granblue fantasy その手が守るもの side story (水玉模様)
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プロローグ特別編

空の青さを見つめていると 見知らぬ彼方へ帰りたくなる

 

空の青さに吸われた心は 遥か彼方に吹き散らされる

 

果てだ ここは空の果てだ 遂にたどり着いた

 

我が子等よ 星の島イスタルシアで待つ

 

 

厳かに神秘の奉られる閉ざされた島 ここ”ザンクティンゼル”に今 始まりの風が吹いていた

 

 

 

 

 生き物の気配すらまばらな静かな森の中に人影が二つ。

 向かい合うのは15歳くらいの年ごろの少年と少女。言葉だけ見れば甘酸っぱい雰囲気でも漂ってきそうな光景であるが、彼らが纏う空気は露ほどもそれを感じさせない。

 ピリピリとした空気。互いに外すことのない視線。極め付けはその手に握られた両刃の剣。

 まだ子供の時分であろう少年少女が持つには余りにも無骨なその得物は、その場に居合わせようものなら思わず息を呑むだろう張りつめた空気を創り出す。

 

 ふと、風に吹かれて木々がザワリと鳴いた。

 その小さな音をきっかけに少女がユラリと動き出す。不気味さすら感じさせる滑らかな足運びで少年に接近すると、遠めの間合いから剣を一閃。

 恐らくは牽制である一撃を、向けられた少年は半歩下がって躱す。同時に、後ろ足で地面を踏み抜いて攻撃を躱され無防備であろう少女に対して突きを放った。

 

「ッ!?」

 

 少女は臆する事無く目を見開いた。眼前に突き出された剣を見据えると、膝の力を抜いてしゃがみ込むことで躱す。

 

「はぁ!!」

 

 気合いの声と共に、曲げた膝を利用して放った後ろ回し蹴りが少年の腹部に突き刺さる。

 

「グッ!?」

 

 苦悶の声を上げながら少年が後退。後ろに跳ぶことで蹴撃を弱めることはできたが、それなりにダメージを受けたようだ。だが、少女は少年の隙を見逃さない。

 少年が態勢を整える前に、今度は懐深くまで接近。薙いで、突いて、振り下ろしてと攻勢を強めていく。更に最初に見せた不気味な歩法で正面だけでなく回り込んで攻撃を繰り出していった。

 

「ウッ、アッ、トォ!?」

 

「ここだぁ!!」

 

 防戦一方な少年が徐々に防ぎきれなくなったところで、少女が隙をみて強く剣を振り抜く。

 静かな森にガシャンと金属質な音が響き渡り、少年の手から剣が放り出された。

 

「くぅ~まいった…降参。」

 

 剣を弾き飛ばされた少年が後ろに尻餅をついて両手を上げて呟く。

 悔しそうに少年が顔を上げると、勝ち取った勝利に少女は満足そうに笑みを浮かべいた。

 

 

 

「フフフ…やった!久しぶりにグランに勝てた。」

 

 久しぶりの真剣勝負で勝利した余韻に浸りながら、ジータはグランへと嬉しそうに微笑む。

 

「はぁ、参ったよ…油断とかはしてなかったけど、まさか負けるとは思っていなかった。ジータ、あの変な動きはなんだよ?」

 

 悔しい顔で呟くグランはジータに、先ほどの勝負で見せられた彼女の不思議な動きについて問いかける。

 滑らかなで初動が掴めない動き。いつの間にか接近されたように錯覚してしまうような、奇妙な感覚だった。

 

「フフ、あれはね…この間村の不思議なおばあちゃんから教えてもらったの。なんでもおばあちゃんは蛇の動きからヒントを得たらしいんだけど、足運びで体の上下動を消すことで、相手に接近を悟らせない歩法なんだって!」

 

「へ~僕も教えてもらおうかな…ちょっと悔しいし。」

 

「ダ~メ!これ以上グランに置いて行かれたら私、追い付けなくなっちゃうでしょ…」

 

「別にいいじゃないか。僕は男でジータは女。大体ジータの方が魔法とかは上手いんだから剣での戦い位勝たせてくれって!」

 

「そんなこと言ったら、グランは剣だけじゃなくて、弓だって反則みたいな腕前でしょ!!それこそ剣での勝負位私に勝たせてよ!」

 

「それなら、ジータは歌だって家事だって上手じゃないか!戦いで位僕に勝たせてくれたっていいだろ!」

 

 いつの間にやらお互いに褒め合う奇妙な喧嘩を始めた二人。額をぶつけあってにらみ合う姿は仲良しな事この上ないといった感じの少年と少女。名前はグランとジータ。

 この島、ザンクティンゼルで暮らす双子の兄妹である。

 

「「ぐぬぬぬ・・・」」

 

「おぃおぃ…二人とも何睨みあってんだ?というか喧嘩してるのかお互いに褒めあってんのかハッキリしろってぇの。」

 

 埒が明かない喧嘩を始めた二人に呆れたように横から声を掛ける、ヒトではない生物。赤と橙の中間の色合いの身体、羽や尻尾を持つ姿。サイズは小さくともそれは紛れも無くトカ……龍種の特徴をもった姿をしている。

 彼はビィ。二人とは幼子の頃から付き合いのある幼竜である。

 

「あ、ビィ!聞いてよ!グランったら私に負けたのが悔しくて何とか強くなろうと必死になるんだよ!!たった。たった1回勝っただけなのに…」

 

「お、おぅ…そりゃあジータも負けたくないもんな。グラン、別に今回たまたま負けたってだけで、グランの剣の腕は相当なもんだし負けたからって気にする必要は…」

 

「ビィ!そんなこと言ったってジータの魔法の腕に比べたら僕の剣の腕なんて足元にも及ばないじゃないか!!ビィにもわかるだろ?男として、剣の勝負でくらい女の子に勝たなきゃっていう僕の気持ちが!!」

 

「お、おぅ…そりゃあグランも男だしな。ジータ、別に女の子のジータが力でグランに勝てないのは当然なんだからなにもそこまで勝負にこだわらなくても…」

 

「あー!!ビィはそうやっていつもグランの味方をする!二人とも男だからっていっつも私ばっかり悪者…ふ~ん、いいですよ。今日の晩御飯は二人の嫌いなスーパー苦苦野菜鍋にしてやるんだから!」

 

「んなぁ!?そいつはひでぇじゃねえか!オイラは二人が仲直り出来るようにと思って…うぅ、あんまりだぜ。なんでこんな目に…」

 

 面倒な二人の、面倒な喧嘩と、面倒な言い分に付き合わされた挙句、罰まで言い渡されたビィがしょんぼりと肩ならぬ羽を落とす。

 同じようにグランも今日の晩御飯のメニューが決まり隣で肩を落としていた。

 一家の食事や洗濯、家事全般は女の子のジータが一手に引き受けている。即ち、彼らに料理スキルはゼロ。無情な宣告はそれが、抗う事の出来ない現実になるものと彼らは理解していた。

 

「大体二人ともなんでそんなに強さにこだわるんだよぉ…いくら強くなったって、この島じゃ強い魔物なんかいないし、危険な目になんて合わねえじゃねえか。」

 

 心底うんざりとしたように双子を見てビィが苦言を呈する。

 彼の言うとおり、穏やかな島であるここザンクティンゼルには危険な魔物はいないし、外から人が来ることもほとんどないため犯罪などに巻きこまれることも無い。

 双子が求める強さはこの島に置いては全くの無用の長物であった。

 

「だって…双子としてグランには負けたくないし。」

 

「それにいつかはイスタルシアを目指して旅に出るからね。強くなっておくに越したことはないだろう?」

 

 グランの言葉に三人は無意識に空を見上げる。

 青く、どこまでも広がる空。その遥か彼方にあると語られる、星の島”イスタルシア”。

 二人の父親から送られた手紙に記述されていた一文。

 

”我が子等よ、星の島イスタルシアで待つ”

 

 その手紙を読んでから、二人はいつかイスタルシアを目指して旅に出るべく、これまで互いに切磋琢磨して研鑽を重ねてきたのだ。

 

「まったく物好きだよな…二人とも。あるかどうかすらわかんない島に行くために滅茶苦茶特訓してるんだからよ…まぁこんな田舎にいるよりはずっとおもしろそうだしオイラも行ってみたいとは思うけど。」

 

「フフ、必ずたどり着いてみせるよ。だから一緒に行こうね、ビィ!」

 

「ああ、必ず行こう。イスタルシアに…」

 

 抱いていた目的を再認識して彼らはまた笑い合う。三人一緒に旅に出ればきっと怖いものなんてないだろう。

 少年と少女らしい、根拠も何もない自信。それでも彼らは疑うことなくこうして笑い合う。

 忍び寄る悪意に気付かないまま… 

 

 

 のんびりと三人が集落に戻ろうとしたところで彼らの耳に突如轟音が木霊した。

 

 

「な、なんだぁ!?一体なんの音だってぇ…アレは!?」

 

 突如轟いた音に彼らが空を見上げればそこには、黒くて巨大な何かが空に浮いていた。

 視界に映るのは大きな艇。黒く塗られ、様々な兵器を搭載している姿は正しく戦艦だろう。

 そして、このファータ・グランデ空域においてあのような戦艦を持つ組織は限られる。

 

「帝国の戦…艦?なんでこんな田舎の島に。」

 

 エルステ帝国。

 このファータ・グランデ空域の大部分に勢力を延ばす巨大な国の戦艦が、片田舎のこの島ザンクティンゼルに突如飛来したのだ。

 

「爆音…それに村の方から煙が上がってる!?急いで戻ろう!!きっと村で何か」

 

 グランが戦艦の直下から煙が上がっていることに気付いて走り出す。

 だが、言葉も言い終わらないうちに走り出したグランは何かにぶつかりその足を止めた。

 

「キャ!?」

 

 小さく上がる悲鳴。グランが目を向ければそこには蒼がいた。

 蒼く長い、真っ直ぐで綺麗な髪。髪と同じ色合いの空の色を映したような蒼の瞳。薄手の白のワンピースに胸元にはこれまた蒼の大きな宝石がついたペンダント。まるで空がヒトになったような不思議な感覚を抱く程に蒼が似合う女の子。

 

 グラン達と蒼の少女。この邂逅が全ての始まりだった。

 

 



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プロローグ特別編 2

「あ、あの!助けて下さい!!」

 

 蒼の少女が息を切らせながらグランに縋るように助けを求めてくる。

 

「な、なんだこの嬢ちゃん…この島じゃみない顔だな…」

 

「いたぞ!!」

 

 疑問を浮かべていた三人にさらに別の来訪者の声が届いた。

 

「腰の剣を捨てて両手を上げろ…痛い目を見たくなかったらな。」

 

 少女の後方、グラン達の正面には鎧を着た兵士が二人

 先ほどの戦艦と同様に、エルステ帝国の戦力である兵士達だ。

 

「なんだぁてめぇら!!一体どこから来たってんだ!!」

 

 ビィが前に出て招かれざる客に対して威勢よく声を張った。

 

「フン、おとなしくその子をこちらに引き渡してもらおう…」

 

「そうすれば痛い目には会わせないでおいてやる。」

 

「い、いや…」

 

 兜で隠れていてもわかる嫌な笑み。決して良い印象を抱くことのない気配に蒼の少女が怯えたようにグラン達の後ろに隠れた。

 

「(この子…)」

 

「(怯えてる…)」

 

 少女の気配に、怯えを感じたグランとジータは目の前の兵士達を強く睨み付ける。

 目の前に助けを求める少女が現れた。それを追い回す不穏な奴が現れた。ならば二人の答えは決まっている。

 

「お引き取り願いたいな。ここは静かな事しか取り柄のない田舎の島だ。帝国の兵士が求めるようなものはない。」

 

「ましてや、怯える少女を追い回すような人達に渡すものなど…あるはずもありません。」

 

 はっきりと、拒絶と侮蔑を混ぜた言葉を言い放った二人は腰の剣を抜剣。切っ先を兵士に向け、その力強い瞳を向ける。

 

「ほう、田舎の小僧と小娘が。我らがエルステ帝国に反抗するというのか?」

 

「良く見たら小娘の方はけっこういい貌してるじゃねえか…蒼の少女のついでに連れて行くか?」

 

「へへ、悪くねえな。蒼の少女はまだガキだからな。あっちはそれなりに成長してそうだ…」

 

 下卑た笑みと下卑た声。目の前で吐かれた会話にグランの瞳が揺れる。負けることは無いと完璧に嘗められているのが癪に障った。

 だが何よりも…

 

「はぁ…人の妹にさ」

 

 ユラリとグランが動く。まるで急に目の前に現れたかのように接近したグランに兵士の一人は剣を抜くことすらできずに斬り伏せられた。

 

「な!?貴様!!」

 

「ふざけた視線…」

 

 相方が突如切り捨てられた事に驚きながらも、すぐさまもう一人は抜剣し剣をグランに向けた。

 だが、既にグランは距離を詰めて懐に入っていた。

 

「送らないでくれるかな!!」

 

 視界の悪い兜の死角から渾身の力を込めてグランは剣で兵士をぶっ叩いた。兜がひしゃげ、空中で2回転する程の勢いで吹っ飛んだ兵士はそのまま沈黙する。

 

「おぉ…めっちゃくちゃすげえなグラン。っていうかあんなに怒ってるの初めて見たかも…」

 

「あ、あはは。昔から私が虐められてたりするとすっごい怒ってたからきっとそれのせいかな~」

 

「ったく、女の子を追いかけまわしてるだけでも許せないのに、人様の妹に下卑た視線を向けるなんて、あんな大人にはなりたくないよな、ホント。」

 

 呆気なく沈んだ兵士に若干のつまらなさを感じたもののグランは一息ついて剣をしまった。

 帝国と呼ばれるほどの大国の兵士。決して弱くは無いはずであろう者達をあっさりと倒したグランは既に相当な高みにいるのかもしれない。

 

「フフ、グラン。ちょっとカッコよかったよ!」

 

「おう、さすがはグランって感じだったぜ。」

 

「ハイハイ…それよりさっきのどうだった?何とかジータの真似をしてみたんだけど。」

 

「う~ん、60点ってとこかな。不意打ちだから上手く接近できてたけど、初動はまだわかりやすかった。もう少し膝を上手く使わないと。」

 

「そっかぁ…やっぱりおばあちゃんのとこに行って来ようかな。あ、そうだ。君、大丈夫?怪我は無い?」

 

 少々辛口な評価に思わず顔を顰めてしまうグランは本格的に師事をしようか悩みはじめる。と、そこで怒りで忘れていた蒼の少女に気付いたグランは異常はないかと問いかけた。

 

「あ…そのありがとうございます。助かりました!」

 

「そっか、良かった。特に怪我も無いみたいで。それにしても君みたいな女の子がどうして帝国なんかに…」

 

 少女から発せられた感謝の声に、助けることができて良かったとジータも満足そうに笑みを浮かべる。

 しかし蒼の少女は帝国に追われるような何かをする子には見えなかった。事情を聞こうかと問いかけようとしたジータの言葉を遮り、

 

「ルリア!!」

 

 またもや別の来訪者だ。

 其処にいたのは凛々しい大人の女性。鎧と剣を携え、騎士然としたその姿は女性であるのに、思わずジータを見惚れさせる程に美しさと凛々しさを兼ね備えていた。

 現れた女騎士はルリアと呼ばれた蒼の少女の下へと駆け出していた。

 

「あ、カタリナ!!」

 

 呼ばれた蒼の少女も彼女を見た瞬間に安心した表情となって駆け出す。

 

「良かった、カタリナ。無事だったんですね!!」

 

「ああ、私は大丈夫だ。君たちは…?もしかしてルリアを守ってくれたのか。」

 

「そうなのカタリナ。この人達が兵士から私を!あっちのグランって男の子があっという間に二人の兵士を倒しちゃって…」

 

「な!?二人の兵士が相手にもならないだと…随分と強い様だな。ありがとう、おかげで助かった。私は”カタリナ”。この子の保護者と言ったところかな。それで、こっちの子はルリアだ。」

 

 事情をルリアから聞いたカタリナは驚きと感謝を交えながら、二人に自己紹介をする。

 突如現れた少女、突如現れたその保護者と、次々ともたらされる状況の変化にグラン達は少しだけ混乱気味だ。

 若干呆けた顔をしながら自己紹介を返す。

 

「あ…僕はグラン。」

 

「私は、ジータです…」

 

「オイラはビィってんだ。よろしくな、姐さん!」

 

 一人やたら元気なのがいたが、一先ずの自己紹介を終えると、カタリナはすぐさま周囲を気にしながら口を開く。

 

「それにしても巻きこんでしまってすまないな。帝国がまさかここまでしつこく追ってくるとは…一先ずここはもう危険だ。兵士たちは私が何とかするから君たちはルリアを連れて」

 

「カタリナ中尉ィ!!」

 

 何度目であろうか、突然の来訪者。

 グラン達はまた声の聞こえる方へと視線を向けた。

 其処にいたのは顎鬚を生やした、帝国軍人の姿。少しだけ気品が溢れていそうな気がしないでもない服装と風格をもっている男が立っていた。

 

「ポ、ポンメルン大尉!?申し訳ありません。直ちにルリアの保護を…」

 

 男の登場はカタリナにとって予想外だったのか、慌てたと様子でカタリナは取り繕うように建前を口にした。

 しかし、彼女の思惑を現れた大尉には読まれているようであった。

 

「フン、白々しい。ルリアを逃がした貴方が何を言うのですか?ルリアはちゃんと帝国に返してもらいますよぉ!」

 

「し、しかし大尉。やはりルリアの力は」

 

「ごちゃごちゃうるさいですねェ!帝国にとってルリアの力の研究は必要不可欠。なんとしても手に入れなければいけないのですねぇ!」

 

 ルリアの力。

 その言葉が出る度に後ろに控えるルリアの表情が陰る。グランとジータは状況の推移をみながらも幼い少女の陰りを見逃さなかった。

 一体何があったかはわからなくとも、幼い少女が悲しい顔をするだけの嫌な事が帝国にはある。そう察した二人は改めてルリアを己の後ろへと隠した。

 前を見れば、まだカタリナとポンメルンと言われる軍人の会話が続いている。

 グランとジータはいつでも動けるように剣に手をかけて待機していた。

 

「ですが、ルリアの…いや、星の民が遺した星晶の力にはまだ不明な点も多く、危険性も」

 

「シャ~ラップ!!いつまでもグダグダと…仕方ありませんね。ならば見せて差し上げましょう。ルリアがもたらす帝国の研究の成果と言うものを。」

 

 ポンメルンは懐より黒い結晶を取り出した。禍々しく黒い力の鼓動を感じさせるそれは、不安を掻き立てる嫌な気配を放っていた。

 

「それは”魔晶”!?」

 

「フッフッフ、ルリアの力を研究すればこんなことも可能なのですよ!出でよ、”ヒドラ”!!」

 

 ポンメルンはその手に持つ魔晶の力を解放する。

 呼びかけに応じて現れるのは、長い首と頭を、幾つも備えた赤い龍種。

 魔獣”ヒドラ”。5つの頭をもつ凶悪な魔獣だ。口からは高熱のブレスを吐き、力強い体躯は生半可な攻撃ではビクともしない。

 

「フフフ、凶悪な魔獣であるヒドラを意のままにあやつる事も可能。全く素晴らしいものですよ、魔晶の力は。」

 

「そんな…ヒドラを無理やり操るなんて…」

 

 小さく呟いたルリアの声には悲しみが溢れていた。感じる力は確かに強大だがその裏でヒドラが魔晶の影響で苦しんでいるのをルリアは感じ取る。

 

「こんな…こんなことに帝国は星晶の力を…ルリアの力を!!」

 

 目の前で召喚された魔獣を目にしカタリナが恐れと怒りに慄く。

 幼き少女の特異性。それを利用したふざけた研究成果が目の前に現れたのだ。少女を守る騎士として、帝国軍人として。彼女は目の前のヒドラに怒りと恐怖を禁じ得なかった。

 

「おぃおぃ、なんだアレ!ヤバそうだぞ!?グラン、ジータ、大丈夫かよ?」

 

 慌てた様子で二人を見やるビィは龍種であるが故に、目の前の存在の強大さを理解しているのだろう。

 グランとジータも目の前の光景に冷や汗交じりに口を開いた。

 

「そうだね…ちょっとヤバいかも。全く、ビィが危険な目に会う事無いとか言うから、危険な奴が来ちゃったじゃない。」

 

「まぁ、こんな時の為って思えば、無駄じゃなかったってことだろ。やるぞ、ジータ!」

 

 だが、恐れは一時。彼らの表情から恐怖が消えた時、その顔に浮かぶのはギラギラとした闘志。

 こんな時の為に強くなってきた、これから旅に出るのなら、こんなことは日常茶飯事のはずだ。

 

「ブレスには気を付けてよグラン!受ければ火傷なんて軽いものじゃ済まないかもしれないよ!!」

 

「そっちこそあの頭のツノに気を付けてくれ!恐らく鋭利な刃物と同等だ!」

 

 ならば乗り越えて見せよう。彼らが望む未来は、こんなところでは終わらないのだから。

 

 

 

「二人とも、何をしている!?ヒドラを相手に生身で立ち向かおうなんて…」

 

 ヒドラに向かい走り出したグランとジータに、カタリナは慌てて制止をかけた。

 どう見てもまだ子供な二人が、あんな凶悪な魔獣と戦える訳がない。例え難しくても撤退をするべきだと促そうとしたところを隣からビィが止める。

 

「いや、姐さん。あの二人ならやれる。」

 

「ビィ…君?」

 

「アイツラはずっとイスタルシアを目指して特訓してきたからな。あんなトカゲ野郎なんかにゃ負けねぇ!!オイラはそう信じてんだ!」

 

 そう告げるビィの顔には不安が浮かんでいた。恐怖が隠れていた。信じていてもこんな状況は、ビィにも彼らにも初めての事だ。確信なんてあるわけは無く、そう信じる事しかできなかった。

 

「カタリナ!!二人を…グランとジータを助けてあげて!!」

 

 後ろに控えていたルリアがカタリナへと懇願する。巻き込まれてしまったグランとジータが目の前で無残にも殺される姿など見たくはない。

 不安に押し潰されないように無理やり張った声は、カタリナを揺さぶった。

 

「くっ、ええい!!ルリア、決してここを離れるなよ!!私は彼らを守ってやらなければならない!待っていてくれ、すぐ戻る!」

 

 帝国軍人が隙をついてルリアを狙ってくるかもしれない。ヒドラの炎にルリアが巻き込まれるかもしれない。

 そんな懸念でルリアの傍を離れられなかったカタリナが、決心して走り出した。

 向かうはまだ大人に成りきれてない少年と少女が必死に戦う戦場。

 騎士としての本懐、”守る”ためにカタリナはヒドラへ向かう。

 

 

 

 

 グランとジータは善戦していた。

 ブレスを吐かせない様に敢えてヒドラの懐に入り続けることで、脅威となる5本の頭、足と尻尾だけに注意を向けられる。

 しかし、巧みな動きで頭同士をぶつけさせたりすることで翻弄していたが、倒せるかは別問題だ。

 

「くっ、さすがに一筋縄じゃいかない…剣もあんまり通らないし…ジータ!魔法は?」

 

「杖が無くちゃ流石に威力は出せないよ!!グランの力で何とか倒せない?」

 

「無茶言わないでくれ!この剣だって風属性なんだ。クソッ、こんなことなら弓を持ってくるんだった!」

 

 凶暴で強大な生命体。龍種を倒すには彼らの攻撃では威力が足りなかった。

 特訓用に使い込んできた剣は消耗もそこそこ。剣が得意なグランの攻撃はヒドラの甲殻を切り裂けないし、魔法が得意なジータも杖が無くては高威力の魔法は行使できない。

 更に不運な事に今の二人の武器は、穏やかなこの島で作られた風属性の剣だ。魔力を込めて武器の力を解放しようと、風の力では炎を吐くヒドラに効果は薄い。

 

 手詰まりな戦況に二人が呻いた時、翻弄し続けていた二人に焦れてきたヒドラは、自身を省みずに突如ブレスを吐き出す。

 目の前で察知していたジータは何とか躱すが、炎はそのままグランを巻きこもうとしていた。

 

「グラン!?避けて!!」

 

「くっ!?しまっ」

 

 金属製の武具すら溶かすと言われるヒドラの高熱の炎”メルトブレス”がグランに迫る。

 だが、そこに炎を裂くように強い女性の声が飛び込んできた。

 

「”ライトウォール”!!」

 

 グランの前に現れるのは青の魔力で模られた光の障壁。カタリナの技ライトウォールがヒドラのブレスを防ぐ。

 

「無事か!?二人とも!!」

 

 駆けつけた騎士は二人の安否を確かめながらその身を盾とする様に二人の前に現れた。

 

「「カタリナさん!!」」

 

「全く無茶をしてくれる…急いでこいつを片付けるぞ!!」

 

「「はい!!」」

 

 カタリナの登場で二人にも希望が見えた。

 カタリナが今扱ったのは水属性。彼女の力があればヒドラを倒すことも可能かもしれない。再び全力で戦う姿勢を見せたグランとジータは臆することなくヒドラに挑み続ける。

 

 

 

 

「ヤベェ…いくらあの三人でもやっぱりキツイみてぇだ!」

 

 戦いを後ろで見ていたビィが小さく呻いた。

 カタリナも加わって援護することで三人は攻撃を受ける事なく戦い続けることはできていた。

 だが、疲労が見えてきたグランとジータ。その二人の防御に回るカタリナと言った構図は、決定打を与えるには難しい戦況となってしまう。

 

「そんな!?だってグランもジータも強いんでしょう!?カタリナだっているのに…」

 

「アイツラはずっとお互いを相手に戦ってきた…兵士を相手にするなら、多分負けることはねぇかもしれねえ。だけど魔物とかはまた別だ。魔物なんてここらじゃよわっちいのばっかりだし、あんなデカくて強いやつ、二人は初めてなんだよぅ…」

 

 嘆くように呟かれたビィの言葉にルリアの顔が青ざめる。

 

「そんな…」

 

 このままでは三人とも殺されてしまうかもしれない。

 無惨な彼らの姿が幻視され、ルリアの心は締め付けられるように痛んだ。

 

「(私の為に三人が必死に戦っていると言うのに、私には何もできないの?あの子は私のせいで生まれてしまったのに、私は何もしないで見てることしかできないの?)」

 

 見てるだけの自分を責めるように、ルリアは自らの心へと問いかける。

 

「(イヤ!!何もしないなんて、何もできないなんて絶対イヤッ!!私を助けようとしてくれたグランも、ジータも。私を守ってくれるカタリナも、私の大事なヒトなんだ!)」

 

 それは何もできない自分への怒り。

 

「(守ってもらってばかりなんてイヤだ!助けられてばかりじゃなくて私は、皆を助けたい!!だから…だからお願い)」

 

 抱いた己への怒りは、彼女が嫌いだった己の忌まわしきチカラへと向けられる。

 

「チカラを、貸して!!」

 

 

 

 

「マズイ!?ブレスが来る!!」

 

「問題はない!ライトウォール!!」

 

 再度吐かれたブレスをカタリナの魔力が防ぎきる。既に疲労で息も切れているがまだ、致命的な攻撃はもらっていない。繰り返される攻防は膠着状態を生み出す。

 だが、初めての実践。長く続いた戦闘で本当に僅かな間、グランとジータは息を吐いた…気を緩めてしまった…

 

「ハッ!?ジータ避けろ!!」

 

 グランの声に振り返ったジータは、目の前に迫っていたヒドラの頭部に気付けなかった。

 

「くっ、キャア!!」

 

 長い首を駆使してもたらされた、体当たりならぬ頭当たり。ジータは何とか受け身だけは取ったものの、その勢いは彼女を地面に横たわらせてしまう。

 

「まずい、グラン!後退して体制を」

 

「ウォオオオオ!!」

 

 ヒドラが再度ジータに向けてその足を向けようとした瞬間、雄たけびと共にグランは力の限りヒドラの足を切りつけた。

 少しだけ強く走った痛みに、ヒドラが呻いて後退するのを確認したグランは、そのまま全力の攻撃を続ける。

 

「無茶だ!!一人で抑えられるわけが」

 

 慌ててグランの援護に入るべくカタリナが走り出すのをグランが止めた。

 

「カタリナさん!ジータを頼む!!」

 

 グランの必死な叫びを聞いてはカタリナにジータを放っておくことはできなかった。だが、一人でヒドラを抑えるのも危険が大きすぎる。

 僅かな逡巡をして答えを出したカタリナはルリアへと視線を向けた。

 

「くっ、本当に無茶ばかり…ルリア!!ジータを助けてやって…ルリア?」

 

 動けるであろうはずのルリアへ声を上げたカタリナは、視線の先にいるルリアを見て動きを止めた。

 目をつぶって、祈る様に手を前にかざしたルリアはその手をある方向へと向けていた。

 視線をその先へ向けたカタリナの視界に映るのは小さな祠。

 このザンクティンゼルにおいて、だれも詳しい事を知らない神秘の祠だ。

 

「あれは…祠?」

 

 呟いたカタリナはその瞬間に力の鼓動を感じる。

 ルリアが手を向けた瞬間に祠より青白い光が漏れ始め、その輝きは見る見る強くなっていった。

 

「なんだ…あれ…祠が、星晶が反応している?」

 

 近くにいたビィの呟きがやけに綺麗にカタリナの耳に入ってくる。

 だがもうその言葉を理解する必要は無かった。

 

「お願い、チカラを貸して!!」

 

 響く少女の叫びに呼応してザンクティンゼルに光の柱が上がる。

 蒼天に届いた光の柱からは咆哮が轟き、高き空より巨大な龍が舞い降りる。

 

 ”星晶獣プロトバハムート”

 

 その余りにも規格外な巨体。感じられる存在感はその場にいる全ての生物の動きを止めた。

 

「お願い…みんなを…あの子を助けて!!」

 

 ルリアの声は上空にいるプロトバハムートに届いたわけではなかった。だがそれでもルリアの声に応えるようにプロトバハムートは咆哮と共にその口元へ魔力を集中し始める。

 臨界点へと到達した魔力は眼下にいる、操られた哀れな同族へと向けられた。

 

 

 大いなる破局(カタストロフィ)

 

 

 撃ち放たれた純粋な星晶獣の魔力はヒドラを圧殺するかのように降り注ぐ。

 それは魔晶によって穢されたヒドラの身体を浄化するように、暗い魔晶の力をヒドラから押し出した。

 

「バカな、バカなバカなバカな。そんなバカな、ですネェ!!ヒドラを一撃で葬るなんて一体何なのですかあれは!?」

 

 崩れ落ちたヒドラをみてポンメルンが驚愕に叫ぶ。

 

「なんて…チカラだ。」

 

「凄い…」

 

 ヒドラと対峙していたグランとジータは目の前で崩れ落ちるヒドラを見て呆然と呟く。

 まだ善戦できていたヒドラとは違う、抗えぬ絶対的強者の力。それがもたらす結果に言葉が出なかった。

 

「グラン、ジータ!!呆けるな、すぐに撤退するぞ!急げ!!」

 

「ツッ!?いこう、ジータ!」

 

「うん!!」

 

「バカをおっしゃい!!まだヒドラは動いているのですねぇ!いけぇヒドラ、奴らを捕らえるので…」

 

 言葉の途中でポンメルンの動きが止まる。プロトバハムートによって崩れ落ちていたヒドラを見据えれば確かに活動を再開していた。しかし

 

 ”ギャオオオオオ!!”

 

 先ほどまでは無かった、感情が見えるような咆哮。

 それは既に魔晶から解き放たれた、本来の魔獣としてのヒドラの姿。

 

「バカな!?洗脳が解けてるですねぇ!!」

 

 慌てふためいて逃げるポンメルンに彼らはそっと合掌してその場を後にする。

 

 

 

 

 ザンクティンゼルを囲うように連なる山の麓、グラン達は追っ手を振り切りなんとか落ち着いた場所で休みを取っていた。

 息を整えながら周囲を警戒するも、もう追手の気配はない。遠くに見える集落の方にも騒がしさは見受けられず、一先ずは事態の収拾がついた事が伺えた。

 

「ふぅ、ここまでくればなんとか逃げ切ったかな…?」

 

「そうみたい。もう追手も来ないし、またヒドラでも来ない限り私達なら負けないと思う。」

 

「へへ、そうだな!二人なら、兵士が何人来たって楽勝だぜ!!」

 

 苦境を乗り越えたからか二人には余裕の表情が見えていた。初めての実戦は得られるものが多かったのか、二人には自信が満ち溢れている。

 

「二人ともすまなかった。巻き込んでしまって…ジータ、傷は大丈夫か?」

 

 唯一大きな攻撃を受けていたジータをカタリナが心配そうに伺う。ヒドラの攻撃なら致命傷とはいかなくても大きなケガに繋がってもおかしくは無いのだ。

 だが、当の本人は小さく笑みを浮かべて口を開く。

 

「フフ、私も十分に訓練を積んできたんです。特に魔法ならグランは足元にも及ばないですから。ちょっとした打撲と擦り傷だったので回復魔法でちょちょいって感じでもう大丈夫ですよ!」

 

「うわぁ、ジータ凄いです!魔法も使いこなせるんですか!?」

 

 元気そうに振舞っているジータにルリアは驚きと感動を向けた。

 カタリナと違いまだまだ幼さの抜けないジータとグランは、ルリアにとって同じ目線の友達に近い。自分とそう変わらない年頃の二人の実力にルリアは尊敬の念を込めて目を輝かせていた。

 

「うん、多少はね。カタリナさんみたいに防御の魔法とかはまだ複雑で使いこなせないけど簡単な魔法なら使えるよ。」

 

「フッ、あっさりと兵士を蹴散らすグランもそうだが君達には本当に驚かされるよ…」

 

 心底感心したように薄く笑うカタリナも、二人の実力には驚きを隠せなかったようだ。

 

「でもそれを言うならルリア…君の力も凄いじゃないか!?」

 

「うん、あの龍。言葉が出なかったよ…一体アレは何だったの?」

 

 先ほどの強大な存在感を思い出し彼らは少しだけ身震いする。

 ヒドラよりもずっと強い存在感は彼らに抗えぬチカラの差を感じさせていたのだった。

 

「あれは…星晶獣プロトバハムートだぜ。」

 

 グランとジータの問いに答えるのは神妙な顔をしたビィである。

 

「ビィ?知ってるの?」

 

「いやぁ、何でわかるのかはわからねえんだけど…アレは星晶獣プロトバハムート。多分、あそこにあった祠に眠っていた星晶獣だ。」

 

「はい…ビィさんの言うとおりです。私のチカラに応えて、あの星晶獣は姿を現しました。そして私の願いに応えるようにヒドラを倒してくれたんです。これが…私が帝国に追われる理由です。」

 

 ルリアはハッキリと、だが辛そうな声で先ほど何があったのかを説明する。

 プロトバハムートはルリアによって現れルリアの為に戦ったのだと…

 

「追われる理由って…それじゃ、ヒドラを操ったあの軍人みたいに、ルリアは星晶獣を操れるの!?」

 

「はい…私にもなんでそんなことができるのかはわかりません。帝国に捕まって、ずっと研究されていましたけど結局理由はわからなかったんです。」

 

 静かに顔を俯かせるルリアは服の裾を握りしめて震えていた。

 異常な能力。不明なチカラ。それはヒトを畏怖させるには十分な()()だろう。

 これまでに帝国から受けていた扱いを思い出して、ルリアは小さく震えていた。

 

「そうだ…ルリアはこのチカラのせいで帝国に囚われていてな。何とか隙をみつけて今回逃がしてやることが出来たんだが、こうして二人を巻きこんでしまったわけだ。すまない…恐らく二人はもうここにはいられないだろう。帝国に正面きって逆らってしまった。私やルリアと同様、御尋ね者という訳だ。逃げる手段は用意してある。一先ずはこの島を出よう。」

 

 カタリナが静かに告げる事実にグランとジータは顔を見合わせた。

 

「そっか…僕達お尋ね者に成っちゃったのか。」

 

「もうこの島に居られないんだね…」

 

 俯き小さく呟く二人に、カタリナも顔を伏せる。

 責任感の強い彼女の事だ。二人の声に後悔の念を感じ取ったのだろう。申し訳なさで一杯になった彼女が再度口を開こうとしたとき、彼女の懸念は覆されるのだった。

 

「これはつまり、僕達に旅に出ろってことだよな!ジータ!!」

 

「そうだね、きっと今がその時なんだと思う!ビィ、とうとう出発の時だよ!!」

 

 突如張り上げられた声に、カタリナもビィもルリアも固まった。

 

「お、おう!なんだぃ、二人ともショックで泣きそうだったんじゃないのかよ!?」

 

 一番に我に返ったビィが驚きの声を上げるも二人の意気は止まらない。

 

「そんなわけないだろ!僕たちは旅にでるのを夢見ていたんだから…」

 

「カタリナさんとルリアに感謝しないとね。島を出る手段もあるのなら大助かりだよ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、二人ともなんでそんなに平気なんだ?私たちはいうなれば君たちの平和な生活を壊した張本人なんだぞ。糾弾こそされることはあっても感謝なんてあり得ないだろう…」

 

「あ~気にすんな姐さん。こいつらきっともう旅に出れることが嬉しくてそれどころじゃねえんだ…」

 

 理解できないと二人を問い詰めようとするも、既にグランとジータはカタリナの言葉が耳に入っておらずに嬉しそうに先のことを話している。

 呆然としているカタリナの肩に小さな手を置き、ビィが優しく諭していた。

 

「ルリア!私達と一緒に行かない?星の島、イスタルシアへ!」

 

「もしかしたらルリアのチカラの秘密がわかるかもしれないし、僕達と一緒に旅に出よう!」

 

「え、えぇ!?だって私は帝国に追いかけられていて…」

 

「そんなのもう関係ないでしょ。私達だって立場は同じだよ。それに、あんな悲しそうな顔をするルリアは、旅に出てもっともっと一杯楽しい想いをしないとダメだよ。ね、グラン!」

 

「ああ、ジータの言うとおりだ。今までがどうだったかなんて関係ない。ルリアがどんなチカラを持っていようが、僕たちはもう同じ境遇の仲間だからな。カタリナさんも一緒に、皆で旅に出よう!」

 

 ルリアを誘い、カタリナを誘い。二人は既に旅に出る気満々だ。その姿は先程まで己がしでかしてしまったことに後悔していたカタリナの心の重石をあっさりと取り除いた。

 

「フ、フッフッフッフ…アッハッハッハ!!あ~ホント君たちには驚かされる…ルリア、どうだ?彼らと一緒に旅に出てみないか?私は君にもっと色々なものを見せてあげたかった…彼らとの旅の話は、私達にとってまるで運命の様だと感じている。」

 

 二人に触発されたカタリナもノリ気になったようである。

 その美しき美貌に、優しい笑みを浮かべ、未だ笑顔の見えないルリアに語りかける。

 

「カタリナ…あの、私は本当に一緒に旅していいのですか?だって、こんなチカラだってあるし…迷惑だってかけちゃいましたし…」

 

「それを決めるのはきっと、彼らでも私でもない…キミ自身が決める事だ。」

 

 カタリナが告げた言葉に、ルリアが口をポカンとあけたまま固まる。

 これまでの彼女は、自由というものがほとんどなかった。これからのことを決めるのに自分に選択が委ねられるのが信じられなかったのだ。

 たっぷりと考え込んだルリアは恐る恐る口を開いていく。

 

「…行きたいです。私皆さんと一緒に、旅がしたいです!!」

 

 小さな声は徐々に大きくなり、最後には叫ぶようにルリアは声を上げた。

 

「よし、決まりだ!ジータ、ビィ!カタリナにルリアも。今日から僕たちは旅の仲間だ!よろしく頼むぞ!!」

 

「うん!!」

 

「おぅ!!」

 

「あぁ!!」

 

「ハイ!!」

 

 カタリナが用意していた小型の飛空艇に乗り込んだ彼らはこうして大空の大海(グランブルー)へと飛び出した。

 

 

 これは始まりの物語。遥かなる空を舞台に駆け巡る騎空士達の始まりのお話である。

 

 




如何でしたでしょうか。

原作では主人公がヒドラに瀕死に追いやられ、ルリアと命を共有することで生きながらえるという設定でした。それゆえ、ルリアは主人公の体内から出たり入ったりできるという設定(これちょっとよくわからないですけど・・・
原作でも恐らく忘れられてることが多々あると思われる設定だと作者は考えております。
ぶっちゃけグランやジータの中に入れるならルリアを守る必要とかって皆無ですよね・・・

さて、本作品において原作と決定的に違うのは物語の主人公としてグランとジータの二人が双子として存在しています。
元々はエイプリールフールネタででてきた二人の団長という設定でしたが、作者はグラブる小説を書こうと思ったとき、主人公をグランだけにしたくなかったのです。そして、設定を書き上げていた時もどちらか片方を特別にしたくはなかったのです。
その結果がこの特別篇となります。
二人はヒドラ相手に見事に戦いきり、ルリアとの命の共有という設定はなくなっています。
作者は既に最終話の構想も考えており、そこには作者独自解釈のルリアの能力も決まっております。
原作では主人公との命の共有もルリアの能力の一部分だというような表記があり、そういったところでこれから明かされるルリアの設定との食い違いが起きないように本作品ではこういう形にしてあります。

以上。グラン、ジータとルリアの関係性や設定の部分を語らせていただきました。
何かおかしいよ!って思うところご質問があればお答えいたしますので。


それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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シナリオイベント 「砂神の巫女」 1

イベント 「砂神の巫女」

 

 

暴雨の神が目覚めし時。

空は涙雨に覆われる。

町は涙の雨に打たれ。

民は涙に濡れそぼつ。

されど恐るるなかれ。

この世に止まぬ雨は無い。

この世に枯れぬ涙も無い。

砂神の巫女が鎮めたもう。

暴雨の神を鎮めたもう。

命を賭して鎮めたもう。

 

 

 

 

ザブル島 ブリエデゼル 聖堂

 

 「ウマル様!きゅ、急報です!連日連夜の豪雨によって各地で冠水の被害が出ている模様です!」

 

駆け込んできた使用人の慌ただしい報告を聞きながら、落ち着いた様子で振り返るのは、ザブル島の執政者“ウマル”であった。

 

 「・・・うむ、わかった。すぐに救援を手配しよう。」

 

 その声音に焦りはなく、その報告が彼の中では想定内であることが伺える。

 

 「ハッ!さらに村人の話によると、突如、豪雨に紛れて魔物たちが現れ、人々を襲ってるとのことです!」

 

 さらに使用人の報告は続いた。急を要する事態の報告にウマルは目を細める。想定以上に事態の推移は早まっているようだ。

 

 「・・・そうか。事態は一刻を争うな。今すぐボレミアをよんでくれ。」

 

 ウマルの要望に、使用人はすぐさま返礼をして部屋を飛び出していく。

 

 「・・・止むを得ん、か・・・」

 

 この事態を想定はしていたが、そうなって欲しくはなかった。そんな気配が伺える。ウマルは思案を繰り返しながら、これからの事態の行く末を先見していく。

 

 

 

 「ウマル様、ボレミアです。失礼いたします。」

 

 宣言とともに部屋を訪れたのは、赤茶けた長い髪をもつ女性。名は「ボレミア」。このザブル島で、街を守る近衛部隊の隊長を勤めている。

 

 「ボレミアよ・・・砂神の巫女の様子はどうだ?」

 

 「ハッ!砂神の巫女の力は、先の暴雨に伴い、次第に強まっております。」

 

 「ふむ・・・やはりな・・・この暴雨はただの天災ではない。雨神の仕業に違いないだろう。」

 

 ウマルが告げるのはこの島を襲う暴雨が、天災ではなく雨神によるものだという事実。

 

 「雨神・・・砂神グラフォスに対を成す、あの星晶獣マナウィダンですか・・・」

 

 「そうだ。両者の均衡が崩れた今、再び砂神の巫女の力で、マナウィダンを封印する必要がある・・・いってくれるな?ボレミア。」

 

 「ハッ!・・・何名か腕の立つ部下を同行させてもよろしいでしょうか。」

 

 ボレミアの要請にウマルは顔色を全く変えずに応える。さも当然のように・・・

 

 「有事とは言え他にも人手がいるのでな・・・巫女と二人で向かってくれるか?」

 

 言葉は問いかけであるものの、声音に問いかけの様子は見られず、そこには決定事項だと断じる意志が込められていた。

 

 「・・・しかし、砂神の巫女とはいえ星晶獣相手に二人では・・・」

 

 「なに・・・いざとなれば巫女の力を解き放てば良いだけよ。手筈は分かっていよう?ボレミア。民の命を守るためにはやむを得ない。決して失敗は許されんぞ。」

 

 「・・・仰せのままに。」

 

 理不尽な命令等と、反抗することもできずにボレミアは承諾する。

 

 「護衛隊長ボレミア・・・砂神の巫女の護衛とマナウィダン封印の任務を命ずる。」

 

 告げられた命令にボレミアは返事をして部屋を退出する。命令内容もウマルの、それが当然という態度も気に食わなかったが、それを表には出さずに、命令遂行の為行動開始する。

 

 

 「砂神の巫女よ。入るぞ・・・」

 

 一つの部屋の前まで来ると、ボレミアは部屋主に声をかける。

 これからこの部屋の主には恐ろしい事実を告げなくてはならない。心が重たくボレミアの気持ちを沈めていった・・・・

 

 

 

 

 旅の途中、輝く砂が舞う砂漠の街、ブリエデゼルを訪れたグラン達一行。一行は輝く砂を楽しみに訪れていたが、突然に吹き荒れる集中豪雨に足止めを余儀なくされていた。

 

 「おいおい、今の季節は雨なんて降らねぇってよろず屋の奴いってたじゃねえか!ったく・・・太陽に輝く砂なんて、いったいどこにあるってんだよ・・・」

 

 ビィがこのブリエデゼルについての情報をくれたよろず屋を思い出し文句を吐き出す。

 

 「はうぅ・・・なんだかさっきから頭がぼんやりですぅ・・・」

 

 ルリアは嵐のような豪雨に、僻易した様子で呟く。

 

 「だ、大丈夫かルリア?雨に降られて風邪でも引いたのかもしれないぞ!熱はないか?喉は痛くないか?」

 

 「ん~喉も痛くないし・・・熱とかはないと思うんだけど・・・」

 

 「ちょっとオデコを貸すんだ・・・ん、熱はないようだが、様子を見てしばらくここで休息をしていこう。」

 

 心配症なカタリナがすぐにルリアを診るが、本人はカタリナの心配にくすぐったそうにしているが特に問題はなさそうだった。

 

 「まて、カタリナ。急を要する程深刻な状況でもなければこんなところで休息をしても休息にはならないだろう。心配なのはわかるがしっかりと休める場所を・・・」

 

 一緒にルリアを診ていたのはセルグ。見た目から特に問題はないと察して、まずは安全地帯をと探し始めたところで、声が響いた。

 

 「お、おい!誰か!また魔物が現れたぞ!手を貸してくれ!」

 

 みれば少し先の方で男性が叫んでいるのが見えた。

 

 「なんだってぇ!?こんな雨だってのに魔物がうじゃうじゃ出やがるぜ!おい、みんな行こうぜ!」

 

 これまでにも散々魔物と出くわしてきた一行を代表しビィは悪態をつくも、すぐさま皆を先導する。

 

 「あ、ああ!だが、ルリアの体調が心配だし誰かそばにいないと・・・なぁグラン?」

 

 すぐに動き出すのを渋るカタリナ。やや過保護な彼女にセルグが口を挟む。

 

 「グラン、カタリナとここでルリアを見ててくれ。ジータ、オレと行くぞ。見捨てるわけにもいかないからな。」

 

 「はい!セルグさん。」

 

 そう言うやいなや、走りだし魔物討伐に向かうセルグとジータ。

 

 「あ、ありがとうカタリナ。でも私は大丈夫だから。グランと一緒に魔物を討伐しに行って!私もついていきます。」

 

 ルリアはカタリナが自分のせいで決断できないことを悟り、促す。

 

 「カタリナ、行こう。本人がこう言ってるんだから、信じてあげよう。このまま心配だけしてても何も変わらない。まずは僕らにできることを!いくよ、ルリア。」

 

そう言って駆け出すグランとルリア。

 

 「ああ、ちょっと待つんだ!二人共!」

 

 慌ててついていくカタリナ。なんだか頼もしく見えたグラン、強くなったように見えたルリアに慌てながらも笑みを受かべるカタリナだった。

 

 

 

 「ぐ、ぐぐぐ・・・」

 

 倒れ伏す魔物。グランとカタリナも加わりあっさりと魔物を退けた一行に、救援を求めた町人から声がかかる。

 

 「ふぅ・・・あんたたちが来てくれて助かったよ。しかしなんで急に魔物がこんなに・・・」

 

 先程の光景、襲いかかる魔物はそれなりに数がいた。これまでになかった光景に町人には不安の顔がみえる。

 ひとまず落ち着いたと見たグラン達は、警戒を解き剣を収める。町人から話を聞こうとグラン達が声を掛けようとしたところで、セルグは小さな悲鳴を聞いた。

 

 「キャッ!」

 

 すぐさま振り返るセルグの目の前に飛び込んできたのは、幼い少女が今にも魔物に飛びかかられそうな光景。瞬間の判断。距離的に間に合わないと判断したセルグが下したのは

 

 「させるかよぉ!!」

 

 乾信一擲。手に持っていた剣を振りかぶり投擲した。飛翔する剣は魔物一体を吹き飛ばした。即座にセルグは接近。天ノ羽斬を抜き放ち、少女に詰め寄る全ての魔物をなぎ払う。

 少女を背に、魔物の残党がいないかを再度確認する。背後にはすでにグラン達が来ていたようで少女の安全は確保されたようだ。

 

 「君、大丈夫?怪我は・・・無いようだね。よかった・・・」

 

 一番に駆けつけたジータが少女の様子を見る。とりあえず目立った外傷はなさそうで安堵の表情をみせるジータ。

 

 「あ、・・・ありがとうございます。だ、大丈夫です。」

 

 たどたどしく応える少女。

 

 「それで・・・こんな小さな女の子がこの大雨の中、一人で何をしていたんだ?」

 

 カタリナがこの不自然な状況に説明を求めた。少女は視線を動かしここにはいない誰かに助けを求める。

 

 「あ、あの・・・・私は・・えと・・その。」

 

 落ち着かない様子の少女にカタリナは声をかけようとするがその前にセルグが前にでた。

 

 「カタリナ、ちょっと待ってくれ。君、本当に怪我は無いか?ちょっと見せるんだ。」

 

  普段のセルグらしからぬ、やや強引な態度にグラン達は訝しく思う。

 

 「どうしたんだ?セルグ。一体何を・・・」

 

 グランが問いかけるがセルグは集中していて聞いていない。少女に外傷がないか調べていたセルグが舌打ちとともに少女の腕を取る。

 

 「チッ、やはりか。ビィ、すまないが急いで解毒用のハーブを。この子が先の魔物の毒にやられている。」

 

 そう告げるセルグは急いで荷物から水筒を取り出し少女の腕にかける。少女の腕には小さな赤い点がありそこを水筒に入っていた、ハーブのエキスを抽出したお茶で流しているようだ。そのまま茶を口に含み一度口をゆすぐと、躊躇なくセルグは毒の吸い出しを行う。

 

 「ンッ!?」

 

 他人に腕を吸われるという事態に、少女はくすぐったさを覚え、身を強ばらせる。

 

 「力を抜け。血流が早まればそれだけ毒が回る。」

 

 そのまま何度か毒の吸出しをしたセルグは、最後にもう一度お茶で口をゆすぎ腕を洗い流す。ちょうどそこへ荷物から解毒用のハーブをもってきたビィが到着する。

 

 「うお~い。もってきたぞ!セルグ!ついでに包帯も用意してきた。」

 

 「ナイス判断だ。カタリナ、ハーブをできるだけ潰して包帯と合わせて腕に巻いてあげてくれ。」

 

 あれよあれよという間に腕には包帯が巻かれて処置が終わった。セルグの剣幕にただ事態を見守っていた少女は、処置が終わったところで我に返る。

 

 「は、離れてください!!」

 

 突如包帯を巻き終えたカタリナから距離を取る少女。

 

 「む、どうしたんだ?何か気に障ることでも・・?」

 

 カタリナは不思議そうに少女に近づいていくが少女はその分だけ離れていく。

しかし少女の後ろにはセルグが立っていた。

 

 「コラ!まだ急に動くんじゃない。解毒用ハーブとはいえそこまで即効性があるわけでもないんだ。急に動くとまだ毒回ってくるかもしれないぞ。」

 

 セルグが少女を頭に手を置き嗜める。目線を合わせ父親が諭すように。

 

 「わ、私といると危ないんです。私にはグラフォスが憑いているから・・・」

 

 「それは・・・そのグラフォスが魔物を呼び寄せるからですか?それならここにいる皆さんはとっても強いから大丈夫ですよ。」

 

 ルリアが安心させるように告げるも、少女の顔は優れない。

 

 「それだけじゃないんです・・・私の力で・・・あなた達を傷つけてしまうかも知れないから・・・」

 

 そう言って拒む少女の背後には立っていたセルグを阻むように砂でできたナニカが浮かび上がってくる。

 

 「私の力って・・・あなたの後ろにいる子?」

 

 そうルリアが問いかける姿には恐怖は微塵も感じられなかった。

 

 「あ、あなた達は、私の力が怖くないんですか・・・?。この砂神のグラフォスが・・・」

 

 「だってその子・・・あなたのことを大切そうに守っていますよ!傘みたいに、濡らさないように。」

 

 「え・・?」

 

 少女が呆けた声で応える。

 

 「それに、私もおんなじことできますよ。私のほうがもっとおっきいです!ほら!」

 

 そう言うと手を翳し意識を集中するルリア。光と共にルリアの背後には大きな龍の星晶獣「プロトバハムート」があらわれる。

 

 「ヒャッ!あ、あなた達は・・・いったい・・・」

 

 「えへへ・・・私にもよくわからないんだ・・・まぁ、私はいつもみなさんに守られてばかりなんだけどね。」

 

 「で、でも。私のせいでボレミアさんが・・・魔物に・・・」

 

 少女が泣きそうな表情でこぼす言葉。

 

 「落ち着いて。ボレミアさんというのは保護者さんかな?」

 

 ジータが優しく問いかける。

 

 「ボレミアさんは、・・・私のご、ごえ・・・う、うぅ・・・」

 

 すでに涙を流し始めている少女にジータが困り果てる。

 

 「あ、あの、ご、ごめんね!ど、どうすればいいの?グラン?カタリナ?」

 

 「え?あ、い、いやどうすればいいんだ?ビィ君!?」

 

 「え、オ、オイラに聞かれても・・・な、なぁ、ルリア?」

 

 「え!?あ、あの、私ですか?ええっと・・ほら、見てください!ビィさんの尻尾はぷにぷにですよ~!」

 

 唐突に振られどうしようもなく、ビィをぷにぷにするルリア。

 

 「うおいルリア!!オイラをヌイグルミみたいにして遊ぶんじゃねぇやい!!」

 

 目の前でビィグルミをぷにぷにするルリアを見ても少女の涙は止まらなかった。

 

 「はぁ、ったく。」

 

 周囲を警戒していたセルグが少女の目線までしゃがむと声をかける。

 

 「ボレミアさんというのは、君の護衛か?君の知るボレミアさんは簡単に魔物に負けてしまうほど弱い人なのか?護衛として付いている人がそれほど弱いとは思えないが。」

 

 「え?そんな、ボレミアさんはとっても強い人です。弱いなんてこと・・ないです。」

 

 少女はそんなことはないと否定する。先程まで気弱で涙を流していた少女が強く反発してきたことにセルグは満足した。

 

 「ならば君がここで心配して、涙をながしていても意味はないだろう。そんなに弱くはないと否定できるのなら、信じてやれ・・・グラン、近くの町まで避難しよう。ルリアの体調の事もあるし、毒の処置も応急処置程度だ。休息を取れる場所を急いで見つけなくては。」

 

 「そうだな、ここから少し進んだ先に町があるはずだ、急ごう!」

 

 「それからグラン。その子を背負ってやってくれ、毒を受けた以上体を動かすのはまずい。魔物はオレが対処するから。」

 

セルグの言葉に疑問符を浮かべるグラン。 

 

「え、なんでだよ、セルグが背負ってあげればいいじゃん?」

 

 「・・・オレはマントを着けている。非常に背負いにくいし、この雨でマントはずぶ濡れだ。こんなマントに張り付いては体温を奪われるだろう。それともジータやカタリナに背負わせるか?」

 

 セルグは己の装備をみせてグランにそう告げる。

 

 「そっか、それじゃ仕方ないか。わかった、任せてくれ。」

 

 あっさりと引き受けるグラン。少女を背負い歩き始めるグランを囲うように一行は歩き出す。

 

 「(セルグさん・・・なんでわざわざグランに?)」

 

 「(アイツ、ルリアといるときもよく笑ってたからそういう趣味かと思ってな。)」

 

 「(え!嘘!やだ、ほんとに!?)」

 

 「(いや嘘だ。さっき述べたとおりだよ。オレがマントをつけているからだ。別段理由なんかないさ)」

 

 「(んもう!からかわないで下さい!!)」

 

 前方で魔物を警戒しながら、ヒソヒソとグランに聞こえないように会話をする二人。からかわれたと理解したジータは怒りながらセルグから離れて行くも、しばらくグランを見る目が疑惑の眼差しになってしまったジータだった。

 

 

 

 

 雨が降り続ける砂漠の町に女性の声が響く。

 

 「これくらいの小さな女の子だ!この町へ逃げろと・・・そう伝えたんだ!なぜお前ら大人が守ってやらん!!」

 

 ボレミアが町人に問い詰めていた。魔物に襲われた際、砂神の巫女を一人町へと逃がし、魔物への対処に腐心したボレミアが、巫女が逃げたはずの町にきてみれば、巫女は町にいないという。町人に巫女の行方を聞くボレミアの顔には焦りが浮かんでいた。

 

 「ゆ・・・許してくれ!俺らも自分の身を守るのに精一杯で!」

 

 「ならばどこへ行ったか知らないのか?まだこの辺にいるはずだ!」

 

 ボレミアの焦りは次第に大きくなっていきもはや怒鳴るような勢いだった。

 

 「だ、だから!オレは何も知らないんだって!」

 

 町人もどれだけ怒鳴られようが、知らないものは知らないと突っぱねる。

収まらない焦りにボレミアが他の町人へと問い詰めようとしたところで

 

 「ボレミアさん!?」

 

 グランに背負われた少女が目の前で町人に問い詰めているボレミアをみて声を上げる。

 

 「サラ!!無事だったか!!」

 

 少女に駆け寄るボレミア。少女もグランから離れボレミアに抱きつく。

 

 「・・ぐすっ・・よ、よかったぁ・・ボレミアさん・・っぐ、ぶ、無事だったんだね・・」

 

 泣きじゃくる少女を受け止めながらボレミアは先程の焦りなど無かったように言葉を並べる。

 

 「・・・ふん・・砂神の巫女よ。そんなことでいちいち泣くな・・・もっと強く心を持て。」

 

 そんなことではダメだと叱責するボレミア。心配そうな態度から一転し、厳しく言い放つ姿は、安堵の表情を浮かべていた少女を萎縮させる。

 

 「は、はい・・ごめんなさい。」

 

 「う、うわぁなんかすっげぇ怖そうなやつ・・・・」

 

 いきなりの少女への叱責に思わずビィは唸る。

 

 「どうやら巫女が世話になったようだ。礼を言おう。」

 

 グラン達に向き直り礼を述べるボレミア。

 

 「あ、あのう・・・」

 

 おずおずと声を上げる少女を前にボレミアはきっぱりと告げる。

 

 「どうした?我々には時間がない。さ・・・先を急ぐぞ。ッツ!?」

 

 早々に出発をしようとするボレミアの目の前に剣が突き刺さる。視線を向ければそこには投擲したあとの姿勢のままセルグが立っていた。

 

 「なんのつもりだ?」

 

 きっちり睨みを加えて返すボレミアに、セルグは視線も声音も冷たく返す。

 

 「随分余裕のない護衛だな。護衛対象とはぐれただけでも情けないというのに・・・護衛対象の体がどんな状態かも見ることができないとはな。一体貴様は何のための護衛なんだ?」

 

 「なに!?一体何の話を・・・」

 

 

 「その子の腕をみて何か怪我を負ったくらいは推察できないのか?だから余裕がないと言っているんだ。」

 

 ボレミアとセルグが険悪な空気を作り出している横でグランが近くにいた町人に問いかける

 

 「すいません、この町に砂漠の魔物の毒への解毒剤はないかな?蛇の魔物だ。解毒を調合できる人でもいい。すぐに対処してもらいたい。あの子が毒に侵されている可能性があるんだ・・・できるだけ早く。」

 

 グランの話にすぐ町人は動いてくれた。思案する気配がなかったことから、すぐに手に入る宛があるようで一行は安心した。

 

 

 セルグの言葉とグランの話を聞いたボレミアが、自分が知らないところで起きていたことを理解する。

 

 「サラ!魔物の毒にやられただと!?大丈夫なのか?症状は?いま、気分は優れないか?」

 

 「へ?あ、その。あの男の人が毒を吸い出してくれて、その後皆さんがハーブを巻いてくれて、特にいま、具合が悪いとかはないです。」

 

 「そっか、・・・よかった。」

 

 安堵するボレミア。掴んでいた腕を放し、気を落ち着ける。

 

 「どこが良いんだ?応急処置に過ぎない。毒が抜けているかはわからないそんな状況で、お前はその子をまた外に連れ出そうとしたわけだ。護衛であればまず守りきれ。それができない状況だとしても合流できたら本当に無事かどうかくらい確認しろ。護衛として余りにも杜撰だ。」

 

 「せ、セルグさん!?どうしたんですか?そんなに怒らなくても・・・」

 

 思わずセルグの態度にルリアは不穏な空気を感じて止めに入る。

 

 「ふん、オレたちがいなければあの子の命はなかっただろう。本当に護衛を務めるつもりならせめてもう少し護衛対象の事を気遣うんだな・・・」

 

 そう言うと引き下がるセルグ。ボレミアは雷に打たれたようにその場で動かなくなった。

 

 「その・・・ボレミア殿といったか?」

 

カタリナがおずおずと声をかける。

 

 「な、なんだ。貴様もなにかいう事があるのか?」

 

 「そう邪険にしないでくれ。こんな小さな少女が・・・ひとり魔物に追われていたんだ。その理由くらいは聞かせてもらえないだろうか?」

 

 「・・・確かに、お前たちには巫女が世話になったな。話しておくべきか・・・」

 

 そう言うとボレミアは自分と巫女に課せられた使命とこの島の置かれた状況についてグラン達に語り始める。

 

 「この島。ザブル島は現在、危機的状況にある。この豪雨は自然災害ではない。雨神・・・星晶獣マナウィダンによってもたらされているものだ。このままマナウィダンの力が増し続け、雨が降り続けばこの島が雨に沈むのも時間の問題だ。」

 

 「な、なんだと・・・そんな事態がこの島で起きていたのか!」

 

 「雨神・・・星晶獣マナウィダン・・・」

 

 「やれやれ・・・どうりで変な天候なわけだぜぇ・・・」

 

 カタリナ、ルリア、ビィがそれぞれに驚きをみせる。

 

 「まさか、自然災害すら起こせるとは・・・星晶獣ってすごいな。」

 

 「でもそれならその星晶獣さえなんとか出来れば、この雨もなんとかできるって事じゃないの?」

 

 ジータが誰ともなく問いかける。しかしそのつぶやきは流され、ボレミアが動き出した。

 

 「ふん、これでお前らへの義理は果たした。砂神の巫女、解毒剤はもらったようだな。すこしだけ休憩したら今度こそいくぞ。」

 

 少女に声を掛け一行と離れて目的地へと向かおうとするボレミア。

 

 「あの、・・・ま、待ってください!」

 

 しかし、少女は意を決して声を上げる。

 

 「どうした?まだどこか怪我でもあるのか?」

 

 やや心配な様子を見せながらもボレミアは語気を強めて少女に向き直る。

 少女はセルグの元へと向かい力強い瞳で見つめる。

 

 「あの、あなたにお願いがあります。その・・・私達をマナウィダンの元まで護衛してもらえませんか?」

 

 唐突な提案にボレミアが声を上げる。

 

 「なっ!!勝手なことを言うな!」

 

 到底認められないといった様子で、ボレミアが少女に詰め寄る。

 

 「で、でも・・・この方達は見ず知らずの私を・・・助けてくれたんです!だから・・・この方達ならきっと・・・それにこの人。ボレミアさんのことを信じてやれって私に言ってくれたんです。」

 

 何を言いやがったとでも言いたそうなボレミアの責める視線がセルグに向かう。

 

 「オレは、護衛となった人間が魔物程度にやられるはずがないんだから心配するだけ無駄だと諭しただけだ。この子の勘違いだろう。」

 

 「え!?で、でもボレミアさん!この人たちと一緒ならきっと、安全にマナウィダンの元へいけると思うんです。」

 

 必死にボレミアを説得する少女を前にセルグも動く。

 

 「ということだグラン、ジータ。二人はどうしたい?団長は君たちだ。君たちの思うままにするといい。」

 

 話を振られたグランとジータはきっぱりと応える。

 

 「星晶獣が関わってるならやるしかないだろう。僕たちとしてもその子が危険な目に遭うなら助けてあげたいしね。」

 

 「もしかしたら空図の欠片も手に入るかもしれませんし。やりましょう。」

 

 二人の答えにセルグはボレミアへと向き直る。

 

 「だそうだ。貴様は気に食わないかもしれないが、オレも心配だった。同行を許可願いたいな。」

 

 「ふ、ふん・・・私だけでも事足りるがな。」

 

 「ふっ、さっきまであんなに取り乱して、その子の安否を気にしてたヤツがよく言う。」

 

 「くっ・・・好きにしろ。」

 

 そう言い放つと背を向けるボレミア。

 

 「ありがとう、ボレミアさん!私は砂神の巫女。サラです。皆さん、改めてよろしくお願いします。」

 

 「もちろんです。星晶獣の問題なら任せてください。ね、グラン、ジータ!私はルリアです。よろしくね、サラちゃん!」

 

 「僕達は今までにも星晶獣との戦いの経験がある。大船に乗ったつもりで任せてくれよ。サラちゃん。」

 

 「こっちがグラン、私はジータだよ。よろしくね、サラちゃん。」

 

 「目の前に困ってる人がいるのに放って置けるわけねぇしな。オイラはビィってんだ。よろしくな、サラ!」

 

 「ふん、・・・生きて帰れる保証は無いぞ。」

 

 「ふっ、一度言いだしたら彼らは聞かないぞ。私も同行させてもらおう、ボレミア殿。」

 

 「勝手にしろ。安請け合いして命を落としても知らんからな。」

 

 「・・・・」

 

 ボレミアに近づいていくセルグ。

 

 「一応自己紹介をしておこう。セルグだ。よろしく頼むよ、護衛さん。」

 

 何の感慨もない瞳でボレミアをみるセルグ。

 

 

 

 ザブル島で物語は動き出す。

グラン達はまだ何も知らなかった。雨神マナウィダン、砂神グラフォス、巫女サラ。豪雨がもたらす宿命は残酷な結末を用意していることを。

 

 

 



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シナリオイベント 「砂神の巫女」 2

ザブル島

 

 

 ボレミア、サラと共に星晶獣マナウィダンに向けて、砂漠を歩くグラン一行。道中、唐突に疑問の声を上げたのはビィだった。

 

 「でもよぉ・・・そんなにすげぇ星晶獣だっていうなら、なんでもっと大勢で戦わないんだ?」

 

 ビィが聞くのは現状への疑問。強大な星晶獣を相手にするというのに、対処するのは巫女一人とその護衛が一人。島の存亡に関わる危機だというのに、この状況は余りにも投げ槍な対処ではないかと考えられる。

 

 「この島において、砂の町の長には敵が多い。この混乱に乗じて城を責められる可能性を考慮するとそちらにも人員を割かなければならない。それにこの豪雨にまぎれ魔物の出現も多い。兵はもうそれだけで手一杯なのだ。」

 

 ボレミアの答えに納得する一行。

 

 「ふむ・・・だが一国の存亡がかかった有事に際して、いささか軽率過ぎるきもするが・・・」

 

 次なる疑問を投げかけるのはカタリナだったが、これにもボレミアは淀みなく答える。

 

 「なに、砂神の巫女の力さえあれば、マナウィダンの封印はわけないからな・・・」

 

 大人ふたりが会話している中で後ろを歩くルリアとサラもおしゃべりをしていた。

 

 「ねぇねぇ。サラちゃん。サラちゃんはグラフォスさんとお話できるんですか?」

 

 「う、ううん・・・お話っていうか、グラフォスの声が・・・勝手に響くだけ・・・」

 

 会話をする二人はおしゃべりに夢中になり、徐々に仲間から離れていた。

 

 「ほら、ルリア、サラも。遅れてるぞ。おしゃべりもいいが離れているところを魔物に襲われないようにちゃんと付いていくんだ。」

 

 最後尾で歩いていたセルグが二人に促す。

 

 「あ!はい、サラちゃん、追いつこう!」

 

 「う、うん!」

 

 そう言って走り出すルリアとサラを見送るセルグ。そこに近づいて来るのはグランだった。

 

 「なんだか、セルグ、お父さんみたいだな。」

 

 グランが感じた感想。まるで父親のように心配の眼差しを向けるセルグが不思議だった。

 

 「父親か・・べつにそんなつもりじゃないんだがな。ルリアもサラも他の子供・・・というよりは普通の人間とは違うものを持っている。子供は素直だ。みんなと違うものを強く忌避する。素直に感じたものを表に出せる子供から見れば、ルリアとサラは大きな仲間はずれの対象となるだろう。あの子らはきっと、これまでを幸せで生きてきたとは言えないと思う。」

 

 「そういう・・もの?」

 

 半信半疑のグランにセルグは答える。

 

 「まぁオレの経験だがな。オレは訓練時代、友人というものがいないどころか、常に忌避の対象だったよ。疎まれ、避けられた。それも全ては他のガキどもより強すぎたから。つまり、みんなと違ったからだ。」

 

 「そう・・・なんだ。大変だったんだな。」

 

 「やめろ、その可哀想にって感じの顔。今のオレにはお前たちがいる。それで十分だ。まぁとにかくだ、あの子達には、みんなが自分から離れていく不幸を。大切な人がいなくなる不幸を、味わって欲しくないと思うんだ。」

 

 セルグの優しい眼差しの理由を聞いたグランが駆け出した。

 

 「そっか・・・よーし、ルリア、サラちゃん。、みんなに追いつくまで競争だ!ついてこい!」

 

 そう言って二人を促すグランをみて。微笑ましく見守るセルグだった。

 

 

 

 「私はね、星晶獣とお話できるんだ!それで、一度お友達になった子は困ったときに出てきて、助けてくれるんですよ!」

 

 「へぇ・・すごいなぁ・・・ルリアちゃんはお友達がたくさんいるんだ・・・私には真似できないなぁ・・・」

 

 寂しく呟くサラ。ルリアはその寂しそうなサラの手を取り詰め寄る。

 

 「なんでですか?私とサラちゃんだって、もう友達ですよ。」

 

 「え?」

 

 「ほら、私達ってなんか・・・ちょっと似た者同士ですし。」

 

 「にたもの・・どうし?友達?」

 

 「そうです、友達です!だから何か困ったことがあったら、真っ先に相談するんですよ?」

 

 ルリアの言葉にサラの表情は笑顔になる。

 

 「う・・うん!ありがとう、ルリアちゃん!」

 

 

 

 「見ているだけで心あたたまる光景だな。ルリアもサラも随分仲良くなったようだ。なぁボレミア殿?」

 

 「ふん、魔物が現れた、さっさと倒して先に進むぞ」

 

 みれば前方には魔物の集団が見て取れた。すぐに臨戦態勢となるカタリナ。

 

 「グラン、ジータ、セルグ。魔物だ。戦闘に入るぞ!」

 

 ルリアとサラを挟むように左右にいたグランとジータが答える。

 

 「グラン、レイジを!私が魔法で吹き飛ばすから!」

 

 「護衛は任せろ。二人は行っていいぞ。」

 

 後ろにいたセルグがグランとジータに戦闘に加わるよう促す。

 

 「うん、わかったセルグ。レイジ!!」

 

 “ウェポンマスター”となっているグランが「レイジ」を唱える。

 その場にいる全員の神経が研ぎ澄まされる。力の流れを知覚し。魔力の流れを知覚し。もっとも効率よく己がもつ能力を振るえる状態となった。

 

 「シャイン!」

 

ジータの詠唱とともに放たれるのは閃光。光属性の魔力が戦闘地点で混ざり爆発を起こす。それを先手にカタリナとボレミアが続いた。

 

 「二人はここから動くな。戦闘が終わるまでオレから離れないように。」

 

 落ち着いた声音で告げるセルグは剣も抜かないままであったが、その雰囲気には絶対の自信が受けて取れる。ルリアは自分もなにかできないかと動き出そうとするが。

 

 「大丈夫だルリア、あの程度ならすぐに終わる。苦戦もすることはないだろう。安心して待ってるといい。」

 

 セルグの言うとおり、戦闘はすぐに終わって皆が戻ってくるところだった。

 魔物たちを難なく退けるグラン達に思わず気分が高揚するルリア。

 

 「カタリナ~!みんなもすごいね!あっという間に倒しちゃった。」

 

 「コラ、ルリア、楽しそうなのは結構だがあまりはしゃいで濡れていては風邪をひくぞ?」

 

 「大丈夫!そのときはカタリナに看病してもらうもん!ねっいいでしょ?」

 

 「だーめだ。風邪をひかれちゃ心配でたまらなくなってしまう。ほらおいで、雨を拭ってやろう。」

 

 タオル片手にカタリナがルリアを捕まえて拭き始める。

 

 「うわっぷ。ううう・・・なんか変な匂いです。」

 

 乾いていないタオルで吹かれたルリアはタオルから香る嫌な臭いに顔をしかめる。

 

 「こらこら、無理をいうな。この雨の中じゃ洗濯物も乾かないからな・・・」

 

 止まぬ雨。その雨を拭ってきたタオルが乾くはずもないのは仕方のないことであろう。

 

 「ルリアのやつ雨に打たれてはしゃいでるな~カタリナは少し過保護すぎないか?」

 

 ルリアの様子に、微笑ましく思うも、少々過保護にみえるカタリナに苦言を呈するグランだったが

 

 「いいじゃんグラン。仲が悪いよりは仲がいいほうが、ね?」

 

 ジータはそうは思っていないようだった。グラン達は間に流れる空気は和やかなもので、傍から見ればとてもこれから星晶獣を倒しに行くとは思えない光景だった。

 

 「ふん・・・つくづくぬるいやつらだ。よくここまで生き延びられたな。」

 

 ボレミアが刺のある発言をするも、聞いているのはセルグだけだった。

 

 「いいんじゃないのか?あれがあいつらの強さだろう。ぬるい、ゆるい。大いに結構じゃないか。それは心の余裕とも取れる。四六時中気を張っているのは疲れるだろう。護衛殿も少し見習ったらどうだ?」

 

 「ふん、お断りだ。おい、砂神の巫女。あまり前に行くな。あたしの後ろにいろ。」

 

 スタスタと一人で歩いていたサラを呼び止めるボレミア。

 

 「あ、は、はい!ごめんなさい。」

 

 「それから言っておくが・・・あまりアイツ等と関わるな。」

 

 萎縮してしまうサラにボレミアは言葉を被せる。

 

 「・・はい。気をつけます・・・」

 

 「なんだぁカタリナたちと比べるとこっちは随分厳しい雰囲気だな・・・」

 

 カタリナたちとは違う、重苦しい空気にビィは疑問を投げるも

 

 「ふん、トカゲはだまってろ!!」

 

 ボレミアは聞く耳を持たずと一蹴。

 

 「んな!!オイラはトカゲじゃ・・・」

 

 「それよりも護衛殿。なぜあの子を名前で呼んでやらない?」

 

 反論するビィを遮りセルグが口を挟む。

 

 「あの子が一番信頼を置いているのが誰かわかっているはずだ。護衛殿は、最初にサラを探していたときは、見つけた瞬間に名前で呼び付けていたのに。なぜ意味のない線引きをしている?お前が砂神の巫女と呼びつけるたびにあの子の表情が強張ることに気づいていないわけがないだろう。大切だと思っているのならなぜ突き放すようなことをする?」

 

 「ッ!?貴様に何がわかる!あの子はこれから・・・」

 

 声を荒げるボレミアがセルグに詰め寄ろうとしたところで

 

 「ねぇねぇ~サラちゃ~ん!ちょっとこっちに来て!水たまりが池みたいでキレイだよ~!」

 

 「あ、あの・・・えと・・・」

 

 サラが行くか、行くまいかと逡巡を見せると

 

 「おい、後ろから離れるな。」

 

 ボレミアが制止する。

 

 「まぁまぁ、護衛のねえちゃんよぉ?サラだって、少しくらい遊んでもいいじゃねえか?」

 

 「ふん、勘違いするな。戦闘では協力しあうが、私はお前たちと馴れ合う気はない。」

 

 突き放すボレミアの態度は変わらず、グラン達と馴れ合う気はないと述べる。

 

 「サラ、行ってくるといい。ルリアが待っている。」

 

 そんなボレミアの態度を一切気にせずに、セルグはサラに促す。それが正しいことだと思わせるような、そんな強い声だった。

 

 「あ、え・・・はい。」

 

 返事をして恐る恐るルリアの元へと向かうサラ。

 

 「なっ、砂神の巫女。勝手なことを・・・」

 

 サラを止めようと動き出すボレミア。だが

 

 「いい加減にしろ。どんな使命があろうと・・・どんな権限を持つものでも、子供が子供らしく振舞うことを止める権利など有りはしない。」

 

 またもボレミアの前に立つのはセルグ。

 

 「貴様こそ、いい加減にしろ。むやみに我々に深入りするな!」

 

 「そういうセリフは一人で完璧にあの子を守れて、初めていえるセリフだ。少なくとも今の護衛殿では無理だろうがな。なんの線引きをしているかは知らないが、己の意思を隠して、職務として無理に守ろうとしている・・・そんな奴が人を守るなどおこがましい。素直に護衛ができないんなら今すぐ降りるんだな。」

 

 「くっ、きっさまああ!」

 

 一触即発の空気に近寄ってきたルリアが声をかける。

 

 「え、どうしましょう!なんでケンカしているんですか?ケンカはよくないですよ!」

 

 「まったく・・ルリアの言うとおりだ。ここで我々が仲違いしても仕方ない。とりあえず、先へ進もう。」

 

 カタリナの言葉と共に進み始める一行。ボレミアは先頭を歩き、セルグは最後尾を歩く。二人がもたらす空気がパーティを重苦しく包み込んだ。

 

 

 

 

 「なぁボレミア殿。子供の他愛ない遊びじゃないか?なにもサラにあそこまで言わなくても・・・」

 

 「ふん、・・・お前らとは違うんだ。私には、巫女をマナウィダンの元まで無事に護衛する使命がある。巫女の身に降りかかる危険は極力排除する必要がある。」

 

 ボレミアの言うことは最もだった。島の存亡をかけた使命ならば少しの危険にも近づけないのは当然であろう。

 

 「確かに、その通りかもしれないが・・ちょっときびしすぎやしないか?」

 

 カタリナの言葉も最もであった。ルリアよりも幼い少女が魔物が跋扈する砂漠を歩いているのだ。常に命の危険に晒されている幼い少女に、心のケアは必要不可欠と言える。

 

 「ふん、私はお前たちとは違うんだ。ただ、それだけのことだ。」

 

 「・・・わかった。私からはこれ以上は強く言わない。だがひとつだけ言わせてくれ。サラが無理をしているように思えてならない。もう少しあの子を気遣ってやってくれないか?」

 

 「僕もそう思う。いくら使命とかで、島にとって大切な事だからって、心を殺してそれだけの為に生きるなんて・・・幼い少女にそんな生き方を強いるこの島を、僕は正直好ましく思えない。ましてやその護衛がそんな態度でいるようじゃ、あの子が不憫過ぎる。」

 

 グランが率直に己の意見を述べるもボレミアには届かないようだ。

 

 「・・・ふん、そんなことか。私と巫女の関係を、お前らにとやかく言われる筋合いはないな。話は終わりか、無駄口を叩く暇があったら先に進むぞ。」

 

 そういってまた前を向きひたすらに進むボレミア。

 

 「なんでぇ!ツンケンしやがってよ!なーんか、好きになれねぇな、アイツは・・・」

 

 ビィがボレミアの態度に怒りをあらわにする。

 

 

 

 「ねぇ、セルグさん・・・なんであんなにボレミアさんと言い争いに?」

 

 ジータが最後尾のセルグに話しかけていた。

 

 「気に食わないんだ。態度だけでわかる。あの護衛殿がサラを大切に思っていることは。サラも同様だろう。ただの護衛とは思っていないだろうな。それでもあの護衛殿は、護衛という肩書きに己の意思を隠し、無理にサラを突き放そうとする。大切だと思うなら肩書きに逃げて突き放すようなことしないでちゃんとあの子を、ボレミア個人として守ってやれっておもってな。」

 

 セルグが抱いていたのはボレミアが気に食わないという個人的な感情ではあったがその意味は二人のことを心配しているが故だった。

 

 「フフフ、やっぱりセルグさんって、優しいんだなぁ。」

 

 口元に手を当て笑うジータに面食らうセルグ。

 

 「なんだいきなり?それよりほら、前でまたカタリナと言い争いになってるから収めてきな。」

 

 そう告げてまた視線を向けると、カタリナとビィが、ボレミアと言い合いになってそうな姿がみえた。

 

 「そうですね、ちゃんとセルグさんが言いたいこと伝えなきゃいけませんしね!」

 

 「余計なことはするな。護衛殿が自分で気づかなきゃいけないことだ。」

 

 「ハイハイ。ほんと、厳しいくせに優しいんですね・・・」

 

 笑顔のまま走り去っていくジータ。それを見送ったセルグは

 

 「・・・さて。そろそろ出てこいよ。そこにいるんだろう。」

 

 どこの誰ともわからない誰かに呼びかける。セルグの声音には有無を言わさぬ迫力があった。

 

 「勘付かれていたか。お見事。いつごろからお気づきになられていた?」

 

 出てきたのは浅黒の肌の、いかつい体格をした男。腰にはセルグと同様に刀を携え飄々とした態度を見せている。

 

 「何が目的かは聞く気もない。察するにそこそこ腕は立つようだが、その程度だ・・・ヴェリウス戻っていいぞ。」

 

 そう告げたセルグの声に呼応して男の背後からヴェリウスが現れる。

 

 「気配には気づいていた。だからこちらも探っていたわけだ。こいつに気づいていなかったんなら、まぁ問題はないということだろう。で、どうするんだ?存在が知れている以上もはや奇襲は通用しないぞ。」

 

 セルグの告げる言葉に思案する男・・・閃いたような顔をみせすぐに近づいてくる。

 

 「それでは某もご同行願いたい。バレているならタイミングを図って動くまで。」

 

 何かをする。そう宣言しながらも同行許可を求める男に面食らうセルグ。流石に予想外のようであった。

 

 「ふっ、おもしろい。やってみるといい。オレの名はセルグ。同行はできるかはオレが決めることじゃないが、事を起こすまでは護衛に付き合ってもらうぞ。」

 

 「某はジン。セルグ殿か・・・ただならぬ腕をお持ちの様子。是非学ばせていただこう。」

 

 そうして妙な取り合わせの二人が歩き出す。護衛をする人間と護衛対象に何かをすると宣言した人間の二人がお互いに思惑をもって皆のもとへと駆ける。

 

 

 

 「グルウウウウウオオオオ!!」

 

 「うわぁ!また魔物だ」

 

 「くそ、次から次へと・・・囲まれる前に突破するぞ!!」

 

 「あ!?」

 

 「ルリアちゃん!?」

 

 慌てて走ったせいで転ぶルリア。振り返るサラ。皆が走り、囲いを突破しようとしたところで二人が遅れてしまった。

 

 「まずい、ボレミア殿!サラとルリアがまだあそこに!!」

 

 「何!?まずい、サラ!!今すぐそこを離れろ!!」

 

 無情にも魔物が二人に牙を剥く。

 

 「片方任せたぞ。ジン!」

 

 「お任せあれ!!」

 

 二人の男が刀を抜く。閃く二本の刀が襲いかかる魔物を切り捨てていく。

 

 「危ないところであったな。さぁ某の後ろに隠れていろ。」

 

 ルリアとサラの危機を救ったのは後ろから駆けつけたセルグとジン。

 

 「無事か、ルリア、サラも?」

 

 セルグが問いかけると二人は安心したように頷く。

 

 「すまなかったな、ちょっと離れてしまった。全部そこの、のぞき見ジンが悪いんだ。怒るならあいつに怒ってくれ。」

 

 「んな!?セルグ殿、それはいったいどういう!!」

 

 まさかのセルグの発言に思わずジンが言葉を返す。

 

 「ほら、さっさと片付けよう。いくぞ。」

 

 「ええい、なんと卑怯な。かような発言で主導権を奪うとは・・」

 

 二人の剣士が瞬く間にたくさんの魔物を片付けていった。

 

 

 

 「ボレミア~」

 

 ボレミアへと駆け寄るサラ。ボレミアも安堵して様子でサラを迎え入れた。

 

 「無事だな?怪我はないな?サラ。うん、よかった。」

 

 「ありがとう、なんとお礼を言っていいか・・」

 

 駆けつけてくれた見知らぬ男。ジンを相手にカタリナが声を駆ける。

 

 「はは、礼には及ばん。恐らくは某が呼び止めたせいでセルグ殿がみなさんからはぐれてしまったようでな・・それに魔物に襲われそうな子供がいれば、手を差し伸べるのは当然だ。」

 

 そう告げるジンに皆が好意的に迎えた。

 

 「カタリナ、あの人はのぞき見ジンさんだって、セルグさんが言ってたの。カタリナ、のぞき見って?」

 

 「なんだと!?」

 

 ルリアから放たれた不穏な言葉に皆が固まる。

 

 「まさか、そういう趣味の人ですか・・・」

 

 ジータが疑惑の眼差しを向ける。

 

 「ちが、ちがう!セルグ殿!!ちゃんと説明してくだされ!このままでは某の印象が・・・」

 

 「あ、ああ。すまない。誤解を招いたようだな。ヴェリウスが飛んでる姿をじーっと見ていてな、当人の気づいていないところで眺めているからのぞき見って言っただけで、他意はない。」

 

 精一杯おかしくないようにフォローをいれてやったセルグの声は、棒読みのような声だったがひとまず皆が納得したようだった。

 

 「それで、貴様は何者だ?」

 

 ボレミアが改めて問いかける。

 

 「申し送れた。某の名はジン。浮世をさすらう、しがない素浪人だ。」

 

 「・・・で、そのしがない素浪人風情がこんなところで何をしている。」

 

 ボレミアの口調が問いただすようなものになりカタリナが口を挟む。

 

 「おいボレミア!恩人に対して口が過ぎるぞ。」

 

 「はは、怖い御方だな・・・なぁに、某は極度の近眼が災いして道に迷ってしまっただけだ、そうしてすっかりと方にくれていたところで、みなさんから少し離れたセルグ殿をお見かけして道を尋ねていたのだ。」

 

 「要するに迷子だったんだな!」

 

 ビィが歯に衣着せぬ物言いで答える。

 

 「ははは!そういうことだな。ところで、できれば某も途中まで同行させてもらえんか?」

 

 ジンの提案にグラン達は好意的に受け止めた。

 

 「もちろん、ジンさんは強そうだし戦力としては申し分なさそうだ。」

 

 「そうだな、ルリアを助けてもらったお礼もしたいし・・・な?ジータ。」

 

 「はい、いいと思います!でも、のぞきは許しませんからね・・・」

 

 最後につぶやかれた言葉に思わず、ジータの殺気を感じて冷や汗を流すジン。

 

 「ふん、勝手にしろ。」

 

 トントン拍子に話が勝手に進んでいき、ジンの同行が決まる

 

 「かたじけない、感謝する。それでは・・あの山の麓までお願いしよう。」

 

 「ん?あの山でいいのか。ちょうどいい、我々もあの山が目的地だ。あそこまでなら送ってやろう。」

 

 こうしてジンも迎えてさらに道を進む一行。山が着々と近づき、定めの時は刻一刻と近づいてくる。

 

 

 

 

 「あのぅ、その・・・ジンさん!先程はありがとうございました。」

 

 道すがらジンにやっとの思いでお礼を伝えるサラ。

 

 「ん?なぁに、あれくらいは造作もない。」

 

 「あの・・・ジンさんはいつもそんな格好をしているのですか?」

 

 何気ない疑問であったがサラは話のタネにと聞いてみる。

 

 「おお!某の装束が気になるのか?・・・ふふ、よく聞いてくれた!これらは某の憧れの御仁のものなのだ。あれはまだ某が幼かった頃だ・・・ちょうどさっきのお主らのように魔物から助けられたことがあった。その時助けてくれた御仁が腰に大きな業物を携えて、今の某のような格好をしていた・・・」

 

 「そうなんですか・・・それで憧れの人の格好を?」

 

 「まぁ幾分、昔の記憶なのでみよう見まねではあるんだが。」

 

 「その人は、今どうしてるんでしょう?」

 

 「さぁ、武者修行の道中だったようだからな、どこにいるのやら・・・いつかどこかで再び相まみえるかもしれんな。」

 

 そう朗らかに笑うジン。サラもつられて笑みをこぼした。

 

 「・・・素敵だと思います。いつか再会できるといいですね。・・・その、憧れの人に。」

 

 「はっはっは。なんだか面映ゆいな。某の目標とする、夢の御仁だ。再会までに某も腕を上げておかんと。だが今はセルグ殿とも一度刃を交えてみたいな。」

 

 「ん?なんでわざわざオレと?」

 

 そういうセルグは面倒と言わんばかりに答える。

 

 「ご謙遜めされるな。相当な腕なのはわかっている。是非一度手合わせ願いたい。」

 

 「確かにセルグはすごい強いよ、僕らが束になってかかってやっと、互角だからね。」

 

 話にはいってくるのはグラン。

 

 「なんとそこまでの・・・これはなんとしても手合わせしていただかなくては。」

 

 「・・・まぁ気が向いたらだな。」

 

 そう答えると、セルグは歩みを再開する。

 

 「そういえばお主に目標はないのか?サラ殿」

 

 唐突にサラに話を振ったジン。

 

 「え?私ですか・・・?」

 

 「そうだ、・・・夢でもいい。お主ぐらいの歳の子は大きな夢を掲げるものだろう。某もそうだった。」

 

 サラがひとしきり考える素振りを見せる。

 

 「夢・・・かぁ。う~ん、考えたこともないや。」

 

 その返答にジンはガッカリといった感じで答える。

 

 「なんだ?張り合いがないな・・・夢も見なければ叶わんぞ?」

 

 「え、・・・うーん・・でも。あ、目標ならあります!」

 

 小さな声だったサラが大きく声を上げた。

 

 「お、なんだなんだ?言ってごらん。」

 

 「・・・でも、きっと私には無理・・・」

 

 上げた声とは対照的に沈んでいくサラの表情に割ってはいってくるのはセルグだった。

 

 「子供は素直に追いかければいいんだ。余計なことを考えるな。できない。成功しない。そういう言葉は限界の見えている大人だけの言葉だ。お前たち子供にはまだまだいくらでも可能性が備わっている。それを生かすも殺すも、そいつ次第。そうだろうジン?」

 

 「そうとも。端から無理だと決め付けるな。平時の思考は現実につながる一歩だぞ。さ、某にだけこっそり教えてくれ。」

 

 「えっとですね・・・その・・・あの・・」

 

 そういってこっそりとジンにだけ目標を話すサラ。その目標をきいたジンも、目標を話すサラも表情はすこしだけ嬉しそうだった。

 

 

 

 「おーい、山の麓が見えてきたぞ!」

 

 歩き続けた一行に山の麓が迫っていた。

 

 「あの山から・・大きな力を感じます。」

 

 ルリアは細かく星晶獣の気配を察知していく。山のどこら辺にいるのか。深く、深く探っていく。

 

 「ということは、あの山に星晶獣がいるの・・・?」

 

 ジータの問いかけに答えるのはサラだった。

 

 「た、たぶん・・・あそこにマナウィ・・・」

 

 サラのはっきりとしない言葉を遮るようにボレミアが声を上げる。

 

 「さぁな、・・・おい、素浪人!あと少しでお前の言っていた、山の麓に到着だ。」

 

 「そうか・・・いやはや最後まで怖い御方だな・・・」

 

 ジンが軽い雰囲気から真剣な表情へと切り替わる。

 

 「皆さん・・・ここまで同行させていただき、心から感謝申し上げる。」

 

 「おう!もう迷わないように気をつけろよ!」

 

 ビィもここでお別れだと疑っていないようだ。

 

 「ここでお別れを・・・と言いたいところだが。某もあの山に用があってな。」

 

 「ん?なんだ?おっさんは、山登りが趣味なのか?」

 

 見当違いなビィの言葉に答えるのは、杖を構えるジータ。

 

 「違うよ、ビィ。いまこの島で、この山に用あるといったらひとつしかない。マナウィダンに関すること・・・そうですよね、ジンさん?」

 

 すでに臨戦態勢に近い表情で問いかけるはジータ。

 

 「最初から目的があって僕たちに近づいてきたってことか・・・」

 

 グランも疑惑の視線とともに前に出る。

 

 「ふむ。前置きはいいだろう。セルグ殿、残念ながら某には騙し討ちというのはどうしてもできなかった。正々堂々正面から目的を果たさせてもらおう。」

 

 突如話を振られたセルグ。会話の内容からセルグにも疑惑の眼差しが向けられるがセルグはどこ吹く風。

 

 「お前が、騙し討ちをできない性格だってのは直ぐにわかったさ。そんな性格だと判断したらその時点で不安材料として切り捨てていた。良かったな、間違いを侵さなくて。」

 

 悪びれることなく。いやむしろ楽しんでいるような雰囲気で述べるセルグに仲間たちから非難の声が上がる。

 

 「セルグ、知っていたのか?この男の目的を。」

 

 問いただすのはカタリナだった。

 

 「目的までは知らない。ただ何かをしてくることだけはわかっていただけだ。」

 

 「だとしてもなぜそれを黙っていた!?」

 

今度はボレミアが声を上げる。

 

 「ルリアとサラを助けてもらったのは事実だ、そんな話をしたところで嫌な不安が広がるだけだろう。だったら言わない方が、少なくともここに来るまでの道中は平和だ。」

 

 そう語るセルグには悪びれた様子はない。事実ルリアとサラにとっては命を救ってもらった恩人になるわけだし、そんな人物が何かを企んでるとは思えなかっただろう。

 

 「さて、砂神の巫女を渡してもらおう。とはいっても簡単に行くわけもないか。」

 

 「ん?一体何が目的なんですか・・・・」

 

 ルリアの問いかけにジンが答える。

 

 「雨神のマナウィダンを封印するために。ひいては、この島の民草を救うため。砂神の巫女を失うわけにはいかん・・・」

 

 ジンが告げる目的はマナウィダン封印のためだという。対立していながらお互いの目的が合致していることに、混乱するグラン一行。

 

 「ま、まつんだ。それなら目的は我々と同じではないか?一体どういうことだ。」

 

 「おい、おっさん!何が何だかわけがわからないぜ!」

 

 カタリナとビィが問いただすもジンはもはや聞く耳持たず。

 

 「事ここに至っては、仕方ない。無益な衝突は本意ではないが・・・いざ尋常に勝負!」

 

 そういって刀を抜き放つジン。

 

 グラン達も戦闘態勢に入った。

 

 

 「レイジ!」

 

 グランの声とともにまた皆に力が漲る。

 

 「シャイン!」

 

 “クレリック”衣装を纏うジータが杖から放つ光の魔法が、ジンに向かうも、それをあっさりと回避する。接近してくるジンの前に出るのはカタリナとボレミアだった。

 

 「この人数を相手に強行突破など出来ると思ったか!!」

 

 そう言って進路を塞いだ二人は迎撃態勢に入る。だがジンは正にその上をいった。

 

 「ソイヤ!」

 

 力のこもった声とともにジンが行ったのは跳躍。意識も体も前のめりになっていた二人はついていけずに置いてかれる。

 

 「く、ここはいかせない!!」

 

 最期に立ちはだかるのはグラン。手の持つのは土属性の大斧。“ミドガルズの大斧”

ジンが持つ刀は受け止めるには向かない。きっちりと狙えば回避しかできないから退けられる。そう判断して小さく早く振り、ジンを捉えようとする。しかし、

 

 “ガキン”

 

 響くのは重苦しい金属音。グランの斧を受け止めたのはジンの刀ではなく鉄ごしらえの鞘。小さく振った斧は、受け止めるジンを退けること叶わず、受け止められるとは考えていなかったグランの動きが止まる。

 

 「もらった!!」

 

 「しまっ!?」

 

 ジンの屈強な体格から繰り出された回し蹴りに鎧を着込んでいるグランが吹き飛ぶ。

 

 グランを退け、残る障害はセルグだけとなった。ジンがこのまま目的を果たそうとさらにサラに接近していく。

 

 「手合わせ願おう。セルグ殿!!」

 

 刀を抜き放つジン。だがセルグに迎撃の気配はない。セルグにむけて振るわれた刀はしかし、別の剣に止められた。そこにいたのはボレミア。グランがわずかに稼いだ時間でなんとか追いつき止めたのだ。

 

 「させるか!!この子は・・・サラは私が守る!!」

 

 響く咆哮。大きな声でサラの名を呼ぶ声は、サラが大好きでサラの目標でもある“ボレミア”であった。

 

 ジンを退けたボレミア。少し無茶をしたのか足の力が抜け崩れる。

 

 「サラ、ボレミアを見てやれ。怪我はしてないだろうが疲労で動けないだろう。」

 

 そう言って前に出たのはセルグ。

 

「さっきの叫びがお前の本心のはずだ。いつまでも護衛なんて肩書きに甘んじていないでボレミアとしてサラに接してやれよ。それが・・・まだ大切なものが目の前にいるお前の義務だ。」

 

 そう言って戦闘態勢に入ったセルグ。ジンの目の前には武器を構えるセルグ。背後には置き去りにしてきたグラン達。もはや勝ち目はなかった。

 

 「ここまでか・・・某の負けだ。この命いかようにもするが良い。」

 

 観念してその場に座るジン。

 

 

 

 

 「さて、話してもらおう。マナウィダンの封印という点では我々の目的は同じ。それでも我々は敵対することになった。情報の共有が必要だ。」

 

 ジンの前でカタリナが問いかける。

 

 

 もたらされた情報が、この島の事態の真実への扉を開く。

目の前に迫るのは残酷な運命か。希望への誘いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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シナリオイベント 「砂神の巫女」 3

ザブル島

 

 

 

 「するってぇと・・・おっさんにサラの誘拐を依頼した黒幕がいて、そいつの所にサラを連れて行けばマナウィダンを封印できるって言ってたんだな

?」

 

 ジンからもたらされた情報をまとめるビィ

 

 「そうだ。お主らがサラ殿を利用して、マナウィダンの力を手に入れようと企んでいるとも言っていた・・・まさかやつらの方がそれを企んでいたとは、某は疑うこともなかった・・・面目ない。」

 

 うなだれるジン。そこにルリアが珍しく怒りの声を上げる。

 

 「ひどいです!!私たちを悪者みたいに言うなんて!」

 

 「そうだな・・・ルリアの言うとおりだ。我々は正式にこの島の執政者から命を受けている、ボレミア殿たちと一緒に行動をしている。どこぞの素性も知れぬものからの情報よりはこちらの方は正しいと思う。まぁなんにせよ、誤解が解けて良かった。」

 

 「ふん・・・まだそれだけではコイツを信用できんな。ほかに知っていることを全部話してもらおう。」

 

 サラを狙ったジンを簡単には信用できないと、ボレミアは鋭い視線を向ける。

 

 「ジンさん・・・ジンさんにそれを依頼してきたのはどんな人だったのですか?」

 

 ジータが代表して、一行が聞きたいことを問いかけるが、ジンの表情は芳しくなかった。

 

 「すまない、やつの情報は、砂神の巫女を攫えという指示と取引場所、それ以外は一切伏せられていて・・・某にもほとんど情報はない。」

 

 「なんですかそれ・・・じゃあ相手の顔も知らないのに、依頼を受けたんですか?」

 

 グランも問いかけ。その問いかけにさらにジンは顔をしかめる。

 

 「面目ない・・だが、取引場所にはやつがくる手はずにはなっている。某の罪滅しとして、せめてそこまで案内をさせて欲しい。」

 

 全てを明かしたジンの言葉に一行は、ひとまずジンの案内でマナウィダンがいるとされる山を進むことにした。

 

 

 

 「おい、セルグ・・とか言ったな。」

 

 道中、セルグに声をかけるのはボレミア。出会った時から好き勝手に言葉を投げつけてきたセルグに、良い感情は抱いていなかったボレミアがこの旅で初めて自らセルグに声をかけた。

 

 「その・・・だな・・・礼を言わせてくれ。お前の言葉がなければ、私はあの時サラを救うために動けなかった。護衛として任を果たそうと。この島を救うためにも失敗はできないと、ついサラの気持ちを疎かにし、職務として動いてしまっていた・・・私が護衛をしている理由を思い出させてくれたことには感謝をしている。だがそれでも、これまでの私の発言は変わらない。お前たちと馴れ合うつもりもないし、私たちに・・・サラに深く関わらないでくれ。きっとそれはお互いに辛いことになるからだ。それだけだ。」

 

 言いたいことだけ言って、すぐに前に進み出すボレミア。その顔には苦渋とも悲しみともとれる。そんな辛そうな顔が垣間見えていた。

 

 「やっぱり・・・わかってねぇじゃねえか。」

 

 小さく呟くセルグの言葉は、誰にも届かず雨音にかき消されていく。

 

 

 

 

 「おい、次はどっちだ?」

 

 焦った声音でボレミアは次の道を促す。

 

 「まてまて、そう焦るな。小さい子供に、このような険路は厳しいだろう。」

 

 至極もっともなジンの言葉に、ボレミアは恥ずかしげに返す。

 

 「う、うるさい!そんなことは言われなくてもわかっている。」

 

 「ボレミアさん・・・なんだか焦ってますね。」

 

 ジータが呟く声にカタリナが笑みを浮かべながら答えた。

 

 「ふふ、本人は表に出してないつもりだろうが、サラのことを随分に気にしているようだ。」

 

 「ああいうところは、なんていうかセルグに似ているよな。素直に気遣いができない感じ?」

 

 ビィがなんとなくと、直感的に思ったことを口にする。

 

 「ビ、ビィ・・・その・・・」

 

 歯切れの悪い言葉を発するグランに首をかしげるビィ。その答えは背後から聞こえた。

 

 「ふん、誰が素直に気遣いできないって?」

 

 「うおわ!?せ、セルグ!!いつからそこに?」

 

 驚きのあまり飛行を忘れ地面に落ちたビィ。

 

 「おう、最初から居たぞ。ほら、おしゃべりするとどんどん置いていかれる。急げ急げ。ボレミア殿は随分と焦っているようだからな。」

 

 サラとルリアを気遣いながら先行するボレミアとジンが、どんどん先に進んでいるのが見えて、慌てて一行は追いかける。

 

 

 

 「あのぅ、ジンさん・・?」

 

 「む?どうした、サラ殿。」

 

 急に尋ねられたジンがサラに向き直ると、サラは聞いていいものかと迷う素振りを見せながら問いかけた。

 

 「どうして、すぐに私を攫おうとしなかったのですか?それこそ最初に助けてもらった時なら、みなさんとも離れていたし・・・私を攫うのは簡単だったと思います。」

 

 「なぁに、簡単なことだ。まさかサラ殿が砂神の巫女だとは思いもよらなかっただけさ。」

 

 サラの問いになんてことはないと言うように、答えるジンだったが、サラはその答えに納得しなかった。

 

 「で、でも・・・多分。見たら気づくじゃないですか。グラフォスが憑いている私が、砂神の巫女だって。」

 

 「そうですね・・・砂神の巫女という言葉を知っていて、グラフォスを見れば一目瞭然だと思いますけど・・・」

 

 サラとジータが問いかけるが、ジンは飄々とした態度を崩さずに答えを返す。

 

 「ふむ・・・どうだろうなぁ。某は眼が良くない。この距離でもぼんやり霞んで見える。」

 

 「あ、そういえば眼が悪いって言ってましたもんね!」

 

 合点がいったというように割って入ってきたルリア。

 

 「ルリア・・・忘れたのか?あいつはのぞき見ジンなんだぞ。目が悪い訳無いだろう・・・」

 

 ルリアを諭すように、だが顔はニヤニヤとした様子で、爆弾発言を投下するセルグ。

 

 「せ、セルグどのおおおおお!」

 

 悲痛なジンの叫びが山中に響く。詰め寄るジンの顔が目の前まできて、思わず突き放そうとするセルグ。

 

 「お、落ち着け。その顔で迫られると、唯でさえジメジメして暑苦しいのに、余計暑苦しくて叶わん。」

 

 「せ、セルグ・・・流石に自業自得というか・・・」

 

 グランにたしなめられるセルグ。

 

 「まぁとりあえずジンが眼が悪い?それはないだろう。最初から遠くに”見えている”山が目的地だと言って、同行してきているんだからな。」

 

 「あ、そっか・・・そういえばそうだったっけ。」

 

 グラン達が納得した顔を見せる。カタリナまでもがそんな顔をしていることにセルグは驚いた。

 

 「そ、それでは・・・ジン殿は初めから、巫女だと知っていて同行を持ちかけてきたのか・・・?」

 

 「いや、某の謀は既にあの時点でセルグ殿に看破されていたからな。奇襲が見込めないならば、近くでチャンスを伺おうと思っていたのだ。」

 

 「ふん、ほんとに暢気な奴らだな。コイツのわかりやすすぎる嘘に誰も気づいていないとは、私も予想外だったぞ。」

 

 「同意だ・・・少なくともカタリナは気づいていると思っていたんだがな。すまないボレミア殿。どうやら我々は気を抜きすぎていたようだな。」

 

 ちょっと前まで、四六時中気を張っては疲れるだろう、等と言っていた自分を思い出しボレミアに謝罪をする、セルグ。まさかここまでゆるいとは思っていなかったのだろう。

 

 「お、オイラはジンのことを初めから、怪しいと思ってたぜ!」

 

 「・・す、すごいです!ビィさん尊敬しちゃいます!」

 

 疑うことを知らないルリアの純粋な称賛がビィに向く。

 

 「お・・おう!すげえだろ、ルリア!」

 

 引き下がれないビィ罰が悪そうな雰囲気を出しながらも得意気な様子をルリアに見せ続けた。

 

 「・・・全く。お前らといると調子が狂う。骨の髄まで能天気な奴らだ。」

 

 「た、多分。ジンさんは自分の目で私たちのことを確かめていたような気がするんです。」

 

 サラが同意を求めるようにジンに告げるも

 

 「ははは!サラ殿は少し某のことを買いかぶっておられる。」

 

 「こいつが善人だろうが悪人だろうがそんなのはどうでもいい。問題は我々にとって害となるかどうかだ。」

 

 ボレミアがこの問答に意味などないと切り捨てる。

 

 「ふっ・・・ボレミア殿の言うとおりよ。善も悪も人の数だけある不明瞭なもの。畢竟、我々は己の見たいようにしか物事を見れない。」

 

 そう言ってボレミアとジンは歩き出す。二人の様子にサラも考えることをやめついていくことにした。

 

 

 

 

 徐々に高度も増していき、一行の道中には魔物と山の斜面が立ちはだかってきた。

 

 「おい!なんだかどんどん魔物たちが強くなってきていないか?」

 

 ビィが苦戦するようになってきた戦闘に気づき声を上げた。

 

 「た、たぶん。マナウィダンの力が魔物たちに影響を与えているんだと思います。」

 

 「つまり、マナウィダンに近づいているということか・・・・」

 

 息を切らし始めた一行。

 

 「ふぅ・・・ふぅ・・・!?キャッ!!」

 

 疲労に足を取られたサラが転ぶ。

 

 「どうした!?魔物か?」

 

 すぐに駆けつけるジン。

 

 「い、いえ・・ちょっと足が・・・」

 

 「ふむ・・・どうやら足を挫いたようだな。」

 

 「サラ!大丈夫か?」

 

 ボレミアも気づき駆けつけてくる。

 

 「足を挫いたようだ。やはりサラ殿の体にこの山道はかなり負担をかけるようだな・・・そら、某の背中を貸そう。」

 

 ジンが背を向けてサラの前にしゃがむ。

 

 「な!お、お前が背負うのか!?」

 

 「む?ボレミア殿?・・・心配なのか?ならお主が背負えばいい。ふふ、どうする?」

 

 ジンがボレミアにそう問いかけると、ボレミアは慌てた様子で返した。

 

 「わ、私がへばったらサラをマナウィダンの元まで護衛できないからな!」

 

 「全く、お主というやつは・・・折角のチャンスだというのに。素直じゃないな。」

 

 「そうか・・・ジータ、折角のチャンスだそうだ。ここは一つグランに任せてみるのはどうだ?」

 

 「セ、セルグさん!!またそうやってからかう気ですか!?グランがそういった趣味じゃないことはもうわかってるんですからね。やめてくださいよ、もぅ・・」

 

 セルグの発言にジータが挙動不審に返す。

 

 「ん?なんだグランの趣味って。オレはただむさいおっさんよりはグランとかの方がサラも安心できるんじゃないかと思っただけなんだが・・?」

 

 セルグの切り返しにジータはさらに焦っていく。

 

 「ジータ・・・その・・・僕は一体なんて思われていたんだ?」

 

 聞きたいのか聞きたくないのか。そんな微妙な面持ちでジータに聞いてくるグラン。まさか思っていたことを素直に返すわけにも行かないジータは言葉に詰まる。

 

 「それは。。。そのぅ・・うぅ・・・セルグさんこの島にきてからなんだか意地悪です。」

 

 セルグを恨めしく睨みつけるジータ。

 

 「わ、悪かったな。まさかあそこまで自爆するとは思わなかったんだ。」

 

 素直に謝罪したセルグは一度目を閉じる。急に目を閉じて何かに意識を集中したセルグ。その姿を皆が不思議そうに見つめていると一行の背後から衝撃が起きた。

 そこにいたのは黒い鳥。肩に乗れるサイズだったヴェリウスが大きく変化して一行の目の前に現れた。

 

 「んな!?なんだこいつは?魔物か!!」

 

 「なんと巨大な鳥だ。サラ殿後ろに下がるんだ!!」

 

 すぐに臨戦態勢となったボレミアとジンだったが一向襲いかかってこない黒鳥に疑問に感じ始める。

 

 「落ち着いてくれ二人共。ジンは見たことあるだろう。初めて会った時にお前を監視していた黒鳥ヴェリウスだ。」

 

 セルグがヴェリウスの前まで赴き問題がないことを見せる。

 

 「なんと!?しかしあの時の鳥はセルグ殿の肩に乗るほど小さかったではないか。」

 

 「ヴェリウスは星晶獣だ。己のサイズの変更など造作もない。」

 

 当然といったように述べるセルグだったが、ボレミアとジンにとっては更に驚く事実だった。

 

 「星晶獣だと!?バカな、そんなのがなんでこんなところにいるんだ!?」

 

 「オレが従えている星晶獣だからな・・・さっきまでこの島をずっとウロウロ飛んでいたんだが呼び寄せたわけだ。さてヴェリウス、頼みがある。サラを背に乗せてくれないか。どうやら恥ずかしがり屋ばかりでな。誰が背負うかで争っているんだ。」

 

 セルグの言葉に了承したと一声鳴きサラの元へと近寄るヴェリウス。嘴でサラを傷つけないように器用に捕まえると、その背に載せた。

 

 「申し訳ないが歩いてくれるか?高いところに飛ばれたらサラも落ち着かないだろうしな。」

 

 再度お願いをするセルグにまたも一声鳴いて従順な姿勢を見せるヴェリウス。

 

 「あ、あのう・・・セルグさん?えっと・・・あの」

 

 落ち着かないサラにセルグは優しく声をかける。

 

 「大丈夫だ、サラ。少なくともヴェリウスはサラを襲ったりはしないし、人が背負うよりよっぼど安全だ。魔物程度じゃ束になってもかなわないからな。安心してその背で休むといい。」

 

 「うわぁ・・・いいなぁサラちゃん。セルグさん!私も乗りたいですぅ!」

 

 ルリアは羨ましそうにサラをみて声を上げた。

 

 「足をくじいて、動けないようだったらな・・・動ける今ははちゃんとその足で歩くんだ。乗りたかったらあとでちゃんと乗せてやるから、な。」

 

 そう諭して、ルリアに歩くことを促す。

 

 「さぁ、行くぞ!あまりのんびりはしていられない。」

 

 ボレミアが呼びかけ進み始める。一行の行く手を塞ぐ雨は激しさを増していく。マナウィダンの居場所に近づくに連れて・・・

 

 

 

 

 

 「この先にマナウィダンが・・・・?」

 

 ルリアとサラが感じる気配。それはいまグラン達が目の前にしている洞窟の先から感じられた。

 

 「立ち止まっていても仕方ない、いくぞ!」

 

 すぐさまボレミアが先導して入っていく。薄暗い洞窟を足元に注意しながらグラン達が続いていく。

 

 「ヴェリウス、もういいぞ。サラを下ろして、小さくなってついてきてくれるか。」

 

 ヴェリウスにサラを下ろすように促しセルグはサラを受け止める。

 

 「足は大丈夫か?」

 

 「はい、しばらく動かなかったので楽になりました。」

 

 歩くのが問題ないくらいにはサラの動きが良くなっているのを確認し、セルグはボレミアについていくように促す。

 

 「ルリア?足元に気をつけてね。濡れているし暗いから転びやすいよ。ルリアは薄着なんだから転んだら小さな怪我じゃすまなそうだし・・・グラン!ルリアに手を貸してあげて。」

 

 ルリアを心配したジータがグランに呼びかける。

 

 「どうしたんだ?ジータ。」

 

 「ルリアが転ぶと危ないから支えになってあげてくれる?こんな格好で転んだらあちこち怪我しそうで・・・」

 

 「そうだな・・・わかった。ルリア、僕の手をしっかり握っているんだ。転ばないように僕がサポートするから。」

 

 グランがルリアに手を差し出すと、ルリアも迷わず手を取る。

 

 「ありがとうございます。グラン!」

 

 「いいなぁ・・ルリアちゃん・・・」

 

 その光景にやや羨望の眼差しを向けるサラ。

 

 「ほら、ジン。サラがジンをご所望だ。」

 

 「む、どうした?サラ殿。大変なら某が手伝おう。」

 

 そういってサラの手を引いてあげるジンに、サラも自然と嬉しそうな顔を見せる。

 

 「お前たち!グズグズするな。早く着いて来い。」

 

 先の方でボレミアが呼びつけるのを聞き一行は洞窟の奥へと進んでいく。

 

 

 

 「うう・・・暗いですぅ。ねぇねぇ!サラちゃんはこの旅が終わったら何がしたいですか?」

 

 

 暗い洞窟に僻易したルリアがサラに明るい話題をと話を振る。

 

 「え?えっと・・・その・・終わったら、かぁ・・・」

 

 歯切れの悪い答えのサラにルリアは疑問を感じる。

 

 「サラちゃん・・?どうしたの?」

 

 「え!?あ、ううん。私ね・・・先のことなんてあまり考えたことなかったから・・・」

 

 「そうなの?きっとサラちゃんは難しく考えすぎなんだと思うよ。もっと簡単なことでいいんだよ!」

 

 ルリアはサラを元気づけようと次々に言葉を並べる。

 

 

 「美味しいものを食べたいとか・・・すっごく綺麗な星空を見たいとか・・・」

 

 「簡単なこと・・・かぁ。それなら私はね・・・またボレミアさんと一緒にお勉強がしたい、かな・・」

 

 サラが述べる答えはルリアの予想の斜め上だったようで驚きの声が上がる。

 

 「お、お勉強ですか?美味しいものを食べたいとかじゃないんですか?」

 

 「あ、ルリアちゃんとお菓子をいっぱい食べるとかもいいなぁ・・・」

 

 楽しくなる話題につい夢中になるふたり。

 

 「おい、二人共あまり離れるなよ。」

 

 はぐれないようにボレミアが注意を促す。

 

 「サラちゃん。ほかには何がしたいですか・・・?」

 

 「う~んあとは・・・ルリアちゃんとお外でいっぱい遊びたいなぁ・・・」

 

 「いいですね!!約束ですよ!絶対、ぜぇったいに遊びましょう!」

 

 二人の微笑ましいおしゃべりの姿に知らず知らず笑みをこぼすボレミア。

 

 「ふふ、この旅で二人はすっかり仲良くなったようだ。なぁボレミア殿?」

 

 そんな笑みをこぼすボレミアにカタリナは声をかけた。もはや厳しい言葉も態度もそこにはみられない。

 

 「え?あ、ああそうだな・・・だが気を抜くな。ここはマナウィダンのいる洞窟だ。」

 

 そう言い放ったボレミアの視線の先には、魔物の群れがいた。

 

 「どうやら、マナウィダンは近いようだな。皆!油断せずに進むぞ!」

 

 カタリナが剣を抜き放ち魔物と戦闘に入る。グラン達もそれに続き魔物へと向かっていく。

 

 

 

 「ひとまず・・・片付いたか?」

 

 迫り来る魔物たちを片付けた一行は一息つく。

 

 「キャッ!?」

 

 ルリアの悲鳴が響く。

 

 「どうしたルリア!まさか魔物がまだいたのか?」

 

 「カタリナ!なにかが頭の上を通って・・・・」

 

 「ああ・・大丈夫だ。それはコウモリだろう。」

 

 そういってルリアを安心させるカタリナ。その姿にサラはほほ笑みを浮かべていた。

 

 「・・・?何がおかしい?」

 

 そんなサラにボレミアが問いかける。

 

 「あ、ご、ごめんなさい・・・」

 

 ボレミアの問いかけにビクリと体を揺らして謝るサラ。

 

 「・・ちがう。べつに怒っているわけではない。なにがおもしろいんだ?話してみろ。」

 

 「えっと・・・えっとね。ルリアちゃんとカタリナさんって本当の姉妹みたいだなぁって。」

 

 「ふん、そうだな。あんな手のかかる妹は、私は願い下げだがな・・・」

 

 そういってサラの方に振り返ったボレミア。その目の前には今にも岩陰からサラに襲いかかろうとする魔物が見えた。

 

 「サラ!?伏せろ!!うぐっ!」

 

 サラを庇うように魔物の前に出たボレミア。

 

 「キャッ!?」

 

 「大丈夫か!?暗がりに魔物が隠れていたか!!」

 

 「ジータ!ボレミアを診てやってくれ!!ジンさん。セルグ。僕らで片付けよう!」

 

 「そうだな、少しは動いておくか・・・」

 

 「お任せあれ。すぐに片付けてくれん!!」

 

 そう言ってすぐに動き出すグラン達。あっという間に魔物を片付けるとボレミアへと駆け寄ってくる。

 

 「大丈夫だ、この程度はかすり傷だ。」

 

 問題ないと言うボレミアだったがその顔には痛みに堪えて苦悶の表情が見える。

 

 「魔物からわたしをかばって・・・ご、ごめんなさい。」

 

 「すまないボレミア殿、油断をしていた。」

 

 「サラちゃん大丈夫。私が治すから安心して。ボレミアさん、見せてください。」

 

 そう言ってジータが治療を開始する。杖から光を放ち、みるみる怪我を治療していく。

 

 「たすかった・・・ありがとう。」

 

 「はい。でも無理はしないでくださいね。治療の魔法も万能というわけではないですから・・・」

 

 「あ、あの・・ボレミアさん・・・」

 

 「ふん、大丈夫だと言っている。心配をするな。それより先を急ぐぞ。」

 

 サラの心配をよそにボレミアは進んでいく。サラの心配を払拭するように。

 

 

 

 

 

 洞窟に入ってから随分と進んできた一行。徐々に強く感じられる気配に、一行を包む空気は張り詰めていく。

 

 「どうだ?何か感じるか。」

 

 「はい・・・だいぶ近づいてきました。」

  

 「・・・私も強い力を感じます。」

 

 サラとルリアがマナウィダンの気配が強くなってきていることを告げる。

 

 一行がさらに進んでいくと洞窟の中で大きく開けた空間に出た。

 

 

 

 「少し開けた空間に出たな。妙に明るいが・・・・これは人口の明かり・・・か?」

 

 周囲を見回しボレミアは呟いた。カタリナも開けた空間を不思議に思いあたりを見回す。

 

 「なにか・・・気配を感じるな。奥から風も流れてきている。このまま進むか・・・」

 

 「いや、まってくれ・・・あそこに人影が。」

 

 グラン達の前には背中を見せる一人の男。

 

 「おい!お主は何者だ!!」

 

 声を投げつけられた男が振り返る。

 

 「オヤオヤオヤァァ・・・あなた方が巫女の誘拐を依頼された方ですかネェ?」

 

 特徴的に伸びる語尾の男にジンが怒りを含みながら声を荒げる。

 

 「そうだ!お主らの口車に乗せられて、某はみすみす悪事に加担してしまうところだった!!」

 

 「・・・ふむ。それで肝心の巫女がどこですかネェ?」

 

 「貴様は!ポンメルン!なぜお前がここに!?」

 

 男の姿に驚いたのはグラン達だった。

 

 「なんでこんなところに帝国軍人が・・・・」

 

 「まさかマナウィダンを狙って・・・・」

 

 グラン、ジータが警戒しながら声を上げた。

 

 「んん~?誰かと思えば、久方ぶりですネェ、カタリナ中尉ィィ!それにそこの不思議なガキ共も一緒ですか。おや?見慣れない方もいるようですねぇ。まぁいいでしょう。」

 

 「!?あの人からなにか禍々しい気を感じます!!」

 

 サラがポンメルンから何かを感じ取る。

 

 「オォ!あなたが砂神の巫女ですかネェ?その有り余るグラフォスの力・・・イイですねぇ、実にしびれますネェェェ!!」

 

 「薄汚い目で巫女を見るな。この変態が・・・マナウィダンを暴走させたのは貴様か?」

 

 サラの前に立ちはだかりポンメルンと対峙するボレミア。

 

 「この私を変態呼ばわりするとは、不届きな方ですネェ。まぁいいでしょう。とにかく、砂神の巫女をここまで連れてきていただき感謝しますよ。」

 

 「貴様、この外道が!ポンメルン。貴様は某が成敗してくれる!」

 

 ポンメルンの狙いは砂神の巫女をこの場に連れてくること。そのことがわかり、ジンが激昂する。図らずともポンメルンの悪事に加担してしまったジンは己の罪を払拭しようと動くが、それをセルグが止める。

 

 「まて、ジン。まずは現状の確認だ。やつの狙いがわからない以上、何を警戒していいかがわからん。迂闊に動けば隙を狙われる。」

 

 「ポンメルン!貴様、一体何を企んでいる。」

 

 カタリナが怒りあわらにしてに問い詰める。

 

 「知りたいですかぁ?巫女を渡してくれれば教えてあげてもいいんですけどねぇ・・・」

 

 そう言ってサラへ視線を向けるポンメルン

 

 「さ、サラちゃんは絶対に渡しません!」

 

 「ふん、今回はお前に用はないんですねぇ。巫女さえ手に入れば、いいんですよぉ!」

 

 ルリアがかけた声にポンメルンは興味なさげに返す

 

 「星晶獣に対抗しうる、人間兵器を量産するという・・・この偉大な実験を成功させるためにはネェ!」

 

 明かされたポンメルンの目的。星晶獣マナウィダンに対抗しうる砂神グラフォス。それをその身に宿す砂神の巫女を解析することで、星晶獣に対抗する兵器を生み出す。それがポンメルン、ひいては帝国の狙いだった。

 

 「あなたの、思い通りにはさせません!!」

 

 グラフォスを顕現させ、強い眼差しでポンメルンを睨みつけるのはサラ。その瞳にはあの気弱な姿はなく、その姿はグラフォスを纏う砂神の巫女そのもの。

 

 「その通りだ。誰が貴様等に巫女を渡すか!!」

 

 ボレミアがその傍らに寄り添い徹底抗戦の意志を見せる。

 

 「お前ら帝国が何を企んでいようと。決して思い通りにさせはしない!!」

 

 「ルリアもサラちゃんも、絶対に守ってみせる!!」

 

 そこにグランとジータが並び皆が集結する。

 

 「はぁ、やれやれ・・・歴史に残る実験の貴重なサンプルになれるというのに・・・愚か者ですネェェェ!!」

 

 「ッツ!?」

 

 戦闘態勢には入らずに傍観に徹していたセルグはポンメルンの発言に電気が走ったように身を強ばらせた。誰にも気づかれていなかったが、その瞬間セルグの顔から表情が消える。

 ポンメルンは手を翻す。黒いナニカが鳴動し周囲を威圧する。

 

 「さぁ、見るがいいですねぇ・・・」

 

 黒いナニカの鳴動に呼応するようにその場に双子の星晶獣が顕現する。星晶獣「マナウィダン」。水を司り、豪雨を降らし、島を沈めることすらできる星晶獣。

 

 「あ、あれがマナウィダンなのか・・・」

 

 「はい・・・間違いありません!」

 

 ボレミアの疑問に答えるのは、マナウィダンの力を感じることができるサラ。

 

 「私がこの子に刺激を与えて・・・少し眠りから覚ましてあげたんですよォ!エルステ帝国が誇る「魔晶」のちからでネェ!」

 

 「まずいぞ・・・こんなところでマナウィダンが覚醒したら・・・」

 

 ボレミアが焦りの声をあげる。

 

 「ん?これだから無知な人は困りますねェ・・・私とて現時点でマナウィダンを完全覚醒させたら手に負えません・・・私がマナウィダンを完全に支配下に置くためには条件があるんですよぉ。」

 

 ポンメルンが告げるのはマナウィダンを従えるための条件。

 

 「その巫女からグラフォスの力を引き出す必要があるんですよネェ!!」

 

 そう言って突如サラへと襲いかかろうとするポンメルン。だがその動きは一歩踏み出した瞬間に、グラン達の後ろから飛んできた斬撃に吹き飛ばされた。

 

 「だ、だれですかネェェェ!!この吾輩にいきなり攻撃をしてきた不届きものはぁ!!」

 

 起き上がったポンメルンが怒りとともにグラン達へ視線を向けるも、グラン達の視線も同じように一箇所に集中していた。

 

 

 そこにいたのは刀を振り抜いたセルグ。俯き表情は見えず、その纏う雰囲気は、これまでのグラン達ですら見たことがないほど冷たい氷のようであった。

 

 「今お前はサラをサンプルといったか・・・?」

 

 ボソリと呟かれたセルグの声に、グラン達は背筋が凍りつく。もはや何が起きてもおかしくない。そう思わせるに十分なほどのセルグの殺気。ザンクティンゼルでゼタが放った時のような猛々しいものではない。その場にいるだけで命を握られているような感覚。首筋に刀を当てられているような錯覚さえ起こす冷たい気配だった。

 セルグの胸中にはどす黒い怒りが渦巻く・・・ヴェリウスの記憶を共有しその一部を垣間見たセルグにとって、サラを実験のサンプルとする発言は到底流せるものではなかった。今思い出しても怖気が走るあの光景がサラにも降りかかるかも知れない。そう考えてしまったセルグにとって、今、目の前にいるポンメルンとあの研究所にいたクズどもは同種の扱いとなる。想い起こされた怒りと憎しみはとどまる事を知らぬままポンメルンへと向けられていく。

 

 「なにをブツブツと言っているんですかネェ!いい度胸です。私を地につけた代償としてこの力でッゲフウ!!」

 

 全てを言い終える前に再度ポンメルンが吹っ飛ぶ。今度は斬撃ではなくセルグが接近してはなった蹴りによるものだった。

 

 「聞こえなかったようだな・・・もう一度聞く。今お前はサラをサンプルといったか?」

 

 今度ははっきりと聞こえるように言い放つ。起き上がったポンメルンは蹴られた顔を押さえながらセルグを睨みつける。

 

 「ふ、ふふふそうですよぉ、その巫女はサンプルとです!貴重な実験のねぇ!全く野蛮なやからめ、人がしゃべっている途中で手を出してくるとは、品性の欠片もない。良いでしょう。今度こそ!この魔晶の力で、あなた達を葬って差し上げますねぇ!!」

 

 そう言い放つと魔晶の黒い波動に包まれて変身するポンメルン。体は見上げるほどに大きくなり。禍々しい力を身に纏う。星晶獣と同様の力を放つそのポンメルンの姿はグラン達にとっては星晶獣を相手にする時と変わらない威圧感を放っていただろう。彼がポンメルンの前に立っていなければ・・・・

 

 「さぁ、あなた達との、格の違いを教えてあげますねぇ!!」

 

 咆哮と共に巨大になったポンメルンはセルグを踏み潰さんと迫る。だがまたしてもその歩みは途中で止まった。

 閃光が走った。それは巨大になったポンメルンの右足を切り飛ばした。

 

 「んがぁ!!バカな、そんなバカな、ですネェ!!」

 

 痛覚はなくても、そのあまりにも現実離れした光景に思わず悲鳴を上げるポンメルン。その視線の先には鞘に刀を戻すセルグの姿。圧倒的な実力差を感じたポンメルンが、刀を鞘に収めたセルグをみて安心してしまったのは仕方のないことだろう。

 

 「動いてくれるなよ。目標が狂う・・・」

 

 ”絶刀招来天ノ羽斬”

 

 無情に告げられたセルグの声と共に放たれたのはセルグの持つ最大の奥義。巨大な光の斬撃はポンメルンの巨体を飲み込んでいく。

 

 

 

 

 「グッ・・・ゲフッ・・・なんだとおおおお!!いったい何者なんですかネェぇぇ!!」

 

 セルグの奥義を受けたポンメルンは元の姿に戻っていた。歩くことも覚束無いような状態でセルグを睨む。

 

 「ぐう・・・もはや動けんませんか。かくなる上は魔晶の力でマナウィダンを完全覚醒させるしかありませんネェ!」

 

 そう言うと魔晶の力がまたポンメルンへと集まる。

 

 「んな!!やめろ、ポンメルン。」

 

 いち早くセルグの殺気から我に返りポンメルンを止めるカタリナ。

 

 「もう遅いですねぇェェ!!」

 

 次の瞬間に、呼び出されていたマナウィダンは言葉にならない悲鳴を上げた。

 

 「マナウィダンの力が・・・どんどん大きくなっていきます!」

 

 「はっはぁ~!これであなた達もおしまいですネェ!!」

 

 ポンメルンの言葉と共に力の鳴動がその場を支配する。同時にサラにも変化が起きた。

 

 「う・・・くぅ・・・グラフォス・・・が・・マナウィダンと共鳴して・・・」

 

 「サラ!しっかりしろ!!」

 

 ボレミアが慌ててしゃがみこんだサラをみると、サラは己の内から溢れ出ようとするグラフォスの力を必死に押さえ込んでいた。

 

 「チッ・・・ルリアやサラの目の前で殺すのは気が引けたからやらなかったが、失敗だったか。」

 

 セルグはポンメルンを仕留めきらなかったことを後悔するがもう遅い。

 

 

 「グギャアアア!!」

 

 

 マナウィダンはポンメルンの魔晶の力をうけて完全覚醒した。圧倒的な存在感とともに水がグラン達を襲う。その隙を突いてポンメルンはその場を逃げ出していった。

グラン達はポンメルンを追うのを諦め、完全覚醒した、荒ぶる星晶獣へと意識を向ける。

 

 

 覚醒した雨神。対するは砂神の巫女。残酷な定めをもつ二つの存在が紡ぐ物語は、今、最終局面を迎える。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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シナリオイベント 「砂神の巫女」 4

ザブル島 マナウィダンの洞窟

 

 

 

 マナウィダンが啼く・・・言葉にならない悲鳴を上げ、無理に覚醒させられた反動に苦しみながら力を放つ。大量の水を呼び寄せたマナウィダンはそれをグランたちに放つ。

 

 「くっ、なんて凄まじい力だ・・・・」

 

 カタリナがあまりの水の勢いに呻く。

 

 「くっ力が強すぎて・・・これでは一歩も近づけん!!」

 

 水に足を取られて身動きがとれず、苦悶の表情を浮かべる。

 

 「わ、私がなんとかしてみます!」

 

 そう言って前にでたのはルリア。星晶獣を使役する力でマナウィダンを制御しようとするが・・・

 

 「・・っ!?ダメです、話ができません!!」

 

 「くそ!なら僕らでなんとかマナウィダンを弱らせよう!ジータ、カタリナ、セルグ、いくぞ!!」

 

 グランが皆に告げ戦闘に入ろうとするのを、小さな声が止める。

 

 「待ってください・・・皆さん大丈夫です。」

 

 前に出てきたのはサラ。グランの前に、マナウィダンの前に出たサラの背後にはグラフォスが顕現していた。

 

 「サラちゃん!?何をしているの、危ないから下がって!!」

 

 ジータが下がらせようとする声を張り上げるが、サラは振り返って首を横に振る。その顔にはちいさな決意がみえる。

 

 「今から・・・私の力を解放してマナウィダンを封印します!」

 

 きっぱりと告げられたのはサラがこれから成すこと。グラフォスの力を解放し覚醒したマナウィダンを押さえ込むというのだ。サラは笑顔になり話し始める。おそらく最後になるであろう言葉を・・・

 

 「え、ええと・・・・短い間だったけど・・・皆さんに出会えて・・良かったです。最後に楽しい思い出ができました。」

 

 噛み締めるように、思いを言葉にしていくサラ。

 

 「な!?何を言っているのサラちゃん!!それじゃまるで・・・ボレミアさん!?」

 

 ジータがサラの口ぶりに最悪を予想する。非難するような声でボレミアを呼ぶと、ボレミアは視線を逸らしてつぶやいた。

 

 「・・・黙って・・・聞いてやれ。」

 

 その言葉にすべてを察するジータ。サラはそんなジータを尻目に言葉を紡ぐ。

 

 「ふふふ・・カタリナさんはいつも誰かの心配ばっかりで・・・ルリアちゃんのことが大好きで・・・なんだか羨ましかったなぁ・・・」

 

 「さ、サラちゃん。そんなの・・・ダメだよ!!」

 

 「ルリアちゃん・・私と友達になってくれてありがとう・・・外で一緒に遊ぶ約束・・・守れなくてごめんね。」

 

 申し訳なさそうな儚い笑顔で謝るサラ。

 

 「まさ・・か。力の解放とは、肉体の消滅を意味するのか。」

 

 ジンも事態のすべてを理解する。サラがこれからしようとしていることを。

 

 「ジンさん・・・私の話を聞いてくれて、うれしかった・・・いつか、憧れの人に会えるように・・・私も祈っています。」

 

 徐々にグラフォスが光を放ち始める。光は強くなっていきサラを覆い隠していく。

 

  「お、おおいグラフォスの光が大きくなってきてサラが見えなくなってきてるぞ!!」

 

 ビィがサラの様子を叫ぶ。

 

 「ふふ、ビィさんも。なんだかんだこの騎空団にはビィさんがいなきゃダメだと思います・・・影のリーダー!」

 

 もはや光はサラの姿を完全に覆い隠した。

 

 「それから・・頼りになるグランさんと優しいジータさん。こんな私を受け入れてくれて・・・ありがとうございました。ホントはもっと、一緒に旅をしたかったです。」

 

 「サラちゃん・・・」

 

 「ごめん、ごめんね。私たちが弱いばかりに・・・」

 

 何も言えないグランと涙を流して謝るジータ。なぜこんな幼い少女が命を擲たなくてはいけないのか。己の無力さに二人は俯く。

 

 「あと・・・セルグさん。最初に出会ったとき、私を助けてくれて、毒も出してくれて・・・ボレミアとは言い争ってばかりで。でもなんだかお父さんみたいで嬉しかったです!」

 

 「サラ、それがお前が出す答えか・・・」

 

 セルグの表情に感情は見えなかった。ただ言葉だけがサラに届く。

 

 「本当は一人一人・・ゆっくりとお話したかったけど・・・えっと、もっと伝えたいことが、あったのに・・・」

 

 サラの背後でマナウィダンが動き出そうとする。

 

 「サラちゃん、待ってください!!まってぇ!!」

 

 「近づくな!これよりサラはグラフォスの力を解放しマナウィダン封印の儀に入る。」

 

 ルリアが飛び出そうとするのをボレミアが止めた

 

 「うふふ・・嬉しいなぁ。ボレミアは私のことを心配してくれる時はいつも、サラって名前で呼んでくれる。ジンさんに攫われそうになったとき、必死に私を守ってくれて、守ると言ってくれて・・・」

 

 「サラ・・・・」

 

 サラの胸の内の吐露。ボレミアがサラを見やるが、すでにサラの表情は見えない。

 

 「最後に・・・いつも厳しいボレミアへ・・・わたしね、実はボレミアみたいに強い人になるのが夢だったの!」

 

 サラが目指した夢。弱い自分をいつも守ってくれる。そんなボレミアのように強くなりたいと願う夢。

 

 「サラ殿・・・もう君は十分強いとも・・・」

 

 その夢を知っていたジンの目にはもはや涙が流れていた。

 

 「それから・・・生まれ変わったら・・・わたし、ボレミアの本当の妹になりたいなぁ・・・なんて・・」

 

 その言葉を聞きボレミアも崩れ落ちる。涙は止めどなく溢れ、視界が霞む。

 

 「・・・くっ、覚悟していたはずだ!だというのに・・・私は今になってなにを・・・」

 

 「その気持ちだけで嬉しいよ・・・わたし・・・本当は死にたくないよ?もっともっと生きてみたかった・・・」

 

 「っく、くそ!くそ!くそおおお!!」

 

 己の不甲斐なさを叫ぶボレミア。

 

 「それじゃあ・・・わたし行くね。みんな、バイバイ・・・」

 

 別れを告げたサラ。最後に成すべき言霊を紡ぐ。

 

 「砂神のグラフォスよ・・・今こそその全ての力を解き放て・・・エメ、っう!?」

 

 最後まで言葉が紡がれることはなかった。サラの意識は途切れ、グラフォスの輝きは収まっていき、そこにいたのは、サラを気絶させその腕に抱えるセルグ。

 

 「最後に言った言葉・・・死にたくない、生きてみたい。それが君の答えだろう。サラ?」

 

 聞こえていないだろうサラに声をかけるセルグ。

 

 「セルグ!貴様!!一体何のつも「ヴェリウス!!」

 

 ボレミアが問い詰めるのを遮りヴェリウスを呼ぶセルグ。

 

 「ヴェリウス、少しだけ時間を稼いでくれ。頼む。」

 

 セルグの言葉に従うヴェリウスは、巨大化しマナウィダンへと向かう。その場に星晶獣対星晶獣の激しい戦いが繰り広げられる。

サラを抱えたセルグはジンの元へと向かうとサラを手渡した。

 

 「ジン、サラを守ってやってくれ・・・気絶しているだけだから特に問題はないはずだ。」

 

 「心得たが・・・セルグ殿一体何を・・・」

 

 そこにボレミアが詰め寄ってくる。

 

 「セルグ!なんのつもりだ!あの子が一体どれだけの覚悟で・・・ッツ!?」

 

 だがボレミアの言葉は又しても遮られる。セルグはボレミアの胸ぐらを掴みすべての想いをぶちまけた。

 

 「何故諦めた!何故あの子を見捨てた!!サラは最後に告げたはずだ。死にたくない、もっと生きていたいと!何故あの子のその願いを守るべきお前が受け取ってやらない?何故勝手に諦めてあの子の死を受け入れる?守りたいなら守り通せ!死なせる覚悟をするくらいなら守りぬく覚悟をしろ。前を向け。可能性を模索しろ。最後まであがいて見せろ!できることはいくらでもあるはずだろう!お前が守りたい大切なものはまだここで生きてるだろうが!!」

 

グラン達にはセルグの想いが痛い程伝わった。セルグの過去を知ってるグラン達。命を投げ出すサラとそれを受け入れるボレミア。そんな二人をセルグが見過ごせるわけがなかった。

 

 セルグの想いを受け取ったボレミアは呆然としていた。砂神の巫女だから。マナウィダンを封印できるのはグラフォスだけだから。いつしかそれらの事実を受け入れなにも考えることなく、砂神の巫女の定めを受けいれていた。サラを守りたいその気持ちに偽りはなくとも覚悟が足りなかった。どうすることもできないと思い込み、助けることを諦めていた。

 呆けているボレミアを捨て置きセルグは声を上げた。力強くその場にいるもの全てに聞こえるように。

 

 「ルリア!!マナウィダンを弱らせれば吸収できるか?」

 

 「え、あ、はい!きっとあの子が落ち着いて話を聞いてくれさえすれば、なんとかできます!!」

 

 その答えにセルグは臨戦態勢に入る。

 

 「なら最後は任せたぞ!絶刀天ノ羽斬よ!我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て!!」

 

 天ノ羽斬を抜刀。構えるセルグの横にグラン達が並ぶ。

 

 「ごめん、セルグ!僕たち簡単に諦めてた。」

 

 「ごめんなさい、セルグさん。私達、サラちゃんの願いを聞いてあげられなかった。」

 

 「すまないセルグ。我々は最後まで、サラを助けてあげられる可能性を模索するべきだった・・・」

 

 三者三様にセルグへ謝罪をする。そしてそこには。

 

 「すまなかったセルグ。本来なら私が一番にあの子を助けようとしければはならなかったはずなのに・・・私が最初に諦めていた。そして感謝するぞ、セルグ!お前が今日ここにいてくれたことに。私はもう諦めない。最後まであがいてみせる。いざとなったらサラを島から連れ出してでも守ってみせる!」

 

 セルグのそばに集う4人。その眼にもはや諦めはない。なんとしてもマナウィダンを倒し、サラを救う。その決意がみてとれる。

 

 「遅すぎんだよ、まったく・・・ジン!サラの事、任せたぞ!!」

 

 「おう!任せられよ!!絶対にサラ殿を守り抜いてみせよう!!」

 

 セルグの横に唯一並び立てなかったジンもその意思は4人と変わらなかった。

 

 「それじゃ、やるか!グラン指揮は任せたぞ。オレは一人でしか戦ったことがないからな。ヴェリウス!戻れ!」

 

 セルグがヴェリウスを呼び戻し全員が戦闘態勢に入った。

 

 「ジータ!回復は任せた!カタリナ、すまないが戦闘の余波が届かないようジンのところにいって二人を守ってほしい。ボレミア、僕と一緒に前衛だ!上手く守りながらマナウィダンを引き付けるよ。セルグ、君が持つ最強の技でマナウィダンを討ってくれ!」

 

 「「「「了解!!」」」」

 

 最初に動いたのはジータ。牽制のシャインがマナウィダンの注意を引く。攻撃をかわしたマナウィダンへすかさず接近するのはボレミア。

 

 「レイジ!」

 

 グランがそれに合わせるようにレイジを唱える。感覚が鋭敏化したボレミアが、己が出せる最大効率で剣を振るう

 

 「ディストラクトエッジ!!」

 

 気合と共に放たれるのはボレミアの全力の一撃。それは見事にマナウィダンを唱えた。だが次の瞬間にはボレミアの頭上には巨大な水の球体が出来上がっていた。

 

 「ぐあ!?」

 

 集まった巨大な水泡が、質量の暴力となってボレミアを襲う。「フルクトゥアトマーテル」。水を操るマナウィダンの攻撃技であった。

 

 「ボレミアさん!!ヒール!!」

 

 すぐさまヒールを唱えるジータだったがボレミアは苦悶の表情を浮かべたままだった。何故だか息苦しそうにしているボレミアの顔の周辺にはマナウィダンの魔力の残滓が残っていた。そこに群がるように周囲から水分が集まりボレミアの呼吸を妨害する。

 

 「クリアオール!!」

 

 ボレミアを助けるためにジータはさらに詠唱。唱えられたクリアオールの魔力が、マナウィダンの魔力の残滓を打ち消す。」

 

 「すまないジータ!たすかった。」

 

 すぐさま戦線に復帰するボレミア。その先ではグランがその大斧を力任せにマナウィダンに叩きつける姿があった。

 

 「(セルグの天ノ羽斬だったら当たりさえすれば一撃で落とすことも可能なはず。僕らの役目は致命的な隙を作り出すこと。)」

 

 思考の中から最適な攻撃を模索するグラン。大ぶりな攻撃で徐々にマナウィダンを後退させてく。

そこにボレミアも加わり二人は、さらに攻勢にでていく。

 

 「グラン!セルグはまだか!?」

 

 連続で動き続ける二人は徐々に疲労を見せる。重い斧を振り続けるグランはもちろんだが、ボレミアは一度マナウィダンから攻撃を受けていることもあり、攻勢を保つことが徐々に難しくなってくる。

 

 後ろで控えていたセルグは深く集中していた。以前にザンクティンゼルでグラン達が見せた集中の境地。己をそのステージへ昇らせようと深く、深く没入していく。ヴェリウスとの融合震度を深めてヴェリウスの力を感じる。深度は既に3に達していたが、ヴェリウスの力を抑えることで体の負担を和らげていた。

 集中を深めていたセルグの目が開かれる。

 

 「グラン!ボレミア!援護する!すべての力を叩き込め!!」

 

 セルグがそう叫ぶと共に天ノ羽斬が光と闇を纏う。脈打つ力の鼓動は、その全てが天ノ羽斬へと注がれる。

 

 「全てを守り、全てを討て。閃け!”天ノ時雨”!」

 

 天ノ羽斬が振るわれ凝縮した力は数多の光と闇の剣へと形を成して飛び交う。その瞬間にマナウィダンは驚異を感じて全力の攻撃を敢行する。多量のフルクトゥアトマーテルがグラン達に殺到する。星晶獣が繰り出す全力。それを目の当たりにし思わず身を固めたグラン達。だがその星晶獣の全力が届くことはなかった。飛び交う光の剣がその悉くを打ち落とす。セルグが放った光の剣は仲間を狙うすべての攻撃を迎撃する。

 

 「これは・・・すごい。これなら何も気にせず攻撃に意識を向けられる。ボレミア!いこう!!」

 

 「これが・・・あいつの力か。このチャンス無駄にはしない!!」

 

 二人が駆け出す。迫り来る水泡は全て光の剣が迎撃していく。戸惑い無く走り抜けてマナウィダンへと接近すると二人はそれぞれの武器をマナウィダンに叩きつける。

 

 「ギャアアアアア!!」

 

 苦痛の悲鳴をあげるマナウィダン、それもそのはず。ふたりが振るう武器にはその動きに合わせるように、セルグが放った闇の剣が同時攻撃を加えていたのだ。

 セルグが放った奥義”天ノ時雨”天ノ羽斬の力を最大まで溜めて解き放ち、仲間を守る光の剣と、仲間の攻撃に合わせて攻撃を行う、闇の剣を召喚する奥義。放たれた剣は仲間に降りかかるすべての危険を排除し攻撃能力を何倍にもはね上げる。

 

 「これで終わりにするぞ。グラットンファング!!」

 

 「デイストラクトエッジ!!」

 

 ふたりの奥義が闇の剣とともに放たれる。傷つき倒れるマナウィダンをルリアが吸収した。

 

 「これで・・・もう大丈夫です!マナウィダンはもう力を失い、私の中にいます。」

 

 ルリアの言葉に一同に安堵が広がる。

 

 「ふぅ・・・終わったか。」

 

 グランのつぶやきとともに一行は武器を投げ出し、疲労した体をその場で休ませた。

 

 

 

 「う、うう、、、あれ?わたし・・・」

 

 サラが目を覚ますと目の前に有るのは赤茶けた髪。どうやらボレミアに背負われているようだった。

 

 「サラ!!目が覚めたのか。」

 

 既に洞窟を出て山を降りている最中だったグラン達。その道中で気絶していたサラが目を覚ます。

 

 「おお、サラ殿が目覚められたか。サラ殿、気分はどうだ?某のことが分かるか?」

 

 「おい、ジン!べつに記憶が飛ぶようなことはやっていないぞ。単に気絶させただけだ!」

 

 セルグがジンの質問に憤慨する。

 

 「あ、あの・・あれ、私?」

 

 いつまでも何が起きているのか掴めていないサラ。グラフォスの力を解放し、マナウィダンを封印したなら自分が生きているはずはないのだ。サラは徐々に思考を働かせて結論を出した。

 

 「これは・・・夢かな?」

 

 「何をバカなことを言っている。お前は今ここで生きている。生きているんだ・・・」

 

 サラの質問に答えるのはボレミアだった。サラが生きていることを噛み締めるように、サラに告げていく。

 

 「ボレミア!下ろして!自分で歩くから!」

 

 いろいろなことが信じられない、サラが地面に降り立つ。自分で感触を確かめるように、地面を触り、踏み鳴らし、顔を触ってみる。

 

 「生きてる?わたし、生きているの?」

 

 「さっきからそう言っているだろう。グラフォスの力を解放する前に、セルグがお前を気絶させた。そうして目覚めたお前は今ここにいるんだ。」

 

 「ッツ!?それじゃ、マナウィダンは!封印の義はどうなったんですか!?」

 

 「大丈夫だ!マナウィダンは討伐され、ルリアの中で眠っている。力のほとんどをルリアが吸収したから、もう暴れることもあるまい。」

 

 サラの次から次へと出て来る疑問にボレミアは優しく答えていった。

 

 「そんなことよりもサラ、セルグにお礼を言うんだ。最後の最後にお前がこぼした生きたいという願い。それを聞いた瞬間にお前を気絶させて助けたのだ。セルグがあの場にいなければ、我々はサラの死を受け入れていた。いまこうしてサラが生きていられるのは、セルグのおかげだぞ。」

 

 ボレミアから告げられた真実にサラが驚きセルグをみる。セルグはいつもと変わらない穏やかな表情を見せてサラを手招きする。

 セルグの元へと歩いていきお礼を言おうとした瞬間、セルグはサラを抱き寄せる。

 

 「お礼なんていい。だが約束してくれ。これから先何があろうとも命を投げ出さないと。砂神の巫女にどんな使命が課せられようと、自らの命を最も大切にすることを。今ここにいる皆がサラに死んで欲しくないと願ってマナウィダンと戦った。いいか、よく覚えておくんだ。少なくともここにいる皆が、サラが死んでしまうことを望まない。生きていて欲しいと。幸せになって欲しいと願っている。砂神の巫女の使命であっても、もう自分の命と引き換えに、なんてことしてはいけないぞ。いいな?」」

 

 真剣な表情でサラの目線まで腰を下ろして話すセルグの言葉をサラは刻み付ける。自分のことをこんなにも大切に思ってくれている人達が居る。その事実を知ったサラは憂いの消えた笑みを浮かべた。

 

 「はい、わかりました!セルグさん!!」

 

 元気よく返事をするサラ。その笑顔にはもう弱さも悲しさもない。

 

 

 

 

 雨神と砂神。二つの神がもたらしていた無情な定めは覆された。ザブル島に降り続いていた雨は止み、雲が明ける。降り注ぐ太陽の光は彼女の未来を照らすように、島を明るく染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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シナリオイベント 「砂神の巫女」 5

ザブル島 聖堂

 

 

 「ウマル様・・・雨神の星晶獣マナウィダンを封印してまいりました。」

 

 聖堂へと趣いたボレミアが報告を上げた。

 

 「そうか!でかしたぞボレミア!・・・サ、サラ!お前・・・なぜ生きて・・・」

 

 しかし、目の前にいたのはボレミアとサラ。そしてグラン達騎空士の面々。想定していなかった光景にウマルは驚いていた。

 

 「砂神の巫女は、一度はマナウィダンを封印すべくグラフォスの力を解放しようとしました。しかしここにいる騎空士の方達がグラフォスの開放を止め、巫女を救うべくマナウィダンと戦ってくれました。マナウィダンとの戦闘に勝利し、弱まったところを封印した次第です。」

 

 包み隠さず、事の顛末を全て報告するボレミア。サラを犠牲にすることなく事態を治めることができたボレミアは、誇らしくこの報告ができた。しかし・・・

 

 「なんということを・・・ボレミア、島の存亡が掛かっているという事態に対し、騎空士に全てを委ねたというのか!?」

 

 ボレミアに届いたのはまさかの叱責だった。

 

 「な!?それはどういうことですか!!彼らはこの島と全く関係無いにも関わらず、サラを救うために尽力してくれました。彼らに対してその言い草は・・・」

 

 「お主は本気でそれを言っているのか?何のための砂神の巫女だと思っておるのだ・・・砂神の巫女がグラフォスの力を解放することで代々マナウィダンは封印されてきた。それはそれが確実だからだ。お主はサラを救うためだといって不確定な可能性に賭け、島民を危機に晒したのだぞ!!」

 

 ウマルの考えは執政者としては当然なことなのかも知れない。あるいはボレミアがしたことは本当に島の住人を危険にさらしていたのかもしれない。だがそれでも、今ここにいる者達には到底許されることではなかった。

 真っ先に動こうとしたのはセルグだった。前に出てウマル対して口を開こうとしたところをグランとジータがさらに先に声を上げた。

 

 「あなたこそ、本気でそれをおっしゃっているのですか?」

 

 「わずか9歳の女の子を犠牲にすることで確実に島の危機を回避できると。これがどれだけ異常なことか理解していないんですか?」

 

 セルグにとって。いや、ビィやカタリナ、ルリアにとっても初めてかも知れない。こんなにも冷たい声音でしゃべるグランとジータの姿に騎空士の仲間達ですら驚く。

 

 「あなた達は楽ですよね。安全なところでふんぞり返って、ただ砂神の巫女が命を賭してマナウィダンを封印するのをまっていればいい。確実に封印が約束されるなら、確かにこんなに楽なことはないでしょう。」

 

 「ですが今回、私たちがいなければ、巫女はマナウィダンにたどり着くのすら不可能でした。道中には魔物も出るというのに護衛としているのはボレミアさん一人だけ・・・いったい他の島民は何をしているのですか?」

 

 ふたりが冷たい声で次々と意見を上げていく。

 

 「当事者は島に住む人間全員なのに、何故みんな対岸の火事なのですか?これでもし失敗していれば今度は護衛のボレミアさんと巫女のサラちゃんが責められるわけですよね。」

 

 「自らなにかしている訳でもない人たちが一体何様のつもりなんですか?9歳の女の子を犠牲にすることをおかしく思わないのですか?揃いも揃って人任せ・・・恥を知りなさい!!」

 

 とうとう声を荒らげたのはジータだった。優しい性格の彼女は砂神の巫女を犠牲にしているこの島の風習に人一倍怒りを覚えていた。

 

 「二人共どうしたんだ!らしくないぞ!オレが怒るのを止めるためだったらこんな・・・」

 

 やはりふたりの様子がどこかおかしいと感じたセルグが止めに入る。自分が怒りのあまり事を起こすのを抑えるためにしているのなら、逆に自分がこれを止めなければいけないと、そう考えていたセルグだったが

 

 「違う、違うよセルグ。僕たちはセルグを止めるためにこうして前で話しているわけじゃない!」

 

 「セルグさんは最後までサラちゃんを救うことを諦めなかった。あの時、あそこにいた全員が諦めていたのに、セルグさんだけは諦めなかった。」

 

 「島に関係ないセルグが最後まで諦めずに救おうとしている中で、この島の人はボレミア以外誰も我関せずでいる。そんなこと、許されていいわけがない!」

 

 「だから団長として私たちがこの島に残すの。このふざけた現状を壊しこれからの砂神の巫女を救う為に。あの時サラちゃんを救うことを諦めてしまった私たちだから!」

 

 グランとジータが道すがら考えていたこと。まだ大人になっていないふたりにとっては非常に難しい話だった。団長として、セルグに報いるためにもこの島を変える為に何かを残したい。そう考えていた。

 

 「二人共・・・・はぁ、何を変な気を遣っているんだ。お前たちもまだ子供なんだ、難しいことなんて考えないでわからなかったら大人を頼れ。オレは信用できないかもしれないが、カタリナならしっかり答えてくれるだろう。」

 

 「全くだ。その気持ちは素直に感心するが、私もボレミアも、一応セルグも大人なんだ。団長だからといって頼っちゃいけないわけでもない。難しいことは大人に任せろ。」

 

 「ふ、まさかこの島のことをそうまで考えてくれていたとはな・・・カタリナ、お前の団の団長は本当すばらしい人間だな。」

 

 グランとジータに大人から柔らかな叱責が飛ぶ。

 

 「さて、せっかくグラン達が抑えてくれたから何も言うつもりなかったけど、きっちり文句を言わせてもらおうか。なぁウマルさんよ、オレたちが初めてサラと会った時どんな状況だったと思う?」

 

 セルグは今から言いたい放題言ってやると、嬉しそうにウマルに問いかける。

 

 「ふん、大方どこかの街でばったりあったとかで・・・」

 

 「残念、不正解だ。砂漠で一人魔物に襲われそうなところを助けたんだよ。他にもジンが仲間になった時も命の危機だったな。山の中では足をひねり動けなくなった。洞窟でも危うく魔物に襲われそうになったところをボレミアが庇うことになった。なんだこれ、これのどこが確実なんだ?砂神の巫女の封印なんて最初から失敗が約束されてるようなものじゃないか。よく今まで成功していたな!」

 

 心底ウマルを馬鹿にしたようにセルグは告げる。ウマルの発言、態度にセルグが怒りを感じてないわけがなかったのだ。グランとジータ以上にこの島のふざけた風習に嫌悪感があったのだろう。

 

 「グランとジータが言ったな、。一体いつまで対岸の火事で済ませる気でいやがるんだ。お前らの頭は飾りか?なぜもっと確実な方法を考えない?傭兵雇って討伐隊編成したっていい。多少なりとも軍隊ってもんがあるならそれを仕向けてもいいだろう。民を守る人手が要るってんなら、民を武装でもさせて自衛させればいい。出来ることを何一つやらないで、ただただ守ってもらおうだなんて、虫が良すぎんだよ!」

 

 「その通りだ、仮にもしマナウィダンが復活し、またサラが封印に向かうことになったら我々はまた同じ選択をするだろう。何もしない島民など知ったことではない。それよりも、必死に島を守ろうとするサラこそが救われるべきだ。」

 

 セルグが、カタリナが、胸中を表す。

 

 「ぐっ、関係のない外の人間は黙っておれ!これは島の問題。何をどうするか決めるのは島の人間だ!」

 

 もはや言い返すことのできないウマルは、グラン達を島とは無関係だと断じることしかできなかった。

 

 「ウマル様、それは違います。彼らは既に、島を救った功労者。私一人では守りきれなかった巫女をマナウィダンの居場所まで護衛し、更にはマナウィダン討伐にまで尽力くださった。無関係な騎空団の方達がです。ここで彼らを糾弾したことが広まれば、ウマル様の名に傷がつき、国の評判を貶めることにもなります。彼らにはふさわしい褒賞を与えなくては、周りの国に示しが付かないかと思います。」

 

 ウマルを説得するのはボレミアだった。グラン達がこの国を追われないよう。もっと言うならこの島を追われないよう、機転を利かせたのだ。そのボレミアの言葉にウマルは黙り込む。たっぷりと時間をかけて熟考していく。その後やっとの思いで結論を出してきた。

 

 「ううむ・・・そうか・・・致し方あるまい。ボレミアの言うとおり、そなたたちには島を救った英雄として褒美を送ろう。何がのぞみだ?」

 

 保身か、体裁か。なにを天秤にかけたかは分からないがウマルはこの場を妥協した。グランとジータはこのウマルの言葉に思い思いにのぞみを告げる。

 

 「それならまずは、砂神の巫女の廃止をお願いします。もう二度と、誰か一人を犠牲に島を救うなんて施策を出さないでください。」

 

 「もう一つ。サラちゃんを自由にしてあげてください。自由に外の世界に見て回れるように。こんな島に縛られないように。」

 

 ジータが辛辣な言葉とともに望みを言うとウマルが待ったをかける。

 

 「それはできん!砂神の巫女の存在は民にとって心の拠り所なのだ。マナウィダンが復活したとき、巫女がいるからこそ民は安心して日々を暮らすことができる。それをなくすことは民に大きな不安を与えるのと同義なのだ・・・」

 

 「そんなもんは知るか!悪いがサラの自由は保証してもらうぞ。あとは勝手にしてくれ。いままで砂神の巫女に甘えてきたツケだ。自分たちで何とかするんだな。」

 

 セルグはそんなウマルの言い分を切って捨てる。だが、ここにはそれを捨てきれない存在がいた。

 

 「セ、セルグさん・・・あの、私なら大丈夫ですから。別にわたしは自由じゃなくてもいいです。ウマル様にはこれまで育ててもらった恩もありますのでわたしは島に残ります。ありがとうございます皆さん。私のために皆が色々考えてくれてとっても嬉しいです!」

 

 サラが納得をしてしまった。いや、納得はしていなくても優しいサラはこれ以上ウマルが困るのは嫌だったのであろう。

 

 「サラ、なにを言っているんだ。これは当然の権利だ。お前が今まで全てを砂神の巫女として生きてきたことへのな。お前が遠慮してどうする・・・」

 

 セルグもサラ本人からの言葉とあっては強気の姿勢を取れない。

 

 「セルグさん、本当にありがとうございます。でもいいんです、私にとってここは、故郷なんです。私が離れることでみんなが不安になってしまうなら・・・」

 

 そう言うサラの表情にはやはり我慢が見え隠れしていた。どんな生き方をしてきてもまだ9歳の子供。本音を隠すのは難しいのであろう。そんなサラをみたセルグにはもう選択肢がなかった。困ったような表情でサラにの頭に手を乗せる。

 

 「ホントにお前は、どこまで行っても我慢ばかりだな。マナウィダンを封印するときも、最後の最後になるまで生きたいとは言ってくれなかったし。わかったよ。お前の気持ちはわかった、この島の民が不安にならなきゃいいんだな?」

 

 「え?」

 

 セルグの言葉に困惑するサラ。周りに居たグラン達も同様に何をする気だとセルグをみつめる。

 

 「ウマル。オレからの妥協案だ。この紙に書いてあるところに手紙を書きな。星晶獣が島を沈めようと暴れて困ってるってな。もしかしたら少しは金が掛かるかもしれんが、星晶獣討伐の専門家達が討伐に来てくれる。民に説明するときはこういっとけ、星晶獣討伐の専門家と契約を交わしたと。これで島民からの不安も出ないだろう。」

 

 「ッツ!?セルグそれって!」

 

 セルグは組織に連絡を取れと言っているのだ。情報がしっかりと伝わればセルグがここにいたことが組織に見抜かれるかもしれない。その可能性がある危ない橋だった。

 

 「すまない、グラン、ジータ。だがこれなら間違いなくこの島がマナウィダンに怯えることはなくなる。砂神の巫女無しでな・・・もうオレにはこれしか思いつかなかった。」

 

 セルグは申し訳なさそうに顔を背けた。その表情はグラン達に迷惑をかけることへの申し訳なさからくるものだろう。

 

 「いや・・・僕もそれに賛成だ。それならサラがこの島にいる理由もなくなる。あとは僕たちがどうなるかだけだって言うなら、もう迷うことはない。」

 

 「完璧なアイデアじゃないですか。さすがセルグさんです!」

 

 グランもジータも心配の表情を一切みせずに賛成した。

 

 「ふ、何を迷うことがある。セルグ。貴殿はまだ我々を信頼してくれてないようだな。その程度で我らが臆すると思ったか?」

 

 「お前たち・・・ふ、そうだったな。そういう奴らだったな!ウマル。これでどうだ、もう文句はないだろう。討伐部隊が来ることは確約してもいいが、万が一来なかったときはオレが討伐に来てやる。約束しよう。さぁ、サラの自由を約束してもらおうか。」

 

 

 

 すべての交渉が終わり、サラは晴れて自由の身となる。ボレミアと共に騎空艇の停留所へときた一行

 

 「本当にお前たちには世話になった。礼を言わせてくれ。ありがとう。」

 

 ボレミアが礼を述べる。すっきりとした笑顔には最初に出会った頃のような刺刺しさは微塵もなかった。

 

 「なにいってんだって!困ったときはおたがいさまってなぁ。」

 

 ビィがそれに返すとその場にいるみんなが笑う。

 

 「そうだね、こうしてみんなで笑い合えるなら、僕たちが頑張ったかいがあったってものだ。」

 

 「うん、本当にそうです。サラちゃんがこうして生きて笑ってくれている。それだけでわたしは嬉しいですよ!」

 

 グランが、ルリアが嬉しそうに語る。

 

 「セルグさんは、やっぱり最後まで諦めなかったですね。あのウマルって人との交渉でも。最後の決め手になったのはセルグさんでしたし。ホントに・・すごいです。」

 

 「そうだな・・・セルグ殿の生き方には多くを学ばせていただいた。某はまた成長できそうだ。いつか再会したときには、今度こそお手合わせ願いたい!」

 

 感嘆の声を上げるジータ。いつか再会を夢見て宣言するジン。二人と会話しているセルグの元に、緊張した面持ちでサラが近づいてくる。

 

 「おや、某達は席を外そうか。ジータ殿。」

 

 「ん?あら、そうですね。フフフ。」

 

 サラの様子見妙な気を利かせる二人。残ったのはセルグとサラのふたりだった。サラは深呼吸をして落ち着いてから意を決して声を上げる。それは幼い少女にふさわしい元気に溢れた声だった。

 

 「あ、あの!セルグさん!!本当に、本当にありがとうございました!!今回のことで受けた御恩は一生忘れません!!」

 

 「お、おう。やっと元気な声が出せるようになったか。サラ、恩なんて感じなくていい。あれはオレがやりたいから、出来たからやっただけだ。それに子供のお前が恩を感じるなんて間違ってる。いいか、大人のオレたちに恩を感じるなんて間違ってるんだ。覚えておけ、大人は子供に素直で元気に育ってほしいと思っているんだ。だからサラがしなきゃいけないことはただ一つ。恩を感じるんじゃなくて思いっきり大人を困らせてやれ。好きなことを言ってやれ。やりたいことを言ってやれ。わがままを言ってやれ。そうされた方がきっと大人はうれしいもんだ。遠慮をするな。自分に正直に生きてみろ。試しに今日からボレミアにやってやんな。きっとボレミアは笑顔で応えてくれる。」

 

 「困らせる・・・好きなこと・・・自分に正直に・・・」

 

 セルグの言葉を繰り返すとサラは急に顔を上げた。

 

 「あの!セルグさん、お願いを聞いてもらえますか!」

 

 「なんだ、急に。いいぞ、言ってみろ。」

 

 「あの・・その・・・抱っこしてほしいんです・・・」

 

 もじもじと恥ずかしそうにしながら要求するサラ。

 

 「なんだそんなことか、ほら、おいで。」

 

 そういって手招きするセルグはサラを抱えてあげた。

 

 「あ、ふふ。ありがとうございます。」

 

 やや恥ずかしそうにしながら、嬉しそうにはにかむサラ。自然と笑えるようになったサラに、セルグも思わず笑みをこぼした。

 

 「(よかったな・・・サラ殿)」

 

 遠目から見守っていたジンが優しく見つめる。ボレミアもその隣で同じようにサラとセルグを優しく見つめていた。

 

 

 

 「よし、忘れ物はないかな?グラン、大丈夫?」

 

 「ああ、準備はOKだ!ボレミア、ジン、サラ。それじゃ、元気で!」

 

 「ああ、世話になった。今度また、サラと遊んでくれ。」

 

 「グラン殿達も、達者でな。」

 

 「サラちゃん、今度は思いっきり遊びましょうね!」

 

 「うん、楽しみにしてるよ!ルリアちゃん!」

 

 

 別れの言葉を交わし、グランサイファーが飛び立った。

 

 

 「行ってしまったな・・・さて、某もこれにてお暇しよう。」

 

 ジンがそう告げて歩いていこうとするのをボレミアが止める。

 

 「まて、貴様は罪滅しとして私とサラの護衛だ。簡単に許されると思うな。」

 

 ニヤリと笑うボレミア。後ろからサラも口を挟む

 

 「お願いしますね!ジンさん!」

 

 「ふぅ・・・やれやれ、二人共人使いが荒そうだな。いいだろう、任された。さぁサラ殿、いきたいところを教えてくれ。どこまでもついていこう!」

 

 高らかに宣言するジン。こうして三人も新たな旅路を歩き始めた。

 

 

 

暴雨の神が目覚めし時

空は涙雨に覆われる

街は涙の雨に打たれ

民は涙に濡れそぼつ

されど恐るるなかれ

この世に止まぬ雨は無い

この世に枯れぬ涙も無い

砂神の巫女が鎮めたもう

暴雨の神を鎮めたもう

仲間と共に鎮めたもう

 

 

 

 砂神の巫女 完

 

 

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 1

 薄暗い洞窟に突如、巨大な咆哮が轟く。

 その音の振動だけで洞窟を揺るがさんばかりに発せられた怒りの咆哮は、洞窟内に居るちっぽけな存在に大きな衝撃を与えた。

 

「バカな・・・真龍ファフニールが・・・」

 

「封印が、解かれているだと!?」

 

 彼らの目の前にいるのはこの世界における絶対強者と言える存在。

 強靭な体躯。圧倒的魔力。それらを兼ね備えたもの、龍種であった。

 

「何故だ!縛龍の封印が何故解かれている!?」

 

「そんなのわからん!と、とにかく何としてもシルフ様を・・・」

 

「いえ・・・貴方達は逃げて下さい。」

 

 狼狽える兵士達の前に幼い少女のような何かが躍り出た。

 感情の希薄な様子でありながら、その声ははっきり兵士達に撤退を促していた。

 

「し、シルフ様!!危険です、御下がり下さい!」

 

「成りません・・・貴方達はこの事を王に伝え」

 

 少女の声は途中で途切れた。

 兵士たちはそれを目撃してしまう。

 その巨大な顎を以て、真龍ファフニールがシルフを丸呑みにするところを・・・

 

「な、なんて事だ・・・星晶獣であるシルフ様が・・・・」

 

「ファフニールに・・・喰われた・・・」

 

 信じがたい光景にその場にいた二人の兵士は呆然とし、動きを止めてしまった。

 恐怖に足が竦み、次なる獲物を見据える真龍を前に動けずにいた。次なる獲物、それは紛れも無く自分達である。

 

「おい、お前達!」

 

 そんな兵士達の元に力強い声が届く。彼らが振り返った先には黒い鎧で全身を覆い巨大な大剣を背負った一人の戦士の姿。

 

「星晶獣シルフはどうした?」

 

 真龍ファフニールを前にも動じる様子を見せない戦士の声に、兵士たちは徐々に落ち着きを取り戻して答える。

 

「それが・・・ファフニールに食われて。」

 

「なに!?そうか・・・それならそれで好都合。」

 

 表情は見えないが、戦士は一安心といったように答える。その手を背負った大剣にかけ、戦闘を始めようと構えた瞬間

 

「私なら大丈夫。どうか・・・王にこの事を。」

 

 ファフニールの中から小さな少女の声が聞こえた。

 兵士たちは一瞬呆けるが、事の重大さを理解しすぐに動き始める。

 呑まれたシルフはまだ、ファフニールの身体の中で確かに生きているのだ。

 

「待っていて下さいシルフ様!かならずや白竜騎士団の総力を挙げて貴方様を救い出して見せます!!」

 

 恐怖に竦んでいた足を叱咤し、彼らは駆けだす。己が託された任務を何としても全うするため。

 

 

「・・・ふむ、これもまた好都合か。悪いがシルフ、囮になってもらうぞ・・・」

 

 残された黒の戦士は鎧の奥で小さく笑うと、ファフニールを上手く躱しながら洞窟を後にする。

 

 

 誰もいなくなり静かになった洞窟に、強大な龍の咆哮だけが轟くのであった・・・

 

 

 

 

 

 フェードラッヘ王国

 

 この空の世界に於いて、星晶獣と意思の疎通をし、星晶獣の加護の元繁栄を築き上げてきた非常に稀な国。それがこの国、フェードラッヘである。

 グラン達は人々と意思の疎通をして繁栄を築く星晶獣を一目見たいと、ここフェードラッヘに訪れていた。

 

 

 

「ここが、フェードラッヘ・・・星晶獣の加護で栄える国なのですね。」

 

「うわぁ、活気があって賑やかな街ですね!」

 

「セルグは知ってるんだっけ?この国について。」

 

「いいや、基本的に組織はヒトにとって脅威となる星晶獣を対象としていたからな・・・人々に繁栄をもたらすなんて星晶獣は対象外だ。そもそも、そんなやつがいるなんてオレも初耳だよ。」

 

 騎空艇から降り立った面々は思い思いに当たりを見回す。

 行き交う人々の顔には笑顔があふれており街には活気がある。その様子は正に繁栄の途にある国であることがわかる光景であった。

 

「おい、聞いたか!」

 

 周囲を感心したように眺めていた一行に張りつめた声が飛び込んでくる。

 思わず聞き耳を立てるように一行は声の聞こえた方向に視線を向けた。

 

「ああ・・・こっちでも持ちきりだった。突如復活した真龍ファフニールにシルフ様が喰われたらしい。今、王都では大慌てでファフニール討伐軍を結成しているようだぞ!」

 

 聞えた会話にグラン達は顔を見合わせる。シルフ、王都、討伐軍。不穏な気配を醸し出す言葉に、厄介事の気配を感じた。

 

「シルフ様って・・・」

 

「ああ、オレ達が目当てにしている星晶獣だな。人と意思の疎通ができるならイスタルシアの情報を聞けないかと期待していたが・・・どうやらそれどころではないようだ。詳しい話を聞い」

 

「おい!?その話、詳しく聞かせてくれ!!シルフ様はどうなったんだ!?討伐軍は?白竜騎士団が出るのか!?率いるのは団長のランスロットなのか!?」

 

 セルグが詳しく話を聞こうかと歩き出そうとした瞬間、話をしていた町人に危機迫る様子で問い詰める男が現れた。

 慌てた様子で彼らに近づき、その胸倉をつかんで次々と質問を浴びせかけている。

 しかし問い詰める彼は気づいていなかった。余りの勢いに町人の首が締まっていて顔が青ざめていくのを。

 

「ぐぅ、く、くるし・・・」

 

「教えてくれ!ランちゃんは討伐軍を率いてファフニールの元に向かったのか!?」

 

「お、落ち着いてください!首が締まっちゃってます!!もうっ、手を離して!!」

 

 慌ててジータが駆けつけ、男を引き離した。

 

「あ、ああ・・・すまない。それで!どうなったんだ!?教えてくれよ!?」

 

 引き離されたものの勢いの衰えない男の様子に、問い詰められた町人は恐怖を浮かべて後ずさる。

 

「ひ、ひぃい!?お助けを~!」

 

 二人の町人は男の勢いに恐怖を覚えて逃走してしまった。無理もない、突如恐ろしい剣幕で詰め寄られたとおもったら首を絞められたのだ。暴漢と思われても仕方ないことであるのは誰の目にも明らかである。

 

「な、何故だ!!俺がこんなに誠心誠意頼み込んでいるのに・・・なぜ逃げる!!」

 

 残念ながら当の本人には彼らが逃げた理由がわかっていないようだが・・・

 

「いやぁ、多分ニイチャンがあまりにも必死過ぎて怖くなったんだと思うぜ・・・」

 

「というかあの勢いは誠心誠意って言葉とはかけ離れていると思う・・・ただの恫喝だよ・・・」

 

 ビィとグランが何とも言えない顔で男を見ていると、男は地面に手を着いてうなだれていた顔を上げる。

 

「こうしちゃいられない!すぐに追いかけて、話を聞かなくては」

 

 なんとタフな男だろうか。たった今恐怖の表情と共に逃げられたと言うのに彼は同じ人を追いかけて、再度問い詰めようと言うのだ。彼にはあの怯えた顔が見えていなかったのか。

 

「やめんか、バカヤロウ!」

 

「うお!?グフッ!?」

 

 顔を上げ、またもや暴走しようとした男をセルグが止める。

 具体的に言えば、立ち上がった瞬間に鋭い足払いをかけて、横倒しになった男の腹部に踵落とした。

 

「ぐぅ、いって~テメェなにすんだよ!こっちは急いでるってのに!!」

 

 倒された男は思いもよらぬ事態に足を落としたセルグを睨みつけた。

 

「どこの誰かは知らんが、人を殺しそうな勢いで暴走する奴を放っておけるか。」

 

「はぁ?どこにそんなやつがいるんだ?そんなやつこの俺がとっつかまえ」

 

「自覚が無い様だからちゃんと言っておいたほうが良さそうだな・・・暴走する奴っていうのはお前の事だ。」

 

 まるで自分のやったことが理解できていない男の様子にセルグはため息一つ吐いて、呆れたように自覚を促す言葉を言い放つ。

 

「な!?そうか・・・また必死になりすぎちまったようだ・・・すまねえ、悪かった。」

 

 ハッとしたように我に帰った男は、一先ず落ち着いた様子で立ち上がると、謝罪と共にグラン達へ頭を下げた。

 どうやら多少なりとも自分の欠点は把握しているようで、これまでにも何度か同じような事を指摘されたことがあるのだろうか、その表情は少しだけ悔いてるように見えた。

 

「別に謝られることもないですけど・・・それより貴方は王都の関係者とかですか?」

 

「ああ、俺の名はヴェイン。王都フェードラッヘの騎士団、”白竜騎士団”の団員だ。そういうアンタらは・・・?」

 

 金の髪を短く揃え、がっしりとした体格は正に王都を守る騎士といった感じの件の男。ヴェインが名乗りを上げた。

 

「オレ達は旅の騎空団といったところだ。オレはセルグ。」

 

「私はルリアです!よろしくお願いします、ヴェインさん!」

 

「オイラはビィってんだ、よろしくな刈り上げのニイチャン。」

 

「私はジータです、一応団長をやってます。宜しくお願いしますね!」

 

「僕はグラン。ジータと一緒にこの騎空団の団長をしている。よろしく頼むよ、ヴェインさん。」

 

 ヴェインに返すようにグラン達も自己紹介を済ませた。

 各々の自己紹介を受けながらヴェインはそれぞれの顔を見回す。

 

「へ~グランとジータが団長さんなのか・・・てっきりそっちのセルグが団長なのかと。」

 

 ヴェインが驚いたようにグランとジータを眺めながら呟く。

 確かにこの中で年長者はセルグであるし、傍から見ればグランとジータはまだ大人に成りきれていない子供の雰囲気がある。騎空団の団長として団員を率いるには少々若い、というよりは若過ぎるかもしれない。

 だが、子ども扱いするなとグラン達が反論しようとしたところでセルグが先に否定の声を上げた。

 

「オレ達の団長は、優秀だ。星晶獣を相手にいくつもの修羅場をくぐりぬけているし、ここぞと言うときの決断や判断も早い。どこかの国家に

 

 でも属していれば、この若さでも看板騎士になっていただろうと言うくらいにな。

 少なくとも、暴走して国民の首を締め上げるようなことはしないだろう・・・」

 

「ぐっそれは、もう言わないでくれよ・・・」

 

 付け加えられた己の失態への皮肉にヴェインが思わず俯いた。

 

「セルグ、態々蒸し返さなくても・・・それにちょっと持ち上げすぎじゃない?」

 

「褒められるのは素直に嬉しいのですが、少々身に余ると言うか・・・」

 

 グランとジータは褒められて嬉しいのと、過大な評価だと慄くので半々といったように苦笑した。

 

「そうか?オレとしては妥当な評価だと思うがな・・・まぁいい。それでヴェイン、騎士団の人間と言うことは有事の際にはすぐ戻るべきじゃないのか?さっき言ってた討伐部隊の事とかもあるだろ?」

 

「そうだ!?急いで王都に戻らなきゃ!じゃあ皆、またな!」

 

 そう言って駆け出そうとしたヴェインを又も鋭い足払いが襲う。今度は踵落としまではされなかったが倒れたヴェインを見下ろすセルグに、ヴェインはまたも何をしやがるといった目で睨み付けた。

 

「セルグ!何すんだよ!!俺は急いで王都に戻るって言ってんだろう!!」

 

「一先ず落ち付いて話を聞いてくれっての・・・オレ達はこの国を繁栄させた、ヒトと意思疎通のできる星晶獣、シルフと会うために訪れた。」

 

「シルフ様に会いに・・・?」

 

「うん、だけどそのシルフ様が今大変なことになってるんだろ?まずは詳しい状況も知りたいし、僕たちを王都へ案内してくれないか?」

 

「場合によっては力になれるかもしれません。お願いします。」

 

 セルグに続くようにグランとジータが前に出る。

 シルフと会いに来た彼らにとって、真龍ファフニールとシルフがどうなっているのかは他人事ではない。

 シルフは無事なのか、自分達にできることは無いか。

 元来お人好しである彼らが国を揺るがすかもしれないような有事に黙ってる訳が無かった。

 

「そっか、アンタら・・・なんて良い奴らなんだ。ありがてぇ!それじゃ着いてきてくれ。一緒に王都に向かおう!」

 

 グランとジータの言葉にヴェインは感激したように感謝を述べると、意気揚々と王都へ向かい案内を始める。

 走り出すような勢いで歩くヴェインの案内に少しだけ不安を覚えながらも、一行は彼の案内の下、王都を目指すのだった。

 

 

 

 鬱蒼とした森の中を複数の足音が駆け抜ける。

 整備などされているはずもない森の中は、足場が悪い。それでも足を止めずに走り続けるのはそれなりに急ぐ理由があるからなわけだが・・・

 

「ヴェイン、一度止まろう。国の有事に急ぎたい気持ちはわかるが、このままでは王都に着く前に疲れ切ってしまうだろう。」

 

 先頭を走るヴェインに後ろからセルグの声が飛んだ。明らかなオーバーペースでしばらく走り続けている一行には休憩が必要だと、後ろで息を切らせている面子を見て判断したようだ。

 

「なんだセルグ、もうバテたのか?案外情けな」

 

「先を見て行動しろと言っている。王都についても疲れ切っていて動けませんでは話にならない。大体、街道を行かずに近道だからとこんな獣道に入ったのが間違いだ。戦闘要員であるオレ達はまだ大丈夫だがルリアには負担が大きい。」

 

 そうとは知らずに的外れな答えを返そうとするヴェインを遮り、セルグは少しだけ怒りを含めて声を張った。

 

「あ・・・そっか、ルリアにはちょっときついか。すまねえ、また少し焦りすぎてたみたいだ。」

 

 一行は走っていた足を止め、ペースを落として歩き出す。

 しばらく走り詰めだったせいでルリアには疲労が色濃く出ており、休憩が必要なことは明白だ。

 

「それにしても、なんでそんなに焦ってんだ?いくら大変な事が起きたからってニイチャンがいなきゃどうしようもないってわけじゃねぇだろ?」

 

「ああ、確かに俺が戻ったところで何かが変わるわけじゃねえさ・・・」

 

 ビィが焦るヴェインに理由を尋ねると、ヴェインは固く拳を握りながら決意の表情を見せる。

 

「俺には幼馴染の親友がいてさ。名前は”ランスロット”。俺が所属する白竜騎士団の団長なんだ。昔から、ランちゃんにはいつも助けられてばかりでさ・・・だからこんな時こそ俺はランちゃんの力になってやりたい・・・助けられるだけじゃない。アイツを助けられる親友でいたいんだ。」

 

 語られた決意は、友の力になりたいというありきたりで強い理由。だがきっと彼にとってはとても大事な事だと思わせるだけの真剣さを含んだ表情だった。

 その表情を見せられたグラン達は、ヴェインの力になりたいと思ってしまう。

 

「なるほど、それで急いでいたんだね。わかった・・・ルリア。まだきついでしょ?僕が背負っていくよ。」

 

「え!?あ、ちょっグラン!?」

 

 口を開くのとほぼ同時にグランはルリアを背負うべく彼女の目の前で背を差し出す。

 今のグランは軽装な衣装であるサイドワインダーの姿。ルリアを背負ったところでそれほど負担ではないのだろう。背負っていた弓ディアボロスボウをセルグに渡して、ルリアを背負う。

 

「それじゃ、私はヴェインさんと一緒に先頭を走ります。魔物の迎撃は任せて下さい。セルグさんは後ろを。さぁ、ヴェインさん。行きましょう!!」

 

 グランに続きジータも行動を起こす。ヴェインの横へと並び先を促すジータはホーリーセイバーの鎧を身に纏い、口調が普段より凛々しいものへと変わる。その背には紅蓮の大槍”イフリートハルベルト”を背負っていた。

 

「へへ、あんな話を聞かされちゃコイツ等が黙ってるわけはねぇってな!行こうぜ、刈り上げのニイチャン!」

 

 ビィも軽快に飛びながらジータの横に並んだ。

 

「全く・・・なんでオレが態々止まるよう促したのにこうなるかね。」

 

 不満がありありと表れている声でセルグが仲間達の最後尾へと回る。

 彼としてはルリアに無理をさせたくないと言う思惑の下で進言したわけだが、まさかこんな形でそれを覆してくるとは思わなかったのだろう。

 

「あ~セルグ、お前が疲れてるようなら無理は」

 

「無礼るな。この中で誰よりも長く動ける自信がオレにはある。それよりもお前は自分の心配をしておけ。ウチの団長が本気になったようだからな・・・気を抜くと置いていかれるぞ。」

 

 不敵な笑みをこぼすセルグにヴェインは僅かに呆けるも、すぐに挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「おもしれえ・・・それじゃ皆ガンガン行くから着いてこいよ!」

 

 ヴェインに合わせた変な気合いの下、一行が再度走り出そうとする。

 だが・・・

 

 ”ガサッ”

 

「!?」

 

 僅かに聞こえた物音。茂みを揺らす音が、背後より聞こえる。

 

「誰だ!?」

 

 瞬間、反射的に上がったヴェインの声が響くのとセルグが動き出すのは同時だった。セルグは腰に差した剣を抜き放ちながら茂みと仲間達の間に躍り出る。

 

「グラン、ジータ!周囲を警戒しろ!囲まれてる可能性も視野に入れておけ!」

 

 会話の中で緊張感を解いていた為か、気配を察知できなかった来訪者に対し警戒を怠らないセルグの声に、仲間達も気を引き締める。

 いつ現れるのかと緊迫した空気が数秒続く中、再度茂みが揺れるとそこから

 

「キャッ!?」

 

 小さな悲鳴と共に、転びながら一人の女性が一行の前に姿を見せる。

 装飾を施された大きな杖。身に纏う白い衣装には、綺麗で厳かな紋章が刺繍されており、整った容姿は神秘さすら感じさせる。一目で僧侶とわかる風貌の女性であった。

 

「うぅ、イタタ。なんでこう転んでしまうのでしょう・・・か。」

 

 恐らく状況を読めていないのであろう・・・暢気な声で、地面に打ちつけた膝をさする女性は目の前の光景に表情を固める。

 

「おい、アンタ!!一体何者だ。こんな森で一人・・・怪しいな。まさか盗賊か何かか!答えろ、ここで何をしていた!!」

 

 だがヴェインには呆けている女性の表情が読み取れなかったようだ。相変わらずの誠心誠意でもって、盛大に女性を不審者扱いして武器を突きつけ始める。

 突如目の前に突き出された、鋭利な刃を携えたハルバードに女性がハッと息を呑んだ瞬間、彼女には救いの手が差し伸べられた。

 

「だから・・・少しは落ち着けってんだよ!!」

 

 ヴェインにセルグから、またもや鋭い突っ込みが入る。

 具体的に言うなら抜き放っていた剣の腹で後頭部を強打されていた。

 

「イッテェ~!!何すんだセルグ!!っていうかちょっと今のはいくらなんでもやり過ぎだろう!!」

 

「うるさいバカ!どこをどう見たらこの女が盗賊なんかに見えるんだ。むしろどっからどう見ても聖職者にしか見えねえだろうが!!杖は持っているし帽子には十・・・字架だって・・・」

 

 ヴェインに対し声を荒げて反論していたセルグの口が女性の服装をみて固まっていく。

 どうしたのかと仲間達が疑問の眼差しを向け始めたところで、セルグは言いにくそうに口を開いた。

 

「あ~ちょっと聖職者にしちゃ露出が多くないか?アンタ本当に僧侶か?その服装は神に仕えるっていう聖職者にはあるまじき姿だと思うんだが・・・聖職者ともあろう者がそんな世の男性を誘うような際どい衣装を着るのは正直マズイと思うぞ。」

 

 女性の服装・・・と言うよりはこれ見よがしに大胆に露わにされている脚を見て、セルグは実に言いにくそうに女性へと尋ねる。

 セルグが指摘する部分。そう、女性は上半身に関しては鉄壁ともいえる位にしっかりと衣装で覆われていると言うのに、その綺麗な脚は足首から足の付け根まで丸見えな、相当に際どい衣装を纏っていたのだ。

 

「な!?」

 

 セルグの言葉で女性は顔を赤く染め、その手で己の脚を隠すようなしぐさをし、ホーリーセイバーとなっているジータは、正にファランクスと言った様子で女性とセルグの間に入り込んでセルグの視界から女性を隠すと、きつくセルグを睨みつけた。

 

「セルグさん!!初対面の女性に対していきなり脚に視線を向けるとは何事ですか!いくら露わになっているからといって、露骨にそんな視線を向けるなんて最低です!!」

 

 セルグの正面でジータが恐ろしい剣幕でまくし立てる。

 

「いいですか、女性の身体とは神より賜った神聖で穢れなきものなのですよ。そんな欲望に塗れた視線で女性の身体の一部を凝視するなんて、失礼にも程があります。大体セルグさんは・・・」

 

 目の前で怒涛の如く言葉が出続けるジータのお説教モードを受け、セルグが縮んでいく。

 意図して凝視したつもりも無かったしするつもりも無かった。ましてやこうしてジータの心に火をつける気など更々なかったセルグは何とか宥めようと口を開こうとする。

 だが、何故だか逆らえない剣幕に、仕方なく救援を求めてセルグがちらりとグランの方へ眼を向ければ

 

「へっへ~いい気味だぜ、セルグの奴。」

 

「そうだね・・・そりゃあ僕もちょっと気になったりしたけど・・・あそこまで露骨には・・」

 

 そう言いつつもグランは定期的にヴェインから視線を逸らし、ある方向へ向けていた。

 

「ん?なんだよグラン~?ダッハハハ、お前も男の子だもんな。チラチラみてたら余計怪しいぞ。こういう時はだな、思い切って直視すプギャッ!?」

 

 ニヤニヤといやらしい笑みでグランと肩を組んでそのまま女性へ視線を投げようとしたヴェインの後頭部にまたも衝撃が走った。

 

「ヴェインさん!!グランをそそのかさないでください!!まだグランにはそういう話は早いです!!」

 

 まるでグランの母親の様だとセルグは胸中で呟く。

 セルグよりもキツイ一撃でヴェインにお仕置きをするジータにその場の男どもが恐怖した。

 

「あ、あの~私は別にそこまで気にはしておりませんので・・・もうそれくらいで・・・」

 

 お仕置きと説教が止まらないジータを、背後から窘めるように件の女性が声を掛ける。

 

「大体貴方も貴方です!セルグさんの言うとおり男性の視線などお構い無しなその格好。一体何を考えているのですか!もっとご自分の身体と言うものを大切に扱いなさい。そのような服装では襲ってくれと言っている様なものです。良いですか、乙女として清らかでありたいのであれば・・・」

 

 どうやらジータの説教は止まらない様だ。まさか自分にまで説教が及ぶとは思っていなかった件の女性も、ジータの余りの剣幕に頷くことしかできず、一行はそのまましばらく時を過ごすことになる。

 

 

 

「うぅ・・・申し訳ありませんでした!!」

 

 静かな森にジータの悲痛な謝罪の声が響く。

 説教モードが終わり冷静になったジータは自分がしたことに戦慄した。

 己がしでかした事にサァッと血の気が引いたジータは森に響き渡る声で全力で謝罪をするのだった。

 

「気にするな。オレもそんな気は無かったが、僧侶かどうか確認するためとはいえ女性の脚に視線を向けたのは確かだ・・・不躾だったな、悪かった。まぁ、目の保養になったことは否定しないが・・・」

 

「いえ、私の方こそ申し訳ありません。今後旅をする時はもう少し周りの視線・・・特に男性の視線と言うものを意識して着る物を選びますから。少々無頓着でした・・・セルグさん、恥ずかしいのでやめてもらえませんか?」

 

 ジータの渾身の謝罪にセルグと件の女性、僧侶の”ソフィア”が宥めるように言葉を返す。

 指摘されてから急に意識してしまった為、彼女が恥ずかしそうにするのを見かねたセルグが、大きめの白い布を渡しており、腰回りに巻かれた布のおかげで彼女の綺麗な脚は現在、拝めなくなってしまっている。(なんてことを・・・

 

「ヴェインさんも、叩いただけでなく急がなきゃいけないのに余計な時間を取ってしまい、すいませんでした。」

 

「ああ~良いって良いって。俺も思いっきり見てたしな。時間を取られた分は今から走ればいいだけだしそんなに気にすんなって!」

 

 ヴェインは謝罪されても全く気にしてない様に返す。

 こういった気さくな部分は彼の長所だろう。優しく許すのではなく、全く気にしてない様に返されることでジータの心は幾分か軽くなった。

 

 

「とにかく、無駄な時間を食った分は急いで王都に向かうとしよう。ソフィアだったな。貴方の目的地も王都か?」

 

「あ、はい。私は聖地巡礼の途中でこの国に立ち寄ったのですが、王都に行って国王様に調査して欲しいことがありまして。近道をしようと森に入ったら皆さんにお会いした次第です。」

 

 ソフィアの目的にセルグは眉を顰めた。国王に直接依頼をするようなことはなんだろうかと疑問を浮かべる。

 

「調査?何かあったのか?」

 

「・・・はい。この国の端部に位置する慟哭の谷、そこにあるルフルス村で、ある奇病が発生していたのです。

 赤ん坊や老人といった体の弱いものが次々と亡くなり、作物は枯れ果て、村の人々はいつ滅びるとも知らぬ恐怖に震えて日々を生きていました。」

 

「なんだそれ・・・?王都の方ではそんな話は聞いたことがないぞ。」

 

 王都で働いているヴェインが寝耳に水な話を聞き会話に混ざる。

 ヴェインの記憶の中ではルフルス村の現在の状況など王都には届いていない。

 それはつまり、別段大きな変化は無く平和に暮らしている証であるはずなのだ。

 

「はい、そうなんです。王都に近付いてみると奇病の話は全く聞かず。一度村から調査を依頼するために王都へ赴いたはずの人たちが居たのですが、どうやら途中で行方不明になったようです。恐らくは魔物に襲われたのだと思われますが、それによって情報は届かないまま時間だけが過ぎたのかと。

 私は聖職者として、苦しむ人々を救うために国王へ調査を依頼しに来ました。」

 

 使命感とも優しさとも取れるソフィアの言動にグラン達が感心していた。

 

「ううん・・・シルフ様の事といい病気の事と言い、とにかく急いだ方が良さそうですね。グラン、ジータ!急ぎましょう!」

 

 突如復活した真龍ファフニールの事もあり、急ぎ王都へ向かう必要性を再認識した一行は、ルリアの言葉に頷くと改めて王都へ向かい駆け出し始めた。

 

 

 走り出して間もなく、セルグは唐突にソフィアへと声を掛ける。

 

「ソフィア、旅をしていると言うことはある程度は走れるか?」

 

「え、それはまぁ・・・ですがそれが何か?」

 

「時間を取られたし、少し急いだ方が良さそうだからな・・・ヴェリウス!」

 

 答えを聞いたセルグはすぐにヴェリウスを呼びつける。

 呼びかけに応じてセルグの背後には大きな黒い鳥が降り立った。

 

「な!?なんだこいつ、魔物か・・?」

 

「落ち着けヴェイン。安心してくれ、こいつはオレのペットみたいなもんだ。」

 

「ぺ、ペット!?」

 

 慌てた様子で武器に手を懸けるヴェインをなだめるように、セルグはヴェリウスに危険性が無いことを告げる。

 ヴェインはこんなペットがいてたまるかと言うようにセルグに怪訝な視線を向けるが、当のセルグはそれを受け流してヴェリウスと対峙した。

 

 ”一応聞いておくぞ、若造。ペットとはよもや我の事ではあるまいな・・・偉大なる星晶獣である我を捕まえて、まさかペットなどとほざく気ではあるまいな?”

 

 まさかペット呼ばわりされるとは思っていなかったヴェリウスから、怒気の籠った思念がセルグに向けられる。

 

「そう、怒らないでくれ。ルリアを乗せて王都に向かって欲しい。すこし急がなくてはいけない。」

 

 ”フン、勝手にするがいい。我は馬車ではないのだ。お主らヒトの子を好き好んで乗せる気など毛頭ない。”

 

 すっかり機嫌を損ねた様子のヴェリウスはそんなのは知ったことではないとそのまま飛び立つ姿勢を見せはじめる。

 

「ヴェリウス・・・頼む、時間が無いんだ。」

 

 ペット呼ばわりした時とは違う、真摯な瞳でヴェリウスを見上げて、セルグは頼み込んだ。

 こうしている時間が惜しい。機嫌を直してどうか助けてくれと。

 思念での会話ができる彼らは、時に言葉以上にその想いが届くことがある。言葉にしなくてもセルグの真剣な想いを受け取ったヴェリウスは、静かにルリアを見据えた。

 

 ”・・・ええぃ、わかった。しかたあるまい、次はないぞ!”

 

「ありがとう・・・ルリア、ヴェリウスが王都へ運んでくれる。オレ達も急いでいくから王都で待っててくれ。」

 

 許可を得たセルグは、ルリアへと向き直るとその背に乗るように促す。

 

「えっと、その・・・いいんでしょうか?ヴェリウスさんはなんて?」

 

「快く了承してくれた。安心してのると良い。」

 

「良いんですか!?わぁ~い。ヴェリウスさんに乗って空を飛べるなんて、楽しみです!!」

 

 普段騎空艇で空を駆けていると言うのに何がそんなに嬉しいのか。ヴェリウスの背に乗れることをやたらと喜ぶルリアに苦笑しながら、セルグは嘴を一撫でしてヴェリウスにルリアを任せる。

 

「それじゃヴェリウス。頼んだぞ。」

 

 ”フン、さっさと来るのだぞ。”

 

 一言だけ残してヴェリウスはあっという間に高い空へ翔び立った。その姿が王都へ向かい飛んでいくのを見送ると

 

「よし、オレ達も急いで向かおう。」

 

 ルリアをヴェリウスに預けたことでグラン達の目つきが変わる。

 ここからは気遣う必要が無い仲間しかいない。魔物の襲撃などお構いなしに走れる者たちばかりなのだ。

 

「ああ、急ごう!」

 

 一行は、遥か彼方のヴェリウスを追って、先ほどまで抑えていたスピードを解放するように全力で走り始めた。

 

 目指すは王都。

 陰謀渦巻くフェードラッヘに向かいグラン達は駆けだした。

 

 

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 2

 高い天井、煌びやかな装飾。太い柱が並び、豪華な絨毯が敷かれている。

 大国フェードラッヘの城の謁見の間で跪くのは、ウェーブのかかった黒い髪。しつらえた上質な濃紺の鎧と腰に差した双剣が映える男。この国の騎士団、”白竜騎士団”団長の”ランスロット”である。

 

「カール国王様、イザベラ様。ファフニール討伐隊の準備が整いました。御命令があればいつでも行けます。」

 

 玉座に座るのは主に横に大きい温和そうな人物。フェードラッヘ国王カールと、その傍らに佇む美しい黒髪の女性、執政官イザベラ。正に国を取り仕切る二人へ報告しにきたランスロットは静かで涼しげでありながら、その双眸には任務に向けた強い想いが見て取れる。

 

「ご苦労だったなランスロット。少しそこで待機していてくれ。」

 

 報告を聞いたイザベラはランスロットにその場での待機を命じて国王カールへと向き直った

 

「カール国王様。此度のファフニール討伐任務…このイザベラも同行したいのですが…」

 

 憂いの表情を見せながらカールへと懇願する。

 この国を支える存在でもあるシルフの危機に対し、彼女は身を裂かれるような心の痛みを感じているのだろう。

 

「ふむ、シルフを心配するそなたの気持ちは痛い程理解している。気を付けて行ってくるのだぞ。」

 

「御配慮、痛み入ります。では討伐隊は明朝、ランスロットの指揮の下、王都を出立致します。必ずやシルフ様をお救いして参ります。」

 

 同行の許可と出立の予定を取り付け、イザベラは1歩下がるとランスロットへと向き直った。

 そこへ謁見の間の扉を開き彼らが到着する。

 

「白竜騎士団のヴェイン。ただいま任地より帰還いたしました!」

 

 王都にたどり着いたヴェインとグラン達である。

 

「ヴェイン!?」

 

「ランちゃん!」

 

 ランスロットを見つけた瞬間にヴェインは花が咲いたような笑顔をみせた。謁見の間に入る瞬間のキリッとした佇まいを消してランスロットへと駆け寄る姿はまるでご主人様を見つけた犬のようだ。

 

「グッ、その呼び方はやめろ。いい大人の俺がちゃんづけなど。いや、まず場をわきまえろ。」

 

 呼ばれたランスロットはあからさまに顔を顰める。人前では呼ばれたくはない可愛らしい呼び名。更にこの場は謁見の間でカールとイザベラがいるのだ。場をわきまえろとはごもっともである。

 

「騒がしいぞヴェイン。今は国の有事だ。国王陛下の御前であることを忘れるな!」

 

「おお、これはイザベラ様!相変わらずお美しい。以前よりもさらに若々しく…」

 

 見咎められて叱責を受けるもヴェインは止まらず、今度はイザベラにもすり寄る。

 行動自体はお世辞とごますりと言った感じだが、この天然男にはそんな思考はない。

 見たまま、思ったままの言葉が口を出ていた。

 自らの美貌に無垢な称賛を向けられ、僅かにイザベラが顔を赤くした。

 

「だ、だから、騒がしいと言って…ええぃランスロット、少し黙らせろ!」

 

「まぁまぁ、イザベラ。良いではないか。久方ぶりの帰還なのだ。それよりもヴェイン、そちらの方々は…?」

 

 イザベラを窘めたカールが後ろで置いてけぼりになったグラン達を見やる。

 グラン、ジータ、ビィ、ルリア、セルグ、ソフィア。居並んだ顔ぶれをみたが友人と言うにはバラエティに富み過ぎているし、服装からは組織性も見えない。

 

「あ、失礼いたしました!こちらは旅の騎空団と僧侶の方達です。帰還途中で出会いまして、此度のファフニール討伐に際し、協力をして頂けると…」

 

「ヴェイン!国の有事に対し、素性の知らぬ者達を軽々しく信用するでない!ましてや玉座に招き入れるなど」

 

 無警戒が過ぎるヴェインの行動にイザベラは一喝。だが、イザベラの言葉の意味を理解しきれていないヴェインは慌てて弁論する。

 

「いえ、イザベラ様。彼らの実力は本物ですし、国の有事だからこそ協力をしてもらう方が…」

 

「突如現れた者を根拠なく信用するなといっている。この有事に合わせてこの国を攻め落とすためによからぬ企みを持った者とも限らない。そのような甘い考えではいずれ国に災いを呼び込むかもしれんぞ。」

 

 都合よく表れた実力者の集団が国の有事を解決するため協力してくれる。イザベラとしては簡単に信用できる話ではなかった。既に謁見の間にまで招き入れてしまってる現状は懐に入られているのと変わらない。

 国の安寧を脅かすものかもしれないと疑心が出てきてしまうのは執政者としては当然だろう。

 

「イザベラ、落ち着かぬか。そなたの言うことはもっともだが、まだ知らぬ相手に対し懐疑的になりすぎては我らヒトは何も信じられなくなってしまう。旅の方よ、イザベラの非礼を詫びよう。そなた達を歓迎する。」

 

 そんなイザベラを窘めて、国王は警戒を持たないようにグラン達を歓迎した。

 懐が広いとも言う。無警戒とも言う。甘いともいえる。隣のイザベラは僅かに瞠目するが、国王の意思とあらば自分が強情を張っていても仕方ない。懐疑的な視線を隠し、一先ずは動向を見守ることにした。

 

「全く、いきなり散々な言われ様だったけど、王様の方は良い奴だのわぁ!?」

 

 イザベラの言葉に少しだけ御立腹なトカゲがボソリと漏らした声を聞きセルグがその尻尾を捕まえて抱え込んだ。。

 

「ビィ…お前は少し黙ってろよ。礼儀とかお前知らないだろう?」

 

 後ろで起きた小さな闘いを余所にルリアが前に出る。その表情はガチガチに固まっていて、話し出したら3回は噛みそうだった。

 

「あ、あにょ!おはちゅにお目にか、きゃかります!国王様!!」

 

 噛んだ、盛大に噛んだ…ご丁寧に3回噛んだ。

 

「あ~ルリア。君もちょっと下がろうか。ジータ、お願い。」

 

 たまらずグランはルリアを後ろに控えさせる。ついでに目つき鋭く無愛想な自分もフェードアウトして騎士然としたジータに全てを任せることにする。

 

「え!?あ、うん。」

 

 任されたジータは一息ついてから顔を上げる。

 厳かな鎧、ホーリーセイバーとなったジータは国王との謁見にはピッタリであろう。自らの姿と国王の前にいるという事実が戦闘時でもないのにジータを戦闘モードに入らせた。

 

「お初にお目にかかります。フェードラッヘ国王様。私はジータ。こちらがグラン。二人でこの騎空団の団長をしております。私達はヒトと繁栄を築く星晶獣シルフ様の事を聞き及び、一目お会いしたくこの国を訪れました。しかし訪れてみればシルフ様はファフニールによって危機的状況いるとのこと。そこで私達も協力したく、ヴェインさんの案内の下、馳せ参じた次第です。」

 

 凛とした表情と言葉づかいに思わず国王は居住まいを正して口を開いた。

 

「ほう、それは。我らとしてもシルフを想って来て頂けるのは大いに嬉しいことだ。だが…失礼を承知で尋ねたい。そなた等の実力が如何程なのかを…団長である君たちは余りに若過ぎる。ファフニールは強大だ。まだ子供といっても差し支えのない君たちを安易に参加させることは少々危険な気がしてならない。」

 

 問い辛い懸念を素直に問いかけるのは大政者として流石といったところか。だが、それに答えたのは案内してきたヴェインであった。

 

「国王様、その点は心配ご無用です。彼らは既に旅の間に数々の星晶獣と戦ってきた騎空士です。団長である二人とその後ろの男…彼らの実力は白竜騎士団でも上位に入る腕前だと思われます。」

 

「ううむ…そうか。ランスロットそなたはどう思う。」

 

「ハッ!」

 

 問いかけられたランスロットはジータの元へと歩いていく。

 ジータの目の前に立ち、ランスロットは自分を見上げる瞳を見た。

 視線を逸らさず見上げてくる瞳は少女のか弱さを感じさせない力強い意志を持った瞳。

 

「…意思の強い良い瞳をしている。自信有りといったところか…国王様!ヴェインの推薦もあるなら、私に依存はありません。彼らにも同行を願いましょう。」

 

 数秒の邂逅でランスロットは確かな強さを感じ取った。

 

「そうか、ならば騎空士達よ。ファフニール討伐の任、どうかよろしく頼む。」

 

 ランスロットの同意に、カールも懸念を払拭したようで不安ない声でグラン達に同行を願う。

 カールの言葉に思わず一行は笑みをこぼすも話はこれだけで終わりではない。

 視線を投げ合うと、道を開けるように場所を開け後ろからソフィアがカールの前へと歩み寄った。

 

「国王様!私からもお願いがあります。」

 

「そなたは…ヴェインの言う僧侶の方か。」

 

「はい、お初にお目にかかります。大僧正ペテロの孫、ソフィアでございます。」

 

 ソフィアの自己紹介に国王が目を見開いた。

 ゼエン教…空域にいたるところで名前を聞くことがあるこの宗教は、星の民の加護を信じ、星の民がもたらすものを信仰対象とする。

 覇空戦争のおりに現れた星晶獣も星の民の遺産として時に信仰対象とするこのゼエン教。そのトップがソフィアの祖父である大僧正ペテロだ。

 フェードラッヘは星晶獣シルフによって栄えた国家であり、シルフを崇め、星の民を崇めるゼエン教の信者は多い。

 大僧正の孫と言うのは彼らの前では大きな意味を持つ肩書だった。

 

「なんと!?あのペテロ導師の…なぜそなたの様な者がここに?」

 

「私は聖地巡礼の業の途中でこの国の端に位置するルフルス村に立ち寄りました。ルフルス村では現在、老人や赤ん坊が次々に亡くなる奇病が蔓延しており、その調査を国王様にお願いしたく参りました。しかし、今はこの国に一大事。調査をするにしても国が落ち着いてからではないと難しいと思います。つきましては私もファフニール討伐隊に同行させていただきたいのです。そして落ち着いた暁には私も調査に協力をさせていただきたく思います。」

 

「ルフルス村の奇病だと…?そのような話は全く聞いておらなんだ…わかった、討伐隊への同行を許可すると共に奇病の調査を約束しよう。」

 

「ありがとうございます!」

 

 ソフィアの言葉に疑問を持たずにカールは同行の許可と調査の約束を取り付けた。このことからもフェードラッヘのゼエン教の影響力は高いと見える。

 成り行きを見ていたグラン達は驚き、その後ろでセルグだけは苦い顔をしていた。

 

「どうやら話はまとまったようですね。それでは、我らは明朝出立する。客人の方には城の客室を用意いたしましょう。誰か、案内を!」

 

 話が終わったところを見計らい、イザベラが謁見の終わりを告げると、兵士を呼びつけグラン達を案内させる。

 兵士の案内で謁見の間を出たグラン達だったが、客室に案内される前にランスロットが足早に近づいてくるのを確認した。。

 

「グランにジータだったな…ちょっといいか?」

 

「貴方は確か、団長のランスロットさんでしたか。ヴェインが誇らしげに話してましたよ。団長のランスロットは本当に凄い奴だって。」

 

「はは、ヴェインの奴…自分の事をすぐに忘れるんだからな。アイツだって、十分凄い奴さ。きっと俺ははアイツが居なければ今こうして騎士団にいることは無かったからな…っとすまない、本題を忘れるところだった。少し付き合って欲しい。謁見の間ではああ言ったが、実際の実力がどんなものなのかは知っておきたい。ああ、勘違いしないでくれ。実力を疑う訳じゃないんだ。むしろ逆だ、君たちの実力に期待をしたい。」

 

 ランスロットが鋭い視線を向けながらジータとグランを見据える。

 疑惑の目じゃないそれは、実力がどれだけ高いのか確かめたいと言う期待に満ちた目だった。

 

「グラン…はダメかな。今は弓だからね…わかりました、私が相手をします。ランスロットさん。」

 

 表情と口調の小さな変化がジータの戦闘モードへの入りをグランに告げる。

 優しげな口調と表情を消したジータは力強く城の床を踏みしめ、ランスロットと共に兵士の訓練所へと足を運ぶのだった。

 

 

 

「俺は双剣を使う。ジータ、君はどうする?」

 

「私は槍をお願いします。」

 

 訓練所についた二人は開口一番、己が武器を選択。

 刃を潰した訓練用の武器を手に持つと広い修練所の中ほどへと進む。

 

「なぁ、なんでランちゃんとジータが戦うことになってんだ?」

 

 少し国王に任務の報告があって遅れたヴェインが傍で見守るグラン達へと疑問を投げかけていた。

 

「隊を指揮する者として同行する者の実力を把握するのは当然だろう?いざとなった時誰をどう動かすかの決め手になるんだからな。」

 

 それに答えるのはセルグだ。視線はランスロットとジータから外さないものの興味は余りなさそうにしている。

 

「あ~そっかぁ。やっぱり大変なんだな。団長って…」

 

「そう思うならヴェインが助けてやれよ。大事な親友なんだろ。」

 

 セルグの何気ない一言。だが、彼にとっては重い一言だった。

 親友として、何かできないか。助けてやれないかと願っていた彼からすれば是非もない話だ。

 

「…ああ、今は一兵卒だがいつかきっと…ランちゃんと並んで歩いてみせる。」

 

 静かに闘志を見せるヴェインは、己の拳を握り占めて呟く。彼の中で大きな目標が定まった瞬間であった。

 

 

 

「強化魔法や奥義などは無しでいこう。武器をどれだけ扱えるか…そこに日々の研鑽が表れる。」

 

 ランスロットからのルールの提示にジータは静かに頷く。

 ここまでもまるでジータの緊張を解すように気さくに話しかけてきたランスロットは、戦いの前でも話しやすいお兄さんといった感じを崩さない。ジータは僅かに苛立ちを募らせていた。

 

「了解です。あの…ランスロットさん。」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「女の子だからと油断していたら痛い目を見ますよ。」

 

 だから静かにジータは闘志を燃やした。

 小さく強い言葉はランスロットの表情を一変させる。

 緊張を解すなどという気遣いは最大の侮辱だとジータの目つきが物語っていた。

 

「ッ!?なるほど…ヴェインの言うことは間違いない様だな。」

 

 強者の気配を醸し出す少女を前に、呑まれかけたランスロットは気を引き締めた。

 相対するのは格上だと思えと、自分に言い聞かせジータの一挙手一投足を観察するべく、目に力を込める。

 

「それじゃ、始めようか…」

 

「はい…」

 

 ジータは大きく息を吸った。それを徐々に吐きながらその手に持った槍を握りしめる。

 集中の途にある静寂の中、ジータはそっと息を止めた。

 

「ハッ!!」

 

 息を吐いて緩んでいた筋肉を一瞬で強張らせる。同時に、瞬息で放たれた突き。先端を柔らかい素材で加工してある槍が早さだけを威力にしてランスロットの目前に迫った。

 

「フッ!!」

 

 ランスロットはいきなり顔を狙ってきた突きにも同様を見せずに双剣の片割れで槍を逸らす。

 だが予想以上に早かった突きは狙っていた反撃を遅らせる。

 ジータが槍を180°回す。刺突によってつめた間合いで狙うのは槍の柄を利用した接近戦。

 石突きがランスロットの腹部を捉えた。

 

「グッ、やってくれる。」

 

 距離を取ろうとしていたことが功を奏し、ランスロットのダメージは比較的少ない。

 そして次の瞬間には

 

「でやぁ!」

 

 ジータの背後に回り込んでいたランスロットが双剣を振り上げていた。

 

「(早い!?)」

 

 ギリギリのところで槍でガードしたジータは思わず余りの早さに慄く。

 だが、驚きはそこまで。想定外ではあったが追いきれない早さではないと、冷静に行動を読みながらランスロットの攻撃を対処していく。

 

 

 

「うわぁ…ランスロットさん、凄い早いですね。ジータもあの攻撃を防いでるなんてすごい…」

 

 二人の攻防に観客であるルリアからは感嘆の声が上がる。

 

「っていうか、団長ともあろうヤツがジータ相手に本気になってんじゃねえってんだ!怪我とかしたらどうすんだよ、なぁ!」

 

 ビィとしては全力に見えるランスロットの動きに不満があるようだ。大人げなく怒涛の攻撃を繰り返すランスロットとそれを防ぐジータの構図にビィが小さく怒りを見せる。

 

「それは違うな、ビィ。むしろ本気を出さざるを得なかったんだろう。ジータの奴、相当気合い入ってるな。」

 

「どうしたんだろうね…ちょっとマジになり過ぎな気がするけど。」

 

 セルグとグランはむしろジータのせいだとビィを窘めた。少しだけ戦闘に気が入りすぎてることに心配の顔が見えている。

 

「あ~多分なんだけど、ランちゃんのせいじゃねえかな。」

 

「ランスロットの?」

 

「相手がジータだろ?ランちゃん別に差別的な意識があるわけじゃないんだけど、どうにも女の子には甘いと言うか弱くてな…多分女の子への気遣いって奴がジータの気に障ったんじゃないかと思う。」

 

「あぁ、なるほどな。ジータそういうところで変に負けず嫌いだからなぁ…グランといつもそんな喧嘩してたし。」

 

 ビィは思わず納得してしまう。普段は温厚で争いごとを嫌うジータだが、彼女は本来負けず嫌いだ。特にグランと競い合うときはやたらとそれが見える。

 男女の差があるのは当然、よりも、双子だから大して差が無いのが当然という想いが強いのだろう。その想いが必然的に女だからと納得することを許さなかった。

 

「少し耳が痛い話だな。オレとしては同じ理由でどっかで怒らせていないか心配になってきたよ…」

 

 これまでを想い返し、セルグが少しだけ顔を青ざめる。ぶっきらぼうなタイプの彼も実はランスロットと同様に女性には甘い。

 彼はどちらかと言えば男女の差があるのは当然派だ。ついでに言うなら子供は守られるのが当然派でもある。

 突如もたらされたジータの負けず嫌いという事実にどこかで機嫌を損ねていないかと冷や汗を流し始める。

 

「ああ…セルグもジータとかルリアには結構甘いよね。ソフィアさんにも大きめの布を渡すとかして優しかったし…」

 

「それはあの脚を隠すためな。チラチラ見てたやつがなに人の事からかってんだ。」

 

 からかい交じりのグランの言葉に鋭くセルグが反撃する。

 返されたグランは記憶の中のソフィアを思い出し顔を赤くした。

 

「ちょ、セルグ!!僕はそんな気は…っていうかジータに聞かれたらまずいからやめてくれよ。あれのせいでグランサイファーに戻ったら部屋を検分するとか言ってたんだから…」

 

「ん?えっと?なんでグランの部屋をジータが検分?何か隠してるんですか?」

 

「い、いや、なんでもないよルリア。気にしないで、ついでにその話はしないでくれると助かるかなぁ…」

 

 会話を聞いていたルリアが、純粋故に、疑問を呈するがグランに返せる言葉は無かった。ただ誤魔化すだけでグランにルリアは疑問符を浮かべるばかりではあるが彼女は本当に純粋だ。

 

「うん?ん?よくわからないけど、わかりました!」

 

 気にしないでといわれれば気にしない程に…純粋である。

 

「よかったなグラン。ルリアが子供で…」

 

「本格的に怖いからやめて…」

 

 戦っているのはジータなのに何故かグランはゲンナリとした顔で疲れを見せていた…

 

 

 

「ハァ!」

 

 連撃の中に隙を見つけたジータが鋭く突きを放つ。

 

「くっ!?(思ったよりもずっと強い…騎士団の中じゃ相手になる者はいない位に。最初の一言が無ければ、むしろやられていたかもしれん。)」

 

 ランスロットは胸中で目の前の少女の強さに驚いていた。

 手加減、気遣い。そんな余裕は全くなかった。

 いくら勢いよくせめても悉くを防がれ、少しでも隙を晒せばそこを突いてくる。

 攻めるランスロットと守るジータの攻防は全くと言っていい程に互角だった。

 唯一違うのは…

 

「はぁ、はぁ…くっ。」

 

 体力…である。

 騎士団、つまりは兵士として生きてきたランスロットは遠征や戦争。長く戦う事が常である。

 対するジータは騎空士。戦闘が基本の生活は送っていないし、長時間の戦闘の機会など数えるほどしかない。ましてや大人と子供では体力には大きな開きがある。

 ランスロットは息を切らし動きが鈍る手前のジータの様子を見て構えを解いた。

 

「これまでの様だな…もう十分だ。」

 

「な!?まだやれます。」

 

 息を切らした自分を見て構えを解かれた事にジータが難色を示す。戦闘を続行しようと声を上げるが、すでにランスロットは双剣を腰に差していた。

 

「いいや、十分に強さはわかった。本番は明日からだ。腕試しでしかないこの場でそこまでやる必要はないよ。」

 

「…わかりました。」

 

 戦意を持たない相手にはもうどうすることもできずジータは不満そうに槍を降ろす。

 納得を示さないジータにランスロットは感じた想いを素直に打ち明けた。

 

「すまなかったな…気に障ったなら謝る。別に女の子だからとバカにしていたわけではないんだ。ただ、君みたいにカワイイ子がここまで戦えることは想像できなかった。」

 

「か、かわ!?もう、女だからって弱いわけではないんです!バカにしないでください!!」

 

 さっきまでの凛々しい雰囲気はどこに行ったのか。ジータは顔を赤くしながらグラン達の下へ駆け足で戻っていく。

 そんなジータを見てランスロットは、やはり子供だな、と小さく笑みを見せて見送った。

 ふと、腕に痛みが走った。見れば少しだけ剣を握っていた手が傷ついていた。恐らく槍の柄が掠ったりでもしたのだろう。だがそれは、その痛みを忘れるほどに戦闘に没入していた証。

 ランスロットは仲良く笑い合うグラン達を見て決意を固める。

 

「(強力な援軍が舞い込んできた。ならば、あとは任務を果たすだけだ。)」

 

 力強く握った拳に、また小さく痛みが走るのを無視して、ランスロットは夜明けが来るまで落ち着かぬ夜を過ごすのだった。

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 3

 日が昇り朝日が燦々とフェードラっへを照らす。

 王都の入口に集まったのはランスロット率いるファフニール討伐隊と、それを見送りに来た人々。

 

「大国フェードラッヘの威光を示し、民の安寧を取り戻す…往くぞ!白竜騎士団の誇りにかけて、真龍ファフニールを討ち果たさん!」

 

「おおぉ!!」

 

 王都にランスロットの檄と兵士の呼応が響き渡る。

 大国フェードラッヘが誇る最強の騎士団が、真龍ファフニール討伐の為に王都を発とうとしていた。

 見送る民は激励の声を投げ、応える兵士は決意の表情を返す。同行しているグラン達も余りの民の期待に、思わず表情を固める。

 だが…

 

「はぁ……」

 

 全ての者が前を向いているこの騒ぎの中で、一人だけ視線を落とし、トボトボと歩いているものがいた。

 

「やる気でねぇ…」

 

 顔を上げた彼の表情は正に言葉通りのやる気のない顔。

 なぜこうも一人だけヒドイ顔をしているのか。発端は少し前に遡る。

 

 

 

 

 

 城の客室で朝を迎えたグランは、朝も早いうちから討伐隊の編成を聞いて皆と会議中である。

 基本的に騎士団とは別の指揮系統となる彼らは傭兵のような扱いとして、ある程度の自由が与えられた。

 騎士団の編成と指揮系統の伝達をされてグラン達は各々どこに当たるかを決めていたわけだが…

 

「はぁ!?なんでオレだけ後発部隊なんだ。」

 

 彼にしては珍しい、らしくない大きな不満の声だった。

 セルグは納得できないと言う様にグランを問い詰める。

 

「僕らはランスロット達と共に先発部隊に入って道を切り拓く役目だ。道中には当然ながら魔物が出る。執政官のイザベラさんが同行する以上、露払いには戦力が必要なんだって。」

 

「だったらオレも先発部隊でいいだろう。なんでオレだけが態々後発部隊に回る必要がある?」

 

 反論するセルグを抑えて今度はジータが前に出て答えた。

 

「イザベラさんの護衛には騎士団でも手練れを配置するらしいんですけど、団長であるランスロットさん自身は先発隊。ある程度広範囲を索敵する先発隊からはあまり人数も割けず、護衛部隊は少数になってしまうそうです。そこで私達からも彼女の護衛を回してくれないか…と。」

 

 討伐隊の編成は、先発隊と後発隊に分けられた。

 ランスロット率いる先発隊は斥候を放ち索敵をしながら道を進む。進路の安全を確保するのが目的であり、その為には強さも必要だが、何より広範囲を網羅するための人数が必要なのである。

 10人分戦える兵士は居ても、10人分の視界を網羅できるような兵士は居ないのだ。

 グラン達からも護衛を回そうと結論に至った時に真っ先に浮かんだのがセルグである。

 

「セルグが居れば仮にファフニールが飛んできたって何とかできそうだし、ヴェリウスによる情報伝達もあるからセルグが一人なのってあんまり不安じゃないんだよね。」

 

「本来であれば騎士団だけでもいいのかもしれないのですけど…協力する手前、護衛を回してもらえないかと言われては断るのも少し心苦しく…」

 

「しかしだな…オレの意見位は聞いてくれても…」

 

 己の知らないところで決められた事に不服な様子を隠せないセルグは、少しだけ不貞腐れたような表情を見せる。

 だが、グランとしてもここは譲れない理由があった。

 

「要人の警護…正直僕らには向かない。というより自信が無い。危険を察知する能力を考えても、戦える3人の中から考えたらセルグが適任なんだ、頼むよ…」

 

 グランの言葉に、セルグは言い返すことが出来なかった。

 グランとジータには護衛の任務は難しい、それは扱う武器や戦闘スタイルによるものではない。

 執政官ともなれば国を支える重要な人物だ。他国から暗殺者を仕向けられる可能性もあり得る重役なのである。ましてやイザベラは執政の一切を取り仕切るほどに、国王カールからの信頼が厚い。

 魔物だけでなくヒトによる襲撃の可能性を考えた時グランとジータでは役不足であり、組織からの襲撃を跳ね除けていたセルグであれば…と二人は考えたのだった。

 

「はぁ…あの女苦手なんだよな。あのピリピリとした感じ、絶対仲良くできない気がする…」

 

 セルグとしても真剣に頼まれては断れない。頼み込んできた二人を見てしぶしぶと言葉の中に了承の意を見せた。

 

「そこは、ほら。お得意の、女性には優しいセルグさんを演じればいいんじゃないんですかね~?」

 

 そんなセルグの様子と言葉に、どことなく…いや、明らかに棘のあるジータの言葉。予想外なジータの言葉にセルグが驚き混じりに言葉を返した。

 

「ジータ…なんだか少しトゲがある言い方だな。優しくないやつに優しくする程、オレはお人好しではないつもりなのだが…」

 

 何故だろうか、どうにもこのジータの雰囲気には勝てない…とセルグは感じる。あからさまに冷めた目でセルグをみるジータの瞳にたじろぐセルグは、昨日の怒られた記憶を思い出した。

 

「ふぅ~ん。ホントですかねぇー私はいつも女性に対して妙に優しい姿しか見ていませんが?」

 

 もはや棘しかないジータの態度にセルグは一歩後ずさる。

 今ここで対処を間違えてはきっと、この先同じような目を向けられる。そんな予感を覚え、彼はきっぱりそんなことはないと否定しようとしたがその前にジータが、柔らかな表情に戻った。

 

「ま、きっとこの騒ぎが終わった時にわかる事ですよね。セルグさんが本当に誰彼かまわず優しくする優柔不断な男のヒトかどうか。楽しみにしてますよ…それじゃ、護衛はお願いしますね。」

 

 笑顔を見せながらも棘を残して、ジータは部屋を去る。あからさまに不機嫌さを表していたジータに対しセルグは頼りになるはずであろう彼女の双子の兄へと縋った。

 

「…グラン。双子の力で何とかジータを」

 

「それじゃ、護衛は任せたよ。」

 

 何と薄情な事か。頼れるはずの団長はセルグを捨てて逃走。面倒はゴメンと言わんばかりに有無を言わさずその場から消える。

 部屋には呆然としたセルグだけが残された。

 

「…結局押し付けられたな。」

 

 妙な刺と共に、面倒な任務を押し付けられたことを自覚してため息を一つ。セルグは出立の準備を始めた。

 いい大人である彼が、不貞腐れてほんのりしょぼくれた顔をしているのはきっと仕方のないことだろう。

 

 彼は知らない…

 昨夜、客室で同室となったジータとルリア、ソフィアの間で女の子談義がされていた事を。

 彼は知らない…

 主にソフィアが顔を赤らめて何かを話し、ルリアが顔を輝かせてジータが不機嫌そうだった…らしい事を。

 

 

 

 

「はぁ…なんだかなぁ…」

 

「貴様、せめて王都を離れるまではそのだらしない顔を隠せ。我らは国を救う英雄として王都を発つのだぞ!」

 

 やる気を失っているセルグの隣にいるのは、フェードラッヘの執政官イザベラ。その衰えぬ美貌は兵士達の中でも語り草になる程の評判の執政官である。

 事実、彼女の隣にいるセルグに対し、周囲の兵士からは少々不穏な視線が向けられている。

 

「あのなぁ…一つだけはっきりさせておく。事の発端は、戦えもせずノコノコ前線に出てくるアンタのせいだからな。」

 

「なに?」

 

 呆れた視線と、僅かに怒りを乗せられた言葉にイザベラの雰囲気が変わる。

 セルグは周囲の兵士とイザベラからの視線を受け流しながら言葉を続けた。

 

「アンタが戦闘指揮でもできるようなら問題はなかっただろう。だが、所詮執政官に過ぎないアンタは内政は出来ても戦闘面は素人だ。結果、護衛は付けなければいけないし、進路にいる脅威は排除しなければならない。その為の布陣がこの、先発後発の編成だ。アンタが討伐隊にくっついてこようとしなければ素直に1編成で進むだけで良かったんだよ。」

 

「…だが、シルフ様をお救いに行くのに私が行かないわけには」

 

「それで救出の成功率を下げては意味ないと思うがな…まぁ、気持ちはわからなくはない。決まったことだしやるべきことはやる。安心しろ。オレの隣にいる限りは何が来ようと心配はいらない。星晶獣だろうがヒトだろうが龍だろうが、全てを倒し守り抜いてやるさ。」

 

 不敵な笑みを見せながら、セルグは自信満々に応えた。

 

「そうか…すまないが、よろしく頼む。」

 

「ああ。」

 

 告げられた事実とは裏腹に、セルグがやる気を見せたことにイザベラは感謝の意を込めてつぶやいた。

 

「(今参ります。シルフ様…)」

 

 見据える先はファフニールがいる慟哭の谷の奥にある龍の巣。不安と焦燥に駆られながらイザベラは渦中にいるシルフへと思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 先を行くグラン達は度々現れる魔物の対応に追われていた。

 

「ランちゃん!また魔物だ、今度は正面から!」

 

「だから、ちゃんはつけるなと!?」

 

「迎撃、任せてくれ!”アローレイン”」

 

 グランが空に向けて放った魔力矢が向かい来る魔物に降り注ぐ。

 

「見事だグラン!ハァ!!」

 

「どりゃあ!」

 

 疾走するランスロットの双剣と突撃するヴェインのハルバードが残りの魔物を片付け、グラン達は一息ついた。

 ランスロット達は周囲の警戒をしつつも被害がでていないか、確認をしている。

 

「王都をでれば魔物だらけだな…正直、護衛部隊で戦力を分けてしまっている今となっては君たちの力が心強いよ。グラン、ジータ。」

 

「へへ…すげぇだろ!コイツらは星晶獣を相手に何度も激戦をくぐり抜けてきてるからな!そんじょそこらの兵士なんかじゃ相手にならないぜぃ!」

 

「そうです!私もいつも助けられてて…本当に二人はすごいんですよ!!」

 

 誇らしげに、ビィもルリアも感心しているランスロットに同意を示す。

 

「フッ、どうやらその様だな。昨日もそうだったが、君たちを侮っていた…」

 

「あぁ、いや~僕らは正直そんなに自分のこと凄いとは思ってないから何ていうか…こう褒められると照れるね、ジータ。」

 

「そうですね…私たちとしてはバカみたいに強くて、バカみたいに窮地を何とかしちゃって、その上バカみたいに心配をかける凄い人が身近にいますから、実感がわかないというか…」

 

「…ジータ、まだ何か怒ってるの?」

 

 今朝から続く妙な不機嫌さを表すジータに、グランは訝しげに声を返した。

 

「ん?あ~そのやたらとバカみたいに凄い人とはイザベラ様の護衛に回っている…」

 

 昨日顔を合わせたもう一人を思い出しランスロットが聞くとグラン達は一様に頷いた。

 

「はい、セルグさんです。」

 

「確かにアイツ…色々とすげえよなぁ。」

 

「セルグってそんなにすごいのか?ランちゃんよりも?」

 

「強さ…という意味でなら私たちよりずっと高みにいます。性格…という意味でしたらもしかしたら同じレベルかもしれませんが…」

 

 女の子に要らぬ気遣いをするランスロットとセルグの共通点がジータの言葉に刺を含ませる。

 きっとランスロットもセルグもそうやっていろんな女性を誰彼構わず引っ掛けているに違いない…しかも無自覚で。そんな心の声が漏れ出そうなジータの言葉にグランが慌てる。

 

「ジータ!?何言っちゃってるの!?失礼だよ、主にランスロットに!!」

 

「ってオイ!グランはグランでセルグに失礼じゃねえか!」

 

「アッハッハッハ!要するに二人共スゲェんだな!」

 

 

 後発部隊のセルグ達はピリピリと緊張した空気で進んでいるというのに彼らは実に楽しそうに龍の巣に向かって歩んでいた。

 

 

 

 

 ところ変わってこちらは後発部隊。

 少なくともつまらなそうな表情は消したセルグとイザベラが隣だって歩き周囲を兵士が警戒をしながら進んでいた。

 

「執政官殿。聞いておきたいんだが?」

 

「イザベラで構わない。貴様は国の者ではないのだからな。」

 

「そうか、じゃあイザベラ。星晶獣シルフとはどんな星晶獣なんだ?」

 

「姿は少女の見た目をした可憐な星晶獣だ。だがその御力はこの国を支える根幹ともいえる。」

 

「国を支える根幹だと?一体何ができるって言うんだ…」

 

 これまでヒトに仇なす星晶獣を狩っていたセルグとしては、未だにヒトと共存し、繁栄を築く星晶獣のシルフの存在が不可解であった。

 兵器として生み出されたはずの星晶獣がヒトにどんな益をもたらせるというのか。更に国を支えるとまで言われれば疑問は尽きない。

 

「シルフ様はファフニールの力をかりることでとある”霊薬”をお作りすることができる。霊薬アルマ…不老長寿の霊薬とされ、どんな病気もたちどころに治す奇跡の万能薬だ。

 病気や怪我、身体を脅かす害悪から解放された民は生産性を高め、国を豊かにする。民が健康である事は国を豊かにする大きな要素だ。」

 

「なるほど、それで国を支える根幹だと。」

 

 正に納得のいく答え…民が健康であれば国は豊かになる。疑問が解けたセルグが小さく呟いた。

 

「シルフ様の御力で霊薬をつくり、それを民に分け与える。稀少性故に国の全てに行き渡ってるとは言えないが、シルフ様の力は…霊薬アルマはなくてはならないのだ。」

 

「この討伐隊の責務は重大だな。下手すれば国が傾く事態…というわけか。」

 

「その通りだ、ランスロットからお前たちの実力は聞いている。確実にシルフ様を御救いしてほしい…頼りにさせてもらうぞ。」

 

「…心得た。尽力はしよう。それでも、アイツ等だけで事足りるとは思うがな。」

 

 確信を持った声でセルグは返す。たかがトカゲ野郎1匹にグランとジータも加わって失敗するはずがない。

 だがそんなセルグの様子とは裏腹にイザベラの表情は曇り始めた。

 

「それが、不安要素はファフニールだけではないのだ…ファフニール復活の報を持ってきた兵士の話では、現場に一人の戦士が現れたらしい。その戦士はファフニールに全く怯えることなく兵士達にシルフ様の所在を聞いてその場を後にしたと。

 シルフ様とファフニールを知っているということは、少なくとも国外の人間ではない。更にファフニールを前に臆することのない人間など、ランスロット以外では私の知る限りで思い当たるのはたった一人だ…」

 

「誰だ、その戦士って…?」

 

「そいつは…」

 

 

 

 

「ジークフリート?」

 

 慟哭の谷へと着いた先発隊。

 グラン達はふとヴェインが放った”竜殺し”の名に強く反応したランスロットの様子に疑問を抱き、ヴェインより詳しい話を聞いていた。

 

「ああ、その昔ここ慟哭の谷周辺は今よりもずっと荒廃していた…ファフニールが暴れまわっていてな。そんな時、王都に使える忠騎士”ジークフリート”がファフニールを討伐し封印したんだ。」 

 

「一人でか!?そいつはすげぇじゃねえか!」

 

「そうだろ。それで竜殺しなんて名誉な通り名がついてな、先代のヨゼフ王にも気に入られて…遂にはジークフリートを団長にした騎士団。”黒龍騎士団”が誕生したんだ。俺たち白竜騎士団の前身さ。

 ジークフリートはそれ以後も数々の武勲を上げた。正に国の英雄なんだ。」

 

「それなら…その竜殺しの英雄がなんでこの国の一大事にどこにもいないのでしょうか?それだけすごい人ならこの討伐隊に一緒にいてもおかしくはないのでは…」

 

 ソフィアは少しだけ咎めるように、ヴェインへと尋ねる。

 それだけの英雄がいたなら今の状況など簡単に覆せるのではないかと。シルフが救出され、霊薬により人々が救えるのではないかと。

 だが、問われたヴェインは顔を俯かせた。

 

「はは…何でだろうな。俺も知りたいよ…なんであの人が今ここに居てくれないのか…ジークフリートは今、国王惨殺の罪でお尋ね者だ。行方は分からず、竜殺しの英雄は、王殺しの狂人に成り下がっちまった…ホントに笑えねえ。ランちゃんなんかは最後の最後まであの人を信じていた。誰よりもあいつが…一番裏切られた。」

 

 親友の心を代弁するように、ヴェインは痛ましい表情で語った。

 

「それがさっきのランスロットさんの豹変の原因ですか…」

 

「過去に…そんな痛ましい事件があったのですね。」

 

 ジータもソフィアもそんなヴェインの表情に悲しみを見せた。

 そこに気を張った様子でランスロットが声をかけてくる。

 

「ヴェイン、皆も。無駄話はそこまでだ…ファフニールのいる洞窟。龍の巣を見つけた…いくぞ!」

 

「了解了解!無駄話はここまでにして、皆!気をつけて進もうぜ!」

 

 空元気なのだろうか。表情を一変させて、明るく声を張るヴェインに少しだけ不自然さを感じながら、グラン達は共に龍の巣へと向かった。

 

 

 

 

 ”グルゥアアアア”

 

 響く咆哮。洞窟を揺るがすような巨体。

 龍の巣に潜入したグラン達の目の前に居るのは真龍ファフニール。

 しかしその様子を目にしたグラン達は驚きを隠せなかった。

 

「これは…まるで暴走しているようだな。」

 

 唸り声を上げ、動き回るファフニールをみてランスロットが呟いた。

 

「ランスロットさん…ファフニールは私たちの気配に勘付いて威嚇しているのでしょうか?」

 

「いや、ソフィア。あれは威嚇ではない。あれではまるで…」

 

「はい…何か、ひどく苦しんでいるように見えます。」

 

 ランスロットの言葉を引き継いで、ルリアは悲しそうに呟く。

 星晶獣の気配を察知できるルリアは目の前の真龍の声が聞こえるような気がした。

 

「でも、苦しんでいるのならある意味チャンスだ。!」

 

「そうですね…ランスロットさん、指揮を取ってください。」

 

「今ここでは騎士団の一員として戦おう。指示を頼む!」

 

 前に出たグランとジータがランスロットに指揮を任せる。二人共既にやる気十分なようだ。

 笑ってランスロットと並んだ二人に、頼もしさを覚えランスロットも気合をみなぎらせた

 

「グラン、ジータ…感謝する!

 グランは後ろより援護を。ジータとヴェインが前衛だ。俺は攪乱しながら遊撃に回る。ソフィア、回復魔法を頼む。往くぞ!必ずシルフ様をお救いするんだ!!」

 

「「「「おう(はい)!!」」」

 

 グラン達とファフニールの戦いが始まった。

 

 

 初手にジータが”デュアルインパルス”を発動。背中を押されるように早さを増したランスロットがファフニールに接近。

 

「”ヴォーゲンシュトローム”!」

 

 切りつけた双剣に纏わせた冷気が、ファフニールの体を凍りつかせその動きを鈍らせる。

 そこに追撃するのはヴェイン。魔力をハルバードへと伝え威力を底上げした斬撃がファフニールに傷をつけていく。

 

「ヴェイン!尾に気をつけろ!」

 

「ッ!?」

 

「”ファランクス”!」

 

 ランスロットの声にヴェインがハッとした時、振られた巨大な尾がヴェインに迫るも、それは光の障壁に阻まれた。

 

「ヴェインさんお気を付けを!あくまでも龍種。その巨体は動けば武器になります。」

 

「おお、助かった…って危ねぇジータ!」

 

 ヴェインの視線の先には、炎のブレスを吐き出そうとするファフニール。

 焦りの声を上げたヴェインに対し、ジータは落ち着いていた。なぜなら…

 

「”キルストリーク”!」

 

 グランの放った強力な一矢がファフニールの頭部を揺らす。

 巨体とはいえ動く生物の頭部に正確に矢を当てるグラン。そしてその援護を全く疑わないジータにヴェインは対抗心を燃やす。

 

「うひゃあ、すげえなグランも。こいつは負けてられねえぜ!ランちゃん、一丁やってやるか!!」

 

「いいだろう!続け、ヴェイン!」

 

 親友の声に滾るランスロットも応えるように走る。その後ろをヴェインが続くと、ランスロットは急加速してファフニールをすれ違いざまに刻んだ。

 走り抜けたランスロットに気を取られるファフニールを今度はヴェインが全力で切りつけていく。

 幾度となく圧倒的な早さですれ違いざまに刻んでいくランスロットとその場でファフニールを押し切るように力任せに切りつけるヴェイン。早さと力のコンビネーションがファフニールに反撃の隙を与えない。

 

「砕けろ、”ヴァイス・フリューゲル”!」

 

「一撃必殺ぅ!”レーヴェ・バイン”!」

 

 掛け声とともに加えられた一撃がファフニールを沈めた。

 

 

 

 

 

「どうだ…問題なかっただろう?」

 

「どうやら…杞憂だったようだな。」

 

 洞窟の奥へとたどり着いたセルグとイザベラ。ちょうどファフニールが倒されたところで、たどり着いた二人はお互いにそれぞれの仲間の元へと向かった。

 

「お疲れさん…問題なく倒せたようだな。むしろこっちのほうが疲れた気がするよ…」

 

「あ、セルグ。何かあったとは聞いてないんだけど…何かあったの?」

 

 特に大きな報告はなかったはずだと怪訝な表情を見せるグランは疑問を返す。

 

「そりゃあ、あんだけ本人も兵士もピリピリしてたらな。雰囲気だけで疲れるさ…」

 

「あ、あはは…その、すいませんでした。」

 

 僻易した様子で答えたセルグに、半ば無理やり押し付けたような形で護衛を任せたジータは少しだけ気まずそうに声を返す。

 

「いや、必要な措置ではあった。気にするな。そっちはどうだった?」

 

「特に大変なことはなかったかな。ファフニールは倒せたしあとはシルフを…」

 

 グランの言葉に答えるかのように、倒れたファフニールの口腔から小さな少女の姿をした星晶獣シルフが現れる。

 

「ふぅ…とても、いきぐるしかった。ありがとうヒトの子よ。感謝に堪えません。」

 

「シルフ様!よくぞご無事で!」

 

「良かった…御身がご無事で何よりです。」

 

 ランスロットとイザベラがいち早くシルフの元へと向かった。

 

「イザベラ。そなたもきてくれたのですね、ありがとう。」

 

 兵士ではなく戦えないはずのイザベラが危険を冒してまで来てくれた事実に、シルフは深く感謝を述べる。

 執政官であるイザベラは霊薬アルマの精製で、シルフとは最もコミュニケーションをとる人物であり、一番親しきヒトなのだ。

 彼女がこうしてシルフを助けに赴いた事はシルフにとっても大きな意味を持つのかもしれない。

 

「うわぁ、シルフ様蝶蝶みたいですごく綺麗です!皆さんが大好きなのも納得ですね。」

 

「本当だな…普通の女の子みたいだし、後ろの羽がなければ星晶獣とは思えない…」

 

「うん…(ルリア、星晶獣の気配する?)」

 

「(あ、はい。ちゃんと…シルフ様、ちゃんと星晶獣の気配があります。)」

 

 幼い少女にしか見えないその姿に感嘆していたグラン達は、まじまじとシルフを見つめる。

 

「貴方たちは見ない顔だけど…どうやら迷惑をかけたようですね。」

 

「そうだな…こいつらはお前のためにここまで来てくれた。感謝するのだな、シルフ。」

 

 シルフの姿に驚きを見せないセルグはシルフを促すようにグラン達へと視線を向けさせる。

 

「そなたは……欠片を宿しているのですね。そなたも来てくれたのか。ありがとう。」

 

「欠片?よくわからんが、オレは何もしてないさ。」

 

「とにかく、シルフ様が無事みたいで何よりです。」

 

「貴方は…なぜだろう、なにか特別なものをかんじます。これは親しみ?よく自分でもわからない…」

 

 ふとシルフは何かを感じルリアを見つめた。ルリアのどこかに共鳴する部分があるのか、ルリアへと歩み寄り言葉を紡ぐ。

 

「はわ!?そ、そうなんですか…よくわからないですけど、親しみなんて嬉しいです!お友達になりましょう、シルフちゃん!」

 

「友達…わかりました。興味深いです。色々とお話をしてみたいですね。帰り道の話し相手になってもらえませんか?」

 

「はい!よろしくね、シルフちゃん!」

 

「シルフ様とも友達になっちまうなんて、ルリアのやつすごいな…さぁて、運動したら腹減ったし早いとこ王都に帰ろうぜ!」

 

 

 こうしてグラン達はシルフを救出しファフニールを封印した。

 軽やかな気持ちで竜の巣を後にしようと皆が歩き出すところで、セルグは妙な気配を感じる。

 

「(…なんだ?違和感…というよりは、まるで何か危険なものが迫ってくるような奇妙な恐怖感。)」

 

「ん?どうしたんだセルグ?」

 

「いや…なんというか。妙な危機感というかだな…グラン!済まないが皆と先に戻っててくれ、少し気になることができた。何かあったらヴェリウスを飛ばす!」

 

「あ、ちょっとセルグ!もう何だって言うんだ…」

 

 洞窟を出たところでセルグはグランに告げると一人何処かへと駆け出した。

 あっという間に見えなくなってしまったセルグを追いかけることもできず、グランは首を傾げるものの、ファフニールを倒した今、セルグに危険を脅かせるものもいないだろうと、さしたる心配を見せずに仲間たちと合流した。

 

 

 

 

 王都への帰路である慟哭の谷の崖の上、黒の鎧を纏った戦士が一人、眼下を歩む一行を見ていた。

 

「手練はランスロットくらいか…ん?あれは騎士団じゃないな。雇われの騎空士といったところか…なかなかやりそうだ。」

 

 龍の巣をでてきたグラン達をみて纏う空気に興味深そうに目を細めた。

 

「一人離れたな…見たところ相当な実力者に見えたが…好都合だな。」

 

 静かに、戦士は言葉を紡いだ。決意の見えるその声音はこれからなすべきことが戦士にとって全てをかけてでもやらなければいけないものだと思わせる程に想いが乗せられていた。

 

「今、誓いを果たします。我が主よ…」

 

 戦士はその場より飛び降りる。降り立つのは王都へと向かうシルフとイザベラがいる一行の真ん中。

 大きな音を立ててその場に降り立った戦士は、顔も隠す鎧からその戦意に満ちた眼光だけを光らせて言い放つ。

 

「執政官イザベラ…ここで死んでもらおう。」

 

 

 

 

 グラン達と別れ、谷をひたはしるセルグは徐々に心に広がる不安に押しつぶされそうになっていた。

 

「なんだ…どんどんはっきりとしてくる違和感。」

 

 感じる気配に導かれるようにたどり着いたのは谷の奥。フェードラっへの最端であろう奥地だった。

 

「小さな川が流れるだけの場所だが…一体何がここに…これは!?」

 

 違和感の正体…不安の正体。セルグはソレを目にした瞬間にそう悟った。

 黒く小さな球状の物体。そこかしこに落ちているソレを手にしてセルグは呟く。

 

「禍々しい…まるで悪いものを凝縮して詰め込んだような…やたらと不安を掻き立てられる。なんだこの物体は…ヴェリウス?」

 

 ”残念ながらセルグ…どうやら、我も知らぬモノのようだ。本体の記録にもないことから、比較的新しい時代の産物のようだぞ。”

 

「そうか…!?」

 

 セルグの元に小さく、だが確かに聞こえた声。誰の声かまではわからない。発せられた言葉も分からないが、届いた声はセルグに手にしているコレとは違う不安を掻き立てた。

 

 ”セルグ!なにやら騒がしいぞ…巨大な力の気配を感じる。さっきの龍などとは比べ物にならんような。乗れ、若造!”

 

「急ぎもどる。頼む、ヴェリウス!!」

 

 ヴェリウスが巨大化しセルグをその背に乗せる。

 グラン達と合流すべく、瞬く間に空へと飛翔した。

 

 

 

 

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 4

 巨大な剣…漆黒の鎧…

 

「こいつが…」

 

「竜殺しの英雄…」

 

 グラン達の目の前に現れたのは嘗てこの国において最強の名を手にしていた戦士。

 

「ジークフリート!!」

 

 兵士の一人が大きな声を上げた。

 響いた声に意を介さずジークフリートの視線はイザベラとシルフを見据える。

 

「ふっ、シルフを餌におびき出すつもりだったが、どうやら見事に釣れたようだな。あとは…」

 

 黒の戦士はその背に背負う大剣に手をかけた。普通の剣の5倍は重そうな巨大な剣を軽々と片手で扱う様は、それだけで彼の強さを表すようである。

 

「ここで、全ての決着をつけよう。」

 

 兜の奥で揺らめく眼光が、周囲の兵士達を威圧していた。

 

 

「クッ、シルフ様、イザベラ様もお下がりください…命知らずな逆賊が!」

 

「この数を相手に勝てると思ったか!!」

 

「我ら白竜騎士団が相手だ!生きて帰れると思うなよ!」

 

 護衛の白竜騎士団が臆することなく剣を構える。

 突如現れた敵に対して混乱を見せずにこうして対応できるのは日頃の訓練の賜物か、彼らが優秀であるが故か。

 襲撃者が普通のヒトであるなら彼らはその実力を発揮して、問題なくこの場を収めることができただろう。

 

「邪魔を…」

 

 そう、普通のヒトであれば…

 

「するなぁ!!」

 

 気合とともに地面を削りながら振り抜かれた大剣によって地面が隆起する。地面を伝う衝撃はそのままジークフリートの前に群がっていた兵士たちをあっさりと打ち払った。

 兵士を倒したジークフリートは、剣と鎧の重さを全く感じさせず大きく跳躍。倒れている兵士たちを飛び越えてそのままイザベラへと向かう。

 

「くそ!?早くランスロットを呼べ!このままで」

 

 慌てて指示を出すイザベラの声が止まる。

 彼女の目の前には無骨な大剣。跳躍の勢いそのままに、ジークフリートによって振り下ろされた大剣がイザベラを真っ二つにしようとしていた。

 

 ガキンと、金属の音が鳴る…

 

「ジーク…フリートォオオオ!!」

 

 駆けつけたランスロットが横合いから双剣をぶつけイザベラを守るべく大剣を防いでいた。

 防がれたジークフリートは一先ず距離をとる。目の前で自分に激情を見せる男を確認してジークフリートは懐かしそうに小さく笑う。

 

「ランスロットか…久しいな。」

 

「助かったぞ、ランスロット!早くその逆賊を捉えるのだ!!」

 

 イザベラの命令が響くと同時に、その場にはヴェインやソフィアも駆けつけジークフリートを囲むように展開し始める。

 囲まれたジークフリートは周囲を見回してグラン達へと視線をやると、面白いものを見つけたような表情で口を開いた。

 

「どうやら騎士団以外もいるようだな。おまえたちは…騎空士か?」

 

 イフリートハルベルトを構えたジータが1歩前にでてジークフリートを見据える。

 

「そうです。貴方が竜殺しの英雄…ジークフリートですか。」

 

「ジータ…気をつけろ。さっきのあれだけでもわかる…恐ろしい強さだ。」

 

 声をかけられたグランとジータは最大限の警戒をしたまま答える。目の前の人物が放つ威圧感。星晶獣がもつような強大さを感じる覇気は、ジークフリートがそれこそ星晶獣レベルに強大な力を持ってる事を二人に告げていた。

 

「ですが、かつての英雄とはいえこの人数を相手に勝てるわけもないでしょう。大人しく観念なさい!」

 

「ああ、いくらジークフリートとはいえ、ランスロットもグラン達も居るんだ。負けるわけがねえ。ソフィアの言うとおり観念し」

 

 ”ドス”

 

 ヴェインの言葉を遮るようにジークフリートが大剣を地面に振り下ろす。無造作に振り下ろされた大剣が音を立てると、その場を沈黙が支配した。

 

「…仕方ない。無駄な戦闘は避けたかったが…」

 

 ため息一つ吐いて、ジークフリートは口を開く。

 だが、その声も視線も、動揺や諦めは微塵もない。片手で持っていた大剣にもう一方の手も添えると、彼はランスロットを正面に捉え小さく笑った。

 

「こい、久々に手合わせしてやろう。」

 

 ただ剣を持って構えただけ。ただそれだけで周りを囲んだ彼らは一瞬気圧される。

 戦力差は歴然であろうこの状況で、まるでこれから稽古でもつけてやるように落ち着いた様子で構えたジークフリート。

 余りにも動じていないその姿は、彼が英雄だった故か、それとも狂人であるからか。

 

 不敵な笑みに答えるようにランスロットは、その俊敏さを発揮して接近。いつもの冷静さを捨てるよう声を荒げながら双剣を振るった。

 

「ジークフリートォ!ここで捕らえさせてもらうぞ!」

 

「フッ、できるかな?」

 

「上等だぁ!!」

 

 剣を合わせ、至近距離で睨み合っていたランスロットが先に動く。ジークフリートの目の前から消えたかと見紛う速さで距離を取ると、周囲の岩や木を足場とし縦横無尽に動き回る。

 どこから攻めてくるかを悟らせないランスロットの俊敏な動きがジークフリートから逃げ場を奪った。

 

「(変わらないな…)」

 

 不意討ち気味なランスロットの一撃を防ぎながら、ジークフリートは胸中で呟く。

 止まる事のないランスロットの怒涛の連撃。しかしそれは、どれも致命打には至らない虚構の攻撃。

 

「(俊敏さを活かした相手を翻弄する動き、双剣による圧倒的な手数。多少力強くはなっているが昔と変わらない。視線を定めさせずに相手を撹乱する動きの中で、本命を混ぜる虚を突く戦闘スタイル…ならば決め手は決まってくる。)」

 

 戦闘で巻き起こる砂塵を前にランスロットがその姿を消す。

 だが、ジークフリートに焦りはない。剣を握る手に力を込めて大きく薙ぎ払った。

 

「本命は死角…だろ?」

 

「なっ!?」

 

 無造作で無作為な薙ぎ払いに、背後に回っていたランスロットが逆に不意を突かれる。

 顔の横にまで迫った大剣をギリギリのところで双剣で逸らすも、その体勢に次の動きは考慮されていない。

 隙だらけとなったランスロットを前に、目の前の男がそれを見逃すはずもなかった。

 

「終わりだ、ランスロット。」

 

 掲げられた大剣が振り下ろされる。

 

「ファランクス!!」

 

 声と共にジータが槍を携え割り込んだ

 ファランクスによる光の障壁と、その手に持つイフリートハルベルトが振り下ろされた大剣を防ぎ、逆に押し返す。

 

「ほう…防御障壁に、槍での防御。どちらか片方ではランスロットは斬られていただろうな。いい慧眼だ…」

 

 割り込んだジータに対し、感心したようにジークフリートは呟いた。

 

「痛ぅ、ファランクスを挟んでこの衝撃。なんて規格外な…グラン、援護を!行きますよヴェインさん!」

 

「すげぇなジータ…俺も負けてらんねぇ!」

 

 目の前でランスロットがやられそうなところを臆することなく割り込んだジータにヴェインが嘆息していた。だがすぐに気圧されていた己を奮起させる。

 ジータとヴェインが並んでジークフリートへと走り出す。

 対するジークフリートは向かいくる二人の戦力を分析しながら剣を構えると、視界の隅で何かが閃いたのを察知した。

 ジータとヴェインの間を光条が奔る。グランが放った”キルストリーク”が狙い違わずジークフリートの胸部へ向けて放たれていた。

 

「ッ!?」

 

 思わず構えていた大剣で防御したジークフリートは、意識外からの攻撃に僅かに驚き、息を呑んだ。

 

「(なんて、衝撃だ…嘗て戦ったファフニールといい勝負だな。)」

 

 腕に伝わる衝撃に、ジークフリートはグランへの警戒を強める。更に目の前には自分の一撃を防いだ少女の姿。

 目の前の光景にジークフリートは意識せず、笑みをこぼしてしまう。

 

「(おもしろい…そのチカラ、見せてもらおうか!)」

 

 迎撃態勢を整えたジークフリートがジータとヴェインとぶつかり合う。

 

「はぁああ!」

 

「おりゃああ!!」

 

 突き出された槍を手甲で逸らし、振るわれたハルバードを大剣で防いだ。

 だがそれだけでは終わらない。

 

「まだまだ!!」

 

 そのまま二人は連携を取りながら攻撃を続ける。ヴェインが大振りの攻撃で押し、ジータが狙い澄ますように隙を突いていく。

 防戦一方となったジークフリートは、その最中で冷静に戦闘分析を行っていた。

 

「(自身の攻撃と武器の重さを上手く組み合わせた相乗攻撃。欠点はやや力任せな動きが多く、隙ができやすい…少女は我流か。それでこれだけ緻密な攻めができると言うことは裏付けされるだけの戦闘経験があるのか。だがやはり少女の槍…欠点は、一撃が決定打にはならないと言う事だ!)」

 

 戦力分析を終えたジークフリートが躍動する。突き出されたジータの槍を鎧で上手く防ぎきるとジータの腕を掴みあげた。

 

「な、しまっキャア!?」

 

「ジータ!?」

 

「よそ見していて良いのか?」

 

 放り投げられたジータに気を取られヴェインの意識がジークフリートから逸れてしまう。

 振りかぶられた大剣がヴェインを襲うところを

 

「二人に気を取られ過ぎだ!!」

 

「何!?」

 

 頭上から聞こえた声にジークフリートが驚く。

 見上げた先には空中で逆さまになって射抜く姿勢を見せるグラン。

 構えられたディアボロスボウの先端には大きな魔力が集中していた。

 

「アローレイン!!」

 

 その名の如き驟雨の魔力矢が放たれる。

 1本1本の威力はそこまで高くない矢は鎧を貫くことは無いものの衝撃は別だ。数多の矢がもたらす衝撃はジークフリートを射止めるようにその場に押さえつけた。

 

「助かった、グラン。」

 

「お礼は良いから次いくよ!」

 

 アローレインの砂塵に紛れてランスロットが突撃、今度はヴェインとグランも続いて、再度ぶつかり合う両者。

 

 

「(見事だな…味方の隙を埋める洞察力、弓を持っていながらある程度接近することで自らの脅威度を上げてこちらへの牽制もかけているな…最初の一撃の印象も大きい。下手すれば一撃必殺になる攻撃を持っていては意識せざるを得ない。あの少女といい、この少年と言い厄介な事この上ない…か。この状況にランスロットも息を吹き返してきたな。仕方あるまい…)」

 

 何かの覚悟を決めたジークフリートが身構える。その小さな雰囲気の変化に気付かずにグラン達はそのまま攻撃を継続しようとした。

 

「少々不恰好にはなるが許してもらおうか!」

 

 瞬間、ジークフリートはまずヴェインへと向かった。

 これまで受け身であったジークフリートが一転して攻勢に出た事に虚を突かれ、ヴェインはジークフリートを懐に迎え入れてしまう。

 

「まず一人!!」

 

 慌てて振ったハルバードは空を切り、ヴェインは頭部を掴まれ地面に叩きつけられた。

 呻くことすらできずにヴェインは沈黙。ジークフリートはそんなヴェインに一瞥もくれず次なるターゲットに向かう。

 視線の先は弓を構えるグラン。

 

「”深淵の淀み”!」

 

 接近させるものかと迎え撃つグランが奥義を放つ。

 圧縮された闇の魔力がジークフリートの頭上に振り注ぐもジークフリートは気合い一閃。

 

「”ウーヴェ”!!」

 

 大地の力を纏う大剣で相殺してみせる。奥義を難なく防がれた想定外の事態にグランが目を見開くのをそのままに、ジークフリートは奥義後のグランに接近。

 

「グ、ガ…」

 

 隙だらけの身体に強烈なボディーブローを入れてグランを沈めた。

 

「これで、二人だ…」

 

 残ったジータとランスロットを見据えるジークフリートの目が鋭く光る。

 互角に戦っていた戦況を僅か数秒で覆した目の前の戦鬼に、畏怖の念を抱かずにはいられない。ジータが俄かに後ずさり、ランスロットが怒りに震えて唇を噛む。

 

「目の前の状況に目を奪われるのはお前の悪い癖だ、ランスロット。この状況は俺が受け身である事に疑問を抱かずに戦っていた、指揮官であるお前の失態だ。激情に駆られ俺と剣を交える前に、統率を取り、状況を見極めるのが最優先だったはずだ。」

 

「クッ、ふざけるな!何をエラそうに!!」

 

 図星を突かれたからか、声を荒げランスロットは再度ジークフリートへと向かう。

 だが感情に任せた大振りな一撃は難なく見切られ致命的な隙を晒してしまうのだった。

 

「少し、寝ていろ…」

 

 胸元を掴まれたランスロットは成す術なくジークフリートによってその身を地面に叩きつけられる。

 辛うじて意識は失わなかったものの、その衝撃は内臓を暴れさせ、肺を圧迫し、呼吸を止めさせた。

 動けなくなったランスロットを視界から外し、ジークフリートはイザベラとシルフへと視線を向ける。

 残った障害はジータのみ。毅然と槍を構えるジータに向かい、ジークフリートはゆっくりと歩みを進めた。

 

「クッ”デュアルインパルス”!!」

 

 自らに速度強化を掛けジータが駆け出した。力が足りないのなら手数で補う。幸いにも防御能力の高いホーリーセイバーである自分なら時間稼ぎ位は出来るだろうと見越してジータは全力で立ち向かう。

 だが、それですら…ジークフリートにとっては子供の児戯に過ぎない。

 

「確かに早いが…武器を抑えてしまえば何もできまい。」

 

「な…」

 

 振るわれた槍は柄の部分を握られ、動きを止められる。抗う術を失ったジータもそのまま頭部を掴まれ地面に叩きつけられた。

 ヴェイン同様、呻き声すら上げられずにジータも沈黙の途に就く。

 

「くっ、こんな…バカな。あれだけの戦力が居てなぜ…」

 

「下がってください、イザベラさん。及ばずながら私が時間稼ぎをします。早くお逃げください!」

 

 杖をもって立ちはだかるソフィアがイザベラに逃げるように促すも、彼女は既に動く気力を失ったように呆然としていた。

 小さく息を呑んだソフィアは覚悟を決めて、前に走り出す。

 

「シルフ様、イザベラさんをお願いします!」

 

 所詮は只の僧侶である彼女に戦闘能力と言うものはほぼ皆無である。できるのは光属性の弱い攻撃魔法程度。

 接近されてあえなく放り投げられたソフィアは岩壁に叩きつけられて意識を失った。

 

 

 守る者がいなくなったイザベラ。

 最後にそのジークフリートの前に立ちはだかったのはルリアだった。

 

「俺の前に立ったその勇気だけは買うが、それは無謀にも程があるぞ。どけ、蒼い娘。罪なき者を斬るつもりはない…」

 

「行かせません…私のチカラで貴方を止めて見せます!」

 

 決意の瞳と共にルリアは両手を目の前にかざす。解放するは己に潜む忌まわしきチカラ。

 セルグからは無闇に使ってはいけないと言われていたチカラを今、最後の手段としてルリアは行使しようとした。

 

「遅い!」

 

「あ!?きゃああ!!」

 

 対するジークフリートは、翳された両手を掴みルリアを放り投げた。

 ソフィアと同様に岩壁へと向かうルリアは目を瞑る。だが、いつまでたっても来ない衝撃に恐る恐る目を開けると、ルリアは宙に浮いていた。

 

「ヴェリウス…さん?」

 

「さすがに、これは予想外だったな…」

 

 横からルリアをかっさらう様に救い出したのは大きくなった黒鳥ヴェリウス。

 そしてジークフリートの背後からは強烈な殺気。

 

「そう言えば、別行動だったか…」

 

 残念そうな、嬉しそうな…そんな奇妙な声でジークフリートは背後の存在に声を掛ける。

 彼の中で最大限に警戒していた人物の登場は、強者と戦ってみたいと思う戦士としての本能を、己が目的を果たす為にできれば相対したくはなかったと思う、国を守る騎士としての忠義を同時に刺激する。

 

「できれば、君とは戦わずに済ませたかったのだがな…」

 

「そいつは良かった。それなら心置きなく殺してやる。」

 

 そこには怒りに震える修羅がいた…

 

 

 

 力なく地面に横たわるジータを見た。

 

 ”お前のせいだ”

 

 うつ伏せに倒れているグランを見た。

 

 ”なぜ皆と離れた”

 

 岩肌に横たわるソフィア。頭部から血を流し、倒れているヴェイン。這いながらジークフリートに手を伸ばそうとするランスロット。

 

 ”お前が一緒に居ればこうはならなかっただろう”

 

 濃密な殺気が周囲に満ちていく。向けられれば死を連想する程にそれは明確にジークフリートだけに向かって放たれた怒り。

 

 ”この光景は全部お前のせいじゃないか”

 

 逃れようのない目の前の現実が、彼の心を蝕んだ…

 

 

「よくも好き勝手に傷つけてくれたなぁ!!」

 

 落雷の如き光の奔流。セルグの叫びに呼応して天ノ羽斬は全開解放。際限無く溢れる光の力がジークフリートの目を焼いた。

 

「く、化け物め…」

 

 僅かに慄いてジークフリートは後退する。

 未だ嘗て味わった事のない殺気。

 同族であるヒトに対してこれだけの殺気を放てるヒトが果たしてこの世界にいるのだろうかと、ジークフリートは意味のない考えを浮かべて自嘲した。

 

「こうなっては仕方ないか…全力でいかなくてはならないだろうな。」

 

 呟きと共にジークフリートは開いていた兜のフェイスアーマーを閉じた。僅かに肌の露出が減っただけでこの行為自体はほとんど防御力の面では影響がないだろう。これは彼にとって意識を切り替える為の儀式にすぎない。

 まだ幼さの残るグランとジータ。知己の存在であるランスロットやヴェイン。ソフィアにしろルリアにしろ彼にとってはまだ手心を加えられる相手だった。

 だが、目の前の男は違う。視認できそうなほどの殺気を纏う目の前の修羅に対し、これまでの気構えでは足りないと感じたジークフリートは全神経を研ぎ澄ます。

 命を奪い合うことになるだろう戦いを前に全ての雑念を捨てた。

 

 睨みあう両者。

 吹き荒れるセルグの殺気と、巻き上がるジークフリートの闘志が空間を支配する。

 僅かにもたらされた静寂の中、不意に鞘に収まった天ノ羽斬がカチャリと小さく音を鳴らした。

 

「おおお!」

 

「でゃあ!」

 

 次の瞬間には二人がぶつかり合う。

 折れぬ刀身で巨大な大剣を迎え撃ったセルグは重さの違いをものともせずに鍔迫り合う。

 ガリガリと音を鳴らし競り合ったまま二人はすれ違うも、すぐさまセルグは次の行動に移る。

 

「多刃”絶”」

 

 振り向きざまの見えない剣閃。それがもたらす数多の斬撃が間合いを超えてジークフリートに放たれる。

 

「(何!?)」

 

 ジークフリートは驚きながらも大きく跳躍。放たれた光の斬撃を飛び越えセルグに向けて大剣を落とす。

 落下の勢い。自身と大剣の重さを加えた振りおろし。セルグが回避を選んだところを、地面を奔る”ウーヴェ”で追撃するつもりだったジークフリートはセルグをみてまたもや目を見開いた。

 刀身に宿る光の収束。跳躍した勢いそのままにセルグは大剣を迎え撃つ様に天ノ羽斬を振り抜いた。

 

「光破!」

 

 ぶつかり合う刀と大剣で周囲に衝撃が走る。

 痺れる腕を無視して地面に降り立った二人はさらに剣戟をぶつけあった。

 

「(身のこなしはランスロットと同等か…だがあの細身の剣でこちらと互角にまで持ち込めるのは恐らく武器に乗せられたチカラの練度の違いだろう…恐ろしい程に強いチカラを乗せている。狙うなら…)」

 

「(巨大な剣でオレの剣閃にまともについてくる…どんな腕力してんだ。鎧の重さ、剣の重さを考えると、まともにもらったら一撃で落ちるか。狙うは…)」

 

 互いに打ち合いながら二人は思考を回す。どちらも既に思考は相手をいかに倒すかだけに向けられていた。

 

「(防ぎきってのカウンター!)」

 

「(攻め続けて、隙をつくり出す!)」

 

 先に動いたのはセルグだった。

 攻防の中から背後に回り込んでの一閃。躊躇なく鎧が守りきれない首へと向けられた剣閃をジークフリートは屈んで躱すと、振り抜いた姿勢のセルグへ振り向きざまに薙ぎ払いの一閃。

 ヒトの身を簡単に上下に断つだけの勢いをもった薙ぎ払い。身に迫る剣に対しセルグは大剣の腹に身体を転がして曲芸じみた動きで躱した。

 

「ふ、まるで猿だな。随分と面白い動きをする。」

 

「そっちは力だけのゴリラか?剣の振りが力任せすぎる。」

 

 互いに小さく笑いながら再度攻防を続ける二人は、言い合いながらも攻撃を緩めることはない。

 数秒か、数分か、数十分か。本人たちも、見ている者もわからなくなるくらい永い剣戟が続く。

 一度距離を取った二人は、睨みあいながらも戦闘思考を回す。

 

「(体格的に長丁場は不利…勝負をかけるか。)」

 

「(鎧と剣の重さを考えれば消耗が激しいこちらの方が長期戦は不利だな。ここらで勝負にでるか。)」

 

 奇しくも二人は同時に…同様に勝負に出る。

 セルグの剣閃が早さを増した。的確に鎧の隙間の関節部を狙う剣戟をジークフリートは全力で防いでいく。

 徐々に押されながらも、ジークフリートは確実なタイミングを計るべくセルグを見続けていた。

 そして…

 

「(大振りになった…ここだ!)」

 

「(態勢が崩れた…もらった!)」

 

 一際強い一閃。セルグの一撃をジークフリートは防ぎきって反撃を狙い、セルグは防いだジークフリートに隙を見つけ勝負を決めに行く。

 

「シュヴァルツファング!!」

 

「絶刀招来天ノ羽斬!!」

 

 互いに放つ強力無比な一撃は全くの互角のまま二人の間ではじけた。

 全力を出し切った一撃で二人は綺麗に弾かれあう。

 

「くっ、しまった!?」

 

「フッ、丁度いい。」

 

 弾かれた二人はそのまま深い谷へとその身を投げ出す形となった。

 

「セルグさん!!」

 

「ルリア!必ず戻るから先に帰ってろと伝えてくれ!!」

 

「そんな!?セルグさん!!」

 

 ルリアが慌てる声を聞いて、セルグは安心させるように手を振りながらジークフリートと深い谷の底へと落下していった。

 

 

 

 

 

「うぅ…大丈夫でしょうか。セルグさん…」

 

 谷底を覗き見ながらルリアは心配そうに声を上げた。

 底は太陽の光が届かないほどに深く、落ちたセルグの姿は確認できない。

 

「ルリア、セルグなら大丈夫だよ。谷に落ちたくらいじゃ彼は死なない。」

 

「そうですよ、ルリア。ヴェリウスもルリアを置いてから追いかけていったんでしょう?もしセルグさんが大変なことになっていたらきっとヴェリウスが銜えて連れてきてるはずですよ。」

 

「で、でもぉ…」

 

 目を覚ましたグランとジータが励ますもルリアの表情は優れない。

 目の前で落ちていくセルグに手を伸ばすことすらできなかった。彼女が手を伸ばしたところで結果は変わらなかっただろうが、何もできなかったルリアは何を言われてもしばらく笑えない気がしていた。

 

「安心してくださいルリアちゃん。完全に死んでさえいなければ私の魔法で治癒はできます。流石に、死なれてしまっては厳しいですが…治療態勢は万全です。」

 

「ソ、ソフィアさん!!不謹慎です!!死なれてしまっては、とか言わないでください!!」

 

 不穏な言葉に思わずルリアはソフィアへと当たってしまう。

 

「ルリア!ソフィアさんは…」

 

 折角励ましていたソフィアに当たるルリアを窘めようとするグラン。だが、当の本人がそれを止める。

 ルリアに視線を合わせたソフィアは真剣な表情でルリアに向けて口を開いた。

 

「いえ、グランさん。今のは心無い発言をした私が悪いです。ルリアちゃん、言い直しますね。例え死んでいても、私が必ず蘇生させて見せます。だから安心してください。」

 

「え、…言い直すのそっち?」

 

 新たに出た不穏な発言にグランが聞き返す。言い直すと聞いて予想したのはセルグの状態についての言及だと思ったが彼女は予想の斜め上を言った。

 訂正したのは死なれていては厳しいの部分。そして今の発言が正しければ彼女は死んだ者を蘇生できると言うのだ。

 

「はい、ゼエン教に伝わる魔法には蘇生魔法も有りますから…本当は倫理に反する部分もあってなかなか難しい所ですけど、いざとなればその手段を取ります。」

 

 静かに、だが力強く言葉を発するソフィアの表情に嘘は見られない。それは彼女の言葉が本当の事であることをグラン達に認識させた。

 

「ゼエン教って…凄いんだね。」

 

「そうだね…」

 

 驚くべきソフィアの力にグラン達は言葉が出なかった。

 

 

 

 既に騎士団の者達も目を覚まし、王都へと帰還するべく一行は動き出す。

 予想外な出来事はあったが、犠牲者もなくこのまま帰還を果たせることに周りの騎士団員たちからは笑顔がこぼれていた。

 

 

「(なぜ…全力で戦ってこなかった…)」

 

 だが、その先頭を歩く彼の表情は暗い。

 

「(セルグとジークフリートの戦い…完全に別次元の戦いだった。だが…ならば何故、俺たちには手を抜いていた…?)」

 

 思い出すのは蚊帳の外にされて目の前で見せつけられた戦い。身体はもう動ける状態に回復していた。だが、その戦いに目を奪われてしまっていた。

 

「(あれ程の力を持ちながら…何故国を裏切ったんだ…ジークフリートさん)」

 

「ランちゃん?どうしたんだ暗い顔して…」

 

「ヴェイン!?いや、なんでもない。ちょっと負けたことがショックだっただけだ。」

 

「あぁ…確かにな。囲んだ時にグラン達もいるから負けるわけは無い、なんて言ってた自分が恥ずかしいぜ。まぁでも、一先ずは皆無事なんだし、団長であるランちゃんがそんな顔じゃ皆不安になっちまうだろ。ほら!笑って帰ろうぜ!!」

 

 隣で元気づけてくれる親友を見てランスロットにも笑顔が戻る。

 この親友は必要な時にいつも自分を助けてくれる…確かな感謝を覚え,顔を上げたランスロットは王都へ向かって歩き出した。

 

「(きっと…何か理由があった…俺たちが知らない何かが。)」

 

 その胸に小さな疑念を抱いたまま…

 

 

 

 

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 5

 深い谷の底へと落ちていく。

 逃れられぬ重力に引かれ、徐々に勢いを増しながら落下するセルグとジークフリートは眼下に近づいてきた地面を確認した。

 

「さて、このままじゃ死ぬな…」

 

 これだけの高さから落ちれば死ぬ。誰もがわかる図式により死が目の前に迫ってると言うのに、その状況に全く焦りを見せてないセルグは、腰に差していた剣を抜き放つ。

 

「せぇ~のっ!!」

 

 次の瞬間、セルグは高速で過ぎ行く岩壁へと剣を突き刺した。

 ガリガリと岩肌を削り減速を掛けたセルグは、ある程度速度を抑えたところで近付いてきた地面に向けて身を投げ出す。

 足、膝、腰、背中、肩。全身でくまなく衝撃を吸収し、セルグは見事に着地する。

 

「ふぅ…久しぶりだったができるもんだな。アイツに咥えられて落とされて以来か…」

 

 着地の成功に安堵しながらセルグが一人呟いていると、ガシャガシャと大きな音を立てて、僅かに傾いている岩壁の傾斜をジークフリートが転がり落ちてきた。

 

「…いくら全身を覆う鎧だからってもう少しスマートに降りてこれないのか…まぁ衝撃分散の手としては間違っちゃいないが。」

 

 目の前に転がり降りてきた戦士を前に、呆れたようにセルグは声を掛けた。確かに重たい鎧を身に纏ってはいくら間接で衝撃を吸収しようと限度はある。

 全身を覆う鎧だからこそできる、岩肌を転がり降りてくるという芸当は、不恰好ではあるが勢いを殺しながら降りる方法として理に適っている…不恰好ではあるが。

 

「生憎と、この鎧は丈夫なものでな。こっちの方が危険性はずっと少ない。」

 

「そうかい、それじゃ…2回戦だ!」

 

 言い終わる前にセルグが接近。立ち上がったジークフリートへとその手にもつ天ノ羽斬を振るおうとした。

 だが、セルグの斬撃が迫る前に、ジークフリートは手に持っていた大剣を手放す。俊足で接近していたセルグは目の前に放られた大剣に虚を突かれて動きを止めてしまう。

 致命的な隙を晒したと、己が失敗を自覚したセルグが、ジークフリートの攻撃に備えようとしたが、ジークフリートにその気配はなくセルグは呆気にとられた。

 

「何の…つもりだ?」

 

 両手を上げ、戦意を消したジークフリートが、セルグの前に立っていた…

 

「俺にとって、君との死闘は何の意味も無い。正に私闘だ…君の大切な仲間達を傷つけたことについては謝罪しよう。だが、この国を正すために成さねばならぬことだった。

 頼む、俺の話を聞いて欲しい…」

 

 戦闘の放棄に続き、話し合いを求めようとするジークフリートは兜を外して素顔を見せた。武器を手放し、兜を外す…それは紛れもなく、戦闘行為をしないことの証だろう。

 そんなジークフリートの言葉はセルグを苛立たせた。大事な仲間を傷つけられて許せるはずがない、戦えるグランやジータだけでなくルリアにまで手をかけようとしていたジークフリートに情けなど皆無だと天ノ羽斬を向ける。

 

「あれだけの惨状をつくっておいて許してもらえると思っているのか?お前は、ルリアにまで手を上げた。話し合いの余地は」

 

 ”まて、若造。”

 

「ヴェリウス…?」

 

 怒りの収まらないセルグを、降りてきたヴェリウスが止める。

 自分の怒りの程を知っているこの相棒が、止めて来るとは思っていなかったセルグは、怪訝な表情と共にヴェリウスの次の言葉を待った。

 

 ”上にいる、お主の仲間達は無事だ。比較的軽傷な者ばかりであった…どうやらそやつは、最小限の攻撃に留めていたようだぞ。”

 

「何だと……?」

 

 ”既に目を覚まし、お主の言伝通り、王都に向かっておる。恐らくは、あの僧侶の娘の魔法で問題なく治療は施されているだろう。”

 

「そう…か。良かった、無事だったか…」

 

 セルグはヴェリウスの報告に静かに一息ついた。

 皆が倒れてる光景に視界が赤く染まったかのように怒りが振り切れてしまった。その怒りは、皆の無事の報であっさりと萎んでいく。

 だが、怒りは消えてもジークフリートに向ける視線の鋭さは変わらない。睨み付けながら再度セルグは問いかけた。

 

「…どういうつもりだ?何が目的だ…」

 

 王殺しの狂人と呼ばれたジークフリート。だがセルグは戦闘を経て、ジークフリートが狂人等ではないのは理解していた。冷静な思考をもって的確にセルグの隙を伺いながら戦っていたジークフリートは、怒りに狂う自分よりもよほど理性的だっただろうと。

 だがそうならばジークフリートがあの場で凶行を働く理由がわからない。

 王殺しの狂人と呼ばれた嘗ての英雄が、手心を加えた…浮かび上がる疑念がセルグにその場での報復を止めさせる。

 

「言い訳はしない。己が目的の為に君の仲間達を攻撃したのは確かだ。だが、あの場でイザベラとシルフを葬るためには障害は排除する必要があった。」

 

「イザベラとシルフの抹殺だと?あいつらはこの国を支える根幹のはずだ。国王を殺し、今度は国の転覆でも狙うつもりか?目的が見えないな…まずはお前が知る事全てを話してもらおう。判断はその後だ。」

 

「いいだろう……すべては数年前、先王ヨゼフ様が亡くなった日に端を発する。」

 

 

 怒りを収め、セルグはジークフリートが語る全てを聞くべく耳を傾ける。

 つまらない理由であれば殺すとまで考えていたセルグは、話を聞くにつれ表情を驚愕に染めていく。

 

 ジークフリートが語るのはフェードラッヘが抱える大きな闇だった…

 

 

 

 王都に帰還したグラン達は、国民の歓迎を受けながら城へと向かい、報告の為謁見の間に赴いていた。

 

「皆の者、無事に任務を果たし、よくぞ無事に戻った…感謝しよう。シルフ様もご無事で何よりです。」

 

 恰幅の良い国王カールの労いの言葉が、帰還したファフニール討伐隊の面々に送られた。

 

「感謝する、国王。イザベラも皆も、ありがとう。」

 

 無事に救出されたシルフも、その感情の見せない希薄な表情の中に精一杯の気持ちを表して感謝を述べた。

 繁栄の象徴ともいえるシルフのその愛らしい姿をまた見れたことに、その場で騎士団からは喜びと歓声の声が上がる。

 だが、騎士団の後ろに控えていたグランは素直に喜びを表せなかった。

 すぐに戻る…いつものパターンではあるが、今ここにいない彼のこの言葉ほど信用できないものは無い…と、彼は改めて実感していた。

 その気になればヴェリウスに乗って正に飛んでこれる。グラン達が戻る前に王都に戻ってきていてもおかしくは無いはずのセルグが未だ帰還していない事に、グランの心配の種は尽きなかった。

 

「ささやかではあるが祝宴を用意した。騎士団も、協力してくれた騎空士の皆にソフィア嬢も存分に楽しんでいってくれ。」

 

「ひゃっほう~!飯だ飯だ。食べるぞ~」

 

「わぁい!おいしそうなのがいっぱいです!」

 

 御馳走があると聞いて、目の色を変えて喜ぶのはヴェインとルリア。

 慟哭の谷での心配そうな顔はどこへ行ったと、目の色を変えて喜ぶルリアにグランは胸中でツッコミをいれる。流石は大星晶獣の力をも平らげてしまう腹ペコ娘だ。食欲より優先されるものは無いのだろうか…ビィと共に祝宴へと駆け出した二人に、お世話係、”ファランクスジータ”が立ちはだかった。

 

「ルリア、ちゃんとゆっくり食べなきゃダメですよ。あ、ビィも!たくさんあるんだから落ち着いて食べなさい!」

 

「はぁ…」

 

 呑気なものだとため息一つ。グランは祝宴へと向かった彼女等を見つめた。

 

「グランさん…やっぱりセルグさんが心配ですか?」

 

 これ見よがしなため息は隣にいたソフィアに聞こえていたようでグランを心配そうにのぞきこんでくる。

 

「あ、ソフィア。うん…結局帰ってこなかったからさ…ヴェリウスが居れば追い付くのは簡単なはずなんだ。戻ってこないのは何かがあったからとしか思えない。」

 

「そうですね…ジークフリートと一緒に落ちていったことを考えると、あの後そのまま戦っていてもおかしくは無いです。心配の種は尽きません。

 そのジークフリートも、一体何故あの場に出てきたのか…」

 

「そうなんだ。彼の目的もわからない。シルフを助けることはできたけど、正直素直に喜ぶことはできないかな。」

 

 周りのお祝いムードの中、不安の種が尽きない二人はそろってため息を吐いていた。

 

 

 浮かない顔は何もグランとソフィアだけではない。

 

「はぁ…」

 

 グラス片手に憂いの表情を浮かべているのは今回の立役者でもあるランスロットだ。

 真龍ファフニールに止めをさし、間一髪のところでイザベラをジークフリートの凶刃から守った。正に英雄と讃えられるだけの働きをしたと言っても過言ではない彼も、何故かこの場で暗い表情をしていた。

 

「ランスロット…」

 

「あ、イザベラ様。」

 

「やはり気になるか…ジークフリートが。」

 

 あっさりと読み取られた思考にランスロットは隠すことは無駄だと悟る。

 

「……はい。」

 

「ランスロットの気持ちもわからなくはない。奴の急襲には肝を冷やした…だが今やあやつは逆賊。奴に味方する者はこの国にはいない。何故今になって現れたのは不明だが、何ができるわけでもないだろう…あまり気に病むな。心配であればお前が次こそ止めをさせ。いいな?」

 

 今更ジークフリートにできる事など何もないと、イザベラは断じるが、ランスロットにはそうは思えなかった。

 一人で戦い自分達を圧倒して見せたジークフリート。

 セルグが居なければ、イザベラもシルフもきっと手にかけられていただろうし、こうして無事に戻ってはこれなかっただろうと…ましてや今の自分にジークフリートを倒すことが出来るのか。考えられる可能性を見据えてランスロットの不安は消えるどころか、むしろ増した。

 

「はい…お気遣い、ありがとうございます。」

 

 頭に浮かんだ反論は表に出さないもののランスロットの表情から憂いは消えないままだった…

 

「白竜騎士団団長として皆を労ってやれ…特に、彼らには助けてもらっただろう。一人戻ってきてないものもいるが…奴は実質シルフ様救出には貢献していないからまぁ良いだろう。」

 

「い、イザベラ様…なぜ、そのような冷たいことを…?」

 

 今ここにいないのは一人しかいない。騎士団は全員無事に帰ってきたし、祝宴を欠席している者もいないはずだ。

 すぐに思い当たる人物を察してランスロットはイザベラの態度に疑問を呈する。

 

「この私を守る約束を反故にしたのだ…いつの間にかどこかへいなくなっていたしな…ランスロットが来なければ私は今頃、慟哭の谷で魔物共のエサにでもなっていただろう。任務を全うできなかった者に労いなど不要だ。」

 

 なにか間違っているかとでもいいたそうなイザベラの表情に、ランスロットは胸中でセルグに問いかける。

 

「(セルグ…君はイザベラ様に何かしたのか?)」

 

 普段なら、働きに対する労いを重んじるイザベラが見せる態度に、ランスロットはまた別の意味でも頭を悩ますことになる。

 

 

 

 

 

 宴もたけなわといった頃、散々に食べて満足そうなルリアが、ふと何かを感じた。

 何処か遠くから聞こえる声の様な…感じるままに王都の外へと視線を向ける。

 

「ん~?なんでしょう…?なにか」

 

「ルリア、そなたも感じたか?魔物たちが…騒いでいる。」

 

「シルフちゃん!?魔物たちが騒いでいるって…?」

 

 隣で同様に何かを感じ取っていたシルフの言葉にルリアが疑問符を浮かべた瞬間、祝宴の場に大きな声が響き渡った。

 

「大変です!王都周辺に魔物の軍勢が出現!次々と王都に向かい攻め寄せてきております!!」

 

 入口には息を切らせた兵士が慌てて国王の下へと向かうのが見える。

 騒がしい祝宴の会場を静かにする突然の報に、お祝いムードが一転し緊急事態を告げる緊迫した空気に変わった。

 

「バカな!?魔物が何故、軍勢ともいえる規模で…組織立って動いてきているというのか…騎士団の対応はどうなっている?」

 

 ランスロットがすぐに詳しく報告を聞こうと兵士に詰め寄った。報告にきた兵士は止まることなくはっきりと報告を続ける。

 

「突然の襲来の為、各自で個別に展開しておりますが数が多すぎて対処が間に合っておりません。帰還したばかりの皆様には恐縮ですが…」

 

「そんな気遣いはいらん!ヴェイン、出るぞ!グラン、ジータ、ソフィア。今一度力を貸してほしい…騎士団はすぐに戦闘準備を取れ!状況が分からん。ここにいる者はまず住民の安全確保に動け!状況にあわせ各々で必要な対応をしろ。」

 

 余計な気遣いをする兵士を一喝してランスロットはその場で指示を下す。

 先ほどの憂いを帯びた表情を消して強く指示をだすその姿は、団長に相応しい威厳と自信に満ち溢れていた。

 

「ヴェイン、グラン、ジータ!俺たちは押し寄せる魔物に対応する。急いで王都を出て迎撃に向かうぞ!」

 

 頼りになる仲間達を見渡して、ランスロットは行動を打ち出した。

 戦闘力の高いメンバーで押し寄せる魔物を迎撃し、時間を稼いで王都の安全を確保する。

 

「よっしゃあ!任せてくれランちゃん!」

 

「当然だ!ジータ、行くよ!」

 

「任せて下さい、防衛線ともなれば私の出番です!」

 

「私は怪我人の治療に当たります。行きましょう!」

 

 指示の奥まで読み取り、仲間達は迷うことなく頷いた。各々がその手に武器を持ち、戦闘へ意識を切り替える。

 

「迅速な判断、見事だランスロット。すまないが各々方、今一度この国の為に力を貸してほしい。」

 

 カールはこの危急の事態に対し、即座に対応してみせる彼らに心底感謝して頭を下げた。

 

「頼んだぞ、ランスロット。事が収まるまでシルフ様は城内でお守りしておく。」

 

「ハッ!」

 

 カールとイザベラ。国の主柱たる二人の期待と激励を背に、ランスロット達は王都防衛の為に駆け出した。

 

 

 

 

 王都を守る騎士団の防衛部隊は、魔物の軍勢の接近を確認したところですぐさま打って出ていた。

 元来魔物は魔物同士で徒党を組んで一つの目的を持つなどありえない。目の前に獲物が出現すればそっちに気が向くはずだ。

 優秀な指揮官が居たのか即座に伝令を飛ばした後に、少しでも魔物の意識を王都から逸らすために打って出た判断は、ベストではなくともベターであっただろう。

 

「クソっ!応援はまだか!?」

 

「目の前の敵に集中しろ!今は少しでも多くの魔物をこちらに引きつけるのだ!」

 

 だが、数の差は歴然。ファフニール討伐隊に多く人員を割いていた白竜騎士団は、防衛においていた人員を総動員しても、魔物の数の10分の1に満たない戦力だった。

 数の不利はそのまま戦闘に入った騎士団員を、次々と魔物のエサに変えていく…

 

「う、うわぁ!?来るな・・来るなぁああああ!」

 

 とうとう一人の兵士が恐慌の声を上げてしまう。恐怖は伝染し、それは士気をさげる大きな波となって広がった。

 

「クッ、怯むな!出来る限りの魔物を引き付けるんだ!王都ではまだ住民の避難が始まったばかりだ、少しでも被害を減らすために、我らはここで逃げ出すわけにはいかない!」

 

 すかさず隊長と思わしき兵士の声が響き、狼狽えていた兵士達が落ち着きを取り戻す。

 騒いでも何も変わらなければ、王都を守れるわけでもない。できる事の中から王都を守るための最善を選ぶべく指揮官である男は声を張り上げた。

 

「2人1組で動け!囲まれない様に動き続けろ!奴らにとってうっとうしい小バエになってとことん手こずらせてやれ!」

 

 倒す為でなく、引き付ける為に。生存し続けることを重視して、騎士団は動き出した。

 

「オラこっちだ!着いてこい魔物共!」

 

 4足歩行の魔物に対して走り合いで勝てるわけがないのに挑発までして動き回る彼らは、案の定次々と囲まれていく。一人また一人と、仲間達が次々と魔物の餌食になろうとも彼らは決して、動くことを辞めず、逃げることをしなかった…王都はすぐ後ろにある。守るべき大切なものがそこにあるのだ。決死の覚悟で彼らは抗い続けた。

 

「クソっ!ここまでか…」

 

 また一人…追い詰められた兵士が、己の生を諦め目を閉じる。

 

「ハハ…結婚したばっかりだってのにな…ついてねえ。」

 

 最後に思い浮かべるのは、最近になってようやく迎え入れることができた最愛の人の姿。

 最後に浮かべるのは小さな自嘲。自分がもっと強ければこの窮地を脱することができたかもしれない。

 自分がもっと優秀であれば、こうなる前に対処できたかもしれない。

 できもしない空想を描きながら、彼は自らの終焉を受け入れた。

 

<ザシュッ>

 

 生暖かい感触が顔を伝い、肉を裂く音が聞こえる。きっと鋭い牙が突き刺さったに違いない。すぐに痛みが来るだろうと恐怖する騎士団員だったが…痛みは来なかった。

 今か今かと恐れていた痛みが来ない事に疑問を抱き、恐る恐る目を開けるとそこには

 

「ジーク、もう少し控え目にできないのか?、首だけ飛ばすとかあるだろう。」

 

「それのどこが控え目だセルグ。血をまき散らすよりは、こっちの方がまだマシだ。」

 

 巨大な剣に叩き斬られた無惨な魔物と、黒と白の二人戦士がいた。

 

 

 

 

 

 並び立つ黒の鎧の戦士と、白い光の力を宿した戦士。

 

「ジーク、機動力の低いお前じゃ殲滅戦には向かないだろ。オレが前に出るから撃ち漏らしは頼んだ。」

 

「いいだろう。そのうちアイツラも来るだろうからそれまでにある程度は片付けるぞ。」

 

 小気味よくテンポの良い会話をしながらも、目の前の二人は臨戦態勢。

 セルグは上空にいるヴェリウスからの思念で周囲の状況を把握。広い範囲にわたる魔物の襲来を確認していた。

 

「フッ、過保護だな…」

 

 王都から知己の者達が来る前に、ある程度は片付ける。できる限りの危険をあらかじめ排除するとも取ったセルグは、ジークフリートを嗤う。

 

「撃ち漏らす気などないお前に言われたくは無いな。」

 

 対してジークフリートは、やる気満々にチカラを高めているセルグをみて人の事が言えるかと、切り返した。

 互いに小さく笑い合いながらも二人は飛びかかってくる魔物をそれぞれ切り捨てる。

 

「当然だろう?途中でお前が降参したからな。勝ったとはいえ発散しきれなかった怒りがくすぶっている…憂さ晴らしには丁度いい相手だ。」

 

「何…?まて、確かに戦いは俺から辞めたが、俺は負けたわけではない。勝手に勝った気になられては困るな。」

 

「ほう…オレは転がり落ちてきたお前を迎撃できたんだがな。それでも勝てたと言う気か?」

 

「フッ、目の前に剣を放り投げられ、隙を見せた男の強がりにしては必死過ぎる。」

 

「―――上等だ。これが終わったらケリを付けてやるよ。」

 

「望むところだ。竜殺しの名は伊達ではないと、お前の身体に叩きこんでやろう。」

 

 この状況で彼らは何を言い合っているのか…未だ周囲を取り囲んでいる魔物は気圧されていて動きが無いが、この非常時にバカなことを言ってないで何とかできるなら早く何とかしてくれ…と、助けられた彼は願った。

 その想いが届いたのか、目の前の二人は動きを見せてくれる。

 

「ヴェリウス!深度2だ!この思い上がった英雄殿にチカラを見せてやるぞ。」

 

 ”何を子供じみた事を…この状況であればお主だけでもどうにでもなろう。”

 

 ブツブツと文句を言いながらもヴェリウスはセルグと融合。その背に翼を生やす深度2まで到達すると同時に、セルグは天ノ羽斬を最大解放。光と闇を身に纏い、迫りくる魔物を睨み付けた。

 見ればさらに砂塵が巻き起こり遠くから魔物たちの後続が到来したことを告げている。

 それを確認した瞬間に、セルグの雰囲気が変わる。ジークフリートと言い合っていた軽い雰囲気を消したセルグは、肌がビリビリとしびれるほど殺気を纏う。

 

「――さっきも言ったが、打ち漏らしは任せた…ついでに、グラン達を見かけたら説明も頼むぞ。」

 

「安心して飛び出すがいい。だが、仲間達への説明は自分でするんだな。」

 

「チッ、頼りにならない英雄だ。」

 

 小さく毒吐いて、セルグが飛び出す。

 全力戦闘に移ったセルグは、ヴェリウスとの融合で得た翼を使い地上を縦横無尽に駆け抜けた。

 一度振るえば、放たれる斬撃は多くの魔物を切り裂き。

 一度駆け抜ければ、すれ違った魔物は全て崩れ落ちる。

 一騎当千の働きで次々と場所を変え、広範囲の戦場に光の一閃を走らせる

 

 

「お前、動けるなら一度部隊をまとめろ。今から押し寄せてくる魔物は全部アイツが片付ける。打ち漏らしは俺がやる。お前たちはすぐに王都の防備を固めろ、いいな!」

 

 セルグが目の前で魔物たちを蹂躙しているのを余所に、ジークフリートは助け出した兵士に次の行動を促した。

 

「な!?たった二人であんな数の魔物を!?バカ言ってるんじゃねえ!俺達は王都を守る白竜騎士団だ!どこの誰ともわからないお前達に王都の防衛を任せ」

 

「ならば勝手にするがいい…本当にそれで守れるのならな…元団長として一つだけ言っておく。目の前の事に囚われすぎて大事なことを忘れるな。」

 

 あれだけの数の魔物を二人で抑える。とてもできるとは思えない提案に反論する兵士の言葉を受け流し、ジークフリートは一言だけ兵士に残すと周囲の魔物を薙ぎ払った。

 己が力を見せつけるように巨大な剣の一振りで、残っていた魔物を蹴散らしたジークフリートを見て兵士の表情が変わる。

 

「――本当に、大丈夫なんだな?」

 

 まだ僅かに残る疑惑。だが、ジークフリートは目の前で魔物を薙ぎ払い、セルグは既にずっと先までその戦闘範囲を広げている。

 彼らの実力は十分に信頼できる…兵士はそんな気がしていた。

 

「竜殺しの名を知らないのか?そういえば奴は裂光の剣士などと呼ばれていたらしいな。お前が不安を感じているところ悪いが、あの程度の魔物ではむしろ…俺達には役不足だ。」

 

 虚勢は無い、驕りも無い、油断等微塵も無い。ジークが見せる確信のある自信。それは強者だけに許された余裕。

 目の前の脅威に対してそんな余裕をみせるジークフリートに、兵士は決心する。

 

「わかった…頼んだからな!!」

 

 魔物を抑えてもらえるのであれば王都の入り口に防衛、住人の避難と安全確保。やるべきことは山ほどあった。

 先程の指揮官と協力して次の行動を起こすべく、彼は走り出した。

 

「ふむ、決断の早さは優秀なようだ。あれは良い兵士に成れる…」

 

 子を見る親のような視線でジークフリートは彼を見送った。だが、和らいだ雰囲気で見送るジークフリートに危機感が薄れた魔物が飛びかかる。

 

「残念だが、ここから先…お前達に道はない。セルグも随分と張り切っているようだしな。俺も滾るとしようか!」

 

 フェイスガードを閉じてジークフリートが纏う雰囲気が変わる。今ここで、この襲撃で、未来ある兵士達の命が幾つも失われてしまった。その元凶が目の前にいるのならジークフリートがするべきことは一つだ。

 

「覚悟しろ、彼らの命はお前たちの命よりも重いぞ…」

 

 呟かれた言葉には怒りと嘆きと哀悼が籠められ。暴力的なまでの大剣の嵐が、魔物たちに襲い掛かった…

 

 

 

 

「ランちゃん、王都入口のバリケードが仕上がったって!宴に出てた兵士たちが随時、侵入を防ぐために集まってくれるらしい!」

 

 戦場に向かい走る中、ヴェインがランスロットへと報告をする。

 

「そうか!ならば、こちらは全力で数を減らすぞ。できるだけ抜かれない様に気を付けろ!」

 

「おうよ!任せろランちゃん。」

 

 後顧に憂いを残さない様、やるべきことが定まったランスロットの気勢が上がる。

 

「ランスロット!状況把握は後衛の僕がする。君の俊敏さを生かしてドンドン動いてもらうから指示通りに頼む!」

 

 広範囲を見通せるスコープを付けているグランが、後衛としてランスロットへと提案する。接近して武器を振るう他の3人では一度戦闘に入ってしまえば目の前の戦いに集中せざるを得ない。的確な指示を出し戦況を把握する司令塔が必要だと提言する。

 

「――立場に物怖じせずにそう言えるグランが本当に頼もしいな…任せた!」

 

 まだ少年ともいえるグランが、一国の騎士団の団長であるランスロットに指示を出す。

 普通であれば年齢も立場も違うランスロットを相手にこうは言えないだろう。ましてや彼らは本来部外者。主導となるべきは騎士団の団長ランスロットだが、この状況で必要な事をするためにグランは迷いを見せなかった。

 ランスロットから信頼と共に返された言葉にグランは応える。

 

「ありがとう。ランスロットは正面から来るウルフ系10体。ジータは左のラビット系とキラービー系の混成12体を僕とやるよ。ヴェインは右ね、精霊系が3体来てるからお願い。僕は戦いながら戦況把握をして指示を出すから聞き逃さないでくれ。」

 

 グランは丁度3方向から来る魔物をそれぞれに割り当てるとその場で停止。仲間達の背を見送りながら担いだディアボロスボウを展開し矢をつがえて、左から来る魔物を片っ端からを撃ち落とし始める。

 

「ジータ!デュアルインパルスで皆に強化を。」

 

 グランの声に頷きジータは強化魔法を行使。魔法で強化された運動神経が力を発揮すると、次の瞬間にはランスロットが全速力で飛び出した。

 その足が向かうは迫りくるウルフ型の魔物達。

 

「出し惜しみは無しだ…ヴァイスフリューゲル!」

 

 掛け声と共にランスロットがその早さを生かして駆け抜ける。すれ違いざまに水の属性を纏い凍りついた双剣で次々とウルフを屠っていく。

 

「こっちもいくかぁ!ひとつ!ふたつぅ!!…みっつめぇ!!」

 

 体重と武器の重さをのせた大振りな一撃を流れるように次々と叩き込みヴェインが迫りくる魔物を沈めた。

 

「皆さん優秀ですねっと!」

 

 ジータは静かに。イフリートハルベルトを巧みに扱ってラビット系の魔物たちを殲滅していた。

 

「ヴェイン!大型の魔物が来てるランスロットと協力して迎撃してくれ!」

 

 グランの声にヴェインが視線を向けるとランスロットが正面に見えた大型の魔物ミノタウロスを確認して駆け出していた。

 

「了解!いま行くぜランちゃん!!」

 

 

「ジータ、ヴェインの穴を埋める。そっちは任せた!」

 

「了解です。」

 

 ジータは短く答えてそのまま次から次へと向かってくる小型の魔物たちを打ち払う。強さは脅威ではないものの数ばかりは多い魔物たちに、気を緩めることはできない。数に呑まれないように、ジータは休むことなく対処していった。

 

「こっちからは…大型1体か。」

 

 迫りくる大型の魔物、”マンイーター”と呼ばれる小型で羽のない龍種の様な魔物を前にして、グランは落ち着いた声で呟いた。

 

「皆は今のところ対処できてるっと…なら、こいつは僕が片付けるところだな。」

 

 咆哮を上げながらドシンと地面を揺らすマンイーターはその太い腕でグランを捉えようとした。

 名前の通り、捉えられたらそのまま喰われるだろう攻撃に対し、グランはつがえた矢で振り上げられた腕の先を…ヒトで言えば手の部分を貫いて止める。

 更にグランはバックステップで距離を取ってから、グランを映すその瞳を立て続けに打ち抜き視界を奪った。視界を奪われ、もたらされた激痛に、マンイーターが悲鳴を上げる様を見て、グランは小さな悲しみをおぼえた。

 

「悪いね…情けはくれてやれない。」

 

 言葉と共に魔力の収束。弓の先端に渦巻くように集う魔力が矢の形を成した時に、マンイーターの運命は決まった。

 頭部を消し飛ばすほどの威力を持った、一撃。グランのキルストリークがマンイーターを沈める。

 

「ふぅ、一先ず第1波終了かな…」

 

 周囲を見回せばランスロットとヴェインもミノタウロスを倒し切っており、ジータも倒し終わって周囲を警戒中だ。

 今いる場所に魔物がくる気配が見当たらないかと考えたところで、グランの目の前に信じがたい光景が入ってきた。

 

「ランスロット、上だ!!」

 

 グランの声に上を見上げたランスロットは死を悟る。

 目の前にいたのは、強靭な爪を備えた足でランスロットを踏みつぶそうとする大型の魔物、グリフォンの姿。

 魔物は地上にしかいないと警戒を怠った…ミノタウロスを倒して気を抜いていた。振り返り己の失態を嘆くもグリフォンの爪は既にランスロットの目の前まで迫っている。

 最後の抵抗として防御を取ろうとしたランスロットは、走馬灯を見る為に訪れたゆったりとした時間の中で、響き渡る確かな声を聞く…

 

「チカラを貸して!!」

 

 響き渡る少女の声…次の瞬間にはランスロットの周囲の温度が上がり、目の前に迫っていたグリフォンが横合いから巨大な拳によって吹き飛んだ。

 グリフォンを潰したのは大きな2本のツノに細い下半身とは真逆の強靭な上半身をもつ炎の魔獣。

 

 星晶獣”イフリート”

 

「なんだこいつは!?」

 

「ランちゃん気をつけろ!そいつやっべぇぞ!」

 

 強大な力をもつ炎の星晶獣の出現に、ランスロットとヴェインはすぐさま最大警戒するが、イフリートの後ろから見知った蒼の少女が躍り出た。

 

「ルリア!?」

 

 二人の驚愕の声が重なった。

 

「ランスロットさん!ヴェインさん、ご無事ですか!?」

 

 駆け寄ってきたルリアが二人の安否を気遣う。その顔には珠のように汗が浮かんでおり、ここまで必死に走ってきたことがわかる。

 

「ハァッ、ハッ…全く、ルリアちゃん!?勝手に先に行き過ぎです!魔物に襲われたらどうし…ってなんですかこの魔物は!?」

 

 恐らくルリアを護衛してきてくれたのだろう。ルリア同様に息を切らせながらこの場に現れたソフィアも目の間に佇む炎の魔獣に驚きを見せた。

 

「あ、あはは…ごめんなさいソフィアさん。いてもたってもいられなくて…それと、このコはその…えっと…」

 

「ルリア!なんでここにいるのですか。ソフィアさんと王都でけが人の看病をしてくださいと言ったじゃないですか!」

 

 騒ぎを聞きつけたジータがルリアの元に駆け寄ってきていた。魔物跋扈する防衛戦には連れていけないと王都においてきたはずの彼女がここにいることにジータは叱責混じりに問い詰めた。

 

「わぁ!?ジータ…ごめんなさい。やっぱり心配で…」

 

「わりぃなジータ。オイラじゃ止めらんなかったんだ。なんでもルリアのやつ、ヴェリウスを感じたとかいうんで、ソフィアに頼んで一緒に来てもらって…」

 

「ヴェリウスを・・?セルグさんが戻ってたのですか!?」

 

「いえ…まだわからないんですけど。近くにヴェリウスさんが感じられて、それで…」

 

「あ~悪いんだけどさ。俺達にもちょっと説明してくれないか?このデカイのはもしかして…」

 

「ルリアが、呼んだのか…?」

 

 未だにイフリートから目を離さずに、ランスロットとヴェインが恐る恐る問いかけた。

 魔物だけでも手一杯なこの状況で星晶獣を相手にするとなれば絶望的だ。想定される危機的状況に二人が恐れるのは無理もないことだろう。

 だが、その声に応えたのはルリアでもジータでもなかった。

 

「戦場でおしゃべりとは…随分と騎士団はぬるくなったものだ。」

 

「!?」

 

 それはつい最近聞いた覚えのある声。

 

「そう言ってやるなよジーク…あらかた片付いたんだ。むしろ労ってやるべきじゃないのか?王都を守った英雄たちを。」

 

 それは谷の底に消えてしまった、仲間の声。

 

「ジークフリート!!」

 

「セルグ!!」

 

 

 

 向ける想いは違えど、一同から上がるのは今日一番の驚愕の声だった…

 

 

 

 

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 6

 ランスロットと協力をして王都の防衛を果たしたグラン達の目の前に現れたのは、彼らの目の前から消える時まで、死闘を演じていた二人だった。

 

「ランスロット、ヴェイン。戦場でお喋りとは随分と余裕を見せるようになったじゃないか。」

 

「ジークフリート……何故貴様がここに」

 

 慟哭の谷で邂逅したときとは違い、怒りを抑え、冷静な声でランスロットはジークフリートと向き合った。

 ランスロットにとってジークフリートは嘗ての師であり、戦友でありながら、国を裏切った反逆者である。慟哭の谷で彼が見せた怒りは至極当然のものであるが、今は見られない……それは彼の中で生じている迷いが故に。

 

「なるほど、今度は落ち着いているようだな。今のお前との方が面白い戦いができそうだ……」

 

「ッ!? 何だと……」

 

「落ち着け、せっかくまともに話を聞けるような状態でいるんだ。ひとまずはあちらが収まるのを待とう。」

 

 一瞬の動揺の後にランスロットは言葉の中に戦闘の気配を感じて臨戦態勢にはいるが、それをジークフリートが制して視線を別の方に向けた。

 

「あちら……?」

 

 ランスロットがジークフリートの視線を追うと、そこには大の大人が少年少女に怒られている光景があった。

 

 

 セルグの目の前には仁王立ちする二人の姿。視線鋭くセルグを睨みつける二人は不機嫌さを隠すことなくセルグに言葉を投げつける。

 

「セルグ、一体何をしていたんだ。すぐ戻るっていってまた全然帰ってこない。君は家を飛び出した犬か何かか? そろそろ有言実行って言葉を覚えてくれないかな……」

 

「貴方が居なくなるたびに都度心配するこちらの身になって下さい。私達だけじゃありませんよ。ルリアだって一応、貴方が谷に落ちた時は心配してその場を動けなくなっていたんですからね」

 

「じ、じじジータ!? なんてこと言うんですか! 私はずっとセルグさんの事が気がかりで仕方なかったですよ!」

 

「へへ、ルリア…本当にそうなら、あんなにご馳走に飛びつくことはねぇとおもうぜ……まぁ、オイラは全然心配してなかったけどよ」

 

「ふぇえ……だって美味しそうでしたし。たくさんありましたし……」

 

「グラン、ジータ。心配かけて悪かった。ルリア、別に気にしなくていい。それはルリアがオレは大丈夫だと信じている信頼の証だと思うからオレは気にしない。これから一週間はおやつ抜きだけどな。ビィ、君の信頼には素直に感謝するよ。だが、今回はそれなりに理由があったんだ」

 

 叱責を真摯に受け止めながら、腹ぺこ娘にしっかりと死刑宣告を告げた後に、セルグは遅れた理由を語ろうとした。

 ちなみにルリアのおやつとは、セルグがグランサイファーでローアインと共に新作料理のレシピ作りに貢献しているが故に生まれる副産物のことである。

 旅の経験が長いセルグは様々な食材を知っていることからこの組み合わせができたたわけだが、実験産物はすべてルリアのおやつとして処理されているというわけだ。

 存外、力作が多くルリアにとってはグランサイファーでの楽しみの一つであったりする……

 

「セルグはいつもそうやって厄介な理由と一緒に戻ってくるから困る……今回はどうしたんだ?」

 

「――そうだな、説明したいところだがひとまずは行かなきゃいけないところがある。ジーク!」

 

 一通り怒られ終わったと判断してセルグはジークフリートを呼びつける。呼ばれたジークフリートは、ゆっくりとセルグ達の元へと歩み寄ってくるも、フェイスガードが開けられ見える素顔からは僅かに馬鹿にしたような笑みが見えている。

 

「終わったのか…? なんともお前の予想通りの光景が見られて実に面白かったぞ」

 

「このっ……嫌味な英雄様だな。一先ず例の場所へ案内してくれ。オレもまだ知らない部分が多い」

 

「ああ、わかった。ついてこい」

 

「ちょ、ちょっとまってくれセルグ!! 当たり前に会話をしているけどこの人は」

 

 まるで友人のように気軽に会話をするジークフリートとセルグの姿にグランが慌てて待ったをかけた。

 彼らは別れる前に死闘を演じていたはずだ。セルグの怒りはとてつもないものだったと聞いていたグランにとって、今目の前で行われたやり取りは信じられないものだった。

 

「わかっているさ、グラン。こいつが何をしたのかも、なんであの場に現れたのかも聞いた。ランスロット……お前たちにも思う所があるのは聞いている……というよりはわかっているつもりだ。だが、今は国の根幹から覆る危機が迫っているんだ。オレと共にジークフリートが案内する場所に付いてきてほしい。」

 

 グラン同様に詰め寄ってきていたランスロットにも視線を向けながらセルグは答えた。

 セルグの言葉にランスロットが默考する。決断するには情報が圧倒的に足りない。判断材料となるのはセルグの言葉を信じるかどうかだけだった。そしてランスロットはセルグを確証なく信じられるほど共に時を過ごしてはいない。

 迷うランスロットは、セルグに答えの無い問いをぶつける。

 

「セルグ……君の言うことは間違いないのか?」

 

 何を言われようがセルグを信じることができなければ無駄に終わる質問。だが、そんな答え無き問いにセルグは答えではなく、疑いの無い自信だけを返す

 

「信じられないなら約束しよう。もし……お前がジークの話を聞いても、納得いかずに今のこの国を信じ、今のこの国の為に働くというならば、その時オレはお前と協力してジークフリートを討つ事を約束する。そうすれば間違いなくジークは倒され、お前はフェードラッヘの英雄となれるだろう……それが正しいかは別としてな」

 

「ほう、それはそれは……お前とランスロットの共闘とは恐ろしいな。これはなんとしても信じてもらわなくてはならないじゃないか」

 

 クスリと笑うような声でジークフリートが口を挟んだ。場合によっては己を討つ話をしているというのにまるで他人事なジークフリートの様子に、セルグが呆れたように言葉を返す。

 

「――ランスロットを信じているからってお前、真剣味が足りなくねえか?」

 

「フッ当然だろう、ランスロットの実力も、国を想う気持ちも俺は知っている。今更疑う余地はないさ」

 

「ッ!? ジークフリート……なぜだ、俺のことを信じるなどと」

 

 恨みを抱き、散々に怒りをぶつけていた己を今尚信じていると告げるジークフリートの言葉に本人だけでなく、話を聞いていたグラン達にも驚きが浮かぶ。

 だが、そんな驚愕の表情を尻目にジークフリートは小さな笑みを崩さずにランスロットを見据えたまま、言葉を続ける。

 

「お前が俺を信じていなくても、俺がお前を信じているのは変わらないさ。嘗て誓った、互いに国を想う騎士で在り続けているというのならな」

 

 ジークフリートの言葉でランスロットの瞳が揺れた。思い起こされるのは共に戦場を駆け、共に国の先を考え語り合った日々。互いにどこまでも国のための騎士であらんと誓い合った時の記憶が脳裏を駆け巡る。

 少しの沈黙を経て、ランスロットは顔を上げた。

 

「――わかった、案内してくれ。ジークフリート」

 

 答えを出したランスロットに、もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 ジークフリートの案内でとある場所へと向かう道中、一番後方を歩くセルグに神妙な顔をしたルリアが寄ってくる。

 

「あの……セルグさん」

 

 おずおずといった様子で話しかけてくるルリアの様子に疑問符を浮かべたセルグは安心させるように軽い声で応対した。

 

「ん? どうしたルリア、さっきのおやつの話なら冗談だから気にしなくても良いぞ」

 

 先程の言葉はあくまで冗談だとセルグに告げられた瞬間にルリアはパァっと輝く笑顔を見せる。

 

「本当ですか!? 良かったですぅ~……ハッ、って違います!! 私はそんなことを聞きに来たんじゃなくて!!」

 

「なんだ? 他に何かあるのか?」

 

 次の言葉を待つセルグの様子に、笑顔を消して、改めて神妙な面持ちとなったルリアが口を開いた。

 

「その、私……セルグさんの言いつけを破って、イフリートを召喚しちゃって……ランスロットさんやヴェインさん、ソフィアさんに見られてしまいました。 ごめんなさい」

 

 俯きながら絞り出された後悔の声。簡単に使ってはいけないチカラだと言われていた自分のチカラを皆の前で使ってしまった事を詫びる言葉だった。

 

 ルリアの言葉にセルグが沈黙する。何も返してこないセルグに、怒りを抱いていると感じたルリアが恐る恐る顔を上げ、セルグを見上げると、呆れたようにため息を吐いたセルグと目があった。

 ため息と共にセルグがルリアへと手を伸ばすと、ルリアは叱責を受けると思い、身を強張らせる。

 だが、伸ばされた手はルリアの頭に優しく乗せられた。

 

「――え?」

 

「何を言うかと思えば……そんなことで怒りはしないさ。

 こうして謝りに来たと言うことは、もうルリアはそのチカラの怖さを知っている。危険性を知っている。それでも使ったと言うことは、それが必要だったからだろ? ならば謝ることはない、君はそのチカラで仲間の危機的状況を救ったんだ。誇るといい……

 むしろ怒られるべきはルリアにその力を使わせるような状況をつくった騎士諸君だ。なぁ、二人とも?」

 

 話を聞いていたのか近くにいたランスロットとヴェインにセルグが問いかける。その近くにはソフィアもいた。

 罰が悪そうに苦笑を浮かべた騎士とソフィアの三人はルリアの下へと歩み寄ると優しく声を掛けるのだった。

 

「セルグの言うとおりだな……俺達が不甲斐ないばかりに君に要らない自責の念を背負わせてしまった。

 ありがとうルリア。君のチカラのおかげで俺は命を救われた」

 

「ああ、ランちゃんを助けてくれてサンキューな、ルリア! それにしてもビィから聞いたけど星晶獣を操れるなんてすげえな! 一体どうやったらそんなことできるんだよ~」

 

「ルリアちゃん、星晶獣を扱うチカラ……確かに危険も伴うと思いますが、それを操り、彼らを助けた貴方の想いは素晴らしいものだと思いますよ。謝る必要なんかどこにもありません」

 

 口々に感謝や賛辞を贈る三人にルリアの顔には照れが浮かび上がった。

 

「皆さん……あの、ありがとうございます! 私、今すごくうれしいです!」

 

「よかったな……ルリア。さて、と言うわけでルリアは星晶獣を扱える訳なんだが、三人共……ついでにジークもだな。ルリアの能力については他言無用で頼む。こんな能力だ。広まれば狙うやつは後を絶たない。もし、ルリアを狙ってよからぬことを企むような奴が居たら、オレはそいつを容赦なく殺す。頼むから余計な気は起こさないでくれ」

 

 柔らかな空気から一転、嘘偽りない真剣な表情に、殺気も混ぜてセルグは彼らを睨み付ける。

 向けられれば死を連想する殺気は、騎士である三人はともかく、僧侶であるソフィアには酷なものであったが、それでもセルグは殺気を放つのをやめない。それは誰よりもヒトの怖さを知っているからこそ、ここでしっかりと釘を刺しておかなければいけないと理解しているからだ。

 

「ふむ、肝に銘じておこう……そんな気は更々ないが」

 

「当然だ、むしろそんな輩は我々が捕らえてやるさ」

 

「へへ、だれが好き好んでルリアをそんな風にするかってんだ」

 

「はい。ゼエン教徒として、星晶獣を扱えるルリアちゃんのチカラでよからぬことを企むなどあり得ません」

 

 四者四様の答えを返し、一同はルリアへと優しく笑いかける。

 空の民ではあり得ないチカラを持っているルリアにこうして優しく笑いかけられる彼らは少し変わっていると言ってもいいかもしれない。普通であれば星晶獣を操るチカラなど恐れや妬み、場合によっては恨みが出てきてもおかしくはないだろう。

 だが、彼らにそれはない。ルリアが優しい少女であることを……自らの危険を顧みず誰かを助ける事ができるヒトだと知っているから。

 

「へへ、良かったなルリア。セルグにも褒められたし、皆にも認められて良い事尽くめじゃねえか!」

 

「うぅ~はい。本当にうれじいですぅ」

 

「はいはい、嬉しいのはわかったから。ほら、鼻水を拭きなさい」

 

 正に喜びも一入と言ったようにルリアが笑顔を見せる。

 涙と鼻水に塗れながら笑顔を見せるルリアの、女の子として非常にいただけないその顔にお世話係のジータがすぐさまハンカチを渡して対応した。

 そんな光景にグランもセルグもビィも、自然と笑みを浮かべる。

 

 これまでの彼女にとって、チカラを使うというのは迷惑を掛ける事と同義だった。

 使えば要らぬ危険を呼ぶかもしれない……嘗てセルグに諭されてから、皆に危険が及ばぬようにと、ルリアはその力を忘れるよう、使わないようにしていた。

 だから今回、チカラを使ってしまった事で罪悪感に見舞われてしまったのだろう。

 しかし落ち込んだのも束の間、向けられた称賛は彼女に忌まわしいチカラと向き合うきっかけとなる。

 大嫌いだったこのチカラで出来ることがある。護れたものがある。彼女が使い方を間違えなければ、星晶獣を操るチカラは、グラン達にとってとてつもない切り札になりえるのだ。

 護られるだけではなく護りたい……何も知らなかった優しい少女が嘗て抱いた願いは、彼女の成長を経て今、ただしく叶えられた。

 

 

 

「セルグ……よかったの?」

 

「ん? 何がだ、グラン」

 

「セルグの事だから怒るんじゃないかと思ってた……」

 

 皆に囲まれるルリアを見ながらグランは不思議そうにセルグに問いかける。

 ルリアのチカラを特に危険視していたセルグが余りにもあっさりと許した事に……むしろルリアを褒めた事に合点がいかないようである。

 

「オイラも怒るんじゃないかってヒヤヒヤしてたぜ……前はあんなに怒ったのになんでだよセルグ?」

 

「あのなぁ……オレはあのときそんなに怒っていなかったはずだがなんでそんな認識になってるんだ?」

 

 グランとビィの言葉に心外だと言わんばかりにセルグは顔を顰めた。

 

「別にオレはルリアが嫌いだとかそう言う訳じゃないんだからその認識はおかしいだろ。

 さっき言った通りだよ。ルリアはもうチカラの怖さも使い方も、きっとわかっている。ルリアは本当に素直な子だ。オレが言ったことをしっかりと胸の内の留めて覚えていてくれた。理解していた。だからあんなに反省してたんだろうな。あの子はもう、何も考えずにチカラを使うことはしない。それでもし間違ってしまった時はまた叱ってあげればいい。オレは何も考えず上から押さえつけるような、バカな大人ではないつもりだ。もう大丈夫だと感じたから褒めた……それだけだ」

 

 不服そうな表情をしながら少しだけ嬉しそうな……奇妙な声音でセルグはグランとビィに答えた。

 

「ふぅん……相変わらず色々考えてるんだなぁ、セルグは」

 

「本当だな。お父さんみたいだね」

 

 完全に保護者のそれに近いセルグの考えに、グランとビィは感心した様に声を上げた。

 そんなグラン達の驚きの声にセルグは小さく笑みを浮かべて返す。

 

「それが見守る大人の役目ってやつだ。ルリアに限らずグランもジータも、ついでにビィも危なっかしいからな……」

 

「おぃセルグ! ついでってどういうことだよ! オイラの事もちゃんとみてくれよ」

 

「っていうかこの中で最も危なっかしいのはセルグだと思うんだけどねー。自分の事棚に上げてよく言えたもんだよ。こっちがいつもどれだけ心配しているのかわかってる?」

 

 偉そうに保護者気取りなセルグの言葉に、グランが辛辣に返す。

 グランからすれば散々心配をさせるセルグの方がよっぽど危なっかしいのだろう。事実、セルグはことあるごとに何かに巻き込まれて危険な目に会ってると言っても過言ではない。

 騎空艇から落ちて皆と離れ離れになったり、とある島では争い合う二つの勢力を相手に、喧嘩両成敗と言わんばかりに一人で全てを相手取ったりと、基本無茶苦茶な事しかしていないのだ。

 そしてそんなことがある度にグランとジータは肝を冷やすのである。

 

「心配しすぎなんだよ。そう簡単にオレがやられると思うか? いつもの事だと思って心配しないで待ってればいい」

 

「そう言う訳にはいかないよ。セルグだって見てて危なっかしいのは変わらない。強いのは知ってるけど、いつも一番危険と隣り合わせな場所にいるセルグには安心できる気がしないよ」

 

「おーおー過保護な事で。今までにオレが一度でも命の危機に瀕したことが……いや、すまん。思い返すとロクな目に会ってねえなオレ」

 

 思い返したセルグには様々な思い出がよみがえってくる。主に間一髪で何とかなったようなヒヤヒヤした場面がたくさん。

 

「自覚無かったの!? はぁ、これはもうダメかもしれないね……」

 

「しみじみとオレをダメ認定するな……ちょっと否定しづらくなっただろ」

 

「しづらいもなにも否定できないでしょ?」

 

 もはやぐうの音も出ないセルグはうなだれながらしぶしぶと答える。

 

「悪かった……今後気を付ける」

 

「僕は別に大丈夫だけど、ジータはいつもソワソワして仕方ないんだから、反省してくれ」

 

 本当に反省しているかわからないが、一応の答えにグランは少しだけ満足しながらも、釘を刺しておく。

 どうせすぐ忘れるに違いないと、半ばあきらめているのは内緒だ。

 

 

「さてセルグ、おしゃべりも良いが、そろそろ目的の場所だ」

 

 グランとセルグの会話にジークフリートが割って入って来る。

 なんだかんだと話しながらも歩いていた一行は、目的地の近くまで来ていたらしい。

 

「これは……地下道か?」

 

 セルグが目にしているのは地面に鉄製の蓋が埋められている場所だった。

 

「その通りだ、この先に俺が話した事実を知っている者達がいる」

 

 ジークフリートとセルグの会話にグラン達は一様に疑問符を浮かべる。

 彼らはまだ、死闘を演じていたセルグとジークフリートの間に何があったのかを知らないから当然と言えば当然だ。

 

「ジーク……この地下道の続く先はまさか」

 

「ああ、王都に続いている。あとは、行けばすべてが証明される」

 

「セルグ、ジークフリート。向かう前に教えてほしい……谷から落ちた後、二人の間に何があったのかを。このままでは俺やグラン達は置いてけぼりのままだ」

 

「そうだぜ! なんでいつの間にか友達みたいな関係になってんのか説明しろぃ!」

 

 ランスロットとビィの言葉にセルグは僅かに思案した後、何も言わずに地面にある蓋を開け始めた。

 

「おいセルグ! だんまりかよ!!」

 

 仲間の言葉を無下にするような行動にヴェインからすぐに怒りの声が飛んだ。

 

「わかってる、話さないわけじゃ無い。王都に続いているってことは道のりは多少長いだろうからな……時間を無駄にしたくない。歩きながら話そう」

 

「行くぞ、お前達。ついてくるんだ」

 

 ヴェインの声を受け流しセルグはそのまま口を開けた地下への入り口の階段を降り始めた。それに続いてジークフリートが続いていく。

 先に行く二人が暗闇に消えていくのを見て、グランとジータは一度目を合わせて頷くとそこに続いた。

 話してくれると言うのなら何も迷うことは無い。騎士二人もソフィアも、当然ルリアとビィも。恐れることなく暗い地下道へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 暗い地下道。

 湿った空気が妙に重苦しく感じ、ソフィアが杖に灯した光で照らされた視界は近くしか照らせず、一行は慎重に地下道内を進む。

 

 

「さて、まずはオレ達が谷に落ちた後の事だが……戦う必要が無くなり休戦したって感じだ」

 

 地下道内の重苦しい空気によってもたらされていた沈黙を破り、セルグが話始める。

 

「互いに無傷で降り立ったところでジークがオレに戦う気は無いと剣を放ってきたんだ。当然オレは聞き入れる気が無かったが、ヴェリウスからお前たちが無事なのを聞いてな。一先ず話だけは聞いてやるってことになったんだが……」

 

 静かに、セルグは仲間達へその時の事を話し始めた……

 

 

 ――――――

 

 

「先王ヨゼフ王が無くなった日、全てが始まった……」

 

 近くの岩場に座りながら、兜を取ったジークフリートが語り始める。目を閉じてその光景を思い出しているジークフリートの様子は、仕えるべき大切な主君を失った悲しき忠騎士の姿に他ならない。

 

「俺はとある日に内密に話があるらしいとイザベラから伝えられて深夜、ヨゼフ王の御前に赴いた。

 だがそこには、血を流し虫の息となったヨゼフ王と、恐らくはその場を去ろうとしていたであろう下手人の姿があった」

 

「――暗殺か?」

 

「あぁ、犯人はどこの誰とも知らぬ夜盗の類だった。恐らくは雇われ者だろう……王の許へと駆け寄った俺はヨゼフ王より最後の言葉を聞いたのだ」

 

 

 ”この国を正してくれ”

 

 

「息も絶え絶えに告げられたのは、それだけだった。当然俺には何の事だか分らなかったのだが……都合よくそこに、兵士を連れてイザベラが飛び込んできた。弁解の暇もないまま俺はいきなり謀反者扱いを受けてな。その瞬間に悟った……イザベラに謀られたのだと」

 

 少しだけジークフリートの声に怒りが乗せられる。表情は変わらずとも纏う雰囲気は僅かにだが重苦しいものに変わる。

 

「都合よく登場、弁解の暇なく謀反者扱い。王が呼んでると伝えたのはイザベラ、か……状況的にはその推測は正しいだろうな。証拠は?」

 

 不自然で余りにも決められたような流れを見れば仕組まれたことは嫌でも想像がつく。しかし、状況証拠だけでは断定ができない。

 セルグが懸念を示すが、ジークフリートの表情は苦痛にゆがむ。

 

「残念ながらない。下手人を見つけ問いただしたが、幾人か間に別の人間を挟んでいた。しかもご丁寧に同時期にきっちりと消されている。確たる証拠はない」

 

 証言を得られる人物が既にもの言わぬ者となってしまえば証拠など得られないだろう。現状では犯人が名乗り出ない限りジークフリートの濡れ衣を払うのは困難だ。

 

「それだけじゃ私怨にしか見えないな。他にもあるんだろう?」

 

「ああ、先王が暗殺される少し前の事だ。

 この谷にあるルフルス村に、とある奇病が蔓延していた。村民たちは原因を調査していたが一向に突き止めることができず、ヨゼフ王の元へと窮状を訴えた。

 村の惨状を不憫に思い先王は、私財を擲ってアルマを買い与え、原因の調査を俺に依頼したのだ」

 

「なに? ルフルス村の奇病は既に国に伝わっていたのか。 だが、ランスロットやヴェイン。現王のカール国王でさえルフルス村の窮状は知らない様だった……一体何があった?」

 

 ジークフリートが告げる、次の事実にセルグが驚きの声を上げる。

 ソフィアの話では奇病の話は王都に届いておらず、ファフニールの件が終わり次第調査に乗り出す手筈になったのだから。

 セルグの疑問にジークフリートは一度嘆息してから答えた。

 

「強き国でなければならない……大国故の小さな意地でありプライドだ。村の窮状は王都の一部の人間でのみ共有され、他には一切知らされていない。

 だが調査を初めてすぐに先王は暗殺され、俺は反逆者に仕立て上げられた。

 俺が反逆者となってからすぐの事だ。そしてフェードラッヘはシルフのチカラによって急に国が豊かになった。イザベラが始めた霊薬アルマの政策によってな。これが何を意味するのか……恐らくルフルス村の調査に乗り出した先王と俺が邪魔になったのではとないかと考えた。調査をしていくうちに俺はこの慟哭の谷に騎士団が定期的に訪れていることを知り、そして見つけてしまったのだ」

 

 そういってジークフリートは小さな布袋から黒く禍々しいものを取り出す。全ての災厄を凝縮したような、目にするだけで不安が掻き立てられるような黒。

 

「それは!?」

 

 ジークフリートが取り出したものは、セルグが違和感を感じた先で見つけた、黒い宝珠だった……

 

 

 

 ――――――

 

 

「黒い宝珠? セルグはそれを探しにあの時一人、離れていったのか?」

 

 セルグの話にあった慟哭の谷でセルグが何をしていたかについて、グランから声が上がる。

 明らかに不自然だった討伐隊からの離脱には疑問が潰えなかったが少しだけ見えてきたのだろう。

 

「ちょっと違うな。宝珠を探しに行ったわけではない。何となく、嫌な予感だけが胸中にこびりついて離れなかった。その感覚のままにそれを探しに行ったんだよ……もしかしたらファフニール以上に強大な生物でもいるんじゃないかとな。それで見つけたのが大量のその黒い宝珠だ。なにかはわからないがとてつもなく恐ろしいものだと本能的な部分で感じたんだ。それをジークが取り出してきたもんだからな……驚いたしすぐにそれが何か知っているのかと問いただした」

 

「あの時のお前の驚き様は面白かったな。俺としてはお前が既に宝珠を見つけていた事に驚いたが」

 

「うるせぇな、大事な話をしているんだから余計な茶々いれずに黙ってろ。それでその宝珠っていうのがコレだ……」

 

 セルグはそう言って懐から小さな宝珠を取り出して皆に見せる。

 禍々しく黒に塗れ、怪しく光るそれはソフィアの杖の光に照らされより一層際立って不気味に見えた。

 

「これが、オレが感じた嫌な予感の正体……ジークの調べでは、シルフが霊薬アルマを生成する過程で生まれる副産物、”カルマ”と呼ばれる物質だ」

 

 小さく告げられた言葉に全員が息を呑んだ。

 僅かな沈黙の後に言葉の意味を理解したランスロットが声を上げる。

 

「アルマの副産物だって……そんな話は聞いたことがない。ジークフリートの出まかせではないのか!?」

 

 国を豊かにしてきたアルマに隠された真実から目を背けようと、ランスロットはあり得そうな別の可能性を考えて否定をする。

 内容もそうだが、ランスロットにとってはまだ素直にジークフリートがもたらす情報が信じられないという部分もあるのだろう。

 

「その可能性も否定はし切れない。だからこの先に向かっている。

 ソフィア、ルフルス村の奇病は主に老人や子供と作物への影響だったな」

 

「え? あ、はい。そうですがそれが何か関係が?」

 

「恐らくだがルフルス村の被害の原因はこのカルマから漏れ出た毒素だ。漏れ出た毒による土壌の汚染。作物からヒトへと移り、それは抵抗力の低い老人や子供から影響が出てきていたのだろう。いずれは老若関係なく影響が出てくる……慟哭の谷から汚染は徐々に広がり、いずれ国土全土を脅かすことになるかもしれない。そうなれば奇病を直す為に更にアルマを生み出し、更にカルマが生まれる。厄介な負の連鎖だな。一度アルマに頼ってしまったこの国においてこれほど危険なものはないだろう。

 名前の通り因果なものだな……不老長寿の霊薬なんて便利なものを生成するもんだから、こうして同じレベルに今度は危険なものが出てきてしまったわけだ」

 

 小さく苦笑するセルグの表情はどこか呆れたようにも、悔しそうにも見える。その表情だけではセルグが何を想っているのかわからなかったが、少なくともグラン達にはセルグが悲しんでるような気がした。

 

「セルグ……それでこの先には一体何が? こんな大きな話、簡単には信じられない。ジークフリートが嘘をついていない証拠がこの先にあるというのか?」

 

「ああ。 ジークのとソフィアの話にあったがルフルス村では一度、奇病の原因究明の為王都に使者を出している。オレ達がソフィアから聞いた話では使者は途中で魔物に襲われ全滅したことになっていたが、実際はたどり着いていた。

 それじゃ、彼らはどこに行った?」

 

「何? それは一体どういう」

 

「使者は王都にたどり着いたものの、謁見した後にこの地下牢に閉じ込められ、無かったことにされたんだ。カルマという国の繁栄の裏を露見させないためにな……そして恐らくこれらは全て、シルフと最も深い関係を築いている執政官イザベラの手によって行われたものだろう」

 

 再び一行は息を呑んだ。

 国を支えてきたイザベラとシルフ。それがまさか、裏では国を脅かすような危機を招いているとは誰もが予想していなかった。

 

「セルグ、ふざけないでくれ! そんな事あるわけがない。イザベラ様は民を思いアルマを無償で分け与えている優しいお方だ、きっと誰か別の人間が」

 

「そんな優しいお方がカルマが生成されているのを見過ごしていると言うのか? 霊薬アルマは全部イザベラの管理の下、生成されて使われているんだろう? そのイザベラがカルマを知らないはずがない。更に言うなら、谷にカルマを捨てているのは白竜騎士団だと言うのだから、指示を出せる人間は限られる」

 

 尊敬し、信じていた者の裏切り。ランスロットにとっては二度目になる事実は簡単に受け入れることができず思わず声を荒げる。

 だが、そんなランスロットの信望をセルグは切って捨てた。今この場に於いて、優しい人などと言った否定は無意味だ。

 騎士団に指示を出せるとなると、その対象は一気に絞られることになるだろう。国王カール、執政官イザベラ、他政務に携わる者達幾人かと団長であるランスロット。当然ながら今この場でカルマを知らなかったランスロットは除外される。

 現状、カルマの存在を知りえる可能性はシルフと親しいイザベラが最も高いのだ。

 

「だが……そんな話、簡単に信じられるわけが」

 

「ランスロット、今ここで何を言っても事実はわからないよ。セルグだって確証を得る為にここに来たんだろう? ジークフリートさん。この先に行けばわかるんだよね?」

 

「ああ、そうだ……っと、そう言えば君たちには謝っておかないとな。谷ではすまなかった。イザベラとシルフを討つ為とはいえ、まだ若い君たちに手を掛けてしまった。許して欲しい……」

 

 グランの問いに答えたジークフリートは谷での出来事を思い出し頭を下げた。突然の謝罪にグランとジータは呆気にとられる。

 

「ん? どうした。なにかおかしかったか?」

 

「い、いえ……なんというか谷で戦った時はかなり怖い印象でしたのでその……普通というか優しい雰囲気に戸惑いまして」

 

「あぁ、恐ろしい威圧感だったからな……気にしないで欲しい。あの時は僕らも全力で戦っていたし、実は手加減されていたって話まで聞かされたら怒れるわけがない。

 自己紹介がまだだったね。僕はグラン、こっちはジータ。二人で騎空団の団長をやってる」

 

「もう知っていると思うがジークフリートだ。まだ仲良く、とはいかないかもしれないがよろしく頼む」

 

「はい、団員共々よろしくお願いします」

 

 互いに自己紹介をした彼らの間に険悪な空気はなく、既にグランとジータはジークフリートと打ち解けたように見える。

 セルグが親しげに話しているのと、谷では手心を加えられて大した怪我も無かったことから、ジークフリートへの警戒が薄れていた。

 

「さて、先に進むぞランスロット……この国の真実を目の当たりにする覚悟はできたか?」

 

「あっ、あぁ……案内してくれ」

 

 未だセルグよりもたらされた、イザベラへの疑念に我を忘れていたランスロットが、ジークフリートの呼びかけに慌てて返した。

 その表情には返事とは裏腹に覚悟などできてないのが分かるほど、戸惑いに満ち溢れている。だが、彼の決断が済む事など誰も待ってはくれない。

 迷いながらもランスロットはジークフリートの後に続いて歩き出すのだった。

 

 フェードラッヘの真実へと向かって……

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 7

 しばらく進んだ一行は開けた場所に出る。

 いつの間にか人の手が加えられた場所に出ており、趣のある内装から城の地下を思わせる建物へと、一行は足を踏み入れていた。

 

「ここは、城の地下にある隠された地下牢だ。そしてここに、彼らは捕えられている」

 

 円形の部屋を囲むように幾つもの牢が並ぶ部屋。周りを見渡せばそこにはヒトが疎らに投獄されているのが見て取れる。

 

「王都でその存在を表だって知られてはまずい者達が、秘密裏に投獄されている。ここに、ルフルス村の者達がいるはずだ」

 

「当たりは付いているのか? 一応牢屋ということは、普通に問題を起こした者もいるんだろ?」

 

「ルフルス村の使者には当時の村長が一緒だった。俺も面識があるからまずは村長を探そう」

 

「そうか。わかった、いこうか」

 

 ジークフリートの案内で一行は地下牢内を探索し始める。

 幾つか牢屋を探した後に、一人の老人が入っている牢をみつけた。

 

「村長、無事か?」

 

「おぉ!? ジークフリート様! 何故ここに?」

 

 牢屋にいた小柄な老人。ルフルス村の村長、”ゴールトン”が突如現れたジークフリートに驚きの声を上げる。

 

「助けに来た。他の村民は?」

 

「別の場所にまとめて囚われているようです。兵士達がそう言っておりました」

 

「わかった、一先ず下がってくれ。牢を破壊する」

 

 そう言ってゴールトンが壁際に下がったのを確認した後にジークフリートは手に持つ大剣で力任せに牢の錠を破壊する。

 大きな音を立てて壊れた牢の扉を見て、グラン達は驚き、セルグは呆れた様子でため息を吐く。

 

「ジーク……だからもう少し控え目にできないかと言わなかったか? こんなデカい音を立てたら下手すりゃ兵士が」

 

 セルグの言葉を遮るようにガシャガシャと鎧の音が近づいてくる。

 

「貴様らぁ! 物音がするかと思って来てみれば、一体ここで何をしている!?」

 

「お前は!? ジークフリートだな……おい、応援を呼べ!!」

 

 セルグの心配も虚しく、既に察知されてしまったようですぐさま伝令がドタドタと走り去り、残った二人の兵士が剣を抜き放っていた。

 

「む、すまない。これまでずっと一人で動き回っていたからな……見つかろうが何人来ようが、如何様にも対処できていたから兵士の脅威というものを失念していた」

 

 どことなく楽しそうにも聞こえそうなジークフリートの声に、仲間達全員が苦笑する。

 言い換えれば、兵士など何の役にも立っていないとも取れるからだろう。

 

「騒ぎが大きくなりすぎても面倒だ。グラン、すぐに片付けるぞ!」

 

「フッ、出来るかな?」

 

「キャァ!?」

 

 戦闘態勢を取っていた二人の兵士を倒そうとセルグが天ノ羽斬に手を掛けた瞬間、ルリアの悲鳴と兵士の勝ち誇った声が響く。振り返るとそこには背後へと回り込んでいた一人の兵士がルリアを人質に剣を突きつけている姿が一行の視界に映った。

 

「へへ、武器を捨てて大人しくしな! この子がどうなっても良いなら別だが……」

 

 兵士の言葉に思わずグランもランスロット達も固まってしまう。

 人質にされたのが戦える誰かであれば対処できたかもしれないが、捕まったのは全く戦えないルリア。

 少しでも動けばルリアを殺されてしまうかもしれない恐怖が、彼らの動きを縛り付けた。

 

 

「――お前、今何してるかわかってるのか?」

 

 静かに天ノ羽斬りを抜き放ったセルグ以外は……

 

「あん、なんだって?」

 

「兵士であるお前が、武器を持たず戦えもしないルリアに武器を向けている意味を理解しているのかって聞いてんだ。お前の役目は力を持たず戦えない人たちを守る事じゃないのか?」

 

 ジークフリートに向けた時と同じ、死を連想させるほどの殺気を向けて、セルグは静かに怒りを示す。

 仲間であるルリアに剣を突きつけているのも、兵士でありながら戦えない者を人質にする性根も、セルグにとって全てが許せるものではない。

 

「浅はかだな……人質を取るってことはそれが無ければどうしようもない事を自ら証明するようなもんだ。やれるならやってみな。仮にルリアが殺されたら、その瞬間にオレはお前を跡形もない程刻んでやる。お前は何の抵抗もできずに命を失うだろうな。

 好きな方を選べ、ルリアを解放して命を取り留めるか、そのまま剣を手放さずに死ぬか」

 

 挑発するように、だが確信をもった声でセルグは兵士に選択を迫る。ルリアという人質がいなくなればその時点で兵士の命運は決まる。

 その未来をこれでもかと言うほど幻視させる様にセルグは冷たい視線を向けていた。

 

「な、何をいってやがる……そんな脅しは効かねえぞ! 人質がいるんだ、動けばこのガキをぶっ殺すからな!!」

 

 セルグの雰囲気に気圧されながらも、まだ抗えるこの兵士は性根は腐っていようと度胸は在るのかもしれない。この場合度胸と取るか無謀と取るかは難しい所であるが。

 

「後者って事だな……わかった。 ルリア、オレが頭に手を置くまで、目を閉じて耳を塞いでおけ。絶対に開けるんじゃないぞ」

 

 殺気を消して柔らかく笑ったセルグは恐怖に怯えるルリアに優しく声を掛けた。

 

「あっ……はい。わかりました」

 

 力の抜けた声に緊張が薄れ、素直にルリアは答えると、耳を塞ぎ、目をギュッと強く瞑った。言われたことを全力で全うしようとするルリアに何もそこまでしなくてもとセルグは思ったが、表情は一転し次の瞬間には、殺意全開で動きだす。

 

 

「え?」

 

 目の前から消えたセルグの姿に、兵士から小さく間の抜けた声が漏れる。

 次の瞬間には強い踏み込みで懐に入っていたセルグが兵士の視界に入った。

 

 一足。何もできないまま、最初の一閃で剣を握る兵士の腕が飛ぶ。

 二足。次の一閃でルリアを掴んでいた逆の腕が飛ぶ。

 三足。振り抜かれた蹴撃で兵士が薄暗い地下牢の隅へと飛ぶ。

 

 間の抜けた声を最後に兵士は彼らの視界から瞬く間に消える。

 数瞬の喧騒が消えて静かになった部屋で、ルリアの背後を位置取ったセルグは、ポンと頭に手を乗っけた。

 

「――もう、大丈夫ですか?」

 

 乗せられた手の感触に耳を塞いだまま、恐る恐るルリアが問いかける。耳をふさいだままでは答えても聞こえないだろうとセルグは小さく苦笑しながらその手を取って答えを返す。

 

「あぁ、もう大丈夫だ」

 

「うぅ……怖かったです。――でも、セルグさんなら簡単に助けてくれるって信じてました!!」

 

「そうか、油断してて悪かったな。本当ならあんなのにルリアを奪われるなどあってはならない事だった……」

 

 自戒の表情を見せてセルグがルリアに謝っていると慌てた様子でジータが駆け寄ってくる。

 

「ルリアっ、無事!? 怪我は……大丈夫みたいだね、良かった。

 セルグさん、何を考えているのですか!? あんな強引な救出策……一歩間違えればルリアが」

 

「そうなりそうならグランが射抜いていたさ。なぁ?」

 

「あ、うんまぁ……セルグが動かなきゃ僕がやってたかな。腕か頭狙えば済むことだったし、ルリアを人質にするとか許せないからね。キルストリークの準備はしてたよ」

 

 用意していた魔力の一矢を見せながらグランは気まずそうに笑う。こちらも危険が伴う救出方法を考えていただけに、ジータの鋭い視線が突き刺さって大いに狼狽えていた。

 

「ジ、ジータ。お二人とも私の助ける為に何とかしようとしてくれたのですからお説教は……」

 

「――もぅ、ルリアは甘いよ! ホントに一歩間違ってたらルリアが殺されてたかもしれないんだよ! セルグさんは相手を脅すような事を言って、更には何も気にしないで刀を抜くし……気が気じゃなかったんだから!」

 

 お説教モードではないジータが、感情を顕わにする。無事救出できたものの、それは結果論。心配性な彼女にとっては、何よりも優先すべきはルリアの安全であり、強行策に出たセルグも、強行策を取ろうとしていたグランも、ジータにとっては許せないものだった。

 僅かに瞳に浮かぶ涙は、ルリアが無事だったから安堵して滲んだ涙だろうか。ジータの必死な訴えにセルグとグランは罰が悪そうに顔を見合わせた。

 

「ジータ……悪かった。軽率に過ぎた。もっとタイミングを計るべきだったな。ルリアを人質に取られたことで少し感情が攻撃的に成りすぎていたようだ。すまない」

 

「僕も、ルリアが人質に取られた瞬間にちょっと怒りを覚えてそのまま行動しようした。考えが足りなかった。ごめん……」

 

 己の軽率な考えを、セルグとグランが謝罪するもジータの感情は止まらない。

 

「――私だってわかってますよ。セルグさんもグランも、自信と確信があるからそうしたって……でも。もし失敗してしまったら、狙いが逸れてしまったら。相手が逆上したら。これらの可能性が無いとは言い切れないじゃないですか……」

 

 無事な状態のルリアを確かめるように抱きしめながら、ジータは胸中を語る。

 絶対なんてない。相手がもっと上手かもしれないし他にも仲間がいるかもしれない。そういったあり得る可能性を考慮せず短絡的に動いたセルグと動こうとしたグランに、ジータの声は殊更強く響いた。

 

「反省しよう。悪かった……どうしてもお前達が危険な目にあうと自制がきかなくてな……谷の時もそうだったが感情が振り切れてしまう」

 

「いえ、すいません。私もセルグさんが怒る理由は理解しているつもりです。ただ、私は助ける為に小さな危険を冒したくなかったんです。一歩間違えたら……そんな最悪の事にばっかり考えが行ってしまって」

 

「良いんだよジータ。僕もそこは見習うところだ。団長として、最悪の事態と言うのは常に考えておかなければいけない。僕もセルグも思慮が足りなかった」

 

 

 グラン達が三者三様に反省する姿は、後ろにいた騎士達やソフィアには妙に羨ましく映った。

 意見の食い違いがあっても、互いに相手の事を想って言葉をぶつけあっている。相手の言葉を聞いて、相手の気持ちを理解して。仲間という言葉がこれほど当てはまる関係は無いだろうと感じていた。

 

「ランちゃん……グラン達ってほんとすげぇな……」

 

「あぁ、あの関係こそが、彼らの強さなのかもしれない」

 

「互いを思いやるとは、かくも難しく、でも素晴らしい事なのだと見せつけられました。また一つ学んだ気がします」

 

「――ランスロット、邪魔は入ったが次の兵士たちが来る前に目的を果たすぞ。まずはルフルス村の村民たちを解放する」

 

 セルグの動きに乗じて残りの兵士を沈めていたジークフリートが先を促すように言葉を発する。呼びかけられたランスロットはグラン達を見て己の内にあった疑問をぶつけるべく答えを返した。

 

「ジークフリート……俺は貴方とちゃんと話し合うべきだった。あとで俺の質問に答えてもらうぞ」

 

「ランスロット、わかっている……今回の事が片付いた暁には、隠すことなく俺も全て答えよう」

 

「――わかった。行こう、皆!」

 

 ジークフリートの答えに満足したように、ランスロットはグラン達に呼びかけ、ジークフリートと並んで歩き出す。

 先へと進む二人を見つめるヴェインは、その後ろ姿に懐かしき黒竜騎士団の面影を思い出していた……

 

 

 

 

 

「――ここの様だな」

 

 一行の目の前にあるのは他とは違う大きな牢屋。錠のついた重々しい鉄格子の扉の前でジークフリートが牢屋の中に視線を巡らせる。

 

「うむ、何人か見知った顔もいる。彼らを連れ出すとなればできるだけ静かに行うべきか……セルグ、お前の言う控え目な方法というのを見せてくれないか?」

 

「あいよ。ちょっと下がっててくれ」

 

 ジークフリートの要請に応えるセルグは扉ではなく格子の方へと躍り出る。

 そのままセルグは天ノ羽斬を二閃。牢屋の格子を切り取るように破壊し、大きな出口をつくりだした。切り取られた格子の残骸がカランカランと小さく音を立てる程度にとどまり、一行は静かに牢屋へと潜り込む。

 

 

「村長!? よくぞご無事で! 一体どうやってここに?」

 

 牢屋に囚われていた人々は口々に無事な様子のゴールトンを見て声を掛けてくる。

 互いに無事な様子に一先ずは安心と言ったように村民達には笑顔が垣間見えていた。

 

「ジークフリート様と、こちらの騎空士の皆さん方が助けてくれたのじゃ。皆は無事か?」

 

「我々も問題ありません。多少お腹は空いていますがね」

 

「互いの無事を喜んでいるところすまない。私はフェードラッヘの白竜騎士団団長、ランスロットだ。貴方達に聞きたい……貴方達は何者で、何故ここに囚われていたのか」

 

 ランスロットが彼らの間に割って入るように口を挟んだ。

 僅かに焦ったように見えるのは、己の内にある疑惑が確信に変わってしまう未来が見えつつあるからだろうか。

 神妙な面持ちでランスロットは答えを待った。

 

「私たちはルフルス村の住人です。村に流行る病の窮状を王にお伝えするべく、フェードラッヘに赴きました」

 

「しかし、謁見後案内されたのがこの牢屋で……私たちはずっと、何がどうなったかもわからないままいきなりここに囚われたのです」

 

 暗い表情で村民たちが語る事実にランスロットもヴェインも、やはり驚愕を禁じ得なかった。

 俄かには信じがたかった事実。心の奥でそんなことは無いだろうと己に言い聞かせていた事実を目の前で証明され、二人の心が揺らいだ。

 

「全てはあの女。執政官イザベラの手の上だったのじゃ。奴の指示で我らはここに囚われていた」

 

「そんな……本当なのか? 本当にイザベラ様が貴方達を……」

 

「俺達白竜騎士団には何も知らされていないんだ。あんた達の存在は少なくとも王都ではなかったことになっている」

 

「なんと!? どうやら王都は伏魔殿のようですな……恐ろしや。騎士団のお方、断じて我らは嘘を言っておりません。我らは先王ヨゼフ様に村の奇病についての調査を嘆願した後ここに囚われました」

 

 ヴェインの言葉に驚愕を浮かべながら、嘘は無いと念を押すように事実を繰り返す村長にランスロットとヴェインの表情が歪む。

 そんな彼らの元にジークフリートもまた声を掛けていく。

 

「――ランスロット、ヴェイン。お前たちが忠義に厚く、イザベラを信じていることはわかっている。だが現実として彼らは囚われここに幽閉されていた。謁見後奇病の調査に乗り出したヨゼフ様が村民を幽閉する理由はなく、考えられるのは一緒に謁見していたイザベラ以外にあり得ない」

 

「だが、イザベラ様は無償でアルマを国民にお与えくださっている。怪我や病に苦しむ人々を救おうと」

 

「ランスロットさん、そんなのおかしいです! だって、ルフルス村の人たちがここに幽閉されていたんですよ。助けを求めて来た人たちをいなかったことにしているんです……こんなの許されていいはずがないですよ!」

 

 目の前の現実から目を背けるランスロットの言葉にルリアが悲痛に返す。

 俯き嘆くルリアの声はランスロットを現実に呼び戻すように彼の心に届いた。

 

「ルリアの言うとおりだ、ランスロット。少なくともルフルス村の人たちを切り捨てていることは紛れも無い事実。彼らがイザベラを貶める理由が無い以上、彼らの言うことはに嘘偽りはないだろう」

 

 

 セルグの言葉を最後に、彼らの間に沈黙が漂う。

 混乱しながらもランスロットは答えを出すべく思考を回し、他の者はそんなランスロットの答えを待った。

 

 

 

「――ランちゃん、俺決めた」

 

 口を開けなかったランスロットの代わりに言葉を発したのはヴェインだった

 

「ヴェイン?」

 

「ランちゃんが何を信じていいかわかんねえってんなら、俺が全てを聞いてくる。俺はランちゃんの親友だからさ。ランちゃんが悩むなら、俺が全てを聞き出して真実を教えてやる。俺は絶対にランちゃんに嘘は吐かねえ。待っててくれ。

 ジークフリート、それにグラン達も……頼む、イザベラ様から真実を聞き出すのに協力してほしい。俺は頭悪いからさ……簡単に騙されちまうから、ちょっと助けてくれ」

 

 親しき友の為、ヴェインは一つの決意を示した。全てを聞き、その全てを悩む親友に伝える。自分の言葉であれば、親友は疑うことなく信じてくれるという絶対の自信の元にある決意

 そんな親友の言葉がランスロットを強く奮い立たせる。

 幼いころからいつもそうだった。周りに頼られるのは自分。だが肝心な時自分が頼るのはいつも隣にいてくれたこの親友だった。

 

 

「ヴェイン……本当にお前って奴は。いつもいつも、大事な時に俺を助けてくれる」

 

 声に感謝をこめて、ランスロットは小さく呟く。俯く顔を上げたランスロットは先程までの思い悩んでいた表情が消えていた。

 

「ヴェイン! お前だけに頼る気はないさ。俺も一緒に行く……共に、全てを聞き出そう」

 

 決意を示した二人にはもう迷いはない。何が真実か分からなくともすべきことは決まった。

 

「イザベラの元へ行くと言うのであれば我らも御供しましょうぞ。今一度村の窮状を伝えイザベラに文句の一つでも言ってやらんと気が済まないわい」

 

「村長たちの証言は重要だ、是非お願いしたい」

 

 イザベラの元に向かうとなってルフルス村の住人たちも幽閉生活で疲れた体にやる気をみなぎらせていた。

 

「ようし。それじゃ玉座にたどり着くまでは僕らの役目だね。ジータ、セルグ、誰一人傷つけさせないように守り通すよ!」

 

「そうだね、任せて! ルリアとビィは村の人たちと一緒に真ん中に。私たちは騎士団の人たちと戦うことになるかもしれないから」

 

「わかりました! ビィさんは私が抱えますね」

 

「おぃ、コラ! オイラは自分で飛べるっての!!」

 

 やるべきことが決まった今、グラン達も意気揚々と準備に入っていた。

 

「皆さん、元気ですね。傷ついたら私に言ってください。すぐに癒してあげますから!」

 

「回復魔法ってのは頼もしいな。ソフィア、アイツラは大丈夫だと思うから村民たちに注意しておいてくれ」

 

「セルグ、俺達は後方に回ろう。先陣を切るのはやる気の漲る若者に任せてな」

 

「ジーク、年寄り臭くなるからその言い方は止めろ。退役した軍人かお前は……」

 

 まとめられて年寄り扱いされている事にセルグが顔を顰めた。

 そんなセルグにジークフリートは小さく笑って返す。

 

 

 

「皆、ありがとう……行くぞ!」

 

 ランスロットの号令の元、一行は駆けだす。

 目指すはカール国王のいる玉座の間。そこにいるイザベラの元へ……

 

 

 

 

 

 ジークフリートを始め、騎士団団長のランスロット、更にグランやジータ。強者揃いの彼らの前に立ちはだかれる者などおらず、一行は留まる事を知らぬ勢いのまま玉座のある謁見の間へとたどり着いた。

 謁見の間に居るのは、国王カールと執政官イザベラ。そして星晶獣シルフ。

 ルフルス村の村民も合わせ大所帯となった一行が騒々しく入ってくる姿を見て、イザベラはスッと目を細めて彼らを見やる。

 

「ランスロット……大罪人と仲良く並んでここに来るとは、一体何のつもりだ?」

 

「イザベラ様。私は全てを聞きにジークフリートと共に戻りました」

 

「全てを聞きに? 大罪人によからぬことを吹き込まれたか。今ならまだ間に合う。すぐにそこの逆賊を捕らえるのだ!」

 

 ランスロットの言葉に何となくの事情を察したのか、イザベラは声を荒げて命令を下す。

 

「イザベラ様、私は今貴方の命令を聞くことはできません。お答えいただきたい……なぜルフルス村の村民が城の地下牢に囚われていたのか」

 

「なに? ソフィアが申していたルフルスの村の者が地下牢に。ランスロット、それは真か?」

 

 カールがランスロットの言葉に強く反応する。

 ルフルス村についてはソフィアから初めて話を聞かされたのだ。カールにとってまさに寝耳に水な話に驚きを隠せない。

 

「はい。彼らは先王ヨゼフ様に村の奇病の窮状を訴えに謁見しており、その後地下牢に閉じ込められたと。全てはイザベラ様の指示であったと聞き及んでおります。お答えください、何故彼らを地下牢に!」

 

「そうだ、俺達はお前が無かったことにしたルフルス村の住人だ! 答えろ、何故俺達を閉じ込めて存在すらなかったことにした!」

 

 ランスロットとルフルス村の民の呼びかけにイザベラは僅かに黙考する。話すべきか話さぬべきか……少しの逡巡の後、イザベラは語り始める。

 

「――全ては先王ヨゼフ様と決めた事だ。大国フェードラッヘの威信を保つため。領内での不穏を広められない様一時的に牢に閉じ込めた。人の口に戸は立てられぬ。広まれば他の国に攻め入る隙を見せることになるやもしれん……情報を広めないようにするためにはそうするしかなかった。それがおかしい事か?」

 

「ではっ、彼らはもう解放してもよいのではないでしょうか? カール様も城の兵士にも広まっております。もはや隠すことは不可能。ファフニールを討伐した今、原因究明に乗り出すこともできます。未だに彼らを囚われの身にするのは心苦しく思います」

 

「そうだな……ファフニールの件でそちらに気が回らなかった事を謝罪しよう。聞きたいことは終わりか? この程度の事で騒ぎ立てた罪は騎士団長と言え軽くは無いと分かっているのか?」

 

 視線鋭くランスロットを射抜くイザベラの語気が強まる。

 疑惑があろうとも、反逆者となってるジークフリートと共に王の御前に赴いたのは、謀反とみなされてもおかしくは無い。

 共に居るヴェインも含め。このままでは相応の罰が下されることは必至である。

 

「随分強く出たな、イザベラ。ならば今度は俺が問おう……この宝珠、見覚えはないか?」

 

 前に出たジークフリートがカルマを見せる。黒く禍々しい小さな宝珠を見せられ、僅かに反応するも表情に変化を見せずにイザベラは応えた。

 

「何だそれは? その黒い宝珠が一体何だというのだ」

 

「知らないとは言わせないぞ。お前こそが最もこれを知っているはずだ! この国を蝕み破滅へと導くこの宝珠を!」

 

 何食わぬ顔で知らぬ存ぜぬを通すイザベラにジークフリートが吼える。

 アルマを生成させ管理しているイザベラが副産物であるカルマを知らない等ありえない……

 

「ジークフリートよ、その宝珠に一体どれほどの意味があるという?」

 

「カール国王、これはこの国に於いて最も忌まわしき産物です。この宝珠はカルマ。霊薬アルマの副産物にして、ルフルス村の奇病の原因であり、今尚慟哭の谷に大量に廃棄されている災厄の塊です!」

 

「なんだと!? アルマの副産物とはどういうことだ! イザベラ、説明せよ!」

 

「国王様、私にはあの宝珠が何なのかわかりませぬ。大方、ジークフリートがでっち上げた物に違いありません。私はなにも……」

 

「白を切るつもりか。あの谷に宝珠を棄てているのは騎士団の者だった。指示を出せるのは陛下か団長のランスロット、そして貴様ぐらいのものだ。つまらない言い逃れはやめろ!」

 

「だまれ! 反逆者の言葉等、簡単に信じられるものか!!」

 

「そうかい、ならば俺ではなくコレに語ってもらおう」

 

 そう言ってジークフリートは紙の束を取り出す。紙に所狭しと書き綴られた文字の羅列はそれ相応に多くの情報を載せているであろうことが分かる紙の束だ。

 

「それは?」

 

「カール国王、これは災厄の宝珠カルマについて書かれた真書です……」

 

「真書? フンっ、つまらん騎士風情が考えそうなことだ。そんなものを用意したところで貴様の言葉を信じるわけが」

 

「これを用意したのは私ではありません。陛下も、先王ヨゼフ様も頼りにされていた医者のボリスが書いたものです」

 

 ジークフリートが告げたボリスという名に、カールが目を見開いた。

 

「ボリスだと? ワシも含め、我が一族がずっと世話になっておる医者の家系の者ではないか。それを書いたのがボリスだと言うのなら、何故そのボリスがここにおらんのだ?」

 

「ボリスは亡くなりました。もう14ヶ月も前に。この真書を書き上げてすぐ、族に襲撃されて……真書だけは私が何とか守り切りましたが……」

 

「ッ!? 貴様、やはりあの時」

 

「あの時? そうか、ボリスを襲った族はやはりお前が仕向けたものだったか!」

 

「クッ……」

 

 思わず反応してしまった事に慌ててイザベラが口を噤むも、もう遅い。

 ジークフリートとカールからイザベラに疑惑の視線が飛んだ。

 

「イザベラよ……ボリスが死んだこと。何故黙っておった? 少なくともお主は知っていたようだが……」

 

「そ、それは……ボリスがジークフリートと密かに通じていたという噂があり、その確証が取れず」

 

「そんな事でボリスの死を知らせぬとは。所詮は只の噂に過ぎない事に惑わされ報告を怠ったというのか」

 

 面倒をみてもらっていた知人の死を14ヶ月も知らされなかった事にカールが憤慨する。

 どんな理由があろうと、報告を怠るべきではない内容であるが故に、それは明確に怒りとなってイザベラに向けられた。

 

「も、申し訳ありません陛下。全ては陛下に要らぬ心労をさせたくないと思い……」

 

 言い訳は見苦しいと踏んだかイザベラは下手に出てやり過ごす。相手の為を想ってと言われてしまえば強く出れないのが人の常。

 怒りを見せていたカールも僅かに呻くだけに留まってしまう。

 強くなる疑惑、募る疑念。状況や言動で僅かに追い詰められていても、イザベラはまだ言い逃れを続けた。

 

「はぁ、埒が明かないな」

 

「セルグ?」

 

「御前を失礼します、カール国王。オレからも一つ問いたい。イザベラ、お前の年齢を教えてほしい」

 

 唐突にイザベラの年齢と言う関係のない話題にその場の全員が疑問符を浮かべる。

 いち早く我に返ったのは、当事者のイザベラ。年齢によっては少しばかり失礼にもなる質問に怒りを見せながら応える。

 

「貴様、こんな時に何を言っている!」

 

「そうですよセルグさん、こんな時に何を言っているんですか!?」

 

 ジータも同様に憤慨しながらセルグに迫った。こんな時に口説くつもりかなどとアホな想像が脳裏によぎる当たり、彼女の中でのセルグは本格的に女たらしが板についてきているようだ。

 ジータの疑惑の眼差しを気にしないように受け流しながら、セルグは再度質問を投げかけた。

 

「俺達が謁見する時ヴェインはこう言った。以前より更に若々しく……と。ヒトは時間には抗えない。何をしようが身体は成長するし、老いていく。執政官として大成し国王からの信頼も厚いとあれば、それなりに長い事仕えていると思うが……イザベラを知っている者に問いたい。この女は()()()()この姿のままだ?」

 

 セルグの言葉に騎士達とイザベラの表情が変わる。その誰もがハッとして何かに気づいた様に思考を巡らせた。

 

「そういえば……俺達が騎士団に入った時からイザベラ様はあの姿のまんまだ!」

 

「確かに……少なくとも俺が知っているイザベラ様は5年以上は変化はない。いや、むしろ若々しくなってるとさえ言える」

 

 記憶の中のイザベラを思い出してヴェインとランスロットが口を開いた。彼らの記憶にあるイザベラは今の姿と全く変わらない。味方によっては若々しくさえなっていると。

 

「それが答えだ。イザベラ、お前は言ったな。アルマは希少性故に国の全てに行き渡ってはいないと。その割にはお前個人の為に仕える分があるとは驚きだ。 ジークの話じゃ先王は私財を擲ってまでアルマをルフルス村の者に買い与えたと聞いたが、管理しているお前ならそんな事する必要もないよな」

 

 セルグがもたらす疑惑がイザベラに大きな動揺をもたらした。

 普通であれば時間を立っても老いていかないというのは、若々しく見られてると喜ぶ程度で終わる話題だ。

 だが彼女が大きく動揺したのを彼らは見逃さなかった。動揺したと言うことは、それすなわち何かそれに通ずる事があると言う事。

 

「化けの皮が剥がれたか……動揺が表に出ているぞ。イザベラ、アルマを私的に利用していたな!」

 

 ジークフリートがイザベラの動揺を見抜いた。不老長寿の霊薬アルマを私的に使い、若々しい姿を保っていたのだと推測する。

 

「イザベラ……真なのか? そなたが私的にアルマを使用していると言うのは。そなたは病に苦しむ民の為にと希少なアルマを工面して分け与えていたのではないのか?」

 

「い、いえ、私は決してそんなことは」

 

「イザベラ様……こうなっては今の私に貴方の言動を信じることはできません。調べていけばいずれわかる事……ご自身が潔白と言うのであればここは大人しく投降してください」

 

「イザベラよ……ワシも真実が知りたい。ランスロット、そなた達も一度武器を捨てて話し合おうではないか?」

 

 カールとランスロットが全てをハッキリさせるべくイザベラに投稿を促した。

 事ここに至っては、もう証言だけでは事実はハッキリとわからない。証拠となるものを探し真実を把握する必要がある。

 

「――わかりました。身の潔白を証明するためにもここは大人しく従いましょう」

 

 イザベラも折れて、うなだれながらも二人の言葉に同意する。

 

 謁見の間に流れていた緊迫した空気が消え、一同はこれで事態の真相がわかると安堵したところでイザベラの雰囲気が変わった。

 

 

「大人しく従います……なんて本気で言うとでも思ったかぁ? どいつもこいつもピーピーピーピー詰まんねえことで騒ぎ立てやがってよぉ! イイ子ちゃん振りやがって……皆アルマで長生きしてぇんだろ? ガタガタ騒いでねえでお零れにあずかってりゃいいのによぉ! こうなったらてめえら全員ぶっ潰して全て真っ新にしてやるよ!」

 

 口調が変わり、怒りに目を血走らせながらイザベラは大きな声を上げた。

 その場にいた全員が余りの豹変ぶりに言葉を失う。

 

「どうやら、黒だったみたいだね」

 

「最低……同じ女性として嫌悪感しかありません」

 

「こんな……こんな人のせいで、ルフルスの村の人たちは!」

 

 グラン、ジータ、ルリアが侮蔑の視線と共に言葉を発した。

 観念したかと思えばこの変わりよう。そしてここにいる人たちを全員自分と同じ人間だと思い込んでバカにしたような発言。心の底から嫌悪感を表して三人はイザベラを睨み付ける。

 

「はん! 何とでもいえ。テメェ等はもうすぐ惨たらしく死ぬんだからな! シルフ様ぁ~」

 

「なんだ? イザベラ」

 

 イザベラと共にカールの傍らにいたシルフが顔を出す。相変わらずの感情の見えない表情で返事をする姿にイザベラは満足そうに笑うと、またも声を張り上げる。

 

「ここにいるバカどもを皆殺しにしろ! こいつらは寄ってたかってアタシらを悪者にする逆賊だ!! アルマで栄えたこの国の安寧を脅かす反逆者どもなんだよ、コイツ等はぁ!!」

 

「逆賊……国を脅かす敵か?」

 

「そうだ~だからコイツ等を皆殺しにするんだ……霊薬アルマの恩恵を忘れ、国を転覆させようとするコイツ等を。さぁ、早く殺せぇええ!!」

 

「わかった」

 

 考えることをせず、シルフは言われるがままに力を解放しようとする。少女の姿をしていようと星晶獣。その力はファフニールと同等かそれ以上。高まる力の気配を感じてルフルスの村民は怯え、ランスロット達は戦闘態勢を取った。

 

 

「醜悪な……ランスロット、ヴェイン。これがこの国の病巣の正体だ。善悪の区別がつかず悪意に支配された星晶獣と、欲に塗れた狂人。それによって一部の人間だけが潤い、国は疲弊するばかり」

 

「ジークフリートさん……あんたはずっとこれと戦ってきたのか」

 

「すまない、俺達はずっと貴方を誤解してきた」

 

 大剣に手を掛けながらかけられた言葉にランスロットとヴェインは後悔の念を見せながら己の不義理を嘆いた。何も考えず、ただもたらされた事実だけで嘗ての恩師を逆賊と罵り、恨み続けた。これまで抱いていた感情が強かった分だけその後悔は大きかった。

 だが、そんな二人の表情にジークフリートは一喝で返す。

 

「二人とも、何を言っている! 後悔するのは後回しだ。今はやるべきことがあるだろう?」

 

 戦場では敵だけを見据えろ。

 ランスロットの脳裏に嘗ての師が教えてくれた言葉がよみがえる。

 

「――その通りだな。ヴェイン、やるぞ!」

 

「あぁ、やってやんぜ!!」

 

 カールを玉座から避難させ後ろへと守りながら三人の騎士がシルフの前に躍り出る。

 

 背負う大剣に手を掛け鋭くシルフを見据えるジークフリート。

 双剣を手に、前傾姿勢で今にも飛び出さんばかりのランスロット。

 ハルバードを握り直し、全力を叩き込まんと力を込めるヴェイン。

 

 今ここに袂を分かっていた竜の騎士が本当の意味で集結した。

 

 

「全空に誇りし竜の騎士団を持つ大国。フェードラッヘの王、カールよ! これより御前にて争う無礼をお許しください。 黒竜騎士団団長ジークフリート、先王ヨゼフの命によりこの国に正しい秩序を取り戻す!」

 

「白竜騎士団団長ランスロット、この双剣でフェードラッヘの未来を切り開く!」

 

「同じく白竜騎士団ヴェイン、いざ参る!」

 

 三人の騎士がシルフへと駆け出す。その手にある武器で、己が忠義を示すべく闘いに入ろうとした矢先……

 

 

「だめぇええええ!!」

 

「ルリア!?」

 

 横合いより彼らの前にルリアが出て来る。

 必死の表情で彼らの前に出てきたルリアは両手を広げ、先に進むなと言わんばかりに立ちはだかった。

 

「ダメです三人共! シルフちゃんはただイザベラさんに騙されていただけ。ランスロットさんやヴェインさん、カール国王と一緒で騙されているだけです!」

 

「退くんだルリア! シルフとて星晶獣。力を解放すれば一筋縄ではいかない存在だ。そんな事を言っていられる状況では」

 

 何を甘いことをと、押しのけようとしたジークフリートの前に今度はグランとジータも立ちはだかる。

 

「いいや、僕達もルリアと同じ気持ちだ」

 

「グラン、ジータ……」

 

「騙されて利用されて……何も知らないまま悪者扱いで討伐なんて、シルフが可哀想です」

 

「良い様に利用されて何も知らないまま殺されそうになった人を、僕達は知っている。その人がどんな苦しみを味わったのかも、どれだけ辛い時を生きてきたのかも。目の前で同じ様な事が起きようとしているなら、僕達はそれを許さない」

 

 利用されるだけ……使われるだけ使われて危険だからと殺されかけた男を彼らは知っていた。

 だから、目の前でイザベラの言いなりになってシルフが討たれるのを見過ごせなかったのだ。彼を仲間に迎え入れたグラン達だから。

 

「シルフちゃんを説得しますから、少し時間を下さい」

 

「無茶苦茶なお願いだとは分かっていますが、どうかおねがいします」

 

「コイツ等なら何とかしてくれるから頼むぜ!」

 

 ビィも加わり説得されて、ジークフリートは逡巡する。僅かな思考の末にジークフリートは苦々しく答えを返した。

 

「ええぃ――わかった。危険だと判断したらすぐに割って入る。頼んだぞ、お前達」

 

「はい!!」

 

 口をそろえて返事をした三人はゆっくりとシルフに歩み寄っていく。持っていた武器を手放し、丸腰の状態で。

 

 

 

「あのお子様共が……気持ちは嬉しいが心配する身にもなれってぇの」

 

 そんな彼らの背中を少しだけ優しい笑顔で、セルグは見つめていた……

 

 

 

 

 力を解放する直前のシルフの目の前まで来たルリアはそっとシルフへと一歩踏み出す。

 

「ルリア……?」

 

「シルフちゃん、少しお話しましょう」

 

「お話? 何故? ルリア達はこの国の敵?」

 

「いいや、違うよシルフ。僕達はこの国の敵じゃない」

 

「むしろ……敵になってしまったのは貴方の方なの、シルフ」

 

 ジータの言葉でシルフは首をかしげた。解放した力が徐々に露散していき、話しやすい雰囲気へと変わっていく。

 

「私が? 何を言っているのかわからない。私が敵?」

 

「シルフちゃんが作るアルマのせいで苦しんでいる人達がいるの……」

 

「アルマのせいで? アルマは民を幸せにしてくれているはず。イザベラ、どうなっている?」

 

「耳を貸すなシルフ。戯言だ、こいつらはお前を騙す為に出まかせを言っているんだぁ!!」

 

「このっ! よくもそんな事を! シルフ、アルマは確かに民を病から解放し幸せにしていた。でもその裏で、アルマの副産物カルマの毒によって、逆に病気になって苦しんでいる人達がいたんだ!」

 

 イザベラの強い言葉にグランが怒りを覚えながらも、冷静事実をに返していく。

 ジータもそれにすぐさま続いた。

 

「シルフ、貴方がこのままアルマをつくり続ければ、この国はドンドンそのカルマの毒に侵されていく……貴方はこの国を破滅へと導いてしまっているの」

 

「毒? イザベラ、カルマとはなんだ?」

 

「耳を貸すんじゃねぇ! でたらめだって言ってるだろぉ!」

 

「でたらめ? 嘘なのか」

 

「シルフちゃん! 私はシルフちゃんの友達です! 絶対嘘なんて言いません!」

 

「わからない、誰が嘘で誰が本当か……」

 

 ここにきて初めてシルフは感情を見せた。何を信じていいかわからなくて困った表情を……迷いを見せたシルフに更に言葉を投げようとしたグラン達だったが先にイザベラの狂気の声が割って入る。

 

「良いからお前は私の言う事だけ聞いてればいいんだよぉ。昨日今日知り合ったそいつらと私とどっちが信じられるんだ、あぁ? 黙って私の言う事をッエブ!?」

 

 大きな声でわめき散らしていたイザベラを蹴り飛ばし、セルグが黙らせる。

 折角グラン達が説得してくれていると言うのに面倒を起こそうとするイザベラに、情けも容赦もなく振り抜かれた蹴撃は地下牢の時と同様にイザベラを吹っ飛ばした。

 

「少しお前が黙っていろ……余計な口を挟むな。さて、シルフ……オレ達からも少し話がある」

 

 そう言ってシルフの前に出てきたセルグは、傍らにヴェリウスを呼び出した。

 

「欠片よ……そこにいるのは同胞か?」

 

「ああ、記録の星晶獣、ヴェリウスだ」

 

 ”愚かなヒトに毒されし星晶獣よ、我の話を聞け”

 

 セルグの肩に留まり、ヴェリウスは偉そうに口を開いた。

 

「ヴェリウス、そなたは嘘を言わないか?」

 

 ”我を愚劣なヒトと一緒にするでない。星晶獣たる我の口からこんな些末な国の為に吐く嘘などないわ。お主がアルマを作る過程で生まれる副産物カルマによってこの国の土壌は汚染され続けておる。それも急速にな。アルマは一方で民を癒す薬であり、一方で民を苦しめる毒でもあるのだ”

 

 イザベラからは民を救う奇跡の霊薬だと聞かされていたシルフはここにきてアルマが民を苦しめていると知り揺らいだ。

 

「そうなのか……ではどうすればいい? 私にはわからない」

 

 迷いを見せながらも同胞である星晶獣ヴェリウスの言葉にシルフが疑念を抱くことはなく、どうすればいいかをグラン達に尋ねてくる。

 

「シルフちゃん、私達と一緒に行きませんか? この国に居ては、アルマを欲してまたシルフちゃんが狙われるかもしれない。私達と一緒に空の旅にでましょう」

 

 そんなシルフに、ルリアは優しく答える。その小さな手でシルフの手を取り、一緒に行かないかと。

 

「良いね、それなら大歓迎だ。僕達と一緒にイスタルシアを目指して旅に出よう。どこかでシルフが静かに暮らせる場所があるかもしれない」

 

「そうだね、シルフ。一緒に行きましょう!」

 

「そいつは良いな! シルフ、一緒に行こうぜぃ!!」

 

 グランとジータも賛同を示し、一緒にシルフを抱き上げる。ビィもちゃっかりシルフの頭に乗って傍に寄り添った。

 

「私は国にいない方がいい? そうなのか同胞よ?」

 

 国から離れると言う提案に少しだけ自信なさげにヴェリウスに尋ねるシルフ。今度はセルグが答えた。

 

「シルフ……一つだけ確かな事がある。アルマなんてものは無い方がいい。確かに不老長寿の奇跡の薬かもしれない。だが、それに頼ってしまえばいずれ民は弱くなってしまう。怪我や病を自ら治すチカラが無くなり霊薬無しでは生きていけない脆い体に成り果てるだろう。一時の幸せは在ってもその先に待つのは破滅だ。カルマがあろうとなかろうとな」

 

 ”こやつの言うとおりだ。お主が安易に力を使いヒトに分け与えたことでこの国は破滅に向かっておった。今お主がこの国の為にできることは只一つ……ここで死ぬかここから消えるかだ”

 

 二人の言葉にシルフは小さく残念そうな表情を見せて俯いた。

 星晶獣であろうと生きているのだ。シルフにも国の為、民の為という想いがあったのかもしれない。それが災いとなっていたと聞かされて悲しみを覚えているのだろう。

 

「そうなのか……わかった、ルリア。そなたと一緒に連れて行ってはくれぬか?」

 

 しばらく俯いていた顔を上げるとシルフはまた感情の希薄な顔を浮かべ、ルリアの提案を受け入れた。

 

「シルフちゃん!! ありがとうございます、一緒に行きましょう!」

 

 大喜びのルリアとグラン達。だが、対照的にシルフの表情はやはり浮かない。

 

「イザベラが守るこの国の為にも、私は居ない方が良いのだろう。 イザベラ、いままでありがとう」

 

 最後にもの言わぬイザベラへ寂しげな視線と感謝を向けて、シルフはルリアの中へと吸収されていく。

 

 

 こうして、大国フェードラッヘに渦巻く陰謀は静かに幕を下ろした。

 



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シナリオイベント 「救国の忠騎士」 8

 謁見の間にて、執政官イザベラの悪事が暴かれてから数日後……

 グラン達は改めて礼を述べたいとの声を受け、謁見の間に呼び出されていた。

 

 

「そなたらのおかげで、イザベラの悪事は露見し、国の安寧を取り戻すことができた。ランスロット、ヴェイン。騎空団の面々にソフィアよ。ファフニールの一件から続いた此度の活躍に改めて礼を言おう。感謝する」

 

 一国の王であるカールの心からの礼を受け、騎士達はすぐさま拝礼し、グラン達は少しだけ戸惑いながらランスロット達の後に続く。

 

「シルフ、そなたもイザベラに利用されていたようで……本当にすまなかった。全ては奴を重用した儂の至らなさが招いたこと。どうか許して欲しい」

 

 ルリアの隣でフワリと浮かんでいた、少女の姿をした星晶獣シルフに向けて、カールは謝罪をする。

 イザベラの悪意を見抜けなかったこと。国を支えていたシルフをイザベラだけに任せ、己で見ていなかった事。

 全ては自分が身の回りを見れていなかったことが原因だとカールは述べた。

 

「王よ、そなただけのせいではない。私は創造主より意思を与えられ、生きる事を許されていた。それなのに私は何も考えずにイザベラの言葉を信じ、知らぬ内にこの国を害していた。悪いのは私も同じだ」

 

 淡々と、相変わらずの無表情のままシルフはカールの言葉を否定する。少しだけ予想外なシルフの返答に一同が困惑するも、シルフはそのまま続けていく。

 

「私は創造主よりアルマを作り出す能力を授けられた。空の民が永劫の時を生きられるように……と。その私のチカラで空の民が死んでいた。私は創造主の願いも忘れ、ただ漫然とこのチカラを使うだけであった」

 

 アルマの影に隠されていたカルマ。その存在を知らなかったと言えど、生み出していたのはシルフだ。

 カール同様、シルフの言葉にも自戒の意が込められていた。

 

「先代のヨゼフ王はカルマの……と言うよりはアルマの危険性について知ってしまった。そしてイザベラを止めようとした為に誅殺された」

 

「んでもって、ジークフリートにその罪をなすりつけたってぇのか……イザベラはホントふてぇ野郎だぜ!」

 

 セルグの言葉に合わせ、ビィはイザベラに怒りを示す。グラン達も同様に、改めてイザベラが行った悪事に不快な表情を見せながら頷いていた。

 

「イザベラにも相応の罰が下った。霊薬アルマに依存していた彼女はその反動で今や見る影もない程老いさらばえてしまった。自身の美貌に誇りを持っていた彼女からすればあの姿は辛いものだろう……同情の余地はないが」

 

「当然だな……如何に発端がアルマであり、カール国王やシルフに責任が多少あろうと、全ては奴が行った事だ。同情の余地等皆無だろうさ」

 

「そうですね……同じ女として、彼女の欲望はわからなくはないですけど、そのために犠牲になる人が出ていいはずがありません」

 

「同感ですソフィアさん。気持ちは分からなくはないけど、許せませんよね」

 

 女性として共感できる部分がありながらもソフィアとジータは辛辣にイザベラを非難する。それだけ彼女が行ったことは許せることではないのだろう。

 

「捕らえられていた反イザベラ派の文官たちが解放され、これからはより慎重に政治を行っていくつもりだ。そして、今後は霊薬になど頼らなくても国を豊かに発展していけるよう、チカラを尽くしていこうと思う。……なぁランスロット、ヴェイン?」

 

 柔らかく笑いながらカールが声を掛ける先は跪く二人の騎士。

 

「ハッ! この身を粉にして、尽くす所存でございます」

 

「騎士団各位、須らく陛下の御力になることを誓います」

 

 淀みなく応えるランスロットとヴェインの瞳には、これからに向けた強い意思が伺える。

 自信に満ちた二人の答えに頷きながらカールはグラン達へと視線を向けた。

 

「あのっ、カール国王!」

 

「む? なんだ? グランよ」

 

 口を開こうとしたカールを遮り、グランが先に声を上げる。

 

「ジークフリートさんはどうなりますか? 彼の罪はイザベラによる無実の罪だと分かりました。国家の大罪人と呼ばれながら、国の為に動き続けていた彼がどうなるのかをお聞きしたいです」

 

 反逆者扱いだったジークフリートの今後の処遇について、グランはカールを問い詰めた。

 濡れ衣を着せられながらも、先王との誓いを果たす為、国の為に、忠義を尽くした騎士であるジークフリート。

 彼のこれまでを考えると、それ相応に褒賞が無ければ納得がいかないと言う様に、グランは息巻いて問いかける。

 

「そのことか……それならば昨日」

 

「カール国王、申し訳ありません。支度に少し手間取りまして」

 

 カールがグランに説明しようとするところで、まだこの場に居なかったジークフリートが姿を現す。

 相変わらずの漆黒の鎧。兜は外して素顔を晒しているが、その姿はどうやっても威圧感が拭えない。

 ランスロット達と並んだジークフリートを待ちわびていたかの様にカールは喜びの声を上げる。

 

「おぉ、ジークフリートよ。待っていたぞ。グラン、先ほどのお主の質問の答えじゃ。ジークフリートよ、騎士団の団長に戻る話……決めてくれたか?」

 

「団長に戻る? ……それってつまり」

 

「そうじゃ、ジークフリートを今一度英雄として騎士団に迎える。それがジークフリートに報える方法かと考えた。ジークフリート、返事を聞かせてもらえんか?」

 

 期待に染まる瞳を向けられながら投げられたカールの言葉に、一拍を置いてジークフリートは静かに答えを告げる。

 

「カール国王……やはりその話、申し訳ありませんが辞退させていただきます」

 

「なっ!? 何故ですかジークフリートさん。今の貴方はもう疑いの晴れた身。騎士団に英雄として戻ってこれからを生きても」

 

「フッ、どうしたのだグラン。随分と俺の処遇に執心しているようだが?」

 

 当事者でもないグランが何故か必死な様子でジークフリートに食い下がる姿にジークフリートが苦笑しながら疑問を口にする。

 確かに、このままジークフリートに何もなくては納得はできない。この場に居る誰もがそう思うほど、ジークフリートは国に尽くしてきた。自分の信念を曲げず、悪評に負けず。これほどの忠騎士はどこを探しても他にいないだろう……そう思える位に彼の功績は大きい。

 だからこそグランは、団長という地位を手放すジークフリートに納得できなかった。

 

「――貴方は騙され、隠れて生きることを余儀なくされた。無実の罪を背負い、それでも忠義を尽くした。僕はそんなジークフリートさんを心から尊敬している。だから、貴方が反逆者のままでいるのは少し許せない気持ちだ」

 

 グランが語るジークフリートの処遇に拘る理由。その言葉の裏にあるのは、彼の境遇がどことなくセルグに似ているから。要らぬ罪と汚名を着せられ、明るい世界で生きることを許されなくなったジークフリートには、セルグ同様救われて欲しいとグランは切に願っていた。

 

「グランの言うとおりだ、ジークフリートさん。貴方には騎士団に戻って、またこの国の為に共に戦って欲しい。俺達も貴方が反逆者のままでいてほしくは無い」

 

「ランスロット……お前もか。残念だが俺の答えは変わらん。カール国王、私は国の為とは言え騎士団の者にも手を掛けました。縛龍の封印を解いてイザベラとシルフをおびき寄せたのも私です。確かにヨゼフ様殺害の罪は晴れたが、私が行ったことは余りに多い。このまま私を英雄として迎え入れては要らぬ混乱を招きます。何より私自身の気持ちが晴れません。よって、騎士団に戻る話は断らせて頂きたく思います」

 

「ジークフリートさん! そんな事」

 

「ランスロット、お前は良いのか? 俺が戻ってきたからと言って、あっさりと団長を明け渡せるのか? そんな甘い覚悟で団長を務めていたとでも言う気か?」

 

 引き下がらないランスロットを遮り、ジークフリートは小さく笑いながら挑戦的な言葉を向けた。

 その瞬間に、ランスロットはハッとした様に口を噤み少しの逡巡のあと、口を開く。

 

「――いいや、そんなことはない! 俺はあの日アンタを超えようと、アンタよりも立派な騎士団長になると誓った!」

 

 嘗ての誓いを思い出し、ランスロットが吠えた。それは谷でジークフリートに見せていた激情にも勝る、力強さを秘めて、謁見の間に響き渡る。

 ランスロットの覚悟を再確認したジークフリートは安心した様にまた笑みを溢した。

 目の前にいる嘗ての教え子はこれから立派に団長を務めあげるだろうと確信して……

 

「ならばそれでいいだろう……今更俺が戻るより、今の騎士団にはお前という団長の方が必要だ」

 

「――わかった、もう何も言わない。だがこれだけは忘れないでくれ。ここには貴方を尊敬する騎士がたくさんいる事を……貴方に憧れて騎士を目指した者がいることを。反逆者としてではなく英雄として、いつでも顔を見せてくれ」

 

「そんな調子では困るな。お前やヴェインには早く俺を超えてもらわないといけない。さっさと精進して国を引っ張って行ってくれ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「任せて下さいよぉ! ジークフリートさん!」

 

 ランスロットは静かに、ヴェインは相変わらず雰囲気をぶち壊すように明るく。それぞれ決意を込めて返事をした。

 二人の返事を聞いてから、ジークフリートはグランへと向き直る。

 

「グラン、君の気持ちは嬉しいが、これが俺の答えだ。納得はできないかもしれないが……」

 

「いえ、当事者の貴方がそう決めたのなら僕が騒いでも仕方ないですから……そのかわり一つお願いしたいことがあります」

 

「む、お願い……?」

 

 唐突なグランからのお願いにその場の皆が疑問符を浮かべるのだった……

 

 

 

 

 城の中庭。

 広い庭園でジークフリートとグランが向かい合う。

 ジークフリートはこれまで通り大剣を背負い、グランはサイドワインダーの服装からウェポンマスターの鎧へと姿を変えていた。

 

「まさか剣も得意とはな……本格的に騎士団に入団して欲しいものだ」

 

「谷での貴方とセルグの話を聞いてから、全力で戦ってみたかった。あの時は不覚を取ったけど、今度は武器も変えての全力だ。油断してたら痛い目を見ますよ」

 

 挑発するように笑うのは、金色の剣、”七星剣”を握ったグラン。

 瞳を閉じ、集中の境地にたどり着いたグランはそのチカラを余すことなく解放する。

 

 

 七星剣が放つ光を纏いグランの雰囲気が変わる。

 ゾクッっと鳥肌が立つほどの強烈なチカラの発現。グランが発するそれは谷でのセルグの時とはまた違う恐ろしさをジークフリートに感じさせた。

 

「その若さでこの存在感……全く、セルグと言いグランと言い、騎空士とは化け物の集まりだったりするのか」

 

 ランスロットやヴェインと比べればまだまだ未成熟な子供だと言うのに、グランの威圧感は谷でのセルグに匹敵した。

 そんな目の前のグランに対してジークフリートは慄きと共に呟く。

 

「僕にとってセルグは最大の目標かな。そして今は貴方も同じだ。さぁ、全力で行かせてもらうぞ!」

 

 戦意を剥き出しにして笑うグランにつられるように、ジークフリートも小さく笑った。やはり戦士として強者との戦いと言うのは心が躍るものなのだろう。目の前にいるまだ少年の面影が残るグランにセルグと同等の強者の気配を感じながらジークフリートは大剣に手を掛けた。

 

「良いだろう! もとより手加減などする気は無かったが、とても手加減できる相手ではなさそうだしな。こちらも本気で行くぞ!」

 

 互いに武器を構え、二人は全力でぶつかり合う。

 この戦いは、熾烈を極め、中庭に集まった国王や兵士達を沸かせた。

 

 

 さらにこの後二人の戦いに触発されて、ジータ、ヴェイン、ランスロット、セルグも加わり、騎空士対騎士団のハイレベルな戦いが次々と中庭で行われ、観ていたカールと騎士団員達に多大な影響を及ぼしたとかなんとか。

 

 余談ではあるが、この戦いを見て、騎空士とは化け物だらけだと言う間違った認識がフェードラッヘに広まることになる……

 

 

 

 

 

「さて、それじゃ行こうか」

 

 グランの声にルリアが、ビィが、ジータが頷く。

 港まで見送りに来てくれた騎士達とソフィアに振り返って別れのあいさつを済ませようとしたところで彼らは違和感に気付いた。

 

「あれ、セルグ? そこで何してるの?」

 

「セルグさん……どうしたんですか? もう行きますよ」

 

 彼らの目の前にはランスロット達と並んでグラン達を見送る側に立っているセルグの姿。

 不思議に思いグランとジータが呼びかけるも、セルグに動く気配は無く、仲間達は首をかしげた。

 

「悪いな、グラン、ジータ……突然だがしばらくの間、ここに残る事にした」

 

「は?」

 

 思わず間抜けな声がグランから漏れる。

 唐突にもたらされた話に思考が追い付いておらず言葉を返せないグランを尻目にセルグは続ける。

 

「慟哭の谷で皆と別れた時、オレは胸の内にある違和感に従いそれを辿った。だが、今回の件でカルマの脅威はなくなったはずなのに、いまだにオレの胸には不安が……妙な危機感が燻っている。この国にはカルマ同様に危険な何かがまだ残っているような気がしてならないんだ。だから……少し、この国を歩いて調査をしようと思っている」

 

「そうなのですか? それじゃセルグさんが残るなら私達も一緒に残って協力を」

 

「まてまて、あくまで証拠も何もないオレの変な感覚に過ぎない話なんだ。そんなことでお前達の旅を止めるわけにも行かない。グラン達はそのままイスタルシアに向けて次の目的地を探してくれ」

 

 仲間を一人残すのは気が引けると、ジータが出発を取りやめようとしたところをセルグが遮る。

 

「そんなぁ。セルグさんを一人だけ残して先に行くなんて……」

 

「おいおい、ルリア。別にこれでもう会えなくなるわけじゃ無いし、危険があるわけでもないんだぞ。一体何の心配をしているんだ」

 

「――セルグ、君の言う違和感についてなら騎士団の方で調査もできる。わざわざグラン達と離れなくても」

 

「ランスロット。国の立て直しの為に人手が必要な今、こんな根拠のない話に騎士団を使う訳にもいかないだろう。気にするな、先にも言ったがこれで今生の別れという訳ではないんだ」

 

 別れ際の悲しそうなルリアの表情にいたたまれなくなってかランスロットが提案するが、それはフェードラッヘの現状を考えれば難しいだろうとセルグに切り捨てられた。言葉を返すことができずにランスロットは仕方なく引き下がってしまう。

 

「ヴェリウスがいれば何かあった時に連絡は出せるし、問題ないだろう。心配なら定期的に手紙でも送るか?」

 

「全く……またそうやって勝手に決めて心配かけるような事ばかり。どうせもう引き下がらないんだろ? わかったよ。それじゃちゃんと定期的に連絡だけはしてくれ。じゃないとジータもルリアも心配ですぐ迎えに行こうとか言い出しそうだから」

 

 ため息一つ吐いて、グランはうんざりしたようにセルグの提案を受け入れた。

 何を言おうがセルグはきっともう決めているのだと悟り観念したように両手を上げている姿にはどこか疲れが見える気がするのは気のせいじゃないだろう。セルグのせいで、グランの心労は確実に増えているようだ。

 

「わかった、善処しよう」

 

「約束! をしてくれ」

 

「あ、ああ……約束しよう」

 

 ちょっとだけ怒りの込められたグランの言葉に慌ててセルグは返した。

 最近グランとジータに押され気味だと思うも、わがままを言っている手前強気になれず、素直に従うことしかできないセルグに、騎士達とソフィアからは小さく笑いが漏れた。

 

 

 

「それじゃ……言うだけ無駄だと思うけど、気を付けて。ちゃんと何か問題があれば知らせてくれよ」

 

「もぅ……ホント、いつも心配ばっかり。こっちの身にもなってください!」

 

「まぁまぁ、良いじゃねえかジータ。どうせセルグなら危ない目に会ってもケロっとしてるだろうぜ」

 

「うぅ……セルグさん! 気を付けてくださいね。危なかったらすぐ知らせて下さい! 必ず助けに来ますから!」

 

 一言ずつセルグに言葉を残し、グラン達は艇へと乗り込んでいく。

 心配そうな顔を見せながらもグランサイファーに乗ったグラン達はその数分後には空に飛び立って見えなくなっていた。

 

 

 

「行ったか……最後まで心配そうな顔をされてしまったな」

 

「セルグ、一体何があると言うんだ? わざわざグラン達と別れてまでこの国に残るなんて」

 

 空を見つめながら呟いたセルグにランスロットが疑問を呈する。

 その場にいたヴェインとソフィアも含め、今のセルグの行動には疑問がつきなかった。

 

「さっきも言った通りだ。カルマのように嫌な気配がこの国にまだ残っている。杞憂であればいいが、そうは思えない程にそれはハッキリとわかるんだ……」

 

「でもよぅ、態々グラン達と別れる必要あったのかよ? 気になるなら一緒に調査してもらえばよかったじゃねえか」

 

 グラン同様にどこか不満そうにヴェインは苦言を呈する。仲間に心配をかけるセルグが少し彼の気に障ったのか、その視線には責める意が込められていた。

 

「オレの思い過ごしだったら……なんてのは希望的観測だからな。今回の様に国が絡んでの陰謀なんてのもあるんだ。危険な目に会うかもしれないのに巻きこめるわけがないだろう」

 

 問いかけてきたヴェインに対し、セルグは真剣な表情になって返した。

 危険な事に巻きこみたくないという決意を見せながら、少しだけ寂しそうにも見えたセルグの表情を見てヴェインはニヤリと笑みを作りながら茶化すように言葉を返す。

 

「へへ、結局それなんだよな~セルグって本当に過保護って言うかさ。もう少しグラン達を信じてやってもいいんじゃないか?」

 

「そうですね、貴方がそうやって巻きこみたくないと思う様に、彼らも貴方には危険な目に会って欲しくないと願っているはずです」

 

「その通りだ、セルグ。君は少し心配をかけていることを自覚するべきだ」

 

 示し合わせたかのように苦言を呈され、セルグはたじろいだ。

 

「な、なんだお前ら……三人で寄ってたかって。オレは別に心配されるようなことをするつもりは無いぞ……それよりソフィア」

 

「え、はい。なんでしょうか?」

 

「確か聖地巡礼の途中だったな。少し一緒に行かないか。ゼエン教について色々と聞いてみたい」

 

 セルグとしては茶化されたような空気を消すための苦し紛れの言葉だったのかもしれない。だが興味本位で告げたこの言葉が彼の災難の始まりだった。

 

「まぁ! ゼエン教に興味が御有りなのですか! いいです、一緒に行きましょう! 是非行きましょう!」

 

「あ、いや……別にゼエン教に入信するつもりじゃないんだが」

 

「いえいえ、話を聞けばきっとセルグさんもきっとゼエン教を信じたくなるはずです! いえ、信じさせてみせます! ウフフフ……」

 

 やる気に溢れながら見せられる、見目麗しいソフィアの嬉しそうな表情。普通なら見る者を虜にする魅力あふれるはずのその表情が、今は見る者をどこか不安にさせる。そんな危険な表情を浮かべるソフィアにセルグは慄いた。

 

「お、おいランスロット、ヴェイン。ソフィアの奴なんかヤバい貌になってねえか?」

 

「どうやら、琴線に触れる話題だったようだな。残念ながら俺達はすぐに王都に戻って任務に就く。自分で何とかしてくれ」

 

「へへ……そう言う訳で、がんばってなぁ~」

 

「お、おい! まて二人とも!」

 

 哀れ……仲間と別れ、騎士達に見放されたセルグは標的を見据えた捕食者の眼をした聖職者を前に、救援は望めないと悟る。

 

「さぁ、セルグさん。今日からたくさんお話をしましょう……今夜は寝かせません!」

 

 怪しく笑うソフィアを前にして、セルグは小さく呟いた。

 

「――――こんなに色気のない寝かせませんは初めてだよ、ちくしょう……」

 

 己の不用意な発言が招いた事態にゲンナリとしながらセルグはこの日、ソフィアと熱い(一方的な)夜を過ごすことになる。

 

 翌日、逃げ惑う男と僧侶の姿を街で多くの人が見かける事になるがそれはまた別のお話……

 

 

 

 



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シナリオイベント 「亡国の四騎士」 プロローグ

本編スランプ状態の息抜きで書き始めた四騎士シリーズ第二弾。

導入部のみですが本作の四騎士をお楽しみください。


 

 王都”フェードラッヘ“へと向かう道中の関所。

 そこで出くわした盗賊崩れと癒着していた兵士達に馬車を止められ、グラン、ジータ、ルリア、ビィの4人は足を止められていた。

 

 

「オラァ!! さっさと積み荷を置いてきな」

 

「ついでに女どもは連れて行け!」

 

 

 響き渡る怒声。

 盗賊程度、星晶獣に比べれば雑魚も同然……彼らにしてみれば苦戦するわけもない相手だが、生憎と馬車には他にも乗客が何人かいる。

 多勢に対して、実質戦えるのはグランとジータだけであり、庇護対象がいるとなるとなかなかに難易度が跳ねあがる。間の悪い事に、今の服装は只の普段着であり剣を使う事しかできない二人にとって、この状況は厄介であった。

 

 だが、対峙していたのも束の間。後ろから庇護対象であるはずの乗客の一人が前へと出てくる。

 羽織っていた衣を取り払い、その姿を全てさらけ出したのは一人の騎士。

 燃えるような赤毛に刺々しいデザインの鎧を着込んで、腰に差した奇怪な剣を抜き放っていた。

 

 

「安心しろ。この程度の輩、造作もない。直ぐに消し炭にしてやる」

 

 ――炎の化身

 

 そう思わせる紅蓮の炎が騎士の剣より放たれる。

 先の発言通り、それはヒトを消し炭にするには十二分な熱を持っており、竜巻の如き炎の奔流が賊の幾人かを呑みこむ。

 

「運が悪いなお前達。生憎と今の俺は虫の居所が悪い。ましてや貴様らの様な輩を見ると虫唾が走るのでな……悉くを灰燼と帰してくれよう」

 

 幾人、そんな程度で済ませるつもり等騎士には無かった。

 馬車に乗っていたのは戦によって住む場所を奪われた、この先苦しい生活が待つような弱者達。

 そんな必死に生き延びようとする弱き民達を嘲笑うような目の前の盗賊崩れ共の蛮行。ジータやルリア、後ろにいた母娘を見て、彼女達を金に勘定し始める下種な思考。

 その全てが彼にとっては逆鱗に触れるに等しい行為であった。

 逃す気もなければ、情けを掛ける気もない。

 

「その身に刻め、”ローエン・ヴォルフ”」

 

 奇怪な形状の剣が、纏う炎を解放する。

 呑みこめば全てを滅する事の出来る熱をもち、宵闇の黒を紅へと照らすことのできる炎が、意思を持ったかのように荒れ狂いその場を埋めていった。

 一人、また一人と逃げようとした賊と兵士が呑みこまれていく。巻き起こった紅蓮の竜巻の後に残るは、宣言通りの消し炭となって崩れた黒い灰だけであった。

 

 

「――なんて、炎だ」

 

「すごい……けど」

 

 至近でその光景を見ている事しかできなかったグランとジータは、その業の完成度に驚き、無慈悲な制裁に小さな痛みを胸へと感じる。

 殺す必要はあったのか? 追い払うだけでよかったのではないか?

 疑念は自然と視線に混ざり、不穏な空気が二人から発せられた。

 

「不服か? 俺のした行為が」

 

 いち早く察知したのは向けられた本人であった。

 炎の剣を収め、先程炎を放った時の気配を微塵も感じさせないで騎士は小さく笑う。

 所詮は少年少女……まだ年端もいかない子供ではそう思うのも無理は無い。そんな騎士の思考がグランとジータには透けて見えた。

 

「追い払えばよかったか? 命を取る必要はないと?」

 

「そうです……追い払えば済んだ話。わざわざ命を奪う必要はどこにも無かったと思います」

 

「そうか――そっちの少年も同じ考えか?」

 

 先だって非難の意を示したジータの言葉を受け、騎士はその旨をグランにも問いかけた。

 同じようでありながら、少しだけグランの気配は違った。ジータの様に非難一色と言うわけではなく葛藤が見える。それを目敏く騎士は感じ取っていた。

 

「僕は――」

 

 静かに、グランは口を開いた。

 

「貴方の行為を否定はしない……貴方を非難はしてもね」

 

「グラン!? 何を言って」

 

「ほぅ? それはどういう意味だ」

 

 ジータの言葉を否定するような口ぶりにグランへと矛先を向けるジータ。

 渦中の騎士はジータを捨て置き、真意を測りかねるグランへと追及の言葉を掛けていく。

 

「悪い言い方にはなるけど見せしめ――――悪行へは命でもって償ってもらうと言う意思表示になる。それが通りすがりの僕達や貴方が行った事であっても、この場で起こった事が広まれば山賊へと身を落とす事への牽制には成ると思う。

 それは、今後こういった賊による被害を抑える抑止力になる」

 

「満点とは言わないが、及第点だ。それで、俺への非難とはどういう事だ?」

 

 ――面白い。

 甘いだけかと思えた少年の、先を見通した思考に騎士は興味深そうに続きを促した。

 先程、賊を滅した時もいち早く動いて戦おうとしていたこの二人だ。恐らく実力者であろう事はわかる。

 先を見るなら、己のこれからに必要な人材となるかもしれない……予感めいたものだが、騎士にしては珍しく気持ちが逸るのを抑えられなかった。

 

「ジータは優しいから言わなかっただけだ……貴方は殺す時、僅かではあるけど愉悦を浮かべた。

 少しではあるけど、彼等を殺すことに喜びを感じていた。彼らの行いへの怒りではなく、正当な理由を得て彼らを殺せる事を嬉しく思っていたんだ」

 

 瞬間、笑みを湛えていた騎士の表情が僅かに驚きへと変わる。

 見誤っていたのだ――まだ幼い少年少女。只の少年少女ではない何かを感じ得てはいたが、まさか己の心境の変化にまで気付いているとは思わなかったのだ。

 

「なるほど、そう言う事か――恐れ入った。まさか俺の変化に気付くとはな。謝罪をしよう……お前達を見誤っていた事と、俺の行いで不快にさせてしまった事を。すまなかった」

 

 あっさりと己の非を認め、謝罪の言葉を口にした騎士に、二人……いや、ここではルリアとビィも含めた四人は面食らう。

 ハラハラと見守っていたルリアやビィも含め、彼らはこの騎士が気位の高い騎士であることを感じていた。

 自尊心が高く、幼い彼らの非難など歯牙にもかけないと決めつけていたせいか、素直な謝罪の言葉は予想外であった。

 

「――なんで、ですか?」

 

「それは何に対してだ少年? 素直に謝罪をしたことか。それとも賊を喜々として葬った事か」

 

「どちらにもです」

 

 読めない人だと。グランはまだ残る非難の色を消す様に意識して問い直した。

 幼い自分達の非難を受けて素直に謝罪してきた。グラン達もまた騎士の事を見誤っていた。

 彼はそんな事で他者を見下すような人ではないと先程の謝罪だけで気付かされた。

 

「俺は騎士であることに誇りを持っている。善き行いには感謝を、悪しき行いには制裁を、不義について謝罪をするのは当たり前だ」

 

 剣を収めながら、騎士は自信に溢れる姿でグランの問いに応えていく。

 

「答えになっていません」

 

「そう睨むな小娘。ちゃんと説明してやる。

 俺はお前達を見て、まだ幼い少年少女という認識しか持たなかった……端的に言えば侮ったのだ。幼さゆえに甘い、幼さゆえに思慮が浅いとな。

 そして俺は確かに喜んでいた……賊へと身を落とし、他者を虐げ己の糧とする。そんな愚劣な者達をこの手で葬れることに]

 

「愚劣と決めつけるなよ。好き好んで賊に身を落とす奴ばかりとは限らない」

 

「ならばお前は先程の奴らにそういった致し方ない事情と言うものを感じたか? ないだろう……奴らは賊となり他者を虐げる事に喜びを覚える愚劣極まりない輩だった。そんな奴らを葬って何が悪い?」

 

「どんな悪人であれ、命を喜々として葬る事が悪くないわけが無い。それが賊への抑止力になろうともだ」

 

「ならばどうする? この俺に説教でも垂れて改心をさせるか? それとも、その腰の剣を持って己の正しさを証明して見せるか?」

 

 言葉と同時に、騎士が握る剣が再び炎を纏う。

 挑発的な言葉、挑発的な気配、臨戦態勢となった得物。

 不敵な笑みを絶やさない騎士の目を見て、グランは一つ息を吐く。

 

「ふぅ……そんな気は無かったんだけどな。まぁ、気に食わないのは事実だし――」

 

「――グラン?」

 

 グランの言葉に驚きの声を上げるルリア。そんな彼女を余所目にグランは緩めた空気を一転。

 臨戦態勢となったグランは件の騎士を睨み付けた。

 腰に差すは炎剣”ローエングリン”。つい最近よろず屋シェロカルテから以来の報酬で貰い受けた、やや幅広な両刃の剣だ。

 属性の力を解放すれば纏う炎は目の前の騎士に負けず劣らずな業火の剣である。

 

「いいよ……やってやる」

 

 目の前の騎士を気圧さんばかりの覇気と共に、グランは静かに剣を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 炎の騎士”パーシヴァル”は興味深そうに目の前の少年を見詰める。

 まだ少年の域をでない。青年と呼ぶには幼い。そんな彼が見せるのは己との歳の差を感じさせない程の強者の気配。

 構え、視線、纏う雰囲気。その全てが既にパーシヴァルが見てきたどの強者と比べても遜色がない。

 歴戦の猛者である事は紛う事が無いだろう。

 

「見事な炎だな……少年、名はなんと言う?」

 

「――グラン」

 

「グランか、雄大な響きの良き名だ……我が名は炎帝パーシヴァル。貴様のチカラ、見せてもらおう」

 

 ぶっきらぼうなグランの答えは既に戦闘へ向けた没入状態に入っているのだと感じ取らせる。

 やや重たげな両刃剣を構えてはいるが、剣に振り回されている感触は無い。自身のものにしている事がよくわかる。

 グランとの手合せに、パーシヴァルの心が躍った。

 

「いくぞ」

 

「あぁ、来い」

 

 小さく掛け合うとグランが動いた。

 隙を見せない足運びから踏み込む。それは長めの両刃剣を活かしたパーシヴァルの間合いギリギリの際どい位置。

 そして重さを感じさせない速さで腰だめから振るわれる横薙ぎの一閃。

 それを半歩後退し、剣を間に滑り込ませ受け流すように防ぐとパーシヴァルは即座に踏み込んだ。

 

「はぁ!」

 

 強力な一撃は容赦なくグランの首へと向けられるが、流れに逆らわぬようにグランは剣を振り回した。

 炎熱が剣を包み、炎の噴出によって速度を上げたグランの剣閃は、パーシヴァルの予想を超えて二人の間に割って入る。

 耳障りな金属質の音を立て、二つの剣がぶつかり合った。

 

「ふっ、おもしろい!」

 

「うおぉお!!」

 

 そのままパーシヴァルの剣を砕かんばかりにグランが力を込める。

 炎が速度を生み、重さが破壊力を生む。やや長大な剣はそれだけでパーシヴァルの防御を打ち崩した。

 不利を悟りパーシヴァルは間合いの外へと大きく後退。間合いを開け、グランの出方を待つ。

 

「先程の冷静さからは程遠い力強き剣だ……見事と言わざるを得んな」

 

「気に食わないって言っただろ。怒りを発散するには丁度いい戦い方だ」

 

「ほぅ、では真面目に戦えば今度はどんな戦いを見せてくれるのか――楽しみだ!」

 

 強くなった声と共に一閃。一足で踏み込んで鋭く早い一撃がグランを狙うも、紙一重でグランはしゃがみこんで回避。同時にパーシヴァルの足を払う。

 大きく跳躍して躱したパーシヴァルはグランの背後へと降り立ち追撃。だが、ここでグランもそれを予測していたかのように踏み込んでいた。

 

 甲高い金属質な音が再び鳴り響く。

 互いにぶつけ合った剣はぎりぎりと音をたて、二人はその膂力で押し合う。

 大人と子供の体格差がありながら、グランはそこで拮抗を見せていた。

 しかし――

 

「体格の差は簡単には埋められん。押し切らせてもらうぞ!」

 

 高い身長、やや厳かな鎧はそれだけ重量もあるだろう。

 押し合いは、高い位置から力を掛けられるパーシヴァルに軍配が上がる。

 

「――そうはいかないよ!」

 

 押し切られるのではなく押し切らせる。

 只剣を引くのではなく、膝を抜き身体を落とすことでパーシヴァルの圧力から脱したグランはそのまま鎧で覆われた腹部を蹴り押した。

 掛けていた力と受け流された力に逆らえず、パーシヴァルはそのまま前のめりに転がり、再び二人は距離を取る。

 

「面白い……面白いぞグラン。型に囚われない見事な対応力だ。

 この感じは、嘗ての俺の友に並ぶ」

 

 グランの戦闘力に喜色を浮かべながらパーシヴァルは笑った。

 歳若い目の前の騎空士は、既に自身や嘗て轡を並べた友に勝るとも劣らない実力である事を確信し、そんな強敵と戦えたことに騎士として喜びを感じている。

 再び身構えたパーシヴァルは剣を一振り空を切らせた。

 音をたてて現出する業火が彼の剣を包み込み、剣技から属性のチカラも交えた一つ上の戦いへとシフトさせていく。

 

「お前も見せてみろ、グラン。その剣に宿りし紅蓮の炎を……一つ互いの全力で勝負と行こう」

 

 自信満々の様子を崩さずに、パーシヴァルは炎渦巻く剣の切っ先を向ける。

 向けられた催促の言葉に、グランは表情を変えず、だがどこか先程よりはっきりとした感情を見せて答えた。

 

「実力はわかった。貴方は強い……確かに強いが、それでも僕にとっては“強い”程度だ」

 

「何?」

 

「僕はその先を――届く事の無い遥かな高みを知っている。

 だから……強い程度であれば負けはしない」

 

 パーシヴァルの自信を揺るがすような、仏頂面を消して今始めて見せるグランの表情の変化。

 それは写し鏡の様に、普段のパーシヴァルを髣髴とさせるような不遜な笑み。

 同時にローエングリンを迸る紅い炎が唸りを挙げて立ち昇った。

 

「やろうか。全力の一撃で勝負を決めよう」

 

 自信満々な笑みを返しながら、グランは紅蓮の炎を構えた。

 

「ふっ、本当にお前は楽しませてくれる」

 

 対するパーシヴァルもその振る舞いを崩さずに構える。

 互いの全力は時間を追うにつれ高まり、周囲の空気を遠慮なしに熱していく。

 さながらそこは切り取られた灼熱地獄の様に熱風が吹き荒れ、中心に立つ二人はそんな中で正に乾いた笑みを深くした。

 

「勝負!」

「行くぞ!」

 

 同時に動き出した二人は剣を振り切る。

 ローエンヴォルフ……パーシヴァルの一振りは渦巻く炎を撃ち出し、敵を焼き尽くす奥義。

 対するグランの一振りは炎を纏う剣を振りおろし、巨大な炎塊を打ち放つ奥義、リゴメール。

 同種の奥義は互いの間でぶつかり合い、巨大な爆発を起こして周囲を照らした。

 

「うおおおお!」

「はぁあああ!」

 

 そこで終わらない二人は同時に飛び出していた。

 パーシヴァルの首筋へ添えられたローエングリンと、グランの眼前に突き付けられたパーシヴァルの剣。

 互いに命を奪える所で二人は動きを止めていた。

 

「一歩、遅かったかな」

 

「それは俺も同じだ」

 

 勝利をもぎ取りに行った二人は、引き分けた事に不服の言葉を漏らしつつも静かに剣を収める。

 勝敗は付かないが勝負は決した。これ以上は戦っても仕方ないだろう。

 

「改めて名乗ろう。炎帝パーシヴァルだ。

 見聞を広めるために旅をしている」

 

「騎空士のグランだ。一応団長をやってる。

 星の島イスタルシアに向けての旅の途中だ」

 

 勝負を終えて落ち着いたのだろうか。

 素直に名乗りに応えたグランに、先程までの不機嫌さのようなものは消えていた。

 そんなグランの様子にまた一つ小さく笑みをこぼすと、パーシヴァルは真面目な声でグラン達へと語りかける。

 

「グラン……ここまでの非礼を詫びよう。そして一つ俺の頼みを聞いて欲しい」

 

「頼み?」

 

 グランが……二人へと駆け寄って来ていたジータにルリア達も首を傾げる。

 目の前の騎士が出会ったばかりの彼等に頼みごと。

 内容に全く見当がつかない3人と1匹は、静かにパーシヴァルの言葉を待った。

 

 

「グラン……俺がいずれ築く国の家臣にならないか?」

 

 

「「「「はぁ?」」」」

 

 

 

 これが、炎帝パーシヴァルと騎空士達の始まりの出会いだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 薄暗い……長く細い洞窟の先、小さな作業場のような場所。

 ガシャンと、大きな物音をたてて、必死に距離を取ろうとする人影があった。

 

「ひっ、まっ、まってくれ!! 乱暴は止めてくれ!!」

 

 鋭い刀の切っ先を向けられ、命乞いをする男を見下ろして静かに殺気を放つのは、ローブで全身を覆った男。

 ローブによってその表情を伺い知る事は適わず、何も見えないがゆえに、静かな殺気は恐ろしさを増長させていた。

 

「乱暴? そんな事はしないさ。素直にオレの質問に答えればな」

 

「話すっ、何でも話すから!」

 

「なら答えてもらおう……この洞窟。誰の指示で掘っていた?」

 

「うっ……この洞窟は、フェードラッヘの執政官イザベラによる指示だ。

 俺達は元々フェードラッヘで牢獄にぶち込まれていた犯罪者で、極刑の代わりにここで洞窟を掘る事を命じられて……」

 

「――やはりイザベラか。

 これを掘らせた理由を聞いてはいないか? イザベラは既に失脚している。今ここで何を話そうと、お前に何かが起こる事は無い。安心して知っている事は全て話せ」

 

「そう……なのか? 俺達も詳しい話はきいちゃいねえが、何でもここは大事な通り道だとかって……こんなに細くちゃたくさんの人が通るには向かねえんじゃねえかって話は出たんだが、合間に休憩用の小部屋を作るから良いんだとか……」

 

「そうか……他には?」

 

「これ以上は無いも聞いてねえ。本当だ……」

 

「そうか、ありがとよ。おかげで少しは見えてきた」

 

「そ、そいつは良かった……それじゃ、もう俺は行っていいだろう? アンタに追い掛け回されて、生きた心地がしなかったんだ」

 

 問答が終わり考え込む様子を見て、男はその場を逃げ出そうとした。

 だが、隙だらけに見えたローブの男は寸分の狂いなく彼の目の前に剣を突き刺して動きをとめて見せる。

 

「悪いが逃がさねえよ。洞窟を隠れ蓑に上手く隠れ家をつくり、多くの人身売買を行った……その為にあちこちの村に赴き略奪の限りを尽くしていたらしいな。

 隙を付いて監視の兵士を殺し、好き放題やってきたお前達が今更のうのうと生きていられると思ったら大間違いだ。

 ――潔く仲間の所に逝きな」

 

 膨れ上がる殺気。僅かな明かりを反射して、握られた刀の刃が怪しく光る。

 その気配に慈悲はない。そして男の言葉の中には、既に彼の仲間達がこの世にはいない事を物語っていた。

 

「ま、待ってくれっ。話がちが」

 

「乱暴はしないさ……気づいたときにはあの世にいる」

 

「頼むっ、命だけは――」

 

 必死の懇願も虚しく言葉は途切れ、その場には静寂が訪れた。

 物言わぬ骸となった彼を見下ろし、男は静かに刀に付いた血を拭って鞘へと収める。

 

「全く……ここら辺はフェードラッヘから離れているとはいえ、治安が悪すぎるだろう」

 

 ここにきて初めて、感情が乗せられた声。

 漏れ出たのは僅かに後悔が乗せられた自責の声であった。

 

 盗賊のアジトとなっていたこの洞窟。

 頭領であった先程の男とその仲間達によって、周囲の村々は散々な被害にあい、連れ去られた人は数が知れなかった。

 このアジトで賊徒の慰みものにされた者から、他国の貴族達に売り飛ばされた者まで、多くの不幸が生み出されていたおり、たまたまここら一帯を調査しに来た彼ともう一人の仲間が居なければ、この不幸は今もなお続いていただろう。

 

「片付いたのか、“セルグ”」

 

 背後から静かで重々しい声が掛けられた。

 そこにいたのは薄暗いこの場に溶け込むような黒の鎧を着こんだ男。

 血に染まった大剣を背負い、出会えば命は無いと思わせる様な悪鬼の雰囲気を纏う騎士の姿があった。

 

「“ジーク”か……悪かったな。他の連中を全部始末させちまって」

 

「気にするな。必要であるなら、国の為に汚名を被るのは俺の役目だ」

 

 大剣に付いた血痕。

 良く見れば鎧にも付着しており、ここに来た騎士が先程まで何をしてきたのかは二人の会話だけで想像がつく。

 頭領であった先程の男意外に、アジトにいた盗賊たちはこの騎士によって葬られたのだ。

 悲鳴すら挙げられないまま……

 

「相変わらず損な性格してるな……国に居りゃ今でも英雄扱いだってのに。

 わざわざオレに付き合ってこんな事してるんだからな」

 

「それを言うなら、グラン達と居ればこんな面倒事に巻き込まれずに済んだものを、放っておけないと首を突っ込んでいるお前も似たような者だろう?」

 

「言ってくれる……それで、何か聞けたか?」

 

「あぁ、やはりここはイザベラの指示の下で掘り進んでいたようだな。詳しい話は聞かされていないようだが」

 

「恐らくだが目的は単なる道としての使い道ではないだろう。ここら辺まではこいつらのせいで大分拡張されて掘られているが、元々は本当にただの細い一本道だ。

 大勢が通る通路としての機能は殆ど見込んでいないと考えていい」

 

「つまりは、関わるごく少数の人間のみが使うという事か」

 

「国のお偉いさんが使うにしては余りにも整備してなさすぎる……緊急の脱出ルートである可能性は低いと見れるが」

 

「かと言って、それ以外の目的というのは皆目見当がつかないな」

 

 本来は不自然な人の出入りが多いこの洞窟の調査に来た二人。

 盗賊達の征伐はそのおまけであったようで、何の感慨もなく二人はこの洞窟についてを思案していく。

 セルグが感じ取った、フェードラッヘの国に残る違和感。

 その正体を探るためにジークフリートと共に各地を回っていたが、ここにきて一つの可能性が見えてきていた。

 

「やはり、イザベラはまだ何か備えていたと取るべきか?」

 

「そうだろうな……狡猾な奴のことだ。幾つか次善策を用意して置く事は考えられる。と言うよりは、無い方が不自然だ」

 

「やはり、この洞窟は調査の必要があるか……」

 

 “若造、分身体の一つがこの道をしばらく進んだ先で魔法陣を見つけた。恐らくは先程の話に合った合間の小部屋だと思われる”

 

 考え込む二人に新たな声が飛び込んでくる。

 セルグの肩へと止まった黒い鳥、ヴェリウスの声であった。

 

「小部屋に魔法陣……? ジーク、何かわかるか?」

 

「さぁな。何にしても調べる必要は出てきてしまったわけだ」

 

「面倒だが仕方ないか。ヴェリウス、そのまま分身体に洞窟内を全て探らせてくれ。できれば掘られた洞窟の全容が知りたい」

 

 “心得た”

 

 するべきことを定めて、ヴェリウスへと指示を出すとセルグはジークフリートへと向き直った。

 

「ジーク。オレはお前よりも魔術の知識なんかには疎いんでな……フェードラッヘに戻りイザベラを問い詰めてくる。

 こっちは頼んで良いか?」

 

「構わん。伊達にお前より長く生きていないし、伊達に無駄な知識を蓄えてきたわけでもない」

 

「役に立つならそれは無駄知識とは言わんだろう」

 

「ふっ、そうだな。まぁ任せてもらおう」

 

「頼んだ」

 

 洞窟の調査をジークフリートとヴェリウスに任せ、セルグはフェードラッヘに向けて駆け出す。

 胸に残る違和感は以前にも増して強く成っており、セルグは不安に包まれたままその足を速めていく。

 

 

 フェードラッヘに再び、陰謀の闇が渦巻き始めていた。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

パーシヴァルとの出会い。
これについてはゲームをプレイしてフェイトエピを見てないとわかりにくいかもしれません。
あるいはサイコミで亡国の四騎士のプロローグを読んでみても良いかと思われます。

本編の息抜きで手をつけ始めたこちらですが元々温めていた構想なので手抜きはしておりません。
是非楽しんでいただければと思います。



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シナリオイベント 「亡国の四騎士」 1

四騎士第一幕。

カレーが四騎士。福神漬けがグラン達。本編主人公はライスぐらいの立ち位置。
を目指しておりますがどうなるかなぁ。

それではどうぞ


 フェードラッヘ

 

 この島……いや、規模からすれば大陸と言った表現が正しいだろうか。

 この大陸に位置する大国の一つである。

 広大な領地を有するものの、領地の拡大に治世が追い付いておらず、王都より離れた場所では治安の悪化が度々問題となり騎士団の派遣が行われることは珍しくもない。

 また、近隣の勢力も無視できない状況が続いており、北はダルモア公国。東にはウェールズの家が治めるウェールズ領が広がっている。

 総じて、フェードラッヘは大国としての礎が固まっておらず、不安定な状態が続いていた。

 

 そんな中、慟哭の谷に封じられた真龍ファフニールの復活を機に、状況は一変する。

 反逆の騎士ジークフリートの出現。執政官イザベラの陰謀。前国王ヨゼフ殺害の真相に、星晶獣シルフが創りだす霊薬アルマの実態。

 様々な思惑と真実に巻き込まれながらも、白竜騎士団の団長ランスロットと、幼馴染の騎士ヴェインは騎空士達の力を借りて事態を収める事に成功する。

 ジークフリートの汚名は雪がれ、全てを白日の下に晒されたイザベラは二度と日の目を見る事のない独房へ。

 争いの種と成りえる星晶獣シルフは騎空士達と共に国を去り、国の実態を知らされた国王は騎士団を各地に派遣することを決めた。

 ランスロットたちの活躍により、フェードラッヘは繁栄と安定に向けて歩み始めていた。

 

 

 

 燻り続ける争いの火種と陰謀に……気付かないまま。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「ゥ……ァア……ァ」

 

 薄暗い独房の中、彼女は生きているとも死んでいるとも言えないような状態で薄暗い空間を眺めていた。

 

 嘗ての全てを魅了するような美貌はそこにはない。

 黒く艶やかな長い髪は真っ白な糸くずの様にボロボロになり、月日を全く感じさせなかった肌は見る影もない程に皺くちゃに。

 腰は曲がり、身体は衰え、まともに動く事すらできないだろう。

 見ていて痛々しい程の姿をした彼女の名はイザベラ。星晶獣シルフを利用し、ジークフリートを陥れフェードラッヘを我がものにしようとした大罪人である。

 その罪の大きさ故、城の地下深く……存在を消された者が送られる特別な独房へと入れられ、このままここで余生を過ごすだけのはずであった彼女だが、幸いにも彼女にはまだ次善策というものが残されていた。

 

 

「ぐぁ!?」

「がはっ!?」

 

 

 聞こえてくる苦悶の声。

 鎧が硬い石畳の床とぶつかり音を上げ、兵士達が倒された音が聞こえる。

 後に彼女の元へと、小さく規則的な具足の足音が近づいてきた。

 

「ゥ……ダレ……?」

 

「あぁ……なんと惨いお姿に……遅くなって申し訳ありませんでした」

 

 イザベラの独房へと辿り着いた人影は、今の彼女の姿に深い嘆きの声を漏らして独房へと侵入していく。

 すぐさま懐より薬瓶を取り出すと彼女へと向けて傾けた。

 

「お飲みくださいイザベラ様。霊薬アルマです」

 

 ボロボロの彼女の口内に流されていくのは、今はあるはずの無い奇跡の霊薬アルマ。

 嘘か真か……それは見る見るうちにその身を嘗ての姿へと戻していくイザベラの様子からわかるだろう。

 髪が、肌が、肢体が……若々しく生命力に満ちていった。

 

「――ぷはぁっ。助かった、と言いたいところだが…………随分と遅かったなぁ、“ガレス”?」

 

 開口一番。助けられたという事実がありながらも件の人影に対して不機嫌そうに声を漏らす。

 彼女の言葉から察するに、この事態は予定されていた事なのだろうか。そして、その予定よりも幾分か助けに来るのが遅かったのだろう。

 ガレスと呼ばれた、人影は恭しく膝を折り頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした、イザベラ様。ここへの侵入を確かなものとするために少し手間取ってしまい――」

 

「言い訳はいい。状況は……どうなっている?」

 

「はい、既に城内の人間は掌握しております。

 しかし叙勲式の為に遠征から戻ってきた騎士団長のランスロットには、残念ながらまだ目見えが適わず……」

 

「ふんっ、それはちょうどいい。大々的にお返しができそうじゃないか…………なぁ、ランスロット?」

 

 先程までの惨めな姿を微塵も感じさせない、愉悦に塗れた笑みでイザベラが笑う。

 独房内で怪しく光る瞳が、再びのフェードラッヘの危機を物語っていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 王都へと向かう道の途上。

 生い茂った木々の間を歩いていくのはグラン達一行。

 ひょんなことからパーシヴァルを加えた一行は、記憶に新しい事もないフェードラッヘへの道中を歩いていた。

 

「なぁなぁ……炎の兄ちゃん。なんで炎の兄ちゃんは王都に向かってるんだ?」

 

 確かな足取りで前を進むパーシヴァル。

 王都への道を把握しているのだろう。必然、グラン達を案内する形で先導しているパーシヴァルの姿を見て、ビィは何気なく思った事を口にした。

 

「家臣達も見ただろう。この国の腐った現実を……俺は嘗ての同朋として、この国を治める者に一言申さなければ気が済まん」

 

「嘗ての……同朋ですか?」

 

 ルリアがすぐに疑問符を浮かべた。

 同胞……そう言うからにはフェードラッヘと縁のある人間なのだろう。

 ましてや国を治める者に物申したいなどと、浅い縁ではできない事だ。

 だが、疑問符を浮かべるルリアに対しパーシヴァルは僅かばかりの驚きを表情に見せて口を噤んだ。

 余計な事を口走った……そんな気配がする表情だ。

 

「――気にするな。忘れろ」

 

 自身にとって、思い出したくない苦い過去であるとわかっていながら、知らず知らずそれを心の拠り所としてしまっている。

 嘗て、何も疑うことなく騎士として邁進していた自分を……疑うことなく信頼していた友との時間を。

 パーシヴァルは未だ、振り切る事が出来ないでいた。

 そんな、己の弱い心を戒めるようにパーシヴァルは視線を先へと向けた。

 これ以上は何も聞くな、そんな言葉を彼の背中が語るが、残念ながら彼等にその言葉は届かない。

 

「パーシヴァルは騎士だし、同胞っていうとジークフリートさんやランスロットの関係者なのか?」

 

 そして彼らの言葉には、パーシヴァルが驚きに染まる内容が含まれていた。

 

「お前達、あいつらを知っているのか?」

 

「知ってるって言うか……」

 

「一緒に戦った身ではありますね」

 

「そうか……ならば隠す事はないな。俺は嘗て、黒竜騎士団の副団長だった者だ……今の騎士団である白竜騎士団の前身で、団長であったジークフリートとは……戦友であった」

 

「へ~だからあんなに強かったんだな。やっぱりフェードラッヘの騎士団ってのはかなりの実力者だらけだぜ」

 

「そんなことはどうでもいい。逆に聞かせてもらうが、家臣達は何故王都に向かっている? お前達も見ての通り、この国は未だにあのような輩が跋扈している。わざわざ危険に近づくような事をするのは何故だ?」

 

 四人を見て……正確には三人と一匹だが、パーシヴァルは訝しげに問いかけた。

 グランとジータだけであれば、只旅をしているだけで済むかもしれない。だが非戦闘員であるルリアとビィを連れ、未だ情勢の安定が成されていないフェードラッヘの領内をうろつく四人には、何らかの目的がある事が見て取れた。

 

「私達は、白竜騎士団団長のランスロットさんが、叙任というのを受けるという事でそのお祝いに」

 

「それから、こっちにいるはずの仲間に会いにってとこだぜ」

 

「ほぅ、祝いに来るという事は浅からぬ関係という事か。ジークフリートやランスロットを知っているとなると、家臣達の顔は随分広いと見える」

 

「まぁ、前回来た時にちょっとね」

 

「それよりもパーシヴァルさん。家臣扱いは止めてくださいと言ったはずです! グランは何も考えずにほいほい聞いちゃったけど、私はまだ認めていません!」

 

 以前来た時の事を思い出して懐かしんでいたグランを、ジータの声が現実に引き戻す。

 ややお怒りの声音は彼女にしては珍しく、やや吊り上った目付きもこれまた彼女にしては珍しい。

 いかにも私怒ってますと言いたげな様子を見せながら、パーシヴァルを睨む少女の姿がそこにあった。

 

「なんだ小娘、まだそんな事を言っていたのか。団長であるグランがそれも有りだと言ったんだ今更反対しても仕方あるまい」

 

「私だって団長です!! グランの言葉だけで勝手に決めないでください」

 

「あ~あのだな……ジータ、別に僕は何も考えずに答えたわけじゃ。

 そもそもあの時の話はイスタルシアに辿り着けた先の事だし、意味合いとしてもそんな生活も有りかなって候補の一つとして答えたくらいで別に――」

 

「だとしても! 私はパーシヴァルさんの家臣なんてお断りです」

 

 パーシヴァルからそっぽを向き、ジータは怒りの様子を隠すことなく見せる。

 件の賊徒の事で、未だにジータの中には燻る想いがあった。

 殺さなくてよかったのではないか……と言う部分ではない。

 彼女自身、グランとパーシヴァルが語った言い分は理解できた。先に起こり得る不幸を止めるために必要な事と言うのは理解し、世界は綺麗事だけで済まないのを重々承知している。

 それでも、賊徒を喜々として葬った事だけはジータにとって簡単に飲み下せる事ではなかった。

 人を喜んで殺すような所業を看過する事は出来なかったのだ

 

「ふっ、どうやら随分と嫌われたらしいな。グラン、こんな時お前はどうしている。参考までに聞かせてもらおう」

 

「僕には何とも言えない。ただ、セルグはいつも真っ直ぐに諭してたかな……なんだかんだでやっぱり説得力ある話ができるし、ちゃんと言い聞かせればジータはいつもわかってくれて」

 

「セルグ? 先程言っていたこの地にいるという仲間か?」

 

「あ、うん。パーシヴァルは知ってるかな……ちょっと前に起きた、フェードラッヘでの出来事。

 真龍ファフニールの復活や、魔物による王都の襲撃。

 僕達はその時に、ランスロット達と一緒に戦ったんだ。その時はまだジークフリートさんと敵対する事もあったんだけど、とにかくいろいろと解決して、いざ島を出るってなった時にセルグはフェードラッヘにまだ危険な気配があるってこの地の調査に残ったんだ」

 

「この地に危険が……? それは一体どういう」

 

「僕達にもそれは分からない。なんていうか……勘? みたいなものらしい」

 

「興味深いな……そんな信憑性もない感覚を信じるお前達もその者も。是非一度お目にかかり――!?」

 

 グランと話していたパーシヴァルの声が途切れる。

 何かを察知したような様子と共にパーシヴァルの視線は鋭く周囲を見回し、グランとジータもまた同じように警戒の様子を見せていた。

 

「――グラン、パーシヴァルさん」

 

「わかってる」

 

「囲まれたようだな」

 

 感じ取れる気配は複数。それも周囲を囲うように在った。

 次いで、気配が動きを見せると彼らの前に現れたのは魔物の群れ。ウルフ系統で構成された10は下らない数の群れであった。

 

「ふん、この程度物の数ではないが……折角だ、ちゃんとした戦闘服を着たお前達の実力を見せてもらおうか」

 

 警戒しながらも軽い声でパーシヴァルは戦闘態勢を見せる二人へと問いかける。

 護身用の剣を携えただけであった先の邂逅の時とは違う。思わぬところで賊徒に出くわしたこともあり、用心した二人はその装いを変えて来ていた。

 

「良いの? 自信なくしても知らないよ?」

 

「言っておきますが私達、それなりに強いですからね」

 

「構わん。家臣達の実力を把握しておかなくては、後々困るだろうからな」

 

 挑発するように返す二人の言葉に、パーシヴァルは促す言葉を投げ返す。

 グランはやる気となって小さく笑い、対してジータはまた不満の表情を浮かべた。

 

「だから家臣じゃ! もぅ……グランちょっと本気出すよ! 度肝抜いてやるんだから!」

 

「はいはい……全く何をそんなムキになってるかなぁ」

 

「小娘扱いが気に入らねえとかそんなんじゃねえか……ジータだしよぉ」

 

「ビィ、何か言った?」

 

「ひっ!? な、なにもいってないぜ」

 

 どうにもご機嫌斜めな彼女の様子に、双子の兄とその相棒が苦言を呈するがそれは彼女の一睨みですぐに消えゆく。

 今の彼女には以前ここで仲間の男と騎士、更には出くわした僧侶にまで説教をくらわせたとき以上に逆らえぬ剣幕があった。

 戦士として強く成ったのは当然あるかもしれないが、彼女が以前ここを訪れた時より色々と成長した証……なのかもしれない。

 

「全く……ルリア、パーシヴァルさんの傍に居てね」

 

 それでも、パーシヴァルにルリアを任せる辺りパーシヴァルを嫌っているわけでは無い様だ。

 後顧の憂いを無くしたところで、ジータは意識を切り替える。

 深い水の底へと沈んでいく感覚。戦闘への没入状態へと移行したジータは静かに目を見開いた。

 

「――それじゃ、やるよ。グラン!」

 

「あぁ、唸れ……六崩拳」

 

「吠えろ、十狼雷」

 

 グランの手に装着された金色の手甲。

 ジータがその手に握る金色の銃。

 二つの天星器が今、空に吠えた。

 

 立ち昇る光の柱。透き通るような光の中にある圧倒的なまでのチカラ。

 眼前で吹き荒れる光の嵐に、冷静沈着なはずであるパーシヴァルが驚きに染まる。

 

「――なんというチカラだ。本当に子供か? この気配、既に完成された戦士のそれだぞ」

 

「二人はずっと、色んな戦いを乗り越えてきたんです。帝国と戦い、強大な生き物や星晶獣と戦い……そうして全てに打ち勝ってきた。

 グランとジータは、本当に強いんですよ」

 

「こういっちゃなんだけどよぅ……あいつ等の強さも大分人間離れしてきてんだよなぁ」

 

「……やはり俺は、あの二人を見誤っていたようだな」

 

 ルリアとビィの言葉を聞き、驚きに包まれていたパーシヴァルの胸中に妙な高揚感が生まれる。

 これ程の逸材。全空を探したところで見つかるだろうか……ともすると自分は、彼等と出会えたと言うとんでもない幸運に恵まれたのではないか。

 そんな事を思いながら、二人へと視線を向けた。

 

「さて……いくぞ」

 

 六崩拳を装備したグランは、羽織っていた外套を剥ぎ取る。内側に着込んでいたのは黒一色に染められた動きやすそうな装束。金色の手甲はやや目立つが、本来は気配なく敵を倒すことを得意とする“忍者”と呼ばれるスタイルだ。

 対してこちらも黒一色の衣服を纏うジータ。動きやすくぴったりサイズのボディスーツに脚部を覆う軽そうな鎧。腰に巻かれたホルスターに二つの銃を収めるジータは、“ガンスリンガー”と呼ばれるスタイル。

 

「撃ち漏らさないでくれよ」

「援護はしないからね」

 

「「上等」」

 

 過剰なまでのチカラを解放しながら、二つの金色が魔物たちを蹂躙していく。

 パーシヴァルの出番等あるわけが無く、数分後には彼らの周囲に再び平穏が戻るのだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 王都フェードラッヘ。

 大国らしい大きな城のその場内では現在、宴の真っ最中であった。

 

 領内の安定の為に幾度となく行われた騎士団の派遣。治世に不満を以ての暴動なども少なくない中、時に力を、時に理を以てその鎮圧に貢献してきた騎士団長に、国より叙任の儀を賜う宴である。

 

「――ふぅ」

 

 物憂げに息を吐くのはその件の騎士団長ランスロットだ。

 宴の席でありながら、やや疲れた様子を見せるのは先程まで貴族に高官にと面倒な者達の相手をしていたからだろう。

 叙任に伴い、ランスロットも一端の上流階級の人間となる。

 騎士団長と言う立場とその容姿も相まって、彼の元には同じ上流階級の者達から見合いの話が殺到してきたのだ。

 

「ふふ、随分お疲れの様子ですね。ランスロット団長」

 

「ん、ガレスか?」

 

 そんなランスロットの背後より声を掛けるのは、宴の場の警護に回っている騎士の一人。

 その風貌と線の細さから女性とわかる騎士、彼女の名はガレス。

 女性らしい注意深さと洞察力で主に要人警護などの任に当たる騎士である。

 

「お気持ちは分かりますが、宴の主役がそのような顔をしていてはいけません」

 

「そうは言ってもだな。俺自身、身を固めるつもり等まだ無いし……彼らの申し出は嬉しくないわけではないが、今も任地にいる仲間達の事を考えると、良い顔なんてできるわけもないだろう」

 

「仕方ありません。彼らにしてみれば騎士団長である貴方と自分の娘の結婚なんて、大きな飛躍になるでしょうから……今後はそう言った話をうまく躱せるようにならないと、大変ですよ」

 

「叙任なんて身に余る光栄だと思っていたが……本当に身に余りそうだな」

 

 思い浮かべた嫌な予感と想像を振り払い、ランスロットは思わず苦笑した。

 戦場を駆ける方が性に合ってると自身では思うものの、これから先そればかりではいられないのだという事を嫌でも実感させられ、僅かばかり辟易してしまうのは仕方ない事なのかもしれない。

 

「まぁまぁ、そう悪い事ばかりではないかと。引く手数多なんて羨ましい限りではないですか」

 

「はは、さっきの言葉の後だと皮肉にしか聞こえないな」

 

「これは失礼。では、忘却の彼方へと葬るために一杯どうですか?」

 

 朗らかに笑いながら、ガレスはその手にもっていた杯をランスロットへと差し出した。

 煌びやかな宴の席に相応しい、琥珀色の液体が揺れ、その香りがランスロットの鼻腔をくすぐる。

 

「いや、だが……酒は」

 

「こんな時くらい、気を抜いても良いではありませんか?」

 

「――そうか。宴の席だったな」

 

 頑なになって受け取らないのも不作法か。

 宴の場の空気を読み、観念したランスロットは苦笑いを浮かべながら杯を受け取る。

 

「それでは――おめでとうございます。ランスロット団長」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 穏やかな雰囲気のまま、二人はその手に在った杯を乾かした。

 ランスロットは流し込んだ液体の妙な味わいに、少しだけ違和感を覚えながらも飲み下し、相対するガレスへと視線を向ける。

 宴の席故か身だしなみには気を遣ったのだろう。騎士らしく髪は短めに切り揃えてはいるものの、化粧も施されたその風貌は美麗と言わざるを得ない。

 

「(ふぅ……やはり、今はこういった関係の方が心地が良いな。身を固める事を考えてしまうと、仲間との関係すらしがらみに成りそうで……)」

 

 先程の会話があったせいか、なんともなしに彼女の事を見て自身の結婚の事へと思考を回してしまったランスロットは、胸中で小さくため息を吐く。

 やはり身に余る事に成りそうだと、先の嫌な予感を確信へと至らせる。

 

 ――だが、ランスロットはまだ気づいていなかった。

 

 

「――――時は来た。いまこそ」

 

 ランスロットが杯を乾かしたのと同時に、ガレスが冷たい声で呟いたのを。

 

「ん、ガレス?」

 

 突如振り返り背を向けたガレスは、ランスロットをその場に残し足早に歩き始める。その歩みの先には、フェードラッヘの国王カールの姿があった。

 

「国王陛下」

 

「む、どうしたガレスよ」

 

「今一度、宴の挨拶を賜りたく思います」

 

「挨拶? それならば先程したではないか」

 

「いえ、この国の――――新たな王の誕生に際してです!」

 

 大きく声を張り上げ、ガレスが叫ぶと同時に宴の会場に大きな音が鳴り響く。

 音と共に入口より現れたのは、一人の女性。

 威風堂々たる様子で玉座のカールの元へと歩いていくのは、こんなところにはいるはずのない人物であった。

 ランスロットがその光景に茫然とし目で追う事しかできない中、その場を異様な静けさが支配する。

 会場にいた人間の瞳からは光が失われ、目の前の光景に声を上げるものはランスロットを含め、誰一人としていなかった。

 

「皆の者、跪け!」

 

 ガレスの声に従い、会場にいた者達は一様に恭しく膝を折った。その姿、正に王に跪く家臣の姿である。

 そのまま件の人物が玉座へと辿り着くと玉座に座っていたカールは、そのまま明け渡すように傍らへと退いた。

 

「御機嫌よう、クソッたれなフェードラッヘの諸君」

 

 優雅な所作を見せながら、彼女は不敬にも玉座へと腰を下ろした。

 その光景に茫然としていたランスロットは、絞り出すように声を上げる。

 

「――――イザ、ベラ?」

 

「あぁ? 分を弁えろランスロット。今お前が呼んだ名は、この国の新たなる王の名前なんだからなぁ」

 

「くっ、イザベラ!!」

 

 返された言葉と声に、ランスロットは我に帰った。

 宴の席故に得物は携帯していないが、それでも叙任に際して鎧を着こんでいるし、体術とて心得はある。

 戦闘力の無いイザベラを組み伏せる事などわけもないはずだった。

 

「ガッ!?」

 

「跪け……と言ったはずだ。下郎が」

 

 だが、動き出したランスロットをガレスがいとも簡単に組み伏せて見せた。

 

「くっ……力が、はいら」

 

「おやぁ、どうしたんだランスロット? たかが女騎士一人相手にあっさりと組み伏せられてちゃあ、騎士団長の名が泣くぞ」

 

「大人しくしていろ、ランスロット……王の御前だ」

 

「ガレスっ、何故……何でこんな事を!」

 

「さっき言っただろ……この国の新たな王が、イザベラ様だからだ」

 

 先程まで穏やかに会話していた雰囲気から一転して、今のガレスは無表情のまま眼下のランスロットを見下ろしていた。

 何もかもが自身の知るガレスとは異なる事にランスロットが驚く中、イザベラはランスロットを一瞥してガレスへと命令を下す。

 

「ガレス、おしゃべりはもう良い。早々にここを掌握したいからな……黙らせて地下牢に放り込んでおけ」

 

「はい、わかりました」

 

「くっ、ふざける――がっ!?」

 

 抑えつけられたまま後頭部を強打され、ランスロットはその意識を沈めていった。

 高らかに響くイザベラの笑い声を、耳に残しながら……

 

 

 

 

 

 

 

「――――う、ここは?」

 

 鈍く頭部に走る痛みに意識を覚醒させ、ランスロットは目を覚ます。

 薄暗いそこは地下牢だと言う事しかわからず、壁から伸びた鎖が自身の手首と繋がり拘束されている。

 意識を落とす直前の事を思い出して、ランスロットは慌てたように周囲を見渡した。

 

「御目覚めのようだな、ランスロットぉ」

 

 猫なで声というやつか。妙に間延びした喜色に塗れた声が聞こえ、ランスロットは視線を向ける。

 案の定そこにあったのは彼が今最も警戒する人物、イザベラの姿。

 

「気分はどうだランスロットぉ。鎖に繋がれ、動けない気分は?」

 

「くっ……イザベラ」

 

 思わず、未だ力の入らない体を叱咤してランスロットが暴れる。目の前にいる人物は許されざる罪で地下深くに幽閉されていたはずの存在。

 再び自由となり、目の前にいる事が許せるはずが無い。

 

 だが、許せないのは彼女にとっても同じ事。

 暴れるランスロットへと歩み寄ったイザベラは、その顔に貼り付けたような笑みを湛えながらそっとランスロットの顔を撫でつける。

 

「相変わらずの無能だなぁランスロット…………イザベラ様だろこのボンクラがぁ!!」

 

「ごはっ!?」

 

 鎖で繋がれた体が揺れる。

 ランスロットの腹部に拳が突き刺さり、頭が壁に叩きつけられる。

 

「おらぁ! どうだ、この、クソっ、がぁ!!」

 

 もとは非力な執政官。致命傷になるような攻撃が繰り出せるはずもなく、戦闘者ではないイザベラは力の限りにランスロットを嬲り続ける。

 命を落とす事ない痛みだけの攻撃にランスロットは苦悶の声を漏らさぬように耐えながら、その終わりが来るのを待った。

 顔を殴られ、脇腹を蹴りつけられ、腹部をひっかかれ、頭を強打される。

 

「あは、あははは……ひゃははあははランスロットランスロットランスロットランスロットぉ」

 

 イザベラの暴虐は殴る蹴るを繰り返すような、原始的で本能的な暴行でありながら……どこか愉悦に塗れた狂おしいまでの情愛が込められていた。

 

「ハァ……ハァ……くっ」

 

 殴られて切れたか、頭部より血が滲みランスロットは苦悶に満ちた表情で力なく顔を上げる。

 目こそまだ死んでいないものの、そこに抵抗するだけの力は残されていない様に思えた。

 

「ふ、フフフ……はぁっはっはっは。良いぞぉ、その表情だランスロット。血に塗れ、苦悶に満ち、そして己の無力さを嘆くその表情。

 美しい……やはりお前はそうでなくてはな!」

 

「――――随分といい趣味になったようだな。昔の猫被っていた貴様よりも、可愛げがあるじゃないか」

 

 そんな愉悦に塗れたイザベラに対して、ランスロットは力無く笑いながらも吐き捨てるように告げた。

 殴られてる間に何を思ったのか、彼にしては珍しい相手の神経を逆撫でするような言葉であった。

 

「調子に乗るな、このボケナスがぁ!!」

 

「がはっ!?」

 

 再び叩き込まれた拳に、ランスロットが呻く。

 咳き込みながら呼吸を整えるランスロットをお構いなしに、髪を掴みあげてイザベラはランスロットへと顔を寄せた。

 

「ふっ、こうしてみると本当に美しい顔だなランスロット。やはりお前は、素直に殺すには惜しい男だよ」

 

「やめてもらいたいな。霊薬が切れたお前を知っている身としては怖気が走る。まだ痛めつけられていた方が気分が良いと言うものだ」

 

「ッ!? このクソガキがぁ!!」

 

 沸点を迎えた怒りに任せ、イザベラが再度の暴行を加える。

 再び始まった暴力がしばらく続き、イザベラが息を大きく切らせる頃、ランスロットは呻く事すらない程に痛めつけられていた。

 

「はぁ……はぁ……生意気なクソガキが」」

 

「イザベラ様、そろそろお時間です」

 

「あぁ? ちっ、もうそんな時間か」

 

 いつの間にか、この場にきていたガレスの言葉を聞いてイザベラは暴虐の手を止めた。

 落ち着きを取り戻したイザベラは、静かになったランスロットを一瞥しながら、血に汚れた拳を拭いていく。

 

「首を洗って待ってるんだよランスロット。お前にはふさわしい死に場所を用意してあげる」

 

「イザベラ様、急ぎましょう」

 

「わかってる……それじゃ、また来るぞ。ランスロット」

 

 そう言い残して、足早に去っていく二人。

 足跡が地下深くのこの部屋から遠ざかって行き、聞こえなくなったところで、息をひそめていたランスロットは大きくその身を震わせながら息を吐いた。

 

「くっ、はぁ……ぐっ、つぅ。まった、く……好き放題やってくれたな」

 

 憎々しげに声を漏らしながら、未だに冷めやらぬ痛みを堪えてランスロットは小さく笑う。

 

「らしくない事をしたが……なかなかどうして、おもしろいものだな。相手を怒らせると言うのは」

 

 先程の彼らしからぬ挑発めいた言動。

 何となく頭に浮かんできたのは、彼ならばどう答えるか。そう考えた末の言葉だった。

 

「おかげで傷が増えてしまった……後で文句の一つでも言ってやろう」

 

 また、自分らしくない愚痴を今ここにはいない彼へと吐きながら、ランスロットは静かに身体を休めるべく眠りに就く事にした。

 

 自身ではどうする事も出来ないこの状況。ならば待つしかないだろう。

 状況が状況なだけに心配の種は幾つもあるが、ランスロットに不安は無かった。

 どうせ助けが来ることは疑いようが無い。

 叙任の件で幼馴染と彼らが祝いに来てくれる事は、聞き及んでいるのだ。

 

「最近忙しかったからな……ヴェイン、少し休ませてもらうよ。後は頼んだ」

 

 信じて疑う事が無い、唯一無二の友に届かぬ言葉を投げかけて、ランスロットは静かに眠りに就いた。

 

 

 




如何でしたか。

ゲーム本編とは細かなところで違いがちらほらあります。

原作では迷走し続けの四騎士をとにかくかっこよく描きたい。そんな想いの下描いております。
お気に入り、、、というか一番カッコよく描いてあげたいのはヴェイン君。
本作のヴェイン君に乞うご期待です。

と言ったところで。お楽しみいただければ幸いです。

次回こそは本編更新する。


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過去編 1

 

 慌ただしく人が動き回っているロビーの中で旅の準備をしている途中の青年に、上司と思わしき男が近づいていく。

 

 「セルグ、少し話がある。」

 

 話しかけられ振り返る青年の名はセルグ。その視界には上司とその後ろに控える、セルグより少し年下だろう、小柄な女性が控えていた。

 

 「なんだよケイン?もうすぐ出発するつもりなんだが。」

 

 ぶっきらぼうな言い方に苦笑しつつもセルグの上司、ケインは身体をずらし後ろの女性を前に出させた。

 

 「本日よりセルグさんの元で共に戦わせていただきます。アイリスといいます!使う武器は銃で、属性は風です。これからよろしくお願いします!」

 

 緊張していたのだろう。高く優しい声に反するように強い語気で自己紹介をする女性。「アイリス」に、何を言ってるんだと困惑した表情でポカンとしていたセルグにケインから声がかかる。

 

 「今言った通りだ、お前の相棒として今日から共に行動してもらう。お前の元で戦闘のノウハウを学び、いずれは誰かと組んで任務に当たってもらおうと思っている。」

 

 「何言ってるか良くわからない。経験積ませるならオレのところである必要はないだろう。扱う武器も違うし、第一此奴、正式に与えられてねぇじゃねえか。そんなんで相棒になんかできるわけないだろう。」

 

 「そう言うな、相棒云々は建前だ、要するに新人が来たから安全なところで経験を積ませたいという話だ。お前の元ならば安全に戦闘を学べるだろう?」

 

 「危険度が高い対象をポンポン回してきておいてよく安全なんていえるな。むしろオレの元にいたら危険まっしぐらだろうが。アイリスだったな、悪いことは言わない。誰かほかのヒトにつかせてもらえる様にお願いしとけ。」

 

 そうあしらうようにアイリスに告げるセルグに、アイリスはおずおずと答える。

 

 「その・・セルグさんの元が組織内では最も安全に戦えるといわれたので・・・その、お願いできませんか。」

 

 「残念ながら今更他に回すこともできん。命令だ。しっかり教えてやってくれ、英雄殿。」

 

 冷やかし交じりにそう言葉を残してケインは去っていく。厄介事を押し付けられたと理解したセルグはひとしきりケインの去った方向を睨んだ後、ため息交じりにアイリスへと向き直る。

 

 「しかたない・・・か。命令だからな。とりあえずついてこい。装備はもうそれで十分か?まだなら支度をしてきな。」

 

 「あ・・はい。これで装備は整っています。」

 

 「それじゃ出発するぞ。行先はフレイメル島、バルツ公国だ。」

 

 そういって外へと出ていき、停留している騎空艇へと乗り込むセルグ。

 この出会いがセルグにとって最も大切な思い出と最も忌まわしき過去となる物語の始まりだった。

 

 

 

 「お前はオレ達組織の人間が、何をしているか知っているか?」

 

 「はい。星晶獣の討伐が任務なんですよね。」

 

 道中の艇でセルグがアイリスに話しかける。

 

 「それは目的だ。空の民にとって星晶獣は脅威以外の何物でもない。よってそれを討伐するって話なんだが、そうポンポン星晶獣が見つかるわけがないんだ。オレ達の活動は星晶獣を討伐するために疑わしいと思われる情報の元に行き星晶獣を見つけ出して討伐する。当然、中には誤情報でただの強い魔物だったり、自然現象で外れだったりとなかなか見つからない事が多い。場合によっては星晶獣がいるのに見逃してしまったりな。つまり、何が言いたいかというとだ、まず星晶獣を見つけ出すこと自体が簡単ではない、ということだ。ここまでいいか?」

 

 「は、はい!」

 

 緊張した様子で一言一句逃すまいと返事をするアイリスに、呆れた様子でセルグは告げる。

 

 「あのなぁ・・・まだ現場についてもいないのにそんなに気を張ってどうするんだ。ああ、もしかしてあれか?ちゃんと聞いてないと評価に響くとかか?安心しろ。星晶獣さえ倒してれば勝手に評価してくれる。普段の態度とか戦闘の内容なんか関係ないから今ここで気を張る必要はないぞ。」

 

 「い、いえそういう訳では・・・折角英雄と謳われるセルグさんからご教授いただけると考えたら一言一句聞き逃せないと思いまして。」

 

 アイリスが告げたのは教えてもらえたことを覚えておきたいが為だという。

 

 「その英雄っていうのは・・・まぁいいか。その意識は買うが、そんなんじゃ戦闘に入る前に疲れちまうだろ。別にオレが相手だろうと緊張なんてする必要ないし、口調も普段通りで構わない。確りやり遂げたいと考えるのなら任務遂行の為に自分が何をしなければいけないか考えることだ。必要なことはその都度教える。お前がどんな態度だろうが邪険にする気はない。任務遂行の為に頑張るというのであればな。だから気楽にしておけ。」

 

 セルグから言い渡されたのはアイリスを気遣う言葉だった。力の入りすぎは却って任務成功率を下げるということだろう。

 

 「わ、わかりました。口調は多分変わらないと思いますが、少し気楽にしてみます。その・・・ありがとうございます。」

 

 「気にするな。足手まといにだけはなって欲しくないだけだ。」

 

 ぶっきらぼうに答えるセルグが少しだけ照れて見えたアイリスは先ほどよりずっと気楽になれた。いくら英雄と謳われようと自分とそう変わらない年の男の子だとわかり、勝手に抱いていた英雄像が崩れていったが、アイリスにはそれがむしろ嬉しかった。

 

 「説明をつづけるぞ、今回はバルツの火山付近における凶暴な生物の調査だ。特徴はサソリの様な見た目らしい。正直、この時点で星晶獣ではなさそうなんだが・・・まぁ行くしかあるまい。戦闘についてだが武器の特性上、当然オレが前衛でお前が後衛だ。今回の任務での課題を言い渡す。前衛のオレと相手の動きをよく見ながら自分が狙いたい場所、自分が狙いたい事を意識して1度でもいいから狙い通りに攻撃して見せろ。それができなかったらケインにいって相棒の話は無かったことにしてもらう。いいな。」

 

 「え?そ、そんないきなり狙い通りに攻撃をしろだなんて・・・・」

 

 仲良く出来そうとか、これから上手くやっていけそうとかそんなことを思い描いていたアイリスは冷や水をかけられたような気持ちでセルグに言葉を返す。

 

 「訓練で少なくとも武器の扱いは教わってきたはずだ。それでこのくらいの事が出来ないようでは見込みがないということだ。オレは一人に戻りお前は訓練生に戻ってもらう。そうなりたくないなら・・・こなして見せろ。」

 

 真剣な表情でこちらに言い渡すセルグの目を見て、アイリスはセルグが本気であることを悟る。まっすぐとこちらを射ぬく蒼い瞳に吸い込まれるような錯覚を感じながらアイリスは意を決して頷く。これができなければどの道、彼の隣に並んで戦うことなどできないだろう。決意したアイリスの瞳に迷いはなかった。

 

 「決心はついたようだな。よし、いくぞ。」

 

 気づけばバルツの港はすぐそこだった。

 

 

 

 

 灼熱の溶岩が流れ、熱風が肌を焼く。人が凡そ住める環境ではない火山の中腹を、セルグとアイリスが歩いていた。熱風が容赦なく体力を奪い、周辺には動物も植物もない過酷な環境のなか、アイリスの先を歩いていたセルグの足が止まる。

 

 「ハァ、ハァ・・どうしました?目標が近くに?」

 

 息も絶え絶えな様子で話しかけるアイリス。その顔には疲労が色濃く見えており、とてもこの後戦闘をできる雰囲気ではなかった。

 

 「休憩だ。ホラ水を飲め。脱水症状を起こすぞ。」

 

 そう言って水が入った水筒をアイリスに渡す。受け取ったアイリスは安堵の表情を浮かべコクコクと小さくのどを鳴らした。

 

 「あ、ありがとうございます。すいません、まさかこんなに厳しい環境とは思わなくて・・・」

 

 水分補給を済ませたアイリスは、セルグへ感謝の言葉を述べる。ここまで厳しい環境に置かれたのは初めてなのだろう。想定外の疲労に、己の未熟を嘆きながらも一息つけたことに喜びを見せていたアイリスはセルグを見やる。

 

 「果てから果てへ、俺たちはどんな所にも派遣されるからな。環境の変化には柔軟に対応できるようにしておけ。こういう熱い場所では呼吸ですら水分を大きく逃がしてしまう要因となる。肌の露出を極力抑えて、口元には布を巻いておくといい。少しは渇きを抑えられるだろう。」

 

 ぶっきらぼうな言い方ではあるが、セルグの気遣いの言葉にアイリスは顔を赤くする。異性であるセルグの気遣いに大切にされていると感じたアイリスは嬉しさがこみ上げてきた。

 

 「お前みたいに肌をさらしているのはアホの所業ってことだ。」

 

 感動していたアイリスを突き落すようにセルグはアホ認定をアイリスに突きつけた。

 アイリスの現在の服装は訓練時代に支給された戦闘服であり、動きやすいように袖や裾が若干カットされて手首や足首の自由度を高めるデザインだった。溶岩流れる火山を山登りするにはありえない格好であった。

 

 「な!?わかっていたならなんで教えてくれなかったんですか!!」

 

 「そのぐらい対処すると思っていたからな・・・第一、オレが面倒を見るのは戦闘に関してで、サバイバルについては訓練で習ってきているはずだろう?」

 

 流石のアイリスも黙っていられず教えてくれなかったセルグを責めるも、セルグは一蹴。そこまでは自分の管轄ではないとあしらう。

 悔しげにセルグを睨むアイリスの前にセルグから大きな布が差し出された。

 

 「ホラ、これを体に巻いておけ。肝心の戦闘になる前に干からびてたら話にならないからな。これで外気を遮断しておけば少しはマシだろう。」

 

 みれば、セルグが自分に巻きつけていた布だった。流石に申し訳ないと断ろうとするアイリスが口を開く前にセルグが布を被せてきた。

 

 「さっきお前が飲んだおかげで水がなくなった。早々に麓まで下りたいから、力尽きて足手まといになられたら困る。オレに申し訳ないとか思う位なら課題を完璧にこなして任務達成に尽力しろ。いいな?」

 

 そう言って先ほどよりも急ぎ足で前へと歩き出すセルグ。アイリスもすぐに後ろを追いかけていく。

 

 「あ、の・・・その、ありがとうございます。それとすいません、布だけでなく水までもらってしまったみたいで。」

 

 どうにも申し訳ない気持ちが拭いきれないアイリスだったがセルグはもうどこ吹く風だった。前に進みながら気にしていないようにアイリスに告げる。

 

 「気にするなとは、言わない。言ってもどうせ気にするだろう?だから一つシンプルな事実を教えてやる。」

 

「な、なんですか・・・?」

 

「お前の目の前にいる人間を誰だと思っている。一人で散々星晶獣を屠ってきたオレがこの程度で窮地に陥るとでも?お前の心配は無駄以外の何物でもない。わかったら自分がなすべきことに意識を割いておくんだな。」

 

 自信たっぷりに言い放つセルグ。言葉には驕りが見えるが、そこにみえるのはアイリスへの気遣いであった。

 

 「・・・はい。わかりました!必ず達成して見せます。」

 

 応えたアイリスも、ここまでしてもらって失敗などできるはずがないと腹をくくる。必ずや課題をこなし、任務達成に貢献してみせるとやる気を見せた。

 

 

 

 それからしばらく進むと、広場のようになっている岩場があった。ここまでくるのに、立ちふさがる魔物を、幾度となくセルグが一人で倒していく。アイリスはその一挙手一投足をつぶさに観察していた。

どこかに参考となる部分は無いか。未熟な自分が任務対象との戦いまでに戦闘のイロハを少しでも覚えるためにはどうしたらいいか。必死に頭を巡らせて考えた策だった。

 

 「来たようだな・・・」

 

 ふと足を止めるセルグ。疲労が溜まってきているアイリスが、呟かれた言葉に周囲を警戒する。

 

 「来た・・・っていったいどこからで」

 

 「下だ!!」

 

 次の瞬間、二人の足元が爆ぜる。突如現れた蠍の魔物。地中から出てくる勢いで二人に奇襲をかけてきたのだ。

完璧と思える不意打ちだったが、セルグはすぐさま対応。打ち上げられる前にアイリスを抱え跳躍した。

 

 「あ、ありがとうございま・・」

 

 「暢気なこといってるな!礼など後だ。戦闘準備だ。課題は覚えているな。頭を使え。思考を止めるな。敵を観察しろ。後衛であるお前は、観ることが戦闘を進める鍵だと意識しろ。いくぞ!」

 

 矢継ぎ早に指示を出されたアイリスは、その指示から冷静な思考へと移っていく。前衛を務めるのは英雄と謳われたセルグなのだ。ならば全幅の信頼を寄せて、己ができることに集中すると決めた。

 刀を抜き、蠍の魔物と戦闘を開始するセルグ。振り上げられた鋏を躱したかと思えば、それを踏み台に跳躍。飛び上ったセルグはそのまま空中で一閃。なんの苦労もなく、蠍の尾を切り落とす。尾から感じられる痛み。尾を切り落とされた現実に魔物は悲鳴を上げた。

 耳をつんざく悲鳴に思わず目を背けようとするも踏みとどまり、魔物を観察し続けるアイリス。尾を切られたことで無茶苦茶に鋏を振り回す魔物に、セルグは近づくことを断念。回避に専念していた。

 回避しながら状況を分析するセルグ。ひとまず、一番面倒になりそうな毒を持つであろう尾を切り落としたが、それによって倒すのが逆に面倒になってしまった。

 

 「さすがにこの図体じゃ、失血死ってのは簡単じゃなさそうだしな・・・」

 

 魔物の体の大きさはかなり大きい部類に入るだろう。頭をよぎる考えを自ら否定していく。そこに後ろにいたアイリスから声が掛かる。

 

 「セルグさん!あの魔物、鋏を振りかぶるときは地面に足を突き刺すようにして固定しています!!」

 

 告げられた情報にセルグは魔物を見やる。確かに細くて接地面積のせまい脚は深く地面に刺さっており、躰を安定させているようだった。

 

 「鋏を振りかぶった瞬間に、脚を撃ちます!バランスが崩れたところをお願いします!」

 

 そういって魔力を銃へと集中するアイリス。まさかこちらの返事を聞かずに行動に移すとは思っていなかったセルグも、集中するアイリスを止める事はせず、提案に乗ることにする。

 

 「次、いきます!」

 

 そう宣言したアイリスが、蠍が鋏を振りかぶった瞬間を狙う。

 

 “ガキン”

 

 放たれた銃弾は確かに魔物の脚を捉えたが、威力が足りずに固い甲殻に阻まれる。

 

 「そん・・・な・・・」

 

 失敗してしまった。課題を達成できなかったと、アイリスが絶望の表情を浮かべる。

 

 「まぁ、こんなもんか・・・」

 

 セルグがその姿に小さく呟く声が、アイリスの耳に届く。見限られてしまう。もしかしたらこの場で捨てられてしまうかもしれない。あらぬ想像が次々とアイリスを襲う。

 

 「ほら、ぼーっとしてるな、邪魔だ!うしろに下がってろ!」

 

 とうとう邪魔者扱いされ、涙を流しそうになりながらもギリギリのところで堪えて、安全な場所へと下がるアイリス。

 

 「全く・・・さて、本気でいこうか。絶刀天ノ羽斬よ、我が意に応えその力を示せ。立ちふさがる災厄の全てを払い、全てを断て。」

 

 セルグが言霊を紡ぐ。鍵となる詠唱に反応し、セルグが持つ刀、天ノ羽斬が真価を発揮する。光を放ち、鳴動する刀。それが一度振るわれた時、蠍が持つ片方の鋏が切り落とされる。続いてもう片方が。次は躰を支えていた足が根こそぎ。瞬く間に身動きを取れなくなった魔物を目の前にセルグは最後の言葉を投げる。

 

 「悪いな、任務対象に慈悲はかけないんだ・・・」

 

 冷たく放たれた言葉と共に最後の一撃が振り下ろされた。ここに任務の達成が成される。

 

 

 セルグがアイリスの元へと戻ると、アイリスは涙を流していた。

 

 「すいません、っう、課題・・・こなせ、ませんでした・・・」

 

 涙ながらにセルグに謝罪の言葉を向けるアイリス。呆れた様子のセルグがアイリスに告げた。

 

 「お前は何言ってんだ?課題はこなせただろう。オレはお前になんて課題を言い渡した?」

 

 課題をこなせた?・・・告げられたセルグの言葉にアイリスは呆ける。

 

 「え?だって狙い通りの攻撃をしろって・・・」

 

 「そうだ、攻撃をしろと言ったんだ。成功するかしないかなんて訊いてない。これから先、強大な星晶獣を相手に怯えず、竦まず、戦闘ができるかって事だ。今回お前に課した課題はそれだけだ。初めから戦力としては期待しちゃいない。まともな武器も持ってないのに期待できるわけがないさ。それよりも、思いのほか肝が据わっていて驚いた。まさかこちらの返事も聞かずに勝手に作戦を進めるとは思わなかったがな。目の付け所も間違っちゃいない。問題だったのは威力だけだ。そんなのは武器による部分も大きいしこれからだろう。打ちひしがれているところ悪いが、お前はこれから先オレの元で戦ってもらうことになった。さぁ帰るぞ。こんなところで涙なんか流してたら干物になる。」

 

 そう言って帰り支度をして歩き出すセルグ。次々と想定外の事を告げられ呆けていたアイリスも慌ててついていく。

 

 「えっと・・あの!ホントにいいんですか?私全然お役にたてなかったのに・・・」

 

 アイリスはいたたまれない様子で問い詰める。

 

 「なんだ?さっきの評価に不満か?思い上がるなよ。正式に武器を与えられていない時点で戦力としては期待しない。だからオレは言ったはずだ、後衛として見ることが戦闘を進める鍵だと。お前はオレが言ったことを理解してあいつをしっかり観察したんじゃないのか?だからあいつの脚を狙うと言ってきたんだろう。そこまでできれば十分だと言っているんだ。ほら、水ももう無いんだ。余計な話なんかしてる余裕はない。さっさと山を下りるぞ。」

 

 そう言って今度こそ終わりだというように歩くセルグ。その背中にアイリスは万感を込めて叫ぶ。

 

 「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」

 

 背中でアイリスの声を聞いたセルグは笑みを浮かべる。小さな、だが優しい笑みだった。

 

 

 

物語は動き出す。二人の邂逅を以て。

もたらされた新たな出会いと、与えられた小さな変化が、物語を紡ぐ。

その先に待つのは幸せの光と世界の闇。

無情な世界が青年を揺り動かす。

 



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過去編 2

 フレイメル島、バルツ公国より戻ったセルグは帰還途中で疲労から深い眠りについてしまったアイリスを背負い、組織の拠点へと帰還する。

 

 

 ロビーへと戻ったセルグを出迎えたのはケインであった。出発前と変わらない表情で出迎えたケインはなに食わぬ顔でセルグへと近づき声をかける。

 

「戻ったか、セルグ・・・と、どうやら彼女も無事に帰って来れたようだな。それでどうだった、セルグ?」

 

 セルグの背にいるアイリスを見てケインはセルグへと問いかける。何がどうなのか、具体的な言葉はなくともセルグにはケインが問いたいことが何なのかすぐに理解して口を開く。

 

「・・・ケイン。お前何でこいつをオレに回した?戦闘能力は壊滅的、体力は並以下。唯一目立ったのは洞察力ぐらいだ。正直とても戦士としては通用しないぞ。」

 

 ケインの問い掛けにセルグは包み隠さず、アイリスに対する感想を述べた。それを聞くケインに驚きの様子は見られず、まるでセルグの返答を予測していたかのような表情をしていた。

 

「やはり気づいたか・・・その通りだ。彼女は訓練の時もかなり苦戦していた。相方が優秀だったためになんとか訓練課程は修了したが、とても星晶獣との戦いには赴けないというのが私の見解だった・・・訓練修了時に探索班の方が適当ではあると勧めたのだが、彼女の意思は固く、戦士となることを頑なに諦めなかったのだ。そこでお前のもとに預けることで組織の戦士の実力を見せてその意思が揺らがないかを試したというわけだ。」

 

 戦士の中でも圧倒的な実力を誇るセルグ。その実力を目の当たりにして絶望するか。それともその実力に希望を見出し戦うことを選べるか。ケインはアイリスの頑なな意志に選択を委ねたのだった。

 

「巻き込まれたこちらはいい迷惑だ。しかもそいつ、やる気になっちまったぞ。どうすんだよこれから・・・」

 

「なに、お前がこれからは面倒を見てくれるんだろう?何も問題はないだろう。しっかり教育してくれ、英雄殿。」

 

 ケインが発する”英雄”の単語にセルグの表情が歪む。セルグは僅かな怒りさえ見せながらケインへと視線を向ける。

 

「ケイン・・・その英雄ってのは訓練生に広めてやがるのか?だとしたら今すぐにやめろ。どうせこいつもすぐにオレをみて絶望する・・・オレは、化物だから。」

 

 ケインもセルグの口から出てくる”化物”の単語に顔をしかめた。すぐさまそれを否定しようと口を開く。

 

「セルグ、確かにお前の実力は戦士の中でも抜きん出ている。任務を一緒にした戦士たちが次々とお前の実力を見て恐れているのも知っている。だが、そう悲観をするものではない。

 私を含め、お前の師であったバザラガや訓練から付き合いのあるユーステスといった、お前のことを理解してくれる者もいるはずだ。」

 

 圧倒的な強さを持つセルグはこれまでに何度も任務へと趣いてきた。同行して任務を共にした者も多い。だが強大な星晶獣を難なく屠るセルグの実力に、同行した者は畏怖や絶望を覚えてセルグを避けるようになるのだった。

 

「確かにそうだが、それだっていつオレの事を化物と呼び始めるかわからないだろう・・・だからオレはいつも一人で任務に」

 

 ケインの言葉を素直に飲み込めないセルグは尚も言い返そうとするが、そこに別の声が割って入る。

 

「セルグ!もどっていたか。」

 

 セルグを見つけ、近づいてくるのはドラフの大男。上半身はほぼ覆われていない黒く刺々しい鎧と巨大な鎌を携えた男だ。

 彼の名は”バザラガ”。かつて訓練を終えたばかりのセルグの師であり、組織の中でも実力者として通ってる戦士である。

 

「バザラガ。なんの用だ?」

 

 ケインとの会話に出てきたセルグの数少ない理解者であるバザラガの登場で、セルグはケインとの会話を打ち切る。

 

「急ですまないが、任務に同行してもらいたい。本来なら俺ともう一人が行く予定だった任務があるのだが、そいつが負傷して共に行けなくなった。戻ったばかりだとは思うが頼む。」

 

「・・・本当に戻ったばかりなんだがな。まぁ大した相手でもなかったからいいか。わかった、同行しよう。

 ケイン、そいつを部屋に戻しておいてくれ。それから数日空けるからその間は体力をつける訓練でもしておけと伝えてくれ。」

 

 セルグはちょうどいいと言わんばかりに二つ返事で任務への同行を承諾する。背負っていたアイリスをケインに預けてバザラガと共に騎空艇へと向かおうとしたセルグへケインは声を掛けた。

 

「ふむ、わかった。セルグ、先ほどの話。忘れるんじゃないぞ。」

 

「わかったわかった。幸いにもタイミングよくこうしてバザラガと任務に赴くことになったんだ。じっくり考えてみるさ。行こう、バザラガ。」

 

「ああ、よろしく頼む。」

 

 それっきり振り返ることもなくセルグは去っていく。ケインをあしらうようにするセルグの最後の言葉はケインの胸中に小さな違和感を与えていた。

 

「セルグ、努々忘れるなよ。それにしても、体力をつけておけ・・・か。案外やる気になってるのか?もしかしたらこの子がアイツを変えてくれるかもしれないな・・・」

 

 小さく笑みを浮かべ、ケインは預けられた少女に可能性を感じた。彼女の師であろうとすることでセルグにも大きな変化がおきる。そんな予感を感じ始めていた。

 

 

 

 

「それで、ターゲットはなんなんだ?これでつまらない魔物の可能性もあるようなら怒るぞ・・・」

 

 騎空艇の甲板で任務の確認を行うセルグ。

 二つ返事で了承していたが内容を全く聞かずに受けてしまったことに少しだけ不安と後悔をしていたところだった。

 

「目標は判明している。星晶獣”コキュートス”。絶海の孤島と呼ばれる島を氷河に包んだ星晶獣だ。当然ながら属性は水。まぁお前は光で俺は闇だから問題はないだろう。現地には既に探索班が情報を集めて待機している。あとは狩るだけだ。」

 

「そいつは手っ取り早くて助かる。それにしてもフレイメルの灼熱地獄から、極寒の氷河に包まれた島とは・・・極端すぎて泣けてくる。」

 

 果てから果てへ・・・まさか自分で言った言葉を自分で現実のものとするとは思っていなかったセルグ。アイリスに告げた時も言葉の綾のつもりだったため、うんざりとしたように声を上げていた。

 

「そう言うな。我らの任務は力無き者を救う大切な任務だ。今この時にも、氷河に包まれ生きるか死ぬかの瀬戸際にいる人達がいるやも知れん。迅速に対処する必要がある。」

 

「分かってるよ、散々聞かされたんだ・・・嫌でも覚えてるよ。だからオレは一人で戦ってるんだ。オレ一人で十分なら空いた人員はその分他に回せるからな。」

 

 セルグの言葉には、大義名分とも言える言い回しがあったが、それを言葉通りに受け取るバザラガではなかった。訝しげな視線をセルグに向けると責めるような口調でセルグへ言葉をかける。

 

「・・・セルグ。お前はいつまでそうして一人で有り続けるつもりだ?かつてお前の師を務めた俺でも一人で星晶獣と戦う事はしない。任務成功率や危険性を考えれば単独での任務が困難である事はお前も分かっているだろう?」

 

「分かってるさ。それでもオレは一人で戦いたいんだ。それでより多くの戦士が任務に赴けるのなら、どんな困難だろうが一人でくぐり抜けてやる・・・それに、こうして一緒に任務に来てくれるやつなんて限られているからな。一人の方が気が楽なんだよ。

 まぁ、ケインのおかげで新人の教育をすることになっちまったからしばらくは心配いらないさ。」

 

「ユーステスとはどうなのだ?奴とお前は旧知の中だろう。」

 

「しばらく会っていないな・・・お互い忙しい身だし、正式にチームを組んでるわけでもない。特にオレは極端に拠点にいることが少ないからな。」

 

 現実として組織の戦士に余裕はない。空域のあちこちで報告される星晶獣の存在にひっぱりだこな現状では、一人で星晶獣を屠れるセルグに多くの任務が言い渡されるのは仕方のないことだった。当然、誰かとチームを組むことなどできることではない。

 

「悪い、バザラガ。少し部屋で休む。バルツの気候で少し体が参ってるようでな。着いたら起こしてくれ。」

 

 そう告げると、セルグは艇内の部屋へと向かう。その背には操舵士や船員たちの嫌な視線が付きまとう。

 

「セルグ・・・」

 

 何を思ってるか、その表情は鎧のせいで見えないがバザラガの声にはセルグを心配する気持ちが表れていた。

 気休めの言葉もかけられない自分を恨めしく思いながら、バザラガも部屋で休もうと歩き出すのであった。

 

 

 

 

 騎空艇での移動を始めて丸1日をかけた頃、二人は任務地となる島を目の前にしていた。

 一面を雪と氷に覆われ、空からは雪がちらつく。見る者を不安にさせる自然の脅威が二人の目の前に広がっていた。

 

「氷河に包まれた・・・か。本当に凄いことになってるな。この島の元々の気候は?」

 

「元々寒い気候ではあるようだな。雪に覆われることも多々あるということだが、これはそんなレベルではないな。」

 

「ノースヴァスト並の雪景色だぞこれ。足を取られて戦いにくいかもしれないな。注意しよう。」

 

 島の状態に、注意を促すセルグ。それを聞きながら島を眺めるバザラガの元へと近寄ってくる人影が二つ。

 

「お疲れ様です!バザラガ殿。」

 

 話しかけてきたのは灰色で統一された服を着込んだ二人。組織で活動する探索班の二人だ。星晶獣の情報収集や、実際に監視をして位置を戦士へと伝える役目を担っている。

 

「状況は?」

 

「山の麓にあった洞窟を根城にしているようです・・・あの、そちらは?」

 

 予定されていた戦士はバザラガともう一人。どちらの戦士とも面識のあった探索班の一人は見知らぬ戦士の姿に疑問を呈す。

 

「気にするな、予定の奴ではないが助っ人だ。セルグ、どうする?」

 

「星晶獣を相手に狭い洞窟は悪手だな。攻撃の範囲が桁違いな奴らを相手に回避行動の制限をかけるのはまずい。洞窟の崩落の可能性も考慮すると外で戦いたいところだが・・・この雪ではそっちもまたリスクが高いな。とりあえずは相手がどんなのかもわからないから洞窟内でひと勝負しておくか。洞窟の広さによってはそのまま戦えるだろうし、ダメなら外におびき出せばいい。」

 

「うむ、いいだろう。それでいこう。お前たちはここで待機していろ。2日経って我らが戻らなかったならば島を離れ拠点へ戻り、救援を頼む。」

 

 探索班の二人に次点の行動を伝えておくバザラガの言葉に声を揃えて返事をする探索班を見ながら、セルグはそれを遮るように声を上げる。

 

「要らん心配だ。オレとアンタがいて苦戦などするわけがない。バザラガ、早く終わらせて帰ろう。さっさと帰って休みたいんだ。」

 

 セルグの様子に焦っている様子は無い。それが普通であり、当たり前の結果であると信じて疑わない様子だ。

 

「何を焦っている?拠点に置いてきたあの小娘が気になっているのか。」

 

「バザラガ・・・」

 

 半ば冗談のつもりだったバザラガは己の一言に殺気まで放つセルグを慌てて止めた。

 

「冗談だ、そう怒るな。殺気まで放つな。」

 

「ふん、次余計なこと言ったら切り捨てるからな。いくぞ。」

 

 それ以上何も言わずにセルグが歩き出すと、バザラガも遅れないように付いていく。

 その場に残された探索班の二人は目の前で行われた光景に驚きを隠せなかった。

 

「これからあの二人、星晶獣と戦うんだよな?バザラガさんは経験も豊富で落ち着いてるのはわかるけど、あの若い人は一体?」

 

「おまえ、知らないのか!?アイツは組織の戦士の中でも別格だよ。いつも一人で任務に行ってほとんど傷を負うこともなく帰ってくる化物だ。お前も聞いたことがあるだろ?セルグ・レスティアだよ。」

 

「あ、あれが!?どうりで落ち着いてるどころか、星晶獣と戦うのが当たり前のような感じだと思った。まるで日常の一部のような雰囲気だ・・・」

 

「組織の一部じゃ英雄だとか言われてるが、俺としちゃ恐ろしいよ。同じ”ヒト”とは思えない・・・」

 

「そう・・だな。」

 

 二人の視線は、セルグとバザラガが雪景色に消えるまでその背中へと注がれていた。畏怖に染まった視線のまま・・・ 

 

 

 

 報告のとおり山の麓の洞窟へとたどり着いたセルグとバザラガは周囲を警戒しながら進む。雪どころか氷に覆われた洞窟内は驚くほど気温が低く、普通のヒトであればすぐさま動けなくなるだろう厳しい環境となっていた。

 

「洞窟の中もしっかりと極寒な事で・・・この様子じゃ元々ここにいた魔物なんかも動きを止めてるだろうな。」

 

「ここまでに一度も見かけてないのはそう言う事だろうが、油断はするな。」

 

「はいはい・・・というかバザラガ。アンタ、その格好寒くないのか?」

 

「この体は特別性だ。問題は無い。」

 

 上半身丸出し状態なバザラガの格好をセルグは危惧するが、バザラガに寒さを感じている気配はなくセルグは心底不思議そうに問いかける。だがそれを特別性の一言で片付けるバザラガにセルグは更なる質問を禁じ得なかった。

 

「前から思っていたが、一体どうなってんだアンタの体は・・・」

 

「そっくりそのまま返してやろう。お前の方こそどうなっている?戦いを見なくてもまた実力が上がっているのが手に取るようにわかる。お前の限界はどこにある?」

 

 対するバザラガも久しぶりに任務を共にするセルグの実力が、以前よりも大きく上がっていることを感じていて質問を返す。

 

「・・・一人であちこち飛び回って奴らを狩ってれば嫌でも強くなるさ。それにオレは化け物だからな。」

 

 セルグの表情に小さな自嘲が込められたときバザラガは怒りを混じらせてセルグへと言葉を投げる。

 

「その言い方は止めろ。お前がどれだけ強くなろうがお前はお前だ。セルグ以外の何者でも無い。大体、化け物の具合で行ったら俺のこの身体も変わらん。

 全く、昔は何を言われても気にしない男だったのに随分とナイーブになったな。周りからの批評をやたらと気にするじゃないか?」

 

 かつてのセルグは何を言われても気にすることはなかった。戦士となったばかりの頃のセルグそれがただの嫉妬だろうと信じて疑わなかった。そんなセルグを思い出させるように掛けられたバザラガの言葉に、大人に怒られた子供のようにセルグは自嘲の笑みを消して口を開く。

 

「言われるだけでなく避けられることも多くなった。組織の中じゃオレに話しかけてくるのなんてケインとユースとアンタくらいだ。そうなるのも当然だろ?」

 

「今ではあの娘もそうだろう。お前と任務を同行して共に帰ってきたのだからな。うむ、よかったな一人増えたぞ。暫くは面倒も見るのだろう?大事にしてやれ。」

 

 出立前に見かけたアイリスの姿を思い出しからかう様に告げるバザラガに、セルグの冷たい視線が突き刺さる。

 

「次余計な事を言ったら切り捨てると言わなかったか?」

 

「しゃべりすぎたな・・・先を急ごう。」

 

 周囲の温度が更に下がるような視線と共にかけられた言葉にバザラガは先を急ぐように歩き出す。

 

「チッ、お節介な奴ばっかりだ・・・バザラガ!?」

 

 セルグが突如声を張り上げる。同時に先を歩くバザラガの目の前に巨大な何かが降り立つ。

 大きな体は洞窟の天井に届かんばかり。太い腕と4本の足。胸部には青く光る星晶が爛々と輝き、氷の吐息と共にそれは姿を現した。

 星晶獣コキュートス。氷獄の支配者にして絶対零度の輝きを放つ獣。

 待ち構えていたかのように二人を視界に収め唸り声を上げている星晶獣コキュートスを前にして、だがそれでもセルグとバザラガは揺るがない。

 

「どうやら我らの事を既に感知していたようだな。準備万端といった様子だ。いくぞセルグ。

 大鎌グロウノス!星の獣の血を啜り、その魂を刃となせ!」

 

 言霊の詠唱に応えバザラガのもつ鎌、”大鎌グロウノス”が赤黒く光を帯びる。星晶獣を屠るために作られた武器がその進化を発揮するべく力を発していた。

 

「絶刀天ノ羽斬よ。我が意志に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て!」

 

 同時にセルグも詠唱。抜き放った天ノ羽斬が輝きを帯びる頃にはすでにセルグは走り出していた。

 

「バザラガ、打ち上げ頼む!」

 

「む?・・・任せろ!」

 

 告げられた言葉に一瞬迷うもバザラガはセルグの意図を理解。走り出したセルグを打ち出すように大鎌グロウノスを振り抜く。刃が伸びるのとは逆の柄の部分でセルグを捉えると弾かれたように飛んだセルグはコキュートスが動く間も無く接近。その太い腕を切り落とすべく飛び出した勢いのままに天ノ羽斬を振りぬく。

 深く切られた腕は大きく傷口ができるも、ヒトのように出血はしない。コキュートスの背後へと降り立ったセルグは切り口を見て冷静につぶやいた。

 

「流石に一太刀で切り落とすのは難しいか。せめて解放くらいは必要だな・・・っとぉ!?」

 

 先手を取られたコキュートスが背後のセルグへ尾を振るう。立派な腕と足をもつコキュートスが尾で攻撃するのが予想外だったのか不意をつかれて慌てて回避をするセルグバザラガが激を飛ばす。

 

「セルグ、何を油断している!」

 

「すまない、少し気を抜いた。」

 

 素直に謝りながら回避に専念するセルグを、コキュートスは追撃しようと足を動かすが

 

「ぬぅおおおおお!!」

 

 雄叫びとともにバザラガが背後に意識を向けていたコキュートスを切りつけた。巨大な鎌による斬撃はセルグと同様にコキュートスの前足へ深々と傷を作っていく。

 

「さぁこっちを狙え。この身体、如何な攻撃を受けようとも折れはせんぞ!」

 

 挑発するようなバザラガの言葉にコキュートスはそのまま前足で蹴りつけるも、バザラガはそれをそのまま受け止めた。僅かに苦悶の声を上げながらも盾も防御も無しに平気で星晶獣の攻撃を受け止めるバザラガの戦い方は普通のヒトではありえない戦い方であろう。

 

「相変わらず無茶苦茶だよ。あんなの見せられたら本気を出さざるをえないっての!」

 

 そんなバザラガの姿に奮起するのはセルグ。体を張って注意を引いてくれた隙を逃すことはしない。跳躍と共に天ノ羽斬に力を集約。雷の如く迸る光の力を束ね刀を振るう。

 

「”光破”!」

 

 狙うは先程切りつけた片方の腕。強大な光の力を込められたセルグの斬撃が今度こそコキュートスの腕を断つ。だがそれと同時にコキュートスの動きを察知したバザラガが声を張り上げた。

 

「セルグ、離れろ!!」

 

 コキュートスの周囲で冷気が吹き上がる。それはそのまま範囲を広げて衝撃波となって二人を襲う。

 コキュートスの技”ジュデッカ”。胸部の星晶が赤く光りコキュートスが怒りを露にしていた。

 

「な!?」

 

 バザラガの声に反応していたセルグはすぐさま後退して離れる。ギリギリのところで離れ切ったセルグが驚きながらコキュートスを見据える。

 

「あっぶねぇ~助かったバザラガ。あの状態で反撃が来るとは思わなか・・」

 

 バザラガに礼を述べるセルグがまたも回避行動を取る。瞬間、コキュートスの眼が光りセルグが居た場所で氷が弾けた。それは立て続けに起こり2度3度とセルグを追うように追撃していく。

 

「どうやら随分とお怒りのようだな。」

 

 回避を終え、コキュートスを再度見据えながら、セルグは今起こったことを分析する。

 

「視界に写る任意の場所に氷を降らせる能力か・・・恐らくあの瞳が光るのが合図だろう。」

 

「発生までのタイムラグが短い・・・アンタじゃ避けられないだろう?今回の囮はオレだな。止めは任せる。」

 

 バザラガの見解に頷きながらセルグは囮を買ってでた。機動力が低く、連続で繰り出される攻撃に流石のバザラガも受けきるのは難しいと判断した。

 

「今更心配などはしないが、無理はするなよ。この身体なら多少は」

 

「攻撃を受ければ止めを刺すにも支障が出るだろう。囮はきっちりこちらに任せてもらおう。」

 

 そう告げてセルグはバザラガの前へと躍り出た。天ノ羽斬の刀身を指でなぞり、呼びかける。

 

「天ノ羽斬、全開解放。」

 

 同時に天ノ羽斬の輝きが増す。その輝きはセルグへと伝播し僅かな光りにセルグが覆われた。

 準備ができたセルグは駆け出した。同時にセルグを追うようにコキュートスの攻撃が爆ぜていくが、それがセルグを捉えることは無い。

 

「(攻撃箇所に確実にピントを合わせているのか。視線の向きで狙いが手に取るようにわかる。加えて瞳が光るわかりやすい合図。)」

 

「当たるわけがないさ!喰らえ、”多刃”」

 

 懐へと飛び込んだセルグはコキュートスの足の間を抜け体の下へと潜り込んだ。体に隠れ視線を向けられないコキュートスに成す術はない。セルグが放つ数多の斬撃は、コキュートスを内側から食い破るように体中を傷つけていく。

 

「おまけだ、”絶刀招来天ノ羽斬”!」

 

 そのまま走り抜けたセルグは振り返ると同時に自信の最大の技を振るう。極光の斬撃はコキュートスの後ろ足を半ばから断ち切り身動きを取れなくした。

 

「見事だセルグ。”フォゴトゥン・テイルズ”」

 

 コキュートスが動けなくなることを確認したバザラガは大鎌グロウノスの力を最大限に高める。バザラガのつぶやきと共に鎌に赤黒い光が纏い禍々しく力を発していた。

 

「大鎌グロウノスよ、力を示せ!”ブラッディ・ムーン”!!」

 

 雄叫びと共にバザラガはその巨躯を踊らせ空中へと飛び上がるとグロウノスを投擲する。投げられた鎌は回転しながら赤い魔力を帯びてコキュートスへと向かう。

 胸部に光る星晶を削るように大鎌グロウノスはコキュートスを回転しながら切り続ける。その回転が止まり鎌が胸部の星晶に刺さる頃、コキュートスは二度と動きだすことは無かった。

 

 

 

 

「止めを任せられる仲間が居るとやっぱり楽だな・・・あっさり終わってよかった。」

 

 コキュートスを倒して洞窟の外へと出てきた二人を日差しが出迎える。

 星晶獣と戦ったことを微塵も見せない二人に疲労の気配はなく、まるで朝食を摂った後の様な雰囲気であった。

 

「よく言う。確かに止めは俺の技だったが、お前の攻撃を食らった時点で奴はもう動けない状態だった。正しく俺は止めを刺しただけだ。」

 

「そんなことはないさ。一人ではここまで早くは終わらない。まぁそれでも、仲間が欲しいとは思わないけど・・・」

 

「セルグ・・・いい加減」

 

 またも自嘲を浮かべるセルグにバザラガが言い募ろうとしたところをセルグが遮る。

 

「わかってるさ。アンタやユースみたいにオレのことを見てくれる人が居るのは。それでも大多数はオレを避ける。きっとあいつもな。初めから期待しないほうが気持ちが楽なんだよ・・・さ、この話は終わりだ。さっさと戻ろう。」

 

 有無を言わせずに歩き出すセルグの背を見ながらバザラガはまたもや何も言えない口下手な自分を呪うのだった。

 

 

 

 

「も、もどってきた!?まだ半日も経ってないのに・・・」

 

 遠目に見えて来るセルグとバザラガを確認し、探索班のひとりが驚きの声を上げた。

 

「操舵士に連絡だ。あいつらこんな早く戻ってくるとは思ってないだろうから出航の準備なんかしてないだろうよ。」

 

「お、おう。わかった、いってくる。」

 

 その場を去っていく相方を見送りながら、彼はセルグ達を出迎えるべく歩き出す。

 

「お疲れ様でした。その・・随分早いようですが、目標は・・・?」

 

「問題なく片付けてきた。今回は早く帰れるようだ。操舵士に出航の準備をさせてくれ。」

 

「はい、それなら既に相棒が伝えに言っております。遠目から戻られるのが見えたのでもしやと思い・・」

 

「そいつはありがたい。こんな寒いところ早く離れたいからな。バザラガ、先に艇に戻ってるぞ。」

 

 セルグが早々にその場を去って艇に戻るのを見送ると、探索班の男はバザラガへと向き直った。

 

「あの、バザラガ殿。本当に星晶獣は・・・?」

 

「倒してきた。あいつと共にな。お前達が奴に思う所があるのは俺も理解している。だがな、奴はいつも一人で星晶獣と戦う。探索班にも仲間の戦士にも頼らず。それが何故なのかお前たちは知っているか?」

 

「は?い、いえ・・存じません。」

 

 突然投げかけられた質問に戸惑う男。思い当たる答えが見えずにただ言葉を濁す探索班の男にバザラガは言葉を続ける。

 

「セルグは全ての危険を己で引き受けるために一人で戦ってるに過ぎん。戦士はもちろんのことだが、探索班とて危険がないわけではない。ましてやアイツに回される任務は危険度が高い対象がほとんどだ・・・セルグは常に、その危険が仲間に降りかからぬように一人でいようとする。

 どうかそれを分かってやってはくれないか。恐ろしいのはわかる。が、それではアイツは何のために一人で戦っている?温かく迎え入れてくれるだけでいい。それでもあいつは救われるはずだ。」

 

「・・・バザラガ殿。」

 

「しゃべりすぎたな。もどるぞ。」

 

 そう言って返答は聞かずにバザラガは艇へと歩き出す。残された男は突然告げられた言葉にただただ困惑することしかできなかった。

 

 

 

 またも丸1日をかけて騎空艇は拠点へと戻ってきた。

 艇を降りたセルグは拠点の前で待ち構えてる女性を見つけると驚きを表す。

 

「あ、セルグさん!お帰りなさい!!」

 

 セルグの姿を確認したアイリスが駆け寄ってくると開口一番出迎えの挨拶を告げる。

 

「お前、なんで・・・まさか毎日待っていたのか?」

 

「い、いえ。ケインさんが”セルグなら到着したその日には片付けるだろうから帰ってくるなら今日だろう”って教えてくれたんです。それでセルグさんなら本当にさっさと帰ってくると思って朝から待ってました!」

 

 アイリスはセルグの行動を読み切って帰りをまっていた。

 拠点に戻って出迎えを受ける。これまでに無かった事に驚きながらもセルグは僅かに自分の気持ちが軽くなって行くのに気づいた。

 

「そうか・・・全く、よくオレのことを理解しているようで。バザラガ、ありがとな。なんだか少しだけ・・・気持ちが楽になった気がするよ。」

 

「ふ、次はもう少しあの娘と仲良くなっておくんだな。」

 

 セルグの雰囲気に何かを察したバザラガが柔らかな口調で声をかけるも、またも冷たい視線を返される事となる。

 

「バザラガ、余計なことを言ったら切り捨てると言わなかったか・・・」

 

「しゃべりすぎたようだな。次の任務に行かなくては。」

 

「まてまて、オレでも戻り次第に次の任務なんてことはほとんどない。ましてや今回はオレのおかげで予定されていた時間よりも大幅に短縮されたはずだ。久方ぶりに手合わせをしないかかつての師よ。余りにもあっさり片付いて少々物足りないと思っていたところだ。」

 

「お、落ち着けセルグ。折角早く戻ってきたんだ、ゆっくり休め。お前はいつも無理をしすぎる。おい、お前。セルグと組んで任務に行くことになったそうだな?」

 

 バザラガは矛先を変えようとアイリスへと向き直った。

 

「あ、はい!そうです。アイリスといいます。」

 

「こいつをしっかり見てやってくれ。こやつはすぐにフラっと一人でどこかへ行ってしまう。危険の真っ只中へな。手綱を握ってやれ。」

 

「バザラガ、新人に何をバカなことを」

 

「わかりました。肝に銘じておきます。」

 

 セルグを心配するバザラガの言葉を聞き、アイリスは強い視線でバザラガに返す。

 

「おいコラ。何お前も了承してるんだ。勘違いでピーピー泣いてたやつがオレの手綱を握るとか言ってんじゃねえ!」

 

「な、なんでここでそれをバラすんですか!!ひどいです!この鬼教官!乙女の失敗をバラすとか信じられません!」

 

「ほう・・・鬼教官か。そこまで厳しいつもりはなかったが、わずか数日会わないうちに随分と言うようになったな。いい度胸だ、まずはお前から特訓に付き合ってもらうか。」

 

「ひぇ!?い、いや・・・バザラガさんも心配していますし今日はとりあえず休んだほうが良いんじゃ・・・?」

 

「安心しろ、お前が頑張るだけだ。体力をつけるためにも命懸けの鬼ごっこはどうだ?捕まればもれなく刀の錆になれるぞ。」

 

 冷や汗ダラダラに己が未来を幻視してアイリスはセルグへと待ったをかける。

 

「そ、それは・・・どこにも安心できる要素が・・・」

 

「さぁ、いくぞ。今日からみっちり鍛えてやる。」

 

「そ、そんな!?お許しください!セルグさ~ん。」

 

 首根っこを掴まれドップラー効果と共にアイリスが連れ去られて行く。その光景にバザラガはケインと同様アイリスへ可能性を感じて見送るのだった。

 

「小娘よ。セルグを救ってやってくれ・・・」

 

 小さく呟きバザラガは任務報告のため歩いて行く。鎧に覆われた顔には、小さな笑みが浮かんでいた。

 

 

 



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過去篇 3-1

「フッフフ~ン~♪」

 

 上機嫌な旋律を口ずさみながら少女は実に楽しそうに歩いていた。

周囲は賑やかな喧騒で溢れており、彼女はあちらこちらの露店に目を向けては、様々に並ぶ商品に瞳を輝かせていた。

 

「あ!あれカワイイな~ゼタに買ってあげようかな。あの子全然可愛いものとか興味なさそうだし・・・あ!あれの方がいいかも!!う~ん、悩む~!」

 

 あっちをみては騒ぎ、こっちをみては悩み・・・彼女のせわしなく動く視線と表情をみながら、後ろを歩くセルグはうんざりしたように声を掛ける。

 

「お前な・・・何しに来たのかわかってるのか?今回は一応お前の武器を買いに・・・」

 

「あ、セルグさん!あっちのアクセサリー屋さん、すごく良さそうですよ!!行ってみましょう!」

 

「あ!?コラお前、人の話を・・・ったく、あのバカなんであんなに嬉しそうなんだ?」

 

 あっという間に目の前から去って行ったアイリスをみながら、セルグは呆れと苛立ちをため息と共に吐き出す。

 何故アイリスが上機嫌でいるのか?セルグには全くもって意味が分からなかった。

 一人となったセルグは、一体どこに機嫌が良くなる要素があったのかとこれまでの事を思い返す・・・

 

 

 

 

 

 

「セルグ、いるか?」

 

 コンコンとノックの音が数度響き、来訪者は部屋の主の所在を確かめようと口を開いた。

 静かな部屋に訪れた来客の知らせに、部屋の主である青年は面倒な様子を隠すこともせずに返事を返す。

 

「今は居ない、帰ってくれ。」

 

「・・・・そうか、出直すとしよう。」

 

 そう言って来訪者は部屋の前を立ち去ろうとする。

 何を言っているのだろうか・・・返事をしておきながら居留守を使う、部屋の主も、返事が来たのに言葉のままに立ち去ろうとした来訪者も傍から見れば理解不能だ。

 

「ちょっとセルグさん!?返事をしておきながらいないって意味がわからないですよ!ケインさんもわかっていながら帰らないでください!!」

 

 その場にいた第3者である少女の怒声が二人に向かうのは当然の事だろう。

 

「すまんすまん、冗談だ・・・セルグ、話がある。」

 

 わざとらしく彼女へと謝ると、ケインは改めてドアの前で声を掛けた。

 

「はぁ・・・何だ一体?オレは任務の連続で疲れた振りをしているんだ。面倒な話なら却下だぞ。」

 

 ケインの声に応えセルグが悪態と共に顔を出す。

 つい昨日任務地から帰ってきたばかりだというのに疲れている様子は微塵もなく、セルグの様子は本当に疲れているふりをしているのが見て取れる。

 

「何を言っている。聞いたぞ・・・昨日はこの子を相手に随分と楽しんでたみたいじゃないか?わかりやすい嘘はやめたまえ。」

 

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらケインはからかうように人伝に聞いた話を伝える。

 

「・・・訓練をしてやっただけだ。微妙に誤解を生みそうな発言はやめろ。ついでにその嫌らしく気持ち悪い笑いもやめろ。」

 

「ひどい言い草だな、お前にも春が来たと私は嬉しい気持ちで一杯だと言うのに。」

 

「何をどう聞いてどう見たらそうなるのか知らないが、つまらないことを言ってんじゃねえ。用がないなら帰れ。これでも一応疲れたつもりでいるんだ。」

 

 呆れた様子を隠さずにセルグはそのまま部屋に戻ろうとするが、ケインが慌てて止めに入った。

 

「待て待て、ちゃんと用があるから来たんだ。」

 

 セルグが再度向き直るのを確認してケインは一度焦りをごまかすように咳払いをすると、懐から黒い封筒を取り出してアイリスの目に入らない様に背中で隠しながらセルグへと見せる。その表情は真剣そのもので重要な事を伝えに来たことがわかる。

 封筒を目にしたセルグも疲れを醸し出していた雰囲気を消し、表情を変えた。

 

「場所はポートブリーズ群島のどこかだ・・・現在探索班が鋭意捜索中。片付くまでは帰ってくるなとのお達しだ。」

 

 何を?という部分は語らなくてもわかる程度に二人の間ではすでに情報が共有されていた。蚊帳の外となったアイリスは少しだけ疎外感を感じるも素直に成り行きを見守る。

 

「そうか・・・わかった、すぐに発つ。そいつは置いていくぞ。」

 

 準備をする為、踵を返すセルグの背に、またも慌てたようにケインは声を掛ける。

 

「いいや、この子も連れていけ。大事な愛弟子だろう?それに見つかるまでは時間がかかるかもしれない。その間は二人で観光でもしていたらどうだ?せっかくの休みが潰されるのだ。そのくらいはしても罰は当たらないだろう。」

 

「何を言っているケイン。正気か?こいつを連れていくなんてそんな危険な事」

 

 ケインの言葉にあからさまに不機嫌な様子を見せるセルグ。

 セルグは睨み付けるようにケインを見据えたが、ケインは怯む様子を見せない。

 

「必要な時だけ連れて行かなければいいだろう。お前にとっても彼女といることは決して悪いことじゃないと私は思う。少しは気が紛れるはずだ。彼女を連れていけ、命令だ。」

 

「ケイン!命令と言えば全部従うと思ったら・・・・」

 

「セルグさん・・・邪魔はしません。ちゃんと指示には従います!だからお願いします、連れて行ってください!!」

 

 二人の会話に割って入るように、アイリスは口を挟んだ。

 置いて行かれたくはない。危険だというのなら尚更、一人で向かって欲しく無い。

 セルグを見つめるその表情には少しだけ不安が見え隠れしている。

 

「・・・はぁ、今の言葉忘れるなよ。指示には従ってもらうからな。」

 

 割って入ってきたアイリスの様子にセルグも強くは出れなかった。ため息一つと条件を提示することで同行を許可してしまう。

 

「おやおや、随分と彼女には甘い様だ・・・これはひょっとするとひょっとするかもしれんな・・・」

 

 いつもなら頑なに一人で行こうとしたであろう、強情な部下があっけなく折れたことに、ケインは一人優しく笑みを浮かべていた。

 

 こうしてセルグとアイリスはポートブリーズ群島へと向かう事となる。

 

 

 

 ポートブリーズに着いたセルグ達は、すぐさましばらく宿泊することになるだろう宿へと向かった。

 たどり着いた宿の店主である、エルーンの女性が対応の為に二人を出迎える。

 

「部屋、空いてるか?二人用の部屋がいいんだが・・・」

 

「ええ、ちょうど空きがありますよ。2階の部屋に」

 

 セルグの言葉へ、にこやかな営業スマイルで返す店主は二人を案内しようと身を翻そうとしたが、後ろからアイリスが慌てたように声を上げた。

 

「え!?セ、セルグさん!?一人用の部屋ではないのですか?」

 

「なんだ?何か問題があるのか?経費削減は当たり前だろう。」

 

「い、いや~でもセルグさんと私は男と女だし、別々の方が・・・ね?」

 

 年頃の女性なら誰もが気になってしまう懸念事項をオブラートに包みながらアイリスはセルグへと同意を求めようとするが、

 

「安心しろ、オレは間違いを起こすつもりはないし、仮にお前が誘ってきたところで何もしない自信がある。」

 

 当のセルグはお構いなしの様である。

 さらには若干バカにしたような笑みまで浮かべてアイリスの全身を眺めていた。

 小柄な体、女性の中では少しだけ凹凸の少ない己の身体を見て、アイリスはその意味を理解する。

 

「な、ななななんですかそれ!?私には女としての魅力が足りないとでも!?」

 

 顔を真っ赤にして抗議するのは怒りからか羞恥心からか・・・自分の身体を手で隠すようなしぐさをしながら、とにもかくにも凄い剣幕でセルグへと詰め寄ろうとするが、店主の女性がスルッと二人の間に入っていった。

 目の前に来た店主の雰囲気が先ほどとは違うのをアイリスは何となく感じ取る。営業スマイルとは違う、人をからかう視線と笑みを浮かべていた店主にアイリスは嫌な予感をヒシヒシと感じた。

 

「あらあら手厳しい、フフフ。大丈夫ですよお嬢さん。貴方は十分可愛らしいです。もちろんそちらの彼も大変凛々しいですよ。ですが、この宿の様に旅をしておられる方向けの宿はいかんせん壁も薄く、音が漏れやすくなっております。お嬢さんがご想像した事をするのは些か難しいかと思いますわ。翌日に恥ずかしい思いをしてもかまわないのであれば止めは致しませんが・・・もしお望みでしたら、向かいの宿をお勧めいたします。」

 

 店主の言葉にアイリスは火が出そうなほど顔を赤くした。

 彼女のすばらしい想像力がいかんなく発揮され、脳内にあられもない己の姿を創造する。

 

「な、ななななにを言っているんですか!?そんな破廉恥なこと想像してません!?わかりました!何の問題もありません、一緒の部屋でいいです!!いきましょ、セルグさん!」

 

 この場を今すぐにでも離れたくなったアイリスはセルグの手を取り、2階へと向かった。

 

「ふふふ、それではごゆっくりどうぞ。」

 

 慎ましく口元を押さえながら笑う店主はさすが大人の女性と言った余裕を崩さない。

 連れ去られていくセルグに向けて、部屋の鍵をサラッと手渡しておくくらいには余裕の姿を見せていた。

 

「・・・おもしろい奴だな。」

 

 己の手を引く慌てん坊な弟子に対してか、からかいにからかいを重ねた店主に対してかわからないが、任務前の張りつめた空気を崩してくれた者に、セルグは小さく微笑んでいた。

 

 

 

「うわぁ~良いお部屋~!」

 

 部屋についた二人を出迎えたのは割と過ごしやすそうな部屋だった。

 十分に広さはあるし窓から見られる眺めも良い。置いてある家具や内装には店主のこだわりが感じられた。

 感嘆の声を上げて窓を開けるアイリスは、外の喧騒を眺めながら気持ちの良いポートブリーズの風を堪能する。

 

「おい」

 

「な、なんですか!?」

 

 少しだけ固い声でかけられたセルグの呼びかけにアイリスはたじろぎながら返事をする。

 セルグの視線はアイリスの腰のあたりに固定されており、アイリスは僅かに身の危険のような気配を感じた。

 

「何身構えているんだ阿呆・・・お前の銃。ちょっと見せてみろ。」

 

 上ずった声に呆れた様子で返すセルグは要件を告げる。どうやら腰に携えていた銃を見ていたようだ。

 

「え、はい・・・どうぞ。でもセルグさんの武器は刀じゃ・・・」

 

 アイリスが懸念を示すもセルグは意に介さないと黙り込んだまま熱心に手渡された銃を観察していた。

 

「一通りはどれも使える。ふむ・・・随分使い込んでるな。いつからだ?」

 

「訓練で最初に支給されてからずっとこれを・・・愛着もあるし銃は一つ一つにわずかなクセもあるからなかなか変え辛くて・・・」

 

 セルグは銃を構えて魔力を込め始める。

 そのまま打つのではないかと慌ててアイリスが止めようとしたところでセルグはすぐに銃を降ろした。

 

「魔力伝導体がボロボロだ。これじゃ装填されてる弾丸に頼るしかないってくらいな。ここまで来る前に普通は威力が下がってきたのに気づいて変えるもんだが・・・よくこれまでやってこれたな。」

 

 直接斬りつける剣や、詠唱をトリガーに放たれる魔法とは違い、銃は魔力による威力の上乗せが難しい。持ち主より伝搬した魔力は銃ではなく弾丸に込めなければならない為、銃からスムーズに弾丸へと魔力を流す魔力伝導体と言われるものが必要不可欠なのだ。

 アイリスの銃は既にその部分がボロボロで威力が出るわけがないとセルグは指摘する。

 

「訓練時代の私は、戦闘面では優秀な相棒がいたおかげでその・・・私はあまり攻撃力を求めることがありませんでしたから。」

 

「ここまでひどいと、買い替えた方がいいだろうな。幸いにもここはそれなりに商業の賑わう島だ。それなりにいいものが見つかるだろう、いくぞ。」

 

 申し訳なさそうに訓練時代を思い返すアイリスを余所に、セルグは部屋の外へと向かう。

 

「で、でも私まだお給料なんて・・・」

 

 まだまともに行った任務などバルツの蠍の魔物位だ。アイリスの手元にお金などあるわけが無く武器を買いに行くなど無理だと告げようとしたアイリスをセルグが遮る。

 

「くだらない事気にするな、そのくらい出してやる。ほら、いいから行くぞ。ここは風の加護のある島だ。お前の武器を選ぶにはうってつけだろう。」

 

 セルグの言葉にアイリスはハッとした。

 初めて会ったときの自己紹介で告げた自分の扱う属性をセルグが覚えていてくれたのだ。

 ぶっきらぼうな言い方の中に、小さなセルグの優しさを垣間見た気がしたアイリスは途端に気分が良くなった。

 なんだかんだ言ってちゃんと面倒をみてくれるんだなぁと感じたアイリスはそのまま上機嫌でセルグの後を追いかける。

 

そして話は冒頭に戻る。

 

 

 

 先に駆け出してしまったアイリスに追い付いたセルグは、嬉しそうにその手に緑の石を乗せたアイリスに出迎えられる。

 

「あ、見て下さいセルグさん!この石、大星晶獣ティアマトの加護を受けた石だそうですよ。キレイな翠色・・・」

 

「お前なぁ・・・オレは武器を探すと言わなかったか?そんなもんどうでもいいだろう。というかなんでそんなにはしゃいでんだよ。」

 

 呆れた様子に少しだけ怒りがのったセルグの表情に、浮かれていたアイリスの表情が陰る。

 

「す、すいません・・・その、実は私この島初めてで。たくさんのお店が並んでいるのを見てついはしゃいでしまいました。」

 

「・・・理由は分かったが一つ言っておくぞ、そんな姿を見せるとあくどい奴らから見たらいいカモだ。物珍しそうあちこちを除いていては、その土地の人間ではないと一目でわかる。物の価値を知らないからバカみたいな値段を吹っかけて来る者も珍しくない。現にその石はティアマトの加護も何もないただの色のついた石だ。」

 

 シュンと肩を落としたアイリスを窘めるようにセルグは現実を告げてやった。

 

「え、そうなんですか!?」

 

「おい兄ちゃんよ・・・ただの石とは言ってくれるじゃねえか。コイツは俺が苦労してティアマトのいる洞窟から掘り出してきた石だぜ!」

 

 驚くアイリスの言葉と共に露店の店主である屈強なドラフがセルグの前へと躍り出た。

 折角の商品にケチを付けられて黙っていられるはずもないのだろう。その視線に怒りを含ませて脅すようにセルグを見下ろしていた。

 

「残念だがティアマトが洞窟にいるなどありえないな。もう少しまともなウソを吐け。大星晶獣たるティアマトのサイズは桁違いだ。大型の騎空艇にも並ぶティアマトが洞窟でスヤスヤ寝ているとでも?」

 

 大星晶獣。それは普通の星晶獣とは一線を画す存在だ。その島の守護神とも呼ばれたりする彼らはその強大な力もさることながら、体躯の巨大さも桁違いである。

 アウギュステの大星晶獣リヴァイアサンは大海の様だと言われ、ルーマシーの大星晶獣ユグドラシルはまるで山の様だと称される。このポートブリーズの大星晶獣ティアマトはさしずめ大空の化身であろうか。

 そのサイズはそこらの山にできたような洞窟では入りきることが無いのは明白である。

 尤も、大星晶獣を目にしたものなどほとんどおらず、覇空戦争時から言い伝えがほとんどなわけだが・・・

 

「ぐっ・・・てめぇ、どうあってもイチャモンを付けたいらしいな。表へ出ろ!!」

 

反論のできなくなった店主は力による制圧へと思考を切り替えた。怒声を散らし、拳を握る仕草をする。

 

「露店にいるのに表もくそもあるかよ・・・バカ丸出しだ。」

 

 対するセルグは冷ややかに視線を返す。ついでに言葉と笑みでバカにすることも忘れないサービス精神旺盛だ。

 

「ぐ、このもやし野郎があ!!ヘブ!?」

 

「悪いな、正当防衛だ。」

 

 殴りかかろうとした店主の拳を躱して顎への一撃。相手の脳を揺らす完璧なノックダウンを勝ち取る。

 

「オォ~」

 

 騒動を遠巻きに見ていた人々からは感嘆の声が上がった

 

 

「なんだなんだ!何の騒ぎだ!!」

 

「貴様、一体何をした?答えてもらおう。」

 

 騒ぎを聞きつけた二人組の憲兵が駆けつける。中心にいるセルグと倒れている店主を見て警戒と共に剣へと手をかけていた。

 

「ちょうどいい、憲兵さん。このツノ野郎がオレの連れに詐欺を働いていた。これが証拠だ。」

 

 セルグはそう言って先ほどの緑の石を放り投げる。キャッチした憲兵の手の中には少しだけ騒ぎのせいで欠けた件の石があった。

 

「色の塗った石・・・ティアマトの加護を受けた石と偽ってこれを5000ルピで売ろうとしていた。なぁ?」

 

「え、あ、はい。そう言われて見せられました。でもねだ」

 

 同意を求めるセルグの言葉にアイリスは慌てたように返事を返すも値段までは言われていなかったはずだと訂正を下そうとした。

 

「騙されまいと文句を付けたら殴りかかられたので抵抗した次第だ。非はこいつにある。」

 

 アイリスを押し黙らせてセルグはそのまま憲兵に店主を突き出した。

 

「む、そうなのか・・・どうやら別の島から来たようだし今回は見逃そう。だが次からはそういったときはすぐに我々を呼んでもらおう。騒ぎを起こされては周りにも被害が出るかもしれないからな。」

 

「了解した。迷惑をかけたようだな、すまない。」

 

「いや、構わない。こちらこそこういった手合いの取り締まりができたことを感謝しよう。それでは・・・おい、いくぞ!」

 

 周囲の反応も見て事の顛末に納得したのか憲兵は剣にかけていた手を離し、忠告だけして店主を運ぶ手続きをしながら去って行った。

 

「いや~強いね兄さん!あんなでかい奴をのしちまうなんて大したもんだ。」

「どうだい兄さん景気づけに一杯やらないか?」

「そこのちんちくりんなんかよりウチのカワイイ子と遊んであげておくれよ。お兄さんなら大歓迎さ!」

 

 

 あっという間に二人の周りには周囲で商いをしている商売人達が集まっていた。

 

「ちょっと!?ちんちくりんって誰の」

 

「すまないが、やらなきゃいけない事があってな・・・武器を取り扱ってる店を知らないだろうか?」

 

「それなら万屋シェロのところに案内しようか。なんでも取り揃えてるし、なんでも紹介してくれるよ。」

 

「とりあえずお願いする。おい、なにブスッとしてんだ、いくぞ。」

 

「あ、はい!」

 

 ちんちくりん発言に怒りを表していたアイリスは先を促すセルグの後を追いかけながら一度だけ振り返った。

ティアマトの加護を受けた石と聞かされ綺麗だと感じた石が、ただの色の塗った石だとわかり、自分の真贋を見抜く力の無さに落ち込んでいたのだった。

 

「・・・助けてくれたのは嬉しいけど、なんかおもしろくない。それにしてもあの石綺麗だと思ったのにな・・・色を塗った石か・・・はぁ。」

 

 

 

 

「いらっしゃ~い。万屋シェロの店へようこそ~。今日は何をお探しでしょうか?」

 

 ヒューマンの子供くらいしか背丈のない種族。ハーヴィンの女性が間延びした声で、案内された二人を出迎える。

 彼女の名はシェロカルテ。”どこにでもいてどこにもいない”、というキャッチフレーズとともに空域のあちこちで見かける謎の塊のような商人である。

 

「この店で銃は扱っていないか?女性でも扱える少し軽めのが良いんだが・・・」

 

「ふむふむ、銃をお求めですか~。今ならこちらの武器がお買い得ですよ~」

 

 そう言ってシェロが見せるのは”スワロウテイル”と呼ばれる少し大きめの銃だ。光属性の力を宿し、その威力はその辺の魔物であればなんなく倒せる力を秘めている。

 

「おい、手に取ってみろ。自分で持った時の重さ、構えた時の感触を確かめるんだ。」

 

「あ、はい・・・・」

 

 少し大きい銃を恐る恐る両手で持ったアイリスは、まず両手で持って構えてみる。無難な構えで照準を狙う仕草を見せるが首をかしげていた。

 

「ちょっと重いですね・・・それに私は今までワンハンドタイプの銃を扱っていたので、銃身の長い銃では扱いが難しそうです。万屋さん片手で扱えるものは無いですか?」

 

 尋ねるアイリスは真剣な表情でシェロへと視線を向けていた。

 

「むむむ~そうですか~ちょっとこの島では仕入れできていないですね。ワンハンドタイプは余り普及もしていないので珍しいですし・・・お望みでしたら工房の紹介を致しますからオーダーメイドはいかがでしょうか?」

 

「なるほど・・・その手があったか。それで行こう、紹介を頼む。」

 

「わかりました~それではこちらに書かれている場所の工房がよろしいかと~」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?いくらないからってオーダーメイドなんて・・・そこまでしてもらう訳には、イタッ!?」

 

 まさかのオンリーワンを仕立てようとするセルグにアイリスから待ったが掛かったものの、それはすぐにセルグに額を小突かれて止められた。

 

「バカ、これからオレと一緒に居るってことは色んな危険が付きまとうんだ。少なくとも身を守るためにまともな武器は必須だ。オレが心置きなく戦うためにもこれは大事な事なんだよ。心苦しく感じるのであれば一日でも早く強くなって自分の身を自分で守れるようになれ、いいな。」

 

 真剣な面持ちでアイリスを諭すセルグ。

 アイリスはそんなセルグの様子に反論も遠慮もできなかった

 

「うぅ、痛いですよ・・・わかりました。ありがとうございます。」

 

「それでいい・・・行くぞ。」

 

 

 

 シェロの案内で向かった工房で二人は希望の銃の製作を依頼するも、それは店主にあっけなく断られることになってしまった。

 

「作れない?何故だ。」

 

 工房の店主に向けてセルグは鋭く言い放った。

 

「すいません、剣や杖とは違い銃には魔力伝導体が必須なのですが、これがなかなか手に入らないものでして・・・魔力付与を行わない銃であれば問題はありませんが、お客様のご要望にお応えするには魔力伝導体が手元にはないのです。」

 

 申し訳なさそうにする店主の言葉は仕方のないことだと納得できるもののアイリスは残念な気持ちを露わにする。

 

「そんなぁ~せっかくセルグさんが仕立ててくれてるのに作れないなんて・・・」

 

「まぁ、珍しい素材ではあるからな・・・仕方ないか。店主、どうすれば手に入る?」

 

「へ?」

 

「だから、どうすればその素材が手に入るかと聞いているんだ。」

 

「そんな!?調達する気ですか?無茶ですよ・・・魔力伝導体は強い魔力をもった魔物等から手に入りますが、それは同時に強い魔力を扱える魔物なわけです・・・そんな簡単に強い魔物が見つかるわけもないですし危険も大きい。我々も偶然拾ったくらいの感じで死んでいた魔物から手に入れたもので作ったことしかないのです。」

 

「なるほど、強い魔力を持った存在から手に入るわけか・・・それだけわかれば十分だろう。丁度良く獲物も見つかったみたいだしな・・・店主、数日の内に魔力伝導体を持ってくるから先ほどの仕立て通りに出来るところまで作っておいてくれ。

おい、宿に戻るぞ。」

 

 そう言ってセルグは踵を返して歩き出した。

 

「え、ちょっとお客さん!?危ないんですよ!!・・・行ってしまった。どうする気なんだ一体・・・」

 

 早歩きで歩き去って行くセルグを追いかけてアイリスが工房を出ていくのを見送りながら店主は首をかしげた。

考えていても仕方ないと一先ずは銃の製作に取り掛かるべく準備を始める店主は、既に魔力伝導体をセルグが持ってくることが確実だと思えるような、妙な予感を感じていた・・・

 

 

 

 

「あの・・・セルグさん?」

 

「ん?どうした。」

 

宿で出かける準備を進めているセルグをみながら、アイリスはおずおずと声を掛ける。

真剣な様子で武器の手入れをするセルグに声を掛けるのは憚られたが聞かずにはいられなかった。

 

「どうするつもりなんですか?何か当てが有りそうでしたけど・・・」

 

「まぁな・・・とりあえずお前はこれから宿に待機だ。先ほど探索班より通達があった。任務の討伐対象の所在が掴めたらしい。」

 

 そう言ってセルグはその手に持つ小さな紙を見せる。

 内容まではアイリスに見られないようにヒラヒラとしているが間違いなく短い文章が一文だけ書かれている紙だった。

 対象を確認。

 短くそう書かれていた。

 

 

「それなら私も・・・」

 

「ダメだ、忘れたのか?本来であれば今回の任務は危険度が高いからお前を置いていく予定だったんだ。連れて行くわけがないだろう。すこし金は置いていくからこの街でのんびりしていろ。」

 

「そんな・・・危険度が高いのに一人で行くんですか!?せめて私も援護を」

 

 セルグは手を翻す。これ以上の発言は許可しないと言わんばかりにアイリスの眼前に突き出された手は明確に拒絶の意思を表していた。

 

「思い上がるな。まともな武器を持たないお前が星晶獣の目の前に出て何ができる。援護になると思っているのか?邪魔になるから待機をしていろと言っている。指示には従うとお前は言ったはずだ。」

 

「セルグさん・・・でも、やっぱり一人なんて・・・」

 

 危険な討伐対象と聞かされて心配な表情を隠しきれないアイリスは、尚も追いすがる。

 

「・・・はぁ、ったく。わかった、ちゃんと説明してやる。今回の任務対象についてだ。」

 

 仕方ないとセルグは一先ずの説得を断念。アイリスを納得させるべく今回の任務対象についてを語ることにした。

 

 

 

「イビリア気流を知っているか?」

 

「イビリア気流?」

 

「ここポートブリーズで稀に起こる強烈な気流だ。大星晶獣ティアマトの加護に守られた穏やかなポートブリーズにおいて、あり得ない強い風が吹く。一部ではティアマトの怒りと称されるこの現象だが、最近になってこれが頻繁に起こっているらしいと情報が入った。同時にこのイビリア気流は熱による上昇気流によって起こされている事も判明している。」

 

「でもそれが星晶獣と何の関係が・・・あ。まさか・・・」

 

 起こされている。彼は今そう言わなかったか・・・と。

 アイリスの中で生まれた疑問がすぐに答えを導き出した。

 

「その熱は自然や人工のものではない。いるんだ、イビリア気流を生み出す奴が。風と炎を統べる星晶獣がな。」

 

「な!?」

 

 災害級の強烈な自然現象を起こす星晶獣。それはアイリスにとってまだ全くしらない世界の存在だ。

 

「星晶獣”ナタク”。風の如く空を駆け、その力は炎の如く猛々しい。覇空戦争より伝えられる武勇は、正に武神と言った伝説ばかりの星晶獣だ。伝えられるその強さは、その辺の星晶獣とは比べるべくもない。だがイビリア気流を生み出すのならば討伐しなければならない。やつの機嫌次第でこのポートブリーズを飛ぶ騎空艇が落とされるかもしれないのだからな。」

 

「そんな恐ろしいのを一人でやるんですか?」

 

「奴を相手に何かを守りながらでは到底戦えない。だから来るなと言っているんだ。聞き分けろ。今のお前はまだ、足手まとい以外の何物でもない。」

 

「・・・はい。」

 

 自分がセルグを心配するなどおこがましい。そうアイリスは感じた。

 心配されているのは彼ではない、自分なのだと理解した彼女にもう一緒に行くという選択肢はない。

 大人しく宿で待つことを受け入れるのであった。

 

「よし、それじゃあ大人しくしてろよ。それから、お前の武器を作ったら、みっちり訓練をつけてやるから楽しみにしておけ。」

 

「ひぇ!?」

 

 最後の最後で落とされた別の不安の種が、彼女のこの後の過ごし方を散々悩ませることになる。

 

 

 

 ポートブリーズの騎空艇停泊所のある場所で灰色に染められた服を纏う者とセルグが相対していた。

 

「随分と軽装ですが準備は良いのですか?」

 

「気にするな・・・いつも通りに戦い、いつも通りに倒す。それだけだからな・・・」

 

 探索班の男に答えるセルグの声にアイリスと居た時のような感情の浮き沈みが乗っていることは無かった。

 その声はどこまでも冷淡で、あっさりとしていて探索班の耳に残る。

 セルグの目に映る世界は既に色を無くしていた・・・

 

 

 

 ポートブリーズ群島の端にある小さな島へと降り立ったセルグ。周囲は小さな山と平原しかないような島で身を隠す場所はない。

 

「この島に突風と共に降り立つ影が確認されています。恐らくはヤツだと思われます。」

 

「そうか・・・オレが降りたらしばらく島を離れていろ。場合によっては巻きこまれかねないからな。終わったら狼煙を上げる。二日狼煙が上がらなければ任務は失敗だ。オレの事は捨てて拠点に帰還しろ。いいな?」

 

 これから星晶獣。それも危険度の高い相手だと言うのに気負いも焦りもない声は、逆に探索班の男を不安にさせた。

 

「ほ、本当に一人でよろしいのですか?本来であれば、数十人は用意するような相手ですが・・・」

 

「残念ながら奴を相手に守ってやることはできない。心配ならオレに後顧の憂いを抱かせない様、安全圏にいる事だ。それがお前達にできる最大限の手助けだと思ってくれ。」

 

「・・・わかりました。」

 

「それから、もしオレを捨てて帰還することになったら宿で休んでるやつも連れて行ってやってくれ。放っておけばいつまでも待っているだろうからな。」

 

「了解です。御武運を・・・」

 

 

 

 

 島に降り立ったセルグは導かれるように平原を歩いていた。

 徐々に近づいてくる力の鼓動を感じるように、セルグにはそいつがどこにいるのかがはっきりと知覚出来ていた。

 

「来たか・・・欠片よ。」

 

 セルグの耳に届くのは覇気のある声。

 背中を見せたままかけられたその声は、はっきりと聞き取れるヒトの言葉である。

 

「ん?気づいていたのか?」

 

「お前ほどの力。気づかぬわけがない。」

 

 知覚していたのはセルグだけではなかった。

 ゆっくりと振り返った星晶獣ナタクはその手にもつ大槍をセルグへと向けた。

 男のドラフの2倍程度の体格はヒューマンであるセルグからみれば見上げるほど。

 身体のところどころに巻かれたように残るボロボロの布は恐らく、その恐るべきスピードによって本来の原型をとどめていないのだろう。

 凛々しく整った顔立ちは明らかにその辺のヒューマンよりはカッコいいと思えるとセルグは胸中で小さく舌打ちをする。

ヒトと同じ姿形をした星晶獣がセルグの目の前にいた。

 

「じゃあついでに、あっさりとやられてはくれないか?」

 

 まるで、友達に何かを頼みごとをするような軽い声でセルグはナタクへと告げる。

 

「フッ、笑止。俺を消しに来たのだろう?大人しくやられる訳があるまい。」

 

「・・・それじゃあ、早速だが本気でいかせてもらおうか。お前が相手じゃ手加減はできないだろう。」

 

「欠片よ、そなたの力全てを見せてみろ。そして戦おう、心行くまで。」

 

 ナタクは言葉と共に風を纏う。ふわりと軽くその場から浮かび上るとセルグを見下ろす。

 ポートブリーズの優しい風ではない。穏やかで木々をざわめかせるようなそよ風ではない。

 ”烈風”

 この言葉が相応しいと言える、全てをなぎ倒すような風だった。

 セルグが感じ取っていた強大な力は、果ての見えない空の如く、計り知れないほど膨れ上がっていく。

 

「・・・絶刀天ノ羽斬よ、我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て。」

 

 対するセルグは先ほどの軽い雰囲気を消した。

 淡々と言霊を詠唱し、感情を消して、全ての思考をこれから始まるであろう戦闘へと向ける。

 身体と言う機械をコントロールするように、全てを戦いの意思に委ねた。

 

「光来。」

 

 更にセルグはそのまま強化を重ねる。天ノ羽斬最大解放による光は、彼に最大限の力を与えた。セルグが持ちうる最大戦力。武器と技を用いた最大限の強化を重ねたセルグは刀の切っ先をナタクへと向ける。

 

往くぞ!

 

 準備が整ったセルグを待っていたかのようにナタクは掛け声と同時に瞬速で接近。その手の槍で吶喊した。

 セルグの眼前へと突き出された槍は間違いなく当たれば必殺の一撃。頭部を貫くどころか粉砕するような一撃だ。しかし、当たるかと思われた槍をセルグはその場で回転。槍の軌道を天ノ羽斬で横に逸らしながら回転のままに過ぎ去るナタクへ一撃をくれてやる。

 

「ほう、俺の疾さについてこれるか・・・見事。」

 

 痛覚の無い星晶獣であるナタクの表情が僅かに歪む。次の瞬間ナタクは不規則で直角的な軌道を描きながらセルグの周囲を飛び回った。

 

「流石は風の如き武神ってな・・・!?」

 

 ギリギリでナタクの接近を感じ取ったセルグは危険の感じたままに天ノ羽斬で防いだ。

 狙って防げたわけではない。気配だけで行った防御に、セルグは冷や汗を流す。

 対するナタクは笑みを浮かべた。先ほどよりも明らかに防御が困難な攻撃を防いで見せたセルグに驚きと称賛を向ける。

 

「ほう、これも防ぐか!おもしろいぞ欠片よ。」

 

「やろう・・・強い癖にせこいじゃねえか。その速さで一撃離脱されたら反撃の隙が見当たらねえ。」

 

 思わず苦笑するセルグは神経を研ぎ澄ませて次を待った。

 再度動き出したナタクを見据える。空気を裂く音を聞き、殺意を感じ取る。視覚と聴覚と触覚、そして第6感をフル活用してナタクの攻撃を待つセルグは徐々にその動きの先を読むことで捉えていく。

 十分にスピードを付けたナタクが接近。セルグの後頭部に向けて槍を突き出した。

 その瞬間にセルグが動く。

 

「ここだ!!」

 

 膝の力を抜いてしゃがんだセルグの真上を槍が通過する。

 同時に曲げた膝を利用して飛び上ったセルグはがら空きとなっているナタクの懐に飛び込んだ。

 

「なに!?」

 

 完璧に躱され、懐に入られたナタクの驚愕とセルグの呟きは同時だった。

 

「多刃”絶”」

 

 瞬間、ナタクの身体を数多の光の斬撃が通り抜けていく。

 最大解放の天ノ羽斬が放つ光の斬撃はその威力をまざまざと見せつけた。

 ナタクの身体は散々に斬りつけられ、制御を失った体は平原へ落ちて転がり込む。

 斬られた箇所には深く裂傷が走っていて、ヒトであれば既に出血多量で死んでいるだろう状態にまでなっていた。

 

「俺の疾さについてくるどころか、見切って手痛い反撃までしてくるとは・・・おもしろい!」

 

 ナタクの傷を見て少しは効いたか、などと考えていたセルグの顔を空気の壁が打った。

 衝撃自体は大したことはないその空気の壁は、しかしセルグの表情を一変させる

 

「蓮の実に・・・復讐の大火を!!」

 

 周囲の温度が上がる。

 肌に当たる風は熱を孕み炎を乗せはじめる。

 そこにいるのは炎の風を纏う星晶獣の姿だった・・・

 

 



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過去編 3-2

 初めにソレに気づいたのはエルーンの商人だった。

 やたらと耳をくすぐる風が強く感じて、傍らの相棒へと問いかける。 

 

「なんだ・・・?おい、今日はやたらと風が騒がしくないか?」

 

「え?・・・本当ね。なんだかまるで風が怒っているみたい・・・」

 

 吹き荒れる風が徐々に勢いを増してくることに彼らは気づいていた。

 

 

 

 草原を歩く男は何かを感じて空を見上げた。

 

「なんだ・・・?妙に空が騒がしい・・嵐でも来るのか?艇の様子だけ見たら早いところ帰るか・・・」

 

 加えたタバコが風に吹かれ僅かに明るさを増す。

 タバコから立ち上る煙が、霞みながらもある場所へ向かうのに、男が気づくことはなかった・・・

 

 

 

 

 

「我が神力に耐えられるか!!」

 

 圧迫感を含んだ声にセルグは気圧された。

 

 風が炎を纏う。

 槍に炎が集う

 セルグの目の前には炎と風を従える武神。

 

「このオレに”風火二輪”を使わせるとはな・・・欠片とは言え、さすがは翼と言ったところか。」

 

 ナタクの言葉にセルグは無意識に後ずさる。

 セルグの周囲を取り巻く空気は熱を孕み、その肌をじりじりと焼いていた。流れる汗がすぐに蒸発してしまうほどの周囲の空気は、セルグにとって脅威以外のなにものでもない。

 炎はまだ目に見える。つまり脅威を認識出来るのだ。だが、熱を持った風はそうはいかない。炎と同じ熱量を持った風となればそれはもはや見えない炎と同義であろう。

 ましてや風を操るナタクにとって生み出された熱風をセルグに当てることなど造作もない。

 見えない脅威にセルグは僅かに恐怖を覚えていた。

 

「怖いか?・・・オレの風が。安心しろ・・・脆いヒトの子にそんな無慈悲なことはしないさ。折角俺がここまで楽しめる相手に出会えたんだ。つまらない戦いなどしたくはない。」

 

 セルグが抱いた恐怖を読み取ったナタクが槍を向ける。あくまで槍をもって戦うつもりだと告げるその姿勢は、正々堂々として勇ましい。

 

「手加減のつもりか?悪いがオレは慈悲などくれてやらんぞ。お前みたいな脅威の塊を逃しておくほど甘くは無い。」

 

 対するセルグはこちらを気遣うような素振りまで見せるナタクに辛辣に言い返した。

 

「その意気だ。怖気づいた敵程面白くないものはない・・・往くぞ!」

 

 声と共に空気が爆ぜる。

 弾かれたように飛び出したナタクはこれまで同様にセルグへと吶喊した。

 炎を纏ったところで速さは変わらない。セルグは軌道の先読みをしながら難なく回避してみせる。

 

「ふ、そう来るとは思っていた!!」

 

 駆け抜けると思われたナタクはそのまま急停止。躱したセルグとの距離を離さないまま接近戦へと移る。

 突き出していた槍をそのまま背後のセルグに向けて薙ぎ払った。

 

「おおおお!!」

 

 だが、セルグに焦りはない。

 身体に奮起を促すように発せられた雄たけびと共にセルグは薙ぎ払われる槍を迎撃する。

 収束した光の力を刀身にみなぎらせたセルグの”光破”はナタクの槍を阻むどころか弾き返した。

 

「なんと!?・・・ならば!!」

 

 弾かれたナタクは驚愕するも体勢を立て直し追撃、その身のこなしに相応しい瞬速の連撃を繰り出していく。

 しかし、これをもセルグは防ぎきって見せる。動き出す直前の槍へと寸分の狂いなく光の斬撃を飛ばした。

 見えない剣閃の真骨頂とも言えるであろうセルグの斬撃が、ナタクの槍の初動を全て抑える。

 

「ふ、ふはは・・・いいぞ欠片よ。正に好敵手と呼ぶに相応しい。少し・・・上げるとしよう!」

 

 言葉と共にナタクは再度槍を振るった。

 変わり映えのしない攻撃にセルグは何も言わず初動を押さえようとするが

 

「甘い!!」

 

「何!?」

 

 ナタクの声とセルグの声が重なる。

 突き出された槍を迎撃したセルグの攻撃、それを上回る力でナタクに押し切られたのだ。

 

「そなたの剣戟は大したものだ。だが所詮はヒトの子に過ぎん・・・力が足りんのだ!!」

 

 セルグは突き出された槍をギリギリのところで天ノ羽斬で防ぐ。だが槍はそのまま振り上げられ、防ぎ切ったセルグを先端に引っ掛けたまま宙へと放った。

 更にナタクは追撃。空中で身動きの取れないセルグへ向けてあらん限りの力を込めてその槍を振り下ろす。

 

「ッツ!?しま」

 

 身体を断たれぬように天ノ羽斬を間に挟んだもののセルグの言葉は途中で消える。

 まるで巨人に全力で投擲されたような勢いで地面へと弾かれた。

 

 ヒトと星晶獣。

 その差を如実に表すような膂力の違い。

 地面に巨大な穴を空けたセルグは衝撃に朦朧とした意識の中、頭上に浮かぶナタクを見上げた。

 

「くっ、なんて力だ・・・」

 

「ほう、あの勢いで叩きつけられて生きているどころかまだ動けるとは・・・やはり侮れんな。」

 

 動く気配を見せたセルグに、ナタクの目つきが変わる。

 セルグを見据えながら手に持つ槍を掲げるとさらに上空へと飛び立った。

 遥か彼方へと飛び上ったナタクは眼下の小さな島にいる小さなヒトを視界に捉える。

 頭上に掲げられた槍には炎が集い、それは風の力を借りて勢いを増しながら徐々に広がりを見せていた。

 

「見せてやろう我が奥義を・・・その身にとくと刻め!」

 

 準備を終えたナタクは急降下を始めた。これまでで最速のスピードで急降下するナタクは流星の如く炎に包まれながら墜ちていく。

 

「吹き荒れる炎に焼かれろ!”火尖鎗”!!」

 

 降下の勢いをも乗せた巨大な槍の投擲。空気との摩擦熱ですら力と変えて、セルグへと向けられて投げられた槍は渦巻く風に炎を混ぜながら圧倒的威力を孕んでセルグの居る地面へと着弾した・・・

 

 

 

 

 

 

 ポートブリーズの宿の一室でアイリスは一人で討伐に向かったセルグの心配をしながらも、戻ってきたらどんな訓練が待ち受けているかと、己の心配をしていた。

 

「はぁ・・・一体何をさせられるのやら。訓練時代はゼタのおかげで何とかなったけど、私一人でどれだけできるのかな・・・」

 

 ベッドに寝転びながら、ため息と共に呟かれる言葉は既にセルグへの心配から自分へとチェンジしていた。

 ああでもないこうでもないとブツブツ独り言をしている姿は、ここに誰か別の人間がいれば間違いなく引かれるほど変な子の姿である。

 

「お嬢さん、何があるのかはわかりませんが、先の見えない未来を心配ばかりしていては心が疲れてしまいますよ。」

 

「のわぁ!?」

 

 どうやら既に手遅れだったようだ。

 階下で食事の用意ができたことを知らせに来た宿の店主が、ウンウン唸りながらブツブツ呟いているアイリスを目撃していた。

 

「せ、せめて声を掛けてから入ってきてくださいよ!!」

 

 ベッドから転げ落ちたアイリスは怒り露わに店主へと詰め寄る。

 怒りと羞恥心で顔は宿に来たときと同じくらいに真っ赤だ。

 

「あら、心外ですね。私はしっかりと3度も食事ができた旨を”扉の外”からお伝えいたしましたよ。声は聞こえど返事が返ってきませんでしたので具合でも悪いのかと失礼させていただきましたのに、お嬢さんときたらこちらの声など全然聴いてはくださらないんですもの。」

 

 まだまだ若々しく大人の魅力に満ち溢れている宿屋の店主が(どこかのJKとは違う)呆れたようにアイリスへと苦言を呈する。

 どこか逆らい辛い雰囲気を醸し出す彼女にアイリスは幼き頃の抗いがたき母親を思い出した。

 

「え・・・あ、あはは、それはどうも・・・失礼いたしました!」

 

 平謝りするアイリスに店主も言葉を重ねることはなく苦笑だけを見せた。

 

「いいえ・・・それでどうなさったのですか?少々思い悩みの度が過ぎるようですが?」

 

「あ、えっと・・・その・・・」

 

 何気なく問われた店主の問いかけに言葉を詰まらせる。

 組織の掟として関係のない者においそれと詳しい話などできるわけもない。

 なんて返そうかと悩むアイリスの前に店主の方が先に口を開いた。

 

「そういえばあの凛々しい彼はどちらに?お嬢さんがこんなにも悩んでいるのに傍にいないなんて・・・オトコとしては失格だと思いますが。」

 

 小さくちょっとガッカリです、などと後に続いて呟かれた言葉にアイリスは僅かばかりの反抗心を燃やしてしまう。

 セルグを悪くは言われたくないと言葉が思わず出ていた。

 

「それが・・・あの人は今、仕事で少し危険な場所にいまして・・・」

 

「まぁ!?それで心配で心配でたまらないと言った感じなのですね・・・もう、ホントにお嬢さんは可愛らしい!」

 

 アイリスの言葉で打って変わって笑顔を見せる店主に、なんだか上手く誤魔化せたとアイリスは小さな勝利の余韻に浸る。

 

「でも・・・お嬢さんがそんなに心配ばかりしていては、彼も貴方が気がかりでお仕事に集中できませんよ。ほら、必ず帰ってくると信じて待っててあげましょう?帰ってきたお嬢さんに笑顔で迎えられたら彼もきっと喜びます。」

 

「そ、そうですね・・・宿屋さん、ありがとうございます。食事ができてるんですよね?行きましょう。」

 

 宿屋の言葉にアイリスは苦笑しかできなかった。むしろセルグが返ってくることを信じて疑ってないからこそ生まれていた不安の種があることを宿屋の店主は知らないのだ。

 

 苦笑いを隠しきれないアイリスが店主と階下へ向かおうとした瞬間それは起きる。

 

 

”ズドンッ!!”

 

 

 まるで何か巨大なものが地面に落ちたような音だった。

 同時に地面を揺るがすような巨大な爆発音が響き渡る。

 

 

「な、なに!?」

 

「・・・まさか!?」

 

 アイリスは脳裏に走った可能性を確かめるべく窓を開けた。

 他の島々を一望できる宿屋の2階から見える景色。その中に明らかな異常をアイリスは見つける。

 

「鳥たちが・・・逃げてる・・・?」

 

 とある島から一斉に鳥が逃げ出している光景が目に入った。

 

「あの島で何かあったのでしょうか?まるで戦艦の砲撃のような凄い音でしたが・・・」

 

 落ち着きを取り戻した宿屋の店主が隣に並び立つも、アイリスにその声は届かず表情には不安が表れていた。

 

「・・・セルグさん・・・大丈夫ですよね?」

 

 突如訪れた巨大な音にポートブリーズが喧騒に包まれる中、アイリスの不安な呟きがやけにはっきりと宿屋の店主の耳に届くのであった。

 

 

 

 

「さすがに消し飛んだか・・・」

 

 上空で爆発の余波が収まるのを待っていたナタクが地面に降り立つ。

 周囲を見ればそこには草原が消え去った剥き出しの地面が広がっていた。

 ナタクの目の前にはクレーターが出来ており、その中心には彼が持つべき得物である槍が突き立っている。

 

「・・・欠片と言えど翼の子。簡単にはやられぬと思っていたが・・・」

 

 当たりに生き物の気配はない。動くものの気配もみられない。

 先ほどまでここに立っていたはずの好敵手が予想外に消え去ってしまった事に、ナタクは僅かながら残念な気配を見せていた。

 だからであろう・・・槍を回収することを忘れその場で立ち尽くしてしまったナタクは、戦闘の緊張を解き、少しだけ気を緩めてしまった。

 

 

 ヒトの動く気配を察知する。同時に強大な力の収束をナタクは感じ取った。

 

「”絶刀招来天ノ羽斬”!!」

 

 聞えた声に振り返る間も無くナタクは極光の斬撃に呑みこまれる。

 ナタクを呑み込んだ斬撃はそのままクレーターの中心に向かって飛んでいった。

 

 再度轟く轟音。

 クレーターの中心で弾けた斬撃によって地面に埋もれるようにナタクは横たわっていた。

 右腕と右足は消し飛んでおり、再び両足で地面を踏みしめることはできない状態である。

 そして、そんなナタクに歩み寄っていく人影。

 

「仕留めたと思い、油断したのが運の尽きだ・・・」

 

 セルグ・レスティアである。

 風火二輪によって負った火傷。爆発によって巻き起こった土砂による頭部の裂傷。流れ出た血で顔の半分が染まっている。恐らく打撲は数えきれないほどあるだろう。

 その姿はボロボロでありながら、その手に握られた天ノ羽斬の輝きは衰えていない。

 

「俺の火尖鎗を受けて五体満足どころか健在とは・・・信じられん。」

 

 ナタクの驚愕はもっともだ。

 ナタクが放った火尖鎗はとてもヒトが生き残れるような攻撃ではなかった。

 かろうじて生きていたとしても本来であればまともに動ける状態ではなかっただろう。

 

「ああ、オレも死ぬかと思ったがな・・・攻撃が来る間際に天ノ羽斬で地面を爆砕。土砂の盾を作ると同時に緊急回避をした・・・更に幸運が重なって土砂の盾は威力の減衰と同時に至近距離で起きた爆発からも身を守ってくれた。極めつけはこれだな・・・」

 

 そう言ってセルグはその手に持ったある物を見せる。

 

「それは・・・?」

 

「キュアポーション・・・ヒトが生み出した知恵と魔法の産物だ。出立前にケインに渡されたものだったがおかげで助かった・・・3回は血を吐いたがな。」

 

 キュアポーション。それは開祖、カリオストロが提唱した新たな技術、”錬金術”によって生み出された癒しの薬だ。

 飲めば驚異的な治癒力を発揮するこの妙薬は生成が非常に難しく、まだ市場にはほとんど出回らないような代物である。

 

 火尖鎗による至近距離の爆発は、衝撃と飛散した石でセルグの身体をズタボロにしていた。

 飛散した石による肋骨の骨折。骨折した骨による内臓の破損。出血をもたらす外傷は数知れず。そんな虫の息となったセルグをキュアポーションが快復させたのだ。

 

「なるほど・・・そうとは知らずに気を抜いた俺の負けか。」

 

 戦闘力では勝っていたナタクが、負けた現実を噛みしめるように呟く。敗因が油断して気を抜いたとあっては武神の名折れだと悔いていた。

 

「悔しそうだな・・・星晶獣でもそんな感情があるのか?」

 

 ナタクの様子にセルグは疑問を感じる。

 星の民が生み出した兵器にそんな感情があるのかと。

 

「欠片よ。俺達は”生きた”兵器だ。生きている以上感情もある・・・武神と謳われた俺の最後がこれでは情けなくもなろう。」

 

「・・・そうか。そうだったな、お前たちは生きた兵器だ。そしてオレ達空の民にとっての脅威だ。消えてもらうぞ・・・」

 

 セルグが天ノ羽斬を鞘に納めた。完全に息の根を止めるべくその力を集約していく。

 

「・・・一つ託したいものがある。」

 

「なに?」

 

「俺を倒したお前にその証をやろう。俺の大槍を取ってくれないか?」

 

 ナタクの言葉に怪訝な表情をするセルグはその真意を読めずに戸惑う。

 

「今更不意打ちで勝利を得ようとは思わん。既に俺の右腕と右足はないのだ、心配するだけ無駄だ。」

 

「いいだろう・・・」

 

 ナタクの言葉にセルグは納得を見せ近くに刺さる槍を拾った。

 ナタクが握るに相応しいその槍は相当な重さを持っており引き抜くだけでも一苦労であった。

 

「ほらよ・・・どうしたいんだ?」

 

 手渡された槍を握るナタクは魔力を集中していく。

 光り始めた槍は徐々に形を変えて小さな球体へと変わる。

 

「受け取れ我が槍・・・我が魂を。」

 

 セルグに手渡されたのは紅と翠が混じらずに共存する光の宝玉。

 

「随分と・・・重たい贈り物だな・・・」

 

 手渡された魂に、重さのない想さを感じてセルグは嘆息する。

 

「さぁ、やるがいい。」

 

「ああ、じゃあな・・・」

 

 天ノ羽斬が光を解放する。

 振り抜かれた斬撃はナタクを呑み込みその身体の全てを星晶の塵へと還した。

 あとに残ったのは小さな布の切れ端。

 吹きすさんでいた風が止み、戻ってきたポートブリーズの優しい風が布をふわりと浮かび上がらせる。

 

「プレゼント、ありがとな。」

 

 それを掴んだセルグは空を見上げたまま小さく呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

「おい、狼煙が上がったぞ!!」

 

「本当か!?ナタクの炎によるものじゃないだろうな?」

 

「間違いない・・・青い煙。帰還信号の狼煙だ!」

 

「急いで迎えに行くぞ!!準備をしろ!!」

 

 セルグが上げた青い煙の狼煙を確認した探索班の男達が声を上げて準備を始める。

 急いで艇を飛び立たせる準備が進む中で迎えに行く騎空艇に乗り込んでいたアイリスは呆然とした表情で昇る煙を見つめていた。

 

「セ、ルグ・・・さん?良かったぁ・・・」

 

 徐々に現実味を帯びてきたセルグの生存の報にアイリスから安堵の吐息が漏れる。

 宿屋で聞いた巨大な音。

 更にその後にもう一度響いた音にアイリスは戦々恐々としていた。

 彼が負けるとは思っていなかった。英雄と謳われるセルグの強さには全幅の信頼があった。

 それが覆されるような程不安を掻き立てる音だったのだ。

 

「アンタは、あの人の部下だったか?」

 

 立ち尽くしていたアイリスに一人の探索班の男が声を掛けてきた。

 

「あ、はい・・・そんな感じです。」

 

「それじゃこのまま乗っててくれ。俺達は戦闘要員じゃねえ。万が一戦闘になるようなことがあれば戦士の一人であるアンタが頼りだ。」

 

 告げられた事実は戦闘はアイリスに任せるというもの。

 いつもなら自信なく答えるはずのアイリスだが、今の彼女に迷いはない。

 例え弱い武器であっても、彼を迎えに行くために戦えないとは言ってられない。

 

「・・・はい!」

 

 力強く答えたアイリスはその手で腰に携えた銃の感触を確かめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 既に空には星が輝き始めていた。

 クレータの中心でナタクに止めを刺したセルグは、狼煙を上げた後に流しすぎた出血と疲労のせいで倒れ込んでいた。

 

「さすがに・・・ナタクはきつかったか・・・願わくば相棒が欲しい所だが。流石にアイツ(アイリス)じゃな・・・」

 

 呟いたセルグの脳裏に浮かぶのは、慌てん坊で、思い込みが激しくて、ちんちくりんで、弱くて、情けない、その上無理やり充てられた部下の姿。

 今頃大慌てでこちらに向かっているのだろうかと、出立前の心配そうな表情を思い返して苦笑する。

 ふと熱を感じた手の平に目を向ければそこには小さな宝玉の姿。手の平から指でつまんで目の前に持ってきたそれは相変わらず不思議な色合いの紅と翠を以てセルグの目に映り込む。

 

「我が魂・・・か。槍でも渡された方がよっぽど扱いには困らなかった。どうしろってんだ・・・?」

 

 一言ぼやいてセルグはとりあえず腰についたポーチを開ける。キュアポーションの分だけ丁度空きがあったそれに宝玉を落とさない様に丁寧に仕舞い込むとまた仰向けに寝たまま空を眺めるのだった。

 狼煙は上げたし迎えは来るだろうとそのまま眠りにつこうとしたセルグはけたたましい騎空艇の音にあえなく睡眠を断念することになった。

 

「チッ、なんてタイミングの悪い・・・」

 

 折角迎えに来たと言うのに毒づく奴など彼くらいのものだろう。

 忌々しそうに降り立った騎空艇を睨み付けるセルグは探索班によって丁重に回収されるのであった。

 

 

 

 騎空艇の一室でセルグは治療を施された後、休みを取っていた。

 

「セルグさん・・・」

 

 怪我だらけで真新しい治療の後が多いセルグの姿に悲しそうに声を掛けるアイリス。その声音は心の底から心配しているようであった。

 

「なんだ?」

 

 対するセルグは相変わらず。ぶっきらぼうに短く答えるの。

 

「ものすごくボロボロじゃないですか・・・?」

 

 火傷に打撲に裂傷が数多。見るも無残であるとアイリスは思っていた。

 

「そうだな・・・」

 

 どこまでも淡泊にセルグは答える。心配などいらないと、もはやその声には一分の迷いもない。

 

「腕、骨折しているみたいですね。」

 

 そろそろセルグの対応にも慣れたもの。アイリスは構わず話しかけ続ける。

 

「そうだな・・・」

 

 迎撃の一言はアイリスの声に被せるように放たれる。いい加減話しかけてくるのはやめろと言う言外のメッセージが含まれていそうだ。

 

「利き手の左腕が使えないといろいろと支障をきたしますよね?」

 

 それでも、アイリスの心配は尽きなかった。腕を骨折となっては普段の生活にも支障をきたすのではないかと。

 

「それなりにな・・・」

 

 鉄面皮もここまで来ると驚嘆ものだ。これほどまでに心配をして声を掛け続けてくれる女性を相手にここまで冷淡に対応する男はそうはいないだろう。

 だが彼にとってこの選択は正しいのだ・・・なぜなら。

 

 

「だったらホラ!早く口を開けて下さい!!」

「んなもん食えるかちんちくりん!!」

 

 目の前には劇物を片手にそれを差し出す悪魔がいるのだから・・・

 

 

 

「なぁ!?ちんちくりんって私の事ですか!!一体私のどこがちんちくりんだっていうんですか!!」

 

「まず問題は其処じゃねえんだよ!その手に持ってる変な物体はなんだ!」

 

「え?私が作ってきた食事ですよ・・・何を言ってるんですか?」

 

「よぅしわかった・・・お前はその清々しい程に真っ黒な暗黒物質を食べるものとのたまうんだな。まずはそれを自分で食べてみろ!」

 

「失礼な!ちゃんと味見はしてますよ!調理の前に食材の品定めをするのは当然です!」

 

「このバカ娘!なんで調理前に味見してんだよ!味見もくそも無いだろうが!なんで調理後に味見をしてないんだよ!普通はそこだろう!」

 

 未だかつてない程に声を張り上げセルグはアイリスを糾弾する。

 仕方あるまい。そうしなければナタクとの死闘を制して守った命を散らすことになるのだから・・・

 

 

「ひどいです・・・折角作ったのに。どうして食べてくれないんですか。心配でたまらなくて、震える手で宿屋さんと作ったのに・・・」

 

 落ち込む素振りをありありと見せ今にも泣きだしそうな様子のアイリス。落ち着かないアイリスに宿屋の店主が料理でもしましょうかと持ちかけたところやる気になってしまったのが事の始まりだ。

 空回りした彼女のやる気は、実は未知の領域である料理というジャンルに於いて無類の混沌を作り出していた。

 その結果がアレである。

 

「そんな顔したって食えないものは食えん。さっきも言ったがまず自分で食ってみ・・・いや死ぬかもしれないから自分で食うのもやめておけ。」

 

「うぅ・・・わかりました。大人しく捨てますよ。」

 

 若干涙目をしながらトボトボと料理?を片付けるアイリスに、セルグも何故かいたたまれない気持ちになる。(彼に全く罪は無いと思われるが)

 

「そんなことで泣くなよ・・・安心しろ。今度から訓練の時にはサバイバルの一巻として料理も教えてやる。だから一先ずそれは料理とは思わずに捨てろ。折角拾った命を捨ててたまるか・・・」

 

 セルグの言葉にアイリスは顔を上げる。既にその表情は輝いており瞬く間にセルグに詰め寄った。

 

「ほ、本当ですか!?ちゃんと私料理作れるようになりますか?セルグさん、教えてください!!」

 

「落ち着け・・・普通余計なことしなきゃ変なものはできねえよ。誰だってちゃんと理解すればある程度はできるもんだ。」

 

「うう・・・セルグさんとチーム組めて良かったぁ~!」

 

 騎空艇の中でワイワイキャーキャー騒ぐアイリスを見てセルグは心底疲れた様にため息を吐くと、近くにいた探索班に軽い食事を頼んだ。

 部屋を退出して食事の用意をしようとした探索班の男はこの一幕の感想を仲間内にこう語ったと言う。

 

「アイリスちゃんカワイイ」

 

 これをきっかけに探索班にはアイリスファンクラブが発足した(らしい)

 

 

 

 

「おい、ちんちくりん。」

 

 バカみたいな一幕も終わり落ち着きを見せたセルグは、食事を終えた後にアイリスを呼んだ。

 

「なんですか?あとちんちくりんはやめてください。」

 

「渡すものがある。」

 

 そう言ってセルグはアイリスを手招きする。

 急に渡すものと言われアイリスは疑惑の眼差しだ。まさかさっきの料理の事で怒って仕返しでもするのではと疑心暗鬼に陥っていた。

 

「悪いことはしないから早く来い。」

 

 身構えていつまでも動こうとしないアイリスにセルグは再度呼びつける。

 言葉だけの信用ではあるがセルグの悪いことはしないとの言葉にアイリスは恐る恐る近づいていった。

 

「ホラ、目的の物だ・・・」

 

「え・・・?」

 

 その手に渡されたのは小さな紅い布。

 ナタクが倒されたのちに、その場に残されたナタクの残滓だ。

 

「星晶獣ナタクの一部だ。魔力伝導体としてこれ以上のものは無いだろう。明日一番で工房に行って来い。」

 

「まさか・・・わざわざ私の武器の為に・・・?」

 

「アイツがたまたま残してくれたんだ。良かったな、風の星晶獣の一部とは・・・素材としては一級品だろう。」

 

 ニヤリと笑うセルグの言葉にアイリスは躰を震わせる。

 死闘の中で自分の為に素材を手に入れてくれたセルグに感謝の言葉すら出せない程、感極まっていた。

 

「うぅ・・・あり、ありがとうございばず・・・わだじ大切にじますね。」

 

 涙を流し、若干なんと言ってるかわからないアイリスにセルグはまた苦笑を返す。

 

「また泣くのか・・・なんだかお前泣いてばっかりだな・・・初めての任務でも今回でも。」

 

「セルグざんが悪いんですよ!バルツでもここでも!」

 

「わかったわかった・・・それじゃ悪い奴の事は放っておいてさっさと宿で休んでおけ。オレは怪我もあって宿には戻れない。工房には一人で行って来いよ。」

 

 手で追い払うようなしぐさと共にセルグはアイリスに宿へ帰るように促した。

 もう夜もしっかり更けっている。明日の朝一で工房に行くためにも寝て置かなければいけない。

 アイリスもセルグの言葉を素直に受け取って涙を拭いて言葉を返した。

 

「はい・・・それじゃ、セルグさん。おやすみなさい。」

 

 最後にセルグを見やって、アイリスは安心したような表情で部屋を出て行った。

 残されたセルグは、部屋に訪れた静寂にわずかな寂しさを覚える。

 

「随分お優しくなったものだ・・・受け入れられている。そう思っているのか?」

 

 自らの手を見つめ、この間任務を共にした男の言葉を思い出した。

 

「大事にしてやれ・・・か。いつの間にか、アイツが傍にいるのが当たり前になってきている。今まではすぐにオレの傍を離れる有象無象にしか見えてなかったのに・・・変わるもんだな。」

 

 己の心境の変化を感じて静かにセルグは呟く。

 

「相棒・・・か。アイツはそうなってくれるかな・・・」

 

 静かな部屋に漏れた言葉は誰にも聞かれることはなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、アイリスは一人で工房へと向かい武器を仕立ててもらっていた。

 

「お待たせしました、こちらに成ります。」

 

 店主の声でアイリスの下に銃が届けられる。

 片手で扱えるサイズの銃。銃身には風を象る紋様が浮かび出ており風の力が秘められているのがわかる。

 グリップについた紅い布はナタクの布を使用してあり、アイリスはその感触に笑みを浮かべた。

 

「思いのほか軽いですね・・・素材は何を?」

 

「構成素材には目立った特徴はありません、魔力癒着の際に使用した素材による影響かと思います。特にその紅い布を付加した時は強い力を感じましたからそれかと・・・」

 

 店主の丁寧な説明にアイリスは改めて、セルグが持ってきた素材の凄さを理解した。

 

「それから、実はですね・・・その珍しい素材を用いてもう一つ造っているんです。」

 

「え?もう一つ?」

 

「はい、素材は2つ分を作れる程度にありまして。これほどの素材を提供されたと有ってはと・・・予備にもなりますしどうぞ、お納めください。」

 

 そう言って店主が差し出してきたのは同じ形状の銃であった。

 グリップの布も銃身に紋様があるのも同じ。だが、一つだけ違う部分があった。

 

「これは・・・炎の模様?」

 

 銃身に浮かび上がっている紋様は風ではなく炎を纏うように浮かび上がっていた。

 

「はい・・・同じ製法でありながら紅い布の癒着の際にこの模様が・・・」

 

「ナタクの・・・模様かぁ。ありがとうございます!大切に使わせてもらいますね!足りない代金は後で・・・」

 

「いえいえ、御代はいいですよ。面白いものを作らせてもらいましたから。それに一番要となる素材の提供をしていただいたのです。どうぞ、お納めください。」

 

 店主の言葉にアイリスは素直にお礼を言って二つの銃を受け取った。

 

 風を宿す銃と、炎を秘める銃。

 二つの銃をアイリスより見せられたセルグはこの2丁の銃にこう命名した

 

”風火二輪”

 

 と・・・

 

 

 



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過去篇 設定

 

キャラ紹介第2部

 

主に過去編での出演がメインのキャラ紹介です。

 

名前:アイリス

身長:153cm

体重:45kg~50kg程度と思われる(アイリスを背負ったセルグの体感)

年齢:18歳(過去編)

 

組織の新米戦士。

柔らかなブラウンの髪をショートに切りそろえている女性。小柄で小顔の、愛くるしいといっても過言ではないやや幼い容姿が相まって、組織の一部ではファンクラブができているが本人は女性としては慎ましい体つきにコンプレックスを抱いている模様(比較対象はゼタ)

訓練時代はゼタとペアを組んでいたが、大雑把なゼタとの相性が実は抜群であり決して頼りきりではなかったりする。

戦闘力、身体能力は並以下とはセルグの談だが、現実問題として彼女の評価は戦士に向かないと言われる程度には低い。

現在、過去編にてセルグの訓練の下、実力をメキメキと上げている(予定)。

組織の戦士となる前にとある事件で家族を失っており、現在は天涯孤独の身である。

また料理は壊滅的だが世話好き。本編で出演したベアトリクスは、アイリスに甘やかされたせいで残念な子となっていたり・・・

 

本作過去編のヒロイン。

というか本編でも下手するとヒロイン(もう生きてないけど・・・ヒロイン未定の要因はこの娘です

 

 

武器:風火二輪(SSR)

MaxATK:2780

MaxHP:136

奥義:風火撃鎗

風属性ダメージ(特大)火属性追加ダメージ

skil乱気の功刃

  紅蓮の功刃

バレット枠:6

 

星晶獣ナタクの力を宿した双銃。

ポートブリーズの工房にてナタクの素材を用いて作られた銃。上質な魔力伝導体によってスムーズで無駄なく弾丸へと魔力を伝える事の出来るこの銃は、魔力制御が上手くできていないと暴発の危険性もあるデリケートな武器となった。

しかし使いこなせれば、風と炎を操り弾丸の早さから威力まで自由自在に変化させることすら可能な規格外の武器へと変わる。

現在アイリスは得意属性である風を宿した片割れしか使用しておらず、火属性の方は使いこなすために絶賛特訓中。

余談だが奥義が風属性なのはアイリスが使用するからであり、グランやジータのように風と火を両方扱える人物が使用した場合火属性追加ダメージは”特大”の追加ダメージとなる破格の性能を有する。(いずれそんなの実装されないものか・・・

 

 

 

 

名前:ケイン

年齢:48歳(過去編)

 

組織に於いてセルグへと直接指令を届ける上司である。

元は戦士であったため、戦闘能力は決して低くはないが、現在は第一線を退き任務の管理役に就いている。

出生の不明なセルグの育ての親であり、良き理解者でもある。

危険な任務に常に一人で赴いていたセルグを危惧しアイリスを無理やり部下に付けた、過去編の発端となる人物。

彼のこの行いは本作の始まりと言っても過言ではない。

金髪に顎鬚を蓄えた初老の男性といった風体だが、セルグとアイリスの仲の進展を願ったり(覗いたり)、二人の間に何か面白いハプニングは起きないかと画策したり(ポートブリーズでアイリスを連れて行かせたのは実はこれ)と、発想が思春期の少年のような男である。

ちなみに本編ではセルグと話をしていたモニカをみてピンときたらしい・・・

 

 

セルグの父親枠。

実は母親枠もちゃんとでてくる予定。



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過去編 4

「はぁ、はぁ……」

 

 静かな森の中、一人の女性が息を切らせながら駆けていた。

 

 

 腰には一丁の銃。更に手にも一つ銃を手にしており、何やら物騒な雰囲気が伺える。

 何かに追われているのだろう。周囲の気配を探りながらも、脚を止めずに走り続けている姿は嫌でも緊張感を漂わせる。

 

「ッ!?」

 

 何かを察知して女性は身を躍らせた。

 次の瞬間には乾いた音が聞こえ彼女がいた場所には二つの弾丸が飛来する。

 

「どうして……どうしてこんなことに……」

 

 なぜ自分がこんな目に会わなくてはいけないのか。理不尽に狙われる現状に嘆きの声が上がるもそんなことはお構いなしに襲撃は続き、弾丸は次々と彼女の跡を追い続けてくる。

 とうとう追い詰められたように大きな木を背にした彼女は、この絶望的で暴虐的な不条理に成すすべなく身を強張らせた。すぐに襲撃が来るだろう。凄絶な痛みを予感し足が竦んで身動きが取れなくなる。

 この世界に神はいないのか……逃れられぬ恐怖に耐え切れず、とうとう彼女はこの状況に大きな声で不満をぶちまけた。

 

 

 

「こんなのできるかぁああ!!」

 

「諦め早すぎだアホウ!!」

 

「んぎゃ!?」

 

 不満はばっちりと聞かれたようで、彼女はまた一つ、手痛い洗礼を受けるのだった……

 

 

 

 

「うぅ……こんなのってないですよ……こんなまるで犯罪者の如く追い掛け回されてセルグさんの攻撃を回避しろだなんて」

 

 涙すら流しそうな勢いでボロボロになって嘆くのは先ほどの件の女性。体の隅々まで痣ができてるほどにはボロボロである。

 彼女の名はアイリス。現在拠点の訓練用の森で絶賛特訓中の戦士……いや、訓練は終えたはずなのに戦士の卵と言ったところの女性である。

 

「何、泣き言言ってんだ。っていうか泣くな。大した事やってないだろう? 精々が訓練用のゴム弾で滅多撃ちにされてるだけだろうが」

 

 彼女の嘆きに呆れたように返すのは両手に銃を握る一人の男性。彼の名はセルグ。この泣き崩れそうなアイリスを今の発言の通り訓練用の銃で滅多撃ちにする悪魔である。

 

「それのどこが大した事ないんですか!! おかげさまで体中痛くないところが無い位痛いですよ!! うぅ、信じられないです。この鬼、悪魔、鬼畜!!」

 

「避けられないお前が悪い。バルツでも思ったが、本当に動きが鈍いな……まさかここまでとは思わなかったぞ。せめて攻撃を避けるでもなんでもなく、普通に走ってて転ぶのはなんとかならないのか」

 

「ち、違います!? あれは何もないとこで転んだとかじゃなくて、セルグさんが襲い掛かってくるから恐怖で思わず足元を疎かに……」

 

「そんな言い訳が通じるか。星晶獣に比べたらオレの恐怖なんてたかが知れてるだろ。忘れるな……お前はこれからオレと共に星晶獣を前にして戦わなければいけないんだって事を」

 

 セルグの声音が真剣なものへと代わり言い訳を並べたアイリスを黙らせる。

 彼女が訓練を終えた先に待つのはセルグと共に星晶獣を狩りに行く任務なのだ。

 いくら恐ろしく見えようが、星晶獣に比べれば大したことは無いという彼の言う言葉も間違いではない。

 

「それは……そうですけど。だからっていきなりこんな無茶苦茶な訓練」

 

 過酷さもそうだが、全く成す術もなく良い的となってしまった自分にはこの訓練は実入りが少ないのではないかとアイリスは感じていた。

 実力に見合わない訓練方法だとセルグに恨めしげに視線を送るアイリスに対し、セルグに悪びれる様子は無く、更に真剣な声音でアイリスを諭す。

 

「訓練課程である程度鍛えられてるはずの運動能力が余りにも低い。武器の扱いはまともなのに肝心な部分が致命的に足りなすぎるんだ。戦闘に於いて運動能力の良し悪しはそのまま生死に直結する。オレに付いてくる以上、そこは何としても向上させておかなければいけない。オレが前衛をやったところでお前に攻撃が飛ばないわけではないんだ。死にたくなければ何としてもこなして見せろ」

 

 彼らが相対する事になる星晶獣。ヒトとは比べ物にならないチカラを秘めているそれらは攻撃一つをとっても規格が違いすぎる化け物達だ。ヒトの様に武器や魔法を使う程度ではない。魔法以上の風や炎を操り、武器以上に凶悪な角や爪をもっていたりするのだ。たとえ前衛が気を引こうが余波が飛ばない事はあり得ない。

 攻撃一つで幾人も屠る事ができるのが当たり前な生きた兵器達を相手にするのに、彼女の運動能力は余りにも足りなすぎるとセルグは指摘する。

 

「でもこんな事してたら私の身体が先に参っちゃいます……もう少し手加減を」

 

「安心しろ。少しずつ上達はしている。最初は追いかける必要がほとんどなかったが、さっきのはちゃんと追いかける必要が出てきていたからな。間違いなく逃げる技術が上がっているはずだ」

 

 訓練初めのアイリスはそれは酷いものだった。逃げても逃げても全く離れていかないような遅さで、こける、迷う、いつの間にやら逃げる方向が変わり立ち向かってくる等、頭を抱えることになるのは後にも先にもこの時だけにしてほしいとセルグは願うほどに。

 それが半日のスーパースパルタ教育のおかげで脅威と正反対の方向に逃げられるようになったのだ。密かに心の中でガッツポーズをとってしまったセルグを誰も笑えまい。それほどまでにアイリスの訓練は難航を極めていた。

 だが、成長の兆しがあったにも関わらず、アイリスの表情は暗い。

 

「逃げる技術って……そんなの上がっても意味が無いんじゃ」

 

 言葉通りに受け取ったアイリスの不満が挙がる。自分の任務は星晶獣と戦う事。であれば逃げていては仕方ないのではないかと……そんなアイリスの不満をセルグは呆れたように返していく。

 

「お前はさっきオレの脅威を察知して回避行動をとったはずだ。逃げる技術っていうのは脅威を察知して回避する技術。より危険の少ない方を見極めそこに飛び込むための能力だ。それさえできれば戦闘に於ける危険度はずっと減る。だから無茶苦茶だろうとなんだろうとお前の身体が覚えるまで徹底的にやるぞ……まともにオレから逃げられるようになれば、星晶獣の攻撃等怖くないと思える様になるからな」

 

 セルグの言う逃げる技術とは回避する能力。危機をいち早く察知し避けるための能力の事だ。ただただ追い掛け回されて逃げ回るだけだったアイリスはセルグの言葉にハッとした様に先ほどまでの自分の動きを思い返していた。

 

「確かに、少しは雰囲気と言うか感覚的なものですけど、セルグさんの敵意が感じ取れたような気がして動けた時は在りました……」

 

「それがもっとはっきりとわかってくると大きな前進だな。できる様になればお前は星晶獣と一対一で相対しても動けるようになってるだろうさ。それまでは、辛いだろうがしっかり頑張れ。応援はしてやる」

 

「(ふぇぇ……言っていることはまともなのにその楽しそうな顔で台無しですよ~)」

 

 セルグの顔には凶悪な笑みが張り付いていた。その顔を見れば誰もが悟るだろう。あ、こいつ楽しんでるな……と。

 直近の己の危機が全く薄れそうにない事態にアイリスが胸中で戦々恐々としていると、セルグがふと凶悪な笑みを消して優しく笑った。

 

「とは言ったものの……そんな痛みを抱えた状態ではまともに動けないだろう。今日の所は終いだ。治癒能力を高める為にも薬による処置は無し。痛みが引くまでは武器の扱いを鍛えるとしよう。どうせ限界まで酷使して体中悲鳴を挙げているだろう?」

 

 時折見せる優しい笑み。なんだかんだ厳しくしながらも、訓練を終えるとこうして優しく態度を崩すセルグにアイリスは戸惑う。

 訓練中は明らかに虐めることを楽しんでいる節が見えるのに、終わればちゃんと気遣いまで見せてくれる彼の態度に、今一アイリスはセルグの性格を掴めずにいた。

 

「あっ、はい……正直動きたくないです」

 

「そんな状態でやっても無駄だからな。さて、あとはお前のサバイバル訓練だな。今日の飯の支度をしよう。アホな味付けしたらその痣が増えると思え……」

 

 優しさを垣間見たと思ったらこれだ。心の中で天を仰いだアイリスはこの後の料理訓練の事を考えより一層疲れた顔を見せた。

 

「うぅ……終わったはずなのに終わってない~」

 

 哀れな彼女の悲鳴はもうしばらく続きそうである。

 

 

 

 たっぷりと時間をかけた料理と食事を終え、二人はたき火を挟んで夜の静かな時を過ごす。

 サバイバル訓練も兼ねているため、寝ずの番をすることになるわけだが、暇な時間を彼らは何もすることなく静かに火を見つめていた。

 炎の明かりに照らされたセルグの顔を見つめながら、アイリスは彼に対する疑問を考えていた。

 

「(まだ私とそう変わらない位の年齢なのに、組織の中じゃセルグさんの右に出る者はいない。嘗ての師と言っていたバザラガさんもセルグさんの実力は底が見えないって言っていた……一体どんな生き方をしてきたらそんなにも強くなれるのだろうか)」

 

 目の前で佇むセルグを見ながら浮かぶ疑問は彼の強さの根っこの部分。何故ああも強くなれたのか。なぜあんなにも強く在れるのか。解決することのない疑問がぐるぐるとアイリスの頭を駆け巡っていた。

 

「なぁ……」

 

「な、なんでしょう?」

 

 唐突にセルグが声を発して、アイリスは不審な挙動をしながら応対する。

 変なアイリスの態度にセルグは訝しげな視線をやるも、そのまま口を開いた。

 

「なんで怯えてるんだ……前から聞きたかったんだが、お前はなぜ戦士になることを選んだ」

 

「え?」

 

 唐突に告げられた疑問にアイリスが目を丸くする。これまで アイリス個人については全く聞いてくることは無かったセルグが突然己の戦う理由について問うてきたのだ。驚かないはずがない。

 そんなアイリスの様子に質問の理由を明かすようセルグは言葉を続ける。

 

「正直に言おう。今でこそこんな訓練をつけて鍛えてはいるが、お前は間違いなく戦士には向いていない。運動能力は並以下。環境への適応力も低い。魔力の扱いはそこそこだが、それも特筆する程ではない。およそ戦闘には向かないというのがオレの嘘偽りない評価だ」

 

「――――はい」

 

 いっそ清々しい程にオブラートを取り払った評価にアイリスは嬉しくもあり悲しくもありで視線を下げる。

 自分でも自覚はしていた。だが、それでもこうして言葉にされると胸が痛んだ。

 アイリスの心中を察しながらもセルグは更に続けていく。

 

「ケインからも言われたらしいな。探索班の方が向いているだろうと。お前の観察眼は優秀だ。確かにオレから見ても探索班の方が向いていると思う。だが、お前はこっちの道を選んだ。自身でもわかっているんだろう……戦闘に向いていないと。なのになぜだ?」

 

 セルグの問いに沈黙が降りる。

 俯くアイリスに涙を流したりする気配はない。それはどこか自分でも受け止めている事実故に殊更大きなショックにはならなかったからだろう。

 

「――理由は二つあります」

 

 静かな時が幾ばくか過ぎたところで、アイリスはポツリとつぶやくように話し始めた。

 

「一つは大事な約束があるから。私の訓練時代の相棒との大切な約束。互いに強くなって、いつか並んで星晶獣と対峙する時を迎えようと。私は彼女と、本当の意味で並んで戦いたいから。弱い私をずっと助けてくれて、ずっと励ましてくれた……だから私は彼女との大切な約束を守りたいんです」

 

 助けられるだけだった自分を鍛え、真の意味で相棒と並び立ちたい。交わした約束は彼女にとって大きな……とても大きなものに違いない。それが分かる決意の瞳。

 

「もう一つは……?」

 

 セルグの問いかけに、僅かにアイリスが肩を強張らせる。心の準備ができてないようで視線を漂わせながら、でも考えを纏める時間を置くと、彼女はまた静かに語り始めた。

 

「……私には、家族がいません。ずっと昔、まだ幼いころに、両親と妹。私の大切な家族は星晶獣に殺されました」

 

 今度はセルグも沈黙を辿った。踏み込んではいけない部分だったか……? そう感じながらも、これから訓練をしていくうえで戦う理由と言うのは聞いておかなければいけない。それは強くなる為の根幹になるだろうと思うから。

 迷いながらもセルグは問いを重ねていく。

 

「復讐……か?」

 

「――そう言う訳ではないんです。旅行中、興味本位で入った遺跡。そこに居た星晶獣の怒りを買ってしまった。悪いのは私達でしたから。 ただ……それまでずっと、何処か遠い世界の話だと思って気にしていなかった星晶獣が今もこの世界で人知れず潜んでいて、どこかで誰かが犠牲になっている。

 悲しみを乗り越え、家族の死を受け入れた先で、私は星晶獣の脅威を空から消し去りたいと思ったんです。分不相応だとしても、難しいと分かっていても。その存在を目にして、その脅威をまざまざと見せつけられて、ただ悲しい出来事として終わることができなかった。家族の死を無駄にしないためにも、この脅威を知ってしまった私には何かできることがあるんじゃないかって、そう思ったんです……」

 

 ただ悲劇を悲劇だけで終わらせるのではなく、そこから己に使命を課す。どことなく危なげでどことなく恐ろしい彼女の思考にセルグは胸中で慄いた。目の前の少女にも見える女性は危なっかしい癖に芯の部分は強いのだと理解するのと同時に、その想いとは裏腹に圧倒的に能力が足りていない現状に危険を感じた。

 

「それが……お前が戦士を選んだ理由か」

 

「はい……そのせいでセルグさんにはご迷惑をお掛けしています。能力が足りないのはわかっています。それでも私は、星晶獣と戦う道を選びたいんです」

 

 アイリスの強い瞳がセルグを射抜く。瞳の強さだけなら星晶獣級だな、とバカな考えを抱きながらも彼女のそれは危うさしか感じなかった。

 

「一つだけ。肝に銘じておけ」

 

 セルグの声に真剣さが募った。アイリスにはそれが心配からくるものだと容易にわかる程、彼女を真っ直ぐ見つめ口を開いたセルグの様子は何かを恐れているように見える。

 

「感情のままに道を選ぶのを悪いとは言わない。想いとは行動の原動力だ。それが強ければ強い程その先で事を成すことができる。だが、その想いの強さと結果が比例するとは限らない。もしお前の能力が足りず、星晶獣の討伐が失敗した時、その先に待つのはお前が目にしたような悲劇だ。そしてその被害を受けるのはオレか、探索班の仲間か、何も関係の無い人々か。いずれにせよ、お前のせいで誰かが犠牲になる。この道を選んだ以上、オレ達に失敗は許されない。覚悟はしておけ。どんな困難な相手であろうと、オレ達は倒さなければいけないと言う覚悟をな」

 

 セルグは改めて任務の過酷さと、重さをアイリスに認識させた。彼女の過去を知ったからこそ、この言葉は真剣に捉えてくれるだろうと。

 そんなセルグの思考を感じ取りアイリスも静かに頷く。

 

「――はい。肝に銘じます」

 

「明日からは泣き言を許さんぞ」

 

 今日の様にピーピー泣き言を言わせないぞと、一睨み聞かせたセルグの視線に、アイリスが冷や汗を流した。

 

「……望むところです」

 

「なんだ今の間は? まさかいきなり怖気づいたんじゃないだろうな?」

 

「だ、大丈夫ですよ!! どんと来いってなもんです!!」

 

「言ったな。よし、予定は止めて明日も追いかけっこにするか」

 

「いやぁああ、待ってください。予定変更はズルいです!! 強くなる前に死んでしまいます!!」

 

「冗談だ……そこまで必死になられると本格的にヤバそうだからな。明日からは治癒が終わるまで武器訓練だ。決して楽じゃないが痛みは無い」

 

 最後の最後までセルグは、優しくない笑みを絶やすことが無かった。それはつまり、彼女の今後の運命が決まったともいえる。

 

「うぅ……やっぱりこの人、私に苦痛を与えて楽しんでるよぉ……助けてゼタぁ」

 

 今は離れ離れの相棒に救いを求める声を呟くアイリス。彼女の呟きは誰に聞かれることも無く夜に消え、翌日には彼女の悲鳴が森中に響き渡る事になるのだった……

 

 

 

 

 薄暗い部屋。わずかな明かりで互いの顔が少し認識できるような程度の明るさしかない部屋で幾人もの人間が机を囲み座っている。

 何処かの会議室だろう。誰もしゃべらない静かな空気の中で一つの声が挙がる。

 

「最近の奴の調子はどうだ? ケイン」

 

 集団の一人であるケインに視線が集まるとケインは問いの意味を読み取って答えを返した。

 

「何も問題は……相変わらず任務は早く終わらせるし、被害も出しておりません。新人の者を付けてからは訓練を付けながらの任務の日々ですが、疲れを見せることも無く完璧な討伐をしております」

 

「そうか……上々だ、と言いたいところだが。我らが懸念にしているのはそこではない」

 

「と、いいますと?」

 

「お前もわかっているだろう。奴の能力は留まる事を知らない。討伐した数もそうだが何より恐るべきはその被害の少なさだ。もはやヒトとは思えぬ領域に上りつつある。奴が星晶獣だと言われても信じられるくらいにな……」

 

 またこの話か……と胸中でケインは悪態をついた。強すぎるが故の疑心。もはや何度目かわからない。セルグが星晶獣を狩る度に問われる質問のような気がしてそろそろ吐き気でも催しそうである。

 表情に表さないままケインは反論を始めた。

 

「それはセルグの能力だけでなく彼の武器によるところも大きいでしょう。彼の能力とも相まって、アレの強さは桁違いです」

 

 絶刀天ノ羽斬。その能力はシンプル故に絶大な効果を誇る。

 剣閃の加速。付与された魔力の強化。余計な能力を取っ払ったシンプルな自己強化の塊のような能力を持つ。それがセルグの持つ天ノ羽斬の力だ。

 魔力付与による斬撃の投射などはセルグの制御能力によるもの。彼の技の根幹は天ノ羽斬による自己強化の重ねがけ。

 当然ながら剣の腕と言った部分に於いて彼は超一流である。それ故に天ノ羽斬の能力との相乗効果が高いのだ。

 圧倒的な能力を持つセルグを圧倒的に強化ができる天ノ羽斬。この組み合わせこそが彼を最強の戦士足らしめている。

 

「そうだ、そこが大きな問題だ。奴ほどの手練れに我らが組織における最強の武器を持たせている事。奴の突出した強さはいずれ増長を呼び、反乱を招くかもしれ」

 

「待て」

 

 瞬間、誰もが口を閉ざし音を消した。

 ヒートアップする不満の声に待てを掛けたのは恐らく、この場に於いて最も強い発言力を持つ者だろう。

 有無を言わさぬ声音には力が有り、先ほどまでセルグを取り上げて騒いでいた男とは雲泥の差である。

 

「それは少し早計。いや、深読みが過ぎるぞ。そもそも奴は従順に任務をこなしているに過ぎない。監視役のケインからも目立った動きは報告されていない。疑心に駆られるのは結構だが、まずは目に見えている成果と言う部分を褒め称えるべきではないか?」

 

 彼の言葉に僅かなどどよめきが走る。しかしそれはどれをとっても彼の発言に対して肯定ではなく否定で彩られた言葉だった。

 だが、しかし、でも……そんな否定が巻き起こり、彼は静かにもう一度皆を黙らせる。

 

「どうやら皆納得できない様だな。嘆かわしい事だがこうなっては仕方あるまい。ケイン、報告の頻度を増やしてもらおう。それから、奴の下に付いた新人にも監視をさせろ。任務中の動向まではお前の目が届かないからな」

 

「それは……ですが彼女にそう言った腹芸は難しいかと思われます。表情に出やすく隠し事が苦手なタイプかと……」

 

「度重なる任務で奴の体調が不安定とでも言っておけばいいだろう。おかしな挙動は無いかそれで探らせる。その新人も奴を心配して真剣に監視をしてくれるだろう」

 

「――わかりました。伝えておきます」

 

「任せたぞ。それでは今日はこれでお開きとしようか」

 

 静かに男たちが立ち上がり、部屋を退出していく。未だに湧き上がってくるのはセルグに対する恐れや不安。

 一人最後まで残ったケインは呆然とそれを聞きながら、立ち尽くしているのだった。

 

「(皮肉なものだな……成果が良すぎるあまり妬みや畏怖に駆られヒトは愚かな推測ばかりを浮かべる。セルグとてヒトの子。相応に苦しみ、相応に痛みを味わっている。だと言うのに、奴らは欠片もそれを信じない。こんなことではそれこそ奴らの推測通りセルグが組織を見限る事だって……いや、そんなことにならないように目を光らせねばなるまいな。セルグにも……そしてヤツラにも」

 

 静かな部屋で、彼は様々な最悪を予測し、対策を考えていくのであった……

 

 

 

 歯車は回る

 それが逃れられない運命だとしても

 覆せない悲劇だとしても

 外れぬ道のその先は青年を残酷で優しい未来へと導き始める

 

 

 



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過去編 5

――――雲海の島

 

 アルビオンから少し離れた所に位置するこの島は、島の周囲を年中分厚い雲が覆う特異な島である。

 雲に覆われヒトの目に晒されることのなかったこの稀有な島は、多くの自然と生き物達が住まう正に楽園であった。

 近年まで存在すら認知されていなかった雲海の島には、島独自の生態系や、島独自の環境というものが存在し、そこでしか見られない生物というのも数多く確認されている。それ故に、現在雲海の島の学術的価値は超飛躍的に高まっており、あらゆる学会が騎空挺を飛ばし、雲海の島の生態系調査に乗り出していた。

 

 

 しかし……

 

 

 雲に覆われている。それだけでその存在がこれまで見つからない等という事があり得るのだろうか?

 騎空艇が空を走り、騎空士が冒険を夢見るこの空の世界において、そんなことがあり得るのだろうか?

 

 答えは否。

 

 調査に乗り出して、島を訪れた人々は悉く帰らぬ人となった。

 島の存在をこれまで雲に隠していた、絶対的強者がそこには君臨していた。

 ヒト知れず……その言葉を幾星霜もの年月貫き通すため、島に訪れたヒトを全て滅してきた星晶獣。島を守るために、島の存在を知られないため、彼のものは訪れる人々を全てそのチカラで滅した。

 そのものの名は……

 

 

 

「らいていこう?」

 

 間の抜けた声がアイリスから漏れる。

 現在、セルグとアイリスは騎空艇で絶賛移動中のところである。あてがわれた一室で任務討伐対象の説明をアイリスが受けているようだ。

 事は数日前、セルグが行った超短期スパルタ訓練の甲斐あり、アイリスの改造が済んだ時のことだ。これ幸いと言わんばかりにセルグの元に討伐任務が舞い込んだ。その内容は雲海の島に君臨する星晶獣の討伐。

 

「そうだ……雲海の島。最近になってその存在を認知され学術的価値が大いに高まってきている島だが、そこに君臨する星晶獣”雷霆公”。扱う属性は光、というよりはその名の通り雷を操る。お前にとっては初の星晶獣戦となるが、まぁ死なない程度に頑張ってくれればいい」

 

「なっ!? 折角特訓したのになんですかそれ! ちゃんと私も戦いますよ!!」

 

 余りの物言いにアイリスが憤慨するが、セルグは真剣な面持ちのまま答える。

 

「言っておくが、特訓したってだけで戦えると思ったら大間違いだ。侮るなよ……相手は存在の格から違う星晶獣だ。その差を埋めるのは簡単じゃない。死なない程度ってのは比喩でも何でもなく、今のお前にはそれが最もあり得る可能性だから言っている。まずは絶対に生き残ることを考えておけ。前衛はオレが務めるが、相手がオレにこだわってくれるかは分からない。相手の動きを読み、攻撃を見極めろ。相手の全てを自分の頭で掌握して見せろ。お前がまともに戦うのはそれからだ」

 

 セルグの真剣な表情と言葉にアイリスも今さら言い返すようなことはなかった。

 短期間ではあるが様々な事を教えられ、セルグの強さも星晶獣を狩るための知識も間違いがないと知ったアイリスは、決意の瞳を見せて頷く。

 求められたのは生き残る事。それですら簡単ではないのなら、確かにまともに参戦などできるわけがない。

 だが、それではアイリス自身納得できない部分はある。仔細は省くが、セルグの特訓はそれはもう鬼のような特訓であった。訓練時代など正に生温い、暴力と理不尽の数々。しかしそれは、その後の星晶獣との戦いを見据えれば間違ってはいないもの。

 セルグの言うとおり存在の格から違う星晶獣の戦闘力は、ヒトの暴力など比較にならない理不尽に満ちている。基礎の能力から戦士として劣っていたアイリスにそれを教え込むため、徹底した訓練を課したセルグにアイリスは今、心から感謝をしていた。

 だからこそ、彼女はセルグの言葉に挑戦の言葉を返す。向けられた想いに応えるために。これまでの特訓に応えるように。

 

「――わかりました、絶対に死にません。ですが、必ず戦って見せます」

 

「いう事は立派だが、決して逸るなよ。さっきも言ったが初の星晶獣戦だ。期待をするしないの前に、心配の方が強い。オレも完璧に守り通せるかわからんからな――――やる気は持ってもいい。だがそれは逸らないよう胸の内に秘めておけ」

 

「は、はい!!」

 

 鬼のような教官であったセルグの素直な心配の声に、アイリスはまた一段とやる気が滾り声に力がこもった。だがそれは、相対しているセルグには悪手である。

 ビシッと音が鳴り、アイリスの額にセルグの指が弾かれる。突如走った強烈な痛みにアイリスが呻いた。

 

「うぅ……痛いですよ」

 

「だから落ち着けって。徹底して平常心を貫き通せ。お前の目は優秀だ、それだけは間違いない。冷静に見ていれば絶対に攻撃が見えてくる。だからやる気を見せるな。戦う姿勢を見せるな――まずは見極めろ。前にも言ったが後衛であるお前は見ることが戦闘の重要な役目だと覚えておけ」

 

「はい……」

 

 若干涙目になっているアイリスをよそに、セルグは騎空艇の甲板へと出ると遠くを見据えた。

 視線の先には分厚い雲が渦巻いているのが見えている。到着はもうすぐのようであった。

 セルグの隣に並び立ちアイリスも先へと視線を向ける。

 

「念を押して言うが、生き残ることが最大の貢献だ。こんなところで死ぬことは絶対に許さんからな」

 

「わかりました。絶対に生き残って見せます。ですから、セルグさんも私の事は気にしないで、戦闘に集中してください。私は絶対に足を引っ張りません」

 

「生意気な口をきいてくれる……ちょっと前まで泣き言だらけだったのが嘘みたいだ」

 

「なっ!? それはもう言わない約束じゃないですか!!」

 

「ほら、落ち着けって。その程度で平常心を崩してどうする。さっきも言っただろう」

 

「なんて理不尽な……セルグさんから煽っておいて」

 

「ふっ、理不尽ってのは星晶獣の前では当たり前だからな。早く慣れておけ」

 

 ぐぬぬぬ、と唸るアイリスを尻目に、セルグは島に降り立つ準備を始めた。気づけば既に分厚い雲へと入り込んでいる。恐らく島はもう目の前であろう。

 段取りの確認の為、セルグは艇を任されている探索班の男の元へと向かった。

 

「オレ達が降りたら島から離れていろ。二日以内に終わらせる。終わり次第伝声器で知らせるが、戦闘次第で壊されることもありえる。連絡がない場合は二日後の夕刻に迎えに来てくれ」

 

「あ、えっと……了解しました。それでは任務失敗の場合は? 迎えに来て襲われたりなんて可能性もあるようでしたら対処を考えておか――」

 

「誰にものを言っている。オレが来た以上任務失敗はあり得ない。それは余計な心配だ」

 

 僅かに怒気を滲ませてセルグは探索班であり艇を任されている男を睨み付けた。

 

「は、はいっ! すいません!!」

 

「セルグさん!? なんてこというんですか! 皆さんにとっては自分の命がかかっているんですからそんな言い方――」

 

「命の危険で言うなら島に降り立つお前の方がよっぽど危険だ。それと安心しろ。任務成功か失敗かは島を見ればわかる。奴を倒せばこの雲は消えているだろうからな……」

 

 島の存在を秘匿するため、雷霆公のチカラによって島の周りを渦巻く雲は、雷霆公を倒せば消えるはずだと言うのが組織の見解である。

 ティアマトの風しかり、リヴァイアサンの海しかり。特異な自然現象の大半が星晶獣に因るものである空の世界において雲が渦巻く理由など星晶獣のチカラしかありえない。セルグとしても組織の見解は間違っていないだろうと踏んでいる。

 

「それにしたって言い方があるじゃないですか! どうも、すいませんでした。セルグさん少し少し気が立っているみたいで……って痛い痛い!? ちょお、もぅ、セルグさん!!」

 

 気を聞かせて弁解をするアイリスを遮るようにセルグが耳を引っ張りアイリスがまたも呻いた。

 

「余計な事言ってないで準備をしろ。上陸したらこいつらにはすぐに離れてもらわなければいけないんだ。オレ達がグズグズしていたら巻き込まれかねないんだぞ」

 

「もうっ! そういうところはちゃんと気を遣えるのに何であんな言い方……すいませんでした、探索班の皆さん。一応セルグさんも皆さんを巻き込まないようにと気を遣える方なのでどうか許してあげてください」

 

「い、いえそんな滅相もありません。むしろ先程の私の発言がお二人を信じてないような言い方になってしまい申し訳なく思います――信じて待っております」

 

「ありがとうございます。それでは……」

 

 探索班へと弁解を済ませたところでアイリスも上陸準備を済ませるべく動き出す。

 

 

 

 

 騎空艇が雲を抜けて島が見えたところで、セルグは地表スレスレを飛ぶように指示を出す。山、平原、森、川と自然だらけの島を見てアイリスは僅かに感嘆の声を上げていた。

 セルグの声に応え、騎空艇が島の地表に近づいたところでセルグとアイリスは甲板から身を乗り出す。

 

「着地位はしっかりやれよ。いきなりつまずくなんて御免だからな」

 

「わかってますよ! その位はできます」

 

 一言言い合った所で軽く視線を合わせて二人はそのまま艇から飛び降りた。大した高さではないがそれでも家屋の三階くらいの高度はあるだろう。戦士として当然の訓練を積んできている二人は、体の随所でしっかりと衝撃を吸収し無難に着地を済ませる。二人が飛び降りると同時に、騎空艇は高度を上げて島を一気に離れていった。

 離れていく騎空艇を見送る事なく、降り立った二人はすぐさま雲海の島からの手厚い歓迎を受けていた。

 

「呆けるなっ! すぐに戦闘態勢をとれ!」

 

 気の入った声でセルグが叫んだ時には既に彼らの周囲を魔物が囲んでいた。

 すぐさまセルグは天ノ羽斬を抜き放ち迎撃、アイリスも背負っていた荷物を降ろし風火二輪を構える。

 

「装填はアイアンバレット……弾速を上げて貫通性を向上させて……」

 

 確かめるように口にしながらアイリスは風を宿す風火二輪を構える。彼女が得意な風属性の魔力が装填された銃弾に付与されていき、小さく音を鳴らし始める。

 

「脅威が低ければ、引きつけろ……」

 

 迫りくるウルフ系の魔物を相手に、アイリスは威力を高めたまま待ち構えて接近してきたところを迎撃していく。狙いは頭部。当たれば一撃でその命を刈り取れる場所。アイリスはきっちりと狙いを定め、二体三体と次々打ち抜いていく。

 

「後ろだ!!」

 

 目の前に集中していたアイリスの背後に別の個体が迫る。セルグの声でそれを把握するが、それでもアイリスは落ち着いて対処した。

 

「しっかりと回避……同時に、反撃!!」

 

 飛びかかってきたウルフの魔物をその場から飛び退いて躱すと、再び飛びかかられる前に隙だらけであった後ろ姿に銃弾を叩き込む。

 

「弾が切れたら冷静に対処……もう片方を構えて、片方は装填」

 

 撃鉄が弾切れを知らせる音を鳴らすようなヘマはしない。弾切れのタイミングをしっかりと把握し、アイリスはもう片割れを抜いてリロードを図る。火属性はまだ扱えないが、それでも弾自体は放てる。弾倉を入れ替えてる間の迎撃をしながらアイリスは再度魔物を打ち抜いていく。

 

「大型だ! 一体任せる!!」

 

 装填を終え、ウルフ型の魔物を倒しきったところでセルグの声に視線を向ければ蛇型の大きな魔物を視認。アイリスは迷うことなく腰のポーチから別の弾倉を取り出し装填した。装填したのは風の加護を受けた弾丸”ティアマト・ポイント”。

 更にそこへ自身の魔力をきっちりと注ぎ込み威力を高めて蛇の頭を打ち抜く。弾丸を守るように纏う魔力がその威力を高め、着弾した瞬間に魔物の頭部を吹き飛ばした。

 

「ふぅ……」

 

 アイリスが蛇の魔物を対処している間にセルグは他のを全て片づけており、戦闘の終わりを確認してアイリスは大きく息を吐く。

 いきなりの実戦。戦い自体は初めてではないが、しっかりと自分で対応して戦ったのは今が初めてだ。

 それでも訓練の成果というのはしっかり現れていて、落ち着いて迎撃できたことに少しだけアイリスの頬が緩んだ。

 

「気を抜くな……いきなりの歓迎で大騒ぎしてるんだ。この島に調査に来た奴のほとんどが帰ってこれないという話だから、恐らく奴は島全体を視ているだろう。奴を倒すまでは気の休まる時はないと思え」

 

 アイリスの安堵のため息を聞いて、セルグは咎めるように口を開いた。

 まだ出迎えの魔物を倒した程度。実力差を察したか後続がどんどん来るような状況にはなっていないが、それでも気を抜くには早すぎる。雷霆公とは、戦うどころかまだ姿すら見ていないのだ。

 

「あ……そ、そうですね。了解です」

 

 セルグの言葉に少しだけ水を差された気分になってしまうものの、ここがどこだかアイリスも理解している。気を引き締め直し周囲を警戒、いつ襲われても大丈夫な心持となって、セルグの横へと並んだ。

 

「――まぁ、気を抜いてはいけないが肩の力は抜いておけ。さっきはしっかり相手を見て動けたはずだ。やることは変わらない。奴が出てきてもしっかり見据えていれば、今のお前なら簡単に死ぬことはない」

 

 素直ではないが恐らくセルグなりの賛辞なのだろう。”今のお前なら”の部分が妙に嬉しくてアイリスは表情は変えずとも胸中でガッツポーズ。

 残念ながら表情には出ずとも足取りにそれが表れてしまい、調子に乗るなと叩かれるところまではお約束だが、それでもアイリスは足取り軽やかに雷霆公との戦いに向けて島を歩き始める。

 

 

 そんな二人を雲海の島に君臨する星晶獣が、そびえ立つ山の頂きより見つめていた。

 

 ”愚かな空の民よ……この島を穢すこと許さぬ”

 

 低く漏れ出る唸り声のような言葉は、平原を歩む二人へと向けられ、雲海の島の支配者もまた静かに動き出すのであった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「ちょ、ちょっとセルグさ~ん!!」

 

 ずかずかと、無遠慮なまでに大地を踏みしめ歩いていくセルグの背中にアイリスから非難めいた声が掛けられていた。

 気を抜くなだの休まる時は無いだのと言っておいて、無警戒な様子で歩く姿は、とても他人の事を言える姿ではないだろう。

 

「なんだ?」

 

「そんなドンドン歩いちゃって……気を抜くなって言ったじゃないですか。もう少し慎重に進みましょうよ」

 

「そんな警戒をするなら大声を出すんじゃない。それからさっきも言ったが雷霆公は島全体を視ているだろうさ。慎重に進んだところで意味はない」

 

 島を秘匿し続けてきた星晶獣が騎空艇で訪れたヒトを見逃すはずがない。アイリスの懸念が見つかってしまったらどうする、というのであればそれは気にするだけ無駄な事だ。既に二人が来たことは筒抜けなのだから。

 

「そういう事じゃなくて、そんな無警戒に進んだら、的になるようなものじゃないですか。急に襲われでもしたら」

 

「大丈夫だろう。星晶獣ってのは基本的に強者であり支配者だ。天敵のいない奴らに、気配を消して不意を突くような思考は存在しない。その存在を隠すことなく悠々と空の世界を闊歩している奴らが不意を突こうとしたところでそれは不意打ちではなくただの襲撃だ。少なくともオレは先に察知できるから問題ない」

 

「そうですか……ってどっちにしろ私は危ないかも知れないじゃないですか!?」

 

「察知して見せろと言っているんだ。オレは既に奴が動き出したのを感じ取っている。引き寄せあうようにオレも奴に向かっているだけだ」

 

 無遠慮で無警戒な歩みの理由は、既に雷霆公もセルグも互いの存在を察知し、引かれあうように距離を縮めているからであった。

 

「引き寄せあうって……それじゃまさか」

 

「もう少しで姿を現すぞ。準備をしろ」

 

 徐々に起きていた変化……アイリスがハッとして辺りを見回した時には、周囲から生き物の気配が消えていた。

 それは、島を支配する絶対的強者が近づいてきた証。セルグの言う通り、その存在感を隠そうともせずに近づいてくる雷霆公を、動物から魔物まで皆一様に察知してその場から立ち去っていた。

 

「あ、あはは……なんていうか既に逃げ出したいくらいビビってるんですが……」

 

「それはこの状況がお前にとって異常事態だから恐怖を覚えているだけだ。安心しろ、すぐ慣れる」

 

「いや~これを慣れたくは」

 

「以前のお前ならもっと強張って死にそうな顔をしていたさ。苦笑いでもなんでも笑えているなら少しは期待できそうだよ」

 

 苦笑いですらなくなっているが、それでもアイリスの表情は引き攣ってはいてもぎりぎり口角を上げて笑みの形を保っている。そんな面白おかしいアイリスの顔を見てセルグは普通に笑う。

 

「良い顔をするようになった……さて、少し下がっていろ。何度でもいうが生き残ることが最優先だ。仮にオレが死にそうでも、自分の命を最優先にしろよ」

 

「わかっていますが、どうせ死にそうになんてならないんですよね? 余計な心配はしないで集中してます」

 

「――それでいい」

 

 会話の終わりと同時に、セルグの軽い気配が消える。

 星晶獣狩りの最強の戦士として、余計な感情を捨て、戦いの意思に体を任せる。彼にとっての理想的な心理状態へと移行する。

 世界から色が消え、思考から日常が消え、セルグは天ノ羽斬を解放。

 セルグの戦闘準備が終わったところで、平原に立つセルグが見据えた森の奥から静かな地響きを鳴らして、彼のものは姿を現した。

 

 

 虫が飛び交うように、周囲を光の粒子が舞い、その体躯は少し前にセルグが戦ったコキュートスと同程度の大きさだろうか。

 二本の大きく歪曲した角の生えた頭部はどことなく鳥類の様相が見られだが、四足歩行で大きな二対の羽を持つ姿は鳥類ではなく、間違いなく龍種の方が近いだろう。

 その背に背負う天輪には雷が迸り、怒りの気配と低い唸り声が漏れ出ている。

 

 ”そなたは……欠片か。何をしにここへ来た”

 

 低く。だが、はっきりとした言葉が雷霆公より発せられた。声音には怒りが、口調には咎めるような雰囲気が含まれている。

 

「何をしに?――手当たり次第に調査団を消しておいて何を言ってやがる」

 

 ”ヒトの子に慈悲などあるわけがない。我が創造主は決して侵されぬ生き物の楽園を望んだ。何が起きようとヒトの子が島を侵すことが無いよう絶対的な支配者として我を創造したのだ”

 

「だったら隠し通しておけよ。お前が目撃者を逃したが為にこの島の存在が知れ渡ったんだ。知られたくないならしっかり役目を果たしておくんだったな」

 

 ”黙れ……全てはヒトの子の無慈悲な自然破壊と侵攻が招いたことだ。森を追われ、川を汚された生き物達の為、創造主はヒトの子を寄せ付けぬように島を秘匿するチカラを我に与えた。何故我らの聖域を侵そうとする?”

 

「そんなことをオレに聞くな。一つだけ言っておくが、お前やお前の創造主が知っているのだけがヒトの全てだと思うなよ。自然な形を損なわず、調査の為だけに来ていた者達もいた。ヒトの侵攻を無慈悲というならお前の創造主が与えたお前のチカラと、お前が行った事とて十分に無慈悲だ」

 

 ”正しいのは我だ。我は忘れぬ……焼かれた森を、汚された川を、住む場所を追われた生き物たちを。故に我はヒトの子が島に来ることを許しはしない””

 

「それをいうなら、お前に艇を落とされ空の奈落へと落ちたヒトをオレは忘れはしない。お前達が大層な使命の為に殺したヒト達を、お前達が暴走して殺された数多のヒト達をな。勘違いするなよ――ヒトよりも星の民によって独りよがりな思いやりを与えられたお前こそが、世界において害悪だ。消えてもらうぞ……雷霆公」

 

 ”いいだろう――欠片と言えどヒトの子。滅するのは我。滅されるのはそなただ”

 

 荒ぶる怒りに呼応するように雷霆公の威圧感が増し、雷が弾けて火花を散らす。空気中を走る放電現象は、雷霆公を取り囲むように巻き起こり雷霆公の臨戦態勢を告げる。

 だが、幾ら音が鳴ろうが、雷が迸ろうが対するセルグに恐怖の顔は浮かばない。

 

「思い上がるな。所詮は作られただけの兵器……星の民の道具に過ぎないお前がいくら吠えようと、オレは負けない。消すのがオレで、消されるのがお前だ……」

 

 不遜ともいえる言葉を返し、天ノ羽斬を構えセルグも臨戦態勢をとった。既に全開解放状態の天ノ羽斬も雷霆公と同様に光のチカラを湛えバチバチと音を鳴らす。

 正に激闘となるだろう戦いを予感させるように、二つの存在はその場で激しいチカラの鳴動を巻き起こしながら睨み合っていた。

 

 

「すご……い」

 

 緊張も恐怖も消えて、少し離れたところから見ていたアイリスから漏れ出たのは感嘆の声。

 雷霆公が言葉を発した事にも驚きであったが、それよりも大義名分ともいえる目的があってこの島を守っていたことに驚いた。

 さらに、雷霆公と言葉を交わして尚、全く怯むことなく構えたセルグの姿に、アイリスは強く心を動かされていた。

 

 いつだったか抱いた疑問。何故セルグは強く成れたのか。何故セルグは強く在れるのか……

 今のセルグと雷霆公のやり取りの中にその答えが見えた気がした。

 星晶獣と戦い倒す。それはセルグにとって、いずれ星晶獣によって犠牲になる人々を守る事と同義なのだ。星の民によって生み出された星晶獣。その脅威に理不尽なまでに奪われていく命を少しでも減らし、少しでも守る為……きっと本人は口では否定するがそれが彼の本懐なのだとアイリスは悟った。

 彼が訓練中に言った用に想いが行動の原動力というのであれば、彼がこれまでに成し遂げた功績から、彼のその想いの強さがどれ程強いのかは想像に難くない。

 正しく彼はこの空の世界に生きるすべてのヒト達の為に戦う気でいる。

 

「――――負けるもんか」

 

 だからこそアイリスの瞳にもチカラが込められる。セルグと同様に、凄惨な過去から抱いた彼女の願い。

 この空の世界から星晶獣の脅威を消し去る

 奇しくも似たような想いを抱いていたセルグの声を聞いて、アイリスの心は奮い立った。

 決して言いつけを守らないわけではない。生き残ることが最優先なのは彼女もしっかりと自覚している。だが、それだけで終わる気はもう無かった。

 同じ想いを抱いて遥かなる先を走っているヒトがいる。同じ想いを抱いて引っ張ってくれるヒトが居るのだ。

 ならばその程度では終われない。終わせるわけがない。

 

「落ち着け……見極めろ。私の戦いは見ることからだ!」

 

 動き出すであろう二人の存在をしっかりと見据え、アイリスは己がすべきことを口にする。

 

「必ず戦って見せる。全てを見極めて、あのヒトと並んで!」

 

 次に口にするのは遥かなる高み。だが漠然とただ遠いだけだった高みは、今はっきりとその姿が見えていた。

 

 

 

 往くぞ!

 

 

 それぞれの想いが交錯する中。今、激闘が幕を上げる。

 

 

 

 

 



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過去編 5-2

ずっと間を開けていた雷霆公との戦い完結。





 雲海の島

 

 本来多種多様な生物が闊歩するこの島だが、そこに他の生物の影も形も見当たらなかった。

 

 在るのは三つ。

 島に君臨する絶対王者。星晶が生み出した、空に在らざる獣。

 星晶獣”雷霆公”

 そして雷霆公と対峙する二人のヒト。セルグとアイリスだけである。

 

 臨戦態勢に入ってから数分。互いににらみ合う形となったセルグと雷霆公は微動だにしないまま、動き出す機を伺っていた。

 音が消え、二つに強者が放つチカラの波動だけがその場を支配する緊張感に、押しつぶされそうになりながら。アイリスは目の前でセルグから目を離さずに、戦闘の始まりを見守る。

 

 

 ――――動く

 

 

 僅かな、何かを、アイリスは感じ取る。

 特訓の成果か、セルグの動きだす気配を感じ取ったアイリスの予想通り、セルグが構えていた天ノ羽斬が閃いた。

 

「ふっ!」

 

 小さく抜ける吐息と共に激戦の火蓋は切って落とされる。

 見えない剣閃。瞬く間に幾つも放たれる光の斬撃が雷霆公を襲った。

 

 ”五月蠅い攻撃だ”

 

 雷霆公はそれを受けながら平然と佇んでいる。痛くもかゆくもない。届く前に何かに阻まれて弾ける斬撃は雷霆公にダメージを与えることはできずに終わった。

 対する雷霆公は悠々とその歩みを進め、セルグの攻撃をものともせずに前進を始める。

 

「(防御力は高いだろうが、それだけではないな……さしずめ、結界系の防御能力といったところか。天ノ羽斬にとっては絶好の獲物だ)」

 

 攻撃を受けても微動だにせず歩んでくる雷霆公を見て、セルグはその能力を分析。攻撃をつづけながら次なる攻め手に移る。

 振り抜いた天ノ羽斬を納刀。強靭な脚力にものを言わせて、正面からの接近。15mはあろう距離を瞬く間にゼロにする勢いでセルグは踏み込んだ。

 

「光破!」

 

 渾身を込めた一閃。天ノ羽斬の特性が雷霆公の結界を切り裂き、そのまま一太刀を浴びせる。

 狙うのは前足を断ち切る一閃。だがそれは、固い外殻に深く傷をつけるものの大きなダメージとはならずに終わった。

 

 ”ほぅ……我の防御を貫く術を持っていたか。だが、その程度では我は痛くもない”

 

 小さな驚きを見せるも、全ては己を害する脅威にはならないと、雷霆公はセルグへ前足での一撃を見舞った。

 

「元々お前達にそんなものはないだろう? その余裕、長くは続かせん」

 

 無難に回避しながら、傷をつけるだけにとどまった己の技に胸中で舌打ちをして、セルグは雷霆公の防御能力の仮説を修正する。

 結界のような能力はおまけに過ぎない。雷霆公が持つ強みはそれ以上に頑丈なその体躯なのだと。そして攻撃能力は――

 

「――ッ!?」

 

 瞬間、セルグは大きく飛びのいて距離をとる。

 危機感を感じて飛びのいた刹那、セルグのいた場所には雷霆公が背負いし天輪から、雷が放たれた。

 

「なるほど、オレの剣閃以上に早い攻撃か……厄介だな」

 

 地面を焦がした雷霆公の攻撃の跡を見て呟く。

 空気を裂いてセルグへと奔る雷は、正に視認する前に届く必中の攻撃。

 今のは放たれる前に避けたから逃れられたに過ぎない。回避不可能な攻撃にセルグの頬を冷や汗が伝う。

 

 ”よく避けたと言いたいところだが、奇跡は二度は続かんぞ”

 

 天輪が唸り、次射の気配を伺わせながら、雷霆公はセルグを視線で射抜いていた。

 

「セルグさん…………」

 

 心配そうにつぶやくアイリスの声は届かず、雷霆公が発する雷の音にかき消されていく。

 第二波が来る――セルグの安否を憂うアイリスの視界に再び雷が奔った。

 鞭が弾かれたような音と共に放たれる雷撃は、セルグへと確かに届くのだった。

 

「セルグさん!?」

 

 回避はできていない。その場を動いた気配はなく、舞い上がった土煙に消えたセルグに、アイリスは恐怖と共に叫んだ。

 

 

 

「――――なめるな、雷霆公。避けられないなら、受けるまでだ」

 

 

 

 確かな声が聞こえ、アイリスはセルグの無事を確認する。

 雷霆公の目の前で佇むセルグは、天ノ羽斬を突き出していた。

 

 ”ほう……”

 

 開いていた目を細めてセルグを見やる雷霆公。

 雷が放たれる瞬間に突き出された天ノ羽斬が雷霆公の雷を引き寄せ、受け止めていた。

 

「いくらお前から放たれようと、雷の特性は変えられまい。放たれる側に向けて刀を突き出せば攻撃は受けられる。あとは、蓄えた天ノ羽斬のチカラで相殺すれば、対処は十分に可能だ」

 

 天輪から放たれる雷であれば、天輪に向けて天ノ羽斬を突き出せば雷は必ずそこへ向かう。

 光属性のチカラより生み出される雷は、同様の光属性を持つセルグなら相殺は容易だ。

 セルグは天ノ羽斬を避雷針として、攻撃を捌いたのだった。

 

 ”面白い……これまでのヒトの子では既に消し炭となっていた。やはり欠片、侮ることはできないか……”

 

 セルグを讃えるような言葉と声。雷霆公の雰囲気が僅かに和らぐ。

 

 ”ならば見せよう。星晶獣の本当のチカラを!”

 

 だがそれは決して友好的な気持ちからではない。油断も隙も無しの全力を出す事を決めた最後の緩み。

 次の瞬間には、セルグを巨大な重圧が襲った。

 ヒトとは桁の違うチカラの発現。二対の翼を広げ高らかに咆哮を上げた雷霆公はその身に宿るチカラを解放した。

 天輪が唸り、幾つもの光点が周囲を漂う。

 そこは正に、雷霆公が作り出した戦闘空間へと早変わりした。

 

「(武力のナタクに対してこっちは、肉体を使わない遠距離戦がメインか……その上体躯は耐久力に満ちている。極めつけはこの空間。何かがあるはずだ)」

 

 周囲を飛び交う光点に視線を巡らしながら、雷霆公を見据えたセルグは、天輪が光を放とうとしているのを確認した。

 すぐさま、天ノ羽斬を向けるセルグだが――

 

 ”無駄だ”

 

「ッガ!?」

 

 直後に視界が途切れそうなほどの衝撃を受ける。言葉にならない呻きを上げ、セルグの身体が崩れ落ちた。

 放たれた雷の直撃。光属性を宿し、その身に属性の加護があった故、致命傷にはならなかったが、受けた衝撃は大きかった。

 

「くっ、何故当たった……?」

 

 ”あの程度で防げるのであれば我はここに君臨していないだろう。欠片よ、お主こそ星晶獣を侮るな”

 

 受けきれなかった攻撃に動揺をしながらもセルグは天ノ羽斬を杖にして立ち上がる。雷霆公の言葉を聞き流し、再び蒼い瞳が雷霆公を見据えた。

 幸いにも視界がはっきりとしている。多少の痛みは押し殺せるし、肉体事態に大きな損傷はない。雷を受けたにしては軽傷と言える。

 だが、戦う術が大きく限定されたのは間違いがない。回避できない上に防御の選択肢も奪われた。

 防御も回避も不可能な攻撃を繰り出されては受けて耐えるのみ。ヒトの身であるセルグにそれを受け続けるような余裕はあるはずも無い。

 

「(躱せない以上、受けるか撃たせないかのどちらかだ……ここは)」

 

 思考が固まった瞬間に再びセルグは接近。

 

「おぉお!!」

 

 一閃。横合いから斬りつけたところでセルグは跳躍し雷霆公の逆側へと回りながら、落ち際にまたも斬りつける。

 雷霆公の身体は大きい。横や後ろに回り込みつづけ、狙いを絞らせないで戦えば攻撃を受けることはない。

 脇腹から、尻尾へ、背中を足場に翼へと。ありとあらゆる体の部位を、斬りつけていく。

 出血はなくとも、その傷は徐々に増え、深みを増し、雷霆公の身体には確実なダメージを蓄積していった。

 振るう度に鋭さを増していくセルグの斬撃は、徐々に雷霆公の斬り方を覚えて加速していく。

 予想以上にセルグの動きが速かったのだろう。

 強靭な防御力で受け、隙だらけの相手を狙う雷霆公の思惑が崩れ始めた。

 

 ”ちょこまかと、良く動く……だがこれでどうだ!”

 

 セルグの接近の瞬間を狙い、雷霆公は天輪より雷を降らせる。

 狙いなどつけなくても良い。それは雨の如く降らせれば、確実にセルグの命を刈り取れるであろう攻撃なのだから。

 だがセルグとてその攻撃は読んでいた。

 雷が降り注ぐ直前にセルグは予備の剣を天輪に向けて投てき。降り注ぐ雷が天輪より広がる前に全てを剣に引き寄せた。

 剣が避雷針となり無傷のまま接近できたセルグは勝負を決めに跳躍。

 

「侮っていたのは、やはりお前だったな」

 

 雷霆公は己の顔のすぐ近くでセルグの声を耳にした。

 己の身を足場に跳躍したセルグは正に目の前。目と鼻の先で得物を振りかぶっている。

 

「絶刀招来、天ノ羽斬!!」

 

 全身全霊の奥義が炸裂する。

 極光の斬撃が雷霆公の頭部を吹き飛ばさんと放たれ、セルグは打ち放つと同時にその場を離れた。

 衝撃に後ろへと倒れ込む雷霆公を見据えながら、セルグは己の技が確実に入った事を確信する。

 

「所詮は、存在の違う戦いしかしてこなかった獣だ……見て、考え、勝機を見出すオレ達ヒトにかなうはずもない」

 

 ヒトと星晶獣。その戦いは等しく皆星晶獣の圧勝だろう。

 存在の格が違うもの同士の戦いとは、戦いとなるかも怪しい。

 だが、セルグの言う通り、情報を集め、考え、策を練るのがヒトの戦いだ。

 絶対強者故に、それをする必要がなかった雷霆公ではわからない、ヒトだけが持つ一つの強さがセルグに勝利をもたらした。

 

 

 

「セルグさん! やりましたね!」

 

 憂いの表情を喜色に変え、アイリスはセルグの元へと駆け寄る。

 攻撃を受けたのは一度切り。完勝とは言えないが辛勝ともいえない。無難な勝利にアイリスの表情が綻んでいた。

 

「誰に向かって言っている。この程度ならナタクの方が強かった。動きの鈍い木偶に負ける道理はない」

 

「それでも一回は攻撃を受けたんですし、心配ぐらいさせてくださいよ、もぅ……ほら、手当をしますから傷があったら教えてください」

 

「いらん。楽勝ではなかったが、それほど苦戦したわけではないんだ。いいからさっさと帰還の狼煙を――」

 

 駆け付けたアイリスに答えていたセルグの言葉が止まる。

 感じられるのは先のチカラの解放よりも激しい気配。向けられるのは、これまで感じられなかった殺気と怒気。

 倒れたはずの雷霆公がその身を起こし始めていた。

 驚きに包まれながらも、セルグはアイリスを後ろ手に隠し、起き上がり始める雷霆公の様子を見やった。

 

「バカ……な。直撃したはずだ」

 

 頭部を吹き飛ばす一撃であった。間違いなく手応えはあったはずなのだ。

 セルグの奥義は()()()で受ければいかな星晶獣といえど一撃で屠ることのできる技のはず。

 だが起き上がった雷霆公は、立派であった角が折れているものの、それ以外に大きな被害はない。

 

 ”ヒトの子風情が随分と手痛い攻撃をしてくれる。やはりは翼の欠片。瞬間的に防御壁を強化し、威力を弱めねば、消されていたかもしれんな……だが、これで我も全てを掛けるに値する強者と心得た”

 

 あの瞬間、セルグの奥義は直接斬りつけるものではなく、威力を高めに高めた斬撃の投射。天ノ羽斬の特性であった防護壁の突破が機能せず、奥義であったがためにその威力を弱める手立てを雷霆公に与えてしまった。

 落ち着いた言葉とは裏腹な、殺意に満ちた声に、セルグの後ろでアイリスが慄く。

 向けられているのはセルグだけではない。傍にいるアイリスにもまた、同様の怒りが向けられている。

 

「セ、セルグさん……」

 

「下がっていろ。もはや奴も、なりふり構ってはいられないだろう。巻き添えを食わないように離れているんだ」

 

「でも!?」

 

「早くしろ!」

 

 相手がまだその上のチカラを見せてきた。アイリスの不安が彼女をその場に縛り付けようとしたが、セルグは一喝する。

 ビクリと体を揺らしたアイリスは、雷霆公から視線を外さぬまま、静かに後ろへと下がり始めた。

 それを確認すると、セルグは再び天ノ羽斬を構える。既に雷霆公は臨戦態勢。

 いや、これはその上を見せるための準備態勢だ。何かを察して身構えるセルグの前で、雷霆公は再び大きな咆哮を上げた。

 

 雷の覇者を讃えるように、空に声が木霊する。

 咆哮と共に無作為に放たれた雷は、溢れて漏れ出した雷霆公のチカラの証。

 それほどまでに、今の雷霆公はチカラを解放している。

 

 ”若造が強く出たものだ。僅か数十年といった歳月しか生きておらぬ小僧が、良く吠える!”

 

 星晶獣らしからぬ怒りがセルグに向けられた。チカラの暴威が吹き荒れる中、それでもセルグは臆せず雷霆公を見据えている。

 

「そうやってヒトを下に見ているからお前はやられるんだ。次こそ息の根を止めてやる」

 

 恐れなどみじんも見せず、セルグも返した。互いに言い合ったまま、雷と閃光は二度目の戦いを始める。

 

 

 

 再びの接近。回り込むことは有効だと実証したセルグは、瞬足で駆け抜けて雷霆公の背後へと回る。

 

「はぁあ!」

 

 切り落としてやる。そんな意思を込めて振るわれた天ノ羽斬が雷霆公の尻尾に振り下ろされる。

 だが、天ノ羽斬が届く前にセルグは大きな衝撃を受け吹き飛ばされた。

 

 ”同じ手が通用すると思うな。我の尾はもう一つの頭部だ。二対の瞳から逃れること適わぬと知れ”

 

 尾に備わっている頭部。雷霆公の意思で自在に動く尾の頭部がセルグを見据えていた。

 

「くっ、だったら!」

 

 補足される前に次なる行動へと。瞬時に動いたセルグは、頭部と尾の間、雷霆公の背へと飛び乗った。狙うは雷霆公が背負う天輪。

 

「(こいつを破壊すれば、雷の制御は恐らく……)」

 

「セルグさん、だめぇえ!!」

 

 誘われている……どことなくそれを感じて、アイリスは叫んだ。

 直後、再びセルグを雷が襲った。幾本にも放たれたそれらは、天ノ羽斬りを突き出していたセルグの背後へと回り込むように放たれ、そして直撃する。

 

 プツンと意識を落とし、セルグは空中で動きを止めた。

 跳躍した勢いがそのまま衰えて落下し、セルグは雷霆公の足元へと倒れ伏す。

 

 ”勝負を急ぎ過ぎた欠片の負けだ。随分と早い終わりであったな……”

 

 巨体が動く……前足を持ち上げ、そのまま踏みつけるだけで眼下にいるセルグはあっさりと絶命するだろう。

 

 ”所詮はヒトの子。今止めを刺してやろう”

 

 意識を取り戻す可能性はほとんどない。幾つもの雷を一度に受けたのだ。いくら属性の加護で耐性を持っていようが限度はある。

 持ち上げた足を下ろそうとしたところで、雷霆公は思わぬところから衝撃を受けた。

 

「セルグさんから離れろ! 雷霆公!」

 

 風の風火二輪にチカラを込め、アイリスは的確に頭部へとその銃弾を発射していた。

 足は震えている。顔は強張っていて歯ががちがちと音を鳴らしている。

 それでも訓練で叩き込まれた銃による攻撃はアイリスに正確な狙いをつけさせ、僅かにその意識を引き付けることに成功した。

 

 ”小娘、次はお前だ。何も死を急ぐことはあるまい。もうしばらく大人しくしていることだ”

 

 意識を向けられた。それだけでアイリスの身体は後ずさりしそうになった。

 視線を向けられ、声を聞いただけで、アイリスは失禁するかと思えた。

 それほどまでに星晶獣の……本気で殺意を向けてくる星晶獣の気配は恐ろしかった。

 それでも、アイリスに引く気は無い。

 大切な先生が。己が願いの同志が、今命を落としかけているのだ。

 

「(ポーションは持ってる……あとは一度でいいからひるませてセルグさんを回収できれば)」

 

 足を下ろそうとしている雷霆公とその下にいるセルグを見て、アイリスは意を決した。

 

「ううぁあああああ!!」

 

 動き出すきっかけは半ばやけくそに近い。だが、アイリスの思考は淀みなく体を突き動かす。

 走りながらポーチより引き抜くのは、炎の属性を込めた銃弾、”イフリートポイント”が装填された弾倉。

 それをアイリスは、風火二輪に装填しないまま、雷霆公に向けて投げつけた。

 

「これでも、くらえぇええ!」

 

 雷霆公の眼前へと投げた弾倉に向けて、チカラをため込んでいた風の風火二輪の引き金を引いた。

 着弾した瞬間に眼前で起きた大爆発に雷霆公の身体が揺れる。

 僅かに後ずさり、降ろされた前足が大地を踏んだ時、アイリスはセルグを掴まえ、すぐに後退。

 煙で視界が見えない雷霆公から身を隠す様に、近くの岩場へと転がり込んだ。

 

「セルグさん! うっ、ひどい……」

 

 セルグの容態を見て思わず呻く。

 皮膚の一部は焼け焦げていた。いくら属性の加護があろうと限度があった。

 幾重にも重ねられた雷の直撃は、セルグに致命傷に近い傷を負わせていた。

 

「まだ、息はある。キュアポーションを――」

 

 ポーチを漁りすぐに取り出したキュアポーションを口に含ませようとする。

 煙が晴れ、雷霆公はすぐに二人を探し出すだろう。セルグにキュアポーションを飲ませて、僅かでも治癒の時間を稼がなくてはいけない。

 

「お願いです、セルグさん。飲んでください」

 

 だが、意識のないセルグにポーションを嚥下する力は残されていなかった。

 口の端を伝い流れてしまったポーションを見てアイリスはすぐに次の行動へと移る。

 

「ん……!」

 

 おもむろにポーションを煽ったアイリスは、それを口内に含んだままセルグへと口移しで飲ませていく。

 

「う、ぅ……あ」

 

 奇跡の妙薬が体を癒していく中、セルグは意識を取り戻し始めた。

 

「あとは……少しでも時間を」

 

 残りのポーションを再び飲ませたアイリスは、セルグが癒えるまでの時間稼ぎをしようと、セルグを置いてその場を離れた。

 

 

 

 

 ”どこに隠れた……ヒトの子等よ!”

 

 怒りが含まれた声にアイリスは下腹部から縮み上がるような恐怖に襲われるも、意を決して岩陰から飛び出す。

 

「私はここだ! 私が……お前を倒す!」

 

 風火二輪を両手に構え、雷霆公の前に躍り出たアイリスは、震える体に鞭打って戦いの意思を見せた。

 

 ”あの若造だけでなくそなたももはや容赦はしない。すぐに消し炭へと変えてくれよう!”

 

 天輪が唸り光り始める。すぐにあの雷撃が放たれるだろう。

 だが次の瞬間、アイリスは目を見開いてその手に握る銃を幾度も撃ち放った。

 

 光と音が爆ぜる。

 放たれたのは天輪から雷撃。幾本も放たれたそれは、セルグに向けた時と同様、アイリスへと直撃する。

 

 

 

 ――――はずであった。

 

「はぁ、はぁ……っはぁ」

 

 息も絶え絶え、極度の緊張と生きている事への安堵にアイリスの身体がまた震える。

 雷撃は放たれた……だがそれは、アイリスの元へと届かずに、雷霆公の周囲に無作為にばらまかれるだけで終わっている。

 

 ”小娘……気づいていたのか?”

 

 驚きと戸惑い。雷霆公がそれを見せる程に、アイリスがやってのけたことは雷霆公にとって驚きの出来事であった。

 

「思った通りでした……セルグさんに直撃した雷撃。あの瞬間に貴方の周囲には光の点が幾つも浮遊していた。そしてそれはセルグさんが撃たれたと同時に消えていた」

 

 驚く雷霆公に時間稼ぎも含めた己の推論を述べていくアイリス。雷霆公は興味深く耳を傾ける。

 

「セルグさんを的確に狙った雷撃は全部貴方の周囲に飛び交う光の点を中継点として奔らせていた。そうでしょう? セルグさんの刀よりも引き寄せやすい雷を走らせるための中継点。だから私は、私にたどり着く前にその光点を全部撃ち抜いてあげたんです。狙い通り、私には攻撃が届かずこうして、ピンピンとしています」

 

 少しだけ……下腹部に湿った感触があることから目を反らし、アイリスは自信満々を装いながら雷霆公に告げた。

 時間は稼げた。あとは信じて待つのみ……種明かしまでした以上、雷霆公は雷撃ではアイリスを襲うことはないだろうが、だからと言ってアイリスが雷霆公の体躯を相手に戦い続けられるわけがない。

 

 ”見抜いたのは見事だが、それだけだ。そなたを囲い打ち放っても良い。我が嘴で突き貫いても良い。いかに我の攻撃を分析したところでそなたの死は変わらん。次は外さんぞ……”

 

 数を増やす光点。アイリスを囲んだそれは、今のアイリスに全てを潰すことは不可能な数。次放たれれば、光の属性の加護がないアイリスにとって致命傷たる雷が直撃する。

 

「そうですね……私が戦うのはここまでです。あとは――」

 

 心配はいらない。アイリスは全幅の信頼を以て雷霆公に返す。

 やられたまま……彼がこのまま終わるわけがないと。アイリスは信じているから。

 

 

 光が奔る。

 雷ではない。幾つもの閃光。全ての光点を叩き潰すそれはアイリスにとっては見慣れ始めてきた、信頼する一人の戦士の攻撃であった。

 

「――――チンチクリン相手に粋がるなよ。お前の相手はオレのはずだ」

 

 絶対の殺気。

 雷霆公同様に、彼のどこか逆鱗にたる部分に触れてしまった。

 膨れ上がる殺気は研ぎ澄まされ、周囲の空気を冷たくさせる。

 そこには天ノ羽斬にチカラを湛え、全開の殺気で雷霆公を見据えるセルグの姿があった。

 

 ”我の攻撃を受けて無事だと……? 小娘、貴様何をした!”

 

「ヒトにはヒトの強さがあると言ったはずだ。これもその一つ。ヒトの叡智が生み出した結晶。奇跡の妙薬、キュアポーションだ」

 

 小さな小瓶に入った妙薬をセルグが見せつける。意識を取り戻したセルグはすぐさま己のポーチからもポーションを取り出し服用。

 治り切らなかった傷を完治させ、再び立ち上がった。

 

 ”僅かなこの間で治癒をしたというのか。そんな馬鹿な”

 

「それができるからオレ達は強いんだ。事態を想定し、見極め、勝機を掴む。お前達力任せな星晶獣ではたどり着けない境地だよ」

 

 ”愚かな、たとえ治癒を施したところで、我の攻撃から逃れることはできない。今一度その身を焦がしてくれよう!”

 

 再び吠えた雷霆公に応えるように、幾つもの光点が漂い始める。セルグを囲み、光点から光点へ道筋を作れば、セルグの全身を雷撃が襲うだろう。

 

「種明かしがされた以上。オレにそれは通用しないぞ」

 

 だがそれをセルグは悉く切り払う。

 見えない剣閃から放たれる幾多の斬撃が、光点の全てを撃ち落とす。

 

「そこのチンチクリンとは処理能力が違う。どれだけ出そうが全部潰して見せよう」

 

 ”それでも我を倒すことはできぬ。お主同様に我も再生を施している。既に先ほどの攻撃の傷は癒えたぞ。一撃で倒せねば、お主は我の雷を受けて終わる!”

 

 雷撃での攻めをあきらめ雷霆公は動き出す。巨大な体躯はそれだけで武器だ。二対の瞳でセルグを捕らえ接近戦にもつれこませ、至近距離での雷撃で仕留める。

 走り出した雷霆公を見て、セルグは天ノ羽斬を天に翳した。

 

「――光来」

 

 小さく呟かれた言葉がセルグのチカラを高める。

 光の奔流に晒され、セルグを覆う。そのままセルグは走りくる雷霆公を迎え撃った。

 

 ”八つ裂きにしてくれよう!!”

 

 四本の爪が備わった巨大な前足が迫る。セルグが頭から潰されるかのようなその光景にアイリスが僅かに息を飲む中、セルグはそれを天ノ羽斬で受け止める。

 

 ”愚かな……喰らえぃ!”

 

 距離を詰めたことでセルグを雷が襲う。

 前足の攻撃を防いだところに直撃した雷がセルグを焦がすも、セルグは微動だにしなかった。

 

「攻撃用に開放した光のチカラで全身を覆う。付け焼刃だが、今お前を倒すためだけなら十分のようだな……」

 

 ダメージは最小限にとどめられたことにセルグが笑う。

 普段であれば攻撃力を高めるために天ノ羽斬りへと集約するチカラで全身を覆い、光の加護を強める。

 防御も回避も不可能な攻撃に対して、セルグは受け止め切る選択をした。

 

 ”それで勝てると思ったか! いくら受け止められようがヒトの身でそれが持つはずもあるまい。すぐに終わらせてくれよう”

 

 天輪が唸る。再度放たれるであろう雷は数を増やし再びセルグ焦がすことだろう。

 だが、それはセルグにとっても同じ事。瞬時に天ノ羽斬を納刀したセルグは、覆っていたチカラを解除。天ノ羽斬へと集約。

 

「絶刀招来」

 

 雷撃より先んじて放たれるは変わらぬ奥義。変わらぬ一振り。

 されどそれは、雷霆公の前足を切り落とし、雷霆公の胸部を断ち、その背中を貫けて、唸る天輪を切り裂いた。

 

「防御するのは一度きり。接近したのが運の尽きだったな……防護壁を切り裂ける天ノ羽斬とオレの最強の奥義は全てを絶ち切る」

 

 威力を阻む防護壁は雷霆公が距離を詰めたことで天ノ羽斬によって切り裂かれる。あとは威力減衰なしのセルグの奥義が雷霆公を断ち切り、雷霆公は身体を二つに裂かれて崩れ落ちた。

 

 

 今ここに、激闘の幕が下ろされる。

 

 

 

 ――――――――――

 

 ”我の負けか……見事であった、欠片よ”

 

 身体を二つに断たれた雷霆公は悔しさを滲ませながら、止めを刺さんと歩み寄ってきたセルグへ語り掛けた。

 侮りは既になかった。だが、己の防御力への自信がまんまとセルグの懐へと飛び込む選択をし、一度はセルグの奥義を耐えたことから、それを受けることを厭わなかった。

 その選択が、雷霆公の命運を決めた。

 

「言ったはずだ。見極め、考えて、勝機を掴む。それがオレ達ヒトの強さだと」

 

 ”大したものだ、欠片よ。そなたはヒト非ざるものを秘めながら、ヒトの強さを身に着けているのだな”

 

 欠片――――何度か耳にしていたその言葉がセルグにひっかかりを覚えさせた。

 

「――ナタクも言っていたが、その欠片ってのは何だ? オレには一体何がある?」

 

 ”欠片とはまさに言葉の意味だ。星晶獣である我らには、その存在の異質さが見える。我らもそれが見えるだけでそなたという存在が何なのかはわからぬ”

 

「結局何もわからないんじゃねえか……使えねぇ」

 

「セルグさん……何か気になることがあるんですか?」

 

 静かに落胆するセルグの元へと寄ってきたアイリスが疑問を呈する。

 雷霆公の言葉に不服そうな様子はどことなく、拗ねた子供の用にも見えて笑えたのは内緒だ。

 

「ん? いや、なんでもない。気にするな。というか不用意に近づいてくるなよ……不意をついての最後の一撃なんてのがあったらどうするんだ」

 

「それこそセルグさんのおかげで、そんな気配がないのがよくわかりますから平気ですよ。ですよね、雷霆公さん?」

 

 ”ふん、若造もそうだが、そこの小娘も侮れないものだ。我の攻撃を見抜く観察力と言い、我を相手にとる度胸といい、小さな身でよくやる”

 

 雷霆公を倒すチカラこそないものの、戦いの決め手となったのはアイリスの観察力によるものだ。

 アイリスが雷霆公の攻撃の仕組みを見抜けなければ、セルグは成すすべなく雷に撃たれて負けていた。

 星晶獣からの称賛にアイリスの表情は僅かに緩むのを見とがめて、セルグが指を弾くまではお約束であったが、それでもアイリスの心は弾んだ。

 

 ”忌々しいものよ。ヒトの子風情にやられ、この島を明け渡すことになろうとは。創造主の願い、もはや適わぬか……欠片よ、一つ我の願いを聞いてくれぬか?”

 

「願い……?」

 

「なんなんですか?」

 

 ”この島、この島の生き物。共に創造主が我に託した大切なものだ。それを忘れないで欲しい”

 

 壊さないでくれ。汚さないでくれ。そんな願いが込められた言葉であった。

 それを聞いてセルグはため息。アイリスは決意の表情を込めて返す。

 

「やはり愚かなのはお前だったようだな。言ったはずだ、お前が落としてきたのは調査の為に来ていた者達だったと……確かにヒトが入り込むことで生態系が荒らされる可能性はゼロじゃない。だが、同時にヒトだからこそ生態系を守る動きもできる。絶滅を迎えそうな種を守ったり、荒れた土地を直したり。

 お前がかつて見てきたヒトの業は深かったのだろう。信じられなかった気持ちはわかるが、それでもその言葉はオレ達ではなく彼らに向けるべきだった」

 

「安心してください。ここの学術的価値は非常に高いです。嫌でも保護協会のヒト達が、しっかり管理してくれます。私達ヒトにとっても、ここは生き物たちの楽園という認識ですから」

 

 ”――――そう、か。感謝しようヒトの子よ。さすれば我の生まれてきた意味もあったというもの”

 

「話は終わりか? なら、今楽にしてやる」

 

 光を蓄え、天ノ羽斬が輝く。最後の一太刀、それを見舞うために。

 

 ”既にコアは崩壊している。やるが良い、欠片よ”

 

「ここは悪いようにはならない。安心して眠るといい……」

 

 ”そうか――――創造主よ、我らの願い、真に叶いそうだ……”

 

 天ノ羽斬による一閃で雷霆公が消されていく。

 光の粒子となって天へと還っていく雷霆公を見送りながら、二人は天を仰ぎ続けていた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「セルグさん……」

 

 帰還の狼煙を上げ、迎えが来るまでの間に、アイリスがポツリと呟く。

 

「言いたいことは予想がつくが、オレの答えは決まっているぞ」

 

「えっ!? な、何で分かったんですか!」

 

「そんな顔していれば嫌でも予想はつく。本当に倒す必要があったのですかって言うんだろ?」

 

 最初に見せたヒトへの怒りは、島を守るための想いの裏返し。

 ただ壊されたくなくて、汚されたくなくて。ヒトを寄せ付けないようにしていただけであった雷霆公の願いを聞いてアイリスはどこかいたたまれない想いであった。

 

「――はい。雷霆公はこの島を守りたかっただけだったし、一緒にこの島を守っていくことだって――」

 

「ブレるな。お前の戦いは星晶獣の脅威を空から排除する事だったはずだ。

 確かに雷霆公は島を守るために戦っていた。だが同時に、奴は既に幾つもの艇を、島を守るために落としてきているんだ。共に守るという選択肢は、奴がヒトにとって脅威となってしまった時点で消えている。脅威となってしまった奴が島にいる限り、火種は消えない。艇を落としてしまった時点で、奴の存在を消さねば、この島はどのみちヒトの侵攻によって荒らされていただろう」

 

「そう……かもしれないですけど」

 

「あまり入れ込むな。星晶獣が作られる理由は様々だ。ナタクのように覇空戦争に勝利するために作られた完全戦闘用から、今回のように外敵から島を守るために作られたものまでな。空の民にとって脅威なことは基本変わらない。お前はこれから、相対する全部にそうやって話をして事情を聴いて回るつもりか?」

 

 星の民と空の民は相容れないと言えよう。必然、星の民が作り出した星晶獣は空の民にとって脅威以外になりえないのが普通だ。

 今回のように争い事とは別の目的で作られた星晶獣の方がレアケースなのだ。アイリスの想いは普通とは外れている。

 

「――仕方、ないんですね。わかりました」

 

「納得はしなくても理解しろ。でないと、命を落とすぞ」

 

「――はい」

 

 納得していないことは明らかだったアイリスをセルグは窘める。

 迷いを持ったまま戦えば、簡単に命を落とす。セルグですら、今日は命を落としかけているのだ。

 まだまだ未熟なアイリスにそれは危険な思考だとセルグは諭し、アイリスもそれを理解はして己の感情を飲み込んだ。

 

「それはそうと」

 

「――はい?」

 

 切り替えたようなセルグの声音にアイリスが呆けながら返すと、セルグはその頭に手を乗せた。

 

「今回はよくやった。お前がいなければオレはやられていた。お前がいなければ、オレは活路を見出せなかっただろう。更にはオレの為に時間稼ぎまで――無謀に過ぎるとは思うが結果的には大活躍だ」

 

 突然の称賛に、アイリスの思考が追い付かずに固まった。

 褒められた? いや、きっと聞き間違いだ。この人が簡単に褒めることなどありえない。

 

「えっと、いえそんな。何とかしなきゃってもう夢中で……」

 

「恐れずよく戦った。少し……お前の事を過小評価していたな」

 

「きょ、恐縮です」

 

 折角褒められたというのに、当の本人は素直に受け止めきれずに、ぎくしゃくと返す。

 そんな姿に、セルグは思わず小さな笑みを浮かべた。

 最初は一人で戦うつもりであったのに、結果的には助けられ、活路を見出してもらった。戦闘力こそ、全然足りないことは間違いないが、それを覆すだけの度胸と観察眼はアイリスの戦士としての強さを一気に上方修正させるものであった。

 

「フッ、珍しく褒めたんだ。素直に受け取っておけ。さて、迎えも来たみたいだな」

 

 機関部が騒がしいく放つ音が聞こえ、少し遠目に迎えの騎空挺が現れたのをセルグは確認すると、いまだ落ち着かぬアイリスを置いて歩き出した。

 

「帰還するぞ。()()()()――」

 

 それは、彼にとって一つの証。背中を預け、共に戦える彼にとって数少ない、相棒の証。

 

「へっ? 今なんて……」

 

 これまで一度として呼ばれなかったその呼び名を受け、アイリスはまたしても驚きに思考が追い付かずに固まった。

 

「ほら、いくぞチンチクリン」

 

「あ、ちょっと!? 何でまたチンチクリンに戻したんですか! っていうかチンチクリンって言うのやめろぉーー!」

 

 方や小さな笑みを浮かべ、方やちいさく頬を膨らませ。

 二人の戦士はこの日、少しだけ仲良く帰還したのだった。

 

 

 

 ―――――――――

 

 帰還する艇の一室。

 そこにはベッドに寝転がり一人物思いにふける一人の女性の姿。

 命を懸けた戦いの後で疲労は大きい。

 すぐさま眠りに落ちそうな体に鞭を打ち、アイリスは今日の戦闘を振り返る。

 

「(夢中で忘れてたけど、今日私……セルグさんとき、き、キスしちゃった!?)」

 

 戦闘を振り返って反省会をしていたアイリスは、そこまで遡ったところで、顔を赤面させていた。

 ひたすらに助けようと夢中だった。感触とかそんなものは更々覚えちゃいない。

 だが、その事実だけはしっかり頭に残っており、年頃の娘故その手の事についてはやはり思い入れが強いというもの。

 

「(男の人としたの初めてだったけど、私なんて大胆なことを……)」

 

 実際問題、セルグに意識は無く、その顛末を全く知らないのだから気にする必要もないかもしれない。

 だがやはりアイリスも乙女。気にするなと思っても気にしてしまうのが(さが)

 

 

 帰還する艇の一室で、キャーやらウーといった妙な音声が聞こえたことが、船員の中でささやかれていたのは言うまでもない……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

過去編ほとんど原作キャラ出ないからちょっとあれなんですけど、お楽しみいただけると幸いです。
ちなみに今回の話に合った口移しで意識のない人に飲ませるのは現実にやったら窒息してしまうのでやってはいけません。
よくアニメではある演出ですが、気道と食道と切り替えができない無意識化では全部気道に入ってしまうので死んじゃいます。
試す人なんていないと思いますけどやらないように……

それでは、またしばらく過去編はサボって本編更新に走ります。


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フェイトエピソード イルザ編 前編

真夏に抱いた欲望のままに。
水着イルザの短編エピソードとなります。
あくまで本編からの派生となりますが、時間軸が本編完結後のif設定ですので、ここでの設定と本編は相違がある可能性があります。ご注意ください。

構成は出会いフェイトの前編とアビフェイトの後編で二部構成。
後編はお盆休み中には書き上げますのでお待ちを。

それではどうぞ、お楽しみください。



 

 

「はぁ……」

 

 悩ましげな……とはちょっと違う。日頃の疲れがどっさりと乗せられた様な、重たい溜め息が漏れる。

 とある街を歩く一人の女性。

 エルーン特有の耳と身軽そうな細くしなやかな体躯。動きやすそうな白の服にもエルーンらしさの肉抜きがされており、所々垣間見える女性らしさが非常に目を引く。

 素体である彼女自身の美貌も相まって、一度街を歩けばだれもが振り返りそうなこの女性。彼女の名はイルザ。

 とある組織に所属し、見目麗しくありながらも鬼教官の名を欲しいままにしている女傑である。

 

「はぁ~~」

 

 またしても、溜め息が漏れた。今度は疲れに上乗せして嘆きが乗せられている。

 これ程までに疲れた顔をしている彼女は珍しい。少なくとも人目があるところではこのような姿を見せる事は無いはずの彼女だ。

 訓練兵を扱く教官でいる時の彼女は正に鬼。途切れる事の無い罵詈雑言を雨の如く降らせ、終わりの無い訓練を山の様に課す。

 そんな鬼教官の仮面を取り去り、もし訓練生に見られてしまえば、それは親近感を抱かせることに繋がってしまう。

 親しくなれば情が移る。情が移れば甘くなる。

 教官と訓練兵の間に親しみなど必要ない。

 つまり、その仮面が剥がれている彼女は現在、常とは違う状態であると言えよう。

 

「――――休暇、か」

 

 口にした途端に、彼女の気持ちがまた一段階落ち込んだ。

 なぜ彼女がこのような様子でこのような言葉が出るのか……事の発端は本日の訓練を終えた時に遡る。

 

 訓練兵の一人が家元に帰るので休暇を取りたいと申し出てきた。

 これ自体は何の問題もなかった。訓練では厳しいイルザだが、それ以外の事に厳しく在るつもりはなく、心身の整備をするのも大事な役目だと快く許可を出してやったのである。のだが……

 

 ”私も……海でゆっくりバカンスがしたい”

 

 唐突に、そんなことをイルザはのたまってしまった。

 正に無意識の内に零れ出た言葉。日頃の疲れか、心に巣食う不満か。何が原因かは分からないが、浅ましくも胸の内にある願望が漏れ出てしまったのだ。

 呆けた訓練兵の声に、己の失態を理解するが吐いた言葉は飲み込めず。”教官にもそんな一面があったのですね”などと言われ、目の前の訓練兵には妙な親近感を与えてしまったと悟る。

 なんとかその場は鬼教官の仮面を被り、何も聞かなかったことにさせる事で事なきを得たが、この状況はまずかった。

 身体が、心が、安らぎを求めている。

 それも彼女が無意識にそれを漏らしてしまう程に、だ。

 

 イルザは非常に多忙である。

 教官として多くの訓練兵の面倒を見ている……それも事細かに。

 一人一人の能力、長所短所を見定め必要な訓練を見積もり、訓練中は全員の様子をつぶさに観察。

 無茶な訓練をしていないか、怪我はしていないか、体調を崩してはいないか。

 罵詈雑言を吐き続けながらも、彼女は絶対に訓練で無理をさせる事はなかった。

 そうして気を張り続けた訓練を終えれば、その日の訓練評価をして先の訓練課程への指標とする。

 これだけでも途轍もない苦労があると言うのに、彼女には更に本業とも言える星晶獣の討伐任務すら舞い込んでくる。

 訓練兵を置いて任務に就けば今度は命掛けの戦いだ。神経をすり減らし、星晶獣と身命を賭して戦う。

 やはり、彼女の気が休まる事はない。

 人手不足と言えばそれまでかも知れないが、それでも自分を囲う、休暇一つ取れない状況に辟易しているのは事実であった。

 そして、それが漏れ出てしまうところまで来てしまっていることが大問題である。

 

「(次余計なボロを出す前に何とかしなければならない。休暇こそ取れなくても何か……何か癒しがあれば)」

 

 これ以上の失態は見せられない。訓練兵を相手にして親しみを抱かせるわけにはいかない。

 疲れている様子も、苦労している様子も、教官であるイルザは見せてはならないのだ。

 訓練兵に抱かせる鬼教官のイメージを崩さない為には早急にこの問題をクリアする必要があった。

 

「(何か……この日常に私の心動かす何かがないものか)」

 

 何かを求めるように、イルザは街頭を眺めながら歩いていた。

 道すがらすれ違う、仲の良さそうな家族、友人、恋人、等々。

 一人歩いていたイルザはまたどこか面白くない気分となりひとしきり心を落ち込ませる。

 あぁ、何故私の隣には誰もいないのだろうか……

 何故私の周りには心温まる場所が無いのだろうか……

 そんな思考がよぎり、徐々に落ちはじめる視線をふと上げた時であった。

 

「あっ……」

 

 鬼の仮面剥がれたり。

 呆けた声と共に視界に映すのはとある店の大きなショーウィンドウ。

 そこに飾られたある物に彼女の心が奪われた。

 

「――なんという素晴らしいデザインだ」

 

 そこに飾られていたのは水着。

 水辺で遊ぶには欠かせない。ヒトがもつ衣装とは別の文化、水着である。

 濡れる事を前提とした少ない布地の衣装に、一夏の期待の全てを込めたようなお洒落が盛り込まれる。世の女性の全てが自分に合うものをこぞって探す。そう、水着である。

 

「こうしてはいられない。直ぐこれを――」

 

 この水着が欲しい。

 天啓を得たようにその水着に惹かれ、イルザはすぐさまに店へと入店する。

 近々アウギュステのリゾート地で遠征訓練を予定していた。丁度新しい水着を新調する予定だったイルザにとって、自惚れだとしてもこの水着は自分の為にあるような気がしてならなかった。

 脳内でこの水着を着た自分の姿を想像し、そのあまりの完成度にイルザの気持ちは昂っていく。

 他の客に渡る前に早く確保しなければ……そんな思考の元店内へと急いだ。

 

「お待ちしておりました。オーダー品の受け取りですね。今ご用意しますのでお待ちください」

 

 不意に飛び込んでくる声。

 店内で対応をしている店員と思われる女性と、客と思われる女性。そして――

 

「こちらになります。ご要望通りの仕上がりになっているとは思いますが、お確かめください」

 

 目の前で無情にも客へと捧げられる、件の水着があった。

 白を基調としたシャープなデザイン。それでありながら、所々気の利いた水色のラインが地味な雰囲気に色を加えており、ビキニタイプとは一線を画すデザインは挑戦的で斬新、且つエレガントな気配を醸し出している。着る者次第でいくらでもその魅力を変化させるであろう。

 

「やっぱり、コルワさんのデザインは秀逸ですね~。お願いしてよかったです」

 

「大変お似合いだと思います。きっとビーチでは注目の的ですね! はい、お釣りをどうぞ。お買い上げありがとうございました」

 

「はい、こちらこそありがとうございました!」

 

 嬉しそうに購入したばかりの件の水着を胸に抱えて、店を出ていく女性。

 それを物悲しく見つめながら、イルザは静かにため息を吐いた。

 

「やはり、か――――これも管理職故の定めというやつだな」

 

 一歩遅かった……目当てのものが目の前で持っていかれ、俄かに恨めしく思ってしまうのは人の性。

 イルザの性格上買っていった女性ではなく、まともに買い物にいく時間すら普段確保することができない自分の立場を恨むものだったが。

 

「いらっしゃいませ、どのような物をお探しですか?」

 

 来店してきたイルザへと接客対応を始める店員に愛想笑いを浮かべて、イルザは一縷の望みをかけて答えた。

 

「あの、先程の女性が購入していった水着が欲しかったのだが……同じものはないだろうか?」

 

 店員はイルザの問いに僅かに表情を歪める。

 それだけで分かった。あれほどの嗜好を凝らしたデザイン……恐らくは一点物のオーダー品。店に幾つもおいているような品ではないのだろう。

 

「申し訳ありません。あれは人気デザイナーのコルワさんが手がけた一点物なのです」

 

「そうだったか……残念だ」

 

「他にも、人気デザイナーの手がけた商品を多数ご用意しております。よろしければご覧になりませんか?」

 

 見るからに気落ちして見せるイルザへ、何とか気に入ったものを見つけてもらおうと、店員も他の商品を勧める。

 

「あぁ、是非お願いしたい」

 

 そんな店員の対応を嬉しく思い、イルザは店員に任せ店内を案内されることにした。

 

 

 

 

 

「(どれも目も見張るものばかりだ……店員が勧めてくれるものもセンスが良いものばかり。

 だが、ショーウィンドウにあったあの一着に代わるものはこの中にない)」

 

 幾つか店員が勧めるものを手に取り、頭の中でイメージする。

 悪くはない。だが、それは先ほどの鮮烈なイメージに勝るものではなく、イルザは無意識にため息を吐いた。

 

「如何でしょうお客様。店にある者でしたらこちらの黒い水着もお似合いかと存じますが」

 

「ありがとう。形は好みなんだが、色は白だと決めていてな……」

 

 勧められた物を丁寧に断りながら、イルザは一度出直そうかと考えた。

 この気落ちした状態では代替えとなる品を見定めることもできないだろう。

 逃がした魚は、彼女にとってそれほど大きかったのだ。

 そう思い、イルザが店員に断りを入れようとした時だった――――

 

 ”カランカラン”

 

 来店の音が店内に鳴る。

 それを聞いたイルザが入口へと視線を向ければ、そこには見知った小動物を連れた5人の集団がいた。

 

「御免ください! 遅くなってすみません」

 

「ごめんなさい。私達の依頼が長引いて、到着が遅くなってしまいました」

 

 店員へと駆け寄るエルーンの女性は知らない顔だが、その後に続いた蒼の少女とその後ろに続く3人の男女は見覚えがあった。

 

「半分は主にコルワのせいだがな……まったく、いくら相手に問題があったからって余計な首を突っ込み過ぎだろう」

 

「うるさいですセルグさん。デートしているその時に他の女性に目を奪われるようなことされて怒らない女性はいませんよ。デート服を手掛けたコルワさんが怒るのは当然です」

 

「ジータはそっち側なんだ……僕とセルグは余計なお世話かなって思ってたんだけど……」

 

「ハイハイ、悪かったって言ってるでしょ。あ、ご注文いただいた品はこちらです。状態をチェックしていただいてもよろしいかしら?」

 

「お待ちしておりました! 閉店時間に間に合って良かったです」

 

 店員とエルーンの女性の間で品物の確認が進む中、イルザはその見覚えのある彼らの元へと歩み寄っていった。

 

「やはり、君達だったか。グラン、ジータ、ルリア、それにビィだったな」

 

「イルザさん!?」

 

「おっかない姉ちゃん!?」

 

「意図的にオレを避けたなおい……」

 

「あら、皆の知り合い?」

 

「ちょっと前にとある事件で色々とあってな」

 

 コルワの問いにビィが答える。

 少し前、組織に属する彼女達の任務に巻き込まれる形で、グラン達はある”敵”と戦った。

 月に住まう者達。組織が敵対している”敵”とよばれる存在。

 エルステ帝国も、星の民とも違う、この空の世界における新たな敵の存在であった。

 共に組織の任務に就いたゼタ、ベアトリクス、バザラガ、ユーステスと共に試用中の新設部隊を引き連れて一緒に戦ったのが彼女、イルザであった。

 更にセルグにとっては元組織の人間として、彼女とは一悶着あった仲だ。知らぬ仲ではない。

 

「久しぶりだな。今日は依頼で来たのか?」

 

「うん。コルワさんは人気のデザイナーでね。今日は彼女の仕立てた品を届けに……」

 

「彼女、仕立て屋なのか。それにコルワ……?」

 

 直ぐに彼女の名が引っかかった。

 グランに紹介される前につい先程、その名を聞かなかったか? 確か件の水着が……

 

「うん、状態はどれも問題ありません。

 流石は()()()さん。どれも素敵なデザインで申し分ないです!」

 

「ご好評いただき光栄です。次のオーダーも尽力させていただきますね」

 

「コルワ……あの水着を手掛けたデザイナーなのか!?」

 

 そうだ、先程手にすること適わなかった水着のデザイナー。人気デザイナーのコルワであった。

 彼女の正体を知り、イルザは顔色を変えてコルワの傍へと駆け寄る。

 

「すまない、初対面で不躾だが、少し良いだろうか?」

 

「え!? あ、はい。どうかなさいましたか?」

 

 少々激しい剣幕に驚いた様子のコルワ。

 困惑しながらも応対すると、イルザも一旦落ち着いて、静かに口を開いた。

 

「貴方は人気デザイナーと聞いているが個人のオーダーメイドは受け付けているだろうか?」

 

「はい、もちろんです。ただ、フルオーダーの方は少々時間と費用を頂戴しています」

 

「構わない、それは覚悟の上での依頼だ」

 

 

 イルザは語る。己の胸の内に生まれた想いを。

 目の前で売られてしまったコルワの水着が頭から離れず、それ以外の水着に興味が湧かなくなるほどだと。

 何としても同じ物が欲しいのだと、想いの丈を語った。

 

 

「なるほど……それほどまでにお気に召して頂けて、大変光栄です」

 

「あぁ、ショーウインドウで見た時からあの水着でビーチに立つ姿のイメージが頭から離れてくれないんだ。

 アウギュステの美しい海を堪能するのなら、相応の水着が無くてはならない……状況が許すのであればあの水着を私にも作って欲しい。

 どうか、頼む!」

 

 真剣な面持ちで頭を下げるイルザ。

 その姿に、コルワやジータは彼女の本気を感じ取り、男であるグランとセルグは、不思議そうな表情をしていた。ちなみにルリアもこっち側だ。

 

「なぁグラン。今日のデート服もそうだが、女ってのはなんでたかが数回しか着ないような服にああもこだわりを持つんだ?」

 

「さぁ……僕にもわかんないよ。ゼタやモニカさん、ヴィーラはどうなの?」

 

「任務中や仕事中に会うのばかりだからな……いつもと変わらん。休みの時の恰好などわからんよ。そっちこそ、リーシャはどうなんだ?」

 

「それこそ、こっちだって任務中の彼女と会うばかりだよ。わかるわけないじゃないか」

 

「二人とも……わからないのなら、黙っててね」

 

 二人の肩に置かれた手が音を立てんばかりに力を込められる。その手の持ち主ジータは、真剣なイルザの気持ちを茶化すような事を言うなと怒りが込められた笑顔で威嚇し、二人を沈黙の途につかせた。

 

「私の作った水着にそこまで入れ込んでいただけるなんて、デザイナー冥利に尽きますわ! 是非お受けいたしましょう!

 問題は納期ですね。いつまでにご入用でしょうか?」

 

「実は少し先にアウギュステに赴く用があって――――」

 

 イルザの想いに感服したコルワが快く彼女の要望を承諾。

 提示された日程を聞き、コルワは手帳で自分のスケジュールと照らし合わせる。

 

「……もう他は仕上がっているし、お針子さんの手は……ここで空く。あとはイメージが固まれば……うん、一着いける!

 大丈夫です、オーダーメイドの方。引き受けさせていただけます!」

 

「そうか……ありがとう!」

 

「折角のオーダーメイドです。デザインに関してご要望があればお聞かせください! 先ほどの一着に手を加えたい部分はございませんでしたか?」

 

「願ったりかなったりだ。実はここがこうだったらより好みだと考えていた部分があってな……」

 

 コルワの申し出に目を輝かせ、イルザは事細かに要望を挙げた。

 それはイメージする抽象的なレベルではなく、店のあちこちから水着を持ち出し、具体的で細かな要望であった。

 色合い、布地、水着の縁どりのラインまで、正に己の為だけの水着を作り上げるべく、イルザの声には熱がこもっていく。

 

「こりゃあ長くなりそうだな……グラン、オレ達は外で待つとしようか」

 

「そうだね、ジータここはお願い。ルリアと一緒に外で待ってる」

 

「あ、うん。わかった。それなら長くなりそうだから向かいの酒場で休んでていいよ」

 

「了解。ルリア、ビィ。行こうか」

 

「あ、はい」

 

「おぅ、そうだな」

 

 興味を持てないセルグとグラン。まだその世界には入り込めないルリア。我関せずのビィは長くなりそうな気配を察して店の外へと出る。

 そこに残るのは、ヒートアップしていく二人と、その会話を眺めて聞き入るジータと店員の4人だけが残り、閉店間際まで熱のある水着会議が続いたのだった。

 

 

 

 それから暫く経ち。向かいの酒場で休んでいたグラン達の中から、俄かに眠気の欠伸が出始める頃。

 

「お待たせ~ごめんね。彼女の要望が凄い具体的だったから私も思わず熱が入っちゃって」

 

「時間を取らせて申し訳なかった。フルオーダーとあって、要望を我慢することができなくてな……」

 

 やり切ったような達成感を携えて戻ってくるコルワと少し申し訳なさそうに詫びを入れるイルザ。やや不満そうに自分の胸元を見ているジータが酒場へと入ってくる。

 

「いえいえ、その方がこちらも満足いただけて嬉しいのですからお気になさらず」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。グラン、ジータ。待たせてしまったお詫びにここの支払いは私の方でさせてもらうよ」

 

 仲間であるコルワを引き留めて、長い時間を取らせてしまった。

 一重に自分の我儘のせいだとイルザは申し出るが、それはジータに制された。

 

「あ、気にしないで下さい。私は聞いていて楽しかったし、皆も待たされた事なんて気にしてないので」

 

「そうだな。普通にここで休ませてもらっていたし、その気遣いは無用だ。

 それはそうとグラン、皆と一緒に先に帰っててくれないか? 少しイルザと話があってな」

 

 話している間に、グラン達の分の支払いをさっと済ませて、セルグは遠回しに組織の話だと含ませる。

 ここから先は悪いけど関わるな。

 そんな意味を込めた視線にグランとジータはそれをすぐ理解する。

 それくらいには、彼らの絆は深い。グランとジータは静かに頷き合うと、艇へと戻るべくルリアとビィを伴った。

 

「わかった。それじゃ先に帰ってるね。あまり遅くならないでくれよ」

 

「わかってる」

 

「一応言っておきますけど、変な気は起こさないように」

 

「え、ちょっとちょっと。えっ、セルグとイルザさんってそういう関係なの? ちょっ、詳しく聞かせ――」

 

「はぁ……頭ハッピーエンドは邪推せずに早く帰れ」 

 

「ご迷惑になりますから、早く帰りますよコルワさん」

 

 頭ハッピーエンドって何よ! 等と怒りに塗れたコルワの声が尾を引きながら、コルワがジータに引きずられていく。

 何故だろう……彼女はまだ15かそこらだというのに、大人のあしらい方を心得ている。気がする。

 一体誰のせいでこうなったのか。最近バラの香りがするようになったのは気のせいではないのかもしれない。

 

「それじゃ、皆行こうか」

 

 そんなジータを追いかけるようにグラン達も続き、夜の騒がしい酒場に残ったのはセルグとやや不機嫌そうなイルザの2人だけとなった。

 

 

 

 2人はテーブル席へと移動し互いに一杯の酒を注文。

 注文の品が運ばれてくるまで互いに沈黙を保ったまま待った。

 

「お待たせしました。ご注文の品でございます」

 

 小さく店員に感謝の言葉を告げ、二人は盃を交わす。

 こんなことをするために残ったわけではないが、二人きりで酒場に座るのならこの位の作法は必要だろう。

 一口、唇を湿らせてからセルグが俄かに口を開いた。 

 

「珍しいな、お前があんなにはしゃいでいたのは……」

 

「なんだ、話とはまさか嫌味の一つでも言いたかったか?」

 

 何のために残したのか。特に内容の思い当たらなかったイルザは、いきなりのご挨拶に不機嫌さを露にする。

 らしくなかったのは自覚していたが、それだけ自分の状況は困窮していたのだ。癒しを求めて何が悪い。

 そんなイルザの気配を察知して、セルグは小さく笑う。

 

「別にそんな気は無いさ。悪い、気を悪くしたなら謝る。

 最近は秩序の騎空団の仕事が忙しくてな……任務は定期的に舞い込んでくるが拠点には全く帰れていない。組織の状況を確認しておきたかった。

 ついでにお前の状況も…………()()はどうしている?」

 

 奴ら――その言葉に、イルザの不機嫌さが消え、真剣な表情となる。

 二人にとって奴らとはそれだけ意味のある言葉である。

 

 エルステ帝国との戦い。帝国宰相フリーシアが起こした星晶獣アーカーシャ事変。

 それを乗り越えたセルグは、組織へと帰還し全ての事実を白日の下へと晒した。

 同時にイルザとセルグを筆頭にしたクーデターを起こし、組織の上層部……闇の部分を手あたり次第に排除。組織の再編成を図った。

 だが、いくら二人でも腐り切った部分を全て取り除くことはできず、証拠不十分な者。闇を受け継ぐ者はまだまだ組織内に潜んでいた。

 結果として、ある程度の再編は図れたものの、いまだ組織の闇は残り続け、その動向を気にしているわけである。

 

「一先ずは大人しいよ。私とお前が起こした粛清が効いているのだろう……元々我が身大事なクソばかりだったからな。

 拠点に居ないお前への怒りも含めて、その分私に当てつけのように仕事が来ているくらいだ」

 

「きついならこっちに回せ。心身の疲れが外に出ているぞ。鬼の教官がはしゃいでいたのがその証拠だ……お前が無理して体を壊せば、そのツケはお前に関わる誰かが払うことになる。それが任務の同行者か、訓練兵かはわからんが、そんなことに成る前に休息をとるのもお前の仕事のはずだ」

 

「簡単に言ってくれるな根無し草。生憎とこっちは休む暇なく予定が詰まっているんだ。今日の水着だって、訓練の時に着るだけで休暇があるわけではない」

 

「だったらアウギュステでの訓練はオレが受け持つ。ゼタとベアトリクスがちょうど拠点に戻る頃だし、教え子でもあるあいつらとのんびり過ごしても罰は当たらんだろう」

 

「悪いが貴様に二度と教え子を任せる気はない。聞けば貴様、アイリスを散々危険な任務に連れまわしていたらしいな。そんな奴に、大事な教え子を任せられるか」

 

「それはアイツ自身の意思だ。オレがついてこいと言ったわけじゃない。とにかく、討伐任務だけでも回せ――――ヴェリウス」

 

 セルグが手を翻す。小さな黒い闇が集まるとそれは雀ほどの小さな鳥を形成する。

 出来上がった鳥は小さく羽ばたいてイルザの肩へと飛び乗った。

 

「これは?」

 

「ヴェリウスの分身体だ。伝声機みたいなもんだと思ってくれ。それに伝えれば本体を通じてオレに届く」

 

「随分優しいな。何か悪い事でもしたのか?」

 

 妙に自分を気にかけている。そんな感触が見受けられ、イルザは訝しくセルグを睨みつけた。

 まるで子供が何か悪い事を隠すためのご機嫌取りをしているようだと、邪推をしたイルザの言葉に、セルグは小さく息を吐いて返す。

 

「お前のそんな姿を見ればこのくらいするさ。外で好き勝手やってるオレと違い、お前は変わらずこっちで面倒な管理職に就いているんだ。

 少しくらいはその苦労を肩代わりさせてくれ」

 

 クーデターの後、セルグは組織の戦士として星晶獣狩りの任務に飛び回る。

 同時に、秩序の騎空団の預かりともなりそちらの任務もこなし、更にはアルビオン士官学校の非常勤教官まで……。

 別に遊んでるわけでもないのだが、それでも拠点におらず多忙なイルザに比べればまだマシなセルグは彼女の疲れた様子に申し訳なく思っていた。

 クーデターの主犯はセルグだ。

 セルグの過去から始まったクーデターであるから当然である。彼女はあくまで同士であり、様々な細事を引き受けるのは自分のはずだったのに、どうせできやしないだろうと言われ、彼女に全てを任せた。組織の再編から何から苦労をかけっぱなしだった彼女には頭が上がるはずもない。

 

「ふん、そういう事か。ならばとことん利用させてもらおう。裂光の剣士殿」

 

「其れで良い。少しで良いからのんびりしてくれよ、鬼教官」

 

「ならば今日はもうしばらく付き合ってくれ。最近は一人でしか飲むことが無くてな……私の愚痴を散々に聞くのも、お前の役目と捉えて良いだろう?」

 

「……まぁ、それはいいが。潰れたりするなよ、あとが面倒だ――――ヴェリウス、グラン達に伝言を頼む」

 

 ”はぁ……お主は相も変わらず、身内の頼みには甘くなるな。いい加減その癖を直さなくてはいずれ手が回らなくなるぞ”

 

「ほっとけ」

 

 五月蠅い相棒の小言を聞き流し、セルグは店員に追加の注文をして、イルザと再び盃を交わした。

 互いの最近を語り、互いの愚痴をぶつけ合い、会話と酒も進んだ二人はそのまま朝を迎える……わけでもなく、程ほどのところで解散する。

 残念ながらハメを外すような性格では、二人ともない。

 そうしてその日を分かれたイルザは、やや軽くなった気持ちでその後の日々を過ごすのだった…………

 

 

 

 

 それから幾日か経ったある日。

 

「ふふふ、素晴らしい……完璧じゃないか」

 

 姿見の前で、自分の姿を確認するイルザ。

 今の彼女を飾るのは先日コルワに依頼した水着。要望に要望を重ね、その想いのまま形となった、彼女の理想の水着であった。

 

「このマントもいい具合だ。これなら、ニバスを携えていても問題ない」

 

 訓練に持ち寄る為、調停の銃ニバスを持っていても人目を引かないようにと追加依頼をしたマントも、ニバスを隠しながら水着にしっかりと映える仕上がりになっている。

 端的に言って申し分ないとしか言えない。そんなコルワの完璧な仕事がイルザの表情を綻ばせる。

 

「仕事が長引いてコルワ殿の到着時間に間に合わなかった事が悔やまれる。店で直接会って礼を言いたかった……せめて手紙でも書こう。でなければ私の気持ちが収まらん」

 

 小さく呟くとすぐさまイルザは着替えて、便箋を取り出す。

 サラサラと感謝の想いを書き連ねて、ふとその手を止めた。

 

「休め……か」

 

 依頼をしたその日。久しぶりに会った同僚の言葉を思い出す。

 珍しくはしゃいでいた。それほどまでに疲れているのだろうと。

 その日は彼の好意で愚痴まで散々に吐いてすっきりしたが、だからと言って彼女を囲う状況が変わるわけでもない。

 着替えて折りたたんだ水着を見て、イルザは一つ決心する。

 

「(こんな素晴らしい水着がありながらリゾート地で休みを取らないのは、仕立ててくれたコルワ殿にも申し訳ないな……)」

 

 アウギュステでの遠征訓練後に向かう予定であった任務の予定を、彼から渡された黒い鳥に伝える。

 

「決めたぞ。アウギュステの訓練後に休暇を取る。1日だけでも絶対だ!」

 

 少しでいいからのんびりしろと言ってくれた彼の言葉に甘え、イルザは遠征訓練後に休暇を取ることに決めた。

 久方ぶりにウキウキとした気分になりながら、イルザは明日の出立に向け、荷物の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 




如何でしたか。

作者の欲望のままにセルグとイルザを絡ませる気でいます。
ついでにハッピーエンド至上主義さんともうっすら絡ませます。

メインとなるのは後編なのでまたそちらも楽しんでいただければと思います。
それでは。お楽しみいただけたら幸いです

感想お待ちしています。


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フェイトエピソード イルザ編 後編 1

少し約束を破りました作者です。
お盆期間に書き上げる予定でしたが、忙しくて結局かけずじまいでした。
あと長くなりすぎるのでパート1と2に後編は分けました。
パート2は今度こそ週末で書き上げますのでおまちいただければと思います。

それではお楽しみください



 アウギュステ列島。

 

 広大な水資源の上を漂う経済特区。正しくはアウギュステ列島特別経済協力自治区であり、どの国の領土にも属さない特別自治区である。

 他の島々で見られない広大な水たまり”海”は、その希少性と雄大な環境から観光地としての人気が高く、それに付随するように、街には多くの商店が連ねている。

 そこから生み出される潤沢な財源により、国軍に匹敵するほどの傭兵を確保し自衛軍としてあつかうなど、自治区として完全に自立した、一つの国家と同視できる列島だ。

 

 さて、そんなアウギュステ列島には観光地の筆頭ともいえるリゾート地がある。

 希少な海。それを目の前にしたビーチをメインとした場所だ。

 豊富な海産物。綺麗な海辺。ビーチならではのスポーツやレジャー。

 常夏の暑い日差しの中、冷たい海と共に、人々は各々の楽しみ方でひと夏のバカンスを思いっきり楽しむのだ。

 

 

 浜辺にいる彼女もまた、そんなリゾート客の一人……ではない。

 

 

 

「貴様らには戦う場を選ぶ権利はない!!

 いつ如何なる状況であっても、武器を取り敵と対峙する必要がある!!」

 

 轟く怒声。張り詰める空気。

 およそリゾート地とは無縁なはずの状況を創り出し、目の前に居並ぶ訓練兵たちを睨みつけるのは、気合の入った水着を着た艶女傑。イルザその人であった。

 

「干からびたクソに集るウジ虫になるか、肥溜めから這い出してさなぎになるか、貴様等次第だ。心して挑め!!」

 

「ハイ!!」

 

「足踏み用意……始め!!」

 

 一斉に始まる足踏み。そこから一斉にランニングに移り、黒い訓練服に身を包まれた訓練兵が駆けていく。

 この常夏の日差しの下、あの恰好ではとんでもなく辛い事は間違いないだろう。

 更に教官はちゃっかり気合の入った水着で、その完璧なまでの肢体を見せつけてくる。

 心身共に、訓練兵の熱は色んな意味で最高潮に達していた。

 

「うおぉおおおお!」

「おっしゃあああ!」

「やってやらああ!」

「やっべぇ……死ぬ」

 

 様々な咆哮を上げながら、地獄の訓練は始まりを告げた。

 

「誰が最初から飛ばせと言ったウジ虫共!! ペース配分を考えろ!」

 

 愚かな訓練兵共に思わず舌打ちをしながら、すぐにペースの修正をかける。

 ある程度狙いがあってのこの恰好だったが効果が明後日の方向に向いてしまったようだ。

 本当であればリゾート地の緩んだ空気の中、真剣に訓練に打ち込ませることが狙いだったのだが、なぜやら普段よりやる気だけオーバーランしてしまっている。

 この極悪の熱環境の中、いきなり飛ばせば瞬く間に脱水症状になるだろう。訓練開始と同時にリタイア続出は避けたかった。

 

「予定変更だ。全員遠泳訓練に移行! あそこの島まで泳いで来い!!」

 

「ハイ!!」

 

 一斉に訓練服を脱ぎ捨ててあらかじめ着ていた水着で海に飛び込み泳ぎ始める訓練兵たち。

 その後ろ姿を見送りながら、イルザは小さくため息を吐いた。

 

「はぁ…………前途多難だな」

 

 少し頭を冷やしてもらってから今日の訓練課程を進めよう。

 脳内でプランの修正をしながら、イルザは訓練兵の様子を見守り続けるのだった。

 

 

 そんなこんなで始まった彼女のリゾート地での訓練。

 偶然にもグランとジータ率いる騎空団とかち合い、元アイルスト王国王女”ヘルエス”や、宵闇の星晶獣”オリヴィエ”に訓練模様の見学を頼まれたり。

 リゾート地の大事な収入源であったンナギの養殖を牛耳るマフィアとの抗争があったりして、訓練兵に新たな経験を積ませることができたイルザは満足した様子で遠征訓練の終わりを迎えることができた。

 訓練兵にもせっかくのリゾート地で休まないのは損だと、訓練終了と同時に数日の休みを取らせ、イルザは一つ大きな仕事が終わった事に肩の力を抜いた。

 

 これは、そんな諸々をイルザが終えた翌日のことである。

 

 

 

「あぁ~……」

 

 気の抜けた声。ゆったりと伸びをして、コバルトブルーの海を眺めながらビーチに立つイルザの姿があった。

 

「ふ……ふふふ。休暇だ……待ちにまった休暇だ。それも最高のリゾート地、アウギュステの海でバカンスだ!」

 

 ドン! と、効果音でもつきそうなくらいに清々しい程の笑顔で、イルザは海を見つめる。

 もはや訓練兵への体裁など関係ない。この嬉しい気持ちを損なうことは何ものにも許しはしない。

 この休暇という日を全力で満喫しようと、イルザは気持ち新たに浜辺を歩き始めた。

 

「おーい、守畏禍割りするぞ!」

「遊泳エリアはあっちだって。いこいこー!」

「ちょっと疲れたね、あそこのテントで休もうか」

 

 周囲を見回せば、若者たちが海辺で各々はしゃいでいる姿が目に映る。

 皆一様に、楽しそうである。

 そんな中に自分も含まれるのだと思うと、一段とこの素晴らしさを感じ入ることができた。

 

「皆楽しみ方はそれぞれのようだが、時間も惜しいし私もひと泳ぎ行くとしようか……」

 

 海に来たとなれば、やはり泳がなくては。

 この暑い日差しの中冷たい海に飛び込み、涼やかに波と戯れる。これだけで海を堪能するには十分だ。

 むしろこれをやらなくてはアウギュステのビーチに来た意味がない。

 そう意を決して、空いているビーチパラソルを見つけると、サングラスとマントを置いて来ようと歩き出す。

 だが、そんな彼女の耳に聞き覚えのある声が届いてきた。

 

「ほら、こっちこっち! 早く海の家に行きましょう」

「はわぁ、待ってくださ~い」

 

 少し浮かれてはいるが、間違いがない。この声は……

 

「ビーチボール、いろんな模様がありますよ! どれにしましょうか?」

「この青いのはどうかしら? 大きさ、ちょうど良さそうじゃない?」

「あ、それでいいですね。これにしましょう」

 

 蒼の長い髪と銀糸の長い髪が揺れる。やや後ろに控えて黄白色の髪も一緒にいた。

 そこにいたのは間違いなく、件の騎空団の一員。ルリア、コルワ、団長のジータであった。

 

「やはり君達だったか」

 

「え? あらイルザさん!? 奇遇ですね、驚きました」

 

「ふふ、実はそれほど奇遇ではないのだがね」

 

「そうですね。昨日はありがとうございました、イルザさん」

 

「いや、あれはあれでかなり上等な訓練になった。戦うことが主である訓練兵に人を守る事を覚えさせるいい機会になったよ。礼を言われることではない」

 

 ジータとイルザの間で交わされる会話にコルワが首を傾げる。そんなコルワに、イルザは事情を掻い摘んで語った。

 昨日までのマフィアとの抗争において、海に放された凶暴なデンキンナギの群れ。

 リゾート客へ被害を出してはならないと、イルザの指揮の下訓練兵はリゾート客への注意喚起と避難誘導を行っていた。

 本来戦うことを想定して訓練していた彼らに、人命救助の名目で統率のとれた動きをさせたのは良い経験になったとイルザは語る。

 

「へ~私が居なかった昨日までにそんなことが。どうやら団長達の巻き込まれ体質に、イルザさんも巻き込まれてしまったみたいで……大変でしたね」

 

「なぁに、あの程度なら星晶獣を相手にする方がよっぽど危険だからな。私にとっては上等な訓練にしかならないよ。無論、人命がかかっている以上失敗はできないがな」

 

「ふふ、なんともお強い言葉ですね。それはそうとイルザさん、先日は心のこもったお手紙を頂きありがとうございました。

 水着、とてもよくお似合いですわ」

 

 イルザを飾る水着を見て、作成者たるコルワは思わず唸った。

 共にじっくり時間をかけて練ったデザインだから似合うのは当然だと疑うことはなかった。だがいざ仕上がった水着を彼女が着ている姿を見ると、その想定すら覆される。

 完璧なのだ。彼女の要望通りに仕上げたそれは彼女を飾るベターではなくベストの水着となっている。

 端的に言ってしまえば、コルワは要望を忠実に再現しただけ。その要望は全てイルザ自身から捻りだされたものである。

 自分の魅力の引き出し方を知っている彼女の慧眼に、コルワはデザイナーとして舌を巻いた。

 

「その水着を手掛けることができたのは私の誇りです。本当に良くお似合いです」

 

「ありがとう。コルワ殿の仕事は本当に完璧だったので思わず感激してしまった。あの日貴方に会えたことは本当に幸運だった。コルワ殿の水着も、フェミニンでとても可愛らしい。

 その恰好……今日は、コルワ殿も団長達とバカンスに?」

 

「ええ、ご依頼を受けたあの日に団長達に誘われて。たまには羽を伸ばしたらと」

 

「イルザさんもその様子だと今日はお休みなんですか?」

 

「あぁ、ルリア。君の仲間のセルグのおかげでな…………数日休みを取ることができたよ。あとでアイツには礼を」

 

「あら、セルグにお礼なんて良いわよ。何をしたのかはわからないけどきっと彼にとってはそれも使命なんですから。それよりイルザさん、これからビーチバレーをする予定なんですが、ご一緒しませんか?」

 

「いいのか? ならば、是非私も入れてくれ」

 

「わーい。楽しみですね、ジータ」

 

「うん、それじゃグラン達にも知らせてくる」

 

 こうして、何の因果かイルザの休日は彼らと一緒に過ごす事に決まった。

 これが、ひと夏のバカンスから始まった、イルザを取り巻く恋の物語の始まりである。

 

 

 

 

 浜辺に設置されているビーチバレーのコート。

 そこに移動したイルザは入念に準備運動を行っていた。

 ストレッチから始まり、軽く心拍数を上げ、準備万端というレベルにまで用意したイルザは、小さく息を整えながらコートへと入る。

 

「随分気合はいってんなぁ~」

 

「イルザさんだからね……中途半端は嫌いなんだろうけど、これは僕らも本気でやらないとダメそうだ」

 

「ふっ、私は遊びであっても手を抜くつもりは一切ないぞ。グランにジータ、君達の実力を私は高く評価している。君達を相手に手を抜けるはずもないさ」

 

「ふふ、イルザさんは何事にも妥協しないんですね……それならグラン、ジータ。私も妥協しないわ!」

 

「むぅ~私達だって負けませんよ。ねっ、グラン、ジータ」

 

「ふふ、そうだね。それじゃ、本気で行くよ! ビィ、審判お願いね」

 

「お、おう……それじゃ、始めるぜ!」

 

 ビィの声で始まる全力のビーチバレー。

 組織の戦士としての運動能力をフルに使い攻めるイルザと、それをサポートするコルワ。

 対してグラン、ジータ、ルリアは双子のコンビネーションとルリアの緩急のある動きで巧みに戦う。

 浜辺の激戦は瞬く間にヒートアップしていった。

 

「おぉりゃああ!」

 

「グラン、ナイス!!」

 

 気合の掛け声で打ち込まれたグランのスパイクがコートに突き刺さり、試合が止まる。

 

「ふぅ……さすがは双子。見事な連携だ」

 

「ルリアちゃんもああ見えて厄介ね。正直グラン達と比べると動きが読めない。どうしましょうか、イルザさん」

 

 スコアはやや押され気味だ。勝ちに行く以上このままではいけない。

 押されている状況を打開すべく、イルザもコルワも思考を回した。

 

「――――そうだな。少し余計なもの取り払う必要があるだろう」

 

「余計なもの?」

 

「コルワ殿、今の私は顧客ではない。私の事は遠慮なく、イルザと呼んでくれ。その代わり私もコルワと呼ばせてもらう。

 どうだろうかコルワ。あの双子に、イルザとコルワの二人ではなく、友人同士の二人として対抗してみないか?」

 

 余計なもの……それはまだ知り合ったばかりだと言う遠慮。

 顧客と提供者の関係では適わない。互いに信頼をもって戦わなくては打開はできないだろうと、イルザは一歩コルワへと歩み寄った。

 

「イルザ、さん……ふふ、そうね。ここからは遠慮なしの本気で行きましょうか。行くわよイルザ!」

 

「あぁ、全力で来てくれ。コルワ!」

 

 対するコルワもイルザの意図を理解した。

 その呼び名には、彼女たちが今、ビジネスの関係からプライベートの関係へと変わった証が含まれる。

 意気の上がった二人はそこから一転攻勢を始めた。

 

 

「はぁああ!!」

 

「くっ、しまった!?」

 

 先程の焼き増しのように、今度はイルザからのスパイクが決まる。

 飛びつくもボールを逃したグランは悔し気に顔を歪め、息を整えながら立ち上がった。

 

「決まった、ナイスよイルザ!」

 

「コルワのトスのお陰さ。狙いやすく打ちやすい」

 

「うぅ~なんだか一気にお二人とも強くなりました」

 

「二人の間のぎこちなさが消えて遠慮なく頼りあっている。その分互いのパフォーマンスは劇的に上がっている。これは強敵だね」

 

「うん……数の利があるとはいえ、このままじゃ苦しい。よし、二人とも。アレをやるぞ」

 

 強敵となった二人に、グラン達もまた一段階集中を増す。

 あらかじめ決めていたとっておきを出すべく、互いに頷きあった。

 

「アレだね。了解」

 

「アレですね……わかりました!」

 

 これまで後衛であったはずのジータが前に、グランが逆に少し外れた位置に移動している。

 見慣れぬ陣形にイルザは訝しんだ。

 

「ポジションが変わった? 何をするかわからんが、打ち破ってやる。行くぞ!」

 

 高く放ったボールを打ち込み、強烈なサーブがグラン達のコートを狙った。

 

「とぅ!」

 

 すかさずルリアがレシーブ。そろそろイルザの攻撃にも慣れてきたもの。

 無難に上げたボールはネット前のジータの元へと向かい、ジータがそれを打ち込むべく飛んだ。

 

「ナイス、ルリア。いっけえええ!!」

 

「……? 普通にジータが攻撃を」

 

「うおぉおおお!!」

 

「なっ!?」

 

 だが、ジータが打ち込む直前、横合いから飛び込んだグランがスパイク。

 ジータを注視していたイルザは虚を衝かれた。

 

「(ジータと見せかけたグランのスパイク。時間差攻撃に合わせて更に視線による誘導。くそっ、完璧に虚を衝かれた)コルワ、頼む!!」

 

「くっ……あ~っ! もう!!」

 

「やった!!」

 

「上手くいきましたね、二人とも!!」

 

 綺麗にコートへと突き刺さったボールを見て、作戦が上手く決まった事に嬉しさを露にする三人。

 逆にしてやられたイルザとコルワは悔しさと楽しさに互いに顔を見合わせる。

 

「見事にやられたな……急造コンビではできん連携だ」

 

「次はやられないわ。集中していきましょう、イルザ」

 

「あぁ。っと、ボールを取ってこなくてはな。すまない、少し待っててくれ」

 

 グランの打ちこんだボールは、障害物のない浜辺を転がっていき随分と遠くまで行ってしまっていた。

 

「ん? ボール?」

 

 それは浜辺にいた一人のエルーンの男の前でとまる。

 誰のものかと周囲を見回す男を見て、イルザは少し声を張り上げた。

 

「すまない、それは私のだ。こちらへ投げてくれるか」

 

「あ、お姉さんのね……ハイハイ、ってうっわお姉さんすっげ可愛いじゃん! ねぇ、いくつ? どこから来たの?」

 

 ボールを拾い上げイルザへと放ろうとした男はイルザの姿を目にした瞬間に、興奮した様子で駆け寄ってくる。

 

「(はぁ、ナンパか……ビーチならば珍しくはないのだろうが)悪いが連れを待たせている。君と話す時間はない」

 

「あぁ、ということはビーチバレーしてるの? 勝負はどう、勝ってる? 何なら俺、結構自身あるよ?」

 

「勝っている。助けなら無用だ」

 

 できるだけ不快にはならないように、だが拒否をハッキリと示すように冷たく。イルザは断った。

 折角の休暇を気心知れた者達と楽しんでいるのだ。邪魔されたくはない。

 

「へぇ~お姉さん強いんだ。かっこいいね! じゃあさ、俺とも勝負しようよ! 向こうに大きいコートがあるんだ。ねね、お願い!」

 

「はぁ……私を相手にこれほどしつこく食い下がるとは大した度胸だよ」

 

 だが、中々折れず予想外に熱心な誘いを受け、イルザはどう断ったものかと悩んだ。

 彼女も女性。自分を可愛いと言ってナンパされること事態に嫌悪感を抱くわけではない。

 だがそれ以上にグラン達を待たせることは謀られる。

 かといって、なかなか引き下がらないこの男にはやんわりと断るだけでは通用はしないだろう。

 思考するイルザだったが、助けの手は意外なところから差し伸べられた。

 

「オレの連れに何か用か? もしなにか迷惑をかけたならオレが責任を持とう」

 

 褐色の肌。戦闘者故に極限まで鍛え上げられた肉体。鋭い目つきと相まって、水着を穿いて上半身を晒すと非常に近寄りがたい雰囲気を放つセルグの姿がそこにあった。

 

「せ、セルグ!? なんでここに!」

 

「なんでって……あぁ、安心しろ。任務なら昨日までに終わらせてきた。んで先程合流したのだが、そしたらお前が絡まれてるもんだからな……それで、一体何の用だ?」

 

 セルグに決して威圧などするつもりはないが、問われた彼は強者の気配を敏感に感じ取っていた。

 睨んでいるわけではないが目付きは鋭く、そしてその身体にはいくつもの傷跡が残されている。一目でわかる、それは幾千もの戦いを超えた証。強者の印だ。

 

「い、いえ……そのお連れさんが非常に美しいので一緒に遊ぼうかと……」

 

 軟派な彼もやはり大きくは出れなくなってしまい、敬語が混じった妙な態度を取ってしまう。

 そんな彼に、威圧する気のないセルグとしてはむしろ悲しみを覚えてしまうわけだが……努めて柔らかい声でセルグは語りかけた。

 

「あぁ~悪いが、他の連れもいるんでな。君のその熱意は買うが何も言わずに君の所にというのは彼女も本意ではない。

 折角の誘いだから時を置いてからまた誘ってもらえないか?」

 

「あ、は、はぁ……それじゃ、俺達このあとバーベキューやるんでご一緒にどうです?」

 

 予想外に柔らかな返答で毒気を抜かれ、軟派男の彼も気を許したのか誘いを再開した。

 一緒に楽しまないかと、バーベキューへの誘いを持ちかける。

 

「ふむ、それなら良いんじゃないか? なぁイルザ」

 

「はぁ……全く貴様は、急に現れたかと思えば、何を勝手に話を進めている。大体そんな事、団長達に聞かなくては」

 

「折角のバカンスだ。見知らぬ人と仲良くしたっていいじゃないか。ましてやお前に好意を持ってくれているんだしな。グラン達だって断りはしないだろう」

 

「そういう問題ではないだろう。勝手に決めるなと言っている」

 

「わかったよ。とりあえず聞いてくるからわかり次第そちらにオレから伝えに行くよ。君のお仲間はどこに?」

 

「あぁ、それならあそこの海の家の近くのテントでやるんであそこで」

 

「了解した。それじゃ待っててくれ。ほら、いこう。イルザ」

 

「だから、何故貴様が取り仕切っているんだ」

 

 ぶつぶつと不満を漏らしながら、セルグと共にイルザはグラン達の元へと戻った。

 それを見送りながら、軟派男はチャンスを得たと取るべきか、それとも親しげなセルグを強敵の出現と捉えるべきか、頭を悩ませながら友人たちの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

「あ、戻ってきた。おかえりなさい。随分時間が……ってあれ? なんでセルグも一緒にいるの?」

 

 戻ってきたイルザを出迎えたグラン。だが、一緒にいるセルグの姿に驚きを見せる。

 さっきまではいなかったはずなのに、ちゃっかり水着まで来ての登場だ。不思議に思うのは無理もない。

 ルリアもジータもビィも同様にセルグへと駆け寄った。

 

「ご挨拶だなグラン。バカンスだと呼び出したのはグラン達だろうに……コルワ、水着用意してくれてありがとな」

 

「良いわよ気にしなくて。イルザのおまけで作ったついでみたいなものだし。貴方とイルザが並んだ時に映えるようにデザインしたけど……うん、いい感じね」

 

 並び立つセルグとイルザ。白を基調としたイルザの水着に対し、黒を基調としたセルグの水着。

 所々に入ったラインや刺繍には、揃いになる部分が散見され、自身の姿を顧みてセルグは疲れたようにため息を吐く。

 

「また余計な事を……一体お前はオレに何を求めているんだよ?」

 

「ふふ、よくぞ聞いてくれました。今回は”ビーチを支配せんばかりの圧倒的オーラを放つカップル”をコンセプトにデザインさせてもらったわ!」

 

「こ、コルワ!? それはどういう」

 

 コルワの発言にイルザは動揺を露わにする。

 今の発言、場合によってはイルザの水着はセルグと並ばせるためにデザインされたとも取れる。

 抱きたくはない疑念が胸中に膨れ上がるが、コルワは笑顔でそれを解きほぐすべく口を開いた。

 

「ふふ、出汁に使ってごめんなさいイルザ。もちろん貴方の水着のデザインには余計な手は加えていないし、誠心誠意、貴方の為だけにデザインさせてもらったわ。ただ、それに映えるようにセルグの水着をデザインしたってだけよ。

 カップル向けのペアルックデザインなんかも需要があるから、セルグの水着はその試金石というわけ」

 

「ふぅ、なんだそう言う事か……」

 

「全く、勝手に他人を巻き込むなよ……」

 

「それなら貴方は仲間だし、イルザは既に友人だから問題はないわね。ね、イルザ」

 

「えっ、あ、あぁ……別にそんな事で怒るような事は無いが。だが、どうせならグランにしてもらいたかった。

 この優柔不断な根無し草とカップル扱い等、怖気がはしる」

 

「ぶっ!?」

 

「ぐ、グラン!? 鼻血が!?」

 

 今度はイルザからの爆弾発言にグランが噴き出した。

 同時に聞いていたグランの脳内で妄想が加速する。目の前にいる彼女は誰の目から見ても綺麗で、男の目を引く女性の魅力に溢れている。そんなイルザの隣でビーチを支配せんばかりに堂々と歩く自分の姿。

 良い……何がとは言わないが、その光景はすごく色々と満たされる気がした。

 顔を赤くしたかと思えば、緩み切った表情となったグランに、ジータからは怪訝な視線が向けられコルワは目を輝かせる。

 これは新たな恋の予感、とかなんとか聞こえる気がする。

 

「言ってくれるな。優柔不断である事は否定しないが、オレではお前の相手役には不足だと?」

 

 イルザの言葉に、セルグは不服そうに物申した。

 自分が男としてグランより魅力がある、等と思っているわけではないが、こうもぞんざいに扱われるのには面白くないものがある。

 挑戦的な言葉を吐くセルグだが――

 

「寝言は寝てから言え。女に先に想いを告げさせ、そこで初めて自分の想いに気付かされるような鈍感男が、私に相応しい等と思うな」

 

「がふっ!?」

 

「せ、セルグさん!? 口から血が!?」

 

 手痛い返しに、セルグが噴き出し……ではなく吐血した。

 クリティカルすぎる辛辣な言葉に、彼の小さく弱い自尊心は粉微塵に砕かれ、余りのショックに砂浜へと倒れ込む。

 さっきからグランにセルグにと心配の声を掛け、ルリアは大忙しだ。

 

「ぷっ……くくく。確かに、容姿は良くても、あの子達との馴れ初めを聞けばそう思うのも無理は無いわね~。セルグってば完全に攻略された側だものね」

 

「だ、断じてそんな事は」

 

「セルグさん……」

 

「じ、ジータ。オレはそんな――」

 

「ごめんなさい、全く擁護できないです」

 

「ぎゃふん!」

 

 満面の笑顔で告げられ、再びセルグは浜辺に伏せた。

 止めを刺されたセルグに復活の兆しは無い。

 どこか満足げなイルザとジータ。腹を抱えて笑うコルワ。懸命にグランとセルグを呼び起こそうとするルリアと、その場は混沌の様相を呈す。

 ちなみにこのせいで、肝心の軟派男とのバーベキューの話が告げられず、やきもきした男が呼びに来るまでセルグは灼熱の砂地に横たわっていたままだったという。

 更には、砂地に横たわるセルグを見て心配した軟派男を、イルザが問題は無いと遮りジータが天使の笑顔を貼り付け案内をお願いしますとねだりコルワがアレは気にしないでいいから自分の為にGOよと促して結果放置された。

 最終的には最後まで残ってくれたビィがセルグを起こして皆と合流することになるのだが、あまりの扱いにセルグは一人静かに涙を流したという。

 同時に、最後まで見捨てないでいてくれた優しいトカゲに、心の底から感謝するのだった。

 

「まぁ、あんま気にスンナってセルグ。きっと半分は冗談だろうからよ」

 

「あ、あぁ……ありがとな、ビィ」

 

 

 優しいビィに、セルグは心の底から感謝した。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで始まった、軟派男のグループとのバーベキュー。

 すぐそばの海の家で食材を確保し、次々と焼かれていく食材たちを見ながら、各々は賑やかに楽しんでいた。

 

「へ~皆さんはポートブリーズから来たんですか」

 

「そうそう、こいつらみんな職場の仲間ってやつでね。交友を深めようと皆でバカンスに来たわけよ。そっちは?」

 

「僕達は騎空団なんだ。色々とあちこち飛び回って、僕達も少し休憩をと思ってバカンスに」

 

「へー、それじゃ皆騎空士なんだ。まだまだ若そうなのに、すごいのね」

 

 グランとジータは早々に彼等と仲良くなり朗らかに談笑している。

 流石は若き団長といった所か。この適応能力の高さは二人の大きな長所と言えるだろう。

 彼等の仕事の事や逆に騎空士としてのこれまでなど、話すネタには事欠かない。

 食事を楽しみながら、二人は仲良く談笑を続けていた。

 対して――

 

「むむ~……まだかな~。早く食べたいです」

 

「落ち着けってルリア! バーベキューは逃げねぇぞ!」

 

 焼けてく食材とにらめっこして、今にも手を出しそうなルリアを止めるビィ。

 食材を焼いてる男は微笑ましそうにルリアをみる一方で、焼きあがった食材をルリアの皿へと乗せていく。

 

「ほいよ、嬢ちゃん。たくさん食べてくれ」

 

「わーい! ありがとうございます!」

 

「ほら、飛んでるトカゲもドンドン食いな」

 

「おう、ありがとな兄ちゃん! ってオイラはトカゲじゃねえ!!」

 

 もはやアイデンティティともいえるツッコミと共に、ビィとルリアは食べる方向にバーベキューを楽しんでいた。

 残るは――

 

 

「あぁ~もう、じれったい。夏なのよ海なのよバーベキューなのよ。迷うことなく積極的にGOでしょ!

 ウダウダしてたらこの時間はすぐに過ぎ去るし、後に残るのは勇気を出せなかった後悔だけ。違う、違うでしょ。貴方がこの夏で求めてるのはそんな思い出じゃないはず。勇気を出して踏み出せばその先には一つのハッピーエンドが待っているんだから迷わずいきなさい。物語を作るのは彼女ではなく貴方でしょうが!」

 

 何やらやたら早口で呪文の如く独り言をつぶやいている人が居た。

 訂正、呟いている変人がいた。

 

「コルワ? 何を見ているんだ。物語がどうとか聞こえたが」

 

「えっ。あぁ、イルザ。もう見てよあそこ」

 

「あそこ?」

 

 コルワが示す先。そこにはテーブルを挟んで向かい合う一組の男女がいた。

 男の方は視線を彷徨わせ、時折向かいの女性へと視線を投げる。

 対する女性はその視線を敏感に感じ取りながら、何も言うことなく静かに食事を続けていた。

 微妙な、よくも悪くも静かな空気が流れていた。

 

「成るほど……片や勇気を出せず話しかけられず、片や気付いてはいるが敢えて気付かないふりをしているといった所か。実にもどかしい」

 

「でしょ、どっちを見ても互いに意識している感じなのは明白なんだからここは男の方から勇気を出して歩み寄っていけって話なのよ。あ~もう! いじらしい!」

 

「全くだな。女の方は出方を伺って待っているのだからこういう時は男からきっかけを作って欲しいものだ。あんなことで彼女をものにできると思っているのなら甘すぎる。男は心の強さを見せてこそだろう!」

 

「そう! そうよね。イルザは話が分かる~。こうなれば私達がサポートして一夏のハッピーエンドを完結させましょう。イルザ、緊急会議よ!」

 

「良いだろう。私とコルワのチカラで二人を導こう」

 

 バーベキューそっちのけで始まる二人だけの緊急会議。

 乗り込んで話を始めさせるか。いや、自発的に話しかけられるきっかけを作る方が……等と、次々と熱を上げながら案が出てくる二人は、当事者そっちのけで何をしているんだと、後ろで見ていたセルグにそんな感想を抱かせる。

 いい歳した大人がまるで思春期の少女の様に他人の色恋沙汰で盛り上がっている。迷惑だからやめろと言ってやりたかったが、そんな事を言えば振り返りざまに腰のきいた良いパンチを二つもらう事だろう。

 

「全く……お前等、いい歳して頭ハッピーエンドやってないで普通にバーベキューを楽し――」

 

 セルグの言葉が止まる……それは瞬間的な出来事だった。

 談笑中のグランとジータは一瞬だけ巻き起こった嵐のような殺気を感じ取り背筋を震わせた。

 食材をほおばり、幸せ一杯だったルリアは、星晶獣にも似た大きな気配を感じて思わず皿を落とした。

 

 セルグの発言に、コルワとイルザは振り返る。

 その瞳は呆れたような顔をしながら焼きあがった肉を食べているセルグの姿を映し、同時に二人の意思は重なった。

 振り返りから流れるように一歩。互いに肩を触れ合わせるかのようにしながら二人の腕が付きだされた。

 踏込みから伝わる力を腰、肩、肘、と通して繰り出されるのは――

 

 

「「うるさいこの根無し草!!」」

 

 

 セルグの腹部へと突き刺さる、無駄なく力を伝えきった良いパンチだった。

 

 

「何? 何なの? 自分は幸せいっぱいだからっていう余裕? それとも他人の事気にする前に自分の事を考えろとでも言いたいわけ? それこそ貴方がまず自分のハッピーエンドを定めなさい! 一人に決められないなんて男として恥ずかしくないの?」

 

「随分偉くなったものだなセルグ。小犬から聞いたぞ……貴様、未だに小犬達に強く出れないそうじゃないか? まぁそれも自分を救われたとあっては仕方ないかもしれないが、全く情けない。貴様は他人様にとやかく言う前に気にする事があるだろう。彼女達を悲しませない様に貴様も気の利かせ方くらい覚えておけ!」

 

「う、ぐう……」

 

「「返事は!!」」

 

「――はい」

 

 拳と言葉に撃沈され、本日二度目の砂の味を知るセルグだった……

 

 

 

 

 

「どう? お姉さん、楽しんでる?」

 

 宴もたけなわ……とまではいかないが、バーベキューも半ばへと差し掛かったところ。

 件の軟派男は、再びイルザへと接触を試みた。

 ちなみに現在も進行形でコルワと、いじらしいカップル候補の二人を覗き見ている。

 そしてセルグは後ろで砂に突っ伏している。ピクピクと痙攣しているから死んではいないようだ。

 

「また君か……何の用だ。少なくとも私に用は無いぞ」

 

「はは、手厳しいね。お姉さんこの後は予定ある? もし空いているようなら、今からこの辺の良い所案内しようかと思って」

 

「結構だ。と言うより、君が抜けていいのか? バーベキューを取り仕切っているのは君達だろう?」

 

「大丈夫だよ、あいつ等なら俺が居なくても問題ないから。優しいんだね、俺達の事気にかけてくれるんだ」

 

「自分の事より、友人の為にこの場を取り仕切る人間の方が好ましいだけだ」

 

「ははは……それでどうかな? 一緒に行かない?」

 

「はぁ、食い下がるその根性は認めてやってもいいが、生憎と私は今別の事で忙しいんでな。他を当たってくれ」

 

「そんな事言わずにさ! 食材が切れて買い出しに行くついでで大して時間取らないから。ね、行こうよー」

 

「だから、他を当たれと……待て、食材が切れて買い出しだと?」

 

「え? あぁ、うん。そうだけど?」

 

「コルワ、これはチャンスだ! オペレーションを始めよう……プランS(ショッピング)だ!」

 

「えっ……なるほど! オッケー。私は団長達を呼んでくるわ」

 

「了解した。要請はこの男に任せて私は根無し草を叩き起こす。

 おい、後で出かけるくらいなら付き合ってやるから買い出しの件をあの二人に頼んで置いてくれ。

 起きろ根無し草! お前にも協力してもらう!」

 

 突然の話に置いてけぼりをくらう軟派男。そして無情にも蹴り上げられるセルグ。

 何故だろう……セルグはこの海に来てからまともな扱いを受けていない気がする。

 

 そんなこんなで始まったイルザとコルワのオペレーション。

 なかなか進展の気配が無い二人を近づけさせるために、共同作業と二人だけの時間を提供し、陰で見守る作戦だ。

 蹴り起こされたセルグは呆れた顔をしてまた蹴り上げられ、ちょうどそこに駆けつけたグラン、ジータ、ルリア、ビィは苦笑い。

 軟派男によって買い物を頼まれる二人を見据え、一行は慎重に尾行を始める。

 

 画して、一夏の恋物語を成就させるべく、イルザ達の戦いが幕を開けるのだった。。 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

いかんせんセルグがギャグ要因になってしまっておりますがこれもIF物語故に…
肝心のパート2はもう少しイチャイチャ……ではありませんが甘くしているはずです。
あまり過度な期待を持たずにお待ちいただければと思います。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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フェイトエピソード イルザ編 後編 2

執筆時間が取れたので書き上げました。

非常に長くなってしまいました。
内容もかなり本編既読向けになっております。
作者的には、しっかり甘くしたつもりです。

それでは。お楽しみください



 

 

『――根無し草、状況はどうだ?』

 

 物陰よりそっと顔をだし、イルザは傍らの小さな黒い鳥へと問いかけた。問いかけた先は、別の場所に潜んでいるセルグとグランである。

 少し距離を取って見つめるのは浜辺を並んで歩く件の男女。

 尾行がばれない様にある程度距離を取り、セルグの協力で非常に小さなヴェリウスの小型分身体を作り、集音マイク代わりに会話を拾う。

 ハッキリ言って、やってる事はお節介とか悪戯とかお遊びじゃすまないレベルでガチであり、リーシャにバレたなら大目玉をくらう事になるだろう。

 

「はぁ……現状はまだ距離感があるな。互いにまだぎこちない。というかイルザ……こんな事の為にヴェリウスを伝声機替わりで使うなよ」

 

『これが終わったらいくらでも文句を聞いてあげるから今は任務に集中しなさい。ほら、先に進んじゃうわよ』

 

「あ、あはは……コルワも、すっかりその気に。ねぇ、セルグ……この事リーシャさんには」

 

「言えるか。こんな犯罪紛いな事」

 

「だよね……ちょっとこれはやり過ぎだと思うんだけど」

 

「もしバレたならお前も道連れだ」

 

「うぇ、勘弁してよ。この間着替え中に部屋に入っちゃってしばらく口利いてもらえなくなったんだから……」

 

「グラン、おまえ……幸運なのか不運なのかわからんが、微妙に苦労してるんだな」

 

「セルグ程じゃないよ。聞けばモニカさんの書類仕事がセルグに回されてるって?」

 

「……あの船団長殿はどうにも書類仕事が嫌いなようでな。リーシャに丸投げするかこっそりオレに回すかをしてくる。確かに、苦労はしているな」

 

 互いに互いの苦労を語った二人は顔を見合わせた。

 

「「はぁ~」」

 

 溜め息が重なった。

 グランは直接的にではないが、二人とも秩序の騎空団に関わる者同士である。この犯罪紛いな尾行作戦に嫌な予感しかしなかった。

 

 

『根無し草、何をしている! 目標が離れていくぞ』

 

「あ~はいはい。わかったって……仕方ねえ、いくぞグラン。できるだけボロを出さずに終わらせる」

 

「あぁ、面倒は御免だよ」

 

「「いざ!!」」

 

 色々なものを守るために、二人は乗り気ではなかった作戦にやる気を見せ始める。

 グランはいつだかマスターしたスタイル。”忍者”で培った経験を活かし、気配を消して目標の周囲へと接近する。無論、感づかれることは無い。

 セルグは寧ろ一歩引いた位置取りでヴェリウスの分身体を展開。全分身体からの映像を取り込み、目標周囲に危険なもの、人、事がないか徹底的に監視を始めた。

 既にこの悪事に片足どことか全身をどっぷり浸かっている気がするが、二人は目を逸らして、必死に監視を続けていくのだった。

 

 

 

 

『見て、コレ。さっき海岸で拾ったの。なんて名前なんだろう』

 

『えっ、えっと……うんと。ごめん……わからない』

 

 聞こえてくる会話。遠目から確認できる物から察するに、浜辺で拾った貝殻についての会話だろう。

 おずおずと問いかけた女に対し、大人しそうな男は、ふんづまった様に言葉を返すしかできなかった。

 

「っ!? 何を言っているんだあの男は!」

「わからないって何? そんな事返されたらそれこそなんて言って良いのかわからないわよ!」

「あぁ、欲しいのはそれがわかるわからないの話ではない。なんていうんだろうねとか綺麗だねとか求めているのは会話が膨らむ言葉だ!」

「ダメ、全っ然ダメ。わからないならわからないでもっと話を広げなさいよ。仏頂面で会話しても楽しくもなんともないでしょう。結局話しかけたのも彼女の方からだし、貴方の勇気はいつ出てくるの!」

「聞き上手な男性は魅力的だぞ! 私は気を遣わずに話せて愚痴を聞いてくれてその上笑顔で慰めてくれる相手が欲しい!」

 

「しっかりしなさい!」

「しっかりしろ!!」

 

 怒涛ともいえる言葉の嵐に思わずビィが引きつった。

 確かに言っている事は間違いがないと思うし、それが彼らの事を想っての言葉であるのだから悪くは言えないが、それでもビィは思う。

 この二人は何でこんなにも他人の恋の事で騒いでいるのだろう、と。

 

「なんつーか……すっげえ息ピッタリだな」

 

「あ、あはは(やっぱりイルザさんって)」

 

「お二人とも、なんだかすごい勢いです」

 

『――んで、盛り上がってるところ悪いがどうするイルザ? この膠着状態。この状況を打破する手立ては?』

 

「案ずるな、プランBがある」

 

『……一応仔細を聞こう』

 

「ジータ、ルリア、ビィ出番だ。

 まずアルファ、ブラボー両名に続く形でよろず屋の店内へと突入。偶然を装い、アルファと接触を図れ」

 

「ふむふむ」

 

「ちょっ、ちょぉっと待ってくれよ! なんだよそのアルファとかブラボーとか」

 

「接触後は架空のお願いごとをアルファへと頼み込み、両名を巻き込む。そのままお願いごとをコンプリートしてアルファの優しさをブラボーへとアピールしろ。ついでにジータの人柄で、アルファの硬さを解してやってほしい」

 

「ただし、ジータは彼を惑わすような事はしないように。あくまで彼の視線は彼女に釘付けにさせて」

 

「な、何を言ってるんですか!? 私はそんな男の人を惑わすような事」

 

「ふっ、先程のバーベキューの時の男どもの視線に気づかなかったか? ジータの魅力は簡単に男どもを惑わすようだぞ」

 

「そ、そんな事ありませんよ! とにかく、わかりました。やってみますね」

 

「え、えぇ~! いまの説明でジータはどうすれば良いのかわかったんですか!?」

 

「大体はわかったよ。ほら、急ごう」

 

「何かあればこちらからサインを送る。頼んだぞ」

 

「ホラ、ルリアちゃんにビィも。二人が店に入っちゃうわ。モタモタしない!」

 

『どうでもいいがお前等……なんでそんなに楽しそうなんだよ』

 

『やっぱり女の子ってみんなこういう話好きなんだよね』

 

『ジータとルリアはまだしも、イルザとコルワは女の子って歳じゃ……』

 

「セ・ル・グ」

 

 ビリビリとした気配と共にヴェリウス越しに声が伝わる。

 おかしい……彼女達が届けられるのはあくまで声だけのはずだ。だのに、何故こんなにも思念のような何かがセルグの頭に叩きつけられるのだろう。

 それ以上は言わなくてもわかるな。と、その気配が全てを余すことなく伝えてくる。

 

『オ、オ、オオオオチツケオレハマダナニモイッテイナイ』

 

『セルグ!? 変な機械みたいになってるよ!』

 

『大丈夫だ、オレハオチツイテいる。安心シロ……ってまずい、こんなバカやってる場合じゃねえ! イルザ、緊急事態だ! ターゲットに近づく敵性分子有り。接敵まで後2秒!』

 

「何!?」

 

『きゃっ!?』

 

 セルグの切羽詰まったような言葉と共に、イルザの耳にターゲットである彼女の苦悶の声が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへ、こんなひょろいのより俺と遊ぼうぜ姉ちゃん。退屈させねえからよ」

 

「きゃっ!?」

 

 そういって、彼女の腕を取り強引に引き寄せるのはガラの悪そうな一人の男。

 チンピラ、荒くれ、言い方は複数あれどそれが意味をするものは一つ。ハッピーエンドを邪魔する者である。

 

「やめてください! 彼女、嫌がってるじゃないですか!!」

 

「うるっせぃ! ひっこんでろもやし野郎!」

 

「あぐっ!?」

 

 恋い焦がれる女性のピンチとあって、なけなしの勇気を振り絞った彼が何とか抵抗を試みるも、生来の大人しさと喧嘩をしたことも無いこれまでの経験が、男にとって何一つ抵抗にならずに払い除けられる。

 無様だ……自分から彼女に声を掛ける勇気も出せず、その上情けない姿をこうして晒している。

 こんな情けない自分の姿に彼女は幻滅するだろう。

 悔しさに彼は胸を一杯にした。

 

「大丈夫ですか!? 私の為に……」

 

 だがそれでも、彼女は彼の事を心配してくれた。

 この状況に縋れるのが彼だけだからかもしれない。ただ彼を盾にしたいだけなのかもしれない。

 そうだとしても彼は、彼女に心配されて情けないままではいられなかった。

 

「大丈夫です。貴方は、僕が守りますから」

 

 立ち向かう勇気を奮い立たせる。痛みを堪える覚悟を決める。

 その想いのままに、彼は男と対峙した。

 

「あぁ~? まったく。でしゃばってくんなよ。ホラ、行こうぜね~ちゃん。こんなひょろいのじゃ教えられない楽しい事を教えてやるからよ」

 

「っ!? いや、離して!」

 

 男は何の障害にもならないと彼を捨て置き、彼女へと手を伸ばした。

 無骨な手が彼女の腕を再び引いて強引に連れて行こうとする。

 

「くっ、このっ――」

 

 ――させはしない。

 先程の覚悟のままに彼は男を止めるべく腕を伸ばそうとした。

 適いはしないだろう。生まれてこの方、腕力の喧嘩などしたことが無い彼だ。

 見るからに暴力で生きてきたようなこの手の輩に勝てるわけが無い。

 

「そこまでだ!!」

 

 だが、適わぬと知りながら立ち向かおうとした彼だからこそ、救いの手は差し伸べられた。

 凛々しい声と共に現れる見目麗しい女性が三人。その後ろに男が二人と少女が一人。ついでに空飛ぶトカゲ。

 臨戦態勢でチンピラを睨み付ける、彼の救世主の登場であった。

 

「あん? なんだてめえら?」

 

「ただの通りすがりの者だ。貴様の悪行全てこの目で見させてもらった」

 

「ハッピーエンドを邪魔するなんて、男の風上にも置けないわね。キツイお灸を据えてあげる!」

 

「私も協力します。貴方みたいな人、許せないんだから!」

 

 男を睨み付けながら構える三人の女性。

 ビーチで水着であるが故に彼女達が構えるのは武器ではなく拳であるが、その姿は様になっているとか言うレベルではなく自然に強者の気配をあふれさせる。

 準備が整った所で黒髪の女性が号令を発した。

 

「プランC発動! 全員可及的速やかに、目標を抹殺せよ!」

 

「「了解!!」」

 

「(まてまて、怒るのは良いが抹殺はするな……せめて人気のない所でやれ)」

 

「(セルグ、それはそれで問題だよ!?)」

 

 控えている男二人がやや肩を落としている気がしないでもないが、彼の視線は彼女達に釘づけだった。

 凛々しく勇ましい。まるで戦女神のような彼女達の佇まいに、大きな憧憬を感じていた。

 

「「「いざ!!」」」

 

 そんな彼の視線を浴びながら、彼女達は男の懐へと踏み込むのだった……

 

 

 

 

 

 

「クソがぁあああ!!」

 

 一足。体勢の出来上がっていない男に対して不意を衝いての接近。

 拳に宿る怒りを怒声と共にイルザは打ち放つ。

 同時にジータが男の膝へと強烈なローキック。コルワが迎撃に振るおうとしていた男の腕を捻り上げた。

 無抵抗のまま顔面へと突き刺さる、イルザの強烈なストレートが男を大きく吹き飛ばした。

 

「二人の出会い記念日は今日だけだ! 出会ってしまったからには次は無い! そんな特別な日をぶち壊しにされた、女の悲しみを知れえええ!!」

 

「がはっ!?」

 

 更にイルザは追撃。仰向けに横たわった男のマウントをとりもう一撃、その顔へと拳を沈める。

 チンピラ風情では適わない、本当の強者の拳は正に一撃必倒。そんなものを二度にわたり受けた男は、顔を抑え必死に痛みに呻いていた。

 

「懲りたかしら? 二度と、他人の幸せを踏み躙るような事しない事。良いわね?」

 

「次こんな事したら、今度は全力で叩き潰してあげます」

 

「ぐ、くっ……」

 

「わかったかクソ野郎。貴様のような肥溜めにこびりついたクソのような人間が女に声を掛けるなど恥を知れ。

 二度とそんな気を起こさないように、貴様の粗末なモノを蹴り潰しても良いが、今日はこれで勘弁してやる。どこへなりともとっとと失せろ!」

 

 マントを翻し、イルザは振り返った。

 少なくとも、圧倒的な実力の差は見せつけた。こういった手合いは実力差に敏感で、敵わないとわかれば逃げる。

 殴られてしまった大人しい彼の方が心配だと、そう思った彼女達が男から意識を外した瞬間――

 

「な、なめやがってぇええ!!」

 

 懐に隠していた銃。それを取り出し、イルザへと向けた男。

 まだ抵抗するとは考えていなかったか、コルワとジータは虚を突かれるが、イルザは迎撃をせんとニバスに手を伸ばした。

 だが男の行為は、逆鱗に触れる事になる。

 

「――それ以上はやめとけ」

 

「――じゃないと、死ぬよ」

 

 彼らがそれを見逃すわけがない。

 銃を取り出した手首を捻り男へと向けさせ、グランは引き金に指を掛ける。

 セルグは男の首を掴み握りつぶす手前で止める。

 生殺与奪の状況を作り、セルグとグランは殺気を交えて男の動きを止めていた。

 

「ただの馬鹿で終わるんだったらまだ見逃した……だがお前は今、オレの大切な人の命を奪おうとしたな?」

 

 首を握る腕に力が込められた。それは男の気道を塞ぎ、血流を止め、その表情を青ざめさせる。

 取り出されたのは銃である。一度放たれれば、当たり所によっては即死。当たり所が良くても重傷は免れない。

 簡単に人の命を奪える道具である。

 それを取り出し、そして向けた以上、男には明確な殺意があると捉えていいだろう。

 

「オレにとってお前のような奴は、生きるに値しない。守るべきヒトには値しない。

 他者の命を軽々しく奪える者など、むしろヒトに仇なす存在だ」

 

 それは彼の使命。空の世界を守り、空の民を守る。

 ならば空の民を殺そうとする存在はなんだ? それすなわち、空の民に仇なす存在。

 セルグにとって、守るべきヒトは、それ次第で抹消対象に成りえる。

 

「――ストップだセルグ。それ以上は本当に死んじゃう」

 

 男の首を本当に握りつぶしそうなところでグランが止めた。

 流石に、無為に殺しをさせられない。こんなところでそんな事をすれば、セルグも御咎め無しとはならないだろう。彼の立場上も非常によろしくない。

 当然それを理解しているセルグもグランの制止に大人しく男を離した。

 

「ふん、運が良かったな。色んなしがらみがなかったら間違いなく殺してたぞ」

 

 殺気を纏わせた瞳で見下ろし、今度こそ男の反抗の芽を摘み取る。

 死を予感させるそれは、たかがチンピラ程度でしかないこの男には酷だ。男は必死な様子でその場を逃げ出した。

 

「全く……無駄に怒らせてくれる」

 

「――逃がして良かったのか? 殺人未遂だ……捕らえておくべきだったと思うが?」

 

「必要ない。監視は付ける……もし次があるようなら消すだけだ」

 

 そう言って、掌を翻し、黒い鳥を顕現。逃げ出す男を追わせる。

 只の小物であるから別段気にすることは無いだろうが、仲間を呼んでの報復なども考えられる。

 監視は必要であった。

 

「そうか……だが助かった。私が狙われていたからまだ良かったが、もしコルワや彼等に向けられていたかと思うとゾッとする」

 

「仕方ないさ。銃まで取り出すとは思わなかったのはオレも同じだ。

 

 あくまで大人しそうな彼と共に居た彼女を目当てにした犯行。チンピラ風情とイルザもセルグもたかをくくっていた。

 予想外に銃を取り出されて、誰も怪我無く事を終えられたのは幸運だったかもしれない。

 

「(そんな事よりイルザ、早く退散するぞ。タイミングよく現れてハッピーエンドだなんだってあの男に喰ってかかったんだ。尾行けてた事がバレルだろう)」

 

「(む、確かにそうだな。良し、撤収するぞ)」

 

 セルグの言葉に、イルザはハンドサインで全員に撤収要請を発令。

 コルワとジータは頷き、今一つ理解できていないルリアの手を引いてその場を離脱。ビィも颯爽と飛び立って離脱。

 グランは忍らしくドロン。非常に目立つのは言うまでもない。

 残ったのはセルグとイルザだったが、イルザに動きがない事を不思議に思い、セルグは足を止める。

 

「ん? おい、イルザ」

 

「君――」

 

「え、あ、はいっ!?」

 

 未だ呆けていた彼に向かって歩き出したイルザ。

 どことなく頼りないが、いつの間にか彼女の手を取って自分に寄せていた。

 無意識に守ろうとしていたのだろう。そんな彼の想いが垣間見えてイルザは小さく微笑む。

 

「彼女を守ろうとした姿は男らしかったぞ。例え弱くても、君は勇気のある男だ。今度は彼女との事でも、勇気を出してみると良い」

 

「は……はい」

 

「では、失礼するよ」

 

 小さく言葉を残し、イルザもその場を後にする。

 何故だか置いてけぼりを喰らったセルグが急いで追いかけていくが、もう彼の目にセルグやイルザの姿は映っていなかった。

 イルザの言葉を反芻し、彼は振り返って、意を決したように口を開く。

 

「あ、あの……大変な事に巻き込まれちゃったけど。買い出しの続き、行きましょう」

 

「えっ!? ふふ、そうですね……でも先に、貴方の頬に当てる氷を買いにいきませんか?」

 

 少し腫れ上がった彼の頬へと触れて、彼女は小さく笑みを浮かべた。

 嬉しそうで、楽しそうで。つられて彼も笑みを浮かべる。

 ――良かった。無事であって。

 奇しくも二人が思い描いた事は同じであり、奇しくも二人は同時に手を取る。

 

 小さな、恋に落ちる音が聞こえた気がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てのミッションを終えたイルザ達。

 去り際に見た件の二人は、仲良く手をつなぎ歩いていた。ハッピーエンド一直線な未来を確信した彼女達は意気揚々と会場へと戻ってくる。

 

「はぁ~良かったわね、あの二人。大変な目にもあったけどおかげでハッピーエンドまっしぐらよ」

 

「そうですね。感謝したくはありませんが、きっかけになったあの男には結果的に助けられましたね」

 

「確かに。感謝はしたくないが、おかげで大きな進展にはなったな。

 グラン、ジータ。強力に感謝しよう。それから、巻き込んで悪かった……あの二人には是非幸せになってもらいたくてな」

 

「いえ、僕は別に大したことしてないですし……」

 

「ふふふ、良いですよ。そんなイルザさんだからこそ、私達も喜んで手伝えます。

 ホント、お優しいですよね、イルザさん」

 

「優しい……か。残念だが、それは正しい認識とは言えないな」

 

「え?」

 

「あれを見てみろ」

 

 首を掲げるグランとジータに、イルザが視線で示す。

 そこには、例の軟派男が遠巻きにイルザの様子を伺う姿があった。

 

「あれ、あの人……なんでイルザさんが戻ってきたのにこっちに来ないんだろう? さっきまでしつこく……」

 

「あのチンピラを叩きのめす姿を見たんだろう……大方予想外に暴力的だったものだから近づけないといった所さ」

 

「え~、暴力的って……それなら私達だって」

 

「残念ながら奴をぶっ飛ばしたのは私だ。追撃も含めて完膚なきまでに叩きのめした。あの姿を見れば、大抵の男は腰が引ける」

 

「なによもう、失礼しちゃうわね! こんなに綺麗で気が利く女性なのに、そんな一部始終だけでイルザの事を決めつけるなんて」

 

「もう慣れたよ……あの軟派男には、ついでに私の訓練の様子でも見せてやりたいものだ」

 

「ふふ、それを見たらもっと引いちゃいますね。もっとも、私としてはそんな男こっちから願い下げですけど」

 

「――最近ジータは本当に言うようになったわね……ロゼッタのせいかしら? いつの間にか色んな意味で大人になっちゃって……」

 

 セルグをにとどめをさしたり、軟派男への辛辣な言葉であったり。

 心優しい少女であるのは間違い無いはずの彼女であるが、気心の知れた相手にはどうにも毒を吐くようになった。

 特にセルグやグランに対してはなかなかにひどい。

 それが誰の影響であるのかは定かではないが騎空士としての旅が、仲間達が、彼女を変えたのだろう。

 出会ったばかりの頃の純粋無垢なジータはもういないのだと、コルワは一人胸中で寂しさを抱く。

 

「ん? あの二人だわ。ちょっと私、お話してくるわね」

 

「あ、私もお話したいです。待って下さいコルワさん」

 

 そんなところで会場に戻ってきた件の二人。

 空気も軽く、親しげに会話をしており、繋がれていた手はそのままであった。

 良い感じに進展していると確信したコルワは、野次馬根性丸出しで二人の元へと向かい、ジータもそれに追従する。

 グランはバーベキューに暴走中のルリアを確保しに走り、ビィもその援護に飛び回っている。

 それらを見送ったイルザは、周りに誰もいない静かな空気となり、そっと息を吐いた。

 

 

「…………そうだ。期待を裏切られる事にも、もう慣れた」

 

「嘘吐け。そんな顔して」

 

 一人だと油断していたイルザは、突然聞こえた声に身体を震わせて声の出所へと振り返った。

 

「セルグ!? いつからそこに」

 

「お前があの男の様子を見た時からだな……手酷く断っていた割に、存外ショックが大きそうじゃないか」

 

 先程の独り言と溜め息。そこに乗せられた落胆の念。

 コルワとジータの前では平静を装っていながらも、好意を向けていた男にあのような態度の急変をされて気にならないわけが無かった。

 イルザのそんな気配を感じ取り、セルグは面白くなさそうに言葉を投げかける。

 

「うるさい……私だってそろそろ結婚を考えているんだ。こういった出会いに期待くらいさせろ」

 

「こんなところで出会った連中に、ましてや軟派してくる連中に期待なんかするなよ」

 

 互いを全く知らない者同士。バカンスでの関係などその場だけの浅い付き合いが殆どだ。

 無論イルザとて大きな期待をしていたわけではないが、こういった出会いでも自分の眼鏡に適う男が居ないかと期待位はする。

 そんな彼女の気持ちをセルグの言葉が逆撫でた。

 

「貴様は本当に癪に障る奴だな。なんだ、落胆する私が滑稽だと馬鹿にしたいのか? 

 そんな嫌味を言う位なら放っておいてもらった方がマシだ」

 

 強くなったイルザの語気に、二人の間の空気が悪いものへと変わる。

 イルザは目を合わせようとせず、セルグは驚いたような表情で沈黙を辿った。

 

「――すまない。気を悪くしたなら謝る。こんなこと気にするなよって言いたかったんだ」

 

「ふん、大きなお世話だ」

 

「そう……だな。悪かった」

 

 それだけ言い残すと、セルグはイルザを残してその場を離れる。

 罰が悪そうで、あからさまに力のない声が、妙にイルザの耳に残った。

 

「――セルグ?」

 

 視線で追った背中は何故だか、イルザには泣いているように見えていた。

 

 

 

 

「ふ~ん。これもこれで……おもしろそうね」

 

「え、何か言いました?」

 

「ふふ……やっぱり、バカンスなんだからもう一つくらいハッピーエンドが欲しい所よね。ねぇ、ジータ。ちょっと話があるんだけど――」

 

 そんな二人を見て、何やら怪しげな会話をする二人。

 どうやら一夏の物語は、もう少しだけ続きそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。

 空を太陽が茜に染め、空が海を茜に染める。

 楽しかったバーベキューは終わり、グラン達は感謝の言葉と共に彼等と別れた。

 結局、件の軟派男はその後イルザに接触してくる事は無く、このままこの日は宿に戻ろうという話になっていたところであったが。

 

 

「なんだ、コルワ。こんなところに呼び出して話って?」

 

 

 そんな中、セルグは茜に染まる夕暮れを望める岩場へと、コルワに呼び出されていた。

 

 

 

「また誰か面白そうな二人組でも見つかったか? 言っておくが今日みたいな事は――」

 

「ハイハイ、わかったわよ。私の頭がハッピーエンドだって言いたいんでしょう。もうこれっきりだから大人しく私の話を聞きなさい。

 といっても、その前にちょっと確かめたい事があるんだけどね」

 

「確かめたい事?」

 

 怪訝な表情を浮かべるセルグ。

 そもそも誰かの色恋沙汰に首を突っ込むなと言いたいところなのだが、突然のコルワの問いにセルグは首を傾げた。

 

「ねぇ、セルグ。貴方にとって、団長達は大切?」

 

「――? 何を今さら。大切に決まってるだろう」

 

「それじゃあ私は?」

 

「無論大切だ」

 

 迷う事なく、セルグははっきりと告げる。

 大切な仲間。守るべき人達。

 セルグにとってはグランもジータも、その他の仲間も皆、失えない大切な存在である。

 守らなければいけない……魂に刻まれしその使命は逆を言えば失えない事と同義であり、セルグは誰も失う事を許されない過酷な生を強いられている。

 コルワも、セルグの事情は知っているし、この回答は予測できていた答えだった。

 そんな分かり切った事を聞くために呼び出したわけではない。

 軽く笑みを浮かべていたコルワは真剣な面持ちとなり、核心となる問いをセルグへと投げかける。

 

 

「それじゃ私と……ゼタやヴィーラちゃん達を比べたらどっちが大切かしら?」

 

 

 即答していたセルグが口を閉ざした。

 普通の人であれば迷う事は無い問いだ。

 ヒトであれば、そこには優先順位がある。関係性には程度がある。

 どれだけ美辞麗句を並べようと、優先するべき関係としない関係があるのはヒトであれば当然だ。

 だが、それはこの男には当てはまる事ではなかった。

 

「馬鹿な事を言ってるなよ。そんな事比べられるわけ」

 

「そうよね……きっと貴方はそう。貴方にとっての大切な人は”ヒト”……もっというならこの世界に生きる人々だものね」

 

 分かったように言葉を続けるコルワに、セルグは僅かに苛立ちを募らせる。

 それをわかっているなら何故聞いたのかと。訝しむ視線がコルワへと向けられた。

 

「何が言いたい?」

 

「私ね、気になってたの。貴方にとっての大切ってなんだろうって。

 貴方はこれまで多くの人を助けてきた。多くの人を抱えて守ろうとしてきた。

 きっと貴方は知り合った人々を……親しくなった人の全てが、貴方にとっては大切になってしまう。

 それなら、貴方の本当に大切なヒトは誰になるんだろうって」

 

「だから何が――」

 

「ねぇ。なんで貴方はアイリスさんを……モニカさん達を愛したの?」

 

「何でって……それは」

 

 セルグは言葉を詰まらせる。

 何故愛している? そんな事を言われてもすぐに言葉を返せるわけがない。

 基本セルグは不器用で鈍感だ。コルワの様に好意や愛を敏感に感じ取れるわけではないのだ。

 

「貴方にとって親しい人は皆、守るべき大切なヒト。それなら、なんでルリアちゃんやジータは愛する人ではなくて、ゼタ達は愛する人と成りえたのかしら。

 好きだと言われた? 愛していると言われた? 多かれ少なかれ他の仲間達も皆、貴方の事を愛している。

 直ぐ消えてしまいそうで、すぐ壊れてしまいそうな貴方の事を……イルザもそう、貴方の事をきっと愛していると思うわ」

 

「なんでそこでイルザが……」

 

「見てればわかるわよ。イルザ、ずっと貴方の態度に不満を持ってたもの。あれは貴方がイルザの想う男性として足りなかったから……女として、好きな相手をもっと好きに成りたいと思う気持ちの表れよ」

 

「馬鹿を言え。イルザはオレがゼタやモニカ達を愛している事を知っている……根無し草ってのは三人もの人を愛しているオレを皮肉った呼び名だ」

 

 イルザのの割とひどいセルグへの態度の理由をセルグ自身は理解しているつもりである。

 イルザ自身が純粋で全うな愛を好む人間だ。必然、一人を選ぶことができず三人の女性と関係を持っているセルグの事を良く思っているはずがない。

 

「だから、イルザが貴方を好きなわけが無いって?」

 

「はぁ――結局何が言いたいんだ、コルワ」

 

 溜め息を吐いて、何が言いたいかをはっきりさせようとするセルグ。

 コルワはそんなセルグに”例えばね――”とまるで子供をあやす様にゆっくり問いかけていくのだった。

 

「もし、貴方にゼタやヴィーラちゃん達の様に愛する人が居なくて、それでもし今日イルザに愛していると告げられたら、貴方はどうする?」

 

 コルワの言葉にセルグの脳内で、目の前のコルワをイルザに置き換えた光景が流れる。

 僅かに恥ずかしそうな表情を浮かべながら、それでも自身に向けて愛を語るイルザのしおらしい姿。

 普段の態度との違いが彼女の魅力を恐ろしいまでに高めて、思わずセルグの顔に熱が集まる。

 

「っ!? そんなもん……知るか」

 

「そんなに顔を赤くしてたら答えが丸わかりなんだけど……要するに嬉しいのよね」

 

「それは……やはりオレにとってイルザは互いをよく知る理解者であり大切な人で……だからさっきも、あいつが悲しむ顔は見たくなくて……だから、その。

 あぁ、もう! そうだよ、大切なイルザから愛を告げられたら嬉しいに決まってんだろ!」

 

「ふふ……つまりそういう事。

 貴方にとっての特別な人っていうのは、想いを言葉にして確かめた人。

 貴方がいくらその人を大切に想っていても、貴方自身では大切な人達への想いに順位はつけられない。何故なら貴方にとっての大切は貴方が抱える全てなのだから。

 想いを伝えられて初めて、貴方はその人を愛する人として認識できるのよ」

 

「――だから、それがなんだって言うんだよ」

 

「つまり、貴方にとっての特別な人は、言葉で想いを伝え合って初めて成れるということね。

 さて、というわけで――――後は頑張ってね。イルザ」

 

「は?」

 

 コルワの長い講釈が終わったかと思えば、突然のイルザをよぶ言葉にセルグは面食らう。

 だが、同時にコルワの背後。岩場の陰から出てきた女性の姿を見て、セルグは見る見る表情を変えていった。

 

「――セルグ」

 

「い、イルザ!?」

 

 僅かに頬を赤くして、先程セルグの脳内を彩ったままの姿で現れるイルザだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルグとイルザを岩場の所に置いてきた二人。

 先程の状況を作り出したコルワとジータは清々とした顔で歩いていた。

 置いてきた二人をしっかり視界に入れながら歩いているのはご愛嬌。

 こんな面白いネタ、見逃すわけにはいかない。

 

 

「ふふ、上手くいったわね、ジータ」

 

「ハイ! まさかイルザさんがセルグさんを好きだとは思いませんでしたけど……どうしてわかったんですか?」

 

「端的に言ってしまえば勘よ。あそこまで他の人の幸せを願える人がなんで幸せを見つけられないのか。そこにはやっぱり理由があるのかなって。考えてみれば簡単だったわ」

 

 コルワの言葉に、ジータは指を当てて考えをはじめる。

 なんてことは無い、それほど時を置かずに、ジータもその答えに辿り着いた。

 

「――――そっか。自分では上手くいっていないからこそ、何とかしてあげたい。そんな気持ちの表れという事ですか」

 

「正解。そう言う事なのよねきっと。

 イルザにとってセルグは一度は殺したいほど憎んだ相手……だけど救われて、好きになってしまって。でも過去の事があるから素直に愛情を向ける事は出来なかった。

 ヒトではないセルグは自分に向けられる愛を言葉にしなければ信じられない。だから、イルザの想いは届く事がなかったのよ」

 

「なるほど……」

 

「セルグはセルグで、落ち込んでたイルザを見てはっきりと態度が変わっていたから大切に想っている事は丸わかりだったからね。

 傑作だったでしょ? イルザに邪険にされてへこたれてるセルグの様子は」

 

 思い出したのか、ジータは思いっきり噴き出して笑う。

 そうだ、イルザに邪険にされグラン達の元へと戻ってきたセルグの姿は色々と不安になるくらいに暗い顔をしていた。

 

「あはは! 確かにすごい落ち込み様でした。あんな言葉、イルザさんにとっては平常運転じゃないかなって思ってましたけど、セルグさんとんでもなく落ち込んでて」

 

「ホント、ああしてみると可愛い奴よね。普段は冷静ぶってるけど、大切なヒトが傷つけられるととんでもなく怒るし、悲しそうな顔をみるといたたまれなくなって何とかしようとする。ついでに嫌われたと思うと滅茶苦茶に落ち込む。

 やっぱり、どこか普通のヒトとは違うわよね……」

 

 考えてみれば、彼の母となる存在もやはりヒトとは違う心の在り方をしていた。

 あちらの方がヒトと関わっていない分セルグよりずっと無垢だが、それでも全てを守ろうとし、全てを大切にしようとするセルグとはやはり似通っている部分がある。

 

「はい……本当に、只々優しくて。自信満々なのに心のどこかで怯えてて……だから私は、あの人を一人にさせたくなくて、騎空団に誘ったんです」

 

「ジータの慧眼は本当に凄いわね。貴方のその目をもってすればいかなるハッピーエンドも見つけられそうよ」

 

「それ、おもしろそうですね。折角仲良くなれましたし、イルザさんとハッピーエンド同盟でも結成しましょうか」

 

「いいわねそれ。ロゼッタやアルルメイヤも誘いましょう。きっと力になってくれるわよ」

 

「ふふふ、こうしちゃいられません。早速グランに結成の申請を――」

 

 こうしてテンションの上がった二人によって、また一つグランの頭痛の種が生まれる事になった。

 ちなみに活動内容は”それっぽい気配のありそうな二人をくっつけよう”作戦が主であり、仲間達にはありがた迷惑な騒ぎばかりを引き起こすことになる。

 また、余談ではあるが結成から僅か数カ月でグランと、たまたまグランサイファーに訪れたリーシャによって徹底的に取り潰しをされたことになり、短命な同盟であった、と後のコルワ氏は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ハメられた。

 

 纏まらない思考をぐるぐると回しながら、セルグは胸中で頭を抱えていた。

 尋問めいたコルワの質問におかしいとは思っていたが、まさか誘導尋問的に自分の想いを晒させて、更にはそれをこっそり呼び出しておいた本人に聞かせるなどとは予想できるはずがなかった。

 その結果が今の惨状だ……

 目の前で顔を赤くしているイルザにいつもの凛々しい気配はない。

 当然だ、たった今告白紛いの事をされたのだ。それも、コルワの言うとおりであれば意中の相手。

 羞恥に顔を染めるぐらいは、いかに女傑な彼女と言えど……いや、コルワとジータの会話から察するにイルザだからこそ、今の状態になっていると言えよう。

 それはセルグにとって破壊力があり過ぎる姿であり、先程自分が言葉にして想いを曝け出した事もあって、余計に彼女のそんな姿を愛おしく思えてしまう。

 

「あの、その……イルザ」

 

「っ!? な、なんだ?」

 

「い、一応聞いておくが……どこまで聞いた?」

 

「どこまでって……お前がコルワに呼び出されるより早くにジータにここへ呼び出されていたんだ。

 ――最初から、聞いていた」

 

「そ……うか」

 

 全てを聞かれていた。

 それだけわかり、セルグは口を閉ざす。気恥ずかしさはもうそれほどでもない。

 だが、先程怒らせたことがセルグの心を不安にさせる。

 そのまま何も言えないセルグに、イルザは小さな声で呟いた。

 

「――貴様は卑怯だ」

 

「え?」

 

「あの軟派男の肩を持ってバーベキューの約束を取り付けたかと思えば、落ち込む私を元気付けようとしたり……今日はお前のせいで振り回されっぱなしだ」

 

「それは……あの男の事を好きになって、もしお前が幸せになれるならそれで良いと思ったんだ……でもあの男はお前には相応しくなくて、落ち込むお前が見ていられなくて……だから、気にするなって言いたくて」

 

 自信なさげに、セルグの声が小さくなっていく。

 そう。セルグにとっては、大切なヒトを愛する事が重要なのではない。

 重要なのは大切なヒト達が幸せである事。大切なヒト達が悲しみに暮れない事である。

 だからセルグはイルザの幸せの為にと軟派男の誘いに乗り、その男のせいで落ち込むイルザを見ていられなかった。

 対して、イルザは軟派男の誘いに乗ったセルグに怒りを覚えた。

 セルグがあの誘いを自分に勧めるとは思わなかったのだ。振り払ってくれるものだろうと、少なからずセルグの対応に期待をしていた。

 そして、その後に落ち込む自分を慰めに来たセルグに困惑した。

 

「あのような軽薄な男……私の好みではないと断る態度でわかるだろう。何故お前は私の事をわかってくれないんだ。私は最初からお前しか見ていないと言うのに」

 

「お前の態度を見て、お前がオレに好意を抱いていると思えるわけないだろう。蹴り上げられてそれを好意だと思うなんてオレはお前の訓練生と違ってマゾヒズム持ちじゃねえぞ」

 

「くっ……確かに私も以前の事があったから素直にお前へ好意を抱く事が出来なかった。

 後ろめたかったし、お前には小犬達もいたからな。だが、それでもお前には私の気持ちを理解してほしかったんだ!」

 

「無茶をいうな! オレにそこまで女心がわかったら苦労してないんだよ! ゼタ達ですらオレはまだつかみ切れてねえのに、そんな紛らわしい態度を取られて気づけるか!」

 

「だからお前は理解が足りないんだ! 私は……今よりもっと以前から、お前の事を好いていたと言うのに」

 

「――なんだって?」

 

 少々荒々しくなった口調と空気が露散する。

 なんだか予想外な言葉を聞いた気がする、と、セルグはイルザの言葉を反芻する。

 今よりもっと以前……? それはいつからだ? 

 まるで嵐でも過ぎ去ったような、茫然とした顔をしているセルグに、イルザは不服そうに口を開いた。

 

「気づかなかったのだろうな。

 私は訓練生時代から……ユーステスと共に駆けるお前の事を好いていた。

 冷静で猛々しく、不遜で仲間思いな。そんなお前を私はずっと一途に想っていた」

 

 キッと睨み付けながらも頬を赤らめ、イルザはずっと抱いてきた想いを打ち明ける。

 それはセルグが思っていたよりもずっと以前から。それこそ、出会った時に近い頃からの話であった。

 

「ずっと……抱いていた。想っていたと言うのに。信頼して託したアイリスにお前は手をだし、その後に再会したお前は更に三人の女性と関係を持っていた。

 これで、素直に成れるわけが無いじゃないか!」

 

 露程も知らなかった彼女の想いに、セルグはその愛の深さを認識した。

 だとしたら、自分は一体どれほど彼女の気持ちを疎かにしていたのだろうかと、罪悪感が胸を締め付ける。

 

「――すまない、本当に。全然気付かなくて」

 

「今更良い。あの時のお前は戦士でしかなかった……仲間思いではあってもアイリスと出会うまで、お前の頭には戦士としての戦いしかなかった」

 

「それは否定しないが、それでもずっとオレの事を想っていたなんて……オレはお前に何もしてやれてないのに」

 

「見返りを求めている等と思ってくれるな。私が好きだからお前を愛していたんだ。そこにそんな邪な想いはない」

 

 背後へと振り返り、イルザはセルグから目を逸らした。

 言葉にしてから感情が溢れてきてしまったのだろう。僅かに拭う仕草を見せる彼女の姿に、セルグは何も言えなかった。

 これまでに彼女に投げた言葉の数々が、彼女をどれ程傷つけていたのか。

 想像しかできない愚かさに怒りが募る。

 

「――すまない」

 

「だから良いと――」

 

 振り返ったイルザの言葉を遮る、僅かな衝撃。

 気が付くと、イルザはセルグの腕の抱きしめられていた。

 

「――セルグ?」

 

 これは愛情表現の為の抱擁ではない。

 イルザにはそれがわかった。

 身体を震わせている様は、まるで助けを求めた子供のように思えたのだ。

 

「――何でなんだ?」

 

「何がだ?」

 

「どうして、お前はそんなにも……オレなんかを……」

 

 信じられなかった……愛される理由が無いと。

 

「オレは、お前に託されたアイツを守れなくて、お前の大切な教え子たちを奪って……」

 

 それは彼の罪。そして彼女を狂わせた元凶だ。

 彼女の生き方を変えてしまった、逃れられない事実だった。

 彼女に謝ることはあっても愛されることはありえないはずだった。

 

「オレは、お前に謝ることしかできないのに」

 

 消え入りそうな声で、懺悔するセルグの姿に、イルザは小さくため息を吐いて抱きしめ返す。

 乗り越えた……そう思っていたが、未だにこの男は過去の守れなかった事を悔やんでいる。

 変えられない過去を未だ引き摺っている。

 

「はぁ……やはりお前は随分と変わったな。昔のお前はそれほど弱い声を漏らすことはなかったぞ」

 

「当たり前だ。あの頃と今では背負っているものが違う」

 

「変わらない事もあるだろう。弱々しくなろうとも、昔と変わらずお前はそうやって優しいままだ」

 

 優しくそう告げ、イルザはセルグの背中に腕を回して撫でつける。

 仲間を守り戦う……その姿が、いつもイルザの目には焼き付いていた。

 危険の最前線に飛び込み、その身を削って戦う姿にはいつも胸が締め付けられていた。

 いつしか、彼が無事でいる事に安堵するようになっていた。

 口では否定する仲間の為の戦い。その無茶な戦いが彼の優しさなのだと理解するのにそう時間は掛からなかった。

 その姿が変わらないからこそ、今に至るまで彼を想い続けていたのだ。

 

「それが……」

 

「あぁ、お前を好いている理由などこれで十分だよ」

 

「そんな事で……」

 

「さっきのコルワの話にもあったが、お前のその優しさには順位が無い……だから私も含め、皆がお前を愛している」

 

 合わせていた身体を離し、イルザはセルグの顔を見つめる。

 交差する視線には、片や戸惑いが。片や慈愛が満ちていた。

 

「怯えるなセルグ。愛されていると受け入れろ。お前はそれに値するだけ、同じようにみんな(世界)を愛してきたのだから」

 

 ストンと、心に染みわたるように……イルザの言葉がセルグの不安を消していく。

 疑わないでくれ、拒まないでくれ……この想いを否定しないでくれ。

 強いまなざしで在りながら、その表情には少しの不安を浮かべて。

 語り掛けるようなイルザの視線に、セルグは言葉以上に彼女の想いを知る。

 

「イルザ」

 

「なんだ?」

 

 迷いのあった瞳にゆるぎない意志を宿らせ、セルグはイルザを見つめた。

 成り行きではなく、己の意思で。この想いを伝えなくてはいけない。

 それが、これまで彼女を傷つけてきた自分の最初の償いだ。

 

「ちゃんと伝えたいんだ。聞いてくれ」

 

「あぁ、聞かせてくれ」

 

 アガスティアで自分は彼女に伝えたはずだ。

 彼女は幸せにならなければいけないと。

 ならばそれは、彼女の想いを知った今自分のなすべきことだ。

 

 

「――――愛している」

 

「私もだ」

 

 

 

 僅かな間を置いて。夕暮れで伸びた、二つの影がそっと小さく重なった……

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 朝もまだ早い時間に、セルグは出立の準備をしていた。

 僅か一日だけの休日を過ごし、今日からまたあちこち奔走しなければならない。

 まずは組織の任務からである。

 

「ほら、セルグ。襟が曲がっているぞ」

 

「あ、あぁすまない」

 

 そんな準備中のセルグの傍ら、乱れた服装を正そうと甲斐甲斐しく世話するイルザの姿があった。

 昨日までの彼女からは想像できない、優しく丁寧な手つきでセルグの服を直し、僅かに微笑む。

 満たされた……本当に綺麗な笑顔であった。

 

「食事はちゃんととったな。応急薬は大丈夫か? それから、天ノ羽斬も問題が無いか確認して――」

 

「大丈夫だ。ちゃんと任務後には必ず確認している。それに今回はユースと一緒なんだ。そんなに心配しなくてもオレとアイツなら大丈夫だよ」

 

 一つ一つ確認を始めるイルザを制して、セルグは小さく笑う。

 こんな関係も嬉しく新鮮ではあるが、如何せん彼女の背後ではグラン達騎空団の面々が見ているのだ。

 気恥ずかしくてたまらない。

 

「そうか……そうだな。すまなかった。今日は、帰ってこれるのか?」

 

「あぁ~ちょっと厳しいかもな。探し出す場所が街中だ……必然、周囲への被害を考えて夜での行動になる」

 

「そう……か」

 

 セルグの言葉を聞いて見るからに落ち込んで見せるイルザ。

 視線を落とし、耳が折れたその様はセルグに恐ろしい罪悪感を生み出した。

 

「どうしても無理……なのか?」

 

 極め付けの懇願するような言葉に、セルグの自制心が壊れる。

 目の前の愛しい人を抱き寄せて、その存在を確かめるように力を込めその温もりを感じた。

 

「そんな顔するなよ……厳しいだけだ。日付が変わる前には帰るよ」

 

「そうか! それじゃあ食事を用意して待っているよ」

 

「あぁ。それじゃ、行ってくる――ヴェリウス!」

 

 ヴェリウスを呼び出し飛翔。

 砂糖を吐きそうな程の甘いやり取りをグラン達に見せつけて、セルグは任地へと飛び立った。

 

 後に残るのは嬉しそうにそれを見送るイルザと、辟易した様子を見せるコルワ。

 それから、まだ今日もバカンスを満喫する予定の、困惑に顔を染めた騎空団一行だけであった。

 

 

 常夏のアウギュステの浜辺に、その日は熱い風が吹き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おふざけNG編。

 

「なに、あの新婚夫婦?」

「あ、あはは。流石にちょっと予想外でしたね……」

「なぁグラン。セルグとおっかない姉ちゃんは一体どうしたってんだ?」

「さぁ……僕にも一体どうしたんだか」

「何言ってるんですかグラン。あれは所謂NTRってやつだってジータの本で――ふがっ!?」

「る、ルリア~、その事は誰にも言っちゃダメって言ったわよね~」

「――――ジータ。ちょっとリーシャさんにお願いして部屋の検分をさせてもらうよ」

「待って! やめてグラン! それだけは!」

「ダメよジータ。そんな悪しき性癖を持っていたら、ハッピーエンドには辿り着けない。

 グラン、急ぎなさい!」

「了解っ!」

「いやぁあ! 私の宝物が!!」

 

 

 走るグラン、追うジータ。それを止めるコルワ。

 今ここに、ジータ団長の誇りと威厳とプライドとお宝を掛けた、壮絶な戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「ジータさん、残念ながらギルティです。秩序の騎空団の名において、ジータさんの宝物の処分を執り行います…………秩序の一閃!!」

「いやあああああああ!!」

 

 

 爽やかな空に、少女の悲痛な叫びが広がった……

 

 




如何でしたでしょうか。

心情描写が難しくてかなり苦戦しました。
イルザらしい魅力、イルザらしからぬ魅力。
そんな作者の描きたいイルザの魅力を書きたくて頑張ってみました。
残念ながら本編寄りな描写が多く、受け入れられない人もたくさん出てきてしまいそうな短編となりましたが、作者はこの話を読み返してニヤニヤできたので満足です。

おふざけNG編は気にしないでいただきたいです。
気の迷いと、ギャグテイストを入れようとしてやめた没ネタです。

次回からは本編を再開していきます。
それでは。お楽しみいただければ幸いです。

感想お待ちしております。


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アフターエピソード ジータ編 前編

お待たせしました、キャラクターエピソード。
第一弾はジータ編。

題名通り、本編後の時系列で描いていきます。

それではお楽しみください。



『貴男に抱く恋心』

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は、只の同情だったと思う……

 

 

 

 哀しい境遇。辛い過去。消せない憎しみ。

 

 そんな彼の姿にありきたりな同情を抱き、私は仲間へと誘った。

 

 共に居る事で彼の心が癒されるなら……救われるなら。

 

 浅はかで不遜な考えだが、本当にありきたりに“可哀想”等と思っていた。

 

 

 

 彼は、そんな私の同情など歯牙にもかけない様に皆と打ち解けていった。

 

 頼りがいのある背中は常に私達の前を歩き、芯のある声は皆を勇気づけた。

 

 その強さも相まって、彼の存在が私達の中で大きなものになるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに眠る男を殺します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ時を過ごして幾許か、ある時仲間のヴィーラさんが言い放つ一言が私の心を抉った。

 

 彼の存在は危険だと、不安な要素は消しておかなければならないと。

 

 その強さ故の危険性を説き、ヴィーラさんは彼を殺すべく剣を抜いた。

 

 

 

 その時の私は……きっとまともに思考できていなかったのだと思う。

 

 大切な仲間。私にとって団員は家族同然だった。そんな団員同士の諍い……いや、諍いなんてものではない。殺し合い。

 

 目覚めた彼とヴィーラさんが言葉を交わし、険悪な空気をそのままにチカラを解放し戦いを始めた。

 

 空中へと飛び出した二人の戦いを止める事適わず、私達は見てる事しかできなかった。

 

 互いに星晶獣のチカラを纏い、一進一退の攻防を見せる。

 

 ヒト一人が振るうには規格外なチカラ同士のぶつかり合いは、瞬く間に仲間の誰もが入り込めない異次元の戦いへと突入していく。

 

 苛烈さを増していく戦いに、二人の内どちらかが命を落とすのは容易に幻視でき、次第にボロボロになっていく彼の姿に無事を願うことしか……私にはできなかった。

 

 

 

 やめて──その言葉を胸の内に燻らせたまま私の心は悲鳴を挙げていた。

 

 

 

 

 

 戦いは、限界を超えたチカラを酷使した彼によって終わりを迎える。

 

 星晶獣ヴェリウスとの最深融合。己の身を顧みないチカラの解放によりヴィーラさんを気絶に追い込み、彼は最小限の被害で戦いを終わらせた。

 

 命を取り合うことなく、仲間同士の殺し合いは幕を引いてくれたのだ。

 

 

 

 双肩に乗っかっていた重石が零れ落ちたように、二人の無事に安堵する。

 

 二人の為にと、艇からヒールポーションを取ってこようと急いで足を動かした。

 

 騎空士は危険が伴う職業である。いざと言うときの為の治療薬はある程度確保してあった。

 

 備品箱を開けポーションを二本取り出し再び走る。どれだけの怪我をしているかわからない以上、1秒とて惜しい。

 

 

 

 間に合って……そう願いながら辿り着いた先、既に彼の姿は無くなっていた。

 

 

 

 グランから彼が私達の下を離れた事を告げられ、私は崩れ落ちるようにその場にへたり込んでしまった。

 

 二人がちゃんと生きている事に安堵すると同時に、大きな喪失感が私の中に残った。

 

 心に穴が空いたような喪失感。団員の誰かが居なくなるという事を、私はこの時まで一度も考えた事が無かった。いや、正確には考えた事はあっても意図してそれを意識する事を避けていたのだろう。

 

 ずっと一緒に居られる。共に過ごすことができる。幼い子供のような根拠のない自信を、目の前に現実を突きつけられるこの時まで抱き続けてきたのだ。

 

 

 

 だからこそ、彼が居なくなった現実は私の心に大きな穴を開けた。

 

 

 

 意気消沈な仲間達と一緒に自室へと戻ると、ギリギリの状態で保っていた団長の仮面を剥ぎ取り、私は声を押し殺して泣いた。

 

 一度堰を切った涙は、止まる事なく流れ続けた。

 

 何で……どうしてこんな事になったのか。グルグルと答えを見いだせないまま、ただ疑問が回り続けた。

 

 

 ヴィーラさんが気づいていた彼の危険性……それはあくまで可能性だ。

 

 確実な未来ではない。彼を殺す必要があるとは思えなかった。

 

 

 だが、その危険性はゼロでもない。

 

 

 涙を流しながら私は……ヴィーラさんの言葉から目を背けることしかできなかった。

 目を向けてしまえば、一緒に居られなくなる可能性を意識せざるを得ない。それが……怖かったのだ。

 

 

 

 その日の夜、私達はヴィーラさんの真意を聞かされた。

 

 彼の異常性、彼の危険性……そして、彼の可能性(みらい)

 

 既に限界は近づいていた。

 彼の心も肉体も。

 

 ヴィーラさんは、彼を殺したかったのではない……私達を守り、そして何より彼を救おうとしていた。

 

 それは彼の事を本当に理解していなければ、できなかった事だろう。

 

 心を開いて全てを明かしてくれたヴィーラさんと、私達はあの日真の意味で仲間に成れたと思う。

 

 

 

 ヴィーラさんの話を聞き、皆一様に心配を募らせていたが、意外にも彼との再会はすぐだった。

 

 帝国中将ガンダルヴァによって陥落したアマルティアの拠点。

 その奪還の為にリーシャさんに同行した私達は、合流地点となる秩序の騎空団の隠れ家でセルグさんと再会した。

 

 ヴィーラさんとの戦いの後遺症というべきか。

 本調子には程遠く、戦力としては期待しないでくれと語った彼であったが、無事な姿と声を聞けただけで私の心を安堵に包まれた。

 

 

 でも……そんな私の安堵を嘲笑うように、事件は起きた。

 

 

 その日の夜に、人目を忍んでどこかへと向かうヴィーラさんを見かけて嫌な予感がした私は、その後を追った。

 その先に居たのは案の定、ヴェリウスと話をしていたセルグさんだった。

 出会い頭にシュヴァリエによる拘束──まさかアルビオンでの続きを、とも考えたがよく見るとヴィーラさんは帯剣もしておらず、一先ず私は様子を見る事にした。

 

 すぐさま二人の影が重なる。ほんのり目を細めて視界を隠しながらも肝心のシーンに目を凝らしてしまった……そんな気はしていたけれど、いざ目にするとやはりヴィーラさんの胆力には驚かされた。

 手足を拘束しての一方的なキスなんて……ヴィーラさんぐらいしかできないと思う。

 

 そんな事を考えながら、一先ず不穏な気配は無さそうだと安心した私の耳に二人の会話が聞こえた。

 

 

「貴方は自分の命を顧みない。貴方の精神は危うい。貴方は、過去の事件の罪の意識から、どうにか自分の死に場所を求めている。そうではありませんか?」

 

 

 耳に届いた言葉──その意味を理解して、思わずその場に立ち尽くしてしまう。

 死に場所を……求めてる? 

 ヴィーラさんの言葉に彼は否定する素振りを見せなかった。それはつまり、ヴィーラさんの言葉が的を射ているのだろう。

 

 

 ──気が付けば、その場を後にして皆がいる秩序の騎空団の隠れ家へと足を向けていた。

 

 

 脳裏に反芻するヴィーラさんの言葉。

 再会して、彼の無事に安堵した私の心を堕とすには十分であった。

 

 脳裏をよぎっていく、彼が居なくなる未来。

 それは想像した瞬間に吐き気を催すほどに、私の心を揺さぶった。

 

 無理だ……これは耐えられない。

 失うことを知らない私はきっと、その喪失感を御しきれないだろう。

 

 だから、絶対に誰も失わないと決心した。

 仲間の誰も失わない。どんなことがあっても守って見せると。

 

 

 

 

 

 でも、懸念は現実へと変わった……

 

 

 

 

 浮かび上がっていく、尋常ならざる気配。

 ヒトの身を捨て、完全なる調停の翼として自身を昇華したセルグさんが最後の光と共に消えていく。

 

 声を挙げられなかった。

 行かないで欲しい……消えないで欲しい、と。

 それは既にゼタさんとグランがやっていた。それでも、彼の意思は何者も止められない。

 故に、私が声を挙げることなど無意味で……私はただ溢れ出しそうな悲愴の感情を必死に押し殺すことに努めるしかなかった。

 

 

「うっ……あぅう……セルグぅ────!!!」

 

 

 ゼタさんの慟哭が響き渡る中……世界は、私達から彼を奪っていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 グランサイファーのとある一室。

 

 その扉の目の前で、沈痛な面持ちのまま立ちすくむのはグランであった。

 

「ジータ……居るんだろ?」

 

 扉の先、居るであろうはずの片割れに声を掛けるも返事は無い。

 それも仕方ないか……とグランは目を瞑る。

 アガスティアでの戦いからまだ数日。あの日、誰とも会話することなく部屋へと閉じこもってしまったジータの様子を考えれば、今の状態にも頷ける。

 

 ジータにとって団員は家族である。

 幼き頃より両親の居なかった二人にとって、騎空団の仲間こそが最も近しい間柄であり家族なのだ。

 とりわけジータは父母の居ない中グランとビィの面倒を見てきたせいか、寄りかかれる仲間への依存が強い。

 そんな中、アガスティアでセルグが消えてしまった事はジータにとって大きく心抉られる結末だっただろう。

 

 だが、それで塞ぎ込んでばかりもいられない。

 

「ジータ、入るよ」

 

 意を決した様に、グランは返事の無い部屋主に断りを入れ、部屋へと踏み込んだ。

 

 踏み入るとツンと鼻をつく、篭った臭い。

 暗がりの部屋に明かりをつければ、ひどい顔をした彼女がいた。

 腫れ上がった目元。艶やかだったはずの髪は見るも無残なほどバサバサに。唇は渇きひび割れ、身に纏う衣服はよれよれであった。

 

「ひどい姿をしているよ……ジータ」

 

「何? 何の用?」

 

 あられもない姿……であったが変化はそれだけにとどまらず、ひどい皺がれた声。

 身内のひいき目抜きにしても見目麗しいはずな双子の妹の変わりように、グランは驚愕を隠せなかった。

 

「皆心配している……気持ちはわかるけど、こうやって部屋に籠ってても何も──」

 

「うるさい」

 

 余計な言葉をつけず、端的にジータは拒絶の意を示す。

 今こうしてグランと話すことすら億劫──そんな気配が見て取れた。

 

「ジータ、こんなんじゃセルグだって──」

 

「うるさい!!」

 

 爆発したように声を挙げる。

 セルグの名前が出た瞬間に、ジータの形相が変わりグランには鋭い視線が向けられた。

 数日振りに大きく息を吸い、大きく声を張り上げたジータは堰が切ったように感情が溢れ出て、涙をこぼしながら口を開いた。

 

「なんで、なんでそんなに平気でいられるの! 私達は彼を犠牲にしたんだよっ! 

 私達にとって大切な仲間を……大切な、家族を……世界を守る為にって……」

 

「それは違うジータ。セルグは自らの意志で使命を果たしたんだ。

 犠牲じゃない……彼は死んだわけでもないし、僕らが悲しむ様な事は望んで──」

 

「綺麗事言わないで!! そんなの自分を納得させるための言葉遊びでしょ!」

 

「っ、いい加減にしろ!!」

 

 渇いた音が部屋を揺らす。

 騒がしかった部屋に静寂が過ると、ジータは打たれた頬を抑え呆気にとられながら、叩いた張本人であるグランを見た。

 二人とも滅多に声を荒げて怒るような事は無いが、今この時は互いの怒りが爆発していた。

 

 ジータは綺麗事でごまかすグランを。

 グランは塞ぎ込んで彼の遺志をないがしろにするジータを。

 どちらも正しくどちらも間違いと言える。

 

 確かに、言葉遊びだ。

 どんな綺麗事を並べようと、結果は変わらない。彼はもうこの世界に居ないし、世界の為に消えた事実は変わらない。

 世界の為に大切な仲間を犠牲にしたと……ジータの言うことは間違いではない。

 

 同時に、彼の事を思えばグランが言うことも間違いではない。

 こんな風に、ジータが塞ぎ込む事も二人が言い争うようになる事もきっと彼は望まないはずだ。

 消えてしまった者の想いを騙る事は憚られるが、それでも仲間であった彼のこれまでを見ればこんな光景を望まないだろうと確信できる。

 

「グランの……人でなし」

 

「ジータのわからずや」

 

 納得できず、声は収まっても互いの睨み合いは続いた。

 

 二人とも胸の奥では互いの言い分を理解している。

 グランはジータの塞ぎ込む気持ちを分かっているし、ジータはこのまま塞ぎ込む事を彼が望むわけがないということを理解している。

 だが、それを素直に認められないのが感情なのだ。

 互いに自身の感情を理解して欲しい。互いの言い分を理解しているからこそ、二人は自分の気持ちを理解して欲しいのだ。

 

 

「────った」

 

 

 静かに、ジータの呟きが聴こえてグランは眉を顰める。

 

「最後まで、あの人はわかってくれなかった……自分を顧みず、最後まで己を犠牲にしていった」

 

「……うん」

 

 絞り出すような声で独白するジータの想いをグランは黙って聞いていく。

 

「最初はただの同情だった……大切なヒトを失って、復讐に生きていた彼をただ可哀想って思っただけだった。でも彼は、そんな事歯牙にもかけないように私達の前で戦い続けて。

 何度も何度も自分を大切にして欲しいって言ったのに、自分の事はいつも二の次で……私達を守ろうとして。

 あんなに壊れかけて、あんなに苦しんでいたのに。

 本当は私達が守らなきゃいけなかった……守られるべきは彼だったんだよ」

 

 ザンクティンゼルで彼の母親とも約束したはずだった。

 彼の使命など関係なく、自分達は世界を守ると。誰も犠牲にならない、最良の未来を掴み取ると決意していたはずだった。

 

 壊れかけた彼を犠牲にせずに、世界を守って見せると決めたはずだった。

 

「私達がしっかりしていればっ! ロキにも、アーカーシャにも、ルリアを奪われることなく彼が犠牲になる事はなかった。

 帝国の連中なんか圧倒して、アーカーシャの起動を阻止できていれば……こんな結果には、ならなかったんだよ」

 

「うん……わかってる」

 

「彼が消えたのは……私達が弱かったから……なんだよ……」

 

 最後は嗚咽と共に独白を終えるジータ。

 涙を零しながら語るジータの胸にあったのは悲愴ではなかった。

 ただひたすらの後悔……自分達が至らなかった結果が招いた事への後悔であった。

 

 無論、至らなかったとはジータの言だ。

 実際問題として、アガスティアでの戦いにおいて彼等が手を抜いていたわけでもなければ、力が及ばなかったようなわけでもない。

 各々が、実力通りの……ともすれば皆限界を超えてまで戦い抜いたのだ。

 そうしなければ、今の世界は無くなっていたはずだ。

 

 誰にも……他ならぬジータにも、落ち度などあるはずがない。

 

「ジータ……慰めにはならないかもしれないけど、聞いてくれ。

 気持ちは僕だって痛い程わかる。でも、こんな風に塞ぎ込むのは絶対に間違ってる。彼が何故最後まで自分の身を犠牲にしたのか……それは世界を守る事もそうかもしれないけど何より、僕達を守りたかったからに他ならない。僕達が笑って生きていける世界を守りたかったからだ。

 セルグの事を想って涙するのなら、僕達はセルグの事を想って前を向いて生きていかなくちゃ、彼に申し訳が立たないだろう」

 

「わかってる……よ。それ……でも……」

 

「すぐに立ち直れないのはわかる。だけど忘れちゃいけない……僕達はもう、彼の想いと共に生きていくしかないんだ。彼の想いを忘れず、この世界を生きていくしかないんだよ。

 ──最後まで守ることをできず、守られたままで終わってしまった僕達だから」

 

「うっ……うぅ……」

 

 優しく諭す様に、グランは語り掛ける。

 先程の激昂とは打って変わって、しおらしく弱弱しいジータの肩に手を置き、腫れあがった目を見つめながら……グランはあやす様に言葉を並べた。

 

 こんな姿、彼には見せられない。

 悲しみを露に、怒りを露にし、二人が言い争う光景など、彼に見せられるわけがない。

 彼が消えずにいれば、拳骨と共に喧嘩両成敗と黙らせられるかもしれない。

 そんな事を考えて、グランの雰囲気が少しだけ柔らかくなった。

 

 そんな風に、これからも叱られるようであればどんなに良かっただろうか。

 

 彼に思いを馳せながらも、グランは後悔に塗れる事はなかった。

 先程の言葉は、グラン自身にも言い聞かせるものだったのだろう。

 泣きじゃくるジータを宥めながら、グランは僅かに慈愛の笑みを浮かべることができた。

 

「乗り越えよう……一緒にさ。

 悲しみも後悔も、二人で乗り越えて……セルグの為にも前を向いて歩こう。それが彼の為に僕達ができる唯一の事だ」

 

 優しい声音と言葉に、ジータのささくれだった心が解けていく。

 元々感情が先走っていただけで、理解はしていた彼女だ。

 一度吐き出し落ち着いた心は、思いの他すんなりとグランの言葉を受け入れてくれた。

 

「うっ、ぐすっ……そう、だよね。ずっと守られてばっかりだった私達が、悲しんでる暇なんか……ないよね」

 

「あぁ、それをセルグは最も嫌うはずだよ……オレなんかの為に悲しんでるんじゃねえよ、って」

 

「ふっ、あはは。何その声……全然似合わない」

 

「う、うるさい。どうせ僕にはクールなセリフが似合わないよ」

 

 思わず顔を赤らめたグランを見て、ジータはふっと笑みをこぼした。

 どうやら、二人は少しではあるものの悲しみを乗り越えられたらしい。

 いつの間にか落ち着いた空気と静かな笑い声だけが聴こえる。

 声を荒げて言い合う空気は消え、代わりに二人の間を流れるのは、消えてしまった彼に思いを馳せながら懐かしむ様な──そんな切なくとも穏やかな空気。

 

 

「──ありがとね、グラン」

 

「ん?」

 

「私の事、ちゃんと叱ってくれて」

 

 心の底からジータは感謝を述べた。

 部屋に篭った彼女を自責の念から救い出し、再び前を向かせてくれた双子の兄に向けて。

 

「ううん、僕の方こそ。思わず手が動いちゃって、引っ叩いてゴメン」

 

「良いよそれこそ。私の言葉、きっとセルグさんの気持ちをないがしろにするものだったもん」

 

「セルグならきっとそれも許してくれるさ。笑いながら、仕方ない奴だなって……」

 

「うん……そうかもしれないね」

 

 頭の中でそんな光景を想像しながら……確かに、と二人は小さく笑いあう。

 居なくなった彼を想い出して、懐かしむことができた。

 

 

「ところでさ……それはそうと、っていうか凄く言い辛いんだけどね」

 

 

 そんな穏やかな空気を一転して、ひどく罰の悪そうな顔でグランが言い淀む。

 何だ一体、と疑問符を浮かべるジータは戸惑いながらもグランの言葉を待った

 

「グラン? どうしたの」

 

「──本当に言い辛いんだけどね」

 

 言い淀むグランに先を促すが、やはり歯切れが悪い。

 一体全体、何をそんなに言い淀む様な事があるのだろうか。

 

「ジータ……ちょっと臭うよ」

 

「へ?」

 

 ──沈黙。

 自身が何を言われたのか。ジータは理解するのに少しばかりの時間を要した。

 臭う……未だ嘗て縁のない言葉であった。

 それもそのはず、彼女は年頃の少女……何なら、そこらでは中々お目にかかる事もない“美少女”だ。

 何がとは言わないが常日頃からそう言った事には気を遣っているし、長旅でどうしようもない時はできるだけ距離を取ったり、打ち消すような手段を講じる。

 だが如何せん、今の今までジータの心にそれを気にする余裕がなかったのだ。気づかなくても仕方ないと言えば仕方ない。

 

 

 一体何が、と思い至った瞬間にはその意味を察してジータは神速を以てグランから距離を取った。

 

「あ……あぁ……」

 

 理解した──それはもう、その意味を完全に。

 思わず自身を両の手で隠す様に抱きしめる。同時に、何の罪もないであろうグランへとどこか侮蔑を込めた視線を向けた。

 

「ジータ、落ち着いて……これは仕方のない事だ。

 数日に渡り部屋に篭っていればどんな人だってにお──」

 

「言うなぁああああ!!」

 

「がひゃらば!?」

 

 羞恥に染まった心に止めを刺そうとしたグランを全力で殴りつける。

 遠慮無し、加減無し、容赦無し。

 乙女の心を踏みにじった罪は重いのである。

 

 踏み入った扉から綺麗に放り出され通路の壁に打ち付けられたグランは、そのまま静かに意識を引き取った。

 彼としては、せっかく立ち直ったところでそのまま部屋を出ればまずい事になるだろうと──そう気を利かせての事であったのだが。

 

 余計な事を口走ろうとしてしまった。つまりはそういうことだ。

 口は災いの下とはよく言ったものである。

 

 

 こうしてグランは、閉じこもってしまったジータをようやっと部屋から誘い出すことができたのだ。

 

 足早にお風呂へと向かうジータの後ろ姿を、閉じていく視界の中で見つめながら……

 

 

 

 

 

 ────────────―

 

 

 

 

 あれから数ヵ月。

 

 

 

 あの日、グランに諭された私は、たっぷりと身を清めて身だしなみを整えた後に心配をかけた事を皆へと謝った。

 幸いにも、皆からはグランと同様に慰めの言葉をもらい、立ち直った私はまた元気づけられた。

 

 そのまま、メフォラシュへと向かった私達は黒騎士さんと決着をつけて、オルキスちゃん……今はオーキスちゃんだけど。オーキスちゃんと本当のオルキスちゃんの二人と友達になれて……そうして、私達の戦いは本当の意味で終わりを迎えた。

 

 そのままオーキスちゃんはルリアと一緒に居たいと私達の仲間になってくれて、今は一緒にグランサイファーに乗っている。

 

 

 大きな戦いに一区切りつけた私達は、一度落ち着こうとポートブリーズにグランサイファーを停泊させしばらくの休養を取ることにした。

 ゼタさん、ヴィーラさん、それにアレーティアさんはそれぞれ一度艇を離れて自分達がやるべきことを見据えて島を離れた。

 リーシャさんもまた、秩序の騎空団へと戻りグランサイファーは少しだけ静かになってしまった。

 

 立ち直ったとは言っても、傷心した心が簡単に癒せる訳もなく。

 しばらくは適当な依頼をこなしながらのんびり英気を養おうと言ったグランの言葉に甘え、私はできる限りルリアやオルキスちゃんと一緒に居るようにして元気をもらうのだった。

 

 そんな日々でも、時間はあっという間に過ぎていき──気が付けばアガスティアで戦った日から随分と日を経ていた。

 

 世界は落ち着きを取り戻し、私達もしばらくの休養を終えて次なる目的地へ旅を再開しようとしていた。

 

 次なる目的地は、空域を超える手段を探すため一先ずの情報収集ということで、秩序の騎空団の拠点があるアマルティアへと向かうことにした。

 蒼の騎士がいる秩序の騎空団であれば、空域を跨ぐ手段にも心当たりがあるはずだと思う。

 

 そんな私達のこれからの動向を手紙に書き記し、シェロさんにお願いして今は艇にいない仲間達へと届けてもらう。

 皆、いずれまた合流すると言ってくれた以上、私達の情報は知らせておく必要があるだろう。

 

 そして──

 

 

「それじゃ、いってきます」

 

 

 胸に抱いた手紙を見ながら静かにそう口にする。

 手元に在るのは、セルグさんへと向けた手紙。

 もうどこにもいない彼と、一緒に旅をしていくことを誓った……送る事のない手紙。

 

 やはり、少しだけ悲しさと切なさが胸によぎるが今はもうそれにとらわれる事もなかった。

 忘れることは無い……でももう、振り返る事も無い。

 私達は前を向いて生きていくと決めたのだから。

 

 書き綴った仲間達への手紙をシェロさんに預け、長い休養を終えた私達はポートブリーズを発った。

 ここからアマルティアまでは数日かかるだろう。

 久しぶりの空の度に、やっぱり私の胸は躍った。

 

 

 

 

 少し長い艇旅を数日。

 道中特に問題もなく、静かで穏やかな旅を終えアマルティアへと辿り着いた。

 

 久しぶりのアマルティア。アガスティアでは共に協力して戦った事もあり、騎空挺の停泊所に付いた時から秩序の騎空団の皆さんが歓迎ムードで出迎えてくれる。

 妙に照れくさくて、団員一同落ち着かなかった。

 知り合いと呼べるのはせいぜいリーシャさんとモニカさんくらいなもので、見知らぬと言って差し支えない彼らに歓迎されると妙に畏まってしまった。

 

「あの、リーシャさんかモニカさんは……?」

 

 知り合いである彼女達の所在を聞くと、何故か彼ら無駄に明るい声で答えてくれた。

 

「多分少しだけ手を焼いているのだと思われます。直ぐ来ますので、このままお待ちください」

 

 手を焼いている? 

 思わず全員で首を傾げた。

 島に到着する前も特に騒がしい様子は無かった。

 前回来た時のように、エルステとの戦闘中というわけではないだろうに、拠点内で何をそんなに手を焼くことがあるのか。

 それもリーシャさんとモニカさんの二人がだ。

 手を焼くという割には、ここで待つ彼らの雰囲気にどこも焦りは感じられない。

 いっそこの状況を楽しんでいるといった感じだ。

 

「あぁ、皆さん。お待たせしてしまって申し訳ありません」

 

 答えの出ないこの状況に惑う中、ようやく待ち人は来てくれた。

 覚えのある橙赤色の髪。スラリとしたスタイルが目を引くリーシャさんである。

 見覚えのある困り顔。なんとなくそれが見られて安心した気がする。

 

「リーシャ、久しぶり」

 

「リーシャさん、お久しぶりです」

 

「お久しぶりです。グランさん、ジータさん」

 

 妙に距離感の近いグランと合わせて、再会の挨拶をすませると彼女は輝くような笑顔で出迎えてくれた。

 

「あの、それで……なんか妙に浮付いているというか、妙に歓迎されているというか」

 

「一体、何があったんですか?」

 

「え? 何があったって……皆さん会いに来たのではないのですか?」

 

 予想外の言葉に呆気にとられたようなリーシャさんの顔に、やはり私達は首を傾げる。

 もしかして蒼の騎士が運よくアマルティアに戻っているのだろうかとも考えたが、先だって用件を伝えているわけでもない。

 会いに来たとは一体何のことだろうか……

 

 その答えは直後にリーシャさんの背後から聞こえた。

 

 

「全く、手間取らせおって……いくら顔を合わせづらいからと言って、大の大人が逃げ出すような事をするんじゃない──“セルグ”」

 

 

 え? っと、仲間達全員の声が重なる。

 私だけではない、グランだけでもない。紛れも無く全員が、理解できないと言わんばかりに呆けていた。

 

 

「────その、なんだ。久しぶりだな……皆」

 

 

 そこには──非常に罰が悪そうにしている彼が居た。

 記憶通りの姿で……記憶通りの声で。

 

「えっと、もしかして皆さん……セルグさんが戻られたことを」

 

「お主、まさか伝えていなかったのか?」

 

「無茶を言うな、戻ってきて早々あちこち駆けずり回ってたんだし、皆の所在だってわかんなかったんだ……伝えられるわけがないだろう」

 

 

 

 

 

 

 そこから先は、余り覚えていない。

 

 

 気付けば私の手には五神杖が。

 グランの手には七星剣が握られ、目の前には突っ伏しているセルグさんが居た。

 

 間違いなく本物だった。本当にここに存在している彼であった。

 幻だとか夢だとか、そんなぬか喜びで終わる話ではない。それだけは頭の中で理解できていた。

 

「──うっ、つぅ……覚悟はしていたが……さすがに天星器まで持ち出すのはやり過ぎじゃねえかグラン、ジータ」

 

 あぁ、この感じ……どこか懐かしさすら覚えるやり取り。

 痛みに呻きながら立ち上がった彼を見ると、私の心は満たされていくのが分かった。

 

 嘘ではない……ここにいるのは確かに彼で、目の前の光景は確かな現実なのだ。

 

 それを実感して、涙が零れ出す。

 突き動かされるように彼の胸へと私は飛び込んだ。

 

 

 大きな背へと腕を回す──彼に触れることができた。

 

 

 回した腕に力を込めて抱きしめてみた──温かな、体温を感じた。

 

 

「嘘じゃ……無いんですね」

 

 

 確かめるように問いかけてみた──

 

 

「あぁ……確かにオレは、ここに居る」

 

 

 ──優しい声が、私の胸を満たした。

 

 

「おかえりなさい、セルグさん」

 

 “それと────大好きです”

 

 

 

 この日私は、胸の内にある想いにやっと気が付くことができた。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

前編で描きたいことの大部分は描きました。
後編はイチャイチャさせるだけです。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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アフターエピソード ジータ編 後編

お待たせしました。

作者が満足したいだけのイチャイチャ後編。
楽しめる人だけ楽しんでいただければ、、、と思います。
こんなんじゃ満足できねぇって人は感想でネタをください。作者にはこれ以上無理です、、、
それでは、どうぞ


 

「セルグさーん! 早く来てください!」

 

 

 明るい声が通りへと響き渡り、自然と衆目を集める。

 声を挙げる少女の呼び掛けに、セルグは僅かにため息を漏らして後に続いた。周囲ではあらあらまぁまぁと言った具合で小さな声が聞こえる。兄妹とでも思われているのだろうか、微笑ましげな光景ととられてるようで、微かに届く声には優しい感じが見られる。

 先を行く少女の嬉しそうな声音と表情にセルグ自身安らぐ気持ちではあったが、それ以上に今のこの状況にどうにも落ち着かず、照れ臭そうにセルグは歩いていた。

 

 ジータとセルグ。二人が今居るのはアマルティアの近くにある商業島である。

 なぜ、どうして二人はこんなところで寄り添いながら歩いているのか。

 事は数時間前に遡る。

 

 

 

 

 セルグとの想定外な再会を果たしたグラン達は、感動も一入と言った所で当初の目的の為に、空域を跨ぐ方法を求めて情報収集に取り掛かりはじめた。

 リーシャとモニカの協力も取り付けアマルティアにあるいくつもの書庫を漁る許可をもらい、早速全員で取り掛かろうとしたのだが……

 

「セルグ」

 

「ん? どうしたグラン」

 

 呼び止められたセルグは少しだけ身構えながらグランの声に振り返る。

 再会直後に天星器による折檻を受けたせいか、少しだけその肩がびくりと揺れたのは気のせいではあるまい。

 

「今の君は秩序の騎空団の一員……僕達の旅に付いてくることはできないから、ここに居る間は可能な限りの協力をしてくれる、だったよね?」

 

「あ、あぁ……悪いとは思うが、オレは自分の犯した罪と向き合わなければならないしな。オレ自身の使命の事も含めて、空の世界の為に生きていくと決めている」

 

 そう言って、セルグは静かにその表情を強張らせた。

 実のところ、今のセルグの立場は複雑だ。

 元は大量殺人の犯罪者。情状酌量の余地があるとはいえ、重ねた罪は重い。

 一度世界から消えた以上、罪を追求するのも無粋かと思われるが、彼自身それで納得するわけもなく……セルグはアガスティアでイルザに誓ったように空の世界の為に戦い続けることで己の罪を贖っていくつもりでいた。

 そんな彼の思いに理解があるモニカやリーシャがいるため、監視等も付いていないが、本来であればある程度の自由すら許されない罪人である。

 

「うん、それについては残念だとは思うけど、僕達も無理強いをするつもりはないよ。艇を離れても、セルグが仲間であることは変わらない……でしょ?」

 

「無論だ。本当であればお前達と旅を続けたいのがオレの本心……これに嘘はない。だが叶わない以上、今はできる限りの協力をさせてもらうと言った」

 

 オレにできる事なら、なんでもしよう……と、セルグは締めくくる。

 

 瞬間──言質は取った、とグランがほくそ笑んだことにセルグは気が付かなかった。

 セルグとしては彼らの為にできる限りのことをするのは、自身のせいで多大な悲しみを味合わせたであろう罪滅ぼしのためでもある。

 勿論彼の性格を考えれば、そうなることは容易に想像がつくだろう。

 

 で、あるのなら────散々に迷惑をかけられた責任を、ここで取ってもらうしかあるまい、とグランは考えた。

 

「それじゃ、命令──ジータを連れて近くの商業島まで買い出しに行ってきてもらえる? 勿論二人切りでね。

 リーシャに頼んで二人乗りの小型騎空挺を貸し出してもらったから、それを使ってちゃんと無事に帰ってくるように。

 あぁ、どうせ調べ物は数日かかるだろうし明日までは帰ってこなくて良いから」

 

「はっ、えっ、ん?」

 

 間の抜けた声を出しながらたっぷりと間を置いて、グランが言ったことを冷静になって紐解いていったセルグは、一つの結論にたどり着いた。

 

「──グラン、冗談のつもりか?」

 

「はぁ……大真面目だよ。

 良いかい? 君が消えてしまって、ジータは数日に渡り部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいた。君が消えたのは自分が弱かったからだと後悔に塗れていた。それはもう酷い姿だったよ。まるで生きる屍って感じで……生きているのにもう死んじゃったような顔をしていた。

 つまりは、だ……君のせいで、僕の妹の心はいたく傷つけられた────その責任、ちゃんと取ってもらわないと僕は君を許せない」

 

 至って真面目な様子にセルグはたじろいだ。

 冗談だと結論づけた推論は大外れ。なにより、自身が消えた事であの明るい団長の代表格であるジータが塞ぎ込んでしまうほどのショックを受けていたと聞かされ、罪悪感が重く重くのしかかってきた。

 更には、双子の兄であるグランからも厳しい視線と言葉が投げつけられているのだ。針の筵とはこのことであろうか……

 

「すまない……一分の反論もできないな」

 

「まぁ、幸いにも君は戻ってきてくれた……なら、ジータの傷心を癒すのは君であるべきだろ?」

 

「う、ううむ……だ、だがな、オレはお前達に協力して空域を跨ぐ方法を──」

 

「セルグ」

 

 それ以上は言わせないといわんばかりに声をかぶせてくるグランに、セルグは再び押し黙った。

 強い語気。珍しく表情には怒りをも含ませている。仲間を目の前にして、平時の彼らしからぬ雰囲気にセルグは居住まいを正さざるを得なかった。

 

「セルグ。まさかとは思うけど……僕の大切な妹を慰めるのと、誰でもできる調べ物を天秤にかけて。君はそっちを選ぶと言うつもりじゃないよね?」

 

 声音が冷たいものへと変わっていく……これがあの穏やかなグランかと、セルグは胸中で慄く。

 チラチラと金色の粒子が彼の右手に浮かび始めているのが更に彼の恐怖をも煽っていく。

 

「……わかっ、た……お前の言う通りにしよう」

 

「上々。それじゃ、ちゃんとセルグから誘ってあげてね────頼んだよ」

 

「あ、あぁ……了解した」

 

 先程までの冷たい空気が嘘のように霧散し、約束を取り付けられたグランは上機嫌となってその場を後にしていった。

 まさか、謀られたのか……あのグランに、と残されたセルグは背筋に冷たいものを感じながら、慌てたようにジータを探すべく走り始めるのだった。

 

 

 

 

 

「ジータ、ここに居たか」

 

 がやがやと雑音の多い騎空挺の発着場にて周囲を見回したセルグは、艇の整備についてアマルティアの整備士と話を詰めていたジータを見つけ足早に駆け寄った。

 

「あっ、セルグさん。どうしたんですか?」

 

「あ、あーっとだな……とりあえず話はもう終わってるか?」

 

「え? まぁ……もう大体は大丈夫ですかね?」

 

「えぇ、概ね承っておりますから問題ありません。それでは、私は失礼しますね」

 

 空気を読んだか早々に外してくれる整備士の男にセルグは少しばかりの感謝を抱きながらジータへと向き直る。

 柔らかな色合いの髪を少し揺らしながら、何の用かと様子をうかがうジータにはいつも通りの朗らかな雰囲気が漂っている。こうしてみると、やはり彼女はまだ年相応に幼い表情を見せるかわいらしい女の子だ。この少女がまるで死んだような顔になっていた……それ程までに彼女を悲しませたのだと思うと、セルグの胸中はとても穏やかではいられなかった。

 

「グランからの伝言でな、調べ物はみんなに任せてオレとジータは近くの商業島に買い出しに行ってくれと言う事だ」

 

「へ? 買い出し……ですか?」

 

 セルグの言葉に、キョトンと呆けるジータ。

 ポートブリーズで十分に休養と準備をしてきている今、買い出しが必要な程物資を消費しているわけでもない。

 アマルティアへの道中ですらずっと安泰のままだったのだ。今整備士に依頼していたのもグランサイファーのメンテナンスのみ。修理ではなく点検が主だ。部品の買い出しすら必要ないだろう。

 差し当って買い出しの必要性が思い当たらず、ジータは首を傾げた。

 

「──その、だな。

 グランから、オレが消えたことでジータが塞ぎ込むほどのショックを受けていたと聞いてな……だから、お詫びにと言うか……再会を記念して二人で出掛けないか?」

 

「えっ!? や、やだグランってば、なんでそんな恥ずかしい事──」

 

「いや、グランに悪気は無いんだ。元はと言えば全てオレのせいだしな。それにオレは……それを聞いて正直嬉しかった」

 

「ひぇっ!?」

 

 己の恥ずかしい話をいつの間にか双子の兄に暴露されていた。それだけでも赤面するに事足りると言うのに、更には目の前で照れ臭そうに嬉しさを露にするセルグ。

 自身の胸の内にある想いに気が付いたのがついさっき。ここにきて彼と再会して初めて、想い人というものを認識した少女にとってこの展開は余りにも刺激が強かった。

 恥ずかしさ半分、だがそのおかげか目の前の想い人の照れ臭そうな表情があり嬉しさ半分。

 パンクしそうな思考が余計なことを口走る前に──ついでに熱が集まった顔を隠すために一旦不本意ではあるがジータはセルグに背を向けた。

 

「(ほんっとにグランってば何言ってくれちゃってるのぉー! 後で絶対ぶっとば……あっ、でもおかげでこの話がって考えたら逆に感謝? ってそんな事考えてる場合じゃなくて──! これってもしかしてデートの誘い? 本当にデートってことで良いの? いやでもセルグさんにはゼタさん達がもういるわけだし今回もきっとそんな深い意味は無くて多分ただの感謝の気持ちというかなんというか──)」

 

「それで、どうだろうか? 嫌なら、別に構わないんだが……」

 

 言葉にしながら断れたことを考えて気落ちする様子を見せていくセルグ。

 この男、ヒトから外れて調停の翼として覚醒したせいか、以前より無垢になったきらいがある──端的に言えば大切なヒト達からの影響を受けやすい。

 好かれれば嬉しく、嫌われれば悲しい。それを如実に表に出すようになってしまっていた。

 落ち着いた口調と、鋭い目つきで。見た目は怖いといえる風貌な筈なのに、今のジータの目の前にいるのはまるで捨てられる前の子犬の様相だ。

 

 

 その姿に、ジータの思考が落ち着きをとりもどす。

 

「勿論、私で良ければ幾らでも付き合いますよ!」

 

 千載一遇の好機。何より目の前の想い人の表情を哀しみに染めるのは憚られた(それはそれで興味はあったが)ジータは快く了承の意を示す。

 明るい表情で返される言葉に、セルグの表情は安堵に染まった。

 

「そうか……良かった。小型の騎空挺をリーシャが用意してくれたらしい。操舵はオレの方でできる──もう、準備はできてるか?」

 

「はい、特に準備することもないですし」

 

「それじゃ、行くとするか──格納庫はこっちだ」

 

 

 ──おかしい。

 セルグはグランからの命令を受け、ジータの心を癒すためにこの話を持ってきていたはずだ。

 だが既に、気を遣っているのはジータであり、嬉しそうなのがセルグだ。

 一体この男は何をしているのだろうか……いや、ある意味グランが伝えた当初の目的は色んな意味で達成しているとも言えるが……

 

「う~ん、まぁいいか」

「そうだな」

「セルグらしいと言えばらしい」

「違いねぇ」

「フフ、面白くなってきたわね」

「え? どういう事ロゼッタ?」

「イオちゃんっ! 私達にはまだ早いお話ですよ」

 

 物陰から二人を見守る仲間達に見送られ、セルグとジータは小型の騎空挺がある格納庫へと向かった。

 

「皆さん、趣味が悪いですね」

「そういうリーシャも興味津々じゃないか」

「それは、まぁ……というかモニカさんは逆に興味ないのですか?」

「あ奴については今更だからなぁ……あまり気にする事でもない」

「そうなんですね……これが、強者の余裕……」

 

 ちなみに、二人を尾行しようとした不埒者達には漏れなく秩序モードの番人が立ち塞がったらしい。

 

 

 

 こうして、物語は冒頭へと至る。

 

 

 

 

 商店の並ぶ大通りを歩く二人。

 

「アマルティア近くの商業島なのに色んなお店があるんですね……お土産のお店とかも、たくさんありますし」

 

「あ、あぁ。アマルティアの近くだからといってもここに居るのは秩序の騎空団の人間ではないからな。団員の家族なんかは多少多いだろうが、至って普通の商業島だ」

 

「へー、ちょっと意外でした。てっきり秩序の騎空団の専有島みたいなものかと」

 

 二人並んで会話こそしているものの、まだどこかぎこちない。いや、正確には既に通常運転なジータに対してセルグがたどたどしいと言った感じだ。

 流石はコミュ力最強のジータ団長である。行く先々でトラブルに巻き込まれながら知り合いを増やしていくその能力は伊達ではない。

 対するセルグは完全に彼女の雰囲気に圧され気味だ。これはいつぞやのポートブリーズの時と同じ……ヴィーラのように迫ってくるわけではないが、ジータが通常運転と言う事は、分け隔てなく誰とでも接することのできる彼女の距離感にすでに侵されつつあると言う事だ。

 二人の距離は、歩きながら揺れるその手と手が触れ合うほどに近くなっていた。

 

「あっ、セルグ……さん」

 

「ん?」

 

「その……手を繋いでもいい……ですか?」

 

「なっ!?」」

 

 訂正。彼女もまた、セルグの懐へと飛び込むのに迷いはないようだ。

 まだ大人になり切れていない少女だからこそ見せる僅かな遠慮が、ヴィーラとは違う意味でセルグに断る選択肢を与えない。

 拒めば悲しむ顔を見せるだろう……そんな事がセルグにできるはずがないのだ。意図してか意図せずかは別として、羞恥を見せながらおずおずと差し出される手は、セルグに逡巡の末無言でその手を取らせる圧力があった。

 

「これで、いいか?」

 

「あっ……ありがとうございます」

 

「これで喜んでもらえるのなら、お安い御用だ」

 

 気恥ずかしくはあるのだろう。満足にジータの方に視線をやる事はできなかったが、視界の片隅に映る表情は喜色に綻んでおり、思わずセルグの胸も熱くなる。

 嬉しそうな横顔と向けられる想いに、嘗てのセルグであれば惑いを示しただろう。そんな資格は無いと己を卑下にしていた。だが覚醒を迎えヒトとしての軛からある意味解き放たれた今、大切なヒト達からの想いに多少の照れ臭さはあるものの素直に向き合うことができた。

 

 繋がれた手からはまるで互いの鼓動の音が聞こえるような気がして、二人は顔を見合わせて笑みを浮かべるのだった。

 

 二人は気付いていない。先程から二人を取り巻く視線が増えていることに。

 もはや兄妹などと見紛う事はないだろう。仲睦まじい男と女であることは一目瞭然だ。微笑ましい光景を見守る温かい視線の中に、どこか嫉妬のこもった視線が混じり始める。

 やれ見せつけやがってだの。

 やれ爆発しろだのと。

 

「あーそろそろ行くか」

 

「そ、そうですね」

 

 幾分か居心地の悪くなった雰囲気に気が付いた二人はそそくさとその場を離れていくのだった。

 無論、その手は深くつながれたままである。

 

 

 

 

 そんなこんなで二人は、二人きりの時間というものを楽しみ始める。

 露店を見回りショッピングを楽しみ、昼時になればおいしそうな匂いにつられながら食事処を探す。

 食事を終えればグラン達への土産品を探してみたりと、穏やかで楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

 

 気が付けば、時刻は夕暮れ時に至る。

 

「もー楽しい時間って本当にあっという間」

 

「まぁそういうものだ。充実しているからこそ時間を忘れてしまう」

 

「セルグさんも、あっという間だったんですか?」

 

「当然だろう。こんなに穏やかな過ごし方をしたのは久しぶりだったしな……今日は一日中、楽しくて仕方なかった」

 

「ふふ、それは私としてはすっごく嬉しいです」

 

 セルグの答えに嬉しさを隠せず、くすぐったそうにジータは笑う。

 

 二人は市街を外れ少し小高い丘のある所まできていた。

 もうすぐ太陽が沈む……それを見ながら感傷にでもふけると言った所か。二人並んで日の落ちる空へと目を向けて今日を振り返っていた。

 

「もうすぐ……夕焼けが見れそうですね」

 

「あぁ、だが……少し雲がかかってるな」

 

「ちょっと残念です、綺麗な夕日になりそうなのに」

 

「──大丈夫だ」

 

「えっ? 何がですか……」

 

 唐突に呟かれた要領を得ない言葉に、ジータは目を丸くする。

 だが惑うジータを尻目に、セルグは行動を起こしていた。

 

「ヴェル、リアス……ジータに翼を」

 

 “小娘、動かずにじっとしていろよ”

 

 “制御はこっちでするから安心してね”

 

「へっ? 一体何を──うわひゃあ!?」

 

 セルグから分かたれた二つの分身体。黒鳥と白鳥がジータの中へと入りこむとその背に二対の翼を顕現させる。

 同時、セルグは飛翔魔法を。ジータはヴェルとリアスによって大きく空へと羽ばたいていく。

 気が付けば遥か眼下に島々があった。

 

「どうだジータ。空を飛ぶのは存外気持ちが良いものだろう」

 

「それはそうですけど……もう少し気を遣ってください! 私スカート穿いてるんですよ!!」

 

「あっ、す、すまない!? そこまで気が回らなくて」

 

「まぁ……市街地でもなかったからあまり関係ないとは思いますけど……」

 

「それならまだ、良かったのか? とにかくすまない、次からは気を付ける」

 

「大丈夫ですよ。それよりこんなに高いところまで連れてきて……一体何を?」

 

「あぁ、見せたいものと贈り物があってな。少し待ってくれ」

 

 雲に隠れかけた夕日を眺めながら、セルグは何かを待つように佇み始める。

 自然とジータもその視線を追って雲の切れ間を眺めていた。

 数分だろうか……無言のままだったセルグだったが、その時がきたのかおもむろに動き始めた。

 

「神刀天ノ尾羽張よ、心意に応えその力を示せ。世界にあまねく悪意を断ち、世界を襲いし災厄祓う為。我が身に至りてここに顕現せん」

 

 突如として顕現させる彼の愛刀。そして膨れ上がるはヒトを超えた絶対的なチカラの気配。

 輝く銀髪は長く伸び、青の瞳は真紅の双眸へと変わる。

 それは、覚醒したセルグの姿であった。

 

「神刀顕来──天ノ尾羽張」

 

 振り抜かれるは至高の一振り。全てを断ち、全てを絶つ……セルグが放てる最強の一閃。

 蒼光纏いし一閃は、道中にあるすべてを切り裂き、翳った日を露にさせた。

 日を遮る雲をも断ち切る一閃によって生まれる、夕焼け。それは絶景と呼ぶに相応しい、雲と光のコントラストが魅せる絶妙な夕日。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

「たまたまこうなっただけで、この夕日は想定外だが……まぁ綺麗だな」

 

「と、言う事は見せたかったのはこれじゃないんですか?」

 

「見せたかったのはこの姿だ。この通り覚醒したオレは既にヒトの域を超える……この世界において、恐らくオレを真の意味で害せるような存在はほぼいないだろう」

 

「それは……」

 

「今ここで誓わせてくれ。オレはもう二度と、お前たちの前から消えるようなことは無い。二度と、お前に悲しい思いはさせない────だから安心して欲しい」

 

 見せられたのは、セルグの可能性。

 ヒトを超越した存在として、もはや容易に消える事のない存在となったこと。そして彼自身が願う、二度と消えるつもりはないという意思。

 一度は消えて彼女を悲しませてしまったからこそ、二度と悲しませないとセルグは誓ったのだ。

 

 それを受けたジータの目には涙が滲んだ。

 素直に、セルグの想いが嬉しかった。ただそれだけである。

 大切に思われてると、彼の想いが身に染みていく心地であった。それだけで、彼の腕に抱かれているような錯覚を覚えた。

 それ程に、彼はジータの事を想ってくれていた。

 

「本当に……嬉しいです。一度失って、今再会できた喜びを噛み締めているからこそ、きっと次は耐えられません。

 だから、セルグさんが今後は自分を大切にしてくれるのなら……これ以上に嬉しいことはありません」

 

「あぁ、オレは全ての障害を取り除いて尚、全てを守りきってみせよう」

 

「無理はしないでください。私達ももう、弱くありません」

 

「無理はしないさ。お前達の為なら多少の無茶はするかもしれないけど……」

 

「もぅ、やっぱりそこは変わらないんですね」

 

「そこだけは許してくれ……愛するお前達を守るのだけは変えられない」

 

「はいはい、そうですよね……わかってますよぉーだ」

 

 少しだけ拗ねたように返すジータ。

 やはりこう言った所は年相応だ。どうしても飲み込めない部分があると拗ねてしまう。そんな少女の姿が、今のセルグにとってはたまらなく愛おしいものであった。

 

 ふっと小さく笑みをこぼすとセルグは掌に意識を集中した。

 

「ジータ、少し目を閉じていてくれないか」

 

「えっ? は、はい……」

 

 二人きりで夕日を見ながら……今の状況から紡がれたセルグの言葉に、少なからずジータの期待が高まる。

 良いのか? 期待して良いのか? 思わず閉じた視界の中で動きを見せる彼の気配に集中してしまう。

 空中故に足音はしないが、それでも空気の流れや息遣い、徐々に近づいてくる気配と共に感じられる温度が、ジータの脳内に今のセルグとの状況を妄想させる。

 

「(ち、近くないこれ? もう目の前……これまさかこのまま……)」

 

「ジータ、もう目を開けてもいいぞ」

 

「へ?」

 

 期待した感触は無く、呆気にとられながらジータは目を開ける。

 いつの間にかセルグはまた少しの距離を開けており先程と同じ場所にいた。少しだけ、待ち望んでいた口元への感触が空虚へと消え落胆を覚えてしまう。

 一体何をしたのだろうかと疑問を抱くジータだったが、答えは視線を下げた胸元にかけられていた。

 

 そこにあったのは蒼。不思議な光沢と透き通るような蒼の金属で、翼を象るレリーフのついたペンダントであった。

 

「綺麗な蒼……さっき言ってた贈り物ってもしかして」

 

「あぁ、オレのチカラで作った。世界にたった一つだけの、オレからの贈り物だ……」

 

 照れ臭そうに笑うセルグに、今度はジータがたまらなくなる。

 先程の期待からの落胆など一瞬でかき消える。彼女の意思を汲み取ったヴェルとリアスが空中での動きを補助すると、セルグの胸に恐るべき勢いで飛び込んで見せた。

 

「うぉっと!? おいおい、飛びなれてもいないのにそんな勢いで動いたら危ないだろ」

 

「だって……こんなの嬉しいに決まってるじゃないですか」

 

「そうか、喜んでもらえたなら……何よりだ」

 

 嬉し涙を零しながら、胸の内で己を見上げるジータに、セルグも感極まってその華奢な身体を抱きとめた。

 手をつないだ時より深く強く、昂る鼓動は互いの身体を熱と共に行き交う。

 

 幸せであった────この腕に抱かれることが。

 幸せに思えた────共にこの世界で生きていける事が。

 

「──もう一度、言わせてください。セルグさん」

 

「あぁ、何度でも聞かせてくれ」

 

「私は、貴方の事が大好きです」

 

「オレもだ、ジータ。君の事を愛している」

 

 夕日が作る影は、二人をいつまでも繋げたまま夜を迎えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、大体の買い出しを終えた二人は、意気揚々とアマルティアへと帰還した。

 

「戻ったか──その感じを見るに、やることまでやったみたいだな」

 

 戻った二人を、モニカ船団長直々のお出迎え。どうやら待ち構えていたらしい。

 

「モニカさん……その、何と言って良いのかはわかりませんけど、ごめんなさい」

 

「良いさ、こうなるとわかっていたし、セルグの節操の無さは理解している」

 

「……人聞きの悪いことを言うのはやめてくれ」

 

「気にするな。周りが何と言おうと私達は気にしない」

 

「私も、気にしないですから安心してください!」

 

 全く気にすることのない彼女達の様子にセルグは一つ溜め息。気にしている自分がバカみたいである。

 決して普通のヒトとは違う形の関係を結んでるセルグと彼女達。だが、結局は当人達の問題だ……周りの外聞など関係ないのは確かであった。

 

 

「ところで、グラン達の調査の方はどうだ?」

 

「今のところは余り……ヴァルフリート団長が居れば話も聞けたのだがな。というかお主は何か知っていないのか?」

 

「生憎とオレが移動する手段を持っていても皆を移動させる手段には見当がつかない。調べるしかないだろうな」

 

「じゃあ、私達も今日から合流ですね。書庫の方に行きましょう、セルグさん」

 

「あ、あぁ……モニカ、悪いな。仕事の方はまた後で済ませる」

 

「良いさ、リーシャに任せておくから存分に手伝ってこい」

 

 そう言って、二人を送り出すモニカ。

 その背に少しだけ寂しい視線を送ったりもしていたが、調査が終わり次第アマルティアを離れてしまうことを考えると、できる限り一緒に居たくなるジータの気持ちがわからなくはない。

 大人である自分がここは我慢しようと、澄ました顔で己の感情をごまかしたモニカもまた執務室へと仕事に向かった。

 

 

「──ジータ殿、随分と肌艶が良かったな……やはり私も明日あたり……」

 

 

 先程まみえたジータの事を思い出し、表にこそ出しはしなかったが嫉妬の感情を覚えてしまった事は否定できない。やはり、こちらの相手もしてもらわなくては面白くないのだ。脳裏によぎった想像が、自身を昂らせてしまったのだ。

 今日か、明日か。とにかく時間を見つけて捕まえなくては……この際、リーシャに自分も仕事を放り投げてでも。

 

 

 モニカがそんなことを思ったとき、アマルティアで二人のヒトが突然身震いする姿が目撃されたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

IFストーリー

小悪魔ジータ編

 

 

 

 商業島の宿場町の一角。

 少し豪勢な宿屋の一室にて、二人は一つのベッドの中にいた。

 

 先に述べておくが、ベッドは部屋に二つ備え付けられている。

 そして分別のつく大人であるセルグは始めからジータの荷物を窓際のベッドへ。自身の荷物をもう一方のベッドへと置き、しっかりと境界線を引いたつもりであった。

 誤算だったのは、その程度餓えた獣を押しとどめるには余りにも脆弱だったことだろう。

 備え付けられた浴室でそれぞれに湯浴みを済ませ、今日一日で得た多少の疲労感と多大な幸福感。それらと共に眠りに付こうとしたセルグだったのだが、事はすぐに起きた。

 いやこの場合、獣が直ぐに目覚めた(起きた)というべきか。

 

 

「セルグさん……その、一緒に寝てもイイですか?」

 

 微睡みかけていた意識を起こす声に、思わず目を見開く。

 視線を向ければ枕元でジータが囁いていた。ともすれば吐息すら耳にかかる距離。慌てて身を起こし退いたセルグだったが、その動きがまずかった。

 ぽっかりとジータの目の前に開けた空間。ベッドの真ん中で寝ていたセルグが退いたとなればつまりそれはヒト一人分を捻出させること容易であろう。

 つまり、セルグは意図せずジータの言葉を肯定するような行動をとってしまったのだ。

 

「あっ、ありがとうございます……それじゃ」

 

「ま、まて!? 今のはそういう意味じゃ──」

 

「よいしょっと……ふふ、温かい」

 

 時、既に遅し。屈託ない笑みを浮かべながら、己の枕を隣に置いてベッドへと潜り込むその手際の良さ。

 完全に断られることは想定していない動きであった。

 

「お、おいジータ。さすがに一緒は不味い。こんな事カタリナに知れたら──」

 

「いやでーす。二人きりで同じ部屋に寝泊りするなんて、こんなチャンスめったにないですし……私かセルグさんが教えない限りカタリナにも知られません。それに、良いじゃないですか、ただ一緒に寝るだけですよ。それとも…………私に何か間違いを犯しちゃう気ですか?」

 

 ぞくりと背筋を震わせながら、セルグは息を呑んだ。

 横になりながら見つめあう少女の何と妖艶な事か。ヴィーラやゼタ、モニカですら霞むほどに男を誘う情欲に溢れた表情していた。

 一分の隙も無く、セルグを誘う目である。言動と表情が正反対だ。ジータの表情は間違いを犯せとセルグに告げていた。

 

「だ、だめだジータ。もう少し自分を大切にしろ……まだ十五歳の身空でそう軽々しく男に身を差し出すんじゃない」

 

 限界ギリギリの理性でもって誘惑に勝利したセルグが、そっとジータの肩に手を当て押しのける。

 彼我の距離を少しだけ開いたセルグは諭すようにジータに語り掛けた。

 

 甘い、甘すぎる。本当にジータを拒むのであればセルグはベッドから出るべきであった。

 この程度の抵抗。否、彼女にとって抵抗どころかこれは更なるアタックチャンスなのだ。

 

 ジータは肩に掛かっていた寝巻のバスローブを意図してずらす。

 無論、その肩にかけられていたセルグの手も意図せずずれる。

 その結果は──

 

「いやっ、セルグさん……いきなり大胆過ぎです」

 

 華奢な肩からバスローブが落ちれば想像がつくであろう。そこに彼の手があったのならどう見えるかは想像つくだろう。

 ジータの言動通りに、その構図は間違いなく間違いを犯したセルグの姿へと至る。

 まだ十五歳の身空である少女の寝巻に手をかけ、その上半身を露出させる様相を呈している。

 

 瞬時にその類まれなる膂力を以て、彼女の衣服を正す。

 だが既にセルグの脳裏には露になったジータの身体が目に焼き付いていた。

 

 ジータの年齢を考えて拒んでこそいるが、彼女はそもそもセルグにとって愛する愛おしいヒトだ。ましてや、身内の贔屓目抜きにしてグランに美少女と言わせ、ヴィーラをしてとても可愛らしいと称され、ゼタをして歳不相応な身体つきと言われる彼女だ。

 その彼女の身体を目にして、欲情しない男がいるのだろうか……いや、居ない。

 

「はっ……はぁ……ふぅ……」

 

「ふふ、荒い息遣い……そんなに私の身体は興奮しましたか?」

 

 既にセルグの理性の壁は瓦解の危機にあった。

 大切なヒト達への依存が強いセルグにとって、こうした相愛関係における彼の想いは天井知らずと言える。

 本当であれば、際限なくその想いをぶつけて彼女を求めたい。本当であれば、何の気兼ねもなく愛したい。

 だが、同時にまだ若い彼女の事を考えれば今はその時ではないと……ベクトルが違うその愛情故になんとか保っていられるのだ。

 

 その壁を、他ならぬ彼女自身がぶち壊しに来ているのである。

 

 拒めば、彼女を悲しませる……その事が脳裏によぎった瞬間、理性と愛情の天秤は容易に傾く。

 

「だ、だめだジータ……これ以上は我慢できなくなる……悪いなオレは外で──っおわ!?」

 

 ベッドから這い出ようとしたセルグのバスローブをジータが掴み、セルグはベッドへと引き戻される。

 謀らずとも、その結果は完全にジータの上にセルグが覆いかぶさる形となった。

 

「だ、め、で、す、よ────お願いです、応えてください……私にこれ以上恥ずかしい思いをさせないで」

 

 熱と不安に潤んだ瞳がセルグを誘っていた。

 やはり根っこは純真無垢な彼女だ。これだけの大胆な誘い……相当に勇気を振り絞ったに違いない。

 故に、その不安が垣間見えた瞬間──セルグの天秤は大きく傾いてしまった。

 

「本当に……良いんだな?」

 

「これ以上、言葉がいりますか?」

 

「すまない……また君に不安を与えてしまった」

 

「良いです、だから……たくさん愛して下さい」

 

「当然だ、これ以上ないくらいに……愛して見せる」

 

 

 

 

 

 その夜、二人は人生で一番長い夜を過ごしたのだった……

 

 

 

 

 




いかがでしたか。

一応IFです。

IFですよ、、、

可能性だけの展開ということでここは一つ。

ジータちゃんが可愛いと思えたら作者の勝ちな後編。
お楽しみいただけたなら幸いです。
次回はゼタをちょっと飛ばしてナルメア編の予定。本編優先しててずっと描きたかったのでお許しください。
内容は最終解放エピソードが主軸になりますのでやや長くなります。


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短編 揺らぎの斬姫との出会い

話の内容はIFストーリーとなります。


 これはあったかもしれない出会いのお話。

 

 

 

 とある島の山の中。

 木々が程よく茂り、穏やかな木漏れ日が入り込む心地よい山の中を、グラン達は歩いていた。

 

 

「なぁなぁグラン。ホントにこんな山奥に噂の剣豪が居るのか? どう見たってヒトが居そうな場所じゃねぇんじゃ……」

 

 

 ふと街で耳にした噂の剣豪。なんでも尋常じゃない鍛錬を重ねてヒトから外れた剣技。剣と魔法を融合させた恐ろしい剣技を完成させたとのことで、グラン達は鍛錬の参考にならないかと件の剣豪を訪れに来ていた。

 だが、街からは随分と離れたこの山の奥地。ヒトが生活するには大いに不便である。そんな場所で生活してまともな鍛錬などできるのかと、疑わしそうにビィが声を上げる。

 

「何言ってるのビィ。こんな山奥だからこそ修行には適した場所なんだよ。きっと」

 

「そうだな。自然の中って言うのはきっと鍛錬するのに適しているんだと思う」

 

 対するグランとジータは、むしろ逆の印象を抱いていた。

 自然の中、森や山の中で生きることは簡単ではない。その中で鍛錬をしているというだけで既に強者の気配を感じていた。

 

「えっと……そうなんですか、セルグさん?」

 

「なぜオレに聞いたルリア? オレは鍛錬をするのに山奥に籠るような事はしない……というよりオレはこれまで鍛錬というものをほとんどしてきていない。強いて言うなら重ねてきた実戦全てが鍛錬だ」

 

 組織の戦士として。組織の離反者として。

 セルグの人生は、星晶獣とヒトを相手にした戦いの連続である。強くなる為の時間、というものを与えられることはなく、生き延びるために強くなってきたというのが正しいだろう。

 必然、鍛錬の仕方など知らないし、グランやジータが参考にできる話は聞けなかったというわけだ。

 

「あ、あはは……まぁセルグさんは少し特別ですよね。それでも剣術の稽古くらいは覚えがあるんじゃないですか?」

 

「基礎基本って程度なら、以前にも話したように少し師となる者がいた。短い期間ではあったがオレの剣術の基本はその人から教わったものだ」

 

「その基礎基本だけで、あれだけ強くなれるセルグのおかしさにはホント言葉がないよ。普通から外れすぎて参考にならない」

 

「さらっとオレをおかしい評価にするのはやめろ。潜り抜けた修羅場の数が違うんだ。星晶獣との命のやり取りは数えきれないオレと、二人を一緒にするなよ……それはそうと、街で聞いた話だとここら辺じゃないのか? 山奥の中の少し広い水辺……ヒトが生きるには多少都合がいいここらが妥当だと思うのだが……」

 

 少し苦笑いを浮かべ、己への印象に溜息を吐きながらセルグは周囲を見渡す。

 山の奥ということで川の水は澄んでおり、小さな窪みとなった地形が広めの水辺を作っている。

 セルグの言葉に、グランとジータもハッとして周囲を見渡し始める。

 

「確かに、水辺なら鍛錬するにはちょうどいいかも……少し分かれてここら辺を――」

 

 

 ――そんな時、小さな水音をグランは聞き取る。

 流れる水音とは違う。水面を何かが動いて起きる水音にグランは反射的にそちらへ目を向ける。

 

 

「え?」

 

「あら?」

 

 目に映るは木々と木漏れ日が織りなす柔らかな色合いの風景。目にも心にも優しいその風景の中一際目立つ、異質な色合いの肌色。

 一糸を纏わぬその綺麗な裸体は、異質な色合いでありながらもそれが自然であるかのように見えて、グランの目を惹きつけた。

 普通より白が強めな肌色が、どことなく儚さを感じさせて、グランは思わず目を凝らし――

 

「何ジッとみてるのよおおお!」

 

 聞きなれた片割れの声に意識と視界を暗転させられる。

 閉じていく意識の中、グランは最後の抵抗とばかりに、目の前の光景を目に焼き付けるのだった……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「う……うぅん……? ここ……は?」

 

「気が付いたかグラン。多少意識がはっきりしてなさそうだが、とりあえず外傷はない。どこか痛むところはあるか?」

 

 目が覚めたグランの視界に最初に入るのはセルグ。

 目を開けたグランに気づいたセルグは、直ぐにグランの様子を見やった。

 

「う……ん。とりあえず大丈夫そう。って僕は何でここで倒れて――」

 

「ゴメンね、グラン。グランがあまりにもあの人を凝視するものだからつい……」

 

 まだはっきりと覚醒しきってない頭で問いかけるグランを遮り、ジータが平謝りでグランに頭を下げる。

 ジータの言葉で意識途切れる前の事を徐々に思い出し、グランは色々と察した。

 

「ジータ……あの人、は?」

 

 意識を落とす前に見た綺麗な女性の裸体。

 小柄な体でありながら、そのシルエットは女性としての魅力にあふれる綺麗な曲線を描いており、自然の中に混じったその色は完成された絵画のようにグランの心を惹きつけ――と思い出したところでグランはかぶりを振る。思い出した青少年にとって色々と危険な映像の細かい部分を振り払い、グランは思考を真面目に戻す。

 

「それでジータ、あの人は――」

 

「あっ、気が付いたんだね。よかった~」

 

 またも遮られたグランは声の出所へと振り返る。

 聞こえたのは優しそうな声音の女性の声。竹で出来た水筒を片手に水を汲んできた件の女性の姿があった。

 

「ごめんね、こんなところにヒトが来るなんて思ってなかったから、お姉さん無防備のまま水浴びをしちゃってて……そのせいでこんな事に。お水汲んできたから、これを飲んで落ち着いて」

 

 グランの元へと歩み寄ると件の女性は優しくグランの手を握りその手に水筒を持たせる。

 頭の角と、小柄でも主張の激しい体付きからドラフの女性だろう。白の強い桃色の長い髪がさらっと流れ、ダブルパンチでグランの心が再び激しく脈動した。

 雑念を振り払い腰に差している得物を見れば、そこには柄の長い大太刀。街で聞いた噂の剣豪であることがすぐにわかる。

 

「えっと……その」

 

「あっ、ごめんね。痛いもんね……お水、お姉さんが飲ませてあげるね」

 

 戸惑うグランを見て何を勘違いしたのか、女性は水筒をグランの手から取り返し、グランの口元へと近づけ始める。

 

「えっ、あ、いえその。自分で飲めますから!」

 

 差し出された水筒をひったくるように奪い、グランは気恥ずかしさをごまかす様に水筒を傾けてゴクゴクと水を飲み干した。

 川の水を汲んできたのだろう。澄んだ自然の綺麗な水が冷たさと共に喉を通り過ぎていき、紅潮した顔と飛び跳ねていた心臓が落ち着きを取り戻し始める。

 

「ふぅ……それで、ジータ。この人は?」

 

 水を飲み干し、グランは立ち上がると少しだけ距離を取って女性と対峙する。

 傍らにはジータとルリア、ビィが並び立ち。セルグは黒いコートのフードまで被りグラン達の後ろで待機していた。

 

「まだ何にも。名前すら聞いてないよ。グラン、すぐに目を覚ましたし……」

 

「姉ちゃんが水汲んできてくれるって言うから、とりあえず待ってる間に目を覚ましたんだぜ」

 

「そうですね。すぐに目を覚ましてくれて良かったです」

 

 口々に答える三人の言葉を聞いて、グランは現状を理解した。

 

「そっか……それじゃ、まずは自己紹介から。僕はグラン。こっちのジータと一緒に騎空団の団長をしているんだ。よろしく」

 

「私はジータです。よろしくお願いしますね」

 

「オイラはビィってんだ。よろしくな、剣豪の姉ちゃん」

 

「私はルリアです。よろしくおねがいします!」

 

「――――えっと、それから」

 

 各々が自己紹介する中、一人だけ後ろに控えているセルグが言葉を発さない事に、四人が疑問を抱いて視線を向ける。

 フードを被り、口を開こうとしないセルグにグラン達の視線が早くしろと言わんばかりの催促に染まっていくのを見て、仕方なさそうにセルグは小さく口を開いた。

 

「――――セルグだ」

 

 短く、小さく。ぼそりと呟かれた声にグラン達は疑問を抱くが、女性の方へと向き直った。

 

「うん。グランちゃんにジータちゃん。ビィちゃんにルリアちゃんに、セルグちゃんね。私はナルメアって言うの。よろしくね」

 

「うん、よろしく。それで早速なんだけど……僕達、街で凄い剣豪の話を聞いてここに来たんだ。恐らくナルメアさんの事だと思うんだけど……」

 

 当初の目的である剣豪についてグランが話を切り出した。

 

「剣と魔法を融合させた剣技を完成させたと聞いて何かの参考にならないかと思いまして……ナルメアさんは、その剣豪さんで間違いありませんか?」

 

 ジータが引き継ぐように重ねた質問に、ナルメアは驚きと戸惑いを浮かべた。

 

「うぅん……きっと、それは人違いよ」

 

「え? でも刀だって持ってるし、こんなところで鍛錬をしてるなら噂の剣豪以外……」

 

「だって私は、()()の鍛錬しかしていないし……魔法なんて使えないし……噂になるような剣豪なんてありえないもの」

 

 謙遜のような雰囲気ではなく、心の底からそう思っているような自信のなさそうな表情で、ナルメアは答える。

 だが、グランもジータも、ナルメアの気配には間違いなく強者の気配を感じていた。

 音を立てない足運び。柔らかな肢体の中に備えられた筋力。鍛錬で使い込まれたいるであろう得物の柄や手袋の部分を見れば、彼女が強者であることはすぐにわかる。

 場所と噂の整合性からも、街で聞いた剣豪である可能性は高い。

 

「――それじゃナルメアさん。少しだけ、鍛錬を見せてもらって良いですか?」

 

「えっ? 良いけど……本当に何の参考にもならないと思うわよ」

 

 纏う雰囲気も空気も変わらないまま、グランの言葉を了承して、ナルメアは近くの大木へと近づく。

 

「ジータ……」

 

「わかってるよ」

 

 直ぐにグランとジータは視線鋭くナルメアの動きを注視する。

 一挙手一投足を見逃さないように瞬きを抑え、食い入るようにナルメアを見つめた。

 

 

 

「――――ふっ!」

 

 小さく吐いた息と共に、刀の柄が大木を揺らす。

 小突いた程度なのだろう……それですら大きな衝撃の音が響き、大木が小さく震えた。

 次いで起こるは、木々の葉の舞。振動で落ちてきた数々の葉がひらひらと揺れて落ちてくる。

 

 

 ――――小さく鳴った(つば)鳴り。

 グランとジータだけでなく、ルリアとビィもそれを目にした。

 揺らぐように動いたナルメアの腕。それが刀を握ったとき、それは巻き起こる。

 振るわれる度に様々な形へと変わる刀。切っ先から鍔元まで、大剣、槍、薙刀、戟、長剣と千変万化していく刀が、寸分の狂いもなく舞い落ちる葉を切り捨てていく。

 切られた木の葉のじゅうたんができるまで、それほど多くの時は掛からなかった。

 

 

「…………凄い」

 

「何がどうなったの……」

 

「――――え、えぇ!? 今何をしたんですか!?」

 

「刀が煙みたいに揺れたかと思ったら形を……な、なぁ! 今の一体どうやったんだ!?」

 

 恐るべき動きの数々に慄く二人と、いつの間にか葉が切られたことや、刀が形を変えたことに驚くルリアとビィ。

 四者の反応に、ナルメアもまた困惑で返す。

 

「どうやって……って。こう? 刀を普通に振っただけだけど……」

 

 ゆっくりと刀の動きを再現していくナルメア。

 正に普通に振っていただけのその動きの中に、先ほどの光景の秘密があるかと穴が開くほどグランとジータが見つめるもそこに秘密の糸口は見当たらなかった。

 普通を連呼しながら動きを再現するナルメアに混乱したグランとジータは互いに、見合って頷き合う。

 

「はぁ!」

 

 大木を蹴りつけるグラン。

 当然ながら次いで起こる葉の舞に備え、二人は剣を抜き放つ。

 

 できる限りの剣速を以て、二人が剣を振るう。

 舞い落ちる葉へと狙いを定めた剣は、寸分違わず葉へと振るわれるものの、剣が起こす風によって葉を切る事適わずに終わった。

 

「でき……ない」

 

「これ、相当難しいと思う」

 

 二人の言葉と落ち葉を切れなかった事実に、ビィとルリアはナルメアの鍛錬が恐ろしい練度の鍛錬であることを理解した。

 

「二人も出来ねぇなんて、さすがは有名な剣豪だぜ……」

 

「ナルメアさん、本当に凄いです!」

 

 ルリアとビィの素直な称賛。しかしナルメアの表情は曇ったままであった。

 

「からかわないで……私は凄くないし、有名なはずがない。『彼』には見向きもされなかったし、あの人にも迷惑をかけてばっかりで私なんて……」

 

 素直な称賛を受け取れないナルメアが呟き続け、どんどん暗い雰囲気へと落ち込んでいく。

 そんな様子に、何を言っていいかわからず混乱するルリアとビィ。グランとジータはセルグへと視線を向けた。

 

「セルグ……君なら」

 

「――――はぁ……少し待ってろ」

 

「は? どういう――」

 

 グランの問いには答えず、大きなため息と共に、セルグは大木へと歩き出す。セルグであればできるのか?

 グランとジータはセルグがすることを読んで、興味深そうにその動きを追った。

 ルリアとビィもそれにならうが、セルグは大木へと近づいたところで動きを止める。

 

「――――よく見ておけナルメア。これが今のオレの全力だ」

 

「え?」

 

 フードを取り去り、その顔を晒したセルグは、大木を蹴りつけ木の葉を舞わせる。

 突然呼ばれた己の名に、ナルメアがセルグを見据えた時セルグが動いた。

 

 鍔鳴りから始まる閃光の嵐。

 舞い落ちる幾多の葉を切り捨てていく様は、先ほどのナルメアと結果は変わらない。

 再度の鍔鳴りが、剣閃の終わりを告げるとそこに残るは、切り捨てられた幾多の葉と、()()()()()()()僅かな枚数の葉であった。

 

 

「少し逸ったか……中々に難しいな」

 

 グランとジータからすれば切り捨てている時点でナルメアと同じレベルなのだが、セルグとナルメアを見れば明らかな差。

 少しだけ残った葉を見てセルグは苦々しく呟く。

 

「このオレができないことをやってのけているんだ……お前はもう十分に凄いよ、ナルメア」

 

 

 

 ホロリと涙が零れ落ちる。

 いつまでも認められなかった己を認めたもらえたからか。これまでに一人で鍛錬を続けていた己の努力が実を結んだ歓喜にからか。

 

 違う、これは別の歓喜の涙だ。

 

 

「お……兄……ちゃん?」

 

「それはやめろ。オレは兄妹でもなんでもない――――久しぶりだな、ナルメア」

 

 どこか懐かしむ声。セルグの柔らかな声にナルメアの疑問は確信に変わる。

 

「お兄ちゃん!」

 

 セルグへと駆け寄るナルメア。それを迎え入れたセルグ。

 そして驚きに口を大きく開けて固まる他四人。

 

 

「えぇええええ!!」

 

 

 大きな大きな。驚きの声が山の中に響き渡った……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 バンッ!!

 

 大きな音を立て、ジータがテーブルに手を突く!

 山奥から一番近くの街まで戻った6人は、酒場で食事をしながらセルグを問いただすために向かい合って座っていた。

 

「どういうことですかセルグさん! ヒューマンであるはずのセルグさんがお兄さんで、ドラフであるナルメアさんが妹? 一体何を考えてそんなプレ――」

 

「お、落ち着けジータ! っていうかそれ以上は非常に失礼だからやめるんだ……それでセルグ、一体ナルメアさんとはどういう関係なんだい?」

 

「てめぇ、グラン。その顔はなんだ? 言ってることと表情が一致してねえぞコラ。双子揃ってアホな想像してるんじゃねえよ」

 

「で、でもよぉ。オイラも気になるぜ……セルグが剣豪の姉ちゃんにお兄ちゃんなんて呼ばれてるのは」

 

「そうですね……私も気になります。一体どういうこと何ですか?」

 

 ナルメアを以前から知っているような言動。更には兄と呼ばれたセルグとの関係性が見えてこなくて四人が問いかける。

 渦中のセルグは面倒そうに注文した酒を煽り、騒動の原因たるナルメアはというと……

 

「えへへ……お兄ちゃん」

 

 セルグの隣に座りべったりとくっついていた。

 衆目引く程に見目麗しい美女であるにも関わらず、どこか残念感が拭えない顔を浮かべながら、久方ぶりに再開したセルグへと体を寄せる。

 

「ナルメア。少し離れろ……互いにもう十分な大人だ。何がそんなに嬉しいのかわからないが公共の場では節度を弁えるべきだ」

 

「公共の場ではってことは……やっぱりプライベートではあんな事やこんな事を――」

 

「そろそろ怒るぞ。ジータ……あまり大人をからかうんじゃない」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 真剣かおふざけか微妙なジータのおふざけが咎められたところで、ジータは息巻いていた雰囲気を引っ込めて座りなおす。

 思えば酒場で大きな声を出したこともあって、若干視線が集まっている。少し恥ずかし気に座りなおしたジータはできるだけ気にしないようにして、セルグが切り出すのを待った。

 

「さて、オレとナルメアの関係だったな……まだ互いにガキの頃の話だが、オレとナルメアは同じ人から剣を教わっていた。オレが兄弟子だったことでまだ幼かったナルメアはオレを兄と呼ぶようになっていただけの事だよ。

 血の繋がりもなければ、ジータ。お前の思うようなことも断じてない」

 

「なるほどなぁ……まぁそうだよな。ドラフの姉ちゃんとセルグが兄妹なはずねぇもんな」

 

「でもすごかったですね……セルグさんもナルメアさんも。落ちてくる葉っぱを切るなんて、グランとジータでもできないからとっても難しんですよね?」

 

「べ、別に難しくなんてないわよ……だってお兄ちゃんだって簡単にできたし……きっと団長ちゃん達も簡単に」

 

「まぁ難しいだろうな。剣閃の早さ、正確さ、そして何より刃を引く感覚がないとあれは難しい」

 

 セルグやナルメアのようにまずは早さが必要。そして刀を扱う二人だからこそわかる刃を滑らせる感覚が宙を舞う葉を切るには必須である。

 刃とは押し当てて滑らせなければいかに鋭い刀でも切れない。

 刃で叩き切る感覚に近い剣をメインに使うグランとジータでは難しい感覚であった。

 

「刃を引く感覚……か。それは僕達ではあまり馴染みがないかもね」

 

「確かに、ちょっとわかりにくいかもしれないです」

 

「だからできるできないが、実力の違いってわけでもないだろうがな。さて、ナルメア。いい加減離れろ。嬉しい事はお前の態度でよく分かったから、あまりグランやジータの前で恥ずかしい姿を見せるな」

 

「あ、ごめんなさいお兄ち――」

 

「それはやめろと言っている。互いにいい大人だ。そもそも実の兄妹というわけではないのだから最初からその呼び方はおかしい」

 

 兄と呼ぶナルメアを抑えて、セルグはナルメアを引きはがしてそっぽを向いた。

 顔が赤くなってるのは気のせいか……いやそんなことは無い。間違いなくセルグの顔は赤くなっている。

 

「え~別に良いじゃないですか。カタリナとヴィーラさんも銃工房三姉妹も。血の繋がりがなくてもみんな仲良く姉妹をやっています。そんなことで兄を求めるナルメアさんの気持ちをないがしろにするなんて、同じ妹として許せません!」

 

「そうだよセルグ。僕も同じ兄として今の発言は聞き捨てならないな。ちゃんと責任をとってくれ。兄と呼ばせてきた責任をね」

 

「そうだぜセルグ。何恥ずかしがってんだよ」

 

「ナルメアさん……悲しそうですよ」

 

 ここぞとばかりの責め。セルグ包囲網と言わんばかりに顔を近づけ、文句を言いつける四人にセルグが押される。

 ルリアの言葉でナルメアの様子を横目で伺ったのを四人それぞれが見逃さないあたり、彼らは大分セルグの事を理解してきていると言えよう。

 セルグからあしらわれて涙すら流しそうなナルメアの様子に、セルグは罰が悪そうに表情を歪めた。

 

「団長ちゃん……ルリアちゃん、ビィちゃん」

 

「――ったく、なんて顔してんだよ。もうガキじゃねえのにこんなことで泣きそうになりやがって……見た目は成長しても、中身が全然成長してねえじゃねえか」

 

「だって――お兄ちゃんと会えたのだって久しぶりだし……」

 

「15年以上も前の話だ。なんだって今でもオレの事を兄扱いしてるんだよ……」

 

「だって……」

 

 言葉に詰まったナルメアの瞳が潤み始める。

 今にも涙が浮かびそうな表情にセルグがたじろいだ。

 

「――あぁ、わかった! わかったよ! 好きに呼べ! その代わりくっつくのだけはやめろ。中身はまんまでも外身はしっかり成長してるってことを自覚しろ」

 

「え? 良いの!? ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 悲しみから嬉しさへとベクトルを変えて、結局涙を浮かべたナルメアがセルグへと抱き着く。どうやらセルグの発言の後半部分はフィルターにかかって聞こえていないようである。

 自己主張の激しい、彼女の女性を司る部分が押し付けられて形を変えながらセルグを襲う。

 

「だから、のっけから抱き着いてんじゃねえよ」

 

「痛ぁ!」

 

 断固として惑わされまいと、セルグはカウンターのデコピンで迎撃。不意打ちに放った一撃が即座にナルメアを退けさせた。

 

「はぁ……全く疲れる。そんなことよりグラン、ジータ。結局参考になったのか? 当初の目的を忘れてるだろう」

 

 当初の目的……噂の剣豪を訪ね、鍛錬の参考にするつもりだった今回の話は一体どこへ行ったとセルグが二人を睨みつける。

 からかわれたり、責め立てられた事に怒って等いない。断じてない。

 

「だって、セルグと一緒でナルメアさんも普通じゃない枠じゃん……どこを見たって参考になるわけないよ」

 

「ホントです……セルグさんと同じレベルの非常識な人がいるとは思わなかったですよもぅ」

 

「ヒトをおかしい認定するのはやめろっての。オレ達の師の方がよっぽどおかしいんだ……ナルメアがこんな風になってしまうくらいにはな」

 

「……セルグ?」

 

 少しだけ冷たさが垣間見えたセルグの雰囲気の変化にグランが問いかける。

 腕を抱え込んでいるナルメアに、優し気な瞳を向ける一方で、纏う空気が僅かに刺々しさを孕んでいた。

 

「あのジジイ……結局オレの言うことは無視したわけだ。会った時には絶対ぶん殴ってやる」

 

「お兄ちゃん?」

 

「ん? あ、いや。なんでもない。さて、グラン、ジータ。艇に戻ろう」

 

「そうだね。結局、参考になる部分は無かったけど、それはこれから見つけていけば良いし……」

 

「うん。参考にする対象が二人に増えたのはラッキーだったね。これからが楽しみ~」

 

 これから……その言葉が引っかかりセルグが疑問の視線を向ける。

 

「何、セルグ?」

 

「何ですか?」

 

「――――これからってどういうことだ? まさかナルメアを……」

 

「だって、こんなに嬉しそうなのに引きはがすのは可哀そうですし」

 

「セルグが団を離れることがないんだったら、ナルメアさんに来てもらうしかないでしょ?」

 

 あっけらかんと言った様子で告げる二人の言葉で、セルグは今後の平穏が崩れ去っていくことを悟った。

 

 

「はぁ……どうしてこうなった」

 

 

 傍らでグランとジータがナルメアを誘っている姿を眺めながら、セルグは小さく心情を吐き出すのだった……

 




いかがでしたでしょうか。

本編でも明かされてました主人公の師については、今回の通りとなります。
大事なお姉ちゃんを妹枠にした罪は大きいですが、彼女の本質は変わらずで、グラサイグラン達を相手にお姉ちゃん力を発揮しております。

ナルメアは本編で登場させるか迷っていた末非参加となってしまった没設定でしたが、アニメを見て書きたくなり投稿した駄文です。
こんな設定もあったということでお楽しみいただけたら幸いです。


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フェイトエピソード ナルメア編 前編

以前に挙げている邂逅のフェイトエピソードから。
グラン達の仲間としてナルメアがいる世界線のIF設定です。
基本は最終解放フェイトを軸に描いております。
最終フェイトがそもそも長いので、三部構成を予定しております。
どうぞお楽しみください。


 彼女の前には常に先を行く背中があった。

 

 彼女の歩む先には決して振り返る事の無い背中があった。

 

 

 

 昇れど昇れど、見えぬ頂き。

 高めても高めても、届かない背中。

 追いかけ始めたのはいつだったか……

 

 

 

 それは遠い昔、記憶すら朧気になるような子供の時分の事だ。

 

 

 

 武家の家系に生まれた彼女が、道場にて鍛錬中に訪れた来客。

 その出会いが彼女にとって全てとなった。

 幼き頃より抱いた憧れが。幼き頃に染み付いた記憶が。彼女のその先の人生を決めたと言っても過言ではない。

 

 

 其の者は十天衆が一人。刀神”オクトー”。

 

 

 全空に名を轟かせる、最強の刀使いである。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 白刃閃き空を切る。

 

 観客であるグラン達ですら、刃の視認はもはや不可能な速さであり、身に迫る脅威をセルグは気配と勘、相対する彼女の動きを捉えて躱しきる。

 

 

 ──追撃。

 

 

 揺らりと彼女の姿が蝶へと変わり掻き消える。同時に、背筋を震わせる悪寒を感じて反射的に背後を切り払った。

 硬い金属同士がぶつかり合う音が響き、辛うじて防御に成功した事を認識した瞬間には、即座に一歩踏み込んだ。

 

「ふんっ!」

 

 歯を食いしばりながら漏らした息が合図となったかの様に始まる剣戟。

 常人では認識できない速度の剣閃が互いの間で幾度もぶつかり合う。

 一合、二合……速さが増して数えきれない程の音が鳴り響いていく。

 思考を置き去りにした反射の世界で切り結ぶこと数秒。一度気を抜けば身体のどこかが斬り離されるような壮絶な斬り合いから半歩後退して。間合いから外れたセルグは艇の床板を踏み抜き再び距離を詰める。

 

「ッ!?」

 

 気配を察知して目を見開いた彼女の背後を取り、お返しと言わんばかりに一閃。天ノ羽斬が空を裂いた。

 だが、それでも彼女を捉える事は出来ない。刃は鮮やかな色合いの蝶を断つだけに留まり、次の瞬間には、種族故に小柄なその身を更に低くして、彼女は懐へと入り込んでいた。

 

「胡蝶刃・源氏舞」

 

 瞬速連斬の彼女の奥義。彼女の得物が次々と形を変えて襲い掛かってくるのを予見する。

 回避は不可能と反射的に迎撃を選択したセルグは、天ノ羽斬を全開解放。

 

「多刃・絶」

 

 やられてなるものかと奮起したその身が、剣速を最大限に高めた技で全てを打ち払う。

 更に、奥義の直後僅かに生まれた彼女の硬直を見逃す事は無い。踏み込んできた彼女に対して、セルグも踏み込んだ。

 

「そこまで!!」

 

 割り込んでくるグランの声に、セルグも彼女も動きを止めた。

 少し寄れば口付けすら適いそうな距離まで踏み込んで、彼女が刀握る手を抑え逆手に握る天ノ羽斬を割り込ませていたセルグ。刀を握る手とは逆の手で作った貫手で首元を狙っており、細くしなやかな指先が凶器となる寸前であったナルメア。

 互いに決め手を突き付けて勝負を付けたかったのが本音だろう。

 無論、決め手を突き付けるだけで止めるつもりだったが、見ていた観客からは緊張の吐息が漏れる程度には白熱した戦いであったことは間違いが無い。

 

「ふぃ~全く息が詰まるぜ」

「うぅ……心臓に悪いです」

「大丈夫だよ二人とも。あくまで鍛錬なんだから」

 

 続いて聞こえてくる観戦者の気の抜けた声を聞き取り、試合していた二人はそっと静かに息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「やっぱり、お兄ちゃんは強いね。あの体勢で踏み込んだのに、全部受け止められちゃった……」

「バカを言うな……こちとらお前の動きに付いていくだけで精一杯だ。魔法を組み合わせた歩法というのがここまで厄介だとは思わなかったぞ」

 

 互いに称賛をしながら……セルグとナルメア、先程まで模擬戦をしていた二人はグランサイファーの甲板に座り込んでいた。

 真剣を用いてのほぼ全力の勝負。甲板の上という状況下であるため、周囲に被害を及ぼさないよう剣術での戦い限定で行われた模擬戦は、息つく間もない攻防の末引き分けに終わった。

 

「二人ともいつ怪我をするのかと心配でたまらなかったです……」

「ご、ごめんねルリアちゃん。お姉さんの鍛錬のせいで心配を掛けちゃって」

 

 今にも泣き出しそうだったルリアの表情に、ナルメアはおろおろとそれを宥めに走る。

 一つ間違えば命すら落としかねない。それだけ気迫と力の拮抗したぶつかり合いだったのだ。

 グランやジータも含め、未だ嘗て見たことのないレベルの試合が繰り広げられ、ルリアの心は試合う二人の安否に締め付けられていた。

 

「ねぇ、セルグ。ナルメアの動きって一体どうなってるの? 正直僕達は二人の動きに全然目が追い付かないんだけど、その中でもナルメアの動きだけは全く掴めなくて」

「私もです。蝶がその場に残ったかと思えば次の瞬間にはセルグさんの背後に回ってて、もう何がどうなってるのやら……」

 

 揺らりと揺らめいた次の瞬間には、その場に蝶を残し掻き消える。

 まるで胡蝶の夢を見せられたような彼女の不可解な動きは、グランとジータには理解が及ばなかった。

 催促するように問いかけてくる二人と、ルリアを宥めながらビィを撫でつけてるナルメアを見て、セルグは逡巡。少しの思考を終えてから口を開く。

 

「そうだな……恐らくはだが強烈なまでの魔力による肉体強化。単純にそれによって生み出す絶対的な動きの早さによるもの、だろう。

 あの蝶はナルメアの魔力が漏れ出た残滓だ。消えたと思われるほどの早さで動いてその場には目につきやすい魔力の残滓が形を作る。相手に動きを悟らせずに接近する……縮地と呼ばれる歩法を魔法によってより厄介なものに昇華させたんだ」

「魔力に因る強化って……それだけであんな動きを?」

「当然だが基礎となる身体能力から違うさ。強化無しでも相当動けるからこそのあの早さ……対抗策としては気配を察知するのと勘ぐらいしか見つからない。嫌でも目を引く蝶がその察知を遅らせてくるもんだから更に性質が悪い」

「うぅ……ごめんなさいお兄ちゃん。私、そんな意地悪なつもりでやってたんじゃなかったんだけど」

 

 言葉の節々に感じるセルグの辟易した様子にルリアを宥めていたはずのナルメアは今度は落ち込み始めた。

 既に視線を落とし、ぶつぶつと呪詛の如き独り言を漏らしながら一人反省会が行われている。

 やれ鍛錬でまで迷惑かけちゃうだの、やっぱり私なんか居ない方が良いなどと聞こえてきて今度はジータが慌てる番であった。

 

「あっ、だ、大丈夫ですよナルメアさん。セルグさんはナルメアさんに負けそうだったから素直に褒められないだけで……」

「──でもやっぱりお兄ちゃんとの鍛錬は有意義だし、ここにはルリアちゃんや団長ちゃんもいるし……でもこのままだと迷惑になっちゃうかもだし……」

 

 宥めるジータの声も届かず暗い雰囲気のまま一人反省会を続けるナルメア。立ち直らせること適わないジータは、この一人反省会の発端たる人物へ鋭い視線を向ける。

 

「(もぅ、気を付けて下さいよセルグさん! 性質が悪いとか、厄介とか。そんな風に言われたらナルメアさんが傷ついちゃうに決まってるじゃないですか!)」

「(す、すまない……まさかあんな事で落ち込むとは)」

「(全く、どうしてセルグはそう女性の気持ちに疎いかなぁ。もう少し察してあげられないの?)」

「(何? ジータのいう事はまだわかるがグラン。お前はそれを理解しているのか? 十五のガキが何を偉そうに)」

「(少なくともセルグ程女性を怒らせたり悲しませたりしてはいないよ)」

「(ほぅ、それはどうかなグラン。この間リーシャに聞いたがお前二人きりの時は全く口を開かないそうだな。リーシャがぼやいていたぞ。私と二人きりなのが嬉しくないのかなって)」

「(なっ!! 今はそんな事は関係ないだろ。君と僕の話に彼女は──)」

「(もう! 二人とも同じ朴念仁なんだから五十歩百歩でしょ! 良いから早くナルメアさんを立ち直らせてください)」

 

 下らない言い合いを始める朴念仁二人に、女性代表のジータが喝を入れる。さりげなく同じレベルで朴念仁扱いをされたことに小さな落胆と、大きな対抗意識を燃やした二人は押し黙った後でナルメアへとその視線を向けた。

 男には負けられない戦いが時としてあるものだ。

 

「ったく……ナルメア、いつまで下らない事でいじけてんだよ」

「お兄ちゃん……」

「剣士として、オレと互角以上に張り合える様な奴はそういない。言い方が悪かったな……あれ程の動き。剣士としてのお前は間違いなくオレより高みにいる。そんなお前が居て迷惑だと思うような奴はここにはいないさ」

「僕もそう思うよ、ナルメア。さっきの試合、終始ナルメアが押しててセルグが防戦に回っていたように思えたし、僕達から見てもナルメアが凄い事は良くわかる。

 ナルメアがどう思っているかはわからないけど、僕達はナルメアが居てくれて嬉しいし、迷惑だなんて思っていないよ。

 ナルメアの鍛錬を見ると、自分たちがまだまだ甘いって事に気付かされるからね。僕やジータにとっては貴重な剣術の先生だよ」

「お兄ちゃん。グランちゃん……二人とも、ありがと」

 

 二人の言葉に僅かに持ち直すものの、やはりその表情は優れない。

 こうなると立ち直るまでが一筋縄ではいかない彼女だ。言葉巧みに慰める事が出来ない不器用な二人では不足である。

 ナルメアの一人反省会が続行され、傍らのジータから向けられる視線が鋭さを増す。

 目は口程に物を言う……何とかしろと事の発端であるセルグに向けられる視線は既に危険な気配を孕んでいた。

 

「はぁ……全く。ルリア、試合をしたらお腹が空いてきたんだが次の島でおいしい店にでも行かないか?」

「えっ? あ、そうですね! ナルメアさんもお腹空きましたよね? 一緒に美味しいご飯を食べに行きましょう!」

 

 言葉での慰めを諦めたセルグは次なる手段、ルリアへと丸投げした。

 声が届かぬなら、態度で示そう。裏表のない純粋なルリアの笑顔は彼女が慕われているという事を、言い聞かせるのではなく感じさせてくれる。

 妙手とも言えるこの機転で、ルリアは必然笑顔となり、それに釣られるようにナルメアからも暗い表情が薄れていった。

 

「フフフ、そうね。それじゃあお姉さんが美味しいお店を探してあげるね。ルリアちゃんは何が食べたい?」

 

 明るい笑顔を見せながら慕ってくるルリアに、もはや暗い顔など見せようはずがない。

 世話好きないつもの彼女へと戻るまでに時間はかからなかった。

 

「うむ。この手に限る」

 

 ルリアと共に笑顔を浮かべるナルメアをみて、してやったりとでもいうように誇らしげにするセルグ。

 

「困った時のルリア頼みなんて……男として情けなくないんですか?」

 

 すかさず傍らより、棘のある声が届いた。

 

「そう言わないでくれジータ。言葉巧みに慰めるなんて、オレが得意な事ではないんだ」

「とても3人の女性を囲っている人の発言とは思えませんね」

 

 言い訳するセルグにさらに棘のある声と言葉が告げられ、セルグは思わず慌てる。

 帝国との戦いの直後、それぞれに一度在るべき場所へと戻った件の三人。

 アルビオンへと戻ったヴィーラ。秩序の騎空団に戻ったモニカ。組織に戻り任務に勤しむこととなったゼタ。

 別れる前に彼女達から改めて想いを受け取り、セルグはそれを了承。贅沢な事に現在、彼は三人の女性と正式に交際をしている。

 そんなセルグが、慰めるのを不得手とは冗談にも聞こえないというものだ。

 

「あ、あいつらは別に口説いたりしたわけじゃ!?」

「そうだよね、口説いたのはイルザさんだけだもん」

 

 更には帝国との戦いの最中訪れた組織の戦士イルザとの戦い。

 その中で彼女の心を救った事で、彼女との仲も進展しているとの事。

 本人は断じて下心は無いと言うが、現状の彼に疑惑の視線が向かないわけが無かった。

 

「ぐ、グラン! だから、イルザの事は何度も違うと──」

「どのみち、セルグさんが節操のない人っていう印象は変わりませんから……そういえば、ナルメアさんは知っているんですか?」

 

 さらっと話題を切替、反撃の隙を与えないジータの問いに、セルグは静かに顔を顰めた。

 ジータやグランから見れば、ナルメアは相当にセルグの事を慕っているとわかる。

 兄替わりのセルグへの畏敬の線が強いが、それにしてもその念は深い。

 他者への依存が強い彼女の事だから異常とは言わないが、セルグへの愛情という邪推はできなくは無かった。

 

「──言えるわけがない。想いを受け入れ三人の女性と関係を持っている等と」

「むしろ、ナルメアさんを見るにその方が危険な気がしますが……」

「やめろ。そんな気配は微塵も感じていない」

 

 認めない、とでも言うように首を振りながらセルグはジータの懸念を否定する。

 覚悟して進んだ道ではあるが、まさかこのような事態になろうとは考えていなかったセルグ。

 畏敬か愛情かわからない気持ちをある意味都合よく解釈し、向き合う事を拒む。

 

「この状況を観るに、やっぱりセルグは女性の敵だと思えるよね……」

 

 そんなセルグに告げられたグランの言葉で、セルグの心が折れた。

 断じてそんな気はない。そのはずなのに、今の彼を囲む状況はそれを否定させてくれない。

 いつのまにか包囲されているようなそんな危機感に襲われ、セルグは静かにその身を震わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナルメアが居なくなった?」

 

 試合をした翌日。場は再びグランサイファーの甲板にて。セルグは聞かされた事態にオウム返しで問いかけた。

 訝しげに問いかけるセルグの言葉に、グランとジータは静かに頷く。

 醸し出される雰囲気は嘘を吐いてるとは思えない。セルグは何の疑いもなくその言葉を信じて口を開いた。

 

「昨日、何かあったのか? 少なくとも帰ってきたお前達を見るにおかしい様子は無かったように思えるが」

「それが……昨日食べに行ったお店で女の子に会ったんです」

「多分、あれが原因だと思う」

「女の子?」

「うん……十天衆の一人、魔導の申し子フュンフ。

 彼女は、刀使いのオクトーに懐いてて良く遊んでもらってるらしいんだ」

 

 グランの言葉に、セルグは少しばかり眉間に皺を寄せた。

 セルグが知る限り、因縁浅からぬ関係を持つ名前である。セルグにとっても……ナルメアにとってもだ。

 

 この空の世界において、最強の名を欲しいままにする集団。

 一人一人が国一つと渡り合えるとまで言われている、空の世界の抑止力……それが十天衆である。

 故あって、彼等とは既知の仲であるグラン達であったがそんな十天の一人とナルメアとの関係……刀使いと言う共通点こそあるもののそれ以上はわからないグラン達からすると、ナルメアの異変は、皆目見当のつかない事態であった。

 

「セルグさん、以前に少し聞きましたけどナルメアさんって……」

「──お前達やルリアへの態度は全てアイツのある想いからくるものだ。

 認められたい……必要とされたい。アイツが長い時間をかけて強く成ってきたのも全てはその欲求の為」

「僕達は詳しく知らないんだけど、ナルメアがあんな風になったのにはやっぱり原因があるの?」

「そう、だな……少し、話しておこう」

 

 普段のナルメアの態度を考えれば、セルグの言っている意味はすぐに分かる。

 甲斐甲斐しいという表現すら生温い極度の世話焼き──ともすればそれは極度の他者への依存と言える。

 憧憬の的であったセルグに対しても然り。弟や妹のようにとらえているグラン達然りだ。

 これほどまでに歪んだ欲求を抱くにはそれ相応の原因があるだろう……神妙な面持ちとなったセルグが口を開くのをグラン達は待った。

 

「前にも教えた事はあったな。オレの剣の師はオクトーだと」

「うん、基礎的な事だけど教わってたんだよね」

「あぁ。まだ組織の訓練生にもならない頃の事だが、街中でならず者を叩きのめしてな……その時に、奴と出会った。幼いながらオレは奴の強さを感じ取り、誘われるがままに奴から剣術の指南を受けたんだ。今思うととんでもない話だが、当時のオレは強く成る事を渇望していてな……多分奴はそんなオレに何かを感じ取っていたんだろう。流離うオクトーに付いて短い期間だがあちこちの島へと回るようになったんだ」

 

 “童よ……お主はどこへと向かう”

 “あんたと同じ高みへ”

 “ほぅ! お主は真おもしろき童よ。だが、侮るなかれ。我とて、今のまま停滞する気は皆無よ。我と同じ高みへ行くには、我より早く頂を目指さねばならん”

 “それが必要ならそうするだけさ”

 

「そんな風に対抗意識がありながらも、オクトーを師として修行中の身だったんだが、ある時一つの武家屋敷へと訪れた。聞けばあいつの親戚の家らしくてな。そこでしばらく滞在し鍛錬するって話になって────そこでナルメアに出逢ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 とある武門の道場。

 その家は長い歴史をもつ、由緒ある武芸の家門であり、道場は大きく毎日訪問者が絶えない。まさに武門の名家であった。

 今日も、門下や家系の者が道場のあちこちで鍛錬に勤しんでいる。

 道場の門戸で一人素振りをする少女もまた、その一人でった。

 

 

『御免。御当主は在るか?』

 

 突然にかけられた低く重苦しい声に、集中の途にあった少女はびくりと肩を震わせて振り返った。

 見ればそこには、他のドラフ族と比べてもよりたくましい巨躯をもつ一人の男と、付き人であろうか? ヒューマンの少年が一緒に居た。

 

『えっ? あのどちら様で……』

『あのなぁ、もう少し柔らかい態度で聞けないのかアンタは。見知らぬ爺さんからそんな風に聞かれたら普通の子供だったら裸足で逃げ出すぞ』

『異なことを。ただ御当主の所在を訪ねただけであろう』

『その強面はどうしようもないにしても、せめてその覇気は隠せ。ただでさえ身体の大きいドラフのアンタがそんなに闘志を滾らせてたら大人だって逃げ出す。

 あー悪いな君。この爺さん強くなることにしか興味が無くてよ……とりあえずここは爺さんの親戚の道場らしいんだ。御当主さんにザンバが来たと伝えてもらえないか?』

『は、はい! わかり……ました』

 

 目の前に立たれただけで押し潰されるような威圧感を受けた少女だったが、目の前で繰り広げられる少年との問答を見て、胸に抱いた恐怖心を払拭できた。

 武家の者であるが故に胆力と言うのは生半可ではない。異常事態に遭遇したところで、狼狽えるほど少女は軟弱でないつもりだった。

 一先ずは言われた通りに所望されている父を呼びに行こうと振り返ろうとするが、そんな少女をまたも重苦しい声が呼び止める。

 

『ああ、待て』

『おい(じじい)いい加減に──』

『構えにぶれが見られる。左からの打ち込みが苦手ではないか? 

 すり足の時、左の親指にもっと力を籠めるのだ。ずいぶんよくなる』

 

 驚愕に顔を染める少女。

 話しかけられる直前、ただの一度、素振りをしただけなのである。タイミング的にも遠目で見た事だろう。

 にもかかわらず、少女の弱点を男は見抜いた。それだけに留まらず、非の打ちどころがない的確な助言。

 この一言だけで、少女は男が何者なのか気を引かれてしまった。子供心に抱いた憧憬は、少女の心奥深くに根付いてしまった。

 

 それが、彼女の人生の全てを決めることになるとも知らずに……

 

 

 男はその道場の当主と遠縁の親戚に当たる者だった。

 

 訪れた理由は単純明快──更なる強さを求めて。

 当主との面会を終えた男は、しばらくの泊りがけで修業を積む了承をもらい、少女の家に厄介になることとなった。

 

 

 

 来る日も来る日も、男は鍛錬の日々に費やしていた。

 付き人である少年はその鍛錬を眺めながらひたすらに素振りの毎日。

 教えを乞うているわけではないのか……そこに師弟関係は見られなかった。

 

 男に憧憬を抱いた少女は、少年と並ぶようにして同じように鍛錬を眺めて修行に打ち込み始める。

 ともすれば付き人である少年よりも、より男の後について回り共に稽古に打ち込んだ。

 

 一緒にご飯を食べて、一緒に素振りと型の稽古を行い、夜には泥のように眠る。

 まだまだ成長途上にある幼い肉体で、既に立派な侍となっている男と同じ鍛錬に明け暮れるには生半な努力では足りなかった。

 少女は必死に食らいつこうとした……それも全ては、再び男に声を掛けてもらいたい。師事してもらいたいという一途な想いから。

 

 そんな少女を嘲笑うかのように、男の研鑽は密度と量を増していく。

 その後ろ姿は修羅か羅刹を思わせるほどに……武芸を極めるために生まれた鬼のようであった。

 

『っ!? はぁ……はぁ……」

 

 無機質な音を立てて手にしていた得物が地に落ちる。

 必死に食らいついていた鍛錬であったが遂には限界を迎え、少女の手はボロボロとなっていた。

 数秒──時間にしその程度の僅かな時間ですら惜しいと、少女は再び得物を拾い上げ男の鍛錬に続こうとする。が、激痛が彼女の手を襲い声にならない悲鳴を上げさせた。

 極限まで集中していたが故に鈍化していた痛覚が、意識した瞬間に一気に覚醒し彼女を襲ったのだ。 

 

『うっ……つぅ……そんな……』

 

 視線を向ければそこには変わらずの鍛錬を続ける男の姿。

 世話になっている家の娘が怪我をしていると言うのに、どこにも気にする素振りはなかった。

 その姿に、少女の覚悟が進む。

 この程度で音を挙げてはいられない。音を挙げていては、彼から師事を受ける事などできないのだと。

 己の弱さを妄信した少女は、痛みを振り払い鍛錬を続けようとした。

 

『こんな状態になるまで何してんだ。あーあ、こりゃ簡単には治らないところまできてるぞったく……』

『貴方は……あの人の付き人さん』

『その呼び方にはやや誤解があるが……まぁいいか。ちょっとじっとしてろよ──よっと』

『えっ!? きゃっ!?』

 

 少女を止めたのは、付き人の少年だった。

 彼は少女の容態を見て、すぐさま鍛錬など無理だと確信し、その疲れ切った身体を背に負うと道場に向けて歩き出す。

 彼自身も同様に鍛錬の途上だったのだろう。背負われた背には少し汗を感じ、伝わる体温はかなり高い。

 十分に体を温めた彼もこれからが本気の鍛錬だったのかもしれないと、少年の手を煩わせたことにまた一つ負い目を感じてしまった。

 

『なぁ、名前は?』

『あ、ごめんなさい……ナルメア、です』

『ナルメアね。ここしばらくずっと爺さんの鍛錬に付き合ってるみたいだが一体何のつもりだ? 基本的にあの爺さん、ヒトにものを教えるような事はしないぞ』

『そう……なの? でも初めて家に来たときは私に──』

『あんなの気まぐれ中の気まぐれだ。拾われたオレですらまともに剣を教えてもらった事なんて数回……変な期待をするのはやめておけ』

 

 そう言って、少年は道場の中で応急箱を探して少女の治療を始める。

 血の滲む掌の消毒と包帯。次いであちこち痙攣し引き攣っている筋肉への処置。

 鈍化していた肉体の疲労が瞬く間に押し寄せ、少女の身体を痛苦へと誘う。

 

『ほらみろ、無理をしすぎるからこうなる。急にあの人外な爺さんと同じ鍛錬なんてするものじゃない』

『でも……私、どうしてももう一度あの人に声を掛けてもらいたいの。もう一度、私の事を見て欲しい……の』

『それだったらそう言えば良いだろう。わざわざバカみたいな鍛錬に付き合ったところで、あの爺さんは決して自分の強さ以外に興味を向けない』

『それなら! 彼より強くなって振り向いてもらう。今は無理でも……いつか。きっといつか』

『好きにしろ。それでも、しばらくは鍛錬禁止だ──こちとらこの家に世話になってる身。娘さんをボロボロにするまで鍛錬に付き合わせたとあっちゃ、合わせる顔がない』

『そんな事……気にしないで欲しい』

『悪いが気にする。ここでの鍛錬はオレにとっても有意義だ。できれば追い出されたくはないからな』

 

 少女の筋肉の収縮を手伝い、痛みと後遺症の緩和を施したところで、少年は一仕事終えたとばかりに手を叩き立ち上がった。

 手慣れたものである。処置は的確で、少女の痛みは大分楽になっていた。

 

『包帯にはよく効く薬を馴染ませている。筋肉については一朝一夕で治るものではないがこの薬を飲んで安静にしておけば回復は早い筈だ』

『あ、ありがとう……そういえば、貴方の名前聞いてない』

『あっ、そういや言ってなかったな。悪い、こっちから聞いておいて教えてないのは不躾だった。オレの名前はセルグだ──もうしばらくの間よろしく頼むよ、ナルメア』

『セルグ……さん』

『まぁ、好きに呼んでくれ。オレはとりあえず爺さんとの鍛錬に戻るが、ナルメアは精々見学までだからな。やろうとしたら気絶させてでも安静にさせるからそのつもりでいろよ──じゃあな』

 

 足早に再び鍛錬へと戻ろうとする少年、セルグ。

 恐らく年齢はさして変わらないだろう。にも関わらず、セルグは彼の鍛錬に追従しているようであった。

 彼の様に鍛錬のみに傾倒しているわけではない。それでもセルグはあの鍛錬についていっているというのか……少女の胸に去来するは羨望であった。

 (ザンバ)のように強くなりたい。同時に(セルグ)のように強くなりたい。

 

 こうして幼い少女の憧憬は、深いところへと根を張り、少女の人生を決めたのだった。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
第一弾は、ナルメア、オクトー、そしてセルグの過去編。
ゲームでの情報からそこそこにオリジナルの補完を加えて描いております。

最終フェイトで見られるロリメアさんが可愛すぎて、過去編描きたくなったとかそんな理由があったり……

それでは。

読者様がお楽しみいただければ幸いです。

感想が欲しいです。作者にやる気を分けてください……


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フェイトエピソード ナルメア編 中編

仕事とかでやっぱり書き進めるのには時間がかかってしまっています。
それでも、最近はなんだか書いてる間すごく集中できてるので、クオリティは上がってる……気がします。

そんなわけでフェイトエピソード ナルメア編。
どうぞお楽しみください。




 

 少女ナルメアは目の前で繰り広げられる攻防に息を呑んだ。

 

 自分とさして変わらないであろう年齢の少年が、二倍も三倍もありそうな巨躯のドラフを相手にして果敢に挑み、あまつさえ刃を合わせ切り結んでいるのだ。

 

『はっ!』

『むんっ!』

 

 膂力においては二人の間には隔絶された差がある。少年の方は勝負の土俵にも立てないであろう。

 互いに気の入った声が漏れながらも片やギリギリの所で受け流し、片や逃すまいと押しこんでいく構図が繰り広げられる。

 危ない──再びナルメアが息を呑んだ瞬間、白刃は少年を捉えようとしていた。だが、その瞬間少年は恐るべき事に受け流しながらも前へと踏み込む。

 引きながらでは押し切られる。故に活路は前進する先にしかないと直感的に察知したのだろう。刃を滑らせ、巨躯との差を活かすように懐へと……それも頬を掠める至近で刃を躱して飛び込んだ。

 

『ぬ!?」

『おおお!!!』

 

 飛び込んだ勢いそのままに、繰り出されるは最短を奔る刺突。相対する巨躯の腹部目掛けて繰り出された刺突は、遠慮も加減も無しの全身全霊と呼ぶにふさわしい。

 決まれば軽傷では済まない。当たり所によっては死すらあり得る少年の刺突はしかし、男にはまだ児戯に等しかった。

 

『うむ、中々』

『なっ、がはっ!?』

 

 刀を握る柄から離された二本の指。

 繰り出される刃の横に指を添える。その僅かな動作だけで男は少年の刺突からその身を逸らす事に成功し、懐へと飛び込んできた少年にカウンターの膝を見舞う。

 こちらもまた、遠慮も加減も知らぬ反撃。その身の軽さゆえに大きく吹き飛ばされることで逆にダメージは大きくならないかもしれないが、とても大人が子供に稽古をつけて見舞う威力ではない。

 見事に宙を舞う少年は受け身を取りながらも、地面を無様に転がる事になった。

 

『つぅ……捉えたと思ったのにな。クソ』

『虚を衝いたという意味では相違ない。惜しむらくはその小さき身では如何に大きく踏み込んでも早さが出ぬことか』

『あれで遅いって言うのは爺さんくらいのもんだぜ』

『我に届かなくば意味もあるまい』

『ちっ、簡単に言ってくれやがって……とりあえず、今回はここまでだ。もう、身体が動かない』

『精進しろ──次なる時を待っておるぞ』

『次こそ仕留めてやるからな』

 

 その手に握られた刀を収めると、ザンバは興味を失った様にその場を去り自身の鍛錬へと向かうのだった。

 その背を睨めつけながら、淡々と返されるぶっきらぼうな言葉に眉をしかめて、件の少年セルグは地面へと身体を投げ出した。

 

 彼ついて回るようになってから幾許か。

 たまに行われる全力の試合──その全てにおいて、セルグは未だザンバに一太刀を入れることはできなかった。

 

 

 “すべての心配りを捨てよ。我は決して(わらべ)の命を奪うことはなく、我は決して童に命を奪われることはない。故に、童の全てを我の命奪う事だけに傾注するべし”

 

 

 これが、試合を行うようになった最初に出されたザンバからの課題であった。

 

 始めは何を言っているのだろうかと疑問を抱いたセルグであったが、直ぐにその意味を身をもって理解する。

 純然たる実力の差。隔絶された力量の差。その日、ボロ雑巾の如く打ちのめされたセルグはそれを思い知らされた。

 どれだけセルグが本気で殺そうと掛かったところで、ザンバは軽々といなし。どれだけセルグがザンバの攻撃を見誤ったとしても、ザンバは寸前で刃を止める事ができる。殺す心配も、殺される心配もなくザンバに挑む事がセルグに与えられた課題であった。

 生殺与奪の権利を完全に掌握された戦いにおいて、セルグができることはただ一つ。相手となるザンバの命を奪う一心で全てを掛けて挑む事のみ。

 

 それでも、未だ一撃すら入れられない。

 それが、セルグとザンバの現実であった。

 

『──遠いな。爺の背中は』

 

 諦めを含みながら呟かれた言葉は、傍で見ていたナルメアにも届いていた。

 

『お疲れ様』

『ナルメア、見てたのか?』

『うん』

『中々に無様だろう? 爺に付いて回ってしばらく経つってのに、未だオレは一撃たりとも爺に入れる事できずにいる────本当に、遠い』

『私からすると、対等に切り結んでるだけでとても凄い事なんだけど……』

 

 自嘲を見せるセルグに対して、ナルメアの胸には嫉妬に似た感情が渦巻いていた。

 それはザンバから師事を受けている事に対してか、或いはザンバと切り結ぶことのできる実力に対してか。

 いずれにせよ、憧憬の的であるザンバが彼の事を見ていることに変わりはない。

 彼等がナルメアの道場に訪れて暫く経つが、最初の邂逅以来一度たりとも自身に声をかけてくれる事のないザンバを考えると、ナルメアの胸中は複雑であった。

 

『そんな顔をしていても、爺は見てくれやしないぞ。素直に声を掛ければ良いだろう』

『ッ!? そんな顔、してない!』

 

 表情に出ていたか……羨望と嫉妬の感情を読み取られたセルグの言葉に、ナルメアは慌てて顔を背けて否定の言葉を口にする。まだまだ感情を隠しきれるほど齢を重ねているわけでもない。向けてしまった羨望と嫉妬の感情をセルグに気取られたくはなかった。

 彼自身には何も落ち度はないし、もっと言うのであれば彼はザンバの背中を追いかける自分の事を気にかけてまでくれている。

 知らず向けてしまった嫉妬の感情を、ナルメアは必死に押し殺そうした。

 そんなナルメアを見て、セルグは一つため息を吐くと、地面に投げ出していた身体を起こして口を開いた。

 

『勘違いしているみたいだから訂正しておく……これは爺が手解きしてくれてるような優しいものじゃないからな』

『えっ、それってどういう……?』

『爺からすれば本気で殺しにかかってくるオレは良い練習台ってわけだ──命を懸けた本当の死合の為のな』

『命を懸けた……死合』

『稽古ではなく実戦。それを想定した本当の戦いって事だ。要するにオレと爺は全力で殺し合いの練習をしているんだよ』

『そんな……そんなの一歩間違ったら!?』

『もちろん致命的だろうさ。だが、その一歩を間違えず間違えさせないのがあの爺なんだ』

 

 ナルメアは驚嘆するしかなかった。

 試合の内容も、その意味も、今のナルメアにとって次元の違うレベルの話だ。

 仮にセルグの立場となった時、自分にそれができるだろうか……いくら適わない、攻撃が届かないとわかっていたとしても、ザンバを本気で殺しにかかることなどできるだろうか。

 否──他者の命を奪うことは人が本能的に忌避する行動だ。相応の理由がなくば、意味がなくば、心のどこかでブレーキがかかる。

 まだ少女のナルメアにそのような事できるはずがない。むしろできるセルグが異常である。

 そしてまた、平然と行わせるザンバもまた、異常と言って差し支えないだろう。

 

 自分が追う背中の意味を知り、ナルメアは戦慄した。

 

 強さの頂に至るには、そこまで狂気に身を染めなければならないのだろうか。

 僅かに身を震わせるナルメアだったが、その頭に優しい感触が乗せられる。

 

『わかっただろう。オレと爺は師弟関係なんかじゃない。強さを求めるうえでの都合の言い練習相手ってだけだ。だから、無理して爺の背中を追いかける必要なんかない』

『でも……決めたの。強くなって、あの人に見てもらうって──』

『だとしても、それで無理をしてどうする? 昨日も一緒になって型の稽古をして、あちこち筋肉を傷めているだろう?』

『っ!? どうして──』

『爺とナルメアじゃ体格も筋力も違う。できる型とできない型があるはずだ。無理してやればそうなる──ほら、こっちに来い』

 

 自身の状態を見透かされ驚きながらも、促されるままに座っているセルグの前に背を向けて座り込むナルメア。

 すると慣れた手つきで、彼女の強張った筋肉をセルグは解していく。

 セルグにとってはもはや習慣になりつつあった、ナルメアの整体。毎日毎日、無理と無茶を重ねてザンバを追い続けるナルメアを見兼ねたセルグが少ないながらもできる事であった。

 

『──んっ、くっ……つぅ。ありがとう……やっぱりセルグさんの手は、優しいね』

『何を言ってる急に。全くまたこんなにも自分の身体を痛めつけやがって……癖になっても知らねえぞ』

『良いよ……その時はまた、こうして治してもらうもの』

『……バカ言ってんじゃねえよ。お断りだ』

 

 それきり、互いに言葉を発することなく、静かな時間が過ぎていく。

 嫉妬渦巻き荒んだナルメアの心は既に穏やかになっていた。

 自分を気に掛けてくれている。その上己の無茶を看過できずにこうして整体までしてくれる。

 心身共にこそばゆくなるくらい、優しい手の感触が心地よくて、ナルメアはされるがままにセルグの施術を受けた。

 しばらくの間、そこには穏やかな空気と時折漏れるナルメアの吐息だけが流れていく。

 

『ねぇ……それじゃあ、代わりにお兄ちゃんって呼んで良い?』

『は? また意味わからん事を急に』

『だって、お兄ちゃんの手とても安心するんだもの』

『許してねえぞおい。勝手にそんな呼び方はやめろ』

『私にとってお兄ちゃんは兄弟子になるわけだし……ね、いいでしょう?』

『だから師弟関係にはないと言っただろう。わからないやつだな』

『良いの。私にとっては同じ事だから』

『はぁ、聞き分けの無い奴だな──どうせここに居る間だけだ。好きにしろ』

 

 先程みせた嫉妬と羨望に染まった顔が、今は穏やかな笑みを浮かべている。

 それを考えると無下に断るのも忍びなく、結局は根負けするセルグ。

 ぶっきらぼうに答えながらも照れ臭そうにしているのは満更でもないのだろう。

 

 

『ふふ、ありがとね……お兄ちゃん』

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 浮かび上がる意識と共に、ナルメアは瞼を開けた。

 またいつの間にか瞑想の最中で寝入ってしまっていたのだろう。丁寧に座った姿勢のまま、器用に眠るのももはや慣れたものであった。

 

「懐かしい……初めてお兄ちゃんを、お兄ちゃんって呼んだ記憶」

 

 随分と忘れ去っていた思い出だった。

 あの日のすぐ後に、二人は道場を離れまともに挨拶することもなく別れとなってしまったのだ。

 当時はそれがショックで、知らず知らず思い返さないようにしていたのだろう。

 

 今更何故そんな記憶を夢に見たかと考えると、ナルメアの頭にはすぐにその理由が思い浮かんだ。

 周囲を見れば荒野──自然豊かであったはずの山の中の一角。嘗てグラン達と初めて出会った場所であったが、今は見るも無残な荒野になり果てていた。

 自身の身体を見ればあちこちに傷はあるし、筋肉を酷使しすぎて痛みが酷い。

 

 無理と無茶を重ねた鍛錬の結果であった。

 

「また、怒られちゃうかな……」

 

 自嘲を見せながらも休憩は十分だろうと、再び立ち上がったナルメアは構える。

 

 一閃。

 

 節々に走る痛みを無視して流れるように抜刀。

 剣圧が、眼前の地面を削っていく。

 

 “じっちゃ、よく団子とかおはぎとかあちしに買ってくれるんだ~! ”

 

 脳裏によぎる幼い少女の声。

 それを振り払うように、再び一閃。近くを流れる川が断たれた。

 

 “いっつもムスーってしてるけど本当は優しくて、あちしのことちーっちゃい頃から面倒見てくれてるんだよ! ”

 

 目の前に幻影のように映る少女の声を消し去るべく乱れ舞う。

 角度を変え、姿を変え、流麗な舞踏のように綺麗な曲線の軌跡を描く刃はその見た目とは裏腹に周囲を微塵に刻んでいく。

 

 “もう夕方だ!? じっちゃ心配しちゃう! あちし帰らなきゃ! ”

 

 言い様のない感情がうねる様に鎌首をもたげ、感情のままにチカラを解放した。

 荒れ狂う剣閃は先程の流麗からかけ離れ荒々しく猛々しいものへと変化していく。

 

 “十天衆が一人、フュンフ! だよ! ”

 

 それは彼女の心を映す様に、勢いを増していき周囲を裂き、割っていく。

 残されるのは、無残に吹き散らされた自然だったものの成れの果てだった。

 

 

「はぁ……はぁ……また、やっちゃった」

 

 瞑想をして落ち着き、型の稽古に入るつもりであったというのに。

 脳裏にちらつく声と現実に、一度として彼女の心は穏やかになることは無かった。

 

 

 数日前にグラン達と降り立った島で出会ったハーヴィンの少女。

 十天衆が一人、魔導の申し子フュンフ。

 同じ十天衆が一人、刀神オクトーが彼女と懇意にしていたことは風の噂程度で耳にしていた。

 でもそれは同じ十天衆だから。同じレベルの強者であるから。

 だから懇意にしているのだろうと……思っていた。

 

 しかし、出会ってみればそれはまだ十歳(とお)にも満たない幼子。

 そしてその幼子が家族自慢として、ナルメアが全く知らないオクトーの姿を語るのだ。

 優しい? 心配? 

 そんなもの自身は露として掛けられることはなかった。

 それでも、強者となれば振り向いてもらえる。その一心で強くなることだけに人生を捧げてきた。

 

 何が違うのだろうか────彼女と自分は。

 一体何が足りなくて、自分は認められず、彼女は彼に目を掛けられるようになったというのだろうか。屈託なく笑う、表裏の無い少女に対して未だ嘗てない程嫉妬の感情が渦巻いた。

 嘗て兄弟子だったセルグとは違う。まだ十歳にも満たない少女が彼に認められる現実を直視できなかった。

 燻る想いを悟られたくなくて、ナルメアは何も告げずにグランサイファーを降りた。

 また一から鍛えなおすべく、嘗て籠ったこの山で再び鍛錬をやり直すことにしたのだ。

 

「でも……もう、どうすれば良いのか……わかんないよ」

 

 零れ出た声は恐ろしい程に弱弱しかった。

 儚く、今にも壊れてしまいそうな危うさを持つ。迷子の幼子の如きか細い声。

 いつもグラン達の世話をするナルメアの溌剌とした姿はどこにも見られない。

 

「ねぇ、どうしたら……私は強くなれるのかな」

 

 誰に問いかけるでもなく、疑問を漏らす。

 流すまいと堪える涙が滲んで視界を霞ませる。

 

「うぅ……くっ……うぅ……」

 

 一度零れれば、もう止まることは無かった。

 

 

「昔はどんなに辛い稽古でも涙を流すこと無かったっていうのに、今は随分と涙脆くなったな」

 

 

 突然耳を震わす声に、ナルメアは顔を上げた。

 そこには、先程夢に見た兄弟子セルグの姿があった。

 傍らの黒鳥ヴェリウスに乗ってきたのだろうか? そこに居たのはセルグ一人で、周囲にグラン達の気配は無い。

 だが、今自分の顔を最も見て欲しくない人物の一人である。

 夢の時と同じように、ナルメアは上げた顔を伏せ、目を背けるのだった。

 

「お兄……ちゃん。どうしてここに?」

「急に居なくなったと聞けば探すのが普通だ。オレだけじゃなく、グラン達もな。ヴェリウスに伝言を頼んだからもうじきここに来るだろう」

「そっか……また、迷惑かけちゃったね」

「そう思ってるなら勝手に居なくなるな。オレはともかくあいつらは多かれ少なかれお前を頼りにしてる。ルリアもジータも、お前が居なくなって泣きそうだったぞ」

「うん、ごめんなさい」

 

 予想通りと言うべきか。心配をかけてしまう事はわかっていた。

 こんな自分でも、居なくなれば彼らは気に掛けてくれるだろう。優しい子達なのだ。

 だから、何も言わず出てきた。嫉妬に狂った自分を見て欲しくなかったから……

 

「随分と荒らしたな……事情は大体察しが付くが」

「察してるなら……帰ってよ」

「そうはいかない。ほら、久方ぶりだがこっちに来て座れ」

「────うん」

 

 あっ、と息を漏らすとその言葉の意味に気付き、ナルメアは促されるままにセルグの前に座り込んだ。

 するとすぐに、温かい手が酷使しすぎた身体を癒しに動き出す。

 変わらない……慣れた手つきで施される施術は、夢と同じ様に荒んだ心と共に彼女の身体を解していった。

 

「昔も言ったな。無理をしてどうする? こんなに身体を痛めつけても鍛錬は捗らないし効果も上がらない」

「でも……だって……私は弱いんだよ。こうでもしないと──」

「それで心配する身にもなれ。お前がそうやって無意味に自傷すれば、グラン達は更に心配する。今度はルリアもジータも泣くぞ」

「それ、でも……私は」

 

 それきり、黙り込むナルメアにセルグも声を掛けられず、静かな時間の中二人の間にはわずかに残された自然が織り成す音だけが耳を揺らした。

 痛むのだろう、時折漏れる痛苦を堪える声にセルグが何度か眉を顰めて問題は無いかと問うが、それ以外は互いに言葉を交わすことは無かった。

 

「これで少しはマシになっただろう。とりあえず暫く鍛錬は禁止だ。酷使するにも程がある」

「ごめんなさい、また迷惑かけちゃって」

「もう謝るのもやめろ。別にオレは迷惑だなんて思っちゃいない。それより──」

 

 施術を終えたセルグはナルメアの横に並ぶように座った。

 その目は普段の彼らしからぬ不安に彩られていた。

 

「一体いつまで、こんなことを続けるつもりだ?」

「わかってるんでしょ? あの人に振り向いてもらうまで……」

「言っただろう。あいつは己の強さにしか興味がない。少なくとも以前はな……今がどうかはわからんがフュンフが慕っているというのなら変わってるのかもしれん。振り向いてもらいたいならお前も逢いに行けば良い。それだけで済む話だろう────いつまで、届かない声を叫んだまま研鑽を積み続けるつもりだ?」

「でも、こんな弱い私じゃ! あの人に声を掛けてもらう事なんて……」

「弱いなんてのはお前の物差しでしかない。爺が言ったわけでもなけりゃ、フュンフに負かされたわけでもないだろう。少なくともグラン達はお前を強者として慕ってい──」

「それこそっ! 私が強い証明になんて、ならないよ!」

 

 再び感情が溢れて涙を零すナルメア。

 自分が強い等と、信じられなかった。何を言われようと、脳裏にちらつくオクトーとフュンフの存在。

 無垢な笑顔と共に、オクトーの事を語るフュンフの存在が、ナルメアに自身の強さを否定させる。

 それ程までに、ナルメアにとってフュンフの存在は大きなものであった。

 

「そうか……」

 

 ポンポンと温かい手がナルメアの頭に乗せられると、セルグは観念したかのように立ち上がった。

 

「これ以上は、言っても無駄だな」

「お兄……ちゃん?」

 

 優しい声音と雰囲気はそこまでだった────立ち上がり、少しだけナルメアと距離を取ったセルグは振り返ると、その双眸を鋭く変化させナルメアを見やる。

 徐々に増していくのは殺気。それは紛うことない、嘗て少年時代に目の前で繰り広げられていたザンバとセルグの鍛錬の時と同じ。

 本当の死合をするときの気配であった。

 

「構えろ、ナルメア」

 

 天ノ羽斬の鯉口を切る。既にそれは臨戦態勢の証。

 剣士としての(さが)か、ナルメアはそれに反応して思わず立ち上がった。

 驚くことに施術の施された身体は先程までが嘘のように軽くなっていた。これであれば万全とは言えなくとも全力は出せよう。

 だが、その状態であっても目の前の兄弟子とまともに戦えるかと問われれば難しい。

 

「本気で? お兄ちゃん……」

「本気だ。正真正銘、命を懸けた全力。切り替えないと死ぬと思え」

 

 天ノ羽斬に光が集う。全開解放──それはセルグが本気で戦う時の状態を表す。

 もはや疑う余地はなかった。目の前にいる兄弟子は、自分と本当に死合うつもりだと。

 愛刀を腰に差し、戸惑いつつもナルメアは構えた。

 真意は読めないが、余計なことを考えていてはこの命容易く刈り取られると、剣士としての本能がそれを理解する。

 

 

「それで良い。行くぞ────お前の弱さを否定してやる」

 

 

 宣言と同時に、セルグの姿が掻き消える。

 天ノ羽斬による自己強化の極み。そこから齎される圧倒的身体能力を駆使して踏み込む。

 察知した瞬間には、ナルメアの懐へと飛び込んでいた。

 

「はっ!!」

「くっ!?」

 

 先日の手合わせレベルとは違う全力の踏み込み。その深さが彼の本気を物語る。

 後退と合わせて、距離を稼ぎながら刃を逸らすことに成功したナルメアは反撃とばかりに刃を返す。

 

「やぁ!!」

「ちっ!?」

 

 今度はセルグが防ぐ。振り切られる刃の軌跡を変えるように一閃。

 見えない剣閃がナルメアの刀を弾き返す。

 二人の視線が交錯する。そこは既に、剣士だけの絶対領域となり、互いの目だけで次なる動きを読みきる攻防へと突入していく。

 

 膂力。そして圧倒的な剣閃の早さで押すセルグに対して、ナルメアは小柄な肉体を駆使した身軽で俊敏な移動を用いてセルグを翻弄する。

 その姿、正に胡蝶の如く。

 以下に早く鋭い剣閃をもってしてもひらひらと舞う蝶を捉えることは容易ではなかった。

 

「ちっ、多刃!」

「(これは前回も見た瞬息連斬の技……見切れる!)」

 

 焦りと共に振るわれた技に、僅かな隙を見つけ踏み込む。

 寸前のところで天ノ羽斬を挟み込み大きく距離を取ったセルグは冷や汗を流しながら、ナルメアの出方を伺う。

 

「(やっぱり、お兄ちゃんは強い……隙を突いても軽く躱される)」

 

 縮地を用いて背後を取ったナルメアが再び攻めに転じる。

 対するセルグは、長する剣閃の早さでもって迎撃。

 勝負は互角のまま、長い剣戟の嵐へともつれ込んだ。

 

 息する間もない僅かな時間の中での剣閃の嵐。

 互いに必殺となる一閃をこれでもかと見舞い、それらを全て互いに防ぎ躱していく。

 ナルメアの鍛錬によって荒れに荒れた山の一角を、更なる暴虐に晒しながら二人の戦いは続いていった。

 

 その最中、ナルメアは不思議な心地の中にいた。

 

「(なんだろう……少しずつだけど、お兄ちゃんの動きがわかってくる)」

 

 振り抜かれる斬撃の軌跡を予想するまでもなく、斬撃の向き、角度、間合い。それらが感じ取れるような感触。

 

「(手を……抜いていると言うの? 真剣勝負の最中で)」

 

 まるで導かれるような、そんな感触。流されるままに、ナルメアはセルグの中に隙を見つけた。

 

「(自分から……いきなりこんな殺し合い紛いの事をけしかけておいて……)」

 

 総毛立つ程の黒い感情がナルメアの心を支配していく。

 振るわれる天ノ羽斬を完全な形でいなし、鎌首をもたげた感情のままに、必殺の一閃を──

 

 

「ナル姉ちゃん、だめーーー!!」

 

 

 振るわれた必殺は、割り込んできた幼い少女の声に遮られた。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

脚色しまくりのナルメアとオクトーにセルグを加えたエピソード。

ゲームのフェイトエピから作者が読み取ったナルメアの内面を上手く描けていれば良いのですが……

感想お待ちしております。


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コラボエピソード
モンハンコラボ 第一幕


ちょっとリクエスト貰いましてこんな話を投稿。

作者自身、モンハンが好きでリクエストをもらった時は構想を考えてワクワクしてました。

空蒼やフェイトエピと書きたいことはたまっていますが、こちらもちょいちょい書いていこうかと思います。

それではどうぞ


 

 

騎空挺グランサイファーが空を走っていた。

 今日も今日とて、よろず屋シェロカルテの(厄介な)依頼を終わらせ、報告に向かう帰り道の途上である。

 

 甲板にて足を延ばしてのんびりするルリアとジータ。

 舵を取るラカムと談笑にふけるグランとセルグ。

 各々依頼を終えた帰りということもあって、穏やかな時間を過ごしていた。

 

「それにしてもよぉグラン。最近のシェロの依頼はおかしくねえか? 今回だって季節的に大量発生する魔物の間引きつって……依頼を受けたのが俺達だけだったから軽く見てたらあれだしよ」

「オレ達自身は問題ないが、あの数……他の騎空団だったら不可能だぞ」

「それは僕だってそう思うけどさ……シェロさん、これを依頼できるのは僕達しかいないんですって、珍しく慌ててたから」

 

 うんざりと言った様子で首を振る二人に、グランは苦笑い。

 確かに、二人の言うことは分からなくもない。件の依頼はバカみたいな数の魔物を相手に、少数であるグラン達だけで殲滅して来いという話だったのだ。

 一体一体は然程でもないが数が多すぎた……並の騎空団であれば数の暴力に押し負ける事になっていただろう。

 グラン達とて全力でかからなければ、押し負けていたのは間違いない。

 改めて、グラン達は少数精鋭の厳しさを思い知った一件でもあった。

 

「演技に決まってんだろそんなもん。あのシェロカルテが慌てるなんて事態、あり得るはずがない」

「同感だな。体よくシェロに押し付けられただけだぞグラン。複数の騎空団に依頼を回すより、俺達だけに依頼した方が安くすむだろうしな」

「二人してそんな穿った見方しなくても──」

「そうだぜ、ラカムもセルグもよろず屋になんか恨みでもあるんかよ」

 

 やれやれと言った様子のビィの言葉に、セルグとラカムは顔を見合わせた。

 

「そりゃあおまえ」

「あるに決まってんだろ」

「えっあるの!?」

 

 予想外な答えにグランが驚く。

 基本的には全うな商売をしているシェロカルテだ。少なくとも阿漕な事はしていない。

 頼りにしている騎空団は多いし、商売敵でもない限り彼女が恨まれることはそうは無いだろうと思っていた。

 だが、まさか身内に彼女を疎ましく思っている人物がいるとは思ってもみなかった。

 

「グランは知らねえだろうけどな。シェロの奴とはそこそこ付き合いも長い。油断してるとすぐに無理難題を吹っかけてきやがる」

「オレなんてうまく言いくるめられて、どっかの令嬢様の子守りさせられたんだぞ。しかも全力であちこちから暗殺されるようなやばい立場のお嬢様だ……半分詐欺だあれは」

 

 思わずグランは首をかしげる。

 恨みと言うからにはもう少しひどい話が出てくるかと思ったが、聞く限りはただ“少々難しい”依頼を引き受けただけらしい。

 グランから言わせれば、精査もせずに受けたとか、受ける受け無いの自由があったのではないかと思わなくもない。

 

「でも、二人とも何とかなってるんでしょ?」

「そりゃあまぁ、投げ出すわけにもいかねえしな」

「当たり前だろう。オレが任務を失敗する等あり得ん」

「ってことはつまり、適切な人材派遣ってことですよね? 全く、シェロさんには適わないなぁホント。ねぇ、グラン」

「そうだよなぁ、あの人には一体何が見えてるんだろう」

 

 遠巻きに聞いていたのかジータも混ざってきた。

 彼女の言葉にグランも頷く。

 正に適材適所。ラカムやセルグは無理難題と言うが、むしろ難しい依頼をできる人物に的確に回してくるシェロカルテの慧眼に脱帽するところだ。

 物事の本質をしっかり見抜いているというのか。目の前で繰り広げられる二人の会話に、セルグとラカムは目を丸くしつつもいたたまれなくなって視線を落とした。

 

「なぁセルグ」

「何も言うなラカム……オレ達では適わん」

「大人気ねえな俺達」

「大人気ないって言うのかこれ」

 

 無論、セルグとラカムも本気でシェロカルテをどうこう言うつもりはない。が、もう少し親身になってくれても良いのではと感じるのだった。

 

 

 

 そんなのんびりとした会話をしていると、グランは視界の中で何かを見つける。

 

「ねぇ、ラカム……あれ何?」

 

 まるで暗雲を切り取ってきたような、真っ青な空の中に放り込まれた異色な気配。

 その色合いにどこか胸騒ぎを感じて、グランはラカムへと問いかけた。

 

「あぁ? 何ってなんの……なんだありゃ」

 

 長い事操舵士として生きているラカムでも知らない様子である。

 全員に、緊張が走った。

 

「おい……冷静に見てる場合じゃないぞ。何かわからないがどんどん近づいてきている!!」

「ラカムさん!!」

「わかってる! 全員どっかにつかまれ!」

 

 急速反転。突如現れた奇妙な暗雲から逃げるべく、グランサイファーを全速力で走らせた。

 だが、時既に遅し。暗雲に引っ張られるように、グランサイファーは引き寄せられていき、今にも尾翼から飲み込まれそうである。

 

「逃げ切れないだと!? クソっ、なんなんだありゃ!」

「くっ、ヴェリウス!!」

 “どうする気だ”

 

 緊急事態にヴェリウスを呼び出したセルグ。

 呼びかけに応え、現れる黒鳥が慌てた様子も何用だと問いかける。

 

「お前を砕く。ザンクティンゼルで再生して、皆に事情を伝えろ!!」

 “成程。よかろう、やれ! ”

「頼んだぞ!」

 

 逃げきれないことを悟ったセルグは、今艇に乗っていない仲間たちへの伝言の為、分身体のヴェリウスを破壊する。

 天ノ羽斬を一閃。黒い粒子となって消えていくヴェリウスを見送ったときには、もうグランサイファーの半分が飲み込まれていた。

 

「ルリア、私の手を離さないでね!」

「あわわわ、わかってますぅ!!」

「ビィも! 服の中に入ってろ!」

「おわぁ!? オイラの扱いが雑だぜグラン!!」

「お喋りはそこまでだ、舌嚙まないように口を閉じてろ!!」

 

 艇体が激しく揺れ動き、全員で一か所に固まって口を閉じた。

 悲鳴を上げることなく、耐える姿は流石歴戦の騎空士といったところである。

 グランサイファーが完全に暗雲へと飲み込まれた。揺れはさらに激しいものとなり、一行は落下しているのかと思えるほどの浮遊感を覚えた。

 

 

 こうして、静かにグランサイファーは空から消える。

 暗雲共に……何も痕跡を残さないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄大な、正に大自然を肌で感じられるような。そんな自然あふれる丘陵地帯で、双眼鏡を片手に周囲の様子をつぶさに観察する男がいた。

 しきりに視線を巡らせるが、どうやら目当てのものは発見できず僅かに嘆息する。

 

「エミリア嬢、目標の痕跡は無さそうですね」

 

 ゴム質の全身鎧を纏った男は、隣に立つ少女に報告をあげる。

 その報告にエミリアと呼ばれた少女は顔をしかめた。

 彼女の風貌には妙に気品を感じさせる。男の呼び方からもどこかのお嬢様と思わなくはないが、それに反して彼女の腰元には巨大で武骨な塊が据え付けられている。

 男ほどではないが足腰と腕には重厚そうな鎧を纏い、上半身は軽装で動きやすくはしているものの決してお嬢様と呼ばれる姿ではない。

 

「そのようね、“ディオ”。“ジーク”、聞こえた?」

「わかってるよ。ほら、行こうぜ“ガノ”」

「うむ」

 

 エミリアに呼びつけられ、近くで周囲を警戒していた二人も戻ってくる。

 二人共先のディオと同じく全身を覆う鎧を纏っていた。特にガノと呼ばれた男は大柄な体格に合わせて、巨大な生物の骨を基調とした非常に頑丈そうな鎧を着こんでいる。

 ジークの背にはその背とほぼ同じようなサイズの大剣が。ガノはその背を大きく超えて飛び出している巨大な槍を携えていた。

 

「全く、リオレウス一頭探すのにとんだ苦労だわ。誰かさんがヘマするから」

「俺のせいだって言うのかよ。そもそもエミリアの作戦が消極的すぎるんだろ」

「それはっ! メンバーの危険性を最小限にするためよ。一回の狩りで致命的な負傷をするわけにはいかないもの」

「そのせいで倒せるもんが倒せなくなってることに気づけよ!」

「何よ、私のせいだって言いたいの!」

「あぁ、そうだよ!」

 

 目標が見つからず、上手く行ってない事に苛立ちが募っているのだろう。

 落ち着いた様子で構えているディオや寡黙なガノと違い、エミリアとジークは年若いこともあってか互いの感情が止まらず、ぶつけ合う口論にまで発展していく。

 

「何よ!」

「なんだよ!」

 

 本気の喧嘩とまではいかないが、互いに自身の言い分が正しいことを曲げるつもりはないようであった。

 

「ガノ、よろしいのですか?」

「良くはない。が意見をぶつけ合うのも必要な事だ……それより」

 

 二人の様子に、呆れ半分で止めないのかと問いかけるディオであったが、対してガノは彼女らを気にかけつつもその意識が別の方へと向いているようであった。

 

「はい? 何か?」

「奇妙な音が聞こえる」

「奇妙な? すいません、私はなにぶんこんなマスクを着けていますから、少し音には……」

 

 周囲の気配に意識を向けていたガノであったが、何かに気づいたようにはっとすると、口を開くことなく動き出す。

 

「お嬢様、ジーク。すぐに隠れましょう」

「えっ、ちょっとガノ!? どうしたの急に」

「お静かに」

 

 慌てた様子で近くの岩陰へと隠れる。

 突然のガノの行動に訝しむ一行であったが、その理由は時を置かずにすぐわかった。

 奇妙な音を出しながら、空を何かが飛んで──否、落ちていたからだ。

 

「何、あれ? 書士隊の飛行船……じゃないわよね?」

「外観での異常は見当たりませんが、どうもフラフラと落ちているようですね」 

「このままでは狩場に、墜落するだろう」

「まずいわね……音を聞きつけてモンスターも寄ってくるだろうし」

「如何しますか、エミリア嬢?」

「んなもん、助けに行くに決まってるだろう!」

「ジークと同じ意見になるのは癪だけど……そうするべき、よね。行きましょう!」

 

 予定外の事ばかりに、エミリアから静かに舌打ちが漏れる。だが、あの飛行船に隊商が乗ってでもいたら非常にまずい。

 ここは強大な“モンスター”達が跋扈する超危険地帯なのだ。彼女達のような“ハンター”でもない限り命はない。

 四人は急いで、轟音立てて落ちた飛行船の場所へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、あの変な空間を抜けたと思ったら、いきなり動力が死ぬってどういうことだよ!!」

 

 切迫した様子で、次々とハンドルやレバーを動かすが、ラカムの呼びかけにグランサイファーは応えてくれない。

 動力源が落ちた騎空挺は辛うじて艇体の軽さと形状によって、落下速度を緩やかにすることしかできなかった。

 

「文句を言う暇があったらどうにかしろ操舵士!! 何とかして墜落の衝撃だけでも抑えないと死ぬぞ!」

「ルリア、ティアマトは呼べない!?」

「無理なんです!! なんでかわからないですけど、呼べないんですよ!」

 

 悲痛な様子でティアマトを呼ぼうと手をかざすルリアだが、彼女の呼びかけにも応えるものはいなかった。

 徐々に地面が迫ってくる中、己のふがいなさにルリアの目尻に涙が浮かぶ。

 

「くそっ、こうなりゃ……グラン、ジータ! 墜落直前に地面に全力で一撃かますぞ! その衝撃で落下を緩和する!」

「そんな無茶苦茶な!?」

「天星器をだせ! タイミングを逸したら終わりだ!」

 

 セルグの言葉に意を決してグランとジータが頷く。

 ラカムの奮闘も空しく、グランサイファーが動き出す気配はない。

 どうにかしなければ、グランサイファーは地面に叩きつけられて大破となるだろう。最悪は、二度と飛べなくなる可能性もある。

 

「──わかった」

「よし! 絶刀天ノ羽斬よ、我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」

 

 言霊と共に天ノ羽根斬を全開解放。グラン達の天星器と合わせて全力をお見舞いしようとしたところで、セルグは違和感に気が付く。

 

「──なん、だと。天ノ羽斬が……反応しない!?」

「天星器も!? うそ!?」

「おいおいおい、どうすんだよ!?」

 

 どうにかなるのかもと期待してたラカムの声に更なる焦りが浮かんだ。

 縋るようにグラン達を見るラカムの目にやるせない想いが浮かぶが、もはや手は無かった。

 

「諦めだ……」

「なんだって?」

「ルリアっ!!」

「は、はい!」

「オレにしがみついておけ。絶対に死なせはしない!」

「ラカム、僕達も行こう……残念だけど、グランサイファーは後で直すしかない」

「ってことはお前達……まさか!?」

 

 グランの言葉に血の気が引いていくラカム。

 

「落ちる前に飛び降りる!!」

 

 そう、彼らは艇が墜落する直前に大きく跳躍して落下の速度を緩和しつつ飛び降りる気なのだ。

 

「うっそだろぉおお!!!」

 

 あんまりな事態に嘆きながら、飛び出していくグラン達に続くラカム。

 直後、轟音を立ててグランサイファーは緑豊かな大地へと墜落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……なんてこった。本当に死ぬかと思ったぜ」

 

 這う這うの体というやつで、着地をうまく取れなかったラカムが地面に体を投げ出していた。

 愛するグランサイファーは動力部が死んでいたせいか、火こそ上がっていないが墜落の衝撃に大きく破損が見受けられる。

 静かに、ラカムの瞳から一筋の涙が流れた。

 

「同意だぜ……オイラ空飛べるはずなのに死ぬかと思った」

「あっ、そういえばそうだった。ゴメン……ついビィまで抱えたまま飛び降りちゃって」

「まぁ、無事だったから良いんだけどよ」

「とは言え……無事だったのは良いが、事態は掴めない」

 

 セルグは無反応となった天ノ羽根斬を見ながら静かに考えをめぐらす。

 未だ嘗て、この武器が壊れたなどと言うことはない。出自や製作者は不明だが、故障や破損とは無縁であったこの武器が何故機能しなくなったのか。

 

「そうだね、ここは一体どこなのか……ルリアは星晶獣を呼べないし、天星器も天ノ羽斬もチカラを発揮できなかった」

「ついでに……魔力も練り上げられないみたい」

「本当だ。体の外に出そうとすると、阻害されちゃうような……魔法系統もダメの様だね」

「オレ達の不調もそうだが、辺りの木々も見覚えがないものばかりだ……ついでに、なんていうか空気が違う」

 

 セルグは辺りを見回しながら呟く。

 小さな川も流れる中、周囲は緑あふれる森と丘陵地帯が見受けられ、大自然という言葉がふさわしい。

 どことなく、空を飛びまわっているときの軽やかな空気とは異質なものを感じ取れた。

 

「そいつはわからなくもないな。確かにいつも空を飛んでる俺から言わせると、ここの空気は妙に重い」

「重い? それってどういう事」

「重いとしか表現できねえんだが、まぁ何ていうか空気から感じる力強さ? どっしりと構えている感じというかだな……」

「私も、感じます……ここはなんだか、凄く生命力が溢れてる感じで。力強さというのはわかる気がします」

 

 様々なチカラを感知するルリアの感覚も、この場の異質な空気を感じ取っていた。

 そう、大地がもつ生命力と言うのか、ここら一帯が妙に荒々しい気配をもっていた。

 

「突拍子もない話だが、あの暗雲の事も考えると、オレ達が知る空の世界とは違う世界に来ちまったようだな」

「違う世界って、もしかして星の世界とか?」

「考えられねえわけじゃねえな。世界を渡るような星晶獣がいてもおかしくはねえだろうし」

 

 信じられないような機能を保有する星晶獣の事だ。

 異界への扉を開くようなのがいても不思議ではない。

 改めて、先の暗雲の正体を考える一行であったが、微かな周囲の変化を感じ取る。

 

「……みんな」

「わかっている」

「この感じは複数」

「囲まれてるな」

 

 ルリアとビィを中央に配置し、円陣で警戒する四人。

 明らかな殺気と複数の気配。狙われているのが自分達であることは間違いなかった。

 周囲の茂みに隠れて姿が見えない気配の出方を伺い、最大限に警戒していると……不意に飛び出してくる影が。

 とっさに回避するセルグ。

 

「鳥!? じゃない!」

 

 飛びかかってきた影。鳥のように見えなくはなかったが翼がない。

 代わりに小さな前足には鋭利な爪。全体的に青を基調とした細い体躯にはすっと伸びる尻尾が。恐ろしい形相の頭には赤いトサカ。

 グラン達が今だ見たことない生き物がそこにはいた。

 

「トカゲっぽい感じはあるが……」

「ビィ、親戚か?」

「おいこらぁ! オイラはトカゲじゃねえって言ってんだろグラン!」

「若干龍種の雰囲気もなくはないがな!」

 

 一頭目を皮切りに次々と襲いかかってくる青いトカゲ。

 またも回避したセルグだったが、空振りに終わった攻撃の後にのこる地面を見て戦慄する。

 

「なんだこいつ!? 見た目よりずっと重たいぞ!」

 

 大きく沈み込んだ地面。その衝撃は見た目からは想像できない程重かった。

 

「硬った!? なんて皮膚してるのよこのトカゲ!」

「こいつらの、皮膚じゃなくて鱗だ。相当強靭な……ルリア、離れないで!」

 

 七星剣と四天刃で応戦していたグランとジータは、まさかの刃が弾かれる事態に驚愕する。

 青トカゲの鱗が見た目よりずっと硬かったのだ。

 

「幸い動きは読める。反応はしてくれないが、天ノ羽斬も刀としての機能までは失われていない。グラン、ジータ……やれるな?」

「うん!」

「問題ないです!」

 

 三人は気を引き締めて再び応戦を開始した。

 初手こそ予想外の連続で戸惑ったが、相手の動きは読みやすい。歴戦の騎空士たる彼等であれば十分に対応できる。

 一頭、また一頭と、グラン達は切り伏せていく。

 最後の一頭にジータが肉薄。フェイントをかけて鋭利な爪を回避しその首元へと刃を向ける。

 

「これで、ラス──―っ!?」

 

 直前、大きな衝撃がジータを襲う。

 刃が青トカゲに入り込むその寸前、巨大な質量が真上から青トカゲを押しつぶしたのだ。

 

 ジータは思わず息をのんだ。

 

 

 そこにいたのは────巨大な、赤色の甲殻を纏う飛竜。

 その大きさ、見上げる程というのは当然。巨大な頭部はジータを容易く丸のみにするだろう。

 雄大な自然をおもわせる大きな翼。太くその巨躯を支える足。バランスをとる為に伸びた尻尾ですら、太く長く巨大だ。

 

 生物として格が違う……それをジータの本能が理解していた。

 

 おもむろに、巨大な飛竜は半歩後退する。

 

「──へ?」

「ジータ!!」

 

 瞬間的に何かを悟ったセルグが駆け寄ろうとするが、それより早く飛竜が動いた。

 

 瞬間、天地がひっくり返るような衝撃を受ける

 半歩下がって溜めを作ると、飛竜は空にまで響き渡るような巨大な咆哮を上げたのだ。

 

「(ぐっ、なんつぅ……まるで本能からすくませるような咆哮だ。こんなの至近でくらったら……)」」

 

 無防備で咆哮を受けたセルグ達は思わず耳を塞いでいた。

 そしてそれはジータも同様。いや、至近で咆哮を受けたジータはそれだけに留まらない。

 生き物の本能を直接揺さぶるような咆哮を受けて、ジータは耳を抑えながらその場で腰砕けになって座り込んでしまったのだ。

 

 セルグの胸中を恐怖が支配する。

 目の前で動かぬ得物がいるのなら、飛竜がすることはただ一つ。

 

 得物を食すことに他ならないだろう。

 巨大な顎が開く──今まさにジータの身体が飲み込まれんとしていた。

 

「させるかぁあああ!!」

 

 強制的に硬直させられた身体を叱咤して、セルグは天ノ羽斬を飛竜の首元へと叩きつける。

 如何に強大な生物とはいえ、首を断ち、頭を落とせばその生命は終わる。

 全身全霊をもって飛竜を仕留めんと放った全力の剣閃はしかし、無様にも甲殻に阻まれて終わる。

 

「なっ、んだと!?」

 

 だが、衝撃までは殺せなかったようだ。

 意識外からの攻撃に気を悪くしたのか、飛竜はセルグへと狙いを変える。

 

「くっそが!!」

 

 巨大な顎が食いついてこようとするのを寸でのところで回避。わずかに距離をとる。

 仕留めきれなかった飛竜が苛立ちを抑えきれずに、その巨体に物を言わせた突進を敢行。

 

「はぁ、はぁ、なめんなクソトカゲ!!」

 

 対するセルグはそれを迎え撃った。勢いを殺すように後方へ跳躍しながら飛竜の頭を足蹴にして飛ぶ。

 セルグを押し殺したと紛う飛竜の直上を取ったセルグは落下の勢いのままに、飛竜の頭部──その眼へと天ノ羽斬を突き刺した。

 今度は耳をつんざくような悲鳴が上がる。

 未だ嘗てない激烈な痛みに、飛竜は怒りの炎を燃やした。頭部を振りまわしセルグを放り飛ばした。

 受け身を取りながら、体勢を整えたセルグは再び飛竜を見やる。

 飛竜の口元から俄かに炎が漏れ出す────彼の怒りを体現するかのようなその炎は、自身の喉をも焼きながらその身の外へとあふれ出していた。

 

「やばっ!?」

 

 ブレス──空の世界でも龍種が炎を吐くことはある。例にもれず、飛竜もその口から巨大な炎の塊を吐き出した。

 だがこれは、次元が違う。その熱量、威力、大きさ。どれもセルグが知るブレスをはるかに凌駕する。受ければ消し炭となるだろう。

 

「絶刀──招来!!」

 

 力失った相棒へと語りかける。例えこの世界で発揮できなくとも、天ノ羽斬の機能なくとも、彼の練り上げられた技は失われてはいない。

 至高の一閃。目の前に迫る死の炎を、断ち切る。

 

「セルグ!?」

 

 だが、直後を再び炎の塊が襲う。

 なんてことはない、二度にわたり怒りの炎が放たれていただけだ。

 言葉を発する暇すらなく、セルグに炎が着弾……

 

「なん、だ」

「無事か?」

 

 巨大な大盾。

 その背に巨大なランスを背負った大男ガノが、セルグの代わりに炎を受け止めていた。

 

「ガノ、引き付けお願い! ジーク、救出を優先して!」

 

 その場を切り裂くように、高い声が響き渡る。

 

「救出したらどうするんだ!」

「撤退よ! 予定外の人員を加えて狩りはできないわ!」

「ちっ、了解!」

 

 エミリアの声を受けジークは疾走。へたり込んでしまったジータの元へと向かう。

 

「ディオ!」

「アイサー」

 

 流れる様に腰に据え付けていた大きな何かを、ディオが展開する。

 それは大きな砲身を携えた、規格外の銃であった。

 装填されていた弾丸が一発。飛竜の頭へと命中する。甲殻を貫いて突き刺さるほどの威力を見せた弾丸は直後に爆発。飛竜の甲殻を大きく剥がすほどの傷と衝撃を与えるのだった。

 

「この人達、あの竜の生態を心得ている?」

「こいつを飲んですぐに下がれ! あの太刀使い? はガノが守ってくれる。おい! お前達も早くこっちに来い!」

 

 ジータに緑の液体が入った小さな瓶を手渡すと、グラン達も呼びつけてジークはその背にジータを背負った。

 

「なんだかわからないけどおかげで助かった」

「礼はあとだ。急いでこの場を離れる……ガノ!!」

「わかっている!」

 

 飛竜の注意をひいていたガノがセルグの元へと駆けよる。

 

「おい! オレは──はっ?」

「むん!」

「うそおおお」

 

 有無を言わさず、その怪力をもってセルグを仲間たちの元へとぶん投げるのだった。

 

「ぐっ!? そんな馬鹿な……」

 

 受け身も取れずにエミリアの足元へと転がったセルグを確認すると、矢継ぎ早に指示していたエミリアはポーチから一つの丸い玉を取り出す。

 ガノが引き付けている飛竜の目の前へと、その玉を放った。

 

「撤退!」

 

 即座に反転。次の瞬間、玉ははじけて圧倒的な閃光をもたらす。

 視界を焼く光に飛竜がまたも悲鳴を上げた。

 

「目くらましか……すごい」

「一体彼らは……?」

 

 突然の事態を飲み込めないまま、一行は彼等に連れられてその場を離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足早に、しばらく無言のままかけ続けると、一行は小さな水辺とテントのある場所へとたどり着く。

 静かで落ち着いた空気はどこか安心でき、一先ずの危険は去ったのだとグラン達は感じた。

 先導していた彼らが足を止めたのもあって、グラン達は大きく息を吐くのだった。

 

「とりあえず、まずはお礼を言わせて欲しい。助けてくれてありがとう。おかげで死なずに生きていられ──」

「貴方達! 一体全体何を考えているの!!」

「へ?」

 

 まずはお礼をと……そう口火を切ったグランを制して、恐ろしい剣幕で少女エミリアはグランへと詰め寄った。

 

「そんな、ほとんど着ていないような防具に、貧弱そうな武器。そんな装備でリオレウス相手に戦おうなんて、命知らずも良いところ!」

「リオレウス? さっきの竜の事?」

「そうよ! 行商なのかハンターなのか知らないけど、そんな小さい子まで連れて、レウスの縄張りを飛んで、挙句の果てに墜落? 無計画にも程があるでしょ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!? 僕達は別に──」

「そっちの貴方!」

「ん? オレの事か」

「何も考えずにレウスを傷つけるから、あんな手痛い反撃を食らうのよ。怒り状態を気にせずそんな裸みたいな防具で立ち向かうなんて自殺願望でもあるの? 本当信じられない!」

「とは言ってもな、オレ達はあんな竜知ら──」

「そして貴女!」

「ふぇっ!? わ、私!?」

「足手纏いになるくらいなら前に出るんじゃないわよ。仲間に助けられるという事は、仲間に迷惑を掛けるのと同意義よ。自分の役割を自覚しなさい」

「は、はぁ……」

 

 その後もエミリアの説教は続く。

 

『助かったのは運が良かっただけ』

『私たちが居なければ今頃レウスの胃の中だ』

『ガノに感謝しなさい。レウスのブレスを受けられるのなんて彼くらいの者よ』

 

 ──等々。

 ひとしきり、エミリアが息を切らせて落ち着くまで説教は続いた。

 

「なんか……すげえ嬢ちゃんだな。グラン達もタジタジだぜ」

「はい……すっごく怒られちゃいましたね」

「つーか逆に言いたいんだが、お前さん達は一体何者なんだ? やけにさっきの竜の事を熟知してそうだったが」

 

 疑問を呈したラカムの言葉に、時が止まったように固まるエミリア達四人。

 

「は?」

「ふむ」

「む?」

「何いってんだ?」

 

 一様に、ラカムの発言が理解できない。そんな雰囲気を醸し出していた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、お前達一応武器も持っててそこそこ戦えるのにレウスを知らないってのか?」

「嘘でしょ? そんな事あるわけないわ」

「普通ならあり得ませんね」

 

 ガノは沈黙を貫いていたが、それでもラカムの言葉に怪訝な様子は隠せなかった。

 未だ頭に被っているマスクをとらないディオに、詳しく聞かせてもらっても? と丁寧に問いかけられ、グラン達も逡巡。口を開いていく。

 

「えっと、僕達も状況としてはよくわかってないんだ……まずは」

「先に確認しておこう──ここは空の世界で間違いはないか?」

「空の……世界?」

「空って、あの空?」

「あぁ、その空を表している。オレ達が知っている世界は、いくつもの島が空に浮いていて、空を走る騎空挺が数多く存在している────空の世界だ」

 

 再び、沈黙が支配した。

 やはりセルグの言葉が理解できない。そんな雰囲気である。

 

「何……言ってるの?」

「島が浮いてるなんて、超巨大な龍の見間違いとかじゃないのか?」

 

 恐る恐る返された言葉に、グラン達は顔を見合わせる。

 彼らの返答は、異界渡りの証左であった。

 

「────確定的だな」

「そう、みたいだね」

「世界渡り……可能性はあったけど」

 

 

 

 グラン達は、謎のモンスターが跋扈する世界へと飛ばされてしまったようだ。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

知ってる人は何となくハンター達のことを察せるかと思います。

第一幕は世界の違い、常識の違いがみられるお話として描いております。

ここからどう話が広がっていくか。割としっかり構想ねっておりますのでお楽しみいただけたら幸いです。


感想お待ちしております。


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モンハンコラボ 第二幕

ちょっと短いけど第二弾。


※作者はモンハンの大ファンであり、モンハンを貶めるような意図は一切ありません。


 

 

 

 ガラガラと音を立てて車輪が回る。

 アプトノスと呼ばれる草食竜に引かれた荷車が大きな通りを進み、道行く人はそれを避けながら往来していた。

 居並ぶ露店からは威勢のいい声が飛び交い、この街ドンドルマの賑わいを喧騒という形で表している。

 

「うわ~、凄い賑わいだね」

「本当だ。何ていうか、ちょっと気圧されるくらいだ」

「城壁に囲まれた街の規模も凄いな……多少の建築技術の差こそあれ、アガスティアと規模は変わらないだろう」

「どうにかグランサイファーを直せる技術がありゃあいいがな……」

「大丈夫ですよラカムさん。エミリアさん達も空を飛ぶ船の技術ならあるって」

「あんた達、驚くのは良いけど早く進みなさい。他の皆の迷惑になるわよ」

 

 街の喧騒に面食らっていた5人を現実に引き戻すように、前を進むエミリアから声がかかった。

 慌てた様に歩みを再開する5人。ちなみに、ビィはこの世界では非常に目立つため荷物に隠れてもらっている。

 

 丘陵地帯、ハンター達の間では『森と丘』と呼ばれるエリアにて邂逅した一行。

 ひとまずの状況確認を終えた彼らはエミリアの提案で彼女達が拠点としている街ドンドルマへとやってきていた。

 森丘エリアに置いてきたグランサイファーを回収する必要もあるし、今後の事を考えればしばらくはこの世界で過ごすことになるだろう。

 拠って立つ街が必要であった。

 

 問題はそれだけではない。

 当然ながらここは異世界。空の世界で通じていた通貨ルピは通用しない。端的に言えば今の彼らは無一文なのである。

 空の世界だけの希少な物を売り払うことも考えたが、天ノ羽斬や天星器が機能しなかったり魔力が練れないことからも、空の世界で価値のある属性の加護を備えた物品は全くと言っていい程無価値になっている。大きな額になるとは思えなかった。

 つまり、彼らは一時とは言えこの世界で新たに生計を立てていく必要があるのだ。

 

 そんな折、エミリアから告げられたのが。

『なら、ハンターをやりなさい』

 とのことである。

 劣勢であったとはいえ、初見でのリオレウスとの攻防。ましてやこの世界のモンスター達を全くの無知であるにも関わらず渡り合っていたのだ。

 命を対価にモンスターを狩るハンターはそのリスクに見合う報酬が約束されている。

 その気があるのなら、それが一番手っ取り早いし簡単よ、と推されたわけである。

 

 画して、エミリアの提案によりグラン達は、ドンドルマにてハンター登録を行い今後の生計を立てていく事にしたのだ。

 

 

「なぁなぁグラン、ジータ。ギルドで色々と手続きとか終わったら話を聞かせてくれよ。そっちの世界にもモンスターくらいいるんだろう? 二人が持ってた武器もかっこよかったし。どんな世界なのか教えてくれ」

「あぁ、勿論だよジーク」

「その代わりこっちのモンスターの事を聞かせてもらうよ。なんせこれから狩らなきゃいけない相手だもんね」

 

 騎空士であり、幼いころより冒険を夢見て旅立ったグランとジータは、現在のとんでも事態に際して平常運転である。

 帰る方法も何もわからないがそれでも新たな冒険にワクワクが止まらないといったところだ。

 同じ年代でその気質が合うであろうジークとはすぐに打ち解けて仲良くなっていた。

 対して──

 

「若いって良いよなぁ、セルグ。こちとらグランサイファーの事とか戻る方法だとかで頭ぐるぐるだってのによ」

「そう言うなよラカム。煩わしい団長の立場から解放されて素が出てるんだろ。どのみち今すぐどうこう解決できる話でもないんだ」

「そうでしょうね……あの落下した船を回収するにしてもすぐにとはいかないでしょう。人手から費用から大きくかかるとは思いますし」

「だろうな、ギルドからすると未知の技術だ……話しが上手くいけば動いてくれようが……」

「この際グランサイファーに多少手を付けられたってかまいやしねえ。直して飛ばせるんならな」

「まぁ全てはこの後のハンターズギルドとの交渉次第といったところか」

 

 ディオとガノ、セルグとラカムが静かに今後の事を話し合っていた。

 互いに未知の事態であり、今後どう話が転んでいくかはわからない。だが考えないわけにもいかず思考が堂々巡りしているというわけである。

 

「さっ、貴方達お喋りは終わりよ。ここからはお行儀良く、ね」

 

 気が付けば一行の前には大きな木製の扉が待ち構えていた。

 見た目は完全に酒場であるが、建物自体は非常に大きい。ここがハンターズギルドなのだろう。

 

 予想外な出で立ちの建物に、訝しむグラン達を尻目にエミリアがその大きな扉を開けるのだった。

 

 瞬間、街の喧騒とは比べ物にならない音が一行を襲った。

 声が行き交う。酒を飲んで楽しむ者、力比べに腕相撲をする者。それを見て賭けに興じる者。どこか険悪な雰囲気で互いを罵倒し合う者。

 多種多様に存在する人、人、人。

 そして……食器を鳴らし、グラスを鳴らし、鎧を鳴らし、武器を鳴らし。ガチャガチャと沢山の人が生み出す物音。

 まるで喧騒のオーケストラだ。

 

「何驚いてんのよ? ここじゃこれが日常茶飯事よ」

 

 喧騒に圧倒されたグラン達を微かに笑いながらエミリアが先陣を切って酒場へと入っていく。

 ジーク、ディオ、ガノも同様。何の気兼ねなく喧騒へと踏み入れる彼らに負けじと、グラン達も足を進めた。

 入ってみると喧騒は一段と激しくなった。

 エミリア達はここでは有名どころなのだろう。行き交う人々が口々に彼らに声をかけていく。

 そして、その後ろを付いていくグラン達を物珍しそうに見るのだった。

 

「よぉ~エミリア。後ろにいる連中はなんだ? ここらじゃ見ない顔だなぁ?」

 

 酒もそこそこ、顔に赤みがさした1人の男がエミリアの行く先を塞いだ。

 兜をつけていない為、その表情こそ見えるものの、何らかのモンスターの素材を用いた立派な鎧を着こんでいる。それなりに上級のハンターなのであろうことがグラン達からも分かった。

 

「エギル、彼らは私の客人よ。つまらない絡みはやめなさい」

「あぁ? こんなガキまで連れてどんな客人だってんだよ」

「貴方には関係ない事よ。わかったら、通してもらえるかしら?」

「へっ、少なくともここに来る客人ならハンターである俺達に無関係って事はねえだろよ、へっへっへ」

 

 受け流そうとするエミリア達をスルーして、件の男エギルはグラン達へと近づいた。その視線が舐めるように彼らを物色していく。

 そして、視線がわかり易くジータで止まった。

 

「ほぅ、エミリアに負けず劣らずの上玉──ッ!?」

 

 瞬間、伸ばされた手が横合いから出てきたセルグの手にひねりあげられる。

 

「お前みたいな下種はどの世界でも共通だな。念のため確認しておくが、今何をしようとした?」

「て、てめえ放せよ!!」

 

 ひねられた腕を力任せに振り払い、エギルはセルグと距離を取った。

 グランとラカムはそれに違和感を覚える。

 セルグの事だ、ジータに触れようとした男の腕を圧し折るぐらいは周囲への見せしめにもやると思っていた。

 だが、無難に彼が抑えた腕は振りほどかれたのだ。

 セルグ自身も僅かに呆気にとられるが、その視線を冷たいものへと戻しエギルを睨みつける。

 

「──なるほどな、ここら辺は注意しとくべき部分か」

「あ? 何言ってんだてめえ」

「独り言だ、気にするな」

「なめやがって!!」

 

 エギルはセルグへと殴りかかる。

 多分に酔いが回っているのだろう。酒のせいで見事なまでに自制の利かないエギルに対し、エミリアが呆れてため息を吐き、ガノが割って入ろうと動き出そうとしたところで、セルグは視線を投げてそれを止めた。

 

 ハンターは強い。

 それはもう、リオレウスの様に生命力溢れる規格外のモンスターを狩る事を生業としているのだ。同じ人間と言っても、その身体能力は桁違いである。

 故に、セルグの拘束は軽々と振りほどかれたのだ。セルグが想定するよりもずっと、ハンターは力強かったのである。

 だが、彼らは対人の経験が皆無と言っていい。何故ならハンターズギルドは武器を以てハンター同士が戦うことを固く禁じている。それはもはや掟というべき固い律であった。

 殴り合い程度なら経験もあろう。だが、武器を持った人と人が戦い合う死闘など知らない。

 つまり、グラン達からすると、ハンターたちの動きは大雑把に過ぎるのだ。

 

「おらぁ! って何!?」

「今度は、痛いぞ」

 

 接近するエギルへと踏み込み拳を躱す。同時その勢いを利用してエギルの足を払い、倒れかけてがら空きになった背中へと……

 

「がぁ!?」

 

 強烈な肘を見舞う。

 鎧越しとは言えその勢いは空の世界であれば命を奪っていただろう。幸いに鎧が守ってくれてはいるが激痛をエギルが襲っているはずだ。

 そしてエギルが酒場の石畳へと叩きつけられた轟音に、周囲の喧騒がやむのだった。

 

「て、てめぇ……」

「まだ……やるか?」

「んの!! 上等じゃ──」

「セルグさん、何してるんですか!!」

 

 大喧嘩に……と誰もが思った矢先、大きな声を上げてジータがエギルへと駆け寄った。

 

「初対面の人にいきなり何てことを……」

「いや、ジータ。オレはこのスケベ男が邪な目をしながらお前に手を伸ばしたから……」

「エギルさん……でしたよね? ごめんなさい、私の仲間が酷い事をしてしまって」

「お、おう……」

 

 華奢な指を持つジータの手が差し出され、無様を晒したことを恥じながらその手を取ったエギル。

 剣呑な空気は既に霧散していた。

 

「改めて、ごめんなさい。私の仲間が酷い事をしてしまって。私の名前はジータ、今日はこちらでハンター登録をしに来ました」

「お、おう……エギルだ。変な絡み方して悪かったな。後で一杯おごらせてもらうよ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 無邪気な笑顔を返され、どぎまぎとするエギル。

 花も恥じらうとは良く言ったもの。そう思わせるだけの可憐で無垢な優しさをジータは感じさせた。

 

「(感謝しなよセルグ)」

「(何をだよ?)」

「(これからここでハンターをやっていくっていうのにいきなり周囲に敵を作ってどうすんだよ)」

「(いや、だがアイツ、完全にジータをそういう目で)」

「(自分でどうにかできたよ。少なくとも叩きのめす必要はない。見てごらん、あれ)」

 

 グランに促されて視線を戻したセルグ。

 既に、その場はジータの手の内にあるといっても過言ではなかった。

 騒ぎの発端たるエギルは完全に堕ちている。周囲で見ているハンター達の中にも既にジータに堕とされた連中がちらほらいた。

 

 ──まるで天使だ。

 ──エミリアちゃんもいいけどジータちゃんも良い。

 ──俺はあっちの強い兄ちゃんが

 

 等々。

 あのままであれば、剣呑な雰囲気のまま敵だけを作っていたであろう状況が一変。

 ジータはこれからの活動拠点として、ハンター達に受け入れられる空気を作り上げたのだ。

 

 これが狙ってやったのか天然なのかは定かではないが、どちらにせよジータは恐ろしい子である。

 

 

「なんだか騒がしいね。どうしたのかな?」

 

 

 静けさの中に、飄々とした声が舞い込んだ。

 酒場内の目が一斉に声の出所へと向かう。そこには──

 

「ふぉふぉ、原因はエミリアちゃん達かな? 面白いことになりそうだね」

 

 酒場のカウンターテーブルにちょこんと座る。

 小さな老人の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、入りなさい」

 

 閑話休題。

 小さな老人。正確には、彼は竜人族と呼ばれる人間とは異なる種であるらしいが、彼に案内され酒場の奥、ハンターズギルドの客間へと、グラン達は通されていた。

 

「さて、エミリアちゃん。一体どういう状況か聞かせてもらえるかね?」

「わかってるわよ、ギルドマスター。あ、でもその前にベッキーも呼んでもらえる?」

「ふむ?」

「彼らは最終的にハンター志望だからよ」

「ほうほう、なるほど」

 

 納得したのか、ギルドマスターと呼ばれた老人は小さなベルを鳴らす。

 数秒程待つと、足音1つ立てずに給仕姿の女性が部屋へとやってきた。

 

「何の用でしょうかギルドマスター。さっきの騒ぎのせいで少々忙しいのですが」

「この子達がハンターになるというから一緒に話を聞いてあげなさい」

「ハンター登録? そうですか……わかりました」

 

 ハンター登録と聞いて、訝しむ様子もなくベッキーはギルドマスターの傍らで控える姿勢を取った。

 グランやジータは明らかにまだ子供と呼べる年齢だが、二人がハンターになる事に異を唱えることは無いようである。ジークやエミリアを見るにハンター業に成人の可否は関係ないらしい。

 場が整ったところで、ギルドマスターは厳かに口を開いた。

 

「それじゃエミリアちゃん。話してくれるかのぅ」

「ええ。まず始まりは私達がレウスの捜索中に────」

 

 エミリアは語る。グラン達との出会いを。

 時折グラン達も証言を加えていき、彼らが空の世界から来た事を懇切丁寧に説明した。

 常識外れの理解しがたい話にベッキーが驚きを露わにする中、ギルドマスターは静かにその話を聞き入っていた。

 

 

「というわけで、こっちで生活するためにもハンターを勧めたってわけ。実力は申し分ないと思うわ」

 

 たっぷりと時間をかけて説明したエミリアは、最後にグラン達の実力を声強く推して話を終える

 

「ふむふむ。どう思うかね、ベッキー?」

「にわかには信じ難いですが、彼らの知識には余りにも私達の常識と齟齬がある。空の世界についても出まかせとは到底思えない。そしてこの天星器という武器……少なくとも私はこの武器の材質に見当がつきません。嘘ではない事は間違いが無いかと」

 

 余りにも荒唐無稽、ではあったものの、エミリアの説明とグラン達の証言もあり、ギルドマスターとベッキーの2人はグラン達の存在を受け入れてくれたようである。

 ひと先ずは安心と、グラン達は小さく息を吐いた。

 

「それで、ハンター登録という事になるわけだけど……出身地はドンドルマで発行するとして、問題は貴方達の武器よね。持ち前の武器ではハンターの武器として認められないし……」

「さっきも言ったけど、この人達お金ないわよ」

「それよねぇ、店で買うにしたってある程度はかかるし……さすがに武器無しじゃ素材クエストだって──」

「ベッキー、儂からの依頼で工房に掛け合って店売りの武器を用意してあげてちょうだい」

「お言葉ですがギルドマスター、そんな特別扱いしたら周りからの反感も」

「勿論、タダというわけじゃないよ──彼等には1つ討伐クエストを受けてもらう。その結果如何では、ハンター登録の話も無しにさせてもらうし成功しても武器代はその報酬から差し引きさせてもらう。つまりは君達の実力を見込んでの前貸しというわけだね」

「……要するに試したいと」

 

 セルグがにわかに雰囲気を変えた。ギルドマスターが提示した、ある意味挑戦的な内容は彼の琴線のどこかに触れたのだろう。

 一応説明の中で、空の世界でどんな戦いをしてきたのかは伝えてある。

 だが、彼らに星晶獣の話をしても想像つかないのは当然だ。手放しにグラン達の実力を信用するわけにもいかないのは理解できた。

 故に、ギルドマスターからの条件は手早くこの世界の“戦い”に触れ、そして実力を示す良い機会であった。

 

「何の理由もなしに特別扱いもできないからね。それに、君達にとっても悪い話じゃないじゃろう? 余計な時間を掛けずに自立するには」

「って話だが、どうすんだグラン、ジータ?」

「当然」

「受けるに決まってるよね!」

「だよなぁ……セルグ、お前さんもか?」

「無論。こっちにとっては都合がいい事ばかりだ。断る理由はない」

 

 やる気満々な3人に、ラカムは僅かばかり呻いた。

 ラカムは忘れていない。あのリオレウスが出合い頭に放った咆哮を。あの生命の根源から畏怖を呼び起こすような、ある種リオレウスの意思が載せられたかのような声……思い出すだけで足が震える思いだった。

 

 このラカムの反応は、極当たり前で普通の反応であると言える。ハンターとは本来、養成所等で一定の教育を終えてから登録を済ませるのが一般的で、その過程でモンスターの恐ろしさをこれでもかと叩き込まれるのだ。

 本能を揺さぶる様な恐怖、それを抑え込む術を、ハンターになる前に学ぶのである。

 そんな教育段階を飛び超えて、グラン達は“狩り”に出ようというのだから、ラカムの危惧は正しい。

 

「はぁ……俺としちゃもう少し無難に行きてえんだがなぁ」

「貴方、苦労してそうね。ちょっとだけ親近感湧いてくるわよ」

 

 無鉄砲な仲間達に項垂れるラカムを、ひっそりエミリアが慰めていた。

 

「ふぉふぉふぉ、そうと決まればまずは武器を選んでみようかね。奥の修練場で各々自分の武器を見定めてもらおうかのう。そしたらあとは工房に連絡して用意してもらうよ」

 

 武器の選定と聞いて項垂れていたラカムも顔を上げ、グラン達も顔を輝かせる。

 エミリア達の装備を見てから、気になって仕方なかったのだろう。ハンターが扱う武器には定まった種類があると聞いていたためにどんな武器種があるのかは興味湧く話であった。

 

 ベッキーに案内され、グラン達はハンター向けの修練場へと向かうのだった。

 

 




如何だったでしょうか。

ハンターは強い。これはグラン達と比較しても間違いのない事実です。
あと登場人物が本来いるべき場所と異なるのは作者のわがままです……

次回、ようやく一狩りいきます


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モンハンコラボ 第三幕

一狩りいきます。


 

 

 

 

 直ぐ傍らでパイプを吹かし、のんびりと酒場を眺めるギルドマスターを見て、ベッキーは納得できない想いを胸中で抑えていた。

 

 件の4人──グラン達を試す名目として宛がったのはイャンクックの討伐クエスト。

 鳥竜種としては大きく、その姿形は飛竜種のそれだ。ハンターの間では飛竜種へと挑む前の登竜門として、新米ハンターの最初の壁と言える。少なくとも、狩りに対して無知の初心者にいきなり相手どらせるモンスターではなかった。

 クエストを斡旋する受付嬢としては本来、何としても阻止する依頼である。

 

 だが、普段は無理を押さないギルドマスターが何故かエミリア達を供に連れてくことを条件として、彼女の反対を押し切った。

 意味の無い事はしない人である。見た目通りどころか、人間とは比べるべくもない長命の種族。竜人族の老体である彼から比べれば、人間など等しく赤子と変わらない。ベッキーには計り知れない考えがギルドマスターにはあるのだろう。

 

「納得がいかないかね?」

 

 酒場のカウンターテーブルに座るギルドマスターから不意に声を掛けられ、ベッキーは反射的に居住まいを正した。

 

「納得していないわけではありません。ですが、あまりにも事を急ぎすぎではないかと……」

「彼等では早すぎると? 

「いきなりイヤンクックの討伐に行かせるのもそうですし、防具無しで行かせるのもです。いくら何でも、無謀ではありませんか?」

「それはハンターの常識じゃ。彼等の常識ではない。通用するかどうかは別としてね」

「自己責任だと? それこそ初心者である彼らに対して余りにも無責任ではありませんか。時間をかけて彼らの実力を把握してからでも──」

「ふぉっふぉ、初心者とな? ベッキー、それはとんでもない誤解じゃ」

「誤解──ですか?」

 

 この世界に飛ばされたばかり。ハンターの事もモンスターの事も知らない。そんな彼らを初心者と謳う事がおかしいのか。ベッキーはギルドマスターの言葉に眉根を寄せる。

 

「まず彼らは複数人で戦う事に慣れておる。互いを支え、互いを活かし、共に戦うことに。ルーキーハンター1人の門出とは比べるべくもあるまい」

「それはまぁ……」

 

 確かに4人の信頼関係は見て取れた。勿論狩りにおいてもその絆は優位に働くことだろう。これについてはベッキーも納得できる。

 だがそれは初心者である事の否定にはならない。

 

「次に武器の扱いに長けておる。修練場での彼らを見たじゃろう? 武器を扱ったハンターの技法を、聞きかじった程度で使いこなす等……それが初心者と誰が信じるかね」

「確かに、鬼人化や気刃切りは一朝一夕で出来るものではないですが……」

 

 ベッキーは思い返す。ハンターの心得として武器の扱いが記された書籍を一読して、一時間もする頃には、彼らは己が選んだ武器を使いこなしていた。

 それは、昨日今日武器を握ったレベルではありえない習熟スピードである。

 

「最後に、彼らのあの目じゃ」

「──目、ですか?」

「イヤンクックの写図を見せた時。彼等の目は一片たりとも恐怖を備えていなかった。既に彼らは一度、状況もわからぬままリオレウスに襲われている。ジータと言ったか、あの子に関しては喰らわれる手前であったと。にも関わらず、モンスターとの闘いにまるで恐怖を抱いていない……これがどういう事かわかるかね?」

「単なる無鉄砲ではないと?」

「モンスターを知らぬ者がいきなりリオレウスに襲われるなど、本来であれば2度と立ち上がれないくらい恐怖を刻まれる。そんな恐怖を知って尚あの姿勢という事はじゃ……」

 

 言葉を区切り、一息またパイプを吹かしてギルドマスターは、答えを求めるベッキーを焦らす様に間を置いた。

 

「彼らは、未知のモンスターと戦い慣れているという事じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄大な自然の中、そぐわない赤彩色が闊歩していた。

 森と丘エリアの深部にあたる場所。少々鬱蒼とした木々が立ち、小さな水辺がある静かなここで、間の抜けた声を漏らしながら、怪鳥イヤンクックはのんびりと水を飲んでいた。

 周囲に生き物の気配はない。

 元来臆病であるイヤンクックにとって、静寂に包まれたこの場所は正に心癒される空間であった。

 

 そんな怪鳥を、茂みの奥からこっそりと伺う者達がいる。

 

「狩猟対象はあれか。なんだか間の抜けた顔してるやつだな」

「油断すんなよセルグ。こちとら初の実戦なんだからな」

「わかっているさ」

 

 顔を寄せ、恐ろしい程の小声で話しているのはセルグとラカムである。その後ろでは更にガノとディオが離れた場所に待機していた。

 

 ベッキーの案内で修練所に赴き、グラン達が各々の武器を決めてから早数日。

 マスターから試験として言い渡されたクエストは、イャンクックと呼ばれる大型モンスターの狩猟であった。

 ギルドマスターが言い渡した無茶振りにエミリアとベッキーからは即座に抗議の声が上がるも、グランとエミリアのパーティーを二人組に分け、監督及び指南役として組ませることで抗議を封殺。

 こうしてセルグとラカムは、ディオとガノの2人を指南役としてイャンクックの狩猟に赴くことになった。

 当然、グランとジータの2人はエミリア・ジークのペアと一緒に別の狩場でイャンクック討伐に赴いている。

 

 

「さてセルグ、どうする?」

「オレ達の戦いがどれだけ通じるのか、まずは手応えを見る。そこからは相手の動きを見て確実に攻撃を加えていこうか」

「了解。具体的な作戦は感触を確かめてからだな」

「そう言う事だ。いくぞ」

「おぅ」

 

 

 作戦と言えない作戦を決めたところでセルグは疾走。まだこちらに気づいていないイャンクックに先手を打って急速接近していく。

 その身にまともな防具は纏っていない。通常の、空の世界で来ていた黒の衣装そのままである。

 つまり、今の彼は防御力が皆無であり、故にその足取りはハンターとしてはあり得ないほど軽かった。

 疾走は正に文字通り。イャンクックが気付くより早く、間合いを詰めるのであった。

 

 指南役のディオとガノは目を見開く。

 野生に生きるモンスター相手に、不意打ちをするのは至難の業である。

 武器と防具を纏うハンターの性質上、彼らの動きには多大な音を伴う。そしてその足取りは決して早くない。

 それを防具の優位性を完全に捨てたセルグが、捨てたが故に至難の業である不意打ちを可能としていた。

 

「はっ!!」

 

 気配に気づいてのんびり振り返ろうとしていたイャンクックの懐へと入りこむセルグ。その背には、身の丈を超える長大な大太刀。

 ギルドでは素直に太刀と呼称される武器。これがセルグの選んだ武器である。天ノ羽斬から一番使い勝手が変わらない武器を選んだのだろう。既にその扱い方は十二分に心得ていた。

 長大な太刀を流れるように抜いて、イャンクックの足へと刃の中腹を当て滑らせるように引く。

 綺麗な切創を作りながら、鉄刀が振り抜かれた。

 突然の痛みに、驚きと困惑をないまぜにしたような間の抜けた声があがる。イャンクックは情けない声と共にわけもわからず走り出した。

 

 無論、セルグは既に巻き込まれぬよう距離を取っている。

 次いでその走る怪鳥へと吸い込まれるように弾丸が突き刺さった。命中、そして爆発。

 ラカムが放った徹甲榴弾が、イャンクックの足の甲殻を穿つ。

 

 ラカムが担いでいるのは、ライトボウガンと呼ばれる武器である。ボウガンとは名ばかりで炸薬による弾丸の発射、弾倉の交換によるリロードと空の世界にある銃と基本的には相違無い。

 決定的に違うのは、その規格の大きさだろうか。ベルトに差すなどおこがましい。背に負うか畳んで腰に据え付けるか。とにかく巨大で重いのだ。軽量で取り回しやすいライトボウガンですら発射時には腰だめでどっしり構える必要がある。ボウガン自体の大きさ、弾丸から反動まで、何もかもが大きい規格外の銃であった。

 

 そんなボウガンであっても、早打ちと狙い撃ちならお手の物。走るイャンクックの両足に徹甲榴弾を当てるところは流石ラカムと言ったところだ。

 

「感触はどうだ、セルグ?」

「硬い、そして刃が鈍い。決定打を与えるのは難しそうだ。少し時間をくれ」

「あいよ、援護はまかせろ!」

 

 

 鉄刀を握り直し、セルグは再びイャンクックへと疾走した。

 

 

 

 

「どう思う、ディオ?」

「驚愕の連続……でしょうかね」

 

 後背で見守っていたディオとガノは、始まった二人の狩りに唸る。

 二人が実力者であることはディオもガノも理解していた。武器を扱う手付き、身体を運ぶその動き。周囲の気配にも敏感であるし、未知に対する恐怖を下す心構えも一流。

 彼らであれば問題なくイャンクックを狩猟することは可能であろうと踏んでいた。

 

 だが、違う。

 

 そんなレベルではない。

 常識が違う。前提が違うと言えばそれまでだが、この世界で防具無しのまま大型モンスターに突撃する等あり得ない。一撃が致命に至る愚行であるからだ。

 傍から見れば正気の沙汰ではない防具無しなセルグの突撃は、しかし防具無しであるが故のメリットを持っていた。

 イャンクックの動きに対する反応が早すぎるのだ。距離を取るまでに一瞬と言える。無論詰めるのも一瞬。まるで彼だけが異なる時空を生きているような、そんな錯覚さえ覚える。それ程までに、彼らが知るハンターの動きとは早さが違った。

 重い防具さえなければ、ハンターはこうも早く動けるのか? 否、これは彼であるからできることなのだろう。

 

 驚くのはセルグばかりではない。

 ライトボウガンを担ぐラカム。彼もまた驚愕を禁じ得ない事をやってのけている。

 ライトボウガンを担いでラカムはまだ一週間と経っていない。それでいて何故、走っているイャンクックの足を……それも先ほどセルグが切り付けた切り口を狙って徹甲榴弾を当てられるのか。

 ラカムが担ぐのは初期も初期のライトボウガンである。故にその威力は乏しい。爆発という一定の威力を出せる徹甲榴弾を選択するのは正しいが、その運用方法は完全に違う。

 彼の徹甲榴弾はダメージを狙ったものではなく、セルグがより切りやすくなるための足掛かりを作るのが狙いである。

 彼の言う“援護”とはそういう意味であるのだ。

 互いの実力と互いの戦い方。そして何より、彼我の戦力の分析が正しくできていないと、その援護はできないだろう。

 ラカムが見せた慧眼にディオは同じガンナーとして驚愕を隠せなかった。

 

 

 

 常識外の戦いに二人が目を奪われている中、状況は次の段階へと動く。

 セルグはまず甲殻が吹き飛ばされ露わになったイャンクックの足へと刃を振るう。なまくらに近い鉄刀であっても、甲殻の中の肉を断つのであれば十分だ。鉄刀の刃は十分にその威力を発揮する。

 

 セルグは執拗と言えるまでに、その足へと刃を振るった。

 切り付ける度に挙がる悲鳴。都度イャンクックは反撃に動くも、尻尾による薙ぎ払いも、突進による圧殺も、口から放つ火炎液も、何もかもが彼を捉えることはなかった。

 徐々に、イャンクックの動きに精彩さが欠けてくる。

 飛竜としては小型ではあるが十分な巨躯。それを支える足だけを幾度も傷つけられれば、機能が落ちてくるのは当然だろう。

 だが、それに相反する様にイャンクックの気勢は激情に彩られていった。

 突然の不意打ちからここまで、何もわからないまま好き放題に痛みつけられて、この世界に生きるモンスターがこのままされるがままのわけもない。

 

「気配が変わったぞ、セルグ!」

「見て取れる。警戒しろ!」

 

 怒り状態──生命力溢れるモンスター達は自身の命の危機に敏感だ。

 その命脅かされるとき、生存本能が彼らを恐怖から憤怒へと駆り立て、異常なまでのその力を更に引き立たせる。

 

 変化は唐突だった。

 

「なっ!?」

 

 セルグの表情が驚愕に染まる。

 前兆無し、予備動作無しにイャンクックは突進を敢行したのだ。

 予備動作がない故にその動きは直ぐに転ぶ程の稚拙なものであるが、代わりにその挙動は読めない。

 怒りに我を忘れた本能的な行動が、セルグの余裕を崩した。

 隙を突いて攻め入ろうとしていたセルグは瞬間的に退いて難を逃れたが、その頬を冷や汗が伝う。

 動き出しが読めず、更には勢いも通常状態を大きく上回る。

 怒り状態へと入ったイャンクックの動きはまさに手を付けられないと言えた。

 

「ラカム!」

「あいよ! 任せろ!」

 

 以心伝心。

 仔細な言葉なくとも言いたいことを理解したラカムは再び徹甲榴弾を装填。1発、2発、3発……短くないリロードを挟みながら、都度4発を撃ち込んだ。狙いすまして放った弾丸は、ラカムの目論見通りイャンクックの頭部へと突き刺さる。

 数秒を置いて爆発を起こす徹甲榴弾。4度目の衝撃でイャンクックはたまらず倒れこんだ。

 突き刺さり内部へと爆発の衝撃を伝える徹甲榴弾。その爆発によってイャンクックの脳は揺らされ、立っていられない“スタン”状態を引き起こしたのだ。

 更には、イャンクックの特徴である巨大な耳。その鋭敏な聴覚に徹甲榴弾の爆発音が及ぼす影響は凄まじい。

 ラカムの援護が、イャンクックの動きを止めた。

 

「上々────ナイスだラカム」

 

 怒りで手が付けられなくなったイャンクックを止めてくれた相棒に感謝し、セルグはふっと息を吐いた。

 戦闘で昂る心を落ち着ける些細なきっかけに過ぎないが、それをもって己に流れる気を感じ取り、セルグは静かに鉄刀を構えた。

 

 セルグが手に握る太刀は繊細な武器種である。

 刃は薄く、細長い刀身はお世辞にも頑丈とは言えない。斬る──それに特化したこの武器は振り方を間違えれば、モンスターに叩きつけた瞬間に容易にその身が砕けてしまうのだ。

 力の流れ、刃の立て方、そして斬り方。扱うには技術がいる。

 だからこそ、太刀にはその刃の切っ先まで扱うものの意思が宿る──気が宿るのだ。

 それは振るえば振るうほど。モンスターを切れば切るほど。使い手の気勢と共に練り上げられ、研ぎ澄まされていく。

 

 心を落ち着け、脱力から一転。瞬間的に漲らせた力と共に、セルグは太刀を振るった。

 高められた“練気”を纏い、回転するかのように一閃。倒れてもがくイャンクックの頭部へ深い裂傷が走る。

 流れに逆らわず勢いのまま、返す刀で二閃。イャンクックの顔には二筋目の線が走った。

 まだイャンクックは倒れたまま足をばたつかせている……太刀を握る手にさらに力が籠った。

 焼き増しの如く同じ動きで左右にもう二度、先より深い裂傷を走らせる。そこから力の流れを殺さずに頭上へと切っ先を滑らせ、唐竹の一閃。

 切れ味が鈍いがためにに断ち切るまではいかないが、深々とイャンクックの嘴に鉄刀の刃が潜り込む。

 一際大きな悲鳴が上がった。イャンクックに刻まれた傷は深手と呼ぶに相応しい。切れ味悪くとも、有効な部位への有効な攻撃であった。

 たまらず、イャンクックは起き上がろうと大地に足をつけた。

 

「終わらせる!!」

 

 直後、セルグは勝負を決めるように裂帛の気合を込めて一歩踏み込んだ。

 起き上がる前のイャンクックの頭部を足場に跳躍。頭上高く飛び上がるセルグ。練り上げられた気を最大限に纏い、落下と長大な太刀の重さを加えた最強の一撃を、眼下のイャンクックへと振り下ろした。

 

 ──“気刃・兜割り”。

 

 高く跳躍してから最大限に高めた練気を開放し一撃のもとに叩きつける、太刀の奥義である。

 練気で高められた鉄刀は、鈍かった切れ味を引き上げ、刃を振り下ろされたイャンクックの巨大な嘴は真っ二つに断ち切られた。

 

 もはや、悲鳴ですらイャンクックは挙げられなかった。

 巨大な嘴を断たれてまだその命を保っているのは、流石はこの世界のモンスターと言えるだろう。

 事実、この程度であればまだ落ち着いた場所で回復に努めればモンスターはたちどころに傷を癒してしまう。

 口内ごと断ち切られた嘴から夥しい鮮血を流しながら、イャンクックは何とか立ち上がると、翼を広げ飛び立つ姿勢を見せた。

 逃げの一手、それしかもはや生き残る術は残されていない。

 

 イャンクックは恐怖していた。既に戦意など欠片もない。生き残る──ただその為だけに必死に翼を動かした。

 兜割りの直後で追撃に移れないセルグが飛び立つイャンクックを見送る。羽ばたきの度に浮かび上がっていくイャンクックは眼下のセルグから、ボウガンを持つもう一人の敵対者、ラカムへと視線を移し……そこで、彼の意識は永遠に途絶えた。

 最後に覚えているのは、口の中に何かが入ってきた感触と、その直後に頭を突き抜ける小さな爆発音……

 

 

 力無く墜落する赤彩色。

 戦闘開始からわずか10分。セルグとラカムによってイャンクックの狩猟はなされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルグとラカムが向かった森と丘エリアとは様相の異なる地帯。

 鬱蒼とした木々が乱立し、大きな河川が幾つも分岐して流れており、温暖な気候と高い湿度が常である“密林”エリア。

 グランとジータ。指南役としてジークとエミリアの4人はイャンクック討伐の為にこの密林エリアへと赴いていた。

 

「さーて、いっちょやりますか!」

「うん、初狩猟。絶対成功させないとね!」

 

 意気揚々と、声を掛け合うグランとジータ。

 グランの背には骨を主軸として作られた大振りな弓が担がれており、ジータの背には金属の光沢をもつ片刃の小振りな剣が2本。

 グランは弓を、ジータは双剣を己が武器として選んだようである。

 

「気合い入れるのは良いけど、グランもジータも油断しないでよ。大怪我なんてされたらたまったもんじゃないんだから」

「そうならないように俺達がいるんだろ。いざとなったら助けるから、2人ともがんばれよ!」

 

 ジークから差し出された拳を突き合わせて挑戦的に笑みを浮かべるグランとジータ。

 やる気みなぎる2人にエミリアは心配を隠し切れないが、口を開くのはやめた。代わりに、相棒であるブロステイルの柄をそっと撫でる。

 いざというときは飛び出すつもりだった。

 正直なところ、いきなりイャンクックの狩猟をさせるギルドマスターの提案にはとても賛同できなかった。

 彼らはハンター養成所すら通ってない、狩猟について本当の無知であるのだ。言うなれば飼いならされた狩りを知らぬ犬に羊の群れを狩らせるようなもの。

 戦いの心得がある──そんな程度では覆せないのがモンスターである。

 エミリアからすれば成功するわけがないと思えた。

 かといって、何も手伝わないわけにもいかない。ハンターに推挙した責任もあるし、彼らの実力に不安とは別に期待しているのも事実だ。

 目の前にいる、恐らくは年下である2人がどんな狩猟を見せるのかは楽しみでもあった。

 

「私たちはこっちの密林エリアに来たけど、多少環境が違うくらいで、基本的には狩猟の流れは変わらない。目標を探して、狩る。それだけよ」

「参考までに、どこにいるとかは?」

「周囲をつぶさに観察。目標の痕跡を見つけて辿っていくのが常道ね」

「なるほどね、了解──ジータ」

「警戒は厳に。手掛かりを探して探索だね」

「うん、行こうか」

 

 流石というところか、先程までの明るい雰囲気からは一転。真剣味を帯びた表情に変わり、グランとジータは音もなく駆け出した。

 足跡やマーキングの類。他にも音や匂いなど、感じ取れる全てを総動員して2人はイャンクックの捜索を開始した。

 そんな2人もまた、防具をまともに着ていない。

 双剣を握るジータは多少の武具をつけてはいるが、それも手足を少し守る程度。防御力としてはほぼ皆無であろう。

 2人の後ろ姿に、エミリアの頭痛の種が増えた。

 

「(本当に信じられない……防具無しはダメだって言ったのに)」

 

 勿論グランとジータはエミリアの助言をしっかりと聞き入っていた。だがその上で、現在2人は防具を着込んでいない。その言い分はこうだ。

 今までの自分達と大きな齟齬があると、感覚が狂う。重たい鎧で防御力を上げたところで、それは致命的なハンデになるから、と。

 確かに言いたいことはわかる。エミリアもいきなり胴回りまで鎧で覆えば感覚が大きく狂うだろう。

 それを危惧する気持ちは良くわかる……のだが、それでも防具無しの後ろ姿は胃が縮む思いを覚えた。

 

 エミリアには前衛で注意を引いてくれるガノやジークがいる。だからこそエミリアはアタッカーとして薄手の防具のまま狩りができる。

 

 グランは弓、ジータは双剣と決してモンスターとぶつかり合う事には適さない武器種だ。

 つまり彼らはイャンクックの攻撃を全て回避だけで乗り切るつもりなのだ。とても正気の沙汰とは思えない。

 不安を抱きつつもエミリアはジークと共に2人の後ろを付いていくのだった。

 

 

 

 

 数刻、イャンクックを探して密林を探し回る。

 体がやや疲労を認識し始めたころ、ようやく彼らはイャンクックを見つけた。

 川を目の前にした開けた場所である。目立った木々もない、見晴らしも良いオープンな場所。奥には洞窟も見え一時撤退を考えるにも良い場所と言えた。

 そんなエリアで、のんびりと歩みを進める淡い赤の怪鳥。

 グランとジータの気配がより一層硬くなった。

 

「動けばどうしても音が出る……不意打ちは僕が」

「グランに合わせて全力で行くよ。私が前衛で気を引くから弱点を探して」

「了解。相手の様子が変わればすぐに教える」

「お願い。私はできるだけ回避重視でいくから」

 

 身を隠している場所から狩猟までのシミュレーションをする。

 エミリアとジークは少し距離を取ってそれを見守っていた。

 

「ジーク、閃光玉を用意しておいて、いざとなったら機動力の高い私が割って入るから」

「わかった。まぁ多分いらないと思うけどな」

「なんでそんなことわかるのよ?」

「グラン達も空の世界じゃ、いろんなやばいモンスターと戦ってきてるんだぜ。星晶獣だったかな……炎や風、雷なんかも操るやばいのばっかだって。俺にはイャンクック程度で苦戦するとは思えない」

「何よそれ……ジーク、いつの間にそんな話を」

「昨日だよ。だから見てようぜ、空の世界のハンターを」

 

 

 楽しみ、と言った様子を隠し切れないジークに見守られながら、グランは弓を展開。矢を番えた。

 イメージはキルストリーク。一矢を以てすべてを貫く一撃をイメージしてイャンクックへと撃ち放つ。

 

 “グァ? ”

 

 空気を裂く音と共に、矢は草を食んでいたイャンクックの巨大な嘴へと命中した。

 同時、グランから離れて待機していたジータが音を気にせず駆け出す。

 俊足、それは瞬く間に彼我の距離を詰めた。背に負う双剣ツインダガーを抜剣。無機質に鳴る金属音がイャンクックの意識を引き寄せた。

 再び、空気を裂いて矢が飛来する。その数3本。

 まとめて打ち出され嘴へと突き刺さる。威力は低いが痛みは十分なのだろう。意識外からの攻撃にイャンクックから小さな悲鳴が上がる。

 その隙を逃さず、ジータは正面からイャンクックの懐へ潜り込む。無骨な双剣を怪鳥の足へと叩きつけた。

 硬い甲殻に阻まれ、その手に衝撃が跳ね返ってくるも、その場を離脱。深追いはせずにそのまま距離を取る。

 

「硬った~……この間のランポスよりもずっと硬いよぉ」

 

 思わずジータは声を漏らした。切れ味が悪い武器だとは理解していたが、先程の衝撃はもはや鈍器レベルである。苦言が出てくるのも仕方ない。

 やや緊張感に欠ける物言いだが、緊張でガチガチになってるよりはましだろう。

 そんなジータに気を取られてるうちに再びグランが矢を放ち、都合10本目の矢がイャンクックの嘴に突き刺さっていた。

 

「ジータ、どう?」

「やわらかい部位じゃないとダメだね、とてもじゃないけど通らない」

「了解、今度は僕が引きつけるよ」

「お願い!」

 

 作戦を確認したところで、グランは矢継ぎ早に斉射を開始。狙いはつけているがあくまで注意を引くためのもの。執拗に顔を射抜かれ、グランに気を取られたイャンクックは突進で距離を詰めに動く。

 

「(甲殻で覆われた部位への攻撃は、ダメージが薄い。となると……)」

 

 走りこんでくるイャンクックを難なく躱したグランを流し見して、ジータはつぶさにイャンクックを観察する。

 体の構造上、良く動く部位には甲殻が付きにくい。腹の下や足を動かす間接。首回りなんかも甲殻が薄い場所になるだろう。

 何より、翼膜……飛行するためのこの部位は絶対に頑丈にできていない。

 狙いは決まった。

 

 ジータが駆けだす。

 その動きを察知して、グランは1本矢を射った。

 無造作に見えるその一矢が吸い込まれるようにイャンクックの左目を潰す。

 大きな悲鳴が上がった。激痛に叫ぶイャンクックへジータは横合いから肉薄。力強い跳躍の勢いに合わせて左の翼膜を双剣で深々と切り裂き、更にはイャンクックの背を足場にして飛び超えると右の翼膜を落下の勢いのままに切り裂く。

 深々と刃を滑らせた両翼膜からは大量の鮮血が舞う。

 

「手ごたえあり!!」

「ジータ!!」

「えっ、つぅ!?」

 

 突如グランが大声を上げる。激痛に悶えるイャンクックが身体を回転させその強靭な尻尾を振り回したのだ。

 グランの声に瞬間的に反応したジータは双剣を交差させて振り抜かれた尻尾にあてがう。同時に宙へと身を投げ出し勢いのままに弾き飛ばされるのだった。

 

「あっぶなぁ~!? 何とか受け流せたけど、不意打ち気味な動きには注意だね」

 

 地面をゴロゴロと転がり受け身を取って、即座に立ち上がる。どうやら大した怪我はしていないらしい。身軽であったことが功を奏したか。

 

「ヒヤリとしたよ全く……でも次は無い」

「出血は十分……止め、差しに行こう」

「あぁ」

 

 深々と裂かれた翼膜からは少なくはない出血が見て取れた。

 そのせいか、怒り状態へと移行したイャンクックの口元から火炎液が漏れだしている。

 特徴的な大きい耳を広げて、グランとジータを完全に敵と認識して威嚇していた。

 

 その様子に怯むことなく、ジータは突撃。ジータの動きに反応してか、イャンクックも即座に地を蹴った。

 そのまま行けば轢き殺されるだろう。エミリアとジークもまさか突進するイャンクックに真正面から向かうとは思っていなかったのか、完全に動き出すタイミングを逸していた。

 だが、接触する寸前ジータは大きく跳躍。駆け抜けるイャンクックの頭上を飛び超え、更にはその背に刃を叩きつけた。走るイャンクックの勢いによって、ジータは独楽のように勢いよく回転し、刃は二度三度とクックの背中を刻む。

 武器の切れ味故にダメージはほとんどないだろうが、正面突破の回避と、それに合わせた攻撃。これまでのどんなハンターにも見られない曲芸染みた発想であった。

 そして、突進の勢いで倒れこむ先にはグランが待ち構える。

 突進が終わる寸前、イャンクックの右側へと回り込み、一本の矢を打ち放つ。

 大きな悲鳴が挙がった。左目に続いて右目までも……短時間の間に射抜かれ、視界をすべて失ったイャンクックはたまらず身をのけぞらせてしまう。

 それが、好機であった。

 淡赤色に映える白い腹部。甲殻が薄く首元から尻尾まで続く、肉質の柔い場所。

 そこへ、双剣を携えたジータが突撃していく。全身を回転させるように遠心力を加え逆手に持った双剣を叩き込む。

 白い腹に二筋の傷をつけたかと思えば、ジータはそこで双剣を擦り合わせるように交差させた。

 

「さぁ──いくよ!!」

 

 瞬間、己の内に眠る力に火を点けたかのように、ジータの身体が脈動する。

 鬼人化──それは双剣使いが見せる奥義。己の内に眠る力全てを開放し、多大な消耗と共に爆発的な力を捻りだす境地へと至る。

 斬っと、音が走る。双剣を逆手に持ったジータは全身を使って次々とイャンクックの腹を刻んでいく。

 懐で突如発生した暴風の如き剣舞によって、イャンクックの淡赤色が真紅に染まっていくまで、数秒もあれば充分であった。

 

「くっ……つはぁ!?」

 

 鬼人化の限界を迎えその場を離脱するジータ。全身から脱力し、玉のような汗が端正な顔に浮かんでいた。後一手遅ければその場で動けなくなっていたかもしれない。

 瞬間的に生み出せる力は強大だが、使い所と解除のタイミングは選ぶ必要があるとジータは回らない頭で考えていた。

 

「グラン……あとお願い!」

 

 投げられた声に応える様に、イャンクックの正面で弓を構えたグラン。

 躍動的であったジータとは対照的に、その雰囲気は静かな水面の様である。

 静かな動作で引き抜くは僅か1本の矢。だがそこに込められるは全身全霊。

 全力を以て引き絞った最強の一矢を、グランは解き放った。貫通性の高い“竜の一矢”と呼ばれる技法を用いて放たれた矢が、朦朧と動きを鈍らせていたイャンクックの頭部を撃ち貫いた。

 

「ははっ、やっぱりすげえや2人とも」

「本当に────信じられない」

 

 ビクンと身体を一際震わせて、巨躯の怪鳥は湿る大地へと横たわる。

 

 

「討伐、完了」

 

 

 見守っていたエミリアの大きなため息が漏れる中、グランとジータもイャンクックの討伐を完了するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか。

一先ずは先生の試練。
ここではハンターとグラン達の常識や認識の違いを描いてみました。
まぁクック先生相手であれば、お空の星晶獣の方がよっぽど厄介かなと思うのであっさり終わってしまいましたが、そのまま今後の狩りも順風満帆でいけるわけはないです。
今後の狩りをお楽しみに。

ですが、これからしばらくは本編の方進めたいので一旦コラボは区切って本編書きます。

それでは。お楽しみいただけたなら幸いです。
感想よろしくお願いします


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