って、そう言った。

 どういう、ことなんだ?

 俺は守ることが出来なかった。

 ただ旧魔王派の攻撃に何も対処できず、アーシアを庇うように押し飛ばして……そしてアーシアは光の柱に飲み込まれた。

 あの神器だって、既に護るための力を失っているッ!!

 それなのに、どうして……

 

「私が成す術もなく光に飲み込まれた時……このお守りは私を守ってくれました。何もない真っ暗な空間で、ただこの神器はイッセーさんみたいに温かく私を包んでくれました―――イッセーさんがいなければ、私は死んでましたッ!だから……イッセーさんは自分を責めないでください。私は生きています……イッセーさんの傍に、ずっと一緒にいますから」

 

 アーシアの言葉で、俺の後悔は癒されるみたいに穏やかなものになっていった。

 アーシアの抱擁は俺の苦しさを和らげて、笑顔をいつもみたいに心を癒してくれる。

 ……でも、もう少しだけ。

 本当に、もう少しだけで良い。

 

「……ごめん。もうちょっとだけ……このままでいて良いかな?」

「―――はい」

 

 アーシアは優しい表情で頷くと、俺はアーシアを抱きしめた。

 ―――そして声に出さないように、涙を流したのだった。

 

 ―・・・

「イッセー君!!」

 

 それから少し経って、俺はアーシアから離れて立とうとしたところ、いきなりの立ちくらみで倒れそうになった。

 祐斗はそれを支えるように傍に来て、肩を貸してくれた。

 

「ありがとう……祐斗」

「これくらい何でもないよ」

 

 祐斗は笑みを浮かべながらそう呟く―――覇龍の影響だろう。

 体に力が入らない上に魔力も使い切って一切もない。

 この状況では誰とも戦えないな。

 ……光景はひどいものだ。

 神殿は完全に消え去って、だけど辺りには血の跡がしっかりと残っている。

 アーシアを拘束していた結界装置も無く、本当にただの瓦礫の山だ。

 ……俺が、やったんだな。

 

『……相棒』

 

 ……その時、ドライグは俺に話し掛けてきた。

 俺はドライグの言葉も聞かず、ただ感情の赴くままに覇龍を使った。

 あれほど否定して来た力を使って、殺戮をし続けた。

 ―――相棒失格だ。

 

『仕方ない……相棒にとって、アーシア・アルジェントの死はミリーシェのそれと同等のものだったのだ……だが言っておこう―――この大馬鹿野郎!!!何故、全部自分で背負い込んでしまうッ!!それほどの憎しみが残っていたのに、何故俺やフェルウェルに黙っていたッ!!!何故っ!!!……弱音を、俺たちにすら吐かなかったのだ……』

 

 ……ごめん、ドライグ。

 俺にはそういう事しか出来ない。

 ―――振り払えたと思っていた。

 昔のことを全部、今の日々を大切に思っているからこそ。

 だけど違ったんだ―――全然、これっぽっちも俺は成長できてなかったんだ。

 力ばかり身に着けて、強くなったと勘違いしてたんだ。

 ……ごめん、な。

 

『……もう、良い。相棒のことは俺が一番良く分かっている―――だが誰かを失って怒ることは間違ってはいない』

 

 俺は心の中でもう一度深くドライグに謝って、目の前の状況を見る。

 ……眷属の皆と、何故かそこにはヴァーリや美候、アーサーの姿まであった。

 眷属の皆は俺の無事を確認してか寄って来て、俺は力が出ないからその場に腰を下ろした―――凄まじいほどに力が出ないな。

 

「兵藤一誠。久しぶりだな」

「……ヴァーリ」

 

 俺はヴァーリの名を呼ぶだけで、特には何も言わなかった。

 ……こいつがここにいるのは、たぶん目的があるんだろう。

 少なくとも旧魔王派共の味方をしているわけではなさそうだし……アーシアがここに帰ってきたことを考えると、アーシアを救ってくれたのはヴァーリなんだろう。

 

「どうしてこんなところにいるんだろうと聞きたいのかい?一応目的があるが―――その前に」

 

 するとヴァーリは手を空の彼方へと向け、そして―――白い雷のように輝く魔力弾を放った。

 その放たれた光速の弾丸は空を切り、そしてかなり遠方にいる何かを貫いた。

 ―――あれは、魔物か何かか?

 

「どうやらほぼ全ての戦力を失った旧魔王派が魔物や魔蟲を放ったようだ。今いくらかを落としたが……面倒だな」

 

 ……あいつらはどこまでッ!!

 だけど今の俺はこの場からまともに動けない……その時、俺は何かを感じ取った。

 ―――いくつかの龍の気配。

 それは割と遠くから感じて、そして俺のすぐ傍に全く知らないドラゴンの気配を一つ感じた。

 

「―――お前、誰だ?」

 

 ―――そこには、見た目がオーフィスとほぼ瓜二つの謎の少女の姿があった。

 オーフィスが着る服と似通っているが、ゴスロリ系の服を着ており、そして俺をじっと見ていた。

 

「……リリス。おまえ、せきりゅうてい?」

「……そうだけど」

「そう―――なまえは?」

 

 するとその少女―――リリスは俺の頬をいつの間に摩っており、そして光の無い瞳で俺をじっと見てきた。

 吸い込まれるような気分になるほど真っ黒な瞳……俺が初めて会った時のオーフィスの瞳のようだ。

 その姿に皆、警戒するも俺はリリスの質問に答えた。

 

「……兵藤、一誠……なんだろうな」

「……あいまい。おまえ、リリスとおなじ」

「同じ?」

 

 俺はリリスの言葉を聞き返す。

 俺とこの子が、同じ?するとリリスは光の無い瞳を俺に向けながら話し続ける。

 

「じぶんがだれなのかわからない。リリスもわからない。どうしてうまれたのか、なにも……いつもリリスのなかでだれかさけんでる。さっきのおまえみたいに」

「……自分が分からない、か―――そうなのかもな」

 

 俺はそう応えると、次第に遠くに感じたドラゴンのオーラが近くなって来た。

 俺は目線だけそっちに向けると、すると俺の傍にいつものようにオーフィスが風のように現れ、俺を抱きかかえてリリスから離れた。

 

「……お前、イッセーに何をした?」

「なにもしてない。おはなし、してただけ」

 

 オーフィスは訝しげな視線をリリスに送ると、すると俺の周りにいくつかのドラゴンの影が現れる。

 ティア、タンニーンのじいちゃん、夜刀さん、チビドラゴンズ……そして機械ドラゴンと化しているフェル。

 眷属の皆もすぐに俺たちの方に寄ってきて、ヴァーリたちは少し離れたところで俺たちとリリスを見ていた。

 

「……おねえさまは、せきりゅうていをイッセーとよぶなら、リリスもよぶ」

「―――んなこたぁ、どうでも良い。お前の目的はなんだ、リリス」

 

 ……すると次にアザゼルが俺たちの上空から黒い翼を織りなして舞い降りる。

 俺のすぐ傍に降りて、そしてリリスを睨んだ。

 アザゼルはこのリリスという存在のことを知っているのか?

 それに……俺はリリスというオーフィスに似たドラゴンの言葉を忘れられない。

 俺が曖昧で、自分が何なのかも分からない。

 ……確かに、的を射た答えだ。

 俺は何で兵藤一誠として新しい命を手に入れたのかも分からない。

 自分の本当の名前すらも忘れてしまった。

 

「リリスはあかいドラゴンをみにきた」

「赤龍帝のことかな?」

 

 すると今までこの状況を黙ってみていたヴァーリはリリスに一歩近づいてそう尋ねた。

 その姿にアザゼルが一瞬だけ苦い表情をする。

 

「……ちがう―――グレートレッド」

 

 ―――リリスがその言葉を言った時だった。

 旧魔王派が放ったと思われる魔獣や魔蟲共は俺たちの付近まで近づいて来ていた。

 こちらには最強クラスのドラゴンたちにアザゼルまでもいる……けど、いくらなんでも数が多すぎるッ!!

 例え皆の力が強くても、数が段違いだ。

 ―――その時、今まで俺たちを見ていたヴァーリが隣へと歩んできた。

 俺に肩を貸して立たせた。

 

「なんだ、ヴァーリ」

「君は見るべきだと思ってね―――空中を見たまえ」

 

 ヴァーリがそう言った時だった。

 空中の何もない白い空間が、電気が走るようにバチッ、バチッという音を響かせながら少しずつヒビが生まれていた。

 何だ?この現象は―――その時だった。

 ガァァオォォォォォォォォォォォォォォォオオン!!!!!

 ……突如、そのようなドラゴンの雄叫びが俺たちの耳に響き、そしてそのヒビから激しい風が吹き荒れた。

 ……ドラゴン?

 この空間は次元の狭間の一角を使って創られた空間……そして次元の狭間から、ドラゴンの雄叫び?

 次元の狭間にいるドラゴン―――まさか

 

「まさか真龍……真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)と謳われる最強のドラゴン―――グレートレッド!!」

 

 俺がその名を叫んだ瞬間、そのヒビは大きくなり、そして―――空中に開いた穴は巨大なものとなり、そしてそこから巨大なドラゴンが現れた。

 真紅のドラゴンッ!その体長はタンニーンのじいちゃんよりも遥かに大きくて、百メートルは軽く超えている!!

 世界で最も強いドラゴン―――この世で最も強い存在。

 それがグレートレッドだ。

 すると俺に肩を貸すヴァーリは少し目を細めながら、興奮したような声音で俺に話しかけて来た。

 

「俺の目標は―――グレートレッドを倒すこと。俺はこの世の誰よりも強い存在となって、世界最強のあれを倒すことが夢だ」

「グレートレッドを……倒す?」

「そう―――あの偉大なほどの強大な風格、オーラ……赤龍帝には赤龍神帝という上がいるのに白龍皇には居ない……そう、俺は白龍神皇になりたいんだよ」

 

 ヴァーリの夢、野望。

 そのことを語るヴァーリの目は子供のようにキラキラとしていて、そしてそれが本気であることを物語っていた。

 

「だが奴に挑む前に今の俺の前には君という壁がある―――面白い。何とも面白いッ!!君というライバルはいつも俺の心を高鳴らせてくれる!」

「……お前がここにいる目的はつまり」

「グレートレッドをこの目で見るためだ。シャルバの目的などどうでも良い―――そもそもやり方が気に食わないからな」

 

 ……それにしてもあれが赤龍神帝か。

 勝手に名前を使わせてもらっているけど、すごいな。

 偉大って言葉はこのドラゴンのためにあるって言いたいような風貌、風格。

 ―――その時、そのドラゴンは俺とヴァーリの方を見てきた。

 いや、俺たちだけでなくその場にいる全てのドラゴンの方を。

 ……そう言えば、オーフィスは元々グレートレッド打倒を目指していたんだよな。

 

「…………どうやら、俺は目に入ってないみたいだね」

 

 するとヴァーリは俺から離れて、俺はその影響で倒れそうになった―――それをオーフィスが支えてくれたおかげで倒れずに済む。

 ……だけどグレートレッドの視線は未だに俺から外れない。

 

『主様!!』

 

 するとフェルは機械ドラゴンの形態から俺の中に戻ってきて、そして俺たちはグレートレッドと視線を合わせた。

 

「………………我、今はお前、どうでも良い」

 

 するとオーフィスはグレートレッドに話しかけた。

 

「我、ドラゴンファミリー、大切―――だからイッセーを傷つけること、許さない」

『―――誰が傷つけると言った?』

 

 ―――ッッッ!!!?

 今……あのドラゴンが喋った!?

 でも確かに今、聞こえた……グレートレッドから、声が。

 その声は他の皆に届いていないのか、驚いているのは俺だけだった。

 

『おそらくオーフィスの傍にいることで声が届くのだろう……恐らく、タンニーンやティアマットにも届いてはいない』

『この場にいるオーフィス、ドライグ、主様だけに聞こえる声です』

 

 ……するとグレートレッドはその巨大な指を俺へと近づけて来た。

 ―――そして、その大きな指で俺とオーフィスを掴み、そして自らの頭の上に乗せるッ!!

 なんだ……なにが起こっているんだ!?

 

「おいおい、イッセーとオーフィスがグレートレッドに捕まったぞ!?どうなってんだ!!?」

「わ、分からないわ!!ティアマット、何か分からないの!?」

「私に聞くな!!グレートレッドは自分が興味のある奴にしか声を掛けないんだ!!」

 

 うぉ、下で何か騒ぎになってる!?

 っていうかリリスはグレートレッドの姿を見ているけど……あいつの目的もこれだったのか。

 

「……グレートレッド?」

『おい、オーフィス。あの宙に浮いてる蟲とか獣が気に食わねぇ―――ぶっ殺すぞ』

「……口が悪いな、赤龍神帝さんよ!!」

 

 俺はついその口の悪さにツッコむと、グレートレッドは少し可笑しな風に笑い声を上げた。

 

『ははははは!!面白いな、お前―――俺の声が届くのは、お前がドライグと同調の域までシンクロしているからだろうな』

『……グレートレッド。どういうつもりだ?貴様は何が目的だ』

 

 するとドライグが俺の手の甲に宝玉として現れ、そしてグレートレッドにそう尋ねた。

 そしてグレートレッドは俺とオーフィスを頭上に乗せながらドライグの質問に答えた

 

『赤龍帝は色々な者の夢に何故か出てくる―――少しだけ興味を持ったから、近くで俺を見せてやろうと思ってな』

「……近くで見せる?」

 

 俺は耳に届くグレートレッドの言葉をリピートすると、グレートレッドは……

 

『―――赤龍神帝の力って奴をお前に見せてやる』

 

 するとグレートレッドは突如、雄叫びを上げたッ!!

 その雄叫びは近づいてきていた魔獣が魔蟲を吹き飛ばし、更に咆哮だけで消え去る魔獣も居る―――高が咆哮で、あの魔獣たちが消え去った?

 するとグレートレッドは空中へと舞い上がる。

 翼を羽ばたかせ、そして―――神速の速度で魔獣たちの群れに突っ込んだッ!!

 その羽ばたきで幾万もいた魔獣や魔蟲は絶命し、更に近づく者は全てグレートレッドのオーラで消失する。

 ……すごい。

 ほとんど力を使ってないのに、ただの挙動だけで相手を葬り去っているッ!!

 これが赤龍神帝の力……真龍と名高い、ヴァーリが目指すドラゴン。

 世界で最も強い存在―――尊敬するほどの、慕うほどの強さを俺は見せつけられた。

 俺の体はオーフィスが支えてくれているおかげで吹き飛ばされず、そしてオーフィスはふと言葉を漏らした。

 

「……我、イッセーを守りたい―――我の平穏、イッセーの傍にいること。イッセー、あんな悲しい力、使わないで……それなら我、グレートレッドを倒すこと、どうでも良い」

「オーフィス……そっか」

 

 俺はオーフィスの頭を撫でる……が、ここはグレートレッドの頭の上。

 当然その会話はグレートレッドにも届いていた。

 

『まだんなこと考えてたのか?オーフィス。俺はいつでも帰って来て良いと言ったんだけどなぁ―――ま、どうでも良いが』

「……うるさい」

 

 グレートレッドから言われる事実や言葉に驚くものの、当のグレートレッドは戦闘の真っ最中で、今も無限のように増え続ける魔物をかたずけている。

 いや、もう挙動一つで相手に出来るほどなんだから戦いじゃない。

 規格外だ―――強すぎるぜ、このドラゴンは。

 

『おい、赤龍帝。お前、名前はなんだっけ?』

「……兵藤一誠だけど」

そっちじゃねぇよ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)―――ま、良い。今はイッセーと呼んでおいてやるよ』

 

 ―――今の言葉、まさかグレートレッドは……知っているのか!?

 俺のことを……俺が前赤龍帝だったことを。今の発言からしてそうとしか思えないッ!!

 

『お前はしっかりとそこから見ておけ―――本当の強さってもんを』

 

 するとグレートレッドは魔物の下に潜り、そしてそこから翼をバサッと羽ばたかせ、暴風のようなほど強烈な風を下から放つ!!

 それにより魔物はほぼ全てが遠い空中に浮かび、そしてグレートレッドはその大きな口を開けた。

 オーフィスはそれを見た瞬間、一瞬グレートレッドを睨んで眷属やドラゴンファミリーのいる方に黒い蛇を放った。

 それによって皆は覆われて、そしてグレートレッドの口元には―――あり得ないほどのエネルギーが溜まっていくッ!!

 寒気がするほどの力だ―――俺に強さを見せる?

 

「……イッセー。我から離れない。これ、とても危ない力」

「それってまさか―――」

「グレートレッド、本気のブレス」

 

 ―――マジで?

 そんなものをこの空間内で放ったらやばいんじゃないのか!?

 

「我、この空間全域、蛇で覆った。崩壊、しない―――ただ、衝撃波で全員死ぬ。故に我、全員に守る蛇、放った」

 

 ……衝撃波で死ぬってどんなレベルだよ、このドラゴンは!!!

 でもたぶん、グレートレッドはオーフィスが皆を守ることを知っていてこんなことをしているんだろうな。

 じゃなきゃ、最初にオーフィスにわざわざ倒すぞ、なんて言葉は掛けない。

 

「……イッセー、ちょっと元気、出た」

「―――ははは。こんな時にまで俺の心配か」

 

 ―――馬鹿だな、俺は。

 するとグレートレッドの口元のオーラは次第にブゥゥゥゥゥゥン……という音を上げながらエネルギーを溜めていく。

 そのオーラを感じたのか、魔物は逃げて行こうとした―――その時だった。

 

『間抜けな魔物だ―――逃げるのが遅い』

 

 ドライグからの声。

 そしてグレートレッドの狙う焦点は空に浮かぶ魔物に向けられた。

 ――――――次の瞬間、空が真紅のブレスによって埋め尽くされ、そして放たれたッ!!!!

 

「くっ!!!オーフィスに守られてんのに何てレベルの衝撃波だよッ!!!」

 

 俺は未だ放ち続けられる真紅のブレスの衝撃波に飛ばされそうになるも、オーフィスが守ってくれるおかげで何とかその光景を目に焼き付けるッ!!

 そのブレスの火の粉一つで魔物は一瞬で消滅し、魔物は塵も残さずに消えていく。

 ……ドライグが逃げるのが遅いと言った意味が分かった。

 ―――グレートレッドの強さは圧倒的だ。

 オーフィスですら敵わないという意味も分かった。

 むしろオーフィスも凄まじい―――このフィールドをここまで防護するほど、グレートレッドのブレスに対抗しているんだからな。

 ……次第にグレートレッドのブレスは止む。

 ―――空には、魔物の姿はたったの一つすらなかった。

 塵も無い……そしてグレートレッドはオーフィスと俺を再び指で摘んで、そのまま空中に放った。

 オーフィスは小さなドラゴンの翼を出して空中に浮遊しながら俺を支えてくれる。

 

『イッセー。お前、さっき俺と似たような力を使っただろ?あいつはお前に似合ってねぇ―――俺はお前の夢を今まで何度も見て来た。だから教えてやる』

 

 するとグレートレッドは巨大な指で俺の胸をツンと突いた。

 ……すごく手加減してくれたんだろう。

 痛みは全くなかった。

 

『自分を受け入れろ。そうすればお前は本当の意味で”赤龍帝”になれ、俺に近づける―――お前はお前だけの赤龍帝になれ』

 

 ……赤龍神帝は次元の狭間を漂う事だけにしか興味がないと聞いていた。

 だけどこのドラゴンは―――すげぇ。

 憧れてしまう―――こんなにも強いのか、この赤い龍は。

 真なる赤龍神帝。

 真龍―――偉大なほど強大で、孤高にして至高のドラゴン。

 そのドラゴンは次元の狭間へと顔を向け、そして翼を開いた。

 ……っと、グレートレッドは俺に向かって赤い小さな光の球を放った。

 それは俺の腕の籠手に入っていく。

 

『そいつはお前が真に近づいた時、力になってくれるはずだ―――久しぶりに漂うこと以外に興味が出たんだ……期待してるぜ?イッセー』

 

 そしてグレートレッドは飛び去ろうとした。

 ……っとその時、グレートレッドへとリリスがオーフィスと同じように小さな翼を羽ばたかせて飛んでくる。

 

「おまえ、どうしてせきりゅうていをたすける?」

『……てめぇは』

 

 するとグレートレッドは少しだけ不機嫌な声を上げてリリスを見た。

 ……なんて言うか、このリリスは確かにオーフィスに似ているんだけど、全く違いような存在だと思う。

 何よりも、異質なほどの嫌なオーラを放っている。

 

『お前からはオーフィスの匂いがするが、それ以外にも汚ねぇ色々な匂いだ……俺は俺のしたいことを勝手にする。それが俺の生き様だ』

「……いきる?なんのために?」

 

 ……この子は、本当に何も知らない。

 自分が何なのか、どうしてここにいるのか……生きる意味すらも。

 俺も俺がどうしてここにいるのか、生きているのかなんて分からない。

 リリスの言う通り、俺だって自分の事が何も分からない。

 俺の中の怨念だって今更になって気付いたほどに、自分のことを何も知らなかったんだ。

 

『はっ!!知るか―――俺はてめぇには興味はない。今すぐに消えろ』

 

 するとグレートレッドはリリスに烈風を放つ。

 リリスはそれに勝てず、飛ばされそうになった―――何とか、少しは回復したか。

 オーフィスから離れて悪魔の翼を展開し、俺は飛ばされそうになるリリスを抱き留めた。

 それでまた倒れそうになるけど、翼さえ出せれば浮遊は出来るから大丈夫だ。

 

「……イッセーはリリスとおなじ?」

「さあな。だけど……リリスはリリスで良いじゃんか」

「……リリスはリリス?」

 

 するとリリスは少し不思議そうな顔をした。

 ……なに言ってんだろうな。

 この子は話を聞いている限りじゃあ禍の団の一員だってのに。

 だけど、何故か放っては置けないんだよ。

 まるで俺とそっくりだから。

 

「そう。別に生きる意味とか、存在する意味とか、俺にだってわかんないし……俺だって頭の中はぐしゃぐしゃで、嘘ばっかつくけどさ。リリスって名前なんだから、まずは自分はリリスだ!!って思えば良いんじゃないか」

「リリスはリリス……」

「ああ。だから俺も自分はイッセーだ!!って思うよ。きっとみんなもそう思うから……」

「…………かえる」

 

 するとリリスはぶっきらぼうに俺から離れ、ほんの少し怒ったようにぷくっと頬を膨らませた。

 ―――怒るっていうのも、感情だよ。

 俺は声に出さずにそう思った。

 するとリリスは何とも言えない色のオーラ……オーフィスと同じ黒色だけど、まるで色々な色を混ぜて生まれた黒色って感じのオーラを纏った。

 そして―――そのまま、その場から消えていく。

 更にグレートレッドはいつの間にか空間に空いた穴から次元の狭間へと飛んでいき、そして俺は再度オーフィスに支えられて地面に降りて行った。

 

「イッセー!!大丈夫か!?いや、オーフィスがいるから大丈夫か!!いや、それよりもあのグレートレッドに何か言われたのか!?しかも胸を指で!!指で!!!」

「落ち着け、ティア」

 

 俺は慌て耽るティアの頭を軽くチョップしてそう言うと、ティアは安心したような表情をしていた。

 ……それはティアだけじゃない。

 その場にいる全員が、俺の顔を見て安堵していた。

 ……覇龍。あれを目の当たりして、俺の心は顔に出てたんだな。

 でもグレートレッドの登場で、何ていうか……少し、マシになって気がする。

 それにあいつも俺の正体に気付いていたみたいだし。

 

「イッセー殿。拙者が調合した薬でござる!!今すぐ飲んでくだされ!!」

「いや、夜刀さん。あんたも落ち着けよ」

「イッセーェェェ!!お、お前が覇龍を使うなどあってはならん!!爺ちゃんの翼で包んでやろう」

「いや、だから……」

 

 ドラゴンファミリーは過保護に俺のことを心配する―――ったく、良い奴らだよ。

 ホント……俺には勿体ないくらいの家族だよ。

 

「およよ~?おい、ヴァーリよう。これはかなりアウェイな感じがしねぇ?」

「……この場に要る者全員で襲い掛かられたら溜まったものじゃないことは確かだな。まあそれも願ったり叶ったりだが……」

「自重してください、ヴァーリ……流石の私もこんなところでこのメンバー相手に命を捨てたくないです」

 

 ……っていうか、さっきの混乱に乗じて帰ればよかったのにな、ヴァーリたち。

 

「ヴァーリ。今回の件で旧魔王派は崩れた。リーダー的存在だったシャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウスはイッセーに殺されたからな―――現状、禍の団の戦力は、まともにテロ活動をしないお前のチーム以外では英雄派の者達くらいだ」

「……英雄派ってのは確か」

「人間の勇者や英雄と言われたもので結成されている組織の一角の一つだ」

 

 アザゼルの質問にヴァーリは普通に俺にそう説明した。

 ……おいおい、敵にそんなことを言っても良いのか?

 一応味方の情報だろ?

 

「―――グレモリー眷属。一つだけ忠告しておこう……英雄派には気を付けた方が良い。旧魔王派とは違い、一筋縄では行かないはずだからな」

「……ヴァーリ。教えろ―――お前は何故禍の団に入った。お前は戦闘狂だが、間違ったことは嫌う男のはずだ……やはりお前の目的は」

「―――アザゼル。あんたに育てられたことは感謝している。だけど俺にも事情というものがある……ただ、あまりあんたを敵だとは思いたくないのは本音かな?」

 

 ヴァーリはほんの少し微笑み、そしてアーサーはその空間に聖王剣を振りかざし、割れ目を創った。

 空間に割れ目を切り裂いて生み、そこから逃走するつもりか。

 って逃げ足速いな。

 

「今日は収穫が多い。グレートレッドとの邂逅、そして―――リリスという名前」

「……やはり」

 

 するとアザゼルはリリスの名前をヴァーリから聞いて、何かを悟ったような表情となった。

 

「さて、兵藤一誠―――赤龍神帝の強さはこの目でしかと見た。だがまず俺は君を超えなくてはならない……またいずれ、戦おう」

 

 そしてヴァーリはその裂け目の中に消えていき、そして美候も裂け目の中に入って行った。

 そしてアーサーは剣を腰に帯剣し、そして祐斗、ゼノヴィア、俺を見た。

 

「木場祐斗くん、ゼノヴィアさん、兵藤一誠くん」

 

 アーサーは俺たちに一礼し、そして言った。

 

「私は聖王剣・コールブランドの担い手、アーサー・ペンドラゴンと申します。いずれ、あなたたちとは聖剣を巡る激しい剣戟を交えたいものです―――聖魔剣・エールカリバーの木場祐斗くんと聖剣・デュランダルのゼノヴィアさん、聖剣・アスカロンの兵藤一誠くん―――それではまた会えるその時まで」

 

 そしてアーサーは裂け目へと消え、そしてヴァーリたちは完全にその場から姿を消したのだった。

 ……全く、血気盛んな奴らだな。

 ―――もう、安心していいのか?

 そう思った時、アーシアは俺の傍に寄って来た。

 周りはそれを見ると俺から離れ、そしてアーシアは俺の手を握って何も言わず、笑顔を向ける。

 ……そうだ。

 

「―――帰ろう、アーシア。今度こそ……」

「―――はい!まどかさんや皆さんと一緒の家に……帰ります!!」

 

 アーシアの満面な笑み。

 それを見た時、俺は突如、体の限界を迎えたように力が抜けた。

 目の前が真っ暗闇になって、するとアーシアも同じようにふらついていた。

 ―――そして俺とアーシアは、ほぼ同時に二人して倒れて、そして意識は遠のいて行ったのだった。

 

 ―・・・

『Side:神焉の終龍・アルアディア』

『どうしてあの時、不機嫌になったんだい?』

「……知らない。だけどなんでかムカついたの」

『何も覚えていないお前がかい?』

「……知らない。私は何も知らない。何も覚えてない……私は一体、誰なの?どうしてアルアディアを宿して、そして―――癒しの子に嫉妬したの?ねぇ、アルアディア!!私は何なの!?一体私は!!」

『……今はお眠りなさい。今、何かを考えても心を苦しめるだけ―――雛鳥は、まだ起きてはならないわ』

「………………私は何なの?一体、何のために存在して……――――――」

『……………………そう。あなたはまだ思い出してはいけない。そうでしょ?―――我を創りし者よ』

 

『Side out:アルアディア』

 

 

 

「終章」 大切な存在

 

「行けぇぇぇ!!松田ぁぁぁ!!!」

 

 俺の視線の先では赤いハチマキをした松田が校庭のトラックを全力疾走で駆け抜けている姿があり、それをクラスメイトが全力で応援していた。

 ……ディオドラとのゲームの後、俺とアーシアは意識を失って、しばらく経って目を覚ましたそうだ。

 それから俺は色々なことを聞かされた。

 あの後の事、そして俺のこと―――あの事件から既に数日経っており、今は駒王学園は体育祭の真っ最中だ。

 俺は校庭の隅にある木陰で体育祭を眺める。

 皆、楽しそうに競技に出ていて、でも俺はその輪の中に入れる気がしなかった。

 

「ここにいたのか、イッセーくん」

 

 俺に話し掛けて来る男性がいた。

 紅髪で、背は高く、カジュアルなスーツを着こなす―――サーゼクス様だった。

 でも俺は特に驚くことなくその姿を見て、少しお辞儀だけして視線を校庭の方に戻す。

 

「探したよ。少し君と話をしたくてね。仕事を眷属の者が引き受けてくれたから会いに来れた」

「そうですか」

「……先日のことを気にしているのかい?」

 

 するとサーゼクス様は俺の隣に立ってそう尋ねてきた。

 ……先日、俺が覇龍を使ったことを言っているんだろう。

 

「君は気にすることはない。今回のテロの首謀者であったシャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウスは死んだ。君の手によって……その辺りは聞き及んでいるだろう?」

「ええ。アザゼルからある程度のことは」

 

 俺はアザゼルと交わした事務的な会話を思い出す。

 あの戦場において現れたオーフィスと瓜二つの存在、リリスのこと。

 そしてフェルの相対するドラゴン―――神焉の終龍、アルアディアの存在とその所有者のこと。

 更にあの戦場に現れたガルブルト・マモンのこと……ガルブルトはディザレイドさんと交戦し、激しい激闘の途中で現れたリリスに連れられて消え去ったようだ。

 そして……ディオドラ・アスタロトのこと。

 

「ディオドラ・アスタロトは悪魔を裏切った。更に露見したこれまでの悪事も全て公となったよ―――ディオドラ・アスタロトは上級悪魔の称号を剥奪、更にアスタロト家は次期魔王輩出権を失い、そして……ディオドラ・アスタロトの処遇は同じ家の者であるアジュカ・ベルゼブブ―――魔王が決めることになった」

「……同じ家の者が、ですか?」

「そう―――当然、少しでも不適切な処遇を与えればアジュカは自分の立場を完全に失う……上の方ではアジュカ・ベルゼブブの魔王としての立場を剥奪することも考えていたようだが、それは時期的にも何よりも彼の能力は現魔王政権には必要なものだからね……私達、魔王一派が何とか阻止した」

「それで―――ディオドラの野郎はどうなるんですか?」

「………………今の彼は君の覇龍を目の前で目の当たりにした恐怖と、君に刻み込まれた傷で再起は不能の状態だ。傷は恐らく永遠に治らない。魔力を練ることも不可能で、今の彼には人間以下の力しかない―――君の力が回復すらもさせなくするほどのものということだ。当然、フェニックスの涙ならばある程度は回復するだろうが、罪人にそんなものを与えることはない……」

 

 ……ならもう一つだけ。

 俺にはどうしても気になることがあった。

 

「……ディオドラの眷属たち。無理やり悪魔にさせられた者たちはどうなるんですか?」

「―――彼女たちのことか」

 

 するとサーゼクス様は腕を組んで、少しだけ考え込んでいた。

 ……ディオドラのした行動は軽薄な上に横暴で、最悪なものだ。

 だけどそれについていった眷属にだって責任を問われる―――最悪、死罪もあり得る。

 例えディオドラに騙されたとしても……

 

「様々な意見があった。死罪に処するなどの意見もあったが―――彼女らの中には、当然ディオドラに嫌気をさしている者もいたそうだ。だがそれでも彼に従っていたのは………………例え気の迷いだろうが、少しでもディオドラに想いがあったからと言っていたよ」

「…………そうですか」

 

 悲しいな。

 あんな最悪の悪魔を好きになってしまったばかりに……想いを踏み躙られて、絶望して、そして悪魔に転生させられたのに。

 それでもなお想っていたのか。

 

「……お願いします。ディオドラに死よりも苦しい罰を与えてください……じゃないと腹の虫が収まりませんから」

「そうか…………ディオドラ・アスタロトの眷属は、裏切らぬように首輪をつけるためと……温かさを知ってもらうため、グレモリー家の使用人として保護することが決まった。情愛が深いことで有名なグレモリーだし、それに……グレモリーには母上がいるからね」

 

 確かにヴェネラナ様は優しいけど厳しいですもんね。

 俺は何故か安心してしまった―――そっか、あの子らは無事に保護されたんだ。

 ……でも

 

「……彼女らから事情は聴いたよ―――先の戦闘でゼノヴィアと戦った戦車二人は、日ごろからディオドラの元で動くことを嫌がっていたそうだ……故に彼女らは死を望んだらしい。それも自分たちが教会にいた時、尊敬していたらしいゼノヴィアの手によって……」

「それで……ありがとう、って言っていたんですね」

 

 それを聞くと途端に悲しくなった。

 自分の人生を滅茶苦茶にされて、信じていた者さえ失って……揚句死を選んだ。

 俺がどうこう出来た話じゃない―――でも、それでもどうにかしてあげたかった。

 

「君が気を病むことはない―――それに今の君は、自分のことを心配した方が良い」

 

 するとサーゼクス様は俺に真剣な表情を向けてきた。

 その表情を見て、俺は全部見通されていると思ってしまう……やっぱり、魔王様には嘘はつけないのか。

 

「覇龍の後遺症の事ですか?」

「ああ、その通りだよ。君の使った覇龍とは想像を絶するものだった―――ほぼ全ての旧魔王派の悪魔を葬り、今回の事件を一瞬の内に打開したと言っても良い―――君が自らの命を散らしてね」

「……ッ」

 

 俺はサーゼクス様の言葉につい平然としていた表情を崩す。

 そう……サーゼクス様の言う通り、俺の命は僅かなものとなっている。

 もちろん人間に比べたらあり得ないほどの寿命だけど……今の俺の命は数百年あるくらいだ。

 悪魔は万年を生きると考えても余りにも少なすぎるとアザゼルに言われた―――そしてこれでもマシな方だとも言われた。

 あれだけの力を使ってそれほど命が残っている方が不思議だ。あれほどの力を一度に使ったのだから、死んでもおかしくなかった―――アザゼルに言われた言葉だ。

 ……俺は本来、死ぬはずだった。

 だけど俺は生きている―――たぶん、それはアーシアのおかげなんだろう。

 俺も実際に肌で感じ取ったアーシアの力……アーシアの神器の禁手のことだ。

 微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)

 アーシアが俺を救いたいという想いから発現させた、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)の本来の禁手とはかけ離れた亜種の禁手だそうだ。

 傷を癒し、心を癒す歌を唄う……アーシアはその力で俺を救ってくれた。

 覇龍の憎しみと悲しみの力に囚われていた俺を引っ張り出してくれた力。

 ……二度と、アーシアを失ってたまるか。

 二度と……泣かせないッ!!

 俺が守る……二度と、失わないために―――泣かせないために。

 

「その顔だよ」

 

 するとサーゼクス様は俺の顔を見て、少し悲しそうな表情を浮かばせた。

 

「今の君はアーシア・アルジェントを失ったと思ったばかり、普段よりも危なげだ―――君は何があろうと、命の限り仲間を護る。そう……君自身の命も顧みず、ただ守ろうとする」

「それが……それが俺です!!その心に、想いに!!……嘘なんか、ないですッ!!」

 

 俺はつい声を荒げてサーゼクス様にそう言うと、サーゼクス様は目を瞑り、そして話し続けた。

 

「ああ、そうだろう。君の想いに嘘などない。嘘があったなら、君にそこまでの力は宿らない―――だが、ただ守るだけが本当の絆じゃない。それは今回、君が一番良く理解できたはずだ」

 

 ……するとサーゼクス様は途端にある方向に指を指した。

 そこにはパタパタと走ってきているアーシアの姿があり、サーゼクス様は話し続ける。

 

「守って、守られる。想って、想われる。それが本当の絆、関係だよ。君はアーシア・アルジェントに守られた。そして君は彼女を想い、彼女も君を想っている。良く考えてくれ。君はたくさんの人に想われている―――君が死ぬことは、その大勢の者達をひどく悲しくさせるんだ」

「……皆が、悲しむ?」

「そうだ―――リアスも、リアスの眷属も。もちろん私も、アザゼルも、君の両親も。白龍皇だって悲しむかもしれない。そして何より……君の中に存在するドラゴンや、君を取り巻くドラゴンが悲しむ。だから君はもっと自分を大切にしてくれ」

 

 サーゼクス様の言葉に、俺は何も言えなかった。

 ……この人はいつも俺の心を掻き乱す。

 ヴァーリと出会った頃にもサーゼクス様は被っていた仮面をいとも簡単に剥がしてしまった。

 ―――あの時、この人は言っていた。

 俺は何かに縛られて生きている。まるで幸せになることを拒否するような目をしている。私からしたら君は危うい……そう言っていた。

 その通りだよ。

 俺は縛られているんじゃない……自ら、縛っている。

 そしてそれが駄目なことも分かってる―――危うい、か。

 きっとサーゼクス様はいつか、俺がこんな風になってしまうことをどこかで予見していたのかもな。

 

「ねぇ、サーゼクス様―――幸せって、なんなんでしょうか。俺には良く……分からないです」

 

 俺はサーゼクス様に背を向けて、そのまま振り返らずに歩いて行く。

 前からはアーシアが来ている……その時、後ろでかすかに声が聞こえた。

 

「―――笑顔でいれること、大切な存在を愛すること。少なくとも私の幸せはそれだよ」

 

 ……その言葉を聞いて、俺はアーシアの元に駆け寄った。

 笑顔でいれるのが幸せ、好きになれることが幸せ……きっとそれは正解だ。

 俺もそうだったから。

 俺の幸せはミリーシェが隣にいて、一緒に笑ってくれることだけだった。

 だけどもう、その幸せは手に届かない。

 ―――駄目だ、また弱くなってる。

 力とは反比例だ。

 力が強くなるにつれて、俺は不安定になっている。

 すぐに弱音を吐いて、悲しんで―――もっと強くならないといけないんだ。

 誰も失うこともなく、心を惑わすこともなく。

 今よりもずっと、ずっと……そうすれば誰も傷つかない。

 

「イッセーさん?」

 

 すると俺のところまできたアーシアが俺を見上げて名前を呼ぶ。

 

「アーシア。どうしたんだ?」

「あ、そうでした。もうすぐ私たちの二人三脚が始まりますから、お呼びに来ました!誰かと話していたんですか?」

 

 するとアーシアは今まで俺がいたところを見て不思議な顔をする。

 俺はそっちを見ると、そこには既にサーゼクス様の姿はなかった。

 そりゃあ魔王様だから多忙だろう。

 わざわざ俺と話すために無理をしてここに来たんだと思う―――後でグレイフィアさんにこってり絞られているかもな。

 

「いや、何でもないよ。さ、行こう。二人三脚だろ?」

「はい!!」

 

 俺はアーシアに手を引かれて競技の待機場所へと向かうことにした。

 ……そういえばアーシアはさっき、女子の持久走で一位を取っていたよな。

 体調もそんなに良くないって聞いていたけど……毎朝頑張ってるもんな。

 ―――結局のところ、俺はまだ皆に本当の自分のことを話していない。

 あれからたくさんのことがあって、まだ皆とゆっくり話せていないっていう理由もあるけど……実際にこのことを話そうと思った。

 話そうとすると……俺はそれを無意識に拒否して、口が開かなくなるんだ。

 それが俺の心のものなのか、それとも覇龍によるものなのか……分からない。

 たぶん両方なんだと思う。

 心があやふやになって、ぐちゃぐちゃになって……覇龍という俺が最も嫌う力まで皆に見せてしまった。

 それが……枷になってしまった。

 あの装置からアーシアを助けて、そして全てを打ち明けることを決めたのに―――情けないよな。

 ……アーシアになら、打ち明けられるかな?

 そう思った時、アーシアと俺は待機場所に到着し、すぐに二人三脚は開始された。

 俺たちは最後の方の走者で、前の組が次々と競技をこなしていく。

 そして俺たちの出番が近づいてきた時、不意にアーシアが俺の手を握って、そして―――満面の笑顔を俺に向けた。

 

「楽しみましょう!イッセーさん!」

「………………ははは!!―――そうだよな、アーシア」

 

 俺はアーシアの言葉につい笑ってしまった。

 ―――俺が一人で考え込んでても、何も始まらない。

 そんなことをしてアーシアは心配するだけだろうし……それに、誰もそんなことを望まないだろう。

 サーゼクス様も言ってた―――君は自分をもっと大切にしてくれ、と。

 それの本当の意味は……俺が幸せになれば、俺を想ってくれる人も幸せになる。

 俺が笑顔になれば皆も笑顔になれる―――そんな意味だと嬉しいな。

 ほんの少し……ほんの少しだけ笑える気がする。

 アーシアの手をギュッと握ると、アーシアは嬉しそうな顔を向けてくれた。

 

「イッセーさん!絶対に一番を取りましょう!」

「ああ!俺とアーシアのコンビネーションを見せつけてやるぞ!」

 

 俺とアーシアは足を紐で結んで腰に腕を回す。

 体が密着しているから若干恥ずかしいけどな―――するとスタートの合図を知らせるピストルがバンッ!、と放たれた。

 それで全組が一斉にスタートする!

 

「「いち、に!いち、に!」」

 

 アーシアと俺はお決まりの合図で歩幅を合わせてトラックを駆け抜ける!

 するとトラックの脇には見知った姿が幾つも見えた。

 

「イッセー!!アーシアと一緒なんだ!!絶対に一位だぞ!!!」

「ああ、もうお似合いだわ二人!!でも負けないんだから!!頑張れ!!二人ともぉ!!」

「ズルいにゃん!!もう、私も一緒にしたいんだからねぇ!!アーシアちん、勝たないと許さないにゃん♪」

 

 最初に見えるのはゼノヴィア、イリナ、黒歌は俺たちのクラスの席からそんな声援を浴びせる!!

 

「……イッセー先輩、アーシア先輩!頑張って!」

「ふぁ、ファイトー!!イッセー先輩!!アーシア先輩!!」

「ふれー、ふれー、イッセー。アーシア」

「ははは。流石だね。走っている姿もお似合いだよ、二人とも」

 

 次は小猫ちゃん、ギャスパー、オーフィス、祐斗!!

 ってかオーフィスは何で観客席じゃなくてそこにいるんだよ!?

 とにかく声援はありがたい!!

 

「男見せろぉぉぉ!!敵だけどな!!イッセー!!」

「こら、匙。そんな心にもないことを……頑張ってくださいね」

「ソーナも声を掛けてるじゃない―――イッセー、アーシア!オカルト研究部の部員として勝ちなさい!!」

「イッセー君、アーシアちゃん。頑張ってですわ♪」

 

 敵チームながら俺たちに声援を送る匙、ソーナ会長、リアス部長、朱乃さん!!

 はい、がんばります!

 そして俺とアーシアは……一位になった!!

 

「一誠!私の弟ならば突っ走れ!!」

「にいちゃん!!かたないとゆるさないぞ!!」

「にいたん、いっけぇぇぇ!!!」

「にぃに……りりしくてかっこいい」

「拙者、僭越ながら応援するでござる―――勝利をもたらせ、イッセー殿!!」

 

 俺とアーシアが独走している最中、次はドラゴンファミリーの面々が現れるッ!!

 っていうか夜刀さんはそんなに暇なんですか!?そしてチビドラゴンズは相変わらず愛くるしいこと!!

 というかさっきから声援が激しいな!!

 

「イッセーさん!見てください!!」

 

 するとアーシアが少し汗を掻きながらある一点を見た。

 俺もそっちを見ると―――

 

「ふれー、ふれー、イッセーちゃん♪アーシアちゃん♪白いテープを突っ走れ~~~♪」

「おら、イッセー!!さっさと二人でゴールインしてこいや!!」

「ふふ、アザゼル。ゴールインなんてあなたはなんて悲しいことを……頑張ってくださいね」

 

 ―――異様にまで似合っているチア姿の母さんがいた。

 それを見てアーシアの目は母さんを尊敬するものになって、更に顔つきが戦士に変わる!!

 流石は母さん!

 学生に引けを取らないぜ!!

 アザゼルとガブリエルさんの教師陣は何故か母さんの隣で俺たちに激励と声援を送る!何でかはもう聞かないぜ!!

 ―――たくさんの方向から、俺たちを応援する声が響く。

 それは本気で俺たちを応援してくれていて、それを聞くと俺はつい笑みがこぼれた。

 ……いつの間に、俺はこんな歓声を浴びるようになったんだろう。

 少なくとも去年の体育祭はこんな風にはならなかった。

 心からの応援。

 そりゃあ体育祭だから、応援の一つや二つは飛び交う。

 だけど―――心から大切と言えるような応援を、こんなにも多くの人から受けるなんて思わなかった。

 俺とアーシアはゴール前の白いテープを目前に更に速度を上げて、そして―――二人同時に、そのテープを切ってゴールした。

 それにより更に歓声が響き渡った。

 その歓声が恥ずかしくて、俺はすぐにアーシアを引き連れて人気のない校舎裏に逃げ込んだ。

 

「全部イッセーさんを想う人たちの声ですよ―――イッセーさんは一人じゃないですから」

 

 アーシアは慈愛に満ちた表情で、俺にそう言った。

 一人じゃない……まるで俺の心を見透かしたようなセリフだ。

 ―――一人じゃない、その言葉で俺は不意に涙が出そうになった。

 

「……ああ。アーシアも隣にいるもんな―――ごめんな、アーシア」

「私だけじゃないです。皆、イッセーさんの事が大好きです!だから偶には……甘えてください」

 

 アーシアは俺の頬をあの時のようにそっと触れて、更に少し背伸びをして頭を撫でてきた。

 

「私はいつだってイッセーさんの味方ですから……その、ちょっと恥ずかしいですけど―――例え世界中がイッセーさんの敵でも、私だけはイッセーさんの味方です……ッ」

 

 アーシアは頬を真っ赤に染めて、その台詞を言った。

 ……その瞬間、俺はアーシアを力強く抱きしめた。

 体が勝手に動いた―――どうしようもなく、アーシアが愛おしかったから。

 

「あっ……ふふ。イッセーさん……」

「……ごめん。何か、最近ずっとアーシアに甘えてばかりだよな」

 

 人気が無いからってこんなところでアーシアを抱きしめるなんてな。

 俺は少しアーシアの温もりを感じながら、次第にアーシアから離れようとした。

 ……その時、アーシアは少し決意の篭った目で俺を見た。

 

「―――私はイッセーさんの事が大好きです。絶対に……これからずっと、ずっと大好きです……ッ!!」

 

 ―――アーシアが俺に何度目かも分からない告白をした瞬間、俺は何も考えずにアーシアを再び俺に抱き寄せた。

 そして俺はアーシアの柔らかい艶やかな唇に―――ただ感情が赴くまでに、キスをした。

 

「ん…………イッセー、さん?」

 

 アーシアは何が起きたか分からないと言いたげな表情をして、俺を見ている。

 ……もう無理だ。

 自分の想いを我慢することなんて―――出来ない。

 

「ごめん、アーシア……だけどこれは俺の本当の気持ちなんだ―――好きだ、アーシア」

 

 俺はアーシアの頬に触れて、アーシアに顔を近づけて言う。

 

「もうどうしようもないくらい―――アーシアの事が、好きなんだッ!」

 

 そして……俺はもう一度、アーシアへとキスをするのだった。

 俺からの一方的な、少しだけ長いキス。

 アーシアを抱きしめて、深く想いを伝えた俺は―――アーシアにキスをし続けた。

 そしてアーシアは次第にその意味が分かったのか、俺を受け入れるように抱きしめ返した。

 

 ―――アーシアにキスをした時、一瞬だけど……ミリーシェの顔が浮かんだ。

 あいつの笑顔。

 嫉妬深くて、馬鹿みたいに俺なんかを一途に想っていて、少し悪戯で、いつも俺は勝てないように飄々としていて、怒らせると怖くて、俺に対してあり得ないほど過保護で……そして誰よりも俺のことを好きでいてくれた女の子。

 今まで、俺は誰かを好きになったことがなかった。

 ……違う、好きにならないようにしていたんだ。

 色々な人に好意を向けられ、それを避けて―――逃げてきた。

 ミリーシェの事が好きな想う気持ちを嘘なんだと思いたくないから……浮気をしているような気がして嫌だったから。

 だけどもうアーシアから逃げたくない。

 こんなにも俺を想ってくれて、受け入れてくれるような……優しいアーシアの好意から逃げたくない。

 それぐらい俺は―――……アーシアを、好きになってしまったんだ。

 ……もう、二度と離さない。

 だから―――

 

「ずっと……傍に居てくれ……ッ」

「―――はい。ずっと、傍に居ますッ!!」

 

 ―――俺とアーシアは誰も居ない校舎裏で、唇を重ね続けた。



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番外編6 デート日和は癒しの少女と

「イッセーさん~!こっちですよ~~~♪」

 

 俺の目の前で、可愛い私服姿のアーシアが俺に手を振りながらニコニコフェイスで前を歩く。

 今日は体育祭の代休で、体育祭が執り行われてから数日が経過していた。

 せっかくの休日ということで俺はアーシアと出かけることにして、今は駒王町からかなり離れたところでデートをしていた。

 ……なんていうか、俺とアーシアがキスをしてからは特に関係性が変わったわけではない。

 元々近すぎるっていうほど仲が良かったのもあるんだけど……ただアーシアは俺に対して異様にキスを求めるようになった。

 一緒に話をしていると、突然目を閉じて唇をキュッと閉めることも少なくなかったりする。

 ……まあそれに応えてしまう俺もどうかと思うけど。

 ともあれ、このデート日和には最適の日に俺とアーシアはデートをしているというわけだ。

 俺はアーシアの隣に駆け寄ると、アーシアは控えめ気味に俺の服の裾をキゥッと握る。

 

「え、えへへ……ちょっと、恥ずかしいです……」

 

 ―――何、この癒しと萌えの生物は……ッ!?

 ホンの少しはにかむアーシアは可愛過ぎるッ!!

 

『うぅぅ……相棒がちょっと元気になったのは嬉しいぞぉぉぉ……うぉぉぉん』

『えぇ、えぇ……やはりアーシアさんは素晴らしいです……ぐす……でも我が子はまだあげません……ッ!!』

 

 ……おいおい、パパさんにママさんや。

 俺を想うことは嬉しいが、泣くなよ……伝説のドラゴンだろ?

 ―――まあ、アーシアが隣にいてくれることが今の俺にとってはすごく安心できることだ。

 こんな風にちょっとした触れ合いが今の俺は恋しい。

 ……ともあれ、のんびりとした休日を過ごしている。

 ちなみに他の眷属の皆にはバレないように朝のランニングの時にアーシアに話したからな。

 バレたら尾行されそうだし、それに黒歌と小猫ちゃんに至っては仙術使えるからな。

 気配察知されてそれで終わりだ。

 

「イッセーさん!見てください!子犬さんが可愛いです♪」

「ちっちゃいなぁ……生まれてすぐかな?」

 

 俺とアーシアはペットショップに入り、気持ち良さそうに眠っている子犬を見てそんな会話をする。

 ……アーシアはもっと可愛いって思っているのは内緒だ。

 そんな感じで子犬を見ていると、すると俺たちの近くに店員さんと思われる女の人が近づいてきた。

 

「すみません、少しよろしいでしょうか?」

「はい?」

 

 するとその店員さんは俺とアーシアに話しかけてきて、アーシアは首を傾げてその店員さんを見る。

 

「その、よろしければ直接この子に触ってみますか?」

「良いんですか?」

「はい。その代わりと言っては何なんですが……店の前のガラスに子犬とあなたたち二人の写真を撮って、張ってもよろしいでしょうか?あまりにもお似合いなもので……」

 

 店員さんは少しはにかんでそう言うと、アーシアは少し恥ずかしそうに俺の後ろに隠れる。

 ……お似合い、か。

 そう言われると嫌な気分じゃないな。

 

「ええ、良いですよ?アーシアも良いよな?」

「は、はい!」

「あ、ありがとうございます!!じゃあすぐに写真の用意をしますので、その間は子犬と遊んであげてください!」

 

 店員さんは大急ぎで子犬を俺たちに渡し、そして店の奥へと用意をするために行ってしまう。

 渡された子犬はアーシアの腕の中で眠っており、心地よさそうな寝息を漏らしていた。

 

「ふふ……可愛いですね。イッセーさんも抱っこしますか?」

「いや、俺は子犬を抱いているアーシアを見るだけで十分だよ」

 

 俺はそう言うと、子犬の頭をそっと撫でた。

 すると子犬は突然、目をパチクリと開けて俺の方を見てきて、そして「くぅぅん」という鳴き声を漏らしながら俺へと飛び込んだ。

 俺はそれを受け止め、そして腕の中で子犬が頬ずりをした。

 

「はぅ……イッセーさんは動物さんに良く好かれますね」

「ああ。昔からなんだよ。近所にいる番犬とかも懐いてくれてさ……そう思えばフィーとかメルとかヒカリとかもか……最近ならアロスとかも」

 

 俺はチビドラゴンズとティアのペットのケルベロスの亜種ことアロスを思い出してそう言うと、アーシアは慈愛に満ちた表情で俺を見た。

 

「きっと動物さんたちはイッセーさんの優しさに本能で気付いているんですよ」

「確かに動物は人よりもそういうのに敏感っていうのは良く聞くけど……」

 

 子犬を撫でながらアーシアと話していると、するとアーシアは俺に頭を撫でられる子犬を見てちょっとだけ羨ましそうな顔をした。

 ……子犬に焼きもちとは、また可愛いことを……ッ!

 俺は少し肩の力を抜いて、そしてそんな顔をしているアーシアの頭を少しだけ撫でた。

 するとアーシアは俺の腕の中にいる子犬と同じ反応をして、少しだけ体を震えさせた……おいおい、子犬と同じ反応って。

 

「ごめんなさい、お待たせしました……って、ふふ。お似合いですね」

 

 するとその場にインスタントカメラを持った店員さんが来て、そんな風なことを言った。

 そして俺が反応する前に一枚、今の状況を撮影した。

 

「これをどうぞ。これは流石に店の前には貼れないので」

 

 すると店員さんはカメラから現像された写真を俺に渡してきた。

 そこにはアーシアの頭を撫でながらも癒されている俺と、気持ちよさそうに頭を撫でられるアーシア、静かに頬ずりをしている子犬の姿があった。

 

「じゃあそこに立って貰えますか?彼女さんは彼氏さんの腕と腕を組んで…………」

 

 そして俺たちは店員さんに言われるがままポーズをとり、そして撮影されるのだった。

 

 ―・・・『STORY 1:フリードのその後』

「ふぅ……ちょっとだけ疲れましたね」

「ああ。まさかあんなに人が集まっているとはな……」

 

 俺とアーシアは繁華街の奥の方にあるテラス式のカフェで一息ついていた。

 あのペットショップの周りには異様に人が集まっていて、それから二人で抜けるのがかなりしんどかったのが本音だな。

 ともかく、撮影してもらって、その写真を一枚貰ってアーシアも満足げな様子だ。

 写真は二枚とも、アーシアのカバンに大事そうに入っていて、アーシアは宝物にすると嬉しそうに言っていたな。

 ……ところでアーシアの胸元には白銀色の鈴と鍵のついたネックレスがついている。

 これは以前の戦いの前にアーシアにお守りとして渡し、既に能力は無くなっているんだけど、何故か消えなかったんだ。

 普通、俺が創った神器は能力を失うか、俺が限界を迎えるとそのまま消滅するんだけど……どういうわけか、あの神器は能力を失っても実体を残している。

 

『恐らくはアーシアさんが禁手に至ったのが原因かと。構造などはわたくしでも不明ですが、微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)が覚醒した時、あの神器は呼応するように光り輝いたので恐らくは……今では装飾物としてでしか機能はしませんが、最もあり得るのはこの仮定が一番だと思います』

 

 神器の奇跡で終わらすのが一番ロマンチックか?

 ……アーシアの力は俺を救ってくれた。

 心も体も、全部。

 ―――俺はアーシアを何があっても守りたい。

 でも俺が命を賭けてアーシアを守れば、アーシアは悲しむ……いや、皆が悲しむ。

 眷属の皆も、ドラゴンファミリーの皆も……俺を想ってくれる人が全員悲しむ。

 そんなの、絶対に嫌だ。

 だから俺は自分が死なないと確信できるほど強くなって、そして皆を守りたい。

 ……俺も、守ってほしい。

 ―――やっぱ、修行あるのみだ!

 

「……そう言えばイッセーさん。あの後、フリード神父はどうなったんでしょうか」

 

 するとアーシアは思い出したように俺にそう言ってきた。

 ……フリードか。

 最後の最後で目を覚まして、そのまま大切な子供たちを救いに行くと言っていたけど、どうなったかは俺も知らないな。

 ただあいつも守るべきものが出来て、ようやく前に進めるだろうから、もう間違った道は通らないはずだ。

 何だかんだで筋が通った奴だからな。

 

「さて、もうちょっとここでのんびり―――」

「ぎゃッ!!!」

 

 ……するとその時、俺たちの席の近くで背の小さな白髪の男の子が足を躓いて倒れ、そしてテーブルの上にあった飲み物のカップが地面に落ちそうになる。

 俺はそれを何とかキャッチするが、少しだけ零れてそれがズボンに付着した。

 ……まあ色が黒色のズボンだから大丈夫だろう。

 それより倒れた子供を助けてあげないと。

 っと、その時だった。

 

「おい、何してんだよ~……あ、申し訳ない…………っすわ……」

「ああ、大丈夫だ………………よ?」

 

 俺はその小さな男の子の保護者と思われる、多少口調が緩い男と顔を見合わせて、つい黙りこくった。

 アーシアはその姿を見て目を見開いて驚いている。

 

「……お、お久~~~、げ、元気してた?」

「お、おう。お前も元気そうで何よりだな……フリード」

 

 ……そう、そこには普通の男子学生が着るようなお洒落な恰好の、苦笑いをしながら挨拶をしたフリード・セルゼンがいた。

 ―――ってなんでこんなところに!?

 話題に出てたからっていくらなんでもタイミングが良すぎるだろ!?

 

「フリーにいちゃん。どうしたの?」

「ふ、フリードお兄ちゃん……ひ、一人にするのは止めてよぉ……」

 

 するとその後ろからは更に二人の女の子……両方とも白髪で、フリードと同じだ。

 一見すると普通に兄弟のように思えるな。

 っと、そうじゃない!!

 

「……とりあえずその男の子を助けよう。話はそれからにしよう?」

「そ、そうっすね……ってことでさっさと起きるべしッ!」

 

 するとフリードは倒れている男の子の脇を掴んで立たせ、溜息を吐きながら転んだことで泣いている男の子の頭を撫でて泣き止ますのだった。

 ……ちなみに転んだ際に出来た傷はアーシアの力で治したのだった。

 

 ―・・・

 現在、俺とアーシアの席にはフリードが同席していた。

 フリードの連れていた三人の子供は遊具エリアで遊んでおり、そしてフリードは運ばれたココアを飲んで一息ついた。

 

「まあ結果論、救えたんですわ。ぎゃはは」

「随分あっさりだな、おい」

 

 俺はフリードにツッコみを入れつつ、若干呆れる。

 ……でもそんな簡単な話じゃないんだろうな。

 フリードの頭には包帯らしきものがあり、たぶんそれは体中に巻かれている。

 白髪と髪が長いから分かりにくいけどな。

 

「……まあ口で言うほど楽じゃなかったんですけどねぇ。とりあえず傷は負っちゃったけど、ぶっちゃけイッセーくんに殴られた跡が一番ヒリヒリしますわ、ひゃはは!!」

「ふ~ん……まあ謝らないけど」

「謝らなくて良いっすよ~。俺様、誰かに謝られるほど良い人間じゃございません♪…………まあ、あいつらの笑顔を見てたら、それも良いかなとか思っちゃってるけどねぇぇぇ……」

 

 フリードは遊具エリアで無邪気に遊ぶ子供たちを見て、少し優しそうに目を細めた。

 

「……フリード神父」

「アーシアちゃん、俺に神父とかナンセンスだぜ?それに君を傷つけたしねぇ……罵詈雑言の数百位は受けるよぅ?」

「……必要ないです。昔はどうであっても、今のフリード神父……フリードさんは良い人って分かりますから!」

「……ったく、相変わらず甘ちゃんだこと」

 

 フリードはココアを飲みながら、そう毒づく。

 

「それよりも子供の数があの写真よりも少し少ないけど、どうしたんだ?」

「今はガルドの爺さんが二人を見てますわ。残り二人はガルドの爺さんの錬金術に興味津々でね~~~……俺のアロンダイトエッジさんもこんな風に収納できちゃう位に改造するほど優秀ですからのぉ♪」

 

 するとフリードは手首に巻かれた剣の形をしたブレスレットを指してそう言った。

 聖堕剣・アロンダイトエッジ。

 太古の昔に堕ちた聖剣として廃棄された聖剣・アロンダイトの欠片を集め、更に稀代の錬金術師、ガルド・ガリレイの手によって生まれた世界初の人の手による聖魔剣。

 それがアロンダイトエッジだ。

 そしてそれの担い手がこのフリード・セルゼン。

 俺も相当手こずったほどの力を有している戦士だな。

 

「……結構、死んじまったんすよね。第二次聖剣計画で」

 

 するとフリードは少し悔しそうにそう呟いた。

 それを俺とアーシアは黙って聞く。

 

「あの実験ではまず最初に専用の薬を投与され、副作用で髪の色素が抜けるんですわ。それから聖なる力と魔の力に適応するなんて馬鹿な考えで実験を続け、そして―――大抵が死ぬ」

「……最強の聖魔剣とその担い手を創る計画、だっけ?」

「そうですわ……まだ俺が介入したタイミングはマシだったぜ。ガルドの爺さんは一歩間違えれば全員死んでたっていうくらいだからねぇ」

 

 ……そう言えばガルド・ガリレイはフリードと同じで一度悪に堕ち、そこからまた這い上がった人だったな。

 会ったことはないけど。

 

「元々、七本のエクスカリバーの原型を創ったのはガルドの爺さんだぜ?それをバルパーの糞が掻っ攫って、自分の手柄にしようとしたんだから、迷惑な話だぜ―――あ、俺も迷惑か?ひゃははは!」

「相変わらずうるさい奴だな、お前は」

「ははは、それが俺様のアイデンティティーだぜ?うざくて、面倒な男、フリード・セルゼンとは俺の―――」

「フリードお兄ちゃんもあそぼ……?」

 

 するとフリードの台詞は俺たちの席の近くに来ていた、気弱そうな女の子によって遮られた。

 その女の子はフリードの手を恥ずかしそうに握っており、顔は真っ赤―――ああ、なるほど。

 ちょっとした子供心と恋心が混じった感じか。

 

「ああ、もう邪魔すんだよぉぉぉ!!今、せっかくカッコよく決めてたのに!!」

「いや、安心しろ。一切カッコよくなかったから」

「……うそん?」

 

 フリードは俺の言葉にがっくりしながら肩を落とす。

 

「ふ、フリードお兄ちゃんはカッコいいよ?」

「Oh、マイエンジェル♪このこの~~~♪」

 

 するとフリードはテンション高めで照れ屋な女の子を高い高いした……あいつ、地味に面倒見が良いな。

 するとアーシアは少し感心する目をしていた。

 

「す、すごいです、イッセーさん。人って、変わろうと思えばあんなに変われるんですね!」

「うん、アーシアの中のフリード像は酷いものだろうから気持ちは分かるよ。うんうん」

 

 俺はうんうん頷きながらその微笑ましい光景を見ていた。

 ……傷つきながらも大切な存在を守ったフリード。

 子供たちからしたらあいつはヒーローだ。

 俺だってそう思う―――きっとあいつは、これからもふざけた口調で何だかんだであの子たちを守っていくんだろうな。

 

「さてさて……そろそろ帰らねぇとガルドの爺さんが煩そうだから、帰ることにしますわ―――これ、一応連絡先ですわ」

 

 するとフリードはどこからか出した紙切れを俺に渡してきた。

 そこには魔法陣らしきものが描かれている。

 

「まあ必要ないとは思うけど、何かあったら呼べば一回くらいは駆けつけてやるぜ。一応目を覚まさせられたお礼ってことで」

「……ああ。遠慮なく貰っておく―――お前も本当にヤバいときは俺を呼べ。そしたら必ず駆けつけるから」

「…………真っ直ぐに言うのは相変わらず、ってことだねぇ……ま、頭の隅にでも追いやっておくっすわ」

 

 フリードは薄くニヤッと笑うと、俺とアーシアに背を向けた。

 ……っとそこでもう一度振り返る。

 

「それとデート中にお邪魔してごめんなさ~い♪―――くれぐれも、英雄には気をつけるっすよ、悪魔たち~……じゃ、アディオス♪」

 

 フリードはそれだけ言うと、手をピラピラと振りながらそのまま子供たちの方に歩いて行った。

 ……なんというか、食えない奴だな。

 にしても英雄、か―――確か先日、ヴァーリが俺たちの前から去るときにも英雄派には気をつけろって言っていたよな。

 

「なんていうか……嵐のようなお人ですよね、フリードさんって」

「ああ。しかもめんどくさい台風みたいな奴だよ―――あれだ。微妙な強風を長時間かけて移動する台風みたいな?」

 

 ……うわ、想像しただけで面倒過ぎるな、それ。

 俺は少し嘆息してテーブルに置いてあったカップを手に取り、その中の紅茶を飲むのだった。

 

『ご主人様、お電話だにゃ~?早く要件すましてにゃんにゃんなことをするにゃん~~~♪♪』

 

 ―――っと、その時、俺のポケットに入ってる携帯電話が奇妙な音声を流した。

 ……きっと黒歌が勝手に変な着信音に変えたのだろう。

 つかにゃんにゃんな事ってなんだよ、おい!

 

「い、イッセーさん?く、黒歌さんとそんな……」

「あ、アーシア?大丈夫だからな!?黒歌とにゃんにゃんとかしないからな!?されることだって……」

 

 涙目のアーシアにそう言い訳するも、後者は完全に否定することが出来ないのだった……だって、黒歌は常に俺の貞操を狙って来るもんッ!!

 バレないように媚薬入りの飲み物を飲まされたのは数えきれないほどだよ、チクショー!!

 

『……なら渡されたものを食べなければ』

 

 バカヤロー、ドライグ!!

 黒歌の涙目+上目遣いに勝てるわけねぇだろ!

 

『……まあそれも主様ですものね。ふふふ』

『甘ちゃんだが、それこそ我らが子というわけか……儚く辛い運命だ』

 

 ……二人のドラゴンを無視して、俺は着信に応答する。

 どうやら連絡相手は松田のようだった。

 

『お?もしもし、イッセーか?今、俺と元浜はカラオケに来てるんだけど、お前もどうだ?』

「カラオケ?………………悪い、ちょっと今日は遠慮しておくよ」

 

 俺はチラッと横目で紅茶を飲むアーシアを見てそう答えた。

 今日はアーシアとのデートだからな。

 ……うん、松田と元浜には悪いけど、この埋め合わせはまた今度しよう。

 

『そっかぁ……最近、イッセーはちょっと様子がおかしいと思ってたから気分転換になればと思ったんだけどな』

「……松田」

『まあ良いや!ところで電話口は結構騒音が聞こえるんだが……外にいるのか?』

 

 すると松田は俺が外にいることに気付いてか、そう聞いてきた。

 まあ繁華街だから周りの音は聞こえるか。

 

「ああ。ちょっとしたお出かけだよ」

『………………まさか―――デートか?』

『な、なにぃぃぃぃ!!!?松田氏、それはどういうことだぁぁぁ!!!』

 

 すると松田の声とは違う絶叫のような声が電話口から聞こえる……ッ!!

 声がデカい、元浜!!

 ……まあ確かに休日でお出かけって言われたら嫌でも気付きますよね。

 仕方ない、白状するか。

 

「ま、アーシアとお出かけが正解だよ。で?要件はまだ?」

『くっ!まさかそこまで素直に白状するとはッ!!えぇい、イッセー!!せめてアーシアちゃんに電話を代われ!!』

「なんでそんな……」

『良いから変わるんだぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 ……松田の怒りの声音につい負けて、俺は携帯電話をアーシアの方に渡してしまう。

 ―――おい、今の叫び、コカビエルの断末魔や叫びよりも怖かったぞッ!!

 

「あ、アーシア?ちょっと電話を代わってもらえるか?」

「あ、はい」

 

 アーシアはキョトンとした表情で俺から電話を受け取り、そして通話を開始する。

 アーシアはその相手が松田ということが分かると少し微笑んで、何度か頷いた。

 

「はい、はい……はい、分かりました。了解です……いえ大丈夫です、イッセーさんが一緒なんですから……え!?そ、それは……はい。この前体育館裏で……その、イッセーさんの方から…………えぇ!?そ、それは―――」

「はい、ストップ!!アーシア、電話パス!!」

 

 俺はアーシアが呟いていた単語で嫌な予感がして、アーシアから電話をもぎ取り再び電話口に耳を当てる。

 

『それでアーシアちゃん!イッセーとはもうあれの一線を越えてしまったのか!?あのイッセーがキスしただけでも驚きなのに!?』

『うぉぉぉぉぉんん!!我らが童貞同盟がぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 ―――さて、どんな説教が必要かなぁ?

 こいつら、アーシアから何を聞きだしたんだろうねぇ……さて

 

「―――松田さん?元浜さん?ねぇねぇ、この声誰か、分かるかなぁぁぁぁ?」

『『ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいい…………ッッ!!!!??!?』』

 

 俺のどす黒い声音で松田、元浜は電話越しでも分かるほどに驚き、恐怖する。

 今のは若干魔力で恐怖感を出させたんだけど……ははは。

 驚くことはないじゃないか。

 

「おいおい、親友の声でそんな化け物を見た、みたいな叫び声は止めてくれよ―――なぁ?」

『お、お、お、おうッ!!と、と、友達じゃないか、俺たち!!そう、イッセー、マイフレンド!!』

「そうか、そうか―――次の登校日、腹に鉄板仕込んでおけよ」

 

 俺がそう言うと二人からは更なる断末魔。

 俺はそれを無視して通話を切り、ついでに電源までオフにする。

 ―――さて、次会った時は殺そうか。

 うん、それが世界のため、学園のため……そのためならこの手を血で汚してやろう。

 

「い、イッセーさん……ほどほどにしてあげてくださいね?」

「あはは、アーシア。何を言っているんだい?この俺がそんな親友(仮)を殺すわけないじゃないか」

 

 うわ、すっげぇ嘘くさい言葉だなぁ……まあとりあえず今は忘れておいてやろう。

 ……だけどやっぱりあいつらも俺の心配をしてたんだな。

 

「……そういえばイッセーさんはどうして松田さんや元浜さんとあんなに仲が良いんですか?」

 

 するとアーシアは俺の顔を覗き込んで、不思議そうな表情でそう尋ねてきた。

 ……まあ考えればそうだよな。

 松田と元浜といえば覗きの常習犯にして、学園からは野獣やら変態やらのレッテルを貼られている……まあ自業自得だが。

 俺は……まあ自分でいうのはあれだけど松田や元浜と仲良くするタイプではないと周りからは見えるだろうな。

 基本的に学校生活は真面目な方だと思うし、そんな嫌がることもしていないつもりだ。

 ―――だけど俺は自信を持ってあいつらを親友と呼ぶ。

 掛け替えのない大切な友達だ。

 

「そうだな……前の北欧旅行の時にさ、聖剣計画の事を話しただろ?」

「はい……セファさんやジーク君、エルーちゃんを救ったお話ですよね……」

 

 そう、聖剣計画で俺が何とか救えた三人。

 逆に言えば三人以外を助けられなかったということで、俺はそれをずっと後悔していた。

 

「そう。当時はまだ俺は子供だったからな……目の前で死を目の当たりにして、守れなかったことに対して絶望して……誰かと関わり合いを持つことを止めた時期があったんだよ」

「―――ッ!?」

 

 アーシアは俺の言葉に目を見開いて驚いた。

 ……そう、聖剣計画についての俺の後悔は昔に解消したどころか、今でも残っている。

 祐斗との出会いでかなり扶植されたけど……少なくとも当時はそんな割り切ることが出来なかった。

 

「そんな俺の馬鹿な時代にさ―――松田と元浜に出会ったんだ」

 

 ―・・・『STORY 2:親友の条件』

 子供の時代の俺は……何ていうか、割と浮いた存在だった。

 普通の同級生よりも色々なことが出来て、落ち着いていて、何でもそつなくこなせた。

 もちろん俺の精神は子供ではなかったから、当然と言えば当然だ。

 それでも不審がられないようにある程度の加減をしていた……でも一度だけ、それをしなかった時期があった。

 それが聖剣計画に関わった後の事だった。

 俺は聖剣計画の事件から少し経って日本に戻った。

 日本に戻るとまずは新しい学校に転校ということになり、当時の俺の年齢は10歳で、小学校4年生だった。

 まあそんな時期の転校ということもあり、俺は結構注目されたわけ……だけど、俺は誰とも仲良くしたくなかった。

 ……聖剣計画で目の前で何人もの人の死を見て、精神が多少摩耗していたって言い訳したら良いだろうか。

 目の前で何人も子供が死んでいって、しかも俺に「ありがとう」と言ってきた顔を思い出すと、俺はどうしても同じ子供たちに笑顔を見せることは出来なかった。

 仲良くしようと思う気もなかったし、それに……俺は友達を変な意味で解釈してしまったんだ。

 仲良くなって、大切になって……そして目の前でその大切を失えば、どんなに悲しくて苦しいだろうか。

 そう思うと……誰とも仲良くしたくなかった。

 初めの方は俺に話しかけてくれる子たちもいたけど、冷たい態度を取っていたら次第にその荒波も小さくなって行ったよ。

 誰とも自分から話そうとせず、冷たい態度ばかりを取る。

 子供心では詰まらないだろうな。

 俺も思うよ―――周りからしたら事情も何も知らないんだから、怒って当然だ。

 …………でも、そんな俺に構いもせず話しかけて来る奴がいた。

 

「なあ!兵藤!!今日、一緒に野球しようぜ!!」

「いやいや、ここはインドア派でゲームの一択だ、松田!!」

 

 ―――松田と元浜だった。

 あの二人はどれだけ冷たくあしらっても、どれだけ突き放してもいくらでも引っ付いてきた。

 口を開けば遊ぼうぜ、一緒に帰ろうぜ……どれだけ拒否をしてもあいつらは俺に話しかけてきた。

 

「……興味ない。俺は良いから二人で遊べばいいだろ?」

「んな冷たいことを言うなって!!ほら、立てよ!!」

 

 松田は今とは比べ物にならないほどの爽やかで無邪気な笑顔を向けて来るものだった。

 ホント、今のあいつにあの当時の顔を見せてやりたいくらいだ。

 ……俺はあいつらに無理矢理連れまわされて、その度に一緒に遊ばされた。

 もう強引過ぎるぐらいだ。

 朝学校に来れば一番に二人して俺のところに来て、帰るときは遊んで帰ろう。

 昼休みはサッカーをしようだの、野球をしようだの……当時は戸惑った。

 昔の俺は本当に冷たくて可愛げのない餓鬼だったから……大抵の奴は俺のことを嫌がっているみたいだし、こそこそ悪口を言われているのも知っていた。

 それが当たり前で、それを望んでいた節もあった―――嫌われるなら、それで良かった。

 だけど松田も元浜も、それでも俺に毎日笑顔で関わり合ってきた。

 俺はそれを次第に受け入れようとしていたんだ。

 ……だけど、子供って奴は結構残酷だ。

 今まで自分たちがどれだけ話しかけても何の反応も示さなかったのに、何で松田や元浜とは普通に接するんだって。

 しかも俺は面倒なことに成績だけは優秀だったから、ある意味で嫉妬の的だったんだ。

 松田は運動出来たけど頭は残念で、元浜は勉強は出来たけど運動音痴だ。

 ……ちょっとずつ、クラスメイトは俺が誰かと仲良くするのを目の敵にした。

 話はそこから始まる―――……

 

 ―・・・

「おい、イッセー!今日は走り高跳びで勝負だ!!絶対負けないからな!!」

「いやいや、松田氏。ここは知能戦で将棋だ!」

 

 松田は俺の前で不敵な笑みを見せて、そんなことを言ってきた。

 正直、面倒だった。

 俺は誰とも仲良くしたくないのに、松田と元浜は好き勝手に近づいて色々遊びたがる。

 ……そんなに遊びたかったら、他のクラスメイトと遊べば良いのにな。

 

「……ホント、鬱陶しい……私達の誘いは無視する癖に……」

 

 ……その時、俺にワザと聞こえるように陰口が叩かれる。

 それにも慣れたものだな。

 でも気にならない……だって俺は……

 

「もういい。俺、図書室行くから」

 

 俺は盛り上がる松田と元浜を置いて、一人席を立った。

 陰口を言われるのは結構だけど、流石に聞いてやるほどの精神力は俺にはない。

 だからこういう時は静かな図書室に行けば良い。

 

「お、おい!待てよ!!俺もちょっとエロい本見たいから!!」

「俺は元々インドア派だから図書室の選択は安定だな」

「……なんでついてくるんだよ」

 

 俺は何だかんだでついてくる二人にそう言うと、二人は満面の笑みを浮かべて……

 

「「そりゃあ、友達だからな!!」」

 

 ……そんなことを恥ずかしげもなく言ってきた。

 本当になんなんだろう、この二人は。

 俺は―――別にこいつらと仲良くしたいためにここにいるんじゃない。

 本当なら……大切な人を守るために、力をつけたいところなのを我慢してここに来てるんだ。

 大切な人が増えたら、守る対象が増えたら……また失ってしまうかもしれない。

 あの時の……守れなかった子供たちのように。

 だから友達なんて要らない。

 俺は一人で良い。

 父さんと母さんだっているし、リヴァイセさんや助けた三人だっている……イリナだって友達だ。

 これ以上……繋がりなんて要らない!

 

「別に俺は友達とか言ってない」

「良いの!俺はイッセーを友達って思ってるから!!」

「ふふ、俺は親友と思っているぞ?松田よ」

「なっ!なら俺も親友だ!!」

 

 ……そんな風に勝手に言い合いを始める二人を放って、俺はそそくさと図書室に向かう。

 っとその途中、俺の横を上級生と思われる5人組が通った。

 そいつらは少しガラが悪そうで、俺にワザと肩をぶつかってくる。

 ……そして俺が若干ぶつかったことに対してお辞儀すると、俺を肩を掴んできた。

 

「いってーな!!前見てあるけよ!!」

「……謝ったけど?」

「ちっ……お前、下級生の分際で上級生に対して生意気だぞ!!」

 

 何か勘違いしているみたいだけど、当たって来たのはあちらの方だ。

 でも上級生は俺を取り囲んで何か色々文句を言って来る。

 図書室に行くためには上級生の教室を通らないといけないわけだから、面倒だからさっさと通りたかったのにな。

 

「それで?俺はあんたたちにもう一回謝れば良いの?はいはい、ごめんなさい……次からは気をつけるから」

「はぁ!?ふざけんなよ!!なんだ、その態度は!!」

「だから謝ってる。当たったのは俺も悪いから」

 

 ……ホント、面倒。

 何でこう、俺は昔からこういう面倒な奴に絡まれるんだろうな。

 でも何かここで下に出るのは嫌っていうか……まあ殴りかかってきたら向こうが悪いから良いか。

 ―――っと、その時だった。

 

「―――イッセー!!お前が謝る必要なんかない!!」

「―――そ、そうだ!!明らかにわざと当たってたよ、そいつら!!」

 

 ……その時、松田と元浜が少し怖がりながらも上級生にそんなことを言った。

 そのせいで上級生の死線は俺から松田と元浜に移動する―――馬鹿が!

 んなことしたら相手の矛先がお前らに向くだろ!!

 

「ああ?何々、こいつのお友達?ああ、それはそれは勇敢なことで!!」

「うるさい!!お前ら、イッセーを苛めると許さないぞ!!」

 

 松田は上級生に負けじと、怒りの表情でそう喰いかかる……けどそれによって上級生は更に怒りがヒートアップした。

 松田の胸倉を掴んで、殴ろうとする―――なんですぐに手を出すんだよ、糞が。

 俺はその拳を掴んで、そのまま握り潰す勢いで握った。

 

「い、いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?て、てめぇ、何すんだ!?」

「あんたらが用があるのは俺だよね?それにこいつら、別に友達でもないクラスメイトだから……おい、早く自分の教室帰れよ」

 

 俺は松田と元浜の前に立って若干後ろを向いてそう言うと、すると松田と元浜は俺に何かを言いたげだった。

 ……早く戻れよ。

 

「悪いのはこいつらだろ!?イッセーは何も悪いことしてないだろ!!」

「そんな頭の悪そうな連中、いつも通り無視すればいいじゃん!!」

 

 ―――なんでもう、そんな火に油を注ぐようなことを言うかな!?

 予想通り上級生君たちは怒り心頭で、いつでも喧嘩出来そうな感じになってるし!!

 こんな奴ら、本気何て出さずともボコボコに出来るけどさ!

 

「よし、決めた……お前ら、礼儀のなってない下級生に勉強って奴を教えてやるぞ!!」

「まじふざけんなよ!」

 

 ……次第に辺りのギャラリーが増えていく。

 そりゃあ傍から見たら下級生を複数で虐める上級生なんだから、悪いのは明らかに向こうだ。

 ただあの5人組は上級生の中でも上の方で罵っている馬鹿どもだから、誰も文句は言えないのかな?

 誰も非難の目線を送るだけで、止めに来ない。

 ……そう思えば、この馬鹿二人はすごいんだろう。

 上級生に自分の意見を言えたんだから……でもそういうのは本当に友達を救うのにした方が良いよ。

 俺はお前らの友達になる資格なんか無いから。

 

「―――はぁ。あんたら分かってないの?」

 

 こうなった以上、全ての怒りを俺にぶつけさせるしかない。

 

「俺よりも二年も長く生きてるのに、五人で一人の下級生を上から罵って、挙句殴ろうとしてる―――馬鹿じゃないのか?道徳を習わなかった?そんなことしてると浮いちゃうよ?」

 

 出来るだけ馬鹿にして、こいつらの怒りの矛先を俺に向けさせる。

 大方、暴力でしか全てを解決できないタイプの奴だからな。

 口では負けないし、それに―――これなら松田と元浜は傷つかないはずだ。

 今まで俺に強引だけど仲良くしようとして来たから……一応助けないと寝覚めが悪い。

 

「そもそもこうなっている以上、怒られるのはあんたらだよ?上級生を下級生が虐める、当然このギャラリーの数だから言い訳は出来ない―――分かったらさ、さっさとそこ、どいてもらえる?俺は早く図書室に行きたいんだけど」

「な、な、な、なっ!!!!!」

 

 よし、これで俺が一発殴られれば悪いのは完全に向こう。

 ……いや、元々俺が口が悪かったのが原因だけどさ。

 まあ生意気聞いたお礼に一発位は殴られてやる。

 どうせ子供のパンチだ―――鍛えているから、痛くもない。

 上級生のリーダー格と思われる奴は腕を振りかぶって、そしてそれを―――

 

「―――い、イッセーを苛めるなぁぁぁぁ!!!」

 

 振りかぶると思った時、俺の後ろから運動音痴の元浜がリーダー格の男にツッコんでいき、体当たりをするッ!!

 それで上級生の一人は体勢を崩して倒れた。

 ―――何やってんだよ、元浜は!!

 お前はそんなキャラじゃねぇだろ!!

 すると俺の前に松田が立った。

 

「ふざけんな!!イッセーを殴るんなら俺が相手だ!!」

 

 ―――あぁぁ、何でこう!こいつらはそんなに俺を友達にしたいんだよ!!

 こんなに突き放されてるなら察せよ!

 せっかくお前らを逃がすチャンスを作ったのに……くそ、面倒くさい。

 もうあれか?こいつらを俺が一方的にボコボコにして俺だけの責任にするのが早い。

 

「おい、お前らどけ。俺が―――」

「うっせー、分からず屋!!何俺たちを守ろうとしてんるんだよ!!別にお前がそんなことをする必要ないだろ!!」

「そ、そうだぞ、イッセー!お前は悪くないんだから、いつもみたいにふんずり返れよ!!」

 

 俺の言葉を遮る松田と元浜―――少しだけイラッとした。

 これは子供心って言った方が良い……単純に、俺がこいつらを逃がそうとして頑張ってんのに、それを理解しているくせに俺を庇うこいつらにちょっと嫌気がさした。

 こいつらが正しいことは俺が良く分かってる―――そんな良い奴だからこそ、俺は俺の傍に置きたくない。

 

「ああ、もう鬱陶しんだよ!!俺にくっつくな!!そんな集まることしか能がない奴らに俺が負けるわけないだろ!!さっさと消えろよ!!」

 

 つい、感情的に俺は松田と元浜にそう言い放った。

 俺の怒号が廊下に響いて、そして松田と元浜は一瞬だけ顔を見合わせて、そして―――泣いた。

 ………………………………何やってんだ、俺。

 松田と元浜は涙を流して、そしてその場から走り去る。

 この空間に漂う異様な空気―――俺は馬鹿か。

 何を子供みたいに怒って、何も悪くない松田と元浜に当たってんだよ。

 ……今のは、普段から悪口や陰口を言われている対する鬱憤やストレスも入ってた。

 それをこんな俺に普通に接してくれるあいつらに……糞が。

 

「あぁぁ、久しぶりに頭にきた―――おい、上級生」

「な、なんだよ!!」

 

 年が上とか、そんなもの関係なく一瞬俺に対して恐れるような顔をする。

 俺は一歩、そいつらに近づくと上級生は一歩、後ずさりをした。

 

「俺はさ……図書室に行きたいだけだったのにさ―――ホント、何やってくれたか分かってるのか?なあ―――なぁ!!!!」

 

 俺は半分八つ当たりのように叫ぶと、それに圧倒される上級生。

 ……俺は神器を宿しているからか、非常にこういう叫びや威嚇だけで殺気のようなものが相手に放てる。

 だから高が子供ならそれだけでビビらせて、何も出来なくさせることだって不可能じゃない。

 俺の語尾を非常に大きくした叫びは完全に上級生たちの心を折って、俺はそれを横目で見ながらため息を吐いた。

 

「もし松田と元浜……あいつらに変なちょっかいをしてみろ―――二度と笑えないようにしてやる」

 

 俺がそれを言ってやると、ぶんぶんと首を縦に振る上級生。

 ……俺はそれを無視してそのまま図書室に向かう。

 ―――ああ、これは本当にやってしまった。

 そう思いつつ、俺は好奇な視線を受けつつ図書室に向かった。

 ……ただ松田と元浜が泣いたのは、俺の胸に結構な勢いで突き刺さった。

 

 ―・・・

 その日の放課後。

 珍しく松田と元浜は俺の周りに来なかった。

 それとは別に今まで俺の悪口を言っていたクラスメイトが一気に寄って来た。

 

「ね、兵藤君!!あの嫌な上級生を泣かせたって本当!?私達もあいつらうざかったんだよね!!!あ、一緒に帰ろ?ずっとお話したかったんだよ!!」

「おい、俺の方が先だろ!?兵藤!!今日皆でドッチボールするんだけどお前も来いよ!!お前の武勇伝を聞かせてくれ!!」

 

 …………どうやら俺が圧倒した上級生は下級生に凄まじく嫌われており、それは風の噂で俺が泣かしたと知れ渡ったそうだ。

 それのせいでさっきから今まで俺に陰口を叩いていたクラスメイトが俺に近づいてくる……なんでこうなるんだよ。

 俺は横目で松田と元浜に視線を送るが、そこには既にあいつら二人の姿はない。

 ―――チクリ、とほんの少し胸に痛みが走った。

 ……何、ちょっと悲しんでんだよ。

 自分でやったことだろ―――そうだ、俺の近くにいるからって良いことなんてない。

 あれで良かったんだ……きっと。

 俺はそんなことを思いつつ、適当にまとわりつくクラスメイトを対処して、そして荷物を持って帰るのだった。

 …………………………そう思っていた矢先、通学路の河原の近くで松田と元浜が俺を待ち伏せしていたのだった。

 

 ―・・・

「何だよ、話って」

 

 俺は河原の近くで待ち伏せしていた松田、元浜を前にして、河原の川沿いで二人を見る。

 少しだけ涙の跡があり、そしてその顔はかなり怒った表情だった。

 ……まあ怒られるのは当たり前だな。

 これは一発位殴られるのは我慢して―――

 

「「ごめん!!さっきはお前をおいてあそこから逃げて!!!」」

 

 ―――は?

 こいつら、何を言っているんだ?

 

「そのさ……イッセーにあんな風に言われたのがちょっと悲しくて……でもあれは俺らを助けるために言ってくれたんだよな?ごめん!!勝手に逃げて!!」

「すまない、イッセー!!一発殴ってくれ!!あの状況を悪くしたのは俺だから!!」

 

 ……俺に頭を下げる松田と元浜に、俺は不意に怒りみたいなものが生まれた。

 もちろん二人に対する怒りじゃなくて―――自分に対する怒り。

 

「なぁ?言ったよな、俺……お前らの事、鬱陶しいって」

「ああ、それがどうした?いつもくっ付いてるから当たり前だろ?」

 

 松田はあっけらかんとそう答える。

 

「でもな、俺も言わせてもらうぜ―――さっきのお前、カッコ悪いんだよ!!」

 

 すると松田は俺に向かってそう言ってきた。

 その隣の元浜はそれに続けて言う。

 

「なんだよ!イッセーはいつもなんでもクールにこなして、あんな奴ら相手にしないだろ!!なんであんな奴らにすぐに謝るのだ!!カッコ悪い!!いつもみたいに無視しろよ、馬鹿!!何ビビってるのだよ!!」

「はぁ!?ふざけんな!!ビビッてねぇよ!!あんな奴ら、俺が相手にするわけねぇだろ!!そもそもお前らが余計なことを言わなければこんなことにはならなかったんだよ!!」

 

 俺はつい頭が来て、松田と元浜にそう当り散らした。

 

「うるせぇ!!友達助けたくて何が悪い!!」

「それが有難迷惑なんだよ!!ふざけんな!!」

「イッセーこそふざけるな!!俺たちは友達になりたいんだよ!!いつもいつも俺たちを無視して!!」

 

 元浜は俺の胸倉を掴んで、そして―――俺の頬を殴った。

 それを実感して、俺の頭の冷静さがブチッと切れる。

 

「んだよ、それ!!俺はそれが嫌でお前らを相手にしてねぇんだよ!!それなのに!!」

「うるさい!!俺らはそれでもイッセーと仲良くしたいんだよ、チクショー!!!」

 

 松田もついにぶちぎれて、俺に殴り掛かってくるッ!!

 俺は殴られて、そして松田と元浜を殴り返した!

 

「ああ、もう良い!!喧嘩だ、おらぁ!!」

 

 松田と元浜は二人掛かりで俺を殴ってくる。

 俺はそれを避けることも忘れ、そして松田と元浜を殴る。

 それを何度も何度も続け、それこそ子供のような喧嘩を続けた。

 

「一人でカッコつけるな!!この馬鹿!!」

「カッコなんかつけてねぇよ!!いつもいつもエロいだと何だの言ってきやがって!!迷惑だっての!!」

「迷惑で何が悪い!!友達は迷惑かけるものだろう!!」

 

 お互い顔を腫らせて自分たちの文句を言い合い、そして殴り合う。

 今までの鬱憤を、文句を……俺たちは言い合いながら喧嘩した。

 殴られて、殴り返して……大人が止めに来ようと俺たちは止めないだろう。

 

「迷惑かけたくねぇんだよ!!だから友達なんかもういらない!!お前らはもっと良い奴と友達になれよ!!」

「お前だって良い奴だろ!!」

 

 すると松田がそう言って、俺の頬を拳で貫いた。

 俺はそれを受けて、松田を見る。

 

「俺、知ってるんだぞ!お前がいつも誰もやりたがらないことを一人で黙ってしてるの!!花瓶の水替えとか、帰りに暴れたせいで乱れた机を並べなおすとか!!」

「それに下級生を上級生から助けていただろう!!前に!!そんな良い奴なのにどうして俺たちと仲良くしてくれないんだよぉぉぉ!!」

 

 次は元浜の拳が俺に加わるも……俺は違うことを考えてた。

 ……こいつらは、俺の知らないところで俺を見ていたんだな。

 わざわざこんな喧嘩をしてまで俺と友達になろうとする―――ホント、ふざけたくらい良い奴らだよ。

 なら―――

 

「―――うるさい!!仲良くしたいに決まってんだろ!!!」

 

 俺は松田と元浜を同時に殴った。

 それによって二人は地面に飛ばされて、でも俺は二人に近づく。

 

「なんだよ、それ!!何でそんなことまで知ってんだよ!!俺は……俺は!!友達が傷つくのを見たくないから、だから!!」

「うっせぇ!!傷ついたらお前が守ってくれれば良いだろ!!黙って友達になれよ!!」

「いい加減にしろ!!」

 

 …………俺たちは倒れるまで喧嘩し続けた。

 初めて、本音を言い合えた気がした。

 分かったんだ、こいつらが俺に喧嘩をしてまで友達になりたい理由が。

 理由……なんて初めから無いかもしれない。

 ―――友達になりたいことに、理由なんて要らないから。

 

「はぁ、はぁ……ったく、なんだかな―――お前ら、しつこ過ぎ」

「う、うっせぇ……ああ、痛いなぁ……これ、母ちゃんに怒られるぞ」

「ま、松田氏よ……眼鏡割れたけど、どうしよう……」

 

 俺たちは河原の芝生付近で三人倒れながら、そんな軽口を交わした。

 元浜の眼鏡は喧嘩のせいで割れている。

 ……ああ、久しぶりに本音言ったかもしれない。

 ってか子供相手に喧嘩って……俺も体は子供だけどさ。

 

『……偶には良い。もう友と認めてしまえ―――本当はもっと前から認めていたのだろう?相棒』

『ふふ……主様も子供らしい心が残っていたのですね―――嬉しく思います』

 

 ……俺の中からドライグとフェルがそんなことを言って来る。

 ―――ははは、ったく。

 俺は上半身だけを浮かして、松田と元浜を見た。

 

「ホント、お人好しだよな、お前ら」

「お前に言われたくない、イッセー」

「全くだ」

 

 すると松田と元浜は少し笑って、そして―――

 

「拳で語り合ったらもう友達って、どっかの漫画で言ってたぞ?」

「なら俺たちももう友達だろう?イッセー氏よ」

 

 松田と元浜はニヤッと笑ってそう言うと、俺は首を横に振った。

 二人はそれで表情を崩しそうになるが、俺はそれに間髪入れずに―――

 

「拳で語り合えるのは―――親友の間違いだ。仕方ないから親友になってやるよ……松田、元浜」

「「ッッッ!!」」

 

 俺の言葉に二人は驚愕しつつ、二カッと笑う。

 俺は一人立ち上がり、そして二人に手を差し伸べた。

 

「さっさと帰るぞ。まずお前らの親に俺から謝って、そんで―――一緒に遊ぼうぜ」

「お、おう!!野球、サッカー!!今までお前が無視してたの全部やらせるぞ!!」

「俺もゲームを溜めているのだ!!いっそ今日は泊まって行け、イッセー!!」

 

 俺と松田、元浜はそんな会話を交わしつつ、帰路に立つ。

 既に辺りは夕方で、俺たちの背には夕陽が出ており、辺りを橙色に染めていた。

 その光景は綺麗で、そして―――その日、俺たちは初めて親友になった。

 …………家に帰って俺は母さんに怒られたのは言うまでもない。

 

 ―・・・

「……っとまあ、こんな感じで―――ってアーシア?」

 

 俺は松田と元浜の話を言い終えると、アーシアはハンカチで瞳から零れる涙を拭いていた。

 

「うぅぅぅ……イッセーさんと松田さんや元浜さんにそんなことが……うぅぅぅ!!感動で涙が止まりません!!」

「……いや、泣きすぎでしょ」

 

 俺は尋常じゃないくらいのアーシアの涙に苦笑いをしつつ、頭を撫でる。

 ……まあ俺の懐かしい数えるほどしかない青春だよ。

 まああの時の俺は青かった。

 いや、今もか?

 

『あの時の主様は非常に子供のようで良かったです……今思えば、私の母性がはぐくまれたのはあれが原因ですね』

『ふふふ……俺は相棒と一緒にいる―――一緒にいれば、いつの間にか父性が生まれていたさ』

 

 ……うるさいです、夫婦ドラゴン。

 

『『夫婦などではない(ありません)!!!』』

 

 ドライグとフェルの声が重なる!

 何でいつもこれだけは重なるか、疑問だよ。

 ……っとしている内にアーシアの号泣も止まった。

 

「ふぅ……良い話でした。おかげですごく泣いてしまいました」

「うん、お願いだから他の眷属の子たちには言わないでくれよ?同じように泣かれそうで怖いから」

 

 …………それは不可能と思い知り、この話を知った者たち全員に号泣されたのはまた別の話であったりする。

 ―――ともかく、とりあえず視線に耐えれなくなった俺とアーシアは次の場所へと向かうのだった。

 

 ―・・・

「お待たせしました、イッセーさん!」

 

 アーシアは涙跡を消すためにトイレでお化粧直し……とはいえ、ほとんど化粧なんかせずとも綺麗なアーシアだ。

 今もリップをつけてるくらいだし……っとアーシアの唇を見て、俺はつい胸の鼓動が早くなった。

 ―――俺はあの唇にキス、したんだよな。

 ……するとアーシアは途端に唇に手を当てた。

 

「あ、あの……流石にこの公然の場でキスは……出来れば人気の少ないところの方が……」

「―――いや、アーシア。俺がそんなことをする男に見える?」

「い、イッセーさんが望むのならば……頑張ります!!」

 

 ……話を聞いてください、お願いします!!

 そんなことを言いつつ、俺たちは今は駒王学園の校門近くにいる。

 駒王学園の屋上から見える夕焼けってのはかなり絶景で、特に今日みたいに良く晴れた日は、レジャーシートを敷いて日向ぼっこするのも悪くない。

 今はまだ一五時くらいだからお日様は全力で地面を照らしており、俺とアーシアは即座に屋上に向かう。

 休日だから人はほとんどおらず、私服で入っていると怒られるから俺は一目が無い所で飛んで、アーシアを抱えながら一気に屋上に向かった。

 

「す、すごい跳躍力です!私もあんな風に飛んでみたいです!」

「……ごめん、全然想像できないし、あんまりアーシアが暴れるのは似合わないかな?」

 

 俺は若干想像してげんなりする。

 だってさ?格闘家風の衣装を身に纏い、肉弾戦をするアーシアの姿なんて見たいか?

 ―――結論、見たくないです。

 っとまあそんな軽口を交わしつつ、アーシアと俺は地面にレジャーシートを敷いて更にタオルケットを地面に敷く。

 流石にコンクリートの上は固いからな。

 そしてアーシアが用意してきた手作りのクッキーと紅茶を並べて、のんびりと過ごすことにした。

 

「あぁぁ……平和だなぁ……」

「そうですねぇ、イッセーさん……」

 

 太陽に照らされ、俺たちは昼間の縁側で日に照らされながらのんびりとするお爺ちゃんとお婆ちゃんのような会話をしていた。

 それに気付いてどちらともなく笑う。

 …………考えてみれば、アーシアとのんびり過ごすのはすごく久しぶりかもしれない。

 こうやってデートするのは出会って間もない頃以来だしな……いや、つい最近放課後にデートしたか……まああれは別にすれば、普段は絶対に誰かが付属してくるから。

 ―――アーシアは俺を受け入れてくれた。

 俺の覇龍の姿を見て、なお俺を助けてくれた。

 ……アーシアは俺の覇龍を見て、どう思ったのだろう。

 

「……私は、イッセーさんのことを怖いとは思いません」

 

 ―――するとアーシアは俺の心を見透かしたように、突然そんなことを言った。

 

「私はイッセーさんの何かを知っているわけではないです……でもイッセーさんがその……覇龍を使っている時の姿は、忘れることは出来ません―――あんな悲しそうに泣いている姿を」

「泣いている……か」

 

 ……確かに泣いていたよ。

 だけどそれを知られることになるとは思っていなかった。

 ―――俺を癒したあの歌。

 あれを聞くと俺は心が穏やかになって、覇龍による憎しみすらも薄れていった。

 微笑む女神の癒歌……全くもって、アーシアそのものだ。

 ヴァーリも良く名付けたものだ。

 ―――俺はアーシアが何で助かったのか、その全容を知らない。

 まだゆっくりと聞けてないし、それに―――あの歌の意味も知りたい。

 あの歌詞、そんな即興で創れるものじゃない。

 俺はあの歌詞を一説だけ覚えている。

 

 ―――Therefore, a song is offered so that it may pray to you(だからあなたを祈るように、歌を捧げます)

 

 ……アーシアはそう最後の所でこの歌詞を唄った。

 これで俺の意識は完全に元に戻ったんだ。

 俺は知りたい。

 この歌の意味を、歌詞を―――アーシアがこの歌詞を描いた想いを。

 

「アーシア……教えてくれないか?」

 

 俺はアーシアに尋ねる。

 

「アーシアに何があったのか、そして…………歌詞の意味を」

「……はい。そうですね……じゃあ順を追って話しましょう。あれは私が光に巻き込まれた後の事でした―――……」

 

 そしてアーシアは話し始めた。

 

 ―・・・『STORY 3:微笑む女神の癒しの歌』

 それは私が光に飲み込まれた時の事でした。

 イッセーさんが私を庇い魔力の塊の雨をその身に受けている最中、私は光に飲み込まれました。

 

 そして飲み込まれ、私が次に目を開いたとき、私の視界に飛び込んできたのは……何とも表現しにくい真っ黒と言いますか何と言いますか……

 少し気味の悪い空気の、あまりそこにいたくはないような空間でした。

 ……っと私はそこで自分の異変に気付きます。

 それは―――私の視界が妙に白銀色で輝いていたのです。

 

「これは……それにここはどこなんでしょう……」

 

 私は辺りを見渡してみますが、そこには何もありません。

 そして私は自分の胸に掛けられている、イッセーさんから頂いたお守りの鈴と鍵を見ました。

 そこからはかすかな白銀の光が漏れていて、そしてその光は私を守ろうと防御の膜を張っています。

 ……その光はまるでイッセーさんが私を守ってくれているように温かく、そして私の不安だった心は落ち着きました。

 ―――以前に、イッセーさんからお話を聞いたことがあります。

 レーティング・ゲームの会場は次元の狭間と呼ばれる空間の一角を使って創られていて、その次元の狭間は何者の存在も許さない無の空間と。

 それでも存在出来る者は相当の力の持ち主で、大抵は狭間の無に当てられ、存在が消滅する。

 ……正に私が今いるこの場所がその次元の狭間なのでしょうか。

 

「……イッセーさんの所に帰らないと……じゃないときっと悲しんでしまいます……ッ!」

 

 ……自惚れかもしれませんが。

 私はそこから動こうと試みるも、私にはこの場をどうにか出来る力はありません。

 ―――どうしようと迷っている時でした。

 

「……君はこんなところで何をしているんだい?アーシア・アルジェント」

「そんな無防備な状態で次元の狭間に来るとか、命知らずにも程があるぜい?癒しの嬢ちゃん」

「美候。明らかに彼女は転送されています―――大方、旧魔王派の方々でしょう」

 

 ……私の前には、どこからか飛んできた白龍皇のヴァーリさん、強い聖剣を持っているアーサーさん、そして………………お猿さん?がいました。

 

「……何故だろうねい。俺っち、微妙にディスられた気がするんだがねぃ」

「き、気のせいです!」

 

 私は少しドキッとしてそう応えると、するとヴァーリさんは私の状態を見て何か考えるように顎に手を当てていました。

 

「……なるほど。君のその神器は兵藤一誠が与えたのかい?」

「は、はい……そうですが」

「そうか。流石は抜かりがないと言うべきか。もし君がその神器を持っていなければ、この空間で問答無用で死んでいたところだ」

 

 ……つまり、私が生きているのはイッセーさんのおかげ、ということでしょうか。

 そう思うと私の胸はキュンと熱くなります……イッセーさんはまた私を守ってくれたのですね……ッ!!

 

「とはいえ、その神器も中々限界を迎えていると見て間違いないだろうね。徐々に光を失っている」

 

 ヴァーリさんがそう言うと、初めて私を包む白銀の光から力が失われ始めていることに気が付きました。

 ……そもそも、イッセーさんが無理をなさって私を救うために神器を創り変えたと言っていました。

 

「イッセーさんは……大丈夫なのでしょうか……」

「こんな時まで彼の心配とは恐れ入ります―――ですが、大丈夫かどうかで言えば……間違いなく大丈夫ではないでしょう」

 

 アーサーさんの言葉を聞いて、私は少し動揺しました。

 ……大丈夫じゃない?

 どういうことでしょう……そう思った時、ヴァーリさんは私を見て話し始めました。

 

「もしかしたら君も感じることが出来るんじゃないか?―――怒りの、圧倒的なオーラを」

「怒り……って、もしかして……ッ!!」

「その通り―――兵藤一誠の怒りだ」

 

 私は肌にチクリと、少しだけ痛みが走ります。

 ―――イッセーさんが、怒っている。

 いえ、怒っているだけじゃなくて―――悲しんでいるのでしょうか?

 私は何となくそう思ってしまいました。

 

「次元の狭間までその力が届くか……なるほど、彼は覇龍においても規格外か」

「ですが覇龍を使うとなると……間違いなく命を削ることになります」

「いやいや、赤龍帝はヴァーリに負けず劣らず魔力を持っている上に、それを倍増することだって可能だぜい?冷静ささえ失っていない限りは―――って、あのあんちゃんが覇龍を使う時点で冷静なんてあるわけないかい」

 

 ……三人の会話は私の耳には届きませんでした。

 ―――どうにかして、イッセーさんの傍に帰りたい。

 そればかりが頭に渦巻いていました。

 

「―――帰りたいか、アーシア・アルジェント」

 

 するとヴァーリさんはそんな風に私に尋ねてきました。

 ……私の心を読んだかのようなタイミングです。

 

「はい!早く帰ってイッセーさんを止めないとダメな気がします……たぶん、ですけど」

「……今帰れば、君は兵藤一誠の醜い姿を見るかもしれない。覇龍とはそういうものだ―――意識を怨念に委ね、殺戮の龍と化し全て殺し、破壊する。覇龍は端的に言えばそれだ……そんな姿を君は見たいのか?」

 

 ヴァーリさんの言葉は全て、本当の事なんでしょう。

 私の頭にはイッセーさんがくれたお守りを介してイッセーさんの感情がホンの少しだけ流れてきます。

 ……たとえ、今のイッセーさんがいつものイッセーさんじゃないとしても。

 私はリヴァイセさんと約束しました。

 

『……イッセー君はのぉ、物凄く脆いんじゃ。力は確かに強いが、じゃがとても弱い心を持っておる。強さと弱さ、その二つは紙一重―――イッセー君を支えておくれ。おばあちゃんとの約束じゃ』

 

 ……北欧旅行で私はリヴァイセさんにそう言われました。

 だから―――

 

「……イッセーさんのそんな姿は見たくないです―――でも、イッセーさんの強さも弱さも、全部受け入れないと本当に好きとは言えないです……だから、私をイッセーさんの所に連れて行ってください……ッ!!」

 

 私はヴァーリさんにそう言うと、ヴァーリさんは少しだけほくそ笑んだ後で私に背を向けました。

 そしてアーサーさんの方を見ました。

 

「アーサー。予定変更だ―――今すぐに旧魔王派が暴れるフィールドに向かう」

「おやおや……良いのですか?今日の本来の目的はあの龍でしたが」

「良い。どうせ覇龍を発動している兵藤一誠がいる―――それに赤と白がいれば自然と来るだろう」

「素直じゃないねい……素直に助けたいと言えば良いんだぜい?」

 

 すると三人はそんな軽口を叩きながらそんな会話をしました。

 ……ヴァーリさんの目的や詳しいことは何も分かりません。

 ですが―――イッセーさんが仰った意味が分かりました。

 戦闘狂だけど、悪い奴じゃない……その通りだと思います。

 

「ありがとう……ございます!」

 

 私が頭を下げると、ヴァーリさんは少し驚いた顔をしつつ表情を崩しませんでした。

 

「ところでアーシア・アルジェントさん。貴方がどこからここに飛ばされたのか分かりますか?」

 

 するとアーサーさんは私にそう尋ねて来ました。

 恐らくは移動するために情報が必要なのでしょう。

 

「神殿の一番奥の方で飛ばされたのですが……」

「なるほど、あの神殿の奥ですか……ならば分かりやすいですね―――行きましょう」

 

 アーサーさんは腰に帯剣していた聖剣を抜き去り、そしてその聖剣で適当な場所で振り抜きました。

 そして剣で何もない空間を一閃し、すると―――その空間に裂け目のようなものが生まれました。

 それはどこかに繋がっているみたいで、アーサーさんはその裂け目の方に手招きをし、一礼して「どうぞ」と言いました。

 

「ここから直接神殿へと繋がるでしょう。ヴァーリ、先導を頼みます」

「分かっている―――おそらく、向こうも戦闘は終わっている頃だろうな……いや、戦闘と言うべきではないか……アーシア・アルジェント」

「はい?」

「先に言っておこう。君が行ってどうこう出来ることではないかもしれない。ただドラゴンを止めるための術を教えておこう―――歌だ。ドラゴンを止めるには昔から歌と相場は決まっている」

 

 ヴァーリさんが私にそんなことを言ってきた理由は分かりません。

 でも私はヴァーリさんの言葉を受け止めました―――ドラゴンの止めるには、歌。

 そのことだけを頭に刻んで……そして空間を脱出した私の視界には、ある光景が広がりました。

 ―――瓦礫の山の頂上。

 その頂上で雄叫びを上げるように泣いている鎧姿のイッセーさんがいました。

 その鎧の色はいつものような赤色じゃなくて、もっとどす黒い血のような赤。

 優しいイッセーさんからは考えることが出来ないほどの色でした。

 姿はほとんどドラゴンのようなお姿で…………そして何よりも、悲しみに暮れた状態のようにも思えます。

 瓦礫の山を見て呆然としているのは眷属の皆さんで、するとヴァーリさん達は皆さんの方に近づいて行きました。

 私はそれについて行き、するとヴァーリさんは部長さんに話しかけて何か会話をしています。

 私は出遅れたせいで内容は良く聞こえませんが……って皆さんが泣いています!!

 どこか怪我をしたのでしょうか……そう思った時、アーサーさんが話し掛けてきました。

 

「きっとあなたを失ったと思って涙を流しているのですよ。顔を見せてあげてはどうですか?」

「は、はい!!」

 

 私はアーサーさんにそう言われ、私はヴァーリさんの背後から顔をひょこっと覗かして、皆さんに話し掛けました。

 

「あ、あの…………皆さん?どこか怪我でもしたのでしょうか?」

 

 私は控えめな声で皆さんにそう言った時でした。

 今まで泣いていた皆さんは私の声に反応し、そして同時に私の方を見て目を見開いて驚いていました。

 

「あ、アーシア……ッ!!!」

 

 そして―――大粒の涙を流しながら、ゼノヴィアさんは私の名前を呼びながら私を抱きしめました。

 飛び込んできて、抱きしめられるとゼノヴィアさんは涙声で弱弱しく私を抱きしめてきます。

 ……ゼノヴィアさん。

 私の大切な……お友達。

 私はほんの少し涙が出てきました。

 

「ぜ、ゼノヴィアさん……ごめんなさい、心配かけて……」

「うぅぅぅ……良いんだ、アーシア……こうして、戻ってきてくれただけで私は……私はッ!!」

 

 私はゼノヴィアさんの涙にちょっとだけもらい泣きをしながら、でもイッセーさんを見ました。

 ……未だ、一人で瓦礫の山で咆哮を上げるように泣き続けるイッセーさん。

 私のここにいる理由をアーサーさんは部長さん達に説明している時、私はずっと考えていました。

 ―――イッセーさんを救う方法を。

 ……そう言えば、と考えました。

 この戦いが始まる前、イッセーさんのお母様であるまどかさんが私に話し掛けてきたことをこのタイミングで思い出しました。

 

『―――お願い、アーシアちゃん。イッセーちゃんを想っているなら、イッセーちゃんを大切にしてあげて。何があっても、受け入れてあげてね?人はね?想うことが出来ればなんだって出来る―――奇跡だって起こせるんだから。だから』

「―――私が、イッセーさんを救います」

 

 私はまどかさんの言葉を思い出し、その言葉に改めて頷くようにその言葉を漏らしました。

 それと共にその場にいた知らない人……白いローブを着て、頭に真っ白なヴェールのような布を深く被る女の人は私を見てきました。

 この方が何者かは分かりません。

 ただ今しがた、部長さんや皆さんと口論になっていたのは分かります。

 彼女は、イッセーさんを助けるけど、代わりにイッセーさんを貰う……そう言いました。

 ―――でも、そんなの嫌です。

 イッセーさんは私達の大切な仲間……部長さんにとっては大切な下僕、朱乃さんにとっては命を救われた恩人、小猫ちゃんにとっては昔、ずっと一緒にいた絆の男の人で、木場さんはもう親友と言っても良いような間柄、ゼノヴィアさんは絶望していたところを救われています。

 全員がイッセーさんの事を大切に思っていて、大好きな存在です。

 ……そんな大切な存在を、奪われたくない。

 だから―――

 

「……あれを止めるつもり?あんな化け物みたいな状態のあの子をどうにかできると思っているの?」

 

 化け物……その言葉に私は拒否感を覚えました。

 あの姿は―――化け物なんかじゃないです。

 

「化け物なんかじゃないです。あれは―――イッセーさんです」

 

 誰かを助けて、傷ついても立ち上がる。

 仲間を誰よりも大切にしていて、誰よりも強くて、そして―――誰よりも何かを背負う人。

 そんなこと眷属の皆さんはもう知っていることです。

 私だけの特権じゃない―――部長さんは、私は皆さんよりも何歩も先にいると言っています。

 黒歌さんはそれよりも更にイッセーさんとの距離は、差があると言ってました。

 ですが……そんな距離、初めからないんです。

 私はイッセーさんを本気で好きで、大好きで……それは皆さんも同じ。

 想いに順番なんてなくて、どれも純粋にイッセーさんを好きでいるのですから。

 きっと皆さんはここから帰ったらイッセーさんを大切に想って、イッセーさんを知ろうとするでしょう。

 私だってイッセーさんのことはまともには知りません―――だから、同じスタートラインです。

 ほんのちょっと私はフライングをしちゃってますけど、でも皆さんはそんなものすぐに埋めて来るでしょう。

 だから、そんな日常を取り戻すために……

 

「イッセーさん……そんな姿になって、イッセーさんが一番辛い、ですよね。いつも誰かを護るために力を使うイッセーさんがそんなことを望んでいないことは分かってます」

 

 ―――イッセーさんを助けます。

 私がそう思った時、突如イッセーさんから衝撃波が生まれ、それによって私の頭のヴェールは飛んでいきます。

 イッセーさんは私を認識していないのでしょう。

 ……イッセーさんは教えてくれました。

 神器とは、その所有者の想いに応えて進化して、奇跡を起こすと。

 私の力は従来のものとは違う進化を遂げるだろうと―――今、私は変わらないとダメなんです。

 だから主よ―――例え存在していなくても構いません。

 私にイッセーさんを救う力を―――私の想いに応えてください!!

 

「―――イッセーさん。私はイッセーさんが大好きです」

 

 私の本心を、思いをイッセーさんにぶつけます。

 

「この言葉はきっとイッセーさんには届いていないでしょう。だけど―――私はずっとイッセーさんと一緒です。ずっとイッセーさんの傍にいて、いつもイッセーさんを癒します…………だから、お願いします」

 

 例え届いていなくても……私はイッセーさんを助けるために―――一緒に帰って、皆さんと笑顔で毎日を過ごすためにッ!!

 ―――ドラゴンを止めるには昔から歌と相場が決まっている。

 ヴァーリさんは私にそう教えてくれました。

 ……ならば聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)

 力を貸してください。

 イッセーさんを助けるために―――いつも誰かを守ってばっかのイッセーさんを癒す力を、私に下さい!!

 私は天に祈りを捧げるように手を組み、そして目を瞑って―――その時、私の胸の中でドクン……という音が響きました。

 私の両手の中指に装着されるエンゲージリングは、その装飾を少し変形し、そして中指から薬指に指輪がはまり、そして碧色のオーラが激しく私を覆います。

 ―――頭の中に、突如イッセーさんを救う方法が浮かびました。

 それはとても単純で、そして……私が好きなものでした。

 

 <I would like to cure you>(私はあなたを癒したい)

 

 ―――歌。

 ヴァーリさんが教えてくれた、ドラゴンを鎮める唯一の方法で、そして―――私が一人ぼっちの時、いつも一人でしていたことでした。

 あの時は聖歌でしたけど……この歌は、イッセーさんを想って描いた歌詞。

 私の友達になってくれたイッセーさんへの感謝。

 いつも私を助けてくれる姿に憧れ、恋を抱いた私の想い。

 そして―――一人で悲しみ、苦しむイッセーさんを癒したいと想って、その想いを歌詞に綴ったものでした。

 私はその歌詞を唄います。

 

 <You are always protecting someone>(あなたはいつも誰かを守っています)

 <Someone is made happy by the hand>(その手で誰かを幸せにします)

 <But ... are you fortunate?>(でも……あなたは幸せなのですか?)

 

 ―――自分の想いを、イッセーさんに対する気持ちを、本心を。

 全て歌に込めて。

 私の歌は碧色のオーラを含ませ、そしてそのオーラはイッセーさんを覆い始めました。

 

 <It always fights alone and gets damaged>(いつも一人で戦って、傷つく)

 <Something is carried on the back alone>(一人で何かを背負う)

 <It feels sad to something alone>(一人で何かに悲しむ)

 

 本当はとても心は弱くて、今だって一人で悲しむくらいに儚いイッセーさん―――誰よりも優しいイッセーさんを助けたい。

 

 <You are lonely somewhere>(あなたはどこか寂しげで)

 <It seems to be uneasy like a missing child>(迷子のように不安げです)

 

 私一人では知ることも出来なかった。

 でもそれをイッセーさんを想う人達が教えてくれました。

 この歌は、私だけのものじゃない―――イッセーさんを想う人、全員の歌です。

 

 <Just because it thinks of you and loves>(あなたを想うからこそ、愛しているからこそ)

 <I would like to be in a you side>(あなたの傍にいたい)

 <I would like to use the smiling face by the side>(傍で笑顔にしてあげたい)

 <Is this thought having made a mistake?>(この想いは間違ったことなのでしょうか?)

 

 きっとイッセーさんなら間違ってない、そう言ってくれるでしょう。

 大切な仲間の皆さんは、間違っているわけがないと言ってくれるでしょう。

 

 <Only always my always being protected by you>(私はいつもあなたに守られてばかり)

 <The tenderness is only presumed upon>(その優しさに甘えてばかり)

<……I would like to become your important existence>(……私はあなたの大切な存在になりたい)

 

 その強さに憧れているから。

 優しさを好きになってしまったから―――イッセーさんの力になりたいから。

 そう思った時、機能を失ったはずの胸にある鍵と鈴の神器が―――まるでイッセーさんを救えというように、再び白銀の光を灯しました。

 ……フェルウェルさんも、イッセーさんを救いたいはずです。

 助けます、必ず!

 

 <Therefore,(だからこそ、) for you who shed tears alone and get damaged>(一人で涙を流して傷つくあなたのために)

 <By a you side, (あなたの傍で、)I sing from the bottom of my heart, in order to cure>(癒すために私は心から歌います)

 

 私の歌は終わりました―――その時でした。

 

「あぁ……がぁ……アー…………シ……ア……」

 

 ―――瓦礫の山の上で、イッセーさんが私の名を呼ぶ声が聞こえたのです。

 私はそれを見て、聞いて、そして……更に唄いました。

 歌詞なんて存在していません。

 ただの私の想い。

 ただの告白まがいな歌詞を。

 

 <―――Because favorite>(―――大好きだから)

 <―――Because important>(―――大切だから)

 

「―――Therefore,(だから、) a song is offered so that it may pray to you(あなたを祈るように、歌を捧げます)

 

 ―――私がその歌詞を唄った時、イッセーさんの纏う鎧は崩壊し、そしてその姿を消しました。

 イッセーさんの体にあった傷は消えていき、そしてイッセーさんは状態を維持することが出来ず……そのまま瓦礫から崩れ落ちました。

 私は瓦礫から落ちてくるイッセーさんを抱きしめるように抱き留め、そしてイッセーさんが腕の中にいる安堵感と嬉しさに涙がこぼれ出ました。

 

「―――アー……シア」

 

 イッセーさんは私を弱弱しく、まるで存在を確かめるように抱きしめ、私はそれに応えるように抱きしめ返しました。

 それによってイッセーさんは大粒の涙を溢し、そして

 

「……ごめん、な……アーシアッ!!……俺、俺……お前を……護れ、なくてッッッ!!!」

 

 ―――イッセーさんは何度も、何度も涙を流して私に謝ってきました。

 その時、私は初めて実感しました。

 …………イッセーさんが、初めて私に本音をぶつけてくれたと。

 本当の意味で甘えてくれて、弱さを見せてくれたと。

 ―――ようやく、私はスタート出来る気がします。

 この人の本当の姿を知って、ようやく―――本当に好きと言える。

 そんな気がしました―――………………

 

 ―・・・

 ……俺はアーシアから歌詞の意味を聞き、そして何があったのか全てを理解した。

 理解した上で俺は思った。

 ―――アーシアは、俺よりも何倍も強いと。

 

「こんな感じなんです。歌詞の意味とかは……その、とても恥ずかしいんですが」

 

 アーシアは照れながらはにかんでそう言うと、俺はアーシアの手を握った。

 アーシアはそれに少し驚くも、俺は構うことなく話し掛ける。

 

「……ありがとう、アーシア。君がいなければ、俺は…………いや、違うな。皆がいなければ俺はここにはいなかったよ」

「そうです。私一人の力じゃあどうすることも出来なかったですよ?ヴァーリさんが私を助けてくれなきゃ、皆さんの想いを私が知らなければ……私は奇跡を起こすことが出来ませんでした」

 

 アーシアはそう語ると、タオルケットの上に倒れ込んだ。

 

「私は、まだまだスタートラインに立ったばっかなんだと思います。イッセーさんの事を真に理解しているドライグさんや、フェルウェルさんや……リヴァイセさんやまどかさんのいるところへのスタートに。だからこれからです―――ね?」

「……ははは!!なんだ、それ!……ホント、アーシアは良い子だよ」

 

 アーシアの言葉に俺は不意に笑みを漏らした。

 ―――すごいな、アーシアは。

 ホント、すごい……俺なんかよりも強くて、しっかりと自分を持っていて……あやふやな俺とは大違いだ。

 

「良い子でしたら頭を撫でてください!それで私は癒されるので♪」

「そっか……って、癒しはアーシアの専売特許だろ?」

「いえいえ……ふふ。こんな風にのんびりする一日も良いものですね―――ねぇ、イッセーさん」

 

 するとアーシアは夕陽を背にして、少し真剣な顔をした。

 

「イッセーさんは……眷属の皆さんや、ドラゴンファミリーの皆さん、松田さんや元浜さん、桐生さんのことが大好きですか?」

「……ああ。大好きだ」

 

 俺はアーシアの言葉に頷く。

 

「……なら、ちょっとずつで良いんです―――私たちに色々なことを話してください。イッセーさんを想っている人はきっと、すごいイッセーさんの事が大好きなはずですから!どんなことだって、受け入れてくれます!」

「それはアーシアの保証付き?」

「はい!!花丸印の保証付きです!!」

 

 アーシアは満面の笑みで、そう言った―――そっか。

 ああ、そうか。

 ようやく分かった―――俺は、踏ん切りが欲しかったんだ。

 一度は覚悟を決めて、アーシアを失ったと思ってその覚悟に躊躇が生まれた。

 覇龍を見せて、それで俺は―――ホント、誰かに殴って欲しいくらいだ。

 アーシアも引っ叩いて目を覚まさせれば良かったのに。

 ……俺は、自分と向き合っていかないといけない。

 それを思い知らされた。

 

「アーシア。俺さ―――」

 

 俺がアーシアに全てを打ち明けようとしたその時だった。

 屋上のドアがバンッ!!と開き、そしてそこから雪崩のように人が流れてきた。

 

「…………皆、何してるの?」

 

 俺は皆―――眷属の皆、ドラゴンファミリー、アザゼル先生やガブリエル先生、イリナ、黒歌に至るまでの全員にそう言葉を投げかけた。

 

「べ、別に覗いていたわけじゃないわよ?ただ少し入る込む空気じゃなかったから皆でね?様子を見ていたのよ?」

「あらあら……リアス、そんなことを言いつつアーシアちゃんとイッセー君がキスするかしないかあたふたしてたじゃない?」

「朱乃先輩、それはあなたもだろう?それはもう焦っていたじゃないか?」

「そ、そうよ!っていうか知らない間に凄く差が空いているのは何故!?ああ、主よ!!」

「……羨ましすぎです、アーシア先輩。私もイッセー先輩を癒したいです」

「ふふ、白音?なら今晩、仕掛けてみる?」

「ぼ、僕もお話を聞いても良いですかぁ!?」

「ははは……皆、言いたい放題だね」

 

 眷属組&イリナと黒歌がそう言いつつ、俺は嘆息しながら他のメンバーを見た。

 ……ったく、何してるんだよ。

 

「あ、姉として弟の素行をな?少しは確認するべきかと……」

「ティアマット殿。この場においてはそれは見苦しい言い訳でござる」

「そうだ、ティアマット。素直に言えば良いではないか?」

「「「アーシアちゃんだけズルい!!」」」

「……我、少しだけ嫉妬を覚える―――ズルい」

「くぅぅぅぅぅん……」

 

 ……っていうかチビドラゴン化したタンニーンのじいちゃんまでどうしているんだよ!?

 あんた最上級悪魔でしょう!?

 そして夜刀さんは今日も居るんですね……意外とお暇なのかな?

 ……っていうか一気に人口密度が高くなったな、この空間。

 

「……んで?ちょっとはマシな顔になったか?イッセー」

「うふふ……普通に心配は出来ないのですか?アザゼルは」

「……うっせぇ」

 

 ―――ったく、しょうがない奴らだよ。

 俺なんかの心配ばっかして……でも、それがどうしようもなく嬉しい。

 アザゼルとガブリエルさんは少し言い合いを初め、他の皆は俺のところに集まって大騒ぎになる。

 ただ一つだけ共通していることと言えば―――皆、俺を想ってくれている。

 アーシアが言っていた通りってことか。

 

『そうさ、相棒……お前は一人じゃない。俺もついているさ』

『ええ。主様。わたくし達はいつでも主様の味方です―――ずっと、一緒ですよ』

 

 ああ、そうだ。

 ……そう、俺も前に進まないといけない。

 この大切な仲間とずっと一緒にいるために……ホント、決心ってもんが遅いよな、俺。

 ―――夕焼けが橙色に染まる夕刻。

 学園の屋上には俺の大切な存在がたくさんいた。

 それぞれ個性豊かで、そして俺のことを大切に想ってくれている奴ら。

 ある意味で大騒ぎになり、そして屋上にはついに生徒会メンバーまで集まり、更に騒動は増した。

 ……でも、偶には良いよな?

 こんな馬鹿騒ぎも―――な、ミリーシェ。

 俺はさ……こいつらを、こんな馬鹿ばっかりだけどさ―――大好きになってしまったんだ。

 だから……

 ―――俺はそれ以上は思わず、ただ目の前を見た。

 …………そこにあったもの。

 それは―――笑顔だった。



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【第7章】 放課後のラグナロク
第1話 兵藤家の平和な一日


『ぐふぅぅぅぅぅぅ!!?き、貴様!?何者だ!!?』

 

 俺の……いや、俺たちの目の前の大きな画面のディスプレイには見るからに怪物っぽい見た目の化け物と、赤いコートを羽織る俺の姿があった。

 ……唐突で悪いが、俺、兵藤一誠と我が家に居候している人物は今、地下一階にあるシアタールームの大画面で、とある番組を見ていた。

 それは―――『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン!!』というタイトルの特撮番組だ。

 

『別に俺が誰でも問題ないだろ?問題なのは…………子供の笑顔を絶やすお前だ。お前がそれを止めないなら、俺は…………お前を倒す!―――禁手化(バランス・ブレイク)!!』

 

 画面に映る俺はとてつもなくカッコつけた台詞を吐いて、籠手を出し、籠手に埋め込まれた宝玉を抑えてポーズをした後に鎧姿に変身する!

 ……これこそが、俺が前回、テレビ出演のオファーと共にやらされたことだった。

 基本的に普段俺がする動作とは変わらないから特に何も考えずにした。

『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン!!』とは冥界で絶賛放送中の子供向けヒーロー番組……らしい。

 この製作を志願した方……サーゼクス様は日本のある特撮番組を手本にしてこの番組を考察したらしく……見ての通り、主役は俺だ!

 第一話は俺本人が戦闘役を務め、そして台詞なんかは言いたいことを言えって言われた結果がこの第一話(それ以外の話は俺と背格好の似たスーツアクターの悪魔さんに俺の顔を埋め込むらしい)。

 先程サーゼクス様から視聴率の速報をお聞きしたけど、どうやら視聴率は現在60%をキープしており、最高視聴率は70%以上を記録したそうだ―――どうしてこんなことになってしまったのだろうとは、もう考えないことにしよう。

 っというわけで記念すべき第一回の放送を俺たちグレモリー眷属、アザゼルにイリナ、黒歌、そしてドラゴンファミリーの面々は見ていた。

 

『まさか貴様は―――兄龍帝かッ!!まあ良い!貴様はここで葬り去る!!』

『俺は子供を守るために戦う!それがドラゴンを身に宿した俺の宿命だ!!行くぞ!!』

 

 ……俺、こんな台詞を吐いてたのか!?

 あの時は怪人役の人の演技が感極まってつい応えてたけどさ!!

 っていうかさっきから皆の画面を魅入る目が凄まじい!!

 一言も言葉を発さずに画面を凝視してるぞ!?恥ずかしいにもほどがあるだろ!!

 

『頑張って、お兄ちゃんドラゴン!!』

『そんな怪物倒して!!』

『……子供たちの声援は俺の力となる!!行くぞ、俺に身に宿るドラゴンよ!!―――アクセルモード!!!』

 

 ……子供の声援を受けて、つい俺は嬉しくなっていつもの戦闘のようにフェルの強化の力を使い、赤龍帝の鎧をアクセルモードに移行する。

 ―――自分で言うのもあれだが、俺は馬鹿なのか?

 っていうか一話目から第二形態!?やり過ぎだろ、放送局も!!

 そういうのはカットするのが普通じゃないのか!?

 

『な、なに!?き、貴様ぁぁぁ!!!』

『これで終わりだ―――』

 

 画面上の俺は幾つかのバトルシーンの後、そんな言葉を漏らして空を飛ぶ。

 背中のブースターからは赤いオーラが噴出し、そしてその脚にあるブースターから炎のようなオーラが噴出し、そして空中でキックのポーズを取って―――

 

『ドラゴンキック!!!』

 

 俺の背後に赤い龍がいるような演出がCGによって組み込まれ、俺がそのまま怪物にすっごいキックを放った!!

 それによって怪人は吹き飛ばされて、そしてそのまま一気に爆発して消えてしまう。

 そして俺はそのまま地面に着地して、マスクを収納し、その光景を見ていた。

 ―――なんだ、このクオリティー。

 

『―――赤いドラゴンを身に宿した兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンは今日も子供の笑顔のために戦う。その男の名はイッセー…………たった一人で、悪の巨大組織と戦うその姿は誰もが憧れる……そう、皆のお兄ちゃんなのだ』

 

 ………………そんな感じで第一話が終わった。

 

「す、すごいわ。まさかイッセーの魅力がここまで描かれているとは……設定も面白いし……」

 

 部長はそんな感嘆を漏らす。

 ……兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンとはグレモリー家が著作権を握っている特撮番組だ。

 あらすじはこう。

 全ての記憶を失った名もなき少年は一匹のドラゴンと出会う。

 何もない少年はただ、目の前で怪人によって殺されそうになる人を見て、何も無い心に心を生み、そして赤い龍と契約して変身能力を得た。

 そして悪の巨大組織と戦う内に少年は名前を思い出し、そしていつしかその姿を見た子供たちはその兄貴的な言動を見て聞いて、その者を兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンと呼ぶようになり、そしてその青年、イッセーは今日も子供たちの笑顔を守るために戦う。

 ……っていう、結構しっかりした設定の話だったりする。

 この放送を機にグレモリー家は新たな収入源を得たらしく、お兄ちゃんドラゴン関係のグッズを販売し、かなりの儲けを既に生んでいるらしい。

 俺も試作品としてブーステッド・ギアの玩具を見せてもらったけど、凄まじい出来栄えで驚いた。

 更には赤龍帝の鎧の人形とアクセルモード化の人形も発売予定で、俺が今まで発現した力をそのまま商品化するというらしい。

 例えば鎧の神帝化と白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)、それといずれは神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)も劇中に登場させるらしい。

 ちなみに今回は一話ということで登場していないが、眷属の皆も登場するらしい。

 

「いやぁ、俺も協力してたから感無量だぜ!まさかここまでイッセーだとは思わなかったなぁ~……お、エンディングはお前と子供たちが一緒に踊っている姿か……」

 

 画面にはエンディングの明るい音楽が流れ、それと共に笑顔の子供たちが俺と一緒に踊っていた。

 どこぞの教育番組みたいな感じだな。

 これは俺も直接出演してくれと頼まれており、それなりにギャラが凄まじいらしい。

 ……子供たちの選出は応募によるものらしく、応募数は相当なものだったらしい。

 エンディングは周期的に変えていくらしいから、俺もその度に子供たちと踊らないといけないそうだけど。

 ま、あんまり苦じゃないか良いけどな。

 ってか記憶を全て失った設定に俺は一瞬、ドキッとした。

 ……っていうかそろそろ現実に目を向けようか。

 

「ねぇ、皆―――どうして俺とそんなに距離が近いんだ?」

 俺は画面を見る皆―――より正確には俺との距離があまりにも近すぎる皆にそう言った。

 今の状況を言ってみようか。

 まずはチビドラゴンズ。

 この三人は俺の肩やら頭に乗って画面をキラキラとした目で見ており、それはオーフィスも同様。

 次は小猫ちゃんと黒歌だ。

 小猫ちゃんは俺の膝の上に猫耳を出しながら座っており、黒歌は俺の座る席の下でもぞもぞしながら画面を見たり、俺に悪戯をする。

 そして部長と朱乃さんは俺の腕を占領、アーシアは俺の手を握っており、そしてイリナとゼノヴィアは出遅れた。

 ―――何なのだろう、この人口密度は。

 っていうか前の体育祭から俺と皆との距離が異様に近くなった気がする。

 前からお風呂上りに俺の部屋には確実に数人来ていたのが、最近では基本、全員が来るようになった。

 特にそれで何かをすることはなくて、普通に日常会話をしたりゲームをしたり……と、そんな風な感じだ。

 ……まあ皆が俺との距離を縮めている理由は何となく分かっている。

 ―――前回の旧魔王派との一件で見せた俺の覇龍。

 それで俺は皆に自分の闇とも言える部分を見せてしまった。

 ……あの場にいなかった黒歌は仙術で俺の中に負のオーラがあるのを知っていたらしく、話の大体を聞いて納得していた。

 でも特に態度とかを変えることはなく、それこそ普段通りに悪戯をしたり……でもたまに真剣な表情で俺を見たりしてくる。

 ……きっと、俺と向き合おうとしているんだろう。

 自分のことを一切話さない俺と、それでも知ろうとして向き合ってくれているんだ。

 ―――俺は自分の事、俺が前赤龍帝だということ、一度死んでいること……そしてミリーシェという存在のこと。

 それを話そう……としているんだけど、何ていうんだろうな。

 俺がいざ話そうと思った時に、そういう時に限って誰かの邪魔が入って結局話せないことが多いんだ。

 

『もうあれはどこかの誰かが操作していると言っても良いくらいの確率だぞ。相棒がいざ話そうとした時に限って邪魔が入るなど』

『誰か陰謀でもしているんでしょうか?もうマザードラゴンはプンプン怒ってます!』

 

 ……ドライグ、フェル。落ち着け。

 確かに神がかっているほど邪魔は入っているけどさ?ホント。

 ―――既にアーシアとのデートから一週間近く経過している今日この頃、俺には話せる機会ってものがいくつもあった。

 特に皆に話したいから全員揃っている時に話そうとした時に限ってメンバーが半分以下になったり、下手すれば全員出払うことすらもある。

 本当に陰謀を考えてしまうほどだ。

 

「まあイッセー、諦めろ。お前の女難は一生消えねえからよ―――いっそ、ハーレムも良いんじゃねぇ?」

「馬鹿言うな、アザゼル!俺にそんな甲斐性があるわけないだろ!?」

 

 俺は横から傍観しているアザゼルの軽口に怒鳴り気味に応えると、するとアザゼルは苦笑いをしていた。

 ……何、その表情。

 

「お前が甲斐性無しなら、この世界の男は全て甲斐性無しだぜ?」

「は?そんなわけ……」

 

 俺は同意を求めるように皆の方を見る……が、誰一人として俺の視線に応える者はいなかった。

 ―――マジで?

 

「確かにイッセー君の将来的な甲斐性って計り知れないよね!上級悪魔入りは確定みたいなものだし、それに優しいし!」

「……そうですね。このお兄ちゃんドラゴンでの利益の一部はイッセー先輩に入りますし、それにこれまでの功績に比例して冥界からもお金の形で授与されますから」

 

 イリナと小猫ちゃんが皆の気持ちを代表するように言った。

 確かに俺たちグレモリー眷属は若手悪魔にしては異例なほどに禍の団のテロ行為を防いだりして功績を上げている。

 功績を上げれば個人の評価も上がり、上級悪魔への道も早くなると以前教えられた。

 俺の上級悪魔入りの話も功績がかなり関係しているらしい。

 

「お前の甲斐性やハーレムはともかく、お前はもっとこれからは力以上に政治や悪魔の事を知って行かねぇといけないぞ。上級悪魔化はいずれ内定しているものだ」

「……力よりも、か」

 

 ……むしろ今の俺はそんなものよりも力だと思う。

 守るための力はまだまだ不足しているし……ヴァーリじゃないけど、俺はもっと守るための力が欲しい。

 それはこの前の覇龍の一件で思い知った。

 俺に今、一番必要なものは力と強い心。

 もう迷わないように前に進めるような、アーシアの持つ強さが必要なんだ。

 上級悪魔になるなんてまだまだ先の話だし、それに―――今の俺には上級の位は相応しくない。

 

「……………………」

 

 すると俺の表情を皆は真剣な表情で見ていた―――まただ。

 最近、皆にこんな視線を向けられることが多い。

 そんなときは俺は大抵、こんな物騒な事ばっかり考えている。

 

「にゃん♪」

 

 ―――するとその時、黒歌は俺の足元で舌なめずりをしながら悪戯っぽくニヤッとした。

 俺はその顔を見た瞬間、嫌な予感がした。

 

「おい、黒歌。何考えてる?」

「えぇ?別に何にも考えてないよ~?にゃはは!!―――それより今日の夜はあれ(・ ・)だよ?」

 

 すると黒歌は表情を崩さず、そう意味深に呟いてきた。

 うぅ……あれか。

 俺は黒歌の言ったことを理解して途端に恥ずかしくなってきた。

 

「あのぉ……あれって何ですか?」

 

 するとアーシアは控えめに手を上げてそう尋ねてきた。

 それを見て黒歌は更に悪戯な表情となり、アーシアの質問に答えるように話す。

 

「あれっていうのはイッセーが削った命を回復させるための仙術にゃん♪この中では私と白音しか出来ないんだにゃん♪ね?白音?」

「……はい」

 

 小猫ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてそう応えると、俺の方を見てくる。

 ……二人が言う仙術というのは、俺が覇龍を発動してしまったことが原因で行っている治療の一つなんだ。

 これはアザゼルと夜刀さんからの提案で、共に仙術を使える黒歌と小猫ちゃんにしか出来ないことらしい。

 治療の内容は……簡単に言えば、回復系の仙術を使い、長い年月をかけて少しずつ命を回復していくという方法らしい。

 仙術とは生命を司る力だ。

 気と呼ばれる人の生命力の流れを狂わし、一時的に戦闘不能状態に出来ることとは逆に、仙術によって俺の体の気の乱れを正して生命力自体を回復させることが出来るらしい。

 特に覇龍による生命力の減少は例外で、仙術での治療が有効ということを教えてもらい、俺は定期的に小猫ちゃんと黒歌から仙術治療を受けているというわけだ。

 ……っていうか黒歌の行動?のおかげで周りの真剣な表情がなくなったような気がする。

 まさか黒歌はこれを狙って……

 

「ふふふ……これで既成事実は……じゅるり」

「……いや、ないな。ないない」

 

 俺は今、思ったことを全て頭から振り払って溜息を吐くのだった。

 まあ仮にそうだったとしても、今更俺が何かを言うわけでもないし……命、か。

 考えたこともなかったな。

 何にも考えずに力を使って、誰かを守ろうとしていた。

 正直、万年に近い命なんて実感がなかったし、数百年の命だって人間から考えてみたら破格のもののはずだ。

 だけど―――皆を残して死んでしまう。

 アーシアとずっと一緒にいるなんて言ったくせに、皆とずっと笑顔でいたいと思っているのに俺は……数百年したら死んでしまう。

 いや、むしろこれからも同じように戦ったりしていたら更にその命は小さくなってしまうだろう。

 ……もっと自分を大切にしろ。

 俺はサーゼクス様から体育祭の時、そう言われた。

 ―――死にたくない。

 俺はまだまだしたいことだってある。

 やらないといけないことだってたくさんある。

 

「っていうかさ―――そろそろ皆、離れようぜ!?」

 

 俺はさしあたって、まずは未だに俺に密着を続けるメンバーにそう言うのだった。

 

 ―・・・

「さっきの先輩はすっっっっごく恰好良かったですぅぅ!!―――あ、ババ引いちゃった……」

「何を言っている、ギャスパー。イッセーは普段からあんな感じで―――き、貴様!図ったなぁぁぁ!!?」

「ゼノヴィア、うるさいわ!もう、これだからゼノヴィアは昔から―――きゃぁぁぁぁぁ!!?ババが私の手に!?ああ、主よ!これはどういう事でしょうか!?」

「……ババ抜きぐらい静かにしろよ」

 

 今、俺とギャスパー、ゼノヴィアにイリナはイリナの部屋でババ抜きをしていた。

 先程の番組鑑賞が終わり、今の俺たちは4人でババ抜きしており、そして今の状況は俺が持っていたババをギャスパーが引き、続いてそのババをゼノヴィア、イリナが引いて行ったというわけだ。

 ……うん、こいつらババ抜き弱い連中だ。

 特に表情が顔に出るメンバーだもん。

 

「ま、まあ良いわ。さぁ、イッセー君!私から一枚、カードを引いてちょうだい!ミカエル様のご加護を受ける私が負けるわけが」

「はいはい、じゃあ―――はい、これで上がり」

 

 俺はイリナの4枚の手札から一枚を引き、そしてそのまま上がりとなる。

 当然イリナの表情からババがどこにあるかは明白であり、俺が上がった瞬間にイリナは絶望した表情となった。

 

「ふ、ふふふ!ま、まあイッセー君は強いからしょうがないわ!さぁ、ゼノヴィア!私に勝てるかしら?」

「……ふむ。イッセー、少し良いかな?」

「ん?」

 

 俺はゼノヴィアに手招きされ、そのままゼノヴィアの口元に耳を寄せた。

 そしてごにょごにょと何かを話され…………なるほど、そうすれば良いのか。

 オーケー、オーケー。

 俺がゼノヴィアから作戦を聞いた後、少し攻防戦が続いて三人の手札は残り少なくなる。

 俺はゼノヴィアに話された内容に納得して、そしてイリナの方を見る。

 

「な、なに?イッセー君。今は私はゼノヴィアと……」

「―――イリナ、お前……可愛いな」

「……………………へ?」

 

 するとイリナは俺の言葉にキョトンとし、そして目を見開いた。

 俺が今、ゼノヴィアから言われたことはこうだ。

『イリナを出来る限り褒めて貰っても良いかい?』っと言われたものだから、面白そうだから褒めてみた。

 後悔はしてないよ?だってイリナ、面白いから。

 

「昔はやんちゃで男の子みたいだったけど、今はこんなに可愛くなったからさ。幼馴染としては鼻高々だよ」

「な、な、ななななな!?いいいいい、イッセー君!?い、いきなり何で!?」

「それにいつも笑顔なところはイリナの良い所だし、それに優しいから皆に人気あるところもイリナの魅力だよ」

 

 そこで俺はゼノヴィアとアイコンタクト―――ゼノヴィアはイリナの残り三枚の手札の内、一枚に手を伸ばした。

 そしてイリナはと言うと……錯乱中だ。

 

「や、止めてぇぇぇ!!堕ちちゃう!!イッセー君にそんなことを言われたら堕ちちゃうよぉぉぉぉ!!!ってゼノヴィア、それはダメェェェェェ!!!」

 

 イリナはゼノヴィアが手札を引こうとしているのに気付き、錯乱するまま言葉を漏らした―――あ、ホントにゼノヴィアの作戦通りになった。

 ゼノヴィアはイリナの台詞でニヤッと笑い、そして先程引こうとしたカードを引き、そして上がった。

 イリナはそこでもう一度叫ぶも、しかし今はそれどころじゃなかった。

 ……翼が、白と黒に点滅してる。

 これは確か天使が堕天使に堕ちる時の現象だったはずだ。

 ―――少し悪いことしたかも。

 

「じ、じゃあ僕も……あ、上がり」

「ま、負け……た…………」

 

 イリナは手札をシャッフルしないままギャスパーにジョーカーの位置を察知され、そのまま負けるのだった。

 そしてゼノヴィアは立ち上がり、高笑いを上げた。

 

「ははははは!イリナ、これでお前は私をおバカとか言えないだろう!お前の敗因は天使であることだ!!」

「うぅぅぅ……ゼノヴィアに、負けた……ガクッ」

 

 そのままイリナは倒れていくのだった。

 俺とギャスパーと言えばその光景に苦笑いをするしか出来なかった。

 

「ところでイッセー、修学旅行の事だが」

「おいおい、イリナを放っておいてやるなよ」

 

 俺は崩れ去るイリナの頭をポンポンとしながらそう言うと、イリナは涙目で俺に懇願するような顔つきになった。

 

「うぅぅ……イッセーくんだけだよぉぉ、私にやさしくしてくれるの……ガブリエル様も厳しくて、ゼノヴィアもこんなのだから…………イッセー君の優しさで涙がでちゃうの……」

「そうか、そうか。幼馴染だから当然だろ?」

「でもね?漫画に出て来る幼馴染ってたいてい―――うわぁぁぁぁぁん!!!」

 

 イリナは一人でブツブツ呟くと、そのまま泣き叫んでしまうのだった。

 …………イリナ、気を強く持つんだ!

 ってか色々な意味でメンタル弱いな、俺ももっと優しくしてあげよう。

 そう思うのだった。

 

「修学旅行ねぇ……そう言えばもうそろそろそんな時期か」

「班分けは是非に私と同じ班になってほしい。当然、アーシアや黒歌もいるから安心して良い」

「ちょっと、ゼノヴィア!?私はどうなの!?」

 

 するとイリナは復活して、あっさり自分が抜け者にされていることに全力でツッコんだ。

 ……これはメンタルが弱いのか強いのか、良く分からないな。

 と、ゼノヴィアは薄く含み笑いをした。

 

「良いかい、イリナ―――班のメンバーは基本女子三人という暗黙の了解があるんだ。つまり後から来たイリナでは……うぅ。私も悲しいよ」

「全く悲しそうな顔をしていないじゃない!ちょっと笑ってるじゃない、ゼノヴィア!―――って、え?ホントなの?嘘よね?」

「ああ、悲しいことだが…………イリナ、君は強く生きるんだ」

 

 イリナはゼノヴィアの言葉に軽く絶望した顔になるが……イリナ、考えたらこれが嘘ということは分かるはずだ!

 まず黒歌はイリナと転校した日が同じだし、何よりゼノヴィアは桐生をカウントしていないぞ!

 しかも班員の数は全部で5名以上10名以下という制限もあるから!

 しかしイリナはなお絶望していた。

 

「え、どうしたら良いの?え?え?」

「……先輩、ちょっとあれは……」

「うん、流石になぁ……」

 

 俺とギャスパーはこそこそ二人のやり取りを見ているが、当のゼノヴィアもやり過ぎたと思うところがあるのか、本気でへこんでいるイリナを見て俺とギャスパーの方をチラチラと見ていた。

 ……目線を合わせない俺とギャスパー。

 焦るゼノヴィア、沈むイリナ。

 その部屋の中には異様な空気が浸透していた。

 

「皆さん。ここにいるんですか?」

 

 すると部屋の扉を何度か控えめにノックをして、アーシアが室内に顔を覗かせた。

 ―――この空気を破ってくれるのか、アーシアは!

 流石は女神に至っただけのことはある!

 するとアーシアは軽く沈んでいるイリナに気付いて、急いでイリナに近づいた。

 

「い、イリナさん!どうしたのですか!?」

「あ。アーシアさんだぁ~……あのね?私、皆と一緒に……修学旅行……うえぇぇぇぇん!!!」

 

 するとイリナは未だ勘違いしながらアーシアに抱き着いた。

 アーシアは少しキョトンとした表情をしており、そしてイリナの背中を優しく摩って……

 

「はい!一緒に修学旅行を楽しみましょう、イリナさん!私もそういう行事は初めてで楽しみです!班も一緒ですから!」

 

 ―――ああ、これこそアーシアだからこそ成せる業ッ!!

 アーシアの優しい笑顔と言葉でイリナの涙は止まり、更に表情はパァァっと明るくなった。

 

「ホント?私、皆と一緒に回れるの?」

「はい!でもどうしてそんなことを……」

 

 アーシアは俺たちの方を見ると、するとゼノヴィアは苦笑いをしながらアーシアから視線を外した。

 ゼノヴィア……流石にバレバレだぞ?

 アーシアはゼノヴィアがイリナを泣かしたことを察したのか、ゼノヴィアに近づいて……

 

「ゼノヴィアさん、あんまりいじわるしたらメッ、ですよ?」

「あ、あぁ……すまない、イリナ。少し調子に乗ってしまった」

 

 流石のゼノヴィアもイリナに素直に謝り、騒動は何とか収束に近づいた。

 ……うん、皆仲良くが一番だよね。

 

「もう、ゼノヴィアはホント意地悪よね!でも素直に謝ってくれたから許してあげる!だって私は天使なんだもん♪」

「そ、そうか……」

「ええ、イリナさんは凄く良い天使さんです!」

 

 ……ゼノヴィアはイリナの台詞と満面の笑みのアーシアを見て、ちょっと苦笑いをした。

 ―――分かるぞ、ゼノヴィア。お前が考えているであろうことが。

 イリナは直接見ていないかもしれないが、アーシアは何と女神に至ったからな……天使どころの話ではない。

 でもここで言ってしまえばイリナは―――考えるのはよそう!安全が第一だ!

 俺は心の奥深くでそう考えるのであった。

 

 ―・・・

 俺が主役を務める『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン』の放送時間は人間界側で言うところの朝に当たる時間だ。

 実は冥界の時間的役割は人間界側に合わせており、今は昼頃。

 今日は休日な上に特に悪魔の仕事はないということで、結構のんびりしていたりする。

 

「ふんふんふん♪おいしっくな~れ、イッセーちゃんのために~♪」

「はうぅぅぅ~……流石まどかさんです……っ!!」

「ホントそうよねぇ……あの可憐さは一体なんなのかしら。まどかさんはずっとあんなに綺麗だから、きっと秘密があるに違いないわ!」

 

 台所には鼻歌混じりにフライパンを振りながら楽しそうに料理する母さんの姿があり、その姿を見てキラキラと目を光らすアーシアと、感心するイリナ。

 ……うん、最近母さんが実は学生なんじゃないかと思うときが多々あるよ。

 っていうか日に日に若く見えるのは何故だろう。

 

「やはり一番のライバルとはまどかさんなのかしら……」

「そうですわね……まどかさんの弟子にしてもらいたいですわ」

 

 朱乃さんと部長も何やら二人で会話をしている……っていうかこの人数の料理をそそくさと作っている母さんの家事能力は相変わらずすごいな。

 ……ちなみに今、この場にはグレモリー眷属の一部とイリナしかいない。

 ドラゴンファミリーについては今日はオーフィスはいなく、普段休日は家に来るチビドラゴンズやティアも今日はいない。

 何でもティアはチビドラゴンズの修行で、オーフィスは面白そうだからとそっちについて行ったんだ。

 小猫ちゃんと黒歌は姉妹二人で色々と絆を深めているらしく、今日は外でご飯を食べると言っていた。

 俺も誘われたんだけど、先にゼノヴィア、イリナ、ギャスパーから誘いを受けていたからそっちを優先した、っというわけだ。

 遊んでいる間は部長、朱乃さん、アーシアはガールズトークをしていたそうだけど。

 ……っと、こんな風に兵藤家では基本皆仲が良く、色々な組み合わせで話したり遊んだりしている。

 ただ最近は遊びに誘われることが多かったりする。

 

『休日はのんびり、そして偶に修行。そして平日は基本的に学業を終えてから修行。ある意味で理に適っているな』

『修行疲れを大体休日に落とすのは良いことです。適度の休息をすることで修行の質も高くなるので』

 

 っと、俺の修行を長年管理してくれている二人からのお墨付きだ。

 この毎日のサイクルが良いんだろう。

 日に日にみんなの力も徐々にだが強くなっており、仲間として頼もしいしな!

 

「ところでイッセー?午後は何か用事はあるかしら?」

「用事、ですか?いえ、特には……」

「なら丁度良いですわ。イッセー君、お昼にリアスと私と一緒にお洋服を買いに行きましょう」

 

 服を買いに、か。

 そう言えばしばらく新しい服とか買ってないか。

 

「イッセーってあまりお洒落に興味がないみたいだから、私と朱乃でコーディネイトしてあげるわ」

「うふふ……男の子の服を選ぶのも楽しそうですわ」

 

 う~ん……まあ良いかな?

 俺は少しの間は激しい修行とか、そういうのは禁止されているから……ドライグとフェルに。

 

『今は体に負担を掛けるのは良くないからな。相棒が思っているほど覇龍の影響は大きいのだ』

『一時的な戦闘は良いです。ですが長時間の修行は今は抑えた方が良いです』

 

 って感じで止められているから、気分転換には丁度いいか。

 

「分かりました。二人の買い物にも付き合いますね」

「良いのよ、イッセー。幾つも店をチェックしているから、イッセーに似合う良い服を選んであげるわ」

「あらあら、うふふ……これは依然として楽しみですわ」

 

 これで昼以降の予定は埋まったか。

 そう言えば他の皆はどうするんだろうか。

 

「皆はこの後、どうするんだ?」

「ぼ、僕は祐斗先輩とアーシア先輩と一緒にアザゼル先生に、その……神器関連のことを少し……」

「私は地下のトレーニングルームで少々鍛えるつもりだよ」

「私はまどかさんと昔話を少々ね!」

 

 なるほどな。

 誘われなかったら神器組に付いて行きたいところだったけど、まあ良いか。

 基本的に神器組は神器関連の勉強と修行……特に今回はアーシアの禁手についての考察がアザゼルの興味深い所か。

 俺も結構考察してみたけどな。

 

「はーい、皆出来たよ♪料理名はパスタ類5番勝負!!かしらね?」

『―――いつの間にこんなに……ッ!?』

 

 俺たちは奇跡的に声を一つにし、5種類もあるパスタ料理を前にしてツッコムのだった。

 ……うん、あり得ない!

 あんな短時間で5種類のパスタ料理を作る母さん、すごすぎだろ!?

 ―――ちなみに味はお金を取れるほどのおいしさだった。

 

 ―・・・

「イッセー君はカジュアルな方が似合いますわ!」

「いや、違うわ。イッセーは爽やか系の方が似合うに決まっているわ!」

 

 ……現状を説明しよう。

 今、俺は朱乃さんと部長と共に買い物に来ている。

 そして今は男向けの服が売っている店内で二人に服をコーディネイトしてもらっていた……わけだけど、結果的に意見が食い違って今のように二人は言い合いとなっている。

 朱乃さんは俺にカジュアル系の服を勧めているのに対し、部長は爽やかで清潔感が漂う、いわゆるきれいめ系の服を勧めているんだ。

 それでいつものように言い合いになっているという状況……周りの視線が少し厳しいな。

 何せ二人は俺から見ても凄まじいほどの美少女だ。

 スタイル抜群、容姿端麗で長身。

 どこぞのファッション誌に載っても遜色がないほどの美貌をしている。

 そんな二人と男物の買い物に来る男子とか、そんなものは嫉妬の対象として見られるのが妥当なところだ。

 ……まあ嫉妬の視線はどうでも良いけど、ここでまた喧嘩になるのは店側に迷惑が掛かるな。

 ここらで止めて―――

 

「およよ?イッセー君、こんなところでどうしたの~?あ、この前ぶりかな?」

「―――観莉?どうした、こんなところで……」

 

 俺は突然頬をつつかれて振り返ると、そこには観莉の姿があった。

 観莉は手元に紙袋をいくつか持っており、恐らくは買い物に来ているのか?

 ってかなんで男物の店の中にいるんだろう。

 

「この店の横を通り過ぎようと思ったらイッセー君の後姿が見えまして……それでイッセー君はお買い物?」

「ああ。部活の先輩とちょっと……」

 

 俺は視線を二人に向けると、するといつの間にか部長と朱乃さんは言い合いを中断させ、俺と観莉の方を見ていた。

 ……視線が鋭いものになっているのは気のせいだろうか。

 今はそう思いたい。

 

「へ~……ってうわ!すっごい綺麗な人!イッセー君の周りには綺麗な人が多いね!」

「あら、ありがと―――それでイッセー?しっかりと紹介してもらえるかしら?」

「そうですわね……イッセー君、紹介してもらえます?」

 

 部長と朱乃さんは出来る限りの笑顔を俺に向けながらそう言うが、でも目は笑っていない。

 全くもって、これっぽっちも笑っていなかった。

 

「え、えと……こっちは袴田観莉っていって、今は中学三年生です。来年は駒王学園を受けるらしくて、たまに俺が勉強とかを教えているっていうのはこの子で」

「袴田観莉です!いつもイッセー君にはお世話になってます!」

 

 観莉は凄まじい良い笑顔と元気な声でそう自己紹介をした。

 どこからどう見ても好印象に映るだろう。

 

「そう。私はリアス・グレモリー。イッセーが所属しているオカルト研究部で部長をしているものよ」

「私は姫島朱乃と申します。リアスと一緒でオカルト研究部で副部長をしていますわ」

「リアスさんに朱乃さんですか……よろしくお願いします!来年は絶対に駒王学園に入りますので!」

 

 おぉ、観莉はすごい自信だな!

 でも確かに最近の観莉の成績は右肩上がりだし、特に観莉はプレッシャーに強い負けん気の持ち主だから心配はないか。

 それに努力家だし。

 

「元気な子ね。頑張りなさい」

「まあその頃には……ふふ」

 

 ……その頃には部長も朱乃さんも卒業している。

 朱乃さんはその言葉を最後までは言わず、ニコニコフェイスを見せるのだった。

 

「それでイッセー君。今日はこのお姉さんたちとお買い物?」

「ああ。それで今は俺に似合うジャンルの服で言い争いになっていたんだ」

 

 俺はジト目で二人を見ると、すると二人は視線を俺から外して苦笑いをした。

 っと、観莉は店内を見渡すような仕草を取った。

 

「ふむ、ふむ……あ。あんな感じなら……」

 

 観莉は何か考えるような目で店内を俳諧し、そして服の一式を手に戻ってきた。

 

「イッセー君って大人っぽいし、それにお兄ちゃん肌だから黒を基調にしたお兄系の服で攻めてみたらどうかな?アクセサリーとかつけたらそれっぽくなると思うよ?ほらほら、着替えた♪」

 

 すると観莉は俺を更衣室の方まで押し、そのまま仕方なく俺は更衣室に入った。

 ……まあとりあえず着替えてみるか。

 季節的には秋っぽい服だけど、まあ先取りということで俺は着替えてみた。

 スーツっぽい上着にカジュアルなシャツ、それとお洒落風なネクタイにシルバー色のブレスレット、それと革靴にぴっちりとしたジーンズ。

 俺はそれを全部身に纏い、そのまま更衣室から出た。

 

「「―――ッ!!?」」

 

 俺が更衣室から出ると直ぐに部長と朱乃さんは俺を観察するように見て、そして驚いたような表情となった。

 ……なんか、色々な方向から視線を感じるような気がしてならない。

 

「うんうん、似合ってる♪それにコートを羽織れば冬季なら結構爽やかな感じになるし、夏なら上着を脱いでシャツだけでも良いと思うよ?カジュアルと爽やか系の両方で行けると思いますけど……」

 

 観莉は部長と朱乃さんに語り掛けると、すると二人は突如、観莉の手を握った!

 うお、早い!

 動きが段違いだ!

 

「袴田さん―――いえ、観莉さん。あなたのチョイスは素晴らしいわ!」

「ええ、イッセー君の良さが出ていますわ……私もまだまだですわ」

「い、いやぁ~。お二人に褒めてもらえれば嬉しいです!」

 

 観莉は少し恥ずかしそうな表情をしながらポリポリと頭を掻くと、少し二人から距離を取ろうとする。

 そう言えば自分で人見知りって言ってたもんな。

 でも観莉のおかげで騒動に終止符が打てて良かった。

 

「じゃあ俺、この服を買ってきますね?」

「あ、イッセー。今日は私と朱乃が全部代金を持つわ。イッセーは前にオーフィスと買い物をして破算したのでしょう?」

 

 ……ああ、オーフィスと一日ゆっくりと遊んだ日の事か。

 あの時はオーフィスが下着を持っていないという新事実が発覚し、急遽、オーフィスの下着を買いに行ったものは良いけど、結果的に流れで20着以上の下着を買う羽目になったということだ。

 それで銀行からわざわざお金を下ろして、結構やばい金額が一気に消えたからな。

 まあそんなこともあり、俺は結構自由に使えるお金は少なかったりする。

 悪魔稼業のお金や事件を解決した奨励金、それと特撮の方のお金はすごい額はあるんだけど、そっちの方はいつか上級悪魔になった時のために必要になるから基本的には溜めておけと言われているからな。

 ……今回はお言葉に甘えよう。

 また買い物に来た時は俺が払えば済む話だしな。

 俺はもう一度着替え、来ていた服の一式を二人に渡すとすぐに会計を済ませ、店の外に出た。

 観莉はどうやらこの後はバイトらしく、部長たちが会計をしている間に帰って行った……確か次に勉強を見るのは来週だっけか?

 部長たちの服も無事に買ったことだし、今日はもう―――

 

「じゃあイッセー、次の店に行くわよ?」

「あらあら……次は下着でも選びに行きましょうか」

 

 ―――女性のお買い物がこんなもので終わるはずもなく、そのまま十数店舗をはしごにしたのだった。

 ちなみに帰る頃には俺の腕はおろか、首にまで買い物の袋が吊ってあったりするが、それは気にしないことにした。

 ―・・・

「あ……んん……イッセぇ……そこ、ダメにゃん……私、おかしくなるにゃん……ッ!!」

「おい、何紛らわしい声出してんだ」

 

 俺は密着する黒歌の無駄に艶やかな嬌声にツッコむが、当然そんな嬌声が上がるような行為はしていない。

 現在は既にその日の夜となった頃だ。

 俺は部長と朱乃さんとの買い物から帰宅してそのまま晩御飯を食べ、そして今は黒歌と小猫ちゃんによる仙術治療を受けているんだ。

 二人は布地の薄い白の装束服で俺に密着する形で仙術による治療をしており、より詳しく言えば俺の気の流れを自己回復するように促し、それによって覇龍によって消費した命を回復しているんだ。

 俺はと言うと上着を脱いで上半身裸である。

 それを二人掛かりでしており、俺には何とも言えない心地の良い気持ち良さと、決して意識してはいけない女の子の柔らかさが……ッ!!

 意識するな、意識するな!

 二人は俺の元飼い猫、守るべき存在!!

 

「……せん、ぱい……どう、ですか?気持ち良いですか?んっ……」

「ちょっと小猫ちゃん!?最近、小猫ちゃんは黒歌に毒され過ぎじゃないかな!?」

「にゃふふ……何だかんだで白音と私は姉妹だからねぇ。根本的には白音もしっかりとエッチな側面もあるんだにゃん♪」

「……えっちじゃないもん」

 

 小猫ちゃんがぷくっと頬を膨らませながら黒歌に文句を言うが、それを見て黒歌は更に顔を真っ赤にしていた。

 

「もう、可愛いにゃん!!白音、可愛いにゃん!!」

「……俺の背中に体を密着させながら暴れないでもらえます?」

 

 俺は割と真剣にそう言うが、黒歌はなおも悪戯な笑みを浮かべるだけだった。

 

「エッチな気分になっちゃった?それなら黒歌ちゃんが……」

「いや、やっぱり良いや。うん、そのままで仙術をお願い!」

 

 俺はこれからの展開を予想し、先にその展開に終止符を打つようにそう言うと、途端に黒歌からは舌打ちが聞こえた。

 ……恐ろしい。

 

「……お姉さま。冗談はさておいてください」

「あれれ~?冗談と思うにゃん?白音だってイッセーとエッチなことしたいでしょ?」

「…………………………………………」

 

 ―――お願いだから黙らないで、小猫ちゃん!

 そして顔を真っ赤にして俯かないで!そしてそこから上目遣いは止めてくれ!

 可愛過ぎるから!!

 

「……まあ私は直接イッセーの覇龍を見たわけじゃないけどね~。でも、一度だけヴァーリの覇龍を見てるから、どんなものかは知ってるにゃん」

 

 すると黒歌は治療の仙術を俺に行使しながら、そんなことを話し始めた。

 小猫ちゃんもその言葉にハッとしたような表情となり、そして真剣な表情で俺の顔を見る。

 

「お願いだから、二度とあれは使わないで。イッセーにあんなものは似合わないにゃん。イッセーはこう……もっと優しい力があるから」

「……優しい力、ですか?お姉さま」

「そ。白音もしっかりとイッセーを見るにゃん。今はこの眷属はイッセーの本質を見ようとしているにゃん―――ま、言うだけ意味ないよね~♪」

 

 黒歌はそれだけ言うと、先ほどと同じように仙術の治療を再開した。

 ……俺には似合わない、か。

 ああ、あんなもの似合ってたまるか。

 だけど俺はあれを使った。

 何かを守るためには力が必要だ……だけど力は結果として誰かを傷つける。

 誰かを守るためには覇がいるけど、覇は嫌い……矛盾も良い所だ。

 

「……先輩。先輩が私を必要としてくれるなら、何でもします……っ。だから……もう覇龍は使わないで、ください……っ!先輩が目の前で死ぬのは……もう、嫌です……!」

「…………小猫ちゃん」

 

 俺は一度、小猫ちゃんの目の前で死んでいる。

 きっと俺の死は小猫ちゃんにとってはトラウマに近いものになっているのかもしれない。

 現に小猫ちゃんは瞳に涙を溜めながら俺にそう懇願し、体を震えさせているから。

 ―――黒歌の言葉の意味が今になって分かった。

 皆が最近、俺に妙に迫ってくるのはきっと……俺を知るため。

 自分からは自分のことを一切、話さない俺に自分から近づいて、俺を受け入れようとしているからなんだろう。

 俺もそれに応えて、早く自分のことを話さないといけない。

 ……でも、もしこの大切な存在を失いそうな時になったら―――俺は使ってしまうだろう。

 だけど俺がもう一度、覇龍を使ってしまえば俺の命は完全に断たれ、皆は更に悲しむことになる。

 眷属の皆が、ドラゴンファミリーの皆が、家族が、友達が俺に向けてくれる好意を全て俺は棒に振ることになる。

 だから俺は今以上に皆を危険に晒さぬように守る力を強くしないとな。

 俺たちがこれまで相対してきている相手は、いつ自分たちが殺されても可笑しくないレベルの奴だ。

 だから―――

 

「―――きっと、皆を守って見せる。笑顔で居てみせる。だから……心配すんな!」

「……私も強くなります。これまで以上に……だからなんでも一人で抱え込まないでください」

 

 小猫ちゃんはキュッと俺を抱きしめてそう呟くと、すると後ろの黒歌は少しばかり不機嫌な声を上げた。

 

「むぅ~……白音に一本取られたにゃん!白音、自分の武器をフル活用するのはズルいにゃん!」

「……別に武器なんて」

「違うにゃん!白音のその儚くも抱きしめたくなる可愛さは驚異的にゃん!!―――もうこうなったら」

 

 すると黒歌は後ろから抱きしめる強さを強く……っておいおい、これは洒落になんないぞ!?

 黒歌から布の掠れる音が聞こえたと思うと、途端に俺の背中に圧倒的な弾力と柔らかい感触が……ッ!?

 

「もうイッセーが理性崩壊するまで責めるにゃん♪」

「く、黒歌!お前、何してんだよ!?」

「……お姉さま。それは卑怯です―――なら」

 

 小猫ちゃんは決意をするように声を漏らすと、途端に顔を真っ赤に上気させながら自分の白い装束服を脱ぎ始める!?

 元々布地が薄いのに脱いだら駄目だろ!!

 俺のそんな心の叫びは虚しく、小猫ちゃんは完全に生まれたままの姿となり、恐らくは後ろの黒歌も同じ―――どうしよう、パパ、ママ!!

 

『むむ―――今、相棒が……パパ、と……―――フェルウェルぅぅぅぅぅ!!!酒だ!!酒を飲むぞぉぉぉぉぉ!!!!』

『ふふふふふふふふふふふふふふ!!この日がついに!ドライグ……今日は飲み明かしましょうか!!』

 

 ―――この親馬鹿ドラゴン!おたんこなす!!おバカ!!

 なんでここで嬉しくなって発狂してんだよ、この!

 

「初めては二人きりが良いけど―――良いにゃん、白音。初めてが三人一緒っていうのも新鮮にゃん♪」

「……優しく……リードしてください。先輩……」

「―――なんで準備万全みたいな声してるんだよぉぉぉぉ!!ほら!!もう仙術は終わっただろ!?」

 

 俺は最後の抵抗というように二人にそう叫ぶように懇願するも、すると途端に二人は不思議そうな顔をした。

 ……なんでそんな顔をするんだ?

 

「ねね、イッセー―――エッチもれっきとした仙術だよん?」

「………………はい?」

 

 俺は聞き違いと思い、もう一度黒歌に問いただした。

 きっと何かの間違いだろう!

 すると次は黒歌ではなく小猫ちゃんが恥ずかしそうな表情で話した。

 

「……その……より詳しく言えば房中術です……気の扱いに長けた女性…………つまりお姉さまと私が男女の意味で一つになることで他人に気を分け与えて生命力の活性化を促す方法で……」

「簡単に言えばエッチして、イッセーに気を送るってこと♪手っ取り早い上に子作りも出来るから一石二鳥……いや三鳥?それとも四鳥かな?」

「―――聞き間違いであって欲しかった……ッ!!」

 

 俺は天井を仰いでそう言うも、当の二人は既に目がね?据わっているんだよね?

 あはは、何この状況―――誰か、助けてくださいッ!!

 そんな馬鹿なことを考えていると、突然小猫ちゃんが少し体をビクンと震えさせた。

 耳と尻尾は鳥肌が立ち、小猫ちゃんの頬がトロンとしていく。

 

「せん……ぱい……なんか、顔があったかくて、ぽかぽかします……」

「…………黒歌?なんか小猫ちゃんが暴走している感じがするのですが?」

「ああ~……白音にはまだ刺激が強すぎたのかにゃ?―――仕方ない、今日は諦めるにゃん」

 

 すると黒歌は俺から離れて裸のまま小猫ちゃんに近づき、頭を軽く撫でた。

 その手からは青白い光が出ており、恐らくはあれは仙術か何かだろう。

 

「……先輩……私、先輩のあかちゃんが―――ふにゃ~………………にゃふ……」

 

 小猫ちゃんが何か言ってはいけない言葉を言おうとした時、小猫ちゃんはそのまま猫言葉を言いつつ意識を失っていく。

 すると黒歌は小猫ちゃんを支えながら、自分の膝で小猫ちゃんを膝枕した。

 ……ってか服を着ろよ。

 俺はそう思いつつ、視線を二人から外して二人の白い装束服を二人の肩から被せた。

 

「ありがと。ま、こんな風にまだ白音に子作りはまだ早すぎるにゃん。でもあのまま放っておいたら間違いなく発情してたはずだから……ちょっと気を操作して眠って貰ったにゃん」

「黒歌は大丈夫なのか?」

「私は自分の発情期を操作できるからね~……ま、発散するときはイッセーで発散するにゃん♪――――――でもイッセー」

 

 ……黒歌は少し真剣な表情を向けてきた。

 それによって俺は姿勢が真っ直ぐとなり、変な緊張感が走る。

 

「もし本当にイッセーの寿命が無くなりそうになったら、私は無理やりイッセーを襲ってでも房中術をするにゃん。だからそうならないように自分の命は大切にして―――エッチするなら和姦が良いにゃん♪ほら、女の子はやっぱりラブラブなのを期待しちゃうからね~」

「……ごめん、最後のが無ければ俺の黒歌への好感度は爆発してたよ」

 

 俺は黒歌の頭にチョップを加えると、黒歌はどこか嬉しそうにそれを甘んじて受けていた。

 ……命を大切に、か。

 確かに黒歌は俺が自分の命を顧みずに救った一人でもあるし、正直、ガルブルトの件ではヴァーリが助けに来なかったら俺は確実に死んでた。

 そうすれば黒歌は一生、俺を死なせてしまった十字架を背負うことになっていたのかもしれないのにな。

 反省しよう。

 行動がどうであれ、黒歌は俺の眷属として俺を見てくれている。

 皆が俺を見ようとしてくれているんなら、俺も皆ともう一度しっかり向き合わないとな。

 

「そう言えば、イッセー。お父さんは今はどこにいるにゃん?」

 

 すると黒歌は俺にそんなことを聞いてきた―――そう言えば、黒歌と小猫ちゃんは母さんや父さんとも面識があるもんな。

 何せ一年間、同じ屋根の下で生活した家族だ。

 ……父さん、か。

 そう言えばこの二人以外の眷属の皆は未だに会ったことがないよな。

 父さんは世界を転々と移動する人で、その理由は優秀な人材だからだ。

 凄い仕事の出来る人で、世界的大企業に所属しており、世界にある店舗を転々と出張を繰り返しているせいか、あまり家にはいない。

 とはいえとても家族想いで、普段から家族のためなら仕事なんて辞めてやる!!、なんて断言するくらい良いお父さんだ。

 実はドライグがライバル視しているというのは内緒だけど。

 

「父さんか……結構長い間会ってないからな。俺もそろそろ―――」

 

 会って話がしたいな、そう黒歌に言おうとした時だった。

 

『―――うぉぉぉぉぉぉおおお!!!!?い、家が!!?す、凄まじいほど豪邸になっているぅぅぅぅぅぅううう!!!?まどか、まどかはどこだぁぁぁぁ!!!!?イッセーぇぇぇぇぇぇ、どこだぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 ―――その時、家中に響き渡るほどの声が俺の耳に響き、その声が長い間続く。

 声が少し静まる頃には耳鳴りが耳に響き、その声量がどれほど大きなものかが分かった。

 

「……………………ね、イッセー?今のってもしかして」

「…………ああ。もしかしなくても、間違いなく……」

 

 俺は少しばかり溜息を吐きながらも上着を着て廊下に出る。

 そして階段を下りて一階に向かい、そして玄関先にいるとある男の姿を見て少しばかり苦笑いをした。

 その男ってのは俺よりも体格があり背が高く、なおかつこれでもか!、というほど雄の顔をしている。

 髪も短く切り揃えられ、母さんと隣にすれば間違いなく100人中100人が美女と野獣と評価するであろう人。

 

「おぉ、イッセー!!しばらく見ないうちにまた大きくなったな!!嬉しいぞ!!それで一体、この家はどうなっているんだ!?凄まじい豪邸でこの俺、兵藤謙一を以てしても流石に焦ったぞ!!」

「あはは…………おかえり―――父さん」

 

 ―――兵藤謙一。

 正に雄と言うべき我が不肖の父がこの時を以て帰ってきた。

 それを意味していたのだった。







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第2話 父の襲来と英雄の影

「いやはや、やはりまどかの飯は最高だな!!わはははは!!!」

 

 ただいま我が兵藤家のリビングで異様な量の料理を平らげている大男……もとい俺、兵藤一誠の父である兵藤謙一は高笑いを上げながら愉快な調子でいた。

 口の中に食べ物をたくさん頬張っている姿には品など存在はしていなく、まさしく雄!!、というべきか。

 そんな父さんを遠目に見るグレモリー眷属とそして何故か少しばかり父さんを睨む母さん……母さん、そんな目を向けてあげないで!

 ちなみに俺は父さんの向かいの席で苦笑いをしながら父さんと向き合っていた。

 父さんが帰って来て丁度一時間ほど経過しており、父さんを初めて見た小猫ちゃんと黒歌以外の眷属メンバーは最初、口をポカンと開けて驚いていた。

 そりゃそうだろう―――だって、俺と全く似ていないんですもん。

 それは驚きの一つや二つ、当たり前と言うべきだ。

 

「でも父さん、今回は帰ってくるのが突然だったな」

「おお、我が息子よ!あの糞社長め、家族の元に帰りたい俺の心を無視してまた転勤とか抜かしたからな!辞表を突きつけてやったら泣いて休暇をくれたってわけだ!そうだ、俺と久しぶりに格闘でもするか?とことん付き合ってやるぞ!!」

「あははは……」

 

 ……っとまあ基本的に家族想いでとても良い父親と言うわけだ。

 俺が尊敬する人でもあるし、世界的企業の一社員が辞表を突きつけただけで泣いて止めるほど父さんは有能な人で、俺たちが有意義に生活できるのだって父さんの力がほとんどだからな。

 俺の大好きであり、最も尊敬する人が父さんだったりする。

 あまり会えないってのが寂しいけどな。

 

『がぁぁぁ!?ぐぅぅぅぬぅぅぅぅ!!!また、か!!また貴様なのか、兵藤謙一めぇぇぇぇえええ!!!!』

 

 ―――その時、俺の中でドライグが憤怒するっ!!

 この野郎、またなのかよ!!

 ……ドライグは自称、パパドラゴンを名乗る親馬鹿ドラゴンの一角だ。

 そりゃあ俺をもう本当の子供のように溺愛しているし、俺も尊敬している。

 だからこそ、ドライグは父さんを凄まじいほどにライバル視しているんだ。

 フェルさんや、ドライグを止めてくれないか?

 

『はい、面倒ですから嫌です。こうなったドライグは無視するのが手っ取り早いですよ、主様―――全く、いい加減認めれば良いものを。兵藤謙一は立派な父親じゃないですか』

『分かっておる!!分かっているからこそ、譲れないものがあるのだッ!!!俺は何年にも渡り相棒を見て、共に生きてきた!だからこそ―――パパドラゴンとして、この男には負けられぬ!真の父は俺だ!!!』

 

 ドライグは俺の中で何かカッコいいことを叫ぶが、当然のことながらそれは俺やフェル以外には届くはずもない。

 ……はぁぁぁ。つい溜息が出るほどおバカなドラゴンだな。

 

「んぐ、んぐ……んん……はぁ、美味いな!流石はまどかの料理は世界一だ!愛する妻の飯とはどんなものよりも美味―――しげふッ!!?」

「んもう!!恥ずかしいからやめてよ!!もうケッチーの事なんか知らない!!」

 

 叫び散らす父さんについ手が出る母さん……そう、母さんが唯一手を出す相手は父さんなんだ。

 母さんは父さん限定で恥ずかしがり屋で、こんな風に父さんに褒めちぎられると父さんの頭を叩いたり、照れ隠しに暴力を振るう事がある。

 ある意味で父さんにのみ与えられた特権みたいなものだな。

 

「こ、これも愛の鞭なのか!?ならば俺はまどかの全てを受け入れる!!!」

「もういやぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 め、珍しい母さんのガチな叫びが家中に響く瞬間だった―――ちなみにこの父さんの暴走を止める役目は俺であり、俺は父さんにボディーブローを加えた後に背負い投げをするのだった。

 ………………10分後。

 

「はぁ、はぁ……イッセーも、腕を上げたなぁ……ってかお父さん、凄く体が痛いんだが」

「うん、だからさ―――いい加減学習しようぜ?ワザとやってたら本当に愛想つかされるからさ……」

「し、しかしならば俺の愛をどうやって示したら良い!?イッセーは俺の愛を受け止めてくれるのに何故、まどかは受け入れてくれない!!」

「いや、だから―――」

「俺は毎晩まどかを想いながら涙で枕を濡らしているというのにッ!!きっとまどかだって同じはずだ!!」

 

 …………………………言わないでおこう、毎晩22時に布団に入り、そのまま熟睡する母さんのことは。

 寝言で俺の名前を呼んだりしていることは。

 何故ならば父さんが血の涙を流すから。

 ―――っとまあこんな感じで騒がしい父だったりしているが、当の眷属の皆は未だに父さんに向かって訝しい表情をしているな。

 たぶん本当に俺の父さんと信じていないって感じだな。

 

「えっと、こんな感じで騒がしい父さんだけど、根はすごく良い人だからそんな不審がらないでも良いよ?」

「べ、別に不審がってないわ!は、初めまして、お父様!私はイッセーの所属しているオカルト研究部の部長で、今はこの家にホームステイをしているリアス・グレモリーと申します!」

「ひ、姫島朱乃です。以後お見知りおきをお願いしますわ、お父様」

「アーシア・アルジェントです!その、イッセーさんと仲良くさせて貰っていて、それと……その……あぅ」

「……塔城小猫です。イッセー先輩の後輩で、皆さんと同じく居候させてい貰っています」

「居候の迷い猫、黒歌ちゃんにゃん♪よろしくねぇ~~~♪」

「私はゼノヴィアと言う。それにしてもイッセーと全然似ていないな……」

「謙一さん、お久しぶりです!紫藤イリナです!今はイッセー君の家でお世話になっています!」

「ぎ、ギャスパー・ヴラディと申しま……うわぁぁぁぁぁん!!やっぱり怖いよォォォ!!」

 

 ……うわぁ。何かすごいカオスな空間となってしまった気がするのは勘違いではないんだろうな。

 っていうか挨拶も皆、個性だし過ぎでびっくりだよ!

 っていうかゼノヴィアに至っては酷い!

 尊敬の一文字すらない!そりゃあ元々あまり敬語を使う奴じゃないけども!

 

「わははははは!!ああ、知っているとも。まどかから話は当然聞いている!我が家を自分の家と思って暮らしてくれ!イッセーの仲間と聞いているから俺は大歓迎だ!!」

『は、はい!!』

 

 父さんの寛大な言葉に皆の目が光り輝く。

 そう、父さんはこんな感じで大らかな上にノリの良い人だから、あまり心配はない。

 良い意味で馬鹿な父さんは家の事も普通に受け入れたし、それにそれから今までの事を簡単に説明しても驚きはするも、特に疑うこともなかった。

 器がでかいからこそ、その会社の社長さんが泣いて止めるくらいだし。

 

『ぬぅぅぅぅぅう!!あの男め、また相棒の好感度を上げるなど……ッ!!羨ましい!!』

『……はぁ。結局ドライグは謙一さんが羨ましいだけなんですけどね』

 

 もうフェルからは溜息しか出てこないみたいだ。

 全く、フェルみたいに父さんのことを普通に受け入れたら良いのに。

 

「…………にしてもイッセー。かなりの美人がたくさん集まっているが、これはハーレムという奴なのか?」

「―――なっ!?何言ってんだよ、父さん!!」

 

 俺は突然の父さんの言葉に戸惑い、そう言い返した!

 いくらなんでも唐突過ぎる!

 っていうかなんでそんなことを普通に聞いてくるんだよ、この父親はぁぁぁ!!!

 

「いやぁ、男というものは罪深いからな!思春期ともなればハーレムに憧れるだろう?」

「憧れねぇよ!!」

「―――憧れないだとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 

 ―――いや、何で父さんが逆ギレしてんだよ!

 怒りたいのは俺だよ!

 

「何故イッセー!お前には俺の血が流れん!!どう考えても少しくらいは俺に似ても良いだろう!俺なんか全然女の子にモテないんだぞ!!お前は顔も良くて勉強も出来て、しかも人情に熱いだとッ!?どんな反則チートだ!!」

「父さんはもっと言動に気をつければモテただろうに!それに母さんと結婚できたから良いじゃん!!」

「それは…………まあ俺はまどかと結婚できただけで幸せ者だが―――って話を誤魔化すなぁぁぁ!!!」

 

 ……実を言えばドライグが父さんをライバル視しているのは、ある意味で同族嫌悪だったりする。

 言ってしまえば父さんとドライグって似ているんだよね。

 行動原理とか、俺に向けて来る感情とかほとんど一緒だし。

 っていうか父さんと俺の口論で母さんの顔がみるみるうちに真っ赤になっている!

 母さんが乙女の顔を見せるのは父さんが関わった時だけだから、これはかなりレアだったりする。

 

「親と子でどうしてそこまで差が生まれる!?まどかは俺にはすごく冷たくて、イッセーにはあり得ないくらい甘々なんだぞ!!そんなもの、許せるか!!俺は母さんと知り合って以来ずっとこんな感じだと言うのにぃぃぃ!!!」

 

 途中から父さんの私怨が入っているのはもう気にしないでおこう。

 っていうかさっきから父さんが号泣しながら俺の肩を揺さぶってくるのが、そろそろ本気で邪魔くさくなってきた今日この頃。

 …………ドライグさん、どうすれば良いと思う?

 

『殺せば良いと思う』

 

 ―――ドライグ、流石に即答でそれはないと思うよ!?

 ……まあちょっとばかし気を失ってもらうとしますか。

 俺は多少の挙動で俺の肩を掴む父さんの腕を薙ぎ払い、慣れた動きで一回転して父さんの背中へ移動。

 そのまま父さんの首裏めがけて手刀を喰らわせると、父さんは酒の飲み過ぎで倒れた時みたいにふらついて、そのままその場に堕ちるのだった。

 …………世界のため、犠牲は必要なのだ―――っという冗談はさて置き、俺は仕方なく父さんをソファーに寝かせる。

 恐らくすぐに目を覚ますが、まあ冷静さは取り戻しているだろう。

 そして俺は母さんたちの方を向くと―――

 

「あのまどかさん―――なんで、イッセーさんのお父様と結婚したんですか?」

「そ、その……言ってはあれですが………………流石にあれはまどかさんの好みなんですか?」

 

 ―――そこには母さんと父さんが何故結婚したのか本気で疑問に持つ眷属の皆と黒歌、イリナの姿があり、当の母さんは涙目だった。

 

 ―・・・

 ソファーの上で大きないびきをかく父さんを横目に、リビングでは母さんを中心にして眷属と黒歌、イリナがいた。

 俺が父さんを眠らしてまだ数分しか経っていない。

 

「それにしてもイッセーのお父様があれほど個性的な方とは思わなかったわ」

 

 部長が控えめにそう言うが、別に遠慮なくぶっちゃけても良いと思うんだ。

 俺も何で母さんが父さんと結婚したのか分からないし……まあ仲は何だかんだで良好だしいい夫婦とは思うけどさ?

 でも母さんの性質と父さんと性質はどう考えても結婚へと行きつかないと思うんだ。

 うん、ホントなんで結婚したんだろう。

 今となっては深い謎だ。

 

「もう、ケッチーの事なんて知らない……っ!」

「まあ、まあ。父さんだって愛ゆえの行動だしさ?」

「愛ならイッセーちゃんの愛だけで良いもん!!」

 

 ……先程から母さんの口調が子供のようになっているのは無視してあげよう。

 一切違和感がないのが恐ろしいところだけど。

 ってか嘘でも俺だけで良いとかはダメだろ!

 

「……でも本当にイッセーちゃんがケッチーに似なくて良かったよね……生んだ時に最初に安心したもの」

『…………………………………………………………』

 

 俺たちは割と真剣な声音に苦笑いをしながら無言で黙るしかなかったのだった。

 でも何だかんだ言って体つきとかは父さんの遺伝だと思う。

 結構筋肉が付きやすい体格だし、そんなに背は高くないものの、身体能力は良い方だ。

 父さんの体格はプロレスラーレベルな上に格闘技を学生時代は幾つもしていたらしいからな。

 それに小さい頃は良く取っ組み合いの闘いをしてきたほどだし……よくよく考えると、俺の今の戦闘スタイルの基本が出来たのはある意味で父さんが起因しているような気もしなくもない。

 父さんは馬鹿みたいにパワーが凄くて、俺に怪我をさせるたびに母さんにぶち切れられてたっけ?

 ……良い思い出だ。

 

『くぅぅ……どうすれば俺は奴を超えられる……ッ!!我は力の塊と称させた二天龍の片翼、ドライグ!そんな俺が高が人間如きに!人間如きにぃぃぃ!!』

『ドライグ、先ほどからあなたの発言はやられ役の台詞です。しかもかなり三下の』

『―――ぬぉぉぉぉぉん!!俺は、俺は何であの男に勝てないのだぁぁぁぁぁああ!!!』

 

 ……マジ泣きするドライグに内心、冷や冷やしながらも俺は溜息を吐いた。

 父さんが帰って来てから騒がしすぎだろ。

 ―――ともかく、父さんが帰ってきた理由はしばしの休暇。

 それと愛する家族の顔見たさってわけか。

 でも父さんはすごく誠実な人だし、責任感もあるから仕事を投げ出してはいないんだろうな。

 しっかりとやることをやってここに来たというべきか。

 

「……私の好みっていうか、そもそもケッチーは好みからはすごく外れてるんだけどね。言っちゃえば私の本当の好みはイッセーちゃんだし」

「うん、それは息子である俺に対する言葉じゃないよな?父さん、死んじゃうよ?」

 

 俺は母さんに割と真摯に言うが、当の母さんはポカンとした表情だった。

 ……そう言えば母さんと父さんの馴れ初めとか聞いたことがなかったな。

 今まで聞く機会もなかったし、そう思うとすごく気になって来た。

 っていうか母さんの学生時代の話も聞いたことがないし。

 

「ではどうして結婚したのですか?」

 

 すると朱乃さんが俺たちが最も聞きたいであろう質問をする。

 母さんは朱乃さんの言葉に少しばかり赤面するも、少し間をおいて溜息を吐いた。

 

「……馬鹿、だったからかな?―――ってその話はもうおしまい!!」

 

 母さんはそれだけ言うと子供のような立ち振る舞いで立ち上がり、そのまま照れ隠しのようにリビングから出て行くのだった。

 ……結局のところ、全くもって理解不能な訳だけど―――ちなみに時間は22時。

 母さんの普段の寝る時間だった。

 

「……まどかさんの新しい一面を見た気がするわ」

「そうですね……でも照れるまどかさんもすごく素敵でした!」

 

 少し驚く部長とアーシアのキラキラとした目がとても印象的だったのは別の話である―――と、その時だった。

 突如、どこからか携帯電話の着信音が鳴り響き、耳を澄ますとそれは部長の服のポケットから聞こえていた。

 部長はそれに気付いて俺たちに目配りをして、俺たちは今いるリビングから二階の俺の部屋に移動し、そして部長は携帯電話ではなく、魔法陣を展開した。

 先程の音楽は俺たちが家にいる時に流れる着信音であり、もちろんそれは母さんの前では話しにくい事柄ということを示しているんだ。

 つまりは―――悪魔関連の依頼。

 または命令みたいなものだ。

 部長は魔法陣を介して連絡を取り始めた。

 

「―――そう。分かったわ。ソーナ、貴方は学校の防護をお願い。そちらは私達でどうにかするわ」

 

 部長が何かに頷いていることと、連絡相手がソーナ会長であることで俺は大体の事を理解した。

 ……部長は魔法陣を消して俺たちの方を向き、そして

 

「―――皆、仕事よ」

 

 その言葉と共に俺たちの表情は真剣なものへと移行した。

 

 ―・・・

 俺たちは今、廃工場の前にいる。

 先程、連絡によって祐斗を呼び寄せ、駒王学園の制服を身に纏う俺たち。

 俺の腕には白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)が装着されており、これには色々な理由がある。

 まず一つは俺の生命力が今は不安定な事。

 覇龍の影響で今は俺は体全身に物理的な負荷のかかる赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)は少しの期間だけ禁止されている。

 俺は別に大丈夫と言っているんだけどアザゼルの奴やオーフィスが口をそろえて使うなと言っているから仕方ない。

 従来の禁手ならともかく、俺の禁手は従来のものよりも格段に力の幅が大きいから、その分だけ体への影響が大きいんだ。

 だけど精神的な面では安定しているという理由で今はフェルの神器を基本ベースに使っている。

 そして何より、俺たちが今この場所にいる理由とは簡単に言えば―――この街に侵入した禍の団(カオス・ブリゲード)の殲滅だ。

 これは今に始まったことではなく、最近に至って良くテロ組織の奴らがこの街を小規模だが襲ってきている。

 三勢力が集まるここを襲うのはある意味で当然と言えば当然なんだけど、それを処理するのはこの街を任されている部長率いるグレモリー眷属、学校の防衛を任されているソーナ会長率いるシトリー眷属。

 後はアザゼルとガブリエルさん、イリナに俺の眷属候補である黒歌ぐらいというわけだ。

 ドラゴンファミリーの力、特にオーフィスの力なんかは大きすぎて街そのものを破壊してしまう恐れがあるから使えない。

 

「フェル、神器の禁手進行はどうだ?」

『はい。現状、主様がシルヴァーギアを禁手に至らせるまでの時間は10分ほど。それ以上の短縮は更なる進化が必要です。あと数分もすれば禁手に至るかと』

 

 禁手進行ってのは俺が創った創造神器を禁手に至らせるまでの時間を意味している。

 そんな簡単に言っていることだけど、これがまた凄まじい作業なんだ。

 フェルの言っている至らせるまでの時間は確かに10分ほどだが、これは俺が何もせずに至らせるまでの情報を神器に与え続けなければならない。

 つまりその10分間は俺は全くの無防備な上に何も出来ないんだ。

 そもそも創造神器を禁手に至らすこと自体が無理なことなんだけど、俺は以前のソーナ会長とのレーティングゲームでこの籠手を禁手に至らすことが出来た。

 それにより得た創造神器の至らし方と言うのが、俺が今まで得てきた知識、経験を元に神器に全ての情報を叩き込み、そして俺が禁手に至った原因。

 つまり匙との戦いの想いを鍵として禁手に至らす。

 これがまた難しいんだ。

 そして難しい上に禁手に至らすと精神的ダメージが蓄積されるというデメリットも存在する。

 だけどその代わりに従来の赤龍帝の籠手の禁手とは違い、非常に身体的影響が少ない禁手である白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)を行使できるという圧倒的なメリットがあるんだ。

 今回はそっちを使うため、悪いがドライグには静かにしてもらおう。

 もう少しで俺も安定するはずだからな。

 

『仕方あるまい。鎧は今の相棒にとっては負担が掛かり過ぎる。それに加え白銀の腕ならば一気に倍増の最大限のエネルギーを得ることが出来る上に、更に身体的な負担が少ないと来ている。極限倍増の数には限りがあるがな』

 

 ……鎧が長時間専用の力とするなら、腕は短期決戦用の爆発的な力だ。

 腕の一定間隔で埋め込まれている宝玉を一つ代償にすることで俺の出来る極限の倍増の力を一気に補充できるというノータイムラグが腕の利点にして美点。

 宝玉の数は片方12個の合計24個。

 解放時間は一つにつき2分という制限があり、連続使用で48分しか戦闘を続けることが出来ないというのが欠点の一つか。

 まあ宝玉を二つ以上同時に使うことも不可能なわけじゃないけど……それにこの神器にはまだ切り札と言えるシステムが残っているから大丈夫か。

 

「さぁ、行きましょうか」

 

 部長を先頭にして俺たちは廃工場の中へと侵入する。

 薄暗い工場の中にはいくつかの人影と気配を感じる……十数名ほどか。

 軽く目を凝らすと、その十数名は黒いコートを羽織っており、更には神器の香りがする。

 つまり―――

 

「―――英雄派、というわけか」

「その通りだ、赤龍帝」

 

 俺の呟きに言葉を返す男の一人―――英雄派の一人。

 英雄派は基本的に人間で構成されたテロ組織の一つであり、そのメンバーには名高い勇者の末裔や英雄の血族の者、神器を宿す者によって構成されている旧魔王派が消えて禍の団の現状において最大勢力だ。

 当然、ヴァーリみたいな一切テロ行為に興味を示さない変わり者のチームを除いての話だけど。

 トドのつまり、結局は英雄派の連中が最近、俺たちにちょっかいかけているってわけだ。

 つまり俺の仲間の敵であるということ―――例え人間であろうと、容赦はなしだ。

 

「部長、外に強固な結界を張りましたわ。これで外への影響はありません」

「ありがと、朱乃―――英雄派の方々。悪いのだけれど、ここで貴方たちには退場願うわ。ここに来てしまったのが運の尽きと思ってもらえるかしら?」

「ほう……それはこれを見てからにしてもらおうか!」

 

 すると男の声と共に俺たちの周りには黒い人型モンスターが囲み、そして今にも襲い掛かろうという殺気を放つ。

 ……なるほど、面倒だな。

 

「……一匹一匹は弱いですが、これだけ数がいれば面倒です」

「なるほどね。質で勝てなきゃ量で行け、ってことかにゃん?」

 

 黒歌と小猫ちゃんは仙術で敵の数を知ってそんな風に解釈したみたいだ。

 

「…………最前線はゼノヴィア、祐斗、イリナさん、小猫で相手の人型モンスターを食い止めて。中衛には朱乃、私が魔力戦で援護して、アーシアとギャスパーは後方支援。黒歌はイッセーと共に相手を叩いてもらえるかしら?」

「私とイッセーだけで良いの?リアスちん」

「この中で実力順に分けるとそうなるわ。基本的にイッセーと黒歌には相手の強いのを相手にしてもらい、こちらの殲滅が終わればそちらに援護する―――良い?」

『了解!!』

 

 ……今の俺たちにはそれと言った一定のフォーメーションはない。

 そんなものを用意していたら簡単に相手に動きを予測されるからな。

 だからこそ基本的に融通の利く俺と黒歌を主な戦力として、そこから相手の中心となる戦力を潰していく。

 言わば実践を生き抜くために臨機応変に戦うというのが俺たちの今の戦い方だ。

 グレモリー眷属と黒歌とイリナの戦いとは生き残るための手段。

 さて―――フェル、行くぞ。

 

「『禁手化(バランス・ブレイク)』」

 

 俺とフェルが同時にそう呟いたとき、俺の右腕の白銀の籠手は光り輝き禁手の予備動作を開始する。

 薄暗い廃工場の中はその光に照らされて明るくなり、そして俺の右腕の籠手は消えてなくなり、その代わりと言うように俺の両腕に極太の機械的なドラゴンの腕が装着されていた。

 一定間隔で宝玉が埋め込まれており、その一つ一つから凄まじいまでのオーラを放つ禁手。

 白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)

 多くの可能性を持つ、俺の力だ。

 

「じゃあ黒歌―――背中を頼むぜ」

「了解、主様♪」

『むっ……黒歌さん、わたくしの専売特許を奪わないください!』

 

 そんな軽口を交わす中、俺たちの方に攻撃を放つ英雄派の男!

 炎のようなものを放ってくるが、恐らくは神器によるものだ!

 すると黒歌は何やら呪文を呟くと共に背後にいくつかの青白い球体が浮かび始める。

 

「……にゃん、にゃん、にゃん♪炎を蹴散らせ、水の陣♪」

 

 黒歌は凄い上機嫌に指でその球体を操作して、炎にその球体を当てると、球体は状態を変化させる!

 球体は俺たちを包み込み、それはまるで炎から俺たちを守るようなドーム状のものに変わった。

 そして黒歌は残りの残った球体を上空に飛ばし、それをそのまま上空で破裂させて雨のようなものを降らせる……あれは確か妖術の類だ。

 しかも黒歌が今まで死と隣合わせの生活で得た実戦向きの妖術に仙術を織りなした、いうなれば妖仙術。

 

「相手を捕捉で水の蛇♪―――さてさて、イッセー。後でご褒美頂戴にゃん♪」

「……はいはい。んじゃあ行きますか」

 

 黒歌の行動はあいつの呪文のような歌にある―――ようはあの雨には相手を捕捉するための力があるということ。

 俺も詳しい力は分からないけど、この暗闇でしかも相手の力の存在も理解不能だからな。

 無難に相手の動きを察知できる黒歌の実戦向きな術だ。

 黒歌は現状では破壊力に欠けてはいるものの、こんな超一流の小技をいくつも持っている。

 恐らく悪魔化でその破壊力も得るだろうというのが俺の見解だ。

 ―――じゃあ行きますか。

 

「くっ!!赤龍帝には気をつけろ!奴のパワーは俺たちを一撃で―――」

「―――もう遅いぞ」

 

 俺は指示を出している英雄派の一人の前に一瞬で辿り着き、そして腕を振り上げる。

 その速度に奴らは反応することが出来ず、俺は腕を振り下ろして奴を殴り飛ばした。

 激しい金属音と共に殴り飛ばされる英雄派の男。

 そして俺の存在にようやく気付いた神器持ちの英雄派は同時に俺へと攻撃を仕掛けてきた。

 ―――っとそこに俺の後方からえげつない質量の破壊力抜群の魔力の塊を感じ、俺は直前でそれを避けた。

 部長だ。

 部長による後方攻撃により相手の英雄派は体勢を崩し、そして俺はその英雄派のみぞおちを殴る―――と共に宝玉の一つを砕き、中に眠る力を解放する!!

 

『Full Boost Impact!!!!!』

 

 この禁手においての倍増解放の音声と共に俺の力はタイムラグなしで一気に上昇し、小さな身体的負担が掛かるも、鎧に比べたら幾分マシだ。

 

「がぁぁぁぁあああ!!!?く、くそ!この俺が―――」

 

 何かを言おうとした英雄派に対し、俺は拳をめり込ませた状態を止め、そのまま殴り飛ばした!

 ゼロ距離からの解放と衝撃に相手は耐えることが出来ず、俺が殴り飛ばした男は辺りの物を消し飛ばしながらぶっ飛んでいき、建物の外に飛んでいった。

 ……恐らく、体の骨が何本も砕けた。

 動けないはずだ。

 

「お、おのれぇぇ!!赤龍帝!!!光の槍よ、奴を射抜けぇぇ!!!」

 

 ―――ッ!!

 俺の付近にいる男の一人が光の槍のようなものを手に出現させ、それを放とうとしていた!

 まさか……いや、堕天使はない。

 なら光関係の神器というのが妥当か―――アスカロンは赤龍帝の籠手に収納されているから出すのにタイムラグが生じる。

 となれば―――心配は要らないか。

 

「―――雷光よ!!」

 

 俺がそう思った瞬間、その男へと雷光が一瞬と言える速度で放たれる!

 それは朱乃さんから放たれたものであり、そして当の朱乃さんは堕天使の翼と悪魔の翼を展開し、これまで以上の質量を誇る雷光を全身に纏っていた。

 ……違う、手に何かがある。

 あれ―――雷光による弓の具現化かッ!?

 朱乃さんは弓らしきものの弦に手を添えて、更に弦を引く。

 それにより何もない手の中に雷光が集まり、そしてそれは小さな振動と共に最小限の雷光漏れで収まっていた。

 ……あれが朱乃さんの新しい力、雷光による弓と矢の遠距離弓撃。

 

「くっ!奴が堕天使と悪魔の血を引く巫女かっ!!汚らわしい!!」

「あらあら別にあなたに褒めてもらわなくても、イッセー君に褒めて貰えればいい―――ですわ!!」

 

 朱乃さんは次の瞬間、弦を離してそのまま雷光の弓矢による一撃を掃射した。

 雷光の矢はそのまま光の力を使った男の肩へと直撃し、そして―――彼にとっての地獄が始まった。

 

「……?痛く、ない?」

 

 …………うわ、すっごい勘違いしてるよ。

 これから始まる地獄を知らない方が今は幸せか。

 ―――俺は即座にその男から距離を取り、そして次の瞬間。

 バリリリリリリリリリリリィィ!!!………………激しい電撃音が俺の耳に届いた。

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!?!!?」

「……あらあら。少し品がありませんわ!」

 

 ……朱乃さんは楽しそうに笑いながら、光の神器を持つ男へと距離など関係なく雷撃を放ち続ける。

 あれは―――恐らくは最初の光速で放たれた矢が距離が離れているのにも関わらず、雷撃を正確に放てる理由なんだろうな。

 仮説を立てるなら最初の矢が相手を貫くことで相手の位置をロック、そして遠距離から雷を放ち続ける。

 ……恐らくあの男は光の神器があるから光に対しての耐性を持っているだろうが、雷に関しての耐性はないだろう。

 っていうかあんな無差別に攻撃を受け続けるとは思いもしなかっただろうけど。

 それよりも俺が気になるのは、未だに雷光の矢が男の方に刺さり続けているところだ。

 しかも朱乃さんはあの矢を放つために大きな力を溜めこんでいた……となると、恐らくあの矢は強い一撃を持つほどのものなのだろう。

 例えば一撃で相手を行動不能にしてしまうような……でもそれなら朱乃さんが男に雷を放ち続ける理由はないと思う……けど朱乃さんだしなぁ。

 

「うふふ、うふふふふふふ!!あぁ、良いですわぁ……久しぶりに苦しむ顔……うふふ……」

 

 ……うん、間違いなく楽しんでいるだろう。

 だって顔が艶やかな上に頬が上気して真っ赤になっているんだからさ?

 これこそ味方には優しく、敵には容赦ないオカルト研究部の副部長、ってか?

 

「でも流石に数が多いか」

 

 俺はすぐさま異様な数の黒い人型モンスターに囲まれる……面倒だな。

 今回の極限倍増は身体能力に当てているから魔力は余り使えない―――これもデメリットの一つだ。

 宝玉一つにつき上げれる力は魔力か身体能力。

 当然、二つ使えば両方とも均等に倍増出来るけど―――仕方ない。

 

『Full Boost Impact Count 2!!!!!』

 

 ……これは新しい音声だ。

 宝玉は全部で24個。

 一つ使うごとに音声の最後にカウントが出て来るんだ。

 とにかく俺はそれを魔力の倍増に使い、そして―――白銀の腕に赤い魔力を纏わせ、その場で一回転の動きをしながら腕を振り回した。

 それにより俺の近くにいたモンスターは腕の攻撃力で薙ぎ払われ、更に少し離れたところにいる敵は腕の赤いオーラが乱れ撃ちのように放ち、消し飛ばした!

 これは仲間を信じてこそ出来る技だけど……そう思うのも野暮か。

 俺の放った魔力の乱れ撃ちは仲間が全員察知してくれて、それを完全に避けて避けた先の敵にぶつかる。

 アーシアはゼノヴィアが守り、俺は黒歌と背中合わせになった。

 

「イッセー、少し妙だと思わないかにゃ~?こんだけ倒しているのに未だにモンスターが減る気配はないどころが、次々に増えてく』

「……これも神器によるものなら、つまりそれに相応する誰かが隠れてモンスターを創ってるってわけか―――ギャスパー!!」

 

 俺は離れたところからギャスパーの名前を叫んだ。

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 ギャスパーは少しビクッとしながらも敬礼をして立ち上がる。

 ギャスパーの足元には何かの計測器的なものがあり、そこから何かが表示されていた。

 

「あ、出ました!あの光の槍の神器は光攻撃系神器、青光矢(スターリング・ブルー)です!それとこの黒い人型モンスターを創るのは傀儡の黒人形(ダークネス・ドール&ドール)です!!」

 

 ギャスパーの足元にあるあの計測器はアザゼルの創った神器を判別するための装置のようなものだ。

 用は敵の力を分析し、それが神器だったらその能力やら特性を検索し、表示するというものだな。

 

「なるほど……どちらとも神器か―――黒歌、すぐに小猫ちゃんとそっちを当たってくれ」

 

 俺は黒歌に指示を出すと、黒歌は頷いて小猫ちゃんの所に向かう。

 仙術の使える二人はそのあの黒い奴の検索をしてもらう。

 今回の事は俺と部長は役割を分けている。

 俺は先陣に立って戦うのと、役割を指示する。

 部長は後方から細かな役割を指示し、更にどんな攻撃をしたら良いかを提案、周りに行使させる。

 

「祐斗!黒いモンスターはゼノヴィアとイリナさんに任せなさい!あなたはイッセーと合流して旧魔王派を叩いて!朱乃は私と一緒に随所で後方援護―――って早くその英雄派を倒しなさい!」

「……あらあら。お楽しみはこれからだと言いますのに―――仕方ありませんわ」

 

 すると朱乃さんは指をパチンと鳴らした―――既に光の神器の男は黒こげで戦闘不能。

 だが朱乃さんの合図のような指の音で次の瞬間、男の肩に刺さる矢が分解し、雷光が男を包み、そして―――バチン!!!

 とても力強い電撃の音と共に、男は完全に戦闘不能になった……あれ、初めからしてたらそれだけで戦闘不能になるだけの電圧だよな?

 ―――怖すぎるッ!!

 

「……あと数人だけか」

 

 俺は両腕を構えて、残りの英雄派を睨む。

 すると祐斗が俺の隣に立ち、そして相手を共に睨みつけた。

 

「……祐斗、俺が少し時間を創るからお前はエールカリバーを二振り創って戦え」

「それは相手を評価しての必要だからかい?」

「…………いや、もう面倒だから一気に終わらすためだ」

 

 俺がそう不敵に笑うと、祐斗も俺の真似をするように笑う。

 そして俺から一歩離れ、そして腕をクロスさせて言霊を言い始めた。

 

「不味い!あの騎士はエクスカリバーを創る者だ!!先に奴を片付けろ!!」

 

 するとその発言者である男から影のようなものが伸びて来て、そしてその影から先ほどまで目の前にいた他の英雄派が現れ、祐斗を襲おうとした―――っとその時、イリナが後方から光の剣を投げつけて英雄派の動きを止める!

 

「この天使である私を忘れて貰っては困るわ!イッセー君、木場君!!助太刀するよ!!」

 

 イリナは一対二枚の純白の翼に光を溜め、そしてそれを薙ぎ払うように英雄派に振るった。

 それにより祐斗に攻撃を仕掛けようとしていた二人は反動で飛ばされ、そして俺はそれを見計らって両腕の宝玉を二つ砕く!

 

『Full Boost Impact Count 3,4!!!!!』

 

 極限倍増を両方とも身体強化に回し、俺は瞬間移動のような速度で空中にいる二人に近づいて地面に向かって殴り飛ばすッ!!

 それにより殴った英雄派は地面にめり込み、身動きが取れなくなったところで俺は自前の魔力弾をめり込んでいる英雄派に放った。

 

「させるものかぁぁぁ!!」

 

 その瞬間、先ほど影を操っていた男は俺の魔力弾へと影を伸ばす―――あいつの神器は影を操る能力か……っ!!

 俺の魔力弾はその影に吸収され、姿を消す―――違う、消したんじゃない!!

 俺は自分の魔力の波動を感知し、その感知した方向を見るとそこにはアーシアの姿がッ!!

 

「やらせるかぁぁぁぁぁああ!!!」

『Full Boost Impact Count 5!!!!!』

 

 俺は極限倍増が終わっている故に更に宝玉を一つ砕き、更に騎士へと昇格してアーシアの防衛へと急ぐ!

 恐らくあの神器は影で飲み込んだものを任意の影に移動できる能力があるはずだ!

 直接的な力はない完全なカウンタータイプの神器!

 俺たちが苦手とするところの力だ―――だが流石に影に転移するまでに時間が掛かる弱点があるみたいだ。

 そう、神器は完全ではない。

 絶対にそれぞれの神器には弱点が存在しており、そこを突けばどんな力も無力化出来る!

 

「アーシア、こいつを受け取れェェェェ!!!」

 

 ―――俺は砕いた宝玉の中の極限倍増を集結させ、それをボールを投げるようにアーシア……の胸に輝く白銀の鈴と鍵がくっ付いているネックレスに放った!

 俺の極限倍増は何も自分だけの攻撃武器ではない!!

 これは他者へと倍増のエネルギーを送ることが出来る!

 更にフェルの力で創った神器が故に、元は俺の力で創ったアーシアの胸に輝く、今は力を失ってただのアクセサリーとなっている祝福する鈴の音鍵(ブレッシング・ベル・ザ・キー)

 それに俺の倍増によるエネルギーを与えると、一時的にその力を回復するんだ!

 そしてあの鍵の力は―――アーシアを傷つける存在からアーシアの身を自動的に守る音の防壁だ!

 アーシアの影からは俺の魔力が飛び出て来るも、それは音の壁による阻まれて塵となった。

 

「なっ!?」

 

 流石の影使いもこの事は予想外だったようで、素直に驚いている―――そんなところ悪いが、既に祐斗は準備万端だ。

 

「―――聖と魔、二つの聖魔によって二重の形を成す」

 

 祐斗は今ではすぐにでもエールカリバーを創ることが可能だ。

 だが時間を少し掛けることで今の祐斗はより本物のエクスカリバーに近い力を誇るエールカリバーを創ることが出来る!

 それは一定時間すると消えてしまう上に祐斗にしか扱えない剣だけどな。

 当然、エールカリバーは量産は絶対に出来ないらしい。

 ―――祐斗の手にある二振りのエールカリバー。

 

「君は僕が相手をしよう。今のイッセー君の攻撃を受け流したことから大体の力の範囲は見極めた。影で物体を飲み込むことがその力の絶対条件―――ならば君が反応できない速度を見せるよ」

 

 祐斗はエールカリバーを二本構えて、少し息を吸った。

 影使いは自分の体の周りに影を展開しており、恐らくそこから攻撃を受け流すようだけど……次の瞬間、祐斗は動き出す!

 

真・双天閃(エール・ツイン・ラピッドリィ)!!!」

 

 祐斗の言霊によりエールカリバーの能力は天閃の力に装填される!

 それにより祐斗の速度は二重に底上げされ、それこそ俺が今まで見たトップクラスの悪魔たちの速度にも引けを取らない神速を見せた!

 影使いは一切の反応が出来ず、そして―――祐斗の二振りの剣により斬り伏せられた。

 それにより地面に倒れ、そして俺たちは最後に黒い人型モンスターに囲まれる。

 

「……周りの人形はまだ消えない、か」

 

 今は黒歌と小猫ちゃんが仙術による捜索をしてくれているが、術者は一体どこにいるんだろうな。

 ―――そう思った瞬間、俺の耳に小猫ちゃんと黒歌の声が響いた。

 

「イッセーにリアスちん!敵の人形遣いはその男の影の中にいるにゃん!!」

「…………えい」

 

 二人の声は廃工場の上にある鉄格子の柵の所から発せられ、そして小猫ちゃんはその上の柵から飛び降り、かかと落としで男の影へと蹴りを放った。

 

「あだっ!!?」

 

 ……思ったより簡単にその術者は影の中から這い出て来て、そして小猫ちゃんはその男の顎を思い切り蹴り飛ばす!

 男は上空に浮かび、すると今まで俺たちを囲んでいたモンスターはその男の防衛に向かおうとした。

 

「―――消し飛びなさい」

 

 部長の冷徹な言葉が繰り出された瞬間、部長の手の平から小規模ながらも強力な滅びの魔力が放たれる!!

 それはモンスターを紙の如く消し去って行き、そして勢いを残したまま―――人形の神器の男を消し飛ばした。

 男は工場の壁に叩きつけれて意識を失う―――命が残ったのは運が良い。

 あのモンスターがあいつを守らなければ死んでいたからな。

 ……出来ることならこいつらは生け捕りにして、冥界に送りたいんだ。

 冥界で事情聴取をしないといけないらしいからな。

 これで全てを殲滅した、か。

 

「ふぅ……フェル、神器の解除…………っと、この歌声は」

 

 俺が白銀の腕を解除しようとした時、突如俺の傍から心地の良い歌が聞こえた。

 ……アーシアだ。

 アーシアの周りには碧色の綺麗なオーラが包んでおり、アーシアは以前俺に歌った癒歌を唄っている。

 ―――微笑む女神の癒歌(トライライトヒーリング・グレースヴォイス)

 回復の力を”歌”という形で歌うことにより体の傷を癒し、更には心までも癒す力。

 更にこの歌の効果範囲は、「この歌を心地良いと感じる者全員」だ。

 一件、これは相手すらも回復してしまうような力だが、実際にはそんなことはない。

 厳密に言えばその可能性はないのだが、俺たちと相対するテロ組織(・ ・ ・ ・)は禍の団。

 そう、テロ組織なのだ。

 要は俺たちを殺そうとする敵であり、この歌を心地良いと感じるはずがないんだ。

 当然、ヴァーリみたいな例外もあるわけで、でもこの歌を心地良いと感じる奴は大抵、その身に善の心を持っているということ。

 まずテロ組織にはそんな奴はいないだろうな。

 ……ともあれ、歌により俺たちが今回の戦闘で負った傷は見る見る内に消えていき、そしてアーシアが歌い終わる頃には全員が元の万全の状態になっていた。

 一度に歌の届く者、全員を回復することが出来るアーシアの禁手。

 ゲームでは恐らく、あまり機能しないかもしれないが実践においてこれほどの武器は中々ない。

 

「さて、後は倒した英雄派を冥界に送るだけだけど―――」

 

 ―――ぞくっ。

 その時、俺は何とも言えない悪寒に襲われた。

 なん、だ……この悪寒は―――そう思った時だった。

 

「―――ッ!!イッセー、今すぐそこから離れるにゃん!!!」

 

 突然、廃工場の底抜けの上の階にいる黒歌がそう叫んだと思うと、突如殺気をすぐ傍から感じた……っ!!

 俺はその場で後ろに飛ぶと―――今まで俺がいたところには、これまで見かけなかった少女の姿があった。

 ……ボサボサと整えられていない銀色の髪、まるで奴隷服のように何の模様もないボロボロの布に身を包む少女。

 手からは異様に鋭い爪が生えており、ズボンの類も相当なまでにボロボロだ。

 ―――俺が、気配すら察することが出来ない?

 

「失敗………………命令、遂行……」

 

 その少女の存在に気付いた俺以外の眷属はその少女から距離を取ると、少女はふらふらとした体つきで俺を見てきた。

 ―――これまで見たことのないほど光沢のない瞳だ。

 無表情、という言葉がオーフィス以上に似合う奴を初めて見た。

 その少女は半眼で俺を見ながら、そして次の瞬間、俺の視界から消えるッ!!

 

「は、速いッ!?」

 

 俺は何とか目でその少女を追うも、あまりにも速すぎるッ!!

 下手すれば祐斗よりも……いや、祐斗ですらも凌駕する速度だッ!!

 これはこの状態―――白銀龍帝の双龍腕を解除した状態では話にならない!!

 少女は俺の目の前に再びたどり着き、俺の腹部に鋭利な爪で襲い掛かる!

 ―――ドライグ、もう体の心配とかそんな場合じゃない!!

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺は瞬間的に籠手を出現させ、そのまま一気に鎧を身に纏う!

 それにより少女の攻撃は―――なっ!?

 その爪は堅牢な鎧を貫いている……ッ!?

 

「なん、だよッ!!うぉぉぉ!!」

 

 俺は少女の手を掴み、そのまま掴んだまま空中に投げ飛ばす!

 だけど―――少女は空中に魔力の壁のようなものを展開し、そのままそれを足場に神速で移動した!

 ―――正に、獣。

 あれは英雄派なのか!?

 しかもあいつは俺だけを狙って攻撃してきている……しかも無表情と来た。

 

「はぁ、はぁ―――ドライグ、こいつにはアクセルモードしか手がないぞ」

『……ああ。認めたくはないが、この者の速度はまだ本調子ではない相棒では追いつけない。アクセルモードで何とか出来る、っという具合か』

 

 フェルの力はまだ創造力が十分に溜まってないから使えない。

 それに今は赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)は使っている暇はない。

 ……すると少女は高速移動を止めて、先ほどの影の男が倒れるところに舞い降りた。

 腕には―――人形の神器の男!

 まさかあいつは奴らの回収に来たのか?

 でも近くに炎の神器の使い手と光の神器の使い手がいるにも関わらず無視している。

 ……まさか

 

「さっきの嫌な予感はお前じゃなくて―――そっちの神器使いの方か!?」

 

 俺は少女の近くにいる二人の神器使いを見ると、そこには何か変化が起き始めていた。

 影の方は黒いオーラを体中に包み、人形の方は幾つか人形が生まれている。

 ……まさか、この感じ―――禁手っ!?

 

「不味い、奴らが転送されるぞ!!」

 

 ゼノヴィアがそう叫んだ時、男二人の周りに見たことのない魔法陣が描かれる―――そして次の瞬間、男は二人とも姿を消した。

 

「…………なるほど、禁手に至りそうだったから、転送されるまでの時間を稼いでたってわけか……ッ!!」

 

 してやられた―――それに何より、この少女の実力が予想外だった。

 あそこまでの速度と、俺の鎧を突破するほどの鋭利な武器。

 人間なのか?だけど少なくとも悪魔の雰囲気はしない―――なんだ、あの少女は。

 

「……兵藤…………一誠。紅蓮……龍……身、宿す……者」

「……?」

 

 俺は少女を見ているうちに、呂律が回っていないところに疑問を持った―――この子はまるで、操られているみたいだ。

 あの瞳の光沢のなさ―――分からない。

 するとその時、少女は霧によって覆われた―――まさか、絶霧(ディメンション・ロスト)か!?

 

「……お前は何者だ!お前は何故、俺だけを狙う!!」

 

 俺は少女が消える前に何とか話しかける。

 だけど返答は帰ってこない……だけど少し経って口が少しだけ動いた。

 

「……メルティ…………アバンセ」

 

 ―――その言葉と共に少女……メルティ・アバンセは霧の中に溶け込むように消えるのだった。

 ……この空間に残る何とも言えない空気が流れる。

 結果的に相手の一部に逃げられたものの、英雄派の一端は確保できた。

 部長はその英雄派を冥界に送ると共に、今回の任務は終わる。

 だけど俺はこの時、二つの言葉を思い出した。

 ―――グレモリー眷属。一つだけ忠告しておこう……英雄派には気を付けた方が良い。旧魔王派とは違い、一筋縄では行かないはずだからな

 ―――くれぐれも、英雄には気をつけるっすよ、悪魔たち~……じゃ、アディオス♪

 ……ヴァーリとフリード。

 この二人の忠告が今になって俺の頭に焼き付いてきたのだった。



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第3話 これっぽっちも消えてない

「イッセー。修学旅行はどうするんだ?」

「やはり京都というものは美しい京美人が多いのか……気になるところだな、イッセー氏」

 

 俺、兵藤一誠は学校のホームルームの時間、前の席に座る松田と元浜とそんな会話をしていた。

 今日のホームルームの時間は二人が言ったように間近に近づいている修学旅行についての話で、旅行先は京都らしい。

 基本的に男子と女子一組の班に分かれて、班人数は最大10人。

 個人行動は何かと危ないかもしれないということでそう言う処置を取っているらしい。

 何でも、数年前に女子だけで動いていて、他校の生徒からナンパまがいの行為を受けたらしいから、それが原因だと思うけど。

 

「……っていうか何で俺と松田、元浜が一緒の班って確定になってるんだ?」

「うぅぅ……聞かないでくれ……ッ!!俺と元浜はクラスの女子から白い目で見られているから、イッセーと組まない限り女子と一緒に回れないんだよぉぉ!!」

「くそ、何故欲望のままに生きていけないんだぁぁぁ!!!」

 

 ……まあ初めからこいつらと組む気だったから良いけど、そこまで懇願されるとねえ?

 それに松田と元浜の暴走を止める役は俺らしいし、まあ仕方ない。

 っていうか、欲望はある程度は隠匿するべき事柄だろう。

 今更言っても仕方ないか―――それはともかく、女子の班は大体決まっているけどな。

 

「イッセー、そちらは決まったかな?」

「ああ、こっちはもう決まったぞ、ゼノヴィア」

 

 すると俺たちの方に近づいてくる女子一団……アーシア、ゼノヴィア、イリナ、黒歌、桐生だ。

 本当は女子は4人の班だけど、女子人数は4で割ると一人余るから、ゼノヴィアたちの班は5人ということだ。

 

「イッセーさん!同じ班になれてとっても嬉しいです!!」

「ああ。俺も嬉しいよ」

 

 俺は満面の笑みのアーシアの頭を撫でる……これは最近の俺とアーシアの普通のスキンシップみたいなものだ。

 アーシアとのデートからこんな風に気付いたらちょっとした触れ合いをしたり、どちらともなく笑い合ったりしている。

 何ていうか……アーシアといると安心できるというか、リラックスできるというか。

 永遠に、ずっと一緒に居たいっていうか。

 言葉にはしにくいけど、俺にとっては掛け替えのない存在というのは間違いない。

 

「んん~……何か、最近は前よりも輪にかけて仲良くなったっていうか―――まるで一線を越えたカップルみたいな?」

「「な、なにぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!?」」

 

 ―――桐生の何気ない一言で松田と元浜は激情したように叫び声を上げた。

 あの野郎、あることないことホラを吹きやがってッ!!

 

「イッセーぇぇぇぇぇええ!!やはり例のデートの後、超えちゃったのか!?」

「許すまじ!!お前などアーシアちゃんの親衛隊に、親衛隊にぃぃぃぃぃ!!…………いや、それは無理か―――チクショー!!!!」

 

 松田と元浜は俺の肩をガタガタ揺らしてそんな風に怒り狂う。

 ……いや、確かにキスはしちゃたしさ。

 しかも俺から何度も―――ってそれは関係ない!

 俺はギロリと桐生を睨んだ。

 

「むふふ~……それでどうなの?アーシアとやっちゃった?ズコバコ?」

「―――お前。女の子なんだからその例えを使うのは止めろよ」

 

 俺は卑猥な表現を使う桐生の後頭部を軽くチョップして、そうツッコんだ。

 

「安心するにゃん、藍華♪夜にイッセーの部屋に侵入するけど、そういう声は聞こえてこないから♪」

「あらら、そうなの?残念♪」

「―――おい、今聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。黒歌!!」

 

 俺は黒歌に手を伸ばすが、奴はさらりと俺の手から逃れる―――通りで夜中に突然物音がするはずだよ!

 しかも物音がした方向に誰もいないという摩訶不思議な、ちょっとした恐怖現象に驚いていたなんて口を避けても言えない……っ!!

 気配とかしないのは仙術を使っているんだろうけど……ああ、もう考えるのは疲れたな。

 とりあえず今度からはもっと気を付けよう―――黒歌は特に本気で夜這いしてくる要注意人物な上に、結構スキンシップが激しい上に俺も自制心がやばいときもあるくらいだ。

 鉄壁の理性を貫きたいものだ。

 

「まあともかく、こんな美少女五人組と一緒に修学旅行という青春を謳歌出来るんだから感謝しなさいよ?特に松田と元浜は変態言動で誰とも組んでもらえないんだからね♪」

「ふん!お前を抜いて美少女四人組だ!!」

「変態淑女が美少女に入るものかぁぁ!!」

 

 すると松田と元浜はからかわれたことに激情し、そんな言葉を言い散らかす。

 

「うっさい!!これでもちょくちょく告白とかされるんだから!!」

 

 おっと、意外と桐生が反応したな。

 俺的にはかなり冷めた目で二人を見る者だと思ったけど……これは意外な一面だ。

 でも確かに桐生はきっちり容姿は整っているし、性癖はあれだけど転校したてのアーシアにも分け隔てなく接していたからな。

 

「こら、松田に元浜。流石に女の子にそれはないぞ―――また鉄板の痛さを味わいたいか?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃいいい!!!?」」

 

 俺は松田と元浜の耳元でそんなことを囁くと、二人は凄まじいほどの絶叫を上げ、俺からそそくさと距離を取る。

 ―――アーシアとのデートの一件でこいつらはアーシアに向かって変なことを聞こうとした一件で、休み明けの学校の日に松田と元浜は腹に鉄板を仕込んできた。

 俺が腹に鉄板を仕込んで来いと言ったから、それを素直に聞いて入れてきたんだな。

 そして俺は出会い頭に松田と元浜の腹部を全力で…………まあ後は想像できるだろうな。

 俺のパンチが鉄板に負けるわけもなく、鉄板越しに二人に衝撃が走ったというわけだ。

 それを思い出した二人はブルブルと生まれたての小鹿みたいに震えていた。

 

「あはは、二人とも?何をそんなに震えているのかな?」

「なななななな、何でもない!わっはははは!!俺とイッセーは親友じゃないか!なあ、元浜!」

「そ、そ、そ、そうとも!!共に拳で語り合ったのだ!!唯一無二の親友だぞ!!」

 

 松田と元浜は全力で冷や汗を掻きながら俺に親指を立てて決め顔でそう言う。

 ……脅しはこれくらいで良いか。

 

「まあそういう事で、桐生達と一緒の班で問題はないよ。あ、俺の悪友は放っておいて構わないから」

「へ、へぇ~…………時々兵藤は恐ろしく感じる時があるわ。これは下手に怒らせては……あ、でもからかうのは楽しいし……」

 

 桐生がぶつぶつと変なことを呟いているのを無視して、俺は手元にある計画表に目を通す。

 俺たちの修学旅行先とは日本の誇る古き都、京都。

 古くからの歴史ある建築物や美味しい食べ物も有名だ。

 それに三泊四日の旅で、しかも途中で大阪などにも寄るらしいから楽しみで仕方ない!

 こう見えても俺は日本の文化が大好きだからな!

 故に予定は綿密に、更には流れよく無理のない回り方にしないといけないな。

 清水寺も良いし、鹿苑寺なんかも天気が良ければ金色具合が相当なまでに綺麗に見えるっていうし……あ、カメラは母さんから一眼レフを借りるとして―――考えていたら多少興奮しすぎたな。

 

「とりあえず修学旅行は戦争だ―――心して企画を立てよう」

『戦争って何!?』

 

 俺の言葉に皆が同時にツッコむ―――あ、ツッコまれるのって新鮮だな。

 まあとにかく高校生活最大の青春である修学旅行を楽しみにしておこう。

 ―――っと、その時だった。

 

『えぇ~、二年の兵藤一誠。ってか早く生徒指導室に来るように~。以上、アザゼル先生でした~』

 

 突如、放送でアザゼルから呼び出しをされる……ってかやる気なさすぎ!!

 校内放送はもっと普通にしろよ、あの野郎!

 ……とにかく向かうか。

 

「先生。何かアザゼル……先生から呼び出しなので向かっても良いですか?」

「ああ、行って来い!」

 

 俺は一応担任の許可を取り、そのままアザゼルの待つ生活指導室まで向かうのだった。

 

 ―・・・

 俺は生徒指導室の前で何度かノックをした後に室内に入った。

 室内のカーテンは閉じきっており、更に豪華絢爛な椅子に座りながらワイングラスを片手に―――学校で何やってんだよ、あのバカは。

 

「アザゼル。学校は飲酒は厳禁だぞ」

「まあ固い事言うなよ。こちとら、面倒な教員職を全うしてんだからよ」

 

 アザゼルはけらけらと笑いながらワイングラスに口を付けた。

 でも俺はそれで理解した―――この場にはアザゼルの姿しかなく、更には外に声がもれないように魔法陣が描かれている。

 ってことは、恐らくアザゼルが俺を呼んだ理由は…………先日のことだ。

 

「まあお前も座れよ。話は大体一つくらいだ」

「何を言いたいかは大体わかったよ。昨日の事だろ?」

 

 俺はアザゼルに単刀直入にそう尋ねると、アザゼルはそれに頷いた。

 やっぱりそうか―――先日、英雄派の末端と俺たちグレモリー眷属は衝突した。

 敵自体はそんなに強くなかったし、俺たちは特にひどい怪我もなく戦いには勝利した―――戦いには、だけど。

 でも向こうの神器使いの内、二人が禁手に至ったという事実と、更にはその二人を回収するために現れた謎の少女。

 感情が一切ないような目をしている、メルティ・アバンセという少女。

 あの姿がどうしても頭にこべりついている。

 あの目と生気を感じさせない声―――どうしてか、放っておいたらいけないような気がするんだ。

 

「リアスには直接話したことなんだけどな。英雄派は基本、異能の力を手にした人間や勇者、英雄の末裔で構成された禍の団筆頭の実力を持つ者達だ。俺はそんな奴らがわざわざこの街―――更に言えばわざわざお前たちグレモリー眷属を襲っているのは偶然だとは思ってねぇ」

「……それはもしかして、昨日の禁手のことを言っているのか?」

 

 俺は昨日の影使いと人形使いを思い出してアザゼルにそう尋ねた。

 アザゼルは腕を組んで、少しばかり難しい顔をしながら俺の質問に頷く。

 

「グレモリー眷属は贔屓目なしで相当の実力を持っている眷属だ。赤龍帝のお前を筆頭に聖魔剣の木場、デュランダルのゼノヴィア、魔王の妹であり才能もあるリアス、堕天使と悪魔の力を身に宿す朱乃、イレギュラーな禁手に至ったアーシア、吸血鬼と人間のハーフで邪眼の力を持つギャスパー、そして元猫又で仙術を使える小猫―――これほどの人材がグレモリー眷属には集まっている」

「禁手はあらゆる経験、そして後押しする劇的な変化で至る……か」

「そうだ。つまり英雄派はこれを狙っていたようにも思える。だがそれなら相当の捨て身な方法だ。敵陣に少数で向かい、更には確証の無い方法で禁手に至ろうとする―――生半可な覚悟じゃねぇと行動すること自体無理な話だ」

 

 ……現に何人もの英雄派の末端を俺たちは確保している。

 そんな犠牲を出してまで、あいつらは禁手使い―――俺たちを滅ぼしたいのか。

 俺も少し前までずっと人間だった……だけど悪魔を全て根絶やしにするとか、そんなことは考えたことはなかった。

 俺は思う―――最も恐ろしいものは力を得た人間である、と。

 

「……人間は過去、魔王ともやり合った者すらいる。特に英雄派のリーダーと思われる者は恐らく、最強の神器を所持しているはずだ」

「―――まさか」

 

 俺はアザゼルの言葉に息を飲む―――考えればそうか。

 敵は……英雄派の奴らは最低でも神滅具の一つであり、俺の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)すらも凌駕する上位神滅具、絶霧(ディメンション・ロスト)の宿す者がいる。

 絶霧は既に禁手化も済ましているほどだ。

 そしてアザゼルの言う言葉……つまり

 

「―――英雄派のトップは神滅具の代名詞。黄昏の聖槍(トュルー・ロンギヌス)を身に宿してるってことか」

「調査でそれは既に露見されている。面倒なことに、神すらも屠る最強の神滅具をテロ組織が誇っているわけだ」

 

 ……黄昏の聖槍。

 俺の赤龍帝の籠手よりも強い神器な上に、悪魔である俺には聖なる力は毒以外の何物でもない。

 ただ俺がやり合える可能性があるとしたら―――神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)しかない、か。

 後は宿主の力量くらいが考えられる対抗策だ。

 …………フォースギア、か。

 俺はそこであることを思い出した。

 

神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)。俺が暴走している間に戦場にその使い手が現れたんだよな?」

「…………あの女の事か」

 

 アザゼルは俺の言葉を聞いてそう漏らした。

 アザゼルは俺がその事実を知る前に既にフォースコアを身に宿す少女と思われる人物と遭遇し、ある程度の関わりを持ったそうだ。

 そして知った―――その者の、圧倒的な力を。

 

「俺の鎧をいとも簡単に消失させるような人間だった。正直、俺もかなり覚悟を決めないと勝てるかも分からないほどだ―――それが奴で言うところの二割だ。規格外も良い所だ」

「……アザゼルを以てそこまで言わせる、か。俺も直接会ってはいないけど、やっぱり俺が向き合わないといけない存在だよな」

 

 俺が神創始龍の具現武跡(クリテッド・フォースギア)を。

 少女が神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)を持っている。

 互いに対極の力を持つ者は、それこそ赤龍帝と白龍皇と同じように宿命づいたものがあるから、きっと俺は終焉の者をしっかりと向き合わないとな。

 

『……神焉の終龍(エンディング・ヴァニッシュ・ドラゴン)・アルアディア。わたくしとは相当の昔の因縁のような者です―――わたくしが全てを創るドラゴンならば、奴は全てを滅するドラゴン。フォースコアの持つ神器の能力は不明ですが、間違いなく神滅具と認定されるでしょうね』

 

 俺の胸から白銀の宝玉が出現し、アザゼルにも聞こえるようにそう答えた。

 アルアディア……それが謎の少女の身に宿るフェルと対極のドラゴン。

 終焉のドラゴン、か。

 少なくともアザゼルにここまで言わせるような相手だ―――警戒は必要だ。

 

「終焉の力を持つ人間……恐らくそいつとまともにぶつかれる相手はイッセー、お前だけだ。だからもしもの時はお前を頼ることになる……申し訳ない話だけどな」

「―――気にするな!それがフェルの力を身に宿した俺の役目だ。何も、終焉と必ずしも戦いになることはないんだろ?」

「……さあな。ただ奴はお前に関心を持っていた。挙句、お前を貰うとまで言っていた位だからな―――奴が禍の団に入る、そんなことだけは避けたいところだ」

 

 確かにアザゼルの言っていることは最もだ。

 そんな危険な奴は出来る限り相手になんてしたくないし、禍の団に入ることすら拒否したいところだな。

 ―――禍の団。

 今までロクなことをしていないのは間違いないが、それでも俺はあの組織でいくつか気になる存在や事柄がある。

 一つはヴァーリを含むヴァーリチーム。

 俺が知っている限りでのメンバーはリーダーとしてヴァーリ、猿の美候、人間とサキュバスのハーフのスィーリス、聖王剣のアーサー、そしてアーサーの妹らしいルフェイと呼ばれる少女。

 基本的に禍の団のテロ行為そっちのけで強者と戦ったりと中々身勝手な行動をしているという事らしいけど……

 それと禍の団の新しいトップ―――リリス。

 アザゼルの話ではあのリリスというドラゴンを創るために何万の人の命を代償にする魔術、悪魔の魂、幾数ものドラゴンの亡骸……様々な犠牲の上で生まれたドラゴン。

 絶対値はドライグやアルビオンなどの二天龍を超えるレベルらしい。

 現状でこっちにはオーフィスという存在がいるから、テロ組織も下手なことはしないとは思うけど……オーフィスの力も手軽には使えないからな。

 あのグレートレッドの本気のブレスに対抗していたほどの力……無限を司るドラゴンの力はこんな人間界で本気で行使してしまえば、辺りの風景は瓦礫に代わるかもしれない。

 下手すりゃ辺り一帯が消滅なんてこともあるからな。

 だからこっちは余りオーフィスは戦力として当てには出来ない―――強すぎるっていうのも考え物だな。

 だからこそ、ドライグやアルビオンは一部を除けば世界最強のドラゴンと呼ばれているんだろう。

 挙動だけで魔物や魔蟲を殺し、ブレスでその軍勢を一瞬で屠ったグレートレッド、それを蛇の力で皆を完全に守ったオーフィス。

 この二人は余りにも他と力が離れすぎている。

 下手に戦えない、だから二天龍は全勢力で最強と謳われていたんだろうな。

 実際にグレートレッドもオーフィスも全勢力には無関心だし、オーフィスは当初はグレートレッドを倒すことを目的にしていた位だから。

 

「リリスもまたお前に興味を持っていた―――つくづくお前はドラゴン関連と縁があるな。赤龍帝であるのも理由だろうが……そう考えればリリスは単なる敵とも思えないか」

 

 アザゼルが言っているのは俺が関わってきたドラゴンが全員、俺の味方でいてくれるという点だろう。

 グレートレッドに関しては微妙だけど、それでも完全に奴は敵!っという認識はないと思う。

 俺を激励した位だし。

 ……でも俺はリリスはオーフィスと同じじゃないかと思う。

 それと同じでリリスは俺とも似ていると思う。

 あの時のリリスの無感情な表情、生まれたばかりの何の悪意も分からない心―――まるで出会った当初のオーフィスとそっくりだった。

 それにリリスという存在が万を超える犠牲によって成り立っているんだとしたら、もしかしたらリリスの中には俺の覇龍のようなものが存在しているかもしれない。

 ……なんとなく、放っておけないんだよな。

 リリスは他人のように思えないからさ。

 そんな考え事をしていると、アザゼルは俺の顔をじっと見てきた。

 

「……おい、イッセー―――お前、俺に隠れて一体どれだけ修行をしている?」

「ッ……」

 

 俺はアザゼルの突然の発言に言葉を詰まらせた。

 まさか……バレてるのか?

 

「はっ。その表情、やはりそうか―――お前は普通でいるつもりかもしれないが、お前の顔色は明らかに良くない。あいつらが気付いていなくても、洞察力の優れる俺は誤魔化せねぇぞ」

「…………はぁ。お前は誤魔化せないか」

 

 俺は諦めたように溜息を吐いた。

 ……仕方ない、言うしかないだろう。

 

「……アーシアとのデートの後から…………今までの5倍だ」

「―――ッ!?…………通りでお前の覇龍の影響が中々消えねぇわけだ」

 

 アザゼルは最初は驚愕の表情を浮かべるも、次第に納得したような表情を浮かべた。

 …………以前の5倍の量の修行。

 当然、それはドライグやフェルには既に知られていて猛反対された。

 そもそも―――元々は10倍の量の修行をしようとしていたんだ。

 それぐらいしないと俺はもっと強くなれないから。

 二人との話し合いでその半分まで減らされたけどそれでも十分な量だ。

 おかげで俺は白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)の扱いにも慣れたし、アスカロンや無刀、オーバーヒートモードだって扱う修行も出来た。

 体に関しては黒歌に無理を言って仙術で健康だし、無理はしていない。

 今の所は疲れも何もないし、仮に生活に支障が出てきたら止めるというのもドライグとフェルとの約束でもある。

 

「幾らなんでも5倍はやり過ぎだ―――普段なら何の問題もねぇ。だけど今のお前の状態は優しく言ってもズタボロだ」

「それを理解した上で俺は自分に修行を課しているんだ。大丈夫だよ。本当に無理になったらしっかりと休むから」

「……何に焦ってんだ、イッセー」

 

 するとアザゼルは俺の顔を真剣に覗き込みながらそう尋ねた―――俺が、焦っている?

 

「焦ってなんかない。ただ強くなりたいんだ」

「いや、お前は焦っている。明らかに死に急いでいる馬鹿の顔をしてるぜ……やはり、アーシアを失いかけたことが原因か?」

「だから俺は―――」

 

 ―――バンッ!!

 ……その時、アザゼルは手で机を勢いよく叩いて俺の発言を遮る。

 

「良いから答えろ―――お前は覇龍を介して何の壁にぶち当たっているんだ。そう考えればお前のオーバーワークは説明がつく……だから答えろ、イッセー」

「………………………………」

 

 俺はアザゼルの物珍しい真剣な声音に驚きつつも、その言葉の真意を理解した。

 ……他人から見たら、俺は焦っているように見えていたってことなのか。

 ―――覇龍を介して俺の前に立ちふさがる壁、か。

 俺は重い口をゆっくり開いた。

 

「俺は……覇龍を二度と使いたくない―――俺があれを使えば、俺は死ぬから」

「それは分かっている」

「俺が死ねば、アーシアは、仲間は、家族は……大切な奴は全員悲しむ。だからあんな……自分を捨てる力を超えるくらい俺は強くなるんだ。それが俺の新しい、強くなりたい理由だ」

「……確かに次にお前が覇龍を使えば、お前は死ぬだろうがな。だけどな、イッセー。お前が何でも全て、戦う必要はないんだ。言っておくが俺は強い。そりゃあ堕天使最強だ。お前の周りのドラゴン共も化け物染みて強い。だから―――」

「―――だけど、もし!…………覇龍を超える力が必要になった時、そんな時にどうにか出来るのが俺だけだったらどうする……ッ!!」

 

 ……そんなことになったら、俺は間違いなく仲間を守るために覇龍を使ってしまう。

 例え皆がそれを望んでいなくても……俺は使ってしまうだろう。

 だからそんな最悪の事態を避けるために俺は今、強くなりたいんだ。

 俺は力を呼びこんでしまう赤龍帝。

 俺がいる限り皆を危険に巻き込んでしまうなら、皆を守るのは俺の役目だ。

 

「もう俺は何も失いたくない……失うのだけはもう嫌なんだ……っ!」

 

 目の前で俺はいくつもの大切を失ってきた。

 それはミリーシェに限っての話なんかじゃなく、兵藤一誠になってからも……その前からも。

 俺が兵藤一誠になる前の前代赤龍帝の時にも、俺を慕ってくれた奴を目の前で失ったこともあった。

 力が及ばず、死なせてしまうこともあった。

 

「……なあイッセー。お前は俺にとっては同志だ。俺と神器で語り合えたのはお前くらいだ―――だから俺はお前の力になりてぇんだ」

「だったら……俺の修行を大目に見てくれよ?何分、最近は趣味が修行って言われているくらいだからな」

 

 俺はそれだけ言うと席から立って扉を開いた。

 

「イッセー。俺はな、今まで見た中でお前は一番正義感が強くて、ある意味で正しい存在と思っている。だけど―――お前は俺が今まで見てきた中で一番歪んでいる」

 

 アザゼルはそう言うが、俺はそれを聞き流すように扉の外に出て、そして扉を閉めた。

 ……歪んでいる、か。

 そんなことを言われたのは初めてかもな。

 ―――アザゼルの奴、きっと俺のことをもう大体想像出来ているんじゃないかと思う。

 あれほど頭の回る男だから……今までの情報をまとめて、俺が前代赤龍帝の転生者っていうのに近い答えを出しているような気がする。

 アザゼルがお前の力になりたい、と言ったのはきっと……本当のことを教えてくれっていう意味なんだったと思う―――って、あれ?

 俺は―――あの場で言えば良かったんじゃないのか?

 あの場では誰も邪魔は入らなかった……アザゼルだけでも先に言えば良かったんじゃないのか?

 じゃあ何で、俺は言えなかったんだ?

 アザゼルの事は当然、信用しているし頼りになる存在だってことも理解はしている。

 なのに何で俺は―――話せない。

 俺は、俺は…………ッ!?

 頭が……痛い。

 ガンガンするような、ハンマーで頭を殴られたように頭が……痛いッ!!

 俺は痛みのあまり、そのまま地面に蹲った。

 

『あ、相棒!どうした、一体何が?』

『わ、分かりません……主様、まずは保健室で休みましょう。やはり修行の無理が今になって出てきたとしか』

 

 ……大丈夫だ。

 これくらいの痛み、ちょっとすれば良くなる。

 俺は何とか立ち上がり、辺りに誰も居ないことを確認してそのまま壁にもたれ掛かって目を瞑った。

 ―――その時、俺の頭の中が突然、真っ白な光景が映った。

 なんだ、これは……頭痛はマシにはなったけど、この白い空間は何なんだ?

 それにドライグとフェルの存在が感じられない―――そう思った時、俺の頭の中に何やら黒い人型の影が映る。

 ……その影は少しずつ俺の方に近づいて来て、そして―――

 

『―――俺のすべきことは……そんなことじゃない』

 

 その黒い影は俺の目の前でそんなことを言った。

 その声は呪詛を含んでいるようにどす黒い声で、そして何よりもどこか……悲しそうだった。

 その黒い影……人は顔を上げる。

 そしてそこには―――昔の俺……名前を忘れた前世の俺の姿があった。

 

『お前は、俺だ―――■■■■■だ。俺がすべきことは復讐―――』

 

 ―――やめろ、俺のすべきことは大切な存在を守ることだ!

 

『違う……俺は黒い影に復讐を―――ミリーシェを殺した者を殺す……こと…………そもそも、俺の大切は……ミリーシェ……だ』

 

 それはそうだけど……でも今、大切な仲間を、家族を俺は放ってなんて置けない!

 それはお前だってそうだろ!

 ……俺だって、黒い影は憎い……ッ!!

 だけど憎しみだけで動いて、周りを見失えば―――何もかもを不幸にしてしまうんだ!

 

『……そんな建前は要ら……ない。俺は逃げている……だけだ』

 

 ―――逃げて……いる?

 

『そう……自分から、逃げて……憎しみから、逃げている……だから、また失う……大切な存在を……失う』

 

 ―――失う?また俺は……失う、のか?

 

『覇の理を……受け入れろ。覇龍を御すれば俺は……復讐……出来る』

 

 ―――その言葉で俺はハッとした。

 また……同じ過ちを犯してたまるか!

 俺は決意した―――どんなことがあろうと、覇龍を使わないと!

 だから俺は………………俺の言葉を聞かない……ッ!!

 

『……いずれ、俺は……また使う……その時は……俺は……』

 

 …………次第に昔の俺の姿は消えていき、そして俺は目を空けた。

 俺の額からは冷や汗が浮かび、そして息も少し荒くなっていた。

 

「はぁ……はぁ……俺は……」

『相棒!?何があった!突然、意識が神器の最も深い所に飛んだと思えば、俺からの干渉は出来ないなど!』

『主様!』

 

 ……なんでも、ない。

 きっとあれはドライグやフェルの力でもどうにもならない―――俺でしかどうにもならないんだ。

 ―――俺の前世の怨念。

 それが肌で感じるほどの凄まじいほどだった。

 ……ミリーシェを目の前で失った俺の怨念は神器に残っていて、それが覇龍を使うトリガーになっていたのは理解していた。

 だけどあれほどのもの、か。

 ホント、我ながらどんだけミリーシェの事を愛していたんだか……自分でも関心するよ。

 

「今の顔を……皆に見せるわけにはいかない、よな」

 

 俺は重い腰を立たせて、そしてそのまま誰も居ない屋上に向かうのだった。

 ―・・・

 俺は屋上に着いて、そのまま適当なところで寝転ぶ。

 今はホームルームも終わって、皆は既に帰る支度や部活に言っている頃か。

 季節は夏が過ぎて少しずつ涼しくなり始めているから、屋上に吹く風は汗ばんだ俺には丁度いい涼しさだった。

 ……さっきのあの黒い怨念は俺そのもの。

 あいつは俺のをことをずっと『俺』って呼んでいたからな。

 だけど―――名前だけはずっと歪んで聞こえなかった。

 それはきっと俺が自分の名前を忘れているからだろうけど……奇妙だよな。

 俺自身、俺が何なのか分かっていない。

 リリスも俺は曖昧っていうくらいだからそれは確かだ。

 

「……空は青いな」

 

 俺は一点の曇りもない青空を見上げてそんなことを呟いた。

 

「今の俺はこれくらい青臭いのかな?」

「そんなことありませんわ」

 

 ―――その時、俺の耳に慣れ親しんだ優しそうな甘い声が聞こえる。

 俺は声がした方向を見てみると、そこにはいつものポニーテールではなく、髪を下した朱乃さんの姿があった。

 朱乃さんは少し微笑みながら俺の傍で座る。

 

「どうして、朱乃さんが……」

「私は少し考えたいことがあれば良くこの屋上に来るんですわ……それで放課後に来てみればイッセー君がいますもの……ちょっとした幸せですわね」

 

 朱乃さんは本当に嬉しそうににっこりと笑う。

 

「ですが地面で寝転ぶのは多少、衛生面で気にするべきですわ。あそこのベンチで少しお話をしない?」

「ええ、構いませんが……」

 

 俺も気を紛らわしたかったから丁度良い。

 そう思って俺は立ち上がり、屋上に設置されているベンチに座ろうとした時、朱乃さんは先にベンチの真ん中に座った。

 そして―――何故か太もものところをポンポンと手で叩いていた。

 

「どうせ寝るなら私の膝を枕にして良いですわ」

「そ、それは……」

「…………ダメ、なの?」

 

 ―――おっと、最近は皆、この手を乱用しすぎじゃないのかな?

 朱乃さんの上目遣いと、普段と違い子供っぽい口調に俺は少しグッと来る―――誰だ、俺が上目遣いに弱いと言い回っているのは!

 ……結局、俺は上目遣いに勝てずに素直に膝枕されることになるのだった。

 

「うふふ……これは新鮮ですわ。イッセー君が子供みたい」

「朱乃さん……その、頭を撫でるのは流石に子供にし過ぎですよ」

 

 俺はすごく優しい手つきで頭を撫でて来る朱乃さんにそう言うが、朱乃さんはニコニコフェイスを浮かべてなお頭を撫で続ける。

 ……少し心地よくて眠くなって来たな。

 

「イッセー君は後輩なのですから、もっと甘えて良いですの。私、こう見えても母性本能が中々強いのですわ」

「それは何となく分かりますけど……その、朱乃さんって将来、良いお母さんになりそうっていうか、良い奥さんになりそうって感じですけど」

「あらあら……嬉しいことを言ってくれますわ―――でも、旦那さんはイッセー君が良いですわ」

 

 朱乃さんは痺れるような手つきで俺の頬を撫でる―――撫で方が何か、いやらしいんですが!?

 すると朱乃さんは俺の顔に顔を近づいてきた。

 そしてすごくキスできそうな距離で呟く。

 

「小さい頃にあなたに救われてから……あなたに純潔を捧げると決めてきましたもの。あなたのために生きたいのですわ」

「…………そう、なんですか?」

 

 俺は朱乃さんから視線を外そうとするも、朱乃さんはそれをさせず俺の頬を両手で覆う。

 

「ええ。ですから、今すぐにでも襲っても良いのでしよ?むしろ本望ですもの…………キス、しても良いですか?」

 

 朱乃さんは、普段のお姉さまの顔ではなく、物凄く普通の女の子のように頬を染めて、そう呟いた。

 

「……すみません。その……キスは、止めてください。俺は」

「……そうですか」

 

 すると朱乃さんは少し寂しそうな表情でそう呟くと―――俺の頬にキスをした。

 

「今はこれで我慢しますわ。たぶん、アーシアちゃんのことを想っての行動でしょうから……羨ましいですわ、アーシアちゃんは」

 

 ……朱乃さんは普段の表情でそう言う。

 俺は言っちゃったからな、アーシアの事が好きだって。

 俺って結構最悪な男だと思う……アーシアが好きなのと同時に、他の女の子にも良い顔しているんだから。

 八方美人って言われたらそこまでだけど。

 

「……イッセー君はきっと、すごく一途なのよね。だから私も、リアスも……イッセー君と関わりのある女の子はイッセー君に好意を持っているのですわ」

「だけど、それって結局、優柔不断なんじゃ」

「優柔不断には”優しい”という文字が入ってますわ―――別に私は何番目とか、そんなことは気にしません。ただ……イッセー君の傍で愛してもらえれば良いですわ」

 

 朱乃さんは膝枕しながら俺の頭を撫で、そう言った。

 

「だけどそれは……きっと朱乃さんは幸せにはなれませんよ?」

「いいえ、幸せですわ―――女の子は色々、男の子とは考え方が違う生き物ですわ。もちろん一番になりたい気持ちはありますけど……それ以上に男の子に想われたいの」

「……想われたい」

 

 その部分は俺もなんとなく、共感できるところだった。

 想われたい……好きな相手に想われたいのは確かに当たり前のことだ。

 だけど男として、そんな半端な行動は出来ない。

 まるで二股みたいな行動は特に……っていうのが人間の価値観なんだろうけどさ。

 今の俺は悪魔で、そして悪魔は一夫多妻制が認められている。

 ライザーなんか良い例だ。

 あの焼き鳥野郎は自分以外の眷属全てをハーレムと言っていたからな(レイヴェルを除いて)。

 アザゼルも軽口でそんなことを言っていたし。

 ……そんな俺は器用な男じゃない。

 どこまで不器用で、特に自分の心が全然理解できないような馬鹿だからな。

 

「きっと、私たちはイッセー君の気持ちに応えますわ。でも覚えておいて―――女の子って、結構思い切った行動をするってことを」

「……ええ、肝に銘じて置きますよ」

 

 朱乃さんの含み笑顔に若干苦笑いをしつつ、俺はそう応えるのだった。

 ……そういえば、朱乃さんは考え事のためにここに来たって言っていたな。

 

「朱乃さんは何か悩み事ですか?」

「……意外ですわ。イッセー君がまさか聞いてくるとは思いませんでしたもの」

 

 朱乃さんは意外そうな表情をしながら、でもどこか嬉しそうにそう言った。

 ……そう言えば、俺は余り誰かの考え事とかに首を突っ込んだりするのはしなかったな。

 大抵は向こうから話してきてくれたし、それに相手の考え事をあまり自分から踏み込むのもデリカシーが無いかなって思って。

 

「す、すみません」

「あらあら……良いですわ。むしろ私に興味を持ってくれた方が嬉しいですもの―――少し、お母様のことを考えていたのですわ」

 

 ―――ッ。

 朱乃さんの言葉で俺は上体を上げて朱乃さんの顔を見た。

 これは俺も関係が無い話ではない。

 むしろ俺は完全に当事者―――何年も前に朱乃さんと朱乃さんのお母さんを助けようとした張本人だ。

 

「お母様はイッセー君も知っての通り、姫島家の者の妖刀により呪いを受け、今はそれを何とか抑えながら生活しています―――堕天使の経営する施設で」

「……今、お母さんのことを考えるってことは」

「ええ―――近いうちに私はお母様に会いに行きますわ」

 

 朱乃さんは特に表情を曇らせることなくそう言った。

 そう言えばアザゼルが前に言っていたもんな―――朱乃さんのお母さん、朱璃さんが朱乃さんと俺に会いたがっているって。

 

「お母様に近い内に会いに来なさいと言われたのです。それで」

「会いに行く、でも自分が悪魔になってから会ってないから少し不安……そんなところですか?」

「むぅ……イッセー君、生意気ですわ―――私の考えたことを全部言い当てるなんて」

 

 どうやら俺の答えは間違っていなかったみたいだ。

 

「お母様とはたまに電話や手紙でやり取りをしていて、和平成立を機に会えるようになりました……ですが、少しだけお母様と会うのが怖いのです」

 

 ……親からしたら子供が悪魔になったなんて信じられないことだもんな。

 朱璃さんが仮にどうとも思っていなくても、やはり子供からしたら不安なのは仕方のないことだ。

 怖いものは怖い。

 でも向き合わないといけないことは存在する―――それは俺が一番よく分かっている。

 俺もさっきの『俺』と向き合わないといけないからな。

 

「私は家出をして、そしてそのまま悪魔になったのですわ……お母様の制止も聞かないまま。だからそのことを考えていたら少しだけ会うのが憂鬱になっていたんです」

「……そうだったんですか」

 

 朱乃さんも色々な問題を抱えているから、結構考えることはあるんだろう。

 バラキエルさんの事や朱璃さんの事……そしてそのことには少なからず俺も関わらないといけないよな。

 そもそも朱乃さんとバラキエルさんの喧嘩の原因も俺だし。

 ―――あれ、俺って結構重要な立ち位置じゃないか?

 バラキエルさんとか、下手すれば俺にキレてきそうだし……よし、もしもの時は覚悟して戦おう。

 男ってもんは拳で分かり合えるものだしな!

 

「……イッセー君。もし宜しければ……一緒にお母様と会ってくださいませんか?」

「ええ。当然、朱乃さんの頼みなら喜んで!それに……朱乃さんのお母さんも俺に会いたがっているんなら、俺も会わないといけませんから」

「イッセー君……」

 

 朱乃さんは微笑むと、俺の手を握ってきた。

 

「……ありがとう。今だけで良いですわ……イッセーって呼んでも良い?」

「ええ。別に普段からそれでも良いですよ?」

「うふふ……それでは少し面白くないですもの。こういう、二人きりの時だけ特別な呼び方をする―――ロマンチックと思わない?」

 

 朱乃さんは普段の丁寧な話し方ではなく、普通の同い年の女の子のような口調でかわいらしくそう言った。

 考え込むのは朱乃さんにとってもあんまり良くはないよな。

 さてと―――ッ!?

 おいおい、またかよ……俺は突然の頭痛に冷や汗を掻きながらそう思った。

 この痛みはさっき、『俺』が頭の中に現れた時と同じもの……つまり、また『俺』が呪詛でも訴えに来たんだろう。

 ―――俺の怨念も凄まじいな。

 

『―――つけ、ろ―――かみ、は―――奴―――は―――きけ―――』

 

 ……?

 何が雑音が入るような声だ―――まるで何かに遮断されるように音は雑音によりかき消され、そしてしばらくすると俺に走っていた頭痛も消えた。

 ―――なんなんだ、今のは。

 つけろ、神は、奴は、聞け……俺が何とか聞き取れたワードを頭に浮かべるが、何を言っているかは一切分からなかぅた。

 ……気にすることはないのか?

 

「……?イッセー、どうしたの?」

「いえ……特に何かあったわけじゃないんですが―――」

 

 さっきの声に怨念のような声音がなかった。

 俺は何となくそう思ったのだった。

 

「ふふ……変なイッセー君ですわ」

「あれ?口調が元に戻ってますよ?」

「何となくリアスとキャラが被るのが癪なので、私は普段通りにしますわ―――さっきのはベッドの中だけにしますね♪」

 

 ……俺はとてつもないデジャブを感じながら、苦笑いをする。

 そしてそれから少しして、そのまま二人で部室へと向かうのだった。

 

 ―・・・

 俺と朱乃さんが部室に入ってから数時間経っていた。

 部室には部長席で資料に目を通している部長とその傍らにいる朱乃さん、更に何やらファッション誌を見ている教会トリオにお菓子を食べている小猫ちゃん、その傍で小猫ちゃんの姿を見て時たま甘やかしている黒歌、ダンボールでポチポチゲームをしているギャスパーに、俺と将棋をしている祐斗がいた。

 ちなみに将棋で優勢なのは俺だ。

 

「考えてみれば、将棋って奥が深いよね。取った駒を自軍として使えるなんて―――あ、飛車が詰んだ」

「そうだよな。まるで三国志に出て来る曹操みたいなものだからな。曹操は例え敵でも有能なら自軍に引き入れた英雄らしいから―――王手」

「その点、チェスは取った駒は二度と戻ってこないから戦術的には限られているんだけどね…………イッセー君、待ったは?」

「なしに決まってんだろー――はい、終わり」

 

 俺は祐斗の王の近くに先ほど祐斗から取った飛車を打って、そのまま将棋に勝利した。

 これでチェスも将棋も俺のポーカーも俺の勝利で勝ち越しだ。

 

「ふぅ……僕も結構これには自信があったんだけどね。イッセー君には敵わないか」

「流石に将棋は手間取ったぜ。祐斗の妙手には何度か嵌りかけたからな」

「……まあ練習していたからね。君に勝てるゲームを探して―――罰ゲームはジュースのおごりかな?」

 

 祐斗は嘆息して、ゲームをする前に約束していた言葉を口にした。

 

「ついでにアンパンを追加で!」

「了解。じゃあすぐに買って来るよ―――次はオセロで勝負だからね?」

 

 すると祐斗は風のような速度で室内から走り去った……なんでわざわざ『騎士』の速度で行くのか、俺には理解できないが。

 ってかあいつ、負けているのに何故か嬉しそうだよな。

 特に俺に負けて罰ゲームでパシられた後とか、結構嬉しそうなんだよな。

 何でか知らないけど。

 

「イッセーはあのホモと仲良いね~……掘られるのだけは勘弁にゃん」

「……先輩、本当に気をつけてください」

「―――おいおい、そんな真剣な口調で止めてくれよ」

 

 俺は祐斗がいなくなったのを見計らって近づいてきた黒歌と小猫ちゃんにそう言われて背筋が冷たくなった―――そう言えば忘れてたけど、あいつは色々な意味で覚醒してたもんな。

 くそ、アザゼルめ!うまい事言いやがって!!

 ……とりあえず、これからはあいつとの距離もしっかり考えないとな。

 うん、これが大事だ―――男に男として好かれても迷惑以外の何物でもないからな!

 

「おっす。ちょっと職員会議が長引いたから遅れたぜ……ったく、教頭の野郎。俺がやりたいようにやって何が悪いってんだ」

「はぁ……アザゼルの行動が既に既存の教師認識とはずれますから」

 

 すると扉をノックなしで入ってくるアザゼルと、その後を続くガブリエルさん。

 アザゼルはちらっと俺を見るも、特に気にしていないみたいだった。

 

「っと、先にちと緊急の話がある―――朱乃、イッセー、黒歌。お前たち三人に少しばかり用事が出来た」

「「「?」」」

 

 朱乃さんと黒歌と俺?

 何ていう奇妙な組み合わせ……っていうかそういう事はさっき言えば良かったんじゃないのか?

 まあそれは良いとして……

 

「で?アザゼル。一体何なんだよ、その用事ってものは」

「ああ。俺の部下の方からある連絡が来てな……明日は学校は創立記念日で休みだ。そこで朱乃とイッセー、黒歌にはあるところに向かって欲しい」

「あるところ、ですか?」

 

 朱乃さんは首を傾げながらそう言うと、アザゼルは勿体ぶったように……そして言った。

 

「場所はこの学園からそう離れていない病院だ」

「病院?別に私、イッセーの子供は妊娠していないにゃん―――ってにゃん!?」

 

 俺は軽口でそんなことを言う黒歌の頭を叩く!

 ったく、話の腰を折りやがって。

 

「それでどうして俺たちはそこに行って何をするんだ?」

「……人に会うんだ」

「人……ですか?」

 

 その言葉に俺たちは少しばかり疑問符を浮かべるように首を傾げる。

 そしてアザゼルは言った。

 

「―――姫島朱璃。お前たち三人は朱乃の母の朱璃に会ってもらう」

 

 ―――その言葉に俺は不意に開いた口が塞がらなかった。

 そりゃあいつかは会う事になるとは思っていたけど、まさかこんなにも早くになるとは思いもしなかったのだった。

 ……これはまた一騒動ありそうだ。

 俺は不意にそう思うのだった。



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第4話 良妻賢母や神々です!

 現在、俺と朱乃さん、黒歌はアザゼルを先導にして駒王学園からそう遠く離れていない病院にいた。

 この病院は悪魔の息が掛かっているところであり、そして俺たちがここにいる理由は簡単。

 朱乃さんのお母さん―――姫島朱璃さんと会うためだ。

 姫島朱璃さん……俺が小さい頃に一度だけ会ったことがある人間で、堕天使の幹部ことバラキエルとの間に朱乃さんを授かった彼女の母親。

 それが原因で命を狙われることになり、そして俺を庇って妖刀による呪いを受けることになった人でもある。

 

「……黒歌。悪いが先にイッセーと朱乃だけを行かせても良いか?」

 

 俺たち四人は病室の前まで歩き、病室のプレートに『姫島朱璃』と書かれた部屋の前で止まり、そしてアザゼルは黒歌にそう言った。

 俺と朱乃さんを先に?

 

「別に良いけど……っていうか私がここに呼ばれたのも未だに謎にゃん」

「それは後から話す―――イッセーに朱乃。お前らは先に朱璃と会って色々話せ」

 

 するとアザゼルは真剣な表情でそう言うと、病室の扉の前から離れて俺たちに入れと催促をした。

 色々と話す、か。

 確かに俺も話さないといけないこともあるし、謝らないといけないこともある。

 それは朱乃さんも一緒だよな。

 

「朱乃さん、行きましょう」

「……はい」

 

 朱乃さんはほんの少し笑みを漏らすと、そのまま病室の扉を何度かノックした。

 そして少しの間が空いて―――

 

『はい、お入りください』

 

 ……どこか朱乃さんと声音が似ている、優しそうな声が室内から響いた。

 それを確認すると俺たちは病室の扉を開けて、そして室内へと入っていく。

 病室の中は特に不思議なものではなく、ごく普通の病室だった。

 天井は真っ白で、室内も余計なものがない白に統一されている。

 花が飾られているからか、花の香りが鼻孔をくすぐり、ホンの少し緊張していた心を穏やかにさせる感覚すら感じた。

 そして真っ白なベッドの上に上半身を上げて窓の外から雲一つない空を見上げている女性。

 髪は朱乃さんと同じく長く、艶やかで美しい黒髪で、容姿は美人という言葉がとても似合う人だ。

 ―――その女性は俺と朱乃さんの方をゆっくりと首を動かせて見てきた。

 

「―――とても大きくなったわね、朱乃。ずっと会いたかったわ」

「―――母様……ッ!!」

 

 その女性―――朱璃さんが優しそうな声音でそう言った瞬間、朱乃さんは今までの緊張が嘘のように涙を流し、そしてそのまま朱璃さんに抱き着いた。

 ……普通に考えたら、これは当たり前だよな。

 まだ思春期も脱してない頃から大好きな母の元を離れなくてはならなくなって、しかも立場の違いから簡単に会う事すら出来なかった朱乃さん。

 そんな大切なお母さんと会えたんだ―――嬉しくて涙が出るのは当たり前だ。

 朱乃さんは年頃の女の子のように朱璃さんの胸の中で泣き続け、そしてそんな朱乃さんの頭を優しく撫でる朱璃さん。

 ……少しは後悔はある。

 俺がもっと強ければ、そもそも朱璃さんは呪いを受けることもなく、俺を庇うこともなかった。

 だけど俺の詰めが甘かったから、だから朱璃さんはこうして治療として療養しているんだ。

 そして朱乃さんとバラキエルさんが喧嘩になったのも俺が原因で―――俺も関わらなくちゃいけないよな。

 確かに今の俺はあやふやで、しかも自分の問題すらも解決出来てはいない。

 だけど、それでも俺は手伝いたい。

 朱乃さんとバラキエルさん、この二人のすれ違いをどうにかしたい。

 ……違うな、この家族のすれ違いをどうにかしたいんだ。

 家族は本当に……本当に温かいものだ。

 それを教えてくれたのは母さんと父さん……そして何よりドライグとフェル。

 俺の大切な家族が俺を大切に想ってくれるから、今でも俺はここでこんな風に思えるんだ。

 

「朱乃も……会いたかったよ……ッ!!」

「あら……ふふ。朱乃は大きくなっても甘えん坊で泣き虫ね。大丈夫……お母さんはここにいるわ」

 

 朱璃さんは朱乃さんとよく似た微笑みを浮かべながら頭を更に優しく撫でる。

 朱乃さんはそれで安心したのか、少しずつ鳴き声を潜めて行って、そして朱璃さんとしっかり視線を交わして……

 

「……私、姫島朱乃は母様の元に帰ってきました―――ごめんなさい……ずっと、ずっと……会えなくて……勝手にどこかに行ってしまって……ッ!!」

「今はいいの。帰って来てくれてありがとう、朱乃。可愛い娘がこうして涙を流して再会を喜んでくれるんですもの……これ以上、嬉しいことはないわ―――おかえり、朱乃」

 

 朱璃さんはそのまま朱乃さんを力が弱いながら抱き寄せ、そして抱きしめる。

 朱乃さんはそれに精一杯応え、そしてしばらくの間は何も言葉を交わさずにそのまま抱きしめ合うのだった。

 

『母として、娘を心配するのは当然です―――良い母親ですね、彼女は』

 

 フェルのお墨付きだ―――絶対、良いお母さんなんだろう。

 雰囲気でも、見ただけで分かる。

 だけど流石に俺も居心地が悪いな。

 あの朱乃さんと朱璃さんは二人だけの世界に入っているって感じだし、俺の姿は目に入っていないって感じだ。

 ……冷静っぽくて、何だかんだで感動で周りの風景が見えなくなっているんだろう。

 それはとても良いことだし、俺は別に視界に入れられなくても大丈夫だ。

 こうなれば俺は別にこの場に必要なかったんじゃないのか?

 

『いや、相棒はこの場にいなくてはならない。そもそも姫島朱乃が勇気を出せたのは相棒の存在のおかげといっても良い』

 

 そんなものか?

 

『そんなものだ。勇気を出すのは自分の力だけではどうにもならないところがある。相棒も思い当たるところの一つや二つはあるだろう?』

 

 ……まあそうだけどな。

 戦うのだって勇気が必要だし、面と向かって言い合うのだって勇気だ。

 誰かの後押しが必要なことだってあるし、自分から動くことだって必要だ。

 だけど朱乃さんは自分で動こうとしていた―――きっと俺がいなくても、自分で勇気を振り絞れたよ。

 俺はほんの少し背中を押しただけ……言ってしまえば導火線にほんの少し火を灯しただけだよ。

 

『……相棒らしいな』

 

 ドライグは少し笑みを含む声を漏らし、それ以降は特に何も言わなかった。

 俺らしい、ねぇ……自分では良く分からないけど。

 

「―――兵藤、一誠君」

 

 ―――不意に俺の名前を呼ぶ声がした。

 当然それはこの場にいる朱璃さん以外の何者でもなく、気付いた時には朱乃さんも朱璃さんも抱擁を止め、そして穏やかな表情で俺を見ていた。

 

「そ、その……お久しぶりです、って言えば良いんでしょうか?」

「あら……ふふ。緊張何て必要ないですわ―――もっと、こっちに寄ってきてもらっても良い?」

「は、はい」

 

 俺は言われるがまま朱乃さんと朱璃さんの方に近づいて行き、ベッドの近くにあった椅子に腰かけた。

 すると朱璃さんは俺の頬をすっと触れて、そして頭を撫でる。

 ……心が温かくなるように、少し胸がジーンとした気がする。

 これが何かは分からないけど。

 

「―――ずっと、あなたにはありがとうって言いたかったわ。朱乃を救って、私を救って……小さい子供なのに、血だらけになりながら大人と戦って……本当に、ありがとう……っ!!そして……ごめんなさい」

「………………どうして、謝るんですか?」

 

 言葉を言っている最中、朱璃さんは少し瞳に涙を溜めて謝ってきた。

 ……朱璃さんは謝ることなんてない。

 なのにどうしてこの人は泣きながら謝るんだろう―――俺にはそれが分からなかった。

 

「……私はまだ小さかったあなたに、あと少しで大変な十字架を背負わすところだった―――私があの時、あなたに救われなかったら、あなたはきっと……ずっと後悔していたと思うから……だから、ごめんなさい……ッ!!」

「――――――」

 

 俺はつい言葉を失った―――そんな風に言われたことは初めてだった。

 確かに朱璃さんの言う通り、もしあの時、朱璃さんを救うことが出来なければ俺はずっと後悔していただろう。

 …………救って、終わりじゃないんだ。

 救うだけじゃ終わりじゃない―――救われた側だって、朱璃さんのように色々な想いが交差している。

 俺は初めてそれを知った。

 俺は何度も他人から自分の命を大切にしろと言われてきた。

 誰かを救いたくて、命を張って―――今まで、俺は守られる人の想いを考えてきたことはあっただろうか。

 俺のことを本当に大切に想ってくれている人たちの想いを想ったことはあったのか?

 …………情けない。

 馬鹿だ、俺は―――守られたはずだ。

 目の前のこの人―――朱璃さんが俺を庇って命を落としかけた時に涙を流した時に、凄まじい後悔をしたはずなのに、それすらも忘れていた。

 ……守るだけじゃ、ダメ……なんだろう。

 つまり俺の今までしてきたことは―――

 

「―――一誠君」

 

 ―――俺が最悪の思考に陥っている時、突如、朱璃さんから真剣な声音の声が響く。

 俺はそれでハッとして朱璃さんの方を見た。

 

「……なるほど。確かにアザゼルさんの仰っていた通りね―――朱乃」

「母様?」

 

 朱璃さんは真剣な眼差しを俺に向けた後で朱乃さんを見て、そして何やら耳打ちをする。

 その耳打ちは俺には聞こえず、そして少し間をおいて朱乃さんは決心のついたような表情に変わった。

 

「―――とても危うい。一誠君、あなたは朱乃やあのヒトよりもはるかに強くて……脆いわ」

 

 朱璃さんは俺の頭に手をかざそうとするも、それを止めて俺にそう問いかけて来る。

 

「私はこう見えても母親をやっていますもの……顔を見れば分かるわ。その心はとても強い正しい心……でもそれはいつなんどき、黒に変わるか分からない―――そんな、色が見えるわ」

 

 ……朱璃さんの目の色がほんの少しだけ碧色に染まっているのが俺には分かった。

 まるで俺を見透かすような瞳と言葉が俺を通過して、俺は……何も言えなかった。

 ―――そう言えば、そうだよな。

 元々姫島家は由緒ある神社……力を持つ人間の家系だ。

 朱璃さんが人間離れした力、異能のようなものを持っていても不思議ではない。

 

「私は生まれつき、霊視の力があるの。だから人のオーラがなんとなくだけど見えるわ……このままだと一誠君、あなたは―――いえ、これは私の役目ではないかしら」

 

 朱璃さんはそう言うと、朱乃さんの方を向いて、真剣な表情を向けた。

 

「本当は朱乃、あなたを叱らないといけないし、文句の一つや二つはあるわ。頭ごなしに怒るのも親の役目―――だけど、それをするのは貴方が真に自分に向き合えてから。きちんと自分と……お父さんと向き合ってからよ」

「……分かっています」

「あら、ふふ……それでこそ私の娘よ―――だから、自分を受け入れて、強くなって……その子を仲間と一緒でも良い。救ってあげなさい。それが私、姫島朱璃があなたを許す条件です」

 

 朱璃さんは少しばかり厳しい口調ながらも、母親らしい威厳を持った言葉で朱乃さんにそう言うと、朱乃さんは力強く頷く。

 

「まあそれはあの人もなんだけど……ふふ」

「?」

 

 俺は朱璃さんの最後の言葉の真意が分からなかったが、朱璃さんは部屋の窓から外を見ていた。

 俺はそちらに視線を向けると、外には病院の中庭があり、そのベンチに一人の体の大きな男性が座っていた。

 しかもその近くにはアザゼルがいて、その男の肩をポンポンと叩いている。

 ……少しばかり男から哀愁が感じ取れるんだけど、あれは一体誰なんだろう?

 

「……あの人も来ていたのですね。母様」

「一応、今回はあの人がこの地に目的があったから……その付き添いよ。ただ余りにも朱乃に対して煮え切らないから、少し頭ごなしに怒ったわ」

 

 ……朱璃さんの笑顔が若干黒かったのは内緒だ。

 ここは一度、聞いておくべきか。

 

「朱璃さんから見て、今のバラキエルさんと朱乃さんの関係はどうなんですか?」

「そうね……耳を少し貸してもらえるかしら?」

 

 すると朱璃さんは俺に手招きをして、それに応えて耳を彼女の耳元に近づけた。

 

「どちらも子供よ。朱乃もあの人もただすれ違っているの……ただ一歩、前に出た朱乃に応えることが出来ていないのはあの人の方」

「……なるほど」

「あの人の目を覚まさせるには私ではどうにもならないの。きっとあの人と同じ目線に立てる人じゃないと……」

 

 朱璃さんは苦笑いをしながらそう呟いた。

 ……同じ目線に立てる人―――その言葉を聞いたとき、俺は不意にある男の姿が頭に浮かんだ。

 

「……イッセー君。二人を呼んできて貰っても良いかしら?私は朱乃と少し話をしたいから」

 

 俺は朱璃さんの提案に頷いて、朱乃さんの顔を横目で見ながら病室を後にする。

 ―――朱乃さんの表情は穏やかなものだった。

 

 ―・・・

 俺は病院の中庭に出て、ベンチに座っている男の方に近づいた。

 片方はアザゼル、そしてもう一人……きっちりスーツを着こんでいる堕天使の幹部、バラキエルさんだ。

 二人は何かを話しているようだけど、いったい何の話をしているんだろうな。

 

「煮え切らない男はあまり好きじゃないにゃん」

「……黒歌」

 

 すると黒歌が突然俺の横に現れて、そう言った。

 黒歌はバラキエルさんに特に関心のないような視線を向けている。

 

「やっぱり黒歌の目にもそう映るのか?」

「うん。アザゼルに話は少しは聞いたにゃん―――ホント、家族の大切さを知ってるならもっと大切にしろって話だけど」

 

 ……黒歌は小さい頃から小猫ちゃんと二人きりで生きてきた。

 たった二人の姉妹、たった二人の家族。

 だから黒歌の小猫ちゃんを、家族を大切に想う気持ちは俺も頭が上がらないほどだ。

 それこそ命を賭けて守ろうとするほどに。

 

「朱乃ちんは前に進もうとしているのに、肝心の親があれじゃねぇ……いくら奥さんにドライな態度を取られているからって」

「……なるほどな―――黒歌、俺に少し良い考えがあるんだけどさ」

「良い考え?」

 

 黒歌は俺の言葉を反復し、そして首を傾げた。

 良い考えっていうのはついさっき思いついたことだ。

 って言ってもそんなに難しい話ではないし、俺が何かをするわけではない。

 俺はその考えを黒歌に伝える……と、黒歌は少し目を丸くするが口元を緩めた。

 

「―――ふふ、それは良い考えにゃん♪確かにあの人ならこの状況、どうにかしてくれるかも」

 

 黒歌は俺の提案に快く賛成してくれた。

 ……なら俺のやることは大体決まったな。

 

「黒歌は先に病室に戻っていてくれるか?俺はアザゼルとバラキエルさんを呼んでから向かうから」

「王の仰せのままに、にゃん♪」

 

 黒歌はウインクをしながらスキップをするほどのテンションで、そのまま病院に入って行った。

 それを見計らい俺はアザゼルとバラキエルさんの方に近づき、そして話しかけた。

 

「アザゼル。朱璃さんがお二人をお呼びだぞ」

「……話は終わったのか、イッセー」

 

 俺の登場にアザゼルは特に驚くことはなく、そう尋ねてきた。

 

「ああ。俺との話はもう終わったよ。色々気付かされたし、すごく有意義な時間だった―――初めまして、バラキエルさん。俺は兵藤一誠です」

「君がかの有名な―――私はバラキエル。堕天使の幹部をしているものだ」

 

 バラキエルさんはベンチから立ち上がり、一礼してそう挨拶した。

 そして続ける。

 

「先に言わせてくれ―――君がいなければ、私は大切なものを全て失っていた……本当に、ありがとうッ!!朱璃と朱乃を救ってくれて……ッ!!」

「え……えっと……」

 

 俺は戸惑う―――バラキエルさんは厳格に挨拶したものだから、もっと頭の固い人だと思っていた。

 だけどバラキエルさんは頭を下げ、俺にそう言ってくる。

 

「頭を上げてください―――俺はあなたに頭を下げて貰うためにここに来たんじゃないんです。朱乃さんを、朱璃さんを……あなたをどうにかしたいから、だからここに来たんです」

「…………すまない。少し、取り乱した」

 

 バラキエルさんは俺の言葉を聞いて、ゆっくりと頭を上げ、そして俺と対面する。

 ―――雷光のバラキエル。

 堕天使でもトップクラスの実力の持ち主で、その雷光の二つ名は伊達じゃないと聞いたことがある。

 朱璃さんの旦那さんで、そして朱乃さんのお父さん。

 現在は娘との関係がこじれており、そしてその原因となったのが俺の存在。

 奥さんである朱璃さんには娘と関係をこじらせたのが原因でドライな関係になっていて、当のバラキエルさんは煮え切らないヒトって、黒歌と朱璃さんは言っていたけど……

 

「アザゼル。先に病室に行って貰っても良いか?少しバラキエルさんと話したいことがある」

「……手短に頼むぜ。今日は色々とスケジュールが詰まっているからな」

 

 アザゼルは嘆息しながら立ち上がり、手をひらひら振りながらその場から立ち去る。

 そしてこの場に残る俺とバラキエルさんは少しの間、無言になった。

 

「……単刀直入に聞きます―――あなたは、朱乃さんとの関係がこのままで良いと思っているんですか?」

「……ッ」

 

 バラキエルさんは俺の問いに対して、苦虫を噛んだような表情となった。

 

「今、朱乃さんは前に進もうとしています。堕天使の血を受け入れようとしている―――あなたはどうしたいのですか?」

「……私は…………朱乃が幸せであれば、それで……構わない」

 

 するとバラキエルさんはポツリとそう呟いた。

 

「朱乃にとって、君という存在は大きいものだ。君は朱乃にとってヒーローのような存在だ―――君の傍に朱乃がいる、それが朱乃の幸せならば、私は……朱乃が笑ってくれるなら、遠ざけられても、嫌われても……構わない」

「………………それが、あなたの本音なんですか?」

 

 バラキエルさんは本音を吐露していない。

 ただ朱乃さんの事を想っていることは確かで、でもその方向性が間違っているようにも感じた。

 ……確かに複雑な心境だと思う。

 きっとこの人は凄く真面目で、頭が固くて……そして優しい人なんだ。

 不器用なんだ。

 だからすれ違っている―――だけどバラキエルさんを奮い立たせるには俺では役不足だ。

 だから―――

 

「俺の質問には答えなくても良いです―――きっと今は歯車がかみ合っていないだけなんです。朱乃さんも、バラキエルさんも、朱璃さんも……俺も」

 

 バラキエルさんには会わないといけない人がいる。

 それは俺が尊敬する、俺が知る限りで一番家族を大切に想い、大切にして、そして愛していると自信をもって言ってくれる……父さん。

 

「大丈夫です、バラキエルさん。きっとあなたは分かり合える。朱乃さんも、朱璃さんも貴方を大切に想っていますから……家族って、すごく温かいものですから」

 

 俺はそれだけ言うと、そのまま病院へと足を向ける。

 

「行きましょう、バラキエルさん。今は朱璃さんの事が重大でしょう?」

「……そう、だな―――ありがとう。そうか……アザゼルが君と話した方が良いと言ったのは……」

 

 バラキエルさんは何かをぶつぶつと呟くと、俺と共に病院……朱璃さんのいる病室へと向かった。

 ―・・・

 再び朱璃さんの病室に到着すると、その中には何とも言えないメンバーが集結していた。

 アザゼル、バラキエルさん、朱乃さんに朱璃さん、黒歌……そして俺。

 今は黒歌が仙術を用いて朱璃さんの体を調べているようだ。

 手の平で朱璃さんの胸元にそっと触れて、そこから青いオーラを漏らしている。

 

「う~ん……なるほどねぇ~……結構、呪いが進行しているみたいにゃん」

「……やはりか」

 

 アザゼルは黒歌の言葉を聞いて、腕を組んで納得するような表情をした。

 少し前に教えてもらったことだけど、今回、黒歌が呼ばれた理由は朱璃さんに掛けられている呪いを診察するため。

 生命を司る仙術だから、うってつけとアザゼルは考えたようだ。

 仙術使いは本当に希少な存在らしく、アザゼルの陣営には仙術を使える人物はいなかったそうだ。

 世界最高の仙術使いは闘戦勝仏―――孫悟空。

 だけど黒歌の才能と将来性だけなら孫悟空とも見劣りはしないらしい。

 

「呪いの進行具合は抑えられているからまだマシだけど、これ以上呪いが朱璃ちんに残ると、それこそ命に関わるかも」

「…………どうにか、出来ないのか?」

 

 黒歌の言葉にアザゼルはそう返す。

 その言葉に朱乃さんやバラキエルさんも焦るような表情になっており、だけどこの二人の間にはやはり隔絶のような距離がある。

 

「……呪いは一種の負の仙術って言えるにゃん」

 

 すると黒歌は朱璃さんの胸元から手の平を抑えるのを止め、そして話し始める。

 

「仙術は生命を操る力。気自体も生命から存在するものだし、派生といっても力にゃん……呪いはその生命に根付いて命を蝕んだり身体に影響を及ぼすもの、なんだけどね~―――呪いの根源は仙術じゃなくて、怨念とか恨み。負の力を封じた物、例えば魔剣とか妖刀の力は確かに強いけどその分、代償があるのは大なり小なり呪いがあるからにゃん。でも代償があるからこそ、持ち主の命を削って力を発揮する……まあある意味、魔剣や妖刀自体が仙術の類と言っても良いんだけどね~」

「……負の面に堕ちた仙術ほど怖いものはない、か」

「うん、イッセーの言う通りにゃん。闇に堕ちた仙術と同じくらい呪いは厄介。しかも呪いの力は潜伏期間に比例して強くなるにゃん」

 

 ……潜伏期間、病気のようなものか。

 その考えなら、呪いをどうにか出来るのかっていうアザゼルの質問は、首を横に振ることになる。

 それほどに呪いってものは厄介で、黒歌で言うところの妖刀ってのは一種の仙術なんだろう―――それが歪となった。

 

「科学技術で呪いの進行だけは抑えていても、根本を解決しない限りどうにもならないにゃん。今の段階で既に身体に影響が出ているからね」

「……ええ。黒歌さんの言う通り、既に私は自分の足で立つことは出来ません」

「―――ッ!?」

 

 朱璃さんの発言に一番反応したのは朱乃さんだった。

 バラキエルさんはとても悔しそうな顔をしており、アザゼルは同様―――アザゼルからしても呪いに関しては専門外なんだろう。

 それでも呪いの進行を抑えていたんだ。

 何もいうことはない―――少なくとも俺からは。

 

「朱乃。そんな顔をしないで……今の所はまだ大丈夫だから」

「母様…………ですが、私はそれでも」

 

 ……朱乃さんはバラキエルさんと視線を合わせようとせず、ただ真っ直ぐと朱璃さんを見続ける。

 バラキエルさんはバラキエルさんで居心地が悪そうにしているし……埒が明かない。

 それに今の問題は―――

 

「……んにゃ?別に私、治せないとは言っていないよ?」

『――――――え?』

 

 ―――俺たちの声が一つになった瞬間だった。

 当の発言者、黒歌はケロッとした表情で目を丸くしている。

 ……えっと、状況を確認しようか。

 俺たちは朱璃さんの状態が絶望的に悪い事、呪いに関してはどうしようもないと思っていたところだ。

 そこで黒歌が、実は私はどうにかできる……そう言いたいんだろう。

 よし、確認は終えた。

 

「く、黒歌さん!?どういうことですか!?いえ、この際そのことはどうでも良いですわ!!方法が!あるのですか!?」

「にゃんんん!?朱乃ちん、揺らさないでにゃん!頭が回るにゃん!!」

 

 朱乃さんは珍しく動揺しながら黒歌の肩を揺さぶってそう問いただす。

 黒歌は無論されるがままだ。

 

「お、お、お、落ち着け、朱乃!!今は話を聞くべきだ!!」

「うるさいですわ、父様!しかしこれが落ち着いていられませんわ!!」

 

 ……意外なファーストコンタクトだ。

 二人とも焦ることで普通に会話している……っていうか、親子だなってつい思ってしまったりしている。

 朱璃さんもその光景を見て微笑ましい感じになっているし。

 ―――っと、朱乃さんはハッとした表情となって一つ、咳払いをした。

 

「うにゃぁ~……朱乃ちん、少しは手加減するにゃん……」

 

 黒歌は朱乃さんの行動に目を回しつつ一息つく。

 とはいえ、俺も黒歌の発言には驚いているし、何より聞きたい。

 朱璃さんを救う方法があるなら、知りたい。

 

「仙術は生命を司る力。そしてその力を宿す者は本当にごく少数にゃん。朱璃ちんの呪いは相当なステージにまで達しているのは確か。私個人の力では対抗できないことも確かにゃん」

「……個人?」

 

 アザゼルは意味深に黒歌の言葉を拾い上げる。

 

「そ。私一人では無理でも、私には可愛い可愛い白音がいるにゃん♪まだ未熟だけど将来的才能は私並みだからね~……それに私の主様もいる」

「……やはりイッセーが必要となってくるのか」

 

 アザゼルが何かに納得するようにそう呟くと、黒歌を含め、全員が俺の方を見てきた。

 ……俺が必要?

 

「イッセーには前に軽く話したことがあると思うけど、イッセーは仙術に対する素養があるにゃん。しかも力を増大させる赤龍帝でもある―――イッセーと白音が仙術を習得したら、私と白音とイッセー。この三人の力を組み合わせれば呪いを解くことなんか造作もないにゃん♪」

「……なるほど。つまり呪いを解くための力の絶対値が一人では足りないということか。だがやはり時間が掛かり過ぎるぞ」

 

 確かに、俺と小猫ちゃんが仙術を習得するまでっていうのはいくらなんでも未確定過ぎる。

 俺の場合は仙術の糸口を掴めば後は神器を駆使すれば何とかなるけど、小猫ちゃんは突然のパワーアップは肉体的に危険だ。

 ―――って、そんなことを黒歌が考えていないわけがないか。

 

「言ったでしょ?呪いを解く(・ ・ ・ ・ ・)には三人の力が必要だって」

 

 ……なるほど、そういう事か。

 俺は黒歌の言いたいことが大体理解できた。

 

「確かに私個人の力では呪いを解除は物理的に無理にゃん。呪いは、ちまちま治すことは出来ない。やるなら一発、どでかい花火みたいに一気に消し去らないといけないにゃん」

「つまり、黒歌は呪いを解くことは出来ないけど、それと似たようなことは一人でも出来る……ってことだろ?」

「流石イッセーにゃん♪」

 

 黒歌はにんまりと笑い、もう一度だけ朱璃さんの胸元に手を添える。

 

「イッセー、ちょっと赤龍帝の力を借りても良い?」

「……なるほど。了解だ―――ドライグ、行けるか?」

『相棒が俺の力を使うのは久しぶりだ―――ああ、全く問題ない』

 

 俺はドライグに確認を取りつつ、左腕に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を装着した。

 その時点から俺は何度か倍増を繰り返し、そして黒歌の肩にそっと手を添えて、そして……

 

『Transfer!!!』

 

 黒歌に対して溜めた倍増の力を譲渡した。

 

「んん……にゃぁぁん……ッ!―――白音に聞いていたけど、これはすごいにゃん……(ちょっとだけ濡れちゃったかも)……」

「~~~~~ッッッ!!真面目にやれ!!」

 

 俺は妙に艶やかな表情を浮かべる黒歌の頭を軽く叩く……でも黒歌が纏う仙術の青白いオーラは更に純度が濃くなった。

 つまり黒歌の力が無事に強くなったってことなんだろう。

 黒歌は未だに蕩けたような余韻が残ってものの、仕事はするらしく朱璃さんに仙術による光を与える。

 青白い光はすうっと朱璃さんの胸へと吸い込まれるように入っていき、そして朱璃さんは少し目を瞑って何かを我慢するような表情となった。

 

「私のしてることはアザゼルちん達、堕天使がしていた超強力版みたいなものにゃん♪呪いの毒素を仙術である程度削って呪いの影響を一時的にほぼ消す。私の生命エネルギーをイッセーの倍増の力で強めたから、この力が朱璃ちんの中にある限りは呪いは進行しないはずと思う」

「……つまり今は呪いの毒素と戦っているから朱璃さんは辛そうな表情なのか?」

「そ。これでこの先、10年間くらいは何とかなるはずにゃん」

 

 黒歌は猫耳と尻尾をフリフリさせながら俺の周りをうろちょろする。

 ……10年間は大丈夫ってことは、俺はその10年間で何とか仙術を手に入れないといけないってことか。

 ―――新しい目標が出来た。

 今の俺がたとえどれだけあやふやだとしても、目標があればとりあえずはそのことに集中できる。

 ……朱璃さんを救いたい。

 俺の心にその想いだけが染み渡ったのだった。

 そしてそれから数分して朱璃さんは穏やかな表情となり、目を開いた。

 

「……朱璃、大丈夫か!?」

「お母様!体の調子はどうなのです!?」

 

 ―――それと同時に朱璃さんの元に駆け寄るバラキエルさんと朱乃さん。

 ……たとえ邪険な仲でも、心配するものは同じだ。

 

「あらら……大丈夫よ。黒歌さんのおかげでかなり体が軽くなったもの―――ありがとう、黒歌さん、イッセー君」

 

 朱璃さんは穏やかな笑顔を浮かべながらそう言うと、俺と黒歌は何も言わずに笑顔で返すのだった。

 ……そういえば、バラキエルさんがここに来たのは別件があるってさっき朱璃さんが言っていたな。

 俺はそれを思い出した。

 朱璃さんがここに来たのはそのついでってことだし、堕天使であるバラキエルさんの用事ならたぶん俺たち悪魔も無関係な事柄ではないだろう。

 

「それでバラキエルさんはどうしてここに―――」

 

 俺がバラキエルさんの方を見てそう尋ねようと思ったその時だった。

 ―――コンコン。

 唐突に病室の扉が二度、三度ほどノックされた。

 

「どうやら来たようだな」

 

 アザゼルの反応からあいつはこのノックの主を知っているようだ。

 でも俺たちは今からここに誰かが来るなんて知らされていないけどな。

 

「―――失礼します。オーディン様に仕える戦乙女(ヴァルキリー)、ロスヴァイセです」

「ほほほ。ロスヴァイセ、随分と畏まっているのぉ……もっとを肩を抜かんか」

 

 ―――その姿は知っているものだった。

 一人は女性の割には長身で、とても綺麗で長い銀髪の女性であるロスヴァイセさん。

 会うのは前の北欧旅行以来か?

 そんでその後ろにいるのは北欧神話の主神として名高いオーディン。

 ローブのような服に眼帯をつける隻眼の爺さんだ。

 ……だけどなんでこの二人がこんなところにいるんだ?

 正直に言って見当がつかない。

 

「久しぶりじゃのぉ、アザゼル。それに赤龍帝」

「じじいも元気そうで何よりだ。無事に到着してとりあえずは安心したぜ」

「……アザゼル、話が見えてこないんだけど?」

 

 俺は一人、全部理解していると思うアザゼルにそう尋ねると、するとロスヴァイセさんがいつの間にか俺の傍に居た。

 

「お久しぶりです、イッセー君!以前の事件での活躍は聞いています!」

「……活躍なんて、そんな……」

 

 俺はディオドラの一件の事を思い出して、少しだけ嫌な光景を思い出す。

 覇龍による暴走により俺がもたらした凄惨な血の海の光景……それを振り切るように頭を振った。

 

「そんな謙遜することはないです!事件の根底で活躍したというのは事実なんですから」

「……これ、ロスヴァイセ。ここぞとばかりに色々質問するでない……ふむ。これは本来、お主の役目なんだがのぉ」

「―――はっ!イッセー君、ごめんなさい!私、どうしても同い年ぐらいの男の子と話すのに慣れていないので……」

 

 ロスヴァイセさんはすると平謝りするように頭を下げる。

 その隣でオーディンの爺さんが嘆息している……たぶん、ロスヴァイセさんは俺がどういう方法で事件を終わらせたっていうところまでは知らないんだろう。

 そしてオーディンの爺さんは知っているんだろう。

 俺が覇龍を使って旧魔王派を倒し、殺したことを。

 だからロスヴァイセさんを咎めるようなことを言ったんだろう。

 

「あんまり気にしないでください、ロスヴァイセさん。俺は全然気にしてないので……」

「イッセー君…………どこか、変わりましたか?」

 

 ……するとロスヴァイセさんは俺の顔を覗きながらそう尋ねてきた。

 ―――勘の鋭い人だ。

 

「今の顔はまるで………………いえ、何でもないです」

「……?」

 

 俺は何か言おうとしたロスヴァイセさんに疑問を持ちながら、オーディンの爺さんを見た。

 にしてもどうして神様がこんなところに来ているんだろうな。

 ―――っていうか、もしかしてバラキエルさんの目的とこの神様は重なっているんだろうか?

 そうだとしたら辻褄が合う。

 っとアザゼルは俺が色々考え込んでいるのに気が付いたのか、切り出した。

 

「とりあえずイッセー。お前の家でゆっくり話しても良いか?」

 

 俺はその言葉に頷くのだった。

 ―・・・

 大豪邸になった兵藤家の最上階。

 そこにはお客様を出迎える為にVIPルームが創られており、そして今はその場に色々な顔ぶれがあった。

 部長を初めとするグレモリー眷属の面々。

 更に堕天使のアザゼル、バラキエルさんに北欧からはるばる来たオーディンの爺さんとロスヴァイセさん。

 天使サイドはイリナとガブリエルさんだな。

 そして何故かこの場には珍しくティアやオーフィスがいなく、俺の膝元にはチビドラゴンズ(幼女バージョン)がお昼寝中だ。

 ティアとオーフィスは野暮用でしばらくは俺の所には来れないと言っていたから、少しの間はチビドラゴンズの面倒は俺が見ることになっている……らしい。

 今度、夜刀さんが応援に駆けつけてくれるみたいだけど。

 ……さて、大体のことをアザゼルから説明を受けた俺たちグレモリー眷属。

 

「つまり、爺さんが日本にいる間は俺たちが爺さんを護衛する、ってことか?」

「かいつまんで言えばな。元々この町は天使、悪魔、堕天使の協力体制の元で厳重に管理されているから、比較的安全とは言えるんだが……やはり神となると警戒していて損はない」

 

 用は日本に用事のある爺さんを護衛するのがバラキエルさんがこの地に来た理由であり、そしてそのお鉢は俺たちにも回ってきたってことだ。

 それを若手悪魔にやらせるのはどうかと思うが……それに俺だって体調は本調子ではない。

 

「にしても爺さんよ。日本に来るのが予定よりも早すぎるぞ。俺もバラキエルから連絡があった時は驚いたが……元々、この来日の目的は日本神話の神々と話をつけるためだろ?」

「そうじゃな。そうなんじゃが……北欧も今は色々と面倒な時期なのじゃ。特に最近ではわしのやり方を非難するものが多くてものぉ……特に厄介者に捕まるのが面倒故にここに逃げ込んだ」

「厄介者?北欧神話の厄介者と言えば―――まさか、ロキか?」

 

 ―――ロキってまさか、北欧神話随一の神……悪神と謳われる神のことか!?

 北欧神のトリックスターと言われる神様で、伝説クラスの魔獣をいくつも生み出している神でもある。

 五大龍王が一匹もロキによって生み出された魔物の一人ってほどだからな。

 

『最近の相棒はこっち方面に異様に詳しくなって来たな』

 

 っと、ドライグからのツッコミもあるほどに最近は異常関連には博識になってきているのは確かだ。

 情報は何にも勝る武器だし、知っておいて損はない。

 

「よう知っておるな、赤龍帝。まあ奴もまたわしを良く思わん神々の一角じゃ。奴自身はそこまで強くはないんだがのぉ……その配下の魔獣共が異常な強さじゃ。故に事を起こされる前に北欧を出てきた。ついでに日本の文化でも堪能しようかのぉ」

「ふ~ん……でも日本の文化を楽しむっていうのは賛成だよ。この国は飯は美味しいし、親切だからな。きっと楽しいはずだ」

 

 俺がオーディンの爺さんにそう説明すると、すると爺さんは愉快そうに高笑いをする。

 この神様はこういう娯楽が大好きみたいだし、元々そう言う性質を持つ神様何だろう。

 戦闘になれば恐ろしく強いけど。

 

「なるほど……よし、アザゼル!ナイスバディーなおなごがいる店に案内するが良い!」

「ほぅ……オーディン、それはそういう系をお望みというわけかい?」

 

 ………………いやらしい表情を浮かべるオーディンとアザゼル。

 とってもゲスイ表情となっている御二方をゴミのような目で見るロスヴァイセさんにガブリエルさん。

 

「……オーディン様……ッ!ここには日本神話の神々との会合で来ているというのに……ッ!」

「これだからアザゼルは未婚総督を脱退出来ないのです。少しはイッセー君の紳士さを見習えば良いと思いませんか?」

「―――あなた、お名前は?」

「ガブリエルと申します。熾天使の一人ですね」

 

 ……っと、何故か知らないがガブリエルさんとロスヴァイセさんが握手をして仲良くなってる!?

 何故だ!?

 どういう経緯があれば、今の会話から仲良くなれるんだろう。

 俺には女性のあれが分からないな。

 今も会話に花を咲かせてガールズトークしているし……

 俺は近くにいた祐斗の方を見て、不意に一言。

 

「この状況、カオスだな」

「あ、あははは……それは言わないでおこうよ」

 

 俺と祐斗はゲスイ男二人、その光景を腕を組んで見ているバラキエルさん、何とかお父さんを無視しようとしている朱乃さん、そして状況に茫然としながらも苦笑いをしている俺たちグレモリー眷属を見ながら肩を落とすのだった。

 割と真面目な話をしていたのに、どうしてこうなるんだろう。

 俺は真摯にそう思った。

 が、もう手遅れということで、諦めたのだった。

 ……だけど、俺の知らないところで実はこの時、一人の男が動いていた。

 そりゃあもう、一体どこで情報を得てきたのかと言いたいほど。

 

『……むっ!この気配はまさか―――』

「ドライグ、それは言うな―――どうせもう止められない」

 

 俺は何かの気配に気付いて不機嫌な声を上げるドライグを制止する。

 そう―――あの野獣のような男が、もう少しでこの場に来る。

 俺は不意にそう確信していた。

 俺は未だに朱乃さんに話し掛けることが出来ていないバラキエルさんを見た。

 ―――このことをきっかけに、あの人は父親として変わるだろう。

 俺は何の根拠もないが、そう思ってしまうのだった。



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第5話 真の親父と襲来です!!

 俺こと兵藤一誠、及びグレモリー眷属の数名は今、冥界に来ていた。

 理由はとても単純明快で―――オファーだ。

 オファーっていう言葉にはたくさんの意味があるだろうけど、この場合だと「依頼」ってことになる。

 そして何の依頼かと言えば……おのずと答えは一つ。

 簡単に言えば冥界中で絶賛放送中である『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン』のイベントに参加しているんだ。

 俺を主人公にした特撮ドラマである『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン』は既に冥界中で超人気番組と化しているらしく、グッズは発売されたら即売り切れ。

 つい最近発売された映像コンテンツは過去稀に見るほどの売り上げを記録しているらしく、この売り上げの一部の利益は俺の懐にも入っている。

 ……とてもじゃないが、本来学生である俺が稼げる金額じゃないけど。

 っとまあそんな風に今や社会現象を引き起こしているお兄ちゃんドラゴンなわけだけど、当然俺からしたら相当に恥ずかしい面もある。

 当然見知らぬ悪魔の子供からとびっきりの笑顔を向けられることは当たり前、町も簡単には歩けないっていう芸能人気分を味わっているんだ。

 ―――話は逸れたけど、今はお兄ちゃんドラゴン関連のイベント中だ。

 俺以外にもグレモリー眷属は番組に登場しており、祐斗は主人公の敵役及び憎めないライバルキャラ、「ファングナイト」として登場しており、小猫ちゃんはその可憐な見た目から俺の妹的キャラで登場しており、既に凄まじい人気を博している。

 俺の主様であるリアス部長や朱乃さんは俺のお姉さんキャラで登場しており、ギャスパーやゼノヴィアもまた主人公とは違う組織という役割で登場している。

 ちなみに現在のラスボスキャラはアザゼルであり、これがまた凄まじい悪役を演じているので逆に視聴者から違う意味で人気を博しているらしい。

 

『げへへへへへへ!!餓鬼どもは俺が、食ってやるぜぇぇぇぇええ!!!』

 

 ―――今、俺はステージ脇で登場するまで待機している。

 今はステージでのヒーローショーであり、俺や小猫ちゃん、祐斗の役目はこのショーを盛り上げることだ。

 元々小猫ちゃんと祐斗は登場することが予定されていたけど、俺はサプライズってことらしい。

 何ていうか、認めたくないけど俺の登場を予告すれば入場チケットがすぐに完売する勢いがあるそうだ。

 っていう大人の事情?もあって俺の登場はサプライズ。

 元々は幻術で他の役者を俺っぽく見せるはずだったらしい。

 

『……ダメッ!そんなこと……させない……ッ!!』

 

 マイクを通した小猫ちゃんの可憐な名演技が炸裂する。

 それにより会場からは主に男性の叫び声が響いた……流石小猫ちゃんの愛くるしさ!

 

『はははは!!どうせこの場には憎き兄龍帝は来ない!誰も救われないのだ!!』

『そんなこと、ないです!……お兄ちゃんドラゴンは、子供のピンチに現れます……ッ!!』

『それならば呼べば良い!!来れるものなら来てみるが良い!!兄龍帝!!!』

 

 鬼気迫る役を見せる怪人役の悪魔。

 そして小猫ちゃんの演技も感極まり、会場からは凄まじい子供の声が響いた。

 

『お兄ちゃんドラゴン!!!あんな奴、やっつけちゃえぇぇぇ!!!』

『助けて、お兄ちゃんドラゴン!!!』

 

 ……やばい、緊張が半端ない。

 これ、俺が行くしかないから逃げようがないが―――台本通りに行けるか?

 

『ふふ……主様。主様には台本なんてものは必要ありません―――いつもの主様を前面に出せばいいのです』

 

 と、フェルからのアドバイス。

 ちなみに今日に関してはドライグは別件で俺の中にはいなく、アザゼルの技術を使って違う場所に魂はあるんだけど……まあそれは今は良い。

 ―――よし、行くぜ!

 俺は耳元から口元にかけてあるマイクに音を通し、そして……

 

『―――そんなことは俺がさせない!!』

 

 その場所から駆けだした。

 その瞬間、俺の目の前に白煙が立ち込め、更に小さな爆発音が響く。

 俺はそのまま走る動作でステージの真ん中に走り、そしてステージ上でポーズを決めた。

 

『子供を泣かせる奴は俺が許さない―――覚悟しろ。俺がいる限り、誰も泣かせはしない!』

『ま、まさか!!兄龍帝!?』

 

 怪人役がその名を言った瞬間、俺の背後から炎が爆発するように生まれ、その演出と共に俺は手に籠手を出現させる。

 ……手が込んでるな、演出。

 

『……お兄ちゃん、来てくれたんだ…………』

『当たり前だ―――白、君はこの場から逃げろ』

 

 俺は背中越しに立つ小猫ちゃん―――番組的には主人公の妹的存在『白』に向かってそう言った。

 それにしても小猫ちゃんからも「お兄ちゃん」は色々と俺を刺激するな!

 可愛過ぎる!!

 ―――なお、今後の展開ではアーシアも俺の妹キャラとして物語に登場するらしい。

 

『でも、お兄ちゃんを置いて行けません……ッ!!』

『……心配するな―――子供の笑顔を守るのが俺の役目。俺は何もかもを守る。ここにいる小さな子供も、その親も、全ての人を守る!!それは白……君もだよ』

『えぇい!やかましい!!ならばここでこの会場全てを吹き飛ばしてやる!!』

 

 すると怪人役は魅せるための魔力を大げさに噴出させ、さも全てを破壊する攻撃を演出する。

 当然演出だからあの魔力には力は皆無だけど……悪魔って便利だな。

 特に機材とか必要なしでこんな大掛かりなステージを作ることが出来るんだからな!

 ……さて、じゃあそろそろ盛り上げますか!

 

『そんなことはさせない!俺はお前を倒し、子供たちを笑顔にしてみせる―――それが、俺の夢だ!!!』

 

 俺は籠手が装着している左腕を右手で押さえ、そしてそれを天に掲げる。

 そして腹に力を入れ、叫ぶように―――宣言する!

 

『―――禁手化(バランス・ブレイク)!!』

 

 ……それと共に俺は籠手を禁手化させ、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏った。

 その瞬間、会場からは凄まじい子供の熱狂な声援が響くのだった。

 ―・・・

「いやぁ~、良いね!!流石はイッセー様です!過去稀に見る大盛況でしたよ!!」

 

 俺と小猫ちゃん、祐斗はステージを終えて今は用意された楽屋で一息ついていた。

 ステージイベントは大成功を収め、そして今はプロデューサーの悪魔さんに労いの言葉を頂いている。

 主演である俺の登場は子供たちからしたら相当にサプライズだったらしく、あらゆる角度から声援を貰ったりしたんだ。

 まあそれで舞い上がって、中盤で出てきた敵キャラの祐斗と激しい戦闘を繰り広げ、更に子供だけじゃなくて大人にまでうけた。

 そんな感じで凄まじい熱狂を受けてイベントは大成功。

 少しの休憩の後でファンサービスとして俺と祐斗は握手会が開かれるそうだ。

 祐斗は番組内のイケメン枠として女性人気が凄まじく、その手のファンを伸ばしていると聞いてはいる。

 今日も若い悪魔の女の子が祐斗目当てで来るほどだからな。

 小猫ちゃんに関しては今回は握手会的なものは保留らしく、代わりにサイン会が開かれるらしい。

 

「兄龍帝とナイトファングの戦闘シーンも素晴らしい!あれほどの白熱するバトルはゲームでも中々見れませんからね!」

「「あ、あはは……」」

「……先輩たちは本気で戦いすぎです」

 

 うぅ!?小猫ちゃんが痛いところにツッコんでくるッ!!

 ……そう、俺と祐斗は久しぶりの戦闘ということでイベントそっちのけで本気で戦っていたんだ。

 祐斗がナイトファング専用の武器である双剣をわざわざエールカリバーにしていたのも原因で、しかも祐斗がまた強くなっていたという事で俺も本気で戦った。

 その結果が白熱したリアルなバトルシーンだ。

 リアル以前に本気で戦ったから当たり前だとも言えるが……

 

「まあ終わり良ければ全て良しというやつですよ!おかげさまでイベントは大成功!感謝感激以外の何物でもありません!ささ、こちらでお菓子やお弁当を用意いたしましたので、どうぞごくつろぎください!」

 

 するとプロデューサーさんは魔法陣からすごい量のお菓子や、高級そうなお弁当を出現させる。

 そのお菓子の山に目を光らせる小猫ちゃんに内心ほっこりしながら、俺はプロデューサーさんに頭を下げた。

 そしてプロデューサーさんはそのまま楽屋から出て行き、そして俺たちはリラックスするように肩の力を抜いた。

 

「ふぅ~……楽しかったけど、流石に疲れたな」

「……私は戦闘はしてないので、特に疲れてないです……イッセー先輩、膝枕です」

 

 すると小猫ちゃんは楽屋のソファーに座って、そしてポンポンと自分の小さな太ももを撫でる。

 ……これは、膝枕してあげるということなのだろうか?

 ―――喜んで受け入れよう。

 

「ははは、小猫ちゃんは大胆だね。でも僕も負けていられないよ!」

「……素直に諦めてください、このホモ祐斗先輩」

 

 ……祐斗、俺のホッコリタイムを邪魔しないでくれ!

 俺はそんなことを想いつつ、素直に小猫ちゃんに膝枕されるのだった。

 

「ひどいね、小猫ちゃん。僕はホモなんかじゃない―――ただイッセー君が好き。それだけさ」

「……もう末期症状です。他の皆と同盟を結んでもイッセー先輩に近づけません」

 

 ―――なぜ、祐斗と小猫ちゃんの間で火花が飛び散るんだろう。

 それが俺には不思議でならなかった。

 ……先日、オーディンの爺さんとロスヴァイセさんが日本に来日してから色々あった。

 まずオーディンの爺さんが日本の見物をすると言って聞かないので、俺たちグレモリー眷属は交代で爺さんの観光に付き合い、そしてそれ以外の時はこんな風に悪魔の仕事やオファーを受けたりしている。

 今日は爺さんには部長と朱乃さん、更にオーディンの爺さんのセクハラ防止策としてゼノヴィアとロスヴァイセさんをつけているけど、何となく不安だな。

 ちなみにオーディンの爺さんの護衛にはガブリエルさんにも頼んでいて、まあ滅多な敵でない限りは大丈夫だろう。

 俺もガブリエルさんと手合せさせて貰ったけど、あの人は恐ろしく強かったからな!

 女性天使最強の二つ名は伊達じゃないってところだ。

 そして残りのメンバー……すなわちアーシア、ギャスパー、黒歌は朱璃さんのところに行っている。

 黒歌は仙術により朱璃さんの治療、アーシアは新たに手に入れた禁手が朱璃さんの呪いに通用するかを確かめるため、そしてギャスパーは呪いを停止させられるかどうかを確かめるために彼女の所に行っているんだ。

 アザゼルの意見曰く、アーシアとギャスパーに関しては絶望的に可能性はないらしいけど。

 そもそも神器に治せるものではないらしく、黒歌曰く「系統がそもそも違う」とのこと。

 一応確認には行って貰っているがほとんど黒歌の付き添いの側面が強い。

 まあアーシアはその存在自体が癒しな上に聞き上手だから、朱璃さんの愚痴にだって応える能力は持っている。

 きっと今頃はアーシアらしく、朱璃さんを癒していることだろう。

 

「……む。イッセー先輩、その顔は気に食わないです」

 

 するとムニッと俺の頬を引っ張る小猫ちゃん。

 頬をプクッと膨らませる仕草に内心ドキッとしながらも、俺は小猫ちゃんの言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 相変わらずの小猫ちゃんの可愛さを確認出来たし―――そろそろ本題を考えないとな。

 

「……アザゼルの奴、上手くやってるかな?」

「そういえばアザゼル先生に例の件を任せたんだよね。イッセー君の普段を考えたら、自分ですると思ったんだけど……」

「まあ、今回は色々と込み合っているからな。どちらかと言えばバラキエルさんのことを知らない俺よりもアザゼル……更にバラキエルさんと同じ立場に立てる人が良いんだよ。子供の俺に説教されても説得力がないし、それに……」

「……それに、何ですか?」

 

 小猫ちゃんは濁した言葉に対して首を可愛く傾げる。

 

「―――たぶん、俺が言っても父さんは止まらないと思うからさ」

 

 ―――俺は先日の一連の事を思い出しながら、そう呟くと小猫ちゃんは納得するような顔をするのだった。

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルは兵藤家の大きな庭にいる。

 厳密に言えば俺だけではなく、俺の近くにはバラキエルもいるし、そして何よりも……イッセーの親父、兵藤謙一の姿があった。

 俺やバラキエルよりも背が高く筋肉が隆起しており、まさに歴戦の覇者というあだ名をつけても可笑しくない雰囲気を醸し出す男。

 これが兵藤まどかの夫というのが信じられないところだ。

 ……事の発端は先日。

 俺たちはオーディンと共に兵藤家の最上階、VIPルームにいる時に突如この男が室内に乱入して来た。

 何故か知らんがかなり激怒した雰囲気で、そしてその矛先はバラキエルに向かった。

 それをイッセーと俺で何とか沈め、そして後日対面して会話しようということで今はこの場に三人でいる。

 イッセーは仕事のオファーが来ており、リアスはオーディンの付き添い。

 グレモリー眷属は三つに分かれて行動しており、それぞれオファー組、護衛組、お見舞い組ってところだな。

 んで、俺はこの大人組ってわけだ。

 

「「…………………………」」

 

 ……のは良いんだが、先ほどからバラキエルと兵藤謙一は睨みあっているのみで、特に行動を起こさないんだ。

 バラキエルは居心地が悪そうな顔をしているし、兵藤謙一はかなり怒り心頭だ。

 ―――イッセーにはある程度の事情は聞いている。

 兵藤謙一の人物像、行動理念。

 そしてイッセーの予想もある程度聞いており、そしてその予想が正しければ間違いなくひと悶着あるのは確実らしい。

 そしてそんな男がバラキエルに憤怒しているっていうのは、おそらくは朱乃とバラキエルの事情をどこからか知ったんだろう。

 悪魔や堕天使の事情までは知らないとは思うが……さて、どうするべきか。

 イッセーは最悪の自体での抑止力を頼むとは言われたが、流石に今の状況は邪険すぎる。

 ったく、イッセーの野郎。面倒事を押し付けやがって……だけどあいつが珍しく俺を頼って来たんだ。

 ここは応えてやるのが同志の役目だ。

 文句は後でたっぷり言ってやるにして、今はこの状況をどうにかしないとな。

 ―――っと、その時だった。

 

「……バラキエルさん、と言ったな。俺はイッセーの父の兵藤謙一だ」

「そうか……あなたが彼の」

 

 兵藤謙一は声音を抑えるように静かにそう話し始め、そして名乗る。

 

「まず最初に断って置きたい。今の俺は怒っている―――あなたの親としての不甲斐なさをまどかから聞いてな!」

「っ!!」

 

 すると兵藤謙一はバラキエルの胸倉をバッと掴み、そしてその巨躯な肉体でバラキエルを庭の煉瓦の壁に叩きつけた。

 その目にははっきりとした怒りの色があり、そしてその色で俺は理解する。

 ―――この男はイッセーの父親だ。

 見た目とか性格とか、その他云々を全て振り切って考えてもこの行動で理解できる。

 感情的に誰かのために動くことが出来、そして誰かのために怒れる。

 自分の立場とかそんなもの関係なしにただ誰かを助けたいがために怒れる。

 ……兵藤謙一は朱乃のために怒っている。

 当然、全てを知る俺にとってバラキエルが全て悪いとは言えない。

 朱乃にも悪い点はあったと思うし、叱るべき部分もあったことは否定できない。

 だけど俺は口をはさむことは出来ない。

 

「貴様は、親じゃないのか?大体のことはまどかから、イッセーから聞いた―――何故、身を挺して娘を止めなかった?」

 

 ……恐らく朱乃の家出のことを言っているんだろう。

 イッセーのことだから肝心の悪魔や堕天使の部分は伏せて話したとは思うが。

 

「私は……ただ、朱乃が幸せであればそれで……」

「―――馬鹿者!!!」

 

 バラキエルの力なき宣言に、兵藤謙一は―――勢いの良いヘッドバッドと怒号で返した。

 その行動に俺はつい目を見開く―――堕天使の幹部にヘッドバッドする人間っていうのもシュールなものだ。

 こうなれば俺は傍観者しか出来ない。

 違うな―――見ていたい、この男の成すことを。言う言葉を。

 イッセーが一番尊敬する人物と言わせるこの男を。

 

「娘の幸せを願うことは結構だ!素晴らしいことだ!子供を愛することは親にとっては生きがいだ!だが!!―――何よりも大切なのは、いつでも帰ってこれる場所に親がいることであろう!!」

「――――――」

 

 兵藤謙一の言葉にバラキエルは表情から色を失う。

 

「一筋縄では行かないこともある……それは理解している。だが!!親は例え嫌われても、汚れ役でも子供とぶつかってでも止めなければならん!!叩いてでも止めなければならない!!」

「だが!朱乃の幸せには私は要らないのだ!!」

「それがどうした―――そんなものは方便だ」

 

 バラキエルの言葉をバッサリと切る兵藤謙一。

 ……あの男の目にはバラキエルとはどう映っているんだろうな。

 不甲斐ない親?それとも子を愛する親か?

 ―――たぶん、全部だ。

 バラキエルは朱乃のことを大切に想っている。朱璃のことを愛している。

 だが不器用に柔らかい発想が出来ないから、だから……すれ違う。

 

「親を真に嫌う子は、そもそも親に愛されていない―――だが貴様は違うだろう!?貴様は娘を愛している!嫁も愛している!!ならば心の奥で貴様は必要とされている!」

「なら……どうすれば良い!?私はどうすれば良いのだ!?どうしても衝突するのだ!だから私は……自分から身を引いた!」

「―――家族とは、衝突して理解し合うものだ」

 

 ―――その言葉で俺は不意に体の芯に震えを感じた。

 その言葉の重みに武者震いをした。

 ああ、そうか……イッセーがこの男を尊敬する意味が分かった。

 ―――兵藤謙一もまた、不器用な男なんだ。

 だが不器用を通して、自分が正しいと思う事を貫く自己中心性がある。

 例えばイッセーと意見が食い違っても、この男は自分を曲げることはしない。

 イッセーと同じように……いや、イッセーがそうであるが故に、この男は自分を曲げずに他者を尊重する。

 そう……バラキエルとの違いはそこなんだろう。

 

「例え家族でも、自分を分かってもらえないことはある。だからこそ、親は子供と例え喧嘩しても、衝突しても……傷つけても止めるときは止める。愛しているなら自分の身など考えない!それが―――不器用こそが、親だ。愛しているなら傷つくのを恐れるな!」

「……ならば私は……」

 

 バラキエルはそのまま膝を地面に伏して、そして震える。

 ……バラキエルは片時も朱璃や朱乃を想わなかったことはなかった。

 こいつが朱乃の手を離してしまったのも、朱乃のことを想っていたからこそだ。

 その想いに間違いはない。

 だが、バラキエルは今、そのことを後悔している。

 ―――その時、兵藤謙一は膝を落とすバラキエルに近づき、そして…………手を差し伸べた。

 

「―――俺は昔、一度だけ後悔したことがある」

 

 手を差し伸べながら、そして話し始めた。

 

「イッセーは一度、誰とも話そうとしない時期があった。深く傷ついて、深く悲しんで……友達も作らなかった。だがその時、俺は愛する息子の傍にいてやれなかった―――不甲斐なかった。息子のために何も出来なかったんだ。叱ってやることも、慰めることも……何も出来なかった。だから俺は決めた―――イッセーを、まどかを想っているからこそ、自分を通すと!素直になると!家族を守ると!!―――愛し、尊ぶと!…………だから大丈夫だ!」

「大丈夫、だと?」

「当たり前だ―――家族なんだぞ?ならば大丈夫だ!!分かり合える、絆を深めることが出来る!!―――どうだ?俺の大丈夫はどこか説得力があるだろう?」

 

 ……ははは!!

 そうか、そうだよな―――イッセーの親父だもんな。

 そりゃあ論理もくそもないのに、何故か無駄な説得力があるわけだ!

 バラキエルは兵藤謙一の手を掴み、そして手を引かれながらも立ち上がる。

 

「立ち上がれ、若輩者!貴様もまた父、俺と同じ子を愛し、嫁を愛する者だ!ならば貴様……あなたは分かり合える。傷つくことを恐れず、嫌われることを恐れない―――それが俺なりの親の役割……違うな、俺にとっての親父だ」

「……そうか。私は……―――」

「はははは!!分かったようだな!!流石は良き父親になりたいと思う男だ!イッセーの言う通りの男だ!!」

 

 兵藤謙一の高笑いは異様なほどに似合っているもので、しかしイッセーのそれとは大きく違うもの。

 イッセーはこの男から性質を受け継いで、外面的なものを兵藤まどかから受け継いだって言うわけだ。

 親の良い所を存分に受け継ぎ、愛に包まれて育った―――そりゃ誰もが惹かれる男なはずだ。

 ……兵藤謙一の言葉は俺の胸にも突き刺さるものがあった。

 ―――ヴァーリ。

 親に捨てられたあいつを俺は引き取り、本当の子供のように育ててきたつもりだ。

 あいつが俺を裏切ってテロ組織に入った時だって内心では悲しかった。

 ……俺もあの時、殴ってでも良いから止めるべきだったのかもしれない。

 方便ばかりを言って、あいつは戦闘狂だから仕方ないと思い込んだ―――俺も、バラキエルに物申す立場ではない。

 ……不思議な男だぜ。

 だが何故だかこの男がイッセーの父親と言われても納得できる。

 子が子なら、親も親だ……ってやつか?

 当然この意味は良い意味でだけどな。

 ……今度ヴァーリに会ったら、腹を割って話してみようか。

 あいつが嫌がっても、無理やりにでも話そう。

 俺はそう思っていた。

 

「私は……あなたの言う通り、朱乃と向き合う。例え心の底から嫌われたとしても……朱乃に謝って、そして叱る。それが親の役目―――親父、というものか」

「その通りだ!俺も殴って悪かった!!俺も殴ってくれて構わん!!」

「いや、あなたにはむしろ感謝する。これでようやく前に進める―――今度、酒でも奢らせてくれ!そしてまた腹を割って話してくれないか?」

「ほほぅ?それは素晴らしく魅力的な提案だな!!当然受け入れよう!いや、むしろ今から……」

 

 すると兵藤謙一はバラキエルと肩を組み、そして俺の肩まで組んできやがった!

 

「アザゼル先生、だったか?あなたにも是非にイッセーの学校生活というものを聞きたい!一緒に飲みに行くぞ!!」

「―――はは!良いぜ、しかし俺は酒には強いが……あんたは俺について来れるか?」

 

 俺はつい悪ノリでそう言うが、すると兵藤謙一は不敵に笑った。

 

「上等!ならば今日は飲み明かすぞ!!」

「いえ、私は朱乃の所に向かいたいのだが……」

「うるせぇぞ、バラキエル!!飲みに行くもんは飲みに行くぞ!!お前はそんなんだから頭が固いんだ!!」

 

 このノリで真面目なことをぼやくバラキエルの野郎の頭を叩き、そして俺たちはそのまま家を出ようと―――

 

「お昼からお酒飲みに行くなんて許しません!!」

 

 ……俺たちの背後からそんな戒めの言葉が届く。

 それを聞いた瞬間に兵藤謙一の体が硬直し、そして壊れた人形のようにギリッ、ギリッと首を後方に向けた。

 そこには―――

 

「ま、まどか!?ち、違うんだ!俺はただつい意気投合して!?」

「うるさい!お昼から私を放って飲みに行くケッチーなんて知らない!!」

 

 ……兵藤まどかの姿があった。

 とても若々しい服装で仁王立ちしており、そして少しだけ顔が紅い。

 っていうか完全に怒っているわけだが、それ以上に先ほどまで威風堂々としていた兵藤謙一の弱弱しさが何とも言えないところだ。

 ……バラキエルはその姿を見て少々自分と重ねているようだが。

 

「これだからイッセーちゃん以外の男の子はダメなんだよ!もう勝手にどっか行っちゃえ!!」

「ま、待ってくれぇぇぇ!!!まどかぁぁぁぁ!!!俺は親同士の交流をしたいがためにぃぃぃぃ!!」

「うるさい!!近所迷惑だから!!」

 

 兵藤まどかはそのまま家の中へと入っていき、そして扉をバタンと締める―――扉からガチャン、という閉錠音が響いた。

 それを聞いた兵藤謙一は絶望した表情となる。

 

「これが……現実、なのか……?」

「ああ、紛れもなく現実だぜ?っていうか飲みに行くなら妻も誘っておけば良いものを……」

 

 こいつはあれだ―――女の扱いが最悪クラスで残念過ぎる。

 ……ちなみに兵藤謙一に朱乃のことを教えたのは兵藤まどかだってことは後日、彼女の口から知らされることになった事実だった―――そもそも何で知っているのかが不思議だが。

 

「……アザゼル先生。どうか俺に女の扱いについてご教授願いたい!!俺はまどかに角砂糖レベルに甘えられたい!!」

「それは私も是非に聞かせてくれ、アザゼル!!お前は過去にいくつもハーレムを築いた男だろう!!」

「―――しゃーねぇな!!ならついて来い、このヘタレ共!!」

 

 俺は二人の肩を無理やり組んでそのまま家を飛び出す―――何故かシリアスがどこかに行ってしまったが、まあこんなもんだろう。

 その時はそう思っていた。

 だが俺はこの後まさかの事実を知ることとなるのだが、この時はそんなことを思っているはずもなく、ただここから飲みに行くことを楽しみにしていたのだった。

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

「お兄ちゃん!私はお兄ちゃんドラゴンのファンです!!私のお兄ちゃんになってください!!」

「そっか。ありがとうな。これからも応援してくれよ?」

 

 俺は小さな女の子と握手をして、そして記念撮影する。

 ステージイベントの後、俺たちはしばしの休憩を挟んで次のイベントに移行している。

 立案では既に次回のこういうイベントを予定しているらしく、その時は番組の進行具合では役者を揃え、更に盛大にやるそうだけど。

 ……ともあれ、今は俺と祐斗は握手会と俺の提案で撮影会をしている。

 祐斗は番組で使用されている専用の甲冑を身に纏っており、そして俺は番組内で着ている赤いコートを着ており、要望があれば鎧を身に纏うことになっていたりする。

 やはり主役の方が人気なのか、俺の方の列は数時間待ちの行列が出来ていたりする。

 祐斗の方も行列は出来ているものの、やはり流石のイケメンでも敵役の方に子供は行かないか。

 代わりに冥界の若い女の子が集まっているが……

 

「き、木場きゅん!ナイトファングを見てからずっとファンです!!頑張ってください!」

「応援してくれありがとうございます。僕はこれからもイッセー君の敵役を務めるから、応援をよろしくお願いするね?」

 

 そして祐斗の爽やかスマイルが炸裂し、その場にいる若い女の子から嬌声が上がる!!

 あいつ、あの笑顔を常に女の子にだけ向けやがれ!!

 ……などというわけのわからないキレ方をしながら、俺はスマイルを浮かべて応答する。

 

「ねえ!バランス・ブレイクして下さい!」

「はは、仕方ないな―――行くぜ?バランス・ブレイク!」

 

 俺は番の回ってきた子供の要望に応え、目の前で鎧を身に纏うと、会場から「ぉぉぉぉおおお!!」という声が響いた。

 子供からしたらこういう分かり易い変身はワクワクするんだろうな……俺も昔はこういう特撮物に嵌った時代があったし、共感できる!

 っていうかそれは父さんの影響なんだけど―――父さんといえば、今頃上手くやってくれているだろうか?

 ある程度の事は上手く伝えたつもりだけど。

 

「すごく赤い!カッコいい!!ぼくもお兄ちゃんドラゴンみたいになりたい!!」

「ああ、なれるよ。その気持ちがあれば、ヒトはなんでもなれるから」

 

 俺は小さな子供の頭を撫でると、その男の子は二カっと笑って微笑みかけて来る。

 ……こういうのも、良いな。

 こんなイベントなら俺はいくらでも参加したい気持ちになる。

 

「イッセー様……そろそろ次の順番ですわ」

「そっか。サンキュー、レイヴェル」

 

 ―――ちなみに今のイベントにはレイヴェルが応援に駆け付けてくれている。

 レイヴェルは基本的に列の整理や俺のサポートをしてくれているんだ。

 何でも自分から志願してくれたっていうのが非常に有難い!

 こういうのは気の知れた相手の方がやりやすいし、レイヴェルは非常に優秀だから列の乱れとかもない。

 ああ、良い子だ……なんて考えていると、何故か小猫ちゃんから鋭い視線を頂戴するのは内緒だ。

 ちなみに小猫ちゃんの方のサイン会は既に終わっており、その理由は小猫ちゃんのサインを書く速度が異常だったことに由来したりする。

 ……何故か知らないがサイン慣れしてたんだよな、小猫ちゃん。

 ともかく!

 

「イッセーお兄ちゃん!けっこんしてください!!」

「それは大きくなってからしっかりと考えることだよ?」

 

 偶にませている子供の相手に戸惑いながらも俺はイベントをこなして行くのだった。

 ―――……そして数時間後。

 

「また来てくれよ!ありがとうな!!」

「うん!!またね、お兄ちゃんドラゴン!!」

 

 ……最後の子供と握手&撮影を終えた俺は、子供に手を振りながら笑顔を振りまく。

 

「す、すごいね……イッセー君。あれだけの子供の相手をして疲労感が顔に出ないなんて……」

「そ、そうですわ……私なんてもうクタクタですのに……」

「……流石はイッセー先輩です」

 

 三者三様、祐斗にレイヴェル、小猫ちゃんは俺の姿を見ながらそう驚きつつ発言した。

 

「疲れる疲れない以前に、そもそも疲れるようなことじゃないだろ?子供とちょっと話して、握手して、一緒に写真を撮る。小さな子供と話すことは楽しいし、それに向こうは笑顔で居てくれるんだからさ?」

「……そうだよね。イッセー君はそんなヒトだから、お兄ちゃんドラゴンなんだもんね」

「イッセー様……やっぱり素敵です!!」

「……そうだね。それには共感します」

 

 ……んん?

 何故か三人からすごい尊敬の眼差しと感嘆が漏れるけど……そんなにすごい事なのかな?

 俺としては子供の笑顔……っていうか笑顔で接することは苦じゃないし。

 

『そう思える人は案外少ないんですよ、主様。そう言えるのは主様の美徳であり、そして魅力なのです』

「そっか……じゃあ今後も俺はこれでいるよ」

 

 フェルの言葉に俺は言うと、フェルからは「流石です」と返ってくる。

 にしてもドライグは残念だな。

 ドライグの鎧を使っているんだし、本当ならこの感動はドライグとも一緒に味わいたかったんだけど……野暮用なら仕方ない。

 さてと、後片付けに取り掛かるか。

 

「にいちゃぁぁぁん!!!フィーはおこったぞぉぉぉぉ!!!」

「―――え?」

 

 俺が後片付けに取り掛かろうとした最中、突如後方から聞こえた馴染み深い声を聞いて、そして情けない声音を漏らす。

 そっちの方向に顔を向けると、するとそこには―――

 

「りゅーほーじん!!せいりゅうのじん!!」

 

 ―――緋色の龍法陣を潜り抜け、体が緋色に染まっているチビドラゴンズの一角、フィーの姿があった。

 そしてその後方には同じように藍色の龍法陣を通り、藍色に染まるメルの姿。

 更に黄色の龍法陣を通り過ぎ、体が黄色に輝くヒカリまでもがいた。

 そしてすごい速さで俺のところまで来て、そして―――幼女から少女の姿となり、俺の胸へと勢いよく飛び込んできた!?

 

「ぐふっ!?ふ、フィーにメルにヒカリ!?ど、どうしてここに!!」

「どうしたもこうしたもないぞ、兄ちゃん!!」

「そうだよ!!兄さんはメル達だけの兄さんなのに!!」

「……にぃにはヒカリたちだけのお兄ちゃんなのに……うぅ……っ」

 

 ―――俺の心を抉るチビドラゴンズの涙ッ!!

 まさか三人はジェラシーを抱いていたのか!?

 フィー、メル、ヒカリは少女の姿のまま大粒の涙を流して俺にしがみついている!

 

「あ、あれはな?仕事なんだよ!俺の妹は三人だけだ!!」

「……ホントなのか?兄ちゃん」

「ああ!そりゃあ冥界の子供も大切だけど、三人を天秤に乗せることは出来ない!」

「―――兄さんッ!!」

 

 俺の言葉にメルはいち早く反応し、そして俺を抱きしめてくるので、俺はメルの頭を撫でる。

 ちなみにこの状況に他の小猫ちゃんやレイヴェル、祐斗は呆然としていた。

 

「むっ……にぃに?ヒカリも撫でて?」

「なに!?兄ちゃん、フィーも撫でるの!!」

 

 メルに対抗するようにヒカリとフィーも頭を撫でるように要求する―――っていうか、そもそも俺が「お兄ちゃんドラゴン」になったのはこの三人が原因であったりするんだが。

 まあ三人にそんなことを言っても仕方ない。

 だけどどうしてこの三人がそもそもここにいるんだろう?

 見た感じティアは居ないようだし、それにしたって三人だけで俺のところまで来れるとは―――

 

「お久しぶりです、兵藤一誠」

「―――あ、あなたは……エリファさん!?」

 

 俺はその声音と姿を見てまたもや驚いた。

 チビドラゴンズが走ってきた方向からゆっくりと歩いてきたのは、生前のミリーシェと生き写しのように似ている、現ベルフェゴール家当主のエリファ・ベルフェゴールさん。

 どうやら俺のファンらしく、たまにファンレターなるものを送ってくるお茶目な一面があったりする上級悪魔だ。

 丁寧な物腰でお淑やかにお辞儀をするエリファさん。

 既に割り切っているから心情的には大丈夫だけど、やっぱりミリーシェとそっくりだな。

 ま、性格というかお淑やかさでは断然に彼女の方が凄まじいが。

 

「どうしてこんなところにいるのですか?」

 

 すると祐斗は俺に代わってそう尋ねると、エリファさんは微笑んで応える。

 

「私は兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンの大ファンなのです。これでもグッズは全て集めているのです!そんな熱狂的ファンである私がこの場に来ないわけないでしょう?」

「……そんな決め顔で言われても反応に困りますよ!」

 

 周りにキラキラとした星が見えるほどの決め顔でそう宣言するエリファさんにそうツッコむと、エリファさんは可笑しそうに微笑んだ。

 

「本来の兵藤一誠はそんな感じなのですね。前回は随分と乱していたようなので、今回はそれなりに反応に覚悟していたのですが……考え過ぎだったようです」

「そ、それは……」

 

 ……やはりミリーシェと同じ姿をしているから、妙な親近感が湧くんだろう。

 案外話せば普通に話せるっていうのもあるとは思うけど。

 後、意外とお茶目なところとかも。

 

「私はむしろそちらの方が嬉しいです。当主という役職は光栄ですが、やはりまだ小童の私には重すぎる看板なので……だから今回の機会は私にとって、初めて自由気ままに生きれる時間なのです。若手悪魔の中で競い、互いに高め合うこの機会は……だから友好的に接して欲しいです」

 

 ……ベルフェゴール家という、悪魔では影響力のある三大名家の看板を一人の女の子が背負っているんだ。

 そりゃあ不安になるのは当たり前だよな。

 そんな中で他の若手悪魔と交流することの出来る機会を得たんだ。

 

「まあそれは良いとして……どうしてチビドラゴンズと一緒にここに?」

「ああ、それは―――私、可愛い存在が大好きなんです」

 

 ……うん、とっても分かり易い理由だ!

 そりゃフィーにメル、ヒカリは可愛いの一言というべき生物だもんな!

 考えればチビドラゴンズは冥界中に放映されているゲーム中にその愛くるしさと勇敢さを見せつけてたもんな。

 エリファさんがチビドラゴンズを知っていて当然か。

 つまりチビドラゴンズは俺を探しに冥界に来るも迷子となり、そしてたまたまチビ共と遭遇したエリファさんがその可愛さからここまで案内をした。

 その考えが大体正しいと思われる。

 よし、現状の要約は完了―――で、ここからだ。

 

「お、おほん!」

「……イッセー先輩、鼻の下伸ばし過ぎです」

 

 ―――さあ、この二人をどう説得しよう。

 小猫ちゃんはなんとなくこんな反応をするだろうと予想はしていたものの、レイヴェルは何故か顔を赤くして眉間にしわを寄せているんだ。

 

「ふむ……なるほど、ですね。ご安心を―――今日は(・ ・ ・)純粋にファンとして来たのです。握手と撮影、時間は過ぎていますがお願いできますか?兵藤一誠?」

「ええ、大丈夫です―――普通の姿と鎧、どっちの恰好が良いですか?」

 

 などなど、事務的な会話を幾つか交わした後に握手と撮影を済ませる。

 その間の二人の視線が中々に厳しかったというのは内緒だ。

 ……っていうか今日はってなんだよ、今日はって。

 何故だか悪寒と嫌な予感を肌で感じながら、俺は若き当主で俺たちのライバルであるエリファさんの微笑みに対し、微笑み返すのだった。

 

「この写真は私の宝物にします。それではあなた方の主にどうかよろしくお伝えください。それではまた会える日を楽しみにしています―――霞、行きますよ」

「―――はっ、お嬢」

 

 ……ッ!?

 エリファさんが誰かの名前を呟いた瞬間、その隣に背の低い少女が風のように現れるッ!

 魔法陣とかの気配はなかったし、いったいこれは……

 

「そう言えば紹介していませんでしたね。この子は現状、私の二人の眷属の一人。私の可愛い『騎士』―――霞、挨拶しなさい」

「心得ました、お嬢―――お初にお目にかかります、グレモリー眷属の皆様。拙者の名は霞。お嬢様に仕える下僕にして下忍でございます」

 

 ……下忍、っていうか漫画とかで出てくるようなクノイチの恰好をしている時点で、忍者っていうことは分かるけど!

 っていうかさっきのはもしかして忍術とかそんな感じの力なのか?

 

「……ふむ。この方がお嬢の言っていた―――なるほど、お嬢に相応しい力を感じます」

「「―――ッ!?」」

 

 エリファさんの『騎士』の霞ちゃん?が何かをボソッと呟くのに対し、こちらの祐斗、小猫ちゃんは何か身構えるような顔をした。

 俺は何を言ったのか良く分からなかったけど……なんなんだろう。

 更に輪をかけて嫌な予感がする。

 

「こら、霞。相手方が困惑しています―――いずれ、私の『女王』も紹介します。また近いうちにこちらからご挨拶に向かいますので、では……」

 

 エリファさんはそう呟くと、途端に霞ちゃんの周りに木の葉に包まれる風が招来する。

 その風の中にエリファさんと霞ちゃんは包まれ、そして次の瞬間にその場にはもう二人の姿はなかった。

 ……まさに風のように現れ、風のように消えていったな。

 

「……兄ちゃん、あの人は兄ちゃんの敵?」

「えっと……ライバルではあると思うけど、敵ではないかな?どっちにしろ、中々掴めない不思議さを感じるけど」

「そうだね。でもあれが恐らく女性の若手悪魔最強って謳われる意味が分かったかもしれないよ」

 

 ……なんとなく、俺はエリファさんがちょっとだけ苦手なタイプかもしれない。

 そんな風に思ったのだった。

 

「……とりあえず帰りましょう。色々先輩には問い詰めることがありますので―――お姉様にも報告しないと」

「……お願いだからそれだけは止めてくれ、小猫ちゃん!!」

 

 俺は小猫ちゃんに縋るようにそう言うのだが、小猫ちゃんは聞く耳を持ってくれなかったのだった。

 

 ―・・・

 レイヴェルとは冥界で別れて、俺と祐斗、小猫ちゃんに加えチビドラゴンズは俺の部屋に帰還していた。

 家には母さんがいて、昔から母さんと面識のあったイリナ、そしてロスヴァイセさんがいる。

 ロスヴァイセさんはオーディンの爺さんの護衛任務に当たるはずなのだが、当のオーディンの爺さんがそれを拒否して家に置いて行ったんだ。

 ってわけで臨時有休を貰ったロスヴァイセさんは、実は顔見知りだった母さんと色々話し込んでいるわけってこと。

 さっき母さんに父さんの事を聞いたら、どうやら父さんはまた何かをやらかしたらしく、今は締め出しを喰らって家にはいないらしい。

 ……まあアザゼルとバラキエルさんも一緒らしいから、父さんの説教は功を期したのだろう。

 人任せみたいな感じであれなんだけど、どう考えても俺よりも父さんの方がバラキエルさんの気持ちを理解できると思ったからな。

 やはり親という立場から物事を見れない俺では今回の件はどうしようもなかった。

 これを機に、バラキエルさんと朱乃さんがもう一度向き合えたら良いと思うが、ここから先は二人がどうにかする事柄だ。

 きっかけはもう作った―――父さんの言葉を借りるなら、家族ならば分かり合える……って感じかな?

 ………………って、そろそろ現実をどうにかしようか。

 

「にゃあ♪先輩の体は……温かい、です……」

「だ、ダメだぞ!小猫ちゃん!!テレビで兄ちゃんの妹キャラになってるからって、それはズルいぞ!!」

「そ、そうだよ!そこはメル達だけの場所なの!!離れて!!」

「……ふふ。この隙に、にぃにを籠絡……」

 

 ―――こんな混沌とした状況下でどうして俺はあんなシリアスなことを考えれたんだろうな。

 家へと帰還するまでずっとこんな感じで、小猫ちゃんとチビドラゴンズのやり取りが続いている。

 取り合い、と言えば男冥利に尽きるが……どうしよう!

 このまま放置しておけばいずれ他の皆も帰宅して、更に面倒になることは必至だ!

 そもそもイリナとロスヴァイセさんがたまたま家の手伝いで居なかっただけ、運が良かったほどだだかな……だけど今の俺に解決策なんかあるわけが―――いや、一つだけある。

 あるにはあるが―――あれは出来れば使いたくない!

 

『主様……まさかあれを使うのですか!?』

 

 フェルが俺の想いに応えるかの如く驚く!

 ああ、フェルの気持ちはとても良く分かる!!

 あれを使ったら最後、正直今の数倍面倒な事態になる可能性が高い!

 だから出来れば使いたくないんだ……ッ!

 

『……主様にそれほどの御覚悟があるのならば、わたくしは……止めませんッ!!主様の行く末に黙って付いていきます!!』

 

 フェル……ッ!!

 そうか、ならば―――って、なんだこのノリは!!

 まあ良い、こうなりゃ自棄だ!!

 俺は覚悟を決め、そして―――

 

「―――甘やかして欲しいなら、可愛がってやる」

 

 低めでクールっぽい声音で、俺は小猫ちゃんの耳元でそう呟いた。

 その瞬間、小猫ちゃんの猫耳はぶるっと震える!

 ……そう、これはつまり―――向こうが限界を迎えるまで甘やかして、甘やかして、甘やかし尽くすという一種の技。

 昔、俺にすり寄ってきた動物たちを返すため、逆に相手を満足させるまで可愛がるという逆転の発想で出来た俺の禁断の甘やかし!

 

「……ほら、小猫ちゃん―――」

「にゃん!?だ、ダメ……そんなに優しく撫でられたら、私は……―――にゃぁぁぁぁぁぁぁ……♪」

 

 …………小猫ちゃんが言語を発さなくなった瞬間だった。

 俺がしているのは至極簡単で、普段の頭ナデナデの強化版。

 いつも以上に優しく、しかも異様なまでに密着するという下手したらセクハラの域のスキンシップだ。

 当然距離の近い存在にしか出来なく、なおかつ俺も精神的にキツイところがある!

 

「にゃん……せん、ぱいのナデナデ……やさしくて……きもちいいにゃん♪もっとかわいがって?」

「「「ふしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

 わお、チビドラゴンズがついに威嚇を始めたよ!驚きだね!!

 ……現実逃避は止そう。

 何せ俺は同じことを後三回もしないといけないから。

 

「フィーたちも後でたっぷり甘やかしてやるから―――さ、小猫ちゃん。俺に全てを委ねて、な?」

 

 ―――自分でもびっくりするほど気持ち悪い言動を演じつつ、俺は約一時間かけてこの4人をとろけるほど甘やかすのだった。

 ………………一時間後。

 

「すぅ……すぅ……イッセー……せんぱい…………しゅき……」

「フィーは……とってもしあわせだぞぉぉぉ……」

「もう、およめにいけないよぉぉ……ふふふ」

「……既成事実は大切……ヒカリの大勝利、ブイ」

 

 …………勘違いされては困るが、俺がしたことは頭を撫でる、耳かき、膝枕、添い寝、マッサージ位だ。

 そこはしっかりと分かっていてほしい―――今の状況を簡単に説明すると、四人は俺の思惑通り可愛がられ過ぎて幸せな表情で眠っている。

 そりゃもうとろけるくらいの表情だ。

 ……やり過ぎた。

 幾らなんでも甘やかし過ぎた気がしてならないのは気のせいだろうか?

 ってかあのモードの俺の口調ってなんかホストっぽくなるから、少し自己嫌悪に至っていたりする。

 

『……数年前よりも更に腕に磨きが掛かっています。ですがあの甘やかしモードは異様なほどの中毒性があります―――自重することをお勧めしますよ?』

「そんなことを冷静に分析しないでくれよ、フェルさん!!」

 

 俺はフェルの鋭い指摘にハラハラするも、4人に毛布を掛けてあげる。

 とりあえず皆が帰ってくる前にどうにかなって良かった。

 これの良い所は余りに幸せすぎて疲れて眠ってしまい、それまであったことを全て夢と思ってしまうところにある。

 これは今まで甘やかしてきた動物たちに共通したことである。

 ……さて、皆が帰ってくるまでどうしようか。

 

「っていうか祐斗は帰ったのか?それにイリナも珍しくここに来ないし―――ああ、なるほど。つまり……」

 

 俺は祐斗とイリナのいないことを大体理解する。

 恐らくだけど、祐斗は修行の一環で、天使であるイリナを相手に地下のトレーニングルームで修行しているんだろう。

 ロスヴァイセさんがどうかは知らないけど……そう言えばある程度仲良くはなったけど、そんな深くロスヴァイセさんと話してないんだよな。

 ロスヴァイセさんは小さい頃の俺を見たことがあるって言ってたけど。

 そこのところを今度ゆっくり聞いてみようか。

 って、ドライグはまだ帰ってこないのか?

 

『ドライグは確か、今はティアマットとオーフィスの所に意識のみを送られているはずですが……確かアザゼルの技術を以て、ということですね』

「アザゼルの科学技術でドライグの意識のみを違う場所における物を創ったっていうのが正しいな。確か仮初の神器に一時的に魂を転送したって言ってたけど」

 

 アザゼルの神器の理解力は俺の知る限りではトップクラスだ。

 そんなことが出来ても不思議じゃない。

 

「ティアとオーフィスの野暮用っていう奴も聞いてないから、ドライグにはそれを確認しに行って貰っているんだ―――断片だけ聞いた限りじゃ、結構大事らしいけど」

 

 俺も詳しいことは知らないが、ティアとオーフィスはかなりの大きな目的のために動いているらしい。

 その詳しいことは今はドライグが聞きに言ってくれているが……さて、どうなんだろう。

 ―――っと、その時だった。

 

『―――帰ったぞ、相棒』

「お、噂をすればドライグってか?」

 

 今しがた噂をしていたドライグが俺の中に帰ったきたのだった。

 

『ふむ……今のはかなりパパのようでなかったか?相棒!!』

「……うん。ドライグは平常運転で安心したよ」

『ええ、とっっっっっっても、馬鹿のようです』

『な……ッ!!あ、相棒に……馬鹿と……息子に馬鹿と言われた……ッ!?』

 

 とても愉快なドライグなのでした。めでたし、めでたし…………うん、真面目に聞こうか。

 

「で、ドライグ。ティアとオーフィスからは話は聞けたのか?」

『……お、おう。しっかり聞いてきたぞ、相棒!だがな?反抗期はダメだぞ?』

『ドライグ、あなたは……まあ良いでしょう。それでオーフィスとティアマットから聞いた話を聞かせてください』

 

 フェルはドライグにそう問い詰めると、するとドライグは咳払いを一つした。

 

『ああ―――オーフィスとティアマットはどうやら、邪龍を追っているらしい』

「『邪龍?』」

 

 俺とフェルの声が重なる―――邪龍。

 この世の害悪にしかならないとされる凶暴で粗暴のドラゴンであり、過去で多くの邪龍は討伐されてきた。

 当の俺も兵藤一誠になる前に一度、邪龍と遭遇したことがあり、その時はミリーシェとの共闘で何とか倒せたが……そんな存在を追っているオーフィスとティアに驚く。

 

『ああ。どうやら最近、邪なドラゴンの気配を感じるとオーフィスが感じたらしい。相棒は赤龍帝。赤龍帝はドラゴンに惹きつけられる傾向があり、相棒はその中でも特にドラゴンを惹きつけるからな―――最悪の事態、邪龍が相棒を襲わぬように二人が動いたというわけだ』

「つまり二人は邪龍狩りに?」

『いや、オーフィスがその力を以て脅しに言ったという見解が正しい―――流石の邪龍も龍神に滅されたくないものが多数だからな。だがオーフィスとティアマットの真の目的は……終焉の龍』

『なっ……ッ!?』

 

 フェルから珍しく驚いた声が漏れる。

 ……終焉の龍といえば、フェルと対になるドラゴンだ。

 神焉の終龍・アルアディアとその神器の所有者。

 最近、俺たちの戦場にたびたび出現する存在で、未だなお謎とされる存在だ。

 規格外の力を持つとアザゼルに予測させるほどの実力者、神器を持つことから恐らくは人間っていうことしか分からない謎の存在。

 それを二人が調べているのか?

 

『オーフィス曰く、終焉の龍の気配は既に覚えたそうだ。だから世界を回り、終焉の龍を見つけ出すと言っていた―――相棒に害になる存在を許さないと言っていたな』

『……アルアディア。わたくしと対となる終焉を司るドラゴン。そしてわたくしと同じように神器に魂を封じられている存在です―――こうして考えてみると、一番の謎はわたくしですね』

「……フェル」

 

 フェルは自虐的にそう発言する……確かにフェルの存在は終焉の者と同じで謎だ。

 何故封印されたのか、そもそも誰が封印したのか……そもそも俺は死んで、そして転生したのか。

 分からないことはたくさんある―――だけどフェルは俺の大切な家族だ。

 

「フェルは俺にとってかけがえのない存在だよ―――例え全てが謎に包まれていたとしても、俺はフェルを信じる…………その、家族ってそういうものだろ?」

『主様……わたくしは、あなたを主と出来て良かった―――今、心からそう思います』

『もう腐れ縁のような関係だが、俺もお前を信じよう……相棒を想う気持ちは理解できるからな』

 

 ドライグ、お前……やっぱりパパドラゴンで、マザードラゴンだよ、二人は。

 俺の第二の両親って言っても良い。

 ―――ずっと俺と一緒に居てくれ。

 

『『当然!!』』

 

 ……俺たちはそうして絆を深めていく。

 ―――終焉の龍がどんな存在かは分からない。

 だけどもし俺の大切な存在を傷つけるというなら…………俺はお前と戦う。

 でももしただ俺たちと仲良くしたい、仲間になりたいって思っているなら俺は受け入れる。

 ―――それぐらいが、丁度良い。

 

「とにかくオーフィスとティアは当分帰ってこない。んで、チビドラゴンズはおそらくティアがおいて行ったから俺のところに来た。たぶんこんなところだろうな」

 

 俺は大体の予想を立てて、そして傍で眠る四人に視線を向けた。

 ……にしても帰りが遅いな。

 いくらオーディンの爺さんの付き添いだからって、流石に遅すぎる気が―――ッッッッ!!!?!?

 

「な、なんだ……今、いきなり強大な力を感じたような―――しかもどこかオーディンの爺さんに似ている?」

『……相棒。この気配、間違いない―――神だ』

 

 ……神だと!?

 しかも気配はかなり近いぞ!!

 いや、近いというレベルじゃない!!

 これは最早―――真上だ!!

 俺は即座に部屋のベランダに出て、そして籠手を出現させる。

 悪魔の翼を展開させ、そして即座に上空へと高速で移動する。

 禍々しい強大な力を更に肌で感じるようになり、そして―――そこにはいた。

 遥か上空に浮かぶように仁王立ちしている男とそれに寄り添っている女。

 男の方は多少目つきが悪いが容姿は整っており、黒がメインのローブを羽織っている。

 女の方はそんな男の腕にくっ付いていて、そちらは露出度の高い黒いドレスのようなものを着ている。

 髪は紫色か?そこは男と同じ。

 だけどその二人からはとてつもないオーラを感じるッ!!

 

「おや?よもや我の気配を察知されるとは思わなかったぞ!もしや貴殿は―――噂に名高き、赤龍帝か?」

「……他人を名乗らせる前に先に自分が名乗るものだぜ、神様」

「ははははははっ!!よかろう、よかろう!!神と知っていてその狼藉、気に入った!!―――我の名はロキ。北欧の悪神と謳われる狡猾の神だ!」

 

 ―――現れたのは神。

 そう、オーディンの爺さんのやり方に反発していると言っていた、北欧のトリックスター。

 過去至上、最悪の敵のお出ましだった。



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第6話 狡猾の神と崩壊する心

 俺、兵藤一誠の前には強大な力を誇る神―――北欧の悪神、ロキがいる。

 突如兵藤家の上空に姿を現したオーディンの爺さんに反旗を翻した神であり、北欧屈指の神だとも言われている。

 ……流石に神様を相手にするのは分が悪い。

 赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)を使えば戦えるだろうが、この神には自分よりも強い魔獣がいるってことは調べがついている。

 

『……相棒。今の相棒の状態ではあの神には勝てん。しかも奴の隣の女―――恐らく神格クラスだ』

 

 ……やはりか。

 ロキにくっ付いている時点で何となく予想は出来ていたが、あの女も相当に強い。

 下手すりゃロキクラスのオーラを感じるほどだ。

 

「ほう……中々興味深いな!この神である我を前にして冷静に我らを分析する!相応の実力がなければ出来ぬことだが……どれ、物は試しだ―――行け、ヘル」

「―――はい、お父様の仰るがままに」

 

 ロキが自分の腕にくっ付いている女……ヘルと呼ばれた女にそう命令した瞬間、奴の腕から女が消える!

 それとほぼ同時に俺の付近に女の気配を感じ、俺は即座に赤龍帝の籠手を禁手化させた!

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺は鎧を身に纏い、気配を感じた方向に拳を放つ!

 そこには女―――ヘルがいて、しかしヘルは俺の拳をいとも簡単に避けて俺から距離を取った。

 ……逃がさない。

 

追尾の龍砲(ホーミング・ドラゴンキャノン)!」

 

 俺は自身の魔力に簡易的なプロセスを叩き込み、魔力弾に追尾能力を付加させて撃ち放つ!

 威力は低いがその弾丸はヘルを追尾するように追い始め、更に俺は両手にそれぞれ魔力弾を込める!

 

断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 更に追い打ちをかけるように断罪の龍弾と拡散の龍砲をヘルへと撃ち放つ!

 滅却力を持つ弾丸と、魔力弾が拡散する弾丸だ!

 

「……中々やるようね―――それでも私には効かない」

 

 ヘルは黒いオーラを体中に纏い、そしてそれを瞬間的に放つ!

 全方向に凄まじい威力の弾丸を無尽蔵に放ち続け、俺の攻撃を相殺していき―――って、あの野郎ッ!!

 この下には民家がある!

 それを分かってこいつは―――フェル!

 

『準備は出来ています!』

『Creation!!!』

 

 フェルは俺の考えることを先に考えてくれていたようで、俺はそれに従い溜まった創造力を使って神器を創造する!

 胸元にいつの間にか出現していた神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)から白銀の光が噴出し、その光は凝縮して俺の手の内で形を創り始める。

 でも時間がない!

 俺はまだ完全に形となっていない白銀の物体を、そのままヘルの放った弾丸の雨へと投げる!

 俺の頭には今、創った神器の情報が流れているからこそ出来ることだ!

 

白銀の円盤(シルヴァルド・フリスピー)!!」

 

 俺の宣言と共に形を成す機械的な見た目の白銀の円盤!

 円盤は光速でヘルの弾丸へと向かって行き、そして地上に弾丸が到達する前に円盤の形を分解させていき、そして―――

 地上よりも遥かに高い位置で白銀色が微かに含む、とても薄い壁のようなものを展開した。

 半透明で、地上からは良く見えないとは思う―――普通の人間(・ ・ ・ ・ ・)では。

 

「この神器は広域の範囲における防御神器。元々の発想はオーフィスが俺たちをグレートレッドのブレスから、守ってくれた時のものだけど……うまく行ったようだな」

 

 俺の創った神器による防御はヘルの弾丸を確実に防いでおり、俺は安心する―――でもあの野郎、人の命を何だと思ってやがる!!

 あの弾丸一つで何人の命が積まれるのか、分かっているのか!?

 

「……あれを完全に防ぐとは。お父様。あの赤龍帝は予定よりも遥かに面倒ですわ」

「ははは!面白い……まさかヘルを手玉に取るとは―――ヘル、避けろ」

「何を言って―――ッ!?」

 

 ロキはヘルに向かってそう言うが、悪いがもう遅い!

 多少のやり返しはさせて貰うぜ、この野郎!!

 

透視の龍弾(クリヤボヤンス・ドラゴンショット)

 

 ―――俺はあいつの大掛かりな攻撃の最中、もう一つ、性質付加の魔力弾を放っていた。

 威力は少ないが、それでも慢心している相手には確実に通用する……弾丸が透視化する魔力弾を。

 それは今になってヘルの付近に現れ、そして―――ヘルに直撃した。

 威力は低いと言っても赤龍帝の力で何倍にも強化した技だ。

 効いていないとは言わせないぜ。

 

「……私が、血を流すなど……ッ!!赤龍帝!!」

「止めろ、ヘル―――ここからは我が遊ぶ番だ!!」

 

 するとロキはヘルを後ろに下がらせ、そして俺に一礼する―――なんだ、こいつは。

 

「多少貴殿の実力を見誤っていた!なるほど、それならば堕天使の幹部を下し、白龍皇を下し、旧魔王派を崩壊させたのも頷ける!オーディンの前にお前のような者に出会えて喜ばしいものだ、赤龍帝!!」

「……知るか―――この街は壊させない。オーディンの爺さんも殺させない。お前をここで倒せば全部終わりだ」

 

 だから多少無理をする―――

 

『Force!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺は創造力が最低限溜まったことを確認し、即座に鎧を『強化』して赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)と化す。

 鎧の各所が鋭角なものとなり、更に俺の力も底上げされ―――背にドラゴンの禍々しいドラゴンの翼が二対四枚で生えていた。

 ……覇龍の影響か。

 

「……力が跳ね上がったぞ!ははははは!!そうか―――それでこそ我が相手をするのに相応しい!ヘル、お前は手を出すな!!」

「で、ですがお父様!!」

 

 ……さっきから気になっていたけど、あのヘルってのは一体何なんだろう。

 お父様、っていうくらいだから恐らくは―――

 

「そのヘルっていうのはお前の娘―――お前の三匹の魔獣にして子供の一角か?」

「調べはついているようだな!その通り!!この娘は我の最愛の子の一人、ヘル!フェンリルには劣るものの、高が悪魔にやられる娘ではない!!」

 

 ……つまり今まで対峙してきたことのないレベル二人を今、俺は相手にしているというわけか。

 はっきり言って今の俺がしていることは自殺行為に近い。

 だがこのレベルの相手を前にすれば、恐らく眷属の皆では危険すぎる。

 客観的に考えてアザゼルやバラキエルさん、ガブリエルさんレベルじゃないと無謀だ。

 ―――小猫ちゃんを置いてきて安心したといえば後で怒られるか?

 

「そう言えば貴殿の名を知らぬな。名乗れ、赤龍帝」

「―――兵藤一誠だ」

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Booster!!!!!!!!!』

 

 静かな音声からの爆発的音声が辺りに響き、その瞬間に神帝の鎧の特徴である無限倍増が始まる!

 音声が追いつかないほどの倍増が俺の中で無限に続き、俺はそのエネルギーの余波を魔力を含ませてロキへと放つ!

 

「むぅ……余波でこれほどの―――面白い!既に最上級悪魔を悠然と凌駕しているでないか!!ならば我もそれなりに応えようぞ!!」

 

 ―――ロキは俺の衝撃波を押し返すように魔法陣を展開し、攻撃魔法を発動する!

 恐らくは本気ではない……だけど神の使う魔法だ!

 俺は無限倍増により倍増し続ける力を全て速度につぎ込み、ロキの前から一瞬で姿を消す!

 この鎧は神と戦えるほどの可能性を含んだ鎧だ!

 ドライグとフェル、二人の力を集結させた力で負けるわけにはいかないんだよ!

 

「うぉぉぉぉぉおお!!」

 

 俺はロキの前に瞬間的に立ちふさがり、そのまま振り上げていた拳を奴の懐へと放つ!

 バゴンッ!!……そんな激しい音が鳴り響いた。

 

「なるほど、速度は上々―――だが我にはまだ届かないな!」

 

 ―――次の瞬間、俺は何かの衝撃を受ける……ッ!!?

 俺はその衝撃波で後方に飛ばされ、ドラゴンの翼で何とか立ち留まるも―――鎧の懐に大きな空洞が生まれており、口から血反吐が出る……ッ!

 ……俺が殴ったロキの懐にはいつの間にか魔法陣が一つ描かれている。

 

「この北欧式魔法陣は物理的打撃を言葉通り跳ね返すもの―――なるほど、貴殿の一撃は危険だな!その傷を見れば一目瞭然だ」

「くっ……自分の攻撃にやられる、か―――流石は北欧のトリックスター。やることが汚いな……ッ!」

「ははは!それは褒め言葉と受け取っておこう―――何せ、我は狡猾なのでな」

 

 ……だが今の一撃、回復には少しかかるぞ。

 俺の全力の一撃をそのまま喰らったんだ―――強い。

 恐らく幾つも手札を持っているこのロキという神は、一筋縄では行かない。

 俺が今まで戦ってきた中で最も強い個体で、そして最も油断の隙もない。

 しかもあいつの後ろには神に匹敵する力の魔獣、ヘルやロキすらも超える伝説の魔獣、フェンリルも存在している。

 ……俺は口元の血を拭ってドラゴンの翼を羽ばたかせ、そして懐の鎧を修復する。

 

『神を相手にするには今の状態では不利だぞ、相棒。特に今の相棒は快調とは言えん。奴をまともに相手にすれば』

『命を落とすことは必至です!』

 

 ……ああ、そうだな。

 だけど、俺はこの命を無駄になんてしてやらねえ。

 死んでもやらない―――アーシアに救われたこの命、二度と散らしてたまるかッ!

 

「―――なに?突如、貴殿から発せられるオーラが格段に増した……我がこんなところで武者震いをするとは、驚き以外の何物でもない!」

 

 ロキはにやりと笑い、幾重にも魔法陣を描き始める。

 恐らくは北欧式のものだろう。

 ―――ドライグ、フェル……行くぞ!!

 

『応ッ!!』『はいッ!!』

 

 二人の声が重なった時、俺は未だに倍増し続ける力の一部を胸元のフォースギアへと譲渡した。

 

『Infinite Transfer!!!!!』

 

 俺の体が限界を迎えるまで半永久的に倍増を続ける神帝の鎧。

 それはこの鎧単体での力だけではなく、他の存在に力を無限に譲渡することが出来ることを意味している!

 つまり俺の精神力が持つ限り、俺は無限のように神器を創り出すことが出来る!

 無限に夢幻のような存在を創り出す!

 それがドライグとフェルの力の真骨頂だ!

 フォースギアに倍増の力は譲渡され、それにより創造力の質は何倍にも膨れ上がる―――そして俺は創造する。

 形は籠手、それは幾重にも倍増を続ける赤き龍の力……すなわち赤龍帝の力!

 

「『創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す。故に我、求める…………神をも殺す力―――神滅具(ロンギヌス)を!!』」

 

 言霊を発し、フォースギアからは激しい白銀の光が俺の右腕を包む。

 そしてそれは少しずつ形となり、そして―――

 

『Creation Longinus!!!!』

 

 創り上げる。

 

「神滅具創造―――白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)!」

 

 白銀色のブーステッド・ギア。

 オリジナルよりは火力は多少落ちるが、これの真の目的はそれじゃない。

 

「行くぜ、神様―――」

『Boost!!』

 

 久しぶりに聞く単体での音声。

 10秒毎に力を倍増していく赤龍帝の力と、フェルとドライグの合わせ技による無限倍増。

 そして白銀の籠手を創り出したから可能となる二重倍増のツイン・ブースターシステム。

 そして白銀の籠手の禁手化、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)

 ……体の不調とか、精神力とか肉体的ダメージを考える場合じゃない。

 このロキという神は生かしておけば確実に俺たちに危険を及ぼす敵だ。

 ―――俺の全てを出し切ってでも倒す!

 

「……それが貴殿の完全武装かッ!?なるほど、凄まじい覇気と覚悟を見受けられる!ならば我も本気で応えようか!!ヘル、お前も戦うぞ!!」

「―――その言葉を待っていましたわ、お父様」

 

 ……神クラスの二人を相手にどこまでやれるか。

 勝てる見込みがあるとすれば、恐らくは白銀龍帝の双龍腕と神帝の鎧を併用して使った時のみだ。

 つまり戦闘を可能な限り長引かせ、俺の経験や体験を白銀の籠手に沁み込ませるように入力していく。

 ―――ドライグ、最初だけ飛ばすぞ!

 

『Infinite Accel Boost!!!!!!』

 

 この鎧の最高出力を指し示す最後の音声が鳴り響く!

 それにより無限倍増の力は全て解放され続ける状態となり、俺の負担は激増したものの、俺の力はそれ以上に激増した!!

 行ける、これなら―――

 

「―――ぐふッッッ!?!?」

 

 俺は目にも止まらぬ神速で動き、構えていたヘルに向かって拳を放つッ!!

 ヘルは反応も出来ず、そのまま空中を殴り飛ばされるが、俺はそこから追撃を続ける!

 魔力がある限り力を増大し続け、機関銃のように撃ち続ける!

 

「―――アスカロン」

『Blade!!』

 

 俺は左腕の籠手より聖剣アスカロンを抜き、それを構えてヘルの方へと向かう。

 ……ヘルは魔獣―――つまり、聖剣は効果覿面だ!!

 

「悪いけど、ここで消えてもらう―――唸れ、アスカロン!その聖なる刀身により、魔を切り裂けェェェェ!!!」

 

 俺は右腕でロキの方に魔力弾を幾重にも撃ち放ち、そして左手に握る倍増のエネルギーを加えた強化版のアスカロンでヘルを切り裂く。

 ……そして嫌な音が響いた後―――ヘルはその場で塵となって消えた。

 

「―――後はお前だけだ、ロキ」

 

 俺はヘルを屠ったその場所で浮かびながらアスカロンをロキへと向ける。

 ……この手で生命あるものを屠った。

 それを忘れず、俺は戦う。

 

「…………その動き、速度、力―――神である我にも通用するやもしれんと認めよう」

「……お前、分かってるのか?今、俺はお前の娘を殺した―――なのになんでそんな平然としているんだ」

 

 ……あまりにもロキの様子が変わらなさすぎる。

 幾らなんでも娘を殺されたならば、怒り狂うのが当たり前だ……なのに何故こいつはこんなに平然としているんだ?

 

「ん?ああ、確かにヘルは死んだ。お前の力はヘルよりも強いという証明だろう―――だが、それがどうした?」

「だがってお前……ッ!!」

 

 殺した俺が言えることじゃない!

 でもいくらなんでもそれは冷たすぎるだろう!?

 

「貴殿は何を怒っている?―――ヘルは死んだが(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)別に消えてはいないぞ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)?」

「何を言って―――ッ!?」

 

 俺がロキの意味不明な言葉を問いただそうとした瞬間だった―――突如、黒いネットリとした液体のようなものが俺の鎧越しに纏わりつく!

 な、なんだこれは!?

 

『ふふふふ、ふふふふ!!!良い男、ですわぁ……強い男は大好き、めちゃくちゃにしたくなる―――お父様、この赤龍帝を食べてしまっても良いかしらぁ?』

「そ、その声は―――ヘル!?」

 

 その液体から響く声は先ほど俺が屠ったヘルのもので、その官能とした声が今は恐ろしく不気味に感じる……ッ!!

 

『そうよぉ……私は魔獣ヘル……死んでも私はこうして生き返る―――私はねぇ?力は弱いけど、自分の生死を司る神格の持ち主よぉ』

 

 呂律が回っていない!

 恐らく蘇生の後遺症のようなものだけど、液体は鎧を通り越して内部にまで到達する……ッ!!

 気持ち悪い感覚に囚われながら、俺は動けない……ッ!!

 

「ヘルは自分を殺せる男を自分の物にする傾向があるのでな!大抵の男はヘルが飽きて食されるが、貴殿はどうであろうな!興味深い!!」

『お父様は黙ってくださいなぁ……ふふふ、久しぶりに食べ応えのある体♪貴方の何もカモ食べて、それデモ生きていたら私の所有物にしてあげる♡』

「くそ、が……ッ!!お断りだ!!」

 

 ……くそ、だけど今こいつの拘束をどうにかすることが出来ないッ!?

 たぶん、力技だけではどうにもならないロジックがあるんだろうが……ッ!!

 

『相棒、今すぐに鎧を全て解除しろ!!武装も全解除で魔力の逆噴射で焼き払うしかないッ!!』

 

 ドライグからの提案が頭に響く!

 確かに体中に魔力を過剰供給して一瞬だけ魔力を体外に放出する、その一点に力を込めればこの液体を振り払えるかもしれない!!

 

『主様、もう考えている暇はありません!ヘルが人の姿でありながら魔獣と言われるのはこの姿が由来しています!!早くしなければ主様は浸食されて!!』

『もー、良いよねぇ?いただきまぁ~す♪』

 

 鎧内部で蠢く液体に冷や汗を掻きながら、俺は全武装を解除し、そして内にある魔力を全て凝縮する!

 ……ッ!!

 液体状態のヘルは俺の体を文字通り、削りながら食べ始めるッ!!

 

「かは……ッ!!くそ―――魔力が、練れない……ッ!!」

『アハハハハ―――ワタシに憑りつかれている状態じゃあジブンではどーにもならないのぉ~……キャハハ!おいしいわ、あなたの……カ・ラ・ダ♡』

 

 く、そ―――ここまで、なのか?

 俺はこんなところで…………死ぬのか?

 こんな奴に食われて、蝕まれて、辱められて―――それで良いのか?兵藤一誠!!

 まだ皆に俺のことを話してないのに、過去を何一つ扶植できていないのに!!

 ―――こんなところで!!

 

「死んでたまるかぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

『キャッ!!?』

 

 ―――俺の叫びと共に、俺に流れる全ての魔力が逆流を始め、その反動でヘルは俺の体から飛ばされる。

 ……だけど、俺の全魔力を使った上にヘルに蝕まれた傷は深く、俺は空中で浮かぶだけで動けない。

 

「ヘルの拘束を打ち破るか!?驚かしてくれるものだ、赤龍帝!!」

『だけどぉ……もう一回、タベテアゲル~』

 

 ……あの液体の状態では幼児退行でもするのかよ、あの野郎は!

 恐ろしい通り越して、もう気持ち悪い!

 だがどうする!?

 今の俺は動く力も魔力もない!!

 一つだけ望みがあるとすれば、それは―――そう思った時だった。

 

「―――……私の先輩に手を出さないでくださいッ!!!」

 

 静かなようで相当の怒気を含む声音の声が響いたと思うと、俺に向かって再び近づいていたヘルは何かによって殴り飛ばされる!

 液体は上空に四散し、そして空中で同じように集まって少しずつ人の形に戻って行った。

 

「何です?せっかくのお楽しみの邪魔をして―――猫の女」

「……私は先輩のペット……は昔の話でした。今はイッセー先輩の後輩です」

「……そして私は、にぃにの妹ドラゴン」

 

 ―――そこには戦闘モードに入っている小猫ちゃんの姿と、そして少女モードのヒカリの姿があった。

 ……そうか、光速で移動出来るヒカリが小猫ちゃんを背負い、そしてこの場に来た。

 ヒカリはチビドラゴンズの中でも冷静で、恐らく俺のSOS(・ ・ ・)をいち早く受け取ってくれた……ってことだろう。

 

「……悪魔にドラゴン。ですが私達の相手にはならないですわ―――ですよね、お父様」

「確かに貴様たちを相手にしても楽しそうもない―――早々に始末するか」

 

 ……ロキが行動を起こそうとした時だった。

 

「―――誰の妹にそんなことしようとしてるにゃん」

 

 ロキが小猫ちゃんへと手の平を向け、そして魔法陣を展開しようとした瞬間だった!

 その場に魔法陣が展開され、そこから黒い着物のようなものを着ている黒歌が現れ、そしてロキへと凄まじい掌底を放つ!

 ロキはそれを難なく避けるも、黒歌は追撃のように妖術と仙術の合わせ技である妖仙術により、掌底の一撃を遠距離まで届くようにした!

 

「妖術と仙術込みの掌底だけど、流石に神には通用しないねぇ……厄介にゃん」

 

 それによりロキは若干後方に飛ばされる―――だが無傷だ。

 やはり神には半端な攻撃じゃあ通用しないってことか……俺はそう考え、痛む傷を何とか動かそうとした時だった。

 

「イッセーさん!!」

 

 ―――その時、どこからか焦るようなアーシアの声が響いた。

 俺は声のした方向に顔を向けると、そこには黒歌と同じように魔法陣が展開され、そこからアーシアとギャスパーが現れる!

 アーシアは俺の血まみれの姿を見て瞳に涙を溜めるも、すぐさま神器により回復を始めた。

 ギャスパーはスカートのポケットからハンカチを取り出し、俺の血をふき取ってくれる。

 だけど二人は俺の治療をしてくれる最中、俺の顔をキッとほんの少し鋭い目で見てきて、そして―――多少強めの声音で言葉を発した。

 

「どうして、また一人で戦ったんですか……ッ!!こんなにひどい傷を負って……ッ!!」

「そ、そうですぅ!!あんなのいくらイッセー先輩でも危ないに決まってるじゃないですか!!」

 

 アーシアとギャスパーは俺を叱りつけるように、しかし瞳に涙を溜めながらそう言った。

 ……俺もまさかロキが現れるとは思っていなかった。

 でも―――

 

「ごめん―――俺しか、いなかったんだ。あいつらを相手に出来る奴が、俺以外に居なかったんだ……ごめん、心配かけて。でも助けてくれて、ありがとう」

 

 俺はアーシアとギャスパーの目元に溜まる涙を拭い、そして笑みを浮かべる。

 ……俺は何も、最初から一人で戦おうとしていたわけではない。

 

「……ヒカリがイッセー先輩の異変に気付かなければ、大変なことになっていました」

「やっぱり俺のSOSに気付いてくれていたのか……」

 

 俺が出したSOSとは、ヘルが全方位の黒いオーラの弾丸を放った時、白銀の円盤の影響でこの辺り一帯を覆った白銀の光。

 あの光は普通の人間になら目視することは出来ないが、だけど人間でなければ目視することが出来る。

 そしてこの町の人外は基本的に俺たちの仲間。

 白銀の力を使うのは仲間の中では俺だけであり、そして何もないときに俺はフェルの力を使わない。

 つまりは―――俺が力を使う事態に追い込まれている。

 あれは町を守ると同時に俺が仲間に助けを求めていた合図だったってことだ。

 出来れば奴らを俺だけの手でどうにかしたかったけど、一応のために保険は用意していた。

 

「びっくりしたにゃん。朱璃ちんのところから帰る途中で、いきなりイッセーの力が発動したから、只事じゃないと思ったけど―――まさか神がいるなんてね」

「俺もびっくりだったよ―――でもありがとう、皆。おかげで生き残れた」

 

 俺は四枚のドラゴンの翼を織りなし、そして腕を軽く回す。

 アーシアの回復力は相変わらず最高で、ヘルによって蝕まれて生まれた傷はほぼ完治していた。

 ……魔力はなくても、神器さえあれば戦える。

 体力は限界までほど遠く、選択肢なんていくらでも探し出せる。

 

「数は多いが、しかし我を相手にするには物足りん!自らの格を考えるが良い!!」

 

 ロキは手元に連鎖させるように魔法陣を積み重ね、それを俺たちの方向に向けて来る。

 魔法陣は碧色に染まったものもあれば、紫色に染まっているものもあるなど多種多様で、恐らくは属性能力がバラバラなものが多いはずだ!

 つまり発動させては面倒ということ―――俺はその時、地上より何かの気配を感じた。

 この気配は―――可能性に掛けるしかない。

 

「―――唸れ、アスカロン。その刀身は聖なる龍の具現を」

 

 アスカロンからは聖なる光が湧き出てきて、更にその光は龍の形と成していく。

 

「魔を喰らいつくしき聖者の龍よ!混沌の闇を喰らいつくせ!!」

『Boost!!』『Transfer!!!』

 

 俺は聖なる龍を具現化させ、更に通常の籠手による力の倍増とその譲渡を一気に行う!

 それにより光の龍は力を大幅に膨れ上がらせ、そして俺は龍を操作してロキとヘルへと放つ!!

 アスカロンによる光の攻撃は俺の魔力を必要としない!

 当然力の上限には制限はあるが、それは赤龍帝の力があればある程度は解消できる。

 

「ヘルに喰われてなおそれほどの力を使えるか!ならば我もそれ相応の力を使おう―――フェンリル!!!」

 

 ―――俺の聖なる龍による攻撃が着実にロキとヘルに近づいている時、ロキは天に向かってそう高らかに宣言した。

 それと共に上空に浮かぶ巨大な魔法陣。それは俺の攻撃を無力化するも、空中からその姿を消さなかった―――まさかあの野郎、ここで最凶の魔獣を召喚するつもりか……ッ!?

 神殺しの力を持つ最悪にして最凶の魔獣、「神喰狼」フェンリル。

 俺の持つ神滅具とは違う意味の、それこそ神にとって天敵となる魔獣だ!

 その力は親であるロキを超え、魔獣の中でもトップクラスの実力……こんなところで出現されたら、俺が張った神器による結界なんか簡単に突破される!

 

「召喚させてたまるか……ッ!!この町には大切な人たちがいるんだ……!!」

 

 アスカロンからは更に強大な聖なるオーラが噴出し、更に籠手は瞬時に禁手化して鎧を纏わせる。

 更に懐にある夜刀さんの創った刀、無刀をアスカロンとは逆の手で握る。

 無刀からは俺の怒りと呼応するように、紅蓮の刀身を刃無き刀に出現させる。

 

「無刀・紅蓮の龍刀!!」

 

 俺は紅蓮の刀を握り、そしてそれを振るうと刀身は柄から抜けるように離れ、そのままロキへと向かって飛んでいく!

 更に聖なる斬撃波を放ち、次々と遠距離で攻撃を仕掛けていくも魔法陣は消えなかった。

 

「私も手伝うにゃん!!」

「……私だって、この町を壊させません……ッ!!」

 

 黒歌と小猫ちゃんは遠距離から仙術による攻撃をするも魔法陣は消えず、そして徐々に魔法陣から何かが現れ始める―――もう、遅いのか!?

 

「……イッセー先輩、僕があの魔法陣の展開を少しの間だけ停止させます!!だからイッセー先輩は術者の集中を途切れさせてください!!」

「ギャスパー……頼んだぞ!」

 

 俺はギャスパーの頭をくしゃくしゃと撫でると、アスカロンと無刀を握ってロキへと近づく!

 ギャスパーの瞳は気味の悪いほど赤く染まっており、そしてギャスパーの視界には魔法陣が捉えられており、魔法陣が赤い何かによって効果を停止させられている!

 ……神の魔法陣を停止させるなんて、どれだけの精神力があれば済むんだろう。

 だけどこれはギャスパーの覚悟だ―――無下になんて出来るか!

 

「アーシア!!この辺り一帯に響く位、癒歌を歌ってくれ!!」

「―――はい!!」

 

 俺は大声でアーシアに指示を出す―――そう、どんなに距離が離れていても、その唄を心地よいと感じた存在全てを癒すアーシアの癒歌。

 微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)

 俺を救ってくれた力で、今回も俺を守ってくれ、アーシア!

 

「くっ!停止の神器が存在するとは聞いていたが、まさか我の力すらも止めるとは!だがしかし、それで神が負ける道理はない!!」

「うるせぇよ、悪神野郎!!」

 

 俺は素早く二刀流の形でロキへと剣戟を開始する。

 ギャスパーがあの魔法陣を停止してくれている間に、術者であるロキをどうにかする!!

 ロキは俺へと激しい物理攻撃を放つも、俺は自分のダメージを気にせずに二刀流による連撃を繰り返していく。

 ロキはそれを魔力やオーラで無力化しようとするも、俺の速度は収まらない。

 ……俺に対するダメージはアーシアの歌が治してくれる。

 だから俺は傷を気にせずに戦えるんだ!

 

「ふはははは!!体術だけならば神と相対するか!?つくづく恐ろしいな、赤龍帝!!だが貴様は見落としている!!」

 

 ―――するとロキは手元に黒いオーラを集中させ、そしてそのオーラの中から剣のようなものを取り出した。

 それでロキは鎧越しに俺を切り裂く……ッ!!

 ロキの剣は俺の横腹を抉り、俺は口から血を吐き出した……!

 今の一撃は……かなりやばい……ッ!!

 

「これは我が鍛えた剣―――神剣・レーヴァテイン!そこいらの魔剣聖剣では勝てぬぞ!!」

 

 また伝説級の業物か!

 くそ、早くこいつをどうにかしないと駄目だ!

 ギャスパーの停止だって長続きしないはずな上に、今ロキをまともに相手に出来るのは俺だけだ。

 確かに傷はすぐに治る―――だけどこうも俺の攻撃が効かないなら、精神的にもきつい。

 魔力はさっきヘルに全て持っていかれて―――待て、何で俺がロキと接近戦をしているのに、ヘルは俺に向かって何もしてこないんだ?

 俺はロキを傍目に後方にいるヘルの方向を見た―――その顔は、悪戯なようにニヤッと笑っていた。

 

「まさか、この魔法陣は……ッ!?」

 

 俺はそのことに気付き、今すぐにヘルの所に向かおうとする!

 この魔法陣はロキの動作から奴が展開したものと思っていたけど、実は違ったんだ!

 あの魔法陣はロキではなくヘルが展開したものであり、ロキはそれをあたかも自分で発動したものかのように振る舞った。

 これが―――狡猾神ってことかよッ!!

 

「気付いたようだがもう遅い!我と心理戦をするにはまだ若いぞ、赤龍帝よ!!」

「く、そ……邪魔を、すんじゃねぇよ!!」

 

 俺のアスカロンとロキのレーヴァテインが鍔迫り合いをする。

 レーヴァテインは恐ろしいほどの神々しいオーラを放っているが、特別俺を焦がすようなダメージはない。

 恐らくこの剣は魔剣や聖剣のような多種族への弱点のような特出はないんだろう。

 ただ神剣と名乗るだけの力はある!

 俺のアスカロンよりもパワーがあり、恐らくデュランダルにも劣らない力がある!

 

「まさかここまで楽しめるとは思っていたかったが、もう終焉だ―――さあ、現れろ。我が愛すべき息子よ…………フェンリル!!」

 

 ロキがそう言った瞬間だった―――アオォォォォォォォォォォォン!!!!!

 …………辺りにひどく響くような狼の遠吠えが聞こえた。

 俺はギャスパーの方を見ると、あいつは疲れ果てるように肩で息をしながら鼻から血を流していた。

 ―――無理して停止して後遺症だ。

 むしろあいつはここまで持たせてくれた……不甲斐なかったのは俺だ。

 ロキの力を見誤っていたわけではない―――ただ、純粋な実力でこいつに敵わなかった。

 心理戦、接近戦、剣戟戦、打撃戦……全てにおいて俺は負けた。

 だけど今はそんな負けを考えている場合じゃない。

 こうなってしまったら、俺が出来ることはこの場から皆を守り抜くことだけ。

 俺はロキから離れ、一瞬で他の皆の所に到着する。

 

「イッセー先輩……ごめんなさい、僕が弱いばっかりに……ッ!!」

「ギャスパーは悪くない―――今は誰が悪いとか、そんなことを考えている場合じゃない。あの化け物を目の前にしてるんだからな」

 

 俺はその目でその姿を黙視する。

 ……灰色の体毛、全長10メートル以上ある巨大な体。

 見た目はまるっきり狼で、そしてその風貌から発せられる体が震えるほどの不気味なオーラ……ッ!!

 間違いない―――神をも殺す牙を持つ、最悪最凶の魔物だ。

 俺は震える手をギュッと握り潰し、そしていったん深呼吸する。

 そして周りを見渡す…………皆、フェンリルの姿に怯えていた。

 まだマシなのは黒歌くらいだ。

 それでも恐怖感は目の見えるように分かるし、冷や汗も掻いている。

 

『相棒、あれは余りにも危険だ!最悪の場合、全盛期の俺でも手こずるような相手だ!!』

 

 分かってる……でも今、俺だけ逃げたら他の皆はどうなる。

 どう転んでも、今のままでは全滅だ。

 

「黒歌。お願いが―――」

「いや」

 

 俺は黒歌に皆を連れて逃げろ、と言おうするも、黒歌はそれを言う前に拒否した。

 

「どうせ、皆を連れて逃げろとでも言うんでしょ?―――ふざけないで!イッセーを残して、王様を残していけるわけないにゃん!自己犠牲もいい加減にするにゃん!!」

「………………」

 

 黒歌の怒りの表情と、悲しげな瞳を見て俺は何も言えなかった。

 ……だけど、それ以外に皆を守る方法がない。

 ロキとヘルとフェンリル。

 あいつらを一気に相手にして守れる保証はないんだ。

 そもそもロキにすら勝てなかった。

 ……黒歌だって、俺が傷つく姿なんて見たくないはずだ。

 だけどそれは俺も一緒だ―――例え嫌われても自分を通す。

 ―――そういえば一つだけ、あいつらに勝てる方法があったな。

 

「……もし魔力が残っていれば、生き残れたのかもしれないけど―――仕方ないよな」

 

 俺は一息ついて、覚悟を決める―――本当は使いたくもない。

 だけど俺はこいつを――――――覇龍を自分の意志で、皆を守るために使う。

 

『なっ!?相棒!!それが何を意味しているのか分かっているのか!?相棒の中には既に魔力はない!!つまり覇龍が糧にするのは相棒の命だ!!』

 

 分かっている―――次に俺が覇龍を使えば、俺は確実に死ぬと。

 だけど死なないかもしれない。

 俺があいつらを瞬殺して、さっさと覇龍を解けば……希望観測でしかないけど。

 もうそれしかないだろう?

 

『確かにそうかもしれません……でも、奇跡は二度も起こりません!!お願いです、主様!!止めてください!!』

 

 ……ごめん、フェル。

 でも俺がこれを発動したい思いは、前のような怒りだけじゃなくてさ―――守りたいからなんだ。

 だから血に染まった呪われた力を使う。

 

「……我、目覚めるは―――覇の理を神から奪いし二天龍なり」

 

 ―――俺は二度と発さないと誓った呪文を、守るために紡ぐ。

 俺の背中では皆が俺を制止する声が聞こえるも、俺はもう止められない。

 一度発してしまえば後は俺の中の怨念が呪文を同じように紡ぐ―――そう思っていた。

 

「―――無限を嗤い、夢幻を憂う」

 

 だけどどこからも俺に続くように呪文を紡がない。

 

「―――我、赤き龍の覇王となりて」

 

 鎧にも何の変化もなく、そして―――

 

「汝を紅蓮の煉獄へと沈めよう――――――」

 

 ―――何も、起きなかった。

 少なくとも、その事実に俺は焦りを感じた。

 

「どう、してだ……!!どうして、発動しないんだ!!!今しかないだろう!?守るためにはお前の力が必要なんだ!!なのに肝心な時に何で発動しない!!」

 

 俺は叫ぶしかなかった。

 ―――いつも俺とミリーシェを離れ離れにさせた力が、本当に必要な時に発動しない。

 そのことが頭にきたと言っても良かった。

 

「守らなきゃいけないんだ……ッ!!大切な存在を守るんだよ!!なのにどうして何も起きないんだ!!!」

「い、イッセーさん!落ち着いてください!!」

 

 アーシアは俺の背中を抱きしめるが、俺の焦りは消えない……!

 目の前に神をも殺す最悪の敵がいるんだ!

 このままじゃ、皆死んでしまうんだ!!

 微かな可能性がもう覇龍しかないんだよ!

 

「……まあそろそろつまらなくなって来たか―――フェンリル。思い残すことなく、奴らを喰らえ」

 

 ―――ロキがフェンリルにそう命令した時だった。

 ワォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

 ……狼のように鼓膜が破れそうな咆哮を上げながら、フェンリルが動き出した。

 速度で考えればそれは一瞬のような出来事。

 

「……たまるか―――やらせて溜まるかぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

 俺は何の考えもなしに皆の前に立ち、そしてフェルの力、ドライグの力をフル活用して防御に徹底する。

 ……覇龍は使えないことには戸惑いはした。

 使えないなら、この身を挺してでも守るしかない。

 ―――いや、体が勝手に動いてしまうんだ。

 そこには理屈なんてものは存在しないんだ。

 

「ダメです、イッセーさん!!」

「イッセー先輩ッ!!私達はもう良いから、お願いだから!」

 

 ……静止の声が聞こえても、俺は逃げるわけにはいかない。

 でも―――今回は、大丈夫とは言えないかな?

 

「―――俺の生徒に手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」

 

 ―――その時、雲を打ち抜いて俺たちのすぐ傍を10メートル以上はある光の槍が貫いてゆき、そしてそれはフェンリルへと直撃した。

 それだけじゃない。

 地上から次々と聖魔剣や光の剣、雷光、黒い魔力が放たれていき、最後に強大な……それこそロキよりも強大な力が放たれる。

 そして俺にアーシア、小猫ちゃん、黒歌、ヒカリの周りに北欧式の魔法陣が描かれ、そして―――俺たちはフェンリルから離れたところに飛ばされた。

 辺りは雲に包まれて視界がはっきりしないものの、しかし次の瞬間辺りに唐突に突風が撒き散らされる。

 そして俺の目に映ったものは―――

 

「糞野郎、久しぶりに頭に来たぞ……ッ!!」

「誰も殺させぬぞ、神よ!!」

「……汚い真似をするものです―――今は亡き神の名において、あなたを断罪します」

 

 俺たちの前で俺たちを守るように立つ、アザゼル、バラキエルさん、ガブリエルさんがそこにはいた。

 それだけじゃない。

 俺たちの周りには部長、朱乃さん、祐斗、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセさんといった面々も集結しており、そしてその奥には―――オーディンの爺さんがいた。

 

「よくもまあ奴らを相手にここまで持たせたものだわい―――ロキ単体ならお主でも勝てていた。自信は無くさなくても良いぞ?」

「爺さん……」

「ここからは大人に任せい―――のぉ、ロキ。これはどういうことじゃ?」

 

 するとオーディンの爺さんは俺たちの前に出て、そしてアザゼルたちに囲まれながらロキにそう尋ねた。

 

「おやおや、我らが主神殿。こんな辺境の地でお会いできるとは思いもよらぬ僥倖だ―――などという言葉は必要あるまい?」

「そうじゃな―――分かることは一つ。お主は我を狙っておる。それだけじゃろう?」

「分かっているならば、我の怒りも分かるだろう?―――我ら北欧を抜け出し、我ら以外の神話体系に接触するというのが耐え難いのだ!我らが成すべきことは神々の黄昏(ラグナロク)を成就させることだ!!」

 

 ……神々の黄昏(ラグナロク)

 北欧神話における神々の最終決戦的な意味合いを含んでいる言葉であり、曰く世界の終焉を意味している。

 ―――それを蔑ろにするオーディンに我慢ならなくなって来たってわけか。

 

「ああ、わしも昔はそう考えていた者じゃ―――いずれ黄昏は来るじゃろう。だがそれを早めるようなことはわしはせん。黄昏は世界の終焉じゃ。この世界には未だ楽しげなことで溢れておる。わしはただ楽しく色々なものと交流した、それだけじゃ」

「それが我々の願いを妨げていると何故気付かない!?」

「終焉など必要ないのじゃ―――ロキよ。お主は頭が堅くて困るのぉ」

 

 しかしロキの怒りが収まるわけがない。

 ……だが神であろうとロキは所詮、オーディンの下に属する神だ。

 いくらなんでもこれは越権行為以外の何物でもない。

 

「悪神ロキ様。これは我らが主神に対する反逆行為とみなされても可笑しくない事です。今すぐその牙をお納めください―――しかるべき公正な場で正当に異を唱える。それがすべきことです!」

「―――高が戦乙女が我に口出しをするなど愚の骨頂……そうか、あくまで貴殿は我の想いを踏み躙ると、そういうことかな?」

 

 ロキの質問にオーディンの爺さんは頷かない。

 そしてオーディンの代わりというようにアザゼルがロキに話しかけた。

 

「―――お前がどんな思いをしているとか、そんなことは知ったこっちゃねぇ。だがな…………お前は俺の生徒に手を出したんだッ!!相応の覚悟は持ってもらう!!」

「堕天使の総督、アザゼル殿か……しかしお主では我には勝てぬ。黙っていてもらおうか?」

「ああ、良いぜ。だがその前に―――お前は禍の団(カオス・ブリゲード)と通じているのか?」

 

 アザゼルはここぞとばかりにそう尋ねた―――もし神と禍の団が繋がってたとしたら大変なことになる。

 何せ、神は単体で一騎当千の実力だからな。

 するとロキは首を横に振る。

 

「あのような愚者の集まりと一緒にしないでもらいたい―――我は自らの意志でここにいる。さあ、分かっただろう?我は故にこの場を引く気はない。抗うとあらば、我は全てを以て貴様たちを屠ろう」

 

 すると奴の傍にいるフェンリルとヘルがこちらを睨んでくる。

 ……こっちにはオーディンの爺さんに、実際にこの場で戦力になれるのはアザゼル、ガブリエルさん、バラキエルさん位のものだ。

 それ以外は余りにもフェンリルを相手にするのには危険すぎる。

 オーディンの爺さんは確かに強大な力を誇っている。

 上級悪魔クラスを一瞬の内に何人も屠るような馬鹿げた力を持っているのは前回の戦いで知ってはいる。

 だが相手が神殺しの牙を持っているフェンリルなら話は別だ。

 フェンリルに対抗できる力を持っていたとして爺さんは俺たちの護衛対象。

 下手に戦闘に参加させて、もしフェンリルの毒牙にやられでもしたら大変な事態になる。

 ……つまり実質、この場でまともに奴らと戦えるのはあの三人しかいない。

 ヘルは実際の実力は俺でも相手に出来るけど、あいつは再生能力が厄介だ。

 今の俺は魔力はなく、精神力も削られている。

 覇龍を発動できなかった反動かは知らないが体も重く、こうして考えることくらいしか出来ない。

 

「くそ……ッ!俺がもっと強ければ…………」

「イッセーはアーシアや皆を守ったわ。だから自分を責めるのは止めて」

「そうですわ。イッセーくんがいなければ、そもそも私たちはこの場にいなかった可能性だってあるのですわ」

 

 部長と朱乃さんが俺の頬を摩ってそう言ってくれる……でも、この場では俺は何の役にも立たない。

 それが不甲斐なくて、自分が嫌になる……ッ!!

 

「しかしよくもここまでの顔ぶれを集めたものだな、オーディン!堕天使の総督アザゼル、堕天使の幹部である雷光のバラキエル、熾天使の一角である最強の女性天使ガブリエル……それほどまでに日本神話との会合を成功させたいか……ッ!!」

「黄昏なんぞ、しばらくはこんでも良いのじゃ―――終焉はまだまだ先だからのぉ」

「……ヘル、お前は三下の悪魔共をかたずけろ。我は奴らとやる」

「了解しました、お父様」

 

 ヘルは動き出す。

 ロキの隣から一瞬で姿を消し、そして俺たちの前に姿を現す。

 祐斗はそんな俺たちの前にエールカリバーを二本握り、更にその一本の剣先をヘルに向けた。

 

「僕の仲間には指一本触れさせないよ…………それに何より、僕たちのイッセー君を傷つけた君を僕は許さない……ッ!!」

「そうですね、木場君―――私もオーディン様に仕える戦乙女。このような愚行を私は許しません、ヘル様!!」

「どうでも良いですわ―――赤龍帝は動けない。ならば私が負ける通りなどこの世には―――」

 

 ヘルが手元に黒いオーラを集結させ、それを振るう瞬間だった。

 突如、俺たちの後ろから純白の何かが放たれ、それがヘルへと向かい、更にロキやフェンリルの方にまで放たれる。

 ヘルはその弾丸を避けるも後方に退き、フェンリルはその弾丸からロキを守るようにそれを爪で切り裂く。

 

「―――ならば、白龍皇が相手ならどうかな?」

「……ヴァーリ?」

 

 俺は後ろを振り返ると、そこには涼しい顔をしながら純白の鎧のマスクを収納し、素顔を晒しているヴァーリの姿があった。

 いや、それだけではない。

 その周りには美候、アーサーやシィーリスまでいて、更に見知らぬ魔法使いの少女?のような恰好をした女の子がいた。

 つまるところ―――禍の団『ヴァーリチーム』。

 テロ組織にしては破壊活動を一切しない、理解不能な集団だ。

 

「やあ、兵藤一誠。君と会うのは前回以来か?まあどっちでも良い―――アルビオン、行こうか」

『ドライグを助けるのは些か考え物だが……良いだろう』

 

 ヴァーリはどんな心境の変化か、アルビオンに話しかけた後にマスクを再び装着して飛び立つ。

 手元には純白の魔力が迸り、その矛先は―――ロキへと向けられていた。

 

『Capacity Divide!!!』

 

 そしてその音声と共に、その魔力は弾丸としてロキへと放たれる。

 だが今の音声―――今までに聞いたことのない白龍皇の音声だった。

 ヴァーリの放った弾丸は光の速さでロキへと到来し、そしてロキはそれに気付いたのか振り払おうとするが……

 

「……ッ!!これは……」

 

 それも虚しく弾丸はロキへと直撃し、ロキはアザゼルたちとの戦闘の最中、一瞬だけ動きを止めた。

 

「お初にお目にかかる、北欧の悪神ロキ。俺の名はヴァーリ―――白龍皇だ」

「……貴殿は我に何をした?我の動きを止めるなどあり得ぬ!!」

 

 ロキはフェンリルの背に乗り、アザゼルたちから離れてヴァーリにそう言い放つ。

 

「それを教えるほど俺が優しげに見えたかい?残念だが、俺は自分の手の内を敵に教えるような愚かな真似はしない」

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!』

 

 ヴァーリはロキへと向かって手の平を向けた瞬間、半減の音声が幾重にも鳴り響く。

 ……が、ロキからはそれにしては余り力が減っていないように感じる。

 相手は神格……流石のヴァーリの半減の力も上手く動作しないのか?

 

「なるほど、やはり神には半減の力は効きにくいのか……これは良いことを知った。ならば次は何をしようか……ッ!!」

 

 ヴァーリの奴、目が光ってやがる!

 あいつ、神を相手に恐れるどころか楽しんで自分の力を試してるのか!?

 するとロキは怪訝な顔をした。

 

「ふむ、これは風向きが悪いか―――ここは一端引くとしよう」

 

 するとロキは自分のマントをバサッと閃かせ、そして俺たちから背を向けた。

 

「流石も我も無策で貴殿たちや白龍皇と争おうとは思わぬ!―――オーディン、貴殿は必ず我が屠る。この場が黄昏を行う場だ」

 

 ロキはオーディンの爺さんの方をキッと睨み付け、そして次は俺の方を見てきた。

 ……まるで俺を観察するような気持ち悪い目で、じっくりと。

 

「……そうだな。これで帰るのは少々癪に障る―――今、面白いことを思いついたぞ!」

 

 するとロキは突然楽しそうな顔をして、そして手元に小さな魔法陣を描く。

 ……何をしようとしているんだ、あいつは。

 

「……ま、まさかあの魔法陣は……ッ!?イッセー君、逃げてください!!」

 

 その時、ロスヴァイセさんは何かに気付いたように俺にそう言って来るが、だけどもう遅かった。

 ロキは俺に向かって魔法陣を放ってきて、そしてその小さな魔法陣は俺の胸元に引っ付いて―――――――――瞬間、俺の頭に何かが過った。

 

『……死にたく……ないよ……ずっと、傍に居たいよ…………』

 

 ―――なん、だよ……これは……ッ!?

 どうして頭に―――ミリーシェの、血まみれの姿が浮かぶッ!?

 止めろ!!

 俺はミリーシェの血まみれの鎧姿と、あの時―――黒い影にミリーシェが殺された時のフラッシュバックのように、ミリーシェが何かによって殺されていった。

 

「止めろ……止めてくれ……ッ!!もう、殺さないでくれ……俺から、奪うな……ッ!!奪うなぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」

 

 ―――俺の冷静さは途切れ、意識も途切れ途切れなった。

 ただ頭にはトラウマのような映像がいくつも浮かび続けるのだった。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕たちは反応すら出来なかった。

 イッセー君に放たれた魔法陣の姿は目に映ったものの、それはあり得ないほど早い速度でイッセー君の胸に付着し、その瞬間イッセー君の目が充血し、何かに苦しみ始めた。

 頭を抱えて、涙を流し―――まるでトラウマを思い出しているように、喉が枯れるほどに叫んでいた。

 

「しっかりしてください、イッセーさん!イッセーさん!!」

 

 彼の傍にいたアーシアさんはイッセー君の肩を掴んで彼の名を呼ぶ……だけどそれすらも今のイッセー君には届かなかった。

 息遣いは激しく、今すぐにでも過呼吸になりそうな状態。

 

「―――ロキッ!!お前はイッセーに何をしたぁ!!?」

「ふはははは!!なに、多少北欧の禁術を使ってみただけだよ―――まさか赤龍帝にあのような裏の顔があったとは、興味深い!!」

「くそがッ!!今すぐにイッセーにかけた術を解け!!」

 

 アザゼル先生がイッセー君の異変に気付いたのか、ロキへと向かって怒りの声を漏らす。

 するとイッセー君に変化がみられた。

 その場で蹲り、突如体が小刻みに震え始める。

 その時、ロスヴァイセさんがイッセー君の傍で彼の背中に手を置いた。

 

「……やはりこれは北欧で禁術とされているものです。対象者のトラウマ、心の闇を一気に思い出させ増幅させ、精神崩壊をさせる禁術―――ごめんなさい、イッセー君……ッ!!」

 

 するとロスヴァイセさんはイッセー君の首元に魔法陣を描き、そして―――バゴン!!!

 ……その激しい打撃音と共にイッセー君は気を失うように空中から降下していった。

 僕はイッセー君をすぐさま肩を掴んで支える……イッセー君は既に意識を喪失させており、ぐったりとしていた。

 だけど眠っている状態でも分かるほどに汗を掻いており、更に苦しそうな表情をしている。

 

「あ、あなたはイッセーに何を!?」

「落ち着いてください、リアスさん。今のイッセー君は禁術に侵されている状態だった―――意識があった方が、辛いような状態だったのです」

 

 部長はロスヴァイセさんの突然の行動に驚き、つい声を荒げてロスヴァイセさんを非難するような声を漏らすも、彼女の説明を聞いて納得する。

 

 ……つまりロスヴァイセさんがしたあの行動はイッセー君の意識を飛ばすためのもの、っていうことだったのか。

 だからロスヴァイセさんはイッセー君に謝った。

 

「やめ、て……くれ、よ……もう…………殺さないで……」

 

 ―――イッセーくんは悪夢を見ているような寝言を呟く。

 ……ここまでだったのか。

 イッセーくんが抱えていた闇は、これほどに深いものだったのか……ッ!

 だけど納得する―――こんな闇、誰かに簡単に話せることではない。

 ……ロキは既にその場から子供と一緒に消えている。

 ―――僕たちはどうすることも、出来なかった。

 

「……とりあえずイッセーを家に運ぶぞ。この状態で居るのは危険だ」

 

 アザゼル先生の言葉に僕たちは頷き、そして辺りに張っている町を防護する魔法陣を解くと、僕たちは降下していくのだった。

 ―・・・

 今、僕たちはイッセー君の部屋にいる。

 イッセー君は天蓋のある大きなベッドで眠っているが、でもその表情は余りにも苦しげなものだった。

 汗は流れつづけ、恐らくこの時も悪夢を見続けているのだろう。

 ……ロスヴァイセさんの説明では、これは北欧の魔術にして禁術で、解くこと以前に術には制限時間があるそうだ。

 つまり直にこの状態は解かれるらしい―――思い出したトラウマは消えないが。

 

「イッセーさん……」

 

 アーシアさんはイッセー君の手を握り締めて祈るように目を瞑っていた。

 ……こんな事態は初めてだ。

 イッセーくんがここまで誰かによって無力化されることも、ここまで苦しむのは前の覇龍を使ったときにも匹敵する。

 ……僕たちは、何も出来ない。

 それが悔しくて……たまらないッ!!

 

「……面白くないな。誰かに傷つけられた兵藤一誠を見るのは」

「ヴァーリ……何か、方法はないのか?」

 

 アザゼル先生はこの場に同行したヴァーリにそう尋ねる。

 

「……ない。外傷的なものならばどうにでもなるだろう。だがこれは心理……つまり人の心に関する問題だ―――心をどうにかする方法なんて、そもそも外道な方法しかない」

「そうか……どうすることも、出来ねぇのか……ッ!」

 

 先生は拳を強く握って悔しそうに口元を歪める。

 そう……例えイッセーくんの闇の全てを知っても、トラウマを聞いたとしても。

 それは僕たちではどうしようもないことなんだ。

 トラウマというのはそういうものなんだ。

 僕は過去をイッセーくんのおかげで払拭することが出来た。

 でも僕たちにはどうすることも出来ない。

 どうしてか、そんな気がした。

 僕たちはイッセー君の問題に介在すべきじゃないと、そんな風に思ってしまった。

 ―――そんな時だった。

 突如、イッセーくんの部屋の外から激しい足音が聞こえる。

 それは次第に大きくなっていき、そして……部屋の扉が唐突に開かれた。

 

「はぁ、はぁ…………イッセー、ちゃん……ッ!」

 

 扉を開いたのは彼の母親である兵藤まどかさんで、そして彼女は息を荒げながら、どこか泣きそうな顔をしていた。

 

「まどかさん……」

 

 イッセー君の傍で手を握るアーシアさんが、涙で濡れる目で彼女を見ながら名前を漏らす。

 まどかさんはそんなアーシアさんを見た瞬間、イッセー君の姿を確認する。

 ―――そして、表情を失った。

 

「イッセーちゃん!」

 

 まどかさんはアーシアさんがいるところから逆方向で彼の手を握り、そして頬に伝う汗を拭う。

 僕たちはまどかさんがこの場にいることに何の反応も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった。

 まどかさんはイッセー君の状態を確認すると、その時僕たち全員に向かって言った。

 

「―――出ていって……ッ!!今すぐここから、出ていって……!!」

 

 ……悲痛な表情だった。

 怒りとも言えるような声音、悲しみと言えるような表情……ただ一つ、イッセー君を想っていることだけは理解できた。

 

「……出て行きましょう。ここにいても私たちは何も出来ないわ」

 

 部長が静かにそう言うと、僕たちは開かれたままの部屋から出ていく。

 アーシアさんは最後までイッセー君の手を離さなかったけど、ゼノヴィアさんやイリナさんに肩を抱かれ、僕たちと一緒に部屋を出た。

 

「……やはり、こうなってしまったか」

 

 ―――僕たちが部屋の扉を閉めると、扉の影にはイッセー君の父親の兵藤謙一さんがいた。

 彼は腕を組んで眉間にしわを寄せながら壁にもたれている。

 

「謙一……悪い。お前の息子を守れなかった」

「……ああ。仕方ない部分もあるのだろう……だが悪い。ここから先はお前たち―――悪魔や堕天使(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)天使が(・ ・ ・)介在する領域ではない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 ―――僕たちは、皆がその言葉を聞いて衝撃を受ける。

 謙一さんの言葉はまさしく僕たちに向けられていたもので……そして彼の口から放たれたものは本来、人間が知ることのないものだった。

 普通の人間なら死ぬまで知りえることすら出来ない言葉―――それを彼は発した。

 

「ここから先は家族の問題―――悪いが退場を願う。話は俺が必ずする……だから今はイッセーとまどかを二人にしてくれ。今のイッセーを救うことが出来るのはこの世で二人だけ(・ ・ ・ ・)なのだから……」

 

 ただ悲しそうに、謙一さんはそう呟く。

 その表情は―――僕たちと同じ、イッセー君を救えない僕たちと同じ表情だった。

『Side out:祐斗』

 ―・・・

 ……夢を見ていた。

 それは悪夢とも言えれば、懐しい夢とも言えた。

 幼い俺と、幼いミリーシェが何もない草原でただ無邪気に遊ぶ……そんな夢。

 だけどその夢の終着点は決まって―――俺たちの死だった。

 前代赤龍帝と前代白龍皇の最後の戦い。

 二天龍の運命を穿ちて、俺たちは幸せを手に入れると約束した……それが崩れ去ったあのシーン。

 黒い影にミリーシェが殺され、覇龍を発動して……そして俺が死んだあの時。

 ―――そんな俺にとってのトラウマが次々と悪夢の形で繰り返されていた。

 俺に憧れた男が何かを守って死んだときの姿、守れずに涙を流した時の光景。

 俺の今までの後悔がフラッシュバックするように頭に紡がれていく。

 ―――……ちゃん!……イ・・ちゃん!!

 …………不意に、俺の耳に何かの音が聞こえ始めた。

 俺の手は温かい何かによって包まれていて、そして次第に意識が戻っていく。

 ―――なんで、こんなに温かいんだろう。

 さっきまで悪夢を見ていて苦しんでいたことが嘘のように、俺は意識を覚醒させていく。

 そして―――

 

「……母、さん?」

 

 ―――俺の目の前には瞳に涙を溜めて俺の名を呼んでいる、母さんの姿があった。

 目元は涙を流したことで腫れていて、頬は赤く染まっている。

 ……そうか、俺の名を呼んでいたのは母さんだったのか。

 

「イッセーちゃん?―――イッセーちゃん!!!」

 

 ……母さんは俺の意識が回復したのを確認してか、勢いよく俺を抱きしめる。

 俺はそれに対して抵抗せず、ただされるがまま母さんに抱擁され続けた。

 ―――なんで、母さんがここにいるんだろう。

 そんなことが頭に浮かぶも、しかし何も言えなかった。

 ……ロキが俺に仕掛けた何かは俺に対して現在進行形で続いているのだろう。

 さっきから次々にトラウマが頭に過っていくが、それもいい加減慣れた。

 トラウマに慣れるっていうのは可笑しい話だけど。

 ……今、俺が出来ることは母さんを安心させることだ。

 だから俺は

 

「……母さんを安心させよう(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)それが今(・ ・ ・ ・)俺が出来ることだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)―――そう、言いたいんでしょ?」

 

 ―――今、俺が考えていたことを母さんは静かな声音で言う。

 ど、どうしてだ!?

 何で、母さんは俺の考えていたことを言葉に出した!?

 

「ホントは辛いのに……今すぐにでも消えちゃいそうなくらい脆いのに……どうしてイッセーちゃんはそんなに優しいの?―――もう嫌……ッ!!大好きな、大切な家族が傷つく姿なんて、もう見たくないの……ッ!!」

 

 母さんの俺を抱きしめる腕の力の強さが更に強くなる。

 声も涙声になる。

 ―――どうして、母さんがそんなことを知っている?

 今の言い方だと、まるでそれは―――全てを知っているような口ぶりだ。

 

「母さんは何を言って―――」

「―――もう良いの……イッセーちゃんはもう頑張らなくていい。悲しまなくて良い……私は全部、分かっているから」

 

 ……母さんは悟るような言葉を言って、そして俺を抱きしめるのを止め―――そして俺と目を合わせた。

 

「だから母さんは何を言って―――」

 

 俺がそう母さんに尋ねた時、母さんは俺の言葉を遮る。

 そして…………言った。

 

「―――知ってるの。イッセーちゃんが転生者だってことも(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)……悪魔になったことも(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)…………お母さんはずっと前から……イッセーちゃんが生まれた時から……ずっと知ってたんだよ?」

 

 ―――それは余りにも信じられないことで、だけど母さんの目は……嘘を付いていなかった。

 …………俺はただ、母さんの言葉に対し、考えることすら出来ずに頭が真っ白になったのだった。



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第7話 大切に理由なんていらない

「―――知ってるの。イッセーちゃんが転生者だってことも……悪魔になったことも…………お母さんはずっと前から……イッセーちゃんが生まれた時から……ずっと知ってたんだよ?」

 

 母さんから言われた真実に、俺は驚くこと以外出来なかった。

 その事実は俺がずっとひた隠しにしていたもので、誰にも言えなかったこと。

 転生者……つまり俺が一度死んで、そして兵藤一誠として再び生を授かったこと。

 それを知っていると母さんに告げられ、少なくとも俺は驚愕だった。

 

「な、なに言ってるんだよ、母さん……なんでそんな突拍子もない事を……お、俺は!」

「……そうだよね。いきなりこんなことを言われても戸惑うよね」

 

 俺は戸惑いを隠せない声音で話すも、母さんは俺の言葉に対して苦笑して、そして深呼吸をした。

 

「すぅ~…………よし、これで大丈夫。うん―――イッセーちゃんにはちゃんと話さないといけないから、話すよ。どうして私がイッセーちゃんの昔のことを知っているのか、悪魔になったことを知っているのか……今、どうしてトラウマに苦しんでいることを知っているのか」

 

 ……そこまで知っている母さん。

 兵藤まどかという人は一体何者なのだろう。

 俺はそう考えながらも気付かなかった―――いつの間にか、母さんの存在で頭に駆け巡っていたトラウマの連鎖が消えていたことに。

 俺は息を飲む。

 そして―――母さんは話し始めた。

 

「私はね?―――小さい頃からずっと、人の心の声が聞こえてくるの」

 

 ―・・・

「私の旧姓は土御門。土御門家っていうのはイッセーちゃんも知っているんじゃないのかな?」

「……日本の有名な霊術などの異能関係に特化した家のこと?」

「そう……私はそこの長女として、土御門まどかとして生を受けたんだよ」

 

 母さんは話し始める。

 今まで俺が知らなかった母さんの過去、すなわち母さんの出生を。

 土御門は俺も聞いたことのある有名な名前だ。

 日本の陰陽師の家系、すなわち人間の中でも特別な力を持つと言われる家系の一つ。

 朱乃さんのお母さん、朱璃さんもその家系の一つの出身で、彼女もまた特別な「何か」を持っていた。

 つまり……

 

「土御門の家は陰陽師の家系……つまり悪魔や堕天使みたいに特別な力を系譜として継いでいく家系なの。だからこそ、私は悪魔や堕天使の存在を知っている」

「……ちょっと待ってくれッ!!俺は何年母さんと一緒に暮らしていると思っているんだ!?母さんにそんな力があれば、流石に気付くに決まって!!」

「うん……イッセーちゃんはとっても鋭い子だから、普通の力を持っていたら、気付かれるよね―――でもね?イッセーちゃんはお母さん側の親戚(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)と会ったことがある?」

 

 ―――俺はその言葉だけで納得してしまう。

 そういえば、今まで考えたこともなかった。

 俺が基本的に関わりがあるのは兵藤家の親戚群―――母さん側の土御門家とは一切の関わりがなかった。

 

「……土御門家の長女、または長男はね力を受け継がないといけないの。でも力を受け継ぐにはそれなりの才能と実力がいる………………でも、私にはそれが無かった」

 

 ……母さんは「けど」と続ける。

 

「お母さんはね?小さい頃から困るくらいに才能のない『出来損ない』って言われていたけど、一つだけ誰にも真似できない生まれついての能力みたいなものがあったの」

「生まれ持っての……能力?」

「そう。勘のイッセーちゃんならもう察しはついているかもしれないけど―――私は人の心の声が聞こえるの」

 

 ―――そんな突拍子もない非現実なことを聞かされたけど、俺は逆に全てが繋がった気がした。

 俺はその一言でようやく俺は理解出来たんだ。

 ……思えば、何度も母さんに疑問を持つことがあった。

 まるで心を読んでいるかのように俺の先回りをして何かをしてくれる母さん。

 普通なら絶対にないのに、夏休みの大半を冥界で過ごすことを了承した母さんの行動。

 それに何より―――全てを知っている母さんの謎。

 その一言が全てを解決した。

 

「うん、今イッセーちゃんが考えていることで大体正解……でも、他人の心を読むんじゃないんだ―――本当に、能動的に聞こえてくるんだよ」

 

 母さんは少し悲しそうにそう言った。

 その表情は余りにも俺が知る母さんのものではなく、そして……まるで母さんの裏の顔のように思えた。

 裏、じゃなくてそう―――本当の顔。

 

「これはそんなに融通の効く物じゃないんだ……町を歩けばたくさんの人の声が聴こえる。それを自分ではどうすることも出来なくて、人の汚い側面をいつも私は聴いていた―――家族の本音も、考えていることも、私はいつも一人だけ知っていた」

「……そんなの、我慢できるわけがない」

「うん。私はそんなに強くないから、我慢なんて出来なかった―――だから私は土御門家から追放されたの」

 

 母さんは遠い過去を見ているように、遠い目をしながら話し続ける。

 瞳にはほんの少しの涙が見える。

 

「人も思惑も、汚い考えも、全て読んでしまう私は家の中で邪魔な存在だった―――土御門家は次の当主とか、権力を握りたい連中で賑わっているんだ。だから、同じ家の者を平気で騙し、罠に嵌め、陥れる……そんな中で無条件に心の声を聴いてしまう存在がいたら……邪魔って思うよね」

「それは……ッ!!」

「分かってる……イッセーちゃんは優しい人だからそれを否定してくれる。だけど人はイッセーちゃんみたいに優しい人ばかりじゃないんだよ」

 

 ……そんなこと、俺も分かっている。

 今まで人の醜い部分なんて幾つも見てきた。

 力を欲しいがために他人を犠牲にしてまで力を手に入れようとした奴がいた。

 自分の欲望を満たすために子供を実験台にし、最後はそれを殺そうとした奴がいた。

 ただ戦争をしたいがために街を滅ぼそうとした奴もいた。

 

「……イッセーちゃんは私なんかよりも、たくさんの痛みを知っている。だけど私は強くないから……だから現実から逃げたの。土御門から逃げて、誰かと接することから逃げた。一緒に居たらその人の嫌な部分を見てしまうから、好きになったら嫌いになるような面を垣間見るから……だから私は心を閉ざした。それが小さい頃の私―――偉そうなことをいう私は、誰よりも弱いの」

 

 ……弱くなんかない。

 そんなもの、小さい頃から他人の心が読めてしまえば心が壊れてしまうのは当たり前だッ!!

 他に味方がいなくて、泣きたくても頼る人もいなくて、自分を愛してくれる家族もいなくて―――そんなの、辛いに決まってる……ッ!!

 

「―――本当に優しい子なんだよ、イッセーちゃんは。誰かのために涙を流せるのは優しい証拠」

 

 母さんは俺の目元に溜まっていた涙を指で拭い、微笑する。

 ……俺は、泣いていたのか?

 

「私は現実から逃げた。自分の殻に閉じこもり、誰とも会わなかった……土御門家のせめてもの情けで家から遠く離れたところで一人暮らしをして、普通の学校に籍だけ置いて……不登校だったの」

「……母さんが?」

「うん……学校に通わないで、勉強も自分一人で家でして、家からほとんど出なくて……毎日毎日、つまらない日々を過ごしてた。私はこのまま何もしないまま死んでいくんだって思いながら、ずっと……」

 

 ……母さんの秘密、弱さを知る。

 母さんの口から発せられる言葉の数々は、俺が認識していた兵藤まどかの人物像からかけ離れたもの……だけど、俺はどうしても今の母さんも母さんとしか思えなかった。

 

「いつ頃かはもう覚えていないんだけどね……私は毎日同じ生活をしていた。朝起きたら顔を洗って、パジャマから着替えて、必要もないのに勉強もして、お風呂に入って眠る……このサイクルを何年も繰り返していた……でもある日、そのサイクルが突然崩れたんだよ」

「……まさか」

 

 俺は崩れたサイクルという言葉を聞いた時、不思議と父さんの顔が思い浮かんだ。

 そして母さんは俺の考えを汲んだように頷く。

 

「そう。お父さん―――ケッチーが、私の全てを変えたんだよ」

 

 母さんは苦笑しながらそう言葉を漏らすのだった。

 その表情は先ほどまでとは違い暗いものではなく、可笑しそうな微笑みを浮かべている。

 

「ケッチーは高校で私と同じクラスだったんだよ。まあ私は学校に行ったことがなかったから知らなかったけど……そして高校一年生の春、ケッチーは家が近所だってことと学級委員長だってことで、毎日その日配られたプリントを私に届けに来た」

「……父さんが、ね」

「うん。ケッチーだから、大体予想は付くよね?―――当然、ケッチーが私のことを見過ごすはずがなかった」

 

 ……当たり前だ。

 父さんは誰よりもお人好しで、誰かを救うことを当たり前とするような人だ。

 そのことに理屈はなく、思惑なんてものもなく、ただ純粋に他の人を心配するような男。

 それが父さんだ。

 

「私は当初、ケッチーが来ても居留守を使っていたんだ。誰とも会いたくなかったし、特に思春期の男の子は変な事ばかり考えているから……だけど、ケッチーは毎日来ては大声で私の名前を呼ぶんだ―――『土御門!今日も学校を休むとはやはり体調が悪いのか!?ならばお見舞いくらい用意してくるぞぉぉぉ!!!』……なんてことを毎日のように叫んでは大家さんに捕まって説教を受けていたんだ」

「……父さんらしいな。だけどそんなところが、父さんのすごいところ、だもんな」

「うん―――ケッチーはどれだけ怒られても、何度もそれを繰り返した。大家さんに怒られても毎日私のアパートに来て、話しかけてきた……最初は気の迷いだったんだ―――ある日、私は部屋の閉ざした扉を開いた」

 

 母さんは続ける。

 

「初めてケッチーと顔を合わせた時のことは今でも忘れられないよ―――だってあの人、何も考えてないんだもん」

「何も、考えてない?」

「うん……ケッチーはね?思ったことを、考えたことを素直に言葉に出すの。良く言えば素直、裏表がない。悪く言えば空気を読まない、って感じかな?……でも私はそれが有難かった」

 

 ……父さんは素直な人だ。

 不器用だけど真っ直ぐと前を向いていて、そして自分を通す。

 それで他人と対立することは当然あるだろう……だけど多くの人が父さんについて行こうとする。

 不思議な魅力がある……それが父さんだ。

 

「……初めてだったんだ。私を私と見てくれる人が……ケッチーは私を見てくれたの。何も考えず、素直に真っ直ぐに……土御門じゃなくて、まどかである私を見てくれた―――初めて、まどかって心から呼んでくれた。それが凄く嬉しくて、涙が出るくらいに……でも私は怖かった。この人も他の人と同じように私を気味悪く思うって……私の力を知れば離れていくって……そう思ったの」

「それは……」

「分かってる!ケッチーはそんな人じゃないってことは―――だけど理屈じゃないの。私の恐怖心は、捨てられることに対する恐怖心は……」

 

 ……俺も、そうだ。

 失うことに恐怖心を抱いて、自分を犠牲にしてでも何かを守ろうとした。

 巻き込みたくないから自らの手で全てを解決しようとして、そして仮面を被っている。

 ―――内容は全然違う。

 だけど俺は……やっぱり母さんと似ている気がした。

 

「……何も信じられない私はまた心を閉ざそうとした。ケッチーとのお話は凄く楽しかった……でも、裏切られるのが嫌で、自分から離れた―――だけどケッチーは本当に馬鹿だったの。馬鹿で馬鹿で………………でも馬鹿正直だった。一度拒否されても何度だって私のところに来て、冷たい態度を取っても笑って、無視してもずっと傍にいた―――毎日だよ?高校生で友達と遊びたいはずなのに、こんな私の所に毎日来ていたんだよ?…………いつしか、それが私は苦痛になった」

「……父さんの自由を奪っていると思ったから?」

「……うん。私は私の存在に苦痛になった。こんな良い人の自由を奪って、こんなつまらない私に時間を裂かせるのが……どうしても許せなかった。だから全部終わらせようと―――言ったの。ケッチーに……大嫌い、もう来ないでって」

 

 ……母さんは生まれて初めて得た幸せを、父さんの幸せを願って捨てようと思った。

 それがどれほど辛いものだったか、俺にはなんとなく分かる気がした。

 俺は幸せのために、自分の幸せを代償にしていた。

 本当はミリーシェと一緒に居たいのに、運命がそれを拒んで、その運命をどうにかするために幸せから離れた。

 それがどれだけ辛かったか……今でも鮮明に思い出せる。

 

「でもケッチーは正真正銘の馬鹿だった―――自分を通して、私への想いを何もかも馬鹿正直に大声で叫んで、そして怒ったの」

 

 ……その光景が俺は不思議と想像できた。

 父さんは何も分かっていない癖に確信に迫る鋭い一面がある。

 たぶん母さんのしようとしていることを悟ったのか、それとも本当に偶然なのか……それは分からない。

 だけど母さんはそれに救われたんだろう。

 

「……ケッチーは今も昔も変わらない。いつも一途に想ってくれていて、でも私は恥ずかしくてケッチーに素直になれなくて……でも心の底から言えるよ―――愛してるの。そしてそれは…………イッセーちゃんも一緒」

「俺は…………俺は父さんほど立派な人じゃないッ!!いつも一人で解決しようとして、誰にも本当のことを話さなかったッ!!表面上は言い訳を並べて、誰も信じることなく!真実を誰にも話さなかったんだ!!だから…………俺は、母さんにも、父さんにも……愛される価値なんて―――」

「―――子供に価値なんていらないの……ッ!!!」

 

 ―――パシン…………その時、俺は生まれて初めて母さんに叩かれた。

 母さんの表情は真剣さで帯びていて、頬は赤く、そして―――一筋の涙をツーっと流していた。

 俺はそのことに何も反応できずにただ叩かれた頬を抑える。

 

「子供に……大切な家族に価値なんて言葉は要らないの!!イッセーちゃんは私とケッチー、二人の宝物なの!!だから……価値がないなんて、言わないで……ッ!!」

「……俺は生まれた時から、ずっと意識を持っていた。兵藤一誠になってからずっと……母さんはずっと、俺の声が聞こえていたんだろ?生まれた時から話せる子供なんて不気味以外の何物でもない……なのに母さんはどうして……」

 

 ……最もなことだ。

 他人の心の声が聞こえる母さんは、生まれた時から前世の意識を持っていた俺の声が聞こえていたはずだ。

 なのに母さんは俺を本当に愛するように接していた。

 それが不思議でならなかった。

 

「……うん。最初は本当に驚いたよ―――ケッチーと時間をかけて分かり合って、色々なことがあって結婚して、子供が出来て……私、不安だったんだよ?本当にお母さんが出来るのかなって……子供を愛せるのかなって……ずっとずっと、そんなことを考えてた」

「だったらなおさら……」

「―――でもね?すごく苦しくて、すごく痛かった……でもその末で生んだのがイッセーちゃんだったの。初めてイッセーちゃんを見た時、私はすごく嬉しかった!ずっと一人だったから、初めて家族が出来るって!そしたら急にイッセーちゃんが愛おしくなって…………」

 

 ……母さんは本当に嬉しそうにそう語る。

 嘘なんて何一つ付いていないだろう。偽りなどないだろう。

 俺は母さんの話を聞く。

 

「驚いた。だって生まれた瞬間、イッセーちゃんから声がしたんだもん。イッセーちゃんもすごく驚いた声音で、初めは戸惑いもしたよ?だけど…………初めてイッセーちゃんを抱いたとき、気付いたの」

「なに、を?」

「―――この子は、すごく傷ついている。心が冷え切っていて、まるで昔の自分を見ているようだった。表面上は自分の中の何かと会話しているみたいだったけど、本当の心の奥ではいつも泣いていた……私にはその声が聞こえたの。だから私は―――イッセーちゃんを愛して、守ろうと想えた」

 

 ―――ドライグと会話するしかなかった当時、俺は表面上ではドライグに明るく接していた。

 せっかく得た第二の人生。

 その人生を楽しもう、前に出来なかったことをやろう。

 でもその内ではずっとミリーシェを助けることが出来なかった後悔があった。

 一緒に幸せになるって約束をしたのにそれが出来なかった悲しみ、目の前で愛した子を失った恐怖。

 負が蓄積されて、そしてそれを隠すように蓋をした。

 ドライグにも悟られないよう、本当の自分に嘘を付いた。

 ―――それを今、剥がされていた。

 

「接している内に私の心は純粋な愛情に変わった。辛かったの……まるで人形みたいに生きているイッセーちゃんが、自分を追い詰める姿を見るのが。何かを背負って生きている姿を見るたびに私はどうにかしようって思って……その結果がいつもみたいに、無駄に可愛がって、愛でて、いつも付いて行こうっていう過保護だったんだけどね?」

「……母さんがそんなことを考えていたなんて、俺は……分からなかった……」

「当たり前だよ。人が皆、私みたいに心の声が聞こえるはずがないから……でもケッチーは私に教えてくれたんだ……人は心が分からない―――だからぶつかり合って分かり合う……それが俺の求める家族、だって……」

 

 だから母さんは自分の想いを俺にいつもぶつけてきた。

 優しくて、俺にとことん甘くて、いつも可愛がってきて、すごく過保護で、倫理観スレスレのスキンシップをしてきて―――素直でいた。

 その行為に俺がどれだけ救われたか……ッ!!

 全てを失った俺が、それでどれだけ癒されたか……ッ!

 きっと母さんはどれほど俺が救われたか、分からないだろう。

 もし母さんがいなかったら、父さんがいなかったら……俺はたぶん―――自ら命を絶っていたかもしれないんだ。

 だけど母さんが俺を想っていてくれたから、父さんが大切にしてくれたから……だから俺は今もこうして生きている。

 ……ありがとう、なんかじゃ足りないんだ。

 たぶん一生かけても俺は恩を返すことは出来ない。

 それほどに大切なものを……俺は母さんと父さんから貰った。

 

「……母さんは…………どうして俺を愛してくれるんだ?」

 

 俺は尋ねる。

 

「俺は母さんにとって、不気味な存在だろ?だって、生まれてくる前の記憶を持っていて、赤ん坊の中に赤の他人の心が混じっているみたいなのが俺なんだよ?」

 

 まるで自分を否定されようとするみたいに。

 

「それなのに母さんは何で俺を大切にするんだ……?本当に守りたいものを守れない俺なんかを……弱くて、誰も信じない俺を……ッ!!」

 

 自分のそんな面が大嫌いだから、だから本当に大切な家族に否定してもらいたいから。

 弱い俺なんか、俺じゃないって言って欲しいから―――そしたらまた仮面を被って、皆をこの身に変えても守れると思ったから。

 だけど母さんは表情を変えず、そして―――

 

「―――自分のお腹を痛めて生んだ子供だもん。イッセーちゃんはイッセーちゃんだもん!!だから……例えどんな過去を持っていたとしても、例えどれだけ弱い心でも……私は自信を持って言うよ」

 

 ―――大好きって……そう、母さんは満面の笑みを浮かべて告げた。

 その瞬間、俺の体は小刻みに震え、瞳から涙が止まらなくなる。

 涙を止めようと手で目元を擦るも、涙は止まらず流れ続ける。

 

「なんで、涙が止まらないんだよ……!俺は……強くなくちゃ、いけないのにッ!!」

「……弱くても良い。イッセーちゃんが強くても弱くても、私にとっては大切な子供―――家族だから。だから甘えていいんだよ。全部、受けいれる………………それがお母さんなんだもん!!」

 

 母さんは俺を優しく、包み込むように抱きしめた。

 ……涙が止まらない。

 その温かさを知って、真実を知って、想いを知って……俺はただ母さんの胸で泣き続けることしか出来なかった。

 ―――思えば俺はいつも一人で泣いていた。

 誰にも甘えることをせず、一人で溜めこんで……ドライグやフェルにすら本当の想いを打ち明けずに。

 それは俺が兵藤一誠になる前からも同様で…………そうか、俺は―――初めて、誰かに甘えたんだ。

 心の底から、誰かに身を委ねる。

 それはミリーシェにすらしたことがなくて……誰かに甘えられることはあっても、甘えることはなかった。

 ……温かい。

 気付けば俺に廻っていた負の感情は少しずつ影を潜めていた。

 これが母さんのおかげか、それとも時間が解決したかは分からない。

 だけど俺は―――出来ることならそれが前者であることを願った。

 この会話に意味があったと、そう思いたいから。

 だから今はもう少しだけで良い。

 

「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 ―――少しだけで良いから、弱さを受け入れて欲しい。

 俺はそう……思った。

 ―・・・

「んん…………今は……」

 

 気付けば既に室内は真っ暗になっていた。

 ベッドの傍では母さんが規則正しい寝息を漏らしながら、ベッド脇でもたれるように眠っている。

 まるで看病をしていて眠ってしまったような感じだ。

 ……俺は母さんの胸で泣いて、そのまま眠ってしまったんだろう。

 目元は涙の跡がある。

 時間は既に日を跨っており、俺は体を起こした。

 

「……起きたか、イッセー」

 

 ……俺が上体を上げると、そこには部屋の壁には父さんがもたれ掛かるように立っていた。

 

「父さん……父さんがここにいるってことは、父さんは」

「ああ、知っている―――お前が悪魔になったということは、既に知っているぞ」

 

 ……それ以外の事も、と父さんは付け加えた。

 

「そっか……知ってたのか、父さんも」

「……いや、俺はまどかほどお前のことは知っていない。ただ一つ言えることは、イッセーは大切な息子。それだけだ」

「ああ。俺にとっても父さんは掛け替えがないよ」

 

 父さんは薄く笑うと、そのまま部屋のソファーに腰かける。

 俺はベッドから出て、その反対側に座った。

 

「まどかから、あいつの秘密は聞いたか?」

「うん……母さんが実は俺のことを、俺が生まれた時から知ってたことと、心の声が聞こえること」

「ああ。そうか……まどかはちゃんと言えたのか」

 

 父さんは腕を組んで考え込むようにそう何度か頷くと、宙を見上げた。

 

「イッセー、お前はまどかとよく似ている。だがな?正反対のところもある」

「正反対?」

「ああ―――辛さから逃げたか、辛さと共に無理して歩いているか……その違いだ」

 

 ……前者が母さん、後者が俺だ。

 

「一見、この二つを比べると後者の方が良い風に聞こえるな。確かにそうだ―――他人の視点から考えればの話だが」

「…………ッ」

 

 父さんは落ち着いた声音で淡々とそう話すも、その言葉は俺に突き刺さる。

 他人視点から……つまり客観的に見たら俺は良い風に見えているってことだ。

 ……ああ、そうなんだろう。

 

「大体の話はアザゼルやバラキエル、ガブリエルさんから聞いた。ロキという神の存在も聞いた。俺はまどかほど異物側に詳しいわけではない。ただ断片的な情報のピースを埋め込んで、そして仕事の関係で悪魔や堕天使の存在を知っていて、そしてある程度の答えを知っているだけだ」

「……十分だよ。ただの人間の父さんがそこまで知っているんだから」

「いや、不十分だ―――現にイッセーは苦しんでいる。それをどうにも出来ないのが俺は悔しい……ッ!!」

 

 ……父さんがそんな声を出す必要はないんだよ。

 父さんの性格、気質を考えたらそれが難しいことは理解できる。

 だけど……どうしようもなく、これは俺しか見つめることの出来ない問題だ。

 ……その問題をどうにか出来ないのは俺だけど。

 ああ、ダメだ―――どうにもかくにも、今は考えがマイナスの方向に向かっている。

 ロキによって見せられ続けたトラウマの後遺症か……あんなの見せられ続けて、良く精神崩壊を起こさなかったって自分でも思うよ。

 

「……教えてもらえないか、父さん。母さんから父さんとのいきさつは聞いた。父さんは、母さんをどうやって救ったんだ?」

「…………救ってなどいない。ただ俺は…………本気でまどかが好きだった、それだけだ」

 

 父さんは真剣な表情で話し始める。

 

「もし仮にまどかが俺に救われたというのなら、そうなのだろう。だがな―――俺は素直に真っ直ぐまどかと向き合った。それだけだ」

「……母さんに心を読む力があるって知っていても?」

「そんなもの愛する気持ちがあれば気にならん!!なぜなら俺は…………心の底からまどかを愛しているからな」

 

 ……言っていることも母さんと一緒だ。

 ―――そうか、好きだから気にならない。

 それは母さんの意見と同じで、母さんは俺を愛していたから……だから不気味な存在だとしても大切にしてくれた。

 ……考えればミリーシェの俺に対する想いだって恐ろしいものだったな。

 嫉妬深くて、でも永遠に俺を一途に見てくれていた。

 ―――考えれば考えるほど、俺は愛され続けている。

 そう思った。

 

「イッセー。俺は事態を完全には把握していない。ただ分かることは、俺の家族を傷つけた愚か者がいて、そしてそいつはお前の大切を傷つけようとした―――分かり易い敵だ」

「ああ……だけど俺はそいつには敵わなかった」

「……それは力がか?それとも―――心か?」

 

 ……そんなの、力に決まっているッ!!

 俺は心で負けるなんて、ありえない!

 心で負けたら……俺は、今まで積み重ねてきたものが全部消えるような気がする。

 それだけは嫌だなんだ!

 

「……まどかはもう天涯孤独だ。頼れる親戚や親は子供を物としか見ていない屑ばかり、もうまどかには俺たち家族しか残っていない―――それは俺も同じなんだ」

「……父さんも、同じ?」

「ああ―――俺の母親。つまりイッセーの婆ちゃんは俺が幼い頃に死んでな?俺は親父に育てられた。親父は消防士で人を助ける仕事をしていて、そして―――火事現場で事故で命を落とした。丁度、俺が中学生ほどの頃だ」

 

 ……じゃあなんだよ。

 母さんも父さんも……家族がいない、のか?

 

「……はっきり言ってしまえば、俺とまどかは当時、傷の舐めあいをしていたようなものだ。互いに頼れる人がいなく、そして俺はまどかの存在を知り、他人のように思えずにあいつと向き合おうとしていた―――何度も失敗したがな。だから俺にとっても家族は、大切な存在はもうイッセーとまどかだけなんだ」

「…………でも俺は」

「分かっている。イッセー、お前には大切な存在がたくさんいるのだろう?見ていれば分かる―――久しぶりにお前の顔を見た時、俺は複雑だった。お前の顔は以前よりも明るくなっていて、それは大切な存在が出来たという証拠で……だが、寂しかった。たった二人の家族が離れていくようで……そしてそれを俺は失いたくない……ッ!!」

 

 ……似た者家族、だったんだ。

 俺も、父さんも、母さんも……皆、一人ぼっちだったんだ。

 だからこそ他の家族よりも家族愛が強く、大切にしようとしていた。

 

「……正直に言おう。俺はお前に戦ってほしくない。次の戦いは危険なものだと聞いた。いつ死んでもおかしくない戦場と聞いた―――お前が戦う意味はあるのか?命を賭けてでも戦う意味を見いだせるのか?イッセー!」

「………………そっか」

 

 父さんは俺に死んで欲しくないんだ。

 だから遠まわしに戦場に行くなと言っている。

 ……俺も家族を残して死にたくはない。

 だが今の俺は余りにも弱い。

 確実に生き残れる保証なんてどこにもない。

 大丈夫、なんて言えない。

 だけど―――

 

「―――守りたいものがあるんだ。俺は……この手の平で包める全ての大切を……守りたい。失ったらどれだけ苦しいか、知っているから……だからさ―――大丈夫だ」

 

 根拠なんて何一つない。

 だけどきっと、こう言わないと俺は気が済まないし、それに―――ミリーシェが愛した俺はこういう人間だ。

 

「確証はない。だけど……俺はきっと帰ってくるよ。父さんと母さんの泣き顔なんて見たくない。それにどれだけ今の俺が不安定で、弱っていても守りたい気持ちだけは今まで変わったことがないから。だから―――俺は戦う」

「……約束、してくれ……ッ!!必ず帰ってくると!何があろうと、俺たちの前で笑顔を見せると!!」

「……約束するよ」

 

 ……まるですごい死亡フラグな気もする。

 だけど……生き残る。

 ロキは必ず俺たちの前に現れ、そして暴虐を働くだろう。

 

「……父さん―――ありがとう」

 

 俺はそう言うと、立ち上がって部屋の外へと向かう。

 背を向けた父さんからは僅かに、嗚咽が聞こえる。

 ……ごめん、父さん。

 本当なら、戦わない選択肢を選んでも良いんだろう。

 だけど出来ないんだ。

 だから俺は振り返らない。

 約束した―――必ず帰ってくると。

 俺は……もう負けない。

 自分の弱さにも、ロキに対しても負けない。

 その思いを胸に、俺はリビングへと向かうのだった。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕たちは沈痛な面持ちで時間を過ごしていた。

 イッセー君の部屋から追い出されて早数時間。

 この場には白龍皇とそのチームメンバー、グレモリー眷属、アザゼル先生、バラキエルさん、ガブリエルさん、イリナさん、オーディン様、ロスヴァイセさん、黒歌さん、フィーちゃん、メルちゃん、ヒカリちゃんが集まっている。

 しかし誰も何かを話そうとせず、ただイッセー君の心配を僕たちはしていた。

 

「……イッセーさん」

 

 アーシアさんはイッセー君の名前を時折呟いては祈りを捧げるように手を組む。

 だけど先ほどから嫌なほど時計の針の音がカチ、カチっと響かせているだけで、僕たちに変化はない。

 

「……初めてイッセー君と出会った時も、彼は今日みたいな感じでした。そういえば」

 

 するとロスヴァイセさんは過去を懐かしむように不意にそう呟いた。

 ……そういえばロスヴァイセさんはイッセー君の過去を知る人物の一人だったね。

 

「ロスヴァイセ、その話は……」

「分かっています、オーディン様。こんな話は無意味だってことくらい……私が彼に好意を抱いた理由なんて、今はどうでも良いということくらい」

 

 ……普段ならば、その言葉で眷属の皆は反応したことだろう。

 だけど今回に関してはいつものような反応はなく、ただ皆がロスヴァイセさんに注目していた。

 

「……おばあちゃんから聞いた話と組み合わせると、たぶん聖剣計画が原因だったんでしょう。イッセー君は計画の被害者の一部を救うことは出来ましたが、それ以外は救えなかった。彼はそのことを今でも悔いている……そのことは知っていますか?」

 

 ……皆が沈黙で応える。

 恐らくそれを知っているのはアーシアさんと僕位なもので、初めて知った人は少し驚いた反応をしていた。

 

「……私が彼を見たのは、ちょうど彼が助けた子供のお見舞いに来た時でした。イッセー君はただただ子供たち……セファちゃんに謝り続けて、そして時間が経つと帰る……私はその時、彼を初めて見たのです」

「……どんな姿を?」

 

 部長は皆を代弁するように尋ねると、ロスヴァイセさんは間髪入れずに応えた。

 

「―――叫び、悔いながら自分を責めるように体を鍛える彼を。まだ小さい子供がです……私が知った初めてのイッセー君は弱さでした。そして最近、彼と再び会うことが出来て…………病室であった時、小さい頃に初めて見た時と同じ顔をしていて驚きました」

 

 ……たぶん覇龍によって心が不安定なイッセー君を見ての事だろう。

 今のイッセー君は自分の闇と向かい合って、一進一退を繰り返している。

 簡単じゃないんだ、自分の闇と向き合うことの難しさは。

 ……最近のイッセー君は色々な人と出会い、影響を受けているはずだ。

 そして今回、悪神ロキによる狡猾な悪手により精神が崩れ去った。

 

「私はそんな彼の優しさに好意を抱いたのです……泣いて謝って、そして自分を責めるように鍛える彼はまさしく弱弱しくて、でも強いんです―――まだあまり関わりのない私ですけど、イッセー君は強さと弱さがはっきりしていると思います」

 

 ……僕も同意見だ。

 そして今は彼の弱い面が現れている。

 ―――そんな会話をしている時だった。

 突如、リビングの扉が開かれる。

 そしてそこには―――

 

『イッセー!?』

 

 ……イッセー君の姿があった。

 イッセー君は着替えさせられたのか就寝着を着こんでおり、そして涙の跡が目元に見える。

 だけどその目は何かを決意したような目をしていた。

 

「大丈夫なのかい?兵藤一誠」

「ヴァーリ……大丈夫とは言えないけど、ロキの禁術の効果は消えたよ」

 

 イッセー君の言葉に僕たちはひとまず肩の力を抜く。

 良かった……イッセー君のトラウマが次々に見せられるなんて、心が壊れていないかを心配していたものだからね。

 きっとこれも兵藤まどかさんや兵藤謙一さんのおかげなんだろう。

 ―――だけど、イッセー君から発せられる緊張感は未だに続いていた。

 

「……ちょっとだけ俺の話を聞いて貰っても良いかな?この機会に、話したいことがあるんだ」

「話したいこと?」

 

 アザゼル先生がそう聞き返すと、イッセー君は重い口を開くように……そして―――

 

「―――俺のことを話そうと思う。たぶん突拍子もないことを話すと思うし、信じられないこともあると思う…………だけど黙って聞いてほしい」

『……まさか兵藤一誠、貴様は……ッ!?』

 

 ……ヴァーリの手の甲に青色の宝玉が現れ、そしてそこから白い龍・アルビオンの驚いた声が響いた。

 奴は何に驚いているんだ?そう考えた時だった。

 イッセー君は話した。

 

「―――――――――俺は前世の記憶を持っている、前代の赤龍帝なんだ」

 

 ―――それは余りにも突然の発言で、僕たちは息をすることも忘れた。

 だが僕たちはまだ知らなかった。

 この時のイッセー君の覚悟を、どれほどの思いで自分のことを話そうと決めたのかを。

 その重要性を僕たちは甘く認識していたんだ。

『Side out:祐斗』



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第8話 直面する真実

 ……俺は話していた。

 その場にいる全ての存在に。

 この場にいるグレモリー眷属、アザゼル、バラキエルさん、イリナ、ガブリエルさん、黒歌、チビドラゴンズ、そして挙句の果てにヴァーリチームにまで。

 ただただ全ての事を話していた。

 今まで俺がひた隠しにしていたことを。

 俺が前世の記憶を持っている前代赤龍帝だと言うことを。

 今なお忘れることの出来ない愛していた女の子……ミリーシェのことを。

 そして―――俺たちの歩んだ、末路を。

 少しずつ話していた。

 俺が話始めてからの皆はまるで信じられないような話を聞いているように目を見開いており、珍しいことにヴァーリまでもそんな顔をしていた。

 ……当たり前だ。

 こんな話、普通の感性があれば信じられるわけがない。

 だけど俺は話そうと決めた―――俺の全てをさらけ出し、そして戦うための覚悟(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を。

 そのために俺は全てを話している。

 

「……到底信じられる話とは思っていない!だけど全部、本当に真実なんだ。俺は一度死んで、同じ赤龍帝として兵藤一誠になった。愛した人を失って、何もかも失って―――今まで生きてきたんだ。兵藤一誠として、手の平で守れる全ての存在を守ろうとしてきた」

「…………イッセーが、イッセーじゃなかった?―――ッッ!!」

 

 部長は不意にそう呟くと、口元を抑える―――ああ、確かにそういう見方も出来るよな。

 確かに本当の俺は兵藤一誠ではなく、名前も忘れたころの俺だ。

 それは何よりも事実であり、そして俺は何なのかが分からない。

 ……リリスが俺に言った通り、ある意味では俺は自分が何者かが分からない。

 得体のしれない何かにミリーシェを殺されて、怒りで覇龍を出して死んで、そして転生した。

 ―――本当の俺は、神器に宿っている激しい復讐を持つ『俺』なんだろう。

 あの復讐心こそが本当の俺なんだ。

 

「―――本当の俺は単なる復讐者なんだよ。俺はあいつを……大好きだったミリーシェを殺した存在を許せない復讐者……ただその負の感情が神器の怨念となって、俺は今の俺になっている。俺は……自分が何者かも分からないんだ」

「……イッセーさん」

 

 アーシアが泣きそうな顔をしながら俺の手を握ってくる―――アーシアは、俺の心配をしているのか?

 全部知ったはずなのに、それでも……

 

「泣かないでくれ、アーシア……俺は泣いてほしいから話したんじゃない―――アーシアのおかげでもあるんだ。俺がこの話をしたのは」

「でも……でもッ!!イッセーさんがこんなに辛いことを一人で背負っていたと思うと……ッ!!それも知らずに話せなんて言った自分が情けなくて……ッ!!」

 

 ……俺はアーシアを軽く抱きしめる。

 アーシアが俺に大切なことを教えてくれて、踏ん切りが付いたと思えばまた迷って……アーシアが前のデートの時に教えてくれた大切な事さえも忘れていた。

 皆が俺のことを大好きだという事、大切だってこと……なんだって受け入れてくれることを。

 アーシアは何一つ悪くない―――悪いのはこんなことになるまで話さなかった俺なんだ。

 アーシアの涙と同時に、皆がアーシアと同じような表情を浮かべる……止めてくれ、本当に俺は皆にそんな顔をしてもらいたくないんだ。

 皆に似合うのは笑顔だ―――それなのに、俺は何でこんな表情にさせているんだろう。

 

「―――俺は信じるぜ、イッセーの話」

 

 ―――その時、アザゼルはその場の空気を振り払うように、突然そう言ってきた。

 その顔は何かに納得したというべきか、すっきりしたような顔をしていた。

 

「ようやく全部が繋がった。なるほどな、その話が本当ならお前の行動、言動やら何もかもが繋がる」

「……何がだ?」

「―――お前が覇龍を何故そこまで嫌うのか。何故お前がエリファの絵を描けたのか、まるで何かに縛られるように何かを背負いながら守っているのか、前代赤龍帝と白龍皇の空白とか。ヴァーリと初めて戦った時、まともに戦えなかった理由が……そして何よりも―――何かを失わないためにするお前の自分を顧みない自己犠牲がな」

 

 ……その言葉を聞いて、皆はハッとしたような顔をした。

 ―――ああ、俺は失いたくないがために自分の事は全て無視して皆を守ってきた。

 アーシアを助けようと思った時は部長に「はぐれ」になってでも行くと言った。

 部長の時は一人で部長の想いを一緒に背負おうとして、本当なら処罰されかねないことをした。

 コカビエルの時は皆が死なないようにケルベロスを一人で相手にするとか言って、その後一人でコカビエルと戦った。

 ヴァーリの時も言い訳をごねて一人で戦った。

 そして極めつけは黒歌と小猫ちゃんを守るとき、死をも覚悟して二人の命を救おうとした。

 ……それからの戦い、旧魔王派共の時もこの前のロキとの戦いに至っても……俺は一人で戦おうとした。

 何かを守るために自分を傷つけて、強迫観念のように戦っていた……認めるよ。

 俺は守りたいと思うのと同時に、失う恐怖心から逃げたくて戦っていた。

 俺は―――ヒーローなんかじゃないんだ。

 俺は子供のヒーローなんかにはなれないんだ。

 自分の事も大切に出来ない奴なんか、ヒーローになってはいけない。

 ……本当になりたいなら、自分も皆も守れるような者。

 それをヒーローって言うんだ。

 

「……全部認める。アザゼルの言う通り、俺の行動理念は失わないこと。そのための行動が守ること。だから俺は―――戦う」

「……イッセー。さっきから気になっていたが、今のお前は凄まじく不気味だ。まるで何かに憑かれたみたいな顔をしているぞ」

「そうだな……覚悟したんだ。皆に俺は自分の事を話そうと。例え受け入れられなくても、信じて貰えなくても……不気味がられても話そうって」

 

 ……初めから信じてもらえるはずもないって思っていた。

 だけど俺は別に受け入れられなくても良い―――ただ、この機会を逃せばもう話せないと思ったんだ。

 

「不気味がるなんてありえない!!イッセー君、君は僕たちを信じていないのか!?」

 

 ……祐斗は珍しく、声を荒げて俺の肩を掴んでそう叫んだ。

 祐斗は確かに俺の闇の部分を誰よりも見てきたから、だからこそ受け入れてくれるかもしれないとどこかで願っていたかもしれない。

 だけどな?こんな話は例え家族でも信じて貰えないかもしれないんだ。

 ただ俺の家族は誰よりも俺のことを愛してくれていて、そしてずっとずっと俺を見守ってくれていた。

 そんなすごい母さんと父さんだったんだ。

 だけど皆が皆、そんなわけじゃない。

 皆を信じていないわけじゃない―――現に俺は信じたいんだッ!!

 皆が受け入れてくれるって……心のどこかでそれを望んでいるんだ。

 

「俺は…………信じたいんだ」

「ならば言うよ!!僕は君の言うことを全て受け入れ、信じる!!君が味わってきた過去!!失ってきた存在のことも、何もかも信じる!!だから僕を信じてくれ、イッセー君!!」

 

 祐斗の真剣な表情と、俺の肩を掴む強さが力む。

 ……祐斗は嘘なんて一つも言っていないだろう。

 こいつは俺を仲間と、親友と思ってくれている……それは俺も同じだ。

 

「……そっか。ありがと、祐斗」

「…………僕は君に救われた。だから次は君を救いたいんだ」

 

 祐斗は静かにそう言うと、俺の肩から手を離してさっきまで座っていたところに腰を下ろした。

 ……ありがとう、祐斗。

 今は心の底からお前を親友って言える気がする。

 はは……違う意味で俺のことを好きっていうの以外は受け入れるよ。

 

「い、イッセー!私は!!」

「……止めておきなさい、リアス」

 

 部長は俺に何かを言おうとしたが、それを静かに朱乃さんは止める。

 その声音はとても低いもので、そして部長と向き合った。

 

「今のリアスはとても冷静さがあるとは思えない―――私達は時間がいるわ。受け入れる、信じる以前に……この事はそんな簡単に結論を出してはいけない気がするの。特に私は……自分の問題すら解決できていないんですもの」

「…………朱乃」

 

 朱乃さんは悔しそうな顔をしながらそう話すと、ほとんど聞こえない声でバラキエルさんが朱乃さんの名前を漏らした。

 ……朱乃さんの言葉に悔しそうな顔を浮かべながら、部長は黙ってその場に座る。

 ―――朱乃さんの言う通り、そんなすぐに受け入れられるはずがない。

 ゆっくりでも良い……頭の隅でたまに考えるだけでも良い―――ほんの少しで良いから、考えて欲しい。

 それが俺の願いだ。

 

「―――なんでそんなにお通夜みたいになってるにゃん。考える暇もないよ?」

 

 …………その時、黒歌は嘆息しながらいつの間にか俺の横に来て、そして俺の腕にくっ付く。

 

「わ、黒歌~、大胆だねぇー」

「うっさいにゃん、スィーリス!ってか私のご主人様にくっ付かないでにゃん!!」

 

 何故か逆の腕にはヴァーリチームのスィーリスまでくっ付いていて、そして黒歌はその存在に火花を散らしている。

 ……っていうかヴァーリチームの中に見かけない人物までいるんだけど?なんか魔法使いみたいな恰好をした俺よりも年下っぽい女の子。

 初対面で俺の真実を知られるって……そんな考えを塗り替えるように、黒歌は高らかに声を上げた。

 

「―――私はイッセーに初めて温かさを教えて貰ってから、どんなことでも受け入れるって決めたにゃん。そこのホモに先陣切られたみたいで釈然としないけど、でも私は考える暇もなくイッセーに付いていくにゃん♪」

「っていうか、考え方からしたらすっごいカッコいいよねぇ~。失いたくないから、戦うって―――ホント、考え方からしてもヒーローだよ?」

 

 ……黒歌とスィーリスは俺を心配してか、それとも天然からかそんなことを言う。

 俺を思いやってかの行動かは知らないけど、ただ……その目に嘘はなかった。

 

「…………私も、イッセー先輩に温かさを教えて貰って……何度も助けてもらいました……だから私も姉さんと同じ気持ちです」

「流石、白音♪私の妹は可愛いにゃん♪」

 

 黒歌は軽やかなステップで俺から離れ、小猫ちゃんの頭を撫でる。

 ……ありがとう、黒歌。

 お前はたぶんこの空気をどうにかしたかったんだろう。

 そのためにわざわざ煽るようなことを言って、わざと嫌われ役を演じようとした。

 

「……っていっても、何も言わずに全部受け入れちゃう子もいるもんだよね~―――流石、私のお気に入りのアーシアちゃん♪」

 

 ……すると先ほどの黒歌と同じような動作でスィーリスはアーシアの方まで行き、そしてそのまま背中を力強く押した。

 アーシアは「キャッ!」という小さな悲鳴を上げながら俺の方に倒れ込みそうになり、俺は反射的にアーシアを支えるように抱き留める。

 自然とアーシアと俺の距離は近くなり、そしてアーシアは涙目で顔を上げた。

 

「は、はぅ……ごめんなさい、イッセーさん。私、ちょっと違うことを考えていて、イッセーさんに声を掛けることが出来ませんでした……」

「……違う事?」

 

 アーシアは意味深な発言をするものだから、俺は不意に聞き返した。

 するとアーシアは目元を擦り、そして真剣な顔をして―――

 

「―――どうやったら、イッセーさんを癒せるかって。過去に苦しむイッセーさんをどうすれば救えるかと……どうしたらミリーシェさんのようにイッセーさんに想われるんだろうって……ずっと考えていました」

 

 アーシアは静かにそう言った。

 アーシアは……受け入れることや信じること以前に―――俺を救うことを考えていた。

 そのことに俺は確かな驚愕を示した。

 ―――今の俺は、救わないといけないような顔をしていたのか?

 

「アーシアは……疑問とか、そんなことは思わなかったのか?」

「え?……疑問って、どこか怪しがるところなんてありましたか?」

「だから、俺の過去とか、その辺りの……」

 

 アーシアはさも不思議そうに俺の言葉を返す。

 するとアーシアは……

 

「その……私はイッセーさんに二度も命を救われました―――それにイッセーさんは今まで嘘を付いてきたことはなかったから……だから、私はイッセーさんを肯定したいんです…………私の事を、私の想いや過去を先に肯定してくれたのは―――他の誰でもないイッセーさんですよ?」

 

 ―――俺、本当に……馬鹿だ。

 なんでアーシアを信じなかった…………アーシアが俺を信じないはずがないのに、ホント自分が嫌になるな……ッ!!

 アーシアは当然のようにそう話す姿を見て、その姿を見て部長は目を見開く。

 ……そしてすぐに俯いた。

 

「考えたのですが、私はあまり賢くないから良い答えなんて見つけることが出来ません―――だから一緒に居ても良いですか?それでいつか答えを出してみせます!!」

「…………ああ。ごめん、アーシア―――ありがとう、俺を信じてくれて」

 

 俺はアーシアの頭を力なく撫でると、するとアーシアは俺の頭を撫でてくる。

 その顔は少しだけ悪戯っぽく、そして舌をペロッと出していた。

 

「ふふ……やり返しです♪」

 

 ……生意気なアーシアも、どこか愛らしかった。

 ―――っと、その時だった。

 俺の腹部に何度目かの衝撃が走る。

 するとそこには……

 

「にいちゃんはフィーたちのにいちゃんだ!!」

「そうだもん!!にぃたんはずっとず~~~っと!!メルたちのにぃたんなの!!」

「……二人とも、落ち着いて」

 

 するとそこには幼女モードのフィーとメルがいて、そしていつの間にか龍法陣により少女モードになっていたヒカリの姿があった。

 ヒカリはフィーとメルの首根っこを掴んで俺から引き離し、そしてしゃがみこんで俺の顔をじっと見てきた。

 

「……ドラゴンファミリーは最強。ティア姉も、オーフィスお姉ちゃんも、タンニーンお爺ちゃんも、夜刀のお侍さんも…………皆、にぃにをにぃにって言うよ?」

「ヒカリ…………ああ、そうか。俺が何者かが分からないって言ったから……」

 

 ……チビドラゴンズを泣かしてしまったな。

 これは後でティアからのお説教か……甘んじて受けよう。

 俺はそう思いつつ、三人を抱き寄せて……抱きしめた。

 

「ありがとう……良く分からないことを言ってごめんな?―――俺は三人の兄貴だ。そうだよな……ありがとう」

 

 ……俺は心の底からそう言う。

 自分は何者かは今も分からないけど、でも……俺がこいつらの兄貴っていうことは間違いないもんな。

 

「い、イッセーくん!?わ、私もちょっといきなりの事で混乱してるけど、大好きだよ!?って私、何を言っちゃてるのよぉぉぉぉ!!!?」

「お、お、落ち着けイリナ!!先ほどからお前の翼が白黒に点滅しているぞ!?」

「……落ち着きなさい、二人とも」

 

 するとガブリエルさんは何故だか慌てているイリナとゼノヴィアの頭を軽く叩き、嘆息していた。

 

「はぁ……良いですか?イリナさん。このことはそんな簡単に扱ってよい問題ではないのです。天使とあらば、例え悪魔でも迷える子羊には手を差し伸べなければなりません―――分かりますね?」

「―――はッ!!そう、私は天使……ガブリエル様!私は何か分かった気がします!!」

「ふふ……流石熾天使の御言葉……私の心にも痛み入るよ」

 

 ……ごめん。結構、今は叫ぶ気力もツッコむ力もないんだ。

 だけど言わせてくれ―――ホント、よくもやってくれたな、このシリアスブレイカーがぁぁぁぁぁぁ!!!!

 俺はそう心の奥で叫んで我慢する。

 

「凄まじいね、兵藤一誠。先ほどまであれほど気の重い空気が、あっという間にアットホームな空気になってしまった」

「おぉ?上手いことを言うねぃ、ヴァーリ。あっという間にアットホーム……中々良いセンスじゃねえの?」

「流石は我らがボス。ヴァーリ・ルシファーの名は伊達ではないということですね……ルフェイもそう思いませんか?」

「……え、えっと……そ、その、この空気でそんなことを言えるヴァーリさんが凄いと思います!!」

 

 ……え、ルフェイってもしかしてあの子だったの?

 オーフィスに従妹の事を教えたり、アーサーの噂の自慢の妹ってこの子だったのか?

 ―――突然のことに、正直付いていけない気がする。

 

「……あれ?僕、出遅れた?…………………………イッセーせんぱぁぁぁぁぃぃぃ……ッ!!僕もぉぉぉぉぉぉ!!頑張って先輩のことぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 すると次から次へとシリアスが壊されるッ!!

 ギャスパーは訳の分からないことで泣き、そして抱き着いてくる!

 ……ああ、なんだろうな。これ。

 

『……でもこれがお前たちらしいのではないか?相棒』

『ええ……ちょっと残念ですが、残念も偶には良いものです』

 

 ……ああ、そうだな。

 ―――だけど、その中で一人、ポツンと俯いている存在がいた。

 ……それは他の誰でもない、俺の主―――部長だった。

 

「―――騒がしいのも良いが、もう良い時間だ。餓鬼は寝る時間だぜ?」

 

 ……するとアザゼルは時期を見計らったようにパンパンと手を平で拍手をする。

 ―――その時、一瞬だけ部長の方に目線を送った。

 

「……色々と考えることがあるだろう。詳しい話―――ロキの話や云々はまた後日だ。ヴァーリ、今日は観念しておとなしくしてもらうぜ。こっちとしては体裁上、お前に好き勝手にされるのは御免だからな」

「……良いだろう。ただし衣食住を整えて欲しい」

「じゃあ今日の所はここ泊まれ。話はつけてある。お前にはたっぷりお話があるもんでな」

 

 ヴァーリはアザゼルの言葉に苦笑いを浮かべると、すると俺の方に来て耳元で何かを呟いた。

 

「―――アザゼルに感謝したまえ。君とリアス・グレモリー、姫島朱乃を想っての行動だ」

「……分かっているよ」

 

 俺はヴァーリに頷く―――この騒がしい雰囲気に付いて行っていないのは、俺と部長、朱乃さんだけだから。

 だから考える時間を与えたんだ、アザゼルは……俺たちに―――そして何よりもバラキエルさんに。

 俺は自分の事、朱乃さんはそれに加えて家族の事。

 部長に関しては俺には分からないけど、それなりに考えるところがあるのだろう。

 部長は皆とは立場が違う―――上級悪魔、グレモリー眷属の『王』。

 俺というイレギュラーに対して、誰よりも考え、向き合わないといけないんだろう。

 ―――そうして、たくさんの事があったその日は幕を下ろした。

 ―・・・

 

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルは既にほとんど人のいない兵藤家リビングの椅子に座って考えていた。

 ……イッセーの話した過去とは正直、想像を上回るほどに重いものだった。

 愛した女、ミリーシェ・アルウェルトという存在。

 お互いにお互いを想っていた故に、運命の悪戯に翻弄された二人の少年少女の末路。

 三年の修行期間と称した、過去のイッセーの出会いと別れ。

 余りにもあの年で背負うものではなく、俺は自分が恥ずかしくなった。

 ―――俺はあれほどの事を軽く話せとイッセーに言っていたんだ。

 あんな真実、他人にそう簡単に話せるはずがない。

 イッセーはこれまであれほどの十字架を背負って戦っていたんだ。

 そして今回、今までのトラウマを全てロキによって滅茶苦茶にされた。

 良くあいつの感情や心が壊れなかったと思った。

 ロスヴァイセに聞いた話では、ロキの術は意識がある時でもない時でも関係なしに対象者を蝕む術。

 意識があるときでもトラウマを幾重にも連想させ、連鎖させる。

 意識がないときはそれを夢という形で。

 そして仮に術が解けても「トラウマを垣間見せられた」という事実は消えず、その後も対象者を蝕むという危険で最悪な術だ。

 ……あの神はイッセーの存在が本当に邪魔だと思ったのだろう。

 だからこそ、イッセーを先に潰そうとかかった。

 今回は兵藤まどかのおかげでどうにかなった―――だが俺は、このままイッセーを戦場に立たせていいものかと考え始めていた。

 

「くそ……どうしたら良いんだ……あいつの力が無ければ、戦力が激減する……だがあいつを今は戦わせたくない……ッ!」

 

 真実を話した時のイッセーの目は、凄まじい覚悟に覆われていた。

 そしてシリアスな雰囲気が崩壊したときも、あいつはピリピリとした雰囲気を感じさせていた。

 俺はそれがあまりにも嫌な予感がする。

 

「―――悩んでいるようだね、アザゼル」

「…………ヴァーリか」

 

 ……その時、俺に声を掛ける馬鹿がいた。

 ―――ヴァーリだ。

 

「あんたがそんな顔とは珍しいな。大方、考えているのは兵藤一誠か……お前のお気に入りだろう?」

「……そんなんじゃねぇ。だがあいつは俺の生徒で同志だ―――今のあいつを戦わせるのは、あまりにも危険な気がする」

「……だが相手はあのロキだ。手負いだったとはいえ、あの兵藤一誠を下した―――それ以外にもフェンリル、ヘルといった伝説の魔物すらも居るんだ。彼なしでは退けないぞ?」

「分かっている……ッ!!それほど、イッセーの力が重要という事くらい……ああ、俺もか―――何だかんだで、あいつの強さをあてにしている」

 

 これじゃあリアスたちの事は言えない。

 ……俺も何だかんだで、イッセーを頼り過ぎていたんだ。

 そしてイッセーはそれを一人で背負って、今まで戦っていた。

 ……教師失格、か。

 

「―――つまらない。あんたのそんな顔、見ていてもつまらないよ」

 

 ……ヴァーリは言葉通り、つまらないと言いたい表情を浮かべながら俺にそう言う。

 

「つまらない、ね……なんだ?お前は俺の心配をしてくれんのか?」

「……さあね。ただ、見ていて面白くないだけだ―――いつもアザゼルは四の五の言わずに好奇心で行動する奴と思っていたから。正直言えば、がっかりだ」

 

 ヴァーリはそんなことを言いつつ、そのまま席を立とうとする―――が、俺はそれを止めた。

 

「―――おい、糞餓鬼。てめぇは親に向かって何をぬかしてやがる?」

「……親か。まさかあんたの口からそんな言葉が飛んでくるとはね」

 

 ヴァーリは俺の言葉に素直に驚いたようにして、そして苦笑する。

 ……ああ、今の俺は謙一の言葉のせいで多少感情が高ぶってんだろう。

 だが俺はヴァーリとも向き合うと決めた。

 こいつは俺にとっての子供みたいなもんだ。

 だから、この馬鹿と向き合うと俺は決めた―――イッセーが自分と戦っているぼならば、俺も俺で戦わないといけないってことだ。

 

「お前が禍の団に入った理由はもう大体検討はついている―――だがそれでも俺はお前を敵と認定したくねぇんだ。お前はあの野郎(・ ・ ・ ・)に人生をボロボロにされて、ある意味ではイッセーと似ていると言えるかもしれねぇ…………ほっとけねぇんだよ、俺はお前が。死んで欲しくねぇんだ!」

「……俺が死ぬのは、白龍神皇になった時だ。この世の頂点に立った時、俺は死ぬ―――何度も言っただろう?」

「なら俺はいつもお前の上に立つ!お前が強くなろうが俺はいつもお前を倒してやるよ」

 

 ……ガラじゃねぇ。

 そんなセリフが次々で出てきた。

 

「……アザゼル、君は兵藤一誠に感化され過ぎだ―――今の言動、まさに彼のものだぞ?」

「……ああ、そうかもしれねぇな…………だが、偶にはそれも良いじゃねえか」

 

 ……これが今、俺がこいつに言えること。

 あいつほど俺は上手く出来ねえし、たぶん今のは不器用な事しか言えない謙一の真似事だ。

 だが考えていることはぶつけた。

 

「―――こちら側に来い、ヴァーリ!もう禍の団を抜けて、一緒に戦ってくれ!!」

「……………………………………」

 

 ヴァーリは俺の言葉を聞いて、目を逸らす―――言いたいことは全部言った。

 俺がしていることは下手すりゃ三勢力の和平に傷を生ませる行動かもしれない。

 だが…………親は理屈じゃねぇ。

 そしてそれを教えてくれたのは謙一だ。

 時にはぶつかってでも分かり合わねぇといけないんだ。

 

「……俺は、奴を許さない。この世で唯一恨んでいると言っても良いあいつを……奴を見つけるまで、俺は組織からは離れない―――また明日だ」

 

 ……それだけ言うと、ヴァーリは俺の手を振り払って、あいつらに用意された客間へと向かう。

 

「……慣れないことはしない方が良いな…………恥ずかしすぎるだろ……」

「―――そう?私からすれば素敵に見えたわよ?」

 

 ……その時、芯から静かなリアスの声が響く。

 俺は声が聞こえた方向を見ると、そこには寝間着姿のリアスがいた。

 

「……リアス。お前はイッセーの部屋で一緒に寝てるんじゃないのか?」

「ええ……でも今日はちょっと、イッセーの顔を見れないもの」

 

 ……やはりリアスは沈んでいたか。

 イッセーの話の真実を聞かされてからリアスの様子は少し可笑しかった。

 余りにも沈んでおり、そして今もそれは続いている。

 

「……私は、こともあろうかイッセーを疑ってしまったの……『王』なのに、眷属を信じることが出来なかった自分の愚かさに怒っているの」

「……あいつの話は非現実も良い所だ。信じろと言った方が難しいぞ?」

「でも私以外の眷属や仲間は誰一人として私のような言葉を漏らさなかった―――私はイッセーから一番遠い存在なのよ……」

 

 ……リアスはそう言うと、静かにその場に座り込む。

 その姿にはリアスの普段の凛とした印象はなかった。

 

「私は……イッセーの辛さが分からないわ……今まで欲しいものは手に入ってきて、誰かを失ったことすらない温室育ちだったもの……アーシアにも、祐斗にも、朱乃にも、小猫にも、ギャスパーにだって辛い過去がある。だから彼のことを理解できるのかもしれない……だけど、私はイッセーの辛さが分からないの」

 

 ……仕方のない事だ。

 誰かを失う、それ程の辛い思いをするなんて普通は直面しないに越したことはない。

 だけどグレモリー眷属は誰もがそういう過去を持っていて、トラウマのようなものがあって……そしてそれから救ってきたのは他の誰でもないイッセーだ。

 だからこそイッセーの辛さをある程度は理解できて、そしてあいつを救おうと思う。

 ……だが、上級悪魔であるリアスには、誰よりも恵まれた環境で生きてきたリアスにはそれが分からない。

 どれほどの辛さを、悲しみをイッセーが背負っていたのか。

 ……誰よりも『王』が理解しなくてはいけないことを、リアスは分からない。

 下手な慰めなんざ、侮辱に等しい行いだから。

 だから今、苦しんでいるんだ。

 

「イッセーの言う事が真実ということは頭では理解しているわ……でも心のどこかでそんなことあるはずがない、イッセーに愛する人がいるわけがない……そんな風に考えてしまうの……ッ!だってイッセーがミリーシェという女の子のことを話している時のイッセーの顔は―――見たことがないくらい、幸せそうだったから……ッ!!」

 

 ……リアスは自分ではどうしようもなく無力なことを嘆く―――だが俺はその姿を見て、不思議と同情することが出来なかった。

『王』として能力を開花し始めたリアスだが、だが心はまだまだ弱すぎる。

 ―――今、リアスは真価を問われているんだ。

 ならば今、俺がすべきことはこいつを慰めることではない。

 助言を出すことでもなく、俺が教師としてするべきことは―――

 

「―――お前のそれはただの嫉妬だ」

「―――え?」

 

 ただ現実をリアスに突きつけること。

 それだけだ。

 

「お前の言っていることは、結局はイッセーの一番になれないから嘆いているだけじゃねえか。他人の辛さが分からない?当たり前だ。木場だって、アーシアだってイッセーの辛さの大きさなんて分からない。だがな?あいつらとお前の違いはイッセーを見つめようとしているかしていないかだ」

「ち、違う!!私はイッセーを見ようと!!」

「ああ、恋愛的にな。お前は誰よりもイッセーに対してヒーローのように見ている。そりゃそうだよな。婚約式に乗り込んで、自分を望まない婚約から救い出してくれた王子様。お前はイッセーをずっとそういう風にしか見てねぇんだ」

 

 ……実際には違うだろう。

 だがリアスは俺の言葉を言い返すことも出来ず、ただ黙って苦しそうな表情をする。

 ―――汚れ役だ。

 だがそれでも俺は言わないといけない。

 それがリアスのため。

 

「だから本当のイッセーの闇に直面して、我が儘な意見しか言えない。あいつの綺麗でカッコいい部分を肯定して、醜い闇の部分を否定したいんだ。イッセーは凄い。いつも強くカッコよくて、自分を守ってくれる。だから大好き……ってな」

「……嘘、よ…………私は……本当にイッセーのことが……」

 

 次第にリアスは何かをブツブツと呟く―――リアスも戦わないといけないんだ。

 そうしないといつまで経っても強くなれない。

 イッセーのことを本当に想っているのなら、あいつの闇も含めて好きにならねぇといけねぇんだ。

 それをアーシアはしている。

 あいつの闇と直面して、それを受け入れてあいつを救おうとしている。

 ……イッセーも同じだろう。

 あいつは朱乃の過去を知ってなお、姫島家の問題をどうにかしたいと思った。

 自分の事で苦悩しているのに、それでも誰かを助けたいと思っていた。

 ……『王』ならば―――眷属の全てを受け入れるほどの器がいる。

 今のリアスにはそれが足りない。

『王』としての力が開花しても、それがなかったら所詮だ。

 

「リアス。俺は信じているぜ―――お前は最高の王になれる可能性がある。だがその逆もある…………全部自分次第だ」

「…………ええ。あなたの言葉は深く……響くわ……」

 

 リアスは重い表情で立ち上がり、そして部屋から出て行こうとする。

 ―――一言だけ言っておいてやろう。

 

「リアス、一つだけアドバイスだ―――お前が好きになったイッセーも、それもまたイッセーだ。お前の気持ちだけは嘘じゃない」

 

 ……リアスはその言葉に対して返答なく室内から消える。

 頼むぜ、リアス―――お前の存在もまた、既にイッセーにとっては掛け替えがないんだ。

 そんなお前がそんな体たらく、見せるんじゃねぇぞ。

 俺はそう考え、そしてそれからロキ対策を考えるのだった。

『Side out:アザゼル』

 

 ―・・・

 

 ……朝になった。

 ロキの襲来ということで学校は臨時休校となり、俺たちグレモリー眷属や黒歌はこうして家にいる。

 それ以外には珍しくもおとなしくしているヴァーリチーム、更にシトリー眷属やアザゼル、バラキエルさん、ガブリエルさんやイリナといった顔ぶれだ。

 オーディンの爺さんとロスヴァイセさんもその場にはいて、今は兵藤家最上階のVIPルームにて会議をしている。

 議題は先日の大問題であったロキについて。

 それに当たっての対策と何故ヴァーリが俺たちを助けるような真似をしたのかということを。

 ……ちなみに今の俺は母さんのおかげで何とかなっていて、チビドラゴンズは戦いに巻き込みたくないから母さんと父さんに預けた。

 二人は俺のことを見守ってくれると言ってくれて、俺はその気持ちに応えたい。

 そう思っていた。

 

「じゃあ会議を始めるぜ―――まず最初に、ソーナ。お前達はこの戦いに参加する気はあるか?」

「……それはどういう意味でしょうか?」

 

 ソーナ会長は突然アザゼルにそう言われた故に少しばかり戸惑う。

 が、アザゼルは間髪入れず言った。

 

「良いか?今から俺のいう事は紛れもない事実だ―――手を引くなら今の内だ」

「―――なっ!?あ、アザゼル先生!!それは俺たちに卑怯者になれってことっすか!?」

 

 すると匙はアザゼルの言葉に反応し、そんな風に怒号した―――だけどアザゼルの言いたいことはそんなんじゃない。

 むしろ逆だ。

 

「違う―――正直に言えば、シトリー眷属では次の戦い、生き残れない」

「……ッ」

 

 アザゼルの悲痛な一言に会長は苦虫を噛むような顔をした。

 

「これは客観的感想と現状評価に基づく俺の意見だ―――これはゲームじゃない。一歩間違えれば確実に死ぬ『戦争』だ。そして戦争する上で、ロキという敵はシトリーの火力じゃ何の役にも立たない…………だから手を引くならば今だ」

 

 ……アザゼルの奴だってこんなことを言いたくないはずだ。

 だけど確かにシトリー眷属はグレモリー眷属と違い、分かり易い火力プレイヤーがいない。

 ロキやヘル、フェンリルといった敵と戦えるような者はいない。

 アザゼルは無駄な死者を出さないがためにこんなことを言っているんだ。

 

「この戦い、弱いものが死ぬ。つまりここから出て行っても誰も文句は言わない。むしろ学生であるお前たちが参加する理由はない―――それでも戦うか?」

「……例え戦力にならなくても、私もこの町を愛する者の一人です―――逃げるわけにはいきません」

「…………覚悟は出来ているんだろうな」

「はい」

 

 会長の言葉にシトリー眷属が覚悟を決めている表情となった。

 

「分かった―――じゃあ次だ。今、この中で最もイレギュラーな存在……ヴァーリ。お前の目的はなんだ?」

 

 するとアザゼルは室内の一角にいるヴァーリチームに対してそう尋ねた。

 

「なに、俺もロキに対して少しばかり目的があるんだ―――それを手に入れることが俺の目的。そのためならば俺は――――――兵藤一誠。君と共闘しても良いとまで考えている」

 

 ―――その言葉にその場が騒然とした。

 ヴァーリの言っていること、それはつまり赤龍帝と白龍皇が共闘するということだ。

 ヴァーリは話し続ける。

 

「ロキは強大な敵だ。そしてその傍にいるフェンリル、ヘルもまた厄介な存在だ。特にフェンリルに至っては全盛期の二天龍でも手こずるレベル―――ならば二天龍が組めば話が早い」

「ちょっと待てよ、ヴァーリ。お前は自分の立場が分かっているのか?」

「ああ、当然だ―――だが悪い話ではないだろう?そちらにしても戦力は一つでも多い方が良い」

 

 …………確かに、今の俺たちには戦力が足りていないのは事実だ。

 現在、英雄派のテロ活動―――すなわち神器持ちの人間を各所に送り込み、禁手化させるという行為が多発している。

 それ以外にも旧魔王派の残党が各所を襲っているという状況だ。

 故に三大勢力にはこちらに回す戦力がなく、本当ならばバラキエルさんやガブリエルさんを戻したいというほどなんだ。

 話を聞いたところ、三大名家のディザレイドさんとシェルさんは、同じ名家の裏切り者であるガルブルト・マモンを追っているらしく、こちらには手は貸せない。

 オーフィスとティアもまた今は邪龍の討滅をしているが故に連絡が取れない。

 結果的にこちらに回せる戦力はごく僅かになったんだ。

 そしてそのごく僅かな増援―――それがタンニーンの爺ちゃん。

 それと俺が少し前に連絡した夜刀さんだ。

 龍王クラスの二人の増援は本当に有難い。

 だがヴァーリは不確定要素過ぎる。

 何せあいつはテロ組織の主力派閥の一つだからな。

 テロ活動はしていないが。

 

「……確かにヴァーリとの共闘をすれば俺たちが勝てる確率は跳ね上がる。白龍皇、神聖剣、孫悟空の力……これほどの戦力を無視することは出来ない」

「イッセーちん、スィーリスちゃんは~?」

 

 スィーリスが馴れ馴れしくくっ付いて来ようとするが、黒歌がそれを止める。

 

「……別に俺たちは共闘なしでもロキと戦うつもりだ。仮にそちらを巻き込んでも、ね」

「そうなられるのは面倒だから、今の内にこっちで管理するのも手の一つだ―――リアス、お前の意見はどうだ」

 

 っと、そこでアザゼルは部長に尋ねた。

 部長はやはり少しばかり暗い表情をしており、アザゼルの質問に対して立ち上がり、応える。

 

「……白龍皇・ヴァーリは今まで小猫やイッセー、アーシアを救ってくれたことがあるわ。それを鑑みれば危険ということはないでしょう……でも、信じることは出来ないわ」

「それで良い。こちらとしてもギブ&テイクの関係を結んでくれるならば、ある程度の要件は飲もう」

「……嫌にあっさりしているな、ヴァーリ」

 

 俺はそのあっさり感に若干疑問を抱くも、するとヴァーリは苦笑する。

 

「いや、珍しくアルビオンが君と共闘しろとうるさいんでね?―――それに昨日はアルビオンに君の話を聞かされたものだから、ね」

『ヴァーリ。それは言わない約束であろう』

 

 ……するとアルビオンはヴァーリの手の甲に現れて、そんな風な声を出した。

 あいつ……俺の事やミリーシェのことを話したのか?

 話しでは俺が修行の旅に出ていたころ、ミリーシェに俺のことを色々話されたと言っていたけど……

 

「良いじゃないか。アルビオン、君も兵藤一誠のことは気になっていたのだろう?昨日も遠まわしに心配を……それにドラゴンファミリーにあこが―――」

『や、やかましい!!ヴァーリ、その口を閉じろ!!!』

 

 ………………あれ?

 今、あのアルビオンが叫んだ?

 な、ドライグ?

 

『……ふむ。アルビオンが焦る声など聴いたのが久しぶりなのだが……それに今、気になる言葉をヴァーリ・ルシファーが言ったような気がするぞ』

『まあどうでも良いです』

 

 フェルの声が冷たい―――実はフェルはアルビオンの事が嫌いなのか?

 

『いえ、嫌いとかではないのです。ただ不思議とアルビオンには興味が生まれないと申しますか……』

 

 ……好きの反対は無関心と良く言うが、今のフェルを表している気がした。

 あれかな?性格的に合わないとか、そんな感じなのかな。

 

『まあそんな感じでしょう』

 

 まあ今はアルビオンが何かに焦っていることは置いておくとして、問題はヴァーリの方だ。

 内心ではヴァーリの事は良く思っている節があり、あいつは基本的に約束事は守るような男だろう。

 それに何度か助けてもらっているから、あいつの言っていることは本音だと思う。

 っていうか嘘を付くほど器用とは思えないし。

 ヴァーリが味方になるというなら俺の考えるロキ対策においても、かなり有効となり得る。

 

「とにかく俺としてはそちら側の良い返事を期待しているよ。俺としてもロキとフェンリル、ヘルといった敵を前にして一人でやるのは流石に骨が折れる」

「……お前がそこまで譲歩するなら仕方ねぇな―――分かった。この件は俺が責任を持つ」

 

 アザゼルは腕を組んで少しばかり考えると、そう答えを出した。

 責任、というのは仮にヴァーリが裏切ってこちらを攻撃し、負傷者を出した場合の事を言っているんだろう。

 

「アザゼルならばそう言うと思っていたよ」

「こっちも譲歩だ―――んで、次は相手の戦力の確認だな」

 

 ……相手側の戦力。

 実際に戦ってみて分かったが、相手はロキだけでも恐ろしく強い。

 北欧の悪神、トリックスターと謳われる意味も十分に分かった。

 それほどにロキは強く、俺が今まで相手にしてきた敵の中では最強に入る部類だ。

 だが敵はそれだけではない。

 あいつの子供であるフェンリル、ヘル。

 フェンリルは言う必要もなく圧倒的な力を誇っており、その実力は全盛期の二天龍でも唸らせるほどだ。

 例外を除けば地上最強と言われる二天龍。

 それに追う力を持つフェンリル……厄介以外に言葉はない。

 

「イッセー。お前は実際にロキと戦って、ある程度は相手の力を分析したのか?」

「……ああ。少なくともロキとヘル。この二人のある程度は」

 

 すると視線は俺に集まり、俺は皆の前に立って自分の分析を話し始める。

 

「ロキは言わずも知れた北欧のトリックスター。多彩でバリエーションに飛んだ様々な攻撃方法……例えば神剣・レーヴァテインによる斬撃戦。北欧術式による魔術合戦。そして何よりも恐ろしいのは圧倒的なまでの心理戦―――俺の予測では、神の中でも上位に組み込める実力はあると思う」

「そうじゃのぅ……奴は馬鹿じゃが、実力は北欧でもトップクラスに位置しておる。まだわしに比べたら若い神じゃが、将来的にはわしも危ういと感じざるお得ぬ、実力を持っているはずじゃ」

 

 ……オーディンを以てここまで言わせるか、ロキは。

 

「でも俺はロキ以上に、ヘルという存在の方が危険な気がした」

「……ヘルが、か?」

「ああ」

 

 アザゼルが意外そうな声を漏らすも、俺はそれに頷く。

 確かにヘルとロキでは戦闘力は圧倒的に違った。

 最初は下手すりゃ同格と思っていたけど、実際に戦ってみればヘルは割と俺の攻撃のダメージを受けていた。

 だけど俺が危険と思ったのは、ヘルの力ではなく……

 

「ヘルの恐ろしいのはその狂気に富んだ性格、そしてそれに適応するような再生能力だ」

 

 ……実際に俺はヘルを一度、殺している。

 性質付加の魔力弾の連射、鎧による打撃、そして最後はアスカロンによる聖なる斬撃で屠った。

 

「ヘルは自らの生死を司る神……いわば、あいつは不死のようで不死ではない―――不死身なんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・)

「……それの何が違う?」

「全然違う……ヘルは一度死んでから蘇る。例えば俺たちが相手にしたライザーとは全く違う再生の仕方だ。死ぬことはないフェニックス。対するは死んでも生き返る―――こっちからしたら命ある存在を殺すんだ。普通の感性を持っている奴なら嫌でも精神が削られる」

 

 それがたとえ敵でも。

 

「……なるほど。ヘルの力は分かったが……お前はあいつの性格の方が危険と言ったな?」

「ああ。あいつの性格の狂気さは、ある意味では今まで戦ってきた誰よりも最悪かもしれない―――あいつは気に入った存在を食べるんだ」

 

 俺の言葉で、その場でヘルが俺にしたことを知らない人物は背筋が凍るように動かなくなった。

 この場で奴の性質を少しでも知っているのは小猫ちゃんだけだ。

 ヒカリはこの場にはいないからな。

 

「あいつは蘇るときに性格が変わる。体は液体になって、性格は幼児退行したように幼くなった。体に纏わりつかれたら神器を操作することも、生半可な力では振り切ることも出来ない。俺の残る全魔力を使い果たしてようやく振り切れた―――正直、小猫ちゃんとヒカリが助けに来なかったら死んでいたよ」

「……お前がそこまで言う敵も初めてだな」

 

 アザゼルはそう言うが、それほどにヘルは恐ろしかった。

 しかもあいつは蘇って力の上限はないように感じた上に、あの液体の状態になれるのも厄介だ。

 あれに加えてまだフェンリルがいるとか、考えられないほどだからな。

 ……死んでも蘇るヘルに、神を確実に殺す牙を持つフェンリル。

 そしてそれを操る狡猾の悪神、ロキ。

 たった三つの敵にここまで考え込まされるなんてな。

「俺はそれよりも気になることがある―――ヴァーリ、お前の使った新しい力の事だ」

「んん?……ああ、キャパシティー・ディヴァイドの事かな?」

 

 ヴァーリは俺の言葉に対して思いついたようにそう言った。

 ……キャパシティー・ディヴァイド。

 それがヴァーリの使った新しい技の名前か。

 

「お前がロキにあの力を使った時、ロキの動きを止めた―――あの技の力を教えてくれ」

「……そうだな。俺の新しい力は要は半減の応用―――相手の魔力ではなく、相手の容量を一時的に半減するという力だ」

 

 ……相手の容量を、半減?

 

「分かりにくかったか?…………そうだな、例えば魔力を水と想定しよう。そしてその水が満杯に入る容器を用意する。今までの白龍皇はその水だけを半減してきたが、俺は発想を変え―――その容器を半減した」

「―――ッ!はは……面白れぇこと考えんじゃねぇか、ヴァーリ」

 

 アザゼルはヴァーリの技を理解してか、不敵に笑みを浮かべる―――同時に俺もヴァーリの技の正体を理解した。

 つまり―――

 

「半減された容器からは、水が漏れる―――つまりロキは自身の魔力量は変わらないが、それを収める魔力の貯蔵量の最大値が半減された。その膨大な魔力を収めることが出来ずに一瞬だけ動きを止めた……それが俺の力のロジックだ」

「……その技、正直に言えば相当に厄介だな。開始一番にそれを放てば、単純計算で相手の魔力を半減できるも同然だ」

「いや、そう上手くはいかないさ。言っただろう?半減できるのは一時的。時間が経てば容量は戻り、更に言えばロキほどの神ならばそんな魔力はすぐに回復する」

 

 だけど一瞬でも神の動きを確実に止められるというのは良い。

 俺とヴァーリが組めば、あいつがロキを止めて、俺がロキも無視できない一撃を放てば勝てる可能性が跳ね上がるッ!!

 これは………………って、何を俺は興奮しているんだろうな。

 

『……思えば、前代赤龍帝であった時の相棒は、初めて白龍皇であったミリーシェと共闘した。それを思い出したのだろう?』

 

 ……そうかもな。

 ちょっとだけ、懐かしい感じがした。

 

「だがヴァーリの力は神に対しても有効ということが分かった。なら次に面倒なのが……やはりフェンリルになるか」

 

 ……ああ、あの狼を抑えないとどうにもならない。

 あいつの牙は厄介以外の何もでもないし、それに俺もあいつとは戦闘はしていない。

 あいつの弱点になるものがあれば良いんだけど……

 

「やはり奴の協力を仰ぐしかねぇか」

「……奴?」

 

 俺はアザゼルの台詞を反復するように尋ねると、アザゼルは腕を組んで考えながら話す。

 

「イッセー、お前はロキに関してのある程度の事は知っているな?ならば奴の創った三匹の魔獣の残りの一匹についても―――何よりドラゴンに囲まれているなら分かるはずだ」

「まさか―――ミドガルズオルムの事を言っているのか?」

 

 俺はアザゼルの言葉に心当たりがあり、そう言うとアザゼルは頷いた。

 でもミドガルズオルムと言う言葉を発して納得したような顔をしているのはヴァーリとオーディンの爺さん、バラキエルさんやガブリエルさんくらいだ。

 ……いや、むしろそれが当然の反応だ。

 俺もそれを仲間―――ドラゴンファミリーに聞かなければ知ることすらなかったんだからな。

 俺はその存在をティアとタンニーンのじいちゃんから聞いた。

 事の発端は俺の周りに龍王最強であるティアと、元龍王の一角だったタンニーンのじいちゃんが近くにいたから、好奇心で龍王の事を聞いてみたんだ。

 そして龍王に関して色々と教えてもらい、そしてその中で一匹、龍王の中でも冗談と思えるくらい間抜けな龍王がいると聞いた。

 龍王……その力は魔王にも匹敵すると言われる龍の中でもトップクラスの実力者。

 そんな称号を得ているにも関わらず、ほとんどの時間を深海で眠って過ごしている龍王がいると。

 名は確か―――

 

「―――終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)。ロキによって生み出された魔物の一角であり、加えて五大龍王の一角のドラゴンだ。そいつから龍門(ドラゴンゲート)を介して話を聞くとするぜ」

 

 アザゼルはそう言い、自分の懐から金色の宝玉を取り出し、そう不敵に笑みを浮かべる。

 その宝玉に反応するように俺の左手の甲からは緑色の宝玉が、そして胸からは白銀色の宝玉、ヴァーリの手の甲には青色の宝玉が現れた。

 更に匙の手の甲からも黒色の宝玉が現れ―――なるほど、匙も龍王の力の一端を身に宿しているからか。

 龍門……詳しい原理は知らないけど、確か複数の伝説級のドラゴンの意識を飛ばし、別個のドラゴンの意識を呼び覚ましたり、または魔法陣のように違うポイントに呼び出したり出来るそうだ。

 ティアに言わせてみれば龍法陣の初歩中の初歩レベルの技らしい。

 

「だがあのミドガルズオルムが応答するだろうか……」

「はっ!あいつでも反応せざるをえないだろうぜ―――二天龍に五大龍王の一角、ファーブニルにヴリトラ、更に元龍王のタンニーンに三善龍の二角によって呼び寄せるんだからよ」

 

 つまりタンニーンのじいちゃんと夜刀さんを後で呼び出すんだろう。

 だけど今のアザゼルの言葉に少し俺は反応する―――三善龍の二角(・ ・)

 じゃあつまり……夜刀さんの言っていた、宝眼の癒龍(トレジェイズ・ヒールドラゴン)と謳われる三善龍の一角である癒しの龍も今回の戦いに参加するということなのか。

 そこまでの顔ぶれを集めて意識を呼ぶ必要のあるミズガルズオルム。

 確かにそう考えれば変な納得感と安心感がある―――きっと、ロキ攻略の糸口がつかめるんだろう。

 

「イッセー、ヴァーリ、匙。お前たちには用意が出来たら連絡を送る―――やろうぜ、あの野郎をぶっ倒す算段をな」

 

 アザゼルの言葉に俺たちは頷く。

 ……そう、これは奴を倒すための行動。

 皆を守るための行動なんだ。

 

「…………え?どうして俺?え、俺何すれば良いんすか!?ヴリトラっていっても、俺話したことないんだけど!!?」

 

 ―――ただ一人、匙は話についていけていないのであった。

 ……匙、少しは頭を働かせようぜ?

 俺は心の中でそう呟き、そして当の匙は会長から若干お叱りを受けたひと時だった。



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第9話 集結するドラゴンと決意の覚悟

 兵藤家地下一階の大広間。

 そこには今更ながらと言えば良いか、異様な面々がいた。

 俺たちグレモリー眷属に加え、シトリー眷属に天使陣営のイリナ、そしてヴァーリチームに加え俺の眷属(候補)の黒歌。

 そんな人物たちが集結していた。

 アザゼルやバラキエルさん、ガブリエルさんはそれぞれやることがあるとのことでここにはいなく、ロスヴァイセさんやオーディンの爺さんは北欧に関する連絡があるとか。

 当然、禍の団の一員であるヴァーリチームに関しては皆警戒している模様で、当の本人たちは凄いのんびりと過ごしていた。

 白龍皇であるヴァーリは紅茶の入ったティーカップに口を付けながら、何かの本を読んでおり、スィーリスは先ほどからアーシアに近づいたりこっちに来たりしている。

 アーサーは剣の手入れ、ルフェイちゃんは何故か挙動不審にこっちをチラチラと見ていた。

 そして美候に至っては棒を振り回しており―――いや、それは自由すぎるッ!?

 とにかくこっちの殺気は全て無視しているあいつらの神経にはむしろ感服する。

 

「……なるほど。北欧の術式というのも案外面白いな―――対策で幾つか覚えておくか」

「そんな片手間で覚えるほど北欧の術式は簡単なのか?」

 

 俺は本……ロスヴァイセさんの持っていた魔導書を読んでそう唸っているヴァーリに話しかけた。

 ヴァーリは俺の声を確認すると顔を上げ、そして俺を見る。

 

「君が俺に話しかけて来るなんてね―――簡単ではない。ただ覚えるだけならさして難しい事ではないからね」

「……才能か。お前はあいつに比べても負けないくらいの才能があるよ」

「前代の白龍皇の事か」

 

 ヴァーリは俺の言葉に察するように、そして興味深そうな顔をする。

 ―――今のこの時間は夜刀さんとタンニーンのじいちゃん、そして三善龍のヴィーヴルさんというドラゴンの到着までの待機時間だ。

 何でも三大勢力からの戦力補充は夜刀さんとタンニーンのじいちゃんだけらしい。

 禍の団のテロ行為……英雄派が神器所有者を送り続けている例の件で、あちこちで厳重な警戒態勢が強いられているそうだ。

 むしろ天使サイドからはガブリエルさんが、堕天使サイドからはバラキエルさんが送られていることからまだマシと考えた方が良いかもな。

 ……っと、ヴァーリだったか。

 

「君が俺と最初に戦った時、まともな戦闘をしなかった意味が分かったよ―――なるほど、君の性質を考えれば普通で居られるわけがない、か」

「……まあそうだな」

 

 俺はヴァーリの言葉に素直に頷く。

 ヴァーリは辻褄が合ったように理解した表情をしており、こいつはこいつなりに納得したんだろう。

 

「それにしても歴代最強の女皇か……是非とも戦いたいものだね」

『……それは止めて置いた方が良い、ヴァーリ』

 

 ……すると珍しくもアルビオンが手の甲から宝玉として現れ、そしてヴァーリにそう言った。

 

「アルビオンは俺が負けるとでも言いたいのか?」

『ああ。悪いが確実に負ける―――特にこの男を傷つけた存在にはミリーシェはかつて、どんな敵でも確実に殲滅してきたのだからな』

 

 …………………………今、すごい体温が下がった気がした。

 アルビオンから知らされた新事実に俺は苦笑いをしつつ、するとヴァーリは驚いた顔をしながら俺に尋ねる。

 

「アルビオンをしてそう言わせるほどに強いのか?」

「……まあ、正直に言えば俺が一番戦いたくないと思った唯一の相手、かな。それは自分の想いもあったし、だけどそれよりも…………怒らせたらもう、な」

 

 俺は懐かしむようにミリーシェと初めて共闘した時の事を思い出した。

 突如現れた邪龍に対してのミリーシェの無慈悲な攻撃の数々や言動……今、思えば狂気染みていたとも言えるかもしれない。

 ……だけどそれを含めて好きになったんだもんな。

 

「……前代の謎。それはおいおい調べていくしかなさそうだ」

「お前が興味を持つなんてな……ちょっと意外だ」

「同じ白龍皇の事は誰よりも俺が知らないといけないことだ。ある意味では当然だろう?―――それにアルビオンのためでもある」

 

 ……そっか。

 アルビオンも長い間、ミリーシェと共に居続けた存在だ。

 ミリーシェの相棒として俺がいない間、あいつの話を聞いたりしていたそうだし、あいつに対して大切に想う気持ちもあったのだろう。

 それは再会したときにもそれは感じた。

 

「俺は君を観察しているからね。君は誰よりも赤龍帝、その存在そのものと向き合ってその強さを得ている―――俺も向き合うのさ。俺の夢を叶える手段の一つに過ぎないけどな」

「……そっか」

 

 俺はそれ以上、ヴァーリに対して何も言わずに肩の力を抜く。

 ヴァーリの思惑とか目指す目標とかは俺には分からないけど、それでもヴァーリが白龍皇と向き合ってくれるのなら、それでいい。

 そんな白龍皇は今までいなかっただろうから。

 

「―――皆もそんなにこいつらを睨んでいても何にもならないぞ?根本的に自由な連中なんだから、縛り付けるなんて最初から無理なんだからさ」

「……ふふ。それもそうね」

 

 すると一番表情が強張っていた部長は薄く笑い、そして肩の力を抜いた。

 この中でもまだ良心的なアーサーでも好戦的な側面を持っているんだからな。

 そんな一癖も二癖もある連中を一々気にしていた方が気が散るってもんだ!

 

「むふふ……アーシアちゃん、覚悟しなさぁぁぁい♪」

「ちょ、スィーリスさん!?」

 

 ―――突然か、この野郎!

 突如そのような会話?が聞こえて俺はそちらを向くと、そこにはしびれを切らしたような形相でアーシアに抱き好き、何故か胸などを弄ってる―――っておい!!

 

「だ、ダメです……ッ!そこはイッセーさんしか……っ!」

「良いではないか、良いではないか♪女の子同士はノーカン♪―――むむ、前に視た(・ ・)時よりもサイズが少し上がってる?」

 

 …………はぁ、ったくこのサキュバスは。

 でも今の「視た」っていう言葉には引っかかる―――ああ、なるほど。

 とりあえずアーシアが涙目で俺の方に訴えているから助けよう!

 俺はそそくさとスィーリスの後ろに立ち、そして手を振り上げて―――

 

「アーシアが泣いちゃうからそこまでだ、スィーリス」

「―――えっと……うん、わかったからその魔力に包まれた手を収めて?ね?そんなチョップ受けたら乙女的にね?」

 

 スィーリスは俺の殺気と魔力を察知したのか、珍しくも焦る表情だ。

 手をぶんぶんと前に振って、無抵抗を示しているんだろうが―――はは!

 ―――俺は魔力を消した状態で、スィーリスの後頭部へとチョップするのだった。

 

「いきゃいッ!?」

 

 スィーリスは素っ頓狂な奇声を上げて後頭部を涙目で押さえると共に、アーシアは俺の背中に隠れるように逃げてきた。

 

「はぁ……ったく、これだからヴァーリチームは」

「あまり俺のチームだからとは言わないでくれないか?一応、スィーリスは俺たちの中でも問題児に入るほどだからね」

「い、イッセーちんもヴァーリもひどいッ!?」

 

 スィーリスのあざとい言葉が発せられるも、当然のように反応する存在はいなかった―――とにかく、今更ながらこっち側の戦力を確認しないとな。

 

「とにかく、アザゼルが術式を完成させる前に戦力の確認をしよう。当然、不確定要素であるヴァーリ、お前たちもだ」

 

 アザゼルが術式を完成させる……っていうのは、それはミドガルズオルムの意識を呼び出すための龍門(ドラゴンゲート)のことだ。

 これを完成させることに加え、更にそのための人員の到着までの時間。

 つまり今のこの時間は待機時間ってことになる。

 

「はーい!はーい!!そういうことなら私が一番乗り♪」

 

 ……スィーリスは先ほどの一連の事を忘れたと思わせるくらい元気に自己主張しやがる。

 切り替え早いな、おい!

 スィーリスの無駄に元気な声と挙手により黒歌が若干呆れたような表情になるものの、ともかく話が先だ。

 スィーリスの戦力はこの中でも最も謎で、俺もある程度の情報しか持っていない。

 人間とサキュバスのハーフで、下級悪魔のサキュバスの中では異常なほどの魔力を宿している。

 更に恐らくは神器らしきものを持っている……くらいか。

 更に言えば恐らく術関連に長けた人物と思われるか。

 

「おほん!……じゃあまずはこれを見ておうかな?―――森羅解析の眼鏡(ホールアナイシス・レンズ)♪」

 

 ―――次の瞬間、スィーリスの目元に光が何かを形作り、そして……神器が現れた。

 それは多少仰々しい見た目の機械的な眼鏡のようなもので、それをスィーリスは得意げに掛けながらこっちを見て来る。

 

「なるほど、なるほど……あ、思ったより大き―――」

「…………視線を下に下げないでもらえるかな!?」

 

 スィーリスは視線を俺……詳しくは下半身に向けて来ることに反射的に頭を叩きながらツッコんだ!

 ……確かにこいつはヴァーリチームの中でも一番面倒な存在のような気がしてきた。

 ―――森羅解析の眼鏡、か。

 

「兵藤一誠。こいつの行動に一々反応していたらキリがないぞ?」

「……忠告どうも。今それを再認識したところだ―――で?そろそろ説明をお願いできるか?」

「うんうん、了解♪」

 

 スィーリスは知的さを演出したいのか、人差し指で眼鏡をくいっとする。

 その行動に特に意味はないんだろうが……するとスィーリスは満を持して話し始めた。

 

「私の力は解析の力。例えそれが神であろうと、魔王であろうと全てを解析する―――それが森羅解析の眼鏡という神器の能力なのだ♪」

「……下手すれば神滅具並のポテンシャルだな」

「ポテンシャルはそうだけど、実際には神滅具ほど激レアなものじゃないんだよね~。組み合わさってはいけない二つないし、それ以上の能力が一つとなっているもの……それが神滅具なんだよ?高々解析に特化した神器では、とてもじゃないけど鼻高々ではないのだよ、イッセーちん♪」

 

 スィーリスはウインクしながら決めポーズを送ってくる……だけど今の神滅具の理解度……いや、神器に対する理解度を考えるならば。

 それならばスィーリスの力は神器じゃなくて、あいつ自身の方がよっぽど凄まじいんだろう。

 例え情報を持っていてもそれを活用できなければどうしようもない―――つまり、ヴァーリチームにいると言うことはそれを出来ている証拠、というわけだ。

 

「でも不思議なことに、この神器は心までは解析できないんだよね。本気出せば神仏にさえ通用する解析力も、心の前では力を出せないんだからね~」

「それはあれよ!神器を御創りになられた今は亡き神の素晴らしい理なのよ!心は解析できないほど神秘で素晴らしいもの!きっと神はそう願ったのね!!」

 

 ……イリナは目をキラキラとさせながら既に死んでいる聖書の神に祈りを捧げる。

 確かにそう考えるとロマンチックではあるけど、流石に少しは静かにしていて欲しい!

 ―――なんだかんだしている内に、この場において漂っていた殺伐とした空気は消えていた。

 それがスィーリスやヴァーリたちのおかげとは、言いたくないんだけどな。

 

「とにかく私の力はこの解析の神器と、それとサキュバスとしては異端レベルの魔力量かな?たぶん黒歌と同じ程度には強いよ?」

「むぅ……言い方はイラつくけど、まあ正しいと言えば正しいにゃん」

 

 黒歌は少しばかり不機嫌に頬を膨らませながらも、そう頷いた。

 スィーリスの力は黒歌と同レベル……なるほど。

 黒歌は俺も実際に手合わせしたけど、禁手を使わないと俺も勝てないような相手だ。

 眷属の皆には悪いが、他の誰よりも黒歌は強い。

 

「まあ私はこれくらいにしておいて……じゃあ他のメンバー、行ってみようか♪」

「……何故お前が指揮っている?―――まあ良い。俺は知っての通り、白龍皇だ。心配されなくてもそれなりの実力は自覚している。アーサーは聖王剣の所有者で実力は最上級悪魔さえも対等に渡り合える。美候は孫悟空の血を継いでいる実力者だ」

 

 ヴァーリは腕を組みながらそう言うと、そして最後に視線をアーサーの妹……ルフェイの方に視線を向けた。

 

「あ、あうぅ……そ、そんなに視線を送らないでもらえますか?ヴァーリさん……」

「……アーサー。ルフェイの説明は君に任せよう」

「ええ、分かりました―――では私、アーサー・ペンドラゴンが詳しくを説明しましょう」

 

 するとルフェイの隣に座っていたアーサーはヴァーリの指示に従うように立ち上がり、そう話し始めた。

 物腰は驚くほどに紳士的で、これがテロリストじゃなかったら普通に魅了されるような男だよな―――戦闘意欲がなければ。

 

「この場にいるこの女の子は私の妹、ルフェイ・ペンドラゴン。魔法、魔術関連に優れた私の自慢の妹です」

「え、えっと……よろしくお願いします!」

 

 ルフェイは突然自分の事を紹介されたことに戸惑いつつ、大きな帽子を取ってペコリと頭を下げた。

 ……今更だけど、あの子がオーフィスに『従妹』っていう概念を吹き込んだんだよな?

 ―――いや、時効って奴か?いや、でもあれのせいで俺は色々精神的妨害を受けたことに間違いはないんだから……

 そんなことを思っているうちに、アーサーは更に話を続けた。

 

「魔法、魔術に特化したルフェイで、私達、ヴァーリチームの中でもその一点に置いて飛びぬけた才能を持っています。次の戦いでも足手まといにはならないです」

「お前が断言するほど、か―――でも良いのか?次の戦いは命がいつ消えても不思議じゃない戦いだ。そんな戦場にルフェイちゃんを連れて、もしもの事があったら……」

「ルフェイを心配してくださるのは有難いですが、大丈夫です―――大事な妹です。私がこの身を賭しても守りますよ」

 

 アーサーはニッコリと笑顔を浮かべてそう断言する。

 その真っ直ぐな言葉にルフェイちゃんは凄く嬉しそうに表情を明るくし、アーサーの方をキラキラとした目をして見ていた。

 ……やばい、この兄貴恰好良すぎるッ!

 良くもまあそんな妹殺しの台詞を爽やかに笑顔で言えるッ!!

 

『いや、相棒が言える立場か?』

『主様の言えた義理じゃないですよ?お兄ちゃんドラゴンなんですから』

 

 ……ドライグとフェルの鋭いツッコミが俺に突き刺さる……ッ!

 ―――やっぱりそういうセリフを言うのは控えた方が良いのか?でも意識して言っているわけじゃないし、そもそも感情的になったら勝手に言葉は出るんだし……

 

『『諦めた方が良い(ですね)』』

 

 ……とにかく話を続けるぞ!

 俺はそう無理やり二人の言葉を振り切りつつ、意識を目の前に向けるとそこには……

 

「さ、サインをください!!」

 

 ―――色紙を手に、それを俺の方に向けてそんなことを言うルフェイちゃんがいた。

 ドライグとフェルとの会話に集中していたせいで、それまでの経緯が良く分からないんだけど……なんでだ?

 

「はは。すみませんね、赤龍帝殿。ルフェイは『兄龍帝・お兄ちゃんドラゴン』の大ファンでして……それはもう、隠れ家にグッズを全て集めるほどのファンなのです。私も少しばかり嫉妬してしまうほどに……」

「……視線が少し怖いんだけど―――いや、何でもない」

 

 何も言うまい―――だけど俺は確信した。

 今のアーサーの目はとても怖い目で、俺は口には出せないが―――こいつ、相当のシスコンだ!

 俺はそう確信したのだった。

 とにかくサイン位だったらという感じでパパッと色紙にサインをし、そしてそれを渡すと先ほどアーサーに向けていた視線の何倍にも強い目の輝きで、色紙を嬉しそうに見ていた。

 俺はそれに苦笑いをしつつ、地味に俺の方を笑顔で……笑顔だけど一切笑っていないアーサーに対して冷や汗を掻いた。

 

「はっはー!流石シスコン大魔神、アーサーだぜぃ!そもそもルフェイがさっき視線がキラキラしていたのだって、赤龍帝の真似をしたアーサーが見栄を張って恰好をつけ―――」

「―――黙りましょうか、美候。我がコールブランドの血錆にされたくなければ」

「……良いねぃ。やろうか?アーサー」

 

 何故か知らんがアーサーと美候がバチバチと視線を合わせる!

 っていうか敵陣に来てまで喧嘩するって、馬鹿かこいつら!

 ここはヴァーリにどうにか―――

 

「それにしてもこの紅茶はとても美味だ」

「あらあら、白龍皇にお褒めに預かるとは光栄ですわ」

「―――止めろよ、ヴァーリィィィィ!!!!」

 

 俺は完全無視のヴァーリについ頭を全力で叩いてツッコんだ!

 いや、それもむしろ許容してほしいくらいだ!

 自分のチームが今まさに死闘を始めようとしている時に、朱乃さんと微笑ましい会話しやがって!

 

「―――ツッコまれたのは初めてだが、なるほど。新鮮で興味深いな」

「何、冷静に分析してんだ!お前のチームの団員が今すぐにでも戦闘開始しそうな雰囲気なんだよ!どうにかしやがれ!!」

「戦いたければ戦えば良いさ。俺は戦闘意欲に対する肯定者だからね。むしろ俺も混ぜて貰って三つ巴で―――」

 

 こいつ、手遅れだ!

 こうなりゃ気絶させて―――

 

「―――う~ん、ちょっと目障りだから黙ろうね?」

 

 ―――俺が気絶させようと動こうとした時だった。

 それまではノータッチだったスィーリスが突然アーサーと美候の傍に立ち、そして二人の肩をそっと掴んだ。

 

「へ?ちょ、スィーリス!?お、おま!まさかここで―――」

「スィーリスさん、あれだけはやめてくださ―――」

「うん、ごめん、手遅れ!―――頂きま~す♪」

 

 スィーリスは最大限に小悪魔な表情をした後に舌なめずりをし、そして次の瞬間……アーサーと美候は力なくその場に倒れた。

 …………その場は騒然とした。

 そりゃそうだ、殺気出しまくりのアーサーと美候が同時に成す術もなく倒れたんだからな。

 

「~~~~~ごくっ……はぁ、ご馳走様♪それにしても美候の精力って獣臭くて不味いよね~♪アーサーはアーサーで淡白だし」

「こ、こんにゃろう……勝手に吸いやがってその言い草はねぇだろぃ……ッ!!」

「ま、全く、相変わらずの醜悪さ、ですね……立てなくなるくらい喰らうとは……」

 

 ……そういえば、スィーリスは初対面の時に言っていたな。

 自分は人間とサキュバスのハーフで異端児、そして直接性行為をしなくても触れるだけで他人から精力を奪うことが出来るって。

 なるほど、あの時の言葉の意味はこういう事か。

 確かに凄まじい能力だな、ある意味では。

 あのアーサーと美候が成す術なしとは……これからは俺も気をつけよう。

 そう思った。

 

「あ、イッセーちんには直接手を出すつもりだから安心して良いよ?」

「ああ、そうかそうか―――って安心できるかぁぁぁ!!!」

 

 俺はそう叫び声のように怒声を浴びせるも、スィーリスは悪戯な笑みを浮かべるだけだった。

 ……調子が狂うな。

 とにかく戦力の確認は出来た。

 ヴァーリチームは今回の戦いの戦力としてはかなり有効であること。

 後はアザゼルが龍門(ドラゴンゲート)を完成させて、それから残りのドラゴンのメンバーが集まれば、フェンリルの対策だって出来る。

 

「―――おや?随分と騒がしい様子でござるね。イッセー殿」

 

 するとその時だった。

 涼しいような声音の、俺の尊敬するドラゴンの一角の声がした。

 それは室内の入り口付近からで、そこには―――

 

「夜刀さん!!」

 

 いつも通りの袴と藁の帽子を被る夜刀さんがいた。

 夜刀さんはニコリと笑顔を見せる。

 

「お久しぶりでござるね。色々と大変だったと聞き及んでいるでござる―――微力ながら拙者も力添えする所存でござる」

「微力なんてことはないよ!夜刀さんがいればすごい心強い!!」

 

 ……俺の剣術とか気配察知を手に入れることの出来たきっかけで、ある意味での師匠のようなヒトだからな。

 それに何より夜刀さんの善行に俺は何よりも尊敬している!

 そんなヒトが俺たちの味方になって一緒に戦ってくれるな百人力だ!

 

「嬉しい限りでござる―――さて、拙者の来た理由は心得ているでござるね?」

「……ええ。当然―――龍門でミドガルズオルムとコンタクトを取るため。そのために三善龍の二角までも集結させるって……」

「その通りでござる…………が、まあどうしたものでござるか」

 

 するとその時、夜刀さんは少しばかり苦笑いをしながら頬をポリポリと掻いた。

 ……?どうしたんだろう、夜刀さんが何とも言えないような表情をしている。

 話では夜刀さんが三善龍の一角、宝眼の癒龍(トレジェイズ・ヒールドラゴン)と謳われるドラゴンを連れて来るってことになっているはずだ。

 だけど夜刀さんの近くにはそのような姿は見えないし……

 すると夜刀さんは唐突に後ろを振り向き、そしてしゃがみこむように中腰になった。

 

「いつまでも拙者の後ろに隠れていてもどうしようもないでござるよ?ヴィーヴル殿」

「で、でもでも~!こ、こんなに人がいるなんて聞いてないよ~!」

 

 …………なんだろう、今聴こえたとても可愛らしい少女の声は。

 

「拙者もまさかこれほどの人数がいるとは予想も出来なかったでござるよ」

「そ、それでもそれでも!は、恥ずかしくて人前に何て出られないのぉ~~」

「……それで良くイッセー殿と話してみたいと言ったものでござるね」

 

 ……夜刀さんは呆れるように溜息を吐きながらも、その場から立ち上がり、そして―――その謎の声の姿が露わとなった。

 

「は、はわ!?や、夜刀くん!?」

 

 ―――その場の空気がとても小さくなったという事を、俺は今後の人生で忘れることはないだろう。

 そしてその姿は余りにも予想外過ぎた。

 っていうか予想出来る方がおかしいと思う。

 何せそこにいたのはドラゴンの姿をしているわけでもなく、ティアのように大人の人間の姿をしているわけでもなく。

 

「紹介するでござる―――こちら、三善龍が一角。宝眼の癒龍(トレジェイズ・ヒールドラゴン)と謳われる癒しのドラゴン、ヴィーヴル殿でござる」

「ど、どうしてどうして!?夜刀くんの裏切り者~~~!!!」

 

 ―――まるで宝石みたいな少女がそこには居た。

 クリスタルみたいに輝くような綺麗で澄んでいる瞳、アーシアとは真逆で、サラサラな銀髪、正直言えば美しいと言うより、妖艶で現実離れし過ぎているような可憐さって言った方が良い。

 着ている服が幻想感を溢れさせるドレスみたいな服ってところが尚更そう思わせるかもしれない。

 そんな―――幼女がそこにはいた。

 その幼女はちっちゃな手で夜刀さんをポカポカと叩きながら、涙目で反論する。

 ……そう言えば、と思い出す。

 ―――残念ながら、ヴィーヴル殿はそのような(・ ・ ・ ・ ・)人物ではないのでござる。

 夜刀さんが最初に彼女の事を話した時、俺は軽口で好きじゃないのかと聞いた。

 そしてそんな回答が返ってきた―――今思えば、そのような恋愛感情を向ける対象ではない。

 そう暗に言っていたような気がしてきたのだった。

 とにかく一言―――俺の予想していたヴィーヴルさんの想像を完全にぶち壊して、三善龍と邂逅したのだった。

 ―・・・

 

「うぅ……ひどいよひどいよぉ~……夜刀くんのバカ……」

「埒が明かなかったからしかたないでござる」

 

 あれから少し経ち、とりあえずと夜刀さんとヴィーヴルさんは俺を前にしながら室内のソファーに腰かけていた。

 夜刀さん曰くヴィーヴルさんは極度の人見知りだそうで、基本的に癒しの存在であるアーシアはいても平気と判断し、この付近にいるのはアーシアを含めた四人だけ。

 それ以外は遠巻きから興味津々にこちらを伺っているようだ。

 ……だけど俺からしてもこれは予想外だった。

 まさか三善龍の一角のドラゴンがこんな感じのヒトとは思わなかったからな。

 今まで見てきたドラゴンは誇り高き強者の風格を醸し出していて、たまにおバカだけどそれでも凄まじい力を持つ存在ばかりだ。

 だけど何だろう……このヴィーヴルさんからは凄まじくアーシアと同じ雰囲気が感じられる!

 

「では改めて紹介するでござる。この方は三善龍の一角、癒しの力を司るヴィーヴル殿でござる」

「は、は、初めまして!き、君のことは夜刀くんから聞いてたから知っています!」

「えっと……初めまして、兵藤一誠です」

 

 うぅ~ん……なんだか向こうがむやみやたらに緊張しているせいで、こっちも何とも言えないって感じだな。

 にしても癒しの龍、ね。

 確かヴィーヴルさんは絶対的な癒しの力を持つドラゴンで、その力でたくさんの存在を救い、そして三善龍の一角と呼ばれるようになったというのは、以前夜刀さんから聞いたことがある。

 ただ癒しの力というのはアーシアの時の騒動から考えても絶大なもので、その力を欲しがったあらゆる勢力から姿を隠すために隠居したというのは既に聞き及んでいる。

 

「ちなみにヴィーヴル殿は完全な人見知りの甘ちゃんでござる。寂しがり屋にも関わらず自分から積極的になれないという難儀な存在で、中々拙者も気に掛けるしかないもので……」

「……夜刀さんも大変なんですね」

 

 俺は憐れみの視線を送りながら、肩を下ろす夜刀さんの肩をそっと手を置く。

 夜刀さんは俺の言葉に感動したようにギュッと手を握ってくると、するとその隣で……

 

「や、夜刀くん!なんだかすごくすごく馬鹿にされている気がするんだけど!?」

「真実を言ったまででござる」

 

 ヴィーヴルさんが喚いていた。

 夜刀さんはそれに対して冷徹にもそう言い切る……これはまるで兄と妹を見ている気分だな。

 手のかかる妹と、頼りになる兄って感じだ。

 ―――改めて観察してみると、確かにヴィーヴルさんからはドラゴン特有の禍々しく強い気のようなものは感じない。

 オーラは限りなく優しく包み込むような感じで、夜刀さんが三善龍で随一の戦闘に関する実力者というのも納得だ。

 三善龍は力というよりも良き行いや特異な能力が秀でているから、ヴィーヴルさんは戦闘には適していないんだろう。

 っていうか普通の女の子だもんな。

 見た目からしても、オーラからしても。

 

「もうもうッ!夜刀くんは昔から私に意地悪ばっか言うんだから!もっと優しくし―――あぅ……」

「はぁ……全く、ヴィーヴル殿は相変わらずでござる」

 

 すると夜刀さんは溜息を吐きながら、ヴィーヴルさんの言葉を遮るように頭を撫でる。

 ヴィーヴルさんは突然のことで驚くも、次第に猫のように静かになって体を気持ちよさそうに震えさせていた。

 ……っと、すると隣に座っているアーシアがツンツンと俺の横腹を突いた。

 

「イッセーさん、ヴィーヴルさんってもしかして寂しかったんじゃないでしょうか?」

 

 アーシアは俺の耳元で、出来る限り小さな声でそうボソボソと呟いた。

 ……寂しかった、か。

 確かに見た感じでは夜刀さんとヴィーヴルさんの間には、入り込む余地のないような絆のようなものは感じる。

 それこそ兄妹のようか関係性だ。

 しかも夜刀さんは俺の知るドラゴンの中でも面倒見がよく、更に戦慄するほどカッコイイと来たものだ。

 人里離れたところで一人で暮らしているヴィーヴルさんが寂しがるのは当たり前、か……

 流石と言うべきか、アーシアの優しさは相変わらずのものだな。

 

「アーシアがそう言うなら、そうかもしれないな」

「きっとそうですよ。だってあの二人を見ていると、凄く心が和みますから」

 

 アーシアはそう屈託のない笑顔でそう断言する。

 俺はアーシアといるだけで心が和む、とは言わないでおこう。

 なんかまた面倒なことになりそうだから!

 

「―――っと、そうではないでござる!拙者がここに来たのはこのようなことをするためじゃないでござる!!」

「こ、このようなこと!?夜刀くん、それはちょっと酷いよ!!」

「喧しいでござる!そもそもヴィーヴル殿が望んでここに来ていることを理解してござるか?」

 

 夜刀さんはキリッとした目つきでヴィーヴルさんを見ると、彼女は体を縮こませて、バツの悪そうな表情となった。

 正に親に叱られた娘って感じだ。

 いや、親鳥に置いて行かれた雛鳥の間違いか?

 

「まずは仕切り直しでござるーーーっと、アーシア殿。その節はイッセー殿を救って頂き、誠感謝しか浮かばないでござる!長らく感謝の念を贈ってなかったが、この場を機会に礼をしたいでごさる!」

「そ、そんな大層なことはしていませんよ?」

 

 アーシアは突然の夜刀さんの荒ぶる言葉に苦笑いをしながら、謙虚にそう言った。

 実際には大したことだと思うんだけど、アーシアがそれを自分から自慢げに語るはずもない。

 

「何を言うでござる!イッセー殿の心も体も救ったのでござる!―――家族とすれば、感謝しても仕切れぬ。ファミリーの誰しもが言葉には出さぬが、イッセー殿が覇に囚われた時、我らドラゴンファミリーは何も出来なかったでござる……っ!」

「…………」

 

 夜刀さんはその拳から軋むような音がするほど、悔しそうな表情を浮かべて手に力を込めた。

 肩は震えて、そんな夜刀さんを見て隣のヴィーヴルさんは一瞬目を丸くし、そして次第に優しそうな目をした。

 ……夜刀さんは誰よりも立派で、優しいヒトだ。

 だから背負わないで良い自分に対する怒りを背負って、そして今は苦しんでいる。

 そしてそれは俺のせいだ。

 あの時、俺はどうあがいても覇龍を発動しないなんて選択肢を選ぶことは出来なかった。

 それほどにアーシアを失った時の喪失感は測りに乗せることが出来ないほど苦しいもので、アーシアがいなかったら文字通り俺は止まることも出来なかった。

 ……だから、夜刀さん。

 貴方がそんな顔をすることはないんだ。

 俺がもし夜刀さんの立場だったら、同じような反応をすると思う。

 きっと自分を責める。

 だけど―――夜刀さんが俺だったら、きっとあなたも俺と同じような考え方をするはずだから。

 だから……―――

 

「だったら―――俺を守ってください、夜刀さん」

「―――イッセー、殿?」

 

 俺の言葉に夜刀さんの表情がポカンとする。

 俺の言葉は隣のアーシア、更には向かい側のヴィーヴルさんすらも目を丸くしていた。

 

「俺はきっと、これからもこんな自分を変えることが出来ません。何かを守る。それが例え俺の強迫観念でも、それは俺のやりたいこと……変えたくないんです、そんな自分を」

 

 俺は間髪入れず、話を続ける。

 

「だから、守る俺を守ってください。もしも夜刀さんがピンチになったら俺が夜刀さんを守ります……だから―――一緒に戦ってください」

「―――ッ!当、然でござるッ!!拙者はこの身に邪気を覆っても、家族を守るでござる……!!」

 

 夜刀さんはほんの少し目元を赤くしながら、力強く心強い言葉を以てそう宣言した。

 ……ありがとう、夜刀さん。

 ―――なんとなく、俺はそう思った。

 

「……うんうん、そっかそっか―――夜刀くんがあなたを大切に想う気持ちが分かった」

「ヴィーヴルさん?」

 

 その時だった。

 何度かうんうん、と頷きながら何かを納得したようヴィーヴルさんが俺の顔を真っ直ぐと見ていた。

 その目は慈愛そのもので、視線だけで何かを癒しているみたいに感じた。

 

「似てるの。あなたは、私達の大切だったディン君に―――全て自分一人で背負って、何かを守るためだけに力を振るった……そんな大好きだったドラゴンに」

「……三善龍の一角……封印の刻龍(スィール・カーヴィング・ドラゴン)

 

 俺はディン……全ての悪意を背負い、その身を果てさせてまで何かを守ったドラゴンの名を不意に呟いた。

 以前、夜刀さんから聞いた今は亡き三善龍の最後の一匹。

 封印を司り、邪龍や世の害となる存在を自身の身に封印し続け、最後は限界を迎えて死を迎えた善龍のことを。

 俺がそれを呟いたとき、ヴィーヴルさんは目を瞑って深呼吸して、そして目を開いた。

 

「そう……全ての悪意をその身に引き受けて、多くの命を救ってきた私と夜刀くんの仲間。赤龍帝くん―――イッセーくんはディンくんと考え方も、有り方も……心意気も何もかもそっくり」

「……考えてみれば、そうかもしれないでござるね」

 

 ……夜刀さんはヴィーヴルさんの言葉に同調するように言葉を漏らした。

 

「夜刀くんがイッセーくんと私を会わせたいって言った意味も分かった。君の前だったら、そんなに恥ずかしいとかそんな感情はなくて……どうして、どうしてかな?―――君のことが他人のように思えない」

「……そう、ですか」

 

 俺は言葉では言い表せない言葉の凄味に、自分の言葉を失う。

 優しい口調なのに、ヴィーヴルさんの言葉は余りにも清々しく、そして何よりも重かった。

 まるで少し寂しいような、悲しんでいるような声。

 ……そうか。

 既に命を失い、魂だけの存在となった三善龍最後の一角であるディンさん。

 ―――そのドラゴンに対する彼女の気持ち。

 それが今のヴィーヴルさんの言葉の重みや、そして寂しそうな声音につながっている……俺はなんとなくそう思った。

 ……俺だってそうだから。

 だからかな―――このヒトとは、どこか他人のようには思えない。

 何かを失った、そんな思いを持っている者同士だから。

 

「俺は……その、あなたに会えて良かったです―――ホント、良かった」

「え、えっとえっと……うん。わたしも出会えて良かったよ!」

 

 ……ああ。

 本当に、出会えて良かった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 俺と同じ思いを共有してくれるような人と会うことが今の俺からしたら嬉しかった。

 

『…………そうか―――相棒、お前は……』

 

 ……ドライグ、今は静かにしておいてくれ。

 お願いだから―――

 

『分かっているさ、相棒』

 

 ドライグは全てを悟るようにそれ以上は何も言わなかった。

 

「そ、その……紹介が遅れましたが、私はアーシア・アルジェントと申します!」

 

 ―――沈黙を良い形で破るように、アーシアは少しばかり明るめの声でそう頭を下げながら自己紹介をした。

 ……アーシアには助けられてばっかりだ。

 俺も今のこの沈黙をどうにも出来なかったら、凄く有難かった。

 ―――するとヴィーヴルさんの視線はアーシアへと向かった。

 互いに視線が通うアーシアとヴィーヴルさん。

 綺麗な金髪と銀髪、優しそうで穏やかな目。

 二人は少しの間、沈黙で互いの姿を確認し、そして―――

 

「い、イッセーさん!どうしましょう!!私、ヴィーヴルさんと友達になりたいです!!」

「夜刀くん、夜刀くん!どうしよう、どうしよう!!このアーシアちゃんと仲良しになりたいよ!!」

 

 ………………二人同時に、ほとんど同じことを俺と夜刀さんにそれぞれ言った。

 ―――あれか?言葉には出来ないインスピレーションを感じたとか?

 運命的なものを感じ取ったとか、そんな見解で良いのだろうか……とにかく俺はアーシアに言ってあげることにした。

 

「うん……普通に仲良くしてくださいって言えば大丈夫だと思うよ?」

「アーシア殿ならば簡単に受け入れてくれるでござる」

 

 俺と夜刀さんは苦笑いをしながらそうアドアイスをすると、すると二人は同時にハッとするような顔をし、そして互いに顔を再び見合わせて……

 

「「わ、わ、わたしと友達になってくださ―――はぅ!?」」

 

 ……まるでシンクロをするように同時に頭を下げ、その結果二人は勢いよく互いのデコを衝突させるのであった。

 ―――ああ、分かった。

 この二人、すっごく似た者同士な上に、行動とか性質とかほとんど一緒なんだ。

 恥ずかしがり屋なところとか、凄く一生懸命なところとか。

 案外好みとか趣味とかも一緒なのかもしれないな。

 ……っていうか、なんだろう―――この二人の絡みを見ていると、何故か心がホッコリと癒される!

 ちなみに今は二人とも、ぶつけた額を痛そうに抑えている。

 それで互いに癒しのオーラを出して、相手の額を回復させていて―――ってえぇ!?

 まさかの相互回復をこんなところでするなんて思いもしなかった!!

 

「むむ、むむ!アーシアちゃんの回復力、すごいよ!凄く優しい感じがする!しかも精度が高いッ!!」

「ヴィーヴルさんの回復もすごいです!!あっという間に痛みが消えました!!それに私のものよりもすごいです!言葉では言い表せないほど!!」

 

 アーシアはヴィーヴルさんの橙色の回復のオーラを見て、対するヴィーヴルさんはアーシアの碧色の回復のオーラを見て互いに驚く。

 おぉ……これは癒しコンビ結成の瞬間を俺は目の当たりにしたんじゃないか?

 っていうかこっちを興味深そうに見ていた皆もこの光景を見て和やかな表情をしている!

 

「イッセー殿……歴史の始まりでござるね」

「ええ、その通りです」

 

 俺と夜刀さんは二人を見ながら、そのような訳の分からないことを話すのであった。

 ……うん、この癒し力の高い二人を見ているなら当たり前だ。

 そう思った―――っと、その時、俺の携帯電話が鳴る。

 ディスプレイの画面に表示されているのは……アザゼルだ。

 ってことはつまり、龍門(ドラゴンゲート)が完成したのか。

 俺はそっと携帯電話をポケットに突っ込み、そして立ち上がってヴァーリと匙の方に歩いて行く。

 そして―――

 

「さあ、行こう。そろそろ時間だ」

 

 そう言って、アザゼルが待つ地下のホールへと向かうのだった。

 ―・・・

 

 俺にヴァーリ、匙と夜刀さん、ヴィーヴルさんを乗せたエレベーターが地下に向かって下がっている時だった。

 

『……相棒。本当のことを教えてくれないか?』

 

 その時、ドライグが唐突に俺だけに聞こえる声……いや、実際にはフェルと俺にだけ聞こえる声でそう尋ねて来た。

 ……やっぱりドライグは気付いていたんだな。

 

『……私も、ある程度は悟っていました―――主様が何故、このタイミングで自分の事を全て仲間に話したのか……言葉の節々の重みも』

『第二の親である我々が知らないわけもないだろう?』

 

 そうだよな。

 ドライグとフェルだもんな……全部、悟っていて当たり前だ。

 だから、そんな絶対の信頼を二人に向けているから俺は二人には何も言わないんだ。

 

『寂しくはあるが、嬉しくもあるな……そう言ってもらえると』

『……主様』

 

 ……ああ。

 ならさ、ドライグにフェル。

 俺から一つ、大切なお願いがあるんだ。

 

『……考えてみれば、相棒が誰かに何かを頼むことは珍しい―――言ってみろ、相棒。俺は相棒と常に共にある』

『我々は主様に付いて行きます。例えそれが修羅の道でも、茨の道でも……どんな道でも』

 

 ……ありがとう。

 ならさ。

 

 

 

 ―――――――――最後まで、死ぬその時まで俺と一緒に居て、一緒に戦ってくれるか?

 俺がそう言った瞬間、俺の意識は一瞬で神器の中。

 俺が夢の中で二人と会う空間へと行っていた。

 俺の目の前には赤き龍と白銀の宝石のような龍がいる。

 生前のドライグとフェル。

 誇り高き赤き化身のドラゴンと、この世で最も美しいドラゴン。

 その二人が俺の前に立っていた。

 

『相棒―――その言葉、単なる自己犠牲ではないな?』

「……ああ。そんな安いものじゃない。自分でも理解している―――俺が死ねば悲しむ人がいる。苦しむ人がいる……俺の命は決して安いものじゃないってことくらい分かってる」

『ならばなぜ、そう言うのです?』

 

 ……二人の声音は優しいものだ。

 俺を非難しようとしているものでも、否定しようとしているものでもなかった。

 ―――俺は、答えを出したんだ。

 ヴィーヴルさんに出会って、母さんと父さんという大切な存在に包まれて……大切な仲間に囲まれて。

 そんな人たちを守りたい。

 

「ロキとの戦いは正直言えば勝てるかも分からない。確実に全員が生き残る方法なんてあるとは思わない―――例えばさ、俺が決死の覚悟で全力で戦って、俺一人だけが死ぬのと、それとも何人も犠牲が出て、そして俺が生き残る……そんな選択肢があれば俺は―――――――――絶対に、前者を選ぶ」

『……それのどこが自己犠牲ではないんだ?』

「自己犠牲だよ。だけどそれだけじゃないんだ―――守りたいんだ。これは俺がずっとずっと……兵藤一誠になる前から思っていたんだ。だけど色々なことがあり過ぎて、その心を忘れて、ただ守ることが強迫観念になっていた」

『……主様はどうしたいのですか?』

 

 ……言おう。

 俺の全ての気持ちを、思いを。

 誰よりも俺の傍にいた二人に。

 

「失うことに対する恐怖から来る強迫観念じゃない……例え俺がいなくなって、皆が悲しむことになっても、やっぱり俺は皆に生きてもらいたい……皆、俺と同じ気持ちだと思う―――だけど俺は、死んでもロキを倒す」

 

 そして―――

 

「だから、俺と最後まで戦ってくれ。俺に力を貸してくれ。最後の最後まで、一緒―――」

『言うな。分かっているさ』

『ええ、全く以てそうです。こうなった主様の頑固さと強情さはわたくし達が誰よりも知っています―――ですが知っていましたか?ドラゴンというのは諦めが悪いのです』

 

 ……俺の言葉は二人によって遮断された。

 ドライグとフェルは、何を言っているんだ……?

 

『相棒は俺たちを舐めているぞ。そんなもの、最初から覚悟の上だ。例え消えることになっても俺たちは相棒と共に戦い抜く』

『戦い抜くというのは、つまり勝つのです。死ぬことなんて許しませんし、させません―――大切な子供なんですよ?兵藤謙一も、まどかさんも言っていたでしょう?』

 

 そして二人は共に黙り、次の瞬間……

 

『『子供を守るのが親の役目だ!!』』

 

 そう……高らかに宣言した。

 

『相棒がそうであるように、俺は相棒のためならこの命、簡単に落とそう。相棒を守るためならばむしろ喜んで死神に魂を売ろう』

『ですがそんなことはない―――わたくしとドライグは何があっても主様を守ります。主様が仲間を、大切な存在を守るように我々も主様を守りましょう』

「だけど、それは……」

 

 二人は俺の制止の言葉を聞かずに、そして話し続けた。

 

『ははは!!俺たちは似た者同士だ。互いに大切に想っていて、それを守るためならば命すらも惜しくないと考えるほどにイカレている……だがそれの何が悪い?互いにそう思っているならば、全てを守り抜いてみせようぞ―――我が相棒、兵藤一誠!』

『頑固でも我が儘でも、自己犠牲でも構いません。わたくし達は互いに守り抜き、戦い抜きます……だからこそ、我が主様よ―――死なせません。あなたを必ず守ります』

 

 ……………………有無を言わせないっていうのはこういうことを言うんだろうな。

 だけど……ああ、分かったよ。

 命を天秤に乗せる。

 だけど俺は死なない。

 だって俺が死んだら、二人も死んでしまうんだろう?

 命を賭けるんだろう?

 ……なら戦い抜いてやる。

 だから俺は―――

 

「――――――絶対に、負けない」

 

 そう誰にも聞こえないような声で、俺は目を開けてそう言った。

 それと同時にエレベーターの扉が開き、そして俺たちは奴を倒すための算段への一歩を踏むのだった。



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第10話 居眠りドラゴンは物知りです!

 エレベーターの扉が開いたそこには既にいくつかの影があった。

 兵藤家に出来た地下の空間は異様なまでに広大なものであり、たとえば体長が十数メートルの物体でも入ることが出来る。

 つまり……そこには巨大なドラゴンであるタンニーンのじいちゃんがいた。

 

「これは久しいな、イッセー。お前の顔を見ることを楽しみにしていたぞ」

「タンニーンのじいちゃん!ああ、久しぶり!」

 

 タンニーンのじいちゃんは二カッと凶悪ながらも笑みを浮かべる。

 まあドラゴンだから何とも言えない笑顔だけど、それは言わないでおこう。

 

「ひ、ひぃぃぃ!?や、夜刀君!ど、ドラゴンがいるよぉぉぉ!?」

「落ち着くのでござる、ヴィーヴル殿。そしてお主もドラゴンであろう!?」

 

 ……うん、最もな指摘です、夜刀さん。

 まあヴィーヴルさんがそんな感じの反応をするってのは何となく予想はついていたし、まあ順当と言えるだろう。

 

「夜刀も久しいな。以前、学園にイッセーを見に出向いたとき以来か?そしてそちらが…………なるほど、癒しの龍。三善龍の一角か」

「ひ、ひぃひぃ!?こ、怖いよぉ……ッ!夜刀君も、ディン君もこんなに怖くないよぉ……」

 

 ……そこまで言うか?

 俺はマジ泣きしているヴィーヴルさんに対してそんな感情を抱くも、タンニーンのじいちゃんの方を見た。

 

「…………そうか……俺は、ここまで泣かれるほどに恐ろしい形相なのか―――ははは、何故だ?目から汗が……」

「―――じいちゃんはカッコ良いから!!お願いだから泣かないでくれぇぇぇ!!!」

「そ、そうでござる!多少の怖さは歴戦の覇者の証でござる!誇るべきでござる!!」

「多少……そうか、多少も怖いんだな……ははは」

 

 ―――おいおい、何を言っても逆効果か!?

 ならば奥の手を使うしかない!!

 

「汝、我の契約を以て召喚に応えよ!!とりあえず上にいるけど出てきてくれ!チビドラゴンズゥゥゥゥ!!!」

 

 俺はそれっぽく手を開いて魔法陣を三つ展開すると、魔法陣は赤く染まる。

 そして次の瞬間、その魔法陣から三つの小さな姿が現れた。

 

「うぅぅん……はえ?にいちゃん、どうしたんだ?」

「むにゃぁ……すぅぅぅ……にぃ、たん……♪」

「……むむ。にぃにのにおいがする」

 

 ……そういえばお昼寝の時間だったな、こいつらは。

 だからさっきもあの場にはいなくて、俺の部屋でずっとお昼寝してたんだっけ。

 うん、悪いことをした気もするが今は緊急事態だ!

 

「フィーにヒカリ!今、じいちゃんが凄まじい自己嫌悪に襲われているんだ!甘えてあげてくれ!!」

「フィーはにいちゃんにあまえたいぞー!!」

「……フィーに同意。にぃに~~~♪」

 

 おいおい、なんでこの状況で言う事を聞いてくれないんだ!?

 いつもは素直に聞いてくれてるのに!

 

「俺は……怖いか~……泣かせるほどに怖いか―――」

「タンニーン殿ぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ―――あれ、どうしてこんなことになったんだろう。

 今更ながらだが、俺はそう思わざるを得なかった。

 

「……あれ?なんで俺たち、こんなアウェイなんだ?」

「さあね。だけどこれほど伝説級のドラゴンが集まって馬鹿騒ぎとは、それはそれで興味深い……」

 

 ……うん、ごめんな。

 匙は複雑そうな表情で、ヴァーリは興味深そうな表情でこっちを見ているもので、俺はそう心の中で謝った。

 だけど俺もこれは不本意な結果なんだよ!

 っていうかドラゴンファミリーが集まった状況では、これはむしろ普通のことなんだ!

 

「……………………カオスだな、おい」

 

 ……奥の方で龍門を描き終えていたアザゼルはこの状況を見て、苦笑いを通り越して呆れた表情をしながらそう呟いていた。

 ―・・・

 

「―――だからおじいちゃんはこわくないの!」

「そうか……ありがとう、メル!これは俺は戦える!!」

 

 ……とりあえず、あれから少し経って起きたメルの説得により、じいちゃんは何とか元気を取り戻した。

 事の発端となったヴィーヴルさんは夜刀さんからキツイお叱りを受け、今は涙目で正座中。

 こっちに助けを求めるような目を送るものの、当の俺は完全に放置していたりする。

 

「ったく、お前らはよくもまあ集まればそこまで騒げるもんだな。むしろ感心するぜ」

「本意じゃないって言ってるだろ?」

 

 とはいえ、そう言われても可笑しくないから困ったものだ。

 むしろ今回はこの場にオーフィスやティアがいなくて助かった。

 …………っというか、ドラゴンファミリーの面々には俺のことをどう説明すれば良いんだ?

 今更だけど、そのことに頭を悩ます。

 チビドラゴンズは既に知っていると思うけど、特に一番話さないといけないような人種(オーフィスとティア)が当分は帰ってこれない現状。

 ……あれ、嫌な予感がする。

 

『……まあいないのだから仕方あるまい。後で謝ればなんとかなるさ』

『ええ、覚悟は必要だと思いますけど』

 

 笑いながら言えることじゃないよな、フェルさん!?

 ドライグもなんか軽い!!

 心の中でそうツッコむも、誰かが反応してくれるはずもなく肩を落とす。

 ……っと、話が脱線しすぎているな。

 とりあえず、だ。

 

「とにかく、龍門は完成したんだろ?アザゼル」

「当然だ。陣は完璧で、あとは所定の場所にお前らが立てば今すぐにでも奴の意識を呼び出せる」

「……?アザゼル、確か龍門はそもそも、それ相応の場所を用意する必要があるはずだ。意識を呼び出すための空間、それをまずは作らないといけないはずだが……」

 

 ヴァーリはアザゼルにそう指摘する。

 へぇ、そんな制限があるんだな。

 だったら空間もへったくれもない、兵藤家ではそんなことがまず不可能なはずだけど。

 

「ああ、それなら問題ねぇ。オーフィスがイッセー側に来るって知った時に、もしもの時のためにと思ってサーゼクスに頼んで、この家全域を龍門発動可能領域にリフォームしてもらったからな」

「…………お前、ヒトの家に何してくれてるの?」

 

 俺はアザゼルのカミングアウトに青筋をぴくぴくと動かしながら、出来る限り冷静に言葉を掛ける。

 ……通りでこの空間が他と比べて異常に広いわけだよ!

 とにかくそれについての追及は後だ。

 

「この場に集まっているのは……二天龍であるドライグとアルビオン。龍王であるヴリトラ、ファーブニル。三善龍の夜刀、ヴィーヴル。それと謎のドラゴンのフェルウェルか」

「うぅぅ……絶対、俺この場において無用な存在だろ……ってか役に立たない存在ナンバー1じゃん!」

「……一応匙もヴリトラの力は宿しているんだから、そんな自分を卑下にしなくても」

 

 まあ無理もないか。

 ここまで伝説級のドラゴンが集まっているんだからな。

 っていうか匙は一度、ドラゴンファミリーから制裁を受けているんだよな。

 チビドラゴンズを馬鹿にしたから―――そう思った時だった。

 

「そういえば貴様は以前のゲームの際、チビ共を馬鹿にしたのであったな……ッ!!今更ながら思い出したぞぉぉ!!」

「ひ、ひぃぃぃぃいい!!?ご、ごめんなさいごめんなさい!!もうしませんから!!夜刀様とかオーフィス様とかティアマット様からぁぁぁ!!!」

 

 ……匙がタンニーンのじいちゃんの激昂を見た瞬間、小刻みに震える!!

 既にトラウマ化している例の事がフィードバックしたんだろう。

 とにかく生まれたての小鹿みたいだ。

 

「……なるほど、少しあの時はやり過ぎたでござるか?いや、しかし実際にやったのはオーフィス殿とティアマット殿であって、拙者は”無双・億変化の刀舞”を直撃は避け、当たると思わせる恐怖を演出しただけなのでござるが……」

「十分やり過ぎ!それって修行の時に俺に対してした、それぞれ性質の違う刀を投合する技だよな!?」

 

 俺は夏休みの修行の時にされた、夜刀さんの奥義の一つを思い出してげんなりする。

 無数の刀を宙に浮かせ、それぞれ性質の違う強力な刀を投合するという恐ろしい奥義―――あんなの思い出したくもないトラウマだ。

 匙はあんなものまで目の当たりにしたのか……あそこまでビビるのも納得できる。

 ……とりあえず頭のネジがその時は外れていたんだろうと思う。

 とにかく匙が使い物にならなくなる前にどうにかしないと!

 

「フェル、とりあえずじいちゃんを止めていてくれ」

『了解です、主様』

 

 フェルは俺の言葉に反応するように、俺から分離して機械ドラゴンとなる。

 そしてパタパタとじいちゃんの方に向かって飛んでいった。

 じいちゃんの方はフェルに任せるとして……よし、とりあえず用意はするか。

 

「アザゼル、指示を頼む」

「はぁ……やっと収拾付いたか。まずは所定の位置につけ。一応、ドラゴンであるからチビドラゴンズはイッセーの傍に、その左右にヴァーリと匙だ」

 

 アザゼルは嘆息を一つ漏らしつつ、的確に俺たちに指示を出す。

 それぞれのドラゴンは各自、所定の位置に描かれている魔法陣の上に乗り、そして少しすると魔法陣からそれぞれ色の違う魔法陣が光を浮かべた。

 俺の魔法陣は赤、ヴァーリは白で匙は黒色。

 フィーたちチビドラゴンズはそれぞれ朱色、黄色、蒼色の魔法陣で、タンニーンの爺ちゃんは紫色、夜刀さんは群青色でヴィーヴルさんは桃色。

 そして機械ドラゴンと化したフェルは白銀色で、アザゼルの持つファーブニルが封じ込められた宝玉の元には金色の魔法陣が浮かんだ。

 ……ここまでのドラゴンが集結したのは中々ないんじゃないか?

 

「これほど多くのドラゴンが集結するのも中々に珍しいものだ……長生きはしてみるものだな」

 

 じいちゃんは感慨深そうに、俺の思ったことを代弁するように呟いた。

 二天龍に五大龍王、三善龍に創造の龍までいるんだからな。

 これでミドガルズオルムが反応しなかったら洒落にならないぞ!

 ……しかしそれも杞憂で終わった。

 次第に龍門は発動されていき、俺たちの前には何かの立体映像が浮かび上がる。

 その映像の下には灰色に光る巨大すぎる魔法陣が描かれており、そして―――は?

 

「で、で、でけぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!?」

 

 ―――その驚きに満ちた声は俺の隣にいる匙からのもので、しかしそれは納得だ!

 何故ならそこに現れた存在は……今まで見てきたドラゴンと比べても一線を風靡するほどの巨体だからだ。

 今まで見てきたドラゴンの中で最大の大きさなのは、100メートル以上の大きさを超す、孤高にして最強のドラゴンであるグレートレッド。

 だけど目の前のドラゴンはそれの何倍ものサイズで、ここにいるドラゴンの誰よりも巨大だった!

 

「ど、ドラゴンの……おばけ……はふ」

「ヴ、ヴィーヴル殿ぉぉぉ!?」

 

 ほら!

 ヴィーヴルさんがあまりにも大きすぎる肢体に驚いて、気を失うほどに凄まじい!

 こんなドラゴンからどんな話を聞くって言うんだよ!

 終末の大龍とは良く言ったものだ。

 ここまでの巨大なドラゴンから発せられる声音や言葉、俺はそれに対してかなりの期待をこの時は持っていた。

 ……そう、その時までは。

 

「……んん?なんで龍門繋がってるのに反応しないんだ?」

 

 俺は蛇のようにとぐろを巻いた東洋系のドラゴンの様子を見て、不意にそう言葉を漏らした。

 これほどの伝説級のドラゴンが集まっているのにも関わらず、ミドガルズオルムは反応を見せない。

 

「……やはりこやつはそうなのか。数えるほどしか会っとらんが、怠惰なドラゴンなものだ」

「じいちゃんはこの巨大なドラゴンと会ったことがあるんだ」

「ああ。数えるほどしかないが、やはりこいつの本質は残念の極み―――なに、じいちゃんに任せるが良い」

 

 するとじいちゃんは二カッと笑みを浮かべた後に大きく息を吸い込む。

 じいちゃんのお腹は膨れ上がり、そして……

 

「―――起きんか、この怠け者がァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 …………次の瞬間、家の全体を揺るがすほどのじいちゃんの怒声が響くッ!

 流石は元龍王の怒号だ!

 魔王並の威圧感……流石はタンニーンのじいちゃんだ!

 さて、これで反応の一つや二つは―――

 

『……ぐごぉぉぉぉぉぉぉぉおお……はたらいたら……負け……ずごぉぉぉぉぉぉぉ……』

 

 ……めっちゃ寝てた。

 そりゃあもう、じいちゃんの怒声を無視するレベルに熟睡に加え、誇りも威厳の欠片もない寝言を添えて。

 なおその反応に唖然としているのは何も俺だけではない。

 

「……………………ほ、ほう。きょ、興味深いな」

「い、今の咆哮でなお寝てる?嘘だろ?」

 

 ……ヴァーリが、引いていた。

 あの戦闘以外に何も興味はありませんと常日頃から言っている、あのヴァーリが苦笑いを通り越して引いていた。

 匙は匙である意味でミドガルズオルムの反応に戦慄しており、アザゼルや他のドラゴンは頭を抱えて溜息を吐いていた。

 ―――っていうか、終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)ってまさか……そういう意味なのか?

 

『残念ながら、その通りだよ。相棒―――奴はドラゴンの中でも度を過ぎた怠け者として有名なドラゴンだ。我の強い神々があまりにも怠け者過ぎて、せめて世界の終末だけでも良いから働けと言われたほどだからな』

 

 ……俺はガクリと肩を落とす。

 これまで見てきたドラゴンは若干のおバカさは持っているものの、やはり誇り気高きプライドや恰好の良さを持っていた。

 だけどこれはあまりにも……ッ!!

 

『主様、現実とは残酷なもの……受け止めるしかないのです』

 

 フェルが魂だけこちらに飛ばしてきて、そんな悲しい現実を突きつけるッ!

 俺の持っていたドラゴンに対する憧れをそんな簡単に捨て去れるか!

 俺は諦めない!

 このドラゴンだって話せばきっと素晴らしい何かを持っているはずだ!

 

『『…………………………………………』』

 

 無言は止めてくれ、二人とも!

 ……とにかくまずはあれを起こすところから始めないといけないようなのだった。

 

 ―・・・

 

『ふはぁぁぁぁ……ああ、眠い……あれ、なんか色々とすごい龍の波動を感じるけど…………とにかくお休み~……すぴー』

「「「「「「「「「起きろ!!!!!!!」」」」」」」」」

 

 俺たちの声が一つになった、奇跡の瞬間だった。

 ……あれから何故かこのドラゴンを起こすのに数十分掛かった。

 ミドガルズオルムは寝起きが凄まじく悪く、最終的にはその場にいるドラゴンたち全ての殺気をあいつに集中させ、ようやく起こすことに成功した。

 その努力も今まさに無駄になろうとしていたけど!!

 

「……ね、ねぇねぇ、イッセー君……あのミドガルズオルムくん、すっごくすっごく大きいけど、全く怖くないって感じるのは私だけかな?」

「いえ、この場の全員がそれを感じ取っているはずです―――絶対に」

 

 俺はヴィーヴルさんの言葉を完全に肯定し、多少の睨みをミドガルズオルムに向けた。

 可憐なチビドラゴンズの必死の言葉すらも聞き届けなかった不届き者だ!

 許せない!

 

『うぅぅ~ん……声が大きくてうるさいよぉ……あ、タンニーンだ。おひさ~。それになんかいっぱい顔なじみがいるね~』

 

 ミドガルズオルムはその巨大な目で辺りを見渡しながらそう呟いた。

 なお既に俺の中の奴に対する希望観測は一切ない。

 

『あれぇ?ドライグやアルビオンがいるの?しかもヴリトラとファーブニルもいる。それと三善龍の二角の夜刀神とヴィーヴル……ああ、ディンは僕が眠っている間に神器に魂を封じられたんだっけか……ははー、これはまたたくさんのドラゴンが集まってるね~。有望そうなドラゴンもいるし―――それに全く知らない、波動が桁違いなドラゴンまでいる』

 

 ……ミドガルズオルムから発せられた言葉から、俺は単純に驚いた。

 ただ見て、感じただけでずっと眠っていたはずのあいつは、次々に全部言い当てていったんだ。

 そして最後はフェルの方を見てそう言った……波動が桁外れのドラゴン、か。

 当然、始創を司るドラゴンな上に、生前の力だけを言えば下手すれば龍神と真龍にも届き得る存在だからな。

 

『あと~、そこにいるドライグを宿している君ー。君からはオーフィスの匂いとグレートレッドの波動を感じるんだよね~。今代の赤龍帝?にしては破格のオーラと質だし……あ、でもどこか悪魔の匂いがするし……なるほど~、転生者かー。君の主はやり手だねぇ……赤龍帝を眷属にするなんて、将来有望だよー』

「……ごめん、俺、あんたのことを残念なドラゴンとばかり思ってた。いや、今現在も思っているんだけど……」

『間違ってはいないよ~?僕は知識だけが取り柄だからねー。眠っているのは知識を蓄えるためなんだ~―――たぶん』

 

 ……認識、改めなくても大丈夫そうだな。

 うん、すごいと言えば間違いなくすごいドラゴンなんだけど、もう尊敬とかする気にはならない。

 

『んん~、でも君からは赤龍帝以上に、何かが匂うねぇ。なんだろう、僕も少し興味が生まれているのが不思議だよ~』

『相棒はドラゴンを惹きつける才能を持っているから当然だ、ミドガルズオルム』

『おぉ、ドライグ!君もおひさだね~……なるほど、ドラゴンに好かれる才能か。ならこれだけのドラゴンが集結するのもうなずけるね~』

 

 ドライグは俺の手の甲から宝玉として出現し、ミドガルズオルムにそう言葉を投げかけると、ミドガルズオルムは納得するような声音を上げる。

 

「この場にはいないが、オーフィスとティアマットも我らの仲間だ。お前が眠っている間に色々とドラゴンの世界も変わってきているぞ、ミドガルズオルム」

『ほほー、あの静寂にしか興味がなかったオーフィスと、暴れまわるのが大好きな困った龍王最強のティアちゃんがねー……ドラゴンが仲間、か~。少し眠っている間に面白いことになってたんだねぇ。なるほど、そんな赤龍帝だからこそ肩を揃えてこの場にいることが出来るんだね』

 

 するとミドガルズオルムは俺とヴァーリの方を見ながらそう言った。

 

「……噂はかねがね聞いていたが、思っていた以上に博識……いや、頭の回転が早いと言うべきか。恐れ入った、ミドガルズオルム」

『いやいやー、そんなことはないよー?凄いと言うのはタンニーンとか、三善龍のことを言うんだよぉ』

 

 ……確かに三善龍である夜刀さんもヴィーヴルさんも、ドラゴンのために龍王を捨てて悪魔になったタンニーンのじいちゃんもすごい。

 ミドガルズオルムは怠け者だけど、その辺りはしっかりと理解して評価しているのか。

 もしかしたらこのドラゴンは龍王最大の情報通のドラゴンなのかもしれないな―――年中寝てる癖に。

 

『……おやおや、何故か貶された気がした気がするんだけど……ま、いっかー…………それでどうして僕を呼んだんだい?』

 

 そう言えば本題に関してまだ何も話が進行していなかったな。

 ミドガルズオルムの言葉でようやく本題に踏み込めるということで、アザゼルはミドガルズオルムに問いかけた。

 

「聞きたいことは他でもない。ミドガルズオルム、お前の父と兄妹の事が聞きたい」

『ああ、なるほど~。とうとうダディとワンワンとお姉ちゃんは本腰入れて動いたんだね~。昔からオーディンのやることなすことに異議を唱えていたけど、やっぱり反逆がダディたちの終末かー』

 

 ミドガルズオルムはうんうんと頷きながら、軽い口調でそう言った。

 

「お前はこうなることを予知していたのか?」

 

 タンニーンのじいちゃんはミドガルズオルムにそう尋ねると、ミドガルズオルムは首を横に振って否定する。

 

『可能性の話だよー。昔からダディは野心家だったからねぇ……でもダディは野心を抱く故に油断はないよぉ~?油断しているようで油断の隙も無いトリックスター。北欧の神々の中でも異質な存在がダディだからねぇ……タンニーンたちはダディを相手に戦うの?』

「ああ、そうだ」

『なるほどぉ……ならワンワンとお姉ちゃんまで付いてくるんだ。大変だねぇ……実力的な意味でダディよりも厄介なワンワンと、性格的な意味でダディよりも厄介なお姉ちゃんを相手にするなんてねぇ』

 

 ……流石はロキの息子だ。

 自分の兄妹の事は完全に理解しているんだな。

 確かに奴らは面倒以外の何物でもない。

 実力も何もかもが超一流の化け物たちだ。

 だからこそミドガルズオルムから情報を得て、あいつらを倒すための算段のつけるんだ。

 

『ワンワンの牙は神を簡単に屠る神殺しの力だからねぇ。真正面から対抗するなんて、それこそ全盛期の二天龍くらいしか出来ないねぇ……お姉ちゃんはそもそも死なないし、しつこいし価値観が歪んでるから……まあどっちも弱点はあるよー?』

 

 弱点……その言葉を聞いて俺は不意に高揚した。

 あの化け物にも弱点は存在することに対する安心感と、対抗は可能という希望の光が見えてきたことが。

 その二つを感じで俺は武者震いのように体が震え、鳥肌が立つ。

 

『ワンワンは魔の鎖(グレイプニル)を使えば行動をある程度抑えることができるよぉ~。でもダディの頭の良さを考えればそれも対策されているんじゃないかな?』

「……オーディンとロスヴァイセが北欧から得た情報では、グレイプニルではフェンリルは抑えることが出来なかったそうだ。それを鑑みれば」

『間違いなく強化してるよねぇ。ダディがそんなことを怠るとは思えないしー……ならダークエルフに協力を呼び掛けて、鎖を強化してもらえばいいんじゃない~?』

 

 ミドガルズオルムはそんな提案を俺たちにする。

 ダークエルフ、か……悪魔とか天使がいるんだから、エルフがいても不思議はないよな。

 にしてもどうしてミドガルズオルムは自分を生んだ父や兄妹の情報を俺たちに流すんだろう。

 あいつらを倒すってことは、こいつの家族を傷つけるってことなのに。

 

「ミドガルズオルムは良いのか?」

 

 俺はミドガルズオルムに対して、今思ったことを聞くことにした。

 ミドガルズオルムは一回あくびをし、そしてその大きな瞳で俺をじっと見てきた。

 

『良いってなに~?もしかして僕の流す情報が実は嘘でした~……っとでも思ったのかなー?』

「違う……ロキやフェンリルとかヘルとかはさ。一応はお前の家族だ。なのにお前は何も無理することなく、家族の弱点をベラベラと喋っている……こっちとしては有難いけどさ、お前はそれで良いのかなって思ったんだ」

『ああー、なるほど~……考えてみれば、君たちの感性で考えればそうかもしれないよねぇ―――でも良いんだー』

 

 するとミドガルズオルムはとても軽い口調……なのにどこか重さを含んだ声音で話し始める。

 

『確かにワンワンは可愛いし、ダディは好きだけどね~……でもダディたちのしていることは、きっと悪いことなんだよね~。ダディにはダディの信念があるんだけど、その信念を貫く方法が間違ってる……僕的にはこらしめて欲しいんだよねぇ~。僕がしても良いんだけど、やっぱり僕はここから動けないから……僕が情報を流すのはそれが理由だよ~』

「……ミドガルズオルムなりの正義のためか?」

『違うよ~?そんな大層なものじゃないよぉー。僕はそんなキャラじゃないしー……あえて言うなら、責任かな?』

 

 ……こいつのことを残念とか考えていたけど、そいつは浅はかだった。

 

『一応家族だしー?お姉ちゃんもワンワンもダディにゾッコンだから止めないからねー。せめて普段だらけてる僕が動かないと流石にねー。北欧の神様たちにも怒られるし、それに―――終末にだけ動きたいから。でもまだその時じゃないと思うんだ~』

 

 このドラゴンは何もかもを理解して、その上でロキを倒すための算段に協力している。

 それにミドガルズオルムの話には、どこか俺の胸に突き刺さるものがあった。

 家族の間違いは家族が止める……俺は不意にあの夜のことを思い出した。

 本当の意味で父さんと母さんと分かり合えた……二人の愛を、想いを知ったあの夜。

 すべての決心がついたあの時の会話を、俺が涙した事柄を。

 俺はミドガルズオルムの言葉に頷いた。

 

「オーディンの爺さんが言ってたよ。黄昏なんて来なくて良い。ラグナロクはまだまだ先だって」

『流石オーディンだよね~。実は僕に眠ることを勧めてきたのもオーディンなんだよー?もしかしたらオーディンはこうなることを考えて、僕をダディの手元から離したのかもねぇ……』

 

 ミドガルズオルムは感慨深そうにそう言うと、再度大きな欠伸をした。

 

『僕も眠くなってきたから、早く話を進めよー……ダークエルフの長の場所の情報を神器に送りたいんだけど……赤龍帝に送れば良いかなー?』

「いや、白龍皇の方に頼む。この手の類のことはヴァーリの方が詳しいからな」

 

 アザゼルはミドガルズオルムにそう対応をあおると、ミドガルズオルムから灰色の光がヴァーリに向けられて放たれた。

 それはヴァーリの手の甲のアルビオンの宝玉へと入っていった。

 

『なるほど……ヴァーリ、解析は完了した。ダークエルフの長の居場所は大体理解できた』

「了解した、アルビオン」

 

 ヴァーリは軽くアルビオンに礼を言う。

 

『じゃあ次はお姉ちゃんのことだねー。お姉ちゃんの性質はどの程度知ってる?』

 

 ミドガルズオルムはなぜか俺の方を見ながらそう尋ねてきた。

 確かにこの中で誰よりもあいつの情報を持っているのは俺だから、俺が話すべきとは思うが……

 

「あいつの不死身の力と、それと……気に入った男を食べようとする、あの狂った性格だ」

『わー、もしかして赤龍帝はお姉ちゃんに気に入られちゃった?それはご愁傷様だねー』

 

 ミドガルズオルムはとても軽い口調でそう言うけど、割と本気であいつに気に入られるだけはかんべんだ!

 一度食われかけているから、あれはある意味トラウマみたいなものなんだよ!

 

『まあお姉ちゃんはこの世界から消すことなんて無理だと思うよー?お姉ちゃんは実力自体は大したことないけど、死んでも生き返るからねぇ……僕も何度も食われかけたからわかるんだけどね?もうあれは反則だよー……』

 

 ……ミドガルズオルムの口調は軽いままだけど、明らかに声のトーンが低くなっているのを俺は見逃さなかった。

 ―――なるほど、こいつもあいつに気に入られているのか。

 なんでかものすごくミドガルズオルムと想いを共感できるような気がした。

 

『一応、実力は大したことはないから力技で何度も殺して、精神を削って戦意喪失を狙うしかないねー。それとお姉ちゃんを相手にするのは女の子のほうが良いよー?』

 

 ……要はフェニックスとの戦い方の要領で戦えってことか。

 でもあいつ、戦意喪失なんてするのかな?

 魂ごと削らないと永遠に蘇り続けるような化け物だし、魂がある限り存在し続ける存在らしいから。

 

『お姉ちゃん対策として最も有効なのは、ダディを先に倒すことだね~。お姉ちゃんはダディがいなかったら特に何か事を起こすことはしないファザコンだからねー―――まあそのダディが一番厄介なんだけどねぇ』

 

 ……まあそうだろう。

 フェンリルとヘルに関しては弱点はあるだろうが、当のロキはそのようなものはない。

 それはミドガルズオルムが一番良く分かっていることなんだろう。

 

『ダディはワンワンより力は劣るかもしれないけど、隙と言える隙が全くないんだよね~。ある意味でオールラウンダーの極みみたいな感じだよぉー。心理戦は負け知らずだしー、神剣レーヴァテインとか北欧魔術を極めてるからねぇ。下手すればオーディンにも勝るとも劣らないかもしれないよー?』

「……フェンリルのような分かり易い最強の力はないけど、全てのパラメーターが全般的に高いオールラウンダー、か。バランスタイプの神様ってところか」

『その発想で正解だよー。だからダディを倒すためには単純な実力で倒すしかないんだー。つまり正攻法が唯一の対抗手段だよぉ』

 

 ……なるほど、確かにそれは分かり易い。

 ロキは確かに多彩な北欧魔術、神剣レーヴァテインによる圧倒的な剣戟、そして何より心理戦に強い側面を持っている。

 一筋縄ではいかないのは間違いないが、俺はあの時、何とかあいつに食らいつけてはいた。

 負けてしまったのは確かだけど、あいつの戦い方やスタイルはなんとなく理解できた。

 勝てない―――そんなビジョンはロキに対しては抱いていない。

 確かにこれまでの誰よりも強いし、たぶん世界でも最強クラスの実力者だ……だけど俺は今まで一度も確実に勝てる戦いなんてものはなかった。

 全ての戦いを自分の出来る最大限の力で、不利な状況の中でも何とか打開してきたんだ。

 出来得る最善を尽くしてきた。

 だからこそ初めから出来ないなんて、そんな弱音は吐かない。

 

「なるほど、ロキは正攻法が一番というわけか……ならばやはり俺と兵藤一誠が組めば勝てる見込みは十全にある」

『へ~……赤と白が肩を並べているから不思議に思ってたけど、現代の赤龍帝と白龍皇()変わってるね~。戦う以前に共闘するなんてさー』

 

 ―――待て。

 今のミドガルズオルムの発言は看過できるものじゃない。

 今、このドラゴンはなんて言った?

 現代の赤龍帝と白龍皇()……そう言った。

 赤龍帝と白龍皇は本来、互いにライバル関係に当たる宿命の敵同士だ。

 それは二天龍の呪いであり、そして過去それを拒んだ赤龍帝と白龍皇……普通からかけ離れていた二天龍の宿主は―――俺とミリーシェだけだ。

 

『ふはぁぁぁぁぁ……そろそろ僕も眠くなって来たねぇー……ねぇ、タンニーン。もう良いかな?』

「……いや、しかし本当にロキ対策はそれだけで良いのか?」

『うぅ~ん?そうだねぇ、決定打が欲しいならミュルニルの小槌くらい用意すれば良いと思うよ~?本物はトールが貸してくれないはずだけど、限りなく本物に近いレプリカをオーディンが持っていたはず……だと思うよー?』

 

 タンニーンのじいちゃんの問いにミドガルズオルムは答えるが、俺の頭にはそれ以上にミドガルズオルムの言葉の真意のことで埋め尽くされていた。

 ……俺が欲しがっていた情報を、ミドガルズオルムは知っているかもしれないんだ。

 前世の謎、俺が俺の名を忘れた真意、誰も先代の赤龍帝と白龍皇を覚えていない理由―――そして俺たちを襲った黒い影。

 

『じゃあそろそろ僕は―――って、あれれ?どうしたのぉ、赤龍帝ー。さっきから僕に何か聞きたそうな顔をしているけどぉ?』

 

 ……するとミドガルズオルムは俺の方を見ながら、察するようにそう尋ねてきた。

 聞くのなら、今しかない。

 今聞かないと絶対俺は後悔する。

 だから……

 

「ミドガルズオルム……お前は―――先代の赤龍帝と白龍皇の事を知っているのか?」

 

 そう言った。

 俺の言葉を聞いたミドガルズオルムはその時、一瞬ポカンとした表情をした。

 しかし次の瞬間、今まで眠そうだった瞳を大きく見開いた。

 

『……驚いた。まさかそのキーワードが出てくるなんてねぇ―――その問いには頷いておこうかなー?まあ直接会ったわけじゃないし、何故か存在があやふやでどの勢力からも認識されていないけどねぇー』

「知っているんだな……ッ!?なら知っていることを全部教えてくれ!!」

 

 俺はミドガルズオルムに頭を下げながらそう懇願すると、周りのチビドラゴンズを除くドラゴンファミリーはその行動にポカンとし、そして俺のことを既に知っている人たちは苦虫を噛むような表情となった。

 

『え、えっと……僕は知識しかないんだよねぇ。しかもどういうことかその人の名前を忘れて、誰も先代の赤龍帝と白龍皇の事は覚えていない―――知っているというより、僕の考えならばこれはどう考えても第三者の手が伸びているよね』

「第……三者?」

 

 俺はミドガルズオルムの言葉を反復するように言った。

 第三者……つまり俺とミリーシェの過去の存在自体をあやふや、もしくは消した存在がいる。

 そして―――そんな存在は一人しかいない。

 

「また、あいつなのか……ッ!あいつは、ミリーシェを殺して、なお俺たちを苦しめるのか……ッッッ!!!!」

 

 黒い影……ミリーシェを殺し、俺たちの人生を終わらせた張本人。

 何者かも、どうして俺たちを襲ったのかも分からない謎の存在―――俺の、生涯許すことのない復讐の対象。

 

「い、イッセー殿?こ、これは一体どういうことなのでござる……一体先ほどから何の話をしているのだ?」

「……夜刀君、待って…………今のイッセー君に話し掛けたらダメだよ」

 

 夜刀さんとヴィーヴルさんの会話すらも俺の頭には入ってこなかった。

 

『これを第三者の魔の手と考えるなら、相手は一筋縄ではいかないかなぁ……何せ深海の誰も認識することすら出来ない場所で眠っていた僕にさえ干渉するほどの力――――普通に考えて神クラスじゃないと出来ないことだよ』

「神……そうか、神か……なら神を当たっていけば、いつかあいつを殺すこと事が…………」

 

 俺は感情をそのまま言葉に出す。

 神ならば、同じ神を当たっていけばいつか黒い影の正体に辿り付けるかもしれない。

 そう考えるとどうしても言葉になってしまった。

 だけどその瞬間―――俺の腹部に衝撃が走った。

 それは痛さは全くなくて、体をそのままこちらに委ねていたような感覚。

 俺の懐には……チビドラゴンズがいた。

 

「にぃちゃんは……そんなかおしちゃ、ダメなのだ!!そんなのにぃちゃんじゃない!!」

 

 フィーは俺の顔をじっと見ながら、涙を溢しながら必死な声音で俺にそう言ってきた。

 フィーだけじゃない。

 メルもヒカリも、同じような目をして何かを懇願していた。

 

「にぃたん……いっしょにいるから、そんなさびしくて、こわいかおしないで……そんなの、さびしいもん……!」

「にぃに、ヒーがそばにいるから……だからなかないで……?」

 

 ……実際に泣いているわけではなかった。

 でもこいつらの目から見たら、俺は恐ろしくて寂しくて泣いているような表情になっていたのか。

 …………目の前のことに感情を囚われて、少しおかしくなっていた。

 落ち着け。

 俺は復讐者であると同時に、グレモリー眷属の下僕で、ドラゴンファミリーの一員なんだ。

 だからチビドラゴンズを泣かせてはいけない。

 いつもこいつらの前ではにいちゃんで居てやるんだ。

 小さいのに、俺の心配ばかりしてくれるこの優しいドラゴンたちを、不安がらせたらダメなんだ。

 

「……ごめんな。俺もちょっと冷静じゃなかった―――ありがとう、俺を止めてくれて」

 

 俺は三人に合わせるようにしゃがみこんで、そして三人の頭をそっと撫でた。

 三人は分かり易いように喜びの表情を浮かべて、そして俺はミドガルズオルムの方を向いた。

 

「悪い、ミドガルズオルム。俺の聞きたいことはそれだけだ」

『ううん。興味深いものが見れたから良いよぉ―――でも僕もなんとなく、分かった気がしたよー…………赤龍帝の周りにはドラゴンがたくさんいて、惹かれているわけが』

 

 ミドガルズオルムは楽しそうにそう言うと、タンニーンや夜刀さんの方を見た。

 

『ねえ、タンニーンに夜刀神。赤龍帝のことは大切?』

「……当たり前でござる。同じ釜戸を共にした同士、何があっても拙者はイッセー殿の味方でござる」

「当然だ。俺はイッセーのじいちゃんを自負しているものでな。それにあいつを見ていると放っておけないし、何故か共に居たくなる―――理屈ではないのだな」

『そっかぁ……やっぱり不思議な存在だなぁ、現代の赤龍帝―――そういえば名前、まだ聞いてなかったねぇ』

 

 ミドガルズオルムは俺の方を不意に見て、そう言った。

 そして俺はそれに応えるように……

 

「兵藤一誠。グレモリー眷属の「兵士」で、ドラゴンファミリーの一員で……えっと、赤龍帝眷属の将来的な「王」だ」

『なるほど、兵藤一誠か…………覚えておくよ。じゃあ僕も皆を見習ってイッセーで♪』

 

 ミドガルズオルムは先ほどまでの眠気はどこにいったのか、本当に楽しそうにそう喋っていた。

 何がそんなに楽しいのだろう。

 

『中々名残惜しいけど、今回はこれまでにしよー。僕もやっぱり眠気には勝てないし……でも偶に龍門を開いて、話し相手になって欲しいなー』

「……俺で良かったら、いつでも」

『じゃあダディに勝って生き残らないといけないね―――それに僕は動きたくないから、出来れば終末は来てほしくないしねぇ』

「―――それが本音か、惰眠ドラゴン!!!」

 

 俺はホロ映像にそうツッコむと、ミドガルズオルムは楽しそうな声で笑いながら次第に姿を消していく。

 そして姿を消していく最中、不意に俺の耳に小さい声が届いた。

 

『―――その時は、前代の事も教えてねー』

 

 ……………………恐らく誰にもこの声は届いていない。

 あいつが俺にだけ語り掛けてきたものだ。

 だけど俺はなんとなくあのドラゴンの事が分かった気がした。

 あいつが龍王たる理由。

 ずっと眠っている癖にティアやタンニーンのじいちゃんと同じように龍王と呼ばれていたのは、きっと……ミドガルズオルムの隠れた才能が理由なんだろう。

 たったの少しの情報でほぼ正解に近い答えを出すあの頭……食えない奴だ。

 俺が前代の赤龍帝ってことも見抜いていたし、ホント―――ドラゴンってのは、すげぇな。

 今更だけど。

 のほほんとしているようで実は鋭く、そしてあの巨体から強さも龍王に相応しいものなんだろう。

 終末にだけでも良いから動け―――つまり、神々は終末だけでも良いから動けというほど、ミドガルズオルムの力を高く評価している。

 そこまでの価値がなきゃ、とっくに討伐されて当然。

 なのにそれをしないってことは、ミドガルズオルムは相当に有能なんだろう……これで惰眠ドラゴンでなきゃ、どれだけ良い事か。

 

「ミドガルズオルムはロキの頭脳を、ヘルはロキの性格を、フェンリルはロキの強さを受け継いでいる、か……笑えないな」

 

 俺は不意に考え付いたことをポツンと呟きながら、拳を強く握る。

 ……情報は得た。

 覚悟はとっくに決まっている。

 戦力は整った。

 後は―――戦うだけだ。

 

「……ん?…………んん?おい、アザゼル、どういうことだ?一体何がどうなっている!?お前ならば何か知っているのだろう!?」

「ま、誠に請謁ながら、拙者も全く理解できないでござる!!何故アザゼル殿たちは納得した顔をしているのでござる!?チビドラゴンズ殿も何故理解した顔をしているのでござるよ!?」

「お、お、落ち着いて夜刀くん!!わ、私を相手にする時のクールさはどこにどこに行ったの!?」

「そんなことはどうだって良いでござる!!説明を所望する!!イッセー殿ぉぉぉぉ!!!」

 

 ……………………その前に説明が必要だな。

 俺は凄いけど愛すべき馬鹿なドラゴンたちに笑みを溢しつつ、そう思った。



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第11話 日常の中の答え

 ミドガルズオルムとの邂逅から数日の日時が経過した。

 それだけの日が経過して、そして今の俺の状況を説明するとなると、それは少しばかり厄介な状況の下にいた。

 それはなんだと言えば……簡単だ。

 

「さあ、イッセー。次はどんな修行を望む?じいちゃんに言ってみるがいいぞ」

「いや、イッセー殿。ここは年の近い従兄に頼むべきだと思うでござる」

「ダメだぞ!にいちゃんはフィーたちと一緒にお昼寝をするべきだ!」

「おじいちゃんたちは引っ込んでるの!!」

「……こくこく」

「わ、私もお話したいなぁー……なんてなんて、えへへ……」

 

 ―――そう。ドラゴンファミリーの面々が、離してくれないんだ。

 数日前にミドガルズオルムが俺のことについて察して、意味深なセリフを残していったのが原因となり、タンニーンのじいちゃんと夜刀さんがそのことについて言及してきたんだ。

 それについてはすぐに話すつもりだったから、俺は自身のことを隠すことなく、全部話した。

 すると―――

 

『くぅぅぅぅ……ッ!なんてことだ……なんてことだぁぁぁぁぁ!!俺はイッセーの、イッセーの気持ちも考えずにこんなことを軽はずみに、聞いてしまうなんて……!つらかったろうに!大丈夫だ、イッセー!俺がお前を、お前をぉぉぉぉ!!!』

 

『拙者も自身が恥ずかしい限りでござる……ッ!イッセー殿の憂いに気付いていたのにも関わらず、このような体たらく!―――腹を切って、我が身に戒めを!!』

『や、夜刀君!?刀を自分の腹部に刺しちゃダメだよ!そんなことしても私が治しちゃうんだから、無駄だからぁぁぁぁ!!命を粗末にしちゃダメェェェェ!!!』

『止めるなでござるぅぅぅぅぅ!!!』

 

 ……などという風に暴走するじいちゃんと夜刀さんを止めるのに大変だったのだ。

 もともと人情の深い二人だけど、その人情深さが仇となって、いつも通りの冷静さを取り戻させるのに本当に時間がかかった。

 最終的には二人の気の済むまで話し合い、どれだけ俺が間違っていたかを説明してどうにかなったけど、しかしその影響は今も残っているんだ。

 そしてもう一つ―――ヴィーヴルさんは本当に天使のようなお人だったと称しておく。

 流石はアーシアと共に癒しコンビを成立させたことはある!

 とにかく―――まるでドライグが三人もいるような状況だった。

 

『それは些か失礼だぞ、相棒!』

『なにを言っていますか、ドライグ……まさに鏡写しとはこのことですよ』

 

 ドライグにフェルの鋭い指摘が突き刺さり、ドライグはぐうの音も言えなくなる。

 さすがはフェル!ドライグの封殺をいとも簡単に!

 

『ふふ、当然です―――マザーの役割は、家族の統率なのですから』

 

 …………あんたも大概だよ。

 俺はフェルの誇らしげな言葉とは裏腹に、落胆しながらそう思うのだった。

 ……ともかくだ。

 ロキの猛威がすぐ近くにまで来ているというのに、なんか締まらない軍団である俺たちドラゴンファミリー。

 相変わらずと言えばそれでおしまいなんだけど、まあそれこそがドラゴンファミリーなんだと思う。

 ……さてと、そろそろ収拾をつけないといけないな。

 

「―――ってか年が一番近いのはチビドラゴンズじゃん」

 

 収拾をつける前に素朴な疑問が出た瞬間だった。

 

 ―・・・

 

「ふぅ、拙者ともあろうものがあれしきのことで心を惑わされるとは……恐るべしイッセー殿」

「ふむ。イッセーは何故か放っておけない雰囲気を放っておるからな。うむ、家族総出でイッセーを守るべきだ」

「……俺、今に至っては何もしてないよ、夜刀さん!?」

 

 あれからいろいろあり、何とか夜刀さんとじいちゃんを抑えることに成功した今この頃。

 ちなみに今はすでに昼頃で家の地下にいる。

 夜刀さんの言葉にツッコミを入れたり、ドラゴンファミリーとの触れ合いを最大限にしてようやく落ち着いてくれたようで良かった。

 

「全くもう、もう!夜刀君は暴走したら可笑しくなるんだから!!」

「そうですよ、止めるこっちの気持ちも考えてください!!」

 

 俺とヴィーヴルさんの気持ちと言葉が一つになった。

 ある意味でタンニーンの爺ちゃんよりも暴走してしまった夜刀さん。

 普段はあれだけクールでカッコいいのに……凄まじいギャップだ。

 

「む、むぅ……お二人にそう言われたとあらば、猛省する他ないでござる―――やはり腹を切るしか」

「「しつこい!!!」」

 

 再度重なる俺とヴィーヴルさんの声。

 そして俺とヴィーヴルさんは目を合わせ、そして視線だけで会話した。

 ―――俺には分かる……ヴィーヴルさんはきっとこう言いたいんだ!

 

『……一緒に頑張ろう?』

 

 ……あ、絶対それだ。

 今の俺に向けて来る助けを求めているような視線の中に、同情と同調のようなものを感じる!

 ヴィーヴルさん、あなたとは仲良くなれそうです!

 俺は視線でそれを伝えると、ヴィーヴルさんはニッコリと笑ってコクコクと頷いた。

 

「な、数日前あったばかりのヴィーヴルとイッセーが目だけで会話しているだと!?そんな馬鹿な!!」

「ぐぬぬ……!ヴィーヴル殿、拙者は流石というべきなのか!それとも妬むべきなのか!?分からないでござる!!」

「……はぁ、ヴィーヴルさん。この二人、もう駄目です」

「うぅ……夜刀君がこんなに残念になるなんて―――でもでも!私はずっと夜刀君の味方だから!」

 

 ……うん、相変わらず癒しの存在は健在だ。

 っと、こんな風にヴィーヴルさんともかなり仲良くなった。

 気質がアーシアとそっくりだからか、俺もヴィーヴルさんと自然と話せるんだ。

 アーシアを交えて三人で話すなんてこともこの数日で起こった事柄の一つ。

 

「とりあえず二人はいつもの性質を取り戻すまでここで頭を冷やそうな?さ、フィーにメルに、ヒカリ。上でご飯を食べようか?」

「「「「はーい!!」」」」

「―――なに自然に混ざっているんですか!?ヴィーヴルさん!!」

 

 小さなチビドラゴンズに混ざって声を合わせるヴィーヴルさんにそう指摘をいれつつ、エレベーターでリビングのある階に向かう。

 確か今家にはグレモリー眷属の大半とヴァーリチームがいるとは聞いている。

 まあ危険は今のところはないと思うから、家で静かにしてくれれば問題はないはずだけど―――

 

「ちょ!?スィーリスぅぅぅぅ!!なんで俺の精気を奪おうとするんだぜぃ!?」

「え~?それはぁ~…………ひ・ま・つ・ぶ・し♪」

「ちょ、あなたたち!!この家で騒動を起こすことは許さないわ!!」

「あらあら……お猿さんが素直に精気を奪われれば済む話ですわね―――うふふ、うふふふふふふふ!」

 

 ……………………………………よし、自分の部屋に向かおう。

 

「のぉぉぉ!!!せ、赤龍帝!!助けてくれぇぇぇ!!!」

 

 俺がヴィーヴルさんとチビドラゴンズを連れて自分の部屋に向かおうとした時、断末魔のような声で助けを求める美候に肩を掴まれて止められる。

 ―――嫌だ、俺はこの騒動に関わりたくない!!

 

「ヴ、ヴァーリに頼みやがれ!!お前のところのリーダーだろ!?」

「あいつは薄情なんだぜぃ!?っていうかなんで俺っちがそもそも標的なんだよ!?」

「……どうでも良い」

「そんな薄情なぁぁぁ!!俺っちとイッセーの仲だろぃぃぃぃぃ!!!」

 

 ……勝手にあだ名で呼んでんじゃねぇよ!!

 ってか仲良くなった覚えなんてねぇよ!

 それにお前との絡みも今回が最初みたいなものだろうが!

 

「……兵藤一誠。ここは助けてやったらどうだい?」

 

 すると廊下からぬっと出て来たヴァーリがそんな提案をしてくる。

 

「ならお前がどうにかしろよ!一応リーダーだろ!?」

「………………君は知らないからそんなことを言えるんだ―――サキュバスの恐ろしさを」

 

 すると突如ヴァーリが青ざめたような顔をした―――え?ヴァーリってあんな顔するのか?

 あの戦闘狂のヴァーリが本気でスィーリスに恐れを抱いている!?

 ……もしかして、ヴァーリチームの裏ボスってスィーリスなのか!?

 

「あら、イッセー。ドラゴンとの対話は終わったのかしら?ならその猿をこちらに渡しなさい」

 

 部長はここ一番のニッコリ顔でそう優しく言って来るが、一切笑っていない。

 ってかここまで部長を本気にさせるということは、美候がそれなりのことをしたんだろうが……俺はヴァーリの方を見た。

 

「……兵藤まどかが君のために作っておいた特製の昼食を食べてしまってね。それを知ったスィーリスが遊びと称して美候の精気を吸い取り、飛び火して姫島朱乃とリアス・グレモリーも乗じているということだ」

「…………なら美候が悪いな―――部長、どうぞ!」

 

 俺は美候の肩を掴み、そして思いっきり三人の方にぶん投げてみた。

 するとどうだ。

 美候はとても良い笑顔(嘘)の三人に掴まり、対話が始まるじゃないか。

 俺はその微笑ましい光景(凄惨すぎる獄景)を見て見ぬふりをして、チビドラゴンズとヴィーヴルさんを連れてリビングに入る。

 なお、リビングへと続く廊下では猿の絶叫が響くのだった。

 

「……き、君も中々の鬼だね」

「ん?何のことかな、ヴァーリ?」

「……いや、気にしない方が身のためだな」

 

 ヴァーリは苦笑いをしてそれ以降は何も言わなかった。

 

 ―・・・

 

 昼食を食べ終わり、いったんドラゴンとは別れて俺はトレーニングルームに向かった。

 理由は簡単だ―――

 

「まさか君の方から手合せを申し込んでくるとは思わなかった―――まあ、願ったり叶ったりで俺としても得しかないけどね」

「現状の俺たちの実力を互いに図るにはこれが一番手っ取り早いからな」

 

 ……そう。

 ロキとの戦いに向けて、白龍皇・ヴァーリとの連携や実力を知るためにこいつと模擬線をするためにここにいる。

 以前ヴァーリと戦った時は俺も冷静ではなかったことと、そしてこいつの急成長を肌で感じたいからだ。

 

「この施設の強度を考えて、魔力を使った戦闘はなしだ。全部神器と肉体の力だけでの戦闘。術関連にめっぽう強いロキを相手にするなら、最初から肉弾戦が手っ取り早いからな」

「なるほど、実に建設的な考え方だ―――で?そろそろ良いかい?」

 

 ……するとヴァーリは口元を緩ませて、ニヤリと笑う。

 奴からは殺気に似た異様な威圧感を感じ、俺は不意に一歩後ずさった。

 

「正直、君との戦いをこんなところで楽しめるなんて思ってなかったからね―――先ほどから、体が武者震いを起こして仕方ないッ!!」

「……戦闘狂が―――まあ良い」

 

 そして俺とヴァーリは同時に神器を禁手化させ、互いに赤い鎧と白い鎧を身に纏った。

 

「全てを用いて全力で戦えないことが悔やまれるが、まあ贅沢は言わない―――存分に楽しませてもらおう、兵藤一誠!!」

「勝手に楽しんどけ!」

『Accel Booster Start Up!!!!!』

 

 俺は瞬時にアクセルモードを起動させ、倍増の力を更に加速させる。

 これにより音声は更に小刻みになって超音波のように音が聞こえなくなり、そして倍増が加速して俺の力が大幅に上がった。

 

「まずはアクセルモードか……ッ!面白い!」

『Half Dimension!!!』

 

 するとヴァーリはいきなりハーフディメンションを使い、辺りの物を全て半分にしていく。

 室内の面積すらも半分にしていき、俺の行動スペースを狭めるってわけか。

 なるほど、まずは何が何でも俺に一撃当てるって魂胆だろう……だけどそんなものは関係ない!

 

「アスカロン、投射!!」

『Blade!!』

 

 俺はヴァーリに向けてアスカロンを籠手から速射した。

 目では追えない速さで投射されたアスカロンをヴァーリは避けるも、腹部辺りの鎧に掠ったようで、その辺りの鎧が消失していた。

 アスカロンは壁に勢いよく突き刺さり、俺は背中に生えるドラゴンの翼と噴射口を利用して一気に加速する!

 

「なるほど、多彩さが君の強みの一つだったね―――ならば」

『Capacity Divide!!!』

 

 ―――次の瞬間、俺は速度を失った。

 キャパシティーディバイド。

 対象者の『容量』を半減し、容量の中に入っていた力を飽和させるヴァーリの新しい技。

 なるほど、倍増のエネルギーの容量を半減し、今その力を使っていたところ。

 つまり翼と噴射口に集めた倍増のエネルギーを飽和させ、速度を強制的に遅めたのか!

 随分と応用の利く技のようだな!

 

「だけど速度を遅めても、まだパワーは健在だ!」

「それを俺が見極められないとでも?」

 

 

 俺は速度が遅くなった状態のまま、ヴァーリと肉弾戦に突入する。

 今は以前の闘いの時にあった恐怖心もない上に冷静さもある。

 ヴァーリを見極め、最小限の動きで最大限のダメージを与える。

 それがロキとの戦闘でも繋がる!

 ヴァーリからの足技……回し蹴りから翼を利用した空中の連続の蹴りを、俺は拳でいなす。

 打撃の威力を逃しつつ、俺は倍増の力を腕に込め続ける。

 するのはカウンター。

 そしてヴァーリの思考を先読みすることが重要だ。

 

「これでも蹴りを鍛えていたんだが―――それではこれならどうだ」

 

 するとヴァーリは背中の粒子のような翼を織りなし、翼による打撃を与えようとしてきた。

 翼ならこっちも翼だ!

 俺は背中のドラゴンの翼を大きく開き、更に悪魔の翼をも織りなしてヴァーリの打撃と真正面から迎え撃つ。

 ……っと、そこで今まで飽和されて消えていた速度が元に戻る感覚に囚われた。

 ―――時間制限はあるようだな。

 

「さあ、これで終わりだ―――アクセルモード、フル稼働」

『Accel Full Boost!!!』

 

 俺はそれを見計らい、アクセルモードの限界値まで倍増を加速させ、更にそれを全て速度に還元。

 左腕に溜めていた倍増の力も解放し、速度でヴァーリを翻弄する。

 ……が、ヴァーリはその速度に追いついていた。

 

「速度は確かに君の方が早いが、一応旧魔王の血を継いでいるからな……これでも基礎の能力は元人間の君よりも遥かに上だ」

「なるほどな……だけど神器と限りなく同調しているのは俺だ―――行くぞ」

 

 元の基礎的な身体能力が俺を凌駕しているヴァーリと、神器との同調……つまりより神器を使いこなしている俺との絶対値のどちらが上か。

 フェルの力を使わず、純粋にドライグの力のみでどっちが強いかをはっきりさせないとな気が済まない。

 ヴァーリは更に異常な枚数の、悪魔としての翼をも展開して更に速度を上げる―――魔力を使って翼を強化し、速度を上げたか。

 速度はほぼ互角……いや、一瞬の爆発力を考えれば有利なのは俺か。

 だけどヴァーリの攻撃が一撃でも当たれば俺はすぐさまに半減させられる。

 それに加え、どのように発動するか分からない容量半減の「キャパシティーディバイド」まであるとなると……フェルの力を使わないと、正直勝てる気がしないな。

 五分五分……今のところはそこが妥当だ。

 ―――いや、一つだけ忘れていたな。

 

「これで一撃だ、兵藤一誠!」

 

 ヴァーリは拳を構えた瞬間、更に背中の噴射口から魔力をブースター代わりにして一瞬で俺の前に飛んでくる。

 その速度に俺は一瞬、反応が遅れた。

 ……俺の立つ場所は壁際。

 ―――瞬間、俺は後ろに手を伸ばし、あるものを掴んでそれを思い切り振った。

 

「なっ……ッ!」

「―――悪いが、前代赤龍帝の”経験”を勘定するのを忘れてた」

 

 ……俺はアスカロンでヴァーリの懐に向かってカウンターのように剣を振り抜き、そう呟いた。

 ヴァーリの鎧は完全に切り裂かれ、その切り口から少しばかりヴァーリは血を流す。

 聖剣の影響はハーフ悪魔のヴァーリでさえも結構な傷を与えたようだ。

 俺は瞬時に籠手にアスカロンをしまう。

 

『Transfer!!!』

 

 更に倍増のエネルギーをアスカロンを収納している籠手に譲渡して、聖なる力を大幅に倍増させ、拳をヴァーリに向けた。

 

「これでチェックだ」

「……ははは。さすが、抜け目がない。最初に放ったアスカロンは最後の切り札だったというわけか。全く以て隙が無い―――だがまだチェック。チェックメイトまでには至っていない」

『Capacity Divide!!!』

 

 ヴァーリは突如、キャパシティーディバイドを使う。

 だけど俺には何の変化もなく、俺はそのままヴァーリに拳を奮おうとした―――その時、俺は動きを止めた。

 

「―――マジかよ、おい……ッ!!」

 

 ……嘘だろ、この息苦しさは。

 ………………まさかとは思ったけど、これは!

 

「―――室内の空気量の容量を半減。そしてここからは」

『DivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!』

「……酸素を半減しよう」

 

 ……息苦しい理由はこれか!

 酸素を失えば、元人間の俺は活動の余裕をある程度失くす!

 悪魔になって強化されたとはいえ、それは変わらない!

 だけどヴァーリは元が悪魔と人間。

 無酸素運動をある程度は出来るってわけか!

 ならさっさと決める!

 俺は先ほど止めた拳を一気にヴァーリへと向かって放つも、対するヴァーリも俺へと蹴りを放っていた。

 ―――ヴァーリの蹴りは俺へと、俺の拳はヴァーリへと直撃した。

 

「くっ……」

「はぁ、はぁ…………引き分けが、妥当か―――いや、一撃貰ったことを考えれば、ヴァーリの方が一手勝ちか」

 

 ヴァーリは聖剣の力が篭った拳を直撃したからか、鎧は解除されその場に座り込んだ。

 対する俺は酸素が足りずに息を切らし、肩で息をする。

 ヴァーリの力の影響は既に室内になく、ハーフディメンションによる室内の大きさの半減も元に戻っていた。

 ……最後の一撃、俺はヴァーリからの攻撃を受けた。

 つまりヴァーリによる半減の対象となっていた―――となれば、あれから不利になっていたのは間違いなく俺だ。

 聖剣のダメージの分を差し引いてもこの結果は揺るがない。

 

「……いや、残念なことにアスカロンのダメージが思った以上に大きいものでね。良くて引き分けだ―――赤龍帝だけの力でこれとは、まだまだ壁は大きいな」

 

 ヴァーリはそう言うがどこか嬉しそうな顔をしていた。

 ……ヴァーリは俺をライバルと言っている。

 俺が強くなればこいつもまた喜んでいる節がある―――いや、それは俺もか。

 何だかんだで俺もヴァーリの成長を喜んでいる。

 あの時よりも確実に、格段に強くなっている。

 何ていうんだろう……アルビオンを使おうとしているんじゃなくて、アルビオンの力を理解して戦っている。

 俺はこの模擬戦でそんな印象を感じた。

 

「本当ならば魔力込みの本気の戦闘をしてみたかったのだけどな。まあそれはロキを下してからの機会を待つとしようか」

「好戦的な目をしながらそう言っても、説得力がねえよ」

 

 俺は室内の片隅に置いてあったスポーツドリンクを手に取り、ヴァーリにそれを投げ渡した。

 

「……そういえば、俺は君に聞きたいことがあったな」

「聞きたいこと、か?」

 

 するとヴァーリは突然そんなことを言った。

 ヴァーリが俺に聞きたいことがあるっていうのには驚きを持たずにはいられないけど……なんだろう。

 

「ああ。これでも君の過去を聞き、そして白龍皇だからね。アルビオンからも知識を得ている―――で、だ。君は自身を復讐者と呼ぶ。君の大切だった存在、ミリーシェという歴代最強の白龍皇を殺した存在が確実にいる……俺はそのことに関して興味を持っているんだ」

「……復讐者、か……」

 

 俺はヴァーリの言葉を聞いて、以前にあったコカビエルとのいざこざの時に祐斗との会話を思い出した。

 ―――明確な復讐の対象。

 俺はあの時、祐斗には明確な復讐の対象が存在していることがマシということをあいつに言った。

 その意見は今も変わらない。

 ……ヴァーリの聞きたいことはその辺りなのか?

 

「……俺にも、憎んでいる存在がいる。この世でただ一人だ。だからこそ、もしかしたら君に共感を持っているのかもしれない―――故に聞きたい。君はその復讐の対象に復讐を果たした……その後、何のために生きたいかということを」

「……………………また、突き詰めたことを聞いてくるもんだな」

 

 俺はヴァーリの言葉を聞いて、不意に苦笑が漏れた。

 ……復讐の対象に復讐を果たした後のこと、か。

 そんなこと、考えたことすらなかったな。

 何せ復讐の対象……ミリーシェを殺した黒い影の正体もはっきりしていない。

 それこそ影すらつかめていない。

 

「……分からない。ただ―――俺の復讐の気持ちと、仲間を大切に想う気持ちに嘘はないし、優劣もない。だから俺はたぶん」

「…………君がそう言うのはごく自然なことか。愚問だったな、兵藤一誠」

 

 ……ヴァーリは薄く笑う。

 こいつは俺がどんな答えを言うのかなんて初めから分かっていたんだろう。

 ―――ヴァーリにも恨みを持つ対象が存在している。

 今はそのことに対しては俺は突き詰めない。

 

「……俺は決めた。仲間を、大切な人を二度と失くさないって。そんでもってヴァーリは俺の大切な存在を救ってくれた…………だからもしお前が何かに苦しんでいたら俺は―――お前だって救って見せる」

「………………君は本当に馬鹿だな。敵であり、ライバルである俺を救うなんて。俺はこれでも禍の団の一員だぞ?」

「そんなものは関係ない。それにお前は黒歌を助けた時、俺に言ったはずだぜ?―――好敵手(ライバル)って。宿敵じゃない……だからお前は俺の」

 

 友達だと思っている……そう言った瞬間、ヴァーリは目を大きく見開いた。

 俺は嘘なんて言ってない。

 確かにこいつは当初、俺の仲間を殺そうとしたり世界を滅茶苦茶にしようとしていた。

 だけど俺はこいつと……戦闘マニアの癖に、どっか優しい性質を持っているヴァーリと関わっている内に、どこか親近感を持っていたんだ。

 だからこいつが共闘しようと言った時、頭に一緒に戦うビジョンが自然と浮かんだ。

 ……敵であろうと、一度全力で拳を交えた。

 俺の大切な存在を何度も救ってくれた。

 だからヴァーリは俺の……友達だ。

 

「……可笑しいな。俺に……友達なんて必要ない」

「友達は必要なんじゃない。きっと……いつの間にか、友達なんだ。俺はそれを馬鹿で最高な親友に教えて貰った」

 

 ……松田と元浜。

 最初、距離を置いていたのにも関わらず何度も何度も諦めず俺に近づいてきた、俺の大切な親友。

 掛け替えがなくて、絶対に守る対象。

 あいつらは俺に友達っていう概念を、大切さを初めて教えてくれた。

 ……ヴァーリは、昔の俺に似ている。

 何でも一人でこなそうとして―――そして変わり始めていた俺に。

 一人での限界を知って、孤独さを知って……だから分かり合いたい。

 こいつを宿敵なんかで終わらせたくないんだ。

 

「ヴァーリ。俺はお前にだって手を伸ばす。今回、お前が共闘をしようと言ってくれたように、俺もお前の力になる―――だから握手だ!俺はお前の友達になりたい!だから……その第一歩を踏みたいんだ」

「…………その手を取って、何が変わる?」

「少なくとも、俺は心強いと思うぜ?お前が望むなら、いつかお前とまた喧嘩をしてやる。だけどそれは殺し合いじゃない……果し合いだ。戦って死ぬのがお前の本望かもしれないけど、そんなことはさせない―――お前を白龍神皇になって死ぬのがお前の夢ならば、俺はお前の上に常に存在してやる」

 

 俺がそう言った時、ヴァーリは再度目を見開いて―――

 

「―――くっ、あはははははは!」

 

 そして可笑しそうに笑った。

 だけどそれは嘲笑でも、普段の苦笑いでもなく……本当に純粋に、可笑しそうに。

 心の底から笑っているように感じた。

 

「ふふっ……そうか、やはり君は面白い。そうか、君がそんなんだからアザゼルも変わったのか……だがまさか君がアザゼルと同じ事を言うなんてね。だが……不思議と面白い!まさか戦いと同じくらい面白いことがあるなんて思いもしなかった!」

 

 そしてヴァーリは純粋に楽しそうに、目を明るくさせながら……俺の手を取った。

 

「君と友達になったら、もっと面白いものを見せてくれるか?戦いよりも面白いものがあるとするならば、俺は……白龍神皇になったとしても、この世界で生きていたいと思うよ」

「……ああ。お前にこの世界の面白さを教えてやるよ。それが友達ってもんだ―――この手を取ったら、お前はもう俺の守るべき対象だ。俺は大切な存在は何があっても守る…………それがたぶん、ミリーシェが好きだった俺だからな」

 

 ……最後の言葉はヴァーリには届いていない。

 だけどその時、俺の胸には何か温かいものを感じた。

 

「……兵藤一誠。ロキとの戦い、楽しみにしているよ」

 

 ヴァーリは不敵な笑みを浮かべながら足元に魔法陣を展開し、そして光の粒子となってその場から消えた。

 ……ああ、俺もお前と共に戦うことを楽しみにしているよ。

 俺は声に出さずにその言葉を思い、そしてその場から去った。

 ―・・・

 

 ヴァーリとの事柄を終え、俺は自分の部屋でベッドに寝転がっていた。

 あいつとの戦闘は疲れた上に、その前のドラゴンファミリー騒動で結構な体力を持っていかれている。

 ってことで今は休憩中だ。

 騒がしいのも良いんだけど、偶には一人でのんびりするのも良いものだ。

 と言ってもドライグとフェルは常に俺と共にいるから、一人とは言い難いんだけどな。

 

『まあそう言ってくれるな。今の相棒の状態は、あの時の最悪の状態から幾分はマシになった』

 

『考えてみれば覇龍を発動し、ロキには心を崩壊させられ、そして真実を全て話した……まるで主様は試練の連続を味合っていたものですから。疲れるのも当然です』

 

 ……試練の連続、ね。

 確かに俺が怒りに身を任せ、覇龍を発動してから俺の世界はガラリと変わってしまったのかもしれないな。

 それまで隠していたことを少しずつ皆に知られ、そして最終的に全てを話した。

 ……仮にこれが試練なら、乗り越えないといけないんだ。

 

『難しく考え過ぎだ。今までの相棒なら、考えることなく解決という形でやってのけた……ただそれだけだ。相棒にとって、こんなものは試練でも何でもない』

 

 ドライグはそう言うが、でも構えないといけないと思う。

 もうこれは俺だけの問題じゃないんだ。

 皆は俺のことを知っている以上、俺は考えて、考えて……考え抜いて答えを出さないといけない。

 じゃないと本当の仲間とは言えないんじゃないかな?

 

『……主様だからこそ、その結論に至るという事ですね。ならばドライグ、わたくし達はそんな主様について行くしか出来ないのです』

『それが最後まで戦うと誓った答え、か―――単純で良い』

 

 ……その上で俺は戦い抜くと二人に誓った。

 迷わないさ。

 もう―――絶対に。

 その時だった。

 コンコン……室内にささやかなノック音が聞こえた。

 

「……ん、アーシアか?」

 

 俺はささやかなノック音をアーシアと認識し、扉に近づいて行った。

 そしてドアノブを握り、扉を開けた。

 

「……御機嫌よう、イッセー。気分はどうかしら?」

 

 そこには秋用の清楚な朱色のワンピースを身に包んだ部長がいた。

 朱色と白色のチェック柄で凄まじく部長に似合っているのもそうなんだろうけど……部長の様子がいつもと大分違っていた。

 

「部長でしたか……ノック音が控えめで、アーシアと思いましたよ」

「ふふ。そうね……ちょっとアーシアを真似してみたわ―――入っても良いかしら?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 俺は頷くと、部長は俺の部屋に入っていき、ストンとベッドの上に座った。

 ……そして自分の隣のスペースに座れと言うように、微笑みを浮かべながら手でベッドの上をポンポンと叩いた。

 

「隣に座って貰っても良い?」

「それは構いませんが…………どうしたんですか、部長」

 

 俺は部長の隣に座ると、まず最初にそれを聞いた。

 ……今の部長はなんて言うんだろう。

 儚いっていうか、静かっていうか……とにかくいつもと全然違う。

 目元には少し隈が残っており、でも表情は何かを決心したような表情だ。

 ……そういえば、ロキ対策の会議の時も部長はどこか沈んだような顔をしていた。

 だけど今は決心のついたような顔をしている……ってことはつまり、部長の中でそれは解決した。

 だからここに来たんだろうか。

 

「……ふふ。イッセー、さっきから私の顔ばかり見ているわよ?」

「そ、そんなことはないですよ?ただ部長がなんかいつもと違うなって思って……」

「ええ。確かにいつもと服装も違うわね。あと勝負下着もすごいのを履いているわよ?」

「―――聞いてませんけど!?」

 

 部長は俺をからかうようにそう言う……が、束の間、すぐに真剣な表情になった。

 

「ええ、だってそのつもりで来たの―――ねえ、イッセー。あなたは私に昔、このベッドの上で叱ってくれたよね」

「それってもしかして……ライザーの一件の時の」

 

 俺は部長が突然部屋に現れ、処女を奪ってと言った時のことを思い出した。

 あの時は部長が普通じゃなかったことと、自分を蔑ろにしたことで確かに怒りはしたけど、でもなんで今、そのことを……

 

「あなたはあの時、好きでもない男に抱かれるのはダメだって言ったでしょ?……だったら、今の私はどうなのかしら」

「ちょ、部長!?」

 

 部長は頬を赤く染めながら、ワンピースの裾をたくし上げた。

 そして俺を肩を掴み、ベッドに押し倒して……って、なんなんだ?

 どうして部長はこんなことをして……

 

「本気よ。私は本気でイッセーに抱かれたいの…………好きだから。大好きだから」

「な、なんでいきなりそんなことを……」

「……いきなりじゃないわ。言ったじゃない、イッセー。私の体も処女も心も想いも…………全部あなたのものなんでしょ?」

 

 ……確かにあの時、婚約会場に乗り込んだ時に演出のためにそんなことを言った。

 言ったけど……それを今言われるのはズルい。

 ……ズルいのは俺だ。

 大切なことを、責任なんて考えずに利用した。

 そして今はそれを有耶無耶にしようとしている。

 ―――俺は決断しないといけない。

 いつも優柔不断で居たから、誰にでも良い顔をしようとしたから。

 例え叩かれたとしても、嫌われたとしても。

 責任を取らなければならない。

 部長が今、こんな行動をしているのも……ずっと部長の想いに応え続けていたからだ。

 だけど俺の想いはもう決まってしまったんだ。

 だから―――

 

「―――俺には……大切な存在がいるんです。ずっとずっと……前から」

 

 そう、言った。

 

「……それはアーシア?それとも―――ミリーシェさん?」

「…………どちらも、です」

 

 俺は最低だ。

 ミリーシェへの想いも消えていないのに、アーシアの好意に応えてしまった。

 朱乃さんは俺のことを優しいと言っていたけど、そんなことはないんだ。

 優柔不断という言葉の中には優しいという言葉がある。

 朱乃さんは俺にそう言ってくれた。

 だけどもう優しさなんて見せてはダメなんだ。

 

「俺はずっとミリーシェが好きで……でもミリーシェは殺された。それでこの町でアーシアに出会って、アーシアの優しさに少しずつ惹かれた―――俺って、自分では一途とか思っていたんですけどね。でもミリーシェを愛しているのと同じくらい、アーシアのことも愛していて……それに加えて仲間のことも大好きなんです。でもいつまでもこんなことをしていても誰も幸せにならない………………だから」

 

 もう、今言うしかないんだ。

 例え傷つけても、俺は言わないといけない。

 ―――それが俺の答えなんだ。

 

「―――俺は部長の気持ちには応えられません」

「………………………………」

 

 部長は俺を押し倒しながら、無言になる。

 ……何をされても、俺は受け入れないといけない。

 それが中途半端に好意を受け入れていた俺への罰だ。

 俺は目を瞑った。

 

「……そう、イッセーは最低ね」

 

 ……どんな言葉も受け入れる。

 

「女たらしで、自分の中に何でも溜めこんで……ずっと自分のことを何にも言ってくれないし……ホント、どうしてイッセーはイッセーなのかしら」

 

 ……でも部長の声音は怒っている様子もなく、すっきりとしたような声音だった。

 俺は恐る恐る目を開いた。

 ―――部長は……笑っていた。

 少し目元に涙を溜めながら、だけど満面の笑みだった。

 

「でもどうしてかしら……そんな汚いイッセーを見ても…………どうしようもないくらい、イッセーのことが好きなのよ……ッ!」

「部長……ごめんなさ―――」

 

 俺は最後まで言うことが出来なかった。

 部長は……俺へとキスをした。

 深くて深くて……舌まで入りそうなキス。

 俺は突然のことで避けることも出来ず、押し倒されたままキスをされ続けた。

 そしてふと冷静になって部長の肩を掴み、そして勢いよく離れる。

 ……俺は部長を拒否した。

 なのに部長は……どうして

 

「……私はずっとイッセーの事をヒーローとしてしか見ていなかった。いつも仲間を守って、私にも優しくしてくれる……綺麗な部分ばっかりを好きになって、あなたの醜い部分から目を背けた最低な女だった―――だけど、これで本当の意味であなたを好きになれた」

 

 部長は目元の涙をぬぐいながら、指で唇に振れる。

 俺の顔はあり得ないくらいに熱くて、胸の音が嫌なほど聞こえる―――ドクンドクンと、鼓動があり得ない位に激しかった。

 

「……私、リアス・グレモリーはあなた、兵藤一誠を生涯愛することを決めたわ―――フラれちゃったけど、諦めない」

「だけどそれじゃあ部長が報われない!!そんなのは駄目です!!あなたは幸せにならないとダメです!!」

「あら?私の幸せを勝手に決めないでくれる?それに―――もう敬語は要らないわ。あなたと私は対等。リアス……そう呼んでくれると、私は嬉しい!」

 

 部長は何かから吹っ切れたようなほど眩しい笑顔でそう言った。

 ……朱乃さんは言っていた。

 女の子は一番になりたいと思う気持ち以上に……好きな人に想われたい気持ちがあるって。

 

「イッセー。私は諦めないわ。確かにフラれたけど、だけど私は自分の魅力であなたを好きにさせてみせる。貴方を絶対に受け入れる。だから―――呼んで?リアスって」

「―――ッ!!」

 

 …………まさか、部長が考え込んでいたのは―――俺のこと?

 ずっと俺のことで悩みこんで、そしてワザとフラれて……自分の想いに整理をつけたのか?

 俺の過去を知って、それで自分も悩んでいるのに俺のことを大切に考えて……確かに俺は部長に自分の綺麗な部分しか見せてこなかった。

 だからこそ醜さを受け入れるなんて無理なことなのに……この人は―――リアスは受け入れてくれたのか?

 

「ここ数日、ずっと考えてたの。どうしたらあなたと向き合えるだろうって……結局、真っ直ぐに向き合うしかなかったんだけどね?」

「………………そっか。そうだよな―――俺の王様が、自分の眷属を放っておくわけないもんな!」

 

 ……ったく、この人は自分を最低とか言っていたけど、全然そんなことはない。

 ―――優しいから思い悩んで、自分の失敗を後悔することが出来るんだ。

 ……ああ、幸せだ。

 俺は心からそう思った。

 …………だからこそ

 

「―――こんな俺だけど、よろしく頼むよ…………リアス。仲間として、眷属として」

「ええ、こんなイッセーだけどずっと想い続けるわ……それが良い女の条件だもの!…………ただ最後の付け加えは距離を感じるけどね」

 

 ……晴れやかな笑顔だった。

 ―――これが本当に正しいなんて俺にはわからない。

 っていうか俺の愚かさはなんの解決もしていない。

 だけど…………この人が笑顔なら、それでいい。

 きっといつか、更に決断しないといけなくなる。

 

「…………イッセー。朱乃のところに行ってあげて」

 

 ―――すると部長は突如、声音を真剣なものに変えた。

 

「今、朱乃は私と同じで答えを出しているの―――あなたに朱乃の答えを見届けて欲しい。じゃないと不公平でしょう?」

「…………リアスらしいな」

「そうでしょ?…………朱乃は屋上の菜園にいるわ。だけど決して朱乃に話しかけてはダメ。気付かれてもダメ……見守ってあげて。私の親友の答えを」

 

 ……俺はリアスの言葉に従い、頷いて部屋から出ていった。

 ―・・・

 

『Side:リアス・グレモリー』

 私、リアス・グレモリーが全てのことをイッセーに吐露し、そしてイッセーに朱乃のところに行くように指示した。

 ……だけどその時の私の気持ちは、実は朱乃のことを思ってのこと以外に、理由があった。

 

「ふふ…………男の子からの告白をフッたことは何度もあるけど……フラれるのって思った以上にキツイわね……」

 

 ―――正直に言えば、これ以上涙を抑えることが出来なかった。

 好きな人にフラれることを覚悟して今回の行動に出て、結果思惑通りフラれた。

 それでアザゼルとの会話以降、考え続けたモヤモヤは驚くほどに晴れやかにはなった……けど一人の女の子として、やっぱり悲しい気持ちがあった。

 

「ホント、自分ながら思い切ったことをしたものね…………でも、キスはするつもりはなかったけど……」

 

 気付いたらしていた……なんて言い訳、たぶん眷属の皆が聞いたら納得しないわよね。

 ―――っとその時、いきなり部屋の扉が開いた。

 

「あら、イッセー、戻って来たの?ダメよ、言ったことは守らないと―――」

 

 私はそれをイッセーだと思い、涙を拭って迎え入れようとした……けど、そこにいたのはイッセーではなかった。

 

「……部長さん」

「…………アーシア」

 

 ―――そこにいたのは、アーシアだった。

 そしてアーシアの表情は少し悲しげで、それを見て私は納得した。

 

「……そう、あなたは私とイッセーの会話を聞いていたのね」

「ご、ごめんなさい!その……部長さんがイッセーさんのお部屋に入っていくのを見て気になって……盗み聞きなんてみっともない真似をして……」

「ふふ……そうね、あまり褒められたことじゃないけど―――別に何とも思っていないから、気にしなくていいわ」

 

 私はいつものように涙など見せず、アーシアの前で眷属の『王』であろうとする。

 

「…………どうして、部長さんはそんな顔をしていられるんですか?」

 

 ―――だけどその見栄は、驚くほど簡単にアーシアに見破られた。

 

「な、何を言っているのかしら、アーシアは……私は決断して、フラれて、やっと一歩踏み出せるのよ?なのにどうして……」

「……ならなおさら、泣かない方が可笑しいです―――部長さんはどうして涙を堪えるんですか?どうして……好きな気持ちを伝えて、受け入れて貰えなかったのに……我慢するんですか?」

 

 ……私はアーシアにそう言われ、少しだけ表情が変化していった。

 

「……そうね、正直言うと今すぐにでも泣きたいわ―――でもそれを好意を受け入れて貰ったアーシアに言われるのはちょっと私でも無理よ」

「……そうですよね。自分でも部長さんに対して無神経なことを言っているのは理解しています…………―――でも私は我慢することの辛さを知っています」

 

 するとアーシアは私の手をギュッと握った。

 

「魔女だと罵られ、差別され、一人ぼっちだった時も私は仕方ないこと……神の試練と自分の心に嘘を付いて、我慢して笑顔のしたで泣いて……でもそんな私を心から泣かせてくれる人と出会いました―――私はその人に憧れて、好きになりました。だから私はあの人…………イッセーさんのようになりたい」

「……アーシア」

 

 私はアーシアの名前を呟く。

 ……彼女は誰よりも早くイッセーのことを理解して、分かろうとして……そして誰よりも早くイッセーのことを好きになった。

 

「泣きたいときは泣いても良いのです。一人で溜めこんだら、きっといつか崩れる―――だから私の胸で泣いてください」

「……ダメよ、ここで誰かに甘えれば、私はいつまで経っても強くなれないの!イッセーのことも、眷属のことも理解出来ないような『王』なんて嫌なの!!」

「……そんなことないです―――だって、今、そうやって考えることが出来ているんですから」

 

 するとアーシアは私を包み込むように抱きしめた。

 ……自然と私の瞳からは涙がこぼれた。

 

「……私にとって、部長さんも眷属の皆さんも……イッセーさんのことを好きな人は全員ライバルです…………でもそれ以上に仲間、なんです。だから―――今は甘えてください!いつも私は誰かに甘えているんですから!」

「……ズルいわ、アーシア……それじゃあまるで―――イッセーじゃない……ッ!!」

 

 今一瞬、アーシアとイッセーが重なった気がした。

 その瞬間、私が止めていた涙がこぼれて、アーシアの胸を濡らす。

 

「悲しいに、決まってるじゃない……ッ!好きな人に断られて、キスだっていつも私の方からばかりで!!そんなの、嫌よ……ッ!うぅぅ、うわぁぁぁぁぁぁ―――……」

 

 私はアーシアの胸で泣き続けた。

 恥ずかしいくらい、ここまで泣いたのは本当に久しぶりなくらい。

 アーシアは無言で私を抱きしめ続けてくれた。

 ―――進もう、前へ。

 もう後腐れがないくらい涙を流した。

 イッセーのことは何があっても諦めない。

 だって好きな気持ちには理屈なんてないもの。

 だから……アーシアがいるところへのスタートラインにようやく立てる気がする。

 私はそう思ったのだった。

『Side out:リアス』

 

 ―・・・

 

 ……増築された兵藤家の屋上は家庭菜園のスペースになっており、更に日光浴や日向ぼっこが出来るようにと椅子や机などの物まであったりする。

 俺は音のするエレベーターは使わず、階段を使い静かに屋上に来て……そして目当ての人影をすぐに発見した。

 でもそれは一つではなく―――二つ、だった。

 一人は部長が指示を出したように朱乃さんで、そしてもう一人は―――バラキエルさんだった。

 

「……そっか、リアスが言っていた朱乃さんの決意ってのはこういう事か」

 

 俺は物陰に身を隠しながら二人を見続ける。

 雰囲気は決して良いものではないものの、特に荒れている模様もない。

 ただ向かい合って視線を合わせているだけだ。

 

「……こうして落ち着いてお話しするのは何年振りでしょうか、父様」

「……そうだな、朱乃―――私をここに呼んだ……いや、遅かれ早かれ、私もお前と話そうと思っていた」

 

 二人は会話を始める。

 ……朱璃さんとの再会で前に進む決心をした朱乃さんと、父さんとの邂逅により目を覚ましたバラキエルさん。

 結局のところ、この二人がどうにかしないとどうにもならないんだ。

 そこに俺の関与する余地なんてない。

 こうやって見守ることしか出来ない―――でもなんでだろうな。

 俺の心の中には心配なんてものはなかった。

 

「……朱乃、正直に言おう―――俺はお前の気持ちなど、何一つ考えていなかった」

「……ッ」

 

 バラキエルさんは開口一番でいきなり爆弾を放り込む…………朱乃さんはその言葉で、遠目でだけど表情が少し歪んだ。

 

「死の淵から救われた朱乃と朱璃……そんなことをやってのけた男の子のことに対して特別な感情を抱くなど当たり前のこと―――ただ私はそれを理解できず、お前のことだけを考えた結果、お前と決別させるような言葉を言ってしまった」

「……ええ、覚えていますわ。今もずっと……」

 

 ……ただ俺を探すがために時間など関係なしに何日も、何か月も、一年以上に渡って無茶をした朱乃さん。

 それを止めるために朱乃さんの想いを消すためにバラキエルさんは、俺には探すほどの価値のある男ではない、そんなことを言って大喧嘩になり、そして朱乃さんは家を出たと言っていた。

 

「……許してもらおうなんて思っていない。私は良く事態を理解していない上に、お前たちを救うことも出来なかった―――そう、私は悔しかったのだ。私が出来なかったことをやってのけた、朱乃と同い年くらいの男の子に嫉妬した……最低な親だったんだ」

「…………それを私に言って、どうなるんですの?そんなこと、分かるわけないですわ!!そんなの……」

「ああ、その通りだ。ほとんど私が悪い……あの時、お前が私達の前から消えようとした時……私はお前を止めることが出来なかった。ただ見ることしか……出来なかったんだ……ッ!!」

 

 ……バラキエルさんは自分の本心を漏らした。

 それは本音であり、何よりも自分のしたことを悔いているようにも聞こえた。

 朱乃さんはそれで一人ぼっちになって、色々なことがあって悪魔になった。

 

「すまない……ッ!!本当、すまなかった……ッ!!私は大切な娘を一人にして、何もしなかった薄情者なんだ……ッ!!」

「……父様」

 

 朱乃さんは地面に頭を擦りつけ、土下座という形で謝り続けるバラキエルさんに対して焦るような表情で見ていた。

 ……あの人がここまでの決心をして、ただ頭を下げている。

 

「許してくれなんて甘いことは言わない!ただ……俺はお前の帰る居場所でありたいッ!!いつでも笑顔で迎え入れることの出来る、心休まる居場所で居たいんだ!!」

 

 そして自分の願いという本音を、真っ直ぐにぶつける―――親か。

 父さんはきっと、バラキエルさんに伝えたんだろう。

 家族はぶつかって初めて分かり合えるもので、衝突を恐れるなって。

 

「…………どうして、です」

 

 ―――その時だった。

 ……朱乃さんが、少しずつ表情を崩し始めていた。

 

「どうして、そのことをあの時、言ってくれなかったんです……ッ!最初は、困らせようと思っていただけですのに……ッ!どうして…………ッ!!!」

「あ、朱乃?」

「今更になってそんなこと、言わないで!家を出ようとした時、私は悲しかったの!父様は私を止めるほど愛していないって!!だからあの時、殺されそうになった時も助けに来てくれなかったんだって!!…………そう思ってしまうのは、しょうがないじゃない……ッ!!」

 

 ―――失念していた。

 ホントに、俺は馬鹿か。

 こんなの当たり前じゃないか……

 まだ二桁の年齢すらも迎えていない子供が、感情を完全にコントロール出来るはずなんてなかったんだ。

 自分の行動を否定されて、それでムキになって出ていこうとして……そしてバラキエルさんはそれを止めなかった。

 ……そういう発想になっても不思議じゃなかった。

 朱璃さんなら止めたはずだけど、でも朱璃さんはその時はきっと呪いのせいで直接その場に居合わせたわけではなかったんだろう。

 ……たぶん、前に朱乃さんが言っていた朱璃さんの制止を振り切って出ていったってのは、手紙とかそんな直接会わない手段でのことだ。

 それに加えて最終的に朱乃さんと朱璃さんの命を救ったのはバラキエルさんではなかった。

 …………諸々のことが重なって、朱乃さんはバラキエルさんの想いを受け取ることが出来なかった。

 

「一人になって、生きるために人として最低なことを何度もして、頭が可笑しくなりそうになって……ッ!そして私はリアスと出会って悪魔になった!!仮面を被り続けていたの!!」

「………………」

 

 ……いつものニコニコな笑顔。

 朱乃さんの笑顔にはそんな意味があったなんて、俺は知らなかった。

 あれは仮面で、今泣き叫びながら感情を吐き出しているのが本当の朱乃さんだ。

 

「分かっているの!本当に悪いのは、父様の気持ちも母様の気持ちも考えていなかった自分ってことくらい!!父様も私も、どっちも悪いってことくらい!!でも収拾がつかなかったの!一度張った意地を覆すことが出来なかったの!!」

「……そうだな。結局のところ、俺たちはその意地っ張りでこんな風になってしまったのだ」

 

 バラキエルさんは崩れ落ちる朱乃さんと同じ目線で、真っ直ぐな瞳で言葉を紡ぐ。

 

「……元通りになんてならないだろう―――いや、そもそも元通りなど望んでいない……そうだろう?朱乃」

「…………そうですわ。私は私の日常を守るために、父様を呼んだのですから」

 

 そして二人とも立ち上がり、落差があるものの視線を合わせる。

 

「……私にもう一度、機会をくれないか?」

 

 するとバラキエルさんはそう尋ねた。

 

「私はお前の父になりたい―――姫島朱乃の父である、バラキエルになりたい。堕天使も悪魔も何も関係なく、お前が自分のことを誇れるような親に……だから―――」

「……一つだけ、条件があります」

 

 すると朱乃さんは人差し指をピッと立てて、そう呟いた。

 

「いえ、条件とは言えないですわ―――お願い、です」

「……願い、か…………ああ、言ってくれ」

「……私に―――戦いを。堕天使としての戦い方…………雷光の本当の使い方を教えてください」

 

 ―――ッ!!

 俺は素直に驚いて……でも口元は笑っていた。

 だってこの言葉でバラキエルさんの願いに対する答えを出していたから。

 雷光を使う……つまり悪魔と堕天使の自分を受け入れる。

 要は―――父の血を受け入れる。

 バラキエルさんを受け入れる……暗にそう言っているから。

 

「私は母様のお蔭で、イッセーくんのお蔭でやっと自分の気持ちに整理をつけることが出来ました―――そして父様の本当の気持ちを聞いて、やっと父様との一件をどうにかしたいと思えるようになった……その上で、私は強くなりたいです。仲間を……一人で戦い続けていた最愛の人を守るために」

「…………ははは!!!なんだ……朱乃、しばらく見ない間にお前は―――強くなったな。朱璃よりも、私よりも……」

「ふふ……そうですわ。私は父様や母様が思っている以上に強いんです!」

 

 ……バラキエルさん。

 あなたはきっと気付いていないんだろう。

 そして朱乃さんも気付いていない。

 どうして俺がずっとこの二人に心配なんてものはないって思っていた理由を。

 俺が口をはさむ必要がないって思った理由を。

 

「―――だって朱乃さん、本当はバラキエルさんのことが大好きなんだから」

 

 俺は笑みを浮かべながら、二人に気付かれないようにそう呟いた。

 朱乃さんの心境はいつの間にか変化していたんだ。

 じゃなきゃ―――嫌いな相手に『父様』なんて言わないからさ。

 最初、朱乃さんはバラキエルさんのことを『あの人』なんて他人行儀で呼んでいた。

 でも朱乃さんの心が成長していくと次第に、朱乃さんはバラキエルさんのことを父様って言うようになった。

 ……だから心配はなかったんだ。

 ―――晴天の元、俺はようやく一つの終着点にたどり着いた親子を静かに見ていた。

 その光景…………何年振りに笑顔で居合える朱乃さんとバラキエルさんを。

 それを見ていると俺の心は温かくなっていったのだった。



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第12話 大切なものを守るために

 ……それはとある朝の出来事だった。

 

「なるほど……北欧の魔術って結構癖があるんですね。となると、特徴を掴んで次にどんな魔術を出すかを予測することも不可能ではないか」

「そうですね。私もイッセー君が悪神ロキに禁術を放たれた時、即座にそれがどんなものか予測できたほどですから」

 

 ……オーディンの爺さんと日本神話の神々の会合がある前日、俺とロスヴァイセさんは資料を片手に北欧魔術について話し合っていた。

 つい数日前までロスヴァイセさんはオーディンの爺さんの護衛と、ミョルニルと鎖をダークエルフから借りる取引をアザゼルと共に行っていたそうだ。

 アザゼルはそのミョルニルをオーディンの爺さんと共に調整しており、その間に俺は今できる事をしている。

 北欧魔術に精通しているロスヴァイセさんにある程度の情報を貰い、先日まで俺が独学で調べていた北欧の魔術と情報を照らし合わせているってところだ。

 

「ですが悪神ロキはそれすらも利用してこちらを崩すでしょうし、下手に対策を立て過ぎたら危険性も上がります……安全の為にする対策が危険になり得るなんて、正に紙一重です」

「……でもそれくらいのリスクを冒さないと、あいつには勝てないと思います。それほどの敵なんですから」

「…………そうですね。ごめんなさい、イッセー君。ちょっとだけ弱気になっていました」

 

 ロスヴァイセさんは苦笑いに近いながらも愛嬌のある微笑みを浮かべた。

 同胞である北欧の神の一角を倒すための算段……ロスヴァイセさんにとっても複雑なんだろうな。

 

「……考えてみると、イッセー君と二人きりでゆっくり話すのは初めてかもしれませんね」

「そういえばそうですね……実は小さい頃から俺のことを知っていたとは思いませんでしたけど」

 

 ロスヴァイセさんはお婆ちゃんであるリヴァイセさんに育てられていた。

 そして俺は小さい頃に聖剣計画の事件でリヴァイセさんを頼り、リヴァイセさんと面識があった。

 ……変な繋がりだよな。

 しっかりと会って話したのは本当につい最近なのに。

 

「実は私、お婆ちゃんからイッセー君のことをたくさん教えて貰っていたんですよ。もちろんセファちゃんやジークくん、エルーちゃん達からも」

「ははは……ホント、何話していたんですか?」

 

 俺は聖剣計画の生き残りの三人とリヴァイセさんの姿を思い浮かべて苦笑いをした。

 特にセファたちは俺のことを脚色して話すからな。

 北欧旅行に行った時、同行したアーシアと祐斗にも大げさに俺のことを語っていた位だし。

 

「それはもう、たくさんのことを聞きました!ほとんど年の変わらない自分たちをいつも引っ張ってくれて、本当に兄貴はカッケー!!……とかイッセーお兄ちゃんはいつも一緒に居たいくらい好き!!……とかです。本当に眩しいくらいの笑顔であの子たちは嬉しそうにイッセー君のことを語るんですよ」

「ははは。エルーとジークとは向こうに行った時、いつも後ろについてきたくらい懐いてましたからね」

 

 まあ俺からしたら可愛い妹分と弟分だからな。

 出来ることなら俺もいつも一緒に居てあげたいけど……でもあいつらはそこまで体が強くない。

 空気の綺麗な北欧にいるのが一番良いんだ。

 ……聖剣計画の影響は今もなお、名残としてあいつらの体に残り続けている。

 特にセファに関しては激しい運動は控えないといけないほどに消耗している。

 定期的にリヴァイセさんの北欧魔術による治療で幾らかは好転しているとは聞いているけど……

 

「……やはり、お婆ちゃんやセファちゃんの言った通りです。イッセー君は」

「―――え?」

 

 するとロスヴァイセさんは俺の顔を覗き込むように、優しそうに微笑みながら俺を見ていた。

 

「なんていうか、今のイッセー君は凄く優しそうな顔をしていたんです。それでセファちゃんとお婆ちゃんは……イッセー君がそういう顔をしている時は、大抵誰かの心配をしていたり、何かを守ることを考えている。そう、言っていたんです」

「……やっぱ、あいつらには敵いませんね」

 

 リヴァイセさんには俺のことなんてお見通しなんだ。

 昔からいつもあの人には頭が上がらない―――それくらい、すごい人なんだ。

 そんなリヴァイセさんの傍にいて影響を受け続けているセファも敵わない。

 ……だからこそ。

 俺の弱さも心の闇も知っている二人だからこそ。

 俺はあの二人に心からの笑顔を見せたい。

 全部、自分の嫌な部分を払拭して会いに行きたい。

 

「―――あいつに負けられない理由が一つ、増えてしまいました。ロスヴァイセさんのせいですよ?」

「え、えぇぇ!?ご、ごめんなさい!!わ、私、何か余計なことを……!!」

 

 するとロスヴァイセさんは動揺したのか、すぐさまに顔を真っ赤にして謝り始める。

 俺はそれを見て不意に噴き出した。

 

「くくく……はははは!」

「なっ…………ひ、ひどいです!年上のお姉さんをからかうなんて!教育的指導ですよ!?」

「だ、だって……ロスヴァイセさん、普段はクールでカッコ良いのに、焦ったらすごく可愛い反応するから……ははは」

「ご、誤魔化してもダメです!」

 

 ロスヴァイセさんは茹蛸みたいに顔を紅潮させて、そんな風に憤慨する。

 ……楽しいな。

 こんな些細な会話が楽しい。

 今の日常を壊させないためにも、そんな日常を続けていくためにも―――皆と一緒にあいつを超える。

 たぶん今までなら俺は一人であいつを超えようなんて考えていたんだろうな。

 だけどその考えは捨てた。

 一人ですることは間違ってはいない……だけど周りがそれを望んでいないのに、一人で突っ走るのは単なる横暴だ。

 今までの俺が間違っていた……たぶん、それは違う。

 っていうか仲間の前でそんなことを言ったら、また怒られるんだろうな。

 ……何かを守るために自分の命を賭けるのは決して間違いではない。

 仲間を守って、そして最後に自分も絶対に生き残る。それが俺が母さんや父さん……皆から教えられた本当の答え。

 答えを得たからにはもう間違えるわけにはいかない。

 それが今の俺の出来る最大限のことのはずだから。

 

「と、とりあえずもうそろそろミョルニルの調整が終わるはずです!それまでにイッセー君にはミョルニルについてのことをレクチャーしておきます!」

「ミョルニルのこと、ですか」

 

 ロスヴァイセさんは何かを誤魔化すように分かり易く咳払いをして、そしてそう切り出した。

 ―――ミョルニルの小槌。

 今回のロキ戦において重要となる武器の一つで、今回のものはレプリカだけどそれなりの威力はあるそうだ。

 本物に限りなく近い威力のもので、その神の雷は同じ神を亡ぼすには十分の力らしい。

 だけど使える者は限りなく少なく、使える可能性を持っていることすら難しいということは既に知っている。

 

「ミョルニルはご存知の通り、神々の武具です。本来ならば悪魔や天使、人間などと言った存在は触れることすら出来ません。もし適応者でなければ触れた瞬間に神の雷で身を焦がすことになります―――それを今、アザゼル様とオーディン様は調整し、相応の実力があれば悪魔であろうと使えるようにしているんです」

「そしてそれを使う白羽の矢が立ったのが俺、ってことですか?」

 

 ロスヴァイセさんは俺の言葉に頷いた。

 

「この小槌は実力的にトップの者に与えます……ですが実質的なトップクラスの片方はテロ組織の一角。ならば熾天使の一人であるガブリエル様に渡せば良いのですが……瞬間火力だけで言えば、イッセー君は今回の中で群を抜いているというのが今回における総意です」

「―――ま、そういうことだ。イッセー」

 

 ……するとその時、室内にアザゼルの声が届いた。

 そこには少しばかりスーツのシャツを着崩したアザゼルがいて、更に手元で小槌のようなものが浮いていた。

 それからはチリチリと肌を刺激するようなオーラが放たれており、それだけでそいつの正体に気付く。

 ……あれがミョルニルの小槌。

 

「ちょうど調整が終わった。お前もロスヴァイセからレクチャーを受けていたようだな……丁度良い」

 

 するとアザゼルは小槌を俺の方へと浮遊させる……アザゼルですら、小槌を直接持つことが出来ないのか?

 俺はそう考えていると、アザゼルは察するように答えた。

 

「俺は残念ながら天使から堕天使に堕ちた身なんでな。小槌の制限に真っ向から引っかかっちまった。だから俺は純粋に持つことが出来ない」

「小槌の制限?」

「おう―――こいつは穢れた心の者には持てない、純粋な上に正しい心の持ち主にしか心を開かねぇんだ」

 

 そして小槌は俺の前にフラフラと浮遊する。

 ……なるほど、だから堕天使には無理なのか。

 

「そういう意味でも今回、こいつを持てる可能性があるのは天使サイドのイリナかガブリエル―――そしてお前だけだってことだ」

「………………はぁ。上手くいくかは保証はないだろ、それ」

「まあな。だがやってみる価値はある」

 

 アザゼルは不敵にそう笑むが……個人的に言えば、たぶん俺はこいつを使うことが出来ないはずだ。

 俺は半分諦める形で嘆息し、何故か確信してしまった予想を払いのけて小槌を握った。

 ―――ッ……!?

 握った瞬間、俺は小槌の余りもの重量にそれを落としそうになる。

 が、それを何とか踏ん張って小槌を片手で持った。

 ……だけどこれが答えなんだろう。

 

「…………そうか、無理だったのか」

「ああ。残念だけど俺じゃあ小槌を十全に使えないそうだ―――そうなんだろう?オーディンの爺さん」

 

 俺は悟るようにその光景を部屋の扉から見ていたオーディンの爺さんに問いかけた。

 そこにはどこか難しい顔をしているオーディンの爺さんがいて、じっとこっちを見ていた。

 

「……はて、なんのことじゃ?」

「とぼけるなよ?小槌からは悪魔じゃなきゃ支えられないほどの重量……つまりミョルニルは俺を拒否しているってことだろ?」

「ならばそもそも雷でお主の身を焦がしておる―――が、確かに真の適応者なら小槌は羽のような軽さじゃ。となると……問題は小槌ではなく、お主という事じゃな」

 

 爺さんは俺の方に近づいてきて、そして小槌を撫でるように触れた。

 途端に小槌からはバリ!!という雷の音が響き渡った。

 

「むろん、わしは煩悩の塊のような神じゃからのう……触れただけで拒否される。もちろん神の力を使えばそれもどうにかなるのじゃが。ともかく、お主は拒否されているわけではない」

「じゃあ小槌が重いのは、俺がこいつを拒否しているとでも言うのか?」

「あるいは……という可能性の話じゃ。だがまあ神器なしで持てる以上、ある程度の戦力にはなるじゃろう」

 

 オーディンの爺さんは中途半端に割り切ったようにそう言う。

 ……確かに俺が触れている時は小槌からは拒否するような雷は出ていない。

 真の適応者なら羽のような軽さである小槌が重く感じる俺……何となく、俺がこいつに選ばれない理由が分かる気がする。

 それはきっとあの存在なんだろう。

 何度か俺に問いかけてきた、籠手の中に残る俺自身の怨念。

 その問題が解決しない限りは、俺がこの小槌を使いこなすには至らないはずだ。

 

「そういうことなら使わせて貰うよ。これがあいつを倒せる手段だっていうなら」

「そうじゃな。あやつは確実に来る。恐らく真正面から、しかし裏を掻いて狡猾にじゃ」

「……そっか」

 

 そう話すオーディンの爺さんは少しだけ寂しそうだったけど、俺はそれを言わずに頷く。

 同じ神話体系に属するが故に、思うところはあるんだろう。

 だけどオーディンの爺さんはそれを言うことはない。

 それが北欧の神々を統べる主神の役目。

 

「わしはもう休ませてもらう―――どうせならロスヴァイセと、しっぽり既成事実の一つでも作ってみてはどうじゃ?」

「な、なななななななななっっ!!!?おおおおおおお、オーディン様!な、何を下品なことを!!!」

「………………丁重にお断りさせていただきます」

 

 ―――そう言うと、何故かロスヴァイセさんは肩をがっくりと落とすのであった。

 ……ちなみにこの話の後で俺はアザゼルに気になることがあったので、聞いてみた。

 

「そういえばアザゼル、この前のミドガルズオルムとの邂逅の後から、匙の姿を見かけないんだけど……確か俺の話を聞いて号泣して、そのまま『俺は何があってもイッセーの味方だからなぁぁぁぁ!!』って叫びながら帰って、連絡がつかないんだ」

「ああ、そりゃあグリゴリの施設に拉致っ…………とある研究とロキ対策に必要なものを身につけさせるために協力(・ ・)してもらってるんだぜ?」

 

 ……俺は目の前のマッドサイエンティストのにやけ笑いを見て、本気で匙を心配したのだった。

 ―・・・

 

「にゃふぅ♪イッセー、もっと頭撫でて~~~」

「……姉さまばかりずるいです。先輩、私ももっと…………にゃん♪」

 

 ……兵藤家の縁側で凄まじい勢いで甘えてくる黒歌と小猫ちゃん。

 しっかりと猫耳としっぽを生やし、猫なで声で心地よさそうにいるが、そもそもこのような状態になったのには理由がある。

 それはいえば……ロスヴァイセさんと一度別れ、リビングの方に出ると、縁側で小猫ちゃんと黒歌が眠っているのに気づいたんだ。

 姉妹で日向ぼっこしている最中に寝てしまったんだろうけど、俺はその光景が懐かしく感じてしまい……結果、昔のように二人を優しく撫でた。

 その結果がこれだ。

 まあ俺も懐かしくていつもの三倍くらい撫でていたから、そりゃあ起きるってもんだ。

 それで黒歌がお得意の悪戯モードを発動し、可愛がれなど言っていると小猫ちゃんまで便乗して……っという流れで可愛がっている。

 

「イッセー、頭だけじゃなくて、お尻とかも撫でてにゃん♪」

「……発情すんな、エロ猫」

 

 俺は蕩けそうな顔をしている黒歌の額に、強烈なデコピンを放つ。

 途端に黒歌は突かれた額を抑えて涙目で懇願してやがる!

 

「愛の鞭にしては痛いにゃ~~~……それに女の子は実はエッチなんだよ?ね、白音♪」

「……そんなこと、な……ないですっ!」

「…………小猫ちゃん、君は黒歌の色に染まらずに綺麗なままで居てくれ!!頼むから!!」

 

 黒歌によりダメな道に進みそうになる小猫ちゃんを俺は必死に説得する!

 だって俺の周りでの癒しが消えるとか、死活問題だから!

 純粋で可愛い小猫ちゃんは俺が絶対に守る!

 エロ姉でエロ猫の黒歌から!!

 

「…………なんか、猛烈に貶さてる気がするにゃん」

「たぶん気のせいじゃない……です」

「うにゃぁぁぁぁぁん!!イッセーと白音が虐めるよぉぉぉ!!!」

 

 俺と小猫ちゃんから白い目で見られる黒歌はベタな嘘泣きをしながら、チラチラこっちを見て来る。

 ……嘘泣きをするならもっと分かりにくくやれよ。

 俺はあざとい黒歌に溜息を吐きつつ、まだ俺の膝で丸くなる小猫ちゃんの頭や頬を撫でた。

 

「ふにゃぁ…………先輩、撫で方が甘いです」

「そっか?」

「……はい。もっと、く……唇とか、耳とかも……撫でてください」

 

 小猫ちゃんは顔を真っ赤にしながらそうおねだりをしてきて―――あれれ?

 なんだろう、この裏切られた感は。

 何故か小猫ちゃんの上気した艶やかな表情が、横でブーブー言ってるエロ猫と近づいてきているような……

 

「あ、白音が発情しかけてるにゃん」

「なるほど。つまり黒歌はいつも発情している……っておい!それは本当か!!」

「ち、ちょっと!?流石の黒歌ちゃんも女の子なんだにゃん!人権の見直しを要求するにゃん!!」

 

 黒歌の戯言はどうでも良い!

 小猫ちゃんは猫又……猫又は発情期と呼ばれる時期に入ると、自分とは違う種族の雄に愛着行動をするってのは聞いたことがある。

 けどそれはまだまだ先の話で……俺はキッと黒歌を睨んだ。

 

「おい、黒歌。お前、もしかして小猫ちゃんに何か吹き込んだな?」

「………………………………………………し、知らないにゃん☆」

 

 俺はそそくさとその場から逃げようとする黒歌の顔をガシっと掴み、真顔で顔を近づける。

 ―――逃がさねぇぜ、黒歌。

 

「は、はにゃ!?み、耳はダメにゃん!?そこ、弱いのぉ……ッ」

「おいおい、俺の話は終わってないぞ?黒歌、小猫ちゃんに何をした?」

 

 黒歌は耳が弱い。

 故に耳元でささやくようにしゃべるとか、息を吹きかけると黒歌は途端に普段の余裕がなくなるんだ。

 後、不意打ちで褒めるとか頭を撫でるとかも弱い。

 これが俺の黒歌対策だ。

 

「ほら、早く吐かないともっとするぞ?」

「い、言うからもうやめてぇ……耳は、弱いのぉ…………!!」

 

 黒歌がぐったりし始めたところで俺は耳元から離れる。

 ……よし、すっきりした。

 普段悪戯ばかりの馬鹿猫にはしっかりとお仕置きが出来たことだし。

 

「にゃぁ……にゃぁ……イッセーって実はドSにゃん」

「ンン?何か言ったかな?」

「…………………………ッ!!!」

 

 黒歌は俺の問いに無言で首を横に振って否定する。

 

「……その、姉妹トークでね?良く白音にえっちな話とか、猫又の習性とかを教えてあげてて……白音がちょっとずつその類に興味を持ち始めてね?」

「うんうん、つまり黒歌が悪いと?」

「………………テヘ?」

 

 ―――俺が黒歌の顔を掴んで、力強く握り潰そうとしたのは言うまでもない。

 その過程で黒歌が絶叫を上げて苦しんでいたのも言うまでもないな、ははは!

 ……ともかく仕方ない。

 

「出来ればこんなことに神器を使いたくないけど……フェル、頼む」

『……まさか性欲を抑える神器なんて創ることになるとは思いもしませんでした』

 

 フェルの落胆する言葉に俺は大いに同意するが、でもこうなっては仕方ない。

 俺は即座にフェルの力を使って性欲抑制の神器を創り、小猫ちゃんへと行使した。

 途端に小猫ちゃんの蕩けた表情は少しずつ収まっていき…………次第に頬を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を手で覆い隠した。

 

「……あ、あんなはしたない所をイッセー先輩に見られるなんて……っ。もう恥ずかしくて死にそうです……!」

「大丈夫、小猫ちゃん。全部黒歌が悪いんだからさ?」

「………………とりあえず、もうちょっとだけ撫でてください」

 

 小猫ちゃんは指と指の間からチラッと目を覗かせ、甘える声音でそう言う。

 俺は特に拒否なくそれに応え、小猫ちゃんの反応に癒される……ああ、癒しだ。

 最近は癒しが少なくて困っていたからな!

 

「うぅぅ……姉と妹でここまで扱いに差があるなんて、横暴にゃ~ん」

「黒歌ちゃん?今は俺の癒しタイムだから少し黙ろうか?」

「むむ……ならこっちにも考えがあるにゃん!」

 

 すると黒歌は頬をプクッと膨らませ、珍しくちょっとだけ怒っていた。

 ……俺も虐めすぎたか?

 そんな風に思っていると、黒歌は突然俺の背後に回り込んできた。

 

「んん?黒歌、お前一体何を……」

「うんにゃ?色仕掛けだけど?」

 

 黒歌がそう言った瞬間、後ろからパサッ……っという布の擦れる音が聞こえた。

 それと共に俺の後頭部に何か柔らかいものが―――

 

「く、く、く、黒歌ぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「にゃはははは!!イッセーが色仕掛けに弱いのは知ってるにゃん♪ほれほれ、お姉さんのおっぱいは気持ちいい~~~?」

 

 ふにょふにょとすごい感触が後頭部越しで感じるが、これは真剣にヤバい!

 俺の膝元で小猫ちゃんが膝枕されてんだぞ!?

 こいつ、それを分かってワザとやっているのか!

 

「ん?先輩、手が止まっ……て…………」

 

 ……小猫ちゃんは恥ずかしさが無くなったのか、手で顔を覆うのを止めて俺を見て、表情が無くなる。

 そりゃそうだ。

 俺の後ろから黒歌が胸で俺の後頭部を挟んでいるだから(たぶんだけど)。

 むしろ俺が今、冷静でいられる理性を褒めて欲しい!

 

「……………………先輩は、小さな胸は嫌いですか?」

「ちょっと待て待て待て待て!!!反応が違うだろ!?小猫ちゃん、そこは俺を殴るとかそんなタイミングだよ!?」

 

 小猫ちゃんは変なところで黒歌に対して対抗意識を燃やすように、恥ずかしそうにそう尋ねる!

 むしろこのタイミングで殴ってくれた方が黒歌の思惑を壊せたのに!!

 ってかこれはループなのか!?

 小猫ちゃんの頬がさっきと同じように真っ赤になって、表情が蕩け始めてる!!

 

「ふふふ、白音?男は皆、胸にロマンを求めているにゃん。愚問だよぅ?」

「……手で収まるくらいが丁度良いです」

 

 え?なんでこのタイミングで姉妹で火花を散らしているの?

 黒歌に至っては半裸だよ?

 しかもここは家の縁側だぜ?

 

「へぇ……女の魅力としては私の方が強いと思うにゃ~」

「……先輩に相手にされていないのに、良く言います」

「…………………………」

 

 何故か二人の会話が険悪になる。

 あの普段凄まじく仲の良い二人が、まさかこんなことで不仲になるなんて予想外だ。

 

「し、白音は猫を可愛がるみたいに愛玩動物扱いよ?」

「……姉さまはそれすらしてもらってないのでは?」

 

 ……これは小猫ちゃんの方が一歩上手だ。

 姉妹間の口喧嘩という攻防戦、一体どっちが我慢の限界を迎えるか―――って、俺は何を解説してるんだ、馬鹿か?

 っていうか現実逃避にもほどがあるだろ。

 

「……それに小さくても、柔らかいです。それに姉さまの服装とか、だらしないです、自重してください」

「こ、これは着こんだら胸が苦しいからにゃん!!」

「……巨乳、死すべし」

 

 小猫ちゃんの99パーセント、私怨を含む言葉がボソッと聞こえた。

 これはあれだ―――シスコン大魔神の黒歌には致死レベルのダメージの言葉だ。

 ってかそれを言えばグレモリー眷属の大半の女子は………………いや、言わないでおこう。

 

「小猫ちゃん、流石にそれは言い過ぎじゃ……」

「……じゃあ先輩は、私の胸は好きですか?」

「い、いやぁ……さ、触ったことないし、好きとか言われてもなぁ~」

 

 俺は軽くあしらうように適当なことを言ってこの場を乗り切ろうとした―――が、その時、自分の発言が失敗だったことを瞬時に理解する。

 

「……なら、触って……ください」

 

 ……小猫ちゃんの今の恰好は、暑いからか布地の薄い長そでシャツだ。

 小猫ちゃんは服を捲り上げ、そして俺の手を自分の胸の方に誘う。

 俺の手の平には小さいながらもとても暖かく、柔らかい感触が広がって…………って何を冷静に感想を考えてんだよ!俺の馬鹿野郎!!

 後ろの黒歌の方に視線を向けるも、黒歌は先ほどの死すべし発言で頭がショートしている!

 

「んん……先輩、どうです……か?」

「ど、どうですって聞かれても……そ、その……」

 

 正直に柔らかいとか言ったら変態になるし、小さいとか言ったら小猫ちゃんを落ち込ませるし―――あれ、これどう足掻いても切り抜けられない?

 

「にゃぁ~……なんか、すごく変な気分です……頭がポカポカします……先輩、もっと触ってくだ―――」

 

 …………しかし小猫ちゃんが最後まで言葉を紡ぐことはなかった。

 それは俺の後ろから伸ばされた手によるものだ。

 

「ふぅ……人がショートしている間に色々と面倒なことになってるにゃん♪全く、普段クールなのに何でこういうエッチな系統には弱いの?イッセーは」

「…………申し開きもない」

 

 それは既に着物を着こんだ黒歌からの声で、言葉が途中で途切れた小猫ちゃんは俺の膝元で眠っていた。

 小猫ちゃんの頭を手で押さえたのは、たぶん黒歌の仙術によるものなんだろう。

 

「言い忘れてたけど、性欲と発情期はまた違うにゃん。性欲撒き散らしても発情期は消えないし、消えても一瞬だからね」

「……そもそも黒歌が最初からそれをやれば良かったものを!……まあありがとう。助かったよ」

「にゃははは!崇めるが良いにゃん!」

 

 黒歌は軽く笑みを上げる……けどすぐに真剣な表情になった。

 

「……でも白音がこうなったのはイッセーの責任でもあるんだよ」

「どういうことだ?」

「恍けないで。見ていれば分かる―――イッセー、本気でアーシアちゃんのことが好きなんでしょ?」

 

 ……今の黒歌には嘘を言うことは出来ない。

 

「……ああ。俺はアーシアのことが好きだ」

「うん……それこそが、白音が発情期を迎えた原因」

 

 黒歌は説明した。

 そもそも猫又の発情期っていうのはもっと体が成熟した段階で起こることらしい。

 だけど小猫ちゃんはまだ体が成熟を迎えていない。

 その状態で仮に子を宿すと母子共に危険を伴う……黒歌はそう説明した。

 

「白音って思っている以上にイッセーのことを愛してるにゃん。そんなイッセーには本命が別にいて、でも諦めきれるわけがない―――分かるよね?一人の女として、少なくとも私はイッセーのことが好き。だから例えイッセーがアーシアちゃんのことが好きでも傍にいる」

「……つまり小猫ちゃんがこうなったのは……その想いによるもの?」

「そ。イッセーに対する想いが強すぎて、それが発情期を迎える鍵になった―――イッセーは、どうするの?」

 

 黒歌は明確な言葉を使わず、わざとらしく曖昧にそう尋ねた。

 でも俺にはこの言葉の意味が分かった。

 

「……アーシアに対する想いと、ミリーシェに対する想い。それのことだろ?」

「なんだ、分かってるんだ。そう、詳しく言えばアーシアちゃんとどう向き合うつもりにゃん?」

 

 ……アーシアとどう向き合うか。

 確かに俺は未だにミリーシェに対する未練が残っている。

 にも関わらず俺はアーシアのことを本気の意味で好きになって、アーシアの気持ちにも受け入れてしまった。

 

「……正直、一番悩んでるのがそれなんだ。自分の気持ちに素直になるなら、俺はアーシアと恋人になりたい……だけど、それじゃあまるで、俺はミリーシェへの想いを失くしてしまう。そんな錯覚に囚われるんだ」

「……でも答えは出しているんだよね?」

「ああ。そうだな―――もう、迷わないって決めたから。だから答えを出した」

 

 悲しいことだ。

 だけど俺が生きているのは過去じゃない……今なんだ。

 たぶんミリーシェへの想いは一生消えない―――それと同じで、アーシアへの想いも消えない。

 辛いことだ……だけど俺は今、アーシアを大切にしたい。

 

「今の俺とアーシアは、家族のような関係で、恋人のようなもので……本当に曖昧な状態だ。その曖昧さが何故か心地良くて、それに浸ってた。だけど、それが小猫ちゃんや皆に迷惑をかけた」

 

 とっくにみんなの好意には気付いていた。

 そして……自分の好意にも気付いて、俺は部長の告白を断った。

 

「アーシアと俺はたぶん死ぬまで一緒にいると思う。アーシアを守る……もし仮に誰かとアーシア、どちらか片方しか救えない状況になれば俺は……絶対にアーシアを救う。そう決めたんだ」

「……前までだったら、絶対にどちらも救うって言ってたにゃん」

「そうだな。救えるなら救う。だけどそれが叶わない事態になった時の場合だよ」

 

 それが俺の本心だ。

 

「……でも教えてあげる―――イッセーは絶対、両方とも救ってしまうにゃん。それで最終的にイッセーは皆のことすらも包み込んで、幸せにするって」

 

 黒歌はどこか確信めいた表情で、そう断言する。

 

「根拠も何もないだろ、それ」

「うん♪でも私の勘は当たるにゃん!野生の勘ってやつ?」

「……でもそもそも黒歌は飼い猫だろ?」

「あ!揚げ足を取るのは紳士じゃないにゃん!」

 

 ……黒歌の勘が当たるなんて、そんな希望観測は信じることはない。

 だけど理想はそれだよな。

 無謀かもしれないけど―――俺を大切に想ってくれる存在全てを幸せにする。

 ……それが俺の今の夢かもしれない。

 そう胸に誓った昼頃の縁側だった。

 ―・・・

 

「~~~~~~~~~~~~♪♪♪」

 

 夕食を食べ終え、夜の時間帯。

 俺を含むグレモリー眷属の神器持ち組はいつものように、地下の強化シェルターにて鍛錬をしていた。

 メンバーとしては俺、アーシア、祐斗、ギャスパー。

 更にイリナとゼノヴィアも戦闘訓練と称してこの場に居合わせている。

 本当ならヴァーリにも一声かけたかったが、残念なことに祐斗とかゼノヴィアは未だにヴァーリに対して警戒しているから、今回は参加していない。

 現状、祐斗はイリナ、ゼノヴィアと1対2での剣戟戦、そして俺とアーシア、ギャスパーは共に精神を使う系統の神器故に近くで鍛錬していた。

 やることと言えばアーシアは長時間、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)の禁手である微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)を持続させる鍛錬をしている。

 ギャスパーは不完全な停止による遅滞……以前のディオドラ戦で見せた精神力への負担を減らす技だ。

 遅滞させているモノは俺の魔力弾で、当の俺はギャスパーの修行に付き合いながら的確にフェルの神器の創造力を溜めて行使したりしている。

 この鍛錬は俺にとって、二つの行動を同時に出来ることに意味がある。

 理想は戦いながらフェルの神器により創造できる白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シヴァーギア)を、禁手である白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)へと禁手化させるための時間を短縮させることだ。

 現状では禁手化させることにだけ集中すると10分の時間が掛かる。

 戦いながらなら30分が現状の限界だ。

 更にその前に籠手を創るための40段階の創造力が必要となるなど、まだまだ制限の多い禁手なものの、発動できれば絶大な力を誇るからな。

 

「ギャスパー、次は変則的な拡散の魔力弾だ!」

「は、はいぃぃ!!」

 

 ……ちなみにアーシアがこの空間内で歌を歌い続けることで、例え怪我をしても瞬時に治すことの出来るいわば最高の修行場であったりする。

 当然アーシアは頑張り過ぎるところがあるから、時を見計らって修行を中断させるけど。

 っと俺はアーシアに視線を向けつつ、ギャスパーに拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)を放つ。

 魔力弾は最初は単体だが、ある地点で弾丸は拡散してギャスパーに向かう。

 ギャスパーが対応できないようなら魔力弾を操作し、被弾させないようにするけど、どうだろうな。

 

「か、拡散した!?か、数が多いですぅぅぅぅ!!!」

「―――うん、なんとなく予想はしてたよ」

 

 魔力に性質を持たせた瞬間、ギャスパーは分かり易く狼狽える。

 ……だけど狼狽えている割には最低限の魔力弾を遅滞させていた。

 っていうか停止させるべき弾丸を判断して止めているっていう言い方が正しいか。

 そういう意味では最低限ではなく、最適という言葉の方が合うか。

 ……よし。

 

「ギャスパー、次はこの状態の俺の最大出力の魔力弾を放つ!それを完全に(・ ・ ・)停止させろ!」

「えぇぇぇええ!?そ、それは流石に無理ですぅぅぅ!!イッセー先輩の本気を止めるなんて!!」

 

 あいつ、謙遜でもしてんのか?

 俺の神器なしの魔力弾くらい、今のあいつなら簡単に停止させることが出来るはずだ。

 それほどギャスパーの力は上がっているし、努力は少しずつ実り始めている。

 ……あいつには少しくらい自信をつけさせてやりたい。

 これまで俺たちの戦ってきた相手はあり得ないほどの強者ばっかで、自分の実力に疑問を持つのも理解できる。

 だからこそ自分を卑下に扱う。

 特にギャスパーは自分に自信がないのも原因なんだろう。

 

「お前なら出来る。そう信じてるぜ…………爆撃の龍砲(エクスプロウド・ドラゴンキャノン)!」

 

 俺は破壊力を極めた性質を含む爆撃の魔力弾を放った。

 先程の拡散の龍砲と同じである地点までは普通の魔力弾であるこれは、爆発の性質を持たせて相手を撃墜する弾丸。

 上級悪魔にも通用する技ではあるけど、今のあいつなら止められる。

 

「や、やってみます……!!」

 

 ギャスパーは目を見開き、俺の魔力弾に的を絞って停止を始める。

 ……神器ってものは、やはり精神の状態によってその力の大きさが変わる。

 例えば、物事に対して絶対に無理、っていった否定的な感情があれば当然神器の力は半減するし、諦めていたら以ての外だ。

 つまり神器を使うことに関して一番必要なのは、諦めない事。

 ギャスパーに一番足りないものは自信。

 自分は戦える、誰かを守ることが出来るっていうより強い思想や目的意識。

 それすら備わればギャスパーは化ける……そんな気がするんだ。

 ……目的意識、ね。

 物は試しか。

 

「ギャスパー!俺が満足する結果なら、お前の頼みをなんでも聞いてやるぞ!!」

 

 いわば飴と鞭の飴を放ってみる。

 まああいつの自信のなさを考えてみれば、あまりうまくいくとは思えな―――

 

「ほ、ホントですか!?よ、よぉぉぉし!!僕、頑張りますぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 ……俺の言葉を聞いたギャスパーの目つきは唐突に輝く。

 途端に俺の魔弾は完全に停止し、ピタリと動かなくなった。

 ―――俺、色々と考えていたのにたったあれだけのことで乗り越えるって……なんか、報われない!!

 俺はそう心で叫びながら魔力弾を消失させ、ギャスパーの方に近づいた。

 

「過程はあれだけど良くやったな。今のを簡単に停止させれたんなら、あいつとの戦いで戦えるはずだ」

「ほ、ホントですか!?ありがとうございます、イッセー先輩!!!」

 

 ギャスパーは大げさにピョンピョンと飛びながら喜んでいた。

 

「扱いの難しい邪眼の力を御し始めているよ、ギャスパーは。当然、まだまだ至らない部分もあるけど、それでもこの短期間で良くここまで力を扱えるようになったな!流石俺の後輩だ!」

 

 俺はギャスパーの髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でると、ギャスパーは照れているのか頬を赤く染めて微笑んでいた。

 

「ギャスパーは端っこで飲み物でも飲んで休んでろ。俺は……っと、アーシア!」

 

 俺はギャスパーにスポーツドリンクを渡してから、ずっと歌い続けるアーシアの元に駆け寄った。

 かれこれ癒歌を二時間掛けて歌い続けている。

 ……まあ普通に歌うんじゃなく、神器の力を使って歌っているから喉が枯れるとかそういうのはないんだけどな。

 アーシアは俺の方に駆け寄っているのに気付き、次第に心地よい歌声を止めて俺を出迎えた。

 

「どうしたのですか、イッセーさん。私はまだまだ大丈夫ですよ?」

「口ではそう言っても、精神的には結構な負担が掛かっていることに俺が気付かないとでも思ったか?」

 

 俺はアーシアの肩にそっと手を置くと、それだけでアーシアは少しだけその場でふらついた。

 アーシアはすぐにバツの悪そうな表情になって、上目遣いでこっちを見てきた。

 

「はぅ……イッセーさんは私のことは何でもお見通しなんですね」

「アーシア、残念がっているのか喜んでいるのかどっちだよ……顔、にやけてるぞ?」

「えっと……どっちもです!」

 

 ……何この天使、可愛過ぎるぞこの野郎!

 やばい、凄まじくアーシアが愛しい!

 黒歌とあんな話をしたからか、いつもの倍増しでアーシアのことが可愛く見えてしまう!

 

「イッセーさん?お顔が赤いですよ?」

「ひ、ひゃあ!?」

 

 ………………アーシアに頬を触られて、情けない声を上げる俺。

 ってか「ひゃあ」ってなんだよ、「ひゃあ」って!

 女の子みたいな悲鳴あげるって、アーシアも引くだろ!

 

「………………イッセーさん、今のすっごく胸に来るものがありました!驚きです!!」

「いやいやいやいやいやいや!!!!今のはないだろ!?男の悲鳴ってどこに需要があるんだよ!?」

 

 俺はどこか興奮気味なアーシアを宥めるようにそうツッコむ……と同時に、こちらに近づく足音を複数感じた。

 

「い、イッセー!今のとてつもなくギャップを感じる、どこか胸を打つ可愛らしい男の悲鳴はなんだ!!」

「そ、そうよ!!せっかく真剣に修行しているのに、そんなもの聞かされたらイッセーくんの頭を撫でたくなるじゃない!!ってか撫でさせて!!!」

「ふふ……僕も普段のイッセー君からは考えられない悲鳴に、どこか感動に近いものを感じる―――僕がイッセー君を守るよ」

「お、おいお前ら!!お前らはさっさと修行に戻りやがれ!!暑苦しんだよ、近づくな!!特に祐斗、お前のせいで最近学校で変な噂が立っているんだからな!!!」

 

 俺はそそくさと四人から距離を取るも、俺が一歩後退りすると四人は二歩前進する。

 …………逃げるか、うん。

 俺は瞬時に足元に力を入れようとした瞬間―――

 

「停止、停止♪」

「こ、こ、こんなとこで修行の成果を見せんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 俺の足元をピンポイントでギャスパーが停止させ、動けないのであった。

 

「ぼ、僕も可愛らしいイッセー先輩を見るのは、や、吝かではないというか……」

「こんの裏切り者がぁ!!それでも俺の後輩かっ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!!お、怒らないでくださいぃぃぃ!!!」

 

 そう思うなら停止を止め―――すると俺は肩をそっと掴まれる。

 

「あ、これ詰んだな、はははははは―――ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 …………俺は脇腹やら頬やらをくすぐられ、情けない悲鳴を上げ続けるのであった。

 ―・・・

 

「うぅぅ……どして、こうなったんだよぅ……」

「は、はうぅ……涙目のイッセーさんが可愛いのと、やり過ぎた罪悪感でどうにかなりそうです……ッ!!」

 

 それから十数分後、あらかた弄られ終えた俺は可笑しくなった五人から解放された。

 そして実行犯である罪人は今は俺の前で正座をしている。

 

「ぼ、僕は何をしていたんだろう……まさかイッセーくんが泣くまで虐めてしまうなんて……」

「気持ちは分かるぞ、木場―――あのイッセーには途方もない魅惑を感じた」

「そうよ!私も危うく堕天するくらいの可憐さだったもの!!」

「……お前ら、絶対反省してないだろ…………」

 

 俺は涙声でそう言うと、祐斗とゼノヴィアとイリナは凄まじく顔を青くする。

 ……今度元気出たらやり返ししてやるもん。

 

『は、はうぅぅぅ!!!ど、どうしましょう、ドライグ!!主様が可愛過ぎます!!』

『落ち着け、フェルウェル!!お前の口調が若干アーシア・アルジェントと同様になっているぞ!!』

『これが落ち着いていられますか!!”もん”ですよ!?その口調は、わたくしの主様から聞きたかった言葉トップ10に入るレベルなのです!!』

 

 もうやだ、この人たち!

 っていうかむしろドライグが普通に見えて来るのが異常だ!!

 

『……相棒、これからはもっと優しくするから、俺の評価をもっと上げてくれないか?パパ、鬱で死にそうになる』

 

 ……まあもう過ぎたことだから良いか。

 報復は今度、しかるべき形でするとして。

 

「とりあえず体を動かした組はシャワーでも浴びにいけよ」

「え、でも……」

「―――行けよ、な?」

 

 俺は祐斗が何か言いたげだったが、有無を言わさずシャワールームに足を運ばせる。

 それをバツの悪そうな表情でついていくイリナとゼノヴィア、そしてギャスパー。

 ……まあギャスパーに関しては許してやろう、停止はしやがったが直接俺に振れたわけではないからな。

 

「イッセーさん、その……ごめんなさい!!」

「もういいよ。そんなに怒っているわけでもないしさ。ただ……うん、今後は自重してくれると有難いというか」

「も、もう絶対しません!!神に誓って!!」

 

 大げさなアーシアの言葉に苦笑いを浮かべつつ、俺はふと考える。

 考えてみれば俺って最近、アーシアのことを考えることはたくさんあったけど、ゆっくりとアーシアと会話してなかったよな。

 ……決戦前で俺は落ち着きでも欲しいのかもしれない。

 

「アーシア……ちょっとだけ、俺に付き合ってくれないか?」

「構いませんが……どこに行くんですか?イッセーさん」

「そうだな……星が綺麗に見えるところ、かな?」

 

 ―・・・

 

「わぁ……綺麗です」

「そうだろ?身近にこんな名所があるんだぜ?」

 

 アーシアを連れて訪れた場所は6階建ての兵藤家の屋上だった。

 現在は家庭菜園の場所の他に、ベンチなどの娯楽スペースもあるなど、俺自身も結構な頻度で来ている。

 そして俺とアーシアはベンチに座りながら、空の満天の星を見上げていた。

 

「……星ってさ、普通都会では見えないんだよ」

「そうなのですか?」

「ああ。都会だとさ、どうしても星の光を遮るほどの光が四六時中町を照らし続けているだろ?だから星はその光に負けて、見えないんだ。後は大気が塵とかの有害物質で汚れているとかの理由もあるんだ」

 

 この家から見える星は、ほとんど悪魔の技術でどうにかなったものだ。

 でなけりゃこんなはっきりと星は見えないけど……そんなムードを破壊するようなことは言わないでおくか。

 

「……俺の故郷はさ、いつも満天の星空が見えていたんだ。小さい頃から俺はそれを眺めるのが好きで、いっつも家の屋根の上に上って星を見ていたんだ」

「…………ミリーシェさんと一緒に、ですよね」

「……ああ」

 

 俺はアーシアの質問に、少し間を置いて頷く。

 アーシアは俺に対し純粋な好意を向けてくれる大切な人だ。

 そんなアーシアだからこそ、やっぱり気になるんだろう。

 俺はまだアーシアにミリーシェのことを多く伝えていない。

 

「……俺、欲張りなんだ。ミリーシェのことを忘れられない癖に、アーシアのことが大好きときたもんだ」

「でも、それはどうしようもないことです!だってミリーシェさんはもう……」

「分かってるよ。……………………俺さ、色々考えたんだ。どうしたら皆が幸せになれるだろう、って」

 

 俺は一方的に話し続けた。

 自分の本音を、アーシアに対して。

 

「皆が俺に向ける好意には気付いている。俺はこれまでその好意に気付いていても、それに応えるのが怖くてずっと逃げてきた。でも逃げてたらさ……誰も、その人も自分も幸せにはなれないんだってことに気付かされた」

 

 部長と向き合って、たくさんのことを考えて……でも

 

「でも答えは出なかった。俺の大切な人達を絶対に幸せにする方法なんてものは、実際にはないかもしれない」

 

 それでも黒歌は俺は全てを包み込んで、幸せに出来ると言ってくれた。

 ……確かに幸せにする方法、それは分からない。

 だけど一つだけ確信できることがある。

 

「でも一つだけ、分かる…………いや、気付かされたことがあるんだ」

「……気付かされた、ですか?」

「ああ―――俺が死んだら、皆は幸せでいられるんだろうかって」

 

 ……自惚れかもしれない、だけど俺はそれくらいの価値はあると思いたい。

 

「俺は今まで自分のことはどうでも良くて、何よりも大切な人達の命を優先して戦ってきた。ある意味で自暴自棄って言っても良かった……それで守れてきたものは確かにある」

 

 でもそれは運がよかっただけだ……俺はアーシアにそう言った。

 例えばガルブルト・マモンから黒歌と小猫ちゃんを守るとき、俺は自分の命を二の次にした。

 あの時、ヴァーリが俺たちを助けてくれなかったら俺は確実に死んでいた。

 全部、ただ偶然だ。

 命を賭けて、その結果様々な事柄が重なって俺は生き延びた。

 

「……たぶん、俺の根本的な部分はこれから変わることはないと思う。仲間を守るために自分を犠牲にすると思う―――だけど約束する。絶対に、自分から命を投げ出さない。やるなら全部守る」

「そう、ですね……私の知っているイッセーさんは、そんな優しいイッセーさんですから」

 

 アーシアはそう言うと、そっと俺の手を自分の手と重ねるように握った。

 ……胸が、苦しい。

 ただ手を握っている、それだけなのに胸が痛いほどドクンドクンと音を響かせていた。

 

「……アーシア、俺は絶対に死なない。絶対に君を守って見せる、だから―――」

 

 俺の言葉は、アーシアにより遮られる。

 アーシアは俺の唇に人差し指を柔らかく突きつけ、少し微笑んでいた。

 

「言わなくても、大丈夫です…………ずっと、ずっと!私はイッセーさんのことを信じていますから」

「アーシア……」

 

 アーシアはニコッと笑いながらそう言うと、俺の頬を両手で包む。

 そして―――俺の額にそっとキスをした。

 

「本当なら唇にキスしたいですけど……今日は我慢します。私はどれだけイッセーさんが傷ついても、絶対に癒します。何があろうと、この身に変えてもイッセーさんを救ってみせます」

「……アーシア、それって俺の真似か?」

 

 俺は笑い混じりにそう言うと、アーシアは悪戯な表情で下をペロッと出し、苦笑した。

 

「イッセーさんは私の憧れですから!…………好きです、イッセーさん」

「ああ……俺も、大好きだ」

 

 俺はアーシアと指を絡ませながら手を繋ぐ。

 キスまでしてる癖に、今更こんなことでドキドキするなんて……可笑しいな。

 その時だった。

 

「あ……!イッセーさん!流れ星です!!」

 

 満点の星の中を、一筋の流れ星が颯爽と駆け抜ける。

 それは瞬く間に消え去って、アーシアは俺の手を離して両手の指を絡めて祈るように目を瞑る。

 その瞬間、もう一筋の流れ星が流れた。

 そして数秒たち、アーシアは目を開けた。

 

「アーシアは女の子だな……何をお願いしたんだ?」

 

 俺は軽くそう尋ねると、するとアーシアは一瞬ポカンとした表情となり、そして―――

 

「イッセーさんが幸せになれますように……そうお願いしました!」

 

 一点の曇りもない、満面の笑顔でそう言った。

 

 ―・・・

 

 決戦前になった。

 まだ辺りは暗く、そして俺は一人リビングにいた。

 ……おそらく、この数時間後に命を賭けた戦いが始まる。

 皆は既に地下のシェルターから神々の会合のある場所に移動しており、俺はと言えば―――父さんと母さんと対面していた。

 

「……行くのか、イッセー」

「イッセーちゃん……」

「……ああ」

 

 俺は小さく一言でその言葉に頷く。

 

「……やっぱりイッセーちゃん!私は!!」

「…………まどか」

 

 母さんは俺に何かを言おうとするが、父さんは身を乗り出す母さんの肩を掴んで止める。

 ……ありがとう、父さん。

 

「―――何、辛気臭い顔してんだよ、二人とも」

 

 ……俺は笑みを見せ、二人を抱きしめた。

 

「……言っただろ?俺は絶対に帰ってくる……母さんと父さん、俺の掛け替えのない居場所に」

「イッセーちゃん……ッ!!」

 

 母さんは俺の言葉で涙を溜め、父さんは俺から顔をそむけた。

 肩は震えていた。

 

「……本当なら、二人にもっとありがとうって言いたい。でもさ……それは帰ってからでも遅くない―――二人残して、死ねるかっての」

 

 ……俺はゆっくりと二人から離れる。

 

「そうか……イッセー、お前がそう言うなら、それが正しいのだろう」

「……信じてるから。私は、大切な……大好きな子供のことを……イッセーちゃんを!!」

 

 ……ありがとう、二人とも。

 ああ、俺は行くよ。

 だからこそ、この言葉を最後に言いたい。

 これを言えば、絶対に俺はここに帰って来ないといけない―――そんな言葉を。

 

「――――――いってきます」

 

 俺は父さんと母さんに背を向け、そう言った。

 言ったからには、俺は帰ってくる。

 俺は歩みを進め、そして地下シェルターに向かおうとした時だった。

 

「いってらっしゃい、イッセーちゃん!」

「待ってるぞ、イッセー!!」

 

 ……ああ、ありがとう。

 俺はこの日常を守る……絶対に。

 だから―――………………

 

「お前にはここで退場してもらうぞ―――悪神ロキ」

 

 神々の会合が行われる高級タワーの屋上。

 既に会合は行われており、そして俺たちの目前にいるのは結界を完全に壊し、巨大な狼と不気味な女を連れて対峙する宿敵。

 悪神ロキ。

 

「よもや赤龍帝。貴様が復帰しているとは―――いや、我はそれを望んでいたか」

「御託はいい………………覚悟しろ、ロキ」

 

 ああ、言葉なんてもう必要ない。

 

「そうであるな―――さぁ、前哨戦だ!!たっぷりと頼ましてくれよう、我が宿敵よ!!」

 

 ロキはそう高らかに笑い、オーラを集中させる。

 そしてそれを魔力砲のように、様子見と言うがごとく、俺へと放った。

 

『―――Welsh Dragon』

 

 弾丸が俺へと直撃する直前、静かに籠手から音声が鳴る。

 ……ああ、行こう。

 

『―――Balance Breaker!!!!!!』

 

 ―――あいつを、消し去るために。

 その想いに呼応するように俺は体全身に赤い鎧を纏わせた。



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第13話 二天龍の猛撃

 俺は赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を纏い、神器の禁手化に伴うオーラの噴射でロキの弾丸を消し去る。

 既にオーディンの爺さんと日本神話の神々との会合は始まっており、爺さんの護衛としてアザゼルがついている。

 ここにいる面子はグレモリー眷属、ヴァーリチーム、タンニーンの爺さんに夜刀さん、イリナ、ガブリエルさん、黒歌、バラキエルさん、ロスヴァイセさん。

 シトリー眷属は実力を考えて後方支援……つまりこの一帯に結界を張り、そして外に被害を出させないようにしているんだ。

 匙に関してはグリゴリが匙の強化のための実験をしているそうだが、まだこっちに帰ってきていない……戦闘には間に合わせるとアザゼルは言っていたけど、どうとも言えないな。

 ……ともかくだ。

 目の前のロキの傍には二つの大きな影と小さな影がある。

 灰色な毛並みの巨大な狼……神喰狼・フェンリルと破廉恥極まりない恰好の女……不死の魔獣・ヘル。

 向こうの戦力はたった三人なのに、この迫力だ。

 

「ヴァーリ、分かっているな」

「ああ―――君と俺でロキを相手取り、その間にフェンリルを封じる。作戦通りでいこうじゃないか」

 

 ヴァーリは口元をにやけさせ、そして白龍皇の翼(ディバイン・ディバイディング)を展開させ、即座にそれを禁手化させた。

 

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』

「さて。俺も準備万端だ―――悪神ロキ。楽しませてもうおう」

 

 俺とヴァーリは共に空中に浮遊し、ロキと対峙する。

 その瞬間、ロキの傍にいたヘルが姿を消した。

 

「あら、赤龍帝……この前の続きは私でしょう?今度こそ―――食べさせてもらうわ!」

 

 ヘルは俺の前に姿を現し、そして俺の心臓にめがけて鋭く尖らせた手を放つ。

 ……だけどお前の相手は俺じゃない。

 

「…………悪いですね。あなたの相手は熾天使の一人―――不肖ですが、女性天使最強と称される私が相手です」

「イッセーくんには指一本触れさせないわ!!」

 

 ―――ガブリエルさんは6対12枚の翼を織りなし、微笑みを浮かべてヘルの手刀を止めていた。

 ヘルの手刀を止めている手の反対の手には光り輝く美しい槍。

 アザゼルが使うような光の槍ではなく、物体として存在する槍で、しかも神々しい光を微かに見せている。

 更にガブリエルさんに寄り添うように翼を広げ、光の剣を構えるイリナ。

 

「ほぅ……高が天使と言えど、まさかかの有名なガブリエル殿が前線に出て来るとは思いもしなかったわ―――高々天使二匹に、私が破れるとでも?」

 

 ヘルは薄気味悪い笑みを浮かべた瞬間だった。

 ヘルに猛スピードで近づく影―――その影は一瞬でヘルの懐に辿り着き、掌底を放つ。

 その影は二つ。

 

「イッセーにしたことを忘れたとは言わせないにゃん」

「……私達も加勢します」

 

 小猫ちゃんと黒歌は共に白黒の耳と尻尾を生やし、気を纏わせて殺気立つ。

 ヘルは二人の掌底で後方に飛ばされるも、すぐに体勢を整えて二人を睨んだ。

 

「……殺すぞ、小娘が」

「―――人のご主人様に手を出しといて、ただでは帰さない」

 

 黒歌が本気でぶち切れている姿を初めて見る。

 それを見て、ロキは興味深そうに向こうを見ていた。

 

「ふむ……あれではヘルは向こうで手一杯か…………まあ問題はない!」

 

 ロキは手を上空に上げると、途端にフェンリルは動き始める!!

 方向としては高級ビル……丁度会合をしているところだ。

 

「……やらせぬぞ。神喰の狼よ」

 

 ―――一閃。

 夜刀さんによる、流れるような動きと斬撃により、フェンリルの足には一瞬で幾つもの傷が出来上がっていた。

 夜刀さんはフェンリルに神速で近づき、一瞬と言える時間で数連撃の斬撃を喰らわせていた。

 三善龍最強の刀を操るドラゴン。

 フェンリルは自分が攻撃されたのを確認し、夜刀さんに獰猛な視線を向ける。

 そして夜刀さんに遅い掛かろうとするが、それをタンニーンの爺ちゃんとバラキエルさんが遮った。

 バラキエルさんは雷光を、タンニーンの爺ちゃんは隕石級の威力とされる火炎を共に放つ。

 フェンリルはその攻撃に気付いて瞬足で回避し、威嚇をするように咆哮を放った。

 

「魔物の相手は魔物だ、フェンリルよ」

「行くぞ、フェンリル」

 

 夜刀さん、タンニーンの爺ちゃん、バラキエルさんの圧倒的オーラとフェンリルの殺気が交差する。

 その最中。

 フェンリルの足元に魔法陣のようなものが輝く。

 ―――次の瞬間、その魔法陣から無限のように剣がフェンリルに向けて放たれた。

 フェンリルはそれすらも避けるが、しかし避けた先に待ち構えるのは二段構え(・ ・ ・ ・)の巨大な聖なる斬撃波。

 フェンリルはそれに対し、直撃を受ける他なかった。

 

「年長組には悪いけど、僕たちもいることを忘れて貰っては困るよ」

 

 祐斗は聖魔剣エールカリバーを携えてそう宣言する。

 その傍らにはアーサーとゼノヴィアが共に聖王剣コールブランドと聖剣デュランダルを握っていた。

 ……先ほどの攻撃は祐斗の魔剣創造(ソード・バース)による遠距離攻撃と、聖剣使いの二人による斬撃波か。

 って美候も地味に如意棒を伸ばしてフェンリルに攻撃していたが、それはかすりともしていなかった。

 

「人数を揃えてくることはある、ということか。確かに、これならば役割は分担できるな!―――で?我の相手は貴殿ら二人で良いか?それともフェンリルを封じる(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)、その小娘共もか?」

 

 ―――こいつ、理解していやがるか。

 いや、ここまでは想定内だ。

 俺だってロキの立場なら、フェンリルを無力化するための対策を建てるってくらい、予想する。

 奴の言う通り残りのメンバーはフェンリルを封印するための人員だ。

 ヘルとフェンリルを消耗させ、フェンリルの隙を見てダークエルフから調達した魔の鎖(グレイプニル)でフェンリルを無力化する。

 確実に上手くいくとは思わないが、やる価値は十分にある作戦だ。

 ―――次の瞬間、俺たちやロキたちをも包む巨大な魔法陣が展開された。

 これはこの場にはいないシトリー眷属が展開した、転移魔法陣。

 ここまでの人数を強制的に転移させる魔法陣を展開するのに、相当の魔力を使う。

 後は―――シトリー眷属は俺たちがいなくなった後の駒王学園、更に駒王町の守護が役目だ。

 この機を逃さず禍の団が攻めて来る可能性だってゼロではない。

 

「なるほど、場所を変えるというわけか……まあ良い!面倒だが、その趣向に付き合ってみせよう!」

 

 そして俺たちはそのまま転送された。

 ―・・・

 

『Side:終焉の終龍・アルアディア』

『起きてきたと思えば、よくこの異常な状況を察知できるものだね』

「さー。なんか知らないんだけど、胸騒ぎ?みたいなものを感じてね~~~…………それで?この状況はなんなのかな?」

『どうやら北欧の神の問題に、あの赤龍帝たちが関わっている……ってことらしいわね』

「ふぅん…………じゃあ見に行こっか?アルアディア」

『……ほぅ。随分と上機嫌なようね。何が良い夢でも見たいかい?』

「分かんない♪でもぉ~……何か、思い出しそうなんだよねぇ~。とっても大切な何かを。あの赤龍帝くんを見てたら、ね?」

『…………そう。それは良い事ね』

「うん♪―――それでアルアディア。私は介入していいのかな?」

『それは止めておいた方が得策ね。何せあの場には神、悪魔、天使、堕天使……そしてドラゴンがいる。それを全て相手にするのは危険。傍観するに限る』

「それはそれで面白くないけどね~……ま、いっか」

『…………彼らの行った場所は知っているわ―――さあ、我が宿主よ。見届けに行こうじゃない』

「見届ける、ね……素敵、その言い方♪」

『Side out:アルアディア』

 ―・・・

 

 俺たちが飛ばされた転移先はほぼ平地のひらけた土地だ。

 そこには今は使われていない採石場であり、ここはその跡地。

 先程までの立ち位置は変わらず、やることは変わっていない。

 

「さっきのお前の問いに答える―――お前の相手は俺たち、二天龍だ」

「右に同じく…………さぁ、早くやろう、ロキ殿ッ!!先ほどから俺の体は武者震いで止まらないものでね……ッ!!」

 

 俺とヴァーリがそう言うと、ロキは楽しそうに空に顔を向けて、高らかに笑った。

 

「ははははははははッ!!それは良い!!この世界に、我を差し置いて赤龍帝と白龍皇を同時に相手した者などいるまい!!」

 

 ロキは背後に複数の、それぞれ紋様の違う魔法陣を描く。

 あれは前回の俺の戦闘で行った北欧魔術の連続発動か!

 

「ヴァーリ、フェンリルの方は向こうに任せてこっちはこっちで動くぞ」

「了解―――さぁ、二天龍の初の共同作業……というわけでもなかったか。まあ良い、行こう!」

 

 俺とヴァーリはそれぞれ翼を織りなし、瞬間的にロキへと近づく!

 ロキはその瞬間、俺たちに向け幾重にも北欧魔術による弾丸を放った。

 速度の速い弾丸、オーラが桁違いの弾丸……一つ一つ見切るのは正直不可能なほど複雑なものだ。

 

『Reinforce!!!』

 

 俺は即座にフォースギアを展開し、既に溜めていた創造力の一部を『強化』に使い、鎧を神帝化させる。

 鎧の各所が鋭角なフィルムになり、力が湧き出る!

 

『Infinite Booster Set Up......Starting Infinite Booster!!!!!!!!』

「うぉぉぉぉぉぉおお!!!!」

 

 無限倍増は始まり、そして俺はその拳を一直線にロキへと向けた。

 無限倍増によるオーラの逆噴射によりロキの弾丸をいくらか無力化し、更に拳に魔力を集中させて弾丸を殴りつけて霧散させる。

 ロキは不敵に笑みを浮かべつつ魔法陣を展開、それを俺の拳と合わせようとする。

 が、俺は背中の噴射口から倍増のオーラを噴射し、ロキの隣を横切った。

 

「……なに?」

 

 ロキはその行動に怪訝な顔つきになった。

 前回のロキとの戦いでは、俺はロキに加えてヘルまで相手にしていた。

 ……だけど今回の俺は一人じゃねぇ。

 

「初手は譲ろう……合わせろよ、兵藤一誠」

 

 ヴァーリの声が聞こえ、そして横切ったその先の空中にはヴァーリによって描かれた魔法陣が浮かんでいた。

 それは一つ二つではなく、ロキを中心に囲むように、一定の距離で幾つも張られている。

 ―――これは攻撃的なものではない。

 ただし防御的なものでもなければ、結界のような拘束系のものでもない……もっと単純なもの。

 

「まさか―――足場かッ!!」

 

 ロキは気付くが、もう遅い!

 ……空中戦において、最も危険なのは急激に速度を上げた後の急停止だ。

 どれだけの強者でも、突進してすぐに角度を変えて飛ぶことは出来ない。

 その一瞬の隙が死を左右する……それがこの戦いだ。

 だからこその足場。

 俺の突進力と推進力は赤龍帝の性質上、ヴァーリのそれよりも上だ。

 しかも神帝化しているため、それは更に一段階上に行く。

 

「大方、威力を丸ごと返す技をしようと思っているようだけどな!!俺に同じ技が喰らうと思うな、ロキッ!!」

 

 俺はロキを翻弄するように、ロキの周りを足場を利用して光速で移動し続ける。

 魔法陣を足場にして、ほぼノーストップでダッシュを繰り返し、ロキは意外にも苦い表情をしていた。

 そして―――

 

「ぐ、うぅぅぅぅ!!?」

 

 ロキが完全に俺を見失った瞬間、俺はロキの懐へ倍増のエネルギーを全て乗せた拳を放つ。

 拳はロキの横腹にめり込み、そして俺はそのまま殴り飛ばした。

 

「―――ヴァーリ、今だ!!」

 

 俺は後ろに向かい飛び、そしてそう声を上げる。

 その瞬間、ロキを殴り飛ばした上空から白銀の流星のようにヴァーリが飛んできた。

 

「ちぃぃぃ!!ならば―――レーヴァテイン!!」

 

 ロキは飛ばされる最中、神剣レーヴァテインを魔法陣から取り出す。

 そこから放たれる神々しいオーラが身を焦がすも、俺は即座に籠手よりアスカロンを投射する。

 アスカロンは真っ直ぐとレーヴァテインを握るロキの手へと放たれ、そして剣を弾いた。

 更に一時的に籠手に収納していたミョルニルを取り出し、意識を集中する。

 ―――大きさを巨大に。雷をこの身に宿せ。

 そう念を送った。

 

「恐れ入るな、兵藤一誠の作戦は―――二手目だ、悪神ロキ」

 

 ヴァーリは身動きの取れないロキに対し、拳を放つもロキはそれを軽くいなそうとする。

 だけどヴァーリも歴代最強の白龍皇と称されるほどの実力だ。

 空を移動しながらヴァーリとロキは互いに肉弾戦へと発展する。

 二振りの剣は空を切っており、俺は更に意識をミョルニルに意識を集中させる。

 雷……神をも焦がす、雷を放て。

 そう念じた瞬間、ミョルニルから雷鳴が鳴り響いた。

 

「何……ッ!?まさか、ミョルニル……オーディンめ、そんなものまで用意していたのか!!」

 

 途端にロキの表情は変わった。

 ……ロキにとって、それほどこの小槌は驚異のものなんだろう。

 だがこのタイミングで余所見をするとは、慢心が過ぎたな、ロキ。

 

「―――貴殿は誰を相手にしているのか忘れたようだな。隙だらけだ!」

 

 ヴァーリはその隙を逃さない。

 ロキの頭蓋に向けて立体的な足技……俺と模擬訓練をした時の技をロキへと披露する。

 そのロキはその打撃をいなそうとするも、威力を殺しきれず蹴り飛ばされた。

 俺はその機会を見逃さない。

 

「……ここで終わらせるぜ、ロキ」

「くっ……舐めすぎたかッ!!だがこの程度でやられる神と思うな!!」

 

 ロキは極大な魔力を手元に生成し、更に反対の手には手の平サイズの魔法陣を展開する。

 そして俺のミョルニルによる一撃と、真っ向からぶつかり合った。

 雷撃による音と魔力による歪な音が激しい爆音を響かせ、そして―――相殺した。

 

「アスカロン!!」

 

 俺はすぐさま空中で浮遊しているアスカロンの名を叫ぶと、アスカロンは俺の手元に戻る。

 ……しかし、それはロキも同様だった。

 ロキは先ほど手元に展開した魔法陣からレーヴァテインを出現させていた。

 さっきの右手の魔法陣はレーヴァテインを戻すための布石かよ……ッ!!

 本当に抜け目のない野郎だ!

 

「はははは!!!なるほど、素晴らしい!!何ともまあ熟練したもの!これが貴殿の本気か!!」

 

 俺とロキは聖剣と神剣による剣戟へと発展する。

 一端ミョルニルは籠手に収納し、更に懐から無刀を取り出して魔力を供給。

 単純に力の強い性質の魔力を無刀に送ると、それは紅蓮の刃を生成して無刀・紅蓮の龍刀へと変換した。

 赤龍帝の性質を含む刀、つまり刀でつけたダメージを倍増する刀だ!

 

「良くあれを受けて戦えるものだ!精神を完全に壊したつもりが、予想外にメンタルが強いと見たぞ!!」

「るっせぇ!!俺は良い仲間、家族に恵まれた!!それだけだ!!!」

 

 俺のアスカロンとロキのレーヴァテインが何度目かの鍔迫り合いにより、金属音を鳴らせる。

 すると俺の視線の先に覚えたての北欧魔法陣を展開するヴァーリがいた。

 ……今度は俺に合わせろってか?

 

「ははは!分かるぞ、白龍皇と結託して我に攻撃を当てよう、そう考えているのであろう!!だが我こそ悪神!そんなものに安々と引っかかるほど脆弱ではない!!」

 

 ロキは鍔迫り合いの最中、空いている方の手に魔法陣を展開し、そこから速攻で機関銃のように魔力弾を撃ち放った!

 俺はそれを避けきれず、鎧越しに幾つかそれを直撃してします……ッ!!

 口元から少しばかり血を吐き出すも、痛みで目の前のこいつを見失うわけにはいかない!

 ……落ち着け。

 こいつは心理を読むことに関しては一枚も二枚も上手だ。

 それこそ、場数が違う。

 ならそれすらも計算に入れろ。

 こいつが心理戦にめっぽう強く、更に俺の考えを読むのに長けているなら俺の手札でその利点を失くさせればいい。

 俺の手札は―――フェルだ。

 

『Force!!』

『Creation!!!』『Creation!!!』『Creation!!!』『Creation!!!』

 

 俺は胸に装着してあるブローチ型の神器に溜まる創造力を分割して使い、連続で神器を創造する。

 連続創造により頭が割れるように痛いけど、そこの部分も考えて神器は創った。

 一つは回復系の神器、癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)

 こいつでロキの攻撃による傷と、頭痛をある程度治す。

 そして残り三つがこいつを追い込むためのものだ。

 

「行け、白銀の追鎖(チェイサー・シルヴチェーン)

 

 残り三つの神器は今だ白銀の光で包まれているが、俺は構わず三つの内の一つを放つ。

 俺の手首には太いバックルのようなブレスレットが装着されており、鎖には鋭い棘のようなものが生えている。

 こいつの性質は簡単だ。

 ロックオンしたターゲットをひたすら追い続ける、ただそれだけ。

 だけど耐久度を重点においているから攻撃により壊れる心配はなく、そこまで多量の創造力なしで創れる使い勝手の良い神器だ。

 

「面倒な力だ……ッ!!神器を創る神器など、忌々しいことこの上ない!!」

 

 ロキはヴァーリの方に意識を向けながらも鎖を避けたり、魔法陣で防いだりして立ち回る……やはり一筋縄では行かないか。

 なら残り二つの神器だ。

 俺はそれを二つ、手に取る。

 アスカロンと無刀はひとまず収納し、宙に浮かぶ光を掴む。

 

無空の理(スペース・ボックス)―――魔剣創造(ソード・バース)!!!」

 

 光は俺の両手から吸収されるように入っていき、そしてその効力を発動していく。

 ―――俺が創造したのは、馴染み深い俺の友が使う神器、魔剣創造。

 そして何もない空間に壁や床などと言った箱のようなものを創る神器、無空の理(スペース・ボックス)

 極端に言えば魔剣創造は祐斗の持つそれよりも遥かに下回る劣化版、『無空の理』に関して言えばただ物体を創るだけの神器だ。

 だがこの二つが噛み合えば……いや、三つが噛み合えが化学反応を起こす!!

 二つの神器は言わば内蔵型の神器。

 俺が思ったことをそのまま起こすタイプの神器。

 神器自体に決まった形はない。

 

「ヴァーリ!お前はいつでも打てる準備をしろ!!」

 

 俺はそう叫び、そして飛び立つ。

 鎖を操作してそれすらも武器にし、縦横無尽に空を駆け巡るロキを追い込める!

 

「我を翻弄するつもりか?はははは!!目的が分かってしまえば、こんなもの大したものでもない!!」

「息巻いてろ―――教えてやる。例え分かっていても、絶対に避けることの出来ない必中があるってことを」

 

 俺はロキの移動する所々に幾つもの白銀色の壁を創る。

 

「なるほど、我の移動を制限して追い込む、か―――だが甘い!!」

 

 ロキは魔力の逆噴射により壁を乗り越えて避ける。

 その瞬間を狙う。

 

「……剣が、生えただと?」

 

 ……俺は先ほど創った壁に、魔剣創造による剣を生やせる。

 良く祐斗が行う技の一つだ。

 壁から生えた魔剣はロキへと向かい勢いよく放たれ、ロキはそれはレーヴァテインで粉々にした。

 

「ちっ……やっぱそうなるよな」

「ふっ…………来ないのであれば、我から行くぞ!!」

 

 ロキは不敵に笑みを浮かべ、そしてヴァーリの方へと直進する。

 俺は次に自分の足元に床を創り、それを足場にして力強く飛び上がった。

 

「ははは!流石に反応するか!だがそんなものでは―――何?」

 

 次の瞬間、俺はロキの周りに白銀の光で包む空間を創った。

 そしてその内側に魔剣創造で魔剣を創り、串刺しの部屋を再現する!

 

「なるほど、空間を創り、その内側に剣を内包する。中々に良いコンボだ。そしてこれを破った瞬間、我は白龍皇の一撃をまともに受ける…………だが」

 

 ―――ぞくっ。

 俺は背筋に冷たいものを感じた瞬間、背中に脅威を感じた。

 俺はそちらを振り向くと、そこには…………ロキの姿があった。

 剣を振りかぶり、既に振り下ろしている状態。

 

「がぁぁぁっ……ッ!!」

 

 ……つまり、俺はロキの直撃をまともに受けたということだった。

 俺は先ほどとは比べようにないほどの血を吐くッ!!

 

「途中まで良かったが、創った神器が脆弱であったな。ただの転移魔法陣のマークを貴殿の付近に先に用意していたのだ。油断したな、赤龍…………」

「……ああ、そうだな―――お前が、油断したな」

 

 ロキは最後まで言葉を言い切ることはなかった。

 それは…………ロキの足に鎖が巻き付いていたからだ。

 この鎖はただ一つの目的しかないもの……ただ追尾して、捕まえる。

 だからこそ相手からしたら対処が簡単なものだ。

 故に俺は目くらましでしかも派手な神器を二つ創った。

 そして自ら策に溺れた振りをし、そして直撃を受け…………拘束した。

 二つの神器はただの囮。

 そしてこの鎖は一度捕まえた相手を離さない。

 鎖は途端にロキの体に巻き付き、更に棘を鋭くさせた。

 ぐるぐる巻きにされるロキの顔には珍しいことに焦りが見え、その次の瞬間―――ヴァーリからの絶大な一撃がロキへと直撃する。

 それは地面に向かって放たれ、地上で戦闘をしている皆の方に放たれていた。

 極太の白い魔力砲は地面を削り、それを境に俺の創った神器は全て消滅する。

 

「全く……手の込んだ作戦だな。だがあれほどまでに対応されるとは、予想よりも遥かに厄介だ」

 

 ヴァーリはどこか関心めいたようにそう呟いた。

 今の発言を鑑みるに、恐らくあれでロキでは倒れていないんだろう。

 ……ミョルニルの力を打ち消し、二対一でもあれほどまでに攻略される……最後のは捨て身の作戦で、俺もそれなりに深い傷を負った。

 

「……行くぞ、ヴァーリ」

 

 俺は先導するようにロキが飛んでいった方向に向かう。

 魔力砲により地面に大穴が空いており、若干土埃が舞っていた。

 ……その中に一つ、影があった。

 

「―――いやぁ、驚いたものだ。まさかあれほどの連携を行えるとは、我も予想外であったぞ。いや、もはや慣れていると言っても良いほどの素晴らしい動きであった……あれはそう。何度もシミュレーションを重ねたと言えば良いか?」

 

 少しばかり絶望を覚えた。

 ロキから聞こえる声は無傷のように軽く、関心している声は逆におぞましく聞こえる。

 ヴァーリの全力を喰らってあれなのか?

 

「それに我の禁術を受け、未だに精神が安定しているのも気になるが……ミョルニルを使うことが出来る貴殿が、何故そもそも禁術に嵌ったのか―――考えれば考えるほど面白いな、赤龍帝!!」

 

 ……土埃は張れ、そこにいたのはローブが消え去るも、体に火傷が少しある程度のロキであった。

 あれを喰らって、火傷一つしかない。

 …………違う、良く見ればロキの周りにはいくつかの魔法陣があった。

 恐らくはあれでヴァーリの攻撃を幾分か防いだ……北欧式の魔術によって。

 

「しかし惜しい!実に惜しかったな!!我に対し、同じ北欧魔術を使ったのが失策であった!それか赤龍帝の白龍皇の立場を逆にすれば話は変わったが……だがおかしいな。二天龍の共闘に慣れている(・ ・ ・ ・ ・)のは赤龍帝のみだ」

「お前、どこまで……ッ!!」

 

 俺はロキの呟きを聞き、戦慄する―――たったあれだけの戦闘で、何故そこまで到達できる!?

 俺の根本の部分に到達しかけているロキは、どこまで頭が働いているんだ……!?

 

「……あれは危険だ。どちらかと言えば兵藤一誠、君に似た性質だよ」

 

 ヴァーリはそこで表情が固くなった。

 

「少ない情報で対策を立て、最善の戦闘を行う……それがロキの本質。正に君と同じ―――いや、場数を考えれば奴の方が格段に上だ」

「……戦闘が長引けば、不利になるのはこっちってわけか」

 

 俺は息を飲み、ロキの動きを警戒する。

 しかしロキは今だ何かをぶつぶつ呟いている……その束の間だった。

 

 ―――ウォォォォォォォォォンンンン!!!!!!!

 

 …………俺の耳に、狼の絶叫のような鳴き声が聞こえた。

 ロキはそれを聞いてふとそちらの方を見る。

 

「―――無双・億変化の刀舞」

 

 そこには強力な刀を幾つも創り出し、それを浮かべて永遠と撃ち放つ夜刀さんの姿があった。

 体中に傷があり、それほどに戦闘が激しいのは見て分かる。

 フェンリルは夜刀さんの攻撃を避けるも、幾つかは避けきれずに直撃していた。

 ……一つ一つの刀が強力な性質を持つ夜刀さんの奥義の一つ。

 そして次はタンニーンの爺ちゃんが業炎を放ち、更に後方から他のメンツが遠距離で攻撃している。

 比較的被弾率が低い完全なテクニックタイプの夜刀さんが先陣に立ち、後ろから強力な後方支援があのチームの戦い方か。

 

「ほう。思った以上に我が息子は苦戦しているな…………ふむ、これは所謂境地というものか?」

「……その割には余裕さが消えないな―――だけどそれもここまでだ」

 

 俺がそう言った瞬間、自体は急変した。

 今の今までフェンリルの相手をしていた夜刀さん達はフェンリルから距離を取ったんだ。

 そして……

 

「にひひひ♪んじゃ、行ってみよう―――解析(アナイシス)

 

 次の瞬間、スィーリスは目元に装飾の富んだ機械的な眼鏡が出現する。

 ……森羅解析の眼鏡(ホール・アナイシスレンズ)

 森羅万象、心以外の全てを解析してしまう桁外れの力で、それは神すらも解析してしまうほど。

 今、あいつの視線はフェンリルに向いており、そして何かをぶつぶつと呟いている。

 

「形成は基本的には魔物と同等、でもあの牙は神仏を殺す神殺し……でも魔術に神殺しに対応する術式のみを特化すれば…………うん、ラクショー♪」

 

 フェンリルはスィーリスの不審な行動に反応し、即座にそこから移動しようとした。

 ……しかしそれは叶わない。

 動こうとした瞬間、フェンリルの四足に魔法陣が展開され、一瞬動きを止めた。

 

「ナイス、ルフェイ!」

「え、ええっと……やっちゃってください、スィーリスさん!」

 

 アーサーの妹のルフェイちゃんは杖をフェンリルに向けて、スィーリスにそう言う。

 あの魔法陣の展開者はルフェイちゃんか……確かに凄まじい才能だ。

 あのフェンリルを一瞬でも止める魔法陣を創れるなんてな。

 スィーリスは手元に魔法陣を展開し、そしてその中に腕を突っ込んだ。

 そしてそこから―――巨大な鎖を取り出し、それをフェンリルに向かって放つ。

 それは一本だけではなく、何本も積み重なりフェンリルに纏わり、そして拘束していく。

 ……魔の鎖(グレイプニル)

 ただしこれはダークエルフにより元の鎖よりも強化され、加工されたフェンリル専用の鎖だ。

 この戦いで最も厄介な存在であるフェンリルを封じるもの。

 武器加工において最高の力を発揮するのはダークエルフと聞いていたが……これは予想以上だ。

 アオォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!……フェンリルは怒り狂うようにそう雄叫びを上げるが、しかし既に鎖で拘束されている。

 

「ロキ、これでチェックだ」

 

 俺はアスカロンの剣先をロキに向け、そう言った。

 ロキはそれでも表情から余裕差は消えない上に、俺の方を見ずにガブリエルさん達と戦っているヘルを見ていた。

 

「うふふふふふ!案外下種な戦いをするのですね、ガブリエル!」

「あなたにだけは言われたくはないですね―――射抜きます」

 

 ガブリエルさんは槍を矛先をヘルに向け、その先端に神々しい光を集中させる。

 ……あの槍、普通の槍じゃない。

 

「神槍・ブリューナク……これは天界により複製した偽物―――ですが、魔物には効果覿面です」

 

 ガブリエルさんは12枚の翼を織りなし、更に魔法陣を展開した上で突進を試みた。

 ……シトリー眷属にテクニックの極意を教えたのは、あのガブリエルさんだ。

 だからこそ、あの人の戦闘には必ず意味がある。

 

「熾天使が偽物を使う?でも私をそんなもので殺せると思わないことですねぇ~!!!」

 

 ヘルは次の瞬間、どす黒いオーラと共に一撃一撃が必殺レベルの魔力弾を連続で放ち始める。

 ガブリエルさんはそれに対し、手の平に展開した大きめの魔法陣を弾丸の予測線に配置し、そして弾丸を弾く。

 ……ヘルの攻撃方法を予想し、それに対して先に対抗術を用意する。

 これがガブリエルさんの戦い方。

 

「……懺悔なさい、己の罪を」

 

 ガブリエルさんは慈悲のない冷たい言葉を浴びせ、そして―――槍でヘルの腹部を貫いた。

 更に貫いた槍は輝き、その槍の矛の数を……五又に増やす。

 ……嫌な肉の音がここまで聞こえてきて、そしてヘルはその場に絶叫も出さずに倒れた。

 ガブリエルさんはそんなヘルから槍を勢い良く抜き、そして槍に付着している血を払った。

 

「…………これで11回目、ですか―――いい加減、倒れてくださいません?」

『………………いやぁ、ですわぁぁぁぁ♪』

 

 …………始まった、ヘルの蘇り。

 血を大量に出しながら倒れていたヘルは突如、黒い液状の『何か』となりガブリエルさんに纏わりつく。

 ガブリエルさんはそれに対し、嫌悪するような表情で抵抗しようとしたが、それに敵わず体を蝕まれ始めた。

 

「ホント、面倒な奴にゃん!!白音!!」

「はい、姉さま!」

 

 即座に黒歌と小猫ちゃんはガブリエルさんに近づき、仙術による掌底を纏わりつくヘルに放つ。

 それによりヘルはガブリエルさんから消し飛ばされ、空中で浮いた。

 

「そこよぉぉぉ!!」

 

 イリナは純白の翼を織りなして空を飛び、そのまま宙に浮かぶ黒い液体を光の剣で一刀両断した。

 液体は綺麗に真っ二つになり、そして……また一つになり、ヒトの形を形成する。

 そこには傷一つない、元のヘルの姿があった。

 

「あなたたちでは私をどうこうはできませんねぇ……そろそろ諦めたらどうです?」

「全く嫌になりますね……こう何度も生き返られたら、疲れてきます」

「でも諦めるわけにはいかないにゃん。あんたがイッセーを傷つけようとするからには、ここであんたを消し飛ばす以外の選択肢はない!」

 

 ……よく見ればガブリエルさんに限らず他のメンバーも体のいたるところに傷を負っていた。

 4人の連携でどうにか戦っていたんだろうけど……これは面倒な上に厄介だ。

 不死身の魔物、ヘル。

 一度死んでも液状になって蘇り、しかもそこから猛攻を始める化け物。

 

「だけどフェンリルを封じた。ヘルは足止めし、あとは俺とヴァーリでお前を倒せば終わりだ」

「ふむ……赤と白の乱舞も良い余興であったが、やはり我が息子の真の力を温存(・ ・ ・ ・ ・ ・)するわけにはいかぬか(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 ……ロキはそんなことを呟きながら、魔力を輪状に生成し、それを輪投げをするようにクルクルと回して―――瞬間、俺へと向かって高速で放った。

 

「なッッッッ!!?」

 

 そのあまりもの速度に俺は反応が遅れ、輪は俺の横腹を切り裂いた。

 鎧をいとも簡単に崩し、俺の体へと直接深刻なダメージを与える……ッ!!

 

「貴殿達の速度、力、手札は見させて貰った。確かに素晴らしいほどの才能、力だ!それは認める他ない―――だが様子見は終わりだ、二天龍」

 

 ―――まさかこいつ、今の今まで情報を集めていたのか……?

 俺たちの絶対値を測り、その対策を立てるためにフェンリルすらも力を温存させて……

 

「ヘル、いつまで遊んでいる―――殲滅する時間だ」

「あらお父様♪良いのですか?」

「良い…………甘く見ていたが、戦いが長くなれば面倒だ」

 

 ロキは不敵に笑い、そして自分の立つ左右の空間に二つの巨大な魔法陣を展開する。

 それと共にヘルもまた空中、地に無数の魔法陣を描いた。

 

「……ッ!ヴァーリ、今すぐロキを落とすぞ!!」

「何を言っている?奴がまだ何かを見せてくれるのならば、そちらの方が好都合だ」

「そんなことを言っている場合じゃねぇ!!あれは―――フェンリルを出した時と同じ魔法陣だ!!」

 

 もう喋っている暇はない!

 俺は翼と背中の噴射口を全力で展開し、ロキへと近づく。

 俺はあの魔法陣を一度、見たことがある。

 ロキとの空での戦いで奴が見せたフェンリルを召喚するために描いた魔法陣。

 あれはあの時のそれと酷似している。

 ―――考えてはいた。

 本当にロキの戦力はたったの三つなのかって。

 普通に考えるなら神々を相手にそれほどの少人数で反逆を起こすとは思えなかった。

 しかも相手は北欧魔術を極め、魔術の極地に到達したオーディンの爺さんだ。

 どう考えても―――あのロキが何も対策を立てないとは思えない。

 そして対策がおそらくあれだ。

 しかも最悪の対策……それは

 

「フェンリルの複製……ッ!!」

「ほう、流石に気付くか!!……だが遅い。これでは前回の戦いと同じであるな!!」

 

 前回と一緒……あの時はロキがフェンリルを召喚している振りをしていて、実際にはヘルが召喚していた。

 それを見破れなかった俺はフェンリルの召喚を許してしまった。

 あいつはここで揺さぶりをかけてくる。

 

「……させません!!北欧式魔術、全方位展開(オールレンジ)!!!」

 

 ロスヴァイセさんはロキとヘルの狙いに気付いたように魔法陣を全方位で展開し、そしてそれを一気に発動する。

 狙いはヘルの展開した魔法陣の破壊。

 俺はロキの前に到着し、アスカロンを収納して鎧の力を完全に出し切る!

 

『Infinite Accel Boost!!!!!!!!』

 

 神帝の鎧の全ての力を出し切る音声が流れ、感覚的にはさっきの数十倍の力を確信する!

 

「喰らえぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 俺はロキを殺すほどの力を倍増の力を拳に集中させ、そしてそれを速攻で放った。

 途端に俺の拳に何かを貫く感触が伝わった。

 …………それは余りにも硬いものを貫いた感触だった。

 ぐぅぇ、がぁぁぁ…………そんな、ヒトとは思えない嗚咽の音が俺の耳に届く。

 

「残念であったな……それは我ではない」

 

 俺が貫いた者、それは―――魔物だった。

 人の形をしていない、異形の化け物のような容姿。

 それは腹部を貫かれ絶命しており、次第に光の結晶となって俺の前から消えた。

 ……俺は見た。

 ヘルの展開した空中の魔法陣から無数の魔物が姿を露わにしていて、それは地上も同じだった。

 蟲と合成されているような魔物、魔蟲、合成獣のように異質な魔物。

 吐き気を催すほどの数の魔物がいた。

 

「ヘルは死を司る魔物だ。ある意味で最凶の魔物とも言える……故に魔物を無限に従える魔物の女神だ」

「どけ―――邪魔だぁぁぁぁ!!!」

 

 俺はロキに近づくのを阻む魔物をアスカロンと無刀を使って薙ぎ払う。

 あいつにあの魔法陣を展開させるわけにはいかない……!

 

『Infinite Transfer!!!!!』

 

 俺はアスカロンに膨大な倍増のエネルギーを譲渡し、アスカロンの聖なるオーラを大幅に倍増させた。

 無刀を収納し、そして激しい光で包まれるアスカロンを空中の魔物に向かって放つ。

 光は大きな刃のようになって魔物を消していった。

 

「神剣レーヴァテインよ……神の剣の本懐を奴に見せるぞ!!」

 

 ロキは俺の極大なオーラを含むアスカロンに対し、神々しい光を放つレーヴァテインで力を相殺させていた。

 

『Force!!』

 

『Creation Longinus!!!』

 

 俺は小さな声で神滅具を創造するための言霊を呟き、白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)を装着した。

 

『Infinite Transfer!!!』

 

 俺は瞬時に白銀の籠手に無限の倍増のエネルギーを譲渡し、白銀の籠手を神帝化させた。

 ……体の負担は過去考えられないほどの物になっている。

 鎧の上だから周りには気付かれていないけど、さっきから口元から血が流れ続けている。

 白銀の籠手からは『Boost!!』の音声が一秒毎に流れ、更に無限倍増は次々に行われている。

 そして同時に発動した。

 

『Over Explosion!!!』

『Infinite Explosion!!!!!』

 

 白銀の籠手の倍増の解放と、神帝の鎧の無限倍増の解放。

 それによりアスカロンは辺り全てを覆うほどの光に包まれ、俺の鎧の赤い色が更に紅蓮に近づいた。

 

「―――む、これは」

 

 ロキは何か驚いた声を上げるが、関係ない!!

 俺の現段階の最大火力だ!!

 俺はアスカロンを振り切った。

 アスカロンから放たれる聖なるオーラは巨大なドラゴンを形作り、ロキと魔法陣を包み込む。

 空中の魔物は完全に消え去って塵になっていた。

 

『相棒、無茶をし過ぎだ!!それでは最後まで持たんぞ!!』

『今までに負った傷の深さを考えてください!!』

「はぁ、はぁ……く、そ……こんな程度で限界迎えて溜まるかよ……ッ!!」

 

 ……俺はドライグとフェルの言葉を振り切る。

 俺は倒れそうになる体に気合を入れるように拳を強く握り、太ももを殴る。

 まだ動ける……奴を倒すまではな。

 今の攻撃でロキを倒した感触は―――ない。

 それを肯定するように、光の中より笑い声が聞こえた。

 

「ははははははッ!!惜しい、惜しいぞ赤龍帝!!これが前哨戦なのが勿体ない!!実に素晴らしい!!何だ、今の一撃は!!我ですらどうにも出来んとは、一介の悪魔が、赤龍帝が出来ることではない!!!だが無念であったな!!!あと一秒、貴殿の攻撃が早ければ我の全てが終わっていたものを―――さぁ、終焉の時だ」

 

 ロキがひとしきりに言葉を終え、そう言った瞬間…………

 オォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッッ!!!!!!

 ―――二つの、耳の痛くなるほどの大きな狼の咆哮が聞こえた。

 予想は当たってしまった。

 俺の目の前、そこには……

 

「さぁ、スコル、ハティ。お前たちの父を傷つけた者は奴らだ―――ここからは殺戮と蹂躙の時間だ」

 

 ……そこにはフェンリルよりも一回り小さい二匹の灰色の狼がロキを守るように浮いており、当のロキは体の至る所から血を流しているものの、五体満足だった。

 その口元は歪んだ笑みを浮かべており、神剣レーヴァテインを二振り(・ ・ ・)握っていた。



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第14話 諦めない心

 二振りのレーヴァテイン、二匹のフェンリルの子供、二人の子供……俺はロキをつくづく最悪の敵と悟っていた。

 最悪の切り札を今まで隠していて、それを最悪のタイミングで披露する狡猾さ、凄まじいまでの頭脳……俺は目の前の最悪の敵を前にして、歯ぎしりをした。

 ロキに対し、絶対で確実の攻撃をしたつもりだった。

 今出せる俺の全力を全て振り絞り、確実にロキを殺せる一撃を放った……ロキはそれすらも切り札を出すことで防いだ。

 切り札―――複製された二匹の小さなフェンリル。

 獰猛な目つきで今すぐにでも俺を殺しに動こうとする最凶の狼。

 

「よもやこのフェンリルを使うことになるとは……驚かせてくれるな、赤龍帝。予定ならばフェンリルを温存して貴殿たちを消し、我の全てを用いてオーディンを殺す予定であったが……うん!予定とは狂うのが当然か!」

 

 ロキはそう高らかに笑いながら空を仰ぐが、途端に俺の方を真剣な表情で睨みつける。

 それだけで空気がビリッと痺れるほどの威圧感に襲われた。

 

「遊びも慢心もこれにて終わりだ、赤龍帝。これより先は悪神ロキ―――狡猾と謳われし神による黄昏の終末(ラグナロク)の時だ」

 

 その瞬間、ロキの持つ二振りのレーヴァテインの一本が激しい炎を撒き散らした…………炎の神剣。

 おそらくあれが本物のレーヴァテインであり、今まで使っていたものは偽物……か。

 

「……ったく、嫌になるよな―――だけどそんなもの、関係ないんだよ」

 

 ……絶望しかけたのは肯定する。

 確かに前方のロキという神は戦況を一変するほどの切り札を放ってきた……それは認める。

 

「諦めるわけにはいかないんだよ―――約束したんだ。必ず帰るって…………だから神剣をいくら出そうが、フェンリルが何匹いたって関係ないっ!!!!」

「……ッ!?ここに来て、更にオーラが強まっただと?」

 

 俺は不思議と体の奥から力が湧いていた。

 ロキの表情には余裕と呼ぶべき慢心はなく、怪訝な表情と何かを考え込むような顔をしていた。

 

「面倒だ―――スコル、ハティ」

 

 ロキは自身の周りにいる二匹の狼に命令を下し、その瞬間二匹は消える。

 ……でも俺の体は先に動いていた。

 目標は封じられたフェンリルの傍で、俺自身の加速力を利用し瞬間的にフェンリルの付近に到着した。

 それとほぼ同時に現れたフェンリルに向け、無限倍増により強化した全力の拳を二度放つ!

 

「……思い通りにはさせない。ロキ」

「我の思考を先読みしたかッ!!戦いの中で貴殿は強くなっていると感じるが……いや、我を攻略していると言うべきか」

 

 ロキはそう淡々と言いながらも自ら俺へと出向き、二振りのレーヴァテインで襲い掛かってくる!

 それに対し、俺はアスカロンと無刀による二刀流で対抗する―――フェンリルの子供はおそらく、鎖で拘束されているフェンリルを解放しようと鎖を破壊するはずだ。

 今、このフェンリルを解放させるわけにはいかない!

 

「助太刀いたす、イッセー殿!!」

「っ、夜刀さん!」

 

 するとその時、夜刀さんがロキと俺の間に高速で通り抜け、その通り抜ける最中に的確にロキへと斬撃を放った。

 夜刀さんは二本の刀……薙刀のような大きい刀と、短刀を構えてそのまま複製されたフェンリルへと切りかかった。

 それとほぼ同じくタンニーンの爺ちゃんが俺の上空を羽ばたき、そしてもう一匹の複製フェンリルへと業火を放った。

 二人の攻撃はフェンリルは易々と躱すものの、膠着状態が出来上がる。

 

「狼如きが、我らドラゴンを相手にすることを後悔するが良い……ッ!!」

「我が家族を傷つけるものは……拙者が斬る」

 

 タンニーンの爺さんは目に見えるほどの、炎のようなオーラを湧き出しながらフェンリルを睨みつける。

 夜刀さんは自身の周りの空間に幾重にも刀を生み出し、臨戦態勢を整えていた……でも目に見えて二人とも消耗している。

 特に夜刀さんはそれが顕著だ。

 ―――夜刀さんと俺は、この戦いの前に話した。

 

『そういえば夜刀さん、どうしてヴィーヴルさんをこの戦いから遠ざけたんですか?ヴィーヴルさんほどの回復力は、実際には戦力になるはずなのに……』

 

 実はヴィーヴルさんは夜刀さんが半強制的に不参加にさせた。

 

『そうでござるね……まあイッセー殿になら話しても問題はない……でござるね』

『……理由があるんですか?』

『仰る通りでござる―――ヴィーヴル殿の体が小さいのは如何様と、そう考えたことはないでござるか?』

 

 ……確かに、見た目を魔力や力でコントロールできるはずなのに、ヴィーヴルさんが好きであの姿をするとは考えにくいと思った。

 

『……彼女は、正義感が強いでござる。しかし、ヴィーヴル殿の回復の力は大きな欠点があるでござる………………それは、自身の生命力を触媒にして力を行使するというもの』

『命を……糧に?』

『そう―――もちろん、小さな力ならすぐに生命力は回復するでござる。しかし彼女は回復に時間が掛かってしまうほどの力を使うような出来事があったでござる…………故に、ヴィーヴル殿は前線から立ち退いた』

 

 その時の夜刀さんは悲しそうな顔をしていた……たぶん、その『出来事』がその表情を曇らせていたんだろう。

 

『拙者はたった一人の親友を救うことが出来なかったでござる……ディン殿。三善龍の最後の一角、今は亡き拙者達の戦友……だからこそ、彼にヴィーヴル殿を守ると誓った』

『夜刀さん……』

『……そんな顔はイッセー殿には似合わないでござる!…………守るものは、また増えてしまった―――ならば!守るしかないでござる!!』

 

 ―――……俺はハッとして、現状に目を向けた。

 夜刀さんは視線を俺へと向け、少し口元を緩ませた。

 

「……そういえば、夜刀さんにお願いしたもんな……守ってくださいって」

 

 俺はそのことを思い出し、少し笑う。

 あの時の俺って、やっぱり結構弱っていたんだろうな。

 普段だったら絶対に言わない本音も、ぶつけてしまっていたのか。

 

「なあ、ロキ」

「んん?どうした、赤龍帝。戦闘の最中、敵である我に話しかける余裕はあるのか?」

「そんな余裕はないけどさ……ふと考えたんだよ。どうして俺が、お前と相対してここまで冷静で、戦い抜いているのか」

 

 トラウマによる精神攻撃を受け、少なからずこいつに恐怖があるはずなのに俺は戦えている。

 その答えがなんとなく分かった気がする。

 

「……ふむ、それは確かに興味深い。ならば言ってみるが良い!」

「きっと―――自分を曝け出したからだと思う」

 

 きっかけは最悪だったかもしれない。

 だけどロキと相対しなければ俺はずっと……自分のことを隠して皆と接していたのかもしれない。

 そう考えると、こいつは敵だが俺の第一歩を踏むことになった原因とも言える。

 

「お前の禁術はそれはもう最悪のものだった。人のトラウマを抉りまくって、精神崩壊起こす勢いってもんだ……だけどそれを乗り換えて、俺は仲間に自分を知ってもらうことが出来た」

「…………つまり貴殿は我に礼でも言うつもりか?」

「そんなつもりさらさらない。ってか恨んでるレベルだ」

 

 俺は鼻で笑い、そして両手の剣を強く握った。

 

「―――自分晒して、ようやく前に進めるんだ。こんなところで停滞するわけにはいかないだろ?」

「しかし貴殿は止まることになる…………さぁ、もう良いだろう?」

 

 ロキは不敵に笑みを浮かべた。

 ……気に入らないな、あいつの手口も力も。

 

「龍法陣展開」

 

 俺は手元に龍法陣を描き、更にそこに魔力で火花を灯す。

 その火花は龍法陣による劫火に変わり、それは更に刃無き無刀に吸収された。

 

「無刀・劫火の龍刀」

 

 刀身なき刀からは炎の刃が生まれ、アスカロンは光を放つ。

 神帝の鎧からは無限倍増が止まらなず、別機関で動く白銀の籠手は『Boost!!』の音声を一定間隔で鳴らしていた。

 

「赤い鎧に赤い刀、白銀の籠手に白銀のブローチ、挙句聖剣か―――さしずめ完全武装、というものか?」

 

 ロキはそう呟きながら視界から消える……ッ!

 ロキのいた場所には魔法陣が展開されておりロキは―――ッ!?

 

「よく反応したものだ!!だがその程度では我は止められん!!」

 

 俺は上空から現れるロキの一斬目をアスカロンで受け止めるも、ロキはもう一方の炎のレーヴァテインを振るった!

 

「これぞ真のレーヴァテイン!神焔剣・レーヴァテイン!!なまくらの刀などに負けるものではない!!」

「無刀を舐めんじゃねぇ!!お前の似非神剣に負ける代物じゃないんだよ!!」

『Transfar!!!!』

 

 俺は無刀に大量の倍増のエネルギーを注ぎ込む!!

 夜刀さんが俺のために創ってくれた最高の刀が、神剣なんて名前だけの剣に負けてたまるかよ!

 無刀と炎のレーヴァテインが激しい炎を交差させる。

 その最中、俺は視線をロキの後ろの方に向けた。

 

「うぉぉぉぉおおお!!」

『Infinite Accel Boost!!!!!!!!!』

 

 鎧より無限倍増の最大限の火力を発動する音声が鳴り、俺は無刀を全力で振りかぶった。

 ロキはその威力に押されるように一歩後退し、そして俺は―――

 

「行けぇぇぇぇえええ!!ヴァーリ!!!」

 

 ……ロキの後方より、光速で近づき蹴りを放っているヴァーリへと叫ぶようにそう言った。

 ヴァーリの蹴りは一直線にロキの腹部へと放たれており、ロキは俺の攻撃により完全に反応が遅れている。

 

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!!!!!』

 

 ヴァーリの白龍皇の半減の力が発動し、ロキの力を少し削る。

 ロキは少し唇を噛むように苦い顔をし、そして―――レーヴァテインを盾にしてヴァーリの蹴りを受け止めた。

 それは炎のレーヴァテインではなく、光を放っていたレーヴァテイン。

 しかしレーヴァテインはヴァーリの蹴りを受け止めることが出来なく、金属が軋む音が俺の方にも聞こえていた。

 ……やるしかない。

 

「行くぞ、ロキ」

 

 手元に全力の魔力を集中させ、ただ純粋に破壊力だけを求めた魔力弾を生成。

 照準をロキの心臓に向け、そして……放った。

 

「く―――」

 

 ロキは俺の攻撃に気付くように視線を俺に向けるも、既に時は遅い。

 赤い紅蓮の魔力弾はロキを包み、ヴァーリは俺に合わせるように魔力弾を回避する。

 ドォォォォォォォォン…………そんな効果音を響かせて、ロキの周りに粉塵が広がった。

 ……手ごたえはあった。

 今までの攻防の中で、最大限のダメージを与えた感触だ。

 確実に、少なくとも戦闘に支障を来たすレベルの傷を負わせた。

 

「今の一撃、凄まじいな。見るに赤龍帝の倍増と君の魔力をフルで活用した最大の魔力弾と見た」

 

 ヴァーリは空中で俺の隣に降り立ち、そう感心するように呟いた。

 ……っといっても、まだ安心できる場面ではない。

 まだ子フェンリルが二体残っている上に、ヘルが召喚した魔物、そしてヘル自身が残っている。

 親フェンリル自体はまだ鎖で封じているから大丈夫だけど……そう思い、俺は後方で封じられているフェンリルを―――

 

「―――ふ、フェンリルが……いな、い?」

 

 そこにはフェンリルの姿はなかった。

 それとほぼ同時で、俺は凄まじいほどの殺気と寒気に襲われた。

 シュッ…………そんな時、空を切る音が俺の隣から聞こえた。

 隣、つまりヴァーリの方を俺は見るが、しかしヴァーリはそこには居なかった。

 ただ一つだけ残っていたものがある―――宙を舞う、赤い鮮血。

 

「ヴァ―――ヴァーリィィィィィ!!!!!」

 

 ―――そこには、親フェンリルにより噛み砕かれ、鎧の所々が砕かれたヴァーリの姿があった。

 ヴァーリはフェンリルに体ごと噛みつかれていた。

 

「なッッッ!!?くっ……何故、フェンリルが……自由になっているん、だ……」

 

 ヴァーリは額の兜が割れ、素顔が晒される。

 フェンリルはグレイプニルで封じられていたはずだ!

 子フェンリルだってタンニーンの爺ちゃんと夜刀さんが止めている!

 

「ヴァーリ、今助ける!!」

 

 俺は背中の噴射口から倍増のエネルギーを放射し、速度を上げてフェンリルに近づく。

 今はとにかくヴァーリを救うことが最優先だ!

 あの牙に傷つけられ続けたら、いくらヴァーリでも死は免れない!!

 

『主様!白銀の籠手の禁手は可能です!』

 

 ……タイミングが良いのか悪いのか―――だけど好都合なことには他ならない!

 今、俺が望む力は瞬間的に得ることの出来る最大火力。

 それは出来る限りノーリスクに近い形で、最高の一撃を放てる力……プロセスは完成だ。

 

「『禁手化(バランス・ブレイク)……ッ!!!』」

 

 俺とフェルの言葉が重なり、俺の左右の鎧に包まれた腕は白銀色に包まれる。

 しかし俺は光が晴れる前に動き出す。

 一秒でも無駄にしたら取り返しのつかない!

 鎧とヴァーリの強大な魔力があろうと、それは変わりないからな!

 ―――白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)の禁手、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)

 左右合計24個の宝玉を一つ砕くことで、現時点で俺が得ることの出来る最大限の倍増の力をタイムラグなしで得ることの出来る使い勝手の良い神器だ。

 

『Full Boost Impact!!!!!』

 

 俺は宝玉を一つ砕き、極限に近い倍増の力を身に宿す。

 更に体の負担を無視して神帝の鎧の無限倍増も続けて行い、速度、力、魔力……全てを何段階も強化してフェンリルの顎の下に到達し、即座にアッパーのように拳を振り上げた!

 赤いオーラと白銀のオーラが遺伝子の螺旋のように交差し、俺の腕に纏わりつく。

 そのオーラを含んだ拳は親フェンリルに直撃し、その反動でヴァーリは解放された。

 それを確認して俺は空中に浮遊するヴァーリを確保し、そのまま一時距離をと……る……?

 

「がは……ッ!」

 

 な、なんだ……これは……ッ!

 俺の腹部にはいつの間にか、身を滅ぼすほどの鋭利な何かで抉られた痕があり、口から膨大な血を吐く……ッ!

 良く見ればフェンリルの前足の爪には血のような痕があり……あの一瞬で攻撃を加えたのか……ッ!!

 

「はぁ、はぁ……ヴァーリ、しっかりしやがれ!!」

 

 俺はぐったりと肩の力が抜けているヴァーリに活を入れるように声を上げ、懐にある瓶を取り出す。

 ……不死鳥の涙。

 今回の作戦を決行するにあたって提供されたアイテム。

 どんな傷でも一瞬の内に煙のように治すものだ。

 俺はそれをヴァーリに惜しみなく使った。

 

「あの時の借りは返したぞ、ヴァーリ……!」

「……黒歌の時のことかい?そんなことはどうでも良いが……これは些か、困った事態だね」

 

 ヴァーリは少し肩で息をしながら、俺から離れる。

 ……フェンリルは完全に封じていた。

 子フェンリルは抑えていて、魔物に関しても皆が必至で殲滅している。

 ロキは俺が―――違う、俺だけだ。

 ロキに関しては倒したという確証はない。

 俺は先ほどまでフェンリルを封じていた場所を見る。

 そこには切断されたグレイプニルがあり、そして…………

 

「……剣の、破片?」

「その通りだ」

 

 ……ッ!!

 

「クソが……まだ生きてやがったのか、ロキ!」

「当然だな―――っと言いたいところだが、流石の我も肝を冷やした。レプリカとはいえ、神剣を失った上に、かなりの傷を負ったのだからな!」

 

 俺の視線を送る先にはフェンリルがおり、そしてその頭の上には……全身の数か所から血を流しているロキがいた。

 無傷とは言い難いけど、でも明らかに五体満足。

 正直、最悪の自体と言っても過言ではない。

 

「何故だ……いつグレイプニルを切り裂いた!そもそもダークエルフによって強化された物を、どうしてお前は!」

 

 ……実際には理由は分かっている。

 だからこれは時間稼ぎだ。

 自体は最悪、故にすぐさま新たな手を考えないといけない。

 でなけりゃ全滅だ。

 俺は腹部の切り傷を抑えながら、声を荒げる。

 

「ふむ……分かり易い時間稼ぎだが、まあ乗ってやろう―――そもそも術に長けた我が、術で強化された鎖を切り裂くなど造作もないであろう?神剣の代償は大きいが……まあ戦局が変わるのであらば、問題はあるまい」

「……あの攻防の中で、お前はそれをただ狙っていたのか?」

 

 先程の攻防戦、完全に追い詰めたと思っていた。

 でもこいつはそれすらも逆手に取り、逆転の手を下した。

 ……絶望的なほどの重いものが圧し掛かる。

 

「良く言うであろう?肉を斬らせて骨を断つ、と……さあ、考えは纏まったか?」

 

 ロキは指先を天に向け、指を鳴らす。

 それと同時に夜刀さんとタンニーンの爺ちゃんと戦っていた子フェンリル、そしてヘルはロキの周りに集まった。

 無数の魔物もヘルに付き従うようにロキ達の後ろに構える。

 俺とヴァーリは静かに下降してゆき、俺たちをじっと見ていた仲間の元に降りる。

 

「……最悪の状況ですね」

「やっぱりガブリエルさんもそう思いますよね」

 

 降り立った場所にいたガブリエルさんは、額より一筋の汗を流している。

 周りも大体そんな表情だ。

 唯一、ヴァーリチームの一部は割と平気そうな顔をしているが……ッ!!

 傷が流石に深いか……そう思った瞬間、俺は温かい光に包まれる。

 碧色の温かい光……アーシアの回復オーラだ。

 

「酷い傷です……ッ!こ、こんな傷でずっと戦っていたなんて……っ!!」

「……悪いアーシア。でも大分マシになったよ」

 

 俺は兜を収納し、アーシアを安心させるために笑って見せる。

 でもアーシアの不安そうな表情は消えず、俺は周りを見た。

 ……子フェンリルと戦っていた二人は、ひどい傷だ。

 恐らくフェニックスの涙を使ってこの傷なんだろう。

 ……たった一瞬近づいただけで気付かない間に深い傷を負わせるフェンリル。

 無傷で済むはずがない。

 

「ははは!これぞ総力戦と言えようか?いや、違うな悪魔よ、天使よ、堕天使よ!!我は未だ底を見せぬ狡猾の神!!そんな我をここまで苦渋な決断をさせる貴殿らに我は敬意を払おう!!」

 

 ロキはそう言うと、手を振り上げる。

 すると俺たちの前方に巨大な魔法陣が現れ、その陣より現れる無数の黒い影……いや、厳密に言えば形ははっきりしている。

 そしてそれを俺は見たことがある。

 体長(サイズ)は知っているものよりは大きく下回るが、見た目はそのままだ。

 

「―――ミドガルズオルムを複製したのか、ロキっ!!」

「ほう、あやつを知っているということは、やはりあの馬鹿者の入れ知恵であったか―――まあ良い。さて」

 

 ……ミドガルズオルムは一匹どころの話ではない。

 下手をすればヘルによって呼び寄せらた魔物と同数ほどの数が存在しているッ!

 量産型ミドガルズオルム……っ!!

 こいつ、どれだけ奥の手を隠しているんだ!

 

「我の終末だ―――心して受けるがよい。そしてこの場で死ねることを甘受せよ」

 

 ロキはそういうと、手を振り下ろした。

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 僕、木場祐斗は聖魔剣を幾重にも創り出し、両手に常にエールカリバーを握って戦っていた。

 イッセー君とヴァーリ・ルシファーがロキを相手している間に、現状の最大目標であるフェンリルを沈黙させ、ロキを打倒する。

 それが僕たちの建てた単純な作戦だった。

 これの実行に至れたのは単純な戦力が揃ったから。

 今回のチームの組み合わせを思考したのはアザゼルで、作戦の立案は部長。

 術に長けたメンバーがフェンリルの捕獲係を務め、戦闘に秀でた聖剣使いや僕、ドラゴンがフェンリルを削る役目だ。

 残るヘルはこの中の女性で最も強く、全体的に見てもトップクラスの戦闘力を誇るガブリエルさんを中心に、天使側と猫又組が相手をする。

 そして二天龍がロキを打倒する……どこにも問題はなかった。

 だけどその作戦は既に打開している。

 先ほどまで僕たちの手にあった優位性……数の上での優位は既に消え去っている。

 ロキの出した手札はいずれも僕らの予想を遥かに上回っていた。

 複製された二匹のフェンリル、ヘルによって呼び出された無数の魔物、魔蟲……そしてミドガルズオルムの量産型。

 そして―――フェンリルの圧倒的な力。

 あのイッセー君ですら反応ができないレベルの力。

 僕たちは目の前の絶望を前にして、身構える他ない。

 ……いざとなれば、僕は命を賭けることに躊躇はしないとこの戦いの前に決めていた。

 そのために奥の手も用意した。

 僕はポケットに手を入れ、その奥の手(・ ・ ・)に触れる。

 冷たい感触で、多少の金属質な質感。

 そして覚悟を決めたとき、声をかけられた。

 

「祐斗、そいつを渡したのは最悪の事態に陥ってからでは遅いからだ」

 

 ―――イッセー君は僕のほうには視線を向けずにそう言った。

 ……これは瓶。

 イッセー君が複製している赤龍帝の倍増の力が篭められている、一時的なパワーアップアイテムではなく―――フェルウェルさんの力である、神器を神滅具並みのものに一時的に強化する、神器の「強化」の力が篭められているものだ。

 僕は戦いの前にイッセー君にこれを要求した。

 ……僕の力はこの戦いでは、火力としては不足している。

 魔剣創造は所詮、テクニックタイプの神器。

 どうしても火力が足りないのは目に見えていた……だからこそ、僕はイッセー君にこれを求めた。

 足りない火力は例え命を削ってでも手に入れる……イッセー君が覇龍を発動したとき、僕はその光景を見てそう思った。

 それは……決して間違いではないと思った。

 本当に守りたいものは命を賭けて守る……例え命を落としても、それで守れる命があれば僕はそれで良い。

 でもイッセー君は僕を止める。

 

「お前はまだ、その力の精神的ダメージにも物理的ダメージにも耐えきれない」

「でもイッセー君!ここで使わなければ、僕は後悔する!!それだけは……嫌なんだッ!!」

 

 僕は心の底からイッセー君に懇願する!

 三体のフェンリル、量産されたミドガルズオルム、ヘル、ヘルによって呼び出された無数の魔物……そしてロキ本人。

 僕の命を賭けて、いずれかを一つでも落とせたら戦局は確実に好転するんだ!

 この絶望的状況をどうにかしたいこの気持ちを、イッセー君がわからないわけがない!

 イッセー君は誰よりも仲間を大切にする……自分が傷ついても、必ず仲間は守る。

 どんな精神状態でも、どんなに脆くても……それだけはいつだって変らなかった。

 

「……お前が何を考えてるのかはなんとなく分かるよ。俺とお前は似ているから、どうせ同じこと(・ ・ ・ ・)を考えてるんだろ?―――負けない。俺はどんなどん底からも、絶対に負けない」

 

 ―――イッセー君はこの状況下で、全く諦めていない。

 こんな最悪な敵を前にして、なお彼はいつものように仲間を守ろうとしている。

 あれだけの傷を負ってなお、誰よりも前に進もうとしている―――それだけで、僕たちの失われかけていた士気に灯火が灯った。

 

「はは!……そうだな、兵藤一誠君。何を腑抜けていたことか―――ようやくダメな私を払拭できる機会を得て、今さら死ねるわけがない!」

「……そうですね。私もまた、腑抜けた咎人なのでしょう。高が絶望を前にして、近くにある希望に目を向けないなど、熾天使失格というもの…………ならば、熾天使の証を立てましょう」

「拙者は誓った……例えこの身に邪気を纏ったとしても、イッセー殿を守ると!」

 

 バラキエルさんは激しい雷光を全身から迸させ、雷鳴を鳴り響かせた。

 ガブリエルさんは薄く笑って神槍・ブリューナクの刃先を地面に刺し、自らを戒めるように髪を一纏めにする。

 そして夜刀さんは禍々しいオーラで包まれる、刃から柄まで全て黒い漆黒の刀を握って鬼気迫る表情をしていた。

 

「……とりあえず、君は一度回復に集中すると良い」

 

 するとヴァーリはイッセー君の肩を掴み、アーシアさんの方へと押す。

 イッセー君はアーシアさんの傍でよろめき、アーシアさんはイッセーくんを抱きとめた。

 

『Infinite Reset』

 

 それと共にイッセー君の鎧から白銀色のオーラが消え、イッセー君は一度脱力する。

 ……イッセー君は激しい戦闘で、深すぎる傷を全身に受けている。

 それを神器が理解し、またはフェルウェルさんと赤龍帝・ドライグが止めたのかもしれない。

 

「君の力はまだ必要だ。さっさとアーシア・アルジェントに回復してもらい、戦線に復帰したまえ」

「ヴァーリ……」

「俺がわからないとでも思ったかい?君は俺を庇うためにフェンリルの一撃を受け、更に自分の持っていた涙を倍増の力を利用して使った―――限界に近いのだろう?」

 

 ヴァーリの言葉にイッセー君は押し黙る。

 その沈黙は暗にヴァーリの言っていることの正当性を示していた。

 

「ならばここは前線から離れるが良いさ。残念なことに、俺一人では覇龍を使わなければ奴らをどうにかすることが出来ない上に、現状で覇龍はなぜか不調なんだ。あまり使いたくないものでね」

「不調?それはどういう―――」

 

 イッセー君が何かを言う前に、アーシアさんはイッセー君を後方に連れて行く。

 鎧を一時的に解除し、残るイッセー君の武装は両手に装着している巨大な白銀の龍の腕。

 鎧が解けて気付いたけど、イッセー君の体の傷はよく戦闘できていたと思わせるほどのものだ。

 

「さて……美候、アーサー、スィーリス。お前たちは子フェンリルをどうにかしておいてくれ。俺はフェンリルをやる」

「おいおい、一人で相手にするつもりかぃ?あんな化け物、覇龍なしではヴァーリでも無理だろい」

「はは、そうかもな―――まあ無理をしてみるのも一興だ」

 

 美候はヴァーリの無茶な発言に少し苦笑いでそう言うが、しかしヴァーリは不敵さを消さなかった。

 

「ロキの相手は私とバラキエルでします……あまり良い相性ではないのですが、ね」

「……そういえばお前と共に戦うのは久方ぶりか―――アザゼルでなくて、残念か?」

「……まあ慣れで言えばアザゼルとの方が手の内を知っているが故に、戦いやすいですが」

 

 バラキエルさんは少し口元をゆるめてそういうと、ガブリエルさんは微笑みを浮かべてそう言った。

 

「残るフェンリルの相手は拙者が致す―――グレモリー眷属よ、どうかイッセー殿を守ってくだされ」

「夜刀よ、傷をかんがみて一人は不利だ……俺も手を貸すぞ」

 

 夜刀さんの隣にいるタンニーンさんは、共に傷だらけながらも不敵に笑って見せた。

 ……やるしかないんだ。

 

「…………魔剣創造(ソード・バース)

 

 僕は防御重視の魔剣をイッセー君とアーシアさんを包み込むように展開し、それをいつかのシェルター式に展開する。

 更にそれに上乗せをするように朱乃さんが防御魔法陣を展開した。

 ……ロキからしてもイッセー君という存在は驚異のはずだ。

 今までは何とか奇策でイッセー君を退けていたはずだけど、イッセー君は戦いの中で敵を攻略する力を持っている。

 だからこそイッセー君をまず第一に殺しに掛かるはずだ。

 ……させない。

 僕たちは夜刀さんに託されたんだ。

 

「……リアスちん、戦力的にここは私がヘルの相手をするわ」

「そうね……悔しいけど、この場の残りの戦力であれを相手に出来るのはあなたくらいね。だけど火力だけで言えば、私の一撃は奴にも届くはずよ」

 

 部長は手元に滅びの魔力を浮かばせる。

 黒歌さんはそれを見て、一瞬驚いた顔をするけど、でも納得したような表情をしていた。

 

「……フラれて、開き直って強くなってことにゃん」

「………………痛いところを突かないでもらえるかしら?」

 

 部長は黒歌さんの発言に眉間にしわを寄せ、青筋を立てた。

 ……すごい新事実だけど、今はそれを言及している場合ではないかな?

 っと、そこに足並みを揃えるロスヴァイセさんの姿が映る。

 

「いくらなんでも神格相手に二人は無謀です。ここは半神である私が参加した方が生存率が上がると思いますが……どうでしょうか?」

 

 ……これで決まった。

 残りの魔物とミドガルズオルムの相手は残りの僕たちがする。

 僕は二振りのエールカリバーを構え、小猫ちゃんは耳と尻尾を出して気力を放出する。

 ゼノヴィアはデュランダルを担ぎ、イリナさんは手元に光の剣を握って戦々恐々だ。

 あのギャスパー君も覚悟を決めたのか、目を不気味に光らせて臨戦態勢だった。

 

「……待つのは性に合わないな」

 

 僕の隣でそんな声が響いたと思いきや、次の瞬間、極大の斬撃波がロキの右後ろ側に放たれる!

 放ったのはゼノヴィアであり、デュランダルによる強大な斬撃波はヘルの生み出した魔物を屠った。

 ロキの右後ろ側にいた魔物を全て消し炭にし、それとほぼ時を同じくして動き出す僕たち。

 僕はまずミドガルズオルムの方に魔剣を空中に創り出し、それを放った。

 無数と言えど、ミドガルズオルムは量産な上に本物よりもかなり小さいと聞く。

 僕は剣の矛先を全てミドガルズオルムの頭部に定め、連続で投射する!

 

「朱乃さん!止めをお願いします!!」

「了解ですわ!」

 

 朱乃さんはあれほどまでに嫌がっていた雷光を使い、それを弓のような形に変質させる。

 あれは以前、禍の団の英雄派の戦いの時に使用した雷光による弓の具現化。

 しかし以前の着弾してから永遠と雷撃を放ち続けるものとは違い、その質量は放つ前から桁違いに大きい。

 僕は目線の先にミドガルズオルムに対し、同じように剣を頭部に放ち、動きを止める。

 朱乃さんは少し力を溜めて、そして弓を空へと向けた。

 

「射抜きますわ……雷光よ!!」

 

 そして放つ。

 雷光による極大な矢は空に舞い上がり、そしてそこから状態を変質させた。

 巨大な一つの矢が、空中にて複数に変わる。

 それは地上のミドガルズオルムに対し直撃した。

 ……ドラゴンといっても、量産型の上に魔物だ。

 朱乃さんの雷光は堕天使の光の力を含んでいるため、魔物には絶大な力を誇っている。

 多くのミドガルズオルムはその場で沈黙しており、そして極めつけとして僕は走り出す。

 動けないミドガルズオルムに対し、二振りのエールカリバーの機能を発動させる!

 

真・双破壊(エール・ツイン・ディストラクション)!!!」

 

 エールカリバーの破壊の力を双剣両方に使い、そしてミドガルズオルムの首を連続で斬り落としていった。

 更に地面から魔剣を生やしてミドガルズオルムを突き刺し拘束し、そこから朱乃さんが見計らって矢を射ぬき、僕が首を斬って息の根を止める。

 数は着実に減っていった。

 

「ゼノヴィア、このミドガルズオルムは存外に脆い!周りを気にせず、デュランダルを振るうんだ!」

「なるほど―――ッ!?」

 

 するとゼノヴィアはミドガルズオルムに尻尾で払われる!

 それに対し、デュランダルで咄嗟に防御を取るも苦しい表情をしていた。

 ……っと小猫ちゃんがゼノヴィアのフォローをするようにミドガルズオルムに掌底を放ち、巨体を難なく殴り飛ばした。

 

「……脆くても、ドラゴンの量産です。力だけで言えば相当のものです」

「そうだな、今しがた身を以て実感したところだ……ならば」

 

 ゼノヴィアは呟くと、デュランダルを地面に刺す。

 視線は小猫ちゃんが殴り飛ばしたミドガルズオルムの方を向いており、地面に聖なるオーラを注入していく。

 更にデュランダルはそれに呼応するように地面だけには怠らず、ゼノヴィアの空中にまで聖なるオーラを放っていた。

 ……まさかゼノヴィアはあの大技を二つ同時にしようとしているのか!?

 

「一気に屠ろう。イッセーを守るためにも、雑魚は一気に片づけた方が良いだろう?……ならば、私は無理をする!」

 

 ……地中からの莫大な聖なる斬撃波、アンダー・デュランダルと空中からの聖なるオーラの聖力砲、聖斬剣の天照(デュランダル・シャインダウン)

 一つでも難しい操作法の上に、かなりの体力の力を持って行くとゼノヴィアは言っていたけど、それを同時なんて―――あの脳筋のゼノヴィアがそんな小難しいことをするなんて、驚きだ!

 

「す、すごいわゼノヴィア!あなたにテクニックの『テ』の字もあったなんて驚きだわ!日々の成長が凄いわ!」

「やかましいぞ、イリナ!これをするのは今後、これが最後だ!!想像してた以上にこれは辛いんだぞ!!」

 

 ……僕の気持ちを弁明するようなイリナさんだけど、彼女も彼女で凄まじい。

 あんなふざけた口調で軽口を叩いているが、光の剣と光の弾丸、光の槍……武具と思われるもの一式を即座に創り出し、それを行使して魔物に対して無双をしていた。

 正にテクニックの手本のような戦い方。

 身軽な動きと翼による立体的な戦闘方法……タイプ別だけど、少しばかりイッセー君に似た戦い方だ。

 ……僕はゼノヴィアに近づくミドガルズオルムにエールカリバーを投剣する。

 力は先ほどと同じ破壊の力……勿体ないけど、今はゼノヴィアを援護するのが一番だ。

 

「聖と魔、二つの聖魔によって形を成す」

 

 僕はエールカリバーを生み出す上での言霊を発し、新たにエールカリバーを生み出す……ッ!!

 僕も無茶を仕切ると決めた!

 僕は先ほどとは違う胸ポケットから、更にもう一つ、瓶を取り出す。

 ……赤龍帝の倍増の力が詰まった一時的なパワーアップアイテムだ。

 イッセー君の体の負担も考慮し、今回は僕を含めたグレモリー眷属に一つずつ渡されたもの。

 ……使わせてもらうよ、イッセー君!

 僕は瓶をエールカリバーで切り裂き、更にそれを剣に纏わせる。

 肉体に対して使えばそれだけ僕の負担が増えるから、あえて剣に使った。

 エールカリバーのオーラはそれで段違いに上がり、僕は更に言霊を続ける。

 

真・双天閃(エール・ツイン・ラピッドリィ)!!!」

 

 ……ッ!!

 自分でも驚くほどの速度強化!!

 肉体に対し、今までに見ないほどの負荷が掛かるが、それを引いても余りあるほどの速度で僕は疾走する!

 魔物を切り裂き、ミドガルズオルムの皮膚を切り裂く!

 それと時を同じくしてゼノヴィアが地面からデュランダルを抜き、更に剣先を空に向けた。

 

「ギャスパー!!あの巨体を止めろ!!」

「は、はいですぅぅぅぅ!!!!」

 

 ゼノヴィアの叫びにギャスパー君は頷き、彼は目の前にいる最大限の巨体を次々に停止させていく。

 ……皆、過剰な速度で力を使っている。

 それほどに敵は強く、力を緩めればそれで死ぬような戦場だ。

 僕は空中を舞うように飛びながら、魔剣を無数に創ってそれを周りの魔物すべてに放つ。

 悪魔の翼を展開し、飛翔して魔剣を突き刺した魔物を二振りのエールカリバーで切り裂いて消滅させていった。

 そして―――

 

「二度と、こんな面倒なことして溜まるか…………ッ!!喰らえ、一世一代の大技だぁぁぁぁぁ!!」

 

 ゼノヴィアは訳の分からない叫び声と共に、力を行使する。

 ―――その瞬間、地中と空中から激しい斬撃波と衝撃波が多数のミドガルズオルムに放たれた。

 二つの大技はミドガルズオルムを包み、そして光が収まる頃には…………ミドガルズオルムの半数を切っていた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ゼノヴィアは今の一撃で神経を使いすぎたのか、肩で息をしていた。

 ……でも今のでかなり相手の戦力を削ぎ落とせた。

 僕が使った倍増の力も時間切れでなくなるも、魔物もかなりの数を倒した。

 そこで僕は視線を部長の方に向けると、そこには―――

 

「……全く、面倒な女ね……ッ!この私の対策をここまでしているなんて……ッ!!」

「あら、お褒めに預かり光栄だわ」

 

 ……そこには傷だらけのヘルと、同じほどの傷を負っている部長たちの姿があった。

 

「盲点だったにゃん。でも考えてみれば死んで蘇るなら、死ぬ寸前をキープしておけば良いってこと……そしたらあの面倒な液状化も防げる」

「まさにヘル様に対する正攻法にして最善な手ですね」

 

 黒歌さんは一分の隙もなく、現状も鋭い目つきでヘルを睨んでいた。

 

「逆に言えば、少しでも気を抜いて殺してしまえば、今の形勢は言葉の意味で逆転するわ」

 

 部長の言葉を体現するように、ヘルの付近に現れる一匹の鋭い刃を全身に纏う魔物。

 その刃はヘルの心臓に向けられており、僕は即座に聖魔剣を一本創って魔物の頭部に向けて投げ放った。

 

「ッ!……祐斗!」

「部長、ミドガルズオルムは大多数を殲滅しました……他はどうですか?」

「良くやってくれたわ……でも、状況はあまり芳しくはないわ」

 

 部長は視線をヘルから外し、子フェンリルと戦うヴァーリチームとドラゴンたちを見た。

 そこには…………

 

「善戦はしてるけど、やっぱりフェンリルという事で攻め切れないようだわ。神殺しの牙は一撃を受けただけで致命傷だもの」

 

 部長の言う通り、そこには苦戦を強いられているタンニーンさん、夜刀さんがいた。

 ヴァーリチームは巧みな連係でフェンリルの巧みな攻撃をいなし、確実にダメージを与えているようだけど……明らかに個体差があり過ぎる。

 ドラゴンチームが対決している子フェンリルの方が、危険な雰囲気を醸し出している!

 

「おらおらおらおら!伸びろ、如意棒!!」

「ルフェイ、防御魔法をお願いします」

「は、はい!!」

 

 美候は激しい棒術により連続で子フェンリルに殴打を与えてゆき、アーサーはルフェイさんに防御魔法による魔法陣を展開してもらいながら、コールブランドによる斬撃を繰り返していた。

 でも相手は複製とはいえ、フェンリル。

 比較的攻めてはいるけど、致命傷になり得る傷を負わせてはいなかった。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅッ!!?」

「ッ!!タンニーン殿!一度下がって回復するでござる!!」」

 

 するとタンニーンさんはフェンリルの鋭い巨大な爪で切り裂かれ、大きな傷が生まれた。

 夜刀さんはすぐに大量の刀を子フェンリルに向け放つも、子フェンリルは幾つかの刀を直撃しただけで、びくともせず誇り高く直立している。

 僕は騎士の速度で傷ついたタンニーンさんの元に近づき、懐にあるフェニックスの涙を振りかけた。

 

「くぅッ……済まぬな、リアス嬢の騎士よ」

「……どうですか、あのフェンリルは」

「……正直に言えば、親フェンリルに近しい力を持っているはずだ。でなければ龍王クラス二匹を相手に爆ぜないはずがない」

 

 タンニーンさんは巨体を起こし、再び立ち上がる。

 そして目にも留まらぬ速さで夜刀さんの援護に向かった。

 

「……ソード・バース」

 

 僕は周りにいる魔獣を地面から魔剣を生やして屠る。

 ヘルを封じていることからかなり魔物の数は減ってきているけど、それでもキリがない。

 ……っと、その時、空中にて眩い光が地を照らした。

 

「ッ!あれは……ガブリエルさん!!」

 

 そこにいたのは純白の天使の翼を12枚展開しているガブリエルさんと、10枚の黒い翼を展開しているバラキエルだった。

 バラキエルさんは雷光を駆使ししてロキの行く手を阻んでおり、ガブリエルさんは前線で神槍・ブリューナクによる槍術でロキの神剣・レーヴァテインと戦っていた。

 

「ほう、レプリカとはいえ神槍!高が天使が我について来るとは面白い!今日は面白いことが多いな!!」

「……そうですか?ですが―――あなたの動きが格段に悪くなっているとお見受けしますが、どうでしょうねッ!!」

 

 ガブリエルさんは凄まじいほどの緩急ある動きで槍を二段構えで放ち、避けられたと判断すると翼でロキを薙ぎ払う。

 そこを狙い撃つようなバラキエルさんの雷光による弾丸がロキに向けられるも、ロキはそれを防御魔法陣を展開して防御した。

 

「あなたは兵藤君との戦闘で予想以上に消耗しています。驚きましたか?彼の適応力と底なしの根性。彼はいつも考える遥か上の方法で状況を打破するのです」

「……確かに我は消耗していよう。それは認めてやる。だがしかし!!それで負ける神ではない!!」

「いや、負かせてみせよう。いつまでも若い者に戦場を居させるのは些か苦痛を感じるものでな」

 

 バラキエルさんは凄まじい殺気と雷光を纏い、ロキに特攻を仕掛ける。

 手には光の……あれは、ガントレット?

 イッセー君の左手にある籠手のように光が拳を包んでいて、更に筋肉の隆起した腕がロキへと放たれる!

 

「我を相手に素手とは面白い―――と、言いたいところだが……フェンリル、いつまで白龍皇と遊んでいる!!」

 

 ロキはヴァーリと激戦を繰り広げているフェンリルに向け、そう叱咤のような声をあげた。

 当のヴァーリは魔術や魔力、白龍皇の力を駆使してあのフェンリルと戦っている。

 でも鎧の所々は欠けており、体の随所からは痛々しい切り傷があるほど。

 ……やはり白龍皇を以てしても、あの覇龍を使わなければダメなほど強いのか。

 だけどそんなもの、イッセー君に使わせるわけにはいかない。

 あれを次、使えばイッセー君は確実に死ぬ。

 命を糧にして発動するあれを、二度とイッセー君に発動させるわけにはいかない。

 

「くッ!!やはり今の俺の絶対値ではまだ足りないか」

 

 ヴァーリはそんな弱音を吐きながらも力を行使する。

 

『Capacity Divide!!!!!』

 

 ―――あれは対象者の『容量』を半減する力。

 イッセー君の話では神にすらも通用する技で、恐らくフェンリルにも通用しゆる力とは聞いている。

 容量半減の力の速度はかなり遅くなり、僕でも視界に捉えるほどの速度になった。

 それを見計らいヴァーリはフェンリルに白銀の閃光のように近づき、そのまま拳による打突を放った後に魔術を行使した砲撃を放つ。

 フェンリルはその勢いに負けて後方に飛ばされるも、すぐに体勢を整えてヴァーリを睨んだ。

 位置としては…………ロキの付近。

 ロキはそれに気付くとフェンリルの傍に舞い降り、そしてその頭をそっと撫でた。

 

「……正に予想外とはこのこと。フェンリルを抑えられ、ヘルを封じられ、ミドガルズオルムまでも屠られる。この状況を創ったのは―――他ならぬ士気を鼓舞した赤龍帝であるか」

 

 ロキは自嘲するように嗤い、手元に魔法陣を展開した。

 

「よもや高が赤龍帝にそれほどの影響力があるとは。出来ることなら温存しておきたかった力だが、そうは言う余力もない。さて……」

 

 ロキはフェンリルから離れ―――その刹那だった。

 シュン……そんな風を切る音が聞こえた瞬間、フェンリルは視界から姿を消した。

 

「くっ………………ッ!!」

 

 ……苦しげな、白い鎧の呻き声が僕の目に映った。

 腹部の鎧がバターを切ったように綺麗にくり抜かれていて、その空白からは見るに堪えがたいほどの切り傷……むしろ刺されたと言って良いほどの傷が生まれていた。

 それだけじゃない。

 更に違う方向からも苦しがる声が聞こえ、あらゆる方向からそんな声が聞こえた。

 ―――あらゆる方向で戦っていた、仲間が差はあれど大きな傷を負っていたんだ。

 そして僕の視界に灰色の狼が映る。

 

「―――まさか、今の一瞬で……ッ!」

 

 僕は急いで周りを見渡した。

 そこには…………ヴァーリと同じように切り裂かれたタンニーンさんや夜刀さん、バラキエルさんやガブリエルさんの姿があった。

 フェンリルはあの一瞬の間にこれほどの猛者を屠ろうとしたのかッ!?

 

「フェンリルのリミッターを解除した。これを使えばフェンリルは当分の間、使い物にならないが……ここで降されるよりはマシというものだ」

 

 ロキは苦渋の決断のように苦虫を噛んだような顔をするが、今はそんな時じゃない!!

 同時にこれだけの主戦力が傷を負った!

 現状の均衡が崩れてしまった!

 アーシアさんは今、イッセー君の治療でいない。

 

「回復の隙を与えると思わぬ方が良い。フェンリル、やれ」

 

 ロキは手を振り上げ、そのまま下ろしてこの場を制圧しようと動いた。

 ―――そう思った。

 

『Full Boost Impact Count 2,3,4,5,6,7!!!!!!!!!!』

 

 ……美しい、透き通るような音声が響いた。

 その瞬間、放たれる白銀の流星のような魔力砲。

 それにより僕たちを襲おうとしていたフェンリルの動きは直撃による不意打ちで止まり、更に初めて重症と確認できるほどの傷を負う。

 ……こんなことを出来るのは、彼しかいない。

 いつだってそうだ。

 彼は絶対に守る。

 それが例え失う恐れからであっても、正しさを突き通す。

 

「…………良くもやってくれたな、ロキ。ここからは、こっちのターンだ」

 

 ―――それが僕たちの最強の『兵士』、兵藤一誠だ。



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第15話 砕かれる希望、生まれる奇跡

 無理をしている自覚はあった。

 この身を犠牲にしてでも奴を倒すと決めた。

 最後まで戦い抜く……それはドライグにもフェルにだって譲れないこと。

 たぶん、それは彼女も理解している―――理解している上で、俺は頬を叩かれた。

 

「こんなに酷い傷でッ!!どうしてもっと早く私を頼ってくれなかったんですか!?イッセーさん……ッ!!」

 

 ヴァーリに押し出され、俺はアーシアと共に剣によるシェルターの中にいた。

 ご丁寧なことに中から外は見えないようになっており、感覚で外には防御魔法陣を展開しているんだろう。

 ……そこで俺は最初に傷をアーシアに見られ、頬を叩かれた。

 鎧で隠していた俺の傷は致命傷こそないものの、確実に命を削るレベルの傷だった。

 

「……アーシアに怒られたのは、これが初めてかもな」

 

 でも俺は何故か嬉しかった。

 当然叩かれたことが嬉しいわけじゃなくて……ちゃんと怒ってくれたことが、何でか無性に嬉しかった。

 アーシアは俺を癒すため碧色のオーラを照らしながら、涙を溜めながら怒り続けた。

 

「イッセーさんはいつもそうですっ!一人で無理して頑張って、怪我をして!満足そうな顔をして……ッ!!」

「……今の俺って、そんなに満足そうな顔をしているのか?」

 

 俺は軽口を叩くように薄く笑みを浮かべながら、そう呟いた。

 ……満足なんてしていない。

 現にまだロキは健在で、大きな傷を負わすことは出来たけどまだまだ戦いは終わっていないんだ。

 

「……でも、そんなイッセーさんだから好きになったんです―――だから、心配させないでくださいね」

「あはは…………それは難しい相談かもな」

 

 涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべるアーシアに、俺は苦笑いをするしかなかった。

 俺の傷はアーシアの力により確実に癒えてゆき、血は止まる。

 ……俺はそこでアーシアの顔を見た。

 

「…………人のこと、言えないだろ」

 

 俺はアーシアの頭を軽く小突いた。

 アーシアは途端に「きゃっ」と声を上げるが、俺は構わずにアーシアの額に自分の額をくっ付けた。

 すると俺の額には異常なほどの熱を感じる……明らかな高熱だ。

 

「俺がアーシアの状態に気付かないとでも思っていたのか?それだけ神器を行使し続けたそうなるに決まってる……特に禁手を込みで使っているアーシアに負担が掛からないはずがないんだよ」

「は、はぅ……ご、ごめんなさい」

 

 アーシアは途端に声音が弱くなり、いつものような弱気な声に戻る。

 ……神器は精神によって力が変動する。

 精神が強ければ強いほど、神器はその力を発揮する……その反面、発揮すれば発揮するほど体に対する負担も大きくなるんだ。

 例えば俺の使う神器、赤龍帝の籠手は肉体にダメージが掛かり、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)は肉体でも特に頭に凄まじい頭痛が走る。

 アーシアはその後者タイプの神器ってことだ。

 

「……アーシアも俺も、皆それくらい必至じゃなきゃこの戦いを生き残れない―――アーシアは皆の生命線なんだ。だからこそ、倒れられたら困るんだぜ?」

 

 俺は胸にフォースギアを顕現し、少ない創造力で即座に神器を創る。

 

『Creation!!!』

 

 それは俺の創る回復系の神器、癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)

 俺は瓶の蓋を外し、中にある白銀の粉をアーシアに振りかけた。

 するとアーシアの頬の赤みが薄くなり、表情もかなり安定したようだ。

 

「でもありがとう。正直、アーシアが無理しないと今頃俺たちは既に負けているからさ」

「…………はい」

 

 アーシアの頭を撫でながらそう言うと、彼女の頬はこれでもかというほどに真っ赤に染まり、そして微笑む。

 ――――――ズキッ!!!!!

 突如、俺の頭に激しい頭痛が木霊した。

 

『……神器の酷使による影響です。心身共に既に限界に近いのですよ、主様は』

 

 ……分かっている。

 でも限界ってもんは意外と越えれるものなんだ。

 俺はそれを匙に教えて貰った。

 諦めなければ、食らいつけば見えてくるものがある。

 それにアーシアの癒しオーラでかなりマシになったしな!

 

「……アーシア、今から俺はめちゃくちゃ無理する。今までしたことないほどの大技を連発する」

「止めても、止まらないんですよね?」

「ああ。止まらないよ……絶対に。でも俺が傷ついてもアーシアが癒してくれる。アーシアが傷つきそうになったら俺が守る―――だから俺は無理できる」

 

 俺は立ち上がる。

 腕には二つの巨大なドラゴンの腕。

 左右に24個の白銀の宝玉が埋め込まれていて、一つ割ることで俺の得ることの出来る極限の倍増エネルギーを瞬時に発動でき、身体的に負担も少ないもの。

 数に限りがあること以外に弱点のない力だ。

 それを今回はあえて違う方法で使う。

 正直に言えば効率的な力を非効率な上に、考えもなしにする。その対価は、計り知れない。

 吉と出るか凶と出るか。

 

「見せてやろうぜ、フェル―――白銀の流星を、あの野郎に」

『ふふ……ええ、主様』

 

 フェルは俺のしようとしていることを理解したのか、少しばかり微笑を洩らした。

 

「……信じてます。私はそう、決めましたから!」

 

 アーシアは背中越しにそう言う。

 ……俄然、やる気が出て来た!!

 俺は両腕に意識を集中させ、更に辺りの魔力や威圧感を肌で感じる。

 狙うはフェンリル……そして奴に対して決定打を与えるほどの力。

 

『Full Boost Impact Count 2,3,4,5,6,7!!!!!!!』

 

 俺は腕に埋め込まれている宝玉を六つ砕き、極限倍増のオーラを解放する。

 でもそれは俺に纏わせるのではなく―――魔力を少し注ぐ、球体として宙に浮かした。

 宝玉の使い捨ては本当はしたくない上に、こんな大技不意打ちじゃなきゃ通用はしない……だけどこの一撃は確実にフェンリルに通用する。

 

「行け……白銀の龍星群(ホワイト・ドラグーン)

 

 球体を空に向かって放つと、俺たちを守っていた剣のシェルターは消し飛び、防御魔法陣は内側から瞬間的に崩壊する。

 そして弧を描くように白銀の流星は曲がり、そして狙い定めた方向に全てが直撃した。

 全ての壁が取り除かれ、そして俺の遠い眼前に映るのはロキ。

 その付近にいたフェンリルは全ての流星をまともに食らい、煙に囲まれながら影は大地に背をつけていた。

 

「良くもやってくれたな、ロキ。ここからは、こっちのターンだ」

「ッ!!貴様ぁッ!!!」

 

 ……初めてロキが怒りの表情を露わにした。

 俺だって同じ気持ちだぜ?

 何せな―――

 

「……仲間傷つけられて、無理せずにいられるかよッ!!ロキ!!!」

 

 俺の視界に広がる傷ついた仲間たち。

 それを前にして怒りを抑えることは到底できない!

 

「フェンリル!何をしている、早く奴を殺せ!!」

 

 ロキは倒れるフェンリルにそう命令すると、フェンリルは即座に立ち上がって動こうとした。

 だけど俺はその動きを予期して更に三つの宝玉を砕く。

 

『Full Boost Impact Count 8,9,10!!!!!!!』

 

 それを先ほどと同じように直線的な流星を一発、更に二発を空に放ち曲線を描く。

 三方向からの同時攻撃だ。

 

「舐めるなッ!!我が息子の力を!!!」

 

 フェンリルはその流星を器用に三発全て躱した………………本当に、予想通りに。

 ―――グォォォォォォォォォォォオオッッッ!!?

 ……俺の耳には、予想通りの狼の叫び声が聞こえた。

 

「馬鹿な……ッ!?このような小賢しい芸当をッ!!」

 

 ……至ってシンプルな話だ。

 魔王サーゼクス・ルシファー様は魔力を極め、自由自在に縦横無尽に魔力弾を操作するといわれている。

 もちろん俺にはまだそんな芸当、出来るはずがない。

 だけど最初からルートを決めていれば、似たようなことは簡単に出来る。

 俺はフェンリルが流星を避けるのは分かっていた。

 だからこそ、ロキの近くにいるオリジナルのフェンリルではなく、他の皆に襲おうとしている子フェンリルを狙った。

 そして俺の狙い通り子フェンリルはそれぞれ一発ずつ流星を直撃し、更に残り一発は魔物の残党を屠る。

 

「やっとお前から余裕が消えたな、ロキ」

 

 俺は腕を構える。

 ……既に俺の体は限界に近い。

 鎧の神帝化は出来たとしても瞬間的で、そもそも神器の禁手化も最後一度しか出来ないレベルだ。

 だけどこの腕は違う。

 既に10個を砕いてはいるけど、まだ14個残っている。

 これを使った流星の魔力砲は親フェンリルすらも血だらけにしていて、子フェンリルに至っては直撃した部分が抉れているほどだ。

 

「我が……我のラグナロクがここで終わってたまるものか!!」

 

 ロキはそう叫びながら単身で俺へと向かってくる。

 ……ここが正念場だ。

 

『Full Boost Impact Count 11,12,13,14,15!!!!!!!』

 

 俺は更に5つの宝玉を砕き、それを球体として辺りに纏わせながら走り出した。

 籠手からアスカロンを引き出し、両手で構える。

 ロキの後方よりフェンリルも体勢を整えて動き出そうとしているのを確認するが、下手には近づかせない。

 

「良いのか、ロキ。今フェンリルが俺に近づけば、至近距離で流星を放つぞ。至近距離からならいくらフェンリルでも巨体のせいで弾丸が確実に当たる!」

「ならば我が手で直接葬る!」

 

 ロキはオリジナルのレーヴァテインを手に振りかぶるも、俺はそれを片手で持ったアスカロンで受け止める。

 だがロキは更に空いている方の手で魔法陣を展開しようとする仕草を見て、俺は即座に懐から無刀を掴み出し、更に無刀に浮かぶ球体を纏わせる。

 

「放て、無刀・銀龍の白星刀」

 

 長く伸びた白銀の刃はロキの手元の魔法陣を貫き、更にロキの甲を貫く!

 それによりロキは苦渋の表情になった。

 

「お、のれぇぇぇ!!!」

「言っただろ!俺がお前を倒すって!!」

 

 ロキの右腕はもう使い物にならない。

 俺は纏っている白銀の球体の一つをアスカロンに纏わせると、聖剣のオーラは枷を外れたように極大になった。

 ……ッ!!

 俺の身すらも焦がしかねない聖剣のオーラ。

 だけどその力は神剣の神々しいオーラを圧しているッ!!

 

「冗談ではないッ!!我の力が高が悪魔にッ!!聖剣に、神器なんぞに負けてたまるか!!!」

「お前はその自尊心で負ける!!俺はお前を倒して―――明日を掴むんだ!!!」

 

 俺はアスカロンを振りかぶると、ロキはその威力に負けて宙に浮かぶ。

 ……明らかにロキの動きが怠慢になっている。

 これが今までの戦闘による影響なんだとしたら、ここでこいつを確実に…………狩る!!

 

「ロキ!お前という個体は俺たちという集団には勝てない!!」

「ッ!!?」

 

 アスカロンと無刀による二刀流と、白銀龍帝の双龍腕による流星式魔力砲。

 魔力砲でフェンリルを牽制し、二刀流でロキと接近戦を行う。

 これが今できる最善だ!

 

「滑稽で、仲間を信じようとしないお前は『俺たち』には勝てないんだ!!」

「そんなもの、ただの幻想だ!!」

 

 自らを戒めるように叫び、剣を振るう。

 俺は仲間を信じようとしなかった。

 失うのが怖いから、自らを犠牲にしてでも守ろうと……救おうとした。

 それは今でも間違っていないと思う―――間違っていたことを気付かせてくれたのは父さんと母さんだ。

 家族は例えぶつかり合ってでも分かり合わなければならない。

 それは仲間の間でも言えることだった。

 仲間だからこそ、ぶつかり合って理解し合う。

 自らを曝け出し、自らを話して自らを知ってもらい、相手を想う。

 ……俺はずっと、一方通行だった。

 他人を分かろうとして、他人を知ろうとして、他人を曝け出させ―――自分は自分の殻にこもっていた。

 俺の中に確かに存在する闇……怨念ともいえるあのどす黒い自分を克服しようともしなかった。

 

「砕け散れ、赤龍帝!」

「ッ!!利、くかよぉぉぉ!!!」

 

 ロキの拳が俺の懐に抉りこむが、俺は負けじとロキを蹴り上げ、そして浮かんでいる白銀の球体を壊し魔力砲を放った!

 

「はぁ……はぁ―――来いよ、悪神ロキ。神滅具の意味を、力をその身に刻み込んでやる」

「粋がるなよ、赤龍帝!我は貴様などには負けぬ!!フェンリルゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

 

 ―――アオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

 ロキの叫びと共に警戒していたフェンリルは光速で動き出し、瞬間的に俺の前に到達する。

 ……この時を、待っていた!!

 

『Harf Dimension!!!』

『DividedivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!!』

『Capacity Divide!!!!』

 

 ―――連続で鳴り響く白龍皇の神器から発せられる音声。

 それはすなわち初めて(・ ・ ・)見えた勝機だった。

 ロキは失念していた。

 そもそも自分が初めに戦っていた存在を。

 

「―――言っただろう?俺を忘れて貰っては困る、と」

 

 ロキの死角に浮かんでいたヴァーリが、そう言いながら手をフェンリルの方に向けていた。

 先程鳴り響いた音声はおそらく、ヴァーリの全力。

 全てを半分にするハーフディメンション、度重なる半減の力、そして容量を半減にするキャパシティー・ディヴァイド。

 幾ら強大なフェンリルとはいえ、俺による白銀の流星砲で弱っているんだ。

 だからこそ……半減は確実に奴を蝕んでいた。

 フェンリルの大きさは半分になり、力は半減に半減を重ね、奴の魔力の受け皿という容量が半減したことにより魔力が暴走していた。

 ウォォォォォォォォン…………そんな弱い遠吠えを上げながら俺に遅い掛かろうとしていたフェンリルは完全に動きが遅滞し、目視出来るレベルになった。

 

「ば、馬鹿なッ!?我がフェンリルに白龍皇如きの力が通用するなどあるわけが……―――ッ!!」

「そう。その慢心こそがお前の失念だ。俺は言ったはずだぜ?お前は自尊心で、慢心で俺たちに負ける。お前という個々の存在が俺たちに敵うはずがない」

「……本当ならば覇龍を使ってフェンリルをどうにかする予定であったけど、まさか覇龍なしでこうも上手くいくとはな―――スィーリス、ルフェイ」

 

 ヴァーリは突如、スィーリスとルフェイに呼びかけるた。

 すると途端に切り裂かれたグレイプニルが蠢き、そして一時的に弱体化したフェンリルを再び拘束した。

 そしてフェンリルの周りに魔法陣が描かれ、そしてそれと共にフェンリルの姿が消える。

 ……まさかこいつ、この戦いに参加したのはこれが狙いか?

 

「協力感謝するよ、兵藤一誠。出来れば俺も覇龍は使いたくないものでね……礼と言ってはなんだが、最後までここで援護させてもらおう」

「―――終わった気でいるなよ、三下が……ッ!!!」

 

 ……ロキの表情が憤怒に染まる。

 それはフェンリルを奪われたのが理由か、そうでないかは分からない。

 ―――二匹の子フェンリルがロキの付近に瞬間的に現れた。

 

「仮に親であるフェンリルが消えようが、貴様たちでまともにフェンリルと戦えるのは既に貴様たちだけだッ!!三善龍も、元龍王も、堕天使も天使も我が最高の息子に傷つけられ、瀕死だ!」

 

 ……確かにタンニーンの爺ちゃんも夜刀さんもフェンリルの一撃をまともに喰らって今はフェニックスの涙を使って回復中だ。

 残りの涙も数は少なく、明らかにアーシア一人の力では間に合わない。

 バラキエルさんもガブリエルさんも傷ついて、グレモリー眷属も消耗し過ぎてフェンリルの相手は出来ないだろうな。

 ……だけどそれは向こうも一緒だ。

 子フェンリルは俺の流星をまともに受けて傷を負っていて、ヘルは部長たちによって封じられている。

 当のロキも既に満身創痍。

 

「……神がどうしたっていうんだよ」

「……なんだと?」

 

 ロキは俺の言葉に怪訝な顔をする。

 

「お前は昔、最強の龍の言葉を聞かなかったのか?二天龍の言葉を忘れたのか?」

 

 ―――神如きが、魔王如きがドラゴンの決闘に口出しするな。

 昔、ドライグとアルビオンが全勢力に向かって放った言葉。

 それは身勝手で、自己中心的……だけどそれだけの威圧感を持つ言葉だった。

 

「黙れ―――二天龍の力などに振り回されるだけの貴様たちに、我が負けるはずがない!!」

「仮面は剥がれてるんだよ―――それにな、俺たち(・ ・ ・)は赤龍帝の力にも白龍皇の力にも振り回されない」

 

 ……とはいえ、ここからは賭けだ。

 あいつの言う通りこの状況、劣勢は俺たちだ。

 既に皆は満身創痍で、当の俺もほぼ限界に近い。

 ヴァーリだって鎧を維持して戦うのが精いっぱいで、アーサーやヴァーリ、スィーリスなどといったヴァーリチームのメンツも既にどこかに転送したフェンリルの方に行ったんだろう。

 この場にはいない。

 だからこそ、俺は最後の賭けに出るしかない。

 相手は冷静さを欠如し始めたとはいえ、あの狡猾な神だ。

 チャンスは一度だけだ。

 

「残る相手は二匹の子フェンリル。そして魔物の残党にロキか」

「なんだヴァーリ、自信がないのか?」

 

 俺は動き出そうとする最中、ヴァーリにそう軽口を叩く。

 するとヴァーリは薄く笑い、首を横に振った。

 

「君こそ最後まで油断しないことだ。相手はあのロキなのだからね」

「……ああ」

 

 …………ああ、覚悟を決めるぜ。

 無理も承知で行くしかない。

 今ある駒を全て使って、奴を

 

「……倒す!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 ……行くぜ。ドライグ、フェル。

 俺は鎧を身に纏い、動く。

 ロキはフェンリルを二匹連れて動き出し、レーヴァテインを握って魔法陣を幾重にも展開する。

 

『Full Boost Impact Count 16,17,18!!!!!!』

 

 俺は両腕の白銀の宝玉を3つ砕き、二つを砲撃としてフェンリルに放ち、一つを自分の身体強化に使う!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 更に鎧により力を幾重にも倍増し……ッ!?

 体が……軋むッ!!

 

「そのような見え透いた罠!我が見抜けるわけないであろう!!」

 

 ロキはフェンリルに流星を避けさせるのではなく、自ら防御魔法陣を展開してそれを防ぐ。

 ……あれは反射の性質を加えた魔力砲。

 フェンリルが避けたところを反射して不意を突く技だが、一度ロキに対してあれを放っていたから予想された。

 子フェンリルの一匹が俺に鋭い爪で引き裂こうとするが、俺はそれをアスカロンで迎える。

 爪による一撃を剣で受け流すように避け、更にフェンリルの懐に入って全力の拳を放つッ!!

 フェンリルは体をほんのわずか後ろに後退させることで直撃を避け、更に死角からロキが魔法陣を展開していた。

 ズガガガガガガガガガンッ!!!……機関銃のような魔力弾が乱雑に放たれ、俺の鎧は幾分か吹き飛ぶ。

 

『相棒。もう既に鎧の修復の力は残っていない。ここからの直撃は負けと理解した方が良い』

 

 ……ああ、肝に銘じておく。

 俺は消し飛んだ肩の装甲を抑えていると、辺りから魔物の残党が俺へと襲い掛かった。

 

「くそ……ッ!!邪魔だ!!」

 

 俺はそれをアスカロンで薙ぎ払うも、途端に目の前から脅威が迫る!

 ロキは瞬時に俺へと近づき、レーヴァテインを振るった!

 反応が遅れたッ!!このままじゃ―――

 

「―――はぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 ……その時、俺の前に瞬間で祐斗が立ち、エールカリバー二振りでロキの斬撃を受け止めた。

 

「い、今だッ!!イッセー君!!!」

「下級悪魔がぁぁぁぁぁ!!」

 

 祐斗はレーヴァテインの力に押され、体から軋むような音を響かせながら叫んだ。

 奴の一撃を避けるのではなく受け止めるなんか、祐斗のタイプでは得策ではない。

 ―――この好機、逃すものか!!

 

『Full Boost Impact Count 19,20!!!!』

 

 俺は宝玉を二つ砕き、白銀の流星をロキへと放った!

 祐斗にギリギリ当たらないように調整し、ロキは驚異的反射速度でそれを察知するも、完全に出遅れる。

 両サイドからの流星がギリギリのところで脇腹を抉り、反動で後方に吹き飛んだ。

 

「弱体化したフェンリルなど既に俺の敵ではない」

 

 ……そんな涼しげな言葉と共に、ヴァーリと戦っていた子フェンリルがロキと同じ方向に吹き飛ぶ。

 その灰色の体毛は血だらけになっていた。

 ―――ウォォォォォォォォォン!!!!!

 ……狼の怒号が、俺の付近で聞こえる。

 確かに速度は速い。

 だけど例えどれだけ速度が速くても動きが単調であれば、予測は簡単だ。

 

『Full Boost Impact Count 21,22,23』

 

 俺はフェンリルが迫ると感じる方向に宝玉を二つ砕き、流星を。

 そして自身の強化に一つ砕く。

 一定時間の間、極限の倍増エネルギーをタイムラグなしで手に入れられる禁手。

 少しの魔力で極大な流星のような魔力砲を放てる力だ。

 その一撃は親フェンリルにも通用した、一歩間違えれば地形を完全に変化させてしまうほど。

 曰く―――

 

「極めれば、二天龍にも届く一撃だ……消え去れ、フェンリル」

 

 フェンリルは白銀の光に飲まれ、そして俺はそこに入っていく。

 そして流星に包まれるフェンリルを視界に捉え、そして―――宝玉によって強化した体の全てを用いて、殴り飛ばした。

 ドゴォォォォォォォン!!!……激しい破壊音と共にフェンリルを地面に叩きつける。

 

「―――こんなもの、嘘だ……スコルとハティが本物に劣るとはいえ、こうも容易く破れるなど……」

 

 ……俺とヴァーリに蹴散らされた子フェンリル。

 既に大した動きは出来ず、そしてロキは倒れた子フェンリルを呆然と見ながらぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「……悪いな、兵藤一誠。俺もそろそろ限界に近いようだ」

 

 ……すると俺の隣に降り立つヴァーリは、途端に鎧を解除した。

 白龍皇の翼を展開し、傷だらけの体を晒しながら肩で息をする。

 

「……正直に言えば、タンニーンや夜刀神が奴らを削っていなければどうなるかは分からなかった」

 

 ……つまり正真正銘、残るはロキだけだ。

 そして最後の戦力も俺だけ。

 鎧もかなり削られ、体が剥き出しの部分も多い。

 腕の宝玉は残り一つ。

 

「……まあ良いか」

 

 ……するとロキは途端に考え込んだ表情が急変し、憤怒の表情が消えた。

 そこにどこか不気味さを感じ、俺は構える。

 

「確かに貴殿たちには驚かされ放題だ。よくもまあ我を追い詰めたもの……だが忘れてはならぬ。我はまだ健在であると。満身創痍なのは認めようぞ―――だがそれは貴殿とて同じ。既に貴殿の腕には、あの厄介な流星を放つための宝玉は一つしかないではないか。砕かれた鎧の装甲は修復もしないのは既に限界近い証拠。ならば絶望するのは些か早計であろう?」

「……さぁな」

 

 ロキが述べることに特に言う事はない。

 奴なら簡単に見抜けることだらけだ。

 

「……我は幾つも奥の手という物を隠している。何故だか分かるか?」

「狡猾だからだろ?」

「それもある……だが事実は違う―――実際には臆病であるからだ」

 

 ロキはなお余裕を見せる。

 ……なんなんだ、この違和感。

 追い詰めている状況で、なお追い詰められるこの危機感。

 

「我は狡猾で手札が多くなければ他の強大な神には勝てぬ。オーディンなど良い例であろう?あれほどの強大な力を前にすれば、同じ神でも臆病になるものだ」

「……そう話している間に、何かしているんだろ?」

「ふふ……どうであろうな?だが正直、我も困った―――まさかフェンリルを全て失う羽目になるとは」

 

 ロキは腕を組み、溜息を吐くように下を向く。

 ……何がしたい、こいつは。

 

「だが収穫もある―――怒りはしたが、これほどまでに我を追い詰めた貴殿に深い敬意を持とう。賞賛を与えよう……絆というものも、力だと言うことを認めよう」

「だからってお前を見逃さない」

「ああ、そうであろう……我が貴殿であれば、そうする。だがしかし、貴殿は忘れはいまいな?」

 

 ロキは指を天に向け、そして……指を鳴らした。

 

「―――我は自らの子を愛し、絆で結ばれているということを」

 

 ……途端にロキの周りにどす黒いオーラが包まれた。

 あのオーラ―――俺はすぐさまヘルを抑えていたリアスたちの方を見た。

 そこには……

 

「あ、がぁぁぁぁッ!?い、きが……出来、な――――――」

 

 …………リアスたちに拘束されていたはずのヘルが、突然苦しみ出して息の根が止まっている姿があった。

 

「……あぁ、くそ……忘れてた……お前が意味もなく話し続ける意味がないよな」

「ははは。だが全て本心である。なぁ?ヘルよ」

 

 ……ヘルの状態が変わる。

 肉体は黒い液体に変わり、その場でうねうねと蠢く。

 

『うふ、ふふふふふふぅぅぅ……♪ありがとぉ、おとぉさまぁ♡おかげでへる、げんきになれましたぁぁぁ♪』

 

 ヘルは呂律が回らない声音ながらもリアスたちに襲い掛かるッ!!

 蠢きながら魔物を生み出した。

 

「そっちの方から殺せるなんて反則にゃんッ!!」

「でもそう弱音を吐いている状況ではないです!今まともにあれを相手に出来るのは私達だけです!」

 

 黒歌は焦るように魔物を仙術で無効化しつつ、ロスヴァイセさんは全方位型の幾重もの魔力弾を放ち続ける。

 

「既にまともな戦闘可能なのは私達とイッセーだけよ!私達でヘルを抑えるの!」

 

 部長は滅びの魔力でヘルへと攻撃をするも、ヘルは液状化しているからかそれを体内に吸収する。

 ……ああなってしまえばまともな一撃は喰らわない。

 ―――そうか、ロキの目的は意識を俺に向かわせること。

 奴にとって俺の最後の宝玉はそれほどまでに脅威なのか。

 

「このままでは貴殿の仲間は全滅であるな。回復役の悪魔も既に満身創痍。回復が明らかに遅れている」

「……かもな」

 

 つまりロキはヘルに襲われている皆を助けるために、俺に宝玉を使わせようとしているってわけだ。

 アーシアも頑張っているけど、やはり回復は間に合わない。

 フェンリルに傷つけられた傷はそれほどまでに深い。

 魔物を屠る力は残っていても、強大な敵と戦う力はないんだ。

 ……行くぞ。

 

『Full Boost Impact Count Final!!!!!!!』

 

 俺は最後の宝玉を砕き、それを白銀の流星としてヘルに光速で放った。

 流星はリアスたちを襲うヘルを捉え、四方八方に液体が飛び散る。

 そこからヘルは蠢くも、ダメージが予想より大きいのか液体が集結するのが余りにも遅かった。

 

「ははははは!流石に甘いな、赤龍帝!見捨てれば確実に我を殺せたものを!!だがその甘さこそが貴殿だ!!」

 

 ロキはレーヴァテインを両手で握って俺へと向かい来る。

 

「終わりだ、赤龍帝よ!!!」

 

 そして俺の目の前に到来し、そしてその強大な剣を振り下ろした。

 俺はそれを両腕で受け止めるも、刃は腕の装甲を切り裂き始める。

 ………………終わった―――

 

 

 

 

 

 

 

「……最後の最後で、勝ち急いだな。ロキ」

 

 そう………………俺は最後の賭けに

 

『Full Boost Impact Count Over!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 ―――勝った。

 

「な、なんだとッ!?これは!?」

「……24個の宝玉がこの禁手の切り札じゃない。これの切り札は全ての宝玉を使い切った後にある(・ ・ ・ ・)!!」

 

 白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)は使い勝手の良い禁手だ。

 24回分の最強クラスの一撃を放てるほか、体の負担も少ない。

 ……だけどこの禁手は一つ、裏システムがある。

 それが―――極限を超える倍増。限界突破の倍増。

 …………超過倍増。

 24個全ての宝玉を使い、更にこの神器が壊れることで発動する身体の影響を無視した倍増。

 それこそが俺の最後の賭けだった。

 

「はぁぁぁぁぁッ!!!限界なんて、超えてやるッ!!!」

 

 俺は完全に腕が壊され、剥き出しになって手でレーヴァテインを握った!

 今まで感じたこともない倍増の重圧。

 それと共に感じたこともないような圧倒的な破壊力をこの身に感じるッ!!

 今にも体は砕けそうで、倒れそうになる。

 

「は、なせぇぇ!!!」

「はっ!!余裕ぶってた割には必至じゃねぇかッ!!だけどな!!」

 

 ……レーヴァテインからキシッ、と音が響く。

 それと同時に俺の鎧が解除され、左腕に赤龍帝の籠手が展開された。

 右手でレーヴァテインを掴み、そして―――左手の籠手でそれを殴り砕いた。

 

「もうここがお前のラグナロクだ!!一人で勝手に―――」

 

 籠手がミョルニルによる雷を纏わせる。

 

「―――黄昏ていろ!!」

 

 その拳で―――ロキを殴り飛ばすッ!!!

 ロキは神の雷を直撃し、俺はなお殴り込む!!

 地面にロキを叩きつけ、更にめり込ませるように拳を圧し続ける!

 雷鳴は鳴りやまず、拳は未だに重いままだ。

 ……ミョルニルは俺を真に認めていないんだろう。

 それでも力を貸してくれるのは……俺の想いに応えてくれているから。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉおおおッ!!!!??!!?これが……我のラグナロクのはずが……ないッ!!!」

 

 ……ッ!?

 ロキは何か魔法陣を描く!!

 もうそれに対処する時間はない!

 このまま体が限界を迎えるまで―――押し通す!!

 

「終わりだ!!悪神ロキ!!!」

「終わ、らぬッ!!我が、こんなところで……!」

 

 雷に包まれながら、ロキは俺の腕を掴んだ。

 俺の拳を遠ざけようとするも、俺は更に押し続ける。

 

「この拳は止まらない!!」

「ッ!?」

 

 ……雷鳴は終わる。

 俺はその反動でクレーターの出来たそこから吹き飛び、地面に背から打ち付けながらそのまま倒れる。

 

「はぁ……はぁ―――これがお前の終焉だ……ロキ」

 

 俺は―――そう言い放った。

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 ……その瞬間を僕たちは見ていた。

 イッセー君の拳が、ロキを貫き倒す一抹を。

 今までで最も重く、最強の拳が奴に勝利した光景を。

 僕たちはその瞬間、何も言葉を発することが出来なかった。

 だけど……次の瞬間、僕たちグレモリー眷属は同時にイッセー君の方へと走り出した!

 その場に倒れるイッセー君は体中から血を流し、神器は全て解除されていた。

 肩で息をするイッセー君を囲むように寄り添い、アーシアさんはイッセー君の頭を自分の太ももに乗せて回復を開始する。

 

「イッセー……貴方って人は本当にッ!!」

「本当にやってしまうなんて……ッ!神を下して、皆を守るなんて……カッコよすぎますわッ!!」

「……ホント、とんでもないことだぞ、イッセー。私は君の仲間で居られたことがここまで嬉しく思えたことはない……っ!!」

「うぇぇぇぇん!無事でよがったでずッ!!」

「……ズルいです、先輩……ご主人、様……ッ!」

 

 皆、イッセー君に寄り添いながら涙を流したり、心配したりする。

 アーシアさんはイッセー君の手を握って何も言わずただ涙を押し留め、笑顔を作りながら治療していた。

 ……すごいよ、本当に。

 本当に君は遠いよ―――でもその遠さが、僕は無性にうれしい。

 

「……良かった……皆を、守れ――――――ッ!!?」

 

 イッセー君が何かを言おうとしたその時だった。

 …………イッセー君は突如、目を見開いた。

 

「に、逃げろッ!!今すぐ、俺から離れろ!!!」

「い、イッセー君?どうしたんだい?もう戦いは終わって―――」

 

 僕は最後まで言葉を言うことが出来なかった。

 イッセー君は突如、上体を起こして僕たちに向かって魔力による衝撃波を放ったッ!!

 それにより僕たちはイッセー君の元から吹き飛ばされた。

 

「ど、どうしてイッセーくん!いったい何が―――」

 

 ……僕の言葉に彼が答える必要はなかった。

 何故なら僕は見てしまったからだ。

 

「……ごめん―――俺、皆と一緒に……帰れそうにないや」

 

 悲しそうな笑顔と共に―――灰色の何かに噛み砕かれ、血潮を僕たちに浴びせるイッセー君がそこにいた。

 その何かは勢いよくイッセー君を僕たちの方に投げ捨て、僕たちはそれを呆然と見る。

 

「い、イッセー……さん?」

 

 アーシアさんの呆然とした声が響く。

 ……何故だ。

 何故イッセー君が血まみれで、倒れている?

 どうして―――奴がいるッ!!!

 倒したはずだ!

 イッセー君が身を挺して降したはずだ!

 

『ゆる……さぬッ!!!我の邪魔をするのは、許さぬ!!!!この身を穢しても、貴様たちを殺してやるッッッッ!!!!!』

 

 ―――そこには巨大なフェンリルと、その頭部に融合している歪なロキの姿があった。

 ……だけどそれを僕たちは気にすることが出来なかった。

 

「どうして、眠ってるんですか?ねぇ、イッセーさん?起きてください……起きて、帰りましょう?ねぇ―――ねぇ、イッセーさん!!どうして起きてくれないんですか!!いつもみたいに大丈夫って言ってください!!なんで目を開けてくれないんですか!?いやぁぁぁぁ!!!イッセーさん!!!イッセーさん―――!!!!!」

 

 アーシアさんは虚ろな目でそう叫ぶ。

 おもむろに回復オーラを照らし続け、涙を流し続けた。

 ……嘘だ―――嘘だッ!!

 どうして……どうしてイッセー君がこんなにならなくちゃいけないんだ!!

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁああ!!!ロキ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 僕は叫ばずにはいられなかった。

 

『ふははははははは!!!!!我が身を穢し、下種に落としてまでのこの快楽!!!心地よいぞ!!赤龍帝ェェェェ!!!!!』

 

 ……僕たちは怒り狂うようにロキへと乱雑に攻撃を放つ!

 今まで僕たちを呆然と見ていたバラキエルさんやガブリエルさん、夜刀さんやタンニーンさん、黒歌さんやヴァーリに至っても怒り狂うようにロキに襲い掛かる!!

 殺してやるッ!!

 あいつを、切り刻んでやるッ!!!

 

『無駄だ!既に瀕死のフェンリル二匹の肉体と完全に同化し、ヘルの体の一部までも加え、合成獣となった我にはそのような攻撃―――効かぬわぁぁぁ!!!』

 

 奴の足払いで僕たちは吹き飛ばされる―――奴の視線は未だ、イッセー君にあった。

 

『ははは!ダメではないか!今、赤龍帝を癒してしまえば完全には殺せぬ!!我が愉悦の邪魔をするなよ!!!』

「破綻しているッ!!お前の目的はオーディンではなかったのか!?」

『そんなものどうだって良い!!もうそいつを殺せれば我は、我はぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 頭が二つとなり遅い掛かるロキは辺りに形の定まらない歪な魔物を生み出し、イッセー君の元に行く!

 ……今ならまだ間に合う。

 アーシアさんが今、イッセー君の治療をしている今なら、彼の命を救える!!

 僕たちグレモリー眷属はイッセー君を守るように立ちふさがる。

 皆、一度はイッセー君に救われている……だから命だって賭けられる!

 ……絶望は、僕たちの目の前まで迫っていた。

『Side out:祐斗』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ああ、死んだのか。

 懐かしいな、この感覚……何も感じなくて、全部が全部、どうにだって良くなってくる感覚。

 本当に、懐かしい。

 思えば俺って、いつも大切な時に大切な何かを守れないよな。

 ミリーシェだって守れなかったし、それ以外になんだっけ。

 ……ああ、数えきれないな。

 ホント、色々な人と出会って別れて……悲しんで涙を流して。

 ふざけんなよって言いたくなる。

 でもそれだってどうでも…………どうでも……

 

 

 ―――良くない、決まってるッ!!!!!!

 ふざけんじゃねぇ!

 なんでこんな理不尽が許されなきゃならない!

 どうして守ろうとして、守れない!

 大切な人達がたくさんできたんだ!

 失いたくない人がたくさん生まれたんだ!

 やっと前に進めるのに、どうしてこうなるんだよ!!

 諦めなくない!

 俺に出来た、初めての欲なんだ!

 死にたくない!!

 もっと皆と笑顔で暮らしたい!!

 生きていたい!!

 こんな中途半端で、誰も幸せに出来ない……俺だって幸せになりたい!

 復讐だって、ミリーシェのことだって……何一つ解決していないッ!!

 俺が死んだら……たぶん、色々な人を不幸にしてしまう。

 俺のことを大切って言ってくれる人を、泣かせてしまうのは嫌なんだ!

 ……違う。

 ―――ダメなんだ。

 誰かを不幸にすることはダメだ。

 大丈夫って言ったんだ!

 だから!!

 ………………諦めるしか、ないのかな?

 だってもう、どうしようもない。

 ミリーシェを失って、死んだ時だって何も出来なかった

 ただ悲しんで、懺悔して……何も変わらなかった。

 

 

『―――……フ……ル』

 

 失った先には絶望しかなかった。

 

『―――……えて、……の?』

 

 ……でも今回は、少なくとも救えた気がする。

 

『―――ダメ……だか……いつ……は、あた……なん……から!』

 

 ……だからたった一つだけ、お願いだ―――皆は生きていてくれ。

 俺はもう戻れない。

 だから……せめて最後は笑顔でいてくれれば嬉しい。

 

『―――あ……?きこ……て……のかな?』

 

 ………………なあ、教えてくれよ……ミリーシェ。

 俺、どこで間違えたんだろう。

 ……なあ―――

 

「ミリーシェ……ッ!!!」

 

 …………そう、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

『―――本当、君はあたしがいないとダメだよね~』

 

 ―――聞こえるはずのない、声。

 

『そんなに泣いて、悲しんで……諦めて―――私の好きな君は、そんな泣き虫じゃないよ?』

 

 ―――だってもういないんだから。

 

『あ、やっぱ今の嘘!!どんな君でもあたしは大好き!!もう監禁して、一生一緒にいたいくらい!!』

 

 ―――諦めたのに、どうして聞こえてくるッ!!

 

『……諦めたのは嘘―――だって、ずっと君は後悔していたんだから。だから嘘だよ。あたしが保障する…………このあたし、君を想って幾億年!!だからね♪』

 

 ……何もない空間に光が指す。

 次第に辺りは景色に覆われる。

 色は青、緑。

 その風景は昔、俺と彼女がいつも遊んでいた何もなくて、広大な草原。

 そしてそこに佇む一人の少女。

 それは懐かしいようで、最近見たような顔。

 でもやっぱり―――涙が止まらなかった。

 

「あ!!また泣いてる!ご、ごめんね!?泣かせるつもりなんてなかったんだよ!?ホントホント!!神様に誓って……あ、神様はもう死んだんだっけ?あはは!!」

「……ああ、お前の言う通り俺は泣き虫になったよ。ホント、お前がいなきゃ何にも出来ないよ」

 

 袖で涙を拭おうとも、止まらない。

 ……止められるはずがない。

 

「―――うん!だから■■■■■にはあたしが付いてなきゃ駄目だよね♪」

 

 ノイズが走り、その名を聞くことが出来なかった。

 だけど―――その温もりは本物だった。

 その温もりを俺は抱きしめた。

 温かくて、柔らかくて……もう二度と触れられないと思っていた温もり。

 それは

 

「―――ミリーシェっ!!!」

 

 ―――俺の大好きな、ミリーシェの温もりだった。



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第16話 我、目覚めるは―――

 涙を止める術なんてなかった。

 その温かさを感じて、その声を聴いて、その姿を見て……体裁なんてお構いなしで、俺は彼女を抱きしめて泣き続けた。

 ―――ミリーシェ・アルウェルト。

 生前の俺の恋人で、赤龍帝と白龍皇の定めに翻弄された俺の一番大切だった人。

 何かによって殺され、もう二度とその姿を見ることは出来ないと思っていた……俺の最愛の人だった。

 ……夢、なのかもしれない。

 この光景、この感覚が全て夢で、本当は俺が死ぬ前の走馬灯なのかもしれない。

 だけど―――心の底から、それに俺は甘えていた。

 俺が今まで諦めたことは一つもなかった。

 どんな時でも絶対に諦めることだけはしたくなかった。

 ……だけど一つだけ、何があろうと無理だと諦めていたことがあった。

 それは

 

「もうッ!絶対に会えないって、思っててッ!!お前のことはずっと……諦めててッ!!ずっと、会いたかった……ッ!!」

 

 もう会うことは出来ない。

 触れることも、話すことも……全てを諦めていた。

 ミリーシェとの触れ合いを全て…………諦めていたんだ。

 だから俺はこの感情を留めることは出来ない。

 

「……うん。私も、ずっと君と話したかった。こんな風に抱きしめて―――ごめんね……ッ!勝手に死んで、君にこんな辛い思いをさせてしまって……ッ!!」

 

 ミリーシェの俺を抱きしめる強さが強くなる。

 ……温かい。

 俺はこれまで幸せだった。

 大切な家族に愛されて、掛け替えのない親友に恵まれて、永遠の仲間に出会って。

 でも……俺の心の中には空白があった。

 空白と呼ぶには言葉が足りないくらいの……空虚な想い。

 何があっても埋めることが出来なくて、何かが代わりになることも出来ないもの。

 

「……どうしてここにミリーシェがいるのか、これが夢なのかとか……今はそんなこと全部どうでも良い―――ただお前がいるだけで俺は……それだけでもう幸せなんだ」

 

 ……ミーと一緒に居れれば他に何も要らなかったのにな。

 俺は昔、死ぬ間際にそう思っていた。

 今でもその想いを否定することはない。

 今、この温もりを感じて俺は確信した。

 ―――やっぱり俺は、ミリーシェのことがどうしようもなく大好きだと。

 昔の想いをどうにか出来ることなんて……無理なんだと。

 そんな風に考えると、不意に俺の頭にアーシアの顔が浮かび……自分が大嫌いになる。

 

「……今、私以外の女の子のこと考えたでしょ!もう!!もうもう!!」

 

 ……そんなことを考えていると、ミリーシェは先ほどの涙声とは裏腹に、腕に力を込める。

 

「い、痛い痛い!?み、ミリーシェ!頭抱きかかえられて力入れられるのは痛いってッ!!」

「うるさいうるさいッ!!人の知らないところで勝手に他の女の子にキスして!!されるならまだしも、自分からなんて許さないんだから……ッ!!」

 

 ミリーシェが知るはずのない事を言う。

 ……どうして知っているんだろうという疑問もあるけど、懐かしいな。

 ミリーシェがこんな風に怒る所なんて、本当に久しぶり過ぎて涙が出そうになる。

 ってかもう出てる。

 さっきから涙は一切止まらないんだ。

 

「……許したくない、けど。でも私と会っただけでそんなに泣いてくれるのなら―――やっぱり私は君の中で特別ってことなんだよね♪」

「ああ……特別だよ。絶対に、何があっても覆らないくらいに」

「でも私だけじゃないってのは悔しいし、嫉妬しちゃうなぁ~……」

 

 ……昔から、ミリーシェは俺の考えることはお見通しで、嘘なんてそもそも付けなかった。

 だから俺は本心だけをミリーシェに伝える。

 

「……うん。だって君は私に嘘を付かないから、だから好きなんだもん」

 

 ミリーシェははにかんだようにそう笑いながら、俺から一歩離れる。

 ……そう、嘘は付けないんだ。

 どんなに俺が自分の弱さを見せたくなくても、ミリーシェに対してそれは通用しない。

 

「―――ここってさ……最後の最後まで、ミリーシェと一緒にいた場所だよな」

 

 俺はそう、話し始めた。

 

 ―・・・

 

 俺とミリーシェは草原の真ん中で無造作に座り込んで、手を握ってずっと話していた。

 自分たちのこと、懐かしい昔のこと。

 本当に大切なことは何も話さず、俺は現実を話そうとせず……この幸福に永遠に浸かるように話し続けていた。

 現実から目を背けたかったんだ。

 自分勝手で、最低なことをしているのは分かっていた。

 だけど……どうせ死ぬなら、せめてこの幸福を今だけでも良い。

 そう考えると自然とミリーシェの手を強く握ってしまう。

 

「……どうしたの?さっきから、握る力が強くなってるよ?あ!もしかしてここで昔出来なかったことをしたいとか?ほら、私達って結局えっちも出来なかったし!」

「……はは。そうかも、しれないな」

 

 ……でもなんでだろう。

 どうしても、俺の口から発せられる言葉は歯切れが悪い。

 幸福なはずなんだ。

 ミリーシェと少しの間でも一緒に居られることは俺にとって何にも耐えがたい幸せだ。

 何でこんな奇跡が起きているかは分からない。

 ……でもどうして、こんなにも心が苦しいんだ。

 

「……じゃあ、ここで私と繋がろ?ずっと、ずぅぅぅっっっと!―――ここで私と一緒にいよ?」

 

 ……ミリーシェは俺を押し倒し、そして俺の背中に手を回して抱きしめる。

 俺の鼻孔をくすぐるミリーシェの甘い匂い、柔らかい体、そして目視できる紅潮した頬。

 目はトロンとしていて、それだけで嫌でも体は反応する。

 

「それも良いかもしれないな。大好きなミリーシェとずっと一緒にいれるのなら、それは俺にとって素晴らしいことだから……」

「うん!ここが夢だとしたら、ずっと夢を見ていても良いんだよ!それがずっと辛い想いをしてきた私達へのご褒美なんだから♪」

 

 ……でも、心のどこかで引っかかる。

 何かを……忘れている気がする。

 

「俺は……お前が」

 

 好きだ―――そう言おうとした時、ミリーシェの冷たい手が俺の頬を覆った。

 

「―――嘘。やっぱり、君はずっと嘘をついてる」

「嘘なんてついていない。全部、俺の本心だ!俺はずっとお前と一緒に生きていたいッ!!」

「…………だから、だよ」

 

 ミリーシェは俺の目元に指を持っていき、そして―――拭った。

 ミリーシェの指先は何かの水滴のようなもので濡れていて、そして俺はすぐに気が付いた。

 …………俺の、涙だった。

 

「……夢の中で生きることは、生きることって言わない。それにね?君はずっと死んでるよ―――自分にずっと嘘を付いている■■■■■は、ずっと死んでいたの」

「自分に嘘を……ついている?」

 

 俺はミリーシェの言葉を反復するように、そう言った。

 

「そう。だって君は自分自身のことが大嫌いなんだもん。でも意地を張って、振り切った顔をして……やっぱり諦めようとしている。自分に嘘を付いているんだよ?―――ずっと(・ ・ ・)

「……自分のことが大嫌い、か―――ははっ……お前には敵わないな、ホント……」

 

 俺はミリーシェの言葉を受け止める。

 ……ああ、俺は自分が大嫌いだ。

 ミリーシェのことを守れなかった自分が嫌いだ。

 守りたいのに守れない自分が嫌いだ。

 皆に良い顔をしている八方美人な自分が嫌いだ。

 優柔不断で、皆の気持ちに応えようとしない自分が嫌いだ。

 ……こうして、一人で諦めている自分が―――嫌いだ。

 

「……私の意識は白龍皇の宝玉に、残留思念として残っていたの。そして君が私の宝玉を自分の神器の中に保存して、私は近くで君をずっと見ていた。だから分かるんだ―――どうして、君が自分の名前を思い出せないのかも、全部」

 

 ……ミリーシェはそう言って、俺の上で馬乗りになりながら話し続けた。

 

「……君は昔から他人を肯定していた。それが出来るのは君が優しいから。誰よりも他人に優しくあろうとして、守ろうとしていたから。だけど私は殺され、君は私を守れなかった自分が……嫌いになった」

「ああ、そうだよッ!そんな自分、好きになれるわけないじゃない!!」

「……嫌いになることは良い。でもね?―――自分を受け入れなきゃ、何も始まらないんだよ」

 

 ―――その言葉に、俺の頭は真っ白になった。

 自分を受け入れる……その言葉は血の昇っていた俺の頭を確実にクリアにするほどのものがあった。

 

「私なんて良い例だよ。私は自分でいうのはあれだけど、凄く醜い性格なんだよ?誰よりも君のことが好きで、その想いは歪んでいて他の誰にも渡したくない。そんな自分が私はホントは嫌で、それで私は自ら君の前で命を絶とうとしたこともあった」

 

 それは昔、少年だった時、初めて神器に目覚めた転機の出来事。

 屋上でミリーシェが自ら命を絶とうとして、それを救った時のことだ。

 

「私が命を絶とうとしたのは、自分を受け入れたくなかったから。こんな汚い女、優しい君の傍にいてはいけない。でも…………君はずっと、私を受け入れてくれた」

 

 ……ミリーシェは笑顔で涙を流していた。

 

「それがどれだけ私を救ってくれたのか……オ■■■■は分かっていないよ」

 

 どうしてだろう。

 今、ノイズが少しだけ無くなった気がした。

 

「誰も友達がいなくて、ただずっと傍にいて私と言う存在を肯定し続けてくれた君……だから私は自分を受け入れて、自分を肯定することが出来たんだよ?」

「……だけど、俺にはそんな―――」

 

 人がいない、とは言えなかった。

 

「―――君は分かっているんでしょ?自分の名前を思い出せないのは、無意識で自分を否定しているから」

 

 ……考えてみれば、あの時俺の頭に広がった前世の俺の怨念を、俺は自分とは別物と言っていた。

 自分の怨念を、昔の自分を払拭(・ ・)していないと考えていた。

 

「……私の好きな君は、自分を蔑ろになんてしないのになぁ~。自己犠牲はあっても、自分はどうなっても良いなんて考え方だけはしないはずなのにな~♪」

 

 ミリーシェは悪戯な笑顔を浮かべる。

 

 

「……ね?さっき、言葉を濁したよね?俺にはそんな人―――って。つまり本当は分かっているんだよね」

「…………」

 

 するとミリーシェは俺の額を人差し指で突く。

 その指先からは白い光が浮かんでいて、それは俺の頭の中にすうっと入って行った。

 ―――その瞬間、俺の頭の中にある光景が浮かんだ。

 

『何があっても、イッセー君は傷つけさせない!』

 

 その姿は凄まじい傷を負いながらも巨大な狼に立ち向かう騎士の姿だった。

 

『僕は!約束したんですぅ!!強くなって、イッセー先輩の御役に立つって!!』

 

 その姿は、鼻血を出してなお懸命に俺に近づく魔物を停止させる後輩の姿だった。

 

『私は―――まだイッセーの本当の王様になっていないわ!私の大切な人を、殺させはしないッ!!』

 

 その姿は前線に立ち、滅びの魔力を行使する王の姿だった。

 

『私はようやく前に進めますの……そこにイッセー君がいないなんて、そんなの―――ッ!!』

『彼のお蔭で私は前に進めるのだ!何があろうと殺させはしない!!』

 

 その姿は黒光りする美しい黒い翼をつけた、二人の親子だった。

 

『幼馴染だもん!!私を救ってくれたもん!!だから今度はッ!!救うんだ!!!』

『神の名において、あなただけは断罪します』

 

 その姿は純白の翼を展開し、聖なる力を行使する天使たちだった。

 

『泣いてしまうなんてキャラじゃないことは承知の上だ―――その上で、貴様を殺してやるッ!!!』

 

 その姿は無謀にも、だけど頼もしいほどの背中を見せる破壊の騎士だった。

 

『……消えろ。貴様はもう、沈め』

 

 その姿は恐ろしく声音が低く、誰かも分からないと言えるほど怒り狂う白い鎧だった。

 

『悪神ロキ……あなたはどれほど彼を傷つけると言うのですか。どうしてそこまで―――狡猾なのですか!?』

 

 その姿はロキに怒りを隠さず、幾重なる魔力砲台を展開する半神の姿だった。

 

『朽ち果てろッ!!燃え尽きろッ!!!』

『―――死を以て、償えでござる……ッ!!!』

 

 その姿は傷ついているとは思わせないほど、強力な一撃を放つドラゴンの姿だった。

 

『ご主人様……死ぬなんて、許さないにゃん。だってイッセーは―――私の王様なんでしょ?』

『……帰ってきたら絶対に怒ります。絶対に離してあげません……だから、帰って来てッ!!!』

 

 その姿は、涙を流しながらも戦い続ける二人の猫の姿だった。

 

『……いつもみたいに、帰って来てくれるんでしょ?だから目を開けてくださいッ!!お願いです―――イッセーさんッ!!!』

 

 ―――その姿は、いつも俺を癒してくれる聖女だった。

 ……………………俺は、何をしてんだよ。

 皆が俺を守ってくれているのに、何を諦めてんだよ。

 何で逃げようとしてんだよッ!!

 仲間が、大切な人が傷ついているのに!

 

「……君を守りたい人はたくさんいる。その数だけ、君を肯定する人もたくさんいるんだよ?」

「ミリーシェ……お前は最初から、それを理解させるために」

 

 ミリーシェは言葉を紡ごうとする俺の唇を、人差し指でツンとして黙らせる。

 

「―――何より、私はずっとオル■■■のことを肯定して、それでいて大好きなんだよ?だからもう……自分を偽るのは止めよ?」

 

 そして―――優しく、包み込むように俺を抱きしめた。

 ……ダメだ。

 俺、絶対にこの想いを失くすことなんて出来ない。

 アーシアに対する想いも絶対に失くすことなんて出来ない。

 

「……愛してる、ミリーシェ」

「私も―――」

 

 最後まで、言葉は続かなかった。

 俺はミリーシェの唇を自らの唇で塞いだ。

 吐息が、ミリーシェの吐息が聞こえる。

 長い時間のように感じる、ほんの一瞬のキス。

 俺は思い出していた。

 小さい頃にしていた、子供みたいなキス。

 子供みたいにムキになって、遊びのようにキスをしていた光景を。

 ちょっと大きくなって、愛を誓ったキスを。

 ……運命を切り開くため、決心を決めた時のキスを。

 

「んんっ…………優しいキス、だよね……だから今は許してあげる。他の子と、キスしたこと……これだけで」

 

 次第に唇は離れ、ミリーシェは微笑んで俺の頬を触れるように叩いた。

 痛みは一切ない。

 ペチン……そんな力ない音が響くほどのものだ。

 

『―――お前は生きなければならない。復讐を果たすため』

 

 ……そんな時、空間は真っ白なものに変わった。

 俺とミリーシェは二人白い空間に佇んでおり、そして俺に声をかけた宿主は俺の目の前にいた。

 黒い、禍々しいオーラを身に纏う前世の俺の姿をした怨念。

 

「……そうだな。お前の言う通りだよ―――俺は、生きたい」

 

 俺はミリーシェから離れ、俺自身と向き合う。

 

『違うッ!!それはお前の願望だ!!お前の定めは、復讐を果たすことだッ!!生きたいということがお前の定めではない!!!』

「……確かに、復讐心は俺の中には存在しているよ。ミリーシェを殺した存在には、今も恨んでいる」

『ならばッ!!』

 

 怨念は、禍々しい黒いオーラの塊を俺へと放つ。

 それは俺の顔の真横を掠り、そのまま後ろの白い壁に衝突して衝撃音を鳴り響かせた。

 

『遠回りをするなッ!!初めから覇を使えば、全ては終わっていたッ!!覇の理を受け入れろ!!』

「……嫌だ」

 

 俺は否定する。

 覇を受け入れることを……つまり怨念の言葉を。

 

『ふざけるなッ!!貴様がそんなのだから、覇龍が消えたんだ!!奴を殺すための力がッ!!』

「……そっか。あの時、覇龍が消えたのは……そういうことだったんだな」

 

 ……俺が覇龍を必要としなくなったから。

 怨念が、俺自身のものしかなかったから……覇龍は発動しなかったんだな。

 

「俺は覇を受け入れない。だけど―――お前を、受け入れる」

 

 ……もう逃げない。

 

『なん、だと?俺を……受け入れるだと?』

「ああ……自分の否定していた醜い自分を、俺は受け入れる。俺は俺で、お前は俺ってことを俺は―――受け入れる」

 

 俺は手を怨念へと差し伸べた。

 

「俺は前に進みたい。仲間を守って、復讐もどうにかしたい―――その第一歩を踏み出すきっかけは、自分だったんだ」

 

 ずっと認めなかった自分自身の醜さ、怨念。

 目を逸らしていた。

 弱い自分を否定して、強い自分を肯定していた。

 だけどそれは止めたんだ。

 

「俺はさ、なりたいんだ―――優しいドラゴン、最高の赤龍帝に。だけどこのままじゃあ絶対に無理だ。自分を好きになれない奴が、最高になれるはずがないからな!」

『だけど、俺は―――』

「……俺は兵藤一誠だ。何があろうと、もうそれが覆ることはないと思う。でもそれに加えて―――俺にはもう一つ、名前があるんだ」

 

 俺は……怨念の手を掴んだ。

 受け入れるように、強く。

 

「俺はそれを思い出せない。その名を聞くとノイズが走る……俺にとって、お前は―――俺は弱いから。だから思い出したくなかった。だけど」

 

 息を吐く。

 そして

 

「受け入れるって決めたから!もう……弱さを怖がらない!!」

『…………………………』

 

 怨念は何も言わず、俺をじっと見た。

 

「……お前も一緒に、前に進もう。いつまでも覇龍なんて暴走に、それこそ俺たちが恨んでいたものに頼りたくないだろ?」

『それは……そうだが』

「だったら!!―――俺たちは前に進める。この手で何かを守れる、そんな赤龍帝になれる」

 

 繋いだ手を怨念はじっと見る。

 ……禍々しいオーラは、少しずつ消えていた。

 

「お前は俺、俺はお前だ」

『…………ははは。考えてみれば、俺の考えは矛盾していたな』

 

 それと共に目の前の怨念は消えていくのを俺は目視した。

 それは煙となって消えてゆき、煙は俺の中へと入っていく。

 

『覇龍を嫌っていたのに、いつの間にか復讐に目を囚われすぎて覇を望んでいた―――もしかしたら、俺は俺の救いを……求めていたのかもしれないな』

「そうだったら、俺は俺を救って見せる。だって俺は全てを守る赤龍帝になりたいんだから」

 

 俺の言葉を聞いて、怨念は完全に煙となって消えた。

 そして今まで怨念のいたところには真っ赤な紅蓮の球体が浮いており、それは俺の手元に来る。

 その時だった。

 

 ―――だったら、全部守ろう。仲間も、家族も……愛する人も。

 

 ……俺の心の奥から、そんな声が聞こえた。

 ドクン……………………―――ああ、そっか。

 やっとだ。

 これで俺は、前に進める。

 思い出した、自分の本当の名前を。

 

「……うん!私の大好きな君の表情だ!!」

 

 ……するとミリーシェは俺に向かってダイブしてきて、胸にギュッと抱き着いてくる。

 俺はそれを受け止め、そっと抱きしめた。

 

「……ありがと、ミリーシェ。俺はやっと自分を見ることが出来る」

「うん、どういたしまして♪―――それで、行くんだよね?」

 

 ミリーシェは心配そうな顔は一切せず、そう尋ねて来た。

 

「ああ。俺は行くよ。皆にも呼ばれてるし、それに―――約束したからな」

「……だったら、引き留めはしないよ」

 

 ミリーシェは俺から一歩離れ、手を握る。

 

「そういえば言ってなかったね。私がどうしてこうして君と会えたのか」

「……愛の力、とか?」

「それもあるよ?でもね、君に声が届いた本当の引き金は―――それ」

 

 ミリーシェは俺の手元に浮く赤い球体を指さした。

 ……確かこれはグレートレッドが俺に渡して、籠手の中に入って行った光だ。

 

「……赤龍神帝は全部分かって、これを渡したのかな?私はその力によって君に声を掛けることが出来た」

「……そういえば、グレートレッドはあの時に言ってたもんな―――自分を受け入れろって」

 

 今なら、あの時グレートレッドが言った俺の強さの意味が分かるかもしれない。

 強さの意味は人それぞれだ。

 ……俺の強さの意味は、結局は原点復帰だったんだ。

 随分遠回りして、やっと答えが出た。

 俺の強さの意味は―――そう、ずっと答えは出ていた。

 何かを守る強さ…………それが俺の強さの意味だ。

 

「……そういえば、こいつは俺が真に迫るときに力を貸してくれるんだっけ?―――つくづく、俺は仲間に恵まれてるよ」

「……ここからは私の本音を言うね」

 

 するとミリーシェは俺から視線を外す。

 顔を隠すように後ろを振り向き、そして……

 

「ホントは……行って欲しくないの……もっと君と一緒にいたいッ!!お話して、もっと束縛して、束縛されたいっ!!私だけをずっと見て欲しいのッ!!」

 

 ……涙が落ちていた。

 声は涙声で、肩は震えている。

 

「だから―――」

「……もう、良いよ」

 

 俺は…………ミリーシェを背中越しで抱きしめた。

 ……自分のことばっかりで、ミリーシェのことを考えていなかったよな。

 ―――ミリーシェはずっと一人ぼっちだった。

 俺みたいにドライグがいるわけでもなく、ただ白龍皇の宝玉としてずっと一人だった。

 なのに俺を諭して、怒って……前に進ませてくれた。

 こいつは昔から自分に溜めこむんだ。

 感情を、想いを。

 それが一人ぼっちで爆発して、暴走して……

 

「辛かったよな……俺だって辛かった。お前に二度と会えないって思うとさ」

「……一人ぼっちはもう嫌なの……一人に、しないでッ!!」

 

 ……俺が出来ることは優しく抱きしめることだけ。

 後はせいぜい、安心させるために出来ることをするだけだ。

 だから今は抱きしめて、抱きしめよう。

 

「大丈夫、俺はここにいる……名前、思い出したんだ」

「……ホントに?」

「ああ、だからもう離れない―――オルフェル・イグニールはここにいるから」

 

 ……ミリーシェはその名を聞いた瞬間、俺の方に体を向けて俺を抱きしめる。

 

「―――ありがとう、オルフェル……ッ!!ありがとう、ありがとう……ッ!!」

「…………お礼は俺の台詞なんだけどな」

 

 苦笑するように、ミリーシェの背中をポンポンと撫でる。

 ……オルフェル・イグニール。

 それは過去の名だ。

 否定はしない―――だけど今の俺は兵藤一誠だ。

 ……さてと、そろそろ行かないとな!

 

「ミリーシェ、俺は行ってくる。頑張ってる皆を守るために、な?」

「……うん。分かってるよ。でもここからどう目覚めるとかは決めているの?」

 

 ミリーシェは不思議そうにそう尋ねた。

 ……目覚める方法、ね。

 ―――そうだな、一つ、良いものがあるな。

 

「ああ、あるよ。っていうか絶対に一つしかない。目覚める方法は」

「……そっか。そうだよね……全部受け入れたオルフェルが、前へ進むのはあれしかないよね」

「ああ。まあ全て変わるけど……あんな禍々しい言葉じゃなくて、俺の目指す夢の言葉を紡ぐよ」

 

 俺はミリーシェに背を向ける。

 なんだろうな―――もう、何でも出来る気がする。

 こんなにも心が軽くなったことなんてない。

 それくらいに俺は……

 

「行ってくる、ミリーシェ」

「うん―――いってらっしゃい、オルフェル!!」

 

 俺は歩み出す。

 ……さあ始めよう。

 皆を守る、優しいドラゴンと最高の赤龍帝。

 その言葉を―――

 

「―――我、目覚めるは」

 

 紡ごう。

 

「―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり」

 

 掲げよう……全てを守る赤龍帝の証明を。

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 

「はぁ、はぁ……がはッ……!!」

 

 僕は口から血を吐く。

 体の限界を無視してエールカリバーを使っていた後遺症が、今になって来たんだろうね。

 ……だけどここで手を止めるわけにはいかないんだ。

 

『ふはははははは!!全てが無駄無駄!!!何があろうと、我が勝利するのだぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 ロキはフェンリルとヘルの力を融合させているからか、魔物を生み出しながら神殺しの牙を振るう。

 僕たちはもう限界だ。

 肩で息をしている人がほとんどで、血だらけ。

 だけど―――

 

「引くわけにはいかないんだ」

 

 それが僕たち全員の一致する気持ち。

 今度は僕たちが守る。

 大切な仲間を、イッセー君を。

 ……そんな時、空中に何やら魔法陣のようなものが描かれた。

 

「あれは、なんだ?」

 

 それは黒い魔法陣で、明らかにここにいる人物以外の第三者のもの。

 当のロキもそれを見ており、次の瞬間それに向かって動き出した!

 

「不味い、あれを落とさせるな!!!」

 

 するとバラキエルさんは突如、命を糧にしているのかと言うほどの雷光を鳴り響かせ、ロキへと放つ!

 流石のあの威力はロキも直撃は避け、魔法陣からは離れる―――と同時に、魔法陣から何か黒い巨大なドラゴンが落ちて来た。

 それは禍々しい黒いオーラを迸らせるドラゴンで、歪な動きをしている。

 ……あれは、一体?

 

『―――あなたは木場祐斗君ですか?』

 

 ……すると僕の耳に突然、男性の音声が響く。

 それは耳につけている通信機から流れる声で、すかさずその声は話をつづけた。

 

『すみません、時間がないので簡潔に話します。私は堕天使の副総督、シェムハザというものです』

「……堕天使のトップクラスが、どうして僕に」

『それはあなたが最も兵藤一誠を理解し、そして冷静でいるからです―――単刀直入に言えば今そちらにいる黒いドラゴン、それは匙元士郎君です』

 

 ……あれが匙君だって?

 いや、確か匙君は神器の調整がどうとかでグリゴリに送られたってイッセー君から聞いたけど、一体あれはどういうことだ?

 バランスブレイクではないけど、それにしたって彼の神器の禁手とは考えられない。

 

『実は今回の件に辺り、匙君に対してヴリトラ系の神器を全て合成したのです。そもそもヴリトラは幾重にも切り刻まれ、その魂を分割して4つの神器に封じた存在。その4つを合わせたのです』

「で、ですがそんなことは可能なのですか?」

『本来は不可能です。ですが彼は赤龍帝・兵藤一誠と関わり内に秘めるヴリトラの意識を一瞬とはいえ起こさせた。それに我々はかけて、そして―――兵藤一誠君がロキに屠られた事実を知り、突如暴走してそちらに送ったのです』

 

 ……だけど今、彼は暴走状態。

 ならここで戦力になることは考えにくい!

 

「……なるほど、ヴリトラの神器を身に宿すシトリー眷属の兵士か?」

 

 するとヴァーリは僕の隣に立ち、僕にそう尋ねた。

 僕は彼の言葉に頷くと、彼は白龍皇の翼を広げて彼の元に行く。

 僕はそれに続くように移動すると、ヴァーリは匙君に何かを語り掛けていた。

 

「シトリーの兵士よ。もし君が兵藤一誠が原因で暴走しているのだとすれば、ならばそれの原因は奴だ。あの狼が兵藤一誠に近づかせないようにしろ」

『―――――――』

 

 ……やはり今の彼には声は届かないのか?

 だけどそれは束の間、突如匙君はロキに向かって黒い炎を放った。

 

「……同格レベルのドラゴンを宿す者ならば通じると踏んでいたが、どうやら正解だったようだ。彼は意識はないが、兵藤一誠が殺されかけたことに対し怒り狂い、ロキに攻撃をするよう仕向けた。しかも運の良いことにヴリトラ系の神器の力は面倒なものが多い」

 

 ヴァーリは周りの魔物に対し翼から青い弾丸を全方位に向け放つ。

 

「―――君は兵藤一誠の傍に行くが良いさ」

 

 するとヴァーリは魔力弾や翼からの弾丸を駆使してイッセー君やアーシアさんがいるまでの道を作る。

 

「……どちらにせよ、君たちがこの状況で生き残るのは難しい……死ぬときは、仲間の元が良いだろう?」

「……余計な心配をありがとうと言っておく。だけど僕たちはまだ諦めていない」

 

 彼が命を賭けて僕たちを守った。

 なら僕たちもまた、命を賭けて彼を守らないといけない。

 

「さて……どうしたものか」

 

 ヴァーリはそう呟くと共に飛び立つ。

 僕はヴァーリの作った道を進んでいき、そしてアーシアさんとイッセー君の元までたどり着いた。

 

「アーシアさん!イッセー君は……」

「……傷は、塞がっています。でも血を流し過ぎて、いつ命を落としても不思議では……ッ!!」

 

 ……悲痛なアーシアさんの涙と嗚咽が見え、聞こえる。

 アーシアさんの回復力を以てしても目を覚まさないイッセー君。

 

『ハハハッ!!!消えぬ炎如きが我を止められると思うなぁぁぁ!!!既に身を捨し我に、そんなちっぽけな炎など!!』

 

 ロキは匙君の黒炎すらも避け、辺りに凄まじい風を起こしてた。

 僕は巨大な聖魔剣を作って風圧から二人を守る。

 ―――その瞬間だった。

 

『はははははははは!!!!これで終わりだ、赤龍帝ぇぇぇぇぇ!!!!!』

 

 ―――巨大な剣が仇となり、ロキがこちらに向かって走っている姿を黙視するのが遅れた。

 ロキの動きを止めようと、皆、奴に攻撃を仕掛けるが、奴は止まらない。

 それどころか奴は魔物を生み出し、その攻撃すらもまともに当たらなかった。

 ……走馬灯のようにロキの動きがゆっくりに見えた。

 風で巨大な剣は吹き飛び、もう奴が来るのには時間は掛からない。

 僕は……守れないのか?

 いつも皆を守る彼を、守れないのか?

 

「ダメにゃんッ!!」

「祐斗先輩!イッセー先輩!!アーシア先輩!!」

「逃げて、祐斗ッ!!」

 

 黒歌さんや小猫ちゃん、部長の声が鳴り響く。

 だけど逃げれるはずがないよね。

 なら僕が出来ることは―――二人の壁になることくらい。

 

「木場ぁぁぁ!!!避けろ!!!」

 

 ゼノヴィアがデュランダルによる斬撃を放つけど、それも魔物に当たって遮られる。

 ギャスパー君も頑張って停止させてるけど、でも奴は止められない。

 

「……アーシアさん、彼を連れて……逃げて」

「ッ!!」

 

 僕はアーシアさんとイッセー君を押して、自分は前に出る。

 ……少しでも奴の動きを止める。

 

「ちっぽけな貴様が!!我を止められるはずがなかろう!!!」

 

 ―――ロキの牙が僕へと振るわれる。

 それだけじゃなく、僕に視線が向かっている皆の方の魔物も、その牙を剝こうとしていた。

 ……ダメだ。

 僕たちは、ここで終わるんだ。

 ならせめて彼だけは―――

 

『ぐぉぉぉぉぉ!!??!!?!?』

 

 ………………僕は目を瞑ってロキの攻撃を待つも、自分に傷がついた感触を感じなかった。

 どういうことだ―――そう思って目を開けた瞬間だった。

 ―――グルゥゥゥァァァァァアアアアア!!!!!

 ……そんな雄叫びを上げながらロキの動きを止める、10メートルくらいの大きさのドラゴンが、僕の目の前にいた。

 それだけじゃない。

 僕たちの陣営の、戦闘中だった人たち付近に同じ赤いドラゴンが現れ、魔物の猛攻から皆を守っていた。

 ……それは誇り高い赤だった。

 紅蓮といっても過言ないほどの赤。

 でもそれは禍々しくなく、むしろとても鮮やかで熱い紅蓮の色。

 頼りがいがあって、何もかもを包み込むような……そんな赤。

 

「―――我、目覚めるは」

 

 ―――突如、僕たちの耳にそんな静かで透き通った声が響いた。

 その声は聞こえるはずがない声で、目を見開いてその声を方向を見る。

 そこには……―

 

「―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり」

 

 鮮やかな紅蓮のオーラに包まれ、そこに立ち尽くす

 

「イッセー……さん……?」

 

 ―――イッセー君の姿があった。



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第17話 紅蓮の守護覇龍

「我、目覚めるは―――」

 

『さあ、行こう!』『前に進もう、兵藤一誠!!』

 

 歴代の先輩たちの、活気づいた声が響く。

 前の呪文の時のような悔やむような言葉も、憎しみも、今はもうなかった。

 

「優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり!」

 

『そうだ、全てを守るが貴殿らしい!』『守護こそ、本懐!』

 

 紡ぐ、俺だけの呪文を。

 随分と遠回りしてしまったのは俺が弱かっただからだ。

 

「無限を愛し、夢幻を慕う―――!」

 

『嗤うのはもう止めた!!』『憂うのなど詰まらない!それを私たちはあなたに教えられた!』

 

 無限の龍は俺の大切で、夢幻の龍は俺に大切なことを教えてくれた。

 それだけじゃない。

 

「我、森羅万象、いついかなる時も―――」

 

『そう、限界などない!』『それはあなたがずっと証明した!』

 

 ……俺は色々な人に支えられて、でもそれを心から信じて身を任せていなかった。

 ―――そんな自分を、もう卒業する。

 

「笑顔を護る紅蓮の守護龍となりて―――!!」

 

『ああ……行こう。全部守るために―――行こう、兵藤一誠!!』

 

 つまり俺の言いたいことは一つ。

 ってかもう言ってるよな。

 ……行こう、全てを護るための第一歩を踏むために!

 

「「「「「「「汝を優柔なる優しき鮮明な世界へ導こう―――ッ!!!」」」」」」」

「『これが俺の出した答えだ!!』」

 

 ―――それは紅蓮だ。

 俺は紅蓮に包まれ、何かを装着していく。

 紅蓮の鎧……だけどそれは覇龍ではなく、禍々しいものじゃない。

 鮮やかな紅蓮。

 包み込むように俺の全身に鎧が纏われていく。

 俺の両手には宝玉が幾つも埋め込まれた、鋭角なフィルムの赤龍帝の籠手が装着されており、胴回りには薄い鎧。

 必要最低限の鎧が解除されて、兜も消え去っていた。

 まるで騎士のような軽装で、でも圧倒的な防御力を俺は感じている。

 ―――何でも出来る。

 何だって……守れるッ!!

 

『Juggernaut Guardian Drive!!!!!!!!』

 

 ―――その音声と共に、鎧からは辺り全体を覆い尽くすように紅蓮のオーラを噴出させていた。

 周りには知らない間に赤いドラゴンがおり、それは俺と赤い糸のようなもので繋がれている。

 ……さっきまで倒れていたのに、力が溢れている。

 

『あ、相棒……?な、何が起こっている?相棒は奴によって、砕かれたはずでは……それにこの姿は、一体……』

『あ、主様!何が起こっているのです!?それに周りの赤い龍!あれはまさしく!!』

「―――ああ。俺の覇龍だよ」

 

 ―――心の奥から困惑するドライグとフェルを安心させるために、俺はそう言った。

 

『何故―――何故貴様が立っているのだぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 ……すると、フェンリルの姿をしたロキが、そう叫んだ。

 まあそうだよな。

 あそこまで瀕死になっていた奴が、いきなり生き返って自分の邪魔をしているんだ。

 そりゃあ焦って、怒鳴りつける気持ちも分かる。

 

「……アーシア、ありがとう。アーシアが俺を癒してくれたんだろ?」

「イッセー、さん?」

 

 俺は傍にいるアーシアの頭をそっと撫で、笑みを浮かべる。

 

「いつもありがとな!―――ごめんな、一瞬でも諦めて」

「……ッ!!い、イッセーさ」

「はい、涙を流すのはそこまでだ!」

 

 泣きそうになるアーシアの頭を更に撫でまわすし、俺は泣かせないようにする!

 アーシアの涙なんてもう見たくない。

 俺は……笑顔にするんだ。

 

「大丈夫。俺はもう自分を見失わないし、迷わない―――俺の大丈夫は、本当に大丈夫だからさ!!」

「―――はい……ッ!!はいッ!!!」

 

 アーシアはくしゃくしゃな顔で、でも笑顔を作ってそう頷いた。

 

「―――ロキ。言っとくけど、今の俺は負ける気がしない」

『黙れッ!!今の貴様はただ軽口を叩けるだけだ!!動けるものか!!』

 

 ロキはそう言うと、すぐさま自身の前の巨大なドラゴンを乗り越えて他の皆を襲おうとした。

 

「―――来てくれ、守護龍!」

 

 ……俺がそう言霊を漏らすと、部長たちを襲おうとしていたロキの動きが再び止められる。

 ―――そこには、新たに生まれた赤いドラゴンがいた。

 足元には魔法陣が描かれており、それは俺が生み出したもの。

 

『こ、これは―――まさかグレートレッドの力が含まれている?そうか、夢幻の性質と赤龍帝の性質、そして相棒の想いが一つになって生まれたこの力は―――』

「そう―――    紅蓮の(クリムゾン・ジャガーノート・)守護覇龍     (ガーディアンドライブ)

 

 ……それが俺の出した答え。

 全てを護る、護るための覇龍だ。

 

「随分、ドライグにもフェルにも迷惑をかけたよな―――ごめん、もう迷わないから。だから、俺と一緒に戦ってくれ!」

『…………俺も、ダメだな。一瞬でもお前のことを疑ってしまうなど―――そうだなッ!相棒が、こんなところで終わるはずがないッ!!!』

『ええ、ええッ!!わたくしたちは共に永遠に戦い続けますッ!!何があろうと!!』

 

 ……じゃあ、証明しよう。

 

「さぁ、行こうぜ―――ドライグ、フェル!」

 

 俺はロキの方に走っていく。

 速度は特に速くはない。

 だけど肩の力が抜け、体が嘘のように軽かった。

 

『貴様がいなければ―――だが我を止めることは出来ぬ!何があろ』

 

 ロキの言葉が最後まで続くことはなかった。

 なんたって―――俺のよって殴り飛ばされたからだ。

 こいつは油断している。

 鎧が軽装になり、俺が脆弱になったと。

 だけどな、違うんだよ。

 俺は自分の身を包む殻を捨てて、皆を守るために使っている。

 ―――俺は殻を破ったんだ。

 その殻を破ったこの拳が、力が……弱いはずがない。

 

「言っただろ?もう負ける気がしないって」

『ならば―――貴様の仲間を全て殺してくれるわぁぁぁ!!!』

 

 ロキは自分の影から無数の魔物を生み出し、それを放った。

 魔物はあらゆる方向から仲間たちを殺そうと動く。

 

「だから言っただろ……紅蓮の守護覇龍は、護るための力だって」

 

 ……だけどそれは叶わない。

 何故なら俺の生み出した赤いドラゴンが全ての魔物の攻撃を受け止めていたからだ。

 魔物はまず赤いドラゴンをどうにかしようと攻撃するも、当のドラゴンは動じない。

 ……紅蓮の守護覇龍は、俺が怨念を受け止め、グレートレッドの力を貸してもらって初めて発現した力。

 ほんの少しの夢幻の力を赤龍帝の倍増の力で倍増し、俺の思い描く守護のカタチにした。

 それが―――ドライグの姿をした守護龍。

 そして夢幻の力は俺が諦めない限り、夢を抱き続ける限り消えない!!

 

『な、なんなのだこれは!?ふざけるな!!』

 

 ロキは周りを殺すことを諦めたのか、単身で俺へと向かってくる。

 

「……今なら、お前も使いこなせる気がする―――俺と一緒に戦ってくれ、ミョルニルの小槌」

 

 俺は右腕に装着されている紅蓮の籠手にそう問いかけた時だった。

 ―――迸る、あり得ないほど綺麗で威圧感を放つ雷。

 腕は羽根のように軽く、俺の腕に雷が覆った。

 

「……アスカロン、俺の想いに応えてくれるよな?」

 

 更に左手にあるアスカロンを引き抜くと、アスカロンから莫大な聖なるオーラが噴出した。

 俺は背中に生える誇り高きドラゴンの翼を靡かせ、空を駆ける。

 

『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?!??!』

 

 俺はアスカロンと速度でロキに光速の斬撃を連続で加え、そして―――

 

『Boost!!!!!!!!!』

 

 激しい倍増の音声が鳴り響き、一気に力が湧くッ!!

 勢いのままロキへと蹴りを放ち、そしてロキはそのまま空中に浮く!

 

「放て……ッ!!神の……雷!!!」

 

 俺は右腕を振り下ろすと、雷が宙に浮くロキへと放たれるッ!!

 ロキはそれを防ぐ術はなく、ただ雷が直撃した。

 バリリリリリリリリリリリリリリィィィィィン!!!!!!

 ……激しい雷撃音と、激しいロキの叫びが辺りを覆った。

 

『何故、だ……何故、貴様は……こうも、我の邪魔が出来る……ッ!!』

 

 巨体を何とか起こし、傷だらけのロキが立ち上がる。

 フェンリルの眼は俺へと向けられており、俺はその視線を捉える。

 ……まだ、諦めていない目だ。

 

「……お前のその執念深さ、諦めの悪さは素直にすごいと思うよ」

 

 ……俺は一度、諦めてしまったから。

 こいつは一人でも諦めない。

 

「……でも俺が諦めないのは、仲間がいるからなんだ。仲間が俺を信じて、こうしてずっと守ってくれていた。だから俺は―――諦めないんだよ」

『だま、れ……集まっていなければ何も出来ない輪の力如きで、この神が…………降されてたまるかぁぁぁあああ!!!!!』

 

 ロキは決死の覚悟というように、ドシンドシンと足音を鳴らしながら向かってきた。

 ……俺は即座に守護龍を思い浮かべる。

 ―――仲間を一か所に集めてくれ。

 そう念じた瞬間、守護龍は俺の後ろに皆を抱え、光速で移動した。

 

「……ロキ。お前は絆を肯定していると言ってたな」

 

 ロキが応えずとも、俺は語り続ける。

 

「―――だけど、信じている割にはさ…………お前、一人ぼっちじゃねぇか」

 

 ……もう終わりにするよ。

 

『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』

 

 ……鳴り響くのは赤龍帝の倍増の音声。

 だけどそれは俺の元からではなく、皆を護っていた守護龍からの音声だ。

 守護龍は魔物の攻撃から皆を守っていたから傷だらけで、その傷が誇り高い。

 護るために刻まれた傷……その傷、痛みを俺が晴らしてやる。

 

「ど、ドラゴンが……赤い光塊になっていく?」

 

 祐斗がそう言葉を漏らした。

 ……皆を守っていたドラゴンは赤い光となり、そしてその光は俺の元に集まる。

 ―――護るためには敵を倒す力がいる。

 護るのに誰かを傷つけなければならない……それは確かに矛盾だ。

 覇が嫌いなのに、護るためには覇がいる。

 俺の力は確かに矛盾だ。

 だけど―――その矛盾を俺は受け入れたんだ。

 紅蓮の守護覇龍は、そんな俺の想いを具現化したもの。

 仲間を護る守護龍は戦わず、ただ皆を護るんだ

 傷ついても、傷ついても。

 ただ護りたいから、護る。

 

「……護る龍と、護る力―――それが紅蓮の守護覇龍の答え。大切なものを護るために、その脅威を取り除く圧倒的な力を纏わせる力」

 

 守護龍の光は全て俺の中へと入っていき、そして…………

 突如、俺を覆う激しい紅蓮のオーラ。

 弾け飛ぶようにバチバチと音を鳴り響かせ、俺は構える。

 ……体の負担は、ある。

 だけどそれ以上にさ―――体が軽いんだ。

 だから…………何でも出来る!!

 

『Guardian Drive Boosting Explosion!!!!!!!!!』

 

 ―――守護覇龍の爆発的力を解放し、俺は動いた。

 その音声と共に俺の籠手は三周りも大きくなり、ロキに一瞬で近づいた。

 

『これは―――』

『ああ、こいつは―――完全なる赤龍帝の力との融合だよ』

 

 俺の声はくぐもった声になる。

 俺の声と、オルフェル・イグニールの声が重なったような声。

 俺はロキの顎から拳を殴り上げ、更に雷を含ませた右腕でストレートを放つッ!!

 それによりロキは再度空中に浮くも、ロキは魔法陣を描いてそこから魔物による弾丸を放った。

 

『そんなもの、俺たちには利かない。魔物だろうが、神様だろうが―――俺の大切を傷つけるのなら、ぶっ潰すッ!!』

 

 俺はそれを全て極大の拳で蹴散らすと、宙に浮かぶロキの傍で拳を握りなおす。

 

『―――だからここがお前の……ラグナロクだ!!!』

『―――ッッッッッッ!!!!?!!?』

 

 ロキはその違和感に気付いたように空中でくるっと一回転し、俺から背を向ける。

 そして逃げるように魔法陣を描く。

 

『こんなところで、我が消えてしまうかッ!!貴様のような化け物に―――』

 

 ロキはすぐさま逃げようとした―――が、それは叶わなかった。

 それを邪魔したのは俺ではなく……こいつが馬鹿にし続けた、俺の仲間だった。

 

「逃がさないですわ!!」

「ここまでのことをしておいて、逃げれると思うなッ!!」

 

 朱乃さんとバラキエルさんが雷光を放ってロキの動きを止め、ロスヴァイセさんが魔法陣を展開しロキの魔法陣に干渉。

 更に他の皆が莫大な魔力弾を放ち、魔法陣は壊れた。

 

『……はぁぁぁぁぁあああ!!!!!』

 

 俺は動きの止まるロキの目の前に移動し、そして―――その顔面を全力で殴り飛ばした!

 ロキはそれにより怯み、そして俺は瞬時に後方に移動し―――両手の手の平をロキに向ける。

 俺の纏う紅蓮のオーラを全て両手の平の前に集める。

 目の前には綺麗な紅蓮のオーラが球体となって集まり、そしてそれは宙に浮かぶ。

 

『―――守護龍の逆鱗(ガーディアン・ストライク)!!!」

 

 ―――俺はそれを殴りつけた!

 球体にはヒビが生まれ、そして…………次の瞬間、超極大の赤い魔力砲が放たれた!!

 今までの俺の放ってきた魔力砲のどれとも比べることの出来ないほど、強力な一撃!

 白銀の流星群よりも極大で、明らかな破滅力を持っているッ!!

 それほどに守護龍の負った傷は大きい。

 ……守護龍を傷つけたつけは払ってもらうぜ。

 ―――次第に紅蓮の魔力砲は守護龍の形となってロキに向かって行き、そして

 

『う、そだ……ここまで、穢れ、くつじょくを、味わったという、ものを―――聖書の神よ……何故、貴殿は、こんなものを創った…………そうか、貴殿は……こうなることを初めから分かって……』

『…………ああ、そうかもな。だからお前はここで終わる―――神滅具は神を滅ぼす。それが―――お前の終焉だ』

 

 そして―――ロキは紅蓮の一撃に飲み込まれ、倒れたのだった。

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 ―――本当に、どうしてイッセー君はこうも優しいんだろう。

 僕たちはイッセー君の力を目の当たりにして、ただ茫然とその綺麗な紅蓮の様を見ていることしか出来なかった。

 僕たちを護る紅蓮の龍、そしてロキと最終決戦に望み、そして……今しがた、それを倒したイッセー君を。

 そのオーラ、力は最上級悪魔すらも超えている。

 正に―――二天龍。

 それを今の彼は、彼らしい力で体現していた。

 紅蓮の守護覇龍。

 それはイッセー君にぴったりの力で……何より今のイッセー君にはもう迷いがないように見えた。

 活き活きしている……それも合っているけど、僕はこう感じた。

 

「……ただいま、皆!」

 

 ―――これが、イッセー君の本当の笑顔だと。

 イッセー君は薄い鎧のような装甲を身に纏った状態でそう言うと、満面の笑みでそう言った。

 その表情は晴れやかで、安心できて……僕の瞳から涙が出て来た。

 僕は、嬉しかった。

 一体、あの一瞬で何が起きたのかは分からない。

 ……でも、今はこの言葉を掛けよう。

 ―――ありがとう、と。

 僕達はそう言って、イッセー君を笑顔で迎える。

 …………その時。

 

 

 ――――――夜が明けたように、朝焼けの太陽が僕たちを照らしたのだった。

 

 

 

 

 ―・・・

 

『Side:三人称』

 深い森の中、ただ一人、這いつくばるように移動する歪な少女がいた。

 

「ふふ、うふふふ……ッ!!すごい、お父様を倒すなんて……素晴らしいわ、素晴らしいわ!!!!」

 

 ……傷だらけの様子で、ただ歪んだ笑顔を浮かべる悪神ロキの娘、ヘル。

 つい先程まで赤龍帝・兵藤一誠とその仲間たちと戦っていた魔物だ。

 ―――そんな彼女だが、実は自身の父が倒されたことに喜んでいた。

 

「あんな素敵な殿方、初めて……そう、彼を食べたい……!彼を、兵藤一誠をこの身に宿せば、どれほど幸せでしょう!!うふ、ふふふふ!!!」

 

 ……それは歪んだ感情だった。

 

「その、ためにも……ゴホッ!!……早く死んで、生き返らないと……」

 

 ヘルは歪んだまま、森を抜けるとそこには湖があった。

 ………………しかし―――

 

「あ、やっと来たんだぁ~~~……待っていたよ?泥棒猫さん♪」

 

 ―――そこには、真っ黒なマントのような布に身を包んだ少女の姿があった。

 その胸元には機械的なデザインのネックレスが飾られており、口元だけが歪んで見える。

 

「……あなたは何?それに泥棒猫って……」

「え?泥棒猫でしょ?―――だって、私の物を奪おうとするんだからね♪」

 

 ……ヘルは、ぞくっと背筋が凍る。

 彼女は今、命の危険を察知したのだ。

 死んでも蘇るヘル―――そんな彼女が初めて感じた、死への恐怖。

 

「でも私、今凄く機嫌が良いんだぁ~♪だから二度と彼の前に現れないことを約束するなら、ここは見逃してあげても良いよ?」

「―――ふ、ふざけないでッ!!そんなこと、私がするわけ」

「―――へぇ……そっか」

 

 黒いマントの少女は、カツッ……一歩、ヘルに近づいた。

 

「ねぇねぇ、アルアディア……こいつ、私の良心を踏み躙ったよ?」

『そうね……ま、どちらにしても消すのでしょう?』

 

 ……胸元に輝く機械に埋め込まれた宝玉から、音声が鳴り響く。

 ヘルは動けなかった。

 何故なら―――自身の周りに、黒い霧のようなものに包まれていたからだ。

 

「わ、私は死んでも死なないわ!!だからお前なんて、直ぐに生き返って―――」

「あ、ごめんね?私の神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)は全てを終わらせる力」

『Force』

 

 ……静かな音声が森を包む。

 その瞬間、黒い霧は一瞬で少女の手元に集まる。

 

「そう、例えば―――あなた、もう実は終わっているんだよ?」

「何を言って―――」

 

 ……ヘルはその時、初めて気付いた。

 ―――自身の体の半分が、ない事を。

 傷口はない。

 ただ―――存在そのものが、消失しているような感覚だった。

 

「あなた、死んだら蘇るんだよね?でも残念~♪」

『Demising!!!』

 

 ……その音声と共に、黒い霧は何かを形作る。

 それは―――何色にも染まらない、黒い鎌だった。

 実際には黒の中に金色が混じった黒金の鎌。

 それを少女はヘルの首元に添えた。

 

「―――これはね?死じゃなくて……終焉なの」

「やめ―――」

 

 ……その願いは叶うことはない。

 少女はその鎌をまるでナイフでステーキを切るように容易く……振るった。

 

「……だぁ~め♪」

 

 ……ヘルはそのまま―――どこにもいなくなった。

 

「ふぅ~……ふふふ、ダメ、にやけるのが止めらない♪」

『……そう、そういうこと―――思い出したのね?』

「うん、そうだよ。アルアディア」

 

 少女は笑いながら、頭まで被っているマントを、頭の部分だけ脱ぎ去った。

 

「―――オルフェル・イグニール……ううん、イッセー君は私のものなんだから♪だから……早く一緒になりたいね♪」

『……ああ、そうだね―――ミー』

 

 少女が脱ぎさったと共に風が吹き荒れ、少女のさらさらとした茶色の髪が靡く。

 ―――その愛称を知る者など一人しかいなかった。

 

『Side out:三人称』

 

 

「終章」 おかえりなさい

 ……俺は気付くと、草原にいた。

 草原の真ん中で、寝転んでいる俺。

 ……そっか、俺はあの戦いの後、限界を突破して倒れたってわけだ。

 そりゃそうか。

 危険性はなくなったとはいえ、紅蓮の守護覇龍を満身創痍の状態で使ったんだからな。

 ……さて、ここにいるのはきっと―――あいつだな。

 

「―――なんだよ、ミリーシェ」

「あ、ばれてた?あはは!」

 

 ……するとひょっこりと姿を現すミリーシェ。

 俺は立ち上がり、ミリーシェと対面した。

 

「まず最初に―――頑張ったね、オルフェル。私達が振り回された力を昇華させるなんて……」

「それもこれもお前がいたからのようなものだけどさ……な、ミリーシェ。少し教えて欲しいことがあるんだ」

「うん、いいよ♪オルフェルの聞くことなら、何だって応えてあげる!!」

 

 ミリーシェは胸を張ってそう言うと、俺は尋ねた。

 

「……俺さ、この世界でお前とそっくりのヒト(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)と出会っているんだ。そんでお前は今、ここにいる―――これって、何か繋がっている気がするんだ」

 

 俺はミリーシェに疑問をぶつけた。

 俺はエリファ・ベルフェゴールというミリーシェの生前の姿をした人と出会っている。

 そしてミリーシェは今回の件で俺の前に姿を現している。

 

「……まあ、オルフェルは鋭いから気付くよね~♪」

 

 そう言った時だった。

 ―――ミリーシェの姿が、薄くなり始めていた。

 

「み、ミリーシェ?おい、お前、なんか―――」

「当たり前でしょ?だって私は残留思念(・ ・ ・ ・)なんだよ?」

 

 ……残留思念。

 それは俺の中にいた怨念と同じような存在で、それの指す意味は…………未練。

 

「そう。私はオルフェルを一人ぼっちにしてしまった後悔から、残留思念として微かに白龍皇の宝玉の中にいた。アルビオンですら、私の存在に気付かないほど微弱に……」

「それがグレートレッドの力で強くなって……」

「うん。だからオルフェルが前に進んでくれたから、未練はなくなったんだよ」

 

 ……ミリーシェはすっきりしたような顔をしながら、でもどこか悲しそうな顔をする。

 

「……消え、ちまうのか?」

「うん。だってそんな顔のオルフェルを見てたら、もう……ね?」

「……俺の知ってるミリーシェは、そんな簡単な女じゃなかったぞ?なんたって嫉妬の化身なんだからな」

「むぅ~……人を化け物みたいに言って!」

 

 軽口を挟む俺たち。

 ……だけどミリーシェは確実に存在が希薄になっていた。

 

「……私達の問題って、実は全然解決してないんだよ」

「ああ」

「―――私は確かに存在してる」

 

 ……ミリーシェは決心をするように、そう宣言した。

 

「憶測だけど、たぶん私たちを引き裂いた存在は私を幾つかの要素としてバラバラにしたの。だから私そっくりな存在がいたり……私の残留思念が残っていたり、ね」

「……そっか。通りで、ずっと俺のことをオルフェルって呼ぶわけだ」

 

 俺はミリーシェの言葉で、違うことが分かった。

 このミリーシェは彼女の言う通り、残留思念でもあるだろう。

 だけどそれ以上に―――

 

「お前の要素は残留思念じゃなくて―――たぶん、記憶……だよ」

「……記憶?」

「ああ。記憶……俺たちの大切な記憶だ。記憶の中の俺はオルフェルであり、兵藤一誠ではない。だからミリーシェはずっと俺をオルフェルって呼んでいるんだ」

「……ああ、なるほど!そっか……私は、記憶だったんだ」

 

 ……俺とミリーシェの存在はこの世界から抹消された。

 オルフェル・イグニールとミリーシェ・アルウェルトは初めからこの世界にいなかったことになっている。

 ……そっか、こいつは大掛かりだ。

 明らかに―――何か、でっかい影が隠れているんだ。

 

「ホント、許せないよな―――だけど俺は諦めないぞ?せっかくミリーシェとまた会えるって思ってたのに、これでさよならは嫌だからな!」

「……たぶん、私達の想像を絶するほどの敵が、まだ潜んでいると思う。そいつは私達を見て、たぶん笑っているんだよ」

「……俺たちを玩具みたいに壊して、また直して壊そうとしている、か―――上等だ」

 

 ……ならそんなことを俺はさせない。

 俺たちをどうにかしようってもんなら―――俺が逆にそいつをぶっ倒してやる。

 

「……俺はさよならなんて言わないぞ?もしミリーシェの推測が正しくて、お前の欠片がバラバラになっているのなら―――全部集めてやる」

 

 ……エリファさんに関しては、どうとも言えないけどな。

 まあ俺が好きなのはミリーシェの容姿じゃなくて、ミリーシェという存在だから。

 

「……うん。だから私は安心できるんだ♪」

 

 ミリーシェの姿が……なくなる。

 届くのは声だけで、ミリーシェは光になって―――消えていった。

 

「ああ、きっとまた―――会えるさ」

 

 俺はそう呟き、そのまま目を瞑る。

 ……そろそろ起きて、帰らないとな。

 俺を待ってくれている人がいるんだし。

 

「……サーゼクス様。俺、何となくわかった気がするよ。あの時、貴方が言っていた君にとっての幸せって―――」

 

 ホント、あなたと同じだったってことを。

 ―・・・

 

『Side:アザゼル』

「……何とかなったようで正直安心したぜ」

「まあそうだね。だが……正直なところ、私も驚きを隠せない」

 

 俺、アザゼルはサーゼクスと対面しながら会話をしていた。

 事の次第……って言っても、俺も実際にこの目で見たわけではない。

 だが結果として―――ロキは降され、北欧にてしかるべき処置を受けることになったんだ。

 だが問題はその過程だ。

 

「……紅蓮の守護覇龍、か―――彼はようやく真の赤龍帝になれたと考えても良いのかな?」

「ああ、それで問題ねぇ。実際に見たガブリエルとバラキエルが口を揃えてあいつを褒め称えてたんだ―――過去未来現在、覇龍を昇華させた奴なんていねぇよ」

 

 ……実質、イッセーはロキを二度も倒したそうだ。

 一度はロキ単体を、あいつの持つ全ての力を用いて。

 二度目は禁術を用いて子フェンリルとヘルの肉体の一部と融合した、実質的な強さは跳ね上がったはずのロキを、先ほど言ったあいつの覇龍を使って。

 ……これは凄まじいことだ。

 正直、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。

 確実に犠牲が出ることを覚悟していてのこの作戦だったのに、蓋を開ければこちら側の死者はゼロ。

 ―――いや、実際にはイッセーは死の淵に立ったそうだが。

 

「彼は……今はどうしている?」

「今は駒王学園の保健室で眠っている。なんでも、傷はアーシアとヴィーヴルの癒しパワーでなんとかなったそうなんだが、予想以上に守護覇龍ってのがあいつの精神と体力を削ったようでな」

「だが神を倒すその力―――まさに二天龍、というところか」

 

 ……神を滅ぼすことの出来る神器、それが神滅具と呼ばれる力だ。

 ロキは確かに生きてはいる―――だけど、殺すことも出来たんだ。

 つまりイッセーは神滅の境地に手を伸ばせるほどの領域に足を踏み込んだってことだ。

 赤龍帝の怨念を晴らし、昇華した紅蓮の守護覇龍。

 あいつらからも話を聞いたが、どうやらグレートレッドやらの力が関連しているらしい。

 ……つくづく、あいつはドラゴンに気に入られるな。

 それだけじゃねぇか。

 あいつはドラゴンに限らず、色々な人種を惹きつける。

 それは味方のみならず、時には敵すらも。

 

「だが問題はまだまだあるぜ―――何せ、経緯はどうであれあいつは神を降したんだからな」

「…………」

 

 サーゼクスは無言で頷く。

 ―――そう、あいつは結果的に自身の力のみで奴を倒した。

 それまで仲間の援護はどうであれ、最後は皆を護ってロキを倒したんだ。

 ……それを高が下級悪魔がやった。

 これは神の間でもすぐに伝わる。

 んでもって、神って奴らは好戦的な奴が多い。

 神をも倒す下級悪魔、と知れば興味を持ってイッセーに接触するという可能性も拭えない。

 ……つまり、大きな権力であいつを護る必要があるんだ。

 ―――っと、サーゼクスは微笑んでいた。

 

「アザゼル。私は前、彼がガルブルド・マモンとの一件で話さなかったか?―――彼が上級悪魔になるための条件を」

「ッ!?…………なるほど、そういうわけか」

 

 要は、今回の一件で兵藤一誠という存在の重要性は悪魔側も重々理解したってことだ。

 神を倒す可能性を秘めた下級悪魔、しかも倒したことでどうしても権力による保護が必要になってくる。

 悪魔サイドの手の内に収めておく意味合いと、神があいつに対して宣戦布告しないがための保護……ああ、確かにこれなら上も説き伏せる事も難しくないはずだ。

 それに何より、神の進撃……特に狡猾で厄介な悪神ロキを下したのは大きい。

 

「今、リアスや眷属で今回の件をまとめている。その報告書が仕上がり次第、私は上に掛け合う予定だ」

「やけに急ぐな、サーゼクス―――って、そっか。お前は」

 

 俺は納得した。

 それは俺も同じこと。

 単純に……

 

「……あいつが王として戦うところを見ていたい、ってとこか?」

 

 サーゼクスは何も言わず、微笑みを浮かべるだけだった。

 

 ―・・・

 

 ……俺が目覚めて最初に見た光景は駒王学園の保健室の天井だった。

 時刻は既に7時を回っていて、日付は変わっていない。

 ただ体が異様に重い……たぶん、守護覇龍の影響か?

 それ以上に昨日の戦闘が響いているんだろう。

 ……俺は状態を起こした。

 するとそこには―――

 

「……すごい光景だな、おい」

 

 ……パイプ椅子に座り、俺のベッドにもたれ掛かって眠っているアーシア、リアス、朱乃さん、ヴィーヴルさん。

 更に地べたにはダンボールの中に入って眠っているギャスパー、壁にもたれ掛って眠っている祐斗。

 更にベッドの上では小猫ちゃんが俺の裾をキュッと握って眠っており、夜刀さんがその場で胡坐をかいて眠っている。

 俺の隣のベッドでは匙が眠っており、その傍には会長。

 ゼノヴィアとイリナは保健室のソファーの上で眠っていて……っという風に凄まじい人口密度だ。

 ……そうか、戦いが終わったんだもんな。

 つい先日まで、死ぬ思いをしながら戦っていたなんて、嘘みたいなほど平和だ。

 

「……うん、出来る限り皆を起こさないように……」

 

 俺は恐る恐るベッドから這い出て、近くに掛けてあったブレザーを着る。

 戦いで衣服が破れたりしてたから、新調したのかな?

 

「……ふぅ―――護れた。ホント、すごい回り道したけどようやく……だな」

 

 俺は保健室の扉の方に歩く最中、天を仰いでそう渋々思った。

 ……あの時、父さんと母さんと向き合っていなければ俺は今回の戦いで死んでいただろう。

 自分のことを仲間に話していなければ、そもそもミリーシェは俺の前に現れなかったのかもしれない。

 紅蓮の守護覇龍もそもそも奇跡みたいな偶然が重なって生まれた力で、俺一人ではどうすることも出来なかったものだ。

 ……ありがとうな、ドライグ、フェル。

 

『案ずることはない。我らは相棒と共に進むと決めたのだからな』

『それが邪道であろうと、王道であろうと、修羅道であろうと……この心は、想いは主様と一緒にあるのですよ?今回の無茶ぶりに関しては後日、改めてお説教をしますが』

 

 ……ああ、今度何があったかを全部話すよ。

 俺はそう思い、室内から出ようとした―――その時だった。

 

「歩くにはまだネコストップをかけるにゃん♪」

「……ネコストップってなんだよ」

 

 俺は後ろから話しかけられ、振り返る。

 そこには身体中に包帯や湿布などで処置された黒歌がいた。

 

「ま、アーシアちんが限界に近いし、それに私は仙術で自然治癒を促進できるからねぇ~」

「そっか」

 

 俺は黒歌の言葉に安心して、その頭をそっと撫でた。

 

「………………ね、あの時からずっと思っていたんだけど―――イッセー、何か変わったにゃん?」

「あの時って……ああ、紅蓮の守護覇龍を使ったときか」

 

 俺は黒歌の言葉の意味を理解した上で、黒歌に返答する。

 

「変わったかと言われれば、正直何も変わっていないぞ?ただ―――まあ、今は何でも出来る。そんな気がするだけだ!」

「………………なんか、やっと一つ肩の荷が降りたって言うべきにゃん」

 

 黒歌はそう言いながら微笑み、俺の肩に手を置いた。

 すると途端に肩から温かいオーラを感じ、俺はそれを仙術と理解する。

 

「いつものことだけど、お世話になるな。黒歌の仙術」

「むふふ~、イッセーのしたことに比べれば大したことないにゃん♪」

 

 黒歌はそういうと、俺を抱き寄せる。

 ……その肩は震えていた。

 

「……後で、たぶん他の皆からも言われると思うにゃん……ッ。だから、先に言っておく―――私、言ったにゃんッ!自分が死のうとしないでって!!」

「……ああ、あとで全部受け止めるよ」

 

 ……また泣かしてしまった。

 俺ってつくづく最低だよな―――だけど、最低のままではいたくないな。

 俺はそう思い、黒歌を強く抱きしめた。

 

「……大丈夫。俺はここにいる―――な?前にも言ったけど、俺の大丈夫は」

「―――説得力がある、にゃん……うん、ホントにその通りにゃん」

 

 黒歌の肩の震えは消え、俺は抱きしめるのを止めて黒歌の頭をポンポンと撫でた。

 

「……さて、俺は先に帰っているよ」

「うん。皆が起きない内に帰った方が良いにゃん。あ、それとヴァーリが伝えて欲しいことがあるって」

 

 すると黒歌は苦笑いをしながら、そして―――

 

「『全く、君はいつも俺を振るい立たしてくれるッ!!まさか覇龍を昇華し、更に神を倒すほどの力を見せつけてくれるとはッ!!流石は我がライバルだ!!!ならば俺も相応まで力をつけて、君に再び挑戦することを誓おう!!君と俺は友達ということだが、友なら決闘位しても良いだろう!?』……っということをつらつらと聞かされた私の身にもなれにゃん……」

「……あいつ、なんか敵って感じが一切しないよな」

 

 黒歌が肩をガクリとおとすのを見て、俺は同情するのだった。

 ……あいつ、本当に祐斗と同じ道に進もうとしないよな?

 俺、男にモテるのは却下だぜ?

 ……俺は真摯にそう思いながら、帰路へとつくのだった。

 

 ―・・・

 

 ……俺は家の前に到着し、玄関の取っ手に手を添えた。

 ………………正直、ここにこんな風に帰ってこれるとは思わなかった。

 治療でだいぶ体がマシになったとはいえ、今は歩くのが精いっぱい。

 今すぐにでも横になりたい気分だ。

 …………でも俺は、早くこの家に帰らないといけない。

 だって約束したんだからさ。

 父さんと母さんと。

 

「……はは。何自分の家に緊張してるんだよ―――いつも通り、ドア開けたら待ってくれてるんだろうな」

 

 その光景が容易に想像できて、俺は肩の力を抜いて。

 そっとドアノブを捻り、家に入った。

 

「―――ほら、言ったでしょ?ケッチー……イッセーちゃんは絶対に戻ってきてくれるって」

「―――分かっていたさ。俺たちの可愛い息子が、俺たちを置いて帰ってこないはずがないだろう?」

 

 ……ドアを開けると、そこには既に父さんと母さんがいた。

 二人は心の底から俺の顔を見て安心したような表情となり、ホッと一息ついていた。

 ……ホント、この二人には心配させっぱなしだよな。

 だからこそ、今度たくさん謝ろう。

 だけどそれはまた今度だ。

 今はただ、満面の笑みで、屈折なんてない想いでこれを言わないと。

 

「―――ただいま。父さん、母さん!!」

「「―――おかえりなさい!!!」」

 

 俺の言葉に父さんと母さんは満面の笑みで、そう応えてくれた。

 ―――本当に右往左往の日々だった。

 精神が乱れまくりで、色々な人に支えられて…………でもやっぱり前に進めた一番のきっかけはこの二人だ。

 俺の大切で大好きな、父さんと母さん。

 そうだな、この二人とはまだまだ一緒に居たい。

 …………サーゼクス様。

 俺、分かったよ。

 あなたが体育祭の時、俺に言ってくれた言葉の意味。

 幸せの意味。

 さっきはあなたと同じ意味って思ったけど、でも俺の心からの気持ちを言うよ。

 俺にとっての幸せ。

 それは守護覇龍の呪文の中にも入っていた言葉。

 …………大切な人の笑顔を護って、それでさ…………

 ―――自分も笑顔で生きていきたい。

 ……それが俺の幸せだ。

 今は心からそう思った。



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番外編7 チェンジ・ザ・イッセー!!

 俺、兵藤一誠はとんでもないほどの恐怖体験を今しがた、受けていた。

 

「……許すまじ。我、許すまじ」

「イッセェェェェェェ!!!!どこに逃げたぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 ―――世界最強のドラゴンと、龍王最強のドラゴンに追いかけられると、生死を賭けた鬼ごっこ。

 そう、これが行われる所以となった出来事はつい先日に遡るのだった―……

 ―――…………3日前。

 

「うし、これで―――終わりだ!!」

「…………ふ、不覚です。私が、負けるなんて……」

 

 その時、俺は家の居間で小猫ちゃんと共にゲームをしていた。

 大画面で行われる格闘ゲーム。

 かなりのゲーマーである小猫ちゃんはこのゲームを極めていて、俺も最近かなりやりこんでいるおかげで今回は勝てたってわけだ。

 ……ロキとの戦闘が終わり、2週間が過ぎた。

 時が過ぎるのはすごく早くて、俺はこの二週間で何故か冥界に二度出向き、冥界の歴史やら言葉やらを叩きこまれたりした。

 そして偶にの休日にということで、俺の癒しの双門、小猫ちゃんとゲームをしているというわけだ。

 ―――膝の上に乗せながら。

 

「……でも、珍しいですね。イッセー先輩が、自分から私を膝の上に座らせるなんて……」

「そっか?結構な頻度で可愛がっているつもりなんだけど、な?―――よし、次はシミュレーションゲームしようぜ!」

「…………なんか、嬉しいような虚しいような―――でも、近くで甘えられるから良しとします。にゃん♪」

 

 小猫ちゃんははにかみながら可愛く微笑んだ!

 うぉぉ……か、可愛い!

 流石は俺の癒し双門!

 

「んにゃ?あれ、イッセーが白音を甘やかしてる…………これはチャンス!!」

 

 すると今起きて来たのか、黒歌がほぼ上半身裸の状態でリビングに現れる!!

 おいおい、いくらこの家に男が俺しかいないからってそりゃねぇだろ!!

 俺は小猫ちゃんを床に座らせ、急いで自分の着ていたワイシャツを黒歌に羽織らせた。

 

「……くんくん、にゃふふ~♪イッセーの匂い、すごい~」

「…………匂うならひん剝くぞ」

「あ、良いにゃ~♪そのまま犯してくれても構わないよ?」

「うん、丁重にお断り申し上げる―――朝ごはん、ベーコンエッグで良いか?」

 

 俺は黒歌の言葉に対し、満面の笑みで拒否してからそう尋ねた。

 

「……ぐす。最近、イッセー調子良すぎにゃん!にゃによ、その満面の笑み!!」

「俺の純粋な笑みだが?」

「―――ちょっとは動揺してよ~~~~~!!!!」

 

 黒歌が喚くも、悪いが俺にはもう色気攻撃なんて利かない!!

 俺は紳士だからな!!

 ……ともかく

 

「鰹節をふんだんに使った味噌汁あるけど―――」

「―――イッセー、私、あなたに一生付いて行くにゃん。もう愛してるにゃん!!」

 

 ―――我が猫は、非常に扱い易いのだった。

 俺は黒歌の頭を手櫛をするように優しく撫でると、机の上に母さんが作ってくれたおかずと、俺の作った味噌汁を置く。

 最近は料理に興味を持ってるから、結構母さんと一緒に料理をしているんだよな~。

 ってか最近の俺の好奇心は異常なくらいだ!

 休み時間、クラスの友達が校庭でサッカーとかしてると参加したくなるし、お洒落とかにもかなり興味があるんだよな。

 だからリアスとか朱乃さんとかに色々アドバイスを貰いながら色々集めたりしている。

 ともかく今は……

 

「……イッセー先輩、頭を撫でて―――はにゃ!?」

「あはは、可愛いなぁ~!小猫ちゃんは!!」

 

 とりあえず頬を膨らませている小猫ちゃんで遊ぼうと決心するのだった。

 うん、昔からそうだけど俺の猫たちは異常なほど可愛いってもんだ!!

 ―・・・

 

 昼、俺は祐斗とギャスパーと共に街中にある公園にいた。

 

「ギャスパー!真の男が外を怖がってどうする!!」

「な、なら僕は女の子で良いです!!」

「―――馬鹿野郎!!」

 

 俺はポカン、とギャスパーの頭を軽くはたいた。

 ギャスパーはそれで頭を抑えて俺を上目遣いで見てくるが、知ったことか!

 

「良いか、ギャスパー。お前は男でもあり女でもある―――だがお前、完全に女じゃねぇか!」

「だ、だって女の子ならイッセー先輩と、その……夜の情事ってものを……」

「―――よし、今からにんにくをふんだんに使ったラーメンを食いに行くぞ」

 

 ……そう、昼はギャスパーの対人恐怖症を克服するために、街に繰り出したんだ。

 こいつは放っておいたらずっと家にいやがるから、それの予防策としてだな。

 それについてくるのが祐斗。

 誘っていないのに、知らぬ間に情報を聞きつけ、そして僕も一緒に行って良いかな、なんて聞いてきたから承諾したんだが……

 

「―――それでイッセー君、僕は常々、前に君にすっぽかされた映画を見に行きたいと思っていたんだよ」

「いつの話をしてんだよ。それって俺が悪魔になりたての時の話だろ?」

 

 ……妙に、こいつの距離間が近い気がして仕方ない。

 ってか祐斗、戦闘時とか普段は分からないけど色々と覚醒してんだよな。

 ―――すっかり忘れていたが。

 

「とりあえずギャスパー苦手克服プログラムに乗っ取ろう―――ラーメンを食いに行って、それからホラー映画だ」

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!にんにく、怖いぃぃぃぃ!!!ホラーはもっとダメですゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「ぎ、ギャスパー君?僕たち、ある意味でホラーの類の存在だけど……特に君なんて、吸血鬼だよ?」

 

 祐斗の的確なツッコミがギャスパーに炸裂する!

 しかしギャスパーの喚きは収まらなかった。

 

「こ、怖いものは怖いですぅぅぅ!!!そんなものは目を逸らしていても―――」

「―――怖いものから目を逸らしていたら、いつまで経っても逃げ続けるだけだ」

 

 俺はギャスパーの肩を掴んで、ギャスパーと同じ目線でそう言った。

 

「俺は前に進んだ。だからギャスパー!お前もいつまでも逃げるのは止めようぜ?」

「い、イッセー先輩……―――ごめんなさい、僕、大馬鹿野郎でしたッ!!」

 

 するとギャスパーは俺の手を掴んで、カッと目を見開く!

 力強い目だ!!

 

「イッセー先輩!僕、逃げません!!イッセー先輩の雄姿を思い出して、僕だってなんだってしてみせます!!!」

「―――良く言った、ギャスパー!!じゃあ行くぞ!!」

「はい!!!」

 

 俺とギャスパーの声が一緒になる!

 その光景を見ている祐斗は苦笑いをしており、そして俺は言った。

 

「―――あ、それとそのラーメン屋は元吸血鬼ハンターがしている店らしいからな」

「へぇ、そうなんです、か……………………………………え?」

 

 俺の何気ない言葉にギャスパーは表情を失う。

 だがこいつは言った―――逃げないと。

 裏は取れた。

 さぁ、行こうか。

 

「よし、レッスン1!苦手な存在を複数前にしてどれほど冷静でいられるか!!ギャスパー、行くぞ!!」

「い、い、いやぁぁぁぁあああああああああ……―――」

 

 ギャスパーは俺に引っ張られながら、断末魔をあげる!

 俺はそれを構わず引っ張って行くのだった。

 

「……ホント、何なんだろうね。さっきのシリアス」

「気にしない方が良いと思うよ?」

 

 俺は祐斗の苦笑いにそう言うのだった。

 ―――ラーメン屋前に到着。

 その頃にはギャスパーは白目を剝いている。

 だが目を逸らしてはいけないと感じ、俺はギャスパーの頬を軽く捻った。

 

「あ、あぁん……っ―――あれ?ここは……はッ!!」

「いや、今の喘ぎ声は何なんだよ!?」

 

 俺はギャスパーの不意打ちについツッコんでしまうが、ギャスパーはそれどころではないようだ。

 目の前のラーメン店―――更にはこの距離から匂うにんにくの匂いにやられていた。

 

「こ、こうなれば停止の力を使って―――あ、イッセー先輩だから無理だ、あはは~~~…………うぇぇぇぇぇんッ!!」

「諦めろ、ギャスパー…………さぁ、新境地へ行こうぜ」

 

 俺たちはそう言いながら、ラーメン屋に入って行った。

 ―――その内装は凄まじいものだ。

 

「へい、らっしゃい―――三命様でよろしいかね?」

「……なんか、ニュアンス間違ってない?」

 

 俺は店の店主と思わしき、見るからに怪しそうな人物にそう言った。

 真っ黒なコートに首元には十字架。

 手には何故かニンニクに糸を通した腕輪みたいなものをつけていて、目つきが鋭い。

 正に歴戦の覇者と呼ぶにふさわしいヒトだ!

 

「へい、こちらのテーブル席へどうぞ……」

 

 テンションのやけに低いおじさんは猫背の状態で俺たちを席に案内する。

 なお、現在ギャスパー。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや……」

 

 ……壊れちゃった。

 なお祐斗は―――

 

「あの人、間違いなく相当の剣使いだね。身のこなしからして間違いない―――一度、剣を交わしてみたいものだよ」

 

 ……剣馬鹿だった。

 ともかくこのままじゃあ埒が明かない!

 

「へい、お客さん……こちら、我が店の名物―――吸血殺しのにんにく聖水ラーメンになりやすぜ……」

「……それは僕たちにも効きそうな物だね」

 

 祐斗がおじさんの見せて来た禍々しいほど赤いラーメンを見て、そう言った。

 ……だがギャスパーはもっと足りないものがある。

 苦手うんぬんよりも更に―――食べる量が極端に少ないんだ。

 

「ギャスパー、お前の普段のお昼ご飯は何だ?」

「へ?あ、えっと……サラダと、お水と、お魚です」

「―――女子か、馬鹿野郎!!」

 

 俺はどこからか出したハリセンで、ギャスパーの頭を叩いた。

 ……どこから出したんだろう。

 まあ良い!

 

「年頃の男子がそんなでどうする!!」

「だ、だから女の子―――いえ、何もないです。だからそのハリセンを下してくださいぃぃぃぃぃ!!!」

 

 ギャスパーは俺のハリセンを見て、すぐにそう慌てふためいた。

 

「ともかく、ギャスパーはこんなに細いんだ。もっと食べないといけないだろ?」

「だ、だったらイッセー先輩のご飯を食べたいなって……」

「―――甘ったれるな!!」

 

 ……俺は自分でも気付いている。

 ―――今日の俺は、テンションが異常に高いということを。

 

「苦手なものを好きなものにする。これはとても素晴らしいことだ―――ならば、俺の後輩を名乗るのならばギャスパー……俺はお前がそれを出来ると信じている」

「い、イッセー先輩……ッ!!僕、間違っていました!!」

「……あはは。このやり取り、さっきも見たような気がするよ」

 

 既に空気と成り果てた祐斗は再度苦笑いで応えるも、俺の(ハート)は止まらねぇ!

 俺は店主を呼んだ。

 

「……へい、お客さん。ご注文はお決まりに―――」

「―――店長、こいつに裏メニュー……『吸血砕きの生血とんこつラーメンギガ盛り』を頼む」

「……それは随分と挑戦的でございますね……少々お待ちを」

 

 店長は引き笑いをしながら厨房へと姿を消す。

 ……するとギャスパーは恐る恐るといった風に話しかけた。

 

「……えっと、生血とか、ギガとか―――そもそも吸血砕きって何ですか?」

「ふふ。安心しろ、ギャスパー」

 

 ギャスパーはその言葉に顔を綻ばせる。

 表情がパァァッと明るくなり、俺に抱き着こうとしたその瞬間だった。

 ―――いつの間にか、ギャスパーの目の前に超巨大なラーメン皿が置かれていた。

 

「……骨は、拾ってやる」

「ぷ、くすすす……ッ!!ダメだよ、もう笑うの我慢できない……!」

 

 祐斗の野郎がお腹を押さえて笑うのを我慢するが、だが俺はギャスパーを想ってここに連れて来た。

 

「う、嘘、ですよね~♪い、イッセー先輩が僕を見放すなんて、そんな」

「……ちなみにこれは完食したらタダ、しなければ一万円だ―――食わなきゃ、今度本気で修行だからな」

 

 ……そう、ここの代金は俺が持っている。

 だから―――食えなきゃ、許さない!

 そうして俺企画によるギャスパー強化計画は進んでいくのだった。

 ―・・・

 

 午後三時頃。

 ギャスパー強化計画を終えた俺は駒王町の隣町にある花園に来ていた。

 理由と言えば―――

 

「あ、イッセーさん!こっちです~~~!!」

「やっほやっほ~!!イッセーくん!!」

「ふむ……花を愛でるのも、偶には良いか」

「何を言うの、ゼノヴィア!イッセーくん的にはお花の似合う女の子が好みのはずよ!!」

 

 ……教会トリオ&ヴィーヴルさんに誘われたから。

 今日はなんていうか、仲間からのお誘いが集中して時間ごとに割り振って皆と遊ぶってことになっている。

 夜は夜で予定が入っていて、何ともまあ……忙しい一日だ。

 っていうかヴィーヴルさん、あなたは元々隠居しているのではないのですか!?

 俺はそう思いつつ四人に近づいていった。

 

「お久しぶりです、ヴィーヴルさん!」

「うんうん!一週間ぶりだよね!!」

 

 ……そう、実はヴィーヴルさんは出会ってから結構な割合で内に来ているんだ。

 大抵は夜刀さんと一緒の時が多いんだけど、夜刀さんは結構忙しいヒトだ。

 三善龍のリーダー格の夜刀さんが中々自分の相手をしてくれないということで、ヴィーヴルさんは良く兵藤家に遊びに来る。

 もしかしたら俺の知らないところで内に来ているかもしれないな。

 

「で?どうして俺を呼び出したんだ?」

「あ、それは私から説明するわ!」

 

 ……するとイリナは突然挙手をして、そう言った。

 

「実はね、この花園の園長と私、知り合いなんだけど……どうも最近、花の調子が悪いそうなのよ!」

「花の調子が悪い、か……確かに思った以上に花は咲いていないが……」

 

 うぅ~む……だけどそれじゃ俺が呼ばれた意味が分からないな。

 

「だから今回、アーシアさんとヴィーヴルさんっていう癒しコンビと、その行動源のイッセー君に来てもらったってことなの!」

「行動源って……まあ困っている人がいるなら、それを率先して助けようとする―――イリナの美点だな!」

 

 俺はイリナのそういうとこが気に入り、つい頭を撫でてしまう。

 ……それを見た御三方がジト目になったが。

 

「な、なんか撫で方が今まで以上に優しくなった?―――は、不味い!!」

 

 するとイリナはすぐさま俺から距離を取り、深呼吸をする……あ、そういえば忘れてた。

 

「すぅ~、はぁ~―――よし、まだ私は堕ちないわ!!」

「そんなことで堕天するほど、天使って大変なんだなぁ」

 

 俺はイリナを見ながらそうしみじみと思うのであった。

 

「その点、悪魔の私はイッセーと性交することが出来るから問題ないな―――どうだ?グラッと来たか?」

「うん、そんなんでグラッと来たなら、俺今頃何人の女を抱いてるんだろうな」

 

 俺はゼノヴィアの後頭部に軽くチョップを入れ、そうツッコむ。

 

「……むぅ。中々イッセーは手厳しい―――ところでアーシア、イッセーとはどこまで進んだのだい?」

「へ?」

 

 するとゼノヴィアは突如、アーシアに話を振った!

 あ、あの野郎!!

 まさかアーシアに話を振るとは思わなかった!

 

「い、一応キスと……この前、お風呂に突撃してお背中を御流しして……あ、それと毎朝イッセーさんが起きる前にキスを―――」

「ちょ、アーシア!?最初と真ん中のはさておいて、起きる前に何してんの!?」

 

 俺はいきなり知らされた新事実に驚愕の色を隠せないッ!!

 っていうか俺の起きる時間ってかなり早いけど、それより早く起きるなんて信じられないぞ!!

 そしてアーシアが最近、とっても大胆だ!

 

「あ、これはオフレコでした……えへへ」

「―――可愛いから許す」

 

 俺はあざとく舌をペロッと出すアーシアを見て、即答するのだった。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!!さ、最近の子はそんなに進んでいるの!?わ、私だってまだキスも何もしたことな―――はわわわわわわッッッ!!!」

 

 するとヴィーヴルさんが盛大に慌てふためき、そして自爆する。

 ……ああ、夜刀さん。

 貴方が何だかんだでヴィーヴルさんの面倒を見る気持ち、今の俺なら分かるよ。

 ―――このヒト、すっごい可愛い!

 俺はヴィーヴルさんと視線を合わすようにしゃがみ込み、そして……

 

「―――スピードって、ヒトそれぞれだと思うんですよ。貴方には貴方なりの速度がある……だからそんな恥ずかしがらなくても良いんですよ?それにそれだけヴィーヴルさんが穢れのない、綺麗なヒトってことなんですから!」

「…………や、優しい……うぅぅぅッ!夜刀君、私に意地悪ばっかりするから、最近そんな真っ直ぐ優しくしてくれる人なんていなくてぇぇぇッ!!」

「俺で良ければいつでも話を聞きますよ。だってヴィーヴルさんも俺の家族なんですから!!」

「……うんッ!で、出来れば従姉が良いなぁ~……なんて、えへへ」

 

 ……年齢不詳とはこのこと如何に。

 このヒトは確実に俺たちよりも長い年月を生きているはずなのに、普通のヒトよりも純粋で綺麗な心の持ち主だったのだった。

 

「……そう、これが最近のイッセー君ポリシーなのよね~……異様に優しいというか、距離感が近くなっというか……」

「これが自分の問題をどうにかして、前に進んだイッセーということか」

「でもそのおかげで……ふふ」

 

 背後から聞こえる三人の声。

 ―――俺はあの戦いの後、仲間の皆に包み隠さず全てを話した。

 あの時、ミリーシェに再開したことや守護覇龍のこと。

 シトリー眷属の皆にも俺の全てを伝え、一番最初に反応したのは匙。

 ―――ヒトってあんなに涙を流しながら、熱くなれるものなのかってのを垣間見た瞬間だったな。

 匙は根っからの熱血漢だから、俺の話を聞いて号泣し、その後ご飯を奢ってくれた。

 ……ああ、あの会長が惚れたのが良く分かるぜ!!

 

「ともかく、さっさとボランティアを終わらせようぜ!花を元気にするなら、その神器を即座に創れば良いだろ?」

『花を元気にする神器―――実にロマンチックで、優しい神器です』

 

 フェルはノリノリのようだ―――確かに、最近は物騒な神器だったり、挙句性欲を抑える神器なんてものも創っていたからな。

 小猫ちゃんの発情期の時は焦ったってもんだ。

 

「よくよく考えれば、ここに癒しの力を持つ三人が集まったってことよね?それはそれですごい気がするわけよ!」

「確かにアーシアは言わずもがな、ヴィーヴルも三善龍の一角で癒しの龍、イッセーに至っては癒しの神器自体を創り出せるわけだしな」

「……そう言っても、やっぱり二人の癒しパワーには遠く及ばないからな―――まあ物は試しだ」

『Force!!』

 

 俺は即座にフォースギアを展開し、創造力を溜める。

 ……さて、どんな神器構造にしようか悩むな。

 癒すだけなら癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)で事足りるけど、でもあれは傷を癒す神器。

 花と言えば……そうだな、水と太陽。

 栄養が通れば花も元気になると思うが―――そうだな、例えばアーシアとヴィーヴルさん。

 二人の癒しパワーがこの花園全体に届けれるような、しかもそれを増幅させるものを創れればいけるか。

 

「……よし、工程完了。んじゃ手っ取り早く神器を創るか」

『Creation!!!』

 

 俺は少ない創造力で神器を創る。

 形は輪上の銀色の光。

 特に名前は決めておらず、ただ光輪が伸ばした範囲に与えられた効果を付加するものだ。

 要は影響範囲を広げられる神器。

 ……白銀の光輪(スターランジ・リング)ってところか。

 俺はそれを人差し指でクルクルと回し、空へと放つ。

 建物として存在している花園に白銀の光輪が広がっていき、そして建物全体を包み込んだ。

 後は俺の手の内にある白銀の球体に癒しパワーを注げば、それで完了って手筈。

 

「良し、アーシアにヴィーヴルさん。ここに回復オーラを放ってくれ」

「は、はい!」

「り、りょーかいだよ!!」

 

 するとアーシアによる碧色の回復オーラが、ヴィーヴルさんによる橙色の回復オーラが混ざり合っていく。

 ……っとここで俺という調味料を入れてみるか。

 

『Boost!!』

『Transfar!!!』

 

 俺は篭手を瞬時に展開、倍加してそれを二人のオーラに譲渡した。

 すると回復オーラの大きさは跳ね上がり、そして―――花園に幻想的な碧色と橙色の光が旋律のように舞っていった。

 ……綺麗な光景だ。

 煌びやかな色とりどりの花弁と、煌め碧と橙の織りなす芸術のような光景を前にちょっと感動を覚える!

 

「流石、癒しの二人のすることは一味違うよな」

「そ、そんなことないですよ~……ふふ」

「え、えへへへ……とってもとっても嬉しいな!そんな風に言って貰えて―――やっぱり変わったよね……」

 

 アーシアとヴィーヴルさんがはにかむように恥ずかしがり、ヴィーヴルさんは何かをボソッと呟いた。

 ……変わった、か。

 それは俺に対して言っているのかは分からないけど、ただ俺の考える通りなら―――変わったんじゃなくて、変えることが出来たんだよ。

 決して自分の口からは言わないけど。

 ともあれ問題だった花の不調はこれにて解決、時間が余っちまった!

 

「―――よし、どうせだから偶には花園で茶話会と洒落込もう!ちゃんとお菓子は用意して来たからさ!」

「す、すごいわイッセー君!ここまでの気の遣いよう!!出来る男って感じがするわ!」

「だ、だが色々な種類があるがお金は大丈夫か?なんなら私も少しは出すが……」

「まあ気にするなって―――予想外にあいつが頑張ってくれたからな」

 

 ―――星となったギャスパーよ。

 祐斗に担がれながら勝者の美酒を浴びた戦士よ。

 …………ぶっちゃけ、あれを完食できるとは思っていなかったよ。

 俺は今は亡き盟友を想い出し、十字を切る―――ってイッテェェェェェェッ!!!?

 

「うぉぉぉ、自分が悪魔だってこと忘れてたッ!?」

「い、い、イッセーさんが私みたいなことをするなんて!?」

「お、お茶目なところもあるんだね!!」

 

 ―――そこ、関心してる場合じゃない!!

 ってか本気で痛いッ!!

 ……俺は初めて、聖書の神を少し恨んだのだった。

 

「………………んん?」

 

 俺はふと目を横目で送った。

 そこにはこの花園に合わない恰好をしている男性が一人、巨大な花のブーケからこっちを覗いている。

 頭には麦藁で出来た帽子、恰好は和の服装でこっちの様子を伺っていた。

 ―――ご丁寧に仙術で気配を消して。

 そして何より驚くべきことがもう一つ。

 

「……チビドラゴンズも一緒になって何やってんだよ!?」

 

 ―――チビドラゴンズは少女モードになって、しかも際どいクノイチの恰好をして、こちらを見ていた!!

 俺は即座に座席から立ち上がり、ドスドスと夜刀さん達の方に歩いて行く!

 

「おぉ、イッセー殿!奇遇でござるな!!拙者、ここに花を愛でに来―――」

「―――いくら夜刀さんでも、俺、怒りますからね?どうしてチビドラゴンズがこんな卑猥な恰好しているんですか?」

 

 夜刀さんの肩を掴み、そう問いただす俺。

 目はおそらく光を失っているだろう。

 だが俺は問いたださなければならない。

 ―――俺には役目があるんだ。

 

「―――絶対に、この三人をティアのようなドラゴンにはしないッ!俺はこの三人を可憐で、強く誇り高いドラゴンに育てるっていう役目があるんだ!!」

「にひひ~!にぃちゃんが可愛いだってさ!メル、ヒカリ!!」

「兄さんにそう言ってもらえるなら、わざわざこんな格好した甲斐があるね!」

「……私の考え、グッジョブ」

 

 可愛い三人はさておくとして―――さあ、尋問を始めよう。

 

「お、落ち着くでござるぅぅぅ!!!チビドラゴンズ殿は自らこれをして」

「俺が三人をそんな教育をしているとでも思うんですか?ねえ?」

「め、目が据わっているござる!目を覚ますでござるぅぅぅ!!」

 

 夜刀さんが懇願するも、悪いが今日の俺は止まらない!

 

「……でも流石にあれは止めるべきっしょ?」

「まあ……メル達が夜刀さんにここに連れて来てもらうよう頼んだわけだし」

「でも……にぃにが私達のために怒ってくれるのは……良いっ」

「「分かる!!」」

 

 ……どうやら三人は俺を止めるつもりはないようだった。

 ならば―――

 

「さあ夜刀さん……お話(お説教)の時間ですよ」

「せ、拙者は無実でござるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 ……本日何度目というほどの断末魔が響くのだった。

 ―――実は俺はほとんど怒っていなく、ただ夜刀さんを弄りたかったというのが本音だったりするのだった。

 ―・・・

 

「ともあれ、無事拙者の冤罪を晴らせて良かったでござる!」

「ま、初めから知ってたんですけどね~」

 

 それから10分後、茶話会に夜刀さんとチビドラゴンズが加わることになった。

 チビドラゴンズは既に幼女モードになっている。

 最近では少女モードも耐久時間が長くなって来たようだけど、やはりまだ幼女モードが安定するそうだ。

 

「もうもう!どうして夜刀くんがいるの!?」

「それは当然、家族在りしところに拙者がいるというわけでござる―――何せ、拙者はイッセー殿の従兄であるが故」

「……夜刀君、ホントイッセー君のこと大好きだよね」

「当然でござる!!」

 

 夜刀さんは胸を張って、はっきりした声でそう頷いた。

 ……このヒトほど自分に素直な人を俺は見たことがないな。

 言葉には嘘偽りはなく、ただ真っ直ぐなヒトって感じだ。

 

「拙者、感動の極みでござる。あれほど禍々しかった覇の力を、あれほどまでに優しい力に昇華する―――正直に申すと、あの時のイッセー殿こそ善龍の名に相応しい。そう思うのでござるよ」

「……ありがとうございます。その言葉は素直に受け取ります!」

 

 ……心情の変化だな。

 今の俺は嫌に素直で、ある意味で夜刀さんに近い気がする。

 やっぱり胸の閊えがマシになったっていうか、ミリーシェとの再会が俺を前に進ませてくれたってところだ。

 それに新たな希望が生まれた!

 それが今の俺の調子の良さだと思う。

 

「……さて、では拙者はこの茶を一杯貰い、すぐに立ち去るでござる」

 

 すると夜刀さんはカップに入ったお茶を飲み干し、そのまま立ち上がった。

 ……どうしたんだろう。

 もっとゆっくりしていけば良いのに―――そう思った時、悟ったように夜刀さんは俺に言葉をかけた。

 

「―――拙者、当面の間は京都の方に出向くでござる」

「…………京都、ですか」

 

 俺は夜刀さんの言葉を反復するようにそう呟く。

 

「やはり善龍という看板は安心感があるのか、拙者のところに来る依頼が殺到しているのでござるよ。それに―――ディン殿の情報も、京都の方から入ってきたでござる」

「「ッ!!!」」

 

 その言葉に俺とヴィーヴルさんが驚いた。

 ……ディンといえば、今は亡き三善龍最後の一角。

 誰かを救うため、自らを犠牲にした優しいドラゴンの名だ。

 

「ディン殿は魂を神器に封じ込められ、その存在を残したでござる。その神器は未だ発見されておらぬが、それを京都の妖怪がそれらしき影を見たと申しているのでござる」

「……それで行くんですか?もしかしたらあなたを呼ぶためのデマカセかもしれませんよ?」

「―――それでも、愚直に進むしかないでござるよ。それはイッセー殿が拙者に教えてくれたことでござる」

 

 すると夜刀さんは俺の頭に手を置き、そしてくしゃくしゃにするように撫でて来た。

 

「……優しき赤龍帝よ。お主はその優しさを貫き、守護の道を辿るでござる。イッセー殿にはそれが一番似合っていて、何より―――そっちの方が、拙者は好きでござる!」

「……はい。俺は皆を護るために戦います」

 

 ……だからあなただって護って見せる。

 あの時、俺が死にそうになっていた時……俺を護ってくれたから。

 ―――そして夜刀さんはヴィーヴルさんの方を向いた。

 

「……ヴィーヴル殿。当分は拙者は京都に篭るでござる。故にヴィーヴル殿とは会う機会がないでござる―――でも、もう大丈夫でござるね」

「夜刀くん……」

 

 夜刀さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、ヴィーヴルさんの頭を撫でた。

 ……夜刀さんにとって、ヴィーヴルさんはある意味で妹みたいな存在だもんな。

 この二人の関係を見ていれば分かる。

 ……言葉なんて二人には要らないんだろう。

 夜刀さんは特に何も言わず、頭を撫でると俺たちに背を向ける。

 そして―――風のように消えていった。

 

「……イッセーくんとは違う意味で、あの人もカッコ良いよね。なんか、優しさを体現したようなドラゴンだもの」

「そうだな。故に三善龍という名を付けられるのだろう―――イッセーと相性が良いのは、きっと二人が似ているからだと思うよ」

「ふふ……そうですね。どっちもとっても優しいです!」

 

 教会トリオは俺たちを見ながら、そんな会話をしていた。

 ……俺もあの人の背中みたいに、大きくなりたい。

 そう思わせてくれる夜刀さんって、やっぱりまだまだ敵わないな。

 俺はそう思っていた。

 ―・・・

 

 茶話会が終わり、時は夕方。

 俺は部長に呼び出され、今度は駒王学園オカルト研究部部室に来ていた。

 何で呼び出されたのかは聞いていないけど、まあ悪魔関連のことだろう!

 俺はそう理解して、部室の扉を開い―――

 

「お帰りなさいませ、ご主人様♪私にします?やっぱり私にします?それとも―――わ、た、し?」

「朱乃!結局それって全部食べられるじゃない!!ずるいわ!!」

「……………………はぁぁぁぁ…………」

 

 ついに大きなため息を吐く俺。

 そりゃそうだ―――呼び出された理由がこれかよ!?

 

「―――どれもお持ち帰りしませんから!!それとリアス!!ズルいってなんだよ、ズルいって!!はい、そこ!!勝手に腕にくっ付こうとしない!!」

 

 俺は朱乃さんの問題発言に的確にツッコミ、更にリアスに指摘、そしてその好きにくっつこうとしている朱乃さんにデコピンを一つ放つ。

 ……このお姉さま達は問題児だな。

 

「うふふ……私とイッセー君の仲ではありませんか。互いの全てを分かり合っているのですから♪」

「過去の話ですよね?ってかこれで呼び出したんなら俺、帰りますよ?」

 

 俺は面倒になって魔法陣を展開するが、すぐさまリアスはそれを止めに入った!

 

「ちょっと待って、イッセー!流石にそれは冷たくないかしら!?」

「そうですわ!ちょっとくらいお姉さま達に構ってくれてもいいものと思いますわ」

「……じゃあちょっとだけですよ?」

 

 仕方ない。

 こうなってしまえば、さっさとお姉さま方を満足させるような演技をするしかない。

 何分、俺は小さい頃から演技が得意である。

 ―――子供の演技をずっとしてたからな。

 俺はすっとリアスの懐に入り、そして彼女の顎に手を当て、くいっと顔をあげさせる。

 そして吐息の音が聞こえるほど顔を近づけ、真っ直ぐリアスを見た。

 

「へ?い、イッセー」

「……リアスが、こうしろって言ったんだよ?ほら、顔を逸らさないで」

 

 ……もうとことんまでリアスを追い詰めてやろうと心の奥で決心し、俺は目を逸らそうとするのを遮る。

 リアスはみるみる内に顔が真っ赤になり、俺は極めつけというように頭を撫でた。

 

「ちょっと恥ずかしがってるリアスの方が俺は可愛いと思うよ?ほら、今みたいに」

「………………ごめんなさい、やっぱり恥ずかしいからやめて……ッ!!」

「いや」

 

 離れようとするリアス、離そうとしない俺。

 リアスには悪いが俺を乗り気にさせたそっちが悪い!

 俺はリアスを弄るようにからかい続けること五分―――リアスは涙目で、上目遣いでこちらを睨んでいた。

 だけどその目つきは全然怖くなくて、普段のギャップ差のせいかむしろ可愛かった。

 俺はそれでついつい頭を撫でてしまうと、リアスは何も言えなくなった。

 ……すると俺に近づいてくる朱乃さんの影が一つ。

 

「―――ずるいですわ。私でも遊んでくれないと……」

 

 朱乃さんはそんなことをプクッと頬を膨らませて言ってくる。

 ……朱乃さんって確かドSだよな?

 

「あのですね、朱乃さん。あなたは人を苛めることが大好きな、ドSなはずなんですが……」

「……朱乃って言ってくれないと嫌ですわ。リアスはリアスって呼んでいるのに……」

 

 ……なるほど、朱乃さんの不機嫌な理由はそれか。

 正直部長をリアスって呼ぶのも微妙に違和感が残っているからな。

 だけど確かに不公平って感じるかもしれない。

 今のところ俺が敬語を使うグレモリー眷属は朱乃さんだけだからな。

 ……そうだな。

 

「うん、じゃあ今日から朱乃って呼ぶことにする」

 

 ……まあ違和感は何とか慣れるしかないとしてだ。

 そろそろ俺が呼ばれた理由というものを教えてもらいたいところだな。

 

「なに、あの変則的な飴と鞭は……もしかしたら朱乃並にイッセーてドSなんじゃ……」

「うふふ……リアス、そろそろイッセー君に教えてあげてよろしいんじゃないですか?」

 

 朱乃はリアスに耳打ちするようにそう言うと、リアスはハッとしたような顔をしていた。

 

「あ、忘れてたわ!彼女を外で控えさせて―――」

「―――ひどいです!!あんまりです、ずっと外で放置するなんて!!」

 

 ―――すると窓の外からバン!っという音と共に姿を現す一人の女性。

 女性教師が着ているようなパンツスーツで身を包み、背が高くきらきらとした銀髪の美女。

 ………………えぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!?!?!?!?

 そこには見知った姿があったのだ。

 

「あ、お久しぶりです!イッセー君!!あの戦いぶりですね!!」

「ろ、ロスヴァイセさん!!?なんであなたがこんなところにいるんですか!?」

 

 驚きでしかない!

 なんたってロスヴァイセさんはあのオーディンのお付きのヴァルキリー!!

 事件が終わっているのにこんなところにいるのはいくらなんでもおかしいってもんだ!

 あれか?この人がいるってことはロキを倒したから、次の神様が攻めてくるってか!?

 

「また神様の襲撃ですか!?なら俺、何度だって守護覇龍を使って―――」

「あ、それは違いますよ?だって私は自分の意思を持ってここにいるのですから」

 

 ……するとロスヴァイセさんは俺の言葉の真意の意味を取り汲んだようにそう言った。

 ―――自分の意思でここにいる?

 俺はそれを考えていると、ロスヴァイセさんは語り始めた。

 

「……私はオーディン様に自ら辞表を出して来たのです」

「―――え?」

 

 ……正直、信じられなかった。

 あの仕事に誇りをもってヴァルキリーをしていたロスヴァイセさんが、まさか自分から辞表を出したことに。

 ……って待てよ?

 彼女は今、フリーってわけだ。

 ならなんでここにいるんだ?

 ……俺が答えに近づこうとしたその時、ロスヴァイセさんは話し続けた。

 

「……あの時、私は…………いえ、私たちは境地に立たされていました。ロキの猛威でイッセー君は倒れ、みんな傷ついて前線は崩壊し、絶望でした―――その時、その絶望を払い去ったのは一度は倒れたはずのイッセー君でした」

 

 ロスヴァイセさんは思い出すように話す。

 その表情は頬が赤く染まっていた。

 

「私はあの優しい力……紅蓮を見たときに決めたんです―――あなたを私の勇者(エインヘリヤル)にしたいと」

 

 ―――勇者。

 それはヴァルキリーが生涯を尽くして見つける、自身が仕えるべき存在のことだ。

 それは悪魔である俺には似合わない単語で、そして彼女の言っていることの意味は……

 

「……だから私はあなたの傍で戦いたいがために…………悪魔になりました」

 

 ―――その背中には悪魔の翼が生えており、それがロスヴァイセさんが悪魔になった証拠だった。

 ……半神であるヴァルキリーが俺たちの仲間になる。

 だけど少し複雑だった。

 

「それで……悪魔になって、後悔はないんですか?」

「ええ、ないです」

 

 ロスヴァイセさんはきっぱりと断言する。

 

「こう、私の女の勘といいますか……それが反応したのです!だから後悔なんてありませんし……イッセー君の活躍を間近で見れるんですからこれくらい安いものです!」

「……本当にもう、あなたといいリヴァイセさんといい無茶な人なんですから」

 

 俺はロスヴァイセさんのおばあちゃんの顔を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 ……リヴァイセさんが聖剣計画の生き残りの子供たちを引き取ると言ったとき、彼女は躊躇わずに俺の願いを聞いてくれたんだ。

 自分にかかる負担なんてお構いなしに自分のやりたいことを、正しいと思ったことを行動する。

 ……そっくりだよ、やっぱりこの二人は。

 

「……俺は勇者なんて大層なものにはたぶんなれないです。でも……あなたが俺を注目してくれるなら、期待して一緒にこれからも戦ってくれるというなら―――これからよろしくお願いします!」

「……ええ!このロスヴァイセ、どこまでもあなたのために、グレモリー眷属のためにこの腕を振るうつもりであります!!」

 

 ロスヴァイセさんは笑顔でそう言うと、すると背負っていた大きな包みを下した。

 それは細長い何かで、何故か神聖なものを俺は肌で感じる。

 

「えっと……その重そうなものは何なんですか?」

「あ、これですか?これはですね―――オーディン様が退職金として特別に下さったグングニルのレプリカです♪」

「へぇ、グングニルのレプリカですかぁ~――――――……は?」

 

 俺はどうやら聞き間違いをしたようだった。

 ……んん?

 よし、もう一度聞いてみよう。

 

「えっと……退職金に何をいただいたんですか?」

「ええ、グングニルのレプリカです」

「「「…………………………………………………………」」」

 

 ……リアスと朱乃、俺の心が一つになる。

 目を合わせると、その眼には信じられないという言葉が書いてあるかのような表情だ。

 グングニル―――それは北欧の主神、オーディンが使った時大勢の中級悪魔、上級悪魔を一投放っただけで全滅に追い込んだ、神投槍・グングニル。

 一度だけ見たことはあるけど、その神々しいオーラはロキの神炎剣・レーヴァテインを超えていて、それを投げると莫大な威力を放ち、しかも最後は手に戻ってくるというよう性能の武具だ。

 ―――レプリカとはいえ、それを普通は一介のヴァルキリーに渡すのか!?

 

「とはいえ、やはりレプリカですからね。力は本物の10分の1程度らしいです。この槍の機能はほとんど同じですが、出力が圧倒的に弱いそうなので、それを北欧式魔術で補えば……あ、すみません。昔からの癖で……」

「い、いえ……まさかそんな贈り物をされてここに来ているとは思っていなくて……」

「ええ……よく『戦車』の駒一つで足りたものだわ」

 

 ……ヴァルキリーが駒価値5で悪魔に転生できたのか。

 本来は神格持ちは悪魔にはできないはずなんだけど、ロスヴァイセさんは半神だから大丈夫だったのだろう。

 ―――ともかく、これで俺たちの眷属は全ての駒が揃ったわけだ。

 

「滅びの魔力を有した『王』リアス・グレモリー、伝説の堕天使の血を引く雷光の使い手『女王』姫島朱乃、聖魔剣の『騎士』木場祐斗、デュランダル使いの『騎士』ゼノヴィア、猫又の『戦車』塔城小猫、半神ヴァルキリーの『戦車』ロスヴァイセ、吸血鬼のハーフで停止の力を持つ『僧侶』ギャスパー・ヴラディ、絶対の癒しの力の『僧侶』アーシア・アルジェントに―――全てを守る守護の赤龍帝の『兵士』兵藤一誠、か」

 

 ……すると部室の扉の前にアザゼルとガブリエルさんがいた。

 ガブリエルさんの傷は既に完治しており、今は職場に復帰している。

 アザゼルは後処理がなかなか終わらないと嘆いていたけど、この様子じゃあ終わったんだろう。

 っていうかあんな長台詞をよく噛まずに言えるもんだな。

 

「これでようやくグレモリー眷属も完成したというわけですか……これはまた、凄まじい眷属ですね」

「まあ名前を並べれば伝説の力、または未知の力を携えた眷属だからな」

 

 アザゼルはどこか誇らしげな表情でそう言った。

 

「……期待してるぜ。お前たちがレーティングゲームでどれほどの活躍をするとか、どんな戦い方を見せてくれるとかよ。当然、俺は全力でサポートするからな」

「―――アザゼル、私のサポートするシトリー眷属だって十分に未来性のある眷属です。今回の件で匙君は鍛えがいのある力を得ましたから、私が徹底的にテクニックを鍛え上げます」

「……グレモリーは力だけじゃないぜ?木場やイッセー、それに今回でテクニックタイプのロスヴァイセすらも加入した」

「それ以外がパワー一辺倒じゃないですか?」

「「…………………………………………」」

 

 何故かにらみ合いになるアザゼルとガブリエルさん。

 この二人って大抵は言い争いになったり、険悪なムードになるよな。

 昔何があったかは知らないけど。

 ともかくだ―――

 

「よろしくお願いします、我が勇者!」

 

 ……ものすごく心強い人が、俺たちの仲間になったのだった。

 ―・・・

 

 夕方が過ぎ、夜に差し掛かった時間帯。

 俺は一人単身でとある家に向かっていた。

 普通の住宅街にある一軒家。

 そのインターホンを押すと、すぐに扉が開いた。

 

「―――あ、イッセー君!!いらっしゃいだよ!!ささ、入って入って!!」

 

 ……俺個人の友人であり、今年が受験生であるバイト中学生こと袴田観莉。

 俺が行きつけとなっている喫茶店で働いている天真爛漫な女の子で、俺が家庭教師をしている女の子だ。

 俺はリビングからすぐに部屋に通され、用意されている椅子に座って一息つく。

 

「ん?どしたの、イッセー君。なんか疲れた顔をしてるけど」

「今日はなかなか多忙な一日だからな!ちょっと疲れが今になって出たんだけど―――って今は観莉の勉強が最優先だ!!」

 

 俺は元気を出すようにパンッ!っと頬を叩き、気合を入れる。

 すぐに観莉に笑顔を送り、すると観莉は不思議そうな表情で俺を見ていた。

 

「……イッセー君、どこか変わった?」

「変わったっていわれれば変わったし、元々そうだといえばそうだな……うん、やっぱり何も変わっていないよ」

「……へぇ。なるほど~―――でも、表情が一時より随分と良くなって明るくなったよね!」

 

 観莉はうんうんと頷きながら納得するように表情を綻ばせた。

 ……まあ確かに覇龍関連でずっと俺はおかしかったからな。

 それでいろいろな人に迷惑をかけたし、実際に俺も死にかけた。

 …………今、俺がそれほどまでに変わったって言われることは良いことだよな。

 

「―――ほら、馬鹿言ってないでさっさと勉強始めるぞ!」

「ぶーぶー!ちょっとはお話させてくれてもいいじゃん!!最近、全然会えなかったんだから観莉ちゃん、寂しかったんだよ?」

 

 観莉はあざとく上目遣いで目を潤ませて、さらに手まで握ってそう言ってくる。

 ……最近これが流行っているのか?

 まったく、そうだとしたら俺も舐められたもんだ。

 何度も何度も同じ手が通用する俺じゃない!

 ロキとの戦いだって同じ手は二度も通用はしなかった!

 残念だった、観莉!!

 

「―――少しだけだぞ?ほんとに少しだけだからな?」

 ―――俺の意思は豆腐のように弱かった。

 …………30分後。

 

「でね?店に来たお客さんが何時間も居座るから、流石に私も怒ったんだけどね?」

 

 ……自分でも反省はしているよ。

 だけど思った以上に観莉との会話は盛り上がり、好きな漫画の話を語り、揚句の果てには観莉の愚痴すら聞いている俺。

 ―――女の子のうるうるな上目遣いは卑怯だと思うんだ。

 あんなの無視できる男っているのか?

 特に観莉や小猫ちゃん、アーシアの上目遣いっていうのは何だろうな……こう、保護欲と掻き立てるんだ!

 一生愛でたい気持ちになるっていうか……ともかく、そろそろ勉強を始めなければ。

 

「ふぅ~、あ、そういえばこの前、ショッピングセンターにフィーちゃんとヒカリちゃんとメルちゃんに似合いそうな服が売ってたよ?」

「―――店と値段を教えてもらえるか?」

 

 ―――こんなところでシスコンを発動してしまう俺であったのだった。

 ……更に1時間後。

 

「―――チェックメイト」

「うわぁぁぁぁん!!イッセー君強いよ!!手加減してよぅ、もう!」

 

 ―――俺たちはチェスをしていた。

 勉強を教えるために来たのに、全力で一戦交わっていた。

 

「悪いな、俺は勝負事には手加減はしない主義なんだよ」

「うぅ~……これちょっと自信あったのにな~……」

 

 真剣に凹む観莉を見て、少し罪悪感を抱く俺。

 ……でもわざと負けるのは許せないし、なんといえば良いのか。

 ―――難しいな、こういうの。

 …………………………………………うん?

 

「なあ観莉さんや」

「なぁに?イッセー君や」

 

 俺がそう尋ねると、乗ってきた観莉がそう返す。

 

「俺って今日、何しにここに来たっけ?」

「え?私とお家デートのためじゃないの?」

「………………メールの内容、見せようか?」

 

 俺は携帯電話を操作し、先日観莉と交わしたメールを見せた。

 そこには……

 

『おっす、イッセー君!

 うちのお庭に雑草が生えてきた今日この頃なんだよね~。

 ……ちがうちがう、それを言いたいんじゃないんだった!

 でもたまにはこんな変なメールも良いよね♡

 ―――でさ、実は折り入って頼みがあるんだよね。

 とつぜんで悪いんだけど、また勉強を教えてほしいの!

 しつれい極まりないんだけど、実はイッセーくんがいなきゃ勉強が捗らないだよね(´・ω・`)

 よろしくね♪ 観莉より』

 

 っという文面。

 どこにも不思議な部分はなく、俺はそれを観莉に見せると観莉は少し悪戯な表情をした。

 

「あ、もしかして気づいてない?このメール、最初の文字だけ縦で読んでみてよ♪」

「は、縦?」

 

 俺は観莉に言われ、携帯電話の画面を見る。

 そこには―――

 

「おうちでーとしよ……………………おい」

 

 俺は全てを理解して、観莉の頭をガシっと掴む。

 巧妙だった。

 そう、無駄に巧妙だったんだ。

 こんなことを考える時間があれば勉強すれば良いものを、彼女はただこれがしたかったために時間を削った。

 ―――さあ、説教の時間だ。

 

「なあ、観莉?今の俺の顔、どんな顔に見える?」

「え、えっと~……とっても優しくて、お兄ちゃんって感じかな!?」

「へぇ、そうなんだ~。はははは」

「「はははははははははははははは」」

 

 観莉が真似るように笑う。

 俺も笑う。

 彼女の表情は冷や汗を掻いたように青ざめており、俺は手を外さない。

 

「―――さて、じゃあ言い訳を聞こうか」

「―――ごめんなさい!許して、イッセーくぅぅぅぅんん!!!!」

 

 観莉は間髪入れずに情けなく謝ってくるが、これはお仕置きが必要さ。

 ああ、実に悲しいよ―――まさか、ギャスパーの二の舞を作ることになるなんて。

 

「……プロレス48手と関節技48手、それか精神崩壊術のどれが良い?」

 

 俺は笑顔でそう言うと、観莉は顔を引きつかせる。

 そして……

 

「わ、私のベッドで初体験48手なんて、ど、どうかな?てへ♪」

「―――そうかそうか……ははは」

 

 俺はそう表情を歪めながらふざけたことを申す彼女をベッドに放り投げ、そして―――

 

「―――何か言い残すことはあるか?」

「え、えっと……や、優しくしてね?」

「……ううん不正解。正しくは―――さようなら、だ!!!!」

 

 ……この後のことは言うまでもない。

 ―――その後、彼女を見たものはいなかった。

 

 ―・・・

 

「ははは、むしゃくしゃしたものがなくなったな!!」

「うぅぅ~……もうお嫁にいけない……穢された……主に関節を……」

 

 関節技48手を掛け終え、ベッドの上でぴくぴくしている観莉。

 途中から叫び声が凄まじいことになったけど、まあ一軒家だし大丈夫だろうと安直な考え方をしていたりする。

 ともかく肉体でのお説教は済んだし、そろそろ勉強を始めよう―――っと思って時計を見た。

 ……時刻午後9時。

 ―――俺の携帯電話が怖いほど鳴り響いていた。

 

「はぁ、はぁ……でも痛いのに、ちょっと体のしこりが消えたんだよね―――もしかして、私、新しい世界の扉を開いちゃった?」

「ごめん、今はちょっと黙ってて」

 

 心の中で勝手に目覚めてろ、と思いながら冷や汗を掻きながらディスプレイに表示されている人名を確認する。

 ………………兵藤まどか。

 電話は鳴り終わり、俺は着信履歴を見た。

 

「―――不在着信86件……」

 

 ……全力で怖かった。

 怖かったけど、俺はその数字に戦慄する。

 ―――プルルルルルルルル

 

「……イッセー君?出ないの?さっきからずっと鳴ってたけど……」

「…………観莉、お願いだから電話中は黙ってろよ?」

 

 俺は観莉に釘を刺し、通話ボタンを押す。

 そしてスピーカーに耳を当て、そして―――

 

『―――どうして電話に出てくれないの?ねぇねぇねぇねぇねぇねぇんぇねぇねぇねぇねぇんぇねぇ―――……』

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃいい!!!?」

 

 ……恐怖の余り、情けない声をあげて電話を強制的に切ってしまう。

 ―――なんだ、この恐怖。

 今までの敵なんて目じゃないほどの恐怖。

 俺はそれを今、抱いていた。

 ……凄まじい恐怖を目の前にした瞬間っていうものは、他の思い出したくない恐怖を思い出してしまうことが実はある。

 なぜこんなことを言うかといえば―――単に俺は思い出してしまったんだ。

 

「―――あ、やばい。今日、オーフィスとティアが帰ってくる日だ」

 

 ……邪龍狩りを終えた我がドラゴンファミリーの二人が、帰ってくるのが今日。

 そして―――夜刀さんとタンニーンの爺ちゃんですら狼狽した俺の過去を、俺はいまだに付き合いの長い二人に一言も伝えていなかった。

 そしてそのことをチビドラゴンズは知っている。

 しかもさらに言えばチビ共は俺に懐いている。

 つまり俺のしたことを全てティアに話すだろう。

 ……そう、全て。

 つまり自分たちですら知り得ていないことを第三者の口から語られる。

 ……それをあの二人が許すだろうか?

 ―――結論、許さない。

 ……それと共に俺の電話は再び音を鳴り響かせる。

 

「……イッセー君、今日、うちに泊まる?お父さんとお母さん、今日は帰ってこないし―――それに顔が、すっっっっっっごく!!帰りたくないって顔をしてるよ?」

「よ、よく分かったじゃないか、観莉……だけどな?―――男には、目を逸らしてはいけない時間ってもんがある」

 

 俺は立ち上がり、携帯の通話ボタンに手を掛ける。

 

「そう、それが今この時なんだ。俺はこの問題から逃げたら、たぶん一生後悔する……………………命的な意味で」

「そ、そうなんだ!!なんか分からないけどかっこいいよ!イッセー君!!」

「そうだろ!!」

「うん!!!」

 

 ―――俺は通話ボタンを押す。

 そう、まず最初に母さんに謝り、そしてその場にティアとオーフィスがいないことを確認しよう。

 そして念入りに彼女らに説明をし、納得してもらうんだ。

 母さんの叱咤なんて甘んじて受けよう。

 ……よし、計画は完璧だ。

 あとはこれを実行するのみ!!

 さぁ、俺の平和な一日への第一歩を踏み出すために!!

 

「―――もしもし母さん!?ごめんな、すぐに帰るからとりあえず今、そこにオーフィスとティアはいるかな!?いないんなら俺が帰ることはできれば隠しておいて!!これは母さんにしか頼めないことなんだ!!!」

 

 ……俺は母さんが許してくれる言葉の術を知っている。

 こういえばほぼ間違いなく母さんは許してくれるし、叱咤も相当に減るだろう。

 完璧だ!!

 俺は失敗はしな―――

 

『―――もしもし、一誠。この声、聞き覚えがあるな?んん??随分と可笑しなことをぬかしたな?うん?』

『……我、激おこ。イッセーイッセーイッセーイッセーイッセー―――イッセー』

 

 ―――前提から間違っていたんだ。

 そう、考慮していなかったんだよ。

 …………ティアとオーフィスが電話の主って可能性を。

 そしてこの瞬間、俺は唯一穏便にことが済む可能性を失った。

 ―――そしてこの後、俺に襲ってくるのは正に地獄……そのものだったのだ。

 ―・・・

 

『Side:アーシア・アルジェント』

 私、アーシア・アルジェントはイッセーさんが大好きな恋する女の子です。

 そんなイッセーさんなんですが、最近変わったと学校中で有名になっているのです。

 

「兵藤君って良いと思わない?優しいし、運動もできるし、顔だって木場君並じゃないけど整っているし、人望も厚いし!!」

「それは私も思った!なんか、木場君の陰に隠れた逸材っていうか、むしろ最近は兵藤君ファンが急上昇してるんだって!!この一週間で!!」

 

 ……そんな会話が聞こえてくる通り、最近のイッセーさんは特に女子生徒の皆様に人気が急上昇しているんです!

 理由は簡単で―――イッセーさんが知らずの間に敷いていた壁が、なくなったことが原因だと思います。

 元々誰にでも優しかったイッセーさんですが、最近では誰にでもある程度心を開いて、すごい笑顔を見せるようになったんです。

 それを私やほかの眷属の皆さんは嬉しくも思いますが、やっぱりちょっと嫉妬しちゃいます。

 私は席でゼノヴィアさんとイリナさんと一緒にご飯を食べながら、会話を交わします。

 

「イッセー君人気がすごいよね~……やっぱり、あのことが原因なんだろうけど」

「まあもともと影人気はあったからね……お、この卵焼きは上手いな!これはアーシアが作ったのかい?」

「へ?あ、それはイッセーさんが作った卵焼きです!」

 

 ……最近ではイッセーさんは何にでも好奇心をもって行動しています。

 私とまどかさんと一緒に朝ごはんを作ったり、いろいろなスポーツに手を出したり、アザゼル先生の研究のお手伝いをしたり……本当に様々なことをなさっています。

 ……イリナさんの言ったあのことっていうのは、イッセーさんが死にかけていた時にあった奇跡のような出来事のこと。

 死んだミリーシェさんと神器を通じて再会し、そして自分を受け入れたこと。

 イッセーさんはそのことを何一つ、包み隠さずに話して下さいました。

 笑顔で、嘘偽りのない晴れやかな表情で。

 ……嬉しかったです。

 心の底から、涙が出るほどイッセーさんの笑顔が嬉しかったんです。

 あれほど自分を嫌っていたイッセーさんが、自分を好きになろうとする姿を見たら……嫉妬なんて起きませんでした。

 むしろ感謝をしていました。

 ミリーシェさんに、心の底からの感謝を。

 こんな風に思ってしまう私は、独占欲というものが少ないのでしょう。

 私は一生イッセーさんの隣で愛していられるなら、他の人がいても構わないと考えるようになっています。

 イッセーさんは否定するでしょうが、やはり私は皆さんに幸せになってほしいのです。

 もちろん私も幸せになりたいですが……

 

「……ところでアーシアは何とも思わなかったのかい?イッセーの元恋人のミリーシェという子が、イッセーの背中を押して立ち直らせたことについて」

「あ、それは私も気になってたの!やっぱりイッセー君に一番近いアーシアさんでも、思うところはあったのかなって」

 

 するとゼノヴィアさんとイリナさんはそう尋ねてきました。

 ……なかったといえば、嘘になるでしょう。

 もちろん私がイッセーさんの問題をどうにかしたいという願望はありました。

 でもそれは私にはどうすることもできませんでした。

 ……だけど

 

「―――私は、イッセーさんが心から笑えるようになったので……嬉しいです。私はそれだけで、イッセーさんが本当の笑顔で接してくれるということがどうしようもなく嬉しいんです!」

「……敵わないな、アーシアには」

「まさに正妻オーラってものかしらッ!!凄まじいわ!!」

 

 ゼノヴィアさんとイリナさんはそんなことを言うので、私は可笑しくなって少し笑います。

 するとどこかに行っていたイッセーさんは教室に戻ってきて、そして私の傍に寄って……

 

「―――アーシア!今日の放課後、買い物して帰ろう!今日はお菓子を一緒に作らないか?」

「―――はい!!」

 

 ―――屈託のない、満面の笑みを浮かべてそう言ってくれるのでした。

 私はその笑顔を見て、なお思いました。

 ……そう

 

「やっぱり、私はイッセーさんが大好きです……ずっと……ずっと……」

 

 ……私は呟くようにそう言うと、イッセーさんは少し困った顔をした後にいつも通り頭を撫でてくれます。

 ―――その手の温もりは、いつも通りとても温かいものだったのでした。

 

『Side out:アーシア』

 ―・・・

 

 ……三日にも及んだ地獄の鬼ごっこを潜り抜け、ティアとオーフィスとのマジ戦闘を行い、やっとの思いで説得を果たせた今日この頃。

 俺は一人ぼうっと黄昏ていた。

 黄昏……その単語は今回の戦いのキーワードだったな。

 ロキは黄昏のためにオーディンを襲い、そして俺たちと死闘を繰り広げた。

 あいつが正しかったとか、そんなことは言わない。

 ……だけどあいつは北欧のことが大好きだったんじゃないと俺は思った。

 じゃなきゃオーディンの爺さんが他神話の神と繋がるってだけで、こうも凄まじい戦いを起こそうとは思わなかったはずだ。

 ―――あいつはあいつなりの意地で、俺は俺の想いで戦っていた。

 ……だからかな?

 ―――俺はあいつが、心の底から嫌いになれない。

 あいつは俺の仲間を傷つけ、最悪な手だって使いまくっていた。

 だけど自分の子供が傷つけられたりしたときは確かな怒りを見せていて、ある意味であいつは人間味のある神様だった。

 ……俺は思う。

 神様ってものは完璧じゃない。

 むしろ不完全だ。

 強大な力があり、思惑がある……だから神は争い、神は黄昏のために戦を起こす。

 ……聖書の神が神滅具を創った理由は、そこにあるんじゃないかな?

 聖書の神は何よりも平和を望んでいたはずだ。

 だからこそ最後の最後まで戦い、命を落とした。

 神は最後で最悪の敵になる『神』……これを滅するために神滅具を創った。

 ……矛盾しているのかもな。

 平和を望んでいるのに、危険になる神を排斥するために神を葬る力を人間に託した。

 その人間は神よりも不完全で、だけど―――どの種族よりも、可能性を秘めた存在だ。

 完璧ではない神は、同じ完璧ではない……だけど無限の可能性を秘めた人間に最後の力を託した。

 ……それはきっと、聖書の神が完璧ではなかったから。

 ―――俺はずっと完璧を演じ続けようとしてきた。

 弱い自分を隠すために強くて完璧な自分で偽り、生きてきた。

 ……だけど完璧じゃなくても良い。

 今回の戦いで、俺はそれを理解できた。

 俺は思うんだ。

 

「……むしろ、完璧を追い求める人生の方が楽しいよな」

 

 ……そう思っているから、今の俺は何でもできるって思っているのかもしれない。

 ―――考えてみればあの時、俺が最初に覇を求めた時だ。

 ドーナシークにアーシアが囚われ、頭に血が昇り覇を求めた。

 その時、俺は確かに聞いたんだ―――ミリーシェの声を。

 その時の俺はまだ白龍皇の宝玉を手に入れてはおらず、その時は空耳と思った。

 だけど……あれももしかしたら何かに繋がっているのかもしれない。

 ……………………もし、俺があの時覇を求めていたらどうなっていたんだろう。

 そう考えると、寒気がするほどに怖い。

 もう絶対にないけど、でも……

 ―――考えるのは止そう。

 

「―――おい、イッセー!これは未曽有の開発だ!!ボケっとするなよ!!」

「あ、ああ……悪い、アザゼル」

 

 俺はアザゼルに話しかけられ、ハッとする。

 今、俺はアザゼルの研究室でアザゼルの開発を手伝っていた。

 

「ったく、こいつはお前の神器の力があっての試みだ―――ともに完成させようぜ」

「ああ、そうだな」

 

 何を作っているといえば、それは誰もが夢に見るもの。

 ……つまり

 

「―――タイムマシン、それは誰しもが一度は望む素晴らしいものだ!!」

「ああ、その通りだ!!―――あと一息だ、もうちょい気張ろう、アザゼル!!!」

 

 ……馬鹿らしい日常だ。

 こんな平和な日常を、俺は望んでいる。

 だけどまあ俺は赤龍帝だから、それは叶わないだろう。

 ……だから今は、今だからこそ

 ―――こんなバカみたいで、でも楽しい日々を心から楽しもう。

 ……そう、思うのであった。

 

 

 ―――放課後のラグナロク……了

 

 

 

 

「―――あ、そういえばお前の上級悪魔の昇格が決まったぜ?」

「―――軽ッ!?なにタイムマシンのついでみたいに言ってんだよ!?それ、ありえないほど重要なことじゃねぇか!!!!!!!!!」

 

 ……とにかく、馬鹿な日々は続く―――……




ってことで第7章を締めくくる番外編でした!

いやぁ、今回はマジで話を書くのが楽しかったです!

実質、これって一日で書いてるんですよね(笑)

今まで陰鬱とした空気は一転、一気におバカな日常をお送りしました!

まあ今回はイッセーが如何ほどに変化したか、または周りからの評価がメインでした。

それと・・・まあ次章関連をちょいちょいと。

それとめちゃめちゃ昔にあった伏線の回収ですね!

・・・では次回からは第8章。

―――っと、ここでイチブイ風の次章宣伝です!

次回はコラボ回となってますが、れっきとした続き物の話です!

どんな話になるかは今回の番外編でヒントが隠されてます!!

それでは不肖ながら・・・どうぞ!






―――は?な、なんで俺が二人も!?

―――俺・・・じゃない、よな。ったく、ほんとに



――――――俺の日常は暇しないってもんだ。


第8章『平衡世界のダブルヒーローズ』


男の浪漫は女と酒・・・・・・そしてタイムマシンだ!!―――堕天使の総督、アザゼル

彼の目は誰よりも純粋な研究者の目だった。


やっほ、イッセー君!!この前はいきなり帰ったけど大丈夫だっ・・・・・・ってえぇぇぇぇぇええええ!!!!?!―――バイト少女兼受験生、袴田観莉

何の関係のない彼女は、何故か騒動に巻き込まれる!


先着二名でイッセー先輩と過去旅行ツアー・・・・・・本気を出すときが来たようです―――『戦車』塔城小猫

グレモリー癒し双門こと彼女は珍しく饒舌であった。


過去に戻る、ですか・・・私は今が大好きなので、大丈夫です!―――女神、アーシア・アルジェント

最強の癒しの少女は悲しげながらも満面の笑みだった。


私、最近百円均一の店を発見したんです!!だからそこで品を集めて過去で困らないようにしましょう!!―――ヴァルキリーの戦車、ロスヴァイセ

何故そこまであなたは残念になってしまうのか、残念で仕方ない


まあ今回は譲るにゃん♪私、今を生きる女だから・・・っていうか眷属候補をいろいろ探るにゃん♪―――赤龍帝眷属『僧侶』候補、黒歌

彼女のテンションは誰よりも高かった。


まあ行ってらっしゃい、1週間後に帰ってきて話を聞かせてね?―――王、リアス・グレモリー

意外に簡単に引き下がる部長なのであった。


と、とりあえず血を吸ってもいいですか?僕、疼いて・・・はぁ、はぁ―――両性吸血鬼、ギャスパー・ヴラディ

彼女?のせいで彼は貧血を頻繁に起こしていた


・・・やはり最後のライバルは小猫ちゃんですか。ならば尋常に―――じゃんけんで勝負ですわ!!―――雷光の巫女、姫島朱乃

彼は昔、自分を助けてくれた彼の雄姿を見るために本気で勝ちに行く(欲望全開)


僕、気になるんだ・・・・・・イッセーくんがオルフェルくんだった時の姿が―――聖魔剣の使い手、木場祐斗

―――イッセーは本気で感情矯正の神器を創ろうか、全力で迷っていた。


・・・我、お勧めしない。イッセー、行かないで―――無限のロリカワ、オーフィス

彼女の上目遣いは彼の決心を鈍らせる。


お土産、出来ればうまいものを頼む―――脳筋騎士、ゼノヴィア

―――無理です。


い、イッセーくんが私としか遊んでいなかったあの頃・・・・・・あぁ、ダメ!!考えるだけで堕天しちゃうぅぅぅぅぅ―――性と聖を彷徨う天使、紫藤イリナ

・・・彼女はいい加減、堕天してもおかしくない。


―――んん!?ちょ、なんかおかしいぞ!?おい、アザゼル!!これ絶対おかしいって!!?―――好奇心旺盛系赤龍帝、兵藤一誠

異変に気付くが、時すでに遅しだった。



―――彼は予想もできなかった。

―――まさかこんなことになるなんて。




い、イッセーがふ、二人・・・!?―――スイッチ姫、リアス・グレモリー

その状況を彼女は汲み取ることすらできなかった。


・・・えっちじゃない、イッセー先輩・・・ですか―――学園のマスコット、塔城小猫

その表情は意外なほど物足りない表情だった。


・・・素晴らしい肉体だね。これは鍛え方を教えていただきたい―――超脳筋騎士、ゼノヴィア

―――何故か彼女に関しては人物像が一致した。


し、神聖だわ!!私にはあの神器が神聖と感じるの!!―――自称日本人&天使、紫藤イリナ

・・・自称といわれる割には的を射たセリフであった。


―――素晴らしい!!紳士な赤龍帝!!こんだら赤龍帝ばい、おんどれがなるん目標だっぺ!!―――田舎育ちの百均ヴァルキリー、ロスヴァイセ

余りもの感動のあまり、方便が出まくりな残念な人であった。


・・・ちょっと野性味が足りませんわ―――どS、姫島朱乃

どうやら別世界の彼には興味はない様子であった。


こ、怖いですぅぅぅぅ!!!ドッペルゲンガー、こわいですぅぅぅぅ!!!―――気弱な吸血鬼、ギャスパー・ヴラディ

・・・・・・随分と自分の世界の彼女はたくましくなったとしぶしぶ思う彼だった。


―――強い、強すぎるッ!!なぜ、君と僕たちでここまでの差があるんだッ!!―――綺麗な騎士、木場祐斗

彼は自分たちとの差を垣間見て、苦虫を噛む。


ちょっと調べさせろ、イッセーセカンド―――マッド・サイエンティスト、アザゼル

どこの世界も彼の探求心は同じなのだろう。


お前、誰なんだよ!?やっぱり最近の事件は全て、お前の仕業なんだろ!?―――おっぱいドラゴン、兵藤一誠

仲間のために自らを省みない子供たちのヒーローは、ただ目の前の謎に挑む


俺、か・・・じゃあ今はこう名乗るぜ―――オルフェル・イグニール―――赤龍帝、オルフェル・イグニール

取り戻したその名前と共に、彼はある意味でタイムスリップを果たす



―――それは突如起きた非日常。

―――あり得るはずもない共演。

―――だが、それは決して共演などではない。





壊す・・・壊す壊す壊す壊すkkkkkkkkkkkkk―――ぐぁぁぁぁぁああああああああ!!!!―――闇色の鎧を纏う男

・・・その闇は今まで見たどれよりも黒く、おぞましいほどの黒だった。


―――あの人を、倒してください。そして・・・助けて、くださいッ!!―――謎の女性

彼の前に現れた謎の女性は、悲痛な願いを彼にぶつける。



―――すげぇ・・・すげぇよ!!あんたは何があってもあきらめず、絶対に守る!!なら俺もあんたを見習うぜ!!だから一緒に戦おうぜッ!!!―――真紅の赫龍帝、兵藤一誠

―――お前のその馬鹿さ加減を少しは見習うことにしたよ―――それを踏まえて、あいつをどうにかするぞ!!―――紅蓮の守護希龍、兵藤一誠


―――二人の兵藤一誠が交わるとき、戦いは終焉へと近づく。



―――突如現れる闇の存在。

―――それにより街は危機に侵される。

―――だけどそれに立ち上がるのは決まって



―――ヒーローだ。

『平衡世界のダブルヒーローズ』―開幕―




「・・・でもなんかさ、俺はあいつを本当の敵とは思えないんだよな。ほんと、なんでかしらないけどな」





―――これはあり得たかもしれない、可能性の物語である。







兄龍帝?全てを守る守護覇龍?―――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんん!!!!!!!どうしでぇぇ!!どうしてお前が俺の相棒じゃないんだぁぁぁぁ!!!!―――乳龍帝・ドライグ


お、おっぱいドラゴン、だと・・・ふざけるな、二天龍にそんなふざけた名前の者などおらん!!認めんぞ、俺は何があろうとぉぉぉぉ!!!!―――父龍帝・ドライグ


・・・性欲のゴミです。主様と同じにしてもらっては困ります、死んでください―――創造のマザードラゴン、フェルウェル


―――――――――格の違いに、ドライグは泣いた。


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【第8章】 平行世界のダブルヒーローズ
第1話 その名はオルフェル・イグニール


 ……俺は夢を見ていた。

 夢、というべきなのかどうかは分からないんだけどさ……どこか、現実味を帯びて、そして―――悲しい夢だった。

 

『どう、してだよぉぉぉぉ!!!どうして、皆が殺されなくちゃ!!!ふざけんな……ふざけんなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!!!!』

 

 男は傷だらけで、手元に血濡れた女を抱きながらそう泣き叫ぶ。

 その周りには幾つもの動かない死体が転がっていて、男は光を失った目で敵と思われる存在を睨んだ。

 ……ゾクッと、背筋が凍るほどの目だった。

 敵ですらそれまではけらけらと笑っていたのにも関わらず、その笑みを止める。

 どこか身構えたようにも見えたが―――男は涙を流し続けていた。

 

『どうして……お前は、皆奪うんだよ……ッ!先生も、恋人も!仲間も家族も!!どうして―――世界はこんなにも、冷たいんだよ……』

 

 ……俺も自然と涙を流していた。

 その夢が幻でも、その辛さを分かってしまったから。

 

『うひゃうひゃ!そんなもん、決まってんだろぉ~、赤龍帝~~~』

 

 しかし男は先ほど身構えたのはどこに消えたのか、口調が軽くなる。

 ……殺意が芽生えるほどに。

 

『そんなもん、この俺が楽しむためだけためのことだ♪何百、何千年と生きていてどうにもつまんねぇからよぉ~―――この際、世界のリセットしようってわけよ♪だから世界は冷たいぜぇ~?うひゃひゃひゃひゃ!!』

 

 ふざけた口調で、そんなことを抜かし男。

 顔も姿も見えず、声だけで殺意が芽生えるほどだ。

 ……だけどそのふざけた口調を前にして、男は何の言葉も発さない。

 ―――違う、発する必要がない。

 男はその身に闇色の何か(・ ・)を纏いながら、光を失った目で目の前の怨敵を見ている。

 そして―――傷だらけの男は天を仰ぎ、涙を流し……

 

『皆……もう、俺無理だわ……どんだけ止められても、さ―――自分を染めてでも、こいつを…………―――殺したい』

 

 ―――その瞬間、その男の体を包む闇色のオーラ。

 闇、だけではなく赤が混じる不気味な色。

 まるでその色は……血。

 そして彼の腕に収まっていた赤い『何か』は―――暗黒に染まっていた。

 

『は?なんだ、これ?こんなもん、俺は―――』

 

 男は余裕だった表情が終わり、焦る表情に急変する。

 それと共に、それまで大切な人を抱えていた傷だらけの男は、血濡れた金色の髪の女の子を地に寝かせて、そのまま怨敵の前に立つ。

 その姿は正に―――人の身を捨てた、復讐の塊。

 

『―――全部、死ねば良い……お前の存在も、命も、野望も、喜びも……お前という存在は、もうここで……死ぬ』

 

 ………………夢はそこで途切れる。

 だけどその後の展開は、何故か俺は容易に想像できた。

 ―――全く以て、寝覚めの悪い夢だ。

 ここまでイラつくほどの夢を見るのは生まれて初めてかもしれない。

 そして―………………

 ―・・・

 

『夢、か……相棒が唸るほどのものならば、それは相当の悲劇な夢であったのだろうな』

『血濡れて全てを失ってしまった男の夢、ですか……何とも悲しい夢です』

 

 俺、兵藤一誠は相棒である二人にそんなことを軽口で話していた。

 昨夜俺の見た夢のことを包み隠さず、世間話も如く話す……これこそ真の関係と呼ぶべきものであり、俺たちの繋がりの強さを意味しているんだ!

 ……そう、現実逃避の一環として。

 

「……なあドライグにフェル。これ、どういう状況なんだろうな?」

『………………心を強く持て、相棒ッ!!』

『彼女たちだってそこまで鬼ではない!……はずですッ!!』

 

 二人の確信を持たない励ましが聞こえるも、俺からすればより現実を突きつけられる結果となった。

 俺の今の状態……それは―――

 ガシャン、シャラン…………鎖でグルグル巻きにされ、拘束される両手両足。その状態で椅子に固定されており、そして

 

「おはよう、一誠。良い目覚めか?」

「おはよう、イッセー。我、元気……イッセーは?」

「うん、元気だよ?―――少なくとも、折檻されていなければ」

 

 ―――ティアやオーフィスによって軟禁されていた。

 事の発端は俺がこの二人に最後に自分の秘密に関して話したことにある。

 いや、元々タイミングが悪く二人に伝えることが出来なかっただけなんだけど、最悪なことにオーフィスとティアはその事実をチビドラゴンズから話されたそうだ。

 それはもう、自信満々にまるで自分のことであるかのように自慢して。

 そして3日間の地獄の鬼ごっこを経て、現在に至るというわけだ。

 とはいえ、軟禁されているのは二人の怒りからではない。

 

「―――我、イッセーとイチャイチャする」

「ならば私は可愛がろう!」

 

 ……鎖はオーフィスの指ぱっちんによって粉々になり、二人が凄まじいほどの近距離で俺と触れ合う!

 オーフィスは腕にくっ付くように抱き着き、ティアは俺の頭を優しく撫でる。

 正に弟をあやす姉のような手際と手癖……そう、この二人がこうも関わりを強要してくるのは、それこそ俺の過去を全て話したことが由縁しているんだ。

 つまり―――この二人に全てを話した瞬間、二人は大号泣。

 その後俺を癒すとか勝手なことを言って、どこかに連れて来て軟禁……そして今に至るってわけだ。

 

「流石は私の弟、良く頑張ったな~。よしよし、私がずっとナデナデしてやる!」

「……嬉しい?イッセー」

「…………………………とりあえず、学校に行かせてください」

 

 ―――切実な願いだった。

 ……一時間後。

 

「んん~~~♪♪♪ふぅ……満喫した。心の底からイッセー分を満喫した気分だ!」

「クンクン……我の体、イッセーの匂い、する」

 

 二人の欲望が静めるには予想以上に時間が掛かり、そして今はこんな風に自由の身となった!

 とても危険な香りがプンプンするものの、ようやくの自由だ!

 俺はそそくさと着替えを済ませて、二人が満足をしている間に室内から脱却しようと試みる……も、それはオーフィスに阻まれた。

 

「……我、イッセーを束縛する」

「えぇ~……まだ満足してないの?」

 

 龍神様はとても我が儘だった。

 ―――俺はとりあえずチビドラゴンズを呼び出してティアを抑え、そしてオーフィスに対しては取りあえず甘やかせまくってどうにか部屋から出ることに成功するのだった。

 ……ともかく、今日はとても忙しい一日になるわけだし、こんなところでもたついては居られないんだよな。

 なんたって今日は……

 

「―――駒王学園のオープンキャンパスなんだからな」

 

 ―・・・

 

「~~~っということで、私達オカルト研究部の仕事はこれくらいよ。そんなに難しいことはないし、仕事は最初の方だけだからそれからは部室でのんびりとしていれば問題ないわ」

 

 俺たちグレモリー眷属+αは部室でリアスの説明を受けていた。

 今回のオープンキャンパスで俺たちに託された仕事は受付とご案内の仕事だ。

 要は校門前で所属学校と名簿を一致させて、中学生の親御さんを案内する役目をソーナ会長から要請されたらしい。

 なんでも今年は例年に比べて倍以上の人が来るそうで、人手が圧倒的に足りないらしいけど。

 ちなみに観莉もまた駒王学園を志望校にしているから、今回もオープンキャンパスには参加するってことを前に聞いた。

 

「仕事の割り当ては……そうね。受け付けは私、朱乃、祐斗、ギャスパーでするわ」

「……ギャスパーを受付に持っていくとか、正気ですか?」

 

 俺はありのままの思いをリアスにぶつける。

 なんたってあのギャスパーが、まともに初めて会った他人と話せるとは思わなかったからだ。

 しかも受付の上でのコミュニケーション能力があいつは著しく欠如しているんだから、この疑問は最もだと思う。

 

「イッセーの疑問は最もだけど、出来ないからってしないなんて私は許さないもの。ね?ギャスパー?」

「はい!僕だっていつまでもダメダメじゃないんですぅ!!」

 

 ―――ッ!?

 ば、馬鹿な!?

 

「ぎ、ギャスパーが前向きとか天変地異の前触れじゃないのかッ」

「ひ、ひどいです!イッセー先輩!!」

 

 俺がそんな風に言うと、ギャスパーは俺の懐に入ってきて涙目でポカポカと腹部を叩いてくる。

 無論痛くも痒くもなく、ただ愛らしいだけの行動だ。

 

「……ともかく、治療の一環よ。会話能力が欠如している社会力皆無のギャスパーがレベルアップするためでもあるわ」

「……部長も何気にひどいこと言ってるよね」

 

 祐斗はリアスの言葉を聞いて、苦笑いをしてそう呟く。

 でもまあデータ照合とかそういう器用な面で言えばギャスパーはこの中の誰よりも適しているわけでしな。

 何分、眷属の中でも悪魔稼業の契約者数は群を抜いているわけだし……パソコン上の中でだけど。

 

「そこでイッセー。あなたには私と朱乃がいないから、臨時で受付以外の皆をまとめて欲しいの」

「了解です」

 

 俺は短くそう頷く。

 多少の不安は残るものの、俺は今いるメンバーを見た。

 右からイリナ、ゼノヴィア、アーシア、黒歌、小猫ちゃん………………ああ、なるほど。

 

「アーシア、小猫ちゃん。よろしく頼むな?二人だけがこのチームの戦力だ」

「ちょ、イッセーくん!?」

「……それは頂けないな、イッセー。少なくとも私はイリナよりは有能だぞ」

「見くびらないで欲しいにゃ~!」

 

 三人が喚くも、残念ながら俺からしたら最悪の結末が目に見えている。

 ……例えばゼノヴィア。

 奴は脳筋だ。脳筋ゆえに、効果音を使いまくって口頭では案内なんて出来ないだろう。

 次にイリナ―――確実にテンパる。

 そして最後に黒歌だが……まあ未来の新入生候補に確実に悪戯する。

 ……っとまあこんなもんだ。

 

「あらあら、イッセーくん?ダメな子を上手く使うのが虐めっ子の本領ですわ」

「そうなんですか?……ってか朱乃、最近俺をそっちの方向に持っていこうとするのを止めてくれませんか?」

 

 ……そうなんだよな。

 朱乃って最近、俺をどうにも自分と同じような性質にしようと、微妙な英才教育を施そうとしてくるんだよ。

 いきなり俺を呼び出して講座をすると思えば、それはドS講座とかも普通にある。

 

「イッセー君は私並の筋がありますもの……鍛えがいがありますわぁっ!!」

「……遠慮します」

 

 朱乃を軽くあしらって、俺は大体の予定を立てる。

 多少の不安は残るけど、潜在的な能力は粒ぞろいなはずだから大丈夫と思う。

 後は……まあ俺の踏ん張り次第か。

 

「じゃあそろそろ行きましょうか」

『はい!』

 

 リアスの一言に俺たちは同調するようにそう応えた。

 

 ―・・・

 

 ……結果から言おうか。

 

「―――我、この学園、入学希望」

「お姉ちゃんが偵察に来てやったぞ、一誠!!」

「あ、にいちゃんだ!!腕章つけてかっけー!!」

「凛々しい兄さんも良い感じだね!!」

「……ふふ、にぃにコレクションに新たな一ページが刻まれた……」

「あ、イッセーくんやっほ!観莉ちゃんも無事に到着したよ~」

 

 ―――何 故 お 前 た ち ま で い る !!!

 俺は心の中で声を大にしてそう言うのだった。

 オープンスクールの仕事が開始して、当初は順調だった。

 ゼノヴィアやイリナのサポートをしつつ、アーシアや小猫ちゃんの様子も見計らいつつ黒歌の暴走を止める。

 多少のしんどさはあったものの、それでも普通にこなせるほどのものだった。

 しかし―――目の前でにんまりしてる奴らが来るまでの話だ。

 

「しかし盛況なものだな~。さ、一誠!私たちを案内するが―――」

 

 ティアが最後まで喋ることはなかった。

 俺は周りに見えないように龍法陣を展開し、ティアを喋られないように施す。

 そして観莉の方を向き、そして……

 

「体育館はこちらの道を真っ直ぐお進み頂いて、突き当りを右に曲がったところになります」

「え、えっと……は、はい!」

 

 観莉は俺の表情に気付いたのか、いつものような悪戯な行動はせずにせっせと移動していった。

 残るはオーフィス、少女モードのメルとフィーとヒカリ。

 ……ここは理由を聞くしかないか。

 

「悪い、アーシアと小猫ちゃん。ちょっとこの場を任せていいか?」

「は、はい!」

「……で、出来れば早く帰ってきてください……あ、あちらが―――」

 

 ……それにしても人の数が異常に多い。

 良く見ればリアスたちの方も相当忙しそうだし、ギャスパーは顔を真っ青にして作業してるし……これはさっさと訳を聞いて早く戻ってきた方が良いな。

 俺はそう思いながらオーフィスたちを連れ、受付用テントの裏に行くのだった。

 

「―――で?忙しいから手短に聞くけど、何でいるんだ?っていうかどうして観莉まで一緒にいたんだ?」

「んー!!んんー!!!」

 

 ……口を塞ぐティアが煩いが、まあ放置しておこうと決める。

 するとメルがすっと挙手をし、俺の問いに答えた。

 

「えっとね、兄さん!オーフィスちゃんとティア姉さんはアザゼルの鴉に呼ばれてここに来たんだよ!私たちは兄さんに会いたくて来て、そこでたまたまオーフィスちゃんが観莉ちゃんを見つけたから、一緒に来たんだ~」

「……なるほどな。オーフィスと観莉は友達だし、アザゼルが呼んだ理由が何かは分からないけど」

 

 ……メルがアザゼルのことを鴉って言ったのは忘れよう。

 たぶんティアの教育だと思うが、今度ティアを問い詰めることにして今は忘れよう!

 とりあえず今この場に居座られるのは面倒だし……そうだな、部室に行っておいてもらおう。

 

「後で落ち合おう。とりあえず今は部室に待っておいてもらっていいか?」

「うん!」

 

 ……あれ?もしかしてメルってティアよりお姉さんしてるんじゃないか?

 物凄い頼りになるし……これはティアよりもお姉さん肌があるような気がしないこともない。

 ともかく俺は皆を部室に送り、そして皆の元に帰ろうとした。

 その時―――

 

「すまないね。少し、聞きたいことがあるんだが」

「……はい?」

 

 俺は突如、学ランのような制服に身を包む長身の青年に話し掛けられた。

 黒い髪で端正で整った顔をしている青年―――その姿を確認したとき、俺は不意に体の筋がゾクッとするような感覚に囚われた。

 俺はとっさに一歩後退り、体が勝手に目の前の男を警戒してしまう。

 

「……悪いね。突然話しかけてしまって……実は俺もこの学校の見学に来たんだけど、青髪の女の子の説明が効果音が多すぎて少し分からなかったものでね」

「……ゼノヴィアの奴―――気付けよ(・ ・ ・ ・)

 

 俺はゼノヴィアに毒突くと共に、先ほどからずっと(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)隙のない青年を真っ直ぐと見た。

 ……感覚で分かる―――この男はただの人間(・ ・ ・ ・ ・)ではない。

 かといって異形の存在ではなく、悪魔や吸血鬼、妖怪などといった類ではない。

 となれば答えは一つ。

 

「これは随分と大胆なことをするもんだな―――人間(・ ・)

「ほう……これは驚きだ。まさかそこまでの警戒心と洞察力があるなんてね―――悪魔(・ ・)

 

 ……間違いない―――こいつは、禍の団のメンバーだ。

 それも一筋縄ではいないほどの雰囲気を持つ、桁外れの実力者。

 人間でありながらそうとまで思ってしまった。

 

「……こんなところで騒ぎを起こすつもりか?」

「…………はは。可笑しいことを言うね。そんなこと、人間である俺がするはずがないだろう?」

 

 青年は笑いながら俺を横切って傍の木々にもたれ掛る。

 リラックスをしているようにも見えるが、幾分隙がないから警戒は怠らない。

 

「俺は残念ながらか弱い人間だ。弱さを知る人間だ―――故に俺は、弱い人間を傷つけはしない。これが俺の……俺たちの理念なものでね」

「人間、理念……ね。ああ、分かったよ。お前のその雰囲気、強さ、考え方―――お前が英雄派のトップってわけか」

「ご明察―――俺の名は曹操。英雄派の二大トップ(・ ・ ・ ・ ・)の一角を担わせて貰っている……人間だよ」

 

 青年―――曹操はそう言うと、俺に背を見せてその場から去ろうとする。

 

「……なんのためにここに来た?まさかヴァーリみたくご丁寧に挨拶をしに来たわけではないだろう?」

「いや、まさにその通りさ―――悪魔の英雄(ヒーロー)を見に来たのさ。そして話してみて理解してしまった」

 

 曹操は振り返り、俺へと人差し指を向ける。

 ……そして宣戦布告した。

 

「―――兵藤一誠。君は俺の宿敵に相応しい存在だ。俺という英雄が完成するためには、君という英雄を倒さなければ成り立たない。故に君を俺のライバルとしようと今決めた」

「……ライバルなんて、ヴァーリで事足りてる」

「はは、つれないことを言うなよ。安心するといいさ―――俺は旧魔王派のように汚い真似はしない。正々堂々、対策に対策を立てて君たちと戦うさ。何せ人間だからね」

 

 不敵な笑みを見せて、曹操は歩みを進める。

 ……だけど俺はその曹操の言葉を聞いて、理解できた。

 ―――こいつは、今までの敵とはわけが違う。

 

「……お前がどんな人間だろうと、俺の大切な存在を傷つけるっていうなら俺は―――全力で全てを護って、お前たちを倒す」

「流石は守護覇龍―――楽しみにしておくよ。それではまた機会ある逢瀬の時まで、互いに力を高めておこうか」

 

 ……そして曹操は森の中に消えていき、そして気配すらも消えていった。

 その瞬間、俺の隣に黒歌が走って来た。

 

「はぁ、はぁ……一瞬、イッセーの殺気がしたから急いで来たら―――まさか曹操がいるなんて思ってもいなかったにゃん」

「……なあ、黒歌―――あいつは、人間だよな?」

「…………うん。あいつは人間…………ヴァーリが覇龍を使わざる負えなかったほどの」

 

 俺は黒歌の言葉を聞いて、次の明確な敵が露わになった気がした。

 英雄派のトップ、曹操。

 まさにあいつは―――英雄に憧れる、まさに子供のような存在。

 俺はそう思った。

 次の敵は―――人間。

 俺はそう感じざる負えなかった。

 

 ―・・・

 

「―――あぁぁ……疲れた……」

「ま、まさか案内だけあれほどの労力を使うとは」

「ちょっと仮眠を取りたいのよ……」

 

 ……無事?仕事を終えた俺たちは休憩室となっている教室で横になりながら、そんな軽口をたたいていた。

 正直に言って舐めていた。

 まさかあんだけの参加者がいるなんて……しかもやけに話掛けられたりしたかた、余計にだ。

 

「イッセー、この黒歌ちゃんがマッサージしてあげるにゃん」

「……姉さま。私もします」

 

 黒歌と小猫ちゃんは謎に元気だし、アーシアに至っては俺に無言で癒しオーラを放出していた。

 外傷がないから効果はないものの、心が癒されるッ!!

 流石は女神アーシアだ!

 

「……なんか私の御株がダダ下がりな気がするのよ」

「イリナ、喚くな……既に地についている株だ」

「……疲れすぎて怒る気にもならないわ……」

 

 あの二人も喧嘩する暇がないほどに疲れている様子だ。

 ……っと、そこで俺の携帯電話に連絡が入る。

 ディスプレイの表示は……アザゼル?

 そういえばティアもオーフィスもアザゼルに呼ばれたって言ってたっけ?

 

「もしもし、アザゼルか?」

『おい、イッセー!今時間は良いか?』

「……良いも何も、今は休憩室でだらけてるよ。で?」

『何、お前のことだ。既にオーフィスやティアマットと出会っていて俺からの連絡だ―――大体の予想は出来ているだろう?』

 

 ―――やはり、そうなのかッ!?

 俺はアザゼルの不敵な笑みの聞こえそうな声音を聞いて、予想が確信に変わる。

 

『苦節の何十年の月日の研究の成果だ―――もちろん、お前がいなければ完成するこの出来なかった人工神器……』

「ついに完成したっていうのか!?お前って奴は、どこまで……ッ!」

 

 俺はアザゼルの言葉につい心が熱くなるッ!!

 それは俺とアザゼルが完成をさせるために協力して創っていた、夢幻のような存在。

 男の子ならば一度は創ってみたいと思うようなもの―――すなわち

 

『人工神器―――時間旅行の二輪(タイムバイク)

「タイムマシンッ!!まさかその始動のために……」

『ああ―――決行は今日だぜ』

 

 俺の中のテンションは跳ね上がるのだった。

 ……そう、俺はテンションが上がり過ぎて、俺の元に届いていたもう一つの連絡を見誤ったんだ。

 そして俺はこの時、まさかこの後に大変なことになるなんて考えもしなかった。

 そんなことはいざ知らず、俺はスキップしそうな勢いでアザゼルの元に向かうのだった。

 

 ―――メールだよ?

 

『イッセー君!後でオカルト研究部に見学に行っても良いかな?私、こう見えてオカルトとかホラーとか好きで興味あるんだ~!あ、部室はオーフィスちゃんに教えて貰ったから大丈夫!!じゃあまたあとでね♪ 観莉より』

 

 ―・・・

 

 …………部室内では凄まじいほどの緊張感が包み込まれていた。

 そこにいるのはグレモリー眷属にイリナ、黒歌……更にチビドラゴンズにオーフィス、ティアといった面々だ。

 そしてその皆の前に立つのが俺とアザゼル。

 そんな俺たちの前に鎮座するのが―――かなりの重量がありそうな轟々しいバイクだ。

 見た目からしてかなり尖がった形をしていて、ここら辺はアザゼルの趣味なのか?

 速度メーターには最速620キロメートルと表示されており、更に他の画面には○○年前なんて数字も表示されていた。

 ……なるほど。

 

「確かに、完成してるな」

「おうよ!俺もこんなにも早く完成してしまうなんて思わなかったぜ!!」

 

 俺とアザゼルがガシッと腕を組み合わせ、友情を確認する!

 ……っと、他の皆は状況を理解できずにポカンとしていた。

 

「……歴史的瞬間が見れるって言われて来たんだけど、一体どういう状況なのかしら?」

「おい鴉。私やオーフィスを呼んだ理由を教えろ」

 

 その状況を打破するためにリアスとティアがそうアザゼルに尋ねた。

 ……するとアザゼルは不敵にふふふっ、と笑ってどこからか巨大なホワイトボードを取り出した!

 

「―――日本にはアニメというものが存在するだろう?」

「ちょ、いきなり何を」

「皆、黙ってアザゼルの話を聞いてやってくれ」

 

 俺は戸惑う皆を抑え、アザゼルの話を続けさせる。

 

「俺は当初、そんなアニメには興味はなかった。所詮は人間の創った娯楽的な存在……そう思っていたのはほんの数十年前のこと―――だが、俺は知ってしまった!!俺の固定概念をぶっ壊すほどの凄まじい人間の想像力に!!」

「「「……こくこく!!」」」

 

 チビドラゴンズはアザゼルの言葉に凄まじい勢いで頷いている!!

 そうか、あいつらはアニメとかそういうのが大好きなんだもんな!

 

「俺はあの感動を忘れはしない……何をしてもダメなヨワタ君を助けようと未来からはるばるタイムマシンでやってきた、トラゴエモンのことを……彼が出した素晴らしい秘密道具の数々をッ!!」

「……アザゼル、良く分かってる」

 

 ……ここでドラゴンファミリー内でのアザゼルの株が一気に上がっているのは気のせいではないだろう。

 少なくともオーフィスの表情はアザゼルの話を聞いてうきうきしたものになっていた。

 ……チビドラゴンズに付き合ってアニメとか見てるから、オーフィスもそういうのを好きになっていたってわけか。

 

「そういう想いから、あの感動を現実にしようとトラゴエモンの秘密道具を次々に開発した!だがしかし!!どうしてもタイムマシンだけは完成しなかった!!」

「……はぁ。もうここは黙って聞きましょうか」

 

 リアスは反論することに諦めたのか、肩を竦めてソファーに座る。

 

「しかし俺はこの地でイッセーと出会い、知識を交換し合って協力し合って今日この日!!タイムマシンならぬタイムバイクの完成へと足を踏み込んだのだ!!」

「そう……俺の創造神器、意識を一時的に過去に送ることが出来る過去への架け橋(ブリッジ・イエスタデイ)とアザゼルの人工神器創造の知識、そして俺たちが調べ漁った魔術の数々を組み合わせてな」

「…………ここまでの魔術と神器の無駄遣いはむしろ尊敬の域です」

 

 小猫ちゃんの的確なツッコミが炸裂するが、当の小猫ちゃんは割とウキウキしていた!

 

「俺は今、こう考える―――男の浪漫は女と酒…………そしてタイムマシンだ!!」

「あ、熱いですぅ!!アザゼル先生の熱意が凄まじいほどに熱いですぅ!!!」

「う、うん……そうだね―――こうも断言されると、逆にカッコよく見えてしまうのが不思議だよ」

 

 ギャスパーと祐斗が戸惑いながらもそう言うと、アザゼルは目の前のバイクに触れて説明を続けた。

 

「ともあれ完成したのがこの時間旅行の二輪(タイムバイク)。これに乗る存在を1週間、任意の過去に送ることが出来る神器だ」

「一週間?何故、一週間なんだい?」

 

 するとゼノヴィアはアザゼルにそう尋ねる。

 ……まあそれについては俺が説明しようか。

 

「それ以上の期間を過去で過ごすと、こっちに帰ってこれないっていうのが理由だよ」

「帰ってこれない?」

「そう。言ってしまえば過去に行くっていうことは、同じ時間軸に同時に同一の存在が二人いるってことなんだ。そしてそこで仮に過去を改変してしまい、本来自分たちがいたはずの時間軸に影響を与えてしまい、過去と現実。この二つに矛盾を発生させてしまう―――つまりタイムパラドックスが起きてしまうんだ」

「…………それが起きてしまうと、帰ってこれないと?」

「ああ。そのタイムパラドックスを起こさないために多彩な魔術、魔法を使って一週間という猶予を創ることに成功したんだ。そこに関してはロスヴァイセさんにも手伝って貰ったよ」

「……まさかあの協力がタイムマシン作成に関わっていたなんて思いもしませんでしたけどね」

 

 ゼノヴィアは納得したような表情になる。

 

「神器の制約としてはまず自分が過去に干渉出来ない術式を組み込んだ。つまりこれは過去を実際に見ることの出来る過去映画館みたいなもの。鑑賞する神器なんだ」

「か、過去を……鑑賞……」

「……昔の映像を、観られる……」

 

 ……俺の言葉に一番に反応したのは以外にも朱乃さんと小猫ちゃんだった。

 俺の姿をじっと見ながら、何やら考え事をしている様子。

 

「だがな。ここまでの神器を創るにあたって、やはり制限を付けなければ完成は出来なかった―――その一つがイッセーだ」

「どういうことにゃん?」

 

 黒歌はアザゼルの意味深な言葉に追及する。

 

「この神器は過去に戻れる神器。干渉は出来ないとはいえ、同じ時間に同じ存在が二人いるというイレギュラーを生んでしまう神器だ―――だからこそ、保険という形でイレギュラーに対応できる存在がこのバイクに乗らなきゃなんねぇ」

「なるほど♪確かに私の王様であるイッセーなら、どんな事態でも対処できるにゃん♪それに神器創造の神器なら帰ってこれる可能性もあるし」

「何よりイッセーがドラゴンの力を二つ宿しているという理由もある」

 

 アザゼルはそういうと、俺はドライグとフェルの神器を左腕と胸元に展開する。

 

「そのために今回、俺はオーフィスとティアマットを呼んだってわけだ」

「……なるほど―――龍の門(ドラゴンゲート)ってことか」

「ご明察だ、ティアマット」

 

 要は仮に向こうで限りないイレギュラーが起きた場合、強制的に現実に戻すために龍の門(ドラゴンゲート)を開かせる存在を用意したいということだ。

 アザゼルの弁では次元の狭間でもドラゴンゲートがあればなんとかなるらしい。

 そういう意味でティアとオーフィスにこの場で説明しているってわけだ。

 

「んでもって二つ目の制限なんだが―――この神器、バイクが故にイッセーの他一人しか過去にはいけねぇんだよ」

『――――――ッ!!!?!!?!?!?!?』

 

 ……ん?

 なんか、アザゼルがその言葉を言った瞬間に場の空気が変わった気がした。

 特に小猫ちゃんと朱乃さん辺りが凄まじいほど目を見開いていた。

 

「……一人しかイッセー先輩と行けない―――なるほど」

「ええ、なるほど……ですわ」

「ははは―――僕も熱くなって来たよ」

「過去……あのイッセー君を、もう一度……」

 

 小猫ちゃん、朱乃さん、祐斗、ロスヴァイセさんが何故か躍起になっていた。

 特に祐斗の不敵な笑みに俺はこの世のものとは思えないような寒気を感じた。

 それこそ先ほどの曹操以上の寒気―――あ、そういえば皆にあいつのことを言ってないな。

 

「……お?意外にもやる気になっているのは4人だけか?」

 

 するとアザゼルは意外そうな表情をしながら、リアスやアーシアたちの方を見た。

 

「……まあ私は過去にイッセーと会っているわけではないから。だからあまり魅力を感じていないの。それなら今のイッセーとイチャイチャしながら映画を見た方が楽しいもの」

「ぼ、僕もほとんど部長と同じなんですが―――と、とりあえず血を吸ってもいいですか?僕、疼いて……はぁ、はぁ……」

 

 ……リアスとギャスパーの弁は同じようだけど、俺は更に寒気を感じるッ!?

 くそ、なんなんだよ今日は!

 背筋が寒くなることが多すぎだろッ!?

 

「……ふむ、お土産はうまいものを頼む」

「い、イッセーくんが私としか遊んでいなかったあの頃…………あぁ、ダメ!!考えるだけで堕天しちゃうぅぅぅぅぅ!!!」

「……お前は何回堕天しかけてるんだよ」

 

 俺は嘆息しながらイリナの頭部をチョップした。

 ……そして俺はあまり乗り気ではないアーシアと黒歌を見た。

 アーシアは少し儚い微笑みを浮かべていて、黒歌はうんうんと何かに頷いている様子だった。

 

「……その、私の過去ってそんなに戻りたくないものといいますか―――私、今が大好きですから!だから今回は皆さんに譲ることにします」

「…………アーシア」

 

 俺はアーシアの傍によってそっと頭を撫でる。

 ……そうだもんな。アーシアにとっては過去は辛いもんな。

 俺は無神経な自分に少し嫌になりながらも、黒歌の方を見た。

 

「ま、私もアーシアちゃんと同じ感じにゃん♪私、今を生きる女だから……それに今はイッセーの眷属候補を色々漁ろうと思ってるにゃん♪」

「……おっと、忘れてた―――イッセー、戻ってくる頃にはお前は上級悪魔になるための用意が全て完了してるからな。一応心構えだけはしとけよ?」

 

 アザゼルがそう言って思い出す。

 ……そっか、俺、上級悪魔になるのか。

 全然実感がないな、俺が上級悪魔になるなんて。

 アザゼルの話では上の意見を全て四大魔王の権力で押し込んで、決定に至ったわけだからさ。

 ……だけどこれで黒歌の安全を確保することが出来る。

 黒歌を救うために上級悪魔を目指していたんだからさ。

 だからかな?黒歌が最近、機嫌が良いのは。

 

「……で?お前ら。誰がイッセーと一緒に行くのか決めたのか?」

 

 するとアザゼルは何やら話し合っている四人にそう言った。

 どうやら小猫ちゃん、朱乃、祐斗、ロスヴァイセさんは乗り気なようで誰が行くかを口頭で相談しているようだ。

 

「……僕、気になるんだ…………イッセーくんがオルフェルくんだった時の姿が。どれほどの凛々しい姿なのか―――ふふ」

「私、最近百円均一の店を発見したんです!!だからそこで品を集めて過去で困らないようにしましょう!!イッセー君!」

 

 …………ロスヴァイセさん?

 あれ?あれだけ凛々しく頼もしい存在に思えたロスヴァイセさんが今はそんな風に思えないや。

 そしてそれ以上に―――俺、本気で感情矯正の神器を創っても誰も怒らないよな?

 あいつのせいで最近あいつと話していると女子から変な目で見られるんだよ!!

 

『……主様の主義に反するとはいえ、主様を苦しませる存在はマザー的のアウトです』

『ああ、その通りだ―――フェルウェルよ、やってみるか?』

『ええ……ドライグの倍加の力と私の創造……この二つが噛み合えば、不可能はないはずです』

 

 ドライグとフェルが真剣にそんな相談をしていると、目の前では状況が進んでいた。

 ……じゃんけんをしていた。

 そしてそのじゃんけんで既に敗者が二人、決まっていた。

 

「そ、そんな……ぼ、僕が負けるなんて……ッ!」

「う、うそばい……一発で負けるんだら、ありえんばい……ッ!!」

 

 ……祐斗とロスヴァイセさんが一発で負けていた。

 それはもう面白いくらい一発で。

 

「先着一名でイッセー先輩と過去旅行ツアー…………本気を出すときが来たようです」

「あらあら、うふふ…………やはり最後のライバルは小猫ちゃんですか。ならば尋常に勝負と行きますわ」

 

 ……うん、もう誰でもいいや。

 俺はそう思ってすっとタイムバイクに跨った。

 ……意外にも座り心地が良く、俺はそれを確認すると跨るのを止めてバイクを背にするようにもたれ掛かる。

 そして目の前では小猫ちゃんと朱乃による激しいじゃんけん大会が行われていた。

 あいこが何回も続き、中々決着が着かない。

 ……するとチビドラゴンズと共に近づくオーフィスの姿に気付いた。

 

「…………我、お勧めしない。イッセー、行かないで」

「ふ、フィーたちを置いていくなんて許さないぞぉッ!!」

「め、メル……捨てられるの?」

「……ぐすッ……にぃに、ヒーのこと嫌いになったの……ッ?」

 

 ―――俺の保護欲が急激に高められた瞬間だった。

 この愛くるしいチビドラゴンズと、最近可憐さに拍車が掛かって来たオーフィスの上目遣い……俺の決心が、決心がぁぁぁ!!?

 だ、だけど俺はやっぱり一回、自分を見つめ直したいんだッ!!

 それにこれは俺に対する、試練の一つなんだよ!

 辛い過去と真に向き合うことが出来た俺の第一歩……昔の謎に手を伸ばせるチャンスなんだ。

 だから決心を鈍らせるわけには……ッ!!

 

「―――はぁ、オーフィスにチビ共。あんまり一誠を困らせるなよ」

 

 するとティアが四人の首根っこを掴み、ソファーの方に投げ捨てる。

 ……そしてティアは俺に顔をずいっと近づけ、俺の目を真っ直ぐと見て来た。

 

「……まあなんだ。私も一誠の過去の一抹を知って、どうにかしてやりたい気持ちがあるんだよ。だけど私は頭が堅いから、こんなことしか出来ないからな」

「……ティア」

 

 俺は一種の感動を覚える。

 ……まさかティアが人の気持ちに敏感になれる日が来るなんてッ!!

 

「……ありがと、ティア。それとごめん―――今まで、ダメ姉とばっかり思っていたよ」

「いやいや、大したことはな―――え、今までそんな風に思っていたのか?」

 

 俺はティアから視線を外すことでその問いに頷く。

 ……するとティアはそそくさと俺から離れ、部室の隅っこで体育座りになってブツブツと何かを呟いていた。

 

「やはり普段からお姉ちゃんをしていないのがいけないのか?それに私は一誠にお姉ちゃんと呼んで欲しいのに、今まで一度しか呼んでくれない……実は私、あんまり一誠に好かれていないのか?いや、そんなはずが……はッ!まさか一誠は年下が好きで、実は年上は好みじゃない……しかしそれではオーフィスは私以上に年上―――ははは、私は嫌われているのか、そうか……うわぁぁぁぁぁん!!!」

「………………………………ごめん、俺がいない間にティアをどうにかしておいてもらえるか?」

「う、うん……ティア姉さん、強いのにメンタルは豆腐だから」

「ティア姉!!そんな傷つくなよな!!そもそもそんなに評価高くないからさ!」

「……フィー。それ、逆効果」

「……我、任された」

 

 オーフィスはグッと親指を立てて頷くと、俺はもう一度小猫ちゃんと朱乃さんの方を見た。

 

「―――まさかこれほどまでとは。ですが小猫ちゃん?私は次、グーを出しますわ」

「……なら私もグーを出します」

 

 …………なんか、心理戦に突入していた。

 なるほど、それだけあいこが続くわけだ。

 っていうか早く決まらないかな?

 俺も早くタイムバイクを始動させたいしさ。

 そう思って俺はタイムバイクを軽く叩いた―――その時だった。

 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…………突如、何か機械的なものが展開される音が響いた。

 

「ん?っておい、イッセー!!タイムバイク、起動してるぞ!?」

「は?」

 

 俺はその異変とアザゼルの声を聞き、自分の近くのタイムバイクを見ると―――それは白銀と黒色に光り輝いていた。

 ……いや、可笑しいだろ?

 タイムバイクは何もしなければただの早すぎるバイクでしかない。

 アザゼルが術式を再度流し、俺の魔力を注がなければこれは動かないんだ!

 明らかに正規の起動じゃないッ!!

 ―――その時、室内に二度ほどコンコンとノック音が鳴り響く。

 それと共に勢いよく開かれる部室の扉…………俺は嫌な予感がした。

 

「やっほ、イッセー君!!この前はいきなり帰ったけど大丈夫だっ…………ってえぇぇぇぇぇええええ!!!!?!」

 

 ―――突如、部室を訪れた観莉が入ってくるなり目の前の異常に気付き、驚きの声をあげる!

 だけどそれだけじゃないッ!!

 観莉はまるで引き寄せられるかのように白銀と黒い光に引っ張られ、俺の方に飛んできた!!

 俺はそんな観莉を抱き留めるも、その衝撃が凄まじかったのか、観莉は気絶する。

 そして―――

 

『二名の搭乗を確認。当機、時間旅行は起動をkkkkkkkkkkkkk―――』

 

 ……いや、いくらなんでもこれは可笑しい。

 起動実験を終えて、安全性を確認しているはずのこいつが今になって暴走とかあり得ないッ!!

 俺はそこで気付く―――足元に、碧色の魔法陣が展開されていることを。

 

『―――外部からの干渉を受諾。当機、時間旅行(タイムトラベル)を変更し、平行旅行(パラレルトラべル)を開始します』

「なッ!?―――アザゼル、これはいくらなんでもおかしい!?神器を強制終了させるんだ!!」

「分かってる!?だけどこいつ、何らかの横槍を受けてこっちの制止を受け付けねぇんだよ!!」

 

 ―――タイムバイクに搭乗する俺と観莉は光に包まれる。

 俺はまるでバイクに拘束されるようにその場から動けず、そして

 

「くっ!!もうタイムトラベルのシークエンス状態だッ!!イッセー!!こうなりゃもうこっちからは止めることは出来ない!!良いか!?飛ばされたら、まずは俺と何とか交信を取るんだ!!ドラゴンゲートでもなんでも良い!!」

「だけどそれじゃあ観莉がッ!!」

「もうどうにも出来ないッ!!だからイッセー、お前がその小娘を護るしかない!!こっちからもどうにか探るから、お前も最大限の努力を怠るなよッ!!」

 

 アザゼルのその言葉を聞き終ると、次第に俺と観莉の体がその場から消えていく。

 神器からは激しいエンジン音が響き、そして―――

 

『イッセー(君)(さん)!!!!!!!!』

 

 皆の叫び声のような声を聴いた後、俺の視界は眩い光に支配された―――……

 

 ―・・・

 

 浮遊感。

 それが今、俺を支配している状況だった。

 どこかに飛ばされた俺と観莉だけど、眩い光が収まったと思った瞬間に感じる浮遊感。

 俺は目を開け、辺りを確認すると―――そこは空の上だった。

 

「はぁぁぁぁあっ!?な、何だよこれぇぇぇぇ!!!!」

 

 俺と観莉は互いに近くにいるものの、視界は晴天の空と真っ白な雲。

 凄まじい勢いで俺たちは重力に引っ張られるように落ちており、俺は咄嗟に観莉を抱きかかえた。

 恐らく、俺たちはどこかしこに転送されたはずだ。

 それが過去か未来かは分からないけど、とりあえず今、俺がすべきことは観莉を護ること。

 ただの人間である観莉を危険な目に巻き込んだ責任を取らなきゃなんねぇ!

 

「ドライグ、フェル!!」

『状況は理解している!まずは神器を展開しろ、相棒!!』

『まずは安全を確保し、それから物事を考えるのです!』

 

 俺は二人の言葉を理解し、すぐさま赤龍帝の籠手を展開、それをすぐさま禁手化させて鎧を身に纏った。

 更にドラゴンの翼を展開し、更に悪魔の翼すらも展開しその場で何とか踏みとどまろうと踏ん張る……っ!

 だけど思った以上に落ちていく勢いが強すぎるッ!!

 

「ギリギリか、アウトか……どちらかだけどッ!」

 

 俺は出来る限り威力を翼の推進力で相殺し、安全に地上に降りようとする。

 普通の人間なら生身でこんな降下は体が持たないから、魔力で観莉の周りに膜のようなものを生成し、そして―――地上が見えた。

 

「―――うそ、だろ……!?ここってまさかッ!!」

 

 ……驚きでしかなかった。

 当たり前だ。

 だって俺の目前に広がった光景、それは―――

 

「―――駒王町って、どういうことだよッ!!?」

 

 ―――慣れ親しんだ町だったからだ。

 しかも俺が知っている駒王町の風景そのもの。

 そして俺が落ちる先は―――駒王学園、校庭のど真ん中だ。

 

「……校庭なら、まだ周りへの被害は少ないはずだ!」

 

 俺はそう理解し、そして……地上に降り立った。

 下降による衝撃は出来る限り殺し、校庭の真ん中に鎧姿のまま着陸する。

 ……ともかく目先の安全は確保した。

 

「……情報だ。いくらなんでも、情報が足りなさすぎる。ここがどこで、そもそも過去か未来か。それをはっきりさせてからアザゼルと交信を試みるぞ」

『それが無難か。ともかく、ヒトに見つかる前に鎧を解かなけれ―――ッ!?相棒、避けろ!!』

 

 ドライグの言葉が耳に届いた瞬間、俺は自分のすぐ傍から殺気を察知した。

 その殺気は真っ直ぐ俺に向かっており、俺は観莉を抱きかかえながら、ステップを踏んでそれを避ける。

 

「くそ、なんだよッ!!」

 

 俺は突然襲い掛かって来た存在に目を向けようとした瞬間―――俺の足元に魔法陣が展開され、そして次々に剣が地面から生えてきたッ!!

 俺はそれを魔力砲を幾重にも放つことで全て破壊し、そして空中に飛ぶ。

 ……それと共に鳴り響く雷鳴と赤と黒を混ぜたような魔力弾が放れるのを黙視した。

 

「観莉を支えたままじゃ腕は使えないし―――足に倍増のエネルギーを集中!」

 

 俺は高まった倍増のエネルギーを足に集中し、向かいくる二つの攻撃を全て蹴り飛ばし、衝撃波により相殺する。

 そしてそのまま地上に再度舞い降り、俺を襲う存在に目を向けた。

 

「おい、いきなり襲い掛かるってどういう了見だ!!こっちは人を支えてんだぞ!?殺す気かッ!?」

 

 俺は頭に血が上り、そう怒鳴り散らし―――次の瞬間、頭が真っ白になる。

 ……当たり前だ。

 

「―――黙りなさい。最近、この町に現れ悪事を働く鎧の存在は貴方なのでしょう?それに何より!!私の可愛い下僕の姿を真似て悪事を働くなんて許さないわ!!消し飛ばしてあげる!!」

「あらあら……やっていいことと悪い事の分別も出来ない悪い子には、お仕置きが必要ですわ」

「……僕の親友の鎧を着ているなんて、趣味が悪いよ」

「……正体を現してください、侵略者」

「そ、その鎧はイッセーさんだけのものです!!」

「何者かは知らないが、それは私たちの兵士のものでね―――多少、勘に触った」

「こ、怖いですけど!先輩の姿で悪いことをするなんて、許さないですぅ!!!」

「……何が起きているかは理解できませんが、ともかく拘束させてもらいます!」

 

 ……だって俺の目の前には

 

「―――ふっざけんな!!お前、誰なんだよ!?やっぱり最近の事件は全て、お前の仕業なんだろ!?」

 

 ―――俺と同じ赤い鎧を身につけ、俺と同じ声を発する男と……リアスや朱乃といったグレモリー眷属の面々がいた。

 ……ああ、そうか。

 そういえばあの時、バイクのAIはこう言ってたっけ?

 ―――平行旅行(パラレルトラベル)

 つまりここは過去でも未来でも、現実でもなく……平行世界。

 

「……ったく、どうしてこうなるのかな」

 

 俺はもう溜息を吐くことすら億劫になり、鎧の兜を収納する。

 そしてその素顔を目の前の人物に見せた。

 その瞬間、目の前の人は皆、驚愕するように目を丸くした。

 

「―――い、イッセーがふ、二人……!?」

 

 ……そう、平行世界。

 つまり俺が二人いたって不思議ではない。

 すると赤い鎧を着た男も兜を収納し、そしてその顔を外気に晒した。

 その顔は俺と差異はあれど、俺と同じ顔をしていて……それで納得する。

 

「……ったく、本当にまた厄介事に巻き込まれるってことか」

 

 ―――一難去ってまた一難。

 俺は…………知りもしない平行世界に、一般人である観莉と共に飛ばされたのであった。



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第2話 違いと嘆きのドラゴンです!

 俺の素顔を見て驚愕する平行世界のグレモリー眷属。

 まあ考えてみれば当たり前か……何せ自分たちの『兵士』と同じ姿、武装、顔の存在が目の前にいるんだからな。

 俺は見る限りの人物の顔と名前を一致させる。

 ……リアス、朱乃、アーシア、小猫ちゃん、祐斗、ゼノヴィア、ギャスパー、ロスヴァイセさん……そして兵藤一誠、か。

 なんか変な感じだな。

 自分が目の前にいるってのは。

 まあ目の形とか髪型とかは若干の差異があるが……まあそれはどうでも良いか。

 むしろ今の問題は俺が敵対されている(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)っていう事実だ。

 こういう時こそ冷静になるのが俺が目指す『王』としての素質のはずだ。

 とにかく、今は情報が欲しい。

 そんな中で確実な情報を持っているこいつらと敵対するわけにはいかないし―――何より、観莉をこれ以上危険な目に遭わせるのだけはダメだ。

 

「話を聞いてくれ!俺は決してお前たちの敵じゃない!どちらかといえば、俺も巻き込まれた側の人間なんだ!」

「何言ってやがるッ!?俺の顔をした偽物だろう!?お前は!!」

 

 ……目の前のこいつは、明らかに頭に血が昇ってるッ!!

 ここまで怒るほどの相手と俺を間違えているのは確実だろうけど、今の俺にそれを拒否しても怪しく見えるだけ、か。

 

「俺が怪しく見えるのは当然だとは思う!だけどこっちだって突然のことで混乱しているんだ!お願いだ!!話だけでも―――」

 

 ―――そう言っている最中、俺の真横を抜き去る一本の剣。

 いや、聖魔剣(・ ・ ・)

 それを放ったこの世界の祐斗は、冷静ながらも怒りに囚われた表情をしながら、剣を構える。

 

「―――喚かないでもらえるかい?こちらは友人を傷つけられて怒っているんだよ……そんな虚言、信じられるはずがないだろう?」

「………………おい、お前」

 

 ……その安易な行動に、俺はつい頭に血が昇る。

 俺は観莉という一般人を抱きかかえているのにも関わらず、あいつは剣を牽制とはいえ放った。

 ……観莉は俺の大切な友達で、生徒で、未来の後輩だ。

 そんな俺の護るべき存在をこいつは―――危険に晒した。

 

「……例え俺の仲間と同じ顔をしていようが、やっていいことと悪いことがあるんだよ―――ふざけんなよ、てめぇら……ッ!!!」

 

 俺は魔力を殺気と同化させ、目の前の()に向けて放つ。

 それによって土煙が起きるように風が吹き、グレモリー眷属は一歩後退りした。

 

「大体お前らの状況と俺の状況、この相違性は理解したし、ほぼ正解に近い答えは出た―――だけどそれすら出来ないお前らには説教が必要みたいだな」

『ッ!!』

 

 俺は睨みつけるように威嚇し、そして心の中でフェルに話しかける。

 ……恐らくあいつらは俺と誰かを誤解している。

 あいつらは現在、さっきの小言を聞く限りでは事件が発生していてその犯人を俺と勘違いしている。

 だから頭に血が昇って冷静な判断が出来なくなっているはずだ。

 しかも身内が被害にあったってことなら尚更だ―――だけどそれを差し引いても、あれほどの身勝手な行動は目に余る。

 

「フェル、観莉を安全なところに運んでくれ」

『はい、主様。ですが私抜きで大丈夫ですか?』

 

 フェルは機械ドラゴンとなり、俺から離れて観莉を背負って俺の隣に飛び立つ。

 それを見て目の前のあいつらは更に驚くものの、俺はそれを無視して一言―――

 

「ああ。必要ない。この鎧さえあれば十分だ」

『まあそうでしょう―――ではご武運を』

 

 フェルはそう言うと、その場から飛び立ち少し離れたところでこちらを観察する。

 ……さて。

 

「―――じゃあ少し付き合ってもらうぜ、この世界のグレモリー眷属」

「ッ!!てめぇなんか、俺一人で十分だ!!ドライグ!!」

『応っ!何かは分からんが、相棒を偽る敵ならば討つのみだ!!』

 

 ……今の声、間違いなくドライグだ。ただどこか心労を抱いているかのような声の重さを感じたが……

 

『息子よ、今はそれを気にしている暇はないぞ』

 

 ……おい、分かりにくいからって息子とか言わなくてもいいんだぞ?

 まあどうでも良い!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

『BoostBoostBoBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!!!』

 

 ……この世界の俺は即座に倍増エネルギーを幾重にも貯え、更にそれを解放して馬鹿みたいに真っ直ぐ拳を放ってきた。

 ―――真っ直ぐ過ぎて、逆に避ける気が失せる。

 じゃあこっちは―――

 

「―――アスカロン」

 

 俺は籠手からアスカロンを引き抜き、それをあえて奴の拳と真正面から突き刺す。

 拳と剣は激しい金属を響かせながら、俺は即座に懐から無刀を取り出し、更にアスカロンに言霊を響かせた。

 

「聖なる龍の聖剣よ。その神々しいオーラと共に無の刀に刀身を―――」

 

 その言霊に応えるように無刀にアスカロンからの聖なるオーラが移動し、そして次の瞬間―――聖なるオーラが無刀から放出させ、目の前の赤龍帝に向けオーラの逆噴射を放った。

 

「がッ!?あ、アスカロンまで!?なら―――龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニックルーク)!!!」

『Change Solid Impact!!!!!!』

 

 ―――赤龍帝がそう叫んだ瞬間、奴の鎧の一部が変化する!

 普通の鎧だったものが途端に図太く、轟々しい極太の腕に変わり、それは体全身が肉厚となることを意味していた。

 ……防御特化の鎧ッ!?

 赤龍帝は肘にある撃鉄を打ち鳴らし、更に手元をオーラを極大にして拳を放つ―――俺はそれを真正面から受けて挑む。

 

『Accel Booster Start Up!!!!』

 

 対する俺は倍増の速度が加速するアクセルモードに移行し、瞬時に極大な魔力のオーラを手元に集め、極太の拳と真正面から拳をぶつけた!

 そして―――力の限り、目の前の赤龍帝を殴り飛ばす。

 

「う、そだろッ!?トリアイナで特化した俺のパンチを、普通の鎧でッ!?」

 

 ……どうやら今の一撃、奴の中では自信のある一発だったようだな。

 だけどあれくらいの一撃、跳ね返せなきゃ俺は今までの修羅場を潜り抜けることは出来なかった。

 ……にしてもトリアイナ、か。

 

「三又のトリアイナのことを言っているんだろうな……龍剛の戦車、か―――つまり三又、僧侶、戦車、騎士の力をそいつは宿しているってことか?なるほど、面白い発想だな。つまり今のは防御と攻撃特化のモードってわけだ」

 

 俺は大体の予想を立て、奴の力を解析するように暴く。

 この前のロキとの戦いでは嫌というほどの読み合いをしたせいか、この手の読みは最近は簡単になってきた。

 初見とはいえ、同じ赤龍帝の力。

 どういう進化をたどればあんな形になるのか知りたいけど―――ともかく仮定していれば攻略はさほど難しくない。

 

「だったら騎士は速度、僧侶はサポート……もしくは魔力特化ってところか―――いや、考えてみれば女王の力もあるかもな」

「こ、こいつッ!?どうしてそこまで俺の力が―――ッ!?」

 

 ……今のこいつの反応が裏付けだ。

 さて、こいつの力はほぼ暴いたようなもの。

 そういえばさっきアスカロンのことも言っていたから、恐らくあいつもアスカロンを所有しているんだろう。

 

「……さっきの攻撃方法、初見の敵を相手にしている割には真っ直ぐ過ぎる。そんなんだからこんな簡単に予想は立てられるし、攻略される―――まだ続けるか?」

「くッ!!あったりまえだろ!!!」

 

 あいつは背の翼を展開し、更に背中のブースターを逆噴射し俺へと近づく。

 更に―――

 

龍星の赤龍帝(ウェルシュ・ソニック・ブーストナイト)ォォォォ!!!」

『Change Star Sonic!!!!!!』

 

 ……極太となった鎧を全てパージし、明らかな軽装となった赤龍帝の鎧。

 なるほど、あれが騎士モードってわけだ。

 奴の速度は目では捉えきれなくなり、そして次の瞬間、俺の前に現れ拳をあげる―――だけど予想通りに真っ直ぐだ。

 

「一つ、教えてやる―――お前のスタイル的に、騎士は向いていない」

 

 俺は殴り掛かる腕を逆に蹴り飛ばし、空中で赤龍帝の体を浮かせる。

 更に手持ちに魔力を集中させ、それに能力を付加―――そして放った。

 

断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)

 

 ただ威力を強大化させただけの単純な魔力弾。

 しかしこいつはそれを避けることが出来ず、成す術なく飲み込まれ―――仲間の方に飛んでいった。

 ……出来る限り威力は抑えたから、たぶんそこまで深い傷はない。

 それに向こうにはこの世界のアーシアがいる。

 

「……あれだけ大口叩いた割には呆気なかったな―――まだやるか?」

「―――当然だろうッ!!僕の親友がこけにされて、黙っていられるかッ!!」

「そうだな……私も加勢するぞ、木場!!」

 

 ……次はこの世界のゼノヴィアと祐斗。

 共に聖魔剣とデュランダルを手に、俺に襲い掛かる。

 ………………俺は二人を相手取りながら剣をさばき続ける。

 ゼノヴィアは俺の世界のゼノヴィアと大差はなく、祐斗は俺の世界の祐斗よりも速度が遅く、更にただの聖魔剣を使っている。

 ……いや、ゼノヴィアは力に頼り過ぎている。

 これならこっちの世界のゼノヴィアの方がまだテクニックをしようしているな。

 俺はアスカロンと無刀の二刀流で、更に鎧を解除して戦闘に応えた。

 

「―――ふざけるな!僕たちを舐めているのかッ!?」

「貶されたものだなッ!!」

 

 ……その行動に怒りを露わにする二人だけど、そのせいで動きが単調になった。

 俺は即座に身体中に魔力を伝達し、更にそれを超過することで―――体の筋肉を活性化させ、一時的に圧倒的な身体能力を得るオーバーヒートモードを発動する。

 更にプロモーションで騎士となり、二人と相対した。

 

「な、生身で僕たちと同等に!?」

「同等?ふざけるな」

 

 俺はアスカロンを勢いよく振るい、この世界の祐斗の聖魔剣を砕く。

 それに目を見開いて驚く祐斗。

 そこで更に隙が生まれ、俺はプロモーションとオーバーヒートによって強化された速度で二人を翻弄し、そして―――

 

「唸れ、アスカロン。慢心する敵には―――断罪の龍を」

 

 俺は上空に飛び、真下にいる祐斗とゼノヴィアに聖なる龍の形をしたオーラを放った。

 それは二人を包み込み、そして飲み込む。

 ……防御は出来ているけど、防御に徹底しているからか動けない様子だ。

 俺は無刀をしまい、アスカロンの両手で握り―――ゼノヴィアのデュランダルに向けて刃を思い切り振りかぶった。

 

「くぅッ!?わ、私と真っ向から生身でパワー勝負だとッ!?」

「お前はそっちの方が好みだろ?」

「―――舐めるなぁぁぁぁ!!!」

 

 ゼノヴィアは負けじとデュランダルから聖なるオーラを噴出させるが……いや、デュランダルだけじゃない。

 これは―――エクスカリバーのオーラ?

 まさかエクスカリバーとデュランダルを合成したってわけか?

 ……デュランダルはそれ単体で最強の聖剣になれる可能性を含んだ聖剣だ。

 それをエクスカリバーと合成、か。

 

「……そのパワーも使いこなせてない」

『Boost!!』

 

 俺は鍔迫り合いをしている最中、赤龍帝の籠手を展開して倍増エネルギーを溜める。

 更にそれを二度三度繰り返し、そして―――

 

『Explosion!!!』

 

 力を解放し、それを全てパワーに変換する!

 そのパワーを以てゼノヴィアをデュランダルごと斬り飛ばした。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ……隙を見計らい祐斗は聖魔剣を両手に持って俺に襲いかかる―――が、それを少しのステップで避け、横腹に回し蹴りをしてゼノヴィアと同じ方向に蹴り飛ばした。

 ……終始、エールカリバーを使わなかったという事は、この世界の祐斗はエールカリバーに目覚めていないってわけか。

 いや、もしかしたら未だにエクスカリバーに関して克服していないのかもしれないな。

 ……さてと。

 

「……なんなら残り全員で来ても構わないぞ」

 

 俺はアスカロンの剣先をグレモリー眷属に向け、そう言い放った。

 既に兵藤一誠は鎧が解除され、アーシアから治療を受けており、ゼノヴィアと祐斗は肩で息をしている。

 俺と接近戦をすることが出来るのは、残るは小猫ちゃんだけってわけだ。

 リアスも朱乃も魔力戦が得意で、ギャスパーは……良く分からないな。

 後はロスヴァイセさんの北欧魔術の連続投射ってところか。

 だけど平行世界だから必ずしも同じ技を使うわけでもないし―――そもそも、俺の世界にいたみんなよりも、この世界のグレモリー眷属は弱い。

 

「……そうね。正直、勝てる気がしないけど―――でも可愛い眷属を傷つけられて、黙っていられないわ!!」

「……ははは。なるほど―――どこの世界でも、リアスは良い王様ってことか」

 

 俺はその言葉を聞いて嬉しくなり、つい笑みを溢してしまう。

 

「まあ傷つけたのは確かだけど、そっちだって俺の友達を危険な目に遭わせてるんだぜ?―――フェル!!」

『はい、主様!!』『Reinforce!!!!』

 俺は遠く離れたところからフェルの名を呼ぶと、フェルは即座に俺の考えを理解して白銀のオーラを放った。

 俺は赤龍帝の鎧を身に纏い、そしてその白銀のオーラを身に纏った。

 フェルの神器強化の力。

 それにより鎧の各所は鋭角なものとなり、ドラゴンの翼は機械的なものに変化。

 鎧は一回り薄いものになるものの、強大な力を俺は感じざる負えなかった。

 

「神滅具禁手強化―――赤龍神帝の鎧(ブーステッドレッドギア・スケイルメイル)

「赤龍、神帝の……鎧?」

 

 ……その名を聞いて、その波動を肌で感じて戦々恐々になるグレモリー眷属の面々。

 

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Boost!!!!!!!!』

 

 静かな音声の後の圧倒的な破壊的音声。

 その音声と共に俺の中で無限倍増が始まり、瞬間的にグレモリー眷属の前に立った。

 その瞬間、ロスヴァイセさんがすぐさま行動を開始して、自分の後方に幾重もの魔法陣を展開し、そこから機関銃のように様々な魔力弾を放つ。

 リアスは滅びの魔力を俺に放ち、朱乃は雷光を放ち、ギャスパーは自らの化身のコウモリを放った。

 小猫ちゃんは動けない他のメンバーの代わりに俺の懐に入り、拳を掌底の形で放つ。

 ……俺は片手で小猫ちゃんの掌底と拳をぶつけ、更にもう片手で無限倍増で得た倍増エネルギーで魔力弾を強化。

 それを魔力砲として向かいくる魔力弾の雨に放ち、全てを相殺した上で小猫ちゃんを殴り飛ばした。

 ……仙術で気を狂わせようと考えたんだろうけど、それは魔力の逆噴射で小猫ちゃんの気自体を相殺し、俺は何事もなかったようにグレモリー眷属の前に立ちふさがる。

 

「……もう良いだろ?どう足掻いても、どんな技を出したところで全部見切ってやる。どんな合わせ話でも、俺とドライグとフェルの力で全部消し飛ばしてやる―――それでもまだ続けるか?」

「…………イッセーをあしらい、テクニックの祐斗をテクニックで翻弄し、パワーのゼノヴィアをパワーで跳ね返して私たちの同時攻撃をたった2動作で無力化……悔しいけど、今の私達では勝てる見込みはゼロね」

 

 ……でも諦めた顔はしていない。

 ―――この世界のグレモリー眷属と戦うことは俺の本意ではない。

 諦めてもらうためと、ちょっとイラってしたから戦っているだけで、本当は戦いたくないわけだけど。

 それに人は違えど、良く知っている皆を下に見たくはないし……

 

「……あぁ、どうやったら信じてもらえるんだ?そのお前たちでいう事件ってのを解決したら、俺が敵じゃないって認識してもらえるのか?」

「だからお前が!!」

「―――そもそも、こんなタイミング良く空から敵が現れるか?自分と顔が全く同じで、全く同じ武装をする存在が」

 

 俺は兵藤一誠を封殺するようにそう言った。

 

「そもそも俺がお前たちの敵なら、今頃全員死んでるぞ?」

「……確かに、本気で殺しに掛かってきていた感じだったが、私も木場も軽症で済んでいるのは事実だが……」

「そ、それにイッセー先輩も回復出来るアーシア先輩の方に殴り飛ばされましたし!」

 

 ……もう少しか。

 少なくとも今のでゼノヴィアとギャスパーは俺を信じはじめた。

 …………もし俺の世界のアーシアと、この世界のアーシアが同一の性質を持った存在なら―――アーシアに信用されたら、この眷属は俺を信用してくれるはずだ。

 俺は全武装を解除し、そしてアーシアの方を見た。

 

「信じてくれないか?俺は出来れば争いたくないし、何より自分の置かれた状況も良くないんだ。それにお前たちにとっても有益な情報も与えることが出来ないかもしれないし―――正直、自分の仲間と同じ顔をした皆を、傷つけたくなんだよ」

「……………………み、みなさん」

 

 ……するとアーシアは俺の顔を見ながら、挙手をするように手を挙げた。

 

「そ、その……このヒトはたぶん、悪いヒトじゃないです!なんて言いますか……その、イッセーさんに似ているって言いますか……嘘を言っているようには見えないんです」

「あ、アーシア?そりゃあ俺と同じ顔をしてるけどさ?」

「……それにどこか困っている様子なので……ちゃんとお話を聞いてあげませんか?」

 

 ……アーシアの言葉に、眷属は黙りこくる。

 ―――そうか、なるほど。

 

「あはは!どこ世界も、アーシアは女神だな!」

 

 俺はいつもの癖でアーシアを撫でると、途端にアーシアから驚いたような声が響いた。

 途端に兵藤一誠は俺とアーシアの間に入り込み…………って、そっか。

 

「ああ、悪い悪い。いつもの癖でな」

「て、てめぇ!!いつもの癖ってなんだよ!?お前、いつもアーシアにこんなことしてんのか!?っていうかアーシアはここにいるじゃねぇか!!」

「…………お前、まだ気づいていないのか?」

『仕方あるまい、相棒。見た限りではこの男、相当頭の回らない阿呆にしか見えん』

「ど、ドライグ!?なんでお前までそんなことを言って…………ってえぇぇ!!?」

 

 兵藤一誠は自分の中のドライグが話したと思っていたけど、すぐに俺の手の甲の宝玉を見て驚く。

 ……自分がこんなんとか、頭が痛くなるッ!!

 ともかく今は―――

 

「とにかく、俺はお前たちとは別の世界、つまりパラレルワールドから飛ばされた兵藤一誠…………っていっても混乱するだけか」

 

 同じ顔、同じ名前の存在が目の前にいても驚くだけだ。

 ……っと、俺はそこで思い付いた。

 そうだな、こういう時こそ、最近思い出したあの名前を使おう。

 

「ここではこう名乗らせてもらう……俺のことは、オルフェル―――オルフェル・イグニールって呼んでくれ」

 

 ―――そう、これが自分と向き合えたからこそ言える名前。

 俺、オルフェル・イグニールはある意味でタイムスリップを果たしたのだった。

 

 ―・・・

 

 俺が通されたのは通いなれたオカルト研究部部室だった。

 未だに祐斗とかリアスは俺を警戒していて、特にそうでもないのがアーシアやゼノヴィア、ギャスパーといった面々。

 んでもって一番警戒してるのが兵藤一誠か。

 ロスヴァイセさんや朱乃に至っては俺を観察しているようすだ。

 俺は観莉を抱っこしながらここに入り、そして今は観莉に膝枕をしながらソファーに座っている。

 

「…………ねえ、イッセー……じゃなかった。オルフェル君?彼女、大丈夫なのかしら?攻撃した私たちが言うのはあれだけど」

「ああ。外傷はない……たぶんパラレルリープする時の衝撃で気絶したまんま何だろう。とりあえず今はこんな感じに寝かしていたら大丈夫なはずだよ」

「……随分とイッセーとは違っているものだね。何ていうか、静かというか。先ほどの戦闘時の迫力が嘘のようだよ」

 

 ……ゼノヴィアはどこか楽しそうにそんなことを言っていた。

 ゼノヴィアに関しては、何故か俺の世界のゼノヴィアと一致していて話しやすいな。

 

「まあさっきのことは水に流そう。一般人を巻き込まれたから怒ったけど、そっちも状況が分からなかったんだからさ。な?リアス」

「そう言ってもらえるとありがたいけど……あなた、自分の世界でも私のことをリアスと呼んでいるのかしら?」

「そうだけど……まあ言い始めたのは最近だよ」

 

 俺がそう応えると、リアスは兵藤一誠の方をジト目で見つめた。

 ……あ、なるほど。

 

「ゼノヴィア、ゼノヴィア……ちょっといいか?」

「ん?なんだい、オルフェル」

「リアスと兵藤一誠ってさ……もしかして只ならぬ仲?」

「……良く分かったね。君はかなりイッセーとは趣が違うようだ―――応えるとすれば、リアス部長とイッセーはお付き合いしているのさ」

 

 俺は二人の雰囲気を見て納得する―――俺はリアスを振ってしまった身だし、なんとも言えない感じだな。

 まあリアスが幸せならそれでいいか。

 

「…………女心に鋭いイッセー先輩……じゃなくてオルフェルさん……イッセー先輩、少しは見習ってください」

「ぐふッ!!」

 

 兵藤一誠は小猫ちゃんの言葉にナイフを刺されたみたいな表情になる。

 ……これは何か一悶着あったのかな?まあ追求する気もないし、興味もないけど。

 

「それにしてもイッセー君とオルフェル君では随分と性格が違いますわね……なんと言いますか、戦い方からしても落ち着きからしても……」

「……そうだね。悔しいけど、戦いに関しては手も足も出なかった。まさか生身で圧倒されるなんて」

「修行の積み重ねだよ、祐斗。お前も伸びしろと才能は誰よりもあるんだから、もっと鍛錬すればもっと強くなれるはずだ」

「……ち、ちなみに君は僕を自分の世界でも名前で呼んでいるのかい?」

「ああ、当たり前だろ?仲間でなおかつ親友なんだからさ」

「―――ッ!?」

 

 祐斗はそう言った瞬間、どこか綺麗で嬉しさがにじみ出るような顔をした。

 そしてまたもや兵藤一誠の方をジト目で見る。

 

「お、おい!!き、木場までなんでそんな目で見んだよ!?」

「……いや、イッセー君に名前で呼ばれたいなんて考えてもいないよ?あはは」

 

 ……違う、あれは望んでいる目だ。

 しかも純粋に、友情的な意味で―――これはまさか綺麗な祐斗?

 単純に兵藤一誠に友情という輝かしい感情を向けている、綺麗な祐斗なんじゃないか?

 

「―――おい、兵藤一誠。この祐斗と俺のところの祐斗をチェンジしてくれ」

「は、はぁッ!?あ、あんた何言ってんだ?」

「お願いだ、頼む!こんな綺麗な祐斗、俺は長らく見ていないんだッ!!」

「い、いやだから―――」

 

 すると兵藤一誠は何かに気付いたように俺に耳打ちして来た。

 

「もしかしてあんたの方の木場、あっち方面なのか?」

「…………ああ。想いに女も男もないそうだ」

「「………………………………………………」」

 

 俺と兵藤一誠は押し黙る。

 互いにその意味を理解したからか、俺がどうぞどうぞと手を送るも首を横に振った。

 

「遠慮するなよッ!!こっちの祐斗はそれを除けば完璧だぜ!?」

「ふ、不完全でも俺は俺の親友の木場の方が良いんだよッ!!」

「お、おい!!いくら綺麗な祐斗の前でもその台詞は止めろ!!それがどれだけ危険な言葉は、お前は一つも理解していないぞ!?」

 

 ……かくいう俺も、最悪の事態に陥るまで気付かなかったが。

 ともかくないものねだりはよそう。

 ……それにしてもここには黒歌とかは居ないのか?

 あのシスコン大魔神なら、いつでも小猫ちゃんの傍にいても不思議じゃないけど……

 それにオーフィスとかティアとか、チビドラゴンズもいないし。

 ……いや、下手なことは言わないほうが良いか。

 もしかしたらこの世界にはこの世界の流れがあって、必ずしも俺の世界と同じとは限らないわけだし。

 そもそも俺自体が前赤龍帝からの転生者なわけで、その時点でこの世界の俺とは趣が変わっているんだ。

 力に至っても俺とは全然違う進化を辿っているようだしな。

 

「それよりそっちに何が起きているのか、話してくれないか?俺も何とかピースを集めてある程度の答えを導き出しただけだからさ」

「……一応、その答えを聞いても良いかしら?」

 

 リアスはそう恐る恐る尋ねると、俺は特に隠すこともないので話す。

 

「まず第一に、皆の町を襲う謎の襲撃者がいるってこと。それによって皆の友達か誰かは知らないけど、被害に遭った……そして突如学園の校庭に空から現れた俺をその事件の犯人と思い、襲撃しに来たと勘違いして遅い掛かって来た……大体はこんなところか?」

「……予想どころかほぼ正解よ。正直、そこまで頭の回る貴方に驚いているのだけれど―――そうね、話すわ」

 

 リアスはそこでようやく俺を信頼したのか、肩の力を抜いて話し始める。

 

「事の始まりはほんの一週間前の話よ―――」

 

 ―・・・

 

 ……リアスの話を聞いて、俺の中でピースが嵌った感覚を得る。

 事の始まりは今からちょうど一週間前だそうだ。

 突如、駒王学園を含める駒王町で魔物が頻繁に現れるようになったらしい。

 それは本当に唐突な話で、それに対処すべくこの世界のグレモリー眷属とシトリー眷属、更にこの学園に滞在している悪魔や天使、堕天使といった面々が魔物退治に討って出たそうだ。

 魔物自体はそんなに強い個体はほとんど見受けられず、たまに強い個体がいても自分たちの力量から考えれば大した敵ではなかったそうだ。

 この一連の出来事をこの世界のアザゼルやリアスたちは、この世界にも存在しているテロ組織『禍の団』の仕業だろうと考え、厳重な警戒をしていた。

 ……だけど事件はそんな慢心から生まれたらしい。

 

「……本当に突然のことだったのよ。町を巡回していたシトリー眷属の匙君と花戒さんが不審な影を見かけて、それを追いかけて―――そして襲撃を受け、重症を負わされたの」

「…………匙が?」

 

 ……リアスがそう語ると、グレモリー眷属の面々が少しピリピリとした殺気を迸る。

 

「つい先日の話よ。今も匙君と花戒さんは意識不明の重体で、シトリー眷属は二人に付きっきりでいるわ―――そしてそれの調査をしている最中、駒王町上空に謎の魔法陣が察知されたの」

「つまり、それが俺ってわけだ」

 

 ……なるほど、これならば辻褄は合う。

 だけどそれでも情報が少ないな―――少なくとも、意識不明の匙が何らかの重要な情報を持っているはずだ。

 

「そして今に至るわけよ。まさか襲撃者と思った人が、平行世界から飛ばされて来たイッセーとは思わなかったけれども……」

「……ここに因果関係があるのかは分からないけど、事件と俺たちの身に起きた出来事……偶然で片づけるにはまだ早計だな」

 

 ……俺たちの時間旅行の神器に介入して来た存在に関しては分からないけど、手がかりはないわけではない。

 まず一つが神器が突然発動したときにバイクの下に展開されていた碧色の魔法陣。

 見たことのない紋様だったけど、模様は完全に覚えている。

 まずはそこから辿っていくしかないか……

 

「……ごめんなさい。いくら切羽詰っていたからとはいえ、あなたの制止を聞かずに遅い掛かるなんて」

「だから言っただろ?水に流すって―――仕方ないもんは仕方ないんだ。それよりも今はこの町を護るっていうのが皆の総意なんだろ?」

 

 俺はこの世界のグレモリー眷属を見渡し、そう尋ねる。

 室内はビリッ、と痺れるような緊張感に包まれ、言葉には出さないが皆頷いているように見えた。

 ……多少の差異はあれど、その心は本物だ。

 さっきは優劣つけるような言い方をしてしまったが、ここのグレモリー眷属の心意気は理解できた。

 ―――だったら

 

「―――俺は何かを護るために赤龍帝の力を使う。例えそれが今さっき知り合った他人だとしても、俺は伸ばせる限り……少なくとも手の平に埋まる程度のものは護る。だから手伝わせてくれないか?俺だって生まれ育ったこの町が大好きなんだ……例え、平行世界だとしてもそれは変わらない」

「ッ…………ありがとう、オルフェル君」

 

 リアスは代表と言わんばかりにそう言うと、俺は笑みを皆に見せる。

 ……っと、そこでまた間に入り込むのは兵藤一誠だった。

 

「な、何だよ!あんた!そんな無駄にカッコいい台詞と爽やかすぎる笑顔は……ッ!!本当に俺かよ!?」

「生き方とかまるっきり違うんだからな。それに平行世界なんだから、性格に差があっても仕方ないだろ?」

「で、でもよ!そんな台詞を恥ずかしげもなく吐かれたら……そ、その……皆が、あんたに惹かれるんじゃないかって……」

 

 ……はは!

 そっか、こいつ……思った以上に純粋なのかもしれないな。

 俺はつい可笑しくなり、そして……この世界の兵藤一誠の頭に軽く手を置いた。

 

「それはないぞ?なんたって、お前の行動が眷属を惹きつけてるんだぞ?この世界でお前がどんなことをしたのかは分からないけどさ。だけど間違った行動はしてないよな?」

「あ、当たり前だろ!」

「んじゃあ大丈夫だ。良いか?お前の仲間っていうのは俺の世界の皆と同じで、良い奴ばっかだ。だから仲間を信じろ―――パッと出てきた俺なんかに惹かれる奴は一人もいないからさ」

 

 俺は笑みを浮かべたまま兵藤一誠の頭をグリグリと撫でる。

 ……なんか、自分とは思えないな。

 なんていうんだろう……弟って感じかな?

 ちょっと馬鹿で、でも可愛い弟って感じだ。

 

「…………は、反則だろ、そんなの……」

 

 兵藤一誠は少し照れたような顔をしているが、嫌がっているようには見えない。

 ……ともかく、やることは決まったな。

 

「……なんていうんだろう―――兄貴肌が凄まじいな。あのイッセーを言葉と撫でただけで黙らせ、照れさせる男……」

「そ、そうですわね―――でも少し野性味が足りませんわ」

「……でも理想のお兄ちゃんって感じがします」

「お、男の僕でもあれほど真っ直ぐに言われたら照れるよ」

「ど、ドッペルゲンガーと思いましたけど、イッセー先輩とは全然違いますぅ!!」

「―――素晴らしい!!紳士な赤龍帝!!こんだら赤龍帝ばい、おんどれがなるん目標だっぺ!!」

「……どっちのイッセーさんも素敵です!」

 

 ……ああ、この世界でも俺は兄貴肌が強いのか。

 

『流石、相棒だ。やはり兄龍帝の名は伊達ではない』

『ええ、これぞ至高の主というものです。冥界の子供を護る兄龍帝はこうでなければ』

 

 俺の胸元と手の甲から現れて、そんなことを抜かすドライグとフェルなのだが―――その言葉を聞いた瞬間、この世界のグレモリー眷属は首を傾げた。

 

「……今のドライグと、謎の女性の声はさておくとして―――兄龍帝って何かしら?」

 

 その質問をしてくるはリアス。

 良く見れば兵藤一誠の手の甲からは俺と同じように宝玉が現れており、何か眩く光っていた。

 ……自分で説明するのは凄まじく恥ずかしいな。

 

「ま、まあなんていうか……ある一連のことがあって、俺を題材としたドラマが冥界で放映されてるんだよ。そこで俺は兄龍帝……冥界の子供の笑顔を護り、大切な仲間、家族を護る存在で強大な敵と戦うっていう、よくある特撮ヒーローものだよ」

「……ち、ちなみにそこでは私に役とかはあるかしら?」

「一応は。確か、記憶を失った俺の姉……って設定で、今はちょうどその辺りに焦点が合っている展開だよ。記憶を失ったリアス姫、って感じだな。話が良く出来てるから、今リアスのキャラが冥界の男性とか女性にも大人気になってて―――って、なんでそんな泣きそうな顔をしてるんだ?」

 

 ……俺がそう言った瞬間、リアスは顔を引き攣らせて頬を真っ赤にする。

 いや、厳密にはリアスだけではなく他の全員―――兵藤一誠に至るまで、口をポカンと開けて驚愕の表情となっていた。

 

「え、どうしたんだ?」

「…………いえ、別に……ただあなたの世界の私が、随分と良い役を貰っていて、妬ましいとか考えていないわ……」

「………………」

 

 ―――嫌な予感がした。

 もしこの世界でも俺と同じような出来事があり、そして俺と同じように兵藤一誠を題材にした番組があったとする。

 そしてこのリアスの反応を鑑みるに―――そう考えた瞬間、突如野太い声の号泣が室内に鳴り響いた。

 

『―――ウォォォォォォォォォォンッ!!!!!あ、兄龍帝だとぉぉぉぉ!?何故だッ!!!何故お前が俺の相棒じゃないんだぁぁぁぁ!!!!!!??!!』

 

 …………兵藤一誠の手の甲から叫ぶ、この世界のドライグ。

 この叫びで、俺は一番最初に感じたこの世界のドライグの心労めいた声の重さと、リアスの反応に一種の答えを導き出した。

 俺は尋ねる。

 

「な、小猫ちゃん―――この世界では俺、何て呼ばれているんだ?」

「………………………………………………………………乳龍帝」

 

 ……小猫ちゃんは視線を逸らし、ポツリと呟く。

 めちゃくちゃ言いたくないよな目だ。

 ―――だけどいくらなんでも今の言葉は聞き間違いのはずだ。

 ……よし、次はそうだな。

 

「な、アーシア?この世界の兵藤一誠は、どんな風に呼ばれているんだ?」

「………………………………お、おっぱい……ドラゴン、です……」

 

 ……………………おかしいな。

 今、清純で純真なアーシアから、卑猥な言葉が漏れたぞ?

 

「……な、祐斗。この世界の馬鹿は、何て呼ばれているんだ?」

「―――ごめん、怒らないで聞いてほしい。これ聞いたらたぶん君は怒り狂うし、君の仲の赤龍帝も怒り狂うと思うから」

「……ああ、覚悟は決まったよ」

 

 俺はこの世界の祐斗の言葉にそう応える。

 そして―――

 

「―――乳龍帝・おっぱいドラゴン……だよ」

 

 …………沈黙すること数秒。

 俺はその単語を聞いた。

 俺の中のドライグも、フェルも聞いた。

 …………は?

 

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんッ!!うわぁぁぁぁんんん!!!!!』

 

 ……聞こえるのはこの世界のドライグの鳴き声。

 誇り高き二天龍の面影はそこにはなく、ただ心労に心労を重ねた哀れな姿。

 ……そして―――

 

「『『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッッッ!!!!?!?!?!?!?』』」

 

 ―――俺たちは同時に、そう叫ぶしかなかったのだった。



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第3話 説教と情報収集です!

「―――それでは裁判を開始する。被告、兵藤一誠は前に出なさい」

 

 ……現在、平行世界のオカルト研究部部室は裁判所となっていた。

 俺は台の上の裁判官席に座り、兵藤一誠……もとい、変態を数メートル離れたところに立たせ、それ以外のグレモリー眷属はパイプ椅子に座っている。

 そして俺の隣の席には機械ドラゴン化したフェル、そして俺の手の甲にはドライグが宝玉として浮かんでおり、変態はびくびくとこちらを見ていた。

 

「あ、あの……オルフェルさん?どうしてそんなに怒って―――」

『発言を控えなさい、性欲のゴミ』

 

 俺の隣に佇むフェルが変態を一蹴し、変態は押し黙る。

 有無を言わせぬ圧力というべきか、そもそもフェルが本気で怒ることすらもあり得ないことだからな。

 この状況は異様とも言える。

 

「それでは尋問を開始しよう―――被告、兵藤一誠はどうしようもない変態で、女子更衣室覗きの常習犯で、誇り高き二天龍であるドライグにあり得ないほどの精神的苦痛を与え、あろうことか主であるリアス・グレモリーをスイッチ姫などというふざけた名で呼ばせている…………異論はないな?」

「いや! そ、そもそも俺はそんなことを望んでいたわけじゃな」

「―――聞く耳を持たない」

 

 俺はバッサリと変態の台詞をばっさりと切り裂く。

 なお、口をパクパクさせて何も言えない変態だが、俺は次なる言霊を続けた。

 ―――何故こんなことになっているかというと、それは先ほどの出来事が原因だった。

 それはこの世界のドライグの突然の大号泣。それによって露わになったこの世界の兵藤一誠の評判と、この世界における兵藤一誠の立場。

 乳龍帝の真実と、それに伴うドライグの現状……そして何より、力に目覚めた至り方に至るまで、全てグレモリー眷属に教えてもらったってわけだ。

 

「そんなお前に弁明を持てるか判断するために、まずはお前のこれまでの行動を俺から言う。それに対して意見があるなら言え」

「は、はい……」

 

 ついに兵藤一誠が静かにそう頷き、俺は話し始めた。

 

「まず堕天使レイナーレとライザー・フェニックスとの戦い……まあ結果は良い。むしろ男らしい決断、行動には俺も共感する」

「ま、マジっすか!?」

「―――だけど洋服破壊(ドレスブレイク)ってなんだよ!!!」

 

 俺は机をバンッ!!!……っと叩き、そう怒鳴った。

 振動する空気と、固唾を飲む観覧者。

 

「そ、それは……お、俺の魔力の才能を全て注ぎ込んだ俺の奥義で……」

「もっと誠実な追及はなかったのか!?そんなんただのセクハラじゃねぇか!!!」

『…………………………ッッッ』

 

 変態の中のかわいそうなドラゴン、ドライグが何度も頷くような声音を漏らす。

 俺は話を続けた。

 

「まあここらへんにしておこう……次はコカビエルとヴァーリの一件。まあ聞いた限りではお前にできることはしたようだし、結果論だけ言えば上出来だろう」

「……お、俺頑張りまし―――」

「―――力の覚醒がどちらとも煩悩全開じゃねぇかッ!!!」

 

 再度机をたたく俺、怯える変態。

 

「リアスにエロイことをしてもらうためにコカビエルを倒そうとして、ヴァ―リを退けたきっかけがみんなの胸が半分になるからとか、ふざけてんのか!? なんで親殺されるって言われた時よりも胸半分のほうがキレてんだよ!?」

「お、おっぱいこそ正義じゃ―――」

「うるせぇ!!お前に発言権はねぇんだよ!!」

 

 俺は裁判官席を飛び越え、変態にドロップキックを喰らわせた。

 腹を抱えて痛みに耐える変態だが、俺は構わずに席に戻って話を続ける。

 

「……次にいこう。次はシトリー眷属とのレーティング・ゲーム。その直前で禁手に至り、それで匙と渡り合ったそうだな。まあ聞いている限りでは戦いでは勝利に貢献したらしいからそれについては拍手を贈ろう」

「だ、だろ!? お、俺だって頑張ったんだぜ!?」

「―――女性の胸の内、すなわちおっぱいの言葉を聞くなんて技を創り、それで女性を強制的に辱めた経緯がなければ、な」

「え、ちょ―――ごふッッッ!?」

 

 ……俺がそう言った瞬間、隣のフェルがその場から飛び立って、勢い良く変態の鳩尾に翼で打撃を与える。

 鳩尾にきれいに入る翼の攻撃で変態は倒れそうになるが、変態のドライグがそれを許さなかった。

 無理やり倍増の力で体を強化し、そして強制的にその場に立たせる。

 

「おいおい、まだまだ尋問は続くんだぞ?―――さて、次はロキとの一戦の訳だが―――まあここに関しては素晴らしかったよ。俺もめちゃくちゃ苦戦したロキをよく退けたものだ。あの狡猾の神を結果的に犠牲なしで倒せたのは非常に好印象だ」

「……………………………………………………」

 

 ……変態はダラダラと冷や汗を掻きながら、俺と視線を合わせようとしない。

 あいつも俺が次に何を言おうとしているのか、わかってるんだろう。

 頑なに視線を合わせようとしない。

 ―――さあ、懺悔してもらおうか……己の罪を。

 

「―――異世界の神様を呼び起こし、奇跡を起こすなんて俺には絶対に真似ができないことだよな~」

「そ、そうですよね!」

「「あはははははははははははははは!!」」

 

 ……笑いあう俺たち、二人の兵藤一誠。

 だけど明らかに奴は怯えていた。

 そう、声だけ笑って、顔は一切笑っていなかった。

 そしてそれは俺も同じ事であった。

 

「―――で?乳神なんて大層な神様を呼んでしまったことに対する弁解、してみるか?」

「し、知らない!偶然なんだよ!俺の胸に対する執着が起こした奇跡なんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 ……悪いが泣かれてもかわいそうなんて思わない。

 ってかそもそもだ。

 あいつが胸に対してそこまでの執着を持たなければ、こんな恥ずかしい状況にならなかった。

 つまり……

 

「―――ぶっちゃけ有罪だろうけど、一応被害者の意見も聞いてみようか。被害者、誇り高き二天龍の一角。赤龍帝ドライグ」

『……はい』

「お前の精神的苦痛、それは耐えがたいものだろう―――それに対して、どう考える?」

『………………良い相棒なんだ。今までの相棒の中でも俺に話しかけてくれて、馬鹿だが最高の相棒なんだ』

 

 その言葉に変態の表情がパァッと明るくなり、感嘆の言葉を漏らした。

 ……だけど

 

『―――だがッ!! 誇り高き世界最強と言われた俺が! 俺がッ!! 乳龍帝などと、おっぱいドラゴンだと言われるのは!!! もう……辛くて死にそうなんだぁぁぁぁぁぁ!!!!』

「………………」

『医者に薬を煎じて貰わないと生きていけないなんて、もう嫌なんだよぉぉ……俺は、誇り高く生きたいだけなんだ……』

 

 俺は無言で変態をにらむ。

 哀れすぎるッ!!

 宿主が変態なばかりに、あれほど誇り高き存在がこうも泣き崩れるなんてッ!!

 同情が俺の心を支配するようであった。

 

「お、俺が自分から名乗ったわけじゃない!!周りが勝手に―――」

「……でもイッセー先輩、レーティングゲームの時、自分からおっぱいおっぱい叫んでたような……」

「―――小猫ちゃん!そういうカミングアウトは今はだめだぁぁぁぁ!!!」

 

 ……さすがは小猫ちゃん、良いことを教えてくれる。

 

「おい、変態―――まだ言い逃れはあるか?」

「つ、ついに代名詞が変態に……た、確かに俺はドライグにすごい苦労を与えているとは思う! そこについては深く、深く反省している!!」

「ほう」

 

 俺は腕を組んで、変態の言い訳を聞いてやる。

 一応悪いとは思っているらしく、色々と説明という名の言い訳を重ねる変態。

 なお俺の中のドライグはすごい冷めた態度をしており、フェルに至っては今すぐにでも体当たりができる動作に移行していた。

 

「だけど美候の野郎が勝手に言い始めて、リアスをスイッチ姫とか抜かして、それを聞いた先生が番組で勝手に使ったんだ!! 乳神様に至ってはもう奇跡だろ!?」

「……まあそう言われると、どうしようもなかった感は否めないな」

 

 ……俺は「しかし」と続ける。

 上げて下げる……それこそが俺の役目であり能力の一つ。

 

「―――ここで被害者その2に話を聞こうか。リアス、前へ」

「ええ」

 

 俺にそう言われてリアスが前に出る。

 変態の第一の被害者がドライグとすれば、第二の被害者は間違いなく彼女だろう。

 

「リアス。あなたもまた、そこの変態の馬鹿な行動で精神的に苦痛を強いられた者の一人だろう……そこに関してはどう思う?」

「……確かにイッセーはオルフェル君の言う通り、エッチだし、私の胸で進化するし、乳首を押されるだけのために京都に呼び出されるし、スイッチ姫なんて不名誉なあだ名も納得しているわけではないわ」

「…………………………」

 

 またもやダラダラと冷や汗を掻く変態。

 ……しかしリアスは良い女だった。

 

「……だけど愛しのイッセーのためならそんなこと水に流すわ。確かに辛いこともあったけど、彼のその性質に私たちはみんな、救われてるもの」

「り、リアス部長ッ!!!」

 

 変態はその言葉に感動するように号泣する。

 グレモリー眷属の目はとても優しいものだ。

 ……だけどそんな空気を壊すかのように、俺の中のドライグの声が響き渡った。

 

『それでそこのおっぱいドラゴンとその宿主に対して、どういう判決を下すのだ?我が息子よ』

『ええ、性欲の権化であり、主様……いえ、わたくしの息子と同じにするなんておこがましい。名前を改めなさい、変態。あなたに兵藤一誠の名はもったいない』

 

 ―――二つの鋭い言葉が、変態に突き刺さる。

 まるで言霊という刃を持った剣のように、あいつに突き刺さった。

 ……それに一番早くに反応したのは―――平行世界のドライグだった。

 

『な、何故俺をおっぱいドラゴンとよ、呼ぶ?お、同じ天龍ならばこの気持ち、分かってくれるのでは―――』

『ふざけるな、貴様は天龍の面汚しだ』

 

 するとドライグのパパの凄味のある声音が響く。

 

『苦しみは理解した―――だがなッ!! 理屈ではわかっても、感情で俺は認めんッ! おっぱいドラゴンだと!? 乳龍帝だと!? そんなふざけた名前の者が二天龍であるものかッ!! 認めんぞ、何があろうとなぁぁぁぁ!!!!』

『―――うぉぉぉぉぉん!!! 仕方ないじゃないかぁぁぁ!!! 俺は何もしていない!! していないんだぁぁぁぁ!!!!』

 

 ……ドライグ、いくらなんでもさすがに冷たすぎるんじゃないか?

 なあフェル。お前も何か言ってやって―――

 

『流石一家の大黒柱、ドライグ。よくわかっているじゃないですか』

 

 …………ふ、フェルがドライグにそんな賞賛の言葉を贈ることに俺は戦慄する。

 フェルは間髪入れずに言葉を続けた。

 

『この世界の兵藤一誠』

「は、はいっ!!」

 

 フェルの静かだが圧倒的な威圧感を持つ声で、変態は反射的に背筋がピンとなる。

 

『―――良いですか? わたくしは今、想像を絶するほどの怒りに囚われています。主様と同じ顔をしながら、そのような破廉恥極まりない行動を女性に向かってするなど……するなどッ!!!!』

 

 す、凄まじい風が部室の中を襲う!

 こ、これが全てを創りだす創造の龍の力かッ!?

 

『冥界でお兄ちゃんドラゴンと呼ばれ、あらゆる武勲を立てて上級悪魔になり、その上級悪魔化も大切な存在を守るためだけという!! 更には赤龍帝の一つの答え、紅連の守護覇龍に目覚めた主様と同列に扱えとッ!? 笑わせないでください!!』

「は、はいぃぃぃ!!!」

 

 あまりもの迫力に変態がそう断末魔を木霊する。

 その迫力にグレモリー眷属は有無も言えず、フェルの独壇場となる。

 ……なお、あっちのドライグは何かをぶつぶつ呟いていた。

 

『お兄ちゃんドラゴン? ……しゅご、はりゅう?あは、っはははは……』

『……ついに壊れたか。哀れなドラゴンだ』

 

 ……俺の心の中でそう呟くドライグ。

 そもそもの原因があの変態にあるわけだけど、フェルはどうにも俺と同じ顔をしてそんな言動をしている存在が許せないようだ。

 フェルはドライグよりも頑固なところがあるから、しょうがないといえばそれまでだけど。

 ―――さて、そろそろ終わりにする頃合いだな。

 

「それでは決を取る―――兵藤一誠は有罪とし、これから三時間、俺がみっちり赤龍帝としての心構え。更に変態の更生プログラムを実施するが……異論は?」

『是非ッ!! 是非に頼む、俺の救世主となってくれぇッ!!!』

 

 ……この世界のドライグさんや、あんたの心労を少しでも俺は解消してみせるッ!!

 俺はふとグレモリー眷属の方を見ると……

 

「……ふふふ。まあ少しくらい、エッチなところを残してくださいね」

「まあそこさえどうにかしてもらえれば、特に問題はないわ」

 

 ……どうやら比較的賛成なようだった。

 

「えっ!?お、俺の意見は!?朱乃さん、部長!!」

「諦めなさい、イッセー。それに別世界のお兄ちゃんドラゴンと接することで、またあなたにも変化が起こるかもしれないわ」

「っというか起きてもらわないといけませね。教師的に、今のままでは色々と危険な面があったりするので」

 

 リアスとロスヴァイセさんからのツッコミで絶望の表情を浮かべる変態。

 俺は裁判官席を飛び越え、そして変態の襟首を掴んでずるずると引き摺って移動を開始した。

 

「ちょッ!? オルフェルさん、マジで!? な、何をするつもりなんだ!?」

「なに―――ちょっとした地獄を、お前に見せてやるだけさ」

 

 俺は爽やかにそう言ってみせると、変態は抵抗するようにジタバタと暴れる。

 が、それは当然のように無駄なこととなり、俺はリアスの方を向いて言った。

 

「ちょいとこいつを借りるぞ? それと観莉は当分の間、起きないからソファーにでも寝かせておいてくれ」

「わかったわ。とりあえず、起きたら連絡を送るから」

 

 リアスがそう応えるのを聞き、俺は移動する。

 ……その間、変態の絶叫が止まることはなかった。

 

 ―・・・

 

「俺が悪い俺が悪い俺が悪い俺が悪い俺が悪い……………………」

 

 移動している最中、途中からお経を唱えるようにそうブツブツと呟く変態こと兵藤一誠。

 こいつは本当に俺が地獄のしごきをすると勘違いでもしているのか?

 ……いや、実際に後でするつもりだけど、今はそれが目的ではない。

 

「おい、いつまで俺に引き摺られてるんだよ。自分で歩け」

「―――に、逃げるチャ」

「逃げたら関節技48手ってことを忘れるなよ」

 

 危うく逃げそうになる兵藤一誠を封殺し、俺は移動していた―――この学園にあるはずの、アザゼルが頻繁に在住しているはずの、化学実験室に。

 

「それにお前をそうするために今、移動しているわけじゃない」

「は? じゃあ何のために……」

「お前の身内にもいるだろ?こういう緊急事態が大好きで、神器すら発明してしまう神器馬鹿が」

 

 俺がそう言うと、そこでハッとしたような顔になる兵藤一誠。

 俺はさらに続けた。

 

「別に俺一人が行って事情を話しても問題はないかもしれない……けど、アザゼルがそれで俺を信用するかといえば、微妙なところだからな。だからお前にも付いてきてもらってる」

「……確かにアザゼル先生が食いつきそうだもんな、オルフェルさんの存在」

「やっぱこっちの世界でも同じ感性なのか、あいつは」

 

 となればこの状況下で一番頼りになる存在は、やはりアザゼルしかいないわけだ。

 

「後でアザゼル以外にも、意識不明の匙の方にも行こうとは思っているけど……まだ起きる見込みはあるか知ってるか?」

「……いや。解析不能の正体不明な襲撃者の攻撃だったそうだから。痕跡すら残ってねぇって……ッ」

 

 俺は不意に憤怒する兵藤一誠の肩に手を置き、まっすぐとその眼を見る。

 

「ッ!! す、すみません……俺、まだまだガキだからすぐに―――」

「……いや、お前の在り方は正しい。仲間のために怒れる、憤怒することができるのは優しい証拠だ。憤怒は悪いことじゃない―――俺はそう教えて貰ったよ」

 

 俺はディザレイドさんを思い出して、兵藤一誠にそう言った。

 

「それにお前はまだ子供で良いんだよ。大人になったら、今みたいな成長も感性も、全部完成してしまってつまらないからな」

 

 それに俺はこいつの可能性に興味がある。

 過程ややり方は色々と文句を言いたいけど、でもその進化の結果はかなり面白いものだ。

 赤龍帝の力と駒の力を融合させ、それぞれの特化型の力を発動する力も使い方によっては相当のポテンシャルを誇っている。

 もしそれぞれの箇所を適したモードに変更することが出来れば、こいつの可能性はさらに大きくなるはずだ。

 それにこいつの信念、熱さは相当の熱血漢だと伺える。

 ……なるほど、グレモリー眷属がこいつに好意を抱くのは当然か。

 こんな何をするにも真っ直ぐで、馬鹿だけど自分の損得を無視して突き進める奴は、探せば簡単に見つかるものじゃない。

 それにこいつは見ていて楽しい。

 どことなく惹かれる部分があって、才能がなくてもそれを手に入れるために血の滲む努力が出来る男だ。

 だから俺もこいつを少なくとも気に入り始めていた。

 

「さっきの戦い、俺はお前たちを圧倒はしたけど舐めはしてない。もっとたくさんの意味で強くなれよ? 力だけじゃないんだ、強さは」

「……なんか、オルフェルさんにそう言われると、謎の説得力があるっていうか」

 

 窺うように兵藤一誠がそういうと、俺は少し笑って先に進む。

 

「俺が突き進むのは全てを護るため。ならお前が突き進むのは何か。それを目指せば、自然と強くなれるさ」

「―――はい!!」

 

 兵藤一誠……いや、もっとフランクに行こう。

 ―――一誠はそう言って、俺についてくる。

 そして……

 

「失礼するぞ、アザゼル」

「失礼しまっす!」

 

 俺と一誠はノックをした後、化学実験室の中に入っていった。

 

「おぉ、イッセー。ちょうどいい、今実験してるからそれの被験体にって―――うぉぉぉぉぉぉおお!!!? い、イッセーが二人いるだとッ!?!?」

 

 ……反応は予想通りだった。

 

 ―・・・

 

「なるほど、平行世界から謎の魔法陣によって飛ばされた、ねぇ。しかもそもそもタイムマシンを発明し、過去に行く予定だった―――いいねぇ!! おい、オルフェル!! お前、最高にいいぜ! 俺の研究者魂に火が付くってもんだ!!」

「……どこの世界のアザゼルも、やっぱり馬鹿か」

「は、ははは」

 

 実験室に到着し、案の定な反応をしたアザゼルに肩を竦める俺。

 あの後、アザゼルに丁寧な説明を施し、今の俺の状況を説明すること10分。

 それに対しアザゼルが興味を示すのに時間はいらなかった。

 一誠は凄まじいほどに苦笑いをしており、とりあえず話が一切進まない!

 

「ってか神器を創造する神器ってなんだよおい!! 神器を創りだすとかマジかよ!? それを利用して過去へ行くとか……―――ちょっと調べさせろ、イッセーセカンド」

 

 アザゼルの目が血迷っていて、なんか息も荒い!?

 予想はしていたとはいえ、流石はアザゼルといったところか……こっちの思惑通りの反応をしてくれる。

 

「お前に調べられたら解剖と同じ意味だろうがっ! おい、こっちによるな!」

「ちょっとぐらいいいじゃねぇか……郷に入っては郷に従えという言葉があるんだぜ?あれだ、先っちょだけだから!」

「うるせぇ! そもそも俺の郷はここなんだよ!」

 

 っていうかうかうかしてたら本当に解剖される!

 ここは―――やるしかねぇ!

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

『Reinforce!!!』

 

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Booster!!!!!!!』

 ……連続で鳴り響き、最終段階まで一気に辿り着く俺。

 そのタイムは過去史上最速で、俺は特に敵もいないのに鎧を神帝化させてアザゼルにアスカロンを向けながら本気で威嚇する。

 その圧倒的流れるような作業にアザゼルは血の気が引き、そして自分が犯した過ちに気付くように渇いた声で笑った。

 

「お、おぉぉぉぉッ!! す、すげぇ!! アザゼル先生が反応できないレベルの速度の自身の強化! すげぇよ、オルフェルさん!!」

「おう、一誠。さて―――お前は考えたことはないか?このいつも俺たちを騒動に巻き込みやがるマッドサイエンティスト、アザゼルに一泡吹かせてやりたいと」

 

 俺はアスカロンをアザゼルに向けながら、一誠にそう問いかける。

 すると……一誠はおもむろに涙を流し始めた。

 

「う、うぅぅぅッ! やっぱりあんたはすごいッ! そうだよ……俺はアザゼル先生のせいで地獄のドラゴン鬼ごっことか、色々辛い事をやらされたんだぁぁ!! だけど先生、ラスボスクラスに強いから逆らうことも出来なくてさ……」

「……だけど俺がいればそれが出来る。なあ、俺と一緒に革命を起こさないか?」

 

 ……言葉は不要だった。

 

「お、おいイッセー!? せ、先生を裏切るとか―――ぶへぼッ!?!?」

 

 一誠は流れるような動きでアザゼルの懐に到達し、そして迷いのない拳を面白いくらい真っ直ぐにアザゼルに放つ。

 情けない声と共に殴り飛ばされるアザゼル……あ、やっぱりアザゼルには恨みがあったんだな。

 

「……部長の乳が吸えなかった分だッ」

 

 ………………俺は最後の情けない一言は聞こえないことにするのだった。

 ―数分後……

 

「今の状態では何とも言えんな。何分、お前が飛ばされたであろうそのタイムバイクってもんがねぇんだ。パラレルリープをしたのならバイクも一緒にこの世界に飛ばされたはずだが……」

「そもそも俺が何故この世界に飛ばされることになったのかも疑問でしかない」

 

 ……普通に話しているように見えるのかもしれないが、アザゼルはスーツがボロボロの状態だ。

 今は反省したのか、俺に協力的である。

 何、これが俺のお話の力(説教)というやつさ。

 

「そもそも仮に何者かがお前に横槍を入れたとして、故意的にこの世界―――平行世界にお前を飛ばしたのなら、それこそあり得ねぇ。この世界に平行世界に干渉できる術なんか知る限りでは存在しねぇよ」

「……まあそこは理解しているよ」

 

 アザゼルの鋭い指摘に俺は頷く。

 そもそも俺の世界でタイムリープが可能になったのだって、様々な制限を重ねた結果だ。

 その上フェルと力がなければ到底実現不可能だったもので、俺の世界のアザゼルだって奇跡というほどの出来事だったからな。

 そしてこの世界と俺のいた世界とでは時間軸に対した差はない。

 俺のいた世界よりも数か月後ってくらいなもんだ。

 まあその数か月で色々なことがあったそうだけど……

 

「……えっと、つまりさ?俺たちの世界でもオルフェルさんの世界でもこんな現象を起こすことは不可能だってことだよな?」

「そういうこった。過去ならまだしも、平行世界に飛ばすなんてもんはそもそも無理な話ってもんだ」

 

 アザゼルはやれやれと言った風に肩を竦め、デスクの上に置かれているコーヒーカップに手をつけた。

 

「悪いな、イッセーセカンド。今のところは俺に手伝えることはねぇ」

「いや、仕方ないよ。こっちだって情報不足だからな―――あとアザゼル。俺のことはオルフェルって呼んでくれ。そっちの方が分かり易い」

「おっと、そうだったな!―――にしても。同じイッセーでも趣が随分違うようだな、おい」

 

 するとアザゼルは俺と一誠の方を交互に見ながらそう呟いた。

 顔を見て分かるくらいにその表情は興味深そうの一言で、流石はアザゼルというべきか。

 

「顔の基本的な構造はほぼ変わらんが、しかしオルフェルの方がはっきりとしてるな。が、面白味という面では弱いか……いや、おっぱいドラゴンとお兄ちゃんドラゴンでは天と地の差が―――」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! やめろぉぉぉぉぉ!!!! そこに触れるでなぁぁぁぁいい!!!!!』

 

 アザゼルの冷静な分析を前に絶叫を上げるこの世界のドライグ。

 本気の断絶魔ってこんな叫びなんだな。

 なあドライグにフェルさんや。

 

『変態を止められないこの世界の俺が悪い』

『ええ、同感です。格の差が目にも明らかです』

 

 あはは……二人はどうにもおっぱいドラゴンを受け入れられないようだった。

 まあ俺も受け入れたというよりかは諦めたってのが近いけど。

 変態性が若干あれだけど人間性はむしろ正常だし

 そもそもおっぱいドラゴンとか言われたのも俺みたいにやむなしだったかもしれないしさ。

 

「まあともかく今、俺にできることはねぇ。何よりもオルフェル、お前がこの世界に飛ばされたのは確実に理由がある―――もしかしたら待っている間もなく解決の糸口が見つかるかもしれねぇ」

「まあ難しく考えるのも面倒だしな。何よりもこっちの世界のアザゼルも、今頃は血眼になってるはずだからな」

 

 少なくとも同士を放っておくなんてことはないだろ。

 

「んじゃ俺たちはそろそろ行くよ。いくぞ、一誠」

「は、はい! じゃあアザゼル先生、また!」

 

 俺と一誠は化学実験室を後にする。

 

「でも一番頼りになるアザゼル先生でも分からないとなると」

「まあそんな最悪な状況じゃねぇよ。それに本命はアザゼルじゃないからな」

 

 化学実験室に背を向け、そのまま次の場所に向かう。

 ……っとその時だった。

 

「俺、まだ昼飯食ってなかった―――一誠、飯食いに行くぞ」

「……意外とマイペースだよな、オルフェルさんって」

 

 若干苦笑いをした一誠を連れ、俺たちは食堂に向かうのだった。

 ―・・・

 

「まあ食堂の味は変わらないよな」

 

 俺は食堂でカレーライスを頼み、今はそれを食べていた。

 俺の知っている駒王学園の食堂の味で、どこか親近感を持ってしまう。

 一誠はそんな俺を見て苦笑いを浮かべているものの、俺はそれを気にせず腹を満たす。

 

「いいか? 腹が減っては戦はできぬって言うだろ? 考えるにも脳細胞を動かすのも、まずは何か食べないとさ」

 

 俺は最後の一口を口に運んで、一誠にそう言った。

 聞いた話では現在、駒王学園は休校をしているらしく、学生はチラホラと見れるほどしかいない。

 そのチラホラと見える生徒は俺たち側のことを知っている人間や悪魔だと思うけど。

 

「一応、俺のことはお前の遠い親戚ってことで通す。もちろん、一般人に対してだけど」

「まあ今はその一般生徒が学校に来ることはないんだけどさ」

 

 突然の事態に警戒態勢が取れないから仕方ない。

 

「んじゃそろそろ行く―――」

「あ、イッセーく~ん!!」

 

 俺が席を立ち、目的に向かおうとした瞬間、突如一誠の名を呼ぶ女の子の声が響いた。

 もちろん俺は自分の世界で同じ名前で呼ばれてるから反応しそうになる。

 俺と一誠は同時に声の響いた方向に目を向けると、そこには予想通りイリナがいた。

 それと―――レイヴェル!?

 ……ああ、そういえば俺の世界のレイヴェルも日本の学校に勉学で留学しに来るって言ってたっけ?

 この世界は俺のいた世界よりも未来の時間らしいし、そういうことか。

 

「聞きましたわ、イッセー様。平行世界から飛んできたイッセー様がいるとお聞きしたのですが…………なるほど、そちらの殿方が」

「ほえ~、イッセー君にそっくり!!そもそもイッセー君と同一人物だったわね!」

「……まあ俺の世界と大差ないか」

 

 レイヴェルとイリナの反応を見て何故かがっくりとするが、言葉を聞く限りは事情は知っているみたいだな。

 

「な、なんかがっかりされてるんだけど!?」

「いや、そもそもイリナにそんな期待してないから大丈夫だ」

「き、期待してないッ!?」

 

 俺の反応に異を唱えるイリナだけど、がっかりするものはがっかりする。

 

「イリナ、オルフェルさんは思ったことを素直に言う人だから、あんまり気にしない方が良いぜ?」

「そ、それはそれで複雑っ!!」

 

 一誠のフォローも虚しくイリナは当然のように驚愕する。

 まあこの世界のイリナのメンタルが俺の世界のイリナと同じなら、何の問題もないだろう。

 

『相棒も逞しくなったな……のぉ、フェルウェルよ』

『えぇ。平行世界に飛ばされてこうも自然体とは……流石は私達の息子』

「はいはい、二人は今は神器の奥でしゃべってろ」

 

 俺は恥ずかしげもなくそんな会話をするドライグとフェルを、神器の深いところに誘導する。

 ……っとそこで一誠が関心するように見ていた。

 

「……まあドライグに関しては俺も理解できるんだけどさ―――神器を創る神器だっけ?オルフェルさんの中に存在しているもう一つの神器って」

「ああ。神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)。創造力を溜め、神器を創造する力を有しているぞ」

 

 俺は胸にブローチ型の神器を顕現し、それを三人に見せる。

 白銀の輝きを見せるフォースギアだけど、それを見て一番反応が早かったのはイリナだった。

 

「―――す、素晴らしいわ! 天使である私には分かるの! その神器はとても神聖で神々しいものって!!」

「まああながち間違いではないな。神器を創る神器って、やってることは聖書の神がしたことと大差はないからな」

 

 っていっても創れる神器は限られている上に、力の上限も定まっているからな。

 時に俺の想いの強さで神滅具並の力を発揮する神器を創り出すこともあるけど……まだまだ謎が多い神器だ。

 

「そういえば俺って自分のことは知られてるけど、実際にはオルフェルさんのこと何も知らないんだよな」

 

 すると一誠は俺に関心を持ったのか、そう尋ねて来た。

 確かにこの世界の一誠のことはあらかた聞いたけど、自分のことは何も話してなかったな。

 まあこれも良い機会か。

 

「次の目的地まで距離があるし、話しながら行くか―――レイヴェルとイリナはどうする?」

「私は残念ですがフェニックス家と連絡を取らないといけないので……此度の事件についての状況を報告する責務がありますわ」

「私も同じなの! この町にいる天界の使者だから、ミカエル様に報告しなきゃ!」

 

 ってことは、この世界ではガブリエルさんは駒王学園に所属してないのか。

 やっぱり俺の世界と違いがあるってわけだ。

 

「了解、じゃあ俺たちは次の目的地に向かうぞ」

 

 俺はそういうと二人と別れ、一誠を連れて向かう。

 

「そういえばまだ聞いてないんすけど、どこに行くんですか?」

「ん? そりゃ実際に敵さんと鉢合わせてる奴のところに決まってるだろ?」

「ッ!? そ、それって」

 

 一誠は俺の言葉を理解したのか、わかったような声を響かせる。

 俺はそれに頷き、そして言った。

 

「んじゃ行くぞ。匙が収容されてる病院に連れて行ってくれ」

 

 俺は一誠にそう言うのだった。

 ―・・・

 

「ま、マジっすか? な、なんか俺とは全然違う進化を辿ってるんすね……」

「まあそれもフェルの力があったからだけどな。お前みたいに胸に執着して、胸で進化するとかあり得ないし」

 

 俺はこれまで俺が戦ってきた敵のことを一誠に話しつつ、病院を目指していた。

 それまでの会話で分かったことは、この世界には三大名家なんてものは存在しないこと。

 それと過去にオルフェル・イグニールという赤龍帝がいなかったことだ。

 まあ平行世界に来てるんだから、これくらいの差が生まれても可笑しくない。

 後は……この世界ではオーフィスは未だ敵の親玉とされていること。

 あと黒歌とかチビドラゴンズも周りにいないってことくらいか。

 それはそれでどこか悲しい気分になるけど、そこは割り切るしかないか。

 結果論だけで考えれば、「俺の世界は俺の世界、この世界はこの世界」っていうしかないからさ。

 

「あと紅蓮の守護覇龍、だっけ? ドライグが未だに号泣してるけど。どんなことしたらあの怨念をその方向に誘導できるんですか?」

「誘導、ねぇ……最終的に俺が覇龍をどうにか出来なかったのは何より自分のせいだったからな―――自分を受け入れた、が答えだよ」

「ほへぇ……なんか、ホント俺と同い年には見えないっす!」

 

 ……意外と一誠は鋭いんだな。

 まあここで自分の過去を話すのも意味がないだろうし、言及もされていないから問題ないか。

 

「……………………っ? こいつは……」

 

 俺はその時、あるものを感じ取ってその場に立ち止まる。

 その途端に俺の中のドライグとフェルが声を響かせる。

 

『相棒、どうした?』

『なにかあったのですか?』

 

 ……いや、なんか視線を感じるっていうか。

 殺気とかの類じゃないけど……どこか観察されているみたいな視線を感じるんだ。

 

『……考え過ぎ、と言いたいところだが相棒は夜刀との修行で気配に敏感になった相棒。そこを考えると』

『虚言とは言い難いですね』

 

 確認してみる価値はあると思う。

 少なくとも事態が現状、最悪な段階だから少しでもきっかけが欲しい。

 

「一誠、先に行って説明しててもらって良いか?」

 

 俺は立ち止まって前を歩く一誠にそう言うと、俺の方を振り返って不思議そうな顔をしていた。

 今から匙のところに行くぞって言っていたやつが突然そんなことを言ったら当然か。

 

「別に良いっすけど……」

「んじゃ頼んだ!俺もすぐに向かうからさ」

 

 すると一誠は少し小走りで俺の先を行き、俺はそれを見送ると視線を感じる方向に移動した。

 道は路地裏に入っていき、そこは光が遮られて不気味とまで言える。

 しかもご丁寧なことに俺が路地裏に足を一歩踏み込めた瞬間、結界が展開されて現実と路地裏の空間が遮断された。

 凄まじいほどの綺麗な流れで、無駄のない結界にむしろ感動を覚えるくらいだ。

 ……思った以上に接触が早かったな。

 

『相棒はこうなることを予測してあの者を先に行かせたのか?』

「まあな。今のあいつじゃ目の前のこいつ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を相手にしたら、一瞬で負けるさ」

 

 俺は嘆息を一つつき、そして―――少し歩いたところで、目の前に現れた黒いローブを被る存在を指してドライグにそう言った。

 

「……気付いていたのですね」

「当たり前だろ? いや、むしろ気付かれるためにわざと(・ ・ ・)気配を出してたんじゃないか?」

 

 俺が軽い口調でそう言うと、目の前の存在は薄く笑い声を響かせた。

 

「ふふ……いいえ、私にはそんな技能はありません。ただあなたがそれほどの技量を持っていただけです」

「それはありがとう―――声から察するに女なんだろうが、質問に応えてくれるか?」

 

 俺は顔が見えなく、背が俺より少し低い女にそう尋ねた。

 すると女性は薄い笑いを止めた。

 

「このタイミングでお前ほどの術者が、しかも俺の前に現れた。偶然にしては出来過ぎてるよな?」

「そうですね。私が偶然と言ったとしても、あなたは信じないでしょう」

「ああ、信じることは難しいな。それに俺を観察していたのも気になる。さ、俺の質問は二つ―――俺をこの世界に飛ばしたのは、お前か?」

 

 ……俺は女にそう直球で尋ねた。

 この手のタイプには下手に変化球を与えず、真正面からぶつかっていった方が早い。

 

「……その問いには半分正解で、半分間違いと返させていただきます」

「そっか。ならそれだけで俺は確証を持てた―――次の質問は、この町に起きている事件は全てお前の仕業か?」

 

 俺がそう尋ねた瞬間だった。

 

「……ッ」

 

 ……女は、明らかな動揺を見せた。

 今の反応は―――関係があるが、実際には犯行に及んでいるわけではないのか?

 それに顔は見えないが、口元は苦虫を噛んだように歪んでいる。

 

「……お前が何のために俺をここに飛ばして、どんな目的で俺に接触したかは知らない―――だけどな。この町を恐怖に陥れるなら、どんな目的があろうと俺はお前を倒す」

『Boost!!』

 

『Force!!』

 

 俺は籠手とフォースギアを展開し、拳を女に向けた。

 

「……ふふ。そうですね、やはりあなたもまた―――兵藤一誠(・ ・ ・ ・)ですもんね」

 

 ……くだけた口調と、どこか悲しそうな声音。

 口元には笑みが浮かんでいるのに、その女は何故か悲しそうだった。

 納得したような言葉と、意味深な言葉を口にする謎の女。

 だけど……だけどなんでだ?

 ―――何故か、その笑みと言葉は温かくて俺を包み込むようだった。

 

「……俺は、お前を知ってる?」

 

 俺がついその言葉を漏らすと、女は首を横に振った。

 

「あなたが私を知っていることはないです。あるようでない、すごく複雑な問いですが」

「お前、何を言って―――」

 

 俺がそう言おうとした瞬間だった。

 ―――ゾクッと、背筋の芯から体が冷えるような現象に襲われた。

 悪意とか、殺気とかそんな甘いもんじゃない。

 ……殺意。

 確実に俺を殺すという気配を俺は感じた。

 

「…………もうあなたは、来てしまったのですね……やはりあなたは―――」

 

 ……女は俺の方ではなく、空を見つめながらそう悲しそうに呟いた。

 それと同時に俺の後方から突如、魔の気配を感じた。

 がぎゅゅぅぅぅぅっ…………そんな気色の悪い呻き声をあげるのは歪な形をした一匹の魔物。

 身体中が真っ黒に染まっており、左右非対称の巨大な眼球、形が定まっていない液状の体。

 

「……平行世界の兵藤一誠、あなたにお願いがあります」

 

 女は一歩、俺に近づくと後ろの魔物は動きを止める。

 そして―――俺の前にたどり着き、俺の頬をそっと両手で覆った。

 

「―――これからこの町に来る脅威。敵を…………倒してください」

「き、脅威? あ、あんた何を言って」

「お願い、します……もうあなたたちしかいないんです、あのヒトを……倒せるのはッ!!」

 

 ……涙を堪えるような声と嗚咽がその女から伝わった。

 その手は氷のように冷たく、そして何より―――心まで冷め切っていた。

 だけど……何故か温かった。

 その言葉は、想いは。

 だから―――

 

「―――大丈夫だ」

 

 ……俺はその女を安心させるように頬を覆う手を握り、そう言った。

 

「俺を飛ばしたとかはもうどうでも良い。お前は俺に助けを求めていたんだとしたら、この町に脅威が訪れようとしているんなら、俺は全てを護る。お前の想いも、この町も……全部だ。だから大丈夫だ!」

「だい、じょうぶ?」

「ああー――不思議だろ? 俺の大丈夫には謎の説得力があるからさ」

 

 俺が笑顔でそう言うと、俺は後ろの魔物に対して手の平を向ける。

 そして

 

断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)

 

 ―――一瞬で、その気味の悪い魔物を塵にした。

 破滅力を誇る断罪の龍弾を放ち、そして俺は女から一歩距離を取る。

 

「……だから、俺に任せろ」

「……はいッ!!」

 

 そんな良い返事を女はして、そして路地裏の闇と少しずつ浸透していく。

 

「……平行世界の兵藤一誠。私の名は…………アイ。アイとお呼びください」

「……ああ」

 

 姿は少しずつなくなり、そして……完全に消えた。

 ―――どうか、あなたに幸があらんことをお祈りします。

 その言葉が響き、そして結界は解除された。

 

「…………ドライグ、フェル―――平行世界に飛ばされてもさ。俺のやることは変わらないみたいだよ」

『全くだ。だがそれも性だろう』

『ですが、それだからこその主様。共に歩みます。我々は永遠に』

 

 俺は籠手とフォースギアを消し去り、そして路地裏を出た。

 途端に目に入る眩い太陽光。

 そして俺は―――

 

「じゃあ行こう。ドライグ、フェル」

 

 先へと、前に進んだ。



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第4話 二つの怒り

 室内に電子的な音が一定間隔で鳴り響く。

 心電図の電子音が病室を包み、そしてそれに繋がれる男に寄り添うようにいる女性―――ソーナ・シトリー会長は目元に隈を作りながらも、最低限の笑みを俺たちに浮かべていた。

 

「……兵藤君から既に話は聞いています。初めまして、平行世界の赤龍帝……なんて自己紹介は不要でしょうか?」

「ええ。俺も貴方のことは良く知っているので」

 

 ……謎の女性、アイとの邂逅から既に数十分が経過した今。

 俺は匙が収容されている病室に足を踏み入れていた。

 先に到着していた一誠が事の次第をソーナ会長に説明し、大体のことを理解しているんだろう。

 ―――だけど会長は明らかに顔色が悪かった。

 

「……現状のことの前に先に聞きます―――ほとんど寝ていませんよね?」

「………………」

 

 俺の質問にソーナ会長は無言になる。

 ……目元の隈や声音から察してはいたものの、やはりそうだったと俺は納得する。

 俺の世界の会長と、この世界の会長が性質的に変わりないならば……それなら、会長は自分の愛すべき眷属に付きっきりになって看病するはずだ。

 それこそ寝る間も惜しんで。

 それは彼女の優しさだ。

 ……だけどそれを匙が望むとは思えない。

 自分のために無理をして、最悪倒れられでもしたらあいつは自分を責める。

 

「……俺は自分の世界のあなたしか知らない。だけど眷属のために涙を流すヒトなら、きっと俺の世界の会長と同じです―――少しでも良いから、休んでください」

「で、ですが私はシトリー眷属の」

「シトリー眷属の王だからこそ」

 

 俺は会長の言葉を遮るように言葉を続け、そして言った。

 

「―――王は、誰よりも冷静で威風堂々としていないといけないんです」

「…………………………」

 

 会長は封殺されるように言葉を失くし、苦い表情をしていた。

 たぶん俺の言葉を理解しているんだろう。

 だけど理解していても納得できないことは存在している。

 

「俺からの忠告はそれだけです―――じゃあ、話を現在に戻します」

 

 俺は話を変えるようにパンッ、と拍手をするように手の平を叩き、話題を転換する。

 俺は床に伏せる匙を見た。

 ……意識はなく、規則正しい吐息を漏らしながら未だ眠っている。

 俺の知る情報では、確か正体不明の襲撃者に襲われて花戒さんと共に重症を負ったとは聞いていた。

 ……だけどこの傷は想像以上に深いな。

 

「会長。匙はシトリー眷属で一番強いですか?」

「……ええ。純粋な火力ではうちの誰よりも秀でていると考えます」

「…………その匙に対してここまで一方的な傷を負わせる襲撃者―――なるほど、一筋縄じゃいかないな」

 

 ……アイの言葉を信じるなら、匙を襲った襲撃者はアイのいうこの町に来る脅威ってことなんだろう。

 更に言えばこの町で起きている魔物の大量発生も、この件と無関係とは言えない。

 

「せめて匙の意識は戻っていれば、話を聞けるのに……」

 

 俺の隣でそう呟く一誠。

 確かに匙に話を聞くのが一番手っ取り早いんだろう。

 だけど当の匙が今は意識不明の重体だ。

 ……いや、待て。

 

「ここは俺のいた世界よりも後の時間軸。俺の世界なら既に匙はヴリトラの意識を取り戻し、龍の形態に至っている……一誠、お前はヴリトラって知っているか?」

「え、ええ。匙の中に存在している龍王の一角っすけど……」

「……だったらやりようはある」

 

 俺は匙が横になるベッドの傍にあるパイプ椅子に座り、そして匙の右手に手を添える。

 ……黒の龍脈(アブソーブション・ライン)は右手に展開される神器。

 そこに龍法陣を展開し、直接ヴリトラと接触する。

 調整はドライグとフェルに任せても良いか?

 

『ああ、問題はない。ただヴリトラが既に目覚めているという保証はないぞ?』

 

 ドライグが俺にそう問いかけるが、やってみる価値はある。

 俺も龍法陣はティアから軽く習っている程度だから、うまくいくとは思わないけど。

 

「今から匙の中に存在しているヴリトラに対し、龍法陣……ドラゴンの魔法みたいなものを使って、接触を測ります」

「……ッ! そ、そうです。盲点でした……匙の中でヴリトラもまた、共に戦っていたというわけですか」

「そういうことです……とはいえ、そのヴリトラもまた意識不明の可能性が高いですが」

 

 赤い龍法陣を展開し、俺は匙の中のヴリトラの影を掴むように意識を潜らせる。

 目を閉じ、真っ暗闇の匙の深層意識―――神器の中へと入って行った。

 意識がないためか辺りは真っ暗闇で、俺は泳ぐように進んでいく。

 

『精神世界でなら俺たちが全面的にサポートしよう』

『姿を見せることが出来るのは、こういう時だけですからね』

 

 すると突如、姿を現す二対の巨竜。

 赤い肢体の誇り高き傷を幾つも負っているドライグと、プラチナのように光り輝き神々しいオーラを放つフェル。

 元々の大きさとなった二人が俺に寄り添うように黒い空間を前進していく。

 

『……これは想像を絶する攻撃を受けたのであろう。生きているのが不思議なくらいだ』

「ドライグもそう思うか?」

『ああ。圧倒的破壊の力。この空間からはその残照のようなものを感じる』

『未だ匙さんが目を覚まさないのは仕方ないです。ここまでの破壊の力を受けてしまえば……』

 

 ……なおさら許せないな。

 その襲撃者がどんな理論を並べても、どんな言い訳をしたとしても。

 直接俺とこの世界の匙が関係性を持っているわけでもない。

 

「だけど、俺にとって匙は親友だ」

 

 例えそれが平行世界の匙であろうと。

 こいつは俺が「守る」べき存在だ。

 

「ドライグ、フェル。絶対に手がかりを掴もうぜ!」

『はは、俺たちは相棒についていくさ』

『ええ! 行きましょう、主様!』

 

 ドライグとフェルは力強くそう頷いた―――その時だった。

 

「……ッ! これは……ドラゴンの気配」

 

 俺は少し離れたところにドラゴンの気配を察知した。

 それは弱弱しく、それが傷ついて存在が気薄になっていることを意味している。

 

『これは……恐らく、ヴリトラの意識』

『だがこれほどに弱っているとはな』

 

 フェルとドライグの言葉によって俺の考えは確信のものに変わり、そして俺たちは到達する。

 ……ヴリトラの袂まで。

 

「ドライグ、何とか話せそうか?」

『……難しいな。消えることはないだろうが、しばらく休まないといけないほどの傷だ』

『魂の存在であるはずのヴリトラさえもこうしてしまう敵、ですか』

 

 俺たちはその場で動かないヴリトラを前にして、そんな会話をしていた。

 ここまで来ても、当のヴリトラがこうして倒れていたらどうしようもない。

 この空間ではフェルの力は発動するのか?

 

『いえ、わたくしも魂だけの存在。主様という源があってこそ、私の力は神器という形で発動するのです』

『俺も同様だ。軽いドラゴンとしての力を以てすれば、問いかけくらいは出来るが……』

「……そっか」

 

 引き返すしかないか。

 俺はそう諦めを付け、ヴリトラから背を向けた―――その時だった。

 

「……? この光、まさかあの時の……」

 

 突如、俺の胸の中から赤い光の球が現れる。

 これはそう……赤龍神帝であるグレートレッドが俺に託した、真龍の因子だ。

 俺が守護覇龍を発動したときに使い、それでもう俺と同化していたとばかり思っていたけど……とにかく、その光を俺は掴んだ。

 すると俺は突然赤いオーラに包まれ、そして体が勝手にヴリトラの方に移動する!

 そして倒れるヴリトラに手を触れた。

 

『……グレートレッドの因子。やはりそれは相棒の中で根付いて、育っているのか』

『恐らくは。最近主様が不思議な夢を見るのは、それが所以なのでしょう』

 

 ……なるほど、それなら合点がいく。

 これがグレートレッドの力の一端なのだとしたら、もしかしたらヴリトラの意識を戻すことが出来るかもしれない。

 あのドラゴンは夢幻を司るドラゴン。

 夢、についてはどんな存在よりも影響力があるはずだ。

 

「お願いだ、ヴリトラっ! 辛いのは分かる……だけど今の俺たちにはお前が頼りなんだ!」

 

 ヴリトラに触れながら、俺はそう言葉を続ける。

 俺はそう黒龍に問いかけ続ける。

 それを数分続け、そうしていると―――

 

『……貴様、は……確か……』

「ッ!! ヴリトラ!?」

 

 ―――ヴリトラは、弱弱しいながらも声を漏らした。

 

『我は、何をして……そう、か。我と、我が分身は、やられた、のか……』

「ヴリトラ、そのまま少しだけでいい! 意識を保ってくれっ!!」

『……あまり、期待はするでない。我は、いつ眠っても、おかしくはない……』

 

 ……俺はヴリトラの言葉に頷き、そして尋ねる。

 

「聞きたいことは二つ。一つはお前たちは何に襲われたんだ?」

『……正直に言えば、分からん』

 

 ……分からない?

 俺はヴリトラの言葉に疑問を持つが、ヴリトラは補足するように言葉を続けた。

 

『奴が何者で、何が目的で我々を襲ったのかは……不明、だ。ただ一つ―――おぞましいほどの、力だった……』

「……そうか。じゃあ質問はこれで最後だ―――敵は、どんな姿だった?」

 

 ……これが正しい質問かは分からないが、俺は気になったことをぶつけた。

 何故こんなことを聞いたかは分からないけど、どうにもアイの言葉が頭に引っかかるんだ。

 既に匙は襲われている。

 なのにあいつはこれから来る脅威(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)と言った。

 もし匙が襲った存在とは別に脅威が俺たちの前に来ているのだとしたら。

 今の問題と、これから来る脅威の見分けをつけないといけない。

 

『……黒い、獣のような存在、だった……すまんが、そろそろ我も限界だ。元々記憶も定まって、いないものでな……どこまで参考になるかは、分からぬが……』

「いや、お前の言葉が対策になる―――ありがとう、今はゆっくりと休んでくれ」

『そういえば、貴様は……赤龍帝、なのか? だが、我の知る赤龍帝とは、また違う……』

「……そうだな。次にお前が起きるときには、俺はいるか分からないから今名乗っておく―――俺は、オルフェルだ」

 

 俺はヴリトラに頭を下げ、そして名乗る。

 するとヴリトラはどこか楽しそうな声を上げ、そして……俺の頭を、震える手で撫でて来た。

 

『……すまぬな、何故か……こうしたくなった……』

「……いや! 伝説クラスのドラゴンにそうされるのは慣れてるさ!」

『はは……頼む、我と……我が分身の分まで、奴を……』

 

 ―――それと共に俺たちの意識は現実に戻る。

 ……ああ、約束するよ。

 俺が絶対にこの問題を解決する。

 

「お、オルフェルさん?」

「どうでしたか?」

「……ええ。一番知りたい情報は手に入りました」

 

 俺はそう言うと、一誠は目を見開いて驚いていた。

 ……俺は知りたい情報を知ることができたので、席から立ち上がり会長の頭を下げた。

 

「俺はこれで失礼します。この問題は俺や、ここにいる一誠たちに任せてください」

「で、ですが!」

「気持ちは分かります―――だけどさ? そんな疲れ顔でせがまれても説得力がないだろ?」

 

 俺は敢えて軽い口調で会長にそう言った。

 

「もし本当に匙の弔い合戦をしたいなら、もっと王らしい風格を持った状態でいてくれ。そうじゃないと怪我しちゃうからさ」

「…………ふふ。そうですね―――ありがとう、オルフェルさん」

 

 会長は若干くだけた話し方でそう言うと、俺と一誠は病室を後にする。

 

「ほへぇ……あの会長が、あんなに素直に笑って礼を言うなんてびっくりっす!」

「そっか? こっちの世界の会長は、色々可愛いけどなぁ……」

 

 匙との進展はどうですかって聞いたら、十中八九顔を真っ赤にして動揺ついでに怒ってくるしさ。

 

「……それで詳しいことは俺も知らないんですけど」

「そうだな、それも含めて歩きながら話そうと―――」

 

 ……思ってるよ、そう言おうとした時だった。

 突如、病院内で鳴り響く不相応な着信音。

 その着信音の主は一誠で、俺はその常識のなさにため息を吐きながら頭を軽く小突く。

 幸い病院の入り口まで来ていたので一誠を外に先に出させ、そして俺はゆっくりと歩いて行った。

 

「ったく、あのバカは」

 

 俺は軽く笑いながらそう呟くと、一誠は通話を終えたのか、こっちに急ぎ足で戻って来た。

 

「良いか? 一誠。病院ではマナーモードにしているのが常識―――」

「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ!」

 

 ……すると一誠は何故か焦った表情で、俺の大事なお言葉をぶち切る。

 何をそんなに焦ってんだ?

 

「―――オルフェルさんの連れの女の子が、目を覚ましたらしいんです!」

「…………ッ!? それは本当か!?」

 

 俺は一誠の肩を掴み、そう尋ねる!

 観莉はパラレルリープの影響で意識を失っていて、今は部室で介抱をしてもらっている。

 ……観莉は一般人だから、出来ることなら悪魔関係のことを知られるわけにはいかない。

 幸いこの世界は平行世界で、俺たちの世界と大差ないから問題はないはずだけど……この世界の自分と会わない限りは。

 そう高を括った時だった―――

 

「え、ええ! で、でもどうにも状況が上手く飲み込めないそうで……」

「……どういうことだ? 少し落ち着け」

「は、はい! ……じゃあ言います。その―――どうにも、その女の子は自分が誰かも分からないって言っているらしくて……」

 

 ………………は?

 俺は一誠の言った言葉の意味が理解できず、もう一度一誠に尋ねた。

 すると一誠は答えた。

 

「―――記憶喪失、だそうです!」

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、俺は一誠を置いて全速力で部室へと走り帰るのであった。

 

 ―・・・

 

 俺は全速力で部室に向かって走る。

 それはもう、道行く人が振り返るほどの速度で。

 後で絶対にリアスに怒られると確信できるくらいの速度で、俺は走っていた。

 

「観莉が記憶喪失とか、嘘だろ……ッ!?」

 

 ……先程、俺は一誠にその事実を聞かされた。

 正直驚きもしたけど、それ以上に今回の件で観莉を巻き込んでしまったのは俺だ。

 結果的に仕方ない面があるけど、それは言い訳になんか出来ない。

 

「はぁ、はぁ―――リアス! 観莉が記憶喪失って、本当か!?」

 

 俺は部室の扉を勢いよく開くと、そこには先程まで共にいた皆。

 そしてソファーには観莉が座って―――

 

「うぇぇぇぇぇんっ!!こわいよぉ、こわいよぉっ!!!」

 

 ―――聞こえたのは可愛らしい鳴き声だった。

 それはもう愛くるしい声で、どこの子供が部室に紛れ込んだと思うほどのもの。

 だけど…………俺はこの声を、知っているっ!!

 

「………………り、リアス? こ、これはどういう状況……なんだ?」

「……私が知りたいわよ」

 

 リアスも困った表情で俺の問いに答えるが、答えになってない!!

 いや、リアスに言えた義理じゃないけどさ?

 ……よし、冷静になろう。

 

「もうやなのぉ……おうち、かえりたいよぅ……あれ? おうち、どこだっけ……うえぇぇぇぇぇん!!!」

 

 ―――なんというブーメラン。

 そう心の中でツッコむしか出来ないぞ、これ!

 違う違い、冷静になるんだ!

 つまりあれか?

 俗に言う、これは―――幼児退行?

 

「……お、オルフェルさん。この子、私の手には負えないです」

「はうぅぅ! こんな時、イッセーさんがいてくれたら!!」

 

 いや、アーシア。この場に仮に一誠がいても、たぶん何も出来ないと思うよ?

 むしろ逆に泣かれそう。

 

「……ってか俺がどうにかするしかないよな」

 

 観莉がこうなってしまったのは確実に俺の責任だし。

 俺は頬をパンッと叩き、気合を入れ直す。

 そして未だなお泣きじゃくる観莉(幼児退行)に近づいて、そっと頭を撫でた。

 

「ごめんな、起きたら周りに知らない人がいて、自分が誰か分からなかったら泣いちゃうよな?」

「……え?」

 

 涙目で突然頭を撫でて来た俺を、上目遣いで見つめる観莉。

 目を丸くして、不思議そうに俺の顔を見ていた。

 

「大丈夫、俺は君を知っているよ?」

「……ほ、ホント?」

「ああ! 君はね、すごく明るくて真面目で、いつも笑顔を周りに振りまいて皆を笑顔にしてくれる可愛い女の子なんだ。俺もそんな君にいつも癒されて、笑顔を向けているんだよ」

 

 俺は優しく撫でまわすように観莉の頭を包み込む。

 観莉はトロンとした表情で俺を見ていて、俺は続けて言葉を掛け続けた。

 ……不安なら、安心できるほどの『何か』を与えてやればいい。

 その何かを「自分のことを知っている、信頼できる存在」っていう風にすれば、きっと安心できるはずだ。

 

「だから俺は、君のそんな笑顔が見たいな。ほら、涙なんか似合わないよ」

 

 俺はポケットからハンカチを取り出し、観莉の目元の涙を拭う。

 

「良し、とりあえず笑ってみよう! はい、ニパー」

「に、ニパー!!」

 

 俺の真似をするように観莉は笑ってみせる。

 俺はその行動を褒めるように再度頭を撫でて、そして更に話し続けた。

 

「良い笑顔だ! 良いか? 君の名前は観莉。俺の友達だよ」

「……みり? それがわたしのなまえ?」

「そう。俺のことは……そうだな、オルフェルって言ってくれれば良いよ」

「むぅ……ながいから、いいにくいっ!」

 

 

 すると観莉は難しい顔をしながら、何かを考え込むような顔をした。

 ……確かに長いな。

 

『それにしても流石は相棒、何ともまあ慣れている』

『流石のお兄ちゃん力です。ええ、これぞ冥界のお兄ちゃんドラゴンの本領……ふふ、世界さえ変えてしまいそうです』

 

 言い過ぎだろ、それは。

 そんな愉快な会話をしていると、観莉は何か答えを出したように表情をパァッと明るくさせて、俺の手を引っ張って来た!

 そしてギュッと手を握り、そして高らかにある言葉を言った。

 

「おにいちゃん! そっちのほーが、しっくりくる!!」

「…………………………あはは、それでいーよー」

 

 ……観莉のまさかの発言に、俺は自分でも驚くほどの棒読みで返した。

 その瞬間、俺の中の愉快なドラゴンが歓喜の笑いを浮かべた。

 もう何も知らねぇよ!

 まさかここでもお兄ちゃんが来るなんて考えもしなかったよ!

 ってか考えるわけねぇだろ!

 

「ぎゅ~、おにいちゃ~ん♪」

「おいおい、いきなり懐きすぎだろ」

 

 そして体は絶賛成長中の観莉なもので、色々と柔らかい感触が凄まじいのは…………ああ、気にしなかったら犯罪になるっ!!

 普段の観莉も悪戯に引っ付いてくるけど、この観莉は完全なる善意と純粋な心でくっ付いてきている。

 無下には、できないッ!

 

「…………これがお兄ちゃんドラゴンの実力」

「う、なんというか……」

「い、イッセー君の立つ瀬がないよね、これ」

 

 小猫ちゃん、ゼノヴィア、祐斗が勝手なことを抜かしているが、俺は心を無にすることにした。

 この子は体は大人、頭脳は幼女なんだ。

 だから変な感情は抱かない!

 

「お、オルフェルさん!? 俺を置いてけぼりとか酷過ぎっすよ!! ……ってなんだよ、この状況!!」

 

 ……少し遅れて部室に戻ったイッセーは、そんな風に驚くのであった。

 だけど言わせてもらいたい―――驚くのはこっちだよってさ。

 

 ―・・・

 

「いっしょにおふろはいろー!!」

「アウト!! それ完全にアウトォォォォ!!!」

 

 ……あれから一日が経過した。

 観莉は結局、パラレルリープの影響で記憶を失い、どういうわけか幼児退行を起こしたっていう診断が出た。

 時間が解決するか、同じショックを与えれば治るかもしれないらしいが、そもそも自分の世界に戻る方法すら知らないんだ。

 だからそんなこと出来るわけがなく、とりあえず俺たちはこの町に滞在することになったわけだ。

 俺は観莉の面倒を見る役目を担っているわけだけど、流石にお風呂は遠慮しないといけない!

 これが本当に子供なら一緒に入っても問題ないが、観莉は中学生離れしたスタイルをしているから俺には無理だ!

 かといって観莉は俺から離れないほどベッタリ懐いてしまっているから、別々の行動は不可能なわけで。

 つまり―――

 

「八方塞がりってこういうことを言うんだよな」

「ん? おにいちゃん、みりとラブラブしよー!」

 

 俺の腕を掴み、そのまま風呂に特攻をかけようとする観莉。

 それを何とか阻止しようとその場で動こうとしない俺に、観莉はそれでも風呂場に連れて行こうとする。

 

「お、おにいちゃんはお風呂は一人で入りたな~」

「またまた~」

 

 ギャグかよ、おい。

 だけど俺は本気なんだよ、観莉。

 この一線を越えてしまえば俺は一誠を馬鹿に出来なくなる。

 変態の称号を、俺が頂戴することだけは御免なんだ!

 

「良い子は一人でお風呂に入るんだぜ?」

「みりはわるい子だから、ひとりはむりなの♪」

 

 ―――こいつ、実は幼女退行の振りをしてるんじゃないのか?

 そう思ってしまうほど、この子は観莉だった。

 ともかくこのままじゃ埒が明かない!

 俺は町のパトロール兼事件の調査をしないといけないんだ!

 

『……もう一緒に連れて行ったらどうだ?』

『お風呂に関しては……まあ心を無にすれば』

「無に出来ないから拒否しているんだよ、バカヤロォォォォ!!!」

 

 ……兵藤家に俺の怒号が響き渡るのであった。

 ―――俺と観莉はとりあえず兵藤家にお世話になることになったんだ。

 衣食住をどうにかしないといけないということで、一番便利が良い兵藤家が選ばれたとのこと。

 ここで一つ驚いたのが、俺の両親と、この世界の一誠の両親は顔が全く異なっているということだ。

 これにはもう驚いたよ。

 むさ苦しい親父ではなく、普通のサラリーマンの親父。

 年齢不詳の心読み系母さんではなく、年相応の主婦の母さん。

 一誠の両親は疑うことがないほどの「普通」の両親だったんだ。

 やっぱり俺の世界とは随分と違いがあるようだな。

 

「……良し、観莉。俺が甘いものを好きなだけ食べさせてやる。だから町に遊びに行かないか?」

「どれだけたべてもいいの?」

「ああ! だからお風呂はまた今度……ってことでどうだ?」

「―――りょーかい! みりはおにいちゃんについていくのだ!!」

 

 観莉は可愛く敬礼をするようにビシッとし、そして出かける身支度をする。

 服に関してはとりあえずアーシアの服を貸して貰っており、俺は一誠のを着ている。

 まあセンス云々は置いておくとして、特に困った点はないな。

 

「でも二人だけで出掛けるのも不用心か」

『確かに相棒は力はあれど、ここはこの世界の誰かを付けた方が良い』

 

 まあその辺りが妥当だよな。

 ……よし、ここは比較的楽な人選で行こう。

 

「……祐斗、小猫ちゃんと連絡を取るか」

 

 聞いたところによると、パトロールは基本ツーマンセル。

 二人一組で行うことが普通らしい。

 ただ現状、匙をあそこまでボロボロにした正体不明の襲撃者の存在を危惧すれば、もっと固まって行動した方が良いか。

 俺はそれを理解した上で祐斗たちと連絡を取るのであった。

 

 ―・・・

 

「祐斗、そっちの進捗状況はどうだ?」

「そうだね、著しく進んでいないっていうのが本音だね。あれ以来、謎の襲撃者の目撃情報も出ていないわけだしね」

 

 俺は祐斗と合流し、意見を交換する。

 祐斗と小猫ちゃんのグループは市街区を中心に情報収集しているが、やはり一向に情報が手に入らないらしい。

 かといってここにはたくさんの人が住んでいるから、ノーマークっていうことも出来ないというわけだ。

 

「まあそんな一日や二日では状況は進まない、か―――ところで小猫ちゃんは何をそんなに欲しそうな顔をしているんだよ」

 

 俺はそこで小猫ちゃんに尋ねた。

 俺の手には大きなクレープが一つあり、小猫ちゃんはそれを凝視しているんだ。

 俺は観莉を連れて、二人と合流する前に繁華街によってクレープを購入してここに来た。

 小猫ちゃんは甘いものには目がない今時の女の子で、当然俺の手元の生チョコいちクレープにも興味津々なんだろう。

 

「……オルフェルさん。お願いですから、そのクレープを一口ください」

「珍しく饒舌だな―――まあこれは小猫ちゃんに差し入れで買ってきたものだけど」

 

 俺はクレープを小猫ちゃんに丸ごと手渡した。

 その行動に小猫ちゃんは目を丸くして驚いているけど、俺の世界は小猫ちゃんは俺にとって、家族も同然の存在だ。

 だからか、どうしてもそんな家族に甘くなってしまうんだよな。

 

「……オルフェルさんは、元の世界でもこんなに私に優しくしているんですか?」

「どの範囲までが優しいかは分からないけど……まあ大切な家族だからな。それなりに可愛がってるし、面倒見たりもしてるよ」

「………………家族、ですか」

 

 そこで小猫ちゃんの表情に憂いが見えた。

 家族の言葉に反応する……ってことは、この世界では小猫ちゃんの傍にいない黒歌が関連しているのか?

 ―――でもそれに対して、俺は口出ししてはいけない。

 それをどうにかしないといけないのはこの世界の小猫ちゃんと、そして……この世界の一誠だ。

 あいつが曲がりなりにも俺であるなら、きっと俺が言うまでもなく問題解決のために動くんだろうけどさ。

 

「俺の世界は俺の世界だけど、割り切っても対応だけは変わらないんだよ。だから好意は素直に受け取ってくれよ?」

「……そうですか。良く分かりました。あなたの性質が……っというより、見たことがないくらいの甘ちゃんってことが」

「そいつは酷くないか!?」

 

 俺は小猫ちゃんにそう言うけど、当の小猫ちゃんは顔をそっぽ向けてクレープを頬張っていた。

 

「君は危険な男だね、オルフェルくん」

「なにがだよ。俺、特に何もしてないだろ?」

「そういうところが、だよ」

 

 祐斗は少し苦笑いを浮かべながらそのまま前を歩いて行く。

 

「ねねー、ねこのおねえちゃん! おにいちゃんとなにをはなしてるのー?」

「……こう、自分よりもスタイルが良くて身長が大きな子に『お姉ちゃん』って呼ばれると、無性に腹が立つです」

 

 ……それは落ち着いて冷静にスルーしてくれッ!

 俺はそう切実に願うのであった。

 ―――その時だった。

 

「……祐斗」

「ああ、分かっているさ」

 

 ……俺はあるものを察知し、祐斗に声をかけた。

 祐斗も俺が言わんとしていることに気が付いており、それは仙術を扱える小猫ちゃんも同様だった。

 

「……小猫ちゃん、観莉を安全なところに連れて行ってくれ」

「……分かりました。私もすぐに戻ってくるので、持ち堪えてくださいっ!」

 

 すると小猫ちゃんは観莉の手を握って、来た道を走りながら戻っていく。

 観莉が何か反抗の言葉を言っているけど、今はそんな場合じゃない。

 

「よくもまあこんな白昼堂々出てこれるもんだな―――魔物が」

「全く以てそうだよ」

 

 俺は籠手を展開し、祐斗は聖魔剣を生み出して剣先を目の前に向ける。

 ……そこには無数の影があった。

 形が定まらない、気味の悪い魔物の数々。

 俺が昨日倒した魔物によく似ているが、その中に一点だけ異常な魔力を感じる。

 

「祐斗、俺について来れるか?」

「努力はするよ―――僕もすごく気になっていたんだ。君の戦うところを、間近で見たかった」

「そうかい。なら見ていて良いぜ?」

『Boost!!』

『Force!!』

 

 俺は籠手とフォースギアの音声を鳴り響かせ、更に昇格を果たす。

 ここは正に俺にとっては敵地も同然。

 ここは祐斗に倣って『騎士』で行くか。

 

「プロモーション、騎士(ナイト)

 

 とはいえここは人の住む民家。

 赤龍帝の爆発的力を使うわけにはいかない。

 だから騎士を選んだわけだけど―――ここはアスカロンと無刀の二刀流が一番か。

 

「アスカロン、無刀。また共に戦うぞ」

 

 俺は無刀に魔力を注入すると、そこから夥しいほどの紅蓮の刃が生まれる。

 断罪の性質を加えた魔力だから、無刀には魔物を倒すのに最適な滅殺力が含まれているはずだ。

 アスカロンからは激しい聖なるオーラが放出され、俺は祐斗と同じように剣先を魔物に向けた。

 

「……二刀流。あの時は鎧を身につけている状態でだったけど、生身でも出来るんだね」

「当たり前だろ。これでも、生身で最上級悪魔とやり合うのが目標だからな」

 

 俺はその言葉を残すと同時に行動に移る。

 脚に力を入れてそれを掛け、そのままアスカロンを横薙ぎに振るった。

 振るったアスカロンからは聖なる斬撃波が魔物へと放たれ、それにより魔物を削っていく!

 

「お前らが何のためにこの町を襲うのかは知ったこっちゃない! だけどな、それで傷つけられた奴がいるんだ!!」

 

 俺は地上に降り、周りには恐ろしいほどの魔物に囲まれている。

 だけど恐れることはない。

 

「だから、ここでお前らは全滅してもらう」

 

 ―――それを境に、魔物は一誠に襲い掛かってくる。

 俺はそれを一斬一殺で屠っていき、時折無刀のオーラの逆噴射を放って一気に魔物を屠る。

 そして自分の体を支柱として、両手の剣を横に広げて一回転、また一回転と回って周りの敵を全て切り伏せた。

 

「数じゃ俺には届かない―――祐斗!」

「ああ、分かっているさ! ソード・バース!!」

 

 祐斗は地に手を添え、地中に剣を生成していく。

 そしてそれを地面から咲かせるように放ち、多くの魔物を串刺しにしていく。

 祐斗自身も聖魔剣を二振り握って魔物を屠っていき、速度で奴らを翻弄していた。

 ……本気ではない。

 あいつは未だに何か力を使わず戦っている。

 俺の世界の祐斗ならばエールカリバーや聖魔の剣鎧などといったものは存在していないんだろう。

 だけどこっちの祐斗からはそれとは違う「何か」を感じる。

 それを今気にしている場合じゃないだろうけどさ。

 

『Force!!』

 

 っと、知らない内に創造力が結構溜まっていたようだ。

 ここで出来る手は色々ある。単純に神器を創造し、それを行使するのも一つの手だろう。

 籠手を強化するもの手だとは思う。

 ……いや、ここはあれで行こう。

 

「『創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す。故に我、求める……神をも超える、滅する力―――神滅具(ロンギヌス)を!!」

 

 俺はフォースギアを抑え、そう呪文を唱えるように言霊を放つ。

 それは俺が神滅具を創造するときの呪文。

 俺だって日々、この力に慣れていっているんだ。

 神滅具の創造に必要な創造力も徐々に減っていて、短期間で創ることも不可能ではなくなってきている。

 具現には制限があるけどな。

 さて―――

 

神滅具(ロンギヌス)創造―――白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)

『Start Up Twin Booster!!!!!』

『Boost!!!』『Boost!!!』

 

 俺は久しぶりにツインブースター・システムを始動させ、二つの籠手による倍増を開始する。

 アスカロンと無刀を戻し、そして拳を構えた。

 

「祐斗、そんなに見たいなら見ておけ―――俺の特技は、手札の数だ」

 

 俺は駆け出す。

 両籠手から発せられる倍増の音声は定期的に鳴り響き、俺は拳で魔物たちを屠っていく。

 最初は無数にいた数も、徐々に数を数えられるほどになっていた。

 

『Right Booster Explosion!!!』

 

 右の籠手の倍増の力を解放し、俺はそれを自身の身体強化に当てる!

 それにより俺の拳は重く、鋭いものとなり魔物を貫いて、貫く。

 魔物も不利を悟ったのか、同時に俺を襲おうとするが―――俺はその行動を見て手の平を魔物に向けた。

 

拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!」

 

 俺は一つの魔力弾を放つ。

 俺の放つ魔力弾は軽い性質を持たせた弾丸であり、威力はそれを極めた者には劣るもの。

 だけど汎用性を重視した分―――三下には絶大な力を誇る!

 弾丸は一定の距離に入るとその大きさを拡散させてゆき、そして魔物全体に魔力弾を拡散させて直撃させた。

 ……俺がオルフェルだった頃、魔力の才能が皆無だった俺が唯一得意だった技。

 それが魔力弾に能力のプロセスを付加させることだった。

 それを赤龍帝の倍増の力で何とか強力なものとして、行使していたのが昔。

 だけど今は魔力の質が変わり、昔では小手先だけの技だったものが強力な技になった。

 ……積み重ねは、無駄にはならないんだ。

 ―――俺の右の籠手はリセットされ、更に倍増を重ねる。

 その時、俺の目前に異常なほどの魔力を放つ魔物が現れた。

 ……恐らく奴があの魔物を率いているリーダー的な存在。

 

「これで最後だ―――歯を食いしばれよ、魔物の親玉」

 

 俺は両手の拳を合わせるように撃鉄を打ち鳴らし、魔物を睨みながら拳を構える。

 

「この町を傷つけるっていうなら、それは俺たちが許さねぇ」

「……そうだね。僕たちは許さないよ」

 

 祐斗は俺の隣に並び、聖魔剣を二振り構えて少し笑みを浮かべる。

 なんだろうな―――まるで並び立つのが楽しいって感じか。

 ああ、確かに俺も高揚している。

 こうして平行世界のヒトと分かり合い、共に戦えることが。

 

「お前に意識はないのかもしれない。ただ何かに操られているのかもしれない―――だけどそれが許されることはない」

『Twin Booster Explosion!!!!!』

 

 俺の言葉に呼応するように両籠手が力を解放、その絶大な力は俺の体を包み、紅蓮と白銀のオーラが俺を包み込んだ。

 そして―――走り出す。

 手の平には赤と白銀が混ざり合った小さな玉が浮かんでおり、俺はそれを握り潰し、そのオーラを左手に覆った。

 

「これで!」

「終わりだ!!」

 

 俺は一際大きな魔物に拳を放ち、そしてその体を貫いた。

 祐斗は後に続くように魔物を幾重にも切り刻み、そして俺の隣に立って魔物を背にした。

 ……魔物の断末魔が響き、俺たちはそれに目を掛けることなく武装を消し去る。

 

「……行くぞ、祐斗」

「はは、どうにも君とイッセー君は趣が違いすぎるよ―――でもついて行こうと思ってしまうのは、凄まじいよね」

 

 祐斗は主に付き従うようにそのまま魔物を置いて歩いて行く。

 ……魔物は既に消失していた。

 

 ―・・・

 

『Side:兵藤一誠』

 

 俺、兵藤一誠は今は繁華街をパトロールしていた。

 共に居るのはアーシアとぶちょ……リアス。

 元々繁華街は匙たちの管轄だったけど、あんなことがあったから今は俺たちが管轄としているんだ!

 匙の分まで俺が頑張らねぇと! そう思って俺は辺りを警戒するように見渡した。

 

「……こら、イッセー。そんなに肩に力をいれない」

 

 ……するとリアスは俺の肩を後ろからそっと掴んで、優しく抱きしめてくるっ!!

 や、柔らかいおっぱいの感触が!!

 

「もう、ホントにエッチなんだから……ふふ。そんなに触りたいなら今日の夜にでも―――」

「だ、ダメですー!!」

 

 すると俺の腕に引っ付いてくるアーシア!

 あ、アーシアの成長途中の慎ましくも柔らかいおっぱいが!

 くうぅぅッ! これが役得という奴なんだな!

 

『……オルフェルがあれだけ説教しても、相棒は……ッ!! 相棒の馬鹿野郎ッ!!』

 

 ……ドライグ、すまない。

 だけどな、これは男の性分なんだ!

 悪いとは思っているけど、でも目の前におっぱいがある!

 ならばな、そこから目を背けるわけにはいかないんだ!

 

『そんなことにカッコつけるでない! うぉぉぉぉぉん!!』

 

 ……ドライグがまた泣き出す。

 

「……ところでイッセー。あなたから見て、オルフェル君はどんな存在なの?」

 

 すると突然、リアスは後ろから抱き着きながらそう尋ねて来た。

 ……オルフェルさん。

 突然俺たちの前に姿を現した、俺の顔にそっくりな人だ。

 身長とイケメン具合が俺よりも高い、普段の俺なら敵視しても可笑しくない人。

 ……だけど、オルフェルさんには誰にも譲れず負けない信念ってものがある。

 最初、オルフェルさんを対峙した時、俺は匙の一件もあって頭に血が昇ってあのヒトの話を聞こうともしなかった。

 だけど―――あのヒトが戦った理由は、自分を襲われたからじゃなかった。

 ただ傍にいた何の関係もない女の子を危険な目に遭わされたから、怒っていた。

 俺は自分を恥じたよ。

 目先のことで頭に血が昇って、彼の話を一つも聞かなかったんだから。

 だから自分はまだまだだなって思った。

 

「……オルフェルさんは、すごいです。俺を説教した時だって、ちゃんと俺のことを理解してくれていました。怒るとこは怒って、認めるところは認める。冷静に物事を見て、でも熱い所は熱くて叱咤もする―――こんな感覚、サイラオーグさんと戦った時以来なんです!」

「イッセー……ふふ、そう」

 

 俺は血反吐を吐きながら己の信念のために殴り合った、最高の漢を想い出しながら部長に素直に言った。

 そう……俺はオルフェルさんを慕っている。

 あれほどに尊敬して、一緒に居たいと思う人は初めてなんだ。

 それほどオルフェルさんには他人を惹きつける何かがあって、俺はあのヒトから色々と学びたい。

 ただ―――あのヒト、魅力的すぎて皆がオルフェルさんのことを好きになるんじゃないかって心配が一つ。

 お、俺はハーレム王になりたいけど、あのヒトには勝てない気がしてならないッ!!

 ……っとその時、リアスはそれを見透かしたように強く抱きしめて来た。

 

「……確かにオルフェル君は魅力的な男の子だと思うわ―――でもね? 私たちはイッセーのちょっとエッチだけど、真っ直ぐに私達と向き合ってくれた……いつも一生懸命で、仲間のために自らを厭わない向こう見ずなところを好きになったの。だからオルフェル君に靡くなんてありえないわ」

「……はい。オルフェルさんは慕ってしまうのは私もですけど、でもやっぱりそれは理想のお兄さんって感じで―――私はやっぱり、イッセーさんがどうしようもなく大好きです!」

 

 リアスとアーシアが満面の笑みでそう言ってくれる。

 ……くそ、なんか涙が……ッ!!

 ああ、男らしくないよな……改めてそんな風に言われると、どうしても涙が止まらない。

 こんなんじゃあオルフェルさんに笑われちまうよ。

 

「……もう、可愛いわねっ!」

「は、はい!」

 

 二人は俺を可愛がるように甘やかすッ!!

 や、柔らかいおっぱいの感触が更に俺の背中と腕にぃぃぃ!!

 ありがとうございます!!

 

『……相棒。煩悩全開のところ良いが、警戒は怠るな―――近くに、想像を絶するオーラを感じるぞ』

 

 ―――突如、ドライグは俺にそんなことを言った。

 途端に俺の頭は煩悩状態から冷静なものに変わり、それを察知したのか部長も俺から離れた。

 アーシアはビクッと少し震えて、俺はドライグの言葉の真意を問いただす。

 

『……これは負のオーラだ。しかも相当危険な―――恐らく、相棒一人では危険かもしれん』

「だけどそれをこんな繁華街で放っておけるはずがないだろ?」

『そう。その思考をあの男、匙元士郎もしたからこそ、あのような状況を招いたのだ』

 

 ドライグがそう強く言うと、俺は何も言えなくなった。

 ……だけど放っておけるはずがない!

 匙をあんなにした敵を、みすみす見逃せないに決まっているだろ!?

 

「……イッセー、落ち着いて。ドライグ、少し良いかしら?」

『なんだ、リアス・グレモリーよ』

「あなたの予想では、あの敵は私達でどうにかなるかしら?」

『……相棒が真紅の力を使えば、対抗は出来るはずだ。だがあれはまだ調整段階。そう長くは持つまい』

 

 ドライグが冷静にそう言うと、リアスは何か考え事をするように顎に手をやる。

 

「……ある程度戦って、少なくとも対抗策を練るために情報が欲しいわ―――イッセー、私と連携して襲撃者を襲撃しましょう」

「ッ!! はい、部長!!」

 

 俺は部長の言葉に同調し、その襲撃者の気配のする路地裏に移動する。

 部長は辺り一帯に人払いの結界を張り、そして俺は籠手を展開して二人を前にして歩いて行く。

 俺が前線で戦って、部長は後方支援とアーシアの守護が役目ってところか!

 ……にしても路地裏の薄暗さは異常だった。

 嫌なほど寒気がするし、何より―――血の匂い。

 俺は唾を飲み込む。

 冷や汗を掻き、拳を強く握った。

 そして―――それを前にした。

 

『ひゃひゃひゃひゃひゃはははははぁぁぁぁああああああ!!!!!!!』

 

 ………………狂った人形のように歪んだ嘲笑を挙げる、体調が3mを超える化け物。

 形は何とか人の形を保っているけど、気味が悪いッ!!

 そして何より―――そいつは何かを貪っていた。

 

「―――ツ!? この下種がッッッ!!」

 

 部長は何かに気付いたように、明らかな憎悪を化け物に向ける。

 ……俺もそこで気付いた。

 ―――夥しいほどの血の塊と、肉片。

 それはつまりこいつが…………この畜生がやった、証!!

 

「い、いやぁ……こんなの、こんなのってッ!!」

 

 アーシアはその惨劇を見て瞳から涙を溢し、地面に膝を付けて崩れ落ちる。

 ……許せないッ!!

 

「ふざけんなよ、お前!!」

『ひゃは、ひゃははははは? はははははははは!!!!』

 

 化け物は俺の存在に気付いたのか、こちらを見た後で更に笑い続ける。

 何を嗤ってんだよ、この化け物が!

 何の罪もない人を殺して、喰らって!!

 

「何がそんなに可笑しいんだよ、この畜生がぁぁぁ!!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!!!』

 

 俺は怒り心頭のまま籠手を禁手化させ、化け物に向かって殴り掛かった―――

 

『ひはははははは!! ぎゃははははははははははあぁぁぁぁ!!!!!』

 

 それでも化け物は、壊れたように嗤っていた。



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第5話 真の脅威

 俺の目の前の化け物は狂ったように狂気な笑いを浮かべながら、俺たちに襲い掛かってくるッ!!

 今この場にいるのは俺こと兵藤一誠と、リアス、アーシア……直接近接で戦えるのは俺しかいない!!

 ここは俺が体を張ってこいつをぶっ倒さないといけない!

 俺は巨大な魔物から振り下ろされる拳を受け止め―――

 

「ぐッ……ッ!?」

 

 ―――力が、段違いに強すぎるッ!?

 俺は受け止めきれず、そのまま体を建物へと叩きつけられた。

 

「イッセー!」

 

 リアスの声が俺に届き、リアスもまた後方支援で滅びの魔力を魔物に放つ。

 ……だけど魔物はそれを肥大化した汚い腕で取っ払い、そして何かをリアスたちの方に放とうとしていた。

 

『ひははははははははは!!!』

「ざけん、じゃねぇぞッ!!」

 

 俺は瓦礫を吹き飛ばして化け物へと特攻を仕掛ける。

 

『Jet!!』

 

 背中の噴射口からオーラを放出し、その反動でリアス達と化け物の間に介入し、更に赤い球体を浮かばせてそれを殴る!

 球体はドラゴンショットとして化け物に放たれ、その隙に俺は二人を抱えて後方に逸れた。

 

『……強い。なんだ、あのバグのような強さは』

「ああ、ドライグ―――あいつ、ドラゴンショットを喰らってやがるッ!!」

 

 ……俺の視線の先で今しがた、俺の放ったドラゴンショットを喰らっている化け物に対して、俺は戦慄を覚えた。

 ―――なんなんだ、あいつはッ!?

 

『うひゃひゃひゃ……う……ま、いぃぃぃぃぃ!!!!』

「くそ、気持ち悪いッ!!」

『BoostBoosBBBoostBoostoostoostBoostBoostBoostBoostBoostBoosttBoostBoost!!!!!!』

 

 鎧から発せられる際限のなくなった倍増の音声と共に、俺は力を手にして化け物に殴り掛かった。

 倍増を怠ることを忘れず、ストレートに拳を飛ばす―――しかし化け物はその上をいった。

 予想外の反射速度と、巨体からは信じられないほどの俊敏さ。

 それにより俺の拳をいなし、そしてその巨大な拳で殴りかかってくるッ!

 打突は俺の鎧を容易く破って、俺は……がはッ!!!

 

「はぁはぁ…くそ、強いッ」

 

 口から血を吐きながら、二人の前に立つように壁となる。

 アーシアは俺に駆け寄って癒しのオーラを放ってくれ、それで俺の傷が幾分かマシにはなる。

 ……マシにはなるけれど、こいつを倒すための突破口が見当たらねぇッ!!

 

『まさかこれほどとは。先ほどまでは力を抑えていたとでも言うのか?』

「しかもあいつ頭も働いてるぞッ!!」

 

 ……さっきの動き、あいつは明らかに知能を持っている。

 ふざけた笑い声を終始浮かべているけど、その戦い方は洗練されている―――ただの鎧では歯が立たないッ!!

 

「イッセー、真紅の力はまだ使ってはダメ。あれで対等になれたとしても、持久戦であなたが先に倒れるわ」

「でもリアス! あいつを倒すには、今すぐに真女王化しないと駄目なんです!」

 

 リアスの言いたいことは理解できる。

 確かに今の俺の力じゃ、サイラオーグさんとの戦いで目覚めた真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)を使っても、ジリ貧でやられる。

 だけどこいつは匙を、たくさんの人を傷つけているんだ!

 

「逃げられるかよ!!」

『無謀、か。だがそれが相棒ではあるか―――トリアイナで行くぞ、相棒』

「ああ!!」

 

 俺はドライグの言う通り、兵士の駒の力を最大限に引き出す赤龍帝の三又成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)を始動させ、化け物に向かって走り出す!

 ―――オルフェルさんに言われたことを思い出すんだ。

 あのヒトは自分が襲われながら俺を分析し、この力の有用な使い方を言っていた。

 ……あのヒトの言う通り、俺には騎士は似合わない。

 真っ直ぐにしかいけないし、それが良いと思っているから。

 だから、俺は俺のやり方で進むしかないんだ!!!

 

龍星の赤龍帝(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)ォォォォ!!!」

『Change Star Sonic!!!!!』

 

 体を包む鎧を瞬間的にパージし、それにより化け物の視界を奪う!

 俺はそれと共に化け物の背中へと回り込み、更に形態を変化させるために言霊を発する!

 

龍剛の赤龍帝(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)!!!」

『Change Solid Impact!!!!!』

 

 鎧は先ほどとは逆に装甲を限りなく強固で鈍重なものにし、俺は攻撃と防御特化の形態に移行する!

 俺には難しいことはまだ出来ない!

 この力だって未完成だし、騎士に至っては使いこなす以前にひ弱だ!

 だけどそれでも戦える!

 

「うぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 肘にある撃鉄を打ち鳴らし、拳の威力を更に強化し、そして―――怒りを込めた拳を化け物へと放った。

 化け物は流石というように反応し、受け止めようとする……だけどな、こいつは止められねぇ!

 攻撃特化の恐ろしさの一端でも味わいやがれ!!

 俺の極太の拳は化け物へとめり込み、そして歯ぎしりする勢いで肘の撃鉄を更に打ち鳴らして威力を上げる!!

 ―――そうか、殴っている最中に撃鉄を何度も打ち鳴らすことよって、更なる破壊力を生むことが出来る。

 ともかく、俺は化け物を殴り飛ばした!!

 

「……撃ち抜いた感触はある」

『ああ、確実にあの魔物に直撃したな』

 

 ……だけどどうせまだ倒れてはくれないんだろう。

 俺は拳を握り、建物に衝突して煙の中に身を潜める化け物を警戒する。

 形態は……戦車のままで良いか。

 少なくとも一番やりやすいのがこの形態だからな。

 

「……不気味ね。あの化け物、動かないのかしら?」

 

 俺の傍によってきたリアスがそう呟く。

 ……確かにあの化け物は声を一つも漏らさずに、しかも動く気配を見せない。

 土埃から影が見えるけど、今まであれほどアグレッシブに責めて来た野郎が動かないのは確かに不気味だ。

 リアスは手元に魔力を篭め、いつでも放てるように準備をしている。

 

「……待て―――ちょっと待てよ……ッ!?」

 

 ―――そんな時、俺はあることに気付いた。

 それは先程、あの化け物が俺に打撃を与えて建物に叩きつけた時だ。

 ……俺の鎧は、いともたやすく崩れた(・ ・ ・)

 でもあの一撃で、俺は実は打撃的なダメージはほとんどなかった。

 なのに俺は相当のダメージを受け(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)()

 

『―――まさか奴は』

 

 ドライグが俺の疑問に気付き、そして何かに辿り着いた時だった。

 ―――化け物は土埃の中、異様に姿を変えていた。

 ぐちゃ、ぐちゃ……そんな気味の悪い肉の裂ける音を響かせている。

 そしてそのシルエットはどこかで見覚えがあった。

 

「あれは…………翼?」

「しかも私達と同じ悪魔の翼―――あの化け物は悪魔だって言うの!?」

 

 ……違う。

 俺の視界にはそれだけではない、違う翼も生えている。

 あれはッ!!

 ―――土埃は化け物の翼によって消し飛ばされ、そしてその姿が露わとなった。

 

「なんなんだよ、お前は!!」

「う、そ……あれは」

 

 俺たちの目の前にいる化け物には翼が何枚も生えていた。

 十を越える翼の数―――それは一種類じゃない。

 見える限り悪魔の翼、堕天使の翼、そして……ドラゴンの翼。

 ……例えば朱乃さんは堕天使と人間のハーフで、その状態で悪魔になったから堕天使と悪魔の翼をその身に宿している。

 だけど目の前のこいつは悪魔と堕天使に加えてドラゴンの翼まで備えているッ!!

 

『ひゃはははははははははは!! づぶれろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

「……ッ!」

 

 化け物はそこらにある瓦礫を次々と俺たちへと向かって投げてくる!

 まるで子供が玩具で遊ぶように楽しそうに……だけどその圧倒的な残虐性で寒気がする。

 なんたってこんな化け物がこの町に現れるんだ!

 

「リアス、アーシアを連れて逃げてくださいッ!!」

「何を馬鹿なことを言っているの!? あなたを置いて逃げれるはずがッ!!」

「良いから!! だってこいつは―――まだ本気すら出していないんです!!」

 

 ……化け物は動く。

 俺がさっき確信したこと。

 それは―――奴が龍殺しの力を持っていることだ。

 例えどれだけ力があっても、この堅牢な赤龍帝の鎧を壊すのは難しい。

 特に……俺に対してほとんどのダメージを与えず、鎧だけを完全に壊すなんて芸当をこの化け物が出来るはずがないんだ!

 それで肌に刺さるような寒気に納得が行く。

 

「こいつはッ!! 俺のドラゴンショットを喰らいました! だから魔力に何らかの耐性があるはずなんですッ!!」

 

 俺は突進してくる化け物の動きを止めるように両手で巨体を抑えるも、強すぎる猛攻に押され始めるッ!!

 ……謎の敵を前に、王であるリアスを危険に晒すわけにはいかねぇんだ!

 それにこいつに背を向けたら、確実にやられる。

 だからリアスとアーシアを逃がさないといけない!

 

「良いから早く行ってください!!」

『はひゃぁぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 化け物はとうとう翼に生える羽を弾丸のように放ってきた。

 堕天使の翼から放たれる羽の弾丸。

 ……不味い、今避けたら弾丸は後方の二人に直撃してしまう。

 ―――やっぱ、男なら惚れた女くらいは身を呈してでも守らないといけないよな。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!! 間に合えぇぇぇえ!!!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostpBoostBoost!!!!!!!!』

『Jet!!!』

 

 鎧から発せられる倍増の音声と共に俺は加速を重ね、リアスとアーシアの壁となるように立ちふさがる。

 そして―――羽は俺の体を貫く……ッッッ!!?

 

「あが……ッ!? んだよ、くそ……いてぇなッ!!」

 

 ……羽の攻撃を全て受け、血反吐を吐いて肩で息をするッ!

 鎧を纏っていてこの様だ―――二人なら、確実に死んでいた。

 その事実に俺は怒り心頭に化け物を睨む。

 

「ふざけんじゃねぇ!! 二人を傷つけさせてたまるか!! 龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスト・ビショップ)!!!」

『Change Fang Blast!!!!!!』

 

 俺は内なる駒の性質を魔力特化型の僧侶に変換し、背中に装備された二つの砲台に魔力を溜める!

 さっきのドラゴンショットが駄目でも、こいつはそれとは比べ物にならない威力がある!

 ブゥゥゥン……砲口には赤いオーラが集結していき、パワーをチャージしてゆく。

 化け物との距離は十分ある!

 

「……なんでこっちを襲ってこない―――舐めてるのかッ!!」

 

 ……オーラのチャージが終わり、俺は砲台から化け物に向かって照準を合わせ―――そして放った。

 

「ドラゴンブラスターァァァァァ!!!!!」

 

 ―――視界を埋め尽くすほどの赤いオーラ。

 出来る限り周りへの被害を抑えるために範囲を狭め、砲弾を濃縮したドラゴンブラスターだ。

 

「……はぁ、はぁ。ダメだ、トリアイナの連発は、体力が……ッ」

 

 俺は地面に膝をつき、トリアイナの弱点である体力の消耗に苦渋する。

 まだいけるけど、でもこれ以上トリアイナを使いつづけたら俺が持たない……ッ!

 

「イッセー、手ごたえは?」

「……正直、あれでダメージが与えられなかったらどうしようもないです。濃縮したドラゴンブラスターを直撃したんです」

 

 ……再度煙に包まれるこの空間。

 もう手が残っていない。

 俺の手はもう真女王を残せば何もない。

 あるとすればアスカロン位だけど―――悔しいけど、オルフェルさんみたいに剣を扱うことは出来ない。

 煙は再び晴れ、化け物を見るが……傷はある。

 血はドクドクと出ていて、負傷はしている。

 だけど……気持ち悪い笑みは健在だ。

 

「……お願いします、アーシアを連れて逃げてください」

 

 俺は負傷した個所を抑えながらリアスにそうお願いする。

 怪我をした状態では二人を護りながら戦うなんてことは出来ない。

 

「…………。イッセー、私ってそんなに薄情な女に見えるかしら?」

「だ、だから今はそんなことを言っている場合じゃ―――」

 

 ―――俺はリアスの方を振り返ってそう言おうとした時だった。

 ふにょん……とてもとても柔らかい感触が顔を包み、俺は温かい何かに包まれた。

 俺はそれを知っている。

 そう、これは俺が愛してやまないもの―――おっぱい……ッ!!

 り、リアスと恋人同士になってから初めてのおっぱい!

 すなわちファーストおっぱいだ!!

 すげぇ、なんか今までと気の持ちようが違う!!

 あれだ、俺の女のおっぱいだ! って感じの優越感なのか、これが!

 ははは、何を言っているか分からんがとにかく!

 

「あ、ありがとうございます!」

「こ、こら! 戦闘中にもふもふしな―――あぁんっ」

 

 あ、喘ぎ声、だと……ッ!?

 俺はリアスの反応につい色々な部分が反応してしま―――って、イテテテテ!?

 

「だ、ダメですぅぅぅぅ!! 私の目の前でイチャイチャはダメなんです~!!!」

「あ、アーシア!?」

 

 あ、アーシアが俺の頬をめっちゃ抓ってくる!!

 ってこんな状況で何してんだ、俺たちは!

 

「リアス、とにかく今は―――」

「―――帰ったら、何時間でも私の胸……触らせてあげる」

 

 ―――その言葉は俺の耳に良く通った。

 何時間でも、好きに……触れる?

 この世界にそんな夢幻な言葉があったのか……ッ!?

 

「そ、それって……ちょっとハードな触り方でも」

「ええ、幾らでも好きなだけ。どんなことでも許してあげる―――だからこの場を切り抜けるのよ!」

 

 ……ははは。

 はははははははははは。

 

「―――あ~っはははははははは!!! よっしゃぁぁぁぁああああ!!!!」

『―――うぉぉぉぉぉんん!!!なぜだぁぁぁぁ、なぜこんなことでまたもや、またもやぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 ドライグの叫び声が聞こえるが、関係ねぇ!!

 リアスの素敵なおっぱいが!! 99センチの爆乳が!!

 この手で好きに出来るんだ!!

 ここで勝たなきゃ男じゃねぇ!!!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostpBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostpBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostpBoostBoost!!!!!!!!!!!!』

 

 過去最大級の倍増の音声が鳴り響き、俺は更に化け物―――いや、俺の至高なる目的の犠牲者にマッハで近づく!

 

「いくぜぇぇぇ!! 龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)ゥゥゥゥゥ!!!」

『Change Solid Impact!!!!!!』

 

 トリアイナで鎧を戦車化にし、更に両腕の撃鉄を光速で何度も打ち鳴らしまくる!!

 度重なる倍増の力で高まった俺の拳を振りかぶり、そして―――犠牲者君に連打するように光速の打突を放つ!!

 

「うりゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

『あがががががあがががががががががががあがあがががががッッッッッ!?』

 

 俺の拳は止まることを知らず、あまりにも早すぎる上に強すぎる拳の力は、堅牢な戦車の鎧の籠手でさえ決壊し始める。

 犠牲者君は次々に拳をクリティカルヒットしていき、先ほどまでの攻防が嘘のように血反吐をその辺りに散らし続ける!

 そして―――

 

「これが俺の、全力だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ガキィィィィィィッ!!!

 最後というように撃鉄を打ち鳴らし、激しいオーラをちらつかせて化け物へと放つ!

 減り込む拳は化け物を貫き、そして…………

 

「―――おっぱいこそが正義だ。うん、それに間違いはないっ!!」

 

 ……動かなくなってしまった。

 

「…………ねぇ、ドライグ」

『もうやだぁぁぁ……なんであいぼう、あいぼうだよぉぉぉ……』

「……駄目ね、ドライグが壊れてしまいそうだわ」

 

 リアスはあきれ顔でそう呟き、俺へと近づく。

 

「何はともあれよくやったわ、イッセー……また力の覚醒が私の胸だったけど、もう諦めたもの……」

「え、えっと、その……ごめんなさい」

 

 俺は鎧を解いて、リアスに頭を下げる。

 だけど俺の頭の中では今日の夜、リアスの胸をどうしようという煩悩でいっぱいだった。

 ぐふふふふ……そうだな、先ずはスタンダードに―――

 

『ぎゃは…………あがぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!』

「…………ッ!?」

 

 ―――化け物の、怒号。

 それと共に俺の腹部に何かあり得ないものが突き刺さっていた。

 これは―――う、で?

 

「―――イッセー……ッ!?」

 

 ……駄目だ、急に視界がどんどん暗くなっていく。

 なんか、力を吸われる……そんな感覚が俺を包んでいた。

 

『ひひひひひひひひッ!! がぁっ!!?』

 

 ……化け物も、先ほどの俺の攻撃が堪えているのか、血反吐を吐きながら―――でも俺から腕を抜かない。

 

「このぉッ!! 私のイッセーから、手を離しなさいッ!!!」

 

 ……リアスは化け物に向かって滅びの魔力を放ち続ける。

 だけど―――駄目だ、嘘だろ……?

 こんなところで、また俺は死ぬのか?

 

「はぁ、はぁ……はな、せッ」

 

 俺は化け物の手を掴む。

 ピクリとも動かない手。

 ……意地でも離さないってことかよッ!

 

「俺は、死なないッ! ハーレム、王になって……最強の兵士に、なるんだッ!!」

 

 ―――俺は瞬時に鎧を展開、その余波で化け物の手を弾き飛ばす。

 しかし傷は深くすぐに鎧は解除され、その場に倒れ込みそうになった。

 

「い、イッセーさんッ!!」

 

 ……アーシアはそんな俺を抱き留め、そしてすぐに治療を開始する。

 だけど、この喪失感はなんだ?

 魔力が、全て奪われたような感覚……そうか、あいつの力は奪う事なのか。

 

「―――ッ!? 血が、止まらない?」

 

 ……アーシアは呆然とそう呟く。

 嘘だろ?

 なんで、アーシアの神器が俺に働かないんだ?

 アーシアの力は全てを癒すはずだろ?

 それなのに、なんで……

 

「駄目です……ッ! このままじゃ、イッセーさんは!!」

「何か手はないの!? くっ!!」

 

 リアスは俺たちの周りに結界を張るも、化け物の進撃は止まらない。

 俺の血は流れつづけ、次第に意識すらも―――

 

「目を瞑ってはダメ、イッセー! 私の胸を揉むんでしょ!? 今ならいつか言ってた吸うのも許してあげる!! だから!!!」

「イッセーさん! イッセーさん!!」

 

 リアスとアーシアの悲痛な声。

 ……ダメだな、女の子を泣かせちまうなんて、オルフェルさんにまた叱られちまう。

 

『ひゃあはははははははははは!!!』

 

 ……化け物はとうとう、結界を破って遅い掛かる。

 ―――その時だった。

 

「―――気持ちが悪い。あなたはどの世界にいても、歪み続けるのですね」

 

 …………新たな結界が展開され、化け物の攻撃は防がれる。

 それはリアスが張ったものと同様のものだけど、その魔力は桁違いだった。

 ……俺はこれを知っている。

 以前、三勢力のトツプ陣が協力して張った結界に限りなく近いものを感じた。

 そして俺を包み込む、アーシアとは違う温かい光。

 色はアーシアと同じで鮮やかな碧色。

 ……俺はその声の主を見た。

 

「あん、たは……一体」

「……話しては治りが遅くなってしまいます」

 

 そこにはヒトがいた。

 全身を黒いローブで覆い、頭までも覆い隠す謎の女のヒト。

 俺からは口元しか見えなくて、そのヒトは俺に光―――癒しのオーラを照らしていた。

 

「……これで命に別状はないでしょう。元々が頑丈な体です―――さて」

 

 そのヒトがそう言う頃には俺の腹に空いていた穴は消え去り、血も止まっていた。

 血を失いすぎて眩暈は起こすけど、五体満足な体。

 リアスもアーシアもその存在に驚いており、そしてその存在は真っ直ぐと化け物の方に歩いて行く。

 

「あんたは、何者なんだ? どうして俺を助けて……」

「……放って、おけるはずがないじゃないですか―――だって、世界は違えども。あなたは兵藤一誠なんですから」

 

 そのヒトは微笑んで、そして化け物の方を見る。

 そして……

 

「私のことはアイとでもお呼びください―――さて、ようやく私の前に姿を現しましたね」

『がぁ、がぁぁぁ!! き、さまはぁッッ!!!』

 

 ……化け物が、アイと名乗るヒトの姿を見て言葉を話す上に、怒りを露わにした。

 まさかあのヒトはあれの正体を知っているのか?

 

「……あなたがいたせいで、あのヒトは壊れてしまった。だからこそ、私は貴方を許さない」

 

 アイの周りに展開される無数の魔法陣。

 その声音は穏やかなようで明らかな怒りを含ませていて、魔法陣からは並々ならない魔力を感じるッ!!

 

「―――これは魔王クラスの、魔力!?」

 

 ……さすがのリアスもその力の大きさに驚いているようだった。

 そしてアイが魔法陣を全て化け物に放とうとした―――その時だった。

 

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Booster!!!!!!!!』

 

 静かな音声、その後に鳴り響く激しいドライグ(・ ・ ・ ・)の声。

 化け物を前にしていたアイもその音声に驚き、そして俺は上空を見た。

 

「―――お前か、この町を泣かせるのは」

 

 ……激しい速度と圧倒的な魔力、オーラと赤い鎧を身に纏って化け物へと急降下する影が一つある。

 それは真っ直ぐ化け物へと落ちて行き、そして上空から拳を化け物の頭部に叩きつけた。

 化け物はそれだけで頭蓋が割れる音が響き、そして俺はその姿を確認する。

 

「……それに俺の仲間にまで手を出して―――覚悟は出来ているんだろうな」

 

 それは……俺たちを傷つけた化け物に怒り狂うオルフェルさんだった。

 

『Side Out:兵藤一誠』

 

 ―・・・

 

 俺と祐斗が魔物を屠ってほどなくして、俺はあるものを感じ取った。

 悪魔のようでドラゴンのようで、どこか堕天使の気配を匂わせる存在の気配に。

 夜刀さんとの修行がなかったら絶対に気付かないもので、しかもそれは繁華街の方から感じ取った。

 ……どこか嫌な予感がして、俺は祐斗に一声かけてから繁華街まで走り。

 そしてその最中で繁華街の路地裏辺りで結界が張られたことに気付いたんだ。

 そして今、その路地裏に俺はいる。

 鎧を神帝化させ、恐らく最近の騒動の原因を今しがた殴ったところだ。

 頭蓋を割る音が辺りに響き渡り、俺は周りを確認する。

 ……腹の部分の制服が破れて、その場に横になる一誠。

 その一誠の傍で涙を流すリアスとアーシア。

 そして―――

 

「……この前ぶりだな、アイ」

「―――ええ。まさか来るとは思いませんでした」

 

 アイ。

 俺の前に姿を現した謎の女性で、全てがベールに包まれている存在。

 アイは俺の姿を確認すると微笑みを浮かべ、少なからず驚いていた。

 

「……一誠、傷は大丈夫なのか?」

「え、ええ……そこのアイって人に助けられて―――って、オルフェルさん! あんたはこの人のことを知ってるんすか!?」

「知っている、っていうよりかは最近存在を知った。それが正しいな」

 

 俺は減り込ませた化け物から離れ、そしてアイの隣に立って彼女の様子を伺う。

 ……予想通りだけど、やっぱりアイは最上級悪魔クラスの魔力の持ち主だ。

 それを証拠に先ほどまで展開していた無数の魔法陣は一つ一つが良く錬成されたもの。

 それすなわち、彼女の力が努力によるものということを意味している。

 

「……お前がここで一誠たちを助けたってことは、あの化け物は少なからずお前に関係ある存在なんだよな」

「…………」

 

 アイは何も言わずに押し黙るけど、それが肯定を意味している。

 ……そうしている内に化け物は再び立ち上がった。

 頭蓋を砕いたはずなのに、気味の悪い笑いを浮かべる化け物。

 ―――魔物じゃない。

 こいつからは悪意を感じる。

 ……魔物は生きるためにヒトを遅い、命を喰らうことがある。

 それは生きるためであり、魔物には魔物の信念があるんだ。

 だけどこの化け物は違う。

 ただ殺したがために、己が欲求を満たすためにヒトを襲い、襲い、襲い続けて来た。

 匙を傷つけ、花戒さんを傷つけ……この町を脅威に晒した。

 許せねぇよ。

 

「ドライグ、フェル」

『皆まで言うな、相棒』

『ええ、あの化け物が全ての原因ならば。我らはあの化け物を蹴散らすだけのこと。そしてそのために主様に力を貸しましょう』

 

 いつものようにドライグとフェルと言葉を通わせ、士気を高める。

 ともかくこの化け物と戦うには守りが何もない地上では分が悪い。

 ……ここは―――

 

「アイ、この町全体に被害が出ないように結界を張ることは可能か?」

「……ええ。可能です―――でも良いんですか? 私を信用しても……」

 

 ……確かにアイの言う事は最もだろう。

 素性も何も分かっていない謎の人物の力を借りるなんて、本人からしたら愚の骨頂に見えるかもしれない。

 ―――でもアイは一誠の命を救ってくれた。

 それだけで俺は絶大な信頼を置ける。

 誰かを救うことが出来る優しいヒトが、信頼できないはずがないんだからさ。

 ……良し、解は出た。

 

「一誠、お前はそこで休んでろ」

「で、でもッ!! ―――ぐっ……ッ!」

 

 一誠は俺の言葉に対し、さも自分も戦おうという決意と共に立ち上がろうとする。

 だけど体は正直で、すぐに傷の痛みで表情を苦痛なものとさせた。

 ……一誠はそれを理解すると、途端に悔しそうな顔をした。

 きっとこの場で戦えない自分に恥じて、悔しい思いを募らせているんだろう。

 だけど―――

 

「―――誇れ。お前は仲間を護った」

「え? お、オルフェルさん……?」

 

 俺は一誠に真っ直ぐ、そう言葉を紡ぐ。

 あいつは自分のことを低く見る癖がある。

 たぶん今まで自分より格上の相手ばっかりと戦って来て、自分に自信の持てないんだろう。

 

「大切な何かを護ることは難しい。でもお前は命を賭けてまで守り抜いた。最後は油断したのかもしれないけど、それは今後の課題にしろ。だけどさ? ここまでお前の行動は正しいんだ―――それの何を悔しがるんだ?」

「オルフェル、さんッ!!」

 

 すると一誠は俺から視線を外し、体を少しだけ震えさせる。

 

「安心しろ! ここから先は俺がお前を、皆を護る!」

 

 後ろに一瞥し、そして―――化け物に全力の殺気を送った。

 

『ひゃふはははははは―――』

「―――気持ち悪いんだよ、化け物が!!」

 

 俺はいつまでも狂い笑いを続ける化け物に瞬時に近づき、そして……無限倍増を続ける倍増エネルギーを抑えることなく使い、殴り飛ばした。

 化け物は後方に飛んでいき、建物に直撃……することはなかった。

 アイの展開する碧色の魔法陣が壁となり、化け物の動きを建物に衝突する前に止めたんだ。

 

「二度と転生できなくなるくらいに、二度と笑えないくらいにぶっ潰す」

『Infinite Accel Booster!!!!!!』

 

 俺の声音とは裏腹に激しい音声を鳴り響かせる鎧。

 神帝化の際の最大出力を発揮する音声が鳴り響いた瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの力が溢れるっ!!

 その分負担も大きいけどさ―――そんなもん、仲間の想いを背負っているだけで耐えきれる!

 俺は化け物に近づく。

 化け物の背には悪魔の翼、堕天使の翼、ドラゴンの翼…・・・それが幾重にも生えている。

 しかも肌に突き刺さる不愉快な感覚―――龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)か。

 何ともまあ歪な力だ。

 

「どんな経緯でそんな姿になって、どんな経緯でこの町で暴れる―――そんなことはどうだって良い!」

 

 左の籠手から聖剣アスカロンの龍殺しのオーラを噴出させ、そのオーラを左腕に纏ったまま化け物の顔面を貫く!

 化け物はそれを軽快なステップで避けようとするが、俺はすぐさま顕現する。

 ―――先ほど、祐斗と共に戦っていた時に使っていた白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)を。

 

『Infinite Transfer!!!!!!』

『Reinforce!!!!!』

 

 無限倍増の力の一端をフォースギアに譲渡して創造力の密度を濃密し、そしてその創造力を白銀の籠手に『強化』する!

 籠手はその激しい創造のエネルギーを取り込み、形を変化させる。

 神帝と同じように鋭角なフィルム―――更に宝玉を増やし、白銀の籠手は神帝化を果たした。

 白銀龍神帝の籠手(ブーステッド・シルヴァルド・レッドギア)

 神帝の鎧とは別機関で更に倍増を重ねる武装。

 ……奴は脅威的なほどの戦闘能力を誇っているのは間違いない。

 だけど―――パワーなら、届く。

 

『Over Boost Count!!!!!!』

 

 右腕の白銀の籠手からは一秒毎の倍増が、鎧からはそれを越える無限倍増が行われる。

 体に対する負担にも流石に慣れて来たもんだな。

 さて―――

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 俺は動く。

 神帝の鎧からの無限倍増は全てパワーに回し、神帝の籠手からの一秒倍増は全てスピードに変える!

 一誠はトリアイナという特化型の力でパフォーマンスを変換することが出来るが、俺は俺のやり方でそれを体現してやる!

 

『Over Explosion!!!!!!!』

 

 速度は神速、パワーは絶大。その状態を保ったまま俺は化け物を速度で翻弄する!

 

『ひゃはッ!?』

「やっと仮面が外れて来たな、化け物!」

 

 俺の姿を追えない化け物の背中を位置取り、俺は絶大にまで上昇させた拳を化け物の背中から腹部へと放つ!

 この化け物の人体構造は訳の分からないもの。

 一誠が確実に仕留めたと思えば、すぐに復活した。

 ―――ならばそれ以上の力でこいつを屠る。

 化け物は俺の攻撃で血反吐を吐くが、俺は同じ打撃を放ち続ける。

 放っては血を吐き、放っては血を吐く化け物。

 化け物は俺に反撃しようと、その極太の腕を振り上げた―――今だ。

 俺は即座に左の籠手からアスカロンを抜き去り、そして神速のまま化け物の腕を切り落とした。

 そこから流れる血はドス黒く、それはこの化け物の存在を意義しているみたいだ。

 ……ロキとの戦いは俺にとても絶大な力を与えてくれた。

 一つは紅蓮の守護覇龍。

 新しい覇龍の可能性は、それはもう絶大なものでまだまだ改良の余地がある。

 ……だけどもう一つ、更に絶大な力を与えてくれた。

 ロキは北欧のトリックスターという名に恥じない圧倒的なテクニックを行使した。

 裏の裏の裏をかき、心を揺さぶりトリッキーに傷つけて来た。

 奴の行動一つで俺はたくさんのことを思考し、そしてその結果―――本来、強敵のはずの化け物が相手にならなかった。

 攻撃は全て見切れて、更に隙を突いて化け物に必殺のダメージを与える。

 …………いや、そういえば一つ忘れてた。

 そうだ―――仲間を真に想う強さ。

 それを俺はあの戦いを経て、得たんだ。

 

「そうだな……なんでも出来る。なんでも守れる」

『ふざぁぁぁぁぁ、けらぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 化け物は切断された傷をいざ知らず、そのまま俺に向かって特攻を仕掛けて来た。

 ……だけどさ、俺の力は何も赤龍帝の力だけではない。

 

『Force!!』

 

『Creation!!!』

 

 俺は展開を続けるフォースギアを使い、神器を創造する。

 形作るは奴を拘束する力―――例えばフェンリルを封じた時の、魔の鎖(グレイプニル)のような鎖の形。

 動けば動くほど、壊そうと思えば更に強度を上げて離れない鎖。

 白銀の光は鎖を形作る。

 ただしそれは一つではなく複数体の鎖であり、俺はそれを襲い掛かってくる化け物に向けて放った。

 

支配する白鎖(ドミネイト・シルヴチェーン)!」

 

 そう名付ける鎖は化け物の体を支配するように巻き付いて、拘束をしていく。

 更に地面にまで鎖は突き刺さり、化け物はその場から動きを止める。

 ……魔力を円滑に操作したら簡単に破壊される鎖だけど、血の昇る化け物にはそれすらも出来ないようだった。

 ただ物理的に壊そうとするその様に俺は軽蔑を覚える。

 

「―――終わらせる」

 

 俺は紅蓮の球。すなわち魔力で生成された魔力球を手元に出現させる。

 

『Infinite Transfer!!!!!!』

 

『Over Transfer!!!!!!』

 

 更にその魔力球に神帝の鎧と神帝の籠手の二つの倍増エネルギーを譲渡し、魔力球は特大サイズの魔力弾に変わった。

 そのオーラと力の質は正に脅威を感じるものだろうな。

 それを証拠に化け物は―――恐れていた。

 声にならない声を上げ、鎖から逃れようとする。

 

「やっと、気味の悪い笑いを止めたな」

 

 ……こいつは一応、俺の中での現状放てる最強の弾丸だ。

 元々は白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)の宝玉を一つ消費して放つことの出来る流星。

 それを鎧の状態で再現する。

 そうだな―――

 

紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)ってところか? まあ良い。消し飛べ、化け物」

 

 俺は目の前の弾丸を殴り、そして―――放った。

 空を真っ直ぐに穿つ紅蓮の流星は空を切り、そして伸びていく。

 アイの張った結界をいともたやすく破り、そして―――一筋の流れ星のように、化け物へと紅蓮の流星が落ちていった!

 化け物を包む紅蓮の流星の影響で白銀の鎖は形を失っていき、化け物も絶叫を挙げる。

 

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁあああああああ!!!!?』

 

 ……威力にして、白銀の流星群よりも一回りかは強力だ。

 まあ赤龍帝の力を限りなく高めた力と、白銀の籠手の力まで譲渡して出来た力だからな。

 現状、守護覇龍の守護龍の逆鱗(ガーディアン・ストライク)に次ぐパワーかもしれない。

 ……次第に化け物からの絶叫は息を潜めていく。

 ―――そして完全に声が消えた。

 俺はそれを理解して化け物に背を向ける。

 

「……チェックメイトだ、化け物」

 

 俺はそのまま仲間の方に歩いて行く。

 後ろにいる皆は目を見開いて今までの戦闘に驚いているのか?

 呆然としている。

 既にアイの姿はこの場から消えていた。

 ……それにしても俺たちの戦闘からあれほど町を完全に護るアイの実力―――何者なんだ、あいつは。

 それにさっきの奴はあいつが言っていた脅威なのか?

 それにしてはあいつは……そこまで強くなかった。

 俺と戦うときに既に体に異常をきたしていたのは、恐らく一誠との戦闘でかなりのダメージを追っていたからだろう。

 だけどそれにしては―――

 

「まさか、あいつにはまだ何かが」

 

 俺はそこまで予想した時だった。

 ―――化け物は、立ち上がっていた。

 更に体を更に歪なもの……怨念の化身と呼ぶほど、恐ろしいほどの姿に変えていた。

 合成獣と呼ぶべきなのか? 頭部はドラゴン、背中には幾重もの多種族の翼、巨大な下半身。

 幾つもの顔が身体中から浮き出ていて、その顔からおぞましいほどの闇を感じる。

 

「……覇。お前は、覇を望んでいるのか」

 

 最早声すら出せない化け物にそう呟く。

 俺がやっとの思いでどうにか出来たものを、奴は間違った方法で臨んでいる。

 ……あの浮かんでいる顔はきっと、あいつに喰われた人々の顔だ。

 それが無数の怨念となって、化け物のタフさと力に変わっているんだ。

 

「……一誠、いけるな?」

 

 俺は振り返らず、後ろの一誠にそう言葉をかけた。

 その言葉と時を同じくして、俺の隣に立つ足音が響いた。

 そこには……一誠が立っていた。

 

「―――当たり前じゃないっすか!! 俺も、一緒に戦います!」

 

 一誠は回復を終えたのか、籠手を左腕に出現させて拳を握っている。

 そして瞬時に籠手を鎧に禁手化させ、くぐもった声で俺に声を掛ける。

 

「一緒に破壊だけを求める馬鹿野郎を倒しましょう!」

「ああ。それが俺たち赤龍帝が見つけたもの。答えは違っても、進む道は一緒―――大切なものを護る」

 

 ……赤い二つの鎧は動く。

 間違った方向に進み続ける化け物を屠るために。

 この町を護るために。

 その覚悟を決めた拳を振るう。

 …………だけど俺たちは知らなかった。

 俺たちが相手にするには、真の敵はこんな三下ではないことを。

 もっとおぞましく。

 もっと強く。

 ―――もっと歪んでいることに。

 

『―――だから、言ったじゃないですか。これから来る脅威を、倒してくださいって』

 

 ―――俺たちの前に黒い何かが通り過ぎる。

 その影は何かをして、俺たちはどういうことかその場から吹き飛ばされた。

 化け物もその存在に驚いていた。

 

『お願いします―――そのヒトを倒して。そのヒトを倒せるのは、あなたたちしかいない』

 

 その目の前の黒い何かに、俺と一誠は驚愕する。

 黒い何かは、より詳しく言えば何色にも染まらないほどの闇色だった。

 黒い絵具に白を足せば、色は灰色に変わる。

 だけど目の前の存在は、本当に染まらない色をしていた。

 闇―――そしてこれまで感じたことのない恐怖と、怨念。

 なんだ、こいつは。

 

『だってそのヒトは―――』

 

 ―――それは鎧。

 何色にも染まらない闇色をした堅牢な鎧だった。

 たくさんの宝玉をあしらった鎧。

 そして俺と一誠が誰よりも目にする鎧。

 その鎧は俺たちと化け物の間に立ち尽くしている。

 …………それはつまり―――

 

『紛れもない、あなたたちなんですから』

 

 ―――黒い赤龍帝の鎧だった。



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第6話 黒い赤龍帝

 人の目のない暗い路地裏世界に広がる緊張。

 この町で人を襲っていたであろう化け物と遭遇し、それに対処していた俺たちの前に現れた新たな存在(・ ・)

 それを目前に控え、少なからず俺は衝撃を受けていた。

 禍々しいほどの闇のオーラをまき散らしながら、これもまた禍々しいまでの闇色の鎧を身に包む存在。

 その鎧は所々亀裂が入っているような状態で、更に深緑で染まった宝玉が埋め込まれていた。

 総じてその外見は、俺と一誠にはなじみ深いものだったんだ。

 違うのは纏うオーラと色。

 だけど俺はこの時、確信した。

 

「―――この男は、俺たちと同じ存在……」

 

 ―――すなわち、赤龍帝であると。

 その闇色の赤龍帝は俺たちと化け物の間に突然割って入って、俺と一誠をどういう原理かはわからないけど吹き飛ばした。

 そして今は―――化け物の方を亡霊のように不気味に、視線を向けていた。

 

「お、オルフェルさんッ。俺、馬鹿だからよく状況を理解していないですけど、一つだけわかります―――あいつは、やばいっ!!」

 

 一誠が俺にそう耳打ちする。

 ……ああ、あんな存在がいるなんて思いもしない。

 あれほどの負を(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)俺は見たことがない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 俺は冷や汗を掻く。

 本来なら俺と一誠はここから動いて、あの合成獣と化した化け物を倒さないといけない。

 だけど―――今、本能的に動いてはならないと思ってしまった。

 

「……………………………」

 

 ……今、あの黒い赤龍帝が何かを呟いた気がした。

 それはあの化け物に対してであり、当の化け物はといえば

 

『がぁぁぁらぁぁ!?』

 

 ―――その存在に戦慄し、我を忘れていた。

 俺は耳を澄ましてその声を聞こうとする。

 その声はいまだわずかに呟かれており、そして俺は聞いた。

 

「…………………(ロシテヤル)

 

 それは確かに、確実に言い放っていた。

 

「―――コロシテ、ヤルッッッ!!!!!!!」

 

 ―――呪詛に近い、呪いのような声で……そう力強く化け物に向かって咆哮を放つ黒い赤龍帝。

 その瞬間、俺たちに衝撃が走った……ッ。

 黒い赤龍帝の言葉とともに、その体からは闇色の何か(・ ・)が噴出し、俺たちの肌すらも焦がす。

 これはなんだ!?

 いったい、やつは何者なんだッ!!

 まさか―――

 

「あれが、アイの言っていた脅威なのか?」

 

 俺は今はただ、見ていることしかできない。

 今動けば、俺は死ぬ。

 そう思ってしまうほどの力を俺はやつから感じる。

 ―――ぐるぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 ……そのような断末魔のような叫びと共に、両者はともに動いていた。

 合成獣のような化け物は頭部のドラゴンの首を伸ばす。

 それを横薙ぎに力強く振るう―――その瞬間だった。

 

『Blade……』

 

 ……あまりにも低い男の声と共に黒い赤龍帝の手から、闇色の剣が生えていた。

 黒い赤龍帝はそれを目にも留まらぬ速さで振りぬき、そして―――ドラゴンヘッドを、一刀両断した。

 化け物の頭部は切り刻まれ、化け物はそこから新たな頭部を生やして黒い赤龍帝に襲い掛かる!

 それに対し黒い赤龍帝は……姿勢を低くして、背中に生える禍々しいドラゴンの翼を織りなして、化け物へ向かう。

 

『Boost……』

 

 耳を澄まさない限り聞こえないようなほど低い倍増の音声と共に、黒い赤龍帝の纏うオーラ、そして……闇は何倍にも膨れ上がった。

 膨れ上がった力は闇色の塊になって、黒い赤龍帝の尾の辺りに集中していく。

 ―――あれは、ドラゴン?

 

「ま、魔力で生成したドラゴンなんすか!?」

「……何一つ、理解は出来ない。それでも分かることがあるとすれば」

 

 ……奴に、慈悲などない。

 黒い赤龍帝が尾から八つ首もの黒い龍のような塊を創り、更に化け物へと追撃を行う。

 八つのドラゴンの首はあらゆる方向から化け物に襲い掛かり、黒い赤龍帝はその攻撃と共に翼と剣を巧みに、しかし荒々しく攻撃に活用していた。

 化け物の首を躊躇いもなく切り裂き、翼をまるで刃のように振るう。

 そしてその拳に闇色のオーラを集結させて化け物を壊すように殴る。

 それの繰り返しだ。

 化け物も反撃しているけど、黒い赤龍帝はその全てを最初から分かっているように避ける。

 まるで何度も何度もシミュレーションを繰り返し、対策を練り続けたというほどの見極め。

 荒々しさはあるけど、それ以上に―――洗練されている。

 

「ぁぁ、あぁ―――あぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

『ぐぎゃぁぁぁぁぁあぁあああ!!!!!』

 

 両者共に叫びながら戦う。

 血潮を撒き散らし、どれだけ傷ついても黒い赤龍帝に襲い掛かる化け物。

 どれだけ相手が起き上がろうとも、何度も化け物を殺すための一撃を繰り出す黒い赤龍帝。

 怨念の篭った拳だ。

 ……あれほどの間違った力(・ ・ ・ ・ ・)を、どうして手に入れてしまったんだ。

 一体、何があったらあんな姿になってしまうんだよ……ッ。

 

『……俺たちには分かるまい。仮に奴が相棒やこの世界の兵藤一誠と同質の存在だとして―――だからと言って、何かできるとは思えん』

『今はただ見ることしか出来ないのです』

 

 黒い赤龍帝は獣のような姿勢で化け物の右腕に飛びかかった。

 鎧の兜の口部分がガシャンと開き、そこから牙のようなものが生成されて化け物の肉を喰い千切る。

 そして―――その傷口から闇色の魔力弾を幾重にも放ち続けた。

 ボコォ……、ボコォ……。

 血肉が弾け飛ぶ音と、恐ろしいまでの凄惨な状況に流石の俺も目を背けた。

 ……なんだよ、これ。

 これじゃあまるで―――

 

「……こんなの、ただの覇龍じゃねぇか……ッ!!」

 

 小さくそう呟く。

 俺が最も嫌った、赤龍帝のパンドラの箱。

 俺の人生を一度狂わせ、やっとの思いで昇華することが出来た力だ。

 ……こいつは正に覇龍。

 悲しみに暮れて、覇を求めて怨念を肯定する復讐者だ。

 根拠はない。

 だけど―――どこか、黒い赤龍帝のことを否定することが出来なかった。

 敵のように、思えなかった。

 だってさっきから黒い赤龍帝が叫ぶ絶叫も、叫び声も―――悲しそうだったから。

 

「はぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 今にも泣きそうな声だったから。

 ……黒い赤龍帝は翼を織りなし、空に神速で浮かぶ。

 バサッと禍々しい傷だらけのドラゴンの翼を羽ばたかせ、更に尾の八つのドラゴンの首を地表にいる化け物へと放った。

 魔力で出来た黒いドラゴンの首は化け物を地面に磔るように襲い掛かり、化け物は成す術なく地面に磔にされた。

 そして―――黒い赤龍帝の鎧に埋め込まれた深緑の宝玉は、禍々しい黒い光を放つ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost……』

 

 先程、たった一度の倍増の音声ですら黒い赤龍帝の力は驚異的なレベルで跳ね上がった。

 それが幾重にも重なって鳴り響き、黒い赤龍帝の放つ魔力、オーラ、そして……闇は何十倍にも跳ね上がる。

 鎧のマスクの目元からは赤黒い眼光が光り、黒い赤龍帝は動けぬ化け物へと『何か』を発動しようとしていた。

 

「―――ッ!? まずい、あれは普通じゃないぞッ!!」

 

 ―――俺はその魔力量と破滅的なオーラを肌で感じて、呆然としている一誠の腕を引っ張りリアスたちの方に移動した。

 アーシアはその凄惨な現状に瞳に涙を溜めており、リアスは口元に手を当てて気分が悪そうな顔をしている。

 ……あれほどの負のオーラ、怨念を前にしたらそれが当然の反応だ。

 なまじ俺は怨念を受け入れ、前に進んだからある程度は大丈夫だけど。

 ―――ともかく、あれはまずい。

 

「良いか、一誠。今から奴が放つ攻撃は下手すりゃここら一帯を全て崩壊させるレベルのものだ。おそらく、アイの張っている結界もあるだろうけど―――それだけじゃ足りないのが必至だ」

「なッ!? そ、それならあいつらをまとめてぶっ倒したら……」

 

 ……できたらそれも良いだろう。

 だけどダメだ。

 

「……もう、俺たちが手を出していい戦いじゃない―――黒い赤龍帝、あいつの化け物に対する怨念は本物だ」

 

 俺は胸元のフォースギアに触れる。

 現段階で俺の創れる神器の中で、防御に秀でたものでは奴の攻撃に耐えることは出来ない。

 ―――いや、もしくは今なら出来るかもしれない。

 紅蓮の守護覇龍に目覚めて、精神力が大幅に強くなった今ならフォースギアの新たなステージに踏み込めるかもしれない。

 ……フォースギア、第一のステージは神器の創造だった。

 その次のステップで創った神器の禁手化。

 これは白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)の禁手、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)で果たした。

 更に既存の創造神器を使って、神器を創り変えることにもアーシアの時に成功している。

 ……そう、ならフォースギアのもう一つの力を使うしかない。

 

「フェル、この籠手を防御系の神器に創り換える」

『……確かに、現状溜まっている創造力ではあの攻撃に耐える神器は出来ないでしょう。ですが仮に創り換えても限界があります』

「―――だったらその創り換えた神器を、更に強化する」

 

 俺は神帝化を解き、すっと目を瞑った。

 ……アーシアが神滅具に囚われた時、俺は事前にアーシアに渡していた防御系の神器を使って神器を創り換える―――創換の力を使って新たな能力を神器に付加した。

 あの時は神器を強制的に解除する『鍵』を創換したけど、今回は攻撃の武器を防御に変えないといけない。

 ……形状は盾だ。

 ただし今から籠手を盾に変える時間はない。

 盾形の籠手に形状を変更し、更に倍増の力を残す。

 能力のキャパシティーが既に倍増の力のせいで残っていないから、出来る限り単純な能力を残す。

 籠手の譲渡の力を取り除き、残すのは倍増のみ。

 ……俺の思考と共に籠手は白銀の光を放つ。

 フォースギアからは創造力が供給され、徐々に籠手は形を成していった。

 ―――能力は、防御の一点。

 術者を中心とする直径100メートル外へと衝撃を全て防御する盾だ。

 言ってしまえば100メートルの空間内を絶対空間にし、外に衝撃を加えさせないもの。

 そして更に倍増の力でそれを大幅に上げる。

 

「行くぜ―――神器創換!!」

『Convert Creation!!!!!』

 

 その音声と共に神器は姿形を換える。

 ―――ッ!!?

 それと、共に……激しい頭痛が頭に走るッ!!

 やっぱりこの力はまだまだ改良の余地があるか……ッ!

 だけど!

 

白銀龍の盾拳(ブーステッド・シールドギア)!」

 

 変化した神器を見る。

 籠手の甲の部分に機械仕掛けの盾のようなものが装着されていて、俺はそれを展開させる。

 盾はパーツが展開され、幾つかの工程を経て大きなものとなった。

 更にエネルギーのシールドのようなものが展開され、そのエネルギーが俺を中心とする100メートル内に供給される。

 更に元々の10秒ごとの倍増も健在だ。

 ……だけど黒い赤龍帝は既に全ての用意が完成していた。

 

「……オマエサエ、イナケレバッ!!! ユルサナイ、ゼッタイニ―――コロス!!!」

 

 ……黒い槍。

 良くアザゼルが好んで使うような光の槍のようなものだった。

 しかし大きさと闇のオーラが段違いで、この距離から魂を削られるような痛みを感じるッ!!

 

「フェル、この盾を強化する!」

『―――なっ!? 主様、分かっているのですか!? ただでさえ精神力を大幅に削る創換の力を使って、更に強化なんてしたら主様は!』

「やるしかないんだ! じゃないと俺たちどころか、この町の全ての人たちが死んでしまう!」

 

 例え世界が違っても、それでも駒王町は俺が育った大切な場所なんだ!

 だからこそ、護らないといけない!

 

「―――それが俺の決めた道なんだ。だからフェル、いつもの言葉通りだけどさ? 俺に……一緒に戦ってくれ」

『……………………』

 

 ……フェルは無言になる。

 フェルは今までの俺の無茶な行動でかなり過保護になっている面があって、それは俺を大切に想ってくれている裏返しなんだろう。

 ……それでも無茶をする時は無茶をしないといけない。

 前とは違う。

 前の俺はただ守ることが強迫観念になって、失うことにただひたすら恐怖していた。

 だからこれは俺の道なんだ。

 ずっと長い事フラフラし続けて出した―――俺の進む道だ!

 ……俺がそう心の中で思った瞬間だった。

 

『Reinforce!!!!!』

 

 ―――フォースギアから、強化の音声が鳴り響いた。

 フォースギアから注がれた強化の力は右腕の盾に注がれ、途端にその盾に通っていた倍増の音声が一秒後とに鳴り響き始める。

 その分、頭痛が激しいことになったけど、なッ!!

 ……フェル。

 

『……わたくしの可愛い息子は、頑固です。強情です。無茶ばかりします。守るためなら自分を二の次にして、いつも何もわたくしには仰ってくれません―――でも嬉しかった』

 

 フェルは心の底で話し続ける。

 

『今、しようと思えば無理矢理力を使うことも出来た。でも主様はわたくしに仰ってくれた―――それだけで、もう今まで感じていた不満がどうだってよくなりました』

「……フェル。もしフェルがティアとかオーフィスみたいに人間態になれることが出来たらさ? ―――絶対に、良い女だよ」

『ふふ、当然でしょう?』

 

 フェルは不敵に笑い、そして俺は目の前の状況を再確認する。

 今この段階で外への影響は心配ない。

 後は―――一誠たちか。

 

「良いか、一誠。今すぐ俺から50メートル以上距離を取れ。その上でリアス、お前は一誠から倍増の力を譲渡してもらって、全力でアーシアと一誠を防御魔法陣で守るんだ」

「で、でもオルフェルさんは!?」

「―――この盾は付近と、自分を護るための神器。それに防御に魔力を全て使えば何とか耐えれるはずだ」

 

 俺は一誠の方を見ながらそう言うと、回し蹴りで一誠をリアスの方に蹴飛ばした。

 

「い、いでっ!?」

「良いから早く行け! あいつ、もう力を放つぞ!」

 

 一誠は文句の言いそうな顔をしながら、でも俺を心配するような顔をする。

 ……ったく、あいつは可愛い奴だな。

 ―――一誠たちは俺の指示通り移動し、そして黒い赤龍帝は槍を振りかぶる。

 化け物は磔の力が相当強いのか、もがくも一切動くことが出来なかった。

 化け物は恐れおののく。

 あの槍に、明らかな恐怖を抱いていた。

 

『あひゃ……ひゃはははははははははははは!!!』

 

 ……そして、歪なほどの笑みを更に浮かべる。

 狂った心が壊れたように笑い続ける。

 そして―――

 

「ワラウナ―――ソノコエデ、ワラウナァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 黒い赤龍帝は手元にある黒い槍を振りかぶり、投槍した。

 光速で放たれる槍は一瞬で化け物を貫き、そこからその大きさが変化する。

 ―――何十倍にも。

 

『あがぁ、がぁ―――ひゃははははははははははははははははははははは!!!!!!!』

 

 ……槍の肥大化と共に化け物はメリメリと体が引き裂かれていき、そして―――槍は破裂し、辺りに凄まじい闇色の衝撃波を放った!

 俺の創った神器の効果で外へと衝撃を軽減させ、俺自体は自身の魔力を全て防御に回し、更に右手の盾で何とかそのダメージに耐える!

 フィードバックで口から少し血が出てくるけど、何とか耐えれるッ!!

 化け物は最後、気味の悪い笑い声を挙げて―――木端微塵に、塵も残さず消え去った。

 闇のオーラはそれだけでは収まらず、大地を揺らす!

 ―――バキィィィィィィッッ!!!!

 ……そんな音と共に、俺の盾にいとも容易く大きな亀裂が入った。

 

「……ったく、創換した上で強化してるのに簡単に壊されるとか、勘弁しろよッ!!」

『……仕方、ありません。……主様、耐えてください!』

 

 フェルは何かを決心したようにそう言ってくる。

 そっか……なんとなく、やることは分かったよ。

 ああ、耐えてやる。

 ―――だからもう一度神器を強化してくれ!!

 

『Reinforce!!!!!』

 

 ……神器強化の音声がもう一度鳴り響き、更に倍増の速度が早くなる。

 更に盾自体の強度も強化され、そして―――目が、霞んできた。

 不味い……ッ!

 連続強化がここまでとは思わなかった。

 ロキ戦でこれを使わなかったのは正解かもな……!!

 だけどこれ、なら!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

 

 意識を保つために大声で叫び、そして衝撃から自身と一誠たちを護る。

 ―――俺が覇龍を使った時、最後に次元の狭間に造られた空間を崩壊させたらしい。

 この一撃は正にそれを実現しそうなほどのもんだ。

 ……少しでも気を抜けば簡単にそれを実現させる。

 

「ッッッ!!」

 

 肉体と精神に来る圧倒的なダメージに、意識を飛ばしそうになるッ!

 俺は不意に自身の後ろを見た。

 ―――そこには今すぐにこっちに来そうな、一誠の心配そうな表情があった。

 

「……ったく、あいつにあれだけ説教しただろ―――歯を食いしばらなきゃ、男じゃない!!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

『Transfer!!!』

 

 更に鎧の能力である倍増の力を全て魔力に対して譲渡し、防御に徹底する。

 ……そして、闇は鎮まった。

 それとほぼ時を同じくして俺の右腕の盾は崩壊し、風化するように塵になって消えた。

 

「はぁはぁ……なんとか、耐えたぞッ」

 

 辺りは霧に包まれるように白く土埃が舞い上がり、視界からは影しか黒い赤龍帝が見えなかった。

 肩で息をしながら、俺は黒い赤龍帝の影を見た。

 ……黒い赤龍帝は自身が蹴散らした化け物がいたであろう場所に茫然と立っており、空を見上げていた。

 

「オルフェルさん!!」

「い、今すぐ治療します!!」

 

 すると後方より一誠とアーシアが俺の方に走って来た。

 アーシアはすぐさま持ち味の癒しの力を俺に対して施し、一誠は俺の体を支えるように肩を貸してくる。

 

「……オルフェル君。あの化け物は、どうなったの?」

「……恐らく、消し飛んだ」

 

 俺はその光景を目の前で見ていた。

 あの攻撃で、肉体が持つなんてありえない。

 確実に死んだ―――

 

「そう……。だったらあのヒトにも感謝しないといけないわ」

 

 リアスはそう言って、黒い赤龍帝に近づこうとした。

 だけど俺は、それを手を引いて止めた。

 

「……? オルフェル君、どうして」

「ダメだ―――あいつに不用意に近づくな」

 

 ……だって、あいつの闇は未だに渦巻いているから。

 俺は未だ警戒を解かずに黒い赤龍帝を観察する。

 ―――その時、ビル風が辺りを通り抜けて土埃が消え去った。

 

「……やっぱり、そうなのか」

 

 俺は黒い赤龍帝―――いや、そこに立っている男を見て仮説を確信のものにした。

 黒い鎧は既に解除されていて、そこに立つ男は空を見上げてポツリ、ポツリと……涙を流していた。

 

「みんな……やっと、仇、とったよ……やっと、あいつを……」

「「「―――え?」」」

 

 一誠たちはその姿を見て呆然となった。

 ……それは仕方ないか。

 俺も黒い赤龍帝ってことで仮説だけ立てていただけで、その存在の心当たりがあったわけじゃない。

 ―――そこには男がいた。

 真っ黒なボロボロの布に身を包んで、顔中に切り傷があり、髪の毛が無造作に伸びている男。

 目には光が灯っていない、虚ろな目をした男。

 ……だけど、その顔に心当たりがあった。

 

「お、オルフェルさん? あ、あれってまさか」

「ああ。たぶん、俺と同じでこの世界に飛ばされた存在―――平行世界の、兵藤一誠」

 

 ―――そして覇に囚われ、闇に心を奪われた存在。

 目の前にいるのは、そんな存在だった。

 

「……だけど、闇は。根付いた怨念は、簡単には消えない。受け入れてしまったものは、抱いたものは自分の意志とは関係なく自らを蝕む。だから―――」

 

 ―――脅威はまだ去っていない。

 俺はそう確信した。

 ……その確信とほぼ同じくして、黒い赤龍帝は俺たちの方を視界に入れた。

 そして―――リアスの顔を見て、目を見開いた。

 

「……そ、っか……。あなたは、そこに、いるんです……ね」

 

 ……黒い赤龍帝は一歩、俺たちの方に足を踏み込める。

 目は虚ろなまま、しかしそこにどこか希望の光が差し込んでいた。

 ―――アイ、お前の言っていた通り、こいつはもう壊れている。

 心が、もう壊れている。

 復讐を果たした後に残るのは、空虚な想い。

 自分が生きる意味を見いだせず、何をすれば良いかを求め、理想を欲する。

 そしてその結果が起こしてしまうのが……間違った選択。

 

「……一誠、リアスとアーシアを連れて逃げろ」

 

 俺は腕と胸元に籠手とフォースギアを展開し、一誠から離れて三人の前に立つ。

 黒い赤龍帝の目にはリアスしか映っていない。

 どういう理由かはもちろんわからない―――だけど、あいつはリアスを求めている。

 

「そ、それってどういう……」

「良いから、逃げろ! まだ脅威は去ってないんだ! あいつは、お前の大切なものを―――リアスを欲しているんだ!!」

「―――ッ!?」

 

 俺の言葉に一誠は目を見開く。

 今この場で冷静になる方が難しいけど、でも一刻を惜しまないといけない状況だ!

 それに何より、この黒い赤龍帝と一誠では圧倒的な経験の差が違う。

 

「なん、だ……おまえ、も、俺から……ウバウノカ?」

「……違うな。今お前が、こいつから大切な存在を奪おうとしてるんだよ」

「……オレガ? オレガ……ウバウ? ―――ガァッ、ウガァァァァァアアアア!!?」

 

 ―――それは突然だった。

 俺が黒い赤龍帝に言葉を投げかけ、奴の動きが止まった瞬間、黒い何かが奴を覆う。

 これは……黒いオーラのようなものに、襲われているのか?

 ……違う。

 これは

 

「闇に、飲み込まれているのか?」

 

 そう、飲み込まれているという言葉がしっくりと来る。

 だけど疑問が残る―――あの闇は、どこから現れた?

 あいつの中から……じゃない。

 明らかに外部から突然現れた。

 ならそれは―――まさか!!

 

「さっきの化け物の残骸かッ!!」

 

 俺は手元に即席の魔力弾を創る。

 そしてその闇のオーラを吹き飛ばすために放つが……。くそ、威力が弱すぎる!

 簡単に闇のオーラに吸収されるように弾丸は消え去り、黒い赤龍帝は苦しむように叫び声をあげている。

 

『相棒、奴は明確な敵だ! 今すぐに消滅させるべきだ!!』

『あれは放っておいたらいけないです! 今すぐに全力を以て倒しましょう!!』

 

 ……ドライグとフェルの言う事は最もだ。

 奴から感じる闇も悪意も、全てが全て有害なものだろう。

 だけど……、だけど!!

 ―――あいつを、敵とは思えないんだッ!!

 あいつから感じる悲しみを、辛さを……直観だけど、理解してしまうんだ。

 本当に何でかは分からない!

 今は、拳が握れないんだ……ッ!

 

「アガガアァァァァァ!! イヤダ、モウウシナウノハ―――イヤナンダヨォォォ!!!!」

「……ッ!!」

『Accel Booster Start Up!!!!!!』

 

 黒い赤龍帝は生身のまま俺へと襲い掛かってくるッ!

 俺の中のドライグはほぼ強制的に倍増の速度を更に加速させるアクセルモードを始動させ、俺は黒い赤龍帝へと向かい討つ。

 

「落ち着け、暴走がお前の望んでいることなのか!?」

「ダマレェェェェエエエ!!!」

『Fall Down Welsh Dragon Balance Breaker……』

 

 黒い赤龍帝は闇色の鎧を身に纏い、凄まじいオーラを纏って襲い掛かる。

 こっちもさっき、こいつの攻撃を止めて満身創痍だッ!

 加速した倍増の速度とアスカロン、そして無刀を駆使して俺はどうにか黒い赤龍帝の攻撃をいなす。

 ……先ほどまでの洗練された攻撃じゃない。

 ただ暴走して、襲ってきているだけだ。

 ―――だけど拳から、悲壮感が伝わってくる。

 

「オレハ、オレハ!!」

「俺はお前のことは何も知らない! だけどお前はそんなことをするためにここまで来たのか!?」

 

 真っ直ぐに放たれる拳をいなし、カウンターで懐に入って拳を放つ。

 だけど黒い赤龍帝の鎧は堅牢で、傷一つ付かなかった。

 俺は背中のドラゴンの翼を駆使して距離をとって、手元に残り少ない魔力を集める。

 黒い赤龍帝は更に化け物の残骸、闇の塊を纏いながら襲い掛かってくる!

 

「オルフェルさん! 俺も!!」

「良いから逃げろって言ってんだろ!! 早くしろ、俺も長くは―――がぁッ!?」

 

 下の一誠に向かってそう叫んだと同時、俺は口から血反吐を吐き出す。

 なんだ、今の突然のダメージは。

 

『これは―――龍殺しの力? まさかさっきの化け物の力なのか……ッ!?』

 

 ドライグから推測されることはさておき、今、一誠たちに掛けられる余力は欠片もない!

 それに奴の目的がリアスなのだとしたら、要られるほうが面倒なんだ!

 何より……俺も限界に近いッ!

 

断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)!!』

 

 破滅力を付加させた魔力弾を黒い赤龍帝に向けて放つも、奴はそれを拳で打ち砕いて向かってくる。

 

「……くそッ!! オルフェルさん、絶対に!! 帰ってこなかったら許しませんから!!」

 

 一誠はそう悔し涙を浮かべるように力強く言い放ち、リアスとアーシアを抱きかかえて禁手化して飛んでいく。

 ……さて。

 

「―――目を覚ましてもらうぜ、黒い赤龍帝」

 

 ……そんな無謀なことを言いつつ、俺は黒い赤龍帝に特攻をかけていった。

 

 ―・・・

 

『Side:兵藤一誠』

 

「何でですか、先生!! オルフェルさんを今すぐに助けに行かないと行かないと!!」

 

 俺、兵藤一誠はオルフェルさんの援護の元、駒王学園まで逃げてきた。

 そして今は状況をアザゼル先生に説明し、今すぐに救援に向かおうとしていたけど……それを止められたんだ。

 

「少しは落ち着け、イッセー。今のお前は体も気力も限界に近い。そんなお前が行っても足手まといがオチだ」

「……ッ! でも、それでも俺は!!」

 

 自分を認めてくれた、大切な仲間を見捨てることなんか出来ないッ!!

 俺たちを逃がすために体を張ったヒトを、助けたいんだ!

 

「……むしろオルフェルは誰よりも冷静だった。聞いた限りではお前たちを背負ったままの方が戦いにくい。それを考えた上でお前たちを逃がしたんだろう」

「でもオルフェルさんだって傷だらけだったんです!」

「それでも一番可能性が高かったのがその選択だったんだろうな―――ったく、どっかの誰かさんと同じでお人好しだな。あいつも」

 

 アザゼル先生は頭を掻いてそう呟く。

 

「良いか? お前たちが戦った化け物っていうのは相当危険な存在だった。何度も立ち上がるタフさ、身体中が合成獣化している異常性、そしてドラゴンスレイヤー。可笑しいほどの性能―――それを屠った黒い赤龍帝。イッセー、お前が敵うとでも思っているのか?」

「……そんな自信、ありません。それでも俺は行かなきゃいけないんです」

「…………。それでもな、俺はお前たちの監督役としての任がある。みすみす危険地に生徒を送るのは確かな勝機があるときだけだ」

 

 ……アザゼル先生の言いたいことは分かる。

 このヒトだって何だかんだ言ってお人好しだ。

 だからこそ俺たちを危険な目に遭わせたくないし、出来ることなら戦わせたくないんだ。

 俺だって出来ることなら皆には安全で居て欲しいし、俺だってエロエロなハーレムライフを満喫したい!

 ―――でも、俺たちが力を付けたのはその幸せを勝ち取るためだ。

 今、俺たちを護ってくれているヒトがいる。

 ……そのヒトを救うために、俺はこの力を使いたい。

 

「―――お願いします。俺は、俺を救ってくれたヒトに恩返しをしたい! だから行かせてくださいッ!!」

「……イッセー」

 

 リアスが俺の手を握って、そんな声を漏らす。

 部室に集まった皆も同じ顔をしていて、俺はただアザゼル先生に頭を下げた。

 

「―――あぁ~あ、ここは俺がカッコよく戦線に立つ場面だけどなぁ。おい、イッセー。俺の名場面を返しやがれ」

 

 ……するとアザゼル先生は俺の頭をクシャクシャと撫でまわし、ニィッと笑う。

 

「まあお前はそんな理論の前じゃ止まらないし、進んでいくっていうのは知ってんだよ。お前はこれまでそんな無茶苦茶な方法で前に進んで、仲間を守ってきたもんな」

「せ、先生……」

「イッセー、行け。出来るとか出来ねぇとかは俺が何とかしてやる」

 

 アザゼル先生はそう二カッと笑いながら席から立ち上がり、先陣を切るように歩む。

 他の皆もそれに続くように歩いて―――って、そこで俺は気付いた。

 

「観莉ちゃんはどこに行ったんだ?」

「……一応イッセー先輩のお家に置いてきました。あそこなら危険が少ないので」

 

 俺の言葉に小猫ちゃんが応えてくれる。

 そっか、なら安心―――そう思った時だった。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!

 ……そんな激しい衝突音が、グラウンド内に響いた。

 

「な、なんだ!?」

「……さぁね。ただ一つだけ分かることがあるとすれば―――歓迎すべきヒトではないよ」

 

 ……木場は部室の窓からグラウンドを見ながら、一筋の汗を流しそう呟いた。

 待てよ、あれからまだ30分も経ってないんだぞ!?

 何で―――何で黒い赤龍帝がここにいるんだよ!!

 

「……嘘だろ。まさかあいつが?」

「ッ!!」

 

 俺は一人、その場から走り出す。

 向かうのはグラウンド!

 ……オルフェルさんがやられたなんて信じない。

 あのヒトは強いんだ!

 心も力も!

 ……俺はグラウンドに到着すると、そこには土埃に包まれた黒い赤龍帝がいた。

 近くに、オルフェルさんはいなかった……―――

 

「……おい、オルフェルさんは、どこだッ!!」

「…………」

 

 黒い赤龍帝は先ほどとは打って変わって何もしゃべらない。

 そして―――神速で、俺の目の前に辿り着いた。

 

『あ、相棒!!』

 

 黒い赤龍帝の拳が俺の腹に真っ直ぐに放たれる。

 あまりにも突然のことで、その拳が異様なほどスローモーションのように見えた。

 ―――これをまともに受けたら、それで終わりだッ!!

 頭よりも体が勝手に動き、その拳に対し俺は後ろに飛んで回避する!

 危ないってもんじゃねぇぞ、あれ!

 今のはまぐれだ、二度目はない……ッ。

 

「応える気は、ないのか……?」

「…………」

「……だったら、吐かせてやるッ!!!」

 

 俺はブーステッド・ギアを展開し、そのまま数カウントの後で禁手化を果たす!

 体を包む鎧姿となって、そして黒い赤龍帝に殴り掛かった!

 

『Blade』

『Blade!!!』

 

 黒い赤龍帝が俺の攻撃を全て躱して闇色の剣を出すのを確認すると、俺も負けじとアスカロンを取り出す!

 籠手と一体化したアスカロン、それを用いて奴の剣と剣をぶつけ合わせた!

 

「ドライグ、籠手にアスカロンのオーラを譲渡してくれ!」

『応ッ! だが相棒もそこまで余裕はないぞ!!』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 全力の倍増+アスカロンの龍殺しの力込みの全力だ!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!!!」

 

 俺は拳を真っ直ぐと黒い赤龍帝に向けて放つと、黒い赤龍帝は―――それを俺と同じように拳を放って力比べをするような動きをしていた!

 この野郎ッ!

 

「望むところだ、このヤロオォォォォ!!!」

 

 黒い赤龍帝と俺の拳が激しい金属音を鳴り響かせながらぶつかる!

 俺は一切の力を緩めずに拳を放ち続け、黒い赤龍帝も少し押され気味か?

 ……分かりにくいけど、こいつだって消耗している。

 あの化け物とオルフェルさんとの連戦だ、疲れないわけがない!

 

「ドライグ、トリアイナで勝負をつける!!」

『この状況なら戦車しか手はないぞ!』

 

 ドライグの助言通り、俺は自分の中の駒を変化させる!

 

『Change Solid Impact!!!!!』

 

 その音声と共に俺の鎧は更に分厚い堅牢なものとなり、戦車の性質である絶大なパワーを手に入れる!

 更に肘にある撃鉄を何度も打ち鳴らし、拳の勢いを更に強くし、そして―――殴り飛ばした!

 それを確認すると、更に俺は自分の中の駒を更に変更させる!

 

『Change Blast Fang!!!!!』

 

 駒を僧侶のものに変え、背中に巨大なブラスターが装着される!

 そこにあらかじめ用意していた魔力を装填、更に!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 倍増の力でそれを極大にする!

 一度の戦いに何度も出来るわけではないけど、これならチャージを短縮してドラゴンブラストを放てる!

 いくぜ!!

 

「ドラゴンブラスタァァァァァァァ!!!」

 

 視界を真っ赤に包むほどの弾丸が空中の奴へと放たれる!

 周りへの影響はアザゼル先生にどうにかしてもらうしかねぇ!

 ブゥゥゥゥン……徐々にドラゴンブラスターは鎮まって、俺は遠くで地に足を付ける黒い赤龍帝を見る。

 ……若干だけど黒い鎧に血が付着している。

 ダメージは確実にあったはずだ。

 

「はぁ、はぁ……くそ、やっぱ連戦続きのトリアイナじゃあ、限界があるかッ!」

『むしろ今の攻撃が通ったことが僥倖か。いや、だが―――』

 

 考えるのは後だ。

 今は奴を……そう思った時だった。

 黒い赤龍帝は……突如、頭を抱えていた。

 

「ア、ガァァッ!! ち、がう……、オレハ! 俺はッ!!」

 

 ……なんなんだ、あいつは。

 何に、苦しんでいるんだ?

 ―――そんな苦しんでいる状況下で、奴の状態は更に変化する。

 ……鎧が、更に鋭角になり始めていた。

 尾からは先ほどの化け物との戦闘時のように、魔力がドラゴンの形となっていて、首数は八つ。

 ドラゴンの翼は千切れ千切れになっていて、禍々しい。

 さっき見た時よりも、何倍も凄まじいものになっているッ!!

 

「きえ、され―――キエサレェェェェェェェ!!!!」

 

 ―――八つのドラゴンの首は、同時に俺へと伸びて来た。

 あの時の技をするつもりか!?

 

「ドラゴンショット!!」

 

 俺は手元に球体を作り、それを殴ってドラゴンショットを放つ!

 それによって首の一つが消し飛ぶけど―――駄目だ、全部さばききれないッ!!

 

「こうなったら真紅になって」

 

 俺は新たに手に入れた真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)のための呪文を紡ごうとした。

 ……その瞬間、俺よりも後方で幾つもの攻撃的オーラを感じた。

 一瞬俺がそっちに視線を送ると、そこから幾つかのものが俺を横切って向かいくるドラゴンの首へと一直線に向かう。

 破滅の魔力、光の槍、雷光、聖魔剣、聖剣による斬撃波、北欧魔術による砲撃。それらによって6つのドラゴンの首が消し飛んだ。

 更に俺の右側の校門前から放たれる水のドラゴンのように形作られた魔力の塊が放たれ、最後のドラゴンの首も消し飛ぶ。

 ……後ろには遅れて到着した皆。

 そして校門側からは―――ソーナ会長が歩いてこちらに来ていた。

 

「悪いが黒い赤龍帝。お前にはここで退場を願い申し上げるぜ」

「何かは知らんが、敵ならば討つ。このデュランダルの名の元に断罪してやろう」

「か、回復なら任せてください!」

「僕の仲間を傷つけるなら、例え平行世界の住人だろうと許さないよ!」

「私もまた、グレモリー眷属の一員ですから。戦いましょう」

「……先輩を傷つけるなら、許しません」

「悪さが過ぎましたわね、黒い赤龍帝さん?」

「ぼ、僕だって戦ってやるですぅぅ!!」

「幼馴染的にもここは私も加勢するのが礼儀ってものなのよ!」

「い、イリナさん? それは些か意味が……。まあ私も客としてお招きいただいているのです。フェニックス家の者として、加勢しましょう」

「……自分の眷属をやられて、黙ってあなた方に任せておくなんて出来ません―――加勢します」

 

 ……仲間の加勢。

 今この場に俺の仲間が集結していた。

 頼もしい皆の登場に俺も気合を入れ直す!

 ―――そしてみんなの戦闘に立つリアスが、黒い赤龍帝を前にして堂々と言い放った。

 

「……あの化け物を倒してくれたことには感謝するわ―――だけどあなたがこの町を脅かす行為をするならば、私は……貴方を敵と認定する」

「……………………」

 

 ……黒い赤龍帝は、皆の姿を前にして立ち尽くす。

 先程までの覇気が嘘のように、立ち尽くしていた。

 

「―――イヤ、ダ」

 

 ―――そして、小さくそう呟き始めた。

 それに加えて体から湧き出る黒い闇のオーラが漏れ始め、色を更にどす黒くする!

 

「ウシナイタク、ナイッ!! ヒトリハ、ヒトリハ!!!」

 

 ―――嫌なんだ。

 その言葉は紡がれることはなく、黒い赤龍帝は再び闇に包まれた。

 ……あれは、もう化け物の類だ。

 黒い赤龍帝は神速で向かってくるッ!

 拳には圧倒的闇の力が漏れていて、俺はそれに反応すら出来ない!

 黒い赤龍帝の拳は俺の目の前にあり、そして

 

「だ、めだ……ッ! もう、きずつけちゃ……ッ!!」

 

 ―――俺の鎧のマスクに当たる寸前で、拳を止めた。

 その声はさっきまでのものじゃなく、一人のヒトとしての声。

 苦しんでいる声そのものだった。

 

「あ、あんたまさか……」

「お、れは―――ぎゃぁぁぁがぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」

 

 ……黒い赤龍帝は苦しむように俺に背を向け、絶叫をあげながら神速で空へと消えていく。

 しばらくするとその姿は見えなくなり、俺はその場に崩れる。

 ……鎧が、ボロボロになっていた。

 ただ近くに寄られただけで、ここまでのダメージを受けていた。

 もちろん俺自身が既に限界に近いって理由もあるとは思う。

 それでもあいつは……

 

「なんだんだよ、お前は……。一体、何に苦しんでいるんだよ……?」

 

 俺はそう思う。

 だけど一つだけ断言できることがあった。

 それは―――

 

「あいつとは、決着をつけないと駄目だ。たぶん、次に会う時―――その時が最後の戦いだ」

 

 ……そう確信し、俺はそこでハッと思い出す。

 

「……そのことより、オルフェルさんを探さないとッ!! あのヒトはあいつと戦って!」

「……まあそれが妥当か―――まずはオルフェルの捜索だ。あいつがいなけりゃ話が始まらねぇ」

 

 ……俺たちはアザゼル先生の一言で散開する。

 俺は鎧を解除し、足をバシッと叩いて奮い立たせるッ!

 こんなところで限界を迎えている場合じゃない!

 今はただ!

 

「―――無事でいてください、オルフェルさんッ!!」

 

 そう願うだけだった。



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第7話 約束

 ……結果だけ言えば、俺は負けた。

 動きが乱雑だったとはいえ、既に消耗に消耗を重ねていた俺では奴を相手取ることが出来るわけもなく。

 出来る限りの悪足掻きをした後、俺は負けた。

 そこから俺の意識はなく、今自分がどうなったかすら分からない。

 ただ俺は―――夢を、見ていた。

 それは俺がこの世界に飛ばされる前日の夜に見た夢と似ていて、とても悲しい夢だった。

 

『ははは……。笑っちまう、だろ? お前を戦わせないために、お前を欺いてまで特攻掛けてこの様だ……』

 

 その光景は肩で息をする黒い翼の生えた男で、そして……その男は傷だらけだった。

 体の至る所に抉れた傷跡が残っていて、片腕に片足、更に片目までもが抉れている状態。

 ……ほとんど死に掛けの状態で、その男はそれでも笑みを浮かべていた。

 ―――その黒い翼の男を支える、涙を流し続ける少年に向けて。

 

『…………で、だよッ』

『…………わるい、な。もう、耳もほとんど聞こえねぇ……』

『―――なんでだよ、先生!! なんであんたが、そんな姿に……なんないといけないんだよ! なんで一人であいつに向かいに行ったんだよ! なんで、なんで……ッ』

『…………、ほんと、なんでだろうな……。ただ、さ……俺は、お前に歪んでほしく、なかったんだ……。闇に囚われることでしか、方法をうしなったお前に。これ以上、自分を見失わないために……』

 

 黒い翼の男は瞳の光沢を失わせながら、懸命に喋る。

 声に力もなく、だけど伝えないといけないから。

 

『……お前は、さ。一人で、抱え込みすぎ、なんだよッ! お前の辛さは分かる―――だけど、そんなんじゃあ、あいつら(・ ・ ・ ・)だって浮かばれねぇだろッ!!』

『……わかってるよ、そんなのッ! だけど、俺は……皆の仇を、取らないといけないんだ! だからどんな間違ってても、俺は!!』

『―――はは、やっぱそうかよ。だから、俺は……お前に、あの力を使わせないために……あの野郎をぶっ倒そうと、した……』

 

 黒い翼の男は、震える手で涙を流し続ける男の頭をくしゃくしゃにするように撫でた

 

『お前は、本当に……手のかかる生徒だ……。だけど、俺にとって、お前は……子供、みたいだった。ほっとけねぇんだよ……だから―――例え死ぬことになっても、守りたかった』

『せ、んせい? め、目を瞑るなよ、先生!!』

『……泣くな―――イッセー』

 

 黒い翼の男―――アザゼルは、兵藤一誠を抱き寄せた。

 

『もう俺は十分、生きた……。こんな長生きして、生きがいだって生まれた……。幸せ、だったんだぜ? こんな楽しいの、久しぶりだった……お前、見てて飽きないからさ。いつも、真っ直ぐで、いつも仲間を想って……』

 

 そして、アザゼルは力を失くしたように兵藤一誠の手を離した。

 

『……俺は、お前の悲しみの一部になるんだろうな。だけど、これだけは、約束、してくれ』

『…………ッ』

 

 兵藤一誠は、アザゼルの言葉に何度も頷く。

 恥ずかしいくらいの涙を流し、嗚咽を何度も漏らして、震えている。

 

『―――お前の仲間が、お前に願ったことを……忘れないで、くれ……ッ!!』

 

 ……アザゼルは、そう言って消える。

 光の結晶になって、兵藤一誠の腕の中から消えていった。

 ……兵藤一誠は、アザゼルを支えていた手を呆然と見ながら―――開いていた手を力強く握り、歯ぎしりをする。

 肩は震え、涙を流し、そして……

 

『せん、せい……俺、絶対に……―――あいつを、殺すッ!!!」

 

 ……兵藤一誠の目は、悍ましいほど黒く染まっていた。

 にじみ出る闇色のオーラはより一層濃くなり、それは―――黒い赤龍帝と同じものになる。

 ……きっと、この夢は実際にあったことなんだろう。

 夢の光景は次第に消えていき、新たな光景が姿を現す。

 ―――グレートレッドの力は因子となって、俺に根付いている。

 その影響か、俺は他人の夢を見ているんだろう。

 それに何より、同一人物である『俺』自身であるから、結びつきが強くて余計に夢を見てしまっているのかもな。

 ……気付いたら、光景が変わっていた。

 

『……なあ。俺は、きっと間違っているんだろうな』

『……そんなこと、ないです』

 

 それは男女が寄り添う姿だった。

 それだけなら微笑ましい光景に見えるだろうけど、実際には光景は凄惨なものだった。

 ―――血。周りには血をドクドクと流して死んでいるヒトの死体が幾つも転がっていた。

 そしてその死体だらけの空間に立ち尽くす黒い布のようなものを纏っている二人。

 その二人が会話をしていた。

 

『……お前が、もし平穏を望むなら。俺の傍から、消えてくれて良い。俺を忘れてくれて良い、だから―――』

『……嫌です』

 

 ……女は、満面の笑みで男の言葉を拒否した。

 

『私はずっと、あなたの傍で生きていくと決めました。どれだけあなたが罪を重ねようと、世界中が敵だとしても―――それでも、あなたの傍にいます。ね? イッセーさん』

 

 ―――そう、か。

 そういうことか。

 分かったよ。

 何もかも、分かった。

 辻褄が合って、やっと全てが繋がった。

 詳しい原理とか、そんなことは全て取っ払って。

 

『……ああ。お前は俺が絶対に、守ってみせる。だってお前は、俺のたった一人の大切なヒトなんだから。なぁ、―――』

 

 ……最後、兵藤一誠の言葉を俺は聞けなかった。

 だけど分かっている。

 その言葉の意味を―――俺は夢から覚める。

 そして、目を覚ました。

 

 ―・・・

 

 ……目を覚ます。

 辺りを見渡すとここは廃墟であり、俺はそこにポツンと置かれているボロボロのソファーの上で横たわっていた。

 

「体の傷は……。いや、そもそもここにいるってことで気付くべきか―――なぁ、アイ」

「―――そうですね」

 

 ……俺は傍で寄り添うように佇むアイにそう尋ねた。

 体の傷はほとんど癒えていて、俺の制服の上着がソファーに掛かっている。

 

「……お前が俺を助けたのか?」

「ええ。命に別状はありませんでしたが、一応治療だけはしました。少し休めば体力も回復して、動けるでしょう」

「……なるほどな。じゃあ聞き方を変える―――なんで助けた?」

 

 ……俺はド直球でアイにそう尋ねた。

 ほとんどの察しはついているのに、俺はわざと尋ねた。

 ……先ほどの夢に出てきた、兵藤一誠に寄り添う女はアイだった。

 つまりアイはあの男の味方。

 

「……その質問をしてくるということは、察したのでしょう」

「ああ。お前の正体も、お前の想いも理解した。その上でどうして俺を助けたと聞いているんだ」

「……昔話を、しましょう」

 

 するとアイははぐらかすようにそう言ってきた。

 アイはその場から立ち上がり、そのまま廃墟の割れた窓辺に歩いて行く。

 

「……ある世界に、とてもとても優しい男の子がいました。その男の子はちょっとエッチですけど、いつも仲間のことを大事に想っていました。そんな男の子を仲間の皆は大好きで、毎日そんな日常を過ごせると思っていました」

 

 アイは懐かしむようにそう話す。

 ……俺も全てを知っているわけではない。

 夢のおかげである程度のことは理解したけど、それでもまだ足りない。

 

「だけど、そんな優しい男の子は力がありませんでした。でも努力家だった男の子はたくさんの努力を重ね、とても強くなっていきました。だけどそれでも勝てない存在はいて、そしてそれに負けた男の子は……―――大切な家族を、殺され、ましたッ!!」

「……ッ!?」

 

 ……アイはそのことを泣きそうな声で、語る。

 

「悲しみに暮れた男の子は、二度と大切な存在を失わないように必死に努力をしました……。自分のことは二の次で、失うことに恐怖するように自らを追い込んで。その姿の変容に仲間はとても心配しました」

 

 当たり前だ。

 大切な仲間が自分の身を顧みずいたら、そいつが大好きな奴が黙っているわけがない。

 

「それでも男の子はストイックを続けました。体が壊れてもすぐに治して努力して、でも……そこにはかつてあった優しさは無くなってしまいました」

 

 その声は寂しそうだった。

 アイは本当に寂しそうに語っているんだ。

 きっと、全てが真実なんだ。

 

「男の子は、仲間には確かに優しかった。でも―――敵に対して、一切の慈悲がありませんでした。一度敵と認識した存在は必ず殺し、何があろうと逃すことがありません。後悔しないために……。全ては自分の大切な存在を殺した存在を殺すために、男の子は復讐をするためだけに生きていたのです」

「でもそれは……」

「……男の子は、次第に笑顔を失くしていきました。仲間はそれをとても悲しみました。いつもその笑顔で、明るさで皆を温かくしてくれていた男の子はもうそこにはいなかったのです。でもそれでも―――仲間は、男の子のことが大好きでした」

 

 ……アイは、こちらを振り返った。

 ―――泣いていた。

 アイは顔が見えないけど、確かに涙を流していたんだ。

 

「だけど、悲劇はまた起きて、しまいました……。男の子は敵の一人に、大切な仲間を殺されたのです。その仲間は男の子にとって掛け替えのない親友―――自分を追い込んで努力していた時、いつも一緒に付き合ってくれた仲間。そんな仲間を、無残に……目の前で殺されたのです」

 

 ……こんな悲しい話をして、辛いに決まっているのに。

 それでもアイは話を止めなかった。

 

「男の子はその事実を前に、更に復讐に身を捧げました。仲間を殺した相手を殺すため、どんなに間違った力でも手に入れようとしました。彼は感傷に浸る前に行動に移していました。どんな時でも、涙を流しながら前に進んでいた。例えそれが間違っていても、彼は立ち止まることだけはしなかったのです」

「……そう、だな。優しいからこそ、想っていたからこそ。止まることなんて、できっこなかったんだ」

 

 痛いほどにその男の子の気持ちが分かった。

 分かったんだよ―――俺も、同じだったから。

 自分の無力さに嫌になって、もう失うのが嫌で、怖くて……そうして自分を追い込めて誰も頼らず自分を蔑ろにして何が何でも守ろうとしていた自分に。

 

「……でも現実は、恐ろしいまでに残酷でした。初めて死んでしまった仲間に対し、男の子を除く仲間は前に進めなかったのです。仲間はとても優しかった―――優しすぎたんです。だから男の子が泣きながら強くなろうとしている時、ずっとその仲間は泣いていました。そして……その時は起きてしまった」

 

 ……光が照らされる。

 廃墟に一筋の光が流れ込み、その逆光でアイの姿が光で包まれた。

 

「―――死にゆく、仲間たち。その中で一人涙を流し続ける男。そして……笑う、敵」

「ッッッ!?」

 

 ……俺の言葉にアイは驚き、その反動でローブが揺らめいて素顔を俺は見た。

 ―――やっぱり、そうなんだな。

 

「俺さ、さっきまで夢を見ていたんだ。たぶん、平行世界の兵藤一誠。つまり黒い赤龍帝の夢をさ……。その前にも見たんだ―――それが、今言った光景」

「……男の子は全てを失ってしまったのです。仲間も、家族も。そしてある化け物に魅入られて、闇のような力を手に入れてしまった―――イッセーさんは、そうして、黒い赤龍帝になったんですっ!」

 

 アイはフードを被りなおして、強い後悔が残る口調でそう言った。

 ……アイは、きっと後悔している。

 自分の大切な存在を救えなかった自分に、動けなかった自分(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に。

 

「彼は、今も苦しんでいるんですッ! 自分の中に根付いた闇はもうどうすることも出来なくて、本当は傷つけたくないのに怨念のように憑りついた闇がそれを許さないッ! だから私達は……ッ!!」

「―――もう、良いよ」

 

 俺は涙を流してそう口調を荒くするアイの頭にそっと手を置いた。

 

「もう、何も話してくれなくていい。全部わかったんだ―――やっと、俺も腰を上げることが出来る」

 

 俺はぐっと足に力を入れて、立ち上がった。

 多少まだふらつくけど、それも思っていたよりはマシか。

 ……俺はアイの横を通り過ぎる。

 

「アイ、お前は俺と初めて会った時に助けを求めてきたよな? これから来る脅威を―――黒い赤龍帝を倒してくれって」

「……はい」

「……ずっとさ、俺はあいつを心の底から敵と思って、戦えなかったんだ。拳を握ることが出来なかったんだ―――だってあいつ、本当に悲しそうに苦しんでいたから。そして自分の間違いと戦っていたから、あいつは俺を殺さなかった」

 

 だから俺はこうして今、生きている。

 そう思うんだ。

 

「……今度こそ、約束する―――あいつを、倒す。倒して、助けてみせる。それが俺の掲げた赤龍帝の真理なんだ」

「全てを、護る?」

「ああ。絶対に……。なあ、アイ。察しはついているんだけどさ? ―――次に俺たちが邂逅するとき、お前はもう敵なんだよな?」

 

 ……俺はアイにそう尋ねると、アイは言葉を発さずにただ頷いた。

 

「そっか―――じゃあ俺は行くよ」

「はい。……私は何とか2日間は時間を稼ぎます。でもそれ以上は無理でしょう―――では、また会いましょう」

 

 俺とアイはそれぞれ別の道を歩む。

 俺が倒されてから既に時間は1日は過ぎているか?

 不味いな、あいつら絶対に今頃俺を探しているんだろうな。

 とりあえずは……

 

「ああ。戦場で会おう」

 

 俺は駒王学園へと向かった。

 

 ―・・・

 

 駒王学園に向かっている最中で思い出したんだけど、観莉は大丈夫かな?

 今、記憶喪失+幼児退行を起こしているしなぁ……ちょっと浅はかだったか?

 

『仕方あるまい。むしろ相棒がいないというショックで何か思い出しているかもしれんぞ?』

「いや、思い出されても困るんだよ。何分、こっちは完全な異世界みたいなもんだ。今更手遅れな気がするけど、それでも出来ることなら観莉には俺たち側に関わって欲しくないんだ」

 

 俺は赤龍帝で、強者を惹き寄せてしまうからな。

 

『……ところで主様。先ほどのことを彼らには話すのですか?』

 

 ……するとフェルは突如、そんなことを言ってきた。

 ……俺は今回における大体の根底にある部分を全て理解した。

 黒い赤龍帝が歪んだ理由、あの化け物の正体、そしてアイという存在の意味。

 俺がこの世界に飛ばされたのも、きっとそれらに関係がある。

 だけど―――

 

「話さない。悪いけど、このことをあいつらが受け止めれるとは思えない」

 

 黒い赤龍帝が体験してきた過去は、想像を絶するってレベルではない。

 あれほどのことを体験して、闇に囚われてなおあいつは自我を少しでも保っていた。

 だからこそ……あいつを止めるのは、俺だ。

 同じ兵藤一誠があいつを止めなければならない。

 そのためにも対策を考えないとな。

 アイが少なくとも二日間は時間を稼いでくれるとは思うが、どこまで当てにできるか分からないからな。

 

「―――さてと、さっさと合流したいところだけど……」

『ふむ、まあこれは随分と荒れているな。魔物の残党か……』

 

 駒王学園に向かい最中で、突如俺を囲む魔物。

 確かに朝方で人影は少ないものの、この時間帯でうじゃうじゃ出てこられても困るんだよな。

 とにかく―――

 

「アスカロン」

 

 俺は籠手からアスカロンを抜き去り、魔物を横目で数える。

 出来る限り力を抑えていたいと理由もあるし、何より生身でもこのレベルの魔物は屠れる。

 特に聖剣であるアスカロンならば問題ない。

 ……魔物は一斉に俺に襲い掛かってくるも、俺はそれをゼノヴィア直伝の聖なる斬撃波で半数を屠る!!

 更に斬撃波を避けた魔物の怯んだ様子を見計らい、アスカロンを片手で握りながら高速で移動し、そして一体一斬で確実に屠っていった。

 ……これで全部か。

 俺はアスカロンの刃に付着する魔物の血を魔力で消し飛ばし、剣を籠手の中に収納する。

 

「うっし、じゃあ行くか―――」

 

 俺はそのまま再び足を進める。

 ……その時だった。

 

「―――ほぅ。兵藤一誠の姿を確認したから、話しかけようと思ったが……まさかアスカロンをそこまで使いこなしているとはね」

「…………」

 

 ……顔が引きつる。

 それはもう、嫌になるほどの面倒な奴に俺は遭遇してしまった。

 ってかお前はそもそもテロ組織の一員だろ!?

 この世界でもさ!

 

「……ヴァーリかよ。ホント、面倒過ぎるだろ」

「ひどいな、それは。俺としてはライバルの成長に喜んでいるんだが……」

 

 ……ヴァーリは苦笑いをしながら、俺を見下ろすように立っていた電柱の先から飛び降りた。

 そして俺の目の前まで歩いてくる。

 ……こいつ、まさか気付いていないのか?

 

「……ん? どういうことだい? いくらなんでも、この隙の無さは異常だ」

「勘違いしているところ悪いんだけど―――」

 

 ……っと、そこで俺はヴァーリの本質について考えた。

 この戦闘マニアはとにかくバトルが大好きだ。

 そんなこいつが平行世界の、しかもこの世界の兵藤一誠よりも強い個体を前にして、果たして冷静でいるのか?

 ―――答えは、するわけない!!

 まずい、こんなところでこんな戦闘狂の相手をしているわけにはいかないんだよ!

 こっちは黒い赤龍帝との戦いを控えてんだ!

 ならここは……

 

「は、はぁ!? んなわけねぇだろ! お、俺だって全力で努力してんだからな!!」

 

 ……一誠に成りすましてやり過ごすしかない!

 幸いあいつの性質は理解しているし、容姿に若干の違いがあるとはいえ同一人物だ!

 なんとか紛らわす!

 

「ってかこっち寄ってくんじゃねぇよ! お前は禍の団だろ!? こんなところでやり始めるつもりかよ!」

「いや、今日は野暮用でここに来ただけだが―――いや、だがそれも良いか」

 

 するとヴァーリが白龍皇の翼を展開しやがるッ!

 マジかよ、この野郎!

 

『ふむ……これなら幾分こっちの世界のヴァーリ・ルシファーの方がマシではないか?』

『まあ彼は本当にテロ組織なのかと問いただしたくなるレベルで何もしていませんからね……』

 

 全くだよ、チクショー!

 ともかくここでヴァーリと戦うのは色々と面倒だ!

 俺の世界のヴァーリほどこいつからは強さを感じないけど、それでも赤龍帝と白龍皇がやり合うのは危険すぎる!

 

「さぁ、神器を展開したまえ。聞いた話では確か覇龍に変わる新たな力を手に入れたんだろ? それを見せてくれッ!!」

「んん~……困った、マジで困った」

 

 やる気満々のヴァーリを無視して一人腕を組んで考え込む。

 っていうかこんなところでこの世界のヴァーリと遭遇するのなんて予想外過ぎるし、そもそも自分の世界でも会いたくない奴なのに!

 幸いこいつは俺をこの世界の兵藤一誠って誤解してくれている。

 だけどいざ俺が力を見せたらそれが違うと理解するだろう。

 ……結論、八方塞がり。

 

「……ドライグ、あいつを瞬殺してすぐに逃げるのが一番早いかな?」

『瞬殺は流石に難しいのではないか? 神帝の鎧を使えばまあそれも可能だろうが……』

「何をしている? さぁ、早く―――」

「―――うんにゃ? 何やってんのよ、ヴァーリ~」

 

 ……すると、その場に新たな人物が現れた。

 ―――それは俺からしたら馴染み深い存在で、とても大切な存在。

 着崩してほとんど胸の見えている、黒い着物を着ている黒歌だった。

 

「あ、赤龍帝だ~。こりゃちっとからかって」

「―――こらぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 ―――俺の動きは非常に効率的であった。

 手元に小さな魔力の塊を造り、それを逆噴射して黒歌に近づく。

 更にフェルの力でハリセン型の神器を即座に創り上げ、そしてそれを駆使して黒歌の頭を思いっきり叩いた。

 

「い、痛にゃん!?」

「うるさい! おい黒歌、いつからだ!! お前はいつからそんなふしだらな猫になったんだ!! そんなほとんど衣服の機能を果たしていない服をいつも着ているのか!?」

「い、いやいやいやいやいや!! あんたにそんなことを言われる筋合いは―――」

「やっかましぃぃぃぃぃぃい!!!」

 

 再度ハリセンで頭を叩く!

 黒歌はその打撃が予想以上にきつかったのか、頭を抑えてその場に蹲った。

 

「ち、違うにゃん……。これ絶対に赤龍帝じゃないにゃん!」

「そんなことはどうでもいい! とにかく!!」

 

 俺は黒歌の背後に回り、首根っこを掴んで乱暴にそこの木陰に移動する。

 流石に白昼堂々着替えさせるのは問題だし、それにこれはチャンスだ。

 黒歌を利用してヴァーリから逃げる!

 

「さぁ、着物はしっかりと着飾るものだぜ?」

「や、止めるにゃぁぁん!! 私のアイデンティティーが~~~~!!!」

 

 ―――黒歌の絶叫を無視して、俺は黒歌の着崩している着物を正すのだった。

 数分後……。

 

「せ、仙術効かない……。色気効かない……」

 

 そこにはしっかりとした格好の黒髪美少女、黒歌がいた。

 うんうん、やっぱり女の子はこうでなくちゃいけないな。

 例え別人でも俺の大切な家族と同じ顔をしているんだ、恰好はしっかりしてもらわないと気が済まない。

 …………んん?

 なんか、大事なことを忘れているような……

 

「―――く、黒歌を手玉に取る? まさか君がそこまで成長しているとは……ッ!!」

「……お前、本物の馬鹿だろ」

 

 未だに気付く様子もないヴァーリに俺はつい溜息を漏らす。

 こうなっては仕方ないし、黒歌もどことなく俺の存在の異質さに気付いたようだからな。

 バレるのが時間の問題なら、先に仕掛けておくのが手っ取り早い。

 

「フェル、フォースギアを展開してくれ」

『なるほど。この世界の兵藤一誠との違いを見せればそれで済むというわけですか』

 

 フェルは俺の思惑に気付いてくれたのか、すぐにフォースギアを展開してくれた。

 そして創造力を一段階だけため、すぐに神器を創造した。

 

『Creation!!!』

 

 形はよりヴァーリたちの驚愕の顔にさせるために、白龍皇の翼と酷似させ、能力も半減の力にする。

 といっても一回の創造力で出来たもの故に顕現時間は短いか……

 俺はヴァーリの肩に手を置き、そして―――

 

『Divide!!』

「…………ッ!?」

 

 ヴァーリの力をその言葉通り、『半減』した。

 もちろん即席の神器だから半減は一度しか出来ないし、能力と創造力の回数が見合わないから半減された力はすぐに戻り、神器も壊れる。

 だけどヴァーリは明らかに表情を変えた。

 

「……これは驚いた。まさか俺の神器と同じ力をされるなんて―――何者だ、君は」

「理解してくれて助かるよ、この世界のヴァーリ。それと忠告その一……。ここで戦いを始めたらとりあえず黒歌貰っていくから」

「は、はい!? いやいや、あんた何言って―――」

 

 喚く黒歌に一瞬、殺気にも似た視線を送ると黒歌は黙りこくる。

 ……俺の世界の黒歌と同じで中々扱いやすいな。

 

「……まあ今黒歌がチームから離れた困るな。その忠告を飲もう。それで、だ。……君は何者だ?」

「端的に言えば―――平行世界の兵藤一誠」

 

 ……俺の言葉にヴァーリと黒歌は言葉を失う。

 恐らくは信じられない疑心と、たった今目の前で繰り広げられた出来事からの説得力が渦巻いているんだろう。

 とはいえ、俺がしたいのはこいつらを納得させるのではなく牽制。

 今の状況下では不安要素は一つでも失くして他ないからな。

 特にこの世界では中々行動の読めないヴァーリチームなら尚更だ。

 

「一旦その言葉を信じるとしてだ。君のその力、俺はとても興味があるッ!! あぁ、今すぐにでも戦いた―――」

「……ま、そう言うよな」

 

 ヴァーリは最後まで言葉を紡げない。

 何故なら……。ヴァーリが目視出来ない速度で展開された俺の無刀による魔力の刃が、ヴァーリの眼球スレスレで向けられているからだ。

 その事実にヴァーリはただ目を見開く。

 ……なるほど、俺の世界とはやはり差が生まれているのか。

 ヴァーリから感じるオーラは超一流の強者のものだけど、だけどこっちの世界のヴァーリは更に凄まじい。

 

「驚いたな。まさか何の反応も出来ないとは……」

「これで理解できただろ? この町で騒動を起こすなら、遠慮なしでその目を抉る。悪いが今はお前を相手している暇はないんだ」

 

 俺は無刀に供給する魔力を止め、懐に柄だけとなった無刀をしまう。

 

「……いや、まだその条件を飲むには魅力を感じないな」

「そうねぇ~。確かにあんたが凄いのは分かったけどぉ~、ちょっとそんな言い方だったらムカってくるにゃん♪」

 

 するとヴァーリと黒歌からそんな返しが来る。

 ……よし、ここは強硬策だ。

 ヴァーリに対する魅力的な条件は既に思いついているけど、黒歌はどうしたもんか。

 ―――って、ちょっと待てよ。

 この世界ではそれぞれの人物に差があれど、本質は一切違わない。

 リアスは眷属想いだったし、アーシアは天使だった。

 それ以外にも小猫ちゃんは相変わらず甘えん坊であったりする。

 なら―――こいつ、実はシスコンなんじゃないか?

 禍の団、そもそも小猫ちゃんと離れ離れになっているのも全て小猫ちゃんを想ってのことだとすれば……

 こいつはカマを掛ける価値があるな。

 

「ところで黒歌、小猫ちゃんがこの前、寝言で『お姉さま……寂しいです……』って呟いてたんだけ―――」

「―――に、にゃにぃぃぃ!? そ、それホント!? ねぇねぇねぇねぇ!!!」

 

 ……途端に興奮気に俺の肩をガタガタと揺らすシスコン猫又。

 ……黒歌はすぐにハッとして、俺の顔。……ニヤリと笑む俺の顔を見た。

 

「ははは、随分と面白いもの見させて貰ったぜ?」

「は、図ったにゃ~!?」

 

 黒歌は羞恥に包まれ、ポカポカと叩いてくる。

 おうおう、これは随分と可愛いことだ!

 俺の世界の黒歌に近づいて来たんじゃないか?

 ……さて、ここが決め所だな。

 

「ヴァーリ。もしこの要求を飲んでくれるなら―――全ての問題が片付いた後、お前と戦ってやる」

「……ッ。…………ふふ、良いだろう」

 

 もちろんデマカセ、ハッタリだ。

 だけど向こうに何もしないことにデメリットがない上に、戦える大義名分を得る可能性がある選択肢をちらつかせた。

 それに何より

 

「飲む! それ飲むにゃん!! だから白音にあのこと言わないでぇぇぇ!!!」

 

 ……この馬鹿猫の悪戯猫感が一切ないから、乗っかってくるに決まっている。

 

「よし、交渉成功。んじゃ、俺はそろそろ行かせてもらうよ―――っとその前に」

 

 俺はヴァーリたちから背を向け、学園に向かおうとした時に黒歌の方をチラッと見た。

 ……ちょっとくらい助言しても良いだろう。

 

「黒歌、お前はもうちょっと素直になれよ。たった二人の姉妹なんだからさ、手を取って笑顔で生きていった方が幸せだぜ?」

「……ッ。余計なお世話、にゃん。…………ねぇ、あんたの世界ではその―――私たちはやっぱり今みたいになってる?」

「……いや。今頃縁側で二人で昼寝でもしてると思うよ。俺の可愛い猫たちは微笑ましいくらいに仲良しだからさ」

 

 ……黒歌は少しだけ寂しそうな顔をして、それ以上は何も言わなかった。

 俺はそれを確認して、足を進めた。

 

 ―・・・

 

 俺が一誠たちと合流したのはあれからすぐのことだった。

 一誠たちは交代制で俺の捜索を続けていたらしく、駒王学園に向かう途中で祐斗と遭遇し、他の眷属と合流した。

 どうやらかなり心配していたそうで、イッセーに至っては顔を合わせて腰を抜かすほど安心していた。

 ……随分と懐かれたもんだな。

 不意にそう苦笑いをしてしまう。

 ともあれ俺は大体の事情を皆に話した。

 二日間の猶予が出来たこと、そして黒い赤龍帝が再びここに来ることを。

 ただしアイから聞かされた事実は話さず、これからの行動に関することだけをかいつまんで教えた。

 そして今―――

 

「はぁぁぁ!! ソード・バース!!」

「ッ!!」

 

 ―――俺たちは模擬戦をしていた。

 参加するのはイッセー、ゼノヴィア、イリナ、祐斗、ロスヴァイセさん、小猫ちゃん。

 基本的に前線で体を張って戦うメンツで、俺はその内の祐斗、イリナ、ゼノヴィアを同時に相手取っているんだ。

 使う武装は無刀、アスカロン、そして赤龍帝の籠手。

 兵藤家の地下にあるトレーニングルームなら派手に暴れても問題ないというアザゼルの意見に従ったわけだ。

 目的は二日後にある黒い赤龍帝との決戦のための準備。

 力ってものはやはり実戦で身に付く物で、一日二日でも効果は必ずあるんだ。

 

「い、イッセーくんと同じ顔してるくせにテクニックタイプって、生意気よ!!」

「全くだ! イッセーなら力押しだろうッ!?」

「うるせぇ! そんな軽口叩くなら少しはテクニック覚えろぉぉぉ!!」

 

 デュランダルと光の剣で同時に襲い掛かるゼノヴィアとイリナに対し、二つの刀でそれぞれの剣を止める。

 そしてそこから剣を薙ぎ払うように一回転して、そして怯んだところで二人の腹部に蹴りを放った。

 間一髪で直撃を避けるも、衝撃はあったのか蹴られた部分を抑える。

 

「―――今だ!」

 

 すると俺から少しばかり距離を取る祐斗が聖魔剣を一度消し、聖剣を創り出す。

 そして……次の瞬間、祐斗の周りから銀色の甲冑姿の騎士たちが生まれていく!!

 数にして三十はいるか? それは正に……騎士団。

 

禁手化(バランスブレイク)! ……聖覇の竜騎士団(グローリィ・ドラグ・トルーパー)!!」

「……なるほど、聖魔剣の『聖』の方の禁手かッ!!」

 

 詳しい原理は分からないけど、でも納得は出来る。

 祐斗は魔剣創造の神器の所有者だが、聖剣の因子を手に入れたことで聖魔剣という力に目覚めた。

 つまり魔剣創造という神器の他に、後天的な神器として聖剣を創る神器。

 聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)すらも保有しているってことだ。

 その聖剣創造側の禁手があの技なんだろう。

 ……見極めるか。

 

「さぁ、君にどこまで届くか試させてもらうよ! 龍騎士団よ!!」

 

 すると龍騎士団は祐斗と遜色のない速度で俺に襲い掛かって来た。

 ……速い。

 これは祐斗のコピーと言っても過言ではない速度だ。

 それの数が大体三十くらいで、しかも意志を以て攻撃してくるから厄介、か……。

 

「―――速くても、防御力はどうだ?」

『Boost!!』『Explosion!!!』

 

 俺はそこで溜めていた倍増の力を全て解放し、パワー、スピードを均等に上げる!

 無刀からは更に魔力のオーラが強くなり、俺は龍騎士団を逆に速度で翻弄する!

 騎士にプロモーションを果たし、二刀流で龍騎士団を切り刻んでいった。

 

「なッ!? なら―――」

「おっと、そうはいかないぜ」

 

 祐斗は自らも甲冑を着こんで翻弄の作戦に出るのを確認して、俺は無刀のオーラを逆噴射してその甲冑を弾け飛ばす。

 そして一度無刀とアスカロンを戻し、更に倍増の残ったオーラを全て魔力込みで手元に集める。

 そして……それを魔力弾として放った。

 

拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 威力は弱いものの魔力弾を拡散して広範囲でダメージを与えれる拡散型の魔力弾で龍騎士団の大半を屠り、そして即座に俺は籠手を禁手化する!

 赤龍帝の鎧を着こみ、そして鎧から倍増の音声を鳴り響かせた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 その幾重にも強化された力を用いて、背中の噴射口からオーラを噴射させて祐斗に一瞬で近づく。

 そして拳を振るい、

 

「ッッッ! ……参ったな。降参だよ」

 

 ……拳を祐斗の顔の前で止めた。

 祐斗がその場に尻餅をついて苦笑いを浮かべているのを確認して、俺は鎧を解除して後ろから襲い掛かるイリナとゼノヴィアに目を向ける。

 龍騎士団の残骸に紛れた完全なる不意打ちだけど、既に察知していた。

 俺は二人から放たれる上向きの斬撃に対し、紙一重で体を逸らして避け、そしてカウンターのように二人の手を掴んで地面に叩きつける。

 そして先ほどしまったアスカロンと無刀を瞬時に取り出し、その剣先を二人に向けた。

 

「……マジか」

「マジだよ」

「う、嘘でしょ?」

「ホントだよ」

 

 その結果に目を丸くして驚愕の顔をするゼノヴィアとイリナ。

 どうやら今の不意打ちで一矢報いようとしていたようだけど……甘い甘い。

 こんなんでやられてたら今頃ロキにやられてるっての。

 二人が戦闘不能になっているのを理解すると俺は全武装を解除し、二人に手を差し伸べた。

 

「うぅぅっ! これじゃあミカエル様のエースの風格が台無しよ! っていうか強すぎ!!」

「生身で私のデュランダルを受け止めるとは……。ははは、なんだ私はここまで弱いのか……」

「いやいや、ゼノヴィア!? そんな反応されたら罪悪感がやばいからやめて!?」

 

 見るからに沈んでいくゼノヴィアにそう取り繕う。

 ……いや、本気で戦っていたんだけどな。

 もちろん完全武装ではないから本気とは言い難いかもしれないけど、全ての武装を全部装備するとか愚の骨頂だからな。

 とにかくアスカロンと籠手、無刀に使用を絞って戦っていた上に、祐斗との勝負を決めるときについ禁手も使ったからな。

 予想外の連携に俺も驚いた。

 それに三人には黙っていたけど、最初から身体中に魔力を過剰供給し、身体能力を無理やり急上昇させるオーバーヒートモードも使っていた。

 なんの装備もなしでゼノヴィアの剣をまともに受けたら、それだけで終わりだ。

 それに祐斗なら禁手を最初から使っていた方が見極められそうだ。

 動きは確かに早くなるけど挙動が大ぶり過ぎる上に、オーラの噴出で動きを予測されそうだし。

 

「あんまり自分を卑下にするなよ? 俺だって必死で鍛えて今、こうなっているんだからさ」

「……確かに君の強さからは血の滲むような努力の匂いは漂うが」

「―――才能、なかったからなぁ」

 

 もちろんそれはオルフェル時代のことだ。

 兵藤一誠になってからはオルフェル時代に比べれば破格の魔力を手に入れれたし、仲間や周りに恵まれたおかげでアスカロンに無刀っていった武器も手に入れた。

 それに何より、フェルの力によるところが大きい。

 俺が自分で手に入れた力といえば、それこそ鍛え上げた体とオーバーヒートモードくらいだ。

 それと魔力弾の能力付加くらいか。

 俺の今の力っていうのは、周りが支えてくれたおかげで手に入れることが出来たって部分がかなり大きい。

 

「俺はそんな完璧超人じゃないからさ。ちょっと前までトラウマを拗らせて不安定だったし、俺の世界のアーシアを何度も泣かせてたし……あ、なんか無性に癒しが欲しくなってきた……」

「ははは……。なんていうか、あれほどのことがあったのに緊張感がないよね」

 

 すると祐斗は苦笑いをしながらそう言ってくる。

 まあ俺に至っては一日も行方不明だったんだから、当然の反応か。

 

「どんなに緊張しようが、固まっても時間の無駄だ。それくらいならこうして体を動かして、対策を練る方がマシだよ」

 

 それに何より、こんな辺境の世界で死ぬわけにはいかない。

 俺の帰りを待っている仲間がいるんだ。

 それに帰ったら、しないといけないことが山ほどある。

 文化祭の準備、修学旅行の予定決めに……眷属も集めないと。

 俺の中では既に決めていることがたくさんある。

 

「……それに何より、今は意気込みの方が緊張に勝ってる。だから前に進むしかないんだ」

「……そうだね。オルフェルさんが負けたって聞いて、少し不安になっていたのかもしれないよ」

 

 祐斗は嘆息して、そのまま俺から離れる。

 俺はそれを確認して、向こうで手合せをしている三人の方に行こうとし―――っとと。

 俺は不意にふらついた。

 

「……流石に病み上がりではこれ以上はダメか」

 

 アイによる治療が済んでいるとはいえ、やはりまだ体に無理があるみたいだな。

 一日休めばどうにかなると思うけど……今日は大人しくしておくのが良いか。

 俺は一誠たちに一声かけ、そしてそのままエレベーターに乗って貸し与えられてる自分の部屋に行くのであった。

 

 ―・・・

 

 ……自分の部屋につくと、そこにはベッドの上で眠っている観莉の姿があった。

 俺が行方不明の間、観莉は中々の不安定な状態だったらしい。

 俺っていう存在を心の安定剤にしていた故に、俺が消えた時は情緒が今以上に不安定になり、ずっと泣き叫んでいたそうだ。

 故にさっき部室で再会したときの落差は激しく、ずっと抱き着いていた。

 今は泣き疲れたのかこうして寝ているわけで、その間を狙って修行していたわけだ。

 

「……ごめんな。こんな事態に、巻き込んで」

 

 俺は天使のように眠る観莉の頭をそっと撫でる。

 すると途端にくぐもった心地の良さそうな吐息を漏らし、寝返りをした。

 

「……大丈夫。俺が絶対に元の世界に帰してみせる。そうだな、無事に記憶が戻って帰ったら、観莉の言う事はどんなことでも聞くよ」

「……んにゅ……。やくそ、く……だよ……」

「…………寝言かよ」

 

 一瞬、観莉の言葉にドキッとするけど、俺は嘆息して彼女に毛布を被せる。

 ……もし観莉の記憶が戻った時、このことを全て覚えていたとしたら。

 俺はもう観莉に全てを打ち明けるしかない。

 それはつまり観莉を異形の世界に引き摺りこむことに他ならない。

 ……記憶を操作する方法ももちろんある。

 だけど俺はそれをしたくない。

 ―――他人に、人生を変えられることだけは絶対にしたくない。

 

『……相棒。少し良いか?』

「ん? どした、ドライグ」

 

 すると突然、ドライグが若干困惑した声音で話し掛けて来た。

 

『いや、俺も訳が分からないのだが―――とにかく、神器に潜ってもらって良いか?』

「それは構わないけど……」

 

 昔、歴代赤龍帝の先輩たちを説得するために神器の核の部分に潜ったことは何度もあった。

 その要領で俺は神器に潜り、そこにいつも通りの白い空間が―――

 

「―――は?」

 

 ……白い空間なんてものはなかった。

 いや、むしろ白い空間があって欲しかった。

 ……俺の目の前の光景は異常とも取れるほど異質なものだった。

 

『……俺も、ついさっき気付いたのだ―――何故、相棒の顔写真や動画が永遠に流れているッ!?』

 

 ―――そこにあったのは俺の顔写真や、俺の今までの戦闘が動画として流れている光景だった。

 これは一度、元浜から借りた漫画でヒロインをしていたキャラがしていた行動に近い。

 ……好きな男の子の写真を部屋中に張りまくっているという異常行動。

 ちなみにミリーシェも似たようなことをして、俺が説教をしたことがある。

 だ、だけどこれは余りにも―――

 

『……待っていたわ、今代の赤龍帝・兵藤一誠』

 

 ……その時、俺に声をかけてくる存在がいた。

 それは凄まじいほどの美女だった。

 ミリーシェを彷彿させるようなウェーブのかかった金髪に整ったスレンダーなスタイル。

 スリットの入ったドレスを着る女性―――俺はその存在を知っている。

 何度かドライグに赤龍帝のことを聞いたことがあった。

 歴代で最強の赤龍帝は誰なのか? その問いにドライグはいつも二人の名を答えていた。

 その一人が彼女。

 確か名は―――

 

『最強の女赤龍帝、エルシャ……さん?』

『あら、私の存在を知っていたのね? お姉さん感激よ!』

 

 あらら、随分と親しげな先輩だな。

 っていうか今まで会ったことはないはずだ。

 オルフェル時代もまともに俺の声に反応してくれていた先輩はいなかったし。

 

『あ、その問いには応えるわ。そもそも赤龍帝の残留思念には怨念を含まない例外が二人いたの。まあ今となってはその怨念すら君が取っ払ってしまったんだけど……。―――ともかく、君がオルフェルだったときにも話し掛けたかったんだけど、あの結果になってしまって君が心を閉ざしていたから話しかけることが出来なかったのよ』

『……確かに、兵藤一誠になってからここに来たことはなかったな』

 

 今更ながらうじうじしていたよな。

 ホント、今考えても自分に嫌になるけど―――まあそれを受け入れたんだから、もう何とも思わないか。

 って、今の問題はそれじゃなくて!

 

『一体これは何なんですか!? なんか真っ白だったはずの空間が、歪なものになって』

『―――歪? あはは、何を言っているの。これは正に神聖な場だわ』

 

 ……………………は?

 俺の言葉に雰囲気ががらりと変わるエルシャさん。

 っと、その背後に新たな影が現れる。

 

『あらベルザード。あなたまで出てくるなんてね』

『……我らが彼に、挨拶は必要と思ってな』

 

 それは男性で、とても低い声だけど威厳ある風格の男だ。

 整えられた髭がその男性を若く見せていて、年齢は20前後に見える。

 

『……べ、ベルザード?』

『ドライグ、この方は……』

『―――歴代赤龍帝で最強の男だ』

 

 う、嘘だろ!?

 っていうかエルシャさんの口ぶりから、その例外の二人っていうのがこの御二方ってわけか!

 最強の女帝と最強の男。

 ……是非ともお話をしたいところだけど、今はそれどころじゃねぇ!

 

『エルシャさん! なんでこのタイミングで現れたんですか? 正直、さっきの言葉の意味もこの空間の意味も全く分からないんですけど……』

『そうね。唐突だったけど、私達(・ ・)はこの衝動をもう抑えられないのよ―――いえ、抑えられないのです!』

『何故敬語!?』

 

 俺のツッコミにエルシャさんは応えてくれない!?

 いや、ホントなんなんだよこれ!!

 エルシャさんは跪いてくるし、ベルザードさんもベルザードさんでエルシャさんに続くように跪いているし!

 っていうか最強のお二人にそんなことされるほど俺何かをしたか!?

 

『……私たちはあなたに奇跡という所業を何度も魅せられてきました。一度は壊されたあなたの目標を、あなたは優しい力によってやり遂げた―――そう、やり遂げたのです』

 

 ……すると二人の後ろに、綺麗に配列を整えながら他の歴代赤龍帝の皆様が並ぶッ!

 全員例にもれなく跪いている!?

 

『……我らは思った。そこまでの愚直な信念を続け、大切なものを護り続けて来た貴殿は何と掛け替えがないと。あぁ、我がどれほど愚かであったかと』

『力に溺れるしかなくて、この力に怖がっていた私はあなたの行動に救われました』

『才能がなくてもあきらめることなく自分を高め、諦めることをしなかった貴方様に、私は深く敬意を持ちます』

 

 ベルザードさんがそう言って、ベルザードの後ろに控える長い髪を一つに束ねた容姿の整っている北欧系の男性と、背が低くどこか小動物を窺わせる橙色の髪の女の子が、まるで神を見るようなキラキラとした目で俺を見てくる!

 

『……私たちはそんなあなたの行く末を見るだけじゃない。共に進みたい。故にこうして今までご無礼を承知の上、挨拶をしようと考えたのです』

 

 エルシャさんは代表でそう言って、顔を下げる。

 ……そっか、先輩たちはやっと俺を認めてくれたのか。

 なら、なら俺も先輩たちに色々と教えて―――

 

『故に私たちは敬意と惧れを胸に抱き、恐る恐るながら今代赤龍帝・兵藤一誠様のことをこう呼ばせていただきます!!』

『『『『『『『『『――――――――――お兄様と!!!』』』』』』』』』

 

 ……………………………………………………。

 ……………………………………。

 ………………。

 ―――は?

 

『『『『『『『『『――――――――――お兄様!!!』』』』』』』』』

『いやいや、聞こえてるからな!? 聞こえたうえで呆れてんだよ!!』

 

 俺はその場でそう言うと、するとエルシャさんとベルザードさんの後ろに控えていた、先ほどの橙色の髪の女の子が俺に一礼して、そして近づいて手を握ってきた。

 

『私の名前はルミエールといいます! 僭越ながら、この神域を創造させて頂きました―――お兄様信者、女性赤龍帝部門の第一信者です!』

『―――お前かぁぁぁぁああ!!!』

『きゃん♪ お兄様が叱ってくださる……ッ』

 

 俺が大声をあげると、途端に体を震えさせて喜ぶルミエールさん。

 ……は? いやいや、なんでだよ!

 

『ちなみにルミエールはあなたがオルフェル時代から既にそんな状態でした』

『そんな解説要らないからな、エルシャさん! っていうかルミエールさん!? なんでお尻を突きだしてんだよ!?』

『え? お、お兄様からのお仕置きなら、私……喜んでされます!』

『しないから! 何があろうとしないから!!』

『え…………。し、しないの?』

 

 俺がそうツッコむと、途端に泣きそうになるルミエールさん!

 だから―――

 

『なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!!!』

 

 ………………俺の画像や映像が永遠のように流れる歪な空間で、俺の絶叫が響くのであった。

 それは確実な赤龍帝の力の変化のわけなんだけど―――当然、受け止められるはずがなかったのだった。

 

 ―・・・

 

「―――はッ!? ……な、ドライグ。夢、だよな?」

『……残念だが、全て真実だ。現にいま、歴代の赤龍帝の残留思念―――お兄様信者たちが相棒をこちらに連れて来いとうるさいんだ』

「…………」

 

 俺はドライグからの真実に、肩を落とす。

 なんていうかさ? 色々なことがあって認められたのは嬉しい!

 だけど……まさかこんなことになるとは思いもしてなかったんだよ!!

 

『なんていうか、仕方なかったんじゃないか? そもそも相棒はそれほどのことをしたのだから……』

「ごめん、受け止めるのにもうちょいかかりそうだから、今は触れないで……」

 

 俺はふらふらとした足取りで、そのまま立ち上がる。

 そしてとりあえず水を飲みにリビングに行くのであった。



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第8話 三人の赤龍帝

 歴代の先輩たちのせいで凄まじいほどの心労を感じた俺は、水を飲むためにリビングに向かった。

 

『しかしとうとうお兄様信教なるものまで生まれましたか。流石は主様です』

『フェルウェルよ、今は触れてやるな。今の相棒に苦痛を与えてはならん』

 

 そんな会話をするフェルとドライグなわけだけど、すまないが暫く黙っていてくれ……。

 あまりにも衝撃が強すぎて、心の整理に時間がかかると思うからさ。

 ……ともあれ、俺はリビングに着いた。

 

「……あれ? オルフェルさん。どうしたんですか?」

「……一誠」

 

 そこには先客がいた。

 タオルを首から巻き、少し汗を垂らしているイッセーだった。

 着ているシャツは汗でぐしょぐしょになっていて、俺の登場に目を丸くしていた。

 

「いや、歴代の赤龍帝に残酷な現実を突きつけられて、精神的に死にそうなだけさ……」

「……ご、ご愁傷様です」

 

 一誠は何かを察したようにそれ以上は聞いては来なかった。

 ……そしてすぐに、顔を神妙なものに変えた。

 その変化に俺はすぐに気付き、一誠に尋ねた。

 

「どうした、一誠。少し思いつめた顔してんぞ?」

「……ッ。ははは、やっぱオルフェルさんには隠し事できませんよね」

 

 一誠は驚いた顔をするも、すぐに降参というように手を挙げる。

 

「……オルフェルさん、さっきあれからのことを聞いたときにこっちの状況を部長が説明しましたよね?」

「ああ。俺が倒されてから、黒い赤龍帝が単独で駒王学園に現れ、一戦交えたっていうのは聞いたよ」

「……俺はそこで、あいつと一対一で戦いました」

 

 ……それは聞いていない情報だった。

 一誠はあいつと真正面からやりあったのか。

 だったら知っているはずだ―――あいつの異端の強さと、悲しい拳を。

 

「あいつは強かったです。速度は木場よりも早くて、龍殺しの力も宿していて、そして何より拳が重かった。向こうは消耗した状態で俺を軽く圧倒したんです。出せる力を出して、それでも倒せなかった―――ダメ、なんだッ! こんなんじゃ、俺は足手まといだッ!! ……って、オルフェルさんに言う事じゃないですよね!」

「……言葉通り、あいつは俺たちとは経験が違う」

 

 俺は一誠が酌んでくれた水の入ったグラスを片手に、そう言った。

 

「あいつは荒々しいけど、力は洗練されているんだ。戦い慣れているといっても良い―――だけど力の本質は一誠、お前や俺と何も変わらない」

「そりゃあ、同じ赤龍帝だから……」

「そう。同じ赤龍帝なら、力の本質が同じなのは当然だ。……良いか? 確かに力の出力、戦い方に至るまで全てが自分より高い水準にいようとも。それは勝てない道理にはならない」

 

 ……才能で劣っていようが、それを埋める何かは絶対にあるんだ。

 こいつの場合はそれが底抜けの色欲なんだろう。

 だけどこいつはその自身に対する欲望で仲間を救っている。

 ……そう、あいつは救えなかった。

 だからあそこまで歪んで、そして―――

 

「―――でも、俺……あいつが悲しんでいるんじゃないかって。そう、思うんです」

「…………」

 

 ……俺の心の声を代弁するように、一誠はそう呟いた。

 一誠は俺と同じように事情を知っているわけではない。

 だけど……それでも感じ取ったのか。

 実際に拳を合わせて、その本質を。

 

「あいつはあの時、最後の最後で誰も反応できないレベルの速度で俺に近づいて、殺せる距離で完全に殺せる力を放とうとしたんッす。でも……拳が直撃するその瞬間、あいつは拳を止めた。それからフラフラした足どりで去って行ったんです」

「…………」

「でもなんかさ―――俺、あいつが本当に敵とは思えないんです。ホント、なんなんでしようね。これならあの気味悪い化け物の方が良かったって感じです」

 

 一誠は苦笑いをしながら手元にあったスポーツドリンクを飲み干し、ゴミ箱にペットボトルを投げ捨てて俺から離れる。

 

「オルフェルさん、今のは忘れてください! んじゃ俺、もう一汗かいてきますんで!!」

「……ちょっと待った、一誠」

 

 俺の静止の言葉に、一誠は立ち止まって振り向いた。

 ……ちょっと、こいつを舐めていたのかもな。

 一誠がここまでのことを理解しているとは思っていなかった。

 だからこそ、言わないといけない。

 

「あいつは俺たちが。―――『兵藤一誠』である俺とお前が倒さないといけない。あいつは紛れもなく俺たち自身で、間違った道を進んでしまった果てだ」

「オルフェル、さん?」

「……だけどこれだけは覚えていてくれ。例え死闘を繰り広げる相手だろうと―――救ってはいけないなんて決まりはない。そして今回、それが出来るのが俺たちだけってことを」

 

 一誠の胸に拳をコツンと当て、真面目な表情でそう言った。

 その行動に一誠は固唾を飲んで、そして……俺の胸に拳を当てた。

 

「―――はい! 絶対、忘れないっす!!」

 

 ……ホント、こいつは良い漢だ。

 あいつらがこいつのことを好きになるのも分かる―――男も女も、異性なんて区別なくこいつはヒトを惹きつける。

 嘘偽りのないこの笑顔がこいつの魅力の正体なんだろうな。

 ……一誠はもう一度トレーニングルームに向かって行き、俺は残っていた水を飲み干す。

 ―――うっし、充電完了だ!

 

「現実からは目を背けない―――ドライグ、もう一回神器に潜る。あの異常が赤龍帝として変化なんだとしたら、俺は赤龍帝の次のステージに進めるかもしれないからさ」

『そうだな。今まで消極的だった歴代たちに変化が訪れた。これは恐らく相棒の可能性が更に広がったことに違いない』

 

 なら向き合わないとな。

 ちょっとあの空間に入ることに躊躇はあるが、だけどここで逃げたら男じゃない!!

 行くぜ、ドライグ!!

 

『応ッ!! 赤龍帝の更なる高みへ―――』

 

 ……俺は潜っていく。

 赤龍帝の籠手の奥の、あの異常空間へと―――

 

『―――さぁ、私達にお仕置きしてください! お尻をバチンと逝っちゃってください!!』

『『『『『『『『『さぁ!!!』』』』』』』』』

 

 入って後悔するのだった。

 

 ―・・・

 

『Side:兵藤一誠』

 

 俺、兵藤一誠は自らを追い込むように鍛錬を重ねていた。

 あいては小猫ちゃんとロスヴァイセさんで、ロスヴァイセさんは攻撃魔法陣による幾重なる魔力弾を、小猫ちゃんは接近戦による仙術を駆使した戦い方で襲い掛かってくる。

 ……不甲斐ないっていうのが素直な感想だ。

 ここまでの自分を見て、俺はそれを真に思う。

 数日前、オルフェルさんがこの町に現れた時に、俺はあのヒトと一戦交えた。

 その結果、何もさせて貰えず、何も反抗できずに負けた。

 そして化け物と対峙して、もしオルフェルさんがいなければ俺は死んでいて、そして……。

 黒い赤龍帝にも、勝てないと思わされた。

 

「……なんで、そこまで無茶をするんですか?」

 

 ……鍛錬の休憩中に、タオルを手渡してくる小猫ちゃんがそう尋ねた。

 流石に小猫ちゃんにも感づかれたってことか……。ダメダメ、もっとしっかりしないと!

 後輩の可愛い女の子にそんな心配させたらダメだ!

 

「俺さ、やっぱりもっと強くならないといけないんだ。オルフェルさんを見てたら余計にそう思えてきたんだ」

「……確かにオルフェルお兄さんは強いですが」

 

 ……地味に小猫ちゃんの中のオルフェルさんの印象って良いのか。

 うぅむ、なんか嬉しいような悔しいような……。ああ、嫉妬か。

 ダメダメ、もっと寛容な男になんないと!

 

「……先輩、もしかして嫉妬してくれるんですか?」

「え? ……か、顔に出てた?」

 

 ―――は、はずぅぅぅぅぅ!!

 おいおい、後輩がちょっと違う男を慕っているからってそれはないだろ!?

 ああ、絶対失望される!

 いつもの何倍増しに冷たい目をされる!!

 

「…………~~~ッ!」

 

 ……え? な、なんか小猫ちゃんが顔を真っ赤にして無性に嬉しそうにしているんだけど……?

 えっと、これは……頭をナデナデするべきか?

 

「……これは良いです。なんて言いますか、とても心地が良いです。イッセー先輩、オルフェルさんとの出会いが良い方向に先輩を成長させています」

「え、マジで?」

 

 小猫ちゃんの頭を撫でながら、小猫ちゃんは上目遣いでそう言ってくる―――か、可愛いッ!!

 そういえばオルフェルさんが言っていたっけ? 

 

『癒しというものは正にアーシアと小猫ちゃんが体現している。あの二人の可愛さといえば―――天使。または女神と言っても良い』

 

 ……それを聞かされた時は、その熱意のせいで頷いたけど―――これは同意せざるを得ない!

 可愛過ぎるぜ、小猫ちゃん!

 

「……オルフェルさんはとても良いお兄さんです。残念ですが、その点においてはイッセー先輩は勝つことは不可能です」

「そ、そこまで!?」

「……はい。でも―――わ、私はイッセー先輩のちょっとエッチなところとか……そこらへんを含めて、好きなので……にゃぁ」

 

 小猫ちゃんは恥ずかしさを紛らわすようにそう口ずさむが、やっぱり俺のことをしっかり見てくれているんだなぁ……って思って感動したり。

 ……って好き!? いや、嬉しいよ!! でも小猫ちゃんの口からそんな言葉が出てくるとはッ!!

 小猫ちゃんは俺を萌え死にさせる気かッ!!

 

「……せ、先輩。もう、今日は自分の部屋に戻りますッ」

 

 ……小猫ちゃんは俺から逃げるように去って行った。

 

「はぁ……。っと、ロスヴァイセさん」

「ふふ。やっと私の存在に気付いたんですね……。ふふふ」

 

 ……ロスヴァイセさんが悪戯な顔で笑ってるッ!

 俺と小猫ちゃんのやり取りを見てやがったな、この百均ヴァルキリー!

 

「嫉妬なんて可愛いところがあるじゃないですか、イッセーくん。そういうところを前面に出して、エッチな部分を抑えていきましょう!」

「えぇい、エロは俺の全てなんだ! さっき見たことは忘れてください!」

「ふふ、どうしましょうかね~」

「ッ!! と、とにかく俺、上に飲み物取ってきます!!」

 

 俺はロスヴァイセさんの視線に耐えきれなくなって逃げるようにエレベーターに乗り込んで上にいく。

 リビングに到着して、とりあえず冷蔵庫の中に入っているスポーツドリンクを手に取ってボトルを空けた。

 ……っと、その時だった。

 

「あれ? オルフェルさん。どうしたんですか?」

 

 ……オルフェルさんが、どこか心労を重ねたような顔でリビングに来たのだった。

 

 ―・・・

 

 オルフェルさんとの会話を経て、俺は一人トレーニングルームに戻っていた。

 俺はオルフェルさんとの先程の会話を思い出しながら、やっぱり思ってしまった。

 

「―――あのヒトには、敵わないな。ホント……」

『相棒よ。あの男はお前とは全く別の性質を持つ男だ。あまり気にしない方が……っというほうが無粋か』

 

 ……やっぱりさ、自分と同質の存在なんだ。嫌でも意識はしてしまうんだよ。

 オルフェルさんはなんていうか、自分が持っていないものを幾つも持っているっていうかさ……。

 コンプレックスというか、劣等感みたいなものを抱いてしまうんだ。

 今までは存在としては別人の存在とばっか戦って、それが格上だったから何とも思わなかった。

 でも今回は違う。

 あのヒトは別の世界では兵藤一誠であって、俺と同じ存在なんだ。

 

「ほとんど同じ顔で、同じ赤龍帝なのに。でもどうしようもないのがさ―――そんなオルフェルさんを、本気で慕っているから複雑なんだ」

『……相棒』

 

 苦笑いを浮かべながらそう言うと、ドライグが何ともいえない声を漏らした。

 分かっている、僻みなんてしてる暇じゃないんだ。

 今は―――

 

『―――良いんじゃないか? 僻んでも』

 

 ……ドライグから突然、その言葉が飛び込んできた。

 

『あそこまで完成された存在なら、僻んでも仕方ない。確かに奴は兄貴肌で、強くて頭も切れる。しかも救うことを第一としている存在だ。僻むなという方が難しい』

「で、でも俺はオルフェルさんを乏したいわけじゃ!」

『まぁ聞け、相棒。奴はお前に言っただろう? ―――強さは力だけじゃない、と。この言葉に一切の嘘はない。おそらく奴も生半可ではない体験をして、故にこんな言葉を吐けるんだろう』

 

 ……確かにオルフェルさんの言葉には説得力がある。

 それはあのヒトが完璧故ではなくて……やっぱどこか、人間味にあふれているからだ。

 オルフェルさんは他人のために怒り、説教もするけど認めるところは認めてくれた。

 

『奴の本質を理解することは俺には出来ん。だが奴は誰よりも深い『何か』を背負っているからこそ、説得力のある言葉を投げかけれる。俺はそう思う。だからこそ―――目指せばいい』

「目指す?」

『そう、目指す。その強さに憧れを抱き、嫉妬するのは確かに僻みだ。だがな? ―――その力に憧れを抱き、自らもその高みに邁進するのは昇華だ。きっと奴はお前にそれを望んでいるんだろうな』

 

 ……ドライグ。

 ごめん、弱気になって。

 

「あといつも心労を重ねて」

『……そこに関してはあっちの俺と交代してほしい』

 

 ど、ドライグゥゥゥゥゥ!?

 いや、俺が悪いけども!

 ホントにごめん!!

 

『―――なに、冗談だ。分かっているさ。相棒は悪気があるわけではない、と。確かに辛いこともある。だが俺は相棒と共にいることが楽しいんだ』

「……俺も、ドライグと共に戦えるのは楽しいよ」

『そういうことだ。腐れ縁、とでも言えば良いか? 相棒。俺はオルフェルが言った言葉……。あの黒い赤龍帝を倒せるのは『兵藤一誠』だけというのは同意している』

 

 ドライグは真剣な趣でそう言ってきた。

 オルフェルさんは何かを知っているような雰囲気で話していた。

 何かは知らないけど、たぶんオルフェルさんの持つ黒い赤龍帝への印象は俺と同じはずだ。

 

「……悲しみを背負った別の世界の俺自身。俺は戦えるのか?」

『やるしかあるまい。あの男の言葉を借りようか―――手の平で包める全てを護る。相棒、それくらいのことをやってこそ、真の赤龍帝じゃないか?』

「……言ってくれんじゃねぇか、相棒!」

 

 そうだ、こんな頭でどんだけ考え込んでも始まらない!

 ってか俺がオルフェルさんの真似事なんて出来るはずないんだ。

 俺は自分の頬をパンッ!っと二度叩き、気合を入れなおす。

 

「おし、ドライグ! ともかく真・女王の力を使い方から考えるぜ!」

『あれは次の戦いの決め手になるからな』

 

 そして俺とドライグは、俺の中の最強の力を強化するべく、再び鍛錬をするのだった。

 

 ―・・・

 

 …………鍛錬が終わり、シャワーを浴びてベッドに横になると俺はすぐにまどろみに落ち込んでいった。

 連日オルフェルさんの捜索に出てたから、疲れが出ていたのか?

 俺は左右から掛けられるリアスとアーシアの甘酸っぱい声音を聞きながら、眠っていった。

 ―――そして、夢を見ていた。

 

『ミーと一緒に生きれたら、何も要らなかったのにな……』

 

 ……冒頭から、それは凄惨な光景だった。

 綺麗な花園の上で、多量の鮮血を撒き散らしながら倒れている金髪の美少女と、体中ボロボロで血だらけの青年。

 その青年が美少女の手を握って涙を流しながら呟く表情に、俺も心の中で涙した。

 分からない。

 なんで俺がこんな夢を見るのか、そんなものは分からない―――だけど、目を背けてはいけない気がするんだ。

 ……夢の光景は一変する。

 そしてその光景は俺が良く知るものだった。

 ……堕天使レイナーレと、それを前に肩を震えさせて拳を握る()

 だけどそれは俺の知る光景とは少し違った。

 

『―――応えろぉぉぉぉぉ、ドライグ、フェル!!!!!!!!!!』

 

 ……涙と共に放たれる頼もしい声。

 俺はそれを聞いてようやく理解できた―――これ、オルフェルさんだってことを。

 この光景はオルフェルさんが自分の世界で辿った軌跡ということを。

 その後、オルフェルさんは凄まじい倍増速度で力を強化し、レイナーレを蹂躙するように戦う。

 そして……―――護れなかったアーシアを前にして、やはり悲しみに暮れていた。

 ……光景はまた変わる。

 光景はところ変わって部室。

 だけどそこには誰もいなく、ただオルフェルさんが一人だけポツンと立っていた。

 体には少しばかり火傷跡があり、それで俺は気付く。

 ……たぶん、ライザーとのレーティング・ゲームのことなんだろう。

 

『……部長、アーシア、小猫ちゃん、朱乃さん、祐斗……』

 

 拳は震えていて、オルフェルさんは後悔をするように悔しい顔をしていた。

 そして……部室の柱を感情任せに殴りつけ、覚悟を決めた顔になる。

 これはオルフェルさんの後悔の過去なのか?

 待て、なら最初のあれは―――

 

『―――ふざけるな。運命だと? そんなものに振りまわされて、何で傷つけあうんだ! 赤と白の運命、それがなければ俺は!!!』

 

 ……次に映し出される光景は、白龍皇の鎧を身に纏うヴァーリと、オルフェルさんが対峙している。

 ヴァーリはコカビエルを背負っており、そしてそんなヴァーリにオルフェルさんはらしくない荒々しい声で叫んでいた。

 そしてその顔は……やっぱり、一筋の涙がツーッと流れていている。

 オルフェルさんはずっと、どの光景でも泣いているんだ。

 あれほど強いヒトがどうして……。

 ―――光景は同じく駒王学園の、更に鎧を纏いながらヴァーリと対峙するオルフェルさんへと移行した。

 

『その呪文を口にするな。……そんなものがあるから―――。それを使うなぁぁぁ!!!』

 

 ……俺の時と同じように、ヴァーリは覇龍を使うと言い、実際に呪文を紡いでいた。

 だけど―――オルフェルさんはそれを聞いた瞬間、恐ろしいほど低い声でそう言って、神器を強化してヴァーリを屠る。

 あの優しいオルフェルさんの姿はそこにはなく、ただ怒り狂っているのだけは分かった。

 ……視界が曇る。

 次は一体何が映るんだろう。

 またオルフェルさんの後悔の過去なんだろうか。

 ……だけど、次の光景はまた今までとは違うものだった。

 

『―――だから、言ってんだろ。命を、懸けてでも…………、お前を、守るって!』

 

 ……それは血を流しながら、二人の少女を護るオルフェルさんだった。

 敵であろう存在の魔弾から二人の少女―――黒歌と小猫ちゃんを護るその姿。

 って黒歌!?

 ……ってそっか、こっちの世界とオルフェルさんの世界では違いがあるのか。

 ―――オルフェルさんは言葉を投げかける。

 それは正に、ヒーローそのものだった。

 大切な存在のために自らの身を傷つけても守る姿は格好良かった。

 だけど、だけど……それまでのオルフェルさんの涙がちらつき、それを俺は無理をしているように見えた。

 内に、どす黒いものを溜めこんでいるような―――俺は、分かる。

 俺はレイナーレに自分という男の存在を全て否定され、それを気にしていないふりして臆病になっていた。

 俺と同じとはいえないと思う。

 だけど、辛さは分かるんだ。

 そして今、俺が思った考えは現実のものとなった。

 

『―――あははははははははははははははははははははは!!!!』

 

 ……狂気に満ちた、壊れた人形のように嗤うオルフェルさん。

 その目は光彩を失ったように真っ暗になっていて、まさに―――闇色。

 そして……この光景を、俺は知っていた。

 忘れるわけがねぇッ!

 ―――アーシアを殺されたと思った時、俺が初めて覇龍を使った時。

 それと同じなんだとすれば、オルフェルさんは……俺が考えるまでもなく、オルフェルさんは心臓を直接つかまれるほど低い声で呟いた。

 

『―――全部、壊せば良いんだ』

 

 ……オルフェルさんは、そこから覇龍の呪文を紡ぐ。

 俺も初めてみる赤龍帝の覇龍。

 その呪文は禍々しく、前にヴァーリの覇龍を見た時よりも桁違いの闇だった。

 そして―――復唱するように聞こえる、歴代の赤龍帝の声の中に、どこか聞いたことのある怨念の篭る声が聞こえた。

 ……まさか、これは最初のあの―――

 

 《何もかも、全てを殺してやる・・・ッ!!!》

 

 ……理解してしまった。

 一体、オルフェルさんが何を抱えているのか。

 どうしてあそこまで何かを護ることに固執して、黒い赤龍帝を誰よりも理解していたのか。

 ―――同じなんだ。

 黒い赤龍帝も、オルフェルさんも。

 悲しみを背負って、それでもなお前に進んでいるんだ。

 

 ―――俺は自分が嫌いだ。

 ―――こんな自分を、好きになれるはずがないッ!!

 

 これで最後というように、光景は白い空間になった。

 そこにいるのはオルフェルさんと―――一番最初の光景で死んでいた、金髪の美少女。

 オルフェルさんは自身を否定し、自らを嫌いと称した。

 本当に大切な存在を護れない自分が嫌いだ、皆に嘘をついている自分が嫌いだ―――一人、諦めている自分が嫌いだ、と。

 

 ―――自分を受け入れなきゃ、何も始まらないんだよ。

 

 ……金髪の美少女は、泣き崩れるオルフェルさんをギュッと抱きしめてそう言った。

 その光景はアーシアの言葉を借りるなら正に聖母のような姿だった。

 罪に苦しむオルフェルさんを、赦すように包み込む。

 ……最初の青年、あれがオルフェルさん(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)なんだ。

 ずっと不思議だった。

 なんでオルフェルさんは自分のことをそう名乗ったのか。

 ……そして、叱咤の言葉を受けて、そしてオルフェルさんは―――立ち上がった。

 その顔は俺が良く知るオルフェルさんで、オルフェルさんは自分(・ ・)を前にして、自分と対峙する。

 怨念の自分。

 そして

 

 ―――俺は、生きたい。

 

 ―――俺は俺を受け入れる

 

 ―――前に進みたいんだ。

 

 ―――優しいドラゴン、最高の赤龍帝。俺はさ? なりたいんだよ。

 

 ―――だから

 

『我、目覚めるは―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり』

 

 ……俺の視界は温もりを持った紅蓮に包まれ、そして視界が一気に明るくなる。

 ―――目を覚ます。

 俺は周りを見渡すと、既に時間は朝になっていた。

 リアスとアーシアが服を着崩れながら、安らかな顔で眠っている。

 そして俺は―――涙を流していた。

 

「うぅ、くっそ、なんだよこれ……ッ。なんで涙が、止まらねぇんだよッ!」

 

 何度も擦っても、涙が止まらない。

 ……俺には最愛のリアスがいる。

 だけどオルフェルさんにはもう―――それがいないのかもしれない。

 誰よりも愛した、夢に出てきた女の子はもう死んでいるんだ。

 そう思うと、どれだけ前に進んでいてもオルフェルさんが辛いように思えてくる。

 

「……すごいよ、あんたは―――俺じゃ絶対無理だッ! あんなの、辛すぎるッ!」

 

 ……あれだけじゃない。

 俺の頭にはそれ以外にも色々なものが通り過ぎていったんだ。

 ほんの数人しか子供たちを救えなくて、それをずっと懺悔し続けるように泣き続ける子供のオルフェルさん。

 その昔、たくさんの人をも守り―――たくさんの人を護れなくて涙を流したオルフェルさん。

 そんな過去を全部背負って、それでもオルフェルさんは潰れない。

 強いに決まっている。

 俺が劣等感を持つ方がおこがましいッ!!

 あのヒトの強さは……

 

「きっと、俺がどんだけ追い求めても追いつけない―――だからこそ俺は、あのヒトの隣で戦いたいッ!! 俺は俺の道を、王道を突き進むッ!! そしてあなたを目標にし続ける!!」

 

 ……心に決めたよ。

 オルフェルさん、あなたがそこまでの辛い想いをして、それでもあの黒い赤龍帝を救おうとするなら俺は―――あなたと共に、あいつを救って見せる。

 俺は立ち上がる。

 ようやく覚悟が決まった。

 黒い赤龍帝に対して、無意識に抱いていた恐怖。

 だけど今の俺にはもうそれはなかった。

 ……俺の大切な仲間を護る。

 俺はハーレム王になって、エッチな日常を過ごして、そして―――平和な毎日を過ごすのが夢だ。

 だから!

 

「ドライグ、行こう」

『ふむ。覚悟が決まれば後は邁進する他あるまい―――行こうか、相棒』

 

 相棒とそう言葉を交わし、そして俺たちは……その日を迎えた。

 

『Side Out:兵藤一誠』

 ―・・・

 

 駒王学園の屋上にはグレモリー眷属を筆頭とし、アザゼル、イリナといった面子が足並みを揃えていた。

 観莉には悪いが、騒動が収まるまではロスヴァイセさんの術で眠って貰っており、今は兵藤家にいる。

 ……俺は肌で感じていた。

 その圧倒的な、闇のオーラ。

 前に遭遇したときとは比べ物にならないほどの怨念を、俺は離れた距離からでも感じ取れる。

 固唾をのみ、少し拳に力が入る。

 ……あれから二日。

 俺たちは模擬戦や修行、手合せを経てたくさんの交流をした。

 俺の世界と差異はあるとはいえ、皆優しくて暖かい俺の仲間だ。

 

「……オルフェルさん」

 

 すると隣から一誠に声を掛けられる。

 俺は既に白銀龍帝の籠手を創造しており、準備は万端という状況であり、特に一誠に心配されることはないはずだ。

 すると一誠は籠手が展開されている左腕の拳を俺に突き出し、好戦的な笑みを浮かべながらこう言ってきた。

 

「必ず勝ちましょう!」

「……ああ。言われなくてもな!」

 

 俺はその拳に応えるように、同じく左腕の紅蓮の籠手の拳を一誠の拳と合わせ、気合を入れなおす。

 そうだ、出来ることは全部してきた。

 あの黒い赤龍帝対策も、俺の準備も万端。

 以前のような遅れは取らない。

 ―――っと、その時だった。

 俺たちの目の前に碧色の魔法陣(・ ・ ・ ・ ・ ・)が展開された。

 その魔法陣からは黒いローブに身を包んだアイが姿を現し、そして俺たちに一瞥する。

 そして優雅に腰を曲げ、お辞儀をした。

 

「―――ッ。……初めまして(・ ・ ・ ・ ・)、グレモリー眷属の皆様にその関係者様。私の名はアイです」

 

 ……二日ぶりに顔を合わせるアイ。

 やっぱり(・ ・ ・ ・)その顔には曇りが浮かんでいるようだった。

 

「貴方はあの時、私たちを救ってくれた……」

「……私はあなた方の味方ではないです。ですが、敵でもない―――私は貴方たちを、用意した戦闘の場にお迎えするために馳せ参じました」

 

 するとアイは片手を俺たちの方に向け、そしてその足元に大きな魔法陣を展開した。

 ―――それと共に、駒王町の至る所から同型の碧色の魔法陣が展開される!

 これは……転移魔法陣か。

 

「私はこの魔法陣を町中に展開するために用意をして、貴方たちを含め、その他に魔物、そして―――黒い赤龍帝を用意した戦場に送ります」

「それはつまりこの町に突如現れるようになった魔物を一掃できるということね?」

「ええ。あの化け物によって引き寄せられ、操られ現在暴走している魔物を一度に屠れる良い機会でしょう―――異論はございますか?」

 

 ……俺たちはアイの言葉に無言で応える。

 非常に用意周到であり、そしてあの化け物―――いや、全ての元凶である奴が魔物をこの町に引き寄せたという真実を今になって知る。

 ……もう、あの化け物騒ぎの話しではなくなってしまったな。

 

「……それでは転送を開始します」

 

 アイは展開した魔法陣を起動させるように呪文を唱えていく。

 途端に俺たちの足元に展開される魔法陣は光り輝き、俺たちを包み込んでいった。

 

「……目的地は次元の狭間に造った空間です」

 

 次元の狭間に空間を造るほどの能力を持っているのか、アイは。

 ―――ホント、どれだけの努力を積み重ねたらそこまでの力が手に入ったんだろうな。

 そして俺たちは……転移していった。

 

 ―・・・

 

 ……転移した場所は、幻想的な空が浮かぶ比較的何もない場所だった。

 所々木々が生えているくらいしか何もないか。

 目の前には大きな丘があり、そしてその超えた先に―――奴はいた。

 とても小さくしか見えないが、確実にいる。

 

「……行くぞ、一誠」

「はい!」

 

 俺と一誠を先頭に歩き出す。

 俺たちはアイのすぐ隣を横切り、そして他の皆も同じように横切ろうとした。

 ……その時だった。

 

「―――展開、空間を御します」

 

 ―――他の皆がアイを横切ろうとした瞬間、その前に突如碧色の半透明な壁が生まれた。

 それは地平線の向こうにまで伸びており、そして次の瞬間アイは皆に向け衝撃波のようなものを魔法陣から放つ!

 皆はそれを避けるも、アイの突然の行動に困惑を隠せないようだった。

 

「どういうつもり? あなたは黒い赤龍帝を止めたいのではないのかしら」

「ええ、その通りです―――ですがここを通って良いのは兵藤一誠だけ。貴方たちはここから一歩も通しません」

 

 アイは幾重もの魔法陣を展開し、リアスたちの行く手を阻む。

 ……予想通りだ。

 あいつがこうするとは思っていたけど、まさかここまで正攻法で来るとは思わなかったな。

 それが出来るほどの魔法、魔術を研究していて、なおかつ純度の高い魔力。

 恐らくあの壁はかなりの時間をかけて錬成されたものだから、例えアザゼルでも簡単には破れないはずだ。

 それに何よりアイは下手をすれば魔王クラスに近い実力者。

 

「お、オルフェルさん!」

「……行くぞ、一誠。俺たちの相手はアイではなく、あいつだ」

 

 俺は丘の上の黒い赤龍帝を見つめる。

 一誠は何度か文句を言いたげな顔をするも、渋々といったように納得して俺より先に歩み始めた。

 ……俺は振り返る。

 

「……必ず、倒してくる」

「……ご武運をお祈りします」

 

 敵とは思えないような言葉を貰い、俺は一誠と横になるように歩みを進める。

 後ろではどうやらこの地に集めた魔物も現れ始め、戦闘を開始しているが……俺たちはあくまでゆっくりと歩いて行った。

 丘の上で茫然と立ち尽くし、体から膨大な闇のオーラを漏らしている黒い赤龍帝。

 奴が今何を想い、何と戦っているか……。俺には正直、見当も付かない。

 あいつの悲しみは知った。

 苦しみ、過去も知った。

 アイの願いも知った。

 

「―――黒い赤龍帝。お前は今、何が見える?」

 

 ……丘の上の黒い赤龍帝に、俺はそう言葉を投げかけた。

 俺たちから背を向ける黒い赤龍帝は、黒い籠手を左腕につけている状態でこちらを振り返らない。

 オーラはあいつの体から抑えることが出来ないからか、漏れ続けている。

 

「この下で俺たちの仲間が戦ってる。そしてお前の大切な存在が、その仲間たちと戦っているよ」

「…………」

 

 ……黒い赤龍帝はゆっくりとこっちを振り返る。

 ―――その顔は、無だった。

 絶望と狂気の境目にあるような表情で、焦点があっていない目。

 口元は上向きに歪んでいて、もうこの前の意識はないんだろう。

 それこそあの化け物と同じような状態なのかもしれない。

 それでも俺は言葉を掛ける。

 

「俺は少なくとも、お前の気持ちが痛いほどに分かる。分かっているうえで、倒しに来た」

「……ナンデ、ダヨ」

 

 ……顔は変わっていない。

 ただその声はあの時に聞いた黒い赤龍帝の声であり、明らかな反応だった。

 

「―――目を覚まさせるために決まってんだろ」

 

 すると俺の隣の一誠が、黒い赤龍帝に鋭い眼光を向けてそう言い放った。

 

「……俺はオルフェルさんみたいに何かを知っているわけでもないし、あんたの気持ちが分かるとかふざけたことは言わない―――でもあんたの悲しみは分かった。理解は出来ないと思うけど、それでもあんたが苦しんでいるのだけは分かった」

「…………もう、俺は……、自分を、止めらない」

 

 ……黒い赤龍帝は、ポツリとそう呟いた。

 

「……俺を、蝕む……。呪いが、俺を支配する……。だからお願いだ―――俺を、殺して……くれッ!!」

 

 ……その懇願を聞き、やっぱりなと思った。

 黒い赤龍帝はもう生きているのが意味がないと思っているんだ。

 仲間を殺した敵に復讐を果たし、残ったのは空虚な想い。

 胸の中にすっぽりと空いてしまった空白に、恐らくあの化け物の意識か怨念が乗り移ったんだろう。

 だからあの化け物の能力も、あの黒い赤龍帝は受け継いでしまった。

 ……癪な話だよな。

 恨む相手の力を手に入れて、そしてその呪いのような呪詛に苦しむ。

 だけど、だけど!

 

「―――言っただろ。俺はお前を倒すって」

 

 ……俺はそう黒い赤龍帝に向けて断言した。

 黒い赤龍帝はその言葉を聞いて呆然となるけど、それでも俺は続けた。

 

「お前の苦しみは理解した。俺だって大切な存在を失くして、覇を求めたことがあった―――そして待っていたのは、仲間の涙だった」

 

 ……それでも俺は間違えつづけ、間違えたまま前に進み続けた。

 それがどれだけ仲間を悲しませるかも理解できずに。

 ―――だから、だからこいつにはこれ以上そんな道を進ませない。

 

「アイは泣いていたよ。動けなかった自分に、何も出来ない自分の無力さに」

「―――……シア、が?」

 

 ……黒い赤龍帝の瞳から光が更に消える。

 そうか……。もう、限界なのか。

 だけど黒い赤龍帝はなお、俺たちを見て来た。

 

「……もう、オレハ、オレじゃなくなる。……もう、これを抑えることがッ!? あ、があぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 ……黒い赤龍帝は闇色のオーラを辺りに撒き散らしながらも、賢明に何かを伝えようとしていた。

 

「だ、から……―――」

 

 ……そして、瞳から完全に光が消え、そして表情が完全に消えた。

 黒い赤龍帝はプランと腕を垂らし、そして左腕の黒い籠手を鈍く輝かせる。

 ―――やっぱり、それしかないんだな。

 俺は一誠に視線を送ると、一誠もまた頷き左腕の籠手を強く握る。

 俺の両手には紅蓮と白銀の籠手が展開されていて、そして……俺たちは同時に、籠手を光り輝かせた。

 

「行くぞ、ドライグ、フェル!」

「うぉぉぉぉぉおお!! 禁手化(バランス・ブレイク)!!」

「―――バラン、ス……ブレ、イ……クッ!!!」

 

 俺たちはほぼ同時に籠手を禁手化させ、そして―――

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

『Fall Down Welsh Dragon Balance Breaker……』

 

 ―――その場に、三人の赤龍帝の鎧が姿を現す。

 それはすなわち最終決戦を意味していた。



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第9話 失いたくない、から

 三つの鎧が戦場に出揃う。

 一つ目は初期の赤龍帝の鎧からは防御力が低くなって、代わりに攻撃力が底上げされている俺の鎧。回避能力がある俺に合わせた鎧。

 二つ目は一誠が纏う従来の赤龍帝の鎧。ただしその力は様々な可能性を持つこの世界の兵藤一誠だからこそ到達した力。

 そして三つ目―――全てが闇色に染まり、従来のどの姿からもかけ離れた歪な鎧。

 黒い赤龍帝が纏う鎧は正にそれだ。

 こうして冷静に前にしてその力、怨念の力を視覚出来る。

 ……自分でも驚くほどに俺の心は静寂だった。

 やることは決めた。したいことを認識した。―――それだけで、以前とはこうも違うとは思わなかった。

 

「敵であろうと救ってはいけないなんて決まりはない。俺はお前を倒して、お前を救う!」

『応ッ! ならばわが相棒、兵藤一誠は真っ直ぐ進むのみ!』

『それこそが優しい赤龍帝の真理!』

 

 俺は初陣のように鎧の力を最初から飛ばしていく。

 まずは鎧の倍増速度を加速させる―――アクセルモード!

 

『Accel Booster Start Up!!!!!!』

 

 アクセルモードを始動させ、ただでさえ際限を失った倍増は更に速度を加速させる!

 俺は莫大な倍増のエネルギーを即座に得て、それを以て身体強化に回して黒い赤龍帝に襲い掛かる。

 横目でチラッと一誠を見て、そして―――初撃。

 驚くほどに真っ直ぐな拳を黒い赤龍帝に放った。

 真っ直ぐに放たれる拳は、これまた驚くほどに綺麗に黒い赤龍帝の懐に侵入し、そして―――ガンッ!!

 ……奴の堅牢な鎧と、俺の拳が激しい金属を鳴り響かせた。

 

『Blade……』

 

 すると黒い赤龍帝の鎧よりそんな音声が響き渡り、奴の籠手より闇色に染まった剣―――アスカロンが姿を現した。

 それは既に一誠から知らされていた情報で知っている!

 俺はゼロ距離から剣を振るう黒い赤龍帝に対し、自らも籠手よりアスカロンを引き抜く。

 そしてそれを言霊を以て振るうッ!!

 

「―――唸れ、アスカロン。間違いを犯す者に、断罪を!」

 

 アスカロンから聖なるオーラが龍の形となって放出され、更にそれを刃に纏わせる。

 俺の聖剣アスカロンと、黒い赤龍帝のアスカロン。……魔剣に堕ちた聖剣、アスカロンと幾度か刃を合わせた。

 俺がコンパクトな動きで放つ振り下ろす剣を黒い赤龍帝は無駄のない動きで避け、更に懐にカウンターと言わんばかりの剣戟を放ってくる。

 ……見極める!

 

「唸れ、アスカロン! 無の刀に聖なる力を施せ!!」

 

 瞬時、俺は懐から無刀を取り出し、それにアスカロンのオーラを譲渡する。

 更に鎧の倍増の力の一端を無刀に譲渡し、その結果刀身なき刀から聖なるオーラの刀身が生まれた。

 ……無刀・聖者の刃。

 俺が好んでよく使う無刀の一つの形態であり、聖あるオーラの刃という分かり易い力だ。

 俺はそれを逆噴射するように黒い赤龍帝に放つ―――、それと共に後方の一誠を確認した。

 様子を鑑みるに恐らく、トリアイナを使うんだろう。

 後ろでは一誠の鎧は変化し、背中の翼にレールカノンのような銃口が生まれていた。

 ……俺は聖なるオーラの逆噴射により黒い赤龍帝の剣による一閃を紙一重で避け、そしてアスカロンを一斬、振るった。

 

「くらえッ!!」

「……ッッッ!!」

 

 莫大なオーラを含んだ聖なるオーラの斬撃波だけど、黒い赤龍帝はそれを激しい剣戟で消し飛ばす。……少なからず、ショックは隠せないな。

 普通の赤龍帝の力では、俺は黒い赤龍帝に遠く及ばないってことか。

 ―――なら、次の手を打つ。

 ……っと、そこで後方の一誠が準備完了したのに気付いた。

 

「っし、行くぜ! フェル!!」

『はい!』

 

 俺は予め用意していた創造力をそのまま籠手に対して纏わらせる。

 それと共に胸のフォースギアは反応し、そして―――

 

『Reinforce!!!』

 

 俺の鎧を文字通り強化し、鎧を神帝化させた。

 ……赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)を纏い、俺はドラゴンの翼をバサッと大きく広げる。

 そして……刹那、事態は変貌する。

 

「オルフェルさん、避けてくださいッ!! うぉぉぉぉ、ドラゴンブラスタァァァァァ!!!!」

 

 ―――翼の影で黒い赤龍帝の視界から隠れていた一誠の言葉と共に、俺は黒い赤龍帝よりも更に上空に一瞬で移動する!

 目の前に強大な力……俺の神帝の鎧があったおかげで、更なる脅威に気付かなかった黒い赤龍帝は手元に黒い魔力を集中させて一誠の攻撃を無力化させようとする。

 だけど俺はそこで神帝化の力を解放させた。

 

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Booster!!!!!!!』

 

 神帝の鎧から発せられる無限倍増の開始を告げる音声。それと時をほぼ同じくして俺は手元に小さな赤い魔力の塊を浮かばせ、そしてそれに次々と倍増の力を加えていった。

 ―――一誠のトリアイナの、強いては僧侶形態での魔力砲は神帝の鎧を纏う俺の弾丸よりも強力だ。

 当然、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)による白銀の龍星群(ホワイト・ドラグーン)や赤龍帝の鎧によって限界ギリギリまで強化して放つ紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)には及ばない。

 だけどこの二つは行程が面倒であり、更にそれなりの用意がなければ放つことが出来ない技だ。

 だけど一誠のトリアイナによる砲撃は違う。

 少しばかりチャージするための時間を要するものの、その威力は絶大でしかも―――今は万全の状態だ。

 以前の黒い赤龍帝との戦いで同じ技を放った時は、それまでの消耗がたたって大したダメージを与えることが出来なかったようだけど、今は違う。

 

断罪の(コンヴィクション)―――龍弾(ドラゴンショット)!!!!」

 

 黒い赤龍帝の前方より一誠のドラゴンブラスターが、上空より俺の破滅力を付加させた魔力弾が同時に奴を襲う!

 砲撃と弾丸は黒い赤龍帝を覆い、覆い、覆い尽くす。

 ……どうだ?

 

「……ッ!?」

 

 ―――次の瞬間、俺は背筋に殺気を感じてその場から離脱するように降下した。

 ……そして、その行動が正しかったということはすぐさま理解することになった。

 

「なんだ、あれは……ッ!!」

 

 ……それは、ドラゴンのようでドラゴンでない形をした黒い弾丸だった。

 黒い翼のようなものを形作り、下半身は東洋の龍のような形をした龍殺し(・ ・ ・)の力を持った弾丸。

 それが幾つも放たれ、そしてそれは……消えずに、宙に浮いていた。

 ……俺たちの攻撃による立ち込めていた煙は消え去る。

 そしてそこには―――

 

「ア、アガァ……あぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 ……闇色の魔力によってコーティングされた、まるで黒い赤龍帝を折檻するように奴を包む真っ黒な檻があった。

 その檻は俺たちの猛撃を防いだように煙を上げていて、当の黒い赤龍帝は多少の傷があるもののほぼ無傷。

 そして奴を包むように、不気味な魔力の塊が黒い赤龍帝の周りに集結した。

 

「……気を引き締めるぞ―――あいつ、まだまだ力を隠し持ってやがる」

「はいッ」

 

 一誠の隣に移動してそう言うと、一誠もまた奴の脅威を察知してか震えた声音でそう言った。

 ……ふと、俺は自分の鎧を見た。

 ―――そこには、若干風化しかけている鎧の様子があるのみだった。

 

「ドラゴンスレイヤー。……予想以上に厄介だな」

 

 俺は一旦、アスカロンと無刀をしまった。

 黒い赤龍帝と渡り合うにはまだ足りない。奴には隙という隙が存在しないことが今分かった。

 接近戦にはアスカロンに戦闘技能、防御には先ほどの俺たちの猛撃を耐えるほどの防御対策。更に自立させることの出来る兵器のようなものまで存在している。

 しかも龍殺しまで搭載と来たもんだ。

 それに加えてまだ見せていないあの八つ首のドラゴンヘッドに、あの化け物を一瞬で屠った常闇の槍がある。

 

「一誠、お願いがある」

「な、なんすか? 言ってください!!」

 

 俺は隣の一誠にそう言うと、一誠は焦りながらもそう言った。

 俺はすかさずにこう返すのだった。

 

「―――2分で良い。時間を稼いでくれ」

 

 ―・・・

 

『Side:兵藤一誠』

「―――2分で良い。時間を稼いでくれ」

 

 ……珍しいオルフェルさんの焦る言葉と、このヒトの初めての願いに俺は心底驚いていた。

 あのオルフェルさんの戦術と力を以てしてもあの黒い赤龍帝を攻め切ることが出来なかった。

 それに加えてあの黒い檻型の魔力で形作られた技。

 ……オルフェルさんが時間を稼いでくれ、って言うくらいだ。

 ―――きっと、何か策があるに決まっている。

 俺はそれを確信して、オルフェルさんより前に出た。

 ……俺の中には変な高揚みたいなものがあったんだ。……オルフェルさんが俺に背中を預けてくれた。

 俺を頼ってくれたことに対する、言葉に出来ない嬉しさ。

 あれほどの辛いことを乗り越えて今、前を歩く強者に認められているっていう言い現せない感情が俺を支配していた。

 

「~~~っし! 行くぜ、ドライグ!!」

『応ッ! 飛ぶことは俺に任せて、相棒は奴を相手取ることだけに専念してくれ!』

 

 ドライグとの会話を経て、俺は黒い赤龍帝に接近していく!

 黒い赤龍帝は未だにあの檻の中に包まれていて、その周りの歪な形の魔力の塊が俺に襲い掛かってくる……ッ!!

 これは、龍殺しの力ッ!!

 あの時、俺たちを襲った化け物の力か!?

 ならこいつを消し飛ばす!

 俺はトリアイナのモードを『僧侶』のまま継続し、追尾してくる魔力の塊に対して向かい合った。

 まるで憎悪で俺を襲ってくる魔力の塊で、まさに意志を持っていると言わんばかりの迫力!

 しかも移動するときの音が悍ましい声に聞こえて仕方ねぇ!

 

「ドライグ、背中の銃口は全体を放射するマシンガンみたいに使う!!」

『……なるほど、それならばチャージに時間はかからんかッ!! ならば調整は俺がする! 相棒は上手く立ち振る舞ってくれ!』

 

 ドライグからの言葉を受け、俺はとにかく逃げる!

 黒い赤龍帝はあの位置からは動かず、鉄壁の檻に包まれながら力を溜めているのか?

 それとも―――能力を同時に展開する限界があるのか?

 ……どっちかは分かんねぇけど、それならやりようはある!

 今までやってもらってたことだから、出来るかは分からないけど―――やらなきゃ始まらない!

 俺は自らの意志で、自分の左腕に収納されているアスカロンに意識を集中する!

 アスカロンの聖剣のオーラを左腕に込めるように力を流すッ!

 いつもはドライグにやっていてもらったことだから、難しいッ!

 だけどオルフェルさんに力の使い方をたくさん教えて貰った。

 同じ赤龍帝だからこそ、努力の塊であるオルフェルさんの教えは的確で、しかも分かり易かった。

 ……だからこそ、やらなくちゃならない!

 オルフェルさんから学んだことを奴にぶつけるんだ!

 ―――……見るとその左籠手に、聖なるオーラが集まっていた。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

 

 俺は他の塊よりも早く俺に近づく闇の塊に対して、聖なるオーラ込みの拳を放つッ!!

 例え龍殺しだろうと元は魔力! なら聖なるオーラに対応できるはずがねぇ!!

 俺の拳は塊を確実に貫き、霧散こそしなかったけどそれでも行動を停止させた。

 ―――こいつらに、聖なるオーラは有効だ。

 

『相棒、準備は整ったぞ!!』

「よし、ならそこにアスカロンのオーラも含ませてくれ!!」

 

 俺はドライグにそう指示して、即座に魔力とアスカロンの力がチャージされていく!

 更に鎧から倍増の音声を響かせた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!!!』

 

 ―――チャージ完了!

 いくぜ!!

 

「マシンガン型、ドラゴンブラスタァァァァ!!!」

 

 幾数もの弾丸となった小さな機関銃型ドラゴンブラスターが塊たちを襲う!

 それによって塊は次々に体に穴をあけていき、俺に襲い掛かってこれなくなった。

 完全な消滅に至らせるにはやっぱり、普通のドラゴンブラスターが必要か。

 ……無限に放たれるような弾丸も次第に止んでいく。

 ―――刹那、

 

「がッッッ!?」

 

 ―――俺を、一陣の黒い旋風が襲った。

 その鋭い旋風の元が魔力ということにすぐ気付くけど、これは不味いッ!!

 かはッ……口から、血反吐を吐いた。

 旋風の威力で鎧の所々に穴が開き、そして俺はそれまで魔力の塊がいたところを見ると、そこには―――半数の塊が消えていた。

 まさか……まさかッ! あの塊を元に、あの距離で新たな技を造ったのか!?

 

「んな芸当、何百年生きたら出来んだよッ!!」

 

 背中の噴射口から倍増のオーラを噴出して旋風から離脱する。

 旋風は次第に息を潜めるけど、だけどそれによって辺りの地形が変わっていた。

 

「ごほっ! …………。ドライグ、まだ行けるぞ……ッ!!」

『神器の禁手が鎧形態であったことが幸いか。しかしなんとも厄介な者だ。……いや、あれくらいでないと奴はあの化け物を倒せなかったというわけか』

 

 厄介なのは百も承知でこの戦いに挑んでいるんだ。

 ……まずはあの旋風。

 あれはあの魔力の塊を元に造っているはずだから、俺の天敵と言える。

 そしてあの旋風を回避した後に来るのは、あの堅牢な檻の盾がある。

 攻防完備ってのが現状だ。

 

「……ドライグ、ドラゴンブラスターを放射型で放てるか?」

『ああ、可能だ。なるほど、ドラゴンブラスターを広域に渡る放射型であの旋風を相殺するというわけか。先ほどの旋風はある程度時間が経てば消えたということを考えると……』

 

 ―――付け入る隙はある。

 ドライグがレールカノンに魔力をチャージして、俺は奴の動向を視認する。

 黒い赤龍帝は自立する魔力の塊を半分ほど旋風に変えて、残りの塊を俺へと放ってくる。

 ……数は片手で数えれるほどだ。

 消し飛ばすことができなくても、足を止めることぐらいはしてみせる!!

 

「うぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 ……背中のチャージとは別に、手元にドラゴンショットのための魔力の火種サイズの塊を造る!

 普通の鎧で奴を殴ればそれだけでダメージを受けるから、殴るならアスカロンの聖剣のオーラを集中させた拳で対処するしかない!

 速い速度で近づいてくる塊に対し、背中の噴射口から倍増のオーラを噴出させて奴らの軌道線上から離れる。

 態勢はまともには取れていないけど、その状態から幾つかの塊をまとめて覆えるようにドラゴンショットを放った。

 ……そのうち、一つの塊がドラゴンショットを免れて俺に襲い掛かってくる。

 それに対して聖なるオーラを含んだ左腕の拳で殴り飛ばし、そして―――目の前に旋風が迫りくる。

 ドライグ!

 

『おうッ!! ただこれ以上考えもなしにドラゴンブラスターは放てないぞ!!』

 

 ドライグの忠告を聞き、背中のレールカノンを即座に旋風に向ける。

 そして―――放った。

 放射型のドラゴンブラスターは黒い旋風と威力を相殺しあう。……そうか、旋風は龍殺しの性質があるだけで、あまり威力があるわけじゃないのか。

 ただ速度が速くて、なおかつ事前に対策がなかったら危険ってわけか。

 ……しかしすぐに脅威は目の前に来る。

 先ほど足止めをした塊共が俺へと一斉に襲い掛かってきた。

 

『相棒! 奴らが来るぞ……ッ!!』

 

 ドライグの焦る声が聞こえてくるけど、でも俺は驚くほどに焦る気持ちはなかった。

 だって―――

 

『Full Boost Impact Count 1,2,3!!!!!!!』

 

 ―――俺の後方から放たれる白銀の流星。

 その流星は一撃で今まで俺が苦戦していた自立型魔力塊は全て塵のように消え去り、そして残りの二つの流星が黒い赤龍帝を襲う。

 白銀の流星は黒い赤龍帝の檻を容易く消し去り、それを見計らって俺は己の駒を変異させた。

 

龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)!!」

 

 トリアイナの力を『僧侶』から『戦車』に変更し、檻が破られた状態の黒い赤龍帝に対して堅牢と化した極太の拳を放った。

 肘の撃鉄を何度も打ち鳴らし、更に鎧から倍増の音声を鳴り響かせた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

「うぉぉぉぉぉぉお!!!」

 

 そして―――

 

「ガァァァァッッッ!?」

 

 ……鎧を砕き破り、黒い赤龍帝は大幅に後方に飛ばされる。

 腹部の鎧がはじけ飛び、そして俺はそこでようやく後方を見た。

 

「―――助かった、一誠。こっから先は任せてくれ」

 

 そこにはオルフェルさんがいた。

 姿は赤龍帝の鎧を身に纏い、更に―――白銀の腕を両腕に装着するオルフェルさんの姿があった。

 

『Side out:兵藤一誠』

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 

 イッセー君たちを除く僕たちは現状、たった一人を相手取って戦っていた。

 アイと名乗る黒い赤龍帝と同じ世界から来た存在で、オルフェルさんやイッセー君に彼を止めてほしいと願った存在。

 そして……僕たちの敵だ。

 

「雷光よ、鳴り響け!」

「消し飛びなさい!!」

 

 すると部長と朱乃さんの同時攻撃がアイに放たれる。

 アイはその攻撃に対してそっと手をかざし、そして……。

 

「防御魔法陣、展開」

 

 ―――いとも簡単に二人の猛撃を耐える魔法陣を展開し、更に新たな魔法陣を展開する。

 そこから基礎の攻撃魔法を放った。

 エネルギー弾のような碧色の弾丸が部長たちに放たれ、部長たちは即座に防御魔法陣を展開するけど、それは瞬間的にはじけ飛んだ。

 僕はすぐに追撃をされそうになる部長たちの救援として聖魔剣を地面から返り咲かせ、アイへと攻撃を放つ!

 ゼノヴィアは聖なる斬撃波を、ギャスパー君は自身の化身である無数のコウモリを向かわせてアイを停止させようとするけど……ッ!?

 ―――僕は目を疑った。

 

「―――全方位型北欧式攻撃魔法陣展開」

 

 ……それはロスヴァイセさんが展開する北欧式魔術の連続応酬だった。

 しかもそれが何倍もの強力なものとなっている状態で、僕たちのすべての攻撃を文字通り、真正面から蹴散らしていたッ!!

 

「わ、私の技をどうして!?」

「落ち着け、ロスヴァイセ。理屈はわからねぇが、やられたもんは仕方ねぇ―――いくぜ、バランスブレイク……ッ!!」

 

 ロスヴァイセさんの隣に立つアザゼル先生は金色の短剣を片手にそう言って、そして堕天龍の閃光槍(ダウンフォール・ドラゴンスピア)を疑似禁手形態に変化させた。

 黒と金の入り混じる凄まじいオーラを放つ力、堕天龍の鎧(ダウンフォールドラゴン・アナザーアーマー)を身に纏ってアザゼル先生はアイに向かってとびかかろうとした。

 

「ここは通しません。何があろうと、命を懸けようと!!」

 

 するとアザゼル先生の気配を察知したアイは、手のひらをぱっと開いた。

 するとそこから―――左右中指に指輪のようなものが出現した。

 

「ま、まさかあれは私と同じ……ッ!?」

 

 ……その存在にアーシアさんが驚愕の目を浮かべた。

 それもそうだよね。

 だって―――彼女の手元にあるものは、アーシアさんと同じ聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)があるんだから……ッ。

 

「私は私の目的のために、あなたたちを誰一人としてあの人の前には立たせない! そのためなら、この命を落としてでもいい! だから―――禁手化(バランス・ブレイク)!!」

 

 アイから放たれるのは碧色と深緑色が混雑したオーラで、あのアザゼル先生ですら蹴落とされて動けなくなる。

 ……待て、別の世界の存在であって更に兵藤一誠の仲間。

 そして―――アーシアさんと同じ神器を宿す存在。

 それってまさか……ッ!!

 僕がその思考に至った瞬間、あまりにも激しいオーラによってそれまでアイの顔を隠していた黒いヴェールが吹き飛んだ。

 そして僕たちはその顔を見た。

 

「―――聖魔女の二重微笑(シスターウィッチ・デュアルスナーズ)

『―――――――――――』

 

 僕たちは言葉を失う。

 当たり前だ。

 だって、だってそこには僕たちのなじみ深い顔があったから。

 少し大人びていて、背も本人よりも高い。

 それでもわかる。

 あれは、あれは―――平行世界のアーシア・アルジェント!!

 

「わ、私?」

「いえ、違います―――私は何もできなく、自分で決断できなかった昔の私ではありません」

 

 ……アイは同一人物であるはずのアーシアさんに手を向ける。

 手には装飾が大きく変わり、それぞれの手の宝石が大きくなっている指輪が装着されていた。

 碧色と深緑色の宝石。

 アイはその深緑色の指輪から極大なオーラが出て、それをアーシアさんに放った!!

 

「ッ!? アーシアを守れ! それはやばいぞ!!」

 

 その攻撃を見てアザゼル先生が焦ったような顔になる。

 僕は誰よりも早くその声に反応し、アーシアさんのもとに神速で近づいて、アーシアさんを離れてその場から離脱した。

 ―――その刹那、アーシアさんがそれまでいた場所に巨大な大穴が生まれていた。

 それだけじゃない!

 僕たちの周りを囲んでいた魔物も蹴散らされていて、その力の強大さが目に見えて理解できる。

 ……同じトワイライト・ヒーリングでどうしてこんな破滅力を出すことができるんだッ!!

 

「……まさか癒しの力が反転して、圧倒的な破壊力を生んでいるのか? いやだがアーシアの性質がどう歪めばそんな―――」

「あなたたちには考えている暇など与えません―――魔女の嘲笑(ウィッチ・プア)

 

 アイは深緑色の指輪から凶悪な破壊のオーラを僕たちに対し放ち、更に魔法陣すらも幾重にも展開する。

 ―――いくらなんでも、無茶すぎるッ!!

 

「ちっ!? 俺の光の槍を浸食するのかッ!?」

 

 そのオーラとまともに相対するアザゼル先生の光の槍ですら、そのオーラは嘲るように浸食する。

 更に魔法陣からは北欧式の魔法が幾重にも展開されて僕たちを襲った。

 

「くぅッ!?」

「きゃっ!」

「……ッ」

 

 その猛威に前線にいたイリナさん、ゼノヴィア、小猫ちゃんがダメージを受けた。

 すぐに体勢を整えるも、遠距離からの彼女の猛撃は僕たちに襲い掛かり続ける!

 次に魔法陣から展開されるのはガラスの破片のような弾丸。

 それを全方向に放ち続けて、更に深緑色の破壊のオーラを執拗に放っていた。

 

「絶対に、通しません。例え命が枯れようとッ!!」

「……なんで、そこまで」

 

 ……見ていれば分かる。

 例え平行世界のアーシアさんであろうと―――魔力の絶対量は、確実に存在する。

 確かにこの世界のアーシアさんも魔力の才能はある。

 でもそれは僕たちの現状の実力からしたら些細なものだ。

 にも関わらず、彼女は僕たち全員を相手にして圧倒するほどの力を見せつけてくる。

 ……一体、どれほどの修行をすればこれほどの力が手に入るんだ。

 どれほどの努力を続けて、血反吐を吐けば―――これほどまでの気迫を、彼女が出せるんだろう。

 

「もう、私には彼しか残っていないんです。だから、たった一つの希望を失わないために、私はこの力を使いますッ! それが例え―――間違っていようとも!!」

 

 額から一筋の汗を垂らし、鬼気迫る表情で体中から魔力を溢れさせるアイ。

 更に足元に魔法陣を展開し―――そこから、幾重ものドラゴンを呼び出した。

 その見た目は細長い体長が異様に長い蛇のようなドラゴン。

 ま、まさかこれは……ミドガルズオルム!?

 

「なッ!? なんでお前が悪神ロキの創り出したそいつを呼び出せる!?」

「……例え敵の力だとしても、私はそれすらも利用すると決めました。どれだけの罪を重ねようとも、彼のためならどれだけ汚れても良い―――愛しています、イッセーさん」

 

 ……盲目的なほどに、歪んでいる。

 一見するとアイはとても冷静であると思っていた。

 だけど違う。

 そう―――彼女もまた、壊れてしまっている。

 たった一つ、自分の愛する者のために彼以外の全てを敵に回しても良いと考えている。

 だから……イッセー君たち(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を通したんだ。

 

「…………もしあなたがあなたの信念で私たちの前に立ちふさがっているなら。それなら私たちは私たちの信念であなたを倒さなくてはならないわ」

 

 部長は何かを理解し、悟ったような表情をしながらアイにそう言い放った。

 

「私は貴方がどんな経験をして、それほどの力を手に入れたかは知らない。それを間違っているとは決して言えないわ―――でも私の愛する眷属を危険に晒すというなら、貴方は私にとって敵でしかない」

「ええ。私の知っているあなたならそう言うと分かっていました。本当に……いい主でした、あなたは」

 

 ……アイは儚い表情を浮かべて、瞳を閉じる。

 

「それを知っているからこそ、あなたを越えることで私はイッセーさんの本物になれる―――」

 

 ……次に目が見開かれた時。

 その時、彼女の目にあったもの、それは―――覚悟の灯った目であった。

 

「―――見物しようと思っていたけど、随分と面白いことになっているじゃないか」

 

 ……僕たちが再度アイを相手取ろうとした時だった。

 第三者の介入というように、戦場に白い鎧が現れた。

 それは僕たちが良く知る人物。

 

「―――ヴァーリッ!? なんでてめぇがここにいるんだ!!」

 

 その存在に真っ先に反応したアザゼル先生がヴァーリにそう言い放った。

 ……まさかこの戦場に白龍皇、ヴァーリ・ルシファーが姿を現すなんて誰が想像できる!?

 

「やぁ、久しぶりだな。アザゼル」

「……この際、お前が何でここにいるとかは全部抜きにして聞く―――お前は、どちら側だ?」

 

 するとアザゼル先生は核心を突くような質問を問いかける。

 ……とはいえ、恐らく答えは一つだ。

 このタイミングでこの男が現れたこと、それはつまり奴は敵。

 

「―――平行世界のアーシア・アルジェント。君はグレモリー眷属でも相手にしているといいさ。俺はアザゼルと久しぶりに戦ってみたいものでね」

「……礼は言いません、ヴァーリ・ルシファー」

 

 ……アイはこれまでとは打って変わって、棘のある口調でその名を呼ぶ。

 

「思わぬ邪魔が入りましたが、まあ良いです―――行きます!」

『ッ!!』

 

 ―――そして僕たちは、再びアイと戦闘を続けるのだった。

 

『Side out:木場祐斗』

 

 ―・・・

 

 一誠が稼いだくれた時間の中、俺はただ白銀龍帝の籠手を禁手させることだけを考えていた。

 その間、一誠は確実に黒い赤龍帝の足を止めてくれた。

 そしてそのおかげで今、俺はようやく自身の中の完全装備に至れた。

 神帝の鎧、白銀龍帝の双龍腕、無刀、アスカロン。

 俺は瞬時に白銀の流星のような極大な魔力砲を黒い赤龍帝に向けて放ち、その隙を突いた一誠の強力な攻撃が奴に通り、そして……今に至る。

 肩で息をする一誠の前に浮かび、拳を構えた。

 

「後は俺に任せろ」

「オルフェルさん!」

 

 俺は安心させるように再度、同じ言葉を一誠に投げかけた。

 ……実際に一誠はよくやったよ。

 あれほどの奴の猛威に喰らいつき、一矢報いた。

 ホント、こいつは見ていて興味が湧くよ。

 ―――だからこそ、ここから先は己の強さをこいつに見せてやらないとな。

 

「俺、まだまだ戦えます!」

 

 すると一誠から威勢の良い、そんな言葉が投げかけられた。

 ……一誠なら、そう言うよな。

 もちろん一緒に戦いたい気持ちもある。

 だけど―――

 

「トリアイナの弱点は消耗。お前はそこで見てろって」

 

 俺は一誠の頭を軽く小突いて、前を向く。

 ……うし、んじゃまあ一回気合入れますか!

 ここまでまともに戦えていないし、それに何より―――一度あいつには負けてんだ。

 

「リベンジマッチだぜ、黒い赤龍帝」

『Full Boost Impact Count 4!!!!!!』

 

 俺は白銀の腕の中にある4つ目の宝玉を砕き、現状の極限まで濃縮した倍増のエネルギーを手に入れる!

 更にそれを両腕に篭め、そして一気に黒い赤龍帝に近づいて行った。

 俺の腕が白銀の腕によって光り輝くのとは対照的に、黒い赤龍帝の腕は闇色のオーラによって覆われていた。

 砕かれた鎧は修復されている。

 ……まだ隠し玉があることは承知の上だ。

 

「いくぞ、うぉぉぉぉ!!」

 

 俺は先手を打つように真っ直ぐと黒い赤龍帝に拳を放った。

 黒い赤龍帝はその拳をわざわざ迎え撃つように自らも右腕の拳を放った。

 ぶつかり合う二つの拳。

 俺の白銀のオーラに包まれた拳と、まるで巨人のように肥大化した黒い赤龍帝の闇の拳。

 互いの力は拮抗し、鍔迫り合いならぬ拳迫り合いを続ける!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost……』

『Infinite Accel Boost!!!!!!』

 

 黒い赤龍帝と俺の鎧から互いに力を倍増する音声が流れる!

 黒い赤龍帝の拳のオーラは更に巨大化し、対する俺は全ての倍増の力を背中の噴射口に集中させる!

 拳の力は今のままで十分だ!

 だからこそ今は勢いが欲しい。

 俺という存在そのものが一つの流星になるほどの速度―――俺の拳は、黒い赤龍帝を圧し始めていた。

 

「ッッッ!!!?」

「俺の拳は、お前に届く!!」

 

 歯を食いしばって、俺は拳の力を緩めなかった。

 激しい金属音が鼓膜を破るんじゃないかって思うくらいの音が鳴り響き、その状態のままで俺は更に二つの宝玉を砕いた。

 

『Full Boost Impact Count 5,6!!!!!!』

 

 砕いた宝玉の一つのオーラを更に背中のブースターに篭め、もう一つは白銀のオーラとして拳に更に上乗せする!

 

「お前の辛さは理解した! 共感も出来る! だから、この拳はお前を貫く!!」

「ダマレェェェェ!!!!」

「うるせぇ!! あんな化け物に支配されてんじゃねぇ!! お前の力は、そんなもんじゃないだろ!?」

 

 ―――俺は黒い赤龍帝を殴り飛ばす。

 それと共に更に宝玉を三つ砕いて、それを三つの流星として放った。

 更に事前に用意していた神帝の鎧で造り上げた赤い魔力の球を拳で砕き、そこからもう一つの流星を創り出す。

 紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)白銀の龍星群(ホワイト・ドラグーン)

 計4つの圧倒的魔力砲を黒い赤龍帝へと放つ!

 黒い赤龍帝はそれを軽やかな舞で一つ避け、更にもう一つ避ける。

 流星は地面に大穴を二つ空け、そして黒い赤龍帝は三つ目の流星を避けた。

 ……流石だ。

 やはり奴は経験が違う。

 ―――だけど、それは俺も同じだ。

 

「……拡散しろ(オーダー=スプレッド)

 

 赤い流星を黒い赤龍帝が避けようとした時に、俺は言霊を発する。

 それは流星に元々プログラムしていた魔力弾に対する能力付加だ。

 加えた力は、弾丸が拡散する力。

 黒い赤龍帝は予想外の球の軌道に対応が遅れ、鎧を大きく破損させた。

 

「今だ―――うぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 俺は背中の噴射口からオーラを放出し、更にドラゴンの翼を織りなして黒い赤龍帝へと近づいて行く。

 初めて出来た奴の隙だ。

 チャンスは逃さない!!

 

『Full Boost Impact Count 7!!!!!!』

 

 宝玉を一つ砕き、それを球体状にする。

 それの拳を覆うように展開し、そして黒い赤龍帝に対して球体ごと拳を放った。

 

「ラァァァァァ!!!」

 

 その刹那、黒い赤龍帝は黒い檻で自分を覆って防御を測ろうとする。

 ……だけど関係ない。

 

「無駄だ!! この拳はお前を檻から引きづり出す!!」

 

 球体を貫き、俺の拳は檻とぶつかり合う。

 更に砕かれた球体の力が発生し、拳から放たれる拳圧のような白銀の柱。

 それが黒い赤龍帝を覆い、そして―――檻を完膚なきまで粉砕し、そこでもう一度黒い赤龍帝に近づいた。

 構えを最小限にし、しかし力は絶大。

 小さなモーションで黒い赤龍帝を殴り飛ばし、地面へと叩きつけた。

 

「……お前のために戦っている存在がいるんだ。さっさと自分を曝け出せ―――他の誰でもない俺自身が(・ ・ ・)相手をしてやる」

 

 煙が立ち込める地面に向かって、俺はそう言い放った。

 きっとまだこいつは終わらない。

 だってこいつはまだあれ(・ ・)を見せていない。

 あの化け物を一瞬の内に屠った力の片鱗を―――夢の中でアザゼルが使わせたくなかった、間違った力を。

 それを真っ向から相手にしてねじ伏せないと俺はこいつを救えない。

 

「オルフェルさん!!」

 

 すると俺の後方より飛んでくる一誠。

 一誠は先ほどまでの疲労がある程度回復したのか、気合十分な趣だった。

 ……いや、そうじゃないとここから先の戦いについていけないか。

 

「……一誠。たぶん、これが本当の意味で最後だ」

「…………」

 

 俺の言葉に一誠は固唾を呑んだ。

 その言葉の意味を、重みを理解したんだろう。

 ……次第に煙は晴れる。

 ―――そこには、鎧がボロボロでメットも完全に崩れ去っている黒い赤龍帝の姿があった。

 体から血を流し、そして……あの時の、闇色のオーラを撒き散らしていた。

 

「―――もう、俺に残っている生きがいなんてないんだ」

 

 ……だけどその闇色に対して、黒い赤龍帝の声音は実に冷静で穏やかなものだった。

 

「何もかも失って……あいつを殺してさ―――こんなにも心が晴れてるはずなのに、なんでこんなに辛いんだろ。……なんで、涙が止まらないんだろ」

 

 自嘲気味に笑みを込める黒い赤龍帝。

 それとは裏腹にあいつを覆い被る闇のオーラは止まらなかった。

 

「きっとこうして普通に話せるのは最後だ。……だからお願いだ―――俺を、殺してくれ。もう俺には誰かを傷つけることしか、出来ないッ! それが覇を受け入れて、その道を進んだ俺の……報い、なんだ」

 

 ……辛い気持ちは痛いほど分かる。

 こいつの本心は本当は戦いたくないんだ。

 だけど一度受け入れてしまった力はそれを拒み、間違った道を突き進ませてしまう。

 でも、そんなの―――

 

「―――ふざけんじゃ、ねぇぞ!!!」

 

 ……俺の想いは、隣で肩を震えさせる一誠によって代弁された。

 

「俺はあんなの過去とか、そんなもの知らない! だけど誰かを傷つけたのを後悔してるなら、それならもっと抗えよ!! そんな簡単に諦めてんじゃねぇよ!! その傷つけた人たちに償えるように、しろよ!!!」

 

 ……同じ兵藤一誠だからこそ言える言葉だった。

 

「あんたのために戦っている奴にいるんだ。オルフェルさんみたいにカッコよくは出来ないかもしれない―――それでも良い。俺たちはあんたをぶっ倒して、そして!」

「―――お前を救う!!」

 

 俺と一誠の気持ちが一つになった時、黒い赤龍帝の表情を失った。

 そして―――

 

「―――ありが、とう」

 

 その小さな一言と共に、声を失わせる。

 闇に覆われ、蠢き、そしてその中で何か別者の声音のような声が響いた。

 

『我、目覚めるは―――闇夜の混沌に身を沈めし死の覇王なり』

 

 ―――死戦が、始まる。



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第10話 真紅と紅蓮の答え

『我、目覚めるは―――闇夜の混沌に身を沈めし、死の覇王なり』

 《何故失くさなければならない》《モウタクサンダ……》

 

 黒い赤龍帝は、奴の掲げた呪文を紡ぐ。

 例えそれが間違っているものだとしても、例えあいつがそれを理解していようとも呪文は止まることなく紡がれ続けた。

 

『無限を喰らい、夢幻を滅する―――』

 《もう失うのは、たくさんだ……》《ケシサッテヤルッ!!》

 

 その呪文は黒い赤龍帝の本心そのものなんだろう。

 大切な仲間を殺され、尊敬していた先生すらも殺され、家族を殺され、―――愛していた人すらも殺された。

 全てを失い、その先に得たもの。

 

『我、全てを破滅に導く崩壊の象徴となりて―――』

 《なにもかも奪い去る世界なんて……ッ!》《コンナクサッタセカイナンテ、イラナイッ!!》

 

 ……それがあれなんだ。

 俺は知っているぞ、黒い赤龍帝。

 ―――お前は、誰よりも人間らしかったんだ。

 大切な存在を失って、殺されて……涙を流しながら前に進んだ。

 醜さを受け入れて、ただ一つの大切な存在を護るために世界を敵に回した。

 ……俺とお前は違う。

 俺はずっと同じところをグルグルと回って、失うという強迫観念に駆られて仲間を傷つけた。

 ―――すごいよ。

 例え手にした力が間違っていても、お前は自分の意志を以て復讐まで果たしてしまった。

 ……お前はもしかしたら、俺が進むかもしれなかった姿なのかもしれない。

 もしかしたらじゃなくて、きっと。

 もし俺に仲間がいなかったら、いつか俺はお前のような姿になってしまったのかもしれないな。

 

「……だからこそ、倒さないといけないよな」

 

 覚悟は決まった。

 答えはもうアイに伝えていたもんな。

 ……俺は拳を握る。

 マスク越しに見える黒い赤龍帝は禍々しい姿に変貌していた。

 闇色の鎧からは血のようにドス黒いオーラを撒き散らしていて、背中のドラゴンの翼は千切れているようなほどにボロボロになる。

 鎧自体はシャープなくせに、痛々しいほどに鋭角なフォルムだ。

 左腕に埋め込まれたアスカロンからは鈍い闇色のオーラがにじみ出ていて、マスクは邪龍のように恐ろしいものになっていた。

 ……全てアイから聞いた通りの姿だ。

 あれこそがあいつの世界のアザゼルが、命を賭してまで使わせたくなかった最悪の力。

 俺の守護覇龍は全てを護るために覇を行使する力だけど、あれはその逆。

 

『汝に足掻けぬ修羅の地獄と、死滅の絶望を与えよう―――』

<<<<<<<<全部消えてなくなれぇぇぇぇ!!!!!>>>>>>>>>

 

 ―――全てを破壊するために、死滅させるために覇を受け入れた力。

 

『Juggernaut Hell Drive!!!!!!!!』

 

 ―――名を、死滅の(エクスティンクション・)獄覇龍(ジャガーノート・ヘルドライブ)

 間違った覇を極めた、堕ちた赤龍帝の最凶の力。

 ……俺の隣の一誠は、その姿を見て足を竦める。

 そりゃそうだ。あそこまでの覇、闇を垣間見て臆するなって言うほうが無理って話だ。

 俺だって出来るならここから逃げ出したくなるくらいの恐怖を感じている。

 ……でもまあ、逃げられないんだよな。

 これが困ったことに、俺の足はピクリとも逃げようなんてことをしない。

 むしろ前に進もうとすらしている。

 目の前の、まさに最悪の敵に向かおうとすらしている。

 

「……一誠、俺たちは決めただろ―――尻込みする時間なんていらない」

「そ、そっすよね! ……そうだよな、こんなところでビビッてても何もできねぇもんなっ!!」

 

 一誠は両手の拳をガキッと打ち鳴らし、気合を入れるかのように闘争心をむき出しにした。

 覚悟をしたと呼ぶべき声だけど、どこか頼りにしてしまう強さを誇っている。

 

「黒い赤龍帝、もう声は聞こえないとは思うけどさ―――全部受け止めて、倒す」

『―――ぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああっ!!!!!!』

 

 黒い赤龍帝は絶叫に似た叫び声をあげながら、ほとんど一瞬の速度で俺たちに近づいてきた。

 反応が一歩遅れ、目前に黒い赤龍帝の拳が映る!

 

「うぉぉぉぉぉぉおお!!!!」

『Change Solid Impact!!!!!』

 

 その振りかぶられる拳に対して一誠は鎧を戦車化させ、真っ向から拳を振るうことで防御を果たす。

 だけど黒い赤龍帝の力が絶大なのか、剛腕な腕が儚く崩れ去っていった。

 ……だけど時間は稼げた。

 

『Full Boost Impact Count 8,9!!!!!!!』

 

 黒い赤龍帝と近距離の状態から俺は宝玉を二つ砕き、普段の二倍に近い流星を放つ!

 一誠は一旦その場から距離を取って、俺はその一撃が黒い赤龍帝に通じているという確信を持つまでは力を緩めない!

 

『―――Hell Booster Dead Ending……』

 

 ……しかし、俺の流星はいとも簡単に無力化される。

 黒い赤龍帝から放たれる侵食するかのような黒い弾丸が、俺の白銀の流星を蝕んでいるッ。

 そして―――流星は完全に飲み込まれ、そして俺は不意にもその圧力に負けて無防備に宙に浮いてしまった。

 シュッ……そんな風を切る音が耳に聞こえると同時にッ!?

 

「かはッ!?」

 

 ……神速で目の前に現れた黒い赤龍帝は容易く俺の鎧を貫き、俺を地面へとめり込ませるように殴り飛ばすッ!

 口元から血反吐を吐き出し、すぐに状態を戻そうとするけど……すでにやつは目の前にいた。

 

「アスカロ―――」

『ぐるるぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!』

 

 籠手からアスカロンを引き抜こうとした途端に、やつは俺よりも一歩早い速度でアスカロンを展開した。

 それを振われ、俺は後方にアスカロンへと飛ばされてしまった。

 

「速さと力が桁違いかよッ!!」

『Full Boost Impact Count 10!!!!!!!』

 

 この速度と力に対抗するには極限倍増しかないッ!

 しかも流星を使っている暇はない上に、今のこいつにはそもそも流星は通用しない!

 ……あのロキとフェンリル対策で習得して、奴らに絶大なダメージを与えたあれでも黒い赤龍帝には届かない、か。

 俺は肉体を極限まで強化し、黒い赤龍帝と近距離で肉弾戦を開始する。

 こいつと俺にはそれまでの差はない。

 格闘技術は奴の方が分があるところもあるが、瞬間的に圧倒的大技を放てる点では俺の方が分がある。

 だけど今はそれが覇龍のせいで通用しない上に、速度と力でも負けている。

 それを埋めることができるのがこの腕の宝玉だけど、でも―――決定打にはならない。

 拮抗できても打倒には至らない。

 

「ホント出鱈目だな、黒い赤龍帝!」

『だぁぁあああぁぁぁああああ!!!!!』

 

 乱雑にアスカロンを振るう黒い赤龍帝だけど、速度が速すぎる故に対応が一瞬遅れる。

 奴の一行動で俺の鎧は悲鳴を上げ、体が少しずつ重くなっていった。

 ……ドラゴンスレイヤーか。

 

『Hell Dragon Head……』

 

 黒い赤龍帝は状態を変える。

 奴の尾には八つの巨大な魔力の塊―――八つ首のドラゴンヘッドが装着されていた。

 それを一斉に俺の方に放ってくる!

 

『主様! あのドラゴンヘッドは以前とは比べ物になりません! もう宝玉の残量を気にしている場合ではないです!』

 

 ……仕方ないか。

 あの八つ首のドラゴンヘッドに対抗するためには、八つ首に対する流星の一斉発射しか手はない。

 

『Full Boost Impact Count 11,12,13,14,15,16,17,18!!!!!!!!!』

 

 ―――ッッッ!!!!!?

 さ、流石に流星を同時に8つも展開するのは生半可なもんじゃねぇかッ!?

 だけど撃たなきゃ、俺が死ぬ!

 気合入れろよ、俺!

 

「く、らえぇぇぇ!!」

 

 俺は歯を食いしばり、宙に浮かぶ八つの巨大な白銀の球を流星として放つ!

 ただ放つだけじゃあのドラゴンヘッドに対抗できない!

 全て直撃するように照準を合わせるんだ!

 

『はははははははははは、はははぁぁぁ!!!!!』

「うるせぇよ、笑ってんじゃねぇぞ!!」

 

 俺の八つの流星と、黒い赤龍帝の八つのドラゴンヘッドが相殺しあう。

 威力としては互角か、むしろ向こうの方が上だ。

 ……っと、そのときだった。

 

「―――オルフェルさぁぁぁぁん!!!!!」

 

 ……後方より、突如一誠が俺の名を叫ぶように呼んできた。

 俺は一瞬だけそちらに目を向けると、そこには―――自らのアスカロンと、飛ばされて地面に刺さっていたはずの俺のアスカロンを持った一誠がいた。

 一誠はそれを俺へと剣投しようとしており、俺はそれで理解した。

 

「一誠! そいつを俺に!!」

「はい!!」

 

 俺の言葉に反応するように一誠は二振りのアスカロンを投げてきて、俺はそれを左右両手で受け取る。

 二つのアスカロンは互いに共鳴するように聖なる光を光り輝かせ、さらに俺のすぐ後ろにきた一誠が俺の方に手を置き―――次の瞬間だった。

 

『Transfer!!!』

 

 一誠による、倍増の力の譲渡。

 恐らく自らが倍増できる限りの全てを俺に譲渡したんだろう。

 ……いける。

 体に感じる異様なほどの力を確信し、さらに自らの無限倍増すらも駆使して俺は漆黒と白銀がぶつかり合う戦場を駆け抜ける。

 アスカロンをクロスさせ、ドラゴンの翼と魔力の逆噴射、さらにまだ切れていない極限倍増すらも全て取り込んだ特攻。

 俺は空を切るように飛びながら、そして黒い赤龍帝の前に飛び掛る。

 ……この状態では、チャンスはこれだけかもしれない。

 

『Hell Dragon Arms……』

 

 すると黒い赤龍帝は両腕に極太の黒い魔力を覆った腕を展開した。

 ドラゴンヘッドとの同時展開、か。

 ……なら真っ向からぶつかってやる。

 俺は両手に持つアスカロンをいつものように隙すら与えず振るい続ける。

 黒い赤龍帝の腕は耐久力があるのか、アスカロンで切りつけてもかすり傷しかできない。

 だけど速度は今、俺が上回っている!

 俺は黒い赤龍帝に隙すら与えない速度で剣を振るい、振るい、振るい続ける。

 この状態は長くは続かない。

 次第に極限倍増の制限時間が来て、一誠からの譲渡も消える。

 八つ首のドラゴンヘッドがいつ流星を消し飛ばすかもわからない。

 ……守護覇龍ならば、あるいはこいつと対等に渡り合えるかもしれないな。

 だけどあれはまだ(・ ・)使えない。

 

「いい加減、斬られろよ!!」

 

 俺はアスカロンを大きく振りかぶる。

 その刃には倍増、魔力、聖なるオーラを凝縮させており、この一撃に全力をかけるくらいじゃねぇとこいつには届かない!!

 

『らぁぁぁぁああああ!!!!』

「とどけぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 黒い赤龍帝の極太の拳と、この一撃に全てをかけた俺の二振りのアスカロンがぶつかり合う。

 上空でぶつかり合うドラゴンヘッドと流星と同じように、奴の拳と俺の剣もまた同じ光景を浮かべていた。

 

 ―――もう、俺に残っている生きがいなんてないんだ

 

 ああ、そうなんだろうさ。

 大切なものを失って、その空虚な思いを俺は知っている。

 痛いほどに知っている。

 どうすることもできなくて、頑張ったってそれが帰ってくるわけでもない。

 でも何かをしないと自分が壊れそうで、目的なんて一つしかなくて。

 だけどお前はそれから逃げなかった。

 俺は逃げた。

 ……だからお前の拳は―――強いんだ。

 黒い赤龍帝の拳は鎧をいとも簡単に砕き、抉り、その結果で俺は血反吐をはき捨てた。

 俺は純粋な力比べで黒い赤龍帝に負け、そのまま後方の丘に衝突する。

 痛い。

 一撃一撃が必殺レベルのもので、恐ろしいほどの力を感じる。

 だけど……だけどさ。

 それでも俺は不思議と拳が握れるんだ。

 本当に、自分でも不思議なくらい自分が何をすべきかが理解できる。

 

『―――救ってこその、守護覇龍だ』

 

 ……すっと、俺の耳に届くのはドライグの声だ。

 

『いや、相棒になら俺がそんなことを言う必要はないだろう。だがな相棒―――お前の高揚は、確信があるからだ』

 

 ……そうだな。

 そうだよ。俺は確信している。

 何か明確な方法が頭に浮かんでいるわけでもなく、必殺の何かがあるわけでもない。

 ただの感情論かもしれない。

 それでも―――

 

「絶対に、救える。闇のどん底から、お前を引きずり出せるんだ」

 

 膝に手のひらを乗せ、体重をその手に込めながら俺は立ち上がる。

 

「間違った覇の理に身を沈めるな。お前の想いは、お前の本当の強さはそんな軽いものじゃないだろ」

 

 あるのは力だけだ。

 こいつの拳がいくら重かろうと、必殺だろうと―――それでもこんな拳、羽のように軽い。

 本当のこいつ―――仲間を失って、悲しみにくれても前に進んでいた『兵藤一誠』の拳は、どんな神でも魔王でも敵わない力がある。

 復讐だけの拳なんて!

 アイが―――アーシアが望んでいるわけないんだ!!

 

「黒い赤龍帝。俺はお前を敵のように思えなかった。それはきっと、お前が誰よりも()であったからだ」

 

 もしくは、こいつという存在は俺にとって可能性だったのかもしれないんだ。

 復讐にだけに生きる意味を見出してしまった力。

 ……俺がそうならなかったのは、やっぱり家族の存在なんだ。

 俺を支えてくれた父さんと母さん。

 俺が異質な存在であることを分かっていてなお、それでも俺にひたむきな愛情を向けてくれた。

 ……家族を殺され、仲間を殺されたお前の気持ちは痛いほど分かる。

 だから俺はお前を否定しない。

 否定せず、受け入れる。

 

「お前を全部俺に―――いや、違うか」

「―――そうっすよ! 一人だけでかっこつけないでください!!」

 

 ……俺の隣に立つ一誠は、そのような声音で肩を叩いてきた。

 そう、俺だけじゃない。

 ここにいる兵藤一誠は、三人だ。

 これは自分自身たちとの戦いだ。

 他の誰も介入させない。

 

「―――俺たちに、全部ぶつけろ。兵藤一誠(・ ・ ・ ・)!!」

『―――ガァァァァァアアアアアアッッッ!!!!』

 

『Hell Dragon Eater……』

 刹那、黒い赤龍帝の体から無数と呼ぶべき歪な容姿の黒いドラゴンが湧き出る。

 それは俺たちのところは勿論、更に遠くで戦っている他の連中の方にも向かっていた。

 

「―――やっと、条件が整った」

 

 ……それを確認し、俺は肩から力を抜く。

 

『なるほど、相棒はずっとこれを待っていたのか』

『故に黒い赤龍帝の深層心理に揺さぶりを掛け続けた―――そう、守護覇龍を使うために』

 

 ……心の中で俺は頷く。

 そう―――俺がロキとの死闘において取得した、赤龍帝最高形態である紅蓮の守護覇龍は護ることに特化した超強力な力だ。

 だけどもちろんデメリットも存在していた。

 この力は護ることに特化しすぎて、ロキとの戦いの時のように乱戦。

 つまり戦争のような場でしか使えない力になったんだ。

 つまり一騎打ちでは力を使うことすらできない。

 ……仲間が危険に瀕したとき、この力は真価を発揮する。

 それを望んだのは俺自身なわけだけど、予想外に扱い難い力になったもんだ。

 まあその辺りの改善は今後、ドライグや先輩たちと相談するとして。

 今は―――

 

「……凄いオーラっすね、オルフェルさん」

「ああ、そうだな。なあ一誠」

「なんすか?」

「―――互いの、最強の力を使わないとあいつには勝てないと思う」

 

 ……俺は拳を隣に立つ一誠に向けてそう言った。

 

「……違いますよ、オルフェル。勝てるとか、勝てないとかそんな難しいことじゃなくてさ。たぶん―――あいつにはそれくらいの覚悟で向かわないといけない。他の誰でもない、俺たち自身が!!」

 

 一誠はそう断言し、そしてコツンと拳を合わせた。

 そして―――一誠は真紅のオーラに包まれた。

 対する俺は紅蓮のオーラに身を包み、俺の中で力を綻ばせる。

 

 ……全部一誠の言う通りだ。

 そうだ、ここまで来たのならばもう前に進むだけだ。

 

「これが最後だ、黒い赤龍帝。俺も出し惜しみはなしだ―――全力全霊を以って」

「あんたをぶっ飛ばす! 目を覚ましやがれ!!」

『――――――』

 

 ……言葉は返ってこない。

 だけどそれでいい。

 そして―――

 

「我、目覚めるは―――」

 

「我、目覚めるは―――」

 

 その力を行使するために必要な呪文を紡ぐ。

 

「―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり」

 

「―――王の真理を天に掲げし、赤龍帝なり!」

 

 ―・・・

 

『Side:木場祐斗』

 

 一体、どれほどの攻防を繰り返しただろう。

 グレモリー眷属を相手取っている並行世界のアーシアさん……アイはどんな攻撃もことごとく防ぎ、確実に僕たちをダメージを与えている。

 神器の禁手、培ってきた魔術や魔法の数々、魔物を操る力。

 まるで魔王クラスの人物を敵に回しているような気分だった。

 それほどに―――

 

魔女の嘲笑(ウィッチ・プア)

 

 彼女は、強かった。

 彼女から放たれる深緑色の殺傷力抜群の破壊オーラが僕たちに向け放たれる。

 その威力は一切衰えていない。

 ……彼女の覚悟は、それほどに凄まじいんだ。

 自分の世界のイッセーくんのために、文字通り命を対価に僕たちと戦っている。

 

「どうして……どうしてなの!? どうしてそれほどに思っているのに、あなたはイッセーを止めないの!!」

 

 リアス部長は手に平に破滅の魔力をまとわせ、アイへと言葉を投げ掛けながら放つ。

 対するアイは深緑色のオーラを放ち、それを相殺すると共に魔方陣を幾重にも展開した。

 

「……ぬるま湯に使っているあなたたちには分からない。イッセーさんの優しさも、悲しい強さも……―――そんな綺麗事を考えるほど、私に余裕はなかったんですっ!!」

「きゃぁっ!?」

 

 その魔法陣から放たれる攻撃により、部長は後方に吹き飛ばされる。

 

「部長っ! 貴様ぁッ!!」

「私も加勢するわ、ゼノヴィア!!」

 

 するとゼノヴィアとイリナさんが部長へと追撃するアイへと剣を向けて特攻する。

 ゼノヴィアのデュランダルの剣先がアイに到達しようとする時、さらに魔方陣が一つ展開された。

 

「そんな小細工、真っ向から破壊してやるッ!!」

「―――ゼノヴィアさん、あなたはやっぱり、変わらないんですね」

 

 ……そのとき、アイは少し寂しそうな表情を浮かばせながら瞳を閉じ、そして―――ゼノヴィアはその場から、姿を消した。

 

「ぜ、ゼノヴィアをどこにやったのよ!!」

「……遥か上空に転移しました。防御に徹底すれば死ぬことはないでしょう」

 

 アイは残酷な宣告をし、そして深緑のオーラを鞭のようにしならせてイリナさんを叩きつける。

 更に魔方陣によって後方に吹き飛ばされ、ふっと息をつく。

 ……刹那、僕たちの上空からゼノヴィアが落ちてきて、地面に叩き落ちた。

 

「かはッ……」

「ゼノヴィアさん、イリナさん!! すぐに治療を!」

 

 するとアーシアさんが二人の治療に取り掛かるも、さっきからその繰り返しだ。

 故に明らかにアーシアさんにも疲労が見えていて、もうこれ以上アーシアさん頼りになるわけにはいかない。

 僕は聖魔剣を幾重にも生成し、それを空中に浮かばせてアイへと同時に放つ。

 

「……魔女の嘲笑(ウィッチ・プア)

 

 しかしそれも深緑色のオーラと魔法陣による圧倒的破滅力で消え去る。

 ……あれはリアス部長の力を体現しているのか?

 

「決して、あなたたちには負けない。譲れないんですよ、私は。壊れてしまった私たちは、もう寄り添うことしかできない。他の誰にも理解されないし、理解されなくても良いんです―――例えここで死んでも、それでイッセーさんが元に戻ってくれるなら……ッ!」

 

 ……するとアイは、口から血を吐き出す。

 目は充血し、それでも彼女は倒れなかった。

 あんな力を限界も考えずに使っていたら、体に負担がかかるに決まっている。

 それでも彼女が倒れないのは、それは彼女の意地なんだろう。

 ……だけど

 

「―――僕たちにだって意地がある。譲れないものがある。僕の親友は、今全力を以って死戦ともいえる戦いに望んでいるんだ」

「……だから、早く駆けつけなくちゃならないんです」

 

 僕の隣の小猫ちゃんがキュッと拳を握って、アイにそう言った。

 

「ええ、そうでしたね。あなたたちは―――私の愛したグレモリー眷属は、そうでしたね」

 

 ……天使のような微笑み。

 思わず見惚れるほどの、戦場において不似合いなほど綺麗な笑みを彼女は見せる。

 ―――それは僕たちの知っている、アーシア・アルジェントの素顔だった。

 ……そうだ。彼女の本質は何一つ変わっていない。

 僕たちと戦うことも、心苦しくないなんてことはありえないんだ。

 それでも彼女は戦うことを選んでいる。

 譲れない想い、自分の愛する人を救うために、ほんの小さな糸口を希望にして戦っているんだ。

 

「……アイさん」

「……なんですか?」

 

 するとアーシアさんが、自身であるアイに向けて声を掛けた。

 二人のアーシアさん。

 僕たちはその奇妙な光景を固唾を呑んで見守ることしかできない。

 

「……私はイッセーさんのことが大好きです。いつも私を可愛がってくれて、頭を撫でてくれて、優しいイッセーさんのことが大好きです」

「ええ、私もそうです。愛してます、彼を」

「―――だったら、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんですか?」

 

 ……僕たちもハッとなった。

 アーシアさんの言葉を聞き、不意にアイの顔を見た。

 しかしそこには涙なんてなく、無表情のアイの顔があるだけ。

 だけどアーシアさんは続ける。

 

「アイさんは、イッセーさんを大好きといったとき、どこか悲しそうな顔をしました」

「そ、そんなことはありません! 何を根拠に―――」

「私は! ―――アーシア・アルジェントですッ!」

 

 ……それは何よりも分かりやすい答えだった。

 

「分かるんです。アイさんはずっと悲しんでいる。ずっと、ずっと……。私の歩んできた道と、アイさんが歩んできた道は長さも、辛さも違います―――それでも悲しそうにしているのは、本当は」

「―――本当は、私は……私が、イッセーさんを、救いたい……ッ」

 

 ……そこでアイは表情を歪ませた。

 瞳には涙が溜まり、下を向き涙の雫を落とす。

 

「私は無力なんですッ!! 皆が死んだときも、私はただ奇跡的に生き残っただけッ!! いつも何もできなくて、今だって愛している人さえも自分ではどうにかできないッ!!」

 

 感情を吐露し、吐き出すアイ。

 

「でも、それでも前に進まないといけないんですッ! もう、私にはイッセーさんしかいないんです……。だから小さな光に手を伸ばすしかないんですッ! 皆が死ぬ間際に私たちに望んだ願いを、私は叶えないといけないんですっ!!」

 

 ……アイの深緑色と碧色のオーラが螺旋状に入り乱れる。

 目が赤く染まり、それが彼女の全力だということを瞬時に理解した。

 

「だから何があろうとここは通さない! それが今私がイッセーさんにできる、たった一つの―――」

 

 ―――途端に、アイへと向かって魔物が一斉に飛び掛った。

 しかしアイを中心とする深緑色と碧色のオーラのフィールドにあてられ、魔物は灰になった。

 

「―――恩返しなんです」

 

 ……彼女の心情は、なぜか僕たちの心に浸透した。

 いつも自分を助けてくれるのはイッセーくん。

 いつも僕たちを笑顔にしてくれるのはイッセーくん。

 いつも身を挺して、いつも誰よりも涙を流して傷ついて、誰よりも悲しむ。

 それでも前に進む。

 そうだ、彼はそんな人だ。

 だからアイは何があろうと、あの場を退かない。

 

「さあ、もう終わりにしましょう。この戦いに終止符を……―――」

 

 アイが、そう言おうとした瞬間だった。

 ―――戦場に、鮮血が飛び散る。

 それは僕たちでもなく、魔物でもなく―――アイだった。

 彼女のお腹からは腕のようなもので貫かれていて、すぐに引き抜かれる。

 アイは呆然とした表情になり、そしてその場に倒れた。

 

「……そう、ですか。……イッセーさん、あなたはもう……」

 

 ……アイが倒れ、その後ろには化け物がいた。

 黒い翼を背に形成し、下半身は東洋の龍の形態をしたどす黒いドラゴン。

 恐れおののくほどの歪なオーラを発する存在に、アイは抵抗することもなく倒れた。

 ―――アーシアさんと同じ顔の女性が、死ぬ。

 僕の頭にそんなものが過った。

 

聖覇の龍騎士団(グローリィ・ドラグ・トルーパー)!!!」

 

 僕は聖魔剣を一旦解除し、神器を聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)へと変更する。

 そして即座に神器を禁手させ、僕の神器の禁手である僕と同じ背丈の龍の容姿を模した甲冑を身にまとう龍騎士団が幾重にも生まれる。

 そのうちの一人をアイの方に向かわせて敵を屠るように聖剣を振りかざす。

 ―――しかし、剣は敵を切り裂くことができなかった。

 

「ッ!? 騎士団よ、アイを救出しろ!!」

 

 僕の言霊で甲冑の騎士は僕と同等の速度で動き、敵に襲い掛かる部隊とアイを救出する部隊で分かれる。

 救出部隊は的確にアイを救出し、そして強襲部隊の騎士は―――全滅していた。

 

「……なんだ、あの化け物染みた強さは」

「それだけじゃないわ―――」

 

 リアス部長は一筋の汗を垂らしながら、その化け物の後方を見た。

 ……そこには、アイの展開した結界を破り、こちらに来ている幾重もの歪なドラゴンだった。

 それはアイの放ったミドガルズオルムを貪るように捕食し、そして僕たちに襲い掛かりそうなほどに獰猛な目をこちらに向けていた。

 ……いったい、何が起きているんだ。

 っと、僕の傍に救出部隊の残りの甲冑が辿り着き、アイを僕に渡す。

 

「な、ぜ……敵である、わたしを……?」

「……さあ、なぜでしょうね。ただ一つわかることがあるとすれば―――僕の親友なら、同じことをしていました」

 

 僕はアイに視線を向けず、ただそう言う。

 アイの傷はとても深く、放っておいたら簡単に死にいたってしまうほどだ。

 

「木場さん! アイさんをこちらに!!」

 

 すると僕から少し離れたところにいるアーシアさんが少しばかり大きい声量でそう叫んだ。

 僕は騎士団を化け物の足止めをするために放ち、アイを抱えてアーシアさんの方に向かう。

 アーシアさんは神器を展開し、アイに碧色のオーラを照らして治療を開始した。

 

「……状況は最悪よ。何者かもわからない謎の生物が、大量にこっちに進軍している。しかも一匹の強さが異常な強さ。祐斗の騎士団を紙のように軽く壊しているのだから相当なものよ」

 

 僕の騎士団はお世辞にもまだ強いとはいえない。

 僕の実力までは再現できていないけど、でもそれでも速度は僕のものを再現できているんだ。

 それでなお圧倒される僕の騎士団。

 ……まずいかもしれない。

 

「部長! 私とイリナはとにかく奴らを一匹でも多く屠る!」

「いくわよ、ゼノヴィア!!」

 

 するとゼノヴィアとイリナさんが互いに翼を展開し、空中から化け物たちに攻撃を開始する。

 それを見計らうように後方より朱乃さんが雷光を、ロスヴァイセさんが北欧魔術による遠距離攻撃でサポートをする。

 ギャスパーくんは小猫ちゃんと連携して化け物の動きを一瞬止め、小猫ちゃんが止まった隙を突いて打撃を放っていた。

 だけど戦況は好転せず、ただ一撃でも敵の攻撃を受けるわけにはいかないと思わせるほどの違和感を奴等から感じるのみだ。

 

「アザゼル、これはどういうことだ。一体何が起きている?」

「さぁな。だけどこうなっちまったらお前との喧嘩は後回しだ―――おい、お前なら何か知っているんじゃねぇか?」

 

 すると僕たちの後方より、はるか上空で激闘を繰り広げていたアザゼル先生とヴァーリが現れた。

 二人とも損傷が激しく、肩で息をしている。

 ……そしてアザゼル先生は、アイをじっと見てそう言った。

 

「……あれは、私の世界のイッセーさんが暴走した証拠。……全てを地獄に落とす、獄覇龍の力の一つです」

 

 アーシアさんに治療されるアイは、肩で息をしながら話を続ける。

 

「……獄覇龍だと? つまりなんだ。お前の世界のイッセーは、覇の理を完全なる負のものへと最悪の進化をさせちまったってことか?」

「…………」

 

 アイはアザゼル先生の言葉に対して、無言という形で頷く。

 でも覇龍ならこれも納得できる。

 これほどの攻防をしても、僕たちの攻撃が今一つ効いていないのも理解できるものだ。

 だけど理解できても、今の現状をどうにかなんて―――

 

「―――それも、一つの答えなのかもね。ね、アルアディア」

 

 ―――戦場に、新しい声が聞こえた。

 その声が聞こえたと思ったとき、僕たちの横から不意をつくように化け物が襲いかかってきて、すぐさま僕は聖魔剣を創り出してそれを迎え撃とうとした。

 でも、それは意味のない行為だとすぐに理解した。

 

「無理やり介入した甲斐があったよ♪ これでまた、彼のあれを見ることができる♪」

『Demising!!』

 

 聞いたこともない電子的な音声が響いたと思うと、僕たちに襲い掛かろうとしていた化け物は正体不明の()に覆われる。

 その黒とも闇ともいえる不気味なオーラは化け物を飲み込み、包み込み―――そしてまるで存在そのものを消し飛ばしたとでも言ったように、跡形も残らず化け物を消失させた。

 ……なんだ、今のは。

 僕たちは先ほど声が聞こえた方を見る。

 ―――そこには、白い布のようなものを頭から被って、口もとしか見えない存在がいた。

 声音と口元を見る限りでは女性だろうけど、今はそんなことは関係ない。

 

「―――何者だ、あなたは」

「ん? ああ、そっか。私の知ってる君じゃないんだ~。う~ん、そうだねぇー。私は言わば―――傍観者かな?」

 

 ―――すると、白いローブの女の後ろに化け物が何十匹も一斉に襲いかかろうとしていた。

 僕はそれに驚愕し、今すぐに動こうとした。

 

「ただし―――」

『Force!!』

 

 女は後ろに意識など何も向けず、ただ手のひらに先ほどの黒い何かを集める。

 そして―――

 

『Demising!!!』

 

 いつの間にか手の内に展開された常闇の巨大な鎌を一振り、後ろの化け物たちに振りかざす。

 たった一動作。……たったそれだけの行動で、後ろの化け物たちは闇に飲まれるように苦しみ、程なくして消滅する。

 

「私の邪魔をする子は、こんな感じに終わらせるけどね♪」

 

 ―――言わば、圧倒的。

 戦いなどその者には存在しなく、ただ圧倒的なまでの力でただ敵を蹂躙する。

 途端に僕たちはこう思った―――こいつは、敵であると。

 奴は僕たちには興味はなく、何かを目的にここにいる。

 だけど僕の手は恐怖で震え、目の前の敵を討とうとなど考えることができなかった。

 

「それが正解だよ、平行世界のグレモリー眷属。もしちょっとでも私の邪魔をするならね? ……たとえ彼の大切でも、壊すんだよ。私はね♪」

「…………っ」

 

 僕たちは動けない。

 しかし目の前の敵はこの謎の女だけではない。

 僕たちをいつの間にか覆い囲んでいた謎の黒いドラゴン。

 一匹一匹から歪なほどの威圧感を感じさせる化け物。

 僕たちは、こんな化け物たちを相手にして生き残れるのか?

 

「んー、ねぇ、アルアディア。この世界のこいつらはつまんないね?」

『そういってやるな、我が主様よ。彼らは彼らの世界で回っている―――そもそもお前は兵藤一誠という存在がいなければ、全てがつまらないだろう?』

 

 ―――待て、こいつらは今なんて言った?

 いったい、何を考えている?

 謎の声との会話から察するけど、おそらくこいつらはオルフェルさんの世界の存在だ。

 なぜここにいるとか、そんなことはどうでもいい。

 ……目的が、分からない。

 こいつは何のためにここにいて、何のためにこんな暴挙に出るのか。

 戦場を混乱させるんだ、こいつは!

 

「私はこの世界で何かすることはないよー? それよりも、君たちも見ておいたほうが良いよ? ―――ここからが彼の本当の本質。あー、綺麗だな~」

「な、なにを言って―――」

 

 ……女の返事を待つまでもなく、僕は肌に暖かいものを感じた。

 見れば僕たちへと化け物が襲い掛かっている光景が目に映った。

 だけど僕はなぜか、何もしなくても良い(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ような気がした。

 なんだろう、この感じは。

 

「―――あれ、が……違う世界の、イッセーさんの……、オルフェルさんの答え……」

 

 ……アーシアさんの傍で治療を受けるアイが、遠くの地平線を見つめていた。

 僕もそこに目を向ける。

 ―――そこには、紅蓮と真紅の織り成す美しい光景があった。

 その光景が僕の目に映った瞬間、僕たちの周りにいくつもの魔法陣が展開される。

 それは紅蓮の色で、文様はドラゴンのようなものだった。

 そしてそこから現れるのは―――紅蓮の色彩を放つ、大きなドラゴン。

 そのドラゴンは僕たちを化け物から護るように体を張り、傷つきながらも僕たちを確実に護っていた。

 

「兵藤、一誠……たちの、答えが……戦場に揃ってしまう……」

 

 アイはその場から立ち上がろうとする。

 きっと彼女は彼の……、自身の愛する『兵藤一誠』の元に行こうとしているんだ。

 傷も癒えぬまま、彼女は虚ろな目であの戦場に向かおうとしていた。

 

「―――あなたは面白いね」

 

 すると僕たちの視線にいたはずの謎の女は、いつの間にかアイの近くにいた。

 黒い霧のようなものを辺りに漂わせていて、女はアイの頬をそっとなぞって彼女を見る。

 

「良いよ、あなたの望みを私が叶えてあげる。連れて行ってあげるよ、彼の元に」

 

 女はアイを謎の霧で包み込み、その場に浮遊する。

 アイはいまだ呆然とした表情をしながらも、女とともにその場から消え去った。

 その光景に僕たちもまた呆然としてしまう。

 

 ―――我、目覚めるは王の真理を天に掲げし赤龍帝なり!

 

 その最中―――僕たちの耳に、透き通るように二つの呪文が聞こえた。

 一つは僕たちの大切な仲間のもの。

 そしてもう一つは……

 

 ―――我、目覚めるは……優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり

 

 優しいドラゴンのものだった。

 

『Side out:木場』

 

 ―・・・

 

「我、目覚めるは―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり!」

「我、目覚めるは―――王の真理を天に掲げし赤龍帝なり!」

 

 俺たちは同時に呪文を発する。

 それは俺たちが決めた答えであり、決意の証明。

 

「無限を愛し、夢幻を慕う―――ッ!!」

「無限の希望と不滅の夢を抱いて王道を行く―――!!」

 

 俺たち互いの籠手より先輩たちの声が響き渡る。

 それは共に互いに呪いめいたものではない、純粋な声。

 

「我、森羅万象、いついかなる時も笑顔を護る紅蓮の守護龍となりて―――!!」

「我、紅き龍の帝王と成りて―――!!」

 

 宣言をするように、前に進むために。

 

「汝を優柔なる優しき鮮明な世界へ導こう―――ッ!!!」

「汝を真紅に光り輝く天道へ導こう―――ッ!!!」

 

 ―――あいつを救うために、この力を使う!

 

『Juggernaut Guardian Drive!!!!!!!!』

『Cardinal Crimson Full Drive!!!!!!!!』

 

 ……俺と一誠の鎧が完全に形を変える。

 俺の鎧からは必要最低限の鎧が全てパージされ、顔も外気にさらされた、さながら騎士のような姿。

 一誠からは鎧の色が真紅というほど―――リアスの髪と同じ色になっており、トリアイナのときに感じたオーラよりも何倍もの力を感じる。

 そうか、これが一誠の出した答え。

 覇龍に変わる、一誠の絶大な力なんだ。

 

「これが最終決戦だ―――行くぜ、一誠!! あいつを救うために!!」

「はい!! うぉっしゃぁぁ、行くぜドライグ!!」

『ガァァァァァァァアアアア!!!』

 

 

 今、この場に漆黒と紅蓮と真紅が出揃う。

 救うための戦い。

 ―――今、兵藤一誠の最終決戦が始まる。



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第11話 譲れないもの

「本当に良いのか? こんな荒療治、悪いが成功するとは思えん」
「分かっています。私も上手くいくとは思えませんし、それに―――奴が違う世界に飛んでしまった。そう知れば彼はきっと止まりません」
「なおのことだ。一度行けば、帰ってくる手立てはない。例え我ら魔王が手を貸しても、戻れる確証はないのだぞ」
「それも分かっています。……それでも私は、例え可能性が限りなくゼロに近くても。それでも託したいんです。私には彼をどうにかすることは出来ないし、何より手立てがない。ならば私は私に出来ることをするしかない―――とっても、簡単なことだとは思いませんか?」
「……存外頑固なものだな。その勇ましい顔、お前の主だったあいつにも見せてやりたいものだ」
「それをいうならあなたの現在の御姿を見せたいものです。私の大好きだった、あの方に……」
「…………そうだな、感傷に浸っても致し方ない―――もう、行くのだろう?」
「ええ。私は奴を殺すため、彼について行きます。……そして、彼を倒せる違う世界の『彼』を巻き添えにして……行きます」
「……関係のない者を巻き込むのは、お前の本質からすれば辛かろう―――それでも前に進む貴殿の心意気、俺は全力を以て賞賛する」
「……ありがとうございます。魔王様」
「はは、堅苦しいな。これが今生の別れにもならんとするのにな―――どうだ? 昔のように俺を読んでみたらどうだ?」
「ルシファー様をそのように呼ぶなんて、無礼です」
「今この場において無礼などもあるか。俺は奴の友としてこの場にいる。ならば今の俺は魔王ではなく、あいつと拳を交わしたただの『漢』でしかあるまい」
「…………ふふ。そういう任侠なところは昔から一切変わらないんですね―――様」
「……ああ、この気質、恐らく死ぬまで治らん」
「故にあなたは魔王になったのです。その優しさが、剛腕なる拳が魔王になる所以となった―――今は亡きかの魔王の後を継ぐのはあなたしかいなかったのです。あなただから、私もまた信頼できる」
「……止めてくれ。これでもこの漢は最近涙腺が緩んでいてな。年もとるモノだ―――自然と、涙が溢れそうになる」
「……それは私たちが仮に帰ってこれた時に流してください。……では、行ってまいります。―――様」
「ああ、行って来い! そして土産話をとくと聞かせろ! 違う世界のあいつが―――兵藤一誠がどのような漢気を魅せたかをな!」
「―――はい!」





―――そして彼女たちは、旅立った。


     紅蓮の(クリムゾン・ジャガーノート・)守護覇龍     (ガーディアンドライブ)

 ロキとの一戦を経て、俺が長い時間をかけてようやく見つけた答えを具現化させた力。

 護ることに関して特化した形態であり、護るために敵を倒す力を付加させたものでもある。

 護るためには傷つけなければならないという矛盾を受け入れた俺だから使うことが出来た力。

 ―――それを、あいつを救うために使う。

 

「行くぜ、守護覇龍。最初から、ギアは全開だ!!」

『Boost!!!!!!!!!』

 

 全身の宝玉より力強い倍増の音声が鳴り響く!

 たった一度の倍増で俺の中の力は極限にまで膨れ上がり、先程までとは比べ物にならないほどの速度で黒い赤龍帝の目の前まで移動した。

 ―――ドライグ曰く、俺とあの守護龍たちは繋がっている。

 俺自身が力を一度倍増すると、守護龍たちも力を倍増させ、その一端を俺へと送信するんだ。

 それにより俺は一度の倍増で禁手の時よりも素早く力を強くできる。

 純粋な意味で、これは赤龍帝においての最強を冠するにふさわしい力だ!

 

『Hell Dragon Arms……』

「……だったら、こっちはこいつだ!」

『Full Boost Impact Count 19!!!!!!』

 

 俺は至近距離で即座に流星を創り出し、黒い赤龍帝の両腕に展開された極太の腕を流星で消し飛ばす!

 更に所作をコンパクトにし、拳を強く握って、……黒い赤龍帝の腹部を全力で殴り飛ばした。

 

『!?』

 

 黒い赤龍帝はすぐさま空中にて体勢を立て直し、闇に染まったアスカロンを横薙ぎに振るって斬撃波を放ってくる!

 

『Fang Blast Booster!!!!!!!!!』

 

 ……しかしその斬撃波は俺に届くことなく霧散する。

 俺の後方より一誠が背中のレールカノンから魔力砲を放ち、斬撃波を完全に相殺したんだ。

 

「っし! ドライグ、細かい調整は頼んだぜ!」

『応ッ! あいつにばかり良い所を見せていては赤龍帝の名が廃る!!』

 

 更に一誠は発射口にオーラを集中させ、魔力をチャージさせていた。

 ……真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)

 この世界の兵藤一誠が至った覇の理を乗り越え、手にした答え。

 その色はあいつの愛する女の髪の色と同色で、煌びやかな紅の色に見惚れそうになるほどだ。

 あの形態はトリアイナにおける全能力が飛躍的にパワーアップしているだけでなく、鎧の基礎能力すらも大幅に上昇しているらしい。

 その代わりに体力の消耗が激しく、あまり乱発できるものではないと一誠は語っていたけど……

 

「オルフェルさん! 俺がどでかい花火を撃ち込みます!」

「……なら、俺は!」

 

 なら、俺はその補助に徹するだけだ!

 やることを全て理解した上で俺は行動する。

 黒い赤龍帝は俺の動きを察知したように絶叫のような叫び声を上げながら、更なる力を行使する。

 

『Hell Dragon Cage……』

 

 黒い赤龍帝は掌より小さな檻のようなものを展開し、それを俺へと放った。

 その檻は俺の近くで突如巨大化して俺を折檻するように包み込もうとする。

 先ほどは自分の身を護った盾を、次は拘束のために使うってわけか。

 

「来てくれっ! 守護龍よ!」

 

 俺は自身の身を守るため、即座に目の前に大きな魔法陣を展開する。

 そこより現れるのは自らの鎧と魔力を元に創った紅蓮の守護龍だ。

 守護龍は俺を守るように身代わりとなって檻に折檻され、そして次の瞬間だった。

 

『Hell Dragon Eater……』

「……っぶねーな、おい。そんな芸も出来るのかよ」

 

 守護龍が折檻された檻の内部には突如、ドラゴンズレイヤーの能力を持つ、魔力の塊のドラゴンが現れた。

 守護龍はそれらに傷つけられ、次第に体を失くしていく。

 ……ッ!! 守護龍とは俺の一部といっても過言ではない。

 もちろんダメージ共有などのデメリットはない。

 それでも俺を身を呈して守ってくれる守護龍が傷つくことで精神的な負担は掛かるんだ。

 だけど、守護龍は戦って守りーーーその傷は守護の誇りとなって、圧倒的相手を倒す礎となる!

 

『Guardian Booster!!!!!』

 

 その音声と共に守護龍は紅蓮の魔力が霧状になって、俺へと風に流れされるように漂ってくる。

 力は俺の中に入り、そして、……爆発する!!

 

「いくぜ、ドライグ!!」

 

 背中の翼を羽ばたかせ、俺は取り入れた守護龍の傷の力を使う。

 守護のための傷は誇りとなり、俺を突き動かす力となる!

 俺の体に装着される所々の鎧は紅蓮のオーラを撒き散らし、俺の拳は黒い赤龍帝へと放たれる!

 その拳に対して黒い赤龍帝はその極太の腕で対抗するように放ってきた。

 力と力のぶつかり合い。

 漆黒のオーラと紅蓮のオーラは螺旋状に絡み合い、激しい撃鉄の音を響かせながら拮抗する。

 

「……軽い」

 

 だけど次第にその拳は押され始める。

 執念と憎悪。その二つに支配された最凶の拳は強いのかもしれない。

 それでも……それでも!

 

「そんなもんじゃないだろ、兵藤……っ! 一誠っ!! お前の拳は―――最強だろ!?」

 

 己の無力さに涙して、それでも極め続けたこの男の強さは本物だ。

 俺を一度、完膚なきまで倒したこいつのあの時の拳はもっと強かった。

 拳ってのは力だけじゃないんだ。その拳で覆い隠すほどのたくさんの『大切』を背負うのが拳だ。

 だからこそ、ただの暴走の力は例え凶悪だろうと……、最悪だろうと!

 

「そんな拳に、俺は負けはしないッ!!」

 

 拮抗は消え去る。

 俺の拳は確実に黒い赤龍帝の力をかき消し、力任せに奴を後方へと殴り飛ばす。

 奴は宙に浮かび、圧倒的な拳の力に耐えようと何とかその場に踏みとどまろうとする。

 だけどそれは叶わない。

 

「オルフェルさん、引いてください! いくぜドライグ!!」

『応ッ! 相棒の全力を奴に放て!!』

 

 俺の後方に準備万端の一誠が銃口から熱気を迸らせながら、威勢の良い声を掛け声にも似た声を漏らす。

 俺はすぐさまに自分が今いる場から勢いよく上空へと上がる。

 そしてその刹那―――すぐ下にて恐ろしい威力の『何か』が放たれた。

 

「いっけぇぇぇ!! クリムゾンブラスタァァァァァァァァ!!!!!」

 

 一誠の背中の銃口より放たれるクリムゾンブラスター。一誠のトリアイナの僧侶モードの時に放たれたドラゴンブラスターよりも桁違いな魔力砲に黒い赤龍帝は完全に飲み込まれ―――ッ!? まだだッ!!

 

『ぐ、がぁ……だ、ま―――れぇぇぇぇ!!!!!!』

『Hell Dragon Head……!!』

『Hell Dragon Arms……!!』

『Hell Dragon Blade……!!』

 

 ―――相殺、している……ッ。

 黒い赤龍帝は、あの極限にまで強化されたクリムゾンブラスターを、真っ向から受け止めていた。

 腕は極太、尾には8つのドラゴンヘッドに、籠手より現れる通常の何倍にも巨大化している闇に堕ちたアスカロン。

 そして何より―――静かだった黒い赤龍帝に宿っているはずのドライグの声に、ほんの少し力があった。

 さっきまではずっと静かに、聞こえるか聞こえないかのレベルだった音声が、はっきりと聞こえた。

 ……変化している。

 あいつは、この戦いの中で確実な変化をしているんだ。

 ―――戦っているのは、俺たちだけじゃないんだ。

 黒い赤龍帝だって、己の中にある闇とずっと戦っているッ!

 それは強さだ。

 疑う事のない、信念のある立派な強さだ。

 俺は不意に武者震いで体を震えさせた。

 

「お前が限界を越えようとっていうんなら、こっちだって限界を越えてやる―――うぉぉぉぉぉぉ!!!」

『Full Boost Impact Count 20,21,22!!!!!!!!』

 

 俺は両腕の白銀の腕の宝玉を三つ砕き、一つは流星として。そしてもう二つを……身体強化に使うッ!!

 身体中の筋肉からは軋むような音が聞こえる。

 当然だ、今俺は本来一つでも十分に効果のある極限倍増による身体強化を、二度連続で行ったんだからな。

 ……俺も、限界を越えてお前に応える!

 俺は白銀の龍星(ホワイト・ドラグーン)を上空から黒い赤龍帝に放ち、更に一気に黒い赤龍帝の下方に回る。

 すると黒い赤龍帝は即座に俺の元に黒い歪なドラゴンを多数放った。

 

「来てくれ、守護龍たちよ!!」

 

 俺はドラゴンと同数の守護龍を生み出し、ドラゴンたちを横切って黒い赤龍帝へと拳を伸ばす。

 それとほぼタイミングを同じにして黒い赤龍帝は一誠のクリムゾンブラスターと、俺の流星を完全に相殺し、俺を迎え撃つように同じように向かってくる。

 

『Hell Dragon Lance……!!!!!!』

 

 ―――あの時、あの化け物を一瞬で屠った槍が黒い赤龍帝の手の平に形成される。

 間違いない、あの形態の切り札があれだ。

 肌で感じる圧倒的な破滅力。触れただけで自身が消え去りそうな恐怖に襲われる。

 ……ギュッ。……なんだ、拳は握れるじゃねぇか。

 だったら、問題ない。

 拳が握れるのなら、俺は出来る。

 ―――なんでも、出来る!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!! 鎧、パージ!!!」

『Star Sonic Booster!!!!!!!』

 

 俺が最後の切り札を出そうとした時、クリムゾンブラスターを放ち終えた一誠が鎧を騎士化して黒い赤龍帝に特攻をかける。

 俺よりも先に二人の距離は縮まり、そして一誠はそれを見計らい鎧を更に変化させた。

 

『Solid Impact Booster!!!!!!!』

 

 近距離に近づいた瞬間に鎧を戦車化させ、鎧自体を堅牢なものに変化させ、更に肘の撃鉄を打ち鳴らすッ!

 それによりオーラが更に倍増し、更にその拳には倍増されたアスカロンのオーラすらも含んでいた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!!!!!!』

 

 更にそれを赤龍帝の力によって三度倍増する!!

 

「後先なんて考えねぇ!! ただあんたに俺の拳を届かせるッ!! だからさっさと目を覚ましやがれぇぇぇぇ!!!」

『うがぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!』

 

 黒い赤龍帝は黒い檻を幾重にも展開し、一誠を折檻しようとする。

 ……だけど今の一誠は止まらない。

 後先なんてものをすべて排除し、その一撃に全てを掛けた一誠の最強の拳。

 それは黒い赤龍帝の即席の檻を嘘のように壊し尽くし、更に背中の翼と噴射口から魔力を噴射させ、黒い赤龍帝へと瞬間的に距離を詰める。

 そしてその拳は―――黒い赤龍帝の顔面へとクリーンヒットした。

 ヘッド部分の鎧とマスクはものの見事に粉砕し、黒い赤龍帝の相貌が露わとなる。

 目は赤く染まり、光彩はなくなった虚ろな目。

 しかし狂気に満ちたその怒っているような表情は、震えさせるには十分なくらいなもんだ。

 黒い赤龍帝はギロリと一誠を睨み、その黒い槍の先を一誠に向ける。

 大量の血反吐を吐きながら、一誠へと槍を投槍しようとしていた。

 ……準備は万端だ。

 俺は一端、目を瞑る。

 浮かぶ光景は白い空間。

 赤龍帝の神器の奥底にある、歴代の赤龍帝が陳列する空間。

 意識をその一席に向けると、そこには『俺』がいた。

『俺』は言葉を発することなくその場から立ち上がり、そして穏やかな表情で俺の中へと没入してくる。

 

 ―――全ては守護のために、救いのために力を使おう。皆の笑顔を護って、俺も笑顔で居れる世界を護る。

 ―――守護の誇りを集め、紡ぎ、全てを護る覇者となる。

 ―――それこそが。

 

『―――俺たちの掲げた、答えだ』

 

 ……呪文のような思いを胸に抱き目を開く。

 俺の元には四方八方より紅蓮のオーラが集結し、俺の声も違う声音の声と重なり合うようなくぐもった声となった。

 俺の両腕の白銀の腕はそのオーラを受け取り切れずに崩壊し、本来の赤龍帝の籠手が出現する。

 そして―――

 

『Guardian Drive Boosting Explosion!!!!!!!!!』

 

 紅蓮の守護覇龍の最大出力を示す音声が、戦場に鳴り響いた。

 

『紅蓮の守護覇龍、最終形態。赤龍帝との完全同調(フルシンクロ)。いくぞ―――死滅の獄覇龍・兵藤一誠!!』

『るぁぁぁああああぁぁぁぁああああ!!!!!!』

 

 俺と黒い赤龍帝は決着を付けるため、互いに力と力を交わす。

 黒い赤龍帝は槍を振るいながらも恐るべき俊敏性に富んだ動きで空中にて立体的な戦闘をするのに対し、俺は目の前にくる脅威だけを確実に取り払う。

 あの槍は必殺の武器だ。

 一度でも当たればただでは済まない。

 

『ッ! はぁ!!』

 

 紅蓮のオーラを大幅に含ませた拳で槍をいなし、懐に入って黒い赤龍帝の腹部に拳を放つ。

 黒い赤龍帝もまたマスクが消し飛んでいるためか、奴は口から血反吐を撒き散らして後方に後退る。

 更に尾より8つ首のドラゴンヘッドを放ち、更に凶悪な黒い魔力弾を縦横無尽に放ってくる!

 俺は即座に身に迸るオーラの一部を球体にし、それを放つ。

 ビー玉ほどの小さな球体を八つ首のドラゴンヘッドに投げると、それはハリネズミのように棘のある状態となり、ドラゴンヘッドを全て突き刺して宙にて霧散させた。

 ―――ッ!!

 

『がッ!? ……流石だな、この威力……っ』

 

 凶悪な魔力弾は俺の鎧のない横腹を抉り、血をダラダラと地に垂れ落ちる。

 ……俺もそろそろ限界に近いんだ。

 それはあいつも同じなんだろう。

 既にあいつは新たな黒いドラゴンを顕現することも、あの極太の腕を再生させることもしていない。

 あいつにあるのはあの黒い槍と、片方の極太の腕だけだ。

 すっと、息を整える。

 傷は痛むけど我慢できないほどではない。

 ―――一撃だ。

 あの一撃に全てを賭ける。悪神ロキを倒した、守護覇龍の必殺技を。

 最後に決着をつけるのは、……はは。

 やっぱりこいつ(・ ・ ・)しかねぇよな。

 

『全ての力を、この拳にッ!!!』

『き、えろ……キエロォォォォォォォォォォォッ!!!!!』

 

 俺の拳には身体中に迸る紅蓮のオーラが全て集まっていく。

 黒い赤龍帝の槍を含める腕には、奴の纏う全ての闇が集まっていき、槍と拳がほぼ一体化したようになる。

 ―――考えることは、一緒かよ。

 

『いくぞ―――守護龍の(ガーディアン)

 

 ……黒い赤龍帝は瞬時に俺へと近づく。

 無駄など一切ない、ただ真っ直ぐな動き。

 拳を振りかぶり、腰を捻らせ―――漆黒を纏い、拳を振るう。

 俺はそれに合わせるように冷静に奴を見て、そして放つ!!

 

『―――逆鱗(ストライク)ッ!!!!!!』

『ガァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァアアアッッッ!!!!!』

 

 紅蓮と漆黒のオーラが、拳を介して荒れるようにぶつかり合うッ!

 龍殺しの性質故か、漆黒のオーラが迸るごとに俺の鎧は砂になるように風化していく。

 だけど拳は引かない。

 辺りに凄まじいオーラを撒き散らしながら、真正面から黒い赤龍帝と顔を見合わせる。

 ―――傷だらけの顔。酷く伸びた茶色の髪に、光を失った目。

 ……復讐のためだけに生きて、果たして闇に堕ちこんだ兵藤一誠。

 本当なら、お前は倒さないといけないような存在なんだろう。

 お前たちがこの世界に来てしまったせいで傷ついた存在がいた。

 殺されてしまった人間だっている。

 その人たちに報いるためには、俺はお前を倒さないといけないんだろう。

 だけどそれでも、敢えて俺は断言する。

 俺は、……お前をッ!!

 

『―――お前を絶対に、救って見せるッ!!!』

 

 バキッ!!!!! ……そのような音と共に、黒い赤龍帝の右腕の槍に亀裂が入る。

 

『お前がそれを例え望んでいなくてもッ!!』

 

 更に拳を押し込んで、紅蓮のオーラを更に大きくさせる。

 

『―――お前を愛する人がいるからッ!! 約束したから! だから―――倒すッ!!』

 

 亀裂は更に大きくなり、黒い赤龍帝を後方に押し込み始める!

 そして―――漆黒のオーラは全て消え去り、俺はその拳で黒い赤龍帝の顔面を全力で殴り飛ばすッ!!

 

「くっ……はぁ、はぁ―――融合が、終わったのか?」

 

 それと共に俺の守護覇龍の最終形態が解除され、紅蓮のオーラがほぼ全て霧散する。

 ―――そして、俺の目の前に極太の拳が映った。

 

「ッ!? まさか、あれをうけてまだッ!?」

 

 俺は咄嗟に防御に構えようとするが、先ほどの攻防で全身から血が流れ、体の動きが鈍る。

 まずい、このままじゃッ!!

 

『あ、が……がぁぁッ!』

 

 黒い赤龍帝の、満身創痍の最後の拳が俺に振るわれ―――

 

 

 

 

 

『Fang Blast Booster!!!!!!!』

 

 ―――突如、下方より真紅の魔力砲が黒い赤龍帝の極太な腕を貫く。

 俺はふと下を見ると、そこには…………

 

「へへッ……。一矢、報いたぜッ!!」

 

 ―――共に満身創痍の一誠が、最後の力を振り絞ってクリムゾンブラスターを放った姿があった。

 

「オルフェルさん! あとはあんたに任せるしかないッ!! だから―――いっけぇぇぇぇええええ!!!!!」

「ああ、そうだな―――お前のくれた希望を、絶対に逃さないッ!!」

 

 ……俺は宙に舞う黒い赤龍帝へと照準を合わせる。

 先程の一撃で黒い赤龍帝は完全に不意を突かれ、一瞬だが反応が遅れている。

 守護覇龍はまだ解除はされていなく、俺はまだ辺りに残る絞りかす程度しかない紅蓮のオーラをかき集める。

 ……でもするのは守護龍の逆鱗(ガーディアン・ストライク)ではない。

 こいつは救う力。

 対象は黒い赤龍帝だけかもしれない―――それでもあいつを救えるなら、これは優しい力だ。

 鎧は既に左腕の籠手だけで、その籠手に全ての紅蓮を集める。

 ……この拳で、俺はあいつの中の闇を取っ払う。

 出来る出来ないとかそんなんじゃない―――するかしないかだ。

 俺は何とかして見せる。

 だからお前もさ、黒い赤龍帝。

 いい加減―――

 

「―――目を覚ませよ、このバカヤロォォォォォォォォッッッ!!!!」

 

 黒い赤龍帝の頬を完璧に拳が捉え、紅蓮の拳は完全に黒い赤龍帝を貫く。

 その瞬間、俺の心に何かの声が届くような感覚に囚われる。

 

『……なん、だよ……。お前はどうして、そんなにも、真っ直ぐに……なれるんだよ……』

 

 その声は間違いなく黒い赤龍帝のものだ。

 奇跡と呼ぶべき現象なのか、それとも同じ赤龍帝だからこそ実現できることなのか。

 そんなことは知らないけど、しかし声は届く。

 

『お前と俺は……似てるのに……。どうして、お前の拳はそんなにも重いんだ―――強いんだ。こんな俺を、救ったって誰も救われないのに……ッ。どうして、どうして……』

 

 こいつの本音が心に届く。

 涙声だ。今にも死にそうな声だ。

 だけどこれが黒い赤龍帝の本心なんだ。

 なら俺は応えないといけない。

 同じ赤龍帝として―――兵藤一誠として。

 

「俺だって仲間を信じなくて、傷つけて、泣かしてしまったことが何度もある。自らを犠牲にして、失うことに恐怖して、護らないといけないという強迫観念に囚われていた」

 

 だけどそれが間違いという事に気付いた。

 気付かされたんだ、他の誰でもない仲間に。大切な人達によって。

 

「結局俺は原点回帰だった―――俺は誰よりも笑顔で居たかった。仲間と共に、大切な人達を笑顔にして自分も笑顔で居られる。そのために全てを護りたかった。自分の欲望も、強迫観念も実のところは全く同義だったんだ」

 

 黒い赤龍帝は地面に堕ちて行く。

 鎧は完全に解除され、血を流しながら。

 

『もう、俺には生きる糧なんてないんだ……。護る仲間もいない。信念すらも当の昔に捨て去った。プライドも、自分の価値も。愛する人も―――』

 

 ……しかし、その言葉を口にして黒い赤龍帝は声を押し殺すように黙りこくる。

 ははは―――なんだよ、分かってんじゃねぇか。

 

「愛する奴はいるだろ? お前のために全てを敵に回して、平行世界までお前を救うために行動出来るとびっきり良い女がさ。もしお前が生きる糧がもうないのなら―――まずは足掻いてみろよ」

『―――足掻く?』

「ああ。足掻くことを生きる糧にしてみろよ。お前が色々な人を傷つけてきたなら、それを償えるくらいに何かを救う。もちろん、それは一人じゃ無理な事かもしれない。でもさ……」

 

 ―――お前は、一人じゃない。

 そう心で呟いた時、空に黒い赤龍帝を支える存在が現れた。

 フラフラと落ちていくあいつを、ゆっくりと……さながら、聖母のように優しく包み込み、抱きしめる存在が。

 アイが……平行世界の、アーシア・アルジェントが兵藤一誠を抱きしめていた。

 

「―――本当に、イッセーさんはいつもいつも一人で抱え込んで、傷ついて……」

「……アー、シア……」

 

 微かに残るあいつの意識は、包み込む存在をアーシアと認識する。

 平行世界のアーシアはしかしなお微笑んで、その体を抱きしめ続けた。

 

「でも、イッセーさんはいつも私を救ってくれます。私達は、二人ぼっちなんです……。だから、だからッ!!」

 

 ……事切れるように、アーシアの体が震える。

 それは今まで我慢して、崩壊したダムのように涙腺を滲ませて、大粒の綺麗な涙を流させた。

 

「―――一人に、しないでくださいッ! 私を、一人に……しないで……」

「……ごめん、な……。アーシア、俺……ッ」

 

 ……何十年とこの二人は戦い続けて来たんだ。

 たった二人で、寄り添いながら、依存しながら。

 それでも生き続けて来た。

 そうした時間があったからこそ、お前は口では生きがいがないと言いつつも、必死で己の中の闇と戦い続けていた。

 戦いの最中、あいつの神器の音声に力が宿りはじめたのが良い証拠だ。

 あいつの神器はずっと死んでいた。

 その神器が息を吹き返した。

 それはきっと―――あいつがまだ諦めていなかったから。

 生きることを、諦めていなかったんだ。

 

『……今、声を掛けることは無粋だな。相棒』

『全く、また無茶をして―――でも生きているのならば、お説教はまた今度にしましょう。主様』

 

 俺の中の相棒たちが声を揃えてそう言ってくる。

 そうだな、また今度。

 今は見守ろう―――あいつらを。

 ……それに決まった。

 

『決まった? 何がだ、相棒』

 

 ……ああ、決まったんだ。

 そう―――俺がこの世界で、最後にしなければいけないことが。

 ―・・・

『Side:アイ』

 私は、ただ見守っていた。

 その三人の戦いを。三人の赤龍帝による死闘を。この目に焼き付けていた。

 既に私にはほぼ魔力がなく、戦う力も逃げる力もない。

 それでも私がそれを見ることが出来るのは、私をここまで連れて来た彼女のおかげだった。

 

「ほ~、これはすごいねぇ~。紅蓮と真紅と漆黒のぶつかり合いか~♪ あの黒も綺麗だけど、やっぱりイッセーくんの紅蓮はすっごく綺麗だな~♪」

「……あなたは、何者なんです? どうして私を助けるような真似を……」

 

 私がそう尋ねると、白いローブの女は即答という形で切り返した。

 

「さっき言ったよね? あなたは面白いから手伝ってあげるんだよ♪ 中々私が面白いって思うことはないからさ~」

「……たったそれだけのために、この戦場に立ったのですか?」

「ん? あははは!! そんなわけないじゃん♪ ……でもね、最初は傍観するだけって思ってたんだけど、あなたを見てると何故かお節介を焼きたくなったんだ~」

 

 声音は軽い……けど、その言葉に嘘は見受けられなかった。

 何十年と生きて私はどんな嘘でも見抜けるようになった―――だから分かる。

 この人物は嘘偽りはなく、ただ真実という本音だけを語っているのだと。

 

「私も全てを思い出したわけじゃないけどぉ~、でも根本的な部分では貴方と同類なの♪」

「……同類?」

「そ♪ ……彼を好きどころか、病的にまで好きになっちゃった困った性質。依存したい、独占したい、私だけを見て欲しい。でも彼の悲しい顔はみたくない―――ほんっと、めんどくさい性質だよねぇ~」

 

 ……納得してしまう。

 私だって、彼女と同じだ。

 そもそもそこまでの想いがなければ私はここにはいない。平行世界まで、ほんの少し可能性に賭けたりなんて無謀なことは絶対にしない。

 ……だけど、彼女は一体何者なんでしょう。

 平行世界の、守護を大前提とする兵藤一誠をここまで愛し、しかし彼の目の前には現れない。

 そもそもこの世界に何故―――そう思考した瞬間、彼女は私に素顔を見せて来た。

 …………な、なぜ? そ、そんなはずはない。

 どうして、あなたが―――

 

「はい、終焉♪ 悪いけどぉ~、このことは彼には言っちゃダメだよ? 私もまだ(・ ・)完全に目覚めたわけじゃないし、それに―――彼とは、一番美しい展開で出会いたいんだぁ~」

「……」

「良い子だね、あはは―――面白い。やっぱり君は面白いね。まさかイッセーくん以外に興味を引く存在がいるなんて思わなかったよ♪」

 

 彼女は再びローブを被り、悪戯な笑みを浮かべながら空を指さす。

 ……既に、勝敗は決していた。

 イッセーさんは鎧が完全に解除され、そのままゆっくりと地上へと落ちていく。

 意識はほぼなく、彼女は私の背中を軽く押した。

 

「行きなよ。愛しているんなら、絶対に離しちゃダメだよ? 縛り付けるくらいに依存しちゃえばいいんだよ♪ ―――あ、でも一つだけお願いがあるんだ~♪」

「……なんですか?」

 

「うん、それがね―――()を、よろしくね? 今から私は()に戻るから、保護してほしいんだよ」

「……ええ、それくらいなら喜んで」

 

 彼女は目を瞑り、私の展開した魔法陣の中に入っていく。

 それは即席で創り出した疑似空間で、全てが終わるまでその中で眠って貰おうという算段だ。

 

「それじゃ、もう会うことはないけどまたね♪」

「……ええ。あなたの幸せを私も願っておきます」

 

 ……彼女はその場から消える。

 ―――切り替えるようにイッセーさんに目を向けると、自然と私の瞳から涙が溢れ出た。

 ようやく、だ。

 ……違う。

 ううん―――違うんです。

 やっと、なんです。

 ずっと、ずっと私は無理をしてきた。強くなるために死に物狂いでイッセーさんについていこうとして、仮面を被って邪魔となる存在を何人も屠って来ました。

 でもどれだけ頑張ってもイッセーさんを救う方法は私にはなくて、ほんの少しの可能性に賭けて今回の荒療治の提案を受け入れてしまった。

 彼を心配する人達の制止も止めず、私はこの強行にうってでたんです。

 ……もう、彼を抱きしめることは出来ないと思っていたし、覚悟も出来ていました。

 死んでも構わないと思っていたのに―――どうして、涙が止まらないんでしょう……ッ。

 ……ああ、そうか。

 私は、本心も見ないふりをしようとしていたんでしょう。

 ―――ずっと、一緒に居たい。その本心すらも、私は蓋をして隠した。

 だけど分かってたんです。

 私は……一人は、もう嫌なんですッ!!

 だから、イッセーさん―――もう、私から離れないで。

 ずっと一緒に……、そう願いながら、私はイッセーさんを抱きしめました。

『Side out:アイ』

 ―・・・

 ……戦いを終えた戦場の一角で、黒い赤龍帝は死んだように意識を失い、その傍らにアイが寄り添っていた。

 アイはその頭を優しい微笑みで撫でながら、座っている。

 全てをやり遂げたような表情だ。

 ……でも、俺は聞かないといけない。

 

「……アイ。お前たちは、どうやってこの世界に来たんだ」

「……はい。話さないといけないということは理解していました。だから、包み隠さず私は話します」

 

 そう、アイたちがどのようにしてこの世界に来たのか。

 俺のタイムバイクに干渉したのもアイたちの仕業なんだろう。

 だけど一つだけ腑に落ちない―――そもそも平行世界に飛ばすなんてアイ一人の力じゃ不可能に決まっている。

 でもアイは実際に俺に干渉し、俺をこの世界に呼び寄せた。

 そして彼女たちもまたこの世界に到来し、こうして今回の顛末を起こした。

 

「……事の始まりは、イッセーさんがあの化け物を死滅の一歩手前まで追い込んだことが原因でした」

 

 アイは黒い赤龍帝の頭を撫でながら、そう話しはじめる。

 

「あの化け物は元は悪魔でした。私たちの仲間を殺し、大切な人達をも平気で手に賭けた存在……あなたが知っている光景の男です。奴は元は悪魔―――ですがイッセーさんに一度、殺されたんです」

 

 ……それは恐らく、黒い赤龍帝が初めて死滅の獄覇龍を使った時だ。

 あの時に既に化け物の元となった男は殺されたんだろう。

 

「……ですが奴は自身に対して保険をかけていたんです。それはとても醜い禁術でした―――奴は自身をキメラと化したんです。元が強力な悪魔だった奴は次々にあらゆる種族を手にかけました。悪魔、天使、堕天使、人間、エクソシスト、est……。そして奴はあらゆる種族から知識を得て、化け物でありながら多彩な力を身につけたのです」

 

 ……それは身に染みて理解している。

 あの化け物は反則級の力を誇っていた。

 

「ですが獄覇龍を得たイッセーさんが負けるはずもなく、実際に幾度なく奴はイッセーさんに倒されは逃げ、倒されは逃げていました。そしてある日―――死を目前にした時、奴はそれまでの経験と知識と肉体の大半を犠牲にして魔術を自らに施したのです。それが」

「平行世界への移動ってわけか」

 

 俺の言葉にアイは頷く。

 

「ええ。正直、私は奴がそれほどの魔術を誇っているとは思っていませんでした。……私の世界ではここよりも時間がかなりすぎています。確かに可能性でいえば平行世界に渡り歩くのも可能性がないわけではありませんでした。ただし、戻ってこれる手段はありませんが……」

「……待て、お前はタイムパラドックスを考えずにここに来たっていうのかッ!?」

 

 同じ世界に同質の存在がいる。

 これは問題だ。世界という歯車はそのような矛盾を許さず、それを消去という手段で解決する可能性だってあるんだ。

 

「……ええ。ですが、私達には奴を殺す以外にも目的があった―――いえ、私たちに悪意を持つ者達は、同時に私たちをも排除しようと考えたのです」

「……お前たちは、はぐれだもんな」

「あはは。やっぱり、気付かれていましたか」

 

 ……気配でこの二人がはぐれ悪魔だという事は分かっていたし、何より断片的であろうが俺はこの男の記憶持っている。

 

「……異端の化け物を倒す私達もまた、異端の化け物という烙印を押されたんです。私達はいつ悪魔の敵に回ってもおかしくない―――なんてありえないことを悪魔の上層部は考え、私たちはSSS級のはぐれ悪魔としました。腐った貴族の悪魔は、私たちのような転生悪魔がそのような力を持つことが許せなかったんでしょう」

「……だから化け物と同じ世界に放り投げ、自分たちの世界の問題をこの世界に丸投げしたってわけか―――ふざけてんな、あの野郎ども」

 

 そんな愚痴を言っても仕方ないけどさ。

 

「ただ彼らもまた一つ、誤算があった―――私達を支援する存在。すなわち魔王の存在を」

「……それってまさか」

「……いえ。あなたの知っている魔王は恐らく大抵が違います。そうですね……―――サーゼクス様とセラフォルー様は、戦いの中で死んでいってしまったので」

 

 ……予想は出来ていたとはいえ、何とも言えない気持ちになる。

 二人の世界の辛さが、身に染みて。

 

「私達を支援する魔王様は御二方。御一人は超越者アジュカ様。そしてもう一人が私達と若き頃、雌雄を決した漢です。その二人の支援を受け、私たちは元の世界に戻れるかもしれないほんの少しの可能性を持ち合わせ、そして今に至る。そしてアジュカ様の術によって知らされた平行世界の兵藤一誠の存在―――つまりあなたにわずかな希望を抱いたからこそ、あなたはこの世界に飛ばされた。つまり私があなたを巻き込んだのです」

「―――そう。でも例えどんな理由があろうとも、貴方たちが私達にもたらした危険を、許すことは出来ないわ」

 

 ……俺たちの後ろから、リアスの声が響く。

 そこにはリアスを中心としたこの世界のグレモリー眷属の姿があり、一誠は木場に支えられながらこっちに親指を立ててサムズアップをしていた。

 でも予想通り、全員ひどい傷だった。

 ……まあ、そうだろうな。

 当然だ、何も関係のなかった平行世界の問題をこの世界に放り投げられた上にこれほどの被害を出したんだ。

 俺が同じ立場でも許せないっていうかもな。

 

「分かっています。私は罪を犯した―――でも、こんなにも安らかなイッセーさんの寝顔を久しぶりに見れたのです。それだけで満足です……」

 

 アイは全てを諦めたように目を瞑る。

 

「……私を咎めるのも、殺すのも甘んじて受けます。私はそれほどのことをした。そのことは覆らない真実。ならば私はそれを清算しなければなりません」

「……ええ。まずあなたは冥界に連れて魔王の前に立たせるわ。そこから尋問をし、処遇が決まるでしょう―――ここからは私たちの仕事ではないもの」

「ええ―――でもイッセーさんだけは私が守ります」

 

 ……するとアイはイッセーを護るように抱き寄せ、好戦の態度を示そうとする。

 ―――まあそうだよな。

 これほど頑固に育ってしまったアーシアが、それをしないなんてことはない。

 分かっていた、分かっていたさ。

 だからこそ、俺も決めた。

 この世界で、最後にしなければいけないことを。

 ―――最後の約束を果たそう。

 

「―――それ以上、二人に近づくな」

 

 ―――俺は、二人へと近づこうとするグレモリー眷属の足元に何発かの魔力弾の放つ。

 それが牽制となり、グレモリー眷属はその場に立ち止まった。

 

「……どういうつもりかしら、オルフェル君?」

「見てのとおりだ―――俺はこいつらの味方をする。そう言ってるんだよ」

「なッ!? あ、あなたは何を言って」

 

 アイは口をパクパクさせながら取り乱しているが、俺は更に続ける。

 

「今これより赤龍帝 オルフェル・イグニールはグレモリー眷属の宿敵である。今これより二人に近づこうとするならば容赦はしない―――全力を以て、その命を刈り取る」

 

 俺はアスカロンの剣先を眷属に向け、そう言い放つ。

 向こうは信じられないという風な表情になっているものの、その中の一人だけ俺に真っ直ぐ視線を向けるやつがいた。

 

「…………」

 

 ……一誠だ。

 一誠は俺をじっと見つめ、何かを言いたそうにしている。

 ―――もしかしたら俺の行動の真意を読んでいるのかもな。

 だったらきっと事は上手く動く。

 俺はすぐさまアイと黒い赤龍帝の体を抱えてその場から離脱するように飛び上がった。

 ドラゴンの翼を展開し、更に悪魔の翼までもを展開して速度で逃げる。

 

「ッ!? オルフェル君を追いかけるわよ!! 余力のあるものは戦闘を視野に入れて―――ってイッセー!?」

 

 ……すると誰よりも真っ直ぐ俺を追いかけるイッセーの姿があった。

 

「……ったく、あいつはホントに」

「お、オルフェルさん! どういうことですか!? いったい何でこんなことを!!」

 

 すると俺に抱えられるアイがそんなことを言ってきた。

 

「言っただろ? 俺はお前たちの味方になったって」

「で、ですが私のしたことは処罰されるべきことなのです! 例え命が対価だとしても後悔はありません! それなのにどうして!!」

「―――だから言っただろ? 約束は守るって」

 

 俺は空を高速で飛びながら、グレモリー眷属と距離を大きく空ける。

 対してアイは俺の言葉に顔をポカンとさせていた。

 

「黒い赤龍帝。つまりこいつを救ってくれ。俺はお前とそう約束したはずだぜ?」

「それはもう果たしてくれました! それなのに何でこんな無茶なことを!!」

「いいや、まだ果たしてない。なぜなら―――こいつは、お前を一人にしないって言ったんだから」

「……え?」

 

 俺の言葉に茫然となるアイ。

 

「良いか。もしここでアイが死ねば、恐らくこいつは救われない。それじゃあ約束を果たしたことにはならない―――だから俺はこの行動にうってでたんだ。お前たちを元の世界に返す可能性である俺がな」

 

 ……そして、ようやく見えて来た岩礁を前に俺は速度を落とし、二人を地に下ろす。

 あいつらとはかなり距離を取ったし、これで時間は稼いだだろ。

 

「……どうして、そのことを……」

「俺の洞察力を舐めるなよ? アイでいうところの俺は希望、だったんだろ? つまりだ。俺は黒い赤龍帝を倒す可能性であり、自分たちを元の世界に返すための可能性だった。違うか?」

「…………」

「沈黙は肯定とみなすぞ? ……簡単にいえば、俺のタイムバイクに魔術干渉をしたお前たちは俺をこの世界に送った。つまりタイムバイクさえあれば、お前たちの魔術補正があれば平行移動出来るってことだ」

 

 アイは驚くあまり、声を発さない。

 まあこっちが一方的に話す方が早いな。

 

「そして何よりタイムバイクが見つからないのが一番の不可解な点だ―――お前、実はあれを隠してんだろ?」

「う、うぅっ……」

 

 途端にアイは、俺の知っている困った表情をする。

 なるほど、図星ってわけだ。

 なら話は早い。

 

「アイ。お前は平行世界の俺を救うためにあらゆる魔術、魔法に手を付けたんだよな? ならタイムバイクの際限も容易いはずだ」

「で、でも術式を再現できても、肝心の神器が―――あ」

「そう。俺がタイムバイクの基礎となる神器を創る。多少時間は掛かるだろうが、その時間は俺が稼いでやる―――フェル」

『分かってますよ、主様』

 

 俺は即座に胸元にブローチ型の神器、神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を展開し、創造力を溜める。

 そして数段階の創造力を溜め終わり、一気に神器を創り上げた。

 

『Creation!!!』

 

 創るは未来への架け橋(ブリッジ・トュモロウ)

 俺は過去の平行世界に帰るけど、こいつらはここより未来の平行世界に帰るからな。

 まあ能力は今からアイが調整するだろうし、まずはアイからバイクを返してもらわないとな。

 

「アイ、良いか。お前たちのしたことは罪かもしれない。もし罰を望むなら、それはここではなく自分の世界で受けるべきだ」

「で、ですが……」

「良いから最後まで聞け! ……お前らの罪はな? ―――自分たちをまだ大切な存在と思っている者達を心配させていることだ」

 

 ……アイは三度、表情を失わせる。

 それは彼女もまた理解していたことなんだろう。

 

「だったらそいつらにまず報いることから始めよう。何、アイ。お前は一人じゃないだろ? そこに兵藤一誠がいる。だったら、お前は何でも出来るさ」

「……ッ! ありがとう、ございますッ!!」

「泣くなよ―――さて、んじゃあそいつが起きたらで良いから伝言を頼む」

 

 ……俺はアイに、ある言伝を頼む。

 アイはそれを聞くと何度も頷き、そして俺の近くに魔法陣を展開させた。

 そこから展開されるのは俺たちがここに来る所以となったタイムバイクと、そして―――み、観莉!?

 何故か意識のない観莉が気持ちよさそうにタイムバイクに跨りながら、穏やかに眠っていた。

 

「……彼女の記憶障害もまた、同じショックを与えたら治るはずです。……オルフェルさん」

「ん? なんだ、アイ」

「……っ。いいえ。彼女(・ ・)をよろしくお願いします」

 

 ……ん?

 なんか言い方が気に障るけど、まあ当たり前だから良いか。

 俺は観莉を背負い、タイムバイクを押して前に進む。

 遠い前方にはグレモリー眷属が見えてきて、俺はアイたちを岩陰に隠して近くにタイムバイクを置き、観莉をそのタイムバイクにもたれさせる。

 ……そして―――

 

「はぁ、はぁ……やっと、追いつきましたよ。オルフェルさん!」

「待ちくたびれたぜ、一誠」

 

 ……一誠を戦闘に、グレモリー眷属がなんとも言えない表情で俺と向かい合う。

 今更敵なんて思えないってか?

 ……まあそうだろうな。

 正直、俺も実のところ敵とは思えない。

 だけど時間の稼ぐ必要があるから、対立は仕方ないんだけどな。

 ―――って、この状況どこかで見覚えがあるな。

 

「ははは。これ、俺とお前たちが最初に出会った時とそっくりだな」

「……ははは! そうっすね、オルフェルさん」

 

 ……たったの数日前のことがずっと前のようにも思えるよ。

 俺がここで見たことは、体験したことは紛れもない真実であり、覆らないものだ。

 ……だからこそ、最後はけじめをつけないとな。

 

「最初見た時は本気で怒ったな。観莉っていう一般人がいるのに、それをお構いなしで攻撃して来たし」

「それを言われるときついっすよ! 俺たちもあの時は―――」

「分かってるさ。お前の愚直さも、芯の強さも、変態さも、エロさも……」

「いや、だからあれはもう穿り返さないでくださいよ!!」

 

 ……まるで敵同士の会話じゃないよな。

 だけど会話はここまでだ。

 残念だけど、そろそろ俺も帰らないといけない。

 じゃないと俺の仲間が心配するからな。

 

「……俺はここを退かない。一度宣言したことは何があろうと撤回しない―――分かってるだろ、一誠」

「ええ。あなたが絶対に退かないことはここにいる他の誰でもない、俺だからこそ知っています! だから、これから何をしないといけないのかも分かる」

「そうだな―――最終試験だ、一誠」

『Boost!!』

 

 俺は左腕に籠手を展開し、拳を一誠に向ける。

 

「もし赤点取るようなら、許さねないぞ?」

「……ええ、分かってますよ―――だから勝負だ!」

『Boost!!』

 

 そして一誠もまた籠手を展開し、同じように拳をこちらに向ける。

 他に手は出させない。

 何故ならこれは喧嘩だ。男と男の喧嘩に他人を口出しはさせない。

 

「……俺、あんたのことを本気で尊敬してる。だからこそあんたに届きたいッ!! だから!!」

「ああ、そうだな―――羨ましいよ、お前のそういう馬鹿なところが。だから―――」

『『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』』

 

 ―――互いに同じ赤い鎧を身に纏う。

 あいつも俺も疲労が限界に近い。

 それでもこれは避けられない戦いだ。

 さぁ、始めよう!

 

「勝負だ―――赤龍帝 兵藤一誠!!」

「望むところだ! ―――赤龍帝 オルフェル・イグニール!!」

 

 ―――二度とない、平行世界に跨る喧嘩を!!



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第12話 それぞれの物語

 たぶん、俺は全部分かっていたんだ。

 オルフェルさんの一連の行動の意味も、この人が今、俺たちの目の前に立ち塞がっているのも悪意なんてない。

 この決して俺たちの宿敵なんてものではなく、味方どころか既に仲間といってもいい。

 ……最初、この人と出会ったときは完全に敵だったのに、不思議なものだよな。

 いつの間にか俺たちの輪の中に自然と入って、その存在に心地良さすら抱いていた。

 眷属の皆はオルフェルさんに懐いていたし、たぶん俺も……

 なんかさ? 俺にとってオルフェルさんって兄貴みたいなものだったんだ。

 俺は一人っ子だったから本当の兄貴ってものを知っているわけではないから、一概にはそうだって断言できないけどさ。

 それでも俺はオルフェルさんには頭が上がらなくて、認めて欲しくて、褒められたら無性に嬉しかった。

 相手は男なのに頭撫でられたときは異様に心地よくて……俺にとって、やっぱりオルフェルさんは兄貴だ。

 こんな兄貴がいたら俺はたぶん幸せだったんだよな。

 ……俺にはオルフェルさんの過去の記憶の断片がある。

 それはとても悲しい悲劇で、それでも折れなかったオルフェルさんの強さを知っている。

 でもあの人の弱さも知っている。

 あの人の強さは弱さと表裏一体だったんだ。

 いくら力が強くても、その心の奥底にある闇は黒く、あの人を蝕んでいた。

 ……やっと実感できた。

 あの黒い赤龍帝は、―――俺たちの辿るかもしれなかった可能性なんだ。

 オルフェルさんはもしかしたら、ああなっていたのかもしれない。

 俺だってああなる可能性はゼロじゃない。

 ……そんなあいつを、俺たちは打ち破った。

 俺たちの示し出した答えを掲げ、黒い赤龍帝を倒した。

 ……だけど、まだ終わっていない。

 俺は確かにオルフェルさんを尊敬してるし、敬愛している。

 ……だけど、男として負けたくねぇ!!

 あの人はすごい! そんなことは誰よりも俺が理解してる!!

 だからこそ、俺はあの人に勝ちたい!

 俺よりも遥か高みにいるオルフェルさんと同じ頂きで、同じ光景を見てみたい!

 だからここから先は喧嘩だ。

 赤龍帝 兵藤一誠は、赤龍帝 オルフェル・イグニールに挑戦する!

 俺の体は既にボロボロで、この鎧を纏えるのだって奇跡みたいなものだ。

 もしかしたら戦いにすらならないのかもしれない。

 ……それでもいい。ここで挑みもせず、もう二度と会えないかもしれないこの人を見送るのは嫌だ!

 ……俺はこの世界の兵藤一誠だ。

 だから、俺がこの人を元の世界に送り返す!

 

「喧嘩ってものは、意地と意地のぶつかり合いだ。互いに譲れないものがあるから、譲歩なんてせずぶつかり合う―――一誠、俺とお前の決戦にはふさわしいだろ?」

「……わかりやすいのは良いですね。俺、馬鹿だから―――それくらいの方が、やりやすい!!」

 

 だから難しいことは考えない。限界は目に見えているのなら、何も考えず俺の全てをあんたにぶつける!

 

「いくぜ、オルフェルさん!!」

『Jet!!』

 

 俺は背中のブースターからオーラを噴出し、俺と同じように鎧を纏っているオルフェルさんへと特攻する。

 ドライグ! 俺の鎧の制限時間はどれくらいだ!?

 

『……ざっと見積もると、五分だ。むしろそれほどの余力が残っていたのが幸いしたな、相棒』

 

 ……五分。それが俺がオルフェルさんと戦える時間か。

 ―――短い。俺はもっと、このヒトと戦いたい。だけどそんなことも言ってられないんだよな。

 だったらこの五分を後悔しないように全力で立ち向かう!!

 

「うぉぉぉぉ!!!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 拳を振りかぶり、鎧より度重なる倍増の音声を響かせてオルフェルさんへと拳を振るう!

 完全な真っ向勝負の拳!

 対するオルフェルさんは、迎え撃つように拳を放つ!

 

『BoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 オルフェルさんもまた倍増の力を使い、俺と拳を交わす……ッ!

 籠手と籠手が激しい金属音を響かせるほど力は拮抗し、辺りで一陣の風が通り抜けるような衝撃を伝える。

 ……ただこの拮抗だけで、このヒトの強さが身に染みて理解できる。

 ぶれない体の中心線、決して緩めることのない力、一撃一撃が本気の拳。まるでサイラオーグさんを相手にしているような感覚だった。

 どれだけ殴っても、ぶつかって行っても決して諦めず倒れないと思わせるほどの迫力。

 ―――オルフェルさんの本当の怖さは、もしかしたらそれなのかもな。

 

「一誠……ッ! もっとだ! お前を全て、俺にぶつけろぉぉぉ!!!」

『Blade!!!』

 

 オルフェルさんは籠手よりアスカロンを引き抜き、それを軽やかなモーションで横薙ぎで振るう。

 ……速いッ!! 流石のオルフェルさんの俊敏性だけど、それに関心している場合じゃねぇ!!

 

『Blade!!!』

 

 俺もまたアスカロンを瞬時に引き出し、籠手から剣が生えるように出現させる。

 それをオルフェルさんの剣の軌道に合わせるように構え、その剣を受け止め―――ッ!?

 オルフェルさんは突如剣を籠手に収め、体を捻らせるように回転してそのまま踵から回し蹴りを俺の横端へと放った……ッ!!

 ぐぅっ!? ったく、ホント戦闘センスが半端ないな、あんたは!!

 

「―――無刀・断罪の刃」

 

 オルフェルさんはどこからか刀身のない刀の柄を取り出し、それに魔力を注ぐ。

 そこから紅蓮の刃が生まれ、オルフェルさんは俺へと近づいてくるッ!!

 ―――手札の多さも、あんたの強さだもんな!!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 体に掛かる負担も、今は全部我慢だッ!!

 あのヒトを越えるためには、それくらいしないと話にならないッ!!

 一瞬だけでも良い! オルフェルさんでも反応できない速度で、一直線でも良いから動いて見せる!!

 

『Jet!!!!!!』

「いけぇぇぇえ!!!!」

 

 俺は倍増の力を全て背中のブースターからのオーラの噴出に回し、一瞬という速度でオルフェルさんに特攻する。

 流石のオルフェルさんでも突如の特攻に反応が遅れ、俺はその拳をオルフェルさんの腹部へと放つ……!!

 拳は完全にオルフェルさんを捉え、減り込むようにピシッ、というような亀裂音を響かせた。

 

「がっ!? や、るなぁ……ッ!! 一誠!!」

 

 しかしその優勢もオルフェルさんのオーラの噴出で消え失せる。

 激しい紅蓮のオーラによって俺はオルフェルさんの元から衝撃で後方に飛ばされ、更に追撃といいたいように幾つかの魔力弾が放たれた!

 俺は飛ばされながらそれを確認すると、手元に小さな赤い球を形作る。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 更にそれに倍増の力を加え、球体を勢いよくその魔力弾へと放つ!!

 

「ドラゴンショットォォォォ!!!」

 

 オルフェルさんの魔力弾とぶつかり合う俺のドラゴンショット。

 二つの力は互いに威力を相殺し合い、そしてやがて消えて―――ッ!!

 俺は本能的に防御態勢を敷くと、すぐさま激しい衝撃を受ける……ッ!!

 

「―――透過の龍弾(クレアボヤンス・ドラゴンショット)

「まさ、か……魔力弾を放ったと同時に、透過している魔力弾を放ったのか?」

 

 ……そうとしか考えられない。

 それにしても、今のは効いたな~~~ッ!

 もう俺には鎧を修復するほど余裕はない。今の攻撃で鎧の右肩部分は完全に吹き飛ばされて、肩からも違和感を感じるほどだ。

 ……俺はオルフェルさんの方を見る。

 オルフェルさんの腹部には鎧はなく、その鎧も修復するつもりがないのか、そのままにしていた。

 ―――つまりオルフェルさんだって、もう余裕はないんだ。

 実質的に黒い赤龍帝とまともにずっと戦っていたのはオルフェルさんだから、当然っていえば当然だよな。

 

「……ドライグ、あと何分だ?」

『……そうだな。ここから相棒が行動を起こして一分程度が妥当だろう。あれから五分も経っていないが、何分、力を考えもせず使ったから当然だな』

「ま、そう言うなって!―――ドライグだって、この戦いを楽しんでるんだろ?」

『―――当然だな』

 

 ……残り一分、か。

 ならさ……もう、次の一撃で終わらせよう。

 一分も要らない。

 そうだな―――10秒だ。カウントテン……ほら、ライザーと戦ったときと似てるだろ?

 

『……そうだな。ならばカウントテンだ―――トリアイナを使おうか、相棒』

 

 はは……上等だ!

 いくぜ、ドライグ!!

 

「行きます、オルフェルさん! これが俺たちの全力だ!! ―――龍星の赤龍帝(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)!!!」

『Change Star Sonic!!!!!!』

 

 俺は鎧をパージし、極限まで鎧を軽量化させて光速でオルフェルさんに近づくッ!!

 オルフェルさんの反応が遅れているのを確認すると共に、更に鎧を変化させる!!

 

『Change Solid Impact!!!!!』

 

 鎧を戦車化させ、装甲は重厚なものとなる。

 そして拳を振りかぶり、肘の撃鉄を何度も打ち鳴らし、そして鎧から『Boost!!!』と音声を何度も鳴らせて力を倍増する!!

 

「うぉぉぉぉぉお!!!!」

 

 ―――オルフェルさんの顔面のフェイスに、拳を直撃させる。

 オルフェルさんはそれを避けることが出来ずに攻撃をまともに受け、そしてマスクは消し飛ぶ。

 拳はオルフェルさんを直実に殴り飛ばす。

 ……だけどその時、俺はオルフェルさんの顔を見た。

 

「―――強いな、お前」

 

 ―――笑っていた。

 オルフェルさんは嬉しそうに、……本当に心の底から嬉しそうな顔をしながら笑っていた。

 

「だからこそ―――」

 

 ……オルフェルさんは流れるような動きで首を曲げ、俺の拳を紙一重で避ける。

 その頬は拳圧により切り傷のようなものが生まれ、血を流させる。

 

「お前は、俺の全てを以て倒すよ」

『―――Reinforce!!!!!!』

 

 ―――オルフェルさんの胸元には、いつの間にか創造の神器が発現されていた。

 そこからオルフェルさんの体全体に白銀のオーラが供給され、その各所が若干変化する。

 

『―――Infinite Booster Set Up…………Starting Infinite Booster!!!!!!!』

 

 その音声と共に、オルフェルさんの鎧からは『Boost』の音声が度重なるように鳴り響き、いずれ音の分別が出来ないほどの速度に達する。

 オルフェルさんの拳には紅蓮のオーラが集まっていき、そして俺は理解した。

 

「―――これが俺の、全力だぁぁぁあああ!!!!!」

 

 オルフェルさんはコンパクトな動きで拳を振りかぶり、身を屈める。

 俺の体はその動きに反応することが出来ず、オルフェルさんはその叫びと共に―――拳を振るった。

 ―――ッッッッッッッ!!!?!!!!?

 ……下から放たれるアッパー。

 俺は意識が、朦朧とする。

 鎧のマスクはいとも簡単に決壊し、そして程なくして限界を越えた鎧は解除された。

 俺は宙から落ちていく。

 ……そっ、か。

 俺……負けたんだ。

 

「くっ、そ~~~……。いけるって、思ったんだけどな……」

 

 その事実に、不思議に俺は満足感を抱いていた。

 意識はほぼ失いかけで、でも俺はこの勝負を全力で臨めたことがどうしようもなく嬉しかった。

 ……俺は朦朧とする意識の中、オルフェルさんへと手を伸ばす。

 この手はオルフェルさんには、届かなかった。

 だけど―――近づくことくらいは、出来た……よな?

 

「―――あの拳、確かに効いた。一誠」

 

 ……伸ばした手が、オルフェルさんに握られる。

 

「オルフェル、さん……。俺、あんたに……、ちょっとくらいは、近づけた……かな?」

「……さあな。近づくとか、近づかないとかじゃなくて、お前はこのまま前に進んだ良いと思う。その真っ直ぐな拳を、想いを、馬鹿さがお前の強さだ。この世界の『兵藤一誠』だ。だから―――お前は強い」

「―――ありがとう、ございました……ッ!!!」

 

 意識が暗いまどろみに落ちて行く。

 その中で―――俺は俺は確かなものをオルフェルさんから受け取ったのだった。

 次に起きた時にはもうこのヒトはいない。

 だけど、それでも―――

 

「また、戦ってください……。オルフェルさん……」

「…………。―――ああ!! その時は、また真っ向からぶっ倒すからな!!」

 

 ……はは。

 やっぱ……敵わないな、このヒトには。

 そう思いながら、俺は意識を……手放した。

『Side out:兵藤一誠』

 ―・・・

 ……正直に言えば、めちゃくちゃ無茶をした。

 一誠の方も限界は目に見えていたけど、それでも無茶をしないと俺は勝てないと悟っていたんだ。

 自分の方が消耗しているとか言い訳なんて出来るはずもないし、何より―――一誠のひたむきな拳に、体が勝手に反応したんだ。

 魔力だって空に近かったし、何より鎧を神帝化なんてさせて、後でフェルにどれだけ叱られるのかたまったもんじゃないな。

 ―――一誠は、俺の腕の中で意識を失った。

 俺は一誠を静かに地面に下ろし、少し無理をして癒しの神器を創り、一誠の治療を施す。

 そして……すぐさま俺に近づいてきたリアスたちに、一誠を差し渡すようにその場から離れた。

 

「「「「「「「イッセー(くん)(さん)!!!!!!」」」」」」」

 

 グレモリー眷属はすぐさま一誠の元に駆け寄り、その状態を確認する。……も、既に傷一つない一誠を見て安堵したのか、すぐさま俺の方を見て来た。

 そこには怒りという感情はなかった。

 

「……悪かったな、お前たちの一誠を倒してしまって」

「……そうね。一誠が倒されてしまったということは、それは私達にはもうあなたを止める手段はないということ。……もう、帰ってしまうの?」

 

 するとリアスはそんなことを尋ねて来た。

 ―――おいおい、敵って宣言した俺にそんなことを聞いてくるなよ。

 俺はグレモリー眷属に背を向ける。

 

「ああ。俺がここに来てから、もう1週間近く経ってるからさ―――そろそろ帰らないと、俺の仲間たちが悲しんじゃうからさ」

「オルフェルさん……」

 

 するとこの世界のアーシアや小猫ちゃん、それ以外の面子もまた寂しそうな顔をしていた。

 ……ほんっと、困った。

 

「―――そんな辛気臭い顔するなよ。帰りにくくなるだろ?」

 

 俺は歩みを進める。

 俺の目線の先には観莉を寝かしているタイムバイクがあり、俺はそちらの方に向かって歩を進める。

 

「俺には俺の世界があって、お前たちの世界はここだ。そもそもこの状況が異常事態で、俺はこの世界の異物なんだ―――消えるのは、当たり前なんだよ」

「……そんなこと、僕たちも分かっているさ―――でも、やっぱり君は僕たちの仲間になってしまったんだ。だからかな? ……どうしようもなく、別れるのが寂しい」

「……もう二度と会えないなんて、寂しいです……」

「君とはまだまだ剣を交えて、教えて欲しいことがあるんだ」

「私だって、オルフェル君のことお兄ちゃんみたいにおもってたんだから!!」

「……私と同じ虐めっこ性質がある同志と別れるのはもったいないですわ」

「き、綺麗なイッセー君が帰ってしまう……」

 

 おいおい、言いたい放題だな。

 ……まあ寂しい気持ちがないわけじゃない。

 こいつらと過ごしたのは10日間っていう短い期間だった―――だけどその時間は決して忘れることが出来ない濃厚な日々だった。

 戦いに明け暮れたし、たくさんのことがあった。

 それでも、俺はこの時間が楽しかったと断言できる。

 

「―――フェル」

『……全く、主様はまた優しい神器を思いつきますね』

『Creation!!!』

 

 俺は頭の中に神器を思い描く。

 ……それは白銀の本。

 俺がこの世界で得た、思い出の全て。

 それが映像として写真のようなものが動くってだけのものだ。

 俺はそれをあいつらの方に投げつける。

 

「……オルフェルくん、これは……」

「……思い出だよ。俺がこの世界で創った思い出。この記憶は俺の中で永遠に生き続ける―――ありがと、平行世界のグレモリー眷属」

 

 俺は振り返らず、歩み進める。

 

「たぶんもう会うことはないと思う。それでも、やっぱり別れの時はこの言葉を掛けたいんだ」

 

 どれほどあいつらから離れたかは分からない。

 それでも俺はあいつらに声が届くと信じて―――

 

「―――またな!」

 

 そう、言葉を掛けた。

 ……そして俺は、タイムバイクの元に到達する。

 

「……全く以て、こいつから全てが始まったんだよな。アザゼルと俺の夢も、まあ大概にしないとそろそろ怒られるな」

 

 俺はバイクを少し撫でて、そう呟いた。

 

「んんん~~~っ」

 

 ……っと、その時、眠っていた観莉が大きな伸びをして起きる。

 

「んん……あ、おにいちゃんだぁ……」

「おはよ、観莉」

「うん、おはよ~……あれ? なに、このおもちゃ?」

「これか? これはな……って、観莉に説明しても意味ないか」

 

 俺は観莉の頭を撫でて少し苦笑する。

 ……そうだな、観莉にはありえないほどの迷惑をかけてしまった。

 今度、絶対に何かの形で償わないといけないな。

 

「ぶ~、みりにはおしえてくれないの~?」

「ごめんごめん―――ホント、悪いけどもう一回眠っていてもらえるか?」

 

 俺は観莉の頭を続けて撫でると、次第に観莉の瞼はまた重くなったのか、閉じていった。

 ……前に一度、ロスヴァイセさんに教えて貰った暗示が上手く働いたようだ。

 

「っと、よし」

 

 俺はタイムバイクに跨り、観莉をしっかりと体に固定する。

 そして神器を起動させ、神器に搭載されたAIを呼び起こした。

 

『二名の搭載を確認。機能の選択を行います。当機に搭載された機能は時間旅行(タイムトラベル)となりますが、この機能を使用しますか?』

「いや、俺らがするのは平行旅行だ(パラレルトラベル)だ」

『当機にはそのような機能は搭載されていません。これより時間旅行(タイムトラベル)をかkkkkkkkkkkkkk―――外部からの干渉を確認。当機、平行旅行(パラレルトラベル)を開始します』

 

 ……タイムバイクがシークエンスを開始しようとしたその時、突如俺たちの足元に碧色の魔法陣が展開された。

 それは俺たちがこの世界に来た原因となったアイの魔法陣である。

 ……なるほど、俺たちを無事に届けるってわけか。

 

「っし、んじゃ行くか―――」

「―――ははは。忘れていないかい、平行世界の赤龍帝」

 

 ……………………?

 その時、俺たちの上空より何か涼しげな声が届いた。

 

「……は? ヴァーリ?」

「実に素晴らしい力だったよ、君の覇龍は―――さぁ、戦おうっ!! あの力を俺に存分に味あわせてくれ!!」

「いや、だから何を言って―――」

 

 ……唐突に、俺は思い出す。

 この世界において、ヴァーリと初めて会った時のことを。

 俺と戦おうとしたヴァーリに言った、俺の台詞を。

 

 ―――ヴァーリ。もしこの要求を飲んでくれるなら―――全ての問題が片付いた後、お前と戦ってやる。

 ―――全ての問題が片付いた後、お前と戦ってやる。

 ―――お前と戦ってやる。

 ―――戦ってやる。

 

 ………………………―――忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!

 やばいやばいやばいやばい、一番面倒なやつのことを忘れてた!

 いや、これは洒落にならない!!

 戦闘狂のヴァーリのことだ、何があろうと戦おうとしてくる!

 もうシークエンスに入っているタイムバイクだけど、これを逃せばもう二度と戻れないかもしれない!?

 

「さぁ、始めよう!! そんなものに乗らず、早く―――」

「……悪いですけど、そんなことはさせませんよ―――魔の鎖(グレイプニル)

 

 ―――突如、ヴァーリは極太の鎖によって拘束される。

 ……あれは、グレイプニル?

 俺たちがロキ戦の時、フェンリルを抑えるために使用した鎖であり、そして……それを扱うアイは、俺の前に突如現れた。

 

「……アイ」

「あなたたちは確実に元の世界に帰します。後はそれを起動させれば、自動的にあなたたちは元の世界に帰ることが出来るでしょう」

「……そっか。そっちはどうなんだ?」

 

 アイは俺の創った神器を片手に、何も言わずに笑顔で応える。

 ……そっか。

 ならこれ以上、何も聞かないよ。

 

「……二つほど、あなたに助言をしておきます」

 

 すると突如、アイはそう言ってきた。

 

「助言?」

「ええ。もしくは忠告と言っても良いでしょう―――良いですか? 超越者という存在には、絶対に気をつけてください」

「は? 超越者って、一体……」

 

 俺がアイにそう尋ねようとするが、タイムバイクは既にシークエンスを開始し、俺たちを光で覆っていた。

 

「もう時間がないです。そしてもう一つ―――彼女(・ ・)はあなたにとって、絶大な味方になる一方、全てを終わらせてしまうほどに危険です。だからお願いです。彼女(・ ・)から目を離さないでください。そして……大切にしてあげて」

 

 ……アイはそれ以上は語らず、そして俺たちは浮遊する。

 ……だけどその時、アイの視線は―――何故か、心地よさそうに眠っている観莉の方に向いていた。

 

「言いたいことはそれだけです―――さようなら、イッセーさん」

「おい、アイ! いったい何を言って―――」

「―――あなたに幸せがもたらされることを、平行世界から心より願っています」

 

 ―――視界が反転する。

 俺たちは光に包まれ、そして―――…………

 ―・・・

 

 

 

 

「終章」 それぞれの世界は、回り続ける

 

 ―――あの夢のような日々。あれから2週間近く経った今日、俺、兵藤一誠は自宅のベランダから空を見上げていた。

 既に事件の禍根はほとんど見受けられず、匙や花戒さんも傷が順調に回復し、数日前に退院したらしい。

 当の俺たちもまた傷は既に治っており、残っているのは『あのヒト』との記憶だけ。

 短くも楽しかったオルフェル・イグニールという男との記憶だけが俺の頭に残っていた。

 守護の極地にその脚を踏み込んで、優しい覇の力を体現したような存在だ。

 最初は全ての元凶と勘違いして敵対し、勘違いと理解して共闘し、そして最後は一対一の喧嘩をして……俺は負けた。

 良い所までは行ったと思ったんだけど、やっぱりあのヒトの力は別格だったな。

 

『まだまだ修行が必要ということだ、相棒』

「分かってるよ、ドライグ。……あのヒトと俺は、同じ存在だけどやっぱり別人なんだよな」

 

 俺は手をキュッと握り、それを実感する。

 俺にとってはあのヒトは憧れだった。

 でも憧れと共に、オルフェルさんは絶対に勝ちたいライバルのような存在でもあった。

 ……ホント、ズルいっすよ。

 ―――勝ち逃げとか、どうしようもねぇじゃん!!

 

『……ふふ。意外と負けず嫌いだな、相棒』

「うっせー! 男としても負けて、力も負けて! 俺があのヒトに勝てるのなんてホントエロだけじゃん!!」

『それを誇って言うなぁぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 ドライグの叫び声が俺の中で木霊すが、俺はふと後ろに意識を向けた。

 ―――ふにょん……こ、これは……ッ!? このふかふかで俺を包み込むおっぱいはまさしく!

 

「り、リアス?」

「あら、気が付いたの? 残念」

 

 リアスはどこか小悪魔な表情をしながら、俺の顔をおっぱいに押し付ける! ありがとうございます!!

 ……ってそうじゃねぇ!

 

「ふふっ。ごめんなさい。イッセーが柄にもなく真剣な表情していたから、悪戯したくなったのよ」

「べ、別にこんなエロエロな悪戯ならいつでも大歓迎です!!」

「そう? それならもっとサービスして……」

「ま、マジっすか!?」

 

 ……それから、俺の大切な恋人と長らくしていなかった触れ合いを楽しむ。

 ―――そしてリアスは、見計らうように話しかけて来た。

 

「……考えてたのでしょ? オルフェルくんのこと」

「……はい。まあそんな難しいことを考えてたわけじゃなくて―――あのヒトの力って、なんで守護()龍なのかなって思って……」

 

 ……そう。俺が一番疑問に思っていたものだ。

 オルフェルさんの使った力は、優しいモノであり、決して覇ではなかった。

 それでもオルフェルさんは自身の力を覇龍と言っていたけど、俺はあれが覇龍とは到底思えないんだ。

 ……そうだな、あれを俺が名付けるんだとすれば、俺なら―――

 

「―――守護希龍。オルフェルさんはそっちの方が似合っている気がするんすよね」

「守護、希龍。……なるほど、全てを護る希望の龍。確かにオルフェル君を体現してる例えね」

 

 ……いつか、オルフェルさんはそのことに気付くのだろうか。

 それだけが俺は気がかりだった。

 

「~~~っし、んじゃ俺は一汗掻いてきます!」

「……ふふ。イッセー、私も付き合うわ」

 

 するとリアスは瞬時に魔法で自身の体にジャージを纏わせる。

 ……そうだな、偶にはリアスと修行ってのも良いかもしれない―――っと、その時に家のインターンホンが鳴り響く。

 

「珍しいな、客なんて……」

「そうね、とりあえず行ってみましょう」

 

 俺とリアスは共に歩き出す。

 っと、そこで俺は自室の机の上に置いてある、白銀のアルバムを見る。

 ……アルバムは少しずつ白銀の結晶を散らしながら、姿を消し始めていた。

 もしあの神器の光が、オルフェルさんのところに戻るのなら、俺はあのヒトに一言だけ届けたい。

 ―――次は絶対に負けない、守護希龍の赤龍帝!

 ……そう心で叫んだ時、アルバムは消え去る。

 そして俺とリアスは家の玄関に到着し、その扉を開く。

 そこには―――

 

「久しい、ドライグ」

 

 …………どうやら、また厄介な事態になるのかもしれない。

 俺はそう心で思いながら―――俺たちは、俺たちの世界で回り続ける。

『Side out:真紅の赫龍帝・兵藤一誠』

 

 ―・・・

 鳴り響くエンジンの音と、体に伝わる絶妙な振動が心地よさすらも感じさせていた。

 俺と観莉を乗せたタイムバイクがパラレルリープを開始させてから、結構な時間が経っている………、だけど一向に元の世界に戻れないんだよな。

 タイムバイクの表示はあと少しで到着するって出ているけど。

 ………ふと思い出す。

 この数日にもおよぶ色々な事柄を、俺は鮮明に思い出した。

 最初はわけもわからず平行世界に飛ばされて、化け物の相手をしたり、平行世界の俺自身と戦ったり……。

 得たものは大きく、思い知らされたことも大きかった。

 いわば俺の可能性の一つだったのが、黒い赤龍帝だった。

 ……いろいろと課題が出来たな。

 今の俺の守護覇龍は護ることに特化しすぎて、現状戦闘には向いていない。

 仲間に危機が迫ると発動できる力といいけど、もっと使い勝手が良く守護覇龍に敵わずとも追随出来るほどの形態がいるのは必然だ。

 ……なんて難しいことを考えるのはまた今度だな。

 ともかく今回の一件で俺はまた仲間たちから色々小言をもらわないといけないし、観莉のアフターケアについても考えないと。

 そもそも俺が消えてからどれくらい時間が経っているかもわからないからな。

 そして俺は皆に俺の経験した真実を包み隠さずに話さないといけない。

 平行世界の変態だけど熱い思いを胸に誇っていた兵藤一誠と、悲しみに明け暮れて覇を受け入れた俺の可能性の一つだった兵藤一誠のことを。

 

「って、まだつかないのか?」

『まあ相棒。気長に待つとしようじゃないか』

『ええ。話し相手ならば任せてください、主様!』

 

 ……まあそうだよな。うん、焦っても仕方ないし、それに―――そういえば、ここって次元の狭間なのか?

 

『まあそうだな。ここは次元の狭間で間違いないだろう。平行の時間軸を抜ける方法なんて、次元の狭間しかないだろう』

「なるほどな。……考えてみたらさ。今の俺がある理由の一つに、未だに礼を言えていなかった気がしてさ」

『お礼を? いったい誰に……』

「―――グレートレッドだよ」

 

 世界最強のドラゴンで、オーフィスの元宿敵である真なる赤龍神帝の王座に君臨する世界の王者。

 ただの所作で幾重もの魔物を屠り、そのブレスは巨大な空間をもろとも消し去るほどのもの。

 そして……俺にきっかけを与えてくれたドラゴンだ。

 

「あのドラゴンは全てを理解した上で、俺に道を指し示してくれた。……できることなら、また会って話をしたいよ」

『……そうか、相棒―――ならば喜べ。その願いはすぐに叶うさ』

「……は? ドライグ、何を言って……」

 

 俺がドライグにそう問いただそうとした瞬間だった。

 バチッ、バチッ!! ……突如、次元の狭間にそのような音が鳴り響いた。

 次元の狭間に空間を切り開かれたような穴が生まれ、そこから―――巨大な赤いドラゴンが現れた。

 ……俺は口をだらしなくあけたまま、声を失う。

 だってそこにいたのは

 

「ぐ、グレートレッド!?」

 

 俺の会いたいと望んでいた最強のドラゴンなのだから。

 するとグレートレッドはその巨大な肢体をこちらに向けて、翼を織り成してこちらに向かってきた。

 

『―――よう、久しぶりだな。イッセー』

「え、えっとその……お、お久しぶりです」

 

 俺はその威厳ある声音でつい下手に出てしまう。

 っていうか、この威厳はやばい。つい冷や汗を握ってしまうレベルだ。

 そんな反応をしていると、途端にグレートレッドは吹き出すように笑った。

 

『はははははははは!! そんなに畏まるなよ、イッセー!! 俺様がわざわざ来てやったんだ。お前はお前らしくしていれば良い』

「……それもそうだよな。悪い、グレートレッド!」

『それで良いんだ。お前という男は面白い。俺様が久しぶりに興味をそそられた存在でもある―――故に俺様はお前を気に入った』

 

 そしてグレートレッドは俺たちを乗せたバイクを指で掴み、自らの背に乗せた。

 

「グレートレッド。俺さ、あんたに礼が言いたいんだ。グレートレッドが俺を助けてくれたおかげで、俺は皆を守ることができた。前に進むことができた。だから―――」

『あ? 何言ってんだ。俺様はお前を助けてなんていねぇよ』

 

 ……するとグレートレッドはあっけらかんとした口調でそう言ってきた。

 俺はそれに対して反論を翻そうとすると、グレートレッドは俺を封殺するように話を続ける。

 

『お前の言う助けが、お前に託した俺様の力の『爪垢』のことを言ってんなら、それは見当違いも甚だしいぞ』

「でもグレートレッドがいなければ俺は今頃……」

『……んなもん結果論でしかねぇ。良いか、イッセー。確かに俺様の力はきっかけになったのかもしれない―――でもそのきっかけを掴んだのは紛れもねぇ、お前なんだよ。イッセー』

 

 ……グレートレッドは次元の狭間を浮遊しながら、そう話し続ける。

 

『お前は赤龍帝として真に近づいた。それはお前の中で変化があり、お前が自らの殻を突き破ったから。……どうだ? お前は自分の力で進化したんだ。過程に仲間の存在があろうが、補助があろうが関係ねぇ。お前は自分で進化して、そしてその手で仲間を護った―――それがお前の出した守護の真髄なんだろう?』

「……やっぱ、あんたには敵わないよ」

 

 俺は肩で息をするように力を抜いた。

 このドラゴンには全てがお見通しであり、俺の考えなんて全て筒抜けなんだろう。

 

『なあ、イッセー。ありがとうなんて言うな。俺様はお前だから力を貸した。お前じゃなければそんなこともしなかった。そんな悪い奴に、礼なんて言う必要はないんだよ』

「……何言ってんだよ、グレートレッド」

 

 俺はグレートレッドの言葉を聞いて、ついおかしくなった。

 ……だって、その言葉と行動は矛盾しているから。

 

「―――あんたは俺の仲間を魔物から救ってくれた。今も俺や観莉を助けてくれている。そんなあんたの、どこが悪い奴なんだよ」

『は? …………。―――ははははは!! こりゃ一本取られたな、イッセー!!』

 

 ……グレートレッドは俺の言葉を聞いて、大いに笑い飛ばす。

 その笑いを聞いて俺もついつられて笑ってしまい、ひとしきり笑った後、グレートレッドは浮遊をやめて空間に浮かぶ。

 

『……そうだな。ある意味、俺様もお前の影響を受けているのかもな。―――お前と関わりを持ったドラゴンは、みな変わっている。本来孤高で力の体現者であったドラゴンが、お前を中心に輪になり始めている。それはきっとお前が優しいドラゴンだからだ』

「…………」

『俺様は孤高に飽きたのかもな。この空間を漂うこと自体飽きてしまったら、もう俺には生きがいがねぇ。いや、そもそも生きがいなんてないんだけどな』

 

 グレートレッドは「だから」、と続ける。

 

『―――俺様はお前の仲間でいてやる。イッセー、ドラゴンファミリーの"兄"の席を空けて置けよ』

 

 グレートレッドは俺たちを次元の狭間に浮かばせて、そして自らは背を向ける。

 ……俺たちの前には空間が裂けた場所が出来上がっており、俺はグレートレッドの方を見た。

 

『……珍しくオーフィスが俺様に会うために次元の狭間に来て、何かと思えばお前を助けてほしいなんていうもんだからな。ホント、あのじゃじゃ馬はそんなときしかここにこねぇんだからな』

「オーフィスが?」

『ああ。だからお前は何の心配もせずに自分の居場所に帰れ。俺様はまた漂いながら、お前たちを―――』

「―――じゃあグレートレッドも、いつでも帰って来いよ。俺たちの元に」

 

 ……俺はグレートレッドの言葉を遮るように、そう言った。

 

「グレートレッドはたった今、ドラゴンファミリーの『兄』になったんだろ? どいつもこいつも俺の周りのドラゴンは役職を欲しがるから俺も諦めたんだ―――兄ちゃんの居場所は、弟の居場所と同じだろ?」

『…………あはははははははは!! なるほど、あの分からず屋が! 龍王が、天龍が!! お前を気に入った意味がよくわかった!! そうか、そうか!! おもしれぇな、おい!! 最高すぎるぞ、イッセー!!!』

 

 ……グレートレッドの、これまで聞いたことのないくらい純粋で楽しそうな笑い声だ。

 

『ドライグ!! それにフェルウェル!! 安心しろ、お前たちの主は何があろうが、この最強の赤龍神帝が護ってやる!!』

『おい、ぱっと出が出しゃばるんじゃない。相棒はこのパパドラゴンが守るぞ!!』

『全くです! 兄が親に勝てると思っているのですか?』

 

 いやいや、なんでお前たちが喧嘩腰なんだよ、ドライグにフェル!?

 グレートレッドはグレートレッドで可笑しそうに笑ってるしさ!?

 

『……何があろうと、最強は俺様だ。これは揺るがねぇ。どんな白龍皇だろうが、獣だろうが俺は何があろうと負けねぇ。―――だからこそ、お前は最高になれ』

「最高?」

『そうだ。お前は今よりも更に高みの、最高の赤龍帝になれ。最強の赤龍神帝と最高の赤龍帝。最高の肩書きじゃねぇか。……そうは思わねぇか?』

 

 ……俺はグレートレッドの言葉に頷き、そしてタイムバイクを動かす。

 

「それじゃ、グレートレッド。俺は行くよ」

『ああ、行けよ! イッセー、俺を心躍らせた意味を今度解らせてやる―――じゃあまたな(・ ・ ・)

 

 ……そして俺は狭間を抜け、光の見える空間に飛び出た。

 ―――その瞬間、俺の胸ポケットの中に入っている赤いチェスの駒が光り輝いたような気がした。

 ……それは以前、サーゼクス様から頂いた『王』の駒であった。

 ―・・・

『Side:三人称』

 荒野の焼け野原の真ん中で、その二人は目を覚ました。

 共にぼろぼろと比喩してよいほどに傷ついている、二人の男女。

 ―――この世界の兵藤一誠と、アーシア・アルジェントである。

 つい先ほどまで平行世界において死闘を繰り広げ、そして勝敗が決して戻ってきたのであり、そして……

 

「イッセーさん、起きてください。もう朝ですよ?」

「……ああ。アーシア」

 

 アーシア・アルジェントが兵藤一誠の肩を揺さぶると、か弱い声音で兵藤一誠が反応する。

 

「そうか……。戻ってきたのか、ここに」

「はい。平行世界の赤龍帝の手助けの元、帰ってこれました」

 

 彼は、一誠は覇の理を受け入れて復讐を糧に生きてきた。しかし復讐を果たしたと同時に自身にとり憑いた虚無感と後悔、そして闇に侵食されて暴走し、今回の一件を引き起こしたのだ。

 ……闇に関しては、平行世界の兵藤一誠たちとの戦いで幾分消えうせた。

 しかし―――それ以外は何も解決はしていなかった。

 復讐を果たそうとも、仲間はかえってくるわけでもない。

 後悔しても、前に進む道などもうない。

 それでも、彼は別世界の自分の言葉を思い出していた。

 

「―――足掻け、かよ。……無責任なこと言ってくれるよな、あいつ」

 

 その肩は震えている。

 瞳には涙が溜まり、それをアーシアに見せないために顔を腕で隠す。

 しかし―――アーシアはそれをさせず、彼を押し倒すように覆いかぶさり、乱暴に彼の唇を奪った。

 

「んっ……」

 

 ほんの少し息遣いが聞こえ、数秒と経たずにその唇は彼から離れる。

 その頬は赤く、しかし瞳は涙で濡れていた。

 

「また一人抱え込んで、隠すんですか……ッ? そんなの許しません。イッセーさんが泣くなら、私も泣きます。悲しみは一人では背負わせません―――それが、私が決めたこと。この覚悟は何があろうと、揺るぎません」

「アーシア。……アーシアは強いな。俺はこんなにも泣き虫なの―――っ!?」

 

 弱音を吐こうとした一誠に対して、アーシアはまた唇を己の唇で塞ぐ。

 先ほどの触れるだけのキスではなく、もっと深く繋がるように舌までもを進入させて、淫猥な水音を響かせるように……。

 有無を言わせぬ彼女の行動に、一誠は目を丸くして彼女を見た。

 

「……ごめんなさい。イッセーさんから、そんな弱音は聞きたくないんです。イッセーさんは彼の言葉を聞いたはずです―――足掻きましょう、イッセーさん」

 

 アーシアは艶やかに光り糸を引く唾液を口元から垂らしながら、彼を押し倒しながらもそう言った。

 その言葉に、兵藤一誠は不意にその言葉を最初に口にした男の在り方を頭に浮かべる。

 ……間違いを正し、その絶大な力を使うのは仲間を護るため。

 ……分かってる。分かっているんだ、と兵藤一誠は思っていた。

 彼は自分の進む道を、やりたいことを既に決めていた。

 でもその道が険しく、これまでの自身の背負って来た道よりも険しい道のりになることは理解していた。

 ……理解しているからこそ、彼はその一歩を踏み出すことができない。

 やりたいことを見つけた。足掻くことも構わない。

 それでもやはり怖いのだ、兵藤一誠は。

 何かを失うことが怖い。過去、ほとんどの仲間を失ったトラウマが彼を前に進ませることを止めているのだ。

 この道に進めばアーシアは彼についてくることは明白である。

 それを理解しているからこそ、彼の最後の愛しいヒトであるアーシアと共に歩くことを躊躇する。

 ……曰く、彼は優しすぎる。アーシアの弁であるが、それはまさに彼の躊躇を生んでいる。

 ……しかしだ。そんな思考は彼女は、アーシア・アルジェントは理解している。

 なぜなら―――彼女はずっと寄り添っていたから。

 彼が泣いているときも、戦っているときも、眠っているとかも、会話をしているときも、追われているときも……。

 彼女は精神的だとしても、肉体的だとしても、どんなことでも彼のために尽くしてきた。

 いつでも彼の隣にいて、彼を護るためならばどんな罪も厭わない―――それがアーシア・アルジェントの歩んできた道だ。

 恐らく何十年、何百年経っても変わらない彼女の想い。

 例え重くても、それを兵藤一誠が受け止めるのならば、彼女はいつまでもこの道を進み続けるし、その覚悟もとうの昔に持っていた。

 だから彼女は

 

「―――だから一緒に足掻きましょう。この体は、心はもうあなたのもの。地獄に落ちようとも添い遂げます。だから躊躇なんて必要ないんですよ?」

 

 このように断言するのもまた、当たり前のことなのだ。

 

「―――そっか。そうだもんな……。アーシアは俺のこと、なんでもわかるんだもんな」

「はい! 私はイッセーさんのことなら何でもわかります。……だから、私はあなたの傍から離れません!」

 

 アーシアの心からの満面の笑みを見たのはいつ以来だろう。その笑顔を見て、兵藤一誠は心を決める。

 彼はその場から立ち上がり、重たい体を気力で我慢して彼女に手を差し伸べた。

 

「俺はもう誰一人として俺たちみたいな境遇を受けて欲しくない。この力は、一度闇に堕ちたこの力はもう二度と元には戻らない―――その力を以って、俺は世界をこの目で見て歩きたい」

「……はい」

「世界にはさ、俺たちみたいに神器を宿したことによって人生を狂わされた子供がいる。そんな子供達を護りたい―――って、こんな綺麗事、今更似合わないか……」

 

 彼が少し暗い声音でそう呟いた瞬間だった。

 

「―――そんなことはない。そんなこと、あるはずがないだろう。兵藤一誠」

 

 ……突如、彼らに威厳ある低音の声が聞こえた。

 その声は二人からすればある意味で懐かしいものであり、ある意味では最も会ってはならない存在。

 その存在へと振り向き、そして一誠はその名を呟いた。

 

「―――魔王 サイラオーグ・ルシファー……。久しぶりだな、サイラオーグさん」

 

 ―――過去、レーティングゲームで兵藤一誠と拳を交わせたこともある漢。

 体一つであらゆる上級悪魔を凌駕して、その拳であらゆる不条理を突破してその高みへまで昇り詰めた悪魔。

 亡き魔王、サーぜクス・ルシファーの後を継いでルシファーの名を関する魔王となった漢……それがサイラオーグ・ルシファーだ。

 

「ああ。実に何十年ぶりか? お前がはぐれに堕ちて、もう二度と俺とは合わないと言って消えてから。もうそれほどの時間が経ったのだな」

「ああ。もう、それほどの時間が経ったんだ。……そんなあんたが、どうしてまた俺の前に現れる」

 

 一誠は隙を見せない。

 サイラオーグという漢が敵ではないということは誰よりも彼が知っていた。

 それでも魔王という立場から、彼がサイラオーグに警戒を解くことはない。

 

「良い殺気だ。お前はそれほどの重圧の中で生きてきたということは痛いほどに理解が出来る」

「質問に応えてくれ、サイラオーグさん……ッ!」

「……そうだな。―――理由? そんなもの、一つしかないだろう……ッ!!」

 

 サイラオーグは二人に近づいていき、一誠は更に警戒を強める……、ことはなかった。

 サイラオーグのその表情を見た瞬間、一誠は逆に警戒を解いてしまったのだ。

 涙を流すサイラオーグを見て……。

 ―――サイラオーグには才能がなかった。兵藤一誠にも才能がなかった。

 あったのはその体と拳のみで、ただ体を鍛えることが唯一強くなれる手段だった。

 ……サイラオーグは親近感のようなものを感じていた。

 自分と兵藤一誠は似ていると感じ、彼の痛みが自分の痛みのようにも感じた。

 彼が間違った方向に進もうとしているから、彼は何があろうと魔王になろうと決心した。

 でも魔王になろうと兵藤一誠を救うことが出来ず、他の悪魔の強行を止めることが出来ずに彼を別の世界に送ることになった。

 ……後悔を、していた。

 自分もアーシアと同じように全てを捨て、彼と同じ道を歩むことが出来なかったことを。

 魔王という立場を言い訳にして、そんなことをする自分が情けなくて。

 だから彼がここにいる理由に難しいものなどない。

 それは単純明快で、ただ彼は―――

 

「―――お前に再び会いたかったからに、決まっているッ!!」

 

 また彼と話したかったから。

 彼もまた大事な人たちを多く失った。

 自身の眷属を戦争で多く亡くし、母を亡くし、そしてリアス・グレモリーという従兄妹も失った。

 ……彼もまた、もう何も失くしたくない。だからここに来た。

 サイラオーグはむさ苦しいと自身でも感じながら涙を流し、一誠を抱きしめる。

 その行動に一瞬一誠も戸惑いを見せるが、すぐに理解した。

 彼も自分と一緒なのだと。

 

「……ありがとう、サイラオーグさん。それとごめん。ずっと迷惑を賭けて」

「仲間を失い、母を失い、お前たちまで失ってたまるか……ッ! 兵藤一誠、お前は俺の好敵手()だ! だからここから先、俺はお前たちを! 何があろうと味方でいる! 立場など関係ない!! 例え―――」

 

 魔王ではなくなったとしても、……っとサイラオーグが言おうとしたとき、兵藤一誠は彼から離れる。

 それはまるで、それ以上は言ってはならないと言いたいような行動。

 アーシアは一誠の行動を理解し、彼の隣に並び立って一歩、後ろに下がった。

 

「サイラオーグさん。あんたの気持ちはわかった―――だからこそ、あんたは俺たちの元に来てはダメだ」

「何故だ! 俺はお前たちを!!」

「あんたはサーぜクス様の後を継いだ魔王だ。そんな魔王が、自らの道を違えてはダメなんだ」

 

 そして背を向ける。

 

「俺たちは俺たちの道を進む。あんたはあんたの道を進む―――だからさ。あんたは俺たちを見守るだけでいいんだ」

 

 ―――屈託のない笑顔だった。

 ずっと笑顔を見せることがなかった兵藤一誠が、心からの本当の笑顔。

 それを見たサイラオーグは全てを悟った。

 …もう、自分は彼にとって必要がないと。

 もう彼が道を違えることはないのだと。

 サイラオーグは何も言わない。

 ただその背中を見つめる。

 

「俺は一人じゃない。―――ありがとう、サイラオーグさん」

 

 二人は歩き始める。

 険しいかもしれない道を、手を繋いで共に。

 ……彼の仲間は死ぬ間際、彼にたった一つのことを願っていた。

 それは復讐でも、自分たちを忘れないでなどということでもない。

 それはただ一つ―――

 

「また、いつか会おうな」

 

 笑顔で前に進む。

 たったそれだけのことだった。

『Side out:三人称』

 

 

 

 

 ―・・・

「汝、兵藤一誠は多くの功績を挙げ、冥界に多大な利益をもたらしている」

「故に魔王を代表して私、サーぜクス・ルシファーはこの名を以って、いささか例外ではあるがこの名誉を讃え、彼を上級悪魔に昇格させようとのことを決定した。これは魔王の名において絶対であり、普遍である。これは冥界における総意であり、撤回することはない」

「さて、下級悪魔・兵藤一誠。我々はそのように話を進めているが、この儀には最後、貴殿の明確な目標と上級悪魔に昇格することを受諾する必要がある。もちろん上級悪魔は爵位を持ち、下級とは比べ物にならないほどの重圧と責任がもたらされる。それを踏まえた上で私は君に聞こう―――応えよ、兵藤一誠」

「―――謹んでお受け入れさせていただきます、サーゼクス・ルシファー様」

「……その意気込みを申してみよ」

「俺には護りたいヒトがいる。それは昔からの大切な家族で、最初はどの家族を護るために上級悪魔になろうと考えました。でも今はそれだけじゃない。他に護りたい仲間がいる。救いたい人々がいる。変えたい現状がある。だから俺は―――私は上級悪魔になることを、爵位を持つことを望みます」

「……そうか。それならばよろしい。ならば―――この場を以て、現四大魔王の立ち合いの元、この者に爵位と共に上級悪魔に昇格することを決定と致す。賛成の者は立ち上がり、賞賛の拍手をしろ。反論のある者はそのわけを申してみろ。この私がそれを全て応えてみせよう」

 

 

 

 ―――パチパチと、拍手をするような音が鳴り響く。

 俺、兵藤一誠がこの世界に戻ってから数日後の今、俺は満を持してこの場に馳せ参じている。

 上級悪魔昇格の儀。四大魔王たちと冥界の重役が出揃った大きなホールの真ん中で俺は魔王を前に立ち、魔王の言葉を待っていた。

 ……拍手は次第に大きさを増していき、束の間の時間のあと巨大なものとなった。

 

「満場一致のようだな。ならばこの場において、私は―――兵藤一誠に爵位と名誉と領地を与え、上級悪魔への昇格を宣言する!! ……さぁ、イッセーくん。こちらへ」

「はい、サーゼクス様」

 

 俺はサーゼクス様の微笑ましい笑みを見ながら、壇上に上がりそこに用意されているチェスの駒を見る。

 色はまだ白く、それは複数あった。

 ―――8つの『兵士』の駒、2つの『戦車』『騎士』『僧侶』の駒、1つの『女王』の駒に、そして……石碑を前にする。

 俺はその石碑に手をかざし、左腕に神器をイメージして発現させる。

 ……この石碑は悪魔に対して上級悪魔として登録するものであり、更には『王』として記録を記すもの。

『王』の駒が存在しない故にある措置だそうだ。

 すると―――石碑が突然、輝きを辺りに撒き散らした。

 輝きは白いものから次第に赤に変わり、そして紅蓮に変わる。

 それは俺の魔力の性質である色。赤龍帝の鮮やかくも強い力のある色であった。

 石碑には俺の名が刻まれてゆき、次第に光は無くなっていった。

 ……そして俺は目を開けた。

 

「……貴殿の活躍を期待している―――赤龍帝・兵藤一誠」

「―――はい。その期待に応えられるよう、上級悪魔 兵藤一誠は精進してまいります」

 

 ―――そうして俺は上級悪魔となった。

 俺は壇上から足を一つ進め、俺の姿を一目見に来た仲間の方を見た。

 仲間は皆、笑顔を浮かべつつ大きな拍手をしており、その中で一人だけ涙を流す存在がいた。

 それは悲壮な涙ではなく、嬉し涙……だったら嬉しいな。

 俺は一つの駒を取り出す。

 そう、この場で俺はこの駒をすぐに使う。

 悪魔の重役がいるこの場でなければならない。

 

「―――黒歌」

「ッ! イッセー……ごめんね? なんか涙が止まらなくて……」

 

 俺は黒歌の目の前に立ち、その頭を撫でる。

 ……俺は黒歌と約束した―――必ず俺は上級悪魔になって、お前を救ってみせるって。

 その約束を今、叶える。

 俺は黒歌の手を引き、再び壇上に立つ。

 その行動に拍手で埋め尽くされていた場が静まり返り、俺は紅蓮に染まった僧侶の駒を高らかに掲げた。

 

「この場にお集まりの気高き爵位を持つ悪魔を前に、私は宣言する! 元最上級悪魔 ガルブルト・マモンの策略で指名手配されていた俺の家族! 黒歌を我が眷属にすることを!!」

 

 俺は黒歌を抱き寄せ、その場にいる全ての悪魔に向けて言葉を放つ。

 中には反論や中傷の声も聞こえるが、そんなものは殺気で黙らせる。

 場はひとしきりに静かになり、俺は改めて黒歌の頭を撫でる。

 そして少し体を屈め、黒歌と同じ視線にして話しかけた。

 

「俺は黒歌だからこそ、眷属になってほしい―――俺の眷属になってくれるか? 黒歌」

「……愚問にゃん、イッセー!!」

 

 ―――黒歌は次の瞬間、勢いよく抱き着いてきた。

 その頬は嬉し涙で濡れ、肩は震える。それを確認して、俺は黒歌へと『僧侶』の駒を与え、それは黒歌の体の中に浸透する。

 ……何の偶然か奇跡か、俺の持つ『僧侶』の駒の一つと兵士の駒の一つは変異の駒(ミューテーション・ピース)であった。

 一つの駒価値がどれほど大きくなっているかは知らないけど、今はそんなことどうでもいい。

 黒歌の体は駒の色と同じように光り輝き、そして―――

 

「……ありがと、イッセー。私はいついかなる時もイッセーの傍で戦うにゃん。私、黒歌は兵藤一誠の『僧侶』として、あなたに生涯を尽くすにゃ!!」

「ああ。よろしく頼む―――文句は言わせない。文句があるなら直接俺の所に来い! 俺はそれのために上級悪魔になった! 俺は力の権化とされ、あらゆる勢力から危険視され、滅ぼされた二天龍の一角、赤龍帝ドライグの力を宿す者、兵藤一誠! 俺はいつでも真正面からぶつかる!! ……以上が俺のこの場における宣言です」

 

 無礼なことは百も承知だ。

 それでもこれは必要なことなんだ。

 ―――平行世界で、俺は違う世界の俺と会った。

 その俺は変態で、でも仲間を大切に想って体を張り、努力を惜しまない奴だった。

 ……平行世界で、俺は最悪の可能性と会った。

 それは俺が下手をすれば辿り得た存在であり、悲しい宿命を背負った男だった。

 ……だけど俺はこの道を進む。

 平行世界の俺が前に進み始めているのなら、俺だって停滞しているわけにはいかない。

 俺たちは交わらないそれぞれの道を真っ直ぐに歩き、それぞれの未来に突き進む。

 ―――だからそれぞれの世界は、これからも回り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―・・・

『まさか介入するとは思っていなかったわ』

「ん? そだねぇ~。でもやっぱりイッセーくんの紅蓮はいつ見ても綺麗だよね」

『……ほぉ。中々に思い出してきたようね』

「うん、アルアディア。まだ感情とかは芽生えてないけど、記憶だけならもうほとんど戻ってきたよ」

『それは結構なことね。……いつになったら、彼に会いに行くのかしら?』

「それはまだ♪ だってまだまだイッセー君を守るのに力が不足してるんだもん」

『……じゃあもう一つ質問をするわ』

「はい、質問者のアルアディアくん! 質問を認めよう!!」

 

 

 

 

 

 

『いつまで、《袴田観莉》の人格で彼と接するつもりだい? ―――ミリーシェ・アルウェルト』

「……さあ? だって私は完全に目覚めていないからね。中途半端に目覚めたから、袴田観莉の人格は今回、幼児退行しちゃったしぃ~。私という人格が大きくなったことで、あの子の人格にバグが起こったのかな? ……ばれなかったのは奇跡だね。アルアディアの宿敵がそのことに気付かなくて良かった♪」

『……フェルウェル。私には奴が何を考えているか分からない―――一体、どうして奴がオルフェル・イグニールを宿主に選ぶことが出来たのか』

「……そんな不確定で不安な奴にイッセーくんは預けられないな~―――いずれ、返してもらうよ。その力が私にはあるから。……ふふふふふふ、早く手にいれたいなぁ~、イッセー……くん?」



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番外編8 前編 ライザー脱ニート大作戦!!

「ひぃぃぃぃ!!? く、来るな!! 兵藤一誠ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ―――冥界の深い森の奥にて俺、兵藤一誠は鎧を纏い、情けない男と追いかけっこをしていた。……複数の凶悪なドラゴンを連れて。

 凶悪なドラゴンの一角こと無限の龍神 オーフィス。

 

「放つ。蛇、超放つ」

 

 ……とても楽しそうである。凶悪なドラゴンの二角こと天魔の業龍 ティアマット。

 

「おい、私の弟の喧嘩売っておいて情けないぞ、おい」

 

 ……何故か激怒していた。さて、もう面倒くさいから全て紹介しようか!

 

「うぉぉぉらぁぁぁぁ!!!」←タンニーンのじいちゃん

『ふふふ……不死鳥ごときが私の主様に歯向かうからこうなるのです』←フェル

「あはは、にげろにげろー!!」←フィー

「にいたん、はやぁぁぁい!!」←メル

「ふふふ……」←ヒカリ

 

 ―――何故ドラゴンファミリー総出でこんな冥界の森、更には情けない不死鳥の男ことライザー・フェニィックスを追いかけているかというと、それは数日前まで話が遡る……―――

 

『エピソード1:らいざーくん、なみだめのおはなし。』

「―――イッセーの上級悪魔昇格を祝して!!」

『かんぱぁぁぁぁい!!!!!!』

 

 ―――俺の上級悪魔昇格から数日経ったある日のこと。昇格から数日は俺は上級悪魔の挨拶回りやらで多忙に追われていた。

 それを見かねたグレイフィアさんにマネージャーを勤めてもらい、何とかハイスピードで終わらして俺のオアシスに帰ってきた今日この頃。

 これはどうやら俺に対するサプライズらしく、俺が家に帰ってきた瞬間に今の状況が目の前にあった。

 リビングの大きな机に並べられた異様な数の豪華な料理。

 なんか魔力を使っているのか、部屋がいつにも増して大きくなっているような気がするが、いまさらそんなことは気にしねぇ!

 問題は―――このヒトの集まりだ!

 見渡す限りのヒト! ヒト! ヒト!

 グレモリー眷属はもちろんのこと、シトリー眷属の一同にドラゴンファミリー、父さんと母さんにリアスのお父様とお母様、ミリキャスやグレイフィアさんに至るまでそこにはいたんだ。

 更には俺の眷属の一人となった黒歌、そして誰が呼んだのかレイヴェルまでもがその場にいた。

 どうやら俺の上級悪魔昇格を祝したパーティーなようだけど、まさか身内だけでここまで盛大なものとなるとはね。

 これも良い仲間や友達を持った役得と考えるべきか。

 ……でもやっぱちょっと小恥ずかしいなっ!

 

「イッセーさん! こっちにイッセーさんの好きな唐揚げがありますよ!」

 

 っと、アーシアが満面の笑みで俺の手を取ってくる。その機嫌はここ一番に良く、ニコニコした笑みは愛しいとまで思っちゃうんだよな。

 でも良く考えてみると、こうしてアーシアと触れ合うのも久しぶりかもしれない。

 俺が平行世界に飛んでいる間はこっちも色々あったようだしな。

 ともかく俺はアーシアに手を引かれる形でその場から移動する。

 ……長い間、平行世界のアーシアとばっかり話していたからかな。今、アーシアと話すのがすごく新鮮なように感じる。

 アーシアの一言一句、一仕草でドキドキしてしまうって、おいおい。

 ……でも心地良さが先決するから困った。

 

「はい、あーんです!」

「ありがと、アーシア」

 

 俺はアーシアの頭を撫でながら、お箸の先の唐揚げを頬張る。油で揚げられた竜田揚げ風の唐揚げはカリッとした感触で舌に浸透して、若干香るニンニクは余計に食欲をそそるな。

 

「これ、アーシアが作ってくれたんだろ?」

「わ、分かったのですか?」

「当たり前だろ? 俺がアーシアの作った美味しいご飯を間違えるわけないだろ。ほら、アーシアも食べてみろよ!」

 

 俺もまた先ほどのアーシアと同じようにお箸で唐揚げを掴み、手を添えてアーシアの口元に唐揚げを運ぶ。

 食べる人の気持ちを考えて作られているからか、唐揚げは女の子でも食べやすいように一口サイズになっており、その辺りの配慮が流石アーシアというべきか。

 そんなことを考えていると、アーシアはパクッと唐揚げを頬張った。

 リスみたいにホクホクの唐揚げを頬張り、そして唐揚げを食べた後、少しだけ照れたように笑った。

 

「えへへ……イッセーさんに食べさせて貰ったから、普通の何倍も美味しかったですっ!」

「…………」

 

 やばい、このアーシアがとても可愛いすぎる。

 ってかいつから俺はこんなにアーシアにドキドキするようになったんだよ! あ、最初からか!!

 ともかく可憐すぎるアーシアの頭を執拗以上に撫で回すと、アーシアは仔犬が震えるように気持ち良さそうに体を震えさせた。

 その動作も可愛く……これはあれだ、「アーシア可愛すぎる症候群」と名付けよう!

 だってアーシアの行動が一々可愛いんだもん!

 

「……イッセー先輩、デレデレしすぎです」

「ほんとニャン! もっと飼い猫も可愛がってよー」

 

 そんな風に悶えていた俺に対して向こうからやってきた小猫ちゃんと黒歌がそんなことを言ってきた。

 小猫ちゃんはそう言いつつ俺の上着の裾をキュッと握ってきて、黒歌は頬を膨らませてぶーたれてる。

 ……これはこれで可愛いと思ってしまう俺はもう病気なんじゃないか?

 

「これはな? デレデレじゃなくて癒されてるんだよ。アーシアの癒しパワーは心身共に俺を癒す最高の力なんだ」

「それを真顔で言えちゃうご主人様って、やっぱり天然ジゴロにゃん。ほら、アーシアちゃんが茹で蛸になっちゃった」

 

 は? っと思いながら俺は黒歌の指の先にいるアーシアを見ると、アーシアは黒歌の言うとおり顔を真っ赤にして両手で頬を抑えていた。

 

「はうぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「……羨ましいです。今すぐ私も撫でて欲しいです……」

「イッセーの!! 僧侶をまず撫でるべきにゃん!!」

 

 すると小猫ちゃんと黒歌がここぞとばかりにすり寄ってくる!

 ―――分かった。今の俺には癒し成分が足りていないんだ。

 良く考えたら突然平行世界に飛ばされ、何か知らない内に短期間で黒い赤龍帝やら変態な赤龍帝と戦って、化け物と戦って……目まぐるしいほどのバトル生活に慣れてしまって忘れていた!

 俺は……癒しが欲しいッ!!

 そう思考していると、手に禁断症状が現れるかの如く震える!?

 な、なんで俺は忘れてしまっていたんだッ!!

 

「ち、チビドラゴンズはどこだ!!!」

「ん? にいちゃん、どしたー?」

 

 何も知らないでトコトコと歩いてくる赤髪のフィー。フィーは現在は幼女モードで、俺は歩いてきたフィーを抱っこして可愛がる。

 フィーは何が起きたか分からないのか、一瞬キョトンとするものの、すぐに状況を理解したのかキャッキャと嬉しそうに笑ってくれる!

 

「にいちゃんがかまってくれて、フィーはうれしいぞ!!」

「そっかそっかー……。ああ、癒しだ」

「……癒しというピンポイントではおチビなドラゴンには勝てないです」

「まあ白音? これは適材適所っていうにゃん。私たちはここぞというところで抜け駆けすれば問題ないにゃん♪」

 

 なんか後ろで不穏な会話が聞こえるが、もうどうでもいい!

 とにかく俺は久しぶりにチビドラゴンズと触れ合うんだ!

 

「あ、フィーずるい!! にぃたん、メルも!!」

「……ふたりともおこちゃまね。しゅくじょたるもの、がまんもだい……じ……―――にぃに、ヒーも……」

「ヒカリも年相応ってことか、あはは」

 

 すぐさま寄り添ってきたメルとヒカリもあやすように可愛がる。それにしても三人とも段々と成長してきたな。

 ティア曰く、既に術を使わなくともこの幼女モードを持続させることが可能みたいだし、しばらくしたら少女モードも可能になるんじゃないかな?

 いずれはきっと、現龍王みたいにドラゴン界でも有名なドラゴンになることは間違いない妹たちをともかく可愛がろう!

 ―――っとその時であった。

 

「お、お久しぶりです、イッセー様」

「ん? ……お! 久しぶりだな、レイヴェル!」

 

 そこには白い綺麗なドレスを身に纏ったフェニックス家の長女であるレイヴェル・フェニックスであった。

 どこか表情が硬いものの、いつもと同じように礼儀正しいレイヴェルだ。

 

「この度は上級悪魔に昇格なさったことを、フェニックス家を代表してお祝い申し上げます!」

「はは。硬いぞ? レイヴェル。今は無礼講なんだからもっと柔らかくいなくちゃな!」

「そ、それでは……おめでとうございます、イッセー様!」

 

 未だに丁寧な口調だけど、幾分緊張が解けたレイヴェル。

 にしてもこのパーティーの主催者は間違いなくリアスだろうけど、どういう経緯でレイヴェルを呼ぶことになったんだろうな。

 俺と個人的に仲が良いとはいえ、やはりレイヴェルはライザーの妹って認識が強いし……まあ考えても仕方ないか。

 お祝いに来てくれたことをまず喜ぶとしよう!

 

「それとこれはささやかな品なのですが……」

 

 するとレイヴェルはさっと少し大きめの木箱を差し出してきた。

 お祝いの品? 俺はその木箱を開けるとそこには幾つかの瓶のようなものがあった。

 これは……フェニックスの涙!? 普通に購入すると高レート過ぎて中々手に入れれないレアアイテムだ!

 俺たちの場合はロキとの一戦やらで結構使っていたりしたけど、それ以外だと手に入れることすら困難だろう。

 

「良いのか、レイヴェル?」

「はい! むしろ個人的にはこれくらいでは物足りない気がしますが……イッセー様の性格を考えると、あまり大きなものを渡してしまうと、逆に気を遣わせると思いまして」

 

 レイヴェルが苦笑いでそう言ってくる。

 しかし流石はレイヴェルだ。他人を気遣うところが彼女の奥ゆかしさと丁寧な性格を現している。

 ……それにしても本当に会うのは久しぶりだ。

 確か最後に会ったのは冥界の若手が集まった会合か。

 

「まあ立ち話もなんだし、あっちにソファーがあるからそっちに―――」

「イッセー様。恥を忍んで、私、レイヴェル・フェニックスは貴方様にお願いがあります」

 

 ……するとレイヴェルは今一度、深々と頭を下げてくる。

 幸い周りはパーティーで楽しんでいるようで、この光景は見えていないけど……一体どうしたんだ?

 レイヴェルはしばらく何か言い難そうな表情をしながらも、少しして意を決したように言った。

 

「―――不肖の兄、ライザー・フェニックスの目を覚まさせてください!」

 ―・・・

 …………そんなことがあって、俺は現在ドラゴンファミリー総出でライザーと地獄の鬼ごっこ(パワーアップバージョン)をしている。

 まあ簡単にいえば、いつまでも俺に負けたことから立ち直れないライザーの目を覚まさせてくれっていうのがレイヴェルを含むフェニックス家の要望らしい。

 それを新しく上級悪魔となった俺に正式に依頼して来たというわけだ。

 しばらく上級悪魔としての活動は名家との繋がりを持つことを第一に考えていたから、こういったものは大歓迎なことに加え、そもそもあいつが引き籠りになったのは俺の責任?でもある。

 

「にしたって、ドラゴンファミリー総出はやり過ぎだと思うんだけどな」

「まあイッセーに舐めた口叩いたあいつなら、別にいいんじゃない? 不死身だし♪」

 

 黒歌が背中にくっ付きながら、そう言ってくる。

 黒歌は既に俺の眷属の僧侶として悪魔に転生している。その実力はそもそもが最上級悪魔にも対抗できるレベルから、最上級悪魔レベルにパワーアップしているんだよな。

 この前に手合せしたとき、その実力が跳ね上がっているのにびっくりしたもんだ。

 俺の持つ僧侶の変異の駒(ミューテーション・ピース)だったから駒価値は一つで済んだわけだけど、普通なら二つの駒を消費しても可笑しくなかった。

 ……ともかくこれは逆効果か?

 ライザーを屋敷から引っ張り出して鬼ごっこをしているけど、何ともまあずっと俺たちから逃げている。

 まあ夜刀さんを除くドラゴンファミリー全員がいるから仕方ないけどな。

 一応フェニックスからは、好きにしていいとは言われているけど再起不能にしてしまうわけにもいかないし。

 

「作戦変更だな。じいちゃんにティア、オーフィス、そこまでだ!」

 

 俺はライザーを楽しそうに追いかける三人とチビドラゴンズの前に飛び立ち、その場で静止を掛ける。

 その一言で三人とも動きを止め、ライザーに至っては肩で息をしながら気の上にヘロヘロと落ちていった。

 ……寝間着で。

 

「ふむ、もう少し可愛がってやろうと思ったんだけどな」

「……イッセーがそう言うなら、我は従う」

「仕方あるまい」

 

 中々に滅茶苦茶なことを言ってるが、まあ今は無視をして俺はライザーの元に降りて行った。

 龍神と龍王を相手に良くここまで逃げられたもんだ。底力はやはりフェニックスだから、かなり強いな。

 

「ライザー、いつまで伸びてんだ?」

「き、貴様ぁぁぁ!! いきなり俺の部屋の扉を粉砕してここまで追いかけて、その言い草!? 舐めてるのか!?」

「……おい、目を見て言えよ」

 

 俺は頑なに俺の目を見ずにそう言うライザーに、ジト目でそう言った。

 

「…………き、貴様ごときに合わせる目など」

「―――あぁ?」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 俺が無理やりあいつの視界に入ると、ライザーは途端にそんな情けない声をあげた。

 ……はぁ、レイヴェルの言う通りだな。

 俺との一戦以来ドラゴン恐怖症……更に言えば俺恐怖症に至っているらしいライザーだけど、これは想像以上に重症だ。

 

「情けないにゃん、チキン野郎」

「なんだとぉ!? こ、この俺に向かってチキンだと!?」

「割と的を射てると思うぞ?」

「俺は不死鳥だ!! チキンなんかじゃない!!」

「「チキンじゃん!!」」

 

 ライザーの言葉に同時にツッコむ俺と黒歌。

 だけどまあ、寝間着で外に出すのは流石にかわいそうか。

 

「本題に入ろう、ライザー。俺が今、お前を追いかけまわしているのはお前をぶっ潰したいとか、そんな気持ちがあるわけじゃなく……いや、それも少しはあるが」

「お、おい!?」

「―――レイヴェルからのお願いだからだ」

 

 ライザーが文句ありげにそう言いそうになった時、俺は追撃とばかりにそう言った。

 それによりライザーは口を閉じて苦虫を噛んだような顔になる。

 

「ライザー、お前いつまでそんな情けない恰好をしているつもりだ。妹に心配をかけて、今まで罵っていた俺に恐怖して」

「黙れ!!」

 

 ライザーは俺の顔に目掛けて火種を放つも、俺はそれを軽く払うように手を薙ぐ。

 

「弱いな、お前の炎はいつも」

「貴様! 俺を愚弄するつもりか!?」

「―――その通りだ、俺はお前を愚弄している」

 

 俺はライザーに一歩歩んで、籠手を展開する。

 

「同じ男としてイライラしてんだ。愚弄するに決まってんだろ、ライザー。たった一度の敗北で己を精進させるわけでもなく、ただ殻に篭っているお前を、愚弄しないで何をすれば良い? 励ませば良いか?」

「だ、まれ! 俺だって、何もしていないわけでは」

「同じだ。引き籠って何をしていようが、その心は甘えしかない。そんな甘えた心で、上級悪魔の看板は背負えない。前に進めない奴が、言い訳をしたところで信憑性も何もないんだよ」

 

 ……拳を強く握って、そう言い切る。

 ずっとこいつの現状はレイヴェルから直接手紙で聞いていた。

 その手紙はいつも丁寧で、ライザーに対しての文句や悪口が記されていた……けど最後は必ず、ライザーを心配しているような文面だった。

 本当に兄想いの良い子だ。

 だからこそ俺はそんな妹に支えられてるのにも関わらず、いつまでも復活しないライザーにずっとイラついていた。

 

「文句があるなら俺に向かってこい。真正面から、ぶつかってやる」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!』

 

 俺は赤龍帝の鎧を身に纏い、殺気をライザーに向けて放つ。

 それだけで辺りに風のようなものが舞い、木々が揺れ動く。

 

「なッ!? あの時の、何倍も……一体何をすればそこまでッ!!」

「……色々あったからな。辛いことも楽しいことも色々あって、俺は強くなれた。後ろを振り向くことがあっても、支えがあって俺は何歩も前に進むことが出来た―――ライザー、お前はどうなんだ?」

 

 俺は瞬時に背中のブースターを噴射させ、ライザーの目の前に現れて拳をライザーに放つ。

 ライザーはそれに反応をすることが出来ず、ただ茫然と見ているだけ。

 俺はそんなライザーに拳を当てることはなく、鼻先で拳を止めた。

 

「っ!!」

「……ライザー。その辺りを良く考えろ―――帰るぞ、黒歌」

「ん~? 良いの、イッセー」

 

 俺は鎧を解除してそのままライザーに背を向ける。

 黒歌はそんな俺の腕に抱き着きて共に歩いた。

 

「ああ。少しは考える時間は必要だろ? ……ライザー。また明日、俺は同じ時間にお前の元に行く。もしお前が変わるつもりがないのなら、それならそれで構わない。それがお前の答えなんだろうからな―――でもお前がちょっとでも変わりたいなら、それだけの答えを俺に示せ」

「……勝手に、決めるなっ!!」

 

 ……俺は振り向かずに予め用意していた魔法陣で転移をする。

 ドラゴンファミリーには悪いが今日のところは帰ってもらい、俺たちはひとまずフェニックス家へと戻るのであった。

 ―・・・

「すみません、イッセー様。このような面倒事に巻き込んでしまい……」

 

 フェニックス家の大広間にて紅茶と茶菓子を前にして、俺はレイヴェルと対面していた。

 とりあえず黒歌は庭で散歩をしている(ライザーの眷属のネコっぽい子を弄る)らしく、俺は一人でこの場にいるんだ。

 ここにはレイヴェルはもちろん、フェニックス家の現当主であるフェニックス卿と夫人の奥様がいらっしゃる。

 

「気にするな、レイヴェル。俺も良かれと思って来ているんだ」

「本当に上級悪魔になった兵藤君には申し訳ない。今だ忙しいと耳に聞くが……」

「いえ、大丈夫です。名家への挨拶も大方終わって、フェニックス家を最後としていましたから」

 

 その分、この数週間は多忙すぎる日々だったけどな。

 学校が終われば魔法陣を使って冥界に行き、魔王様や名家へのあいさつのコネづくり……まあその努力と、俺の行動に興味を持っていた上級悪魔が俺の思考に賛同してくれてある程度は下積みも積まれてきた。

 流石にレーティング・ゲーム第一位のディハウザー・べリアル様のところに行ったときは緊張したが……。

 ちなみにベルフェゴール家とサタン家に行ったときは何故か大歓迎でご飯までごちそうになった。

 ディザレイドさんが何か異常に親しげに良くしてくれたのと、ミリーシェと同じ顔をしたエリファさんのお願いを断れなかっただけなんだけどな。

 

「すまないな。私の不肖の息子が……。しかしあんなでも、私の大事な息子なんだ。本当なら自分の力で立ち上がってもらいたかったが……」

「自分の力だけではどうにもならないことはあります。……それにどっちにしても、あいつは自分の力だけで前に進まないといけない。そういう選択肢を与えてきました」

「……そうか。心より礼を申し上げる」

 

 フェニックス卿は深々と頭を下げ、一度咳払いをする。

 

「―――ところで赤龍帝殿。この度、上級悪魔と昇格成された貴殿は、眷属というものはどのように考えてるのだ?」

「眷属、ですか?」

 

 するとフェニックス卿は突然、真面目な表情でそう言ってきた。

 その言葉を聞いてレイヴェルが何故か顔を赤面させているが……

 

「俺にとっての眷属は……そうですね、大切な家族なんだと思います」

「ほう、家族か……」

「はい。俺にとって大切で、何にも替えれない大切な存在。従えるだけではなく、絶対にこの手で守っていく存在

 それが俺にとって、赤龍帝眷属の在り方です」

 

 もしかしたら甘い考えかもしれないけど、俺はこの考えを曲げるつもりはない。

 

「―――素晴らしい。やはり君は私が期待していた通りの青年ですね」

 

 するとこの場にいる存在とは違う、柔らかい物腰の声音が聞こえた。

 俺はその声の持ち主の方を見ると、そこには見たことのある金髪のライザーに似た男性がいた。

 しかしライザーほど目は鋭くなく、優しそうな印象が強い。

 ……そりゃあ見たことがあるはずだ。

 

「レーティング・ゲームでつい最近トップ10入りを果たした、ルヴァル・フェニックス様ですね」

「そこまで畏まらなくてもよろしいですよ、兵藤一誠君。君のことはレイヴェルから良く聞いていますので」

 

 ルヴァル・フェニックス……。上級悪魔でありながらレーティング・ゲームで勝ち星を幾つも上げて、現在最上級悪魔になるのも近いとされているトップランカーだ。

 会えないと思っていたけど、まさか今日会えるとは……。

 

「禍の団を打倒し、更には神すらも打倒したということを聞いたときは度胆を抜かれましたが、なるほど……それ相応の実力と、確固たる努力の跡が見えます」

「……分かるん、ですか?」

「ええ。長年この世界で戦っていると、若き者の努力の跡が手に取れて分かる―――まあ最も、私の弟はそうでもないのですが」

 

 ルヴァルさんは頭を抱えて、苦笑いをする。

 

「あなたがここにいるのはライザーのためなのでしょう。あいつは才能は我々兄妹の中でもトップクラスに高いのですが、何分昔から努力を怠っていました。それでも同じ世代に敵はいなく、天狗になっていたのでしょう―――初めての完全な敗北が当時下級悪魔であったあなただったからいい薬になったと思っていましたが……」

「逆にそれで引き籠ってしまったのですわ、ルヴァルお兄様」

「ふむ、困ったものです―――っと、話が脱線してしまいました。この度はよくぞ忙し中、フェニックス家においでなさりました。時間があれば上級悪魔としてお話をしたいのですが……」

「はい! もちろんそちらの方が自分も嬉しいです!」

 

 俺はルヴァル様の申し出に即答でそう応える。

 するとルヴァル様はまた微笑んで、一礼した。

 

「それでは私は着替えてまいります。お父様、お母様。あまり余計なこと(・ ・ ・ ・ ・)はしないように。全ては若人の進む道ですよ?」

「「っっ!!」」

 

 ルヴァルさんはフェニックス夫妻に少し目を細めてそう言うと、二人は少し目を逸らして苦笑いをした。

 それを見てレイヴェルは俺の隣にタタッと小走りで走って来て、チョコンと俺の隣に座って耳元で呟いてきた。

 

「ルヴァルお兄様は聡明な方なのですが、実は私たちの兄妹で一番怖いんです。だから昔からお兄様はルヴァルお兄様に弱くて……」

「なるほどな―――それはそうとレイヴェル。このお菓子と紅茶ありがとな? レイヴェルが用意してくれたんだろ?」

 

 レイヴェルはお菓子作りと紅茶を淹れることが得意っていうのは前に教えて貰ったから覚えていた。

 リアスもそうなんだけど、意外と悪魔のお嬢様ってのは昔から料理などといったものは嗜んでいるそうだ。なんでもいつ嫁に嫁いでも良いようにと母から教えて頂いたらしいけど、お金持ちなら使用人を雇うものと思っていた手前、素直に驚いている。

 そう関心していると、レイヴェルは少しはにかんだ様に笑みを浮かべていた。

 

「はいっ。お、お口に合わなかったでしょうか?」

「そんな心配そうな顔をしなくても、すごく上手かったよ。特にこのタルトが絶品だったよ。もしかして人間界の甘栗を使ったのか?」

「は、はい! イッセー様が人間界の日本から来るということで、人間界の栗を取り寄せてマロンタルトを作りました!」

 

 ……良い子だなぁ~、レイヴェルは。

 気遣い上手っていうか、前に俺の好物が栗っていうことを手紙に書いたのを覚えていたのか。

 

「マロンを使ったものは俺の大好物なんだ! ありがとな、レイヴェル」

「い、いえ……前に手紙を頂いたときに覚えていたものですから……」

 

 少し照れたレイヴェルの仕草が可愛いと思いながらも、俺たちはそんな世間話をしている最中であった。

 俺たちの方を見ていたルヴァルさんとフェニックス夫妻が微笑ましそうな表情でこちらを見て来た。

 

「え、えっと……なんでしょうか?」

「いや。レイヴェルが同世代の子と楽しそうにお話ししているところを見たことがなくて、とても新鮮でね。親心で見てしまっていたのだよ」

「ええ、ホントに微笑ましいですわ。確か二人は文通で前々から繋がっていたのですわね?」

「はい。ライザーとの一戦以降は定期的に手紙でレイヴェルの近況とかを聞いていたんですが……。あ、そういえばレイヴェルは人間界に留学しに来るんですよね?」

「ええ。レイヴェルもリアスさんと同じで他の世界をしっかりと見るべきですから。その際にはどうか、私の娘を支えてあげてくださいね?」

 

 レイヴェルのお母様の言葉に俺は力強く頷く。

 それから俺たちは軽く世間話をして、そして黒歌を連れて一旦フェニックス家から離れるのであった。

 ―・・・

 ……次の日。俺は昨日ライザーを追い詰めた森の前にいた。

 フェニックス邸から特に離れていないフェニックス家の敷地内の森で、今回はここを貸してもらう予定だ。

 とはいえ、そもそもあいつがこの場に来なければ意味がないんだけどな。

 

「来ると思ってるの、イッセー」

 

 俺の隣で項垂れている黒歌はそう尋ねて来た。

 来る、か……そんなものは俺には分からない。あいつが変なプライドを発動すればまず来ないだろうし、わざわざ恐怖の対象である俺の元に来るとは、黒歌には思えないのかもな。

 

「分からない。でも来なければあいつはいつまでも変われない。慢心と無駄なプライドがあいつの成長と最初の一歩を妨げているんだ」

 

 あいつに選択肢は与えた。

 それで来ないのならば、あいつはそこまでだったということ。

 残念だけど、それまで。

 でも、それでも俺は信じたい。あいつの中にまだ男が残っているのなら、喧嘩腰でも良いから来てほしい。

 

「以前のレーティング・ゲームはさ。俺たちが負けた。それはあいつが『王』としての判断で、俺に勝てないと悟って既に消耗をし尽していたリアスを狙って勝利した。俺はそのことに激怒して、それはもう頭に血が昇っていた……けどそこまでして勝利を望んだのは、それがあいつのプロとしてのプライドのはずなんだ」

 

 そのプライドには嘘偽りはない。

 例え傍から見たら卑怯でも、あいつはあいつの眷属たちの頑張りを無にしないために勝利を望んだ。

 結果的に言えばあいつは特に間違ってはいなかった。感情論は抜きにして。

 

「あいつは今の殻を破れば、きっと凄まじい成長が出来ると思うんだ。勝利に渇望するのは汚そうで、実は綺麗なものだ。勝利のための努力を覚えれば、あいつはきっと変われる」

「あいつにそんなこと出来るとは思えないけどにゃー」

「いや、本質的に言えばルヴァルさんやレイヴェルの兄妹なんだ。―――いや、もしかしらあいつが歪んじまったのはそれが原因かもしれないけど」

 

 ……優秀で優しい兄と、優秀で優しい妹。他を圧倒できる圧倒的な才能と能力を身につけた故に、他を見下すサディスト性と兄妹に向ける劣等感が芽生えた。

 まあ実際のところは分からないけどな。

 

「まあここまで遅ければ、諦めた方が良いのかもな」

「うんうん、だから私とデートしようよ♪」

 

 すると黒歌は少し嬉しそうに、途端に機嫌が良くなる。

 腕を絡ませて、今すぐにそこから移動しようとする―――その時であった。

 俺は目線の先に男の影を見つけ、黒歌を止める。

 

「残念だったな、黒歌―――やっと来たか、ライザー」

 

 俺はこちらに歩いてくる怖い形相のライザーに声を掛ける。

 

「黙れ。お前の言葉に惑わされたわけじゃない」

「じゃあ、何で来たんだよ?」

「―――お前が、むかつくからだ!!」

 

 ……そうかい。

 理由としては十分だ。

 何せ、俺の今回の目的はこいつのクサッタ甘ったれ根性と、ニート状態を打開するためだからな。

 

「ああ、分かってんだよ! お前の言っていることは大抵正しくて、拗ねてカッコ悪いのは俺だってことは!!

 だからこそ本当のことを言われてムカつく!!」

「はは。それくらい理不尽なくらいがお前らしいよ、ライザー」

「―――何よりそのしたり顔がむかつくんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ライザーは背中に炎の翼を展開し、炎を纏った拳を俺へと放ってくる。

 ……気合十分だな、ライザーの奴。

 格好は戦闘しやすいバトルスーツで、勢いも十分。

 ……こっちも既に前の戦いの疲労もとれて、コンディションは最高だ。

 

「よぉぉぉし、ライザー……あれから変化を迎えた俺の全力を久しぶりに味あわせてやる」

 

 俺はここ一番の悪そうな笑みを浮かべ、そして―――

 ―・・・

「はぁ、はぁ……マジかよ、お前」

「ああ、マジだ。だから言ったろ? 俺も色々あったんだって」

 

 あれから数時間後。

 俺とライザーは一対一のスパーリングによって辺りの風景を一変させていた。

 木々はライザーの炎により燃え盛り、地面は俺の斬撃やら打撃やらで地割れを起こしていた。

 ライザーは肩で息をして、俺は特に息を乱さずまだ生き残っている木の枝の上に中腰で座っていた。

 ……実に数時間の戦闘で、ライザーはずっと驚愕の表情を浮かべていたんだ。

 そりゃあ、守護覇龍を除く全ての力を出し惜しみなく使ったんだからな。

 二つの籠手によるツインブースター・システム、籠手に創造力を付加して強化する神帝の鎧、アクセルモードに創造神器のコンボ、白銀龍帝の双龍腕に今開発している新技などなど。

 途中何度も吐血して瀕死になったからレイヴェルからもらったフェニックスの涙を使って強制的に復活させて、更にスパーリング。

 ―――ぶっちゃけ、タンニーンの爺ちゃんたちの夏の地獄と同じ目を遭わせていた。

 

「つ、強すぎだろ……!? 俺の炎を蝋燭の火を消すみたいに吹き飛ばして、魔王クラスの一撃で不死の俺にダメージを与えるとかチートだ!!」

「あ? 不死のお前がチートとか抜かすな。こっちも精神力で何とかしてんだからな」

 

 俺は木の上からアスカロンを投剣し、ライザーの腹部に貫通させる。

 

「あがぁ!? お、お前ッ! 会話の途中で聖剣投げるなよ!?」

「お、避けたか。なら―――ほい、ソードバース」

 

 俺は神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)で劣化魔剣創造(ソードバース)を創造し、地面から魔剣を生やして次々に攻撃を放っていく。

 ライザーは地上で凄まじい立ち往生をしながらも、何とか避けている。

 ……ふむ、なら創造神器の『強化』で行くか。

 フェル、まだ大丈夫か?

 

『ええ。最近はずっと体を休めていたので、多少の無茶は大丈夫でしょう』

「了解。んじゃ―――逝きますか」

『Reinforce!!!!!』

 

 俺は劣化魔剣創造に強化の力で神器性能を著しく強化する。

 魔剣創造は一定の魔剣量しか創造出来ないという上限を失い、無限に際限なく剣を生み出していく。

 そして地面を一面魔剣が生えているという凄まじい光景を作る。

 魔剣創造・無限∞(ソードバース・インフィニティ)ってところか?

 

「おいおいおい!!!? やり過ぎだろ、兵藤一誠!!!」

 

 するとライザーは魔剣の森で腹部を突き刺しながら、鬼気迫る表情でそう叫ぶ。

 ……確かにはやり過ぎか?

 

『間違いないな。まさか相棒がここまで鬼教官とは……』

「相手がライザーだからだよ。ほい、拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)

「鬼かぁぁぁぁぁ!!! お前、本当は俺のこと大嫌いだろ!?」

 

 ……うん。

 俺は心でそう呟きつつ、依然と手を緩めず言葉通り、死ぬ寸前までライザーを追い込めたのだった。

 ―――……更に数時間後。

 

「も、う……無理……。うごけ、ねぇ……」

「まあそうだろうな。むしろここまでよく頑張ったな?」

 

 俺は更地と化した地面の真ん中で大の字で倒れるライザーに屈みこんで、木の枝でツンツンしながらそう言った。

 レイヴェルから貰った涙は全て使い去ったし、ライザーも既に限界を越えているみたいだ。

 それでも何とか回復は出来ているところを見る限り、既にドラゴン恐怖症は大分なくなっているんじゃないか?

 

「もう、反論する力も、残ってねぇよ……。ああ、くっそ……強いな、お前……」

「お前が弱いだけだと思うけど」

「るっせぇ……こちとら同世代に敵なしでここまで来たんだ。―――お前は、初めての壁みたいなもんなんだよ」

 

 するとライザーは少し状態を起こし、その場に胡坐を掻いて座る。

 俺はそれに合わせてその場で胡坐を掻いた。

 

「兄貴はレーティング・ゲームのトップランカーで、妹は俺たち兄弟の中で一番潜在的な才能があった。……俺は何をとっても中途半端だったんだ。でも一族の性質である不死属性があったから同世代では敵なしで、これまで全てのゲームに勝ってきた―――親の七光りだとか、才能だけとか、真に優秀なのは兄妹ばっかとか言われてきたもんだ」

「……」

「……だから俺はどんな勝負でも負けないようにして来た。少なくとも、悪魔の面倒なしきたりがある試合以外は。負けないことが前まで俺を支えて来たもので、まあそれもどっかの赤龍帝のせいで崩れ去ったけどな」

 

 ……ライザーの独白は続く。

 

「何もしてなかったわけじゃねぇ。あの時、お前と戦ったときのことは何度も思い出している。それでも俺にはお前に追いつけるビジョンが見えなかった。レイヴェルからドラゴン恐怖症とか言われたのか知らねぇが、俺はお前に負けたことが受け入れれず引き籠ってただけだ―――情けねぇ」

「―――全くだ。そこまで考えれてるのに、どうして前に進めないんだよ」

「わっかんねぇよ。俺にはリアスみたいに明確に目指す目標があるわけじゃねぇ。根っからの快楽主義者だけどな、本当の目的なんてもん一度も持ったことがねぇんだ」

 

 ライザーは空を見上げる。

 

「今まで、負けないように不敵な態度ばっかり取っただけ。そもそもレーティング・ゲームがプロっていっても、兄貴がトップランカーだったから始めたものだしな」

「……目標が、目的がないか―――そんなもん、割と簡単に見つかるだろ」

 

 俺はそんな独白をするライザーにそう言った。

 

「お前は難しく考え過ぎなんだよ。目標ってもんはでっかく持てば良いんだ。例えばリアスみたいにレーティング・ゲームの王者になる! ……ってもんでも良いんだよ。大きな目標は、それに至る小さな目標を次々に生んでいく。その小さな目標を達成し続けて、いつか大きな目標を達成するんだよ」

「……小さな目標」

「ああ。それでもお前の目標が見つからないなら―――まずは俺をぶっ潰すことを目標にしてみろよ」

 

 俺はライザーに不敵な笑みを見せて、そう言った。

 

「……上等だ、この野郎」

「良いね、その表情―――でも俺だって大きな目標があるからな。だから絶対に負けてやらないけど」

「……聞いていいか、兵藤一誠。お前の目標って奴を」

 

 するとライザーは珍しくも少し興味がありそうな表情で俺を見る。

 ……そういえば、俺は上級悪魔になってからの目標を誰にも言ってなかったな。

 特に具体的なものを。

 

「―――俺は最高で最強の眷属で、冥界を変える。あの腐った悪魔の老害に有無を言わせないほどに成長する。俺の目標はそれだよ」

「…………本気か?」

「本気だ。言っただろ? 目標は大きなほど良いって。今回の件で上級悪魔に昇格できたから、次は最上級悪魔だな。んでもって―――ま、これはいっか」

「……まさかお前」

 

 俺はライザーに拳を向け、それ以上を言わせないようにする。

 それはまだ公言したくないからな。

 ―――さて、もう良いだろ。

 

「……ライザー。今一度、お前に聞きたい―――お前はいつ立ち上がるんだ?」

「…………俺の自室な、しばらく誰もいれてねぇせいで埃が溜まってんだ」

 

 するとライザーは立ち上がる。

 

「―――だからまあ、そろそろ息苦しいから、外に出ても良い頃なんだろうな」

「分かりにくいんだよ、挽肉」

「誰が挽肉だぁぁぁ!!!!」

 

 俺の懇親のあだ名にライザーは俺に掴みかかるように襲い掛かってくるが、俺はそれを避けて足を掛け、転がせて完全に極める。

 プロレス技でいうところの……コブラツイスト?

 まあどうでも良いか。……あ、今関節が抜けた。

 

「ぎゃぁぁぁぁああ!!! いてぇ!?」

「あ、わりわり。……俺、お前のこと嫌いっていうより、こうやって虐めるのが好きなだけだよ。ほら、復活するし!」

「お―――俺はМじゃねぇぇぇぇええええ!!!!!」

 

 ―――森の中に、ライザーの悲鳴が響き渡ったのであった。

 しかしライザーは前に進むことが出来るだろう。

 ……俺はそう確信していた。

 ―・・・

 ライザーを矯正してから数日後の自室にて、俺はレイヴェル―――からではなく、ライザーからの手紙を読んでいた。

 なんの心境の変化か知らないが、何故かライザーも俺へと手紙を送るようになった。

 中にはリアスへの謝罪とか俺への感謝が記されているんだけど、フェニックス家は手紙を送ることが習慣になっているのか?

 ……ともかく手紙の内容は大したことは書いていない。

 ―――だけど最後の一節だけ、俺は目を見開いて読んでいた。

 

『それとな。これは上級悪魔としてのアドバイスだが、眷属には参謀的な存在が必要だ。例えば俺の眷属ではユーベルーナが良い例だ。だけどな、実は俺の眷属に今はいないが、前まで俺の女王を越える参謀役がいた―――レイヴェルだ。あいつは頭が良い。機転も利く。なおかつ、今は開花していないが、俺たち兄弟の中で一番の才能を持っている。今、レイヴェルは母上の下僕であるが、もしお前が自分の眷属を決め兼ねているなら、レイヴェルを検討してくれないか? あいつは従順で気立てが良い。必ずお前の役に立ってくれるはずだ。もちろん無理強いはしない。……これは恐らくフェニックス家の総意と受け取って貰っても良い。ではな、我がライバル()

                                     ライザー・フェニックスより』

 

 ―――お前、誰だよ。

 俺は心の中でそう思いつつ、ライザーからの申し出を本気で考え込むのであった。



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番外編8 後編 パンと外道と、子供たちと

 聖剣計画というものがあった。

 それは異端者、バルパー・ガリレイにより行われた非人道的な計画であり、聖剣を扱える子供を人為的に創り出すという名目で行われた実験。

 しかしその実態は、その子供達からわずかにある聖剣を扱うための因子を抜き去り、別の人物に移植するというものであり、この実験により因子を抜き去られた子供達は……殺された。

 唯一の救いといえば、少年時代の兵藤一誠によって子供達の一部は救われたこと。

 そして木場祐斗が生き残ったということだけだ。

 ……これから繰り広げられる話は、その続き。

 罪を重ね続けた一人の少年が、外道神父と自負する少年が初めて守ると決意した時を描いたもの。

 ……その一因となった事件。

 それは―――第二次聖剣計画である。

 ―・・・

「あぁ、腹減ったっすねぇ……」

 

 ヨロヨロとした不確かな足踏みで歩みを進める白髪の少年がいた。

 彼の名はフリード・セルゼン。つい先日、堕天使コカビエルの傘下に入り、グレモリー眷属に対して聖剣エクスカリバーを使い渡り合った強者である。

 快楽主義者である彼は兵藤一誠の力を垣間見て、人格が変化した人物の一人である。

 ……そんな彼は激戦の末に聖魔剣に覚醒した木場祐斗に惜敗し、現在はその傷を癒しながら目的のない歩みを進めているのだ。

 

「金もあんまないしぃー、そもそも金使うとこがないじゃん……ってか、そもそも金を使うって認識するところから、俺様きもちわりぃー」

 

 少し前の彼なら、まず窃盗を考えていただろう。

 これこそが兵藤一誠と対面して変化した彼の性質であり、ある意味での贖罪……と言えるのではないだろうか。

 フリードはそんな自分に対して自嘲しながらも、しかし以前のような行動はしなかった。

 ……フリード・セルゼンは元は真摯な神父であった。

 純粋に神を信じ、自身の信仰を元にエクソシストとして悪魔を討伐していた。

 昔は天才と謳われたこともあり、その実力も健在である。

 ……そんな彼が変わってしまったのは、当時彼が憧れていた高名なシスターが悪魔に屈服し、教会から追放されたというところから始まる。

 フリードはそのことに不可解な点を感じ、裏事情を調べ、結果的にディオドラ・アスタロトという存在に辿り着いた。

 ……しかし、辿り着こうが周りはそのシスターを異端者と罵る。

 悪魔に屈服した裏切り者、悪魔に魂を売った魔女……。

 そのような身も蓋もない、真実を知らない愚か共めが!! ……その感情がフリードを占めていた。

 そしてその限界を迎えて、彼は同僚であったエクソシストを九死一生の淵まで追い込んだ後に殺害し、そして異端者として教会を追放されたのだ。

 更に堕天使の甘言に心の在り処を失った少年は溺れ、罪を重ねた。

 ……彼の人生はそんなものなのである。

 信仰心があっても、彼の心の在り処は神ではなく人であっただけ。

 それが崩れ去り、彼は悪に堕ちた―――

 

「にしても、ここらには食料すら実ってないんすかねぇー。……なんのために俺、生きてんだろ」

 

 ……つい、ポロリとそう呟くフリード。

 以前のような外道でもなく善でもない。全てが中途半端でしょうがない……彼はそう自身を自嘲する。

 唯一彼がしたいことがあるとすれば、それは木場祐斗や兵藤一誠との再戦である。

 しかし……それすらも今はどうでも良くなってあるのだった。

 それほどにフリードには目的がなかった。

 

「いっそ、ここで野垂れ死ぬのも悪くねぇんじゃねえっすかね、ひゃははは―――」

 

 ……そんなことを呟いても、彼の脳裏に広がるのは愚直な男の姿。

 涙を流しながら悲しみの渦に身を投じ、それでも拳を振るった滑稽な姿……しかし彼はその姿に一種の憧れを抱いてしまった。

 自分にはそんなことが出来なかった……兵藤一誠のようにはならなかった。

 それだけが彼を生かすものとなっていた。

 

「……まあ、もうちょっとだけ歩いてみようかねぇー」

 

 棒切れ一つで身体を支え、ゴールの見えない森を真っ直ぐに進んでいく。

 そんなことを何度も繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 何度も倒れても立ち上がり、意識が朦朧になりながらも彼は生きようとしていた。

 

「はぁ、はぁ……や、べぇよな……。これ、死ぬん、じゃね? ひゃははは……」

 

 掠れた笑みを浮かべながら、彼は棒切れでなんとか身体を支えながら、ゆっくり一歩ずつ歩みを進める。

 息は絶え絶えでも歩き続け、そして―――倒れた。

 どうやら森は越えたが、森を抜けた光の中で彼は空腹で動けなくなる。

 絶食に加えて負傷による体力低迷。限界の中でも生き続けた生命力は人間とは思えないほどだ。

 しかし……言葉通り、彼はもう動けなかった。

 

「だめ、っすねぇ……こえ、まで……枯れてるじゃ、ん」

 

 彼は目線だけ前方に向ける。

 視界は掠れてほとんど見えない。

 ―――その時、彼は何人かの人影を見た。

 それは複数あり、それぞれ違いがあるがほとんどが小さい子供のようなものだった。

 

「な、んすかぁー? お、れ……なにも、もって……ないっ、すよ……?」

「―――」

 

 人影は何か喋っているが、フリードの耳には上手く伝わらない。

 

「なん、にも……聞こえ、ねぇっす、よ……」

「―――た、べて……」

 

 微かに聞こえた声と共に、彼の口に何かが無理やり押し込められる。

 生地はパサパサで、何の美味くもないパンだった。

 しかしフリードはそれが何かを認識して、ゆっくり噛み砕いて食べる。

 ……その目には、いつしか涙が浮かんでいた。

 死に直面して、彼は人生で二度目の涙を流す。

 そして彼の視界は少し回復して、目の前の子供達を見る。

 

「―――お、起きた! は、早くどこかに隠さないと!!」

「そ、そうだね! あっちに秘密基地があるから、そっちの方に連れていこ!」

 

 ……フリードは、心配と安堵が混じったような表情を浮かべる子供を見る。

 そこで彼の意識は途絶える。

 そして―――これが、彼の人生を全てやり直す決定的瞬間であった。

 ―・・・

 ……フリード・セルゼンが目を覚ました時、彼は体がほとんど動かなかった。彼の視界には木や葉っぱで雑に造られた小屋の天井が見え、良くも悪くも子供が造った秘密基地、というのは明白であった。

 

「あぁ、頭、はたらかねぇー……あの餓鬼共、どうしてわざわざ僕ちんをこんなところに運んだのかねぇ~」

 

 フリードは天井を見つめながら、ポツリとそう呟く。

 別に死んでも良かった……足掻いた結果の死ならば彼は簡単に受け入れるつもりだったのだ。

 だがどういうわけかこんな自分を救う、しかも自分より遥かに年下の子供に救われたことが何とも彼を考えさせていた。

 

「……くっそ、意識ほとんどなくて覚えてないんですけど~」

 

 今現在の時刻も、自分がどれだけ眠っていたことすらも彼は知る由もない。

 ただ自分の体の汚れが幾分か落ちているところを鑑みるに、誰かがフリードの体を拭いたことだけは理解できた。

 ならばそれは何故か―――それが彼には分からなかった。

 

「……ま、ここにいれば雨風は凌げるから良いんすけどねぇ。―――って、どうせやることも何もないのに、何考えてんだか」

 

 ……でもフリードの頭の中には、不思議と子供たちの顔が刻み込まれていた。

 そして彼の口の中には未だにあの時の安物のパンの味が染み込んでいた。

 ―――ただのパンである。堕天使レイナーレに従っていた時や、堕天使コカビエルに従っていた時にはもっと豪勢で素晴らしいご馳走をたらふく食べていた。

 ……にも関わらず、覚えているのは安っぽいパンの味であった。

 

「……ひゃは。ばっからし―――なんであの時、泣いちゃったのかなぁ~」

 

 ……彼にとって、それは久しぶりの温かさだった。

 彼が慕っていたシスターと話したり、一緒に食事をしていた頃に感じていた温かさをフリードは不意にも名も知らぬ子ども達に抱いていた。

 そんなはずがない、などと彼も考えるがやはり脳裏からは彼らの顔が離れない。

 

「……分かってるんすよ。こんな屑が今更温もりを欲することが、そもそも罪なんすよね~? 死んじゃった神様」

 

 ……久方ぶりに彼は神の名を口にする。

 元は信仰していた聖書の神。しかしその実態をコカビエルから聞かされ、少なくとも衝撃を受けた。

 それでも揺さぶられなかったのに、今更パン一つでこんなにも心を乱すのが自分でも信じられないのだ。

 

「あぁぁ!! もう良いっすよ。何も考えたくないから、寝ちまった方が早いっすわ」

 

 フリードは再び目を瞑る。

 何も考えたくなくてした行動だが、しかし次の瞬間に彼の耳に微かな音が聞こえた。

 

(……足音)

 

 彼とて、慢心が過ぎるところがあろうが幾多の修羅場を潜り抜けて来た戦士である。

 足音だけでもその存在がどれほどの数か、どれほどの担い手かは理解出来た。

 一瞬警戒をするが、それも時間の無駄ということを悟る―――なぜならその足音は、複数の子供のものだったからだ。

 恐らくは自分をここまで運んだ、あの子供だろうとフリードは認識し、すっと目を開く。

 少ししてフリードのいる空間にひょこっと小さな子供たちが数人入ってきて、フリードを見て少し大きな声を出した。

 

「あ、起きてる!! よかったぁ~……」

「白髪の兄ちゃん、体は大丈夫か!? あ、腹減ってたらこれ食ってくれよ!!」

「と、とりあえずお体を拭こうよぉ~……」

 

 それぞれ反応は違うものの、全部がフリードを心配するような反応であった。

 それに対してフリードは首を傾げる。

 

「―――なぁにが目的っすか?」

 

 フリードは子供たちに目も向けず、ダルそうな声音でそう言った。

 ……彼らがこうも好意的に自身の世話をする意味が彼には分からなかった。

 会ったこともない、本当に赤の他人である自分に食糧を与えて寝床を与える……普通に考えれば、何か裏があると考えるのは当然だろう。

 しかし彼らは首を傾げながら、不思議そうな顔でフリードを見た。

 

「え? そんなの、辛そうだったからに決まってんじゃん」

「……はぃい? いやいや、そんなもんお兄さんには通用しないっすよ~? そんな糞善意が存在するはずが―――」

 

 しかし彼はその『糞善意』をその目で見ていた。

 会ったばかりの少女のために命を賭けた馬鹿な男を。

 それが彼の言葉を止めることになる。

 

「……仮にそうだとしても、お前ら飯食ってんのかってくらいに細いじゃん? 明らかに俺に食糧与えるの間違ってるでしょ?」

「で、でも……その、ほっとけなかったの……」

 

 彼らの奥の方にいるオドオドとした少女がそう言うと、フリードはその少女が最初に自分に話しかけていた少女と理解する。

 

「…………そうかいそうかい。お前らがとんでもなくお人好しっていうのは理解できたっすけど―――ところでその服、ずっと着てるんすか~?」

 

 フリードはそこで彼らの服装を着目する。

 自身も直接見たわけではないが、しかし彼の記憶が正しければ、その服装の正体をフリードは知っていた。

 それは少し前にフリードが関わっていた事柄に密接に関連することである。

 

「……そうだぞ。このぼろっちいのは、俺たちが崇高な目的を果たせたら脱げるってあいつらが言ってたんだ! だからそれまで我慢して、後で皆で幸せになるんだぜ!!」

「そうだよ! だからどれだけ苦しくても、皆がいれば我慢できるんだ!!」

「…………」

 

 フリードはその表情が無理をしているということはすぐに見抜いた。

 ……しかし自分が関わるつもりがないと言う風に、それに対して反応せずに子供をじっと見る。

 ―――そこにいるだけで子供たちは全員が白髪。髪の色素は抜け落ちて、肌も極端に白い。

 身体はやせ細っていて、ほんの少しの衝撃で折れそうなほどだ。

 少年少女たちはしばらくそこでフリードの世話を焼いて、少ししてから時間だと呟きながら別れを告げてどこかに歩いて行く。

 ……フリードはただそれ以降は黙って彼らを見て、そして一つの答えに行きついた。

 

「―――聖剣計画の被験者の服。……それに子供たちって、なぁんか引っかかるんすよね~」

 

 フリードは子供たちが自分に無理やり渡してきたパンを頬張る。

 手元には少ないが水分があり、それを摂取してようやく体力が回復したというように立ちあがった。

 

「ま、俺には関係ないっすけどねぇ~。はい、チャラバ! …………そーいえば、バルパーの爺の隠れ家ってこの近くっすよね」

 

 フリードはどこか低いテンションで、数少ない荷物の一つである地図を広げる。

 そこには彼がもしもの時のために突きとめていたバルパー・ガリレイの隠れ家が赤いマーカーで丸く記されており、ここからそう距離はないと思われた。

 

「……関係ねぇんすよ。俺は、そんなこと気にしないんすよ」

 

 フリードは地図をくしゃりと握り締め、その空間から外に出る。

 ……その足は、バルパーの隠れ家へと向かっていた。

 

「……くっそ不味いのに、なんで―――こんなに美味いって、思えるんすかねぇ~」

 

 ……そんな軽口を叩きながら、彼は歩んでいった。

 ―・・・

 ……数時間の探索もあり、フリードは無事にバルパーの隠れ家である建物へと到達した。

 木で造られた木造の建築であり、周りにはその存在が知られないようにカモフラージュが施されていた。

 フリードは家に入って、とりあえずは横になる。

 室内は埃がちらほらと舞っているものの、緊急用の食料や水があり、しばらくの間は衣食住に困らないほどであった。

 ……横になりながらも、フリードの頭の中にはやはりあの子供たちが浮かぶ。

 

「知らねぇよ、あんな餓鬼ども……」

 

 フリードはとりあえず非常食である缶詰を開け、その中の食物を喉に通す。

 

「―――まっず。はぁぁ……あの糞不味いパンは美味いって思ったのに、なんでこれはここまで不味いんすかねぇ~」

 

 フリードは缶詰を全て食べることなく、勢い良くそれを机の上に投げ捨てる。

 勢い余った缶詰は机の端に勢いよく衝突し、衝撃が強かったのか机を揺るがした。

 ……それと共に、床に複数枚の紙が床に散らばった。

 

「んあ? なんだ、これ」

 

 フリードはソファーから体を起こし、散らばる紙を集めてそれの表紙に目を通した。

 そこには―――『第二次聖剣計画』と書かれていた。

 

「……やっぱ、そういうことねぇ~」

 

 彼にとっては予想の範疇だった故に、あまり驚きもせずその資料に目を通す。

 

「『私、バルパー・ガリレイによって記す。これは第二次聖剣計画における全容であり、これは全ての成果がわたしにあるという証拠の文書である』……か。しょもねーっすね、あの糞爺」

 

 フリードは更に目を通した。

 そこには第二次聖剣計画の全容が事細かに記されており、更には目標までもが明確に記されていた。

 ・・・

 被験者は年端もいかない子供たち。身寄りのない子供たちを利用し、前回の計画の二の舞にならないように細心の注意を払わなければならない。

 今回の実験においては聖剣に適応する子供を一から(・ ・ ・)造ることが重要であり、そのために人間としての不必要な機能を全て削除する。

 そのための薬の投与を長時間にかけて行う。ここで髪の色素が抜けるが、些細な問題ではない。

 被験者には極度のストレスを与えると共に偽りの希望を抱かせて計画の成就へと自ら望むようにコントロールをしなければならない。

 食事は一日に一度。足りない栄養は全て薬により摂取。これにより聖剣との適合をより確実なものとする。

 一日に10分の自由も全て監視―――といきたいところだが、それに関しては敢えて完全な自由を取ることでストレスとの折り合いをつけさせる。

 そして体が成熟した暁には聖剣と適合させ、被験者の心を完全に壊して我々の人形とする―――使用する聖剣はエクスカリバーとは姉妹剣とされていた聖剣ガラティーン。

 既に剣の再生は完成しており、今後順調に事が進むことを願うばかりである―――……

 

「ひゃはは―――なんで、こんな胸糞悪いんすかねぇ~……」

 

 次に出た本音は、聞こえるようなものではなかった。

 しかしフリードは確かにその口で、その資料に目を通した後に言った。

 ……しかしそんな自分を彼は否定する。

 ―――今まで、あれだけのことをしておいて綺麗事なんて許せない。

 彼は決して言葉には出さないが、心の中はこんなものだ。

 しかし……綺麗事だと理解していても、彼の脳髄にはあの子供達の心配そうな顔と笑顔があった。

 彼らの優しさを身体に感じた。

 たった一度の出会いが、彼の否定を更に否定する。

 兵藤一誠の言葉を借りるのであれば、それは―――

 

「―――あああっ!!! しらねぇよ! んなことは!!」

 

 フリードはそんな自分に嫌気がさしたのか、手にあった資料を地面に叩きつける。

 

「きもちわりぃ……。僕ちんは、外道神父っすよ? なんでこんなこと、考えなきゃなんないんすか……?」

 

 彼のふざけた口調が静かになっていく。

 ……そして、フリードは立ち上がった。

 ―――多量の食料と、この辺りの地図を片手に。

 

「こんなモヤモヤ、もう一回あの糞餓鬼どもとあったら無くなるに決まってるよねぇ〜」

 

 フリードはそんな口実を言いつつ、着実に……変わり始めていた。

 ―・・・

 それからのフリードは、隠密的な行動をひたすらに行った。

 まずはあの森の中の不自然な施設の内情と、実験の更なる情報。

 彼の目的としていた子供達との再会は恐らく簡単にはいかない。

 一日、十分間の自由だって確実に監視されていないわけではないからだ。

 施設内外からの情報収集の末に、彼はいくつかの仮設と計画の事実を知った。

 

「……実験はまだ、始まってからそこまで長い時間経ってるわけじゃねぇみたいっすね」

 

 フリードは森の大樹の枝の上でパンを食べながら、施設を観察していた。

 行動を決めてから知った事実とは、それはバルパー・ガリレイの当初の目的から大きく逸れている実験の目的であった。

 神の不在のバグ……一例を上げるならば、木場祐斗の聖魔剣がいいだろう。

 本来は混じり合うことのない 反発し合う二つの力が、神の不在によるバグで聖魔剣を生んだ。

 ―――実験は、不在を知ってしまった連中がその可能性を考え、聖魔剣を創り出し、更にそれを扱える人材を創り出すものだった。

 もちろん……犠牲は当然だという前提の元に。

 それが変質している実験だ。

 故にバルパーの予定していた実験よりも更に非人道的のものとなっている。

 更には―――この実験には、堕天使だけでなく悪魔も加入しているのである。

 

「たぶん現状の悪魔、堕天使の態勢に不満を持つやつらの勝手な行動……っすかね?」

 

 それを言えば彼が数日前まで従っていた堕天使コカビエルもまたそうであるが、コカビエルは彼なりのプライドから小汚い手は使わなかった。

 真正面から正攻法でグレモリー眷属と戦い、そして負けた。

 そのような信念のある悪を見たフリードだからか、非常に気に入らないのである。

 

「中級の堕天使、悪魔程度なら普通に殺せるっすけど―――って、なに戦う前提になっちゃってのかなー」

 

 フリードは頭を左右に振り、自身の言葉を忘れようとする。

 そして彼は荷物を背負い、移動しようとした。

 

「―――待ちたまえ、フリード・セルゼン」

 

 突如、彼の後方より男性の声が響いた。

 ……フリードはそれに咄嗟に反応し、懐から光の剣の柄と封魔銃を取り出して構える。

 

「……誰っすか?」

「なに、警戒は無用だよ―――わたしは君の敵などではない」

 

 誰、と聞くフリードであるが実際には彼はその存在を知っていた。

 知っていた、というよりは知らない方がおかしいほどの人物である。

 ―――元教会の錬金術の天才と呼ばれ、数々の聖剣を創ってきた人物。

 とある人物の影響により教会の意に背き、追放されてしまった男。

 彼の名は……

 

「私の名はガルド・ガリレイだよ」

 

 ―――今は亡きバルパー・ガリレイの弟、天才聖剣錬金術師。

 ガルド・ガリレイである。

 ―・・・

 フリードがガルド・ガリレイに連れられたのは例の施設の中であった。

 ガルド・ガリレイは施設の中では上の位に就いており、フリードが連れられたのは特に豪華な部屋であった。

 

「君のことはよく知っているよ、フリードくん」

「えー、僕ちんそんなに有名なんすかー? そりゃどーもあざーっす! ―――んで? そんなフリードきゅんをこんなところに連れ込んだのはなんでなのかなー? あ、俺様そんな趣味ないんで、ボーイズ的なラブはなしの方向でおねがいしやす!」

 

 長々とふざけたことを言うフリードだが、実際には目の前のガルドを警戒してのことである。

 特に嫌悪を示している第二次聖剣計画に加担している男を信頼する方が難しい話ではある。

 

「単純な話さ。私は君を保護しようとしたまでだ」

「……理由は?」

「コカビエルが倒され、兄さんが死んだからだよ」

 

 ガルドは柔らかな笑みを浮かべながら、紅茶を淹れて差し出してくる。

 

「君のことはよく知っている。元エクソシストの天才児。君たちコンビのことは昔からよく見ていたからね」

「―――それ以上、話すな」

 

 フリードは声音を低くしながら、封魔銃の銃口をガルドに向けた。

 

「……君はもう、これ以上辛い目をみなくて良いんだ。本当の君は一体どれなんだい?」

「―――知ったような口を、聞くな……っ! 俺にとって、あれはもう終わったことなんすよ!! 本当もなにも、俺は外道神父以外の何者でもない!!」

 

 フリードは理解する―――ガルドはフリードの持つ真実を知っている。

 自分の慕っていたシスターの追放の真実のことを。誰も信じてれなかったことを。

 それを肯定された上で自分を見てきたガルドに、フリードは心底動揺していた。

 

「……本当の君はきっと優しい男の子なんだよ―――だからこんな計画を、嫌悪している」

「あ、あんた……何言ってんすか?」

「―――昔話をしようか」

 

 するとガルドは会話を区切るように、そう話し出した。

 フリードはガルドのペースに飲まれて、彼の話を真摯に聞いてしまった。

 

「君も知っての通り、私は元教会の錬金術師だ。聖剣を造り出すことを得意としており、それを買われていた」

「……でもあんたは」

「はは、その通りさ。私は兄さんに賛同してしまい、聖剣に対して間違った認識をしてしまった―――だから、兄さんの愚行を止めることも出来ず、本来造ってはいけない聖剣を幾つも造ってしまった」

 

 机の上におくガルドの拳は震える。

 

「私はね、至高の聖剣を造るために誰かが傷つくのを良しとしてしまった。聖剣の力をもっと上げるために人を苦しめた―――悪に堕ちて、初めて私は兄についてきた自分に恥じたんだよ」

 

 ガルドはそれだけ言うと、その場から立ち上がる。

 

「だから私は自らに贖罪を課せた―――こんな間違った計画を、私は壊す」

「……たかが錬金術師に、そんなことは不可能っすよ? この施設には堕天使や悪魔がうじゃうじゃいるからねぇ」

「それでも私はあの子供達を自由にしたいのだよ―――知っているかい? あの子供たちの笑顔は、人を救ってくれるものなのだよ」

 

 ―――フリードはその言葉を、不意に受け止めて納得してしまった。

 ガルドは部屋の扉のドアノブを掴んだところでもう一度、振り返った。

 

「君のことは上に通しておく―――すまないね、老人の戯言に付き合わせて」

 

 そしてガルドはフリードの言葉を待たずして、部屋から消えていった。

 ……残されるフリードは膝に肘を置いて、下を向きながら何かを考えるようにずっと無言でいるのだった。

 そしてしばらくの時間が経ち、最初に出て来た言葉は―――

 

「―――んなこと、知ってるんすよ……ッ」

 ―・・・

 それからのフリードは、この施設ではある程度気を遣われるレベルの地位についた。

 この計画の中核を担うガルドの斡旋と、今は亡きバルパーやコカビエルの元で働いていたその実力を買ってのこと……更にその身に普通を越える多量の聖剣の因子を誇っているというのも一因していた。

 だから何不自由のない生活を送れていた……はずなのに、フリードは何か気分が晴れなかった。

 

「…………」

 

 彼はだらけるようにソファーに横になりながら、ぐたっと床に向かって伸びている手元にある光の剣の柄を見つめる。

 目を細め、何を考えているかは分からないが。

 時折目を細めて柄を強く握ったり、封魔銃の手入れを入念をするなど……とにかく、その行動は周りにとっては不可解なものであった。

 ……コンコン、とドアを叩く音がする。

 

「失礼する、フリード神父よ」

「んあ? ああ、あんたっすか……」

 

 フリードはだらけた態度のまま、室内に入って来た堕天使に目を向けた。

 そのフリードの態度を特に気にすることもなく、彼と同じソファーに座った。

 この堕天使はこの施設ではかなり上の地位にいるものの、フリードのことを気に入ってか彼の失礼な態度を受け入れている。

 恐らくは彼の強さを知っており、それに惚れこんでいるというところだろう。

 

「そのままでいいさ。それにしてもフリード神父よ。私は一向に構わないのだが、どうして何もしないのだ?」

「べっつに~……。特に理由はないっすよぉ? ―――まあ、その理由がないのが一番の理由なんすけど」

「理由か―――そういえば今日、被験者の子供が一人死んだよ」

 

 ……その何気なく言った言葉に、フリードは堕天使に気付かれないレベルで歯ぎしりをした。

 これもまた、本当に無意識レベルのものであった。

 

「全く、哀れな餓鬼だ。我々のことを疑いもせず、過酷な実験に自分から志願するなんてな―――全く以て、愚かとしか言いようがない」

「……ま、そうなんじゃないんすか?」

「反応が悪いな―――そうだ、それならば一度実験場を見に行くか?」

 

 フリードは堕天使のその一言を聞いた瞬間、体がピクッと反応した。

 そして……ほとんど動かなかったフリードは、自発的に立ち上がった。

 

「そっすねぇ~……んじゃ、お言葉に甘えるでやんす♪」

「ほう、そうか! ならば早速向かおうではないか!!」

 

 堕天使の男は嬉々としたようにフリードを実験場に案内する。

 実験施設は地下にあり、フリードと堕天使はしばらく歩き、そして実験場がある電子ロック式の扉の前に立つ。

 そして堕天使はその扉を開いた―――

 

「さあフリード神父、これが実験場さ!」

「……へぇ」

 

 フリードはその光景に対して、興味深そうにじっと見つめる。

 堕天使はその光景を背にして、フリードに向かってそう話しかけたことから、光景を目にしていなかった。

 

「……随分と血生臭い実験場っすね」

「ん? ああ、昨日一人死んだからかね? それほどのものではないだろう?」

「いやいやー、これは流石に血生臭いっすわ―――ほら、黒い翼の死体の山がたくさんあるっすよ?」

「……は? 君は何を言って」

 

 堕天使はフリードの一言で初めて後ろを振り返る。

 ―――そこには、凄惨な光景が広がっていた。

 

「な―――なんだこれは!! なぜ、私の同志が……死んでいる!?」

 

 翼を捥がれ、切り刻まれた堕天使の死体。

 心臓を一撃で突き抜かれた悪魔の死体。

 数多の死体が血だまりを作り、狂気的な光景がそこにはあった。

 数にしては十数人の堕天使、悪魔である。

 それが全滅していたのだ。

 

「くそ、いったい誰がこのようなことを!」

「……ところで、子供がいねぇようっすけど~?」

 

 ……フリードの言葉を聞いて、堕天使は初めてハッとしたような顔をした。

 ……元々は堕天使と悪魔は敵対していた故か、良く死傷騒ぎになるほどの騒動が起きることもあった。

 しかしその場合は必ず死んでいるのは片方の陣営だけであり、手を出した片方はその後処分されるというのがこの施設のルール。

 ―――悪魔と堕天使が両方とも死んでいるということ、更に子供がいないことを鑑みて堕天使は答えにたどり着いたのだ。

 

「まさかとは思っていたが、異を唱えていようともここまでしようものなのかッ! ―――ガルド・ガリレイ!!!」

 

 堕天使はその事実にたどり着き、激昂という形で怒りを撒き散らす。

 そんな中、フリードは特に何かの感情を抱くはずもなく、ただ一つ感心していた。

 ―――高が錬金術師が、これだけの堕天使や悪魔を殺した。

 彼の興味はこれ一つだった。

 

「いいだろう、ガルド!! 貴様がここまでをしようものならば、私が貴様を殺してやる……ッ!!」

 

 堕天使は翼を羽ばたかせて、地下施設の天井に空いている大穴に向かって飛び立つ。

 恐らくこれもガルドの仕業だろうが……しかしフリードはぼうっとその場に立ちすくんでいた。

 思い出すのは……馬鹿みたいな笑顔だった。

 

『え? そんなの、辛そうだったからに決まってんじゃん!!』

 

 子どもの顔には、嘘偽りはなかった。

 

『……た、たべて』

 

 その顔は自分のことを心から心配して、助けようとしていた顔だった。

 

『知っているかい? ―――あの子供たちの笑顔は、人を救ってくれるものなのだよ』

「―――知ってんだよ、そんなことは……ッ」

 

 認められなかった。

 今更そんな綺麗ごとを吐く価値のない人間なんだ。

 いつもふざけて、いつも傷つけて、いつも卑怯で卑屈で非道な外道神父。

 自分をそう蔑むことでしか自分を持ち続けれなかったんだ。

 フリードはただ、そう下を向いて思うしかなかったのだ。

 拳を強く握り、ガルドの言葉を思い出す。

 子どもの言葉を思い出す。

 

「た、す……けて……」

 

 ―――その時、フリードの耳に確かに聞こえた。

 堕天使の死体の山の奥にひっそりと倒れている、人間の子供の微かな声。

 フリードはその声の元に行くと、そこには一人の少女が倒れていた。

 実験の後遺症で髪の色素が抜け、真っ白になってしまった髪。身体はやせ細り、目も虚ろとなっていた。

 フリードはその少女を知っている。

 ……あの時、フリードにパンを食べさせた少女。

 死にかかっていたフリードに命をくれた女の子であった。

 

「……逃げ遅れたんすか、あんたは」

「お、ねがい……み、んなを、たす……けて」

 

 ―――望むのは自分ではなく、仲間。

 フリードはその言葉を聞くと、そっと少女の頬に手を添える。

 

(冷たい。かなり衰弱している。たぶん、このままじゃこのチビは死んじゃうんすよね~……。ま、俺の知ったことじゃ……)

 

 しかし彼は彼女を抱き寄せて、懐にあった飴玉を彼女の口に含ませる。

 心とは裏腹の行動であった。

 彼自身、何故そんなことをしたのかは理解しがたかった。

 

「……実験がどうとか、誰かを守るとか―――どうでも良いんすよ。でもねぇ~、俺は……借りだけは、いつも返してきたんすよ。それが仇であろうと、何だろうと」

 

 ……フリードはそう呟くと、少女を背負って―――

 ―・・・

 ガルド・ガリレイは重い足取りでひたすら前に進んでいた。

 彼の背負う子供たちはほんの数人に満たないほど。

 子ども達を救い、実験を破綻させる計画は半分は成功していた。

 ガルドはその手で生み出した世界初の、人間によって造られた聖魔剣・アロンダイトエッジを握りながら前に進む。

 ……アロンダイトは昔、聖剣だったものだ。

 しかし当時のアロンダイトを担っていた人物が戦友を斬り殺し、その身を魔剣へと落とした。

 そしてそれは教会によって処分され、錬金術によりガルドが復活させた。

 神の不在のバグを利用し、聖魔剣と形を変え。

 

「はは……しかしながら、自分で造っておいて暴れん坊な剣だよ―――選ばれなければ、所有者すら殺しかねない剣だとはね」

 

 ガルドは意識のない子供を背負いながら、肩で息をする。

 

「だが、まだ倒れるわけにはいかない―――子供たちを皆救うまでは、決して……ッ!!」

 

 ガルドがそう意気込む瞬間であった。

 

「がッ!?」

 

 突如、彼の太ももに違和感と共に激痛が走る。

 それはアロンダイトによる拒否反応ではなく、外部からの直接的なもの。

 ―――彼の足には、光の槍が突き刺さっていた。

 

「……貴様の愚行もここまでさ、ガルドよ」

「ッ! 予想外に、早いじゃないか……」

 

 ガルドは子供たちと共に倒れ込み、その目で空を見た。

 そこには四枚の堕天使の翼を羽ばたかせている堕天使が浮かんでおり、声音とは裏腹に内心でガルドは焦っていた。

 ……追いつかれるのが早すぎたのだ。

 子ども達を安全なところに匿ってから、もう一度施設を襲撃する手筈であった。

 しかし現実は虚しく、目の前には施設において一二を争う力を持つ堕天使。

 

「貴様は優秀であるさ。しかしその心は偽善に満ち溢れている。悪に堕ちた者がする偽善など、吐き気がする。貴様はそんな存在だ、ガルド」

「……貴様には分かるまい。ああ、私は最低な道を歩んでいた」

 

 間違いと気付いた時にはもう遅く、全てが終わっていた。

 

「それでもなお、私は偽善だと思っていても行動に移さないことが出来なかった―――私は! 立ち止まるわけにはいかないんだ!!」

 

 そっと、アロンダイトエッジの剣先を堕天使に向ける。

 

「実験のための犠牲は当然という兄の考えに目を瞑り、私はたくさんの命から目を背けた! いや、これでは人のせいにしているだけだ―――私が、殺したのだ! これは贖罪なのだ!! しなければ、ならない……ッ!?」

「―――御託は聞き飽きたさ。貴様の行動は無駄に終わるのだよ、ガルド」

 

 ガルドの横腹が、堕天使の光の槍によって抉られる。

 堕天使は地上に降りてガルドの傍まで寄り、その顔を蹴り飛ばす。

 そしてその場に倒れるガルドの肩を足で踏み、光の槍を突きつけた。

 

「実験は強制的に最終段階まで行う。本当ならば全ての子供を聖魔剣適格者にするつもりであったが、まあ一人でも適格者が生まれれば良いか―――貴様はここで死するが良い」

 

 堕天使は槍を振りかぶる。

 そして放とうと―――

 

「ちょ~~~っと待ってねぇ~~~♪」

 

 ……した時、その場には似合わない軽い口調の男の声が響いた。

 

「……フリード神父よ。何用だね?」

 

 突如、その場に現れたフリードの登場によって堕天使の手が止まる。

 その姿を見てガルドもまた目を丸くしていた。

 ―――何故彼がここに……ガルドは不意にそう考えざる負えなかった。

 ……ガルドはフリードの事情を全て知っていた。

 知っていたからこそ、もう彼に間違いを重ねて欲しくなかったために居場所を与えた。

 だが……そこには一つの望みがあった。

 それは無意識的にも、ガルドはフリードに共感してほしかったのだ。

 ……フリード・セルゼンとガルド・ガリレイは似ている。

 堕ち方には違いがあれど、多くの共通点があった。

 元は善良は教会の人間、そこから堕ちていった咎人。

 そして……子供たちに救われた。

 それは肉体的であれ、精神的であれ……だからこそ、ガルドはフリードには自分の味方で居て欲しかったのだ。

 頭でそれを否定しようが、それは疑う事なき事実であった。

 

「いやねぇ? そこの爺さんって計画の裏切り者なんっしょ? そんなのをあんた自ら手を下すまでもないとおもってね~」

「ほう……つまり」

「―――ええ、俺様がやってあげるっす♪」

 

 ……フリードがここまでくると心地よさすら感じる声音で光の剣を懐から取り出し、堕天使を横切る。

 光の剣の剣先をガルドに添えると、堕天使は二人から少し距離を取った。

 

(……そうか。私も、何とも甘い幻想を抱いていたものだ)

 

 彼ならば、共感してくれると思っていた。

 ガルドは一種の、諦めにも似た感覚に囚われていた。

 自らが幻想を抱いた人物によって、殺される……実に愚かな結末だ。

 結局は自分の首を自分で締めたようなものであった。

 

「……ガルドのおっさん。あんた、馬鹿っすよ。こんなことで計画がどうにかなるわけないじゃないっすか」

「……そうだな―――それでもやらなければならなかった……、それだけだよ」

「そんなの、無駄死になだけじゃん」

「そんなことは、ないさ。……もしかしたら、私の後に続いてくれる者がいるかもしれない。……希望観測だが、その可能性があるのならば無駄なんかじゃないんだよ」

 

 ……ガルドは目を瞑り、ポツリとそう呟いた。

 

「さぁ、やりたまえ! フリード神父!! 裏切り者に死を与えるのだ!!」

 

 後方から堕天使が喚く。

 フリードは一瞬溜息を吐き、そして―――

 

「―――はい、チャラ……バ!!!!」

 

 ―――光の剣を、投げた(・ ・ ・)

 何故目下の者を斬るのに、剣を投げる必要があるのか? ……答えは簡単だ。

 遠くにいる者(・ ・ ・ ・ ・ ・)に致命傷を与えるならば、投剣が必須だからである。

 

「が、はッ!? な、何故……ツ!? き、きさま……!!!」

 

 ……その歯切れの悪い声はガルドのものでもなく、もちろんフリードのものでもない―――堕天使のものだった。

 その腹部には光の剣が刺さっており、刺し傷からは止めどなく血が濁流のように流れている。

 

「にししし! けっこー効くっしょ? 僕ちんは聖剣の因子を多量に得てから光の密度とか、量が数倍増したんすよね~。そりゃもう、上級に近い堕天使をそんな風にするほどにね♪」

「そんなことは、聞いておらんッ!! 何故だ!? 何故私を裏切った……!?」

 

 堕天使は腹部を抑えながらも、殺気を散らしながらフリードに食いかかる。

 しかしフリードはその言葉を聞いた瞬間、……腹を抱えて笑いあぐねた。

 

「ひゃはははははは!! あはははははは!!!」

「何が……おかしい!?」

「ふふふひゅ……いやぁ、自意識過剰もそこまで行けば才能ってもんっすねぇ~?」

 

 フリードは封魔銃の引き金を引き、数発ほど堕天使に撃ちこんだ。

 

「そもそも、僕ちんあんたに従ってないんすけどぉ? あんたみたいな小悪党、ぶっちゃけしょーもなさすぎぃ!!」

「な、に言って……」

「―――つまんねぇんすよ、あんたらは。陰でこそこそと餓鬼使って実験実験。それに比べればコカビエルの旦那は分かり易かったすよ? 正に悪党って感じだったし」

 

 そう、コカビエルは歪んでいようが悪党だろうが、何よりも分かり易かった。

 面倒な手を使わず、ただただ真っ直ぐに反逆した。

 

「……それだけ。んじゃ、もういいっですかぁ~~~?」

「ま、ま―――」

 

 ……堕天使は待て、と言い切ることも出来ずに絶命する。

 フリードは堕天使の首を引き抜いた光の剣で切断し、堕天使を確実に絶命させた。

 フリードは凍るような冷たい目でそれを確認すると、スタスタと後方の木陰の方に移動し、そこから何かをガルドの元まで運んだ。

 それを見てガルドは目を大きく見開いた。

 

「な、何故その子が……フリードくん、君は―――」

「―――仕方ねぇんすよね~~~。だって、借りは返さないいけないんだからさー」

 

 フリードはその子―――実験場で一人で倒れていた少女を優しく芝生の上に寝かせるように置く。

 そして視線をガルドの傍に突き刺さる、アロンダイトに向けた。

 

「……自分の気持ちに素直になるとか、今更無理なんすよ。だから俺はふざけながら進むしか出来ない―――いや、もしかしたらこれが最後になるかもしれないんすけどね~」

「―――まさか君は……ッ!!」

 

 ガルドはフリードの言葉で気付いた。

 彼の視線の先、言葉より彼がこれからすることを。しようとしていることに。

 

「だ、ダメだ、フリード君! お願いだ、君はその子たちを連れてどこかに逃げてくれ!! 全ては私が背負う!! だから君は!!」

「……やなこった♪」

 

 フリードは心地いいほどの笑顔でガルドの申し出を断り、近くに刺さるアロンダイトを勢いよく引き抜いた。

 途端、アロンダイトはフリードを拒否するような光を上げ、彼の体を焦がした。

 

「ッ……」

「やめてくれッ! アロンダイトエッジは、所有者を蝕むんだ……ッ。使い続けたら、命だって……ッ!!」

「―――知ってるんすよ、そんなこと」

 

 フリードは細く笑いながらそう言うと、剣を強く握った。

 

「こいつは認めなければ所有者を殺す茨の剣―――でも逆に言えば、命を糧にすれば使えるってこと」

「それが駄目なんだ! 君はまだ死んでいいような命ではない! 間違いを犯そうが、ここからやり直せるんだ!!」

 

 ガルドはフリードを止めようとするも、既に体は動かなかった。

 アロンダイトエッジの多用と堕天使による攻撃が体に影響を与えているのだろう。

 

「……やり直すとか、もうそんなことは考えてねぇんすよ。そんな詭弁のために、あの餓鬼どもは利用しないんだよ」

 

 フリードは眠る少女の頭を乱暴にクシャクシャと撫でて、少し笑った。

 

「―――こいつらは、俺が救わないといけないんすよ。でもそのためには力がいる。だから爺さん……。俺にこいつをくれ」

「どう、してだ……。あそこにはまだ相当な数の悪魔や堕天使がいる!! そんな中にその剣を持って特攻をかけることが、どれだけ危険なことは理解しているのか!?」

「そんなもん分かってるっす♪ ……それでも、俺は行かなきゃならないんだよな~、これが」

 

 それは偽善などではない。

 フリード・セルゼンはいつだって自分のために動く。

 彼はいつだって外道であるし、今もその性質は変質していない。

 それでも彼が子供たちを救いに行こうとするのは、きっと―――変わっていなかった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)からだ。

 彼が限りなく善に近かったあの頃が、決して消えていなかったからだ。

 今は薄汚れていても、間違っていても……フリードは自身の中で否定しても、それでも償っていける。

 犯した罪を背負い、それでも生きていける。

 

「―――あいつらがくれたパン食ってからさ……何食っても、全然不味いんだよね。あいつらのせいで、俺の味覚可笑しくなったから、その責任を取って貰わないとねぇ~。あ、責任取るってエロくね?」

 

 ふざけながら、それでも彼は理屈をこねる。

 

「……だからこの命をあの辛気臭い餓鬼どもにやるよ♪ どうせやりたいこともなかったし、こんな命を救ったあの餓鬼どもに使ってやるのも一興だろぉ?」

「―――やはりだめだ! そんなことをすれば、この子たちが悲しむ! 自分のために誰かが死ぬなんて、それも君が死ぬとしればこの子たちは!!」

「―――ひゃははは!……俺を救ったのはあの餓鬼共っすよ? 飢え死にそうだった俺に自分たちの少ない飯を分け与えた馬鹿共っすよ? ―――キャラじゃないけどね? 俺に初めて優しくした愚かな馬鹿共を仕方ねぇから救っちゃうんだよね」

 

 フリードは最後にそう告げると、ガルドたちに背を向けた。

 

「……ガルドの爺さん。一個だけ、あんたの言葉はしっくりきたんすよ―――そいつらの笑顔、俺結構俺好きっすよ?」

「……ッッッ」

 

 ―――そしてフリードは、走り出した。

 ―・・・

 フリードは走りながら、ふと考えていた。

 今の自分の行動がどれだけ不毛なものかを。

 

(自分でも馬鹿だと薄々気づいてるんすよね~。こんなこと、誰かさんの真似事なんじぁないかって)

 

 それでも彼は否定しない。

 

(……でも久しぶりに何かすっきりしてるんすよね。だからこれはきっと、俺が本当にしたいこと)

 

 自分でも呆れるくらい単純な自分の思考を。

 

(偽善でも良い。綺麗ごとでも良い―――それでもあの時、涙を流したのは死にたくなかったから)

 

 自問自答をして、何日も掛かっても彼には理解できなかった。

 

(認めちまえよ、俺様。もう言い逃れもしようもなく―――)

 

 自分が本当は何がしたいのかを。しかしその解はもう出ている。

 だから彼はここにいる。

 彼はただ、フリード・セルゼンは―――

 

「―――さぁ道場破りだぜ? お前らみんな、木っ端微塵にするからね♪」

 

 子ども達を、自分に人間らしい感情を芽生えさせた彼らを救いたいのだ!

 ……フリードは施設に殴り込み、真正面からその室内の者を全て敵に回す。

 堕天使や悪魔は子供を一つの室内に集め、今ちょうど処分を開始しようとしていたのだ。

 ……いや、厳密にいえば既に息絶えている子供もいた。

 それを見てフリードの頭のネジが一つ外れる。

 

「なんだ、貴様は―――あぁ、なるほど。高が人間がこの計画を」

「―――しゃべらなくても良いっすよ?」

 

 ……堕天使と思わしき人物が嘲笑しながら彼に近づいた瞬間、フリードは神速で敵の前に移動して、その首を切り裂く。

 ―――彼はアロンダイトエッジに命を預けた。

 この命を糧にしてでも良い。それで子供を救えるなら、おつりがくる。

 

「こっちもねぇ、時間ねぇんすよー。だから、今回はおふざけなしでみ・な・ご・ろ・し♡」

「ッ!! き、さまぁぁぁぁ!!!!」

 

 同胞を瞬殺され、馬鹿にされたことに激昂した堕天使や悪魔が一斉にフリードへと襲い掛かった。

 ―・・・

 ……傷つきながら、戦う。

 蝕まれながら、戦い続ける。

 幾つもの傷を受け、それでもフリードは多数の敵を前に立ちまわっていた。

 右目の目元に深い切り傷を負い、全身から血が噴出していた。

 息は当の昔に途切れ途切れになっていて、剣を握る手すらも震えていた。

 

「はぁ……あぁ、しゃらくせぇなぁ~」

 

 フリードは横薙ぎに振るわれる剣を受け流し、その敵の心臓を穿つ。

 貫いた剣先は黒い血潮を辺りに撒き散らし、フリードは剣を抜き去った。

 

「な、なんだお前は……ッ!! 高が人間如きが、何故ここまで私たちを殺せる!?」

 

 フリードが地面に剣を突き刺して態勢を維持しているのに対し、敵の悪魔と思われる男は驚愕の声をあげた。

 当然だ。

 彼の周りに広がる光景……それは自身の同志の無数な死体の山であるからだ。

 実に無謀と思われていた特攻は、蓋を開ければ既に堕天使悪魔の過半数を殺されているという状況を作り出していた。

 

「高が、人間……ねぇ?」

 

 死角からの敵の攻撃に、フリードは驚異的な反射により完全に避け、その攻撃を仕掛けた悪魔の首を狩り削ぐ。

 ……無意識の内に、彼はアロンダイトエッジの力を引き出し始めていたのだ。

 

「高が悪魔堕天使が、何ほざいてるんすかねぇ?」

「ッ! ふざけろぉぉぉ!!!」

 

 目の前の悪魔は魔力弾を一斉に放つ。

 それを見て、フリードの頭にその軌道が瞬時に浮かんだ。

 身体が重くとも、最小限の動作でその全てを避けて、爆発的なダッシュで悪魔の体を縦に真っ二つに切り抜く。

 ―――フリードの身体は、アロンダイトエッジからの影響を受けないようになっていた。

 それはつまり、アロンダイトエッジがフリードを所有者として認めたことと同意だ。

 

「……今日は、ふざけてねぇんすよ」

 

 フリードは自身の中の聖剣の因子をアロンダイトエッジの刃に集中させる。

 そして―――一気に駆けだした。

 

「あ、が……そん、な」

「うそ、だ……こんな、ことがぁッ!!」

 

 ……フリードは残りの敵の真ん中を突っ切っていき、そして子供たちが倒れるところまで辿り着く。

 そして程なくして―――残りの全ての敵が、真っ二つに切り殺された。

 ……アロンダイトエッジの圧倒的な身体強化と、聖剣の因子を集中させたことによる斬撃波。

 この二つにより敵は全滅したのだ。

 

「……ふ、はははは……あぁ、くっそ。……体動かねぇ~」

 

 フリードは子供たちのところに辿り着き、そうして倒れ込む。

 よくよく考えれば一番最初もこんな感じであったということを思い出すと、フリードは自然と笑みが零れた。

 視界はあのときと同じように掠れて、声も掠れているだろうか?

 最も、気分はあのときとは別物だった。

 

「あぁー、俺、ここで死ぬのかねぇ?」

 

 フリードはわざとらしくそう呟くと共に、周りで倒れている二人の華奢な子供達を見た。

 他の子供はすでに生き耐えている。

 厳密にいえばギリギリ意識はあるが、すぐに死ぬレベルの死傷だ。

 

「……わかってたんすよ、俺みたいな奴がイッセーくんみたいに全部救えるわけねぇって」

 

 ……悟られぬよう、フリードは拳を震えさせる。

 

「……せめて、苦しくないように逝かせてやる」

 

 フリードは震える手でアロンダイトエッジを握る。

 そのときであった―――

 

「―――おね、がい……もう、このゆめから……めを、さまさせ、て」

 

 ……瀕死の小さな子供の一人が、いつ落ちてもわからないほどフラフラな手つきでアロンダイトエッジに触れた。

 ―――そのとき、アロンダイトエッジは奇跡を起こした。

 

『本当は、分かってた。これは私達が思っているものではないことくらい。それでと何も持たない私達は聖剣に縋るしかなかった』

 

 フリードの頭の中に広がるのは心象風景。

 子供達が望んでいた理想郷だった。

 

『それでも私達が頑張れたのは……皆が家族だったから。だから生きてこれた。歯を食いしばれた―――でも本当は、私達は何もいらなかったんだ』

 

 映るのは何もない大草原の中でただ笑顔で遊ぶ子供たち。

 そこには本当に何もない。

 ただ……優しさに満ち溢れていた。

 

『皆でいれれば何もいらなかった―――でももう無理なんだ。皆死んだ。私も死ぬ……。だからお願いします』

 

 ―――その子達を、笑顔にしてあげて。

 私達が得られなかった幸せを、その子達に、私の家族にあげて。

 ……知らないうちに、フリードはその子を抱きしめていた。

 

「―――何度も泣かしてんじゃねーよ、ばかやろー」

 

 ……涙を流していた。フリードは涙を流しながら、子供の頭を優しく撫でた。

 

「心配しなくても、この外道神父が君の願いくらい叶えてやるっす―――だからもう眠っていいんすよ」

「あ……がと―――ありがと、う」

 

 ……フリードの腕の中で息を引き取る女の子。

 フリードはその体を強く抱きしめて、体を強張らせる。

 ―――自分のせいだ、なんて独りよがりの自分に酔っているわけにはいかない。

 フリードはそっと女の子を寝かせて、目を細める。

 

「今だけ―――俺が真剣になるのは、今だけだ」

 

 そしてフリードはまだ息のある子供を抱えて、施設から脱出する。

 そして……―――

 ―・・・

「あれー? フリー兄ちゃんはどこだー!!」

「隠れてないで出てきてよー! フリードお兄ちゃん!!」

 

 周りには娯楽も何もない山の奥で元気に走り回る白髪の少年少女。

 ガルドとフリードによる行動は第二次聖剣計画を打開にまで追い込み、被験者であった子供達は数でいえば5人の子供が生きながらえた。

 被験者の子供の数は当初は17人であり、最後まで残っていたのは8人……つまり死んだのは3人であった。

 そしてその生き残りの子供達と、傷ついたフリードとガルドが向かったのは彼の用意していた山奥の隠れ家。

 隠れ家といえど設備はしっかりとしており、十分な食料と水道も通っており、大人数で生活するには申し分ない環境であった。

 そんな別荘ともいえる木造建ての建物の縁側から子供達を見ているのは二人の大人。

 ……身体中に包帯を巻いているフリードとガルドであった。

 

「……あれが本来、あの子達が手にしているはずだった幸せなんだろうね」

「知らねーよ、ガルドのじーさん」

 

 フリードはティーカップの紅茶を口にしながら、ガルドの言葉に適当に相槌を打つ。

 そんなフリードを見るガルドは終始微笑んでいた。

 

「君も素直じゃないね」

「えー、俺様めちゃめちゃ素直っすよー? ほら、快楽とか欲望に素直だし、外道だし」

「でも君の、子供達に向ける視線は優しさそのものだよ」

 

 ガルドの言葉を聞いてもう反論する気を失った彼は、黙って子供達を見た。

 するとその目が外で彼を探す子供達と交わった。

 

「あー、フリー兄ちゃんがいたぞー!」

 

 白髪の男の子がフリードの存在を他の仲間に伝えると、皆一斉に彼の方に走ってきた。

 ……あの事件から数週間ほど経つが、彼らはフリードにとても懐いている。

 もちろん命を救われたのは当然だが、それ以上に初めて兄のような存在を前にして、甘えことを覚えたというべきか。

 

「はぁ……あー、めんどくせー」

「そうかい? でもその割りには笑っているよ?」

「―――苦笑いっすよ、きっと」

 

 ……少しすると子供達はフリードの元に集まり、兄に甘えるようにベタベタと引っ付いてくる。

 フリードはそれに対して溜息を吐きつつも、しかし―――心の底から、純粋に笑っていた。

 それを見ながらガルドは確信する。

 ……彼はもう間違わないと。

 

「フリード君、君はこれからどうするのかね?」

「んー? そんなのさっさとこんなとこ……っておい、僕ちんの服の裾ひっぱんな! 破れるだろ!? ……だから、俺は明日にでもここを―――おい、抱きつくんじゃねぇーすよ!?」

「……君がなんと言おうと、この子達は君を離してくれないさ、ははは」

 

 ガルドが微笑みながらそう言うと、フリードはとほほ、と苦笑いをしながら頭をぽりぽりと掻く。

 そして……

 

「―――ほんと、めんどくせー」

 

 ―――しかし、その表情はどこか嬉しそうであった。



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特別番外編 チビイッセーの苦難の日々

こんにちは!

今回は前々から募集していた特別番外編です!

今回のお話は『h995』さんと『美麗刹那・序曲』さんのコメントを元にお話を書かせていただきました! 本当にありがとうございました!

それでは特別番外編をどうぞ!


 いつも通りだった。

 いつも通り授業を受け、いつも通り授業が終わってアーシアたちと教室を出て部室に向かい、部室にて祐斗とチェスをして、朱乃さんの紅茶を飲んで皆の相手をして……。

 でも俺はこの時、まさかこんな事態に陥るなんてことは考えていなかった。

 まさか……まさか―――

 

「ふぇ? どして体がこどもに?」

 

 ―――体が幼児化してしまうなんて、誰が考えるものかぁぁ!!!!!!

 

『Extra Episode1』チビイッセーとアイカお姉ちゃん

「いやぁ、すまんすまん! まさか部室においてた幼児化装置が勝手に起動してしまうなんてな!!」

「ふざけりゅな!! そのちぇいで、おれの体がちっちゃくなっちゃったんだぞ!?」

 

 ふざけた口調だと思われるだろうが、俺、兵藤一誠は何も悪くないんだ。

 悪いのは全てこの発明家ア☆ザ☆ゼ☆ルである。間違いない。

 この悪の発明家が発明した幼児化装置(なぜ作ったのかは定かではない)が俺付近で突然発動し、俺を対象として効果を発揮したんだよ。

 その結果が、舌が回らないほどに幼児化した俺というわけだ。

 今は制服のブレザーを体に包ませているからか、少し寒……

 

「へくちゅっ!」

「……イッセーさん。……いえ、イッセーちゃん。私が温かめてあげますね」

 

 するとこの場において唯一の女性であるアーシアが、母性溢れる表情で俺を抱きしめて来た。

 ……あ、アーシアさん? 何故に抱きしめて……

 

「ふふ、可愛い……あぁ、これが母性をくすぐるということなんですね、まどかさん―――ふふふ」

「アーチア?」

「はぅぅぅ!! 可愛過ぎですぅぅぅ!!!」

 

 舌足らずが可愛いのか、更に抱きしめてくるッ!?

 アーシアのマシュマロみたいに柔らかい胸に、顔を埋くめる……も、いつもみたいな恥ずかしさとかがない?

 え、これ精神までちょっと幼児化してないか?

 

「あ、アジャジェル!! な、なんだよ、これ!! にゃんか、こころまでこどもになってるぞ!?」

「……お、おぅ。中々に威力あるな、お前。俺を以てして、ちょっと可愛いと思っちまったじゃねぇか」

 

 アザゼルは苦笑いをしつつ、俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきやがる!!

 この野郎!! ……あ、でも少し気持ち良い―――じゃねぇ!!

 

『ふしゃぁぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 ど、ドライグがネコ化した!?

 アザゼルに対してなんか異常なまでに威嚇をしているのは気のせいでしょうか!?

 

『アザゼルも中々の父性の持ち主。更に主様に触れることが出来るということが羨ましいのでしょう―――ところで主様、ちょっと機械ドラゴン化して主様に触れてもよろしいですか? ふふふふふふふふふふふ』

 

 ちょ、怖いんですけどフェル!?

 

「ちょっと待ってください、イッセーくんも突然のことで混乱しています。そんな彼に対していきなり撫でまわすのは酷ではないでしょうか?」

 

 するとこの場に同席していた祐斗がそう言ってくれた。

 ……祐斗、お前ってやっぱり良い奴だよッ!!

 

「ゆーと……ありがと!!」

「……ふふ。い、良いんだよ。ぼ、僕は子供になった、く、くらいでブレナイサ。アハハハハ」

「……ゆーとおにいちゃん?」

「―――お持ち帰りするから止めてくれ、イッセー君。僕の心を!! 掻き乱さないでくれぇぇぇぇ!!!!」

 

 ふ、普段クールな祐斗が叫びながら部室から高速で去って行く!?

 そのシュールな光景を見て、俺は呆然としている……が、依然としてアーシアは俺を可愛がることを止めるはずもなく―――最悪の事態は刻一刻と近づいていた。

 俺の第六感が確実に未来予想を示しているんだ。

 あのアザゼルですら、俺を可愛がってきた。

 今はまだアーシアだけだから良い―――でも、もしこの場に全員集合したら?

 答えは一つだ。

 

「―――お、おれおうちかえるぅぅぅぅ!!!」

「だ、ダメです!! イッセーさん、もっと可愛がらせてぇぇぇ!!!」

「……あれは不味いな。ショタイッセーには男女関わらず歪ませる魅惑な力がある。あいつを知る人物が今の現状を知れば―――お持ち帰りは必然か」

 

 うるせぇぇ、アザゼル!!

 そもそも全てお前のせいなんだよぉぉぉ!!!

 ……俺はそう叫びながら、部室から飛び出していくのだった。

 幸いだったのは、身体能力は大人状態であったことだった。

 ―・・・

 とりあえず人目を気にしながら被服室に侵入し、被服部が展示している子供用の服を一時的に拝借させてもらう。服に関しては今度何かお礼をつけて丁重にお返しさせてもらおう。

 ともあれ服を手に入れた俺はこれからのことを考えた。

 俺の中の二人は今や妄想の魂と成り果てているから頼りにならず、しばらくは知り合いには会えない気がする。

 とはいえ非日常の知り合いならまだしも、松田とか元浜を頼れるはずもないか……。

 

「どうしよ……」

 

 俺は誰も通らないはずの特別棟の階段で座りながら、そう呟いた。

 この幼児化がいつまで続くかも分からないし、そもそもこれ解けるのか?

 まあアザゼルの発明だからいつかは解けると思うけど……ふむ。

 っと、まずはここから移動しよう。そろそろ誰かが通るかも―――

 

「おや? どうしてこんなところに子供が……」

「あ……」

 

 しかし時すでに遅し。

 俺の目線の上には美しい銀髪のロスヴァイセさんが、本を片手に目を丸くして俺を見ていた。

 

「僕? どうしてこんなところにいるの? もしかしてお兄ちゃんとかに会いに―――」

 

 しかし俺の顔をしっかり見た瞬間、彼女の体は止まる。

 目を見開いて、何かに驚いていた。

 

「あ、あの……その……」

「もももも、もしかして兵藤一誠君のご親族ではございませんか!?」

 

 ぴ、ピンポイントォォ!?

 まさか一発でそこを突いてくるなんて、可笑しいだろ!?

 しかもなんでロスヴァイセさんは敬語になってるの!?

 当のロスヴァイセさんはこっちの心境はいざ知らず、俺の肩を揺さぶっている。……ぶっちゃけ怖い。

 だけどここで一つ安心することは、部室から早い段階で脱出できたのは幸いであったってことだ。

 だけどここで俺が兵藤一誠だと悟られれば一発で部室に直行、しかし兵藤一誠の親族であると嘘をつけばそれはそれで部室に直行……つまり、適当且つ適切な俺と関係があり無関係な存在の援助がいる。

 ならもう一つの強硬手段が―――

 

「しゅとう!!」

「はぅ!!」

 

 ……瞬時に俺はロスヴァイセさんの背後に回り、その首筋に手刀を喰らわせて失神させた。

 ……あとで謝ることは確定だけど、とにかく今は移動しよう。

 本当に体は動いて良かったとしぶしぶと思いながら、さながらスパイのようにコソコソと辺りを気にして歩く。

 全ての責任はアザゼルにあるものの、こんな機会は中々ない故か、俺は少しワクワクしていた。

 精神的に一部幼児化しているというのはあながち間違いじゃないかもな。

 

「おーい、イッセー。いるなら返事しろー」

「イッセくーん! 早く出て来ないと後が怖いのよー?」

 

 すると廊下の向こうから聞こえてくるゼノヴィアとイリナの声が廊下に響く。

 ……もしかしなくても、俺を探してるさんだろなー。

 部室に行って現在の状況を聞いたのだろう。

 

「ふむ、ちっちゃいイッセーが見れると聞いていたが、これは中々に……」

「そんな簡単に諦めていた事案じゃないのよ、ゼノヴィア!? 小さなイッセーくん、通称ショタイッセーくんは本当に可愛いの!! この世に舞い降りた本当の天使と言っても差し支えないわ!!」

「い、イリナ? 紛いなりにも天使である君がそんなことを言ってもいいものなのか……?」

「―――紛いもなにも、天使よわたしは!! でも今はそんなことどうでも良いの! あの愛くるしい天使をもう一度拝めるなら、私は堕天への狭間に陥ることも厭わないわ!」

「あ、ああ。本当にすごいのは、そこまでの劣情なのに堕天しかけてもいないという純粋な不純だが……。イリナを以ってそこまで言わせるなら私も興味があるな」

 

 …………ふぇぇ。なんか心まで幼児になりそうだ。

 ともかくあいつから見つかるわけにはいかない! 背後にドライグとフェルがいる時点で終了な気がするけども!

 そっとだ、そっと……

 

「およ~? なんたってこんなところに子供が……」

「え……?」

 

 ゼノヴィアとイリナの声に気を取られ過ぎて、近づいていた存在に目を向けていなかった。

 俺の頭上の上には同じクラスメイトの桐生藍華がいて、桐生は子供の俺の背丈に合わせるように身を屈ませていた。

 ……まずい。

 これは本当にまずい。

 桐生は悪魔の俺たちには無関係の一般人であるが、イリナやゼノヴィアの友達だ。

 ここで長居したら、絶対に大声で話している二人の前に俺を連れていく。

 そうなれば―――

 

「お、お姉ちゃん! ぼ、僕お兄ちゃんを探してるの!!」

「お、お姉ちゃん? あ、そっか。名前も分からないなら仕方ないよね。私は桐生藍華ね? 君のお名前はなんてうのかな~?」

 

 すると意外と桐生は優しげな声音でそう尋ねて来た。なんていうか、この反応は予想がというか……

 

「……い、イチ」

「なるほど、イチ君か。イチ君のお兄さんは誰なのかな?」

 

 咄嗟に俺は自身のことを『イチ』と名乗り、桐生は俺の頭を撫でる。こいつ、実は兄弟でもいるのか?

 ともかく今はやり過ごすしかない!

 

「い、イッチェーおにいちゃん!!」

「イッチェー? ……ああ、兵藤のことかしら? でもあいつにこんな可愛い弟がいるなんて聞いてないし……親戚かしら?」

「そ、そうなの!」

「ふむふむ。それなら安心しなさい! お姉さんが今からあいつと仲良い子たちのところに連れて行って……」

「あ、アイカお姉ちゃんと一緒にいたい!!」

 

 桐生が最悪の事態に事を運ぼうとした瞬間、俺は咄嗟に桐生の手を引いてそう言った。

 桐生は目を丸くして、キョトンとした表情で俺を見ていた。

 

「大丈夫よ? 皆良い子だし……」

「で、でも……おにいちゃんをいつもとりあいしてるし……」

「……あぁ、もう可愛いね! このこの~♪」

 

 とりあえず皆の前に連れていかれないように適当に言い訳をすると、桐生は何か可愛いものを見たように俺を可愛がりはじめた。

 

「なるほど、おにいちゃん大好きなイチ君は皆に嫉妬してるんだ~。うんうん、大好きなお兄ちゃん取られたら怒っちゃうよね~」

「……うん」

 

 ものすごく良い感じの解釈をしてくれた桐生に若干感謝しつつ、嘘をついていることに対する罪悪感が芽生える。

 桐生が物凄い子供に優しい良いお姉ちゃん体質とか、意外以外の何物でもないんだよな。

 でも新しい一面を見れて、少し見直したというか……。

 

「んじゃお姉ちゃんと遊ぼっか! お姉ちゃんね、兵藤のお友達だから後で連絡しといてあげるから♪」

 

 ……確かに、願ったり叶ったりではある。

 今の感じを見る限りでは桐生は子供に対しては優しく、良いお姉さん気質であることは間違いないし、皆が落ち着くまで逃げるには丁度良い。

 それに良い感じに勘違いしてくれているから、他の皆に気付かれそうになったら隠してくれるだろう。

 

「うん! アイカお姉ちゃん、あそぼ!!」

「オッケ~♪ じゃあ街に繰り出すぞー!」

 

 ……昔、ずっと子供の振りをしていたのが癖になっているのか、自分でも驚くぐらい子供に成り切っている俺であった。

 ―・・・

「う~ん、こっちも可愛いんだけど、でもねぇ~。いや、カッコいい路線もありかな?」

「あ、アイカお姉ちゃん?」

 

 現在、駒王学園近くのショッピングモールの幼児服コーナーに来ている俺たちなんだけど、ものの見事に俺は着せ替え人形をさせられてた。

 桐生はとにかく面倒見が良い。

 それはアーシアやゼノヴィア、イリナなどといった転校生に親身に接していたから知ってはいたが、まさかその範囲が子どもにまで伸びているのにかなり驚いている。

 ……将来結婚したら、良いお母さんになりそうだな。

 普段下ネタ連発の下品な野郎と思っていたけど、中々に女の子らしい面を垣間見た。

 

「ごめんね~。私、兄妹いないからさ? 昔からこういうの憧れてたんだよね♪ 後でアイス奢ってあげるから付き合ってね~」

「うん、それはいいんだけど……。お、女の子のかっこするのは、はずかしいよ!」

 

 ―――ホント、それさえなければ完璧だったのに!!

 

「大丈夫、大丈夫♪ イチ君は傍から見たら女の子にも見えるから♪ フリフリとかゴスロリとか着せたいよね~」

「だいじょぶだから! お、男の子のかっこがしたいの!!」

「……ふむ。ボーイッシュが良いと」

「―――それちがうの!!」

 

 超解釈をする桐生に、舌足らずながらもツッコミを入れてしまう。

 ボーイッシュっていっても結局は女の子の服装だから!

 

「あはは! やっぱ兵藤の親戚だからか、からかい甲斐があるねぇ~。良く見ればルックスとか髪型も兵藤にそっくりだし」

「だ、だって……」

「うんうん、みなまでいわなくても憧れるんだよねぇ~♪」

 

 ……まあ実は本人なんですよね。

 桐生にそう言えるはずもないし、そもそも言っても信じてくれないだろうけど!

 

「でも今のイチ君は私の弟だから、あいつにばっか好き好き言ってるのは悔しいね~。ね、もう一回お姉ちゃんって言ってごらん?」

「……アイカお姉ちゃん?」

「うんうん、よくできました♪」

 

 すると桐生は嬉しそうに俺の頭を撫でまわしてくる。

 ……まさか桐生とどっかに出掛けるなんて事態になるとは思っていなかったけど、新鮮でこれはこれで楽しいかもしれないな。

 

「って言っても、いつまでも同じ店に居てもしょうがないか。じゃあ次のお店に向かおっか?」

 

 桐生は俺の手を引き、満足そうな表情を浮かばせながら移動していくのだった。

 ……ずっと一人っ子だったから良くは分からないけど、姉ってこんな存在なのかな?

 ―・・・

「も、もうあるけない……」

「ごめんね? ちょっと連れまわし過ぎたかな? 向こうでアイス買ってくるからここで待っててね!」

 

 あらかたの店を回り切った俺たちは、アイス店があるフードコートに来ていた。

 身体能力は余り変化していなくても体力ばかりは無理があったのか、俺はフードコートに設置されているベンチに座って項垂れる。

 桐生はまだまだ元気というように軽いフットワークでアイスを買いに行き、俺はベンチでゆっくりすることにした。

 

「はぁ~……ちかれた……」

『ふむ、俺もようやく冷静さを取り戻せたよ、相棒』

 

 するとしばらくの間、黙りこくっていたドライグが俺に話しかけて来た。

 どうやらフェルはまだ俺の中で興奮が冷めぬようだが、思ったよりドライグの復帰が早かったな。

 

『ああ。俺はそもそも昔の相棒をずっと見て来たからな。昔に戻ったと言う感慨はあったが、感動は薄かったのだよ―――むしろ歴代の奴らを止めるのが大変であった』

「……もちかちて、ぼうそーしてるの? せんぱいたち」

『ああ、それはもう狂乱しているさ―――本当に困った連中だ。あれが歴代の相棒たちと考えたくもない』

 

 ドライグは本当に疲れた声でそう話す。

 ……俺のことをお兄様と豪語し、俺への忠誠を誓ったらしい俺の中の歴代の赤龍帝の先輩たち。

 怨念の時代も厄介だったけど、ここに来て更に厄介になるとは思いもしなかったんだよな。

 

『まあ奴らは当分狂乱しているだろうから、神器に潜ることはしばらくは避けた方が良い―――それよりも可笑しな状況になっているな』

「……うん」

 

 ドライグは俺の現状を垣間見てか、こちらを心配しているようだった。

 

『まあ相棒の仲間たちがいた方が厄介なのは間違いないがな。……っと、そろそろ俺もあいつらを再度止めに行くとしようか』

 

 ……お願いします、ドライグさん。

 

『なに、心配ないさ―――それに奴らの覚醒は何も悪い事ばかりではないからな』

「……え? なにを言ってリゅの?」

『まあ近いうちに分かるさ。ただ一つ……俺たちの赤龍帝の力はまだまだ終わり知らずということだ。答えは守護覇龍だけではない』

 

 ドライグが何やら意味深なことを呟きながら、神器の奥へと潜っていく。

 ……近いうちに分かる、か。まあ他の誰でもない相棒のいうことなら信じる他ないな。

 そうしているとアイスを買い終えた桐生がこっちに向かって歩いてきた。

 

「イチ君、お待たせ! はい、これ!」

「ありがと、アイカおねえちゃん」

 

 俺は桐生からアイスを受け取り、桐生は俺の隣に一切の距離を取らずに座る。

 普段男子に対して絶妙な距離がある桐生としては珍しい距離感だな。

 

「うん、美味しいねぇ~」

「うん!」

 

 ……どうやら感情とは別に、勝手に子供のように振る舞っている。

 あれか、体と心は繋がっているというのかな? 体に伴って、心も若干だけど子供になっていうようだし……。

 

「……それにしても、本当に兵藤にそっくりよね。イチ君は」

「そうなの?」

「うん。なぁ~んか、兵藤をそのまま小さくしたみたいな感じかな?」

 

 ……一瞬ドキッとする。桐生って偶に妙に鋭いところがあるんだよな。

 そういうところはこいつの美徳であり、長所であると思う。人のことをしっかりと見ているから誰かのために行動出来ているんだろうし、空気を読めるんだろう。

 

「……アイカお姉ちゃんは、お兄ちゃんのことどうおもってるの?」

 

 ……少しズルいと思うけど、俺は桐生にそう尋ねてしまった。

 ―――俺からすれば、桐生藍華って女の子は馴染みやすい奴だった。

 初対面からすごく馴れ馴れしくて、女の子なのに下ネタをバンバン吐いてくるし、その割には何かと世話を焼いてきた。

 幼馴染の松田と元浜以外に友達は誰だって言われると、俺が真っ先に答えるのは桐生かもしれない。

 悪友……みたいなものだろう。

 

「ん~、そだね~……私にとってのあいつは、なんかほっとけない奴……かな?」

「……」

 

 すると桐生は少し真面目な顔をして、じっと遠くの方を見た。

 俺は桐生の顔を見上げるように見て、話を聞く。

 

「ちょっと前の兵藤はね、誰に対しても壁を敷いていたんだ。本当に絶妙な感じ。近すぎもなく、遠すぎてもなくて……何か誰かとの深い繋がりを拒んでいるみたいだったんだ~。……なんか見ていてさ。そんな奴を解いてあげたい、なぁんて考えてみたんだよね」

 

 桐生は苦笑いをして恥ずかしそうにそう話す。

 

「あいつの前に隔たっていた壁って結構硬いものだったんだよね。こっちから普通に話しかけたら、特別な反応をするわけでもなくマニュアル通りの当たり障りもない返答をして……。あいつが本当の自分を見せているのは松田と元浜くらいだった」

 

 ……桐生が俺をここまで見てくれていたことに驚いていた。

 確かに昔の俺は、誰かとの深い関わりを避けていた。

 何かを失うことを恐れていたから、無意識に自分から関わりに行こうとしなかったんだ。

 それでも……それでも桐生はそんなことお構いなしに話しかけて来た。

 ノリ的には松田や元浜と同じだったのからか、それとも桐生の雰囲気に心を許していたのか、俺は桐生とは普通に接していた気がする。

 

「……でも今のあいつは変わった。あいつの前に隔たっていた壁ってものはいつの間にか無くなっていたんだよね―――アーシアちゃんが転校してきて、他の人たちがたくさんあいつの周りにいて、あいつは変わった。だから私のしていたことは本当は必要なかったと思うんだ」

 

 ……桐生は少し寂しそうな表情で、俺を見てそんなことを言ってくる。

 でもすぐに頭を左右に振って、ちょっと前までの笑顔を浮かべた。

 

「ごめんね、なんか意味分からないことを言っちゃって! アイス溶けちゃ―――」

「―――そんなこと、ないとおもう」

 

 ……でも言わなくちゃ。

 

「きっと、イッチェーお兄ちゃんにとって、アイカお姉ちゃんはたいせつだって、おもってる」

「…………」

「……だってアイカお姉ちゃんはやさしいもん。だから、きっとおにいちゃんは―――アイカお姉ちゃんのことを、大好きっておもってるよ?」

 

 俺は桐生の何気なさに救われていた。それは嘘ではなく、間違いない。

 ……好きの意味はたくさんあると思う。

 それでも俺は胸を張って、桐生に親愛に近い好きを抱いている。

 ……すると桐生は俺の頭を撫でて、優しげな表情を浮かべていた。

 

「ありがと、イチ君。お姉ちゃん、イチ君みたいな子が大好きだよ」

「…………うん」

 

 ……少し、はずかしい。

 それに桐生とここまで関わったのは初めてだ。

 ―――体が戻ったら、桐生とまたいつも通り話そう。

 こいつは悪戯だし、下ネタを連呼する羞恥心もないけど……。それでも胸を張って言える『友達』だから。

 

「アイカお姉ちゃん、そっちのアイスもちょっとちょーだ―――」

 

 俺が桐生にそう言おうとした瞬間だった。

 

「うぉぉぉらぁぁぁぁぁあああ!!!!! 死にたくなかったら、そこを動くなぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」

 

 ……突如、野太い男のそのような声が響いた。

 その瞬間、フードコート内に響き渡る二発三発の銃声。

 ―――まさかこれって……

 

「う、っそ。あいつって、もしかして……指名手配中の砂蔵癌(すなぐらがん)!?」

 

 ……桐生が先ほどの銃声に怯えたような表情になりながら、震える手で俺の手を握ってくる。

 ―――俺はじっと先ほど拳銃を上に向けた撃った男を見た。

 前にニュースを見たことがある。……とある一家全員を銃で皆殺しにして、犯罪を重ね続けている指名手配中の犯罪者だ。

 なんでこんなところに……いや、待て。

 ―――あいつは、こっちを見ている……ッ!?

 

「お、こんなところに人質に最適な餓鬼がいるじゃねぇか―――おい、そこの女。その餓鬼をこっちによこしな」

 

 ……すると男は拳銃をこっちに向けながら、俺たちの方に歩いてくる。

 途端に桐生の俺の手を強く握った。

 

「だ、誰がイチ君を渡すもんか!!」

「……これはお願いじゃねぇぞ? ほら、早く渡せ」

 

 桐生は拳銃の銃口を向けられて、体をびくびくと震えさせながらも俺を強く抱きしめた。

 ……どうする?

 今、ここで力を使ったらこんな男は数秒と待たずに昏倒させることは容易い。

 でも……流れ弾が桐生に当たってしまうかもしれない。

 ここまでの人間の前で魔力を使ってしまえば、その瘴気に当てられて影響を受ける人間がどれだけいるかも計り知れない……ッ!

 

「い、いやッ!! この子は私の友達から預かってる、大切な子なの!! だから絶対に、―――渡さないんだから!!!」

 

 ……迷う必要なんて、ない。

 ここで桐生を傷つけたら、俺は一生後悔する。

 例え恐れられようとも、それでも俺は桐生を護らないといけない。

 それが―――今、護られていることに対する恩返しだ。

 

「じゃあ死ねよ。今更一人殺したところで、俺は何とも思わねぇよ」

 

 男は引き金を引く。

 桐生は俺を庇うように抱きしめて、男から背を向けた。

 ……俺の目と男の目が合う。

 

「―――ッッッッッ!!!?」

 

 ……男が俺の目を見て、表情を失う。

 ―――悪魔は、人間からしたら恐怖の存在でしかない。

 俺たちの世界では悪魔は比較的平和だけど、それでも人間からしたら恐ろしいものだろう。

 ……俺は何度も血を見て来た。

 死線を繰り広げた経験は、子供になろうと変わらない。

 だから殺気と共に視線を合わせるだけで、ただの人間では萎縮して動けなくなる。

 

「…………」

「な、なんだ? なんで、こんな餓鬼に俺が……ッ」

 

 男は無意識に殺気に当てられ、手が震える。

 ……後は簡単だ。

 いつも通り、手の平に魔力を込めて一発殴るだけで良い。

 俺は桐生の抱擁を振りほどこうと力を入れた―――けど、桐生はなお力を込めた。

 

「絶対、護るから……ッッッ!!」

「あ、アイカお姉ちゃん!! はやくはなして!!」

 

 桐生、どうしてお前は!

 ―――いや、桐生のやさしさは知っている。

 その優しさは本物で、例え怖くても今の行動を起こしているんだ。

 ……でも、それで自分が傷ついてちゃダメに決まってるだろ!?

 

「うわぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 男は絶叫しながら引き金を引いた。

 俺は咄嗟に手の平を銃口に向けて、魔力を展開しようとした―――

 

 

「―――だぁぁぁれの弟に手を出してると思ってる、この糞男ォォォォォォォ!!!!!!!?」

 

 ―――その時であった。

 まるで風のような速さで男の背後に女性らしきシルエットが現れ、一回転というダイナミックな動きをしながら、流れるような動作で男の首筋に回し蹴りを繰り出した。

 男はその圧倒的な蹴りに対して一切の防御も出来ず、察することも出来ずに地面に叩きつけられ、地面に体を何回もバウンドさせて、最後は空席だったベンチに叩いつけられた。

 白目を完全に向いており、腕が変な方向に曲がっている。

 ……俺はふと、その蹴りを繰り出した人物を見た。

 ―――腰まで伸びた煌びやかな黒髪に、パンツスーツ姿の美女の姿をしている女性。

 ……ティアが、激怒というべき表情を浮かべ、そこに立っていた。

 

「アザゼルから一誠が小さくなったと聞いて飛んで来てみれば、私の可愛い弟に手を出そうとは―――万死に値する」

「ち、チア?」

 

 ティアは手をパンパンと払い、俺たちに近づいてくる。

 その瞬間店内に大歓声が起きて、男を拘束しようと複数人の人たちが倒れている男の方へと向かった。

 

「ん、なんだ? 随分と騒がしいようだが―――まあ良い。それにしても」

 

 ティアは俺と同じ目線に立ち、俺を護るように抱きしめてる桐生を見た。

 その目は優しげで、どこか関心しているようだった。

 

「死を目の前にして、誰かを庇えるとは人間にしては見込みがある―――気絶していても、一誠を離さなかったことを称賛しよう」

「……?」

 

 俺はそこでようやく気付いた―――桐生は、気絶したまま俺を抱きしめていた。

 片時も離さないように。

 

「……ありがと、きりゅう」

 

 俺は先ほどとは逆に桐生の頭を軽く撫でる。

 次第にフードコート内に警察が入ってきて、あの男は逮捕されるのを確認すると、ティアは俺と桐生を背負ってそそくさと離れる。

 

「……チアは、ぼーそーしないのか?」

「ん? そんなもの、とっくの昔に暴走しまくったに決まっているだろう? 一周回って冷静になったんだ!」

 

 ……まあそんなことだろうと思ったけどさ。

 ―――最中、俺はティアに背負われる桐生を見た。

 その表情は先ほどまでの恐怖と使命に駆られた険しいものではなく、心から穏やかなようにも見えたのだった。

 桐生との触れ合いは新鮮で、でもどこかいつも何気なしに絡んでいるような触れ合いだった。

 ……体が戻ったら、少しは優しくしようと、そんな風に思わずにはいられなかった。

 ―・・・

『Extra Episode 2』 チビイッセーとチビドラゴンズの大冒険

 

 今日も今日とて幼児である俺こと兵藤一誠は、凄まじいストレスに悩まされていた。

 桐生に関してはあの時の事件のショックが大きかったのか、前後の恐怖体験は忘れているそうで、ティア曰くアフターケアは出来ているらしい。

 ……話は脱線したけど、その俺のストレスに関してだ。

 もちろんいつまでも帰らないわけもいかず、俺はティアに連れられて兵藤家に帰り、そして―――地獄を見た。

 ……何も言葉を発さずに写真をおもむろに取り続ける母さん、無性に構ってくる眷属の皆さん、やたらとベタベタしてくるオーフィス。

 全く以って俺には自由の時間なんてものは存在せず、我慢に我慢を続けた俺は

 

「もういや! こんないえ、でていく!!」

 

 ―――限界を迎えてしまったのだった。

 ―・・・

「で、私のところに来たってことか」

「うん」

 

 家を飛び出し、俺が真っ先に向かったのはドラゴンファミリーの自称姉担当であるティアマットことティアのところだった。

 ティアは珍しくも幼児化前と変わらずに俺に接してくれているんだよな。

 俺は以前に教えてもらったティアの隠れ家にお邪魔しており、着替えも全ての背中のリュックに入れているから、しばらくは籠城するつもりだ。

 

「全く、困った奴らだな。姿形は変わろうとも一誠は一誠というものを……。ふふふ。安心しろ! お姉ちゃんドラゴンが責任をもってお前を保護する!」

「チア……っ!」

 

 ティアの姉御肌に目頭が熱くなるが、ティアはそれを見越したように俺を抱き寄せる。

 ……ど、どうしてしまったんだ、ティア!?

 ティアがこんなにも頼りになって、尚且つこんなにも包容力があるなんて!!

 

「……とても失礼なことを考えていないか?」

「か、かんがえてないよ!」

 

 ティアが妙に鋭くそう指摘して、思わずそう言い訳をする。

 ……ふむ、そういえばこの体になって一日ほど経つな。

 アザゼル曰くいつ治るかわからないらしく、解決方法すらも分かっていない。

 割と深刻な問題なんだけどなー。

 ……っと、その時だった。

 

「ティアねぇー! いまかえったぞー!」

「フィーは一人でさきばしりすぎ! いきなりワイバーンに石をあてちゃだめなの!」

「……そういってメルもたのしそうだった」

 

 どうやら隠れ家にチビドラゴンズが帰ってきたみたいだった。

 といいつつ今の俺も小さいんだけどな。

 三人は小走りで室内に入って来て、そしてティアに抱きつこうとした。

 ……その直前に小さくなった俺と目があった。

 

「……だれだー?」

「なんだか、ものすごく誰かにそっくり!」

「……すんすん。これは、にぃにとおなじかおり」

 

 ティアのところに行こうとしていた三人は俺に興味を持ったのか、俺にすり寄って来て三者三様の反応をとっていた。

 フィーは何故か頭をくしゃくしゃとしてきて、メルは俺の頬に両手で触れ、ヒカリは匂いを嗅いでくる。

 その光景を見てティアは何故か慈愛に満ちた表情をしているが……

 

「そーだな。おれはじつは―――」

「こいつはイチって名前で、なんと一誠の従兄弟なんだ」

 

 ―――俺が真実を語ろうとしたとき、突如ティアがそんなことをチビドラゴンズに言い放った。

 ……は? いやいやティアさん!

 ここは嘘を付く理由はないだろ!?

 

「すまん、一誠。こいつらはお前を至高の兄のように慕っているんだ。だから、その理想をあまり崩したくないんだ」

 

 するとティアは俺に突如耳打ちをしてくる。

 ……そういうのは本当にズルいと思う。俺がチビドラゴンズを掛け合いに出されたら、協力せざる負えないっていうのをティアだって理解しているはずなのにな。

 

「……よろしく、さんにんとも!」

「おう、よろしくな! フィーはフィーっていうんだ! にぃちゃんにつけてもらったんだぞ!」

「メル! よろしくね、イチくん!」

「……ヒーはヒカリ。イチくん、むこうであそぼ?」

 

 するとチビドラゴンズは普段俺に対する態度とほぼ同じで、それぞれの個性をふんだんに見せてくる。

 なんていうか、ホントこの三人は良いチームっていうか、妹たちっていうか。

 ある意味で新鮮な時間を俺は三人と過ごした―――

 

「あ、こらメル! イチはフィーとサッカーをするんだぞ!?」

「ちがうもん! メルとおふろに入るの!」

「……おままごと、しよ?」

 

 ―――なんて平和的な解決に至るわけもなく、相変わらず口論が始まっていた。

 普段三人とも本当の姉妹のように仲が良いけど、ひとたび意見が合わなければいつも喧嘩しているのはフィーとメル。

 そしてその二人から隠れて漁夫の利を得ようとするのがヒカリだ。

 ともかくなんか腕やら服やらを引っ張られて、遊ぼうにも遊べない!

 

「おいチビ共。あんまりこいつを困らせるなよ?」

「「「えー」」」

 

 露骨に嫌そうな顔をするチビドラゴンズの面々。

 しかしティアはそんなことを意に介さないように、ニヤリと笑って次にこう宣言した。

 

「―――なに、今からもっと刺激的なところに連れて行ってやる」

 

 ……もう、嫌な予感しかしなかったのだった。

 ―・・・

 上空一万メートルの空を、巨大なドラゴンが空を切るように飛んでいた。

 ―――ティアの宣言から数分も経っていないのにも関わらず、俺たちは向かっていた。

 ……京都に。

 

「チア。どうしてきょーとなの?」

「ン? ああ、夜刀に会うためさ」

 

 ティアはそんなことを言う。

 ……そういえば夜刀さんは、今は亡き三善龍最後の一角である盟友が封じ込められた神器が京都にあると聞いて、今は京都にいるんだったな。

 

「夜刀は仙術の達人だ。それ以外にも薬などにも長けていてな……。今のお前の現状もどうにか出来るかもしれない」

「……チアって、優しいんだね」

「―――私だって、物凄く愛でたいのをひたすらに我慢しているということを忘れるなよ?」

 

 巨体が突如、ぶるっと震えるのを俺は見逃さなかった。

 ……俺とチビドラゴンズを乗せたティアは超高速で移動するも、俺は地味に魔力壁を展開して風を凌ぐ。

 体は小さくなっても体と力は健在なのはやっぱり便利だ。

 ……それから約30分が経過。

 

「……ふむ、偶にはお前たちにも冒険を楽しんでもらうか」

 

 ―――ティアのそんなわけのわからない理屈のせいで、俺たちはどこかも分からない京都の町に置き去りにされていた。

 ―・・・

「もう! あのバカチアが!」

 

 舌が回らないが、ティアに対する文句が募る!

 何でわざわざ俺たちを置いていくのかな!?

 

「イチ、おちつけよ! な~に、このフィーがいれば大丈夫だ!」

「おかねもいっぱいもらってるからね♪」

「……きょうとかんこうへ、ゴー」

 

 ……まあ意外に楽観的で肝っ玉が備わっている二人は置いておくとして、まあ今はあのバカに文句を垂れていても仕方がないな。

 それによく考えれば京都は俺の今年の修学旅行先でもあるからな。

 連絡手段はちゃんとあるし、今はこの状況を楽しむしかないか!

 

「みんな、いくぞ!」

「「「うん!!」」」

 

 ……ともあれ、俺のチビドラゴンズとの大冒険が始まった。

 始まった……だが―――速攻で問題が発生した。

 

『ふぇふぇふぇふぇ……悪い子はおらんがぁぁぁ!?』

「……えー」

 

 全く以てあれなんだが、少し森に入った瞬間に何故か妖怪に遭遇した。

 しかもあの妖怪、確実に京都にいるはずのない妖怪なんですけど!?

 あれか? 子供を脅かすのが仕事なのか?

 まあ普通の子供であれば恐れおののくことは間違いないだろうが……

 

「ん? なんだ、おまえ!」

「イチくんにふれないで!」

「……せんめつ」

 

 ……相手が悪かったな、妖怪さん。

 成長が著しいチビドラゴンズを前にして、妖怪さんは火を吐かれ、光速で翻弄され、雷撃で沈んでしまった。

 見事な連携により哀れな妖怪さんを退けた俺たちは、森の中へと更に侵入していく。

 

「ふむ、もしかしたらおれたちはようかいの森にはいったのかな?」

「だいじょうぶだぞ、イチ! フィーはものすごくつよいから、イチをまもってやる!!」

「メルだってつよいんだから! むふふ~♪」

「……ヒーははやいもん」

 

 妖怪の森に紛れ込んでしまったというのに、三人は凄くくっ付いてきて離れない。

 三人からしたら同世代?の存在は新鮮なのかもしれないな。

 しかも俺の従兄弟って認識しているからか、その傾向は強いのかもしれない。

 ……お兄ちゃん的には、本当の同世代の他の友達をいっぱい作って貰いたいものだけど。

 

『ぬぉぉぉぉぉ……今からお前を、たべちゃうぞぉぉぉぉぉ?』

 

 すると次に現れるのは―――

 

「フィーブレス!!」

 

 ……木の妖怪、だったものだな。うん。

 

『俺の頭の皿で、スライディングしよ―――』

「メルサンダー!!!」

『うふふふっふ、可愛いおチビちゃ―――』

「……ヒータックル」

 

 ……現れる数々の妖怪を、最後まで台詞を言わせることなく瞬殺していくチビドラゴンズ。

 なんか、妖怪さんが不憫に思えてきて、燃え盛っている木には水の神器で消化を、割れた河童の皿は接着剤で修復、なんか蛇の頭みたいな妖怪さんは頭を撫でてあげた。

 その結果―――

 

「なに、これ……」

 

 ―――いつの間にか、俺たちの配下の如く妖怪さん達が百鬼夜行のように行列を作っていた。

 え、なにこれ!?

 

『傷ついた俺たちを、優しく介抱してくれるッ! 悪いことをしたのは俺たちなのに、何て優しい子供なんだ!!』

 

 ……あ、自覚はあったんだ。妖怪さんも仕事だからって色々大変なんだな~。

 そんなことは置いておくとして、さて。

 この状況をどうしたものか、考えものだな。

 

「あ、イチくん! よつばのクローバーだよ?」

「うん、きれいだね。って、つちがついてるよ?」

 

 森を歩いているからか、服に土がついているのを払ってあげる。

 なんだかんだで普段みたいに面倒を見てしまう癖がついてしまっているのか、なにかとお節介を焼いてしまうんだよな。

 ……っと、何故かメルが顔を真っ赤にしていた。

 

「あ、あれれ? なんか、かおがあついな~」

「だ、だいじょうぶ?」

「う、うん! イチくんにくっついてればへいき!!」

 

 すると俺の腕を絡めるように抱きしめてくるメル。

 ……照れているところなんて、初めて見たな。

 さて、現状終わりが見えないこの大冒険だ。まあ楽しいといえば楽しいから別に良いんだけど、目的がなければやはりやる気というものは起きない。

 冒険の目的といえば、それはもちろんラスボスの存在なんだ。

 でもまあ、そんなのが都合良く現れるわけないよな!

 

『……ここから、立ち去れ』

 

 ……そう、思っていたのも束の間だった。

 俺たちの目の前に、異様な雰囲気を身に纏うボロボロの鎧を身に付ける、武士が現れる。

 身体中に矢が突き刺さっており、手には血濡れの刀―――落ち武者だ。

 その存在が目の前に現れ、今まで俺たちの中に流れていたお気楽なムードは変わる。

 ……強い。この落ち武者は間違いなく強い。

 それこそ上級悪魔とやりあえるほどに。

 ―――少なくとも、まだ幼いチビドラゴンズには荷が重い。

 

「な、なんだおまえ!」

「フィー! メルと合わせて!」

 

 すると少し怯えるフィーに果敢にも声をかけるメル。

 あの落ち武者の実力を理解してか、メルは口元に雷撃を迸らせる。

 それを見たフィーも口元に火炎を含ませ、そしてほぼ同時に落ち武者へと放った。

 

『……聞かぬならば、切り伏せるのみ』

 

 しかし落ち武者はその雷撃と炎撃に対して刀を縦に振るい、切り裂く。

 それを間近で見せつけられたフィーとメルは、理性的にも落ち武者の力を理解した。

 ……ったく、妹分が頑張ってるのに俺は何してんだよ。

 俺は俺たちの前にゆっくり歩いてきている落ち武者へと駆け出し、身体を投げたし気味な大勢で敵へと殴りかかる。

 振りかぶり、振り抜いた拳は落ち武者の腹部を貫き、少し後方に吹き飛ぶ。

 しかし倒れるまでには至らず、しかし血で染まった悍ましい目は俺を捉えていた。

 

『ほう……。今の身のこなし、子供だと油断していたが、獅子の類であったか』

「うるちゃい。こどもでも、そんなのかんけいにゃい!」

 

 多少舌足らずで締まらないが、そんなの関係ない!

 俺の妹分に手を出そうものなら、俺はそんな奴をぶっ潰す!

 いくぞドライグ、フェル!

 

『『…………』』

 

 ……ん? なんでか分からないが、ドライグとフェルから応答がない。

 それに何より、神器が動かないんだけど!?

 

『……小さな相棒、戦うの、ダメ』

『傷ついてしまう、ダメ』

 

 ―――こんなときになに言ってんだバカヤロー!!!!

 ほんとお前らバカ! 親バカにも程があるだろ!?

 

「ムトウ!!」

 

 俺は子供サイズだと少し大きな刀身のない刀、無刀を取り出して魔力を通わせる。

 性質はできる限りダメージを与えるために断罪の刃……、殺傷力をできる限り極めた刃にする。

 

『……む。それはまさか閃龍の逸品か?』

 

 すると落ち武者は俺の刀を見て関心するような態度を見せる。

 もしかすると夜刀さんを知っているのか?

 聞く話によると、特に日本において夜刀さんの名は有名だそうだからな。

 ……しかし困った。

 現状、親バカドラゴンたちが使い物にならないから、この刀と魔力と、何よりこの身体であいつを倒さないといけない。

 身体能力は変わらないとはいえ、普段と勝手の違うこの身体で奴を相手取るのは危険すぎる―――

 

「……イチくんひとりに、たたかわせない」

 

 ……すると、今まで現場を静かにしていたヒカリが俺の手を握り、隣に立つ。

 彼女の周りには黄色い龍円陣が展開されており、ヒカリの身体は黄色く輝く。

 そして……

 

「……だから、私が君を守る」

 

 ……身体が少女の状態となる。

 身体を強制的に成長させる龍円陣。あれは現状においてヒカリのみが長時間展開が可能な技らしい。

 身体の大きくなったヒカリは少し手は震えているものの、先ほどとは別物の力を迸らせる。

 

「「ヒー……」」

 

 フィーとメルも、ヒカリの名を呼んで俺の手を引いた。

 ……チビドラゴンズの中での最強は、恐らくヒカリだ。

 それは力とか云々を差し置いて―――才能が、性質が他二人を現状飛び抜いている。

 

「……っ!」

 

 ヒカリはその瞬間、その場から消える。

 速度において飛び抜けている光速龍のヒカリは速度で敵を翻弄し、更に見つけた隙からブレスを放つ。

 それをただ繰り返し、確実なダメージを与える……、それがヒカリの戦い方。

 確かにフィーやメルのような派手さはないのかもしれない。

 だけどそれを補うほどの特殊性がヒカリだ。

 

『ほう。身体を強制的に成長させ、俺では捉えられない速度で動くことを可能にしたか―――しかし若い』

 

 落ち武者は刀を両手で持ち、そして少しの静寂の後に恐ろしい速度で一閃。

 辺りに激しい風が巻き起こり、それによりヒカリは減速してしまう。

 ……衝撃波による減速が狙いか!?

 

「……ッ!?」

『我が刀は風の剣。幾ら速かろうと、風が動きの邪魔をする―――さあ、王手だ』

 

 落ち武者は瞬間的に光に近づき、そして刀を居合いをするように構える。

 ……やらせるか!!

 俺は自身の中に流れる魔力を急速に循環させ、全てを身体強化に回す。

 それにより身体能力はオーバーフローを起こし、俺自身の全機能が急激に上昇する。

 ―――オーバーヒートモード。それを始動させて瞬時にヒカリと落ち武者の間に入り込んだ。

 

『ッ!?』

「……やらせないもん!」

 

 瞬間に現れた俺に対して落ち武者は反応が遅れ、その隙を突いて俺は無刀を振るう。

 しかし落ち武者の反応も早く、横腹の鎧を掠めただけで大ダメージには至らなかった。

 でも追撃の一手は繰り返し放ち続ける。

 刀での剣戟戦は初めてだけど、これならやれる。

 ひとしきりに剣戟を繰り返した最中、落ち武者は距離を取った。

 

『リーチの短さはオーラの噴射による刃の増長で補うか。実に建設的な戦い方な上に、洗練されている―――どれ、ならばこちらも奥義を出してみよう』

 

 落ち武者は自身に突き刺さる刀を一本抜き去り、それを両手で逆手に持つ。

 そして足腰に力をグッと入れ、そして―――突如、回転を始めた。

 辺りからは土埃による竜巻が生まれ、そしてその中心にいるはずの落ち武者はこちらに向かってくる!!

 

『―――螺旋斬術・竜巻』

「み、みんなにげて!」

 

 俺は後ろに隠している三人に向かってそう言うが、当の三人は現状の光景に動けず仕舞いになっていた。

 ……初めての完膚なきまでの敗北だからショックは大きいだろうけど、ここからは命に関わるレベルだ!

 あの落ち武者、予想を遥かに超えて強い!!

 

「もう、きょうちぇいてきにじんぎをつかうちか!!」

 

 俺はドライグとフェルを放って、無理やり神器を展開しようとした―――その時であった。

 

「―――止めなさい、落ち武者」

 

 ……俺たちのすぐ隣を流れる動きで通り過ぎ、竜巻の中に侵入する人影があった。

 その人影が竜巻に侵入したと同時に竜巻は止まり、そして土埃の中から人影が二つ。

 一つは落ち武者、もう一つは―――美しい藍色の長髪を切り揃えた、美しい人であった。

 その手には刀、恰好は神官が着るような仰々しい服装。

 二人は互いに刀と刀で鍔迫り合いをしており、その姿を見た落ち武者は充血した赤い目を細めていた。

 

『貴様、まさか―――土御門の家の人間か』

 

 ……つち、みかど? ―――その名前には、確かな聞き覚えがあった。

 知らないはずがない。

 ……土御門は、母さん―――兵藤まどかの旧姓だッ!!

 

「その通りだ。しかしそんなことはどうだって良い―――落ち武者、剣を退け。例え人外の類であろうと、子に手を出すのは私は許さない」

『許すも許さぬも、彼奴らはここに無作法にも侵入し、森を荒らした。それを許せるはずが』

「―――退けと言っている。さもなくば、我が剣の餌食になるぞ」

 

 その美しき人物は、手に持つ刀に力を入れてその存在感を強調する。

 ……あれは、ただの刀なんかじゃない。

 所々機械的な見た目で、更に要所要所に宝玉が多数埋め込まれている―――間違いない、あれは神器だ。

 俺も知らないレベルの神器……落ち武者はその刀を見て、刀を振り払いその人物から離れる。

 

『……風の噂に聞く()の力を宿した名刀か。それを出されたら俺としても退かざる負えないものだ』

 

 落ち武者は先ほどまでの好戦的な態度とは裏腹に、刀を鞘に仕舞う。

 そして俺の方を見て、そして言い放った。

 

『次は本当の姿(・ ・ ・ ・)でここに来るが良い、少年よ。俺はまやかしが嫌いなものでな』

 

 落ち武者はそれを聞くと、霧のようにその場から消えていく。

 それを確認すると長髪の人物はふっと刀を消し去り、温和な表情を浮かべながら視線を俺たちと合わせる。

 

「例え龍であろうと、子供だ。あまり危険なことはしない方が身のためです」

「…わかるの?」

「ええ。特に龍のことにおいては私は博識でしてね―――さあ、帰りなさい」

 

 その長髪の人物は俺たちから背を向け、森の更に奥に歩いていく。

 俺はその姿と、その身から発していたオーラをじっと見ている時だった。

 

「ぅぅっ……っ! イチ、こわがったよぉぉぉ!!!」

 

 ……フィーたちは緊張の線が切れたのか、大粒の涙を流しながら抱きついてきた。

 先ほどまで落ち武者と戦っていたヒカリも術を解除して幼女モードとなっており、俺は何も言わずに三人を受け止める。

 ―――きっとこの敗北は必要なことなんだ。

 三人が更に前に進むためにこの敗北を噛み締めないといけない。

 でも……そんな三人に優しく支えるのだって、必要なことだ。

 甘いかもしれないけど、俺はそうやって兄貴をしていく。

 

「……だいじょうぶ。おれが、まもるから」

 

 聴こえないほどの小さな声でそう呟きながら、森から去っていくのだった。

 ―・・・

「ふむ。非常に厄介であるが、治せるでごさるよ」

 

 チビドラゴンズとの大冒険から一転して、今俺たちは古びた前時代的な和風の屋敷にいた。

 俺の目の前には久しぶりに夜刀さんがいて、甚平を身に纏っているところを見る限り、今はフリーなのか?

 

「ほんと?」

「うむ。要は身体に流れる気を上手く循環させれば良いのでござるよ。そのための薬はすぐにでも煎じる故、少しそこらで待っているでござる」

 

 夜刀さんは薬を煎じるための道具を用意し、薬草をパパッと入れて煎じていく。

 

「やとさんは、こっちでのもくてきははたせたの?」

「……いや、残念ながらまだ情報は揃ってはおらぬ。ディン殿が封じられている神器の所有者も分からずのままでござるよ」

「……どうして、そこまでしちぇさがしているんですか?」

「―――友であるからでござるよ。盟友と再会したいだけでござる!」

 

 夜刀さんは満面の笑みでそう言い切った。

 そして俺の頭をくしゃくしゃにするように撫でまわし、縁側の方を指さした。

 そこにはいつもとは裏腹に、沈んでいるチビドラゴンズの姿があった。

 

「落ち武者は体術だけならば拙者と渡り合える実力者でござる。負けるのは当然―――イッセー殿が慰めるでござるよ」

「……うん!」

 

 俺は小走りになりながらチビドラゴンズへの方へと行く。

 身体は小さくなろうとも、それでも三人は俺にとって大切な妹分だからな。

 ―――話して、遊んで、慰めて。そして最後にはこいつらは笑ってくれる。

 いつも俺を癒してくれるチビドラゴンズは俺を護ってくれて、また違う方向で俺を癒してくれた。

 ……子どもになって良かったと思えたのだった。

 ―・・・

「ってことがあって、やっと体が元に戻ったってわけだ」

「にゃ~。私もイッセーで遊びたかったのに~~~」

 

 俺は自室にて、久しぶりに大人の体で黒歌と話していた。

 あれから夜刀さんから調合してもらった薬のおかげで元の姿に戻った俺は、たまたまその時は俺と一度も遭遇しなかった黒歌の文句を聞きながら、今後の方針を色々話していた。

 

「ホント、アザゼルの馬鹿には勘弁してほしいよ。ホント、大変だったんだからな」

「でもチビイッセーも良いけど、やっぱり私は大人なイッセーの方が良いにゃん♪ ほら、子作りエッチし放題だし♪」

「―――ばーか。そんな煩悩振りまく前に、早く方針決める……ぞ?」

 

 ……俺は途端に言葉を失う。

 ―――いや違う。これは声が高くなっている感覚?

 え、ちょっと待てよ!?

 俺は目の前の黒歌を見た。

 ―――その手には、俺を幼児化にした装置が握られていた。

 

「ふふふふふふ……。イッセー、甘いにゃん♪ 私がこんな愛くるしいイッセーをみすみす見逃すわけないでしょ~? それに白音ももっと可愛がりたいらしいし、素直に……私達の玩具になるにゃぁぁぁん!!!」

 

 ―――その一言と共に流れ込むように皆が室内に侵入してくる。

 

「―――あんまりだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 ……ともあれ、俺のチビイッセーとしての日々はまだ続いて行くようであった。



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【第9章】 修学旅行はパンデモニウム
第1話 意地と女難のパラダイス!


 季節は秋に移行していた。

 外の空気もだんだん冷たくなってきて、それに伴い非常に心地いい季節である。

 秋といえばスポーツの秋、読書の秋、食欲の秋……まあたくさんあるだろう。

 しかし俺はここに一つ、断言したい。

 ―――女難の秋を。

 

「行ってはダメよ、イッセー!!」

「そうですわっ!! 私たちを置いて、そんなの……寂しいですのっ!!」

 

 涙を目元に溜めて、今生の別れの如くそんなことを言ってくるリアスと朱乃さん。

 

「にゃぁ……離れたく、ないです……」

「うぇえぇぇん!! ぼ、僕も連れて行ってくださいぃぃ!!」

 

 足元にくっ付いてくるのは小猫ちゃんとギャスパー……えぇい、可愛いなもう!

 って、一体なんなんだよ!?

 

「み、みんな!! ―――たかが修学旅行で、深刻になりすぎだから~~~!!!」

 

 オカルト研究部に、俺の叫び声が響き渡る瞬間であった。

 ……そう、季節は秋。

 ―――修学旅行の季節である。

 ―・・・

「これで大体の予定は決まったわね」

「ま、そーだな」

 

 駒王学園の修学旅行は二学年時の丁度秋の季節に執り行われる。

 向かう先は日本の古都、京都。

 実はつい先日、チビドラゴンズと大冒険に行ってきた地でもある。

 そして今現在、俺は班長である桐生と当日の動き方の打ち合わせをしていた。

 

「良いか桐生。京都は素晴らしい場所だ。何が何でも予定通り、滞りなく回り切るのが今回のミッション……心して向かわねば!!」

『―――だからミッションって!?』

 

 すると班員から一斉にツッコミが入る。

 ……俺、可笑しいこと言ったか?

 ―――ともあれ、今回の修学旅行の班員はいつも通りの面子であったりする。

 アーシアを筆頭としてゼノヴィアにイリナ、黒歌、桐生といった女性陣。

 そして俺と松田と元浜の男性陣だ。

 

「にゃふふ~、まっちゃんともっちゃんはイッセーに感謝しないといけにゃいぞ? 他の班の子にたらいまわしにあっていたところをイッセーに助けて貰ったんだから♪」

 

 すると黒歌は楽しそうに笑いながら可愛く松田と元浜の頭を小突いた。

 

「く、黒歌氏!? 少しばかりスキンシップが過ぎるぞ!?」

「ありり~? もっちゃんは恥ずかしがってるのかにゃ~? あ、勘違いは止めてね。これでも私、一途だから♪」

 

 っという風に二人をからかいながらもこっちを真っ直ぐに見てくる黒歌。

 ……こんな風に、黒歌もこの学校に慣れたもんだ。

 その抜群のスタイルとルックス、更に人懐っこい性格が加味して黒歌は女子人気が凄い。

 黒歌と一緒に居れば美容効果があると噂されるレベルで凄まじい人気なんだ(無意識に仙術で周りの人間の気の循環が良くなっているらしい)。

 更に男子に悪戯をする小悪魔っぷりから裏では男子からも人気があるらしいが……まあ黒歌は可愛いから仕方ないか。

 

「にゃ!? い、イッセー……こ、こんなところで可愛いとか言うの、反則にゃん……」

「……え? こ、声に出てた?」

「うん、ばっちし。ほら、録音してるにゃん」

『黒歌は可愛いから……』

 

 ……気をつけよう。

 ってかなんでその一瞬で録音できるんだよ!? ……っというツッコミはしないほうが良いか?

 まあともかく―――ッ!

 俺はその場に立とうとした瞬間、拳に激痛が走った。

 その俺の反応をいち早く察知したアーシアは、心配そうな顔でこちらを見てきた。

 

「イッセーさん。その、大丈夫ですか?」

「アーシア。……うん、ちょっと傷が痛むだけだよ」

 

 ……何故、こんな傷を負っているのか。

 それは先日のことに遡る―――

 ―・・・

 その日、俺は冥界において上級悪魔としての挨拶回りの最後としてサーゼクス様のところに伺っていた。

 といってもそんなに硬い挨拶とかではなく、単純に魔王であるサーゼクス様と語らうといったものだ。

 

「そうか、平行世界に行ったとは聞いていたが……君はまた一段と強くなったようだね」

「はい。あいつらとの戦いは、きっと俺がもっと強くなるために必要不可欠だったんだと思います」

 

 俺は少し前の事件のことをサーゼクス様にお話ししていて、それもほとんど終わるところだ。

 平行世界の変態で、でも漢であった兵藤一誠。

 俺の一つの可能性であったかもしれない黒い赤龍帝。

 ……サーゼクス様とその辺りを話している最中であった。

 

「―――時にイッセー君。私は君に一つ、教えておきたい情報がある」

「……どうしたんですか? サーゼクス様」

 

 サーゼクス様は突如、真面目な表情となり話し出す。

 

「現状、我々の敵である禍の団……君がどれほど彼らについて理解しているかを聞こうと思ってね。イッセー君、君は禍の団にはどれほどの派閥があるか知っているかい?」

「……はい。先代の魔王の血族により構成された旧魔王派、白龍皇・ヴァーリによってかき集められた少数精鋭のヴァーリチーム、そして―――英雄派」

 

 俺は平行世界に飛ばされる前に出会った英雄派のトップである曹操を思い出して、そう口に出した。

 ……英雄派二大トップの一人、曹操。

 完全に普通の人間であるのにも関わらず、目の前に近づかれなければ気付かないほどの隠密性。

 目の前に立った瞬間、死と隣り合わせと思わせるほどに重圧を持つ存在。

 一目ほどしか見ていないが、それを感じ取れるほどの男だった。

 

「そう。君の手により旧魔王派が打開した今、現状においての危険視されているのは英雄派と呼ばれる派閥。……奇しくも、人間により構成された英雄の血を引き継ぐ者達だ」

 

 ……しかしサーゼクス様は、「しかし」と言葉を更に続ける。

 

「でもね、この派閥よりも厄介な派閥も存在しているんだ」

「……え?」

 

 これについては俺も知らないことであった。

 俺の知る限り、確かこれ以外には魔法使いや魔術師で構成された魔女の夜(ヘクセン・ナハト)と呼ばれる派閥だけだ。

 その派閥は大した脅威はないと聞いている。

 

「君が知らないのは当然だ。何せ、最近になって表立って活動を始めたからね―――しかも、人間界の一般人を巻き込んで」

「ッ!? ど、どういうことですか!? 禍の団は、少なくとも俺たち三大勢力を襲うことはあっても、人間界までに手を出していないはずじゃ!?」

「……そう、だから英雄派より厄介なんだよ。人間界で活動を始め、どのような手を使っているかは知らないが各地で小さな戦争を巻き起こして何かを画策する派閥―――我々はその派閥を『戦争派』と名付けた」

 

 ……戦争派。

 思い出してみれば、最近になって冷戦状態になっていた二国間で突如戦争が勃発したりするなどがニュースでやっていたけど……まさかそれも禍の団が関与していたとは思っていなかった!

 でもそれが事実なんだとしたら、許せねぇッ……!!

 

「……君の怒りは最もだが、ここで熱くなっても意味はないよ。それに君にはもうそろそろ修学旅行があるんじゃないのかい?」

「……ッ。すみません、サーゼクス様」

 

 俺はサーゼクス様の一言で冷静さを取り戻し、少し反省をする。

 ……ダメだな、話だけで頭に血を昇らしてたらこれ以降やっていけない。

 俺は上級悪魔になったんだから、もっと冷静に怒らないと。

 

「君は上級悪魔と同時に学生でもあるんだ。君たちグレモリー眷属にはいつも負担ばかりかけていてこんなセリフを掛けるのは筋違いかもしれないが……私は、君たちにはまだ子供で居て欲しいんだよ」

「……分かってますよ。あなたが誰よりも優しいことくらい」

 

 俺は手元にあるティーカップに指をかけ、すすっと紅茶をすする。

 ……俺が赤龍帝である限り、禍の団と争うのは避けられない。

 なら戦争派と戦うことになるのだって、視野にいれても問題はないはずだ。

 

「ところでイッセー君。君の眷属集めは順調かい?」

 

 するとサーゼクス様は話を変えたいというように、興味深そうにそう言ってきた。

 眷属集め、ねぇ。

 

「現状は黒歌と一緒に色々考えてるところですね。俺も少し考えもありますし……そうですね、一応二人ほどですが目星をつけています」

 

 以前、俺がライザーの引き籠りを解決するためにフェニックス家に訪れ、問題を解決した後にライザーから送られてきた手紙に綴られていたんだよ。

 ライザーは……いや、フェニックス家はレイヴェルを俺の眷属とすることを望んでいるらしく、俺は黒歌にそれを話して検討している途中だ。

 あともう一人は……正直、確実に無理だと考えている。

 少なくともただ言葉で伝えても了承しないことは理解しているから、ダメ元でお願いするしかないんだよな。

 ともあれ未定もまた未定だ。

 

「まだお話する段階ではないです。黒歌も悪魔としての力に慣れさせるのに付き合うのが現段階の状況です。っていっても、既にあいつの実力って相当なものなんですけどね」

 

 少なくともガルドには引けを取らないっていうのが俺の判断だ。

 

「なるほど、君には君なりの考えがあるということか。ならば私から聞くことはない―――っと、そろそろ彼らが来る頃合いか」

 

 サーゼクス様が時計を確認した時、突如魔王城の大きな客間の扉が開かれた。

 そこにいたのは―――サイラオーグさんと、エリファさんであった。

 

「お呼びに預かり光栄でございます、サーゼクス様―――あら? あなたもお越しになっていたのですね、兵藤一誠」

「久しぶりだな、イッセーよ」

 

 俺は席から立ち上がろうとすると、二人は構わないという仕草をとった。

 

「来たね、エリファくんにサイラオーグ」

 

 するとサーゼクス様は二人を招き入れ、俺と同じように円卓テーブルに座らせる。

 グレイフィアさんは即座に二人に紅茶を淹れると、すぐさま席を外した。

 

「サーゼクス様。なぜこのお二方がここに……」

「難しいことではない。俺もエリファもこちらの近くによったものでな? そのついでと言っては失礼だが、馳せ参じただけだ」

「その通りですよ。私としては兵藤一誠に会えたことが何よりの僥倖なのですよ」

 

 生前のミリーシェと瓜二つの顔で微笑んでくるエリファさん。

 だけど今の俺はミリーシェと再開し、心を通い合わせたからか彼女が別人にしか思えないんだよな。

 ……っと、そんなエリファさんなんだけど、実は俺が平行世界に行っている間にリアスたちのところに来ていたらしい。

 それで一騒動あったらしく、詳しくは聞いていないんだけど今やリアスの最大のライバルとなっているとのこと。

 なんでもリアスと一騎打ちで腕試しをしたとか、そんなところらしい。

 理由は知らないが……

 

「以前お伺いした時にはあなたはいなかったものですから、ゆっくりお話をしたいものですが……」

「エリファ、お前は話し出すと長いからやめてておいた方がいい―――ときにイッセー。お前の噂はかねがね聞いている。禁断の力をお前らしいものに昇華させたようだな」

 

 するとサイラオーグさんが身を乗り出し、そう言ってきた。

 

「守護覇龍のことか?」

「そうだ。あの悪神ロキを倒すほどの力……ふふ。お前とは是非とも理屈の概念のない、純粋な力比べをしたいものだ」

 

 途端に野獣のような好戦的な笑みを浮かべるサイラオーグさん。

 なるほど……今まで本気の殺気というものを見たことがなかっただけに、これは驚きだ。

 ―――若手の域を軽く超えている。

 下手をすれば最上級悪魔と言われても不思議ではない。

 ……若手悪魔最強の漢、サイラオーグ・バアル。

 極端なまでに身体を鍛えた、俺の知っている限りのトップクラスのパワータイプの悪魔。

 ……悪魔最強の肉弾戦を披露するディザレイド・サタンを目標にしているサイラオーグさんだ。

 ある意味では当然なのかもな。

 

「ああ。次のレーティングゲームはあなたとの戦い。最高の舞台で、最高の戦いにしようぜ」

 

 ―――次のグレモリー眷属の対戦相手はこの人だ。

 きっと今までのゲームとは比較にならないほどの激戦となる。

 ……っと、そのときであった。

 

「……サイラオーグ。先ほどから武者震いが収まらないようだが?」

 

 サイラオーグさんをじっと見つめるサーゼクス様がそのように話しかけた。

 ……サーゼクス様の言うとおり、サイラオーグさんは武者震いをしていた。

 まるで今すぐにでも戦いたいというように。

 

「……いや、お恥ずかしい。俺としても、闘志は抑えていたつもりなのですが―――この男を前にして、その歯止めが効かなくなりそうです」

「ならば―――一戦交えてみればどうだろうか?」

 

 ……サーゼクス様よりそのような提案が出される。

 それを聞いた瞬間、サイラオーグさんと俺は目を見開いてお互いを見合わせた。

 そして―――

 

「願ってもないことです。もしイッセー……兵藤一誠殿がお受けしてくださるのならば、喜んでお受けしましょう」

「っとのことだが、兵藤一誠よ―――上級悪魔となった貴殿の戦いを是非とも私は見たい。相手は現若手悪魔最強の漢、サイラオーグ・バアル。相手にとって不足はないはずだ」

 

 サーゼクス様の笑みが俺に向けられ、俺はフゥっと息を吐く。

 ―――ちょうど、同じことを考えていたんだよ。

 俺も一度、この漢と戦いたい。

 己が全てを一つのものにかけて駆け抜けた漢。

 どこか自分に通ずるものがある気がして、俺の次の前進に必要な気がする。

 だから

 

「お受けしましょう。この兵藤一誠、全力を以って魔王様の願いを聞き届けましょう」

 

 ―――ここに、俺たちの戦いが始まった。

 ―・・・

 魔王城の地下にある大空間。

 そこにはサーぜクス様にグレイフィアさん、そしてエリファさんといった面子が勢ぞろいしていた。

 その視線の先には上着を脱ぎ、ぴっちりとしたアンダーウェアを身に纏うサイラオーグさんと、同じく制服を脱ぎ去ってシャツ一枚の俺の姿があった。

 

「礼を言おう、イッセーよ。よくぞ決闘を受けてくれた」

「構わないよ。俺もサイラオーグさんと戦ってみたかったところだし、それに―――何か掴める気がするからさ」

「そうか……ならばお前はこの手合わせ、軽い調整と思ってくれても構わん」

「それはない―――あんたは、そんな軽い気持ちで相手取れる敵じゃない」

 

 ―――この決闘は俺にとってプラスしかない。

 今考えてる色々な発想を試す機会でもあるし、現状自分がどこまでやれるかを知ることのできる絶好のチャンスだ。

 

「俺は自分の可能性を試す。だからこれからすることは決してあんたを舐めてるわけじゃない―――全力で、下すつもりだ」

「っっっ! ……良い殺気だ。ならば俺も遠慮せず―――」

 

 ……次の瞬間、サイラオーグさんは俺の前から消える。

 

「やらせてもらおう!!」

「っ!!」

 

 ―――そして、神速で俺の前に現れた。

 とても実直で真っ直ぐな、分かり易い一撃。

 その打突は俺の身体の中心線へと真っ直ぐに放たれ、俺は即座に籠手を展開。

 倍増の力を溜める時間はない!

 身体中に魔力を過剰に流し続け、身体の性能そのものをオーバーヒートさせる。

 

「ッ! らぁぁぁ!!!」

 

 そしてその真っ直ぐな拳を、真正面から受け止めた。

 拳と拳がぶつかり合い、そして―――吹き飛ばされた。

 

「がっ!? ……流石、サイラオーグさんってわけかッ。たった一撃だぞ……ッ!」

 

 俺はビリビリと痺れる左腕を無理やり動かすように地面を殴りつける。

 ……たった一撃で理解した―――この拳は、過去最強のものだ。

 冗談抜きでサイラオーグさんの拳は神にも対抗できるほどのものを感じる。

 ……そう思うと、つい顔が緩んだ。

 ―――魔力の気配は一つも感じない。本当にこの漢はその体一つで戦い抜いてきたというのを理解できる。

 俺と似ていると思っていた。

 でも俺にはドライグ(相棒)がいた。

 どんなにゆっくりでも、着実に強くなれた―――強くなれる希望があったから。

 

「……やっべーな、おい―――こんなのいつぶりだよ!!」

 

 俺は駆け出した。

 オーバーヒートモードによる身体超過と籠手の倍増の力を解放し、先ほどからサイラオーグさんがしたのと同じように拳を振るう。

 サイラオーグさんもまた俺と同じようにそれを拳で受け止め、そして―――俺はサイラオーグさんを殴り飛ばした。

 

「くっ……。……神器の真骨頂を使わずとも、その身を鍛え上げているようだな。今の拳はそれの証明―――やはりお前は俺と同じを道を辿って来たのだな」

「ああ、そうさ。俺にあったのはこの身体と籠手だけだった。魔力の才能なんてものもなかった」

 

 俺はファイティングポーズを取り、自然と笑みを浮かべた。

 胸元にブローチ型のフォースギアを展開し、オーバーヒートモードをさらに加速させる。

 ……現場は制限時間は20分ってところだな。

 

「イッセー。お前の力は絶大な反面、多大な代償を背負っている。一つ一つの力が身体への負担、精神への負担が大きい。それを軽減するために様々なカードを切って効率的な戦いをしている―――ならば引き出してやろう。お前が白龍皇を下し、堕天使の幹部を下し、最上級悪魔を下し、そして……。神を下した力を!!」

「それはこっちの台詞だ、サイラオーグさん!!」

『Boost!!』『Force!!』

 

 籠手とフォースギアから音声が鳴り響き、それを確認したと同時に籠手に溜まる倍増の力をフォースギアに譲渡!

 倍増した創造力によって俺は神器を構築した。

 

『Creation!!!』

「神器創造! 更に―――創換!!」

『Convert Creation!!!』

 

 創造変換。

 一度創った神器に更に創造力を加え、神器そのものを創り換える力だ。

 以前、アーシアを救うために使った技だけど、これは思っていたよりも応用が効く力なんだ。

 基本的に創造神器は能力を一つしか持たない。

 それは神器を創造するのに必要な創造の限界が一つであるからだ。

 赤龍帝の籠手は俺がずっとその手に持っていたから創造が可能だったが、それ以外の神滅具が到底不可能だ。

 一つの能力しかない神器をできる限り神滅具の出力に近づけることは可能だ。

 でも神滅具の定義は本来重なり合ってはならない二つ以上の能力が、相乗効果を生んだ結果生まれた神をも殺す可能性を持つ力だ。

 ……これは俺が平行世界で経験したことを思考して、新たな俺の可能性をいろいろ試しているんだ。

 これはその一つ。

 一度基礎を神器で創り、その後に能力を付加する形で創り換えることで神滅具の力を再現したもの。

 ―――平行世界で出会った変態だけど熱い男だった一誠。

 お前の影響でこいつは生まれたんだ。

 お前みたいに赤龍帝の力があそこまで変質していないから、俺はそれをフェルの力で再現してやる!!

 

「行くぜ、フェル! ―――戦車の剛拳(ルーク・オブ・ガントレット)

 

 光が晴れた時、そこにあったのは鋼の巨拳だった。

 鋼鉄に覆われた大体籠手と同じほどの大きさのガントレット。色は白銀で、籠手よりも轟々しいフォルムだ。

 ……元の能力は単純な肉体強化。

 そこから付け加えた能力はこれまた単純。

 

「くらえぇ!!」

「ッ!! おもしろい!!」

 

 サイラオーグさんは俺の拳の異質性に気付いたのにも関わらず、やはりまっすぐと拳を放つ。

 ……おもしれぇ!!

 あんたがまっすぐ来るのなら、俺だってまっすぐやってやる!!

 拳は三度サイラオーグさんと交わり、辺りに激しい衝撃波を撒き散らす。

 互いに力を緩めずに、更に拳を前に突き出す!!

 この拳の第二能力は至ってシンプル―――拳を推し進める限り、拳から放たれる衝撃を半永久的に肥大化させていく。

 ……そう、いわばこれは意地と根気は勝負。

 

「分かりやすくていいだろ?」

「―――とことん気が合うな、イッセー!!」

 

 足で踏ん張り、拳を押し込め合いだけに集中する。

 テクニックとかそんなもん一切関係ない!

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 互いに引くことを知らない俺とサイラオーグさん。

 ―――なんだこれ。

 こんなの、いつぶりだ?

 こんなにも―――楽しいなんて!!

 ずっと戦うことは護るためだけと考えていた。

 でも今は何か違う。

 これに、この戦いに護るなんて概念はない。

 そんなしがらみを全て取っ払った戦いに、自然と笑みが浮かんでいた。

 ……永遠に続くと思えてしまうほどの力の張り合い。

 ―――しかしそれも唐突に終末を迎えうことになった。

 

「―――そこまでですよ、お二人とも」

 

 ……突如、俺とサイラオーグさんの間に黒い膨大な弾丸が通り過ぎた。

 その弾丸の危険性をとっさに判断し、俺とサイラオーグさんは我に返って共に後ろに飛ぶ。

 それと同時に弾丸を放った当人をじっと見た。

 

「どういうつもりですか。……エリファさん」

「男の戦いに首を突っ込むつもりか、ベルフェゴール」

 

 ……そこにはサタンとベルフェゴールの紋章が描かれている黒い装飾銃の銃口をこちらに向けて、苦笑いをしているエリファさんがいた。

 正直にいえば勝負の最中に首を突っ込まれたことに対して、かなり不満を持っているところ。

 ……しかし俺は周りを見て、どうして中断させてきた理由が分かった。

 ―――俺たちがいる周辺は拳圧によりボロボロになっており、床はひび割れている。

 それはサーゼクス様やエリファさんのもとまで伸びていた。

 

「まったく。周りへの被害も考えてください。あなたたちレベルになれば、周りへの被害も甚大なのですよ。軽い手合わせとはいえども、です」

「……すまない」

「すみません」

 

 エリファさんの小言を俺たち二人は素直に聞く。

 ……確かに少しばかり理性を失っていたよな。

 それにしても軽くでこれか―――互いに本気ではなかった。

 俺も生身の状態でどれだけこの人とやれるかを確かめたかったし、それにサイラオーグさんも……まったく本気ではない。

 彼の両手両足には枷のような魔法陣が見える。

 きっと自身に多大な負荷を常に掛けているんだろう。

 問題は―――俺の先ほどまでぶつかっていた腕が、現状ほとんど使い物にならないことだ。

 

「……ッ」

 

 先ほどの力比べ、もしエリファさんの仲介が入っていなければどうなっていたか―――まだまだダメだな。

 基礎的なものは俺はサイラオーグさんの足元にも及んでいない。

 本当にドライグとフェルの力がなければ拮抗できない。

 ―――少し調子に乗っていたのかもしれない。

 なんだかんだで今までの敵を降せていたから、このヒトも同じようにいくのではないか、と。

 

「ふむ、これは興が削がれたか」

 

 サイラオーグさんは少しばかり苦笑し、遠くにおいてあった上着を肩にかける。

 ……先ほどの利き手とは逆の手で上着をとった。

 

「申し訳ございません、サーゼクス様。これ以上この男と戦い続けるのはあまり良いとは思わないと判断したため、このような中途半端なものとなってしまいました」

「いや、良い。むしろ私は君たちの力比べをして勿体ないと思っていたところだ」

「……勿体ない、とは?」

「君たちの戦いは、我々だけで観戦するのはいささか勿体ないよ。君たちの戦いは、冥界中が注目する戦い―――レーティングゲームで是非に見たい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の体にビリッと電流が流れる感覚に囚われる。

 ……歓声が鳴りやまない最高の舞台。

 ―――俺もこのヒトとはそんなところで決着をつけたい。

 

「お前も俺も全力を出し切ってはいないだろう。やはり互いに万全の状態で戦いたいというのが俺の望みだ―――次のレーティングゲーム、俺は最後はお前と戦うことになるということを確信している。イッセー、それまでにお前の新しい可能性を開花させることを望んでいる」

「当然! 次やるときは試すとか、そんなことはしない。俺の持てる最大限を以てあんたを倒す!」

 

 俺たちは先ほどまで戦闘を行っていた手とは逆の手で拳をあてがう。

 表情は不敵な笑み。

 それを目の前で見ていたサーゼクス様は、何か呟いていたものの、俺にはその詳しくは届かなかった―――

 

「……若手。いや、もう悪魔界切ってと言っても過言はないね」

「ええ、サーゼクス様。実質的に言えば―――冥界でも稀にすら見ない屈指の肉弾戦となる。全く、この世代の若手はすごい―――」

 ―・・・

 っと、あの時のことを思い出してしまった。

 ともかく、あの時の一戦の影響はまだ残っているんだよな。

 ふとしたことで地味に痛みが浮かぶっていうか、まだあの時の余韻が残っているというかさ。

 

「……イッセーさん、私があっちの陰で治しましょうか?」

 

 ―――するとアーシアは俺の手をそっと優しく触れて、上目遣いに近い形でじっと見つめてくる。

 共感性の強いアーシアだからか、見上げる目は心配するようにうるっとしている。

 ……一言で言おう。

 

「―――女神さまだ……アーシア」

「……はい! イッセーさんだけの女神さまです!!」

 

 いやぁ、もうアーシアに対する感情が高ぶって凄まじいよ。

 俺のアーシアへの好きはずっと右肩上がりな気がしてならない。

 もうどんな動作でもかわいく思えてしまうんだよな。

 

「……はいはい、ごちそうさま。兵藤、ここ教室だからね?」

「……はい」

 

 でも今回は頭なでなでだけで済んでいるからましじゃないか? とは口が裂けても言えなかった。

 でもひどいカップルだったら教室で膝の上に座らせたり、隠れてキスとかしてるからな。

 

「でもイッセーさん、辛かったらいつでも私を頼ってくださいね?」

「ああ、分かってるよ。癒しオーラは後でお願いするな?」

「はい!」

 

 アーシアは凄まじいニコニコを見せてそう答えた。

 ……本当、もっとアーシアと一緒にいたいんだよな。

 最近は上級悪魔の昇格の影響か、ほかの眷属の皆とは離れて行動するとか増えてきているし、これ以降も上級悪魔としての依頼とかが増えるだろうからな。

 甘えるときにとことん甘えて、甘えられるときにとことん甘えさせてあげないと。

 

「……あ、そだイッセー」

「黒歌、熱いから離れて」

「ひどいにゃん! 三桁オーバーのお胸にむにゅってされて無反応とか可笑しいにゃん!!」

 

 後ろから突如抱き着いてきた黒歌。アーシアの癒しオーラに充てられた俺にお色気なんてもんは通用しないんだよ!(単に慣れたともいう)

 

「で、なんだよ。俺は今、アーシアを如何に甘やかすことで頭がいっぱいなんだけど」

「むぅ……最近のイッセーはある意味の悟りを開いていて面白くないにゃ~ん!!」

「いや、だから早く要件を」

「―――だったら、奥の手!」

 

 黒歌は業を煮やしたのか、背中から伸ばした手を俺の胸元に添える。

 そして―――ッッッ!?

 

「ふふふ、これはね? 仙術の応用で気の流れを狂わして、精力を極限まで高める術にゃん♪」

「おま、なにやって……ッ」

 

 黒歌が耳元で静かにそうに呟くと同時に、体がやけに熱くなるッ!

 いや、これはマジでやばい……ッ。

 っの野郎、このタイミングでそれはダメだろ!?

 俺はともかくこの術をどうにかするために黒歌に抱き着かれたまま廊下に飛び出て、急いで人気のないところに移動する。

 周りの皆はぽかんとしていたけど、今はもうどうでもいい!!

 

「にゃん、こんな人気のないところに連れ込んでナニをするのかにゃ~? 初めてが学校とかアブノーマルだにゃん♪」

「う、るせぇ! い、良いからこれ早く治してくれ……ッ! い、今は女の子を見ただけでやばいから!!」

「……本来は近くにいるだけで襲っちゃうくらいのレベルなんだけど、やっぱりイッセーって鋼の理性だよね」

 

 黒歌は少し関心しているような表情になり、次は正面から抱きしめてくる。

 ―――その感触で頭のばねが外れそうになり、逆に強く抱きしめ返してしまった!

 

「はにゃ!?」

 

 ……黒歌もそれは予想外であったのか、気の抜けたなんとも可愛らしい声を漏らした。

 ―――今、それやられると逆効果なんだよな。

 頭は冷静でも、体は勝手に動いて……

 

「ちょ、イッセーそこさわっちゃ……にゃぁ~~~っっ!? め、そこはびんか―――んにゃぁぁぁぁ!!?」

 

 黒歌はあまりもの衝撃からかつい猫耳と尻尾を出していたので、つい尻尾を撫でるとそんな嬌声を上げた。

 ……でもこれは本格的にやばいな。

 思考できてもそれを止める理性がない。

 本当、思考と行動が一致しないな。

 ……っと、唐突に俺の意識はまともなものに戻った。

 

「あれ、戻った? 黒歌、お前何か……」

「はぁ、はぁ……イッセー……そ、こは、性器とおなじくりゃい、びんかんだから……もっと、やさしく、にゃん……?」

「……発情期ですか、そうですか」

 

 俺は即座に以前、小猫ちゃんに創った発情期を抑える神器を創り、目がトロンとして艶めかしい汗をかいている黒歌に使った。

 発情させた本人が逆に発情させるのってどうなんだよ、ほんと。

 フェル、本当にごめんな?

 

『まったく、困った泥棒ネ―――じゃなく、エロ猫ですね』

「フェルさん? それ言い直せてないし、オブラートに包んでいないからな?」

『ふん、この淫乱ネコめ』

「ドライグ!! もっと物事はオブラートに包めよ!」

 

 俺の中の親ドラゴンたちはとても辛口であった。

 ……しかしこのとき、俺はこのときの黒歌の話を聞いておかなければならないという意味を全く理解していなかった。

 まさかこれが―――しばらくぶりの凄まじい女難の始まりだということを知る由もなかった。

 ―・・・

「ふぇぇ、イッセーちゃんが遠くにいっちゃうよ~!! ケッチー!!」

「ま、まどかが俺に甘えてくれて―――愛しているぞ、まどか! あ、それとイッセー!」

 

 ……息子の目の前でイチャイチャする馬鹿夫婦こと兵藤夫妻。

 今日の部活は俺たち二年生が修学旅行の準備ということで早めに上がることになり、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、黒歌は旅行の買い物という名目で街に繰り出した。

 ほかの部員はまだ部室にいて、祐斗も今日はまっすぐ帰ったらしい。

 それで俺も家に早めに帰って荷物のチェックをしようと思っていた矢先、帰ってきたら母さんと父さんが抱き合っている現場に遭遇した。

 ……客観的に見て、どうしても犯罪臭がするのは気のせいだろうか?

 俺は咄嗟に物陰に隠れてしまい、出るに出れないというのが現状だ。

 

「私ね、イッセーちゃんがいないと寂しいんだ……」

「大丈夫だ、まどか―――俺はいつでもまどかのそばにいる。俺じゃ、だめか?」

「……ケッチー。なんか私ね、今ものすごくドキドキしてるんだ? ほら確かめてみて?」

「…………ああ、すごくドキドキしてるな」

「ケッチーこそ……ね? 私ね? その……い、イッセーちゃんに妹とか弟がいたらなーって―――」

 

 ……まずい。

 ちょ、なにこれ気まずい!?

 いや、父さんも母さんも若いからそれは夫婦の営みもするだろうけどさ!?

 まさかその現場に鉢合わせるとは思ってなかった!!

 え、なに? 俺に弟か妹できるの?

 それはとてもかわいがると思うけど―――って、ちっがーう!!

 体隠しているから音声しか聞こえないけど、これはこれでなんかやらしいんですけど!?

 

「……俺の守る家族はまた増えるな」

「いや、なの?」

「―――本望だ!」

 

 ……いや、かっこいいけどそれをリビングでするなよ!?

 そういうのはベッドの上でしろっての!!

 これは辛いぞ!? ど、ドライグにフェル! 助けてくれ!!

 

「……あれ、人間の、愛、育み?」

「ああ、それが目の前で起きようとしていることにひたすら目を背けたいんだ―――ってオーフィス!?」

 

 声を抑えて叫んだ俺えらい!!

 っていうかいつの間にか俺の隣にチョコンと座っていた。

 気配もなにも感じなかった! 

 

「……まどかの体温、急上昇。イッセー、風邪?」

「違うと思うから手に持っている体温計を母さんに今持っていこうとしないで!!」

 

 なお、小声でオーフィスを止める俺。

 ―――オーフィスは感情が芽生えてから無邪気である。

 なんにでも興味を持ち、なんでもしようとしたがる。

 そんなオーフィスがあの二人が今何をしているのかを知れば―――考えたくもない。

 今、俺の成すべきことはオーフィスを納得させつつ、この場を離脱すること。

 これはそう―――親が子供に、どうやって赤ちゃんは生まれると聞かれたとき、親が子に対して説明する問答だ。

 確信に迫らず、しかし大筋から逸れない例えと説明。

 

「なら何故、二人、体温が上昇している? 何故、今、粘膜接触、してる?」

「せ、説明するなー!」

 

 でもこれは本格的に不味いな。

 不味いな……―――ん?

 そういえば、母さんって自分の意思に関係なく人の心の声が聞こえるん……だよな?

 それを考えた瞬間、俺は冷や汗を掻いた。

 

「ん? 二人、粘膜接触、終わった。体温下降―――イッセー、何故?」

「ふ、ふふふ―――うん、俺ってば、すっかり忘れてたな~。あ、オーフィス。あの行為は愛の行為なんだよ。それをすることで絆を深めて、好きって気持ちを再確認するんだ~」

「なら我もイッセー、したい」

「うん、それがね? 今はちょっと無理なんだよね―――ほら、俺首根っこ持たれてるだろ?」

 

 ……首根っこを持たれて、体を無理やり宙づりされる俺。

 その剛腕は俺の体を容易に持ち上げ、鬼神ごときオーラを迸させていた。

 

「い、イッセー?」

「オーフィス、ごめんなー? ―――ちょっと死んで来る!」

 

 ―――そうして俺は闇の中に消えていった……

 ―・・・

 あ、足腰に力が入らないほど正座をさせられた。

 でもさ! リビングでそういうのするほうが可笑しいと思うんだよ!

 ……なんて言い訳をしたり、父さんから全力のボディーブローされ、それで母さんが父さんにぶち切れて余計面倒なことになった。

 

「な、なんか今日は面倒なこと多くないか?」

 

 俺はふらふらとした足取りで自室に向かう。

 しかし足に力が入らないので壁を伝い歩きしていた。

 今日は災難もいいところだ!

 こういう時はチビドラゴンズを呼んでひたすら癒されるのがいいか?

 または小猫ちゃんのところでゲームをするとか……。

 そんな思考をしていたときであった。

 がちゃ! ……突如伝え歩きしていた壁沿いにある扉の一つが開き、そこから手が伸びた。

 その手によって俺は何者かに室内に連れ込まれ、そのままベッドに押し倒される!?

 更にすぐさまガチャリと扉の鍵が締められ、ベッドがギシギシと軋む音が嫌に耳に入る。

 少しすると薄暗い室内に目が慣れたのか、俺に迫る人の姿が見え始めて……

 

「イッセー、くん……お願い、私を、置いていかないで?」

 

 ―――そこにいたのは下着姿の朱乃さんであった。

 紫色のレースを用いた上下の下着を身につけている。

 明らかに朱乃さんの胸部のサイズにあっていないほど下着のサイズは小さく、布地の面積も極端に小さい。

 ―――み、見えてはいけない部分が見えてるんですけどぉ!?

 

「あ、朱乃さん! なにやってるんですか!?」

「だめ……ちゃんとわたしを、見て?」

 

 視線を外そうにも朱乃さん俺の頬をそっと手で添えて、自分の身体を強制的に見せる。

 ……引き締まった素晴らしいスタイルだと思う。

 パーツ一つ一つがどれをとっても魅力的で、理想のスタイルが手を伸ばす距離にあった。

 ―――うん、やっぱり冷静になったらそんなことしか考えれねぇ!!

 

「み、見ました! 見ましたからもういいですよね?」

「なんで、私のことをまださん付けなんですの……?」

 

 こ、ここぞとばかりに朱乃さんが攻めて来る!?

 ……でも考えてみれば、俺はリアスのことはリアスと呼んでいる。

 一悶着があったとはいえ、しかし朱乃さんだけに敬語を使っているのは確かに距離を感じたのかもな。

 

「……わかった―――朱乃? いったい、なんでこんなことをしてるんだ?」

 

 俺はごく自然に、朱乃の頭に手を置いてそっと撫でる。

 普段はこういうのは年下やアーシアにすることなんだけど……あんなに目頭に涙を溜められては仕方ない。

 っていうかそもそも精神的には俺の方が年上なんだよな。

 ―――あれ? そう思うと途端に朱乃のことが可愛く見えて来たぞ?

 いや、もともと可愛いけどさ?

 年下特有の魅力というか、なんか構いたくなるようなオーラっていうか。

 ともかく愛でたくなる!

 

「あ……イッセーくんのナデナデ、すっごく優しい」

 

 朱乃は途端に表情をぱぁっと明るくなり、本当に年相応の女の子になった。

 ……ふむ、しかしこれは完全に停滞している。

 話が進まないんだよな。

 こうなれば一度朱乃を元に戻してから―――

 

「イッセーくん。膝枕、して?」

「うん」

 

 ―――全く、俺の決心は簡単に揺らぐぜ!

 ……それから30分後。

 

「なるほど、つまり俺たち二年生が修学旅行に行くから寂しかったと」

「そうなのです。……お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ。ごめんなさい、イッセー君」

 

 どうやら朱乃さんは修学旅行で数日間の間、俺たちが離れることが寂しかったそうだ。

 はずかしいけど俺と離れることが嫌だったそうで、少しでも触れ合おうと思考した結果、このような行動を起こした……ってことらしい。

 

「その、イッセー君は上級悪魔になってここのところ、あまりゆっくりしていなかったもので……私が色々お世話をしてあげようと思ったのですわ」

「色々ってところは敢えて聞かないけど、でも気遣ってくれてありがとう。でも俺、結構元気だから大丈夫だよ」

「……うふふ。なんだか、そうやって敬語を使わない方がしっくりしますわ。なんだか、イッセーくんがお兄さんのように思えて―――って、兄龍帝なら当然ですわね」

 

 朱乃さんが美しい微笑みを浮かべる。

 ―――か、可愛い。

 駄目だ、さっきから言語能力が著しく情弱になってるぞ!?

 落ち着け、朱乃さんは綺麗系の美女だ。

 決して俺の求める癒し系可愛さとは別の……

 

「ん? どうしたの、イッセー君?」

「……い、いえ。そ、その……朱乃さんがいつもと違って、なんか可愛いっていうか……。普段は綺麗だな~っとか、美しいって部分が印象的だったので」

「…………。うふふ、イッセー君はやっぱりあざといですわ」

 

 朱乃さんは一度俺の膝から退いて、そして俺の隣にそっと腰かけて頭を俺の方にコトッと乗せる。

 

「そんなこというから、どんどん好きになるのですよ?」

「……ごめん、なんかその……中途半端なことして」

「良いの。だってイッセー君が真に想いを寄せているのは私ではないことくらい―――二番目でも良いって前にも言ったでしょう? あれ、本気なのですよ?」

 

 ……八方美人で、都合が良いのに誰もそれに文句を言わない。

 いずれ、俺は俺の答えを出さないといけない。

 誰も傷つけない選択肢なんて、そんなものは絶対にない。

 ……平行世界の一誠は、皆を幸せにするためにハーレム王になると豪語した。

 ―――俺にもそんなことが出来るのかな?

 そういうところは、素直にあいつが凄いと思うよ。

 ……目を瞑れば、俺の頭に浮かぶのは二人だ。

 俺は揺れている。

 胸の奥がこう、なんかムズムズするんだ。

 この気持ちが何なのかは分からない。

 

「イッセー君。あまり難しく考えないで。皆、イッセーくんのことが大好きなのですわ。だから、イッセー君は自分の気持ちに素直になって、答えを出して。誰もイッセー君の答えに文句なんて言わないから」

「ありがと、朱乃。……んじゃ、おやすみ」

 

 俺が朱乃から離れようと立ち上がった―――その時、不意に俺は服の裾を強く引っ張られた。

 朱乃の唇は俺へと近づき、そして……その唇は、俺の額にチュッという音を響かせて触れた。

 

「……答えを出すまで、私もこれで我慢しますわ」

 

 朱乃はそういうと俺の背中を押し、部屋から無理やり退出させる。

 ……ホント、今日は女難っていうかなんていうか。

 ―――ズルいよな。朱乃、俺も。

 

「……っし!」

 

 俺は気合を入れるように声を張り上げ、再度自分の部屋に向かい、そして部屋の扉を開けた。

 するとそこには―――

 

「イッセーっ!! 修学旅行なんて行ってはダメよ!!」

「……離れるのは、嫌ですっ」

「うぇぇぇぇん!! イッセー先輩が芸者さんといちゃこらしちゃうよぉぉぉ~~~!!!」

「…………」

 

 ―――俺の本日の女難は、しばらく鳴りやまないようだ。

 そんな気苦労が微妙にかかる一日なのであった。

 ―・・・

「……曹操よ。何故お前は皆殺しという手段を択ばない」

「それは以前にも説明しただろう? 皆殺しというのは些か俺の英雄の美学に反する。それが例え悪魔だろうが、堕天使だろうがね。俺は人間の英雄になる。人間の害にならないなら、無駄な殺傷は好まないんだ」

「お前は甘すぎる!! 何故お前ほどの実力とカリスマがありながら、俺のことをわかってくれない!!」

「……お前の目には、ただ野望しか映っていない。お前は自分主体なんだ。英雄には野望も大切かもしれない。だがな、お前には理念が足りない。お前はそのままだといずれ、必ず歪むぞ」

「……歪みなどせん。俺は俺を貫き通す。今まで通り、この俺は―――安倍晴明は、英雄派の長として害悪を駆逐する!!」

 

 ―――英雄()英雄()

 ―――今ここに、誇り高き英雄の子孫たちとグレモリー眷属は衝突する。

 そして……

 

 

 

「アルアディア、私は動くよ?」

『そうか。我が主よ、お前は一体どう立ち回るつもりだ?』

「私はイッセーくん(オルフェル)の味方―――そう、いつだってあのヒトだけの味方……それ以外は、どうでも……良いんだぁ~」

『……そうか、歪みの欠片も集まりつつあるか―――ふふ、終焉が徐々に近づいているよ、フェルウェル。お前も早く目覚めないと、全てが終わるぞ』

 

 ―――全ては、動き始めていた。

 



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第2話 前夜と波乱の幕開け

 修学旅行前夜、俺はリアスと一緒に対サイラオーグさんについてのことを話していた。

 

「サイラオーグさんは言わばパラメーターが力に振り切っている一転集中の極端なパワータイプだ。このパワーに対抗しようと鎧以外の力を総結集したが、全力ではない状態でも通用しなかった。しかもあのヒトはスピードと防御力も桁外れに高い。……神帝の鎧を纏っても確実に勝てる算段はない……って、聞いてるのか? リアス」

 

 俺が一方的に話し続けている最中、リアスは俺の顔をぼうっと見つめながら、頬を紅潮させていた。

 俺が少し怪訝な表情でそう尋ねると、するとリアスはなおのことこちらを見つめてくる。

 ……ってか無意識レベルで気づかなかったけど、距離が近い!

 

「ふふ、ごめんなさい。イッセーの顔を見てたら、このヒトが私の好きなヒトなんだなって思って」

「な、なに言ってるんだよ。ほら、今はサイラオーグさん対策の話し合いで」

「照れてるの? イッセー。ふふ、可愛い」

 

 するとリアスはすっと頭を撫でてくる。

 ……リアスって最近、悩みがなくなったから異様に大人な魅力がついてきたんだよな。

 落ち着き、といえばいいのかな? その辺りは眷属でも群を抜いていて、前のような絡み方はしなくなったんだ。

 なんていうか、その―――前は構って構って! って感じだったのに、今は可愛がってくるって感じなんだよな。

 

「私ね、男のヒトの考えてるところとか、しっかりしているところが好きなのよ。最近になって気づいたんだけど、実は私は年上のほうが好きだったみたい」

「そ、それは俺のほうが実質的に年上ではあるけどさ」

「うん! でもイッセーってかっこいいのに、ふとした仕草が可愛くてね? つい甘やかしたくなるの。……イッセーをずっと見てると、そんな新しいところが見えてうれしくて、ついずっと見つめていたくなるのよ」

 

 リアスはそういうと、俺を抱きしめてくる!

 更に俺の頭を優しく摩り、子供をあやすように甘やかしてきた。

 

「な、なにしてるんだ?」

「なにって、もちろん触れ合っているのよ。私はイッセーに触れることが大好きなのは前から知っているでしょう?」

 

 ちょ、待てよ待てよ。

 最近、こういうの多くないか?

 確かにリアスは最近、すごく成長しているとは俺も感じている。思考が柔らかくなったというか、一皮向けたというか。

 ロキとの戦いの前、リアスからの告白を断ったことでリアスは変わり始めた。

 なんていうか、女の子から女性へと変わっている気がするんだ。

 ……俺が平行世界から帰って来てから、それが顕著だ。

 

「態度が変わったっていうか、なんていうかさ。……リアスは大人びたよな」

「まあそうね―――だって、あのエリファ・ベルフェゴールに負けていられないもの」

「……ホント、エリファさんと何があったんだよ」

「別に大したことではないわ。ただ―――エリファ・ベルフェゴールは私がこの手で降さないといけない好敵手。あなたがサイラオーグと決着を着けなければいけないように、私はレーティングゲームで彼女を必ず倒すの」

 

 ……その顔は凛々しいの一言であった。

 俺がいなかった数日間の間でリアスとエリファさんに何があったかは知らない。

 ―――だけど良い顔だ。

 なんかリアスの色々な面を見れてなんていうんだろう……そうだな、単純に嬉しいんだろう。

 

「だからイッセーにお願いがあるの」

「……お願い?」

「そう。あなたにしかお願い出来ないこと……聞いてくれるかしら?」

「それは別に良いけど……」

 

 改まってリアスがそんなことを聞いてくるものだから、俺も少し戸惑いつつリアスの返答を待つ。

 そして意を決したようにリアスは俺を見据えて、言った。

 

「―――私と本気で戦って」

 ―・・・

「本当に良いんだな? リアス」

「ええ。遠慮なんかいらないわ。私はあなたの全力を受け止めたいの」

 

 リアスの決意を聞いてから、俺たちは地下のトレーニングルームにてジャージに着替えて向かい合っていた。

 リアスからの申し出は俺との本気の決闘。

 至極簡単なようだけど、俺からしたら少し意外であった。

 リアスと俺では戦い方のタイプが違い過ぎる。

 俺が基本的に修行の面倒を見るのは小猫ちゃんや祐斗、ゼノヴィアなどといった前線で戦うメンツだ。

 それ以外はそれぞれの修行法で鍛錬しており、俺もたまにしか触れていない。

 ……そんなリアスが俺に初めて決闘を挑んだんだ。

 

「……手加減なんていらないわ。私は本気のイッセーと戦いたいの」

「そっか……。分かった。なら俺も―――加減は、しない」

 

 俺は身体から見えるように魔力を放出し、リアスに全力の殺気を放つ。

 その殺気にリアスは一歩、後退りをする。

 

「……これが、イッセーの殺気。……ホント、今までの敵はこんなものを充てられていたのね」

 

 リアスとこうして向かい合うのは本当に初めてだ。

 殺気を送るのも戦いをするのも恐らく初めて。

 ……この前はサイラオーグさんで、今回はリアスっていうのも中々運命めいたものを感じるよ。

 

「でもイッセーは明日から修学旅行を控えているから、私も少しは自重するわ―――一撃。互いに持てる本気の一撃をぶつけ合う。あなたが先日サイラオーグとしたことと同じね」

「それでいいのか?」

「ええ。私はそれを望むわ」

 

 リアスは手の平で魔力を炎のように煌めかせ、更にもう片手で魔力の塊をコーティングする。

 次第にそれは大きなものとなり、どんどんと濃度を高めていった。

 ブルッ……そんな寒気がするほどに、その魔力の塊は異質な質量を誇る。

 ―――本気だ。

 あの魔力量、密度……まさに必殺。

 最上級悪魔にも通用し得る力……サイラオーグさんと同様の感覚だ。

 

「ドライグ、禁手だ。フェル、その後に神器の強化で神帝の力を使う」

『……ほう、そう判断したか』

『確かに隙があろうとも、あの一撃は様子見や力を試すのに使ってはいけないほどの圧力―――いわば必殺の滅閃(デッドリィ・エクスティンクション)とでも名付けましょうか』

 

 ……必殺の滅閃か。

 二人をしてそう言わせるのなら、俺の考えは間違いではない。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺は即座に鎧を身に纏い、更にそこからフォースギアを展開して神器の『強化』を行う。

 白銀の光に鎧が包まれ、鎧はあらゆる箇所が鋭角にフィルムを変え、宝玉が激しい光を撒き散らした。

 そしてそれと共に俺は紅蓮の魔力の塊を宙に浮かばせて、それを手の平で割るように握る。

 

『Infinite Booster Set Up……。Starting Infinite Booster!!!!!!!』

『Infinite Accel Booster!!!!!!!!!!』

 

 更に神帝の鎧の無限倍増を開始、更に神帝の鎧の倍増の速度が最速にする音声が鳴り響き、俺の手の平の魔力が膨張するように室内を包み込んでいった。

 その突風でリアスの赤い紅髪が揺れ動き、リアスは冷や汗を掻いて俺を見つめる。

 

「……えげつないわね、イッセー」

「それを望んだのはリアスだろ? 今ならやっぱりなしにしてもいいぜ?」

「―――冗談! 行くわよ、イッセー!」

 

 リアスはその膨大な魔力弾を俺へと直線で放った!

 それは特に軌道を描かず、ものの見事に真っ直ぐと俺へ放たれる。

 紅蓮の閃光のような一撃に対し、俺は魔力にプロセスを叩きこんだ。

 ―――断罪の性質。あえてリアスと同じ、滅殺力を高めた俺の能力付加の魔力弾の中で一二を争う破壊力の魔力弾をつくる。

 

「いくぜ! 断罪の大龍弾(コンヴィクション・ドラゴンブラスト)!!」

 

 ゆうに普段の数倍の断罪の弾丸はリアスの魔力の塊と衝突し、そして―――勝敗はすぐに決した。

 

「……昔は才能がなかったから、少しでも武器を増やすために出来ることをした結果生まれのが、魔力への能力付加。それを神器の力で極限まで跳ね上げることで、強い武器にまで昇華した力―――ここまであっさりだと、逆にすっきりするわね」

 

 消え去るのはリアスの滅びの魔力。

 しかしその瞬間であった―――俺の右頬から、何かで切ったような切り傷が生まれ、更にそこから一筋ほどではあるものの血が流れていた。

 これは……

 

「イッセーの全てをつぎ込んだ全力の一撃は終始私の力を圧倒するわ―――でも魔力の才能は本来、私の方が上なの。だから勝てなくとも、瞬間的の爆発力を私は望んだの」

「一瞬の爆発力で俺の力をひと時だけ越えて、ダメージを越えたってことか。……リアスも自分の進む力の使い方を手にしつつあるんだな」

 

 言わば強弱を付けて、緩急さを軸に魔力を運用するってことか。

 ……今は確かに俺はリアスに勝っているかもしれない。

 でも俺はリアスの片鱗を感じ取ったのかもしれないな。

 ―――リアスは、必ず今よりも遥かに強くなる。

 サーぜクス様のように己の力の運用を決めたのなら、それは恐らく予想より早く成長する。

 俺はそれを天賦の才と感じた。

 

「今は届かなくても、必ず私はイッセーの隣に立って戦える女になる―――約束よ。私は最高の王になって、レーティング・ゲームの王者になる」

「……ああ。俺もリアスをてっぺんに連れていけるくらいまで強くなる」

 

 手を伸ばすリアスの手を俺は強くギュッと握る。

 ―――それと共に、グイッと手を引っ張られた。

 

「でも、それとこれとは話が別♪ 私だってもっとイッセーと触れ合いたいんだから、抱擁ぐらい許してね?」

「……ホント、ちゃっかりしてるよな」

 

 俺は溜息を吐きつつ、不思議と拒否感はなかった。

 ―・・・

「用意は準備完了。当日の予定は全部頭に入っているし、お土産リストも……うし、オッケー」

 

 荷物の確認を終え、俺は修学旅行のボストンバッグを部屋の隅に置いた。

 お土産用の大きめのカバンもしっかりと準備しているし、何よりも修学旅行に対しての意気込みも十分だ。

 全く以て楽しみで仕方ない!

 ……が、一つ問題が発生した。

 

「……他の皆が用意に大忙しなせいで、かなり暇だな」

 

 そう、俺以外の二年生メンバーは皆修学旅行の用意で大忙しなんだよな。

 やっぱり女の子は男の俺よりも用意に時間がかかるものなのかな?

 

「……風呂でも入るか?」

 

 思い立ったら吉日というように俺は替えの服とバスタオルを片手に風呂場に向かう。

 ……この時間だったら、大浴場に入っても問題ないかな?

 普段は皆との鉢合わせを避けるために普通の家庭風呂に入っているけど、偶には大きな風呂でのんびり入るのも一興か?

 ってことで方向転換で俺は大浴場に向かった。

 幸い他に誰も入っていないようなので心置きなく衣服を脱ぎ、そのまま風呂場へと突入する。

 適当に体の汚れを取って、俺はお湯に浸かった。

 ―――やっぱ、大きなお風呂は最高だな。

 

「ふぅぅ~……身体に温かさが染みこむようで、気持ちいいな~」

「……そうですね。私も、とっても温かいです」

「やっぱ温泉はこうでなくちゃなぁ~。やっぱ、小猫ちゃんとは趣味があうなぁ」

 

 俺は伸ばした足にチョコンと座る小猫ちゃんの頭を優しく撫でて、そう言った。

 …………優しく、撫でて?

 ―――誰を?

 いや、この大浴場には俺しかいないはずだ。

 あれ? それじゃ俺は誰の頭を撫でて……

 

「……ナデナデが甘いです。もっとつむじを添うように撫でてください」

「おっと、ごめんごめん。髪はすうっと指を通るようにだよな?」

 

 注文通り頭を撫でると、気持ちよさそうなくすぐった声で「にゃぁ~♪」っと喘ぐ小猫ちゃん。

 ―――んん? 

 

「……男の人の筋肉は、とても気持ちいいです。イッセー先輩、ぎゅ~……してください」

「うん」

 

 次はその小さい体を抱きしめ―――って!!

 

「―――ちっが~~~~っっっう!!!」

 

 俺はすぐさまに下を隠してそそっと小猫ちゃんから離れようと……するが小猫ちゃんがそれを阻む!

 ち、力強ッ!? あ、そうか戦車だからか!!

 って一人ボケをかましてる時でもないだろ!?

 

「いつの間に入って来たんだ小猫ちゃん!? 風呂場入った時、気配も何も感じなかったんだけど!?」

「……仙術で、ちょちょいと」

「修行の成果をこんなしょーもないことで使っちゃダメだろぉぉぉ!!」

 

 頭を軽く叩こうとする……が、俺には小猫ちゃんを叩くことは出来るはずもなく、力なくポンポンと頭を撫でる結果となる。

 

「にゃぁん♪ ……イッセー先輩。裸の付き合いなんて、今更じゃないですか?」

「…………」

 

 何故か小猫ちゃんの言葉に納得してしまう。

 よくよく考えたら小猫ちゃんとの混浴なんて今まで何度もあったし、あえて言ったら子供の時はいつも一緒にお風呂に入っていた(それは猫モードであるけども)。

 

「……分かりました。二人が駄目っていうのなら―――」

 

 すると小猫ちゃんは凄まじい勢いでバスタオルを体に巻き付け、風呂場から風のように消え去る。

 今の速度は恐らく木場よりも早いだろう。

 そして何かドタドタという大きな足音と共に数秒後、再び大浴場の扉が開かれ、そして……何かが、大浴場の中心に投げ込まれてドシャーン!!っという音を響かせて水しぶきを上げた。

 そこには―――

 

「うぇぇぇぇん!!! 小猫ちゃんが投げ込んだァァァァ!!!」

「……ギャスパー?」

 

 ……フリフリの部屋着を着こんだままで風呂場にぶち込まれた哀れなギャスパーであった。

 一応は性別は女なギャスパーである。

 正直にいって目も向けられないレベルでスケスケであった。

 

「……これなら、良いですか?」

「おいおい、確実に了承得ずに連れて来ただろ。……まあギャスパーだから良いか」

「僕だから良いって何ですかぁ!! ……あ、でもイッセー先輩と混浴。……合法的に、イッセー先輩の美術級の裸を見られる……。血、いっぱい吸える……」

 

 ギャスパーは突如、不穏な言葉を漏らしに漏らす。

 ……風呂場で貧血とか嫌だぞ、この野郎。

 でもまあギャスパーがいるからギリギリ冷静さは取り戻せたか。

 確かに可愛い後輩とも少しの間は会えないし、少しくらい構ってあげても良いか?

 適度な距離を保っていれば、問題は―――

 

「……もっとぎゅってします」

「ぼ、僕も……えへへ」

 

 問題大有りだった。

 バスタオルを完全に取っ払った後輩たちはほとんどゼロ距離で、しかも腕を絡めて来る!

 いくら小さい二人と言っても柔らかいもんは柔らかい!

 少しくらい絡んであげないと駄目とは思ってたけど、考えてたのと少し違うんですけど!?

 

「気持ちいいですね、イッセー先輩!」

「そう言いつつ首筋に口を持っていくなよ、馬鹿野郎」

 

 俺がギャスパーの頭を軽くチョップすると、ギャスパーは「きゃん♪」と叩かれた頭を押さえた。

 ……なんで嬉しそうなのかは知らないけどさ。

 すると次は小猫ちゃんがジト目で俺とギャスパーをじっと見つめる。

 

「……ギャーくん、イッセー先輩と仲が良いね。付き合いの長い私より」

「そ、そうなのかな? えへへ……って、痛いよ小猫ちゃぁぁん!?」

 

 すると小猫ちゃんは身を乗り出して、俺の隣にいるギャスパーの腹をグイッと抓る。

 その表情は実につまらなさそうな表情で、ひとしきりギャスパーを弄った後、その眼は俺に向けられた。

 ……ふむ、可愛い。

 って違うか。

 

「あの、小猫様?」

「……もっと、イッセー先輩と仲良くなりたい……です」

「いやぁ、もうこれ以上にないくらい仲は深いと思うけど」

 

 一緒にお風呂に入って膝の上に乗せるくらいには。……それはそれで不健全すぎるけどな!!

 

「……だったら、修学旅行から帰ってきたら、二人でデートしてください」

「それは全然かまわないけど……」

 

 ……考えてみれば、黒歌が小猫ちゃんの元に帰って来てからはずっと二人はセットでいた気がする。

 黒歌は凄まじいシスコンだから基本小猫ちゃんと一緒に居ようとしてるし、そこに俺もいるってことが大半だったからな。

 確かに小猫ちゃんと二人きりで過ごすっていうのはなかった。

 ……ある意味で蔑ろになっていたのかもしれないな。

 

「分かった。帰ってきたらデートをしよう。デートって言えるかは分からないけど、小猫ちゃんの言う事を一日ずっと聞くよ」

「……約束、です」

 

 お風呂の熱さのせいか、はたまた別の要因かは分からないけど、小猫ちゃんは頬を紅潮させながらも満面の笑みを浮かべた。

 ……俺の癒しの双城は流石健在か。

 俺はいつの間にか膝上に移動していた小猫ちゃんを頭を撫でながら、少しだけ抱きしめた。

 

「ふにゃぁ~……あったかいです…。なんか、眠くなって……」

 

 すると小猫ちゃんは少しウトウトし始めていた。

 ―――黒歌から少しずつ習っている仙術の真似事が聞いたみたいだな。

 人の眠気を促進させる術だけど、小猫ちゃんはそれによって次第に体重を俺に重ねてきて、寝息を響かせる。

 普段は隠している耳と尻尾がパッと出てきて、俺はそんな小猫ちゃんを支えながら頭を撫でた。

 

「……ホント反則的な可愛さだよな、白音は」

 

 その無防備さから昔のような呼び方になる俺。

 白音……それが小猫ちゃんの本当の名前だからさ。

 俺が付けた名前。毛並みが真っ白で、綺麗な音を奏でるように鳴くから白音。

 

「……い、イッセーせんぱぁい! 僕のこと、忘れてませんかぁ?」

「あ……わ、忘れてねぇぞ?」

「う、うそだぁぁ!!! 今の返し、絶対に忘れてました!!」

 

 ギャスパーはポカポカと俺の肩を叩いてくるが、非力な故に痛くなかった。

 こいつもこいつで可愛いんだけどな。こういう天然なあざとさとか、弄り易いところとか。

 ……そう言えば、俺がオルフェルだった頃に出会った吸血鬼の少女も、こいつみたいに弄り易かったよな。

 

「……もしかしたら、あいつとギャスパーはどこかで繋がっているのかもな」

「……あいつって誰ですか?」

 

 するとギャスパーが興味深そうに俺の声に反応する。

 ……まあギャスパーになら話しても良いかな?

 

「そうだな……。俺がオルフェルだったころに出会った、吸血鬼の女の子だよ」

「イッセー先輩の、前世の時の……」

「そう。これがまたすっごいドジな吸血鬼でさ。ギャスパーと同じで人間の血とかを進んで飲むような子じゃなかったんだよ」

「……そのヒトとは、何もなかったんですか?」

 

 ……おっと、随分とドストレートに聞いてくるな。

 って言っても当時の俺は強くなることで精一杯だったし、何よりも彼女の好意に気付くことが出来なかったからな。

 何より―――人種が違った。

 

「俺は人間で、彼女は吸血鬼。それに何より俺にはミリーシェがいたから―――リーティアとは何もなかったな」

 

 ……リーティア・ヴラディ。

 恐らくギャスパーの先祖であると思う。

 もしかしたら今も生きているかもしれないな。

 ただ―――恐らく、オルフェルとしての俺のことは、記憶から抜け落ちているんだろうけどさ。

 

「……え?」

「どうした、ギャスパー」

「…………えっと、その―――り、リーティア様は、僕に唯一優しくしてくれた、曾祖母です……」

 

 ……え?

 

「え、えっと……リーティア・ヴラディ?」

「は、はい。リーティア・ヴラディです」

「「……………………」」

 

 二人の間に流れる沈黙。

 ……更に沈黙。

 …………そして次の瞬間―――

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!??!?」」

 

 俺たちの驚きの声が風呂場中に広がったのだった。

 それはここ最近で一番の驚きであった。

 ―・・・

 あれからギャスパーとリーティアのことで少しばかり会話が弾み、今は既に夜中であった。

 俺のベッドにはいつも通り人口密度が凄まじいことになっており、既に皆さん就寝中であった。

 ……何故寝る前はアーシアしかいなかったのに、今は全員集合しているのですかね。

 全く以て疑問でしかない。

 ともかくこんな魔境(松田と元浜は楽園と呼ぶ)に自分から入っていくつもりもなく、俺は室内のソファーの方に移動した。

 ……それにしても最近は濃い日が続く。

 明日からもっと濃厚な日になるってのにさ。

 

『ともあれ平和なことは相棒が最も望むことではないか』

『わたくしは、主様が健やかであればあるほどそれで良いです』

 

 っというドライグとフェル。

 まぁそうなんだけどさ、こっちに帰ってきてからどこか女難も前と同じようになってきてるようで仕方ないんだよ。

 贅沢な悩みかもしれないけどさ。

 

『それはきっと、相棒の方向性が決まったからだろう。考え込むのを終わらせ、前に進んだ者ほど魅力的に見える』

『元より主様は魅力を持っていたのです。今更ですよ』

「今更ってな。まあでも、別に苦でもないからいいけどさ」

 

 そんな軽口を叩くと共に、少し俺にも思うところがあった。

 ……俺の前世と、この今は確実に繋がっている。

 ミリーシェとオルフェルとしての俺の存在が抹消されても、俺が出会ったヒトたちは確かに存在していた。

 ギャスパーの曽祖母であるリーティアも、もしかしたら他にも繋がりがあるのかもしれない。

 ……ミドガルズオルムは前世の俺とミリーシェを知っていると言っていた。

 名前は思い出せず、それが第三者の仕業。

 黒い影……ミリーシェを殺した存在が、俺たちを今の状態にした可能性が高い。

 俺は兵藤一誠に生まれ変わり、ミリーシェはその性質がバラバラにされてこの世界の何処かに欠片として散りばめられた。

 俺の目的……ずっと、復讐と考えていたものは、今では少し変わっている。

 今は真実を突き詰めたい。

 俺たちの前世の謎を、解き明かしたいんだ。

 そう思えるようになったのはアーシアや仲間……それに何より、ミリーシェの存在がだった。

 きっとミリーシェはこの世界に、俺と同じように存在している。

 彼女の『記憶の欠片』は俺の中に確かに存在しているのだから。

 

「そのためにももっと強くならないとな―――っと、そろそろ寝るよ」

 

 俺はそう思いつつ眠気から目をつむる。

 次第に……意識が薄れていった。

 ―・・・

 ……俺たちは現在、新幹線の中である。

 あれから夜が明け、難しいことを考えるのは止め、今は京都へ向けて移動をしていた。

 俺の隣にはアーシアが座っており、その前の座席は向かい合わせの席となっている。

 そこに座っているのはゼノヴィアとイリナ。

 そして俺たちのすぐ後ろの席には松田と元浜、更には桐生と黒歌が座っており、二人は絶賛弄られ中である。

 ……黒歌と桐生のコンビとか、考えただけで寒気がするよ。

 まあともかく俺の安全は確保されているのでどうでもいいか!

 

「ふぁ~……」

 

 すると俺の前に座るイリナが眠たそうに欠伸をした。

 ……イリナって昨日、一番最初に寝てなかったっけ?

 

「眠たそうだな、イリナ」

「うん……。そうなのよ。なんだか夜中に目が覚めちゃって、それから修学旅行が楽しみすぎて眠れなかったのよね」

「あれだったら到着するまで眠っていてもいいぞ? 起こすし」

「私、枕がないと寝れないのよ―――はっ! これは合法的にイッセー君に膝枕をしてもらえるチャンスじゃないのかしら!?」

「それを公言する時点で非合法だぞ、イリナ」

 

 あのゼノヴィアにまじめに突っ込まれて愕然とするイリナ。

 ……まああのゼノヴィアに言われては仕方ないな。

 

「なぜか異様に馬鹿にされている気がするのだが……」

 

 おっと、今日のゼノヴィアは鋭いな。

 

「はふぅ……あ、ごめんなさい」

 

 すると次はアーシアが欠伸をする。

 ……ふむ、実にかわいい欠伸だ。

 アーシアは昨日、荷造りでかなり遅くまで起きていたもんな。

 

「あの、イッセーさん……少しお肩をお借りしても良いですか?」

「ああ。いくらでも使ってくれよ?」

 

 アーシアが恥ずかしそうに、おずおずとそう言ってくるので俺は快諾した。

 ……膝枕ではなく肩を要求してくるところがなんともアーシアらしいな。

 ともあれアーシアは俺の肩に頭をこつんと落とし、少しして静かに寝息を漏らし始めた。

 

「……こう、目の前でイチャイチャされるのも、中々に堪えるな」

「天使が抱いてはいけないものが沸々と沸いてくるようだわ」

「おい、アーシアが起きるから静かにしろ」

 

 ……でも確かに暇ではある。

 アーシアと話をしていれば特に暇はなかったが、これではトランプもできないな。

 

「そういえばイッセー。この修学旅行中、イッセーが有事の際の代理王をすることになっているのだろう?」

 

 するとゼノヴィアが棒状のチョコ菓子を一本こちらに差し向けて、そう言ってきた。

 ……そう。この修学旅行中、もし予測していないような状況になったとき、俺はグレモリー眷属とシトリー眷属、そしてイリナと黒歌を纏め上げる『代理王』を任命されている。

 禍の団がいつ何時、襲ってくるかもわからないこのご時世だからな。

 

「ああ。一応は任されてる」

「なら言っておいたほうが良いと思ってね―――今、私の元にデュランダルは不在なんだ」

 

 ……聞いてはいたけど、本当に不在なんだな。

 ゼノヴィアのデュランダルが不在。……これにはわけがある。

 元々ゼノヴィアのデュランダルは多くの制限が掛けられていた。

 それはゼノヴィア自身がデュランダルを扱うには荷が重すぎるということで、力を抑えてゼノヴィアにも扱えるように工夫を施したからだ。

 しかしゼノヴィアは数々の戦いで成長していき、次第にデュランダルがゼノヴィアの力に追いつかないようになっている。

 ゆえに制限を軽減するために、デュランダルを天使サイドに送っているというわけだ。

 細かな調整もするらしく、それ故に今、ゼノヴィアは丸腰というわけだ。

 

「今までこんなにも丸腰で外を出歩いたことはなくてね。少しばかり私も不安なんだ」

「……まあそうだよな。本来の武器がない上に、それに代わるものないのか」

「一応は徒手格闘の心得もあるけれど……まあ私たちの戦うレベルの奴らとは到底渡り合えるものではないからね」

 

 少し自嘲気味に笑うゼノヴィア。

 ……ゼノヴィアって偶にそういう風に笑うんだよ。

 自身の不甲斐なさからって以前言っていたけど、それだけじゃないと思うんだよな。

 

「イッセーは例えば神器がない時のことを考慮して自身の力を伸ばしている―――少し羨ましいのかもしれない。私はイッセーや木場のように器用ではないから。速度で木場に劣り、パワーでイッセーに劣る。……だから、もっと私も強くなりたいんだ。それこそ、イッセーを守れるくらいに」

 

 ゼノヴィアは手をギュッと握り、視線を下方に向けてそう呟いた。

 ……ゼノヴィアは自身がないんだ。きっと。

 俺たちの敵は恐ろしいほどに強く、一対一では対抗できないような連中ばっかだった。

 ロキなんていい例だ。

 だからゼノヴィアは気付いていないんだ―――自分に眠る、圧倒的な才能に。

 

「―――ゼノヴィア。お前は前向きでいればいい」

 

 俺は言ってやる。

 答えではなく、きっかけを。

 

「難しく考え込むのはお前らしくない。……っていうか、たぶんゼノヴィアじゃあ、たぶん考え込むだけじゃ答えにはたどり着けないよ」

「……ひどいな。私だって少しは―――」

「―――脳筋がお前の短所であり、何よりの長所だろ? ゼノヴィアにデュランダル。俺はお前たちは凄まじい相性の良さだと常々考えているよ。だからお前は自分よりも先に剣と向き合ってみろよ。そこから始めても遅くはないはずだ」

 

 剣と向き合う。

 その言葉を聞いた瞬間、ゼノヴィアはハッとしたような顔になった。

 ……ゼノヴィアは既にデュランダルの洗礼を受けている。

 剣との対話は、それこそ神器との対話とも似ている行為だ。

 デュランダルとの同調と信頼を獲得すればするほど、デュランダルの真価を発揮する……俺はそう確信している。

 そうでなきゃ俺のアスカロンがデュランダルよりも強いなんてことはないんだから。

 

「……イッセー君ってつくづく変わったよね。物腰というか、余裕さが」

「突然なんだよ、イリナ」

「……べっつに~? ……ただ、イッセーくんの傍にいれたら、それだけでも幸せかな? って思っただけ!」

 

 するとイリナは席から立ちあがり、他のクラスメイトのところに行ってしまう。

 ……俺はイリナの最後の一言の真意がわからないまま、目を瞑ろうとした―――その時であった。

 

『……イッセー、聞こえるか?』

 

 ……突如、周りからはわからないように俺の耳元に通信のための魔法陣が展開され、アザゼルから連絡が届く。

 なんだろう。修学旅行中は必要がない限りはアザゼルから連絡は来ないことになっているはずなのに。

 

『あまりお前に負担を掛けたくはないが、少しばかり緊急事態が発生した。できれば今から直接伝えたいことがある』

『……分かった。どこに行けばいい?』

『車内の連結部分のスペースに来てくれ』

 

 アザゼルの指示を聞くと、通信は途切れた。

 それを確認するとゼノヴィアは察してくれたのか、アーシアを支えてくれ、俺はすぐにアザゼルの言ったところに向かう。

 車両と車両をつなぐ連結部分には既にスーツを着るアザゼルがおり、俺はすぐにアザゼルに駆け寄った。

 

「それでなんなんだよ。緊急事態って―――まさかこの車両が狙われてるとかじゃないよな?」

「いや、さすがにそれはねぇよ」

 

 俺の予想をアザゼルは苦笑いで否定はするも、表情は未だに優れない。

 ……何か言いにくいことなのか?

 

「……良いか、イッセー。これから話すことは、お前にとって、少しばかり考えちまうことかもしれねぇ。だから先に言っておく。冷静に受け止めてくれ」

「……ああ」

 

 アザゼルは俺の了承を聞くとともに、電子タブレットを俺に見せてくる。

 そこには―――

 

「つ、土御門本家……かい、めつ?」

 

 ―――母さんの実家でもある、土御門本家が壊滅したという文面が目に入った。

 

「……恐らくは禍の団の仕業だと思う。お前は知らなかったにしろ、イッセーには土御門の血が流れているからな―――本家の人間はほぼ死んでおり、その手は分家の一部にも届いているらしい。イッセーには伝えねぇと思ってな」

「……そっか」

 

 ……俺にとって、土御門は母さんを追いやった存在でしかない。

 それでも壊滅やら滅亡なんて言葉を見れば、何も感じないわけではない。

 俺はそれでもいい―――でも母さんがこのことを知れば、どうなる思うかなんて俺には想像もできない。

 

「だが俺たちの向かう京都で既に禍の団が活動していることは目に見えている。奴らが現状は人間に手を出してはいないとはいえ、これから先のことはわからねぇ。……イッセー、お前には一番負担を掛けることになる。臨時のキングで、しかも赤龍帝の名前は既に全世界に知れ渡っているからな」

「……ああ。任された以上、絶対に果たしてみせる。俺の役目を」

 

 アザゼルに見えないように拳を強く握る。

 ……だけど、少し疑問だ。

 禍の団の、いったい誰が土御門を襲ったんだ。

 英雄派は俺たちの敵であって、人間の敵ではない。

 ……ならいったい誰が、どんな目的で土御門家を襲ったんだ。

 俺はその疑問を考えつつ、アザゼルと別れようとした。

 

「……イッセー。それともう一つだけいいか?」

 

 しかしアザゼルは今一度俺を止めた。

 

「……土御門本家の崩壊を考えるに、恐らく京都の妖怪も揺れている。おそらくは普段なら大丈夫なことも、今は過敏に反応するはずだ。もしかしたら襲われることだってあり得る―――そんな時、まずは語らってくれ。現状で妖怪とは友好を結びたいんだ。今回の俺の目的もそこにある」

「ああ。……アザゼルも気をつけろよ。お前も単独行動を好むところがあるからさ」

「はは、違いねぇな。……後でまどかと謙一に連絡をしてやれ。あいつらにもこの一方は通っているはずだからな」

 

 アザゼルはそれを伝えると、車内へと戻っていく。

 ……俺は少し考える。

 全く以て、平穏ってものはただでは来ないものだよな。

 最近は少し平和が続いていたから、少し油断していたのかもしれない。

 だけど―――スイッチが入った。

 

「何が目的かはわからない。それでもお前たちが京都で何かしようって言うなら―――絶対に止める。何があろうと絶対に」

 

 俺は頬を二度ほどパンッ!!っと叩き、車内へと戻ろうとする。

 扉の取っ手に手を掛けようとしたとき、不意に扉が開いた。

 

「あ、ごめんなさ―――あれ? イッセーくん?」

「すみませ―――え? 観莉がどうしてここに!?」

 

 ―――そこにはなぜか、観莉がいるのであった。

 ……そういえば、今は秋―――修学旅行の季節は俺たちだけではなかったのだ。

 



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第3話 始動する現実

「いや~。まさかこんなところでイッセーくんに会えるなんて、運命感じちゃうよ♪」

 

 俺は今、新幹線内で偶然にも出会った観莉と少しばかり会話をしていた。

 どうやら観莉もまた修学旅行に来ているらしく、しかも車両も同じで行先も互いに京都。

 観莉の台詞を使いまわすようであれだけど、確かに何かを感じてしまうよな。

 

「俺も驚いたよ。まさか観莉と会えるなんてさ」

「うん! あ、それならイッセーくんのお土産もしっかりと考えないとね。行く場所が同じなら、被るかもしれないし!」

「それもそうだよな」

 

 家に買って帰るお土産と貰うお土産が同じなら何とも微妙な感じだからな。

 ……と、そこで嬉しい反面、少し不安が過る。

 ―――土御門本家の崩壊。恐らくは禍の団の強行のはずだが、あいつらは人間に手を出した。

 今まで人間に手を出さなかった何者かが動き出したとしか思えない。

 もしも観莉に何かあれば、俺はすぐに駆けつけれるだろうか?

 観莉だけじゃない。

 ……全てを護ることは、出来ない。

 俺の救えるのは、この手が届く範囲でしかない。

 

「……ん~? イッセー君、なにか難しいこと考えてるの~?」

 

 ……すると観莉が俺の顔を覗き込んで、目を丸くしてこっちを見てくる。

 

「え?」

「え? っじゃないよ! イッセーくん、今凄く怖い顔してたよ? ほら、こんなに眉間に皺を寄せて」

 

 観莉は人差し指を俺の眉間にツンとつけて、その後にそっと頬に触れてきた。

 

「イッセーくんはいつも笑顔でいないと! ほら、いつも優しいから私は甘えていられるんだから」

「……ごめんな。ちょっと色々と考えなくちゃならないことがあってさ」

「―――大丈夫だよ。イッセーくんって器用だし、何だかんだで全部解決できるから」

 

 ……何の根拠もないのに、観莉のその言葉はどこか納得してしまうほどの説得力があるような気がした。

 ―――なんなんだろう、この温かさ。

 観莉に触れられている頬が、どこか懐かしいような温かさを含んでいるような気がする。

 

「そう言い切るところが観莉らしいよな」

「信頼していると言ってよ、きみぃー♪」

 

 観莉はわざとらしく人差し指を俺の頬に突きつけてくる。

 ……小悪魔というか、観莉最大の魅力と言いますか。

 なんかあざとさとはまた違うんだよな。

 観莉は心の底から思ったことを口にして、決して嘘はつかない。

 そう、まるで―――

 

「あんまりふざけてると怒るぞ? ミー―――」

 

 ……無意識に言葉に出して、自分一人でハッとする。

 ―――何言ってんだろ、俺。

 少し京都のことで不安でどうにかしたのかよ。

 

「……あはは。うれしーなー、イッセーくんにあだ名をつけてもらえて! なんかそのあだ名、とっても大切な気がするよ!!」

「言い間違えただけだよ」

 

 俺は軽口を叩きながら観莉のおでこを軽く小突く。

 観莉はオーバーリアクションをとって「いったぁ~い!!」なんて言っている。

 

『―――憶測だけど、たぶん私たちを引き裂いた存在は私を幾つかの要素としてバラバラにしたの。だから私そっくりな存在がいたり……私の残留思念が残っていたり、ね』

 

 ……不意に思い出したミリーシェの言葉。

 ―――まさか、な。

 俺は頭をぶんぶんと左右に振って、頭を切り替える。

 

「観莉、修学旅行だからってはしゃぎすぎるなよ? それと絶対に危険なことには首を突っ込まないこと。それと」

「えぇ~、大丈夫だよ? 私、世渡り上手だし」

「いいから聞けって―――何かあったら、絶対に俺を呼ぶこと。そのときは身を挺してでも観莉の元に駆けつけるから」

 

 俺は観莉の肩をガシッとつかみ、真剣な表情でそう言うと……、観莉は顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 

「……顔、近いよ。イッセー君」

「……ッ! ご、ごめん」

 

 俺は言われて初めて目と鼻の先に観莉の顔があることに気づいて、すぐさま離れようとした。

 しかし……

 

「ううん、いやじゃないよ? むしろ近くでイッセーくんのお顔を見れて、嬉しいな♪」

 

 ……観莉は俺の腰に手を回す。

 な、何をして……

 

「イッセー君も気をつけてね? でももしもの時は―――」

 

 観莉は背伸びをして、その唇を……ッ!?

 俺は即座に観莉が何をしようとしているかに気づき、顔を背けてバッと観莉から離れた。

 

「あらら、ざーんねん♪」

 

 ……今、観莉はキスをしようとした?

 な、なんで……ッ!?

 

「み、観莉? 一体どうしたんだよ、今日は……」

「別にいつもどおりだよ? ただなぜかイッセー君がすご~っく、愛おしく見えて暴走しちゃうのだよ!」

「い、愛おしくって! 意味をわかって言っているのか?」

「―――うん。気持ちの整理は出来ていなくても、この気持ちはイッセーくんが思っていることと同じ意味だよ」

 

 観莉はすっと一歩、俺に近づく。

 

「はじめてあった時から、たぶんずっと惹かれてたんだよ? だってあの日から、イッセーくんのことをいつも考えていたんだもん。新しいバイト先の常連がイッセーくんって知ったときも、私の家庭教師をしてくれたり、一緒にいてくれたときも、今も……頭がぐるぐるになるほど嬉しくて、つい舞い上がって一人で盛り上がっちゃうくらいに」

「み、観莉……」

 

 観莉は俺の手を取って、ギュっと握った。

 

「私、最近思うんだ―――愛する人のためなら、人はどんなにも歪んでも良いって。ね、イッセー君もそう思わない?」

 

 ……観莉の目は、少し虚ろになっているような気がした。

 ―――何か、違う。

 この観莉は、いつもの観莉ではない。

 何かが確実に違っている。

 でもその何かが俺にはわからない。

 

「俺は―――」

 

 そんなことはない、と言おうとしたときだった。

 ギィィィィッ!! ……突如、電車は大きく揺れて観莉は状態を大きく崩した。

 俺は体勢を崩す観莉を抱き留めて、自分のほうに抱き寄せた。

 その結果―――観莉との距離は、再び目と鼻の先となる。

 

「……(ずるいよね、)(ホント)

 

 観莉は何かを呟いて、そっと俺の頬にキスをする。

 観莉の触れる唇の感触は頬に伝わり、その部分が熱を帯びたように熱くなった。

 ……そして少しして、唇をそっと離す。

 

「―――どうだった? 私の演技」

 

 そして―――途端に観莉はいつもしたり顔になり、そんなことを言ってきた。

 え、え、……演技?

 

「いやぁ、ごめんねイッセー君! 実は学校の文化祭で演劇をするんだけど、私の役が歪んだお姫様って役なんだよね~!」

「は、はぁ!?」

「お、怒らないで~~~!! 私だってすっごく恥ずかしかったんだから! 本当にファーストキスをイッセー君に捧げるところだったんだからね!!」

 

 し、知らねぇよ!?

 なんだ、つまりさっきまでの観莉は役に入りきってたから雰囲気がいつもと違って、しかもあんな台詞を吐いていたってのか?

 ……もう怒るを通り越して関心するよ、このやろう。

 

「はぁ~、ドキドキしたぁ……あんな近くでイッセー君の顔、恥ずかしすぎるよ!」

「……うるせぇ。ドキドキさせられる身にもなれっての」

 

 俺は観莉の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。

 ……この小悪魔は本当に手に負えない。

 ここまでなのは、あいつとも引けを取らないくらいの小悪魔レベルだよ。

 

「え、ドキドキしてくれたの?」

 

 ……すると観莉は俺が不意に口にした台詞を拾う。

 やばい、失言した。

 でも言ったからには正直に言うしかないよな。……仕方ない。

 

「……当たり前だろ。観莉は可愛いんだから、そういうことされると困る。その、……うん、やっぱり今後そういうのはなしな!」

「…………そーだね。わかった―――わかったよ」

 観莉は穏やかな笑みを浮かべながら、すっと隣にピッタリくっついてきた。

 

「そういいつつ、何くっついて」

「―――演技じゃなかったら、いいんでしょ?」

 

 ……少し悪戯な笑みを浮かべる観莉に、俺はもう何も言おうとせず、ただ肩を落としたのだった。

 ―――敵わないな、観莉には。そう思わざる負えなかった。

 ―・・・

「うぉぉぉぉぉ!! きょうと、だぁぁぁぁ!!!」

「うっさい、松田!」

 

 到着に叫ばずにいられない松田の頭を、バシッと桐生が叩く。

 ……そう、俺たちはようやく修学旅行先の京都に到着したんだ。

 観莉とはあの後、すぐに別れてたぶん自分の学校の予定をこなしているんだろうな。

 俺たちは現在、京都駅にいる。

 ここから班に分かれてまずはバスに乗ってホテルに移動、その後、一日目の班での自由行動となる。

 俺たちは今日は電車を使って様々な歴史的某所に行く予定なんだけど……ってそうだ。

 

「アーシア。皆にあれは配ってるか?」

「あ、はい! 匙さんや木場さんにもお渡しできてます!」

 

 ……そう、悪魔である俺たちは本来、妖怪の住処である京都を無許可で徘徊することは出来ない。

 その許可を貰うための通行証みたいなものを常に肌身離さずに持っておかないとダメなんだ。

 今回はそれをリアスがとっておいてくれて、それをアーシアが管理しているということだ。

 本来俺が管理をしてもいいんだけど……まあアーシアが管理させて欲しいと言ってきたから、任せているんだ。

 

「ありがとな、アーシア。……っし、バスに乗り込むか」

「はい!」

 

 俺はアーシアと共にバスに乗り込み、アーシアの隣にさも当然のように座る。

 そしてしばらく二人会話が途切れることなく談笑していると、ふとアーシアに気になることを聞いた。

 

「ところでアーシアはさ? リアスとエリファさんのいざこざについては知ってるのか?」

「あぅ、そのことですか……。そうですね、一応私もその場にいたので」

 

 いた、というより当事者に近いですけど。……っと、少し苦笑しながらアーシアは言った。

 ……アーシア曰く、俺が平行世界に行っていた一週間の間にエリファさんはグレモリー眷属の元まで来たらしい。

 目的は濁して話しているけど。

 それでそこで俺を除くグレモリー眷属はエリファさんの眷属と対面し、そして目の前で宣戦布告をされたそうだ。

 

「『私たちベルフェゴール眷属は貴方たちグレモリー眷属をレーティングゲームで下します』って言って……」

「な、なんとも大胆不敵な……」

 

 でもなんかエリファさんらしくて、その行動に納得してしまう。

 ……それにしてもベルフェゴール眷属か。

 俺が知っているのはエリファさんの駒価値二個分の騎士、霞っていう忍者の格好をした子だけだ。

 

「なんでもエリファさんの眷属はまだ未完成なんだそうです」

「未完成?」

「はい。現在は女王と騎士と兵士が一人だけの眷属で、今は眷属集めで世界各地を転々としているそうで……」

「その途中でグレモリー眷属の元を立ち寄ったのか」

 

 眷属が集結したら、俺たちとレーティングゲームで雌雄を決する……か。

 分かりやすくていいな。

 

「この修学旅行が終われば次に待っているのは、若手のトップを決めるレーティング・ゲーム。……不謹慎かもしれないけど、俺さ。ものすごいワクワクしてるんだ」

「わ、ワクワクですか? ……でもイッセーさんの気持ちも分かる気がします」

 

 禍の団との命懸けの戦いでもなく、最近ずっと続いているロキやら黒い赤龍帝との戦いとも違う。

 どちらかといえば平行世界の兵藤一誠と戦ったときの感覚に近いのかもしれない。

 ……サイラオーグさんに、エリファさん。

 あの二人が素晴らしいヒトなのは俺がよく知っている。

 でも、それでも―――絶対に、勝ってみせる。

 そう決心を固めるため、俺は一つ行動に起こすことにした。

 

「……アーシア、ちょっと神器の中に潜りたいから、一度眠ってもいいか?」

「そ、それは構いませんが……あ!」

 

 アーシアは何かに気付いたようにハッとする目を見開き、自分の太ももの辺りをパッと払ってタオルをそこに敷いた。

 え、もしかして……

 

「イッセーさん、私の太ももを使ってください!」

「あ、アーシア? そ、そういうのはそんな大声で言っちゃだめなんだぞ?」

 

 そう、俺が男子の怒りを買うから。

 

「で、でもバスの背もたれは硬いですし、それに……はぅ」

「……わかった。お言葉に甘えるよ」

 

 不安げなアーシアの顔を見ていると、そんなことがどうでも良くなって来るよ。

 それにまあアーシアの言うことも一理あるし、何より……触れ合うことが既に癒しの範疇になっているからな。

 俺はすっと、タオルの敷かれたアーシアの太ももに頭を寝かせ、目を瞑った。

 アーシアはそんな俺の頭を子犬を撫でるみたいに優しく撫でて、時折髪を手ぐしするように優しく弄る。

 ―――これ、定期的にやってもらおうかと本気で思いながら、俺は神器の奥へと意識を追いやった。

 ―・・・

「「「「「「「お兄様を癒す女神様恐るべし!!!!!」」」」」」」

 

 ……俺は神器の中に潜って、歴代の先輩たちと何かを語らおうと思っていた。

 それがドライグの言うところの、守護覇龍以外の赤龍帝の可能性に繋がると思っていたからだ。

 しかしいざ潜ってみると、待ち受けていたのはお兄様信教なるものに身を投じた先輩たちであった。

 ってか女神様ってアーシアのことか?

 

「はっ! この気配は―――お兄様ですかぁ!?」

 

 そんな俺に気づく歴代の先輩の一人、ルミエールさん。

 背はとても小さく、華奢であり、まるで赤龍帝だったと思えないほどの少女である。

 栗色のフワッとした癖のある髪質で、なんか……そうだな、小動物的なお人だ。

 そんな彼女はこの歴代の先輩たちの中でも一二を争うほど俺に心酔しているらしい(ドライグ談)。

 

「これは兄上殿! 良くぞ参られましたぞ!! 皆の衆、お出迎えの準備はできているか!?」

「うむ、問題ないぞ。ナイト」

「ええ、こちらも問題ないわ。いつでも歓迎できるようにしているもの」

 

 っと、桜色の長髪の男性の言葉に返すのは歴代最強の女性赤龍帝ことエルシャさんに、歴代最強のベルザードさん。

 それと桜色の髪の男性がナイトさん……だったはずだ。

 他にもこの場にはあと二人ほどの魂が存在しているんだよ。

 それ以外は何でも「そんな、私めがお兄様とご対面するなど、失礼極みの所存でございます!!」……だ、そうだ(ドライグ談)。

 まあこの6人の魂が神器の中でもかなり強くらしく、魂の強さ=俺への親しみだそうだけど……。

 まあ非常にやりにくいものである。

 

「それでお兄様、この度はどのようなご用件なのですかっ?」

「い、いや……そのな? 少し会話しようと思って来てみたんだけど」

「―――なんと!! なんと優しいお方なのだ!! 兄上殿!! ベルザード、共に至極の酒を取りにいくぞ!!」

「うむ」

 

 ベルザードさんもノリが軽い!?

 そしてナイトさん、なんかすごいデジャブを感じる人相なんですけど!?

 ……そんな思いは裏腹に、ナイトさんとベルザードさんは消える。

 そ、それで良いのか、最強の赤龍帝さん!

 

「え、エルシャさん。ホント、この対応はどうにかならないんですか?」

「ええ。私たちにとってあなたは神のような存在なの。つまりお兄様神―――兄神、といっても過言ではないわ」

「過言すぎるわ!! 新しいカテゴリー創るなよ!?」

「はぅ!! お、お兄様が私をお叱りに……♪」

 

 怒られて喜ぶエルシャさん!

 ちょ、おかしいでしょおい!

 ああ、こんなことなら平行世界の一誠にこの人のことをもっとしっかりと聞いて置けばよかった!!

 

「ルミエールさんも何とか言ってくださいよ!?」

「い、いえいえ!! 私のような惨めでスタイル悪くて背も小さくて視力以外何の取り柄のない女なんて、こうしてお兄様と会話することがおこがましいんです! だから躾けてください!!」

 

 か、会話が成りたたねぇ!?

 え、もしかしてドライグ、いつもこんなの相手にしているの!?

 

『……その通りなのだよ、相棒』

 

 っと、ドライグの声だけが聞こえるな。

 

『そいつらは普段はそれはもう、普通なんだ。しかし一度相棒の名を出したら、それだけで暴走する―――そんな相棒を前にすれば、もう暴走を超える暴動だ』

「誰がうまいことを言えと言った!! ともかくどうにかして何かの糸口をだな!?」

「―――ほぅ、糸口でありますか」

 

 ……すると現れるはハット帽を被った、すごいダンディーチックな男性であった。

 腰には二丁の拳銃を携え、カツッ、カツッとこちらに向けて歩いてくる。

 あ、あれは―――

 

「お初にお目にかかる、あんさんよ。俺の名はガレッド。しがないガンマンさ」

「……いやな予感しかしないんだが」

 

 俺は身構えるも、声だけのドライグが一言付け加えた。

 あの雰囲気、ダメな空気がプンプンするんですか!?

 

『いや、ガレッドはまだマシな部類だ。そもそも普段は奥に隠れているからな。お兄様信教序列が5位だからか、自制してあまり出てこないんだ』

「ちょっと待て、お兄様信教序列ってなんだよ!?」

 

 俺のツッコミをドライグはスルーして、更に話し続ける。

 ……そうか、こんな理不尽が許されるのか。この空間においては。

 殻をむいたらこれって、変わりすぎだろ!?

 俺のあのときの努力とは一体……

 

「まあ話を戻そうか、あんさん。っと、その前に―――レイ、その暴徒を抑えておいてくれ」

「―――うぃ~っす。んじゃ皆さん、少しの間黙っててもらいまっすよぅ?」

 

 ガレッドさんが『レイ』という名を呼ぶと、彼の影より現れるローブを着た女性が暴走中のエルシャさんとルミエールさんを止める。

 魔法陣のようなもので二人は完全に拘束され、ガレッドさんは帽子を取って、こちらに一礼してきた。

 

「あんさんよ。こちらはお兄様信教序列第6位のレイ。レイ、挨拶をしなさ―――」

「―――おにいちゃぁぁぁん!!! 会いたかったよぅぅぅ!!!」

 

 ガレッドさんが挨拶を促した瞬間、ガレッドさんを蹴飛ばして俺へと抱きついてくるレイさん!?

 おいおい、またこのパターンかよ!?

 ってか何なんだよもう!!

 桃色のツインテールをしたレイさんは、胸が当たるとか擦れるとかお構いなしにむぎゅむぎゅと抱きついてくる!!

 ちょ、どうなってんだよ!!

 

『……レイは相棒愛が強すぎるんだ。普段無表情を決め込んでいるくせに、相棒を前にすると最も暴走する―――その危険性からお兄様信教序列第6位となっているのだよ』

「もうこの際、お兄様信教序列のことはどうでもいい!! でも俺の先輩たちはどいつもこいつもこうなのか!?」

『っはは。だからガレッド以外まともなやつがいないんだよ』

 

 笑ってんじゃねぇぇぇ!!

 ……おい、話が何一つ進まないじゃないか。

 せっかくアーシアに膝枕してもらって癒された心が、どんどん削れていく。

 

「すぅぅぅ……ふぅぅ、おにいちゃんのにおいがすりゅのぉぉー……」

「―――はぁ、まったく愚かな。あんさんへの信仰は、もっとクールでなきゃなんねぇだろぃ」

 

 ……そう呟くと共に、突如激しい銃声がガンッ!! ……っと鳴り響いた。

 鳴り響いた瞬間、レイさんは俺の傍から吹き飛んでいって、朦朧とした惚気顔で気絶していた。

 銃声の鳴り響いたほうを見ると、そこにはガレッドさんが頭に手を置いた状態で拳銃を構えており、そして俺のほうにゆっくりと歩いてきた。

 

「さてあんさん。向こうのほうで話しましょうや」

「あ、ああ―――ホント、一人でもまともなのがいて心から嬉しいよ」

 

 ……心の底からそう言うのであった。

 ―――それから少しの間、ガレッドさんと話をした。

 

「あんさんが聞きたいのはあれだろぃ? ドライグの提示した赤龍帝の可能性。正直にいえば、あれは俺たちも良く把握していねぇんだわ」

「それは俺もだよ。何かの兆候があるってこともない。今も何かを掴むためにここに来てるし」

 

 今の赤龍帝の最も強い力は守護覇龍だ。

 これは確かに強力だし、ひとたび発動すれば神に対抗できるほどの力を有する。

 ……でも現状、この力を使う条件は厳しすぎる部分がある。

 まず一つ、仲間の全員が危機的状況に陥るか、それに近い状況下……つまり戦争などの時でしか発動できないこと。

 こんな状況はレーティング・ゲームではまず起こらない。

 ……それに加えて俺の中に眠る二つの神器もまた、制限がかかるかもしれないんだよ。

 赤龍帝の籠手だけなら問題ないが、そこに神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)が加わることで無限の倍増と無限の創造が可能だから反則である……ってのが、悪魔の上層部の考えらしい。

 全く以て人様迷惑な話だよ。

 悪魔の上層部……あの老害共は俺に制限をつけていきたいそうだ。

 だから今後、俺には何らかの制限がかかったり、厄介ごとが増えるとアザゼルには言われたが……。

 ともかく、俺は赤龍帝だけの力を、フェルの力だけを共に単体で強くしていかないといけない。

 現状は二つの掛け合わせで強敵と戦ってきているからな。

 

「まあなんにしろ、一つだけわかることがあるってんなら……。そうだねぃ、恐らく一人ではどうにもならんことだ」

「一人じゃどうにもならない?」

「そーいうこった。赤龍帝の闇を取っ払い、歴代の俺たちを解き放ったあんさんだからこそ到達できる高みがきっとあるんだわ。そーさな、あんさん。おめぇにあって、俺たちになかったもんがある。そりゃあ単純で大切なもんさ」

 

 ガレッドさんは人差し指を天に向けて、そして言った。

 

「―――あんさんにはあんさんを支える仲間がいる。俺たちだっている。ドライグも入れば、あんさんを愛する者たちがいる。だから至れるんだわ。お前さんの高みへ」

 

 ガレッドさんはそれを確信しているようにそう宣言した。

 ……わかった。

 きっと歴代の先輩たちと語らうことで何かを掴める。

 

「ありがとう、ガレッドさん」

「なぁに、俺もまたあんさんに心酔してんだよ―――何せ、俺は初代だからねぃ」

 

 そう言うとガレッドさんは俺の前から消えていく。

 初代ってことは、まさか―――

 

『ああ。ガレッドは俺が初めて宿った男―――初代赤龍帝だ。いつものらりくらりと、俺が宿っていようがいまいが自由な奴だった』

「……初代赤龍帝。俺、あの人が覇に囚われたようには見えないんだけどさ」

『そもそもガレッドの時代は覇龍なんてものはなかったし、奴は力に囚われなかったからな―――最後は一人で死んでいった。そのことが後悔となり、残留思念が残ったまま他の闇に飲み込まれていったんだよ。まあその中でもうまく生きていたな、あいつは』

「……赤龍帝の怨念は積み重ねだったもんな」

 

 ……俺も他の歴代の人たちの話を聞きたい。

 どんな生き方をしたのか。

 どんな力を手に入れたのか。

 ……語らいをもっと増やしていこう。もちろん穏便に、だけど。

 

『ふむ、相棒。もうそろそろ現地に着く頃だ』

「そうか。んじゃそろそろ―――」

 

 俺は意識を現実へと戻していった。

 ―・・・

「古き都、京都……やはり感慨深いものだね」

「やっぱりゼノヴィアはわかっているわね!」

「自称日本人が何を言っているんだい?」

「むきー!!!」

 

 ……伏目稲荷神社を前にして、ゼノヴィアとイリナはいつも通りに喧嘩をしていた。

 俺たちを乗せたバスは宿泊をするホテルに到着をして、そして今は本日の自由時間。

 自由時間は班ごとに好きなところを観光でき、俺たちは地元の交通機関を利用して現在は伏目稲荷神社に来ていた。

 伏目稲荷神社の次は東福寺、そのあとに時間があれば清水寺にも行く予定だ。

 

「神聖な鳥居の前でするなって。……っていうか松田と元浜いねぇな」

「あ、松田さんと元浜さんは京都の食べ物を堪能するっていって、別行動していますよ?」

 

 ……あの野郎共、勝手な行動しやがって。

 俺のタイムテーブルが崩れるだろうが。

 後で部屋で説教だな。

 

「それにしてもすっげぇ鳥居の数だな。階段の段数もそこそこあるし……元浜辺りは体力的に厳しいか?」

 

 なんて軽口を叩いていると、鳥居の奥より人が歩いてきた。

 学ラン? のようなものを着ているから、俺たちと同じで修学旅行生かな。

 俺は周りで写真を撮っている皆より先に行き、少しばかり談笑しようかと階段を数段飛ばしで駆けていった。

 

「ちょっと良いか?」

「……ん? なにかな?」

 

 俺が話しかけると、すぐさま爽やかな声音で笑みを浮かべる男。

 背は俺より少し高く、短く切り揃えられた藍色の髪が印象的な好青年だ。

 

「上の神社には結構人がいたか聞きたくてさ」

「いや、特にヒトはいなかった。ゆっくり出来るのではないか?」

「そっか。……ところでそっちも修学旅行かな?」

「……いや、少し違うな」

 

 少し会話していると、途端に男の表情が少しだけ曇る。

 

「……見納めさ。今は京の各地を回っている」

「……そっか」

 

 なにか深い事情がありそうで、俺はそれ以上は何も言わず、その男の横を通り過ぎようとした。

 

「教えてくれてありがと。んじゃ俺はそろそろ―――」

「―――一つ、聞きたいことがある」

 

 俺が通り過ぎる最中、その青年は俺の腕をガシッと掴み、俺の顔を横目で見る。

 ……なんだ? この感覚。

 

「その制服……。君は駒王学園の生徒とお見受けするが」

「ああ。俺は駒王学園の生徒だけど?」

「……そうか。―――君は、兵藤一誠という名を、知っているか?」

 

 ―――俺の名を呼んだ。そのことに驚くと共に、俺は瞬時にあることを思い出していた。

 ……なんで、気付かなかったんだろう。

 この学ラン……見たことがある(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ッ!!

 この学ランは―――

 

「俺のことだ。分かっているんだろう? ―――英雄(・ ・)

 

 曹操の着ていたものと、同じものだッ!!

 

「……偶然か。だが俺はこの偶然を奇跡と思うよ」

 

 ……こっちが身構えても、英雄派であろう男は少し笑みを浮かべているだけで、交戦する意思を見せない。

 なんだ、こいつは……?

 

「―――身構えないでくれ、兵藤一誠。俺は君と戦うつもりはないさ」

「じゃあ、なんで俺を探していたんだ? 英雄派のお前が!」

 

 いつでも赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)を出す準備は出来ている。

 それにこいつの纏う雰囲気はただの人間ではなく、曹操のものと同様。

 

「勘違いしないでほしい。俺は曹操のように君を宿敵と見るつもりは毛頭にない」

「敵だろ? 禍の団に在籍している時点で、お前は俺の敵だ」

「……悲しいな。俺は兵藤(・ ・)の味方でありたいんだがな」

 

 ……男は少し寂しそうな顔をする。

 ―――なんなんだ、こいつは。

 敵なのか、味方なのか? 全く、読めない。

 

「兵藤一誠―――君はそんな薄汚れた悪魔側にいるべき存在ではない」

 

 すると男は突如、俺に手を差し伸べてくる。

 

「……何が言いたい?」

「ああ、そうか。なら簡潔に言おう―――君は英雄だ。その性質、気質。君は明らかにこちら側の存在だ」

「…………そういう、ことか」

「ああ、そうだ。……兵藤一誠。俺の仲間に、ならないか?」

 

 男はそう単刀直入に言ってくる。

 ……とても簡単な勧誘だった。

 男の目は真剣であり、ふざけていってきているわけではない。

 本気で俺に、自身の仲間にならないかと聞いているのはすぐに理解できた。

 どういう目的かは分からないが、目の前の英雄派の男は俺を勧誘して来たんだ。

 ……男は俺へと手を差し伸べているが、残念だよ。

 ―――答えなんて、考える間もなく決まってるんだから。

 

「―――断る。俺はグレモリー眷属の兵士で、赤龍帝眷属の王だ。お前たちがどんな存在でも、俺はお前たちの敵でしかない」

「……そうか。なら―――無理やりにでも、連れて行くしかないようだな」

 

 晴明はすっと目を瞑って、肩を落とす。そして―――

 ……突如、俺に向けられて放たれる殺気。

 ……ッ。この殺気、ただの構成員ではない。

 まさに曹操に匹敵するほどの……ッ!!

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな―――俺の名は安倍晴明。曹操と並ぶ、英雄派の二大トップの一人だ」

「……それはまた、大物が来たもんだ。お前ら、単独行動し過ぎだろ?」

 

 ……曹操といい、こいつといい大胆な事ばかりしやがる。

 曹操はオープンキャンパスの時に俺の前に現れて、こいつは修学旅行中に接触してくるのかよ。

 

「曹操から聞いている。彼も君に接触したそうだからな」

「……それで、お前はどうするつもりだ。まさかここで戦おうとでも言うのか?」

「まさか。俺もそこまで愚かではない―――俺が狩るのは君を除く三大勢力さ。人間は俺たちが護るべき存在だからな」

 

 ……今の一瞬、晴明から濃厚な負のオーラを感じた。

 こいつは……三大勢力に何か恨みでもあるのか?

 何か、か―――そんなもの、一つしかないか。

 

「……だがまあ、今回は去るとしよう」

 

 しかし、晴明はすっと俺に背を向けて、俺から離れていく。

 ……今、この場であいつと戦うことは容易い。

 だけど現在、京都で起こっている現実を考えれば、あまり考えなしに動くのは得策ではない。

 ……見逃すしか、ないか。

 

「安倍晴明。俺は屈しないぞ? 俺は護るために戦う。それが変わることは決してない。お前がいくら俺の敵ではなくても、お前が俺の

「ああ、分かっているぞ―――だが、君はいずれ俺の元にくる。悪魔はそれほどに罪深い」

 

 ……晴明は消える。

 ―――どんなことを言われようと、俺はぶれない。

 悪魔が罪深い? ああ、人間に言わしてみれば当たり前だ。

 悪魔の老害どもも、そもそもこの転生システムも人間からしたら迷惑極まりない。

 そんなこと、人間の頃から知っていたよ。

 だけどどんな経緯があろうと、俺は悪魔になってしまった。

 ―――だけどその前に俺はドラゴンだ。

 守護覇龍の神髄は、何かを護ること。

 

「……次会う時は、容赦はしない。俺の大切に牙を剥くなら、お前は敵だ」

 

 今はいない晴明に、そう呟いた。

 ―・・・

「に、二大トップ!?」

 

 伏目稲荷神社に到着して、木陰で俺はゼノヴィアに先ほどのことを説明していた。

 その途端にこの反応をされるのは少しばかり面倒か。

 ってか桐生がゼノヴィアの反応を見てこっちを睨んでいた。

 

「声がでかい! ゼノヴィア、もう少し声を抑えてくれ」

「す、すまない。……まさかまた英雄と会っているなんて思っていなかったものでな」

 

 確かにゼノヴィアの言うことも最もだ。俺だってこの場で英雄派に会うなんて考えてもいなかった。

 だけどこれは非常に深い問題だ―――土御門の崩壊に英雄派が現れた。

 これを偶然で片付けてはいけない。

 英雄派が土御門本家の崩壊に関わっているとは思えないけど、何か繋がりはあるはずなんだ。

 

「それにしても、イッセーを勧誘か……。少し不気味だな。今までになかった敵だ」

「ああ。英雄派……俺の知っている限りでは曹操と清明は掴み所がないような奴だった。そうだな―――あまり敵になりたくないよ」

 

 あいつらの英雄としての理念は正しい。

 人間を守ると二人とも言っていた。

 それ故に俺たち……今の今まで睨み合っていた三大勢力が手を取り合うなんて、脅威以外に言葉がないはずだ。

 それに加えて三大勢力は人間に干渉をし続けているのも確かだ。

 ……そのせいで不幸になった人間だってたくさんいた。

 アーシアだって、フリードだって……もっとたくさんいる。

 だからだろうな。……俺はあいつらと、戦いたくないと思ってしまうのは。

 

「甘っちょろいな、俺。あいつには堂々と敵と言ったくせに、いざ考えると揺れてる」

「何を言っている、イッセー。―――イッセーが甘いなんていつものことじゃないか」

「……うるせぇよ」

 

 俺は誤魔化すようにゼノヴィアの後頭部に軽くチョップを入れ、そのあと肩に手を置いた。

 

「……ありがとな、ゼノヴィア」

「ふふ。何のことかな? そんなことよりもイッセー、今日の夜はよろしく頼むぞ?」

 

 ……今日の夜? はて、なんのことだろう。

 特に何の約束もしていないけど……部屋にでも遊びに来るのか?

 まあ特に気にすることはないか。

 

「まあいいや。ゼノヴィア、せっかく来たんだからお参りして行こうぜ。ほら、皆はもう先に―――」

 

 ゼノヴィアにそう声を掛けようとした瞬間だった。

 ―――俺は何かの気配と、尋常じゃないほどの殺気を肌で感じ取った。

 それを一瞬、晴明のものと思ったが、これは明らかに違う。

 これはそう……憎悪といえる殺気だ。

 

「―――ッ。イッセーも気づいたかい? この尋常じゃないほどの殺気。まさか、安倍晴明という奴か?」

「いや、違う。これは純粋すぎる憎悪の殺気だ。しかもどんどん近づいて来ている!」

 

 ……ここには桐生がいる。

 桐生を巻き込むわけにはいかない!

 

「ゼノヴィア、お前は皆の警護をしてくれ」

「イッセーはどうするんだ?」

「―――迎え撃つ。相手がどんなのかは分からないけど、出迎えるよ、相手を」

 

 相手はもしかしたら禍の団かもしれない。

 俺はゼノヴィアを置いて鳥居の入り口の方に走り出した。

 ……ゼノヴィアは気付いていないようだったが、俺は違うものも感じ取った。

 殺気を放っている気配の他にもう一つ―――静かすぎる気配があることを。

 

「イッセー、敵は二人にゃん」

 

 するといつの間にか俺の隣に黒歌が現れ、小さな声でそう言ってきた。

 ……黒歌の場合は仙術の類で感じ取ったか。

 

「ああ。黒歌、周りに影響がないように結界を張れるか?」

「ふふん♪ 私はイッセーの眷属にゃん! そんなこと朝飯前にゃん〜!」

 

 黒歌はどこか嬉しそうな顔で笑みを浮かべ、俺のお願いを了承する。

 ……そんな軽口を叩いている間に、俺たちの視界に目標の人影が二つ見える。

 

「黒歌、頼んだぞ」

「うにゃ!」

 

 黒歌の変な掛け声と同時に、俺はその人影の視界に入るほど近づく。

 ……対象は予想通り二人だった。

 だが一つ、予想外なことがあった。

 

「―――許さない。私はお前たちを、許さない……ッ!!」

「…………」

 

 ―――俺はその二人を知っていた。

 一人はすらっと伸びた藍色の髪を一つに束ね、装束服のようなものを着た美女。

 そしてもう一人はぼろぼろの白い布に身を包む、ボサボサの銀髪で目が虚ろになっている少女。

 ……知っている。

 一人は俺を助けてくれて、一人は俺の敵である存在だ。

 ―――ロキとのいざこざの前に現れた英雄派。

 奴らは俺たちに刺客を幾人も送り、その最後に「回収」という名目で俺の前に現した少女。

 確かその名は……メルティ・アバンセ。

 その少女と対峙している美女のことも、俺は知っている。

 数日前、アザゼルのせいで幼児化した際にチビドラゴンズと共に訪れた京の地で出会った存在。

 落ち武者に襲われた俺たちを救ってくれた土御門(・ ・ ・)の人物。

 それが俺の目の前にいる人物だ。

 

「禍の団に土御門。……ただでは帰れないってことか」

 

 少しばかり溜息が出る。

 そう呟いた瞬間に、両者共、俺の方をぎょっと見てきた。

 

「……一般人、ではないようだな―――ここは危険だ。今すぐに立ち去れ」

 

 土御門の美女は、剣を構えながら俺に向けてそう言ってきた。

 ……宝剣のようなものだ。要所要所に宝玉が埋め込まれた機械的な剣。

 それぞれが違う色をしているたくさんの宝玉が微かな光を輝かせていた。

 

「そうでもないんだよ。俺はお前たちに色々と聞かなきゃならないことがある。―――そうだろ? メルティ・アバンセ」

 

 俺が視線をメルティ・アバンセの方に向けてそう言うと、彼女は小さく何かをボソボソと呟いていた。

 

「……目標、捕捉。……赤、龍帝」

「―――赤龍帝……ッ!?」

 

 メルティ・アバンセの一言に土御門は異様なほどの驚きに包まれていた。

 ―――赤龍帝が悪魔に、更には上級悪魔に昇格したことは色々な方面に知りわたっている。

 だからこそ、俺はそれを利用してでもうまく立ち回る。

 

「……俺は赤龍帝、兵藤一誠。上級悪魔で、赤龍帝眷属の王だ―――悪いが、少し話を聞かせてもらうぞ」

「―――捕獲……」

 

 単純な一言と共にメルティ・アバンセは祐斗並かそれ以上の速度で俺に近づき、その鋭利な爪の生えた指で俺に危害を加えようとした。

 ……捕獲、か。

 以前とはまた目的が変わってるんだな。

 だけど―――

 

「言っただろ? 話を聞かせてもらうって」

『Boost!!』

 

 俺は即座に展開した籠手で彼女の腕を捉え、その動きを止める。

 メルティはすぐさま反対の手で俺の腕を引き裂いて逃げようとするが、その手は……

 

「おっと、私のご主人様に手を出すのは許さないにゃん♪」

 

 黒歌による仙術と妖術によって止められた。

 メルティの動きを完全に制圧し、俺はその上で土御門の美女に声を掛けた。

 

「話を聞かせてもらう。土御門の現状と、お前の知っている情報を話してもらうぞ?」

「…………承知した」

 

 俺の言葉に素直に頷く。

 ―――後にこの時の出会いは、俺にとって運命的なものになる。

 そんな気がしてならなかった。



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第4話 集まりゆく京都

「土御門の現状と、お前の知っている情報を話してもらうぞ」

 

 俺のその一言に頷く土御門の美女。俺の近くには、黒歌との連携で完全に身動きが止まっているメルティ・アバンセがいる。

 先程から何とか拘束を解こうとしているが、俺もそんなに軟じゃないんでな。

 あの子がこのメルティ・アバンセを追っていると考えれば、こいつを拘束している限りは俺は敵ではないということを証明できる。

 

「……っと、その前に名前を教えてもらえるか?」

「……そうですね。何事も、先ずは名乗ることが常識―――私の名は土御門朱雀と申します」

 

 彼女……土御門朱雀は、剣を手元から消して一礼した。

 

「先ほどはお見苦しいところをお見せしたこと、ご無礼を謝罪申し上げます。赤龍帝殿」

「お前たちの現状なら仕方ないことさ―――っと、いい加減諦めろ」

「……否定。逃走……不可」

 

 俺の手元でまだもぞもぞと逃げようとするメルティの頭に軽くチョップを入れると、メルティは「激痛……」と呟いて動かなくなる。

 ……こいつは一体何なんだろう。

 ロボットみたいに命令遂行をすると思えば、変に抜けているところがある。

 

「黒歌、こいつを頼んだぞ」

「おっけー。イッセーはあれとお話でもしてくるにゃ!」

 

 俺は木の枝からバサッと降りてきた黒歌にメルティを任せ、土御門朱雀に近づく。

 土御門朱雀は俺が来ると跪いて姿勢を低くする。

 ……結構硬い奴だな。

 

「そんなに気にするなよ。見た感じ、俺と年も変わらないんだからさ」

「いえ。かの有名な赤龍帝殿が失敬をしたのです。なんとお詫びしなければならないか……」

「だーかーら! ……そういうの、良いからさ?」

 

 俺は土御門朱雀の肩をポンと手を乗せ、少し苦笑しながらそう言った。

 その表情を見て朱雀もまた少し頬の強張りが緩くなり、薄く笑う。

 

「……すみません。私はその、昔から頭が堅いと常々兄さんに言われ―――ッ!」

「……なるほどな。今の動揺が、さっきお前を暴走させていたことっていうわけか」

 

 俺は朱雀の一瞬の表情の歪みを見逃さず、すかさずそれを突く。

 朱雀は図星を突かれたように目を丸くして俺を見ていた。

 

「―――土御門本家の崩壊に、お前の兄の存在。大方そんなところか?」

「…………おみそれしました。あれだけの情報でよくそこまで」

「……時間がない。手短で良いから話を―――ッ!!」

 

 ……その途端、次に俺は伏目稲荷神社の方から様々な気配を感じた。

 悪魔や天使だけのものじゃない! それ以外にも妖怪に似た雰囲気を感じるぞ!?

 ったく、なんで次から次へと緊急事態なんだよ!?

 

「朱雀、話は後だ! 先に上に行くぞ!! 黒歌はメルティを拘束していてくれ!!」

「し、承知しました!!」

「え~……しゃーないにゃ~」

 

 黒歌は口を尖らせてブーブーと文句を言いつつ、メルティに対する仙術拘束を更に強める。

 俺は最高速で鳥居を過ぎ去っていき、朱雀はそれについてきていた。

 ……人間なのに、まるで騎士を彷彿とさせる速度だ。

 そりゃあ祐斗並の速度のメルティを追いかけられていたはずだよ。

 ……桐生。あいつがいるのにどうしてこんな事態になるのかな。

 

「……赤龍帝殿。少し身を屈めてください」

 

 伏目稲荷神社に到達する寸前で朱雀は俺の腕を退き、賽銭箱の影に身を潜める。

 ……こいつ、さっきまで怒りに狂っていたのに今はかなり冷静だ。

 

「あれは……まさか妖怪?」

「ええ、その通りでございます。あれは京の妖怪―――周りには……!?」

 

 途端に朱雀の表情が変わる。

 ……なるほどな。

 俺の視線の先には気を失っている桐生を支えるアーシアに、徒手格闘で敵と戦っているゼノヴィアと光の剣を携えて戦っているイリナの姿があった。

 更にその敵ってのが良く分からない。

 ……ゼノヴィアは、妖怪を護っていた(・ ・ ・ ・ ・)

 敵は妖怪ではなく、謎の衣装を身に纏う悪魔や堕天使であった。

 

「堕天使に悪魔……禍の団、なのか? 何故このタイミングで現れた?」

「……奴らもまた、手がかり」

 

 朱雀はギラギラとした目つきで敵の堕天使と悪魔を睨む。

 ……なるほど、朱雀の敵は禍の団ってわけか。

 ―――なら利害は一致している。

 

「朱雀、奴らを叩くぞ」

「……ええ」

『Boost!!』

 

 俺は籠手を展開し、朱雀は先ほどの宝剣を手元に出現させる。

 ……間違いなく神器だな。

 しかも俺が見たことがない神器だ。

 アザゼルの資料でも見たことがないってことは、かなりレアな神器のはずだ。

 

「―――炎の封の解く。火炎の龍よ、舞え」

 

 ……朱雀の呟きと共に、朱雀の周りに灼熱が纏わった。

 炎は朱雀を包み、そして朱雀は高速で敵の元へと駆っていった。

 ―――あれが朱雀の神器か。

 

『主様。ここは現実です。鎧の力を使えば周りへの被害が甚大に出るでしょう―――ここは籠手を通常に強化で行きましょう』

「了解!」

『Reinforce!!!』

 

 俺は事前に蓄積していた創造力の一部を籠手へと『強化』に使うと、籠手は白銀の光に包まれ形状が変化する。

 鋭角なフィルムと、更に宝玉の数が確実に多くなり、更に緑色の輝くが強さを増す。

 ……準備は完了だ。

 

赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)

 

 俺は先に駆け出していった朱雀を追い越し、ゼノヴィアやイリナの隣を通り抜けて数人の悪魔堕天使へと拳を振るった。

 背中に悪魔の翼を展開し、吹き飛んで建物にぶつかるところを回り込んで、更に上空から二人の悪魔と堕天使を地面に叩きつける。

 それだけで堕天使と悪魔は動かなくなり、意識が無くなった。

 ……ざっと数十人程度か。

 

「な、なんだ?」

「なぜ、ふ、ふたりがたおれてい……る!?」

 

 突如現れ、仲間の二人を行動不能にした俺の存在をようやく認知した敵は、俺の姿を確認して目を見開く。

 ……どうやら俺のことは禍の団でも知れ渡っているようだな。

 

「な、なぜ赤龍帝がこんなところにいる!? こ、こんなこと聞いていないぞ!?」

「……焦っているところ悪いが―――後ろ、確認した方が良いぜ?」

 

 俺の姿に気を取られていた悪魔や堕天使は、そこでようやく後ろから向かっていた存在に気付く。

 ―――その周りに炎龍を纏う、剣士の朱雀を。

 

「……ッ!!」

 

 朱雀は低い姿勢で悪魔の一人の懐に入り、炎を纏う剣を横薙ぎに振るい、その状態で何回転もして幾重にも悪魔を焼き切る。

 悪魔はそれに対して特に抵抗できずに焼き切られ、絶命した。

 更に肥大化させた炎龍を悪魔一帯へと放ち、呆気を取られる悪魔や堕天使を次々に切り裂いていく。

 

「このぉッ!? 人間風情が我々にぃぃぃ!!」

「……醜い。―――封を解く。死に風の龍よ、息吹け」

 

 ―――次は黒い風によって形作られた風の力が龍の形となる。

 炎は風に乗り、炎風になって悪魔の一部を吹き飛ばし、更に朱雀は剣を縦に振るった。

 それにより風の刃が生まれ、縦一直線に堕天使を真っ二つにしていく。

 俺はすかさず吹き飛ばされた悪魔を先回りし、手元に一つの魔力の球体を作り、更にそれに能力を付加させる。

 

「……お前たちを見ていると不愉快と思ったよ―――旧魔王派の残党がまだいたとはな」

 

 そこでようやく俺はこいつらが旧魔王派の残党ということに気付いた。

 もちろん力は弱く、恐らくは末端の存在だろう。

 ……敵であるならば、末端だろうと容赦はしない。

 

破裂の龍弾(プラクチャー・ドラゴンショット)

 

 俺の魔力弾は飛んできた悪魔を……貫かず内部に侵入する。

 ……せめて痛みを感じずに消えろ。

 パンッ……小さな破裂音と共に、その悪魔は塵になった。

 

「これがお前たちがしようとしていることだ」

 

 俺は既に戦況が一変している地上に降り、随分と数の減った敵を睨んでそう言った。

 悪魔や堕天使の表情は目に見えて恐怖が刻み込まれている。

 ……さて。

 

「死にたくなかったら、俺たちに投降しろ。それがお前たちに出来る最善だ」

「ば、化け物がぁッ!! お前はそうして我が同胞を―――」

「―――ああ、殺した。当たり前だろ? お前たちは……ッ! 俺の大切なヒトを殺そうとしたんだからな……ッ!!!」

『Over Explosion!!!!!!!!』

 

 俺は旧魔王派の悪魔の言葉に怒りを覚え、籠手の倍増を解放する。

 一秒後とに倍増を繰り返していた力は絶大なものとなっており、俺はそれを駆使してふざけたことを抜かした旧魔王派を殴り飛ばす。

 

「誰かを殺すなら、自分も殺される覚悟をしていて当然だよな? 言っとくが、俺はお前たちには遠慮はしない。甘えなんてないと思え」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ……ッ!!?」

 

 ……完全に敵の心が折れる。

 俺はそれを確認すると神器を解いて、そして仲間の方を見た。

 ゼノヴィアもイリナもアーシアも、俺と朱雀の戦闘に目を剝いて驚愕していた。

 それはその後ろに控える二人の狐の耳を生やした妖怪と鴉のような妖怪も同様であった。

 ……突然出てきて、目の前の敵を一瞬で蹂躙したんだから当然か。

 

「……朱雀、ナイスファイト」

「……いえ。赤龍帝殿にお褒め頂くほどではございません」

 

 それは謙虚なことだな。

 ……さて。

 

「ゼノヴィア。一体何があった? それにその後ろの妖怪は……?」

「あ、ああ。……妖気に充てられ、突如桐生が気を失ったかと思えば妖怪とあの敵が現れてね。妖怪側がそちらの敵に追われていたようだから、そちらに加勢していたら二人が来たんだ」

「……なるほどな。朱雀、そっちの妖怪のことは知っているか?」

 

 俺は朱雀にそう尋ねると、彼女もまた目を見開いて驚いていた。

 ……開いた口が閉まらない、といえばいいか。

 ともかくそんな表情をしていた。

 

「知っているもなにもございません―――九尾の狐、八坂様」

「―――のぅ、朱雀。久しぶりじゃのぅ。妾はお主を心配しておったのじゃ」

 

 ―――九尾。京都の妖怪を取り仕切る、京妖怪のボス。

 その実力は龍王とも遜色がないとされ、京都においてはなくてはならない存在だ。

 それの守護の鴉ってことは……鴉天狗ってところか。

 俺は改めて九尾の妖怪……八坂と呼ばれる女性を見る。

 容姿は非常に美しいの一言だ。

 金色に近い煌びやかな、腰まで伸びた長い髪に整いすぎているスタイル。

 豪華な和服を来こなしており、目元はたれ目で、そうだな……色々艶やかなお方だ。

 

「土御門の本家崩壊の一報を聞き、お主のことが心配で夜も眠れぬ。ちこうよれ、ちこうよれ」

 

 八坂さんは朱雀に手招きをして、朱雀の頭をそっと撫でて抱きしめる。

 ……まるで子供をあやす母親のような構図だ。

 なるほど、朱雀は八坂さんと面識があったからさっきは驚いた顔をしていたのか。

 

「……とりあえずはあいつらを拘束するか」

 

 俺は神器に溜まった創造力を幾分か使って拘束する神器を創り、旧魔王派の残党を縛る。

 そして改めて妖怪のボスである八坂さんの前に前に立った。

 

「お初にお目にかかります、九尾の姫君」

「ほぉ……お主がかの有名な赤龍帝。あの悪神を下した武勇伝は聞いておるのじゃが……ふむ、納得してしまった」

 

 妖怪の世界にも俺のことは知れ渡っていることは今ので理解できた。

 ……問題は、この八坂さんが何故禍の団に追われていたということだ。

 奴らが妖怪に手を出す理由なんてないはずだ。

 しかもこいつらは既に派閥として完全に崩壊している旧魔王派の連中。

 ……何か、引っかかるんだよな。

 

「お主たち悪魔が京に訪れることは知らされておった―――歓迎する、といいたいところなんじゃが、今は緊急事態じゃ」

 

 八坂さんがそう言うが、俺はそれが土御門本家の崩壊に関しているということをすぐに理解する。

 

「それは土御門の件ですか?」

「その通りじゃ。妾はそのことが気がかりで土御門……しいてはそこにおる朱雀に接触を図ろうとしていたのじゃ。そこで―――」

「こいつら……禍の団に襲われて逃げていた、ってことですか」

 

 全く、なんの目的でこいつらは八坂さんたちを追っていたんだろう。

 八坂さんは八坂さんでこいつらから逃げ……―――逃げて、いた?

 ちょっと待て。

 なんで逃げていたんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 八坂さんの実力は、万全でないにしろこんな悪魔には負けないはずだ。

 それに傍に控えている鴉天狗たちも一人一人が上級悪魔クラスの実力を持っているはず。

 なのにどうして逃げていたんだ?

 

「八坂さん、敵は本当にこいつら(・ ・ ・ ・)だったのですか?」

「……いや、違う」

 

 八坂さんはそれを聞いて、少し苦い表情となる。

 なんだ、この感覚……なにか、嫌な予感がする。

 

「……ともかくここから離れるのじゃ。話はそれからでも―――」

 

 八坂さんがすぐにその場から動こうとした瞬間だった。

 ―――突如、その俺たちに何かの圧力が掛かったように、息苦しさが圧し掛かってきた……ッ!

 それはまるで魔力を無差別に奪われる感覚。

 ……俺はそれを知っている。

 ただそこにいるだけで他人から魔力を奪い、自らのものにする強欲の力を。

 その使い手を。

 ……忘れるわけがない。

 だってそいつは―――

 

「……なんでこんなところにいるんだよ、お前は―――なぁ、ガルブルト・マモン!!」

「―――はははッ!! おぅ、久しぶりだなぁ~……兵藤一誠!!」

 

 ―――俺の宿敵だから。

 俺の視線の先には大社があり、その屋根の上には黒いコートに身を包む悪魔。

 ……元最上級悪魔であり、三大名家の一角。俺と黒歌と小猫ちゃんにとっては宿敵である存在。

 ―――ガルブルト・マモンが歪んだ笑みを浮かべながら、俺たちを見下ろしていた。

 ―・・・

 そっと地面に着地をするガルブルト・マモン。

 その顔には相変わらずの不敵な笑みが浮かんでおり、俺はすぐに戦闘が出来るように構える。

 ……禍の団に転がり込んだってことは知っていたけど、まさかこのタイミングで現れるなんて思ってもいなかった。

 

「おいおい、随分と警戒してくれてんじゃねぇか。……嬉しいぜ、それでこそてめぇは俺様の敵に相応しい」

「……お前も、随分なご登場だな。顔も見たくなかったよ、ガルブルト」

「寂しいこと言うなよ、兵藤一誠ぃ……俺は楽しみにしてたぜ? ―――てめぇを殺せる、この時をぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ガルブルトは目を見開き、歪んだ笑みを浮かべながら魔力弾を周りへの被害を無視して放つ!

 ……この野郎、ここは結界もまともに張れてない人間界だぞ!?

 桐生だっているのに、てめぇは!!

 

『相殺しかない。相棒、あの一撃と同格の一撃を放つぞ』

「分かってる!!」

 

 俺は即座に魔力弾をガルブルトの一撃に合わせるように放つ!

 二つの弾丸は互いに相殺するように削り合い、その最中にガルブルトは動き出す。

 

「はっははぁ!! おいおい、また腕あげてんじゃねぇかぁ!! さいっこうに、おもしれぇぞ!!!」

 

 ガルブルトは手元に魔法陣を展開し、拳を握って俺を射程圏内に捉える。

 ……こいつは鎧を使わないと勝てない。

 でもこんなところで鎧を使うわけには―――

 

「―――ご主人様に、近づくな」

 

 ……しかしガルブルトは俺の元に攻撃を届けることなく、再び後退する。

 それは俺の背後からの不意打ちによるものだった。

 ……妖術、仙術、魔術。

 それらを組み合わせて圧倒的テクニックと破壊力を体現する黒歌が、ガルブルトに向けて三種混合の弾丸を放ったからだ。

 黒歌はメルティを拘束しながら、鬼気迫った表情でガルブルトを睨みつける。

 ……俺以上に、黒歌はガルブルトに恨みを持っている。

 小猫ちゃんと引き離される原因となった存在であり、一歩間違えれば俺たちを殺していたかもしれない存在。

 ……俺や小猫ちゃんを命よりも大切にしている黒歌が、世界で一番の敵と思っている存在だ。

 

「……聞いてはいたが、糞猫も悪魔になっていたか。ちっ……思った以上に面倒だな」

「そんなこと、聞いてない。あんたは話す必要もない―――イッセーをあんなになるまで傷つけた。白音を泣かせた。覚悟して、ガルブルト・マモン」

 

 黒歌は猫耳と尻尾を完全に生やせ、仙術の際の青いオーラを迸らせる。

 ガルブルトは黒歌から発せられる殺気と力の片鱗を感じたのか、何故か歪んだ笑みを浮かべた。

 

「良い殺気だぜ……そんな奴の顔を絶望にするのが一番楽しいってもんだからなぁ!!」

「二度とあんたには負けない!!!」

 

 ガルブルトから放たれる魔力弾を妖術と魔術の防御陣で完全に防ぎ、仙術によって奴へと近づく。

 ……今の黒歌なら、ガルブルトと対等に戦える。

 大技な上に周りに甚大な被害を及ぼす俺よりも、黒歌の方がガルブルトと上手く戦えるはずだ。

 

「ゼノヴィアにイリナ。今の内に八坂さんたちを連れて安全なところに。ここは俺と黒歌に任せてくれ」

「……大丈夫だな?」

「誰に言ってんだよ―――行け」

 

 俺の言葉にゼノヴィアとイリナを先導としてアーシアに八坂さん、鴉天狗たちはそこから離れていく。

 ゼノヴィアが桐生を背負って走っていく最中、アーシアが俺の方を真剣な表情で見てきた。

 ……ああ、分かっているよ。無茶はしない。

 

「ドライグ、俺は黒歌のサポートに回る」

『まあそれが最善だろう。……だが』

「ああ、分かってるよ―――朱雀、なんでみんなと一緒に行かなかった?」

 

 俺はその場から離れなかった朱雀に対して、声音を少し低くしてそう呟いた。

 

「……奴らは土御門を滅ぼそうとする存在かもしれません。そんな連中を、放っておけるはずがない」

「お前の気持ちは痛いほど分かる。でもな、あの野郎の力は最上級悪魔でも相当上の方だ。……お前の力は強いとは思う。それでもあいつを相手取るのは危険だ」

「……それでも構わない」

 

 朱雀は手元に宝剣を出現させ、そのうちの二つの宝玉の力を解き放つ。

 先程の炎と風の力だ。

 それを混合させて炎風にして、剣にそれを纏わせる。

 ……仕方ねぇな。

 少しばかりこいつの保護者してやるしかないか。

 

「―――仕方ない。ついてこいよ、朱雀」

 

 俺は手の平に魔力の塊を浮遊させる。

 それを籠手で握り潰し、赤い魔力を拳に纏わせた。

 

『Force!!』

 

 更にフェルの神器で創造力をさらに溜めて、神器を創造する。

 ……前のサイラオーグさんとの一戦で試した力。

 平行世界の兵藤一誠の力の再現をフェルの力でするって発想から生まれたのは、なにもガントレットだけじゃない。

 戦車の力をガントレットで再現したのだから、もちろん騎士や僧侶の力も再現できる。

 ……創造工程を完了。

 行くぜ、フェル!

 

『Creation!!!』

『Convert Creation!!!!』

 

 神器の基礎を創造した後に、さらにそこに新たな能力を付加するように、神器を創り換える。

 こいつは赤龍帝の力と併用するとすぐにガス欠をするから、そんなに乱用はできないか。

 

「神器創造―――騎士の脚甲(ナイト・オブ・ソニックブーツ)

 

 俺の両足に白銀の光に覆われ、神器を形作る。

 形態はシューズ型の脚甲。

 踵の辺りに噴射口があり、俺の太ももまでを覆う仰々しい機械型のブーツだ。

 色はいつもどおり白銀で、光が止むと俺はつま先をトントンと地面に当てる。

 ……状態は良好だな。

 

「いくぜ、フェル」

 

 俺は足腰にグッと力をいれ、少しの予備動作をした後に―――一気に駆けた。

 俺が力をいれた瞬間にブーツの噴射口からは白銀のオーラが放射され、俺は今までよりも高速でガルブルトに近づく。

 踵の噴射口からオーラを逆噴射して回転するように体を動かし、黒歌がガルブルトから離れた一瞬を突いて上空から回転蹴りを放つ!

 

「……っ!? いつもいつも、てめぇは俺様を楽しませてくれるなぁ!!!」

 

 ガルブルトは俺の蹴りをギリギリのタイミングで受け止め、身を屈めて魔法陣を描いた。

 それに対し、俺は神器の力を解放する。

 力の戦車に対し、騎士は速度。

 この神器は俺が動けば動くほど速度を加速させ続け、蹴れば蹴るほどその力を大きくしていく!

 速度の基礎能力を上げる能力と、速度を加速させる能力を組み合わせた力だ!

 出力が足りなくても、厳密的には神滅具の理に近づけた神器。

 ―――これが創造神器の新たな力、ロンギヌスシリーズ。

 創造と創換を組み合わせ、俺の経験を元に生まれたフェルと俺の新たな力だ!

 

「おいおい……赤龍帝の力を使わなくてもここまでできんのか? ははは! なるほど、あの野郎(・ ・ ・ ・)がお前を欲しがるわけだなぁ!!」

 

 高速で奴の周りを駆動する俺に対し、ガルブルトは翻弄されることなく楽しそうに笑う。

 ……なんだ、この違和感。

 以前の奴とはまるで違う。

 

「敵は赤龍帝殿だけではない!」

 

 すると俺が駆動し続ける中、朱雀が宝剣を片手に持ち前の速度でガルブルトへと食いかかる。

 その姿を見たガルブルトは少し面白くないように舌打ちをし、手の平に刺々しい魔力の塊を作る。

 ……なんだ、あれは。

 俺と戦ったときはあんなもの、見なかったぞ?

 

「……てめぇは後だ。俺様の領域に踏み込むな」

 

 ガルブルトは凍るほどの冷たい声音でそう言い放つと、魔力を朱雀へと放つ。

 それは黒い網のような形態に変化し、そして―――朱雀を拘束した。

 

「な、に? こんなもの! 死に風の龍よ、切り裂け!!」

 

 朱雀は先ほどと同じように黒い風の龍を顕現し、その黒い網を切り裂こうとする。

 ……しかし、それは叶わなかった。

 それは朱雀が突如、力を失ったように膝を地に落とし、息を乱していたからだ。

 ―――まずい。あの黒い網は危険だ。

 ガルブルトの性質を考えて、普通の魔力弾なはずがなかった!

 

「黒歌! 朱雀の救出を頼む!」

「わかってるにゃん!」

 

 俺の指示を受ける前に黒歌は朱雀に近づき、朱雀に絡まる黒い網を消し去ろうとする。

 しかしその最中にも黒い網は朱雀を蝕み、その度に朱雀は絶叫に近い声を上げた。

 

「こ、れは―――くぁぁぁぁぁっ!?」

「ちょっと我慢する、にゃん!!」

 

 黒歌は少し強引にそれを引き千切り、すぐさま朱雀に仙術を施す。

 ……あいつ、あんなものを隠してやがったのか?

 

「強制拘束魔力術。俺様の力は奪うこと、蝕むことに意味があんだよ。そいつはその一端だぁ……さて、お次はてめえを捉えてやるよ」

 

 ガルブルトは人差し指に黒い、幾つかの天輪の輪っかを引っ掛け、指先でクルクルと回す。

 ……おそらく、あの力には魔力を吸い出す能力があるはずだ。

 しかも尋常ではない速度。

 ―――今ここで、こいつとやり合うのは分が悪すぎる。

 手負いの朱雀と、メルティを拘束したままの黒歌を守りながらで奴は倒せない……っ。

 

「さぁ、考えは纏まったか? まあそんなもんあっても―――意味ねぇんだけどなぁ!!!」

 

 ガルブルトは天輪を俺へと放つ!

 俺は脚甲の踵の噴射口から白銀のオーラを盛大に放ちながら、更に籠手に溜まった倍増の力を解き放つ!

 

『Explosion!!!』

「フェル! 脚甲からの衝撃波で撃ち落とすぞ!」

 

 俺の言葉にフェルは応えてくれるかのように、脚にオーラが溜まる。

 俺はそれを衝撃波のように放ち、更に空を縦横無尽に駆けてガルブルトに一気に近づく!

 そして拳を振るい―――

 

「―――バァァカか、てめぇ。そんなもん、とっくに見切ってんだよ」

 

 ……確実に裏を突いたと思った矢先、ガルブルトは俺の方へと手の平を向けていた。

 そこには先程の朱雀を拘束した魔力の塊。

 ―――まずい。

 今からじゃ、こいつの一撃は止められない……っ!!

 黒い網は目前に迫る。

 俺は抵抗するように拳のオーラを逆噴射して身体を後方に飛ばすも、黒い網は俺を追尾する。

 そして……

 

「さぁて、これで俺様の任務も完了……おいおい、てめぇ」

 

 ……ガルブルトは表情を変える。

 それは俺の方を向いているのではなく―――俺の目の前のヒトを睨んで、不機嫌な声を上げていた。

 そのヒトは藁で出来た帽子を被り、紫色の袴で身を包み、刀を片手にガルブルトの一撃を切り裂いた。

 

「―――ご無沙汰でござる、イッセー殿」

「や、夜刀さん?」

 

 ―――三善龍の一角。ドラゴンファミリーの従兄弟担当の優しいドラゴン。

 ……閃龍、夜刀神がそこにいた。

 

「ふむ。奇妙な気の流れを感じ取って来てみれば、まさかこのような状況になっていようとは。……さて、そこの悪魔殿。貴様はイッセー殿の敵とお見受けするが、如何でござる?」

「ちっ……見ればわかんだろ? 偽善野郎」

「ふむ、ならば―――拙者の敵で異存はないでござる」

 

 瞬間―――ガルブルトの腹部に突き刺さる、一本の刀。

 

「がぁっ!? て、めぇ……」

「少し狙いが外れた。拙者もまだまだ未熟でござるな」

 

 夜刀さんは更に刀を創り出し、それを逆手で持つ。

 

「だが次は外さないでござる。その心臓を確実に射抜いて見せようぞ」

「…………。流石の俺様でも分が悪りぃな―――仕方ねぇ。最低限の仕事だけして帰るとするか」

 

 ガルブルトは腹部を抑えながら、反対の手で指を鳴らした。

 

「……にゃ!? イッセー! 気をつけるにゃ!!」

 

 突如、黒歌が焦る声でそう言った。

 俺はその異変にすぐ気がつき、後方から凄まじい速度で近づく存在に目を見開く。

 

「……捕獲」

「なっ!? 黒歌の拘束を振り切ったのか!?」

 

 そこには目を充血させ、黒い耳と尻尾を生やして牙を剥くメルティがいた。

 先程よりも更に獰猛さを強化したような容姿。

 メルティは俺に襲いかかろうとするも、すぐさま夜刀さんは刀を流れるような動作で振り抜き、メルティを切り裂こうとする。

 ……しかしメルティは驚異的反射神経でそれを飛ぶ形で避けて、ガルブルトの傍に着地した。

 ―――あの夜刀さんの一閃を、あの速度で避けた!?

 

「こいつの回収は最低条件だったんだが、まぁいいか―――っと、そいつらもか」

 

 ガルブルトは指先を俺たちではなく、俺の神器で拘束されている旧魔王派の一派に向け、そして―――問答無用で、魔力弾で奴らを貫いた。

 旧魔王派の残党は絶叫を上げることなく絶命した。

 ……口封じってわけかよ。

 ―――仲間じゃ、ねぇのかよ……っ!!

 

「ふざけんじゃねぇぞ、ガルブルトぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は今引き出せる全力の一撃をガルブルトへと放つ!!

 紅蓮の魔力弾はガルブルトへと放たれる……しかし突如現れた見たことのない魔法陣に阻まれた。

 

「てめぇを倒すのはまだ後だ―――兵藤一誠。てめぇは俺様たちには勝てねぇ。今はその余生を楽しむことだな! ははははははは!!」

 

 ガルブルトはそんな高笑いをしながら魔法陣と共に、その場から消え去る。

 メルティもまたその場から消え去り、その場に残るのは沈黙。

 ……ここで止まっていても仕方ない。

 

「……今はみんなと合流しよう。話はそれからだ」

 

 俺はなんとか冷静さを保ちつつ、あることを考えていた。

 最後、俺の一撃を止めた魔法陣。

 見たこともない魔法陣な上に、あれはガルブルトのものではなかった。

 でも一つだけ気掛かりなことがある。

 それは―――あの魔法陣は、ヴァーリの魔法陣に何処か似ていた。

 ―・・・

「お前から連絡を貰って、まさかと疑ったけどなぁ―――まさかこんな事態になるとは思ってなかった」

 

 ゼノヴィアたちと合流した俺たちは、とりあえずアザゼルに連絡を送った。

 そして安全地帯である夜刀さんの隠居先である母屋に移動し、今ようやく落ち着いて現状の話し合いをすることになった。

 桐生はアザゼル先生経緯で他の教師に保護してもらい、今は体調不良ということで休んでもらっている。

 ……せっかくの修学旅行なのに、あいつを巻き込んでしまったのは本当に申し訳が付かない。

 

「それにしても、八坂の姫君までこんなところにいるとはな」

「堕天使の総督殿。お主の生徒にはお世話になったのじゃ。心より礼を申し上げたい」

 

 八坂さんは深々と頭を下げ、そして少ししてから頭を上げた。

 ……でも、今は悠長に会話をしている時間はない。

 ―――この場に集まるのは、悪魔、堕天使、天使、妖怪、ドラゴン、そして……人間。

 その人間代表である朱雀は、そっとすっと手を挙げた。

 

「……初めまして、と言えばいいでしょう。私の名は土御門本家の出、土御門朱雀と申します」

「なるほど、本家の生き残りか。まさかそんな奴とも接触しているとは……これも赤龍帝の性質ってやつか?」

「知らない。まあ今の問題はそれじゃない―――朱雀、八坂さん。俺たちは貴方たちに問いたい。まず、何があったのかを」

 

 俺の問いに、互いに隣り合わせで座る朱雀と八坂さんが頷いた。

 

「そうじゃな。ならばまずは妾が話すとしよう。あれは土御門の一報を聞いた後のことじゃ―――妾はその事実の確認と、朱雀の安否の心配からすぐに行動した。妾の側近である鴉天狗を数人率いて、屋敷を出た。……それからすぐに悪魔に襲われた。先ほどの黒いコートを着たあの悪魔じゃ」

「ガルブルト……ってことですね」

「そうじゃ。奴の実力はすぐに察し、妾はあしらいながらも奴から逃げ、そしてそこにいる悪魔の娘たちと出会った。そこからはお主も知っての通りじゃ」

 

 なるほど……大体は俺の想像通りではあったな。

 だけど―――朱雀。こちらの事情は俺には想像も出来ない。

 土御門本家の崩壊を生き残り、メルティ・アバンセと戦っていたこいつの状況が分からない。

 

「そうでありましたか、八坂様」

「朱雀、お主の身に何があったのか、妾たちに教えてくれぬか?」

 

 八坂さんは朱雀の頭を撫でながら、優しげな表情でそう呟く。

 朱雀はそれに対し、ほんの少し恥ずかしそうな顔をしながらも、咳払いをして―――そして話し始めた。

 それは俺がずっと気になっていた土御門本家崩壊の一端。

 ……朱雀はどこかやせ我慢をするように、冷静さを装いながら話し始める。

 

「事の始まりは、私が本家を不在にしていた時でした……―――」

 

 ……朱雀は全てを包み隠さずに話した。

 事件が起きたのは朱雀が土御門本家から不在のときに起きた。

 朱雀が帰還するたったの数時間前に土御門は襲われ、帰った頃には既に全滅。

 建物はボロボロに風化して、既に誰も生き残っていなかった。

 

「誰が土御門を襲ったのかは存じません。ですが、他方面から危惧されていた禍の団。この存在が関与していると考え、私は血眼になって奴らを探していました。そんなときに―――」

「メルティを発見したというわけか」

 

 朱雀は頷く。

 ……なるほど、それならば納得はいく。

 メルティの目的は俺の捕獲にあったからこそ、朱雀からは逃げていたのか。

 そして俺の捕獲を企てていたのが、ガルブルト・マモンと奴を支援する何者か。

 更に英雄派までこの京都で身を隠している。

 

「……以上が、私の知っていることの全て。それを踏まえてあなた方にお願いがあります」

「……なんだ、言ってみろ。土御門朱雀」

 

 すると朱雀は少しばかり間を置いて、俺たちに願いがあると進言する。

 なんだろう、と考えつつもアザゼルは代表してそう尋ね返した。

 朱雀は少し考える素振りを見せ、そして意を決したように―――

 

「私を、赤龍帝殿に同行させて欲しい」

 

 そう、言い放った。

 ―・・・

「そっか。父さんたちも全部知っちゃったんだ」

『ああ。アザゼルから全て聞いた』

 

 俺はホテルの割り当てられた一室にて、父さんと通話をしていた。

 もちろん内容は土御門本家の崩壊のことだ。

 アザゼル経由で父さんたちにも連絡が行き届いていると聞いていたとおり、父さんは至って平常の声音だ。

 

「父さんはさ。この件、どう思うんだ?」

『どう、か……。それは難しいな。俺にとって土御門はまどかを傷つけた存在でしかない。正直に言えば悲しくはない。清々もしない。……だから答えは難しい、だ』

「じゃあ質問を変えるよ―――母さんの様子はどう?」

 

 そう質問すると、父さんは少し押し黙る。

 ……父さんにとって土御門は忌むべき存在でしかない。

 母さんを傷つけ、泣かせて捨てた家。

 確かに母さんからしても同じことが言えるかもしれない。

 それでも―――自分の実家が消えた。

 その事実を母さんはどのように受け止めているんだろう。

 もしくは……受け入れられるのか?

 

『まどかは……ははは。強くなったものだ。本当にな』

 

 そんな俺の考えもいざ知らず、父さんは少し笑ってそう言ってきた。

 それってつまり……

 

『まどかは終始、イッセーの心配だけをしている。まどかにとって本当に大切なのはイッセー……家族の安否だけなんだよ』

「でもそれは……」

『ああ。そんなものは強がりだ。口ではそう言っても、やはり心の何処かでは動揺は隠せていない―――それでもお前のことだけで焦ることが出来るほど、まどかは強くなったんだ』

 

 ……普通に焦ることが強くなった、か。

 ―――そこで俺は不意に土御門朱雀のことを思い出した。

 本家の唯一の生き残りであり、自らの目的のために俺に同行することを求めてきた存在。

 

「父さん。俺さ、こっちに来て土御門の唯一の生き残りと出会ったんだ」

『……っ。そう、か』

 

 父さんにそのことを伝えると、少しだけ言葉に詰まる。

 父さんにとって土御門は敵視するものなんだろう。

 複雑な気持ちを抱いているはずなんだ。

 

「俺はこのことが何かの縁に感じてさ。だからこそ、これは俺が解決するべきものなんじゃないかと思うんだ」

『……違う。結局は、ずっと逃げて来た俺たちが向き合わないといけない問題なんだ』

「だったら関係あるよ―――だって俺は、父さんと母さんのたった一人の息子なんだからさ」

 

 ……一人苦しんでいるときに俺を救ってくれたのは紛れもない二人だ。

 そのおかげで今、俺はこうしてここにいる。

 なら、それならさ。

 今度は俺の番なんだ。

 決してただの恩返しなんかじゃない。

 俺はただ―――苦しんでいる家族を助けたいんだ。

 

「だから心配をかける。俺はまた、無茶をする―――それでも最後は帰ってくる。だから」

 

 待っていてくれ、そう言おうとしたときだった。

 受話器からは何かカサカサと動く音が聞こえ、父さんの声が聞こえなくなる。

 そして

 

『待たないよ。もう私は、イッセーちゃんを待たない』

 

 ……何かを決心する母さんの声が聞こえた。

 

「……母さん」

『ごめんね、イッセーちゃん。二人の話はずっと聞いてたんだ? 私、心が聞こえるだけじゃなくて耳も良いから』

「……だったら、分かるだろ? 今の京都がどれほど危険なのか」

『うん、分かるよ? イッセーちゃんがそんなに危ないところにいることが』

 

 母さんはあっけらかんとそう言う。

 俺はとうして母さんがこんなことを突然話しているのか、なんとなくだけど分かっていた。

 だから尋ねないといけない。

 

「私ね? 昔だったらこんな考え方できなかった。私はとっても弱くて、一人じゃなんにもできないから」

 

 ……母さんは「でも」、と続ける。

 

『今は違うの。私には頼りになる愛しい旦那さんがいて、可愛い子供がいる。いつも支えてもらってばかりだけど、でもそのおかげで私は前を向いていける』

「……母さんは、どうするんだ?」

 

 俺は分かりきったことを敢えて問いかける。

 母さんもそのことを分かっているのか、くすっと笑った。

 

『―――迎えにいく。私たちも、京都に行く』

 

 ……母さんの決心に、俺は納得した。

 やっぱりなって感じだ。

 母さんと父さんがこの事態に動かないとは思えなかった。

 ……この子にして親あり、か。

 本当に寝たもの家族だよな、俺たち。

 

『イッセーちゃんの心配はわかるよ? 私もそこまで無謀じゃない。……護衛、って形で従者を悪魔から提供してもらう手筈になってるの』

「従者?」

『うん。サーゼクスさんに直接お願いしたから、信頼できる人だと思う。……だからお願い、イッセーちゃん』

 

 それが暗に、俺のところに来ることを許してくれといったものだとすぐに理解した。

 ……そして何より、俺がどういっても二人は自分を曲げないことを重々理解していた。

 だって二人は―――俺の父さんと母さんなんだから。

 

「……大丈夫だよ」

 

 それはいつも通りの言葉。

 

「何があろうと、俺は全部護る。それが俺が自分に掲げた答えなんだから」

 

 幾多の戦いを経て、苦しい思いをして、泣いて悲しんで、そして得たもの。

 

「―――二人は俺が護る。家族を護るのは、家族の役目だろ?」

 

 ―――そのきっかけをくれたのは、紛れもない父さんと母さんなのだから。

 母さんはその言葉に涙ぐみ、嗚咽を少し漏らした。








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第5話 土御門と邂逅

「へぇ、僕がいないところでいろいろあったんだね」

 

 修学旅行二日目の朝。

 俺たちの泊まるホテル(グレモリー家経営)の一回、食事広場にて俺は祐斗と共に朝食をとっていた。

 食事自体はビュッフェ形式で席は自由。

 俺は起きた時間が早かったからか、周りにはチラホラと生徒が見えるほどしかおらず、俺の前の席には祐斗しかいない。

 

「ああ。まさかこんな事態になるなんて予想もしてなかったけどな」

「それは僕の台詞さ。何せ、禍の団の英雄派と接触しただけでなく土御門、更に妖怪と接触した上に……」

「ガルブルトに襲われた、って言われたら驚くよな。普通」

 

 俺がそういうと、祐斗は苦笑いをしながらティーカップに指を絡めた。

 

「僕は心配だよ。イッセー君はただでさえ厄介ごとに巻き込まれる。でも今回は些か異常すぎるレベルだ」

「そうだな。曹操に清明、ガルブルトやメルティ……。恐らくこの修学旅行はただでは帰れない」

「……しかも僕たちは今、王が不在の眷属だ。いくら君やアザゼル先生、ガブリエル先生がいるからと言っても不安が残るよ」

 

 祐斗の言ってることは最もだ。

 確かに今だベールに包まれる英雄派に、ガルブルトのいる謎の派閥。

 ガルブルトを手駒として使うのが何よりも恐ろしい。

 あいつと再戦して理解できたことがある―――あいつは、恐ろしく厄介だ。

 初めて奴と戦って勝てたのは、状況が有利だったから。

 ……あのときは俺の周りには小猫ちゃんと黒歌しかいなかった。

 だからあいつの性質である「周りの人物から強制的に魔力を強奪する体質」がうまく機能しなかった。

 だから俺は手負いでも奴を倒せた。

 でも万全の状態のあいつは、本気でなくともあの強さを見せた。

 ……もっと対策が必要だよな。

 そんなことを考えていると、突如誰かが俺の後頭部にコツンと小突いた。

 俺はそちらを見ると、そこには……

 

「おいおい、修学旅行で花のねぇ話してんじゃねぇよ」

「そうですね。もっと恋バナをすれば良いと思いますよ?」

 

 ……トレーに料理を乗せたアザゼルとガブリエルさんがいて、二人は俺たちの隣のテーブルに座った。

 

「花がないとはなんだよ。これでもこっちは色々と警戒をしてでだな」

「それだよ、それ。確かに状況はあまり良くはねぇ。でもな? お前らはまだまだ餓鬼だ。そんな難しいことは俺やガブリエルが考える。一応、運良くこちらに強い味方もいるからな。だからお前らは高校生らしく、楽しめる時に楽しんどけ」

「いつ開戦するかも分からないのですもの」

 

 それ以上、二人は何も語らない。

 ……俺らを思ってのことなんだろう。

 その点に関しては感謝する。

 それでも―――

 

「俺はリアスやソーナ会長にみんなの事を任された。だから、やっぱ他と責任感が違うんだ」

「でもな、イッセー。お前はそれ以前に俺の生徒だ。だからお前を含む全部を護るのは俺の―――」

「―――そいつは、俺の役目だよ。だって俺が上級悪魔になったのは、そのためなんだからさ」

 

 決して揺るがない。

 それだけは決して、どんなときでもぶれずに俺を構成しているものだから。

 それが強迫観念や後悔からのものだとしてもさ。

 

「……ふふ。アザゼル、諦めなさい。イッセーくんは物分りが良いですが、誰よりも頑固なのです。もちろん、あなたよりも」

「ちっ……わかってんよ、そんくらい」

 

 アザゼルは俺の言葉に半分呆れながら、やはりな、という顔をしていた。

 

「仕方ねぇ。実際に俺やガブリエルだけでは不安は残るだろう。それに今回来ている悪魔たちの精神的支えは紛れもねぇイッセーだ」

「そうですね。ならばアザゼル。イッセー君に例の会談に同席させては如何ですか?」

 

 ガブリエルさんは意味深にそう言った。

 その言葉にアザゼルは神妙な表情を浮かべ、少し思考してすぐに頷いた。

 

「そうだな。イッセー、この後少し時間はあるか?」

「あ、ああ。次のイベントまでまだ2時間くらいはあるからな」

「それで十分だ。今から俺とガブリエルはとある人物たちと会談をしにいく。もちろん京都で暗躍している禍の団に対してのことが議題だ」

 

 アザゼルはトレーにある料理を平らげ、さっと立ち上がる。

 

「とある人物?」

「お前も良く知る人物だ―――魔王少女と妖怪の長との会談だ」

 ―・・・

 ホテルの近くに建てられている超高級料亭。

 そこの一室に俺とアザゼルとガブリエルさんはいた。

 円卓テーブルの四方向にはそれぞれにアザゼル、ガブリエルさんが座り、それ以外のところに目的の人物。

 四大魔王の一角、セラフォルー・レヴィアタン様と妖怪の長である九尾の狐、八坂さんがいた。

 二人とも正装に着替えており、当の俺は一応悪魔ということでセラフォルー様の後ろに控える。

 

「あ、お久しぶりだね☆ 赤龍帝くん!」

「そうですね。以前の上級悪魔の儀以来ですか?」

「うん! あ。あのときはすっごくかっこよかったよ! ものすっごく尖ってた☆」

「そ、それはかっこいいって言ってもいいんですか?」

 

 なんて軽口を挟みつつ、俺は八坂さんの方をチラッと見る。

 ……外には鴉天狗を筆頭とした妖怪の中でも猛者が八坂さんの護衛として見張っているらしい。

 それはともかくとして、俺は八坂さんの近くにチョコンと立っている小さな女の子を見た。

 髪色は八坂さんと同じで綺麗な金色、巫女服のような服を着ていて、チビドラゴンズとあまり年齢は違わないか?

 俺の予想では八坂さんの子供であるってのが妥当なところなんだろうけど……っと、こちらをさっきからチラチラと見ているな。

 

「八坂さん、その子は?」

「おお、赤龍帝の。紹介が遅れて申し訳ない―――この子は九重。妾の一人娘じゃ。ほれ、九重」

「う、うむ!」

 

 九重と呼ばれた女の子は緊張からか、少し硬い表情でこちらを見てきた。

 ……年端もいかない女の子が、こんな場にいて緊張するなって方が無理な話だよな。

 

「わ、私は九重と申す! せ、赤龍帝殿のことは母様から聞いているのじゃ! こ、心から感謝を―――」

 

 俺はさっと九重の元に寄って、彼女の頭を軽く撫でる。

 恐らくこの場に九重がいるのは八坂さんの計らいだろう。

 ……自分が謎の連中に連れ去られそうになったとあれば、娘を想う母ならば近くに置くのは当然だ。

 ……だからこそ、この子の周りはピリピリとした雰囲気だったと思う。

 子供っていうのはその場の雰囲気でストレスを感じたり、緊張したりする敏感な存在だ。

 ―――なんてこと言ってると、ますますお兄ちゃんドラゴンって言われるんだろうな。

 

「九重っていうのか、君は。俺の名前は兵藤一誠。そんな堅苦しくなくて、もっとフランクにイッセーでいいよ」

「じ、じゃが……ふにゃ!?」

 

 九重が更に物申そうとするので、俺はチビドラゴンの相手をするように頭をくしゃくしゃと撫で回した。

 

「な、何をするのじゃー! 母様に整えてもらった髪が乱れるのじゃー!」

「あはは、ごめんごめん―――そうだよ。それくらい騒がしいくらいが子供は可愛いんだからさ」

 

 俺はくしゃくしゃになった九重の髪を直すように手ぐしをして、九重にそう諭すように言った。

 九重ははっとするような表情をしながら、直された髪の毛に手を当てる。

 その光景を見る周りは生暖かい気がするけど、まあいいや。

 

「そ、その……わかったのじゃ、イッセー!」

「そうそう。よろしくな、九重。あ、八坂さん。九重にお菓子をあげてもいいですか? 人間のものは身体に合わないとかは……」

「……ふふ。赤龍帝殿、別に構わんよ」

 

 八坂さんは驚くも、すぐに微笑みを浮かべてそう了承する。

 すると俺は鞄の中に入れていた、チビドラゴンズに修学旅行に行く前に貰った大きなペロペロキャンディを手渡した。

 

「ほら。今からの会話は九重にとっては退屈なものとなるから、これでも食べて暇を潰そっか」

「え、でも……」

 

 九重はそれを貰ってもいいか分からないからか、八坂さんの方を不安そうに見つめる。

 そんな娘に八坂さんは優しく頷き、九重は恐る恐るキャンディーを俺から受け取った。

 それを物珍しそうに見つめながら、九重は可愛らしくはにかんでお礼を言ってきた。

 

「ありがとなのじゃ、イッセー!」

「ああ、どういたしまして」

 

 ……ふむ、やはり子供は可愛いな。

 この子に対しては対チビドラゴンズと同じ対応をしてしまうせいか、異様に接していて癒される!

 さっきまでの緊張も解れたみたいだし、これで少し安心できたならいいんだけど。

 

「話には聞いていたが、ここまでとは思っておらんかったよ。九重が初対面でこんなに懐くとは珍しいものじゃな」

「あれが悪魔が誇るお兄ちゃんドラゴンだぜ? 妖怪の方にも兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンを放送開始させたいんだが、どうだ?」

「うむ、それは是非ともじゃな」

「…こらこら、ここにはそんな交渉をしに来たわけではないのですよ?」

「むむむ、ホント最近子供達の人気が赤龍帝ちゃんの方に流れて困ったものなのよ! あ、でも私も一ファンとしてコラボとかしたいなー、なんて!!」

 

 なんか大人の方々が色々な思惑を張り巡らしているようだ。

 まあそれはともかくとして……

 

「―――んじゃ、会談を始めようぜ」

 

 しばらくしてからのアザゼルの一言で、四勢力による緊急会談が始まった。

 ―・・・

 会談の議題はもちろん、先日の禍の団による襲撃事件のことだった。

 実際に禍の団に連れ去られそうになった八坂さんに、英雄派のトップの一角、清明と邂逅した俺。

 この京都で良からぬことを企んでいる禍の団の対策と、それに伴う双方の協力関係を結ぶための会談……ってところか。

 

「い、イッセー……む、難しいのじゃ! こ、これも私の無能さのせいなのか!?」

「いや、違うからな? 九重はその年にしてはすごく頭がいいよ?」

「あ……イッセーのナデナデはすっごく優しいのじゃ〜」

 

 ―――ちなみに俺は話を聞きつつ、この場において場違いとも言える九重の面倒を見ていたりする。

 今は用意して貰った椅子に俺が座り、膝の上に九重が座っているほど仲が良くなっている。

 まあ俺もその分可愛がっているんだけどな。

 ……これはチビドラゴンズに匹敵する愛くるしさかもしれない。

 あの三人とはまた違うタイプの可愛さを発揮してるな!

 

「……んとまあ、あそこがアットホームしてる間に話は纏まったな」

「そうね☆ それも踏まえてこちらからの要求と、そちらの要求を提示しましょう!」

「うむ。こちらは要求は定まっているのじゃ」

 

 アザゼル、セラフォルー様、八坂さんの考えは纏まったようだ。

 なお俺は九重の尻尾をモフモフしながら九重と戯れる。

 

「では我々三大勢力からの要求を私から申し上げます。妖怪の方々による支援、が主となります。この京都が戦場になることも考えられ、その場合の人民に対する被害を出来うる限りなくすための協力をお願いしたいのですが……」

「無論、快諾しよう。妾も同じ考えであるからのぉ」

「ありがとうございます。それともう一つなのですが、今後の妖怪と我々のことでの―――」

 

 それからガブリエルさんは今後の三大勢力と妖怪との友好関係についてを八坂さんに伝える。

 八坂さんは何度も首を縦に振って頷く。

 そしてひとしきりガブリエルさんの話を聞いた後、次は自分というように話し始めた。

 

「ふむ。我々としてもそなたらの協力を惜しむ理由はない。もちろんそちらの要求は全て呑もう―――じゃが、こちらはそちらよりも要求が多い」

「へー、そーなの?」

「うむ。今京都で起こっている緊急事態は、妾たちだけでは解決は不可能じゃろう。故にそのあたりの要求が増えてしまったのじゃ」

「問題ない。言ってみてくれ」

 

 八坂さんの言葉にアザゼルは同意をするようにそう催促した。

 

「うむ。まず一つはおぬし等と同じで、我々に協力を要請すること。次は……九重のことじゃ」

 

 八坂さんはそこで俺と戯れる九重を見た。

 焦点を当てられた九重は途端にビクッとして先ほどと同じように緊張しそうになるも、俺はすぐに頭を撫でてあげて緊張を和らげた。

 

「なぜ妾が彼奴らに狙われたと考えてみた。その一つの答えが、『妾が九尾の狐』であるからじゃ」

「その狙いで自分が狙われたと考えるなら、もしかしたら娘も狙われるのではないかって考えたわけか」

「そうじゃ。妾はまだ自分を守る術はある。しかし九重はまだ生まれて間もない子供じゃ―――この問題が片付くまで、九重をお主らに預けたいと考えておる」

 

 ……その瞳は他の誰でもない俺に向けられているような気がした。

 八坂さんの意見は最もだ。

 母親が狙われて、娘が狙われない確証なんてどこにもない。

 何よりガルブルトはそんな外道をする存在だ。

 ……俺は手元にいる小さな九重を見た。

 

「……九重。辛いのは分かっておる。じゃがこれはな? 妾としても予想外のことなんじゃ。どうかそれを分かっておくれ」

「母様……」

 

 こんなときに一緒にいることのできないことが悔しいのか、八坂さんは申し訳なさそうな顔で九重を見る。

 当の九重は少し俺の手を強く握り、不安そうな上目遣いで俺を見てきた。

 ……俺って子供に弱いんだよ。

 こんな不安そうな目をする小さな子供を、放っておけるはずがない。

 お兄ちゃんドラゴンを成り行きとはいえ、やってるんだからさ。

 ここで九重を不安のままにしたら、お兄ちゃんドラゴン失格ってもんだ。

 

「―――大丈夫ですよ」

 

 至って、いつも通りの台詞だ。

 その言葉に誰よりも驚いたのは八坂さんで、少し笑みを浮かべるのはアザゼルとガブリエルさん。

 九重は目をキョトンと丸くして、俺をじっと見ていた。

 

「九重は俺が守ります。この京都で起こる問題だって、俺たち(・ ・ ・)が解決します。これでも上級悪魔ですし、何より……―――守護覇龍を名乗るのなら、これくらいはやらないと俺の中の相棒たちに怒られそうなので!」

「……すまない、赤龍帝殿」

 

 八坂さんは頭を深々と下げて、そう礼を言ってくる。

 ……だけどまだだ。

 おそらく、八坂さんの要求はまだ終わっていない。

 なぜなら、まだ彼女の口から『朱雀』の名前が一言も出ていないからだ。

 しかしそれ以降、八坂さんは朱雀の名前を出すことなく、会談は終わった。

 ―・・・

「のぅ、赤龍帝殿。少し良いか?」

 

 会談が終わってすぐ、八坂さんは俺に話しかけてきた。

 ……まあ予想はできていたから、俺は特に身構えることなく頷いて、八坂さんと共に会談をしていた室内から退出する。

 九重はガブリエルさんに預け、俺と八坂さんはその隣の部屋に移動した。

 ……まさか俺と話すためにこの部屋も用意していたのか?

 

「聡明なお主のことじゃ。なぜ妾がお主に話しかけたことも予想はついているじゃろう?」

「……まあある程度は。朱雀のこと、ですよね?」

「……本当にお見通しなのがつらいのぉ」

 

 八坂さんは苦笑いをして、扇子をバサッと開いて軽く仰ぐ。

 

「……朱雀が生まれてからずっと、妾はあやつを気に入っていたのじゃ。あやつは土御門にしては純真な心の持ち主でな。汚れきった土御門の家にはもったいない存在じゃった」

「……そうですか」

 

 内心、土御門の腐った部分を知っている八坂さんに同調する俺。

 

「他人を、更には親族であろうと蹴落とすことしか頭にない馬鹿者しかおらんかった。そもそもそのような教えを子供の頃に叩き込まれたものばかりじゃからな―――それでも、朱雀は真っ直ぐに育ったのじゃ」

「……真っ直ぐに、か」

 

 ……母さんを追放に追い込んだ土御門。

 そんな劣悪な環境で正しく有れた朱雀は、一体どれほどの苦労してきたんだろう。

 自分を見失わず、楽な道に逃げようともせず……俺は八坂さんの話を聞きながら、内心そう思っていた。

 

「……朱雀が真っ直ぐに成長した訳。それは奴の憧れが存在していたからこそじゃ」

「憧れ、ですか?」

「……そう。朱雀にはのぅ。心から慕い、心から憧れていた存在が二人いた」

 

 八坂さんはすぅっと自身の簪を髪から抜き去り、それをじっと見つめながらそう言う。

 

「一人は土御門でも最も有名である伝説の陰陽師、安倍晴明じゃ」

「っ……」

 

 俺は不意に先日邂逅した清明のことを思い出し、その言葉に反応する。

 八坂さんはそれに気づいていないのか、すぐさまにもう一人の名前を口にした。

 

「そしてもう一人は、朱雀の実の兄であり、土御門を追放された男―――名を、土御門白虎という男を奴はずっと慕っていたからこそ、朱雀はここまで真っ直ぐでいれたのじゃ」

「……朱雀が兄のことを慕っているのは知っています。ですが、なぜ朱雀が慕うほどの男が追放になってしまうのですか?」

「……そうさな」

 

 八坂さんは少し苦虫を噛むように苦しい表情を作る。

 ……そうだな。俺もそんなこと、理解している。

 ―――それほどに正しい存在が拒まれる。それが土御門だ。

 

「白虎は……そうじゃな。非常に賢かった。聡明で冷静沈着。常に先を見据え、文武両道な好青年じゃった。奴を慕う者は多く、兄弟の朱雀を誰よりも厳しく、しかし誰よりも可愛がっていた」

「……それが何故、追放に?」

「―――正しすぎたんじゃよ。白虎は」

 

 八坂さんは、そう告げる。

 

「ある時、白虎は土御門の裏で暗殺を企てる輩に気がついた。もちろん白虎はすぐさまその解決に尽力を注ぎ、あまりにも完璧すぎる策で暗殺を打開させた―――それが邪魔と感じたんじゃろう、土御門は」

「……たった、それだけで?」

「そうじゃ。たったそれだけで身内をも追放に追い込む。それが土御門じゃ。白虎の出生が分家の下の位ということも加味したのかもしれんの」

「……分家だから、身分が低いから優秀でも正しくても追放される―――そんなのって、あるかよっ!!」

 

 ……今は滅んだ本家に対して、俺は感情的な声を上げる。

 机をバンッ! っと叩きたくなる気分になるが、それを何とか堪えた。

 ……母さんを傷つけ、朱雀の兄をも己の目的のために不幸にする。

 ―――心の何処かで、滅んでも擁護が出来ない気持ちになっていた。

 

「……兄が追放され、残された朱雀は心に誓ったんじゃ―――この間違った家を変える。そしていつでも大切な兄が帰ってこれる居場所を作る、と」

「……でも、そこがもう無いから、朱雀は今、暴走しているんですよね?」

 

 八坂さんは頷く。

 ……復讐なんかじゃないんだろう。

 朱雀はそこまで土御門に未練があったようには思えない。

 それでも朱雀を突き動かすものは何なんだろう。

 ……それは、あいつに直接聞かないといけないよな。

 俺がそんな風に考えている時であった。

 ……八坂さんはふと何かを見抜いたように、確信めいた言葉を俺に言ってきた。

 

「―――お主、土御門を以前より知っていたようじゃな。しかも腐った部分を。でなければ先程の怒りは説明がつかん」

「……まあお見通しなんですよね。はい、あなたの言う通り、俺は少し前から土御門の闇を知っていました」

「そうか。だからお主は……」

 

 すると八坂さんは、俺をじっくり観察するように見つめてきた。

 その目は何処か懐かしいものを見る目であり、八坂さんはそっと席を経つと、両手で俺の頬をそっと包んだ。

 

「お主はあやつに似ているのじゃな。特にこの目が似ておる。そんなお主を見ていると、つい想ってしまい感慨にふける―――まどか(・ ・ ・)は、元気にやっているのかと」

 

 ………………………え?

 や、八坂さんは今、なんて言った?

 

「すまんな。まどか、というのは土御門を追放になった女子のことじゃ。その身に余る体質で土御門から干され、心を閉ざしてしまった女子でな。……妾が追放を知ったときには、もうどこにいるかも分からず、ずっと後悔したものであった。あの時、妾が彼女を救っていれれば、と」

 

 八坂さんは本当に悲しそうに、そう淡々と話す。

 ……俺は内心、泣きそうなくらい涙がこみ上げていた。

 母さんを分かってくれるヒトが、母さんのために悲しんでくれる人がいる。

 救おうとしてくれたヒトがいるというだけで、こみ上げるものがあった。

 ……だから言おう。

 このヒトは、八坂さんは誰よりもそれを知らないといけない。

 だから……

 

「元気ですよ、俺の母さんは―――兵藤まどかは」

「そうか、すまんのぅ。慰めるようなことを言わせてしま……ちょい、待て。お主、今なんと?」

 

 八坂さんは、途端に表情を変える。

 悲しそうな表情から一転して、信じられないような表情に。

 それを確認して、俺はポケットの携帯から一枚の写真を表示させ、八坂さんに見せた。

 ……ついこの前に三人で撮った写真。

 真ん中に母さんがいて、俺と父さんの腕を満面の笑みで組みながら、本当に幸せそうな表情の母さん。

 父さんと俺も苦笑いを浮かべながら幸せで、それを八坂さんは見つめていると……次第に八坂さんの瞳から涙が零れた。

 

「母さんは……兵藤まどかは今、幸せです。自分の全て知っても自分を受けいてくれる最高の旦那がいて、そんな二人を大好きな子供がいます。俺が崩れたときは俺を救ってくれるほどに強くなりました―――八坂さん、だからあなたは苦しまなくてもいい。だって、母さんはこんなにも今、幸せなんですから」

「そうか……っ! それならば、妾は安心じゃっ!! ありがとう、本当に、ありがとう―――っ!」

 

 八坂さんは本当に嬉しそうにそう言って、涙を流す。

 ……ありがとうございます、本当に。

 だからあなたと母さんは再会するべきだ。

 その涙は、母さんの前で取っておいてください。

 だって俺の前で見せるのは勿体無いから。

 

「……その涙は、母さんの前でとっておいてください。八坂さん」

「うむ……っ、うむ……っ!」

 

 ……その頷きと裏腹に、八坂さんの涙は止まらなかった。

 ―・・・

「京都の観光は私に任せるのじゃ!」

 

 それから数時間後。

 俺は会談の料亭から九重を連れて出て、今はアーシアたちと合流していた。

 本日の活動は完全なフリーであり、他のクラスを交えても良いし、しっかりと担任にどこにいくかを連絡すれば、遠出の許可も出る。

 ……だから非常に都合が良かった。

 禍の団を警戒するためにも眷属の他のメンツと合流する方が都合が良いし、動きやすいというのもある。

 

「とりあえず集まれたね。イッセーくんにアーシアさん。イリナさんにゼノヴィア、黒歌さん、そして……」

 

 ふと祐斗は俺の後ろを見た。

 ……そこには以前の格好とは違い、若者らしい私服に身を包んだ朱雀がいた。

 ―――先日、朱雀から告げられたお願い。

 自分を俺に同行させて欲しいという願いを俺は叶えた。

 表情は相変わらず固く、かなり居心地が悪そうだ。

 

「ああ、こいつはしばらく俺たちに同行する土御門朱雀。んで、この金髪の女の子は俺が護衛することになった八坂さんの娘の九重だ」

「よろしく頼むのじゃ!」

「……申し訳ございません」

 

 元気良く挨拶をする九重とは対称的に、朱雀は低い声で会釈をするように挨拶をする。

 ……元来が人見知りなのか、それとも今回の件で心が沈んでいるのかは分からない。

 本人に直接聞いていないにしろ、俺は朱雀の事情をある程度知ってしまった。

 ……後で話をする。

 土御門でも、こいつのことは信じようって決めたんだ。

 

「とりあえず立ち止まっていても埒があかないし、移動しよう! お前ら、何がしたい?」

「はい! 私は京都のスイーツ巡りをしたい!」

 

 勢い良く挙手をするイリナは、早速女子らしい提案をしてきた。

 その言葉に頷く女神……じゃなかった、アーシア。

 

「よし、スイーツ巡りにしよう。流石はアーシア。的確な提案だな!」

「ち、ちょっと、イッセーくん!? 提案したのは私なのよ!?」

「え……気のせいじゃないのか?」

「気のせいじゃなぁぁぁぁい!!」

 

 イリナと俺の馬鹿らしい小芝居で周りからはドッと笑いが生まれる。

 あの表情も固かった朱雀もそれで笑みを浮かべ、内心俺は安心する。

 ―――なんだ、ちゃんと笑えるじゃん。

 俺はそう思いつつ、傍目を案じて九重の頭に手をポンと置いて、話しかけた。

 

「んじゃ九重。案内頼むな?」

「うむ! 早速移動するのじゃ!」

 

 ……こうして修学旅行二日目の、この奇妙な面子による行動が開始した。

 あ、ちなみにだが……

 

「ぇぇぇ……どうして私がこんなむさ苦しい松田と元浜と行動しないといけないのかしら?」

「うるせー!! 朝起きたらもうイッセーがいなかったんだよチクショー!」

「ぅぅ……イッセー氏は、最近優しいけど冷たいのである」

 

 ―――同じ班の桐生や松田と元浜は、何故か三人で行動しているそうだ。

 ―・・・

「キャーーー☆ このパフェすっごく大きいわよ!!」

「イリナ、少しは落ち着いて……いや、だがこれは大きいな、ふふふ」

「うむ! 私の一押しの店じゃぞ! ここの超ジャンボ満足京都パフェは絶品じゃ! ……ちとでかすぎるのが難点ではあるけど」

「ふぇぇ……九重ちゃんの背丈くらいあります!!」

「にゃふふふ……これは食べる価値があるにゃん♪」

 

 九重のオススメで入った店内で、九重の背丈を越す巨大なパフェが運ばれる。

 ……なんであれ見て目をキラキラさせてんだ?

 それに驚きだよ!

 ってかイリナがどこぞの魔王少女みたいになってるし!

 

「……あれは胃に悪いね、あはは」

「ど、同感です。あんなものを食べる彼女たちの気がしれません」

「あ、ああ。まあ女の子にとって、甘いモノは別腹らしいせど……」

 

 あれに関しては別腹でも無理だろ。

 そんなことを会話する俺、祐斗、朱雀は別席にてその光景を苦笑いをしながら見ていた。

 俺たちの頼んだものは至って普通だ。

 俺は抹茶アイスの乗ったパンケーキ、祐斗は紅茶に抹茶ケーキ、朱雀はあちらとは別の、普通のサイズのパフェ。

 ……普通っていうか、なんか女子力が高いよな。

 まあ朱雀は当然だろうけど。

 

「……まるで悪魔とは思えないですね。貴方たちは」

 

 ふと、思いついたように朱雀はそう言葉を漏らした。

 ……昼間からこんなに俗世に染まってる俺たちが悪魔って言われても、確かに信じられないものだろうからな。

 朱雀はスプーンでパフェの生クリームとアイスをすくって、口に入れる。

 

「そんな貴方たちを見ていたら、一人肩に力を入れていた自分が馬鹿のように思えます」

「それは仕方ないだろ? お前は家族を殺されたんだ。それで悠長にのんびりしろって方が酷だろう?」

「ええ、そうですね。ですが……私は重圧に呑まれそうになっていました。自分が犯人を捕まえるのだ、と。ただそれ一つだけに動き、視線の先全てに疑心暗鬼になっていた―――それでは見えるものも、見えなくなるのでしょう」

 

 クスリと微笑む朱雀。

 その笑みはさながら一枚の有名な画家に描かれた人物画のように、華やかにも儚げにも見えた。

 

「そういう意味では、特に赤龍帝殿には感謝しています。私を案じてこのような催しに参加させてくれているのです。……ですが大丈夫です。私はもう冷静ですから」

「……そっか」

 

 その言葉が本当のものと知り、俺は肩の荷が下りる。

 ……周りに注意を向け続ける朱雀は危うかった。

 少し前の自分といえば良いのかな? アーシアを旧魔王派に殺されたと思って暴走し、覇龍を暴走させたときからの自分とどこか似ているようにも思えた。

 ……実際に朱雀の状況はそれよりもひどいんだから、本当なら心が乱れていてもおかしくないと思うんだけどな。

 冷静さをここまで取り戻せるところにも少し疑問を感じてしまう。

 この冷静さの所以が朱雀の兄貴の土御門白虎の存在なのか?

 ……そこの辺りを朱雀と話をしたいところだ。

 

「楽しめるときに楽しむ。特に俺たちは人生で一度きりの修学旅行だから、さ」

「……そうですね。申し訳ないです、赤龍帝ど―――」

「それも禁止だよ、朱雀」

 

 俺は朱雀が赤龍帝と呼びそうになるのをピッと止める。

 そうだ、朱雀は俺に対して固すぎる。

 呼び方から、あいつの性質かもしれないけど言葉遣いに至っても。

 これから少しの間だろうが一緒にいるんだし、何より―――一応、従兄妹だからな。

 こいつはそんなこといざ知らずだろうけど。

 

「俺の名前は兵藤一誠だ。そいつは俺じゃなく、ドライグの異名だからさ」

「し、しかし……」

「しかし、じゃねぇよ。俺は名前で呼んでくれって頼んでいるんだからさ? いつまでも他人行儀だと、これからの行動に支障ができるだろ?」

 

 俺は自分の皿のパンケーキを無理やり朱雀の口の中へ入れ込んで、二カッと笑ってそう言った。

 朱雀は目を見開いて驚いているものの、次第に口をモゴモゴと動かしてパンケーキを食べる。

 

「……わかりました、イッセー様」

「まだ敬語だけど、まあいいや。……って祐斗、何で朱雀を睨んでいるんだ?」

 

 俺はそこで祐斗が朱雀を睨んでいるのに気づき、そう指摘した。

 

「いや、イッセー君からあ~んを羨んでいるわけではないよ? ああ、全く以って羨ましいよ、あはは」

「どっちだよ。ってかキモいぞ、祐斗」

「なんのことかな? あはは」

 

 祐斗が歪んだ笑みを見せるが、俺はそれに対して恐れしか抱かなかった……っ。

 なんか寒気を感じたんですけど!?

 ……あぁ、平行世界の祐斗が恋しくなるな。

 なぁ平行世界のイッセー、お願いだからこっちの祐斗と綺麗な祐斗を交換してくれ。

 なんて現実逃避をしていると、俺は女性陣を見た。

 そこには―――

 

「にゃふぅ……ちょろいにゃん、これしき」

「全くだな。こんなもので私たちの胃が満足できるものか」

「全くよ! もっと美味なるものを食べ歩くのよ!!」

「は、はわわ……皆さんのお腹が私は一番怖いですぅ!!」

「あ、あれをたった三人と食べるとは天晴れじゃ!! ……。あ、私食べてないのじゃ……」

 

 ―――あれほどの大きさを誇っていたパフェが、たった三人の手で完食されていたのだった。

 俺はそれに対して驚愕を覚えつつ……

 

「九重、こっちにおいで?」

「……うん」

 

 一人しょんぼりしている九重を膝の上に乗せながら、俺のパンケーキを半分こしたのであった。

 なお、これで九重は更に懐いてくれたのである意味あいつらに感謝したのであった。

 ……ふむ、これは九重とチビドラゴンズは良い友達になれるんじゃないかな?

 そんな計画を頭で描きつつ、俺たちはお店から出た。

 ―・・・

「ここは清水寺子安の塔じゃ! 寺名では泰産寺といわれ、その名の通り子を安産で授かるや、子を授かるというご利益があるのじゃが……おぬしら、なぜそんなに本気で祈願しておるのじゃ?」

「「「…………」」」

 

 次に俺たちが来たのは清水寺。

 その清水寺の本堂から錦雲渓をへだてた丘の上にある建築物で、九重の説明通り、安産祈願のお寺なんだけど……イリナを除く面子はその説明を聞いた瞬間に黙って掌を重ねて祈願を始めた。

 その形相は最早怖いと形容しても良いほどだ。

 ……うん、真剣すぎて逆に怖い。

 現に九重が驚きと恐怖で怖がっている。

 イリナはイリナで何故かあいつらに向けて羨ましそうな顔をしているし……あれか、天使的に祈願したら「子供を作りたい」って解釈から、堕天してしまうってわけか。

 まあそんなことを考えている時点で堕天の狭間に迷い込むってものだけど……まああいつにとって日常茶飯事だもんな。

 

「彼女たちは何を真剣に祈願しているのですか? 彼女らはまだ未成年とお見受けしますが……」

「それは触れないでくれよ、朱雀」

 

 朱雀は本気で不思議そうな顔で俺にそう言ってくるから、俺も返答に困るってものだ。

 ……俺は子安の塔から見える清水寺の諸堂の風景を見て、感動する。

 

「……いつ見ても、ここからの風景が好きです」

 

 ……ふと、朱雀がそう言葉を漏らした。

 それは先ほどまでの張り詰めた敬語でもなく、心の底から漏れ出た本音のように聞こえた。

 ……聞くなら今しかない気がした。

 

「……それは、お前の兄との思い出か?」

「……そうですか。そういえば私はあなたに兄の存在をお話しましたね」

「悪い、それだけじゃないんだ―――八坂さんと話をした、っていえば通じるかな?」

「っ。……そうですか。八坂様がお話したのであれば、それほどに貴方が信用に値すると納得します」

 

 朱雀は少し衝撃を受けるも、すぐに平然を取り戻して薄く笑った。

 

「……兄さんは、聡明な人でした」

 

 朱雀は諸堂を見つめながらそう言葉を漏らした。

 

「間違いを正し、その正しき道の先で居場所を失い、追放された―――知っていますよ、土御門が間違っていることは誰よりも私が知っています」

 

 独白のように、朱雀は言葉を紡ぐ。

 

「正直にいえば、私がすぐに冷静を取り戻せるのは、土御門の崩壊に対しては悪い感情を持っていないからです。兄を追放した家などどうでも良い。私が許せないのはたった一つです」

「……教えて、もらえるか?」

 

 朱雀は頷き、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。

 そして―――

 

「私はこのような理不尽を許さない。―――私は、土御門を変えたかった。この手で今の土御門を壊し、優しい家にしたかった。そのための努力が、私は第三者のせいで台無しにされた。それが耐え難いのです。だから怒りの矛先を敵に向けていなければ、私はどこに進めば良いかわからないんです」

 

 ……全ては大切な人のための行動が、行動自体に意味を失くしてしまった。

 だから向かう道が分からず、ただ目の前の禍の団を追いかけるしかない。

 朱雀はそんな道を……道もない道を、進もうとしているのか?

 

「……私は、本当は兄さんに付いていきたかった」

「朱雀、それは……」

「分かっています。それがどれほど厳しい道程だということは、当時から理解しておりました。……そうだと分かっていても、私は兄さんに付いていきたかった―――でも兄さんは私にそのとき、言いました。お前は、土御門に残れと」

 

 朱雀は掌を広げて、手元に青白いオーラを軽く光らせる。

 妖術のようなものだろうか。

 それをそっと握り、空を見上げた。

 

「兄さんは私にこの家を変えろと言ってくれました。だから私は頑張れた。厳しかった兄さんが、私を認めてくれたからそうお願いしてくれたと思い、私は努力を重ねました。……土御門の次期当主候補に成り上がり、少しずつ土御門を変えて、最後は―――兄さんの居場所を、作ろうと思っていたのに……」

「…………」

 

 朱雀の声が次第に小さくなる。

 怒りか悲しみなのかは変わらないけど、拳を強く握りしめていた。

 

「私は……何をすれば良いか分からない。私はいつだって自分で決めたことがありません。……貴方に同行しようと思ったのは、何より貴方を見ていれば何か分かるかもしれないと思ったからなのです」

「…………」

 

 ……他力本願、という言葉が思いついた。

 朱雀は自分の進む方向を見失っている。

 目の前にあった目標を潰され、一体何をすべきかが絞れていない。

 兄を追放した土御門を変えたい、兄の居場所を作りたい。

 その願いすらも、彼には叶える術がなくなってしまった。

 だから進む道筋を知りたい。

 道筋を欲しているんだ。

 例えそれが他力本願で、自分でも情けないことだと分かっていても、朱雀はそれを理解した上でなお欲している。

 ……でもそれは、間違いなのか?

 ヒトは誰しも、最初から自分で決めて自分で進むことは出来ない。

 親の敷いてくれたレールを進みつつ、その過程で自分だけの道を見つけて行く。

 そうして成長していくんだ。

 朱雀は……その成長過程でこの事態に直面した。

 頼れる仲間も友もいないあいつに、自分で決めろなんてことは……俺は決して言えない。

 例え甘いと言われようが、それが俺の考えだ。

 だから俺は―――

 

「朱雀。俺の母さんの旧姓は……土御門っていうんだ」

 

 朱雀の味方であろう……そう、決めた。

 

「…………えっ?」

 

 朱雀は突然の言葉に、目を丸くした。

 だけど俺はそんなことお構いなしに話を続けた。

 

「俺の母さんはお前の兄さんと同じで、土御門を追放された。理不尽な理由で人生を台無しにされて、それでも土御門に向き合おうとしている」

 

 家族に蔑ろにされ、家さえも追放されたのに、今、この状況で母さんは土御門と向き合おうとしているんだ。

 決して恨み辛みを吐くわけでもなく……母さんは自分で決めた。

 だから京都に、この地にやってくる。

 

「朱雀。お前はやりたいことがあるはずだ。お前が禍の団を追いかけているのだって、本当は分かっているんじゃないか?」

「わ、わかっているって……私は分からないから、今もこうやって……」

「―――お前の兄貴にとっての居場所って、本当に土御門なのか?」

 

 俺がそう言った瞬間、朱雀から表情が失われる。

 

「優秀で、正しい正義を持っている。そんな奴が土御門に帰りたいと思えないんだ」

「―――それならばっ!! なぜ兄さんは私に土御門を変えてくれと言ったのです!? それはつまり、俺の帰るところを作れと言っているのと同じではないですか!?」

 

 ……朱雀は初めて声を荒げる。

 その声量に周りの視線がこちらに向くが、俺は構わず話続ける。

 

「真実は知らない。でも一つだけわかることがあるとすれば……なんとなくだけど、土御門白虎は俺に似ている気がしたんだ」

 

 もちろん性格とかの話ではない。

 それは、そうだな……考え方、と言えばいいか。

 俺なら自分の居場所を他人に作ってもらおうとは思わない。

 だから何となくだけど……土御門白虎は朱雀になにか思惑があって、その言葉を託したんだと思う。

 その詳しいことは分からないけど。

 

「朱雀、お前は生真面目すぎる。そんなんだったら、見えるものも見えなくなる―――きっと、お前の兄さんだったらこう言うよ」

「…………っ」

 

 朱雀は俺の言葉に対して固唾を飲んで、そして俯いてしまう。

 ……朱雀、今のままじゃお前は前に進むどころか、後ろに後退してしまう。

 まだまだ付き合いは短いけどさ。それを俺は見たくないんだ。

 後ろに下がるな、なんてことは絶対に言わない。

 だけど……後ろに下がった以上に、次は前に進まないといけないんだ。

 

「朱雀、俺は答えは出さない。この問題はお前が決着を着けるべきだ。……そうじゃなきゃ、お前は前に進めないだろ?」

「……そう、ですね―――私は考えが甘かった。あなたに着いて行けば何かを掴めるぐらいにしか考えていませんでした。……でもよかった。貴方に着いてきたのは、何にも変え難き幸運であった」

 

 朱雀は少し微笑んで、先ほどとは別物の穏やかで素直に美しいと思える表情を俺に見せた。

 

「それにしてもイッセーさまが私の従兄弟とは思わなかったです」

「遠縁が妥当だろうな。何せ俺の母さんは―――」

 

 俺は元本家の長女であった母さんの名前を出そうとした瞬間であった。

 ―――ゾクリ、と背筋が凍るほどの悪寒を感じた。

 

「……よぅ、随分とまあ無防備だなぁ―――兵藤一誠よぉ」

「……っと、なんなんだよお前は。こっちは修学旅行っていうのにさ―――ガルブルト・マモン」

 

 ……突如俺たちの真正面から姿を現すのは、ガルブルト・マモンであった。

 相変わらず歪んだ気味の悪い笑みを浮かべてやがる。

 ―――だけど、こいつの存在に気づかなかったのは怠けていたからではない。

 それはこいつがあまりにも魔力の隠匿がうまかったから。

 目の前に現れるまで、それに気づかないほどに。

 

「昨日の今日でまた襲撃か? 暇な野郎だな」

「抜かせ。俺様はこれでも楽しみの一つなんだぜ?―――てめぇと戦えるこの時がなぁ!!!」

 

 ガルブルトは手元に魔力の塊を作り、好戦的な笑みを浮かべて俺へと襲いかかろうとする。

 俺も朱雀も交戦の態勢を整える。

 俺はいつでも二つの神器を展開できる準備をして、朱雀は例の宝剣の神器を展開を半分展開する。

 この以上事態に気づいた黒歌たちもガルブルトに警戒をしており、空間に異常な沈黙が続いた。

 ―――だから気付かなかったんだ。

 辺りに誰も人が存在しないことに、今の今まで。

 これだけの騒ぎで、こんな昼間にヒトの叫び声が聞こえてこないことに。

 ……ざくっ。

 その辺りに散りばめられている砂利が鳴る音がする。

 それは一つではなく、幾つも聞こえる。

 俺は横目でその音のする方向を見た。

 そこには……

 

「―――ガルブルト・マモン殿。その者たちは俺たちの標的ですよ」

「全くよ。私達が高みに登るための”足掛かり”を奪わないでよねー♪」

「まあまあ、落ち着きましょう。まだ手は出していないようですし」

「んなことより、あの悪魔諸共でもいいじゃねぇか!?」

「あ。あの茶髪の男の子、お兄ちゃんドラゴンだ! 後でボコボコにしてサインもらおーっと♡」

「…………」

「こちらは結界の創造は完了だ」

 

 ―――黒と白の制服のような服が入り混じった一学生集団。

 まるで俺たちと同じように修学旅行生としから思えない。

 だけど―――奴らはただの人間ではない。

 黒い方の学ランのような服を着て、奴らの先頭に立つ男。

 あいつは……っ!!

 

「―――曹操。英雄派のトップ……っ!!」

「はは、覚えてもらえて光栄だよ。赤龍帝 兵藤一誠」

 

 ……駒王学園のオープンキャンパスで俺の前に現れた英雄派の二大トップの一角、曹操。

 曹操はさわやかな笑みを浮かべつつ、そっと自分の隣に空間を空けた。

 ……曹操の隣。そこにふと一人の男が奥から歩いてきて、曹操の隣に立った。

 それは―――

 

「数日ぶりだ。兵藤一誠」

「……安倍晴明」

 

 英雄派の二大トップの一角にして、曹操と共に英雄派を率いる長。

 先日俺の前に姿を現した男、安倍晴明であった。

 俺はそれらの存在に対して更に警戒をする。

 ……恐らく英雄派の幹部クラスが全員勢揃いしている。

 ……元に黒歌はここにいる誰よりも奴らを警戒していた。

 あいつらの実力を知っているのかもしれない。

 

「そんなに驚くこともなかろう。少なくとも、君の隣にいる朱雀ではないのだから」

「……? お前、何を言って」

 

 俺は突如奴が呼んだ朱雀の名に驚き、ふと隣を見た。

 そこには―――目を見開いて、じっと晴明を見ている朱雀であった。

 

「す、朱雀? 一体なんなんだ、あいつは。まさかお前と知り合い―――」

 

 そこまで言って、俺は自分の中で何かが繋がったように答えを見つけた。

 ……京都を見納めといって、各地の名所を回っていた晴明。

 土御門を追放された晴明に、そもそも安倍晴明という名前。

 何より朱雀のこの表情。

 ……そうか。

 やっと合点が一致した。

 それならば朱雀が驚くのも無理はない。

 ……何故なら、彼は―――

 

「どう、してなのです……っ! どうして貴方がそんなところにいるっ!? ―――兄さんっ!!!」

「―――その呼び方は実に久しぶりだ、朱雀。大きくなったな」

 

 ―――土御門白虎。土御門を追放された、朱雀の兄。

 まさかあいつの兄が、禍の団にいるなんて思いもしなかったっ!

 それになんで妹が驚いているのに、あいつはあそこまで冷静な―――

 

「流石は俺の自慢の()だ」

『――――――え?』

 

 ……恐らく、この場にいるガルブルト以外の声が綺麗に重なった瞬間であった。

 ……え? お、弟?

 

「す、朱雀? お、お前って、もしかしなくても……男、だったの?」

「何をこんな時に言っているのです!! そんなもの、見れば分かるでしょう!?」

 

 ……いや、朱雀さ。

 俺、お前のことを心の中で絶世の美女とか、美しいとか連呼してたんだぜ?

 うん、だからさ―――

 

『わかるかー!!!!!』

 

 ……この異常事態の中で、俺たちは声を一つにしてそう言うのであった。

 ―――このビックリするほどシリアスな状況で。



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第6話 英雄との開戦

「……んだ、この茶番はよぉ」

 

 ムカつくほどにド正論を一番狂っている人物が吐くのが何とも皮肉なもんだよな。

 先程までのシリアスが一転、その場にいる全員で総ツッコミをしたものの、現状は何も変わってはいなかった。

 俺たちの前にはガルブルト・マモンと英雄派の面々。

 正直にいえば、今ここで戦争を始めると言われても不思議ではなかった。

 それほどに状況は最悪であり、俺も冷静さを保っているように見られているかもしれないけど、内心ではかなり焦っている。

 ……ガルブルトに英雄派を相手にするには、今の面子では難しい。

 

「おい、てめぇら人間は黙ってババアの乳でも吸ってろ。ここは俺様の戦場だ」

「いやはや、ガルブルト殿。この場において邪魔な存在は貴方ですよ」

 

 曹操はそんなガルブルトに対して不敵な笑みを見せて、人差し指をガルブルトに向ける。

 

「我々、英雄派の総意により、あなたにはこの場から強制退場をしてもらう」

「はっ! んなもん知るかぁ!!!」

 

 ガルブルトは魔力を放出して、俺たちではなく英雄派の方にプレッシャーとして放った。

 しかし曹操の余裕の笑みは未だに消えず、パチンと指を鳴らす。

 ……その瞬間、ガルブルトの周りに霧が生まれた。

 

「これは―――神滅具かッ!!」

「左様で。これからあなたにはある空間に飛んでもらいましょう。それではまた」

 

 霧に包まれ、次の瞬間にガルブルトはその場から消失する。

 霧、転移……なるほど。俺はそこでその力の正体にたどり着いた。

 ディオドラがアーシアを攫った時、アーシアを拘束していた結界装置。

 あれはこの霧から生まれた力―――絶霧(ディメンション・ロスト)によって。

 上位神滅具の一つであり、その力単体で国一つを消すことが出来るほどの力を持つもの。

 

「あらかじめ用意していた別空間にガルブルトを強制転移したってわけか―――どういうつもりだ、曹操」

「どうもこうもないさ。最初に言っただろう? 君は俺の標的だ。彼は邪魔だったのさ」

 

 曹操は淡々とそう言って、すっと手を広げてなにかを掴む動作をする。

 そして……小さく、呟く。

 

「さぁ、黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)。俺たちの好敵手が目の前にいるぞ」

 

 ……曹操の手に自然と一本の大きな槍が現れる。

 不気味なオーラと共に、今までにないほどの、身を焦がす雰囲気。

 槍の神器、悪魔の身を焦がす不気味なオーラ―――ったく、なんだってあれほどの凶悪なものが向こうに揃っているんだよ。

 ―――イエスを貫いた伝説の聖槍。聖書の神の意志が宿ると言われている神滅具最強の神器。

 神をも容易に屠ることの出来る神滅具の代名詞と言われる神滅具。

 

「少しばかり予想外なことで空気があれだが、こちらは準備は万端だ。なぁ、晴明」

「ふん。……問題があるはずもないだろう」

 

 曹操が気さくに晴明に話しかけるも、晴明はそれをぶっきらぼうに返す。

 その対応に曹操は軽く肩を竦めるが、すぐに仕切り直しというように聖槍を振り切る。

 ぞくッ……たったそれだけの所作でこちらの背筋が凍る。

 槍の力なのか、はたまた曹操の実力なのかはいざ知らずだけど、一つだけ言えることがあるならば……

 

「―――皆、足を竦めるな」

 

 ……他の面子が、個人差はあれど足を竦めていることだ。

 

「ここから先は俺の指示で動いてくれ。敵は不確定な力を持つ禍の団、英雄派の面々。リーダーは前に立つ聖槍を持つ曹操と、朱雀の兄である安倍晴明だ」

 

 俺はそこで籠手とフォースギアを展開し、いち早く交戦意識を皆に見せる。

 

「敵は確かに神滅具を持つ人間だ。一騎当千と言われても不思議ではない―――だけど俺たちは今まで何を相手にしてきた? 不死鳥、伝説の堕天使、そして……神だ。そいつらと戦って、俺たちは勝ち残ってきただろ?」

「……僕は、イッセー君を信じる」

 

 ……すると祐斗はそっと聖魔剣エールカリバーを創り出して俺の隣に立つ。

 覚悟を決めた目だ。

 祐斗は俺の方を見て、ほんの少し微笑んで英雄派を見つめた。

 

「この剣は仲間を護るための剣。僕は仲間を護る剣になると決めた―――それが僕の誓いと願いの剣だ」

「……勇敢な目ですね。晴明、曹操。彼は僕が相手をしよう」

 

 すると曹操と晴明の後ろから現れる、晴明と同様に白い制服を着た白髪の男。

 腰に何本も剣を帯剣しており、恐らくそれら全ては魔剣か聖剣の類だ。

 白髪と聖剣で俺は不意にフリードを思い出したが、もしかしたらあいつも元教会側の人間なのかもな。

 

「初めまして、赤龍帝及びその他の皆さま。僕の名はジークフリート。英雄シグルドの末裔で、派閥としては英雄派の晴明派に属している。以後、お見知りおきを」

「……なんてことだ。まさか、あなたが禍の団に所蔵しているなんてな」

 

 ……ジークフリートが自己紹介をすると同時に、その姿に見覚えがあるのか、ゼノヴィアとイリナが声を荒げる。

 

「知っているのか?」

「知っているもなにも、彼は教会ではトップクラスの戦士だった男さ。腰に帯剣された複数の剣は魔剣。それを扱い幾多もの異端を屠ってきたところから付けられたあだ名が―――魔帝(カオスエッジ)ジーク」

「嫌に教会っぽくないあだ名だな」

 

 俺がそんな嫌味のような言葉を言うと、ジークフリートは苦笑いをするように笑い、俺に声を掛けてきた。

 

「そこを突かれるのは痛いな。自分でも思っているさ。何とも矛盾したあだ名ってね。僕は生まれる種族を間違えたのかな? まあそんなことはどうでも良いか―――さぁ、木場祐斗くん。僕は対等以上の剣戟を望む。君は僕の期待に応えてくれるかな?」

「……そうだね。僕の仲間を傷つけるというなら―――確実に、殺ろう」

 

 祐斗から発せられる剣のような殺気がジークフリートに発せられる。

 

「祐斗、あいつは恐らくお前でしか相手取れない。負担を掛けるのは分かっているけど……頼んだぞ!」

「……ッ! ふふ、イッセー君に頼られたら―――力が何倍にも! 膨れ上がるようだよ!!」

 

 ……すると祐斗は俺の視界から消え、次の瞬間にはジークフリートに切りかかっていた。

 奴は紙一重にその剣を避けたように見えたが、よく見ると奴の頬は軽く切り傷が生まれており、ジークフリートはその切り傷を手でなぞり、歪んだ笑みを見せた。

 

「ははは! いいね、木場祐斗君!! これが僕の望んでいた剣戟だよ!!」

 

 それはジークフリートが祐斗と同格と認めたのか、はたまたライバル認定をしたかのような言葉だった。

 ……神速で戦いを繰り広げる二人を横目に、更に目の前には他の英雄派が現れる。

 

「ジークの剣馬鹿には相変わらず困ったものだよ」

「全くね。普段はスマートな癖に、いざ戦いになると一番のバトルジャンキーなんだから」

「全くです♪ 本当、ジークお兄ちゃんは仕方のない人ですから♪」

 

 曹操が肩を竦める中、次に現れるのは黒い制服に身を包んだ金色の長髪の女性と、白い制服を着る若草色の髪の毛をツインテールのように結った、年齢がかなり若そうな女の子。

 

「私はジャンヌ。ジャンヌ・ダルクの魂を引き継いだ者よ。私の相手をしてくれるのは誰かな~?」

「僕の名前はクー! クー・フーリンの魂を受け継ぐ女の子なのだ♪ さてさて~、クーを可愛がってくれる子はどのお兄ちゃんかな~?」

 

 ……ジャンヌ・ダルクにクー・フーリンか。

 どちらも伝説の英雄だ。

 どうする? 奴らの力は本当に未知数だ。先ほどのジークフリートのような事前情報はない。

 俺はふとを隣を見ると、そこにはイリナとゼノヴィアのコンビが互いに剣を持って交戦の準備をして立っていた。

 

「あのジャンヌとかいう女からは聖なるオーラを感じる。ここは私が引き受けよう」

「私もよ! なんていうか、あのクーとかいう女の子、あざとすぎて同性から見て何かムカつく!!」

「お、おいイリナ! そんな安直な理由で!?」

「そうよ! ―――それに何か、あの子から私と似たような力を感じるの」

 

 イリナは先ほどまでの表情とは裏腹に、スッとした目でクーを見つめる。

 当のクーは未だに不敵に笑みを見せて、ブリブリな反応を見せているが……

 

「ん~、僕はそこのお兄ちゃんドラゴンが欲しかったけど~~~……まぁいっか。それにそこの天使ちゃん、僕とキャラ被っててなんか癪だし」

「なぬ!? 私はそんなにあざとくないわよ!!」

「きゃははは! 自覚症状ないのが一番厄介なんだよ、お姉ちゃん!!」

 

 イリナとクーはそんな言い合いをしながら戦闘へと発展していく。

 ……ゼノヴィアも同様で、ジャンヌと睨みあいながら、動きを窺っていた。

 

「……洗練、されているな。貴様、一体これまでどんな環境にいた?」

「ん~? へぇ……初見でそれを見破るなんて、やるじゃない♪ そうねぇ……一重に―――地獄、かしら?」

 

 ……次の瞬間、ゼノヴィアはその場から飛び立ち、空中から祐斗に用意してもらっていた聖剣による斬撃波を放った。

 ジャンヌと名乗る女はその威力を確かめるように剣のようなものを手元に出現させ、ゼノヴィアの聖なる斬撃波を受け止める。

 ……デュランダルではないにしろ、ゼノヴィアの聖なるオーラは絶大だ。

 それを真っ向から受け止めるなんて、信じられない!

 

「ふむ……良質な聖なるオーラね。なるほど、あなたがデュランダル使い。まあ今持っている剣は贋作のようだけどね」

「……本調子ではないにしろ、私の全力を余裕で受け止める力。そしてその剣―――貴様も聖剣使いか」

 

 ゼノヴィアは聖剣の剣先をジャンヌに向け、鋭い眼光で奴にそう問いかけた。

 それに対しジャンヌは言葉を紡ぐことはせず、次の瞬間―――自身の周りに幾重もの聖剣の束を創り出した。

 

「―――ご察しの通り、私は聖剣使い。いえ、正確には聖剣を創る(・ ・)。……聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)を宿しているの」

「……木場の持つ魔剣創造の聖剣バージョンか」

「まあ彼は聖剣創造の方まで扱えるそうだけど……まあそんなことどうでも良いわ。聖剣使いは聖剣使い同士で戦いましょうか?」

 

 ジャンヌは地面に突き刺さる聖剣を空中に浮遊させ、更に自身も二振りの聖剣を握って一斉に剣を掃射する。

 それに対しゼノヴィアは先に動いていた。

 ―――勘違いされがちだが、ゼノヴィアは速い。

 いつもパワーパワー言っているせいで脳筋扱いされているが、ゼノヴィアだって歴とした騎士の駒を宿すナイトだ。

 テクニックに欠けてはいるが、それを補うための爆発力は祐斗のそれに比べても圧倒的であり、瞬間的速度なら祐斗すらも凌駕する。

 まあ祐斗の場合は初速からの速度をずっと維持し続ける上に、更に加速するから厄介なんだけどな。

 ……ともかく、ゼノヴィアは剣が一斉掃射される前にジャンヌの懐に入り、聖剣の剣先を奴の腹部に目掛けて放っていた。

 ジャンヌはゼノヴィアの速攻に少しばかり目を見開いて驚いていた―――が、脅威的な反射神経でその突きを避け、その場から飛んで手元の二振りの聖剣をゼノヴィアに投剣する。

 一本目を剣で捌くゼノヴィアだけど、二本目は避けきれず頬に一筋、剣による傷が生まれた。

 

「これでお揃いね♪ ……思った以上にテクニックがあるようね。なんていうか、洗練されているというよりは野性的な戦闘センスかしら? 天性のものを感じるわ」

「……これでも赤龍帝の修行に混ぜて貰っているものでね。ある程度、テクニックの対策は普段考えているのさ。まあ最終的には力技で押し切ろうとするのだけどね」

 

 ゼノヴィアは苦笑いしながら大きな聖剣を両手で構え、聖なるオーラを迸らせる。

 ……任せたぞ、ゼノヴィアにイリナ。

 俺は視線をまた曹操たちの元に戻した。

 

「へへ。なかなか良いじゃねぇか、晴明、曹操! あの悪魔共、なかなかいいんじゃねぇ!? んで!? 誰が俺の相手をしてくれるんだ!!」

 

 すると、曹操と晴明の後ろにいた白い制服を着た巨漢といえるほど大きな体の男が、好戦的な笑みを浮かべながら俺たちの方を見ていた。

 ……後は俺と黒歌、それに朱雀か。

 恐らく、朱雀は晴明と戦おうとするはずだ。

 それを象徴するかのように、先ほどからずっと晴明を見続けている。

 あの二人の後ろには、黒い制服を着た小柄な少年とメガネをかけた男がいる。

 恐らくどちらかが絶霧の力を宿しているはずだ。

 

「イッセー。たぶん後ろのあの二人は戦闘に参加しないにゃん」

「……片方は恐らくこの霧を生み出している張本人。あの子供に関しては、もしくは奴らの切り札なのかもな」

 

 それか容易く使ってはいけないらカードなのかもしれない。

 ……と、なれば―――

 

「私の相手はあれかー……なんな、むさ苦しいニャン」

「んだとぉ? いいぜ、そこの黒い猫又。てめぇをまずは八つ裂きにして、そのあとてめぇのとこの赤龍帝を黒焦げにしてや―――」

 

 自身をヘラクレスと名乗る男が言葉を最後まで言えることはなかった。

 彼の周りには突如、黒い球、赤い球、白い球、青い球……色とりどりの球体が幾つにも浮かんでいたからだ。

 それらは瞬時に全て魔法陣に変わり、そして次の瞬間―――ヘラクレスを、幾つもの弾丸が貫いた。

 

「は……っ!?」

 

 突然の攻撃にヘラクレスは反応が遅れ、ものの見事に弾丸が命中する。

 ……無理もない。

 なぜならあの弾丸には気配や殺気といった不純物は存在しないからだ。

 ……仙術を扱う黒歌の多彩な技の一つ、『猫騙し』。

 魔力、妖力、魔術、魔法、妖術……それらの技を仙術で擬装し、悟られぬように必中の一撃を喰らわせる技術。

 あれは初見殺しの技と黒歌は言ってたっけ?

 

「誰が、誰を八つ裂きだって? ―――私は、赤龍帝眷属の僧侶、黒歌。私の王様に宣戦布告したのなら、覚悟するにゃん」

「っっっ!! いいなぁ、猫の姉ちゃん!!! さいっこうに、燃えてきたぜぇぇぇ!!!」

 

 ヘラクレスは痛みはどこにいったのか、ひどく歓喜を伺える表情で黒歌に襲いかかろうとする。

 ふと黒歌は隣に立っている俺に、小さく呟いた。

 

「あのデカブツは私に任せるにゃん。……イッセー、曹操には気をつけて。あいつは今までの敵とは訳が違うから」

「……ああ、わかってる」

 

 黒歌は俺の回答を聞くと共に、ヘラクラスを誘導するように魔法陣で移動する。

 そしてその場に残るのは……

 

「兄さん……っ」

「朱雀。どうしてそんな表情をしている? 何年ぶりかの再会だろ?」

 

 ―――曹操に俺、そして複雑な表情を浮かべる朱雀と、それとは対象的に涼しい表情をした晴明がいた。

 ……待ち望んでいた再会になるはずだった。

 でも朱雀の前に現れた現実は、テロ組織である禍の団英雄派のトップとなっていた兄の姿。

 ……朱雀の、兄に対する憧れは一線を画するものだった。

 だからこそ、その分のダメージが大きい。

 朱雀の本当の心境は俺には分からないけど、それでも何処かまずい気がした。

 

「どうして……あなたが、そこにいる!! なぜテロ組織に加担しているのです!?」

「……そうか。お前の目にはそう見えるのだな」

 

 晴明は薄く苦笑する。

 しかし、首を横に振った。

 

「―――加担ではない。俺は己が目的がために、自らの意思で英雄派にいる。他人の目的に乗っがかり、身を滅ぼした旧魔王派と同じにしてもらっては困るな」

「……ならば教えてくださいっ! 貴方の耳にも土御門の崩壊の事件は入っているでしょう!? 兄さんは今、私と共にそれを解決しなければならないのではありませんか!!」

 

 朱雀は必死というように、兄に言葉を掛ける。

 そんな朱雀を見て、晴明は一瞬目を丸くした。

 ―――そして、面白おかしそうに笑い始めた。

 

「はははっ! 朱雀、お前は随分と面白いことを言うようになったじゃないか?」

「な、なにが可笑しいのですか?」

 

 朱雀は少しばかり某然とした表情で晴明を見つめる。

 ……これ以上は聞いてはいけない。

 俺の頭の中の警報はそう告げるように、嫌な予感を感じさせていた。

 そんなこっちとは裏腹に、晴明は言い放った。

 

「―――俺は土御門に棄てられた。恨みこそあれど、それがどうして事件の解明に動かなければならない?」

「…………やめて、ください……」

「ああ、実に可笑しいよ。そもそも解明も何も―――そうか、お前は知らないんだな」

 

 すると晴明は合点がいったような表情になり、何か納得したような表情となった。

 

「なるほど、それならばこうも女々しく俺を求めるのも解る。そうかそうか……」

「はっきり、言ってください!! 一体、何が言いたいんですか!?」

「……朱雀。俺は、ようやく鎖から解放されたのさ。土御門という腐った、腐敗しきった鎖―――俺はそれを、断ち切ったのだ」

 

 ―――はっきりとは言っていない。

 それでも、それは晴明の口からはきいてはいけない言葉だった。

 だって、それは全ての解に繋がったから。

 ……繋がってほしくなかった解に。

 

「ま、さか―――に、いさん?」

 

 縋るような表情の朱雀。

 朱雀は気付いてしまったように、不安と絶望に埋め尽くされた表情で晴明を見た。

 そして……晴明は口を開いた。

 

「―――俺だ。土御門本家を壊滅させたのは俺さ、朱雀」

 

 ―――なんで、だよ。

 晴明……土御門白虎。

 朱雀は晴明の一言でガクッと肩を落とし、地面を見つめる。

 綺麗な藍色の髪は地面につき、表情が全く見えなかった。

 

「……晴明、どういうことだい? 君は俺に黙って何を―――」

「土御門は三大勢力に取り入ろうとしていた。いわば人間の害悪でしかなかった。だから崩壊させて、なにか問題はあるか?」

「……晴明、お前は」

 

 曹操が晴明に対し、なにかを言おうとしたが、溜息を吐いて言うのを止める。

 ……朱雀。

 俺は朱雀から、どれほど土御門白虎を慕っているかを聞いていた。

 ―――そんなのって、あるかよ……っ。

 

「大切なヒトのために、頑張って、ようやく変わり始めて、でもそれを台無しにされて、しかもその台無しにしたのが大切なヒト? ……ふざけるなっ!!! お前は一体、何がしたいんだ!!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 感情が俺の神器を禁手化させ、身体に鎧を纏わせる。

 自分で土御門を変えろって言って、その変わり始めた土御門を壊した。

 ……朱雀の気持ちを、翻弄して侮辱した。

 許せない、こいつは!

 

「……できれば君と争いたくはないが、仕方ないか」

「そんなもん、不可能だ―――お前は、俺の敵だ」

 

 俺はアスカロンと無刀を引き出し、晴明に対して交戦の意志を見せる。

 対する晴明は腰に帯刀していた日本刀のような刀をスッと抜き去り、それを逆手で握る。

 ……すっと、息を整える。

 ―――感情的になれば命取りだ。

 怒っていても良い。それでも冷静さだけは事欠けるな。俺は赤龍帝眷属の王で、この場においての王だ。

 だから……

 

「…………兄さん。―――いいえ、安倍晴明(・ ・ ・ ・)

 

 俺が動こうとした瞬間であった。先ほどまでそこで項垂れていた朱雀は、地面の砂利の音を鳴らし、フラフラと立ち上がっていた。

 そして兄のことを、安倍晴明と呼び、手元に武器である宝剣を顕現させる。

 

「私、土御門朱雀は安倍晴明、あなたを次期党首候補として首を打ち取ります。我々に牙を剝き、反逆の意志を魅せた貴方を―――弟である、私がこの手で殺すッ!!!」

「……そうか。お前も、随分と土御門に汚染されてしまったのか―――ならば、兄として汚れを消し飛ばしてやる」

 

 ……朱雀は動き出した。手に持つ宝剣の神器に埋め込まれた宝玉の一つが光り輝く。

 

「封を解くっ! 死に風の龍よ、息吹き殺せっ!!」

 

 緑色の宝玉から放たれる黒い風の龍が晴明を包み込む。

 以前見た時、朱雀が悪魔に放った時よりも何倍もの威力だ。

 ……これが本気の朱雀なのか?

 

「封印の神器―――妖刀、童子切安綱(どうじきりやすつな)。不純を切り裂け」

 

 ―――しかしあっさりと、風の龍は切り裂かれた。

 ものの見事としか言いようがない。

 ……晴明は詰まらなそうな顔をしながら、自身の刀の刃を見ていた。

 

「少し、刃こぼれをしたか。……強くなったな、朱雀。その神器の使い方も上手くなった」

「黙ってください……っ! もう私は、あなたの言葉を聞かない!!」

「……そうか」

 

 晴明は特に興味がなさそうに刀を振り抜き、姿勢を低くする。

 そして俺が朱雀に言葉をかける前に、朱雀は晴明へと斬りかかったのだった。

 

「……混戦だな」

「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。お前らがしたことだろうが」

「ははは、違いない」

 

 ……俺は目の前で軽快に笑う曹操に警戒を怠らず、アスカロンと無刀を握る。

 

「……驚きの連発だ。まさか君を中心とする周りが、あれほどに強固なものになっているとは」

「当たり前だ。あいつらは毎日努力をしている。それぐらいしないと俺たちは今まで生き残ってこれなかった」

 

 曹操は関心したように、英雄派の面々とほぼ一騎打ちで戦う皆に賞賛のような言葉を贈った。

 

「精神的主柱というのは何よりも大事なものなんだ。それを君が担っている―――君が後ろにいるから無茶が出来る、いざとなれば守護覇龍が守ってくれる、ってところかな?」

「―――違うな」

 

 曹操の独白に、俺は真っ向から否定をしてやる。

 ……みんなは、人任せになんかしない。

 いつだってまずは自分でやって、互いに高め合い、互いに守り合う。

 ただの独りよがりのおんぶに抱っこじゃないんだ。

 

「俺たちは互いを信頼して切っている。誰かが危なければ、即座に背中を任せられる。お前のいうおんぶに抱っこと同じにするな―――俺たちは、本物なんだよ」

『Reinforce!!!!』

 

 俺は鎧を創造力により神帝化させ、曹操を睨みつける。

 曹操はその殺気に充てられたのか、一歩だけ後退りをした後に、にぃっと口元を歪めた。

 

「……ははっ! これが赤龍帝の本気の殺気か……ッ!! 凄まじいな……。良くこんなものに旧魔王派は喧嘩を売ったものだ」

 

 曹操は曲芸のように聖槍をクルクルと回し、両手で構える。

 身体からは微かに青いオーラのようなものが見えるけど、あれは……なんだ?

 

「さぁ、決闘だ! こうなるときを待ち望んでいたぞ、兵藤一誠!!」

「……いくぞ、曹操!!」

 

 俺は周りに注意を払いながら、曹操に真っ直ぐに特攻する―――と見せかけて、背中の噴射口を利用して旋回した。

 

「……っ。ほう、随分と芸達者だな!」

 

 旋回からの死角からのアスカロンによる剣戟を曹操に放つも、曹操は虚を突かれたのにも関わらずその一撃を槍で受け止めていた。

 ……ここまでは、予想通り。

 

「……唸れ、アスカロン」

 

 俺は鍔迫り合いをしながら、アスカロンから聖なるオーラを膨張させて、自身の背後に聖なるオーラのドラゴンを形作る。

 更に手元の無刀に魔力を供給し、―――祐斗、お前との修行の成果を試すぜ。

 

「……まさか」

「そのまさかさ。いくぜ―――無刀・聖魔の龍刀!!」

 

 更に聖なるオーラを無刀に混ぜ、無刀を聖魔刀とする!!

 本来反発し合う二つの力は互いに力を爆発させることで更に力を暴発させ、俺はアスカロンで曹操を薙ぎ払う!

 更に聖魔刀と化した無刀を下から上へと振り抜いて曹操に斬りかかった。

 しかし曹操はそれすらも空中に飛ぶことで避けた。……だけど、空中に飛んだな。

 

「いっけぇぇ!!」

 

 俺は背後に浮遊させてた聖なるオーラのドラゴンを曹操へと放つ!

 更に追撃というように手元に魔力弾を創り、それを連弾で放った。

 

「……す、すごいのじゃ……」

 

 ……後ろでアーシアと共に控えている九重の声が聞こえるが、恐らくまだ終わっていない。

 それを確信にさせるように、曹操がいるであろう空中から笑い声が聞こえた。

 

「―――はははっ! 凄いな、これは! こんな攻撃、まともに喰らえば一撃で終わりだ!」

「…………」

 

 ズン、っと槍の切っ先が光り輝く空中から露わになり、曹操は槍を横薙ぎに払って俺の猛撃を全て消し去る。

 ……聖槍から溢れ出るのは、俺のとは比較にならないほどの聖なるオーラ。

 

「……聖槍の莫大なオーラをシェルターのように自身を覆って、ある程度俺の攻撃を相殺し、そのあとで槍を攻撃的に使って全てを薙ぎ払う―――お前、極限なほどのテクニック使いか」

「ははは、そうさ。俺みたいな弱っちい人間が強くなるためには、技術を極めなければならない。全ての攻撃を見切り、自身の武器を極限まで扱う―――そして俺たちは今、経験を積んでいる段階さ」

 

 曹操は地上に着地し、肩に槍を乗せてポンポンとする。

 

「良い頃合いだ、兵藤一誠。俺たち、英雄派の目的を教えよう」

 

 曹操は、人差し指を空へと掲げて高らかに宣言する。

 

「―――俺たちは人間の限界を知りたい。俺たちは人間の弱さを知っている。俺たちは痛みを知っている。……英雄とは何か? 俺はずっと考えてきた。神は人間に神器を与え、人間を統治し、悪魔や堕天使や天使は人間を求める。人間とは利用される存在なのか? いや、違う。人間には、人類には無限の可能性がある」

 

 ……曹操の言葉に、その場の戦闘は鎮まるように静けさが覆った。

 視線は全て、曹操に向く。

 

「だけどヒトはその力の使い方を知らない。自身に眠る可能性を見向きにしないから、良いように使われる。ならば、俺たちがそれを導けば良い」

 

 曹操は俺を見据え、槍の切っ先を俺に向けた。

 

「人類の最後の砦。希望。人類を導く者たち―――俺たちは、英雄(ヒーロー)になりたいんだよ。だから三大勢力は敵だ。なぜなら君たちは人類にとって足枷にしかならない。……って、若手の君たちに言っても仕方ないな」

 

 ……なんていうんだろう。

 曹操は何も間違っちゃいない。

 全てが全て、ド正論だ。

 ―――ホント、敵に回したくなかったな、こいつは。

 

「なぁ、曹操。お前、一度は考えたことはないか? ―――もし俺たちがもっと早く出会っていればって」

「……そうだな。何度もあるさ。もし人間の頃に兵藤一誠、君と出会えていれば……―――きっと、また違った未来が見えていただろうな」

 

 ……んなこと考えても、意味ないよな。

 そんな仮定なんて何の意味もなさない。

 

「さぁ、赤龍帝とその仲間たちよ! 君たちは俺たちの踏み台だ! そして何よりも壁になる存在だ! ―――英雄派はこの場を以て、君たちに宣戦布告しよう」

「……そうかよ―――そう、かよ」

『Force!!』『Reinforce!!!』

 

 俺は胸元の白銀のブローチを光り輝かせ、創造力を用いて神器を創造。

 一筋の光と共に生まれるのは白銀の槍。

 創造神器、無限の白銀槍(インフィ二ティ・シルヴスピア)を創造。こいつの能力は掃射専用の遠距離神器だ。

 放った瞬間、俺が魔力を供給し続ける限り無限のように槍を放ち続ける神器。

 俺はアスカロンを一旦しまい、空中に浮かぶ槍を掴んで槍投げをするように曹操に向かって槍を放つ!

 次の瞬間、白銀の槍は幾重にも複製され、曹操を襲い始めた。

 

『……もしくは相棒と共に歩めたかもしれぬな。あの聖槍使いは』

『ドライグ、それを言っては』

『相棒だって、分かっているさ。あの曹操という男、相棒にとっては好意的な存在だ―――だから敵に回したくない、のだろうさ』

 

 ……俺の中の相棒たちが、俺の心を代弁してくれるように会話をする。

 

「これが噂に聞く創造神器、か。なるほど、非常に強力だが決定打にかける。無限の槍だろうを幾ら積もうと、こちらは究極の槍だ―――聖槍よ、射抜こう」

 

 曹操は向かう来る無限の槍に対し、迎え撃つように槍を連続で突き続け、速度をどんどん上げていく。

 ……現状、あいつは神滅具である聖槍の力を一切使わず、自らの技量のみで交戦している。

 ―――試しているんだ。

 自分の力が、俺に対してどれほどに有用か。

 俺の情報を収集し、そこから対策を思考している。

 弱っちい人間、か。

 ……でもな、いつの世も弱者はしぶとく世界で生き残るんだ。

 だから弱さは強さにだってなれる。

 きっとあいつは、それを証明したいんだ。

 

「……これ以上は魔力の浪費か」

 

 ……俺は無限槍の神器を消失させ、余った創造力をフォースギアに還す。

 更に無刀を懐に直し、すぅっと息を吐く。

 

「……互いに様子見は止めようか———神帝の鎧の真骨頂を引き出せ。俺はその悉くを凌駕してみせよう」

「———なら、そうしてやる」

『Infinite Booster Set Up———Starting Infinite Booster!!!!!!!!!』

 

 俺は神帝の鎧の無限倍増を開始させ、鎧の各所から輝く緑色の輝きを確かめて姿勢を低くする。

 ……状態はすこぶる良い。今なら、万全のコンディションで動けそうだ。

 それを確信し、俺は次の瞬間———

 

「ッ!! これが神帝の鎧の力……予想していたよりも、遥かに凄まじい威圧感だな———だが、そうでなくては面白くない!!」

「いくぞ、曹操ォォォ!!!」

 

 俺と曹操は真っ向勝負が幕を開けた。

 —・・・

 俺が曹操の槍を紙一重で避け、曹操が俺の拳を紙一重に避ける。

 俺と曹操の戦いは紙一重の攻防だった。

 互いに一撃でも攻撃が通ればその時点で勝敗が決してしまう戦い。

 曹操は人間故に、赤龍帝の力を受けることが出来ず、俺は悪魔故に聖槍の攻撃を一度たりとも受けることが出来ない。

 本当にギリギリの戦いだ。

 

「……ッ! 聖槍よ、弾けろっ!!」

 

 曹操は至近距離からの魔力弾を、聖槍のオーラの放射で掻き消して難を逃れる。

 対する俺は攻撃の手を休めず、性質を付加した魔力弾を幾つか曹操に放つも、弾丸は変化する前に奴の槍によって霧散する。

 ……俺の行動に対する反応が早いのは、恐らく対策が練られているからだろう。

 俺の今までのデータが全部頭に入っていなくては、ここまでの対応はされない。

 ———それこそあのロキですら対応しきれなかった俺の手札をここまで無力化する曹操。

 今までの敵とは全く違う存在だ。

 

「ふぅ……。全く以て神経を削られるな。全ての攻撃が致命傷になり得るものだから、こちらは全てを避けないといけないんだ。今まで戦ってきた奴らとは大違いだ、君は」

「それはこっちの台詞だ。あのロキでもある程度は俺の攻撃は通っていたんだぞ? はっきり言ってお前は異常だよ」

「いやいや、これでもギリギリさ。なにぶん君は手札が多すぎる。一人の敵にここまでの対策をしたのは初めてさ———それでも対策しきれていないのが余計に恐ろしい」

 

 すっと、一筋の切り傷が曹操の頬に生まれる。

 

「……なるほど、不過視の魔力弾か。派手な魔力弾の応酬に紛れて、よくこんな小技を仕込むものだよ」

「それくらいしなきゃ生き残れない世界なんだよ、俺は」

 

 ……俺は自身の腹部をそっと抑える。

 そこには既に鎧がなく(・ ・ ・ ・)、素肌が露になっていた。

 

「いつの間に斬った?」

「先程近づいたときに少しね———さて、俺としてはもっと戦いたいところだが……」

 

 曹操は肩に槍を乗せ、辺りを見渡す。

 俺も同じように見渡すと、まず一番最初に祐斗とジークフリートの戦闘が目に入った。

 

「聖と魔、二つの聖魔によって複重の形を成す———エールカリバー・ドミネイション!!!」

 

 祐斗はジークフリートから一旦距離を取り、言霊と共に地面に幾重もの刀身の短いエールカリバーを生やせ、奴に攻撃を仕掛ける。

 ジークフリートはそれに対して両手の魔剣、更に———背中に生えたもう一本の腕の魔剣によってエールカリバーを薙ぎ払う。

 ……あれは、神器か?

 しかもあの形、どこか俺の籠手に似ている気がする。

 

「ジークがグラムと腕を使うほどの敵か。しかも木場祐斗も依然、本気では戦っていないようだな」

 

 曹操が祐斗を観察するようにそう呟くと、事態は急変する。

 ジークフリートによって薙ぎ払われたエールカリバーは弾き飛ばされたものの、次第に宙に浮き始める。

 祐斗はそれを確認すると、地面に自身の持つオリジナルのエールカリバーを地面に刺し、そして

 

全剣(オールブレード)真・天閃(エール・ラピッドリィ)

 

 浮き上がったエールカリバーは、目にも留まらぬ速度でジークフリートへと掃射される!

 ……あれは、祐斗の新技だ。

 一つ一つのエールカリバーのサイズを小さくし、その分量産化に成功したエールカリバーによる一斉掃射。

 更にエールカリバーの能力を天閃にすることで、圧倒的な速度の投剣技。

 もう実践に使えるほどになっていたのか!

 ……流石の相手も、今の攻撃を全て捌くことが出来ず、体の数カ所に深い切り傷を負っていた。

 

「……はは。まさか聖魔剣使いである君がここまで強くなっているとは。良い意味で期待を裏切ってくれたね、木場祐斗君」

「そんなことはないだろ? 君だって未だにその剣———魔帝剣グラムの本領をまともに使っていないじゃないか」

 

 ま、魔帝剣グラム!?

 俺はその名を聞いて驚きを隠せなかった。

 ……魔剣最強と言われている剣。その圧倒的な強さの他に、恐ろしいほどのドラゴンスレイヤーの力を持っていることから、俺はあの剣をずっと警戒していたが、まさか敵がそれを携えているとは……。

 

「ははは、温存しているだけさ。何分、この剣はじゃじゃ馬でね。僕の言うことなんて全く聞かない暴君だ。———まぁ、そんなこと言っていられる状況でもないけどな」

 

 ブォォォォォォォオッ!!!

 ……そんな効果音が聞こえると錯覚するほどのオーラが、ジークフリートのグラムより発せられる。

 あれが……魔帝剣グラムの本領。

 ジークフリートはグラムだけに集中するためか、他の魔剣を腰に戻し、グラムを両手で握る。

 

「さぁ、君はどうしてくれる? まだ僕に何か見せてくれるのか? それとも———」

 

 ジークフリートの背後に転がっていた複数のエールカリバーが再び浮き上がり、次の瞬間、先ほどと同じように天閃の速度で奴を襲う。

 しかしジークフリートはそれを見越したようにグラムを振るった。

 

「馬鹿の一つ覚えを続けるのか?」

「……参ったな。———まさか無力化どころか、剣自体を消し飛ばすなんて」

 

 ……祐斗の言葉通り、エールカリバーはグラムによる斬撃によって消失した。

 祐斗は手元のエールカリバーを強く握り、ジークフリートを観察するように見る。

 ……恐らく、祐斗が今まで相手をしてきた敵の中ではダントツの強さだろう。

 互いにまだ本気を出し切っていないとはいえ、おそらく現時点の祐斗よりもジークフリートは強い。

 

「……そうだね、力では勝てそうにない———だから、速度で戦うよ」

 

 そう宣言して、祐斗は視界から再び姿を消した。

 ……っと、その時であった。

 

「ゼノヴィア、そっちはどう?」

「はは、かなり苦戦しているさ。……そっちは、まぁそうだな―――けしからんな」

「う、うるさい! だってあの女、執拗に服ばっか切ってくるんだもん!!」

 

 少し離れたところで戦うイリナとゼノヴィアが、互いに背中合わせで武器を片手に一息ついていた。

 互いの前にはそれぞれクー・フーリンとジャンヌが立っており、その両方とも大した傷はなかった。

 ……ゼノヴィアも大した傷はないものの、少し息が乱れており、そしてイリナは……うん、少し視線を送るのが気まずい状態だな。

 なんか、ピンポイントで戦闘服が切り刻まれていて、元々卑猥な戦闘服が更に卑猥になっていた。

 

「およよ~? ジャンヌ、予想外に苦戦してるの~?」

「ええ。まあでも今回はデュランダルを使ってこないようだし、そこまで脅威ではないわ。あなたは……まあ相変わらずね」

 

 ……軽症を負っている二人に対し、クー・フーリンとジャンヌは無傷であった。

 ジャンヌは先に見せた聖剣創造による聖剣、クー・フーリンは―――光の剣を握っていた。

 まさか、あいつは天使? ……いや違う、そんな雰囲気はしない。

 あれは神器とはまた別の何か……。

 あれは一体……

 

「光輝剣・クルージーン。かの有名なクーの先祖であるクー・フーリンが扱っていたとして有名なのは必中の槍、ゲイボルグだが、通常の戦闘で彼が使っていたのは槍ではなく剣なのさ」

 

 すると俺と対峙する曹操は、俺の心を読んだようにそう呟いた。

 ……おいおい、味方の武器をご丁寧に説明かよ。

 

「そんなペラペラと話していて大丈夫なのかよ」

「ああ、問題ない。そもそも調べればいずれはたどり着くから問題ないさ」

 

 俺は再び4人に視線を戻す。

 ……向こうは少し厳しい―――こうなれば、ここは最善手を打つしかない。

 

「アスカロン、ゼノヴィアに力を貸してくれるか?」

 

 俺は籠手に収納しているアスカロンに問いかけると、籠手より光が灯る。

 ……頼むぞ、アスカロン!!

 

「ゼノヴィア、受け取れぇぇぇ!!!」

 

 俺は籠手よりアスカロンを引き抜い、勢いよくゼノヴィアへと剣を投げた。

 アスカロンは空を切り、ジャンヌの真横を凄まじい勢いですり抜けてゼノヴィアの前に突き刺さる。

 

「これは……全く、お前は最高過ぎるっ!! 有難く使わせてもらうぞ、イッセー!!」

「……へぇ。これでもう少し楽しめそうね」

 

 ゼノヴィアはアスカロンを引き抜き、元来の二刀流で再び剣を構える。

 その勢いは先ほどとは別物で、俺は更にイリナの元へと無刀を勢いよく投げた。

 イリナは咄嗟にそれに気付いて、持ち前の速度でクーに叩き落される前に無刀を受け取り、俺の方を見た。

 ……イリナは元々は日本刀の使い手だからな。

 問題なく無刀は使えるはずだし、使い方も何度か教えている。

 

「無刀。……イッセー君、ありがとっ!」

 

 イリナは自身の聖なるオーラを手元の無刀に集結させ、目を瞑る。

 ……現状イリナに足りないのは聖なるオーラを一か所に集めるという点。

 イリナは転生天使の中では飛び抜けてオーラ量が凄まじいらしい。

 何でもイリナの体質と聖剣の因子、それが上手く作用して天使化で強大な力を得た。

 だけど元々のスタイルがテクニカルなもので、ゼノヴィアのような力を絶大に使う点を苦手をしていたんだ。

 ……無刀はその点を補える優秀な刀だ。

 魔力量、オーラ量を関係なしに力を凝縮し、刀の刃として機能する武器。

 その本領は―――今、イリナが見せてくれる。

 

「―――へぇ、ほんっとムカつくよね。僕の真似事?」

「うるさい! 私天使だもん!! ……ゼノヴィアじゃないけど、ほんっと頼りになり過ぎるのよ、イッセー君って。いつも私たちを見てくれて、私たちに足りないものを的確に教えてくれる―――今の私たちのリーダーって、本当に最高よ!!」

 

 イリナの手元の無刀からは、綺麗すぎる白色のオーラが刀身となって現れる。

 純粋な聖なるオーラが集結した刃……そうだな、無刀・天使の白刃ってところか。

 それこそクーの光輝剣・クルージーンにも負けないほどの光力だ。

 

「さて、第二ラウンドを願おうか。ジャンヌ」

「ここからは先ほどと同じようにはいかないんだから!!」

「……少し、本気出しちゃうかも」

「覚悟しなよ、天使ちゃん!」

 

 四人は同時に動く。

 ゼノヴィアはアスカロンと聖剣による激しい剣戟を披露するのに対し、ジャンヌはゼノヴィアの移動個所に聖剣を生やせ、罠を張る。

 しかし―――ゼノヴィアはそれを見事に粉砕した。

 アスカロンによる斬撃でジャンヌの聖剣を見事に砕き、更に距離を取るジャンヌに対して対抗策を取る。

 ……地面に聖剣に刺し、もう片方のアスカロンの聖なるオーラを過剰に放出する。

 それはゼノヴィアの身体を回路にするように地面に刺さる聖剣に流れ、そして刹那―――地面から、凄まじい勢いで聖なる斬撃波が放たれた。

 ズガガガガガガガガガガガッ!!! ……そのように地面を大きく抉りながら放たれる一撃に、ジャンヌは聖剣をシェルターのように展開して防御しようとする。

 だけど、あの攻撃に対して防御は何の意味もなさない!

 

「アンダー・デュランダル。まあ今はデュランダルを使っていないから、アンダー・アスカロンか? んん……まぁ良い―――砕けろ」

 

 地面からの斬撃波はジャンヌの聖剣を砕き、ジャンヌはその一撃を真っ向から直撃する。

 ……あれは射程範囲が長い上に、地面を削ることで大きな岩の破片を副産物として放つ技だ。

 対してダメージにならないかもしれないが、少なくとも視界が悪くなるくせに、撃った本人が野生レベルの勘の強さを持っているから猛撃を繰り広げられる技。

 ……ほんっと、凄まじい力技なんだよ。

 

「ひぇぇ……あっちを相手にしなくてよかった~~~。ジャンヌはご愁傷さまだね♪」

 

 その光景を見ていたクーは、のほほんとした口調でそう呟く。

 

「そんな余裕、なくしてあげるんだから!」

 

 イリナは余所見をするクーの死角から刀を振るう。

 クーはそれに対して体を地面に沿わせて立体的な動きで避け、カウンターのように剣をイリナの腹部に放ち―――いや、違う。

 イリナはそれすらも予測していた。

 

「……っ。僕のクルーがっ」

「もうあんたの破廉恥な攻撃は見飽きたのよ!」

 

 イリナは聖なるオーラを重ねて、光の盾のようなものを生み出してその剣を受け止めていた。

 更にそこから光の翼を羽ばたかせて空を最小限の動きで避け、居合切りのような動きで剣を振るった。

 それすらもクーは反応するものの、流石に反応が遅れたのか、避けきれず首元を軽く斬られる。

 一旦イリナから距離を置こうとするも、イリナの不規則な動きに翻弄されてすぐさま近づかれる。

 ―――ガブリエルさんから直接天使としての戦い方を教わっているイリナは、実に戦い方が定まって来ていた。

 転生前からの持ち味である、普通を越えている俊敏性と敏捷性。

 この二つを兼ね備えた不規則な動きで相手を翻弄し、一撃を与えた後で更に追撃の手を休めない戦法。

 ……さぞかしやりにくいだろうな。

 

「あぁ、もう鬱陶しい!! ゴキブリみたいに動きすぎなんだよ!!」

「なっ! 乙女をゴキブリとはもう許さないんだから!!」

 

 ―――ま、相変わらず喧嘩しながら戦闘しているけど。

 

「……彼女たちの動きが急に鋭くなった。君からの激励から突然―――やはり君の存在は大きいな」

「関係ない。あいつらは常に成長している。俺だけじゃねぇ。俺たちの後ろでサポートをしてくれているアーシア、俺を信じて背中を預けてくれる仲間たち―――全部が重なって今があるんだ。俺一人だけの力とか、ふざけたことを抜かすなよ、曹操」

「っはは。それは失礼。……にしても、流石に彼女はそちらでも特別だな」

 

 曹操は本堂の方で肉弾戦を興じる黒歌とヘラクレスの方を見てそう呟いた。

 ……そこには当たり前のようにほぼ無傷で佇む黒歌と、対照的に肩で息をするヘラクレスだった。

 

「くっそっ! 当たりやがれぇぇ!!」

「にゃははは! そんな攻撃、当たらないにゃんにゃん♪」

 

 ……まるで嘲笑うかのように攻撃をあしらわれ、仙術込みの掌底で自身の気を狂わされるヘラクレス。

 恐らく奴も神器を持っており、見るからに凄まじい防御力を持っているんだろう。

 ―――だけど黒歌にとって、防御力なんて無意味に等しい。

 何故なら仙術とは防御を無視して、その者に流れる気を狂わせる力だから。

 一度術中に嵌れば抜け出すのは困難なほどな嵌め技であり、更に黒歌は上級以上の仙術の使い手。

 仙術だけに限定すれば、あの夜刀さんすらも凌駕するレベルだ。

 

「相性が悪すぎるな。ヘラクレスでは例え禁手を使おうが、劣勢は避けられない」

「違うな―――禁手を使うことすら出来ない。黒歌は俺の第一の眷属だぜ? そんな軟な相手じゃないんだよ」

 

 俺は先ほどから話が過ぎる曹操に対して、連続で魔力弾を放つ。

 もちろん当たるとは思っていないが、牽制でも良い。

 ―――分からせてやる。

 

「お前は少し俺たちを甘く見過ぎた。踏み台? まあそう思うのは勝手だけどな―――俺たちを敵に回したことを後悔しろ、英雄。お前たちの思想がどれだけ善人でも、俺には関係ない」

「……そうだな。あいつらは少し君たち侮っていたようだ。これは少しテコ入れが必要だな」

 

 そう言うと、曹操は聖槍を上空に向け、莫大な聖なるオーラを放出する。

 その莫大なオーラは巨大な槍のような形となり、曹操はそのまま俺へと振り下ろした。

 ……俺に時間を与えたお前が悪いぞ、曹操。

 

「―――紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)

 

 曹操の振り下ろす莫大な聖槍のオーラに対し、俺は無限倍増の力を限界ギリギリまで注いで作った魔力砲によって相殺する。

 ……ほぼ拮抗。

 逆に拮抗されているのは聖槍が圧倒的にこちらの弱点だからか。

 

「……はは。これでも話している間に力を溜めて放った技なんだけどな。最上級悪魔ですら屠れる一撃だぞ?」

「それはこっちの台詞だ。あのフェンリルすらも行動不能にした一撃だぞ?」

 

 ―――似ている。

 俺と曹操は、戦いから集中力、対応力……その全てが似ている。まるで自分と戦っていると錯覚するほどに。

 違うのは戦い方だけだ。

 槍と聖なる力を使うか、拳と魔力を使うかの差。

 不謹慎かもしれないけど―――どこか、ワクワクする。

 次はこいつは何を見せてくれるのか、どんな手をしてくるのか。

 それに対して自分はどう対抗するのか、どう競り合うのか。

 

「まだあるだろ? 兵藤一誠。君にはまだまだ手札があるはずだ」

「それはこっちの台詞だ。もっとギアをあげろ! 曹操!!」

『Infinite Accel Booster!!!!!!』

 

 俺は無限倍増の最大火力を知らせる音声と共に、神速に至った速度で曹操へと近づくっ!

 曹操は槍から漏れた光を纏って、俺の神速についてくる!

 ……黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)は術者の速度を上げる力でも持っているのか!?

 もしくは、これは―――仙術?

 

「驚いているのかい? 俺が君の速度についていけることに!」

 

 曹操による槍の牙突をいなし、足で曹操を薙ぎ払おうとする。

 曹操はそれを槍の取っ手で受け止め、受け流して威力を殺して後方に下がった。

 更に聖槍のオーラの放射を俺に放ち、放ち切る前に動き出して槍を縦に振り下ろす。

 

「お前、仙術を使えるのかっ!?」

「はははっ! 流石に気付いたか! そうさ。俺は身体能力の底上げ限定で仙術が扱える! 最も、君のところの猫又や美候のような芸当は不可能だが……まぁこれだけでも十分だ!」

 

 槍の切っ先とは逆の、柄の先の部分で打突を放つ曹操。

 それに対して真正面から拳を放つッ!!

 ……仙術による闘気を全身に纏わせ、身体能力を底上げするのは黒歌も基本的にしていることだ。

 だけど―――曹操がするだけで、ここまで厄介な武器になるのかッ。

 

「ふぅ……とはいえ、現状はほぼ互角か。いや、こちらは対策をある程度していてこれなら、今後は不味いかもな」

 

 曹操が息を整え、俺から距離をとってそう呟く。

 それと共に、空を見上げた。

 ……恐らくは曹操たちが用意したこの空間が、崩れ始めているのだろう。

 先程の曹操の槍の切っ先を展開した光の一撃と、紅蓮の龍星群の衝突が原因か。

 

「……ゲオルクの即席の空間では限界があるか。……そろそろ潮時だな―――レオナルド、君の出番だ」

「…………」

 

 曹操は戦闘に参加していなかった二人の傍により、小さな子供の頭に手を置いてそう言った。

 レオナルドと呼ばれた少年はコクリと頷き、次の瞬間―――彼の背後から、異形の化け物が次々と生まれてきた。

 これは……まさかッ!?

 

魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)ッ!! 上位神滅具の保有者だったのかッ!?」

 

 なら後ろに控えさせた意味も頷けるッ!!

 何故なら絶霧にしろ、魔獣創造にしろ、直接的な力は皆無だからだ!

 だけどそれを補うには余るほどの力―――極めれば神殺しの魔物すらも創ることが出来るッ!

 間接的な力が絶大過ぎる破滅級の神器。

 ……上位神滅具が恐ろしいのは、その単体で国一つを容易に滅ぼすところにある。

 あの絶霧は空間そのものを次元の狭間に転移することで国一つを亡ぼすことも理論上は可能だ。

 ……上位神滅具を三つも英雄派が所持している、か。

 魔獣を幾つか創り出した後に、他の英雄派のメンバーも戦闘を中断し、曹操の近くに近寄る。

 

「悪いね、ここらで一度退散させて頂こう。ああ、もちろんそちらも安全に現実に還すから、安心すると良い」

「……曹操。お前らは、この京都で何をするつもりだ?」

 

 俺は帰還しようとする曹操にそう言うと、曹操は俺を見ながら特に取り繕うことなく言い放った。

 

「―――俺たちは再び君たちと、この京都で戦う。力をつけるためにな。俺たちの最終目的は人類にとって害悪を滅ぼすことなんだからな」

 

 曹操たちは霧に包まれ、次第に姿を薄めていく。

 

「最後に一つだけ教えてあげよう―――俺たちには、もう家族はいない。なぜなら違いはあれど、悪魔に、堕天使に、天使に……超常と呼ばれる存在に人生をぐちゃぐちゃにされたのさ。良い悪魔がいれば悪い悪魔がいる。堕天使だって天使だって、神だって同じさ。……それだけは覚えていてくれ」

 

 ……完全に消え去り、その場に残るのは俺たちとレオナルドが創り出した魔獣だけであった。

 ―――良い悪魔がいれば悪い悪魔がいる。堕天使だって天使だって、神だって同じ。

 ……その言葉は、曹操の心からの言葉に聞こえた。

 

「……でも、戦うしかないんだよ」

 

 ……俺は既にいない英雄派に、言葉を掛けるように呟く。

 

「―――俺は、仲間を護る。だから、戦うしかないんだっ!!」

 

 俺は手元に極限にまで倍増していった紅蓮の球体を浮かばせ、それを流星のように放つッ!!

 それにより魔獣たちは包みこまれ、そして……魔獣は消え去り、空間がひび割れていく。

 ―――それとほぼ同時にドラゴンゲートが俺の足元で開き、俺たちを包み込んだ。

 紋章の形からして、恐らく夜刀さんからのものだろう。

 ドラゴンゲートによる現実世界への転送の最中、俺は考えていた。

 ……こんなにも戦いたくない敵は初めてかもしれない、と。

 だってあいつらは―――人間の、味方なのだから。

 ……ただ一つの懸念があった。

 この空間から離脱する間際、俺の目には信じられない光景が目に入った。

 その懸念を確実なものに変える光景。

 ……俺の視線の先には―――

 

「す、ざく?」

 

 ―――その時になるまで気付かないほど静かに、しかし大量の血を流して倒れている朱雀の姿があった。

 嫌な予感と懸念。

 それは晴明のことであった。

 自身の復讐のために土御門本家を崩壊させたと言った晴明。

 英雄派を名乗りながら、歪んだところを俺は感じた。

 ……その歪みは確信のものに変わる。

 だってあいつは―――弟を。たった一人の家族を

 

「―――しっかりしろ、朱雀ッ!? あ、アーシア! 今すぐに治癒を!! 早くッ!!!!」

 

 ―――殺していたのだから。



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第7話 決意

 英雄派との衝突から数時間が経過した現在。

 俺の傍には九重とアーシア、黒歌がいた。

 場所は三大勢力が管理する病院であり、俺はその一室の前でただ待っていた。

 ―――英雄派の二大トップの一人、安倍晴明により殺された朱雀。

 より厳密に言えばまだ生きてはいる。

 生きてはいるけど―――ほとんど無理やり生かしているようなものらしい。

 数秒、生命維持装置を外せば一瞬で死に至るほどの傷。

 ……今、室内にいるアザゼルは恐らく晴明の使う妖刀によって、回復が妨げられていると言っていた。

 妖刀。モノによれば激しい呪いの力まであるとされる最悪の刀。

 ……甘かったんだ。

 どうして、こうなる可能性を考えていなかった。

 どうして、朱雀のことをもっと見てやっていなかったんだ。

 ……そんな後悔ばかりが頭の中を巡る。

 

「……ダメだ。どうやっても、自分を責めることしか出来ないっ」

「イッセーさん……」

 

 アーシアは気遣ってか、小さく呟いた俺の手を、両手で覆うように優しく手を握る。

 それでも、負の連鎖から抜け出せない。

 ―――アーシアの治癒でも、黒歌の仙術でもどうにもならなかった。

 回復をしようとしても妖刀による呪いがそれを阻害し、傷を永遠に広げ続ける。

 

「……妖刀・童子切安綱。天下五剣の一つで、名刀ともいわれる代物にゃん。でもね? 昔に造られ、こんな時代まで実在するほど刀や剣には呪いがあるの。しかもとびきり凄まじい。……天下五剣のいずれも妖刀にゃん。数えきれないほどの血を吸って、それが呪いと言われるまで悍ましいものとなったのが天下五剣の正体にゃん」

「……仙術でも、どうにもならないのか?」

「……悪魔にとって聖剣が禁忌なものとするなら、妖刀は人間にとって禁忌なものにゃん。いわば天敵―――朱璃ちんの時とはレベルが違うにゃん。あれとは別物のレベルの呪いなの」

 

 ……黒歌の説明を聞いて、俺は視線を再び下に向ける。

 ―――晴明、どうしてだよ……ッ。

 お前はどうして、たった一人の家族に手をかけたんだよッ!

 朱雀がお前を殺そうとしたからなのか? ……そんなもの、朱雀だってきっと出来るはずがなかったんだ。

 なのにどうして……ッ。

 それほどに、お前の闇は深いものなのか?

 

「どうすれば、良い。今は紙一重で何とか命が繋がっているだけ。……俺に何が出来るんだ」

 

 神器で癒しの力を創ったところで、なんの役にも立たない。

 仙術も基本中の基本の、しかも黒歌の見様見真似なことしか出来ず、今あるモノだって―――

 

「……イッセーさん」

 

 泣きそうなアーシアが俺の顔を抱きしめて、ギュッと力を入れる。

 その時だった―――

 

「―――あった。朱雀を、救える手段が」

 

 アーシアに抱きしめられた瞬間、俺は思い出した。

 ……俺がつい最近、平行世界に言った時に聞いたことを。

 平行世界のアーシアが一度死んで、その後で悪魔となって転生したということを。祐斗が瀕死の状態から転生し、生き延びたことを。

 ―――今はまだ死んでいない。人間にとって有害な妖刀の呪いも、悪魔であればなんとかなるのではないか?

 ……そんな仮定がいくつも思いつく。

 

「……今、俺に出来ることはそれだけ―――でも、それであいつは納得するのか?」

 

 ……助けるためとはいえ、勝手に悪魔にする。

 これは本当に正しいことなのか?

 朱雀の人生をめちゃくちゃにする―――それこそ、曹操たちが言っていたことを俺がすることになる。

 それで本当に……良いのか?

 

「……朱雀を悪魔に転生させたら、朱雀は生き残れるかもしれない」

「イッセー、それは……」

「分かってるッ!! それが本当に正しいのかなんて答えは出ないッ!! ……でも」

 

 何も出来ないまま、朱雀の命が消えたら、あいつは……絶対に後悔する。

 朱雀と接したのは本当に少しだけだ。

 でもそれだけでも分かったことがある。

 ―――朱雀は不器用で、びっくりするほど真面目で、真っ直ぐで、兄思いで、そして……

 

「―――優しかった。あいつは異形の存在と分かっていても、俺を……チビドラゴンズを助けてくれたんだ……ッ!!」

 

 俺が子どもになった時、チビドラゴンズとの大冒険の時に落ち武者と遭遇し、朱雀は俺たちを助けてくれた。

 ……あいつは優しい。

 

「そんな奴を、俺は見殺しになんて出来ないッ! 恨まれてでも良い! 離反されてでも良い!! それでも俺はあいつに……生きて、欲しいんだッ!! じゃなきゃ八坂さんに顔向けも出来ねぇよッ!!」

 

 俺は懐に入っている悪魔の駒をギュッと握り、そう涙声で吐き出すように話した。

 ……もう、時間がない。

 いつ朱雀の息が止まるかも分からない。

 俺は……俺にしか出来ないことをするッ!!

 俺はバッと勢いよく立ち上がり、集中治療中の病室へと無理やり入る。

 そこにはアザゼルとガブリエルさん、更に朱雀の生命維持をする何人かの者がいるだけだった。

 

「……イッセー」

「アザゼル、お前ならもう理解しているだろ? この方法しかない」

 

 アザゼルは俺の手の中の駒を見て、悟ったように俺の名を呼んで頷く。

 

「……確かに、お前の考えている手段のみが土御門朱雀を救う唯一の手段だ。俺たちの技術を以てしても、朱雀の延命を数時間しか伸ばせなかった―――そもそも死んでいたんだよ、こいつは。それを仮死状態にしただけだ」

「……こいつを使えば、朱雀を救える。お願いだ、そこをどういてくれッ!」

「……お前の気持ちは分かる。でもな? お前は王だ。そんな感傷だけで自分の眷属を決めてはならない。今後に関わるんだぞ? 離反されてはぐれになれば、お前の今後に響く―――」

 

 ……分かってる。

 アザゼルはわざと憎まれ役をして、俺を止めようとしているのは。

 それを分かったうえで、俺はアザゼルの胸倉を掴んで睨みつけた。

 

「―――俺は、自分の手の平に覆えるくらいしか、護ることは出来ない。だから、朱雀を救いたいんだ」

「…………」

「アザゼル、お前の言っていることは全部承知の上だ―――恨まれてでも良い。憎まれてでも、俺は朱雀を救いたい。じゃなきゃさ……。朱雀は本当に救われないんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 俺はアザゼルの胸倉から手を離し、ガブリエルさんを横切って白いベットに横たわる朱雀を見る。

 ほとんど死んでいる。

 きっとあと数分もすれば死に至る。

 包帯で覆った部分からじわじわと血が滲み、それが痛々しくその状態を物語っていた。

 

「……朱雀。先に謝っとく。……ごめんな。今から、俺はお前を勝手に悪魔に転生させる」

 

 ポン、と朱雀の胸元に悪魔の駒を置く。

 駒は『騎士』。

 

「後で幾らでも殴ってでも良い。怒鳴り散らしてくれても良い―――それでも俺はお前に、生きて欲しい」

 

 ……言葉は返ってこない。

 ―――俺は魔法陣を描く。悪魔に転生させるための魔法陣を。

 俺の『騎士』の駒は朱雀の身体の中に浸透するように入っていき、一瞬だけ朱雀の身体が紅く輝く。

 ……俺はその時、朱雀の瞳から涙が零れ落ちるのを見逃さなかった。

 ……口を少しだけ動かしているのを、見逃さなかった。

 本当に掠れた声で、微かにしか聞こえない声で、でも朱雀は確かに―――

 

「イッ……セ……さ、ま」

 

 ―――そう、言葉を漏らしていた。

 ―・・・

「朱雀は一命を取り留めた」

 

 俺が朱雀を転生させてから更に数時間が経過した。

 時刻は既に時計の短針が10時を指しており、空は暗い。

 アーシアと九重には一旦帰ってもらい、俺は黒歌と共に病室から出てきた朱雀の安否をアザゼルから受けて少し安堵した。

 ……悪魔化の影響で、朱雀の中に悪魔として魔力が生まれ、それが呪いの抑止力となった。

 それが呪いの進行を遅め、黒歌によって弱体化した呪いを取り除き、そしてアーシアの神器の治癒で癒したんだ。

 

「……だがまだ目を覚ましてはいない。既に目を覚ましても可笑しくないほどには回復しているはずなんだけどな」

「……理由は分からないのか?」

「残念だが、わからねぇ。―――ただ一つだけ、発覚したことがあるんだ」

 

 アザゼルは病室の扉を開き、中に俺たちを入れる。

 そこには先ほどまでの大きな生命維持装置を取っ払った朱雀が眠っており、その体には点滴が繋がれていた。

 アザゼルは朱雀の元まで近寄り、懐から何やら機械的な装置を取り出して朱雀に近づける。

 ……するとその機械の画面のようなところに何かの紋様が浮かんだ。

 その紋様は何処かドラゴンのような形をしていた。

 

「イッセーが言っていた朱雀に宿る宝剣の神器。この機械は神器の属性と系統を示すものでな。それによれば朱雀のこの神器はドラゴン系の神器であるということが分かった」

「……ドラゴン系の神器」

 

 ……ドラゴンや魔物を神器に封じ込めたものを封印系神器と呼び、更に封印されているのがドラゴンであれば、それはドラゴン系の神器と言われている。

 アザゼルは更に続けた。

 

「しかもこいつは俺でも知らない新しい神器だ。……同じドラゴン系の神器使いなら、その神器に潜ることができるだろ?」

「ああ。前にヴァーリが匙にしたみたいに、神器にドラゴンの力でパスを作り、意識を他者の神器に送ることは可能だ」

 

 ……そこでアザゼルの言いたいことを理解する。

 アザゼルは暗に、朱雀の神器に潜って彼の目を覚まさせろと言っているんだ。

 ティアに教えて貰った龍法陣とドライグ、フェルの力を使えばそれをするのは容易だ。

 

「……アザゼル。俺が朱雀の神器に潜っている間に、夜刀さんを呼んできてくれないか?」

「それは良いが……何故だ?」

「……ほとんど勘に近いんだけど、たぶん夜刀さんはこの場にいた方が良い」

 

 ……そうだな。

 アザゼルには言ってしまっても構わないかもしれない。

 

「―――たぶん、夜刀さんの探しモノが見つかるんだ」

「ッ!? ……なるほどな。そういうことか」

 

 アザゼルは何かを納得したようにその場を後にする。

 それを見計らって、俺は朱雀に龍法陣を描き、籠手とフォースギアを展開して目を瞑る。

 

「黒歌。意識を失っている間、俺を頼む」

「ん。イッセーは、朱雀の方だけ専念しておいて。その間、私に出来ることをしておくにゃん」

 

 傍にいる黒歌はそうピースサインを送ってきて、そして俺は―――意識をまどろみの中へ委ねた。

 ―・・・

 ……………………黒い。

 全てが暗い世界で、俺は浮遊していた。

 朱雀の精神世界とでも言うのだろうか。俺はその中を漂っていた。

 より厳密にいうのならば、朱雀の神器の中へと。

 っていっても神器と魂は繋がっているから、神器というよりかはそれこそ「朱雀の中」で間違いはないと思う。

 

『ふむ。精神世界であれば、俺やフェルウェルも実体化出来るようだな』

『そうですね。主様、私の背にお掴まり下さい』

 

 っと、その真っ暗な空間の空を切るように、美しき白銀の龍であるフェルと、誇らしいほどの紅蓮の鱗で身を覆っているドライグが現れた。

 俺はフェルの翼に手を掛け、そのままフェルの背中に飛び乗る。

 

「ここが……朱雀の深層心理なのか?」

『ああ。基本的俺やフェルウェルのような神器に封印された存在は、このようにその主の深層心理に眠っている。いわば神器と主は”器”であり、ある意味その器に憑依していると言っても良いからな』

 

 憑依、ね。

 ……にしても何もない空間だな。

 

『深層心理とはその時の状態によって光景を変化させるのですよ。深層心理が幸せならば色は鮮やかになり、悲しければ暗い色になる―――真っ黒は何も考えたくない、空虚な想いを指します』

「……空虚」

『懐かしいよ、この光景は。相棒も一時期はこのように真っ黒な深層心理であったからな』

 

 俺はドライグの言葉に少し前のことを思い出していた。

 ……そうだな。あの時は辛かった。

 考えることが多くて、精神が全く安定しなかったくらいだ。

 ―――あの時の辛さは、俺が良く知っている。

 きっと朱雀は今、その中に身を投じているんだ。

 

「大切だと思っていた兄貴が敵で、間違ったことをしている。それでも心のどこかでは求めていたんだろうさ。……昔の晴明を。土御門白虎として接してくれていた、あいつの面影を」

『……相棒。もうそろそろ深層心理の奥底に到着する。ここから先は俺たちは立ち寄れないぞ』

 

 ドライグがそう言うと、深層心理の奥底へと続く橋のようなものが現れる。

 そこは人一人が通れるほどの幅しかなく、俺しか通っていけないということだろう。

 俺はフェルの上から飛び降りて、その橋に足をかける。

 

『……主様。私たちはここでお待ちしております。あなたは()と会ってきてください』

「ああ」

 

 俺はフェルの言葉に頷き、橋を渡っていく。

 途端に俺の後ろには黒い靄が掛かり、俺は完全に一人となって、俺は少し先に見える巨大な塊の方へと歩んでいく。

 ……朱雀の神器と、その能力を初めて見た時、俺はその正体に少し心当たりがあった。

 朱雀は力を使う時にまず、封を解くと言った後に、龍と謳った。

 それを聞いたときにどこかで分かっていたのかもしれない。

 ―――今目の前にいる、鎖に繋がれたドラゴンの存在を。

 

「……目は覚めていますか? ―――最後の三善龍、封印の刻龍(シィール・カーヴィング・ドラゴン)。またの名は、ディンさん……ですよね?」

『―――そうか。君が、彼を救ってくれた者、なのか』

 

 ……声が響く。

 それは目の前のドラゴン。

 ―――夜刀さんがこの京都に来た目的であり、ヴィーヴルさんと夜刀さんに続く最後の三善龍の一角。

 その身に邪龍を封じたことによって命を削り、神器に魂を封印することによって現在に生き残ったドラゴン。

 

『……君の言う通り、僕はディン。……実際にはディールバンって名前だけど、その愛称を知っているってことは―――君は、夜刀くんとヴィーと出会ったのかな?』

 

 ……素直に聡明なドラゴンと思った。

 声音は落ち着いていて、その色は橙色か?

 なんていうんだろう―――優しいそうで、全てを包み込むように暖かなドラゴンだった。

 

「俺の名前は兵藤一誠。現代の赤龍帝で、夜刀さんとヴィーヴルさんとは……家族、みたいな関係です」

『家族、か。……そうか。それは良かった―――ずっと心配だったんだ。泣き虫の夜刀くんと、寂しがり屋のヴィーちゃんを置いていって良いのかなって思ってたから』

 

 ……ディンさんは、とても優しげな声音で安堵した。

 それだけディンさんにとって、夜刀さんとヴィーヴルさんの存在が如何に大切であったかという事が手に取って理解できた。

 ……にしても、夜刀さんを泣き虫か。

 

「そうですね。夜刀さんって結構泣いてますから。俺が沈んでいた時も、死にそうになった時も誰よりも早く泣いてましたから」

『あはは、そっか。でも嬉しいよ。……夜刀くんが涙を流せるほど、大切なんだね、君は。……イッセーくんって呼ばせてもらうよ。君のおかげで僕も真に目覚めることが出来たから』

 

 ディンさんはそう言うと、身体をぐぐっと動かせる。

 そして―――彼に絡まった鎖を、勢いよく吹き飛ばした。

 

『……君がここに来た理由は分かっているさ。君は、彼を目覚めさせたいんだね?』

「話が早くて助かります。……俺には朱雀を起こさないといけないんです。俺は救うためとはいえ、朱雀の了承も得ずに彼を悪魔に転生させてしまった―――責任を取らないといけないんです」

『……そうだね。君が何もしなければ朱雀くんは死んでいたよ。そして僕はまた完全に眠りにつくところだった。難しいよね、救ったのに救えた気分になれない心境は』

 

 ディンさんは俺に同意するようにそう言葉を投げかける。

 

『―――なら、僕も一緒に背負おう。君が自身の選択を負っているなら、僕も君と共に朱雀くんを真に救ってみせよう』

「で、ディンさん?」

 

 ディンさんはそう言い切って、俺を翼で覆い包んで自身の背中に乗せる。

 そして今までいたところより深い奥まで飛び出した。

 

『君を見ていると夜刀くんを見ているようなんだよね。君、意外と放っておけないタイプだよ』

「そ、そんなことを言われたのは初めてです」

『はは、そりゃそうさ。君、夜刀くんのことは凄く頼りになるだろ? 夜刀くんって普通のヒトから見たら頼りになる良いお兄さんって感じなんだけどね~―――すごく、一人で抱え込むんだ。大概のことは何とかするんだけどね? ……彼の悪い癖は、限界が来てもお構いなしに更に抱え込む。潰れそうになっても抱え込む。これってすごいことなんだけどさ。……すごく、寂しいことなんだよ』

 

 ……自分に言われているようだった。

 少し前の俺って、他人から見たらそんな感じだったんだろうか?

 ディンさんは更に続けた。

 

『だから僕は放っておかない。そんな良い奴が潰れるなんて許さない―――まあそれで限界を迎えたのは僕の方だったんだけどね?』

「……夜刀さんは、ディンさんを探しています」

『……うん。すごく光栄なことだ―――夜刀くんは僕の永遠の親友さ。だからこそ、彼が大切にしている君を僕は助けてあげたい』

 

 ……ディンさんは屈託もなく、嘘偽りを一切吐かないほどに真っ直ぐにそう言い切る。

 気持ちいいほどはっきりとした言葉だ。

 ……ディンさんにとって、言葉とはただ気持ちを全てぶつけるものなんだろう。

 それだからか、ディンさんの言葉は不思議なほどに俺の中に残った。

 

「……朱雀は今、空虚のどん底にいるはずです。何をしたら良いか分からなくて、もう目を覚ましたくない状態なんだと思います―――お願いします、俺と一緒に、あいつをどん底から引きあげてくださいッ!!」

『―――よし、任された! じゃあまずは彼との対話からだね』

 

 ディンさんは更に速度を上げ、恐らく本当の深奥と思われる場所に到達する。

 ……周りには何もない。

 何もない空間に一人だけ、そこにポツンと朱雀が座っていた。

 こちらには見向きもせず、ただ何かを呟いていた。

 

「―――どうして、なのです。兄さん、どうしてあなたが、そんなところにいるのです……? どうして、私に刃を向けるのです……? 分からない。……分からないッ! あんなに優しかった兄さんが、どうして私をッ!!」

 

 次第に声音が荒くなる朱雀。

 

『僕は彼の中で意識だけ微かにあったんだ。だから知っている―――土御門白虎のあれは、もう豹変と言っても良いほどだ。別人と思ったよ。まさか自らの手で朱雀君を殺すとは思ってもいなかった』

「土御門白虎のことは俺も人伝ですが聞きました。正しさの鏡のような人だって。……実際に俺もあいつと会話をしたことがあります。だからこそ、最初は信じられなかった」

 

 朱雀を殺すなんて。

 その安易な考えが今の状況を作り出しているんだけどさ。

 

『……朱雀くんは、いずれ目を覚ます。だけど彼が時間を掛けて目覚めた場合、彼の心は壊れている。だから癒すなら今しかない。じゃないと彼はきっと……』

 

 ディンさんはそれ以上は言わないけど、何が言いたいかは察することが出来た。

 ―――目覚めても、朱雀はまた同じことを繰り返す。

 壊れたまま晴明へと挑み、そのまま……恐らくまた殺される。

 自分が何をしたいかも分からないまま。

 ……もう次はないんだ。

 同じ救い方はもうできない。

 

「―――あぁ、くっそ。なんでこんなウダウダ考えているんだよ」

 

 ―――ずっと考えて、考えて。

 でも思った。……俺はいつだって、救いたいときは救い方なんて考えてこなかった。

 ただぶつかって、相手を救いたいと思っているだけだった。

 アーシアの時も、リアスの時も、朱乃の時も、祐斗の時も、小猫ちゃんや黒歌の時も……どんな相手の時でも、まずはぶつかってきたじゃないか。

 今、それが出来ないのはきっと後ろめたさがあるからだ。

 ―――自分が傷つきたくないから、ウダウダ考え込んでいる。

 

「そんなんじゃ、朱雀を救えるわけないじゃないか。ったく、自分が情けない」

『……はは。まさか自分で答えを出すなんて。なんだ、君は分かっているんじゃないか―――行ってくれ。大丈夫! 骨は拾うから!!』

「拾わせる骨なんてありませんよ。だって……絶対に、助けてみせるんですから」

 

 俺はディンさんを横切り、そのまま座り込む朱雀の後ろに立つ。

 未だに朱雀はぶつぶつと呟いており、俺はそんな朱雀の肩を掴み、無理やり立たせて俺の方を向かせた。

 

「―――目ぇ覚ませっ!! 朱雀!!!」

 

 ―――凄まじい勢いで、ヘッドバッドをお見舞いするっ!!

 ゴツンッ!!! っという音がその空間に響き渡り、俺と朱雀はその勢いとあまり互いに尻餅をついた。

 

「~~~っっ!! いってぇな、おい―――んで、朱雀。目は覚めたか?」

 

 俺は額に広がる痛みに耐えながら朱雀にそう問いかける。

 俺の視線の先には先ほどとは違い、虚ろな瞳ではなく、光の灯った朱雀の姿があった。

 目を見開いて、俺の方を真っ直ぐ見ている。

 

「い、イッセー……様?」

「おう、俺だ」

 

 朱雀は未だに現在の状況を分かっていないようだ。

 今は涙目で俺を見て驚いている。

 

「ど、どうしてここにいるのですか? っていうか、ここは一体……」

「なるほど、さっきまでずっと無意識だったのか」

 

 ……先程までの朱雀は意識はなく、ただ自身の本音を無意識に言っていたんだろう。

 そう言う意味では今の朱雀は目を覚ましたと言える。

 

「無意識? 一体何を……。私は―――ッ!!?」

「……思い出したようだな」

 

 朱雀は思い出したように再び目を見開き、顔が青ざめる。

 ……自分の最後を、思い出したんだろう。

 

「そうだ……。私は兄さんと戦って、全く歯が立たなくて、そして―――殺された」

「その通りだ。お前は晴明と戦い、そしてその結果負けた。……お前は死んで、そして生き返ったんだ」

 

 朱雀は次々に記憶を取り戻したかのように頭を抱え、地面に膝をつける。

 

「い、生き返った? どういう、ことですか? 私は……死んだのではないですか?」

「ああ、死んでいたよ。お前はアーシアの治療でも、黒歌の仙術でも、俺の神器でも息を吹き返さなかった。なんとか少しだけ命を一皮繋げることだけで精一杯だった―――人間であるお前は、妖刀の呪いに抗えなかった」

「ならば、何故私は生きているのです!?」

「―――人間じゃ、なくなったからだ」

 

 俺は、包み隠すことなく朱雀にそう言い放った。

 

「俺は、お前を悪魔に転生させた。悪魔の身体なら呪いに耐えることが出来て、耐えている間に呪いを取り除くことでお前は一命を取り留めた―――お前のことを何も考えず、俺が勝手にやったんだ」

「……そうだったんですか。あの時、一瞬見えたイッセー様の表情は、言葉は……そういうこと、だったんですか」

 

 ……朱雀を転生するときに一瞬聞こえた、俺の名を呼ぶ声。

 あの時、朱雀は一瞬だけ意識を取り戻していたんだろう。

 そのことを朱雀は思い出して、ポツリと言葉を漏らした。

 

「……イッセー様は、私を救うために……その選択を、したのですか?」

「……どんな言い訳をしても、俺はお前を自分の下僕にしたんだ。お前は、俺に怒る権利がある―――どんなことでも、俺は受け入れる」

「…………」

 

 俺は朱雀を真っ直ぐ見て、目を晒すことなくそう言い切った。

 

「……私は、命を救われた側です。そんな私が、どうして怒らないといけないのですか?」

「…………」

 

 返ってきたのは取り繕った笑顔と、模範解答というべき答えだった。

 ……それが本心ではないというのはすぐにわかった。

 朱雀は、心を閉ざしている。

 ―――勘違いしようとしているんだ。

 自分の中ではもう落ち着いていると思おうとして、心配を掛けたくないがために嘘をつく。

 自分は大丈夫だと心に刻んで、全然大丈夫じゃないのに大丈夫と思い込む。

 ……ダメなんだ、朱雀。

 それでは駄目だ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

「……ありがとうございます、イッセー様。もしかしたら、これは運命だったのかもしれません。家を失くし、目的のなかった私に降りてきた天命なのかもしれません―――赤龍帝の眷属。素晴らしい看板ではありませんか。私は誠心誠意、あなたの下僕としてあなたに仕えて」

「―――違うだろ、朱雀」

 

 ……朱雀は張り付いたような薄っぺらい言葉を、俺は止める。

 

「なんだよ、それ。何でそんな話になっているんだよ……っ!」

「そんな、話? 私は悪魔になったことを受け入れています。だからそのことを……」

「―――逃げるなよ、自分の死からッ!!」

 

 ……朱雀の顔は、凍てつく。

 

「お前は、どうして目の前の現実から逃げようとしているんだよ……。お前は晴明に、兄に殺されたんだぞ? なら復讐なり何かあるだろ!? それなのにお前は運命やら、天命やらを口にした―――何故だ? 何故お前はそんなに平然とした顔が出来る……ッ!!」

「…………ッッ」

 

 朱雀は俺の言葉を聞き、表情を歪ませて俺に背を向け、逃げようとした。

 ……俺はその手を掴み、自分の方に引き寄せた。

 

「……なんで、涙を見せない。どうして逃げようとするんだ―――弱さを、隠そうとするんだ?」

 

 朱雀の肩は震えている。

 それでも朱雀は俺に顔を見せようとしなかった。

 ……ただ流れるのは楽だ。何も考えず、何も起こさず、ただ目の前のことだけをこなすのは誰にだって出来る。

 ―――でもそれは本当に、生きていることなのか?

 ……そう気付かせてくれたのはミリーシェだった。

 俺の止まっていた時間を再び動かしてくれたのは彼女だった。

 知っているんだ、俺は朱雀の気持ちを。

 だからこそ、俺は朱雀に言わなくちゃいけない。

 

「―――弱さを受け入れなきゃ、強くなんてなれないんだ。前を見ることも出来ない。……辛いんだよ、それって……ッ! お前に、そんな辛いものを背負わせたくないんだ!」

 

 俺はかつて、ミリーシェに言われた言葉を朱雀にぶつける。

 

「俺は、お前に生きて欲しい。そのために転生させたんだッ! なのに、お前はまだ死んでいるんだよ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ッ!!」

「……止めて、ください……ッ!!」

 

 そこでようやく聞こえる朱雀の声。

 震えて、今にも泣きだしそうな声だった。

 

「……流れるまま生きるのは、生きているって言わないんだ―――ただ生かされている。そんなもの、生きているとは言わないんだ」

「どうして、止めてくれないんですかッ!!!」

 

 ……朱雀は、振り返って怒声を浴びせるようにそう俺にぶつけた。

 ―――ひどい顔だった。涙でぐしゃぐしゃで、鼻水もだらしなく垂れていて、髪もくしゃくしゃ。

 でもそれは……何よりも生きている証だった。

 さっきまでの取り繕った笑顔ではなく、悲しみに埋もれた表情だった。

 

「やっと、こっちを向いたな」

「……あなたは、ひどいですっ。どうして、分かっている癖に現実を突きつけてくるのですか……っ」

 

 朱雀は取り繕うことなく、本心を漏らし始める。

 ……俺は朱雀の頭に手の平を乗せ、その言葉を受け止める。

 

「……私は、兄さんが怖いんですっ! 優しかった兄さんはもういないって頭で理解しても、私はそんなことはないと思ってしまうっ!! 土御門を滅ぼして、兄さんは私まで殺したんです!! ……私は、何をどうして生きていけば良いか……わからないっ」

「……ああ」

 

 朱雀は長い髪を揺らし、コツンと額を俺の胸に預けてくる。

 

「どうして、あなたは私を助けたんですか……? 死んでいれば、私はこんな思いをしないで済んだのに……」

 

 朱雀は小さな声で、心からの叫びのようにそう呟いた。

 ……ここだ。

 朱雀に俺の気持ちを、本当のことを伝えるのは今しかないと思った。

 だから……言い放った。

 

「―――死んだら、きっと朱雀は後悔すると思ったから」

 

 頭を撫で、優しく俺は朱雀の耳元で呟く。

 

「土御門を変えようとして、兄の居場所を作ろうとして、頑張って、頑張って―――それでその兄に殺された。そんなの、救われない。全く幸せでもないのに死んでも、絶対に成仏できないし、何よりさ」

「……?」

「―――自分で変えろって言ったくせに、自分で壊して朱雀を殺すような馬鹿な兄貴を、一発ぶん殴らなきゃ気が済まねぇだろ?」

 

 ……朱雀はその一言で、ハッと顔をあげた。

 ―――そっか、そんな感情も理解できないほどに朱雀は追い詰められていたのか。

 

「ぶん殴る……」

「そうだ。良いか? お前と晴明はどう足掻こうが家族だ。あいつがどんな道を歩んできたのかは知らないけど、それでもあいつのやっていることは間違いだ。少なくともお前を殺すなんて所業、許せない」

 

 俺は朱雀の頭から手を離し、二カッと笑った。

 

「だからまずあいつを一発ぶん殴れ! その後、あいつをどうしようかを考えてみろ。……家族が道を誤った時、止められるのは家族だけだ。家族はさ? ぶつかり合ってでも間違いは止めないといけない。その先のことを決めるのは朱雀だけど、俺はそう思う」

「…………」

 

 全部受け売りだけどさ。

 ……朱雀は拳を握り、じっと握った拳を見つめた。

 

「……全く、めちゃくちゃですよ。イッセー様は」

「ああ、自覚しているよ。でもぶつかってでも止めるって決めた―――だって、お前も俺の家族だから」

 

 俺は朱雀の前に拳を突き出し、そう断言した。

 ……俺にとって、眷属は家族だ。

 さっきも言った通り、家族には嘘偽りなくぶつかり合うって決めている。

 だから、まぁそうだな。

 

「だから絶対お前を離さない! 絶対にはぐれになんてさせないからな! それぐらい、俺っていう居場所が大切なものにしてやる!! ……約束だ」

「……本当に、めちゃくちゃですよ―――居場所を、ありがとうございます」

 

 朱雀は笑顔でそう言って、そして……朱雀は消える。

 辺りには色が生まれ、その色は鮮やかな橙色となった。

 

『……ははは! すごいね、イッセーくん。君の言葉はなんていうか……すごく大丈夫って思ってしまうよ』

「それがウリですから!」

 

 ディンさんは軽快な口調でそう言うと、再び俺を背中に乗せる。

 

『朱雀くんは目覚めたよ。ここから彼が消えたのがその証拠さ』

「そうですか」

『……ああ、そうそう―――今後とも、よろしくね。君とは長い仲になりそうだからね。一応、僕も家族ってことになるのかな?』

「―――当たり前でしょ?」

『はは、そう言うと思った。……うん、君になら僕と朱雀くんを預けても良いかな?』

 

 ディンさんは強く頷いて、明るくなった空間を飛び交う。

 次第に俺を待つドライグとフェルの姿が視界に移り、ディンさんはそこで俺を下した。

 

『僕が送れるのはここまでさ。イッセー君、僕の相棒をよろしく頼むよ』

「ああ―――そうだ、ディンさん」

 

 俺は思い出したようにディンさんの名前を呼ぶ。

 

「外に貴方の大切なヒトがいるから、泣かせてやってほしいんです。それはもう、号泣クラスで!」

『……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて思いっきり泣かせてあげるよ!』

 

 ディンさんは俺の言っていることを理解したのか、楽しそうな声で頷いた。

 ……俺はドライグとフェルの元に行く。

 

『まぁ心配はしていなかったが、上手く言ったようだな。相棒』

『あら、何を言っているんですか? 主様の心配をしてハラハラしていたではありませんか』

『そ、そんなない! 俺は息子を信用しているからな!!』

「……ドライグ」

 

 俺は呆れるように彼の名前を呼び、すっとドライグの背に乗った。

 ……んじゃ、俺も帰りますか。

 

「タクシー、俺を現実まで帰してくれるか?」

『はは、愚問さ―――さぁ、行こう』

『ええ』

 

 そうして俺たちは、現実に戻って行った。

 ―・・・

 目を覚まし、病室の時計を見る。

 既に最後に時計を見てから一時間程度経っており、俺はすぐに朱雀の眠るベッドを見た。

 ……そこには目を覚まし、安らかな表情で俺の顔を見る朱雀がいた。

 

「もう少し、眠っていてもよろしかったのですよ?」

「病人より寝過ごすって駄目だろ。ってか今の仕草、完璧に女なんだけど?」

「そう、それです! そんなに私は女性に見えるのでしょうか? 確かに髪は長いですし、声も普通の男性に比べれば高いですが……それをあのシリアスな状況で普通言いますか?」

 

 そんな風に怒る割には、少し嬉しそうな朱雀だった。

 ……お前、そんな風にも笑えるんだ。

 俺は不意にそう思った。そういう意味では、もしかしたら心を開いてくれたのかもな。

 

『おっと、僕の存在を忘れて貰っては困るな?』

「そうにゃん! イッセーの寝こみを襲わないように我慢していた私にもっと構うべきにゃん!!」

 

 っと、そこでディンさんと黒歌の声が響く。

 ディンさんは宝剣として布団の傍に立て掛けられており、話すときは宝剣の鍔部分の大きな宝玉が点滅していた。

 

「朱雀、ディンさんのことはもう知っているのか?」

「ええ。イッセー様が起きる前に少しお話させていただきました。まさか三善龍の一角とは思いもしませんでしたが……」

『はは。これでも凄いんだよ? もっと敬いたまえ、若人よ!』

 

 ディンさんは気さくに俺たちにそう話しかける。

 俺は黒歌を宥めつつ、朱雀たちを見る。

 ……そうだな。やっぱり改めて挨拶は必要だよな。

 

「改めて、俺は兵藤一誠。上級悪魔、リアス・グレモリーの兵士で、そんで赤龍帝眷属の王だ」

「私は赤龍帝眷属の僧侶、黒歌にゃん♪ あ、イッセーのことラブだからそこのところよろしくねぇ~」

 

 まず俺たちが先陣を切ってそう言うと、朱雀はクスリと笑い、一息をつく。

 そして

 

「―――私は土御門朱雀。この度、イッセー様の騎士となりました。今後とも、よろしくお願いします!」

『僕はディン。朱雀くんの相棒で、この宝剣の神器に眠っている三善龍の一匹さ!』

 

 ―――こうして、俺の眷属に新たな仲間が出来た。

 きっかけは何とも言えないけど、さ。

 

『……それにしても僕の泣かすヒトはいつ来るんだい? イッセーくん』

「一応、そろそろのはずなんですけ―――」

 

 俺が最後まで言い切ることなく、突如病室の扉が勢いよく開かれる。

 

「い、イッセー殿!! 拙者に用とは何事でござるか!? 拙者に出来ることなら何でもする所存でござるが!!」

「や、夜刀さん、落ち着いて!」

 

 凄まじい形相で近づいてくる夜刀さん。

 ……もしかして俺が英雄派と一戦やったって聞いて、すっ飛んで来たのかな?

 夜刀さんが俺のすぐ傍に来た瞬間であった。

 

『―――全く。夜刀くんはぜんっぜん変わっていないな~。相変わらず騒がしいよね~~~』

「さ、騒がしいとは失礼でござるぞ、ディン殿! そもそもディン殿がいつも拙者を心配させるからであって―――」

 

 ……夜刀さんがそうツッコんだ時であった。

 夜刀さんは、その声に気付いたのか話を止める。

 

「せ、拙者おかしくなったのでござるか? それとも夢でも見ているのでござるか? い、イッセー殿! 拙者の頬を思い切り切り刻んでほしいでござ」

『切り刻むってところが慌ててる証拠だよね。全く……僕の声を忘れたのかい? 親友の僕の声をさ~』

 

 夜刀さんは、再度声を失う。

 その目をその声の方向に向けた。

 そこでようやく認識する。

 

「―――で、ディン殿?」

『あはは、ようやく気付いた! そうさ。僕はディン―――本当に、久しぶりだね。元気にしていたかい?』

「で、ディン殿……ッ」

 

 ……夜刀さんは膝の力が抜けたのか、地に膝をつける。

 ―――その瞳には、涙が溜まっていた。

 

『僕をずっと探してくれていたんだって? 嬉しいよ、夜刀くん。こうしてまた君と話が出来て……僕は本当に、れしい。ありがとう、ずっと君のままでいてくれて―――本当に、ありがとう……っ』

「いいで、ござるよ……っ。善を通す、ことは……拙者の、特技でござるからな……ッ!!」

『あはは、ホント泣き虫だよね。夜刀くん』

「それは、こっちの台詞でござるよ……っ!!」

 

 ……声だけでも分かるほどディンさんもまた泣いており、夜刀さんに至ってはディンさんの宣言通り号泣だ。

 ……ガタン。

 すると病室の開けっ放しの扉の向こうから音が聞こえ、そこには小さな影があった。

 ……銀色の髪。クリスタルのように綺麗すぎる瞳が印象的な、妖艶で綺麗すぎる人形のような姿。

 フリフリとしたドレスがより一層幻想的に見える少女。

 そんな人物が病室の前に、呆然としながら立ち呆けていた。

 そんな人物は俺の中には心当たりは一人しかいない。

 ……ヴィーヴルさんが、そこにいた。

 

「で、ディン……くん?」

『……やぁ。お久しぶりだね、ヴィー。相変わらず小っちゃくて可愛いよ』

 

 ……先ほどよりも感極まった涙声だった。

 そうか……ディンさんとヴィーヴルさんは、生前はとても親しい仲だったからか。

 この際、何故ヴィーヴルさんがこの場にいることは考えない。

 ただ、いまは―――

 

「おか、えり……っ。ディンくん!」

『……全く、ズルいよね。ヴィーは―――僕まで泣いちゃいそうだよ』

「もう手遅れでござるよ……っ!」

 

 ……この綺麗な光景を、ずっと見ていない。

 そんな気持ちが俺の心を占めていた。

 ―――そんな綺麗な光景から現実に戻すように、俺は気配を再び病室前に感じる。

 

「……アザゼル」

「すまんな、イッセー。良い所ってのは十分理解できるんだけどよ―――お前の家族が到着だ」

 

 ……アザゼルが再び病室に入り、道を開ける。

 そこから現れたのは……父さんと母さんだった。

 

「い、イッセーちぁぁぁぁん!! けけけけけけけ、怪我はない!?」

「おおおおおお、落ち着けまどか! 見ろ、五体満足だろ!?」

 

 ……ほんっと、この雰囲気ぶち壊すなよこの野郎。

 俺は即座にツッコミたくなったが、父さんと母さんがこの場に到着したことに一先ず安堵した。

 ……待てよ。

 父さんと母さんには護衛がいたはずだ。

 それもサーゼクス様が直接つけたほどの信頼できる護衛が。

 

「母さん、父さん。二人の護衛は一体」

 

 俺が二人にそう問い詰めようとした時だった。

 ……病室に響く、涼しげな声。

 その声は俺の大切な声そのもので、その姿は本当に生き写しなほどにあいつに似ていた。

 別人と分かっていても、なお。

 

「―――エリファ・ベルフェゴール。私ですよ、兵藤一誠?」

 

 ―――そこには、エリファ・ベルフェゴールがいた。

 その周りに控える二人の少女。

 クノイチの姿をした、確かエリファさんの騎士の霞ちゃんと、恐らく彼女の女王。

 心なしかエリファさんに似ている気がするが……

 

「お話は既に存じております。それを踏まえて―――私たち、ベルフェゴール眷属は貴方たちの傘下に入り、禍の団と戦うことを宣言いたします。どうか私たちを導いてください。赤龍帝眷属の王、兵藤一誠?」

「……ええ。不肖ではありますが、救援を感謝します。……エリファ・ベルフェゴール殿」

 

 ……この時、俺はこう思った。

 心なしか、近づいている。

 ガルブルト、英雄派、メルティ……それの影で動いている何者か。

 きっと、もうすぐ始まるんだろう。

 そいつらとの―――決戦が。




オリキャラ:初登場

三善龍・ディン→初登場:名前だけ。5章7話
三善龍・ヴィーヴル→初登場:7章9話

エリファ・ベルフェゴール→初登場:6章6話
エリファの『騎士』 霞→初登場:7章5話    




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第8話 結集する『仲間』

 英雄派と衝突し、朱雀が殺され、そして朱雀が俺の眷属となり、三善龍たちが再会を果たし、父さんと母さんが京都に合流し、その護衛にエリファさんが同行してきて……昨日は一度に色々とあり過ぎた日だった。

 一度に語るには重過ぎるほどの濃厚すぎる日であり、俺はつい今が修学旅行中ということを忘れていた。

 ……本音を言えば、もっと修学旅行を楽しみたい気持ちはある。

 でもこれがまた、そうはいかないんだよな。

 現在の抱えている問題とうのは、もうアザゼルやガブリエルさんたち大人だけに任せていい問題ではなくなってきている。

 ガルブルトが動いており、その影で奴を支配する何者かがいて、英雄派までもがこの京都という古都で暗躍している。

 ……赤龍帝としての定めなのか、何か強い存在を引き寄せてしまうというのはもう重々知っている。

 だから諦めにも近いものを感じていた。

 ―――そんなことを考えながら、俺は今、嘘のように平和な時間を過ごしていた。

 

「イッセーさん! こちらです!!」

 

 ……アーシアに手を引かれる。

 修学旅行三日目のお昼―――俺はアーシアと二人で京都の町を散策していた。

 昨日はもう時間が遅かったことを考慮し、アザゼルが提案したのが今晩に作戦会議、ないし作戦を実行に移すということ。

 その間、俺も今日の自由時間を利用して作戦会議に参加しようとしたんだけど……

 

『おい、お前はもうちょいアーシアに構ってやれよ』

『イッセーちゃん! アーシアちゃんとデートしてあげてね! あ、これはそのお小遣い!!』

『イッセー……アーシアを、私の大事な親友を幸せにしてやってくれっ!!』

 

 何故かじと目で俺にそう言ってきたアザゼルと母さん、そしてまるで父親のような感じで涙目でアーシアを俺に託してきたゼノヴィア(アーシアはもちろん苦笑いだった)。

 そんなみんなの後押しの下、俺はアーシアと京都デートに赴いていた。

 ……確かに最近、アーシアと話すことは毎日していても、一緒に出かけるとか二人っきりっていうのは少なかった。

 でもまさかアザゼルにまで後押しされるとは思っていなかったんだよな。

 ―――ともあれせっかく出来た機会なんだ。

 ここはお言葉に甘えて、楽しませてもらおう。

 

「そういえば、イッセーさんとのお出かけって凄く久しぶりじゃないですか?」

「……そうだな。前のディオドラの一件以来か」

 

 俺は以前のアーシアとの癒しデートのことを思い出して、つい思い出に浸る。

 ……あの時はアーシアと自分の昔話を話したり、暴走したときにアーシアが俺を救ってくれたときの話をしたり、あとはなんだっけか。

 

「何よりあの時に驚いたのはフリード神父の変わりようでしたね! まさかあのフリード神父が……」

「アーシアもびっくりのお兄ちゃんになっていたもんな」

 

 そう、ちょうどあの時も俺とアーシアがこんな風に話をしているときだったな。

 ちなみに今、俺とアーシアは京都某所の大きな公園に来ている。

 静かに過ごしたいという俺とアーシアの意見が合ったのが理由で、今は大きな遊具で遊ぶ子供たちを見ながら二人で歩いていた。

 

「それも少し前のはずなのに、凄く前のように感じるよな。あれから色々なことがあってさ」

「はい! イッセーさんが前に進んで、平行世界に飛んでしまって……今は」

 

 アーシアが今は、という呟こうとしたとき、俺は彼女の言葉を止めるように唇を人差し指で押さえた。

 

「今は、そのことは忘れて楽しもう。アーシアとのデートにそんな無粋なのはいらないからさ」

「……そんなことを言っているイッセーさんが、さっきはずっと考え事をしてましたよ?」

 

 グサッと痛いところを指摘されるっ。

 ……最近のアーシアは俺の考えていることをお見通しとばかりに、ズバッと考えていることを言い当ててくるんだよな。

 なんていうか、意思疎通に無駄な言葉はいらないというか、なんというか。

 周りからはカップル超えて夫婦とか言われているレベルだ。

 ……っていっても恋人同士ってわけでもないんだけどさ。

 

「アーシアには敵わないな」

「イッセーさんの考え事は大体決まっていますから! ……でも仕方ないと思います。だって、イッセーさんと私では責任の大きさが違いますから」

 

 ……アーシアは俺の手をぎゅっと握って、そう呟く。

 ―――俺とアーシアは、互いに決定的な一言を避けている。

 俺はアーシアのことが大好きだ。アーシアも俺のことが大好きって言ってくれる。

 でも……きっと俺もアーシアもわかっているんだ。

 ―――俺の中のミリーシェの、存在の大きさを。

 以前ならばミリーシェが既にこの世にいないと思っていたから、もっと積極的になれたかもしれない。

 ……でも俺はミリーシェと再会した。

 再開して、約束したんだ。

 俺たちを引き裂いた奴をぶっ潰して、お前の欠片をかき集めるって。

 ……天秤になんて、かけられない。

 そんなことを言ったら本当に最低男なんだけどさ。

 ―――ちょっとうらやましいよ。平行世界のイッセーが。

 あいつは皆を幸せにするためにハーレムを目指していた。

 ……アーシアとミリーシェ。

 二人を天秤に乗せたとき、俺はどうするか。

 

「……イッセーさん?」

 

 ―――そんなことを考えていると、アーシアは再び俺の顔を覗き込む。

 

「ごめん。その、さ……自分がどうしたらいいかを考えてた。もちろん今のこともあるけど、その―――アーシアのことを、さ」

「…………」

 

 俺の言葉を聴いて、アーシアは目を見開いた。

 俺の手をさらに強く握り、俺をじっと見つめる。

 

「俺はアーシアの気持ちを知っている癖に、一歩前に進めないんだ。だからずっとアーシアを待たせてる。それが本当に正しいのかって、思うんだ」

「……イッセーさんの中の、ミリーシェさんへの思いですよね」

 

 ……アーシアはポツリと、そう呟く。

 それは的を的中させる答えで、俺はアーシアの答えに頷く。

 

「わかっています、イッセーさんの気持ちは。イッセーさんは凄くまじめで、優しいから葛藤しているんですよね? 私に向けてくれる気持ちと、ミリーシェさんに向ける情愛をどうするべきか」

「……恥ずかしながら、そのとおりなんだ。俺には決められない―――本当に、最悪だよ。どっちも手放したくないなんてさ。アーシアもミリーシェも、仲間の皆も……皆で、幸せになりたいなんて」

 

 苦笑いを浮かべて自嘲する。

 それでもアーシアの表情は歪まず、まっすぐと俺を見つめていた。

 そして―――意を決したように、俺を抱きしめてきた。

 

「あ、アーシア?」

「……イッセーさん。それは本当に、間違っていることなんでしょうか?」

 

 声が上がることなく、冷静に……諭すように話すアーシア。

 ―――本当に、間違っていることなのか? そんなこと、間違っているに決まっている。

 一人だけを愛せないなんて、そんなことはただの不純だ。

 ただ目移りをしているだけにしか思えない。

 ……しかし、その言葉は出ない。

 だって……アーシアがこんなにも真剣な表情を、俺は見たことがないから。

 

「イッセーさんはずっと頑張ってきたじゃないですか。誰よりも傷ついて、誰よりも深く考えて、皆を救って。きっと私の知らないところでも頑張ってきたんですよね。……だから、少しくらい我侭になってもいいと思います」

「……わが、まま?」

「はい! ……私は、イッセーさんになら何をされても構いません。どんなことだって、受け入れます―――でも本当にイッセーさんが間違っていたら怒ります! 何をしてでも目を覚まさせます! ……だから少しの間だけでも、難しく考えることを止めてみませんか?」

 

 ……アーシアの心臓の鼓動を聞きながら、俺は野放しにしていた手をアーシアの背中に回す。

 ……何も考えず、結果を見据えず突っ走る?

 自分のしたいようにするなんて、俺は……したことがあったか?

 守るとか守らないとかを除けば、俺は今まで最善ばっかを選択してきた気がする。

 自分のリスク、幸せを考えずに回りの幸福を祈って……そうなる選択肢を選んできた。

 その中に一度だって、自分の幸福を第一に考えた選択はあっただろうか。

 ……結果的にいえば、いつも俺は幸せな結果を手に入れた。

 仲間がいて、家族がいて、大切な人がいて、目標が出来て……今も考えられないほどに幸せなことに間違いはない。

 そんななのに、さらに望んでしまっていいのか?

 …………。

 

「……アーシア。今の俺は幸せだぞ?」

「なら、もっと幸せになりましょう。イッセーさんならもっともっと幸せになれます! 自分も、その周りも皆幸せに出来ます!」

「今でも十分だと思っていても?」

「はい! もっともっとイッセーさんは我侭になるべきなんです! ―――報われなきゃ、そんなの不公平なんですから」

 

 ……その言葉が、アーシアからの心からの声のような気がした。

 報われる? それは何から報われるってことなんだろう。

 ……俺はその答えをアーシアから望まなかった。

 なんなんだろう―――その答えを自分で出したら、俺は本当に全部何とかできる気がしたから。

 ……ここにきて自分の恋愛感情で悩むことになるなんてさ。

 

「……ありがと、アーシア。やっぱ俺にとってアーシアは女神様だよ」

「もう……っ。私も実は恥ずかしいんですから、外ではほどほどにしてくださいっ! その……二人きりのときはいつでも構いませんから」

 

 アーシアが少し頬を紅くして、苦笑いをしながらそう呟く。

 ―――本当に反則だ、その顔は。

 アーシアってびっくりするほど俺のドストライクを貫くんだよな。

 俺は離れたアーシアの頭をなでようと―――

 

「……ほんっと、そういうのは二人きりのときにしてくれって話っすよね~。こちとら子連れなんすけどぉ~?」

 

 ……突如、俺たちの背後から声がかけられる。

 その瞬間、俺たちは固まった。

 ……なぜなら、その声を良く知っていたから。

 

「は、はわぁ……フリーおにいちゃん、凄いよぉ……」

「おいこら、イリメスちゃん! あんなの見ちゃいけませんぞ! 教育的に! ……っておれっちが教育的とか末期なんすけど!?」

 

 ……俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 アーシアもどうように後方を見ると、そこには―――

 

「まっさか、こんなところに来てまでチミたちのイチャイチャを見せ付けられるとはねぇ~―――おひさダネ、外道神父だぜぇ~!!」

「こ、こんにちは……っ!」

 

 ―――イリメスと呼ばれた白髪の少女を引き連れた、カジュアルな服装のフリードがむかつくほどのニヤケ顔でそこに立っていた。

 ……噂をすれば影から、ってやつか。

 俺は突然のフリードの登場にそう感じていた。

 ―・・・

「はわぁ……あ、アーシアお姉ちゃんっ」

「ふふ、イリメスちゃんは可愛いですねぇ~♪」

 

 俺とフリードが公園のベンチに座りながら、少し離れたところで遊んでいるアーシアとイリメスという女の子を眺めていた。

 あのイリメスって子は特にフリードに懐いていた子供の一人だったはずだ。

 

「……つまり、お前とあの子を除いた全員が流行りの病気に罹っちゃったのか」

「そーそー。そんでお前ら出てけー! っていったガルドの爺さんがこの京都旅行を勝手に用意して、しゃーなし来てる……って、なんで俺らこんな仲良さげに話してるわけ?」

「別に仲は良くないだろ。元敵だし」

「……なんだかねぇ。ほんっと、イッセーくんって調子狂うわぁ~」

 

 フリードは白髪をポリポリと掻きながら、手元の缶コーヒーを啜る。

 ……そして俺の方を見ずに、ボソッと話す。

 

「……そっち、結構厄介なことになってるみたいっすね」

「まぁな。……って、知ってたのか?」

「んま、風の噂ってやつっすわ―――英雄派、中々厄介っしょ?」

 

 ……そういえばフリードと最後にあった時、こいつは俺に言ってきたっけ。

 英雄には気をつけろ、って。

 

「なんていうか、あいつらは敵らしくない敵なんだよ。今までにないタイプの奴らなんだ。あいつらにとって敵は異形で、あいつらは人類の味方。力なき者のために力ある者が躍起する」

「確かにイッセーくんにしてみりゃ、敵とは思えんだろうねぇ~。曹操を筆頭とする曹操派は特にやりにくいんじゃない? ま、おれっちには関係ねぇけどね~」

 

 フリードはコーヒーを一気に飲み干し、少し離れたゴミ箱に空き缶を投げ入れた。

 俺は小さくガッツポーズをしているフリードに話しかけた。

 

「……フリード。この京都はこれから、戦場になると思う。だから……早くここから立ち去った方が良い」

「んん? はっはっは~、イッセーくんは俺っちの心配でもしてくださってるのかね~?」

「ああ、そうだ。お前にとってあの子は大切な子なんだろ。それに元禍の団であるお前だって、奴らに狙われる理由は十分にある」

「……ま、確かに旧魔王派の糞悪魔共には徹底的に嫌われてんだろうねぇ、俺っち」

 

 ……フリードは左手首につけているブレスレットをチョコンと指先で触れ、少し笑みを浮かべる。

 

「でもまぁ、そんな奴らはこの相棒のアロンダイトちゃんでぶった切るから心配無用っすよ? ってか、俺よりも自分の心配しろっての」

「……るっせ。お前を心配した俺が馬鹿だったよ」

「うっしし、違いねぇっすわ」

 

 フリードは立ち上がり、見上げる。

 その目はなんていうか……穏やかだった。

 

「ほんっと、こんな風にのんびり休日を過ごすなんて、昔の俺っちなら想像も出来なかったんですよね。あんなチビの相手をして、それ以外も餓鬼どもの御守りをしてさ。……兄貴の真似事とかガラじゃねぇんすけど―――どっか、心地いいって感じちまうんすよ」

「……フリード」

 

 フリードの苦笑いに、俺もつい苦笑いする。

 ……もう、心配はいらないな。

 フリードはもう間違えない。証拠なんてどこにもないけど、それでも心のどっかでそう確信できる。

 

「せめて、あの餓鬼どもが大人になるまでは、この平穏で良いんじゃないかって思うんすよね。……はぁ、無駄話が過ぎたっすわ」

 

 フリードはそう言うと、パッとイリメスちゃんの方に歩いて行く。

 そして視線の先でアーシアに何かを言った後、イリメスちゃんを肩車して俺たちの行く道とは反対の方向に歩いて行った。

 ……それでいい。

 俺は二人がどこかへ行ったことを確認すると、アーシアの元まで小走りで走って行った。

 

「アーシア? あいつに何話していたんだ?」

「……いえ。ただ―――ありがとう、って」

「……ほんっと、あいつは素直じゃねぇな」

「きっとイッセーさんの前だけですよ!」

 

 ……俺たちはそう言い合いながらも、あいつのことを思い出して笑みが絶えなかったのだった。

 ―・・・

「さぁ、元浜……例の物は手に入れたか?」

「ああ、もちろんだとも、松田氏……俺たちのヘブンへの道標をボスから頂戴してきたさ」

 

 ……聞こえないような小声で何かを話す松田と元浜。

 今は既に夕方であり、現在男女共に入浴の時間である。

 俺は風呂の準備をしてこいつらを誘いに来たのだけど、二人は俺の入出に気付かず未だ、部屋の隅でこそこそと話していた。

 ……ちなみに俺の部屋は男子の数の関係上、一人部屋でしかも今回の騒動のため離れの部屋となっている。

 

「あぁ、通称ハーレム王か……彼は何と?」

「うむ。ここからの展望は正に神の如く。タイムスケジュール的には後五分後がベストという情報だ」

 

 ……さっきからこいつらは何を話しているんだ?

 そろそろ俺も風呂に行きたいから、話しかけるか。

 

「おい、松田に元浜。何話してんだ?」

「「―――ビクッッッッッッッ!!!」」

 

 ……俺が声を掛けた瞬間、ビクッと飛び跳ねる松田と元浜。

 な、なんだ?

 

「こ、これはこれはイッセー氏。部屋に入るならノックをしてくれないか」

「そ、そうだぞ! もし俺たちがナニをどうかしてたらどうするつもりだ!!」

「……修学旅行に来てまで寂しい奴だな、って諭す」

「「……確かに」」

 

 俺の一言に突然項垂れる松田に元浜。

 渾身の下ネタを冷静に返されたから、ダメージでも負っているのか?

 ……まぁ良い。

 

「ともかく、俺は今から風呂に行ってくるんだけど、二人も行かないか?」

「う、うむ……非常に有難い心意気なのだが、我々は少し今は忙しい身でな」

「ほ、本当に残念だ! 男同士の裸の付き合いも悪くはないんだがな!! うん、残念だ!!」

「…………」

 

 俺は明らかに不自然な二人をじっと見つめると、二人は視線を外す。

 ―――怪しいな。

 

「お前ら、なにか俺に隠してないか?」

「かかかか、隠しているわけなかろうっ!! な、何を根拠にそんな!!」

「お、俺たちは親友だろ!? なぁイッセー!! 昔、河原で殴り合って親友になったあの時を忘れたのか!?」

「……まぁ、あれは俺の中で大切な思い出だけどさ」

 

 ……うん。確かに頭ごなしに疑うのはダメだよな。

 最近ではこいつらもおとなしくなっているし、それに……はは、親友だから。

 よし、信じよう!

 

「ごめん、俺、お前らのこと勘違いしてた! そうだよな。……うん、松田と元浜の良さっていうのは俺が一番良く分かってるから!! んじゃ俺風呂に行ってくるな? 後で気が変わったらこいよ!!」

 

 俺はそれだけ言って部屋から退出する。

 俺が部屋から出ていく最中、室内から微かに声が聞こえた。

 

「……うぅ。なんだこれ」

「や、しかし……うむ」

 

 ……どこか罪悪感を含む声だったが、俺は気にせずに風呂場に直行した。

 ―・・・

「あら、イッセーくん」

「ロスヴァイセさん。どうしたんですか? こんなところで」

 

 俺が大浴場の男子更衣室に向かうと、その付近には浴衣に身を包んだロスヴァイセさんがいた。

 

「いえ、他の女子生徒の皆様に松田君と元浜君を見張っていてくれって言われまして……それで女子の大浴場に続くここで見張っているのですよ」

「なるほど……でもまぁ、大丈夫ですよ! だってあいつらだって今までと同じじゃないですし、それに……本当に人が嫌がることじゃありませんし」

「……イッセーくんが言うなら、確かにそうなんでしようけどね」

 

 ロスヴァイセさんが苦笑いを浮かべながらそう言う。

 ……確かに松田と元浜の行動は女子からしたら目を見張るものがあるもんな。

 

「ロスヴァイセさんも温泉に入ってこればどうですか? あれなら俺が見張っておきますけど……」

「いえいえ! これも私の仕事なのです! ……それにイッセー君はお疲れでしょうから」

 

 ……何が、とは決して言わないロスヴァイセさん。

 ―――先日の一件で、ロスヴァイセさんはアザゼルと共にガルブルトと戦っていたらしい。

 聞き話でしかないが、英雄派の絶霧を使う一員がガルブルトを飛ばした転移先が二人の目の前だったんだ。

 ロスヴァイセさんはガルブルトの性質上、格好の的となり得たため、アザゼルの指示で後方支援をしていたらしい。

 ……俺たちが英雄派と争ったのを知った時は自分の不甲斐なさを悔いていた。

 

「英雄派。聞いた話では一筋縄では行かないと思います。……私も、万全で挑みます」

 

 その決心がロスヴァイセさんの顔を引き締める。

 

「んじゃ、その万全のために温泉に行ってくださいね?」

「へ、だ、だから―――」

 

 ロスヴァイセさんが何か反論をしようとした瞬間、彼女の腕は拘束される。

 ……共に浴衣姿の、ゼノヴィアとイリナによって。

 

「へ? ぜ、ゼノヴィアさんにイリナさん? ど、どうして私の腕を掴んで……」

「なに、この国には裸のお突き合い……いや、お付き合いというものがあってだな」

「ちょ、ゼノヴィア!? いまとんでもない発言が聞こえたのだけど!?」

「ははは、すまんすまん。まだ日が明るかったね」

 

 ゼノヴィアとイリナの漫才のようなやり取りがその場を響かせながら、ロスヴァイセさんは彼女たちに引き摺られていく。

 

「い、イッセーくん!? は、図りましたねー!!!」

「はっはっは」

「ははは、じゃありませーん!! イリナさん、ゼノヴィアさん! 離してください! 彼には教育的指導をー!!」

「……まぁまぁ許してくれよ、ロスヴァイセさん」

「そうよ! ってかあれほど教育的指導がいらないヒトもいないと思うんだけど……」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら向こうの大浴場に消えていく三人。

 ……さて、俺は俺で温泉を楽しむとするか。

 そう思って着替え室に入った。

 

「……よっ、イッセー」

「おっす、匙」

 

 するとそこには今、ちょうど服を脱いでいた匙の姿があった。

 ……そういえば匙と顔を合わすのも久しぶりかもしれないな。

 

「あ、ちょうどいいや。イッセーと話したいと思ってたんだ」

「ああ。俺も話があるから……温泉でゆっくり話そうか」

 

 俺の言葉に匙は頷き、俺たちは軽く体を流して温泉に浸かる。

 ……ふぅぅぅ。

 これは中々、良い湯加減だ。

 

「……イッセー。話、っていうのは勿論昨日のことだ」

「まぁそっちにも話は行き届いているよな」

 

 眷属は違えど、同じ悪魔なことだしな。

 現在シトリー眷属の二年生は合計5名。

 匙を筆頭に由良翼さん、巡巴柄さん、花戒桃さん、草下憐耶さんの五名。

 ……ただ、俺の考える作戦に参加できるシトリー眷属は一人だけだ。

 

「長ったらしいのはナシだ。単刀直入に聞くぞ、イッセー―――俺は今回の戦いに必要なんだろう?」

「……ああ」

 

 匙の言葉に頷く。

 ……匙の言う通り、今回の戦いに匙は戦力として必要となってくる。

 以前のロキとの戦いの際、匙はアザゼル主導の元でヴリトラ系神器を全て結合させられた。

 その結果、匙の中で切り刻まれて封印されていたヴリトラの意識が復活し、それに伴い龍王変化(ヴリトラ・プロモーション)というドラゴン化の能力を獲得した。

 ヴリトラの力を持つ匙の千変万化の力は今回の戦いに必要となってくる。

 ただ……先の戦闘でもそうだったけど、シトリー眷属は基本的に火力に乏しい。

 匙以外のメンバーは英雄派の幹部を相手にするには、少し荷が重すぎるんだ。

 

「ヴリトラの力に目覚めてからか、俺の力はかなり増したんだ。その上で俺は思った。……力を持つって、結構重いんだなってさ」

 

 匙は開かれた手の平をじっと見ながら、そう話す。

 

「力を持つことの責任、っていうのかな? これをイッセーはいつも背負っていたんだなって考えると―――やっぱ俺も、逃げてはいられないと思ったんだ」

「……匙」

 

 匙は開かれた手をギュッと握る。

 俺にはそれが匙の意志表明のようにも感じた。

 

「だから俺も戦うぜ、イッセー。この力がお前の役に立つなら、喜んでお前に命を預ける。俺の主は会長だけどさ―――今はお前の兵士として、戦う」

「……ああ。絶対に導いてやる」

 

 匙の拳が俺の目の前に突きだされ、俺は匙の拳と自分の拳をコツンとあてがう。

 ……ったく、こいつは本当に良い奴だな。

 

「あ、それと後で稽古を頼みたいんだけどさ」

「……お前って、意外と現金な奴だよな」

 

 匙が代わりに、と言わんばかりの要求に対し、俺は少し苦笑いをして受け入れる。

 そして俺は温泉から上がり、露天風呂に行こうとし―――

 

『きゃぁぁあぁぁぁぁ!!!! の、覗きよぉぉぉぉぉぉ!!!』

『な、なにぃ!? イッセーか!? イッセーなのか!!? それならば覗きをせず真正面からこい!! 私の隅々まで、余すことなく見せてやる!! むしろ小作りのために精を注ぎ込むのもいくらでも―――』

『ちょ、ゼノヴィア! 何を言っているの!? それ以上はダメ!! 教育的指導だわ!!』

『はわわ……く、黒歌さん! どうしましょう!!』

『とりあえず血祭りに上げよ♪ そこからイッセーの所に叩きだすにゃん♪』

 

 ……突如、女子風呂から聞こえる悲鳴と聞き慣れ親しんだみんなの声。

 ―――松田、元浜。お前ら……ッ!!

 

「信じていたのにッ! お前たちは、なんで……ッ!!」

「いや、未だあいつらに対して甘かったお前にびっくりだ」

 

 ……まぁ良い。

 俺は先に温泉から出て、浴衣を着て、そして―――

 

「さぁ、説教の時間だ」

 

 俺は恐らく女子風呂前で血祭に上げられているだろう、松田と元浜へと向かう。

 ……俺の信用を、返しやがれぇぇぇぇ!!!

 ―・・・

 ……別館にある俺の室内には、大よそこの修学旅行に参加している三大勢力が集結していた。

 グレモリー眷属からはゼノヴィア、アーシア、祐斗、俺。

 シトリー眷属からは匙を初めとした4人の女子生徒。

 ベルフェゴール眷属からはエリファさん、霞ちゃんともう一人の少女。

 天界陣営、堕天使陣営からはアザゼルとガブリエルさんとイリナ。

 赤龍帝眷属からは黒歌と朱雀。

 ドラゴンファミリーから夜刀さんとヴィーヴルさん。

 ―――そして非戦闘員である兵藤まどかと兵藤謙一、そして九重。

 その全員がこの一室に集結していた。

 

「まずはエリファ。お前の参入はかなり有難い。感謝するぜ」

「いえいえ。サーゼクス様からの直々のご依頼です。当然ですよ、総督殿?」

 

 エリファさんが口に手を当てて上品に笑う。

 ……そう、このエリファさんは俺たちの指揮のもと、今回の戦いに参加してくれる。

 戦力としてどれほどのものかはまだ分からないけど、でも……あのディザレイドさんとシェルさんの娘なんだ。

 

「では改めまして、挨拶をさせて頂きます。私はベルフェゴール眷属の王、エリファ・ベルフェゴール。以後、エリファと及びください。そしてこちらの二人が私の眷属の……」

「エリファお嬢の騎士、霞と申し上げます」

「あたしはミルシェイド・サタンよ! エリファ姉さまの命令だから、しゃーなし! しぶしぶ加勢してやるからな!!」

 

 ……サタン?

 俺は霞ちゃんの隣の背の低い女の子の名前を聞き、驚く。

 

「こら、ミルシェイド。貴族がはしたないですよ。もっと敬意を持って話しなさい―――全く、姉としてお恥ずかしいです」

「……ちぇー。第一印象で舐められないようにカッコつけたのに」

 

 ミルシェイドは唇をツンとさせて、ジト目で目を逸らす。

 ……妹、サタン。なるほど、ようやく理解できた。

 つまりこの子は

 

「ミルシェイド・サタン。私の妹で、サタン家の次期当主です」

「つまり、エリファさんはシェルさんの後を、ミルシェイドちゃんがディザレイドさんの跡を継ぐ、ということですか?」

「ええ、その通りです。ミルシェイドは今は私の元で上級悪魔としての勉強をしているところなんです」

 

 いわばライザーの眷属として活動していたレイヴェルと同じ立場か。

 まぁそれにしても、女王とはまたエライ駒を渡したもんだ。

 

「おい、赤龍帝! あたしのことを『ちゃん』付けすんな! そんな可愛いのあたしには似合わねぇんだよ!」

「あ、それとこの子、すごくツンツンしているので適当にあしらってくださいね?」

「姉さま! 変な情報与えんなっ!!」

 

 エリファさんはミルシェイドちゃんの怒号に、手を口元に当てて「おほほほほ~」と笑いながら軽くあしらう。

 ……っとと、和んでる場合か。

 

「まあそんなことは置いておいて」

「お、置くなー!! すっげぇ重要なことだぞ!? ちょ、赤龍帝!? 無視しないで話聞けー!!」

 

 ……やべ、この子弄るとすごい楽しい。

 ゾクゾクと感じるこの子の天性の虐められっ子オーラを前にして、俺は変なものが目覚めそうになった。

 

「ふふふ……まぁでも、この子はとても強いので問題なく戦力になるでしょう。私よりお父様―――ディザレイドお父様の血を濃く継いでいるので」

「あ……ふ、ふん! ま、そーゆーことだ!」

 

 ミルシェイドちゃんはエリファさんに頭を撫でられ、一瞬気の抜けた表情になるも、すぐに気を取り直したようにツンツンな言葉を漏らす。

 ……なんていうか、複雑といえば複雑だな。

 片やミリーシェと同じ容姿で、ミルシェイドちゃんもどことなくミリーシェに……この場合はエリファさんに似ていると言った方が良いか。

 それにしてもあのディザレイドさんの血を最も継いでいる、か。

 あの接近戦最強のあのヒトの娘なら、戦力として期待できる。

 ……それにしても可愛いな、ミルシェイドちゃん。

 今度もっと話して(虐めて)みよう。

 

「ぞくっっ!! ……おい、何を考えてる!? なんかお前から姉さまと同じ空気を感じるぞ!?」

「あはは、気のせいさ」

「うぅ……絶対あの目、姉さまと同類だぞ! 私の第六感がそう告げ―――」

「話が進まないから黙ってなさい、ミルシェイド?」

 

 ……途端にエリファさんからの絶対零度如き冷たい視線がミルシェイドちゃんに突き刺さり、ミルシェイドちゃんは凄く涙目になってブルブルと震える。

 ……こ、こぇぇぇぇ!!

 見た目がぶちぎれた時のミリーシェだからか、余計に怖いわ!

 

「ふぇぇ……霞ー!!」

「……エリファ様。あまりミルを苛めてあげないでください」

 

 抱き着くミルシェイドちゃんを優しく抱き留め、よしよしと背中を撫でる霞ちゃん。

 たぶん同世代なのかな? ミルシェイドちゃんのことを愛称で呼んでいるし、抱き着かれているところからそう予測する。

 

「ごめんなさいね、霞。ミルシェイドって苛めると、すっっっごく可愛いから、つい」

 

 あざと可愛く舌をチロッと出すエリファさん。

 ……ふむ、やっぱりこのヒト、ミリーシェと繋がりあるわ。

 このドS加減、確実にミリーシェの何かを引き継いでる!!

 

「……おいおい、コントはそろそろ終わりにしろよ?」

「最近、アザゼルまともなことを言うことが多くなってるよな?」

「じゃねぇとびっくりするほど話が進まねぇからな」

 

 ガクッと肩を落とすアザゼル。

 こいつがまともっていうのが実はすごいレアなんだけど、まぁどうでも良いか。

 ともかく―――

 

「……じゃあ、作戦会議を始めようぜ」

 

 ……多勢力による禍の団の作戦会議が始まった。

 ―・・・

「現状、俺たち三大勢力及び妖怪勢力の目的はただ一つ。この京都に入り込んだ禍の団の殲滅だ」

 

 アザゼルは機械を操作し、空中に立体的映像を映す。

 そこには俺たちの今回の敵が勢ぞろいで映っていた。

 

「まず今回の最大の敵はこの曹操、安倍晴明を筆頭にした英雄派。その強さはお前らが身を以て知っているだろう?」

『…………』

 

 俺たちはアザゼルの言葉に頷く。

 ……アザゼルの言った通り、俺たちはこの身であいつらの強さを知っている。

 

「僕の相手にしたジークフリート。彼の持つ魔帝剣グラムは想像を超える化け物でした。その力も強大ですが、それを扱うジークフリートの技量も今までと比較できないほどです」

「私の相手にしたジャンヌも同じようなものさ。奥の手はほとんど明かさず、私と互角以上に渡り合った。彼女もかなりのテクニックタイプであったな」

「あのクーとかいう女はかなりの手練れよ。戦えない、ほどではないけど悍ましい”何か”を感じたわ。それも悪寒がするほど、とびきりの何かが」

「まぁ私の相手にしたヘラクレスは、私とはかなり相性が悪かって感じにゃん。仙術で防御度外視の攻撃ばっかりしたから、一切の苦戦はなかったにゃん」

 

 実際に英雄派の幹部と渡り合った四人がそうやって、それぞれの敵を評価する。

 ……そして残るは俺と朱雀となった。

 

「……私が相手をして、そして無残にも負けたのは安倍晴明です。その技量、速度……すべてにおいて私を圧倒しました」

「……そうか」

 

 流石のアザゼルもそれ以上を追及することなく、朱雀の肩に手をおいて何も言わずこちらを見た。

 ……俺が最後か。

 

「俺が相手をしたのは、曹操。あいつは最強の神滅具である槍。黄昏の聖槍(トゥルース・ロンギヌス)を宿していた。聖槍を扱う技量、オーラの性質、速度、判断能力、仙術の素養……すべてにおいて俺は今までの敵とは一線を画す存在と思う」

「それは……あのロキよりもか?」

「ああ。俺はあいつに対して、ロキよりもやり難さを感じた。一撃必殺、という意味では恐らくロキより厄介だ」

 

 しかも本気を出さずにあれだ。

 こっちは神帝の鎧を出したのに、それでもほぼ互角の戦いだった。

 

「……聖遺物である聖槍に始め、上位神滅具である絶霧、更には魔獣創造。魔帝剣グラムか―――グレモリーに劣らず、随分とヤバいのをかき集めたもんだな、英雄派も」

 

 アザゼルからの素直な感想がそれだ。

 特に曹操、晴明、ジークフリートの三人に関しては確実に最上級悪魔クラスの実力がある。

 しかも不確定な力まで……アザゼルは続ける。

 

「正直にいえば、今の戦力では英雄派の殲滅は難しいだろう。だから今回、英雄派に関しては退けることだけで良い―――問題は元三大名家当主、ガルブルト・マモンだ」

「「……ッ」」

 

 その名を聞いて表情を歪ませるのはエリファさんとミルシェイドちゃん。

 ……同じ三大名家の名を継ぐ二人だもんな。それなりに複雑な想いなんだろう。

 

「あいつに関して分かっていることは二つ。あいつの影に潜む大きなバックと、そのバックによる先導で何かをしでかそうとしているところだ」

 

 アザゼルは立体映像を切り替える。

 そこには八坂さんを始めとした何人かの人物が映る。

 ……その中には朱雀や俺の姿もあった。

 

「奴の狙いは八坂を始めとする複数の妖怪、そしてイッセーと朱雀……お前たちだ」

「そこだ。そこが俺には分からないんだ」

 

 ガルブルトが俺たちの前に姿を現した時、あいつは俺を捕縛しようとしていた。

 結果的にそれは夜刀さんによって防がれたけど、あいつはあの時朱雀を見て「お前は後だ」と言ったんだ。

 ……俺と朱雀。この二人に共通点があるとすれば―――

 

「……イッセーと朱雀の共通点はドラゴンの力をその身に宿しているということ。おそらく奴らの目的はその辺りが絡んでいるんじゃねぇのかと睨んでいる。……これを見てくれ」

 

 ……アザゼルは更に画面を変える。

 そこには……リストのようなものが表示されていた。

 

「実はな、混乱を招くと思いイッセーには黙っていたんだが……最近、ドラゴン系の神器を宿す人間が次々と行方不明になる事件が多発している」

「……それが、ガルブルトが俺たちを狙う理由の一つ、と?」

「可能性の話だ。だが流石に看過できねぇだろ? しかも最近ではドラゴンだけでなく、封印系の魔物を封じた神器の宿主にまで手が伸びている―――何を企んでいるかは全く見当もつかねぇがな」

 

 ……ガルブルトが狙うのはドラゴンや魔物を封じたドラゴン系神器の宿主。

 じゃあ八坂さんを攫おうとしたのは何故だ?

 ―――そこで思い出した。

 

「八坂さんは妖怪の中で最強クラスの実力者。その力は……龍王にも、匹敵する」

「そう。繋がっているかは分からねぇが、奴らが強者を攫い、洗脳し、自身の戦力にしようとしているってのが有力だ」

 

 確かに、龍王クラスの存在が敵になれば厄介でしかない。

 ……だけど、そんな単純な理由なのか?

 俺にはどうしてもそう思えなかった。

 

「……そこらへんはあいつをとっ捕まえて、尋問に掛けるとしてだ。ここからは俺からの作戦なんだが―――」

 

 アザゼルによる作戦の提示。

 俺たちの目的は最低でも禍の団をこの京都から追い出す。

 最終目標は奴らの生け捕りだけど……まぁ難しいだろう。

 俺はアザゼルからの作戦の全容を聞き、承諾する。

 ……アザゼルによれば、ガルブルトの出現ポイントはある程度絞っているらしい。

 それに伴い英雄派の潜伏先に関しても割り出しており、それに対する強襲作戦ってのが全容だ。

 ただその情報をどこまで鵜呑みにする、っていうのが素直なところではあるが。

 

「……進言、よろしいですか?」

「エリファ。ああ、構わねぇぞ」

 

 すっと手を挙げたエリファさんに、アザゼルは発言を許可する。

 するとエリファさんは一呼吸を置いた後で口を開いた。

 

「兵藤一誠殿には、ドラゴンファミリーなる勢力が付いていると噂に聞いたことがあります。かの龍神や龍王すらも……彼らに救援に来てもらった方が勝率は上がるではないのですか?」

「ダメだ」

 

 するとアザゼルが緩急を置くことなくエリファさんの進言を否定する。

 ……どういうことだ?

 

「理由をお聞きしても?」

「ああ。まず第一に、オーフィスという力の存在はまず影響力が強すぎる。しかも相手にはオーフィスの力を利用して造られたリリスという存在がいる。それが現実世界でぶつかってみろ。被害が広がるだけだ」

「ならばそのリリスという存在が今回の戦いにいた場合は―――」

「その場合のために、オーフィスにはある空間に待機してもらっている」

 

 ……抜かりねぇな、アザゼルの奴。

 だけど、ならティアはどうだ?

 あいつは龍王最強だ。あいつなら今回の戦闘に参加できるんじゃ―――

 

「あ、ティアさんはおチビちゃんたちを連れて旅行に行ってるみたいよ? 連絡も通じないってヴィーヴルさんが行ってたけど……」

 

 母さんから与えられた情報に俺は愕然とする。

 ……ほんっと、あいつってここぞという時に頼りにならないよな。

 まあ今回は夜刀さんがいるっていうことで手打ちにするか……って、よく考えると夜刀さんはティアとは対照的で、ここぞという時に一緒に戦ってくれるよな。

 ―――これがティアと夜刀さんの前に隔たる、大きな壁か。

 

「とりあえず、今俺の部下が全力を以て京都中を駆け巡っている。目星がつき次第、作戦を開始するからいつでも出発できる準備をしていてくれ」

 

 ……こうして、作戦会議は終わる。

 それから各それぞれ、戦いへの準備をするために室内から退出した。

 ……残されるは、俺と朱雀。

 そして―――父さんと、母さんであった。

 ―・・・

 ……一人で寝るには大きすぎる室内で、俺たち兵藤家と朱雀の間に沈黙が流れていた。

 より厳密には、朱雀と母さんの間で流れる沈黙。

 

「……君が、朱雀くんだよね? イッセーちゃんからお話は聞いているよ。随分と辛いことがあったみたいで……なんて言葉を掛けたら良いか分からないけど」

「……お気遣い、ありがとうございます。まどか様。でももう大丈夫ですよ。私はイッセー様に救われたので」

 

 重い沈黙の中、紡がれた母さんの言葉に返答する朱雀。

 そんな朱雀をじっと見つめる母さん。

 

「……朱雀くん。私も土御門の血を継ぐもの。君も次期当主に数えられたのなら、私のことも知っているよね?」

「……ええ。心の声を聞く追放者。私も聞いたことがあります。まさかそれがイッセー様の母君であるとは思いませんでしたが」

「なら私の前で話さないのは、意味ないって分かるよね? ……私がここに来たのは、土御門と向き合うため」

 

 母さんは服の胸元をキュッと握りながら、そう呟いた。

 そんな母さんの手を父さんは握り、何も言葉を発さず頷く。

 

「……教えて。他の誰でもない貴方から、土御門本家崩壊の真実を」

「…………はい」

 

 ……真っ直ぐな瞳で朱雀は母さんの質問に頷き、そして何があったかを話す。

 ……土御門本家を襲ったのが、皆殺しにしたのが自身の兄であったこと。その兄に殺されたこと。

 ……ひとしきりに話した。

 その中には俺も知らない情報もあった。……恐らく、朱雀と晴明が戦っている時に奴から直接得た情報なんだろう。

 

「……兄は、一切の後悔もなかったと言っていました。それほどに土御門を憎んでいました。……そう言う意味では、きっとまどか様からしたら気味の良いことかもしれません」

「……そうだね。それは否定できないよ。だって土御門は私にとって、辛いだけの場所だったから」

 

 母さんは朱雀の言葉に淡々と返す。

 

「でも―――それでも朱雀くんのお兄さんは止めないといけないと思う。きっとその子は、自分の中の正しさと間違いの区別がつかないほど歪んでいると思うから……だから、弟である君をも殺してしまったのかもしれない」

「……止め、る」

 

 朱雀はその言葉を反復するように呟く。

 ……先日俺が言った言葉だ。

 

「……きっと、本当の真実はまだ別にあると思うの。それに向き合わないといけないのは、他の誰でもない私と、そして―――朱雀くん。あなたと私の二人だけ」

 

 母さんは朱雀の手を取って、そう断言する。

 

「あなたはイッセーちゃんの仲間になったんだよね? ……だったら、家に来なさい」

「……へ?」

 

 朱雀は突然の申し出に、困惑したように目を丸くする。

 

「一応私たちは親戚でしょう? 路頭に迷っていて、しかもイッセーちゃんの仲間なら、家族として迎えて当たり前だよ!! ね?」

「ああ、無論だ! その分、俺がもっと働けばよいのだからな!! 家族は多い方が良いに決まっている!!」

「え、な、なにを勝手に進めているのですか!?」

 

 一方的に決まる事柄に、朱雀は困惑する。

 ……まあでも、この二人はホント、こうなったら止まらないからな。

 

「……ま、諦めろよ。父さんも母さんもこうなったら止まらないしさ」

『そーそー、朱雀くん。こういうのは……棚から牡丹餅、っていうのかい?』

「全く違います! ……全く、本当にめちゃくちゃですよ」

 

 朱雀は頭を抑えながら難しい顔をする。

 でもまあ……良い顔をするようにはなったんじゃないか?

 何せ、この後、また晴明と相対しないといけないんだ。

 これくらい気が抜けた方が良い。

 

「それはそうと、父さんと母さんはどうするつもりだよ。これから」

「無論、その安倍晴明とやらに会う」

「ちゃんとお話ししないとね。そこからだよ」

 

 ……ついてくる気満々な父さんと母さん。

 これはエリファさんに物凄い迷惑を掛けるんじゃないか?

 ……後で謝っておくか。

 

「お願いだから無茶はしないでくれよ? 父さんと母さんは完全に一般人なんだからさ」

「それは俺の台詞だ! 全く……親の身にもなれというものだ。お前が傷つけられて、冷静でいられないのだぞ、俺は!!」

「いや、飛び出すのだけは止めてくれよ!? 絶対に俺が守り切って―――」

 

 ―――ガタンッ!!!

 ……俺の台詞を遮り、部屋の扉が勢いよく開かれる。

 そこには息を荒げるアザゼルの姿があり、その表情は酷く焦っていた。

 俺は何事か、と思うと共に……嫌な予感がした。

 アザゼルがこうして焦るほどの状況。

 ……アザゼルは、その予感を的中させるが如く

 

「―――ガルブルトを含める多数の禍の団が妖怪の世界へ進撃を開始した!!!」

 

 ―――京都の決戦が、幕を開けた。



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第9話 変わっていく現実

「―――皆、装備は整ったか?」

 

 ……三大勢力の一派は、俺を先頭として集結していた。

 アザゼルから知らされた、禍の団が妖怪の世界に進撃したという事実に直面し、俺たちは今ある戦力を集結させた。

 アザゼルとガブリエルさん、夜刀さんは先行して先に妖怪世界へと突入し、その後方部隊として俺は現在の面子の指揮を任された。

 ―――奴らの狙いは、八坂さん。つまり京都妖怪の長だ。

 ガルブルトを筆頭とする謎の一派は何かの目的のために八坂さんを利用しようとしている。それは既に疑うことのない事実であり、だからこそガルブルト達は強硬手段に打って出たんだろう。

 ……そんなことを考えている最中、俺は傍にいる九重を見た。

 本来、この子を戦場につれていくのは間違いだ。でもこの子はそれでも連れて行ってくれと言った。

 自分だけ蚊帳の外で待つのは嫌だと、私も母様を救いに行く。……そう、曇りのない真っ直ぐとした瞳で行ってきたんだ。

 きっと……この子は母親が心配なんだ。子供ながらでも。

 ―――俺の目の前の皆は、顔を引き締める。

 グレモリー眷属とシトリー眷属の二年生メンバー。

 急遽駆けつけてくれたベルフェゴール眷属とその守護対象の父さんと母さん。

 回復担当のヴィーヴルさんに天使陣営のイリナ、そして……俺の眷属である黒歌と朱雀。

 

「今回は敵の殲滅。及び八坂さんの救出だ。前者については各陣営の戦闘向きの皆に任せたい。より詳しく言えば、グレモリー眷属からは俺、祐斗、ゼノヴィア。シトリー眷属からは匙。天使陣営からイリナで、俺の眷属からは黒歌と朱雀。そしてベルフェゴール眷属からは―――」

「ミルシェイドと霞をお貸ししましょう。私は兵藤夫妻の防衛及び最低限の殲滅に心がけるとします」

 

 エリファさんの先読みに頷く俺。

 今回の作戦では匙を覗くシトリー眷属とアーシアとヴィーヴルさんには後方支援を基本としてもらう。

 シトリー眷属が一般妖怪の避難をし、ヴィーヴルさんとアーシアには適所で回復してもらう形だ。

 そして―――

 

「今回の戦いは戦闘部隊は基本的に二人ないし三人のチームで戦ってほしい。組み合わせについては事前に行って通りで頼むぞ」

 

 俺がそう言うと、散らばっていた皆が互いのパートナーと目を合わせる。

 ……黒歌とイリナとロスヴァイセさん。祐斗と霞ちゃん。ミルシェイドちゃんとゼノヴィア。そして―――匙と朱雀。

 この組み合わせで戦うこととなる。

 何でこの組み合わせになったかって言えば、実は相性のようなものに近い。

 黒歌とイリナはトリッキーな嵌め技を得意としており、その後方支援としてロスヴァイセさんを加え、祐斗と霞ちゃんは騎士である速度がこの面子の中で飛び抜けている故に互いにサポートしやすい面。

 ミルシェイドちゃんとゼノヴィアは……まあ絶大なパワーというところでエリファさんと意見が一致した故にだ。

 そして匙と朱雀なんだけど……この二人は互いに宿すのがドラゴンであるから。

 特に匙と朱雀の力は異質性の高い力というのが高い。

 封印したドラゴンの力を使う朱雀の中の封印の龍の力と、匙の持つ呪いに近いヴリトラの厄介な力。

 この二人については今はまだ不安定な力であるから、俺が傍で様子を窺わないとな。

 ……俺は九重を護りながら、後方支援に回る。

 より具体的にはそうだな……倍増の譲渡や、後方からの魔力弾の放射ってところか。

 まあ不測の事態を考え、予想外の強敵が現れた場合の組み合わせもあるわけだけど―――そろそろ魔法陣が繋がるな。

 

「次に転送されれば、すぐに戦闘が始まる。後方部隊は戦闘部隊の後ろに回って、戦闘部隊の皆は武器を構えてくれ」

 

 俺が指示を仰ぐとその通りにする。

 そして……俺たちはそのまま転送された。

 ―・・・

「……ここが、妖怪の世界なのか?」

 

 ……転送され、初めに目に入った光景を見て俺は絶句する。

 本来ならば妖怪の世界は妖怪に満ち溢れた、明るい場所だと聞いていた。

 神楽や提灯で彩られていたと思われるお祭りのような光景が、今は―――凄惨な惨劇の光景となっていた。

 交戦の果てに死に絶えた妖怪や、何かの死体が転がっており、地面は抉れている。

 ……ガルブルト。お前は、ここまでの被害を出してまで、叶えるべき悲願があるとでも言うのか?

 ―――そんなもん、例えどんな崇高なものでも認めない。

 

「兵藤一誠。前方からこちらに気付いた敵影が見えます」

「恐らく全てが敵にゃん、イッセー―――ぶちかませ、にゃん」

 

 エリファさんと黒歌からの声と同時に、俺は意識的に作って紅蓮の球体を握りつぶす。

 そして―――放った。

 極太の紅蓮の砲弾は前方から向かってきた敵を塵も残さず消し散らし、道が出来る。

 

「各自、散開しろ。各チームで敵を討て。緊急事態の場合は俺に連絡を」

『了解!!』

 

 散開する各チーム。

 残るは父さんと母さんを守護するエリファさんと、俺の指示の元、残った匙と朱雀だけだ。

 

「俺たちは八坂さんの元へ向かいます。エリファさん、あなたは―――」

「いえ、あなたから離れるよりも近くでいる方が安全でしょう。心配は要りません。あなたのご両親は私が守りますので」

 

 ……エリファさんは懐から黒い装飾銃を引き出し、トリガーを引いた。

 そして照準を後方に向け、そちらを見ることなく引き金を二度引き抜いた。

 ガンガン!! ……そのような音と共に俺たちの後方に近づいていた敵影を打ち抜いた。

 

「……これは一体、何なんでしょうね。そこらで落ちている黒い死体と、この生物は」

「……歪ですが、どこかドラゴンにも見えますね」

 

 朱雀は今しがたエリファさんが葬った黒い生物を見て、そう呟く。

 

『その見解で間違いないよ、朱雀くん。これは間違いなく”ドラゴン”という生命体だ。ただし―――相当品種改悪されてるよ、それ』

 

 ……品種改悪とはよく言ったものだ。

 朱雀はそっと手元に宝剣を出現させ、それを地面に刺して自身の長い髪を結う。

 そして宝剣を抜き去り、その内の宝玉の一つを輝かせた。

 

「ディン。私と共に戦ってくれますか?」

『ああ、もちろんさ―――封龍の宝群刀(シィーリング・プレシャスブレード)の封を解く。我が主、朱雀の命により動きだせ。僕に眠る龍の意識よ』

「『封を解く。斬撃の死に風の龍よ。荒息吹け』」

 

 濃厚に輝く碧の光と共に、目の前にうじゃうじゃと向かいくる化け物を、以前よりも更に強化された風の龍で消し去る。

 それを確認したと共に俺たちは駆けだした。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

「キリがないね、これは」

 

 僕は両手の聖魔剣で向かいくる化け物を切り裂きながら、周囲を確認しつつ再び剣を振るう。

 対する化け物はいくらでも増えていくと表現しても良いほどの数で押し寄せる。

 ……これが何なのかは分からないけど、今はともかく殲滅しかない。

 僕は足元に手を添え、地面に魔法陣を描いて地中から無数の聖魔剣を生やせ、化け物たちを蹴散らした。

 

「聖と魔、二つの聖魔で形を成す―――行くよ、エールカリバー」

 

 僕は言霊を呟くと共にエールカリバーを創り出し、今まで手に持っていた片方の聖魔剣をその場に捨てる。

 そしてエールカリバーを握り、その力を「天閃」の能力に変換した。

 途端に僕の体は軽くなり、必然的に僕の速度は従来よりも底上げされる。

 ……徐々にエールカリバーの精度が上がってきて、出力がエクスカリバーに近づいてきたと実感できるよ。

 まだまだだけど、ね!

 

「……木場殿の速度と戦闘センス、なるほど。お嬢が危惧するに値するものです」

「はは、君に言われても説得力がないよ―――僕より早く、僕よりも敵を殲滅している君に言われても、ね」

 

 風のように現れたエリファ様の騎士、霞さんが涼しげな顔でそう言ってくるものだから、僕も言い返すようにそう言った。

 口元を黒い布で隠す霞さんだが、その力量は恐ろしいレベルだ。

 ……速度、殺傷能力、戦闘センス、回避能力、判断力。彼女はこれについて圧倒的に秀でていると僕は思う。

 

「しかしこの化け物共は中々消えないとお見受ける。はて、どうしたものか」

「そうだね。でも僕たちの役目は妖怪たちの保護であり、原因の討滅は僕たちのボスの役目さ」

 

 僕はそんな軽口を叩きながらも聖魔剣を地中から生やして化け物を串刺しにして、エールカリバーにて更に切り裂いていく。

 ……化け物、というよりこれはもしかしたら―――

 

「ドラゴン、と考えるのが妥当だ。黒い塊であるけど、感じ取るオーラはドラゴンのものに近い」

「……なるほど。誰よりもドラゴンの近くにいる木場殿であるから感じ取れるものですか。―――ですが、この均衡はすぐに消えます。ミル単体でこのような化け物は」

 

 黒い布で口元を隠している霞さんであるが、その上からでも分かるように笑みを浮かべた。

 その瞬間、僕たちの付近より激しい破裂音が聞こえた。

 ドォォォォォンッッッ!!! ……その音は、パワー組の方から聞こえた。

 エリファ様の妹であるミルシェイドさんとゼノヴィアの方を僕は見た。

 それと共に霞さんが呟く。

 

「―――事足りる、のですから」

 

 ……ゼノヴィアは唖然とした表情をしており、その視線の先にはミルシェイドさん。

 そして周りは―――灰と化していた。

 

「うっしゃぁぁぁ!! こんなんじゃ足りないぞ!! もっと来い!! ……ってあれ? もう敵がいないぞ霞ー!!」

「……わ、私の新生デュランダルの見せ場はなしか。そうか……はは」

 

 ぜ、ゼノヴィアが引き攣った笑いを浮かべている!?

 当のミルシェイドさんはまだまだ暴れたりないと言いたいが如く、僕たちの付近の敵にまでをターゲットとして睨む。

 彼女はその場から動くことなく、距離が離れているにも関わらず拳を構える。

 足腰に体重を篭め、目を鋭くさせる。

 そして放った。

 

「いっくぞ!! 飛んでけ化け物!!!」

 

 拳を振りかぶると、僕たちの周りの化け物が途端に吹き飛ぶ。

 吹き飛ぶ、だけじゃない……ッ!!

 その一部が……浸食されるように灰となって消え始める。

 これは……

 

「ミルはディザレイド様の血を濃く継ぎ過ぎたサタン家の次期当主です。ミルの思考は至ってシンプルであり、テクニックには程遠いでしょう。しかし……あのサイラオーグ・バアルでさえ本気を出さざる負えなかったパワーと性質。距離という概念を消し去った蹴散らし、灰と化す圧倒的拳圧の打突―――ミルの異名は『灰の拳姫』。攻撃力だけならば赤龍帝とも渡り合えるでしょう」

「…………」

 

 ……これはまた、凄まじいのが僕たちのライバルってわけか。

 ライバルはサイラオーグさんだけではないということだ。

 

「うっし! で、次はどいつを倒せば良い?」

「ミル。付近に敵はいません。先に進みま―――ッ」

 

 霞さんがミルシェイドさんに近づこうとした瞬間だった。

 ……僕も彼女と同じように殺気を感じ、手元に聖魔剣を創り出してそれを投剣する。

 霞さんも同じように神速で手裏剣を投げた。

 家屋の隙間に突き刺さった剣と手裏剣は、殺気の正体に命中することはない。

 しかし……殺気の正体は僕たちの前に現れた。

 家屋の中より出てきたのは男性らしき男。

 その男は苦笑いをしながら僕たちに話しかけてきた。

 

「いやはや。まさか私ともあろうものが、気配を悟られるとは」

「……何奴だ、貴殿は。その纏う圧からして、悪魔とお見受けする」

「はは、なるほど。名家のご令嬢の騎士か。ならば納得だ―――しかし女子供だけで私の相手になるとは思いません。例えサタンとベルフェゴールの血族で、グレモリーの有力な騎士であろうと」

 

 ……その男、どこかで見たことのある長い銀髪の男は涼しい顔で未だ余裕があるようにも見えた。

 ……奴は、何だ?

 初対面のはずなのに、どこか面影を勘ぐってしまう。

 

「私だけならば対等に渡り合えたかもしれないですが、しかしあなた方は運がない―――私の同伴がこれでは、あなた方でもどうしようもないのですから」

「何を言っている? ここにはお前しかいないではないか」

「はは、何を言っているのですが。デュランダルの少女さん。―――先ほどからあなたたちは見られているではありませんか。私の仲間に」

 

 男は訳の分からないことを言っていると一瞬思った。

 ……しかし、次の瞬間、僕たちは知ることになる。

 

「―――誰がいつ、貴様の仲間だと言った」

 

 ―――ッッッッッッッ!!!!!?

 ……どこからか聞こえたその声で、僕たちの身体に異様なほどの重圧が圧し掛かる……っ!!

 僕だけじゃない。

 この場において誰よりも冷静であった霞さんですら、冷や汗を流している!

 もはや銀髪の男がどうでも良くなるが如く、姿を現したその謎の男に目が向かう。

 赤と黒の双眸、黒と金が入り混じった髪。真っ黒なコートを身に包んでおり、ただその隣の男の傍に立っている。

 ただそれだけで―――命が削られるほどの危機感に囚われるッ!!

 駄目だ、この敵を前にして、戦うなんて考えては。

 こいつは、悪魔でも人間でもない。

 もっと異質で、もっと誇り高い存在。

 僕たちが相手できるものじゃない!!

 ……時間を数秒でも良い。

 逃げ延びる時間を作らなければ……ッ!!

 

「ソード・バース!!」

 

 僕は乱雑に創り出した聖魔剣を幾重にも撃ち放ち、彼らの視界から僕たちを消す。

 更に動けずにいるゼノヴィアの目を覚まさせるように肩を叩いた。

 

「ッ。す、すまない」

「良いから、早く逃げ―――」

「……良い判断だな、そこの悪魔」

 

 ……僕が後ろを向いて走り出した時、その先で声が響く。

 そこには―――既にあの男がいた。

 腕を組んで、仁王立ちで……僕を見ていた。

 はや……すぎるッ!! 先ほどまで前にいたであろう男は、僕たちの後ろに回り込んでいた。

 

「俺を前にしてすぐさま逃げようとしたのは正しい。そこの銀髪よりも俺という存在を正しく認識しているな」

「……逃がしては、くれないようだね」

 

 僕はエールカリバーを強く握る。

 自分でも分かるほどに手汗が凄まじく、脳から逃げろと命令が下っているほどに、心臓がバクバクと胸打っている。

 ……何者、というのは今やどうだって良い。

 今重要なのは、この状況をどのようにして最小限の損失で逃げ延びるかだ。

 

「……その眼、焦って冷静を失っているわけではないみたいだな」

 

 興味深いものを発見したような表情で、男は僕をじっと見る。

 ……ダメだ、逃げ道がない。

 後ろには銀髪の悪魔、前には謎の男。

 余りにも分が悪すぎる。一度でも視線を背けたら殺される光景しか僕の頭には浮かばない。

 ……やるしか、ないのか?

 

「霞さん、あなたはミルシェイドさんとゼノヴィアを使って後ろの悪魔をお願いするよ」

「……待ってください。ならあなたはあれを相手にすると!?」

 

 ……僕は無言で頷く。

 後ろの悪魔であれば、三人の力を合わされば勝てぬとも逃げ切れる。

 でもこの男は、四人で相手しても勝ち目がない。

 あの自信家のミルシェイドさんですら、何も言葉を発せないのが良い証拠だ。

 この選択は、間違いではない!

 

「……二人を、お願いするよ」

「……承知した。ご武運を」

 

 僕の考えを理解したのか、霞さんは悔しそうに眉間に皺を寄せながら、僕に背を見せる。

 僕はすっと呟いて、自分の周りに幾重もの聖魔剣を創り出す。

 ……更に空いている右手に意識を集中させた。

 

「勝てるとは、思っていないよ。むしろ時間稼ぎすら不可能かもしれない―――でも、出来る最善はしてみせる。聖と魔、二つの聖魔によって形を成す」

「……無駄だ。お前と俺とでは、生物として違う。それでもなお向かって来るなら、来い―――見定めてやる。赤龍帝の友よ」

 

 ……何故そのことを知っているかは知らない。

 でもこの男の言う通り、僕はあの誇り高き赤龍帝の親友だ。そしてあの男は、どのような時でも諦めることだけはしなかった。

 どんなどん底からも這い上がってきた。

 ……そして僕のこの剣は、彼によって生まれた僕の誇りだ。

 

「―――行くよ、エールカリバー! 真・双天閃(エール・ダブルラピッドリィ)

 

 僕はエールカリバーの力を二本とも天閃に変換する!

 それにより僕の速度は二重に底上げされ、僕はそれを以て男へと特攻をかける!!

 僕は男の背後に回り、二本の剣を同時に振りかぶり―――

 

「最善な判断だ。俺に唯一立ち向かえる速度を特化した戦い。視界から姿を消した速度も見事だ。だが―――」

 

 男は、僕の方すら見ない。

 僕の方を一切も視線を向けず、手だけをエールカリバーに添えるように向けた。

 エールカリバーは男によって防ぎ、握られ、そして―――

 

「そもそも戦いにまで到達することすら不可能だ。残念だったな、勇敢な騎士よ」

「ぼ、くの……剣が―――」

 

 男によって、紙をクシャクシャに丸めるように―――僕の剣は、粉々になった。

 ……それは僕にとって、少なからず衝撃的な事だった。

 仲間との再会、過去に目を背けず、あの時に抱いた夢を思い描いて作ったエールカリバー。

 それが玩具を壊すように簡単に壊された。

 ……ふつふつと煮えたぎる言葉に出来ない感情。

 こんなこと、初めてだ。

 自分の最善を尽くしてなお、勝利のビジョンが見えないほどの圧倒的な敵。

 全くの隙もなく、全くの慢心もない。

 この男の姿はそう―――どこか僕の憧れるあいつに似ていた。

 だからだろうか。……僕はこの感情が嫌じゃない。

 怒りや絶望だとか、そんな負の感情ではなく……僕は高揚していた。

 自分でも不思議なほど、この圧倒的力を前にして―――己を全て曝け出したいと。

 ……そう、僕は―――ワクワクしているんだ。

 

「……僕たちは、何度折れても―――何度でも、立ち上がれる」

 

 僕は男から瞬時に距離を取り、地面に手を添える。

 ……足りない。

 この男と戦いにまで発展するには何もかもが足りない。

 力、技術、頭脳、速度……それのどれもが足元にも及ばない。

 ならば創るしかない。

 速度がなければ、力がないのならゼロから創り上げる。

 それが―――創造系神器に出来ること。

 イッセー君はいつだって何もない所から、限界を決めずに乗り越えてきた。

 だったら、僕もそんな固定観念を捨てる。

 ……地面に描く魔法陣。

 初めての試みかもしれない。

 いつだって最善を選んできた僕の選択―――その固定概念も、捨てる。

 穏やかな僕の成長の道を、急な上り坂にする。

 そのためなら無茶だってしてみせよう。

 後のことは考えない!

 

「聖と魔、二つの聖魔で複重の形を折り重ねる。いざ、僕に捧げ―――エールカリバーズ」

 

 僕の周りに光り輝く聖と魔の光。

 ……その光が止むころに、僕の周りには複数の聖魔剣……エールカリバーが突き刺さっていた。

 本数の総数は合計42本。

 僕の用意できるギリギリ限界のエールカリバーだ。

 僕はそのうちの一本を掴み、両手で構える。

 ……勝てなくても良い。

 奴に、たった一度だけでも報いることが出来たらそれでいい。

 

「僕は貴方には絶対に勝てない―――それでも一矢報いる覚悟が出来た」

「……面白いな、お前。名前を聞いておこうか」

「―――グレモリー眷属の騎士、木場祐斗だ」

 

 僕は足腰に力を籠める。

 ……動くのは一瞬。その一瞬の見極める。

 ―――呼吸、視線の動き、瞬き。

 その微かな動きも見逃さない。

 

「そうか、木場祐斗。その名は覚えておこう。さて―――来い」

 

 男がそう呟いた瞬間、僕は全神経をエールカリバーの制御に回す。

 人事は尽くした―――後は挑戦するのみ!!

 

真・全天閃(エール・オールラピッドリィ)!!!」

 

 42本、全てのエールカリバーは天閃の能力に変化し、僕の体に今までにない負荷が掛かるッ!!

 でもその負荷を魔力で軽減し、僕は過去最速の動きで男へと向かって行った。

 首元を完全に狙った僕の一撃。

 速度だけなら、あの男にも届く!!

 

「―――」

 

 僕は切り抜ける。

 男の傍を切り抜け、速度を止めきれずに家屋に衝突した。

 木屑によって視界が悪くなり、僕のエールカリバーは全て青い光となって消えていく。

 埃で視界が悪くなる中、男の人影は僕の目に確かに見える。

 男は倒れるわけでもなく、ましてやふらつく様子もない。

 ―――そして、僕の耳に声が聞こえた。

 

「……素直に驚いた。お前の速度は、俺の予想を遥かに上回った。誇っていい―――この俺に傷をつけたただの悪魔(・ ・ ・ ・ ・)はお前が初めてだ」

 

 ……男は僕の方を振り返る。

 ―――そこには、首から一筋の血を流している男の姿があった。

 ……僕の全身全霊を掛けて加えた一撃が、ただの掠り傷一つ。

 はは……世界は、広いね。

 こんな化け物の相手をしていたんだね、イッセー君は。

 

「勇敢な騎士。お前には名乗っておこう―――俺の名はクロウ」

 

 ―――男の背中より生えるのは、翼。

 それは悪魔のものでも、天使のものでも、堕天使のものでもなく―――馴染み深い、ドラゴンの翼。

 漆黒の、両翼を広げたその姿は思わず見惚れるほどの威風堂々としていた。

 

「―――三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)クロウ・クルワッハだ」

 

 ……その名を聞いて、驚きよりも納得の方が先決した。

 ―――僕が一切通用しないわけだ。

 キリスト教により滅ぼされていたとされる最強の邪龍が、実際には生きてこの現世に生存していたということなんだろう。

 

「まさか彼があの姿になるなんて。予想外にあの騎士は有能だったわけですか」

 

 ……三人と戦っていたはずの銀髪の悪魔が、涼しい顔でそう言葉を漏らしていた。

 その体にはいくつか傷があるが、しかし五体満足だ。

 

「……木場殿。すまない―――奴は、強い。少なくとも短期決戦では勝てないほどだ」

 

 僕の傍に姿を現す霞さんが、僕を支えるように肩を組む。

 その体には幾つか傷があり、そのクノ一の衣装の所々が破れていた。

 ゼノヴィアとミルシェイドさんも同様であり、特にミルシェイドさんがその傾向が強い。

 ……あの三人ですら、劣勢なのか。

 

「クロウさん。いつまで遊んでいるのですか? あなたの仕事は他に―――」

「黙れ。貴様如きの指図など聞かん」

 

 クロウ・クルワッハは僕の方へとゆっくり歩いてくる。

 ……ダメだ。もう手がない。

 こいつらから逃げる手立てがない。

 戦う手立てもない。

 

「さて、木場祐斗。素晴らしい覚悟を見せてくれた礼としては何だが、俺も全霊を以てお前の覚悟に応えよう―――」

 

 クロウ・クルワッハは右手に黒いオーラを創り、それを球体のように形作る。

 それを見た途端、ザワッと体が冷え切った。

 ―――あれは、イッセー君の全力の攻撃と同等か、それ以上だ。

 ……それはつまり、クロウ・クルワッハの力が天龍クラスであるという証明。

 

「―――散れ」

 

 クロウ・クルワッハはそれを放つ。

 もう、僕にはどうにも出来ない。

 ……僕は何も出来ず、それが来るのを待った。

 ―――しかし。

 しかし、だ。

 待てども、僕は痛みを感じることがなかった。

 僕は目を瞑っているのを止め、目を開ける。

 クロウ・クルワッハの攻撃は止まっていた(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 それはものの例えではなく、物理的に止まっていたのだ。

 それは僕たちの目の前に広がる魔法陣のようなもの。

 しかし、それは僕の知る悪魔や天使たちの使う魔法陣とは異なるモノ。

 ……それは、イッセー君の扱う龍法陣のものだ。

 ドラゴンの性質を持ち合わせるものにのみ使うことを許される、ドラゴンの技。

 そしてそれをイッセー君に教えたのは―――

 

「―――龍法陣・業鋼の龍皮。……良く時間を稼いだな、ホモ野郎」

 

 ―――最強の龍王であり、イッセー君の使い魔。

 ―――天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)・ティアマット。

 そんな彼女が、人間態のままクロウ・クルワッハの一撃を受け止めていた。

 ……何故、彼女が……

 

「ふぅ―――やっと見つかってくれたな。クロウ」

「ほぅ……これは懐かしい顔ぶれだ、ティアマット」

 

 クロウ・クルワッハの攻撃は次第に止んでいき、彼女の龍法陣も消える。

 ティアマットさんの登場はクロウ・クルワッハとしても予想外だったようで、しかしながら嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 ……だけどティアマットさんは、確かチビドラゴンズを連れて旅行に行っているはずじゃ。

 

「以前、イッセーを連れて京都に来た時、ドラゴンの気配を感じて警戒していたのさ。そしたらビンゴってわけだ。しかも私の可愛い弟の親友に手を出しているんだ―――私が敵対する意味、分かるだろ?」

 

 ……つまりイッセーくんには黙って、ずっと邪龍であるクロウ・クルワッハの警戒をしていたということなのか?

 

「……変わったな、お前も。昔はもっと血を好んでいたお前も、今ではこの体たらくか……」

「抜かせ。人も悪魔も天使も神も、そして―――ドラゴンも常に変化している。私は時代に取り残される馬鹿ではない。孤高であったドラゴンは、イッセーを中心に集い始めている。そんな居心地の良い場所を壊されてたまるかという話だ」

 

 クロウの一言を、ティアマットさんは高笑いで吹き飛ばす。

 

「それに体たらく、と言ったか? なら確かめてみろ。見たところ、お前は天龍クラスまで力を伸ばしたようだがな―――変わっているのはお前だけじゃない。ドラゴンファミリーが体たらくじゃないことを、この私が証明いてやろう」

「……龍王としてか?」

「―――姉としてだ」

 

 ティアマットは翼を羽ばたかせ、チラッと僕の方を見てくる。

 

「木場。最強の邪龍であるクロウがこの場にいるのは偶然じゃない。明らかに仕組まれたことだ。つまりそれを裏で操る奴がいる―――お前たちはイッセーの元に行け。ドラゴンの相手はドラゴンがする」

「……感謝します」

 

 僕は息を整え、霞さんと共にゼノヴィアとミルシェイドさんの回収に向かう。

 しかしその僕たちの目の前に現す銀髪の悪魔。

 

「逃がしませんよ。傷ついたあなたたちを倒すなど、容易いで―――」

「黙れ、変態。お前は彼方まで消え去っておけ」

 

 …………ティアマットさんは、その銀髪の男の顔面を空へと向かって殴り飛ばす。

 それによって銀髪の男は彼方遠くまで消え去っていき、僕たちはそれを呆然と見ていた。

 ……あれほど苦戦したあれを、たった一動作で?

 ―――本当に、ドラゴンというのは規格外だよ。

 

「さぁてクロウ。久しぶりに喧嘩と洒落込もうじゃないか」

「―――それは願ったりかなったりだ」

 

 その想いと共に、二人を背にして僕たちはイッセー君の方へと向かった。

『Side out:祐斗』

 ―・・・

『Full Boost Impact Count 4!!!!!!!』

 

 俺はフェルの力で創った白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)の4つ目の宝玉を砕き、それを前方に流星として放つ。

 魔物はそれによって消え去り、俺たちは出来た道を進んで八坂さんのいる城へと歩を進める。

 

「それにしてなんなんだ、こいつらは! どっかから現れたと思ったら、倒しても倒してもキリがなく現れ続ける!!」

「……恐らくはドラゴンを改造したか、量産しているんだろうな。じゃなきゃこの数は説明できない」

 

 匙の質問に予想で応えるも、それが正しいかは分からない。

 でもこいつらは正規の方法で生まれたドラゴンではないはずだ。

 

「ただ一つ、言えることがあるとすれば……正攻法ではないんだろうよ」

 

 俺はアスカロンで消し損ねたドラゴンを切り裂いて、先頭に立つ。

 背中に背負う九重を傷つけるわけにはいかないけど、突破力を考えれば俺は先頭にいくのは妥当だ。

 

「い、イッセー……母様は、大丈夫なの、か?」

「……それは分からない。でも最後は絶対に救ってみせる」

 

 俺は九重の頭を撫でて、少し遠くを見る。

 ……そこには俺たちの目的地があった。

 和を重んじた城。八坂さんがいるであろう場所だ。

 ……何より、ここより先には今までの敵とは訳の違う強者がいる。

 ―――ガルブルト・マモン。

 今回の騒動の中心にいる俺の宿敵。

 ……いや、それの前に先に目の前のこいつらか。

 

「……来たか。赤龍帝一派よ」

 

 ……恐らくは上級悪魔クラスの悪魔を筆頭とする、旧魔王派の残党。

 しかし人数は限りなく少なく、数でいえば十数ほどか。

 ―――本当の意味での、最後の旧魔王派ってわけか。

 

「随分の数が減ったものだよ……なぁ、赤龍帝」

「……お前たちが最後か?」

「そうさ。……同士は皆、お前を前に散っていった―――勝てるとは思っておらんさ。だがな。俺たちには俺たちの最後の意地を見せてやる」

 

 ……覚悟を決めた目の旧魔王派は、ポケットから黒い液体の入った瓶を取り出し、それを一気に飲み干す。

 ―――オーフィスの分身体であるリリスによって創り出された蛇。

 凄まじい副作用のあるドーピングアイテムのはずだ。

 それをあいつらは躊躇いもなく飲み干した。

 途端に旧魔王派の魔力は極端に肥大化し、奴らの血管が浮き出る。

 

「ッ! これは、一度飲めばもう生きることは許されぬもの……ッ! リリスはオーフィスと違って完全な蛇は創れないからか、副作用が取り返しがつかん! だが……ッ! 一矢報いれるならば、この命! 容易く差し出そう!!」

「……それがお前たちの、最後の覚悟か?」

 

 ……俺は確認のようにそう言うと、旧魔王派は言葉を漏らさずに頷く。

 ―――なら、遠慮はしない。

 俺は背中から九重を下して、臨戦態勢の朱雀と匙に九重を預ける。

 

「……お前なら、子供を背負っていても我らに勝つなど余裕の話だろうさ―――感謝する。我々に、本気で向かいきてくれることを」

「あんた、変わってんな。旧魔王派でそんな殊勝なことを言うやつなんて、いないだろうに」

「皆を同じにしてくれるな―――もし選択を誤っていなければ、違う光景もあったのかもしれんな」

 

 ……旧魔王派の男は小さく呟き、決死の覚悟で俺へと向かいくる。

 

「でもお前たちは選択を間違えたんだ。それはどう足掻いても変えることの出来ないことだ―――悲しいけど、さ」

『Full Boost Impact Count 5!!!!!!』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 俺は右手に白銀の球体を、左手に紅蓮の球体を創る。

 その照準を旧魔王派に合わせ、そして―――放った。

 白銀の龍星群(ホワイト・ドラグーン)紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)と名付ける白銀と紅蓮の流星は無惨にも旧魔王派を襲う。

 真っ直ぐと敵を貫く紅蓮の流星と、弾丸を拡散させて魔力弾の雨を降らせる白銀の流星。

 それによって大半の悪魔は命の灯を消し去る。

 

「赤龍帝ぇぇぇ!!!!」

 

 ……最後まで生き残ったのは上級悪魔の悪魔のみ。

 身体中から蛇の副作用から血が噴射し、血管が幾つも切れている。

 それでもなお、その勢いはとどまらない。

 ……俺は拳を握る。

 アスカロンの聖なるオーラを右腕に流し、それを何度も何度も倍増する。

 悪魔は俺との距離が数センチほどとなり、拳を俺に放つ。

 ……それを俺は流して避け、そして力を込めた右腕で―――その腹部を貫いた。

 

「……ふっ―――全く……敵わないな、本当に……」

 

 ……そんな呟きと共に、悪魔は光の結晶となって消えていった。

 なんていうんだろう―――この気持ちだけは、この感触だけはいつになっても慣れないな。

 きっと永遠になれないんだろうさ。

 ……慣れなくていい。この感触を、殺したということを忘れてはいけないんだ。

 

「……行こう」

 

 俺は一歩、そこから歩みを進めた―――その時であった。

 俺の足元に突如、巨大な魔法陣が現れる。

 ―――途端に、俺は察知した。

 この魔法陣から現れる存在についてのことを。

 寒気のするほどの悪意、心の底から嫌悪するオーラ。

 ……一度だけ感じたことのあるものだ。

 これはドラゴン。ドラゴンはドラゴンでも、最悪なドラゴン。

 こいつは―――邪龍!!

 

 《グへへへへへへヘッ!!! なんだぁ、こっからうめぇにおいがすっぞぉぉ??》

 

 ……漂う異臭に顔を歪ませる。

 ―――そこから現れたのは予想通り、ドラゴンであった。

 黒い鱗に黄土色の蛇の腹、長細い蛇タイプのドラゴンだ。

 ……その姿を見た瞬間、俺の中のドライグと朱雀の中のディンさんが反応する。

 

『……ニーズヘッグか』

『ああ、その通りさ。これはまた、僕が散々手を焼いたおバカさんが出てきたものだね』

 

 ……なるほど、あいつがニーズヘッグ。

 ―――外法の死龍(アビス・レイジ・ドラゴン)、ニーズヘッグ。

 北欧の氷の国、二ヴルヘイムに生息していた伝説の邪龍といわれており、その最大の特徴が討伐されても何度も蘇る。

 ラグナロクが起きても生き残るのではないかと言われてるほど厄介なドラゴンだ。

 ……なるほどな。薄気味悪いドラゴンの量産体が出てきた時点で可笑しいと思ったけどさ。

 ―――ガルブルトの一派は、邪龍にまで手を伸ばしているってわけか。

 

 《んんん? お、おめえらもしかしてドライグとディンかぁ!? すっげぇちっこくなったなぁ! まあんなことどっでもいいだ! ちっこいが、うまそうなやつらだなぁ……とくにそこの金髪のおんながうまそうだ》

 

 ニーズヘッグはアーシアを見据えて、そう汚い言葉を言う。

 

『相棒、奴は悪食で有名でな。貪欲且つなんでも喰らうのが奴だ。特に人間を喰らうことで奴は討伐を何度もされた』

『僕もあいつを何度も封印しようとしていたんだけどね。でもあいつ、ここぞって時に逃げるから厄介なんだよ。対して強くはないんだけど』

 《う、うるせぇぞぞぞぞ!? お、おではリリスの蛇で前よりももっどづよくなったんだぁぁ!!!》

 

 ニーズヘッグはドライグとディンさんの言葉に激情し、俺たちに襲い掛かる。

 ―――そろそろか。

 

「ニーズヘッグ。悪いが、お前の相手なんてしてらんねぇんだ」

 

 ……この薄気味悪いオーラを誰よりもすぐに察するヒトが、この妖怪の世界にいる。

 先程からその気配を察知しており、こちらに凄まじい勢いで向かっているのはわかっていた。

 

「そう、お前の相手は―――」

「―――拙者が手合せよう。邪龍、ニーズヘッグよ」

 

 俺の言葉に合わせるように、俺の背を飛び越えて一陣の影がニーズヘッグを両断する。

 ニーズヘッグの身体はそれにより目にも明らかに大きな切り傷が生まれ、汚い絶叫をあげた。

 ……三善龍最強の龍。ドラゴンの中では最小であるが、その力は有数の俺の尊敬するドラゴンのトップに君臨する『優しいドラゴン』の体現者。

 ―――三善龍。刃龍、夜刀神。

 夜刀さんはいつも通りの麦藁の帽子をクイッと整え、俺に爽やかな笑みを浮かべた。

 

「待たせたでござるな、イッセー殿。ここは拙者に任せるのでござる!」

 《で、でめぇは!! ぜ、善龍・夜刀神ぃぃぃ!?》

「そうでござるよ、ニーズヘッグ。拙者の顔、忘れたでござるか? ―――お主を42回ほど葬っている拙者の顔を」

 

 ……夜刀さんは刀を両手に携え、俺たちの道を作るように斬撃波を放ってニーズヘッグの巨体を削る。

 

「全く……お主、次はテロ組織に加担するとは、些かドラゴンとしての誇りはないでござるか? だがな。拙者の友の女子に手を出すとするなら、拙者も流石に堪忍袋の緒が切れる所存でござる」

 《う、うっせぇぇぇぇ!! お、おまえを今日こそは―――》

「―――不可能でござるよ。拙者は以前よりも遥かに強くなった」

 

 ……神速の夜刀さんの全方位刀剣発射。

 夜刀さんはあらゆる属性の刀を創り出すドラゴン。

 その身体全てが刀で出来ているようなドラゴンだ。

 ……俺は夜刀さんを横目に、皆を連れて先に進む。

 

「ニーズヘッグ。ドラゴンもまた新しく変化している。変わらぬお主など、我々の敵ではない」

 《はぁぁぁぁぁああ!!? んなもん、しらねぇよぉぉぉぉ!!!!》

 ―・・・

 城の頂上に上っている最中、俺は後ろを見た。

 エリファさんの後ろで、彼女の魔術によって俺たちに何とかついてきている父さんと母さんのことを。

 ……本当なら、こんなところに連れて着たくなかった。

 でも二人は頑なに残ることを拒否した。

 

「……俺が二人の立場でも、同じことをするよな―――親子なんだから、仕方ないか」

『全くです。本当に妬いてしまいますよ、主様と謙一さんとまどかさんの関係性は』

『血の涙を流すほどにな』

『いえ、私はそこまででは……』

 

 ドライグとフェルの軽口が俺の中で繰り広げられる最中、俺たちはとうとう城の最上階。

 八坂さんがいるであろう部屋の前に到達した。

 扉で仕切られていて、ここにいる。

 八坂さんと、そして―――あいつが。

 エリファさんは父さんと母さんを護る障壁を更に強くし、匙と朱雀は神器を構える。

 ……いくぞ!!

 俺は先陣切って仕切りの扉を蹴飛ばし、室内に入っていく―――

 

「―――あれー? 思ったよりも早かったねー」

 

 ―――しかし、そこにはガルブルトの姿はなかった。

 

「そっかそっか。イッセー君はあの妖怪のお姫様を助けに来たんだー。でもあのヒト、既に連れ去られてるよー?」

 

 ―――そこにいるのは、会ったことがないにも関わらず俺を愛称で呼ぶ、軽快な声音の女の子。

 声が少し加工されたような声になっていた。

 

「って、こうして会うのはもしかして初めてかな? ならちゃんと自己紹介をしないと!!」

 

 ―――フードのついている純白の布で来ていて、顔は見えない女の子。背丈は小さく、その胸には見たことのある機械的なネックレスを付けている。

 それは俺の胸元に装着されているブローチとどこか似ていて。

 

「じゃあ初めまして! 私は―――神焉の終龍(エンディング・ヴァニッシュ・ドラゴン)・アルアディアを宿す者。あなたを誰よりも理解している女の子なのだよ♪」

 

 ―――話に聞いていた終焉の少女。

 俺の神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)とは対極の神器を宿す存在。

 

「あはは、私の神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースギア)が共鳴してる―――これも運命ってことだよね」

 

 ―――そんな不確定要素が、この騒動の最中で邂逅した。

 俺はそれを偶然とは思えず、ただ呆然と彼女を見つめる。

 ただこの時、俺はただこう感じていた。

 

「―――本当に、初めまして……なのか?」

「……ふふ」

 

 ―――俺の呟きに、終焉の少女は嬉しそうに笑みを浮かべるだけだった。



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第10話 始まりと終わりの出会い

「本当に、初めましてなのか?」

「……ふふ」

 

 俺の問いに対して、意味深に笑う終焉の少女。

 和室の中心で俺を見据えるその少女は、口元だけ笑みをずっと浮かべていた。

 ……敵意は一切感じない。

 むしろこちらを受け入れてくれるという雰囲気すらも感じる。

 ―――だけど、俺の第六感のようなものが確実に告げていた。

 不用意にこの少女に近づいてはいけない、と。

 近づけば、取り返しが付かないと。

 ……すべてが終わってしまう。俺はそう考えるを得なかった。

 

「むむ、なんか警戒されちゃってるなぁ~。……君のせいかな? そこの癒しのヒト」

「……違います」

 

 少女はアーシアの方を向いて、冷え切った声音でそう言い放つと、アーシアもそれを否定する。

 アーシアの声音は真っ直ぐなもので、恐れおののく様子はない。

 ……俺が暴走の最中、皆の前に現れたこの少女がアーシアと話をしたというのは知っている。

 でも―――アーシアがこんなに強いなんてな。

 圧倒的脅威になるかもしれない存在に対して、ここまで引くことなく話せることに内心安心しつつも、俺は直面する問題を思い出す。

 

「……悪いけど、俺たちは君に構ってはいられないんだ。今の俺たちの目的は八坂さんの救出。それの邪魔をするなら―――」

「邪魔なんてしないよ?」

 

 ……俺が最後まで言い切る前に、少女はそう断言する。

 それはもう、キョトンとした声で。

 その予想外の言葉で俺は肩を透かした。

 

「勘違いしてるよ、イッセーくん。私はね? イッセーくんの味方なんだよ? そんな私が君の邪魔をするなんて、ナンセンスだよ~」

「……ならなんでここにいるんだ? 俺は君の目的が分からない。何でこの戦場にいるのか、どうして介入するのか。それに―――どうして俺に対してそこまで固執するんだ?」

 

 答えてくれるとは思わないが、俺は一応そう投げかける。

 そもそも会ったこともないのに俺の名を知り、俺の味方だと断言する。

 一体彼女は―――

 

「―――私は私なんだよ? ……そっか、まだ気が付かないんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

『まだ時ではないのよ、宿主』

 

 ……彼女の胸元のネックレスの中に埋め込まれている黒と金色が混じったような光沢の宝玉が輝くと共に、女性の声が聞こえる。

 ―――この声の主が、フェルとは対極の存在である終焉の龍か。

 名は確か……アルアディア。

 

『……アルアディア。あなたは一体何がしたいのですか!? 明らかにこれは偶然ではない! あなたが仕組んだことなのでしょう!?』

『フェルウェルか。旧魔王派の反乱の時以来だね』

『誤魔化さないでください! あなたたちはいつもこのような騒乱の時にこちらを伺っていた……気付かないとでも思っていたのですか?』

『誤魔化せるとは思っていなかったよ。むしろあんたにはわざと気付かせた。三勢力の和平会議の時も、旧魔王派の暴動の時も、悪神ロキの時も―――平行世界の時も、ね』

 

 ―――ちょっと、待て。

 今更、こいつらがいつも俺たちを窺っていたことには驚かない。

 だけど―――フェルは、こいつらの存在に気付いていたのか?

 なのにフェルは、俺にもドライグにもそのことをどうして伝えなかったんだ?

 

『―――不穏の芽は芽吹いた。兵藤一誠よ。一つ、あんたに教えてあげる』

 

 終焉の龍は、俺を指して言葉を掛ける。

 混乱する頭の中にその声は浸透する。

 そして

 

『―――フェルウェルはあんたに絶望を及ぼす存在だ』

「なにを、言って……」

 

 アルアディアの言葉を聞いて、俺は動揺する。

 しかし……その言葉をすぐに否定は出来ず、更にアルアディアは言葉を続けた。

 

『あんたは何も知らないだろう? フェルウェルというドラゴンのことを。なぜならそいつは何も語らない。自分が何なのか、何故神滅具を宿すあんた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に宿ることが出来たのか』

『……ッ』

 

 ……考えたことはあった。

 アルアディアの言う事は俺が今まで抱いてきて、頭から消してきた疑問そのものだ。

 それをアルアディアは、無情にも俺に突きつけてきた。

 

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)という神滅具を宿すあんたには本来、同じ神滅具である神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)が宿ることは不可能だ。神滅具……そもそも神器は一人に一つと決まっている。それは神器が人の魂と繋がってしまうからだ―――可笑しいと思わないかい? 一つの魂であるあんたが、二つの魂と結びついてしまうのが』

『……やめ、なさい』

 

 ……俺の胸のブローチが、眩く輝く。

 それはアルアディアの言葉を強く否定する拒否反応のようにも思えた。

 

『つまりそいつは何かを隠しているのさ。兵藤一誠として生まれ変わったあんたに、フェルウェルが宿った。そんな偶然が本当にあると思っているのかい?―――オルフェル・イグニール』

「―――待てよ。なんで、お前。そのことを、知っているんだよ……ッ!?」

 

 ―――それは本来、俺の仲間しか知らないことだ。

 それをこいつは、まるですべてを知っているかのように淡々と話す。

 

『ああ、そのことか。まあ隠していても、いずれは知られるからね―――主、あいつに力を見せなさい』

「ぶー、アルアディアだけイッセーくんと仲良く話すのずーるーいー! ……まあいいや」

『Force!!』

 

 ……その音声は、フォースギアと同じ音声だった。

 

『Demising!!!』

 

 ……でもその音声で出来上がったものは、悍ましく黒い『何か』だった。

 ―――それは黒いもの。今までの黒よりも、あの黒い赤龍帝の力よりも悍ましいほどの黒。

 ―――それは絶望。ひとたび触れたら全てが消え去るほどの危機感を感じる。

 ―――そしてそれは、まさしく……終焉。

 ネックレスの宝玉より発生する黒と金の混じったオーラは少女の手元で何かを形作り、それは鋭利な槍のような形になる。

 それと共に少女の純白のローブは―――漆黒に変わった。

 ……それを見た時、俺はふと昔のことを思い出した。

 

 

 

 記憶に残るのは、白と赤。

 純白の鎧を鮮やかと思えるほどの赤で彩り、死んでいるとは思えないほど安らかな顔。

 涙を浮かべ、血を這って、見上げた先の―――黒。

 月明かりに照らされ、俺たちを見下げる『何か』。

 それを思い出すたびに憎み、憎悪し、復讐に囚われる。

 ……ああ、忘れもしない。

 忘れられない。

 ―――ようやく、得た。

 ずっとあいつは、俺を見ていた。

 ミリーシェを殺し、俺を殺し―――こんなわけの分からない状況にした存在が。

 そんな存在が……

 

「―――やっと、見つけた……」

 

 ―――目の前に、姿を現した。

 その途端、俺の思考はシンプルなものとなった。

 籠手からアスカロンを引き抜き、魔力弾を生成し、ただそれを目の前の『敵』に放つ。

 フォースギアより創造力を噴出させ、それによって鎧を神帝化させ、更に無限倍増を開始。

 両腕の白銀の腕の宝玉を幾つも砕き、それも魔力砲として放ち―――って、あれ?

 俺、一体何をして……

 

「―――イッセーさん!!!」

 

 ……俺の名を呼ぶ声で俺は我に返る。

 ―――そこには、俺の腕をギュッと掴んで、俺を止めるアーシアの姿があった。

 俺はハッとして、周りを見渡す。

 ―――そこには、ほとんど全てが壊れ崩れる城の跡があった。

 俺は周りを見渡す。

 ……そこには、恐ろしいものを見ているように俺を見る皆の姿があった。

 父さんと母さん、エリファさん、匙、朱雀、ヴィーヴルさん……その皆が、少し埃を体につけながら俺をじっと見つめる。

 ―――俺が、やったのか?

 皆の安否も何も確認せず、この城をここまで壊滅させるほど……無意識に暴れたのか?

 

「ちょっと、アルアディア~。これじゃあまるで私がイッセー君の宿敵みたいになるじゃん!!」

『なに、少しからかっただけでまさかここまで枷が外れるとは思っていなかったのさ』

 

 ……俺の前方より、聞こえる少女とアルアディアの声。

 少女は全く傷がなく、軽快な口調でアルアディアと軽口を交わしていた。

 ―――そうだ。あいつは、ミリーシェの仇。

 あいつを……殺さないと。

 

「―――違うだろ。なに、言おうとしてんだよッッッ!!!!!」

 

 ―――そこで俺は、自分の顔を全力で殴って目を覚ます。

 ……目を覚ませ、兵藤一誠。

 

「ったく、自分が嫌になる……ッ。こんなにも馬鹿とは思わなかった―――一つ聞くぞ、終焉の龍、アルアディア」

『なんだい?』

「お前は―――俺たちを殺した張本人なのか?」

『……もしそうだと言ったら、どうするんだい?』

 

 ……アルアディアは俺を試すようにそう煽る。

 ―――試しているんだ、このドラゴンは。

 終焉の龍の目的は分からない。

 もし終焉の龍が俺たちを死へと追いやったあの黒い影の正体であるのならば、俺はどうしたんだろうか。

 彼女を宿すあの少女を殺して、自身の復讐を果たす?

 それとも復讐自体をもう捨てるか?

 ―――そんなもの、決まっている。

 そんなもの、分かりきっているんだよ。

 以前の俺なら即答で「殺す」と言っていたんだろうさ。

 ……でも、俺はあれから色々なことを経験した。

 ―――兵藤一誠に生まれ変わってから、色々あったんだ。

 生まれ変わって、俺は家族の温かさを知った。

 友達を越える親友が出来た。

 心の底から大好きと言える仲間が出来た。

 その間に、確かに辛いことは多かった。

 時には護ることが出来なかった命もあった。護れず、涙を流して自分を責めたことも何度もあった。

 自分の最悪の可能性さえもこの目で見て、そしてそいつと拳を合わせた。

 ……その度に悔やんで、自分の中に闇のようなものを抱え込んで、そして―――護られていたことを知った。

 家族に、仲間に……護った分だけ、俺は護った人たちに護られていたんだ。

 ―――だから、俺は答えを得た。

 もしかしたら、俺は甘いのかもしれない。

 その甘さが命取りになるのも理解できる。

 俺は終焉の龍、アルアディアに向けて宣言する。

 自身の決意を、ありのままの言葉で―――

 

「―――説教する」

『……………………は?』

 

 ……俺の言葉に、アルアディアは呆気をとられるように一瞬無言が続き、その末で素っ頓狂な声をあげた。

 

『い、いやいや……あんた、何を言っているんだい? 殺した張本人を目の前にして、あんたは言うに事欠いて、説教?』

「その通りだよ、アルアディア」

 

 アルアディアの言葉に俺は頷く。

 そして間髪いれぬ間に、言葉を続けた。

 

「もしお前が俺やミリーシェを殺した張本人なら、詳しい理由を聞く。その上で倒さないといけないなら真っ向から倒して、それから説教するよ。その間違えを正して、理解させて―――それから先は、未定さ」

『……殺さない、と』

「……さぁな。もし殺さないといけないほどの悪なら、殺すかもしれない。でもそうでないなら……。そうだな、更生させてみようかな?」

『―――馬鹿じゃ、ないか? お前』

「ああ、そうかもな。でもこういう答えに辿り着いてしまうのは……兵藤一誠としてこれまでの16年生き続けて、色々なことを経験したからなんだよ」

 

 俺はアルアディアの言葉に苦笑しながら、それでも断言した。

 

「―――誰だって、何にだってなれるんだ。善から悪に堕ちて、それからまた何かを護る善になった奴だっている。全て反省した上で前に進んだヒトだって少なからずいるから、俺はそれを信じるんだ」

『……馬鹿げている。そんな理想論、通じるものか!』

「ああ、自覚しているさ。お前の言う通り、これは俺の理想論だ。全てが全て、変わるなんて思っていない。それでも―――悪魔の人生は万年だ! それくらいの理想を抱いて、目的を高く持ったって別に良いだろ? 俺はただ、それに向かってひたすら歩く。分かり易くて、でも険しい道さ」

 

 俺がそう言うと、アルアディアは押し黙る。

 数秒の静寂……その静寂を、可笑しそうな笑い声が打ち破った。

 

「―――あっはははははは!! うふふっ……あぁ、さいっこうだよ、イッセーくん♪ ホントに君は、面白い答えを言うよね~」

 

 ……アルアディアを宿す、終焉の少女。

 名前も知らない彼女は、本当に可笑しそうな声で……でもどこか嬉しそうな声音で俺に語り掛けてくる。

 

「うん。……いつだって、無理難題をどうにかしようとするのが君なんだもん。でもまさか捻くれてるアルアディアを説教するなんて言うとは思ってなかったよ♪」

『宿主、私は真剣に憤慨していて―――』

 

 アルアディアが少女に対して文句のようなものを言おうとした瞬間であった。

 ―――突如、空気が凍る。

 それは俺が今まで感じたことのないほど、それこそ黒い赤龍帝よりも禍々しい『何か』であった。

 ……それにアルアディアは言葉を失い、その発生源から限りなく低い声が俺の耳に通った。

 

「―――邪魔、しないでよ。今は、私がイッセー君とお話しているんだから。ちょっと、黙ってて」

『……すまない、宿主』

 

 ―――アルアディアが、謝る。

 すると少女はすぐに凍るほどのオーラを潜めさせて、口元を笑顔にさせた。

 ……今の一瞬、俺は彼女の目が見えた。

 顔の識別は出来ず、本当に目だけが見えた。

 その目を見た瞬間、身体が金縛りを受けたように動かなくなる。

 ―――光沢を失ったように、焦点の合わないひどく虚ろな瞳。

 その瞳に魂すらも吸い込まれそうになるほど、その瞳は濁っていた。

 ……その目を見て、先ほどまでの少女に対する印象が一変する。

 明るい声音、こちらに対する好意的な言葉に対して、俺は少女を天真爛漫な印象を持っていた。

 ……でもそれは違う。

 自分の邪魔をされたからという理由で自身に宿っている存在に、あそこまでの殺意を向けるその異常性。

 これまでの会話を、あの声を、あの目でずっとしていたと考えた時―――俺はあの少女が、他の誰よりも歪んでいるように思えた。

 少女は一歩、俺に近づく。

 

「ごめんね、イッセーくーん。怖い声を出しちゃって♪ アルアディアっていつもぐずぐず煩いからね。こうやって黙らせるしかないんだよねー」

「……名前、教えてくれないか?」

 

 俺は近づく少女に、そう尋ねる。

 アルアディアの名前を知って、この子の名前を知らないわけにはいかないからな。

 すると少女は歩みを止め、口元に人差し指をあてて、うーんと考える仕草をとる。

 

「そーだね~―――とりあえずはエンド、で良いや。本当はとっっっても可愛い名前なんだけど、まだ教える時じゃないんだよね~」

「……本当の名前は、いつ教えてくれるんだ?」

 

 俺は彼女―――エンドを刺激しないように言葉を選びながら、そう尋ねた。

 そして……即答した。

 

「―――全てが終わり、幸せになれるとき。その時に、君に私の全てを教えてあげる」

 

 ……終わり、という言葉が俺の願う終わりではないことはすぐに気付いた。

 でも俺はその意味を聞くことが出来なかった。

 ―――聞いてしまったら最後、俺はエンドを敵に回さなければならないと思ったから。

 エンドは俺に近づく。

 それに対して後退りをするのは俺の周りの皆だった。

 しかし、俺一人だけが彼女と真っ向から向き合えた。

 その理由は何故かは分からない。

 エンドが恐ろしい存在であるのは間違いないんだろうけど―――俺は彼女に対して恐怖や否定的な感情を抱くことはなかった。

 ……エンドは俺の目の前に立つ。

 背はとても低い。

 俺よりも頭が一つ分以上低いほどに華奢な体格だ。

 

「君を傷つける存在は、全て私が終わらせるよ。君を惑わす存在は、私が全て消し去る。何でも、どんなものでも―――全部全部、終焉にする。そのことを分かっていてね?」

 

 ―――その言葉が、俺に向けられたものか。それとも俺の後ろの皆に向けられてのものかは分からない。

 ただ一つ分かることがあるとするならば。

 それは―――彼女が諸刃の剣、だということ。

 そう考えた瞬間、俺の手が握られる。

 それはほぼ同時に両方の手を、前と後ろから。

 

「……ほんっと、その目は気に食わないよ」

「……私も、あなたのことがあまり好きではありませんので」

 

 ―――俺の後ろから右手をギュッと握るアーシアが、エンドを見据えてそう言葉を掛ける。

 そしてエンドの手を振り払い、俺を後ろに抱き寄せた。

 

「ッ……へぇ~、君って一々面白いよねぇ~。前は本当にムカついたけど、今はある意味で感心するよ―――私を目の前にして、癒すことしか出来ないのに良くそこまで敵対心をむき出しに出来るよね」

「私はイッセーさんのおかげで、強くなれました。確かにあなたの言う通り、私にはイッセーさんのような強さはないです。確かに癒すことしか出来ないかもしれません。でも……それでもイッセーさんの隣で立つことができます」

「おっけー、おっけー。理解したよ、アーシア・アルジェントちゃん―――君、私にとって一番の敵だよ。今ようやく理解できた。あぁ、ほんっと面倒だよね~。君のような存在がイッセーくんの傍にいることが一番の障害だよ」

 

 明らかな不機嫌そうな声で、エンドは頭を抑える仕草をする。

 ……対照的にアーシアの瞳は真っ直ぐなものだった。

 

「どうしたものかな……いっそのこと、ここで終わらせちゃえば―――いや、でもそうだね。君は最後の方が美しい」

 

 ……エンドの口元が、広角につりあがる。

 

「今は君にイッセーくんを預けるよ。でもね? 覚悟しておいて―――いずれ、貰うから。全部全部、終わらして、全部もらう。この力で」

 

 エンドは終焉の黒金の力を手元に集め、アーシアを威嚇するように力を充てる。

 でもアーシアはその目を背けず、俺の腕を強く握ってエンドを見据えた。

 ……そんな時だった。

 まるで見計らったように、その場に一筋の光が舞い降る。

 ―――まるで芸術のようなほどの綺麗な『光』が、俺たちとエンドの間に突き刺さり、エンドはそこからすぐさま離れた。

 その『光』は俺たちの後方の上空より放たれ、それは次第に輝きを失くしていく。

 ―――槍、だった。

 それもただの槍ではない。それはつい先日、俺がやり合った最強の『槍』。

 神滅具の中でも一際強力で、最強の神滅具と名高い頂点に君臨する神器。

 そしてその持ち主は―――

 

「―――まさか君とこうして邂逅するとはね。心の底から拒否したいものだよ。君と会うのはガルブルト殿の一件以来だな」

「……君かぁ。君も中々邪魔だよね―――英雄派の曹操君」

 

 ……俺たちの後方から声を響かせる、現状最大の敵―――英雄派トップ、曹操。

 いつも通りの黒い学生服を着る奴は、瞬時に槍を自身の手元に移動させ、珍しくもエンドを憂鬱に見つめていた。

 

「それはこちらの台詞だ。君が兵藤一誠に拘っているのは以前の邂逅で知っていた。だからこそ、俺は君を色々調べさせて貰った―――だがすまないね。兵藤一誠たちには俺たちの先約がある」

 

 曹操は地面に槍の柄の先端をポンッと小突き、そこを中心として魔法陣と霧のような靄を発生させる。

 これは―――絶霧(ディメンション・ロスト)による固有結界!

 しかもこの魔法陣は十中八九、転移用の魔法陣だ。

 

「君を渦中には介入させない。それが俺の方針だ」

「……許さないよ、キミ」

「そもそも君にそう言われる筋合いはないのさ―――次に会わないことを願っている」

 

 曹操がそう言い切った瞬間、俺たちは光と霧によって視界を奪われる。

 ……こうなってしまっては、もうどうすることも出来ない。

 俺たちは黙って曹操たち英雄派による別空間に転送された―――

 ―・・・

「……ここは、どこだ?」

 

 転送が終わり、俺は目を開けて辺りを見渡した。

 神器の力でものの数秒で転送されたわけだけど、現状の確認をする。

 俺が視認できる限り、辺りの風景は先程と同じ妖怪の世界のようだ。

 ただ……先ほどまでとは違い、妖怪の気配が一切ない。

 

「い、イッセー……ここは、どこなのじゃ?」

 

 ふと、俺の手を引っ張りながら不安そうな声で九重が声をかけてくる。

 俺はそこで後ろを振り返った。

 ……そこにいたのは九重とアーシア、そして母さんの三人。

 ―――匙と朱雀、エリファさん、ヴィーヴルさん、父さんとははぐれちまったのか。

 ……実質的な戦闘要員は俺だけってのは、割と厳しい状況だな。

 ともかく、俺は現状の確認をすると共に九重の質問に応えることにする。

 

「恐らくここは神滅具の力を使って創られた疑似空間だ。模しているのは妖怪の世界。もしかしたらここ以外にも人間世界の空間さえも模しているかもな」

 

 俺は九重にそう言いながら、耳元に手を当てて通信を試みる。

 通信をするのは祐斗、エリファさん、黒歌。

 数秒間、通信に時間が掛かるも先に祐斗と通信が繋がった。

 

『イッセーくんかい!? 良かった……やっと繋がった』

 

 まず第一声が少しばかり焦っているのが気になったけど、祐斗たちも無事のようだ。

 まずは俺のこちらの現状を祐斗に伝え、その内容に祐斗の方も少しばかり動揺する。

 ……聞いた話だと、祐斗は一度エンドと話したことがあるからだろう。あいつの危険さは祐斗も良く分かっているようで、少しばかりそのことについて追及してきた。

 

『その少女……エンド、っていうのはとても危険だ。全ての武装をフル活用したイッセーくんの猛撃から無傷で生還するなんて、神であろうと難しい。聞いている限りでは、エンドは僕たちが以前見た時よりも格段に凶悪化しているよ』

「……ただ、あいつとの関わりは避けられない。それにあいつは色々と知っているみたいだからさ」

『知っている?』

「それはまた後日話す。今はそれよりも祐斗の状況を教えてくれ」 

 

 俺はアルアディアの言っていた言葉を一度頭の隅に置き、祐斗の話を聞く。

 

『そうだね……端的に言えば、最上級悪魔クラスの男と―――最強の邪龍に遭遇したよ』

「―――ッ!?」

 

 祐斗からもたらされた情報に、俺は素直に驚愕した!

 最強の邪龍……この局面で、そんな存在が祐斗たちの前に現れるなんて、考えもしなかったことだ。

 ……祐斗は更に続ける。

 

『邪龍・クロウ・クルワッハの相手は奴を警戒していたティアマットさんがしてくれている。彼女からの伝言を君に伝えようと移動している時に、僕たちの前に英雄派の面々が現れたんだ』

「こっちも似たようなもんだ。俺の方には曹操が現れたけど……」

『こっちはジャンヌとジークフリートさ。その二人と交戦しようとした瞬間、僕たちはあちらの神滅具の力で京都の嵐山に飛ばされたんだ』

 

 ……俺がさっき立てた仮説が、祐斗の情報によって立証された。

 英雄派は確実に妖怪の世界と京都の町を再現している。次元に狭間にでもこの大きな空間を創っているんだろう。

 しかも使っているのが絶霧であれば、外からの侵入は容易ではない。

 この空間にどれほどの敵がいるかは不明だけど、少なくとも味方は今回の騒動の収拾にあたった俺たちだけだ。

 未だ姿を現していないガルブルトは恐らくアザゼルとガブリエルさんが追っているして―――俺たちの現在の目的は、この空間からの脱出。

 味方と合流することか。

 ならばまずはこの妖怪のエリアを抜け出して、京都の都に戻ることを先決する。

 

「祐斗、それで俺たちに伝えなければならないことはなんなんだ?」

『……そうだね。今ここで、そのことを伝えておいた方が良いかもしれない。……ティアマットさんからの伝言は―――邪龍や最上級悪魔クラスの存在がこの戦いに居合わせるのは偶然ではない。この戦いの裏から状況を操作している、黒幕のような存在がいるってことさ』

「黒幕、ね―――そうだな。そう考えるのが妥当だ」

『ああ。だからこそそちらも気をつけて。僕たちはミルシェイドさん、ゼノヴィア、霞さんと戦闘要員で固められているから良いけど、君は非戦闘要員が大半だ。すぐに僕たちと合流した方が良い』

 

 祐斗からの心配と提案に俺は頷く。

 まずはそこからだよな……それにこの状況下でバラバラに動くのは危険すぎる。

 この状況を作り出したのは他でもない英雄派なわけだし……俺は祐斗に「分かった」とだけ伝え、すぐさま次の通信を繋ぐ。

 少しして、黒歌へと通信が繋がった。

 

『んにゃ、イッセー。こっちは、中々面倒な状況だけど……ッ! そっちはどうにゃん?』

「……もしかして、戦闘中か?」

 

 周りから激しい戦闘音が聞こえ、そう尋ねると黒歌は頷いた。

 

『そうにゃん。イリナっちとロスヴァイセっちと一緒にいるんだけど、さっき遭遇した英雄派と絶賛戦闘中でね~。しかも何故か最上級悪魔クラスの奴とまで遭遇しちゃって♪』

「いやいや、なんでちょっと楽しそうなんだよ」

『いやぁ、面倒だけど自分の力を試すにはもってこいの敵だからさ。まあ心配しないことにゃん♪ ロスヴァイセっちはさっきからグングニルのレプリカを使いこなして英雄派を無双してるし、イリナっちもイリナっちで頑張ってるからさ―――って私の飼い主との電話の邪魔すんにゃん!!』

『ぐふぅっ!? よ、よくもまあ通話しながら私と対等に渡り合うものですね……ッ! 全く以て笑えない!!』

 

 恐らく敵であろう相手の声だろうが、おいおい……最上級クラスを相手に余裕って、どれだけ強くなってるんだよ黒歌。

 

『ってことで、そっちと合流するのはちょっと待ってね。たぶんイッセーの状況から私たちも英雄派にいずれ転送されるはずだから』

「分かった―――でも油断するなよ? 黒歌。お前が傷ついたら、俺は冷静でいられないからさ」

『―――んもぅ♪ 戦闘中にそんな濡らすようなことを言ったら~……すぐに倒すから待っててね、ダーリン♪』

 

 次の瞬間、今までとは比べものにならない轟音と男の絶叫のような声が聞こえる。

 ……ってかその最上級悪魔って、たぶん祐斗が遭遇した悪魔だよな?

 ……ともかく、黒歌はまだ現実世界にいるってことか。

 

「状況はあんまりよくはないみたいだな……ただ気になるのは」

 

 ……先ほどから、エリファさんと通信が繋がらない。

 または通信に出られるほどの状況なのか?

 

「……移動しながら考える。とりあえず3人は俺から絶対に離れないこと。ここから先は俺に捕まって移動してくれ」

 

 俺は背中にドラゴンと悪魔の翼を生やし、三人を背負って浮遊する。

 そして自分の周りに風除けの薄い魔力の膜を展開して、そして勢いよく飛び出した。

 ……しかしながら、その間に会話はない。

 それは皆、先ほどの出来事にそれぞれ考えることがあるからだろう。

 ―――それは俺もだ。

 アルアディアからもたらされた、俺たちを引き裂くような話の数々。

 ……それについて何も言ってこないフェルのことが心配だ。

 

「……ねぇ、イッセーちゃん」

「……なんだ? 母さん」

 

 ふと、母さんが俺の背中から小さな声で話かけてくる。

 その声はどこか戸惑いと迷いを含んだもので、俺もどうして母さんがそのような声になっているのは容易に想像できた。

 ……きっと、エンドのことだろう。

 

「……私が心の声が聞こえるのは知ってるよね? その力って、例えばイッセーちゃんとかアザゼル先生とか、それこそ魔王様のサーゼクスさんであっても、関係なく聞こえるんだよ。ヒトの言葉を話す生物であれば絶対に聞こえるのに―――あの子からは、何も聞こえなかったの」

「……エンド、か?」

「……うん。だから、私はこう思ったんだ―――あの子は、ヒトとしての何かが欠落している。まるで心が無いみたいだったんだ。だから……本当に気をつけないといけないのは、きっとあの子」

 

 ……母さんの真剣な告白に、俺は無言で応える。

 あの目を思い出したら、思わず身震いをするほどだ。

 それほどの存在感があった―――それが危うくも感じた。

 あの子に、そして何より俺自身のこともまだまだ分からないことばかりだ。

 それでも分かるとすれば……俺はいずれ、事実に直面する。

 止まっていた時間が、ようやく動き出した。

 ……ただ、少し気になる。

 ―――どうして俺はあの時、暴走したんだ?

 

『恐らく、それは相棒のせいではない』

 

 するとドライグが俺の奥から話しかけてきた。

 どういうことだ、ドライグ。

 

『あの闇を見た時、神器の中でオルフェル・イグニールの魂が揺れ動いた。相棒とオルフェルの魂は繋がっているから、その衝動に突き動かされたんだ』

 

 ……なるほどな。

 だから俺は無意識にあそこまで大暴れしたのか。

 

『……相棒はしばらく、現状の打開に集中してくれ。―――フェルウェルの方は、俺が話しておく』

 

 ……ああ。頼むよ、ドライグ。

 俺は心でそう思って、目の前に目を向ける。

 ―――そして少しして、数キロ先に人影のようなものが見えた。

 そこで俺は飛行を止め、空中に浮遊する。

 ……敵。そうで間違いないはずだ。

 遠すぎて朧げにしか見えないけど、数はかなりいる。

 

「この状況下では英雄派と考えるのが妥当だろうさ。……戦うのは人間か」

 

 心の底でその事実から目を背けたくなる。

 英雄派がただの戦闘集団ではないことはもう知っている。

 そこには確かな理念があり、確固とした自分も持っているのが英雄派の特徴であることは重々理解している。

 それを踏まえた上で、俺たちは人間たちと戦うことを決めたんだ。

 ―――なんとかして、分かり合えれるなんて甘えは言わない。

 向こうには向こうの信念があるように、俺たちには俺たちの信念があるんだ。

 ……俺たちは、仲間を大切にする。

 そしていつでもみんなで笑顔を浮かべ、生きていく。

 ……拳は握れる。前も向ける。足は動かせる。

 あとは気持ちだけだ。

 ―――戦う覚悟は出来た。

 俺はそう思い、浮遊状態を解除して、一気に敵の方に向かう。

 徐々に敵との距離を縮めると、そこにいたのは白服の学生服を着た英雄派の人間。

 それぞれ俺を待ち構えていたように武器を握り、数は数十か。

 ……それぞれ、覚悟を決めた目だ。

 俺はその面子と顔合わせになり、地上に降りる。

 そしてマスクを収納し、3人の壁になるように前に立った。

 

「会うのは初めてですね、赤龍帝の兵藤一誠」

 

 英雄派の内の一人、白髪の少女がその手に神器のような武器を片手に先陣を切って前に出る。

 この中の取り仕切る者なんだろう。この中では神器の熟練度は高いように感じる。

 少なくとも中級悪魔クラスなら容易に倒せるんだろう。

 俺はそれを理解した上で、英雄派に投げかけた。

 

「立ち去るなら、今だ。今ならただの一般人に戻れる―――最後忠告だ。お前たちに勝てる可能性は万に一つもない」

「……わかっていますよ、そんなことくらい」

 

 すると女は、自嘲するように笑う。

 手元に神器であろう斧を握り、横薙ぎに振り切った。

 するとその斧の軌跡の形をした斬撃波が俺へと向かって放たれた。

 おれは籠手の甲の部分で斬撃波の軌道を逸らし、無力化した。

 

「ただの人間で、たまたま神器を持っていて、少し鍛えたくらいの人間が……あなたのような存在に敵うはずもないのは分かりきっている。知っていますか? 今の一撃は、私がこれまでの修行の結果の全力なんです。それを神器で軽く弾いたあなたに勝てるはずもない」

「それなら、向かってくるのは無謀って考えないのか? 英雄派に属しているなら知っているだろ。俺が敵に対して容赦をしないことくらい……。俺は俺の平穏を脅かす明確な敵を許さない。それを知っていてなお、お前たちは刃を俺に向けるのか?」

 

 俺は英雄派を見据えてそう問う。

 問うている癖に、答えはほとんど知っていたんだ。

 こいつらは―――

 

「もちろん答えはイエスです。この刃、少しでも届くのであれば、後ろに控える仲間に繋げられるならば―――この命を糧にしても良い」

 

 そう言って英雄派の末端たちは、何かの液体が入っている瓶を取り出した。

 それを見た瞬間、それがなんなのか理解できた。

 あいつは命を糧に、そう言った。

 ……つまり、そういうことなんだろう。

 

「それを使うことを、曹操は知っているのか?」

「…………いえ。彼はこんなことを認めない。テロ組織なのに、曹操様は優しすぎるのですよ。―――彼は私たちの希望。彼のためだからこそ、命を賭けるのですっ!」

 

 ……よくわかったよ。

 ―――だからそんなことはさせない。

 

『Full Boost Impact Count 6!!!!!!!』

 

 恐らくは神器の力を強制的に引き上げ、命を糧に真価を発揮する薬。それを彼らが飲もうとする瞬間に、俺は狙いを定める。

 両腕の腕に埋め込まれた白銀の宝玉を一つ割ると、瞬時に俺は現状のポテンシャルで耐えられる限界ギリギリの倍増のエネルギーを瞬時に手に入れる。

 更に極限倍増の力で魔力弾を何倍にも強化し、更にその魔力弾に性質を付加。

 この工程をものの一瞬で行い、そして放つ。

 

拡散爆撃の龍連弾(スプレッドバーン・ドラゴンショット)

 

 本来は拡散する性質と爆撃する性質はそれぞれ別個の力として放つけど、今回に関してはそれを融合させた技にした。

 一つの流星のような弾丸を敵の数と同じ数まで分離させ、奴らの手元―――瓶を貫いた瞬間に対象物を爆撃する。

 この技により敵の瓶は爆撃による力で塵のように消失し、そのあまりにも一瞬の出来事に英雄派の面々は呆然とこちらを見る。

 

「―――やらせない。そんな方法で強くなったら、お前たちのこれまでしてきた努力はどうなるんだよ」

 

 ……きっと彼らは、神器によって人生を狂わされ、神器によって苦しんできた人間なんだろうさ。

 その気持ちは……分かるんだよ。

 人ならざる存在は、人から敬遠され、嫌悪される。

 自分が欲しくて得た力でもないのに、自分は何かをするわけでもないのに、息をするように異質な怪物のように扱われて、居場所を失くす。

 ―――俺もそうだったから、分かる。

 オルフェルだったとき、俺はそうだった。

 俺はたまたまミリーシェという存在がいて、他に目的があったからその不遇に耐えることも出来た。

 ……俺と彼らの違いなんて、環境が違ったに過ぎない。

 もし俺に心の支えがいなくて、どうしようもないほど追い込まれた状況下で曹操に出会ったとしたらどうなるか―――考えても解らない。

 ……だからこそ俺は彼らを否定せず、彼の行動を否定する。

 

「命を賭けて、俺を傷つけて、死ぬことが本望? ―――俺と渡り合ったあの男は、そんなことは絶対に認めない。あいつは言っていた。英雄派の理念を、楽しそうでワクワクとした表情で……嬉々としてさ」

 

 だけど

 

「その中には仲間を切り捨てる駒にするという宣言はなかった! あいつは英雄派を人類最後の砦であり、人類を導く存在になると言っていた! そんな奴が……仲間が無駄死にして、喜ぶわけねぇだろッ!!」

『Full Boost Impact Count 7!!!!!!』

 

 俺は再度宝玉を一つ割り、先ほどと同じ弾丸を生成して英雄派に向かい放つ。

 英雄派はそれに対して対抗はするも、相殺することが出来ずに弾丸に飲み込まれる。

 ……そしてその場に突っ伏した。

 

「……私たちを肯定してくれたのは、彼だけだった。……彼はあなたと同じことを、私たちに言いましたよ」

 

 ……しかし、彼らは意地というようにフラフラの身体で立ち上がる。

 リーダーの女は懐かしむように、思い出すようにそう語り始める。

 

「可笑しい、話ですよ……。敵であるあなたが、私たちという存在を肯定して、死を止めるなんて―――本当に、似ていますよ。あなたと曹操は」

「……そうかもな」

「そうですよ―――あなたが仲間であればどれだけ嬉しかったか……。でも、そうはいかないのです」

 

 女の斧の刃には風が集まり、未だ交戦の意志を俺に向ける。

 

「どれだけあなたが優しくとも! 私たちは、英雄派なのです!! こんな容易く負けていては、英雄派の看板に泥を塗ってしまう! みんな……それじゃあ、曹操様や晴明様に顔向けは出来ないぞ!!!」

『ああ、その通りだ!!!』

 

 ……女の鼓舞で、静まり返っていた英雄派に活気が戻る。

 そしてそれぞれの武器を持って俺へと向かって走ってきた。

 ―――紛れもなく、彼らは英雄だ。

 その信念は、勝てるはずのない敵と分かっていても向かいくる姿を、人は無謀と呼ぶんだろう。

 でも彼らは―――勇敢だ。

 

「……ドライグ。悪いな。本当はさ、曹操との再戦まで温存しておこうと思っていたあれ(・ ・)―――こいつらに対して使いたくなった」

 

 神器の奥にいて、声の届かないドライグにそう断りを入れて、俺は肩から力を抜く。

 ……俺が守護覇龍に至り、変化があった。

 ―――俺の中の赤龍帝としての力は、枝分かれのものとなったんだ。

 一つは俺の体現した守護覇龍を代名詞にするいわゆる『守護』の力。

 もう一つは俺も知りもしない、歴代赤龍帝の皆が教えてくれた未知の領域。

 その未知の領域には足を突っ込めないんだけどさ―――守護の力は、新たな道を切り開いてくれた。

 

「こいつらには、俺の本質の力を以て倒したいからさ……いくぜ」

 

 ……ドラゴンの翼を展開すると、その翼より赤い光が幾つも生まれ、俺を包む。

 それは次第に形を作り、俺はそれに対して自身の鎧の破片を埋め込んだ。

 

「生誕しろ。赤き小さなドラゴン―――守護飛龍(ガーディアン・ワイバーン)

 

 ―――光は弾け、姿を現すは十一体にも及ぶ100cmほどの小さなドラゴン。

 その体は赤龍帝の鎧を各所に装備する堅牢なドラゴンであり、サイズは小さい。

 ……守護覇龍によって生まれる守護龍を仲間を護るため翼竜とするならば、この小さなドラゴンは俺と共に戦い、俺を護り、そして俺もこいつらを護るドラゴン。

 守護側の赤龍帝の新しい力―――それが守護飛龍。

 

「ワイバーンたち。俺の後ろに控えろ」

 

 ワイバーンは俺の命により綺麗な隊列を作る。

 あたかも訓練された兵士のような統一性があるのは、このワイバーンが確固たる『意志』を持っているからだ。

 こいつらの意志は、俺を中心として仲間を絶対に『護る』ことにある。

 ……っと、虚を突いたように英雄派の数名が俺へと向かって神器による攻撃を放ってきた。

 接近戦を不利と察したのか、遠距離からの属性攻撃だ。

 しかし―――俺は特に防御態勢を取らない。

 

『アルジ、マモル!!』

『ナカマ、マモル!!』

 

 ……飛龍より発せられる機械的な声と共に、飛龍より放たれる火炎。

 いや、火炎だけじゃない。

 それは拡散された息吹きであったり、破滅力を持った息吹きであったり、はたまた爆発力を持つ息吹き―――そう、こいつらはそれぞれ俺の性質付加の力を備えている。

 守護飛龍といいつつ、こいつらは攻撃手段を持っている。

 更に屈強な防御力を持ち、更に一〇秒毎の倍増の力も備えている。

 いわば本来の赤龍帝の力と俺の力の一部を兼ね備える、飛龍一体一体が立派な『赤龍帝』なんだ。

 しかも互いを護るという意思を持つ、いわば―――赤龍帝団。

 俺が何もせずとも、飛龍は相手の攻撃を無力化した。

 

「そ、そんな……意志を持った飛龍を創り、何をせずとも私たちを無力化する!? あ、あなたはどこまで進化をしているのですか!?」

「……俺は自分の限界を決めたりしない。ヒトが無限の可能性を持つように、俺も無限の可能性を持っているんだ―――もう二度と諦めんなよ、馬鹿野郎」

 

 ……飛龍の砲門というべき口が開き、そこよりそれぞれ性質の違ったブレスが溜められる。

 英雄派はそれを阻止すべく飛龍たちを攻撃しようとする―――だけど、次に護るのは俺の番だ。

 最大火力のブレスを放つまで、次は俺が飛龍を護る。

 俺は襲いくる英雄派を拳と武器で弾き飛ばし、後ろに控える飛龍たちのチャージを待つ。

 ……英雄派との肉弾戦で良く理解でいた。

 こいつらは、それぞれ鍛え続ければ俺たちの脅威の一つになる。

 だからこそここで命を摘めば、話は簡単なんだろう。

 ―――だけど、甘いんだろうな。

 きっと第三者から見たらこの行動は甘く、命取りなんだ。

 だって俺は―――こいつらを殺す気なんて、ないんだから。

 

「もっとこい! 自分の全力を俺にぶつけろ!!」

「はぁぁああああ!!」

 

 リーダーの女の斧を俺はアスカロンで受け止め、鍔迫り合いをする。

 ギリギリと軋む音を鳴らせる刃。

 英雄派は目の色を変えて、俺へと襲い掛かってくる。

 ……俺は魔力を俺の付近に勢いよく噴射し、英雄派を全て吹き飛ばす。

 ドラゴンの翼を羽ばたかせ、飛龍たちの後ろに舞い降りた。

 

「……これで最後だ。飛龍―――フルバーストで叩き込め」

『『『『『『『『『『『Boost!!!!!!!!!!!』』』』』』』』』』』

 

 飛龍たちよりその音声が鳴り響き、十一の砲門より十一の性質の異なるブレスが放たれる。

 その圧倒的一撃は厄介さで言えば俺の龍星の弾丸よりも厄介だろうさ。

 ―――その一撃により、しぶとかった英雄派は完全に沈黙する。

 ……いや、違うな。

 一人だけ、立ち塞がる存在がいた。

 まるで彼らを護るように光を輝かせてる存在。

 

「ど、して……あなたが、ここに―――」

 

 ……土煙が立ち込めるその場に一人、なにか長く太い()を持つ男がいる。

 

「―――なに。こうも自分の名前を連呼されては、出向くしかないだろう?」

 

 その軽快な声と共に、その槍を薙ぎ払い、その男は俺と再び対面する。

 ……ったく、いちいち現れ方がヒーローのそれだよな。

 

「まさかこんなにも早く再戦になるとは思っていなかったよ―――曹操」

「さてね。そうなるかは今は分からないけど。……そうも言っていられない状況になってしまったか―――兵藤一誠」

 

 ……曹操は、不敵な笑みを浮かべながら槍の先端を俺に向けた。



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第11話 人間の意地

 僕、木場祐斗を含む四人の悪魔は敵を斬り伏せながらイッセーくんたちと合流するため、移動をしていた。

 先ほどイッセーくんと通信が通り、彼の無事とそれまでにあった出来事を聞かされたところだ。

 ……終焉の少女と初めて邂逅したイッセーくん。

 僕も一度あったことがあるから分かる―――終焉の少女の歪みを。

 面識がないイッセーくんに対する執着は、心の底から異常と呼べるものだ。

 僕はこのことに一抹の不安を感じつつ、他の面子を見る。

 ……ゼノヴィアと霞さんに関しては未だ息を切らしている様子は一切ないが、問題はミルシェイドさんだ。

 実力は確かに織り込み済みで、非常に素晴らしいほどの将来性は理解できる。

 ……だけど、恐らく彼女は実戦経験が未熟だ。

 戦闘においてペース配分を無考慮な上に、肉体的にも僕たちよりも未熟。

 良く上級悪魔にありがちな、身体が才能に追いついていないと言ったところか。

 霞さんが彼女をサポートしているとは言え、着実に僕たちの動きについてこれなくなっていることは目に見えて分かる。

 ……僕はそこで隣にいる霞さんと目があった。

 

「木場殿の考えていることは承知の上。恐らくはミルのことを案じているのでしょう」

「……うん。痩せ我慢をしているけど、これ以降の戦闘で支障を起こす可能性がある。彼女もきっと、力を加減するのが苦手なんだろうね」

「ええ。まったく以ってその通り。ミルはパワー馬鹿。故に燃費が悪いのが弱点……。全くサポートするこちらの身にもなってほしいものです」

 

 霞さんが少し苦笑しながらそう呟く。

 僕も彼女と同じでゼノヴィアのパワー馬鹿さ加減に苦労しているので、どこか共感めいたものを感じてしまった。

 

「……しかしながら、それにしても驚きです。もはや感嘆といっても良い―――良くここまで鍛えたものです。この短期間で、効率を最適化している私ですらついていくのがやっとなほどに」

 

 霞さんは感心しているような声で、そう賞賛する。

 ……そうでもしないと生き残れない状況もあったから、そう思われるのは必然かもしれない。

 でも真に僕たたが強くなれたとするならば、それはきっと……

 

「―――きっと、僕たちの背中をイッセーくんが護ってくれていたから……僕たちは強くなれた。そしてそれはこれからも同じで、僕たちは高みを目指し続ける。グレモリーはそんな絆で結ばれているんだ」

「……これは手強いものです。底知れないというものが、もっとも恐ろしいのですから」

 

 霞さんはそう言うけど、こっちから言わせてみれば彼女たちこそかなりの脅威であることに違いない。

 こちらが体力に分があるだけで、未だ実力を見せていない彼女。

 ミルシェイドさんだって今後の伸びしろは相当だ。

 ……本格的に彼女たちには警戒しないといけないね。

 

「……さて、こうなってくるともはや敵が何なのかが分からないところです」

「そうだね―――黒い化け物次は黒い人形か」

 

 ……僕たちが二条城の付近に到着した時、僕たちの前に現れる幾重もの人形の数々。

 関節があらぬ方向で回る黒いマリオネットのような人形が、不吉なキシキシと響く擦れるような音を立てていた。

 しかしあるのはその人形だけで、その術者の姿はなかった。

 

「あれはなんだ? 人形であることは理解できるが、私にわかるのはそれだけだぞ!」

「落ち着いて、ゼノヴィア。あれが何であれ、敵であることには違いない。それさえわかっていればやることはたった一つ」

 

 僕はゼノヴィアにそう言いつつ、地面に聖魔剣を突き刺す。

 そして次の瞬間、「僕」を解き放った。

 

「―――殲滅するだけだ」

 

 地面に返り咲く聖魔剣の数々。それが次々と人形たちを貫き、光の結晶と化していく。

 ……しかし、ここで変化が起きた。

 確かに僕の一撃で人形の大部分は消え去ったが、それを補うように人形はどこらからか現れ、光景を先ほどと同じものにする。

 ……僕はそれを見て、その正体が確信のものと変わった。

 

「ゼノヴィア、覚えていないか? 悪神ロキと戦うことになったときより前に、僕たちが戦った英雄派の面々を」

「……なるほど。そういうわけか」

 

 ゼノヴィアは僕の言葉を聞いて合点が一致したのか、大量の人形たちの後ろ―――影にめがけて飛翔した状態でデュランダルによる斬撃波を放った。

 人形たちはその斬撃波を防御しようとするが、そこはゼノヴィアの放った一撃だ。

 それを一切寄せ付けず、地面に凄まじい亀裂を作った。

 ……その亀裂より現れる二人の男。

 黒い制服を身に包む、二人の英雄派が僕たちの前に現れた。

 ―――ロキとの戦いの直前、僕たちと交戦した二人の男。

 一人は自在に影の神器を操る男と、一人は人形の神器を操る男だ。

 闇の大盾(ナイト・リフレクト)傀儡の黒人形(ダークネス・ドール&ドール)という神器を宿す術者。

 そんな二人が僕たちの前に立ちふさがる。

 

「俺たちを覚えていてくれたか―――そう、俺たちはあの時、お前たちに惨敗した上で回収された二人だ」

 

 影使いの男が臆することなくそう言う。

 

「グレモリー眷属の木場祐斗とゼノヴィア。お前たちは俺たち二人が相手をしよう」

「おいお前! あたしたちのことを忘れてるぞ!!」

 

 影使いが霞さんとミルシェイドさんに対して眼中がない態度が気に食わないのか、ミルシェイドさんが彼に食って掛かる。

 

「ベルフェゴールの下僕の相手をするほど、俺たちには余裕はない―――お前たちは幻想を見ているといい」

 

 ……っと影使いが言った瞬間、霞さんとミルシェイドさんを包み込む靄のようなものが発生した。

 それを瞬時に感じ取った霞さんがミルシェイドさんを抱えて、その靄から脱出しようとするも、既にそれは不可能と物語るように靄は濃くなる。

 

「っ……。木場殿、私たちのことは気にせずに先に進んでください」

「……それが最善なら、そうします」

「―――ご武運を」

 

 その短い会話の後、二人はその場から完全に姿を眩ませる。

 ……恐らくは、英雄派による画策だろう。

 僕は心の奥で彼女たちの安全を心配しながら、目の前の脅威に目を向ける。

 

「これで一対一。対等だな」

「……それは拮抗した実力者同士の戦いの時に使う言葉だよ。悪いけど、僕たちは君たちに時間を掛けている暇はない」

「こう見えてもヒトを待たせてあるものでな」

 

 僕とゼノヴィアは互いに剣を構え、二人に対して先手必勝というように斬撃波を放った。

 すると影使いの男は自身の影を伸ばし、僕たちの攻撃を吸収してしまう。

 ……なるほど、以前の時と同じように物理攻撃にはめっぽう強いということか。

 だが以前に奴を倒したのは僕だ。

 動かせる影の可動域には限界があり、なおかつ自身の技量を超える動きをする相手には対応できない弱点は健在。

 それならば―――

 

真・天閃(エール・ラピットリィ)

 

 僕はエールカリバーの力を天閃に変え、速度を底上げして影使いにせまる。

 先ほどクロウクルワッハに対して無茶した反動からか、しばらくは大技は出来ない。

 だからこそ、最小限の負担で最大限の結果を出す!

 僕は影使いの反応速度を上回る速度で翻弄し、自身の姿を見失ったと確信して後ろから切り掛かる。

 奴は僕の方には気付いておらず、それで決着がついた。

 ―――はず、だった。

 

「ふふ。驚いているようだな。今ので俺を完全に殺せると思っていたのだろう?」

「……それは、なんだい?」

 

 ……僕の一撃は止められる。

 しかも僕の知っている方法ではなく―――新たな形態で。

 男を守ったのは確かに影だけ。

 しかしそれは彼の影から伸びたものではなく、彼自身の体にまとわりつくもの。

 影がまるで鎧のように纏まり……いや、違うね。あれは紛れもない鎧だ。

 ……いやな予感がした。

 これは恐らくあれだ。

 神器使いの中で何かが劇的に変化した時に起こる現象。

 実際に僕も至った神器の終着点。

 

禁手化(バランス・ブレイク)―――闇夜の獣皮(ナイト・リフレクション・デスクロス)。舐めるなよ、悪魔。人間はどこまでも進化する存在だ」

 

 影使いは影の鎧を身に纏いながら、僕を睨み付けてそう堂々とした出で立ちで言い放つ。

 ……まさかバランスブレイカーに至っているとは。

 しかも僕が以前突いた弱点を克服している。

 あれでは全方位からいかなる物理攻撃も無力化されてしまう。

 

「……ゼノヴィア。あの影使いは僕が相手をする。君はその間にあの人形使いを倒しておいてくれないか?」

「それが無難そうだな」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを両手で掴み、人形使いを見る。

 人形使いは自身の周りに人形を密集させていて、一個の軍隊を作っていた。

 

「……見せてやるぞ。俺たちの力を―――さあ、至れ」

「ッッッ」

 

 影使いが人形使いにそういった瞬間、人形使いの周りの人形が鈍く光る。

 ……ッ!? まさか、この人形使いも!?

 僕がそう思った瞬間に、その予想が現実のものとなる。

 それまでは背丈がせいぜい子供程度であった人形が、筋肉が隆起するほどの強靭な肉体を持ち、さらに背丈が3メートルは越すようになった。

 その姿はもう人形ではなく、巨人。

 これがあの人形使いのバランス・ブレイカー。

 

淘汰する傀儡の巨人(セレクション・ドールズ・オブ・タイタン)。例え一つ一つが弱くとも、重なり合えばそれは強力なものとなる―――さあ、構えろ。グレモリー眷属の下僕たち」

 

 黒い巨人たちはゼノヴィアへと襲い掛かる。それと時を同じくして影使いが僕の方へと駆け出してきた。

 影使いの戦闘方法は基本防御主体の拳による肉弾戦。

 なおかつ肉体が人間のものが故に、対処は簡単だ。

 だけど僕の攻撃は一切通らない。

 もしゼノヴィアが巨人を対処できなくなり、僕のほうに流れてきた場合―――先に音を上げるのは僕だ。

 

真・夢幻(エール・ナイトメア)真・透明(エール・トランスペアレンシー)!」

 

 僕は二振りのエールカリバーの能力を幻影と透明に変えて、自身の分身を作ってそれを透明化させる。

 単体で基本一つしか使えないエールカリバーの能力。

 現時点で僕が満足に扱える力は天閃、破壊、擬態、透明、夢幻の五つだ。

 祝福と支配の力は残念ながら未だにうまく使えないのが現状。

 ともかく、僕は自身の化身によって影使いに攻撃を仕掛けるが―――影に切っ先が埋没したかと思うと、その切っ先は影使いのあたりに展開している影から現れた。

 僕はそれを紙一重で避けるも、すぐにその場から飛び立って聖剣を創造し、それを次々に影使いに放つ。

 

「無駄だ! 物理攻撃は影に吸収され、剣はお前に返される!!」

 

 しかし影が僕の聖剣を吸収し、そして影を伝って僕の方へと放たれた。

 ……ここで僕に一つ、疑問が生まれる。

 今僕が放った聖剣の数は合計143本。

 しかし僕に返された聖剣はその半分にも満たない。……これはどういうことだ?

 ……僕は放たれる聖剣に対し、魔剣作って聖剣と相殺させ、更に魔剣を今聖剣を排出した影に向かって放った。

 しかし魔剣は僕に向かってくるどころか、あらぬ方向から、僕が放った本数とは異なる数字で現れる。

 ―――そうか。

 

「なるほどね。君の影はしっかりと頭を使わないといけないみたいだね」

「……まさか」

 

 影使いは僕が悟ったことに気づいたのか、少しあせるような声音でそう声を漏らす。

 ……そう。僕はあの神器の最大の弱点に気づいた。

 僕の周りにある影は常に僕を狙っているわけではない。

 この影はあの影使いと繋がっていて、影使いがそのパイプを常に変化させて僕を狙い続けているんだ。

 しかし万能に思える影にも限界の質量があるんだろう。

 それの証拠に僕の聖剣、魔剣を全て打ち返せない。

 

「確かに強い神器と思うよ。だけど原理をしれば、さして対処が難しいわけではない―――結局のところ、弱点は消えていないというわけだよ」

 

 僕は地面に手を置き、目を瞑る。

 ……先ほどの戦いの負担は大体消えた。

 今ならばできる。

 

「聖と魔、二つの聖魔で複重の形を成す―――七天に舞え、エールカリバー」

 

 僕は自身の周りに7本のエールカリバーを出現させ、自身の持つ二振りのエールカリバーを強く握る。

 ……影使いは僕に対して脅威を感じたのか、影の中に身を潜める。なるほど、そんなこともできるわけだ。

 だけど関係ない。これから君は僕の動きの一切を捕らえることができない。

 

真・七天閃(エール・セブンス・ラピッドリィ)!!」

 

 地面に突き刺す7本のエールカリバーの能力を天閃に切り替え、僕は神速を持って辺りを縦横無尽に動く。

 更に手に握る二振りのエールカリバーのうち、一本は夢幻の力にしている。それによって僕の動きと相まって幻影と残像が生まれ、影使いを混乱させていた。

 

「はやい……ッ!! なんなんだ、この速度は!!」

 

 影使いがどこかの影からそう声を出す。

 ……この形態は持って10分ほど。

 だけどそんな時間いらない。

 もうこの戦闘を終わらせる手筈は整った。

 ―――僕がこの速度であらゆるところを動き回っていたのは、翻弄するためではない。

 影に印をつけるため。

 あの影使いが展開できた影の絶対量は多い。

 だけどあの数以上の影を作ることができず、かつそれを一度に全て動かすことができない。

 そしてあのそれらの影は全て、あの影使いと繋がっている。

 ……要は自身の影を引き伸ばしているのがあの禁手の正体。

 ならば―――その影を全て潰す。

 どこからも現れることができず、しかも影が移動できなくする。

 普通はできないことだけど、それを僕が―――創造系(クリエイト)は可能にできる。

 

「さぁ終わりだ。……ソード・バース! ―――影刺しの魔剣(シルエット・ホールダー)!!」

 

 ……僕は影に剣を突き刺すことで影の動きを止める剣を大量に創造し、それを動き回ってつけた印の付近全てに展開する。

 魔剣はそれによって全て突き刺され、影は一切の動きを止めた。

 つまり、やつの力を完全に激減させたということだ。

 そうなれば次に影使いがすることは一つ―――

 

「まだ、だぁ!!」

「……わかっていたよ。最後、君が僕の影から現れるってことが」

 

 影使いが僕の影から現れ、手の武器で僕を突き刺そうとする。

 しかしそれを予想していた僕によって武器は弾き飛ばされ、更に地面に突き刺さる天閃化したエールカリバーを浮遊させ、それを一斉に僕の()へと突き刺す。

 

「……かはッ!?」

 

 ……影使いはそれまで無傷だったにもかかわらず、その僕の行動で血反吐を吐いて影から這い出る。

 ―――あの影の鎧が影と直結しているなら、つまり影を通した攻撃は彼の内部に響く。

 本来はあの幾重にも展開した影によって武器を他のところから放出していたはずだけど、今は僕によって影は封じられている。

 つまり彼は僕の影としか繋がっていない。

 だから僕は自分の影に剣を差した。

 

「君はもっと短期決戦をすべきだった。君の力は長期戦になればいずれボロが出て、そしてこうなってしまう―――まだ、やるかい?」

「……とう、ぜんだ」

 

 僕のエールカリバーをまともに受け、彼は血だらけになりながらも立つ。

 ……そこには執念のようなものを感じた。

 

「……どうしてそこまで僕たちと戦うことに拘るんだ。これ以上やっても、勝利はない」

 

 ……僕は少し離れたところで巨人を屠り続けるゼノヴィアを見た。

 ゼノヴィアは持ち前の体力で巨人と長期戦を選択し、術者の時間切れを選んだのか。

 実際に巨人の数は減り、新たに出現する巨人の生産速度も大幅に遅くなっていた。

 

「……わからないだろうな。お前たちには」

 

 ……ぼろぼろの体で、影使いは震えながら声を奮い出す。

 

「神器を持つ人間にあるのは理不尽な人生だけだ―――望んでもいないのに神器を宿して、それを知られて排斥され行き場を失う。俺は死のうと思っていた。こんな人生、生きている意味がないと。それでも俺が今、こうして生きているのは……曹操がいてくれたからだ」

「…………」

「あいつがいるから、俺のくそみたいな人生で誰かのために何かできることがあるんじゃないかと思えるようになったんだ。だから俺の命を懸けるほどの価値がある。あいつだってそうだ」

 

 影使いは人形使いを指差しながら言葉を続ける。

 

「あいつは親の虐待で声帯を失って声を失くした。君の悪い人形を創るから他人から排斥され、化け物扱いされた。それでもあいつは生きている―――人間を、舐めるなよッ!! そんなに簡単にあきらめてたまるかよ!!」

 

 影使いは僕へと拳を放ってくる。

 とても遅く、とても弱弱しい。少し右に避ければ拳は空を切り、彼は倒れるだろう。

 ……だけど僕はそれを避けず、男の拳を自ら受けた。

 その行為に対して目を丸くして驚く影使い。

 

「―――強いね、君たちは」

 

 ……僕は心の底から、そう思うしかなかった。

 

「僕は、一人では何もできなかった。いつも友達に、仲間に助けられて生きてきた―――ただ一つの希望のために君はそこまで強くなった。だけどね」

 

 だけど、一つ間違いがあった。

 それは敵であろうと、絶対に間違ってはいけないこと。

 それは……

 

「命を懸けるのはいい。でも、望んで失ってはだめなんだ! 命を失ってしまえば、君の生きた時間が無駄になってしまう! 君の仲間が、苦しんでしまう! 悲しんでしまう! ―――それだけは、駄目なんだ。仲間を失うことだけは、本当に辛いことだから」

 

 イッセーくんが死の淵に追いやられたとき、僕は自分の無力さに悔いた。

 仲間を失う気持ちは、僕は他の誰よりも知っている。

 ―――あの時、友達を、同士を失った。

 ―――あの時、そのどん底から親友が僕を救ってくれた。

 

「……そうか。悪魔にも、お前のような者がいるんだな―――だからといって、ここでは止まることができないんだ」

 

 一度向けた刃を直すことはできないと、影使いは言う。

 そうだろう。

 ……それでも、僕はイッセーくんが言っていたことを嫌でも認識してしまった。

 ―――戦いたくない。信念を持った、間違っていない人間と。

 

「―――相棒!!」

 

 影使いは人形使いの方を見て、そう叫んだ。

 その瞬間、影使いは影を伝って人形使いの背後に現れ、その方を人形使いが支える。

 ……それまで巨人と戦っていたゼノヴィアが僕の傍に駆け寄り、二人をじっと見ていた。

 

「木場。おそらくあの影使いも人形使いも限界だ。次が最後―――何かをしてくることは、確実だ」

「ああ、わかっているさ。それを承知の上で、僕は見逃した」

「何故だ? お前ならば油断をせずに敵を倒すものと思っていたが……」

「……そうだね。でもイッセーくんなら同じことをするよ。うちのお兄ちゃんドラゴンは、敵にでも優しいからさ」

「……はは、違いない」

 

 僕たちが軽口を交わしている間に、影使いと人形使いは変化を及ぼしていた。

 それは連携と呼べるもの。

 影使いが自身に纏う影の鎧を、一際大きな巨人に纏わせていた。

 

「グレモリー眷属の騎士、木場祐斗とゼノヴィア!! これが最後だ!! 俺たち人間のあがき、受け止めてみろ!! ―――闇夜の巨人(ナイトメア・レザー・タイタン)!!」

「ッッッ!!!」

 

 彼らの最大火力であろう、10メートル超を越す巨大な巨人。

 それに対し、僕とゼノヴィアは互いに剣を合わせる。

 ―――できれば、レーティング・ゲームまで温存しておきたかった技なんだけどね。

 だけど仕方ないよね。

 この大質量の、しかも普通の物理攻撃が効きにくい相手にはこうなるざるを得ない。

 

「ゼノヴィア。君は何も考えずにデュランダルの力を放出してくれ。新しい力は使わず」

「ああ、わかっているさ。実際に私もまだ新しい力(・ ・ ・ ・)はあまり使えないものでな」

 

 ……ゼノヴィアのデュランダルから、身を焦がすほどの聖なるオーラが漏れる。

 ただしゼノヴィアはテクニックがない。

 僕が仮にデュランダルを使うとしたら、僕はこのオーラをもっと濃密に凝縮し、破壊力を上げる。

 しかしゼノヴィアはそれを行うにはまだ修行不足だ。

 だからその役目は僕が果たす。

 僕のエールカリバーは一度見たエクスカリバーの能力を全て使える。

 能力をエクスカリバーと同じようにとはいかないけど、実はそれ以外にも一つ、特性を持っていた。

 それは声援を、応援を贈るという意味に直結した力。

 ―――エールカリバーは、他の聖剣魔剣をサポートする能力が備わっているんだ。

 今までそれを活用することはなかったけど、今回はそれを活用する。

 今、地面に刺さるエールカリバーは合計7本。

 この7本に、それぞれ異なる力を使う。

 

真・全能力展開(エール・オール・アビリティ)

 

 破壊の力でデュランダルの破壊力を強化し、天閃で速度を速め、夢幻で複製し、透明化させ、祝福の力で聖なる属性を底上げし、そして―――支配の力でそれを支配し、束ねる。

 巨人は僕たちに迫る。

 僕にできることは全てした―――後は頼むよ、ゼノヴィア。

 

「―――任せろ。いくぞ、勇敢な戦士よ」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを握って勢いよく駆け出す。

 巨人の足元で悪魔の翼を生やして飛翔し、そして上空より放つ。

 

「―――聖斬援剣の一迅(エールデュランダル・ソウ)!!」

 

 巨人に対して頭部から縦に振るわれるデュランダル。

 剣を振るった瞬間に聖なるオーラが刃となって幾重にも拡散し、そして―――巨人を綺麗に一刀両断した。

 影使いの影も、巨人の強靭さも何の意味もなさず、綺麗に真っ二つになって、そして消滅する。

 ……影使いと人形使いはその光景に膝を突く。

 互いに神器が消え、呆然と消え行く巨人を見つめていた。

 

「……終わりだ。僕たちの勝ちだ」

「…………ああ。そうだな―――やれ、誉れ高き騎士」

 

 影使いは倒れ突っ伏して、反抗しない意志を僕たちに見せる。

 ……殺せ、と言っているのだろう。

 

「お前たちほどの戦士に倒されるのなら、俺の人生も価値があった―――お願いだ。もう、終わらせてくれ」

「……そうしたくても、残念ながらそうさせてくれないよ」

「なにを言って……」

 

 腕で目を覆っていたため、影使いは前方が見えなかった。

 ……そこには彼を庇うかのように、人形使いの男が体を大の字にして立っていた。

 

「―――僕たちは行くよ」

「……甘い過ぎる、お前たちは!! 何故だ……何故、お前たちは敵である俺たちを討たない!? 俺たちはお前たちが倒れていたら、必ず殺すぞ!? なのにお前たちは……ッ」

「それが普通さ―――でも君たちは決して間違っていない。だからまた来るといい。そのときは、僕たちは全力を持って君たちをまた倒す」

 

 僕は剣を全て消失させて、彼らに背を向ける。

 

「……それが、俺とお前の差なのか」

 

 ……影使いは何かを悟るようにそう呟くと、それ以上は何も言わなかった。

 

「―――甘いな。グレモリーの騎士。虫唾が走るものだ、その甘さは」

 

 突如、僕をあざ笑うかのような冷え切った声が響く。

 それは僕たちの前―――二条城の石垣の上の瓦にいた。

 その男は白い学生服を着ながら、刀を腰に帯刀する存在。

 それだけではない。

 その周りに控えるようにいる、若草色の髪の少女と巨体な男。

 ……土御門朱雀を殺した存在。

 英雄派の二大トップの片割れ、そして土御門を滅ぼした張本人―――安倍晴明。

 そしてその清明派であるクー・フーリンとヘラクレスが憎たらしい笑みを浮かべて僕たちの前に現れた。

 

「……これでもイッセーくんの真似さ。安倍晴明」

「笑えないな。貴様ごときが、兵藤一誠になり得るはずがないだろう」

 

 嘲笑する晴明だが、表情は一切笑っていなかった。

 ……しかし、まさか二人の状態で彼らと遭遇するとは。

 あまり状況はよくない。

 

「まぁまぁ、晴明。そこの彼も素晴らしい人材だよ。それは僕が保障しよう」

「そうよぉ? そこのデュランダルちゃんも中々の剣士だもの」

 

 っと、後ろから声が響くっ!

 そこには影使いと人形使いを介抱するジークフリートとジャンヌの姿があった。

 ……不味い。

 更に状況は更に悪くなる。

 辺りに霧が掛かり、その霧の中より現れる更に二人の姿。

 あれは―――絶霧の神器の所有者!!

 それに連れ引かれるレオナルドと呼ばれる魔獣創造の神滅具の所有者だ。

 ……曹操以外の、全ての英雄派幹部の集結。

 ―――そんな時、僕の耳に通信が入った。

 

『あ~、木場祐斗ですか? こちら、エリファ・ベルフェゴールです』

「え、エリファ様!?」

 

 その突如、今まで通信の取れなかったヒトからの声に、僕は素直に驚いた。

 

『おそらく、そちらの状況はあまり芳しくないでしょう。ですが、落ち着いて。―――良い頃合でしょう。もう心配いりません。今、そちらに向かっているのは我らの全勢力』

 

 エリファさんがそう言い切った時、僕たちの背後より風が吹雪く。

 更に上空より英雄派に対して放たれる魔弾、光の剣、魔法陣による連続掃射。

 更には黒炎すらも放たれる。

 それらは英雄派にあたることはないけど、代わりに彼らと完全に距離が生まれる。

 そして―――僕たちの周りに、その攻撃の正体が集結する。

 

「ふぅ~、やっと合流できた!」

「全くです。せっかくの見せ場が」

「ありゃりゃ、イッセーがいないにゃん」

 

 それは僕たちとは違うところで戦っていたはずのイリナさん、ロスヴァイセさん、黒歌さん。

 その三人が僕たちの前に立ちふさがり、更に後ろには―――

 

「ったく、やっぱこうなっちまうよな……」

「……兄さん」

 

 晴明たちと向き合うように、匙くんと朱雀くんが立ち塞がっていた。

 

「朱雀、お前……」

 

 晴明は自分が殺したはずの朱雀くんが生きていることに驚いているのか、彼の名を呟く。

 対する朱雀くんは思っていたよりも冷静で、手元にある宝剣を下ろして晴明をじっと見ていた。

 

「……不思議なものです。つい先刻に自分を殺した相手が目の前にいるというのに、復讐心なるものが湧いてこない。それは私の心が死んだのか、それとも」

『心の在り処を得たのさ、君は』

「そうでありたいものです」

 

 ……役者が出揃い、英雄派と僕たちは睨み合う。

 

「しかしながら、些かだが華やかさが足りないな。我々には曹操が、貴様らには兵藤一誠が足りないか」

「残念ながらね。でも問題はないさ。どちらにしても曹操の相手はイッセーくんにしてもらう手筈だったし、それに―――」

 

 僕は英雄派のいる足元に無数の魔剣を出現させ、強襲を掛ける。

 

「君をイッセーくんに合わせるのは気が引ける。剣を抜け、英雄派。御託はもういいだろう?」

「全くその通りですよ、木場祐斗くん。剣士ならば、語るのは剣が如し―――さあ、今度は互いに本気で参ろう」

 

 ジークフリートは僕に好戦的な笑みを浮かべつつ、最初から本気なのか、魔帝剣・グラムを握っている。

 英雄派を見るとそれぞれ戦う目当てに視線を合わせていた。

 

「ねぇジャンヌ! あの聖剣ペアを僕たちのタッグで遊んであげよ?」

「そうね。私的にあっちの天使ちゃんも気になるところであるし」

 

 クー・フーリンとジャンヌは狙いをゼノヴィアとイリナさんにしたようで、対する彼女たちも好戦的に武器を握る。

 

「んだぁ? なら俺の相手はまたあのいけすかねぇ猫又ってわけか?」

「え、気持ち悪い。んなのお断りにゃん。あんたの相手はロスちんがするから」

「わかりました、黒歌さん―――さて、北欧魔術とレプリカグングニルの連携を試してみましょう」

 

 ロスヴァイセさんはレプリカのグングニルをヘラクレスに向けてそう言い放つ。

 

「ってことで、安倍晴明の相手は私がするにゃん。妖刀の相手は私が一番心得ているからねー」

「兵藤一誠の僧侶か……まあいい。ならば朱雀、今一度お前もかかってこい。悪魔に成ったお前の力を俺に見せてみろ」

「無論、そのつもりです」

 

 それぞれの敵は決まった。

 あとは匙くんが手持ち無沙汰なわけだけど……っと思った時、僕たちの前に幾つかの大きな獣が現れる。

 あれは―――魔獣創造によるアンチモンスター!

 あのレオナルドと呼ばれる少年が創り出す危険なモンスターだ。

 

「おいおい、俺の敵はあれかよ! ……ほんっと、お前らと一緒にいたらフラフラすることも出来ねぇよな―――ヴリトラ」

『うむ、我が半身よ。思うがままに力を振るえ。我が呪いの力を入れ奴らに試そう』

 

 匙くんと彼の中のヴリトラのしばしの会話の後、匙くんに変化が訪れる。

 それは先のロキとの戦いの時の彼の状態。

 龍王形態……またの名を、ヴリトラ・プロモーションと呼ばれる彼が龍化する形態だ。

 本来はイッセーくんや他のドラゴンの能力を持つ人物がサポートを受けて発揮する力なんだけど、そうも言っていられない状況だからか。

 匙くんは暴走を気にすることなくその形態に至った。

 ……未だ姿を見せないイッセーくんと曹操。

 互いの支柱ともいえる存在が欠如した中で英雄派との決戦が行われようとしていた。

 

「僕としてもイッセー君なしは不安なところだけど―――」

 

 僕はそう苦笑しながらも切り込み隊長を勤めようとした最中だった。

 突如、僕たちよりも遠いところより紅蓮と純白の輝きが輝き放った。

 

「……なんだ?」

 

 晴明はその光景を眉間にしわを寄せながら見つめる。

 更に別方向より―――

 

『アォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!!』

 

 ……突如、どこか狐のような叫び声が聞こえた。

 それと共に現れる九尾の大きな狐。大きさで言えばあのタンニーンさんよりも大きいんじゃないかと思わせるほどのサイズだ。

 まさかあれは……八坂さん、なのか?

 となれば事態は僕たちが想定していたよりも最悪なものとなっている!

 

『……とうとうあの悪魔は動いたようだね』

 

 朱雀くんの中に存在しているディンさんがそう言葉を漏らす。

 あの悪魔、というのはガルブルト・マモンのことだろう。奴が八坂さんを狙う理由はここにあったんだ。

 ……だが一つ、疑問は残る。

 あれほどガルブルトの介入を望んでいなかった英雄派が、なぜこの空間に奴を招きいれたんだろう。

 彼らの目的は僕たちにあって、ガルブルトは邪魔な存在でしかないはず。

 なのになぜ―――

 

「……君ならば、何か知っているのかい? 安部晴明」

「さてな。どちらにしろ俺には関係ないことだ―――さぁ、尋常に参ろう。童子切安綱」

 

 晴明が朱雀くんを殺した妖刀を引き抜き、それを両手で構えて剣道の型を取る。

 

「そちらから来ないのであれば、俺から行って―――」

 

 晴明が朱雀くんと黒歌のほうに一瞬で近づき、刀を振るおうとした。

 ……そのときであった。

 

「―――俺の眷属に手を出してんじゃねぇよ」

 

 ―――突如、晴明へと向かって紅蓮の流星が放たれる。

 晴明はそれを受けとめる危険性からか体を逸らしてそれを避け、黒歌さんと朱雀くんから再び距離を取るように後方に飛んだ。

 ……それだけで理解した。

 ―――ヒーローは、遅れて登場する。

 そんな時代外れの英雄論を実際に実行する男が来た。

 

「なぁ、安部晴明……ッ!!」

「……兵藤一誠。君は何故―――」

 

 晴明はその場に到着したイッセーくんと、彼の連れていたまどかさんやアーシアさん、九重ちゃんを……その中でもなぜかまどかさんを見つめて何かを言いたげであった。

 ……イッセーくんの到着。

 それは暗に、京都における決戦を意味しているようにも思えた。



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第12話 乱戦

 俺と曹操は互いに持てる力を出しながらも、五分五分であった。

 俺は自身の力の一部である守護飛龍で母さんとアーシアと九重を乗せながら、曹操と戦いながら移動をしていた。

 俺もこれ以上負担を考えない戦い方は出来ないため、既に発現させていた白銀龍帝の双龍腕と赤龍帝の鎧を上手く使いつつ、曹操の奇策に対抗。

 逆に曹操は流石と言うしかないほどの戦闘センスを見せて俺に猛威を振るう。

 それを長い時間続け、俺たちは出せる最大の一撃をぶつけ合い、それでも決着が着かなかった。

 それから曹操は俺の前から消え、俺は近くに皆の気配を感じて更に移動し。

 そして今―――英雄派と俺たち三大勢力が向かい合う状況となった。

 多少の欠員はいうものの、今集結できる最大戦力同士だ。

 英雄派の先頭に立つ晴明はこちらを見ながら、何か言いたげな表情であった。

 

「……どうしてその方が、戦場にいるんだ」

 

 晴明は小さな小声でそう呟くが、俺には何を言っているのかは分からない。

 ただ一つ分かることがあるとすれば、あいつは―――怒っていた。

 それだけはすぐに理解できた。

 

「英雄派、今より戦闘を開始する。今、この場にはいない曹操に変わり俺が指揮を取る―――奴らを潰すぞ」

 

 晴明は鞘から妖刀を引き抜き、人間としては規格外の速度で俺へと向かってくる。

 俺は籠手からアスカロンを引き抜き、刀を振るう晴明の刃を受け止めた。

 

「何に対して怒っているのかは分からないけどな。お前には言わなきゃいけないことが山ほどある」

「……知らん」

 

 晴明は手元に御符を展開する。

 その御符は晴明の周りに円を描き、そして次の瞬間、姿を消失させた。

 ……なるほど。あいつは妖術使いってわけか。

 

「……だけど繊細さが足りない。殺気を隠せないようじゃ、姿を消しても意味はないぞ」

 

 ―――俺は上空で妖術を編んでいた晴明に向けて、魔力砲を放った。

 俺の察知通り、そこには姿を眩ました晴明がいて、晴明は舌打ちをしながら妖術を放棄し、人間離れした動きで空を駆ける。

 ……あれも妖術か。

 

追尾の龍弾(ホーミング・ドラゴンショット)

 

 俺は晴明に対して追撃のために追跡する魔力弾を過剰に放つ。

 直撃はしていないものの、晴明の頬や体には小さな傷が生まれ、晴明は他の英雄派のところに戻る。

 

「……これはどうしようもないね。やはり彼の相手は曹操でしか務まらないか」

「へっ、晴明。だらしねぇぞ、あんなほせぇ腕の奴にてこずりやがって」

「……黙ってろ、ヘラクレス」

 

 ジークフリートとヘラクレスが晴明に掛け、それに対して晴明はぶっきらぼうに返した。

 俺はそれを見計らい、周りの仲間に視線を向けた。

 

『…………』

 

 ……気合は十分のようだな。

 俺はそれを理解して、皆に声を掛けた。

 

「今現在の状況は最悪なものに近い。俺たちの前には英雄派が、そして周りにはガルブルトが率いる謎の勢力、そして奴らに操られたであろう八坂さんがいる。―――皆、全員一緒に生き残るぞ」

『了解!!』

 

 声が揃い、俺たちは各々の武器を片手に戦闘を開始する。

 しかしその組み合わせが予定と変化していた。

 

「さて、少々予定を変更です―――木場祐斗くんにゼノヴィアさん、紫藤イリナさん。あなたたちの相手は僕が一人で引き受けましょう」

「猫のお姉ちゃんと晴明の弟くんは私とジャンヌが相手してあげる♪」

「彼女もまた手の負えない強敵だからね」

 

 ジークフリートにクー・フーリン、ジャンヌは彼らが言う皆の前に立ちふさがる。

 更に……

 

「俺とて何もしないわけにはいかないか……北欧魔術を体得するグレモリー眷属の戦車。君の相手は俺だ」

 

 以前の戦闘には参加しなかった、ゲオルクと呼ばれる黒い制服の英雄派がロスヴァイセさんの前に立つ。

 ……つまり

 

「てめぇの相手はこの俺がしてやんぜぇ!」

「少しは静かにしろ、ヘラクレス」

 

 ―――俺の相手はヘラクレスと晴明というわけか。それに加えてレオナルドの創ったアンチモンスター。

 

「あまり君に暴れられても計画が狂う。君が分かってくれないのであれば、こうせざるを得ないんだ」

「どの口で言いやがる―――覚悟しろ、晴明。報いは、受けさせる」

 

 俺はそう言いながら、腕に付いている宝玉の残り残数を数える。

 ……両腕合わせて、残り6つ。

 曹操との戦闘にかなり減らされたものだ。それでもあいつにまともな傷を負わせられなかったんだからな。

 ……今日はもう、既に一度神帝の鎧を酷使していることに加えて、神器創造もかなりしている。

 出来ることならこの宝玉と鎧の力、そして……守護覇龍で乗り切る。

 

『Full Boost Impact Count 19!!!!!!!』

 

 俺は宝玉を一つ砕き、それを全て身体強化に回す。

 そして強化と同時に駆け出した。

 

「いいねぇ!! んじゃこっちもそれで行ってやん―――」

「―――黙ってろ。お前には用はないんだ」

 

 ヘラクレスが隙だらけに拳を振りかぶった瞬間、俺はコンパクトに体を捻って奴の身体を壊すつもりで拳を放つ。

 その瞬間、奴の身体から折れるような音が響き、俺はヘラクレスを問答無用に殴り飛ばした。

 

「がっ……ッ。なんだよ、今の力は……!!」

「頑丈だけど、残念だな。お前と俺の相性は最悪だ―――無駄だ、晴明」

 

 気配を決して妖刀を振るう晴明に対し、俺は籠手で晴明の妖刀を受け止める。

 晴明は不意を突いたつもりだったんだろうが、俺は妖刀の気持ち悪い雰囲気を嫌でも知っている。

 晴明は御符を展開、妖術による炎の放射を放つも、俺は同じように火種を手元に創り、そこに鎧の倍増の力と魔力を合わせて巨大な炎の息吹きを放った。

 

劫火の龍息(ヘルファイア・ドラゴンブレス)

 

 晴明の炎は俺の劫火に飲まれ、完全に消失する。

 するとヘラクレスはその隙を狙って馬鹿の一つ覚えのように拳を振るった。

 

「ワイバーン!!」

 

 ……曹操によって潰されたワイバーンは合計6体。

 今、アーシアたちの守護に3体のワイバーンを残しており、俺の周りにはまだ2体のワイバーンがいる。

 ワイバーンはヘラクレスの拳を難なく耐え、更にもう一匹が追撃のブレスを放つ。

 ……曹操はその聖槍で俺のワイバーンを6体も潰したのに対し、ヘラクレスは傷一つつけられないようだ。

 

「……本気の君か。あぁなるほど。強いな、強い―――真価を使わないと君とは戦いにすらならないか」

 

 晴明は俺から距離を取り、妖刀を地面に突き刺す。

 ……空気が冷え切る感覚を俺は感じた。

 この感覚、俺はどこかで見覚えがある。

 ……晴明の体から次第に青白いオーラのようなものが湧き出て、風のようなものが息吹く。

 ―――仙術。黒歌や小猫ちゃん、曹操が扱うことのできる素養のあるものが極少数である武の極みの力。

 自然の流れを掌握し、気を操る生命の力。

 ……なるほど。妖術使いな上に妖刀使いで、更に仙術使いでもあるというわけだ。

 

「これが俺の本気だ。ただし俺の仙術の力は―――」

 

 ……晴明が俺の視界から消え、更に刹那の時間で俺に対して妖刀を振りかざしてくる。

 

「君の眷属の黒歌よりも強い」

「……さぁ、それはどうだろうな」

 

 俺はアスカロンで妖刀を受け止め、すぐさま距離を取る。

 ……仙術の力は俺もよく知っている。

 あれは一度でも気をこめた一撃を食らえば、よほどの実力者でなければ気を歪められ、敗北する代物だ。

 事実、黒歌はそれで何度も強者を破っている。

 俺はそれを理解したうえで晴明から距離を取り、更に空中にて宝玉を一つ砕いた。

 それを魔力砲……拡散放射型の魔力の雨の弾丸の性質を付加する。

 

「……血を吸え、童子切安綱」

 

 晴明は自分の人差し指を刀で軽く切り裂き、そこから血を滴り落とす。

 すると途端に刀の刀身は赤く染まり、晴明の目は充血した。

 ……あいつまさか―――

 

「妖刀との同調(シンクロ)!? お前、そんな禁忌に手を伸ばして、ただでは済まないぞ……っ!」

「……禁忌、か。そうは言うが兵藤一誠。案外どうともないんだぞ、これが」

 

 晴明は片手で刀を握り、そして俺の弾丸を次々に切り裂いていく。

 その刀の軌道は一切見えず、俺の弾丸が終わるも奴の体に傷一つなかった。

 ……やはり英雄派の二大トップ。

 そんな簡単にはいかないわけか。

 

「……居合い―――」

 

 晴明は鞘に妖刀を収め、居合い斬りをするために姿勢を低くする。

 鞘には青白いオーラと赤黒いオーラが交じり合い、異様な色を作り出していた。

 

「―――仏殺しの赤子捻り」

 

 ……刀を引き抜くと、そこより放たれるのは凝縮した仙術と妖術と妖刀の力が全て備わった斬撃刃。

 俺はそれを咄嗟に危険なものと判断し、ワイバーンを呼び寄せる。

 ―――そのワイバーンは、いとも容易く斬り消された。

 

「ワイバーン……っ!」

 

 晴明は再び鞘に刀を収める。

 ……第二刃か。俺はそれを理解し、すぐさま奴に近づく。

 懐より無刀を取り出し、そこに魔力を注いで紅蓮の刃を作った。

 アスカロンと無刀との二刀流はよくやる戦法ではある。

 しかし奴の得意な剣術は恐らく居合い斬り。

 その刀の速度でいえば俺を簡単に圧倒している。

 だからこそ、不用意にあいつのリーチに入るわけにはいかない。

 俺と晴明は途端に硬直状態に陥る。……動けばやられる、ということが頭の中を支配する。

 それはおそらく向こうも同じだろう。

 俺を相手にして下手な動きができないことは先ほどまでの戦闘で証明されている。

 俺の得意としている力の一つは、強大な攻撃をいなしたカウンター。

 あいつの先ほどの居合い斬りの技は恐らくは大技……確実な隙はある。

 それを晴明も十分理解しているからこそ、居合い斬りを放たずに力を溜めているんだ。

 

「……こうも動かなければ致し方ない―――行くぞ、兵藤一誠」

 

 ……膠着状態が続くと思いきや、先に動いたのは晴明だった。

 奴は仙術によって底上げされた身体能力を元に、刀を鞘に収めた状態で俺へと近づいてくる。

 あいつは、自分のリーチの中に無理やり俺を引きずり込む気だ。

 しかもあの速度は―――祐斗よりも遥かに速い!!

 いくら仙術によるものと言っても、速すぎる……っ!

 

「無刀!」

 

 俺は無刀を逆手に持ち、刃を出さずに晴明を迎え撃つ。

 片手にはアスカロン、もう片手には無刀。いつものスタイルによるカウンター狙いの戦法だ。

 晴明はそれをわかっていながら、それでも俺へと向かってくる。

 ……なるほど、構わないってわけか。

 

「共に技術を大元にしている戦士だ。無駄な小細工など必要なし。……行くぞ」

 

 晴明が俺を刀の範囲内に捉えた瞬間、瞬時に鞘から刀を引き抜く。

 先ほど見せた斬撃波を刃に込めた一撃だ。

 速度では反応できない。

 だから俺は予測する。

 その刀の軌道、晴明の視線、筋肉の収縮と動き。それらを全て鑑みて、この一瞬で全ての可能性を頭に叩き込む。

 ―――ブラフ。

 俺の導き出した答えはそれだった。

 

「―――ッ!?」

 

 晴明はたいそう驚いた表情をしていた。

 奴の動きは実に異常なものだった。

 居合い斬りをするかと思いきや、あいつは刀をわざと空振りさせて逆手に持ち替え、タイミングを外して俺の脳天を目掛けて切りつけてきた。

 ……視線誘導や直前までの動きは完璧だった。

 だけど

 

「お前が何の策もなしに俺の領域に踏み込むことはないと認識していたんだ。だからお前が何らかの策を持っていて、勝算があるからこそ危険を冒した―――それがお前の一連の動きをブラフということに気づいた理由だ」

 

 ……俺は無刀の鍔で妖刀で受け止め、驚愕の表情を浮かべる晴明を睨み付ける。

 

「晴明。お前の底は見据えた―――次はこっちの番だ」

 

 ……鎧が少しずつパージする。

 ガシャン、カシャンと不要な鎧は俺の体が崩れ落ちていく、それが更なるワイバーンを作り出した。

 ……鎧は現状、重荷にしかならない。

 鋼鉄は肉薄し、奴の妖刀でも簡単に切り刻めるほどに薄くなる。

 ……この状態は、平行世界の一誠のトリアイナの騎士形態に少し似ているかもな。

 まああいつみたいに兵士の駒による恩恵はないけどな。

 

「守護飛龍を率いる龍騎士……そうか、まだまだ手はあるということか……ッ!」

 

 晴明は俺の手札の数に気づいたのか、苦笑いをしながら俺から距離をとろうとする―――が、その動きは遅かったな。

 俺は後方に距離を取った晴明に対してすぐさま懐に入り、足で奴の腹部を蹴り込む。

 

「かはっ……!」

 

 晴明はそれを受け止めることなど出来ず、血反吐を吐いて蹲りそうになる。

 しかしそれが悪手と気づいたのか、踏むとどまって刀を再度構えた。

 それに対して俺は更なる追撃を試みる。

 

「ワイバーン!」

『リョウカイ!!』

 

 俺の周りに控える十数体のワイバーンのうち2匹が、俺の言葉と共に肉薄した俺の両腕に纏わる。

 そして紅蓮の光を放ち、次の瞬間極太の籠手となった。

 

「任意の位置を強化だと……ッ! そうか……。なるほど、お前にはぴったりのスタイルというわけだ。危険になれば飛龍を盾にして、攻撃に転じる場合は分離した飛龍を任意の部分に装着し武具とする―――攻防一体のスタイル。守護覇龍の顕現で生まれた派生の形態か」

「そんな大層なものじゃないさ。要は状況に応じて戦法を常に変えているだけ。これもその一つさ」

「……そうか。―――まだ駄目か」

 

 晴明は妖刀を地面に突き刺し、蹴られた腹部を押さえて俺を見る。

 

「今のままでは俺はお前の相手にさえならない。……出来れば、これは使いたくはなかった」

 

 ……突如、晴明は目を瞑る。

 その瞬間、この空間の全体が冷え切るような感覚に囚われた。

 その発生源である晴明の周りには、仙術による青いオーラだけではなく、紫色のオーラが包まれていた。

 ―――まさか、あれは

 

「……初のお披露目だ。英雄派の仲間にさえ黙っていた俺の力―――さぁ現れろ。神滅具(・ ・ ・)

 

 ―――突如、晴明の周りに身を焦がす紫炎が出現する。

 それは十字架の形を取り、炎による攻撃となって俺へと放たれる。

 俺はそれの正体にいち早く気づき、アスカロンの聖なるオーラを極大にまで倍増させた一撃で何とか消失させる。

 

「……素直に驚いたよ、晴明。お前は妖術使いで、仙術使いで、んでもって―――神滅具さえも宿す存在だったんだな」

「そうさ。しかもこいつは特別だ―――紫炎祭主による磔台(インシネート・アンセム)

 

 ……またの名を、聖遺物。

 聖十字架といわれる聖遺物であり、なおかつ神滅具である極悪な代物。

 悪魔に対しては必殺の力を宿す、曹操の持つ聖槍と同じカテゴリーの神器。

 ……その紫炎で焼かれたものはただでは済まないほどの力らしい。

 ―――この情報はアザゼルから聞いたものだ。

 その際に聞かされていたのは、魔女の夜(ヘクセン・ナハト)の幹部である少女がこの神器の宿主ということ。

 だけどそれを今は晴明が宿している。

 つまりそれは―――奪った。

 

「この神器は継承系の独立具現型の神器でな。前の宿主に譲ってもらった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。多少抵抗されたが、まあ問題なかったさ」

 

 晴明は紫炎に包まれつつ薄く笑みながら、そう言い切る。

 ……魔女の夜は禍の団の一勢力。晴明はそんな一応は味方である陣営から力を奪ったのか?

 確かに聖十字架の神器は、その神器に宿る何者かの意思で宿主を継承することは出来る特別なものだ。

 とは言っても継承には互いの承認が必要なはず。

 

「お前がどんな手を使ったとか、そんなことは正直どうだっていい。事情がどうであれ、結論だけ言えばお前は神滅具を宿していただけ―――難しい話は一つもない」

 

 厄介であるのは間違いないけどな。

 内心ではそう思いつつ、俺は周りで戦うみんなへと視線を向けた。

 最初に目に入ったのはジークフリートと対峙する祐斗、ゼノヴィア、イリナの三人だ。

 明日ら

 三人の剣士タイプの戦士を前に、ジークフリートの様子は俺の知っているものとは違い、変化していた。

 その背中には六つに及ぶ赤いドラゴンのような腕、その腕の先に装備されるジークフリートの五本の聖剣魔剣の数々。

 ……祐斗の情報でジークフリートが神器である龍の手(トゥワイス・クリティカル)を宿していることは知っていた。

 さらにそれが従来の形とは違う背中から腕が二本生えてくる特別なものということも知っていた。

 ……それらの情報にない形態ということはつまり、ジークフリートのあれは―――禁手。

 ただしあの禁手は従来のものではない、亜種のもののはずだ。

 

「……ジークフリートがあの形態でやるということは、本気ということか」

 

 晴明がジークフリートを見て、関心するようにそう呟く。

 

「僕の阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・リヴィッジ)を前にして善戦するなんて、やるじゃないか」

「……三人を相手にしていてよく言うよ」

 

 多少の傷を負う祐斗はジークフリートにそう言いつつ、密かに剣を複製し、罠を張る。

 それをすぐさまに理解したゼノヴィアとイリナは、それを悟られぬように動き出した。

 ゼノヴィアは新生デュランダルの聖なるオーラをジークフリートに向けて放ち、更にイリナは持ち前の速度とテクニカルな立体的な動きでジークフリートを翻弄する。

 翼を織り成して空を舞い、空中に浮遊している間に立て続けに光の剣を何本も具現化させ、それをノーモーションで放つ。

 でもジークフリートも負けじと、背中の5本の魔剣と聖剣でそれを全て消し飛ばし、残るゼノヴィアの一撃を魔帝剣グラムで難なく受け止める。

 

「木場! 今だ!」

 

 自身の攻撃が完全に受け止められたのを理解したゼノヴィアは、すぐさまに祐斗にそう言った。

 それと共にゼノヴィアの周りに幾重にも魔法陣が張り巡らされ、次の瞬間、ゼノヴィアの周りの全方位から聖魔剣の嵐がジークフリートを襲う。

 更に追撃のようにゼノヴィアはデュランダルを、イリナは光の剣による斬撃波を放ち続けた。

 

「……そんなものじゃあ、僕はやれないなぁ」

 

 ―――土埃から光のように現れるジークフリートが、攻撃をし終えたゼノヴィアに対して無慈悲な連撃をまともに喰らわせる。

 

「か……ッ!!」

 

 魔剣によって切り刻まれるゼノヴィアが血反吐を吐き、大きく後退する。

 しかしそれすら許さないジークフリートの追撃。

 すぐさまイリナはゼノヴィアの援護に向かうも、ジークフリートはそれすらも予測していたように背中の腕の魔剣をイリナへと瞬時に投げた。

 ―――イリナの脚部に突き刺さる、魔剣。イリナは声にならないほどの悲鳴を上げた。

 

「―――ゼノヴィア、イリナ……ッ!!!」

 

 俺は二人の傷の深さで命の危険を感じ、すぐさま二人の救護に向かおうとする……しかし俺の目の前に討ち放たれる、紫炎によってそれは叶わない。

 

「晴明……ッ!!」

「お前はここで黙って仲間が散る姿を見るしかない。それとも使うか? ―――あの力を」

 

 ……あいつは誘っている。

 俺が守護覇龍の力を使うことを。

 あれはこの戦場において使えば必殺のものとなる力を秘めている。

 そんな代物を使わせようとしているということは、つまり明らかな対抗策をあいつらは持っているんだ。

 ……だけど、現状を考えろ。

 

「……ゼノヴィアとイリナさんは動かないで。僕があいつを引き受ける」

 

 祐斗一人ではジークフリートを相手にするには荷が重過ぎる。

 

「……北欧魔術とグングニルの戦い方は面白いが、扱う貴様がその程度ならば高が知れている」

「……流石はゲオルク・ファウストの子孫といったところですか。あらゆる陣営の魔術を巧み扱い、更に神滅具までも操るその技量―――本当に、どうしたものか」

 

 ゲオルクと戦うロスヴァイセさんも明らかな劣勢。

 

「……いいぜ、晴明」

 

 俺は肩の力を抜き、鎧からパージしたワイバーンを全て呼び戻す。

 ……罠とわかっていても、やるしかない。

 ならば紡ごう。

 この状況をひっくり返す、俺の守護の理を。

 

「我、目覚めるは―――」

 

 俺が守護覇龍の一節を唱えようとした―――その瞬間。

 ……俺の視界が光に飲み込まれた。

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルとガブリエルはガルブルトを追い続け、そして今は英雄派の企みで奴らの創った空間にて八坂を攫ったガルブルトと対峙していた。

 ガルブルトの真の狙いは八坂の暴走による手駒の強化、更には京都という町を八坂の不在で崩壊させ、更なる悪事を働こうとするものだった。

 

「ったく、しつけぇなぁ。アザゼル」

「それはこっちの台詞だ、ガルブルト。てめぇの行動は一々不気味なんだよ」

「あなたは何を企んでいるかは理解できました。……あなたの行動の裏で手を引く者。それを知るまでは帰しません」

 

 ガブリエルはレプリカの神槍・ブリューナクをクルクルと回転させながら切っ先をガルブルトに向けると同時に動き出す。

 現状ガルブルトの術で暴走状態の八坂をどうにかするにはガルブルトを倒すしかない。

 俺は堕天龍の鎧を身にまとい、ファーブニルを引き出してガルブルトに特攻する。

 ……さて、どう出る。

 

「堕天使と天使のトップクラスを相手にするなら、出し惜しみはできねぇな」

 

 ガルブルトは舌打ちと共に懐から何かを取り出し、それを辺りに分布する。

 

魔蜘蛛の糸(カオス・ペイン)

 

 ―――次の瞬間、俺たちの体を拘束するように幾重もの糸が張り巡らされる。

 ……これは、ただの糸じゃねぇ。

 S級クラスの魔物から極微量取れる強靭な糸を武器にした魔装具の一つ。

 

「ディザレイドはその拳を、シェルは銃を基本武装としているように、俺も糸を武器としているのさ―――ただし、ただの細い糸と思ったら大間違いだ」

 

 ガルブルトは細かな糸を手元で束ね、それを紡いで極太の鞭に姿を変える。

 ……つまり変幻自在ってわけだ。

 糸を紡いであのように鞭のような形態にしたり、はたまた俺たちを包み込むような糸を結界を作ったりと。

 最強クラスの魔物から取れる素材から作られる、冥界における最強クラスの人為的武装。それが魔装具と呼ばれる武具群だ。

 

「そいつは魔力を注ぐことで強度を増す武器だろ? お前の対人から魔力を奪う能力とあいまって、中々面倒な力じゃねぇか」

 

 俺は堕天龍の鎧の基本武装である身の丈以上の巨大な槍でその糸を何とか切り捨て、槍に光の力を注入する。

 ただしあいつは自分と近しい等級の実力者に対しては魔力を奪えない弱点を抱えている。

 俺とガブリエルからは力を奪えねぇはずだ。

 ……目先の目的はガルブルトの殲滅。その後、八坂の救出だ。

 俺たちとは別で動いているイッセーたちは恐らく、英雄派と相対しているに違いねぇ。

 

「「「…………」」」

 

 互いに動けないことで生まれる沈黙。

 ガルブルトは油断していなければここまで警戒しないといけないほどの要注意人物だ。

 最上級悪魔クラスどころか、本質的には魔王クラスの敵。

 ……先に動き出したのはガブリエルだった。

 ガルブルトの一瞬の瞬きを見逃さず、あいつは神槍を片手にガルブルトに特攻をかける。

 天界一の美貌と称されるその容姿とは裏腹な冷徹な、必ず敵を屠るとものを申しているほどの殺気。

 しかしそれは表には漏れず、確実で完璧な無駄のない動きだった。

 

「……っぶねぇな」

「今のを察知しますか」

 

 ……完璧ではあった。

 ただしガルブルトはそれすらも予想していたかのようにガブリエルの槍の牙突を受け流す。

 更に糸をめぐらせてガブリエルを拘束しようとするが、それを寸でのところでガブリエルが避ける。

 その隙を突いて俺は光力を全開に引き出して駆け出した。

 

「馬鹿の一つ覚えか? んな単調な攻撃、いい加減飽き飽きなんだよ!!」

 

 張り巡らされる糸。

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸の集合体が俺の眼前に迫り、俺は槍を目の前でクルクルと回転させることでそれらを蹴散らそうと試みる。

 ガブリエルは俺への追撃を抑えるために光の武具を空中に待機させ、一斉にガルブルトへと放った。

 ガルブルトはそれに対して焦ることなく糸を極太の壁のように束ね、それら全てから自身を守る。

 

「俺の武器は攻防一体のもんだ。てめぇらの小細工は俺の前では意味をなさねぇ」

 

 防御に徹していたガルブルトは次の瞬間、攻めの姿勢に移行した。

 防御のために使っていた糸を全て攻撃のために使い始めた。

 複数の糸を束ねて体を簡単に貫くであろう鋭い刃を幾つも作り、全方向から俺たちの肉体を殺しに掛かる。

 要所要所で魔力弾を交え、更には自分の周りにはご丁寧に防御魔法陣の完全展開。

 ……やるっきゃねぇよな。

 俺は堕天使の翼を全て展開させ、その翼全てを光で覆う。

 鎧の武装である槍には黄金色のオーラを覆わせ、ガルブルトの攻めに対して特攻を仕掛けた。

 糸は翼で無力化させ、防御魔法陣をぶっ壊すために槍を打ち放つ。

 ガラスが割れるような音と共にガルブルトの魔法陣が崩れ、体勢が完全に崩れたガルブルトに翼で覆っている光を羽の刃として次々に放った。

 

「ちっ……やはりてめぇもあの戦争を乗り越えた強者か」

 

 ガルブルトは一端距離を取ろうとした瞬間、奴の背後に回り込んだガブリエルによる槍の突貫が襲う。

 それに反応しきれず、更に俺による光の攻撃が奴を襲った。

 ガルリエルはすぐさまにその場所から飛び立ち、俺の隣に降り立つ。

 

「悪ぃが、こいつは戦争だ。ガルブルト、お前では俺とガブリエルには勝てねぇよ」

「とはいえ、降参をするほど素直ではないでしょう」

 

 ……ガルブルトの身体はいたるところに傷が生まれていて、今のが致命傷になり得ずとも相当な負担になっていることは目に見えて分かる。

 だけど、こいつもしつこく諦めの悪い奴だ。

 イッセーに圧倒的敗北をしたにも関わらず落ちぶれていないところは、奴を強者と断定させるところである。

 ……ガルブルトは、静かな声音で呟く。

 

「勝てねぇ、か。ああ、てめぇの言う通りだ」

 

 ガルブルトは苦笑をしているのか。……笑う。

 あいつはこの追い込まれた状況で笑っていた。

 

「俺は自尊心(プライド)で出来ている悪魔だ。……だがなぁ、ここまで生き残ってきたのは、俺が強かったからだ。相性とか能力の差とか、戦場ではそんな言い訳通用しねぇ。生き残る奴が、一番強い」

 

 糸が、ガルブルトを中心に舞い踊るように展開される。

 ……ガルブルト、確かにお前は強者だ。

 ―――だけど、お前は誰かを傷つけ過ぎた。お前はもう、ここで消しておかなければ害悪でしかないんだ。

 

「……アナザーアーマー・オーバーフロー」

 

 俺は堕天龍の鎧の切り札を発動する。

 こいつを発動してしまえば神器の行使時間に関わらず、神器は核を残して完全に壊れてしまうが、今はそんなことを出し惜しんでいる暇がねぇんだ。

 この騒動の裏で手を引いている存在には当に見当はついている。

 その黒幕を、これ以上放っておくわけにはいかねぇ。

 

「ガブリエル、こっから先は鎧の力が周囲を否応なく巻き込む。お前は少し離れてろ」

「……それが妥当ですね。わかりました―――後は頼みます」

 

 ガブリエルは俺から離れたことを確認し、俺は力を解放する。

 金色に輝くファーブニルの黄金の力。それがオーラとなり、更に鎧自体が黄金に染まる。

 黒い翼はより純粋な黒になり、煌びやかな光は辺りに攻撃的オーラを放出させる。

 ―――アナザーアーマー・オーバーフロー。

 本来セーブしているファーブニルの力を解放し、負担を全て無視した完全形態。

 こうなった俺は、イッセーやヴァーリでも遅れは取らねぇ!

 

「いくぜ、ガルブルト!!」

「―――アザゼルぅぅぅぅ!!!」

 

 ガルブルトが全ての魔力をつぎ込み、周りに幾重もの魔法陣を展開し、周囲の物体を利用して糸の結界をつくる。

 ……だが、この黄金のオーラは周囲全てに牙を剝く。

 ただ照らされただけで糸は切れる。

 オーラの放出で即席の防御魔法陣は崩れる。

 ―――キシッ。そんな軋む音が耳に入る。

 

「ッ……もうちょい、堪えてくれよ。ファーブニル」

 

 ……いわばこの形態は二天龍の神器で言う所の『覇龍』だ。

 俺ですらその負担に長い時間を耐えることはできない、本当に短期決戦用の切り札。

 鎧は各所でひび割れていく。

 ……関係ねぇ。

 

「お前は、俺の大事な生徒をいたぶってくれたよなぁ……」

「てめぇ、俺の攻撃を無視して……ッ」

 

 ガルブルトの攻撃を全て無視し、例え当たろうとももろともせず、俺は手元の武器で奴に襲い掛かる。

 

「あいつの道に、お前は必要ねぇ―――俺たちの未来に、お前は邪魔でしかねぇんだ!」

 

 ―――ガルブルトの腹部に、槍が迫る。

 防御魔法陣は完全に消え、槍が肉薄したところでガルブルトと目があった。

 

「……てめぇも、赤龍帝の影響か」

「……ああ、そうだな。あいつは面白い奴でさ―――次々に何か救って、次々に色々なヒトを変えていく。面白れぇ生徒だ」

 

 ……ガルブルトの腹部には、最初か仕込んでいたのか、糸がグルグルに巻かれていた。

 俺の槍と、ガルブルトの糸が交差する中、俺たちは会話をする。

 

「……あいつの行く道を、俺は見守ってやりたい。だから―――」

 

 ―――お前はここで!!

 

「―――もう、終わりだ!!」

 

 糸が解け、ガルブルトの腹部に俺の槍が突き刺さる。

 黄金のオーラによりガルブルトは吹き飛ばされ、先の建物に勢いよく衝突すると、その衝撃から建物は倒壊した。

 ……それと時を同じくして、俺の鎧は核を残して壊れる。

 

「アザゼル!」

 

 今まで見守っていたガブリエルが俺に近づいて、俺に気休め程度の治癒をかけてくる。

 ……今のでガルブルトを完全に倒せたとは思えねぇ。だがこれ以上あいつに構っている時間がねぇ。

 現状、暴走している八坂を放っておけば何が起きるかわからねぇ。それほどに九尾の妖怪は重要な存在なんだ。

 

「しかしアザゼル。一体何を使えば八坂さんを洗脳し、暴走させることができるのでしょうか」

「ああ。八坂は実力的には龍王クラスの猛者だ。あいつとまともにやりあえるのは龍王の中では恐らくティアマットだけだ」

「……つまり敵には、そんな八坂さんを洗脳できるほどの強者がいると」

「ああ―――大体目星はついているがな」

 

 ……会話をしている最中、突如地面が揺らいだ。

 激しい地面の揺れに絶えつつ、八坂の方を見る。……八坂は、先ほどまでとは打って変わって物理的に物を壊しつくす暴走に変化していた。

 辺りの建物を壊しつくし、火を吐く。吐いた火の粉でその周りが焼け野原になる。

 

「くそっ! この空間であいつを平常に戻さねぇといけないってのに」

 

 俺は即席の束縛するための魔法陣を描き、そこから鎖を放つ。ちっとばかしダークエルフの技術を拝借して作った偽グレイプニルだが……しかし呆気なく消し飛ばされる。

 ……おいおい、あれ作るのに1ヶ月費やしたんだぜ? 技術者としてプライドが傷つく。

 

「せめて洗脳方法をしればやりようがあるのですが」

「んなこと言っている間にあいつは壊しつくすぞ! ……今できることは、あいつを抑えることだ」

 

 俺は幾重にも光の武具を作り出し、その照準を八坂に向ける。

 八坂は俺からの脅威に気づいたのか、ギロッと睨み付ける。

 ―――俺たちと八坂の膠着状態がしばらく続く中、刹那、俺とガブリエルの横を風のように人影が通り過ぎる。

 更に俺たちの後方より黒炎が放たれ、それは全て八坂へと向かう。

 

「―――静穏・八つ斬り」

 

 ……八の剣戟が八坂にまともに入り、更に後方からの黒炎により体を炎で包まれる。

 刃の見えない刀を二振りこしらえて八坂へと攻撃を放った夜刀神は、動きの鈍くなった八坂の頭の上に乗って、何かを語りかけていた。

 俺はそこで後ろを見ると、そこには龍王形態(ヴリトラ・プロモーション)になっている匙が黒炎をほとばしらせながら、走ってきていた。

 

『アザゼル先生!』

 

 匙は俺たちの方まで来る。

 恐らく八坂の暴走に気づいたイッセーが拘束力のある匙をこちらに送ったんだろう。

 

「お前が無事ってことは、他の奴らも無事ってことか?」

『はい。今、他の皆は英雄派の総戦力と戦闘中です』

「……やはりこの状況は奴らが起こしたことか。つまりガルブルトを含む謎の軍団はそれに勝手に介入したということか」

『……? ともかく、俺の知っている限りでは敵は英雄派だけじゃなくて、なんか邪龍とかいう奴らも出張っているらしいっす!』

 

 ……邪龍という言葉に驚く。邪龍までこの戦いに関わっている?

 俺は頭でそのことを考えつつ、八坂に対して言葉を掛けている夜刀神のほうを見た。

 

「八坂殿、意識を取り戻すのでござる!」

『~~~~~~~~っ!!!』

 

 夜刀神による攻撃の影響か、八坂の動きは鈍いもののあいつを敵と認識しているんだろう。

 だが言葉は届いているというのは今ので認識できた。

 恐らくだが、相手の洗脳は完全ではない。そこに八坂救出の希望がある。

 ……しっかし、その希望がいつもあいつにあるのが申し訳ないよな。

 

「イッセー、お前がやはり中心だ―――ここが正念場か」

 

 ……俺たちがしばしの休憩のように夜刀神を見ていると、俺たちの周りに英雄派とは違う服装の敵が現れ、囲むように包囲する。。

 ―――こいつらが、ガルブルトが所属している謎の勢力の一員ってわけか。

 

「堕天使の総督、アザゼルと熾天使の一人、ガブリエルを確認。我々の討伐対象だ」

「油断はするな。奴らはガルブルト様を退けている。しかし武具の一部を損傷している今が好機だ」

「―――堕天使舐めんなよ、末端。物分りのわりぃお前らにはきついお仕置きが必要みたいだな」

「アザゼル、彼らには聞かねばならないことがあるのです。殺してはだめですよ?」

 

 ガブリエルの小うるさい小言を貰いつつ、俺は目の前の脅威を葬っていく。

 ……俺の生徒たちは無事であることを祈って。

『Side out:アザゼル』

 



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第13話 劣勢の赤龍帝陣営

 一瞬。ほんとうにそれは一瞬と呼べるほど刹那の出来事だった。

 背後からヘラクレスが俺に対して脅威を振りかざすことなんて容易に察知していた。それに対しての防衛策も、全て事前に用意していた。

 だけどそれは―――自分の理解の外で、消えうせた。

 ヘラクレスの爆撃は俺に通る。信じられない。信じることができない。奴の攻撃では俺は傷つけられないほど、今の俺の鎧は堅牢だ。

 守護龍を終結させ防御力を特化させた。

 にもかかわらず、俺は血反吐を吐く。倒れなかったのは本当に幸いとしかいえない。

 ……体を見る。

 傷だらけだ。しかし、それ以上にどうした。

 ―――なぜ、鎧が解除されているんだ。

 

「―――ドライグっ!!」

 

 声のしない相棒に縋ると、すぐさまに鎧が装着される。

 そこには先ほどの異変が嘘のように、平常運転の鎧が健在だった。体の調子もいい。

 にも関わらず、まるでヘラクレスの攻撃に合わせるように鎧が解除された。

 

『相棒! なんだ、今のは……。まるで、無力化されたように神器が解除されたぞ!』

 

 ドライグが珍しく、敵に対して驚いていた。俺の身を案じて焦ることは多々あれど、敵に対して焦る、なんてことを滅多にドライグはしない。

 そのドライグが理解不能の力が俺に働いた、ということなのか?

 そんな考えをしている間にも、ヘラクレスの猛攻は続く。

 動きは単調、特に強みもない神器の扱い。

 ただ爆発する力とただ人間離れした力。たったそれだけ。鎧を着込めば、たいした敵でもない。

 ヘラクレスは先ほどと同じ動作で俺を爆撃する。

 俺はそれを受け止めず、避ける。

 

「おいおい、逃げ腰かぁ!? 真正面から向かえや、赤龍帝!!」

「そんなわかりやすい挑発に乗ってたら、ここまで生き残れねぇよ!」

 

 少なくとも、この理解不能な一連の出来事をどうにかしない限り、あいつの猛攻に対して対処はしないほうがいい。

 ―――ザシュッ……っと、切り裂かれる音が俺の耳に届く。

 

「……ッ!」

「ヘラクレスにばかり意識が行き過ぎたな、兵藤一誠」

 

 晴明の妖刀は俺の腹部を切り裂いて、ドクドクと血を流させていた。

 ……ヘラクレスに意識を向けていたのは認める―――だが、また鎧が解除されていることは看過できねぇぞ!!

 俺は傷を抑えて勢い良く魔力弾を放つも、ヘラクレスによりミサイルのようなものを放たれ、相殺どころかこちらに脅威が向かい来る。

 ―――このタイミングで、禁手か!? そう断定できるほど大きな出力だった。

 

超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)ォォォォ!!」

『Full Boost Impact Count 20!!!!!!!』

 

 ―――もうストックがないから、あまり使いたくはなかったけど、使うしかない!!

 俺は腕に装着している双龍腕の宝玉を一つ砕き、空中から流星を放つ。反射的に放ったそれは極太にヘラクレスの無数のミサイルへと向かい、全てを飲み込んだ。

 ……まずい、この状況は駄目だ。

 ここぞとばかりに俺の戦いができていない。これは間違いなく研究されている。

 俺を無力化する術がどんなものかは理解できねぇ。でも少なくとも神器を、籠手の力を無力化する術をあいつらは持っていて、それを最大限活用して俺を追い詰めている。

 ―――掌で、躍らせれている!

 

『こんなところで、フェルウェルの不在(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)が響いてくるとは……ッ!』

 

 ……今はそんな弱音を吐いているわけにはいかねぇだろ。

 落ち着け、兵藤一誠。こんなことで、俺は落ちない。

 訳のわからない力に翻弄されて、目の前を見れないほど動揺するな。

 敵は二人、ヘラクレスと晴明。例え生身であろうと、戦える術はある。

 

「―――捕捉」

 

 ―――冷え切った、酷く冷たい機械的な声が聞こえる。

 それは俺の後ろから、残酷にも聞こえていた。

 ……ここにきて、次はお前かよ―――

 

「メルティ・アバンセ!!!」

 

 ボロボロの布切れを纏うメルティ・アバンセが空中で俺を捕捉し、そしてその細い腕で俺を地上へと殴りつけた。

 俺はそれに対して回避行動が取れず、メルティの猛威を受けた。

 自分の周りに舞う土ぼこりと、口から吐き出される血反吐。殴られた胸元はあいつの爪で大きく傷ついていて、呼吸をすることも少し厳しいほどの傷を負う。

 

「ぐ、ぞ……ごえが、うまぐでない……ッ」

 

 あいつは、体の壊し方を熟知していると言いたいほど今の一撃で俺の体を壊した。

 アーシアの回復が必要なほどの傷を負い、俺はすぐに立って懐から無刀を取り出す。

 そして魔力を過剰供給し、刃を作って勢い良く土ぼこりを振り払う。

 ……まさか自分で使うとは思わなかったけど、仕方ない。俺はポケットからフェニックスの涙を取り出し、それを傷口に振りかけて緊急回復をする。

 レイヴェルからのプレゼントは本来戦場で仲間に対して使うつもりだったけど、今は仕方ない。

 ……さて、本当に、どうしたものか。

 

「緊急回避に涙を持っていたか」

「ただ次はねぇぞ、確実に消し炭にしてやるぜぇ!!!」

「……目標、捕獲」

 

 ドライグの力が封じられた今、状況は最悪。敵は晴明とヘラクレスとメルティの三人を一手に引き受けないといけない。

 そして何より―――フェルの力がまともに振るえない。

 フェルとの繋がりが消えたように、今の俺はフェルの力を使うことができない。

 つまり、なんだ。武器がまともに使えず、頼れる味方もいなく、更には敵はパワー、スピード、テクニック全てが揃った三人チーム。……なるほど。

 ―――今、俺は過去史上最悪の状況に立たされていた。

 ―・・・

『Side:祐斗』

「ほらほら、まだまだ僕には余裕がありますよ?」

 

 軽い口調で僕に6本の剣を振るうジークフリート。僕はそれを全て避け、逆手持ちのエールカリバーで奴の肩から足を切断つもりで振りぬく。

 ジークフリートはそうはさせないというのか、手元のグラムで僕の一線を受け止め、後方に吹き飛ばした。

 ……負傷したイリナさんとゼノヴィアは現在、アーシアさんの治療を受けるために戦線離脱。周りの仲間もあまり状況はよくない。

 唯一相手を手玉に取っているのは、流石というべきだろう黒歌さんだった。

 ―――それでもイッセーくんに助けに出るほど余裕もない。

 ……僕は横目でイッセーくんを見る。

 現状の最大戦力であるのは間違いなくイッセーくんだ―――いや、だった。

 しかしイッセーくんは明らかに様子がおかしい。英雄派を相手にしていて、鎧なしで戦っているんだ。

 ……しかもフェルウェルさんの力も使わないなんて、明らかに異常だ。その様子から、今彼の中で何かが起きているとしか考えられない。

 鎧を使えず、フェルウェルさんの力も使えないイッセー君がそれでもあの三人を相手に出来ているのは、彼が普段から神器がない場合の戦闘を念頭において修行しているからだ。

 だが敵は安倍晴明にヘラクレス、更に突然現れたメルティ・アバンセ。

 テクニック、パワー、スピードに特化したあの三人を同時に相手にするなんて考えただけで身震いする。

 こっちはジークフリート一人で手一杯というのに……ッ!

 

「僕を前にして余所見とは、いい度胸だね。ただ反応速度は褒めてあげよう」

「……手加減をした癖に、よく言うね」

「いやいや。僕もそこまで常に最大出力で戦えるわけではないんだよ。適度に手を抜かなければ、グラムが手に負えなくなる。それに最大出力を見せたら、君は確実に避けてカウンターをするだろう?」

 

 ……お見通しというわけか。

 このジークフリートという男は、英雄派の中でもかなりトップクラスの実力者であることは火を見るよりも明らかだ。

 それこそ曹操や晴明に近しい実力者―――それはロスヴァイセさんと相対するゲオルクにも言えることだ。

 レプリカとはいえ、グングニルの圧倒的破壊力とロスヴァイセさんの極められた北欧魔術に打ち勝っている。

 魔法、魔術を極めた上に絶霧まで宿している、か。

 ……さて、もう僕たちには逃げ場がないと来た。

 かくいう僕も、連戦でかなりの体力を消費していてあまり長くは持たない。

 ―――勝てるか、勝てないかと聞かれれば勝てる可能性は限りなく少ない。

 僕という個体の強さはまだ魔帝剣(カオスエッジ)には到達していないから、それもしょうがない。

 いや、しょうがないというのは悔しい。でも悔しいことに、僕はまだまだなんだ。

 それでも可能性がないとは思わない。

 だって、それは僕一人が彼と戦った場合の可能性なのだから。

 

「……よし」

 

 僕はふと、ポケットに手を突っ込む。

 ……現状、僕は彼には勝てない―――僕がこのままでは。

 

「……それは」

「ああ、君たちでもこれは知らないよね。だってこれはこの世でたった一人しか使ったことがないんだから」

 

 僕が取り出したのは、雪のように白銀で色褪せているオーラの集合体を瓶に詰めたもの。

 イッセーの創る癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)という創造神器の瓶の中に、これまたイッセーくんの力―――神器の『強化』の力を封じ込めた力だ。

 神器を一時的に神滅具クラスのものに強化する、文字通りの強化薬。

 一種のドーピングのようなものかな?

 ……実を言えば、これはずっと僕は託されていた。

 本当は、ロキとの戦いのときに僕はこれを持っていた。

 でも僕はそのときには使えなかった―――なぜなら、僕ではこれには耐えられないから。

 これはもちろん肉体面でも驚くほどの負担がかかる。

 でもそれ以上に―――精神面で、ヒトを廃人に追い込むほどの負担が掛かるんだ。

 イッセーくんは創造の神器を宿しているから、その副作用を幾らか軽減されているから使用できるけど、僕はそうじゃない。

 ……昔、一度だけ試しに使ったときは本当に死に掛けると思った。

 ちょうど聖剣計画のときに色々荒れていて、何の考えもなしに使って死に掛けたなんて口に出せないけどね。

 ―――あの時から僕は、成長したと思う。

 過去を超え、未来を見据えて、友の……大好きな仲間の味方になると決めたあの時から僕は前に進み続けた。

 イッセー君の隣で、何とか追いつくように走って。それでもまだ彼は遠いところにいて、僕に背中を見せているわけだけどさ。

 ……これを使えば、ジークフリートと対等に戦える。

 

「その目、無策ではないようだ。その自信と不安に満ちた表情からかんがみるに―――負担ありの力だね」

「そこまでわかっていて邪魔をしないのは尋常なき戦いを望んでいるからかい?」

「―――さぁ、それを使え。そして僕を楽しませてくれ」

 

 ジークフリートの口角が、ニィッと上向き上がる。

 ……戦闘狂って言葉が良く似合う男だ。優しい顔をしている癖に、根本の部分はあの白龍皇と同類なんだろう。

 

「君を楽しませることはどうだっていいさ。でもその判断が失敗であると、君が後悔することを願っているよ」

 

 僕は瓶を宙に投げ、それを剣で切り裂く。

 瓶は綺麗に二つに切り裂かれ、そしてその中の白銀オーラは僕を覆い、そして……僕の中で、弾けた。

 ―――僕の頭に伝わるのは激痛。

 ズキズキと、ズキズキと。僕の精神を、頭をかち割るようなほどの衝撃が二度三度訪れる。

 ここまでは以前と同じ。僕は二重の苦しみに耐える。

 肉体的苦痛と、精神的苦痛。この二つを乗り越えたその先に―――奴を倒すための舵を、掴むことが出来る。

 限界なんていらない。有限なんてそんなものなんの役も立たない。

 生半可なものなんていらない。僕が欲しいのはただ一つ。

 

「―――他力本願だろうと、僕は君を倒す力が欲しい」

 

 たったそれだけ。覚悟と共に簡潔にそうら声を漏らして僕はようやくその力を認識する。

 神器の強化。それは僕にとてつもない負担を背負わせていることは間違いない。

 でも限界を超えた先でなら、その苦痛にも耐えられるような気がした。

 ……顕現する、魔剣創造を超える神滅具。

 その名を付けるのであれば、それは ―――

 

双覇神の聖魔剣(ソードオブ・ビトレイヤー)【無限】(ディオ・インフィニティ)

 

 神をも脅かす聖魔剣を無限に生み出す期間限定の神滅具。それをここに顕現した。

 

「―――っはは!! 素晴らしいね、それは」

 

 ジークフリートはグラムを薙ぐと、剣はまるで好敵手の出現を心より喜ぶように危ないオーラを噴出させる。

 ……今はその彼の最強の剣にも、敗ける気がしない。

 僕はこの形態になって初めて剣を作る。

 もちろんそれは生半可なものではなく、たった一振りの剣。

 僕が願いと近いの剣と呼ぶそれの名は―――

 

「聖援剣 エールカリバー・ディオ」

 

 僕の持つ最強の剣が、名を変えて力を大幅に変えて僕の手の内に生まれる。

 剣より響くのはグラムに負けないほどの威圧感。電気が放電するようにバチバチと火花が生まれ、魔帝剣グラムも負けじと更なる負のオーラを轟かせる。

 

「赤龍帝の強化の力は確かにこちらでも把握していた。しかし彼はその力を他人に与えたことがなく、いつも自分で使っていたため、他者への譲渡は不可能だと思っていたけど……なるほど。あまりもの負担から、仲間に使わせることが出来なかったというわけか」

「うちのお兄ちゃんドラゴンは甘々だからね。僕にこれを渡すときも躊躇していたくらいさ」

 

 軽口を叩きあう僕たちだけど、既に頭の中で戦闘はとっくに始まっていた。

 ジークフリートは初めて僕に脅威を感じているんだろう。先ほどまでの余裕さは完全に消えている。

 ……それどころか、まさに同等の強者として僕を認識しているように隙を一切見せない。

 

「……驚きだ―――僕が先に君のリーチに届けば、自分の殺される未来が見えるくらいだ。これはこれは、末恐ろしいものだ」

「試してみるかい?」

「……そうだな。それも一興……ッ!!」

 

 ジークフリートは最後まで台詞を言い切ることはない。

 何故なら僕が彼の懐に入り込み、剣を振るっているからだ。

 ……僕は遅れて、言霊をはっきりと発する。

 

「―――神・天閃(エール・ディオ・ラピッドリィ)

 

 その言霊と共に、僕の全身全霊の速度は神速へと昇華し、ジークフリートを討つための武器となる。

 彼でも反応が遅れるほどの神速で、連続的に絶え間なく、ジークフリートの斬撃の雨を打ち刻み続ける。

 ジークフリートは驚異的な反射速度で僕の剣を、6本の腕に捕まれた魔剣聖剣で防ぐ。

 ……まだだ。こんなものじゃない。

 限界を越えたその先にある僕の神速は、こんなものじゃない。

 もっと速く、もっと風に、もっと羽根のように軽く。

 この世の誰にも負けないほどの速度を体現する―――騎士である僕が、その役目を果たす。

 

「―――神・光天閃(エール・ディオ・ライトラピッドリィ)!!」

 

 ―――神剣化されたエールカリバーの新たな力、7つの力の重複使用。本来であれば一本につき一つの能力を変換使用するのがエールカリバーの掟であり、限界である。

 でもエールカリバー・ディオは本来何十本も創って使用する能力の重複をたった一本で行う。

 権能の一つ一つをオリジナルのエクスカリバーに限りなく近づけ、その限りなく近い力を一転集中とはいえ、重複強化して使えるんだから、エクスカリバーよりも僕向きの剣だろうね。

 僕の限界を越えるまで、無限大まで強化をし続けることが出来る7つの力。僕は神速に神速を重複し、更に速度を上げる。

 

「まだあがるのか!?」

 

 流石のジークフリートも、この速度は予想外だったんだろう。明らかな狼狽を見せた。

 ジークフリートの右を通り過ぎて剣を振るい、左を通り過ぎて剣を薙ぎ、後ろを通り過ぎて剣を逆手持ち、正面を通り過ぎて柄で殴りつける。

 規則性の皆無な出鱈目な動きで確実にジークフリートの身体にはこれまで一度もつけることの傷が生まれていた。

 ……神速を体現しながら、口の中には鉄の味が広がる。当たり前だ。元々限界に近かった体を無理やり気合で動かしているんだから、血反吐も吐く。

 でも、これくらいならまだ動ける。

 足は瞑れていないし、頭はしっかり働いている。

 

「これはもう神速の域ではない―――瞬間移動の、域だ」

 

 ジークフリートがふとそう漏らした瞬間、僕はジークフリートの前に現れエールカリバーを振るう。

 彼の反応は明らかに遅れ、剣を構えるも僕は彼を切り裂く―――はずだった。

 しかしジークフリートの反応が遅れるも、僕の剣は彼の身体を勝手に動かしてその刀身で受け止めるグラムによって防がれる。

 

「―――命拾いをした、かな? だがこうなってしまえば、ここからは僕の領域さ」

 

 ぐっと、ジークフリートが柄に力を加え、僕を押し返そうとする。

 ……確かに、僕は悪魔でありながら力は非力な方だ。

 ゲームで言う所ならステータス振りを、速度に全て振り分けていると言っても良い。

 

「例えそれが君の有利なものでも、それを真っ向から打ち破るくらいのことをしないと、この力を使った価値はない」

「―――まさか」

「そのまさかさ―――神・破壊(エール・ディオ・デストラクション)!!!!」

 

 能力を攻撃力激増の破壊の力に変換し、ジークフリートのグラムと真っ向から打ち合う。

 ……だが接近戦では今の僕ではまるで歯が立たない。

 ならば無茶をしよう―――僕は解き放つ。

 

「―――神・滅破壊(エール・ディオ・ルインデストラクション)!!!!」

 

 神強化された、エールカリバーの破壊の力を!

 破壊の力はジークフリートのグラムと同等で、僕たちはこれで拮抗の鍔迫り合いとなる。

 逃げない。この男から、僕は逃げない。

 

「はははは!! グラムを相手に、真正面から力勝負? しかも技術が本質である君がそんなことをするなんて―――最高だ!! そうだろう、グラム! 彼こそ、僕の好敵手に相応しいと思わないか!?」

 

 ジークフリートの高揚の声は、ジークフリートを鈍く光らせる。

 ―――しかしそれも束の間。ジークフリートの背中に携えた6本の剣が僕を狙い定めてくる。

 振るわれた6本の剣を、僕は回避するためにエールカリバーの新たな力を発動する!

 

神・夢幻(エール・ディオ・ナイトメア)

 

 夢幻の力で僕は6人の僕の分身体をつくり、ジークフリートの同時攻撃を全て止める。しかし僕が力を夢幻にしたことを理解したのか、次の瞬間にグラムの圧倒的力によって僕を薙ぎ払うジークフリート。

 追い打ちをかけるように僕の分身体も吹き飛ばし、激しい追撃に転じる。

 ……そうか。まだ夢幻の力では僕の力量まで完全に再現できない。

 ならもう一つ、上だ。天閃も破壊もそうであるように、夢幻もまたもう一つ上の段階がある。

 現状、僕の理解の深い力に限定的ではあるけど、その上に到達できる力は全部で三つ。天閃に破壊、そして夢幻。

 一度通常強化をしてからの重複強化でようやくこの力は振るうことが出来る仕組みだ。

 

「―――神・儚夢幻(エール・ディオ・ヴェインナイトメア)

 

 超強化版の夢幻の力により再び僕の分身体が6人ほど生まれ、それぞれエールカリバーを手にジークフリートに襲い掛かる。

 ただの強化だけなら単なる残像にしか過ぎないこれも、ここまで極悪化すると、それは実体のある有幻覚に変わる。

 ―――僕の全てを継承する、完全な分身がジークフリートに襲いかかった。

 ジークフリートは僕の分身に対し背中の6本の剣で薙ぎ払おうとするが、分身は今や僕だ。

 全ての剣は受け流され、そして―――一矢報いる。

 6本の剣を握る腕は僕の分身体により全て両断され、それぞれが待っていた聖剣魔剣は四方八方に散らばり飛んだ。

 神器が解除されたジークフリートはその状況に、僕との戦闘開始から初めて焦る表情を浮かべる。

 ……初めて出来たジークフリートの完全な隙。

 僕はその隙を見計らうようにジークフリートの懐に飛び込み―――一閃。

 

「……ッッッ。はは、は。これはまた、随分と予想外だな」

「やっと君に一矢報いた」

 

 ジークフリートは少し深めに切り刻まれた腹部の切り傷を抑えながら、それでも口元を緩めながら楽しそうな声音で僕を見てくる。

 ……感触は上々だ。今なら僕の力はジークフリートに届く。一人の力では届かなくても、仲間の力を借りれば!

 ―――今は、まだ。

 

「……ッッッ」

 

 ……そう思った瞬間、僕の中で凄まじい負担が急激に圧し掛かる。

 鼻血が噴き出て、嫌な汗が止どめもなく溢れ出た。

 ―――強化の力に、これ以上僕の身体が耐えきれないということなのか……?

 僕の急激な変化にいち早く気づいたジークフリートは声を掛けてくる。

 

「ただの神器を神滅具にまで昇華させる強化の力。なるほど、それは凄まじいよ。現在の君と、僕の戦闘力は君の方が上なのかもしれない―――だが、それはその形態を保てるまで。決定打には欠けると言っても良い。だから長期戦になれば君は不利となる」

「……ああ、そうかもね―――でも、それは君も同じじゃないかな?」

 

 僕はジークフリートの状態を見る。

 背中には一本たりとも剣はなく、あるのはグラムのみ。そしてそのグラムを握る手も、いつの間にか傷が出来ていた。

 ……当たり前だ。あれほどの魔剣を、何のデメリットもなく使えるはずがない。

 

「気付いていたか。……そう。この魔剣は驚くほどに暴君でね。全力で使えば人間である僕の身体には想像できないほどの負荷が掛かってしまう。いつもは7刀流でグラムの本領は発揮せずって戦い方をしているから問題ないけど、今日は話が違う。木場祐斗という悪魔を相手にするならば、グラムを出さなくてはならない。しかもグラム以外の魔剣まで使用しないといけないところまで拮抗されては……はは」

「用は君と僕の戦いは共に長期戦は不向き。君はグラムの力に、僕は強化の力に翻弄されてもう残された時間は少ない―――」

 

 ここまで言えば、僕たちの間に会話なんて必要ない。

 ―――ここから先はどちらが先に根を上げるか、たったそれだけの根競べだ。

 僕たちは互いに視線を見合わせ、そして……ほぼ同時に、互いの最強の剣を掲げて尋常なき剣戟を開始した。

『Side out:祐斗』

 ―・・・

『Side:三人称』

 兵藤一誠が劣勢強いられている時、木場祐斗がジークフリートと接戦を繰り広げている時……そこからさほど距離の離れていない場所で戦闘を繰り広げている赤龍帝陣営の三人がいた。

 それは赤龍帝眷属の僧侶である黒歌と騎士である土御門朱雀、そしてベルフェゴール眷属の王であるエリファ・ベルフェゴールであった。

 英雄派のジャンヌ・ダルクとクー・フーリンの二人を相手にしている黒歌と朱雀は、非常に強力な戦士二人を前にして、悪い戦況の中でもかなりの善戦を示していた。

 

「……予想外ね。黒歌の実力がこの中でも兵藤一誠に次いで高いことは知っていたけど、まさか私とクー二人掛かりでようやく対等だなんて」

「むぅぅぅぅぅ!! むかつくむかつく!!」

 

 ……二人の善戦の大きな理由は、偏に語るところ、黒歌の存在であった。

 元々の実力があの元最上級悪魔であり三大名家の一人であるガルブルト・マモンを隙を突いたとは言え、生命の危機にまで追い詰めた黒歌である。

 更に兵藤一誠の僧侶として黒歌の実力は、更に拍車をかけていた。元々ある妖術や仙術だけでも黒歌は十分な力を振るっていたのだ。

 そこに悪魔としての魔力が加わり、更にその魔力により魔術や魔法にまで手を出した黒歌。

 猫魈として卓越した身体能力も相まって、今の黒歌には主である兵藤一誠も顔負けなほどに隙がない実力となっている。

 その黒歌を前にして呆然としているのは、何も敵のジャンヌやクー・フーリンだけではない。

 ―――その傍らで同じ戦線を共にしている土御門朱雀もまた、彼女の圧倒的実力に舌を巻いて驚いていた。

 朱雀もまた悪魔に成り立てとは言え、相当の実力を持っている。速度は木場祐斗にも負けず劣らずで、内に秘める封印の神器の扱いも徐々に慣れてきていて、ほんの数日前とは比べ物にならないほどの力を持っている。

 だが……それでも黒歌の実力は、現状の朱雀では追いつかないものと本能的に察したのだろう。朱雀はいまだ無傷を誇る黒歌を見て、苦笑いをした。

 

『そんなに悲観することはないよ、朱雀くん。君はまだまだ発展途上なんだからね』

 

 すると、彼の中の神器に魂の存在となって封印されている三善龍の一角、ディンが相棒である彼を気遣っているようにそう声を掛けた。

 ディンの意識の覚醒により朱雀の中の神器は本来の力を発揮し始めた。

 ディンの正義の考え方や人当たりの良さと、朱雀の根の素直さや優しさからこの二人の相性は良く、既に信頼関係が成立しているほどだ。

 そんなディンの気遣いに心の中で感謝をする朱雀は、ふと黒歌の様子を見る。

 ……確かに黒歌はジャンヌとクー・フーリンを相手にして圧倒している。それは間違いない。

 だが、黒歌はどこか心ここに在らずであった。

 ―――その理由は朱雀も良く理解している。

 それは黒歌の視線の先にいる存在が理由であった。

 そこにいるのは―――兵藤一誠であった。

 

「黒歌殿。あれは」

「わかってる。明らかにあれ、普通じゃない」

 

 いつもの猫口調でないのは、黒歌が本気で焦りを感じている証拠だ。

 二人の視線の先の一誠は、苦戦を強いられていた。

 それだけなら別に心配はない。なぜなら兵藤一誠は戦いの中で相手を見極め、戦い方を定め、そして相手を攻略していくからだ。それでこれまで多くの格上の強者を下してきた。

 だがそれは彼が万全であればこその話。

 今の兵藤一誠は、明らかに異常な状態に晒されていた。

 ―――鎧を解除し、腕にある白銀の腕だけを武装としていた。その周りには無刀とアスカロンが転がっているという状況。腕の腕の宝玉も残すところ後4つという状況であり、鎧を装着しない理由がないのは朱雀でもすぐに理解できる。

 しかも相手は敵の大将である安倍晴明を含め、ヘラクレスとメルティ・アバンセの3人。

 

「戦力が完全な状態のイッセーなら、あの三人を相手にしても何とかなる。でも、イッセーは鎧どころかフェルちんの創造の力も使ってない―――いくらなんでもありえない」

「……」

『黒歌ちゃん、君の言うとおりさ。あれは普通じゃない―――さて、敵は本当に三人なのかが疑問だよ』

 

 ディンの言葉に朱雀と黒歌はギョッと驚いた。

 それと時を同じくして、痺れを切らしたクー・フーリンが光の剣を片手に特攻してくる。

 黒歌と朱雀は突進するように特攻をしてくるクー・フーリンを避けると、クー・フーリンは追い討ちを掛けるように凄まじい俊敏性で体の角度を黒歌の方に向け、更に大地を蹴って飛び立つ。

 

「あんた、邪魔にゃん! 私はイッセーのところへ!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!! この僕が! 悪魔に劣るなんて絶対にあってはならないんだよ!! 輝きを増して、クルージーン!!!」

 

 クー・フーリンは手に握る光輝剣・クルージーンにそう怒鳴りつけると、すると剣は呼応するように光の輝きを増して、刀身が巨大なものとなった。

 それは黒歌が彼女たちと戦い始めてから最も出力が高いほどで、自分の身の丈の何倍もある刀身は黒歌へと向かって振るわれる。

 流石の黒歌もその出力を避けることは無理だと察知したのか、すぐさま防御魔法陣を展開してその一撃に耐えようとする。

 

「黒歌殿!?」

「こっちは大丈夫にゃん! それよりあんたはジャンヌの方を―――」

 

 黒歌の言葉を他所に、朱雀は自身の周りに不穏な空気を感じた。

 その嫌な予感に従い、朱雀はその場から飛び立つと、それまで朱雀の立っていた場所には聖剣が返り咲いて朱雀を突き刺そうとしていた。

 

「あら、いい反応ね。確実な隙を狙ったんだけど?」

「……ジャンヌ・ダルク」

 

 朱雀は小さい声でその名を呟く。

 聖剣を無限のように作り出す神器、聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)。木場祐斗の宿す魔剣創造(ソード・バース)と同等の能力を持つ力を使い、ジャンヌは実にトリッキーな戦術を繰り広げる。

 対する朱雀もまた彼女に負けないテクニカルでトリッキーな戦い方をする。

 封龍の宝群刀(シィーリング・プレシャスブレード)は生前、ディンが封印してきたドラゴンの力の一部を使用者が使用できる神器である。

 更に極めれば生前にディンが行ってきたドラゴンの封印も可能であるほどのもの。

 あのアザゼルが「場合によれば神滅具として認定される可能性がある」と言わしめるほど可能性を持った神器だ。

 兵藤一誠でなければ、彼を騎士の駒一つで転生させることはできなかっただろう。

 朱雀は宝剣を両手で握り、ジャンヌにその剣先を向ける。対するジャンヌは特に構えることもなく聖剣を自身の周りに浮かせ、その剣先を全て朱雀に向けていた。

 

「―――封を解く。煉獄の火龍よ、焔焦がし溶かせ」

 

 朱雀は宝剣の赤い宝玉の封を解き、剣より煉獄の火龍を顕現し、溶岩にも似た炎で一斉掃射されたジャンヌの聖剣を一本残さず溶かしつくした。

 その光景を目の当たりにしたジャンヌは遠距離戦が不利と感じたのか、より精巧な一本の聖剣を作り出して朱雀に切りかかった。

 それに対してすかさず行動に起こしたのは朱雀だった。

 朱雀は緑色の宝玉を光輝かさせて、更に封を解くための言霊を呟く。

 

「―――封を解く。雷鳴の電龍よ、雷を帯び轟かせよ」

 

 朱雀によって顕現された電龍は宝剣に宿るように帯電し、雷を宿った宝剣でジャンヌの聖剣を迎え撃つ。

 ―――ジャンヌの聖剣が朱雀の宝剣に触れた瞬間、聖剣は四散する。バチッ! っという音で一瞬で壊れた聖剣をジャンヌは一瞬呆然とした。

 ……それが彼女にとっての命取りとなった。

 その一瞬で朱雀の宝剣の、翠色の宝玉が強い輝きを放つ。

 

「封を解く―――斬撃の死に風の龍よ、荒息吹け」

 

 それは朱雀の中の宝玉の龍の中でも一際強力なドラゴンが封じられたもの。

 その翼で仰がれた存在は否応なく切り裂かれ、そのドラゴンの動いた軌跡には必ず無数の大きな切り傷が生まれていたとされる龍。

 その龍が顕現され、暴風がジャンヌを包み、そして体中に無数の切り傷をつけて朱雀よりはるか前方に勢い良く落下した。

 

「かはっ……ッ。はぁ、はぁ……、ちょっと、舐めていたわ」

 

 ジャンヌは体のあちこちからあふれ出る血のせいで体力が奪われたのだろう。息が多少切れていた。

 しかしその目に宿る戦闘を続けるという意思はまだ消えていない。

 

「そうね。あなたも曲がりなく兵藤一誠の眷属だものね。彼の眷属が、弱いはずがない―――ならば本気を出すしかないかな」

 

 ジャンヌは目つきを鋭くし、自身の周りに無数の聖剣を次々と創っていく。

 その聖剣は白い光に包まれ、そしてジャンヌの上空に剣が集結して一つになる。剣の塊は全て一つの光として何かを形作り、そして―――

 

「これが私の禁手化(バランス・ブレイカー)―――断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)

 

 ジャンヌは、自身の神器を禁手に至らせた。

 彼女の真上上空に浮かぶのは10メートル強の大きさまで肥大化した、ジャンヌの聖剣によって形作られた剣のドラゴン。

 それはまるで意思を持つようにジャンヌの周りに纏わりつき、朱雀を威嚇する。

 

「聖剣によって作られた龍……」

『……気をつけて、朱雀君。あれ、さっきまでのレベルが違うよ』

 

 ディンはその聖剣の龍を見て何かを察したのか、朱雀に注意するように勧告する。

 もちろん朱雀もその意見には同意しており、すぐさま聖剣の龍を葬るため、風の龍を顕現して対象に向けて放った。

 しかし―――その風の息吹は、聖剣のドラゴンによって掻き消される。

 聖剣の龍はただの初動で風を掻き消し、更に翼を一度羽ばたかせただけで風を押し返し、更にこぼれた聖剣の一部を朱雀に対して放った。

 それは目にも留まらぬ速度で朱雀に放たれ、呆気を取られていた朱雀はそれをかじろうて避けるも、避け切れず横腹を抉られる。

 朱雀は苦痛に表情を曇らせるも、すぐにジャンヌを睨む。

 

「ただの神器の性能ではあなたには勝てないわ。でも禁手なら話は別―――さ、いくらでもドラゴンを顕現していいわよ? その全てを斬りおとしてあげる」

「……封を解く―――」

 

 朱雀は、宝剣の幾つもの宝玉を輝かせて聖剣の龍へと挑む―――

 ―・・・

 赤龍帝一同が先頭真っ只中、そんな時に前線を離れて一人護衛任務を果たしているのはエリファ・ベルフェゴールだ。

 本来彼女の護衛対象は兵藤夫妻であるが、突然の転移によって彼女は兵藤まどかとはぐれた。

 そして自身と共に転移された兵藤謙一を守りながら目的地である二条城に向かっていた。

 そして視線の先に最前線を捉えた時、彼女と兵藤謙一を謎の集団が襲ったのだった。

 全方位を囲む謎の集団を前に、エリファが取ったのは完全防衛であった。

 攻防一体のエリファは攻撃も防御も優れている。敵が格下であればたとえ一日中攻撃をされても崩壊することのない防御魔方陣を展開しながら、現在の戦況を冷静に見据える。

 ―――自身の眷属であるミルシェイド・サタンと霞の所在は現状、彼女は掴んでいた。

 だがその救援を望むことは絶望的であることも同時に理解していた。

 ミルシェイドと霞は今、この空間とは切り離された別の空間に囚われている。エリファの想像だとそれは英雄派の一員の仕業だろうと考えているが、更に英雄派の幹部クラスの仕業というのが彼女の評価だ。

 ミルシェイドはともかく、エリファの騎士である霞は駒を二つ消費の下僕だ。

 隠密に優れ、察知に優れ、冷静沈着な彼女を捕えることのできる存在がいることに驚いているエリファ。

 ……今、二人を捕えているのは英雄派の神器使いの一人。

 幻映影写(ドリームライク・カース)と呼ばれる神器の、更にその禁手である永久に包まれた幻想郷(パラセレネ・ユートピア)という力に囚われているのだ。

 対象を術者の作り出した空間に閉じ込め、そこで幻術や幻影を間永久的に見せ続けるという能力。直接的攻撃力はないとはいえ、精神を壊すことに特化した能力は恐ろしいものだ。

 更にその空間では数時間が数日に感じるほど体感時間と現実時間が異なっており、二人は囚われてからその空間で数日という日々を苦痛で囚われていることになる。

 もちろん、そんなことをエリファは知るはずもない。彼女ができるのは自分の眷属を信じることだけ。

 ゆえに彼女は、現実だけに目を向けていた。

 

「エリファちゃん。彼らはその、英雄派という奴なのか?」

「……恐らくは違うでしょう。英雄派は私の感じたところでは、彼らなりの正義の元で正々堂々我々と相対するはずです。ですがこの周りの敵は確実に下種に近い分類―――何の目的に私たちを狙うかはわかりませんが」

 

 いまだ、エリファの謙一を囲んで攻撃を仕掛けてくる敵を睨み、少し溜息を吐くエリファ。

 しかしそんなことで軋むほどエリファの力は甘くはない。むしろ全く影響がないと言っていいほど、エリファにとって囲む敵は弱者であった。

 

「恐らくはガルブルト・マモンが所属する一派の一員でしょう。感じる限りでは、敵は悪魔だけでなく堕天使やそれ以外の何かもいます―――私の盟約が兵藤夫妻の護衛なので、下手に攻めに転じることができないのが痛いところです」

「……俺がいるせいで、か」

「―――いいえ。それにあなた方が戦場にいてくれてよかったくらいです。なぜならこの集団が狙っているのは私ではなく、あなたなのですから」

「それは……」

 

 エリファの予想は確かに当たっていた。

 エリファがなぜその結論に至ったかといえば、それは彼らの攻撃方法に謎があったからだった。

 彼らが狙うのは執拗にエリファのみ。本来、非戦闘要因である謙一を狙えばエリファがそれを庇い、そのときに隙ができるというのは一目瞭然だ。

 だがそれをしないというのは謙一の身柄を目的としている他ならない。

 そうなれば、もし謙一やまどかが戦場について来なければエリファがいないところで拘束された可能性だってゼロではないのだ。

 その点でまどかが自分の近くにいないという一抹の不安も残るが……エリファはそれを考えつつ、視線の先にいる最前線の皆を注目する。

 

「……敵は英雄派の幹部が全員。更に英雄派のアンチモンスターを創る神滅具の少年によって創られた怪物。現在、その怪物はイリナとゼノヴィアで対処し、非戦闘要員の護衛をしています」

「……一つ、聞きたい」

「なんですか?」

 

 エリファと同じく、視線を前方に向ける謙一が、震える肩でエリファに尋ねる。

 

「イッセーは、普段から丸腰で戦っているのか……?」

「……いいえ。彼はほぼ全ての戦闘を神器の鎧を纏って戦っています。更に加えて創造の神器を重ねて使い、様々な手札から最適解を出して的確な戦闘をする……はずなのですが」

 

 謙一の先にいる一誠は、苦戦を強いられていた。

 謙一の目から見ても今の一誠の状態は異常の一言に尽きる。それはエリファも同意見だ。

 普段の武装がほとんど解除されている状況を見れば、彼を少しでも知る存在であればそれが異常事態ということはすぐに理解できるだろう。

 

「……俺の大切な家族が、傷ついている」

 

 謙一は、小さな声で呟く。

 一誠は何とか食らいついているとはいえ、明らかに不利な状況だ。

 それもそうであろう。妖刀と同調し、仙術を使いこなし、更には神滅具までもを宿している晴明の相手だけでなく、全身凶器のヘラクレスとメルティ・アバンセの相手を同時にしているのだ。

 更に鎧はうまく機能せず、頼みの綱のフォースギアとのリンクまで切れ使用不可。残る武装が回数制限付の双龍腕だけでは戦闘が慎重にならざるを得ない。

 助力の伝もなく、八方塞りと言ってもいい。

 もちろん謙一にそんなことを知る由もないが、ただ謙一の中には「兵藤一誠が傷ついている」という事実だけが痛いほどに響いていた。

 それは無意識に拳を握りしめ、あまりもの強さに爪が掌に食い込み流血してしまうほど。

 端的に言えばそれは―――怒りと、悔しさ。

 それは敵に対しての怒りと、自分に対しての怒り。何もできないことに対する悔しさ。

 謙一は、決して目を背けずに一誠を見る。

 

「……それは暗に、私に助けに行けと言っているのですか? それでしたら承りかねます。私は魔王、サーゼクス・ルシファーの命を受けてこの京の町に馳せ参じました。あなた方の護衛は絶対であり、それを遂行するために確実な道を私は取ります」

 

 エリファは揺るがない眼でそう断言する。

 ……謙一だって、そんなことは当に理解していた。自分には一切の力がないことくらい。

 ただ守られるだけの存在。それがどうしようもなく、彼の心を蝕んだ。幾ら自傷の言葉を自らに掛けても、どれだけ自分を責めても消えることができない。

 自分の身などどうなってもいい。どうだっていい。家族を守れるくらいならば。

 

「……ああ、そうだろうな。君の目は、例えどうにかしたくても自分に対して冷たくなれるヒトのそれだ。わかっているんだ、どうしようもないくらい……ッ!!」

 

 拳から砕けると思うほど、謙一は地面を殴りつけた。

 それをしてもただの八つ当たり程度のものにしかならないことも、彼は理解していた。

 でもその感情の行き所がなく、霧散しようとしても霧散しない消えない感情が永遠と渦巻く、

 ……こんなことは、一度や二度ではなかった。

 ―――兵藤謙一の人生は、後悔ばかりであった。

 

「……俺は、傷つくイッセーを救うことが一度だって出来なかった」

「なんとかしたいと思っても、その力がなかった。真正面から向かい合っても、あいつの本当の気持ちを理解することができなかった」

 

 彼の後悔は小さな頃に遡る。

 それは実父との最後の会話。彼は仕事で授業参観に来れなくなった父と口論となった。

 謙一の父はヒトの命を守る消防士であった。元々非番であった彼は突然の家事に駆り出され、そのときに謙一と口論となったのだ。

 そのとき謙一は言ってしまった。父の手一つで育てられ、中々一緒にいられない父に対する愛情の行き場がなく、彼は言ってしまったのだ。

 ―――父さんは、僕より他人のほうが大切なんだ、と。

 子供ながら言ったその言葉に、父は泣いていた。もちろん表面には出ず。心の底で。

 謙一の父はそんな謙一の頭を撫でて、ただ一言言ったのだ―――行ってきますと。

 そして……彼は帰ってこなかった。

 火事現場で、自分の息子と同じくらいの年頃の子供を救うために、命を掛けて。

 彼の同僚の隊員は彼を見取り、最後の彼の言葉を謙一に届けた。

 それは―――

 

「―――家族を守れるくらい、強い男になってくれ。俺は、この世で一番尊敬する親父に、そう言われた。そして誓ったんだっ!!」

 

 後悔はまだあった。

 まどかを救おうと思ったのに、空回って彼女を更に傷つけたことがあった。

 一誠の出産に間に合わず、まどかに土下座をしたこともあった。

 たくさんの後悔の中で、ただ謙一は後悔だけでは終わらせたくなかった。

 親との離別で、家族を守るくらい強くなると誓った。

 まどかを傷つけたなら、傷つけた分を帳消しにするくらい彼女を愛そうと。

 出産に立ち会えなかったから、その後のことを必死に支えようと。

 ―――しかし、一つだけ後悔しただけのことがあった。

 それは……一誠だった。

 彼の最大の後悔は、傷つく一誠を救うことが出来ず、自分には何も出来なかったことだ。

 悪神ロキによって一誠が傷ついたとき、謙一は何も出来なかった。

 危険な戦いに向かう一誠を、ただ待つことしかできなかった。

 ……彼の居場所でしかなかった。

 

「……そうですか」

 

 エリファは謙一に目を向けない。

 見て、られないのだ。

 目も入れられないほどに謙一は痛々しかった。

 赤く滲んだ拳で地面を赤く濡らし、悔し涙を流す大の大人を。

 格好もなく、鼻水を垂れ流して泣く大人を。

 ―――でも不思議と、それを汚いと思わなかった。

 むしろ謙一を格好悪くも格好良いと思ってしまった。

 ……ああ、紛れもなく、この男は兵藤一誠の親であると。

 キュン、と……心が締め付けられる。

 エリファにとってそれは人生で二度目の出来事だ。

 一度目は兵藤一誠をはじめて見たときの愚直さ。それに憧れ、傍で歩みたいと思った。

 

「……本当に、あなたたち親子はとんだ女泣かせです」

 

 ボソッと、エリファが呟く。謙一には届いていない言葉。

 ……謙一は立ち上がる。

 

「……君が止めることなんて理解した上で、こう願う―――行かせてくれ、俺を」

「駄目です。そんなことをして、何になります?」

「わかってる。俺が何の戦力にもならないことくらい」

 

 謙一は魔方陣によって作られたドーム上の空間の壁に触れ、真っ直ぐに一誠を見た。

 

「……俺がいなくなることで、君は自由に動くことが出来る。親だからわかるんだ。君はイッセーのことを好ましく想っている。本当ならば、私を放ってイッセーを救いに行きたいと思っているんだろう?」

「たとえ私がそう思っていても、絶対にしません。あなたは私の護衛対象であり―――」

 

 エリファがそう言おうとしたときだった。

 ―――エリファの視界が、途端に真逆になった。

 彼女はその事実に気づいたとき、彼女は謙一によって投げ倒されていた。

 一瞬、彼女は自分の身に何が起きた分からなかった。

 まさか自分が人間である謙一に投げ飛ばされるなんて考えていなかった。だからだろう―――彼女は、気づいたときには魔法陣を解除していた。

 それにすぐに気づいたときには既に謙一は外へと走り去っていた。

 

「―――あ、あなたは馬鹿ですか!?」

 

 エリファは謙一のあまりにも無謀な行動に、らしくもない年相応の焦った声を上げるも、既に謙一は行動に移している。

 あまりにも突然のことに敵も謙一に反応できていないことが唯一の救いであるか。

 いち早く反応した敵も、謙一の武術にあしらわれてエリファと同じように地面に倒されていた。

 

「ああ、自分でも馬鹿さ加減は理解している!! ただそれでも、俺は行かねばならん!!!」

 

 それは彼が兵藤謙一だから。

 兵藤まどかの夫で、兵藤一誠の父がこんなところでずっと泣いているわけにはいかない。

 謙一の人間離れした身体能力と武術の心得で、自分を捕えようとする敵を避けて一歩、また一歩と一誠に近づく。

 ―――しかし、終わりは来た。

 幾ら武術に精通していても、人間離れしていても……彼は人間であった。

 謙一の動きを止めたのは肩に刺さる一本のナイフ。

 体中黒ずくめの、隠密行動を得意とする敵を前に、彼は地に伏した。

 

「―――ッッッッッ!!!!?」

「……ばか、め。おれが、ぼくがいるの、にのこのこのこ、と……」

 

 暗殺者のような男は、倒れる謙一に近づいてくる。

 その手には謙一の肩に刺さるナイト同じものが握られており、暗殺者はそれを謙一の喉に添えた。

 ……しかし謙一は、たかが一度の転倒で諦めるほどお人よしではなかった。

 決してスマートでも、美しいという言葉が似合う男ではない。

 むしろ泥臭いという言葉が良く似合う男だ。

 ……諦めが悪いのだ、つまり。

 兵藤一誠の父である彼は、息子よりも頑固で強情で諦めが悪い。

 暗殺者はそれを理解していなかった。

 暗殺者が不用意に謙一の近くに近寄ったとき、即座に暗殺者の視界は一回転する。

 これには暗殺者も驚きだったのだろう。まさか麻痺毒の塗られたナイフを受け、謙一が動き出し、なおかつ技を自分に掛けてくるなど露ほど考えていなかった。

 暗殺者は可笑しいほど簡単に地面に伏し、そして次の瞬間―――四肢の関節を全て抜かれた。

 

「―――!?!?!?!?!?!?」

 

 暗殺者は声にもならない声で突然の出来事にのた打ち回るが、謙一は一々そんなことを気にしていられる状況でもない。

 暗殺者の隣を通り過ぎて、謙一は歩みを進めた。

 

「……悪いが、俺は、先を……急がせて、もらうぞ……」

 

 謙一は今更ながら回ってきた麻痺毒に犯されながら、それでも一誠に近づいていく。

 額から留め止めもなく嫌な汗が流れ、視界も朦朧とする中で、彼は真っ直ぐ歩き続けた。

 

「―――ッセー」

 

 口まで麻痺毒が回り、うまく声が出ない。

 だが、謙一はそれでも喉を鳴らし、声が枯れるのではないかと疑うほどの大声を上げた―――

 

「―――イッセェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」

 

 ……その声が戦場に響いた時、彼はその場に倒れた。

 最後の力を使い果たし、指一本を動かせない謙一。

 ……あの麻痺毒は、悪魔などの異常側の動きを止める用のもの。人間であれば、秒を待たずともすぐさま体が動かなくなるほどの毒なのだ。

 それでも謙一は動いた。その執念、根性と言ったほうがいいか。

 それはほとんど誰の目にも入っていないものだろう―――ただ一人を除けば。

 

「―――あなた、本物の馬鹿ですか?」

 

 倒れる彼の傍に寄るエリファ・ベルフェゴールは、頭を抑えてそう言うしかなかった。

 当然だ。ただの人間が、あれほどの敵を前にあしらい、しかも麻痺毒に犯されながらも暗殺者を戦闘不能にしたのだ。

 それでもなお、前に進もうとしている。今も、変わらず。

 その意思は目を見れば理解できる。エリファは思った。

 ―――このヒトならば、と。

 

「兵藤謙一。あなたに私から選択肢を差し上げましょう」

「―――」

 

 謙一は声に出さず、目線だけをエリファに向けた。

 

「選択肢①、ここで何も出来ず、息子が傷つく様を見ているだけ」

 

 エリファは人差し指を突き出し、空中に光の文字を浮かばせる。

 

「選択肢②、私があなたの麻痺の治療をして、また馬鹿の一つ覚えのように駆け出す」

 

 エリファは中指も突き出し、二つ目の選択肢を示す。

 ……謙一は言葉を話せない。

 だがその心の中でもう一つ、選択肢があることを確信していた。

 謙一が確信していることをエリファも理解し、彼女は小悪魔らしい微笑を浮かべる。

 エリファは膝を落とし、その美しい相貌で真正面から謙一と向き合った。

 その手には―――があった。

 

「選択肢③―――私のものになること」

「―――」

 

 謙一はエリファの言葉に目を見開く。

 彼は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 ……だが彼女が悪魔であること、そして彼女の手にある―――を見てすぐに理解する。

 

「この選択肢を選べば、あなたはきっと大切なものをまとめて救うことができるでしょう。あなたは心の底から求めるものを手に入れる代わりに、それと天秤にかかるほど大切なものを失う―――選びなさい、兵藤謙一」

 

 宙に浮かぶ二つの光文字の選択肢と、エリファの手の中にある―――。

 謙一は言葉を出すことが出来ない。

 ……兵藤一誠は、懸命に傷つきながら戦っていた。

 彼を見守ることしか出来ない兵藤まどかは、自分の無力さから涙を流していた。

 ……謙一は揺れている。エリファの言葉の意味を理解しているからこそ、ほんの少し戸惑った。

 この選択肢を選んで、自分には後悔はない。だが残されたまどかはどうだ? 一誠はなんと言うだろう、と。

 ―――視線の先の一誠は、ヘラクレスのミサイルをまともに受けて血反吐を吐く。

 メルティ・アバンセの爪を避けた結果、その先の晴明に蹴り飛ばされた。

 

「―――っ」

 

 動かないはずの謙一の手が、腕が、体が動く。

 

「―――が、―――っ……ッ!!」

 

 声が、響く。

 エリファはその光景を見て鳥肌が立った。こんなことがあるのだと、心底、兵藤謙一に畏怖を示した。

 漢は、立ち上がる。

 その目には闘志が、消えることのない炎が燃え盛っていた。

 その手はエリファの手元に伸び、そして―――を、確かに握っていた。

 そしてその上で、謙一は明快な声で

 

「―――俺が」

 

 全てを捨てる覚悟を以って

 

「―――家族を守る……ッ!!」

 

 

 たった一つの願いを胸に、兵藤謙一は―――

 ―・・・

 戦況は一変した。

 木場祐斗はジークフリートとの接戦の末、互いに凄まじい傷を負いながらの壮絶な死戦を繰り広げる。

 兵藤一誠は翻弄されながらも善戦する。

 だがもう終わりは近かった。

 

「く、そ……僕のほうが、先に……」

「はぁ、はぁ……っっ。末恐ろしいよ、君は……木場祐斗くん」

 

 そこには木場祐斗がジークフリートに敗北する姿があった。

 

「さぁ、もう終わりだ。兵藤一誠」

「いっくぜぇぇぇ、こいつで仕舞いだぁぁぁ!!!!」

 

 そこには、断崖絶壁の危機に追い込まれた兵藤一誠の姿があった。

 ジークフリートは倒れ伏している木場祐斗に魔帝剣グラムを振るう。

 ヘラクレスは体から無数のミサイルを生成し、兵藤一誠に向かって放つ。

 ……この戦線を支える二人の柱が、散る。

 それは赤龍帝陣営の敗北を意味するだろう。

 ―――だが、言ったはずだ。戦況は、一変したと。

 

 

「―――なぜ、お前が」

 

 ジークフリートが振り下ろした魔帝剣グラムは、防がれていた。

 それは木場祐斗の手ではない。―――その剣は堕ちた聖剣であった。

 絶望の底に堕ち、それでも大切なものを守ろうとしたある男が扱う。そんな剣であった。

 

「―――んぁ? おい、おっさん。てめぇ、何してやがる?」

 

 ヘラクレスのミサイルは決して、兵藤一誠に届くことはない。

 たったの一つも残さず、全てを落とされる。

 ―――否、落とさなければならない。

 たとえ命を賭してでも、その男は守ると決めたのだから。

 その拳で、大切な―――家族を、守ると。

 

「―――いやっほぅ、ジークのあにきぃ~。それにイケメンくんもおひさだねぇ~……。あらま、倒されちゃった? 俺、あの時に言ったっしょ? いつか俺が潰すって。だから、先に潰されたら困るんだよね~」

「ど、うして……君が」

「まーまー細かいことを気になさんなって♪」

 

 その白髪の青年は、いつも通りの飄々とした声音と態度で、しかしその瞳の奥には木場祐斗の知らない『彼』がいた。

 

「さぁて、んじゃイケメンくんはちょっと回復したら戻ってきなよ~? あとはまぁ―――この外道神父、フリード・セルゼンにお任せよ」

 

 

「何をしている? そんなこと決まっているだろう―――それはそうと、貴様。貴様、一体何に手を出しているのか理解しているのだろうな?」

「ま、てよ……どうして、―――が」

 

 その強靭な肉体で兵藤一誠を守る『彼』は、いつもとは違う恐ろしいほど低い声音で、大切なものの敵を睨みつける。

 

「どうして、か―――そんなこと、お前が一番良く理解しているだろ。イッセー」

 

 先ほどとは打って変わって、朗かな笑顔を浮かべる男。

 男は一誠の頭を撫でる。

 

「良く頑張ったな―――さすがは、俺の息子だ!!」

 

 ―――大切なものを守るため、兵藤謙一が立ち上がる。

 全てを守るために、二人の男がこの戦場に参戦した。



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第14話 男たちの意地

 そう言えば、とふと思い出したことがあった。

 それは小さな頃の記憶。本当に小さい頃、何の力もなかった頃に一度だけ見た記憶がある父親の背中。

 本当に俺は小さく、物心もついていない頃の記憶だ。

 オルフェルだった頃の俺は、いつだって守られていた。俺を一番最初に、ずっと守ってくれていたのは誰だったか。

 ……それは父親だった。

 その背中が大きかったのを覚えている。

 今の俺よりも確実に力が弱いことなんて理解しているけど、それでも―――その背中は、大きくて頼りになった。

 ……どうして今更、こんなことを思い出しているんだろう。

 そんなこと分かりきっているのに、俺はそう思い出すしかなかった。

 

「―――良く頑張ったな、流石は俺の息子だ!!」

 

 俺は晴明とヘラクレス、メルティに確実に追い込まれていた。

 俺の能力を無力化する謎の力に翻弄されて、フェルの力も発動できず、自力の力で追い込まれていた。

 使えるものはすべて使って対抗したけど、万全の敵三人に対してそれはあまりにも無策で、到底対抗できるものではなかった。

 その結果が、ヘラクレスの全力攻撃を避けることができないという事実。

 ……負けを、覚悟した。

 向かい来る脅威に対して俺は何もできなかった。

 ―――だけどその脅威は、一向に俺の元に来ることはなかった。

 その代わりに俺の前に現れたのは、大きな背中だった。

 筋骨隆隆で、背丈もこの戦場の誰よりも高い男。

 いつも家族は大好きで、口を開けば俺や母さんのことをただ「愛してる」と愚直にもらすその人は―――父さんは、俺の頭をそっと撫でて、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 俺は父さんが何で戦場に、俺の前に立っているのか到底理解ができなかった。

 でもただひとつ、分かることがあるとすれば……それはたった一つ。

 

「イッセー、お前は良く頑張ったから、ちょっと休憩だ。―――お父さんがお前を守るぞ」

 

 ―――俺は父さんに、守られていた。

 理解に苦しむ。どうして戦場に父さんがいるんだ。人間である父さんがこんなところにいたら……―――ちょっと待て。

 おかしいだろ。

 この際、父さんが戦場で俺を守っていることはいい。

 だけど―――ヘラクレスのミサイルを全て打ち落とすなんて芸当、ただ人間では不可能だ。

 父さんが神器を宿していたなんて驚きの展開なんてない。

 俺は16年間、父さんと一緒に生活していて気づかないはずがない。

 ……そのとき、俺は理解した。

 神器でないのであれば、父さんがどうなったかなんて理解が容易い。

 ミサイルによる爆撃に耐えうる力と防御力、そんなものを父さんに付与するのは狭まった現状である可能性は一つしかない。

 ―――戦車(ルーク)の駒の特性は、ぶっ飛んだ攻撃力と防御力。

 つまり父さんは

 

「どうして、悪魔に……」

 

 悪魔になった、ということだ。

 そしてこの戦場に父さんを悪魔に転生させることのできる存在は、俺を除いて一人しかいない。

 

「……言いたいことはきっとたくさんあるだろう、イッセー。ああ、そうだな。俺はお前に怒られることを承知で、お前を助けに来た。―――もう二度と、後悔なんてしてたまるか。もう二度と、お前の手を離してたまるか」

 

 ……父さんの拳より濃厚な魔力の塊を感じた。

 ―――悪魔になって数分の父さんが、魔力の制御をできていることに驚愕した。

 

「……おいおっさん、てめぇには用はねーから、すっこんでろ」

「口が達者だな。ウドの大木か、お前は」

「―――んだと!? てめぇは俺を馬鹿にしたなぁ!!」

 

 ヘラクレスは父さんの煽りにわかりやすく反応し、致死レベルのミサイルを次々に放った。

 

「やはりまだまだ餓鬼だ。青臭い小便小僧だ、そこのでかぶつ」

 

 ……父さんは拳を構える。

 その拳の魔力は更に上昇し、色を凄まじいほどの赤に変えた。

 

「―――少しは家の可愛い息子を見習え」

 

 低い声音が響き、ミサイルは父さんの方に向かう。

 激しい爆撃音と共にヘラクレスの笑い声が響き渡るが―――すぐにそれは止むことになった。

 ガガガガガガガガ、と物体が次々に殴られつぶれる音が鳴り響く。

 一時は爆発による煙で父さんの姿は見えなかったが、すぐにそれも拳圧で消えてなくなる。

 ―――煙が晴れたとき、父さんはほぼ無傷でそこに立ちすくんでいた。

 

「……ふむ。エリファちゃんの助言はわかり易くて良い」

「―――ちょっと待てよ!? なんでだ!! どうして俺の攻撃が一切効いてねぇんだ!! 高が数分前に悪魔になったばっかの奴が、何をどうしたらそこまでの戦い方をできるってんだ!!?」

 

 ヘラクレスは父さんの驚くべきまでの戦闘力を見て、罵詈雑言より先に純粋な疑問の声が出た。

 それは俺も同様だ。

 明らかにおかしすぎる。確かに父さんは人間離れした身体能力を持っていた。それは俺にも遺伝されているのは知っていた。

 悪魔になって、しかもそれが戦車だとしてもあのヘラクレスの攻撃を無傷で耐え切るなんて常識はずれもほどがある。

 ―――それを可能にしているのであれば、それは俺には一つ思いつかない。

 ……それは、父さんが魔力を使いこなしていること。

 たった数分前に悪魔になった父さんが、魔力の基礎理念さえ知らないのにも使いこなしている。

 どうしてそんなことが……

 

「―――俺は武術や格闘技、様々な種類のそれを幅広く収めていた。親の遺伝で身体能力も反射神経も驚くほどに凄まじい。それを駆使すればある程度は貴様とも戦えるというわけだが……魔力に関してはエリファちゃんにアドバイスを受けてな」

「アド、バイス?」

「そう。魔力は純粋な思いで、水を掬うような感覚で優しく扱う。それを込めたい部分に集結させるイメージ……拳に魔力とやらを集中させるのは俺の気色に合っているな!!」

 

 至極簡単にいうけど、そんなに簡単なことではない。

 父さんはそれを全て勘で実行したんだとしたら———戦闘における才能、か。

 

「……兵藤謙一。あなたまでも、どうして……」

 

 すると、晴明ほとんど聞こえないほど小さな声で何かを呟く。

 その視線は父さんに向いていた。

 

「……朱雀の兄はお前か」

 

 すると父さんは、晴明の視線に気づいたのかヘラクレスから目を逸らし、晴明に注目した。

 ……父さんは朱雀から土御門崩壊の大半の話を聞いていて、晴明にあまりいい感情を持っていないというのは明白だ。

 それを証拠に父さんの表情は複雑な心境を表現していた。……それでもなお、父さんは晴明の目をじっと見つめる。

 何かを見定めているような父さんの視線に、晴明は目を逸らした。

 

「……晴明、と言ったな。―――お前は何を隠している?」

 

 すると父さんは晴明の仕草を見て確信をした言わんばかりに断定し、晴明にそう尋ねた。

 

「……何を言っている? 俺が何を隠す意味がある?」

「ならば俺の視線を外す必要もない。だがお前は外した―――後ろめたさを隠すように」

「―――」

 

 晴明は父さんの言葉に表情には出さないものの、明らかに動揺していた。

 ……父さんの登場は、この戦況を一変させている。いるはずのない戦士の登場は敵側。……特に晴明に明らか動揺を生ませ、更にヘラクレスを牽制している。

 ……実際にそれほどの威圧感があるのは確かだ。

 ―――それでもやっぱり、複雑だった。俺の不甲斐なさから父さんは悪魔になるという選択肢を選んでしまった。

 ……そんな時、まるで俺の考えなどお見通しのように父さんは俺の頭を荒々しく撫で回した。

 

「そんな顔をするな、イッセー! 俺はお前のために何かできることを誇らしげにまで感じているんだぞ? つまりは大丈夫だ!」

「……大丈夫、か」

「そう、大丈夫だ。俺の後ろにイッセーとまどかいれば、俺はいつでも最強だ。どんな困難でもこの拳で打ち砕いて、大馬鹿者を説き伏せるくらいのことはしてやる!! ……だから」

 

 父さんは言葉を区切り、俺の首根っこを掴んで勢い良く母さんやアーシアたちがいる方向に投げた……ッ。

 俺は傷が深い理由で特に抵抗できずアーシアたちの方に飛ばされる。

 ……そして父さんは、俺の代わりに三人の敵を前にする。

 

「アーシアちゃん! イッセーの傷を治してやってくれ!!」

「は、はい!!」

 

 するとアーシアはすぐさま俺の元に駆け寄って、禁手である聖歌を歌って俺を凄まじい速度で癒してくれる。

 更にアーシアの体からはそれだけでは飽き足らず、普通の癒しの光までもが湧き出て、二重に俺を癒す。

 ……温かい光に包まれながら、俺の隣にすっと母さんが駆け寄る。

 

「……イッセーちゃん、あとで本気で怒るから」

「え、えっと……」

 

 母さんの真剣なトーンの声に、俺は狼狽する。

 ……一人で無茶をしたことに怒っているのは当然だ。仕方なかったとは言っても、それで母さんが俺を叱るのは当然だよな。

 

「……母さん。父さんは」

「うん、わかってるよ。ケッチーの(こころ)はいつも私に流れくるんだもん―――だから私は、夫を信じるよ」

 

 母さんは苦笑いを俺に見せながら、父さんの背中に視線を向け、そして大きく息を吸い込む。

 そして―――

 

「ケッチー!!!! 愛してるから!! 絶対に勝ってぇぇぇ!!!!!」

 

 ―――誰よりも父さんをやる気にさせる声援を送った。

 その瞬間、父さんの拳に纏われる赤い魔力はゴウッと大きくなり、メラメラと炎のように燃え上がる。

 ……いや、もうむしろ炎と言ってもいいほどの熱を感じる。

 

「―――うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!! 任せろ、まどかぁぁぁぁ!!!!」

 

 ―――父さんは本当に単純だよ。

 だけどそれが……俺の父さんなんだもんな。

 

「……目標、後退。障害、削除」

 

 するとそれまで動きを見せなかったメルティが行動を開始する。

 その鋭き爪の先端全てを父さんの喉に向けて突き刺し、命を奪おうとする。

 

「―――遅いわ、小娘ぇぇぇぇ!!!」

 

 ―――しかし、父さんはそんな高速で動くメルティの腕を掴み、そのまま背負い投げて元にいた場所に叩きつけた。

 地面は激しい戦闘で形の悪い岩などが散乱しており、メルティは父さんの一動作で背中に大きな傷を生む。

 

「予、想……外」

 

 ……速度で圧倒するメルティを、反射速度と技だけで無力化。しかも父さんの掴んだメルティの腕は、火傷のような傷ができていた。

 ってことは、つまり父さんのあの火のような魔力は、熱量を持つ性質ということか。

 

「……魔力を属性として付与させることは基礎ではある。でも基礎のない父さんはそれを、即興でやりのけているのか?」

「―――当然よ? だってケッチーはイッセーちゃんのお父さんなんだから。ケッチーって案外器用なんだよ? 割と何でもノリと器用さでこなすし。イッセーちゃんのそういうところはきっとケッチーの遺伝と思うなー」

 

 ……母さんがそんな軽口を叩いているとき、ヘラクレスが父さんに向けて特攻してきた。

 先ほどの遠距離からの爆撃は意味がないと悟ったのか、豪腕を振りかざして殴りかかる。

 ―――でもその位置は、父さんの領域だ。

 殴った箇所を爆発させるヘラクレスの能力は、つまり当たらなければ爆発は生まない。

 禁手のミサイルは遠距離では効かないと理解したヘラクレスが移す行動は、至近距離からのミサイルによる爆撃を放つというのは用意に理解できる。

 だけど、そんなことを父さんは許さなかった。

 拳を受け流し、ミサイルを流れるような動きで避けて、最小限の動きでヘラクレスの腹部に恐ろしいほどの威力のフックがヘラクレスの顔面を捉えるっ!!

 ボゴォッ……そんな可笑しいレベルの打撃音が響き、ヘラクレスの意識は一瞬宙に飛んだ。

 しかし父さんの猛攻はそんなものでは収まらず、意識を覚まさせるように腹部にストレートを放ち、意識が戻ったところを次は勢いのよいアッパーで殴り上げて空中に殴り飛ばす。

 そして止めと言いたいように父さんは勢い良く飛び、成す術のないヘラクレスを踵落としで地面に叩き付けた。

 ……その一連の流れで俺は身震いする。

 ―――俺、神器なしならまだ父さんに勝てる気がしない。

 

「あー、ケッチーぶち切れだね。まあ当たり前だけどね―――イッセーちゃんを笑いながら傷つけた下種は、もっとやるべきだよ」

「母さん、顔がやばい! ほら、アーシアもちょっと怯えてるよ!!」

「ま、まどかさんの、目が……目が……」

 

 ほら、ハイライトがなくなった母さんの形相にアーシアは本気で怯えてるし!

 アーシアがこの状況で手を握ってくる辺りが、まあなんとも言えない!

 ……でも一つ、気になるのは晴明。

 あいつはこの状況で、まだ父さんに対してアクションを起こしていない。

 視線を下に下げて、表情が一切見えない晴明が不気味でしかたない。

 あいつは一体、何のために戦っているんだ?

 ―――曹操は人間のために戦っている。

 異形の存在の脅威から全人類を守る最後の砦。それが曹操のいう「英雄」であり、曹操はそれを体現していると思う。

 だけどあいつはどうだ。恨みがあったとはいえ自分の実家であった土御門家を滅ぼし、実の弟である朱雀にまで手を掛けた。

 そして悪魔をも滅ぼそうとしている。

 ……曹操と晴明の違い。それは悪魔を滅ぼそうとしているかしていないか。

 曹操は守ると断言し、晴明は殺すと断言している。同じような正義に見えても、明らかに晴明は歪んでいた。

 ―――父さんがあの時言った。晴明は何かを隠している、と。

 それならば晴明の歪みは、その隠していることが原因じゃないのか?

 ……思い出せば晴明は俺に対して―――「兵藤」に対して異常なほどの執着を持っていた。

 俺と初めて邂逅したときは俺を仲間にしようとして、母さんが戦場にいると見たときはそのことを心から怒っていた。

 そして父さんが悪魔になって現れたときは悲しそうな顔をしていた。

 俺にはその意味がわからない。

 ……晴明に関してはわからないことだらけだ。

 俺の神器の無力化から始まり、あいつの内面も全てそう。

 ―――そこから突き詰めていくことが一番正しい気がする。

 どうしてか、俺はただ晴明を打倒するだけのことを考えることができない。

 そんなことでは、誰も―――朱雀は救われない。

 

「……イッセーさん。傷の治療は、終わりました」

「そっか。ありがとう、アーシア。おかげで大分楽になった」

 

 俺は軽く伸びをして立ち上がり、地面に膝をつけて座っていたアーシアの頭をそっと撫でる。

 アーシアはくすぐったいように笑い、しかしすぐに心配そうな顔をした。

 

「……我侭を言えばイッセーさんが困るのはわかっています。きっとイッセーさんは今、色々なことを考えながら戦っている。あのエンドさんのことや、フェルウェルさんのこと、朱雀さんのこと。……上手い言葉なんて掛けることはできません。でも私は―――イッセーさんを、信じています」

 

 アーシアは自分の頭の上にある俺の手をそっと握り、それだけ言って俺を送り出す。

 ……アーシアの言うとおり、今は考えることばっかりだ。

 だからこそ、アーシアのことを考えていない俺を、それでも送り出してくれる彼女に感謝する。

 帰ったら思いっきり甘やかしてあげよう。俺も何で甘えようか。

 そんな戦場には必要のない感情を抱きつつ、俺は前を見る。

 俺たちより後方より何かの気配を感じ、その気配を察知して俺もまた動き出す。

 先ほどまで動きを止めていた晴明は意を決したというのか、その剣先を父さんに向けて放つ。

 メルティも父さんを殺すために動き、ヘラクレスは恨みの篭った目つきでミサイルを放っていた。

 俺は晴明の妖刀を走っている最中に拾ったアスカロンで受け止め、父さんはヘラクレスのミサイルを炎を纏う拳でなぎ払い、そして―――

 

「―――封を解く。硬骨の鋼龍よ、護り振り切れ」

 

 ―――メルティの爪は、朱雀によって顕現された鋼鉄の龍によって防がれる。

 俺はアスカロンを薙ぎ払い晴明を、父さんはヘラクレスを殴り飛ばし、メルティはすぐさま朱雀から距離を取る。

 ……父さんは俺と朱雀の顔を交互に見て、そして少しばかりの苦笑いを見せて嘆息した。

 まるで、そうだな―――馬鹿野郎って、そう言いたげな顔で。

 

「ったく、俺の息子どもは揃って無茶ばっかりしてな」

「父さんに言われたくねぇよ」

「……全くです」

 

 俺も朱雀も、父さんの妄言にツッコミを入れる。

 ……だけどこれで本当に最後だ。

 この戦いをもう終わらせる。

 これ以上は、誰も傷つけさせない。

 

「さぁて、もうそろそろ終わらせようぜ。英雄」

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 色素の抜けた白髪の、カジュアルな黒い襟付きのシャツを着飾る彼―――聖堕剣アロンダイト・エッジで魔帝剣グラムを受け止めるフリード・セルゼンは、僕に軽口を挟みながら戦場に参上した。

 僕が彼に最後に会ったのはディオドラ・アスタロトとの一件以来だ。

 そんなフリードを見て眼を細めるのは、彼に剣を止められているジークフリートだ。

 よく見ればジークフリートとフリード。白髪、剣を扱うという点、元々は同じ陣営にいたという点。

 フリードの口振りから察するに、彼らは面識があるのだろう。

 刃を交えるフリードに、ジークフリートは声を掛けた。

 

「ああ、久しぶりだね。フリード……。君が教会から追放されて以来じゃないかな?」

「そっすねー。確かそんなもん? んま、今はそんなことはどうでもよくって、チョンパ!!」

 

 実に軽い擬音の癖に、フリードは軽さとは裏腹な本気の斬撃をジークフリートに振るった。

 ジークフリートはそれを難なく防ぐも、一旦はフリードと僕から距離を取る。

 ……そこで僕はようやく、フリードにまともに声を掛けた。

 

「フリード・セルゼン! なんで君がここにいるんだ?」

「んー? そりゃあ……説明するのが面倒臭いから割愛でおねがーいしやーす。または後でイッセーくんにでもお聞きなさいよぅ♪」

 

 フリードは僕の問いにふざけたように答えず、代わりに僕に何かの錠剤のようなものを放り投げてきた。

 僕はそれを見て目を丸くすると、フリードはぶっきらぼうに言い捨てるように言う。

 

「おれっちの渡すものが得体の知れないもんだと思うなら、捨ててもいいぜ。そいつはガルドの爺さんお手製の医療……飲んだら覚醒!みたいなもんじゃねえから安心しなよ。あ、もしかしてそっちの方がご所望だった!? それはすいましぇん!!」

「…………」

 

 正直に言えば、まだそこまでこの男を信頼しているわけだはない。

 イッセーくんから幾らの話は聞いているものの、やはり敵であった期間が長かったからこの男を信用は出来ない。

 ……でも、僕は躊躇いつつも錠剤を二錠ほど飲んだ。

 すると傷が治るわけではないけど、体の重さは幾分になくなった。

 ……信頼できる間柄でもないし、僕は信用できないのは確かだ。

 ―――だけどイッセーくんはフリードを敵とは思っていない。もしここで僕が彼に斬りかかれば、イッセーくんを失望させるのは目が見えている。

 だから……

 

「これはあくまで妥協だ。君の好意を無下にすれば、あとで後悔しそうだから」

「……あっそ」

 

 フリードはふざけた口調でも真面目な口調でもなしに、興味なさげにそう小さく返答した。

 ……フリードからの錠剤は確かに効いているけど、動くためにはもう少し掛かりそうだ。

 この戦闘でアーシアさんとヴィーヴルさんは僕たちの生命線としてもう十分なほどに頑張ってくれた。

 それに今はアーシアさんはイッセー君の治療で忙しい身だし……僕は必要ない。

 ゼノヴィアとイリナさんは魔獣の掃討が大方片付き、今はロスヴァイセさんの救援に向かっている。

 ―――英雄派に傾いていた戦況が、たった二人の乱入でどうなるかわからなくなった。

 

「相も変らぬふざけ振りだな。その癖、手癖がすこぶる悪いところも何も変わっていないな」

「いっしし、そういうあんたこそグラム振りかざして『まけんつかうおれ、かっけー!!』ってか? つーか前々からあんたは気にいらなかったのですです! こう―――すっげー野心家の癖に、いつもニコニコニッコーってしてるところが胸糞わりぃ」

「―――言うようになったね、フリード・セルゼン」

「そりゃあもう色々あったらねー! ―――ジークフリートの兄貴」

 

 ……それまでの雰囲気が一気に変わる。

 フリードのふざけた口調は一転して純粋な殺気に変わり、手に握るアロンダイトエッジもまたフリードに応えるように濃密な聖剣と魔剣のオーラを放つ。

 ……僕以外で純粋な聖魔剣を扱う唯一の存在、フリード。

 この世界で初の、ヒトの手によって創られた人工の聖堕剣・アロンダイトエッジ。

 その機能は非常に強く、使用者の素体を魔改造並みの強化を施し、更にほぼ未来予想に近い魔と聖のオーラの察知をする能力。

 これであのイッセーくんを追い詰めたのは、神器を持たない人間では恐らくフリードだけだ。

 あの晴明ですら多勢に無勢でようやくだったんだから。

 

「……前に本部で見かけたときにも思っていたけど、一体何をすればこうも変わるんだい? フリード。今の君の実力は是非とも英雄派の幹部として受け入れた―――」

 

 素直にフリードの力に感服し、ついフリードを勧誘しようとするジークフリート。しかしその言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 フリードによって神速で放たれるアロンダイトの聖魔なる斬撃刃がジークフリートの頬を掠め、傷口を触ってそれを認識したジークフリートは歪んだ笑みを浮かべる。

 それは僕と戦ったときと同じ、戦闘狂の笑み。

 

「―――んなもんカンベンだよ!? ひゃははは! ……俺には英雄とか、んなもんきな臭くて似合わねぇよ。ってか自分で英雄語ったら英雄様に失礼だぜ? ……英雄っつーのは、何かのすんげぇことを成し遂げて、誰からも賞賛されるザ・天然ジゴロに称されるもんだ。ほら、あんたらのボスの曹操とか―――どこぞの赤龍帝とか」

 

 フリードは剣先をジークフリートに向ける。

 

「だから俺はまぁ―――あんの糞餓鬼共だけのヒーローでいいや。あ、イケメンくん! 今のはオフレコでよろ!」

「……君は、素直じゃないよね」

 

 僕は苦笑いをしながらフリードの願いに対して頷くと、フリードは再びジークフリートの方を向く。

 ……準備万端というべきか。

 ジークフリートもまた僕との戦闘で既に満身創痍のはずだ。

 だけどその衰えを感じさせない迫力を未だに見せている。

 既に剣はグラムだけだ。だけど逆にそちらの方が、形振りを捨てたジークフリートの方が強かった。

 

「じゃあ、行くよ―――」

 

 ジークフリートは動く。

 地面をグラムで大幅に削りながら走り、地面から剣を振り上げるように振るった。

 それは魔なる波動となってフリードに向かって放たれるも、既にフリードはそこにはいない。

 当然だ。彼は魔と聖に対して『後出し』の権利を持っているようなものだ。

 魔力と聖力を察知するアロンダイトエッジの未来予知でジークフリートの動きを先読みしてから、確実に当たるタイミングで剣を振るうフリード。

 その切っ先はフリードの腹部を掠め、彼は少し苦い表情を浮かべる。

 ……動きが鈍い。僕との戦闘が確実に響いている。

 だけどその目の一切光を失っていない。むしろまだまだ貪欲に攻めるとまで思わせる。

 

「もっと、だぁ!! もっとこい、フリード!!!」

「言われなくてもってね!」

 

 ジークフリートのグラムより更なるオーラが噴出する。

 あれは―――僕と戦っていたときよりも、絶大になっている?

 グラムはジークフリートが血を流せば流すほど、傷つけば傷つくほど、戦闘本能が過敏になればなるほど迫力と力をどんどん増している。

 ……魔剣の中の魔剣。

 大きいデメリットを持つ代わりに、それをなぎ払う巨大なメリットを含む剣。

 フリードは刀身の巨大なアロンダイトエッジの柄を微かに弄くり、そこより刃のようなものを放った。

 ……その刃はアロンダイトエッジと糸のようなもので繋がっており、ジークフリートがそれを無造作にグラムで薙ぐ。

 ―――しかし薙がれた刃は次の瞬間、大きさを短刀ほどの大きさに変えてジークフリートの死角から彼の背中を切り裂く。

 

「―――っ!?」

「どう? この剣、ギミックがすんげぇんだぜ? 何せ稀代の天才錬金術師、ガルド・ガリレイの傑作なんぜ~?」

 

 背中を切られたジークフリートはまだ笑みを絶やさない。

 傷は浅いように見えるが、それにしたって反応が異常すぎる。

 フリードとジークフリートは、明らかに相性が悪い。

 今や未来予知の力を誇るフリードは、特に聖と魔の力が強ければ強いほど真価を発揮する。

 フリードを相手にするには、魔帝剣グラムは力が強大すぎるんだ。

 この力に関してはイッセーくんでも対抗法は一つしかなかった。

 魔力を介在しない、アスカロンや神器の籠手の力だけを用いた戦闘方法。

 魔力を外部に漏らさず内部で運用して身体能力を大幅に上げるオーバーヒートモードで対抗して彼に勝利を収めた。

 ……イッセーくんは手札が多いからフリードに勝った。

 だけどジークフリートにあるのは究極の魔剣。たったそれだけ。

 それを極めているからこそ彼は卓越した強さを持っているが、フリードを相手にするならばそれが仇となす。

 ……僕も、今の彼と戦うなら色々と考えて戦わなくてはいけないかもね。

 

「アロンダイトエッジ(・ ・ ・)だ。刃とか短剣とか、そういう小回りの聞く機能を色々搭載してんだぜぃ、こいつは。対人戦闘では最適の剣。あんたの殲滅に特化しすぎたグラムじゃあ相性最悪……って油断してるとか思っていても無駄だよ? だよよ??」

「……そんな無駄な心配はしていない―――いや、良い。まさか敵にお前や木場祐斗くんのような素晴らしい騎士がいるとは!! アーサーが自軍にいて本当に退屈していたところに来た僥倖と言ってもいい!!」

 

 ジークフリートの狂乱ぶりに流石のフリードも引いていた。

 ……あの喜び具合は僕も引いている。

 ―――ヴァーリチームの聖王剣を持つアーサー・ペンドラゴン。彼は元々は英雄派に所属するべき存在だ。

 ジークフリートとアーサーの間では何かライバル的なものが存在しているんだろう。

 ……ジークフリートがそのように喜んでいる間に、僕の体もなんとか動けるところまでは回復した。

 ―――僕はエールカリバーを創る。

 今の僕が作れるのは恐らくこれが最後―――そう確信して創ったエールカリバーだったけど、でもその力はこれまでのどの剣をより強力に感じた。

 ……これは、強化の力の影響?

 

「……そうか。僕の体が強化の力に耐えれるほどになったから、その反動が普通のエールカリバーにも出てきたのか」

 

 思わぬ出来事に頬が緩む。

 ……これでまた、君に一歩近づけた気がする。

 いずれは君の力を借りずともあの聖援剣エールカリバー・ディオを創ってみせる。

 僕は心の中でそう近い、最高の剣を握りながらフリードの隣に並び立つ。

 フリードは僕に視線を向けることもなく肩に剣を乗せて、僕に声を掛けてきた。

 

「イケメン君~。ちっとばっか、あいつは厄介だから気をつけてねぇ~―――ってか邪魔すんなヨ?」

「それはこっちの台詞さ―――それと僕の名前は木場祐斗だ。イケメンイケメンって君に言われても嬉しくないよ。君はイッセーくんじゃないんだから」

「…………お、おう―――んじゃ木場きゅん」

「ああ―――」

 

 フリードが少し引き顔になったことは置いといて―――

 

「さぁ、最終ラウンドだ!! 来い、フリード! 木場祐斗くん!!」

「テンションあがってんじゃねぇよ、へーんたーい」

「全く……君に言われたら彼もかわいそうなものだね」

 僕たちの最終局面が開始した。

『side out:木場祐斗』

 ―・・・

『Side:三人称』

 彼女―――兵藤まどかの眼前の先には、自分にとって掛け替えのない『大切な』存在が恐ろしいまでの死闘を繰り広げていた。

 元は大切な息子である一誠が敵三人を相手に戦っていて、その息子の窮地に駆けつけた大切な夫である謙一。そして此度新たに家族となった朱雀が二人と肩を並べて戦場に君臨するその姿は、ある種の歴史的瞬間であったかもしれない。

 ……そんな中、兵藤まどかの心情は非常に複雑なものであった。

 息子が一人で戦っているとき、何もできずただ守られているだけの自分。

 息子が窮地のとき、その身を乗り出すのを強行しなかった己の弱さ。

 旦那がそんな息子の境地に駆けつけた時の高揚。

 旦那がもう、自分とは違う存在になってしまった心境。

 ……不安、喜び、悲しみ、怒り。喜怒哀楽、様々な感情が彼女の中で渦巻く。

 その中でも彼女の心象を最も追い詰めるもの、それは―――何もできない。ただその絶望でしかないことが頭の中をグルグルと回っていた。

 

「……まどかさん」

 

 そんなまどかの表情を汲み取って、アーシアは彼女の手を握って名を呼んだ。

 まどかはそんなアーシアの心の声が、半自動で聞こえてしまう。

 

 ―――きっと、まどかさんはこの状況でイッセーさんや謙一さんの近くにいれないことを悔やんでいるんですよね。

 

 ……そんな心優しいアーシアの心の声がまどかをどれほど救っているのか。きっとこの癒しの少女は理解していないだろう。

 まどかの表情が幾分かマシなものとなる。

 

「……イッセーちゃんにはイッセーちゃんの、ケッチーにはケッチーのできることをしているんだよね」

「……そうだと、思います。イッセーさんはいつだってその時できる最大限のことを全力で努力していました。今だってそうです」

 

 アーシアの視線の先で晴明と決着をつけるとばかりに激戦を繰り広げる一誠。

 彼はどんな状況でも、どんなに追い込まれていようと諦めることはしなかった。

 ……どんなときでも優しく、どんな誰と比べても折れない信念を持っていたのは他の誰でもない。

 ―――兵藤まどかと兵藤謙一の一人息子で、アーシア・アルジェントが永遠の愛を誓った兵藤一誠だ。

 それならば、兵藤まどかが些細なことで自己満足に近い悲壮に陥っている必要はない。

 親のないところに、子は育たないのだから。

 ―――まどかはひたすら、思考した。

 自分には何ができるのか。

 兵藤謙一は己の無力さを自覚して、悔いて、それでもなお、ひたすらに手を伸ばした。

 その先で得たのは取り返しのつかないものだ。

 ……だけどまどかは、それでも謙一を愛している。

 そもそもだ。一誠が悪魔になってしまったのを最初から知っていても彼女は彼を愛し続けている。

 無償の愛を彼に贈り続けている。

 それならば謙一であろうと同じだ。

 たとえ生命体として別個のものとなってしまっても、彼女の夫は謙一で、息子は一誠。

 ……そう考えていると、まどかの頭は鮮明なものになっていった。

 

「……私にあるものなんて、一つしかない」

 

 そう小さく呟くまどかの目には、決意の色があった。

 それは彼女が生まれたときからずっと持っていて、彼女を不幸にし続けた力。

 ……でも、その力で彼女は一誠の心を救ってみせた。

 生物の心の声が聞こえてしまう彼女だけの性質は、確かに誰かを救うことができた。

 その力でまどかは百は傷ついた。でも、百などでは収まり切らないほどの大切な存在を守ることができた。

 ―――だからまどかは、この力を解決の力として使う。

 心象の波と呼ぶべき心を聞く力を、彼女は初めて自発的に使うことを決めた。

 

「……アーシアちゃん。私はさ、ずっと逃げてきたんだよ」

 

 まどかの独白は、彼女を誰よりも尊敬するアーシアに向けられる。

 ……ずっと逃げてきた。自分の家のことから。

 立ち向かうことが意味のないことで、流されるだけで生きてきた。

 それを謙一に救われて、ようやく自分という存在を受け入れた。

 

「この力に振り回されて生きてきて、本当に辛い思いをしてきた。こんな力、なんの役にも立たないとか、考えてた―――実際に、生きているだけなら必要ないものだと思うよ。それでも今、私はちょっとだけこの力に感謝してるんだ」

「……感謝、ですか?」

「そう―――この力は誰かを救うことのできる力だって、知ることができたから。誰かの役に立てることを教えてくれたんだよ。私の大切な家族が」

 

 ……まどかはアーシアを抱きしめる。

 その意味をアーシアは知らない。ただアーシアの心は突然の抱擁に驚いているだけだ。

 驚いて、それでもまどかの温もりが心地よくて、抱きしめ返しているくらいだ。

 ―――まどかの言った家族。その中には含まれているのだ。

 ―――アーシア・アルジェントが。

 

「……ありがとう、アーシアちゃん」

「え、えっと……どう、いたしまして?」

 

 ……数秒の抱擁の後、まどかは意を決したようにアーシアから離れ、目を瞑る。

 これは彼女にとって初めての試みだ。

 普段は流れてくる心の声を読む、いわば自動的な現象。

 ―――それを意識的に、自発的に行う。

 その対象はもちろん、晴明であった。

 この状況下、明らかにおかしな存在は安倍晴明である。

 英雄派を名乗りながら実弟である朱雀を殺害し、何かしらのカラクリで一誠の神器を無力化している。

 かと思えば最初は一誠を自身の仲間に勧誘し、何故か「兵藤」に執着している。

 ……最初、晴明がまどかを見て意味深な表情を浮かべた時、まどかの元には一つの声が届いた。

 先ほど謙一が現れたときにも、聞こえた。

 それは―――晴明の声。晴明の……土御門白虎の心の声であった。

 その心の声は戦場には似合わない、そんな心の声。

 

 ―――まどか様、と。謙一様、と。

 

 晴明はそう簡潔に、二人の名前を呟いていたのだ。

 まどかはもちろん晴明のことは知らない、というより覚えていないのだ。

 まどかにとって土御門の記憶は必要のない、ガラクタのようなものだ。

 誰もが自分を否定し、誰もが邪魔者扱いをする。そんな生活であったからこそ、まどかは土御門家にいた頃の記憶を自分の中からほとんど抹消した。

 ……あの声は、敵に向けるような声ではなかった。

 まどかはそう確信していたからこそ、晴明の歪みこそが土御門家襲撃の原因ではないだろうかと考えた。

 

「……私には私のできることをする。ずっと目を背けていた土御門とバイバイするために―――この問題は、私が解き明かしてみせる」

 

 ……手探りに、まどかはいろいろな心の声を聞いていく。

 仲間の安否を心配する声。敵の強さに驚いている声。心強い仲間の登場に、心を躍らせている声。尋常なき戦いに身を投じることに対して喜んでいる声。

 ……色々な声が聞こえるが、あの時にまどかの聞いた晴明の声はない。

 雑音を掻き分け、自分の欲しい情報を求めて集中を続ける。

 ―――その先。

 その先で聞こえた心の声を聞いたとき、まどかは目を見開いた。

 ……自分の欲しい情報はなかった。

 だが、まどかはそれ以上にこの戦いの原因を、知った。

 ―――まどかは、この京都における黒幕を知ったのだ。

 ―・・・

「おらおらおらおらおらぁぁぁ!!!」

「―――ぬんっ!!」

 

 まどかたちの視線の先で激戦を繰り広げる兵藤謙一とヘラクレス。

 その戦いは実に分かりやすい力と力のぶつかり合いであった。

 ヘラクレスは上級悪魔ですら易々と殺めることのできる力を行使して、悪意に従って謙一に対して脅威を振りかざす。

 殴った箇所を爆発させる能力と、規格外の爆撃を撃ち放つミサイル。

 本来ならば悪魔に転生したての元人間など、ヘラクレスの相手になるはずがない。

 なるはずがない―――ない、はずだったのだ。

 だがヘラクレスは失念していた。

 ただの人間なら、そうだったであろう。

 だがしかし―――兵藤謙一は、兵藤一誠の父親であった。

 

「―――んで、俺のミサイルを全部撃ち落とせるんだよぉぉぉ!!」

 

 ―――ヘラクレスのミサイルに対して、謙一が取った行動は実にシンプルであった。

 天性の感覚で拳に纏った魔力のオーラで、向かい来るミサイルを全て殴り落とす。

 ただそれだけだ。

 爆風の余波で多少の切り傷ができるものの、それ以上にその光景はヘラクレスの自尊心を大きく傷つけている。

 ……しかし謙一は、まるで力を確かめるように拳をじっと眺めて、ヘラクレスには目もくれなかった。

 ―――エリファ・ベルフェゴールの眷属として眷属悪魔に転生した謙一に与えられた役割は『戦車』。

 戦車の駒の特性は並外れた攻撃力と防御力であり、非常にシンプルな力だ。

 ……故に、謙一はヘラクレスを追い込めていた。

 

「悪魔の体というのは存外に扱い易いものだな。自分の思い描いた動きの、それ以上を実現してくれる。それにこの魔力というのも異様にしっくりくる」

「何をベラベラとォ―――」

 

 ヘラクレスが戯言を言おうとする前に、謙一は彼の懐に入っていた。

 ―――空手、柔道、弓道、剣道、レスリング、ボクシング、etc……謙一はこれまで様々な武道、格闘技を経験していた。

 極めればトップアスリートになれたであろう、圧倒的な肉体的な才能。

 彼はその才能をまどかを守るために費やした。

 ……豪快さが目立つ謙一であるが、その実、彼は非常に几帳面な性格である。

 間違いを間違いと言う正直さ、頼まれたことは最後までやり切り、結果を出す。

 しかも彼は非常に頭が回り、効率がよいのだ。

 ―――特に彼の問題解決能力は一線を画している。

 社会においてそれを遺憾なく発揮したからこそ、謙一は大企業の上に立っていたわけだが、その才能は戦場においても開花していた。

 ……魔力を拳に纏らわせ、それを攻撃的に使用する。それこそ英雄派の幹部であるヘラクレスの攻撃に対抗できるほどの力を謙一は初陣にて示している。

 物量で攻め込まれればただではすまないミサイルを、馬鹿正直に真正面から打ち砕き、接近戦では卓越された戦闘技術で圧倒する。

 ―――特別なことは特にしていない。

 全ては基本に忠実なものだ。

 だが、だからこそ強い。

 ……この男、兵藤謙一。

 愚直にもその心根の拳を突き出し、全てを打破して勝利に導く―――兵藤一誠の父である、実に分かりやすい証明であった。

 ……懐に入られたヘラクレスは、成す術もなく血だらけになる。

 彼もまた人外並みの、桁外れの防御力を誇ることは間違いない―――が、全ての攻撃を急所に叩き込まれれば、防御も何もない。

 息を切らすヘラクレスに、未だ何かを思慮する謙一。

 ……ヘラクレスにとって兵藤謙一は最も相性の悪い敵であった。

 

「―――お前、ヘラクレスといったか」

「……んだ」

 

 不意にヘラクレスに言葉を掛ける謙一。ヘラクレスの目には反抗的な嫌悪が宿っている。

 

「お前は自らを英雄と名乗っていたな。なら一つ、問いたいことがある」

「……」

 

 謙一の言葉に、訝しげな表情を浮かべるヘラクレス。単純に、ヘラクレスには謙一の言葉の真意が理解できないのだ。

 ……ほんの少し生まれる二人の間の沈黙。その沈黙を打ち破るように、謙一はヘラクレスに言葉を投げかけた。

 

「―――お前にとって英雄とはなんだ?」

「―――っは」

 

 ……ヘラクレスは、謙一の突然の質問を鼻で笑った。

 嘲笑とも笑いの後に迎えるのは、大笑い。ヘラクレスは腹を抱えて笑っているが、しかし謙一は不思議そうな表情を浮かべていた。

 ―――ヘラクレスにとってそれは、笑いものでしかなかった。

 的外れも甚だしい。何をこの男は聞くのか。この戦場で、この場にいればそんな意味、聞く必要もない。

 そうにも関わらず謙一はヘラクレスに質問した。そのことにヘラクレスは嘲笑を隠せない。

 ……しばし笑い、平常を整え、そして―――ヘラクレスは言い放った。

 

「んなもん、てめぇら悪魔―――害悪をぶっ殺す正義の味方のことに決まってんだろ? あんたは餓鬼の頃、見なかったか? どんな世界でも悪魔をぶっ倒すのは正義の味方。特に偽善振りかざしてるてめぇらは更に醜悪だ。悪になり切れねぇ悪なんて、存在する価値すらねぇ!! だから俺は英雄としててめぇらを―――」

「―――もう、いい」

 

 ヘラクレスの止まらない罵声に、謙一は低い声で制する。

 その低い声の温度に、まさに言葉通り周りの温度が下がった。

 本当に冷気に包まれているのかと錯覚するほど―――謙一は、落胆していた。

 

「もう、聞く必要もない。そうだな、お前にとっての英雄など聞く価値すらもなかった」

「―――んだと!?」

 

 謙一の侮辱にいち早く反応するヘラクレス。しかし謙一はその怒りに充てられることもなく、ただ冷静に。しかしその怒りを抑えようとはせずヘラクレスを見据えた。

 

「……つまらん男だ」

 

 謙一は言い切る。

 

「―――お前には、志がない。たとえそれが復讐心であろうと、偽善であろうと、醜悪なものであろうと。お前にはない」

「だ、ぁまれぇ!! 志!? そんなもん、さっき言っただろう!? 悪魔を殺す、それが俺の志だ! 害悪であるてめぇらは俺が―――」

 

 ヘラクレスは構えない謙一に近づき、拳を振りかぶる。

 先ほどまであしらわれていた距離に入るという愚作を取るヘラクレスは、そのまま拳を振るい

 

「ぶっ殺すってなぁ!!!」

 

 ―――凄まじい打撃音を響かせて、謙一の頬を殴る。

 ヘラクレスの表情は害悪を殴れたことで笑みを漏らしているが、しかし―――

 

「―――軽い」

 

 ヘラクレスの打撃を正面から受けていた謙一は、その表情を一切変えずにヘラクレスを見据えていた。

 ……その状況にヘラクレスは、初めて寒気を覚えた。

 ―――兵藤謙一に、恐怖した。

 

「そんなでかい体をして、お前の拳は随分と軽く、安っぽいものだ」

 

 ヘラクレスの大きな拳に触れる謙一。

 その顔にはもはや侮蔑すらも含まれていた。

 ヘラクレスの言動は謙一の琴線に触れた。

 兵藤謙一の触れてはならない、絶対領域に土足で足を踏み入れてしまったのだ。

 それを気づいた瞬間、ヘラクレスは謙一から驚くほどの速度で離れる。

 謙一はその様子を見て、殴られた後を拭い、血を払った。

 ―――その目に確かな怒りを抱いて。

 

「―――拳が軽いのは、お前に自分がないからだ。お前の英雄の意味は誰が決めた? 違う、それはただの固定概念でしかない。お前の英雄は、ただの破壊者でしかない」

「な、にを……」

 

 ヘラクレスが最後まで声を紡ぐことはなかった。

 やり返しというばかりに謙一はヘラクレスの懐に入り、その拳を大きく振りかぶって―――ヘラクレスと同じ動作で彼の頬を勢いよく殴り飛ばしたからだ。

 ヘラクレスはその拳圧に押され、血反吐を吐き出して尻餅を着く。

 ―――凄まじい重さであると、彼は初めて感じた。

 

「お前は第三者の考えを歪め、自分の良いように解釈しているだけだ。さぞ楽だろう。自分勝手に解釈して、誰かを傷つけることを許容し、自分を正当化すれば、自分は傷つくことがない。だがな? ―――英雄は、自らが傷つくことを恐れはしない」

 

 謙一は上からヘラクレスを見下げ、燃えるような闘志でヘラクレスを威圧した。

 兵藤謙一にとって、ヘラクレスの発言は看過できるものでは、決してなかった。

 ―――兵藤謙一にとっての英雄とは、他ならぬ彼の父親だったのだから。

 若くして嫁を失くし、男でひとつで謙一を立派に育て上げ、そして消防士としてたくさんの命を救っていた謙一の父。

 その背中は大きく、その思考は謙一にとっては英雄そのもの。

 故に……謙一はヘラクレスを打ち負かさなくてはならない。

 

「英雄は、常に戦い続ける。自分が守るべきと考えたものを守り抜くため、幸せにするために。そのためにただひたすら邁進し、歩み続けた先にそれを成したとき―――初めてその英雄は英雄になれる。お前にはそれほどの何かがあるのか?」

「―――なら、てめぇは!!」

 

 感情任せのヘラクレスは、馬鹿の一つ覚えのように同じことを繰り返す。

 無造作に、無尽蔵に打ち尽くすミサイル。まるでこれ以上、謙一の言葉を聴きたくないと言わんばかりの、子供のように、泣き喚くように。

 

「てめぇは英雄だと言うのか!?」

「―――」

 

 ……謙一は向かい来るミサイルに対して、何のアクションも起こさない。

 何かを思考するようにヘラクレスを見据え、動きはしなかった。

 ―――考えた。自分は英雄であるのかと。

 兵藤謙一は実に馬鹿らしい質問であると思った。自分が英雄だと考えたことはかれこれ人生、一度もない。

 彼はただの人間で、家族をただ愛する父親だ。そこに英雄だなんて言葉は必要なかったから。

 ……それでも彼は父親の背中を見て、ヒーローだと感じた。感じて、もしくは憧れを抱いていたのかもしれない。

 彼の生粋の正義感と熱意の由来は、確実にそこであるのだから。

 ―――謙一が答えを得た。

 ほんの少しの思考の間に、彼は確信する。

 自分は―――

 

「―――俺は、英雄だ」

 

 そうであると。

 ヘラクレスの猛威が彼の近くに近づいたとき、謙一の手の纏われた魔力は急激に変化を迎える。

 元々赤かった魔力が、見る見る内に灼熱に変わる。

 ……それはもう、炎であった。

 彼の魔力の性質は、何の因果か彼の父親が戦っていたものと似通う。

 ―――何もかもを燃やすが如くの炎の魔力。それが兵藤謙一の魔力の根本。

 ほとんど感情と直感の行動で、彼はすぐに辿り着く。

 ……つつがなく、謙一は言葉を続ける。

 

「―――俺は、家族の英雄だ」

 

 その信念は、決して揺るぎはしない確固たるもの。

 謙一はその答えを胸に秘めたまま、その拳に宿る炎―――炎拳を以って、ヘラクレスとの激戦を繰り広げた。

 ―・・・

 土御門朱雀とメルティ・アバンセの戦闘を一言で表せば、ただ「速い」であった。

 騎士として眷属悪魔に転生した朱雀であるが、そもそもの基礎的な能力は非常に高く、速度に関しても木場祐斗に近しいとまで一誠に見られている。

 悪魔かでそれは更に顕著になっているが、しかし驚くべきなのはメルティであろう。

 ―――魔力などで身体能力を底上げしているわけでもなく、ただの身体能力だけで朱雀の速度に追いついていた。

 朱雀が宝剣を武器に使うのに対して、メルティは長く伸びた鋭利な爪を武器としている。

 その爪は鋼のように硬く、刃のように鋭い。しかも叩き割っても少ししたらまた伸びるという再生能力つきの力。

 ……高速で戦いを繰り広げる朱雀とメルティの戦闘内容は、技術は圧倒的に朱雀が勝っている。

 知性、と呼ぶべき能力は朱雀は段違いに高く、戦略や戦術は朱雀の方が上なのは確かだ。

 ―――しかしメルティ・アバンセの最も恐ろしいところは野生の勘とでも称するばかりの、卓越された危機察知能力だ。

 野生動物には第6感があるといわれているが、メルティのそれはまさにそれだ。

 故に技術で勝っていようが本質的な戦闘センスはメルティの方が断然に上。

 つまり二人の実力は現状は互角であった。

 

「……忌々しいな。こうも膠着状態が続くと、体力的に劣る私が不利なのは必死だ」

「……邪魔。目標、赤龍帝」

「―――そんなこと、させるわけないだろう」

 

 感情の表現が乏しいメルティが頑なに一誠に対して躍起になっているのは未だ、朱雀にも理解しがたい。

 だが今、朱雀にとっては一誠は家族であり眷属の王だ。

 何より彼を尊敬し、彼を慕っている朱雀がメルティの暴挙を許すはずがない。

 朱雀は宝剣の封の一つ、死に風の龍の力を顕現し、四方八方から全てを切り裂く風の渦を放った。

 

「……撲滅」

 

 メルティはその風の渦を掻い潜り朱雀の懐へ飛び込む。

 目には見えない攻撃を音と感覚で察知して避けるところを見て、朱雀は彼女に長距離戦法が意味のないことを理解した。

 ならば近距離戦をすれば済む話なのであるが、メルティは朱雀と戦えば戦うほどその動きを最適化していると思われるほど、動きが洗練されている。

 朱雀の癖や呼吸、瞬きのタイミングに動きの所作。それらを野生の勘で感じとめ、獲物を捕らえるとも言えるような戦い方。

 ……メルティにとって朱雀との戦いは『狩り』と同じなのかもしれない。

 ―――そこまで理解している朱雀もまた、メルティを狩ろうとしている狩人だ。

 いわば狩人同士の狩り合い。それが朱雀とメルティの戦闘。

 故に彼らの戦闘には一誠や謙一のような激しさはなく、非常に静かな攻防が見られた。

 懐に入られる朱雀はすぐさま宝剣の宝玉の封を解き、そこより灼熱の龍の力を顕現する。

 ……幻影の龍の力もあるが、仮に視界を封じたところでメルティは鼻で朱雀を察知し、攻撃してくるであろうことは必死。

 故に朱雀の行動は接近戦を受け入れる、であった。

 灼熱の龍の炎を宝剣に纏らわせ、メルティの攻撃を全て見切り、剣を振るう。

 メルティの爪が朱雀の頬を掠り、朱雀の宝剣がメルティの腕を掠る。それにより互いに傷口より一筋の血を流した。

 

「……痛みも表情に浮かばせない。君は、感情がないのか?」

「……必要、皆無」

「―――そう、か。ならもう気にする必要もない。君は確実に僕たちの障害になる。ここで確実に倒しておく他はない」

 

 その上で危惧するべきは、メルティが一度見せている獣化のような形態。

 黒い耳と尻尾、獰猛な牙を生やしたあの形態は、朱雀が知る中の彼女が最も強い形態であることが記憶に新しい。

 朱雀はそれを前提に戦いを進めているため、一切の油断も生き抜きもできない。

 だからこそ―――メルティを確実に屠れる方法を握りながら、それを発動はできないのだ。

 ……メルティの反応速度、移動速度は朱雀は全て理解していた。

 メルティが彼を観察するように、朱雀もまた彼女を観察する。

 ……その彼女の反応速度を考慮した上で罠を各所に設置し、龍の力を展開して追い込める。

 いわば詰め将棋のような戦法の準備はすでに完成している。

 あとは発動だけ―――しかし獣化の懸念が、その発動を止めている。

 

「……主、命令、変更―――封印龍、捕獲」

 

 ……メルティの様子が急変する。

 それまでメルティの目には一誠しか映っていなかったものが、突然の呟きと共に朱雀の方に切り替わったのだ。

 ―――考えてみればそう。ガルブルト・マモンが初めて彼らと遭遇したとき、彼もまた一誠と朱雀の身柄を確保しようとしていた。

 そのことからメルティの陣営とガルブルトの陣営が同じものであるということは用意に想像できる。

 ……ならばなぜガルブルトの陣営が彼らを付け狙うのか。

 ……その答えは、恐らく朱雀の中のディンの力であることは間違いない。

 

『さて、朱雀君。君の持つ術は発動すれば今の彼女を屠るには事足りる。でも君が懸念しているのは彼女の獣化―――それならば、それさえも範疇にいれる他ない』

「……やはりそれしかありませんか」

『そうだよ。……僕の力を彼らが狙っていることは間違いがない。さて、なら次は彼らがなぜイッセーくんを狙っているのか―――十中八九、彼の中の特異性が理由だろうね』

 

 一誠の中の特異性。

 そんなものは一つしか存在しなく、それは―――創造の龍。フェルウェルのことだろう。

 

『封印と創造の力を狙うなんて明らかに何かを企んでいる。恐らく彼女を裏で操る存在―――彼女で言うところの主って奴がこの面倒な騒動を引き起こしている』

「つまり彼女を倒せば、手がかりがつかめるかもしれない、と?」

『さぁ、それはわからないさ。ここまで頑なに表に出てこないんだ。裏で何をしているかわかったものでない」

 

 朱雀とディンの会話の中、メルティは機械のように変わらない表情で朱雀の確保に掛かる。

 ……朱雀は宝剣の宝玉の全てを輝かせた―――



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第15話 現れる悪意の象徴

 俺、兵藤一誠にとってドライグとフェルの存在は、ただの相棒でも契約者でもなかった。

 幾多の視線を共に抜けてきて、時には笑い、時には泣いて、時には悔いて……そんな色々な状況で、いつも俺の傍にいて力を貸してくれた二人は―――俺にとっては、家族と同然だった。

 ドライグがパパドラゴンって誇らしく威張って、フェルがドライグと夫婦のことを頑なに否定するためにマザードラゴンと名乗って、本当に楽しいと思える日々だ。

 ……今、その二人は俺に力を貸してくれない。

 フェルは一連の出来事で心を閉ざすように俺の深奥に沈み、ドライグの力は謎の力の干渉でうまく作用しない。

 フェルの残した腕も既に晴明との戦闘によって宝玉も消失し、奥の手も使用しきった。

 ……その甲斐からか、既に戦況は逆転する。

 

「まだ、だ……俺はまだ、お前を屠れる力を残している……っ」

 

 しかし、晴明は未だに俺を殺すことを諦めてはいない。

 朱雀と父さんの乱入により俺を追い込んでいた戦況は引っくり返されている状況でも、晴明の執念は未だ消えていない。

 ……俺の神器の力を無効化する力の正体は不明だ。

 ただ一つ、分かることは―――俺が完全に意識を外した死角に、狙ったように魔法陣が展開される。

 特に神器を展開した瞬間にそれだ。

 恐らくは謎はそこにある。

 

「聖十字架、紫炎を―――散らせ……ッ」

 

 すると晴明は少し苦痛の表情を浮かべつつ、聖十字架より紫色の炎を放ってきた。

 俺はそれを手に集中させた魔力に火の性質を付与させた火炎で対抗し、多少の拮抗をしている間に晴明の懐に入り込む。

 ……体全身に魔力を巡らせ、一時的に身体能力を激変させる俺オリジナルの魔力応用の一つ、オーバーヒートモード。

 元々は神器が使えないという自体を想定して、強者と神器なしで渡り合えるようにするために作り出した技だ。

 ……いずれ自分の神器を攻略されることは分かりきっていたからこそ試みだったけど、今の精度なら中々の力を発揮できる。

 自己評価で、この状態でも上級悪魔クラスならば渡り合えるだろう―――最も、晴明と渡り合えているのはそれまで他の手であいつを消耗させ続けていたからだけどさ。

 俺は無防備な晴明に対して腹部にフックを放ち、そこから腰をくねらせて晴明の横腹に回し蹴りをする。

 晴明はその一瞬の判断で仙術の力で身体防御力を高めて何とか倒れないようにするが、あいつが仙術で身体能力を底上げするのと同じように俺も魔力で身体能力を底上げしている。

 ……オルフェルの時は皆無であった魔力が、兵藤一誠である今は満ち溢れているのは父さんのおかげなんだろう。

 父さんのあの魔力量は俺に順ずるものがある。恐らくは父さんの魔力量の多さが俺に遺伝したんだと思う。

 ……晴明は聖十字架を自分の背後に浮かばせ、妖刀との同調を未だに継続している。

 あれらの力は確実に代償を含む力だ。

 聖十字架然り、妖刀然り。

 これまであいつがそれを十全に扱いこなせていたのは仙術の力だろう。

 余計な気の流れを正し、不純な力を制御していた―――その均衡が崩れかかっている。

 

「……そういえば、結局お前には何も聞いていなかったな」

「なに、を? もう俺は、君と話すことなど」

「―――朱雀のことだ」

 

 俺の呟きに晴明は言葉を失った。

 ……俺は晴明と戦いながら、ずっと思っていた。

 ―――晴明はどこかがずれていると。晴明は何かが歪んでしまっていると。

 朱雀を殺したあのときから、晴明の行動は支離滅裂だ。

 人間の味方であるといいつつ、自分の実の弟を殺害した歪み。八坂さんの暴走を許容している歪み。

 ……あいつの動きは英雄派の中でも奇妙だった。

 ガルブルトが従えていたメルティがこの戦場に現れても、あいつは特に気にすることなく、最初から来ることが分かっていたと思うしかないほどの対応をした。

 メルティの力を理解したうえで、俺を追い込んだ。

 ―――つまり、そういうことだ。

 あいつら英雄派、その中でも晴明派の連中はガルブルトのいる派閥と密接に繋がっている。

 ガルブルトが行おうとしているのは八坂さんの暴走。そして京都から八坂さんが、九尾の狐がいなくなればどうなるか。

 ―――京都にたちこめる、人間にとっては毒でしかない瘴気が漏れ始め、京都は壊滅する。

 あいつはそのことを知っていてなお、この強行作戦を実行しようとしている。人間の味方であるというのに、結果としてあいつの行動は人間を殺そうとしている。

 ……曹操がこの戦場に現れない理由はたぶんそこなんだろう。

 曹操の思い描いていた理想と、今の戦場はあまりにも違いすぎているから、あいつは独断で動いている。

 ―――そこまで考えて、俺は晴明を改めて見た。

 最初、あいつを見たときとは全く違う晴明の顔があった。

 歪みに歪んだ、自分が何をしているのかも分からないと言わんばかりの表情。

 あいつの身に纏うものは、今のあいつを象徴するように歪なほどに入り組んでいる。

 妖刀、聖十字架、仙術、妖術……それ以外にも、あいつの体より感じる力は分からないほどに複雑だ。

 ……俺は晴明に問いかける。

 

「お前はどうして、朱雀を殺した? ……いや、違う。なぜ殺せた(・ ・ ・ ・ ・)?」

「なぜ殺せた? そんなもの―――何故だ?」

 

 ―――そのとき、途端に晴明の表情がおかしなものになった。

 それまで苦悩に苦悩を重ねていた表情が一転して、キョトンとした表情になる。

 

「俺が朱雀を殺したのは何故だ? 考えてみれば、どうだ。よくよく考えてみれば、俺は何故あいつを殺した? 人間であり、弟である朱雀を……? 正当防衛? いいや、違う。そんなことしなくても俺は圧倒できていた。ならばなぜ俺は、……」

「晴明、お前は何を言って」

 

 突如、一心不乱に何かをぶつぶつと呟き始める晴明に少なからず驚きを隠せなかった。

 いくらなんでも、これはおかし過ぎる。

 これではまるで―――

 

「―――壊れているのか? お前は」

 

 つい漏れた言葉に、晴明は反応を示した。

 ……よく考えれば、晴明の目をしっかりと見たのはこれが初めてかもしれない。

 ―――晴明の目は、恐ろしいほどに濁り切っていた。絶望を通り越したような狂人の目。

 

「……朱雀は生きていたら、いずれ俺の障害となる。だから、だから……殺したまでだ」

「……晴明、お前は一体、何を考えているんだ」

「俺は悪魔を殺す。三大勢力を滅亡させる。そのために、……そのためだけに!」

 

 ……晴明から展開されるのは紫炎。

 更に妖刀とのシンクロにより目が黒く染まり、仙術の力により体が青白いオーラに覆われる。

 

「神器が無効化される君は、今の俺の敵ではない! 君の持つ白銀の腕も存在しない! 今ならば、君を殺せる!!」

「……それが本当に、お前の心の底からしたいことなのか?」

 

 ―――魔力を体中に過剰供給し、廻らせ、肉体そのものの能力を驚異的に向上させる。

 手にはアスカロン、無刀を携えた二刀流。更に気休め程度に籠手を展開し、更に残りのワイバーンをも展開した。

 晴明が俺に向かい来るのに対し、俺は撃退という選択肢を取る。

 晴明の力は言ってしまえば万能型と言える性能を誇っている。

 接近戦は仙術や妖刀によって何の不甲斐もなくこなし、中・遠距離戦は神器と妖術でこなす。

 現状、俺に足りていないのは圧倒的に遠距離武器だ。

 ならば俺に残されたカードはもう超近距離による剣戟と打撃戦しか残されていない。

 ……晴明の実力は、曹操より二回りほど劣る。

 しかもかなり消耗している晴明とでならば、何とか渡り合えるはずだ。

 ―――晴明の刀が俺の首を切り落とそうと迫るも、アスカロンでそれを弾き飛ばす。

 すると次は紫炎を翼のように振るうも、次の動きを読んでいた俺はそれを斜め前に身を乗り出して避け、晴明の背中を二度三度、蹴り技を放つ。

 

「ッ! まだだ!!」

 

 晴明の次なる手は、紫炎を妖刀に纏って振るう斬撃。俺はそれを籠手を盾にして防ごうとする―――と同時に、魔法陣が自分の死角から一瞬で展開されるのに気づく。

 ……何度も何度も同じ手ばかりじゃ、不意打ちも何もない。

 その魔法陣がたとえ俺の死角であろうが、最初からその死角は俺が意図的に作ったものだ。

 だからこそ―――その魔法陣に向けて、無刀の何もなき刀身が向いている。

 魔法陣が俺に対して何かをしようとした瞬間、魔力を無刀に注ぎ、そして魔力の刃で魔法陣ごと何かを貫く。

 ―――すると、何か肉を抉るような嫌な感触が俺に伝わった。魔法陣はすぐさまに消え、俺は晴明の斬撃も籠手で受け止め、そのままカウンターで晴明の腹部に無刀で斬り傷を負わせた。

 晴明は表情を歪め、俺から距離を取って紫炎を放つ。

 ―――聖なる炎には、聖なる龍を。

 俺はアスカロンから聖なる光を轟かせ、それを龍のような形に成型して放つ。

 

「唸れ、アスカロン―――あいつを、掻き消せ」

 

 簡潔な言霊をもらすと、アスカロンは俺の言霊に従うように紫炎を飲み込む。

 その現象を軽く視線で送りつつ、俺は距離を取った晴明に一気に近づく。

 

『Boost!!』『Explosion!!!』

 

 ここでようやく数段階溜まった籠手の倍増の力を解放し、更に身体能力に拍車をかける。

 晴明は大技を放ったことで俺の動きに目がついてこず、懐に入った時点でもう防御不可能なところまで追い込んでいた。

 俺は倍増の力を全て籠手に乗せ、そして―――晴明の頬に、全力で鉄拳を放った!!

 

「―――ッ!!!」

 

 晴明は俺に殴り飛ばされ、そのまま建物へと突撃した。

 俺は手の平に魔力球を作り、晴明に追撃を放つ……も、俺の前には先ほどの無粋な魔法陣とはまた違うものが展開され、俺の攻撃は防がれた。

 

「……これでも彼は俺たちのトップの一人でね。あまり乱暴な真似はよしてくれるかい?」

「お前は、ゲオルク? ……お前が乱入してくるってことは―――」

「お前のところのヴァルキリーの女は既に倒している。ほら、あちらを見ろ」

 

 俺はゲオルクの指差すほうを見ると、そこにはヴィーヴルさんに回復をされているロスヴァイセさんの姿があった。

 ……あのロスヴァイセさんを圧倒したのか、こいつは。

 

「曹操不在の今、晴明を倒されては困るな。……戦況は芳しくない。出来れば撤退を願いたいところだが―――それを赤龍帝からすることの困難さを知っているさ」

 

 ゲオルクは眼鏡のクイッとあげて、溜息をつきながら自身の背後にありとあらゆる魔法陣を展開した。

 

「とはいえ、既にそこまで消耗しきった君を倒すのはそこまで苦労はしないだろう。……と油断もしない。君の強さと恐ろしさは曹操から聞き及んでいる。窮地になればなるほど、君はそれを諸共せず逆境を跳ね返す。だからこそ、手加減抜きの最大火力で君を屠ろう」

 

 ……ゲオルクの魔法陣が俺に放たれようとなった瞬間、俺の後方より凄まじい速度で近づく一つの影。

 ―――黒歌は俺を守るように複雑な魔法陣を幾つも展開し、ゲオルクの急襲から俺を守った。

 更に

 

「封を解く―――厳格なる破龍よ、滾り打ち壊せ」

 

 ―――違う方向から、ゲオルクに対して破壊の力を行使して牽制する朱雀の姿があった。

 朱雀はメルティと戦闘を繰り広げながらも、こちらに意識を向けて力を行使した。

 ……俺の眷属の登場に眉間に皺を寄せるのはゲオルクだ。

 

「黒歌、君はジャンヌとクーの相手をしていたはずだが」

「ああ、あの小娘共なら適当にあしらって来たにゃん。残念だけど、この戦況はもうあんたたちの不利にゃん。ほら―――」

 

 黒歌の言葉と共にどこからか飛ばされるように飛んできたのはジークフリート。

 その体は血でひたすら滴っていて、しかし目が恐ろしいほどに血走っている。

 更に黒歌を追うようにゲオルクの傍に降り立つのは埃塗れで傷も多く付いているクー・フーリンとジャンヌ。

 ……更に―――殴り飛ばされる形で、ボロボロのヘラクレスが吹き飛んできた。

 

「がぁっ―――」

「……なるほど、そうか」

 

 ゲオルクは何かを察したように眼鏡を整え、回りを見た。

 ……俺も周りを見る。

 俺の周りには、最初と同じように仲間が終結していた。

 ただ最初と違うのは匙が八坂さんのところに行っていないことと、父さんがいること。

 そして一番驚いていることは―――

 

「お? やっほー、イッセーくんじゃあーりませんか。これはまたまた、傷だらけで傷も滴るいい男ってか? ひゃはははは」

「……お前が救援に駆けつけてくれると思ってもいなかったぞ、フリード」

 

 祐斗を肩で支えながら、俺の元に駆けつけたフリードの存在に驚きを隠せない。

 っていうかどうやってこの空間に入ったんだよ。

 

「んん? あ、もぉしかして、俺がどうやってここに来たかって? んなのお前さんとこの悪い堕天使さんの手回しに決まってんじゃーん」

「……あのやろう、俺に相談もなしで」

 

 心の底でアザゼルに憤りながら、俺は息を吐いて前に出る。

 ……すると建物奥より物音が響き、そこより晴明が這い出てきた。

 ゲオルクは晴明に軽く目を向けるも、すぐに晴明に道を空ける。

 そして晴明は俺と同じように、英雄派の前に立った。

 

「……兵藤一誠。悪魔が憎い。三大勢力は悪だ。人間を利用することしか考えていない」

「なら晴明。お前のしていることもまた、悪でしかない。人間を殺し、更に多くの人間を殺そうとしているのはお前も同じことだ」

 

 ―――俺の言葉に耳を疑ったのは、俺の仲間たちだけではない。

 あいつを除く他の英雄派。特に曹操派の面々が晴明に突き刺さるほどの視線を送っていた。

 ……それが英雄派の中でも派閥で分かれている所以である理由ということを理解する。

 わざわざ二大トップの曹操と晴明で派閥を分けているのは、英雄派の中でも考えに違いがあるからだ。

 それぞれの派閥の態度というか、在りようを見ればなんとなくだが納得できる。

 曹操は英雄の鑑のような男で、敵でありながら敵でありたくないと思わせるほどのカリスマ、人徳がある。その曹操を慕う曹操派はこちらに対して敵対的ではあるが、そこまでの敵対心を抱いていない。

 ……でも晴明派は違う。

 晴明派はどこか歪んだ人物で構成されている。晴明を筆頭に、反英雄としてしか見えないヘラクレス、ヴァーリと同じく戦闘凶であり英雄とは程遠いジークフリート、敵をおもちゃで遊ぶように戦うクー・フーリン。

 ―――間違っている。あいつらを、晴明派をこのまま野放しにはできない。

 あいつらは危険だ。

 

「この京都から八坂さんが……九尾の狐が消えれば、この都の人間と妖怪の世界の均衡は崩れ、瘴気が地上に蔓延する。そうすれば人間がどうなるか―――晴明、お前なら最初から分かっていただろ。それを分かった上でガルブルトをこの戦場に招き入れた。そしてその現状がこれだ」

 

 八坂さんが敵の手に渡り、現在の状況が生まれている。

 ……ふざけている。

 英雄を名乗りつつ、それを許容する晴明も、それについていく晴明派。

 ―――父さんがヘラクレスに怒る理由が今になってよく分かる。

 

「―――晴明、お前は薄っぺらい。お前には、自分がない」

 

 例えばヘラクレスが曹操や晴明に乗っかっているように、晴明もまた誰かの何かに頼っているような気がする。

 その誰かが、この騒動の全ての元凶で黒幕。

 晴明はこの騒動の黒幕なんかではない。

 晴明が誰かに乗っかって、誰かに影響されて、そして誰かの影響で俺の知る「土御門白虎」は壊れ、「安倍晴明」が生まれてしまったのであれば、全て繋がる。

 晴明の歪みの全てが全て繋がる。

 

「土御門白虎が何故そうなってしまったのかは俺にはわからない。でもな、何があろうがお前が歪んだのはお前の弱さだ。―――ガルブルトの陣営のトップ。そいつがお前たち晴明派を影で支配してるんじゃないのか? なぁ、晴明」

「……はっ。何を言っているんだか。俺の弱さ? そんなものはない。俺は歪んでいない。俺は俺の意思で英雄派を率いている。瘴気など、俺たちの力があればどうにでもなる」

「俺が言っているのは結果論じゃない。少しでも人間の脅威を許容するのが、その時点で反英雄だ。結果の過程で犠牲を許容する考えはお前たちの頂点の考えとは逸れすぎている」

 

 晴明の言い訳を切り捨てるように、俺は言い切る。

 ……そんな俺を不安そうな顔で見ているのは、朱雀だ。

 朱雀は不安げな表情で俺と晴明のやり取りをただ見守っている。

 本当は自分が一番晴明と話さないといけないと思っているのにもかかわらず、朱雀はそれを俺に譲ってくれていた。

 ―――この場で真実を明らかにしないといけない。

 でなければ、何か最悪な事態に陥るって気がした。

 

「……晴明、どういうことだ。俺はお前に説明を要求するぞ」

 

 すると曹操派に属するゲオルクが納得できない表情で、晴明に食いかかった。

 それはゲオルクに限らず、同じく曹操派に属するジャンヌも同じ。レオナルドはゲオルクの袖を握って不安そうにその光景を見守っていた。

 ……ゲオルクは晴明の肩を掴み、彼に問いかけ続ける。対する晴明はそんなゲオルクはじっと睨み付けるだけで、言葉を発することはしなかった。

 

「なぜ、何も言わない……ッ。それはつまり、赤龍帝の言っていることが事実であると、そう言っているのか!? 答えろ、晴明!!」

「…………」

 

 ゲオルクは声を荒げ、晴明に対して怒鳴り散らす。

 晴明の胸倉を乱暴に掴んで鋭く睨み付けるも、晴明は何も言わず―――

 

「―――そうだよ」

 

 ―――何も言わない晴明の声の変わりに聞こえたのは、母さんの声だった。

 いつの間にか俺の隣まで歩いてきていた母さんは晴明を真っ直ぐ見て、確信を持つようにそう断言する。

 突然の母さんの登場に目を見開くのは晴明。

 母さんの登場と言葉とともに、晴明には明らかな同様が見られた。

 

「ま、どか……さま」

 

 ―――そしてはっきりとした声で、そう呟いた。

 ……今、ようやくはっきりした。晴明が異常に「兵藤」の名前に拘る理由を。

 晴明は元々は土御門の人間。つまりは―――あいつは、母さんのことを知っているんだ。

 しかも母さんのことを「まどか様」と呼ぶってことは、慕っていたということと同意。

 ……ここにきて、晴明の表情は初めて違う表情になった。

 まるで―――不安に押し潰され、助けを求めるような顔。

 そんな表情を前にして、母さんは静かに言い放った

 

「―――リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。君の心の声の雑音の中にあった、一つ名前。それが君の心を支配する存在の名前だよ」

 

 リゼヴィム・リヴァン―――ルシファー(・ ・ ・ ・ ・)。その名を母さんが言い放った瞬間であった。

 俺たちや英雄派に空いている空間に一つの魔法陣が展開され、そして俺たちの周りを囲むように無数の魔法陣が展開される。

 ……その魔法陣には見覚えがあった。

 その魔法陣はルシファーの文様―――ヴァーリの扱う魔法陣と同じものだ。

 そのルシファーの魔法陣から現れるのはサーゼクス様と同じ魔王装束を身にまとう銀髪の中年男性。

 しかしその容姿どこかあいつと似ていた。

 ……そういうことか。

 以前、アザゼルから聞いたことがあった。

 冥界には超の付く実力者には称号が付き、例えばガルブルトやシェルさん、ディザレイドさんは三つの家柄の名をとって「三大名家」。

 四人の魔王には「四大魔王」といった称号があるのと同じで、冥界のある三人の悪魔に対して、とある呼び名があるということを。

 悪魔の中でもあまりにも実力や力が桁違いすぎて、本当に悪魔であるのかと疑われるほどの実力者。

 冥界に三人しかいない、最強の悪魔。

 その一人は言わずと知れたサーゼクス・ルシファー。もう一人は同じく魔王であるアジュカ・ベルゼブブ。

 そして最後が――-

 

「―――ちぃ~っとばっか登場には早すぎんだよねぇ~。ほんとに晴明くんはしょーがねーくそ野郎だぜ? あひゃあひゃあひゃ!!!」

 

 ―――その男は悪意を振りまく。

 その男は真性の悪魔だ。

 悪意に満ちた表情を浮かべ、俺たちに顔を向ける。

 その恐ろしいまでの悪意に、母さんは倒れそうになる。父さんはそんな母さんを受け止め、悪意を振りまく男をにらみつけた。

 ……男はいまだふざけた笑みを浮かべて煽るように、扇動するように―――まずは自己紹介と言ったように、言い放った。

 

「―――俺の名前はリゼヴィム・リヴァン・ルシファー。ん? 敬うことを知らないのかい、チミたちぃ~? おじいちゃん、頭が高いぞぉ~? ひざまづけよ、うひゃうひゃうひゃ~!!」

 

 ―――こいつが、黒幕。

 前ルシファーと悪魔の母といわれるリリスとの間の子供で、聖書には「リリン」という名前で記載されている真性の悪魔。

 ―――リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの登場と共に俺たちの周りに無数の生命体が魔法陣から現れた。



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第16話 揺るがぬ心

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの登場と共に俺達の周りに現れるのは、それまで俺たちが相手にしてきた謎のドラゴンのような黒い生命体と、異様な実力の匂いをかもし出す何十人もの強者であった。

 その強者は少なくとも最上級クラスはある人物たちで、しかも生命体で言えば悪魔だけではない。

 感じるだけでも悪魔、堕天使、更にはドラゴンまでもの気配を感じた。

 他にも感じていないだけで、いろいろな種族がいる。

 ……ガルブルトの姿も。

 つまり、ここにいる全ての存在がリゼヴィムの配下にいる禍の団の謎の派閥の全容。

 これまで推測の内でしかなかった存在ってわけだ。

 ……四大魔王の実の息子であるリゼヴィムがトップであるのならば、この戦場にいた最後の旧魔王派の残党が戦闘に参加している意味も理解できる。

 ―――状況の整理をする。敵の黒幕は超越者の一人、ヴァーリの祖父であるリゼヴィム・リヴァン・ルシファー。

 リゼヴィムは恐らく晴明を影で操り、本来英雄派と俺たちの陣営だけの戦いであったものを、自分たちも巻き込ませるように企てた。

 その結果、この戦場にはいるはずのない謎の生命体や最上級悪魔クラスの存在、更にはニーズヘッグや最強の邪龍であるクロウ・クルワッハが現れた。

 八坂さんを目的としているのは恐らく、自軍の戦力の強化。そのためにあいつらは何かしらの方法で八坂さんの精神を操り、暴走させている。

 本来は俺たちの目の前には現れるつもりはないはずだった―――しかしそれをこの場のイレギュラーである兵藤まどかの存在によって、自身が黒幕であったことを露呈され、仕方なく表舞台に姿を現した。

 ……今まで影に隠れて、冥界を騙して活動していたんだろう。

 ―――悪意なんてものじゃない。

 裏で動いて、伝説のドラゴンまで自分の駒として使えるほど手を回し、この状況を作り出した。

 ……もしも母さんがいなかったらと考えるとゾッとする。

 もしこの場でリゼヴィムの存在が黒幕であったことが露呈していなかったら、あいつは裏で動き、そして俺たちに最悪の結末を突きつけていたかもしれない。

 ―――それほどのものが、奴にはある。

 これほど多くの勢力を巻き込んだ作戦を裏で、掌で操っていたんだ。それくらい、容易にできるはずだ。

 ……だが待て。奴がわざわざここに現れる意味はあったのか?

 現れなければ母さんの妄言で済んでいたかもしれない。もしくは確実に露呈するまでにまだ何かができた筈だ。

 にも関わらず、奴はわざわざ俺達の前に姿を現した。

 ……何のため?

 ―――その結論に至るのは、実に簡単だった。

 リゼヴィムより別方向より、何者かが母さんに向け何発かの魔力の弾丸を放つ。

 それにいち早く気づいたのは俺と父さんであり、俺は魔力砲で、父さんは拳でそれを霧散させる。

 

「およよ~? おじいちゃんの部下の中でも中々の殺し屋の弾丸をすぐに察知しちゃう? ほほー、こいつはぁ驚きだ。―――やっぱ、てめぇらはな、うん。邪魔なんだわ、兵藤一誠に兵藤まどか」

「……何が、って聞いたほうが良いか? リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」

「おぅおぅ、いいぜぇ~?」

 

 リゼヴィムはパンッ、と手で合掌し音を鳴らす。

 すると彼の元にメルティがひざまづいた。

 

「―――他人の心を、どんな種族、どんな実力者であろうが何も関係なく読んじまうそこの女の先天的な能力に、赤龍帝の存在。あぁ、まぁ邪魔だ。まー邪魔と同時に兵藤一誠、おまえさんは俺には必要不可欠な存在なんだぜ~?」

「……どういうことだ。お前は俺の何を欲している? メルティに俺や朱雀を狙わせたのはお前だろう? ……一体、俺の何を欲しているんだ」

「―――創造の力に、封印の力。それにおまえさんのな~? 生前にも俺、めっちゃめちゃ興味あるんだ、うひゃひゃ!!」

 

 ―――生前の俺。つまりはオルフェルであったころの俺のことを、奴は言った。

 ……奴は一体、俺のことをどこまで知っているんだ?

 それに奴の目的が未だに俺は掴めない。

 ……そのときだった。

 ―――今までリゼヴィムに対してひざまづいていたメルティを、奴は勢い良く蹴り飛ばした。

 凄まじいほどの打撃音が響き、メルティは蹲る。

 ……ありえないほどの血を地面に吐いていた。

 

「―――つっかえねぇなー、きみぃー。何度失敗すれば気が済む? おじいちゃんに良いなよ、メルティちゃーん。君をね? おじちゃんは戦争派からかなり資本を叩いて買ったんだぜ?―――殺されたい? ん?」

 

 ―――まるで道具のように、おもちゃを壊すようにリゼヴィムはメルティを傷つける。

 ……やめろ。

 

「ん? まだまだ壊れないか!? うひゃひゃ、頑丈ならもう少し痛ぶってストレス解消ぅー!!」

『Welsh Dragon Blance Breaker!!!!!』

 

 俺はその残酷な仕打ちに、メルティが自分の命を狙ってきた敵であることを忘れて赤龍帝の鎧を身に纏い、リゼヴィムに殴りかかった。

 ……近くに寄って理解できたのは奴の純粋な魔力量。そして恐らく技量もかなり熟練していて、相当の強さを誇っている。

 それこそ魔王クラスだ―――だけどそれだけだ。

 それ以上の特別なものをこいつからは感じない。

 サーゼクス様の卓越された滅びの魔力のような、アジュカ様の覇軍の方程式のような素晴らしい力も感じない。

 リゼヴィムは拳を振りかざす俺に対して特に回避行為をしようとせず、ただ笑みを浮かべていた。

 ……リゼヴィムの顔面に俺の拳が肉薄しようとしたとき―――俺は突如、背筋にいやな予感が過ぎった。

 ―――俺と晴明が戦っているとき、たびたび俺の鎧を消してきた存在。

 そのときの魔法陣を軽くしか見ていなかったから気付かなかった。

 ……嫌な予感はすぐさまに的中する。

 リゼヴィムは俺の拳にそっと掌で触れた瞬間―――俺の鎧は、一瞬にして消え去った。

 完全に虚を突かれた俺は完全な無防備のまま宙に浮遊し、その肢体をリゼヴィムに晒す。 

 奴の顔には悦に浸りつくしたしたり顔と、むかつくほどの余裕の笑みだ。

 リゼヴィムの手元には俺を殺すため、手刀を繰り出すように指を尖らせる。

 そこに魔力で刃をコーティングし、俺を刺殺しようとするリゼヴィム―――判断は一瞬だ。

 俺は貫かれそうになる腹部を屈め、魔力を逆噴射してリゼヴィムから一気に離れる。

 緊急回避の代償に、俺は吹き飛んでそのまま地面に叩きつけられるように落ちる。

 俺の瞬間の判断に驚くリゼヴィム。

 

「ほー。やるじゃん、赤龍帝ぇ♪」

「…………なるほど、な。超越者って意味がやっと理解できた」

 

 俺は背中に尋常じゃないほどの痛みを感じながら、掌で膝を掴んで、何とか立ち上がった。

 ……今の攻防と、それまでの出来事で俺は確信する。

 ―――奴が、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーが超越者と称される理由を。

 

「―――神器を無力化する能力。名づけるなら神器無効化(セイクリッド・ギア・キャンセラー)。それがお前の持つ先天的異常だろ?」

「……ご明察。おじちゃんの力はお前さんや孫のヴァーリの力の一切を全て無力化することの出来る神器無効化♪ 我が手で触れる全ての神器は云わば紙同然というもの―――ひっじょーに残念だねぇ~、赤龍帝。お前の力って奴は全て神器に重きを置く賜物。それが例え件の守護覇龍だろうと、創造の神器だろうとこのおじちゃんは全部全部、ぜぇ~んぶ! ……無力化しちゃうんだぜ?」

 

 リゼヴィムは手を強調するようにブラブラと俺に見せてきて、ヘラヘラと笑う。

 俺たち陣営はリゼヴィムの登場で完全に動くことが出来なくなってしまった。

 目の前には英雄派で、その周りにはリゼヴィムの陣営の面々。

 ……リゼヴィムは俺たちが動けないことを理解すると、愉悦を浮かべる笑みで俺に話しかける。

 

「さ~て。まあお前はここで絶対に生け捕りにするわけで、だ。流石に俺がお前やそこの朱雀くんを欲しがる理由くらいは教えてやってもいいぜぇ~? どうせ今から死ぬわけだし」

 

 リゼヴィムは両手の掌でパンッ! っと音を鳴らすと、彼の背後には大きな画面のようなものが現れた。

 その画面に表示されるのは―――俺と観莉と、そしてバイク。

 その光景とは、ほんの少し前に俺と観莉が経験した出来事の発端だった。

 違う世界の二人の兵藤一誠、悪意の塊のような獣、そして堕ちるところまで堕ちてしまった悲しき二人ボッチの男女。

 ―――俺が平行世界に旅立ったときの映像が、画面に克明に映されていた。

 

「……この映像を初めて見たときによ~、おじちゃんは確信したね―――赤龍帝の力を利用すれば平行世界への移動が可能であると。それはつまり、突き詰めれば異世界への移動すらも可能にしてしまうのではないかということをさ~」

「な、にを言って―――」

「―――俺はなぁ、この世界に飽き飽きしていたのさ。やることもねぇのに悪魔は万年を生きなきゃなんねぇ。するとどうだ? 暇つぶしに見晴らせていたグレモリーの愚娘の下でおもしれぇことが起きてるじゃん? 神器を創る創造の神器、そいつは平行世界なんていう未開の地に手を伸ばした。つまり可能性で言えばどんなところまでも続いている! こいつはすげぇことだ、お前という存在は異常で異端で、興味深すぎる存在だ! ひゃはははははは!!!」

 

 ―――リゼヴィムの今の台詞で理解できたことはいくつもある。

 こいつは俺たちグレモリー眷属をずっと見張っていたということ。

 こいつはその暇つぶしの過程で、俺の体験した起こり得ない平行移動を知ってしまったこと。

 そしてこいつは―――俺が前代赤龍帝からの転生者であることも、こいつは知っている。

 ……リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの目的は俺、というよりは俺の中のフェルの存在だ。

 ここまで周到に組み込まれた作戦は、長い時間をかけて調整されてきたものなんだろう。

 ここまでの戦力を集め、ここまで最悪の事態にまで追い込まれているのは事実だ。

 

「歴史から抹消された赤龍帝が、次代の赤龍帝になって、しかも創造の神器までもを宿すことになった。―――オルフェル・イグニールだろ? そこんとこも調べはついている。オルフェル・イグニールとミリーシェ・アルウェルトの謎。知りたくね? イッセーくぅぅんよ?」

 

 ……ここでリゼヴィムは俺に手を差し伸ばしてきた。

 リゼヴィムは不敵な笑みを終始浮かべながら、俺にそう言ってきたんだ。

 

「俺の配下になって俺に尽くせば、お前は自分の身に起こったことを解明できるかもしれねぇぜ? それはお前が最も欲しがっていたものだろ? な? 惚れてた女ぁ殺されて、復讐心もあんだろ? 俺と一緒にくれば全部解決するかもしれねぇ。そしたら俺もお前もいい塩梅でハッピーだ! な? ―――だから俺の元に来いよ。そしたらお前さんの仲間には手は出さないぜ?」

「…………」

 

 俺は、損得だけでリゼヴィムの言ったことを考える。

 確かにあいつの言っていることは合理的だ。

 俺が全てを自分の身に降りかかった悲劇を解明し、復讐だけを誓っていればあいつの手を取ることは得が多いのかもしれない。

 それほどにあいつは俺に起こったことを、ほぼ全て知っている。

 ……知っている。ああ、知っているんだろうさ。

 確かにあいつの言うことはすべて正しい。

 ―――だけどやっぱり、あいつは何も知らない。

 俺がどうして、今の俺という存在で生きているのかを。

 俺の外面だけを知っているあいつに、わかってたまるか。

 俺が仲間に助けられて、何度も悩んだことをあいつは知らない。

 俺が家族に救われたことを、あいつは知らない。

 ……だから俺がいまだに復讐心だけに囚われていると勘違いしているんだ。

 そうでなければ、わざわざこんなスカウトはしない。

 ―――俺はミリーシェと再会した。

 もちろんそれは生身じゃなくて、精神体として、記憶として。

 それでも俺の手にはあいつを抱きしめた感覚を覚えている。

 俺の唇はあいつとキスをしたことを覚えている。

 俺の耳はあいつの声を覚えている。

 ……俺は考えて、リゼヴィムの甘言を―――

 

「―――そんなの、まっぴらごめんだ、糞じじい。お前みたいな中二病をいつまでも捨てられないじじいの介護をするほど、俺は暇じゃねぇんだよ」

 

 ―――そう言い捨てて、一刀両断した。

 

「……俺がかなりのところまで謎を解明していると言ってもかい?」

「それでもお前に力を貸すのも、借りるのもごめんだ」

 

 ……実に悪魔らしい存在だと思った。

 俺が悪魔になる前に抱いていた悪魔像と完全に一致する存在。それがリゼヴィムだ。

 目の前に甘言という名の果実をチラつかせて、その餌で自分にとって最も得を得る結果を求める。

 ……何かを犠牲にして、自分の欲を忠実に求める。

 

「お前は仮に平行世界に、異世界に行ったとして、やりたいことはなんだ? その世界の人々との交流か? ……違うだろ。お前がしたいのはあくまで利己的な自身の中にある欲望を叶えることだけだ。そこに他人のことを配慮してはいないだろ?」

「んぁ? んなこと、当たり前だろ? いやいや、笑わせてくれるなよ~。なんで俺がそんな他人のことを考えないといけないんだ? ん? おじいちゃんにわかり易く説明してみな」

「それだけでもう答えは出ている。簡単に言えばな―――お前の仲間になるくらいなら、ヴァーリの仲間になるほうがまだマシだってことだ」

 

 俺は煽るように、リゼヴィムにそう言い放った。

 

「お前の本質は古い悪魔の考えそのものだ。自分だけが幸せであれば周りは全部不幸でも良い。ああ、悪魔らしいよ―――悪魔らし過ぎて、つまらないな。お前」

「……あ?」

 

 今まで悠然と煽るように笑みを浮かべていたリゼヴィムは、怒気を含む声をあげた。

 その分かり易い表情につい俺は笑ってしまう―――散々人を煽っている割には、煽られる耐性が皆無のように見えた。

 その時点でこいつ―――リゼヴィム・リヴァン・ルシファーのヒトとして底が知れた。

 

「時代はもう進んでいるんだよ。ただ悪魔してるだけの時代遅れでは生き残れないぜ? 今のこの世界は」

「……んじゃ、今の悪魔はなんなのか言ってみろ」

「―――悪魔らしくないのが、今の悪魔だよ。そんぐらい意外性があった方が面白いんだぜ? まあお前に言っても意味ねぇんだろうけどさ」

 

 俺は首を左右に振って、これ以上奴と交わす会話に意味がないことを悟る。

 ……そういえば、平行世界で出会った大人になったアーシア―――アイが言っていたことを思い出した。

 ―――超越者には気をつけてください、と。つまりアイと黒い赤龍帝があそこまで闇に染まってしまったのは超越者の存在が関わっているということ。

 ……今になって思えば、平行世界に現れた黒い赤龍帝の恨みの根源である、あの化け物の素体はこいつなんだろう。

 どんな世界でも、こいつはきっと変わらず屑だ。

 ―――俺が黒い赤龍帝の過去の光景を見た時に、あいつの仲間を血祭りに上げ殺していた。

 それほどにこいつという存在は危険だ。

 

「―――護らなきゃ、いけねぇよな」

 

 ―――俺は、左腕に籠手を出現させてそう呟く。

 その籠手の宝玉が突然、眩い光を放ち辺りを眩く照らした。

 

「……温かい、光」

 

 アーシアがポツリとそう言葉を漏らす。

 ……俺の動作を見た瞬間、リゼヴィムは表情を一変させる。

 

「そいつを発動させるわけないっしょ? うひゃひゃ!! 俺がお前にちょっとでも触れれば、もうそれで終わ―――」

 

 リゼヴィムはこいつの危険性を知っているからか、すぐさま俺を神器を無力化しようとした―――その瞬間だった。

 リゼヴィムが俺の方に来る道筋の途中に、突然二つの光が到来して奴の行動を邪魔した。

 激しい衝突音と共にその光二つはリゼヴィムの行動を邪魔し、その二つの存在を理解したリゼヴィムは凄まじく舌打ちする。

 ―――このタイミングで現れるのは、俺にとって好敵手と呼べる二人の存在であった。

 

「―――やっと見つけたぞ……ッ!! リゼヴィム・リヴァン・ルシファー……ッ!!!」

「―――ようやく晴明の歪みの原因がはっきりしたようで。お初にお目にかかります、リゼヴィム殿」

 

 ―――白龍皇ヴァーリ・ルシファーと英雄派トップ、曹操。

 明らかな憎しみの表情を浮かべるヴァーリと、つまらなさそうな表情を浮かべてる曹操がその緊迫とした状況に登場したのだった。

 ―・・・

『Side:アザゼル』

「……弱らせることには成功はしたがよ―――どうやって八坂の洗脳を解けばいい……ッ!」

 

 ガルブルトを撃退し、八坂救出に手を尽くしていた俺は、現在の状況に苦虫を噛むしかなかった。

 九尾の狐である八坂は龍王クラスの実力者であるが、既に龍王の域を越えつつある夜刀神の協力により、八坂の体力を奪う事には成功している。

 現在、匙の創った黒い檻に八坂を拘束しており、何とか八坂を救う手立てを考えているが―――手を尽くしたが、俺の力では変化がなかった。

 夜刀神の仙術で気を正しい流れに変えても、様子が落ち着くだけで根本的な解決にはならない。

 ……この厄介な術式、こいつは古代魔術の類だ。

 前魔王の時代に当時の魔王が使った洗脳術の兆候が見れるこいつを扱える奴なんて、俺には一人しか該当する人物を思いつかない。

 ―――前ルシファーの一人息子、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。

 ガルブルトの陣営のトップが奴であるという予想は元々あったが、まさか本当に奴が敵側にいるとは思いたくもなかった。

 ……これでようやくヴァーリが禍の団に入った理由が理解できた。

 ―――あいつはリゼヴィムが禍の団にいるという情報をどこからか手に入れたんだ。

 ……もしくは、あいつを直接勧誘した曹操がその情報をヴァーリに与えたのかもしれない。

 

「アザゼル、気付きましたか?」

「……ああ。この空間に突然、強大な魔力の塊が幾つも、同じ箇所出現した―――リゼヴィムのご一行の登場ってわけだ」

「でもあの位置は―――」

 

 ……出現場所は、イッセーたちと英雄派が戦っている場所だ。

 確実に偶然じゃねぇってことは理解できる。

 ―――状況は最悪だ。あそこに仮にリゼヴィムがいるのだとしたら、あいつの能力はイッセーとは相性最悪だ。

 神器を完全に無効化する能力は、神器の運用によって魔王クラスや神クラスと対等に戦えるイッセーの力を全て封殺しているようなもの。

 確かに今のイッセーならば神器なしでも上級悪魔ともまとも戦えるはずだ。

 だけど―――どうする?

 八坂をどうにか抑えることで手一杯な上に、新たな敵の出現。更に援軍の頼みもない。

 

「アザゼル殿、お主は行ってくだされ。拙者はどうにか八坂殿を抑えるでござる」

「……だが」

「―――拙者の中で、八坂殿をお救いする手立てがあるでござる。ただ、それは拙者の力だけでは不可能でござる」

 

 ……夜刀神の言葉に驚く。俺でも手詰まりのこれを、どうにか出来る妙案があるとすれば―――そうか、そういうことか。

 夜刀神と俺の考えが同じであるすれば、確かにこの状況をあいつに任せてイッセーたちの救援に向かうことがこの状況の打破に繋がる。

 必要な人物は―――イッセー、アーシア、まどか。

 

「行ってくだされ―――道は拙者が開くでござる!!」

 

 夜刀神はまだ圧倒的数を誇っているリゼヴィムの陣営の敵を、上空に無数に浮かべた刀を放って次々に屠っていく。

 ……夜刀神は、もうティアマットクラスだ。

 いや、そのティアマットもまた強くなっていることを考えると言い難いが、少なくとも龍王最強のティアマットを除けばあいつはそれら全ての龍王に勝てるほどの力を付けた。

 あいつはまだこの戦場において、本来の力を使わずにあれほどの立ち振る舞いを見せている。

 ……恐らくドラゴンの中であいつは最もテクニックに優れたドラゴンだ。

 ―――俺は心の中であいつに礼を言いつつ、ガブリエルと共にイッセーたちのいる方に向かった。

 

「……そんなに甘くねぇよな、くそったれ」

「―――あれは」

 

 俺とガブリエルが上空に浮遊し、移動を開始しようとした時だった。

 俺たちの行方を阻むように、進行方向の上空に魔法陣が展開され、そこより一人の悪魔が現れた。

 銀髪の長身で、好青年といえる出で立ちの男。

 ―――グレイフィアの実の弟で、最上級悪魔クラスの実力を誇る実力者。

 

「お前もそちら側に付いたわけってか―――ユーグリッド・ルキフグス」

「―――お久しぶりです、アザゼル殿。姉のグレイフィアは元気ですか?」

 

 敵という形で、ユーグリッドはこの戦場に現れた。

 それはあいつもまた、リゼヴィムの陣営であるということを示唆している。

 

「元気も何も、愚弟が敵に寝返ったと知ったらあの鬼は怒り狂うぜ?」

「ははは、そうですね―――そうしたら姉は、いつか私の麓まで来てくれるでしょう」

「―――相変わらず気持ち悪ぃくらいのシスコン具合で安心して、んでもって落胆したぜ。……邪魔だ、俺たちは今すぐにイッセーたちの元にいかねぇといけないんだ。道を空けろ」

「おいそれと、寛容するはずがないでしょう? リゼヴィム様の目的の邪魔をさせるわけにはいかないのです」

 

 ユーグリッドは爽やかな笑みを浮かべながら、背後に凄まじい数の魔法陣を展開した。

 一、十、百……考えるのが馬鹿らしく思えるほどの度重なる魔法陣に、俺とガブリエルは負けじと無数の光の武具を浮遊させる。

 ……そうして生まれるのは膠着状態だ。

 ユーグリッドは余裕な表情のまま特に魔法陣を放つこともないところを見ると、あいつの目的は俺たちの足止めってことか。

 ……このままでは埒が明かない。

 

「お前がそっちに寝返ったのはリゼヴィムの目的と自分の目的が一致しているからだろう。じゃなきゃ、お前が姉を裏切るわけがねぇもんな」

「……まぁ、その通りなんですが―――そうですね。僕の目的は最終的には『グレイフィア』なんですがね」

 

 ……ん? どういうわけだ。

 いまいち、あいつの言動がかみ合わない。

 あいつの最終目的がグレイフィアであることは、まぁ良い。あいつのシスコンレベルは吐き気を催すほどだ。

 だがそれでわざわざ姉と敵対するのは辻褄があわねぇ。

 

「どうせリゼヴィム様は既に自身の目的を彼らに言っていることでしょうから、隠す必要もない―――我らは平行世界が確かに存在し、そしてその平行世界へ現代の力で移動した存在を知っています」

「―――」

 

 ―――ユーグリッドの言葉に、ようやく点と点が繋がった。

 リゼヴィムの配下のメルティがなぜ執拗にイッセーを狙うのか、なぜこの戦場で奴が裏で動いていたのか。

 そしてその目的とこいつの最終目的がなぜ一致するのか。

 ―――理解して、心の底から鳥肌が立った。

 

「おや、もう理解されたのですか? はは、流石はアザゼル殿。理解が早くて助かります」

「―――るっせーよ。こちとら今、お前に全力で引いてんだ。シスコンの度が過ぎるのも大概にしろよ、この変態野郎」

 

 ユーグリッドの目的、それは実に単純に―――

 

「―――平行世界ならば、まだ誰にも汚されていないグレイフィアがいるかもしれない。あぁ、なんて素晴らしいことなんでしょう。僕にとって姉は崇高な女性。あのサーゼクスと添い遂げると知ったときは絶望を味わったものですが……兵藤一誠。彼は僕に光という希望を照らしてくれました。流石は優しいドラゴンとあだ名されるわけですね」

「……てめぇ」

 

 ―――その軽い言葉に、その名をユーグリッドが発したことに俺は耐え切れないほどの熱に襲われた。

 ……あいつを何もしらねぇ野郎が、その名を呼ぶことを俺は許容できなかった。

 ふざけんじゃねぇ、ってもんが俺の感情を支配する。

 怒りが怒りを更に拍車を掛け、どこに余っていたのか不思議なほどの力が体から溢れる。

 ―――優しいドラゴン。それはイッセーがこれまでの人生をずっと正しいことを続けてきて、理不尽に飲み込まれても、それでも折れずに清い心を持ち続けた『証』だ。

 例えどれだけ悩もうが、どんな闇を抱えようが、それでもあいつが護ることだけは止めなかった優しい心。

 他者を死から救い、他者の心を救い、たくさんの人を笑顔にしてきたあいつを……その優しい性質を知っている奴だけがその名を呼ぶことを許される。

 それを奴は軽々しく口にした。

 俺はそれが、耐え難く……許せない。

 

「―――てめぇはイッセーに救われる資格はねぇ」

「……これはこれは。あなたはどうやら、兵藤一誠にご執心なようで。あなたの怒りの意味はわかりませんが―――どちらにせよ、通すわけにはいかないんですよ」

 

 ユーグリッドは歪んだ笑みを浮かべて、俺たちに圧力を掛けるように魔法陣を解放させる。

 

「―――あなた方が長々と会話を続けてくれおかげで、防御の術が完成しました」

 

 しかしそれを受け止めるために、ガブリエルは強固な防御魔法陣を展開し、ユーグリッドの攻撃に備える。

 ユーグリッドの無尽蔵な魔法陣による攻撃が放たれ、俺たちは防御に徹した―――そのときであった。

 俺たちとユーグリッドの間に、突如―――紅蓮の魔法陣が浮かんだ。

 ―――そこより現れるのは、誇り高い紅蓮のドラゴンであった。

 俺たちの背丈よりも遥かに大きな手足と翼を携えた西洋系のドラゴン。

 そのドラゴンはユーグリッドの全ての攻撃を受け止め、全てを受け止めきった。

 その姿を見た瞬間、ユーグリッドは苦虫を噛むような表情を浮かべ、それまでの余裕そうな笑みを消した。

 ……俺はこれを知っている。

 あぁ、知っているとも。こいつは―――あいつの優しさを体現した、あいつの切り札。

 何もかも全てを護るって誓って、それを体現しちまった馬鹿げたって言いたいほどの優しい力。

 その名は―――

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

 俺とリゼヴィムの間に割って入るように現れたヴァーリと曹操は、その視線を俺ではなくリゼヴィムに向けていた。

 ヴァーリは憎しみに囚われた目で、曹操は凍えるほど無表情に。

 その二人に行く手を阻まれたリゼヴィムは盛大に舌打ちをした。

 

「ちっ―――やっほっほ、ヴァーリくん~? おっひさだね~、元気してた? うひゃうひゃ!」

「黙れ。お前はここで今すぐに殺してやる……ッ!!」

 

 リゼヴィムはヴァーリを煽るようにそういうと、ヴァーリは今すぐにでもリゼヴィムに襲い掛かりそうになった。

 そのヴァーリの暴走を制止するのは曹操の聖槍だ。

 曹操は槍をヴァーリを前に向けて振り上げ、動きを止める。

 

「落ち着きたまえ、ヴァーリ。今ここで激情に飲み込まれてもすぐにやられるだけだ」

 

 曹操はヴァーリを見ることなく、嘲笑を浮かべているリゼヴィムを睨みながらそう言った。

 そうしている間に、俺の籠手は守護覇龍発動のための準備を着実に進めている―――そんな中で、曹操視線が一瞬、俺の方に向いた。

 ―――曹操は、時間を稼いでいる? 俺が守護覇龍を使うための時間を。

 

「……さて、リゼヴィム殿。よくもまぁ、俺たちの戦いに介入してくれましたね」

「おんやぁ? これはこれは、英雄派の自称英雄君じゃん! 全く以って忌々しいね、お前~」

「はは、それは褒め言葉として受け取っておきますよ―――ずっとあんたの動きを警戒していたものでね。このグレモリーと英雄の戦いに余計な邪魔が入ったことを知ってから、そういう風に立ち回っていたものだ。しかしよくもまあうちの仲間を歪ましてくれて……極々珍しいことに、これが腹が立つって感情なのかい?」

 

 曹操は目を細め、リゼヴィムに聖槍の先端を向けた。

 

「ひゃははは、怖い怖い―――が、知ってるだろ? お前さんの聖槍の力は非っ常ぉ~に強力なもんだがよ? 所詮それは神器。俺には神器は効かないんだわ、うん」

「原書の聖書に載るリリン殿ならば知っているのではないか? ―――この聖槍には聖書の神の意思が宿っているということを。そして俺の奥の手の存在を」

「……あぁ、そーだなー。そういう意味では、神器使い中ではお前さんが俺にとって一番厄介ってわけだ。んで? そっちの愚孫は何ができるんー? 白龍皇の力しか脳がないお前さんは、なぁにができるのかなー? ほらおじいちゃんに言ってごらん? んん?」

 

 ……例え、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)でもそれが神器を介しているのであれば無力化されるだろうというのが俺の考えだ。

 そういう意味では俺の守護覇龍も意味をなさないのかもしれない。

 ―――けど、予感めいたものがある。

 守護覇龍ならば、この戦況をそのまま引っくり返せる。

 根拠なんて一切ないけど、俺はそう確信していた。

 だからこそ心の底から曹操に礼を言わせてもらう。

 ―――どういう目論見かは知らないけど、時間稼ぎをありがとうと。

 

「―――じゃあ赤龍帝の力ならどうだ?」

 

 俺がそう言った瞬間、俺の仲間の下に一人一つ、紅蓮の魔法陣が展開される。

 俺は瞬時に鎧を身に纏うと、そこに埋め込まれた宝玉一つ一つから光の輝きが戦場を照らした。

 ―――準備は全て整った。

 それを俺の仲間は理解した瞬間、俺を護るような陣形を取る。

 それによりリゼヴィムの配下の悪魔たちは俺に到達することが出来ず、俺はそっと呪文の第一節を口にした。

 

「我、目覚めるは優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり! 無限を愛し、夢幻を慕う。我、森羅万象、いついかなる時も笑顔を守る紅蓮の守護龍となりて―――」

『今ここに優しき世界を織り成す』

『常々見なさい、愚かな者ども―――我らがお兄様の、素晴らしいお姿を』

『お兄様の雄姿を目に焼き付けろー!』

『おいおい、ここはもっとかっこいい言葉を連ねるとこだろぃ―――まぁぶちかましてやんな、あんさん』

『兄上殿、我らがついていますぞぉ!!』

『おにぃちゃぁぁん!! かっこいいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 俺が守護覇龍の詠唱をしている中で荒ぶる俺の中の先輩たち!

 う、うるせぇ! 周りの仲間がこっち見てんじゃねぇか!!

 ……そんな状況とは裏腹に、仲間の前に現れるのは俺の分身体である紅蓮の守護龍。

 やはりワイバーンとは比べ物にならないほどの強大な守護龍を前に、敵は明らかに恐れおののく。

 ―――こいつは何よりも優しいってのによ。

 ……俺は、俺の中の『俺』と神器の深奥で対面する。

 さぁ、行こう。今度も仲間を皆、救うために。笑顔で帰るために!!

 

()は、護る為に戦う!!』

 

 俺の想いと、オルフェルである俺の想いが重なったとき、俺は最後の一節を言い放った!

 

「汝を優柔なる優しき鮮明な世界へ導こう―――ッ!!!」

『Juggernaut Guardian Drive!!!!!!!!』

 

 ……鎧は必要最低限の部分を消して全て解除され、俺の身を守る甲冑は薄い騎士のように軽装なものとなった。

 紅蓮のオーラは温かなオーラとなってあたりを照らし、俺は発動する。

     紅蓮の(クリムゾン・ジャガーノート・)守護覇龍     (ガーディアンドライブ)

 こいつを使うのは通算で二度目ってところか。一度目は北欧の悪神・ロキ。

 二度目は平行世界の赤龍帝である兵藤一誠。

 ……三度目の守護覇龍は俺の体に馴染んでいるのか、これまでよりも強大なものを感じた。

 

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。お前はただでは帰さねぇ。お前に文句がある奴は山ほどいるんだ」

 

 俺はヴァーリに視線を送り、そのまま流し目でリゼヴィムを睨んだ。

 手にアスカロンを握り、その剣先をリゼヴィムに向ける。

 更にもう片手に握る無刀はこの状況で動けずにいる英雄派に向け、俺はこの二大勢力を同時に相手をする覚悟を決めた。

 

「……まぁ、そんなもんも俺にとっちゃー怖くねぇんだけどよー。これ見よがしに発動しても、こうやって俺が触れればそれで―――」

 

 リゼヴィムは目の前に出現した守護龍をそっと触れて、満面のしたり顔で俺を見る―――しかし、すぐにその表情は消えた。

 ―――守護龍は、消えない。リゼヴィムがいくら触れようが、一切消えることがなかった。

 

「……は?」

 

 リゼヴィムはその事態を想定していなかったのか、呆気をとられるような表情を浮かべた。

 ―――俺の謎の確信が本物になった瞬間だった。

 俺は呆気を取られ、動かないリゼヴィムに向かって守護覇龍によって生まれた濃厚な倍増のオーラの刃の生まれた無刀をリゼヴィムに向かって投げ打つ。

 その刀はリゼヴィムの肩を貫通し、そのまま後方の奴の配下の部下をも死傷を負わせた。

 

「はぁッ!? な、んだそれ!? なんで、俺の力が―――」

 

 リゼヴィムはその状況を受け入れることが出来ず、肩に空いた穴を押さえながら、蹴りを放ったり魔力弾を打ち放つも―――何をしようと、守護龍は傷つくだけで消えない。

 何をしようが消えなかった。

 

「―――守護龍は、な。厳密に言えば赤龍帝の神器の力で生まれていないんだよ」

「……は?」

 

 リゼヴィムは俺の告白に、間抜けな声で応えた。

 

「そいつの大元はグレートレッドの小さな力。その力が俺の鎧を媒体に、生前のドライグの見た目を生き写した守護龍を生んだんだ」

「だが結局は神器を介したものだ! それなら俺の力が効かないはずが―――」

「―――高が神器無効化の力が、真龍の力を打ち消すとでも思っているのか?」

 

 俺の言葉にリゼヴィムは言葉を失った。

 ……結局はあいつの力には限界があるんだ。あいつの力はただの神器無効化。

 あいつの力は無限ではない。無効化できる神器の出力には当然のことながら、限界がある。

 しかも俺が今使っているのは、出力だけで言えば覇龍と同等の力―――だから俺の守護龍は消せない。

 ただまぁ……グレートレッドの力におんぶに抱っこじゃ、格好が付かないよな。

 

「……これでは興ざめだな」

 

 ……すると、俺の付近にいた曹操は刹那、俺の傍から消えて自分の仲間の下に帰った。

 あいつは横目で、呆然としている晴明を見て、少し溜息を吐いて俺を見た。

 

「兵藤一誠、悪いが俺たちはここらで離脱させてもらう―――決着はいずれ、必ず。ゲオルク、一旦退却だ。色々と考えないといけないことができたものでね」

「ああ、そうだろう―――」

 

 ゲオルクは曹操の思考を理解していたように英雄派の周りに魔法陣を展開し、そして颯爽とその戦場から姿を消す。

 ……その間際、俺はふと晴明と目が合った。

 その目は―――輝きを、失っていた。

 ……いずれお前ともう一度向き合わないといけないよな。晴明。

 俺は英雄派が完全に消えてから、もう一度視線をリゼヴィムたちに向けた。

 

「……どこからでも、命を失うつもりなら来い。俺はどんな数でも、どんな奴でも倒す。そいつが仲間を傷つける存在なら、この拳で、剣で全てをぶっ潰す!」

『Boost!!!!!!!!!』

 

 その音声は鎧に残る全ての宝玉から鳴り、それと共に俺はリゼヴィムたちの下―――その背後の最上級クラスの悪魔たちの元に向かった。

 どいつもこいつも、一度は冥界のテレビで一度は見たことのある有名人ばかりだ。

 そんな奴らがこぞってリゼヴィムについている―――ふざけるなよって感じだよな。

 だけどもうそんなことはどうでもいい。

 敵ならば、俺はただ消し飛ばす。

 俺は敵の一人の頬に、拳を捉え、そして―――打ち抜く。

 

「―――ぐぇ」

 

 実に間抜けな声と共に、叫び声が聞こえぬまま悪魔は後方に殴り飛んでいった。

 その一瞬の出来事に反応できないのは、その周りの全員が同じであった。

 俺はその隙を見逃さずにアスカロンで周りにいる全ての悪魔を無慈悲にも、次々に切り飛ばしていく。

 腕、腹部の肉、足……敵のことを一切考えず、俺はただただ敵を切り裂いていった。

 

「ば、―――化け物がぁぁぁ!!!」

 

 その一瞬の殺戮に恐れをなした一人が、必殺とも言える強力な一撃を俺に放つ―――が、それは瞬時に俺の前に現れた守護龍によって防がれた。

 

「化け物? それはお前も変わらないだろ」

 

 ……斬り飛ぶ首。それと共にその悪魔は光の結晶となって戦場から消える。

 その光景を目の当たりにしたリゼヴィムは、俺へと襲い掛かってきた。

 

「―――お前、本気でいらつくなー!!」

「それはこっちの台詞だ―――ヴァーリ、今だ」

 

 俺の言葉とタイミングを合わせるように、ヴァーリは上空から事前に用意していたであろう宝剣のようなものをリゼヴィムに打ち放った。

 神器の力で極限まで力を高め、物理的攻撃を選択したヴァーリの不意打ちは、リゼヴィムの体の各所を貫いた。

 

「め、ぇぇ!!! ヴァーリィィィ!!!」

「―――リゼヴィム……ッ!!」

 

 互いに憎しみの表情を浮かべるリゼヴィムとヴァーリだが、俺は隙を見逃さない。

 即座に右腕の鎧を解除し、俺は傷だらけのリゼヴィムに近づき―――純粋な魔力の塊を拳に込め、リゼヴィムの頬を全力で殴り飛ばした。

 ゴキッ、と骨が折れる音と肉が琴切れる音が鮮明に聞こえる。

 ―――こいつの力は神器に触れなければ発動しない。

 だから、殴る瞬間に鎧を消し、神器の力を介さない攻撃ならば容易に通る。

 

「な、んで初見で俺の力が……ッ」

「お前の底はそれだけ知れてるってだけだ。お前、ロキと比べるとどうしても見劣りするよ。高が神器を無力化するだけで、お前の素の力はただの最上級悪魔レベルだ。俺を相手にするなら―――裏を10回は掻いてみな」

 

 俺はリゼヴィムを上空に殴り飛ばし、ヴァーリの付近までリゼヴィムを浮遊させる。

 その間にヴァーリは神器の半減の力で周りのリゼヴィムの派閥の悪魔から魔力を半減して奪い、その魔力を自身の身体能力に還元。

 そしてリゼヴィムと鎧を纏った拳が直接交差する瞬間―――鎧を完全に解除した。

 解除したところで神器で高まった身体能力はそのままで、ヴァーリは俺の拳よりも遥かに重い拳をリゼヴィムに放ち―――恐ろしいほど気持ちいいくらいに殴り飛ばした。

 ……こいつは手が甘い。

 なんていうんだろうな―――ロキの劣化版とでも言うべきか。

 いや、それじゃあロキに失礼だ。あいつは悪神の名を誇りに持っていたし、実際にそれを体現した強者であった。

 ならこいつは……

 

「お前、小悪党だよ。やろうとしていることはでかいけど、なんとも小さいな。それでよく超越者なんて名乗れる」

「…………」

 

 ヴァーリはリゼヴィムを殴り飛ばした拳を見つめ、どこか落胆している表情をしていた。

 ……それは先ほどまでとは違い、憎しみだけに支配されているものではない。

 ―――どこかがっかりしているようにも見えた。

 

「―――ざけんなざけんなざけんな、ふざけんなよ糞餓鬼がぁぁ!!!」

 

 ……リゼヴィムは土埃から不意打ちのように俺の仲間へと極悪なレベルの魔力弾を次々打ち放つ。

 しかしそれは守護龍によって阻まれた。

 

「くそくそ、こんなはずじゃない! 本当ならここでお前を殺して、創造の力を封印の力で制御するはずだったのによぉ!! なんだって、なんだってこんな―――」

 

 ……リゼヴィムは状況の一変を受け入れることができないのか、ブツブツと呟き始める。

 ―――なるほど、朱雀を狙うのは俺を殺した後、フェルの力を封じて扱うためか。

 本当に、本当に……こいつは甘いな。

 

「―――集結だ、守護龍たち」

『Guardian Booster!!!!!』

 

 俺は傷の限界値を超えそうな守護龍を紅蓮の霧状のオーラに変えて、自分の元に戻した。

 その瞬間、それまでの傷に応じた精神的ダメージが俺に圧し掛かりッ! その代わりに、圧倒的倍増の力が付加される!!

 ……奥の手を使う必要もない。

 あれは天龍クラスでさえも通用するほどの一撃、リゼヴィムにそれを使う必要はない。

 

「リゼヴィム、お前にこの一撃全てを無力化できるか試してみるか?」

「―――ッ!!」

 

 ……するとリゼヴィムは途端に俺から逃れようとするが如く、転移用の魔法陣を展開しようとした―――が、それは簡単に阻まれる。

 リゼヴィムの展開した魔法陣に何者かの魔法陣が重なり、そのまま完全に打ち消したんだ。

 それにリゼヴィムはまた驚くも、あいつにはそんな微かな時間すらも残されていない。

 

守護龍の拳檄(ガーディアン・フィスト)……ッ!!!」

 

 身体中の鎧から生まれる噴射口よりオーラを放射し、俺はリゼヴィムに瞬時に近づいて拳を立てる。

 拳を奴の中枢へと向けて狙いを定め、そして―――勢いよく、守護龍の力を全力で使った一撃を放った。

 ―――……しかし、その一撃はリゼヴィムに届くことはなかった。

 

「リリス、リゼヴィム……護る」

「―――リリス……ッ」

 

 激しい紅蓮の光に包まれていた俺の拳を、リゼヴィムの影より現れたリリスは何の苦も無く受け止めていた。

 リリスはオーフィスの生き写しのように同じ顔で、しかし昔のオーフィスよりも無表情に俺をじっと見据えていた。

 ……オーフィス程ではないが、それでもこいつは天龍クラス以上のドラゴンだ。

 本気ではない俺の一撃など、リリスに対して何の脅威にもならない。

 ―――しかし不思議なことに、リリスは俺の一撃を止めるだけで反撃はしてこなかった。

 

「っせぇよ、リリス! お前、何サボって―――」

「―――お前の敵は兵藤一誠だけではないだろう」

 

 リリスに気を取られ、いつの間にかヴァーリに背後を取られたいたリゼヴィムは、特に防御をすることなく再び殴り飛ばされる。

 ヴァーリもリゼヴィムとの戦い方を理解したのか、再び極限まで肉体を強化した後に鎧を解除するという荒業で奴にダメージを与える。

 ……いや、違うか。

 ヴァーリの一撃が通っているのは、神器で高められた力以外の力だ。

 ただ、ヴァーリは素の状態で既に最上級悪魔クラスの力を誇っているためか確実なダメージは与えてはいるみたいだな。

 ……リリス。

 オーフィスがけじめとして置いて行った自身の力の半分を利用し、生み出された人工的なドラゴン。

 幾万ものドラゴンを初めとする多種族の力を組み込まれた、歪んだ存在だ。

 故に人格は幼く、感情という感情を持たない。

 ……恐らくリゼヴィムによって生まれ、奴を護るためだけのために存在している存在。

 

「リリス、そこをどいてくれ」

「不可。リリス、リゼヴィム、まもる」

「……やるしか、ねぇのか」

 

 俺はリリスから一端距離を取り、思念で守護龍に一つの命令を下す。

 ―――現在、守護龍を展開し護っている仲間を全て一か所に集める。

 そう命令を下すと、瞬時に俺の元に戦闘中であった仲間が全て集結した。

 ……暴走して、身動きが取れない八坂さんもまた、守護龍の魔法陣より現れる。

 

「―――行こう」

『Guardian Drive Boosting Explosion!!!!!!!!!』

 

 ―――俺は全ての守護龍を俺の元に戻し、守護覇龍最終形態へと移行する。

 俺の声は俺の中のオルフェルの声と重なるように同調し、赤龍帝そのものと完全に同調する。

 ……この状態は、云わば天龍形態。

 天龍と俺たちの想いと力が混じり合い、そこにグレートレッドの力が鍵となって生まれた絶大な力。

 

『―――そこをどけ、リリスぅ!!』

 

 ……この形態最強の力は、集めた力を全て解放して敵を殲滅する守護龍の逆鱗(が―ディアン・ストライク)

 この一撃には二種類の解放方法があり、一つは絶大なエネルギー砲弾として殲滅する遠距離仕様。もう一つが全てを拳に込めて敵を殲滅する近距離仕様だ。

 ……俺の両手の掌には守護覇龍の全ての力が集まっており、今すぐにでも敵を殲滅する一撃を砲撃モードで放てる。

 ―――放てるけど、リリスを前にして躊躇した。

 それはリリスがオーフィスと瓜二つの容姿をしていたからってのもあるけど……さっき、俺に反撃しなかったことが大きな理由だ。

 ……リリスはリゼヴィムに縛られて生きている。

 ―――そんな存在に、俺は殺すかもしれない一撃を放つのか? そんな葛藤が頭を過る。

 どうすれば、良いんだ。

 リリスは未だ、直立でじっと俺を見つめていた。

 光も灯らない目で、俺をじっと見つめるその表情を見て俺は思い出した。

 ―――オーフィスと初めて会った時のことを。

 あいつは俺の異質性に惹かれ、俺の前に現れた。

 その時はあいつはまだ機械みたいな奴だった。

 でも何度も触れ合って、何度も話して、何度も笑って……あいつは変わった。

 感情が芽生えたんだ。

 ……リリスと触れ合えば、もしかしたら。

 そんなことを考えた瞬間、俺は動く。

 オーラを全て拳に集中する拳撃モードで、リリスに近づき、そして―――

 

「―――?」

 

 ―――全てを込めた拳とは逆の手で、リリスの頭をそっと撫でた。

 

「―――いつか、お前を救ってみせる」

「……せきりゅうてい、なに、リリスに、言ってる、の?」

「お前の組み込まれた固定概念も、何もかも吹き飛ばすくらい楽しい世界を見せてやる。でも今はまだその時じゃないんだろうから―――今はさよならだ」

 

 俺は刹那、リリスの腕を持ちリリスを思い切りリゼヴィムの方に放り投げた。

 

「せき、りゅう―――イッ、セー……」

 

 ……そういえば、最初に出会った時に名乗っていたよな。

 リリスはほんの少し、霞むほどの光を帯びた目で俺を見つめた。

 ―――しかし、悪意は隙を見逃さない。

 俺がリリスに気を取られてる瞬間、リゼヴィムは俺の懐に入り込んでいた。

 ―――最高出力の一撃ならまだしも、鎧そのものを触れられたら俺の力は解除される。

 そして守護覇龍は短期間に乱発は出来ない。

 

「ゆっだーん! たいてきぃぃぃぃだぜぇぇ!!?」

 

 リゼヴィムの手が俺の鎧に伸びる―――そんなときであった。

 ……突如、空間は揺れる。

 本来起こるはずのない次元の狭間に創られた空間に訪れる、悍ましいほどの地震。

 その突然の出来事にリゼヴィムは俺から距離を取った。

 ……なんだ? この揺れは一体なんだ―――そう思った時、突如俺の鎧はまるで共鳴するように赤い光を放つ。

 

「……次元の狭間、俺の鎧の共鳴。―――まさか」

 

 俺がこの現象の根本に辿り着いたその瞬間だった。

 ―――空間に、ヒビが生まれた。

 その先には禍々しい、様々な色が捻じれる異空間……次元の狭間が存在し、その異空間より巨大な赤が現れる。

 そのあまりにも大きさに各陣営は恐れ慄き、ただただ見上げることしか出来なかった。

 ―――俺を除けば。

 俺はその姿を見た時、久しぶりと思った。

 いや、実を言えば少し前に会っているんだけど、それでも久しぶりって思ってしまう。

 誇り高い『赤』は次元の狭間より現れ、そして―――俺の方を見た。

 

『―――ははは! 心地いいドラゴンの波動を感じると思った、やっぱお前か! イッセー!!』

「―――グレートレッド」

 

 ―――世界最強のドラゴン。

 ―――真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)

 そんでもって―――ドラゴンファミリー兄貴担当。

 グレートレッドがその戦場に現れた時、その戦いは終わりを意味していた。

 

『―――で? てめぇらカス共はイッセーの敵ってことで良いんだなぁ?』

 

 ……威風堂々とした、圧倒的圧力の声が敵に向けられた。



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第17話 騒乱の帰結

 ―――京都の晴天の空を、俺は見上げていた。

 昨日の戦争が嘘のように、今の俺は平和な真っただ中でぼうっと呆けていた。

 俺の視線の先にいるのは、昨日まで戦乱の真っただ中にいたとは思えないほど元気に修学旅行最終日を楽しんでいるイリナやゼノヴィアを初めとする俺たちの班の面々。

 俺とアーシアはそんな面子を見ながら、和菓子のお店でお茶を啜りながら、皆を見ていた。

 

「……昨日、あんなことがあったのに凄いですね。私なんてまだ体が重くて……はぅ」

「おっと、危ない」

 

 アーシアは神器の使い過ぎで精神的に疲れているのか、座りながら椅子から転げ落ちそうになるアーシアを支える。

 ……しかしアーシアは舌をチロリと出して、悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「……もしかして、わざと?」

「え、えへへ……あ、あざとかったですか?」

「……アーシアじゃなかったら、引いてたかも」

「じゃあ偶にするので、また抱き留めてくださいね?」

 

 ……ふむ、もう癒しなんてもんじゃないな。これはもう天使の施し? いや女神か。

 あまりものアーシアの女神さに、俺の中の先輩方もご乱心だ。

 もうあれだ、触れたくないレベルで発狂している。

 先輩達ってお兄様信教って謳っている割には、女神信教でもあるからな。

 そこらへんは俺を覇龍から救ったってのが原因しているんだろうけど―――ふむ。

 アーシアの身体が密着しているのに、劣情よりも安心の方が先決するのが何とも言えない。

 ……俺、男として大丈夫なのか? それで。

 そんな心配をしていると、アーシアは不意に俺に話しかけてきた。

 

「……でも、びっくりしましたね。まさかあんなことになるなんて」

「……まぁ、そうだよな。まさか―――」

 

 俺は昨晩の決戦のことを思い出して、苦笑いする。

 結果的に言えば、俺たちの陣営は誰一人の犠牲も出すこともなく、むしろリゼヴィムの陣営の戦力を大幅に削ることに成功した。

 実質、俺が守護覇龍で無双した時に葬った悪魔の数が相当だったってわけだ。

 ……まあ実際にはそれだけではなく―――俺は昨晩のことを思い出した。

 ―・・・

『―――で? てめぇらカス共はイッセーの敵ってことで良いんだなぁ?』

 

 グレートレッドの突然の出現によって、リゼヴィム陣営の崩れようは凄まじいものだった。

 世界最強の存在が、まさか俺の贔屓しているとでも思っていなかったんだろう。

 その多くの存在が恐怖に震えていた。

 そりゃあ、あんな眼光に睨まれたら恐怖を抱くに決まっている。

 ……そんな中、グレートレッドはリリスの存在に注目した。

 

『……前に会った時より弄りまわされてるな、お前』

「グレートレッド……」

 

 グレートレッドはリリスを見ただけで彼女の体に何が起きたのか理解したのか、どこか同情的な声でそう言った。

 更にグレートレッドはその空間を見渡し、更に何かに気付く。

 

『嫌なほどにドラゴンのオーラを感じるなぁ。限りなく天龍に近いオーラが二つに、天龍に二歩手前のオーラが一つ……それ以外のそこそこがチラホラと、ゴミ屑のドラゴンのオーラもある―――そんでもって、そこのチビよりもふざけたドラゴンみてぇなもんまで』

 

 グレートレッドの声音は終始、心の底からリゼヴィムたちを毛嫌いするような鬱憤の溜まった声音だ。

 ……グレートレッドはたったそれだけの時間で気付いたんだろう。

 天龍クラスってのは恐らくこの戦場にいるクロウ・クルワッハとリリス。天龍に二歩手前はたぶんティアだ。

 そしてゴミ屑はニーズヘッグで、そしてふざけたドラゴン擬きは恐らく俺たちが戦ってきた黒いドラゴンのような存在だろう。

 グレートレッドはその全ての元凶である、リリスに護られるリゼヴィムを睨んだ。

 

「な、な―――な、んで、このタイミングで、龍神が」

『―――口を開けるな、三下。てめぇに俺様が声を聴かれることさえも耐え難ぇんだ』

 

 ただそれだけで、リゼヴィムは動けなくなる。

 ただの言葉と眼光で、まるで風が起きたように戦場に圧力が圧し掛かる。

 ……グレートレッドはしばらく動けずにいるリゼヴィムたちを睨んだのち、つまらなさそうな表情を浮かべて目を背けた。

 そして俺を掴んで、今までとは違うテンションの高い声で話しかけてきた。

 

『にしてもイッセー、以前にも増してそいつの力を使いこなしてるみてぇだな! 次元の狭間で泳いでいて、俺を気付かせるほどなら、今なら天龍にも届くんじゃねぇか?』

「ぐ、グレートレッド? 今、一応戦闘中なわけで」

『あぁ? あんな屑どもに何もできねぇよ。そもそも俺に一歩でも手を出した時点で、殲滅確定だ』

 

 それは正に死刑宣告。

 リゼヴィムは逃げることも反撃することも出来ず、ただただその雄大な姿を睨みつけることしか出来ない。

 

『……お? イッセー、お前何か面白れぇもんに目覚めようとしてんな』

「……は?」

 

 するとグレートレッドは俺を見て、不意にそう言った。

 ……面白いものに目覚める? それは俺もあまり見知ったものではない。

 ―――面白そうな顔をしたグレートレッドだが、次の瞬間、俺の胸元を見て詰まらなさそうな顔をした。

 

『―――おいおい、心閉ざしてんじゃねぇか。いや、そうじゃなきゃイッセーがこの程度の敵に守護覇龍を使うまでもねぇか』

 

 ……それは暗に、俺の中のフェルのことを言っているんだろう。

 俺が神創始龍の具現武跡を使うことが出来なくなったことを、グレートレッドはそう称した―――心を閉ざしていると。

 ……フェル。

 

『まぁドライグの力さえあれば、今のイッセーならどんな敵でもやれるだろうがよ―――まぁ良いか。それがお前の答えならよ』

『―――』

 

 ……グレートレッドの言葉に、俺の奥より声は聞こえない。

 ドライグがずっとフェルに話しかけていても何も反応がないんだ。

 ……どうして、何も言ってくれないんだ。どんなに話しかけてもフェルは何も反応してくれない。

 ―――俺は、大丈夫なのに。

 

『さぁて、イッセーの成長が嬉しくなって出てきちまったが、こいつはどうするべきなんだろうな―――ここでゴミを殲滅しても、イッセーの成長には繋がらねぇか』

 

 するとグレートレッドは巨大な顎を開口させ、次の瞬間―――凄まじい方向で、リゼヴィムを含む全ての敵を次元の狭間へと飛ばし尽くした。

 たったそれだけの挙動で、あれほどの数を目の前から消し飛ばすグレートレッドの異常な力も去ることながら―――グレートレッドはリゼヴィムたちを見逃したのか?

 いや、見逃すってのは違う気がする。

 

『―――どうせ、あいつらはあと数秒後に自動的に元の世界に帰っていた。それを数秒早めてやっただけだ。まあそれで半分ほど死んだっぽいがな』

「……もしかしての時のために、この空間から逃れる術を用意していたってわけか―――全く以てあいつは滑稽だよ。リゼヴィム」

 

 俺は戦いが終わったことを理解して、守護覇龍を解除して肩の力を抜く。

 ……だけどまだ気は抜けないな。

 俺はグレートレッドに掴まれた上空から、匙の力で拘束されている八坂さんを見た。

 ……本当なら、フェルの力を駆使して洗脳を解くことを考えていた。

 だけど現在、フェルの力は使えない。

 ……どうするべきだ。

 これ以上八坂さんを暴走状態にしていたら、京都がどうなるか分からない。

 どうすれば―――その時、背中に翼を生やせた夜刀さんが俺の傍へと飛んできた。

 

「イッセー殿! 連戦のところ、誠も仕分けないでござるが、今すぐに力を貸してくだされ!」

「力を? 何のために―――」

「―――八坂殿を救う手立てはあるでござる! そのためにもイッセー殿の倍増の力が必要なのでござる!」

 

 ―――夜刀さんがもたらしたのは、最後の問題を解決する術だった。

 俺はグレートレッドに視線を向けると、手をそっと放して自由にしてくれる。

 俺は夜刀さんに付いて行き形で八坂さんの袂に降り立つと、そこにはアーシアと母さんがいた。

 ……この面子を見た時、俺は夜刀さんの思惑を理解した。

 

「……そう、か。そうだった! 俺は何、忘れてんだよ!! あの時、俺の心を救ってくれたのは紛れもない二人だったじゃないか!!」

「……そうでござる。―――覇龍の暴走時、イッセー殿の壊れた心を救ったアーシア殿の癒しの歌。そしてロキによって壊されたイッセー殿の心を救ったまどか殿の素晴らしい権能。この二つに、様々な人を救ってきたイッセー殿の力を合わせるのでござる!」

 

 ―――アーシアの禁手、微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)。その力は傷どころか、この歌を心地いいと思った人物の心さえも癒してしまう優しい力。

 だけどその力を最大限に発揮するためには、救いたい対象の心を知る必要がある。

 ……そこで、母さんの出番ってわけだ。

 母さんの心を読む力は、どんな存在にでも通用する。

 その力はあのリゼヴィムを以て予想外のものだったんだ。例えどんな強者であろうとも、どんな防御の術を持っていようがその心の声が聞こえる力。

 ……八坂さんの心を母さんが聞き、それをアーシアに伝える。

 心優しいアーシアはすぐに八坂さんを救うために力を使うだろうが、アーシアも禁手の乱用で出力が足りない。

 ―――そこで俺の番ってわけだ。

 赤龍帝の倍増の、その中の譲渡の力。それでアーシアの力を底上げするってわけだ。

 ……元々アーシアの回復速度は俺が手を貸すまでもなく速くて的確であったから、彼女に対して譲渡の力を使ったことがなかった。

 ―――全て理解して、俺は母さんとアーシアの手を握る。

 

「……アーシア、母さん。俺たち三人で、八坂さんを救おう」

「……イッセーさん―――はい! 救って見せましょう!! 私たちの力で!!」

「……そうだね。可愛い息子と、可愛い娘が頑張るんだから……私も頑張る!」

 

 ……アーシアと母さんは俺の言葉に同調するように、満面の笑みでそう力強く言い放った。

 ―――俺たちは、弱弱しく倒れる八坂さんの前に立つ。

 母さんは目を瞑り、アーシアは祈りの手をつくって神器を禁手化させ、俺はアーシアの手を握り、その反対の手で籠手を出現させた。

 数十秒ほど倍増を溜め、必要なエネルギーを溜めた後に直ぐにアーシアに力を譲渡する。

 

『Transfer!!!!』

「―――んっ……す、ごい……あつい、です。イッセーさぁん……ッ」

「……これもご愛嬌ってわけか―――母さん、どうだ?」

 

 俺は身体をビクビクさせるアーシアに苦笑いを浮かべた後に、目を瞑り続ける母さんに声を掛けた。

 

「……すごく小さい声。心が壊れかけているよ。たぶん、洗脳をするために恐ろしいほどの精神的苦痛を強いられたんだと思う―――痛い、悲しい、もう嫌だ。諦めの感情。……でも、その奥にまだ希望が残ってる」

 

 ……母さんは拘束される八坂さんの元に近づき、その頬に触れた。

 ……母さんと八坂さんは面識がある。

 こんな再会で、母さんが一番悲しんでいるんだ。

 八坂さんは苦しそうな鳴き声で、力なく吠える。

 ―――俺は三つの八坂さんと約束した。

 一つは朱雀を救って見せるということ。

 一つは九重を必ず守ると。

 そして―――母さんと感動の再会をさせてみせると。

 でも今の俺の力ではそれは無理で―――でも俺はアーシアを信じている。

 俺の心を最初に救ってくれたのは、アーシアの優しい力だった。

 そんな俺の大好きなアーシアなら、必ず救ってくれる。

 ……そして母さん。その力がどれだけ母さんを苦しめてきたのか、俺には想像もつかない。

 それでも母さんは八坂さんを、大切なヒトを救うために使う決心をした。

 

「……八坂、おばあちゃん―――私、大きくなったよ? 私、すごく幸せになったよ?」

 

 ……すると母さんは、八坂さんにおもむろに声を掛けた。

 

「……土御門で邪険に扱われてて、人間を誰も信じられなかったとき―――私は八坂おばあちゃんだけが、大好きだった。どんな時でも八坂おばあちゃんは嘘を付かなくて、優しくて……ッ! ごめん、なさい……ッ! ずっと、会いにいけなくて……ッ! 勝手にいなくなって……ッ!!」

 

 母さんは……兵藤まどかは大粒の涙を流しながら八坂さんに抱き着いた。

 その涙は八坂さんの血が滲んだ頬の体毛に滴り落ち―――その瞬間、俺の元より赤い光が浮かんだ。

 俺はその将来に気付き、すぐさまグレートレッドの方を見た。

 ……当のグレートレッドも俺に起きた現象に驚いているのか、しかしながら驚きよりも感心していた。

 

『―――はは。おいおい、俺はそんな力、お前に与えてねぇぞ?』

 

 ―――赤い光は八坂さんへと入っていく。

 そして―――俺の頭に、なにかの光景が映った。

 

『ほれ、まどか。泣くでない』

『うぅぅぅ……だって、ずっと嫌な声ばっかり、聞こえるんだもん……ッ』

 

 ―――それは豪華絢爛な屋敷の一室で、八坂さんに抱き着く幼い頃の母さんだった。

 幼い頃の母さんは、八坂さんの腰に手を回してしくしくと泣き続ける。

 八坂さんはそんな幼子を優し気に撫でながら、我が子を見るような表情であやす。

 

(―――まどかは、妾にとって娘も同然じゃった)

 

 ―――聞こえるのは、八坂さんの声だった。

 これが聞こえているのは、俺だけ。

 俺の脳裏に映るのは、八坂さんの記憶だ。

 

『八坂おばあちゃん! わたしね? 八坂おばあちゃんのためにお花のお冠をつくったの!』

『おやおや、これは上手いのじゃ―――ありがと、まどか』

 

 八坂さんの記憶は流れ続ける。

 それと共に、八坂さんの心の声も流れてきた。

 

(まどかは、優しい子じゃった。そんなまどかが妾に心を開いてくれるのがつい嬉しかった。……妾は、だからこそずっと後悔した。なぜもっと、早く気付いてやれんかったのじゃと。まどかが、土御門を追放され、妾の前からいなくなってから妾はまどかの立場を知ったのじゃ)

 

『どうして……ッ! どうしてまどかがこんなにも傷つけられなくてはいけぬ!! あんなにも優しい子を、どうして……ッ!!』

 

(妾は、自分の愚かさを呪った。妾は愚かじゃ。どうして、まどかのために全てを賭して守ろうとしなかった―――こんな妾、生きている価値もない)

 

 ―――これだ。

 八坂さんは、この感情をリゼヴィムに利用されたんだ。

 ……ふざけんじゃ、ねぇ。

 八坂さんの綺麗な想いを踏み躙って、ただ戦力の強化のためだけにこんな想いを踏み躙って……ッ!!

 あの悪魔は、本当に、全く以て―――悪魔だ……ッ!!

 

(なのに、どうしてなのじゃろう―――どうして、こうも、温かいのじゃ)

 

 ―――ふと、その声が聞こえた時、俺は現実に戻る。

 俺の視線の先には八坂さんに抱き着いて、泣いている母さんがいた。

 その母さんは涙を浮かべながら、俺と同じく何かに気付いた表情をしていた。

 

「八坂、おばあちゃん……ッ! そうだよ、まどかだよ!?」

(―――まど、か)

 

 ―――俺にも確かに、聞こえた気がした。

 八坂さんの心の声が―――母さんが聞こえる、心の声が。

 

『―――なるほどな。お前が俺様の力と相性抜群な理由はそいつか』

「……グレートレッド?」

『―――お前に渡した俺の力の「きっかけ」は、守護覇龍の出現で消えていたはずなんだ。にも関わらず、お前の中で俺の力は根付き変化し、独自の進化を遂げている』

 

 グレートレッドは母さんを見ながら、なお話し続ける。

 

『……お前の母親の才能(・・)は、お前にも確かに受け継がれていたってわけだ。その才能が、俺の夢幻の力と結びつき、こんな奇跡を起こすほど力に昇華した―――人間って奴は、面白れぇよ。イッセーとお前の母親の想いと力が、あの妖狐の心を開けた』

 

 グレートレッドは感心しながらそれ以上は何も喋らず、ただ母さんと八坂さんを見る。

 ―――途端に、俺の耳に声が聞こえた。

 

(あぁ、幻聴でも幻覚でも良い……まどかに、ただただ謝りたい―――すまぬ、救えなくて……本当に、すまなかったッ!!)

「―――そんなことない!! 八坂おばあちゃんが居なかったら。私は、もっとヒトを信じることもできなかったよ……ッ!!」

 

 ……母さんは涙を流しながら、心の底からの本心を八坂さんにぶつける。

 ―――幼少期の母さんの唯一の味方は、皮肉なことに人間ではなかった。

 それでも母さんは八坂さんを大好きになった。

 例え種族が違えども、母さんは八坂さんを本当の家族のように慕った。

 ―――だから奇跡を起こす。

 それは紛れもない、母さんの想いの力だ。

 

「―――だから、ありがとう。まどかは今、幸せです……っ。大好きな旦那様と、頼りになる息子と、色々な娘に囲まれて。……まどかは幸せだよ? でも、八坂おばあちゃんが起きてくれたら、まどかはもっと……笑顔になれるの! だから狐の姿じゃなくて、ずっと私と接してくれた八坂おばあちゃんの見せて! また私の頭を……、撫でてよぉ……っ」

 

 母さんの心からの叫びが八坂さんへと向けられる。

 八坂さんは目を瞑りながら、しかしながらどこか優し気な表情を浮かべ、そして―――

 

(あぁ、全く―――まどかは、いつまで経っても、泣き虫じゃのぅ)

 

 ―――安らぎの声と共に、次の瞬間全ての感情を受け取ったアーシアが、癒しの歌を歌う。

 八坂さんと母さんを包む、碧色の優しい光。

 ……アーシアは瞳に涙を浮かべ、全力で歌う。

 八坂さんを―――二人を救うために。

 俺はふと、後ろで母さんと八坂さんを見守る九重を見た。

 ……九重は大粒の涙を止めどめもなく流しながら、恰好もつけずに鼻水を垂らして二人を見守る。

 俺はそんな九重の傍に寄り、九重を抱きしめて頭をそっと撫でた。

 

「……母様の、声が聞こえるのじゃ……ッ」

「ああ、そうだな」

「母様、ずっと……たまに寂しげな表情をしてたのじゃ……ッ! だから、すごく……嬉しい―――母様が心の底から笑ってくれるのが、嬉しいのじゃ―――ッ!!」

「ああ、そうだな……ッ。九重は、本当に優しい子だな」

 

 ……俺は九重を抱きしめながら、俺は再度二人を見た。

 ―――光に包まれる八坂さんは、次第に妖狐の身体をヒトのものへと戻っていく。

 そして少しの間の後―――人間態に戻った。

 薄らと目を見開き、八坂さんは母さんの頬を弱弱しく撫でる。

 その手を母さんは強く握り締め、そして―――

 

「あぁ……幸せ、じゃ。妾―――会えて、うれしいぞ……まどか?」

「―――うんっ! うんっ!! 八坂、あばあちゃん!!」

 

 ―――そんな綺麗な光景の中、京都の戦乱は幕を閉じた。

 ―・・・

「ふぇぇ……思い出しただけ、泣けてきちゃいますぅ」

「……あぁ、そうだな」

 

 薄ら涙を浮かべるアーシアの頭を撫でて、俺はそれからのことを思い出した。

 あれから崩れゆく次元の狭間から、何とグレートレッドが元の世界に俺たちを戻してくれたんだ。

 なんでも『なんつーか、珍しく綺麗って思っちまった礼だ。光栄に思えよ? あぁ?』っていうことらしい。

 八坂さんと母さんは無事、再会して全ては大団円―――ってわけにもいかないんだよな。

 大団円で終わらせるには不安要素が限りなく多く残っている。

 一つはリゼヴィムを逃したこと。

 グレートレッドもその辺りは甘くなく、なんでも『イッセー、てめぇのことはてめぇで解決しやがれ』ってことらしい。

 家の兄貴は弟分には厳しいらしく、基本的に俺たちには不干渉ってのが考えらしい。

 ……その割には随分と大暴れしてくれたけども。

 

「……イッセーさん。イッセーさんの中のフェルウェルさんは、その……」

「……まだ、起きてはくれないみたいだよ」

 

 ……二つ目は、フェルが眠ってしまったこと。

 これは神器の深奥から帰ってきたドライグが言ったことだ。

 フェルは現在、何者の干渉も受けないほどの眠りについているらしい。

 ……フェルの何かが崩れた。そうドライグは予想している。

 一応フォースギアは最低限使用することは可能ではあるらしいが、それでもこれまでのような使い方は出来ない。

 ―――如何にフェルの存在の大きさが理解できた。

 この戦いも、フェルの力があればもっと上手く解決できたんだ。

 ……そのフェルが崩れた原因―――それが終焉の神器を持つ少女、エンド。

 彼女と、彼女の中のアルアディアが語ったことが真実かどうかは、正直どうでも良い。

 いや、どうでも良いはダメか―――でも俺は信じているんだ。

 これまで一緒に戦ってくれていた相棒のことを。

 だから育児放棄をしたマザードラゴンはまた、ドラゴンファミリーで叱りつけないといけないよな。

 

「……イッセーさん。朱雀さんの様子は、どうですか? それにヴァーリさんも……」

「……そうだな。思っていた以上に、落ち着いているみたいだよ」

 

 アーシアが心配するのは、リゼヴィムの登場によって色々な真実を知った朱雀と、奴に憎しみを抱くヴァーリのことだ。

 晴明がただ自分の憎しみだけであそこまで歪んでしまったということは、安易に決めつけることが出来なくなった。

 八坂さんの負の感情を利用し、暴走させて手駒にしようとしていたリゼヴィムだ。

 恐らく同じような手で晴明も唆しているんだろう。

 ……そしてヴァーリのことだ。

 ヴァーリを含むヴァーリチームは今回の件を受け、正式に禍の団から脱退した。

 元々はテロ行為を一切していなかったこと、そして悪神ロキとの戦いにおいて勝利へと大きく貢献したことから、ヴァーリチームはお咎めなしとアザゼルは言っていた。

 ただ多少のペナルティはどうしようもなく、ともかくアザゼルの監視の下、ヴァーリチームは自粛傾向を辿る。

 

「―――ヴァーリが禍の団にいた理由は、行方をくらませていたリゼヴィムの所在を、曹操から教えて貰ったってのが理由ってことが判明した。そしてそのリゼヴィムの存在―――クリフォトの存在が露呈して、あいつは禍の団に所属する意味がなくなったんだ」

 

 ―――クリフォトとは、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーが率いる大きな派閥の一つだ。

 最大勢力であった旧魔王派がなき今、禍の団の最大勢力はクリフォトと言っても良い。

 英雄派は英雄派で、特に曹操派はなんていうか……そうだな、独自派閥のようなもんだ。

 禍の団であって、禍の団ではない―――云わば、ヴァーリチームのような存在だろう。

 ……奴らの戦力は未知数だ。

 超越者、リゼヴィムを筆頭に最上級悪魔クラスのユーグリッド・ルキフグス。

 三大名家のガルブルト・マモンに、聞いた話ではレーティング・ゲーム上位陣の最上級悪魔が複数名、寝返った可能性があるとアザゼルが言っていた。

 ……そして、ドラゴン。

 キリスト教に滅ぼされたとされていた最強の邪龍、クロウ・クルワッハもまたクリフォトに協力している可能性が高い。

 あの戦場にはそれ以外にもニーズヘッグと言った邪龍が現れたんだ―――最悪な可能性の話をすれば、滅ぼされたはずの他の邪龍筆頭が復活していることも懸念しないといけない。

 

「……本当に、色々なことがありましたね」

「……アーシア?」

 

 すると、アーシアがしみじみとそう言葉を漏らした。

 ……ああ、本当に色々なことがあった。

 本来は楽しい修学旅行のはずが、蓋を開ければ土御門本家の崩壊やら英雄派の台頭やら、弟殺しやらなんやら。

 それに加えて新勢力クリフォトの露呈と来た。

 懸念することが多すぎて、正直一人では頭がパンクしそうだけど―――でもまぁ、一人じゃないからな。

 俺はギュッとアーシアの手を強く握ると、アーシアは目を丸くして首を傾げて笑みを浮かべる。

 

「―――あーのー、イッセーくぅん? 前も言ったけどね? そういうのはうちの子の教育上、良くねぇんですわ」

「……フリード?」

「うっすそうっす、フリードっす! ―――あ、こらイリメス! あんまりあの二人見るじゃない! 教育上よくねぇんでげすよ!?」

 

 ―――相変わらず、教育上って言葉が恐ろしく似合わない奴であった。

 フリードとその連れのイリメスちゃんは俺たちの隣の相席に座ると、フリードは俺の茶菓子である団子を一つ摘んで口に運んだ。

 

「んちゃんちゃ、んでデートっすか~? ほんっと好きっすよねぇ~」

「おいこら、人の最後の団子取っておいて世間話ってのはおとといきやがれってもんだぞ。知っているか? 日本人の食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ?」

 

 ほら、例えば黒歌とか。あいつ、自分の大好物奪われると例え小猫ちゃんであろうと怒り狂うし。

 するとフリードは顔の前で両手で謝るポーズを取って「めんごめんご」なんてふざけた謝罪をしやがる。

 ……まあこいつに助けられたのは確かだ。

 フリードがいなけりゃ祐斗が大ピンチであったことは間違いないしさ。

 だから団子くらい、許してやるか。

 

「―――で? わざわざ挨拶に来るなんて殊勝なことをするわけないよな、お前が」

「……ほーん。やっぱお見通しってわけかい」

 

 フリードはごくっと残りの団子を飲み込んで、俺のお茶を勝手に飲む。

 ……そして残った団子の櫛を俺へと差し向けていた。

 

「実は俺っちが京都に来た本当の理由は、あのイカレタ爺とその周りを調べることが理由だったんだよ、これが。そんでもって、最終目的が―――戦争派」

「―――戦争派」

 

 その名前に、俺は聞き覚えがある。

 それはサーゼクス様が俺に修学旅行前に教えてくれた、禍の団の一派閥の名前だ。

 人間界を巻き込んで、なんらかの方法で人間界で戦争を起こしている集団。……それが戦争派だ。

 だが疑問だ。どうしてフリードはそのことを知っているんだ?

 そして何故フリードが動く理由がある。一体何故―――

 

「あぁ、俺氏が動く理由はっすね。まぁ、なんつーか―――俺、今はずっと戦争派を追っているんすよ」

「戦争派を追っている?」

「っそ。ある情報筋から奴らの動向を聞いて、実際に戦場に向かって―――んでもって知ったんだよ。あいつらが戦争だけじゃなく、もっと糞喰らえな計画に手を出してんのを」

「糞喰らえな計画? ―――まさか」

「そう―――第三次聖剣計画っすよ」

 

 ……フリードが動くにはこれ以上ない理由だ。

 今やフリードにとって聖剣計画は無関係なものではない。

 ……フリードは懐から何かの紙を取り出し、それをぽっと俺に渡してきた。

 

「俺の知り得る情報は全てそいつにまとめてるっす。まあ参考程度に」

「……なんで、俺にこれを渡すんだ?」

「……これはガルドの爺さんの予想の話をしよっかね」

 

 するとフリードは自分の膝にイリメスちゃんを座らせて、その綺麗で長い髪の毛を弄りながら話し続ける。

 

「このタイミングで上級悪魔になったイッセーくんだけど、恐らく悪魔の上層部はその存在を好ましく思っていない。故に何とかイッセーくんを消そうと画策する。ただ問題ひっとーつ!! そいつは君が、四大魔王のお気に入りな上にめちゃくちゃな手柄を立てまくっているってこと。ここまでお分かり?」

「……つまり?」

「せっかちだねぇ―――つまりだ。強硬手段は不可能、だが消したい。この二つを解決する方法があるんだよねぇ~。それが無理難題を押し付ける作戦!」

 

 フリードはイリメスちゃんの髪の毛で三つ編みを作り、完成したところで俺の方に顔を向ける。

 ……その表情は真剣なものだった。

 

「―――近いうち、戦争派は動く。その時イッセーくんの元に命令が下るはずっす。騒動の原因をどうにかしてこいっていう命令が、上からの圧力で」

「……そういうことか。なるほど、理解できた。確かに腐った悪魔共ならそれくらい簡単にしてくるだろうさ」

 

 フリードの言いたいことは分かった。

 このタイミングでフリードがこの話を振ってきた理由も理解できた。

 ……俺は資料に目を通す。

 ―――その中の、恐らく戦争派のトップであろう人物の名を見て、俺は表情が歪む。

 

「戦争派のトップの名は―――ディヨン・アバンセ」

「―――つまりメルティ・アバンセの生みの親ってわけか」

 

 ―――俺はこの件に何があろうと、関わらなければならないことが決定した。

 ……何故なら―――現在、メルティ・アバンセは俺の元で保護されているからだ。

 

 ―・・・

「……本当に、感謝しか思い浮かばんよ。赤龍帝殿。この命があるのも、こうしてまどかと再会できたのも―――きっとお主との天の巡り合わせじゃ」

 

 修学旅行最終日、俺たちは皆で八坂さんの元へと訪れていた。

 八坂さんは悪魔系列の病院で安静にしていて、その傍には九重と母さんが付き添っている。

 ……ちなみに父さんはその病室で現在正座中。その傍には今や父さんの主であるエリファさんの姿があった。

 ……その背後には、彼女の眷属で行方不明になっていたミルシェイドちゃんと霞ちゃんの姿もある。

 

「無事だったんだね、霞さん」

「ええ、木場殿。なんとか英雄派の幻影使いの魔の手から逃げきれました」

「ま、ちょーラクショーだったけどな!」

「……泣いてたくせに、良く言う」

「ちょ、霞言うな!!」

 

 ……病室で何を叫んでいるんだよ。

 しかし八坂さんは「よいよい」と言いながら、笑みを浮かべていた。

 ……本当に穏やかな表情だ。何か憑き物が取れたようなほどの安らかさを、八坂さんから感じる。

 

「本当にケッチーは、私に何の相談もなく悪魔になっちゃうんだから! 私、すっごくオコだよ!? 分かってる!?」

「う、へへ―――あぁ、分かっているぞ~」

「―――ぜっーんぜん! 分かってないぃぃぃ!! なんでそんな蕩けそうなくらいだらしない顔をしているの!? ケッチーのおバカ!!」

 

 ……母さんよ。父さんにとって母さんの叱咤はただのご褒美だ。たぶん全ての行動は逆効果だよ。

 ―――まあでも、父さんに色々言いたいことがあるのは俺も同じだ。

 

「……父さん、後悔はないの?」

「うへへ……まーどーかー」

「……ドライグ」

『任せろ』

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺はドライグと一言漏らすと、途端に俺の身体に纏い展開される鎧。

 俺はその鎧姿による拳を、父さんの腹部に入れた!

 

「ぐっふぅぅぅぅ!?」

「はよ目を覚ませよ」

 

 俺はいつまでも呆けている父さんの目を覚まさせるため愛の鞭を与えると、ようやく父さんは正気を取り戻した。

 

「ふぅ……すまんな。その、まどかの怒る姿があまりにも可愛くて」

「もう!!」

 

 母さんのスリッパによる一撃が父さんの後頭部を襲う!

 しかし父さんは笑みを浮かべる! 気持ち悪い!!

 ……そんな茶番をしつつ、途端に父さんは真剣な表情になった。

 

「―――ああ。後悔など、一欠片も存在しない」

「―――なら、良いよ」

 

 俺はその言葉が欲しかった。

 父さんが後悔していないのであれば、俺はもう何も言わない。

 ただ―――心の残りはやはり母さんだ。

 父さんと俺が悪魔になってしまった。

 万年を生き続ける悪魔に―――そうなってしまって、母さんは家族で一人、種族が違うようになってしまった。

 ……本音を言えば、母さんにも同じ悪魔になって欲しい。

 でもそれを母さんが簡単に了承するするとは思えな―――

 

「あ、エリファさん! 私も悪魔にしてくれない? ほら、私の力って結構役に立つと思うんだけど」

「ええ、構いませんよ? では僧侶の駒を与えましょう」

「ありがとー、これからよろしくお願いします!」

 

 ―――は?

 ……は?

 …………はぁ!?

 

『えぇぇぇぇぇぇええ!!!!?』

 

 ―――その場にいる全員が、あまりにも軽く、迅速且つ瞬間的な母さんの悪魔化に驚きの声をあげる!

 いやいや、可笑しいだろ!?

 普通はもっと渋るか、ってか色々説得を重ねようと持っていた矢先だぜ!?

 俺の悩みはなんだったんだ!?

 

「ってことで、私はこの度エリファ・ベルフェゴール様? の僧侶として眷属悪魔になりました! イッセーちゃん、今後ともよろしく……って、何をそんなに驚いているの?」

「いや、驚くわ!! 軽いノリで悪魔になったけど、悪魔は万年生きる生物なんだよ!? そんな軽くで良いのか!?」

「……じゃあ聞くけど、私がイッセーちゃんと一万年一緒に居れるって知って、即決断しない理由、ある?」

「…………」

 

 言われてみれば、確かに違和感はなかった。

 ……母さんはすると、真剣な口調で話し始めた。

 

「―――イッセーちゃんとずっと一緒にいれる。ケッチーとも、八坂おばあちゃんとも、アーシアちゃんともリアスちゃんともイリナちゃんともゼノヴィアちゃんとも朱乃ちゃんとも皆々。……大好きな皆とずっと一緒にいれるんだもん。そりゃあすっごく難しいこともあるだろうし、あとで少しは考えたりするかもだけど……でも後悔はしない。だって、自分で決めたことだもん」

「……母さん」

 

 母さんの決意に、俺は何も言わず納得する。

 後悔がないのなら、俺は何も言わないさ。

 

「……まどか、俺にはああ言って、自分は割と軽く悪魔になるんだな」

「ダメ? だってケッチーと100年でお別れとか嫌だもん」

「―――ふぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「父さん病室で暴れんなぁ! くそこうなりゃ!! アクセルモード!!」

「イッセーさん! イッセーさんもお父様のことを言えないですぅ!!」

 

 ―――そんなこんなで、何とも病室は騒々しく。

 看護婦さんがブチ切れて、俺たちはお灸を据えられるのは確定事項なわけで。

 ただ八坂さんは本当に幸せそうに笑っていた。

 ……それだけで、京都で色々頑張った甲斐があったよ。

 そう確信した。

 ―・・・

「―――くそ、皆とはぐれちまった」

 

 八坂さんのところからの帰り、俺はふとトイレに行って戻ると、他の皆が既に帰ってしまったことに気付いた。

 ……方向音痴の俺を置いていくとは、皆も軽薄なもんだな。

 まぁ、仕方ない。ここはそこらに歩いている人を捕まえて、道を聞くしか―――

 

「あっれー? イッセーくん! 何でこんなところに、一人でいるのー?」

「―――観莉」

 

 俺が道の真ん中で右往左往していると、後ろから俺に声を掛けてくる女の子が一人。

 俺と同じく京都に修学旅行に来ていた観莉だ。

 観莉はセーラー服の制服を着こなしながら、両手にお土産らしき荷物を持ってキョトンとしていた。

 俺はすっと、観莉に近づいて彼女の荷物の一つを持った。

 

「あ……ありがと、イッセーくん。こういうことを嫌味なくするのって、ある意味才能かな?」

「端から見られたら、女の子の重そうにしてるのに何も持ってあげない男って思われるのが嫌なんだよ―――どうだ? 修学旅行は楽しんだか?」

「うーん、まあそこそこかな? でもイッセーくんも京都にいたって知っちゃったから、心の底から楽しんだとは言えないかも……―――やっぱりイッセーくんと一緒にいる時が一番楽しいから、かな?」

 

 ……観莉はボソッと、そう呟くと空を見上げた。

 ―――俺が思い出したのは、修学旅行の電車の車内で出会った時の、観莉との触れ合い。

 あの時、観莉は遠回りに好意を伝えてくれた。

 ……果報者だよな、俺。

 自分の心の中の想いはずっとフラフラなのに、好意ばかり寄せられて。

 ちょっとは報いを受けないと、自分のことが嫌になる。

 アーシアは俺に、もっと我が儘になってもいいと言ってくれた。自分の望む形を、全力で目指さないと報われないと。

 ……俺の幸せな未来は、みんなとずっと幸せに過ごすこと。

 家族と、仲間と、ライバルと……関わった繋がりを絶対に護る。

 それが俺の力の根源なんだ。

 ―――自分ではまだ答えは見つからない。

 

「―――また、お店に遊びにいくよ。それに観莉の家庭教師もそろそろ本腰入れていかないといけないからさ。駒王学園の入試までもうそんなに時間もないことだし」

「……そっか。それはマスターも喜ぶし、私も嬉しすぎていつもの何倍も張り切っちゃうな」

 

 俺は観莉と一緒に帰路を歩く。

 そのとき交わした会話はたわいもない日常会話だ。

 だけど、観莉と触れ合えば触れ合うほど、関係が深くなれば深くなるほど彼女の存在は大きくなる。

 それは単に可愛い後輩って意味なのか? 友達って意味なのか?

 ―――そのとき、俺たちの後ろから走っているような足音が聞こえた。

 パタパタと走ってくる足音は俺たちのすぐ後ろで立ち止まり、そして声を掛けた。

 

「イッセーさん!」

 

 ……俺を探していたであろうアーシアは、ほんのり汗を流しながら「見つかってよかったですぅ~」なんて可愛いことを漏らしている。

 ―――そしてアーシアは、観莉と対面した。

 ……よくよく考えれば、初対面ではないにしろ、アーシアと観莉が接したのは初めてかもしれない。

 アーシアは観莉に気付き、軽く会釈をすると観莉はニッコリと笑顔を浮かべた。

 

「こんにちは、アーシア先輩。こうしてお話しするのは、初めてかな?」

「そうですね。観莉ちゃん……で、いいですか?」

「ええ。私もアーシア先輩って呼んでるわけですし」

 

 ……心なしか、観莉の態度がどこか固い気がした。

 観莉は基本的に慣れてしまえば誰にでも好意的に接する。

 だけどアーシアに対する観莉は、どこか壁を感じた。

 ……それでもアーシアは柔らかい笑顔を浮かべて―――

 

「イッセーさんから聞いています。来年、駒王学園を受験するんですよね?」

「うん。イッセーくんに家庭教師してもらってるから、絶対に受かると思う」

「じゃあ―――よろしくお願いします!」

 

 アーシアは観莉に手を差し出した。

 観莉はアーシアの手をキョトンとした目で見て、視線をこちらに向ける。

 ……なるほど、観莉はこういうところが人見知りってわけか。

 俺は観莉の頭にポンと手を置き、そして観莉の手を取ってアーシアと手を握らせる。

 互いに握られるアーシアと観莉の手を、その上から覆うように両手で握ると二人は不思議そうな顔で俺を見た。

 

「観莉は人見知り過ぎだから。よろしくされたんだから、こちらよろしくぐらいで良いんじゃないか?」

「……そうだね。うん……そう、だよね」

 

 俺は二人から手を離すと、観莉はアーシアの目をしっかりと見て、そして言う。

 

「……こっちこそ、来年からよろしくお願いします! でも―――絶対に、負けませんからね?」

「―――ええ。私だって、負けませんよ」

 

 ―――二人のその視線の交差がひどく印象的であったのを、俺は今後、ずっと覚えているだろう。

 その理由は今はまだ分からない。

 ……俺たちは京都の緑豊かな並木道を、三人で歩く。

 修学旅行最終日の最後の活動は、非常にゆったりしたものだった。

 だけどこの思い出はきっと、大切なモノであるに違いない。

 ……何かの最初の一ぺージが描かれた気がした。

 それが何の一ページ目なのか、それを知るのはもっともっと先のこと。

 ―――こうして、俺たちの波乱に満ちた修学旅行は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――待っててね。……イッセー、くん?」

 ―・・・

「終章」 英雄は、誰?

 修学旅行が終わり、行きと同じく新幹線に乗り込む―――とはいかず、俺は別で用意された高級車で駒王町へと帰っていた。

 その車はセラフォルー様により用意されたものであり、この車の中は例え水爆が落ちて来ようと絶対に壊れない対策がされている。

 その理由は―――

 

「……んで? な、そろそろ話してもらわないと困るんだよ―――メルティ・アバンセ」

「…………」

 

 ―――四肢を魔法陣で拘束され、身動きが取れずにいるメルティ・アバンセが同乗しているからだ。

 俺の両隣の席でメルティを警戒している黒歌、朱雀は殺気立って彼女を睨んでいた。

 ……あの戦乱の後、クリフォトの連中は戦死した奴以外は皆、逃げていった。

 しかしメルティはあの場から一切動かず、光を失った目でずっと俺を見ていた。

 それまでのように俺を捕縛しようともせず、ただただ黙って俺をじっと見ていたんだ。

 そんなメルティは特に抵抗することなく三大勢力に拘束され、セラフォルー様やガブリエルさん、アザゼル監修のもと尋問を受けていたんだが、残念なことにメルティは何の情報も持っていなかった。

 いわば完全に人形のような生物であると、アザゼルは検査をした結果わかったということを教えてくれた。

 そんな感情もなく、何も喋らないメルティが、たった一言だけ言葉を発したらしい。

 ―――赤龍帝。

 彼女はそう言葉を漏らしたとアザゼルは言っており、そしてもしかしたら俺と接することで何か変化があるのではないかと考え、俺の元、保護するという結論になったんだ。

 しかしながら問題はそんなに簡単に解決しているわけなく、メルティとこの車で再会して以来、彼女は一切の言葉を発しない。

 ただじっと、俺の顔を見ているだけだ。

 

「……なんていうんだろう。電池が切れた人形、って表現が一番的を射ているのか? 話しかけても何も言葉を発さないってのが一番困るんだよな」

「イッセーさま。こやつに何を言っても意味がありません。むしろもっと警戒すべきだ」

「そうだにゃ。流石にこいつはイッセーを何度も襲っているわけだし、黒歌ちゃんもちょっと冷たく当たるにゃん」

 

 ……という感じで、俺の眷属の二人はメルティに対して非常に厳しいわけだ。

 放っておいたら攻撃でもするんじゃないかって思うほど。

 ―――こうもだんまりだと、本当に困ったもんだ。

 俺は頬をポリポリと掻いて、近くでメルティと話すために彼女の隣に座る。

 その瞬間、黒歌と朱雀が異様に驚く表情を取るが、今この場で何をしようとメルティは何も出来ないんだ。

 一々警戒しすぎる方が疲れる。

 それにずっと気になっていたんだ―――メルティの整えられていないボサボサの髪の毛を。

 

「黒歌、髪櫛とヘアピンを貸してくれないか?」

「……こんな状況でうちの王様は―――仕方ないにゃぁ」

 

 さしもの黒歌も俺の行動に呆れたのか、自分もずっと警戒しているのか馬鹿らしく感じたように肩から力を抜いた。

 それは朱雀も同様である。

 ……俺は黒歌から髪櫛とヘアピンを受け取り、メルティの身体を後ろに向かせる。

 そして彼女の髪を軽く手櫛で解きほぐし、そして髪櫛でボサボサの髪の毛を整えていく。

 

「……?」

 

 すると彼女の顔は見えないものの、少し反応が見受けられた。

 

「いくら捕虜だって言っても、ずっとボロボロの格好じゃあ気分が悪いからな。痛かったら言えよ?」

「…………」

 

 メルティは時折、くすぐったいように身体を震えさせる。

 俺はその反応を半分面白がって、あまり気にも止めず彼女の髪を整えていく。

 後ろ髪は比較的整って、俺は彼女の身体を正面に向けさせ、次は前髪を整える。

 ……視線は相変わらず、俺の目をじっと見据えていた。

 俺はその視線を気にも止めず、長く伸びた前髪を左右に流し、そして前髪を固定するために二本のヘアピンを左右に止める。

 それによってメルティは幾分かすっきりとした容姿になった。

 

「ん、これでよし。―――って」

 

 髪のセットが終わり、メルティから少し離れようとした時だった。

 彼女のか細い指が俺の服の袖を掴み、離そうとしなかった。

 俺は何事かと思ってメルティを見ると、彼女は相変わらず無表情で俺を見つめる。

 ……ここまで露骨だと、確かに俺に対して何かあると思わざるを得ないよな。

 

「……紅蓮」

 

 ―――そのとき、メルティは初めて言葉を発する。

 彼女の口にした言葉は「紅蓮」。

 そいつは俺を象徴する色であり、俺もまたその色を誇り高く思っている。

 

「……綺麗、な……紅蓮。赤龍帝、守護覇龍……」

 

 ―――メルティはそれだけ言うと、再び何も言わなくなった。

 ただ俺の服の裾を片時も離さず、じっと俺を見つめる。

 ……もしかしたらメルティは、俺の力の影響で何かが変わってしまったのかもしれない。

 あの戦場でメルティはリゼヴィムに殺される勢いで虐待を受け、本当にあと少し遅ければただでは済まない傷を負っていた。

 ―――殴られていた時でも表情を歪めず、何も言葉を発さなかったメルティ。その心は本当の意味で閉ざされている。

 でももし俺の力が彼女の心に何か変革をもたらしたのなら―――俺は彼女に何かを与えてあげないといけない。

 例え最初が敵でも、今では共に進む奴だっている。

 ……もし与えるものがあるとすれば、何だろうな。

 

「……ねぇ、イッセー。今回の件で、私は確信したにゃん―――イッセーは強い。でも、強すぎるイッセーはいつも一人で戦う。今回なんて良い例だったでしょ? 一人で晴明とヘラクレスとそいつを背負い込んで、死にかけてたんだから」

「……確かに、朱雀と父さんがいなけりゃ死なないにしろ、死傷は免れなかった。……黒歌の言いたいことは理解できる―――俺には仲間がいる。グレモリー眷属としてではなく、赤龍帝眷属としての仲間が」

 

 俺はすっと自分の中から持つ駒を上空に浮かべ、それを見つめた。

 女王の駒が一つ、戦車の駒が二つ、騎士の駒が一つ、僧侶の駒が一つ、兵士の駒が八つ。

 現在の俺の眷属は黒歌と朱雀の二人。

 ……リゼヴィムのことを考えると、俺には優秀な下僕が必要不可欠だ。

 幸いなことに現在眷属の黒歌は最上級悪魔クラスで、朱雀も非常に手札の多い戦士だ。鍛えていけばかなりの強者になれる。

 ―――現在、俺が目星をつけている人物は二人いる。

 そのうち一人は既に裏は取れており、恐らくは今すぐにでも眷属になってくれることは間違いない。むしろ彼女もそれを望んでいるということも知っている。

 向こう側の家とも既にコンタクトを取っていたりもするからな。

 ……だけどもう一人はきっと難しいだろう。

 特に今は(・ ・ ・ ・)

 

「……まあ急いでも良いことはないと思う。だから今は、目の前のことだけを見据えようと思う―――それで良いか? 黒歌、朱雀」

「―――しゃーないにゃ~」

「―――主の仰るがままに」

 

 黒歌は朱雀は俺の意向に従いに、そう言葉を漏らした。

 ―・・・

 駒王学園に戻ると、俺たちを待っていたのは、眷属の仲間たちからの心配と安堵の表情、そして何の連絡も送ってこなかったことに対する異議不満であった。

 リアスは王として叱咤しつつも、それでも無事に帰って来てくれたことに対して安堵をしていた。

 朱乃さんは意外にも怒ってはおらず、ただただ敵に対して漏らしてはいけないオーラをメラメラと迸せていた。

 ギャスパーと小猫ちゃんに至っては心配過ぎて帰って来てすぐに抱き着いてきて、俺の服の裾をずっと握るメルティの存在に気付いて対抗意識を燃やし―――などなど。

 話したいことは色々あるというのが本音だけど、とりあえずはまずは一旦、皆で帰ることとなった。

 そんな中、俺たち赤龍帝眷属(+メルティ)は他の皆には先に帰ってもらい、俺たちはある人物が待つ生徒会室に向かう。

 生徒会室の前に到着し、扉を叩くと中よりソーナ会長の声が届き、俺たちは了承を得て室内に入った。

 

「こんにちは。京都での一件は既に眷属から聞いています。私の眷属のことをありがとうございました」

「いえいえ。俺たちも匙たちにかなり助けられたので―――それで、早速ですが彼女は?」

「ええ、そうでしたね。先ほど校長室に挨拶に行き、今はこの部屋の奥で兵藤君を―――赤龍帝眷属の王である兵藤一誠様をお待ちでございます。非常に緊張しているおいでです」

 

 ソーナ会長は、会長の顔から王の顔に変化し、室内の奥へと手招きをした。

 俺はそれに従い、生徒会室の奥へと足を運び、そして奥にある扉を開ける。

 そこには―――明日付けで駒王学園に転入する、レイヴェル・フェニックスの姿があった。

 

「い、イッセー様! ご無事にお帰りになられて、心の底から安堵申し上げます! 知らせを聞いたときは心臓が止まるかと!」

「ああ、いいよいいよ。そんな固っ苦しいのは」

 

 入ってくるやいなや、緊張からかひどく丁寧語を並べるレイヴェル。

 ……元々レイヴェルは勉強の名目で駒王学園への転入は決まっていた。でも実際の転入はもう少し後の予定だったんだけど、それがある理由で早まった。

 ―――それは俺とフェニックス家との間で決まった事柄。

 現状フェニックス夫人の形式上の下僕であるレイヴェルのトレードだ。

 要は……

 

「既に知っていると思うけど、俺とフェニックス家の間で、トレードが発生した。フェニックス卿と夫人は快く了承してくれていて、実際にいつでも君は俺の眷属にすることが出来る―――けどその前にレイヴェル・フェニックス。君にいくつか聞かないといけないことがある」

「―――ッ」

 

 口調が真剣なものとなると、レイヴェルは緊張からか表情がこわばる。

 

「レイヴェル。君は俺の眷属になっても構わないと思っているのか?」

「……はい。私、レイヴェル・フェニックスは心の底から貴殿、兵藤一誠様の眷属になることを望んでおります。イッセー様のご活躍をその一番近い所で、そしてお支えしたいと思っております」

「……じゃあ次だ。レイヴェル、俺の眷属になるという意味を、分かっているか?」

「……ッ」

 

 レイヴェルは言葉を詰まらせる。

 ―――俺の眷属になるということは、それだけの危険性があるということだ。

 

「知っての通り、俺は赤龍帝だ。俺は力を呼び、力と衝突する。今回の件も知っての通り、いわば戦争だった―――そんな俺の眷属になる覚悟はあるか? その力は? 生半可な覚悟じゃあ、俺は君を眷属として向かい入れるわけにはいかない」

「…………」

 

 レイヴェルは言葉を探すように、唇をギュッと噛む。

 ……俺の眷属になるというのは、戦いに巻き込まれることを意味しているんだ。

 そうなればいつどこで命を落としても不思議ではない。

 だから俺は彼女に尋ねなければならない。

 ……レイヴェルは束の間、考えるように目を瞑る。

 ―――そして、意を決したように目を開けて、俺の目を真っ直ぐと見た。

 

「―――覚悟は決まりました。私は、それでもイッセー様と共に歩いて行きたい。イッセー様の到達する高みを見たいのです。その過程の戦いなど、これまでとこれからの経験と、フェニックスの特性で乗り切って見せます!! ……だから私を―――」

 

 レイヴェルが俺に頭を下げようとしたから、俺はそれを遮るように彼女の前に手を出した。

 そしての指先に赤い駒―――僧侶の駒を差し出した。

 駒はまるでレイヴェルを眷属として認めていると言わんばかりの紅蓮の輝きを発しており、俺はキョトンとするレイヴェルに声を掛けた。

 

「レイヴェルなら、そう言うってわかってた。ごめんな、試すようなことを言って」

「……いいえ。むしろ当然のことです」

 

 レイヴェルは俺の謝罪を、苦笑いで返す。

 彼女は一歩、後ろに下がる。

 そして腰を落とし、豪華絢爛なスカートの裾を掴んで軽くお辞儀をし、そして―――

 

「―――このレイヴェル・フェニックス。赤龍帝・兵藤一誠様の刃となり、知恵となることを約束いたします。どうぞ末永く、私と共に王道を進むことを願って」

 

 その言葉と共にレイヴェルは僧侶の駒を受け取り、自分の体内へと駒を受け入れた。

 ……一瞬、レイヴェルの身体から紅蓮の輝きが漏れる。

 ―――赤龍帝眷属に新しいメンバーが加入する。

 レイヴェルはその後、俺以外のメンバーに改めて挨拶をして、多少なりの歓迎会をすることになった。

 

『赤龍帝眷属』

 王  兵藤 一誠

 女王 ――――

 戦車 Coming Soon

 騎士 土御門 朱雀

 騎士 Coming Soon

 僧侶 黒歌

 僧侶 レイヴェル・フェニックス

 兵士 ――――

 兵士 ――――

 

 ―・・・

「なぁ、ジーク」

「ん? なにかな、ヘラクレス」

「……俺ぁ、なんのために戦ってんだろうな」

「そんなもの、それぞれで違うだろ? 僕は強い剣士と尋常なき戦いをしたいから英雄派を選んだ。曹操は人間の最後の希望。曹操はそんな曹操についていっているから同じ考えだろう―――まぁ、僕も色々考えることはあるんだけどね」

「―――あの男は、俺に英雄は何かって聞いてきた。俺はそれに、自分の言葉を言い現わさなかった。……ちと考えちまったんだ。このままで良いのかって」

「……それは君が考え、答えを出すことだ」

「―――わかってんだよ、んなことぐれぇ。……英雄って、なんなんだろうな」

「そんなもの、近くに分かり易い例がいるだろ? まぁ俺も形の一つ。……きっと曹操、兵藤一誠も、英雄さ」

「……だっせぇな。今更、心からなりたいと思っちまったよ」

「ならば強くなるしかないね―――さ、新たな任務だよ。僕と君、クーに与えられた新たな任務を遂行しよう」

「……ああ―――次は、戦争派に首ツッコむんだな」

「その通り。……きっと近いうちに、彼らとまた会うことになるさ―――必ずね」



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番外編9 前編 家出姉大捜索作戦!

「私達の眷属の強みは多種多様さです。あらゆる属性の力を引き出せる朱雀様に、仙術妖術魔術に精通する黒歌様の万能性、そして何と言っても神をも倒すイッセー様の手札の数と質は、この段階でゲームに出場しても良い成績を残せるものであると思います」

「レイヴェルちん、さらっと自分を除いちゃだめにゃん♪ 練度が足りないとはいえ、フェニックスを含めるその他諸々の才能はレイヴェルちんも中々素晴らしいものにゃん」

「そうだな。レイヴェルも含め、現状の戦力でもゲームで活躍できることは俺も認めるところだ。それほどまでに俺の眷属は最高だよ」

「イッセー殿、その殺し文句は些かレイヴェル殿に刺激が強いようです」

 

 ……現在、この修学旅行にて増えた俺の三人の眷属(+メルティ)は、赤龍帝眷属のために造られた広大な眷属部屋にて、今後の方針や現状についての作戦会議をしていた。

 今日は休日で、他の眷属の皆には席を外してもらっての会議。

 ちなみにこの室内には赤を基調とした小物やインテリアが多く、その壁には龍を描かれた絵など、赤龍帝という存在を、意識した部屋となっている。

 俺の隣の部屋に繋がっているこの部屋は、俺の眷属でなければ扉を開けることが出来ないようになっているんだ。

 

「ただ、黒歌の言う通りまだまだ荒削りなのは否めない。現実的な話をすれば、俺と黒歌の練度はかなり高い。それこそ最上級悪魔クラスにも善戦できるだろうさ。だけど朱雀とレイヴェルはまだまだ修行が必要だ」

「はい。それは私も自覚しているところです」

「私も赤龍帝眷属へと所属するに相応しい力を高める所存ですわ!」

 

 俺の言葉と共に、朱雀とレイヴェルは異様なやる気を見せる。

 まあ原石としてはかなりの才能を持つ二人だ。俺としても鍛え甲斐があるってもんだ。

 特に朱雀は同じドラゴン系の神器使いっていうこともあって、しっかりと鍛えていこう。

 レイヴェルは……黒歌に面倒を見てもらうか。

 ともかく幸先の良い俺の眷属集め。

 バランスとしては、俺を含めたグレモリー眷属よりも格段に良いと思う。

 まあ何分、グレモリー眷属は恐ろしいほどのパワー思考で、俺も祐斗も頭を悩ましているくらいだからな。

 ……それでもうちの眷属に足りないものがあるのだとすれば、それは―――

 

「うちは現在、分かりやすいパワーが足りないか」

「そうね。うちはテクニックとパワーを両方持つタイプが多い代わりに、純粋なパワータイプは少ないと思うにゃん。一応イッセーはパワータイプと言っても良いパワーを持ってるけど、いつも王様が前線にずっと出るって言うのは駄目だろうしねー」

「っということは、当面の課題はパワータイプの確保、及び私たちの強化というところが落とし所、ですね」

 

 レイヴェルが簡潔に記した事柄を、ノートに綺麗に纏める。

 レイヴェルはこういう眷属運営に長けていて、こういうスケジュール管理や俺たちの体調管理といった、マネージャー的な能力が異様に高い。

 まあ元々あのダメダメなライザーを兄貴にしているんだから、そっち方面に長けてしまったのは何とも言えないか。

 

「幸いレイヴェルにはライザーの他に、限りなく最上級悪魔に近い兄貴もいることだし、そっちの方にも当たってみるのも良いんじゃないか?」

「ルヴァルお兄様ですか? ですがルヴァルお兄様も大変お忙しい身なので、あまり時間が取れるかわかりませんが……一応、聞いておいてみます」

 

 レイヴェルは俺の提案を丁寧に手帳に記していく。

 ……流石はレイヴェル、余念がないな。

 ともあれ、俺たち眷属の会議は滞りなく進んでいき、話題が話題を生んで基本的に和やかな雰囲気だ。

 あえて言えば、黒歌がレイヴェルの生真面目さを気に入っていて、めちゃくちゃちょっかいを掛けているところが微笑ましい。

 それに一々反応しているレイヴェルが可愛いってもんだ。

 そんな感じで新たな癒しの存在に和んでいるところで、朱雀がすっと立ち上がって室内に設置されている給水場からお茶を淹れ、すっと俺の前に差し出した。

 

「イッセー殿、どうぞ」

「おっ、悪いな」

 

 ……ちなみに、朱雀は今回の件で京都に住処がないということ、なし崩しとはいえ俺の眷属になったということで駒王学園への転入が決まっていたりする。

 実は歳が小猫ちゃんやギャスパー、そしてレイヴェルと同じだったっていう新事実があったりして、この休み明けからレイヴェルと朱雀は同時に小猫ちゃんとギャスパーのクラスに転入するんだ。

 朱雀とレイヴェルは兵藤家に居候することになっていたりする。

 ……余談であるが、朱雀の家庭的スキルは他の皆を卓越していたりする。

 家事全般が得意で、裁縫、料理、庭のガーデニングなどなど、この世の女子が極めたがるスキルを全て習得しているという完璧さだ。

 特にその料理スキルは卓越されており、日本料理を作らせればもう料亭クラスの品をサラッと出す。

 その綺麗な見た目もあいまって、もう女子力をカンストしているんだよな。髪長いし。

 ……すると朱雀をじぃっと睨む黒歌とレイヴェル。

 

「朱雀ちん、そういうのは女子がするもんだにゃん」

「私のお茶を淹れる特技が薄れてしまうようで、非常に腹立たしいですわ」

「……私としては、そんなつもりはないのですが」

 

 朱雀が理不尽に責められ、苦笑いを浮かべるのも既にご愛嬌なもんだ。

 ―――すると、クイクイと俺の服の袖を引っ張る存在が一人。

 俺の隣を陣取る、以前までのみすぼらしい服装ではなく、きっちり可愛い服を着飾っている少女―――メルティ・アバンセだ。

 相も変わらぬ無表情ぶりだが、この家で生活という名の保護を始めてから、メルティにも多少の変化があったりする。

 言葉はあまり発さないものの、割と意思疎通が出来るようになってきたんだ。

 他の皆は分からないっていうんだけど、俺はメルティがその時何を望んでいるのかが何となくだけど分かる。

 ちなみに今はお腹が減っているという合図だ。服の裾を二度引っ張る時は、彼女はお腹が減っているときなんだよな。

 

「はいはい、ほらクッキー」

「……美味」

「お前はオーフィスか」

 

 一言「美味」と簡潔に呟くメルティの額に人差し指を親指で弾き、デコピンをする。

 メルティはクッキーを貪りながら、小さな手で額を抑えた。

 

「激痛……」

「痛いんならもっと痛がれよな―――ほら、散らばってるぞ」

 

 メルティの服の周りにクッキーの残骸が散らばり、それは彼女の頬にまでくっ付いていた。

 仕方がないから、それを払ってあげると―――感じるのは眷属のジト目。

 気が付くと、他の三人が俺のことをじっと睨んでいた。

 

「何だよ?」

「……イッセー、忘れていないと思うんだけど、そいつは一応捕虜だからね?」

「忘れていないけど?」

 

 俺は黒歌の的外れな言葉に、特に反応することなくしれっと返した。

 すると黒歌は人差し指を俺に突きつけて高らかに言い放った。

 

「―――それ、捕虜に対する甘やかし方じゃないにゃん! ってか羨ましいにゃん!!」

「黒歌様、落ち着いてください! それではただの嫉妬です!!」

「嫉妬で悪いかー! レイヴェルちんだってそうにゃん!?」

「そ、それは……う、羨ましくないとは言えないですが」

 

 ……まあこんなやり取りも、俺の眷属の恒例となっていたりする。

 なんていうか、こういう感情の抑揚の感覚が取りずらい人物とは結構付き合ってきたりするんだよ。

 オーフィスだったり、リリスだったり、それからタイプ別で小猫ちゃんだったり。

 そういう経験からメルティとも割とうまくやってたり、実は割と仲良かったりするんだ。

 メルティは生活力ゼロで、世話のし甲斐があるっていうか―――赤ちゃんの世話をするみたいで新鮮なんだよな。

 それに命令なしの場合、こいつからは殺意は一切感じないんだよな。

 良くも悪くも、命令なしでは動かないというわけだろう。

 

「ま、メルティは何も知らないから捕虜としての価値はないんだけどな」

「なのに保護してるってところがイッセーの甘ちゃん具合だにゃん」

「まぁまぁ、黒歌。戦争派の一端であるメルティを保護するのは必ず意味があるからさ。いずれ奴らは確実に潰すんだ。奴らがメルティをモノと扱っているのなら、必ず奴らからアクションがある」

 

 俺はメルティの頭をクシャクシャと撫で回すと、メルティは身震いをする。

 ……犬みたいな反応だな。

 いや、よく考えればメルティの真の戦闘形態はどこか犬っぽいし、耳や尻尾まで生えてるからなぁ。

 ……そこらへんの異常さも、戦争派から聞きださないとな。

 少なくともメルティは普通の方法で生まれてはいない存在だ。

 俺はしばらくメルティで遊んでいると、周りから再びジト目で見られたのだった。

 ―――そんなとき、突如俺たちの部屋の扉がドンドンと叩く音で響く。

 

「ん? どなたでしょうか。今は他の皆様には部屋に近づかないようにしてもらっているというのに……」

「んー、イッセーをずっと独り占めしてたから、他の人たちが痺れ切らしてきたのかにゃー?」

 

 レイヴェルと黒歌はそう予想するも、俺はそれが違うことにすぐ気付く。

 このオーラ、この何とも受け入れてしまう雰囲気は―――

 

「……これはドラゴンのオーラです」

『その通り。しかもまだ小さいけど、将来性のあるオーラだよ』

 

 朱雀と、朱雀の中のディンさんがそう予想する。

 その通り、この愛しいオーラは俺の妹分であるチビドラゴンズのものだ。こうして近くにいるのは数週間ぶりだからか、すぐにあいつらと遊んであげたい気持ちになる。

 チビドラゴンズの可愛さは異常だからな!

 俺はすぐに席から立ち上がり、メルティをソファに放り投げて扉に早足で向かう。

 そして扉を開けた次の瞬間、俺の腹部に飛びつかれる衝撃が来る!

 それはいつも通りのチビドラゴンズの愛着表現。

 しかし―――

 

「にいちゃぁぁん!! ティアねぇが!! ティアねぇがー!!」

「うぇぇぇぇん!! メルたちステラレタヨーーー!!!」

「……フィー、メル、おちついて」

 

 ―――三人の趣きは、いつもと違っていた。

 フィーは慌てふためき、メルは泣き喚き、ヒカリはヒカリで我慢して二人を落ち着けようと頑張っている。

 突然のことに頭がついていかないものの、俺はすぐに三人の言ったことを頭の中でまとめる。

 フィーは「ティア」を示し、そしてメルは「捨てられた」と言った。

 ……つまり、ティアが三人を捨てた?

 ―――いやいやいやいや、そんなはずがないだろ。

 あんのシスコンドラゴンがそんな馬鹿なことをするはずがない。

 ってことはチビドラゴンズは何かを勘違いしていて、そんでもってティアは聡明で健気で純真なチビドラゴンズを勘違いさせる何かをしたってわけだ。

 ……あの野郎。

 

「い、イッセー様が笑顔で子供達をあやしながら、怒りのオーラを滲ませています……っ!!」

「あれがイッセーの半ギレにゃん、レイヴェルちん。ああなったときのイッセーは一番危険だから、触れないのが一番なんだよ?」

「む、あの子供たちは以前京都で救ったときの……」

 

 各々がそれぞれの反応を示す中、今の俺がすべきことは可憐なチビドラゴンズを泣き止ますこと。

 久々に俺の完全甘やかしモードが発動したときであった。

 …………。

 ―――

 

「えへへ……にぃちゃぁん♪」

「はふぅー……にぃたんせいぶんが、メルのなかをみたしてくよぉ〜」

「……にぃにのナデナデレベルがあがってる?」

 

 先ほどから数十分経ち、現在のチビドラゴンズは骨抜き状態で惚けた表情をしていた。

 まさにここに来た理由を完全に忘れている状態―――ティアとは一体何だったんだろう。

 とは言っても、いつまでもこうして甘やかせ続けるわけにもいかない。いや、甘やかしたいんだけど、でもそれだと話が進まないし……。

 とりあえず、ソファーの上で俺にしがみついている三人をどうにか現実に戻そう!

 

「それで、何があったんだ? ヒカリでも動揺することがあったんだろ?」

「……うん。あ、ちょっとまって」

 

 三人が話し出そうとすると、ヒカリがそう静止の言葉掛け、自身の周りに龍法陣を展開して幼女モードから少女モードになる。

 

「……こっちの方が話しやすいね、にぃに。実は―――」

 

 そうして、三人を代表して、ヒカリが事の次第を説明し始めた。

 ―・・・

 ―――時は少し進み、俺は冥界のある土地に来ていた。

 実際には俺一人というわけではなく、眷属の三人に加えてチビドラゴンズ、オーフィスまでもを連れてきている。

 ……その冥界のある土地っていうのは―――ドラゴンが支配する、最上級悪魔であり元龍王であるタンニーンの爺ちゃんが保有する領地だ。

 そこに俺はドラゴンファミリーを全員集結させたんだ。

 タンニーンの爺ちゃんの巨大なりんご畑の集結する。

 周りにはタンニーンの爺ちゃんの配下のドラゴンたちがこちらを見ている。その視線は好奇心半分、不安半分というところか。

 そりゃそうだろう。

 こっちには無限の龍神であるオーフィス、三善龍が三角全員、赤龍帝である俺やドライグなどなど、錚々たる面子が揃っているんだからな。

 

「最近はこうして顔を合わす場面が多いでござるな、イッセー殿」

「ふ、ふぇぇふぇぇ……怖い顔のドラゴンがいっぱいだよぉ、夜刀くん、ディンくんー!」

『ヴィー、一応僕たちもドラゴンなんだから、いつまでもそんな反応は……あー、怖がりさんのヴィーには無理かー』

 

 三善龍たちの長い時間を超えても変わらない会話に心がほっこりしたいる時、俺たちの上空より巨体が過ぎる。

 その巨体は翼をバタバタと羽ばたかせ、そして俺たちを見下ろすように顔を向けた。

 

「おぉー、久しいな。イッセー」

 

 タンニーンの爺ちゃんはその厳格な見た目とは裏腹に、軽い口調で話しかけてきた。

 こうしてドラゴンファミリーの面子が一同に終結するのは、実は結構珍しいことだ。

 俺+誰か、なら結構あるんだけどさ。

 ……今回はいつもはいるティアがいないけどさ。

 

「再会を祝して宴会、と言いたいところだが……。イッセー、そのために我々を集めたわけではないのであろう?」

「……ああ」

 

 俺はタンニーンの爺ちゃんが既に何かを察しているのを理解して、素直に頷く。

 恐らくオーフィスも既に勘付いているいるからこそ、こうしておとなしくチビドラゴンズを優しく宥めているんだろう。

 俺はふぅっと息を吐いて、ポケットの中にしまっていた一枚の紙を取り出した。

 そこにはティアの文字で一言―――

 

「もう帰らない―――ティアがそう書き置きを残して、チビドラゴンズの元から消えたんだ」

『―――』

 

 俺の言葉に、他の皆が言葉を失くす。

 既に事情を知っている眷属の皆やチビドラゴンズは複雑な表情を浮かべており、オーフィスはどこか納得したような顔をしていた。

 この場で素直に驚愕しているのは夜刀さんとヴィーヴルさん、タンニーンの爺ちゃんだ。

 

「……にわかに信じられん。お前を、チビたちを溺愛していたティアマットが……」

「それは拙者も同意でござる。ティア殿は確かに時たま大切な者に試練を与えることはありはするでござるが……これは些か強引に感じるでござるよ」

「……つまりつまり、ティアさんに何かがあったってことなのかな?」

 

 二人の意見を聞いて、ヴィーヴルさんがそう予想する。

 ……そう。ヴィーヴルさんの予想通りで、ティアに何かがあったことは確実だ。

 しかも時期的に、恐らくという確証が実は俺の中にある。

 ―――数日前の修学旅行での禍の団との正面衝突。あの時に祐斗たちの前に現れた存在がいた。

 ……最強の邪龍と謳われ、その実力は既に天龍クラスにまで昇華しているとまで予測される一匹のドラゴン。

 ―――三日月の暗黒龍、クロウ・クルワッハ。

 そして祐斗たちの窮地を救ったのが、どういうわけかこの戦場にその存在を嗅ぎ付けていたティアで、そこから先はティアがクロウ・クルワッハを相手にしていたはずなんだ。

 ……恐らくこの一連の事柄が今回のティアの家出に繋がっていると俺は思っている。

 俺はそれを包み隠さず皆に話すと―――クロウ・クルワッハが生存しているということに、皆が戦慄を覚えていた。

 

「……そうか。クロウ・クルワッハが敵側にいるのか」

「ふむ。……些かではすまないでござる。かの最強の邪龍ならば、既に天龍の頂にまで足を踏み込めても不思議ではないでござる」

 

 ……天龍クラスっていうのは、この世界でトップを争う強さのことを指す。

 この世界の不動のトップ2はグレートレッドとオーフィスの二人だ。これはどう足掻いても変わることのない普遍。

 その例外を除けば、ドライグとアルビオンは神をも易々と凌駕し、三大勢力が束になって掛かっても封印することがやっとであったような存在だ。

 そのレベルにまで、クロウ・クルワッハは到達している。

 ……グレートレッドはあの戦場に舞い降りたとき、天龍クラスと天龍の二歩手前クラスという表現をした。

 前者がクロウ・クルワッハ、後者がティアだ。

 あのグレートレッドをして、言わしめたんだ―――クロウ・クルワッハの実力が天龍クラスであることは間違いない。

 その上で、ティアは奴と戦った。

 そしてチビドラゴンズや俺たちの前から姿を消した。

 つまり―――

 

「ティアは、クロウ・クルワッハに負けたんだろう。それが理由かはわからないけど、きっかけではあると思う―――そこで、俺は皆を集めたんだ」

『―――』

 

 言葉を区切り、そう言うと皆は俺の言葉を待つように沈黙する。

 

「どうしようもねぇけど、姉担当は家出して可愛い妹たちを放ってるやがる。俺の大切なチビドラゴンズを、だ。こいつらはあいつが消えて、泣きながら俺の元に来たんだ―――あの馬鹿には一度、お灸を据えねぇと気がすまない」

「……激しく、同意」

 

 すると、これまでずっと黙っていたオーフィスがチビドラゴンズから手を離してそう言った。

 

「ティアマット、泣かした。フィーとメルとヒカリは、我にとってもイモウト―――イッセーが怒っている、我も怒っている。やることは、一つ」

「……その通りだな。ああ、その通りだとも」

「そうでござる。そんな簡単に逃げられるほど、ドラゴンは安っぽくはないでござるよ!」

「うんうん! ティアさんにはしっかりとお話をして、考え直してもらわないと!」

 

 ……オーフィスの言葉に、皆の心は一つになる。

 つまりは―――

 

「……ティアを探し出そう。んでもって、場合によってはボコボコにする―――家出姉大捜索作戦だ」

 

 ―――この広い世界のどこかにいる、ティアの大捜索。

 俺たちドラゴンファミリーはそのためだけに動き始めた。

 ―・・・

「おーいティアねー! でてこーい!!」

「でてこないとかくしてるにぃたんコレクションぜんぶもらうからねー!!」

「……ちなみにヒーはいちぶはいしゃく」

「―――おい、あとでティアから聞き出すことが増えたじゃねーか」

「……こんな原始的な方法、絶対見つからない」

 

 ―――雲を抜けた空で俺たちはそんな会話をしている俺とチビドラゴンズとオーフィス。

 現在俺たちはティアの捜索のために、人員を三つに分けて捜索していた。

 一つ目は夜刀さん、ヴィーヴルさん、朱雀とあいつの中にいるディンさんを含めた三善龍チーム。

 二つ目はタンニーンの爺ちゃんとその眷属や、気配察知に長けた黒歌、そしてレイヴェルを含め、更に黒歌によって拘束されているメルティを連れたチーム。

 そして最後が特にティアとの親交が深かった俺やチビドラゴンズ、オーフィスのチームだ。

 タンニーンの爺ちゃんたちにはその圧倒的機動力を生かして冥界中を捜索してもらっていて、三善龍チームには人間界を中心に。

 そして俺たちは―――思い当たるあいつとの思い出の場所を転々と回っていた。

 

「これで18箇所。……全滅」

「チビドラゴンズと遊びに行った場所は全部回ったんだけどなぁ。……あいつの生息地がよくわからねぇ」

 

 野生のティアマットは中々現れませんっと。

 でもまぁ手がかりが一切ないというわけでもない。

 それは、あいつがその場所にいた痕跡はあるということだ。

 オーフィスによると、ティアを含む全てのドラゴンにはそれぞれ特有の匂いがあるらしい。

 特に力が強ければ強いほど、よほど隠匿が上手くない限りはオーフィスはその匂いを的確に嗅ぎ分けられる。

 ティアはドラゴンの中では最上位クラスの力を持つドラゴンの一人。

 オーフィスはその匂いをこれまで回った数箇所で発見したんだ。

 つまりティアはどういう理由か、チビドラゴンズとの思い出の場所を転々としている。

 思い出の場所を回っていれば、いずれはあいつの元にたどり着けるはずなんだけども……

 

「……流石に空からあいつを捜索するのは難しい、か」

「同意。いくら我でも、距離が離れすぎている場合、察知不可能」

「いいよ、最初から楽ではないってわかっていたんだから」

 

 俺は少し申し訳なさそうな顔をしているオーフィスの頭を撫でると、オーフィスは子犬のようにすっと摺りついてきた。

 

「……イッセーとの触れ合い、久しぶり。……イッセーの匂い」

「お前は犬か。……仕方ないなぁ」

 

 オーフィスの愛着行為を苦笑いのまま受け入れ、頭を撫でると、それに対して反旗を翻すのはもちろんチビドラゴンズだ。

 

「こらー、オーフィスー! にいちゃんにひっつきすぎ!!」

「メルもくっつくー!!」

「……もうくっついてるヒーはかちぐみ」

 

 知らない間にヒカリは俺の背中に回って、後ろから蝉みたいに俺に引っ付いていた。

 それに更に腹を立てるチビドラゴンズ―――その騒がしい声を聞いて、先ほどまでの涙が無くなっていることに安堵する。

 ……チビドラゴンズはもう色々頑張ってくれた。

 思い出せる情報を全部教えてくれ、ハイスピードで捜索をする俺とオーフィスについてきているんだ。

 ―――ここから先のことは、俺が何とかする。

 

「―――次の場所、そろそろ行こうぜ?」

 

 ……未だに言い争っている4人に、俺は心の底からそう願った。

 ―――騒がしく、俺たちは次の場所に超高速で移動する。

 原動力はオーフィスで、オーフィスの無限の力を無駄遣いして思い当たるところを全て転々とする。

 次はオーフィスの思い当たるところを回る番だ。

 俺がロキと戦っている付近の時期に、ティアとオーフィスは邪龍狩りに出向いていた。

 その本当の目的は此度のクロウ・クルワッハの存在の確認であり、オーフィスはオーフィスなりの思い当たりがたくさんあるんだろう。

 オーフィスは背中の小さな翼から恐ろしいほどの黒いドラゴンのオーラを噴出させながら、俺たちを連れて次々と移動する。

 俺は魔力障壁で自分とチビドラゴンズを風圧から守ることに専念する。

 俺一人ならオーフィスについていけなくもないが、それではチビドラゴンズを置いていってしまうことになるからな。

 それを三人は望んでいない。

 ……ふと、オーフィスが立ち止まる。

 

「……? オーフィス、どうした?」

「…………向こう。あっちに、ティアマットの残り香」

 

 オーフィスの視線の先には、荒れた更地が見える。

 まるで焼き払われたような更地で、こんなところに一体何の思い出があるというんだろうか。

 

「ここで我、ティアマットと喧嘩した」

「……は?」

 

 更地に降り立って、オーフィスは特に声音を変えることなくそう言い放った。

 ……龍神と龍王の喧嘩。

 そんな世紀末な喧嘩、考えるだけで身震いするもんだ。

 ……一応理由を尋ねておくか。

 

「ちなみに理由は?」

「どちらが、イッセーに好かれているか、議論の結果」

「それで更地に?」

「…………」

 

 ―――頷くオーフィスに項垂れる俺。

 そんなしょうがないことで喧嘩して、ここら一体を更地にするって……ここが冥界の未開の地だろうが、流石にやり過ぎだろう。

 俺はオーフィスの後頭部にチョップをいれ、辺りを見渡す。

 ……オーフィスの言う通りならば、ティアはこの更地にも訪れている。

 こうも良くも悪くも思い出の場所に来ていることに対する、俺の見解はいくつかはある。

 ありはする、けど―――どれもしっくりこないんだ。

 クロウ・クルワッハに負けたから、自分の不甲斐なさから俺たちの元を去り、最後に思い出に浸る。

 ……ティアはそんな考えをするような奴じゃない。

 あいつは馬鹿だ。すぐに調子に乗るし、結構な喧嘩腰だ。その癖、口は弱けりゃチビドラゴンズにはめっぽう弱い。

 ……でもあいつは、しっかりと『姉』をしていた。

 でなけりゃチビドラゴンズはティアをこうも大好きとは言わない。

 ―――あいつの考えはわからない。だけど、こんなのティアらしくない。

 

「……そういえば、あいつと最初にあった時―――そういえばそのときはチビドラゴンズとの出会いでもあったよな」

 

 ……ふと俺は昔のことを思い出す。

 ティアとチビドラゴンズと使い魔の契約を契ったのは同じ時期だった。

 使い魔を探しに森に行き、その森で超希少なチビドラゴンズと出会い、奇跡のような巡り会わせで最強の龍王と出会った。

 あの時、俺はティアに力を見せ、あいつに可能性を見出された。

 それからというもの、あいつはすぐ姉と言っては揚げ足を取られて、良い所を見せれず―――始まりは全部、あの森だった。

 ……そう思ったとき、俺は思いつく。

 これまでティアは思い出の場所をずっと回っている。

 ―――あいつが最後に行き着く場所、それはもしかしたら……

 

「四人とも、行くぞ―――家出姉捜索もそろそろ終わりだ」

 

 俺たちは向かう―――冥界と人間界の境目にある、使い魔の森へ。

 ―・・・

 その森は小動物や魔物の多くが生息する使い魔の森。

 多くの悪魔や魔法使いはこの森で魔物と契約し、使い魔を使役する。

 この契約は対価契約であり、契約者は常に魔物に何か対価となるものを与え続けねばならない。

 俺の場合はティアもチビドラゴンズも特別な対価を求めてくるわけでもなく、今の今まで使いまであることを忘れていたほどに仲良くなった。

 今では俺にとってチビドラゴンズは家族同然の妹で、ティアは姉だ。

 ……俺たちは声を上げることなく森を進んでいく。

 ―――森は何かに怯えるように、ただただ静かであった。

 俺はそれに加え、肌に感じるドラゴンのオーラに確信する。

 ……この先に、ティアが確実にいると。

 俺はそれを最初から理解していたからこそ、すぐにここに来たんだ。

 思えば辿ってきた道のりも、人間界からこの地に近づいてきていた。

 ティアを追いかけた最終地点がきっとここだったんだ。

 ……俺は歩く。

 森を進み、そして最後に―――森の中心部の、空が見える開けた広場のような空間にたどり着く。

 そこは俺がチビドラゴンズと最初に出会った場所であり、そしてティアと出会ったところ。

 ―――その開けた場所の中心に、あいつはいた。

 

「―――なんだ、お前たちか」

「ああ、俺たちだよ―――ティア」

 

 ティアは俺たちに背を向けたまま、最初から来ることを理解していたように悟った口調でそう言ってくる。

 

「まぁ、来ることはわかっていたさ。いや、心の何処かでお前たちが来てくれるとか期待していたのかもな」

「……とんだ構ってちゃんじゃねぇか、お前」

 

 俺は思っていた以上に穏やかなティアの声音に安堵して、一歩彼女に近づこうとする。

 それをすぐに理解したチビドラゴンズもティアに近づこうとした―――そのときだった。

 一歩踏み入れる足が、ティアから発生した風で押し戻される。

 ……ティアは振り向かない。

 そしてただ一言―――

 

「―――私はそんな自分の情けなさが、心の底から憎い」

 

 ―――ティアは冷たい声音でそう言い切り、背中から白と黒が入り混じった翼を生やした。

 そこに含まれるオーラは―――殺気。

 その殺気を感じた瞬間、オーフィスは俺たちの前に立った。

 

「ティアマット。乱心?」

「あぁ、お前もいるんだな。―――お前は良いな。群れていても変わらず強者であれて」

「……理解できない。ティアマット、なぜ?」

「理解できないだろうさ、少なからずお前にはな―――なぁイッセー」

 

 ティアはオーフィスとの会話を打ち切り、俺に声を掛けてきた。

 ―――今までにないほど低い声音に、俺はただひたすら困惑していた。

 

「お前たちとの日々は心の底から楽しかったものだよ。それは否定は絶対にしない。お前やチビ共の『姉』であった時間を、私は二度と忘れない―――だけどな、私はドラゴンだ」

 

 ―――次の変化は、それまでの人間態ではなく、ドラゴンの形態であった。

 神々しい白と黒の入り混じった天魔の龍。龍王最強の名をそのまま体現しているように、その往々しい翼を翻すティア。

 そこでティアは俺たちの方を向いた。

 

「力の権化とされ、様々なものに畏れられ、畏敬を払われる―――私はそんなドラゴンに憧れた。だが今の私はどうだ? 平和ボケを許容し、自分が強くなっていると勘違いをしていた大馬鹿者だ」

「ティア、お前は……クロウ・クルワッハに負けて、そんなことを言っているのか?」

「―――それはきっかけに過ぎない」

 

 俺の質問に、ティアは一言で返す。

 そして続けざまに言い放った。

 

「私は奴に手も足も出なかった。あいつは既に天龍クラスへと至っていた。全盛期のドライグと同レベル―――私が妬み憧れた赤龍帝ドライグと同じ高みに立っていたんだ。奴は言った。全ての時間を自らを高めることだけに使っていたと」

「それで、自分は努力を怠っていたと?」

「―――ぬるま湯に浸り、多少の強さに酔っていた。私は孤高でなければならなかったんだ。でなければ、ああはならなかった。だから私は……お前たちの元から去ると決めた」

 

 ……ティアは再び人間態に戻り、一歩、そしてまた一歩俺たちへと近づいてくる。

 

「だから、これが私の最後の『姉』としての時間だ―――チビ共、イッセー。お前たちはお前たちの強さを得る方法がある。きっとそれは私とは道が違うんだ。私はお前たちの道に必要ない」

 

 ティアは何も言えず瞳に涙を溜めているチビドラゴンズの頭に手を載せようとして、そしてすぐに躊躇い手を引っ込める。

 

「―――私にお前たちは、必要なかったんだ」

 

 ティアがそう言い捨て、俺たちから背を向けたとき。

 ……俺の頭の中に、嫌にその台詞が繰り返して聞こえた。

 ―――俺の理性を締める螺子が、取れる。

 

「―――ふざけんじゃねぇぞ、ティア」

「……離せ、イッセー」

 

 俺は離れようとするティアの手首を握り、睨みながら引き止めた。

 ……俺はこの手を、絶対に離さない。

 今のは何があろうと否定させないといけない。

 今の言葉が、どんな意味を持っているのか―――ティアが最初に言った言葉を否定している。

 俺たちと過ごした日々が楽しかったとティアは言った。

 でもそれが必要がないものだとティアは言った。

 ……ふざけるな。それなら、最初からそう言いやがれ。

 だけどティアは中途半端に言動を並べ、自分勝手にそう言いやがる。

 あいつを慕うチビドラゴンズのことは考えず、自分の勝手な理論につき従って―――その中途半端さに俺は苛立ちを覚えたんだ。

 ……ティアの腕を握る力が、強くなる。

 

「お前がどんな理論を並べようが、お前がどんな決心をしようがな―――んなものは最初からどうでも良いんだよ」

「……何?」

 

 ティアの声音に怒気が宿る。しかし俺は構わず言葉を続けた。

 

「―――くっだらねぇ。言うに事欠いて、お前はドラゴンファミリーが自分を弱くしたと? 俺たちがお前の成長を妨げたと? ふざけるなよ。自分の敗北の理由に、俺たちを巻き込むな!」

「くだら、ない……!? ふざけるなよ、イッセー!! 私がどんな想いでお前たちにこんな言葉を―――」

「―――それもくだらねぇんだよ。未練タラタラなんだよ。本当に不甲斐ないって思っていてどうにかしたいと思うんなら、勝手にいなくなって勝手に強くなっちまえ。でもそれをしない以上は」

 

 俺はティアの手を離し、ティアを後ろに突き飛ばす。

 そして

 

「―――お前は、ドラゴンファミリーで俺の使い魔だ。だから俺はお前を放っておかない。それにな、何があろうと俺はお前にお灸を据えるって最初から決めてんだ」

 

 俺は即座に赤龍帝の鎧を身に纏い、その拳をティアに向ける。

 ティアはその俺の一連の行動に目を瞑り何も言わず、俺はそれを確認して最後に言った。

 

「―――チビドラゴンズ泣かしてんじゃねぇ、この駄姉が」

 

 ―――俺の言葉と共に、ティアの容姿も変化する。

 轟々しく神々しいドラゴンの姿に。その翼を再び翻し、威厳ある姿でティアは俺に声を掛けた。

 

『思い上がるなよ、イッセー。例えお前がどれだけ強くなろうとも、お前は私には届かない。そのことを理解させてやる―――お前を完膚なきまで叩き潰して、私はお前たちの元に二度と現れない』

「なら俺はお前を完膚なきまで叩き潰して、何でも言うことを聞かせてやる―――覚悟しろよ、ティア。チビドラゴンズを泣かせた罪は重いぞ」

 

 ―――俺たちはほぼ同時に地上から天空へと駆け出す。

 そして何者も邪魔をしない空に翼で浮かび、相対する。

 ……最強の龍王、ティアマット。恐らく本気の戦いは初めてだ。

 ―――そのとき、俺たちの喧嘩が火蓋を切って始まった。



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番外編9 後編 天空龍王大決戦

 ティアマットというドラゴンは、俺にとっては本当に親しみやすくて、ここぞという時に頼りになるドラゴンだ。

 部長とライザーの一件の時も、コカビエルの一件の時も、修行の時も、旧魔王派の信仰の時も……今回の修学旅行の時だってティアは何度も助けられた。

 本当は祐斗たちを救ってくれてありがとうと言いたいのに、ティアと俺は戦う。

 この遥か上空、真正面からの真剣勝負。

 いつも訓練とは違う、本気の戦いだ。

 ティアは初めから巨体で美しいドラゴンの形態で、俺は初っ端から赤龍帝の鎧を身に纏った臨戦状態。

 ……だけど俺たちは已然として、その膠着状態から動き出すことができなかった。

 ―――俺は動けない。何故なら、ティアから感じる圧倒的パワーに一切の隙がないからだ。

 一度懐に入れば、速攻で勝負が決まってしまうような気すらもしてしまう。

 良く俺は最初、こんなドラゴンを相手に恐れることなく襲い掛かったもんだ。今考えてもあの頃はがむしゃらだった。

 ……だけど、相手のティアも動かない。

 それはつまり―――俺もあの時とは違うということを、ティアも認識してくれているんだろう。

 それがどうしようもなく嬉しいって感じてしまう辺りが、俺も単純だよな。

 

『ティアマットの本気か。……見るのは生前ぶりだ―――相棒、心してかかれ。あいつは俺の全盛期に何度も食いかかってきたドラゴンだ』

「あぁ、分かってるさ―――最初から分かってる。ティアがすごいことくらい。それでも俺はあいつにお灸を据えるって決めているんだ」

 

 俺は肩を回し、拳を強く握る。拳を握ることでカシャンと金属音が鳴り響き、俺は背中の噴射口より紅蓮のオーラを撒き散らした。

 それが翼のように粒子を生み、空を赤く染める。

 ―――俺の持つ手札は赤龍帝として力を十全。

 創造の力は制限付きで、恐らく神器の強化を一度することが限界だろう。

 神器創造は最低限のものが限界で、ましてや神滅具創造はまず不可能。

 その時点で白銀龍帝の双龍腕の選択肢が消える。

 ―――対する敵は龍王最強にして、あの真龍グレートレッドを以て「天龍の二歩手前」といわしめる強大なドラゴン。

 ……面白れぇ。

 とどのつまり、純粋に赤龍帝と龍王の戦いってわけだ。

 ヴァーリじゃないけどさ―――ワクワクするぞ、ティア!

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!!』

 

 鎧の各所より倍増の音声が鳴り響き、俺は溜まった倍増のエネルギーを全て身体能力に変換してティアに近づく。

 まずは赤龍帝従来の肉弾戦だ!

 

「ティアぁぁぁ!!!」

 

 瞬時に懐に入り、その拳をティアに勢いよく振るう。ドゴォっという打撃音が空中に響き渡る。

 ―――次の瞬間、俺の横腹に衝撃が走った。

 俺の横腹にあるのは……尻尾ッ!

 ティアの尾が俺の身体を薙ぎ払い、俺を後方に圧し飛ばす……ッ!

 兜のフェイスより血を軽く吐くも、ティアの追撃は留まらないッ。

 距離が離れたことで遠距離からのブレス攻撃がティアから放たれる。

 白と黒の混じったブレスは凄まじい威力、速度で俺に迫り、俺の鎧の各所を粉砕する。

 ……龍王は、魔王に匹敵する。

 その龍王でも頭一つ以上の実力を持つティアは、もはや神にも勝る。

 天龍の二歩手前ってのは本当だ。それほどのものを俺はこの一瞬で感じた。

 ……俺の拳は確かにティアにまともに入った。それでも多少の傷しか生まれていない。

 ティアは、低い声で声を掛けてくる。

 

『―――出し惜しみなんてつまらない真似をするな。お前の手札の多さは私が一番良く理解している。その全てを受けきって、お前を叩き潰してやる』

「―――望む、ところだぁッ!! 息吹け、守護飛龍(ガーディアン・ワイバーン)!!!」

 

 ―――俺はドラゴンの翼を羽ばたかせ、紅蓮に輝かせた羽から十一の赤い光が浮かぶ。

 その赤い光はティアの攻撃で散らばった俺の鎧の破片を吸収し、次第に形に成す。

 ……その大きさは初めて使った時よりも倍以上に大きくなっているほど。二メートルを超すワイバーンは俺を囲むように隊列を組む。

 ―――ティアを相手に、剣戟は意味をなさない。

 あいつとは肉弾戦の、純粋なパワーとテクニックを駆使した戦いでないと意味がない。

 ……小細工なんてあいつには通用しない。

 ならば真正面からあいつとぶつかってやる!!

 

「行くぜ、ワイバーン!!」

『アルジ、マモル!!』

『アイテ、タオス!!』

 

 俺が勢いよく飛び立つのに対し、ワイバーンは俺を囲みながら追従する。

 ティアも俺のこの力を見るのは初めてだからか、多少の警戒をしていた。

 ……俺は移動している最中、すぐさま自身の力を倍増し続ける。

 更に……

 

『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』

 

 ワイバーンからより一〇秒毎の倍増も行われ、それぞれの倍増のエネルギーがワイバーン自身にプールされていく。

 ―――全体的な力を考えれば俺がティアとまともに対抗できるのはこのワイバーンを使った戦闘と神器の強化による鎧の神帝化だ。

 オーバーヒートモードも、鎧のアクセルモードも、ティアに対しては対抗策にはなり得ない。

 俺はアスカロンの龍殺しのオーラを左腕に込め、ティアと正面から戦闘を再開する。

 ティアは翼を織りなして俺の体をなぎ払おうとすると、俺はすかさず自身の配下であるワイバーンを盾にして防御する。

 ティアもワイバーンの強固さは予想外だったのか奥を取り、さらに俺は溜まった倍増の力を10分割し、全てを均等にワイバーンに譲渡した。

 

『Transfer!!!』

 

 譲渡された倍増のエネルギーによりワイバーンたちにプールされていた倍増は底上げされ、ワイバーンは俺の前に出て口を開け、そこより主砲のようなものを覗かせる。

 そこには俺の魔力を元に生まれたオーラが漏れていた。

 ……ワイバーンの真骨頂は、俺の与える小さな魔力を倍増させて強大な一撃に昇華されること。

 いわばワイバーンたち一匹一匹がそれぞれ『赤龍帝』なんだ。

 俺は防御に使ったワイバーンを一匹連れて、再びティアに近づく。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!!!!』

「ティア、これでもお前は、余裕ぶれるか!?」

「……ッ!」

 

 ティアとの距離がほぼゼロの状態から、ティアの肢体に殴り飛ばすように放つ拳。

 左腕には龍殺しの力を、右腕には魔力のオーラをまとわせて連続型の正拳突きをティアに対して放つ!

 ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッッッ!!!と、ティアの体より鈍い打撃音が空を包んだ。

 流石のティアもこの攻撃をまともに受けきるのは分が悪いと感じたのか、その強靭なる腕で俺を逆に殴り飛ばす。

 ワイバーンは俺の盾になるようにティアの拳と俺の間に入るも、ティアの一撃で致命傷を受け、地面に落ちていった。

 それでも衝撃を殺しきることはできず、俺は兜から血を吐き出しながら殴り飛ばされる。

 ―――だけど俺がいたのはあくまで時間稼ぎだ。

 俺が戦っている間にもワイバーンはティアを倒すための一撃を溜め続け、俺がティアからはなれた瞬間に放つ!

 

「一斉掃射ぁぁぁ!!!」

『『『『『『『『『『カシコマリ!!!』』』』』』』』』

 

 俺がワイバーンの照準からはなれ、それぞれのワイバーンより各種違うブレスが放たれる。

 極限まで高められたそのブレスは例え龍王だろうがただでは済まない!

 こいつは白銀の龍星郡、紅蓮の龍星郡に匹敵する一撃―――飛龍達の豪放(ワイバーンズ ダウントレス)

 速射、重射、透化、爆撃、断罪、拡散、爆発、切断……更にそれらを組み合わせた複合魔力砲がティアを襲う。

 ―――しかし、それも束の間だった。

 

『肝を冷やしたぞ。知らない間に、新しい力を手に入れていたみたいだな』

「……そっか。そうだよな———龍法陣。お前にはそれがあるもんな」

 

 ―――ティアの周りには、ドラゴンかドラゴンの力を持つものでしか扱うことのできない龍法陣による円陣は浮かんでいた。

 ティアの体にはいくつか傷があるものの、特に致命傷を与えていなかった。

 防御系龍法陣。いくつかの種族の防御系の技を見たことがあるけど、あれほど強固なものを俺は他に知らない。

 少なくとも龍星系の魔力砲撃はフェンリルやロキですら有効だったんだ。

 ……手札の多さと知能の差。ティアは俺に取ったらフェンリルよりもやりにくい。

 ティアの手札の多さは龍法陣を始めとして数多い。

 一々超一級の技を使い、龍法陣でこちらを詰ましていく―――純粋なパワータイプでもあり、純粋なテクニックタイプでもある。

 どちらかといえばパワー寄りだ。

 

『……だが、お前を相手にするのであればドラゴン形態は多少、分が悪いな』

 

 ティアは自身の周りに巨大な龍法陣を展開し、その中を通っていく。するとティアはドラゴン形態から人間形態―――翼を、尻尾を、爪を、牙を生やした龍人形態になった。

 まるで夜刀さんのような形態。

 ……しかし力が小さくなったとは到底思えない。

 むしろ小さくなったことで凝縮されているようにも感じる。

 ……白と黒の龍人は、牙を生やした口を開いて、俺に話しかけた。

 

「龍法陣には大まかに分けて、三つの種類に分けられる。一つが防御系で、もう一つがこのような変身系。最後が攻撃特化の攻撃系―――普通はどれか一つないし二つだが、私は例外だ」

 

 ―――ティアが両腕の白黒の龍法陣を展開し、それを両腕に掛ける。

 その瞬間、ティアの腕が極太のものとなり、更に一瞬で俺の前に現れた……ッ!!

 

「―――私は全てを最高水準で扱える。ドラゴンで最も、龍法陣を扱えるドラゴン。それがティアマットというドラゴンだ!」

 

 そして容赦なく、俺の懐に拳を振るう!

 それによりものの一瞬で粉々になる俺の鎧っ!!

 ……速度と打撃力が先ほどまでと段違いすぎるっ!!

 ワイバーンを出している間、俺の中の守護力によって鎧は従来よりも堅牢なものになるってのに、ティアはそれをものの簡単に破るっ!

 しかも今の速度は―――夜刀さんにも匹敵する!!!

 

「―――だけど、負けてられねぇんだよ!!」

 

 ―――今こそ、ずっと続けてきた努力を他の誰でもないティアに見せるときだ。

 俺の戦いの修行相手であり、ある意味で戦闘においての師匠の一人でもあるティアに、俺のこれまでを見せないといけない。

 ……俺は、紅蓮の円陣―――龍法陣を描いた。

 

「―――イッセー、お前……ッ!!」

「ああ、そうさ。俺も、ずっとお前のそれに憧れてたんだ。俺はドライグとの同調率が異常に高く、魔力の質がドラゴンのものに変質してしまった。だからこそ、俺も龍法陣を使える。……本当はお前との修行で気づいていたんだけどさ、驚かせたくてずっと黙っていた」

 

 ……それを今、使う。

 しかし俺の龍法陣の才能はティアのような天賊の才能ではない。

 本当に一点集中の、しかも扱えるものが異常に少ないもの。

 俺の力の本質を表しているように、俺の力は攻撃型と防御型の融合型―――

 

「俺の龍法陣の才能は攻防複合型―――できることは二つ。強靭な肉体を作り出し防御力と忍耐力を異様に高くして赤龍帝の力に耐えられる肉体へと強化すること」

 

 ―――実は無意識にずっと使っていたんだ。

 そうでなければ無限倍増にも、他の身体的負担の多い各種の技に耐えられるはずがない。

 ……俺は龍法陣により今一度、肉体を超強化を果たす。

 更にもう一つ、俺が唯一使える龍法陣を展開した。

 ―――バチッ、ズンッ。

 俺の鎧が、内部からの筋肉の膨張に耐えきれずにプレートが外れて地上に落ちていく。

 その姿を見たティアは、驚きの表情で俺を見ていた。

 

「―――身体の一部分にドラゴンの力を全て集中させ、一撃を必殺に高める円陣。『破龍の激震』。今しがた私が使ったそれの究極の円陣だ。……全く以て、お前は極端だよイッセー。持つ円陣はたったの二つだが、その一つがお前に最も必要なもので、もう一つが必殺の究極。……だがそれで勝てるほど、甘い考えはしていないな?」

「もちろんだ。この必殺はただ強者に対するものだ。お前はただの強者じゃない―――だけど俺は赤龍帝だ。他のどの赤龍帝とも違う、独自の進化を重ね続けてこれまで生き残ってきた。……それが自分一人で得たものではない。お前やドライグ、フェルや仲間、先輩達や……」

 

 俺は言葉を区切り、肥大化した腕を胸元に持っていき、拳で胸元を叩いた。

 

「―――大好きな奴らが俺の傍にいて、支えてくれたから得たものばかりだ。だから俺はそんな大好きな奴らをこの手のひらで護る」

「……私には、お前の助けなど必要ない」

「―――お前になくても、俺には必要なんだ」

 

 ……俺の言葉にティアは目を見開いた。

 

「ティアは本当にすごいよ。俺はいつもお前を相手にしていて、どんな強者よりもお前を強く感じていたんだ。俺がどんな新技を見せても、どんな新しい力を見せてもティアはいつも攻撃的にそれに対処した。さっきの一撃だって、俺の中では上位クラスの一撃なのに、お前はそいつを苦もなく防いだ―――この龍法陣も、俺の戦いの根本も、全てお前と出会ったことで進化した」

 

 俺は拳を構える。

 俺を囲むワイバーンもそれを真似するように同じ体勢を取った。

 

「―――ティア、俺はお前を必ず倒す。ドラゴンファミリーが足枷なんて絶対に言わせない。だって俺はこんなにも強くなれたんだから」

「……お前と、私では見ている高みが違うんだ」

「―――違わないさ。だって俺は、この手で何者の手からも大切を護るって決めているんだから」

 

 クスリと笑い、拳をティアに向けて放つ。

 たったそれだけで拳圧でティアの頬に傷が生まれた。

 ティアはその傷を押さえて、俺を見る。それを見計らって俺はティアに言い放った。

 

「―――お前が何よりも大事にしていたものを護る。そのためにお前を倒す。覚悟しろ、最強の龍王、ティアマット」

「―――望む、ところだ!!」

 

 ―――そのとき、ティアが初めて笑った。

 ―・・・

 ティアとの戦いは第二ラウンドに突入する。

 第一ラウンドは、俺は通常形態+ワイバーンで応戦し、ティアはドラゴン形態で応戦した。

 対する第二ラウンドはその進化系の状態で俺たちは戦闘していた。

 俺は龍法陣により俺という全てを極限まで強大化した肉体状態に、ワイバーンと鎧を纏った状態。

 そしてティアは龍人態にあらゆる属性の強力な龍法陣を扱い、俺を追いつめる状態。

 地力の差でティアは俺を圧倒するも、瞬間的火力の大きさで俺はティアを追いつめていた。

 ……いわば両者、引くことも押されることもない互角。

 いや、はっきりいえばどちらとも最強といえる力はまだ使っていない。

 ティアは未だに本領を発揮しておらず、対する俺も奥の手である神帝の鎧を残している。

 守護覇龍を使えない状況での俺の切り札は変わらず神帝の鎧なんだ。

 ……近距離での激しい攻防の中、俺とティアの極太同士のドラゴンの腕が交差する。

 それにより俺たちは激しく後方に押し戻され、それを理解してすぐさま俺は手元に極限まで溜め込んだ倍増のエネルギーの溜まる球体を浮かばせ、それを殴り壊す!

 

紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)!!!」

 

 俺は魔力を濃縮した上に倍増した流星を放つと、ティアはそれを相殺するためといわんばかりに口を大きく開け、そこから白と黒の混じるブレスを放つ。

 更にそのブレスの向かう先に龍法陣による円陣が展開されており、それを通過すると更にそれは強大化して、俺の流星を相殺した。

 ―――真正面から流星を力技で止められたのは初めてだった。

 

「―――まだまだぁぁぁ!! イッセーぇぇぇ!!!」

 

 ティアは俺の前に守り浮かぶワイバーンをなぎ払いながら俺に近づく、拳を顔面へと向かって降るってくる。

 ―――この馬鹿みたいなパワーを前に、中途半端な力は不要。それはつまり、この戦いにおいてフェルの力による創られる神器は決定打にならないことを意味している。

 例えフェルが万全であろうと、状況はあまり変わらなかったんだろうさ。

 だから言い訳はしない―――今持てる力を全てティアにぶつける!!

 

「―――二段階目!! アクセルモード!!!」

『応ッ!!』

 

 俺は倍増速度を更に加速させるアクセルモードに移行し、ティアを迎え撃つ!!

 拳を受け流し、拳を放つも受け流される。

 かと思えばティアに一撃が当たれば、すかさずティアは俺に攻撃を当ててくる。

 ―――とんだ、負けず嫌いだ。

 俺も、こいつも!!

 

「ワイバーン、囲め!!」

「ッ!!」

 

 ティアは俺だけを見ていたため、自身と俺を包囲するワイバーンに気づいていなかった。

 俺は一瞬の隙が生まれたティアの顎を下から殴り上げ、ティアを怯ませる。

 その瞬間、ワイバーンの十の砲門より放たれる、ティアを拘束するための砲撃。それは魔力でできたロープのようにティアの身体をぐるぐるに拘束した。

 ティアはすぐさま龍法陣でそれらを弾け飛ばそうとするが、すかさず俺は背中の翼を羽ばたかせてティアの傍に飛び寄った。

 倍増のエネルギーを全て左腕の肥大化したドラゴンの腕に込め、更に龍殺しの力を込め―――ティアの拘束するそれごと、ティアを殴り飛ばす!!

 この一撃はティアもまともに当たったのか、口から血反吐を吐き出した。

 だけど―――笑っていた。

 

「―――良いぞぉ!! イッセー(ドライグ)!!!」

「もっと来いらティア!! 全部()にぶつけやがれぇ!!!」

 

 ティアの龍人形態は更に進む。

 もはや下半身は完全にドラゴンのものとなり、それにより更に身体能力が跳ね上がっている。

 戦う時間に比例して、ティアの勢いと強さは右肩上がりに上がり続けていた。

 

『変わっていない、ティアマットは。思い出せばあいつはいつも俺に挑むとき、後先を考えずに真っ向から挑んでは破れ、しかし次ぎ合うときには更に何かを得て強くなっていたものだ』

 

 それがティアの強さ―――生粋のバトルジャンキー(戦闘狂)で、負けることを許さない。

 そうか……。ティアは俺たちと離れたくないんだ。

 だけどその願望に邁進することなく、己のプライドが今の道を選択させてしまっている。

 ―――孤高に自分を高め、天龍の頂まで上り詰めたクロウ・クルワッハ。

 ある意味でドラゴンを完全に体現したあいつを、ティアは羨んでいる。

 だからこそティアはあいつに勝つために、昔と同じように自分を高めようとしている。

 ……でもあいつは知らないんだ。

 そうすることでしか強くなれないなんて、勘違いをしている。

 ティアは気づいていない―――この戦いを通して、これまでの俺との修行を経て、自分自身がどんどん強くなっていることに。

 ティアは本来、ここまでのテクニックはなかった。

 だけど俺との修行で俺はティアから強大な力の運用効率や戦い方を教わったように、ティアも小細工に対する対処を覚えた。

 ―――ならば俺は勝つことで、ティアに彼女の強さを教える。

 そのための一撃は―――この手にある!!

 

「―――ワイバーン!!」

 

 俺の一言でワイバーンの四匹ほどが俺の身体に引っ付き、そしてそもそもが機械型であるワイバーンは俺の身体に合体するように装着される。

 両腕に一匹ずつ合体変形し、俺の両腕をより機械的で仰々しいものに変化させた。

 更に残りを翼に装着させる。

 ―――ワイバーンは装着可能な機械飛龍。

 言ってしまえばこれはワイバーンの切り札なんだ。

 一度装着したワイバーンは装着限界時間を過ぎれば消え、しばらくは呼び出すことはできなくなる。

 だけど鎧とは別個で倍増を重ねるこいつは、ある意味で白銀龍帝の双龍腕の代用として使える。

 この戦いで唯一フェルの力でティアに通用する力の代用。幾度なく俺の助けになったあの力の代わり。

 

「―――機械仕掛けの赤龍帝。これも面白い発想だけどな、イッセー!! それが私に通用するか!?」

 

 まるで試すようにわざわざ俺に近づくティア―――第一ラウンドはある意味、全てを攻略されたから俺の負けだったのようなものだ。

 だけど今回は―――ティア、お前の負けだ!!

 

『All Full Boost!!!!!!!』

 

 アクセルモードに、既に何十段階と倍増を重ねたワイバーンを四匹、更に残りの六体からは倍増の力が俺に対して譲渡される。

 それら全てをこの左拳に集結させ、向かいくるティアに向かって―――絶対の拳を、放った。

 

「―――ッッッ!!?!!?」

 

 ティアはその余りもの拳の威力に、それを全て堪えることができず、雲間を突き抜けて地上へと落ちていく。

 更に俺は追い打ちをかけるように翼に合体したことで生まれた翼の砲門をティアに向けて、そこより流星クラスの魔力砲を続けざまに二発放った。

 ……地上からは、ティアが墜落したところから煙が浮かぶ。

 俺の鎧に合体したワイバーンは全て崩壊し、更にこれまでの戦闘で限界がきたのか、残りのワイバーンは二体を残して全て崩壊する。

 ……俺は浮かぶワイバーンを引き連れて、ティアが落ちたところに向かった。

 その最中、俺たちの戦いを心配そうに見守るオーフィスやチビドラゴンズが目に入る。

 ……大丈夫だ。心配しなくても、あと少ししたらちゃんとティアを連れ戻す。

 ―――たぶん、次が最後。

 この最強の龍王と繰り広げた戦いは、次にティアが立ち上がったところで最終ラウンドに突入する。

 そのとき、俺は初めてティアの本気を初めて見ることができるだろう。

 俺が地上に降り立つと、そこは俺とティアが最初に戦ったことで生まれた、大きな山のクレーターだった。

 そのクレーターの中心に、座り込んでいるのは傷だらけのティア。

 その身体からは俺と同じように夥しい血が流れており、ティアは少し苦笑していた。

 

「―――ははは、油断したよ。ああ、そうだ。忘れていた。イッセー、お前は意外性が実は高いんだったな」

「……そうだよ。勝つためには必要だったからさ」

「そうだろう―――それでも私は負ける訳にはいかない」

 

 ……ティアは重い腰を上げて、立ち上がる。

 その目には今だ戦意が強く残っていて、表情は真剣そのもの。

 身体からは白黒の混じったオーラが滲み出て、それは俺の肌に突き刺さる。

 ―――間違いない。ティアの本気だ。

 ティアは自身の周りに無数とも思える龍法陣を展開し、そのそれぞれが違う効果を持つ円陣を自分に掛ける。

 ……数えることが馬鹿らしくなるほどの円陣がティアを囲み、変化はすぐに訪れた。

 

「……んだよ、それ。お前、ずっとそんなもんを隠していたのかよ」

 

 ―――人型でありながら、女性型のドラゴン。

 そのオーラは神にも劣らず、魔王を凌駕し、辺りの魔物を雰囲気だけで震え上がらせていた。

 森の生物は全てがその圧倒的覇者に対してすぐさま従属するように静かとなり、それを目の前にする俺もまた、内心でティアの奥の手に恐ろしさを感じていた。

 ……今までの敵で、ここまでの脅威を感じたことはほとんどない。

 それこそ、初見のロキや黒い赤龍帝の時よりも衝撃が強かった。

 ―――これで二天龍の二歩手前か。

 

「龍法陣の制限解除だ。私の持てる全て龍法陣を全て自分に展開し、一時的な改造形態―――本当ならば、ドライグを倒すために用意していた奥の手。使うのは初めてだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

「―――クロウ・クルワッハには使わなかったのか?」

「……ああ、使わなかった。だが、使わなかったから負けたなどとはいわない。これを使っていたとしても、私はあいつには届いてはいなかったからな」

 

 より強大になった姿で、そんなことを呟くティア。

 ……その言葉を聞いた時、俺はふと思った。

 ―――ティアが負けた、本当の理由を。

 

「……俺が、証明しないといけないな―――フェル、一度だけ力を借りるぞ」

 

 ―――声は返ってこない。俺の中で深く眠るフェルは、いつもみたいに俺の言葉に反応して一緒には戦ってくれない。

 

 それでも俺の胸元には既に創造力を溜まり切っているフォースギアが現出していて、白銀の光の結晶が漏れている。

 ……最後の奥の手は一つ。

 

「―――神器強化」

 

 フェルの意識がないため、音声は流れない。

 でも確かにフォースギアは俺の鎧を包み、更には俺の周りの残りの守護飛龍までもを白銀の光が包み込む。

 鎧は鋭角なフォルムを作り出し、翼はよりドラゴンに近づき、鎧の各所はどこか機械的に進化を遂げる。

 守護飛龍もまた同じような変化を遂げ、そして俺は完全に姿を変える。

 ―――何度も俺と共に、あらゆる強敵を倒してきた、俺の中では最も安定して最強の鎧。

 

「―――赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)

 

 ―――俺の体が限界を迎えるまで、永遠に神速で倍増を重ね、全ての敵に必勝するための鎧を。

 神帝の鎧を身に纏った瞬間、ティアもまた冷や汗を掻きながら笑みを浮かべた。

 ……ティアとは修行でもこの鎧を纏ったことがない。

 だからこそ、どれほど通用するかは未知数だ。

 こいつを使った戦闘は、思い出す限りではコカビエル、ヴァーリ、ガルブルト、ロキ、フェンリル、黒い赤龍帝、平行世界の兵藤一誠だ。

 そのうち常に使い続けて戦ったのはロキとフェンリル、黒い赤龍帝のみ。

 この力は常に消耗を重ねるが故、基本的には奥の手で使用するのが主だ。

 白銀龍帝の双龍腕と併用していたから負担は減っていたけど、こいつを単体で使用するのは本当に久しぶりだ。

 ―――神帝の鎧の単体での乱用は危険。身体的にも精神的にも、だ。

 ……ティア。今の俺はどう映る?

 俺にはティアが果てしなく強者に映る。神をも凌駕するティアを、心の底から敬意を払い、恐れおののいているのかもしれない。

 それでも―――倒すことを諦めてはいない。

 たとえ勝てなくとも、自分の取れる手を全て試す。その上で負けたのなら、その後に反省をした上で鍛えなおす。

 ……ティアが負けた本当の理由。

 それは―――

 

「―――お前は、クロウ・クルワッハに対して勝つことを諦めた。全力を見せることなく、感覚だけで敵を計って挑戦することをしなかった。だからお前は負けた」

「―――お前にはまだわからないことだよ」

「わかってたまるか。俺はどんな敵でも諦めない。諦めることでどれだけ後悔するか、どれほど後で悔やんで涙を流すかを知っているから―――だからどんな状況でも、諦めてやるか」

 

 俺はティアの言葉をそう言い捨てて、拳を構える。

 ティアはきっと、自分が負けるなんて微塵も考えていないんだろう。

 だからあんな台詞を吐いた―――思い出させてやる、ティア。

 昔のお前を。ドライグが知っているお前を。

 

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Booster!!!!!!!』

 

 俺の思いに応えるように鎧の真骨頂、無限の倍増が開始される。

 ティアは俺を見て、どこか苦虫を噛むような表情となった。

 

「…………。もういいさ。お前は口で言っても理解しないんだ―――力ずくで、解らせてやる」

 

 ティアは神速で俺の目の前から姿を消す。

 次に現れたとき、ティアはその豪腕で俺の体を打ち抜こうとしていた。

 ―――その強靭な拳を、俺も拳で打ち込んで相殺する。

 その衝撃で俺たちのいるクレーターは更に広がり、至近距離で鎧越しの俺の目とティアの充血する目が交差する。

 

「―――絶対に謝らせる、チビドラゴンズに。ティア、歯ぁ食いしばれ」

 

 その宣言の元、俺たちの戦いは終盤へと差し掛かった。

 ―・・・

 広大な森の、あらゆる場所を戦場に変えて、俺たちは拳を重ねていた。

 身体中を全て龍法陣で強化し、天龍に近いレベルまで至っているティアに、神帝の鎧で無限の倍増を主体で戦う俺。

 その戦いは恐ろしいほどまで―――圧倒的であった。

 

「―――無駄だっ!! どれほどの攻撃をしようが、どれほどの力を見せようが、私には効かないことがどうして理解できない!?」

「…………ッ!!?」

 

 ―――鎧の各所が崩壊し、俺自身もボロ雑巾のように血みどろだ。

 対するティアは大した外傷がなかった。

 ……この時点で俺はティアに完全に劣っていた。

 俺の一撃はティアに対してダメージにはなっても、致命傷には至らない。

 それに加えてティアは龍法陣で自然治癒力を高めているため、すぐに傷を回復する。

 ……もちろん、俺もただやられているわけではない。

 自分なりに立ち回り、この数十分の戦いを繰り広げてきた。

 ……ティアは強い。恐ろしいほどに強い。自分の手札を切らないと、ここまで圧倒的に叩き潰されるほどに強かった。

 全てにおいて万能を誇る龍法陣と彼女の強さがあいまって、ティアは無類の強さを誇っている。

 ―――にも関わらず、ティアは焦るようにドラゴンの拳を振るう。

 勝ち急ぐように、ティアは何度も俺を殺す勢いで拳を振るった。

 

「―――どれだけ、ボロボロでも……、俺は、拳を握り続ける限りは、諦めない……ッ」

『アキラメナイ!!』

 

 俺の傍に控える二体のワイバーンが、俺を支えるように寄り添ってくる。

 ……そうだ、何があろうと諦めない。

 ワイバーンが俺と共にまだ戦ってくれるように、俺もまだ戦える。

 つまらない先入観なんていらない。

 ティアが強いことなんて最初から分かっていたんだ。なら、何を諦める理由がある。

 最初から前提として勝てないって理解していても、そんな理解糞食らえだ。

 

「―――チビドラゴンズが見てんだ。妹が、兄貴が戦うところを心配そうに見てんだよ。……諦めない理由はそれだけで充分だ」

「―――たったそれだけでお前は強くなるのか。あながち、お前は単純なんだな」

 

 ティアはオーラの大きくなった俺を見て、苦笑混じりにそう呟いた。

 しかしその攻撃の手を休めるなんて甘さ、ティアにはない。

 彼女の四方に展開される円陣により、ティアの両腕は極太になり、両足の爪は鋭利な刃物のように鋭くなる。

 更に翼を織りなして宙に浮かび、その鋭い眼光で俺を睨みつける。

 ……さぁ、ここから先は本当の意味でも正念場だ。

 ―――ここから少しの間、俺は本当の意味で本気を出す。

 その少しの間だけが、俺がティアの今の状態とまともに戦える唯一の時間だ。

 ほんの数分―――そこに俺という力の塊の全てを賭す。

 

「ドライグ、全力でいくぞ!!!」

『応っ!!』

『Infinite Accel Booster!!!!!!!.』

 

 ドライグとの掛け合いと共に神帝の鎧は最大出力を発揮するために変化する。

 鎧のオーラを辺りに撒き散らすために、ガシャンと鎧に隙間が出来て、噴射口が生まれる。

 更に残りのワイバーンが俺の両腕に纏わり、そのまま両腕に合体した。

 ワイバーンは神帝の鎧と完全に同化し、ワイバーンの倍増速度は鎧と同じ―――つまり、無限倍増となった。

 これが今の俺の、本当の奥の手。

 3つの倍増の原動力を持つ代わりに、その負担も3倍となった形態。

 その継続時間は多分五分も持たない。

 ―――三分。それが俺が戦える最後の時間。

 

「ドライグ、最後まで付き合えよ?」

『心配するな。いつまでも付き合ってやる』

 

 ―――駈け出す。

 向かいくるティアに向けて、俺がした行動は実に単純だ。

 足腰で地面を蹴り、上半身を軽く捻らせ、腕を引き―――拳を放つ。

 ティアもまた俺と同じように極太のドラゴンの拳を放ち、俺たちの拳は何度目かも忘れたほどに、交差する。

 

「―――イッセェェェェェ!!!」

「―――ティアァァァァァ!!!」

 

 その衝撃波だけで鎧にヒビが生まれ、ティアの身体に切り傷が生まれる。

 しかし俺たちはどちら引くこともなく拳を合わせ―――力負けしたのは、ティアだった。

 その結果にティアは驚愕の表情を浮かべる。

 その隙を見た俺は両手の平に二つ大きな魔力球を浮かべ、そこに両腕のワイバーンの無限倍増のエネルギーを注ぎ込む。

 それによって生まれるのは、紅蓮の龍星群が二発。

 俺はそれを立て続けに放ち、ティアに追撃を繰り出した。

 ……ティアは早い反応で即座に幾つもの龍法陣を展開し、俺の流星から逃れようとする―――しかし、流星は変化した。

 極太の魔力砲から、防御陣を掻い潜るように弾丸は拡散し、円陣を潜り抜けてティアに向かう。

 その総数は数百弾の弾丸の雨。

 その脅威に対し、ティアは笑みを浮かべていた。

 まるで、自分の予想を超えたことを喜んでいるとでも言いたいように。

 ―――全ての弾丸はティアへと向かい、容赦なくティアの肢体を破壊しようとする。

 弾丸の雨が止み、俺はティアを見た。

 

「―――あれを受けて無傷とは言わせねぇぞ」

 

 ―――ティアは傷を負っていた。それも明らかにこれまでの傷とは段違いの、致命傷に近い傷。

 しかしティアの表情は―――楽しそうであった。

 

「―――まだだ。私はこんな程度では、倒れない……ッ!!」

 

 血だらけのティアは瞬時に俺に近づき、その拳を振るってくる。

 俺はそれを避けようとすると、ティアは更にノーモーションで尻尾を振りかざし、俺へと追撃の手を休めない。

 こちらが防御に専念しなければやられるほどの猛攻。

 俺の反撃を許さないほどの超速度での攻撃は腕、足、爪、拳、翼を全て使う立体的で出鱈目な動き!!

 だけど俺だって―――負けてられねぇよ!!

 ティアが拳を振るうのを見計らい、その拳を受け流し、その勢いのまま懐に入り込む。

 ―――このリーチは、俺の独壇場だ!!

 龍殺しの力、魔力、倍増のエネルギー。その全てを左腕に込め、俺はティアの腹部に必殺の一撃を放つ!!

 

「―――か、はっ……ッ!!」

 

 その一撃によりティアは後方に大きく反り飛び、口元から血反吐を吐く。

 しかし口を開き、口元に円陣を描き、神速のブレスを幾重にも放つ……ッ!!

 

「ッッッ」

 

 そのブレスにより俺の鎧は各所が大きく破損する。

 でも、俺は全て受け止めきった。

 マスクが割れて、顔の一部が外気に晒された。

 その時、ティアと俺の目があった。

 

「―――次で、終わらせる」

「望むところだ、馬鹿姉が……ッ!!」

 

 ―――ティアは翼に、腕に、口元に、脚に、尻尾に……その全てに龍法陣を展開し、その体を黒と白で輝かせる。

 対する俺はワイバーンを両腕の巨大籠手形態から、巨大な砲門を表に出した形態に変化させる。

 その砲門の銃口にみるみる内に紅蓮のオーラが集結していき、俺は二つの砲門を重ねてティアに照準を合わせた。

 ―――たぶん、今の俺の編み出せる最大出力だ。

 本当に力押しで、はずかしいほどにテクニックも糞もない一撃。

 だけど……この一撃、神を確実に屠るレベルの一撃だ。

 神帝の鎧の無限倍増を別駆動で三つ、平行に運用し、更に持てるほぼ全ての魔力を注ぎ込み、そこに龍殺しの力と破滅力の性質を付加させる。

 ―――神滅の龍撃殲紅(ロンギヌス・レディエイター)

 それが赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)における最強の一撃。

 ワイバーンの力に目覚めたからこそ編み出せた一撃、これが初披露だ。

 

「―――それが、お前の最後の本気ってわけか」

 

 ―――目前のティアは、その姿を変化させていた。

 それは誇り高く、美しい気高きドラゴンの姿。

 その白と黒の織りなす絶妙なカラーバランスが至高さを醸し出して、幾重もの龍法陣で最大強化されてティアの身体は二回り以上は大きくなっていた。

 その口元には白と黒のオーラが混ざり合い、ティアもまた最後の大技を披露するつもりなんだろう。

 ……龍王最強の遠距離技であるブレスと、赤龍帝最強の遠距離技である殲滅砲撃。

 ―――雌雄を決するには、分かり易くていい!!

 

『終わりだ、イッセー!!!』

「ロンギヌス―――レディエイター!!!」

 

 ―――ティアの超高火力ブレスと、俺の最大砲撃が同時に放たれる。

 それにより空は半分が赤く染まり、半分が黒と白の混ざった灰色に染まる。

 ―――すっげぇ、威力だ。

 こんなもん、今までで一番強い。

 なぁ、ティア。

 俺はさ、今まで結構な敵と戦ってきたんだぜ?

 ―――ロキは神の中でもトップクラスの実力者で、フェンリルの速度は目で追うのがやっとで、ドライグが自分と同等と言ったほどの強敵。

 ……黒い赤龍帝は、その二匹を軽々と凌駕する実力を持っていた。

 ―――そんな化け物染みた奴らを相手にしてきて、俺は今のティアがこれまでで一番強いと感じた。

 だから、何が言いたいかってさ―――お前は、クロウ・クルワッハに心で負けたんだ。

 実力差なんてほとんどないはずなんだ。

 天龍の二歩手前なら、たぶん俺はもう既にそれほどの敵をこれまでに倒してきた。

 だけどお前はここまでの無茶をしないと、戦いにすらならなかった。

 ―――お前の日々は、決して無駄なんかじゃないんだ。

 だから!

 ―――だから、俺たちの元から去る必要なんてない!!

 

『―――押されて、いる!?』

 

 ―――お前はもっともっと強くなれる。それは一人で、じゃない!!

 

『何故……何故お前はそうしてまで!!』

「―――んなもん、決まってんだろ!!!」

 

 ……叫ぶ。

 声が枯れそうになるほど、ティアに自分の気持ちを伝えたいから。

 

「お前がどんなに、決心しようが関係ねぇ! お前は俺たちの仲間で、俺たちの大切なんだ!! だから一人ぼっちになんてさせてやんねぇ!!」

『そんな甘い考えでは―――奴には、勝てないんだぁ!!!』

 

 ティアのブレスがより一層強くなる。

 ……ああ、確かにそうかもな。甘い考えかもしれない。

 理屈をどれだけこねようが、本当の想いは違う。

 もっと単純なんだ。

 ―――弟の、妹の我が儘だ。

 俺は……俺たちは!!

 

「―――俺たちは、お前のことが大好きなんだよ!!!!」

『―――』

 

 ……ティアが、言葉を失くす。

 その瞬間、ティアのブレスが少し弱くなった。

 

「いつもチビたちを大切にしていて、俺のことも無駄に溺愛してる姉ドラゴンのティアが!! 俺たちは―――俺は大好きなんだ!!」

 

 俺の想いの力に反応するように、ここ一番で砲門から放たれるオーラが更に急上昇する。

 ―――その瞬間、俺の頭の中に声が響いた。

 

『―――ほんなら、あんさん。このしがないガンマンがちとばかり力貸すぜぃ』

 

 ―――その声は、俺の中に思念として残る赤龍帝の歴代先輩の一人の声だった。

 その声―――初代赤龍帝ガレッドさんの声。

 まるでその声が俺の両腕の砲門に手を添えるような感覚がした。

 ……ドクン、と音が響く。

 何かが目覚めるような予兆。

 ドクンドクンと、音が響いた。

 その音は次第に大きくなり―――気付いたときには、俺たちは一つになる(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

『―――鎧の形態が、変わっただと!?』

 

 ―――ティアが驚く。

 しかし俺の心は不思議と冷静だった。

 俺の頭の中にはガレッドさんがいて、今も俺を支えるように砲門に触れている。

 たったそれだけで―――もっと限界を越えられる気がした。

 

「『いくぞ、ティアァァァァァ!!!』」

 

 声が重なる。

 その瞬間の俺の一撃は、これまでよりも遥かに―――そして、ティアごと紅蓮が空を全て染め上げた。

 ティアの声が軽く聞こえる中、俺の身体は限界を迎える。

 

「あぁ……くそっ、もう鎧の維持ができねぇ、のか……っ」

 

 ―――神帝の鎧は解除され、ほぼほぼ壊滅状態の鎧を纏った状態で俺は地上へと落ちていく。

 神帝の鎧の解除と共に、先ほどまでの現象も消え去り、頭の中からガレッドさんも消える。

 

『―――相棒、まだだ!! 奴は!!』

 

 ―――ドライグの焦る声が聞こえた瞬間、俺の視線の先の紅蓮のオーラの渦より現れるのは、傷だらけの人間態のティアだった。

 ティアは既にドラゴン形態の維持が腕だけとなっており、満身創痍で俺へと迫る。

 

「惜し、かったな……だが、恥じることはない。お前は、この私を、ここまで……追い込んだのだからな!!」

 

 ……ティアがゆっくりと俺に迫る最中、ついに鎧も限界を迎えて解除させる。

 ―――鎧が解除される一瞬で、ドライグが鎧に残る倍増の力の一部を籠手に移した。

 しかしそれだけで、ティアに勝てるかといえば……まぁ、無理だろうさ。

 

「……イッセー、もし、お前が私に勝って、いたら……よかった―――かもな?」

 

 ―――ティアがそう呟く。

 だけどその小さな呟きが耳に届いた瞬間、俺は笑ってしまった。

 この馬鹿姉はこのタイミングで、本音を吐露しやがる。

 やるなら徹底的に仮面被りやがれ。

 だけど―――聞いたぜ。お前の願い。

 

「―――その言葉を待ってたぜ、ティア」

 

 ―――その瞬間、雲間をある存在が突き抜けてくる。

 それは小さな存在。

 ……ティア、本当に―――お前の詰めの甘さを愛してるぜ!!

 

『―――アルジ、マモル!!!』

「―――なっ!?」

 

 ―――その小さな存在の出現に、ティアは目を見開いて冷や汗を掻いた。

 そりゃそうだ。

 ―――一番最初に地上に落ちて破壊されたと思っていたはずの、ワイバーンがこの最後のタイミングで現れたんだからな。

 

「ティア、お前の本音は聞いた―――さっきの言葉、実現してやる」

 

 ワイバーンは凄まじい速度で俺の近くまで飛来し、そしてそのまま左腕の籠手に合体した。

 その結果、籠手は巨大な腕となり、そこから滴るのはワイバーンが極限まで溜めた倍増のオーラ。

 そこに籠手の残りの倍増のエネルギーを加え、わずかに残った魔力でそれを底上げし―――腕全体が紅蓮のオーラで包まれた。

 

「イッセー……お前、は―――」

 

 ティアは何かを言おうとして、しかし―――微笑を浮かべて、言うのを止めた。

 俺は俺に近づくティアへと向けて拳を放つ。

 その拳は一筋のオーラとなって―――ティアを覆った。

 俺は悪魔の翼を生やして地上に落ちる最中、宙に何とか浮かび上がる。

 そして地面に着地すると、そこは最初の場所。

 つまりそこには―――チビドラゴンズとオーフィスがいた。

 更に俺とは遅れてその場所に落下するティア。

 辺りはその衝撃で土埃に包まれ、俺は引き摺る足のままティアに近づく。

 ……そこには、どこか満足そうなティアの表情があった。

 そしてティアは俺の存在を確認すると、血みどろに倒れながら―――

 

「私の、完敗だ。あぁ、好きに煮るなり、焼くなりしろ……。全く、本当に―――お前は、面白いな」

 

 笑みを浮かべながら、ティアはそう小さく笑って言った。

 ―・・・

「ティアねぇのばぁぁぁぁか!!!!」

「もうしらないもん!! ばかばかばかばかばかばか、ばぁぁぁぁか!!!」

「……おたんこなす」

「……ティアマット、愚か者」

「ふん、龍王の面汚しが」

「ふむ、今回ばかりは同情はしないでござる―――ばぁか、でござる」

「うんうん、本当に素直じゃないよね~」

『付き合い短いけど、まぁ僕も馬鹿って言っておこうかな? ばかばか』

『まぁ、我が息子が勝つのは当たり前であったがな? あっははは、ばぁかめぇ!!』

 

 ……などなど、ドラゴンファミリーが深い傷で動けないティアを囲んで好き勝手罵詈雑言を浴びせていた。

 対するティアは色々とやらかした上に、未練タラタラだったことが露見して何も強く言えない様子。

 そんなティアに追い打ちをかけるように、俺の眷属たちもまた……

 

「結局、ただの構ってちゃんにゃん! だっさい!!」

「……私は何も言いません―――っふぷ」

「ま、まぁ無事でよかったではありませんかね? あ、あはは」

「―――貴様らぁぁぁぁああ!!! わ、私が何も言えないことを良いことに好き勝手言いやが―――い、痛い痛い!! オーフィス、そこに触れるな!!」

 

 ティアが吠えるので、オーフィスがティアの傷口を突く。するとティアが表情を歪めて反応した。

 ……今、俺たちは家出姉のティアをチビドラゴンズの隠れ家に連れて行き、全員が再集合していた。

 まぁやっていることは主にヴィーヴルさんによる俺とティアの治癒と(9:1の割合で俺優先)、煮るなり焼くなり宣言をしたティアを、文字通り煮て焼いていた。

 俺は少し離れたところからその姿を見て、実は心の中で笑っていたりするのだが……うん。

 でもティアが帰ってきたことでチビドラゴンズも笑顔になったし、それにあいつらにもしっかりとティアは謝った。

 ……俺は痛む体を庇いながら、ティアの元に行く。

 ベッドに倒れ込むティアはそれに気付いたのか、すぐに体を起こして俺を見た。

 

「……ティア」

「ああ、分かっているさ―――私は全力でお前と戦い、負けた。お前には私を好きにする権利がある。さ、好きに何でも言え」

 

 ティアは諦めたようにそう言う。

 ……ほぉ、何でも、ねぇ。

 ―――んじゃ、お言葉に甘えて。

 

「―――じゃあ、お前俺の眷属になれ」

「あー、はいはい分かった―――は?」

 

 ―――その場の空気が、鎮まる。

 そして次の瞬間―――

 

『はぁぁぁぁぁぁああ!!!!?!?』

 

 ティアを含むほぼ全員が驚愕の声をあげた。

 

「いいいい、イッセー殿!? そ、それの意味することを理解しているのでござるか!?」

「ほら、タンニーンの爺ちゃんだって悪魔になれたんだぜ? なら別に良いじゃん」

「いやいや、俺とはまた理由が違い過ぎる! 相手はあの龍王最強だぞ!?」

 

 まぁ、皆が驚くのも無理はない。

 これは眷属の皆にも言っていなかったことだからな。

 ―――だけど、俺は最初から決めていたんだ。

 確率がどれだけ小さくても、俺の眷属になって欲しい存在のことを。

 

「―――ティア。お前が俺の使い魔になってくれた時、言ったよな? お前は面白いって。俺を評価して見守ることにしたって。だけど俺はお前と共に、上に行きたくなった」

「…………」

 

 ティアは俺の言葉に無言で返す。

 ただ目は俺をじっくりと見据えて、俺の言葉を待っていた。

 

「―――クロウ・クルワッハをぶっ倒すんだろ? なら俺も混ぜろ。最強の邪龍? 上等じゃないか。最強の龍王と最高の赤龍帝で、ぶっ倒してやろうぜ」

「―――面白い」

 

 俺は宙に赤い悪魔の駒を浮かばせると、ティアはその一つに手を伸ばした。

 そしてそれを勢いよく掴み―――

 

「お前の行く末を最も近い場所から見守ろう。イッセー―――お前の口車に乗ってやる。だがな、私が眷属になるからには決まりごとが一つある」

「……ああ、分かっているさ」

「―――私たちの眷属は常に最強であること。それだけだ」

 

 ―――ティアの手に握られるのは、俺の右腕の証である『女王』の駒。

 それはティア程の実力者が持つことが相応しい。

 ―――他の眷属も困惑はすれど、ティアを仲間として受け入れることには賛成のようだ。

 ……俺はティアを眷属にするべく、彼女の足元に魔法陣を展開する。

 そして―――駒がティアの身体の中へと入っていく。

 

「んじゃ、これからよろし―――」

 

 ―――はず、だった。

 

「―――え?」

 

 ……ティアの身体から弾き飛ぶように、女王の駒は俺の元に戻ってくる。

 それはまるで―――

 

「女王の駒が、ティアを拒否してる?」

「―――そ、んな……ば、馬鹿な?」

 

 俺の呟きに、ティアが戦慄の声を漏らした。

 まるで信じられないのと、心からショックなのか、顔が青ざめていた。

 ……な、なんでだ?

 女王の駒で、ティアの駒価値は何とか足りるはずだ。

 それなのに、なんで弾き飛ばされた? 拒否をするように。

 

「こ、これはあれか? 私はイッセーの女王に―――相応しく、ない? あは、あはははははははは」

『…………』

 

 ……皆が、ティアの呆然とした呟きに居たたまれなくなって同情の視線を送る。

 ―――そして

 

「―――こんな家出てってやるぅぅぅぅぅぅぅ!! 私はイッセーの右腕になりたかったんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「て、ティアねぇがまたいえでした!!!」

「……これは、したかない」

「ヒー、そんなこといってるばーいじゃないよ! ティアねぇー!!」

 

 室内から泣きながら出ていくティアを追いかけるチビドラゴンズ。

 そんなチビドラゴンズを追いかけて、他の皆も再び追いかけた。

 ―――平和では終わらないドラゴンファミリーの日常。

 ……疑問は色々残るけど―――とりあえず今はティアをもう一度捕まえよう。

 そう心に決め、俺も走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、ティアはチビドラゴンズの全力の癒しによって何とか回復した。

 そしてティアには『戦車』の駒を二つ与え、俺の戦車として悪魔に転生したのはまた別の話。

 ただ、最強の龍王が赤龍帝の眷属となったということが公になるのは、もっと先の話であった。

 

『赤龍帝眷属』

 王  兵藤 一誠

 女王 ――――

 戦車 ティアマット(new)

 騎士 土御門 朱雀

 騎士 ――――

 僧侶 黒歌

 僧侶 レイヴェル・フェニックス

 兵士 ――――

 兵士 ――――




―――それは悲しい少年少女の物語

真性の悪は、その悪意を平気で振りかざす

様々な存在が介入し

―――物語は、人間さえも巻き込む

相対するのは全てを壊す、壊れた人間と

―――全てを護る、優しき赤龍帝


Original Chapter ―――課外遠足のシスターズ


うむ。どうにかお主たちにこの騒動の鎮圧を願いたい。赤龍帝眷属よ――北欧の主神、オーディン
それは北欧における騒乱の幕開けだった。


どうも怪しいよね。少なくとも普通の手は使ってないにゃん――赤龍帝の僧侶、黒歌
優秀な黒猫は、その戦場で主を支える


眷属になってほんのわずかでこの状況……。付き従うと覚悟を決めた甲斐がありますわ!――赤龍帝の僧侶、レイヴェル・フェニックス
その時、箱入り娘は箱から抜け出す


可愛い弟のために、王のために戦場に馳せ参じよう。三下共。私は最強の戦車で、最強の龍王であるティアマット―――消えたい奴から前に出ろ――最強の龍王戦車、ティアマット
恐らく敵の一番の予想外は、彼女が彼の眷属になっていたことだろう。


上層部の考えそうなことだ、虫唾が走る。だが今回は感謝しようか―――共闘と洒落込もうか、兵藤一誠――若手最強の王、サイラオーグ・バアル
若手最強の漢が、赤龍帝と共に戦場に降り立つ


酔狂だな……まさか貴様と、こうして相見えるとは思わなかった――堕天使の男、〇〇〇〇〇〇
彼にとっては、懐かしい顔ぶれだった


つまらないな。戦争派は。まぁ僕は自分の仕事をするだけさ――魔帝剣・ジークフリート
英雄派きっての剣士は、戦争派に確かな嫌悪を見せた


造られたんだよ、あの子たちは―――英雄派の特攻隊長、クー・フーリン
その表情は、どこか儚げだった


……おめぇらの事情は知らねぇけどな! それでお前、諦めるのは違うだろ!? 糞餓鬼!!――英雄派の戦士、ヘラクレス
その男は確かに変わり始めていた。


君たちには分からないだろうさ! 僕たちの運命はずっと決まっているんだ!! それに従わないと、生きてさえいけない!!――戦争派の聖剣使いの少年
少年は、崩れていく


……メルティ。理解不能。守護? 命令遂行?――造られた少女、メルティ・アバンセ
その少女の濁った目に映るのは、誇り高き赤だった


てめぇの勝手理論は俺っちどうでもいいでござんす♪ ……ただな。あんたらは触れちゃいけねぇものに手ぇ出した。……だから、ぶっ殺す――大罪の神父、フリード・セルゼン
罪を背負い、彼は自分の誓を違えず前に進む


リリス。イッセー、知りたい――混沌の無龍、リリス
歪な少女の変化とは?


あははは、やっぱりイッセーくんはいいなぁ。でも、邪魔が多くて困るよね。ま、最後は全部終わらせるんだけど♪――終焉の少女、エンド
袴田観莉は、少しずつ、変質する


レディース&ジェントルメーン! さぁさぁ、この戦争に御集まりの悪魔天使人間の皆様ぁ! この度お見せする戦争派のショーは―――地獄であぁりまぁす!!――戦争派のトップ、ディヨン・アバンセ
全ての元凶は奴だ


いいねぇ、さっすがディヨン君だ! リゼおじいちゃんは今回はおとなしーく見といてやんよ♪――クリフォトのトップ、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー
すべからく、真性の悪魔は関わる


朱雀。お前たちはここから去れ。これ以上、ここにはいるな――英雄派二大トップ、安倍晴明
彼は一体、何がしたいのだろう?



戦争派によって引き起こされる、北欧を舞台にした災禍の戦争。それは人間さえも巻き込み、多くのヒトを絶望させる。
しかし、その戦場でただ二人だけ、生き残ろうとする姉妹がいた―――


ボクは、絶対に妹を守る! 誰にも触らせない! 妹を守ることだけが、ボクの生きる理由なんだよ! ……それしか、ボクには価値がないんだ――双子の姉の少女

……雨の後は必ず晴れるなんて嘘。だって、私たちのお空はずっと雨模様――双子の妹の少女


絶対に、なんて言ってもお前たちは信じてくれないよな。でも、それでも言ってやる――赤龍帝の王、兵藤一誠
―――絶対にお前たちを護る。彼はそう、力強く言った。


誰も自分たちを救ってくれない
誰も他人なんて見ていない
誰かが助けてくれるなんて、そんなのおとぎ話の空想でしかない
だから自分のことは自分でしないと生きていけない
それでも助けたかった―――妹だけは。

少女たちに映るのは絶望
運命はいつも死よりも残酷で
―――それでも最後は願った。

―――自分たちを救ってくれる、都合の良い馬鹿みたいに優しいヒーローを。


第10章 課外遠足のシスターズ

二人の姉妹が涙を流した時、彼はきっと動き出す―――














後書きも合わせて、ここまで長い一話をお読みいただきありがとうございます!

それではまた次回の更新でお会いしましょう!


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【第10章】 課外遠足のシスターズ
第1話 北欧へ


 ――硝煙の香りが充満する。

 周囲は爆音と弾丸が撃ち続けられる音が鳴り響き、時折聞こえるのは女子供の悲鳴。

 そんな……地獄があった。

 血と涙が入り乱れる理不尽な世界――そんな地獄の世界をたった二人で駆け抜けるように逃げる少女たちがいた。

 美しく、見惚れるほどの綺麗な銀髪を靡かせて、戦場を逃げ惑う二人の少女。

 瓜二つの容姿をしているその少女の内、短髪の少女は長髪の少女の手を引いていた。

 そこには会話はなく、ただ生き延びるためだけに行動している。

 ……そんな中、長髪の少女が瓦礫に足を取られ、その場に倒れた。

 

「――アメ!」

 

 短髪の少女は、もう一人の少女が倒れたことに気が付き、名前を呼びながら近くに寄り添う。

 そしてその手を再び掴んで、肩に手を回して何とか立ち上がらせた。

 

「……さ、行こう。もっと遠く、逃げよう?」

「…………」

 

 アメと呼ばれた寡黙な少女は言葉を発さず、静かに頷いて一歩踏み出す。

 短髪の少女はそんな彼女に肩を貸しながら、戦場を突っ切っていく――

 

 

 ――そこは戦場。

 北欧のとある地域で巻き起こった悲劇の連鎖。

 そんな悲劇と戦うのは、立った二人の姉妹――銀髪の少女、ハレは誓う。

 

「――僕が、アメを守るんだ」

 

 ――妹を、必ず守ると。

 少女がそう決意したとき、遠い北欧の地を舞台にした物語が始まる――……

 

 

第10章「課外遠足のシスターズ」 ~開幕~

 

 

 

 

 

 

 

 

―・・・

 

「にゃ~……ここが北欧かー。結構寒いにゃん」

「黒歌さんがそんなに薄着なのが問題です! っていうか露出が過ぎますよ!」

 

 北欧の大自然を前にして、もはや恒例となった絡み合いをする黒歌とレイヴェル。

 ――俺、兵藤一誠はそんな黒歌やレイヴェル、更にはティアや朱雀などといった赤龍帝眷属を連れて北欧にいた。

 修学旅行の一件からまだ日は経っていない上に、普通なら学校であるにも関わらずこんな辺鄙なところにいる理由は一つ。

 

「あんまり騒ぐなよ? 一応隠密行動が主体になるんだからさ――とりあえずまずはオーディンの爺さんのところに面会しに行くから」

 

 ――なぜこのような状況にいるかといえば、それはほんの数日前に遡る。

 

 

 

 

「――アザゼル。俺たちをわざわざ魔王城に呼んだ理由を、まだ教えてくれないのか?」

「悪ぃな。今回の件は他言無用な超重要なことなんだ。あいつに直接説明される以外は駄目だ」

 

 その日、俺を含めた眷属に加え、俺が保護しているメルティはアザゼルに連れられて、冥界にある魔王城に来ていた。

 その理由は未だに教えてくれないが、アザゼルが言うには自分の立場ではあまり公には言えないとのことらしい。そのため、その事情っていうのはこの先で待っているサーゼクス様が教えてくれるってことになっているんだけど――赤龍帝眷属だけが呼ばれているっていうのが不思議でならない。

 この場合は俺のそもそもの所属であるグレモリー眷属を呼ぶものとばかり思っていたんだけどな。

 

「……それにしたってちょっと妨害工作が異常にゃん。この城、最早要塞ってレベルの守護体制になってるよ、イッセー。例えるならエッチのときに音波一つも外に漏れないレベルに」

「く、黒歌さん! た、例えが卑猥です!!」

「ははは、レイ鳥は純情だなぁ~」

「レイ鳥ってなんですか!? ティアマット様、それは幾らなんでもひどすぎます!!」

 

 このひたすらに最年少のレイヴェルが弄られるっていう光景も見慣れたもんだ。

 それを俺と朱雀の男子勢が微笑ましそうに見守るってのも赤龍帝眷属の日常風景の一つ――っていうより、下手に突っ込んで標的をこっちにされるのが面倒だからっていうのは、口が裂けても言えないことだ。

 ……レイヴェル、俺たちの平穏のための犠牲になってくれ! 俺は心でそう思いつつ、アザゼルについていく。

 アザゼルは特殊な術式でサーゼクス様がいる魔王の間への扉を開き、そして俺たちは和気藹々とその中に入っていった。

 その中の大きな座椅子にはサーゼクス様がいて、その傍にはグレイフィア様が控えていた。

 ティアを除く俺たち眷属はサーゼクス様に跪こうとするも、サーゼクス様はそれを止める。

 

「つい最近にあれほどのことがあったのに、急に呼び出して申し訳ないね。私としてもあまり何度も呼び出したくはないのだが……まぁそうも言っていられない状況になってしまったのだよ」

「構いません。それに今回の件で眷属が増強されたので、それのご報告にも伺おうと思っていました」

 

 俺は後ろに控える眷属の皆を指してそう言うと、サーゼクス様は俺たちのことをじっと見つめる。

 

「……報告には聞いていたよ。流石に龍王を眷属にしたと聞いたときは度肝抜かれたがね。……だがお陰で冥界の上層部もそう簡単には君を追い詰めることができなくなった」

「当たり前だ。この私がいるのだからな」

 

 ――ティアが俺の眷属になったことで大きく変わった状況がある。

 それはティアが龍神と深い関わりがあること、そして俺たちの眷属は悪魔の立場に所属しながらも世界最強のドラゴンという種族で集結しているということだ。

 これまでここまでドラゴンが群れを成すことはなかった。だからこそ三大勢力は個々としてドラゴンに警戒することはあっても、ドラゴンという種族全体を警戒することはなかったのだ。

 だけど今は違う。

 ドラゴンファミリーと称する俺たちの輪は、既に全ての勢力から危険視されている。

 特に今回の件で明らかになった、世界最強のグレートレッドとの繋がりは特に冥界上層部への牽制となったんだ。

 

「我々三大勢力や神々の勢力とはまた違う、ドラゴンの勢力――第四勢力とも呼ばれているよ。その中心的な人物である君を上層部はそう簡単に手を出せなくなった。……その代わり、間接的に追い込もうと躍起しているけどね」

「問題ありません。――なるほど。つまり、その間接的にって部分が今回の件に関わっているのですね」

「その通り――上層部からの勅令が君たち、赤龍帝眷属に来た。任務、と言ってもいい。これが赤龍帝眷属の最初の任務……詳しいことはそうだね。グレイフィア、あれを展開してくれ」

「はい、サーゼクス様」

 

 サーゼクス様はグレイフィアさんにそう指示を出すと、グレイフィアさんは空中にモニターのような光の枠組みを作った。

 そしてそこから映写されるのはビデオ映像のようなもの。

 ――そこに映っているのは隻眼のために眼帯をつけている、皺がかった爺さんだった。

 白い髭を触りながらニヤニヤとした表情を浮かべるその爺さんは――北欧の主神、オーディン。

 最後に顔を見たのは確か、旧魔王の起こした戦争の時だったか。

 

『久しいのぉ、赤龍帝。ロスヴァイセは上手くあの槍を使っているかの?』

「出力が大きすぎて持て余しているみたいだよ、オーディンの爺さん――それで? この度は赤龍帝に何のお話でしょうか?」

 

 俺はわざとらしく敬語を使ってそう言うと、オーディンの爺さんは珍しく表情を真面目なものにした。

 ……なるほど、つまりそういう話ってわけだ。

 

『公にはなってはおらんが、実はな。北欧の地で今、戦乱が起きているのじゃ』

「戦乱? それはおかしいだろ。北欧は平和な地だ。戦争なんて起きる要素があるはずが――」

 

 俺は自分でそう言いながら、ふと可能性の一つを思い出した。

 ……起こるはずのない戦争を起こす存在を、俺は知っている。

 それは今、俺の横でずっと俺の服の裾を握っている少女――メルティ・アバンセの存在だ。

 この少女を創り出した組織を俺は知っている。糞食らえの、仕方のない連中。三大勢力どころか人間までもを巻き込んで活動する奴らの名は――

 

「戦争派。奴らの仕業なのか?」

『――恐らくは。だが確証が出来ぬというのが現状じゃ。なにぶん、奴らはこちらの包囲網を掻い潜り今起きている事件を巻き起こしているのじゃ。隠匿性はピカイチな集団じゃよ』

「……尻尾すら掴めていないってわけか」

 

 オーディンの爺さんは俺のまとめに頷く。

 

『しかも北欧の勇者やヴァルキリーが追っているのじゃが、その何人もが命を落とすか重篤な傷を負っておる。生半可な強さでは奴らに返り討ちに遭ってしまうんじゃ。じゃが、我々神々がこの件をどうにかしようものなら、辺りの被害は甚大じゃ』

「神の力は強すぎて、人間界では足かせになっちまうのか」

『そう――だからワシは三大勢力に要請した。この事態を性急に解決する人材を派遣してくれ、と』

「そうして白羽の矢が立ったのがイッセーくん、及びにその眷属というわけだ」

 

 ……サーゼクス様はそう言うと、オーディンの映る画面のすぐ隣に北欧の風景を映した――そこに映るのは、美しくあるはずだった光景。

 自然は重火器によって燃え盛り、人々が逃げ惑うパニックな映像だった。

 

「……戦争派」

 

 声が低くなるのを自覚する。

 ――なぜこんなことが出来る。同じ人間なのに、なぜ奴らは何も関係のない人々を巻き込んで、こんなことをっ!!

 ……そんなとき、俺の後ろに控えていたティアが俺の肩を掴んだ。

 

「……分かってる。今見るべきなのは現実だ。怒りに囚われるのは後でいい」

「――なら良い。その怒りは後まで取っておくべきだ」

「そうにゃん――ねぇ、オーディンのお爺ちゃん? こうなってくると、もう結論を言ってくれると助かるにゃ~? ほぉら♪」

 

 すると黒歌はわざとらしく胸元の谷間をオーディンに対して強調する。するとオーディンは分かり易く反応し、「うひょ~」なんて声を出した。

 ……神様で遊ぶな、馬鹿猫。

 俺は溜息を吐きながら悪戯な黒歌の頭を軽く叩いた。

 

『ご、ごほん! ……それでじゃ。赤龍帝眷属には性急に北欧に馳せ参じ、状況の確認及び調査に乗り出してほしい。戦争派の目的がはっきりせんことには対策も練れないんじゃ――それに北欧も激しい人材不足でな。どうか我々を救ってほしい』

「――無論、お受けしましょう。こんな理不尽を放っておくなんて出来ない」

 

 俺は後ろの眷属たちの方を振り向く。

 

「――急で悪いが、そういうことだ。俺たち眷属の初仕事がちょっとばかり荷が重いが、着いてきてくれるな?」

「もちのろんにゃん♪ イッセーのいくところに黒歌ちゃんありだよ?」

「わ、私もです! 涙をたくさん用意しておかないといけませんわね!」

「ふむ、暴れることは禁止か……まぁたまには大人しく暴れよう」

「主がおうせのままに。私はイッセー殿の懐刀として馳せ参じます」

 

 眷属の皆はそれぞれがやる気になっているように、俺に意気込みをぶつける。

 それは頼もしいと思う反面、王様として頼りになりすぎる仲間の存在に不安要素を隠せないでいる――だってこいつら、一部を除いて自主性の塊なんだから。

 ――俺の嫌な予感は驚くほど的中することを、俺は北欧に着いてから知ることとなった。

 

―・・・

「とりあえず怪しい奴を叩き潰すか」

「ちょっとあそこのお兄さんにお話聞いてくるにゃん」

 

 ――北欧に到着するなり早速独断行動をしようとするティアと黒歌。

 それを必死に止めるのは朱雀とレイヴェルであるんだけど、これは予想の範囲内だ。

 ……常識的な思考が出来る人材がまだ過半数いて助かった! 少なくとも朱雀とレイヴェルは割と常識人で、型破りのティアと黒歌を止めてくれる抑止的存在だ。

 まぁそれでも止まらないんだけどさ。

 

「ちょっと待て。その辺の行動はオーディンの爺さんの謁見が済んでからだ――ティアと黒歌の気持ちがわからなくもないけど、今は抑えてくれ」

「……弟がそうお願いするなら、姉的に従わざるを得まい」

「飼い猫的にもご主人様には絶対服従にゃん♪」

 

 ティアと黒歌は俺の言葉にとりあえずは納得してくれたのか、行動を止める。

 ――俺たちがいるのは、北欧の中でも現状は神の斡旋により安全が保障されている町だ。それでも気は抜けないのが今の北欧が置かれている現実。

 一応この町を集合地点としているわけだけども――っと、そこで俺の携帯電話が震える。

 

「はい、もしもし――」

『イッセー? よかった、電話に出れるってことは、まだそういう状況ではないということね……』

 

 電話相手はリアスだった。

 リアスは俺が普通に電話に出れたことを喜んでいるのか、少し安堵の声を漏らした。心配しなくても良いって言いたいけど、それは向こうが逆に心配する要因になるよな。

 

「とりあえずは無事に北欧に着いたよ。詳しいことはこの一件が解決するまで詳しくは説明できないんだけど――そっちはどうだ?」

『現状はエリファさんとの共同戦線というところかしら。あなたのご両親が彼女の眷属になったと聞いたときは度肝を抜いたのだけれどね?』

 

 ――ベルフェゴール眷属の王、エリファ・ベルフェゴールとの共同戦線。それは俺とは別に冥界上層部からリアスたちに出された禍の団に対する急襲作戦においてのことだ。

 三大勢力が掴んだ禍の団――特にクリフォトの隠れ家の一つが発覚し、冥界の有力な人材を戦力に加えた急襲作戦がグレモリー眷属及び、ベルフェゴール眷属に命令が下されたんだ。

 俺はその件に関われないとのことで、安全性を更に強化するためにエリファさんとリアスは共同戦線を張ることにした――んだけど、なんとも言えないがリアスとエリファさんはあまり相性が良くないみたいだ。

 エリファさんはいわば完璧主義者。隙間の許さない作戦を提示する人で、リアスは仲間を第一に考えて柔軟な対応を主とするタイプ。言わば感覚派といえば良いか?

 作戦会議でも衝突することが度々あったらしい。

 

「……そっちも安全は保障されてないんだ。今回、俺はそっちにはいけない――仲間を頼むぞ、リアス」

『ええ。王として、私の眷属を必ず導くわ――って、あなたは私よりも自分の心配をしなさい。確かにあなたたちは異様な強さを誇る集団だけど、それでも相手はクロウ・クルワッハを携えているかもしれない集団なのよ?』

「……わかってるよ」

 

 ……俺はリアスに言われて気を引き締める。

 リアスの言うとおり、敵の戦争派は不穏分子だらけの謎の集団なんだ。今もどこかで俺たちを捕捉している可能性だって捨てきれない。

 ――何より俺だって万全の状態ではないんだから。

 

『……フェルウェルさん、まだ起きないのかしら?』

「……そうだな。呼びかけても、一向に反応しないんだ――育児放棄だよ、全くさ」

 

 俺は苦笑しながら、自分の胸を抑える。

 ……終焉の少女、エンドとそいつに宿るフェルとは対極の龍、アルアディアとの邂逅を経て、あいつは俺の中から何の反応も見せなくなってしまった。

 まるで心を閉じるように顔を出さなくなり、そのせいか神器の機能もほとんどが使用不能。

 使えるのは簡単な神器創造と一日制限ありの神器強化だけだ。

 

「いずれ必ず俺とドライグで叩き起こすよ――そっちでエンドは現れたら、すぐに連絡してくれ」

『ええ。少なくとも、彼女を止められるのはあなただけだから』

 

 それだけ言葉を交わすと、俺は電話を切って前を向く。

 ……するとそこにはスーツを着ている複数の女性がいた。

 彼女たちは俺たちに対して腰を下ろして屈んだ。

 

「――お待ちしておりました、上級悪魔、兵藤一誠様。我らが主神、オーディン様の下までご案内させていただきます」

「ああ」

 

 ――そうして俺たちはオーディン付きのヴァルキリーたちについていく。

 ある地点で魔法陣を展開し、そして俺たちは神の神域に飛ばされた――

 

―・・・

 

「良くぞ来てくれたものじゃ、赤龍帝」

 

 俺たちを待ち構えていたのは、宮殿のような建物の最上階で馬鹿でかい椅子に腰掛けるオーディンだった。

 その傍にはオーディンの護衛のヴァルキリーが何人かいて、彼女たちは少し俺たちを警戒するように帯剣している剣の柄を手に取る。

 

「――やめい。あやつらは信頼に値する悪魔じゃ。無礼であるぞ」

 

 それをオーディンは、少し厳格な声音で制する。

 ……なるほど、普段の軽快さを見せないほど今のあいつは焦っているのか。

 俺は早々にそれを理解して、眷属を後ろに控えさせて一歩前に出た。

 

「すまぬな。こやつらは仲間や勇者を立て続けに傷つけられ、葬られて殺気立っているのじゃ。どうか許してほしい」

「構わない。俺たちはそんな内輪もめをするためにここに来たわけじゃないんだ――教えてほしいことが幾つかある。それを確認して、俺たちがするべきことを教えてくれ」

「うむ――お主の要望を聞き届けよう。聞きたいことはなんじゃ?」

「それは――」

 

 俺はオーディンに尋ねることは数点。

 一つは現在、例の戦乱が起きている地域のことだ。

 俺にも北欧には大切な友人たちがいる――セファやジーク、エルーらの聖剣計画の生き残りの皆。そしてロスヴァイセさんのお婆ちゃんであるリヴァイセさん。

 まずはあいつらの安全であるかを確認しないことには始まらない。

 

「……規模で言えば小規模な戦争がいくつも起きているという具合じゃ。しかもこの国土の戦争ではなく、他の国と国の戦争の中間地点が北欧であるのじゃが――現在、深刻な被害を負っているのはオーランド諸島じゃ」

「……オーランド諸島」

 

 ……その名を聞いて、少しだけ動揺する。

 ――どうしてよりにもよって、そこなんだ。

 ……そこは俺にとって縁のある地だ。

 何故なら――俺がオルフェルであったときに生まれ育ったのは、その諸島の一つの島であったから。

 

「これは戦争といっても、戦争派の自作自演であると考えておる。奴らの目的は何なのかは定かではないのじゃが――お前たちにはまずオーランド諸島に向かってもらう。そこで隠密に情報収集、及び戦争派と出くわしたときはそれの殲滅。これをお願いする」

「……引き受ける。皆、行くぞ」

 

 ――俺は今すぐに自分の好きだった景色を確認したいがために、少し急ぎながら話を切って移動しようとする。

 

「待て待て――赤龍帝。リヴァイセはこの神域に保護しておる。あやつの保護する子供たちもじゃ」

「っ!!」

 

 ……そんなとき、唐突にオーディンに声を掛けられた。

 俺はもう一度振り返ってオーディンを見た。

 

「実に危なかった。あやつらが住む場所も戦火に晒されたのじゃよ。その際にリヴァイセの機転が功をきしたからか、誰一人欠けていない――顔を見せていってはどうじゃ?」

「……悪い」

 

 俺はオーディンの爺さんに一言非礼を詫びる。

 

「良い。お主にとっても只ならぬことであったのじゃろう。……部屋までそこのヴァルキリーに案内してもらうと良い」

「かしこまりました、オーディン様」

 

 すると俺たちの後ろに控えていたヴァルキリーが大きな扉を開けて、手招きをする。

 

「こちらへどうぞ、赤龍帝さま。眷属の方は……」

「私たちはここで待機しているにゃん♪」

「……では」

 

 ――そうして俺は一人、ヴァルキリーに連れられて宮殿を歩く。

 豪華絢爛の宮殿内は人間界では中々見る機会が雄大さで、それに少し感心しながらもついていく。

 その間に会話などはなく……俺はふとそのヴァルキリーの体を見た。

 

「……すみません。その、こういうことを聞くのは失礼だと思うんですが――」

「……いいえ。構いません」

 

 ……そのヴァルキリーは立ち止まり、俺の方を振り返る。

 ――ヴァルキリーの体には至る所に包帯が巻かれていた。ヴァルキリーはその全てを見せるためか、自分の服を脱ぎ去ってその傷を見せてくる。

 ……凄まじい傷跡だ。今も血が滲み出るように包帯の色が赤く滲んでいる。

 

「……全て戦争派との戦いの末の傷です。これでも私はマシなほうなんです」

 

 ヴァルキリーは服を着なおして、一歩俺に近づいた。

 

「……私の勇者は、戦争派との戦いの末、私を逃がすためにその命を棒に捨てました」

 

 ――その瞳には、涙が溜まっていた。

 ……そこまで溜め込んでいた感情を吐き出すように、拳を強く握って。

 

「どうして……っ。奴らはこんなことをするんでしょうか……っ! 何の罪もない人々を巻き込んで、私の仲間を何人も殺して――っ!!」

 

 ……ヴァルキリーは俺に投げかけるようにしがみ付き、しゃがれた涙声で懇願し続ける。

 なぜこんなことを平気でするのか、なぜ意味もないことをして人を不幸にするのかと。

 ――俺にもわからない。わかりたくもない。だけど奴らのそのわけのわからないことで、目の前の彼女はひどく傷ついて、涙を流している。

 それだけは、痛いほどにわかった。

 

「――お願い、します。あいつらを、絶対に断罪してください……っ。私の仲間たちの無念を――北欧の人々を、救ってください……っ!」

 

 ――それでも彼女は敵を討ってとは言わなかった。

 ……人々を救ってくれと。仲間たちが成せなかった無念を晴らしてくれと。そうお願いした。

 ――だから俺は彼女の手を強く握り、真っ直ぐに彼女の目を見据えた。

 

「――あいつらは俺たちが必ず滅ぼす。そう約束します。北欧の人たちをこれ以上危険には晒させない」

「……お願い、しますっ」

 

 ――既に消えはしない悲しみを抱く人がいる。それがどうしても心を蝕む。

 もしもっと早くこのことを知れていれば……後悔が心に残る。

 ――必ず、俺たちは救う。北欧を……悲しみにくれる、彼女たちを。

 そう誓い、俺はリヴァイセさんのいる部屋に向かった。

 

―・・・

 

「イッセーぇぇぇぇ兄ぃぃぃ!!!」

「イッセーお兄ちゃぁぁぁん!!!」

 

 ――俺が部屋に入るなり、俺の腹部に突進してくる小さい影。

 ……ジークとエルーを俺は抱きとめ、二人を抱きしめてやるために床に膝をついて屈んだ。

 

「ごめんな、遅くなっちまって」

「っ、おっせぇよ! おかげで俺たち、死に掛けたんだからな!!」

「でも、またあえてよかったよぉ~」

 

 ……まだまだ13歳の子供だもんな。ジークもエルーも仕方のない奴らだよ。

 俺は二人の頭を撫でながら、俺たちに近づいてくる二人に顔を向けた。

 

「イッセー。直接会うのは久しぶりかな?」

「ああ――お前も、無事で本当に安心した」

 

 ――俺はセファを引き寄せて、ジークとエルーと一緒に思い切り彼女を抱きしめた。

 

「……うん。こうされて、先に安心が来たよ――ありがとっ。来てくれて……っ!!」

 

 ……この反応をするってことは、オーディンの爺さんの言っていたことは本当なんだとここに来てようやく理解できる。

 俺は三人を抱きしめながら、杖を付くリヴァイセさんを見た。

 

「ごめん、リヴァイセさん。来るのが遅くなって」

「知らなかったんじゃ、しょうがないよ――それよりもリヴァイセともあろうものが、こうも不甲斐ないときた。一歩間違えれば宝物を失くすところじゃったんだからな」

「――悪いのはあいつらだ。自分を責めないでください、リヴァイセさん」

「――ありがとう、イッセーちゃん」

 

 ――こうして俺は4人と再会を果たす。

 再会を喜びたいけど、そんな時間はあまりないのが現実だ。

 それよりも今、知りたいのは情報――だって4人が住んでいたのはオーランド諸島からは遠い田舎なんだから。そんなところに戦争派が現れるなんて、普通のことじゃない。

 

「教えてください、リヴァイセさん――何があったんですか?」

「……そうじゃねぇ。奴らの動きを細く出来たのは本当に寸でのところじゃった。迎撃体制を用意できた地点で襲われたんじゃよ――戦争派。しかも聖剣を持つ少年に」

「――聖、剣?」

 

 ――戦争派と聖剣。その組み合わせで、俺は最後にフリードと交わした会話を思い出した。

 ……戦争派が企てている第三次聖剣計画。今回の件はあまりにも偶然が過ぎる。

 しかも奴らが狙ったのは第一次聖剣計画の生存者の三人と仮定するなら――辻褄が合う。

 奴らが4人を襲撃した理由としては十分だ。

 

「そう。見たことも聞いたこともない聖剣を携えた少年じゃった。年はジークやエルーと変わらないほどなのに、このわしの迎撃をいとも簡単に切り伏せたのじゃ――恐ろしく黒く滲んだ目と、驚くほど黒い髪の少年じゃ……。イッセーちゃん、気をつけて。奴らは想像以上に危険なんじゃよ」

「……ああ。肝に銘じておくよ」

 

 俺はリヴァイセさんにそう言うと、ジークとエルーの頭をくしゃくしゃと撫でて、さっと立ち上がる。

 

「あ、兄貴! 行っちゃだめだ!! あ、あいつらめちゃくちゃやばいんだ! 絶対行かさないぞ!!」

「駄目っ! 絶対に行かせないんだから!!」

 

 ……ジークとエルーは俺の腕を思い切り掴んで、それ以上俺を行かせないと言わんばかりに引っ張ってくる。

 セファも口では言わないけど、目は口ほど物を言うってか? その顔は、まさに行かないでといわんばかりのものだった。

 ……許されるのであれば、ここで全てが解決するまで皆と一緒にいたい。守ってやりたい。

 ――だけど、俺は力がある。誰かを守るための大きな力がある。

 力を持つものは、持たない人のために守らないといけない。それは強大な力を持つ者の役目だ。

 ――それに約束した。オーディンや、ヴァルキリーのあの子と。

 

「――なんだ、お前ら。俺があんな奴らに負けるとか思ってるのか?」

 

 だから、傍若無人にそう言ってやる。

 

「影でこそこそしないと生きていけない情けない奴らに、神様もぶっ倒した俺が負けると思ってるのか? おい、ジーク。言ってみろよ」

「そ、そりゃあイッセーの兄貴はむちゃくちゃ強いけどさ! でも、行ってほしくないんだよ! 兄貴が傷つくところを俺は見たくない!!」

 

 ……ったく、この弟分は。可愛いことを言ってくれるじゃねぇか。

 俺は今一度、ジークの頭をガシガシと撫で回し、ニッと笑う。

 

「――俺は守護の赤龍帝だ。皆を守って、自分も笑顔でいる。そんな俺はな。お前が大好きな俺は絶対に負けてやらねぇ。この拳は全ての理不尽をぶっ潰すって約束してやる」

「……約束、だかんな!」

「あぁ、男と男の約束だ――だからお前は、ここで三人を守れ」

「――っ! お、おう!!」

 

 俺はジークと拳を合わせ、そう約束する。

 

「エルー、セファ。今回の一件が終わったら何でも言うこと聞いてやる。だからお前らは俺に何かお願い事をずっと考えてろ? ……その間に全部終わらせてくるからさ」

「……わかった。エルー、お兄ちゃんを信じる!」

「――年少二人がそう言って、私が納得しないわけにはいかないからね。……イッセー、必ず、帰ってきて。それと約束のこと、忘れないでよ?」

「――ああ。絶対に忘れはしないよ」

 

 ――俺はそう約束して、部屋を出る。扉を閉めると、その影には……眷属の皆がいた。

 

「ちょっと羨ましいにゃー。イッセーの何でも言うこと聞いてあげる件は値がつけられないからね」

「ま、全くです――あ、でもイッセー様なら頑張ったらご褒美を……い、いえ! なんでもありませんわ!」

「いや、聞こえてるから。ってか盗み聞きとか趣味悪いぞ、お前ら」

 

 俺は目の前の眷属を前にして、ため息混じりにそう言った。

 

「ははは! 弟のかっこいいところを姉が見ないわけにはいくまい? いやぁ、眼福だ――それに俄然、やる気が湧いてきた」

「全くです――必ず救って見せましょう。ディンもそう申しております」

『そうだよー。善の限りを尽くそうじゃないか』

 

 ……眷属の皆は俺にそう言い返してくる。

 ――そこで俺はじっと俺を見続けるメルティの傍により、視線を合わせる。

 

「……メルティ。お前をここに連れてくるのは正直迷った。だけどここに連れてきたのは、お前を見定めるためだ――お前という存在。俺はこの戦いでそれを見定めたい」

「……メルティ、存在?」

「そうだ。お前は何のために生まれて、何のために生きるのか。何がしたいのか――お前の答えを考えるんだ」

「……メルティ、考え……皆、無――戦いが、存在意義」

 

 ……メルティはそれだけ言うと、再び俺の服の裾を掴んで離さなくなる。

 ――今はこれでいい。どちらにしろ、今回ではっきりする。

 メルティの存在、戦争派の目的――その全てを解決して、俺たちは北欧を平和にする。

 ……俺は魔法陣を展開し、眷属の皆の前にあるものを渡した。

 

「――いいね、イッセー。こういうの、私好きにゃん♪」

「なるほど。今後、公式戦などで活躍するなら必ず必要なものですね!」

「ふむ、やはり赤か――弟とペアルックはいいものだな!」

「……朱雀の色は赤なので、ぴったりです」

 

 それぞれの反応は良好――俺はそれに袖を通す。

 

「――行くぞ」

 

 ――俺の言葉にそれぞれが声を揃えて、了承する。

 ……それは赤い服だ。赤龍帝眷属の専用として作ってもらった、赤を基調にしたユニフォーム。

 ――俺たちが眷属として活動する場合の、正装。それを纏って俺たちは全ての解決へと足を進めた。

 

―・・・

 

 俺たちはオーランド諸島の比較的に被害のない土地についてから、まずチームを分けた。

 俺たちがするべきことはまずは情報収集。そのための隠密行動をするには集団は効率が悪い。

 そのため黒歌とレイヴェル、ティアと朱雀といったように三手に分かれてオーランド諸島を歩いている。

 ……俺はといえば、メルティを監視しながら辺りに不穏な影がないかを調べている。眷属の中では黒歌と同様に辺りの気配を察知することに長けているのは俺だ。

 

「とは言っても、流石に人気はほとんどないんだな」

 

 俺が歩いているのはオーランド諸島の農村部だ。

 被害の酷い地帯には朱雀とティア、都市部には黒歌とレイヴェルを向かわせている。ここら辺は適材適所だな。

 ……先ほどから歩いているが、ここらで歩いている人物はほとんどいない。世に公にはなっていないとはいえ、危険であるという認識は出来ているだけマシか。

 ――そう思った瞬間、上空からプロペラの回転する音が聞こえた。

 

「――なるほど。上空で戦闘機で戦っている流れ弾が諸島に落ちているのか」

 

 ……国境も糞もない話だ。本来なら起こらないことを、戦争派が起こしていると考えて間違いない。

 そもそも国際問題に発展することを公にさせないようにしているだけオーディンたちも頑張っているわけだ。

 

「――だけど、黙って綺麗なここを穢させるわけにはいかないな」

『その通りだ。相棒との思い出の地を、穢させるわけにはいかんな』

 

 ――俺がオルフェルであったころの記憶。俺とドライグは北欧や様々な地域を歩き、修行に明け暮れていた。

 特に地元である北欧……この諸島のことは鮮明に覚えている。

 

「戦闘機を全て海に落とす。狙うのは翼だ――っ!!」

 

 俺は高速で魔力弾を複数発打ち放ち、視界に見える全ての戦闘機の翼を消し飛ばす。

 それによって戦闘機は地上に落ちそうになるも、魔力を強力な風のように薙ぎ、遠い先の海へと戦闘機を薙ぎ払った。

 

『あれは下手をすれば死ぬぞ?』

「あの戦闘機は確か搭乗者の命を守ることを最優先にした設計をしているんだ。爆発しない限りは五体満足だろうさ――さて。お出ましだ」

 

 ――俺は目を瞑り、少し離れたところから走ってくる幾つかの気配に気づく。

 ……感覚的には、魔力が混じっているか? 魔力だけじゃない。人間の気配もある。

 

「ドライグ、どう思う?」

『断定は出来ん。だがこれは相棒の存在に気づいたというより――誰かを追っているのか?』

 

 ……とりあえずは様子見か。

 俺は農村部のりんご樹の陰に身を隠し、近づいてくる影を注視する。

 ――あれが戦争派であった場合、メルティがどんな反応をするか。それがネックだ。

 

「……おとなしくしてろよ、メルティ」

「……」

 

 メルティは言葉を発さずに頷く。

 ……こいつ、割と素直っていうのが皮肉だよな。

 

「……来たか」

 

 ――そうしている間に見えたのは、二つの銀色であった。

 より詳しく言うのであれば、二人の銀髪の少女たちだ。その少女の片方がもう片方の手を引っ張って、何かから必死に逃げている。

 ……そして、こちらのりんご樹の元まで走ってきた。

 俺はすぐにメルティを抱き寄せて樹の麓に体を隠す。

 

「――アメ! ここに隠れていて!」

「……だめ。……ハレも、一緒に」

「……僕が何とかするから、お願い――」

 

 ――少女たちは、俺とメルティが隠れる樹の反対側でそう話す。

 ……僕がどうにかする? それは一体――そうしている間に、おそらくは彼女たちの追っ手であろうものが現れる。

 ……明らかに戦闘武装を施した連中だ。銃や防弾チョッキなど、おおよそ人間の戦闘に必要な武装をしている。

 ――ハレと呼ばれた少女は、アメと呼ばれた少女を樹の陰に隠して、一人何人もいる武装を整えた連中の前に立つ。

 ……細い体だ。背も低く、年もかなり若い。

 ボロボロの白い布のような服に身を包んでいた――

 

「――ようやく諦めたか? 売り飛ばすのに最適なのに、よくもまぁ逃げてくれたもんだよなぁ……」

「――黙れ」

 

 ――少女は、恐ろしいほど低い声で男と思われる兵士にそう言い放った。

 ……なるほど。あれは人間の兵士か。売り飛ばすっていう辺りはおそらく、どう考えても悪い意味だな。

 ――さて、あいつらは戦争派か否か。まずはその前に彼女を助けて……

 

「もういいよ。僕は僕の大切なものを守るためだけでいい。そのためなら――殺す」

 

 ――少女の体から、青白いオーラのようなものを溢れ出す。

 その瞬間、俺の左腕と胸にある籠手とブローチがドクンと音を鳴らした。

 

「――もう誰にも、触れさせやしない!!!」

 

 ――少女は天に手を伸ばす。

 その瞬間、手の平からは眩いほどの光が生まれ――そこより、武装が生まれた。

 

「……ドライグ。あれは……」

『ああ、まず間違いない――あれは、神器』

 

 ――少女の手には一つの剣のようなものがあった。

 少女はその剣を両手で掴んで、その切っ先を兵士たちに向ける。

 

「僕の大切な(家族)にっ!! 近づくなぁぁぁ!!!」

 

 ――少女が剣を薙いだ瞬間、その周りの空気が振動するような感覚に囚われた。

 感情に呼応するように剣は輝き、そして……薙いだ先の兵士の周りの木々が、言葉通り真っ二つに切り裂かれた。

 それだけじゃない。兵士の腹部は切られていないにも関わらず、男たちは腹部から血を流して倒れる。

 防弾チョッキは無傷なのに、切り裂かれた? まさかあの神器は――

 

「はぁ、はぁ……あ、め。終わったよ? ほら、早く――ッ!!」

「ふ、ざけるなぁぁぁ!!!」

 

 ――少女は油断して後ろを振り返った瞬間、倒れていたはずの兵士の一人が拳銃を少女に向ける。

 更に樹の近くで隠れていた少女の近くに別の兵士が現れ、彼女を捕らえようとしていることを俺は察知した。

 ……ハレと呼ばれた少女はその二つのことが同時に起こり、判断を見誤る。

 自分を守れば妹を見捨てることになり、妹を守ろうとすれば自分の命を落とす。

 ――その究極の選択をする前に、引き金は引かれる。

 ……その瞬間、俺は選択する。

 ――二人ともを救う選択を。

 

「――お、お前がなぜ……」

「――喋るな、戦争派(・ ・ ・)

 

 兵士はまさか俺が木陰に隠れているとは予想外だったのか、俺が飛び出したことに驚いて動きを止める。

 ――それと同時にパァンと発砲音が鳴り響く。俺は視神経を強化し、更に動体視力を魔力を以って極限まで高める。

 発砲された銃弾をかき消すように、銃弾よりも早い魔力弾を打ち放ち、ハレと呼ばれた少女の後ろの兵士の弾丸をかき消す。

 更に既に出現させていた籠手の倍増のエネルギーを解放した。

 

『Explosion!!!』

 

 爆発的な倍増の力は俺の体に巡る!

 その左拳で近くの兵士の腹部を勢いよく殴り抉り、その男をハレという少女の後方へと殴り飛ばした。

 ……俺の近くでは、俺が突然現れたことに驚くアメと呼ばれる少女がいる。彼女は俺を見上げて目を見開いており、俺の目の前のハレという少女も同様な表情を浮かべていた。

 ――その二人の顔は瓜二つ。妖精のように美しい容姿であった。

 

「――随分と人の故郷を荒らしてくれてるみたいだな、戦争派」

 

 俺は一歩、前に出る。

 既に少女によって傷つけられている兵士は俺の姿を見て恐れ戦く――それが戦争派であることの証明だ。

 

「な、なぜお前が――赤龍帝がここにいる!? こ、こんなことは聞いてはいない!!」

 

 ……不愉快な声を出す。

 ――全く以って腹立たしい。俺は怒りを隠すこともなく、手元に強大な魔力を溜めた。

 

「――てめぇらのトップ、ディヨン・アバンセに言え。赤龍帝がお前らを潰すと。好きにはさせねぇってな」

 

 ――言いたいことを言い放ち、俺は溜め込んだ魔力を全て放射し、兵士を全て薙ぎ払う。

 兵士は風に飛ばされるように宙に浮き、遠く海の向こうに吹き飛んでいった。

 それを確認し、俺は二人の少女を見る。

 両人とも俺の姿を見て驚いているみたいだ。

 ……戦争派に追われ、更にその片割れが神器を宿している双子の姉妹。

 その二人を見て俺がまず最初に思ったのは――どうしてか、懐かしいという感覚であった。

 なんでこの状況で、初対面の二人にそんなことを思うかは分からない。

 とりあえず今は――

 

「――俺は兵藤一誠。さっきの奴らを滅ぼすためにここに来た。出来れば君たちのことを教えてくれないか?」

 

 ――そう言うと、ハレという少女はすぐに妹であるアメという少女の下に駆け寄り、彼女を抱きしめて俺を睨み付ける。

 ……その目は、隔絶された拒否の色で覆われていた。





お久しぶりでございます!!
11月から再開といいつつ11月後半の更新になってしまい申しわけございません!
最近執筆していた君の名は。の二次創作にうつつを抜かしていたわけですが、こちらの作品のこともちゃんと考えていましたよ? 
ってことでオリジナル章、課外遠足のシスターズの始まりです!
今回は導入編で、この後の展開をご想像なさってもらう話になりました。
この話はどういうものかといえば、お察しの通り第9章にてその存在が明らかになった戦争派とイッセー眷属との衝突のお話になります。
この話では割と色々なキャラクター(懐かしい人も加え)出てくるので、どこで誰が出てくるのかをお楽しみにいただけたらうれしいです!(原作で出てきて、本作では何気に生きている人も出てきたりします)
それでは次回の話は今回の続きから。それではまた次回の更新をお待ちください!

PS また文章のレイアウトを変えました。個人的にこれが一番だと思うので、今後はこれでやっていきます!


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第2話 8人の子供たち

 凄まじい勢いで俺のことを警戒している目の前の少女を見て、俺は不意に苦笑いを漏らした。

 ―――先ほどの戦争派の一件から少し経ち、今も俺はメルティを引き連れてりんご畑の樹の傍で二人の姉妹と対面していた。

 俺の知っている情報といえば、この二人が姉妹であるということ。戦争派に追われているということと……二人の名前くらいか。

 髪の毛が短く、身体の至るところに傷を負っている少女がハレ。それとは対照的に無傷で無表情、ぼうっと俺を見ている少女がアメということくらいだ。

 あとは―――ハレ。彼女が神器を宿しているということくらいか。

 

「警戒するのは当たり前だ。この戦場で、あんな連中に負われていたんだからな。……俺を信頼しろとは言わない。ただお前たちの敵ではないってことは分かってくれないか?」

「……どいつも、同じことを言っていた」

 

 ……ハレは低い声音と敵意丸出しの態度でそう俺に投げかける。

 ……そうだな。彼女の言う通りだ―――まずは態度で示さないと、信頼も何もないよな。

 

『Force!!』

『Creation!!!』

 

 ―――俺は話をする前にフォースギアを展開し、創造力を溜めて一つの神器を創り上げる。俺の創り上げる神器の一つで、対象者の傷を回復させる癒しの白銀だ。

 それを二人に振りかけ、彼女たちの傷は程なくして消える。

 ……とはいえ、フェル不在ではフォースギアもこれくらいが限界だ。

 俺は神器を完全に消して、今一度二人に声を掛けた。

 

「……お前も僕と同じような力を、持っているの?」

「ああ。この力は神器と呼ばれるものだ―――知らないのか?」

「……あいつらがそんなことを言ってた気が……っ!」

 

 ハレはつい話してしまったことに驚き、俺のことを睨む。

 

「は、謀ったな!?もしかして僕に話すように暗示みたいなものを!!」

「そんなことしてるなら最初から回復させる必要ないだろ!人聞きが悪いな、おい!」

「う、うるさい!どうせお前も僕たちを利用しようとしているだけなんだ!そんな奴に話すことなんて―――ない!」

 

 ……ハレは再度神器と思われる剣を現出させて、威嚇するようにそれをその場で振るった。

 ―――すると俺の背後にあった樹がものの見事に横薙ぎに両断され、ドスンとしう音を立てて地面に落ちる。

 ……あれは剣による斬撃波のようなものじゃない。目視が出来なかった時点でただの剣じゃないことは分かっていた。

 先ほど兵士の装備の内側から奴らを切り刻んだ―――そう考えればおのずと見えてくる答えは一つ。

 

「―――その剣はそこにあるようでそこにはない剣。君が対象を定めることで、遠距離からでも剣を振るえる。……空間そのものを越える神器か」

「……っ!!」

 

 ―――あの剣は空間を切り裂いて、刃をワープさせて振るう能力を持っている。

 つまりあの剣は空間そのものを掌握できる可能性を持つ神器。……俺も見たことがないタイプの神器だ。

 ……だけどそれくらいだ。今までの情報を掻き集めて理解できたのはそれだけ。それ以上は俺も分からない。

 ―――問題はそこじゃない。今俺がどうにかしないといけないのは、ハレだ。

 あの子の警戒心は異常だ。過剰と言ってもいい。

 確かにこの戦場で生き残ってきたのだから、警戒心を持って当然だ。それは理解できる―――問題は、彼女自身は俺のことを警戒していないのに、警戒しようと躍起になってる点だ。

 彼女の傷を治して、少なくともハレの警戒は一度薄まった。最初の時の目よりも俺への拒否感が消えていた。

 ……しかし、すぐに思い出したように警戒し、アメを庇うように立つ。

 

「……さっきも言った通り、俺を信頼しろとは言わない。だけどな?この戦場はたった二人で切り抜けるのは無謀に等しいんだ―――俺を利用してくれても構わない。二人を保護させてくれないか?」

「―――信じない……っ!そんな善意があるはずがない!!」

 

 ……それでも彼女の決意は変わらない。

 ハレは俺のことを鋭い目で睨みながら、怒号のような声を上げる。

 

「お前なんて、必要ない……っ!僕はアメさえいればいいんだ!僕がアメを守るんだ!!」

 

 ハレはアメをギュッと抱きかかえ、目の前の空間を剣で一閃した。

 するとその空間に裂け目が生まれ、ハレはその中に足を踏み込んだ。

 

「……だから、もう僕の前に現れないで。……だけど一つだけ。アメの傷を治してくれたことだけは―――ありがと」

 

 その言葉を残すと共に彼女たちはその場から姿をくらませる。

 ……二人が空間の中に消え去る最中、俺は一瞬だけアメと目が合った。

 この会話の中、一言も言葉を発さなかった彼女は俺の顔をじっと見つめていた。

 口を開いて紡いだ言葉は―――ありがとう。

 そう心なしか笑みを浮かべて呟いたんだ。

 

「……なるほど。あの剣には空間転移にも応用できるのか。それでここまで戦争派から逃げてたってわけか」

 

 ……ともかく、俺の方は情報収集できるのはここまでだ。

 俺の獲得した情報は全部で三つ。

 一つ、戦争派は確かにこの悲劇を起こしていること。

 二つ、戦争派はハレとアメという二人の少女を追いかけているということ。

 三つ―――ハレには強力な神器が宿っているということ。

 ……俺はふと自分の腕に引っ付いているメルティを見た。

 基本的に何も反応を示さないメルティが、ハレとアメのことを興味深そうにじっと見ていたんだ。

 

「メルティ。お前はあの二人のことを何か知っているか?」

「…………」

 

 メルティは少しの間、無言で二人の消えた跡を見つめながら―――

 

「―――(シックス)(セブン)

 

 そう、ほとんど聞こえないほど小さな声で呟いた。

 ―・・・

 

 俺たち赤龍帝眷属は一度、オーランド諸島から離れた北欧南部の宿に集合する。

 そこで各自得た情報などを出し合っていた。

 

「私と朱雀はそうだな。とりあえず怪しい奴らを殲滅した、くらいか?」

「まあ概ねその表現で間違いないでしょう―――しかし、私たちが倒したのはただの人間でした。恐らくは戦争派によって洗脳され、意味のない戦争に巻き込まれた兵士でしょう」

「だから情報はなし、か」

 

 二人は俺がそう呟くと、少ししゅんと肩を落とす。

 ……そもそも二人を戦場に送った時点で情報はあまり期待していなかった。あいつらが既にことを起こした場所で何かを落とすことはないと思っていたからな。

 むしろ情報収集は黒歌とレイヴェルに一任したんだ。俺は二人に労うと共に、都市部を回っていた二人に声をかけた。

 

「それでそっちはどうだ?」

「うんうん、まぁ色々仕入れてきたにゃん―――と言っても核心を突くような情報はないにゃん。私たちがとっ捕まえて情報を吐かせた戦争派は大半が何の情報も与えられていない末端ばっか。……ただその一人が面白いことを言ってたにゃん」

「……ええ。―――実験。そんなことを呟いていましたわ。ただそれ以上はプロテクトが掛かっているように何も話しませんでした」

「……実験、か」

 

 そうなると、だんだんあいつらの行動の一つが見えてきたな。

 ……俺が持っていた前情報の一つ、フリードが言っていた第3次聖剣計画。それは戦争派が主導で動いているものであり、何より実験といえる内容のことだ。

 それと―――俺の手元のメルティ。彼女は間違いなく戦争派によって何かを施された異常な存在。

 そして、戦争派に追われていたハレとアメ。そのうちアメは神器を宿していたことを考えると―――臭ってくるな、あいつらのやろうとしていることが。

 

「それじゃあ俺が入手した情報について話すよ―――」

 

 俺は自分の身の回りで起きたことを皆に話す。

 それを話し終えると、それぞれが驚いた表情を浮かべていた。

 

「戦争派に追われる双子、ね。しかも神器持ちで、実験―――偶然じゃないにゃん。確実にこれは繋がってる」

「うむ。―――しかし困ったな。どうにかしようと思っても、聞いた限りでは心を開きそうにない。少なくともイッセーで駄目だったんだ」

「……心を開かない、っていうよりあれは―――頑なに、心を開きたくないんだと思う」

「……どういうことですか?」

 

 俺の回りくどい言い方に、朱雀は首を傾げた。

 ……俺も感覚でしかない。本当にそうかはわからない。

 ―――それでもどこか誰かに似ている気がしたんだ。あの二人が。

 本当は心を開きたいのに、他の要因が邪魔をして心を開くことができない。

 俺もそうだったからわかる―――頭では心を開いて全てを話せば楽になるって、誰かを頼れば良いってわかっているのに、それが駄目なことだと決め付けて自分一人で何かをしようとしていた昔の自分に。

 ……ハレ。彼女は昔の俺にそっくりだ。タイプに違いがあるけど、その根本は俺そのものだ。

 彼女の行動理念は恐らくアメを守ること。それが強迫観念に取り付かれて、何があろうとそれを成そうとする。

 

「彼女は他人を頼りたくない。恐らくこれまで色々な奴に騙されて、傷ついてきたんだ。だけどあの子は子供だ。心はまだ弱いから、誰かにすがりたい気持ちがある―――それでも縋ろうとしないのは、きっと妹がいるから」

「……私はその気持ち、わかるな」

 

 ―――俺の言葉を聞いた黒歌はふとそう声を漏らした。

 

「……すごくわかる、そのハレって子の気持ち。だって私と同じなんだもん」

「……そっか、黒歌は」

「うん―――私もずっと、白音を守ってきた。頼る身寄りもなくて、希少な猫又って存在だけで私たちを付け狙う存在から。……何度も騙されて、何度も傷ついて、誰かを頼ろうとは思わなかったにゃん。……だけど私にはイッセーがいた。小汚く傷ついた私たちを躊躇いなく抱きしめて、事情も知らないのに優しく、私の心を甘く溶かしてくれた―――きっとその子たちは求めているはずにゃん。そんな存在を」

 

 黒歌は俺の手を握って、俺の目を真剣に見据えて話す。

 ……俺は手を握り返して黒歌を真っ直ぐ見た。

 

「―――彼女たちを救おう、イッセー。きっとそれを出来るのは、私たちだけにゃん」

「―――当然だよ、黒歌。絶対に救ってみせる」

 

 ……俺と黒歌の決心を他の眷属も頷いてくれる。

 ―――とりあえず今日は遅い。幸い部屋も二室取れたので男女で分かれて明日に備えよう。

 

「それじゃあ今日は解散で。朱雀、行くぞ」

「はい」

 

 俺は朱雀を連れて女子部屋から退出しようとした-――そのとき、黒歌にガシッと腕を捕まれた。

 

「―――いやいや、ちょっとそれは待ってもらうにゃん」

「は? いやいや。別に待つ必要なんて……」

「―――メルティ、イッセーについていってるにゃん」

 

 ……黒歌に言われて気づく。っていうかもう習慣化していて全く気づかなかった。

 メルティは言わないと俺から離れないため、基本的に就寝の際も離れることが少ない。俺も飼い犬に引っ付かれている感覚で特に気にすることなく一緒に寝ていたから感覚が麻痺していた。

 

「まぁ俺が監視するってことだし、良いだろ?」

「…………」

 

 俺はメルティの頭をガシガシと撫でると、子犬のように吐息を漏らす。

 しかし黒歌を含めた女性陣が納得のいかない表情だった。

 

「―――駄目だな。うむ、駄目だ。そういうのはお姉ちゃんの役目だ! 相場ではそう決まっている!!」

「ええ、全く以って駄目です。うらやま……はしたないです!」

「ってことでイッセー―――イッセーと同室の権利は皆平等にあるにゃん!!」

 

 皆一同に「そーだそーだ」なんて言いやがる!

 め、面倒くさいなおい!

 っていうかメルティにそういう目で見ていると思っているのか、こいつらは。

 

「あぁもう分かったよ―――平等にくじで決めよう。お前らもそれで不満はないな?」

 

 俺の言葉に頷く眷属の皆。

 俺は即席でくじを用意し、それで部屋割りを決める。

 その結果は―――

 

 ―・・・

 

「悪は滅びる、ってな」

 

 ―――あの時非常にうるさかった黒歌とティアは見事くじに外れた。

 そして俺と同室になったのはメルティ、レイヴェルの二人。

 ……朱雀についてはご愁傷様としか言いようがないが、俺の方は平和というかなんというか。

 

「黒歌さんとティアさんには申し訳ないですが……っ」

 

 なおレイヴェルは一人グッとガッツポーズをして喜びを表現していたりする。

 ……俺は先にシャワーを済まして、今はレイヴェルとメルティがシャワーを浴びているところだ。

 メルティは一人では何もしないため、レイヴェルに面倒を見るように頼んでいる―――っていうか普通に俺がしようとしたら止めてきたからな。

 ……俺はベッドに寝転びながら考える。

 ハレとアメのことを。……どうしたらあの二人を救うことが出来るのか。どうしたら心を開こうとしてくれるのか。

 ……なんで俺があの二人に対してこうも助けたいと思うのか、それは分からない。だけど、二人を見ているとどうしても思ってしまうんだ―――助けないといけないって。

 ……今まではこんなことはなかった。助けようと思った人物は既に自分とは身近な存在であったから。助けるのは当然で、実行してきた。

 ……彼女たちを見ていると、懐かしい感覚に囚われる。会ったことなんてないはずなのに。

 

「わっかんねぇよ―――あいつは一体何に怯えているんだ。なんで救われることを拒むんだろうな」

 

 その、分かるはずのない疑問が頭を過る。

 ……信用できないとか、そもそもその問題ではないと思うんだ。ハレの中には俺の手を取らない理由がある。それがわからない限り、俺はあの双子を救うことが出来ない。

 ―――結局のところ、もう一度合わないと何も始まらないわけだ。

 だったら今俺に出来ることは早く寝て、明日に備えること。

 ……そう思い先に眠りにつこうとした―――その時だった。

 

「……メルティか?」

 

 目を瞑った俺のベッドに、誰かがコソッと侵入してくる。

 恐らくはシャワーを終えたメルティがいつも通り入ってきたんだろ?

 おれはため息を吐きつつ目を開けてそこを見ると―――

 

「……何してんだ、レイヴェル!?」

 

 ―――そこにはレイヴェルがいた。

 彼女は顔を真っ赤にしながら俺のベッドに侵入しており、俺が起きていることに驚いている様子だ。

 

 

「こ、これはイッセー様! ち、ちがうのです!」

「なにが違うんだ? まるで黒歌みたいな―――あいつの差し金か?」

 

 黒歌のような行動から勝手にあいつの入れ知恵であると確信していると、レイヴェルは急いでそれを否定した。

 

「ち、違います! これはその……私は皆様に比べてイッセー様とはあまり親睦を深めていませんので……その、私とほぼ同時期に来たメルティさんと同じように同衾すれば、自然と仲良くなるかなと……」

「……そういうことか。まあレイヴェルならあんまり気にしないでもいっか」

 

 レイヴェルが黒歌みたいに貞操を狙ってくることもないだろうしな。俺はポンとレイヴェルの頭を撫でると、そのままもう一度ベッドに寝転んだ。

 気づくとレイヴェルの逆側にはメルティが身体を縮こませて寝転んでいた。

 

「……なにボサッとしてるんだ、レイヴェル? 一緒に寝るんじゃないのか?」

「い、良いのですか!?」

「良いもなにもレイヴェルが望んだことじゃないのか? ……まあ黒歌じゃないしな。変なこともしないだろ?」

「……イッセー様の黒歌様に対する信頼度のなさを今再確認しました―――そ、それでは失礼します……っ」

 

 レイヴェルは少し遠慮気味に俺の腕を抱きしめるように掴んだ。

 ……無意識なんだろうが、胸が当たっていることにはきっと純粋な彼女は気づいていないんだろう。

 俺は少しだけ動揺しつつも、それを隠すように眠りに落ちるのであった。

 

 ―・・・

 夢幻の因子。それはグレートレッドが俺に与えてくれた守護覇龍発現のきっかけとなった存在だ。

 それは守護覇龍が生まれたことにより消えていたと思っていたけど、実際には俺の中で根付いて浸透していた。

 ……それだからか、俺はあれからよく夢を見るようになった。

 その夢は妙に現実的で、自分は神の視点にでも立っているような立ち位置でその光景を達観しているだけ。

 ―――夢ってのは様々だ。

 悪夢もあれば幸福な夢があり、意味のわからない夢さえある。

 夢の世界は自由そのもので―――たた稀に、夢ではない夢を見ることがある。

 ……助けを求めるような、そんな夢。その夢の世界では住人は一人だけで、ただ助けを求める心の声だけが響いているんだ。

 ―――今もまた、俺はそんな夢を見ている。

 

『…………けて』

 

 その声は今すぐにでも消えそうなほど力のない声で叫んでいる。

 

『……は、本当は弱いから。……誰でも良い―――を、助けて……っ!』

 

 ―――その夢はそれで終わる。

 唐突に、画面が途切れるようにプッツリと。

 ……だけど。その声だけは俺の頭の中に残り続けた。

 

 

 ……ふと目を覚ます。

 まだ外は暗く、メルティもレイヴェルも眠っているようだ。

 ……まだ日も上がっていないのに、妙に目が冴えてしまったな。

 

「……ちょっと外に出るか」

 

 俺は部屋に二人を置いて出て行こうとした時だ―――まるで最初から起きていたように、メルティが俺の服の裾を掴んで離さなかった。

 

「……なんだ? メルティ」

「…………」

 

 メルティは俺の行く手についていくと言わんばかりに俺に引っ付いてくる。

 ……仕方ないな。こいつには何かを聞くことを考える方が野暮だ。

 俺はメルティに上着を着させて外の空気を吸うために宿から出る。

 ……久しぶりに見る、故郷の夜景色だ。

 昔ドライグと二人で旅をしていた時のことを思い出して、感傷に浸る。

 ―――強くなるための旅。赤と白の宿命をどうにかするために強くなろうと旅をして、その先々であったたくさんのことを思い出した。

 

『懐かしいな。この風景も空気も、お前が強くなっていった過程も今思い出したよ。まあ今とさして変わらないがな』

「心構えが違うよ。少なくとも今の俺と、あのときの俺とは」

『―――そうだな。お前は殻を破って一つ大人になった。身も心もな。……それが嬉しくもあり寂しくもある。がむしゃらな頃の相棒も、俺にとっては魅力的な相棒であるからな』

 

 ……ドライグはそれ以上は語らない。

 ……確かに落ち着きすぎと言われればそれまでだ。感情を露わにすることだって少なくなった。

 それは責任という重みを背負っているから―――守るものが増えたから。

 ……思えば俺にはあるだろうか。本当にやりたいこと―――我儘を通してでも成し遂げたいことが。

 

『それを探すのも相棒の役目さ。俺はそう思う。その先に何があってもおれは―――俺たちは、いつまでもお前の味方であり続ける。

 

 ……ドライグの最後の言葉は、きっとフェルにも向けられたものだ。

 俺の中で眠り続けるフェル。やっぱりあいつがいないと、締まらないんだよ。

 ドライグが馬鹿言って、フェルがツッコンで、結局二人が馬鹿言って俺が疲れることになる―――やっぱそれがないと、俺たちは締まらないんだ。

 

「……そろそろ向き合わないとな、色々と」

 

 ……っし!

 とりあえず今は目の前の問題を向き合おう。

 戦争派。人間を巻き込み、何かを企んでいる謎の集団。

 ……その時だった。

 

『―――相棒。神器を展開しよう』

「……そうだな―――あっちから接触しに来てくれたみたいだな」

 

 ―――俺は即座に籠手を展開し、空から降り立つ三人のローブを羽織った人影を見る。

 ……背丈は小さい。それこそメルティと同じくらいの背丈だ―――目的はなんだろうな。

 俺を屠りに来たのか、メルティを回収しに来たのか―――まずは聞いてみるのが一番か。

 

「一応聞くぞ。お前たちは戦争派の連中か?」

「―――そ、そうだよ。わ、わたしたちは……戦争派の、え、エージェントだよ?」

 

 ……帰ってきたのは気弱な声だった。

 声音は思っていた通り子供の女の子の子で、少し意外だった。

 ……だけど少しずつ見えてきた。俺がこれまで出会ってきた戦争派の関連の存在は子供が多い。

 メルティにハレとアメ、そしてこの三人。……あいつらは子供を使って何をしているんだ?

 

「何をしに来たんだ? 俺を殺しに来たのか? それともメルティを連れ戻しに来たのか?」

「―――違う。あなたを、迎えに来た」

 

 ……三人のうち、真ん中の男の子がしっかりとした声でそう呟く。

 その男の子が前に出た瞬間、先ほどのおどおどとした少女は少年の陰に隠れた。

 

「……どういうことだ?」

「俺たちのリーダーがあなたに興味を持っているんだ。より詳しくは、あなたの中の創造の神器に。おとなしくついてきてくれないか? できれば俺は、戦いたくない」

「……それはできない相談だな。俺はお前たちの起こした悲劇を終わらせに来たんだ。お前たちに協力するつもりなんてサラサラない」

「―――お願いだ、大人しくついてきてくれっ!」

 

 ―――少年の声が大きくなる。

 ……何かに焦っているのか? 彼の心中がまるでわからない。

 

「ひひひ、もういいじゃんね? 別にディヨン様言ってたジャーン―――ほとんどコロシテも構わねぇって」

 

 そこまで一切口を開かなかった少年が、引き笑いをしながら真ん中の少年にそう進言した。

 

「まぁおらぁ勝手にやらせて、もらう……がぁぁぁっ!!」

 

 ―――口調の荒い少年の状態が変質する。

 ローブは弾け、少年の体から煙のようなものが噴出して視界が悪くなる。

 ……俺は籠手からアスカロンを引き抜き、煙を剣を振りかざして煙を消し去った。

 ―――そこにいるのは、もはや人間ではなかった。

 

「……っ。お前、その姿は」

『―――ひひ、いひひひっ!! あぁぁ、やっぱりいいよなぁこの姿はぁぁ!!!』

 

 ―――鋭い牙に、全身を覆う鱗。巨大な翼に刃が無数についた尻尾、その姿は……ドラゴン。

 ―――龍人の姿だ。だけどそれは夜刀さんのような人間の面影さえない、純粋な禍々しいドラゴン。

 

「戦争派は、そういうことばかりに手を出してるってわけか―――納得したよ。だからメルティも、人間外れの力を宿してるってことか」

『ひゃははは!! そこの出来損ないと一緒にすんなよぉぉ!! おらぁなぁ、(エイト)。そこの(ワン)と違った完全成功体なんだよぉ!!!』

 

 龍人の少年は激高した声音で俺、そして仲間であるはずのメルティに襲い掛かる。

 翼を織りなし、肥大化した体をくねらせて素早い勢いで近づいてきた。

 

「ドラゴン、か―――アスカロン、轟け」

 

 龍殺しの性質を持つアスカロンから聖なるオーラを噴出させ、龍人の少年へとそれを攻撃として放つ。

 しかし―――そのオーラを、奴は喰らっていた……っ!

 待て……、龍殺しの聖剣だぞ!? いったいあいつは何の実験を受けてやがるんだ!?

 

『う、めぇなぁ……。そいつ、ほしぃなぁ……―――あぁ、忘れてたなぁ。おらぁ戦争派のドルザーク。たのしませてくれよぉ、赤龍帝ぇぇぇ!!!』

 

 ―――ドルザーク、そう名乗った奴は口元に純白のオーラを溜める。

 それは先ほど俺が放ったアスカロンのオーラであり、あいつはそれを……ブレスして放った。

 俺はそれを同じくアスカロンで薙ぎ払うも、気づけばドルザークは俺の傍にいた。

 

『―――これでぇ!』

「……驚いたけど、甘いぞ」

『Explosion!!!』

 

 ―――近づいてきたドルザークに向けて、俺は至近距離で籠手の倍増のエネルギーを解放、それを魔力弾を浴びせた。

 ドルザークはそれを喰らうことはせず飲み込まれるも、ダメージを最小限に抑えるようにすぐさま後方に消える。

 

「ドルザーク、相手はあの赤龍帝だぞ。一人では無理だ―――少なくとも今の君では」

『るっせぇぇ!! だったらてめぇもさっさと戦えよ!!!』

「……わかっているさっ」

 

 ……向こうも一枚岩ではないのか?

 ドルザークに言われてようやく少年がローブを脱ぎ払い、その顔を俺と見合わせる。

 ……白髪と銀髪が混ざったような髪の少年だ。目は鋭く、一見したら子供らしさからほど遠い少年。

 そんな彼の傍に寄り添うのはおどおどとした少女―――少年は少女の肩を抱き寄せ、俺の方を睨む。

 

「俺は戦争派のディエルデ。―――行くぞ、ティファニア。すぐに終わらせるから」

「……うん。お兄ちゃん―――」

 

 ―――ディエルデに抱き寄せられるティファニアと呼ばれる少女は、光に包まれる。

 ティファニアは光の粒子となって消え、そして―――ディエルデの手の中で、剣となった。

 ……ティファニアからは可笑しい気配は感じなかった。それこそ完全に人間だった。

 なのに、人間が剣に変わる? それにあれは―――聖、剣?

 

「―――第三次、聖剣……計画」

「そう……第三次聖剣計画の成果―――ティファニアと俺は、二つで一つの戦士だ……っ!!」

 

 そう言って、ディエルデは聖剣……ティファニアを振りかざして俺へと向かって走ってくる。

 それとほぼ同時にドルザークも加速を始めた。

 俺はディエルデと剣戟をする。

 俺は彼の剣をアスカロンで受け止めようとするも、ディエルデは剣を何があっても傷つけないような立ち回りをする。

 全ての剣の軌道を読み、聖剣を俺を切り裂くことだけに使っていた。

 ……そういうことか。俺はドラゴンの翼を展開し、それを織りなして空に浮かぶ。

 そして空中からディエルデに魔力弾を放とうとするも、俺の傍にはすぐさまドルザークが現れた。

 ……良いコンビネーションだなっ!

 

「だけど市街地で禁手を使うわけにはいかないよな……っ」

『それを理解したうえで襲い掛かっているんだろう―――相棒のことを相当研究しているぞ、奴らは』

 

 この市街地で禁手クラスの出力を出して戦えば、周りへの被害は甚大。俺にそれができないことを理解している上で奴らは戦っているんだ。

 ……とはいえ、彼らもまだ本気は出していない。たぶん俺を拘束するということはあいつらにとっての最優先事項なんだろう。

 ―――ただ一つだけ気に食わないことがあるとすれば、奴ら―――ドルザークがメルティごと俺を殺そうとしていることだ。

 むしろ俺よりも徹底してメルティを狙っている。俺はメルティを庇いながら戦っているから本調子は出せない。

 ……しかも厄介なことに、周りに気付かれないような気配遮断の結界を張っていて眷属の皆にこの異変が伝わらない。

 ティアと黒歌さえも気付かない結界を張る存在は誰だ?

 

「仕方ないか―――神器強化!!」

『Reinforce!!!』

 

 俺は籠手状態の神器に創造力である白銀のオーラを照射した。

 それによって俺の籠手は紅蓮と白銀の光に包まれ、とぐろを巻き、そして籠手は変化する。

 赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)。倍増の感覚を10秒ではなく1秒に変え、その出力を大幅に強化した形態だ。

 一撃だけでなら禁手並の出力を繰り出せるようになると、俺は全ての倍増を身体強化に回す。

 

「メルティ、俺の傍から絶対に離れるなよ」

「…………命令?」

「……そうだ、命令だ」

「…………了承」

 

 俺の一言にメルティは頷くと、俺の命令通りメルティは俺の動きについてくる。

 ドルザークとディエルデは突如強化された身体能力に対応はできておらず、俺はここぞとばかりに奴らを速度で翻弄する。

 

『なっ、はぇぇぇ!?』

「……落ち着け、ドルザーク。身体強化をしたとしても、必ず動きには緩急がある―――その一瞬を見極めるんだ」

 

 ……冷静だな、あいつ。

 ディエルデの冷静な戦略眼に賞賛を覚えつつ、だけどこのまま膠着状態を維持するつもりはない。

 ―――例え理論的にはそうだとしても、理論ではどうにもできない領域がある。来ると分かっていても反応できないほどの速度。

 ……今だ!

 

『Over Explosion!!!』

 

 籠手の倍増を全て解放し、瞬間速度をディエルデが想定していたものよりも遥かに凌ぐ速度にする。

 その勢いのまま俺はドルザークの背後を取り、そのままその拳をドルザークへと振るった。

 

『っっっ!!』

 

 それによってドルザークはそのまま近くにある木々の方に飛んでいき、そのまま衝突する。

 

「ドルザーク。……馬鹿が。あれほど油断するなと」

 

 ―――その瞬間を俺は見逃さなかった。

 ディエルデの視線が一瞬、ドルザークの方へと向く。そのタイミングで俺は魔力弾を生成し、それを高速でディエルデに放った。

 ……しかし、俺の魔力弾は阻まれる。

 

「……ッ!? ティファニア!」

 

 ディエルデは少女の名前を叫ぶ。

 ……俺の一撃を止めたのは、彼が操る剣ではなく、剣そのものだった。

 剣が勝手に動いて俺の一撃を切り裂くように消したんだ。

 

「……意志を持っているのか、彼女もまた」

 

 ……俺がそう分析していると、ディエルデは俺を鋭い目で睨みつける。

 ―――憎悪が篭った目だった。まるで俺を仇のように睨みつける彼は、もはや子供の域を超えている。

 

「―――ティファニアを傷つけたな、お前ぇぇぇぇ!!!」

 

 ……口調が一転、ディエルデは冷静さを失ったように俺へと向かって近づいた。

 その速度はこれまでとは比にならないっ!

 不味い―――見失った。

 

「償えぇぇ!!!」

「っ!」

 

 背後に気配を感じ、俺は籠手でそれを防御しようとする―――しかし横薙ぎに振るわれる剣をディエルデは恐ろしい敏捷力で軌道を変え、俺の防御をすり抜けて剣を振るう。

 確実に防御が間に合わないと思った―――その瞬間だった。

 

「っ!! おまえ―――メルティ!!」

「……(セカンド)(スリー)

 

 ―――その一撃を、メルティが鋭い爪を出現させて防いだ。

 その行動を見てディエルデは目で見て明らかな程に激昂する。

 

「どうしてだっ! 命令されていないのに、何故お前はそこにいるんだ!」

「…………忘却」

「っ、この裏切り者がぁぁぁ!!!」

 

 ディエルデは素早い剣戟でメルティを切り刻もうとするも、俺はすぐにメルティを抱えて空に飛びあがる。

 

「メルティ、お前何で……」

「…………疑問。メルティ、行動……意味、不明」

 

 ……メルティ自身が今の行動に疑問を持っているようであった。

 ―――だけど偶然としても、あの剣の一撃を受けなかったことは幸運だった。恐らく、あの剣は一撃でも受ければ致命傷になり得る何かがあるんだろう。

 

『Over Reset』

 

 その瞬間、俺の倍増が一度リセットされる―――俺は即座に赤龍帝の鎧を身に纏う。

 この状況、周りに結界が張ってあるのなら多少無茶をしても問題ないと判断した。それにあいつらは禁手なしでは分が悪すぎる。

 

「……っ、バランスブレイカーか」

「ご明察―――だけど終わりだ」

 

 ―――ディエルデがそう呟いた瞬間、俺は既にあいつの後ろにいた。

 ディエルデはその速度は流石に予想していなかったんだろう―――俺はすぐに更に背後にドルザークが向かってきている事に気付いた。

 その対策として俺は一匹だけ守護龍を鎧と宝玉を剥いで創り出し、自分の背後に配置する。

 そしてディエルデへと向けて拳をそのまま振るった。

 

「―――必中を穿て、ゲイ・ボルグ」

 

 ―――そう、気付いた時だ。

 気付いた時には、俺の腕には―――鎧を砕き、槍が俺の腕に貫通していた。

 

「……っっっ!!」

 

 ……槍は俺の腕を貫通した後にすぐに消失し、俺の腕には穴が空く。

 ―――全く、予想だにもしなかったっ……! 気配も何もなしに、攻撃を受けるなんてなっ!

 

「―――お前ら、こんなところにまでご登場か。……英雄派っ!」

「―――お兄ちゃんドラゴンの腕を穿つ♪ やぁ、僕のご登場さ」

「しかし咄嗟の反応とはいえ心臓への一撃を腕へと移すとは驚きだね」

 

 ―――俺たちの上空にいる存在は、英雄派だった。

 そこにいるのは英雄派の晴明派のクー・フーリンとジークフリートの二人。

 ……俺はメルティを抱えながら地上に降り立つ禍の団の一団から距離を取る。

 

「お、まえたちは……」

「我らは英雄派だよ。君たち子供たち(・ ・ ・ ・)の護衛という任務を受けていてね―――些か君たちだけでは荷が重いだろう? 彼は」

「そーそー、ディエルデくんとドルザークは僕たちが守ろー♪」

 

 ……状況は最悪か。

 目の前には英雄派のクー・フーリンとジークフリートに、ディエルデとドルザークがいる。

 対する俺は深手を負っていて、メルティは基本的には俺についてくるだけだ。

 

『……けっ。興ざめだぁ』

 

 ドルザークは龍人化を解き、つまんなさそうな表情で悪態を突く。

 ……さて、そろそろ潮時か。

 ―――もう少し情報を収集したかったんだけどな。

 

「―――黒歌、もう良いぞ」

 

 ―――俺がそう呟いた瞬間、辺りを囲んでいた全ての結界が消失する。

 それと同時に俺と禍の団の間に凄まじい速度で割り込むのが二人だ。

 ……ティアと朱雀は戦闘態勢を完全に整えて、英雄派の連中を睨んでいた。

 

「……うっわ、してやられた―――君、意外と狡猾だよね。赤龍帝くん」

 

 クー・フーリンは俺が何を狙っていたのか理解したのか、心底面倒くさそうな声を出す。

 ……あんまり褒めらえても困るなぁ。

 

「戦いが長引き、そいつらが不利になれば誰かが助太刀に入るって確信していたさ。まぁお前らが来るなんて思っていなかったけどな―――そういう意味でも思い通りに動いてくれて助かったぜ」

「……しかも僕のゲイ・ボルグの能力を晒してしまうなんて―――やってくれたね、本当に!」

 

 クー・フーリンは俺を貫いた槍を消して、光の剣である光輝剣・クルージーンを武装を持ち替えた。

 その輝きを斬撃波として俺の方に振るう―――も、それは朱雀によって止められる。

 

「封を解く。硬骨の鋼龍よ、護り振り切れ」

 

 朱雀は宝剣の中に封印されている防御力が桁外れなドラゴンを顕現し、その一撃を無力化する。

 それを見てクー・フーリンは盛大に舌打ちをした。

 

「イッセー様! 今すぐ治癒をします!!」

 

 近くに寄ってきたレイヴェルは懐からフェニックスの涙が入った瓶を取り出し、それを俺に振りかけた。

 それによってクー・フーリンによって開けられた風穴は一瞬で塞がれ、身体機能も元に戻る。

 ……流石の即効性だな。

 ―――さてと。

 

「お前ら晴明派の連中がここいるってことは、この戦場にはお前らの他に二人いるんじゃないか? ヘラクレス、そして―――安倍晴明が」

「……赤龍帝眷属が勢ぞろいでは戦力差は歴然か。……引こうか、ここは」

 

 ジークフリートはそう呟くと、途端に奴らの足元に魔法陣が展開される。

 

「意外だな。お前がこの状況で嬉々として戦わないなんて」

「……僕としてもこんなところで君たちと戦うのは勿体ないって考えているだけだよ。君たちとの決着は英雄派全てでつけないと意味がない―――まぁせいぜい頑張りなよ、赤龍帝眷属」

 

 ―――そんな言葉を残して、一団は消えた。

 ……クー・フーリンに比べて、ジークフリートはどこか戦意が薄いように感じた。

 ともかく、一応の危機は去ったことを確認して、俺は仲間の元に駆け寄る。

 

「悪い、皆。心配かけちまったな」

「もぅ……全くにゃん。でもある意味盲点だったよね。あの結界は完璧だったけど、まさかあいつら、こんなんで外に情報伝えられるとは思っていなかったよね」

 

 黒歌は携帯電話をプラプラと手首で振りながら、苦笑いする。

 ―――あの子供たちが来たタイミングで、俺は黒歌に「襲われてる、でもまだ来るな」ってメッセージを送ったんだ。

 気配は遮断しても、人間の技術までは遮断できなかったみたいだ。

 

「……ですが、これは対策を練らないとなりません。何より兄さん……晴明がこの戦場に来ている可能性があるのであれば」

「……可能性で言えばクロウ・クルワッハも警戒するぞ」

 

 朱雀とティアは互いに因縁のある名前を出して、少し闘志に火がついているようだ。

 ……そうだ。クリフォト。あいつらの警戒も怠ることは出来ない。あいつらの得意分野は暗躍だからな。

 ―――それにして、さっきの奴らは皆番号を語っていた。

 しかもメルティは昨日のハレとアメのことも番号で呼んだ。

 ……メルティは1、ディエルデは2でティファニアが3、ハレとアメが6と7で、ドルザークが8か。

 

「……今の戦いではっきりした。戦争派の連中は子供たちを使って何かしようとしているんだ。恐らくは実験―――人が人外の姿になるメルティとドルザーク、人が聖剣になり更にそれを操っているディエルデとティファニア。そして戦争派に追われていて、更に神器を宿しているハレ、そして妹のアメ」

「普通じゃないよね。……少なくとも、今すぐにあの姉妹を保護しないと取り返しがつかなくなるにゃん」

 

 黒歌の言う通りだ。

 間違いなくあの二人は厄介ごとに巻き込まれている。

 ―――昨日保護していれば、なんて考えるのは後だ。

 

「―――その通りっすよ。赤龍帝眷属のみっなさ~ん」

 

 ……俺たちがその会話をしている最中、軽快で軽薄な声が響き渡る。

 俺はそこに向かって振り向いた。

 

「……やっぱり来たのか」

「そりゃあ当然? まぁ聖剣あるところに俺っちってね?」

「フリード君。あんまりふざけるのは止めたまえ。今は非常事態だ」

 

 ―――そこには二人の男がいた。

 ……一人は元より俺に戦争派の情報を教えてきたフリード・セルゼン。そしてもう一人は―――

 

「話は多方面から聞いているよ、兵藤一誠君―――私はガルド・ガリレイ。バルパー・ガリレイの弟の錬金術師だ」

 

 ―――フリードの剣を創った、稀代最高の錬金術師にしてフリードと共に第2次聖剣計画を頓挫させた張本人。

 バルパーの糞爺よりも優しげで穏やかなその容姿で、ガルドさんは俺に懇願してきた。

 

「―――どうか、我らと共に共同戦線してくれまいか?」





ってことで10章2話でした。
おい、オリキャラ多すぎだろ!?って言われても言い訳できないほどのオリキャラが……
最近絵を練習していまして、少なくともオリキャラのデザインくらいは挿絵でのせればなって思っています。でも画力がまだまだ足りないんで、気長に待ってください!
それではまた次回の更新をお待ちください!


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第3話 潜入共同戦線

 戦争派の子供たちの襲撃を受けてから数時間経過した今現在。俺たちは拠点を変え、今は合流したフリード、そしてその付き添いのガルド・ガリレイの隠れ家にいた。

 俺と対面に座るのはガルド・ガリレイ。フリードはガルドさんの近くに立っていて、俺の眷属は俺の周りに待機させている。

 ……事の次第、そして情報の共有は既に済ませている。

 フリードたちの目的は第三次聖剣計画の阻止、そしてそれには戦争派が関わっているということ。

 俺たちの目的は北欧における戦乱を止めること。それにも戦争派が関わっているのは確実。

 つまり利害が一致しているんだ。故にガルドさんは俺たちにこう提案してきた―――共同戦線を組まないか、と。

 

「味方は多いに越したことはないから、俺は話を飲んでも良いと考えてるけど―――お前たちはどうだ?」

「……そうだにゃ。んじゃ私からは一つ。こいつらは信頼に値するの?」

 

 すると黒歌がガルドさんとフリードを見ながらそう尋ねる。

 ……黒歌は実際には、特に問題ないことは理解しているだろう。だけどこの中にはこの二人のことをよく知らない人物がまだ大半を占める。

 だから代表して聞いてきたのか。

 

「ああ。フリードは元々は禍の団だが、それも身内を囚われていたからだ。今はあいつらから反旗を翻し、奴らとは敵対関係にある。そして何より、前回の京都でフリードは俺たちの仲間の命を救ってくれた―――俺は信用しても良いと思う」

「……まぁ裏切っても問題ない。私がいるからな」

「ひぇぇ、最強の龍王に言われたら僕ちん、ちびっちゃうぜ?」

 

 フリードは特に焦っているわけでもないのに、大げさな態度でそう言った。

 ともあれ、特には問題はないようだな。

 なら話を次に進めるか。

 

「んじゃガルドさん。俺たち赤龍帝眷属はあなたたち二人と共同戦線をする。その上で今後の方針を決めよう」

「ああ、そのことだね―――フリードくん。あとは君に任せよう」

「うぃ~っす」

 

 するとガルドさんは席をフリードに譲る。

 そして近くにおいてあった丸めた紙を机の上に広げた。

 

「フリード、これは?」

「こいつは俺っちが独自に手に入れた戦争派からしたら超極秘の情報なんだぜ? これ、あいつらの隠れ家、っていうか本部の見取り図だから」

 

 ―――それは俺たちが喉から手が出るほど欲する情報だった。

 俺はその見取り図を凝視する。

 ……本物かどうかは後で考えるとしても、少なくともフリードがここで提示する情報だ。信憑性は高いと言っても良い。

 んでもって、これを提示してくるっていうことは……

 

「なるほど。お前は既に、戦争派の隠れ家を特定しているってわけか」

「にっししし、話が早くて助かるぜぇ、イッセーくん」

 

 フリードは口角をニヒルに上げて、満足げにそう言った。

 

「んじゃあまぁ―――潜入捜査としゃれこもうじゃないっすか」

 

―・・・

 

 俺たちがいた諸島から離れた北欧南部よりも更に南。

 俺とフリード、黒歌とメルティはそこにいた。

 フリードよりもたらされた情報によると、奴らの拠点は灯台下暗しだったんだ。

 まさか同じ北欧に拠点を置くなんて思わないからな。

 

「神々を欺く隠匿性が奴らにはあるってわけか。つーかフリード。お前はどうやってこの情報を得たんだよ」

「しっしっし。どこにでもゴキブリみたいに湧く僕チンだよ? あいつらの幹部クラスをとっちめて、こいつの力で吐かせたわけよ」

 

 フリードはアクセサリーとして収納しているアロンダイトを指して、得意げにそう言った。

 ……なるほど、機能の多いアロンダイトの能力の一つか。

 スペック的に言えばゼノヴィアのデュランダル、エクスカリバーをも凌ぐ可能性のある世界初の人の手によって生まれた聖魔剣は伊達じゃねぇな。

 ……フリードの力量もまた、あのジークフリートとやり合えるほど向上しているのか。

 祐斗の奴もウカウカしていられないな。

 

「つっても、あいつの情報が全て正しいかまでは保証できませぇん。そのために隠密性に長ける面子で来たってわけ」

「まぁ不穏分子はあるけどねー」

 

 黒歌はメルティの方を目配り、彼女を観察する。

 ……変化はない。相変わらず無表情で、俺の服の裾をずっと握っている。

 ……こいつは確実に、戦争派に改造された人間だ。

 あの龍人のドルザークと同じように、何かを施されているのは安易に想像できる。

 ―――時折変化する、まるで狼のような形相。あれの正体は一体なんなんだろう。

 ……それも戦争派の拠点で判明することだ。

 

「……イッセーきゅん、ストップだ」

 

 ……フリードはある地点にたどり着いて止まると、手を俺たちの前に出して制止してくる。

 俺たちの目の前にあるのは広大に広がる雑木林の森で、フリードはその一点を睨んでいた。

 

「……なるほどにゃん。木を隠すなら森の中。巧妙に幻術が張られているにゃん」

「そーいうこと。実際に俺たちの目の前には森はあるんすけど、ここまで広大ではないんすよ。それを盛に盛って拠点を隠している。森だけにね、きゃはは!」

「「…………」」

 

 フリードによる凄まじい寒いギャグは置いておくとして、理屈は分かった。 

 それにフリードはここで止まれって言ったからには、恐らくこの隠蔽を破る手段があるってことだろう。

 フリードは指先で手首に巻かれているブレスレット―――コンパクトに収納している聖堕剣・アロンダイトエッジを顕現する。

 フリードの背丈を軽く超えるアロンダイトを鋭く振り下ろす。するとそこには……

 

「……幻術の類を切り裂けるのか、こいつは」

「そのとーり。幻術に限らず、術式系統はレベル上限はあるんすけど、ほぼほぼ大体を切り裂けるんすよ、俺っちの相棒は」

 

 フリードは剣に軽くキスをして、ウインクしながらそう言ってくる。

 未来予知に術式破壊、身体強化、更に魔力や聖力の吸収。このアロンダイトエッジの機能の多さには驚きだな。

 この場合、これを錬金できるガルドさんが凄いのか、それともそれを使いこなすフリードを褒めるべきなのか。

 

「いやぁ、俺っちの才能は底知らずっすねぇ~うひひひ」

「……お前のことは褒めたくねぇわ」

「うぉん、いきなりディスられたぜ♪ ―――んじゃ、そろそろ潜入と行きますか」

 

 目の前には裂け目ができており、そこにあるのは森ではなく建物のようなものだった。

 ……フリードの言う通り、すぐに行動に起こした方がいい。俺はすっと黒歌の方を見た。

 

「黒歌。俺たちがこの中に入ったら生まれた裂け目を黒歌の術で閉じてくれ。そこからは予定通り、ここで待機。俺の連絡と共に例の作戦を頼む」

「おっけ―――気をつけて、イッセー。戦争派は底がしれないから」

「ああ。お前も危険が迫ればすぐに退避して、増援を寄越すんだぞ?」

 

 ……俺たちはそう会話を交わし、そしてフリードとメルティと共に戦争派の本部に潜入した。

 ―――戦争派の隠れ家の本部は、一言でいえば研究施設のようなものであった。敷地は広大で、良く知られている悪の組織の本部という表現するのが一番分かり易い。

 ……監視カメラも幾つも仕掛けられているな。

 

「……どうするフリード」

「んー? ……んなもん、もうどうにかしてるっすよ」

 

 フリードは手元の剣をちょんちょんと指さし、サムズアップしてくる。……アロンダイトの新たな機能なのか?

 

「こいつはアロンダイトエッジの能力ってわけじぁないっす。簡単にいえば、この剣ってかなり高名な聖剣と魔剣の合体なんすよ。聖剣の名前がアロンダイト、魔剣の名前がエッジ。それらの能力を全て複合した結果がこれまで俺っちが見せてきた能力なんす―――俺が今使っている能力は、そのあとでガルドの爺さんが追加した能力スロットを一つ消費して生まれたこの剣の能力。まぁまやかし、ってのが分かり易いっすねぇ」

「……能力スロットってのは、好きな能力を作れるってのか?」

「そこまで凄まじいものじゃないっすよ。いわば俺の持つ力、可能性があるものじゃないと能力は生まれない―――俺、意外と隠密系の能力の才能があるってわけ」

 

 ―――フリードがそう言った瞬間、突如廊下から研究者らしき戦争派の一員が俺たちの横を一瞥して通り過ぎる。

 ……まやかしってのは、そういうことか。

 

「俺らは普通の奴らからはこの施設の関係者に見られているってわけか」

「そーいうこと。つまり、こそこそしたら余計怪しいってわけ―――少しの違和感でこの能力は効果を失くす。ここからは出来る限り自然体でよろしくぅ!」

 

 ……フリードと肩を並べ、俺たちは研究所内を堂々と歩いて行く。

 歩いていてすぐに気付いたことは一つ―――この研究所にはおおよそ、戦闘要員と思われるものはいない。本当に、なにかの研究をしている非戦闘員しか見えない。

 

「恐らくって不確定な予想なんすけど、戦争派は武装集団ってわけではないんすよね」

「……そうなのか?」

「あん。例えばそこのメルティ・アバンセは英雄派に貸し出されていたり、戦争派の実験結果と思わしき化け物が各地で確認されているっす。……戦闘力を支援する立場、ってところじゃないっすか?」

「戦闘は英雄派やクリフォトに任せてるってわけか」

 

 そう言われれば納得できる。

 あいつらは間接的に事件を起こしており、自分たちは決して表ざたに動かずに支援に徹底する。だからこれまで尻尾すら掴めなかった。

 ……そんな奴らがどうして、このタイミングで事を起こす必要があるんだ。自分の保身を考えるならば、これまで通り暗躍に徹底すべきであるのに。

 

「―――さぁて、色々弄る前に調達しないといけないものがあるっすね」

 

 フルードは口角をにぃっと上げて、アロンダイトエッジを地面に突き刺して目の前からタブレットを見ながら歩いてくる研究者に襲い掛かった。

 研究者は音もなく近づいたフリードに成す術なく気絶させられる。フリードは職員の身体を弄って、首に掛けられているカードキーと、手に持っていたタブレットを奪った。

 たぶん一連の行動も監視カメラには何も起こっていないように見えているんだろう。……フリード、隠密性に長け過ぎてるだろ。

 

「こいつはそこにあるダストボックスに捨てて置くとして―――カードキーも手に入ったことだし、そろそろガサと洒落込みやんすよぉ?」

「……おまえの言う通りに動くから、よろしく頼むぜ」

 

 俺はもやはフリードの無駄な隠密性に頼ることにしたのだった。

 ―――それはともかくとして、俺は別動隊のことを気にする。俺たちを潜入部隊とするならば、ティアや朱雀たちは陽動部隊。俺たちの隠密部隊が活動をしやすいために、戦争派と思わしき影があるところで 暴れろることになっている。

 戦闘力は完璧に二分しているから、大丈夫だとは思う。……まぁそれでも、やっぱり心配なものは心配だ。

 俺はそう心で思いながら、隠密行動を執行するのだった。

 

―・・・

『Side:三人称』

 

 兵藤一誠とフリード・セルゼン主導のもと隠密行動が行われているちょうどその時。陽動部隊である朱雀やティアマット、レイヴェルは王である一誠の命の元、怪しい人影を探していた。

 しかしながら、幾ら探しても見つかるのは戦争をしている兵士だけ。戦争派は尻尾すら掴ませないというのが現状だ。

 

「アぁ、面倒くさい。ここら一帯を平地にしたら、あいつら出てこないか?」

「やめてくださいティアマット様。イッセー様に迷惑が掛かりますよ!?」

「……あ、姉は弟に迷惑をかけるのがふつう―――」

「ではありませんから! 自重してください!!」

 

 ―――このように、ティアマットのストッパーの役目は朱雀であったりするのだ。

 しかし、ティアマットの言う通り埒が明かないのも事実である。ティアマットはもはや唸るだけしか出来ないとき、レイヴェルはふと周りを見渡した。

 

「……レイヴェル様は何を探しているのですか?」

「あ、その……先日イッセー様がお会いした、アメとハレって子供たちを探しているのです」

「……そうですね。イッセー様が気にしていましたから」

 

 先日、戦争派に追われていた二人の少女。ハレとアメをレイヴェルは探していたのだ。一誠という主に陶酔するレイヴェルにとって一誠の意向は第一のことであり、今現在の一誠が一番注目している問題はハレとアメという少女のこと。よってレイヴェルもまた、知らずの内に彼女たちを探してしまうのだ。

 建物の影で身を潜める三人は再度周りを確認する。聞こえるのは轟々しい銃声音だけだ。動くのは戦争をしている兵士のみ。

 

「ここには怪しい奴らはいない。そろそろ次のポイントに向かうぞ」

 

 ティアマットが先導して動こうとしたその瞬間―――突如近くの建物が倒壊した。

 それにいち早く反応したのはティアマットではなく、既に宝剣を解き放った朱雀であった。朱雀は宝玉を解放して封じられる龍の力と共に宝剣を振るって瓦礫を消し飛ばした。。

 

『―――朱雀くん。ドラゴンの反応だ』

「ええ、分かっています、ディン」

 

 三人は突如の襲撃者―――なおかつ、ドラゴンの反応のする敵に警戒する。

 土埃で包まれたその空間は次の瞬間、襲撃者の元より生まれた風で消え去る。

 ……そこにいるのは、紛れもなく敵であった。

 

『―――昨日ぶりだなァァァ、糞どもがぁぁ!!』

「……貴様は昨日の龍人!」

 

 ―――戦争派の八人の子供の一人、ドルザークがそこにはいた。

 昨夜の襲撃時と同じように龍人の姿となっている彼は、獰猛な目を三人に向けながら牙を剝く。

 更には彼の背後には、まるで控えるように佇んでいるドラゴンと思われる生命体が幾重にも存在していた。

 

「……あの黒い化け物のようなドラゴンは」

『ああ、間違いない―――京都で発生していたドラゴンのような生命体だよ』

「つまり、あれは戦争派の造った存在だったというわけですね」

 

 既に三人は戦闘態勢だ。ティアマットは腕をドラゴンのものに変え、朱雀は宝剣を構え、レイヴェルは炎の翼を纏わせる。

 戦力的にいえば、極論を言えばティアマットがいる限り赤龍帝眷属は揺るがない。戦車として悪魔に転生したティアマットに勝てる存在は数えるほどしかいない。

 ……しかし、敵はそれを織り込み済みで襲い掛かっているはず。レイヴェルはそこまで思考を巡らし、現段階で戦闘するのは危険であると思った。

 そう思うのは先日、ドルザークが一誠と戦った時の出来事を思い出したからだ。

 ―――ドルザークはアスカロンの一撃を喰らっていた。その後、その聖なる一撃をまるで吸収したかのようにブレスとして放ったのだ。

 

「……さぁて、私に喧嘩を売ったことを後悔させてやる―――」

 

 ―――刹那、ティアマットはドルザークたちの視界上から消える。

 

『んあ!?』

 

 ドルザークは背後から殺気を感じ、凄まじい勢いで上空に飛び、今まで自分がいたところを見た―――そこにあるのは自分が引き連れていたドラゴン擬きの死体の山であった。

 ……実に一薙ぎである。ティアマットは背後に回り腕を一度薙ぐだけであれほどの敵を一掃したのだ。

 

『―――イイナァ、流石最強の龍王様ダァァァ!!! もえてきたもえていたぁぁぁぞぉぉぉぉ!!!!』

 

 しかし、それほどの実力差を見せつけられたドルザークは高揚を見せた。

 翼が開き、牙を更に剝く。宙に浮いた状態から地面に急降下し、ティアマットに襲い掛かった。

 

「敵がティアマット様だけと思うな―――封を解く。鉄槌の撃龍よ、鋼壊し尽くせ」

 

 朱雀が黙ってみているだけなはずがない。朱雀はすぐさま宝剣の封印を解き、そこに封印される鋼の龍による拳の鉄槌をドルザークに放つ―――しかしドルザークはそれを軽くいなし、その鋼の龍の腕を獰猛にも喰らった。

 

『―――不味い。今すぐ封を閉じるんだ』

「……ええ」

 

 朱雀はディンの言う通りに鋼の龍を消し、ドルザークを見る―――その体は、一部が鋼になっていた。

 その姿を見て、朱雀はもちろんレイヴェルの嫌な予感は当たる。

 

「……恐らくあの龍人が私たちを襲ったのは偶然ではありません―――彼には恐らく、ドラゴンの力、及びそれに通ずるものを喰らって自分の力にすることが出来ます」

『―――アァ、流石にばれるかァァ』

 

 ドルザークは歪に笑いながら、レイヴェルの推理に肯定する。

 ―――兵藤一誠の聖剣アスカロンは、彼の赤龍帝の力の性質を吸収し、今やドラゴンの力が宿っている。だからこそだ。一誠のアスカロンの力を取り込み、今は鋼の性質をドルザークは得た。

 

「……私とは凄まじく相性が悪いです。彼は」

『ああ、その通りさ。複数のドラゴンを使役する朱雀くんと僕からすれば、彼は天敵。僕たちと戦えば戦うほど、彼を強くしてしまうんだからね』

 

 朱雀は攻撃を躊躇う。いくらなんでも敵からすれば自分たちの存在が好都合すぎるとも思ってしまえるほど。

 ―――まるで赤龍帝眷属は敵の思惑通りにこの戦場に誘い込まれた。そうとも思えたのだ。

 

「……そういえば昔いたな。ドラゴンを喰らい、喰らった奴の力を自分の元にする邪龍が。お前はそのドラゴンの遺伝子なりを埋め込まれているんだろう?」

『はっ、だからどうしたァ? 次はアンタを喰らって、強くなろうかなァァァ!!!』

 

 ドルザークはティアマットの方に駆けていき、鋼鉄の拳を振るう。ティアマットはそれを詰まなさそうに避けると、ドルザークはすぐさま口から聖なるブレスを放つ。一誠から得た力だ。

 ―――それを見て、ティアマットは苛立ちを覚えた。

 その力はお前のものではないと。ティアマットが大切にする一誠が、血の滲むような修行の果てに得た努力の結晶であると。それをドルザークが悪そびれもなく、我が物顔で扱うことが、彼女はどうしても耐えることが出来なかった。

 

「……つまらない」

 

 ティアマットは目を細め、ドルザークに対して本気の殺気を見せた。

 その瞬間―――空気が、凍る。その悪寒はドルザークだけでなく、朱雀やレイヴェルも感じた。

 ……ティアマットは大胆不敵である。基本的に格下を舐める節がある。そんな相手に怒ることは本来ない―――そんなティアマットの逆鱗に、ドルザークは触れたのだ。

 

「お前がそれを使っても、つまらないだけだ。それは私の愛する弟のものだ」

『アァ!? 何言ってん―――』

 

 ―――ドルザークは言葉を失う。

 目の前にいる、規格外の存在を前に、動けなくなった。

 ―――翼を展開し、龍の眼、牙、腕、尾。その全てを展開した、自分と同じように龍人の姿となるティアマットに、心から恐怖した。

 

『―――知りたいか? 龍王の、最強の一撃を』

「て、ティアマット様! そいつにドラゴンの力を使うのは危険です!」

 

 ティアマットの行動を察したレイヴェルはすぐさまに彼女を止める。ティアマットの口元には明らかにブレスが溜まっていたのだ。

 しかしレイヴェルの制止で止まるほど、ティアマットの怒りは甘くはなかった。

 ティアマットの口元の白と黒のブレスオーラは全てティアマットの腕に集まる。それは正に兵藤一誠の得意とする攻撃法の一つに酷似している。

朱雀の制止を聞きもせず、ティアマットはその言葉を三言で切る。

 

「強くなろうと、私には届かない」

 

ティアマットの凶手がドルザークに迫る。ドルザークは先ほどの鋼の龍と同じようにティアマットを喰らおうとする―――しかし最強の龍王はそれを許容しない。

王者の如く放つのは他を寄せ付けない龍のオーラ。それを肌で受けたドルザークは吹き飛ばされ、宙に浮かんだ。

 

「―――万年早い。出直して、こい!!!!」

 

そして、その猛き燃える龍の拳をドルザークに振るう。打撃と衝撃波によって辺りの建物は消し飛び、そしてドルザークは遠い向こう空に吹き飛んでいった。

……ティアマットは龍化を解き、元の人の姿に戻る。パンパンと手につく埃を払い、朱雀とレイヴェルの方を振り返った。

 

「よし、すっきりした。次のポイントに行くぞ、お前ら!」

 

―――なにもなかったように爽やかな笑顔を浮かべるティアマット。朱雀とレイヴェルはその姿に苦笑いを浮かべるしかなかった。

……それはさておき、このメンバーの中での頭脳であるレイヴェルは、今起きた事態についてを考える。

 

「……幾ら何でも、私たちに対する対処が行き過ぎてますわ」

「そうですね。それは先ほど、私も思いました」

 

レイヴェルと朱雀はそう共感しあう。

思えば先日の出来事からも分かる通り、戦争派は赤龍帝眷属の数少ない弱点を的確に攻めすぎているのだ。

堅牢な鎧を纏う一誠には、クー・フーリンによる必中の槍ゲイ・ボルグを。市街地で、なおかつ周到に周りとの連絡手段を途切れさせ、一誠に本気を出せない状況に追い込み、今はドラゴンの力を喰らうドルザークを朱雀に充ててきた。

 

「―――敵はここまで周到です。まるで私たちが来ることが分かっていたように、私たちを攻略しようとしています」

「ですがレイヴェル様。私たちは極秘でこの任務についたのです。そうだとすれば」

「ええ。悪魔側に裏切り者がいると思っていいでしょう」

 

レイヴェルの予想に朱雀は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。分かっていたことだ。兵藤一誠という存在は冥界にとって光と闇なのだと。その存在を喜ぶものもいれば憂うものもいる。ああ、分かり切ってることだ―――それでも、あんなにも優しい主を罠にかけようとする存在がいる。

それがどうしようもなく許せないのだ。

 

「ですが、すこし気になることがあります」

 

ふと、レイヴェルはそう言葉を漏らした。

 

「ドルザークは明らかに朱雀様の対策と言っていいでしょう。ですか、敵も彼一人でティアマットさまをどうにか出来るなんて考えていないはずです。……可能性の話をするならば」

「…………」

 

レイヴェルは神妙な顔つきで最悪の可能性を考える。

仮に戦争派が赤龍帝眷属の対策を立てているとしているのだとすれば―――ティアマットの対策を真っ向できる存在は、自ずと予想がついた。

 

「―――クロウ・クルワッハ。もしくは」

「イッセー、どこ?」

 

―――唐突の小さな声音。幼い声の主の方を見る前に、ティアマットはその存在の異質性に誰よりも早く気が付いた。

 朱雀とレイヴェルの首根っこを掴み、地上から近くの建物の屋上に飛び、その存在を視覚した。

 ―――そこにいるのは真っ黒な瞳と真っ黒な髪。戦場には似つかないゴスロリ風の衣装を着る、ある意味ではクリフォトの切り札的存在。

 

「―――リリス!」

 

 ティアマットは彼女の登場に歯ぎしりをする。クロウ・クルワッハを警戒していたティアマットにとって、リリスの存在は予想外そのものであった。オーフィスの無限の因子を用いて造られた少女だ。度々戦場に現れては一誠と関わりを持とうとする彼女が、この戦場に姿を現した。

 ……確かに、自分を封殺するためにこれほどの適任者はいないとティアマットは思った。

 

「……りゅうおう。イッセー、どこ?」

「……これくらいは普通にしてくるってことかっ」

 

 リリスは音もなく、ティアマットたちがいる建物の屋上に現れる。ティアマットは出来る限り冷静にリリスという存在を見極める。

 ドラゴンのオーラとしては天龍以上のものであることは間違いない。オーフィスやグレートレッドに近いクラスであるとその一瞬で理解した。

 

「お前は、一誠を見つけてどうするつもりだ?」

「……どうする? ……わからない」

 

 しかし、リリスから返ってきた言葉はそのような不確定なことであった。

 だからこそ、余計に一誠に合わせるわけにはいかないとティアマットは、朱雀は、レイヴェルは思った。

 

「イッセー、あいたい。りりす、しりたい。りりす、すくうってイッセー、いった。しりたい、しりたい」

「……お前は自由に動いているのか?」

「リゼヴィム、いない。りりすがかってに、うごいてる」

 

 ―――ティアマットは考える。リリスは感覚的に、ただ一誠に対して興味を持ってここまで来ていると。その証明というべきか、リリスは一切三人に殺意を向けていなかった。

 ……恐らく、ここで逃げてもリリスは三人を逃がさない。ともなれば―――

 

「分かった。イッセーに合わせてやる―――だけど約束だ。絶対にこの戦いに手を出さないって約束できるか?」

「できる」

 

 ティアマットの約束に、リリスは素直に頷く。

 この時、ティアマットはふと思った―――やりにくい、と。オーフィスと瓜二つのリリスの扱いがどうしても困るのであった。

 しかしこの時、彼女たちはまだ知らなかった―――自分たちの主の置かれた状況を。

 

―・・・

 

「……フリード。お前」

「い、いやぁ……まさかこんなにあっさり見つかるとさぁ、思わないじゃん?」

 

 ―――俺とフリード、メルティはものの見事に敵に見つかり、囲まれていた。

 あれから数十分が経過し、その間に資料を回収していた時の出来事だった。

 

「……まさか俺たちの本部が嗅ぎ付けられていたなんてな」

「いやぁ、クーちゃん大手柄だね!」

 

 ―――職員はともかく、戦争派の子供たちであるディエルデとティファニア、英雄派のジークフリートにクー・フーリンにヘラクレスと顔を合わしたらバレルに決まってるよな。

 

「……お前ら、馬鹿だろ? 幾ら偽装してるからって堂々と敵の基地を歩くとか考えらんねぇ」

「てめぇに馬鹿とか言われたら世も末だよ、ヘラクレス」

「ははは、本当にそうだね」

 

 ……こんな平和な会話をしているが、現状はかなりピンチだ。既に外の黒歌には連絡は送っているが、そう都合よくことは進まない。

 

「……まぁまぁ、そんなに警戒しなくてもいいよ~? 私たち英雄派の今回の任務はあくまで子供たちを守ること♪ ディエルデくんはドルザークくんと違って、あなたたちと無理に戦おうとはしてないから」

「昨日の今日だぞ? ―――だけど流石に厳しくはあるよな」

 

 この面々だけでもかなり厄介だ。特にジークフリートの魔剣グラムを相手にするならば、俺も本気を出さないといけない。

 ―――守護覇龍を使う隙すら与えて貰えないだろう。

 

「も、もう戦うのは、や、やめよ? お兄ちゃんも、ね?」

「テ、ティファニア……兵藤一誠。大人しく捕まってくれないか?」

 

 ―――今は、素直に応じるしかないか。

 俺は高を括り、ディエルデの申し出に応じようと思った。……その時であった。

 

「―――レディース&ジェントルメーン!」

 

 ……突如、高揚した声音の男の声が施設内に響き渡る。その声を聞いた瞬間、ディエルデとティファニアはビクッと体を震えさせ、クー・フーリンは少し目つきが鋭くなった。

 カツ、カツっと靴の音が鳴る。俺はそちらを見ると、そこには―――二人の男がいた。

 一人は白い英雄派の制服を着る男―――安倍晴明だった。

 

「……晴明」

「あぁ……君はまた、来てしまったのか」

 

 その眼は暗く、表情はない。ただ色の灯らない目が俺を見据えている。

 ―――だけど問題はあいつではなく、その隣の白衣を着た男だ。

 髪は特徴的で、様々な色の髪が生えている。メッシュのようなものか? 眼鏡を掛け、無精髭の男。二ヤニヤと笑みを浮かべる男は言った。

 

「いやぁ、ようやくお目にかかれましたなぁ、赤龍帝くん! ずっと君が欲しくて欲しくてたまらなかったんだよぉ―――おっと紹介が遅れたね」

 

 男はわざとらしく白衣の裾をバサッとして、そして眼鏡のフレームの位置を直すようにクイッとあげた。

 そして名乗る。

 

「―――僕はディヨン・アバンセ。そこの愛娘の父親にして、戦争派のトップであり、頭脳さ」

 

 ―――この状況の元凶。

 ディヨン・アバンセは、心の底からイラつく顔でそう言ったのだった。



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第4話 3つの問題

 戦争派本部地下監獄施設。そこに厳重な見張りと共に捕まった俺とフリードは、腕に機械的な腕輪をつけられ監禁されている。

 敵の黒幕であるディヨン・アバンセとの邂逅し、そこから敵のほぼ最大戦力を俺たち二人に充てられたもんだから、素直に投降するしかなかった。

 無理やりここから抜け出す手もあるが、その場合はフリードを見捨てなければならない。

 ……そんな選択肢は断じてなしだ。俺はこいつを少なくとも戦友と思っている。同じ戦場を生き延びたフリードを見捨てることはつまり、ガルドさんや子供達を泣かせるってことだ。それは俺が今まで仲間に対して培ってきた信頼を無為にすることに等しい。

 ……うん、だから誰に何を言われようがこうして捕まったのは仕方のないことだ。

 一応外で待機している黒歌はこの状況を把握しているはずだ。眷属を結集すれば切り抜けられる自信がある。だから今は俺たちの見張りのこいつらから不審に思われないようにしないといけない。

 

「思ったよりも素直に投降してくれて嬉しいよ。赤龍帝が相手だから、僕もそれなりに覚悟をしていたんだよね」

「あの状況でお前ら相手に一人で無茶するわけにはいかねぇだろ、ジークフリート」

「はは、違いない」

 

 俺たちの見張りは英雄派からジークフリート、クー・フーリン、ヘラクレス、安倍晴明。戦争派からはディエルデとティファニアの二人だ。……メルティはディヨン・アバンセに連れられてどこかに行ってしまった。

 

「まぁ僕たちも、君が今絶不調っていうのを聞いて動いているからね~♪ 創造神器、あんまり機能しないんだって?」

「……情報源を聞いて教えてくれるか?」

「―――大体察しはついてるんじゃな~い?」

 

 ……クー・フーリンの今の言葉が答えだ。

 やはり悪魔の上層部に禍の団に通じる内通者がいるってわけか。今回のこの事件で俺たちを推薦した人物を調べれば埃は出るだろうな。

 ……いや、もしくは既にサーゼクス様が気付いて何らかの対策をしている可能性もある。

 俺は視線をジークフリートとクー・フーリンから外し、二人から少し離れたところで座っている晴明を見た。奴は光の灯らない目でこちらをじっと見ている。

 

「……お前らのところの晴明も、色々あるみたいだな」

「それをお前が言うか? 赤龍帝。……俺らも思うことがねぇわけじゃねぇ。クリフォトや戦争派と俺たちは単なる協力関係でしかねぇ。仲間じゃねぇよ」

「それが曹操の考えさ」

「はっ。……あいつらしいな―――お前ら、あいつらのしていること知っているんだよな?」

 

 俺は不意を突くように英雄派にそう問いかけた。

 するとジークフリートは詰まらなさそうな色を目に浮かべ、ヘラクレスは目を細める。クー・フーリンはどこか憂うような表情を浮かべた。

 

「そこにいるディエルデやティファニアだってそうなんだろ? あいつに……ディヨン・アバンセに、良いように使われているだけだろ」

「……そうだ。俺とティファニアは、ただ使われているだけだ」

 

 ……すると、晴明の近くで俺たちを監視していたディエルデが俺たちの檻の方に近づいて、俺の推測を肯定した。

 

「あなたの言いたいことは分かる。噂だって知っている、あなたの……赤龍帝のことは。ティファニアは実はあなたのファンだったりするよ―――でも俺たちはディヨン様を裏切らない。歪でも、使われていたとしても……ティファニアの命は彼によって救われたから」

「……おにいちゃん」

 

 ティファニアはディエルデの腕をギュッと掴み、心配そうな目で彼を見ていた。

 

「……だけどお前が戦えば戦うほど、ティファニアは傷つくんだぞ」

「……だったら、俺がもっと強くなればいい。ティファニアを絶対に傷つけないように立ちまわる。これからずっとずっと。役目が終わるまで」

 

 ディエルデはそれだけ言って、ティファニアを連れて監獄から出ていこうとする。

 

「英雄派にこの場は任せていいか?」

「ああ、構わないさ。……まぁ君の好きにすれば良いよ」

 

 ジークフリートはディエルデに軽く視線を向けるも、特にそれ以上のことを言わずにこちらに注意を向ける。

 ディエルデはそのまま妹を連れて監獄から出ていった。

 

「同情してしまうね、彼らには」

「ジークフリート。敵である俺から言えることじゃないが……英雄派はあの子たちのために動かないのか?」

「……本当に、僕たちに言う言葉ではないね」

 

 ジークフリートは俺の言葉に苦笑しながら、腕を組んで彼らが出ていった扉の方を見つめた。

 

「……曹操がここにいたら、もしかしたらね。だけど現状、僕たちのリーダーは晴明だ。その晴明が特に命令を出さないんだ―――故に僕は課された任務だけ果たす」

 

 ジークフリートは腰に携える剣の柄をなぞりながらそう言った。

 ……晴明が命令を出さない―――この場において発言しない晴明の方を見る。未だ、俺の方をじっと見つめているだけだ。あの瞳の奥で一体あいつは何を考えているんだか。

 想像できないが、少なくともあいつの精神状態は以前の戦争の時の終盤と同じで最悪だ。

 

「……晴明、この戦場に朱雀もいるぞ」

「……そうか―――まどか様と、謙一様は来ている、のか?」

「……いいや、来ていない」

 

 晴明がそれを聞く意味は俺には分からない。思えば前回の戦争の終戦間際、晴明は自分の前に父さんと母さんが現れた時、あいつは不安に押しつぶされるような顔になった。

 ……それが、それこそが晴明の心の闇の正体なんだろう。あいつは執拗に「兵藤」に拘っている。最後の最後まで俺を仲間に引き入れようとし、母さんと父さんだけには最後まで攻撃しようとしなかった。

 

「そうか……なら、いい」

「晴明、お前は何で兵藤に拘るんだ? 一体お前に何があったんだよ」

「―――もう忘れたことだ。今更、思い出したところで何にもならない……」

 

 晴明はそれだけ言うと、再び黙り込んでしまった。それを見て晴明派の紅一点、クー・フーリンが何やら文句を垂らしこんでくる。

 

「ありゃりゃ~、久しぶりに話したと思ったらまた黙ったちゃった。ちょっと、赤龍帝くん、責任取ってよ~」

「言われてるぜぃ、イッセーくーん」

「お前はどっちの味方なんだよ、フリード―――で、責任ってどうやったら取れるんだ?」

「それはもう僕たちの仲間になる……なんてことを聞き届けないよね、君は―――この件にはもう関わらない。それでどうだい?」

「……お断りだ」

 

 クー・フーリンは最初から俺の答えが分かっていたのか、「ま、そうだよねー」などと軽い口調で聞き流してくる。

 分かっているなら聞いてくるな、と言いたくなるな。俺は会話をしても無駄なことを察すると、その場に寝転がる。

 ―――戦争派の子供たち。それぞれにきっと、壮絶な過去があることは見て取って分かる。

 感情がなくて常に命令で動いていたメルティ、聡明なところもあるが妹のことになると感情が荒ぶるディエルデ、そんな兄に命の全てを預けている弱気なティファニア、異常なまでの獰猛さと殺意に満ち溢れるドルザーク。

 そして……この戦場で常に危険と隣り合わせのハレとアメの二人。

 何から何まで異常すぎるんだ、この戦争派という連中は。子供を使って何かをする連中にこれまで碌な奴が居なかったからこそ、胸騒ぎがする。

 水面下で何かとんでもないことが動いているんじゃないかって。そう考えて間違いはないんだろう。

 だったら外で奴らがハレとアメを野放しにしているのだって何かしらの目的があるはずだ。きっと戦争派にとって予想外のことがあったとすれば―――それは恐らくメルティの離反だ。

 そのメルティも今回で再び向こうの手に渡ってしまった。俺たちは完全に後手に回ってしまったという事だ。

 

「でも暇だねぇ~―――あの子たちの話、聞きたい?」

「……知っている、のか?」

「それはそうとも。よーく知っているよ―――だって僕もあの子たちと同じ立場だったんだから」

 

 ――同じ立場。それがどんな意味を示しているのか、俺はすぐに理解できた。クー・フーリンが彼らを見て時々憂いた顔をする意味もなんとなく理解できた。

 

「……僕もまた、八人の子供の一人――(ファイブ)のクー・フーリン」

「あの子たちと同じ、戦争派で運命を定められた子供たちなのか?」

「んー……僕はあの子たちとは違ってちょっと特別なんだよ―――子供たちの番号ってさ、実験の成功順に決まるんだー。僕は実は少し前に戦争派に拾われてちょろっと実験を受けて、その脚で英雄派に逃げ込んだクチでね」

 

 ―――そうか。戦争派がどうしてここ最近になって活動が活発したのか、やっと理由が分かった。

 ……こいつの話を全て鵜呑みにするのならば、戦争派は子供が8人になるのを待っていたんだ。いや、もしくはドルザークが8番目だから、ドルザークの完成を待っていたのか。

 

「特にディエルデくんとティファニアちゃんは古株の中の古株らしいよ。決して彼らはディヨン・アバンセからは逃げられないんだろうねー」

「―――そこまで分かっていて、お前はどうにかしようと思わないのか?」

「……その質問はナンセンスだよ。彼らは僕が何を言ったところで聞きはしないからさ」

「そういうことを言ってるんじゃねぇよ。お前は、どうにかしたいと思わないのか?」

「……僕には、関係ない」

 

―――ああ、今のではっきりした。このクー・フーリンと少女はあいつを恐れているんだ。

戦争派の、特にディヨン・アバンセという存在に。そしてこいつは英雄派に所属していながら、正義というものを持っていない。

……曹操は曲がりなりにも正義を掲げて戦っている。これまで曹操派の連中を見てわかったのは、あいつらは確固たる意志を持って、何かのために懸命に戦っているんだ。

―――だけど清明派は違う。クー・フーリンは逃げるため、ジークフリートは尋常ない戦いを繰り広げたいがため、ヘラクレスは己が欲望のため。

そして―――清明は現実から目を背けるため集団を作り、英雄派の理念に基づかず戦っている。あべこべな集団で、一人として目的が一致しない集団。

それが英雄派二大派閥の一つである清明派の正体だ。

 

「……そうかよ。ならもう何も聞かないさ」

「あ、そう? なら俺っちそろそろ喋ってもいいかなー?」

 

それまではずっと沈黙を決め込んでいたフリードがそう言ってきた。好きにしろ、といいたいところだけどこいつを放っといたら何を言い出すか分からない。

一応注意はしておくか。

 

「ジークの兄さん、前回はまともにお話出来なかったから腹割って話そうぜ♪」

「……色々と変わったね、フリード。同郷として君の成長が嬉しいよ」

「またまたぁ、そんなこと心にも思ってねーのに良く言うよー」

 

フリードは可笑しそうに笑う。それに対してジークフリートもにっこりと笑顔を浮かべて、牢の近くに寄ってきた。

 

「嘘じゃないさ。木場くんも然り、君も然り―――こんなにも滾らせる剣士がたくさんいるんだ。この僕が嬉しくないわけないだろう?」

「……相変わらずの戦闘狂なこった。んでさ、ぶっちゃけジークの兄貴たちは何の目的でこの戦場にいるわけ?」

「僕が口を割るとでも思っていたのかな?」

 

あっけらかんとした態度のフリードに、ジークフリートはつい可笑しそうに笑った。

あろうことか、フリードは至ってシンプルに敵に対して尋ねるものだから仕方ない。俺がジークフリートの立場でもきっと同じ反応を取るだろう。

 

「思っちゃうね、これが。見たところジークの兄貴はあいつらのやり方が気に食わないという表情をしておるぜぇ」

「……例えそうでも、立場があるさ。おいそれと話すわけないだろう?」

「んじゃ聞き方変えちゃおうか―――黒幕さんを殺したいか、殺したくないか。さて、あんさんはどっちだろうねぇ」

 

フリードの言葉に場が凍る。

黒幕、というのは確実にディヨン・アバンセのことだろう。禍の団の一つの大きな派閥のボスを殺したいか殺したくないか。その質問は実にフリードらしい下衆な質問だ。

しかし、その質問はジークフリートにとっては好物なものなのだろう。奴は先ほどよりも純粋な笑みを浮かべていた。

 

「―――立場が許せば殺すだろうね。これで満足かい?」

「……あぁ、充分っすよ。俺からは以上っす」

 

 フリードはそのまま再び寝転んで無言を決め込んでしまった。

 ……俺も俺で最早話すことはなく、壁にもたれ掛り、そっと目を瞑った。

 ―――後はもう待つだけだ。この事態を打開できる瞬間を。

 

―・・・

 

 俺とフリードが捉えられてから時間は過ぎ、既に夜となっている頃だろう。その間、俺とフリードが出来ることはほとんどなく、俺はその間に情報の整理をしていた。

 フリードもフリードで考えるところがあるんだろう。少なくともあの時、ディエルデが話していたときのあいつの表情は真剣そのものだった。

 ……俺もこいつも、祐斗も聖剣計画という変な縁で繋がっている。いつかはこの問題に終止符を打たないといけない―――その大きな一撃を今回で与えてみせる。

 その前にまずこの状況をどうにかするってのが先決しないといけない問題なんだけどな。

 

「起きてるっすか、イッセーくん」

「……起きてるよ、残念ながらこんな状況で眠れるほど無神経じゃないんでな」

「つまり俺っちは無神経ってことっすね、あっははは!」

 

 ……つまり眠っていたと。こいつが眠るせいで俺が気を緩めれないんだよ。

 ―――俺たちの監視は変わらずジークフリートとヘラクレスだ。あれからクー・フーリンによって晴明は違う場所に移され、今はこの二人が俺たちの見張りをしている。

 ……実際にはこいつら以外に見張りはいるんだろう。

 未だにドルザークがここに姿を現さないのも少し気になるな。

 

「ここまで戦争派のトップ、ディヨン・アバンセはここに現れない―――可笑しいとは思わないっすか? 奴はイッセーくんの力に注視していた。恐らく創造の力にね」

「リゼヴィムが俺の創造の力に注目しているから、恐らくそうだろうな。つまりディヨンはリゼヴィムと繋がっていると俺は睨んでいるけど……」

 

 俺はちらっとジークフリートの方を見るも、あいつは涼し気な顔で魔剣の手入れをしているだけだ。あくまで協力の範囲内でしか動かないつもりか。

 

「ま、想定するならそう考えるのも妥当ってところっすね。タイミングを見計らっているのか、イッセー君の前に現れる危険性を危惧して様子を見ているのか……もしくは両方かってところかねぇ」

「もしそうだとするなら、逆に俺がここにいることでディヨンが動けなくなるんじゃないか?」

「そうっすねぇ。ただし、外ではイッセー君がいないことで状況が停滞する―――子供たち、どうなるのかわかったもんじゃないっすよ」

 

 フリードの言う通りだ。ディヨンの近くに入れるこの状況は確かにチャンスでもあるけど、同時にピンチにもなりえるものだ。俺たちの最終目的は戦争派の殲滅。だけど救えるものは全て救うのが俺たちのモットーだ。

 俺の元にはいないメルティ、戦争派に追われているハレとアメ。奴らの手足となっているディエルデとティファニア。……放っておけるはずがない。

 

「と、なると必要になってくるのが最終的にはフェルの力ってことだよな」

 

 ―――フェルの力が万全に使えれば、そもそも今の状況には至らなかっただろう。それほどに創造の力は万能で、俺が如何にその力に頼りっぱなしだったかということが痛感してします。

 最終的な答えとしてはここから脱出し、戦力を整えて戦争派を叩く。そのためにもフェルの力が必須となってしまうんだ。

 

『俺が話しかけても恐らくフェルウェルから反応はないだろう―――やはりあいつを起こす要因は相棒でなければならないようだ』

「やっぱりそうなっちまうんだな―――フリード、少しの間、頼むぞ」

 

 フリードにそう言うと、あいつは手をひらひらとさせながら了承の意を示した。

 ―――俺は静かに目を瞑り、魂を自分の深層。更にそれと繋がる神器の部屋へ繋げた。

 

―・・・

 

 ―――自分の深層心理とはドライグは「自由自在」であると表現した。深層心理は色で変化し、更に魂と繋がる神器は部屋が分かれているらしい。

 俺の場合、異例として神器が二つ宿っているという点から、兵藤一誠としてに心の部屋と赤龍帝としての部屋、そしてフェルが宿る創造の部屋がある。

 その三つの中心に中立の大広間のようなものがあり、今そこにドライグと俺がぽつりと立っていた。

 

『……やっぱり扉は閉ざされたままか』

『ああ。見てのとおり、分かりやすく鎖がぐるぐるに巻かれているさ』

 

 俺の視線の先には、フェルの領域である創造の部屋の扉があった。それはドラゴンの巨体が難なく通れる大きな扉で、その扉には今、大きな鎖が幾重にも繋がっており開けることができない。

 俺はドライグと共にその扉の前に立つも、そこからまるで俺たちを遠ざけるように強烈な風が生まれる。

 

『この通りだ。起こそうとしてもこの扉が邪魔をする。この深層世界で物理技が通用するはずもないからな。俺は残念ながら物理任せのドラゴンだ。そもそも説得という能力が欠如していると言ってもいい』

『あんまり自分を卑下にするなよ、ドライグ―――少なくとも宿主である俺の責任でもある。ここは俺に任せてくれないか?』

 

 俺がそういうと、ドライグは「任せた」と言って自分の領域に帰る。

 俺はドライグを見送ると、扉の方に近づいてそっと手を触れた―――バリィン!!

 ……突如伝わる電撃のような痛みに、俺は戸惑いを隠せない。

 

『―――フェルの馬鹿野郎。なんでこうも拒否ばかりをするんだよ』

 

 俺はそう呟くも、フェルからの返事はない。

 ―――アルアディアが残した爪痕。フェルが俺に何かを隠しているという疑惑と、俺がいずれフェルの存在によって絶望するという警告。

 ……本来魂に宿る神器を二つも宿してしまった俺の魂。本当なら例外なく一つの魂に神器は一つしか宿れない。

 にもかかわらず俺はフォースギアを宿した。

 ―――フェルのことは今の今まで謎だらけだった。謎だらけのまま共に過ごし、共に戦い、共に絆を深めてきた。

 ……俺は自分の左腕に赤龍帝の籠手を出現させる。

 

『―――俺はお前を最初から信じ切っているんだよ。今更実は黒幕でした、なんて言われても仲間だって言ってやる。家族だって、相棒だって言い切ってやる』

 

 籠手より洩れるのは緑色の倍増のエネルギー。それが俺の拳を包み込む。

 拳を振り被り、そのまま扉の鎖に向かって振りぬく!!

 

『―――だからさっさと目を覚ませよな』

 

 ―――ガキン、という鎖にひびが入る音が聞こえると同時に俺は現実世界に意識が戻る。

 上手くいったとは思わない。最後の最後までフェルの声は聞こえなかった。だけど、最後のあの軋んだような音が、何かのきっかけになればと願うばかりだった。

 

 

 ―――この時、俺は知らなかった。

 俺とフリードが戦争派の施設で囚われている中、外で起きている様々な出来事に。ディヨン・アバンセが俺たちの前に現れなかった本当の理由を。

 そして―――直後に聞こえた施設内に響き渡る轟音と、不穏な雰囲気を。

 

―・・・

『Side:三人称』

 

 ―――赤龍帝眷属の僧侶、黒歌は聡明な頭脳を持っている。兵藤一誠に負けないその冷静で視野の広い観察力は、彼らが囚われていることに気付くのにあまり長い時間は必要なかった。

 黒歌が待機しているのは施設付近の森の中。その中で息を潜め、状況を窺っているのだ。

 

「イッセーたちが捕まるなんて普通じゃない。ってことは中にはイッセーが大人しく捕まるほどの戦力が集結しているってことにゃん―――歯がゆいけど、私一人では救出は不可能だね」

 

 冷静にそう分析するも、今すぐにでも助けに行きたいという激情に囚われる。しかし黒歌はそれを、兵藤一誠の考えを汲み取って理性的に止めていた。

 ―――やろうと思えば強行突破できるほどの力が彼にはある。しかしそれをしないのはフリードやメルティを見捨てることになるから。彼女の主の考えや置かれている状況が理解できるからこそ、彼女はこうして好機を待つことが出来るのだ。

 

「チャンスは他の皆が合流してから。それまでは出来る限り状況を分析しないと」

 

 だからこそ黒歌は周りの状況を常に目配っている。

 そんな中で彼女が把握していることが数点ある。一つは一誠やフリードの現状。更に施設内には一誠が投降するほどの敵がいるという点から、高確率で英雄派クラスの猛者がいること。

 ……下手をすればティアマットを一方的に倒した最強の邪龍の存在も否定は出来ない。

 ―――ふと黒歌に通信が入った。

 

「……ッ。もしもし、こちら黒歌だにゃん」

『―――黒歌か。お前が通信に出て一誠が出られないということは、あまり良い状況ではないのだな』

 

 その相手はティアマットであった。自分たちとは違い独自で暴れまわっているはずのティアマットからの連絡に黒歌は驚いているものの、黒歌側は緊急事態だ。すぐに救援を願い出ようとするが……

 

「そうにゃん。今、イッセーとフリードが戦争派に掴まってるにゃん。私は施設のすぐ近くにいて……」

『そうか―――黒歌。私たちは一誠の拳であり、牙であり、剣だ。だが武器を出せる状況はまだ先だ。それほどに準備が整っていない』

「―――それって」

 

 ―――緊急事態における、眷属における隠語であった。その隠語を解読すると、ティアマットはこう言っていた。

 ……私たちは現状、お前たちの救援には迎えない。

 そしてそのような隠語をあのティアマットが言う時点で、黒歌は理解した―――ティアマットたちもまた、救援に迎える余裕がないということ。もしくは彼女たちもまた緊急事態であるということだ。

 

「……分かった。こっちはなんとかしてみせるにゃん―――そっちも気をつけて」

『ああ』

 

 そのままティアマットは通信を切り、黒歌はそっと立ち上がる。

 ―――一人でどうにかするしかない。そう悟ったのだ。

 

「……あぁ、こういう時に白音が居てくれたらなぁ―――ちょっとは無茶しないといけないね」

 

 ……仙術にも奥の手はある。邪気を吸い込み、一時的に力を爆発的に増幅させるという禁断の手。代償は大きいモノの黒歌ほどの実力者であれば何度かは使うことが出来る手だ。

 無論、一誠が知れば止めるのは確実であるが……

 

「ま、幸い優しいご主人様はいないから―――」

 

 黒歌は臨戦態勢を整えようとした―――その時であった。

 近くの森の木が、数多も切り倒れて大きな音を響かせたのだ。

 

「……敵? でも私は気配を完璧に消しているし……」

 

 ……少なくとも、自分の存在がばれているという風には思わない。となると考えられるものがもう一つだけ―――戦争派と戦う存在がこの森にいるということ。

 

「……どうしよう」

 

 黒歌は考える。本音を言えば、今すぐにでも一誠の救出に向かいたい。だけど彼女の予想が当たってしまえば、この戦闘をしている存在を放っておくことは出来ないのだ。

 ―――黒歌は考える。自分が尊敬し、愛する一誠ならば自分にどう命じるかということを。

 

「―――あぁもう、うちのご主人様は!!」

 

 ……助けに行けと、そういうに違いない。

 黒歌はそう確信し、気配を殺していた仙術を攻撃的なものに変え、音の鳴る方へ駆けていく。木々の間を走り抜けて、ついにその者達の元に辿り着いた。

 ―――そこにいたのは、人間だ。たった二人で周りの異形の者達と戦う少女が二人。その異形は鴉のように黒で漆塗りしているかと思うほどの翼を生やしており、その手には光と思わしき力で出来た武具を手にしている。

 ……何をしているかなど明快―――ハレとアメが、堕天使に襲われている。ただそれだけだ。

 

「堕天使までが戦争派に加担している―――たぶんはぐれだろうけど、アザゼル先生、しっかりしてにゃん」

 

 この場にはいない総督に苦言を漏らすも、黒歌のすることはたった一つだ。

 ―――ハレとアメの救出。これは一誠が優先していたことの一つだ。本来はティアマットたちの役目であったが、状況が入り組んでいる今、彼女たちを保護できるのは黒歌だけである。

 黒歌は猫魈としての本来の姿となる。そのため身体能力も仙術と戦闘形態との兼ね合いによって底上げされ、目にも留まらぬ速さで姉妹と堕天使の間に割って入った。

 

「―――貴様は赤龍帝眷属の」

「モブは黙ってね!」

 

 自身の周りに様々な色を浮かべる光球を浮かべ、それを立て続けに堕天使に振るい攻撃を加える。

 それは魔力で出来たものであり、仙術によって出来たものや妖力で出来たもの。様々な力が交差する黒歌にしか出来ない戦闘スタイルだ。

 仙術は張り巡った生物の気をぐちゃぐちゃに掻き乱し、妖力と魔力の変幻自在の攻撃は敵を殲滅する大きな武器だ。更に黒歌の鍛えてきた格闘技術を加えれば、高が堕天使如きに黒歌が苦戦するはずもない。

 ―――普通であれば。

 

「こいつら、強い……ッ」

「はははっ! 一人で出てくるなど、馬鹿がいたものだなぁ!!」

 

 はぐれが大きな力を持つはずがない。そう思っていた黒歌であるが、実際に戦ってみれば敵の力は少なくとも上級堕天使に近しいものであった。それが束になって掛かってくるのだから、黒歌も守りながらでは分が悪いのは必然だ。

 ……たかがはぐれが上級クラスの力を持つ、この点に疑問を抱きながらも黒歌に出来るのは一つ。この姉妹を何とか守ることだ。

 

「―――何をぼさっとしてるにゃん! あんたも応戦するにゃん!!」

「その服はあの男の―――そんなこと、言われなくても分かってる!!」

 

 黒歌の登場に今まで呆けていたハレであるが、彼女の強い言葉にハッとしたように顔を上げ、不服そうな顔をするも応戦を開始する。

 ……空間を越えて斬る剣の神器。それは非常に強力なものだ。いわば防御魔法陣を全て無視することの出来る剣と言っても差し支えはない。無論、それを扱うハレの熟練度は決して高いとは言えない。しかしそれを補うほどのスペックがこの神器にはある。

 

「厄介な神器だッ!!」

 

 ―――どこから来るか分からない刃。どんな堅牢な装備をしていても、鎧の内部から切られれば装備の意味をなさない。故にいつ来るか分からない剣撃を常に警戒する必要がある。

 初見では間合いを測ることが困難であり、どんな範囲で空間を越えて斬撃を加えられるか分からない敵。これまでは物量で追い込んでいた堕天使であるが、現状は黒歌の加勢によりその優位性は完全に少女たちに向いていた。

 

「一、二、三!!」

 

 黒歌が三つ数えると、黒歌の周りの光球は彼女を主軸に高速回転し、堕天使たちに連続で直撃を与える。仙術により気が狂い、魔力による直接攻撃で物理的に体は蝕まれ、そして最後は妖術による精神攻撃で心を蝕む。

 

「な、なんだこれはぁッ! な、何故あなたがここに……ッ」

「……自分が一番恐れる存在を見せる幻術。さ、楽しんでいくにゃん」

 

 ―――妖術による幻術効果。彼らの目に映る恐怖の存在はそれぞれだろう。

 無論、強者にこれはあまり聞かない力だ。力がある、という点ではこの堕天使たちには本来効くはずがない幻術。

 ……ただし、例え力が強くても心が力に追いついていない場合、この術は発揮される。この時点で黒歌の抱いていた疑問は解消した。

 

「……あんたら、弄られてるね―――ま、聞こえないだろうけどさ」

 

 ……戦争派によってその肉体を弄られ、本来のポテンシャルを遥かに超える堕天使たち。今まで無力であった彼らが突然強大な力を手に入れ、他者を見下して力だけの力を振りかざす。そこに信念などなく、力を振るう覚悟もない。

 そんな者達にこれ以上苦戦するほど黒歌は甘くない。堕天使たちは地面に這いつくばり、幻術に囚われ続けていた。

 

「―――許さない、アメを傷つけたお前たちを!!」

 

 ……ハレの刃が堕天使たちを襲う。その刃で堕天使たちは翼がもがれ、中にはその一撃で絶命する者もいた。その容赦のない一撃を見て黒歌は静かに目を瞑る―――血を流すことに躊躇いのない現実に、心が締め付けられる思いであった。

 

―・・・

 

 黒歌はジタバタと拒否するハレと、それとは対照的に静かなアメを抱えてその場から離脱していた。

 戦争派の基地から遠く離れることが得策だと考え、彼女たちを連れて逃亡を謀っているのだが―――無論、ハレがそれを素直に良しとするはずもない。

 ある程度安全な場所と判断するや否や、黒歌を突き放して距離と取った。

 そこは基地からかなり離れた廃屋の中。戦闘からの全力の逃走もあってか黒歌にも若干の疲れも見えた。

 

「……はぁぁ、とりあえず撒けたにゃん。あんたらは大丈夫?」

「…………別に、助けられてとか思ってないから。僕一人でも、あんな奴ら倒せたから」

「はいはい、それで良いから―――でもあんたら姉妹を放っておく選択肢は私にはないから、そこんとこよろしくにゃん」

 

 黒歌は廃屋のボロボロの椅子に腰かけて、肩の力を抜く。……一誠の元から離れ、独断行動をしているのだ。不安は残っているのは仕方がない。

 今の彼女に出来るのは、一誠が気にかけていた姉妹を保護すること。この一点に尽きるのだから。

 

「余計なお世話だ。それにこんなところに留まってたらまた敵が」

「……じゃあ聞くけど、行く当てなんてあるの?」

「……私たちは二人だけで生きていける。今までもそうだったから、これからだって……っ」

「―――無理だよ。どう足掻いても、いずれ限界が来る。守る側も、守られる側も」

 

 ……それが難しいことを、誰よりも黒歌は知っていた。自分が昔そうだったからこそ、黒歌はこの姉妹に―――特にハレに過去の自分を映していた。

 

「(……私はこの子たちのことは何にも知らないから、何を言っても意味ないんだけどさ)」

 

 境遇は似ていると思った。黒歌と白音は共に親を亡くし、外敵ばかりの世界でただ命を繋いで生きていた。信じることが出来るのはお互いだけ。いつも妹を亡くし、身を削って彼女はここまで生きてきた。

 違いがあるとすれば、手を差し伸べてくれた存在があるかないか。それだけだ。

 

「……例えそうでも、僕はどれだけでも強くなる。どんな敵が来ても倒して、何度でも―――」

「……ハレ」

 

 アメがほんの少しだけ表情を曇らせ、ハレの手を掴む。その姿が少しだけ彼女の最も愛する妹に似ていた。

 

「分かったにゃん―――とりあえず」

 

 ―――刹那、黒歌はハレの背後に回る。仙術を極めている黒歌から見て、ハレの気の乱れは看過できるものではなかった。

 これまでの体力の消費や精神的摩耗が顕著で、恐らくはほとんど眠っていないのだろう。ハレは成す術なく黒歌による仙術で気を操作され、程なくして意識が無くなった。

 

「……安心して。ただ熟睡させて体力を回復させるだけだから」

「…………」

 

 黒歌はじっと見つめて来るアメにそう言うと、彼女はホッと胸を下すように安堵の表情を浮かべた。

 ……黒歌はハレを地べたに寝かせて、自分の上着を掛けた。

 

「……ありがとう」

「へぇ。あんたはこの子と違って敵意剥き出しってわけじゃないにゃん」

「……無力だから。私は、ハレに守られているだけ……だから」

 

 アメはハレの方を見つめながら、そう呟く。

 

「―――あなたは……あの赤い人の、仲間?」

「赤い人……イッセーのことかにゃん?」

「……たぶん。私たちを、助けてくれたヒト」

「じゃあイッセーだ。うん、私はイッセーの眷属の黒歌だにゃん。あんたたちを助けたのも、うちのご主人様のご意向ってこと」

「……そう」

 

 掴み所が難しいところも白音にそっくりであると苦笑いするも、黒歌はアメの近くに寄る。警戒心が上限を超えているハレと違ってアメは比較的友好的で、特に逃げる素振りは見せなかった。

 

「私たちはあなたたち二人を保護したいと考えてるにゃん。こんな戦場で二人でなんて危険すぎる」

「……そうしたい、けど。……でも無理」

「どうして?」

「―――あいつらから、逃げ切ることは出来ない……から」

 

 ……あいつら、というのは十中八九、戦争派のことだろう。彼女たちを執拗に追い掛け回す戦争派によって操られた兵士や先ほどの堕天使たち。そしてメルティ・アバンセの発言から鑑みてもそれは間違いない。

 その詳しい情報を得るために一誠とフリードは潜入したのであるが、現状では彼らの持つ情報を得ることは出来ない。

 だからこそこれは黒歌の持つ情報を組み合わせた予測でしかなかった。

 

「あんたは―――アメはあいつらのことはどれだけ知ってるにゃん?」

「……追い掛け回してるのと、ハレの力を……狙ってると、思う」

「そうね。神器持ちなんてあいつらからしたら格好の得物にゃん」

「……神器。それが、あの剣のこと?」

「そう。人間のみに宿るヒトならざる力の総称―――それが神器」

 

 黒歌がそう言うと、アメは表情を変えずに「そう……」と呟き、それ以上は何を言わなくなった。

 ……黒歌は彼女たちの状況を知りたいと思った。どういう事情でこんな戦場で二人で生きているのか、それを知れば何かの取っ掛かりになると考えたのだ。

 

「……親のこと、聞いても良い?」

 

 ―――黒歌がそう尋ねた瞬間、アメの表情は歪む。

 ……黒歌は何となく予想していた。この明らかに危険な状況下で誰も頼ろうとせず、一人で何とかしようとするハレを見ていて、過去に何があったかを予想していたのだ。

 

「……ううん。やっぱ言わなくていい―――誰かに裏切られたんだね、二人とも」

 

 ……それも彼女たちと限りなく近しい人に。アメは俯いて何も喋らなくなるのを見て、黒歌は確信する。

 ―――余計に自分と二人を重ねてしまう黒歌。どうしてこんなにも小さな子供が、ただ神器を宿しているというだけで理不尽に巻き込まれてしまうのかと、心から怒りを覚えた。

 神が作ってしまった理不尽に対して、そしてそれを平気で利用してしまう戦争派に対しても。

 

「……ハレは不器用」

 

 ……ふとアメは、無言を破って絞り出すように話し始めた。

 

「……いつも真っ直ぐで、強がって。……だけどいつもアメを守ってくれる……今だってそう」

 

 決して見捨てず、何があってもアメを最優先し、自分のことは二の次で大切な人を守ろうとする。

 それを聞いて黒歌は思った―――本当に、どこかの誰かさんにそっくりであると。そんなハレだからこそ、アメだからこそ黒歌は彼女たちを守りたいと思った。

 過去に自分が一誠に救われたように―――今度は自分が二人を絶対に護りたい。そう思った。

 

「―――大丈夫」

 

 ……だからかつて自分が掛けられた温かい言葉を、アメに言った。

 

「私やイッセーは絶対に二人を助けてみせるから。だから安心して。私たちは何があっても君たちを裏切らない」

「……迷惑、かかる」

「じゃあうちのご主人様の言葉を借りるにゃん―――迷惑とかそんなもの全部取っ払って、どうしてほしいか言って? そしたら私たちは絶対にそれを叶えてみせる」

 

 ……似合わないと思う。それは一誠だからこそ映える言葉であり、黒歌が決して言わない言葉だ。

 だけどこの子には言葉が必要だと、黒歌は思った。意志を見せないと信じてもらえない。だから黒歌は敢えて言葉に出した。

 

「……アメは―――」

「―――目標、捕捉」

 

 ―――アメとは違う、冷ややかな声が廃屋に宣う。

 その瞬間、黒歌は今まで感じなかった殺気に気付き、ハレとアメを抱きかかえて廃屋から飛び出た。

 ―――その瞬間、廃屋は木っ端微塵に切り刻まれ、消え去った。

 

「…………あんた、どうして……っ」

 

 黒歌はそれをした張本人の顔を確認し、苦虫を噛むような表情を浮かべる。

 それもそのはずだ―――本来はこの場に居るはずがないのだから。彼女は一誠やフリードと共に施設に潜入したのだから。

 黒歌はハレとアメを背中に隠し、目の前の敵を睨みつける。

 目の前の敵―――メルティ・アバンセを。そしてその後ろで歪んだ笑みを浮かべている白衣を着た男を。

 

―・・・

 

 ―――大きな力が動いていた。

 赤龍帝眷属の前にある問題は三つ。ティアマット、朱雀、レイヴェルの近くにはリリスという問題があり、黒歌の前にはこの騒動の黒幕が現れた。

 ……ならば兵藤一誠の前に現れる問題とは何か。

 

 

 ―――それは黒金だった。

 

 

 戦争派の施設をゆっくりと徘徊する一つの影があった。

 それはゆっくりと、しかし着実に前進していた。

 目の前に現れる戦争派の戦闘員を消して進み、ある一点に向かって歩みを進める。

 真っ黒な布で頭まで覆って、唯一見えるのは口元だけ。胸元に黒と金で装飾された機械的な見た目のネックレスを下げて、そこに嵌めこまれている宝玉を黒金に輝かせて―――終焉は、ゆっくりと歩いていた。

 

「―――ダメだよ。こんなつまらないところに彼を閉じ込めちゃ」

 

 ―――全てを終わらせる黒金の鎌を振り払い、彼女は向かう。

 その邂逅は近い。

 

「―――さぁ、アルアディア。ここ全部、終わらせよっか」

 

 ―――終焉の少女、エンドは微笑みを浮かべて進んでいった。



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第5話 窮地と好機の狭間

 二人は何の変哲もない、ただ幸せな生活を送っていた姉妹であった。

 好きなときにご飯を食べ、二人で遊んで、時には笑ったり、怒ったり喧嘩をしたりして。そんな普通誰しもが受けるべき生活をただ受けていた、何の変哲もない少女たちであった。

 ……そんな二人の日常が終わりを告げたのは、突然のことだった。

 二人の住む町に突如、武装した謎の集団が現れて人々を蹂躙した。それに対抗するようにまた違う勢力が現れ、戦争が勃発した。

 ――その結果、ハレとアメ、二人の姉妹の両親は呆気もなく死亡した。

 人間とは境地に立たされたとき、本当に望むことを望むままする。両親は自分たちの大切な愛娘を守る――ということをしなかった。

 違和感にすぐに気がついて一番最初に彼らがしたことは、娘たちを見捨てて我先に逃げようとした。子供がいたら足手まといと考えたのだろう。しかし結果、呆気もなく謎の集団に惨殺された。

 ――その光景を一から十まで目の当たりにしたハレはそのとき、決心したのだ。誰も自分たちを救ってくれる存在はいないと。

 だから自分がハレを守るために人間であることを捨てる覚悟さえした。自分が弱い少女であるということを忘れ、一人称も僕に変え、この世界でたった一人の大切な存在のアメを守る事を決断したとき、その力に芽生えたのだ。

 ――全ての理不尽を切り裂いて、二人で切り開きたい。誰も頼らず、二人で生きていきたい。そんな願いで生まれたのが彼女の空間を切り裂く剣の神器だった――

 

「ねぇ、アメ」

「……なに?」

「――僕が絶対に、アメを守ってみせるから。だからもう泣かないで、アメ」

 

 ――薄い胸板を大きく見せるために胸を張って、本当は泣きたいのは自分もなのに泣き言を言わず強い言葉を口にする。そうでもしないと不安に押しつぶされそうになるから、自分を強く見せようと躍起になる。

 そんなハレを見続けていたアメは分かっていた。彼女が無理を続け、自分という足手まといを支えながら危険なことを続けているということくらい、当の前から分かっていた。自分の大切な人が目の前で磨耗していく姿を見るくらいなら、死んだほうがマシだと何度も思った。

 ……だけどそれと同時に、自分がいないとハレがハレでなくなってしまうことも理解していた。

 だからアメは黙って彼女に寄り添い、彼女に自分の全てを託す。

 

 

 ――そんなときに自分たちの前に紅蓮が現れた。

 いつも狙われてばかりであった二人を、初めて救った人物がいた。赤い籠手に赤い服、優しそうな顔をしているけどその表情ははっきりと怒りを示しており、その怒りは自分たちを襲っていた敵に向いていた。

 ――ハレは彼の純粋な好意に甘えることはできなかった。彼の行動を懐疑的に考え、何か裏があるのではないか、どうせ誰も自分たちを救ってくれない。そう考えを固定して、信じることを放棄してアメを連れてまた逃げた。

 ……これ以上、裏切られたら心が壊れてしまいそうだから。だからその温もりから逃げたのだ。

 

「……ねぇ、ハレ」

「なに、アメ。今は少しだけ寝かせてほしいよ」

「……うん――あの人、本当に……悪い人?」

「――そんなこと、わかんないよ……っ」

 

 ――その嗚咽が何だったのか、それはアメでも分からない。

 だけどあの時、彼が――兵藤一誠が向けた目が忘れられない。本当に自分たちを心配して、どうにかしたいと思わせてしまうような目。あの優しげな声音を、一度しか会っていないのに思い出してしまう。

 だがそれは弱さだ。そんな他人任せの甘えた考えではこの戦場を生き残ることなんてできない。

 だから……

 

「――あんなやついなくても、僕一人でアメを守ってみせる……っ。じゃないと僕が生きている意味なんて……ないんだ」

 

 ――だから、ハレは兵藤一誠を否定するしかなかった。

 

―・・・

 

「――やぁ、初めまして、赤龍帝眷属の黒歌くん! そしてそこにいる(シックス)(セブン)も、初めましてだね!!」

 

 黒歌とハレとアメの前に現れたのは、自分たちの支配下にいたはずのメルティ・アバンセと、そして――戦争派のトップ、そしてこの事態の黒幕であるディヨン・アバンセであった。

 ディヨンは下種な笑みを浮かべながら、舌でなめるような視線で三人を見つめている。そんな状況に対してすぐさま行動を起こしたのは黒歌であった。

 ――なぜなら、ディヨン・アバンセの顔を彼女は知っていたからである。

 戦争派で唯一露呈したのはディヨンの顔であった。なぜならディヨンは元々は人間の優秀な科学者であり、その異質な才能を堕天使陣営の極一部が秘密裏に手に入れ暗躍していた存在であったのだから。

 その堕天使の極一部が揃いも揃って禍の団に鞍替えし、その結果できたのが戦争派なのだ。

そもそも一誠のいるあの施設にいるはずのディヨンがこの場にいることが黒歌にとって想定外であった。

 

「……だれ?」

「え、あんたあいつのこと知らないの?」

 

――敵はハレとアメをコードネームで呼んでいる。にも関わらずアメはディヨンのことを知らない……というより、敵の正体すら把握していなかった。

これがどのような意味を示しているのか、それは黒歌の頭では理解に苦しむ。少なくとも彼女には突発的にそこまで頭は回らなかった。

ただ一つ、分かることがあるとすれば、それはこの場が危険であること。自分たちが窮地に立たされているという事実だけだ。

 

「それもそうだねぇ。ただ、あまりこちらも良い状況ではないので、そろそろ本気で回収しないといけないから私が直接きたのだよ!」

「今更なにを、なんて野暮なことは聞かないわ。大方、この双子を狙ってのことでしょ?」

「ふむ、そうなんだけどなぁー。こう、話したいのに既に理解されているのはちょっと寂しいもんだ! 黒歌くん、私のお喋りの邪魔をするんじゃなーい!」

 

――まるで子供のようだと黒歌は思った。これなら一誠の方が百倍大人であるとまで思った。

ディヨンの口調、態度は正に子供。嫌なことを素直に言って、我儘に自分を通そうとするその姿。姿形が子供であれば可愛げがあるだろうが、見た目年齢が三十代の男がやれば引きはすれど、可愛らしいと思うことはない。

……しかし、それでも気は抜けない。この態度、行動の全てが計算であると思わせるほどディヨンには不気味なものがあった。それを仙術で感じ取る黒歌は今すぐでも敵を屠る準備をしていた。

「ふむふむ、仙術で私を警戒するかー。うんうん、正しい判断といえば正しいねー――でも少し私を買い被り過ぎだな! 私の強さの本質はそこじゃないのだから」

「何を言って――ッ!!?」

 

ディヨンの言葉の真意を理解できず、黒歌が少しだけ瞬きをした。その瞬間、黒歌の目は見開く。

――今の今までそこにいたはずの敵が、自分の死角に移動していたからだ。それを済んでで察知するも、避けるまでには至らない。

……メルティの鋭利な爪が黒歌の横腹を掠める。服はそれで一部吹き飛ぶが、問題はそれではない。

――掠めただけだ。直撃はしていない。にも関わらず、黒歌の横腹からは掠っただけとは思えないほどの血が溢れ出ていた。

「こ、いつ!!」

 

黒歌は仙術込みの掌底を繰り出すも、既にそこにはメルティはいない。また黒歌の死角に潜り、彼女に必殺の一撃を放とうとしていた。

しかし黒歌といえど、歴戦を戦ってきた戦士だ。何度も同じ手を食らうはずがなかった。

仙術を広範囲の索敵モードから、限りなく自分の周辺数メートルに限定し、死角からの一撃を想定。メルティの一撃を絶妙なタイミングで避けて、逆に彼女の完全な死角から仙術による気を狂わせる殴打を放った。

 

「…………?? からだ、うごかない……」

 

メルティは気の流れが完全に狂い、面白いほどに動かなくなる。その隙に黒歌はハレとアメを連れて逃走をはかる。

……それを眺めるように見ていたディヨンは、薄ら笑いを浮かべたままであった。

 

「なるほど、それが仙術か。晴明くんのものよりも遥かに高い精度だ――メルティ、何をしている。さっさと気を戻しなさい」

 

……その一言が、メルティの更なる変化の兆しとなった。

 

「な、に……それ――あんた、その子に何をした!?」

 

その変わり果てた姿を見て、黒歌の琴線は完全に感情によって荒ぶれた。

――黒歌といえど、何もメルティに対して悪感情だけを抱いていたわけではない。曲がりなりにも一誠の影響を受けて変化し、敵でありながら一誠に懐いているのは見ても理解できた。

少し犬っぽい彼女のことを、少しずつ気に入っていたのだ。

そんなメルティを観察していた黒歌だから分かる――これは前までメルティの姿ではない。こんなもの、前までは考えられない。

――少女らしさを失った獣。全てを噛みちぎると思ってしまう巨大な牙、犬の毛並みが逆立っているような肌、目は危険なほど赤く充血し獰猛に光り輝いている。

……瞳の瞳孔が完全に開き、もはやそれは人間ではなく――獣。その獣は二足歩行ではなく、半身を酷く曲げて、四足歩行で立って黒歌を睨みつけていた。

 

「ははは! 以前ならばこうも早く定着はしていなかっただろうさ! しかしこれも兵藤一誠による変化というのかな? いやぁ、実に彼は進化を促すツールだよ。おかげで私の研究は大成功だ!!」

 

――その台詞は不味かった。言うに事欠いてディヨン・アバンセは、彼女が最も愛し、尊敬し、付き従う存在を「ツール」とのたまった。

それはいけない。他の眷属の誰よりも昔から彼の近くにいて、彼の優しさに触れてきた黒歌に対してその台詞は自殺行為と言ってもいい。

 

――確かにイッセーの周りでは色々な変化が起きる。それは私にも言えることで、それはいつでも正しい変化だった。

 

……心の中でそう思いながら、黒歌は「でも」と言葉を打つ。

――心の底から腹が立つ。はらわたが煮えくりかえる。気に触れてしまった。

激昂、憤怒、立腹、激怒、赫怒……数多ある怒りの言葉を以ってしても許さなかった。

「――イッセーをそんな形で利用するのは、許さない」

 

……黒いオーラが黒歌から湧き出る。それは仙術の暗黒面を表面化させた時に浮き出るもの――ではなく、魔力や妖力、霊力、仙術が混ざり合って成した色だ。

混ざり合った色は互いと反応し、色を変化させ結果として黒に近いものとなった。――いや、違う。それは禍々しいというには美しく、綺麗な菖蒲色だ。黒歌の綺麗な濡れ羽色の長髪は逆立ち、彼女の雪のように白い肌と対比で異様な美しさを露わにしていた。

猫又特有の双葉の尻尾は三又の尾となる。

――これもまた、一誠と触れ合うことで黒歌に訪れた変化だ。より強く、黒歌の性質が一体となってそれが表面化した猫又の新たな進化――黒歌の進化だった。

 

「ん、それは情報にない形態か! メルティ、データが取りたいから一戦交えなさい」

「…………」

 

音もなくメルティは消え去り、そして黒歌の背後に現れる。その爪という凶器を振りかざし、命という神秘を奪い去ろうとする獣は黒歌の心臓を貫こうと攻撃した。既に黒歌は致命傷を負っており、動けないであろう――それがディヨンの読みであった。

しかし、黒歌はメルティの動きの早さなど承知の上だった。無策で彼女に相対するはずがない。

――熟練された仙術が更に昇華し、そこに黒歌の要素である魔力、妖力、霊力などのあらゆるものを自己回復の一点に集中。その結果生まれたもの、それこそが――超回復。更に仙術の元よりある気配を察知する性質が更に過敏になった形態。

それこそがこの形態。その名も

 

「――黒歌バージョンⅡにゃん」

 

死角からの一撃を予測していたかのように避け、そのまま三叉になった尻尾でディヨンの方まで叩き飛ばす。

――既に黒歌の致命傷であった傷は存在していない。

 

「……今のメルティの速度に反応するか」

 

その光景を目の当たりにしたディヨンは、興味深そうに彼女を観察していた。

――黒歌は自身の進む道を考えていた。赤龍帝眷属は一誠を始めとしてティアマットといった高火力な力を持つものが多数いる反面、サポート要因があまりにも少ないと。

朱雀もレイヴェルもまだまだ未熟といえど将来的な才能はあるも、それはあくまで戦闘面の話だ。そう考えた時、一誠の僧侶として彼女は眷属を――一誠を守るということを選択した。

……思い出すのは悪神ロキとの戦いだ。あの時、黒歌は一誠のために何もできなかったと後悔した。自分の未熟さを呪いさえした。

結局、一誠を救うのはいつもアーシア・アルジェントだ。回復という稀有な神器は身体を癒し、優しい心は心を救う。……では黒歌はどうだ。そう考えた時、黒歌は悔しさが募ったのだ。

 

「……あーあ、イッセーのための力を、あんたみたいな奴の前で使うことになるとか、ホント勘弁にゃん」

 

黒歌は手の平を閉じたり開いたりして、今の状態を確かめる。

――動きは良好。むしろ普段よりも調子が良いとまで思える。

 

「――とりあえず、そこの馬鹿犬の目、覚まさせるから」

 

黒歌の周りに浮かぶのは、彼女の発するオーラと同色の球体だ。それが幾つも浮かんで黒歌を周りをゆっくりと回転しており、メルティはそれに近づこうとはしない。

――分かっているのだ。野生的な第六感が、今の黒歌に近づくことを止めている。ディヨンに何らかのことをされていても、メルティの勘の良さは損なわれていない。

 

「何をしている、メルティー。私は彼女の戦闘データが取りたいんだ。早く戦え」

「――じゃああんたが戦えば良いにゃん」

 

――その発言が気に食わなかったのか、黒歌は浮かんでいる球体の一つをディヨンの方に投げた。それにいち早く反応したメルティは爪でそれを引き裂こうとしたが……手を引っ込めた。

――その瞬間、響いたのはディヨンの絶叫だった。

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

「どう? 結構効くでしょ。そこのメルティがあんたに操られていたとしても、手を引っ込めるほどの技にゃん」

 

 なお痛みに苦しむディヨンに向けて、黒歌は人差し指の先に球体を浮かばせ遊ばせながらそう言った。

 ――原理はそう難しいものではない。いや、それは異常なほど優れた頭脳を持っているディヨンも既に理解していた。自分を苦しめるこの力の正体を。

 

「気の、活性化……な、なるほどねぇ――僕の神経を、過剰に活性化させて……神経系を、ズタボロにする技、か」

「そっ。気はどんな生物にもあるもの。もちろん本当の使い方はこんなものじゃないんだけどね」

 

 本来なら自然回復の促進のための力であるが、それを攻撃的な力に転じた技だ。

 ――とはいえ、黒歌のこの形態はあまり長くは持たないことは彼女自身が一番理解していた。

 黒歌の誇る力。例えば仙術であったり、魔術であったり、妖術であったり、魔法であったり……それらはそれぞれの使いどころで使いこなしてこそ発揮する力だ。それぞれの力にはそれなりにリスクがあり、互いにリスクを互いに補い合って黒歌は万能に近い戦いをしてきた。

 ――しかしこの形態は圧倒的な爆発力を発揮する反面、それぞれの力のリスクを掛け算しているのだ。よってリスクの補いはあまり機能していないのである。

 

「ここらでさっさととんずらといきたいところだけど――まぁあんたから逃げられるなんて思ってないにゃん」

「……目標、確保」

 

 しかし彼女の前に立ち塞がるのは、かじろうて人の名残があるメルティだった。

 その力は黒歌の目から見ても自分と渡り合うものであると認識して、無理をすることを覚悟した。

 

―・・・

 

 ――オーフィスの片割れの存在、リリスを連れているティアマット、朱雀、レイヴェルの三人は一誠の元に向かいながら常に注意を付近に向けていた。

 オーフィスが禍の団を抜けるため、せめてもの償いとして置いてきた無限の力の一部を用いて創られたリリスの力は、多少の弱体化をしたオーフィスに近しいものになりつつあるとティアマットは肌で感じていた。

 そんなリリスはといえば――呑気にお菓子を食べながら、ちょこちょこと三人の後ろをついてきていた。

 

「お菓子に目がないところはオーフィスと同じか」

 

 普段オーフィスと触れ合うことが多いティアマットはその姿を見つつ、多少肩の力が抜ける。

 敵の最強戦力を前にそれは些か無防備ともいえるが、実際に今のリリスからは敵意の一切が見えないのだから仕方がない。

 

「それにしても今までとは打って変わって、静かになりましたね。先ほどまではあれほどに戦争派がうろついていたというのに」

「えぇ――ディン、この状況をどう思いますか?」

『そうだね、少し不気味かな。それはきっと朱雀くんも分かっていることだよね――イッセーくんたちが捕まっている。そして黒歌ちゃんが先ほどの通信以降、反応がない。僕たちは僕たちで問題を抱えている。状況は最悪に等しい』

 

 宝剣からディンが現状をまとめる。ディンの言う通り、把握しているだけでも赤龍帝眷属の置かれている状況は厳しい。

 ……ただその中でもまだマシなのが三人だというのもまた事実だ。リリスの目的がはっきりとしている分、彼女は御しやすい存在である。それもリゼヴィムが絡んでこない場合によるのであるが。

 

「リリス、もう一度確認するぞ。リゼヴィムはここにはいないんだろうな?」

「……こうてい。リゼヴィム、ほんぶをおそわれて、ていっぱい」

「あぁ、リアス嬢たちの作戦にまんまと引っかかったというわけか」

 

 禍の団の隠れ家の一つが割れて、大きな戦力を投入して実施されている掃討作戦。それによってリゼヴィムの目がこちらに向いていないということは説得力があることだった。

 実際にこの作戦はリアス・グレモリーとエリファ・ベルフェゴールを筆頭に三大名家の現当主の二人、ディザレイド・サタンとシェル・サタン、更には冥界の強力な人材を投入しているのだ。既に扇動者としての強みを失くしているリゼヴィムにとっては決して無視できないのであろう。

 しかも英雄派の中でも比較的クリフォトに友好的な晴明派が現在北欧にいることを考えれば、余計にその情報は信憑性を増す。

 

「……まぁ今は疑っていてもどうしようもならない――ところでリリス。これをやるから一つ教えてほしいことがあるんだが」

「……ちょこ」

 

 ティアマットが懐から出したチョコレートを見て、リリスの目が少し輝きを見せる。こうして少しずつ敵の情報を小出ししているティアマットなのだが、仲間から見たらそれは何とも言えない光景に映ることだろう。

 

「……敵の親玉を餌付けしていますよ、ティアマット殿は」

『彼女はよくも悪くも純粋だからね。ただ……危険であることは間違いないよ』

 

 かつて多くの邪龍と相対し、それを封印してきたディンだからこそ誰よりもリリスの異質さを肌で感じていた。

 ――ディンからしても、リリスというドラゴンを正確に看破することは出来ない。ドラゴンのようでドラゴンならず。異常なほどに様々な力が入り組んだ存在。

 どこか邪龍と同じような匂いを感じつつ、しかしながら感情も芽生えているその姿は子供のようで――つまり良く分からなかった。

 

『ともかく今はイッセーくんの救出を第一に考えるべきだ。そのためならリリス、君も僕たちに譲歩してくれるだろう?』

「……? けんから、ドラゴンのけはい? ――かまわない」

 

 するとリリスは腕をぶんぶんと振り回しながら、多少可愛く握り拳を突きだした。

 ――一行はその素振りを見て、不意に可愛いと思ってしまうのであった。

 ……そうして一向は戦争派の本部に襲撃計画を企てながら、移動をしていた。

 

「リリス、この戦場に邪龍は来ているのか?」

「……わからない――クロウ・クルワッハ。あとで、くるかも」

「――やはりか。ただそれは予想の範疇だから良いとして」

 

 ティアマットからすればクロウ・クルワッハとの再戦は願ったりかなったりである。前回の戦争で手酷く敗北していることに対する執念を晴らすいい機会であるからだ。

 

「――情報によればこの辺りか」

 

 ティアマットは戦争派の隠れ家である森の前で立ち止まる。

 ――ただし、その様子は少し可笑しなところがあった。

 

「……待ってください。本来ここは結界で隠れているはずです――なのにどうして、巨大な建造物が私たちの目の前にあるのですか?」

 

 ――戦争派の隠蔽工作でここら一帯は深い森になっていたはずなのに、どこからどう見てもそこには巨大な研究施設があったのだ。それがまず可笑しい。

 だがそれ以上に可笑しいことがある。

 それはレイヴェルがすぐに気付いた。

 

「――結界はまだ確かにあります。だって私たちが遠くから見ていた時には、こんな巨大な建造物、見えなかったのですから。恐らく何者かが結界の一部分だけを消し飛ばしたのです。跡形も残さず」

「……そんなこと、不可能です。だって結界を消し飛ばしたとしても、その残骸は少しは残ります。ですがここにはそれすら見受けられない――まるでこの一部分の結界を無理やり無力化したとしか思えません」

 

 ――無力化。その言葉に引っかかったのはティアマットだった。

 

「私たちの味方にそんなことが出来るのはイッセーくらいなものだ。敵である戦争派がわざわざそんな暴挙をする必要性もない――ならば考えられるのは、私たちも敵すらも想定外の第三勢力だ」

 

 そして彼女は、それが出来る第三勢力について一人しか――いや、二人(・ ・)しか心当たりがなかった。

 

「不味いぞ、今すぐに一誠とフリードの救出に向かう! リリス、お前も手伝……は?」

 

 ティアマットが振り返った時、そこには先ほどまでいたはずのリリスが忽然と姿を消したのだった。

 そのあまりにも突然の出来事に、ティアマットも開いた口が閉じない模様だ。

 

「……あんのオーフィス擬きぃ! こういう時にいなくなるとはどういうことだぁ!!」

「お、落ち着いてくださいティアマット様! 今はそのことよりも、イッセー様の救出が急務です!」

 

 怒り狂うティアマットの腹部に抱き着き、レイヴェルは彼女を止めた。

 

『リリスが突然消えたのは偶然だとは思えないよ。ここに着いた瞬間、リリスは消えたことを考えたら――ここに着いた時点でリリスの目的は果たされたということだね』

「つまりリリスはイッセー殿の居場所を察知したということですね」

 

 ならば、と朱雀は考えた。リリスが一誠の居場所の在処を、この研究所に着いた時点で察知したのだとすれば――何故自分たちの前から消えた。そしてその解はすぐに出る。

 

「……既にイッセー殿はここにはいない、ということです」

「――朱雀っちの言う通り、ここにはもうイッセーくんはいねぇですぜ」

 

 その時、ふっとフリードが靄から姿を現した。フリードの剣の能力なのだろう。しかし一同はその突然の登場に驚く。

 

「フリード、お前、もしかして捕まっていなかったのか?」

「んにゃ、俺っちも絶賛捕まってたぜ? ただ……ちょっとあれに関しては俺は専門外と言いますか、何と言いますか」

『……何があったんだ?』

 

 ディンは核心を知るため、フリードにそう質問した。

 するとフリードは静かに真実を語った。

 

「――黒金の力を持つ女が、イッセーくんを牢屋から連れ去った。そういえば、分かるっしょ?」

 

―・・・

 

 ……二度目の邂逅は、くしくも救われる形になってしまった。

 ――そのような状況に陥ってしまったのは、今からほんの数分前の出来事だった。

 牢屋から抜け出す機会を待っていた俺たちであったが、その状況は急変したんだ。警報のブザーが鳴り響き、戦争派の本部は慌ただしくなった。俺は一瞬、仲間が救いに来たと考えたけど……それも違った。

 赤龍帝眷属が王である俺の救出に来ることは、あいつらからすれば想定内のことだ。しかし敵は全く予想外の敵であったのだ。

 

「――これは、少し嫌な予感がするね」

 

 最初にその異変に気付いたジークフリートは神器である龍の手を禁手化させ、六つの大きな龍の手を出現させ、それら一つ一つに魔剣聖剣を持たせて臨戦態勢を整えた。ヘラクレスもクー・フーリンも敵が近づいていることを認識していたんだろう。

 ――そしてそいつは現れた。音もなく、扉を消し飛ばした。

 

「――あ、いたー。やっほー、イッセーくーん」

「……エンド、お前がどうしてここに」

 

 ――終焉の少女、エンド。彼女がこの状況下で現れるなんて、俺としても予想外だった。もちろんそれは英雄派の連中もそうであった。

 

「つまらない状況になっているからね――私のイッセーくんを捕まえるなんて、私が許すはずないでしょう?」

『Force!!』

 

 エンドの胸元のネックレスより発せられる力が溜まる音声。それは俺のフォースギアと同じ音声で、違うのはフェルの声音かアルアディアの声音かの違いだけだ。

 エンドの手元にあるのは、形式上は鎌と呼ばれるものだろう。しかしそこには確たる形はなく、物体ともいえない『モノ』があるだけだ。

 

「……話には聞いていたけど、君か――終焉の力を持つ、規格外の化け物」

「ふーん、そんな風に聞いているんだ~。ひどいもんだねぇ~。女の子に対してその言い草、もっと君たちはイッセーくんの紳士さを見習いたまえ! ……ま、習ったところでグラッとも来ないけどね」

『Demising!!!』

 

 エンドはつまらなさそうにそう言うと、その瞬間、ネックレスより発せられる黒金のオーラで俺の方の牢屋を消し飛ばした。

 ……始創の力とは対称にある終焉の力。この世界の全てを無に帰すその力の前では、如何なるものも無意味――以前、フェルにそう言われたことがある。

 

「っていうか、ちゃんと忠告したのにまだイッセーくんに手を出しているんだねぇ。さ――もう終わってよ」

 

 エンドは英雄派の三人に対して鎌を向け、それを一身に振るう。ジークフリートはヘラクレスとクー・フーリンの盾になるように魔剣を盾のように交差させるが……

 

「――僕の魔剣を消失させるだと!?」

 

 ……ジークフリートの持つ伝説の魔剣の一振りが、エンドの終焉の力に触れて塵のように消えていった。それを見てジークフリートは目を見開いて驚くしかない様子だった。

 

「……なるほど。伝説の武具を相手にするなら、終わらせるのにはそれなりに力がいるんだね。だったら今の出力だったら神滅具を終わらせるのは難しいかー」

「……これは、グラムを使って勝てる気がしないね」

 

 あの好戦的なジークフリートが勝てないと悟るほど、エンドは凄まじい。

 ……あいつがした行為はほんの一つ。鎌を振るった、それだけだ。それだけで戦況は終わってしまった。

 俺も神器二つを展開するけど、今の状況であいつに勝てる気がしない。

 

「さ、そろそろ諦めなよ――って、はぁ。君たちは周到だよね。ちゃんと緊急時の脱出手段を用意している辺り、弱者そのものだよ」

「なんとでも言うといい。君みたいな化け物を相手にしていたら、命が幾つあっても足りないからね」

 

 ジークフリートたちの足元に浮かぶ魔法陣を見て、エンドは酷くつまらないような声を出す。ジークフリートたちはエンドに対して成す術もなく逃走する様を見ながら、既に彼女の視線は俺に向いていた。

 ……あいつの狙いは間違いなく俺だ。だったら今は――

 

「フリード、今すぐここから離れて皆と合流するんだ」

「……それすると、俺っちはイッセーくんのお仲間に八つ裂きにされそうなんすけどねぇ。ほら、君を見捨てたとか難癖つけられてね?」

「そういう遠まわしの気遣いは良い――この状況、情報を持ったお前がこの場を切り抜けるべきだ」

 

 ……フリードは捕まる前に既に戦争派の情報の詰まった危機を拝借しており、それを剣の力で隠しているんだ。それをもってまずは安全なところに非難しなくてはならない。

 

「あはは、別にいいよー? 勝手に逃げてくれて。見たところ、君には害を感じないからね」

「ほほー、俺っちを害なしとか、それこそナンセンスっすよ?」

「――え、だっていつでも消せるもん。そんなのわざわざ追いかけるより、イッセーくんとの時間を大切にするに決まってるでしょ?」

 

 ……分からない。こいつの目的が俺なのは間違いないが、その真意はさっぱりだ。

 だがこいつは俺の知りたいことを絶対に知っている。前回の邂逅でそれは明らかだ。だったら今は、少し危険を冒してでもエンドと会話をするべきだ。

 ……フリードはアロンダイトエッジの能力で姿を消し、この場から消え去る。去り際、耳元で「後で必ず助けに行くッス」とあいつらしくない真剣な声でそう言ってきたのが聞こえた。

 

「さてと。邪魔者は全部消えたということでー――こんな暗い場所じゃなんだから、移動しよっか?」

 

 ……俺はそれに頷いた。

 

―・・・

 

「北欧は景色が良いよねー。空気もおいしいし、こんな良い場所を穢すなんて戦争派の彼らも中々おバカさんだよね」

「……意見が合うな――それで、こんなところに俺を連れて来てどういうつもりなんだ?」

 

 ――俺とエンドが会話をしているのは、遥か上空であった。戦争派の本部から少しばかり離れたところからの上空の景色を見ながら、そんな平和な会話をする。

 一番謎な、敵なのかも分からない存在とそんな会話をすること自体、可笑しい話だ。

 俺はとりあえず、質問を彼女に投げかけた。

 

「んんー、正直にいえばイッセーくんを助け出した時点で目的は果たしているんだよね。だからこれは、私の個人的な願望を果たしているだけだよ?」

「……景色を見て、世間話をすることがか?」

「そのとーり! ……ま、状況は何となく把握しているよ。別に前と同じで邪魔はしないし、求めるなら協力してあげても良いよ」

「……どうせ、そのかわりに私のところに来て、とか言うんだろ」

「ふふ、良く分かってるね♪ もしかして私にぞっこん!? あ、あわわ、ちょっとドキドキしちゃうね!」

 

 ……先ほどの冷徹さを感じさせないほど、普通だ。だけどその普通さが俺は少し怖い。

 白色の布で全身を隠すエンド。口元しか見せない彼女が何を考えているのか、それがどうしても分からない。

 

「……馬鹿言うな。顔も知らない奴のことを好きになるかよ」

「ふーん……じゃあ、見せてあげようか?」

 

 ――するとエンドは、そんなことを唐突に言ってきた。

 

「……仮に俺がお前の顔を見たら、どうなるんだ?」

「さぁね。もしかしたら私の顔を見たら惚れてしまう呪いがあるかもしれないよ? もしくはとてつもない不細工でがっかりしちゃうかも! ……それとも、もしかして私の正体を知るのが怖いとか?」

「…………」

 

 正体を知るのが怖い。それを彼女が言ったのが既に答えだった。

 ――思えば彼女は最初から俺に対して好意的だ。そもそも俺の名を何故知っているのか。しかも俺を愛称で呼ぶことに違和感さえ覚えていた。

 すぐに気付いた――彼女は、俺と面識があるという可能性に。

 そしてもう一つの可能性がある。それは……

 

「――ミリーシェの欠片」

「……ッ」

「……その反応を見る限り、やっぱり知っているんだな。それを」

 

 彼女もまたミリーシェの欠片を持っているということだ。

 ……俺とミリーシェは死に、そして現代に転生した。俺は兵藤一誠として、そしてミリーシェは全ての黒幕に要素をバラバラに分けられた。

 だからこの世界にミリーシェと瓜二つの見た目のエリファさんがいたり、白龍皇の宝玉の中に残留思念と同じようにミリーシェの記憶が存在していた。

 そして彼女もまた、ミリーシェの要素を含んだ存在であるということ。だったら俺に拘る理由も分からなくはない。

 ……いわば、ミリーシェの何かがあいつにもあって、それのせいで俺のことを追い求めているんだろう。

 

「――北欧の悪神、ロキ。そしてその娘であったヘルを覚えているかな?」

 

 するとエンドは突然そんなことを言ってきた。

 ……ヘルといえば、死んでも生き返る厄介な敵だった。最終的にはロキを俺が倒し、それからは行方不明になっていると聞いている。

 

「ああ、覚えているさ。俺も苦渋を舐めさせられたからな。あいつが何か関係があるのか?」

「――当たり前だよ。だって、ヘルはミリーシェの欠片の一つだったんだから」

 

 ――エンドがそう発言したとき、俺はハッとした。

 今、彼女は……なんて言った? ……ヘルが、欠片の一人……だった(・ ・ ・)?

 

「だったってどういうことだよ。そもそもどうしてお前はそんなことを知っているんだ!? ミリーシェと再会した俺でさえ知り得ない情報なのに、どうして!!」

「――だって、私がオリジナルだもの」

 

 ……オリジナル? 待て、これを聞いてしまっても良いのか?

 ――違う、最初からその可能性はあった。それを俺は考えようとしてこなかっただけだ。そうしないと、こいつを敵だと認識することが出来ないから。仲間を傷つけようとした時、戦えなくなってしまうから。

 ――言うな。言わないでくれ。

 

「――私はミリーシェ・アルウェルトの多くを受け継いだ、限りなく私に近い私。ね……オルフェル?」

 

 ――そう彼女(ミリーシェ)は、俺に言った。







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第6話 明らかになる真相

 ――エンドは自分がミリーシェだと、そうはっきりと俺に言った。

 散らばるミリーシェの欠片の多くを持っている、限りなくミリーシェに近い個体。彼女がミリーシェの転生体であるのならば、確かに辻褄は合う。

 エンドが俺に拘る理由、最初に合った時に覚えた既視感。

 彼女の悪戯な口調は、どこかミリーシェを彷彿とさせるものがあるのも事実だ。

 

「あれれ、意外と反応が鈍いなー。愛するミリーシェちゃんとの再会だよ? こう、抱き着いてきたりするものかと思っていたよー」

「……混乱してるんだよ」

「そう? ……私にはそうは見えないなー――まだ納得してない。そう顔に書いてあるよ?」

 

 ……ずばりと俺の考えを言い当てるエンド。

 確かにお前の言う通り、良く分からない奴の言葉を全て鵜呑みに出来るほど、俺には余裕はない。

 とにかくエンドには不可解な点が多すぎる。ただ、一つ言えることは……こいつは俺よりも確かな情報を持っているってことだ。

 そして何より俺に決して姿を見せようとしない。これが一番の疑問だ。

 

「あ、ちなみに私が素顔を見せないのは自信がないからだよ? だってミリーシェの時と今とでは顔のレベルが雲泥の差があるんだもん。おっぱいはあの時よりも遥かに大きいけど……」

「そんなこと聞いてねぇよ!! ……ともかく、お前のその発言を今は信じることは出来ない。だけど、全部嘘とも思えない」

「……まぁそれでいいよ。結局イッセーくんは私のところに来るって信じてるからね」

 

 不敵に笑うエンドは上機嫌なのか、鼻歌を歌いながら俺の近くに寄って来た。

 ……だけどエンドの行動によって俺とフリードは逃げることが出来た。そう思うと少しだけ感謝しないとダメだよな。

 

「理由はなんであれ、助かった。一応ありがとうとは言っておく」

「ふふふ~、いいよいいよ――あぁ、幸せ。大好きな君とこんなに近くで話せるなんて、夢のようだよぉ」

 

 ……なんていうか、やり難いな。

 ――だけど悠長なことはしていられない。少なくとも現状、問題はマシにはなったとはいえ、仲間とは分裂してしまっている。

 エンドの考えが分からない以上、この最大のイレギュラーであるこいつを放ってはおけない。だから俺は依然として仲間と合流することは出来ないってことだ。

 

「……俺はやらないといけないことがある」

「知ってるよ~。戦争派でしょ? あいつらを終わらせるなんてイッセーくんなら簡単だよ――あれだったら私がやっても良いよ? 君の敵は全部終わらせるから」

 

 エンドは黒金のオーラを放出し、曇りない笑みを浮かべてそう言った。

 ――言動と行動が合わなさすぎる。やっぱりこいつは危険だ。こういう後先を考えない辺りは本当にミリーシェを見ているみたいだな。

 

「お前の力は不明確過ぎる。だから下手に介入されたら溜まったもんじゃねぇよ」

「ひっどいなぁ~――まぁ良いや。私はいつも通り傍観するだけにしようかな……ってあれれ?」

 

 ……するとエンドは何かが俺たちに近づいてきたのに気付いたのか、そちらを見て驚いた。

 俺もそちらを見ると、そこには――リリスがいた。

 

「……イッセー、みつけた」

「り、リリスまでここに来るのか」

 

 ……最悪だ。エンドだけでも手一杯なのに、敵の最大戦力までもが俺の元に来るなんて。

 ――どうすりゃいいんだ、これ。

 

『下手に逃げたら余計に状況が悪くなりそうだな。だがリリスからもエンドからも今は敵意を感じられないぞ』

 

 ……だけど逆に俺も動けないということだ。そんでもって、俺が動けないってのが今、一番の痛手だよ。

 

「目的はなんだ、リリス」

「もくてき……イッセーをしりたい」

 

 ……リリスはそう言うと、俺の腕をギュっと掴む。

 ――なんだ、これ。いや、なんの状況だよ、これは。

 

「――なぁに羨ましいことしてるのかなぁ? ね、リリスちゃん」

「……おまえ、まえにあった、へんなりゅう」

 

 ……こいつら、面識があるのか。

 そう言えば旧魔王派の一件の時にアザゼルが二人を見たと言っていたのを今になって思いだす。

 

「――消すよ、君」

「むり」

『主、流石にこの化け物をどうこうはまだ無理よ。見たところ、オーフィスに限りなく近い力を感じるわ』

 

 エンドの胸元からアルアディアの声が響く。

 ……しかし、依然としてフェルは起きないな。対極の存在がすぐ近くにいるのに、どうしてまだフェルは起きることが出来ないんだろう。

 ――いつまで心を閉ざしているんだろう。

 

「ま、別にムカつく感じじゃないからいいけどさぁー――で、イッセー君。創造のドラゴンは元気?」

「お前たちのせいで絶賛育児放棄中だよ」

『私たちのせいにするのは言いがかりよ。勝手に嘘を付いて、それがバレただけでしょう?』

「それが言いがかりなんだよ。……勝手なことを言うな。お前が思っている以上に俺はフェルを信じているんだよ」

『――肝心のフェルウェルがそうではなかったようだけれどね』

 

 ……痛いところを突いてきやがる。

 とりあえずエンドのことは今は良い。今は……

 

「リリス、俺はどうしたら良い? 俺はどうしても助けたい人がいるんだ。だから今すぐにでも行動したい」

「……たすける? だれを?」

「――この戦場で泣き続けている人を、だ」

 

 俺はハレとアメを思い出して、拳を強く握る。

 ……一体あの子たちはどこにいるんだ。それを思い出してどうしようもない気持ちになった。

 

「……ハレとアメ、か――いいよ、手伝ってあげる」

 

 ――するとエンドは突然、そんなことを言ってきた。

 ……どういう風の吹き回しだ? 

 

「どういうつもりだよ。お前にとってはどうでも良いことだろ?」

「ん? ……ま、気分だよ。それに個人的に戦争派は気に入らないから、間接的に嫌がらせをしてやろうと思ってねぇ――始創と終焉の共演。ちょっとテンション上がらない?」

「……知らねぇよ」

 

 少しだけそれも良いなと思ったことは絶対に教えない。

 ……でも、話していると余計に自然体になってくるな。なんか、エンドと話していると照れくさいというか、どうにも反発心が出てくる。

 ――まるで昔、ミリーシェと話していたときのように……。

 

「リリス、とりあえず今、お前は俺の敵ではないんだな?」

「たたかおうとは、おもわない」

「それだけ聞ければ十分だ――すぅ」

 

 俺は息を吸い込む。

 ……仲間の魔力の質は覚えている。この戦場はあまり大きいものではないから、大体の場所は把握できるはずだ。

 ――ティアと朱雀、レイヴェルは基地の近くにいる。恐らくは俺の救出に来たんだろう。

 だけどそこには黒歌はいない。基地の近くで待機しているはずの黒歌がいないとなると――まさか緊急事態があいつにも起こったのか。

 俺は連絡用の魔法陣を展開し、黒歌に通信を繋げようとするが……繋がらない。

 

「通信が繋がらないってことは、あいつは今、一人で戦っているのか?」

 

 ……何か嫌な予感がする。

 俺はすぐさま魔力感知のセンサーを最大まで広げる。

 

「んん~――なんか、気配感じるなぁ~」

 

 ――すると今まで俺の隣で浮かんでいたエンドが、一目散にとある方向に飛んでいく。

 それと同時に俺は黒歌の居場所を突き止めた。それは、エンドが向かっている方向。

 ……偶然か、それともあいつが俺よりも早く感知したのか。それは分からないが、俺はリリスを連れて同じ方向に飛んでいく。

 

「――うわぁ、ひっどいなぁ」

「エンド、何を言って――」

 

 エンドが宙で立ち止まり、何かを見ながらそう言っていた。俺はエンドの見る方を見て――息をするのを、忘れた。

 

「く、くろ――黒歌ぁ!!?」

 

 俺はすぐさま地上に降り立ち、黒歌の方に走っていく。

 ――黒歌は倒れていた。身体中から血を流し、瀕死の状態の彼女の元に駆け寄る。

 ……なんでだ、どうして黒歌がこうなる。こいつの実力は下手な最上級悪魔でも負けないようなレベルなんだ。

 どうして……

 

「黒歌、しっかりしろ!?」

「――い、っせー……ごめん、にゃん……」

 

 ――消えそうな声の黒歌。俺はすぐさまフォースギアを展開し、創造力を用いて回復の神器を幾つも作り出す。そしてそれを黒歌に使いながら彼女の話を聞いた。

 

「……何があった。どうしてお前がこんな……っ」

「……ゆだん、したにゃん。まさか、あいつが……あんなきりふだを、もってるなんて……」

 

 ……ダメだ、これ以上黒歌を話させてはいけない。今の黒歌には俺の力じゃ応急処置にしかならない。

 少なくともレイヴェルの持つフェニックスの涙でないと、完治は無理だ。

 

「……だけど、この子だけ……まもれたよ」

「――まさか、アメ?」

 

 ――黒歌は認識阻害の術を自分のすぐ傍に掛けていた。それが解けると、そこには俺が探していた双子の片割れ、アメが倒れていた。

 ……息はある。気を失っているだけなんだろう。

 

「ごめん……ハレの方は、さらわれたにゃん……。アメは、まぼろしでなんとかかくせたの――ごめん、ちょっとだけ、ねむるにゃん」

「――ああ、今はゆっくりと休め」

 

 黒歌は力尽きたのか、俺の腕の中で眠る。

 ……傷は塞がったから一命は取り留めている。俺は黒歌を木陰に寝かせると、次はアメの傍に寄る。

 彼女の頭を自分の太ももの上に乗せ、状態を確認した。

 ――するとパチリと目を開けた。

 

「……赤い人」

「なんの覚え方だよ、それ――大丈夫か?」

「……うん」

 

 アメは虚ろな目をしながらそう言うと、そっと起き上った。

 

「……何があったか、教えてくれるか?」

 

 俺はそう尋ねると、アメは頷いた。

 

―・・・

 

 アメから事情を聞き、状況を把握できた。

 黒歌は戦争派に追われていたハレとアメの救出した。そしてそこに現れたのが、おそらくはディヨン・アバンセとメルティだ。黒歌は二人を庇いながら戦うも、敵の奇策に破れてしまった。

 つまりはこういうことらしい。その結果、ハレとアメはディヨンに連れ去られそうになるも、寸前のところでアメだけは幻術で隠すことに成功した。

 その結果が今の現状である。

 ――今の俺といえば、先ほどの状況から少しばかりマシになっていた。先ほどまで俺の近くにいたエンドが、突然姿を消したのだ。その結果、俺にぴったり引っ付くのはリリスだけだ。

 ……状況がよくないのは変わらないが。

 

「……アメ、悪いがお前が何を言おうと今は俺の保護の下にいてもらう。内心は安心できないと思うが、ハレは俺たちが必ず救うから、今は俺に従ってくれ」

「……うん」

 

 アメは沈んだ声でそう頷いた。

 ……俺は黒歌を抱きかかえ、他の仲間と合流すべく、戦争派の基地からはかなり距離のある小屋に腰を下ろしていた。

 まずはティアと連絡を取るため、魔法陣を彼女に繋げると――途端にティアの大声が響いた。

 

『い、一誠ぃ!? お前、無事なのか!? フリードから事情は聞いた、今からお前を救出に』

「救出は大丈夫だ。どういうわけかエンドは消えた――代わりにリリスが俺の近くにいるんだけど……」

『……やはりお前のところに向かっていたか』

「なるほど。リリスに関してはティアも心当たりがあったってわけか――ともかく一度合流しよう。リリスに関してはそれから考えたほうが無難だ」

 

 俺はティアとそう言葉を交わし、通信を切った。

 ……そして一旦落ち着くために、深くため息を吐いた。

 

「……疲れてるの?」

「あ? ……まぁな。事態が色々と起きすぎて――でも安心しろ。落ち着いたら、次はすぐにハレの救出に向かうから」

「……ありがとう」

 

 ……アメが頭を下げる。

 ――元はといえばこれは俺たち側の問題だ。人間の世界で平和に日常を過ごす彼女たちはただ巻き込まれているだけ。

 ……だからこそ、俺が救うのは当たり前のことだ。

 俺はそう思ってアメの頭をそっと撫でる。

 

「……変態?」

「――お前、結構言うな。違うからな? これは癖みたいなもんだよ」

 

 ……こういう行動は控えるべきなのか。一瞬そう考えてしまう。

 ――俺はリリスの方を見る。リリスは俺にぴったりとくっつきながら、じっと俺を見つめていた。瞳が淀んでいるからか、異様に居心地が悪い。

 

「……お前は見ているだけでいいのか?」

「……もんだい、ない」

「そうかよ――こういうところはオーフィスにそっくりだけど、あいつの方が最初から遠慮なかったよ」

 

 ……オーフィスも今回の件に参加したがっていたが、あいつレベルの力となると隠密もくそもないからな。ティアはその辺は非常に器用だから力を隠せているけど、オーフィスの場合は垂れ流しだからな。

 

「……おねえさま?」

 

 すると、リリスはオーフィスの名前に反応した。

 

「意外だな。オーフィスに興味があるのか?」

「……おねえさま、リリスのオリジナル。イッセーはおねえさまといつもなにをしてる?」

「なにをって、オーフィスとの戯れといえば……休日、膝の上に乗せてお菓子を一緒に食べて、テレビを見る。庭でフリスピーを遣って遊んだり、チビドラゴンズとオーフィスを連れて遊園地に行ったり、水族館に……って、言われてみれば休日のお父さんかよ」

「……おかし、フリスピー、テレビ、ゆうえんち、すいぞくかん……」

 

 リリスは非常に興味深そうに俺の言った言葉を羅列していた。

 ……そうか。リリスもこんな当たり前のことさえも知らないんだ。だからこそ嫌に思い出すな、オーフィスと最初に出会った頃のことを。

 

「オーフィスもな、最初は何も知らなかったんだ。ジュースの缶の開け方も知らないくらい無知でさ――でも仲良くしていくと、段々ロボットみたいな表情が豊かになっていったんだ」

「……イッセーは、たのしかった?」

「まぁな。あんな友達は初めてだったし、俺と触れ合うことで心が生まれているみたいだったよ。……だからあいつが自分で決めて、俺の元に来てくれたときは嬉しかったな」

 

 禍の団の象徴ってだけのリーダーだったオーフィスは、三大勢力の和平会談の時に自身の脱退を宣言した。それで自身の力を半分にして、その半分を禍の団に謙譲した――そしてその結果、生まれたのがリリスだ。

 リリスがどのようにして生まれたのか、俺は知らない。だけど多分、まともな方法ではないんだろう。あのリゼヴィムが関わっているんだからな。

 

「……リリスは自分がどうやって生まれたのか、知っているか?」

「……しらない。リゼヴィム、おしえてくれない」

「知りたいか?」

「……分からない」

 

 ……駄目だ。俺はリリスをどうしても敵だとは思えない。

 ――オーフィスと同じ見た目と性質がリゼヴィムに利用されているとしか、思えないんだ。

 

「――イッセー、きにいった」

 

 ……するとリリスは、俺に抱きつく。

 俺は突然の彼女の行動に疑問を抱いていると、すぐにリリスは俺から離れた。

 

「な、なんなんだ?」

「……きょうは、もうかえる」

 

 するとリリスは小屋の出口の方に向かった。

 

「イッセー、またくる」

 

 ――リリスはそう言い残すと、風のように俺たちの前から姿を消したのだった。

 ……リリスにしろ、エンドにしろ。本当に何を考えているのか分からない。

 

―・・・

 

 ――それから程なくして俺たちはティアたちとの合流に成功した。

 俺たちは隠れ家を変え、ティアの龍法陣を頼りにしつつ比較的安全な場所を確保して、一息ついたというのが今の状況だ。

 黒歌の処置は無事に済み、今はレイヴェルが看護してくれている。黒歌が自然に扱っている仙術の影響かどうかは俺には分からないが、気の回復が早く恐らくあと数時間もすれば復活するだろう。

 そして俺はといえば、アメと二人で対面していた。

 目的はアメに詳しい話を聞くためだ。先程の小屋でおおまかなことは聞いたとはいえ、やはり情報は不十分だ。

 

「……ハレは元々気絶していて、黒歌が一人で二人を守っていたってことか――黒歌を奇襲した敵については覚えているか?」

「……アメもすぐに気絶したから……ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいよ――黒歌の目覚めを待つしかないってことか」

 

 ……俺は一息つく。

 状況は好転しないのは確かだけど、これまで戦争派に拘束されたりエンドやリリスと出会ったりと、心臓に悪い状況が続いていたからな。

 一度落ち着いて冷静さを取り戻したい。だけど、アメの心情を考えたらそんな悠長にしてもいられないのも事実だ。

 

「……悪い。もう少しだけ俺たちに休む時間をくれないか? 今のまま突っ込んでも、勝ち目があるとは思えないんだ」

「…………アメに、選ぶ権利ないから」

 

 ……アメはどこかの虚空を無表情に見つめ続ける。双子の片割れが戦争派に連れ去られて、彼女なりに思うところはあるだろう。

 だけど取り乱しもしない――たぶん、この子は自分が何も出来ないと思っているんだ。

 この状況を打開する力がないから、そんな自分に絶望している……俺にはその表情が、そのように見えた。

 

「……どうして、猫の人はアメなんかを守ったんだろ」

 

 ――ポツリとアメはそう呟いた。

 ……その発言の意味はもちろん分かる。自分に価値がないって思っているんだろう。

 だけど、その考えはダメだ。その考えだけは絶対にしてはいけない。

 

「……少し外で話そうか」

「……わかった」

 

 俺はアメにそう提案すると、アメは特に考える素振りを見せずにそう頷いた。

 ……俺とアメは仲間に断りを入れてから外に出る。今は龍法陣による隠ぺい工作でこの場所は知られていない。だから少しくらいは外に出ても問題はないと考えたわけだ。

 ……俺とアメは近くの木陰に腰を下ろす。

 

「なぁ、アメ。さっきなんで黒歌が自分なんかを守ったかって言ったよな?」

「……うん」

「……あいつだって、どちらとも救いたかったんだと思う。だけど状況がそれを許さなかったから、だからあいつは自分に受ける最善を尽くしたんだ――だからお前はそれを言ってはダメだ。ハレを守り切れなかったことを責めてもいい。だけど、自分を蔑ろにしたら、あいつが傷ついてまで守った意味がなくなっちまう」

 

 ……ハレとアメのことを最も気にしていたのは、他の誰でもない黒歌だった。

 きっと、自分と二人を重ねていたんだろう。

 ――昔、黒歌と小猫ちゃん……白音は二人と同じような状況下にいた。私利私欲のためだけに動く者達のせいで傷つけられる毎日。逃げて逃げて、懸命に逃げて戦い続けた日々を思い出して、一種の同情を抱いていたんだと思う。

 

「……黒歌にも妹がいるんだ」

「……妹?」

 

 ――俺がそう話すと、アメは興味があるのか反応した。

 

「ああ。あいつらの昔っていうのが、二人と同じような状況だったんだよ――だから黒歌は自分たちと二人を重ねているんだ。……俺も、自分と重なって見えたからこうやって助けたいって思っているんだ」

「……同情」

「ああ――同情して悪いか? 同情もなしに救える人がいるんなら、それはもう聖人だよ。……残念ながら俺は悪魔だからさ」

「――悪魔なのに、打算的じゃないんだね」

 

 ……アメは少しだけ、笑みを浮かべてそう言った。

 ――神器を宿しているから理不尽に巻き込まれる。そのせいで本当に大切な人と離れ離れになってしまった。その経験は俺にもある。

 ……エンドが本当にミリーシェなんだとすれば、あいつがこの子たちを助けるのに手を貸すって言ったのも繋がる。

 

「……別に信じなくても良い。だけど、俺は君たちを救ってみせる。俺や俺の仲間を信じるのは、救われてからで良い」

「……一つだけ、お願いを聞いてほしい」

「なんだ? 言ってみろよ」

「――ハレを、助けてほしい」

 

 ……アメは俺の手をギュッと握って、今にも泣きそうな表情で俺にそう言ってきた。

 

「……猫の人が言ってた。あなたは、迷惑とかそんなことを関係なく、困ってたら助けてくれるって……だからお願い、ハレを」

「――ハレとアメ、必ず救ってみせるよ」

 

 ――断言しよう。俺は必ず、この戦場で涙を流し続けている二人を守ると。

 ……いつもなら俺がこう恰好をつけたら相棒たちが騒ぎ経つんだけどな。ああ、感傷に浸る場合じゃないないのにな。

 

「……よし、じゃあ今からの話は未来の話だ――アメとハレにはこの状況を抜け出したら、生きていく術はあるか?」

「……ない。アメたちの両親は……アメたちを捨てて逃げて、すぐに死んじゃったから」

「――だったら、それも俺がどうにかする」

 

 ……俺はアメの頭に手をそっと置いて、安心させるように出来る限り柔らかい声でそう言った。

 

「もちろん環境は変わってしまうかもしれないけど、そこは俺たちがサポートするよ。後はそうだな、言語は……猛勉強だ」

「……どうしてそこまで、親身になるの?」

 

 ……ほんっと、なんでだろうな。俺もどうしてハレとアメをこんなにも放っておけないのか、理解できない。

 もちろんこれが二人ではない別の人物であったとしても、救おうとは思うはずだ。だけど、自分が引き取るとかそういう気持ちにはならない……と思う。

 だけど最初から思っていた。一目見た時から、俺は――

 

「――なんでか分からないけど、他人には思えないんだよ、二人が」

「…………なに、それ」

 

 俺がそう言うと、アメはまた微笑む。

 ……初めて彼女が心から笑ったように、俺の目には映った。

 

「――そろそろ相手に好き勝手にやられるのは性分に合わねぇな」

「お? その台詞、待っていたっすよ?」

 

 ……すると俺のすぐ近くでフリードの声が聞こえた。

 

「フリード、お前……盗み聞きか?」

「ははっはー、大丈夫っすよ。イッセーくんの恥ずかしい台詞なんて、一切聞いておりませんのよ、私はぁ~」

「――歯を食いしばるか?」

「……イッセー君の拳は少しばかりバイオレンスだから、遠慮しとくッス」

 

 フリードは手をひらひらとさせると、懐からタブレットのようなものを取り出した。

 

「……無事、解析は終わったから呼びに来たんすよ。イッセー君の推測通り、こいつには中々機密情報が記載されているっす」

「そうか……中身は確認したのか?」

「ま、ちょっとだけね――ただ、たぶんそこのアメちゃんとハレちゃんのことは記載されていないね。何故か六番目と七番目の子供たちの欄だけが空欄なんすよ」

 

 フリードはタブレットを操作しながらそう言う。

 ……だけど戦争派は二人を追っていたってことは、確実に何かがあるんだ。アメにも奴らの目的があったはずだけど――神器の目覚めは感じないのが現状だ。

 俺は創造の神器を宿しているからか、神器に対してはかなり敏感だから分かることである。

 

「……でもイッセーくん、こいつを見るならそれなりに覚悟はいるっすよ」

「……見ないと、何も始まらないからな」

「――見たら戦争派を何が何でも一匹残らず消さないと気が済まなくなるよ」

 

 ……俺はフリードからタブレットを受け取る。

 そこには項目欄が1~5、そして6と7を抜いて8まである。

 確かメルティが一番目で、ディエルデとティファニアが二番目と三番目、クー・フーリンが五番目で、ドルザークが八番目。

 クー・フーリンの話では実験の成果順で番号になっていると言っていた。

 ……つまりハレとアメも、ドルザークよりも以前に何かしらの実験をされているはずなんだ。なのに二人は家族と普通に暮らしていたと言っている。

 二人についての疑問はまだ残るけど、今はまずは俺たちの知らない四番目を――

 

「――ちょっと待てよ、これって……っ」

「そういうことっす。……どうしてあいつがこの戦場に現れたか、ホントに疑問だったんすわ。気まぐれにしては、時期が悪すぎる」

 

 ……俺は四番目の項目を押して、その画面を注視する。

 そこに映るのは――先ほどまで俺が顔を合わしていた幼い双眸だった。違うのは現在よりも目に光が灯っていることのみ。

 ――実験検体番号(フォー)、メルリリア。別称は……

 

「――リリス」

 

 ……八人の子供たちの最後の一人は、オーフィスの片割れで禍の団のトップである、リリスであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……上層部の考えそうなことだ。全く以て虫唾が走る――だが今回に関しては感謝させてもらおう」

 

 ――北欧の地に、一人立つ男がいた。

 それは彼が普段着ている貴族服ではなく、戦闘に興じる際の彼の隆々として筋肉を余すところなく表現するぴっちりした服を着る長身の大男だ。

 そしてその隣に立つのは、その男よりも更に大きく、歴戦の覇者と言わんばかりの傷を負う、迫力のある大男。

 二人は並び立って目の前を見つめ続ける。

 

「奴らの好きにはさせない。すまないな、若手の君にこのような願いをするなんて」

「何を仰っているのですか――兵藤一誠は俺がいずれは戦う好敵手。むしろ俺を誘ってくださった事に感謝こそすれど、謝罪される謂れはございません」

 

 ……二人は向かう。ただ一つ――この戦場で八方塞がりの赤龍帝眷属の援護に。

 ――北欧を舞台にした人間たちによる暴挙が終戦を迎える。この血で血を洗う災厄の戦いを終わらせる、最終決戦の火ぶたは切って落とされた。

 

「――行こう、サイラオーグ」

「はい――ディザレイド・サタン様」

 

 ――冥界の新世代の肉弾戦の覇者と旧世代の覇者の参戦。

 赤龍帝眷属の反撃の開始である。




※ディザレイド・サタン→初登場第5章第8話
オリキャラなので一応書いときます



少し急ぎ足気味ですが、第6話です!
先日ツイッターでも言ったんですが、ここしばらく更新できないことと更新速度が遅いのは、僕が一次創作に没頭していたからです。
実は結構昔から一次創作には手を出していて、自分にも目標みたいなものがあってそれい邁進する年にしようというのが現状なんですよね(今は敢えて何かは言いません。時が来たらお話します)。
だからこれから第10章を一気に書き上げようかと思いますが、それが済むとまたしばらくは更新できない可能性があります。だけど絶対に帰ってくることは約束します。
お気に入りが3000超を越えて、少なくとも僕の作品を楽しみしてくださる読者様がいるということをしっかりと分かっているので、どうか最後までついてきてほしいです。
……長くなりましたが、それではまた次回の更新でお会いしましょう!

Ps
長いこと放置していた文章構成を全て修正しました! 第0章から現在まで、全て改行などを改めましたので、かなり読みやすくなったと思います!


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第7話 反撃開始

 ……俺は一人、雲の上で風に打たれていた。

 たくさんの情報が同時に入ってきて、怒りとか悔しさとか……色々な感情が入り乱れて、一度冷静になるためにここにいる。

 ――戦争派の子供たちのほぼ全ての情報は、フリードの持つ端末に記載されていた。

 例外的にハレとアメの情報はなかったものの、それ以外の子供の情報は事細かに記されている。

 

『想像していた異常に醜悪な連中だ。人体実験だけでなく、それを年端もいかぬ子どもに強要しているのだから、手の施しようがない』

「その通りだ、ドライグ――奴らは根絶やしにしないといけない。じゃないとこれから先、もっと多くの子供が犠牲になる」

 

 それだけは防がなくてはならない。

 

『――一番目の子供、検体名は1。名はメルティ・アバンセ。戦争派トップ、ディヨン・アバンセの娘であり、彼が最初に実験の対象に選んだ子供。その実験内容は合成獣実験。比較的安価で進められたからか、実験開始直後に精神に異常をきたす。心がなく、命令に忠実になった代わりに、嵌め手に滅法弱く、実戦では使いにくいと判断。能力は安定しているものの、爆発力にかける。一時的に英雄派に貸し出すものの、英雄派の曹操はワンに悪影響を及ぼす可能性があるため、管理は同士である安倍晴明に一任する』

 

『――二番目の子供、検体名は2。名はディエルデ。3の兄であり、唯一の家族である妹の安全を最優先にするところがある。実験内容は聖剣実験。彼は実質的な第二次聖剣計画を引き継ぎ、生まれた第三次聖剣計画の最高傑作である。元より強力な素養のあった聖剣の才能を更に実験により昇華、今世紀では最高クラスの才能を持つ。彼の運用は主に3を使うものとする』

 

『――三番目の子供。検体名は3。名はティファニア。2の妹である。2ほどの聖剣因子を持ち合わせていない上に気弱。実験内容は聖剣化実験。人間を聖剣化させるという前代未聞の計画であるが、魔法、魔術を織り込んだ術式により成功。彼女の身体と準伝説級の聖剣を一体化させた結果、元来の聖剣の凡そ27倍の出力になる。彼女を使うのは2であり、彼女は武器であり2に対する楔。決して彼が裏切らぬための枷である』

 

『――四番目の子供。検体名は4。名はメルリリア。元は8と同じ計画であったが、途中でリゼヴィム・リヴァン・ルシファーの介入により路線変更。実験内容は生命実験。リゼヴィム氏の用意した実験材料をふんだんに使った結果、これまでの実験で初めて、新たな生命体を創造に成功。その際、元のメルリリアの人格は完全に抹消され、新たな人格が付与される。これ以降、4のことはリリスと呼称。無限の龍神を初めとし、魔力、聖なる力、堕天使の光、神の魔力、数多のドラゴンの命、魔物……あらゆる生命を万の単位を消費し、生まれたリリスは天龍を完全に超える存在。成長すればドラゴンスレイヤーさえも手に入れ、真龍を殺す可能性を秘めている。現在はリゼヴィム氏に管理を一任する』

 

『――五番目の子供。検体名は5。名はクー・フーリン。孤児で英雄の血筋を引く子供を引き取り、生前の英雄・クーフーリンに近づけることを目的とする。実験内容は人体実験。

5が実験に積極的なこともあり、早期に低予算で完成させることに成功。最上級悪魔を屠る身体能力と元来の光の力は天使や堕天使のものとは一線を画すものであり、特に必中の槍、ゲイボルグを何度も扱えることが可能になる。派手さはないものの非常に優秀な駒であるものの、本人は飄々としており、何を考えているかは不明。現在は英雄派に移籍し、こちらの管理からは外れている』

 

『――六番目、七番目の子供。記載なし。双子の人間、ハレとアメ』

 

『――八番目の子供。検体名は8。名はドルザーク。スラム街で凡そ千の人間を殺したシリアルキラーの子供を保護し、実験を施す。実験内容は龍化実験。非常に凶暴な性格をしているものの、だからこそドラゴン属性との相性が良い。リリスと同様にドラゴンを封じた宝玉を体に埋め込むと同時に、ドラゴンの血肉を毎日10回与えた結果、その血肉はドラゴンのものとなる。更に食ったドラゴンの性質や能力を取り込む能力が発現。実験成功からあまり日が経過していないため、現状は戦力としては当てにならないものの、同じドラゴン属性を全て喰らう『ドラゴンイーター』の能力を持つ稀有な存在。時間が経つごとに能力が倍増していき、今後は赤龍帝を喰わせることでどのような変化をするか、興味深い検体である』

 

 ……全ての詳細を見て、端末を今すぐに壊したくなる。

 ――こんなことをするのが、人間だっていうのか? 人の自由を奪い、ただ自分たちの望みの戦力を生み出すことしか頭にない。

 

「……もう、後手に回るのは散々だ」

 

 俺は端末をしまって、通信を繋げる。その通信は俺の眷属や今回の共闘している味方に繋がっているもので、俺の声は全員に届いているだろう。

 

「――皆、聞いてくれ」

 

 俺は静かな声で、話す。

 

「戦争派はどうしようもない連中だ。ただ自分たちの欲望のためだけに動き、命というものを一切大切にしない存在だ」

 

 でなければ、リリスなんて存在を生み出さない。そもそも子供たちなんて存在を使うこともなかった。

 

「奴らに改心するなんてことは、絶対にない。奴らは放っておけば、何度でも同じことを繰り返す――異能を持ってしまった子供を傷つけ、殺し、私欲のために利用する。そんなもの、俺は認めやしない」

 

 誰からも声は帰ってこない。みんな、俺の言葉を待っているのだ。

 ――王の言葉。王の宣言を待ち続けている。配下として、それを忠実に従うために。

 ならば俺ははっきりと言わなければならない。これから先の戦いのことを、どのように奴ら向き合うのかを。

 ……俺は地上に向かって急降下する。雲を突き抜け、少しばかり明かりの灯る建物の方へと真っ直ぐ降りていく。

 そして地上付近で急停止し、そして――そこにいる皆を前に、口を開く。

 

「――敵は戦争派。そのトップ、ディヨン・アバンセの討伐だ。そして奴に自由を奪われている子供を救う。それを邪魔するものはどんなものでも敵だ。排除し、目的を果たし……この美しい北欧の地で起きた惨劇を、終わらせる」

『……っ』

 

 俺の発言にレイヴェルも、朱雀も、ティアも、フリードも表情が真剣なものとなる。

 その場にいないのは、黒歌。戦争派の攻撃で未だに意識が戻っていない――俺の仲間に手を出したんだ。その報いは、受けてもらわないといけない。

 

「――そうにゃん。私たちの手で、終わらせるの」

「……黒歌っ」

 

 その時、黒歌の声が響いた。いつも通りの声音に、俺はつい声のする方向を見る。

 ……黒歌は、アメに支えられながらその場に来た。

 

「ごめんね、心配させて。でもこの通り、もう動けるにゃん」

「……でも、お前、無理を――」

「いつも無理ばかりのイッセーが何を言ってるの――この状況、僧侶である黒歌ちゃんが動かなきゃ、誰が皆のサポートをするにゃん」

 

 黒歌はアメから離れ、二つ脚で自立する。

 ……その身体からは明らかな闘志が見え隠れし、覚悟の決まった顔をしていた。愚問だ。俺が信じなくて、誰が信じるっていうんだ。

 

「――仕掛けよう。戦争派を壊滅させる。そのために、もう小細工はなしだ」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 ……鎧を身に纏い、言葉の意味を姿で示す。

 すると朱雀は宝剣を抜き、レイヴェルは炎の翼を纏い、黒歌は気を巡らせる。フリードも何だかんだですまし顔でアロンダイトエッジを担いだ。

 ……その時、ふと足音が響く。

 

「昇格して間もないにも関わらず、随分と王をしているではないか。流石だな、一誠よ」

「彼の本質は王道だ。それを体現して来たからこそ、王であるのだ。サイラオーグ」

 

 ――その顔ぶれを見て、驚きを隠せない。

 ……何故、この戦場にこの二人がいるんだ。もしもこれが増援というものだとしたら――これほどまでに頼もしい増援は、他にはない。

 

「――サイラオーグさん、ディザレイドさん」

 

 冥界切手の肉弾戦の覇者と言われる、二人の悪魔。

 若手最強の王とされるサイラオーグ・バアルと、三大名家最強で魔王になるべきだったディザレイド・サタン。二人が肩を並べ、俺たちの前に現れたのだった。

 

―・・・

 

「サタン家は自由に動ける数少ない貴族だ。故に君たちの危機を聞きつけて、こうして馳せ参じたというわけだ」

「俺は上層部からの命令でな。大方理由は、お前と同じだろうさ」

 

 ディザレイドさんとサイラオーグさんと合流した俺たちは、一旦自分たちの隠れ家に戻る。

 具体的な作戦を練るためだ。今、この場にいるのは俺とフリード、ディザレイドさんとサイラオーグさん……そして情報収集をしてくれているガルド・ガリレイさんだ。

 そしてガルドさんの収集してきた情報は、俺たちに好機がもたらした。

 なんとその情報は、奴らの行動の把握というとんでもないものだ。

 

「いやぁ、苦労したぞ。敵にバレナイように索敵し、なおかつ隠密に発信器をつけるなんて、爺さんがする仕事じゃない」

「だけどそのおかげで、敵の隠れる場所が割れた――敵の中枢は間違いなく、そこにいる」

「だけど敵さんもきっとそれは見越してるっすよ。敵のビビり度はすげぇもん。最悪の可能性は幾つも考えて行動しているでしょうね」

 

 フリードはそう指摘する。

 ……そう、油断は何一つ出来ない。フリードの言う通り、向こうが待ち伏せている可能性は否定できない。

 ――だけど俺は言った。

 

「小細工はなしだ。俺はそう言ったぞ」

「……つまり、圧倒的爆発力で一方的にぶっ潰すと――分かり易いねぇ」

「――今の我々の現状を鑑みるに、それが一番生存確率の高い可能性だな。俺としても、そっちの方がありがたい」

 

 サイラオーグさんは俺の意見に賛同してくれる。

 ……もちろん、状況に応じて対処する。その上での正面突破だ。それをするなら、まずは相手の大まかな戦力を考える必要がある。

 

「俺なりに敵の情報を分析してみました。それがこれです」

 

 俺は紙に敵の情報をまとめ、それを四人に見せた。

 ――敵の数は未知数だが、幹部クラスの実力者は割れている。

 まずは英雄派より晴明、ジークフリート、ヘラクレス、クー・フーリンの四名。

 戦争派よりはメルティ、ディエルデとティファニア、ドルザーク、そして未知数のディヨン。

 そして考慮すべきなのは――最強の邪龍、クロウ・クルワッハ。ティアの話によれば奴の実力は全盛期の二天龍を越えるほどのもので、戦況を大きくひっくり返す恐れがある。

 ……リリスの話を信じるならば、リゼヴィムはいない。しかし油断は出来ない。

 ――リゼヴィム対策としては、やはりディザレイドさんしかいないだろう。奴には神器は通用しない。しかも最上級悪魔としての魔力や実力付きと、厄介だ。前回は油断の末に一方的に責めれたけど、油断のないあいつの実力は未知数。

 ……俺たちの目的は、戦争派の撲滅だ。それ以外はショートカットでいい。

 ――俺の故郷をこれ以上荒らさせやしない。俺の大切な人たちがいる、この北欧は何があっても元に戻して見せる。

 

「……ふむ、不確定要素まで考察されている――不確定要素については、私が担当しよう」

「いいんですか、ディザレイドさん」

「無論だ。むしろこの中で最も経験値がある私こそが相応しい――それ以外は君たち任せになる。それだけは留意してほしい」

「もちろんです! ……敵の基本戦力は非常にひ弱です。でも、未知数が底知れない。そして何よりも、英雄派の動きも良く分からないです」

 

 ……そして、子供たちの動向も。

 子供たちは出来る限り保護の方向で考えをまとめている。しかし、子供の中で最も不確定要素なのは――ドルザークだ。

 奴はこの短期間で恐ろしいほどの成長を遂げている。不意打ちとはいえ、黒歌に致命傷を負わせたのは奴だ。

 ……ドラゴンイーター。喰ったドラゴン、もしくはドラゴン属性を自らのものとする。

 ドラゴンの力を有する赤龍帝眷属にとっては、最悪の相性だ。赤龍帝の俺を初め、数多くのドラゴンの力を有している朱雀、龍王であるティアも同様だ。

 特に俺の力を奪われた場合、奴の成長は想像できない。単純明快な倍増の力は、単純だからこそ分かり易く力を発揮するからな。

 

「今回の戦いは短期決戦。最初から全力で敵を叩き潰します。今からそれぞれの役割を決めます」

 

 ――俺は四人に役割を命じる。

 本来は最年長のディザレイドさんに任せるべきだろうが、今この場でこの一件を魔王様より賜っているのは俺だ。

 故に俺が導く。それが王の仕事だ。

 

「……問題ない。俺は今回はお前の指揮下にいろと命じられているからな――この場においての王は一誠、お前だ。この拳、お前のために使うと約束しよう」

「……よろしく頼む。サイラオーグ・バアル殿」

 

 サイラオーグさんは拳を突きだしてそう宣言するため、俺もそれに呼応して拳を合わせる。

 ……また強くなってるな、サイラオーグさん。拳を合わせただけですぐに分かる――既に最上級悪魔クラス以上の実力だ。

 いずれあるレーティングゲームが末恐ろしい――俺も負けちゃいけいけどだ。

 

「……対戦よりも共闘が先というのもむず痒いものだな」

「はは、同じことを思った――よろしく頼みます、皆」

 

 皆、頷いてくれる。

 ――そうして作戦は決まる。決行は深夜。

 そこから総力戦にて北欧の悲劇を終わらせる。

 

―・・・

 戦いが始まる前に、俺は自分の眷属のメンタルチェックのため、一人一人話しかけていた。

 

「というわけだ。皆、それぞれの役割を担ってほしい――といっても、状況に応じて動くことになるけどな」

「当たり前です、イッセー様。特に敵は不確定要素があり過ぎる――感謝します。私は自分の役割を全うします」

「固い固い、朱雀。……まぁ、なんだ。お前の思うようにすればいい」

「……ならばこそ、一つ、ぶしつけながら願いがあります」

 

 朱雀は俺を真っ直ぐに見据えて、とあるお願いをするのであった。

 

 

「……なぁイッセー。私の勘が、こう言っている――クロウ・クルワッハは必ず現れると」

「……ドラゴンの勘は、当たるよな――その時はお前に任せるしかない」

「そうだな。……そうだとも。龍王最強が、敗戦のままでは話にならない――しかも今は赤龍帝眷属の戦車だ。余計に頑張らないとな」

「程々にな」

 

 ティアは腕の一部をドラゴン化させるものだから、俺はそう言う。

 

「ところで、イッセー。一つ願いがあるのだが、良いか?」

「ティアもか? まぁ俺に出来ることがあれば聞くよ」

「むしろお前にしか願えぬことだ。もし聞いてくれたら、私は此度の戦場で目まぐるしい戦果を挙げることは間違いない」

「……オッケー、何でも言ってくれ。何でも叶える」

「そ、そうか! ならば聞いてくれ!!」

 

 ……ティアもまた、自分の願いを俺にぶつけるのであった。

 

 

 ティアの後はレイヴェルの所へと行く。

 初めての命の掛かった戦場を前に、不死鳥で死なないレイヴェルも怖いのだろう。手が震えていた。

 

「レイヴェル」

「あ、……イッセー様」

 

 俺は安心させるために、彼女の手を握る。

 ……俺の眷属になりたてで、いきなりこんな状況に巻き込まれるなんて、本当に申し訳ないと思う。

 ――だけど、それでもレイヴェルは俺と共に北欧に来てくれた。そのことが、俺はどうしようもなく嬉しい。

 ……守らないといけない。守護を冠する赤龍帝なんだから。

 

「少しは緊張、解れたか?」

「は、はい――イッセー様は今までもこんな戦いを何度も繰り返していたのですね。それを目の当たりにして、少し怖気づいてしまいましたわ」

「……怖いのは当然だ。俺だって何が起きるか分からくて怖い――それでもみんながいるから、戦えるんだ」

「……眷属泣かせとはこのことですわ。本当に、女心を分かっている王様だこと」

 

 レイヴェルは俺の方に体を預けた。これは……抱きしめるのが無難だよな。

 ……アーシアに申し訳ないけど、俺の眷属なんだ。よし……

 

「……あったかい。イッセー様の身体は鋼鉄のように硬いのに、鋼鉄とは違って温かいです」

「恥ずかしいからあんまり言うな。あと、帰って皆に言うのも禁止な? 後で面倒だから、俺とレイヴェルだけの秘密」

「……二人だけの、秘密ですね?」

 

 その言い方は止めろ、マジで。

 ――そうしていると、案の定というか……レイヴェルも他の二人と同じでこんなことを言ってきた。

 

「イッセー様、私のお願いを聞いてもらっても、よろしいでしょうか?」

 

 

……最後は黒歌だ。俺は黒歌のいる部屋に向かうと、そこには黒歌ともう一人。彼女の太もものを枕にして眠る、アメがいた。

黒歌はアメのことを、まるで小猫ちゃんをあやすように頭を撫でている。

――似ているもんな。どこか、小猫ちゃんとアメは。

 

「イッセー、女の花園に入るってことは、襲われる覚悟が出来ているということで、相違はないにゃん?」

「そう簡単にやられるほど甘い鍛え方はしてねぇよ」

「やるなんていやらしい♪」

 

 ……こいつはホントに、決戦前でもマイペースだな。

 

「……どうだ、身体の調子は」

「レイヴェルちんの涙のおかげで、完全回復……といいたいところだけど、魔力だけはまだ。でも悠長なことをしていられないからね。特にこの子にとっては」

「……ハレが今、どんな扱いを受けているかなんて、想像もつかないからな」

 

 ハレとアメだけの情報が知れなかったから、今彼女がどんなことになっているかも想像できない。

……ハレが連れ去られて数時間。今出来ることは、無事でいることを願うばかりだ。

 

「ごめん。俺が本調子だったら、少なくともこんな状況には――」

「謝らないの――創造の力が満足に振るえない。確かにイッセーの力は文字通り半減にゃん。だけど、それでもイッセーは出来る限りの最善を尽くした。 それでもこの状況は、イッセーだけのせいじゃない」

 

黒歌はそう話す。

 

「……最初から完璧な王様なんてこなせるはずないにゃん――失敗は成功で取り返す。ハレは私たちが必ず取り戻すにゃん」

「――悪い。少し感傷的になってた」

 

 俺は素直に頭を下げた。

 ……眷属のメンタルチェックどころか、自分のメンタルの方が不安定だった。

 ――度重なる急襲に、予想外の状況。自分の身動きが取れない状況に、責任を感じていた。それは感じなければいけないものだ。

 実際に戦場で一度のミスも許されない。それで命を落としてしまってもおかしくないから。

 

「……ね、イッセー。帰ったら一つお願いを聞いてもらっても良い?」

「お前もか――あぁ、もう、何でも言え。何でも叶えてやるよ」

「そう? じゃあ――帰ったら、私と白音と三人でデートするにゃん」

 

 ……意外と普通だ。むしろ一番普通であると俺は思った。

 黒歌に追求しようとするものの、黒歌は嬉しそうにニッコリ笑うだけだ。

 ――こいつがこういう時は、悪だくみは一切なく、純粋に楽しみにしているんだ。本当に、可愛いやつだよ。俺の飼い猫は。

 

「仕方ねぇなぁ。それに最近、小猫ちゃんの癒しが足りないって思ってたし、むしろ本望か」

 

 ……そういえば最近の俺は、あんまり癒し癒し言ってないことに気付いた。

 ――帰ったらアーシアと小猫ちゃん、チビドラゴンズに全力で癒されよう。そう心に決めた時だ。

 

「…………」

「アメ、起きたのか?」

「……ずっと起きてた」

 

 アメが黒歌の膝から起き上がり、俺の顔をじっと見つめて来る。

 そして……

 

「……話が、あるの」

 

 アメは未だ光灯らぬ目で、そう言った。

 

―・・・

 

 アメを自室に招きいれた。俺がベッドに座ると、彼女はその隣に座る。

 ……話、か。この状況で俺に話なんて、一つしかないだろう。

 

「……アメも、連れていってほしい」

「――ダメだ。あまりにも、危険すぎる」

 

 予想通りの言葉に、俺は用意していた言葉を突きつけた。

 ……実際に、危険だ。アメは非戦闘要員であり、アメを守りながら戦い抜くことは現実的に考えて危険である。

 それは彼女の命もそうであると共に、他の眷属の皆も同じだ。

 ――しかしそれでもなお、アメの視線は真っ直ぐに俺に向いている。

 

「って言っても、お前は聞く耳を持たないんだろうな」

「……え?」

 

 俺がそう返すと、アメは初めて呆気をとられた表情になる。

 ――確かに連れて行くのは危険だ。しかし今、この北欧に安全な地などない。つまり一人で隠しているところを狙われたら、アメはさらなる危険に見舞われるのだ。

 

「分かってるよ。俺だってお前の立場なら、聞く耳を持たないからな――分かった。アメ、君も一緒に連れて行く」

「……っ!」

「ただし――俺の傍から絶対に離れないこと。それを約束できるなら、一緒に来ることを許可する」

 

 ……アメは俺の約束に対して、頷く。

 ――彼女もまた、戦争派によって何らかの実験を施されているはずなんだ。だけどその前兆すら今のところない。

 ハレは空間を切断するという強力な神器を宿している。ならばアメは一体――

 

「……アメとハレの話を、聞かせてくれないか?」

 

 ……ふと俺は、そう尋ねた。

 少しでも彼女たちに対する疑問を解決したい。そのために、詳し話を聞きたかった。

 彼女が戦いに巻き込まれる前、どんな幸せな生活を送っていたのか。ハレとはどんな少女なのか。

 ……何より、俺は二人が知りたい。

 

「……ハレは、元々はとっても可愛い女の子だった」

 

 ……するとアメは、話し始める。少し前のことを、あたかも大昔のように話す。

 彼女たちにとって少し前のことは、もう戻ってこない過去のことなんだろう。そのことに心がいたくなる。

 

「お洒落に気を遣って、好きな人もいて――アメに特別優しい。……そんなお姉ちゃん」

「……そっか」

「……でもハレは、アメを守るために……男の子になろうとした」

 

 ――ハレの一人称は「僕」だった。

 強い言葉を使い、アメを守る時はいつも険しい顔で勇ましく、華奢な体に似合わぬ大きな剣を振るって敵を倒す。

 髪も短く、身体は傷が多かった。

 

「アメよりも長かった髪をばっさり切って、いつもアメの手を引っ張って……――ハレが、僕って言うたびに、アメは……っ。足手まといだって、思って……っ」

 

 ――アメは、琴線がプツリと切れたように、一筋、涙を流した。

 ……ずっと感情を押し殺してきたのだ。アメは、そうして現実と向き合っていた。

 何も出来ない自分に嫌気がさし、それでも大好きな姉と一緒にいたいから何とか生き抜いて……その度に心が曇って、笑顔が減っていったのだろう。

 ……まだ、年端もいかない女の子が、どうして笑顔を浮かべないのだ。

 ――それがどうしても理不尽に思えて仕方がない。

 

「――どうして、アメたちだけ、こんなに、苦しいの……っ? 何も悪い事してないのに、……ママも、パパも、誰も助けて、くれないの……?」

「…………」

 

 何も言葉が浮かばない。

 ――理不尽。この言葉は俺が最も嫌う言葉の一つだ。

 神様が勝手に作ったシステムのせいで、神器のせいで俺も随分と不幸な目にあってきた。

 ミリーシェが殺され、俺も死んで兵藤一誠として生まれ変わった時も、心の奥ではずっと理不尽に嘆いていた。

 どうして自分がこんな目にあうんだ、と。ふざけるな、と。

 ――そういえば、俺はそれでも腐らずに成長できたっけ?

 そんな思いを抱いている時、俺を救ってくれた人は……その人がしてくれたことは――

 

『――大丈夫、イッセーちゃん。泣き止んでよ~』

 

 母さんだった。

 

「アメ、ごめんな」

「……っ」

 

 俺はアメをそっと抱きしめた。

 ……ほとんど初対面で何をしているんだと、思われるかもしれない。

 だけど本当に辛いとき、俺はこうされて心が温かくなった。俺では役不足だと思う。アメが本当に望んでいるのはハレであり、俺ではないのだから。

 

「辛いことを聞いて、ごめん――嘘って思うかもしれないけど、俺は君の気持ちが痛いほどに理解できる。幸せを壊される苦しみを、どうしようもない現実を俺は知っている」

「っ」

「失った後の喪失感も知っている。それでも俺は今、こうして生きてる――絶対に君を、ハレに同じ思いをさせやしない」

 

 アメは、俺の胸の中で嗚咽を漏らす。

 俺の背中に手を回し、子供のように抱きしめてきた。声もなく泣くのは、彼女らしい泣き方なのかもしれない。

 

「アメに指一本たりとも、触れさせやしない。ハレをこれ以上、傷つけさせることも許さない。……約束する」

 

 言葉じゃ、信じられないかもしれない。

 だけど今、俺はそれを宣言しないと気が済まない。彼女の心を救う言葉は――少しばかり臭いけど、言おう。

 

「――必ず守る」

「おね、がい――ハレを、たすけてぇ……っ」

 

 ……その声を、泣き顔を見て思い出す。

 近頃、夢に出てきた子供のことを。彼女たちは常に助けを求めていた。夢幻の因子によって生まれた奇跡――それは必然だったのだ。

 グレートレッド、本当にあんたには感謝する。あんたのおかげで、何人も救うことが出来るのだから。

 

「……約束する」

 

 その決意の元――俺たちの最終決戦は始まる。

 

―・・・

『Side:三人称』

 

 戦争派の隠れ家は地下空間にあった。

 一時退却して態勢を立て直すため、戦争派と、その協力関係にある英雄派の面々は地下の一室で休憩していた。

 

「……戦争派も油断できないな。北欧の神に知られずにこのような空間を創り上げるなんて……」

「ゲオルクは、次元の狭間で創ったものを秘密裏に変換したんじゃないかって推測しているぜ」

 

驚きを隠せないジークフリートに、そう返答するヘラクレス。

……彼らもそれなりに消耗していた。特にジークフリートは、内心では安心は出来ていない。

何せ、自身の魔剣の一振りを先刻前に消滅させられたのだ。伝説級の魔剣を折るならまだしも、跡形もなく消すなど聞いたことがない。

……終焉の少女、エンド。曹操に話を聞いていた彼らも、初めて目の当たりにする「本物の化け物」であった。

 

「……晴明よぉ。そろそろ口を開いたらどうだ? お前、今回の件、結構重要な立場なんじゃねぇのか?」

「……俺は、禍の団として協力しているだけだ」

「曹操に黙って、だろ?」

 

 ヘラクレスは追及する。

 ――英雄派の真のトップ、曹操は戦争派の行動に疑問を抱いていた。何せ曹操は本気で人類最後で最強の槍になることを掲げているのだから。

 だからこそ、今回の一件では決して手を貸さないのだ。

 

「……あのリゼヴィムって野郎とも繋がってんだろ、お前――だんまりもいい加減にしねぇとぶっ殺すぞ」

「止めろ、ヘラクレス――晴明。君は奥で休んでおきなよ」

「……すまない」

 

 ジークフリートに牽制され、ヘラクレスは不満を抱きながらも一旦は落ち着く。

 晴明はジークフリートに言われて奥の部屋へと消えて行った。……それと入れ違う形で、室内にクー・フーリンが入ってくる。

 

「たっだいまー――およよ、晴明はどこー?」

「喧嘩、狸寝入り」

「あ、良く分かったよ。ヘラクレスぅ、あんまり晴明虐めちゃダメだよ?」

「うるせぇー!! お前らはいいのかよ!? あいつ、陰で何してるか――何されてるかもわかったもんじゃねぇんだぞ!?」

 

 ……仲間として、ヘラクレスはそれが見逃せなかった。

 するとジークフリートはふふっと微笑を浮かべた。

 

「あぁ、何がおかしんだ!? ジーク!!」

「いや――随分と誰かさんに似てきたなと思ってな」

「っ……。別に、変わらねぇよ」

「そうか。……もしくは、本当のお前がそれなのかもしれないな」

 

 悟ったように語るジークフリートに、ヘラクレスは嫌気がさしたのか……

 

「うるせぇ!! 俺、トレーニングルームで暴れてくるからな!!」

 

 そうして部屋から出て行ってしまった。

 それを目の前で見たジークフリートとクー・フーリンは顔を見合わせて笑う。

 

「……さて、クー。正直、僕は乗り気じゃない。君もだろう、それは」

「まぁ、ね。今回ばかりはぶっちゃけ、赤龍帝ちゃんの方に付きたいくらい」

「それをしたらこの組織にはいられなくなるからね――僕としては彼らと戦うこと。それだけが今の楽しみさ」

「あ、それは私も! ……あの黒猫野郎にはちゃんとリベンジ果たさないと、英雄の魂が許してくれないからね」

 

 ……変質か。彼らもまた、少しずつ変化していた。

 それは誰の影響か。兵藤一誠か。それとも長である曹操か――もしくはその両方か。

 

「……あはは、これは先手を取られたな」

「え、何言って――っっっ」

 

 ……突如、地下に響く不自然な揺れ。それは室内のインテリアを軒並み倒すほどの大きな揺れであった。

 更に扉の方からは土煙が立ち込めて、周りが見えなくなる。

 

「……急襲、かぁ。そういうのって敵役の僕たちの役目じゃない?」

「そうだね――さて、じゃあ仕事をしますか」

 

 そう言うと、ジークフリートとクー・フーリンは互いの武器を手に、室内を後にしようと扉を蹴飛ばした。

 ――そこにあるのは、空だ。

 地下何十層にもなっているシェルターに、大きな穴があいていた。それは紛れもなく強大な一撃によって開けられたもの。

 その穴の上空、月を背景に一つの影がいた。

 ……赤い鎧に禍々しくも美しいドラゴンの翼。その肢体には美しい白銀の光が纏わっており、オーラは絶大。

 

「――戦争派のトップ、ディヨン・アバンセに次ぐ」

 

 とてつもなく低い、兵藤一誠の声が響く。

 それと共に戦争派の謎の黒い生命体が彼へと向かうものの、それは二つの拳で掻き消される。

 サイラオーグ・バアルとディザレイド・サタンの拳だ。ただの拳圧だけで黒の軍勢を消し飛ばすその姿は正に力の象徴。

 そんな二人の中心にいる兵藤一誠は、言を続けた。

 

「今すぐに降伏し、そのおかしな実験を中断するなら命までは取らない。……もしも拒否するのならば――」

 

 ――その手の平に、魔王さえも打ち消すことが出来ないほどのオーラが集結する。

 創造の力で強化して生まれた神帝の鎧。それの力を一か所に凝縮することで放てる、彼の放つ最大級の一撃――紅蓮の龍星群。

 その強大な一撃は、半壊した堅牢な地下基地を、完全に崩壊させた。

 文字通り、地下基地には大穴が生まれる。最早基地としての役目を果たしてはいない。

 ……地下の最奥で、ディヨン・アバンセは嗤いながら兵藤一誠を見る。

 ――彼は宣言する。

 

「――お前たちを、根絶やしにしよう」

 

 ……ここに、北欧を舞台にした赤龍帝眷属と戦争派の最終決戦が始まった。

 




ということで7話。

――さて、このあとがきをお借りして一つお知らせ。
これまで話を更新しなかった理由の一つ、大学における卒業制作を実は公開しています。
それは「小説になろう」にて公開しております。
簡潔にまとめると、芸術系の専門高等学校の美術部を舞台に、様々な登場人物が日常を謳歌していくという「こころのいろ」というタイトルの物語です。
話の雰囲気的にはほのぼの、コメディーがあり、主人公とヒロインを中心に展開する群像劇です。
「 https://ncode.syosetu.com/n4219ek/」←URLです。
もし自分の個人の作品を読みたい方がいらっしゃるなら、ぜひ読んでもらいたいです。そして楽しんでいただけるならば幸いです


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第8話 強さの意味は

お待たせしました、第10章終盤の始まりです。


 戦争派の隠れ家である地下空間には、俺の魔力砲で大穴が出来ていた。視線の先には戦争派こ末端から、見知った英雄たちの姿が見える。

 

 しかし俺たちの最たる敵になり得るのは、英雄と子供達だけだ。戦争派と英雄派の特徴は、少数精鋭であること。しかし、だからこそ厄介だ。

 

 ……少数精鋭はこちらも同じだ。

 

「――それぞれが予定通り、敵を補足次第、作戦を開始しろ」

 

 言葉は返ってこない代わりに、それぞれの魔力が動き出す。

 それを補足しながら、俺は大穴の奥を見た。完全に施設を破壊出来ていないらしい。

 ……俺の周りにいたサイラオーグさんもディザレイドさんも、既に近くにいない。

 その代わりに俺の近くに魔法陣が浮かび、そこからは――黒歌とフリード、アメが現れた。

 

「作戦通り、それぞれが所定の敵と相対してるにゃん。イッセー、そろそろ私たちも」

「ああ。……これより俺たちは施設の最奥に侵入する。最優先はハレの救出、及び――ディヨン・アバンセの掃討だ」

 

 俺は三人を抱え、そのまま大穴の底へと落ちていく。

 ……その最中、俺たちに襲い掛かろうとする影が幾つか現れた。しかし、それは事前に俺の仲間によってそれぞれ防がれていた。

 

「頼んだぞ、みんな!」

 

 それぞれを信じ、俺は三人と共に下降していく。

 ……現代科学をつぎ込んだような施設は、迷路のような形だ。おおよそ施設に侵入し、暗躍することが難しい。

 だからこの正面突破はある意味で功を期した。

 

「フリード、ここの施設の情報はある程度持っているか?」

「一応入手した端末にはある程度載ってるっす。設計は地下二十階層。イッセーくんの攻撃で貫けたのは十五階層までっすね」

「多分これ以上先は特殊な防御加工してるにゃん。じゃなきゃ、イッセーの龍星で破壊出来ないはずないよ」

「……ここからは裏技は使えないってことか」

 

 俺は辺りを見渡す。攻撃でぐちゃぐちゃになっているが、少し先に地下へと続く階段があった。

 ……瓦礫を消し飛ばして、俺たちは十六階層に下がる。階段は螺旋状になっているようで、意外にも段数は多い。

 

「……全てのフロアを強固な仕様にしないのは、どうしてだと思う?」

 

 不意に俺はフリードと黒歌にそう尋ねた。

 ……やろうと思えばこの建物自体を、俺の砲撃に耐えられる仕様に出来たはずだ。でもそれをしないというのには、何か理由があると思う。

 

「んー、コスト削減とかっすかね。戦争派は特に金がかかる実験をメインにしてるっす。基地に金をかけるよりも実験なんでしょ」

「……それでも、十六階層からは防御力を上げてるって考えると――戦争派にとって、ここから先は重要な何かがあると考えるのが妥当にゃん」

 

 俺はフリードと黒歌の言ったことに説得力を感じた。

 現段階でも戦争派の内事情は露見している。だけど、俺はそれが全て正しいとは思っていない。

 そもそもあんな解析されるのが目に見えている端末を、見つけられる場所に置いておくことが可笑しい。

 ……ディヨン・アバンセは何か目論見があると睨むのが妥当だ。

 

「それにアメとハレの情報が何も載ってなかったのも気掛かりだ。他の子供達の情報は細かく記載されていたのに、二人のものだけほぼ空白……そこが引っ掛かる。アメは何か心当たりはないか?」

「……わからない。アメとハレは、少し前までは普通に、生活していたから……」

「……普通に、か」

 

 ――本当を言えば、彼女の言う「普通」という言葉を疑っている。

 ハレの持つ見たこともないような神器、突如戦場になった北欧の地。それに巻き込まれた姉妹。

 これらを偶然では片付けることは出来ない。

 しかもアメとハレは戦争派の子供達の二人とされているんだ。

 ……記憶を操作されているのか? そう思って黒歌に調べて貰ったけど、それらしい痕跡は発見されなかった。

 

「……とりあえず」

 

 階段を降り切って、目の前にある大きな門の前に立つ。堅牢な金属で出来たと思われるそれに、拳を振るった。

 ブン、と拳を振るう音と共に門が酷い破壊音を立てて消し飛ぶ。

 

「奥にいる親玉の口を割らせるのが早いな」

「――そう思ってるとか悪いんすけど、敵さんが現れたっすよ」

 

 土煙が目の前を覆い、視界は不鮮明になる。そんな中、俺よりも緻密な気配察知が出来るフリードが、目の前を真っ直ぐ見据えてそう言った。

 

「――よもや貴様が最初に我の存在に気付くとは。些か、驚きものだな」

 

 土煙の先から声がする。野太い男の声だ。煙にシルエットが映り、それの背丈が大体把握できる。

 

『――やぁ、赤龍帝くん!! 僕の家に良く来てくれたね!』

 

 ……生声ではない、機械越しの声が聞こえる。

 その声は一度しか聞いたことはないが、良く覚えている。先日戦争派の隠れ家で捕まり、顔を合わせた戦争派のトップであるディヨンだ。

 まるで友達が家に来たことを喜ぶような明るい声音で、ディヨンは話し続ける。

 

『なかなか魅惑的なノックで、戦々恐々だよ――さて、早速だけれど、一つ僕の俗事に付き合ってもらおうか』

 

 ディヨンはそんなことを言ってくる。

 ……俺たちが奴の遊びに付き合ってやる必要はない。

 俺は無視して前を進もうとした――

 

『まぁ、そもそも君達が従わない選択肢は用意していないんだけどね!』

 

 その時だった。

 俺たちの前に、黄色い壁が立ち塞がった。

 

「な、なんだこれは……まさか、神器か?」

 

 その壁の雰囲気からそう予想すると、予想に反さずディヨンは嬉しそうな声を出して肯定した。

 

『ご明察通り! これは僕が用意した神器さ! ――対等な決闘城塞(ワン・オン・ワン・フィールド)。この神器が発動する空間では、いかなる存在も一対一の対等な戦闘をしなければならない』

「一対一……そうしなければ前に進めないってことか」

『理解が早くて助かるよ。僕は二十階層にいる。それまでの階層一つ一つに僕の中の生え抜きの戦士(モルモット)を用意した。それを一人ずつ倒して、僕の下まで来てごらん?』

 

 ……明らかな罠だ。ディヨンは最初からこれを狙っていたのか?

 ――俺たちを止まるほどの敵を用意していると考える方が妥当だ。

 

「んで、あんたが最初の敵ってわけか」

 

 未だ土煙の中で姿を現さない大柄な男に、そう声を掛けた。

 

「なんとも酔狂なことだ。まさか貴様とこうして生きて合間見えることが出来るなんて――僥倖とも言えるな」

「……あんた、俺と面識があるのか?」

 

 まるで旧知の仲のような言い方をする男に、俺はそう尋ねた。

 

「貴様にとっては俺のことなど、歯牙にもかけぬ存在だろうさ。……この姿を見せれば、少しは思い出したくれるか?」

 

 男は突如、背中より翼を羽ばたかせた。

 ――8枚の翼を織りなして、土煙を器用に吹き飛ばす。その風圧の強さから一瞬目を閉じてしまった。

 ……今の余波だけでも、あの男がここを任される理由が理解できる――明らかに強大な力を感じる。

 そしてその強大な力の最たる正体は、おそらく堕天使だ。

 だが、待て。8枚もの翼を持つ堕天使を、俺が知らないはずがない。

 

「――いや、必然かな。さぁ、誰が我の相手をしてくれる? 赤龍帝、兵藤一誠。それとも貴様か? 神父、フリード・セルゼン」

 

 ……黒いハット帽に黒いスーツ。顔中の傷跡と、鋭い目。

 その姿を、俺は知っている。知っていると同時に、奴がいることが信じられなかった。

 ――これまで色々なことがあった。始まりは兵藤一誠としての生を受けたところから始まっているが……悪魔としての始まりは、忘れもしないレイナーレとの一件だ。

 

 アーシアを守るため、俺はレイナーレをはじめとする堕天使たちと交戦した。

 アーシアとの出会いの記憶だから、今でも記憶に新しい。

 

「――地獄の淵より舞い戻って来たぞ。我の名は、堕天使ドーナシーク。おおよそ目立たぬ雑兵だ」

「……こりゃまた意外性抜群っすねぇー、ドーナシークの旦那ぁ」

 

 ――レイナーレの部下で、俺が直接手を下した堕天使、ドーナシークがそこにはいた。

 

 ―・・・

『Side:三人称』

 

 戦争派の基地がある遥か上空に、最強の龍王、ティアマットは目を瞑って浮遊していた。

 感性を研ぎ澄まし、周りに漂う雰囲気を肌で感じ取る。

 ――ティアマットの直感が告げていた。この戦場に、奴が来ると。

 現状敵勢力で最も警戒すべき最強の敵。それはティアマットにとっては最も因縁深く、更に言えば一度は完全に敗北している。

 

「……最も面倒な強敵を迎え撃つ役目を命じられて、高揚してしまうとは――やはり私は生粋のドラゴンだな。そうは思わんか?」

 

 誰もいない虚空に、ティアマットは語りかけた。

 ……その瞬間、彼女の目の前の空間が歪む。

 

「……気付いていたか。それに以前よりも雰囲気が増したようにも思えるな」

「ぬかせ、そんなことは思ってもいないだろう。お前に遣える気があることに心底驚いているぞ――クロウ・クルワッハ」

 

 虚空より現れし存在は、最強の邪龍と名高い三日月の暗黒龍、クロウ・クルワッハであった。

 以前彼女が敵対した時と同じように全身を真っ暗な装束で身を包み、鋭い三白眼をティアマットに向けていた。

 

「俺は嘘はつかない。思ったままのことを言ったまでだ。以前の腑抜けたお前とは思えぬほどの力を感じているぞ」

「ならば素直に喜んでおこうか」

「そうしろ――俺としてはこの戦争に首を突っ込む気はないぞ」

 

 するとクロウ・クルワッハはそんな殊勝なことを言った。

 ……ティアマットは「なるほどな」と彼の言う言葉に納得する。

 ――元よりクロウ・クルワッハの性質を理解しているティアマットは、彼がこの戦争に興味がないことは分かりきっていた。

 

「だろうな。お前がどうしてここにいるかも理解しているつもりだ」

「……言ってみろ」

「大方、リリスのお目付役だろうさ。もしもの時にリリスを止められるのは、お前くらいなものだろうからな」

 

 ティアマットの推測に、クロウ・クルワッハは首を縦に振った。

 

「その通りだ。こんな誇りもない、つまらない小競り合いに参加してやるほど、俺は暇じゃないんだな――しかし、そこまで俺を分かっていて、何故俺を待ち構えている。残存戦力を考えるなら、下で赤龍帝と共に戦った方が賢明だろう」

「……はは、聡明だな。確かなその通りだ」

「…………わからないな。何が目的だ?」

 

 クロウ・クルワッハは訝しげな表情で首を傾げる。

 それを見て、ティアマットは余計に笑ってしまった。

 

「――昔の私は死んだよ。力の本質を見誤り、無鉄砲になっていたティアマットは、もうどこにもいない」

「……面白い。ならば俺の目の前にいるお前は何だ?」

 

 ティアマットの話に興味が湧いたのか、クロウ・クルワッハは初めて好奇心を表情に浮かばせる。

 ドラゴンの行く末を見たい彼にとって、ティアマットの発言は魅惑の果実のように見えていた。

 しかし……それに対する彼女の返答は本当に単純で……――

 

「ただの、ティア姉だ」

「…………は?」

 

 その呆気ない発言に、クロウ・クルワッハは口を開いて呆然と彼女の顔を見つめた。

 

「私が高尚な理念を話すとでも思ったか? 案外単純なところがあるのだな、貴様にも」

「……お前にだけは言われたくない。だが、分からないな。お前が龍王ではないことは理解できた。龍王の名を捨てて、ただの姉に成り下がったのも理解出来た――だが、それで俺の前に立つ意味は分からないな」

「意味は、言葉の中にある」

 

 ティアマットは口元をにやけるように歪ませ、好戦的な表情でクロウ・クルワッハを見据えた。

 ――その瞬間、彼の背筋にゾクッと、冷たいものを感じた。

 

「――姉とはつまり、家内における妹と弟の頂点にいる存在だ。すなわち私は下を守るために戦う義務があるのさ」

「……脆弱な考えだ。そう断じたいところだが、しかしそうも出来ないな――以前よりも遥かに強い凄みがある。覚悟も見える。俺の前に立つのも、無謀な行動に思えないな」

 

 クロウ・クルワッハは口元を三日月の形にして笑う。

 その目には闘志が宿るように鋭く、その眼光がティアマット一人に向けられていた。

 

「ならば来い、ティアマット。お前の覚悟を俺にぶつけてみろ」

「望むところだ、クロウ・クルワッハ!!!」

 

 ――ティアマットの雄叫びのような咆哮が、ビリビリとクロウ・クルワッハの肌に電気が走る。

 好戦的な目と目視できるほどのドラゴンのオーラ。

 それを見てクロウ・クルワッハは確信した。このドラゴンは、俺の好敵手に値すると。

 対するティアマットは、人型のままで身体中に黒と白のツートンカラーで輝く円陣が包んだ。

 

「お得意の龍法陣の重複使用か。それは以前と変わらないようにも見え――っ!!」

 

 クロウ・クルワッハが一瞬、まばたきをした。その瞬間、彼は遥か後方に殴り飛ばされた。

 

「――変わっていないように、見えるか?」

「……前言を撤回しようか。随分と、滾らせてくれるじゃないかっ!」

 

 彼の静かな声音はなりを潜め、興奮気な声を轟かせる。

 ――彼にとって、以前のティアマットの醜態など、さして意味がない。

 最強の邪龍、クロウ・クルワッハは単に悪であると断ずるのは、本当の悪に対して失礼極まりない。

 彼が力を払うのも、理不尽を起こそうとするのも、そこには明確な悪意があるわけではないからだ。

 

「ドラゴンの行く末を見ることだけが俺にとっての生き甲斐だ。今のお前からはそれを感じる――お前との戦いの先に、俺が見たいものが見える。そんな気がするな」

「ならばその身体の全てに刻み込んでやる。そして最後に後悔しろ。触らぬ姉に祟りなしとな!!!」

「何を面白くもないことを――っ」

 

 ティアマットの戯言にクロウ・クルワッハは反応してしまうが、しかし彼女の攻勢は冗談では済まない迫力のものだった。

 クロウ・クルワッハの頬を掠める、真っ直ぐすぎるティアマットの拳。拳は空を切ったにも関わらず、その風圧だけでクロウ・クルワッハは吹き飛ばされてしまった。

 しかしティアマットはクロウ・クルワッハの胸ぐらを掴み、吹き飛ぶ彼を引き寄せて――龍化した極太の拳でその頬を貫いた。

 

「かは……っ!」

 

 防御すらままならなかった一撃を受けて、クロウ・クルワッハは大量の血反吐を吐いた。

 そして、最強の邪龍は、ティアマットを危険に感じてすぐさま安全な距離を取る。

 

「――ふむ、思っていた以上に良く動くな、悪魔の身体というものは」

「……やはりその力、純粋なドラゴンのものではないか。しかし驚いたな。いまや天龍と同等の外殻を持つ俺を、ただの一撃で血反吐を吐かせるとは」

「はは、そういえばまだお前には言っていなかったな」

 

 ティアマットは誇らしげに笑みを浮かべ、肩から羽織る赤色のコートの背中をクロウ・クルワッハに見せた。

 そこにあるのは紋章。

 赤色の生地に描かれる、ドラゴンを形だった紋章の意味するものは――赤龍帝。

 

「私は赤龍帝眷属の戦車、ティアマット! 最たる拳と防御力を持つ、世界最強の龍王戦車だ――油断してくれるなよ、クロウ・クルワッハ。私もまた、お前と同じ高みに至った」

「――それを判断するのは俺だ」

 

 最強の邪龍と最強の龍王の戦いは、熾烈を極めていく。

 

 ―・・・

 

 ティアマットがクロウ・クルワッハを担当するのと同じで、赤龍帝側はそれぞれが兵藤一誠から指示を受けていた。

 例えば三大名家最強と名高いディザレイド・サタンは、赤龍帝たちが戦いやすいように、不確定要素を全て引き受けている。

 謎の黒い生命体を初め、この戦いに介入してくる存在を一手に引き受けていた。

 ……戦争派の基地の中の中腹。そこでは煌びやかな火炎が包んでいた。

 

「……ちょっと予想外だなー。僕の相手が誰をするのか予想してたけど、まさか君とはね」

 

 英雄派のクー・フーリンは光り輝くクルージーンを担ぎ、目の前の少女――レイヴェル・フェニックスが立ちふさがるのを興味深そうに見つめていた。

 

「私には分不相応な立ち位置であると自覚していますよ」

「……その割には落ち着いているね。僕との力量差を知っているのに、どうしてそんなに悠長に話せるのかな?」

 

 未だ剣を構えず、ただ周りへの配慮は忘れない。

 何しろ、周りの炎の熱量は本物だ。彼女の知っているレイヴェル・フェニックスの情報から考えるに、あまりにもこの戦場には似合わないものだ。

 フェニックス家の中で最も幼く、未だ実戦を知らない。そんな少女が英雄派の幹部と戦わせるなど、正気の沙汰ではない。

 

「もしかして、黒歌の代わりの捨て駒にしたの?」

「……捨て駒、ですか。確かにそう考えるのが妥当なところでしょう――ですが、違いますよ。あなた程度ならば、私で事足りるからです」

「――あ?」

 

 レイヴェルが不敵な微笑を浮かべてそう言った瞬間、クー・フーリンの表情は変わる。

 明らかに不機嫌な表情の変化だ。まさかレイヴェルから煽られるなどとは毛ほども思っていなかったのだろう。

 レイヴェルは優雅な物腰で、フワリとスカートの裾を掴み、一礼する。

 

「納得がいかないのならば、どうぞ自分でお確かめください」

「――なら遠慮なく」

 

 刹那、クー・フーリンはレイヴェルの視界から消える。

 ……気付いた頃には、レイヴェルの身体は横薙ぎに切り裂かれ、上半身と下半身が別れてしまっていた。

 

「自分が不死鳥だからって、絶対に死なないわけじゃないんだよ。自分の才能に自惚れたね」

 

 クー・フーリンはつまらなさそうな顔で、レイヴェルの方を見ずにそう呟いた。

 

「――あなたが早くて強い。そんなもの、最初から承知の上です」

 

 ……しかし、彼女の予想を超えて、炎に包まれる。

 その熱量は近くにいるだけで身が焦がされ、ヒリヒリとした痛みを付随させる。

 

「……あの程度じゃ死なないかー」

 

 特に驚いた様子は見せない。反撃してくるのは予想外であったが、生きていることは予想の範疇であったのだ。

 クー・フーリンは振り返ってレイヴェルの目を見据えて――初めて、息を飲んだ。

 

「……何、その目。お飾りのお嬢様の目じゃないよ」

「お飾り、ですか。中々痛いところを突いてきますわね」

 

 ――レイヴェルの目には、明確な闘志が宿っていた。

 ……クー・フーリンは前情報で、赤龍帝の情報をある程度把握している。

 兵藤一誠を筆頭に、猫魈の黒歌、様々な龍の力を秘める朱雀、更には最強の龍王であるティアマット。

 それぞれが一騎当千の力を秘める戦士たちに対して、レイヴェル・フェニックスはあまりにも平凡な悪魔である――そう評価していた。

 

「確かに私は、戦闘力という面では、他の方々の足元にも及ばないことでしょう――ですが、よもや私が何の覚悟もなくイッセー様の眷属になったとは、思っていませんよね?」

 

 しかし、それは大きな間違いだ。

 レイヴェルは聡明な少女だ。良く頭が周り、彼の眷属になるという意味を良く理解していた。

 戦いを呼ぶ赤龍帝の眷属になるということは、すべからず戦火の渦に身を投じることを意味している。

 

「……イッセー様は優しいお方です。彼は眷属に対して才能と力を求める。そうでないと、生き残れないから――誰にも自分のせいで傷ついて欲しくない。だからイッセー様は、強者を求めるのです」

 

 その炎は覚悟を意味している。

 ――そんな兵藤一誠が、自分からレイヴェル・フェニックスを眷属に選んだ。

 それが意味することは……彼にとって、彼女は自分の眷属に足る才能と心を持った少女であるということだ。

 

「故に私は、彼の眷属の僧侶として、あなたと戦います。英雄派の特攻槍、クー・フーリンさん」

「――そっか、そっか。それは悪いことを言ったね。訂正するよ」

 

 クー・フーリンは額に手を当てて、少し笑う。

 ……そして剣をレイヴェルに向けて、

 

「君は歴とした曲者揃いの赤龍帝眷属の一人だ。だからこそ、僕がここでしっかり滅してあげる」

「いえ、あなたでは無理です――だからこそ、私があなたに割り当てられたのですから」

 

 レイヴェルは炎の翼を縦横無尽に薙ぐ。

 あまりにも分かりやすい動作だったものだから、クー・フーリンは容易に避け、先ほどと同じように光剣でレイヴェルを切り裂く――しかしそれか致命傷になることは決してない。

 手応えの無さからクー・フーリンはレイヴェルの言った言葉の意味を理解する。

 

「……なるほど、相性が最悪だな。僕と君は」

「ええ。例えあなたが早くとも、私はあなたの攻撃では傷一つつかない。あなたのゲイ・ボルグが如何に必中の槍でも、それはあくまで対人最強の武器でしかない――心臓さえも再生するフェニックスを倒す手段をお教えしましょう」

 

 レイヴェルの炎は熱量が増す。それを見て、クー・フーリンは冷や汗をかいた。

 ――舐めていた、と。彼の眷属が規格外過ぎて、感覚が麻痺していたのだ。

 ……不死身が、弱いはずがない。

 

「神クラスの一撃で、存在ごと消し飛ばすか、精神的に弱らせて不死の力を一時的に弱体化させるかの二つ」

 

 家名に伝説の聖獣の名を連ね、今の悪魔の世界の中で猛威を振るう。

 ――それがフェニックス家。その涙はどんな傷をも癒し、その炎はあるいは神にも届きうる熱を誇る。

 今は未熟、だがその器は……大器の器。

 

「あなたには神クラスの一撃はありません。そして、覚えておいてください――私はどんな状況でも、絶望することがないことを」

 

 炎風がレイヴェルのコートの裾をフワリと浮かばせる。

 ――彼女もまた、曲者揃いの赤龍帝の一人。

 

「私は赤龍帝眷属の僧侶にして――フェニックス家の長女、レイヴェル・フェニックス。我が誇りの炎をその全身で受けてみなさい」

 

 ……フェニックス家で最も才能に恵まれた才女――火炎が彼女の戦場に舞った。

 

 ―・・・

 

「目下最大の厄介者は君だ、8番目の子供、ドルザーク」

「ひゃははっは! 言ってくれるジャーン、兄ちゃんョォ」

 

 地上付近の森で相対する二つの影があった。

 神器「封龍の宝群刀」を手にする土御門朱雀と、様々なドラゴンの力を宿すドルザークである。

 ――8番目の子供、ドルザークは赤龍帝眷属にとって天敵だ。

 何せ現状、彼らの過半数以上がドラゴンに関する能力を持つからだ。

 そしてドルザークはドラゴンの力を吸収し、自らのものとする。既にティアマットのブレスを手に入れており、力は増していくばかりだ。

 

「しっかしよォ。俺様を相手にすんのに、あんたなのは意味わかんねェ。だってあんた、あれダロ? ドラゴン使いが、俺と戦うなんて正気の沙汰とは思えネェ」

「私もそう思う。相性からしても最悪――と、思っていた」

 

 しかし朱雀はそう切り返した。

 

「ンア? もしかして、俺様に勝てるとか思ってんノ?」

「思っているとも。そのために色々と用意してきたのだからな」

 

 さて、と言いながら朱雀は両手で刀を持ち、切っ先をドルザークに向ける。

 

「さて、ディン。此度も私に力を貸してくれるかい?」

『もちろんさ。僕は君の唯一無二の相棒だからね――なんて、ドライグの真似してみたり。ちょっと憧れだよなー、あの二人は』

「――ヨーシ、分かった。テメェラ跡形残らず喰ってやんヨォォォ!!!」

 

 ドルザークの激昂と共に、彼は龍人と化す。以前よりも禍々しさが増したその容姿に加え、大きさも一回り大きくなっていた。

 

「封を解く」

 

 朱雀は神器の能力を使うための言霊を呟いた。

 彼の神器の能力は単純明快である。封印したドラゴンの力を解き放ち、その力を発揮する。ただそれだけだ。

 現状朱雀が使う力は基本的に、生前のディンが封印してきたドラゴンの力である。その力の大きさには差があり、中にはあまり強くないものもある。

 

「――雷鳴の電龍よ、纏いて光の依り代にせよ」

 

 ……その瞬間、ドルザークの目の前から朱雀は消えた。

 彼に襲いかかったドルザークは、それまで朱雀のいた場所で立ち尽くすばかりだ。

 

『ド、ドコに消えタァァ!?』

「後ろだ」

 

 ――朱雀の宝刀が、ドルザークの身体を切り裂いた。

 宙にドルザークの赤黒い鮮血が舞い、すぐにドルザークは朱雀から距離を取る。

 

『ンなの、聞いてネェゾ! 今ノ速さハッ』

「――雷を放つとでも思ったか? 吸収されてしまう一撃を、どうして放つ必要がある。……と言っても、私の神器の可能性に気付いたのはイッセー様の聡明さだ」

 

 それまで、朱雀は封印されたドラゴンの力を、あくまで大出力の大技として放っていた。

 しかし大技とは察知されてしまう恐れが強く、事実朱雀の攻撃は強者にはあまり通用しなかった。

 ならば、と一誠は提案はした――ドラゴンの性質を、自分に纏わせることはできないかと。

 

「雷鳴を宿せば、雷の速度で動ける。ただそれだけだ。しかし力を放出していなければ、君に力を奪われる心配もない。あとはこの刀で少しずつ削っていく」

『ウゼェェェェェェ!!! なら、テメェの力を引き出してやるだけダァァァ!!』

 

 ドルザークは口を開け、口元に白と黒のオーラを灯す。その力は恐らく、ティアマットから奪ったものであろう。

 二色のコントラストが本来は美しいが、朱雀はそれを醜悪に感じた。

 

「担い手が違えばこうも変わるか」

『しかし威力は甚大だ――ならばこちらも行こうか』

 

 宝剣に埋め込まれている宝玉の一つが光る。

 朱雀は天に刀を掲げると、力の発動のために新たな言霊を紡いだ。

 

「封を解く――業業たる龍王よ、双色を以て穿て』

 

 ――宝剣の周りが、黒と白で包まれる。それはドルザークと同じで、しかし彼とは違って美しいものであった。

 ドルザークのブレスと、朱雀の斬撃波が衝突する。

 

『ナ、ナンデテメェが同じ力を!!』

「ティアマット殿の力を少しだけ封印させてもらっただけだ――続けて封を解く。赤き覇者の龍よ、覇力を募らせ猛き燃やせ」

 

 ――ティアマットの力が、赤龍帝の倍増の力で膨大なほどに膨れ上がる。

 それによってドルザークは力負けをして、斬撃波の光の中へと飲み込まれた。

 

「赤龍帝の力を単体で使えば、君に奪われてしまう。ならばそれをあくまでサポートに使うまでだ。そしてティアマット殿の力は既に奪われている。だから心置き無く使ったまでだ」

 

 斬撃波が止み、ドルザークは血濡れでその場に立ち尽くしていた。

 ――あくまでティアマットと赤龍帝の力は一度きりだ。封印したのは力であり、その存在ではない。

 ……ドルザークは朱雀のことを、獰猛な目で睨んでいた。竦み上げてしまうほどの目力はあるものの、今の一撃は相当応えたのだらう。

 そもそも彼も連戦続きだ。先日はティアマットと戦って消耗していると考えると、妥当なところだ。

 

「……ディン、彼を封印出来ると思うかい?」

『難しいな。何せドルザークは元が人間だ。如何にドラゴンに変容しても、人間の要素がある限り封印は難しい』

「結局は打倒しか手はないか」

 

 朱雀は剣を強く握り、ドルザークを警戒する。その身にどんなドラゴンの力を宿しているか、わかったものではない。

 ……ある意味で朱雀とドルザークは似通っている。故にその危険性を誰よりも理解していた。

 

『――タリネェ』

 

 ドルザークの身体が、ドクンと脈打つ。

 

『ヤッパ、もっとツエェドラゴンの力を使うしかネェカ!!!!!』

 

 血管が浮き上がり、切れてプシュッと血が吹き出る。

 腕が恐ろしいほどに極太となり、その容姿は――もはや、邪龍だ。

 

『――このオーラの質。あれは危険だ』

「知っているのか、ディン」

『あぁ、よく知っているとも。あれは邪龍特有の気持ちの悪いオーラだ。しかもあの容姿、力はその中でも一際面倒な邪龍の力――力と防御に秀でた邪龍、グレンデルのものだ』

 

 ――グレンデル。

 既に討滅されている邪龍と一角で、彼を体現する言葉は正に「邪龍の本質」を体現していた。

 ただ暴力を思うがままに振るい、涙や悲しみを見ると滾るような存在。傷つけること、壊すことを本懐としていると言えば良いか。

 とにもかくにもあれほど世間一般で知られる邪龍を体現した存在はいないと言われるほどのドラゴン。

 それが大罪の名前を冠した暴力の龍王――大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)・グレンデルだ。

 その生前の姿に、今のドルザークの容姿は酷似している。

 巨人風のいでたちに加え、銀色の眼で、鱗が黒く、腕は太い。オーラは深緑で、それが禍々しく身体を包んでいる。

 

『――邪龍化(プリズムブレイク)ゥゥゥ!!! コイツは俺様だけがユルサレタ、最悪の力だ!!』

『不味いな。彼の力はあらぬ方向に進化しているよ。あのままではあの子はいずれ……』

 

 ドルザークの変容を見て、かの善龍ディンは危惧する。

 戦慄に近いものを感じているディンとは対照的に――朱雀はどこか、儚げな表情を浮かべていた。

 

「……一体、どこで道を踏み外してしまったんだ」

『…………アアン?』

 

 その発言にドルザークは首を傾げた。

 敵に贈る言葉としてはあまりにも不適切な問い掛けだ。しかし、朱雀は聞かずにはいられなかった。

 ――同じドラゴンを宿す身だからこそ、今のドルザークを見て同情を禁じえなかった。

 

「何よりも辛いのは、それを良しとしてしまうことだ。君を止めてくれる人がいなかったからだろう」

『ナニ、イミワカンネェこと言ってやがる! そ、そんな目で、俺様を見るんじゃねぇ!!』

 

 ドルザークは勢い余って、朱雀に襲いかかる。

 朱雀に向かい拳を上から振るうものの、朱雀はそれを体捌きで躱した。それまで彼のいた地面には大穴が生まれ、如何にドルザークの拳の一撃が重いかが容易に想像できる。

 

「善悪の区別も付かない子供を放っておいた大人の責任もある――だが申し訳ない。私は君と同じでまだ子供だ。声を大にして君に説教垂れるほどご立派ではない」

 

 朱雀は目を瞑り、宝剣の刃に指を添えて――スッと指を軽く切る。

 指からは違う垂れて、宝剣を鮮血で鳴らす。様々な宝玉が埋められた美しい剣は、朱雀の血で濡れてもなお美しい。

 

「だからこそ、君を下して君の間違いを説こう――封を解く」

 

 朱雀は瞼を少しだけ開けて、宝剣の宝玉を一つ輝かせる。それは禍々しい深緑の色をした宝玉。

 ――奇しくも、ドルザークの示した力は、朱雀と似通っている。

 もちろん朱雀のものはドラゴンに変化するものではない。

 朱雀のそれは、表面的にドラゴンの力を身にまとうもの。ドルザークの本質をドラゴンに置き換える力とは似て非なるものだ。

 だが――今回は本当に相性が悪かった。

 如何にドルザークがグレンデルの力の一部を吸収し、その力を発揮しようが……

 

「暴虐の邪龍よ。破壊の化身となりて、大罪を償え」

 

 ――朱雀の中には、オリジナルが眠っているのだから。

 宝剣より現れる、巨大なドラゴンは、ドルザークと似ている。

 しかし魂は希薄で、意識はない。

 

『ん、だよ、それ……ンデ、グレンデルが……っ!!』

『ははっ、驚いて当然さ。いずれは復活するであろう邪龍。グレンデルもまた、数百年もすれば復活するはずだった。だけど、残念ながらそれは叶わない――生前の僕が彼を自らの中には封印したからな。特にグレンデルくんは強敵だったよ。僕が衰弱した原因の一人だね』

 

 ――ディンが嬉々として己が武勇を語る。それと共に、グレンデルの拳はドルザークへの放たれた。

 

『ンナッ、このヤロォっ!!』

 

 それをドルザークは生身で受け止める。両腕を広げ、巨腕を受け止めて歯をくいしばる。

 口元からは違う溢れ、踏ん張る足が少しずつ後ずさる。それほどにオリジナルのグレンデルの拳は、強力なものだ。

 ――ドルザークは一度手にした力を再度喰らうことはできない。故に既に持っているグレンデルを、喰らうことができないのだ。

 

「悪を持って悪を制する。さぁ、ドルザーク。これが君の使う原初の罪だ」

 

 朱雀は顕現するグレンデルの隣を通り過ぎて、ドルザークの下まで駆ける。騎士として悪魔に転生している朱雀の速度は既にトップクラスのものだ。

 ――宝剣を薙ぐ。グレンデルの力押しに耐えていたドルザークがそれを防ぐ術はない。

 彼の方からヘソにかけて、大きな刀傷が生まれた。違う噴射し、地面を濡らす。

 更にグレンデルの拳に耐えきれず、はるか後方に殴り飛ばされた。

 ……グレンデルが宝剣の中に戻った。

 

「……さすがにグレンデルクラスの力を顕現するのは、相当体力を奪われるな」

『僕の中でもいきの良いじゃじゃ馬だからねぇ。……さて朱雀くん、彼をどう見る?』

「これで終われば苦労はしない」

 

 なお、朱雀は剣を構える。

 ――案の定、ドルザークは倒れていなかった。血を流しながらも、その目は怒気を見せている。

 

「持久力ならば彼の方が断然上だ。長期戦に持ち込まれたらたまったものじゃない」

『だけど、僕らはあくまで足止めが第一優先だ。彼をイッセーくんの元に行かせないことが重要さ』

 

 ドルザークに赤龍帝の力を奪わることは、最も避けるべき事態である。

 戦争派の目的は明らかに一誠の赤龍帝の力を手に入れること。これに尽きる。

 で、なければまだまだ未成長のドルザークを何度も彼に引きあわせることはしない。

 

「……テメァ、つえぇな。おもしれぇ!!」

 

 ……ドルザークの声が、人間のものに戻っていた。見た目も心なしか完全なるドラゴンではなく、どこか人間的な要素も含まれている。

 ――笑っていた。まるで好敵手を見つけたように、純粋に。

 

『……良くも悪くも彼の性質はドラゴンそのものだね。好敵手を見つけて笑う。ドラゴンの特性の一つだ』

 

 ならばドルザークのその変化を、成長と捉えるのは妥当だ。

 それを証拠に、彼のオーラは先程から増すばかりだ。この成長具合は、まさしく赤龍帝のそれに近い。

 

「……そーいえば、名前、きいてなかったなぁ」

 

 するとドルザークは、朱雀なはそう尋ねた。

 戦う者の名前を知るのは、戦士の流儀である。悪を重ねる癖にその辺りが変に律儀なところを見て、

 

「ははっ。そうだね、まだ名乗っていなかったか」

 

 ……朱雀は可笑しそうに笑った。

 

「……私は土御門朱雀。赤龍帝眷属の騎士で、三善龍の一角を身に宿すドラゴン使いだ」

「スザク、スザク――決定ダァ、お前はかならず、俺様が直々に倒す!」

 

 グレンデルの巨腕から、鋭利な爪が生える。

 それを見て朱雀は「なるほど」と思う。

 ――粗暴なれど、ドルザークは馬鹿ではない。拳による戦いが不利だと理解して、斬撃による戦闘を選んだ。

 無謀ではなく、勝つための最善を尽くす姿は、朱雀も嫌いではない。

 

「……封を解く――疾走の地龍よ、この身を風へと昇華せよ」

 

 その瞬間、朱雀の身体は風のような速度を引き出せるようになる。

 しかし油断ならない。今のドルザークならば、今の朱雀の速度でさえも反応する予感があるからだ。

 ――ドラゴン使い同士の戦いは激化していく。

 

 …………時を同じくして、地下。

 兵藤一誠を中心とした一団の前に姿を現したのは、一誠やフリードからすれば懐かしい姿であった。

 ――堕天使、ドーナシーク。

 下級堕天使で、昔に一誠たちグレモリー眷属と争ったことのある人物だ。

 そして一誠によって倒され、その行方は不明となっていた。

 ……そんな堕天使が、この状況で一誠の前に現れた。しかま、昔と違って背中に翼を幾重にも折り重なった状態で。

 

「天使や堕天使にとって、翼の数は強さの証。だけど、あまりにもそれは」

「――ははっ、似合わぬだろう? 安心しろ、私も自覚している」

 

 ドーナシークはハハッと苦笑する。

 ……一誠は、気を抜けない。何せその存在が異質すぎるのだ。

 しかもこの空間の性質上、敵とは一対一で戦わなければならない。不確定要素が強いドーナシークを相手にすることを考えれば、誰が相手をするのかは明白だ。

 一誠は魔力を膨張させ、戦闘フィールドに足を踏み入れようとした――その時であった。

 

「――おっさき♪」

「なっ!? ふ、フリード、お前!!」

 

 ……踏み込もうとした一誠の肩を掴み、後ろに引いてフリードが戦闘フィールドに入っていく。

 一度は入ると交代は不可となり、どちらかが破らないと先に進めないのが、この戦いのルールだ。

 しかしフリードは悪そびれなく、ニヤリと笑って一誠の方を見た。

 

「悪いっすねー。でもここで君に体力消費するのはどう考えても悪手だせぃ。ここは燃費の良い俺っちが行くっす」

「でもお前、あいつはどう考えても……」

 

 戦争派に何かしら弄られている。一誠の口からはそれはどうしても口には出さなかった。

 しかしフリードもそんなことは百も承知の上だ。だが、それを差し引いたからこそ、余計に一誠を戦場に送り出すことはできない。

 ――悪魔の一誠にとって、光の力は有毒だ。三大勢力の和平が成立してから、彼が堕天使の中で戦った強い存在は、コカビエルである。

 堕天使との戦闘経験があまりにも少ないのだ。

 それに加えて如何程に変わったかも分からないドーナシークの相手をさせるのは、危険極まりない。

 ――フリードは最悪の可能性を消すため、ドーナシークと戦うことを選んだ。

 

「んま、そこで見ときなって。俺がどんだけ強くなったのか、それを今教えてやんよ」

 

 フリードはアロンダイトエッジを肩に乗せてそう言うと、その剣より光が漏れる。その剣の核である宝玉が輝き、主人であるフリードに付き従うと言わんばかりに輝きを増した。

 ……フリードはドーナシークを見つめる。

 

「なんの因果っすかねー。昔の上司と、こんなところで顔合わせるとか、マジ笑える」

「……変わったな、お前は。昔よりも丸くなったか?」

「なっ!? も、モデル体型の僕ちんが、太った!?」

 

 こんな状況下でもフリードはふざける。

 ……しかし片時も隙がないのが、彼が強者である所以だ。

 

「……強いな、お前は」

「んま、無駄に魔改造された俺っちは、もう魔王にも歯向かっちゃうくらいだけどよ――ドーナの旦那、あんた、何したんだ」

 

 フリードはアロンダイトエッジの切っ先をドーナシークに向けて、挑発するようにそう言った。

 

「その力の波動、どう考えても正規のパワーアップじゃないっしょ? どー考えても下法の類を使ったよね? ……そこまでして、強くなったのはあれっすか? 仲間ちょんぱされた復讐っすか?」

「……妥当な考えだな。だがフリード、それは違うぞ」

 

 ――ドーナシークは否定した。

 彼は帽子を光の力で消し飛ばす。しかもその力が問題だ。帽子を、焼き消したのだ。

 ……聖なる炎。またの名を、聖火。

 熾天使が一人に与えられた絶大を、ドーナシークは振るった。その意味はフリードにもすぐ理解できた。

 

「……お前も、兵藤一誠の力に魅せられたのだろう。――私もその一人だ」

「…………」

 

 ドーナシークの突然の告白に、フリードは目を丸くして驚いた。

 その目には復讐などという色は灯ってなどいなかった。

 ただ純粋な闘士と、強者を目指す力が篭る。

 

「赤龍帝の力を初めて垣間見て、ただの一撃で私はなす術なく降された――あぁ、悔しかったものだ。だがそれ以上に私の心を奪ったのは、その美しすぎる赤い輝きだ」

 

 バチバチ、と。ドーナシークの周りから力が漏れ出て、音を鳴らす。

 

「その誇りある赤に、私は心を奪われた! 圧倒的力を前に畏れを抱いた! ……そしてそれを、超えたくなった」

 

 ドーナシークは上着を脱ぎ捨てた。

 上半身をさらけ出すと――そこには幾多もの大きな傷跡があった。

 激しい修行跡にも見えて、フリードは納得する。

 

「……力は得た。今の私には復讐などという気待ちは毛頭にない! ただ、赤龍帝、兵藤一誠を倒したい、一人の男だ」

 

 ――間違いなく、最上級堕天使クラスだと、一誠は、フリードは確信した。

 一誠の経験からすれば、コカビエルと同等かそれ以上の力を感じた。

 それを下級堕天使が至ったと思うと、末恐ろしい。

 しかし――その男は、ドーナシークを鼻で笑った。

 

「うんうん、なるほどなるほど。倒したい、ねぇ――馬鹿も休み休みにしてな? あんな意味わかんねぇ化け物を、あんたみたいな小物が倒せるはずないじゃーん」

「……何?」

 

 ピクリと、ドーナシークの眉が歪む。

 

「ほら、俺の言葉にわかりやすいくらいに反応する。確かに力をコカビエルの旦那に近いかもしんねぇけどな? 器がちげぇよ。あんたは力を持つに値しない器だ」

 

 フリードはアロンダイトエッジの切っ先を空に向ける。

 ――そして、本当のことを口にした。

 

「俺が名乗り出た本当の理由、教えたやんよ――力を手に入れて、『私には似合わない」とか言ってる割には自分大好きで力を見せつけたい馬鹿の顔を、泣き面にしてやりてぇんだよ。そんな自己中なわけだけど、でもそれが外道神父、フリード・セルゼンだ」

「――昔から思っていたよ。お前は、大概私をイラつかせるとな……っ!」

 

 仮面が剥がれ、ドーナシークは殺意を剥き出しにした。

 しかしフリードは余裕さを消さず、人知れずアロンダイトエッジの力を解放する。

 ――ドーナシークの肩に、目には見えない小さな刃が幾多も突き刺さった。

 

「――っ!?」

「ほらー、すぐに油断する。こんなのイッセーくんには通用しないぜー?」

 

 アロンダイトエッジの能力の一つ、刃の生成だ。

 しかもそこに不可視能力を付加できる辺り、アロンダイトエッジの性能はエクスカリバーにも匹敵するであろう。

 

「でも安心したよー? ドーナの旦那が昔と何にも変わってなくて――おかげで借りは返せるっす」

「……借り?」

「あれれ、忘れちゃった? それなら別に良いんだけど――一度は仲間だった俺があんたを滅してやんよ。はい、アーメン」

 

 フリードは上着を脱ぎ捨てて、前髪を逆立てた。

 ――言葉と声音は調子づいているが、しかしフリードの戦う姿勢は本物だ。

 一時も油断なく、隙はない。故に戦いづらく、次の一手が予想することが出来ない。

 フリード・セルゼンは大罪を償うため、子供達を守ることを決めた。

 そこから今の彼には、このような異名がある――大罪の神父、フリード・セルゼン。

 堕ちた神父は堕ちた聖剣を駆使して、否定しながら善を全うする。その姿は、きっと誰もが認める神父としての姿であった。




みなさん、せーの――

「いや、お前本当に誰だよ」


オリジナルの方も無事本編完結しましたので、ようやく優ドラ更新再開です。
久しぶりにバトルもの書いたので、まだ少し違和感が残るかもしれないですが、最新話でした。
そしてまさかのドーナシークさん再登場 笑
一応本編で唯一生き残っていた最初の敵さんです。ほら、一誠を怒らせてたぶん一番弱い時期にやられたお人です。

今回は何気にレイヴェルとか他の眷属たちの描写が楽しかったです。特にレイヴェル。
ポテンシャル的には相当だと思うんですよね。だって不死身ですし。しかも魔力の才能もあり、頭も切れる。
ちなみに彼らの戦闘描写はまだまだするので、それもお楽しみにお待ちください!

……しかしフリードは本当に誰だよってくらいに成長したなぁ。やっぱりお兄ちゃんって立ち位置は偉大だ。


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第9話 大罪の神父は天邪鬼

お待たせしました!


 アロンダイトエッジを創ったガルド・ガリレイに言わせてみれば、かの剣は未完成も良いところである。

 何せ気に入らない宿主ならば問答無用で痛めつけ、命を糧にしても使える力は一部のみ。

 到底実戦に起用しようとは思えない暴君だ。

 しかし、フリードの持つアロンダイトエッジは違う。ガルド・ガリレイを以て、彼はこのコンビをこう称した――奇跡のコンビと。

 

「イッセーくーん、数分待ってね~。ちょいとあのおっさん、狩ってくるから」

「おい、フリード。油断するなよ。あいつは」

「――油断してこそ俺っすよ?」

 

 フリードは口ではそんなことを言っているものの、実際に微塵も油断はしていない。

 ――まがい物であれ何であれ、今のドーナシークが最上級堕天使並みの力を持っていることは間違いない。その事実を無視するほど、フリードは愚かではない。

 しっかりとアロンダイトエッジの切っ先を敵に向け、牽制をしていた。

 現在、フリードにはドーナシークの情報は何一つない……ことはないが、それでも少なすぎる。

 今分かっているのは、彼が聖火の力を得ていることくらいだ。

 

「あと、妙に余裕ぶっこいてるのが気に食わねぇー」

「それは貴様も同じだろう――何、手始めに堕天使らしいこれでどうだ?」

 

 ドーナシークは手元に光の槍を作り出す。

 それだけならば何ら可笑しくない堕天使の基本手的な戦闘法だ。だが、規格外なのはその大きさだ。

 昔、俺が戦ったコカビエルに匹敵するほどの力を感じた。

 

「あー、馬鹿の一つ覚えってやつっすね。それ使って今まで敵倒した奴見たことねぇよ」

「ならば倒れてくれるなよ、フリード」

 

 ドーナシークは落ち着いた声音で、フリードに対して光の槍を投げつける。

 しかしフリードはドーナシークが力を振るうよりも早く、既に動き始めている。光の槍はフリードの方は向かうことはなく、あるぬ方向に飛んで行った。

 

「俺に光の力は通用しないっすよ。どんなもんでも全部予測できるんで」

「……その剣の力か」

 

 ――アロンダイトエッジの最大とも言える力の一つ、未来予知。

 とはいってもなんでも全て予知するわけではない。あくまでアロンダイトエッジが予測できるのは聖の力と魔の力だけだ。

 だが、ドーナシークは堕天使だ。故にフリードの力がよく通用する。

 

「どんだけ強い力でも、当たんなかったら意味ないっすよ」

「遺憾だが、確かにそうだ。……ならばやはり、こいつしかあるまい」

 

 ……ドーナシークは炎を指先に灯した。

 ――聖火。熾天使にのみ許された、この世を浄化する聖なる炎の力だ。

 ドーナシークのそれは、残念ながら熾天使のそれとは比べものにならないほど黒く濁ったような色をしていた。

 しかし――熱量は、レイヴェルの炎よりも凄まじい。

 

「炎よ、穿て」

 

 ドーナシークは絶大な炎の塊を、剣を肩で担ぐフリードに向かって放った。

 フリードならばそれを避けることは予測できる――だけと、フリードはつまらなさそうな顔で、それを迎え撃つように剣を構える。

 

「だから、効かねぇよ」

 

 ――一閃。フリードの振るうアロンダイトが、ドーナシークの聖火を危なげなく切り裂いて、宙で霧散させた。

 

「……は?」

 

 ドーナシークは、開いた口が閉まらなくなってしまった。

 ……驚くのも無理はない。あれほどの力を込めた炎が、いとも簡単に霧散されたんだ。

 目に見えて動揺している。

 

「んで、次は何見せてくれんの? 言っとくけどー、俺はちょっとやそっとじゃ眼球飛び出して驚いてやらねぇぜ?」

「――ならば聖火と光の混合技で!」

 

 ドーナシークは光と炎を混ぜ合わせた光炎をフリードに放った。バラキエルさんが扱う雷光のようなものだろう。

 光の速度で向かう炎の一撃。しかしそれも、フリードは予知したように完全に見切って切り裂いた。

 

「あっちぃ、あっちぃー。……あれれ、もしかして今の、ドーナの旦那のとっておきだったりしちゃった?」

 

 フリードは手で火の粉を払いながら、ヘラヘラと笑いながらも、キョトンとした顔でドーナシークを挑発する。

 剣を床にグサリと刺して、背丈に近い大きさの剣にもたれ掛かる。

 ……鬱陶しい面構えだ。だけど、タチが悪いのは、フリードに油断も隙もないってところだ。

 これで怒りに任せて奴の懐に入れば、即座に斬り伏せられる。

 ……ドーナシークもそれを理解している時点で、相当に強いはずだ。

 

「ドーナシークの奴も、まだ力を出し切っているわけではない……なんだけど、フリード強くなり過ぎだろ」

「パッと見たら小物なのににゃー」

「はい、そこー!? 人を見た目で判断しなさんなって! ……たっく、いつまで経っても雑魚キャラの烙印が消えねぇのは俺っちの悩みっすよ」

 

 フリードは肩透かしを食らったようにため息を吐く。

 ……膠着状態となる。ドーナシークはフリードを警戒してか、慎重に伺っているようだ。

 

「しっかし、解せないっすね。もう少しちょーし乗って油断みせてくれても良いじゃないっすか。ぶっちゃけ、違和感が凄まじいや、あんた」

「……それをするほど、与えられた力に付け上がってはいないさ」

「…………与えたのは、ディヨン・アバンセっすか?」

「――知る必要もないことだろう?」

 

 その膠着を最初に破ったのはドーナシークだった。

 音もなくフリードの前より消えて、次のは瞬間にはフリードの首元を光の槍が捉えていた。

 ……槍はフリードの首を苅る。

 

「……手応えがない。幻術の類か」

 

 しかし、フリードであったものは歪み、煙となって散り散りになる。

 その瞬間、フリードはあらかじめ飛び上がっていたのか、空中でアロンダイトエッジを両手で掴み、

 

「ここらで一発、大技っすよ!?」

 

 ドーナシークの真上から、剣のオーラを惜しげもなく放出して極大の斬撃刃を放った!

 その力、ゼノヴィアのそれに性質は近い!

 まともに当たれば致命傷は避けられないほどの一撃だ。

 

「――むっ」

 

 ドーナシークはフリードがここまでの大技を持っていたことが予想外なのか、目を見開いていた。

 光炎で対抗しようにも、そもそも斬撃の属性を炎で止められるはずがない。

 炎は綺麗な切断面で切り裂かれ、その衝撃はドーナシークをも襲う。

 

「はっ、ははは――これはどうしようもない。こうも違うか、フリード……っ!!」

「ほんっと、不気味っすね」

 

 フリードは空中に刃を浮かばせ、その平の部分を足場にして宙を歩くように移動する。

 ……面白い移動方法だな。空を飛ぶ術を持たないフリードも、一応は空中戦が可能なのか。

 ――しかしながら、フリードの意見は最もだ。

 

「あの堕天使、フリードの言う通り不気味にゃん。急激に力を手に入れたのに上がらないだけじゃなくて、何かを絶対隠してるよ」

「それは間違いないと思う。だけど……この神器がある以上、俺たちはフリードを信じるしかないんだ」

 

 俺たちはフリードの方を見守るしかない。

 ……優勢なのは明らかにフリードだ。未だ傷一つ負っていない上に、タイプ的にも持久力がある。

 対するドーナシークは既にいくつもの大きな傷を負っており、強がっているが消耗が激しい。

 優劣はこれほどにまではっきりしている――なのに、不安が拭えない。

 

「……時にフリードよ。貴様はどうしてこの戦いに参加する?」

「――は?」

 

 その時、ドーナシークはフリードにそう言葉を投げかけた。

 

「私の知るお前は、どこまでも外道を体現した男だ。我々に協力していたのもあくまで利害の一致から。必要なくなれば切り捨て、己が存命することだけを考えていただろう? それが今では偽善を働いている。私はそれが如何なる理由か、知りたいのだ」

「急に押し問答っすか? ……別に、今の立場的が必要だから戦ってるだけっすよ。俺に正義とか偽善とか、そもそも善って言葉が似合わなさすぎる」

 

 フリードは鼻で笑う。

 ……あいつは自分の口から自分を高めるようなことは決して言わない。

 あくまで己は小悪党で、救えない屑であると自嘲する。

 

「ならば何故この戦場で剣を振るう。関与しなければ済む話だろう」

「――全く以って、その通りなんすよね。これがまぁ、言い返せないほど正論で辛いわー」

 

 ケラケラと、フリードは笑う。

 ……きっとそれは嘘ではない。フリード自身、今の自分の姿を鑑みて出した答えがあれだろう。

 ――理屈ではないんだ。きっとフリードにとって、ここで剣を持って戦う理由は言葉で説明できるほど簡単なものではない。

 

 ……俺は守るために戦っている。

 ヴァーリなんかは戦うことそのもののために戦かっていて、ならばフリードは――きっとあいつは自分の口では言わないけど、贖罪のために戦っていたんだ。

 

 昔、あいつがまだ純粋な心を持っていた時に抱いた正義の心。それを今、がむしゃらに取り戻している。

 

 フリードは口を開く。

 

「なんでもかんでも理由を付けたがるのはおっさんの悪い癖だと、俺っちは思うなぁ」

「――ならば理由はないと? この戦場に立つのはあくまで気まぐれで、この戦いは遊びだと?」

 

 ドーナシークの声音には、若干の怒りの感情が含まれていた。

 これまで終始隠せていたものを、ここに来て表に出す。しかしそれを聞いた瞬間、フリードはドーナシークに鋭い殺気を送った。

 

「――答え答えうるせぇんだよ。ちっとは自分で考えてから聞け」

 

 ……フリードは、ゆらりと体勢を崩した。

 剣をダランと脱力した状態で両手で掴み、垂れる前髪の隙間から獰猛にドーナシークを睨む。

 ――あるいは、同族嫌悪なのかもしれないな。

 

「……昔、あいつは俺に答えを求めてたっけ?」

「…………答え?」

 

 俺のそばにいるアメが、首を傾げてそう尋ねて来た。

 ……アメがそんな風に尋ねてくるのは珍しいな。

 

「ああ。自分がどうしたいのか分からなくて、どうにも出来ないと思い込んであいつは俺に答えを求めた。――やり方とか、解決方法は置いておいて、自分がどうしたいのか。それはフリードの中に既に明確にあったんだ」

「……どう、したいか」

 

 ――自分を救ってくれた子供達を救いたい。あいつは今では絶対に口にはしないだろうけど、それを願った。

 それを自覚してから、フリードはドンドン強くなった。

 

「あんた、ほんとどうしようもねぇな」

 

 フリードはただひたすら落胆した顔で、剣を構える。

 

「――逆に教えてくれないっすか? あんたはなんで、利用されてまで戦おうとすんのか」

「そんなもの、ただ赤龍帝を倒したいから――」

 

 ……刹那、フリードは流れるようにごく自然にドーナシークに近づいた。

 あまりにも自然で、近づいたことさえも認識出来ず。

 ドーナシークが気付いた時には、フリードは滑らかに剣を振るう。

 

「――警戒して、損したよ」

「な、に、を」

 

 ドーナシークの声が途切れる。

 

「別に、戦いに理由が必要とか、高尚なことは言わないっす。白龍皇みたく、戦い大好きって奴もいるから――でも、一言目に仲間の恨み言も言えねぇ奴は」

 

 ――ドーナシークに変化が訪れる。

 言葉を発せなくなり、若干の時間差でその影が二つに分かれ始めた。

 それを認識して、俺はアメの目元に手をかざす。

 ……鮮血が、吹き出る。しかしそれはフリードにかかりさえしない。

 音もなく、発狂もなく――ドーナシークは、倒れた。

 

「戦う資格なんて、ねぇよ」

 

 胴体と頭部が完全に分離した状態で、最後の言葉も発することなく……ドーナシークは、その生涯を終えた。

 フリードはその亡骸を背にして、先を見据える。

 すると今まで先を阻んでいた壁がなくなり、前は進めるようになった。

 

「でも、せめて最後は元神父らしく締めてやるよ――アーメン」

 

 ――こうして、第一戦目が静かに終わった。

 

 ―・・・

 

 俺たちは十七階層を下っていた。

 そこには会話らしい会話はなく、フリードも押し黙っている。

 先ほどの一戦、何かを思うところがあるのだろうか。

 

「……フリード、どうしたんだ?」

「んあ? 別に、俺っちはいつも通りっすけど?」

 

 フリードはニヤリと笑うも、しかしすぐに表情は戻った。

 

「なんて、言ってもバレてるなら意味ないっすね――別に大したことじゃないっすよ。ただ、ドーナの旦那には飯とか結構奢ってもらってたから、ちょっとだけ恩義感じてたんだよね、これが。別に辛いとかじゃねぇけどさ」

 

 フリードはこちらに顔を向けることなく、続けざまに言った。

 

「――他の道があったなら、一回くらいは飯奢りたいなとか。似合わねぇ殊勝なこと思ってただけっす」

 

 ……ほんと、似合わない殊勝さだよ。

 だけど、それはドーナシークと違ってフリードが手にすることのできた人間性だ。それがきっと、二人が枝別れた理由なんだろう。

 ――パンッとフリードは手で拍手する。

 

「――さてっ、そろそろ十七階層っすね」

 

 階段を降りきって、フリードはそう言いながら振り返る。

 ……しかし、十七階層は先ほどとは違う点があった。

 

「すぐ近くに十八階層までの階段があるのか?」

「そうみたいですねぇ。しかもこの吹き抜けの十六階層とは違って、十七階層は迷路っすか――たぶん、これ別行動しろってことだろうね」

 

 フリードは迷路の入り口を前にして、そう断言する。

 しかも厄介な仕様が、迷宮に一人が入らなければ先にはすく進めないところだろう。

 ……もしかしたら、フリードの奴はこの先に誰がいるのか理解しているのか?

 ――フリードは一際聖と魔に敏感だ。アロンダイトエッジの機能上、そうなってしまった。

 そのフリードが見抜くってことは――敵は恐らく、ディエルデたちだろう。

 

「聖剣には聖剣っしょ。ってことでそっちはお先に十八階層へ行ってきなよ」

「……大丈夫か? 圧勝したとはいえ、お前もそれなりに消耗して……」

「――うっぜぇぇぇぇぇ!」

 

 ……次の瞬間、フリードは本気で面倒臭そうな顔をしながら、俺を十八階層前の階段に突き飛ばした。

 ――入った瞬間、俺の前には透明な強固な壁が生まれる。……なるほど、入ることは可能だけど、出ることが出来なくなるのか。

 

「効率考えて、あの聖剣使いたちを相手にするのは、あんたの力は大きすぎるだろ? どうせ優しい優しいお兄ちゃんドラゴンのことだ。なるべく子供達は傷つけたくないとか言いそうだかんな」

「……そりゃ、そうだけどよ」

「……第三次聖剣計画の被験者だ。ちゃんと落とし前はつけてくっから、イッセーくんたちも先を急ぎな」

「――ああ。任せたぞ、フリード」

 

 ……フリードを信じて、俺は背を向ける。すると黒歌とアメが俺についてくるように十八階層の階段に足を踏み込み、俺たちは元の場所に戻れなくなった。

 

「――油断して足元救われんなよ、イッセーの旦那」

 

 別れ際、フリードがそう言ってきたが!俺は振り返ることなく先に進む。

 ……この先に誰が待ち構えているのか、俺もすぐ察したんだ。

 フリードほどではないにしろ、俺も気配察知はそれなりに自信がある。なにぶん、夏休みに最強格のドラゴンたちと修行をした身だ。

 ――今思い出すと、ティアにタンニーンの爺ちゃん、夜刀さんとオーフィスが修行相手って、おかしいよな。

 

『今それを思い出すか、相棒。お前は全く、大胆不敵というべきか……』

 

 ……言うな、相棒。

 ――階段を降り切ると、そこには新たな空間が浮かび上がった。

 その光景、一言で表現するとすれば……森だ。

 大きな空間全体には森があり、樹々が天井に向かってそびえ立っていた。

 

「これはまた凝った作りだにゃん――こんなところで戦うのが有利な奴は、一人だけね」

「あぁ、その通りだと思う。そうだろ? ……メルティ」

 

 ――その名を呼ぶと、樹々の影から人影が現れる。

 そいつは俺たちの前に姿を現した。

 

「…………目標、確認」

 

 一番目の子供、メルティ・アバンセ。魔獣の核たる宝玉を埋め込まれ、魔獣人間となったディヨンの娘だ。

 

「――さーて、んじゃそろそろ私がいっちゃおうかなー」

 

 ……黒歌が身体を伸ばしながら、一歩前に出た。

 

「……黒歌、お前、まだ前の傷が全治してないだろ。ここは俺が」

「ダーメにゃん♪ ……たとえイッセーの命令でも、これだけは聞けないよ」

 

 ……黒歌は苦笑いを浮かべながら、そう謝った。

 ――既に黒歌の身体は十八階層の中に入っていた。その結果、俺とアメはその空間の前で立ち止まるしか出来なくなる。

 

「……元はと言えば、私が油断しなければこんな強硬手段に出る必要性はなかった。ハレを連れ去られた原因は私にゃん――あの馬鹿犬を取り逃がしたのも私。だから尻拭いは自分でする」

「……勝てるのか?」

「――もちろん。そもそも赤龍帝眷属、最初の下僕は私にゃん♪ そろそろ活躍しないと立つ瀬がないでしょ」

 

 黒歌は赤い制服の前ボタンを全てはだけさせた。

 自分の周りに色々な属性の要素を持つ球体を出現させて、それらを浮遊させて拳を握る。

 

「――馬鹿犬、いい加減あんたの目を覚まさせるにゃん」

「目? 必要性、皆無」

「それさえもプログラムで話させられてるんでしょーが。……犬の相手は猫がする。相場はそれで決まってんのよ」

 

 その理論は意味が分からないが――この戦場、明らかにメルティに有利なものだ。

 樹々の間を飛び渡ることに長けたメルティの身体能力に加えて、小回りの効く戦闘スタイル。

 この森におけるメルティは、絶対的な狩猟者である他ない。

 

「……最初っから全力で行くにゃん――っ!」

 

 ――黒歌は周りの球体を全て取り込む。

 それは魔力であったり妖力であったり仙術であったり……黒歌が持てる全ての要素だ。

 それを一度に内包し、一時的に全能力を向上させるあの力は――黒歌バージョンⅡ。

 三又の尻尾をくねりと巻くと、より猫に近付いた黒歌は一瞬でメルティに近付いた。

 

「っっっ」

「あんたも、早く本気になりな。じゃないと気が狂っておかしくなるよ?」

「――殲、滅」

 

 黒歌はそう煽りつつ、その表情はどこか……メルティのことを他人とは思えない。

 そんな表情であった。

 

 ―・・・

 

『Side:三人称』

 

 フリード・セルゼンは迷路を迷うことなく進んでいた。

 聖と魔のオーラに人一倍鋭い上に、彼はそもそも頭が良い。音の反響なども取り入れると、迷うことはなかった。

 その彼も、この先に感じるオーラの正体は感じ取っている。むしろここまでの強すぎる聖なるオーラが分からないはずがなかった。

 

「むしろ、なんでたかが人間がここまでの聖属性特化になれるのかが不思議で仕方ねぇっすわ」

 

 ――恐らくこの先にいるであろうディエルデとティファニア。ティファニアは人間が聖剣と化した存在で、ディエルデはそれの担い手である。

 フリードは、特にティファニアに歪なものを感じていた。

 

「ディエルデきゅんはあくまで聖剣の因子が凄まじいだけ。聖剣に愛されているだけ。だけのあの子は確実に違うっすよね」

 

 人を剣に変えるなど、彼から言わせてみれば人を人外にする以上に難しい。

 人と剣は似通った部分は一切ないからだ。

 あくまで有機物と無機物。この壁を取り払うことは非常に難しいのだ。

 

「だけど、戦争派はそれを可能にしたっつーなら、そこには確実に理論的な要因がある。としたら――」

 

 その壁を越える方法、フリードは実は考えついていた。

 しかしそれは考えることが億劫になるほどの胸糞悪いもので、フリードは毒を吐く。

 ――フリード・セルゼンは聖なるものと魔なるものに対する察しが異常だ。つまり、一度でも感じたオーラならば、すぐに識別できるのである。

 

「んま、答えはすぐそこにあるってこった――そーだろぃ? おぼっちゃんにお嬢ちゃん?」

「――お前が、俺たちの敵か」

「お……お兄ちゃんっ」

 

 戦争派の子供達。ディエルデとティファニアが迷宮の奥、神台の上でフリードを待ち伏せていた。

 

「しっかし、一対一とはどこがって話っすよね。だってそちらさんは二人がかりじゃん?」

 

 煽るようにヘラヘラと不平不満を言うが、実際にはそんなことは思ってもいないだろう。

 目を細目で開けて、研ぎ澄ました観察眼で二人を観察する。

 

「……俺とティファニアは二人で一人の戦士だ。それともお前は、俺たちが怖いのか?」

「――残念、俺の恐れ知らずと言えば、天井破りのもんだぜぃ? なんたってあの赤龍帝を前にしても勝つつもりだったねぇ」

 

 幾度なく兵藤一誠に挑んでいたのは、他の誰でもないフリード・セルゼンだ。

 昔はただのエクソシストとして、光の剣と銃を携えて。

 次に相対したときはエクスカリバーを扱い。

 そしてその次には聖堕剣・アロンダイトエッジに認められて。

 ――しかし、因縁というものはかくもおかしく変わってしまうものだ。

 

「ほんと、どこで俺の道は、真っ当なところに戻ったんだかね」

 

 フリードはそのことを思い出し、ボソリと呟いた。

 そして、仕切り直しのようにアロンダイトエッジを天井に向けて放った。

 それは斬撃波として天井を抉り、堅牢な壁までもを削り取る。

 ――最上級堕天使クラスになったドーナシークを、フリードはいとも簡単に屠った。

 それは彼が弱かったのでもなく、運や相性が良かったわけでもない。

 

「さて、僕ちゃんたちにこんなことは出来るかなー?」

「――俺たちを甘く見るなよ、フリード・セルゼン」

 

 ディエルデは、ティファニアを抱きしめながらそう言った。

 

「ヒュー、甘いねぇ。どこぞのイッセーくんを見ているようっすよ」

 

 フリードがそう囃し立てた瞬間であった。

 ――ティファニアの身体が、眩い光に包まれる。その瞬間彼女が纏う聖なるオーラは段違いに跳ね上がる。

 

「……やっぱお嬢ちゃん、身体に聖剣ガラティーンの因子を埋め込まれてるねぇ」

「――なぜ、それが分かった?」

「はん、第二次聖剣計画をぶっ潰したのは俺だぜ? だが解せねぇのは、ガラティーン自体は俺が完全に消し飛ばしたってところだ。残った微かな因子を埋め込まれたんすか?」

 

 第二次聖剣計画における対象の剣は、エクスカリバーの姉妹剣であるガラティーンである。

 聖剣としての性能がほとんど知られていない幻の聖剣で、しかしエクスカリバーに並び立つと言われている。

 

「……貴様に言う必要性を感じない」

「ま、別にそれでも良いっすよ。だけど、そんな簡単にこの外道神父に勝てるとか思ってたら百年はぇぇよ」

 

 ……奇しくも、フリードのアロンダイト・エッジとディエルデとティファニアのガラティーンはとても近しい剣だ。

 円卓の騎士のランスロットとガウェインがそれぞれ持っていたのが、アロンダイトとガラティーン。

 ……共に昔とは姿形は変わってしまったのも、同じだ。

 

「――聖霊剣ソウル・ガラティーン。それがティファニアが聖剣化した時の名前だ」

 

 そして、ディエルデの他には聖剣と化したティファニアが握られていた。大体の見た目は聖剣エスクカリバーに酷似しているものの、柄の部分や握り手はクリスタルで出来ている。

 刀身も水のように澄み通っており、フリードをしてあれほどに美しい剣は見たことがなかった。

 

「……ははっ、俺っちの相棒とは大違いっすね。うちは基本黒主体の剣だから」

 

 ……アロンダイトが贖罪の聖剣ならば、ガラティーンは――今もなお過ちを犯し続けている罪科の聖剣だ。

 

「だけど、聖と魔に関しちゃあ、相手が良くないっすよ」

「……確かに、ソウル・ガラティーンは聖剣だ。ティファニアの美しい心が元の聖剣よりも更に光力を高めている」

 

 ディエルデはその刀身を宝物を扱うように優しく指を添わせる。

 そこには確かな兄妹愛があり、フリードは不意に自分が守る子供達を思い出した。

 ……ディエルデとティファニアよりも小さい子供ばかりだ。まだまだ餓鬼臭く、中々甘えん坊が抜けない子供ばかり。

 

「……はぁぁぁ、なんでこのタイミングで思い出すかね。俺ってば、自分で思ってる以上に平和ボケしてる?」

 

 服の下の写真の入ったロケットを握り締め、フリードは苦笑いを浮かべた。

 

 ――フリードは未だこの戦場で己のやりたいことを言っていない。やらねばならないことを口にはしていても、それだけは言わなかった。

 それを言ってしまえば気恥ずかしいのだ。

 

「――なぁ、ディエルデよ」

 

 フリードは、彼の名前をわざと呼び捨てにする。

 その態度の変化にディエルデは訝しげな表情になる。それもそうだ。敵が突然親しげに呼び捨てにしてくるなど、違和感以外の何者でもない。

 

「あんたと前に話したとき、言ってたよな? ディヨン様は曲がりなりにも自分たち兄妹を救ったって」

「……ああ、そうだ。ディヨン様は、死ぬはずだったティファニアの命を繋いでくれた。返しきれない恩だ。だから俺は、ディヨン様のために戦う」

 

 ディエルデは美しき聖剣を構え、刀身からキラキラと光るプラチナのようなオーラを溢れ出す。

 

「……ま、あんたらの過去に何があったかは分からないけどなー――妹を人外にされて、お前はそれでも感謝してるわけ?」

「……っ」

 

 ……表情が、歪む。

 フリードはディエルデの本音を見抜いている。

 

 彼の言葉は、いわば妥協の末の行動なのだ。ディヨンのしたことに納得はしていないし、彼に忠誠を心から誓っているわけでもない。

 

 だが妹と二人生きていくためには、ディヨンの手を借りないという手段を用いることが出来ないのだ。

 故に妥協する。尊厳や自尊心を捨てて、許せぬものに屈することも辞さない。

 

 ――その姿を見て、フリードはかつての自分を思い出した。

 

「あぁ、そういうことか。俺は、お前たちに自分を重ねてたってことかい」

「……自分、と?」

 

 するとディエルデは思いの外、フリードの呟きに興味を示した。

 ……第三次聖剣計画の被験者であるディエルデは、フリードのことを良く知っている。

 

 フリードは第二次を壊滅させた張本人だ。もちろんある程度、彼のことは調べられている。兵藤一誠に並ぶ要注意人物の一人であるからだ。

 

 ……だが、その中に彼の内情については何も記されていない。そこをディエルデたちに知られるわけにはいかなったのだ。

 何故なら、

 

「どうしようもねぇ泥沼に入るしかない気持ちは、まあわからねぇこともないってこった――俺もそっち側の人間だったもんでね」

 

 彼もまた、誰かに利用されていた人間であったからだ。

 そしてフリードの本質を知れば、彼ら子供達が戦争派にとってあまり好ましくない行動に出る可能性がある。

 だから戦争派は、敵の内情を漏らすことはしなかった。

 

「……だからよ、今日はちっとばっか真面目に、くっそ似合わねぇことをしてやんよ」

 

 フリードは頭を掻き毟り、深いため息を吐いた。

 ……言うのが憚られるほどのことなのだ。少なくとも彼からすれば本当は口にするのも嫌な単語ばかりだろう。

 

 だが、この手の分からず屋には、ちゃんと言葉をぶつけなければ届かない。まるで自分が手を焼く子供と同じだ。

 

「――俺がお前ら兄妹を助けてやる。少なくとも戦争派よりは幸せな世界を見せてやるよ」

「な……な、にを、世迷言を……っ」

 

 フリードの一言に、ディエルデは目に見えて狼狽していた。

 ティファニアを握る両手が震えている。フリードの表情を見て、彼が嘘を吐いていないことが理解できるからだ。

 

「ま、口で言っても理解しないのも知ってんよ――だからまぁ、剣でも交えてお前さんの本音を吐かせてやる」

 

 それを、フリード・セルゼンは出来る。彼と、彼の持つアロンダイトエッジには、それを実現するだけの力がある。

 

「――ダマレェェェェ!!!」

 

 しかし、ディエルデは頑なに信じようとせず、天に向かって絶叫した。

 剣を両手で握り、以前に見せた冷静さをかなぐり捨てて、フリードを黙らせようと必死になる。

 

 フリードはその剣の軌道を読み、それを全て避ける。

 聖剣を扱う以上はアロンダイトエッジの能力で、予知されてしまうからだ。

 

 そのことをディエルデは知っているはずなのだが……甘言を信じられないディエルデにそれを認識した上で対処することなど到底不可能であった。

 

「……まだ、あんたは子供っすよ。だから、楽な方に行こうとしても良いじゃねぇか」

「うるさい、黙れ黙れぇ! お前なんかに、俺たちを救えるはずないんだぁ!」

 

 ――フリードはなるほど、と思った。こうも自分を拒否する理由は、根底にあるのは恐怖心であると理解した。

 

 要はフリードの強さを信じることが出来ないのだ。もしも失敗でもされれば、ディエルデはディヨンを裏切ったことで処罰を受けてしまう。

 

 それだけならまだしも、ティファニアまで被害が及んでしまうことを考えれば――彼がその行動に出るのも頷ける。

 どこまでも聡明で、守るもののためだけに戦っているのだ。

 

「……つまり、俺があんたたち兄妹に勝てば、信じてくれるってことっすよね。なら話は簡単だねぇー」

 

 フリードはそこでようやく腰を下ろし、戦闘姿勢を取った。

 そこから滲み出るのは、幾多もの惨状を生き抜いてきたものだけが放てる、覇気のようなもの。

 ディエルデはつい、足を止めてしまった。

 

「懸命だよ。未知に対して突っ込んでくるのは単なるバカか、超越した強者だけがすることだ」

 

 ただ、そんな馬鹿がフリードは嫌いではないが。

 

「ま、俺がその馬鹿筆頭なんすけどね?」

 

 ――こうして聖剣同士がぶつかり合う。

 その戦いは、歪ではあるものの、守る者たちの戦いであった。

 

 ―・・・

 

「ちぃっ! なんだってお前がこんなところにいるんだよ――サイラオーグ・バアル!!」

「援軍というものだ。悪く思うな、英雄派のヘラクレスよ」

 

 ――英雄派の一人、ヘラクレスはトレーニングルームで己を鍛えていた時だった。

 突如、彼のすぐ隣に空洞が出来て、そして生まれた大穴の上には赤龍帝がいたのだ。

 

 強襲は考えられていた手の一つだ。しかし、まさかこうも早く敵が動き出すとは思ってもいなかったのだろう。

 そして現在。ヘラクレスの前には予想外の敵であるサイラオーグ・バアルが立ち塞がっていた。

 

「……ふむ、聞いていたよりは随分と慎重だな。出会い様に爆撃してくると思っていだが……」

「はっ、慢心して痛い目にあってんだよ。俺も反省はするし、対策だって考える!」

 

 元より敵は若手最強の王と誉れ高いサイラオーグ・バアルだ。その強さ、禍の団でも度々名が上がるほどのもの。

 

「さて。貴殿は英雄派のヘラクレスとお見受けする。現在の俺はあくまで赤龍帝の手駒だ。その赤龍帝に俺はこう命令されている――敵を一人でも多く屠れ、と」

 

 サイラオーグは貴族服を脱ぎ捨て、両腕が露出するバトルスーツ一枚となった。

 ヘラクレスの目に映るその腕は、鍛え抜かれた豪腕とも言える素晴らしい筋肉の腕。

 そんな美しいまで思える腕で、顔の前でボクサーのような構えを取った。

 

「……魔力の才能もなく、滅びの魔力を持たない大王。そう聞いていて最初は舐めてたけど、冗談きついぜ……っ!!」

 

 ただ己の身体のみを信じ、鍛え抜いた上で手に入れた純粋な武力。それを前にして、ヘラクレスは恐怖心を抱く。

 近づいたら確実に負ける。以前までは悔しくてそれを頑なに認めなかっただろうが、今のヘラクレスは切にそう思っていた。

 

「……こうも警戒されては時間が掛かるな」

 

 サイラオーグは苦笑いを浮かべ、中々隙を見せないヘラクレスを観察していた。

 ――前情報でサイラオーグはヘラクレスを知っていた。主に英雄派と渡り合ってきた兵藤一誠からの情報なのだが……その情報と少しばかり相違する部分がある。

 

 一つ、ヘラクレスは自己中心的で視野が狭い。

 一つ、精神的に弱さを隠しきれず、己に過信している。

 一つ、神器の熟練度が低い。

 

「――分からないなら、一つ一つ己の目で確認してみようか」

 

 サイラオーグは動き出す。姿勢を低くして、ヘラクレスの懐に入り込んだ。

 その速度は高速で、ヘラクレスは反応が遅れる。

 

「こな、くそがぁぁ!!」

「……む」

 

 その強力無慈悲な拳打がヘラクレスを撃ち抜こうとする――しかし、ヘラクレスは初見殺しのような彼の拳を、意外な方法で避けた。

 

「爆撃の力を己に向かって使って、爆風の逆噴射で避けたか。咄嗟の判断としては実に良い選択だ」

「勝手に、採点してんじゃねぇ!」

 

 ヘラクレスは少しばかり離れたところで、爆撃による火傷部分を抑えながら、サイラオーグを睨む。

 

 ……しかし、今の対応で視野が狭いとは思えなかった。サイラオーグの拳打とヘラクレスの応急策。どちらがダメージが大きいかと言われれば……間違いなく前者であろう。

 

「爆撃は応用も利くようだな。だが――俺と相性があまり良いとは言えないな」

「……ちっ、黙って入れば勝手なことばかり言いやがって」

 

 ヘラクレスはサイラオーグと戦っていると、嫌なほどとある人物を思い出してしまう。

 

 それは自身を完膚なきまでに叩き潰した男で、嫁やら息子やらうるさい男であった。

 ただ、その裏付けされた強さは本物で、接近戦ではヘラクレスは手も足も出なかった。

 

「どうしてこう、近接戦闘馬鹿ばっかりなんだよ、チクショー」

「馬鹿とは不敬だな。俺も好き好んで近接戦闘をしているのではない。これしか生きる道がなかったから、ひたすら鍛え抜いたまでだ」

 

 故に、サイラオーグは決して自分に驕らず、常に高みを目指し続ける。

 弱さを知っているから、無力さを知っているから。

 誰よりも才能のなかったサイラオーグだからこそ、彼は高みへと手を伸ばし続ける。

 

「……貴殿も英雄を語るのならば、恐れずに来い。俺にあるのは、本当にこの身体だけだ――だが、この拳は如何なるものも殴り飛ばすと決めている。生半可な覚悟では、焼け死ぬぞ」

「はん、それは御免被るぜ。俺だって、意地ってもんがある。そう易々と何度も敗走繰り返してたら、惨めで仕方ねぇ」

 

 ヘラクレスはにぃっと笑った。

 それは歪な笑みではなく、強者を前にし、昂ぶった結果の笑みであった。

 

「俺の先祖のヘラクレスは、十二の試練を乗り越えて半神の英雄となった。こちとら試練には慣れたんだよ」

「奇遇だな。俺もこの人生、試練ばかりだ」

 

 ――この敵を前に、手の内を隠すことなど不可能であると、ヘラクレスは悟っていた。

 しかし、彼の持つ神器の禁手で倒せるとも思えない。

 彼の禁手はミサイルを半永久的に、精神が持つ限り射ち放ち続けるというもの。

 

「……あのレベルは禁手じゃ、ぜってぇ勝てねぇよな」

 

 ヘラクレスも、実のところは自覚していた――自分が英雄派の中で、実力が伴っていないことを。

 曹操に晴明を始め、ジークフリートやジャンヌ、クー・フーリン、ゲオルク。例外としてレオナルドだが、彼も含めて全員がオンリーワンに等しい力を持っている。

 

 だが、ヘラクレスにあったのはただ殴った対象物が爆発するという神器だけ。

 

 兵藤謙一との戦いで嫌という程に自覚させられた。何せ、悪魔になりたての男に完封されてしまったのだから。

 

 ……それからというもの、ヘラクレスは己の魂と向き合うようになった。

 

 英雄の魂、自分の神器。それらと見つめ合い、彼は己の弱さを自覚したのだ。

 

「……何か俺に対抗する術があるのか?」

 

 その表情を見たサイラオーグが、そう尋ねた。

 

「んな明確なもんはねぇよ。ただの可能性の話だ。ただの神器持ちの俺が、どうにかしてお前ら化け物に対抗する方法は、禁手しかねぇ。でも、それでも普通の禁手だったら手も足も出ねぇ」

 

 だからこそ、ヘラクレスは模索している。

 彼の中に確かにある英雄としての魂と、神器という魂が交差する方法を。

 

「あるいはよ、てめぇとやれば何か見えるかもしれねぇ」

「――面白い。ならば油断せずに来い」

 

 サイラオーグがそう言った瞬間、ヘラクレスは動き出した。

 ヘラクレスの宿す「巨人の悪戯」は非常にシンプルな強さを持つ。殴った箇所が爆発するのだ。

 

 神器にはパターンめいたものが存在して、色々なことが出来る複合的なものや、単純明快な一点突破のもの。大まかに分かれば、通常の神器はこの二パターンである。

 

 例えば木場祐斗の「魔剣創造」は数多の魔剣を想像することが出来るが、しかしその力は本物には遠く及ばない。複合的な力はあるものの、爆発力に欠けるのだ。

 

 それに比べて「巨人の悪戯」は爆撃に一点集中の力だ。出力は並みとは桁外れに違い、高出力の力を発揮する。

 

 ――敵がサイラオーグのような極端な超近接戦闘の戦士でなければ、ヘラクレスの敵は同世代には中々いなかった。

 

「くっそぉ、んでそんなに硬いんだよ!!」

「鍛え方が違うものでな」

 

 ヘラクレスはサイラオーグに拳打を何度も繰り返す。殴った瞬間、常人であれば千切れ飛ぶほどの爆風が襲うが、サイラオーグには擦り傷しか出来ないのだ。

 

 ――闘志がオーラのように、サイラオーグの身体から湧き出る。生命力に溢れたサイラオーグを突破する破壊力など、彼と近しいものの中では兵藤一誠くらいのものだろう。

 

 ……だが、とサイラオーグは思った。

 

「思っていた以上に破壊力がある。擦り傷すら負わないと思っていたが――貴殿を元の情報に踊らされ、舐めていたようだ」

 

 頬の火傷跡に付着する血を拭い、サイラオーグはヘラクレスを真っ直ぐに睨んだ。

 

「実に力の篭る拳だ。爆撃以上に、貴殿の強くなりたい意志を感じる」

「はん。悪魔のお前に賞賛されてもうれしかねぇよ」

「……うむ。それもそうか―― 余力を残そうと思っていたが、それはお前に対しては失礼だな」

 

 サイラオーグは普段、己の両腕両足に枷をつけている。魔術的な力を眷属に掛けてもらい、力を抑えている。

 その枷の魔法陣を全て外した。途端に、サイラオーグの身体からそれまで以上のオーラが溢れる。

 

「……なんだ、そりゃっ。それはまさか、仙術か!?」

「仙術? それが如何なるものか、俺には想像も付かないが……反応としては正解だな」

 

 サイラオーグは距離のあるヘラクレスへと拳を振るう。その瞬間――彼の背後にあった壁が、消し飛んだ。

 ……ただの拳圧だけで、遠く離れたものをいとも簡単に壊した。それを前に、ヘラクレスは冷や汗をかいた。

 

「……はっ、本当に、ふざけてやがる」

 

 余波で流石に理解した――サイラオーグという男は、ヘラクレスの常識で測れるような男ではないということを。彼は理解した。

 

「……だってのに、なんだよ、俺のこれは――高鳴るぜ、心がうるせぇほどに」

 

 それでもヘラクレスは絶望しなかった。むしろ、目の前の明確な壁を前に、ワクワクさえしていた。

 

 サイラオーグの拳を直に浴びて、そう感じるものはほとんどいない。

 彼と真っ向から戦った敵は大抵、手も足も出ないことに絶望し、再起不能になってしまうからだ。

 

「勝てるとか勝てねぇとかしらねぇよ。どこまで通用するかも分からねぇ――それでも全部ぶち当ててやる」

 

 ヘラクレスの気配が変わる。その波長、兵藤一誠ならばすぐに察したはずだ。

 ――バランスブレイク。神器の最終奥義であり、奥の手の発動。

 

「超人による悪意の波動。そいつがこの神器のバランスブレイカーだ。……今思えばつまんねぇ力だ」

 

 ヘラクレスの周りには、幾多ものミサイルが生成される。

 それこそがこの禁手の最大の能力である。ヘラクレスの精神力が続く限り、半永久的に爆撃を続ける力だ。

 

 無論、その力は強い。元の物理的に干渉した場所の爆撃に加えて、遠距離攻撃も兼ね備えているのだ。弱いはずがない。

 近距離、中距離、遠距離に対応したバランスのいい力だ。

 

 ヘラクレスは全てのミサイルを次々とはサイラオーグに放つ。矢継ぎ早に放たれるミサイルは全てサイラオーグを襲い、彼の周りを爆炎が包み込んだ。

 

 ――バキン、という音の後に爆発音が響く。それを聞くと、もはやヘラクレスは苦笑いが浮かべてしまっていた。

 

「この、化け物が……っ」

「――悪魔だからな」

 

 爆炎は刹那、消え去る。

 ……爆炎の渦中にいたサイラオーグは、身体の至る所に火傷を負っていた。傷がないわけではない。

 ――だが、豪雨のようにミサイルを繰り出され、それを全て受け切ってなお、五体満足で立ち塞がっている。

 

 その現実を目の前にすれば、苦笑いも浮かべてしまうのは致し方ない。

 

「……なるほど、貴殿の言いたいことは理解できた。その力、強力だが、魂は篭っていない。これならば、先程までの貴殿の拳の方がなお強い」

 

 サイラオーグは身体を屈めた。

 ――そして、ヘラクレスが気づく頃には、彼の腹部にその屈強な拳が突き刺さっていた。

 

「がぁぁっっっっ……っ!?」

 

 ……ヘラクレスは、サイラオーグの一撃をまともに受けてしまった。

 二メートルを超える巨体が、ただの一撃の拳で吹き飛び、基地の壁を幾多も撃ち抜いていく。

 

 そうしてその余波がなくなるまでに、基地の壁全てに穴が空いた。

 

「別に、俺の拳が正解というわけではない。だが少なくとも、貴殿よりは重いだろう」

「――うる、せぇよ……っ」

 

 ――しかし、ヘラクレスはまだ倒れない。

 先の見えない穴の中より、高速でミサイルを放つど同時に、自身も大きなミサイルに乗ってサイラオーグの元に戻ってきた。

 

 遠距離に加えて、自身の拳にミサイルを装着し、その上でサイラオーグに殴りかかる。

 拳は頬を捉え、サイラオーグを少しだけのけぞらせた瞬間、至近距離で機関銃のようにミサイルを放ち続ける。

 

 ――勝機があるとすれば、このタイミングだ。そう思い、彼は持てる全ての武をこの一瞬にこめた。

 

 サイラオーグは防御も、撃ち落とすことも出来ずにミサイルを受け続け、少しすると後方に吹き飛んでいく。

 

 その間もミサイルは絶え間なく放たれ続け、そしてヘラクレスはトドメの一撃のように巨大なミサイルを創り出した。

 

「おわれぇぇぇぇぇ!!!」

 

 未だ無防備にも宙に浮かぶサイラオーグに、その特大のミサイルが向かっていく。

 ヘラクレスの見事な連続攻撃を受けたサイラオーグは、それが来るのを待ち続ける、

 

 ――そんなはずがない。

 

「――前言を、撤回しよう」

 

 静かな声だが、ヘラクレスの耳には鮮明に届いた。

 その瞬間、察した――これでもまだ、届かなかったと。

 

「貴殿の攻撃は全て、重いと。その上で貴殿と戦えるこの幸運を嬉しく思う。未だ発展途上だろうが、ここで合間見えたことを心より光栄に思おう」

 

 空中で、サイラオーグは態勢を整えていた。

 ほんの僅かな攻撃の緩み。機関銃のようなミサイルと特大のミサイルの間に生まれた一瞬を、サイラオーグは見定めた。

 

「……ちくしょぉぉ……っ! お前と俺の差は、これか……」

 

 どんな状況でも冷静でいるか、いないか。もしもヘラクレスがミサイルを永遠に放ち続けていれば、もしくは勝機があったかもしれない。

 

 しかし、大技に着手した時点で、既に勝敗は決していた。

 

「――ぬん……!!」

 

 サイラオーグは力を籠めた拳を一度放った。闘気のオーラが含まれたその拳でミサイルは消し飛ばされ、着地したサイラオーグはヘラクレスと距離を詰める。

 

 一瞬の反応が置かれたヘラクレスは仰け反り、サイラオーグは二度目の拳を放とうと腰を捻らせ、全力の力を籠めた。

 

「――出直して来い、英雄ヘラクレス。俺は今よりも強くなった貴殿と全力を以って戦いたい」

 

 その台詞と共に、ヘラクレスに強烈な衝撃が襲った。

 その一撃の最中、意識が朦朧となる。それはすなわち、彼の敗北を意味していた。

 

「――ちっくしょぉぉ…………っっっ」

 

 意識釜途切れる最中、ヘラクレスはサイラオーグの表情を見た。それを見て、その悔しげな声が漏れてしまう。

 ――サイラオーグは好敵手を見つけたように笑っていた。その表情を見て、自分が完敗であることを理解したのだ。

 

「俺はいつでも、お前の挑戦を待ち受ける」

 

 ――その声はヘラクレスに届いた。

 ……その直後、彼の意識は途切れてしまった。前方で倒れるヘラクレスを見て、サイラオーグは一歩近づく。

 

「――っ!!」

 

 しかし、すぐに彼はその場から跳び離れた。

 ――今まで彼のいたところには、4本の剣が刺さっていた。それはどれもこれも強力な力を持つ伝説級の魔剣で、その飛んできた方向……上空から、一人の青年が現れた。

 

「流石はサイラオーグ・バアルだね。だけどうちのヘラクレスも捨てたものじゃないだろう? 君に対して随分食いかかっていたしね」

「……知っていてもらえて光栄だ――英雄派の剣士、ジークフリート」

 

 ――白髪然とした微笑みを浮かべた青年、ジークフリートが魔帝剣・グラムを握りながら、サイラオーグとヘラクレスの間に割って入った。

 

「……さて、選手交代と行こうか。正直、君がこの戦場にいることが予想外すぎて困っているけどね」

「――なるほど、貴殿は別格というわけか」

 

 サイラオーグは気を引き締める。

 目の前の剣士の実力の高さは、英雄派の中でもトップクラスなのだ。その警戒は正しい。

 

「過大評価はよしてくれよ。うちの最強は曹操だ――次席はあくまで次席さ」

「……あながち、嘘ではないな。ならば、やろうか。手負いで少し申し訳が立たないが、しかしなんら問題はない」

 

 サイラオーグは拳を構えた。

 対するジークフリートはグラムをしまい、地に刺さる四本な魔剣と、帯剣している二本の聖剣を取り出した。

 ――背に四本の龍の腕が生えていて、その全てで合計六本の聖剣魔剣を握る。

 

「一本の強い魔剣が少し前に消されてね。ストックの聖剣を用意したよ。 そしてこの四本の腕は――僕の神器、龍の手のバランスブレイカーさ」

 

 名を、「阿修羅と魔龍の宴」である。一本の腕につき身体能力が倍になり、すなわち二の四乗分だけ強くなる。

 単純計算で十六倍の身体強化――元が卓越した剣士には十分すぎる力だ。

 

「僕も超接近タイプの戦士だ――さぁ、尋常に勝負と行こうか」

「ふっ……是非もない」

 

 ――英雄派幹部、ジークフリート。

 ――バアル眷属の王、サイラオーグ・バアル。

 剣士と拳士の戦いが、始まった。




サイラオーグと戦ったやつバトルジャンキーになる説。あると思います。

それはさておき、お待たせしました、第9話でした。

前話のあとがき通り、フリードくんが大活躍の今回。そして長くなった原因であるサイラオーグとヘラクレスの戦い。

ヘラクレスは今作で英雄派の中では一番成長すると思います。神器も亜種の禁手を考えておりますので(もちらんヘラクレスの設定に違和感がないような能力)、お楽しみにお待ちくださいませ!

次回は黒歌、フリードの戦いを中心に、子供達にも深く触れて行こうと思います。

それではまた次回の更新をお待ちください!


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第10話 虚ろな聖剣、贖罪の堕剣

お待たせいたしました!
今回はフリードしか出ません 笑


 生まれた時から、僕たちは二人ぼっちだった。

 親はギャンブル狂いで気性が荒く、いつも僕たちに暴力を振るうばかり。

 だから、僕が――俺が、妹を守らないと。俺にとっての家族は、妹しかいなかったから。

 

 ……だけど、妹は神に見放されていた。妹は病気だった。見たこともないような未知の病に、妹は日に日に衰弱していく。

 

 俺に妹を救う術などない。無力な自分を、心より呪った。

 

 ――そんなある日、あの男が俺たちの前に現れた。

 

「んー、随分と酷く衰弱してるねー。ほっとくと死んじゃうよー?」

 

 家にいることも出来ず、妹と二人で外の森の中で二人でいた時、その男は俺たちに話しかけてきた。

 背が高く、細長いというのが第一印象。眼鏡を掛けていて、印象的なのは真っ白な白衣だ。

 

 その男は、僕の太ももの上で眠る妹を見ていた。

 身体を屈めて、まるで観察するように。

 

「……でも、どうすることも出来ないんだ。俺は金もないし、力もない。……どうしようも、出来ないんだ」

「はっは、それで元気な君まで妹と一緒にご臨終? はは、それは傑作だ!」

 

 ――初対面のはずの男は、そう言って俺を挑発した。

 

「……何が、言いたい?」

「ダメだよー? 君、とても聡明だろう? 本当は僕が言いたいことを理解しているんじゃないかな?」

 

 にやりと、男は不敵に笑む。

 ――見抜かれていた。俺が……僕が本音のところでは、妹を理由にして死にたいと思っていることを。

 

 ――生きていて、良いことが何一つなかった。

 それでも生き甲斐だった妹のために、精一杯生きてきた。そんな妹が、きっとあと数分後には死んでしまう。

 

「……放っておいてくれ。もう、何も考えたくないんだ」

「嫌だな。僕は考えることを放棄したくないし、それを見るのも嫌だ――何よりも、この世の神秘を冒涜されて黙ってはいないよ」

 

 すると、男が肩を落としいる僕の胸倉を掴んだ。

 

「……なんてね。残念だけど、僕はリアリストでもある。そこまで衰弱したその子が奇跡的に治るとか、気休めは言うつもりはないさ――そう。僕はリアリストでね。事実しか口にしないのさ」

 

 男は立ち上がる。そして、僕と妹に手を差し伸べた。

 

「なんのつもりだ?」

「なに、僕に君の妹を救う術があるってだけさ。その子が生きていたら、君が死ぬ理由はなくなるんだろう?」

「……何が目的だ」

 

 僕は男が何を言っているのか、理解できなかった。

 ――今しがた、会ったばかりの子供に、どうして手を差し伸べる。裏を疑って当たり前だ。

 

「……へぇ。やっぱり賢いね。普通の子供なら泣きついてくるところなのにさ」

「……俺は、大人は信じていないんだ。嘘と暴力で塗り固められた奴ばっかりだから」

「いいね、僕も同意見だ。そして僕は、決して嘘をつかないし、つけないんだよねー」

 

 男は手の平を合わせ、パンッ、と拍手をした。

 

「――じゃあ取引をしようか。僕が出せるカードは、君の妹の病気を治すこと。そして元気な身体を提供し、君たちを保護することだ」

「……無理だ」

「何が、無理なのかな?」

「――俺には、それに見合うカードがない」

 

 無償の善意など、夢幻だ。善意の裏には何かしらの目的がある。大なり小なり、必ずだ。

 そういう意味では、この男はある意味で信頼できる。助けることに対する対価を要求するから。

 

 だけど、僕にその対価を用意は出来ない。だから、無理なんだ。

 

「いやいや、僕には君たちが必要不可欠なんだよ、むしろ僕の提示したカードでは不十分だ。望むなら、君たちには何でも与えるよ」

 

 男は体面上はとてもさわやかな笑みを浮かべる。人が見れば誠実そうな人物像を思い浮かべるのかもしれない。

 だが、この男にはそんなものが欠片もないことはすぐに分かった。

 

 打算的に、自分の目的のために僕たちを利用するのだろう。

 

 ――わかってる。利用されることなんて、最初から知っていた。

 

 だけど僕たちが生き残るためのたった一つの選択肢は、この男の手を掴むことだけだったんだ。

 

 僕たちに利用価値がある限り、その男は僕たちを裏切らない。見捨てることもない。

 

 ……それに縋ることしか出来ない自分が、腹立たしくて仕方がない。

 

「……ディエルデだ。この子が、妹のティファニア。その取引、受け入れる」

「ははっ、良いね。末長く利用し合おうか――僕はディヨン・アバンセ。人が超常を超えることを目指す、ただの科学者さ!」

 

 僕はディヨン・アバンセの手を取る。

 ――そうして「僕」は「俺」となり、俺とティファニアは戦争派の八人の子供の一人となった。

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ、ティファニア。何か辛いことでもあったか?」

 

 ……ティファニアは命を永らえたばかりか、昔よりも元気になった。

 身体の弱さも克服し、今では走れるほどだ。

 

「ううん、そんなのじゃないの。……ただ、お兄ちゃんが辛そうな顔をしているから。だから……」

 

 ティファニアは、それ以上言葉を続けることはなかった。

 ――辛いに決まっている。ティファニアが聖剣になるという、人外に改造されてしまった。

 

 そんなティファニアを、俺が振るうなんて考えるだけでも発狂しそうになる。

 もしも剣が欠ける事があれば、それはティファニアが傷つくことと同義だ。

 

「……心配するな。俺は大丈夫だ」

 

 俺はティファニアを抱き寄せて、そう言うことしか出来ない。

 

 ――ティファニアが傷つくことが嫌な癖に、それを仕方ないことだと許容している。その矛盾が嫌なくらいに心を抉る。

 

「強く、ならなくちゃ……っ」

 

 ……日々、鍛錬に没頭した。

 

 俺が強くなれば、ティファニアを傷付けずに済む。

 俺がティファニアが傷つかないように敵の攻撃を全て見切れば、ティファニアは傷つかない。

 

 強く、強く。昨日の自分よりも――その先に、一体どんな幸せがあるんだ。俺にはそれが、分からない。

 

 ―・・・

 

 奇しくも、フリード・セルゼンとディエルデの戦闘スタイルは似ていた。

 フリードは技術と広い視野から生まれる無駄のない戦闘をする。

 

 見切り、受け流しは彼の十八番であり、アロンダイトエッジの予知能力と相乗効果で今やテクニックタイプに振り分けられるほどの力を有している。

 

 あのジークフリートとさえ戦えるフリードだが、しかしディエルデは未だフリードの攻撃を一度も受けていなかった。

 

「中々自信なくす戦い方してくれるねー。剣で受け流すこともなく、体捌きだけで俺の剣を避け続けるなんて」

 

 アロンダイトエッジをあつかうフリードならば、ディエルデのような体捌きをしてもおかしくはない。

 だからこそ、ディエルデのこの回避能力は異常だとフリードは思った。

 

「……タチが悪いのが、それが完全なる技術であること。どんだけやれば、あんたの年頃でそんな技術を手に入れんの?」

「話す必要は、ない」

「ふーん……んま、想像はつくから良いんすけどね」

 

 フリードは、離れた距離から刀身にオーラを溜めて、次の瞬間に極大の斬撃を飛ばした。

 

「――行くぞ、ティファニア」

 

 それに対して、ディエルデもまた聖剣の刀身にプラチナに輝くオーラを集中させた。

 それをフリードの一撃と相殺させるように、斬撃として放った。

 

「相殺ねー。……出力はそっちの方が上か」

「俺とティファニアが、お前たちに負けるわけがない」

 

 ――彼の言っていることは、間違ってはいない。

 聖剣の出力は使役者との相性によって決まる。例えばアスカロンの本来の力は聖剣の中でも中堅クラスだが、一誠の扱うそれは現在のデュランダルと大差はない。

 

 つまり、ディエルデとティファニアの相性がこの上なく良いということだ。

 

「……さてと。んじゃまあ、どうしたもんかねぇ」

 

 出力は二人の方が上である。しかしそんなことなど織り込み済みだ。

 フリードの強みは、その多様性にある。アロンダイトエッジの機能とも言えるが、そもそもそれはフリードでなければ引き出せないものだ。

 

 ……それでも、フリードは自分からも動くことを躊躇っていた。

 

「――んで、いつになったらあんたらの本領を見せてくれるわけ?」

 

 それは、ディエルデが未だにガラティーンの力を発揮していないところにあった。

 

 ……いや、そもそもティファニアが本当にガラティーンの本来の力を継承しているかも分からない。

 

 未確定の要素が強過ぎるから、動くに動けないのだ。

 

「……本領? それは聖剣の力のことか?」

「まぁそういうこと。中々尻尾出さないからよ」

「――何を世迷言を。力は最初から使っている」

 

 ディエルデは駆ける。一瞬でフリードとの距離を縮め、ティファニアを振るった――あらぬ方向に。

 

「……あ?」

 

 あまりにも情けない空振りを見て、フリードは口が開いて閉まらなくなってしまう。

 

 ――そう思った瞬間、フリードのすぐ隣の後ろから極大の聖剣のオーラが撃ち抜かれそうになる。

 しかしフリードはそれを察知して避けた――その方向には、ディエルデの剣が迫っていた。

 

「ん、だよ、それっ!!」

 

 それでもフリードは驚異的な反応速度で剣の軌道から逸れる――しかし、ディエルデはそれすらも予想していたように、そこから軌道を変えて……フリードを切り裂いた。

 

「――っっっ」

 

 フリードの右腕より鮮血が飛び散る。

 差し迫る状況下でもフリードは最小限の傷で抑えた。それは非常に懸命な判断であることは間違いない。

 

 ――だが、フリードがディエルデ相手にそもそも傷を負うこと自体があり得ないことなのだ。

 

「……どういう手品っすか? お前さんの動きは、俺は読んでた。そんな大振り、本当なら当たるはずもないんだよ」

「……思い上がりも甚だしいな。そんなにも格下と思っている俺に、傷を負わされたことが不思議か?」

 

 ガラティーンは相変わらず、プラチナのような眩い輝きを放ち続ける。ディエルデは慢心する表情を浮かべることなく、ただ剣を構える。

 

 腰を屈め、剣を持つ右腕を振り上げて剣先を天へと向ける。

 

「……ガラティーンの元の能力は支援系が全般っす。なにぶん、エクスカリバーの姉妹剣だからね。だけど、伝承が少な過ぎて、能力はほとんど知られて居ないんだよねぇー」

「……だから?」

「――だからディエルデ、お前さんがよく分からない力を使ってもなんら不思議はねぇってことだ」

 

 ……敵のことだ。フリードを警戒したのならば、その力を解析されていたもおかしくない。

 

 むしろ、そのように考えるのが妥当なところだ。

 

「さて、んじゃ、君たちの力を明らかにしてみようかねぇ」

 

 血の流れる腕を袖を破って当て布にして、血の流れを止める。

 そして応急処置を済ませてアロンダイトエッジの能力を使った。

 

「……三人になった? いや、まやかしの類か」

「「「さぁて、それはどうかなぁ」」」

 

 ――ディエルデの目には、三人のフリードを捉えていた。

 その三人はそれぞれ多少違いのある笑みを浮かべ、それぞれ剣を構える。

 

 脱力して剣を持つフリードがいれば、両手で剣道のような構えをするフリード、逆手で剣を持つフリードもいる。

 

 ――アロンダイトエッジの能力の一つ、幻影だ。

 

「……全てを等しく切れば変わらない。労力が大きくなっただけだ」

「んじゃ、やってみろよい」

「でもよ、俺らの厄介さは」

「一人一人変わんねぇんだぜぇぇ?」

 

 フリードは三人同時に動き出した。

 その瞬間、ディエルデの手の剣より、プラチナの輝きが放たれる。その輝きは形を作り、薔薇の棘のように弾丸のように撃ち込まれる。

 

 それを幻影は斬り伏せる。

 

 それだけならば特におかしくはないが、しかしディエルデは目を見開いた――なぜなら、幻影と思っていた個体までもが、ディエルデの攻撃を撃ち落としたのだ。

 

「幻覚じゃないだと……? ならあいつは――」

 

 幻覚ではなく、分身である。ディエルデはそう判断した。

 

「――どこ見てんだぃ?」

 

 ディエルデが呆気を取られていると、フリードがいつの間にか背後に回っていた。

 

 そのアロンダイトエッジの逆刃で、ディエルデの後頭部に衝撃を与え……

 

「より強い幻覚は、痛覚を錯覚させる。本当は俺はお前さんの攻撃を避けていたけどよ、それを撃ち落としているように見せただけだ」

 

 その強力な幻影能力は1日に一度しか使えない。そうしなければアロンダイトエッジの能力はそれだけになってしまうほど、強力な力なのだ。

 

「……寝てろ。起きたらきっと、お前さんたちの悪夢は終わってるからよ」

 

 フリードは足元で気絶しているディエルデを見ながら、少しだけ優しい表情を浮かべた。

 屈んで、ディエルデの寝顔を見ようとした。

 

「…………ッ――!?」

 

 ――その瞬間、フリードの脳裏に信じられないものが過った。

 

 ――背後に、大きな聖なるオーラを突然感じたのだ。

 

 フリードはすぐさま振り返る。そしてさらに目を見開いた。

 

「――なるほど、強力な力だ」

 

 その剣先は、フリードを貫く。

 

「もしも俺たちじゃなかったら、終わっていたところだった」

 

 胸元に突き刺さるプラチナの剣。あまりにも美しくて、つい痛みも忘れてしまう。

 しかし痛みは徐々に現実のものとなる。

 

「な、んで、お前…………ッ」

「……なんで、か。言う必要もないが――幻影だったとはいえ、子供に刃を使わなかったことに敬意を評して、教えてやる」

 

 ディエルデはフリードから剣を抜き去り、彼を蹴り飛ばした。

 少し離れたところで、フリードは口と腹部から血を流しながら荒い息を吐き続ける。

 

 ――フリードの中でも、ディエルデの力には予想がついていた。

 

 聖と魔に対して圧倒的な優位性を持つフリードの予知に打ち勝ち、更に一日一度きりの絶対的な幻影能力さえも打ち勝つどころか、逆に幻影返しをしたこと。

 

 それぞれは別の能力などではない。

 

 ガラティーンの持つ一つの単一能力によって起こされた事実。

 

 その能力は――

 

「虚像写し。俺たちはこの世全ての聖剣の能力を上回る。聖剣殺しの聖剣使いだ」

 

 全ての聖剣の能力を鏡写しのように跳ね返し、己の力として扱う。それが聖霊剣・ソウルガラティーン――否、聖虚剣・ホロウガラティーンの能力だ。

 

 そのプラチナの輝きは、そこに本当にあるかどうかも分からないほどに美しく、しかし虚ろに等しい。

 

「――きついなぁ、ほんっと」

 

 その絶望的なまで相性が悪い相手を前に、フリードは苦笑いを浮かべる他なかった。

 

 だけども、その目は決して諦めてはいない。

 

 依然として、その両眼は真っ直ぐとディエルデとティファニアを見据えている。

 

 ……その目が、どうしようもなく、

 

「…………っ」

 

 ――ディエルデにとって、居心地の悪いものであった。

 

 ―・・・

 

「ここが迷路になってたのは、不幸中の幸いっすね」

 

 ――フリードは、来た道を引き返すように迷路の中を駆けた。

 あの状況下で、無策でディエルデに向かっていく無謀さを、彼は持ち合わせていない。

 

 ……更にいえば、今のフリードは手負いだ。腕と腹部を聖剣で貫かれ、重症とも言える。

 

「……ガルドの爺さんの爺さんのお節介も、偶には役に立つんだよねぇ」

 

 フリードはディエルデたちからある程度、距離を取った状態で、壁に背中を預ける。

 

 そして服のポケットから小さな瓶――フェニックスの涙を取り出し、患部に涙をふりかけた。

 

 途端に涙はその効力を発揮し、みるみるうちに傷はなくなる。

 

「だけど、これじゃあ現状維持がいいとこだ」

 

 ――彼の独白通り、実際にその通りだ。

 ディエルデたちの力が対聖剣使いのものであることが発覚した今、フリードにとって最悪の敵であると言える。

 

「……虚像写し。鏡写しじゃなくて、虚像なのは敵の力を上回るから?」

 

 虚像とは、いくつか意味がある。

 

 物体から出た光が鏡やレンズに発散されることによって、そこにあたかも実像が写る、という意味が一つ。

 

 そしてもう一つは――

 

「実際とは異なるイメージを植え付けられる力。だけど、ディエルデが見せた力はどう考えても――」

 

 フリード自身が使ったアロンダイトエッジの力そのものであったのだ。

 

「実際に使った力を目の前で上書きされるように真似された。……つっても、超えられてる時点でもう模倣じゃなくて昇華っすね」

 

 ……アロンダイトエッジ、唯一無二の大きな力の二つを攻略された今、フリードには無茶をすることのできるカードはない。

 

 未来予知と完全幻影。それらがディエルデには効かないと前提するのならば……戦況は恐ろしく悪い。

 

「……だったら、なんでわざわざ虚像写しと表現する必要がある?」

 

 能力を効率良く使うために、あえて名前を付けることはある。

 例えば兵藤一誠が好んで使う、魔力弾の属性付与も、元は付与に対する速度を上げるためのプログラム的なものだ。

 

 そのためにも、名前は連想させやすい的を射たものでなくてはならない。

 

「……考えろ。今のままじゃ、こっぴどく首チョンパされるだけっす」

 

 そうすれば悲しむ奴がいる。そう考えて、フリードは知恵を結集させた。

 

「虚像を写す。その力でしたことは、俺に力の上乗せ……上乗せ?」

 

 自分で言った言葉に、フリードは疑問を持った。

 

 ――ディエルデの使った力は、未来予知も幻影もフリードのそれを上回った。

 

 幻影に関しては、一度幻影を上乗せされてしまえば、そこから逆転する術はない。

 

 しかし――未来予知に関しては、仮に自分の行動を更に予測されても、そこから更に予測することは可能なはずだ。

 

 しかし、フリードはそれが出来なかった。

 

 聖なるオーラが結集したいるような二人の行動を、あの時は予知することが出来なかったのだ。

 

「……能力を鏡写しのようにする虚像と、写したものを上回る虚像――なるほど、そういうことっすか」

 

 フリードは何かに気付いたような表情を浮かべた。

 ――だが、気付いたところで、その力の攻略方法は思い付かない。

 

「原理は理解したけど、それでも能力の振り幅が分からないなら、話になんねぇ。……あとの情報は、戦って知るしか――ッ!」

 

 ……途端、フリードは前方より絶大な聖なるオーラの斬撃を感じ取った。

 その力の軌跡を予測して、先んじて動くと……自分の今まで隠れていた場所に、大きな溝が生まれる。

 

「…………」

 

 フリードはその跡をじっくりと観察したのち、前方を見据えた。

 

「――やはり隠し持っていたんだな。回復手段を」

「戦争だろうよ。そりゃあ一つや二つは持ってて当然っす」

 

 迷路の奥の影から、ディエルデが眩い剣を持って現れる。

 フリードは「さてと」と一呼吸置いて、剣を強く握った。

 

「検証してみようかねぇ」

 

 フリードはひとまず未来予知の機能を解除する。もちろん本来の力を一つ減らしているから、戦力の低下は避けられない。

 

 しかしディエルデがその大きな力を模倣し昇華する術を持っているのならば、今はそれを取り下げた方が無難である。

 

 フリードは普段はセーブして使っているアロンダイトの身体能力の強化を過剰に使用した。

 

「ほんっとうは、この力は燃費悪いから使いたくないんすけどね!」

 

 元より俊足のフリードは、瞬間と呼べる速度で壁を走り、ディエルデの背後を取る。

 もしもディエルデが未来予知の力を使えるならば、避けることは造作でもないだろう。

 

「……っ!」

 

 しかし、その予想に反してディエルデの反応速度は普通のものであった。

 突如背後に現れたフリードに、素直に驚いている。目を見開きもしていた。

 

「俺には、何も効かないっ!!」

 

 しかしそれも束の間、ディエルデは遅れた反応とは裏腹に、反射速度が異常なほど、急激に上がった。

 更にその速度、筋力も同程度に上がる――それと同時に、フリードの身体強化は瞬く間に下がっていった。

 

「……ちっ、そういうことかい」

 

 ――フリードは謎の力の一端を理解したのか、すぐさま未来予知の機能を発動する。

 ディエルデの剣の軌道を読んで、剣戟を避け切って彼の腹部に蹴りを入れた。

 

「ぐっ……っ」

 

 ディエルデはその蹴りを避けきれず、少しばかり後方に仰け反った。

 ……フリードはその一連の流れを鑑みて、結論を出した。

 

 ――ディエルデが身体強化をした瞬間、己の身体強化が解除されたこと。更に未来予知を発動したのに、ディエルデがそれに反応できずに攻撃を受けたこと。

 

 ……フリードは、それをディエルデにぶつけた。

 

「――そいつの本当の能力は、聖剣の能力をその瞬間奪い、更にその能力を上げられる限界値まで上げて使うことっすね」

 

 ……そう考えれば、辻褄が合った。

 

 ――聖剣の能力を鏡写しのように模倣し、模倣している間はその力を失う。そしてその力をありもしない虚像のように大幅に膨れ上げて、虚像の力を行使する。

 

 故に、虚像写しだ。

 

「……お前さんがその直前に奪っていた幻影の力。あれは一日一度限りの大技っす。それを使わなかったところを見ると、能力の出力は上げられても、ルールまでは変更できないってところっすか?」

「……それがわかったところで、お前にはどうすることも出来ない。俺たちはどんな聖剣使いよりも先を行く」

「だから? どんだけ剣がスペック高くても、使うのは人間だぜぇ? 一切合切油断も隙とねぇとは、言わせないっす」

 

 ……チクリと、フリードは引っ掛かりを覚えた。

 それの正体は分からない。だが今のディエルデの言動や、これまでの彼の立ち振る舞いを見て、何か疑問を感じたのだ。

 

「……なーんか、昔、エクソシストしてた頃を思い出すなー」

「――? なんのことだ」

「別に、特に意味はない妄想だよ」

 

 ――エクスカリバーもアロンダイトエッジも何もない頃のこと。

 フリード・セルゼンは一人のエクソシストとして、悪魔を屠っていた。

 

 普通の人間より少し強い力を持っていた。ただそれだけの存在だった。他の超常的存在に比べれば微々たる存在であったと、自らを嘲笑してしまう。

 

 ――そんな無力な人間が、いつの間にか、聖剣という大層なものわ持つようになった。

 

 ろくでもない人間が、どうしてか子供を守ることを考える人間になった。

 

 ……力がない時は、ないなりの対処法を考えたものか。今の自分がまさに昔のようであると、フリードは思った。

 

「さーて。ちょっとばかししつこく粘らせてもらうっすよ」

「……無意味なことを」

 

 ディエルデの言い分は正しい。

 何せガラティーンの力は、聖剣の力を封じ、更にそれを極限まで引き上げて使うという反則的な力だ。

 

 フリードが力を使わなければその力は発揮できないだろう。

 

 だが、代わりにフリードは身体強化も未来予知も出来なくなる。反面ディエルデにはガラティーンの元からの身体能力の強化で、何ら問題はない。

 

 故に、無意味であると。

 

「ならば、そんな口が開かなくなるくらいに――」

 

 その瞬間、フリードの視界からディエルデは消える。

 消えたと思った瞬間に、フリードはすぐさまその場から移動した。

 

「消えたってことは、俺を串刺しにするつもりってことっすよね!? だったら、動いちまえば問題は、ないってことよ!」

「……それがいつまで保つ?」

 

 常に動き続ければ、ディエルデの速度を半減させられる。

 目では追えないほど早いということは、細かな体捌きは不可能であることを意味している。

 

 方向転換をするときに使う物。それは足だ。止まる時は必ず足で急停止する。その瞬間くらいは、今のフリードの目でも捉えることは出来た。

 

「――偶にはエクソシストでお馴染みの光銃で!」

 

 その立ち止まった瞬間を、フリードは光銃で狙い撃つ。

 

 もしも未来予知を使えていれば、どこに来るかがすぐに分かって、確実に当たることが出来るだろうが……そのために未来予知を使い、もしも力を奪われたらそれこそ打つ手がない。

 

 ガラティーンの力の厳密なルールを何一つ知らないフリードには、恐る恐る戦うことが最善であった。

 

「そんな陳腐な光で、こっちの光に勝てるはずがないだろう」

 

 しかしディエルデはそれを避けず、ガラティーンから漏れ出たオーラを羽衣のように身に纏い、それを無力化する。

 まるで、己の力をフリードに見せつけるように。

 

「――避けれたはずなのに、どうしてわざわざ力を無駄に使って、真っ向から消し飛ばす?」

 

 ――その行動が、フリードの疑念を明確化するきっかけとなった。

 

 ―・・・

 

 ――どうして目の前のこの男は、これだけ不利な状況下で、諦めない。

 俺の力との相性が悪過ぎることなんて、もう分かっているはずだろう。なのに、どうして諦めてくれない?

 

 へらへらと笑いながら、どうして敵である俺に話しかける。

 

 ……対話なんて不要だ。敵に会話など必要なく、ただ剣を振るうだけだ。

 なのにこいつのことを――どうして、敵として切れない。

 

「お前は俺に何も出来やしない。それほどまでに俺とお前の間には埋まらない差がある」

 

 こうでも言わないと、こいつは諦めてくれない。

 ……どうして諦めない。何がこの男を、こうも震え立たせるんだ。

 

「――そりゃあ、無理な相談だわな。埋まらない差? んなもん知るかっていう話っすよ」

 

 男は、それでも剣を強く握って離さない。その意思は固く、決して折れてはくれない。

 その目は俺たちを真っ直ぐ捉えていて、つい視線を外してしまった。

 

「……そもそも、敵なら何も言わずに切り殺せば良いんすよ。なのにどうして敵の戦意を喪失させるような言動を繰り返すんすか?」

「そ、それは、意味なんて……」

 

 嘘だ。

 駄目だ、この男は俺のことを見ている。俺の行動の裏を見て、その上で接してくれる。

 

 ――分かっているんだ。このフリード・セルゼンという男が、本気で俺たちの力になろうとしてくれていることは。

 

「――ディエルデ、ティファニア。共に戦争派の実験の被験者であり、八人の子供たちの一員。ナンバーは2と3。その内容は聖剣実験で、その実は聖剣計画の成れの果て、第三次聖剣計画」

 

 ……するとフリード・セルゼンは、唐突に俺たちの情報を話し始めた。

 

「親がクソ過ぎて、ティファニアは酷い病気で二人心中しようとしていた時に、あのディヨン・アバンセに拾われた――事の顛末は、全部知ってるんすよ」

「……どこで、とは聞かない。お前たちは前に基地に乗り込んできたからな。だが、それがどうした? 例え俺たちのことを見知っていたとしても……」

 

 動揺するな。何も考えるな。

 ……そう思っていても、フリード・セルゼンの顔を見れば、気付いてしまう――この男が、何かを知っていることを。

 

 もしくは俺たちでさえ知り得ない情報を知っているのではないかと。

 

「――全ての不幸は、全て仕組まれた必然だった。そう言っても、お前さんは、あいつのために剣を振るうんすか?」

 

 ――フリード・セルゼンは、そう言い漏らした。

 …………仕組まれた、必然? こいつは、何を言っているんだ?

 

「何を――何を知っているんだ、お前は!!!」

 

 気付くと、俺はフリード・セルゼンに斬りかかった。

 ティファニアの能力である強化を己の負担を考えることなく使い、この男を封殺するために。

 

 しかし、フリード・セルゼンは決して当たることはない。その全てを経験則で見極めていた。

 

 切っ先が空を切ると、その表情は少し切なそうなものになる――哀れんでいるとでも、言うのか。

 

「……本当は、思い当たりがあるはずなんだよね」

 

 ……それ以上は言うな。俺に思い当たりなんて、ない。

 曲がりなりにも俺たちを救ったのは、ディヨン様だ。誰も手を差し伸べてくれなかったのに、あの人だけが俺たちを救ってくれた。

 

 俺たちを救うことに目的があると分かっていて、利用されることを知っていてその手を取ったんだ。

 

 だから俺は、ティファニアが聖剣にされることも――

 

「……そろそろ、目ぇ覚ましてみても、良いんじゃないっすかね、ディエルデさー」

 

 ――男の声で、ハッとした。

 ……目の前の男はボロボロだ。身体からはいくつも切り傷があって、息も荒い。

 

 そんな情けない状況下で、どうしてそんなことを言える。

 

「俺たちのことをな、何も知らない癖に、勝手なことを言うな!」

「……ま、その通りなんだけどさ。そりゃあお前さんたちとはまともに話すのはこれが最初だけどよ」

 

 フリード・セルゼンは苦笑いを浮かべ、だけど決して俺から目を離さない。

 

「――少なくても、ディヨンの糞野郎よりかはディエルデとティファニアを見ているって断言してやんよ」

 

 ――もうやめてくれ。心の中で、そう叫んだ。

 これ以上は、俺の心を掻き乱さないでくれ。

 

「でも、信じられないって言うなら、こっちにも考えがあるっす」

 

 そうしないと――

 

「――俺が、ディヨンからお前たち二人を守ってやる」

 

 ――()は、弱くなってしまうから。

 

 ―・・・

 

 らしくないことをしている自覚は、彼自身にもあった。

 しかしディエルデが相手であるのならば、彼は臆することなく口にする。

 

 この手前の相手に遠慮をしていては、どんどん自分の殻に閉じ籠ってしまうのだ。

 

 だからこそ、フリードはディエルデに何一つ隠すことなく、ありのままの本音をぶつけた。

 

 そして、ディエルデは――それを振り切りたいように、暴れるように剣を振るった。

 

「なんだよ、その適当な剣戟は」

「うるさい、うるさい! ――もう何も、話すなぁぁぁ!」

 

 ディエルデは剣先を地面に突き刺し、大地を抉るように聖剣のオーラを放った。

 ズガガガッ! という激しい音で床には亀裂が生まれる。

 

 そんな絶大な力を前に、フリードは冷静であった。

 

「(……イッセーくんにも言えなかった、こいつらの本当の過去。そいつは全部、糞野郎によって仕組まれた必然だ)」

 

 ディエルデの猛攻をいなしつつ、フリードは二人の真実を頭に浮かべていた。

 ――ディエルデとティファニアは正真正銘の兄妹だ。しかし彼女たちの親が狂った原因を作ったのは、何を隠そうディヨン・アバンセである。

 

 到底庶民じゃ手に入れることもできない違法薬物を無償で提供し、マインドコントロールを施し、二人を虐待させた。

 酒もギャンブルも、何もかもを与えて二人に絶望を与えたところで、自分自身の登場である。

 

 そうして二人の唯一の味方を演出し、ディエルデとティファニアを目には見えない鎖で拘束している。

 

「(そして――ティファニアの病気さえも、ディヨンによって仕組まれた必然だって知れば、きっとあの馬鹿は心が壊れちまう)」

 

 それはダメだ。フリードはそう思った。

 フリードは拳を強く握る。何をすればディエルデの心に響かせることが出来るのか、何をしてやれるかを本気で考えていた。

 

「お前がなんて言おうが、何も変わるはずがないんだぁぁぁ!」

 

 それは言葉か?

 それとも行動か?

 

「口先だけで知ったようなことを、言うな!」

 

 英雄的格好の付けた言動など、きっとディエルデには響かない。ならば、フリードには答えが一つしかなく――

 

「――分からない変わらないうるせぇんだよ、こんの石頭が!!」

 

 ……ブチギレた。

 剣を避け、ディエルデの胸ぐらを掴んだ上でのヘッドバットだ。互いの額からは血が流れるほどの威力である。

 

「……え?」

 

 フリードのその行動に、ディエルデは目を丸くした。

 対するフリードは逆にすっきりとした表情を浮かべ……

 

「ふぅぅぅぅ……やっとすっきりした。ぐちぐちぐちぐちうるせぇんだよ、お前」

「へ、ヘッドバット? 聖剣同士の戦いで……」

「はんっ、戦いに美学なんてねぇんだよ。やったもん勝ちだぜ?」

 

 フリードは額からは滴り落ちる血を舌で舐め取る。

 白髪に赤色はとても映えていて、それはディエルデも同じだ。

 

「……そもそも、俺はお前の気持ちなんて知らねぇし、分かろうとも思わねぇよ」

「……なら、どうして剣を握る! 分かろうとしないのに、どうして救おうとするんだ!」

 

 ……なるほど、とフリードは思った。

 今のディエルデの発言を聞いて、ようやく合点が一致した。

 

「なるほど、なるほど。お前さんは分かって欲しいのか。そりゃあ子供だもんな。自分のことは、それはもう理解して欲しいよなー」

「ちがっ、そういうことを言っているんじゃ……」

 

 しかし、口を噤む。フリードの指摘に対して、思うところがあったのか。

 フリードは続け様に話し続けた。

 

「……わかって欲しけりゃ、まずは俺たちのところに来るんだな。あ、でもうちの餓鬼どもの裏番長は厳しい関門だから、難航するか?」

「話を勝手に進めるな!」

 

 ディエルデは激昂して……いや、そんな難しい話ではないか。

 ただ、彼は動揺しているだけだ。フリードという初めての人種を前に、そのペースに巻き込まれてしまった。

 

 ――そうなってしまえば、もうフリードの独壇場だ。

 

「……うっし、んじゃそろそろあったまって来たから、奥の前の手と行きますか」

 

 フリードはそう呟くと共に、アロンダイトエッジにそう語り掛けた。

 その瞬間、アロンダイトエッジは鈍く光輝く。その光を垣間見て、ディエルデの表情は歪んだ。

 

「な、なんだ……その力は」

「言ったっしょ? この剣の奥の前の手。俺もでぇきれば使いたくねぇんだけと、そうも言ってらんないしさ」

 

 ……力を奪うディエルデの前でも使おうとする力。つまりそれは、フリードにとって奪われても問題はないということだ。

 

 その態度が、ディエルデを怯ませる。

 

「――聖剣共鳴」

 

 フリードはポツリと呟くと共に、駆けた。

 同時に身体強化も施しているのだろう。速度はそれまでとは違い、圧倒的に早い。

 

 ――フリードは一見すると無敵に見えるガラティーンの能力の穴を見抜いていた。

 奪い、行使する力。あぁ、確かに強力な力だ。聖剣殺しの聖剣という自負も間違っていない。

 

 だが……フリードの持つアロンダイトエッジは聖剣であり、聖剣ではない。

 

 この世で人の手によって生まれた初めての聖魔剣。それがアロンダイトエッジだ。

 

 能力の多彩さで言えば、かの有名な聖剣エクスカリバーにも劣らない。

 

「さーて、お前さんは俺のどの能力を奪う? 身体強化? それとも幻惑? それとも……未知の力かい?」

「……そう来るか……っ!」

 

 つまり、能力を奪う力が一度に一つというルールを逆手にとったということだ。

 フリードは己の分身を更に何人か作り出し、ディエルデに迫る。

 三つの能力の同時併用で、自分を翻弄する作戦であるとディエルデは思った。

 

 ご丁寧に未来予知を使わないところが、何ともフリードらしい。

 

「――っっっ!!!」

 

 そのフリードの奇手に、ディエルデは選択する。

 幻覚も身体強化も対応は可能。ならば彼がするべきなのは、未知への対処である。

 

 一度力を奪えば、その力の内容をすぐに理解出来る。

 

 ――奪われることが、フリードの真の目的であることも知らず。

 

「……かかった」

 

 己の中から力が抜けた瞬間、フリードはにぃっと笑った。

 それまで温存していた身体強化を極限まで引き上げ、ディエルデに刹那で近付き――アロンダイトエッジの刃と、ガラティーンの刃をぶつけ合った。

 

 撃鉄が打ち合さるような音が響く。それと共に、フリードの聖剣の輝きと、ディエルデの聖剣の輝きが、同時に空間全てを覆うほどの輝きを放った。

 

「な、なんだ、この力は!? お前、俺に何を奪わせて」

「なぁに――ただの聖剣共鳴さ。それで一回俺っちのことを見てもらおうってな」

 

 聖剣が刃を交えた瞬間、引き起こる現象の一つ。打ち込んだ相手の過去が、想いが分かるその力が、アロンダイトエッジの能力の一つ。

 

 ――それを奪わせることで、フリードはディエルデに己を曝け出す。それが吉と出るか凶と出るかは分からない。

 

 そんな、賭けに出た。

 




ということで、10話でした。
思った以上に細かく書いてしまったので、次回に持ち越しです。
次回、フリードVSディエルデの戦いが決着します。
今は仕事に余裕なくて電車の中の少しでしか書けていませんが、もう少し更新速度を上げたいです。

では、また次回の更新をお待ちください!
感想待ってます!


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第11話 聖人化 ―セイントオーバー―

お待たせいたしました!
しかし、どうして彼の話になるとこんなに長くなるのだろう…


 ――案外、フリード・セルゼンという人間は、思いがけないほどに人間味のある男だ。

 

 幼少期は本当に正義を志し、しかしある時を境にその道は途切れてしまった。

 

 それは彼が慕っていシスターが悪魔に成り下がり、その出来事を巡って同僚の神父を半殺しにしたところから、彼は外道神父となった。

 

 何を信じたら良いかわからず、楽な方へと行った結果……裏切りを繰り返し、それでも心は空虚であったか。

 

 ――そんな時、フリードは赤に出会った。

 

 自分のこれまでの反省が馬鹿げているように思えるほどに、その赤はまばゆく力強く……ひたすらに馬鹿正直であった。

 

 その力に充てられて、柄にもなく力を求めるようになった。

 

 そのためにバルパー・ガリレイという男にも力を貸し、エクスカリバーを手に入れた。

 

 だけど……外道を謳うフリードが、バルパーに嫌悪感を抱いたことが、彼の変化の兆候であった。

 

 ……結果的に、フリードは赤こと兵藤一誠に挑む前に、彼の仲間の木場祐斗に敗れた。

 

 ――そして彼は、初めて命を賭けてでも守りたいものと出会った。

 

『フリーお兄ちゃん、どうやったら子供ってできるの?』

『おん? まさかのイリメスちゃんからの質問にびっくりだわ。急にどーしたー?』

『……い、いずれは、その……えへへ』

 

 その守りたいものは、本当に可哀想な子供達だ。大人の欲望に弄ばれて、髪さえも色を失った子供達。

 

 ――第二次聖剣計画の被験者の子供を、フリードは救い出した。

 

 たった一度、優しくされてパンをもらった。ただそれだけのきっかけで、フリードは変わった。

 

『その笑顔は愛くるしくて良いっすけどー、俺に聞いたら全力で真実を伝えるけど、それでも良いの?』

『ふ、フリーお兄ちゃんなら、全部受け止める!』

『――イリメスちゃんの将来が危ぶまれる!?』

 

 こんな馬鹿らしい掛け合いをすることなど、ないと彼は思っていた。

 穏やかな笑みを浮かべることも、自分が誰かを守ることなど……それでも、今の彼には守りたい人がいる。

 

 それが例え重ねた罪を清算するための贖罪だとしても――彼はどんな時でも、彼らのために戦うことを決めた。

 

『――フリードくん。私も今掴んだ情報なんだが……禍の団にある戦争派と呼ばれる集団が、禁忌に手を出しているそうだ』

 

 そんなある日、彼と共に子供達を保護しているガルド・ガリレイがフリードにそう話した。

 

『ぁ? なんすか、それ』

『……第三次聖剣計画』

 

 その単語を聞いた瞬間、フリードは無意識に目を見開いた。

 自分が関わった聖剣計画の概要を思い出すと、碌な計画でないことは間違いない。

 

 ――しかし、わざわざ彼が足を動かす必要性はなかった。

 何せ彼が守りたいものは、第二次聖剣計画の被験者の子供だ。だから守る必要などない。

 

 ――しかし、フリードは立ち上がった。

 

『ガルドの爺さん、ちっとばっかり北欧に旅行に行かねー?』

『――ふふ、そうか。それが君の答えか』

 

 フリードの照れ隠しに気付いたガルドは、微笑ましく笑う。

 ――そして、フリード・セルゼンは北欧の地で、悪意に晒されている二人の兄妹と出会った。

 

「なぁ、イッセーくんや」

「……決戦前になんだ?」

「いんやー、別に畏まって言うことじゃねぇんだけどさー――ディエルデとティファニアの二人は、俺がどうにかする。そこだけは任せてくれないっすか?」

 

 決戦前、フリードは一誠にそう願った。

 ――兵藤一誠とフリード・セルゼンには共通点がある。それは共に聖剣計画を潰したという共通点だ。

 

 一誠は第一次聖剣計画を、フリードは第二次聖剣計画を。

 

 そして今、二人同じ戦場に立って、第三次聖剣計画を阻止しようとしていた。

 

「……思うところがあるのか?」

「――別に、俺はあんたほど正義心で行動してるわけじゃねぇよ? ……だけど、あの兄妹の面を見たら、どうにかしてやりたいってさ。柄にもなく思ったわけよ」

 

 誰かを傷つけたくないのに、戦いに身を投じることしか出来ない現実の中にいる兄妹。

 全てを諦めたあの顔を見て、フリードはどうしてもその姿が自分と重なった。

 

「聖剣に振り回される餓鬼を見るのは、もうウンザリだ。ディヨン・アバンセが人間の害悪の象徴であるなら、そいつ叩けばもうそれで問題は解決でしょ?」

「……ははっ、ホント変わったな。最初に会った時はもっとふざけた野郎だったのにさ」

「…………うるせ」

 

 そんなことは自分が良く分かっている。口には出さないが、フリードはそう思っていた。

 

 ――別に全に対する英雄になりたいわけではない。そんなものが似合わないことはわかりきっているから、望もうとさえ思わないだろう。

 

 だからフリードは、小さいものでいい。

 

 全の英雄になれないのであれば、せめて――子供達のヒーローになれれば、それで良かった。

 

「ま、そういう全世界的なヒーローはお兄ちゃんドラゴンにお任せするっす」

「……ったく、お前は本当に素直じゃねぇよな」

 

 ――そんな光景を、ディエルデは見ていた。

 剣から流れてくるフリード・セルゼンの過去や記憶が、彼の中に巡り巡る。

 

 振り払おうにもそれに抗うことができず、そこでようやくこの現象が、アロンダイトエッジから奪った力であることに気付いた。

 

 ……子供達に囲まれる彼を見て、優しそうだと思ってしまった。

 彼の元に行けば、不器用な彼が自分たちを守ってくれると、思ってしまった。

 

 彼が本気でディエルデとティファニアのことを助けようとしていることに理解してしまった。

 

「(なにを、考えているんだ……)」

 

 己がそんな思考に至っていることにさえ、驚きもしなかった。

 ――それでも、ディエルデはディヨンを裏切ることは出来ない。曲がりなりにもティファニアを救ってくれたことに対する恩義を感じているからだ。

 

 だけど――

 

「全ての不幸は、全ての仕組まれた必然だった――……」

 

 その言葉が、彼の頭の中の警報を鳴らしていた。

 真実を知ってはいけない、と。それ以上を知ってはならないと。

 

「(もしも――本当に全部、ディヨン様の掌だったとしたら)」

 

 ――カチッ。彼の頭の中で、何かが外れる。

 

「俺は――オレハ、イッタイナンノタメニ、タタカッテイタンダ?」

『――はっはー、ディエルデくん。知らなくても良いことを知っちゃったんだね』

 

 その時、ディエルデの頭の中にディヨンの声が響いた。

 

『まあ別に君達は本命のプランじゃないから、問題ないよ。結局、ティファニアは聖剣を封殺するだけしか力を得られなかったしねー』

 

 ディヨンはまるで、ディエルデを壊すかのように話し続ける。

 

『あ、そうそう。君たちの不幸はぜーんぶ僕によって起きたこと。それは正解だよ――っていうか君は僕がそれくらい平気ですることは知っているだろう?』

 

 やめてくれ、と思っても、ディヨンの声は止まらない。

 

『君達の親がおかしくなったのも、暴力を振るうようになったのも全部僕がそうして君達を孤独にさせたかったからさ! いやぁ、それにしても全部僕の思い通りになるとは思っていなかったよ!』

 

 包み隠すことのなく、ディヨンは真実を残酷にも告げていく。

 

『ティファニア――ティファニアの病気は、違うんだよな? だ、だって、あれからティファニアはすごく元気になって……』

 

 ディエルデは、最後の希望的観測を口にする。縋る声ような声は子供らしく、でも本当なら、誰もこんな状況下で聞きたくもなかった。

 だけれど、現実とは恐ろしいほどに残酷で、

 

『たははははは! それもぜーんぶ、僕の掌の上に決まっているじゃないか! 君達を簡単に手に入れるための、単なる布石さ!』

 

 その男は、平気で子供の心を壊し尽くす。

 

 ――ディエルデは何も考えられなくなった。

 突きつけられた現実。フリードの言っていたことが真実だと知り、そしてそれまで感じていた想いが脆く崩れていく。

 

『真実を教えてあげよう。第三次聖剣計画の本当の目的は、別にティファニアを聖剣にすることなんかじゃないのさ! むしろティファニアは君を首を繋ぐ枷でしかない! ――その目的は、人間を聖人と呼ばれる化け物にすること』

 

 途端、ドクンドクンとディエルデの身体が脈打つ。

 

『産まれながらズバ抜け聖の因子を持つ君を、純度の高い聖剣であるティファニアを使わせることで、因子の力を高め、そして今、花は開く!』

 

 身体中が、熱くなる。

 光の粒子がそこら中に散らばり、明らかな暴走状態だ。

 理性を失いそうになる。そんな中、ディエルデは――

 

「――僕たちが、なにをしたっていうんだよ……っ」

 

 泣いていた。

 

 ……まだ12歳の子供が、たった一人の妹を守るために必死に生きていた。

 それさえも全て操られていただけと知れば、その反応は実に年相応だ。

 

『――初めて会った時に言わなかったかい? 僕は、リアリストだと。別に虚言は吐いていないさ。そう、真相を言わなかっただけで、嘘は言っていない』

 

 ティファニアの命は救える。当然だ、彼がティファニアに謎の病気を感染させたのだから。

 その言動はあまりにも狡猾過ぎる。

 

「――僕はただ、ティファニアと笑顔で過ごすだけで、よかったんだ……」

 

 ……あと数秒もすれば、ディエルデからは理性は失われ、ただの戦闘マシーンと化すだろう。

 そんな時、ディエルデは不意にフリードの言葉を思い出した。

 

 ――俺が、お前さんたち二人を守ってやる。フリードは確かにそう言った。

 

 今更だと思う。あれだけ拒否して、否定して、傷つけて。それでも不躾に何を願っているのだと、ディエルデも自覚していた。

 

 だけど、彼の口は勝手に開き、

 

「助けて……――」

 

 ――その声は、確かに彼に届いた。

 

 ―・・・

 

「……馬鹿野郎が」

 

 フリードは、視線の先で眩いほどの白いオーラを発しているディエルデに、そう言うしかなかった。

 ……フリードのアロンダイトエッジの能力の一つ、聖剣共鳴がディエルデから発動して数分。

 

 その間に随分と状況は変わってしまった。

 

「そういうことかよ。ディヨンの目的は――人の身で神の域に行こうってか?」

 

 フリードは肌で感じるオーラの質に、覚えがある。それは聖なるオーラよりも更に広域にある、神の放つものだ。

 

 むろん、神と同等かと言われれば出力にはそこまで達していない。だか質自体は神の放つそれと同様に神々しい。

 

「――ふざけすぎだぜ、クソ野郎。ほんと、なんでこんな状況にならねぇと、助けての一言も言えねぇんだよ」

 

 ディエルデが理性を失う直前、フリードの耳には確かに聞こえた。

 小さくて、掠れるほどの声で……助けてと。

 

「……んで、お前さんはディエルデの側にいなくていいわけ?」

 

 フリードは自分の近くでディエルデを心配そうに見つめるティファニアに、そう尋ねた。

 

 ――ディエルデが聖人化した瞬間、まるで用済みのようにティファニアは弾き飛ばされた。

 そこで初めて人間態に戻り、今はフリードの近くにいるということだ。

 

「わ、私にはどうすることも、できないよ……」

「まあ事実、そうなんだけどさ。……あれはなんだかは、知ってんのかい?」

「……セイント、オーバー」

 

 ティファニアは小さな声でそう呟いた。

 

「セイントオーバーね。……聖人になるってところか。まぁそこは驚きはしないっすよ。ディエルデは並外れた聖剣の因子を持ってるからね」

 

 その場から動こうとしないディエルデを、フリードは見続けた。

 

「……ディヨンの目的はあっちだったってわけだ。そりゃあ、さっきまでのお二人さんと比べても明らかに違うよな」

「――お兄ちゃんは、助からないの?」

 

 ……ティファニアはフリードの服をキュッと握り締め、大粒の涙を流しながらそう聞いてきた。

 

「…………さぁな。聖人化のきっかけを俺は知らねぇから、戻し方わかんねぇよ。ただ、生半可な力じゃゼッテーあいつには歯がたたないってことはわかる。……なにか、情報をくれ」

 

 フリードは腰を下ろし、ティファニアの肩を掴んだ。ティファニアの目から見ても、フリードに余裕がないことは一目瞭然だ。

 

 ――自分たちのことのために、こんな表情を浮かべてくれた人が、過去どれだけいたのだろうか。

 

 そう考えると、自然に胸が暖かくなる。

 

「……お兄ちゃんは、ずっと揺れてた。あなたと対話してから、ずっとどうすることが正しいのかを……それで、あの人に本当のことを言われて……っ!」

「本当のこと、か。……何を言われたかはしらねぇけど、とにかくディエルデが今の状態になっているのは、精神を壊されたのが原因ってことか」

 

 しかし、むやみやたらに襲いかかってこないところを見ると、まだどこかに理性を残しているようにも見えた。

 

「……今のディエルデは、どんくらい強い?」

「…………前までの、10倍くらい?」

「はっは、冗談きついわぁ――んま、しゃーねぇか」

 

 フリードは腰を上げる。

 それは意思表示だ。この状況下で、それでもなおディエルデを救おうとする強い意志が見られた。

 

「……でも、まだティファニアは俺っちになーんにも言ってねぇよな?」

「――へ?」

「へ、じゃねぇよ、可愛いなおい。あの堅物が助けてって言ったのに、君はなーんにもおねだりしてないわけじゃん? それだとなんかやる気おきねぇなーってね」

「え、えと……あ、あの……――あぅ」

 

 フリードの悪戯な言葉に、ティファニアは戸惑った。

 当の彼はわざとらしく「にしし」と笑って、その反応を頼むように見ていた。

 

 ――しかし、ティファニアは意を決したように、

 

「わ、私たちを助けて、ください……っ!!」

 

 はっきりとした意志を伝えた。

 その様を見て、満足したのか。フリードは少し照れ隠しのように目を逸らした。

 

 左手でティファニアの頭をくしゃりと撫でながら。

 

「へいへい、しゃーねぇなぁ――おい、クソ英雄」

 

 すると、フリードは突然アロンダイトエッジに向けて話し掛けた。

 

「今回はしゃーなしだ。ちっとばっか、力を貸しやがれ」

 

 

 

『相変わらず、人使いの荒い男だ――そんなことを言わなくても、私はいつでも力を貸しているというのにな」

 

 

 

 アロンダイトエッジより、神秘的な声が響いた。

 

 その声を聞くなり、フリードは嫌気の刺すような顔をする。そして、目を瞑り――アロンダイトの波動と合わせるように、意識を剣の中へと沈めていった。

 

 ――目を開けると、そこには騎士然とした面構えの、軽装な甲冑を身に纏う男がいた。

 

 黒髮に灰色のメッシュがいくつも入っている。

 

「君は中々ここに遊びに来てくれないから、私は寂しかったものだよ。フリード・セルゼンよ」

「うるせぇホモ野郎。相棒がおめぇみたいなやつで、こちとら萎え萎えなんすよ。ほんっっっとうにな」

 

 アロンダイトエッジの精神世界は、どこまでも続く大草原の真ん中に、白い円卓のテーブルが置かれているというシンプルなものだ。

 

 その円卓の一席に、彼は座っていた。

 

「別に私に同性愛の趣向はないが……いやはや、君は中々私に心を開いてくれないな」

「はんっ、王様の女寝取ったクソ野郎と、なんで仲良くしねぇといけないんすか?」

「――ぐっっ、痛いところを突くっ!」

 

 爽やか風の男は、意外とノリが軽い。

 

「面倒臭い会話は省いてくれよ――俺の言いたい事はわかってんでしょ?」

「ふむ。まあ、君と私はつながっているからな。……それにしても、ガラティーン、か」

「んま、あんたとは深い因縁めいたものがあるからねぇ――だろ? ランスロットさんよ」

 

 ――その男、ランスロットは苦笑いを浮かべた。

 アロンダイトエッジの中には、その初代の持ち主であるランスロットの魂が宿っていた。

 

「そうだな。ガウェイン……彼が使っていた剣が、ガラティーンだ。私は彼を傷つけ、アーサー王を何度も裏切り続けた愚か者さ」

「……あんたを見てたらそんなことしなさそうに見えるんだけどなぁ」

 

 フリードはそう言いつつ、ランスロットから何も問わない。

 ――聞いても何も変わらないことを、フリードはわざわざ聞こうとは思わなかった。聞いたところで過去が変わらはずがなく、そもそも興味もない。

 

「……君と私はよく似ている」

「はぁ? 舐めてると叩き折るっすよ?」

「お願いだ、それだけはやめてくれ――しかし、そんなことを言いつつ認めているところもあるだろう? 我々は共に贖罪を求めていた。違うかい?」

「はっ――残念っすけど、償ったところでやっちまった過去はかわらねぇ。俺にとって贖罪とかいう言葉は過去から逃げたい逃避の言葉だよ」

 

 フリードはそうランスロットの言葉を切り捨てる。

 

「そんなもんを行動の指針にしてねぇよ。そんな上辺の言葉で、あの馬鹿の心に響くかって話っす」

「……そうか。そうだな、君という男は、天邪鬼で真っ直ぐだったな」

「やめろい! 俺のキャラ像が崩れる!」

「ははっ、君のキャラクター性なんて、とっくの昔に崩れているだろう? 皆が思っているだろうさ、誰なんだよお前ってね」

 

 ランスロットは実に可笑しそうに、腹を抱えて笑う。そんな彼を見てフリードは不服そうな表情を浮かべつつ、顔を背けた。

 

「――今のディエルデを助けるためには、力がいるっす。それもとてつもないくらいに大きなもんが」

「……だろうね。だけど、アロンダイトエッジの機能だけでは難しいと思う。何せ、手数の多さが売りだ。絶対的力の化身たる聖人に勝てるのは難しい」

「勝つ必要はないっす」

 

 フリードはニヤリと笑う。

 どうにも小悪党が抜けない笑みではあるが、きっと見る人が見れば優しそうな笑顔に見えるのだろう――かじろうて。

 

「引き分ければこっちのもんだ。んでもって、それくらいならなんとかなるっしょ? まさか大英雄様が、それも難しいなんて言わないよね?」

「……全く、君ってやつは――方法ならある。しかし君はとても嫌がる方法だ」

「はんっ、この際なんだって我慢してやる」

 

 フリード・セルゼンは覚悟を決める。

 このランスロットが声を大にしたまで「嫌がる方法」というものだ。それなりの苦痛を伴うことは間違いない。

 それでもフリードは、ディエルデとティファニアを救いたくて――

 

「私と一つになることだ」

 

 ……………………………………………………。

 

「は、はぁ?」

「ん? だから、私と一つに」

「そんなんは聞こえてんよ! 聞こえてっけど、その上で白々しく聞き返してんの! そんなのもわかんねぇの!? 馬鹿じゃねぇの!?」

 

 ここまでフリードを困惑させる人物が、これまで一人たりとしていただろうか?

 

 あの兵藤一誠との戦いでも、フリードがここまで動揺したことはない。

 

「むぅ、だから言ったんだ。君は絶対嫌がると」

「てめぇ、そっちの気はねぇって言っておいてそれっすか!? 全力でホモの字全開じゃねぇか!」

 

 フリードはついついアロンダイトエッジを折りたくなる。

 

「失敬な。私だって本意ではない。が、君ならばと受け入れているだけだ。他の人ならば絶対に無理だから」

「何ヒロインみたいなこと言ってんの!? そういうのはイッセーくんとこの女子だけで良いんだよ! ――ちょっと待って、心を一つにするとかそういう勘違いじゃないんすか?」

「――ははっ、そんな定番を口にする必要があるかい? 身と心を一つにするのさ。言葉通りの意味だよ」

「……うそだろ」

 

 フリードは戦慄する。

 

 戦慄するとともに、状況の理解もできていた。

 ――こうしてコメディをしている間にも、ディエルデは命を磨耗している。どんどん人ではなくなり始めている。

 

 ならば、こんなところで手をこまねいているわけにはいかないのだ。

 

「――ちくしょぉぉぉっっっ…………! あぁ、わかってんよ、やるしかねぇってことはよ!」

 

 フリードは珍しくも泣きそうな顔をしながらと、ランスロットを睨む。その苦渋の決断とも言える表情を見て、ランスロットも苦笑いを通り越した乾いた笑みを浮かべた。

 

「……大丈夫、たぶん君が思ってるほど酷いことにはならないから。安心して、私の話を聞いてくれ――まずは服を脱いで」

「――うるせぇぇぇぇえ!!!」

 

 フリードは叫ぶ。そして、心の中で叫んだ。

 ――それのどこが酷くないのだと。だが……そうして、フリードは人として大事なものを失くしつつ、ディエルデを救うための力を手に入れた。

 

 ―・・・

 

「えと、あの……だい、じょうぶ?」

 

 現実世界に戻ると、ティファニアが泣いているフリードに向けてそう呟いた。

 フリードの小指をキュッと握るその姿は非常に可愛らしく、フリードはティファニアを見てついつい頭の上に手を置いてしまう。

 

「あぁ、大丈夫っすよ……べ、別に現実世界で穢れたわけじゃないし? 心なんて最初っから穢れてるし? ……くすん」

 

 フリードの内心とは裏腹に、アロンダイトエッジからはこれまでより遥かに強い光を放っている。

 彼はその中にいるであろうランスロットを呪った――いつか、絶対に死ぬより辛い目に合わせると。

 

「あぁ、お前さん救うためにこちとら、色々と捨てたんだよ。これで目覚まさなかったら、ぜってー許さねぇかんな!」

 

 フリードは若干自棄になりつつ、剣を空へと掲げる。

 その切っ先より大規模なオーラが放出し、あまりにアロンダイトエッジのオーラの色が、靄のように浮かぶ。

 

 ――そして、フリードの瞳が、紫色に染まった。

 

「――聖剣とのフルシンクロ。今の()は、フリード・セルゼンであり、ランスロットであるってことっすよ」

 

 そのフリードの変化を受けて、ディエルデは彼を初めて警戒する。

 ――突然として現れた己と同等の力を持つ存在。ディヨンによって操られたであろうディェルデが、無意識に警戒するほどの力が今のフリードにはあった。

 

「うっせぇ、ホモ野郎! しゃしゃり出てくんな! ――ディエルデ、ちょいと覚悟しろよ。お前さんを救うために、色々と捨てちまったんだからな! ――おい、随分な言いようだな、私だって何も思っていないわけでは――うるせぇ!!」

「ダ、マレ……ッ!!」

 

 ディエルデが冷静がなくなった様子で、至極真っ当な正論を口にした。

 確かに状況を知らない人物が見れば、今のフリードは一人芸をしているようにしか見えないだろう。

 

 しかし――

 

『な、なんなんだい、その変化は!』

 

 ――その男、全ての元凶たるディヨン・アバンセは、フリードの変化に興奮げな様子であった。

 

「……ちっ、やっぱてめぇ、俺たちの戦いを観察してやがったか」

 

 スピーカーから流れるディヨンの声を聞いて、フリードは溜息を吐いてしまう。

 

「別に、てめぇが知る必要もないことっす。ていうか、たぶんイッセーくんも近いことはしてんじゃねぇの? 知らないけど――いや、それは違うよ、フリードくん。残念なことに、我々は彼の上を行く完全同調を果たしている。その力は、彼とアスカロンの更に高みにいるよ」

『じ、人格が二つ? いや、この場合は、フリードくん、君の中に誰か入り込んでいる?」

 

 ご勝手にフリードを分析しているディヨンだが、次の瞬間――室内にある全ての監視カメラ、スピーカーが神速の斬撃波で破壊された。

 ……全てのカメラの察知とそれらを全ての同時に破壊する力量。

 

「勝手に言って、勝手に分析でもしてら。その間に、そこの大馬鹿は俺のもんにするからよ」

 

 そうして、フリードはようやくディエルデに向き合った。

 ――その周りには、幾重も光の槍のようなものが浮かんでいる。恐ろしいまでに眩い金色の光。

 

 その光を見て、フリードは一人納得する。

 

「なーるほどねぇ。ティファニアの色が白色で、ディエルデは金色。二人で白金、プラチナってわけね」

 

 ディヨンの操り人形となったディエルデは、細長い光の槍を次々と放ち始める。

 ティファニアを使わないところを見る限り、彼女はあくまで、今のディエルデを完成させるための道具でしかないらしい。

 

 ただ――それでも、ティファニアに槍が当たらないように、槍を放っていた。

 

「操られても、それだけは譲れないってか――ならば尚更救わないといけないね」

 

 フリードとランスロットの人格が入り混じる。

 しかし目的は両者とも交わっているため、不思議と違和感がなかった。

 

 フリードはアロンダイトを使って、向かい来る全ての脅威を切り捨てる。

 どこに何が来るか、彼には手に取るように分かる――確かに力は強大だ。出力だけで言えば、フリードは彼には敵わない。

 

「力を乱雑に使っているから、威力は予想よりも弱い。それなら、聖魔のオーラを凝縮した俺の剣でも、十分切り落とせるっすよ」

 

 そして今のフリードには、未来予知も健在だ。それまではガラティーンの能力で使うことが出来なかったが、今のディエルデにガラティーンはない。

 

 ――ディヨン・アバンセは爪が甘かった。

 

 聖人化したディエルデの多大なる力で圧殺できるとでも思っていたのだろう。だが、それは違う。

 

 アロンダイトエッジを万全に使うフリードは、通常携帯で最上級クラスに昇華したドーナシークを圧倒した。

 

 それが今は、フルシンクロした状態なのだ――ただ力を放出するだけの無理性が、理性ある戦士に敵うはずがなかった。

 

「お前の実験は大失敗っすよ。そこで歯噛みしとけ――俺に勝てねぇ時点で、超常なんて超えられるはずがねぇだろ」

 

 ディエルデが光の槍を撃ち尽くしても、フリードは傷一つない。

 全てを見切り、必要な分だけを薙ぎ払ったからだ。

 

「かりぃな。それなら、さっき普通にやってた方が百倍やっかいっすよ」

「フリィド、ゼルゼンンンンンンン!!!」

「セルゼンだっつぅの。ほんと、やになっちゃうなぁー」

 

 フリードは頭を掻きながら、そこでようやく剣を構える。

 そして――ディエルデか瞬きをしたその瞬間、神速で動いた。

 

「……これで終わるとは思ってないさ。とりあえず、気絶してくれ」

 

 その首筋を剣の柄の部分で強打する。

 身体強化を極限まで施した一撃だ。凄まじい打撃音が響いた。

 だが、それでもディエルデは倒れない。

 

「あ、ガァァァァァァァ!!!」

 

 手元に巨大な光の剣を創り出し、壁を次々に破壊するほどの力を見せる。

 フリードはそれをアロンダイトエッジで受け止めようとした時――剣の聖なる力を、吸われるような感覚に囚われる。

 

「……ちっ、なるほどねぇ」

 

 フリードは即座に判断し、その一撃を避ける。

 壁を貫く絶対の一撃は、フリードに繰り出す前よりも大きな力となっていた。

 

「聖なる力を全て吸収する体質になんのかい。これはまあ、天界陣営も涙目の力なわけだ」

 

 フリードは推測する。ディヨンがどのような考えでそれぞれ違う人体実験を子供達に施しているのかを。

 

 ――ディエルデは天使と悪魔に特化している。ドルザークは対ドラゴン特化。明らかに世界のあらゆる種族を想定した絶対的な強者を作ろうとしている。

 

「聖なる力に弱い悪魔と、聖なる力を否応なく吸収する力。ほんっと、三大勢力殺しだよね――だが、我々は残念ながら君にとっては最も相性の悪い敵であろうさ」

 

 フリードは、己の中の聖なる力。その全てを――魔なる力に変換した。

 本来は頻発し合う力を爆発させ、それぞれの長所と爆発力を増減させる聖魔剣を使うのが、アロンダイトエッジの能力だ。

 

 ――アロンダイトエッジには、その力を特化させることができる。

 聖属性を魔属性に変換し、どちらか一つを巨大なものにすることが出来るということだ。

 

「エッジフォース、全力展開」

 

 アロンダイトが聖で、エッジが魔。エッジ側の力を高めた時、フリードは聖なる力に対する絶対的優位な力を手に入れる。

 

 刃に濃い紫色のオーラが滲み蠢く。本来はそれも光るだろうが、エッジフォースを使うフリードは全てが紫色に変貌するのだ。

 

「くらえよ、ディエルデ」

 

 そのオーラを全てディエルデに放つ。

 剣を振るい、巨大な斬撃波となってディエルデを襲った。

 

「オレハ、オレハァァァァ!!!」

 

 それを、ディエルデは同じような金色の一撃で相殺――どころか、それを超えて押し跳ねた。

 

「ほんっと、パワーだけは一丁前だな、くそが!」

 

 大技をした反動で、フリードは対応が遅れた。

 最早避けることは出来ず、力を放出してなんとか食い止めることしか選択出来なかった。

 

「……私は、何もできて、ない」

 

 ――フリードの後方で、ティファニアが小さな声でそう呟いた。

 俯いて涙を流している姿を見て、フリードはつい、彼女に

 

「――何にもしてねぇくせに、泣いてんじゃねぇよ! ティファニア、お前さんはどうしたいんだ!?」

 

 力をどうにか拮抗させながら、フリードはそう叫んだ。

 その声が聞こえた瞬間、ティファニアはパッと顔を上げる。

 

「ディエルデは、お前をずっと一人で守ってきたんだろうが! だったら、今度はティファニアがそれを返すしかねぇだろ!!」

「で、でも、どうしたら良いか、わからなくて」

「んなもんオレも分かるわけないだろ!? それでも、突っ走りながら考えるしかねぇんだ! 諦めんのは、それをしてからにしろぉ!」

 

 フリードは声を荒げ、更に力を上げる。

 ――この拮抗は、恐らく長くは続かない。いずれ持久切れするのはフリードだろう。

 

 もしも避けたら、ティファニアは確実に死ぬ。もはやディエルデには何も見えなくなってしまっていたのだ。

 

「思い出せ、お前の隣に、いつもいた奴の顔を! ディエルデは、お前を諦めたことねぇだろ!? さっきまで、あんな化け物になってもお前を守ろうなとしてただろ!」

 

 ――フリードの心に届く言葉が、ティファニアの心に熱を灯す。

 自分だって余裕がないくせに、フリードは辛く泣くティファニアのために怒る。

 

 それが、彼女にとって生まれて初めての経験だった。

 

 ――怒るときはいつも理不尽。腹いせに暴力を振るう。何も悪くないのに、どうして傷つかないといけない。

 

 だから、こんなに優しく怒ってくれる人は初めてだった。

 

「私は――私だって、お兄ちゃんを助けたい!!!」

 

 ――ティファニアの身体が、白く輝く。

 その輝きと共に、彼女はフリードの元へと駆け出した。

 それは彼女が聖剣に変貌する時の前兆。そして――フリードの手に、白く美しい純白の剣が収まった。

 

「……そうかい、それがお前の答えなら――全部全部(ディエルデとティファニア)、しゃーねぇから受け入れてやんよ」

 

 ――ガラティーンと化したティファニアの最大の欠点は、完璧に心を開かないと誰にも扱うことが出来ないところにあった。

 故に彼女を使えるモノはディエルデだけ。

 

 ……そんなティファニアを、フリードはしっかり握った。

 

「――聖魔変換」

 

 ――ティファニアから溢れ出る純粋な聖なるオーラを、フリードは魔属性に変換する。

 途端にフリードのアロンダイトエッジに宿る魔属性は増大し、ディエルデの一撃を盛り返し始めた。

 

「――あぁ、ガラティーンの中の彼も言っている。彼を救いたいと、真に願っているようだ」

 

 フリードではない男の声が響いた時、アロンダイトエッジは更に力を増した。

 フリードはその時、理解した――本来のガラティーンの能力は、聖剣とつながってその力を大きくさせるものであることを。

 

「――そろそろ本気で目ぇ覚ませ、ディエルデェェェ!!」

 

 アロンダイトエッジの力、ホロウガラティーンの力が重なり、その規模は遂にディエルデの聖人化を超える。

 魔の力が金色を覆い尽くした。

 

「……もう、立ち上がんなよっ。こっちも流石に、限界なんだよ……っ」

 

 息を荒げ、フリードはそう願う。

 フリードの全力のオーラが止み、その中に人影が一つ、立ち尽くしていた。

 

「オレハ……ダレ、ダ……」

 

 自我を失ったディエルデは、死霊のような脚付きで、なおフリードたちのところに歩いてきていた。

 力は感じない。フリードは、二振りの剣を握ってディエルデにゆっくりと近づく。

 

 そして――

 

「――お前さんはディエルデ・セルゼンだ。んでもってお前の妹は、ティファニア・セルゼン。……ちっ、恥ずいな。もうさ、ディエルデ、お前は肩の力を抜けよ」

 

 ――その身体を、フリードは優しく抱き支えた。

 

「お前もティファニアも纏めて俺が守ってやるから、もう気楽にニート生活しろ。食いたい時に飯食って、遊びたい時に遊んで、笑いたい時にめちゃ笑えよ。それが、クソガキの仕事だろうよ」

 

 その逆立つ髪を優しく梳きながら、フリードはそう彼に話しかけた。

 

「――おれには、それを、すがるだけの、カードが、ない」

 

 その時、ディエルデは理性ある声でそうフリードに言った。

 しかしフリードはそんなディエルデの顔を見ることもなく、頭を撫で回しながら、

 

「――わがまま言えよ、クソガキ」

 

 そう、彼の言葉を切り捨てた。

 

「ガキが損得計算で駆け引きとか十年早いっす。背伸びしてんじゃねぇよ」

「…………ふっ、ほんとに、へんなやつ――()()()()を、まもってくれます、か?」

 

 そう言って、ディエルデは力なく倒れた。

 意識のなくなったディエルデを支えながら、フリードは彼の些細な我儘を、

 

「――はぁ、しゃーなしな」

 

 そうやって天邪鬼に受け入れた。

 かくして、聖剣同士の壮絶な戦いが幕を閉じた。

 

「さぁて、んじゃイッセー君を追いかけて……っっっ、流石に無理っすねぇ」

 

 そうしようとした時、フリードは床に膝をついた。

 

「だ、大丈夫?」

 

 人間態に戻ったティファニアがすぐにフリードに駆け寄り、その手を掴んだ。

 片手でフリードの手を、もう片手でディエルデの手を強く握る。

 

「……なんだ、ガラティーンには回復能力も搭載されてんのか――でも、このペースじゃ多分動けるようになるまでに数十分ってところっすね」

 

 フリードは倒れこみながら、自分の隣で眠っているディエルデを自分の元に引き寄せた。

 

「――悪いっすね、イッセーくん。あとは全部、お任せするっすよ」

 

 そう言って、フリードは意識が途切れた。

 

 ―・・・

 

 黒歌とメルティの戦いは、熾烈を極めていた。

 

「ほんっと、ムカつくくらいに早いな、バカ犬!」

「…………」

 

 黒歌の攻撃は、たったの一度当たればそれで即終了の即死攻撃。だが、それもメルティの速度の前ではまるで意味をなさない。

 

 ――魔獣の核をその身に宿すメルティは、魔獣人間だ。しかもその正体も、俺とドライグは既に察しがついている。

 

 犬型で黒い毛並みの魔獣、しかも伝説級のものとなると、その正体は一つしかない。

 

「――不吉な黒犬、ヘルバウンド。ケルベロスに隠れた伝説級の魔獣だ」

『そう考えるのが妥当だな。生前の力は恐らく、ドラゴンにも匹敵する。予想するに、龍王クラスだ』

 

 不吉と不幸を呼ぶと言われるヘルバウンドは、滅多に人前に姿を現さない。

 そんな魔獣の核を娘に埋め込むなんて、正気の沙汰じゃない。 それを平気でしてしまうのが、ディヨン・アバンセという狂人だ。

 

 ――その時だった。今まで何もなさった場所に、突如階段が現れた。

 

「……罠か? でもそれにしたって……」

 

 あまりにもあからさま過ぎる罠を、疑う。しかしその階段は次の19階層に繋がっている――つまり、もしかしたら上の階でフリードたちの決着がついて、次の道が開いたのか?

 

「――イッセー、先に行って」

 

 その時、黒歌が戦いながらそんな通信をしてきた。

 ……確かに先は急いでいる。だけど、黒歌を一人残していくのは不安が募った。

 ――だけど、黒歌は戦いの最中、俺の目を見てきた。

 その目を見て、俺は先を急ぐことを決める。

 

「アメ、先を急ごう」

「でも……猫の人は」

「俺は、あいつを信じてる。俺の最強の僧侶は絶対に負けない」

 

 俺は黒歌になにかを言うこともなく、アメを抱えて階段を下る。

 ――目と目があったとき、それでもうあいつの言いたいことは分かったんだ。

 メルティは、黒歌が救うって。

 

 ――階段を下り切ると、そこに広がる空間は吹き抜けた大きなフロアだった。

 フロア内には霧がかっていて、先は見えない。そして例のごとく、入れるのは一人だけのようだ。

 

「……アメ、ここで待っててくれ」

「……うん」

 

 俺はアメを残して、フィールド内に入る。その瞬間、出入り口は閉ざされた。

 

「……敵は、誰だ」

 

 俺は神器を展開して様子を伺う――ペタッ、ペタッと素足で歩くような音がした。

 ガララララッと、何か金属物を引き摺るような音も響く。

 そして、霧の奥から人影が少しずつ見え始めた。

 

「――僕の、家族を、返せ」

 

 ――その声が聞こえた瞬間、戦慄した。

 

「かえせ、かえせ――かえせぇぇぇぇ!!」

 

 頬から、血が伝う。

 だかそんなことどうでも良くて、俺は今しがた自分を傷つけた敵を――敵とは思えない彼女を、呆然と見つめた。

 

「ディヨン、アバンセ……っ!! お前は一体、どこまで子供を傷つければ気が済むんだっ!!」

「ど、どうして――ハレ!!」

 

 フィールド外からアメが叫ぶ。

 霧が彼女の武器によって切り裂かれ、そこより現れるのは、ボロボロのシャツを一枚だけ羽織った少女。

 

 ――瞳から光が消えて、涙を流し続けているハレだった。




ってことで11話でした!
いやぁ、なんていうか……フリードだけでほぼ3話使ってしまって、進行に困ってます 笑
次回は黒歌とメルティ、そしてイッセーたちの戦いを同時に展開したいなぁ……
では、次回の更新をお待ちくださいませ!
また感想待ってます! 励みになるので、よろしくです!


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第12話 騎士と魔女と、赤い勇者

お待ちいただいた方、大変お待たせいたしました!


「アメ……アメ、どこにいるの? 僕を一人に、しないでよ」

「ハレ、アメはここにいる……っ!」

 

 第19階層で待ち受けていたのは、ある意味では予想外の存在だった。

 囚われたハレが刃を剥くなんて、考えるはずもない。

 ――虚ろな目が、俺とアメを見据える。ゾクリとするほどに冷たい目だ。余りにも冷た過ぎて、別人であるようにも思えた。

 

「ハレは、赤いドラゴンに連れ去られたんだ。だから、僕が――僕が、救わないと!」

 

 ハレは剣を薙ぐと、床が綺麗に両断される。

 ――神器の能力は健在だ。恐らくあの剣は空間を飛び越えて物体を切り裂くことの出来る。

 

 その能力は高い。切断能力と、空間を掌握する二つの能力が重なっている。

 

 つまり――

 

「スペック的には、神滅具なんだろうな」

『うむ、間違いない。下級クラスの出力だが、間違いなく神滅具にカテゴライズして問題はないだろう』

 

 名は知らない新種の神器。

 しかもハレは恐らくディヨンによって催眠を施されている。

 アメの姿さえ認識できていないところを考えれば……状況は最悪に等しい。

 

 ――俺はハレを傷つけることが出来ない。ディヨンはそれを計算して、この状況を作り出したんだろう。

 

「どうやって洗脳されているんだ。術じゃなかったら、一番厄介だぞ」

 

 仮に術で無理やり従わせているのならば、その術を解けば問題はなかった。

 しかしもしも今のハレがディヨンの言葉や行動で心を壊され、その隙間を付け込まれたとしたら――

 

「心を癒す力なんて、俺の知ってる限りアーシアの力だけだ」

 

 アーシアの持つ禁手、微笑む女神の癒歌ならば傷どころか、その心までもを癒すことの出来る、唯一の神器だ。

 たとえ創造の力を使ったとしても、俺にはそんな神器を作ることは出来ない。

 

『相棒、避けろ!』

 

 ドライグの声と共に、俺は反射的に宙に浮かんだ。

 すると……俺がそれまでいたところに、恐ろしいほどに鋭利な傷跡が生まれた。

 

「やめろ、ハレ! こんなの、お前の本望じゃないだろ!?」

 

 声が届かないことは承知の上で、そう語りかけた。

 だけどハレの目は虚ろなまま、剣を振るう。

 

「あは、あはあはあはははは! 壊れろ、しねしねしねしねぇ! 赤いドラゴン!!」

「――バランス、ブレイク!!」

『Welsh Dragon Blanche Breaker!!!!!』

 

 俺は鎧を身に纏い、更にその堅牢な装甲の一部をパージする。

 それを使って守護飛龍を生み出した。

 

『『『『『『『アルジ、マモル!!!』』』』』』』』

 

 7体の守護飛龍を周りに浮かばせたものの、ワイバーンで何かができるというわけではない。

 ますばハレの力を、そして今のあの子の状況を知らないといけないんだ。そのために、防御を固めて――

 

「そんな小さなやつは、ぜんぶ切る」

 

 ……ハレはその場から動くことなく、剣を三度振るった。

 その後瞬間、俺の生み出したワイバーンの三体が両断されてしまう。

 ――こと切断能力に関して言えば、俺のワイバーンを一撃で破壊する力を持ってるのか!?

 

 ……守護飛龍と名付けるだけあって、あの機械龍は防御力に秀でている。それを難なく切り刻む力――あの剣には絶対切断の力でも備わっているのか?

 

『そのように想定した上で行動した方が良いだろう。どちらにせよ、目覚めて間もないにしては相当の威力だ』

「わかってる。距離度外視の絶切の剣。シンプルな能力だけど、それ故に厄介だ」

 

 どうすればいい。今のハレを救う手立てを考えるんだ。

 こんな時、フェルが居れば……っ。

 

「――きえちゃえ」

 

 ――その瞬間、目の前にいたハレが、背後に現れる。

 瞬間移動と言えるほどの速度。……いや、実際に瞬間移動なのだろう。

 

「うぉぉぉぉ……っ!!」

 

 振るわれる剣に、俺はギリギリのところで避ける。

 ――空間を切り裂き、次元の狭間のようなこの世界の裏側の道を通って移動する力。

 

 これもハレの神器の力の使い方の一つだったな……っ!

 

『ははっ、やっぱり僕の思い通りになってるねー、赤龍帝くん』

 

 ハレの攻撃を避けながら、状況の打開策を考えている時だった。

 どこかのスピーカーから男……ディヨン・アバンセの声が聞こえた。

 

「ディヨン、お前はハレに何をした! この子を使って何を!」

『なに、ただの神器実験さ。そこのハレ?だっけか。まあ名前はどうでも良いけど――素晴らしいだろう。君の力さえも切り裂く神器だ。この戦争が彼女に良い刺激を与えて、ついに神器が覚醒したのさ!』

 

 答えは話さない――だけど、今ので確信した。

 ディヨンはハレが神器を秘めていることを知っていて、その上でこの北欧で戦争を起こしたんだ。

 

 あくまで、彼女の神器を目覚めさせるためだけに……?

 

「――そのために、たくさんの人を、傷つけたのか……っ」

 

 セファもジークもエルーも、リヴァイセさんも――俺の思い出の場所を、こんなにもめちゃくちゃにしたって言うのか!?

 

『ん? 研究者が探求のために何かを犠牲にするのは当然だよ。むしろこの世界に新しい神滅具を生んだことに対して感謝してほしいくらいさ』

「――感謝? はっ、ふざけるな。お前がしていることは、ただの馬鹿騒ぎだろうが」

『……まあ理解されるつもりはないさ――だけど君にその子を傷つけられないだろう?』

 

 分かりきった事実を話すように、ディヨンはそう嘲笑う。

 それが悔しいほどにその通りで、俺にはハレを傷つけることは出来ない。

 

『君が常識ある人物で助かったさ。なにせ君に非情さが備わっていれば、たちどころに僕は終わっていたからね。ははっ、君はその甘さで死ぬのさ』

「随分と勝手なことを言ってくれるな――ならそこで見てろ。俺は残念なことに、お前の手の平で動き回るほど単純じゃないんだよ」

 

 そう、方法は少なからずある。それを全て試さない限りは、俺は決して諦めない。

 

『じゃあ、見せてみてくれたまえ! 救えるものなら救ってみたまえ! 僕の実験動物たちをさ!」

 

 ――あとでそれを口にしたことを、後悔させてやる。

 そう心の中で怒りを募らせながら、俺はハレを救う手立てを思案する。

 

「アスカロン!」

 

 まずはアスカロンによる聖なる力。悪魔なら猛毒だけど、人間にはそれほど殺傷力があるわけではない。

 俺はアスカロンのオーラをハレに放つ。ハレはそれを見て、無表情のまま剣を横に薙いだ。

 

「なに、それ」

 

 アスカロンの攻撃は、例に漏れずハレの力で霧散する。

 ……本当に何でも切断するんだな。そう考えると、修復能力のない武器を使うのは不味いな。

 

 俺は一旦アスカロンを籠手の中に収納し、次は無刀を取り出す。

 現状、ハレはあの剣を遠距離でしか使っていない。近距離で絶対切断が使うことが出来るのかの検証だ。

 

『Accel Booster Start Up!!!!!!』

 

 俺は鎧の能力の一つ、倍増の速度を加速させるアクセルモードを発動する。通常の倍増の一段階上の力で、その全てを身体強化に回した。

 

「――ッ!」

 

 瞬間的な速度は最早ハレではまだ捉えられない。

 そうして彼女に近づき、無刀に魔力の刃を灯して、それをハレの剣に打ち当てた。

 

「ッッッ、僕に、近づくなぁ!!」

 

 その瞬間、ハレは強く握り、全方向に向けて乱雑に剣を振るった。

 その一閃は全てを切り裂く斬撃刃となって、俺を襲う。

 

 幸い可視化した斬撃だから、軌道は目で見える。だから避けることはなんとか出来たけど――厄介なんてもんじゃない。

 

 俺の無刀がハレの剣に触れた瞬間、魔力は無刀から途切れた。

 まるで豆腐を切るように綺麗に魔力の刃が切断されたんだ。

 

「……なら、防御特化でどうだ――ワイバーン、ディフェンスモード!」

『ヨロイガッタイ!』

 

 残り四体のワイバーンを自分の鎧に纏わせて、俺は平行世界の俺の力の再現をする。

 防御特化の力。鎧の堅牢さとワイバーンの堅牢さを重ねた防御力は、俺の持つ手段の中では最硬クラスだ。

 

「――なんとか耐えたか……っ」

 

 ハレの一撃は、肉薄するも止まる。

 肩を襲った絶切の一撃も、どうやら限界はあるようだ。ただ、それでも防御に徹底したこの鎧をここまで切断するとなると、この状態でない限りは、ハレの攻撃は俺に届くということ。

 

「……どこまで続くかわかんねぇけど、ディフェンスモードを使うしかねぇか」

 

 フォースギアを展開するも、相変わらず力の溜まり方が遅く、力も弱い。

 この状態では創れても下級クラスの神器しか作れないんだ。

 それに一度貯めた創造力を再度貯めるのに不安も残る――今は、使えない。

 

「今、分かっていることは、あの剣は全ての事象を文字通り切断する。よほど防御特化にしないと剣は止まらなくて、だけど切断できる強度には上限があるってことか」

『かつ瞬間移動の真似事ができるというところだ――相棒は近、中、遠距離で戦えるオールラウンダーだが、あくまで直接攻撃系の戦士だ。フェルウェル不在がここに来て響いてくるとはな」

 

 赤龍帝としての力は確かに強力だ。だけどシンプル故に対策がたてられやすい。

 

 それでもこれまで戦ってこられたのは、フェルの神器の多様性があったからだ。

 

「ないものねだりはしない。今あるカードで、ハレを救う方法を考えるよ」

 

 それが難しいことは分かっている。

 でも、どうにかしないといけないんだ――この二人を、俺はどうしても救いたい。

 

『賭けるところがあるとすれば、夢幻の因子か。だがあの力はちぐはぐだ。望んだ結果は生まれない』

「だけど、これまでいざという時にグレートレッドの欠片は俺の助けになってくれた。それに――守らなきゃ、お兄ちゃんドラゴンも守護覇龍も語れないだろ?」

『……ははっ、相違ないな。その通りさ、相棒。ならば何とか知恵を絞り、あの姉妹を救ってみせようじゃないか』

「――独り言なんて、余裕だね」

 

 その瞬間、俺に向けて斬撃が届く。

 殺気のような気配で避けるものの、かすり傷はできる。

 それだけハレの攻撃は気配察知が難しいんだ。たぶん神器の能力か?

 

 なにぶんポテンシャルが凄い。多様性には欠けるだろうが、単純な能力故の力だ。

 

「どうして、どうして僕からアメを奪うんだ! 僕たちは、ただ二人で……っ!」

 

 ……光のない目で、涙を流しがらそう懇願する。身の丈に合わない剣を振るうその姿は、どうしようもなく悲しさを表現していた。

 

「……運命を歪められて、振るいたくもない剣を振るうしかないってさ」

『どうした、相棒』

「……ほんと、バカみたいな話だなって思ってさ」

 

 俺はハレの攻撃を何とか避けながら、しかし冷静に独り言を呟く。

 ドライグはそれに応えた。

 

「――ハレもアメも泣いてる。想う気持ちは同じなのに、どうしてたった一人の人間のためだけに人生を狂わせられるんだと思ってさ。神器を宿していたから、ただそれだけのせいで」

『重なるのか、二人と自分……自分たちが』

 

 ――そうだ。俺はハレとアメに、自分を重ねている。

 同じ北欧の地で生まれ、神器を宿すハレを、他人とは思えない。

 俺は悲惨な最期を迎えた。きっとハレもアメも、ここで助けられないとそうなってしまうだろう。

 

「ハレ……っ! お願い、もう、やめて……もう、そんな剣、振るわないで……私のために――」

 

 俺の視線の先で、アメが泣き崩れる。

 俺の目の前で、ハレが泣きながら剣を振るう。

 ――その理不尽が、許せない。

 

「――なぁ、アメ」

 

 俺は、そんなときにアメの近くに移動した。

 床に伏せて泣き崩れるアメに話しかけると、彼女は顔をバッと上げる。

 

「……アメが泣いているのは、どうしてだ?」

「……え?」

 

 アメは、目が丸く見開いた。

 ……アメの涙の理由は分からない。いや、きっと当人のアメでさえどうして泣いているのか深くは考えていないと思う。

 

 ――例えば、自分たちの絶望に悲しんでいる。大いにあり得る話だ。

 

 だけど……俺はアメの涙をそうは思えなかった。

 

「君の涙は、とても自傷的だよ。私のためにって言ったよな? それは、君が自分のためにハレに傷ついて欲しくないからなんだろ?」

「……そう、よ。アメなんかのために、ハレは酷い目にあってる。アメさえ居なかったら、ハレはあんなことには――」

「――自分が何にも出来ないから、そんな自分が許せなくて泣いているなら、俺は怒るぞ」

 

 緑色の透明な壁を軽く殴り、俺はアメにそう言った。

 

「で、でもそれは、事実で……」

「事実だよ。だけどアメは、ハレのためにまだ何もしていない」

「――僕を、無視するなぁぁぁ!!」

 

 ハレの一閃が放たれる。だけど俺はそれを避けることせず、全ての力を防御に回して何とか堪えた。

 ……アメの涙なら、俺は止められる。だけど、ハレの涙は俺には止められない。

 

 きっと彼女を止められるのは、アメなんだ。でもそのアメが泣いていたら、何も始まらない。

 

「――ハレはさ。君を守るために神器に目覚め、力を使った。きっとアメにも、何かが備わってる」

「…………なにか? アメに、そんなものは……」

『――その通りだよ。アメ、君には本当に落胆している。何せハレが素晴らしい神器を持つ反面、君は何にも目覚めなかったんだか』

 

 ……ディヨンが、心の底からイラつく声音でそう宣った。

 

『ははっ、そうだね。どうせだから真実を教えてあげようか』

 

 だけど、奴の声はどこか苛立っていた。

 絶対的優位に立ったいる奴が、どうして苛立っているんだ? ディヨンはその怒りをぶつかるように、アメに真実を伝えた。

 

「真実?」

『そう、君たち姉妹の不幸さ。いやぁ、君たちは平和に暮らしていたよね。お父さんとお母さん、二人に包まれてごく一般家庭に――僕の用意した箱庭で』

「――箱、庭?」

 

 ――やめろ、それ以上はいけない。

 奴の言った言葉の意味が理解できて、俺は反射的にそう思った。

 

「そう! 君たちは元々は君たちの知らない親の元から生まれたのさ! だけど、僕は君たちの本当の親を殺し、代わりとなる手駒を親とした!」

「――う、そ。そんなの、あるわけ……」

 

 アメは、目を見開く――そうか、奴は、ハレにもその真実を口にしたのか……っ!!

 

 そうして心の隙間につけ込むように、奴はハレを今の状態に仕立て上げた。

 

『この戦争の真実は、君たちの神器を目覚めさせることにあった! だけと、君は待てども何一つ花開かないからね。本当に、使えないモルモットだ』

「ディヨン……っ」

 

 奴は顔を表さないで、アメの心を壊そうとする。

 ……それだけじゃない。奴が話している間、ハレも激しく頭を抱えて苦しんでいた。

 

「……僕たちは、ずっとずっと、人じゃなくて、モノで――それなら、こんな人生、要らないよ……っ」

『いい壊れっぷりだね! そう、その点ハレは素晴らしいよ! 何せあの赤龍帝の鎧をいとも簡単に切り刻むんだ。もっと極めれば、その力はきっと神にも届く!』

 

 いったい、どれだけの罪を重ねれば気が済む。

 ……いや、そもそも罪の意識なんて奴は持ち合わせていないか。そんな殊勝な男ならば、戦争派なんて集団は作っていない。

 

『アメ、君はどこまで行っても足手纏いだ。だが、君という足枷がハレの神器の目覚めに繋がっている。ならばもしも、君が死ねば――ハレは、どうなるんだろうねぇ』

 

 ――ガシャン、と音がする。

 その音が聞こえた瞬間、冷や汗をかいた。

 

「――や、やめろ」

 

 その音の正体が目視出来て、俺は目を見開いた。

 天井に一つの銃口があった。

 

「に、逃げろ、アメェェェェェェェ!!!」

 

 いや、無理だ。例え動けたとしても、実弾からアメが逃れることなんて絶対に無理だ。

 どうする、もう考えている時間はない――選択肢はただ一つだけだ。

 

「――我、目覚めるは優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり! 無限を愛し、無限を慕う! 我、森羅万象いついかなる時も、笑顔を守る守護龍となりて、汝を優柔なる優しき鮮明な世界へ誘おう――!!」

『Juggernaut Guardian Drive!!!!!!!!』

 

 ……紅蓮の守護覇龍。俺の持てる最大の力であり、全ての仲間を守るための絶対的な守護の力。

 この戦争における俺が持つ絶対的な切り札だ。

 

 それを使うしか、なかった。

 

「……あ、かい、ドラゴン?」

 

 アメは目の前に現れ、銃弾から自分を守った守護龍を見て、そう呟いた。

 ――今、この戦場で戦う俺の仲間の元にそれぞれ守護龍が現れたはずだ。

 

 だけど予定よりも遥かに早い。きっとみんな、何かあったと思っているはずだ。

 

「……守護覇龍は一日に一度しか使えない。……全部お前は思惑通りか? ディヨン」

『ははっ、そこまで分かっていて使ったんだね! ――君のその力は、本当に反則級だよ。何せこと戦争においては、一つの艦隊と言っても良い。だから僕は君にハレをけしかけたのさ」

 

 そうして守護覇龍を使わせるところまで誘導したってことか。

 

『不気味なほどの頭脳だな。相棒をここまで翻弄するなんて、あの悪神ロキのようだ』

「いや、タチの悪さで言えばロキより酷い。あいつは結局一人だったけど、ディヨンは手駒のように子供を使う――本当に胸糞悪いよ」

 

 軽装となった鎧姿の状態で、俺は現状を把握する。

 とりあえず、ひとまずアメが傷つくことはない。守護覇龍が発動している限り、それは絶対だ。

 

 守護覇龍の制限時間はあまり長いものではない。守護龍の同時顕現は強制能力なんだ。 だから自分の意思で消すことは出来ない。

 

「あかい、ドラゴン――キエロ」

 

 途端、ハレは俺の近くの守護龍に剣を振るった。

 抑揚のなくなった声で振るう一閃は守護龍に振るわれるものの――傷は出来ても、守護が切断されることはない。

 

「舐めるなよ、ハレ。そんな操られた一撃で、守護龍を切り刻めると思ったか」

 

 守護龍に対する攻撃は、フラッシュバックして精神的苦痛として俺の元に返ってくる。恐ろしく鋭い一撃だ。

 だけど、それでもその一撃には重みは感じない。

 

「ハレの力は、アメを守るために発現した。ディヨン、お前が操ったハレの力なんて、届かない」

 

 こんな戦い、終わらせないといけない。

 俺は今一度、アメを見た。

 その顔は下を向けていない。ただ顔を上げて、俺を見つめている。

 言いたげな顔だ。だけど彼女の性格はそれを口には出せない。

 

『君がアメに何を期待しているかはわかるさ! だけどね、こんな状況下に追い込められても何もできないアメには何もない!』

「――神器舐めてんじゃねぇよ」

 

 ……ったく、たかが研究者風情が、何を神秘を分かったようか顔で語る。

 

「絶望から生まれることだけが神器じゃねぇよ。そんなマイナス面だけが、神器じゃない」

 

 ハレはアメを守りたいから、神器に目覚めた。

 ならその逆もあるはずなんだ。アメにも何かがあるのならば、それはアメの本当の想いに呼応するように息吹く。

 

「……つっても、お前の手の平の上で転がってるのも事実か。俺も守護覇龍を使わされたしな」

 

 これ以上、ディヨンの思い通りに動くのはこりごりだ。

 ……アメは今、何を考えているのだろうか。それは俺には分かりようがない。

 ディヨンによってどん底に突き落とされた心の内で、アメはどんなことをするのだろうか。

 

 ――不謹慎だけど、俺はそれが気になった。

 

「アメが答えを出すまで、いくらでもハレを抑えてやる。だからアメ」

 

 壁越しに、うつむく雨に向かって、俺は言葉を投げかける。

 彼女を信じる――アメの、ハレを想う力を。

 

「……私は」

 

 ―・・・

 

 ――物心がつく頃には、私の近くには常にハレがいた。

 双子の姉のハレは、生まれて来るのが数分早いからって、いつもお姉さんぶる。

 

 ……もちろん、身体の弱い私を労ってのことだ。

 ハレは誰よりも優しい子だ。虫の一匹だって殺すのを躊躇うような女の子で、双子の妹の私から見ても、魅力的な女の子だと……思う。

 

 だからこそ、足手まといの私のせいでハレの時間を奪うのが嫌だった――……

 

「――アメ、あの子に告白されたの!?」

「……うん」

 

 この日もそうだったっけ。

 ……ある日、私は同じスクールに通う男の子に告白された。

 恋愛とかには全く興味のない私は、考える間も無く告白を断った。

 しかし、どこかで噂を聞きつけたのか、ハレは帰って来るなりそう尋ねてきたのだ。

 

「勿体無いなー。格好良くて優しいって女の子の間では評判の男の子なんだよ?」

「……興味ないよ」

 

 表面的なものなんて、何の価値もない。結局表に裏が備わっていないと、いずれは関係性なんて崩壊する。

 

 だから、傷つかないように始まらなければ良い。それに、私はあの男の子の私を見る目がどうにも気持ち悪かった。

 

「……そっかー。でも、確かにあの子はアメには釣り合わないね。だって、私の妹は世界一可愛いから!」

「……もしかして自画自賛?」

「ち、ちがっ!」

 

 一卵性の双子に向かって世界一可愛いとか、良く言えたものだ。それ、自分自身も世界一可愛いって言っているものだから。

 ……私は、口元を手で抑えながら笑った。

 

「ふふ……そーだね。ハレも世界一可愛いからね」

「ちょ、アメ! それはもう忘れてよ〜! 私が言ったのはそういう意味じゃなくて……っ」

 

 分かってる。ハレの言いたいことは最初から分かっていた。

 だけどハレがこうして私の前だけで見せるこの慌てた素顔を見るのが、好きだ。

 いつも悠然としているしっかり者のハレの、慌てる姿なんて中々見れるものじゃない。

 

 これは私の特権だ。そして私は、ハレのこの顔が――一番可愛いって、思う。

 

「こ、こうなったら私がアメにピッタリの理想的な人を見つけるよ! 」

「……余計なお世話」

「ふふーん、お世話焼きがお姉さんの仕事だからね!」

 

 ――ふと、思う。

 私にとってよ理想的な人って、なんだろうって。

 容姿が整っている人? 性格が良い人? それとも逆のつかみ所のない人?

 

 ……どれも違う気がした。

 

「……大きなお世話だよ。それにハレは自分の心配、したら?」

「う、うぅ……そう言われるのは辛いよ、アメー。わたしにはいつになったら春は訪れるんだろ〜」

 

 そんな言葉が嘘だと言うことはすぐに気づいた。

 ハレは辛口でそんなことを言いながら、実際にはどんな男の子も避けてる。

 

 気さくで優しくて、器量の良い可愛い女の子を放っておく男子なんていない。ハレはわたしなんかよりもよっぽど人気がある。

 

 それでもハレがボーイフレンドを作らないのはきっと――私のせいだと確信できる。

 

「……彼氏に限った話じゃないか」

「ん、何か言った?」

「ううん……なんでもないよ」

 

 何かを感じ取ったのか、ハレが私の手を握って来る。

 ……私は全てにおいてハレの足手まといだ。

 だけど、それでも――その手は温かく、アメを受け入れてくれる。

 

「えぇー、本当にー? アメって変に嘘つくときあるからねー。なになに、お姉さんに隠し事とは許さないぞー!」

「……お姉さんぶらないで。成績私より悪いくせに」

「ちょ、頭の話は持ち出さないでよ! どーせ私はおバカさんですよーだ!」

 

 意外とすぐに拗ねるハレが、プイッと顔を背ける。

 ……お馬鹿可愛い。ハレには悪いけど、そう思ってしまった。

 

 ――こんな平和にハレに依存できる生活が、私は大好きだった。

 重荷になっていると分かっていても、ハレの温もりはそんな罪悪感を包み込んで消し去ってしまうほどなんだ。

 

 だけど……私たちの平和は、脆くも崩れ去ってしまった。

 

「パパ、ママ!」

 

 ――突如起こった戦火の矛先が、私たちの住んでいた小さな町に飛び火した。

 

「お、お前たちなどに構っていられるか! どうしてこんなことに――」

 

 最初に、パパとママが私たちを見捨てた。

 そして見捨てた瞬間、まるで計算されたように銃を持った兵士に射殺された。

 

 その時に、私は悟った。

 

 私の――私たちの平和は、壊れてしまったのだと。

 

 ―・・・

 

 ハレが程なくして変な力に目覚めた。

 私とハレが始めて兵士に襲われた時、まるで計算されたように自然に、ハレから剣が生まれた。

 

 ハレの身体には不釣り合いな程に大きな剣で、ハレは片時も離れず私を守る。

 

 私は……何も、出来なかった。

 

 身を守ることも、逃げることさえも全てにハレ頼みだった。

 

 それでもハレは、無理して笑って手を握る。その手は冷たくて、いつも震えていた。震えながらも強い言葉を使って、泣きたい心を強く紐結びして、泣かないようにしていた。

 

 ……どうしてハレは、私を――そんなことは、口が裂けても言わない。

 分かっている。ハレがどうしてそこまでして強がるのか。

 

()は、アメが大好きだから。だから絶対に、アメが幸せになれるように頑張るからね!」

 

 ――私だって、力があれば、同じことをする。

 だけど、私には力はない。ハレの助けになれるものは、何一つない。

 

 私が死ねばハレが幸せになれるのなら、私はいつだって死んでやる。だけど――私が死んだら、きっとハレは後を追うように自分から死んでしまうだろう。

 

 ……どうしたら、幸せになれるのかな。

 

 もしも神様が何か願いをかなえてくれるのなら、私は――

 

「ハレと二人で、笑顔で過ごしていたいよ……」

 

 ……そんな時、私たちは――赤い人と出会った。

 その人を一目見た時、私はあることを確信した。

 

 ――この人は、ハレと同じでお人好しであると。世話焼きで、いつも何かを守っている人であると。

 

 長年ハレと過ごしている私だからこそ分かることだった。この人に一度助けを求めれば、きっと手を貸してくれるだろうと確信していた。

 

 だけど……ハレがこの人の手を取ることはないだろうということも、分かっていた。

 

「誰の助けもいらない。僕が、アメを守るんだ。僕が、守らないといけないんだ」

 

 ――実の両親ですら、私たちを見捨てた。そのことが、ハレの中ではトラウマになっていると思う。

 ハレは特に両親を慕っていたから。

 

 信じることを止めたんだ。信じたら裏切られるということを、この戦場で嫌と言うほど知ってしまったから。

 

 だからハレは赤い人の手を振り払う。

 

「ハレ……きっとあの人は――」

 

 私たちを助けてくれる。そう言いたくても、ハレにそう言えなかった。

 それはつまり、私がハレのことを信じていないって言っているものだから。

 ハレじゃ頼りないから、強そうな人に助けてもらおうなんて、何も出来ない私の口からは言えなかった。

 

 ……何も出来ない。力がないから――そんな言い訳を繰り返した。

 

 私はハレのために何も出来ることがない。何をしていいか分からない――だけどあの人は、それを許してはくれない。

 

「――君はハレのためにまだ何もしていない」

 

 ……例え力がなくても、出来ることがあると言いたいのか。

 でもそんなものは詭弁だ。力がないのなら、何かが出来ようがない。この人は力があるからそんなことが言えるんだ。

 

 ……だけど何故だか、私はそんな風には思えなかった。

 

 ――どうしてか、その人の顔に、弱さが垣間見えたから。

 

 ……現実を突きつけられて、絶望しかけた私に、その人は懸命に声をかけてくれた。その顔が何故かハレと重なって仕方ない。

 

 何もない私に、何かは必ずあると、そう断言した。

 

「……ハレ」

 

 誰が、ハレを救う?

 赤いあの人? だけどあの人は、自分ではハレを救えないと言った。

 

 ――いつまで他力本願なんだ、お前は。

 

 ……私の中の誰かが、私にそう呟いたような気がした。

 

「…………私は」

 

 いつも、否定からだ。

 私は何事も、否定から物事を考えていた。

 私ではどうしても無理だと、言い訳を重ねて出来ないことを肯定していた。

 

 ――私がしたいことはなんだ。この手でハレを、どうしたい。

 

「私は!」

 

 そんなこと、決まってるっ!

 

「――ハレを、助けたいの!!!」

 

 他の誰でもない、自分自身の両手で――世界一大切な姉を、救いたい!

 

 ……目の前に塞がる見えない壁を私は、両手で叩いた。

 

「誰も、好き勝手なんて、させるものか……っ! 私の大切な家族を、好き勝手にするのは――許せない!」

 

 何度も何度も手を壁に打ち付けて、返ってくる振動も関係ない。

 真っ直ぐにハレを見つめた。

 

「……私が――今度は、私がハレを救う番」

 

 ……今までは、気付けばしたばかりを向いていた。下を向いていても、ハレが私を目的地に連れて行ってくれるから。

 

 だけど今は、ハレが前を見ていない。それどころか下も上も、どこも見えてやいない。

 

 だから、私がハレの手を引っ張ってあげたい。

 

 ――ふと、私の近くにいた赤いドラゴンが、私に寄り添った。

 

「……あなたは」

 

 私を守ってくれる真っ赤なドラゴン。その身は銃弾で大きく傷ついているけど、それでも誇り高く立ち塞がっている。

 そのドラゴンが、仄かに紅蓮の輝きを轟かせていた。

 

「――私の、力になってくれるの?」

「――」

 

 赤いドラゴンは、どこか頷いたような挙動を見せて――次の瞬間、真っ赤なオーラになった。

 その赤は私を包み込んで、守ってくれているように感じた。

 ……その温もりを、私は良く知っている。

 

「……ハレと同じだ」

 

 ハレがいつも握ってくれる右手。その手の温もりとそっくりだった。

 私ははだかる壁に手を伸ばす。

 

「――邪魔を、しないで」

 

 こんな壁に、邪魔されてたまるか。

 私は――ハレを、助けるんだ。

 

 ……私の全身を包む赤いオーラが、私を通り抜けさせようと眩く輝く。

 電気がバチバチと鳴り響くように、二つの力がぶつかり合う。

 

 そして――私は、ハレとあの人が戦う戦場に、脚を踏み込んだ。

 

「――アメ」

「……ありがとう」

 

 私は、多くを伝えることが出来ない。

 貴方が居てくれたから、私はここに立つことが出来た。貴方の力が守ってくれたから、ここに入ることが出来た。

 

 だけど私は口下手だから、言いたいことを言えない。

 

 ……だから、簡潔に言うしかないんだ。

 

「――ハレを助ける。だから、力を貸して……っ」

 

 不愛想な言葉だ。助けを求める人の言う言葉じゃない。

 だけどその人はそれでも笑顔を浮かべて、

 

「当たり前だろ? ……じゃあ、始めようぜ――お前たちの人生をめちゃくちゃにした馬鹿野郎が驚くくらいの逆転劇を、俺とアメの二人で!」

『――俺も入れてくれないとパパ、寂しぞ』

 

 ……その人と、その人の中の人が、そう会話をする。それを聞いて、不意に笑ってしまった――どんな状況下でも、この人たちはこの人たちのままなんだろうと。

 

「……ありがと」

 

 ……私の使う言葉は、いつだって簡潔だ。不愛想で、続く言葉が中々見つからない。

 それでも――この人(イッセー)は、ハレは分かってくれる。私の言葉の真意に。

 

 

 

 

 ――昔、ハレと一緒に見た絵本がある。

 そこに出てくる登場人物は、大きな剣を持った騎士と、大きな杖を持った魔女。その二人は仲間で、とある戦いで死の寸前まで追い込まれる。

 

 ……そんな二人を救ったのは――赤い鎧の勇者だった。




最新話、お待たせしました!
今回は丸々ハレとアメのお話をさせていただきました。特にアメに焦点を当てた話でしたね。
次回は予定では前半に黒歌とメルティの戦い、後半をハレとイッセー&アメの戦いを描こうかなと思います。
必然的に話が長くなるので、また更新まで時間が掛かると思いますが仕事にも慣れてきたので今回ほどはお待たせしないと思います!

それではまた次回の更新をお待ちください!


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第13話 必ず救う

 昔々、とある国に身の丈を越す大剣を操る騎士と、あらゆる魔法を操る魔女がいました。

 騎士は魔女を守る守護者であり、魔女はそんな騎士の忠誠を受け、いついかなる時も騎士の味方。

 

 そんな二人はいくつもの苦難を乗り越え、強い絆で結ばれている姉妹です。

 

 しかし、そんな二人に大魔獣が立ち塞がります。

 

 大魔獣はこの世の魔獣の全てを吸収した存在で、二人はあっという間に窮地。

 

 誰も二人を助けはしない。そう二人は諦めたその時──二人の前に、赤い赤い鎧の勇者が現れました。

 

 赤い勇者は二人の窮地を救い、そして二人とともに大魔獣を滅ぼすために戦いました。

 

 激戦の末、大魔獣は赤い勇者の手で葬られ、結果として騎士と魔女は救われました。

 

 自分たちを救ってくれた勇者に、騎士と魔女は深い恩を感じ、彼に恩返しをしようと思いました。

 

 ……しかし、気がつくと勇者は二人の前から姿を消してしまったのです。

 

 騎士と魔女は、嘆きました。彼らは己が付き従う真の勇者を求めていたのです。

 赤き勇者こそが、彼らが従うにふさわしいと確信を持った彼らは、彼を探し求めました。

 

 赤い勇者を探す長い旅が始まり──不思議なことに、赤い勇者は彼らがピンチの時に必ず姿を現わすのです。

 

 そして助けると、また消える。

 

 その姿はまるで──守護者であると。彼らはいつしか、赤い勇者をそう呼ぶようになりました。

 

 ……月日が経ち、騎士と魔女は世代に並び立つ者がいないほどの存在になりました。

 

 そして彼らが強くなるに連れて、赤い勇者は彼らの前に姿を現さないようになりました。

 

 長き間を守られ続けた二人にとって、赤い勇者に対して特別な想いを抱いていたのです。

 

 せめて、その素顔を知りたい。今まで救ってくれたことを感謝の言葉を伝えたい。

 

 騎士と魔女はそう願いました。

 

 ──また、遥か昔に倒した大魔獣が蘇りました。

 

 以前よりも迫力が増した大魔獣ですが、騎士も魔女も昔よりも遥かに強い。

 

 大魔獣を圧倒し、完全に倒した──そのはずが、大魔獣は思いもよらぬ変化を繰り返し、更なる強さを得たのです。

 

 騎士と魔女は、またも窮地に追いやられます。

 

 そしてそんな時、彼らは赤い勇者を思い浮かべました。

 

 ──そして、赤い勇者はまた現れました。

 

 赤い勇者は二人を守るために力を使います。しかし、勇者を持ってしても大魔獣は止まりません。

 

 フルフェイスの赤い鎧から、止めどなく流れる血を見て、騎士と魔女は立ち上がりました。

 

 ……今まで守ってきてくれた人を守るために、二人は命を賭けて大魔獣に食らいつきます。

 

 そして──夜を超える戦いに、三人は勝利しました。

 

 朝焼けが、三人を照らします。普段ならば赤い勇者はここで立ち去る──しかし、赤い勇者は動きません。

 

 朝日を眺めて立ちふさがる──彼の仮面が、粉々に割れました。

 

 ……二人には、家族のように仲の良い幼馴染がいました。その幼馴染は、ある日を境に二人の前から消えてしまいました。

 

 ──大魔獣が始めて現れたその日から。

 

 その仮面の下には、その幼馴染の顔が確かにありました。

 

 ……大切な二人を守るために、幼馴染は二度と脱げない代わりに絶大な力を得る赤い鎧と契約したのです。

 そして赤い鎧は、使用者が幸せになることを許しません。

 だから、幼馴染──赤い勇者は、彼女たちの守護者になることを決めました。

 

 幼馴染は赤い鎧に命を吸われ続け、最早瀕死の状態。

 

 魔女と騎士は、真実を知って泣きました。

 

 しかし──赤い鎧は、幼馴染の真っ直ぐな想いに応えようとします。

 

 魔女と騎士の培った全ての力を差し出すならば、幼馴染を救えると。

 

 二人は──迷うことなく、力を差し出します。そして力を失った二人は、遠いのどかな町で、三人でいつまでと平和に暮らしました。

 

 ―・・・

 

 赤龍帝眷属の僧侶、黒歌は家族想いの悪戯猫だ。

 妹である白音と、王である一誠に対して愛を抱いており、彼らのためならば命さえも賭けてしまう。

 

 そんな黒歌が敵であるはずのメルティに構っていたのは、周りからすれば珍しいものだ。

 

 小猫はメルティに若干嫉妬していたのは内緒の話である。

 

 ──完全に獣化したメルティは、疑いようがなく操られている。ディヨン・アバンセという実の父によって。

 

「ほんっと、胸糞悪いにゃん」

 

 それに心底腹が立つ。

 なぜ家族を大切にできないか、それが疑問でしかない。

 ──魔獣の核とか、ヘルバウンドとか。黒歌にとってそんなこと些細なことだ。

 

 皮肉なことに、今という瞬間、メルティという少女を誰よりも見ようとしているのは、敵である黒歌だった。

 

「……あんたは一体、なんのために戦ってんの?」

「──グルルルルルルルッ……」

「……ま、聞こえてないよね」

 

 ──主人を更なる下層に見送った時点で、黒歌はメルティ一人に集中できる。

 

「聞こえてなくても良いよ。……あんたは少なくとも、イッセーの赤を見て何かを感じたんでしょ? だから、私はあんたを救うことを選択するにゃん」

 

 あの誉れ高き紅を見て、メルティはイッセーに降った。そこにはディヨンのような洗脳などはない。

 

 圧倒的守護の赤色に魅入られた──黒歌だってその一人だ。

 

 だから黒歌は確信するのだ。

 

 ──メルティは自分たちの仲間になれると。

 

「あんたにゃー、首輪が必要にゃん。ちゃんと躾けて忠犬にしてやる」

「──ッ」

 

 刹那、メルティは姿を消す。

 その神速はヘルバウンド由来の能力だ。

 

 ──その神速は陽炎のように朧げで、その陽炎のような姿を見たものには不吉なことが起きる。

 

 不吉の前触れと言われたヘルバウンドの能力を、メルティは受け継いでいる。

 

「どんだけ早くても、あんたの動きは読みやすい」

 

 ──黒歌の背後に現れるメルティに、易々と掌底を打ち付ける。

 ……今の黒歌は、周辺に流れる全ての気を掌握している。気の流れの淀みで神速を捉えるなど造作もない。

 

 特にメルティは獣の勘だけで戦っている、ある意味で戦闘の素人だ。故に嵌め手に弱く、思惑に簡単に陥落する。

 

「ガルルルルルルルゥゥゥ……」

 

 鋭い牙と、鋭い爪が黒歌を威嚇する。

 

「……間合いが上手いにゃん。勘だけでこれをしてるなら、大したもんよ」

 

 理性のないメルティは、野菜の勘だけで黒歌の間合いを見抜いていた。

 黒歌の攻撃範囲のギリギリ外側で、完全なる警戒態勢を敷いており、思わず黒歌も関心する。

 

「……伏魔の勾玉──仙魔玉」

 

 黒歌の周りに、紫色と勾玉と黒色の勾玉が散らばる。

 その二種類の勾玉が混ざり合い、紫と黒の大きな玉を作り出した。

 ──膨大な魔力を仙術により気の流れを調整して、本来よりも遥かに強力な一撃を作り出す。

 

 特に魔力特化は殲滅力に長けている。

 

 並みの敵ならば一瞬で決着だが──

 

「フシュゥゥゥゥ…………」

 

 黒に近い藍色のオーラが、メルティの両手を覆っていた。

 ちょうどオーラが巨大な爪のような形になり、そして黒歌の魔を両断する。

 

「んま、そーなることは読んでたよ。だから」

 

 黒歌は指を鳴らした。

 ──すると、霧散したはずの魔力が、メルティを拘束する拘束具となった。

 

「最初から、あんたを倒す技なんて用意してるわけないじゃん。私が受けてるイッセーの命令は、あんたを生け捕りにすること」

 

 黒歌の放つ技は首輪のようにまとわりつき、それを境にメルティは身体に力が入らなくなった。

 当然だ。黒歌の仙術、魔力、魔法、魔術、妖力……彼女がこれまで命懸けの人生の中、生き残るために磨いてきた技の集大成ともいえる力なのだ。

 

 あらゆる分野を極めた黒歌だからこそ扱うことのできる、超高精度の力は最早、黒歌のみに扱うことが可能なオンリーワンの能力に昇華している。

 

 ──その名は、

 

「猫天術、ってね。さて」

「うぅぅぅぅぅ……」

「……やっぱり、科学力とアナログな洗脳の合わせ技なのね。ふんっ──こんなもんでヒトがどうにかなると思ったら、大間違いにゃん」

 

 黒歌は静かに技を操作する。

 身体に巡る血の流れ、魔力の流れを感じ取り、そしてその中にある膿を一箇所に集めた。

 

 この膿こそが、メルティから理性を奪っているものだ。その全てを操り、拘束に苦しむメルティに近づく。

 

 そしてその頬に触れ──腹部に勢いよくボディーブローを穿つ。

 

「かはっ……」

 

 メルティは口から血を吐き出すと、その血は黒い何かが含まれていた。

 

 途端にメルティの身体からは白い湯気のような靄が浮かび、次第に獣化していた身体が人のものへと変化した。

 

「……げんじょう、りかいふのう……」

 

 メルティは先ほどと違い、理性が戻った。記憶は消えてはおらず、拘束されたまま黒歌を見てそう呟いた。

 

 黒歌はメルティの拘束を解き、倒れそうになるメルティの身体を支えた。

 

「目、目覚めたにゃん?」

「……なにやつ」

「誰が何奴にゃん。まあ冗談言えるくらいってことは、めんどくさいもん全部消えたってことか」

 

 黒歌はメルティの頭をポカンと小突く。小突かれた額を抑えながら、メルティは首を傾げた。

 

「……赤龍帝、どこ?」

「イッセーは戦ってるにゃん。あんたや何の関わりもない子供を救うためにね」

「……何故?」

「──助けることが、涙を笑顔に変えることが私の主人の本懐だからね」

 

 

 どこか得意げに、黒歌はそう断言した。

 自慢の王様、最高の主……兵藤一誠のことを本気でそう思っているからこそ、黒歌はそれを隠すことなく提言できる。

 

 メルティは何かを考えるように口を噤み、そして──

 

 

「……温かい」

「だったらもう間違えないことにゃん。……んで、あんたはどうすんの? 私は今からイッセーのとこに行くけど」

「──メルティ、同行」

「あっそ。んじゃ勝手についてくるにゃん」

「……歩行、不能」

「──ほんっと、手間がかかるにゃん」

 

 

 垢ぬけたメルティに、黒歌は深い溜息を吐くものの、その表情はどこか「仕方ないなぁ」と感じる、満更でもない表情であった。

 

 

 ―・・・

 

 形の見えない刃は、際限なく続けざまに放たれ続ける。

 ハレの能力は確かに凶悪で、厄介この上ない。

 何せ俺の禁手の鎧を簡単に破壊することが出来て、大よそ大抵のものは面白いくらいに両断されるのだから。

 

 だけどその能力は発動条件と範囲が明確だ。

 

 剣を振るい、振るった刃は曲がることはない。追尾するような動きは決してなく、剣を振るう、という動作が必ず必要だ。

 

 だから、ハレの剣が振るわれたタイミングでその場から離れれば、直撃することはない。

 

「ハレ、お前の力も大したことないなぁ!」

「なっ──ウルサイッ!!!」

 

 ハレは俺の分かり易い挑発に反応し、剣を乱暴に三度振るう。

 俺が今、出来ることはシンプルだ。ハレを挑発して、彼女の中に眠る本当の意志を引き摺り出す。

 ディヨン・アバンセは優秀な科学者なのだろう。ここまでの戦い、騒動をほぼ単独の能力で引き起こしているところを考えれば、そう認めざるを得ない。

 

 だが、優秀だからなんだ。

 

 奴が天才であったとしても、人の全てをコントロールできると思っているのならば大間違いだ。

 

「ナンデ、ナンデ──アメアメアメアメアメアメアメアメアメェェェ!!!」

「ほら、アメ、お呼びだぞ」

 

 俺は背中にしがみ付くアメに、俺は声をかける。

 アメは俺の言葉に頷いて、そろそろ作戦を開始する。

 ──念入りな煽り、ハレをあちこち動き回らせる距離取りを徹底してきた。

 

 ハレを止めることが出来るのはアメしかいない。

 

 この場でハレの閉ざされた心に声が届くのは、アメの心からの叫びなんだ。

 

「──ハレのッ」

 

 アメは大きく息を吸い込み、彼女らしからぬ大きな声を出す。

 

 ──さぁ、言ってやれ、お前の心の想いを……

 

「──あんぽんたん!!!!!!」

 

 …………………。

 うん、えっと──何故、その言葉のチョイスをしたんだ。

 

「──あん、ぽん、たん?」

 

 だが、意外にもハレの激しい攻撃は止まった。

 剣を下ろし、未だ光の灯らない瞳で俺とアメの方を呆然と見つめ続ける。

 

「アメばかり、優先してッ!! なんで、自分を大事にしてくれない、の!! ずっと、ずっと──アメばっかり、大事にして!!」

「……うる、さい」

 

 すぐさま、俺はアメをハレの傍に下ろし、彼女の急変に備える。

 ハレの目の前にアメは、堂々と立った。

 

「そんな剣、ハレには、似合わない」

「うる、さい……ッ」

「──うるさくないッ!! ちゃんと、アメの話を聞いて!!」

 

 ──パチン、とハレの頬を叩く。ハレは叩かれた瞬間、剣を離し、地面に落とした。

 叩かれた頬を抑え、目を見開いてアメを見る。

 

「アメは、ここにいる。例えお父さんとお母さんが偽物でも、用意された箱には、だったとしても──アメだけは、ハレの本物」

「ほん、もの──」

 

 アメの言葉に、ハレは初めて怒り以外の反応を見せた。

 

『──はっ? なんで、僕の命令に背く? マインドコントロールと、薬物まで投与して』

「分からないか、ディヨン。お前が箱庭を用意したとか、全て手の平で転がしてきたつもりかもしれないがな──双子の姉妹の絆を、お前は見誤った」

 

 とはいえ、完全な解放には今のままではならない──だけど俺には何となく分かる。

 神器創造という破格の能力を持つフォースギアの能力故に、俺は神器の匂いには敏感だ。

 百発百中と大見栄切ることは出来ないが……だけど、予想は的中だったか。

 

 ──アメの身体は、仄かに赤いオーラに包まれていた。

 

『……あぁぁぁ、腹が立つなぁ。いやいや、本当に』

『ふん、高が人間の分際で神秘を理解していたつもりか、ディヨン・アバンセよ──さぁ、新たなる神器の息吹く瞬間だ』

 

 ドライグはディヨンを心から軽蔑した上で、アメの神器の覚醒に歓喜する。

 

「──お前が見る権利はねぇよな」

 

 俺はこの階にある全ての監視カメラに向けて魔力弾を撃ち放ち、全てを塵にする。

 そして視線をハレとアメの方へと戻した。

 

「アメは、強くなる。ハレに、守ってもらわなくても、良いように──だからハレは、自分を大事にして」

「だいじ、に……じぶんを」

「──もう、()なんて使わないで。ハレは普通の女の子、だよ」

 

 アメはハレを抱きしめた瞬間──淡い赤色のオーラは、緑色のオーラへと変化する。

 その緑色のオーラはハエを覆い、そして少しずつ……ハレの瞳に光が戻った。

 

「──アンチマジック。魔法による力を打ち消す魔法だ」

『だがあの少女は魔法使いでは……』

「だから、魔法を扱うというのがアメの神器の能力なんだろうさ」

 

 詳しい能力は後々に調べられるとして──科学といいつつ、あの洗脳は魔法によるものだったみたいだな。

 魔法と科学を組み合わせて作ったというべきか。

 

「もうハレは強くなくていい。……アメと一緒に、強くなるの」

「──でも、僕たちは……生きる方法がないよ」

「……そうね。だけど──」

 

 アメは、俺の方を見つめる。

 この場面で俺に目を向けるのは、本当にズルいな。静かに二人を見守ろうとしていたのに、そんな目を向けられたらさ。

 

 俺がここで何を言えば良いのか。ハレを救ったのは紛れもなくアメだ。

 

 ──そう言えば、俺は二人にちゃんとした自己紹介をしていないか。

 

「──俺の名前は兵藤一誠。前世の名前はオルフェル・イグニールで、まだまだピチピチの男子高校生だ」

 

 俺は鎧の兜を解除して、二人へと近づく。

 

「転生悪魔の上級悪魔で、一応赤龍帝眷属ってところで王をやってる」

 

 二人の近くに寄ると、身体を屈めて二人と視線を同じ目線で合わせた。

 

「……俺は力を、誰かを守るために使いたいんだ。全世界の人々を守ることは出来ない──だけど、この手をめいっぱい広げるくらいには誰かを守りたい」

「……何が、言いたいの?」

「あぁ、回りくどいよな──はっきり言う! 俺はハレとアメ、二人を助けたい!」

 

 二人の頭をくしゃくしゃになるまで撫でて笑うと、アメは満更でもない表情に、ハレは顔を赤らめた。

 

「理屈とか義理がないとか、そんなんじゃなくてさ──伸ばせば届くところにいるのに、見捨てるなんてことが出来ないんだ。二人が笑顔でいられる場所を作る。だから……──もう、強がらなくて良いんだよ」

 

「──ッッッ」

 

 ……ハレは、鼻まで真っ赤になり、瞳からは大粒の涙を流す。

 

「──()達を、本当に、守ってくれるの……?」

「ああ」

 

 肯定する。

 

「もう、頑張って戦わなくても、良いの?」

「ああ」

 

 二度、肯定する。

 

「──幸せに、してくれるの?」

「──ああ、約束する」

 

 ──全てを、肯定する。

 ハレは、途端に我慢の糸が途切れたように泣き叫び、アメと抱きしめ合った。

 

「……イッセー」

「どうした?」

「──ありがとう」

 

 ──アメの満面の笑みを見て、俺は何も言わずに笑顔で返した。

 

 ―・・・

 

 一誠、フリード、黒歌が地下で戦う最中、地上では戦況は佳境に差し掛かった。

 いや、具体的に言えば突如現れた守護龍によって、強制的に佳境に突入した、という表現の方が正しい。

 兵藤一誠の扱う守護覇龍は一たび発動すれば、範囲内の仲間と認識する存在全てに頑強な守護龍を召喚する。

 守護龍は対象者全てを必ず守り、そして守る行動をする必要がなくなるため、攻撃に専念できる。

 

 要は守護覇龍は乱戦が起こる戦場において、戦況を一変する必殺となり得るのだ。

 

 ──結論、戦況は完全に赤龍帝眷属有利になった。

 

「ふむ。赤龍帝の御業の一つか。守護覇龍といったか……シンプル故の強さだ──ッ」

「ふんっ、当たり前だろう。私の弟の最強だ……ちっ、本当に、うらやむほどに強いな。お前は」

「ふんっ。久々に血反吐を吐いたぞ──面白い」

 

 周囲を更地にするほどの戦闘を繰り広げるのは、クロウ・クルワッハとティアマットであった。

 二人の実力は互角……とは言えないまえでも、それでもティアマットの実力は彼の高みに近づいていた。

 

 最早、彼女の実力は天龍クラスと言っても過言ではない。

 そんな二人は、血だらけになりながらの戦闘を楽しんでいるようにも見えた。

 

「……俺はなんら問題ないが、どうやら他の雑魚はそうでもないみたいだな──潮時か」

「おい、逃げるのか?」

「──滾らせるな、俺を。本音はお前と決着を付けたくて仕方がないんだ。クリフォトも英雄派も赤龍帝も関係ない」

 

 ──クロウ・クルワッハは恐ろしいほど好戦的な形相で、ティアマットを睨み付ける。

 ……ドラゴンとしての闘争本能が、このまま果てるほどの戦いをしたいと望む。しかしティアマットはそれが得策ではないと理解しているから、矛を収める。

 

「……お前とは必ず決着を付ける」

「当然だ。ティアマット、それまで爪を砥いでおけ」

 

 クロウ・クルワッハは背の翼を広げ、真上に飛び立つ。

 そのまま飛び立つ……その時、ふとティアマットに声を掛けた。

 

「それはそうと。戦争派、だったか。俺たちの頂上決戦に奴らは不要だ。必ず消しておけ」

 

 そう言い残すと、クロウ・クルワッハはどこかへと飛んで行った。

 

「……言われずとも、そうするさ」

 

 

 ──朱雀はドルザークの無力化に成功する……ものの、彼の前にはさらなる敵影があった。

 

「──安倍晴明」

「……朱雀」

「う、い、じゃま、すんなぁ!!」

 

 朱雀の敗北したドルザークの助太刀として現れた、英雄派二大トップの片割れ、安倍晴明が弟である朱雀の前に現れたのだ。

 

 今回で三度目の邂逅。

 

 一度目は朱雀は晴明によって命を奪われ、二度目は決着は付かずに晴明の歪みが露呈した。

 

 そして三度目……いまこうして、戦場で三度邂逅をする。

 

 朱雀の中には既に殺されたことに対する憎しみはない。いや、厳密に言えば三度目の邂逅までは少なからず持ち合わせていた感情が、晴明の顔をみてなくなったのだ。

 

「……なんて顔をしているのですか、兄さん」

「なんのことだ。……ドルザーク、ディヨン・アバンセに危機が迫っている。子供達も残っているのは君だけだ」

「アァっ!? ディヨンサマが!!?」

 

 ドラゴン化してなお理性を残すドルザークは、晴明の言葉を聞いて明らかな動揺をみせる。

 

「お前はディヨンの元へ行くといい。ここは俺に任せて」

「……アリガトヨ」

 

 晴明の提案を受け取り、ドルザークは歪にツギハギされたような翼を広げ、大きく開いた大穴から最下層へと向かう。

 

 朱雀はその様子を静観して、しかし晴明への警戒は解かない。

 

「……戦況の把握は、書く場所に配置した札を利用した妖術。相変わらず器用、ですね──憂い、悲しみ、怒り。今の兄さんからは、それしか感じません」

「……この世界から、純粋な悪魔を消し去るまで──決して俺が笑うことはない」

「……なぜ、そこまで憎しみを抱くのですか。昔の兄さんは、決して怒りだけに身をまかせるような人ではなかったはずです」

 

 朱雀は刀を軋む音がするほどに強く握る。

 

「──なぜなぜなぜなぜ。お前は聞くことしか出来ないのか。そういうところが、昔から苛立たせるんだよ、朱雀」

「……では、強硬手段です」

 

 朱雀は刀を鞘に収め、居合いの姿勢をとる。刀の柄に手を置いて、脱力した。

 

「居合いか。昔、二人で刀稽古をしたものだな」

 

 晴明も朱雀に倣うように刀を鞘に収め、居合の構えをとった。

 

「だが忘れたか、朱雀。お前に刀術を教えたのが誰か。一度もお前は刀で俺に勝った試しがないこともな」

「……それは、神器がない時の話です」

 

 封印龍が宿る宝群刀は数多のドラゴンを封印し、その力の一端を扱える力は、戦闘の選択肢が数多もある強力な神器だ。

 

 対するは仙術、妖術を巧みに操り、妖刀・童子安切綱と聖なる紫炎を繰り出す神滅具、紫炎祭主の磔台をも身に宿している安倍晴明。

 

 兵藤一誠、曹操、ヴァーリに負けず劣らずの数多の戦闘手段を持つ強者の一人だ。

 

 本来ならば悪魔化して強くなったとはいえ、今の朱雀が倒せるほどではない。

 

「イッセー様、力をお貸しください」

 

 ただしその差は、イッセーによる守護龍によって覆る。

 

「封を解く。雷の電龍よ、蠢き轟かせ猛き交れ」

「続けて封を解く。炎の獄龍よ、灼熱の焔を守護と混ざれ」

「三度封を解く。氷の剽龍よ、凍え割れる絶対零度にてこの身を焦がせ」

 

 連続同時解放によって、刀からは三つの力が湧き出た。そのうちの雷と炎の龍は守護龍と混じり、新たなドラゴンとして顕現した。そして氷の龍は朱雀に憑依したのか、彼からは冷気が発せられる。

 

「封印されているドラゴンの格が、上がっている? それにその身に顕現など」

「申し訳ありませんが、悠長に分析を待つ時間はない」

 

 朱雀はその瞬間、動き出した。先ほどまでとは程遠いほどの速度と筋力にて晴明にたどり着き、そしてそれに続くように守護龍も彼に追随する。

 

 守護龍は炎と雷を吐き、そして朱雀は氷のオーラを纏いながら刀を振るった。

 

 朱雀の刀は晴明の腹部を切り裂こうとした……しかし晴明は反応し、自身の刀で受け止めようとした。

 

 ……しかし、

 

「そう、わかっていました。兄さんの技量ならば、いくら身体強化をしたところで私の剣戟など見破られる。だから、最初から、私の狙いは兄さんの殺害ではない」

 

 ピキッ。何かに亀裂が入る音がする。

 

「ドラゴンを身に宿す力は、文字通り身を焦がす。代わりに私には身に余る力を発揮できる。神速で動ける雷ではなく、絶対零度の氷を選んだのは」

 

 ピキピキピキ……亀裂の音はさらに大きくなった。

 ──そして、晴明の妖刀・童子安切綱は砕け散った。

 

「あなたの歪みの一因を壊すためだ」

「…………そうか」

 

 刀を砕き、そしてその上で残りの余力で晴明の腹部に切った。

 傷は浅く、朱雀は晴明の隣をすり抜けて、少し離れたところで刀をカチンと音を鳴らして収めた。

 

「っ、はぁ、はぁ……」

 

 それと同時に朱雀の身体から氷の龍が抜けて、炎と雷を受けた守護龍からも力がなくなる。

 

 しかしすぐに晴明を警戒し柄に手を添える。

 

 ……晴明は特に動くことはない。

 

「あぁ、安綱が壊れてしまっては、もう無理か──そういえば朱雀。お前はどうして俺が歪んだのか知りたがっていたな」

 

「兄さん、何を──」

 

 朱雀は晴明の言葉に首をかしげるが……次の瞬間、目を見開いた。

 

 何故か?

 

 それは晴明が、浮いていたからだ。

 

 ただ浮いているというだけならば、驚きはしない。宙に浮かぶ方法なんていくつもある。

 

 だが──晴明の浮かび方は、そして今の容姿には驚くことしかできない。

 

「そう、か。だから、兄さんは」

 

 そして納得もできた。

 どうして晴明が悪魔を憎むのか。しかし転生悪魔である一誠やその他の純粋悪魔以外の悪魔を憎まないのか。

 

「安切綱と妖術で抑えていたんだ──この穢れた力を、見たくもないから」

 

 そう言って、晴明は刹那の速度で飛び立つ。ほんの一瞬で晴明の姿はなくなり、そして残る朱雀は立ち尽くす。

 

「兄さんは──転生悪魔、なんだ」

 

 ──悪魔の翼を背に生やす、兄の姿を見て朱雀は呆然と立ち尽くすのだった。

 

 

 ……戦況は最終局面に突入する。残す敵は、大元であるディヨン・アバンセただ一人。

 子供達はドルザークを除いて全て離反して、既に兵藤一誠も地下の最深部に向かっている。

 

 少しすると兵藤一誠の守護龍も消失した。

 

 守護覇龍不在でのディヨンとの最終決戦は不安が残る。未知という点でいえば、ディヨンは読めない存在だ。

 

 ──大地が、揺れる。

 

 他社あの揺れではない。常人では立つことさえも難しいほどの揺れだ。

 

 揺れは大地を割いて、地割れを引き起こす。

 

「この揺れの正体は存じているか、ジークフリート」

 

「さぁ、僕らも戦争派の行動をいちいち把握できないものでね──でもこれは潮時かな」

 

 地下にてサイラオーグと壮絶な激闘を繰り広げたジークフリートは、少々血を失ってはいるものの、未だ五体満足だ。

 

 剣を鞘に収め、サイラオーグに視線を向ける。

 

 ──サイラオーグは、身体全身を鮮血で染めていた。

 

 ただし彼は負けてはいない。見た目だけではジークフリートに分があるが、彼には既に剣を振るう力が残っていない。

 

「恐れ入ったよ。何度切られても倒れず、切った剣を持つ手が限界を迎えるなんて──だけど僕らはまだ一人としてかかるわけにはいかないものでね」

 

「──いけっ」

 

 ジークフリートの言葉と共に、瓦礫の中からヘラクレスが現れ、爆撃にて粉塵を生み、そしてジークフリートと共に戦線から離脱する。

 

 サイラオーグはそれを追うことはせず、地下にいる危険の方が高いためか、地下から脱出した。

 

 

 ──戦場は二分する。

 

 兵藤一誠率いる赤龍帝眷属のグループと、そして地割れより現れる存在とに。

 

 ──合成獣、キメラ。なんとも歪な生物が、彼らの目の前にはいた。

 そこからは聖なるオーラも悪魔のオーラもドラゴンのオーラも、神器の気配さえも感じる。

 ツギハギで作られた肉体に、幾多もの生物の頭部が歪に縫い付けられているような容貌だ。

 

 それを見て、誰もが思った。これこそが、ディヨン・アバンセの切り札だ。

 

 だが──もはや彼ら兵藤一誠の仲間が手を下す必要はない。

 

 ビュッ……一筋の流星がその歪な生物を貫く。

 

 流星と言ってもその生物の身体全体を覆い隠すほどの一撃だ。

 

 その一撃でキメラは跡形もなく消失する。呆気もなく、出落ちという言葉が当てはまるだろうか。

 

 消えたキメラの中心には人が浮かんでいた。子供の一人、ドルザークだ。ドラゴンの姿ではなく、既に人間の状態に戻っているようだ。

 

「……そうか。これで終わりか」

 

 ティアマットはふと、呟いた。

 

「一誠様はきっと、怒りを最後まで温存していたのでしょう。そしてそれを解放した、ただそれだけ」

 

 浮かぶドルザークを、英雄派のクーフーリンは抱きとめて、そしてジークフリートとヘラクレスと共に戦線から離脱する。

 

 ……異様なまでに入り組んだ戦争は、こうして呆気なく終わる。

 

 ただ彼らは、兵藤一誠の帰還を待ち望んでいた。




お久しぶりです。
モチベーションとか他にやりたいことがあって、しばらく放置してしまって本当にすみません。
最新話、次回で10章も終章となります。


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第14話 終わりから始まりへ


今回は後書き次章予告を書きますので、今回は前書きに!
今話で長かった(時間的に)10章は終わり、次回は番外編はなしで、すぐに11章に入ります! 

それでは10章最終話、どうぞ!


 ──ハレ、アメの救出に成功し、残る目的はディヨン・アバンセの撃破だけだ。

 

 最下層への移動は本当ならば黒歌とフリードと合流した方が確実なんだろうけど……妙な胸騒ぎが俺の足を急がせている。

 

 鎧を纏いながらアメとハレを背負い、歩きながら黒歌と通信を繋げていた。

 

「黒歌はメルティを保護できたのか……ありがとう、流石だ」

 

『もっちろん♪ 今からイッセーの方に向かおうと思ってるけど……』

 

 黒歌は俺に一応指示を仰ぐ。……ディヨンの読めない点を考えれば、間違いなく合流は必須だ。

 

 でもおかしいんだ──今まで執拗にこちらを煽っていたディヨンの声が、一つも聞こえない。

 

「黒歌はフリードと合流し、地上を目指してくれ」

 

『……やっぱりそうだよね。明らかに可笑しいよな。あの変態男が、手駒全部やられて黙っているとか。それに戦力が少なすぎにゃん。クリフォトの増援も、結局はクロウ・クルワッハだけだったし』

 

「──それに感じるんだ。終焉を」

 

『──エンド』

 

 この戦場において、エンドは一度俺の前に姿を現している。敵対することはなく、そして自身をミリーシェと名乗った。

 

 そして戦争派をひどく軽蔑もしていて……あれからあいつの姿は確認できていない。

 

「あいつは近くにいる。本当はハレとアメも黒歌に預けたいけど……今は一刻を争う──必ず戻るから、俺を信じて動いてくれ」

 

『……怪我したら、強制子作りの刑にゃん』

 

「──おいなんだそれは! って黒歌、通信を切るな!! ……あいつなぁ」

 

 黒歌が一方的に通信を切断するものだから、俺は頭を抱える。

 あいつはやると言ったら必ずやる。ケガをしたら最悪、変な薬を飲まされて一年後にはお父さんだ。

 

 ……高校生でお父さんは洒落にならないから、一方的に倒そうと心に決めた。

 

「……あの、イッセー……さん?」

 

「ハレ、たどたどしい」

 

「な、慣れないんだから仕方ないよ! 僕だって」

 

「──わたし」

 

「……な、長いこと僕だったから、染みついたんだよ。ってそうじゃなくて──僕も戦えます。それに僕たちをこんなにしたあいつに、文句言わないと気がすみません!」

 

 ハレの声しか聞こえないが、しかし今までとは違って不安な声音は聞こえない。

 ……ハレとアメのことは帰ってから色々と相談しよう。そのためにも目の前の問題を全て解決する。

 

 そして最深部に辿りつき、目の前の大きな扉に手をかけた。

 

 ドアノブなどはなく、鋼鉄の扉は酷く重い。

 

 ……よしめんどくさい、吹き飛ばそう。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost』『Explosion!!!』

 

「ちゃんと捕まっとけよ、ハレ、アメ!! 破滅の龍弾(エクスティンク・ドラゴンショット)ッ!!」

 

 長らく使っていなかった属性付加の魔力弾! ……ここ最近火力任せの力押しが凄まじかったから使ってみたけど、やっぱりこれも威力は高い。

 

 頑強な扉を蹴散らし、土埃の粉塵を薙いで視界を良くすると──

 

「どういうつもりか、教えてくれよ、ディヨン・アバンセ」

 

 ──俺もこれは、例え敵であるディヨンであったとしても聞かないといけない。

 俺の目の前に広がる光景は、ひどく凄惨なものだ。

 

 ディヨンの部屋は何か数多くの檻と、数え切れないほどの薬品に囲まれる異様な部屋だ。

 でも今は、檻の大部分は消失するように大きく欠けている。まるで何かによって消しとばされたように。

 そして主人であるディヨンも、俺たちには目もくれず、室内の真ん中で奥を呆然と見ていた。

 

 ──部屋の奥は、闇で包まれていて何も見えない。

 

「は、はは、ははははは……なんなのだね、君は本当に──化け物め」

 

 その言葉は俺に向けられたものではない。

 ……この奥にいる奴が誰なのかも、分かっている。これだけ判断材料が揃っていれば断言できる。

 

「女の子に化け物ってどういうこと~? ほんと君ってどうしようもない屑だよねぇ」

 

 ──闇の中から、ゆっくりとエンドが現れた。その身体には黒い靄のようなものを纏っていて、辺りのものを消失させている。

 

「あ、イッセーくん!! それにその子たちも助けられたんだね!? 流石だよ、ほんとカッコいいよね~──待っててね、すぐにそいつ、終わらせるから」

 

「待て、エンド! そいつにはしかるべき処罰を」

 

「──待たないよ、こいつはいらないもの」

 

 俺の静止も空しく、エンドは黒い靄でディヨン・アバンセの身体を包み込んだ。

 あの靄はまずい。あれは間違いなく、フェルの力の逆のもの──終焉の力。その効力は消失特化で、触れたものを一瞬で消し去るものだ。

 

「あははははは──こんな幕引きかぁ。予定ではね、兵藤一誠くん。君からハレとアメを取り上げて、君たちから逃れて新たな研究に没頭するつもりだったんだけどね……本当に呆気ない幕引きだ」

 

「……君、不快だからもう話さないでね」

 

「赤龍帝でもなく、意味の分からない理不尽にやられるなんて──本当に人生って、面白いなぁ……」

 

 靄はディヨンの顔までもを包み込んで……そして靄が晴れる頃には、ディヨンの姿かたちは跡形もなくなくなっていた。

 

 それを俺たちは茫然として見ていることしか出来なかった。

 

「さぁて、これでイッセーくんを取り巻く面倒事は固唾いたね。それじゃあ私と一緒に──」

 

 ──その時、突然、大きな地震が起きた。まともに動けなくなってしまうほどの激しい揺れ。しかもその揺れの発信源は……俺たちのいるこの部屋の真下だ! 

 

「あれれぇ、なんだこれぇ」

 

『きっとあの人間の最後の足掻きだろうね。主、終焉のオーラを身体に纏わせな』

 

『Force!!』

『Domising!!!』

 

 エンドは胸元の黒金の宝玉が輝くネックレスから終焉の力を引き出し、アルアディアの指示通りに靄を身体に纏わせた。

 

「フェル、力を貸してくれよ!?」

 

『Force!!』

『Reinforce!!!』

『Infinite Booster Set Up──Starting Infinite Booster!!!!!』

 

 

 俺は即座に鎧に創造力を用いて神器強化し、神帝化を果たす。

 

 そこからはいつもの流れで無限倍増を発揮し、魔力をエンドと同じように纏わせて、天井から降る瓦礫から身を守る。

 

「ハレ、アメ、俺から絶対に離れるなよ!! ドライグ、守護龍を展開できるか!?」

 

『守護覇龍の影響で11体全部は無理だが、二、三匹なら問題ない!!』

 

「じゃあ展開して、もしかしての時に備えさせてくれ!! フェルは──っくそ、そうだった!!」

 

 未だ眠りから覚めないフェルに悪態をついてしまう。

 黒歌とフリードたちを先に戦線離脱させてて正解だった! 

 

「……ディヨンの最後の悪意なら、絶対にぶっ潰してやる」

 

 過去最大の紅蓮の龍星群(クリムゾン・ドラグーン)をぶち込んで、それで終わりにしてやる! 

 

「敵はどこから現れる……っ。真下か、それとも──いや、これは俺が空けた大穴からか?」

 

「そうみたいだねぇ、イッセーくん──ここは協力しなーい?」

 

 するとエンドはいつの間にか俺の隣に立って、顔の周りを包んでいた靄を少しはがし、そう言った。

 

「……俺は、お前の思い通りにはならないぞ」

 

「もちろん、それでこそ君だよ。だけどこの状況を生き残るためにも、戦力は一つでも多くがいいでしょう?」

 

「──お前のやり口、ほんとあいつみたいだよ」

 

 この強かなふるまい、頭の回転の速さはミリーシェの面影がある。

 

 ……完全に信じるわけではない。でも──この一瞬だけは、エンドを信じる。

 

「じゃあ最終決戦だ♪ アルアディア、この建物を全部、消すよ!」

 

『主は本当に派手好きだな──了解した』

 

 エンドの神器から更に黒金の靄があふれ出て、四方八方を覆う。そして少しずつ壁を、機械をを、檻を消し飛ばしていった。

 

 建物を消す役目はエンドに任せて、俺は一撃必殺の力を蓄える一方で、フリードと黒歌に連絡を取る。

 

「黒歌、フリード、地上に逃げたか!?」

 

『──イッセー!? うん、私はフリードたちを回収して今は地上にいるにゃん!! だけど──ドルザークが私たちの目の前で地下からの光に充てられて、怪物の卵みたいなのに吸収されたにゃん!』

 

「……吸収? ……ともかくお前たちは安全なところに退避していてくれ!」

 

『イッセーは!?』

 

「俺は──最後の敵を倒して、それでこの戦いは仕舞だ」

 

 俺のその言葉と共に、天井から月明かりがさしこんだ。

 

 そして俺たちの視界には、全庁150メートルほどの大きさの怪物がいた。

 キメラのような容貌は歪で、まるでディヨン・アバンセの研究の集大成のようにいろいろなオーラが感知できる。

 

 天使、堕天使のオーラや聖なるオーラ、ドラゴンや魔獣……あらゆる種族の力をつぎ込んだ生命体の卵を、最後にドルザークを吸収することで生んだのだろうか。

 

「……だけど完成はしてなかったんだろうな。それぞれの力が相反していて、ほころびだらけだ。無理やり形を成しているに過ぎない」

 

「ハリボテだね──きっと君の一撃で終わる。だけど」

 

「あぁ。ドルザークがいる。あいつもたくさんの人を傷つけただろうが、それでもディヨンに利用され続けた子供の一人だ。だから」

 

「──うふふ、私はイッセーくんの考えを尊重するよ。要はイッセーくんの一撃からそのドルなんとかくんを守ればいいんだよね? なら」

 

『Force!!』

 

『Demising Weapon!!!!』

 

 フォースの音声と共に、今までとは違う音声が流れる。

 今までは黒金の靄だったものは形を成して、エンドの手の平で鞭のような形になった。

 

 ……終焉のオーラで出来た武器。その力は簡単に想像できる。

 

「触れたものを消失させる武器か?」

 

「せいかーい♪ 流石だね──終焉消装・鞭の形だよ。これで少ない個所を消すように削り取りながら、あの中で囚われているドルなんとか君にたどりつける。その状態で武装状態を解いて、私の今みたいに靄で身体を包んで、繭状態にすれば君はただ力を放てばいい」

 

「……俺の本気の一撃を耐える前提なんだな」

 

 だけど俺は知っている。

 俺が覇龍状態の時に放ったロンギヌススマッシャーを、エンドは至近距離で余波を浴びても怪我の一つで済んだ。

 

 ……俺の紅蓮の龍星群は今や、ロンギヌススマッシャーに近い威力を持っている。それを直撃しても守りきれるのだとすれば──エンドに俺のおおよその攻撃は通用しない。

 

 それに静かに戦慄する。だけど今は、それを考える時間はない。

 

「……安心してよ。君の一撃でも完全には耐えきれない。やっぱり余波で怪我はするよ」

 

「……心を読んでくれてありがとよ。だけどフォローになってねぇよ──その作戦が一番ドルザークを救える。それで行こう」

 

 俺は手の平の照準を、ドルザークを内包する怪物に向ける。オーラを込めて、小さな球体を作っていき、それを更に大きくするため倍増のオーラと魔力を込めた。

 

 渦を描くようにオーラは循環する。

 

 ──エンドも行動を開始した。鞭をしならせて怪物の身体をえぐっていく。鞭の先端が体表に触れた瞬間にに身体には穴が開き、そして怪物の中心へと終焉のオーラは到達する。

 

「──見つけた。アルアディア、武装変更」

 

『Demising Weapon Change!!!』

 

 フードのせいでエンドの口元しか見えないが、彼女の舌なめずりをして予定通り力を使う。

 ──怪物は苦しんでいるのか、形容しがたい叫び声を轟かせた。

 

「──こいつで北欧の悲劇は終わりだ」

 

 紅蓮の球体は、俺の身体を遥かに凌ぐ大きさとなり、光輝く。限界まで出力を込めたからか、球体は破裂寸前だ。

 

「──紅蓮の龍星砲(クリムゾン・ドラグーンキャノン)!!!!!」

 

 ……その一撃は、怪物を覆い、そして──北欧戦線における、戦争派との闘いに終止符を打った。

 

 

 

 

 

「終章」 子供たちの幸せ

 

 

 ──戦争派との、北欧を舞台にした戦いは兵藤一誠の一撃によって決着した。

 戦争派の戦力はリーダー、ディヨン・アバンセの科学力による改造生物や兵器、そして最大戦力として実験体とされていたメルティ・アバンセ、ディエルデ、ティファニア、ハレ、アメ、ドルザークのみとされ、それ以外は劣勢と知るとすぐに逃亡を図った。

 

 子供たちについてはメルティ、ソラ、ハレは兵藤一誠が保護し、ディエルデとティファニアはフリード・セルゼンが保護をする。

 

 そして最後、キメラに取り込まれたドルザークは同じく子供たちの一人で英雄派のクー・フーリンによって保護され、当の首謀者であるディヨン・アバンセは謎の存在、エンドによってこの世から姿を消した。

 

 ……当記録は兵藤一誠による情報提供の元、北欧の主神オーディンが記録する──……

 

 

 

 ──英雄派の隠れ家の一つにて、ドルザークは眠っていた。

 彼の傍にいるのは英雄派のクー・フーリンであり、彼の傍を片時も離れない。

 

 彼女もまたドルザークと同じく改造され、実験動物とされた人間の一人だ。ドルザークはもはや人間と呼ぶことが難しいほどに身体をいじられて、普通に生きていくことが難しい。

 

 ……彼はスラム街に生まれ、そして多くの人々を殺したシリアルキラ──―にしたて上げられた。

 

 5歳の頃にディヨンに引き取られ、元にあった人格を壊され、そして狂暴な人格を埋め込まれ、ディヨンに忠実であるように改造されたのだ。

 

 クー・フーリンはそれを知る唯一の存在だ。

 

「……ドルは昔っからホントに世話が焼けるよ──やっと僕のところに帰ってきてくれた」

 

 ──なぜなら、彼女は同じくスラムで生まれたドルザークの姉だから。

 もちろん血縁関係はない。だが毎日を生きていくために二人で徒党を組み、まるで姉弟のように二人で幼少期を過ごしたのだ。

 

 その頃のドルザークは、やんちゃで世話が焼けて──血のつながりのないクー・フーリンを本当の姉のように慕い、いつも彼女のために戦っていた。

 

 そして……本当ならば彼女が受けるはずだった実験を、ドルザークはディヨンに懇願して自分に施した。

 

「……僕がこうして生きているのは、ドルのおかげなんだよ──絶対、ドルは僕が元に戻してあげる。これからはずっとそばにいるから」

 

 クー・フーリンはドルザークのドラゴンの鱗が目立つ手を躊躇なく握り、涙を流した。

 

 ──彼女が英雄派に派遣された本当の理由は、ドルザークから引き離すためだ。壊された元の人格はそれでもなお彼女のことを愛しており、ディヨンの目的に支障をきたす可能性があったのだ。

 

 だから引き剥がされ、そして彼女は──クーはクー・フーリンと名乗り、静かに爪を研いでいた。いずれドルザークを取り戻すために。

 

 ……それを知るのはジークフリートと曹操だった。曹操はジークフリートを彼女の目的のために此度の戦いに派遣し、加えて晴明の秘密を握る任務を言い渡した。

 

「……クー。彼の人格は消えていない。微弱だけど残っているはずだ──赤龍帝の仲間にアーシア・アルジェントと呼ばれる少女がいる。彼女は心までも癒す能力を持っている。そして彼女は例え敵であろうと、事情を知れば手助けするような性根だ」

 

「……分かってる。僕はドルのために生きる──それと同じくらい、英雄派のみんなのことも大好きだから。だから最後までみんなの力になるよ」

 

 クーは涙を浮かべながら、満面の笑みを浮かべてそう断言した。

 ──ジークフリートは曹操から受けたもう一つの任務、晴明についても既に情報を掴んでいた。

 

 今回の戦いで晴明は空を飛んで先に戦線を離脱した。加えて今、この場に合流してはおらず、別勢力と合流したと通信を受けた。

 

 ……クリフォトだ。つまり晴明の異常性には、クリフォトのリーダー、リゼヴィムが関わっている。

 

 更に言えば、戦争派の研究施設から得た研究情報から、晴明がディヨンによって改造を受けていることも発覚している。

 

「……曹操。僕たちも、選択の時は近いよ──君の正義は、本来は兵藤一誠と共にあるべき正義だ。それでも君が禍の団(カオス・ブリゲード)に所属する理由は、晴明なんだろう」

 

「──あぁ。その通りだ」

 

 ──部屋の隅から、曹操は現れる。

 ……曹操はこの北欧の戦いに参加していないように思われていたが、実際には彼も北欧に来ていた。

 だが兵藤一誠の前には現れず、ただ一人でリゼヴィムを警戒していたのだ。故にリゼヴィムは北欧に来ることが出来ず、戦いは最悪の結末を迎えることはなかった。

 

「……この戦いにも、エンドと呼ばれる終焉の少女が現れた」

 

「それは、本当かい?」

 

「あぁ。ディヨン・アバンセを殺したのは彼女だ──彼女は兵藤一誠に異様な執着を見せている。彼のためならば、誰であろうと敵に回す。そしてそれを実行できるほどの力を保有している」

 

「……君の禁じ手で、勝てるか?」

 

「……分からないね。それに覇輝を以てしても、彼女相手だとどれだけ通用するか分かったものじゃない」

 

 英雄曹操が危険視する存在は、二つ。

 クリフォトの頭目、リゼヴィム。そして終焉の少女、エンド。

 今回の戦いを曹操は彼の持つスキルの一つ、鷹の眼如き視野と隠密性にたける動きで常に把握していた。

 

 ……そしてエンドの力を見て、背筋に悪寒が走った。兵藤一誠の最強格の一撃必殺技を、彼女はもろとももしないのだ。

 

 現にドルザークは大した傷もなく、ただ意識を失っているだけ。

 

「……ともかく今は力を蓄えよう──大丈夫、俺たちは強い。俺もジークを筆頭に、ヘラクレスも覚醒の芽が芽吹いた。ジャンヌもゲオルクとの修行で実力を伸ばしている。不安要素はレオナルドと晴明だが、晴明の問題さえ解決すれば俺たちはどんな相手でも負けないさ」

 

 曹操は爽やかな笑みを浮かべた。その断言はあまりにも頼りがいがあり、ジークフリートは曹操に永遠についていくことを誓う。

 ──彼を慕っているからこそ、悔やまれる。兵藤一誠が人間の頃に曹操と出会っていれば、志を同じくして共に歩めたことを。

 

 ……少しずつ、英雄派はまとまりつつある。曹操を中心に、志が一つになっていた。

 

 

 ―・・・

 

 

 フリード・セルゼンとガルド・ガリレイは目の前の洗礼を前にして、苦笑いを浮かべていた。

 フリードが救った第三次聖剣計画の生き残りの子供の一人、白髪お下げの少女、イリメスがディエルデとティファニア兄妹をジト目で睨んでいるからだ。

 

 フリードさえも手を余すイリメスは、普段はおとなしい。しかしフリードのこととなると少し怖くなる年頃の少女で、彼が連れ帰った二人の品定めをしているのだ。

 

「あ、あの……ふ、フリードさん」

 

「──お兄ちゃん」

 

 ディエルデが困りに困ってフリードに助け舟を求めると、即座にイリメスは声を出す。

 なおティファニアは怯えていた。

 

「フリードお兄ちゃんってよびなさい」

 

「え、でも」

 

「それがフリードファミリアのルール」

 

「おいマテ、なんだその不名誉な仮名は。イリメスちゃん、いつそんな名前を──」

 

「フリードお兄ちゃんは黙ってて」

 

「あ、はい、すんません」

 

 なかなかいい年の青年が、弱い12歳の少女に封殺される。なおガルドはとても利口なため、無駄口をたたくと恐ろしい目にあうことを理解しているため、黙ってみていた。

 

「私たちはみんな、フリードお兄ちゃんに助けられて、みんなお兄ちゃんが大好きなの。二段階下の好感度だけどガルドおじいちゃんも好き」

 

「「は、はい」」

 

「だからちゃんとお兄ちゃんが好きじゃないと、仲間にはできないの──っていうか、まずは自己紹介でしょ?」

 

「で、ディエルデです!! 特技は聖剣を使えることだ!!」

 

「て、ティファニアです!! 特技は聖剣になることです!!」

 

「ディーくんとティファちゃん……イリメスはかわいい子が好き」

 

 するとイリメスはもはや怯えている兄妹を抱きしめた。

 

「イリメスはファミリアの妹分たちのボスなの。ルールはイリメスが教えてあげる! そして私たちは家族になるの!!」

 

「か、家族……と、とても甘美な」

 

「お、お兄ちゃん、やったよ!! 家族が増えた!!!」

 

 家族愛に飢えているのか、ディエルデとティファニアは目を輝かせた。

 そしてイリメスをまるで憧れの上司のように見つめている──その光景はまるで、

 

「新興宗教の洗礼みたいっすねぇ」

 

「はは、可愛いものだよ。…………はは」

 

「おいじいさん、明らかに間があったよね、今のかすれた笑い。全然思ってないっしょ、そんなこと」

 

 フリードは既に生まれた子供たちの上下関係を見て、もう黙って見守ることにするのだった。

 ──今は日本への帰りの船の中。かなり時間はかかるが、飛行機と違い身分の証明の偽装がしやすく確認作業が緩いため、この方法を取った。

 

 既に自分たちとは違う方法で日本へ帰っている赤龍帝眷属とは既に別れており、子供たちを頼むとお願いされたところだ。

 

「……まぁ、うちのガキんちょ共はみんな馬鹿だから、何も考えずに済むっしょ。子供らしくさ」

 

「君は本当に……」

 

「あ、なんか言いたいことがあるなら聞くっすよ? 変なこと言ったらぶっ飛ばす」

 

「──天邪鬼だねぇ」

 

 外道神父、フリード・セルゼンは妙な生易しいガルドの視線に、「へっ」と笑い飛ばし──満面の笑みを浮かべるディエルデとティファニアを優しげな眼で見つめていた。

 

 

 ―・・・

 

 

 ……戦いが終わって、みんな疲れているように用意された宿で眠っていた。

 

 今回の戦いは本当にいろいろなことが起きたので、俺も本当は眠ってしまいたいが……それの整理のために起きている。

 

 ──結果としていえば、俺たちは誰一人かけることなく、勝利した。だけど勝利の余韻に浸っているほど、良い状況でもない。

 

 ……最後、ディヨンに止めを刺したエンド。彼女は最後の戦いで手を貸してくれたが、戦闘が終わりを告げると忽然と姿を消した。

 最後まで読めない存在だった──だが問題は、エンドの防御壁は俺の戦力の一撃をもろともしなかった。

 

 ……今のところ、彼女が俺に敵対していない。むしろ表面的には好意的にさえ思える。彼女がミリーシェの欠片を持つ、限りなくミリーシェに近い存在であることも認めよう。

 

 だが……何か、彼女からは嫌なものを感じるんだ。

 

 そして次──安倍晴明だ。

 

 朱雀が今回、晴明と戦い、そして勝利した。そこまでは良い──だが彼は、悪魔の翼を生やしていたらしい。

 

 それはつまり、彼が転生悪魔であることに他ならない。ならば彼を悪魔化した上級悪魔がいるはずだ。

 

 ……彼が英雄派にいるということは、つまり彼は主から離反したということ。おそらく彼を悪魔にした存在は、既に死んでいるはずだ。

 

 これは調べる必要がある。家に帰ったら、アザゼルに相談するのとサーゼクス様にも協力を仰ぐつもりだ。

 

 あとは……俺の部屋にあるベッドで眠る、ハレとアメ。そして床で眠るメルティの件か。

 

「……本当にどうしようかな」

 

『保護するというなら、日本に連れて帰る他あるまい。もちろん、彼女たちが望めばの話だが』

 

「だよなぁ……理想的なのはあるんだけど、俺からお願いするときっとあの子たちは拒否できないだろうから」

 

 本当に困った。そうドライグと思案しながら話していると──床で眠っていたはずのメルティが、いつの間にか足に引っ付いていた。

 

「……犬だな」

 

「──無論だな。メルティに埋め込まれた魔獣の宝玉は、ヘルバウンドの宝玉さね。不吉の魔犬は元をたどれば犬さ」

 

「──!?」

 

 俺はメルティが突然饒舌に話し始めたことに驚いた。

 ……だけど、すぐに気づく。これはメルティの人格ではなく──ヘルバウンドのものだ。

 

「……ヘルバウンドの意識が残っているのか?」

 

「話すにはメルティの身体を貸してもらわないと難しいけどさ。……礼を言うさね、メルティを救ってくれて」

 

 ヘルバウンドは俺にそう言った。

 ──そもそもヘルバウンドも、ディヨンによって無理やりメルティに核を埋め込まれた一種の被害者だ。その彼女はメルティを名前で呼び、どこか慈愛のようなものを感じさせる。

 

 まるでドライグやフェルが俺に向けるようなものだ。

 

「……お前にとって、メルティは大切な存在なのか?」

 

「…………もちろん最初は憎しみを抱いていたさ。あのディヨン・アバンセに。我輩の意識は奴によって抑え込まれ、メルティはただのキラーマシーンとなっていた。だが──あんたさんの赤い力が、メルティの呪縛を解き放ち、そして我輩の意識を取り戻させてくれた」

 

「俺の?」

 

「そうさね。京都の戦いで、既にメルティの呪縛は消えた。そしてこの北欧で、再びディヨンによって同じ洗脳をされ──それでもメルティは負けなかった。大まかな指示には従うけど、以前よりも洗脳は弱く、あんたさんの猫のおかげで完全に解き放たれた」

 

「……メルティは、今はどんな状態なんだ?」

 

「……赤ん坊と同じさ──我輩は、この子の全てを知ってる。この子は本当に純粋で、なんでも吸収してしまう。だから父になんの疑いも持つことが出来なかった。それを利用され続けることが本当に腹が立つさね。……本質は我輩と同じ犬さ。本能で従い、本能の赴くままに動く」

 

 ヘルバウンドは床で、まるで犬のような座り方をして、上目遣いで俺を見つめた。

 

「この子は、あんたさんに懐いている。何も持たないこの子に、生きる意味を与えてはくれないか?」

 

「生きる意味、か……メルティとヘルバウンドの本質は、つまり主君に仕えることって言いたいんだな」

 

「……ああ、その通りだ」

 

「──俺の下僕悪魔になりたい。そう言っているんだな」

 

「──然り」

 

 ……考えていた理想的な解決作だった。

 メルティが俺の眷属になれば、彼女の居場所は出来て、俺が保護する理由にもなる。彼女の罪はディヨン・アバンセによるもの。

 

 そしてその保護観察として俺が彼女を引きとり、そして正しい道を導く。それで彼女のテロ行為の罪は、軽くなるはずだ。

 

「……ヘルバウンド、メルティは起こせるか?」

 

「あぁ、暫し待て」

 

 するとヘルバウンドは目を瞑った。数秒ほどすると、メルティがいつもの眠そうな半開きの目をこすりながら、目を覚ます。

 

 視線を右左を向いて、そして目の前にいる俺に向かって首を傾げた。

 

「……イッセー、ここはどこ?」

 

「──言葉、普通に話せるようになったんだな」

 

 今までは単語単語を区切って話していたものが、今までよりも自然なものとなっていた。

 恐らくヘルバウンドが覚醒したのが原因だろう。俺は椅子から立ち上がり、そしてメルティの傍で腰を屈めて目を合わせた。

 

「……ヘルバウンドは分かるか?」

 

「……メルティの、中にいる……ママ」

 

「そうか──俺は結果的に、お前の父親に引導を渡した。もうお前は自由だ。どこに行ってもいいし、好きに生きれる」

 

「好きに……分からない」

 

 きっと、どうやって生きていけばいいか分からないんだろう。

 今まで誰かの命令で生きてきて、確立した元の自我を取り戻しても、何をすればいいかも分からないんだと思う。

 

「メルティは、パパの言うこと聞いてた。……パパは、メルティにいっぱい、痛いことした。命令した。……愛してなかったと、思う」

 

「……っ」

 

「──でも今は、あったかい」

 

 メルティは、すっと俺に身体を預けた。反射的に彼女の身体を抱き留めて、メルティは俺の胸に顔を埋めた。

 

「……あったかいところに、居たい。あの猫さんとか、イッセーのところは、ぽかぽかする」

 

「そうか──俺の傍にいると、戦わないといけなくなる。もちろん俺は全力で仲間を守る。それでも傷つくこともきっとある」

 

「……あったかいところを守るためなら、傷ついても良い」

 

 メルティは半開きの目をはっきりと開けて、今までとは違い覚悟のこもった瞳をした。

 

「──イッセーたちの傍にいれるなら、何にだってなっても良い」

 

「あぁ──メルティ、俺の騎士になってくれないか?」

 

「──了承」

 

 メルティは過去の喋り方で、でも過去からは考えられないくらいの感情に満ち溢れた表情で、そう頷いた。

 ──俺はメルティも悪魔の駒の、騎士の駒を授けた。それをメルティはキュッと握り、そして温かな赤い光と共に駒はメルティの胸の中に浸透するように消える。

 

「──イッセー、さん。今、何をしてたんですか?」

 

 ……俺たちの会話で起きたのか、ハレとアメが起きてこちらを見ていた。

 

「悪い、起こしちまったか?」

 

「いえ……今のは」

 

「……あぁ。メルティを悪魔に転生させたんだ」

 

「……悪魔」

 

 ハレとアメはそれぞれの反応をしていた。ハレはどこか悩むような表情を浮かべており、アメは俺をまっすぐ見つめていた。

 ……ハレとアメの願いは知っている。二人で幸せに、平和な日々を過ごしたい。

 

 だけど俺の人生は危険と戦いばかりだ。俺といることで、二人の平穏はまた崩れる可能性は十分にある。

 

 だから俺は彼女たちが平穏で暮らせる場所を与えて、別れた方が良い。

 

 ──だけど俺の心が、この子達と一緒にいたいと思っている。一緒に暮らして、面倒を見たいと思っている。

 出会って最初から抱いていた謎の親近感は、出会って確信に変わった。俺はこの子達を、大切に想っているんだ。

 

「……ハレとアメはこれからはずっと一緒にいれる。俺が出来ることは、その環境を与えることだ──二人はどうしたい?」

 

「……僕は、アメと一緒に生活できるなら──あ、あなたの傍にいるって、選択肢は」

 

「アメもハレに賛成。アメも、イッセーの傍にいたい」

 

「──俺は戦いを呼んでしまう。二人の願う、平穏からはかけ離れている」

 

 俺は残酷だろうが、そう言うしかない。俺の傍で生きることとは、そういうことだ。

 

「俺の人生には戦いが付きまとう。きっとこの先も、幸せの約束はできるけど、平穏でいられる約束はできない」

 

「──し、幸せの約束は、してくれるんだ」

 

「ハレ、お顔真っ赤」

 

 ……俺、結構残酷なことを言ったつもりなんだけど。何故かハレは照れていて、アメはそんなハレをニヤリと笑いながら突っ込んでいる。

 

「ま、真面目に聞いてくれ。命の危険を減らすのなら、俺からは離れるべきだ。だから」

 

「──だからあなたの善意を利用して、自分たちは安全な場所で何も知らないふりをする。……そんな恩知らずなことは、僕もアメもできません!!」

 

「右に同じく」

 

 ハレはベッドから降りて、俺の目をまっすぐと見ながらそう断言した。

 

「……ディヨン・アバンセから奪われた記憶が、戻りました。もちろん全部じゃないけど、本当のお母さんやお父さんのことを思い出した──二人は受けた恩は必ず返す。そう私たちを育ててくれた」

 

「きっとイッセーが助けてくれなかったら、私たちは死んでた。だから──」

 

「「()たちは、あなたのために生きたい!!!」」

 

 アメとハレは、声をそろえてそう言った。

 ──メルティと同じで、覚悟の籠った目だ。その覚悟に、俺は応えなければならないよな。

 

 ……俺は懐から悪魔の駒が入った木箱を取り出し、綺麗に詰められている兵士の駒を全て取り出す。

 

「──俺は眷属を、家族と思っている。永久に近い人生を、二人三脚で歩んでいく仲間だ。だからこそ、生半可な覚悟な人を、下僕にはできない。自分を大事にできない人を、家族にはできない」

 

 箱ごと二人の前に突き出して、話し続けた。

 

「ここからは俺の願いだ。もちろん悪魔にならなくても君たちの安全は保障する──でも俺は、君たちの支えになりたい。だからもしも君たちが俺の仲間になってくれるなら、この箱を受け取ってほしい」

 

 ハレとアメは顔を見合わせる。

 ──万年に近い永久を生きる悪魔。ただ生きる分には長すぎる人生だ。だからそんな簡単に選んではいけない。

 

 ……それは俺にも言えることなんだろう。上級悪魔になって本当に少しの時間しか経っていないのに、俺は女王を残す全ての駒を託してしまった。

 

 でも後悔はない。この二人が俺の大切な仲間になってくれるのなら、俺は──

 

「ハレ、8つもあるけどどうしよう」

 

「うーん、4つずつでいいんじゃないかな?」

 

 ……ハレとアメは、箱から駒を取り出して、互いに四つずつ手にしていた。

 

「……あのさ、俺、今結構勇気ふり絞ってお願いしたんだよ!? そんな呆気なく……」

 

「……アメは最初から答え決めてた」

 

「わ、私はそりゃあ迷いましたけど──アメとずっと一緒に入れるなら、答えは一つです。そのためなら何でも切断します!!」

 

 ハレは神器を取り出して、両手で握ってそう息巻いた。

 ……はは。なんだ、最初っから変に悩まず、ストレートに言えば良かったって話かよ。

 

『相棒のそういう気の遣うところを、彼女たちも信じてくれたんだよ──ただ兵士の駒四つで足りるだろうか。俺の見立てでは、二人とも神滅具クラスの神器だ。相棒の潜在能力を反映した悪魔の駒なら、大丈夫だとは思うが……』

 

 無理な時はその時考えるさ! 

 

 ……俺はふと、気になった。二人はディヨンが死んだからか、彼に奪われていた記憶を幾らか取り戻したと言っていた。

 

 ……二人のラストネームについてだ。眷属にするにも、二人の本名を知らなければならない。

 

「……二人のラストネームは思い出せたか?」

 

「あ、はい! それは思い出せてます!!」

 

「アメも」

 

 俺はホッと胸をなでおろした。

 そして二人は声を合わせて、

 

 

 

「──ハレ・アルウェルトです!」

「──アメ・アルウェルト」

 

 

 

 ──……その名前を聞いた瞬間、音が聞こえなくなる。

 

 アルウェルト……そのラストネームは、俺にとって重要な名前だった。

 

 その名前は、ミリーシェのラストネームだ。

 

 ……そうか、そういうことか。金髪、少しの癖っけ、蒼い瞳──全てはミリーシェを連想する要素だ。

 

 俺はこの二人に、最初からミリーシェを重ねていたんだ。

 

「ははっ」

 

 つい、笑ってしまう。

 ──ミリーシェと血縁がある。そりゃあどうにか二人を守りたくなるはずだよ。

 

 俺は二人を抱き寄せた。

 

「は、はれ!?」

 

「……イッセー、大胆」

 

「俺はお前らを絶対に幸せにするからな! 絶対に俺から離れんなよ、チクショー!」

 

 ──北欧の地で、ミリーシェの血縁者との出会い。運命としか言いようがなかった。

 ……そして一つ、確信を持つことが出来た。

 

 ……エンドは、曲がりなりにも戦争派に対しては明らかな敵意を向けていた。もしかしたら、あいつは自分の時代を超えて存在した親戚を、守ろうとしていたんじゃないか。

 

 あいつは身内にはとことん甘い。昔からそうだった。

 

「……もう、仕方ないなぁ」

 

「まんざらでもなさそう」

 

「あ、アメ!?」

 

「……メルティ、仲間外れ悲しい」

 

 ──感動的な場面のはずが、いつも通りの女難の流れ。

 だけどちゃんと紹介しないとな。

 

 

 ──こうして、俺たちの北欧での出来事は幕を閉じた。

 

 

『赤龍帝眷属』

 

 王  兵藤 一誠

 

 女王 ────

 

 戦車 ティアマット

 

 騎士 土御門 朱雀

 

 騎士 メルティ・アバンセ

 

 僧侶 黒歌

 

 僧侶 レイヴェル・フェニックス

 

 兵士 ハレ・アルウェルト(兵士4個分)NEW!! 

 

 兵士 ソラ・アルウェルト(兵士4個分)NEW!! 

 

 

 ―・・・

 

 俺たちは北欧から日本に帰り、そして色々な人たちに頭を下げたり、お願いをしたり……色々と騒々しい日々を過ごしていた。

 

 眷属のみんなにはハレとソラ、メルティが仲間になったことを伝え、まずは相談もなく眷属にしたことを怒られて……三人の可愛さに、みんなすぐに受け入れた。

 

 メルティは黒歌に特に懐いており、ハレとアメはチビドラゴンズやオーフィスとも打ち解け、今では兵藤家にもなじんでいる。

 

 あれから1か月の月日が経ち、季節は完全に冬になる。

 

 部長たちに北欧でのことを伝え、修行も苛烈になり、俺も新しい新技がとうとう形になった。

 

 ……その間、気味が悪いほどに敵に動きはなく、アザゼル先生たちも血気になって敵の本拠地を探すことに躍起になっている。

 

「……平和だ」

「イッセーさん、なんだかおじいちゃんみたいですよ?」

 

 俺はソファーで隣り合わせで座るアーシアに、ふとそんな軽口をたたかれてしまう。

 ……久々の二人きり。アーシアは相変わらず癒しの化身だ。

 

「……いや、こんな平和がずっと続けば良いってさ、思っただけ」

「そうですね。……あ、インターホンが」

 

 俺よりも先にアーシアがインターホンの音に気が付いた。

 ……なんだろう、荷物とかは特に何もないはずだ。誰かが遊びに来たのか? 

 

「アーシア、俺が行ってくるよ」

「はい! あ、でしたら私はお茶でも淹れてますね!」

 

 アーシアの淹れてくれる紅茶は絶品だから、俺はすぐにインターホンを相手を終わらせてリビングに戻りたくなる。

 

 だからか、俺はリビングにカメラ画像を見ずに、すぐに玄関に向かってしまった。

 

「はいはい、誰です──か」

 

「──イッセー、むかえにきた」

 

 ──俺の視線の下には、リリスが立っていた。オーフィスとは瓜二つの容姿の彼女は、俺が出てくるや否や、俺の手を握る。

 ……悪意はない。俺も油断していた。この子は禍の団の一員だというのに、俺は何一つ警戒することもできなかった。

 

「リリス、どうし──」

 

 ……そこから際は記憶はない。

 だた後頭部に感じたこともないような鈍痛が響き、少しずつ俺の意識を奪っていく。

 リリスは光のともらない目で──嗤っていた。

 

「──イッセーは、リリスのもの」

 

「あ──…………」

 

 目の前が真っ暗になった──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、三大勢力に激震が走る。

 

 目下、三大勢力最高戦力の一人、赤龍帝の兵藤一誠が姿を消した。

 

 その原因もすぐに判明する。玄関を録音するカメラにその全貌は映っていた。

 

 ──禍の団、クリフォトの中心人物、リリスの急襲。そのリリスを前に兵藤一誠が敗れ、そして連れ去らるまでの一部始終が鮮明に映っていた。

 

 ……誰一人としてリリスの駒王町への侵入に気付かなかったのだ。

 

 …………そして誰一人として、リリスの変貌ぶりに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 ──平穏もつかの間、禍の団との最終決戦は間近にあった。

 

 

 ──三大勢力、クリフォト、英雄派。様々な勢力が入り組んだ戦争が、目前まで近づいていた。





――それは終焉の幕開け。


進んだ秒針は決して戻らず、戦いは混沌となる。


強さを求めた青年の、悲しい真実


戦いの先にあるものは――笑顔であると、彼は信じている。



Original Chapter ―――家庭訪問のベビードラゴン



やべぇことになった。リリスが、イッセーを連れ去った。すまねぇっ!!――アザゼル
三大勢力の支柱の一人は、謝り、彼を取り戻すために動き続ける


奪われたのなら、奪い返すの……私はあの子の、主だもの――リアス・グレモリー
強くなった彼女は、冷静で居続ける。


リリスちゃんがどうにも勝手な行動が多いねぇ~――リゼヴィム・リヴァン・ルシファー
リリスの独断は、彼を以てしても予想外であった。


決めたよ、みんな。俺たちは禍の団から抜ける――曹操
人類の最後の砦は、人類を守るために戦う


心配しなくて、彼は自力で戻るさ。そういう男だ、俺のライバルは――ヴァーリ・ルシファー
そういう彼は、誰よりもライバルを信じていた


我、グレートレットに会いに行く――オーフィス
彼女は友達を守るために、意地を捨てた


傷だらけになっても、帰ってくれば私がどんな傷でも治します。だから……死なないでくださいっ!!――アーシア・アルジェント
彼女は彼らの生命線だ


僕は親友のために戦う。それだけだよ――木場祐斗
親友を救いに行けない歯がゆさを、彼は一身に受ける



――兵藤一誠不在の三大勢力。


そんな彼らを悪意の象徴は見逃すはずもなく、戦争は始まる。



悪いが、私たちは独断でイッセーを救いに行く。異論は認めない――ティアマット
最強の戦車は、弟を救う算段をつける


兄さん、決着をつけましょう――龍宝院朱雀
宝玉の騎士は、無残な兄の姿を見て、心を殺す


イッセーの匂いはこの鼻で覚えてるニャン――黒歌
赤龍帝眷属切手のイッセーマニアは、距離が離れていても関係ない


……メルティも、イッセーの匂いは好き――メルティ・アバンセ
メルティよ、それは今は関係ない





――囚われの兵藤一誠。


彼を救い出すが、向かう敵は最強格のドラゴン、リリスだった




イッセーはリリスのもの、だれにも、リゼヴィムにもだれにもわたさない――リリス



一体こんな醜悪な存在を誰が救うと? あぁ、生きていくのは辛い……誰か、俺を殺してくれ――安倍晴明



歪んだ少女と、歪んだ青年。その二人を救うことが出来るのは、ただ一人だ




理不尽に負けてんじゃねぇ。生きることを諦めてんじゃねぇ。助けてほしいなら、そう言え!!!!!――兵藤一誠





例えどんな状況でも、彼は決してぶれることはない。


敵であろうと救う。その姿は――英雄だ。


そうして始まる戦争。


そしてその陰で蠢く、一人の少女



君は私が救って見せる。私は君のことを愛しているの――終焉の少女・エンド





第11章 家庭訪問のベビードラゴン



これは、命の物語である。


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【第11章】 家庭訪問のベビードラゴン
第1話 囚われの兵藤一誠


ついに11章が始まりました。
クライマックスもようやく見えてきました。

11章はあまり長くはなりません。どうぞお付き合いください!


 目を覚ましたら、俺の視界は知らない天井で埋め尽くされていた。

 豪華絢爛なシャンデリアに、不思議な模様の天井。身体が妙に浮ついていてふかふかな感触さえある。

 

 ……だけど俺の頭は冷静でいてくれた。

 

 ──そうだ、あの日、俺はインターホンが鳴って家の外に出た。そしてそこにいたのはリリスで、あいつは俺が話しかける間もなく襲い掛かり……抵抗するよりも早く意識を奪われた。

 

 ……つまりここは禍の団──いや、もうクリフォトというべきか。そこの本拠地ってところか。敵の懐に入っちまったのか。

 

「ドライグ、聞こえるか?」

 

 ……応答はなかった。ドライグの声が聞こえないのは、俺が転生悪魔に転生したばかりの頃の時以来だ。

 考えられるのは二つ。寝ているか、ドライグの意識が俺に届かないようにされているか。

 ……神器はどうだろうか。

 

 俺は左腕に意識を向け、神器を引き出そうとするが──これも失敗した。

 

 よく見ると俺の手首には何やら黒い腕輪のようなものがつけられており、触ってみてもピクリとも動きはしない。おそらくこれが俺の中の神器を封印しているのだろう。

 

 ……ものは試しだ、フォースギアは──

 

「……フォースギアは展開可能なのか」

 

 ──俺の胸元にはブローチ型の神創始龍の具現武跡が展開されており、創造力も微弱だが溜まる。

 ……これは敵が知りえない情報かもしれないから、悟られないようにしよう。

 

「──さて、状況整理は済んだとして……」

 

 俺は辺りを見渡す。室内は広々とした貴族宅のような豪華絢爛な様式美となっており、家具もいちいち高そうだ。

 まずベッドが騒々しい。天街にはひらひらのレースが付いており、まるでお姫様のベッドみたいだ。

 

 そもそもこの室内自体、女の子が好きそうなもので埋め尽くされている。

 

「……ん、イッセー、おきた?」

 

 ……不意に、俺は声をかけられた。

 ──気配を消して隣で眠っていたのか、そこで俺はようやくリリスの存在に気が付く。

 

 ……俺をここに連れてきた張本人様が、すぐそばで寝ているってどういう状況だ。

 

「あのな、リリス。無理やり連れてくれ、起きた? はねぇだろ!」

「……イッセー、げんき」

 

 ……くそ、調子が狂う。

 俺が知っているリリスは、初めて出会った頃のオーフィスに近しいものがあった。少なくとも──今、俺の目の前で頬を赤くして、笑顔を浮かべるような存在ではない。

 

 これもリゼヴィムの野郎の仕業か? としたら悪趣味にも程があるぞ。

 

「……イッセー、ごはんたべる?」

「いや、腹はへって」

 

 ない、と言いたいところだったが、間が悪くお腹がなる。

 ……しかし敵が提供する料理なんて食べる気になれない。特に英雄派ならともかく、クリフォトの飯なんて、絶対毒の一つでも入っていても可笑しくない。

 

「ふふ……いっしょにいこ?」

 

 リリスはベッドから降りて、小さな手で俺の手を握った。

 ……こんな状況下になっても、俺はリリスのことを邪険に扱う気にはなれない。俺は引かれた手を振りほどくことはなく、リリスに連れられて廊下に出た。

 

 ……建物は予想通り、西洋のお屋敷に近い内装だ。外から見れば城に近いものか? 

 夏休みにリアスの実家に行ったが、あそこにどこか内装は似ている。

 窓から見える外には大きすぎる庭と、綺麗に切りそろえられた木々がある。花も植えており、まさかここがテロ組織の総本山などとは誰も思わないだろう。

 

 ……っていうかここはどこなんだ。

 

 禍の団の本拠地の捜索は、今三大勢力が躍起になって探している。戦力を整え、補足した段階で攻め込むことが決まっている。

 

 その矢先に、俺が連れ去られた──作戦に大きく支障をきたすはずだ。

 

「……リリス、ここはどこなんだ?」

「ここ? ……じげんのはざま」

 

 ……なるほど、そういうことか。

 ほぼほぼ宇宙と同じように半永久的に増え続ける次元の狭間。そこに空間を作り、それを隠匿する術を施せば、確かに補足にはかなりの時間がかかる。

 

 そもそも次元の狭間の捜索自体が出来る存在が限られているし、そもそも捜索している間に敵に気付かれて袋叩きに合うのが目に見えている。

 

 ……敵を認めたくなくはないが、合理的な方法だ。

 

 ……とはいえ、次元の狭間へのアンテナは常に三大勢力も張っている。それにここにはグレートレッドも住んでいるんだ。

 

 ……あのドラゴンの兄貴が自分から三大勢力に力を貸すことはないだろうけども。

 

「──あらあらぁ、赤龍帝くんではあーりませんかぁ」

 

 ──不愉快な声が聞こえた。俺とリリスの前方から貴族服を着こんで歩いてくるには、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーだった。

 その背後には気配を消している、恐らくクロウ・クルワッハだろうか。全身黒装束と黒髪に金色のメッシュだから、間違いない。

 

「……俺をリリスに襲わせて連れ去ってくれたな、リゼヴィム」

「んー? 君、何か勘違いしていないかい? 君を連れてきたのはリリスの独断行動だぜ?」

「……なんだと?」

 

 ……当てが外れた。それよりも驚きなのは、リリスの独断行動だ。

 確かに北欧に現れたリリスも独断行動をしていた。それの見張りでクロウ・クルワッハがきていたほどだ。

 

 ──既にリリスは、リゼヴィムの意思に反する行動を起こしているのか? 

 

「本当にそこのがきんちょは勝手なことをしてくれたおかげで、今は隠滅が大変だよ──リリス、赤龍帝くんを渡してくれるかなー?」

「……イッセーは、リリスのもの」

 

 一歩、俺に近づこうとしたリゼヴィムに、リリスは立ち塞がり黒いオーラを噴射した──それだけで付近の窓は次々と割れていき、激しい風に襲われる。

 ……リリスが、リゼヴィムに敵対していた。

 

「……リゼヴィムにも、わたさない。リリスは、イッセーとずっといっしょにいたいだけ」

「──あぁ、思い通りにならないなぁ。ちっ」

 

 リゼヴィムは不愉快な様子を隠そうとはせず、盛大に舌打ちをした。

 するとそれ以上は何も言わずに、俺とリリスの隣を通り過ぎる。

 

 ……そして再びリリスに手を引かれるが──クロウ・クルワッハの隣を通り過ぎるとき、彼と目があった。

 

「お前と会うのは初めてだな」

「……あんたのことはティアマットから聞いてる。馬鹿みたいに強いんだってな」

「あぁ、強い。だがお前のティアマットも俺に匹敵するだろうな。……お前は、どうなんだろうな」

「戦闘狂だな──お前、なんであんな奴の下についてるんだ? お前ほどの実力なら、一人で三大勢力を敵に回しても……」

 

 俺は以前から気になっていたことを尋ねた。すると……

 

「俺は奴の部下になった覚えはない。ただ奴の近くにいたら、強者と戦い続けることが出来る。ティアマットや、もしくはオーフィス……お前ともな」

「狂ってるな」

「誉め言葉だ、煽ててくれるなよ」

 

 ……戦いが全て。まるで出会った頃のヴァーリを相手にしているようだ。

 

「……まぁそれは建前だ。本当の目的は、ドラゴンの行く末を見たい──お前の周りには世界中からドラゴンが集まっている。二天龍、真龍、神龍、龍王、三善龍……お前がその気になれば世界を滅ぼすこともできるほど、ドラゴンという種族は最強だ。にもかかわらず、お前と関わるドラゴンは皆が平和ボケをして……それなのに強くなる。ティアマットが良い例だ。奴はお前と関わることで殻を破り、もはや天龍クラスにまでなった。……俺はお前たちを、敵として見ていたいだけだ」

 

「……人も悪魔も天使もドラゴンも、きっと同じだよ。見たいんなら見ていればいい。ただ、俺たちは俺たちの大切を壊そうとする輩は許せないんでね。もちろん、応戦する──あんたと分かり合えるのは、その先になりそうだ」

 

「……お前、捕虜になっているがな」

 

 クロウ・クルワッハは痛いところをついてくる。

 ──ただ俺に不安はない。

 

「俺が連れ去られて、あいつらはきっと黙ってない。だからリゼヴィムも焦っているんじゃないか? リリスの独断行動とはいえ、裏でリゼヴィムが糸を引いていると、俺の仲間は思っているだろうからな──同時にドラゴンファミリーの全ドラゴンの逆鱗に触れたんだ」

 

「……はは、それは恐ろしいものだな。だが昂るな」

 

 ──やっぱり、こいつは別格だ。最強の邪龍は、強大な敵を前にも笑って戦うと聞いたことはあるが、それは間違いではないってか。

 

「……兵藤一誠。この城にいる間は、常にリリスが君の近くを離れないだろう。離れなければ、リゼヴィムがお前に牙を剥くこともないだろう」

 

「……そうかい、ご忠告ありがとよ」

 

 俺はそこでようやくクロウ・クルワッハの隣を通り過ぎた。

 ……不意にリリスに目を向けると、リリスはなぜかむくれるように頬を膨らませていた。

 

「……ほうち、いや」

「お前な……いや、もういいや。とりあえず一緒にご飯食べるんだろ? 行くぞ」

「……たべさせてね?」

「──お前、急に感情豊かになったけど、本当にどうしたんだ? 可愛いんだけどさ」

 

 どうにも調子が狂ってしまう今日この頃であった。

 ──みんな、焦って冷静さを欠くことだけはしてはいけない。むしろこれはクリフォトを一網打尽にするチャンスでもある。

 

 だから頼むぞ。

 

 俺は心の中でそう願いながら、リリスと食堂に向かうのだった。

 

 

 ―・・・

 

 

 駒王学園、大会議室。

 総勢100名以上が同時に集まれる大きな部屋には、三大勢力のトップ層やグレモリー眷属、シトリー眷属、赤龍帝眷属に加えて兵藤夫妻、ヴァーリ・ルシファーの姿もあった。

 

 大会議室の中心には六角形の机があり、その角のところにアザゼル、ヴァーリ、サーゼクス、ティアマット、オーフィス、ガブリエルが座っていた。

 

 事案は一つ。

 

「今日、急遽この場に集まってもらったのは他でもない。先日の昼間、突如兵藤家に現れたリリスによってイッセ──―現赤龍帝・兵藤一誠が誘拐及び拉致された件についてだ」

「……私も聞いたときは耳を疑ったものだよ。あのイッセーくんが、成す術なく連れ去られるなんてね」

「それには同感です。ミカエルも心底驚くとともに、恐怖もしていました。リリスにそこまでの力があるということに……」

 

 それぞれ堕天使、悪魔、天使の代表が思ったことを口にした。

 ──この場にいる誰もが思っていることだ。数多くの武勲を掲げ、関わる人たちを変えるイッセーの存在は、禍の団との闘いにおいて最重要戦力の一人。近距離、中距離、遠距離、援護共にすべてを均等にこなすことの出来る万能タイプの戦士で、冷静に戦況を把握する戦略、戦術においても高い能力を保持する。

 

 そんな兵藤一誠が敵の象徴に連れ去られたのだ。

 

「リリス、か。……兵藤一誠は子供には甘い。リリスと彼は多少なりとも関わりがあったと聞く。そこを利用されたんじゃないか?」

「ヴァーリの言う通りかもしれんな。あのリリスもイッセーと触れ合うことで変化はあったらしい──となれば、あながちリゼヴィムの命令で動いたという線は若干怪しいな」

「……何が言いたい、鴉」

 

 アザゼルの考えに、ティアマットは反応する。

 

「逆の立場になって考えてみろよ。悪いが、俺が奴ならイッセーを誘拐して、ドラゴンファミリーを敵に回すのはごめんだ。三大勢力を敵に回すだけなら、少なくともイッセーの確保は優先度は限りなく低い……それにあいつは問題解決能力が高い。俺たちがどうにかしなくても、自分で何とかする可能性もある」

「……イッセー、最強」

「っていうことだ。俺はリリスの独断行動を視野に入れてもいいと思う」

 

 アザゼルの分析は正しかった。

 彼もイッセー以上の観察眼と分析力を持つ存在だ。三大勢力にとってブレーンは、既にそこまで見抜いていた。

 

「……結論から言おう。原因は不明だが、リリスはイッセーに対して強い執着を持っている。それは過去の行動と、そしてこの監視カメラに映った映像を合わせて考えてもらったら、間違いない」

 

 アザゼルはモニターのリモコンを操作すると、光の照射されたモニターには、兵藤宅の玄関の監視カメラが映る。

 それはイッセーが襲われた瞬間の映像だった。

 

『──イッセーは、リリスのもの』

 

 その言葉と共にイッセーの目の前から姿を消し、ありえないほどの打撃を彼の後頭部にぶち込む姿が映った。

 意識を奪われて倒れこむイッセーを抱きかかえ、そのまま飛んでいく。

 

「……以上と通り、リリスはイッセーに執着を持っている。つまり逆を言えば、リリスがイッセーの傍にいる限り、例えリゼヴィムであろうと、イッセーに手出しは出来ないってわけだ──問題は、今回の事案は発見が遅れた。イッセーが連れ去られて数時間も経ってしまっていた……それは完全に俺の失態だ」

 

 アザゼルは深く頭を下げた。特に、イッセーの両親である兵藤謙一と兵藤まどかに対してだ。

 ……まどかは謙一の腕にしがみついて、つい先ほどまで泣いていたのか、涙の跡があった。まどかに代わり謙一は一歩前に出た。

 

「……今、この場で誰に責任があるとか、どうとか責任の押し付け合いをする場ではないだろう──今は俺とまどかの息子、そして君たちにとっての友人である兵藤一誠をいかにして救い出すか。それを考える場所のはずだ」

 

 これほどのメンツに囲まれながらも、謙一は言い淀むことなくはっきりと意見を言った。こういったところは流石、兵藤一誠の父親らしい。

 

「謙一……すまねぇ──もちろん策はある。むしろ今まで上手く姿をくらましていたクリフォトの尻尾を掴む手掛かりになる。色々な説明は後でするが、奴らの本拠地は恐らく、次元の狭間のどこかにある」

 

 ──アザゼルの発表に、その場の一部を除く全員が驚きを隠せなかった。しかしすぐに納得したのだ。

 

「とはいえ次元の狭間は際限なしの広さを誇る。流石に奴らの本拠地を割り出すのに時間がかかると思う。そんでもって、その間に奴らは恐らく、大きく動くだろうよ」

「……奴も、こちらの考えを読むということだな」

 

 ティアマットの指摘に、アザゼルは頷いた。

 ──兵藤一誠不在の今、赤龍帝眷属は主に黒歌とティアマットが中心となって動いている。

 ティアマットはともかく、黒歌はイッセー並みに頭が切れるため、自分たちが何をすればいい、既に答えは出ていた。

 

 それはオーフィスも同じで──ティアマットとオーフィスは同時に立ち上がった。

 

「私たち赤龍帝眷属は、お前たちとは別行動で先に動かせてもらう」

「我も……。一度、次元の狭間に、帰る」

「……どういうことか、説明はしてくれるだろうな」

 

 アザゼルは二人の宣言を否定ではなく、まず内容の確認からする。

 するとティアマットに代わって、黒歌が一歩前に彼女を席から離れさせて前に出た。

 

「簡単な話にゃん。アザゼルちゃんたちの捜索とは別に、実際に次元の狭間に乗り込んで捜索するってわけ」

「待て、それはあまりにも危険だ」

「そう、危険。だから私たちがすべきよ」

 

 黒歌は眷属で作った赤い制服についている赤龍帝のエンブレムを強調して、そう断言した。

 

「次元の狭間の捜索自体がそもそも強者でなければできないの。その上でクリフォトに対抗出来て、今、自由に動けるのは私たちだけにゃん」

 

 もちろん赤龍帝眷属の中でも実力差は激しい。

 ティアマット、黒歌、朱雀とメルティ、ハレ、アメとの戦力差は激しく、メンツは厳選しなければならないだろう。

 

「……敵にクロウ・クルワッハがいる時点で、答えは一つか──わかった、お前たちの独断は許可する。それに加えて、俺が選抜する追加メンバーも連れて行ってくれ。それが条件だ」

「──了解」

 

 アザゼルの条件に、黒歌は吞んだ。

 アザゼルは次にオーフィスを見る。

 

「お前の目的は大体察しはついている。グレートレッドに会いにいくんだろう?」

「肯定。我よりも狭間に詳しいの、グレートレッドだけ」

「そもそもお前は止められないからな。途中までは必ずティアマットたちと行動を共にする。それが出来るなら構わねぇよ」

 

 そもそも選抜部隊にお前を入れるつもりだったと付け加えた。

 

「じゃあ今後の方針だ。赤龍帝眷属に加えて俺が選抜した捜索隊は次元の狭間にてクリフォトの本拠地を探すこと。もしもこちらよりも早く見つけ出したなら、連絡をくれ。可能であれば最速でイッセーを奪取する。それ以外は、クリフォトが何かをしかけてくるはずだ。それの対処を──では選抜を発表する」

 

 アザゼルは最初からこうなることを見越していたのか、懐から紙を取り出した。

 

「まずはヴァーリ・ルシファー」

「……俺でいいのか?」

「あぁ。自由に動けてかつ戦力面でもお前が適任だ。リリスを相手にしなければならない事態になったら、お前が主戦力になる」

 

 アザゼルの決定に、ヴァーリも受け入れる。

 

「次に、グレモリー眷属からアーシア・アルジェント、塔城小猫。アーシアは回復要因で、小猫は黒歌と共に仙術での捜索がメインだ。だがグレモリー眷属の戦力を分散させるわけにはいかない──リアス、木場、ここは堪えてくれ」

「……あなたの指示に従うわ。アーシア、小猫、お願いするわ」

「……もちろんです。イッセー先輩は、必ず取り戻します」

「わ、私も皆さんのサポートを徹底します!!」

 

 そして次に、アザゼルは赤龍帝眷属の面々を見た。

 

「……悪いが、レイヴェル、ハレ、アメは今回のミッションには実力が足りていない。現世で待機を命じる」

「謝る必要はありません。アメさん、ハレさん」

「ぼ、僕も本当はイッセーさんを助けに行きたいですけど……わがままは言いません」

「その間に、修行」

 

 ──こうして、三大勢力も準備を整える。

 実際に、アザゼルもクリフォトが何か大きな戦いを引き起こそうとしているのには、勘づいていた。

 見えないところで、アザゼルとリゼヴィムの読み合いが起きている。今回の一件、クリフォトにとっても三大勢力にとっても好機なのだ。

 

 ……アザゼルからしてみれば、最も読めないのは英雄派の動きだ。

 クリフォトよりも個人個人が強大な力を持つ英雄派。

 曹操、ジークフリート、晴明、ゲオルグの四名に関しては、こちらの最大戦力を投入しなければならないほどに強く、それ以外のクー・フーリン、ジャンヌ、ヘラクレス、レオナルドもまた決して油断はならない存在である。

 

 クリフォトの目下最大戦力はクロウ・クルワッハとリリス、そしてリゼヴィムの三名のみ。

 

 未だに手札を隠すリゼヴィムに対抗するのは、この中でアザゼルしかできないことなのだ。

 だから彼は生徒であり友であるイッセーを救うため、頭を回転させるのであった。

 

 

 ―・・・

 

 

 ──リリスに連れ去られて数日が経った。

 その間に起きたことは…………何もなかった。

 それはそうだろう。何せ、リリスはいつ何時、俺から離れることはなかった。そう……何があろうと彼女は常に俺の身体のどこかに触れているのだ。

 

 寝るときも一緒。

 ご飯も一緒。

 昼寝も、お風呂も、トイレも──リリスが俺から離れることは一度もなかった。

 

 流石のこの状況はリゼヴィムであろうと予想してもいなかったのか、最近では俺の顔を見るだけで溜息を吐いていた。

 

 ……やることがない俺は、もっぱらをリリスと話すか、遊ぶか、それかクロウ・クルワッハと関わるかの三択しかなかった。

 

「なぁ、クロウさんや」

「……なんだ。おい、チェックはやめろ」

 

 いつの間にか俺はクロウ・クルワッハのことをクロウさんと呼ぶようになっていた。

 なお、俺は今、ルークでチェックをかけた。

 

「俺っていつまでここにいるんだろうな」

「俺が知るわけ──おい、待て、何故俺がお前に負ける。何か反則行為をしたはずだ。もう一度だ」

「うん、あんたのそういうところに一々警戒するのに疲れたんだよ──あ、これでチェックメイトな」

「ぐっ……」

 

 ──クロウは、戦闘以外は存外平和な人物であった。今まではクリフォトないで関わる人物がリリスくらいだったようで、しかし会話がまともにできるリリスと何かすることもなく。

 

 そこで俺とリリスがチェスをしているところを通りかかり、興味を持ったのか、俺と一局することになったのだが──あえなく大敗北を喫した。

 

 しかしあまりにも無残な敗北だったため、彼の勝負心に火が付いた。ドラゴンというのはやはり、単純だ。

 

 そしてそれからクロウは俺と顔を合わせる度にチェスをした。

 

 常に俺と遭遇する可能性を考えて、チェス盤を持ち歩くのはどうかと思う。という感じで、何故か敵の本拠地で打ち解けたのだ。

 ティアがこの光景を見たら、きっとぶちぎれること間違いない。

 

「……お前は豪胆だな。肝が据わっている」

「──チェック」

「うぉぉぉぉ……何故だ。何故俺の動きが、読める──貴様、まさか心を読んで」

「ねぇよ。……やっぱドラゴンって変だな」

 

 これまで出会ったドラゴン全員に言えることだが、彼も同類であった。

 

「……リリス、イッセーのおひざでおひるね……ねむねむ」

「リリス……仕方ないなぁ。おやすみ」

 

 チェスのさなか、暇なのかリリスが眠ってしまう。俺の膝の上で眠るのも慣れたのか、ソファーで座っているとすぐにこうだ。

 

「……お前は不思議だな。ドラゴンを魅了する術でも持っているのか?」

「そんなもん持って……ないよな?」

 

 自信はない。何分、実績がありすぎるのだ。

 ただ──リリスのこれは、今までのとは何かが違う気がする。

 確かにオーフィスやチビドラゴンズも同じような甘え方をすることもある。だけどリリスのには、どうにも俺に対する執着や依存のようなものを感じてしまうのだ。

 

 片時も離れない様子がまさにそれだ。

 

 ……それもクロウは分かっているのか、静かに気配を消して駒を進め──こいつ。

 

「おい、勝てないからって反則とはドラゴンの風上にもおけねぇな」

「──何故。やはりお前、読心術を」

「使ってねぇよ。俺も仙術の少しは使えるから、気配消しても分かるんだよ──ほい、これでチェックメイトだ」

「う……これで18戦全敗か」

 

 ……若干、キャラが崩れているようにも思えるが、俺としてはこちらの方が接しやすいからな。言葉には出さないでおこう。

 

 ──こいつ、ティアのことを腑抜けと言っていたけど、この場面をティアが見れば間違いなく同じことを言うだろうな。

 だが、チェスばかりは流石に飽きる。俺も少しは身体を動かさないと鈍るな。

 

 ……俺はクロウをじっと見つめた。

 

「……なんだ、兵藤一誠。もう一戦か? もちろんやろう」

「違う! ……クロウさん、はまりすぎだぞ──そうじゃなくて、俺とスパーリングしないか?」

 

 俺はクロウにそう提案した。

 普通の捕虜ならばありえない提案だ。しかし俺のこの状態はリリスの24時間密着型の完全監視がついている軟禁みたいなものだ。

 

 それにリゼヴィムもリリスがいるからか、俺に強くは出て来ることはない。

 

「……赤龍帝の力を使えないお前では、俺の相手にもならんぞ」

「まぁまぁ、こんだけ負けてんだから、たまには勝ちたいだろ?」

「──それとも創造の神器を使うつもりか?」

 

 ──驚いた。クロウは俺が隠していることを即座に言い当てた。

 

「知ってたのか? 創造の神器は封じ込めていないって」

「見ればわかる。ただ、リゼヴィムは知らないだろうがな──別に進言するつもりもないが、隠しておきたいのだろう。やめておいた方が──」

 

 クロウがそう言おうとした瞬間、俺は刹那で懐から無刀を取り出し、クロウの首筋に刃を当てた。

 

 もちろん俺がこれで勝てることはない。だが──神器なしでも戦える術は、鍛えているつもりだ。

 

「……ほぅ。ティアマットもそうだが、主のお前も俺を滾らせてくれるのか?」

 

 するとクロウ・クルワッハの瞳に火が灯る。戦闘狂の火をつけるのは得意だ。何分、俺の周りには戦い大好き野郎が揃っているからな。

 

「まぁ、多少はな──リリス、起きて」

「……はなし、きいてた。とめない。でもはなれない」

「……どうすればいいと?」

「こうする」

 

 するとリリスは俺の背中に赤子のように抱き着いた。

 ……この状態で戦えと、そう言っているのか。

 

「……俺は構わん。それに俺が力を出しすぎたときはリリスが止めるだろうからな」

 

 クロウは黒装束を脱ぐと、そこには細身ながら見事な肉体があった。

 窓から外の庭に飛び出て、俺もそれに続いた。

 

 ……俺がいま使えるのは魔力制御と無刀、ドラゴンの翼だ。あとは一応プロモーションも使える。フォースギアは一応使わないようにしておく。

 

 ……そうだな、想定では神器なしでリゼヴィムに応戦だ。

 

「──プロモーション、クイーン」

「悪魔の力か……さぁ、来い」

 

 クロウは何も武器も出さず、ドラゴンの力も使わない。人間形態のまま、拳を構えた。

 

「んじゃ、遠慮なく──爆撃の龍弾(エクスプロウド・ドラゴンショット)

 

 俺は魔力弾に爆発を付加して放つ。クロウの付近で爆発するように設定し、それ通りに爆撃がクロウを襲う。

 しかし……

 

「傷一つつかないぞ、こんなもの」

「だよな、なら」

 

 次は無刀に魔力を込めて、魔力で出来た刃だ。刀を掴み、クロウの元まで走る。たどり着くまでに時間はいらない。

 

「大した速度だ。神器なしでもそれなりに出来るようだな」

「驚くのはまだだ──オーバーフローモード」

 

 刃はクロウの手で簡単に止められるが、すぐさま俺は手を変える。魔力を身体中に過剰に循環させて、肉体を半強制で強化した。身体からは魔力による赤い湯気のような靄が生まれ、俺は無刀から手を放してクロウの懐に拳を放つ。

 

「……ッ。飛躍的な身体強化か。魔力制御が得意なようだな。しかもこれはたかが数年の練度ではない──何十年の月日の修練によるものだ」

「へっ、見せただけ、そんなに分かるもんかよ」

「分かるとも。俺とて、キリストから身を隠してから長い間、自身に厳しい修練をかしたものでね。お前の血が滲む修練は理解できる」

 

 ……敵なのに、嬉しいことを言ってくれるぜ。

 だけど、涼しい顔で全てをいなされる。……こいつはドラゴンの性質におごることなく、本来ドラゴンが怠る格闘術までもを取り入れている。

 しかも練度は高く、人間態で本気を全く出さなくとも、素の俺を歯牙にもかけない。

 

「できれば本気のお前ともやりたいが、しかし互いに制限された戦いも面白いものだ」

 

 クロウはまるでボクシングのような動作で俺との距離を詰めて、見えないほどの拳を放つ。

 

「──余所見はご法度だぜ、クロウさん! 無刀!!」

 

 ──俺は事前に無刀に魔力を過剰に込めた。半分は先ほどの刃に、そしてもう半分は俺の言霊と共に放つように。

 

 刀身のない刀の空洞は、クロウに向いている。俺はその中から巨大な刀身を放出し、それはクロウに完全に命中した。

 

 ……下着のシャツがはじけ飛ぶ。少し身体が焦げたのか、黒ずんでいた。

 

「……やるな。今のをもしも完全な状態でされていれば、無傷ではすまないな」

「力がなかった期間が長かったもんでな、そういう小手先の技はいくらでも思いつくぜ」

「──翼は出しても良さそうだな」

 

 クロウは露になった肢体の背中から、黒翼を生やせた。黒と金の混じった羽に、何色にも染まらない黒色。俺はつい、見ほれた。

 負けじと俺も赤いドラゴンの翼を生やせた。

 

「……ほう。赤と白銀の翼か。随分美しい翼だな」

「──白銀?」

 

 俺は、クロウに指摘されて自身の翼を見る──俺の知る翼は、ドライグの性質をくみ取った赤色だったはずだ。だけど今の俺は、赤い羽根と白銀の羽が入り混じったものになっていた。

 

 ──いつから、変化した? この環境が、翼を変化させたのか? 

 

 ……赤龍帝の力が使えないから、フェルの力が俺の中で大きくなっているのか? 

 

「──試してやろう」

 

 クロウは背中の強靭な翼を振るう。俺もすぐにそれに反応して──

 

「──え?」

 

 翼を振るった──クロウの黒翼が、はじけ飛んだ。

 

「なっっっ!? ……兵藤、一誠。なんだ、それは」

「……これは、フェルの力」

 

 クロウははじけ飛んだ翼の修復に集中しているようだが、俺は未だに俺の中で眠り続けるフェルが力を貸してくれようにも思えた。

 

「……なに、このつばさ」

 

 ……俺の背中にいるリリスは、どこかつまらなさそうな声を出した。

 

「……イッセーには、リリスのつばさをあげる──こんなつばさ、いらないくらいつよいちからを」

 

 リリスは身を乗り出し、俺の頬を無理やりつかんだ。そして──無理やりキスをしようとしたその時、上空から何かが飛来した。

 

 激しい轟音と共に飛来したそれは、俺とクロウの間に降り立って、土煙を払う。

 

「──これ以上の勝手は、よしてもらおう」

「……お前は」

「兵藤一誠。リリスを連れて自室に戻るんだ」

「──晴明」

 

 そこには、悪魔の翼を生やした晴明が、以前よりも黒い瞳で立ち塞がっていた。

 ──晴明は英雄派の制服ではなく、クリフォトの衣装の貴族服を身に纏っており、暗にそれが英雄派と袂を分けたといっているようなものだ。

 

「晴明……お前は、それで本当にいいのか?」

「……? 何のことを言っているかわからないな。俺は、最初からクリフォトから英雄派に出向していただけだよ」

 

 ……そういうことを言ってるんじゃないんだよっ。

 晴明、お前は──最初に会った時よりも、明らかに歪んでいるんだ。

 

 全ては、リゼヴィムによるものだろう。

 

 ……この白銀の翼を使えば、この場から逃亡できると思ったが、それはやめだ。

 

 俺は──ここで、仲間を待ちながら安倍晴明……土御門白虎に起きたことを明らかにする。

 

 それがせめてもの、朱雀への計らいだ。

 

 だけど俺は知らない。俺の知らないところで、全てが動いていることに。

 予想できるものと、できないもの。

 

 それが静かに、蠢いていた。

 

 

 

 

―・・・

 

 

 

 

 

『ええ、主は既に暴走状態、いつ何時暴れまわるか分からない。主君の好きなようにしてあげるわ』

 

『……えぇ、世界を終わりに近づける。あなたの望みだものね。叶えるために、私は生まれたのだから――始創の龍はダメ、もう使い物にならないわ』

 

『いざというときは大丈夫、核だけは引き抜けばまた新しい存在は作れる。安心して、主君――貴方が直接手を下すまでもなく、上手くやってみせるわ』

 

『……そろそろあの子が起きるわ――全ては主君たる貴方のために。それが聖書の神への手向けになることを願って……』

 

 

 

 

「――アルアディア、おはよ」

 

『主、ようやく起きたのかい?』

 

「うん――アルアディア、誰かと話してた?」

 

『主以外の誰と話すっていうんだい。……それよりも、兵藤一誠のことでしょう?』

 

「……取り戻すよ、私のイッセーくんは――たかが欠片の一人(・・・・・・・・)に、渡すもんか」

 

『とはいえ今は動かない方が良い。なんなら三大勢力を利用するのが吉よ』

 

「……そんな悠長なこと言ってらんない」

 

『だが――いや、わかったわ。主に私は従う』

 

「……待っててね、イッセーくん。私が、観莉(・・)がイッセーくんを助けるからっ!」

 

 

 

 

 

 

彼女の中でも、確かな変化が訪れていた。



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