ロクでなし魔術講師と創世の魔術師 (エグゼクティブ)
しおりを挟む

プロローグ
エアリアル崩壊


エグゼクティブと申します。
ロクでなしは初めての作品になりますが、よろしくお願いします。


少年にとって今日もなんともないただの日常のはずだった。

 

天候は良く、ピクニック日和の雲ひとつない綺麗な青空がどこまでも広がっていた。

これみよがしに少年は父と母に頼み込み、街の外れにピクニックに出かけた。

花々は美しく咲き、明るく暖かな太陽が優しくふりそそぐ。

 

家族団欒の何気ないひと時だった。

 

ちょうどお弁当を広げたときだったか…突然として景色が真っ赤に染まったのは。

 

少年は無残な姿になった母と父を見ながら、なぜこうなったのか考える。今からどうすればいいのか懸命に考える。

もうどうしようもない…そんな考えが脳裏をよぎる。

力を込めて握っていたはずの少年の母の手がするりと落ちる。

縋るように父を見ても、すでに瞳を閉じて息をしていない。

 

「父、母…あ、…あ」

 

こと切れた少年の母と父の死体から目を離し、少年は呆然と空を見上げる。

その目に宿るものはもう何もない。

 

空虚。

 

青空だったはずの空が周りの景色を鏡で映しているかのように真っ赤に染まる。登っていた光り輝く太陽もここまでくると怪しく光っているようにしか見えない。

 

「……」

 

空から目を離し、今度は叫び声がする方へ目を向ける。

少年が住んでいた街…名をエアリアル。

 

美しい花と水で彩られた隠れた名所として知られているその街。

 

そんな街はこの距離から見てもわかるほど、街はめちゃくちゃだった。

街のシンボルである時計塔は無残にも折れ、街中から炎と煙が噴き出している。

 

何がいけなかったんだ。

 

別に悪いことはしていない。

 

じゃあなんでこんなことになってる。

 

理不尽だ。

 

そうだ…世界は理不尽だ。

 

世界は理不尽でできている。

 

「…あ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

そこからは先のことを少年はよく覚えていない。

しかしながら朧げに金髪の女の人とたくさんの赤い血を見たことだけは覚えていた。

 

◆ ◆ ◆

 

同時刻。

街の中は阿鼻叫喚に陥っていた。

 

黒いローブに身を包んだ謎の者たちによって次々に人々は蹂躙されている。中には気絶だけで済んでいるようなものいるようだが、それは皆子どもだけだ。

黒ローブの男が次の獲物を見繕うと短剣を構えるのと同時に黒ローブの男は地面へ叩きつけられた。

 

「やれやれ、()にしたがって動いてみれば、ここまで大掛かりとは…貴様ら、何が目的だ?」

 

「…魔女か」

 

黒ローブの男が見上げたそこには金髪の女性の姿。

 

「質問に答えろ。何が目的だ」

 

焦らす黒ローブの男に金髪の女性は冷たい視線を向ける。そこには情など微塵にもなく、いつでも殺れるという強い殺意がこもっているように思える。

どうしたものかと黒ローブの男は一瞬躊躇したが、遠くから聞こえてきた声に口元を歪める。

 

そして金髪の女性に向かってゆっくりと口を開く。

 

 

覚醒した……と。

 

 

 

黒ローブの男に訝しむような表情を向けた金髪の女性。

追求する必要があると判断した直後、尋常ではない何かを感じとり全力で後ろに下がる。

 

まばゆい光だ。

それも極大の。

 

大地を揺らす轟音とともに突然として空から降りそそいだまばゆい光。

その光は今まさに自分がいた場所へと落ちていった。

光が収まったその場所にはもはや地形などあったものではない。

黒ローブの男はもちろんのこと、巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

「創世の魔術師」

 

自分がそこにいたときのことを考えて冷や汗を流す女性に追い討ちをかけるように、いつの間にか現れた黒ローブの男たちが女性に向かって魔術を放つ。

当然、そのことに気づかないほど感が鈍くない女性は軽く身を捻って魔術を回避する。

 

「まだいたのか」

 

女性の問いかけに男たちは空を見上げて口元歪める。

 

「覚醒した」

 

「言ってる意味がわからない」

 

「我らの仕事は終わった。また後ほど合間見えるとしよう」

 

「待ッ!?」

 

再び空から極大の光が降り注ぐ。

男たちの数人は巻き込まれたようだが、2人は光に巻き込まれることなく女性の前から姿を消した。

ここからでは追いつけないと判断した女性は先ほどの声がした方向へ視線を向ける。

 

「子ども??」

 

宙に浮いた人が近づいてくる。

大きさからして大人ではなく、子ども。

近づいてくるにつれて身なりが観察できるようになる。

 

青色の髪に青い目は女性がここに来る直前の青い空色そのものだが、今のこの景色のせいか禍々しいように見える。

服装はボロボロだが、怪我のようなものは見当たらない。

 

「…許さ、ない…」

 

小さく紡がれた言葉とともに、4つの炎の弾丸が女性を襲う。

 

「無詠唱とは世界の法則すらもぶち壊しか」

 

先ほどの魔術を回避したときと同じように幾度か身を捻って回避すると小さい詠唱とともに少年に向かって雷の魔法を放つ。

だが、女性の魔術は少年の手前で光る膜に遮られ届くことはなかった。

 

さらに少年が吠える。

 

女性はその声から少年の様々な感情を朧げにだが感じた。

 

怒り、嘆き、恨み。

 

小さな蝶のような光る何かが少年へと集まっていく。

それは精霊と呼ばれる隠された世界の理り。

少年の感情に、声に呼応するかのように蝶のようななにかは少年の周りを飛び回る。

 

そして生まれたのは幾多もの光の剣。

 

女性はこの光景を見ただけで理解する。

 

黒ローブの男たちが言った意味。

少年の無詠唱の原理。

 

そしてこの少年そのものを。

 

「まさかとは思ったが、どうやらそのまさかが本当に的中したらしい」

 

女性は冷や汗を流しながら内心で溜め息をおし殺すと隠し持っていた懐中時計の形をした妙な道具を掲げる。

 

 

「まったく、どうしてこう嫌な勘ってのは当たるんだか…」

 

 

そして、世界が止まる。

 

 

これが後に歴史に紡がれるエアリアル崩壊事件である。

そしてここから件の少年、ソラ=アルスターの第二の人生が始まった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロクでなし講師赴任する
始まりの日


ソラの年齢を修正いたしました。



それはどこの家庭にもある爽やかな朝の食卓での出来事だった。

 

「なんつーか。俺思うんだわ、働いたら負けだって」

 

豪快にスープを飲み干した後、ボサボサの髪でグレン=レーダスは言った。

その光景を見ながら青色の髪の毛を後ろで結んだ少年…ソラ=アルスターと美しい金髪、紅い瞳をした絶世の美女とも呼べる容姿をしたセリカ=アルフォネアが冷たい瞳で見つめていた。

 

いや、性格には冷たい瞳で見つめていたのはセリカだけでありソラは無表情と言った方が正しいか。

 

ただ両者の共通点といえば、目の前のグレンを人として捉えていないことだ。

 

「お前のおかげで俺は生きている。ついでにソラも。お前がいなければ俺たちは生きていないだろう」

 

グレンの言葉にその通りだと言わんばかりにソラは頷く…無表情で。

 

「確かにそうだ。働けよ」

 

考える間も無く即答で返すセリカにグレンは一瞬たじろぐも再び自虐めいたように口を開く。

 

「言っただろ働らいたら負けだって…おかわり」

 

グレンがスープのお椀を突き出した先にいたソラは相変わらずの無表情でそのお椀を片手で受け取るとキッチンにある鍋のもとへと歩いていく。

ちゃっかりと自分のお椀も持っているところは茶目っ気があると言っていいのか、それとも育ち盛りと言えばいいのか。

 

「何気なくソラを使うな、それくらい自分で行け」

 

「だって動きたくないんだもん♪」

 

こちらも茶目っ気たっぷり…100%の煽り文句に流石のセリカも額に青筋を浮かべるが、側からみれば笑顔と呼ばない笑顔で返す。

 

「あ、ソラ! おまっ、俺のは大盛りだっていつも言ってんだろ!?」

 

「パシらせておいてその上、ダメ出しとは恐れ入る」

 

やけに少なく盛られたことに対して文句を言うグレン。

ソラはソラでちゃっかり自分のお椀に大盛りでスープを盛り付け、早くも食べ始めている。

 

ここにも問題児がいたかとセリカは頭を抱えるがそんなことは露知らずだ。

 

そもそもソラにとってこの2人のこの会話は聞き慣れたものであり、気にする必要はないのだ。

 

だが、今日は少しいつもとは違った。

 

「まあ・とにかく・爆ぜろ」

 

奇妙な文節で区切られた言葉。

それが呪文だと気づいたあたり、グレンは優秀と言えよう。

しかしながらお椀とスプーンを持ってどうにか対処できるはずもなくグレンはなすすべもなく爆風に飲み込まれた。

 

豪華な朝食が無残にも消し飛び、テーブルが壊れ、床には焦げた後がつく。

 

それでもスープのお椀とスプーンを持った手を上にあげて離さないあたりソラには相当な食い意地があるらしい。

 

セリカは黒焦げになってもこちらに向かって喚くグレンに溜め息をつく。周りにもし他の男がいたならば、その動作でハートを射止めることは朝飯前というものだろう。

 

それほどまでにセリカの容姿は整っている。

 

対してグレンはどうだろうか。

 

ボサボサだった髪の毛に加えて先ほどの爆風でアフロのように黒焦げになったその姿からは到底気品などは感じられず、どこにでもいる居候そのもの。

 

「…なあ、グレン、いい加減働かないか?」

 

セリカは真面目な表情でアフロなグレンを見つめる。

その瞳に宿るのは同情でも憐れみでも煽りでもない。

 

純粋なグレンへの心配。

 

グレンもいい歳だ。

 

もともとグレンが職を離れることに力添えをしたのはセリカだ。

もちろんそのことを後悔したことなどないが、ここまで酷いクソニートになったとあっては逆に自責の念に駆られるのだ。

 

「やだ! 断固拒否する! だってソラだって働いてないじゃん俺だけ働くなんてやだもんブーブー」

 

「ソラはまだ15歳だ。社会人としての責務など毛頭ない」

 

「俺だって社会人じゃないもんね! だって居候だし!」

 

「ほう…だがソラはなにもしない(・・・・・・)お前と違って家事を手伝ってくれるぞ?」

 

「そ、それはあれだ適材適所ってやつだ」

 

「ほう…その適材適所とやらに当てはめるとお前はどうなんだ?」

 

「お願いします、養ってください」

 

()摂理(せつり)円環(えんかん)へと帰還せよ・五素は五素に・象と断りを紡ぐ(つむぐ)(えん)乖離(かいり)せよ」

 

セリカが紡いだのは先ほどとはかけはなれた高度かつ、殺傷力が異なる呪文。

 

「おまっ、それッ!?」

 

結果、喋り終わる前に放たれた光の波動によってグレンは純粋な死の恐怖を味わうことになった。対象を分子レベルまで分解する光の波動を放つ、セリカ=アルフォネアの最凶の魔法…イクステンション・レイ。

 

セリカはとても微笑みとは言えない圧力に満ちた笑みを浮かべて再度グレンへと問う。

 

働くかと。

 

武力と言う名の圧力に負け、渋々というか強制的にグレンの首は縦に振られた。

そんなグレンにセリカはすでに職を用意して話をもってきていた。

セリカの優しさとも取れるが、そのことで揉めることになるのはまた別のお話。

 

◆ ◆ ◆

 

アルザーノ帝国。

北セルフォード大陸、その北西端に位置している。この帝国は冬は湿潤し夏は乾燥するという特有の気候をしている。

この帝国の南部にはファジテと呼ばれるヨクシャー地方の都市がある。

 

アルザーノ帝国魔術学院。

 

この言葉に聞き覚えはないだろうか。

 

北セルフォード大陸に住んでいるものならば一度は耳にしたことがあるだろう。アルザーノ帝国魔術学院は名前の通り、未来の帝国の魔術師を担う若人たちが魔術とはなんたるかを学ぶ学院のことだ。

魔導大国と名高いアルザーノ帝国があるのはこの学院があるからと言っても過言ではない。この学院に通うことによって生徒たちの将来はすでに約束されている。

 

そう言われるほどにまでここの学院の魔術に関する知識、技能は高まっているのだ。

 

もう少し言及してみれば、アルザーノ帝国魔術学院のみならずファジテ自体か魔術とはなんたるかを模索する学院都市である。

当然ながら住んでる者全員が魔術に関わっているわけではないが、魔術と共に発展したきたのでは伊達ではない。

 

街並みこそは古式によって建てられたものばかりだが、貿易関連においては魔道具や素材などが主である。

 

その魔術学院に新しく足を踏み入れた者がいた。

 

青い髪の毛に青い瞳、160cmちょっとの身長をした少年…そう、ソラだ。

隣にはなにやら苛立たしい様子で教室の教壇を指でつつくセリカの姿もある。

ソラとセリカの眼前にはこの学院の生徒たちが数十人座席に着き、セリカの言葉を待っている。

よくみればソラの着ている服と生徒の服が一致している。

 

今日からソラはこの学院の生徒となるのだ。

 

グレンの時と同じく、やり方ほぼ強制に近いものであったがソラはその首を縦に振った…それはもうブンブンと。

 

「あの馬鹿…初日から遅刻とはいい度胸をしてるな。次会ったらイクステンション・レイをぶつけるか」

 

「…無意味」

 

「まあ、本気を出した奴をもってすれば…だがな。さて、時刻になったので始めるとしよう。最初に断っておくが、ヒューイ先生の後任は私ではない。非常勤ではあるが確かな奴に任せてある。性格はあれだが、中々優秀な奴だ」

 

ヒューイというのはこのクラスで魔術に関する講義を行なっていた学院の教師だ。なにか理由があるらしく学院を去って行ったが、そのことを詳しく知るものは誰もいない。

 

無論、セリカとて同様だ。

 

後任がセリカでないことに落胆の色を見せる生徒たちだが、セリカをして『中々優秀』と評される教師となると期待せずにはいられない。

 

最強のセリカ=アルフォネアの名はここでも十分なほどに力を発揮する。

というよりもセリカ本人がこの学院の教授を務めているのだから発言力はもとから極めて高い。

 

「それと…こいつはソラ=アルスター。編入生だ。この通り無愛想で無表情な子だが、笑うときは可愛い顔で笑うものだ。ほれ、挨拶しろアルスター」

 

なんともどうでも良い情報を生徒たちへ伝えるとセリカはソラの肩をポンと押して前に立たせる。

ソラをいつもの呼び方ではなくアルスターと呼んだのは公私の区別をつけているからに違いない。

 

「ソラ=アルスター。よろしく」

 

「それじゃ自己紹介にならんだろうに。そうだな…好きな食べ物は?」

 

あまりにも簡単すぎる自己紹介に片手で頭を抑えるセリカだが、いきなり大勢の前に立たせたこともあるので大目に見ることとして助け舟を出す。

 

「セリカの料理」

 

生徒の視線がソラからセリカへと移る。

それは『本当に!?』という疑惑と驚きの視線。

 

どうやら彼らはセリカを最強の魔術師としか認識していないようで、1人の女性だとは思ってもみなかったらしい。

生徒たちは先ほどセリカがソラのことをこの子(・・・)と呼んだことを思い出す。さらに若干顔を赤くするセリカを見て生徒たちは確信する。

 

こいつ、セリカ=アルフォネア(最強の魔術師)の隠し子か!!

 

 

…完全に勘違いである。

 

 

「…好きなものは?」

 

セリカは一度咳払いをして再度ソラに問いかける。

今度の質問はアバウトだ。

これならばいろいろな答えを聞けるだろうと生徒は予測する。

 

「セリカとグレン、それと精霊」

 

しかしながら返ってきたものはなんとも言えないものだった。

セリカは目の前にいるからわかる。

しかしながらグレンと精霊というのはなんだろうか。

 

混乱する生徒たちにセリカはまたも頭を抱えることとなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初講義

お気に入りしてくれた方、誤字報告や指摘くださった方、ありがとうございました!m(._.)m



セリカが教室を出て行ってからはやくも1時間が過ぎた。

ソラの席は偶然空いていた一番前の端の席だ。どうやら今日は体調不良で欠席らしく、1日だけこの席で講義を受けろとのセリカからの御達しだ。

 

「遅い…遅すぎるわ…」

 

2つ隣の女子生徒が苛立ちを隠さずに一度机を叩く。

 

因みにだが、セリカがグレンに用意していた職がこの学院の講師だったことをソラは知っているため教師が来ないことに対してなんとも思っていない。

むしろ、『やっぱりこうなった』くらいにしか考えていない。

 

本当ならばグレンもセリカとソラと共に来る予定だったのだが、何をトチ狂ったのか、はたまたやる気に満ち溢れていたのか1時間ほど前に家を出ていったため仕方なく別行動となった。

これがセリカの仕業だということを知っているのは本人だけだなのだが…。

 

まあ、すでに講義を放棄して1時間どこかで油を売ってる時点でやる気に満ち溢れているなんてわけはない。

 

「ソラくん…だよね。私はルミアっていいます。これからよろしくね」

 

「ん。よろしく。ルミア、覚える」

 

グレンはさておき、ソラはといえばどこか波長があったのか隣に座る女子生徒…ルミアと挨拶を交わしていた。

ソラは極端に人と関わらないため、こういったように覚える(・・・)などという言葉を口にすることは滅多にない。そもそも、グレンとセリカ以外と会話することすら滅多にない。

 

セリカがこの光景を見たら慈愛に満ちた笑みを向けるであろう。

 

「えっと、ソラくんは学院に来る前は?」

 

「セリカとグレンのとこ、いた」

 

「えっとやっぱりアルフォネア教授の??」

 

「セリカは母さんじゃない」

 

やけにはっきりとした口調でルミアの言葉を遮るソラ。2つ隣の席でイライラとしていた女子生徒…システィーナも驚いた顔をしている。

ソラの言葉と表情から早速自分が地雷を踏み抜いたことを察したルミアはバツが悪そうに謝ると、また別の質問をふる。

ソラもそこまで気にしていなかったのか、その質問にしっかりと回答していた。

 

システィーナは編入生とはやくも一悶着起こすんじゃないかと割とソワソワしていたものの、何もなかったことに安堵する。そうしてまた教師が来ないことにイライラして早15分。

 

「あー、悪ぃ! 遅れたわー、いや寝過ごしたわ」

 

教室前方の扉が開いたかと思うと、黒い髪の男が教室へと入って来るなりそう言った。

 

グレン=レーダスその人である。

 

グレンはそのまま気怠そうに教壇へ立つと誰かを探すように生徒たちを見る。やがてソラを見つけるとニコニコ笑って手を振る。まるで子どものような笑みである。

 

ソラはルミアとの話を中断するとムクリと立ち上がる。

 

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ!! あの時の変態!!」

 

システィーナが何やら穏やかではないことを叫んでいるが、ガン無視してグレンの前に立つとどこからか取り出した棒でグレンの頭をつつく。

 

「初日、遅刻、セリカ、激おこ」

「え、マジ? ちょっ、いたっ、痛い!? ボク、それどこから出したの!?」

 

セリカ、激おこというほんの僅かなキーワードを聞いただけでグレンの顔が真っ青に染まる。

何をされるかある程度予測がついているあたり、セリカの日頃の調教は功を成していると言えよう。

 

ソラはグレンの怯えた顔を一目見ると満足とばかりに自分の席へと帰っていく。『ソラ、恐ろしい子』なんてグレンが言っているがソラの耳には聞こえていない。

 

「あとそこの銀髪猫耳…っておまっ、学院にそんなものつけてきちゃいけませんっ! 先生は許しません、 男子生徒のためにっ!」

 

「これは猫耳じゃありませんっ!!」

 

「なんだ違えのか」

 

『ダメだ、明らかに残念そうにしてるよこの人』

 

初めて生徒の声が一致した瞬間だった。

 

因みにシスティーナがグレンと面識がある理由だが、簡単にいうとセクハラだ。

システィーナがセクハラされたのではなくルミアがされたのだが、一緒に登校していたので当事者ということで間違いない。

グレンもシスティーナとルミアには気づいているようだが、この件については断固黙秘を貫くつもりらしい。

 

「あー、セリカが来たのか。ってことは俺のことはある程度聞いてるか。グレン=レーダスな。はい、じゃあ今日の授業だが…」

 

生徒たちの冷たい視線を受けて尚、グレンは気怠そうに話すとチョークを持つ。

『性格はあれだが、中々優秀な奴だ』というセリカの言葉を割と鵜呑みにしている生徒たちはどんな授業をするのか期待半分、不安半分といった心持ちで待つ。

システィーナも他の生徒たちと同じで僅かに期待はしていたものの、セリカの評価を鵜呑みにするようなことはしなかった。

 

魔術を学ぶ学院の生徒として相応しい心持ちである。

 

だがそんな生徒の気持ちなど微塵にも知ったこっちゃないグレンはあろうことか大きな文字でただこれだけ書いた。

 

 

 

自習…と。

 

 

 

「はい、本日の1限目はじゅしゅーでーす。お前ら好きに勉強していいぞ」

 

唖然として声も出ない生徒たち。

1時間以上も待たされた挙句、内容は自習という講義と言えないもの。呆れるどころか非常識すぎて言葉が浮かんでこないのだ。

 

「はい、アルスターくん、質問どうぞー」

 

そんな中、ソラはやたら目を輝かせて手をあげる。

 

「外、ダメ?」

 

「あ〜、なるほどアルスターくんは外で実技の自習をしたいと、好きにしてください俺は寝ます」

 

すぐさまセリカの家でのソラの日常を思い出して何がしたいのか悟ったグレンは許可をだす。

だがこれは勘違いである。

ソラは見知らぬ場所…それもここまで大きな建物に入ったことに若干興奮しているだけなのだ。

 

要はこのアルザーノ魔術学院を探検したいだけである。

 

ソラはグレンの下へ近づくと寝ないように釘をさすべく先ほどの棒でなんどかつつく。

 

「ご、ごめんって、嘘…じゃないけどわかった、わかったから棒で突くのやめて!?」

 

満足したようなドヤ顔でグレンに向かって綺麗な敬礼をするとソラはそそくさと部屋を出ていく。向かう先は当然決まっていない。

この空気の中で我を貫くことができるソラの背中を呆然として見送ると止まっていた空気が動きだす。

 

殺到するグレンへの抗議。

 

だがグレンは羽虫でも払うかのように耳元で手をヒラヒラするとあくびをして居眠りに入った。

 

「あなた教師でしょ!? 遅刻してくるわ、内容は自習だわ、あなたには教師としての自覚はないんですか!?」

 

初めに激昂したのはグレンが来る前から何かと苛ついていたシスティーナだ。しかし、責めるために選んだ言葉はグレンに対してなんの意味も持たない。

 

「あぁ? 教師としての自覚だぁ? あるわけねえだろ…無理矢理やらされてんだし」

 

なぜならこの男、真性の引きこもりだからである。

 

セリカに脅されたから来たのだから教師としての自覚なんてものはあったものじゃない。ましてや、それが魔術学院(・・・・)の教師とあってはやる気なんてものはさらさらない。

 

『もういいだろ?』とでも言いたそうに目を細めて大きな欠伸をする。さらに適当な教科書のページを開き、頭の前に立てて『実はやる気あります』という無駄なアピールが生徒を逆なでする。

 

この男、童心を忘れていないというかガキそのものである。

 

それを皮切りに他の生徒からも抗議や罵声が飛び込んできたが、誰もグレンを起こすことができなかったという。

 

◆ ◆ ◆

 

「ったく、ソラのやつどこいったんだ? もうお昼ですよ〜っと」

 

カオスと化した授業が終わったころ、時刻は正午を回っていた。グレンは相も変わらず気怠そうに学院内を歩く。目的はソラを探すこと、そして昼飯の調達である。

 

 

昼飯にはついては調達というよりもこの学院内にある食堂を使用すればいいので特に気にする必要はないが、問題はソラである。

行きそうな所はある程度探したがどこにも居らず、ホームシックを発揮してセリカのもとへ帰ったんじゃないかと思わざるを得ない。

 

残る心当たりといえば1つしかない。

 

もしもそこにいなかったらソラは家に帰ったと仮定してグレンは食堂の扉を開ける。

 

すでにお昼時ということもあって食堂内は大盛況。

セリカの家にも負けないだだっ広い食堂内はこの学院の生徒で溢れかえっていた。

そんな中で、何かに集っている生徒たちを見つけ確信する。

 

 

 

ここだったと。

 

 

 

 

「……!!」

 

一心不乱に料理を食べる青い髪の少年…ソラ=アルスター。

グレンは人の山をかき分けてソラの後方へと回り込むと全力の力でソラの頭を鷲掴みにする。

 

「グレン、痛い」

 

いつもの無表情のせいで周りの生徒からすれば全く痛そうに見えないのだが、よくみれば若干涙目になっている。

そんなソラにグレンは深く、それはもうおおげさに溜め息を吐くとテーブルに広げられた尋常ではない料理を指差す。

 

「痛いじゃねえだろうが。授業サボって何やってたんですか、何してたんですかー、育ち盛り…だなそういえば」

 

周りを囲っていたいた生徒たちの中にグレンの授業を受けた者がいたようで『いや自習だったじゃん』という声が聞こえたが無視する方針らしい。

 

「食育論、立派な勉強」

 

「だまらっしゃいっ!? そんな子に育て覚えはありませんっ!一体誰に似たのこの子!?」

 

『絶対お前だ』という生徒数名の内心はそっちのけでグレンは再び溜め息を吐くと食堂のコックに向かって料理を注文するとソラの隣に座る。スプーンをすでに持ってる辺り、ソラの料理をつまみ食いする気満々らしい。

 

図書室にいなかった時点でグレンはなんとなくソラがどこにいるか察していた。

 

ソラの行動理念は極めて簡単だ。

 

興味があるものまたはやらなければならないことを最優先とはしているが、そのほかは自身の三大欲求に従っている。

 

特に性の方でセリカが教え込もうとしてグレンが全力止めたのは記憶に新しい。

 

そこに突然2人の目の前に料理が置かれる。

 

「先生、ここいいですか??」

 

青色の瞳にミディアムの金髪の女子生徒を見て、グレンは即座に記憶を巡らせる。

どこかで見たことあるような顔立ち…それはまがいもなく今朝方グレンがセクハラした女子生徒だがグレンは気づいていない。

 

ソラはルミアを見るとキョトンと目を丸くしたが、昼飯の方が大事だったのか再びがっつきはじめた。

 

そんなグレンとソラの姿を見てルミアは微笑を浮かべる。

 

「ちょっとルミアやめましょうよ。ただでさえ煮えくりかえってるのにまたあの男の顔見ながら食事なんて嫌気がさしてくるわ」

 

「と隣の彼女は言ってるがそこんとこどうよ?」

 

グレンはそう言ってシスティーナを指差す。

若干憎たらしい口調なのはもう性格の悪さと言っていいだろう。

 

「お願い、今日だけだからっ!!」

 

「もう、仕方ないわね。まさかルミアがここまで頼み込むなんて」

 

「やった!!」

 

システィーナが諦めた理由はルミアが許可を取る前から既に料理をテーブルの上に置いていたからだ。普段は穏やかでほんわりとしたルミアだが、一度こうなってしまうともう止まらないと彼女は知っていた。

諦めてシスティーナも嫌々ながらに料理をテーブルに置く。

 

「ソラくん、あなたさっきの講義の時間どこに行ってたのよ」

 

「……」

 

システィーナがソラに問いかけるがソラは食べることに夢中だ。

どうやらシスティーナは何があってもグレンとは喋りたくないらしい。

 

「え、えっとソラくん講義の時間何してたの?」

 

「食育論!!」

 

システィーナが額にうっすらと青筋を浮かべたのを見たルミアがすかさずフォローに入る。するとソラはなぜかはっきりとした口調、しかもなぜかドヤ顔でルミアにサムズアップした。

 

「???」

 

小首を傾げるルミアに同年代の男子生徒が数人ハートを射止められたのは余談である。

 

「…へぇ、ルミアだったっけ? 随分ソラに懐かれたな」

 

「え?」

 

今の光景と教室での光景を照らし合わせ、グレンはそう確信した。

 

もともとグレンが街に出ることはないが、お散歩という名目でセリカがソラを連れ出していたことは知っていた。表向きはセリカの気分転換に外を歩こうというものだが、実際はソラに街の人とコミュニケーションとる目的があった。

 

「いやこいつさ、典型的なコミュしょ…あ、痛、箸でつつかないの!行儀悪いでしょ!…人見知りなわけで中々人と話さないわけよ」

 

しかしながらソラは街の人と話そうとしなかった。

完全な無言と冷たい無表情。

 

要は先ほどのシスティーナとのやりとりのような状態だ。

 

「だから私は無視されたのね」

 

納得がいったのか僅かに怒りのボルテージを下げるシスティーナ。

 

「そうそう、この猫耳みたいにガン無視されるわけだ」

 

「だからこれは猫耳じゃありませんっ!!」

 

グレンな余計な一言のせいで新しい怒りの矛先はグレンへと向かう。システィーナからすれば先ほどの講義といい、今朝のセクハラの件といい、言いたいことは山ほどあるのだ。

 

「猫耳じゃないのか…いや、狙ってんじゃないの?」

 

「何をですかっ!?」

 

システィーナとグレンの言い合いが始まったあたりから集っていた生徒たちは皆それぞれの場所へと帰っていく。ソラは相変わらず無関心、ルミアは苦笑いを浮かべながらその光景を見守るという状況はソラが昼飯を食べ終わるまで続いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘

若干ソラさんが空気ですね。本格的に動くのはもうちょっとかかりそうです。


アルザーノ魔術学院の生徒は皆真面目な生徒ばかりだ。

誰もが魔法という崇高(・・)な奇跡に魅せられて学院の門を叩いたからに違いない。

 

何が言いたいかというと、この学院の生徒…というよりグレンの講義を受け生徒たちはいい加減、堪忍袋の尾が切れそうだった。

 

もちろんソラは除いてではあるが。

 

ここでグレンの職務について簡単に言及しておこう。

 

グレンはセリカの紹介によってアルザーノ帝国魔術学院の非常勤講師となったわけだ。セリカが職権乱用して学院長に無理矢理頼み込んだものの、これはまあいいだろう。

 

問題はその受け持つ授業だ。

 

科目が1つならまだよかったのだが、どうやら前任のヒューイという講師はグレンが赴任した2年次2組の担任というだけあって多くの授業を担当していた。つまるところ2年次2組の必修授業はグレンが行うこととなるわけである。

 

となればだ。

 

必然的に内容は全て自習になる。

そう、全てだ。

 

神話学や自然理学、魔導史学のように教科書を読めばおぼろげにでも理解できる教科なら良い。だが、黒魔術に白魔術、そして錬金術のように知識だけではどうしようもない実技科目まで自習というのは生徒からすれば我慢できないのである。

 

唯一、グレンをコントロールできると言っていいソラは毎時間自習になるたびに教室から出てどこかへ去っていくため期待はできない。

というよりも生徒たちも薄々ソラも問題児あることに気づいていた。

 

「いい加減にしてください!!!」

 

「はい、いい加減にやってます」

 

激情したシスティーナの言葉に相も変わらずヒラヒラと手を振って適当に返答するグレン。

 

「あなたはどうしてこの学院の講師なんかやってるんですか!?こんな授業をするならやめてもらった方がまだましです!」

 

「あー、そうだねー、そうしたいのはやまやまなんだが…」

 

グレンは『今度こそセリカに殺されるからな』という言葉を飲み込んで胸のうちに留めておく。

そんなグレンの気持ちなど知らないシスティーナはグレンのその気怠げな態度に余計に怒りのボルテージを上げていく。

 

「そんなにやめてあげたいなら助力してあげます!私は魔術の名門、フィーベル家の娘です。お父様に進言すればあなたが辞めることだって簡単に決まるでしょう」

 

「マッジか!! いや、持つべきものはいい生徒だな! よくやった白猫…いやほんとお願いします」

 

気怠げだった態度が一変、勢いよく飛び起き教壇をジャンプしてシスティーナの前に躍り出るとそのまま額を地面に擦り付ける。

 

土下座である。

 

この男にプライドというものは存在しないのかと唖然とする生徒たち。

だが、システィーナは違った。

 

「貴方っていう人は!!」

 

「システィ、ダメ!」

 

我慢の限界に達したシスティーナは自身が手につけていた手袋を力一杯グレンに向けて投げつける。雷が落ちるように勢いよく投げられたその手袋はグレンの頭上に勢いよく叩きつけられると弱々しい音を立てて床に落ちる。

 

教室にどよめきがおこる。

 

システィーナの一連のこの動作。

 

プライドなんてありはしないがグレンとて魔術師。手袋が自分に向かって投げつけられた意味をわからないはずがない。

この場にソラがいればまた別の展開があったかもしれないが、幸か不幸か、この時間彼は食育論に夢中だろう。

 

「私…フィーベル家次期当主、システィーナ=フィーベルは貴方に決闘を申し出ます」

 

「お前、自分が何言ってるか、わかってんだろうな」

 

いつもの気怠そうな目ではなく、魔術師…それも自分に自信がある者の目。

 

この目をシスティーナは知っていた。

 

いつもとは明らかに違うグレンにシスティーナは息を飲む。周りの生徒たちもグレンの変化に気づいたのか声を潜める。

 

「システィ! ダメ! 今すぐ手袋を拾って!」

 

唯一動きだせるルミアはシスティーナの真の友だからだろう。魔術儀礼…簡単に言ってしまえば決闘を意味するのだが、問題はその結果だ。

魔術儀礼では魔術において雌雄を決する。勝者が敗者に何を言おうと何をさせようと文句は言えないのだ。

 

故に、システィーナはもしも勝ったらこう望むつもりだったのだろう。

 

 

グレンの退職…と。

 

 

だが非常勤講師としてすでに1カ月は働くことが決まっているグレン。1カ月一杯ではなくなるかもしれないが、流石にすぐに退職とはいかないだろう。

 

「おいおい…何年生きてるか忘れたがセリカでもこんなことしないぞ。まあいい。ここで俺の実力を見せつけてやるのもいいだろう」

 

グレンは演技めいた仕草で手袋を拾うとシスティーナに嘲るような笑みを浮かべる。セリカがこの様子を見れば手で頭を抱えただろう。ソラが見れば無表情でグレンの頭をつつきながら『…無意味』と言っただろう。

 

教室内の全員がその自信と形相に息を飲む。

 

「いいぜ、その決闘受けてやるよ」

 

要は迫真の演技だった…ただそれだけのことだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ルールを確認すっぞ〜」

 

さっきのやる気はどこへやら、いつもの講義のときの気怠そうな態度に戻ったグレンが油断大敵とでも言いたそうに顔を歪めるシスティーナを指差す。

 

耳をほじくってるあたり、やる気がないのは間違いない…のだが、グレンのことを全く知らないシスティーナからすると油断ならない。

 

なにせあのセリカが太鼓判を押す魔術師だ。

 

決闘の相手がシスティーナではなくとも同じような反応をしただろう。

 

「今回の決闘はショック・ボルトのみで決着をつけること。そのほかは全面禁止ですよね」

 

ショック・ボルトとは魔術師が使う魔術の中でも初歩的なもの。ダメージはないに等しく、直撃しても痺れが襲う程度の魔術。

確かに力量を測るためではないこの決闘には適していると言える。

 

「決闘のルールは受理側が決める…わかってます」

 

自分の実力はその程度のものではないと言いたげなシスティーナ。

グレンはそんなシスティーナの身体をジッと見つめる。

 

「よろしい、ルミアくん。それではフィーベル家の白猫くん。さて始める前に報酬を決めておこう」

 

いやらしく口元を歪めるとグレンはシスティーナの前に立ち耳元で囁くように口を開く。

 

「お前、俺の女になれ」

 

「なっ!?」

 

顔を青ざめる生徒一同。

いくら教師といえどこればかりは倫理に反する。だがこの決闘はシスティーナがグレンに叩きつけたもの。文句は言うことができない。

 

お互いに距離を取り向かい合う。

その距離は10歩程度か、ショック・ボルトのような3節程度の魔術ならば詠唱の速度が勝負の鍵となるだろう。

 

「ルミア…っ。これ…っ。なに?」

 

「あ、ソラくん」

 

そんな中、爪楊枝を使って音を鳴らしながら騒ぎを聞きつけてやってきたソラ。爪楊枝を口に咥えているあたり、やはり彼は食堂で食育論に夢中だったようだ。

 

本当に食い意地を張った食べ盛りの育ち盛りである。

 

因みにこれは余談だが、その食べっぷりから食堂のコックたちからは高評価を受けている。

ソラはルミアから大雑把に説明を聞くと呆れたような視線を今まさに詠唱を始めそうなグレンに向ける。

 

「落ち着いてる場合じゃないよ! 止めなきゃ!」

 

ルミアは未だに止めようとしているようだが、すでに賽は投げられた。今更どうしよもないことはルミア本人もわかってはいるだろう。

慌ただしいルミアを呆れた目でグレンを見つめるソラが手で制する。

 

「すぐ、わかる」

 

「え?」

 

ソラの言葉の意味をルミアはすぐに理解することとなった。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

中庭に響き渡るグレンの絶叫の後に訪れるのは静寂。予想だにしなかった結果と言ってもいいだろう。

地面に倒れ伏して痺れていたグレンがむっくりと起き上がる。

 

「雷精よ・紫電…」

 

「雷精の紫電よ」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

そして再びグレンの身体を雷が襲う。単純な話だ。グレンが行なっているのは教科書に載っている通りの3節による詠唱。

対するシスティーナが行なっているのはそれを略称した1節での詠唱。どちらが早く詠唱が終わるかなどわかりきっている。

ここの学院に通う生徒たちのほとんど…特に2年生ともなるとある程度のことは学んでいる。

 

「雷精よ・紫電…」

 

「雷精の紫電よ」

 

「アババババババ」

 

何度繰り返しても結果は変わらない。

あれだけ見栄を張って決闘を受けた手前、当然ではあるが…この男、相当悔しいらしい。

 

まるでゲームやアニメの主人公のようにボロボロになりながらも立ち上がり立ち向かっていく。

 

 

 

 

勝ち目はないが。

 

 

 

3節による詠唱の略称することなど才に秀でた者はもちろん、そのほかの生徒でも可能だ。

 

それこそ致命的(・・・)に魔力操作の才がない場合を除いて。

つまりそれがグレンなわけだ。

 

故に相手がシスティーナでなくともグレンは今この状況のようにやられていただろう。

 

「アホ」

 

「ソ、ラさん、刺さって…ます…あ、痺れ、てるから、痛、ない」

 

感電するグレンにどこから拾ってきたのは木の棒でつつくソラ。どうみてもシスティーナの勝ちだ。痺れてるのに以外と喋れるのは驚くべき神経とでも言うべきか。

 

その姿を見て、ざわめきが嘲笑へと変わっていく。才ある者が才なき者を見下すこと。それに年齢…歳の差などは関係ない。

 

優れているから見下す。

 

決闘は雌雄を決するというのはこういう結末になることが多い。ましてや学院で教師と生徒で行なったのだ。

 

「見損なったわ。あなたみたいな人を推すアルフォネア教授も一体なにを考えているのかしら」

 

冷たい目でグレンを見るシスティーナは一体どんな感情を抱いているのか。それは親友であるルミアですら、わからなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

その翌日のこと。

 

「なあ、システィーナ説明しろよ。魔術のなに(・・)が崇高なんだ?」

 

教室内は再び一触即発の雰囲気に包まれていた。当然、原因はグレンとシスティーナだ。いつものように自習にしていたところに不意にシスティーナがもらした言葉にグレンが食いついたのだ。

 

今までとは立場が逆と言ってもいいだろう。

 

『その男は魔術の崇高さ(・・・)をなに一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしてる』

 

この崇高という言葉にグレンは食いついた。グレンも魔術師だ。魔術を馬鹿にはしていない。だがシスティーナと違って崇高なものだとは思っていない。

 

真実を知らない子どもと現実を知っている大人との見解の違いだ。

 

まあ、自習なんて講義を繰り返されては馬鹿にしていると捉えられてもしかたはないのだが…。

 

「え?」

 

予想外の返答に答えられないシスティーナ。対してグレンはいつもの気怠そうな態度ではなく、真面目な表情をして問いかけていた。他の生徒たちも自習をしていた腕と頭を止める。

 

ソラも珍しくその場に残り、事の成り行きを見守っているが心なしか無表情ではないように思える。

 

「魔術はこの世界の起源、構造、支配する法則を解き明かし人がより高次元に至る道を探す手段よ」

 

「それで、高次元に至るとどうなるんだ?」

 

「それは…暮らしが豊かになるわ。苦労も少なくなる」

 

「それ、本気で言ってるのか?」

 

驚きをあらわにするグレンにシスティーナは親の仇を見るような目で睨め付ける。

 

人々の暮らしが豊かになる…確かに間違ってはいない。より高次元かどうかはさておき、まず間違いなく苦労も減るだろう。

魔法に頼ってしまえば道具の開発、運用、そして傷ならば医療までもこなせるのだ。

だが、魔術は魔術師にしか扱えない。才がないものはその恩恵を直接享受できるわけではないのだ。

 

「ならなぜ魔術師は一般人に秘匿する。自分たちは選ばれた本当の人間であり、一般人は人間ではないとでも言うのか?」

 

「そう言うわけじゃっ!?」

 

当然、そういう考えを待っている魔術師も少なくはない。それが一般人に魔術を秘匿している理由の一端とも言える。

だが、システィーナのような真っ直ぐな魔術師は微塵にも考えてはいない。

言い淀むシスティーナにさらに追い討ちをかけるべく、グレンは怪しく口元を歪める。

 

「いいか、現実を教えてやる。魔術が一番役に立ってるのは人殺しだよ」

 

「っ!!」

 

その言葉に教室が凍りつく。

 

「ふざけないでッ!!」

 

魔術に対して真っ直ぐなシスティーナにはどうしても我慢できなかった。

 

「はっ、ここで学んでんだ。お前らも知らないとは言わせないぜ。200年前の魔導大戦、40年前の捧神戦争。近年の外道魔術師の被害、知ってんだろ?」

 

講義のときは死んだ魚のような目をしていたグレンがまるで鬼のような形相でシスティーナを睨む。グレンとてシスティーナにいうべきでないことはわかっていた。

 

グレンにはシスティーナが眩しすぎた。

 

まだ何も知らなかったあの頃。

魔術が崇高で奇跡だと思っていたあの頃をシスティーナは思い出させるのだ。

 

システィーナとて、このまま突き進んでいけば嫌でも現実と直面することになる。

 

「でもっ!! 魔術は、魔術はそんなものじゃ!!」

 

「ここにいるソラだって被害者だ。有名だったもんな。外道魔術師に襲われたエアリアル崩壊の話。そのたった一人の生きの…ッ!?」

 

エアリアルの言葉を口にした途端にグレンとシスティーナに衝撃が走る。二人はそのまま力なく地面に倒れる。

 

二人は即座に理解したこれはショック・ボルトだと。

 

「グレン、それ以上、喋らない」

 

生徒たちも同様に理解できなかった。いま、何が起こったのか。詠唱は聞こえなかった。一節の詠唱すら聞こえなかった。

 

だがそれを行なったのが、ソラであることも他の生徒たちは目撃していた。

ソラの周りで小さな蝶のような何かが飛んでいるのを目にしたのは一部の生徒だけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

精霊の騒めき

お気に入りが100を超えました!
ありがとうございます!


アルザーノ帝国魔術学院、その屋上は人知れず人気がある。見渡しは良く、夕方になれば綺麗な夕日が一望できるため告白スポットとしても人気があるようだ。

だが今日は生徒の姿は見当たらず、屋上にいたのは黄昏ている一人の教師だった。

 

グレン=レーダスだ。

 

「ったくソラのやつ俺にまでやりやがって…いや、当然か。あいつの前でエアリアルの名を出しちまった」

 

セリカからの忠告された禁止用語、エアリアル。

ソラがセリカに保護されたとき、彼はすでに様々なものを失っていた。記憶を失わなかったのは幸いなのか、それとも不幸なのか。いっそ忘れてしまったほうがソラのためになるのではないかとグレンは考えていた。

ソラの大体の事情をグレンはセリカから聞いている。もちろん、一部の情報は省かれている。

 

「ほらみろ…魔術なんてろくなもんじゃねえ。あれがもたらすのは、悲しすぎる結末と永遠に終わらない負の連鎖だ」

 

それでもシスティーナの言ったこともわかっていた。そうであって欲しいと願っていた。言葉は違っていても最初の願いは似通っていた。魔術は崇高で奇跡で美しいものだと思っていた。

 

それを変えたのはやはり現実だった。

 

現実を経験し絶望した自分に彼らは眩しすぎる。

 

『この仕事、向いてねえや』

 

心の中で決心を固めると、懐からこの数日間であたためつづけた封筒を取り出す。

その中身はもちろん辞表だ。

なんとなく、こうなることはわかっていたのだ。

 

「ん?」

 

帰ってひとまずセリカと話し合おうと思い帰ろうとしたときだった。西館の一室…魔術実験室でカーテンが閉められたのが見えた。

この時間に授業などあるわけがない。かといって、生徒による魔術実験室の個人使用は原則として禁止されている。実験失敗によってなんらかのアクシデントが起こったとして一生徒では対応できないからだ。

 

「彼方は此方へ・怜悧(れいり)なる我が(まなこ)は・万里を見晴るかす」

 

片目を閉じて紡がれるのはアキュレス・スコープと呼ばれる遠見の魔術。3節詠唱で詠唱された魔術は正しく起動し、瞑られた片目にその光景が映る。

 

しかしながらカーテンが閉められたせいで中の様子は見ることができない。

 

「仕方ねえ…行ってみるか」

 

グレンは両手を組み上に伸ばして大きく伸びをすると、いつものような気怠そうな態度で屋上をさっていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

同時刻、ソラは何をするでもなく暇つぶしに学院内を歩き回っていた。授業はもう終わっているため他のクラスの授業を見学に行くなんてことはできるはずもない。溜め息を吐くと教室に戻って自分の席に着く。

 

全ての授業が終了しているため、教室の中にいるのはソラただ一人。

 

二人の口論に介入してしまったことは後悔していない。あのままいけばどちらにせよシスティーナにしろ生徒にしろ誰かが手を出していただろう。

 

だが、自分がやったことは…。

 

「一応、規則違反になるわけだ」

 

「セリカ」

 

扉が開き中に入ってきたセリカがソラに向かって口を開く。セリカとていずれソラが問題を起こすことはわかっていた。早いか遅いか、ただそれだけの問題だ。

 

「よりにもよってグレンが言うとは…予想外だったが、あいつも今は堕落した身だ。ここは刺激が強すぎたか」

 

セリカはソラの隣のルミアの席に座ると肘を机に立て手に顔を載せる。

 

「グレン、変わる?」

 

ソラとてグレンのことはよく知っている。彼が何に絶望し、何があって居候の身になっていたのか。境遇は同じでもソラとは違う理由で彼は絶望した。

もともとソラは魔術とは無縁の身…昔は魔術なんて自分とは関係ない遠い存在だった。

 

そんなソラが今となっては…。

 

無表情で黒板を見つめるソラをじっとセリカが見つめる。

 

「ここで、変わらなければそれもう無理だろうよ」

 

「そう」

 

セリカの言葉に機械じみた口調で返すソラ。こんな口調ではあるがちゃんと考え、ちゃんと感情を込めていることをセリカは知っている。

 

しばらくの間2人は沈黙していた。

 

どれくらい経っただろうか。体感的に言えば15分は経ったと錯覚する程度か。ソラが突然目を大きく見開く。

 

周りには奇妙な蝶のような形をした精霊。

 

「…後で、セリカ」

 

そのまま席を立ちセリカに小さく手を振るとソラは教室から出て行った。

 

「魔術は人をより高次元の存在に…か。悲しいな」

 

呆然と呟いたセリカのその言葉にどんな意味があったのか。それは本人にしかわからない。

 

◆ ◆ ◆

 

ソラが精霊に導かれて向かった先は魔術実験室と呼ばれる部屋。そこでソラは魔力を感じ取った。精霊が騒めくほどの綺麗で、純粋で、美しい魔力。

無表情ながらその瞳はキラキラとしていて、まさに年相応な少年がそこにはいた。

 

魔術実験室の中に入る。

 

そこにいたのは黒髪の教師と金髪の少女。

 

「よお、ソラ。やっぱ感じ取った(・・・・・)か」

 

「ソ、ソラくん!?」

 

グレンとルミアだった。

 

二人の目の前には流転の五芒星が描かれた魔法陣。

その魔法陣からは暖かな光がキラキラと煌めき、蝶の形をした精霊が飛び交う。

通称、魔力円環陣。

別に何か大層なことが起こる代物ではない。この魔法陣の上を流れる魔力を可視化し学ぶための魔法陣だ。

 

精霊たちがソラを見つけたのかソラの周りへ殺到する。

すると魔法陣から光が消える。どうやら通っていた魔力が枯渇したようだった。

 

「ソラくん、どうしてここに?」

 

「綺麗な、魔力」

 

「え?」

 

ルミアの質問に到底答えとは言えない返事を返すとソラは魔力円環陣を確認する。

その姿を見て思いついたようにグレンはソラの肩を叩く。

 

「ちょうどいいや。ソラ、お前も久しぶりに魔力円環陣やってみろよ」

 

「??」

 

「お手本になるわけがないが、見せれるくらい(・・・・・・)にこいつのこと気に入ってんだろ」

 

「ん」

 

状況についていけずに小首を傾げるルミア。ソラはルミアとグレンを一度ずつ見ると魔力円環陣、その中心(・・)へと移動する。そしてすぅっと息を吸い込み、ゆっくり吐き出すのと同時に魔力円環陣に魔力が流れる。

さらに先ほどとは段違いな数の精霊がソラと魔力円環陣の周りを飛び交う。

 

七つの光と魔力円環陣に注がれた水銀の光、そして周りを飛び交う精霊が織りなす幻想的な光景。

 

その光景にルミアはもちろん、自分でやらせたグレンでさえも言葉を失う。

ルミアに至ってはソラが魔力円環陣を無詠唱で起動させたことなど完全に忘れ、この光景を目に焼き付けていた。

幻想的な光景だ。だが、ルミアにはそれ以上に光り輝く魔力円環陣の中心で瞳を閉じて立つソラのその姿が、神秘的に見えて仕方がなかった。

 

この場にシスティーナがいたならばさぞ興奮しただろう。だが、悲しいかな…システィーナがもしもいたならばソラもグレンも見せようとは思わなかったはずだ。

 

「この魔法陣を組んだのはお前だよ、ルミア」

 

「え?」

 

突然としてグレンからかけられた言葉。

その言葉にルミアは今日何度目かわからない疑問を浮かべる。

 

「確かにソラが魔力円環陣の中心で魔力を流せば幻想的な光景が広がるさ。だが、今回は一段と違う。見慣れたはずだった俺でさえ言葉を失っちまった。それだけ、お前が構築した魔力円環陣は出来が良かったってことだ」

 

ルミアはグレンから目を離し、再度魔力円環陣の中心で魔力を流すソラに視線を移す。

しばしの沈黙の後、ルミアが口を開く。

 

「先生って本当は魔術がお好きなんですね」

 

「…なんでそうなる?」

 

「だってほら、今の先生とってもいい顔してますよ」

 

思わず言葉に詰まるグレン。

確かにソラに魔力円環陣を起動させろと言ったのは悪ノリのようなものだった。

 

楽しかった…のかもしれない。

 

「そりゃ、ソラ限定だわ。俺は魔術が大嫌いなんだ、ソラは知らねーがな」

 

だが、グレンはその自分の感情を皮肉めいた口調で否定する。

 

「ふふ、そうですか」

 

ルミアは気づいていた。グレンが完全に否定していないことを。要は今のようにソラが魅せる光景には心踊っているということだ。

 

「先生、システィには後で謝ってあげてくださいね」

 

「なんでだ?」

 

「システィにとって魔術は今は亡きお爺様との絆を感じられる大切なものだからです」

 

真っ直ぐな瞳でルミアはグレンを見つめる。

 

「そうか。…一つだけ聞かせてくれ。お前らなんでそんなに魔術にこだわるんだ。授業のときにも言ったが、噂程度で現実は知ってるんだろ?」

 

「グレン先生。私は魔術を真の意味で人の力にしたいと思っているんです」

 

そう言えるのはやはりルミアが子どもだからなのか。だが、現実を知り社会の歯車として人を殺し、腐りきった大人よりも未来がある。ルミアの視線は良くも悪くも真っ直ぐ。ルミアだけではない。システィーナにしろクラスの連中にしろ、ほとんどのものがこの目をしている。

 

「難しいなんてもんじゃねえぞ」

 

「それでも魔術は私たちが生まれる前から既に存在しています。ならば今を生きる私たちがすべきことは考えることだと思うんです」

 

精霊が騒めく。

魔力円環陣の中心で魔力を流してソラがセリカと話をしていたときのように目を見開く。ルミアが魔力を流したわけでもない。ルミアの言動に精霊が騒めいたのだ。

 

「考えてもどうしようもない。周りに流されるだけだ」

 

「そうかもしれません。それでも私はそうでありたい。例え未来の私がどうであっても今の私のこの気持ちだけはそうでありたいんです」

 

「……そうか」

 

諦めたように苦笑いを浮かべるグレンにルミアも微笑みかける。その光景を黙って見ていたソラもまたいつぶりかわからない笑みを浮かべる。

 

「お、ソラが笑ってやがる」

 

『笑うときは可愛らしく笑うもんだ』

 

ルミアは不意にセリカの言葉を思い出した。なるほど、年相応というよりは確かに幼い笑い方をするものだ。

指摘されてソラの表情は元に戻る。照れているのか僅かにむすっとしている。

 

そのときだった。

 

魔術実験室に轟音が響き渡ったのは。

 

 

 

「お腹すいた」

 

ソラの食い意地が一瞬にして雰囲気をぶち壊した瞬間だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロクでなし講師、目覚める

ソラくんが本気になるのは後1、2話先かな?




次の日、アルザーノ魔術学院の2年次2組の教室に何にも変わらないようにグレンは現れた。生徒たちはまた来たかと内心うんざりしながらその様子を見る。だが、今日のグレンは少し様子が違った。

 

目だ。

 

死んだ魚のようないつもの目ではなく、決意を改めたような…何かを秘めた目をしていた。

 

「授業、始める…その前に」

 

グレンはいつものように教科書を広げる前に、教壇から降りてシスティーナの前に立つ。

 

「すまんかった」

 

そっぽを向きながらではあるが、謝罪の言葉を口にした。

ソラはグレンの姿を唖然とした様子で見つめる。

小さくカランと音を立てたのは飴玉だ。

ソラが隠れて口の中に放ろうとした飴玉を落としてしまう程度には目を疑う光景だったようだ。

 

相変わらずの食い意地である。

 

これには驚いたようでグレンを見つめる生徒とソラが落とした飴玉を哀れに見つめる生徒の二手に分かれた。

 

微妙な空気が流れる。

 

「ソラ…お前、後でセリカんとこで説教な」

 

「!?」

 

驚愕し目に見えて落胆するソラを呆れた表情で一目するとグレンは教壇へと戻り教科書を広げる。

 

「はい、じゃー今日も授業を始める。ああ、すまん、やっぱもう一つ言わせてくれ」

 

広げた教科書をパラパラとめくり溜め息を吐く。その動作に生徒は若干頭にきながらも黙って次の言葉を待つ。

 

生徒の内心は『どうせ自習なんだろ』といったところだろう。

 

「お前ら、やっぱ馬鹿か」

 

「「「「なっ!?」」」」

 

予想外の言葉に生徒たちは声を上げる。前回のシスティーナの時といい、今度もまた予想外の言葉をグレンは口にしたのだ。

 

「お前らほんとに魔術の勉強してんのか? 知ってるか、教科書の書いてある内容…魔術式の書き取りだとか共通言語なんざ暗記だ」

 

「ショック・ボルト程度の一節詠唱ができない三流魔術師が何をいってるんです?」

 

グレンを嘲笑うようにそう言ったのは教壇からみて右端に座っている眼鏡をかけた男子生徒…ギイブル=ウィズダンだ。彼もまた優等生であるが同時に魔術師の優劣に若干こだわりがあるようだ。

 

「ショック・ボルトなんてとっくの昔に極めてますわ」

 

他の生徒もギイブルの言葉に同調し、同じようにグレンを嘲笑う。今更学ぶ価値などないとはっきりと彼らは宣言したのだ。

 

グレンはさらに深く溜め息を吐く。

 

「今ショック・ボルト程度(・・)とか言ったやつとショック・ボルトなんてとっくの昔に極めてます(・・・・・)とか言ったやつ、お前この問題わかんなかったら今日昼飯抜きな」

 

教室内にいつものような苛立ちと不満が募っていく。もったいぶらずに早く言えとでも言いたいんだろう。

 

「いいか。お前ら一節の詠唱ができる時点で魔術の基本的な技能は一通りできるんだろうよ。だが、魔術の構造については何一つわかっちゃいない。いいや、わかったような気分になってるだけだ」

 

グレンはこちらを睨め付ける生徒たちに口元を歪めるとチョークを持ちショック・ボルトの詠唱呪文を黒板に記していく。教科書通りの三節だ。

さらにその呪文を三節通りの詠唱をもって起動させる。すると魔法陣が浮かび上がり、壁に向かって青い稲妻が放たれる。

 

「これが三節でのショック・ボルトの詠唱だよな。ここで問題…この詠唱、四節に区切るとどうなると思う? お前は手を下げろ。喰らえ飴玉攻撃!!」

 

ソラが勢い良く手を挙げたがグレンはソラに飴玉を投げつけることによっていさめる。勢い良く放たれ飴玉は寸分違わずソラの口へ放られると膨れながらも手を下ろした。

 

『下ろすんだ』という生徒たちの内心。

余程さっきの飴玉を落としたことが悔しかったのだろう。

 

同時に自習すらもまともにしないソラがわかることに生徒たちは呆然とする。中には焦りを覚えている者もいるようだ。

 

「ったく、お前ら忘れてないか?ソラの育て親はセリカだぞ。こんなんわかって当たり前だ。話を戻すが、全滅か? 極めたとかショック・ボルト程度とか言ったやつ、はい起立」

 

起立の言葉にギイブルと女子生徒に視線が集まる。悔しそうに起立する2人にグレンは嫌らしくニヤニヤしながら詰め寄り、『ほいほい』、『どうしたどうした』などと声をかける。

 

 

正直言って、果てしなくうざい。

 

 

悔しそうにしている2人を見て一通り満足したのかグレンは教壇へと戻り手を前に出す。

 

「はい時間切れ。お前ら昼飯抜きな。はい、アルスターくん答えは?」

 

「右、曲がる」

 

「正解」

 

ソラの返答を待ち、グレンはショック・ボルトの三節詠唱を行う。先ほどと同じように掌の前で魔法陣が構築され青い稲妻が放たれる。

だが壁に当たる直前で青い稲妻は向きを変え、右方向垂直に曲がっていった。

 

確認し終えたグレンはさらに詠唱を五節に区切る。

 

「ちなみにこれは?」

 

「射程、減少」

 

「さんかくだな。いや正解なんだが、アルスターくんの回答ならば1/3という言葉を付け加えなさい」

 

ダメ出しされたソラはまたもや膨れる。『そんなことわかってるもん』などと言いたそうな顔だ。答えられて当然と知りながらもグレンは簡単に当てられて少し悔しいようだ。

 

どちらもガキである。

 

「まあいいとしよう。お前らなんてどうせ『決められた呪文を口にすれば世界の法則に干渉して魔術式が起動するんです』なんて考えてんだろ? どうして言葉で世界の法則なんぞに介入できるのか。どうして魔術式が起動するのか。考えたことねえのか?」

 

まともに授業を行なっていることにソラは改めて驚く。ぶっちゃけるとセリカがここに連れてきたところでグレンが変わるはずないと決め込んでいたのだが、どうやらそんなことはなかったらしい。

 

この僅かな間で生徒はグレンに影響を与えたらしい。

 

それがルミアなのか、システィーナなのか、はたまた他の生徒なのかはこの際どうでもよかった。

 

「今までのお前らのお勉強ってやつは呪文や術式をわかりやすく翻訳して覚えること。頼りの教科書様も大雑把なことしか記されてねえ。教えるつもりあんのかって疑いたくなるくらいだわ。魔術式ってのは人が世界に影響を与えるんじゃない。世界が人に影響を与えるものだ。根本として考え方が違うわけだ」

 

「つまりどういうことなんですか?」

 

頭がこんがらがってきたのか、1人の女子生徒が待ちきれずに手を挙げて質問する。

 

「要はだな、魔術ってのは超高度な自己暗示なんだよ。自分の深層意識を改変するためのな。確かに世界の法則には介入するさ。だがそれは深層意識が改変されたことによる結果だ。つまり、魔術式自体が世界の法則に介入するわけじゃないのさ」

 

グレンの言っていることは今まで自分たちが教わってきたこととは似通っている部分もあるが、根本が真逆。理解しようにも上手く話が繋がらないようだ。

 

グレンもそれを理解したのかガシガシと頭を書くと思いついたように手を叩く。

 

「まあ・とにかく・しびれろ」

 

奇妙な感覚で区切られた言葉。それが呪文の詠唱だと気づいたのはソラだけだ。

明らかに自分に向かって放たれたショック・ボルトをソラは自分の前に相当近くからではないと見えないような薄い防御膜を張って防ぐ。

 

目を細めてグレンに抗議の視線を向けるのも『昨日のお返しだ』と言いたげな表情でそっぽを向く。

 

「馬鹿な!?」

 

「魔術式が起動した!?」

 

そんなソラには気付かず、生徒たちは今まさにグレンが行なった常識外れのショック・ボルトに目を疑う。今この瞬間、生徒たちが今まで勉強してきた多くが一瞬にして崩れ去ったのだ。

 

「さて、今から話すのはショック・ボルトの呪文を題材にした術式構造と魔術文法、魔術公式…そのド基礎教えやる。興味がないやつは寝てな」

 

この日、グレンはようやくアルザーノ帝国魔術学院の講師となった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

非常勤講師グレン覚醒から数日後。噂が噂を呼び、尾ビレがつくほどの大事となったグレンの授業。だがその尾ビレが過言ではないほどにまでグレンの授業は生徒の心を鷲掴みにした。たまに板書を写させてもらえない辺りに幼稚さを感じたが、生徒たちはグレンの講師としての質の高さを認めたようだ。

 

若干数名認めていない者もいるようだが…。

 

「はーっはっはっは!! だから私は知っていたのさ学院長、あいつはやればできる子だってね!」

 

「いやはや、ほんとどうなることかと思ったけど万々歳だねセリカくん!」

 

「何を隠そう私の一番弟子だからねあいつは!」

 

「なんと!? セリカくんに弟子がいたのか!?」

 

「グレンが一番弟子でこのソラが二番弟子さ」

 

場所は変わって学院長室。

緩んだ顔でソラの頭をガシガシと撫で回すセリカと同じように豪快に笑う学院長。ソラはそんな二人を冷めた目で見つめながらも抵抗せずにセリカの隣に立っていた。

 

ことの始まりはソラが授業をサボって食育論に励んでいた時のことだった。セリカが獲物を狙う豹のごとく瞳をギラつかせ、ソラが抵抗する間も無く鮮やかに拉致していったのだ。

 

もちろん、原因はグレンがサボり癖のことを告げ口したからである。

 

ソラとしては『ご飯返して』の気持ちでいっぱいだろうが、今のセリカは浮かれすぎて他人の話なんぞまともに聞いてくれない。

ソラが心なしか冷たい瞳で見つめているのはその『ご飯返せ』と『バカ二人』の感情が原因だろう。

 

サボっていた時点で言い訳できないことが尚ソラを悔しがらせる。

 

「で、グレンくんはともかくソラくんの階梯は?」

 

「いやいや、ソラが階梯なんて持ってると思うか学院長? 流石にそれはないさ。というかもうそんなもんじゃないし、私がごめんなさいって言いたくなるし、だってチートじゃん」

 

最後の方はボソボソとして他の者には聞こえなかったようだが、自虐めいた口調でセリカは言った。若干のトラウマを思い出したのだろう。

確かに秘匿されているソラの能力を知れば、ほとんどの者は太刀打ちできずに塵と化すだろう。エアリアルでの魔術師たちが良い例だ。

 

ソラが戒めるような瞳でセリカを睨んでいるのに気づいたのか、セリカは一度咳払いをしてソラにウィンクをする。どうやらある程度正気に戻ったようだ。

 

「セリカ、またね」

 

呆れたソラはいつものように勝手にその場を後にする。セリカも満足したのか止めることなくソラに手を振って見送った。

 

誰もがそれぞれの日常を謳歌していた。グレンは講師として、システィーナやルミアは学院の生徒として。

 

裏で陰謀が渦巻いていることには誰も知らずに…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃

都会へと旅立ってきました。いやはや、どこもかしこも人混み人混み…。都会は大変ですな。

さて遅くなりました。

このあたりから若干のオリジナル設定やら原作改変が出てくると思います。


次の日、ソラとグレンは走っていた。

 

「うぉぉぉぉぉぉッ!! ソラァァお前だけせこいぞぉぉぉぉッ!!」

 

少々語弊があったようだ。

走っているのはグレンだけで、ソラは空を飛んでいた。文字通り大地から足が離れ、重力という世界の法則をガン無視して飛ぶソラ。対するグレンはまだ50m程度しか走っていないのに息を荒くしている。

 

今までの引きこもり生活が集った結果だろう。

 

『ソラだけになんでもありということか』、グレンの内心はめちゃくちゃである。

 

そもそもことの発端は昨日の夜にまで遡る。

それは夕食の席でのことだった。

 

『あぁ、明日から魔術学会で帝国北部の帝都オルランドに行ってくるから2人とも寝坊なんかするなよ』

 

これをフラグと呼ばずなんと呼ぶのか。見事にグレンは寝坊してしまった。ソラは起こしたもののグレンの必殺技『あと5分』が見事に炸裂しこのざまだ。

というよりも、グレンを必死になって起こさなかったあたり、どうやらソラはサボりを正当化しようと図ったようだ。

 

すなわち、『講師が行かなければ自習でしょ?』…こういうことである。

 

アルザーノ帝国魔術学院の生徒たちの爪の垢でも煎じて飲ませたくなる心意気だ。

 

だがソラがサボりたくなるのも当然といえば当然と言える。

 

なぜなら補修(・・)があるのはグレンのクラスだけなのだ。理由はもちろん、担当だったヒューイが辞めたことによって授業が遅れているからに他ならない。そんな火にグレンが自習という名の油を注いだことも大きな原因の一つだ。

 

結論、グレンは自業自得である。

 

そんな中、ソラは目を細めて空中で急停止する。

 

「グレン、結界」

 

「ああ、気づいてるっての」

 

辺りに充満する微かだが、確かに確認できる魔力の痕跡。

この場所が、魔術学院ならば100歩譲って見過ごしてもいいだろう。たがここは市街地だ。

 

周りに人気がないのはこの結界が人払いの能力を持っているからだろう。

魔術師ではない一般市民では到底防ぐことができない。一定の間はまず立ち入ることはできないだろう。

わざわざ人払いの結界を張るということは狙いは一般市民ではない。狙いは間違いなく自分たちのような魔術師だ。

 

ソラは目を細めたまま周りの気配を窺う。

グレンもまた、久しぶりに感じる実践の気配に冷や汗を垂らす。

 

「ご丁寧に人払いの結界まで張ってくれちゃって…逃さないってか?」

 

「敵、緻密」

 

ソラの言う通り、市街地でここまで派手に人払いの結界を張ったのだ。あまり隠密にことを運ぶつもりはないらしい。

ソラは静かに目を閉じ、精霊の嫌な気配(・・・・)を探る。

そして見つける。

 

「そこ」

 

同時に魔術式を起動させ拳大の氷の礫を放つ。放たれた礫は十字路の先、そこ角へと直撃する。

空間が蜃気楼のようにユラユラと揺らめくのと人が動く気配。当然ソラが黙って見過ごすわけもなく追撃するように虚空から氷の礫を生成し、放つ。

グレンは相変わらず人の姿を見つけることができていないが、ソラのそういうところ(・・・・・・・)は到底自分にできることではないと知っているため何もしない。

 

むしろかえって邪魔になると知っているのだ。

 

「…おいおい、確かにおまけ(・・・)ガキがいるとは聞いていたが化け物(ばけもん)とは聞いねえよ」

 

自分の位置が確実に暴露ていると悟った男。黒装束に身を包んだ男は降参したような素ぶりで両手を挙げるが口元には怪しい笑みがこびりついている。

 

炙り出すために威力は抑えたといってもあの弾幕を避け切ったのだ。この男はそれなりの手練れだと確信する。

 

だからこそ、ソラもグレンもここで気をぬくようなことはしない。

 

「なるほど、おまけってことは狙いは俺か」

 

若干安心したようにグレンは言う。ソラは相変わらず無表情だが、てっきり狙われているのは自分だと思っていたため内心で驚く。

 

「お前ってわけでもないがな。今頃学院じゃドンパチ始まってるあたりだろうよ」

 

「ほう…随分とベラベラ喋ってくれるんだな」

 

やけに饒舌に喋る男にグレンは怪訝な様子で問いかける。大胆な作戦ではあると思っていたが、ここまでくると逆に恐ろしくなってくるといもの。

男の口元には相も変わらず、怪しい笑みが張り付いている。

 

だが、男の考えは酷く単純だった。

 

「これから死ぬ奴に喋ったところで問題でもないだろ?」

 

それは2人を確実に殺れると考えてのことに違いなかった。これこそが男の誤算と言えよう。

 

「穢れよ・爛れよ・…」

 

男が詠唱を始める。その呪文は防御が厳しい致命的な威力をもつ呪文。

だがそれは、もしもグレン1人だけだった場合だ。

 

「みんな」

 

男の元に魔力が集まっていくのを感じとったソラはポケットから液体を取り出し、円形に撒き散らすと同等(・・)の魔力を供給する(・・・・)

甲高い音を立ててソラの周りを精霊が飛び回り、騒めく。

 

「…」

 

男の詠唱に合わせて飛び回る黒い精霊。ソラはこの精霊を黒精(こくせい)と呼んでいる。

 

今更ながら、気づいたものもいるだろう。

精霊には種類があることに。

先日、ルミアの周りを飛んでいた眩い光を放つ精霊…白精(しろせい)

 

精霊は主にこの二種類で成り立っている。

 

精霊が隠された断なのは自分が魔術を使用する際にその存在を認知できないからだ。

 

こうしてソラが(・・・)魔術を使わない限りは…。

 

もっと突き詰めて言えば、『世界が影響を与える』のではない。『精霊が影響を与える』と言ってしまっても過言ではないのだ。

 

「…朽ち果てよ」

 

男の呪文が三節で完成する。

同時に黒精が騒めき、男の元に溜まっていた禍々しい魔力が解放される。

黒い色をした禍々しい霧のような何かがやがて小さな水滴となり、一つ一つが小さな槍のごとく飛来する。

 

「頼みましたソラ大先生ぇぇッ!!」

 

「ん」

 

小さな水の槍に対してソラが頼んだ(・・・)のは白い魔力で構成された魔法陣型の防御魔術。

 

名を呪解・円環陣(ディスペル・サークル)

 

ソラとグレン、そしてセリカが考案した魔法だ。

浮かび上がった魔法陣が男の魔術とぶつかると一瞬の攻防の後、霧散する。

 

何事もなかったかのように霧散したのだ。

未だに青い光を放つ魔法陣。

 

そしてその中でまったく無傷で仁王立ちする2人。ソラはともかくグレンまでドヤ顔なのは彼の性格と言えよう。

 

「おいおい、冗談よせよ」

 

男は今しがた、信じられないものを見せつけられ乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

「こっちこそ冗談はよせよ。酸毒刺雨なんざ…死体どころか身元不明で通夜まで開かれねーよ」

 

『ふざけている』…男がそう思ったのはグレンの態度になのか、あるいは自身の黒魔をいとも容易く防いだソラの魔術に対してなのか。

 

それともこれだけの魔術を無詠唱かつ、()だけで構成したソラの異常さになのか。

 

「ソラ…」

 

『殺すな』グレンがそう言おうとした時にはすでに遅かった。感情のない瞳で瞬時に指先に魔力を集め光線のように放出した。

 

それは寸分違わず、男の心臓に直撃した。

 

その所業に味方だったはずのグレンでさえも冷や汗を流す。殺人機械(さつじんマシーン)…グレンから見て、今のソラはまさにそれだった。

なんの躊躇いもなく、人を殺す機械。感情は一切ない。決められたように人を殺す。

ソラはグレンのトラウマに気づいているものの、容赦をするつもりはなかった。故に、殺した。

 

そもそも襲ってきた敵に対して殺さないというのはどうなのか。ソラは自問自答を繰り返す。だが、結論は変わらない。

 

「はぁ…。目的は学院らしい。急ぐぞ」

 

「ん」

 

男の死体を軽く払拭すると、ソラとグレンは先を急ぐ。グレンはソラの様子を気にかけながら。

ソラは自分が男を殺したとき、周りを飛んでいたのは黒精だと気づかないまま。

 

◆ ◆ ◆

 

アルザーノ魔術学院に到着した2人を出迎えたのはすでにこと切れた守衛と大層な結界だった。

 

守衛の状態は悲惨。

 

こうして綺麗な顔が残っているということは先ほどの男との犯行ではないだろう。別行動班によってすでにアルザーノ魔術学院は占拠されているとグレンとソラは確信した。

 

「ソラ、わかるか?」

 

「黒精、たくさん」

 

「いや、位置はいい。この厄介極まりない結界の方だ」

 

ソラは小さく頷くと結界を手で触り、目を見開き解析を始める。グレンも同じように結界の構造を読み解こうと試みる。

もともと学院には結界が存在していた。もちろんセキュリティーの面で張られていたものだが、今はその在り方ではない。

 

むしろ学院関係者であるグレンを弾いてしまっていることから学院内部の誰かが改変したことになる。

 

或いは今回のテロリストの首謀者が天才だったか。

 

天の智慧(ちえ)研究会…それがこの事件の犯人であることは先ほどの男のナイフで確認できた。

短剣に絡みつく蛇の紋…研究会というにはあまりに馬鹿げている集団のエンブレムがそれだ。

 

魔術師というのは天から選ばれた存在であり、それ以外は存在価値がない。価値がないから殺そうがどうしようが魔術を極めるためには許される。

 

自分たちの行動はすべて理にかなった正義だと言って聞かない外道魔術師たちの集団だ。

 

「結界構成、解析完了。学院全部、覆ってる。中心、変わってない」

 

中心というのはこの結界の核。ソラが変わっていないということは新しく作られた結界ではなく、書き換えられたことを示している。

 

御丁寧に結界を壊した後、寸分違わず同じ場所に結界を作ったなら別だが誰にも気付かれずにそんなことは不可能だ。

 

「おいおい、ってことはこの強固で馬鹿でかい結界を短時間で書き換えたのか? 天才にもほどがあんぞ」

 

「だから、裏切り者」

 

グレンの考えをソラが一蹴する。

 

「犯人探しは後だな。セリカに連絡がつかない今、特定のしようがない」

 

セリカは未だに事情も知らずに眠っているか、学会に行くための準備をしているところだろう。だが、すでに王都にいることは間違いない。

グレンは男の懐から奪っておいた一枚の符を取り出す。

 

「恐らくこの符を使えば中に入れるだろう。だが、こいつは使い捨ての片道切符。出ることはできそうにない。でも、まあ、お前がいればなんとでもなるだろ」

 

危険な賭けではある。

だがなかなか入らない限り、補講のために学院にきている生徒たちの身が危ない。

ここまで大掛かりなことをしてのけたのだ。油断はまずできない。

 

セリカに連絡がついて救援を頼んでも、この結界に阻まれる。突破するには時間がかかる。

ならば、今動ける自分が行くしかない。

 

「ルミア??」

 

不意にソラが呟く。視線の先は転送魔法陣がある塔。グレンはソラのつぶやきからすでにルミアが何かしらの被害にあっていることを察し、躊躇いもなく結界の中へと入って行った。

ソラは塔をじっと見つめ、大きく深呼吸をする。

 

精霊が騒めく。

 

一度結界から後退すると一歩ずつ、ゆっくりとした歩調で結界に向かって近づいて行く。ソラの周りには精霊たちが飛び交う。

 

結界に向けて手を伸ばす。

 

同時に飛び交っていた精霊たちが結界へと移っていく。

 

「通して」

 

精霊が再び騒めく。

 

こんな芸当、グレンですら予想できなかっただろう。

たった一言。

それだけで結界の一部が改変された…いや、無理やりこじ開けたと言った方が正しいか。

 

馬鹿げている。

 

結界に穴が空いたのを確認するとソラはいつもの感情のない瞳で学院の中へと入って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救出

今回で一巻は一区切りです。次回は後日談になる予定です。(グレンそっちのけ)


グレンとはぐれてしまったソラは迷わずに塔を目指す。おそらく、グレンは生徒たちの安否を確認しに教室へ行ったのだろうと判断したからだ。

向かう先の塔は転送法陣がある。転送法陣というのは文字通り転送のために使用する魔法陣のことを言う。学院校舎とは離れた場所に位置するのは学院の講師が使用するためのものだからだ。

 

故に、一生徒が利用できるようになっているわけではない。

 

先日セリカを含めたアルザーノ魔術学院講師一同が王都へと旅立って行ったのもその魔法陣があってこそだ。

 

学院の結界を書き換え侵入不可能、脱出不可能にしただけでは不十分。もっと外部からの侵入…転送魔法陣を抑えるのは必然と言えよう。

 

やはり敵は講師陣の動向を把握していたと考えられる。

 

ソラは思考に区切りをつけたところで転送塔の周りを確認する。

 

「1、2、3…」

 

転送塔の周りをうろつく石の巨人。普段はただの瓦礫と化し、徘徊などできるはずもない。だが、学院内になにかしらの異変、異常が起こった際に瓦礫が積み上がりゴーレムが完成する。

もともとは転送塔を守るために造られたゴーレムである。それが今や外的を守っているとなると妙な気分になる。

 

合計で6体のゴーレムは不自然なまでに転送塔の周りを徘徊している。

一体の距離から離れず、されどそれぞれが別の方向を向いている。まるで監視しているかのようだ。

 

宙に浮かびソラが飛び出すのと同時に、ゴーレムたちもソラの存在に気づく。ゴーレムたちを一瞥してソラは不敵に笑う。

 

白精たちがソラの周りを飛び交う。

 

ソラが天を指差しゴーレムに向かって振り下ろす。

 

「ジャッジ」

 

空から降り注ぐのは極大の光の柱。ソラが目覚めた(・・・・)あの日、初めて使用した攻撃魔法…黒魔改ジャッジメント。

石で積み上げられただけのゴーレムが空から降り注ぐ、ましてや突然として現れた光の柱に対応できるはずもなく3体が跡形もなく消し飛んだ。

もはやソラのオリジナルと言っても過言ではないのだが、セリカならば再現できるレベルの魔法だ。

 

『軍用どころか一軍隊を葬れる魔法』と称されるだけあって、その範囲は尋常ではない。巨大なゴーレムだからこそ3体だったものの、もし対象が人だったならば100人は消し飛んだであろう。

 

止まることなく空中を舞うソラにゴーレムたちは岩を投げつける。

 

それもソラの目の前に現れる薄い光の膜に阻まれて、当たることは決してない。もしもソラにダメージが与えるとしたら、まずは光の膜を突破しなければならない。

 

残りのゴーレムを一瞥すると今度は両手を開いて指を伸ばす。

集まっていく魔力。ゴーレムといえど魔力でできた石の塊。異常なまでの魔力が左右10本の指に集まっていれば気づかないわけがない。

 

「邪魔」

 

10本の指それぞれに収束された魔力が形となって放たれる。

 

一閃の光。

 

それはソラから放たれた小さな雷の矢。

 

黒魔ライトニング・ピアス。

ショック・ボルトと変わらないように見えるがその性能は全てにおいてショック・ボルトを凌駕する。

直撃した相手を痺れさせるだけで終わるショック・ボルトとはわけが違う。高密度の魔力で作られたライトニング・ピアスは雷のごとく飛翔する。

本来ならば指差した相手を雷光で指し穿つ軍用の攻撃呪文(アサルト・スペル)。指を指すということは本数は必然的にに1本。両手でやっても2本だ。

 

指を指すという概念を崩し、全ての指から放たれた矢は光のラインを残して3体のゴーレムに突き刺さる。完全に機能が停止したゴーレムの巨体は崩れ去り、ただの瓦礫と成り果てた。

 

ゴーレムが機能を停止したのを確認すると地上へと降りて塔の扉を開く。

塔の内部は特別なにかあるわけではない。先ほども言ったように最上階に転送魔法陣がある程度だ。それゆえ、転送塔の構造はいたって簡単だ。

ソラは頂上へと永遠に続く螺旋階段を登り続ける。学院の中へ突撃していったグレンがどうなっているかはわからないが、余程の手練れがいない限りは遅れをとることはないだろう。

 

グレンには魔術を一切封じる切り札があるのだから。

 

名を愚者の世界。

愚者のカード、その絵柄を変換し読み取ることによって起動させるその魔術はグレンの固有魔術だ。

グレンのその魔術を知っていない限り、対策は不可能。体術でグレンの上をいくとなると話は別だが、それは考えにくい。

魔術を使えなくなるのが切り札の魔術師が弱点を克服しないわけがないからだ。

実際、ソラが魔術抜きで肉弾戦をグレンに挑んだならばグレンにあっけなく躱されて秒殺だ。

もしも破られたとしてもしぶといグレンのことだ。なんとかして耐えてくれるだろうとソラは頷く。興奮していて忘れていたが、先ほどゴーレムたちが延々と投げ続けていた岩が運悪く愚者の世界を使ったグレンの元に飛来したとしても悪くないとソラは再度頷く。

 

完全な現実逃避である。

 

だがソラにとってルミアの救助が最優先だったのは確かだ。

初めて会ったあの日、そしてその後日の放課後で感じたあの感覚をソラは忘れることはなかった。

 

自分とは違うが近しい人間がいることを知った喜び。

それと悲しさ。

 

最上階に辿りついたソラは扉を開ける。

 

「おや?」

 

「ソラくん!?」

 

中にいたのはあったことのない金髪の男とルミアだった。金髪の男はソラが部屋へと入ったにもかかわらず、戦闘態勢に移る気配はない。授業をサボっては学院の中をお散歩していたソラですらこの男は見たことがない。

 

学院の人間ではないとソラは瞬時に判断した。

 

「ルミアさんのお友達…ということは私が学院を去った後に転入してきたんでしょうか」

 

訂正。

ソラはこの男を学院の人間だと判断した。そしてグレンの前任であったヒューイなる男と断定した。

ヒューイから視線を外し部屋の内部を確認する。ルミアは何かの魔法陣によって捕縛されいるようだ。その上で転送魔法陣の上で蹲っていた。

 

「時限式転送魔法陣」

 

「ほう、一目でそこまでわかりますか」

 

時限式転送魔法陣は特定の時間が経過すると強制的に術式を発動させ魔法陣上の存在を指定された場所へと転送するための魔法陣。

一目でその存在を認知したソラにヒューイは感心したように目を丸くする。

だが、ソラはここで止まらない。

 

「白魔儀サクリファイス?」

 

「ほう、勉強熱心…と言えるレベルではありませんね」

 

ヒューイのいう通り、学院の生徒…しかも2階生のこの時点で一目見ただけで全て理解するのははっきり言って異常だった。

ソラが疑問を浮かべたのはこの儀式をする意味がわからなかったからだ。

サクリファイス…訳すと犠牲になるこの魔術。能力はその名の通り、使用者の魂を魔法陣と直結させ莫大な魔力を錬成する。その使い道は…。

 

「証拠隠滅?」

 

「そこまでわかりますか!!」

 

真意を悟ったソラにヒューイは歓喜の表情で手を叩く。そんなヒューイをソラは珍しく感情のこもった瞳で睨め付ける。

 

証拠隠滅。

 

この男は自身の魂を食いつぶして魔力を生成することによって巨大な爆弾を作り出そうとしているのだ。魂を差し出しているヒューイは言わば火薬。そしてこの方陣はその器だ。

 

「もうやめてください!ヒューイ先生!」

 

悲痛な叫びが響く。

 

「残念ですルミアさん。もとより、僕はこの時のために送り込まれた人間なのです。王族、政府の要人、そしてその身内。それらの人物が学院に入学されたとき、殺害するための…ね」

 

自虐気味にそう呟いたのは果たしてどのような心理からなのか。

 

「あなたが入学しなければ私は僕は今ものんびりと講師を続けていたでしょう。ルミアさん…いや、エルミアナ王女」

 

「ヒューイ先生…」

 

「安心してくださいとは言えませんが、上はあなたに興味を示していますからすぐに殺されることはないでしょう。だから安心して…」

 

ヒューイの言葉が甲高い何かの声に遮られる。

ゆっくりと、一歩ずつ魔法陣に向かって近づいていくソラ。その表情には焦りも怒りも何もなかった(・・・・・・)

だからなのか、底知れない何かにヒューイはゾッとした。

 

魔法陣の目の前に立つと手を伸ばし、自分が弾かれることを確認する。触った途端にスパークが弾け、確かにソラを入れてはくれない。

 

「通して」

 

たった一言。

その一言だけで魔法陣の一部が光の粒子と化し、消えて無くなる。

 

「そんなことが…」

 

そうしてまたソラは一歩前に出て手を伸ばす。

第二層、第三層と次々に魔法陣が効力を失い、消えていく。光が舞う。精霊が飛び交う。

 

ヒューイは呆然と見つめることしかできなかった。もともと、ヒューイ自身戦闘タイプではない。それ故、学院占拠側ではなく使い捨ての爆弾として10数年の間あり続けた。

 

『知ってるか、世界を作った魔法使いの話』

 

ヒューイふとした時に聞いた御伽噺を思い出す。当時は作り物だと笑ったヒューイだが、目の前で光景を目にして確信する。

 

ルミアもまたその光景を呆然と見つめていた。あの日の放課後と今の光景が重なる。

 

精霊と光の幻想的な光景。

 

「通して」

 

やがてルミアの目の前まで辿りつく。

無表情だったソラがわずかに笑みを浮かべて手を伸ばす。

 

「ソラくんも私と同じ(・・・・)だったんだね」

 

ルミアの言葉にソラは頷く。

 

「だから、私のこと見ててくれたんだね」

 

尚も、頷く。

 

「異能者というにはあまりに異常。膨張し続ける魔法陣を言葉一つでイレイズするなんて芸当、できる人物は数多ある物語の中でも一人だけですよ」

 

振り返るその先には脂汗を浮かべたヒューイの姿。魔法陣の効力が消えたことによって魂が食いつぶされることはなかったが、ギリギリのところまで消耗していたようだ。

 

「魔術の可能性。なるほどこうなってしまうのですか」

 

ヒューイは最後にそれだけ言って気を失った。

ソラの手に捕まり立ち上がったルミアはソラを呆然と見つめる。それから思い出したようにヒューイの元へと駆け寄りヒューイが息をしていることを確認して安堵した。

 

「ソラくん、あなたは…」

 

ルミアにとって聞かなければいけないことがたくさんあった。だが、そんなことはどうでもよくなってしまった。

 

「お腹、すいた」

 

いつも通りのソラがそこにいたのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

束の間の休息

めちゃくちゃ短いエピローグです。


アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 

それは一人の生徒と非常勤講師の活躍により、阻止された。

今回の首謀者である天の智慧研究会がわかり、より強く非難するとともに対策を練らなければならないというのが学院長の声明だ。しかし、民たちの不安を扇ぐことになると判断されたのかこの事件は魔術実験の爆発ということで内密に処理された。

結界が張られていたこともあって住民は目撃していないのが幸いしたようだ。

 

グレンはというと、二人の魔術師と交戦したようだ。システィーナが危うく犯される場面だったらしいが一人目は愚者の世界でフルボッコにしたらしい。ただ二人目が厄介だったようで、なんとか倒したもののグレンは死にかけていた。この状態でゴーレムを突破し、ヒューイのサクリファイスを呪解するとなるともしかしたら死んでいたかもしれない。

 

その前にルミアの救出は間に合わずに学院が爆破…なんてことも考えられた。

 

その点でグレンには感謝された。無表情で礼を受けたソラだが、内心では自分がグレンについて行っていれば、グレンもしかしたら結構楽に終わったんじゃ…と考えたが切り捨てた。

 

この少年、反省していない。

 

さて、無事に事件は解決したかのように見えるが実際そう簡単にはいかない。

まず、生徒のメンタルケアだ。奇しくもグレンが言う通り、魔術は人を殺すためにも成り立っているということを実感してしまったグレンの生徒たちは心に大きな傷を負った。トラウマを植え付けられそうなルミアが傷ついていないというのがまたおかしな話だが、元王女とあって肝が据わっているのだろうとソラは思った。

 

逆にシスティーナの傷は大きかった。

 

突然軍用魔法で殺されかけたのはもちろんだが、突然犯されかけたというのが非常にこたえたようだ。また、魔術が人を殺すためにも成り立っていることを頭の隅では知っていたものの、目の前にしてショックだったようだ。

彼女が魔術を崇高に思っていることはソラとて知っている。人を殺すためだけにあるわけではないが、考えるいい機会かもしれない。

 

「ソラくんって意外と心配性だよね」

 

「???」

 

不意にルミアから言われた言葉にソラは首を傾げる。

 

「だって授業が終わったらほぼ毎日御見舞いきてくれるもん」

 

今現在ソラがいる場所はシスティーナの家だ。正確にいえばシスティーナの家のルミアの部屋だ。あの事件以来、ルミアが国の要人であるという噂が流れてしまったのだ。ルミアはその噂の熱りが冷めるまで休学ということになっているのだ。

以来、ソラはルミアの部屋を訪れるようになった。

 

最初こそ、精霊からルミアの気配を探りルミアの部屋の側にあるベランダから窓をノックするという暴挙に出たもののシスティーナの母親にバレてからは正面からきちんと出入りしている。

システィーナの母親はソラとルミアが話しているのを目撃した第一発見者だ。

戸惑う様子もなく『あらあら』と言って毎度ソラがソラが来ると歓迎してくれる。システィーナの父親が反対の意見を出したようだが母親のドスの効いた笑みにあえなく撃沈した。

 

この家の頂点は母親のようだ。

 

「ん!」

 

「ぷっ…」

 

なぜかドヤ顔で返すソラに思わず吹き出すルミア。こうしてみるとソラが大人顔負けの魔術師であることなどすっかり忘れてしまう。

あと1ヶ月もすればルミアもシスティーナと一緒に学院へと登校して来るだろう。それまでに別段ソラがやることはなにもない。いつものようにグレンの授業をサボり、食堂で馬鹿食いし、セリカに捕まり説教される。

 

そんな何気無い日々をこれからも過ごすことになるのだろう。

 

 

 

 

その平穏がまたすぐに崩されることは誰にもわからない。

 

 

 

 

ロクでなし講師赴任する fin



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術競技祭、始まる
種目決め


魔術競技祭…この言葉をに聞き覚えはあるだろうか。

そう。魔術競技祭とはここアルザーノ帝国魔術学院で年に三度行われる学院生徒同士による魔術の技の競い合いである。細かい種目にまで分かれて行われる。当然学年次ごとに分けることが規則となっているため他学年と切磋琢磨するということはない。それでも同学年の魔術師と競い合うことには大きな意味がある。

 

そしてそこから見えてくるのは指導者がどのような指導を行なっているかだ。

 

だからこそ、各学年の優勝クラスの担当講師には特別賞与と称して給料の上乗せがされるのだ。それを知っていてああ言ったのならばグレンではないだろうとソラは考える。

 

「飛行競技の種目に出たい人、いませんかー?」

 

教壇に立ち呼びかけるシスティーナを無表情に見つめる。システィーナの隣にはルミアの姿もあり、苛立つシスティーナを『まあまあ』と両手で制している。

 

「じゃあ変身の競技に出たい人〜?」

 

システィーナが苛立つのもそのはず。システィーナがこうも呼びかけても誰一人として反応を示さないからだ。ソラとて例にもれずその一人だ。

 

というのもソラが手を挙げないのは単に面倒くさいという問題児ならではの思考によるものだが…。

 

『お前達の勝手にしろ』

 

魔術競技祭に関して問いかけたシスティーナに対してグレンはそう言ったのだ。今回の魔術競技祭に対して自分は関与しない、出たい奴が出ればいいとそう宣言したのだ。まさかとソラは耳を疑ったがどうやらグレンは特別賞与のことを知らなかったようだ。

 

「ふん、いくら呼びかけたところで無駄だよ」

 

「ギイブル…」

 

ショック・ボルトの講義の際、昼食抜きを言い渡された眼鏡の生徒ことギイブルが席を立つ。相変わらずすましている生徒だが、このクラスの中ではシスティーナに次ぐ優等生だ。

 

因みにだが、ちゃんとあの日は昼食を抜いたらしい。

 

「他のクラスは皆成績上位者、しかも今年は女王陛下が賓客として御尊来なさるんだ。誰がわざわざ無様を晒すもんか」

 

ギイブルの言う通り、今年は王都にいる女王陛下自ら視察にくるという。それも上級生ならわかるが二年次生の競技祭をだ。他の生徒たちには知る由もないがセリカやソラはルミアが目当てだということに気づいたいる。

 

僅かにルミアの表情が曇ったのも見逃さなかった。

 

実際、ルミアは遺憾を残している。なにせ生みの親である母親に彼女は捨てられたのだ。女王陛下が愛していようがいまいが、関係はない。客観的な事実として生まれ持って異能を宿したルミアは捨てられたのだ。

 

まあ、女王陛下とてルミアを守るためにそう判断するしかなかったことはソラとて理解できる。

 

「それに足手まといに出場させるのはないだろ。勝ちにいくなら優秀な生徒だけで編成するべきだ」

 

「足手まといですって!?」

 

「そうでもしなきゃハーレイ先生率いる一組に勝てるわけない」

 

ギイブルがここまで勝利にこだわっているのにも理由がある。これももちろん女王陛下が理由だ。優勝クラスは女王陛下直々に勲章を賜る。それがどういうことかわからないわけではない。

 

その場にいるのは女王陛下だけではない。帝国宮廷魔導師団、魔導省に務める官僚。自身の有能さを売って出るには最高の場、機会が与えられているのだ。

システィーナとギイブルの口論は激しさを増していく。どちらの主張も間違ってはいないが、システィーナの意見は綺麗事と言えるだろう。

 

他のクラスがそうしているように勝ちにいくなら成績優秀者でまとめるのがセオリーだ。

 

二人が言い合っている隣のルミアと視線が合う。

両手を挙げてから仰々しく溜め息を吐く様子からルミアも興奮したシスティーナにお手上げなようだ。

 

そんなときだった。

 

ソラが目を見開く。

 

ちょうど視線が合っていたルミアはそれを目撃した。

普段ソラが魔術を使わない限り見えることのない精霊。それが一瞬だけ視覚化し騒めいたのだ。

ソラの瞳は完全に色が抜け、心ここにあらず。

 

だが、それも一瞬ですぐに元に戻る。

 

同時に強引に開く扉。

 

「話は聞いたーーー!!俺に任しとけ!!」

 

勢い良く入ってきたのは当然、グレンだった。

 

「どうやら種目決めに苦しんでいるようだな。先に言っておくが今回はちょっと事情がある。勝ちにいくぞ」

 

なみなみならぬやる気を見せるグレンにとうとう知ってしまったかとソラは悟る。入れ知恵をしたのはおそらくセリカか学院長のどちらかで間違いない。グレンがやる気になったのは素直に喜ぶべきなのだろうが理由が理由であるために微妙な気持ちだ。

 

ソラはとあるグレンの休日を思い出す。

 

『8番に残りのチップ全部賭ける!!』

 

『グレン、食費』

 

『んなもん、当たったら倍で帰ってくんだいけるって!!』

 

自身で稼いだ給料が入ったからかセリカに食費を払うように命じられたグレン。だがこの男が何事もなく払うなんてことはなく、給料全てをギャンブルにすった。

 

本当に馬鹿である。

 

「ギャンブル、怖い」

 

ギャンブルで全部すったので食費払えませんなんてことをセリカが許すはずもなく金を求めてさまよっているというのがグレンの現状。つまりこれがグレンが金を求める理由だ。

グレンはシスティーナから種目が記された紙を行儀悪くぶんどるとまじまじと詳細を確認する。時折顎に指を当てたり、唸りながら熟考するとチラリとソラを見る。

 

熟考した時間は約5分程度か。

 

「まずは一番の目玉である決闘戦だが、これには白猫、ギイブル、ソラ、お前らが出ろ」

 

グレンの選抜にクラスが騒めく。種目は毎年変わるが唯一変わらないのがこの決闘戦。各クラスはこぞって最強の三人を選抜してくるというのに何を言っているのか…生徒たちは困惑した。無理もない。生徒たちはいきなり転入してきたソラの実力を見たことがないのだ。グレンが知識豊富であることは重々承知だが、戦闘力に関しては芳しくない。ソラもグレンと同じタイプだと勘違いしていたのだろう。

 

ソラの実力の一端を知っているのはルミアくらいなのだから。

尚もグレンと紙と睨めっこしながら続ける。

 

「次、暗号早解き。これはウィンディしかないな。飛行競争…これはロッドとカイ。精神防御…これは誰が適任か」

 

グレンは生徒たちは視線で見て回る。どの生徒も自分には無理だと下を向く。ゆっくりとソラが手を挙げる。

 

「ルミア」

 

「絶対そういうと思ったわ。して理由は?」

 

「肝、すわってる」

 

「ルミアねぇ…。まあ、いいか。ってことで精神防御はルミアで決まりな」

 

『そんなことでいいのか!?』奇しくも生徒一同の意見が重なる。あの事件の件についてはグレンも聞かされている。ルミアの個人情報も含めてだ。

 

各種目に重複する生徒の名前がないことに生徒たちは気づく。この男は自分たち全員を優れている種目に当てはめてくれているのだと。

 

当然、生徒たちは再度困惑する。

 

全力で勝ちにいくのではなかったのかと。生徒たちも出たいには出たいがわざわざ女王陛下の前で無様を晒したいわけではない。

 

「納得いきませんわっ!! なぜ私が決闘戦の選抜から漏れているんですの!?」

 

成績三位のウィンディが机を叩いて起立する。ウィンディもギイブルと同じくプライドが高い。だからこそ、自分が決闘戦が外れているなどということは容認できなかった。

グレンとてそれは重々承知だ。だが、『ソラが強すぎる』なんて生徒たちからすれば不確定という理由を言えなかった。

 

模擬戦でもすれば早いのだろうが、そう簡単に場所は取れない。それに…とグレンはソラを見る。

 

『あっのクソガキ、寝てやがる』

 

やはりあの少年、まったくぶれない。

 

「まあ、確かにソラが暗号早解きをやってもいいんだが…。お前、リード・ランゲージの腕前はこのクラスの中でトップだろ。余程の相手じゃなきゃ勝ち確なんだわ」

 

実際、グレンのこの理由は間違っていない。暗号の解読に必要な言語。クラスの中でその知識が豊富なのはウィンディしかいない。暗号早解きにはリード・ランゲージの腕前が必須なのだ。ソラにやらせてもいいのだが、流石に一言で全て解読されてしまってはぶっ壊れもいいとこだ。

 

ルミアは以前ソラが何度も、しかも一瞬でイレイズを構築したところを見たこともあり苦笑いを浮かべている。

 

「だからといって決闘戦は!」

 

「と言われてもな〜。お前自信満々の癖に土壇場に弱いだろ」

 

「なっ!?」

 

「それに詠唱だって途中で噛むしなぁ〜」

 

「ぅ」

 

言葉に詰まるウィンディ。

もう一押しだと手応えを得たところでさらに追撃するべく口を開く。

 

「それに…」

 

「わかりました、わかりましたわよ!!」

 

怪しく笑みを浮かべるグレンに若干引いていたのはシスティーナだけではないだろう。

その後他のクラスは主力メンバーのみで固めていることに気づき『ソラだけにすりゃよかった!?』と言ったものの、システィーナの無垢な笑顔に訂正できなくなったのはすぐ後の話。

 

◆ ◆ ◆

 

「はぁ…」

 

「グレン、バカ」

 

「そりゃ傑作だ。だが、ソラだけで無双するなんてことは絶対にさせないがな」

 

所変わって夕食の席。今日の出来事を話したところセリカは爆笑され、ソラには馬鹿にされたグレン。肩を下げて落ち込んでいるように見えるのは間違いではない。テーブルを見れば今日も今日とて豪華な料理が所狭しと並んでいる。

グレンの馬鹿話を肴にしながらセリカは肉を咀嚼する。ソラは相変わらずあまり関心がないようで時折口を挟む程度。

 

相変わらずの成長期なようだ。

 

「確かにソラの配置は迷うところだな」

 

「?」

 

「だってお前、手加減とかできないじゃん」

 

グレンの言うことは間違っていない。手加減というのは語弊があるが、精霊を出さずに(・・・・・・・)魔法を使うことができないのは確か。ソラにとって精霊とは自分とは違う存在でありながら、自分の内側の存在と言える。

 

要は、力の境目が曖昧なのだ。

 

自分の力であって、自分の力でない。

 

「確かに暗号早解きでは一瞬すぎる。やっぱ精神防御が一番無難だったんじゃないか?なぜ一番目立つ決闘戦に?」

 

「…お金に目が眩んでました」

 

「だから貴様の飯はないんだ」

 

今更であるが、グレンの目の前に夕食はなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ソラの模擬戦

久しぶりの投稿ですね。お待たせして申し訳ないです。

うまく描けない…だと…。

期間は空いてしまいますが、続けていきますよ〜


それは魔術競技祭まで残すところ一週間と迫った昼に起こった。

 

「邪魔なんだよお前ら!!」

 

大きな怒声が中庭に響き渡る。声を荒げたのは随分と大柄な生徒。顔を見るあたり二組の生徒ではない。ソラはその場所からわずかに離れた場所で日向ぼっこに勤しんでいた。

 

とくに理由はない。

 

ただ単に目の前に芝生があり、お日様がポカポカしていて気持ちよかったこともあって気がついたら寝転がっていた。欲望に忠実なことこのうえない。時と場所を選んで欲しいものである。

時折ルミアが起こしにきてはいたものの、苦笑いを浮かべてクラスの集団へ行ったり来たりして忙しい。

 

協調性皆無とはこんな生徒のことを言うのだろう。

 

遠くでヒートアップしていく口論にも特に興味を示すことなく寝転がるソラ。だが突然、自分の身体が物凄い力で持ち上がる。若干首が苦しいと感じるあたりどうやら自分は襟を掴まれているとソラは推測する。

 

「おーい、何かあったか?」

 

この声は間違いようがない。グレン=レーダスその人だ。

怒声を聞いて駆けつけてきたのだろう。講師としての心構えが身につきはじめているようでなによりだ。

 

「あ、グレン先生…大丈夫なんですか、ソラくん?」

 

グレンが近づいてきたことに気づいた女子生徒。だが、視線の先は捕らえた獲物のように引きずられているソラ。死人のように見えてしまうのはソラが引きずられているのにも関わらずぐったりとしているからに違いない。

 

「別になんてことない。いつものことだからな」

 

「ん」

 

やがて止まったことを確認したのか、ソラはむくりと起き上がるとフラフラしながらも立つ。そんなソラの頭を手にしていた棒で軽く叩く。

 

「それで、何があったんだ?」

 

おぞましいような光景を呆気に見ていた一組の生徒も含めてその場にいるものは自分たちが何をしていたのか思い出す。

 

「そうです! 聞いてください先生!こいつら…」

 

「うるさいぞ! この場所は俺たちが使うんだ、どっかいけよ!」

 

面倒ごとに巻き込まれることを予想していたグレンはこの程度のことでよかったと安堵すると今にも取っ組み合いをしそうな一組、二組の二人の生徒先ほどソラを引きずったように襟を掴んで引き剥がす。

無理矢理引き剥がしたこともあって生徒は噎せてしまったようだが、ちょうどいい罰だと考える。

 

「一組ってことは…あ〜ハッちゃん先生のクラスか?」

 

「ハッちゃん!?」

 

グレンの言葉に生徒たちが揃って驚く。プライドが高く名声もあるハーレイをそこまで親しげに呼ぶ…いや、呼べる人間を彼等は知らなかったからだ。

それこそ、学院長であってもこんな呼び方はしないだろう。

 

「ハーレイだっ!!!」

 

故に、本人も許容できるものではなかった。

 

「あ、ハーピー先生、ちーっす」

 

まるで音符マークでも着きそうな声音のグレンにさらに青筋を立てるハーレイ。ちなみに本名はハーレイ=アストレイである。間違ってもハーピーでもハーレムでもない。

 

「貴様、未だに私の名前を覚えていないのか」

 

「で、先輩のクラスも今から練習っすか?」

 

「話を逸らすなっ!!」

 

ぜえぜえと肩で息をしながら舌打ちをすると冷静さを取り戻したのか眼鏡を持ち上げる仕草をする。相変わらず腹立たしいことこの上ないが拉致があかないと感じたハーレイは再度話を続ける。

 

「当然だとも。女王陛下の前で無様を晒すことは許されんからな」

 

この男もどうやら女王陛下から勲章を賜ることが目的のようだ。むしろ、グレン以外に金目当ての教師などいないがそこはまあいいだろう。

 

「それでやる気の欠片もない。貴様のクラスがここに何の用だ?」

 

「いやいや、普通に魔術競技祭の練習ですよハーレム先生」

 

「ハーレイだッ!!成績下位者を出場させている貴様のクラスなどやる気の欠片も感じないわ!そんな弱小クラスが私のクラスの邪魔をしようなど迷惑千万だ!」

 

ハーレイの酷い言いように生徒たちは表情を暗くする。生徒たち自身も今回のグレンの采配があまりに型破りなことか理解している。唯一、無関心なソラは目をこすりながら欠伸をしているが、それが余計にハーレイを苛立たせているようだ。

 

萎縮した様子の生徒たちをみてグレンはなにを思ったのか突然高笑いをし、言った。

 

『うちのクラス、これで最強の布陣ですがなにか?』…と。

 

グレンの絶対的な自身に思わず息を呑むハーレイとその生徒たち。

 

信頼されていることに瞳を輝かせるグレンの生徒。

 

「お、起きてソラくん」

 

立ったまま寝るソラと揺さぶるルミア。

 

それから話がみるみるエスカレートしていき、勝った方に3ヶ月分の給料を支払うという賭けが成立したのだが、それはここにいる生徒と教師以外知り得なかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

魔術競技祭の練習が本格的に始まっていく中でも場所の取り合いは緊張感を高めていった。実力行使をしてくるのはごく僅かではあるもののいるようで遭遇するたびに不可解な現象によって撃退されていった。

 

やれ魔術が途中で消える。

やれ突然魔術使用者が立っていられなくなるなどといったものだ。

 

すべてソラが日向ぼっこしながらやったことだが、それを知っているのはグレンとルミアのみだ。

 

毎度毎度日向ぼっこに勤しんでいたソラであるものの、いざ練習が始まるとそういわけには行かないようでルミアとシスティーナに引っ張られ練習をしている。

ことの始まりはギイブルを含めたクラスメイトたちの『え、こいつ本当に強いの?』から始まった。

 

確かに実力を知っているのはグレンとルミアのみだが、ルミアも一旦しかみたことはない。つまり、知っているのはグレンのみ。

 

誰しもが疑問に思っただろう。

 

結果的に決闘戦に出ることが叶わなかったウィンディとソラが模擬戦をすることになった。

 

ルールは決闘戦と同じ。

 

緊張して2人を見つめるクラスメイトを他所にソラはいつものごとく眠たそうに目をこする。それが気にいらないウィンディは額に青筋をピキリと立てている。

 

この少年、明らかになめくさっている…と言いたいところではあるが、他意はないのでなんとも言えない。

 

むしろタチが悪いか。

 

「大いなる風よッ!!」

 

グレンの合図とともにウィンディが先制攻撃をすべく呪文を紡ぐ。選んだ魔術はゲイル・ブロウ。速度を重視した一説のみの詠唱。

 

ソラに向けて放たれる強烈な突風。

 

だが、その突風は突如としてソラの目の前に現れた光る膜によって防がれてしまう。

 

「なっ!?」

 

別段詠唱をしたわけではないソラに驚愕するウィンディ。唖然とするクラスメイトたち。グレンの視線ははるか虚空を見つめていた。

 

「ビュン」

 

小さく呟かれた言葉に果たしてどれほどの意味があったか。ソラが小さく呟いたのとほぼ同時にウィンディのものとは比べものにならない突風が空を切る。

 

予測もしていなかった状況に動揺するウィンディを容赦なく突風が襲う。最後の最後で対抗呪文を唱えようとしたようだが時すでに遅し。ウィンディの両足は地面から離れ、そのまま後ろへと飛ばされていった。

 

『要はだな、魔術ってのは超高度な自己暗示なんだよ。自分の深層意識を改変するためのな』

 

ウィンディを含めたクラスの生徒たちが思い出すのはグレンのいつかの授業。

あり得ないと声を荒げながらもどこかで納得してしまった…興奮を覚えてしまったあの授業だ。

 

「これが、深層意識の改変というやつですのね…」

 

「納得したか?」

 

立ち上がるウィンディにドヤ顔で手を伸ばすグレン。その役目はソラなんじゃないかと疑う者は今この場にはいない。本来ならば誰かが…主にシスティーナあたりがツッコミを入れるのだろうが、眼前で起きた光景に誰しもが言葉を失っていた。

 

「ま、まあ私の代わりに決闘戦に出るのですから、これくらいやってもらわないと困りますわ!」

 

負け惜しみを口にするウィンディのその表情はどこか誇らしげだ。これで自分の競技に専念できるというものだろう。同時に、ソラの評価ももちろん上がった。

セリカから魔術を教わったという話が嘘ではないかとが証明されたというところか。

 

グレンは何事もなかったことに安堵の息を漏らす。

 

本来ならば言葉すら発せずに魔術を行使することが可能なソラ。だが、グレンやセリカが事前に声をだせときつく言ったことが功を成したようだ。

 

そしてこのVサインとドヤ顔である。

 

「というわけでおさぼり寝坊助マンの実力については理解できたと思う。まああれだ、セリカの弟子というのは伊達ではないというわけだ」

 

グレンの言葉に生徒たちは頷いた。

 

「…V」

 

「いつまでやってるのソラくん…」

 

ガキである。

 

魔術大会を勝ち抜くのはどのクラスなのか、それは誰にもわからない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追憶

ルミアは夢を見ていた。

夢を見ているとわかっていてもどうしても感情が移入してしまう。そしてこの夢を見るたびに思っていた『世界は理不尽だ』と。

 

「ひっく…どうして、どうしてなの…お母さん」

 

日が落ちた森の中を懸命に走る。幼かったルミアは森に出かけていたわけではない。もちろん、迷子になったわけでもない。

 

息も絶え絶えに全力で暗い森を駆け抜ける。

 

魔物でも襲ってきそうな森に聞こえるのは自分の息を吐く声と、バクバクと乱れて鳴り響く心臓の鼓動、風に揺られて不気味に聞こえる木々のざわめき。

 

誰かに縋りたかった。すぐにでも正義の味方が駆けつけて自分を助けてくれる。そんな子どもじみた妄想をしながらルミアは懸命に今を生き抜いていた。

 

暗くて足元が見えない中、走り続けられたのは幸運と言えよう。そんな幸運も長く続くはずがない。

 

地面にあった何かに躓いて地面に転ぶ。ゆっくりと立ち上がり、何に引っかかったのかを確認するべく頭を向ける。

 

随分と大きな何かに足をひっかけた。だが、太い木の根などではなかったはずだ。

怯えきったルミアが見たもの…。

 

「ひっ!?」

 

それは死体だった。

 

その死体の頭に自分の足は躓いたのだ。

 

そのことに気づいた時にはすでにルミアの腰は完全に抜けていた。

 

見渡せばいくつもの死体が自分の周りには転がっていた。

五体満足な死体もあればどこか欠損した死体もある。赤ではなく、黒く染まった血濡れの死体。

 

その死体には見覚えがある。

 

突然自身を攫った魔法使いの連中に違いなかった。

こんな酷いことを一体誰がしたのか。

 

そんなことは決まりきっている。

自分の命を狙うものしか錯乱したルミアには思いつかなかった。

 

この瞬間、ルミアの中での脅威順位は誘拐したこの魔法使いたちからこの魔法使いたちを殺した謎の人物へとすり替わった。

 

故に、死体の中心で立っている人物に心の底から恐怖した。

 

ルミアではない。この暗さでもわかるほど、綺麗な青い髪を結んだ160cmほどの少年。

 

少年がこちらを向いたのと同時にルミアはパニックに陥る。

この死体の山を作り上げた犯人が目の前にいるのだ。幼いルミアがパニックにならないはずがない。

 

直感的に理解してしまったのだ。

 

この魔法使いたちを殺したのは他ならぬこの少年だと。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

ルミアの叫びが暗い森の中に響き渡る。

 

ルミアは我慢の限界だった。今まで叫び出さなかったことにむしろ賞賛できよう。

発狂してしまうくらいにルミアの心は張り裂ける寸前だった。それこそ自分の運命を呪ってしまうほどに。

 

自分だけが理不尽にあっている。自分を捨てた母、世界から自分を殺した(・・・)政府関係者。そして要らない子として生まれてしまった自分自身。

 

少年が目を見開く。だが、表情は無表情のままだ。その視線の先はルミアではない。ルミアの周りのなにか(・・・)を驚いた顔で見つめていた。

 

そして小さな杖を取り出し、構えた。

 

「ぁ、ぁ、あああああッ!?」

 

杖の先に光が集まって行く。

どのような魔術かはわからない。

だが、あの光はいとも容易く自分を貫き殺すのだろう。そう思ったとき、ルミアの心は恐怖の頂に上り詰めた。

 

今まさに魔術が放たれようする。

 

だが突然ルミアの視界に別の男が割り込み、ルミアの口を塞ぐ。同時に床に組み敷く。

 

「くそッ、杖を向けるバカがあるか!? 安心しろ!!落ち着け!!俺はお前の味方だ!!助けに来た!!」

 

『助けに来た』その言葉をどれほど待ち望んでいたか。だが、ルミアの心にその言葉は届かない。

 

遅すぎたのだ。

 

発狂しながら暴れるルミアを男はどうにかして宥めようとするものの、あまりの激しさに手足を抑えるくらいしかできない。

 

「ッ!! 全部お前のせいだからなッ!」

 

男は少年を睨みつける。

少年はゆっくりとこちらに近づいてくると無表情な瞳でルミアを見た。

 

その瞳に言葉を失う。

 

何も感じさせない瞳だった。

悲しみも怒りも喜びも憐れみも。

 

発狂した自分の心が突然凍らされたような感覚だった。

 

死の予感が胸をよぎる。

今度こそ殺される。

しかし言葉は出てこない。

 

少年は無表情な瞳でゆっくりと腕をこちらに伸ばし、掌を開き、口を開く。

 

『チョコレート、食べる?』

 

 

あぁ、そうか…この頃から…。

 

珍しく少しいい気分でルミアは夢から覚めれる気がした。

 

◆ ◆ ◆

 

映像がぼやけていく。

 

ぼんやりとした頭で重たい瞼をこする。

ゼンマイ式の時計に目をやると時刻は朝の6時50分過ぎ。

隣で寝ていたシスティーナの姿はすでになく、共同で使っている部屋にはルミアだけだった。

 

今日は魔術競技祭ということもあって張り切っているシスティーナはいろいろと準備をしているのだろう。

一応だが、決してルミアにやる気がないわけではない。システィーナが張り切りすぎているだけだ。

 

余談ではあるが、システィーナは遠足の前日よく眠れないタイプだということも言っておく。

 

それにしても随分と古い夢を見たものだとルミアは思う。

あの夢は3年前、フィーベル家で暮らすことになったルミアがシスティーナと間違われて誘拐されたときのことだ。

ルミアがエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノとしての生を捨てて間もない頃。

本来ならば今現在も王女として帝国王室にいたはずのルミア。だが、感応増幅者と呼ばれる先天的異能者であることが発覚してからルミアの人生は一変した。

 

ついには病で崩御なされたとしてその存在を世界から抹消された。

 

「あの頃から、食いしん坊だったんだな〜」

 

最後の言葉を思い出してくすりと笑う。

この夢を見て笑えるのもあの少年…ソラという人物のことを知っているからだろう。

あれ以来ソラやグレンと会うことは一度としてなかった。だが、こうして学院で巡り会えたことはルミアにとって幸運だった。

 

2人は命の恩人だ。

 

あのときのお礼をまだルミアはしていないのだから。

 

ソラには前回の魔術学院での騒動のときにも救ってもらった。そのことについてもちゃんとお礼をしてあげなければならない。

 

というかしないと個人的に納得できないのだ。

 

「ルミアー、いつまで寝てるの〜!」

 

いつまでも回想に浸っていたルミアをシスティーナの声が呼び戻す。どうやら、システィーナは準備を終えて下で朝食の準備をしていたようだった。

 

「私は、迷わない。うん、頑張ろう」

 

何かを決意したように、ルミアは自分の衣類が納められたクローゼットに向かって歩き始めた。

 

◆ ◆ ◆

 

今にも女王陛下がこのアルザーノ魔術学院に到着しようかという頃。魔術学院正門前は女王陛下を出迎える学院関係者や生徒たちで埋め尽くされていた。

すでに先発で魔術学院に到着していた王室親衛隊は生徒たちが不敬を起こさないように周囲に目を光らせている。

 

学院関係者並びに生徒たちがいるということは当然この男もこの場にいる。

 

「いや、本当に陛下来んの? え、マジで?」

 

グレン=レーダス…その人である。

 

「マジ」

 

グレンのとなりには片手にパンを握りしめたソラの姿。本来ならば王室親衛隊にしばかれるところなのだが、前後左右生徒に囲まれているためばれていないようだ。

 

グレンが横からパンを奪おうとすると容赦なく手を叩く。

 

相変わらずの食欲なようでなによりである。

 

先ほどグレンが言ったように疑うのも無理もない。

前回の襲撃の件で転送魔法陣は壊されてしまっていたことが発覚したのだ。そのため帝都からここまでの移動は馬車ということになる。それだけでも十分躊躇う理由になる。それに加えて先日襲撃を受けたばかりの場所へ赴くとなれば誰だって疑いもしよう。

 

こうして生徒たちが疑わずに熱狂的に待っているのはそれだけ陛下が愛されているということだ。

 

『女王陛下の御成りぃーーッ!!』

 

生徒たちのそのまた奥からダンディな男の声が聞こえたかと思うと騒めきは一層強くなる。やがて騒めきは歓声へと変わり、正門前はお祭り騒ぎと化した。

だが、このお祭り騒ぎの中で悲しげな表情をした少女が1人。

 

「ルミア?」

 

「ううん、なんでもないよシスティ」

 

「ルミア…」

 

首にかけられたロケットを握りしめ、儚く笑うルミアをソラは無表情で見つめていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。