君の名は。〜bound for happiness(改)〜 (かいちゃんvb)
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第1章 出会い
第1話 再会


どうも、かいちゃんです。
1月〜2月のオリジナル版読んでてくれた人、誠に申し訳ございませんでした。最初のうちは読みやすく表現変えただけのものが多いです。じんわりやんわり途中から軌道変更していく感じ行きます。
ゆっくりのっぺりやって行きます。どうぞよろしくお願いします。
原作ラスト数分の所からスタートです。


こんな偶然、あるだろうか?

 

5年前のある出来事のあとから、ずっと何かを探していた。記憶には霞がかかっていて、思うように思い出せない。なぜあの時あんな事をしたのか。何を自分は探しているのか。その、すっかり思い出せなくなってしまった何かが、自分のすぐ目の前にあった。

春、四月。社会人になったばかりの俺ー立花瀧はその日通勤電車に揺られていた。

 

並走する電車のドア窓の向こうの一人の女性。俺の目はそこに釘付けになった。理性とか心じゃなく、本能が何か=彼女であると叫んでいる。彼女も目を見開いてこちらを見ていた。彼女も俺と同じなのだろうか、とても驚いたような表情をしている。初めて見たはずなのに、なぜか懐かしさを感じるその面影から目が離せなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

こんな偶然、あるのだろうか。

 

八年前に東京に出てきてから、いや、正確には八年前の"あの出来事"の後からずっと何かを探していた。記憶には靄みたいなものがかかっているのか、ぼんやりとしか思い出せない。なぜあの時あんなに必死になれたのか。あの時"それ"が起こることをなぜ知っていたのか、今となっては全く思い出せない。だが、それを思い出す鍵になり得る1ピースが、確かに目の前にあった。

 

春、四月。社会人4年目になったからって、生活のリズムに変化などない。妹が今年受験を迎えるが、それだけだ。いつも通りに通勤電車に揺られていた。

 

並走する快速電車の窓の一人の青年。私の目はそこに釘付けになった。理性とか心がとかじゃなく、本能が何か=彼であると叫んでいる。彼も目を見開いてこちらを見ている。彼も私と同じなのだろうか、驚いたような表情でこちらを見ている。初めて見るはずなのに、無性に懐かしさを感じるその面影から目が離せなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

並走する二本の列車のうち、彼女の乗る普通電車が千駄ヶ谷駅ホームに減速しながら滑り込む。彼女は今から開くドアににじり寄り、ドアが開いた瞬間、走り出した。俺の乗る快速も、次の新宿に滑り込む。俺もドアが開いた瞬間、彼女を求めて走り出した。

 

久々の運動に息を切らしながら、俺は須賀神社の石段の下にたどり着いた。見上げると、最上段に同じく息を切らした彼女がいる。彼女は階段を降り、俺は昇る。やはり何か気恥ずかしくなって、何事もなかったかのようにすれ違う。だが、本能が俺の後ろ髪を引く。それにつられるように振り向くと、同じく振り向いた彼女が涙を流しながら俺を見上げている。気づくと俺も涙を流していた。そして二人同時に、

 

「君の……名前は。」

 

そう呼びかけていた。まず俺が先に名乗った。

 

「立花……瀧。」

 

彼女は、何か無くし物を見つけ出したような、弾けるような笑顔で頷く。そして彼女も名乗る。

 

「三葉……宮水三葉。」

 

彼女の行動の理由がわかる。確かに無くし物を見つけ出したような気分になった。何故かは分からないが、妙にその名前がしっくりくる。まるでずっと前から知っていようだ。だか、それがいつ、どこでかは全く分からない。ただ漠然と、その名前を知っていたような気がした。

 

「私たち、どこかで会ったことありますか?あなたのことを…ずっと前から知っていた気がするんです。変かもしれないけど……」

 

「そうなんです。俺もそんな気がするんです!でも思い出せない!何か大切な、忘れちゃダメなものを忘れている。」

 

必死で思い出そうとする。だが、何も出てこない。それは彼女も同じらしく、右手を顎に当て、思索の海に飛び込んでいるようだ。すると、彼女が何かに気がついたように、左の掌に右の拳で作った槌を叩いた。

 

「何か、思い出しましたか?」

 

俺は急かすようにそう聞いた。

 

「会社」

 

「えっ」

 

「今日、平日だ。」

 

「…………あっ!」

 

慌てて腕時計をみる。時間に余裕を持たせて家を出たので今からでもギリギリ間に合いそうだが、それでもヤバいことには変わりない。俺は急いで名刺とペンを取り出し、名刺の裏に自分の携帯番号を書き殴って彼女に渡した。

 

「またお話ししましょう。とりあえず今はこの辺りで。」

 

「わかりました。必ず連絡します。あと、これを。」

 

彼女も裏に携帯の番号を書いた名刺を俺に渡す。それを仕舞いながら二人は元来た道を猛ダッシュで逆走した。入社したてホヤホヤの新人が四月から早々遅刻なんて、こんなにやばいことはは他にないはずなのに、何故か気分は高揚している。懐かしい何か、ずっと探していた何かにようやく出会えた。そのことが俺の高揚感に拍車をかける。どうやら今日はこの高揚感からくるニヤつきを抑えることに労力を割かねばならなくなりそうだ。




1月の時は瀧視点しか書いてませんでしたが、三葉視点追加しときました。楽しんで頂けると幸いです。
<次回予告>出社時間ギリギリに滑り込んだ三葉だったが、同僚の堀川に遅れてきた理由を詮索されてしまう。三葉は堀川の追及を逃れることは出来るのか?
次回 第2話「三葉と西のカウンセラー」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第2話 三葉と西のカウンセラー

どうも、かいちゃんです!
昨日はせっかくのお盆休みをぶっ潰して模試を受けてきました。イマイチでした。泣きそうです。
では、本編スタートです!


その日、都内のとある大手アパレルチェーンの本社ビルに猛ダッシュで駆け込む一人の女性がいた。彼女は6階の自分の部署の自分の机に着くと、壁掛け時計を見上げ、今の時刻が8時58分であることを確認した。セーフだ。ほっと一息つく彼女に隣の机の主から声がかかる。

 

「宮水が遅刻ギリギリなんて珍しいこともあんねんな。いつも30分ごろには来るのに。セーフやったとはいえちょっとお粗末やな。」

 

遠慮なく彼女こと三葉をぶった切ったのは三葉と同期入社の男性社員、堀川浩平である。関西出身の彼は東京には大学時代から出て来ているのに関西弁がまだ直らない。いや、直そうとしてしない。8年前に東京に移った時から標準語の訓練をして今では滅多にボロを出さなくなった三葉とは大違いだ。そんな関西人であることを隠そうとしない浩平がまじまじと三葉を見つめている。

 

「…………なんか嬉しいことでもあった?」

 

「えっ」

 

「顔、めっちゃにやけてんで」

 

「………嘘!?」

 

三葉は自分の頬に手を当てる。確かに口角がつり上がっている。どうやら今朝瀧と出会えたことが余程嬉しいらしい。何してんだ、私。

 

「ひょっとして……男?」

 

「そ、そんなことあらへんよ!」

 

「あ、訛った。」

 

「そんなこと無いわよ!!」

 

「誰も言い直せとは言うてへん。」

 

「とにかく違うからね!」

 

「はいはい、分かった分かった。」

 

そう言って堀川は仕事に戻った……ふりをして考え込んだ。

 

(宮水ってあんなに満開の笑顔するような奴やったっけ?どっちかと言うとふとした時に影を見せる、仕事ができて人当たりのええ、美しさと気配りの上手さを兼ね備えた大人の大和撫子やと思うてたのに。今まではちょっと高嶺の花というか、近寄りがたい雰囲気を纏ってて、ようモテた割に男の影なんか全くちらつかせる気配すら見せへんかったんやけどなあ。まぁ、今までのなんかうわの空なあいつよりは今の方が見てて安心できんねんけどな。)

 

三葉は社内の独身男性社員から絶大な人気を誇っている。今までに告白した男性社員の数は両手足の指の数では足りない。だが三葉はその誘いに全く首を縦に振らなかった。上司も、今年で26歳を迎える彼女の行く末に気をかけていた。なんとかいい男性を見つけて結婚してほしい。もちろんその思いは堀川も同じである。しかし、そもそも男と仲良くなるどころか、堀川が先程指摘した近寄りがたい雰囲気のため、こうして普通に会話できる男性社員は堀川1人であった。そんな堀川と噂が立たない理由を語るには、堀川と三葉のこれまでを振り返る必要がある。

 

ーーー堀川と三葉は新人研修の班が一緒であった。仕事のできる三葉と堀川はなるべく一緒にしておきたいという上司の判断から、研修後も同じ部署に放り込まれて3年間隣同士の机で仕事をしてきた。その中で2人が仲良くなるのは当然の流れと言えたが、堀川が三葉を女としてではなく、1人の友人として接していることは誰の目にも明らかだった。というより、三葉に思いを寄せる男性社員から余計な恨みを買いたくなかった堀川が、そのように意識して三葉と接した。そんな堀川に三葉も徐々に信頼を置き、今では彼と対等な友人として、良好な関係を築いていた。顔面偏差値は中の上ながらも、仕事もでき、部下思いでもある堀川は上司同期部下問わず、彼を知る全ての社員に信頼されていた。女性人気もそこそこ高いにも関わらず三葉を含め女性社員の誰とも色恋沙汰に発展しないのは、彼には大学時代から付き合っている一歳下の彼女がおり、たまにいちゃいちゃしたメールのやり取りをしている所を多くの社員に目撃されているからである……。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の三葉は微妙に変だった。仕事は相変わらず早いのだが、たまに手を止めると、ニヤニヤしながら何かを考えている。そんな三葉に痺れを切らした堀川は思い切って昼休みに誰もいない屋上に呼び出してもう一度カマをかけてみることにした。春の柔らかな風が屋上を吹きすぎていく。そんな清々しい陽気の中、堀川は何でもない世間話の流れで唐突に核心を突く問いを投げかけた。

 

「で、仕事の手を休める度にニヤニヤしながら何を考えてたんや?朝に告白でもされたんか?それとも逆?」

 

「ふぇっ!?た、立花さんとはそんな関係やない!」

 

「………相手の男の名前は立花と。」

 

「ち、違うわよ!」

 

三葉は慌てて否定するが、堀川からすれば正解と言われているようなものだ。そして三葉が本音を言う時の癖を指摘してやる。

 

「ダウト。さっき方言出てた。」

 

「む………」

 

三葉は早々に白旗を上げることにした。堀川の詮索を逃れることは不可能だ。堀川に何かを追及されるのは初めてであったが、隠そうとすればするほど見破られる。(実際はボロが出ている。) それに、堀川は信用できる男だ。ひょっとしたら何かを思い出すヒントをくれるかもしれない。三葉は腹を括った。

 

「分かった。降参するからちょっと話聞いてくれない?」

 

「その話って今朝がらみ?」

 

「そう」

 

「よっしゃ、まず今朝のことの確認な。いくつか質問するけどええか?」

 

「よし来い!」

 

「今朝、立花という男と会うた。」

 

「うん」

 

「初めてか?」

 

「初めてのはずなんだけど、会ったことがあるような気もする。」

 

「つまり?」

 

「会った記憶はないけど、彼を見ると凄く懐かしい感じがする。まるでずっと前から知っていたのに忘れてたみたいな………。変かな?」

 

「かなり変。んで、会った経緯は?」

 

三葉は今朝の出来事を話す。

 

「側から見たら相当ヤバイな。でも相手も一緒で自分を探してその階段に行き着いてたと。」

 

「うん。」

 

「ちょっと話変わるけどええか?」

 

「なに?」

 

「お前って今までずっと何か探してたん?」

 

「えっ………」

 

「違うか?」

 

「多分そう………だと思う。」

 

「なら安心や。多分その探しもんはその立花っていう男や。」

 

「ほんとに!?」

 

「知らんけど」

 

がくっと膝から力が抜ける。

 

「嘘。ジョーク。」

 

「何なんよ、もー!」

 

「訛った」

 

「何なのよ、もー!」

 

「訂正せんでええからな。……でも良かった。」

 

「えっ、何が?」

 

「お前、めっちゃ今楽しそう。」

 

「えっ………」

 

「入社してからずっとお前と一緒やったけど、今までのお前はずっとどっかうわの空やった。何かを探しとった。心の底から人生楽しんでなかった。楽しんですらなかったかもしれん。

そんなお前のことずっと心配してたんや……。ほんまにお前は幸せになれんのか?人生このまんま過ごしてええんか?……っていつか聞いたろうと思ってた。でも今のお前見てたら、大丈夫やって思える。今のお前は、人生楽しんでる。」

 

「気付いてたんだ……」

 

「何年お前の友達やってると思ってんねん。」

 

「3年……」

 

「ごめん、そこ答えるとことちがう。」

 

「…………はい?」

 

「俺ら長い付き合いやろっていう常套句。……とにかく、その立花との出会いを大切にし。話聞いてる限りではお前も立花も答え見つけてへんねやろ。この運命って言いたなるような偶然、二度と起こらへんで。」

 

「分かった。今晩早速会って話してみる。」

 

「そうしい。……宮水にもやっと春が来たか。」

 

「春って何なんよ。」

 

「訛った。」

 

「春って何なのよ。」

 

「直さんでええから!」

 

三葉は、堀川に感謝した。堀川に打ち明けたのは正解だった。こんなにズバリと自分の心の迷いを指摘して吹き飛ばしてくれるのは、高校からの親友2人、祖母、妹、そして堀川くらいしかいないだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、三葉にとって激動の1日も夕方になり、三葉は早速堀川の提案通りに瀧にメールを打つために、携帯を取り出した。

 




明日8/15は終戦記念日なわけですが、原田眞人監督の終戦を描いた映画「日本のいちばん長い日」が面白いですね。昭和版も見たいな〜。ちなみに原田眞人監督の作品では「突入せよ!あさま山荘事件」も好きです。
<次回予告>遅刻ギリギリで出社した立花瀧は教育係である狩野に目ざとく変化を発見され、尋問を受ける羽目に陥る。瀧はこのピンチを乗り切ることができるのか?
次回 第3話「狙われた瀧」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第3話 狙われた瀧

どうも、かいちゃんです。
友人の学校の数学教師が「京大の数学は計算問題」と言っていたそうですが、絶対それはないと思います。ま、京大受けれる程賢くないですけど。
では、本編スタートです。


東京の、大きなビルの1フロアを占有する、そんなに大きくはない建築デザインを扱う会社に、一人のまだあどけなさの残る青年が駆け込んで行く。まだ新年度が始まって一週間も経っていない。ーー入社早々遅刻はやべぇぞ。ーーそう呟きながら青年=立花瀧は自分の机の上の電波時計を見る。8時56分。セーフだ。そうホッと一息ついていると、パンツスーツを着こなした女性の影が瀧に忍び寄り、影は容赦なく紙の束で瀧の頭をはたいた。

 

「いてぇっ」

 

「こら、危うく遅刻魔になりかけたねぼすけ新人君!先輩への挨拶はどうした!」

 

「す、すみません!おはようございます!狩野先輩!」

 

瀧は慌てて立ち上がって挨拶する。その何とも初々しい様子にうんうんと頷いているこの女性は、瀧の教育係を任された入社3年目の狩野百合子である。どうやら関西の出身らしく、標準語を話していてもイントネーションが関西に大きく寄っている。それどころか、しょっちゅう関西弁が混じっている。浅黒い肌に彫りが深めながらしっかり整った目鼻立ち。黒の長髪は癖がなく、ポニーテールでまとめられている。総じて結構な美人である。仕事が出来て、人当たりが良く、利発な彼女には大学時代から付き合っている一歳年上の彼氏がいるという。

そんな狩野が瀧の顔をしげしげと見つめている。

 

「あの、先輩、どうかしました……?」

 

「立花くん、君、そんな弾けるような笑顔でどうしたん?」

 

「はい?」

 

「入社してからそんなに経ってないけど、そんなに輝く笑顔を見たのは初めてやな。」

 

「自分、そんなに笑ってます?」

 

「何、彼女でも出来たの?」

 

「は、はひぃ〜〜?」

 

その反応に狩野は魚を見つけた猫のように食いつく。

 

「まさかそれが遅刻の原因?」

 

「違います!まずギリギリ間に合ってますから!」

 

「怪しいなぁ〜」

 

「本当に違いますって!宮水さんとはそんな関係じゃ……あ!」

 

「おや〜?宮水さんって誰かなぁ〜?」

 

すると、やや遠いところから二人の上司の声が聞こえる。

 

「こら、狩野!俺も立花の恋バナには非常に興味があるが、取り敢えず仕事だ。立花も仕事始めろよー」

 

助かった、と瀧が胸を撫で下ろしていると、上司からさらなる爆弾がしれっと投げ込まれた。

 

「それから狩野、この案件片付けとけ。ちょいと厳しいが昼休みまでに片付いたら、立花尋問権を与えてやる。じっくり聞き出して俺に耳打ちしろ。」

 

「了解致しましたぁ!!」

 

瀧は人生で初めて目上の人間を恨んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして昼休みがやって来た。いや、来てしまったと言うべきか。狩野は上司に出された案件を四苦八苦しながらも何とか昼休みまでに片付け、約束通りきっちり立花尋問権を付与されたのである。瀧は狩野に昼時は誰もいなくなる給湯室に連れ込まれ、ソファーに向かい合わせの状態で座らされる。どんなにニヤニヤしながら嫌味ったらしく聞かれるかビクビクしていたが、滑り出しは意外と冷静だった。

「今日の遅刻の原因はその宮水さん?」

 

「そうです。そうですけど、俺遅刻してませんからね!」

しかしそれには構うことなく次なる質問が狩野から飛ぶ。

「宮水さんと会ったのは初めて?」

 

そう聞かれると詰まってしまう。

 

「立花くん?」

 

「先輩、変な返答をしてもいいですか?」

 

「……?どうぞ。」

 

狩野は訝りながらも返答を促す。

 

「初めて会ったはずなんですけど、前から知っているような気がするんです。宮水さんの声をどこかで聞いたような、その姿を昔見たことがあるような……変ですよね。俺。」

 

「すごく変ね。で、会った時の状況は?」

 

瀧はその時の状況を詳しく話す。正直変な話だ。初めて、しかも偶然見た人に心を奪われて、お互いを探して知らない街を駆け回ったのだ。変に思われるに決まっている。だが、話を聞き終わった後の狩野の反応は予想していたものではなかった。

 

「そっか。恋バナではないけど、ちょっと興味をそそられる話ね。何かロマンチック。」

 

「すごく失礼ですけど、先輩、俺を尋問してるんですよね。何か優しくないですか?」

 

「私を何やと思ってんの。ただのゴシップ好きのオバハンちゃうで。」

 

「先輩、関西弁全開ですよ。」

 

「東京弁疲れた。」

 

「そうですか……」

 

「…………あんた、今自分がめっちゃ輝いてんのわかる?」

 

「えっ、俺そんなに輝いてますか?」

 

「うん……正直ウチ、あんたのことめっちゃ心配しててん。これでも人を見る目あるからな。あんたには仕事に対する意欲とか、そういうのは感じられるけど、どっかに意識置いて来たというか、ずっと何かを探してるみたいで……何か人生楽しんでないみたいな、そんな感じ出しててん、あんた。」

 

「先輩……。」

 

「でも、今日のあんたは大丈夫や。生きることを楽しんでる。多分、あんたが探しとったんは、宮水さんや。」

「そうなんですか!?」

 

「知らんけど。」

 

ガクッと瀧の膝から力が抜ける。

 

「冗談やって。……いい?彼女のこと離したらあかんで。多分、彼女とあんたは出会う運命やった。そうやないと今朝の出来事の説明がつかへん。懐かしく感じてるんやったら、多分以前に一度会うてるはずや。あせらんと、ゆっくり答え探し。」

 

「先輩……、ありがとうございます。」

 

狩野は立ち上がりながら他人事のように呟く。

 

「助言したってんから、結婚式呼んでや。頼むで。」

 

「…………はい?」

 

「あんたら、多分そこまで行くで。女の勘やけど。」

 

やっぱり狩野先輩だ。爆弾を置いていくのを忘れない。だが、やられっ放しも性に合わない。

 

「先輩の結婚式もですよ。大学時代からだから、もう4、5年くらいにはなるんでしょう。近いうちに頼みますよ。みんなも、先輩の花嫁姿、期待してますから。」

 

炸裂には成功したようだ。ボフンという幻聴とともに、後ろ姿の狩野の耳がみるみる赤くなるのがわかる。

 

「いっぱしに言うようになったじゃないの、遅刻魔。」

 

「だから、遅刻してませんからね!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼の業務が始まり、狩野は上司に乗り合わせた女性に一目惚れしてぼやぼやしている間に電車を乗り過ごしたらしいと説明していた。宮水という名前を知っていたことに関しては、透明なクリアファイルに閉じられていたプリントが見えたため知ったと抜け目のないもっともらしい理由をつけていた。

最初は驚いたが、よくよく考えると、なかなか妙案である。間に合ったのだからお咎めは当然なし。おそらくもう二度と会うことはないのであまり詮索もされない。まだまだ青いな、調子のいい奴め、次はなしだぞ。それで終わるようにしてくれた。

狩野先輩が教育係で良かった。

仕事終わり、瀧は心の中で狩野に謝辞を述べながら携帯に手を伸ばす。手に取ると、ちょうど新着メールが来た。三葉からだ。

 

<仕事終わりに会いませんか?>

 

心が躍った。宮水さんも同じことを考えてたんだ。

 

<俺も今終わったところです。18時に四ツ谷で会いましょう。>

 

そう打ち込んで携帯をポケットに突っ込み、鞄をもつ。その足取りは、まるでずっと探していたものをやっと見つけた、無邪気な子供のように軽やかだった。

 




<次回予告>共に食事をすることになった2人。料理に舌鼓を打ちながら酒に弱い三葉の盃は進み続け………
次回 第4話「最初の晩餐」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第4話 最初の晩餐

どうも、かいちゃんです。
昨日は24時間テレビでしたが、ブルゾン頑張ったなあ。でも、これ当日発表する意味あったんでしょうか?なんか、途中からいつも通りな気が…………
それでは、本編スタートです!


17時45分。瀧の指定した時間より早く二人は落ち合った。

 

「あら、早かったんですね。立花さん。」

 

「何か、気が急いてしまって。晩御飯、まだですよね。ご一緒にどうですか?」

 

「はい。ゆっくりでいいから何か一つでも思い出しましょう。立花さん。」

 

「奇遇ですね。俺もそう思ってたところなんですよ。宮水さん。」

 

二人とも何か説明のできない違和感を抱えながら、かつて瀧がバイトしていたというレストランに入る。辞めたのはつい先月なので、見知った顔が様々な場所から瀧と三葉をじろじろ観察している。店員の誰かに呼ばれたのか、料理を少し勉強していた瀧にまかないを作るついでに料理を教えていたシェフがわざわざ来てくれた。

 

「おお、瀧!元気にしてたか?そっちは彼女さんか?」

 

「今朝知り合ったばかりの友人です。途轍もなく馬が合うんでゆっくり話をしようと思って、ついでにシェフの料理が恋しくなったんで来ちゃいました。」

 

友人、と聞いた瞬間、三葉の心が不自然にざわついた。なぜ?それは分からないがなぜかざわついた。友人という関係がしっくりこない。何か、もっと深いところで瀧と繋がっていた気がする。

 

そんなことを三葉が考えている間に二人は窓際のテーブルに通された。二人ともコース料理を注文したところで三葉が口を開く。

 

「立花さん」

 

「何でしょう」

 

「変なことを言います」

 

「どうぞ」

 

「立花さん宮水さんっていう呼び方、しっくりこなくないですか?」

 

「確かにそうですね。そういえば敬語もしっくりこない。」

 

「そう…………よね。ちょっと私を名前で呼び捨てにしてくれ…ない?」

 

「…………三葉。」

 

瀧がそう言った瞬間、すごくしっくりきた。

 

「しっくりきた。」

 

「俺も言っててしっくり来た。」

 

「…………瀧……くん」

 

パズルのピースがはまる感じがした。昔はこう呼び合っていたのだろうか。だが、まだまだ思い出せない。

 

「三葉、無理に思い出そうとしなくていいよ。焦っても何も始まらない。」

 

すると、ワインを持った瀧と顔見知りの店員が三葉を観察しながら近づくのが見えた。時間的にもそろそろである。

 

「三葉はお酒はどれくらい飲めるの?」

 

「そんなには飲めないな。瀧くんは?」

 

「俺は結構飲む方かな。飲み会でも大体最後まで残ってるし。」

 

「そうなんだ。」

 

グラスにワインが注がれる。二人はグラスを持ち上げ、

 

「乾杯!」

 

と唱和した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「瀧くんって私より三つ下か〜」

 

「何か同級生な感じがするよな。」

 

「そうそう。瀧くん、出身は?」

 

「東京生まれの東京育ち。完全に都会っ子。田舎の長閑さに憧れるなぁ〜。三葉は?」

 

「瀧くんが多分憧れるような岐阜の町と呼ぶのもどうかと思うぐらいのど田舎にある町。でも田舎は田舎でやばいからね!コンビニは9時に閉まるし、カフェも本屋も病院もなくて、人の移動が少ないから人付き合いにはこっちより気を配らなきゃならなかったし。高校生のときは東京に憧れたなぁ〜。叫んだことあるもん。"来世は東京のイケメン男子にしてください"って。」

 

「あはははははは!でもそれってきっとあれだよ、諺であるだろ、ほら、えっと……」

 

「隣の花は赤い!」

 

「それだ!」

 

二人は笑い合う。適度なほろ酔い加減のなか、二人のまるで高校生がするような馬鹿話とワインのグラスは止まる気配を見せない。

 

 

「瀧くんは一人暮らし?」

 

「今親父が九州に出張してるからなぁ。実質そうだよ。母さんをちっちゃい頃に亡くしたから。」

 

「私もお母さんちっちゃい頃に亡くしたなぁ。私は高校生の妹と二人暮らし。」

 

少し三葉の目、とろんとしてきたな。瀧は三葉の白ワインを水にすり替え始める。

 

「妹いるんだ。」

 

「そ、ちょっと生意気盛りでねー。でもいい子なの。あの子は。」

 

「妹さんに連絡入れたの?今日のこと。」

 

「入れたよ。だから大丈夫。」

 

やべぇ、ちょっと三葉酔い過ぎかな?今の「だから」の発音、だいぶ「らから」に近かったぞ。あ、赤ワイン頼むな!

すり替えれないだろ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

スマホの時計は夜11時過ぎを示している。三葉は完全に千鳥足になっていた。そんな三葉の肩を支え、瀧は夜道を歩いていた。白ワインをすり替え始めた時にはもう限界の酒量を超えていたのだろう。かなり酒に強い瀧に合わせてグラスを重ねればあまり酒に強くない三葉がこうなるのは目に見えていた。

でも、そんな注意をするのを忘れてしまうほど三葉との会話は楽しかった。そんな時間を1秒でも長く三葉と過ごしたいと思っていた。……そのツケが今の状況なのだろう。今の三葉は隙だらけだ。酔って上気した肌、少し熱めの体温。よろけるたびに横腹に当たる豊かな胸の膨らみ。さらに元が美人でスタイルも良く、性格も良さそうだ。

 

「俺じゃなかったら襲われてるぞ、三葉。」

 

瀧は三葉の酔いを少しでも醒ますため、近くにある公園のベンチに三葉を座らせた。その途端、三葉はそれまではぼやぼやしながらも意識はあったが、スースーと規則正しい寝息を立てて寝てしまった。瀧は三葉の隣に腰掛け、三葉の寝顔を見ながら今日1日をふりかえる。

 

通勤電車で偶然出会って、知らない街を駆け回り、互いの名を知って今までポカンと空いていた、心の穴を塞ぐ最初の1ピースを掴んだ。そして会社で狩野先輩に詰め寄られ、結局流れで人生相談。仕事が終わって再び三葉と合流し、夕食を一緒にとる中で色んな話をした。その時間は、夢のように楽しかった。

 

そして、俺は今、三葉を離したくないという感情に駆られている。絶対にもう見失ったりしない。そう心に決めた。多分、俺は三葉に恋をした。

 

 

三葉が少しぶるっと震えた。もう春とはいえ、まだ夜は冷える。ここで、瀧は本格的に彼女をこれからどうするか迷った。

 

明日も平日。三葉も瀧も仕事だ。翌日に酔いを残したくないので一刻も早く二人とも床につかねばならない。選択肢は二つ。

 

1.三葉の携帯を借用して同居しているという三葉の妹に迎えに来てもらう。もしくは家の場所を聞き出す。

2.自分の家に連れ帰って理性vs性欲の仁義なき戦いに身を投じる。

 

結論を言おう。こんなに無防備な三葉を目の前にしては理性を保てる自信は皆無だ。やってしまってからは遅い。よって答えは1しかない。1にしなければ俺は犯罪者になる!!

 

ここで壁になるのはいくら酔い潰れているとはいえ、うら若き乙女のスマホを勝手に見ていいのかという点である。後から抗議されたらたまったものではない。最悪ストーカー規制法違反でブタ箱行きもあり得る。悶々と考えていると、自分のものではない携帯の着信音が鳴った。三葉の鞄のなからスマホを取り出す。発信元は四葉。おそらくこれが三葉の妹の名前なのだろう。それにしても三葉の親が姉妹で繋がりのある名前をつけてくれたことに感謝だ。まさに棚からぼた餅と言える状況だ。瀧は少し逡巡したが電話を取った。

 

「ねーちゃん、いくら何でも遅いぞ。何しとるん?」

 

「申し訳ありません。三葉と一緒食事していた立花瀧という者ですが、三葉が酔い潰れてしまって、介抱しているところなのですが、三葉と同居されてるんですよね。」

 

「はっ!?も、申し訳ありません!うちの姉がご迷惑をお掛けしました!はい。三葉と同居している妹の四葉といいます。」

 

「すみません。お宅の最寄り駅を教えていただけますか?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

20分後。瀧と瀧に負ぶわれた三葉は指定された北参道駅で降り、改札を出るとツインテールにした高校生と思しき女の子を見つけた。どことなく三葉と目鼻立ちが似ている。彼女が四葉で間違いないだろう。四葉と思しき女の子に近づくと、ねーちゃん!と呼びながら近づいてくる。どうやら正解だったようだ。炊事が得意だという四葉に二日酔いに効く食材や調理法を多少レクチャーした後、三葉を四葉に預けて、ついに家路に就いた。

 

長かった1日が、ついに終わる。もし三葉に会っていなければ、今日も俺は灰色の1日をただ過ごしていたかもしれない。俺は今日、そんな灰色の毎日を本来の極彩色に戻すジグソーパズルの、最初の、そして最重要の「宮水三葉」という1ピースを見つけた。これから、忘れてしまった何かを探す、長い長い旅が始まるのだろう。その記念すべき第一歩を記した今日という日を、そして三葉に恋心を抱いたこの日を、俺は決して、忘れることはないだろう。

 




<次回予告>波乱の邂逅初日が終了し、夜が明けた。既にお互いを気にし始め、これまでの暗さが消えた瀧と三葉を、観察者たちは見逃さなかった。
次回 第5話「見守る人々」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第5話 見守る人々

どうも、かいちゃんです。
明日からグラチャンバレーが開幕します。見ます。以上。
では、本編スタートです。


目が覚める。寝室の壁掛け時計を見る。まだ5時半だ。三葉はベッドから体を起こした。頭が痛い。そう言えば家に帰って来た記憶が全くない。だが、一応パジャマは着ていた。

 

(そういえば昨日、何してたっけ?まずどうやって家に帰りついたっけ?)

 

確か仕事を終えた後、瀧くんと食事して、ベラベラ喋っている間にどんどん気持ちよくなっていって……

 

「私……まさか酔い潰れとった?」

 

それならこの頭痛も説明がつく。世間一般で言う二日酔いだ。今日はまだ平日で仕事もあるのに……。すると部屋のドアが開く。顔を覗かせているのは四葉だ。なぜかその目は好奇心からか朝早くであるにも関わらずキラキラと輝いている。それはともかく、どうやって私は家に辿り着いたんだ?四葉に率直に聞いてみる。

 

「なあ四葉、私、昨日どうやって帰ってきた?」

 

「覚えとらんの?」

 

「うん」

 

「マジかぁぁ。」

 

「えっ、何が?」

 

「昨日、立花さんって人に負ぶわれて帰ってきたんよ。遅いからあたしが電話かけたら立花さんが出てびっくりしたんよ。んじゃあ酔い潰れたから最寄り駅教えてくれって言われて、駅まで迎えに行って……」

 

「うわ〜、我ながらみっともない。」

 

「ところで、立花さんって誰?」

 

「…………友達?かな?」

 

「何それ?私に聞かんとってよ。とにかく、ご飯できてるから。昨日立花さんが二日酔いに効く食材とか料理、教えてくれたから。今日も会社やろ?シャキッとしいよ。」

 

「ふあい」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

三葉は朝食を終えた。確かに、少し楽になった。会社に行く用意をしながら、自分の感情を整理してみる。

 

最初見た瞬間から、心は大きく揺さぶられていた。<探していたのはこの人だ>に加えて、<この人しかいない>とも本能は叫んでいた。実際会って話すと、優しくて気さくでずっと話が続いた。今まで会った人とは違う。多分、精神的な波長か何かが合うのだ。

そして、何よりも誠実なのだろう。多分、瀧じゃなかったら昨日私は食べられていた。四葉も朝食の時に、昨日の三葉は煽ってるとしか思えないくらいの乱れっぷりだったと言っていた。でも瀧はぐっと我慢して私を介抱し、電車賃まで払って私を送り届けてくれた。悪いことしちゃったな。

さらに次の日に気持ちよく出勤できるように四葉に二日酔いに効くレシピを伝授してくれていた。相手のことを第一に考えている、何て優しい人なんだろう。この人をもう離したくない。ずっと一緒にいたい。三葉はそう思うようになっていた。多分、この気持ちのことを、「恋」と言うのだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

<人間、慣れへんことしたらなんか気恥ずかしいな>

 

<どうしたん?急に。>

 

<昨日、柄にもなく後輩の人生相談なんかしてもうた。>

 

<奇遇やな。俺も同期の相談聞いたわ。>

 

<そうや。今週末泊まりに行っていい?>

 

その返事に、堀川はにやけながら返信する。

 

<ええよ。その相談の内容、ゆっくり語り合おうや>

 

<うん。また連絡する。>

 

その返事を見届け、スマホの電源を切る。すると、今日はいつも通りの時間に三葉が出社してきた。

 

「昨日はどうやったんや。」

 

「収穫はありました。でもやらかしちゃったな。」

 

「何を」

 

「酔い潰れて男を煽るレベルで乱れた。」

 

「うわ〜、よう食われへんかったな、お前。」

 

「うん、瀧くんが紳士で良かった。」

 

「瀧くんって、立花?」

 

「何かね、こっちの方がしっくりくるんよ。」

 

「へぇ〜〜。」

 

「でもね、私、瀧くんのこと好きかもしらん。」

 

「ものっそい春来てるやん。」

 

「……来ちゃった。」

 

そう言って三葉はとびきりの、ちょっと恥じらいのまじった笑顔を見せた。掛け値無しで鼻血を吹き出すレベルだ。微妙にムカつくのでやり返してやる。

 

「宮水」

 

「何?」

 

「さっき2回訛った。」

 

「嘘!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

朝、瀧が出社すると、狩野がニヤニヤしながら携帯をいじっていた。狩野が携帯を仕舞うタイミングで声をかける。

 

「先輩、おはようございます。どうされたんですか、すごく顔がにやけてますよ。」

 

狩野の表情にやや亀裂が入ったが、取り敢えず反撃する。

 

「そう言うあんたもえらい清々しい顔してどうしたん?」

 

「春、ですかね。」

 

「宮水さんと?」

 

「まだ片想いですけど。」

 

そう言って、とびきりの、少し恥じらいの混じった笑顔を向けてくる。くそ、可愛い。微妙にムカついたので爆弾を投げ込んでみる。

 

「今度紹介してよ」

 

「是非!先輩の相談のおかげで自分の気持ちに気づけましたから!想いが通じたら、必ず!」

 

………どうやら不発弾になったようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今朝から姉がおかしい。

四葉はそう思う。

朝食の時は、頭痛が酷かったのか、少し辛そうにしていたが、家を出るときの三葉は明らかに違った。今まで見せたことのないようなとびきりの笑顔で「行ってきます」と言って出て行った。くそ、なんかムカつく………くらい美しかった。同性でしかも身内である妹の四葉でさえ、しばらく見惚れてしまった。非常にその原因を知りたかったが、三葉が会社に出てしまってはもう遅い。非常にモヤモヤしたが、ソファーに座り、適当に朝の情報番組を流しながら少し冷静になって考えてみる。

 

四葉は、間違いなく三葉のことが好きだ。もちろん、恋愛感情ではない。三葉の中に、理想の女性像を見ていた。ちょっと抜けたところがあるけど、しっかり者の三葉。そんな三葉に憧れ、三葉は気付いていないが、私服は三葉のコーディネートを参考にしているし、三葉のような大人の女性になりたいと常々思っている。一時期物凄く変な時期もあったが、それでも三葉は四葉にとって理想の女性であり続けた。さすがに朝起きて自分の胸を揉んでいる姿を見るとそんな気持ちは消し飛びそうになったが。

そして、あの出来事が起きた。三葉と四葉は、東京に移住した。祖母である一葉と父の俊樹は、町の復興のためにまだ岐阜にいる。その、ある出来事を境に、三葉は何かを失った。四葉にもわからない、何かを。

 

そして東京で、三葉はその何かを探していた。笑顔には、何かを失ったかのような、喪失感や悲哀の影が付きまとっていた。そんな三葉が、偽りのない笑顔を見せてくれた。一体何年振りだろう。

 

ーーねえちゃん、探し物、見つかったんやね。ーー

 

妹として、四葉は嬉しく思った。今までの三葉より、今の三葉の方がずっといい。チラッと時計が目に入った。7時54分。

 

「…………やばっ!」

 

学校までの所要時間はおよそ30分。始業は8時30分である。四葉は三葉とは打って変わって非常に焦った表情で、逃げるように家を飛び出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

二人が階段で出会った二日後の木曜日。瀧は、盛大に悩んでいた。気持ち的には、今日今すぐ会いたい。だが、明日は金曜日。土曜日は休みであるため、ゆっくり時間が取れる。両方は?いや、流石に引かれるな。そもそも、社会人一年目の俺が交際して三葉を幸せにできるのか?まず交際すら決まってないし。

 

(何てしょうもないことで思い悩んでるんだ、俺。素直になれよ、俺。三葉のこと、好きなんだろ、俺。)

 

瀧は決断した。先ほどの二つの選択肢のいずれでもない。

土曜日、デートに誘ってみよう。

 

 

三葉からの返事はイエスだった。

二人の運命の歯車が、また一つ、大きな音を立てて回る。




<次回予告>何とかデートの約束を取り付けて安心する瀧。一方で誘いのメールを受け取った三葉は完全に恋する乙女状態になってしまう。それを騒動好きの四葉が見逃すはずもなく………。
次回 第6話「デート襲来 前編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第6話 デート襲来 前編

どうも、かいちゃんです。
昨日で女子のグラチャンバレーが終了しました。結果は5位でしたが、長岡と古賀を欠いた中で世界の強豪と互角に渡り合ったのは素晴らしいと思います。特にアメリカ戦は本当にあと一歩でしたし、ロシア戦は勝てただけに勿体なかった気もします。
明日からは男子大会です。忙しくてあまり見れないと思いますが応援しています!
では、本編スタートです!


まだ桜の散りきらない4月中旬のとある土曜日。東京のとあるマンションの一室がまるで戦場のような騒ぎになっている。

 

「化粧、こんなんで大丈夫?もっと派手な方がいい?」

 

「声デカイ!ねえちゃんは元が美人やからそれくらいナチュラルでもいいの!……あ、この紺のワンピースなんかどう?白のカーディガンと合わせたらええと思うけど。」

 

「うぅ〜〜、ほんまに大丈夫かなぁ〜?」

 

「あたしが知るわけないやん!つべこべ言わんとこれ着て!!」

 

事の発端は、木曜日に遡る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

木曜日。その日は少し仕事が長引き、会社を出たのは6時30分ごろになってしまった。今日は三葉の炊事当番だ。一刻も早く家に帰って夕飯を作る必要がある。四葉は平気だと言っていたが、あまり待たせるのも忍びない。

三葉は電車に駆け込み、ホッと一息つく。しばらく電車に揺られていると、最寄り駅が近づいてきた。四葉から何か連絡が来ていないか、満員3歩手前の混んだ車内で器用に鞄からスマホを取り出す。すると、瀧から新着メッセージが来ていた。ドキドキしながらメッセージボックスを開く。

 

<土曜日、もし予定が空いていればどこかに出掛けませんか?日曜は高校からの同級生と会う約束をしていて、そちらを優先しますので無理なんです。もしダメなら金曜日の夜でもお食事に行きませんか?>

 

(こ、こ、これって………でぇとのお誘いぃ〜〜!?)

 

三葉の頭の中でボフンという幻聴が鳴り響く。ドア窓に映る自分の顔は典型的な茹で蛸のように真っ赤になっている。

 

<もちろん、土曜日に是非お願いします!>

 

と返信する。やがて電車が駅に滑り込み、ドアが開く。三葉は家に向かって先ほどまでとは違う理由で全力疾走する。

 

(今、私、なんかのボタン押したら地球滅ぼせる必殺技が出る気がする!!)

 

 

四葉は、某アイドルユニットが芸能人ゲストと壁登りとかのゲームを繰り広げる番組を眺めながら三葉の帰りを待っていた。遠くからゴツゴツとヒールの足音が聞こえてくる。どうやら三葉がマンションの廊下をダッシュしてるようだ。程なくしてドアが凄い勢いで開く。

 

「ねえちゃん意外とはやかっ……ぅうわああぁ!!」

 

四葉はまるでタックルでもしそうな勢いで部屋に駆け込んでくる三葉をギリギリ回避する。三葉は靴を脱ぎ捨ててそのまま自室に直行し、後ろ手でバタンと扉を閉じてしまった。あまりにも突然の出来事で放心していたが、すぐに我に返った四葉は三葉の部屋の扉をゆっくり開いて中を覗く。すると、四葉の目に信じられない光景が飛び込んで来た。

 

ーーコレハイッタイナンダ?ホントウニミツハカ?ーー

 

密かに憧れの念を抱き、学校でもたまに自慢する、私の自慢のおねえちゃんが、なんと………

 

「〜〜〜〜むぅ〜〜〜フヒヒヒヒ!」

 

なんという事でしょう!いつもは凜とした三葉からは想像もできない奇声をあげながら、スマホを握り締めてベッドの上でくねくねとのたうち回っているではありませんか!

 

「ね………ねえちゃん………?」

 

「あはははは……………へぇ?」

 

三葉は呆然と立ち竦む四葉に気付く。部屋に微妙な空気と沈黙が降りた。その間に、四葉の眼光は驚愕から好奇の色へと変わっていく。

それを察した三葉が、パンッと手を叩いて立ち上がり、急に猫なで声を発する。

 

「四葉ゴメンね〜〜、遅くなったね〜〜。今からご飯にするからちょっと待っててね〜〜。」

 

そう言って三葉は四葉の傍を通り過ぎようとするが、がっちり腕を掴まれる。

 

「ねえちゃん?家に帰って来るなり夕飯を待つ可愛い妹を差し置いてベッドの上でくねくねするような嬉しいことがあったんだね〜〜。四葉もその話聞きたいなぁ〜。」

 

四葉悪魔モード発動だ。

 

「もう晩御飯はカップ麺でいいよお?じっくり聞いてあ、げ、る♡」

 

その日、三葉は四葉の猛攻に晒され続けるが、何とかかわし切った。四葉は不満そうだったが、この続きは意外にも早く到来することとなる。

 

 

次の日もニヤつきが止まらず、仕事にも集中できなきかった。仕事の進みの悪さに、体調不良を疑われる程だ。しかし、ここで完全に恋する乙女モードの三葉を救ったのは堀川であった。自分の仕事を早々と片付けると三葉のフォローに入り、なんとかノルマ達成まで持ってくることができた。堀川には感謝だ。

 

「構へん構へん。昼飯2回くらいで負けといたるわ。またおもろいもん見せてな〜〜。」

 

前言撤回。完全に面白がってるだけだ、こいつ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして当日の朝、瀧に変に思われたくない三葉は土曜日に学校のない四葉を叩き起こして騒ぎながら勝負服を選んでいるのである。

 

そんなこんなで三葉は家を出る。集合は10時に北参道駅だ。駅に着いたのは9時40分だったが、もう瀧は来ていた。

 

「瀧く〜〜ん!」

 

「三葉!」

 

「今日はどこに連れてってくれるの?」

 

「少し時間できたし、この辺歩こっか。……ていうか実はノープランなんだ。」

 

「どうして?」

 

「どこかに出掛けて楽しむのもありだけど、俺は三葉と1秒でも長く話してたいな。」

 

「そうなんや。実は私もそう思ったったんよ。」

 

そう言って、三葉は自分が訛っていることに気付く。

 

「ゴメンね、ちょっと訛っちゃった。もう東京に出て来て8年も経つのに、なかなか抜けなくて」

 

「待って!」

 

「えっ?」

 

「その方言、すごく懐かしく感じる。」

 

「本当に?」

 

「逆に標準語の三葉の方が違和感があるくらい。」

 

「そう?……分かった。じゃ、行こ!」

 

二人は歩き出す。三葉は標準語を意識しなくなった。まるで高校生のようなバカ話に花が咲く。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

気が付けば、既に正午を回っていた。

 

「ね、瀧くん。お腹空かない?」

 

「そうだな。この近くにランチもやってるカフェがあるから、そこでお昼にしよう。」

 

「瀧くん、色んなとこ知ってるんやね。」

 

「高校生の頃はカフェ巡りが趣味だったからな。よく親友二人と色んなとこ行ったなぁ。」

 

「やっぱいいなぁ、東京。私の田舎なんかカフェなんて一軒もなかったんよ。ほんで友達が自販機をカフェ呼ばわりしてたまに缶コーヒー飲んだっけ。ま、最初に言われた時は期待しすぎてたから自販機って分かってめっちゃ怒ったこともあったな〜〜。」

 

「へぇ〜、本当に一軒もないんだ。………ここだよ。」

 

「また随分お洒落なカフェやね、こんなとこ初めて……」

 

「三葉?」

 

「何でやろ、すっごく懐かしい……。来たことないはずやのに。」

 

「えっ?」

 

「………やっぱ分からんわ。」

 

二人は店の中央付近のテーブルに誘導されて、席についた。それぞれ料理とコーヒーを注文して、一息つく。

 

 

やがて、料理が運ばれてきた。三葉はその味に不思議な懐かしさを感じながら瀧に質問する。

 

「そういえば瀧くんって何の仕事してるんやっけ?」

 

「建築デザイン扱ってるそんなに大きくない会社。」

 

「建築なんだ。私の友達も一人建築系の会社に勤めてるんやよ。さっき言ってた自販機をカフェ呼ばわりした男の子。」

 

「へぇ、そうなんだ。実はカフェ巡りも建築がらみ目的だったんだよなぁ。こういうお洒落な屋根裏の梁とか見て楽しんでた。」

 

「洒落てるな〜〜。瀧くんは社会人一年目やんね。」

 

「うん、毎日教育担当の先輩と上司に絞られてるけど、楽しいよ。特に教育担当の先輩が女性なんだけど、俺のヘマを面白がってる割に優しくて。三葉と初めて会った日にも相談に乗ってくれたんだ。そういう三葉は?」

 

誰でも一度は名前を聞いたことがあるくらいの有名アパレルチェーンの名前をしれっと言う。

 

「うわ〜、俺と違って超大企業だ〜。」

 

そういえば奥寺先輩もそこで働いてたような……そうだ、千葉支店にいるんだ。

 

「でも良いところなんよ。皆優しいし。私も同期に相談したんよ。瀧くんのこと。こき下ろしながらやけどちゃんと答えてくれて。おかげであの日に夕食に誘えたんやよ。」

 

「その同期って女性?」

 

「ううん、男。」

 

途端に瀧の顔が険しくなる。それに気づいた三葉は付け加える。

 

「大丈夫やよ、恋人おるみたいやし。たまにいちゃいちゃしたメールのやり取りしてんの目撃するから。」

 

瀧の表情が安堵に包まれる。あぁ、なんて愛しいのだろう。あまりにも可愛すぎて少し揶揄いたくなる。

 

「あら、瀧くんって意外と嫉妬深いんやね。私の事心配してくれてありがとうね。」

 

「な…………そ、そんなんじゃねーし!!」

 

そう反論する瀧の顔は三葉の予想通り、茹で蛸のように真っ赤だった。

 




<次回予告>デートを続行する2人はひょんな流れから三葉が瀧の家に上り込む展開に。そこで三葉が目にしたものとは。そして、二人の仲は進展するのか。
次回 9月18日月曜日午後9時3分投稿 第7話「デート襲来 後編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第7話 デート襲来 後編

グラチャンバレー男子が閉幕しました。結果は0勝5敗、奪ったセットも僅かに2でしたが、大阪ラウンドになってから良いバレーをするようになっていたと思います。もちろん、ここ一番の勝負弱さなど課題も見受けられましたが、それ以上に収穫の多い大会になったと思います。来年の世界バレー、そして三年後の東京五輪が楽しみです。
では、本編スタートです!


二人は料理を片付けて、デザートを注文しようとメニューを開く。食い入るようにメニューから目を離さない三葉に瀧が声をかける。

 

「三葉って甘いもの好きなんだ。」

 

「そうやよ。東京に出てくる前はこんなパフェやらスイーツをお腹いっぱい食べるのが夢やったんよ。でも何か変。」

 

「どうした?」

 

「ここのスイーツ、どんな味かわかるんよ。食べたこともないのに。知らない間に来て食べたんやろか?」

 

「そんなの俺がわかるわけないだろ。」

 

「そうやね。」

 

三葉はニコニコしながら話す。やべぇ、可愛い。鼻血出そう。デザートを注文するドサクサに紛れて話題を変える。

 

「そういえば三葉の出身ってどこなんだ?岐阜って前言ってたけど……」

 

三葉の表情が暗くなる。

 

「べ、別に言いたくなかったら良いんだけど」

 

「…………糸守」

 

「えっ」

 

「あの彗星が落ちた糸守やよ。」

 

岐阜県糸守町。2013年10月4日に、1200年周期に地球にやってくるティアマト彗星が地球最接近した際に、核が原因不明の分裂を起こしてその片割れがその地に落下した。結果的に死者はいなかったが、この日、落下地点のすぐ側の地元の神社では秋祭りが行われていた。にも関わらず、何故か町の住人はほぼ全員が被害のなかった糸守高校にいた。偶然にも当時の町長が強引に避難訓練を行なっていたというが、この英断がなければ町の住人の三分の一である500人程度が亡くなっていたとされる。結果、糸守町は立ち入り禁止となり、現在も地道な復興作業が続いているという。

 

「ごめん、変な事聞いて……。」

 

「ううん、良いんよ気にせんで。」

 

「そういえば俺糸守に行ったことがあるんだよな。」

 

「えっ、糸守に!?」

 

「うん。俺が高校生の時だからもう五年前になるのかな。学校サボって親友とバイトの先輩と3人で。でもその時の記憶が曖昧で。2人の話だと取り憑かれたかのように糸守を探したらしいんだけど、何で糸守にそこまで拘ったのか、何をしに行ったのか、何にも覚えてないんだ。気がついたら、山の上で1人で寝てた。今思えばその時からかな、何かモヤモヤしながら生きて来たのは。職場の先輩が言うには、何かを探して生きていた。何か人生つまんなそうだったって。」

 

「私も瀧くんに出会うまでそんな感じやったみたいなんよ。私は彗星落ちてすぐくらいかららしいけど。」

 

デザートが運ばれてきた。三葉はパフェにかぶりつきながら言葉をつぐ。

 

「そう考えたらやっぱり私ら、運命の糸で繋がってるみたいやね。2人とも何かを探して生きてきて、それがお互いやったなんて。」

 

「ほんと、そうだよな……。」

 

瀧はあることを思い出す。

 

「そうだ。俺の家に謎のスケッチブックがあるんだけど、何故か俺の筆跡で、その時には知らなかったはずの彗星が落ちる前の糸守の様子が描いてあるんだ。見てみる?」

 

「…………見たい。」

 

「…………………。」

 

「どうしたん?」

 

瀧が顔を赤らめながら応える。

 

「……自分から言っといて何なんだけど、これって一人暮らしの男の家にうら若き女性が入るって構図になるよな……」

 

三葉は一気に茹で蛸になる。

 

「………そ、そうやね…………ど、どうしようか………」

 

結局何も決まらないままとりあえず店を出る。2人とも顔を真っ赤にして互いに視線を合わせようとしない。だが、三葉は腹を括った。恥ずかしさより、何故かそれを見なければならない気がする。顔は赤いままだが、決然とした表情で瀧に訴えかける。

 

「瀧くん……見せて。瀧くんの家に行くから。」

 

「三葉……。分かった。行こう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

二人は瀧のマンションの前に立った。そのシルエットを見た途端、三葉がおもむろに口を開く。

 

「また懐かしい……。初めてやのに。」

 

さらに、三葉はふらっと手を挙げ、中層階のとある一室を指差す。その後三葉が口にした言葉に瀧は驚愕した。

 

「……あそこ、やんね。」

 

「……どうして………!?」

 

三葉の指は、ドンピシャで瀧の部屋を指差していたのである。

 

「何でかわからへん。でもあそこっていうことだけは分かるんよ。」

 

「…………。」

 

瀧は言葉を発することができなかったが、とりあえず三葉を部屋の前まで誘導し、中に招き入れ、リビングに座らせる。お茶を出して待たせている間に、自室からスケッチブックを取り出した。すると、トイレで水を流す音が聞こえた。慌ててリビングに戻ると、三葉が椅子に座ろうとしていた。

 

「ごめん、瀧くん。トイレ借りたよ。」

 

そこじゃない。瀧が疑問に思っているのは………

 

「トイレの場所、わかったんだ。」

 

「…………………あれ、何で私トイレの場所分かったんやろ?」

 

「…………………まあいいや、またゆくゆく思い出すかもしれない。」

 

「すごく疑問が残るけど………」

 

「……とりあえず、これ。例のスケッチブック。」

 

「へぇ、上手やね〜。」

 

三葉はページをめくる。そこには、町の中心にあった、まだ瓢箪型になる前の綺麗な円形の糸守湖が描かれている。今はもう見れなくなった景色に、三葉の心が揺さぶられる。しかし、気になるのはその絵の視点だ。この景色が拝めるのは……

 

「瀧くん?」

 

「何?」

 

「これ、どうやって描いたの?」

 

「よく覚えてないけど、手本を見ながら描いたわけではないと思う。」

 

「ならどうして、宮水家しか入れない山の山頂から見た、彗星が落ちる前の糸守湖が描けるん?」

 

「そ、そうなの!?」

 

三葉はパラパラとページをめくる。

 

「この橋も、この自販機カフェも、糸守高校も……、私の見た通り。手本もなしにここまで再現するなんて……。」

 

「おかしいなぁ……。糸守に行ったのは五年前の一回きりだし、まして彗星が落ちる前の風景なんて写真しか見てないのに……。何で俺はこんな絵を描けたんだ?」

 

「高校の教室の机と椅子の数までぴったりやよ。」

 

「…………俺って変態?」

 

「…………………かもしれへん」

 

瀧はガクッと肩を落とす。

 

「冗談やよ………でも懐かしい。ただの写真とは違う。糸守の息吹が聞こえるみたい。私らはここで生活してたんやって、すっごく感じる。本当に、あの頃の糸守が、この絵には詰まってる…………。」

 

「三葉……」

 

そして、三葉は最後のページをめくる。そこには、驚愕のものが描かれていた。

 

「瀧くん……?」

 

「何?」

 

「何で私の部屋が描いてあるん?」

 

「ふぇっ!?」

 

最後のページの、和室に勉強机が置かれた、何年も慣れ親しんだ部屋。この部屋を知るのは家族と親友二人だけのはずなのに………。驚いたことに、畳の張り方、本棚の本の配置、ハンガーに架かる制服の吊り方まで同じだ。その、あまりにも忠実に再現された自分の部屋に、もう二度と見ることはない部屋に、涙が溢れてくる。

 

「三葉……?」

 

「ありがとう、瀧くん。これがどうやって描かれたかは知らん。けど、ここには私たちがいた頃の糸守が、生き生きの描かれてる。」

 

そして、瀧への想いが溢れてくる。

 

「やっぱり私、瀧くんのことが好きやわ。」

 

瀧は目を見開いた。実は両想いだったのだ。

 

「三葉……。俺もだよ。俺も三葉のことが好きだ。もう離さない。絶対に。」

 

「瀧くん……!」

 

二人は抱きしめあった。お互いの体温を感じ、それだけで胸が満たされていく。すると、瀧が一旦三葉を離し、思い切った様子で言う。

 

「三葉………、お前が好きだ、大好きだ。だから…………付き合ってください!」

 

「……………!」

 

三葉の胸がいっぱいになると同時に、なぜかこうなることが自然であるかのようにしっくりくる。やはり、私が探していたのは瀧くんだった。そう断言できる。

 

「……喜んで」

 

再び二人は抱きしめ合う。そして、どちらからともなく唇が重なった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

瀧は帰っていく三葉を見送る。三葉も、最後まで手を振りながら駅へ向かう。まだ出会ってから4日しか経っていないが、もう瀧も三葉も、お互いのいない生活を考えられない。黄昏時にはまだ差し掛からない時間、燃えるようでかつ暖かな光を放つ橙色の夕焼けが、二人の幸せそうな横顔をこれ以上になく美しく染め上げていた。

第1章 完




<次回予告>ついに恋人となった瀧のことを想像しながら、三葉はルンルン気分で帰路に就いていた。以前とは明らかに様変わりした三葉に呆然とする人影など目にも留めずに………。
次回 第8話「誰がための訪問」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第2章 出逢いは絶えず
第8話 誰がための訪問


さて、受験勉強真っ只中な僕でありますが、この度の衆議院解散総選挙で初めて国政選挙に参加できるので、しっかり投票して来たいと思います!皆さんも選挙行きましょう!
では、本編スタートです!


かくして、この瀧との初デートの日、瀧と三葉の恋人生活はスタートを切った。三葉はルンルン気分で時折スキップしながら家に帰っていく。ただでさえ周囲の目を引く行動であるが、その姿を偶然目撃し、余程ショックだったのか、目を見開いてフリーズした女性がいた。

左目の下のほくろとショートヘアーが印象的な彼女=名取早耶香は三葉の幼馴染で、三葉と同様に彗星災害から東京に移り、現在は都内の私立高校で教鞭をとっている。早耶香は土曜日の勤務を終え、たまたま瀧の家の近く、四谷周辺の雑貨屋を物色した帰り道でこのスーパーアルティメット恋する乙女状態の三葉を発見したのである。

はっと早耶香が正気に戻った時にはすでに三葉の姿はなかった。とっちめてやろうと思ったのに、と歯軋りしたが、見失ったものは仕方ない。取り敢えず同じく三葉の幼馴染で、早耶香の婚約者でもある勅使河原克彦に知らせることが先決だと早耶香は判断し、家へ全力で夕焼けに照らされているアスファルトの上を駆けてゆく。

 

建築家である勅使河原克彦の休日は不定期である。勅使河原建設の社員の1人でありながら、すでに建築界の若手のホープとして関東各所で辣腕を振るっている克彦に仕事を頼む団体や個人は多いのだが、その日はたまたま休みであり、呑気に夕飯の支度をしながら鼻歌を歌っていた。

都心とベッドタウンの真ん中あたりにあるマンションの一室で、克彦は明日に入籍を控える早耶香の帰りを待っていた。時計は6時15分を指している。そろそろかなと思っていると、明らかにヒールで走る足音が聞こえてきた。早耶香であるのは多分間違いないが、何をそんなに急いでいるのか?煮込んでいたクリームシチューの火を止め、玄関の方を覗き込む。程なくしてバタン!と凄い勢いでドアが開き、息を切らした早耶香が部屋に突入してきた。靴もその辺に脱ぎ散らし、唖然としている克彦に興奮した様子で詰め寄ってくる。

 

「なぁ!!てっしー聞いて!!!」

 

明日に入籍を控える二人はお互いを下の名前で呼ぼうと決めていたにも関わらず、昔のあだ名でまくし立ててくる。

 

「どうしたんや早耶香、えらい慌てて。」

 

そう訊くのが手一杯である。

 

「三葉が、三葉がなぁ!!」

 

「頼むから落ち着いてくれ。近所迷惑や。んで、三葉がどうしたんやって?」

 

早耶香は息を整え、間を置きながら見たことを話す。

 

「三葉がね、あの三葉がよ、ニヤニヤしながらスキップしとったんよ!」

 

「な、なんやて〜〜!!」

 

確かにそれなら早耶香の態度も納得いく。自分がもしそんな三葉を見かけたら、あまりにもの豹変ぶりに卒倒してしまうかもしれない。

 

「そうなんよ。今さっき帰りに雑貨屋物色してて、ええもんなかったわ〜と思って帰ろうと思ったらやよ、それはもう幸せそうな笑顔でニヤニヤしながらスキップしとったんよ!」

 

「それは確かに嬉しいことやけど、めっちゃ見たかったな、それ。」

 

彗星災害以来、何か大事なものを失ったかのように物思いに耽ることが増え、本気で笑わなくなってしまった三葉を、親友かつ幼馴染である二人も心配していたのである。そんな三葉が本気で笑っている。それは嬉しいことであるのは間違いない。だが、性格上どうしても気になってしまう。

 

「で、何があったかは聞かんかったんか?ひょっとして、あの三葉に男か?」

 

「それがやらかしてもうたんよ。あんまりにもビックリしすぎて思考ぶっ飛んでる間にロストしてしもた。」

 

「マジか〜」

 

「この名取早耶香、一生の不覚。」

 

「明日から勅使河原早耶香やけどな。」

 

「あぁー、明日から名前が漢字7文字か〜。」

 

「せやな〜」

 

ふと、克彦に名案が思い浮かぶ。

 

「せや、明日区役所行くついでに三葉の家寄らへんか?結婚の報告のついでに……」

 

「尋問大大会と……」

 

克彦も早耶香も互いに悪党顔を近づけ合う。そうなれば話は早い。やる事は三葉の家にアポを取るだけだ。克彦が四葉に電話を掛けようとすると、ちょうど四葉から電話が掛かってきた。

 

「もしもし、勅使河原です。」

 

「あ、てっしー?四葉やけど。」

 

「ちょうど電話しようと思っとったんや。何か用か?」

 

「ねえちゃんのことやねんけど……」

 

「ニヤニヤしながらスキップして帰ってきたんやろ。」

 

「なんで知っとんの!?」

 

「早耶香も帰り道で見かけたらしいんや。四葉は何か知っとるんか?」

 

「どうやら男みたいやねんけど、真相は分からん。」

 

「ちょうどよかった。明日ちょっとそっち行ってええか?」

 

「3人でねえちゃんを締め上げると……」

 

電話の向こうでニヤつく四葉が想像できる。さすが四葉、察しがいい。

 

「そういうことや。ほんまはついでやねんけどな。」

 

聡い四葉は勘づいたようだ。

 

「祝福の言葉は明日に取っとくわ。」

 

「ありがとうな、じゃあ明日っちゅうことで。明日は三葉も家におんのか?」

 

「うん、明日はおるって言ってた。昼御飯用意しとくから。さやちんにもよろしくね〜、じゃあね〜」

 

「ありがたく頂くわ。そっちも三葉によろしく………言わん方がええな。」

 

「こういうのはサプライズの方が効果あるからね〜」

 

「んじゃ、また明日。」

 

克彦は受話器を置き、早耶香に向き直る。

 

「じゃあ、三葉に何があったかは知らんけど、取り敢えず飯にしよか。」

 

「そうやね。」

 

二人は食卓の用意を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

明けて日曜日。今日は瀧とは会えない。三葉は心持ち暗くなる。そういえば昨日は自分でもどうかしてると思うほど発狂していたはずなのに、あのゴシップ大好きな四葉からさほど追及されなかった。少し奇妙ではあるが、今つつかれたらどんなボロが出るか分からない。今日は四葉が炊事当番であるため、掃除と洗濯をしてしまえばもうやることはないため、瀧のことを考えてはニヤニヤしながら部屋でゆっくりしていた。

まもなく12時になろうという頃、三葉の部屋にもミートソースの香りが漂ってきた。どうやらパスタのようだ。しかしまだ三葉は気づいていない。すでにこの部屋には二人の侵入者がいることを。四葉がミートソースパスタを四つの皿に盛り付ける。侵入者=克彦と早耶香はニヤつきが抑えられない。そして、ついに四葉が三葉を呼んだ。

 

「ふわあぁ〜〜い」

 

と、なんとも間抜けな返事が返ってきた。そして三葉は扉を開け、もちろんフリーズする。

 

「三葉、邪魔しとるで」

 

「三葉、はよ食べようよ〜、私もうお腹空いた〜」

 

「ねえちゃんはよ座りよ〜〜」

 

「…………なんでてっしーとさやちんがおるんよ。」

 

「まあちょっと話があるんや。」

 

三葉が席に着いたところで克彦と早耶香は改まり、克彦が切り出す。

 

「この度、わたくし、勅使河原克彦と名取早耶香は夫婦になりました!!」

 

「今日から私は勅使河原早耶香なんよ。」

 

三葉はその言葉に驚きながらも感動する。

 

「さやちん、てっしー、おめでとーー!!」

 

三葉の目から涙が溢れてくる。そういえば、大学時代はこの2人を何としてもくっつけようと色々画策したものだ。それが、ようやく実ったのだ。嬉しくないはずがない。三葉は心の底から2人を祝福した。

新郎新婦の惚気話を肴にして4人は和気藹々と食事する。だが、そんな安寧の時は長くは続かない。まだメインディッシュは始まっていないのだ。今日の本当の目的は克彦と早耶香の結婚を祝福することではなく、三葉を締め上げることなのだから。徐々に克彦と早耶香と四葉の戦意が高まっていく。そんな3人の気配に気付く様子もなく、三葉は呑気に克彦と早耶香の惚気を聞きながら、幸せな時間を過ごしていた。




<次回予告>遂に始まった三葉追及作戦、しかしその実態は三葉の想像とは全く異なるものだった。一方その頃瀧は、高校時代の同級生と飲むべくある居酒屋を訪れていたが、そこにはサプライズゲストがいた。
次回 10月2日月曜日午後9時3分投稿 第9話「2つの査問会」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第9話 2つの査問会

「君の名は。」がハリウッドリメイク決まりましたね。JJエイブラムスさんだから大丈夫だとは思うんですが、あんまり世界観壊すなよ〜〜。いかんせん1998年にローランド・エメ○ッヒに世界観めっちゃくっちゃにぶち壊された作品を知ってるだけに、イマイチ不安が拭えません……。


4人は四葉の作ったパスタも完食し、食器洗いも済ませ、ひと段落していた。時刻は午後1時30分。ついに実行の時が来た。三葉を除く克彦と早耶香と四葉の3人が急に改まる。そして全員が三葉を凝視する。

 

「み、みんな急にどうしたんよ。」

 

克彦が返す。

 

「実はな、今日ここに来たんは俺らの結婚を報告することだけやないんや。」

 

早耶香が継ぐ。

 

「実は昨日、私見てしもうたんよ。満面の笑みを浮かべながらスキップしてたん。」

 

「な、なんのことやろな………?」

 

三葉はしらばっくれるが、それくらいで3人が納得するわけもない。四葉が人差し指を額にあてて部屋をゆっくり周回して某異色刑事ドラマの主人公の警部補のモノマネをしながら質問する。

 

「宮水三葉さん」

 

「はい。」

 

「あなたは火曜日に何かがありましたね。」

 

「は、はい……。」

 

「彗星が落ちてから今まで何かを探し求めていた。その何かを見つけたんですね。」

 

「えっ……」

 

「それはズバリ瀧さんですか?」

 

「………………はい。」

 

その名前、どっかで聞き覚えあるなと思いながらも克彦が口を挟む。

 

「ま、待てい。その瀧っちゅうのを四葉は知っとんのか?」

 

無視すると見せかけてモノマネを続行しながら答える。

 

「あなたは火曜日、急に夕食を食べるから遅くなると連絡してきた。いくらなんでも遅かったので電話をかけたところ出たのが瀧さんです。さらにウチの最寄り駅まで完全に世の男を煽るレベルまで酔い潰れた宮水さんを送ってくれました。2人でお食事なさってたんですか?」

 

「うぅ……やな事思い出させんとってよ〜」

 

「どうなんですか?」

 

「…………そうです。」

 

「ここでお尋ねします。瀧さんとはいつどんな風に出会ったんですか?」

 

早耶香と克彦が身を乗り出してくる。

 

「さあさあ宮水三葉さん、話していただけませんかね〜。」

 

「隠し立てしてもためにならんからのー」

 

前者が早耶香、後者が克彦である。完全に面白がっている。

 

「そんなに面白がらんでよ〜」

 

「いいや、一親友としてここは譲られんなあ」

 

克彦が完全に揶揄い口調で切り返す。

 

「うぅ〜〜」

 

「では質問を変えましょう。瀧さんとはデキてるんですか?」

 

なおも渋る三葉に今度は早耶香が追い打ちをかける。

 

「三葉ちゃ〜〜ん、答えたくなかったら別にええんよ〜〜、答えたくなるまで付き合うたるから。」

 

ここで三葉は悟った。今日のこの4人が集ったこの空間それ自体が三葉に瀧の事を吐かせる巧妙な舞台装置だったのだ。最初から3人の手の平で踊らされている三葉に逃げ場などない。もうこうなりゃ笑われても構うもんか、全部洗いざらい白状してやらあーー!

 

「……デキてます。」

 

決意の割には声が小さすぎる。全員が聞き返してくる。

 

「えぇ、何て?」

 

「やーかーらー、瀧くんとは恋人同士です!!」

 

盛大に笑われるのを覚悟していた。だが、その反応は逆に三葉が困惑するほど暖かいものだった。早耶香などはすでに涙腺が決壊していた。

 

「三葉ぁ〜〜、良かったなぁ〜〜。」

 

「三葉もええ人にようやく出会えたんかぁ。」

 

「ねえちゃん………。」

 

「ま、待ってよ。そんなに私に恋人ができる事が嬉しいん?」

 

「そらそうや。早耶香も四葉ちゃんもみんな心配してたんや。お前の事。彗星落ちてからあんま笑わんくなるし、手の平見ながらボーっとするようになるし、男も作らんし……。」

 

「そんな三葉、痛々しすぎて見てられへんかったんよ。だから男の子紹介したりしたんやけど、どんなにええ人でもアウトオブ眼中で。こんなんで三葉の人生終わってまうんやろかってずっと心配してたんよ。」

 

「でも火曜からのねえちゃんは違う。なんかキラキラしてて安心できる。たまにぶっ飛び過ぎてるけど、前よりは幾分マシやよ。」

 

「てっしー、さやちん、四葉……。」

 

三葉の目に涙が溢れてくる。そこには感動だけでなく、自分の近しい人にこれ程までに心配をかけた事への恥ずかしさの成分も混じっている。

 

「心配かけてごめんね、みんな……。でももう大丈夫やよ。私には瀧くんがいてるから。ちゃんと瀧くんっていう探しものを見つけたから。」

 

瀧の名前が出た途端……

 

「そうや、その瀧っちゅう男や。どないなんや。」

 

「火曜に見た感じやったらそこそこイケメンやったけど、歳は?」

 

「性格は?っていうかどこまで行ったん?」

 

さっきまで号泣していた早耶香までもこの変わり身の早さである。やはりこの3人はゴシップが絡むと厄介だ。

 

「何でそんなにころっといいムードぶち壊すんよ〜。」

 

「そんなんねえちゃん、男がおるんは大体想像つくねんから、男の情報が気になるやないの。」

 

「その通りや。三葉をどこの馬の骨とも知らん奴にはやれんからの。見極めは大事や。」

 

「そうやよ、三葉。ひどい男やったら私がぶちのめしてやるんやからね。」

 

「何か反論の角度微妙にズレてへん!?」

 

「さあ三葉さん、この辺りが年貢の納め時だ、さっさと吐いてもらいましょう。」

 

四葉が急に取調べ中の刑事のモノマネを再開する。今までのらりくらりと追及を交わして(勝手に尋問側の話が逸れたのも幸いして)ここまで難攻不落を誇ってきた三葉城はようやく落城した。

 

「……名前は立花瀧くん。今年大卒社会人1年目の22歳。」

 

「と、年下あ〜〜!?」

 

克彦が意外そうに声を上げる。早耶香も追随する。

 

「年上がタイプやと思っとったんやけど……」

 

「でも話してたら同級生みたいなんよ。優しいし。」

 

「うわあーー、あの堅物で有名やったねえちゃんがのろけとる〜〜!」

 

「写真あらへんのかい、写真。」

 

克彦にせっつかれて昨日の別れ際に撮ったツーショットを見せる。

 

「整った顔立ちしてるんやね。優しそうやし。うん。三葉。この私が太鼓判押す。この人で大丈夫やよ。」

 

「さやちん……」

 

「問題ない。三葉を預けるに足るな。お似合いやわ。」

 

「てっしー……」

 

「火曜日に襲わんかった時点で私は認めとるよ。」

 

「四葉……」

 

「そういえば出会いの事聞いてなかったな。」

 

三葉は火曜日の朝の出来事を話す。

 

「まさに運命や!!」

 

3人のセリフに0.1秒の誤差も生じなかった。

 

 

日が傾きかけ、克彦と早耶香は三葉の家を出る。

 

「三葉、今度は彼氏紹介しろよ。」

 

「そのうち結婚式の招待状おくるからね。ブーケ、受け取ってよ〜〜」

 

「さやちんもてっしーもほんまにありがとう。私、絶対瀧くんと幸せになるからね!!」

 

ラブラブな2人の背中を見送りながら三葉は決意を新たにする。瀧と2人で幸せな未来を掴み取ることを。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

対してこの時刻、瀧の日曜日はまだ開始のゴングが鳴らされたばかりであった。久々に高校時代からの親友の司と高木と3人で飲む予定だったが、司がサプライズゲストがいると言って参加者が4人になる事を唐突に発表した。その4人目とは……

 

「久しぶりね、瀧くん。」

 

「半年ぶりですかね、奥寺先輩。」

 

「もうすぐ奥寺じゃ無くなるわよ。」

 

「…………ミキ先輩?」

 

「やっぱり奥寺先輩でいいよ。聞いててこっちが違和感ある。」

 

そうクスクス笑っている大人の色気を醸し出すこの美人は、高校生の時にバイトで知り合い、糸守行へも同行した3歳年上の奥寺ミキである。就職前に一度話した時に婚約指輪を嵌めていたが、相手が誰なのかは不明である。そんなミキが瀧の微妙な変化にいち早く気づいた。

 

「あれ?瀧くん、雰囲気変わった?」

 

「そ、そうですか?」

 

「何か今まで表情に掛かってたカーテンが取れた感じ。」

 

「そういえば何か柔らかな感じがするなあ。」

 

高木が同意する。

 

「何か最初に瀧を見た時に違和感あったんだ。」

 

司もどうやら気づいていたようだ。

 

「じ、実は……」

 

「実は?」

 

「か、か、彼女ができました!!」

 

耳まで真っ赤にしながらそう宣言する。ミキは目を見開き、司は持っていたナプキンを取り落とし、高木はお冷を吹き出しかけていた。しかし、やがて司がしみじみとした様子で言う。

 

「お前の探し物、見つかったんだ……」

 

「えっ……」

 

ミキが付け足す。

 

「糸守から帰ってきた後、君は何か大切なものを失った感じがしてた。このまま、自分でも分からない何かを追い求めながら生きていくんじゃないかって……心配してたのよ。」

 

「すみません、心配ばっかかけて……。でも、もう大丈夫です。三葉と2人で幸せになります。」

 

高木がじっと瀧の事を見つめ、徐ろに口を開く。

 

「お前、今すごくいい表情してる。今まで笑顔に付きまとってた影も取れた。もう大丈夫だろう。俺から言うことは何もねえよ。」

 

「高木……」

 

「あ、彼女の写真ないの?」

 

瀧はツーショット写真を見せる。

 

「瀧お前、ずりぃぞ!こんな美人な彼女捕まえやがって!」

 

「これまた綺麗な人だなぁ。」

 

「あら、優しそうじゃない。ところで、馴れ初めは?」

 

瀧は火曜日の朝の出来事を話す。

 

「てめぇナンパか!?」

 

「司、男の嫉妬は見苦しいぞ。」

 

「運命ね。」

 

反応は三者三様だったが、みんな祝福してくれているようだ。楽しい時間もすぐに流れてゆき、別れの時間となる。

 

「ちゃんと幸せになりなさいよ〜〜」

 

「今度は彼女連れてこいよ!」

 

「またな、彼女、楽しみにしてるぜ。」

 

「みんな、ありがとう!!」

 

瀧も決意を固めた。必ず三葉と幸せな未来を掴み取る決意を。

 

 

それぞれに対して激動であった日曜日が終わっていく。偶然にも2人とも旧友たちと会うという似た体験をし、同じ決意を固めた日曜日が。2人の恋路はまだ始まったばかりである。




<次回予告>週が明け、これまでよりも明らかに晴れやかな表情で出勤した瀧と三葉。そんな瀧へ、建築界きっての若手のホープから仕事の依頼が舞い込む。
次回 10月9日月曜日午後9時3分投稿 第10話「クロスする出会い 前編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第10話 クロスする出会い 前編

本日10月9日は体育の日な訳なんですが、元々は体育の日は10月10日で、1964年10月10日に行われた東京オリンピック開会式を記念した祝日でした。それが連休の都合から10月第2月曜日に変更されて今に至るのですが、僕の友人は誰もこの事を知りませんでした。そんなにマイナーな事なのかな?僕は親から聞いたのですが………。
では、本編スタートです!


月曜日。学生も社会人もみんな自分の行くべき場所への足取りが重くなるものだが、その大原則を無視するかのように張り切って瀧は職場へ向かっていた。もう、迷いはない。三葉というかけがえのないものを見つけたから……。心を覆っていた霧が晴れ、大人の余裕と落ち着きを醸し出し、一週間前の彼からは考えられないほどの輝きを放っている。人は、身に纏う雰囲気を変えるだけで大幅に周囲の反応も変わる。そんな瀧の変化にいち早く気づいたのは狩野だった。

 

「何かいいことでもあった?」

 

「ええ、まあ。」

 

狩野は内心狼狽える。普通はあたふたするもんやろ!……が、一応冷静を装い、質問してみる。

 

「教えてくれる?」

 

「昼休みにでも、じっくりお話します。取り敢えず仕事しましょう、狩野先輩。」

 

どうした立花瀧。お前はこんなに大人な感じではなかったはずだ。狼狽しながらも狩野は仕事に手をつけ始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

変わったのは三葉も同じである。会社に着いて荷物を降ろした三葉の顔を堀川が変なものでも見るように覗き込む。

 

「どうかした?」

 

「お前……まさか例の立花っちゅう男とデキた?」

 

堀川はカマをかける。三葉のことだ。まず慌てふためく。その後の台詞が全てを物語ってくれる……はずだった。

 

「うん、まあ。」

 

堀川は唖然とする。もちろん彼女の宣言に対してではなく、彼女の態度に対してだ。何だ、この余裕は。表情から影が取れただけにとどまらず、さらに人間的に磨きがかかっている。この週末何があった?

 

「写真はあんのか?」

 

三葉はスマホを操作し、四葉たちにも見せたツーショットを堀川に見せる。

 

「ふーん。優しげでシュッとしてて、なかなか男前やん。」

 

「シュッと?」

 

「…………ちょうどええ標準語見つからへんわ。」

 

「…………。」

 

「それにしてもさ、出会って一週間も経ってないねんで。ほんまに言うてる?」

 

「うん。」

 

幸せそうな笑みを崩さず答える。それを見て、堀川は安堵した。瀧だからこそ、三葉をここまで変えることができたのだ。もう心配することはない。最後まで三葉は瀧と2人で駆け抜けて行くのだろう。納得した堀川は仕事の話題に転じた。

 

「せやせや。今週末で伊丹先輩産休に入るやろ。」

 

「うん。」

 

伊丹とは三葉と堀川と同じ部署の一年先輩の女性社員で、昨年結婚しており、すでにお腹が膨らんできていた。

 

「ほんで千葉支店からヘルプ来るらしいんやけど、俺らと同い年やからって言うて、3人で組ますみたいやねん。」

 

「そうよね。もともと伊丹先輩と3人で組んでたしね。」

 

「これがなかなかやり手らしいで。」

 

「男の人?」

 

「女らしい。名前はまだわからんな。でももう引き継ぎ作業にも入らなあかんし、明日明後日ぐらいにはご対面できるやろな。」

 

「楽しみやね。」

 

「訛った。」

 

「楽しみだよね。」

 

「そこは直らんのかい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼休み、以前の尋問にも使用された給湯室で瀧と狩野が密談を行なっている。

 

「あんたら会うて一週間経ってないやん。」

 

「そうなんですけど、なんか、もう離したくないんです。」

 

「きっとウチらが思ってるより深いところで繋がってんねんやろな……。そうや、あんたの彼女の写真見せてえ。」

 

瀧は奥寺たちに見せたツーショットを狩野に見せる。

 

「あんた、一つだけ聞いてええか?」

 

「どうぞ。」

 

「こんなべっぴんが今まで1人も男作らんかったん?」

 

「らしいです。」

 

「世の男は何をやってんねや……」

 

「山ほど告白されたらしんですけど、何かしっくり来なかったそうです。で、俺を見た瞬間、この人しかいないって思ったそうです。」

 

瀧は照れ笑いしながら説明する。自分で振っといて何なんだが、のろけとんちゃうぞ、このヤロー!

 

「幸せになりや、あんた。」

 

「もちろんです。」

 

堂々と宣言した瀧の姿は、狩野より年下だとは思えないほど、大人の余裕を醸し出していた。もう何も心配はいらない、と狩野は判断する。おそらく瀧には三葉しかおらず、三葉には瀧しかいないのだ。完全に他人の入る隙などない。これから2人でどこまでも歩いて行くのだろう。

 

「ほんで仕事の話やねんけどさ、この度うちの上司がなかなかやりがいのある仕事を持ちかけてきた。」

 

「そうなんですか?」

 

「建築界若手のスーパールーキー、勅使河原建設の勅使河原克彦や。」

 

「マジですか!?」

 

「しかも驚いたことに、あんたを名指しで指名やで。」

 

「嘘!?」

 

「マジや。どうやらうちの上司と勅使河原建設の社長さんが長年の付き合いらしくて、その話し合いに私もついて行ってんけど、うちらの相談の席にたまたま居合わせてな。ちょうど今年の新入社員の話してて、あんたが入社試験で書いたデザインが机の上に放り出されとってん。それを見た勅使河原がこいつと仕事させてくれって言うたんや。」

 

「いつの話ですか?」

 

「金曜や。ウチらおらんかったやろ。」

 

「そうでしたね。」

 

「水曜日、1回目の話し合いや。一応ウチもついて行くけど、あんたの初仕事や、一発気合い入れてやり。」

 

「はい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

しかし当日、狩野は突然入った仕事によって来れなくなってしまった。昼過ぎに仕事を上がり、仕方なく1人で待ち合わせ場所のカフェに向かう。狩野がチョイスしたお洒落なカフェに入ると、明らかにこの場の雰囲気にそぐわない、ガッチリした体格で丸刈りの青年が恐らく慣れていないのだろう。妙に堅苦しげにスーツを着て窓際の席に座っていた。店員に予約していると告げると、案の定その男の席に誘導された。席に着き、挨拶を交わしながら名刺を交換する。

 

「どうも、勅使河原建設の社員の勅使河原克彦いいます。」

 

「こちらこそ、株式会社○○○○の立花瀧です。本日はどうぞよろしくお願いします。」

 

克彦が何か変なものでも見たような表情でこちらを見てくる。

 

「あの〜、どうかなさいました?」

 

「いや、何でもあらへん。こっちの話こっちの話。」

 

瀧は克彦の訛りに疑問を持つ。これって確か糸守の訛りじゃ……。

そう考えながら克彦の方を見ると、何かを得心した表情で頷いている。何があったかは知らないが、先へ進めるしかない。

 

「私のデザインをご覧になったそうなんですが……」

 

「せやせや、あんたのデザイン、えらい気に入ってな。何かこう、俺の故郷を思い出させる何かがある気がしてな。」

 

仕事の話は順調に進み、ひと段落する。ここで瀧は一目見たときから抱いていた感想を口にしてみた。

 

「あの……変なことを言うようで何なんですが……」

 

「何や、言うてみい。」

 

「俺たち、どこかで会ったこと、ありませんかね?」

 

「奇遇やな、わしもそない思っとった。」

 

克彦は考え込む。その眼差し、ちょっとした仕草をどこかで見た覚えがある。そして、思い至った。

 

(狐憑きモードの三葉か……?)

 

そんなはずはない。と言い聞かせながら、三葉の彼氏を品定めする。写真で見た通り、整った目鼻立ちに優しさを感じさせる大きな瞳。誠実な物腰にふとした時に見せる気遣い。

 

(三葉、ええ男引っ掛けたな……)

 

ここで瀧から声が掛かる。

 

「勅使河原さん。」

 

「何や。」

 

「勅使河原さんの出身って糸守ですか?」

 

「何でそう思う?」

 

「糸守出身の知り合いと訛りがそっくりだったので。」

 

「まあ、その通りや。」

 

瀧の中で全てのピースがはまる。出身は糸守、瀧の顔を見た時の反応。さっきからの品定めするような目線。そこから導き出されるのは……

 

「勅使河原さん、三葉のことをご存知ですね。」

 

「……バレたか。」

 

「では俺を名指しにした理由も……?」

 

「それはちゃうな。お前のデザイン見てお前を選んだけど、三葉の彼氏やって知ったんはそれより後や。」

 

「なら良かったです。」

 

「三葉の言うてた通りや。何かお前が年下には思えん。まるで同級生みたいや。」

 

「俺も勅使河原さんが年上には思えなくて……」

 

「かまへん。ちょっとタメ口にしてくれ。何かこそばゆいわ、敬語使われると。」

 

「わかったよ。……てっしー。」

 

「お、いいねえ。これからも仲良くしような、瀧。」

 

「こちらこそ!」

 

こうして、どちらの記憶にもないが、時を超えて2人は再会したのである。共に店を出た2人は連絡先を交換し、克彦が無理矢理瀧の肩を組んで歩き出す。そんな2人を、桜を散らせる春風が追い越していく……




<次回予告>三葉の元にやって来た産休の社員のヘルプ要員は意外な人物であった。一方、克彦に捕まった瀧はある場所へと招待される。互いに覚えていないが、着々と再会が為されていく。
次回 10月16日月曜日午後9時3分投稿 第11話「クロスする出会い 中編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第11話 クロスする出会い 中編

どうも、かいちゃんです。
きのうのプロ野球クライマックスシリーズの阪神対横浜、すんごいことになってましたね。
名付けて甲子園ガタリンピック!みたいな笑
では、本編スタートです!


前話から少し時間を戻して水曜日朝。三葉の部署に産休で抜ける社員に代わって千葉からやってきた女性社員が紹介される。

 

「奥寺ミキ君だ。まだ4年目ではあるが千葉支店で売り上げ成績トップを保ち続けた非常に優秀な社員だ。みんな仲良くな。ちなみに男性社員諸君、彼女には婚約者がいるらしいから手出しはしないように。」

 

男性陣からため息が漏れる。

 

「宮水君を釣り損ねた時点で負けだ。諦めて他のところから女引っ張ってこい。この甲斐性なしどもが!」

 

ガハハハと豪快に笑う上司の言葉に、男性陣は更に傷口を抉られたようだ。胸を押さえて意気消沈している。

 

「では、各自業務に戻りたまえ。宮水と堀川は奥寺君に色々説明してあげなさい。その3人で組むことが多くなるだろうから。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時は流れ、お昼時となった。堀川が外回りに出掛けたため、結果三葉はミキと2人で昼食をとることになった。三葉はミキを観察する。第一印象は掛け値無しの美人。少し垂れた目尻とふくよかな唇がミステリアスな雰囲気を醸し出している。午前中行動を共にしていても、何事につけてもテキパキしていて、要領もいい、デキる女だ。しかしさっきからの品定めするような目線は何なんだ?

 

「あなたが宮水三葉さんよね?」

 

「え、まあそうですけど……」

 

「何硬くなってんのよ。私たち同い年でしょ。」

 

「奥寺さんは婚約者がいるん……だよね。」

 

「まあね。あなたはどうなの?彼氏とかいるの?」

 

「うん。」

 

「どんな人?」

 

「優しくて、それでも頼もしくて、どこか懐かしくて、もう離したくない人。」

 

「そう。いい人に出会えたのね。」

 

「奥寺さんの彼氏はどんな人なの?」

 

「ミキでいいわよ。……そうね。優しい人。ちょっと頼りなかったりするけど、その頼りなさが私を大事に扱ってくれてる証拠って分かって、とっても安心できる人。」

 

「ミキさんひょっとして私のこと探ってません?」

 

「どうして?」

 

「そんな気がするだけなんだけど……」

 

「いい勘してるわね。実はね、私、瀧君の昔からの知り合いなの。」

 

「えっ」

 

「でね、たまたまこっち来ることになって、社員リスト見たら、あなたがいたのよ。これは昔からの友達の彼女がどんな女か興味持っちゃうじゃない?この前の日曜日に瀧君と飲んだんだけど、あんなに惚気た瀧君見るの初めてで……ちょっと嫉妬しちゃったな。一時期瀧君のこと好きだったから。」

 

「そうなんですか?」

 

「彼が高校生の時かな?なんかそれまでと違って急に女子力つけちゃってさ、可愛かったのよ、彼。で、一緒にちょっと遠出したことがあったんだけど、そこから帰ってきた瀧君は何か暗かった。ずっと遠くを見るようになって、本気で笑わなくなったのよ。まるで大切な何かを失ったような、そんな表情しかしなくなって……。

凄く心配したのよ。積極的にアプローチしたりもしたんだけどね、何か私のことなんか目に入ってなかった。ずっと何かを探していた。でも、あなたと出会って瀧君は間違いなく変わった。いえ、本当の自分を取り戻したのよ。だから、彼を変えたあなたと話がしたかったの。大切な1人の友人を預けるに足りる女かって。」

 

三葉はミキが信用できる人だと思った。ミキはちゃんと瀧を1人の人間として見ていた。こうやって自分の失恋話をしてくるのは、決して妬んでいるからではない。本気で瀧のことを心配していたからこそ、ミキは瀧の過去を明かしているのだ。

 

「そうだったんだ……。」

 

「大丈夫よ、瀧君はあなたしか見てないし、あなたも瀧君しか見てない。とってもお似合いだわ。だからね、2人で幸せになりなさいよ。ならなかったら許さないから。」

 

「うん。絶対になる。」

 

瀧くん、こんないい人に心配させたらいかんよ。三葉は心の中で瀧に抗議する。

 

「安心した。ところ三葉ちゃんさ、変な話なんだけど、どっかで会ったことない?」

 

「私もそんな気がしてたんだ。きっといい友達になれるよ。私たち。」

 

2人はお互いに笑いあった。ミキには、その三葉の笑顔がかつて自分の破れたエプロンに刺繍してくれた瀧の姿とかぶった。

 

(そんなわけないか……)

 

昼休みがまもなく終わる。新たに友人となった2人は笑顔で社屋に帰っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

早耶香はその日も割とクタクタになって帰ってきた。高校生を、大人とも子供ともつかない思春期の微妙な時期の生徒を何十人と扱うのだ。

 

「はあ〜〜疲れた〜〜」

 

そう言ってソファーに倒れこんだ瞬間、朝に克彦が言っていたことを思い出す。

 

<ちょっと上手いこといったら客連れてくるかもしれへんから、晩飯もう1人分(・・・・・)多めに作っといてくれへんか?大丈夫や、お前も見たら多分喜ぶから。>

 

しかし一体誰だろう?怪訝に思いながらもかなり多めの夕食の用意をして待っていると、克彦が帰ってきた。

 

「早耶香、客連れてきたで〜〜。玄関までおいで〜〜。」

 

「はーい。」

 

早耶香は玄関へ向かい、客人の顔を見て絶句する。

 

「そ、そ、その人って………、みみみ三葉の……」

 

「せや、三葉の彼氏の立花瀧くんや。」

 

「初めまして。立花瀧です。」

 

「ま、ま、まあどうぞ上がってってください。」

 

「すみません、お邪魔します。」

 

早耶香は瀧をリビングに座らせて克彦を物陰に連れ込む。

 

「なんやの、私聞いてへんよ!」

 

「怒るなや。俺かて誘っても来てくれるかどうか分からんかったんや。それに見たかったやろ、三葉の彼氏。」

 

「そらそうやけど、寿命縮んだわ。それに今日、三葉も四葉ちゃんも来んのに、教えてないん?」

 

「言うてるわけないわ、教えたらおもろないやろ。」

 

「まあ、それは面白いやろうけど……」

 

そう、早耶香と克彦は日曜日のお返しをするためにこの日は三葉と四葉を自宅に招待していたのだ。さらに克彦は瀧と水曜日に話をすると分かった途端にこの場を次の日曜日からこの日に変更したのだ。もちろん、他の3人には理由は告げずに。だが、三葉と四葉が来るまでまだ少々時間がある。それまでに早耶香は瀧と話し込むことにした。

 

「早耶香さんは高校で教鞭をとられているそうですね。」

 

「克彦にもタメ口なんでしょ、私もええんよ。」

 

「じゃあ…………、さやちんは教師やってるんだよな。」

 

「そうなんよ、もう毎日クタクタ。生徒って教師によって態度変えるでしょ。だから気を抜けなくて……」

 

「大丈夫やって、早耶香。生徒はお前のこと好いとる。」

 

「ちょっと、何で克彦がそんなこと言えるんよ。」

 

「そんなん、高校生数人ひっ捕まえて聞いたら終いや。」

 

「ひ、人の職場で何やっとるんよ!」

 

「ええがな、別に。」

 

「そうだよさやちん。別に乗り込んだわけじゃないんだからさ……」

 

「乗り込んでんのと一緒やよ!」

 

早耶香はこの3人の会話に既視感を覚えた。瀧とは初対面であるはずなのに……。

 

すると、インターホンが押された。三葉と四葉の到着である。克彦が玄関に開いてるぞ、と呼びかけ、瀧をお茶を飲んでいたコップを持たせ自分の部屋に押し込む。早耶香も空気を読んで玄関に向かい、瀧の靴を靴箱に放り込む。聡い四葉なら気づくかもしれないからだ。そして何事もなかったかのように2人を出迎える。

 

「三葉、四葉ちゃん、いらっしゃい。」

 

「お邪魔しま〜〜す。」

 

「ごめんね、さやちん。お邪魔して。」

 

「三葉は気にせんでええんよ。こっちが招きたくて招いてるんやから。」

 

「それにしても何で今日なん?水曜日やのに。」

 

「それには深〜〜い訳があるんよ。ま、上がってってよ。」

 

そして早耶香は2人を座らせてお茶を出す。全てが整ったところで克彦が切り出す。

 

「さて、今日はこの場にスペシャルゲストが来ております!」

 

三葉と四葉は顔を見合わせる。誰だ?

 

「それではお越し下さい、どうぞ!」

 

克彦の部屋から瀧が現れる。四葉は目をまん丸にし、三葉に至っては化け物を見たかのような顔で半分腰を抜かしていた。

 

「な、な、な、何でたた瀧くんがこ、こんなとこにお、おんのよ……!」

 

「ごめん、三葉。俺もつい一時間前までは来る予定はなかったんだよ……。」

 

「瀧さん、先日はうちのアホ姉が粗相をいたしまして申し訳ありませんでした!なめこの味噌汁、美味しかったです。アホ姉の二日酔いにも効いたみたいで本当に助かりました!」

 

「あんた、人のことアホ呼ばわりしんとって!」

 

「何よ、完全に酔い潰れて負ぶわれて帰って来て。あれ、瀧さんやなかったら食べられてるで。」

 

「ぐ…………。」

 

「ま、まあ四葉ちゃんもその辺で矛を収めなよ。俺が止めなかったのが悪いんだ。」

 

「それは自分の酒量をわきまえへんかった三葉に全ての非があるっちゃうもんや。」

 

「そうそう、瀧君が紳士やっただけやよ、三葉。」

 

みんな三葉に言いたい放題である。

 

「もう、そこまで言わんでもええやん!」

 

「それなら私の未来のお義兄さんに感謝の意を伝えんと。」

 

「なっ………」

 

四葉の投げ込んだ最大級の爆弾が爆裂した。三葉と瀧は同時に茹で蛸になる。そんな2人を見て、他の3人は大爆笑する。

 

水曜日の夜空に、5人の笑い声が響き渡る。瀧くん、この借りは必ず倍にして返してやるんやからね! と心の中で息巻く三葉を尻目に、楽しい夜は更けていく……。




<次回予告>勅使河原夫妻と瀧に見事にサプライズを決められた三葉は、自分もサプライズを仕掛け返すために瀧と知り合いである奥寺ミキに協力を依頼する。そして、瀧の友人と三葉との邂逅が実現することとなるのだが。
次回 10月23日月曜日午後9時3分投稿 第12話「クロスする出会い 後編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第12話 クロスする出会い 後編

どうも、かいちゃんです。
前書きと後書き載せるのをすっかり忘れておりました。これを書いたのは10/24(火)午後11時半です。
さて、横浜DeNAが日本シリーズを決めましたね。これで横浜DeNAが日本一になると、なんとリーグ優勝より日本一の回数の方が多いという謎の事態になります笑笑
では、本編スタートです!


勅使河原宅を後にした瀧と三葉と四葉が夜道を歩いている。三葉と瀧はまるで昭和のカップルのように恥じらいながら肩を並べて歩いている。一度はキスもしているのに、恥ずかしすぎて手も繋げず………

 

「瀧くん、驚かさんとってよ。瀧くんが来るって知っとったらもっとオシャレして来たのに……」

 

「ごめんよ、三葉。俺も三葉が来るって知らなかったから……」

 

「で、てっしーとさやちんに初めて会うた感想は?」

 

「2人とも面白くて、けど三葉のこと本気で心配してたんだなって分かった。いい人たちだったよ。でも……」

 

「でも?」

 

「何故かそれ以上にすごく懐かしかった。どこかで会ったのかな?……そんなわけないよな。」

 

「てか私たち、振り回されっぱなしやったね……」

 

「四葉ちゃんも一切手加減無しだしな……」

 

「あ、困った顔しとる瀧くんもなかなか可愛いやん」

 

「こら、あんまり揶揄うなよ」

 

いちゃいちゃしまくっている2人を冷淡に見つめるのはもちろん四葉である。

 

(あっつあっつやわ、あの2人。でもねえちゃんも瀧さんに心を許しとんねやね。それは安心やわ。あ、手つなぎだしやがった!もうあつくてみてられへんわ!他所でやれ!)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

早耶香は食器洗いを終え、ソファーでくつろいでいる克彦の隣に座る。

 

「なあ、早耶香。」

 

克彦が呼びかけてきた。

 

「何?」

 

「お前、瀧のこと見てどう思った?」

 

「なかなかハイスペックやんね。イケメンで、料理もできるらしいし……」

 

「ごめん、俺の聞きたいことはそういう事ちゃうねん。その……瀧のこと、どっか懐かしく感じひんかったか?」

 

「そういえば、どこかで会ったことあるような……」

 

「そうやねん。で、ちょっと考えてみたんやけど……」

 

「なんか思い当たる節でもあるん?」

 

「狐憑きモードの三葉に似てへんか?あいつ。」

 

「そういえば……」

 

確かに思い当たる。言葉遣い、端々に見せるちょっとした仕草は高校生の時に一時的におかしくなった、克彦の言う三葉狐憑きモードに酷似していた。

 

「でも克彦、そんなことって……」

 

「わからん。俺がいくら何でもオカルト好きやからっていうても、それはありえへんとは思う。でも、やっぱ無視できひんものもあんねんな。」

 

「…………あんま深く考えても無駄やわ。やめとこ。」

 

「せやな。」

 

「でさ、克彦に相談したいことがあんのやけど……」

 

「お、奇遇やな。多分一緒のこと考えてると違うか、俺ら。」

 

「やっぱりそう思うよね。」

 

瀧を、自分たちの結婚式に招待しよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

明けて木曜日。早速三葉は瀧への復讐(?)計画の準備に取り掛かった。

 

(絶対瀧くんを驚かしてやるんやから!)

 

まだ三葉は瀧に勅使河原邸で散々な目に遭わされたことを根に持っていた……訳でもない。単純にミキ以外の、瀧のことをよく知る人物たちと話がしたかっただけである。それでも瀧を巻き込めるのなら巻き込んで困らせてやりたい、その方が面白いと思ってしまうのは、人の性なのかもしれない。そこで、三葉はミキが自分の事を知った経緯について推測する。

 

(ミキちゃんが私の事を知ったのは日曜日。その日瀧くんは親友と3人で飲むと言っていた。でも男だけになるとも言っていたから、ミキちゃんは来ていなかった?いや、ミキちゃんは確かに瀧くんと会うたって言うてた。だから多分来る予定やなかったんや。っていうことは、ミキちゃんは瀧くんの親友2人とも面識がある!ミキちゃんにコンタクトを取れれば残りも釣れるってことやね!)

 

そうなれば話は早い。ミキを捕まえて日程を調整してもらえればいいだけだ。早速三葉は昼休みにミキに聞いてみた。

 

「瀧君の親友2人とも話がしたい?」

 

「そうなんよ。何とか渡りつけてくれへん?」

 

「あら、いつもは標準語なのに、訛ってるのね。」

 

「あちゃっ」

 

口を手で覆ったところでもう遅い。

 

「いいわよ、気にしないから。」

 

「で、どうなん?」

 

「うん、いいわよ。司と高木君だってあなたと話してみたいだろうし。」

 

「ありがとう!」

 

「でも、瀧君を呼ぶ必要はあるの?」

 

「単純に驚かせたいだけなんやけど……ダメかな?」

 

「大丈夫よ、そうと決まれば後は日取りだけね。私が何とかしてあげるわ。」

 

「ほんとに何から何までありがとう!今度お昼奢ってあげる!」

 

「あら、期待しておくわ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結果的に、日取りはその週の土曜日に決まった。ミキは司にも高木にも目的を告げず、17時に待ち合わせた。ちなみに三葉は17時30分、瀧は18時30分である。ミキは一緒に歩いている司から今日集まる目的について聞いた。

 

「今日はどんな要件なの?珍しく勿体ぶっちゃって。」

 

「いいじゃないの。ついでに私の婚約者の司君も紹介したいと思ってね。」

 

「いやあ、照れるなあ。」

 

何を隠そう、ミキの婚約者というのはこの藤井司である。瀧と司と3人で5年前に遠出をした時に急接近した。しばらくはミキは瀧にアプローチをかけていたが功を奏さず、瀧のことについて相談を繰り返すうちに互いに惹かれあったのだった。

目的地の最寄駅で高木と合流し、3人はとある居酒屋の個室で飲み始めた。他愛のない話に花を咲かせていると、17時30分になる。ミキはパンッと手を叩いて注目を集める。

 

「さて、ここでスペシャルゲストに登場していただきましょう!」

 

三葉が個室に現れる。

 

「うわぁ!」

 

と、司は情け無い声を上げ、高木も目を見開いて呆然としている。

 

「はい、我が瀧君の彼女で私の仕事の同僚でもある、宮水三葉ちゃんです!」

 

「宮水三葉です。瀧くんがお世話になっています。今日は瀧くんの昔話なんかをしてくれると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。」

 

司と高木がコソコソと三葉にジャッジを下す。

 

「写真で見るよりずっと美人じゃん!物腰も柔らかいし。」

 

「リアル大和撫子だな。先週は男の嫉妬は見苦しいとか言ったけど、これは流石に嫉妬するな。」

 

「こら、2人ともコソコソしない。三葉ちゃんが置いてけぼり食らってるじゃないの。」

 

「そういえば先輩、同僚ってどういうことですか?」

 

司が尋ねる。

 

「水曜に千葉支店から本社に移ったのよ、産休のヘルプで。そこで意気投合しちゃったって訳。」

 

ミキと高木と司の3人が昔話に花を咲かせる。

 

「昔っから弱いくせに喧嘩っ早くてな、もう側から見てヒヤヒヤするわけよ。高木が何回仲裁に入ったか。」

 

「案の定ボコボコにされやがってな。司が戦力になる訳もないから結局俺が担いでよ。」

 

「そういえばバイトの時にクレーマーに絡まれたこともあったわね。何しでかすかわからんないから私が止めに入ったんだけど、その時に切られた私のエプロン刺繍してくれたのに、何にも覚えてなかったのよ、彼。」

 

「そうそう、あいつ急に女子力かまし出す時あったよな。」

 

「バイト先も通学路も忘れたこともあったな。」

 

「そういや俺と奥寺先輩と瀧と岐阜に行ったこともあったっけ?」

 

「私たちに先に帰らせて、一日遅れで帰ってきたんだけど、その時からよね。何か暗くなったの。」

 

「俺も司も何回も彼女紹介してやったのに、首を縦に振らないで……。」

 

「それで今になってこんな上玉釣り上げるなんて、どうかしてやがるぜ、あいつ!」

 

その時、瀧が現れた。

 

「ごめん、もう始めてた?…………って何で三葉が!?」

 

「水曜日のやり返しやよ。」

 

「あれは俺も知らなかったんだって!」

 

「嘘やよ。私が藤井君と高木君と話したくなっただけ。」

 

「おお、訛ってる三葉さん新鮮!」

 

司が興奮気味でまくしたてた。

 

「さて、役者が揃ったところで瀧君と三葉ちゃんのお惚気タイムと行きましょうか!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

22時過ぎ、楽しかった会も終わり、三葉と瀧は手を繋ぎながら歩いている。

 

「意外だったな、三葉と奥寺先輩がもう面識あったなんて。」

 

「みんな面白い人やったね。それにしても司君、瀧くんぶった切りまくっとったね。」

 

「あいつは昔からそういうのが大好きなんだよ。」

 

「でも、みんな瀧くんのこと心配しとったんやね。」

 

「いいんだよ、俺は三葉に出会えたから。」

 

「わ、嬉しい!……でも何か懐かしかったな。」

 

「そうなの?」

 

「うん、どっかで会うたことあんのかな?」

 

「それは無いはずなんだけどな。………そうだ、ゴールデンウィークどうする?」

 

「今度はどっか行きたいな。」

 

「わかった、調べとくよ。それにしても驚いたなぁ。奥寺先輩の婚約者が司だったなんて。」

 

「確かに優しそうやね。」

 

「ああ、いい奴だよ。」

 

「二人とも幸せそうやったな〜。」

 

「結婚式に呼ばれたら絶対行こうな。」

 

「うん!」

 

一方、残りの3人も話をしながら歩いていた。

 

「それにしてもお似合いだったわね。あの2人。」

 

「きっと瀧には三葉さんしか、三葉さんには瀧しかいないんだよ。嫉妬なんかバカらしくなってきた。あの2人には付け入る隙なんてあったもんじゃない。」

 

「瀧もいい人を見つけたもんだ。司、俺たちもウカウカしてらんねーぞ。このままじゃあいつだけ勝ち組だ。」

 

「だけどさ、何か三葉ちゃん見てて懐かしくならなかった?」

 

「そういえばそうですね。」

 

「確かに。」

 

「………ま、気のせいよね。」

 

 

まだ瀧と三葉が出会ってわずか12日しか経っていない。それでも2人はお互いに関わりのあるたくさんの人と出会い、絆を深めた。この絆がこれからの2人の恋にどれほどの影響をもたらすのか、予測しうる者は存在しない。

 

 

第2章 完

 




<次回予告>ついに訪れた瀧と三葉にとっての初めてのゴールデンウィーク。しかし、その記念すべき初日は悪天候に見舞われた。しかし、その不運が新たな絆を紡ぎ出す。
次回 10/30(月)午後9時3分投稿 第13話「他人と家族」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第3章 瀧と三葉のGW
第13話 他人と家族


日本シリーズ、ソフトバンクがヤフオクドームでの二連戦を連勝で飾りましたね。DeNA頑張れよ………
では、本編スタートです!


この年のゴールデンウィークは厄介である。4/29(金・祝)〜5/1(日)と5/3(火・祝)〜5/5(木・祝)と三連休が2つ続くのだ。そこで、瀧と三葉は初のお泊りをWで実行することにした。

出会って三週間あまり。初デートでキスは済ませたがお互い仕事が忙がしくなってミキたちを交えて食事をして以来、2回しか会っていなかった。しかも三葉が前の土日に両方仕事が入ったので会うのは10日ぶりである。後は電話やメールのみだ。

頑張って働いた甲斐があってか、2人とも5/5までは休日出勤する必要はなくなったので、前の三連休は三葉の家で、後の三連休は瀧の家で二泊三日のお泊りデートと相成った。2人ともベタベタし過ぎではないかとは思ったが、思ったよりロスがキツく、連休明けの仕事も忙しくなりそうだったのでここで充電しまくろうという魂胆もある。

迎えた4月29日であったが、瀧の仕事先でトラブルが発生し、午前中は仕事しなければならなくなったため、集合は北参道駅に16時となった。そして、三葉の待ちに待った16時が訪れた。改札に瀧が現れる。

 

「瀧く〜〜ん!!」

 

二泊三日分の泊まりの荷物を持った瀧に一直線に駆け込んでいく。瀧も三葉を抱きしめる。

 

「ごめん、遅くなって。」

 

「ええんよ、気にせんで。それより瀧くんを感じてたいんよ。」

 

そう言って三葉はまるでマーキングするように瀧の服に頬を擦り付ける。瀧も、三葉ロスが響いて初のお泊りデートに対する羞恥心など吹き飛んでいた。

 

「三葉、すごくすごく嬉しくて俺も抱き締めていたいんだけどさ、周りの視線が痛いから離れてくれない?」

 

三葉はバッと飛び退く。そして何事もなかったかのように2人で手を繋いで夕食の買い出しに向かう。

 

「今日は何にするんだ?」

 

「関西風すき焼き!」

 

「なんで関西風?」

 

「何かね、この前相談に乗ってくれた私の同僚の関西出身の人にね、今日はすき焼きでもてなそうと思ってるって言うたらね、それなら試しにやってみってレシピ教えてくれたんよ。」

 

関東のすき焼きは何で煮んのに焼きってつくねん!あんなん邪道や!俺が本物のすき焼きを教えたるからメモれ!と息巻いていた堀川の姿が思い浮かび、少しクスッとする。

 

「じゃあ作るのは……」

 

「初めてやよ。でもこれ見て!」

 

三葉は堀川が半分キレながらまくし立てていたレシピを丹念にメモした紙を見せる。しかも水分は野菜から出すので不要などのありがちな失敗例や、割り下なんてクソ喰らえ!など完全な悪口まで書いてある。

 

「う……この紙から三葉の同僚の溢れるパッションが感じられる……」

 

確か狩野も関西出身なはずだ。一回試しに聞いてみようか。どんな反応が返ってくるのか楽しみである……

 

 

2人は3人分のすき焼きの具材を持って宮水家に帰ってきた。

 

「四葉〜〜、お待たせ〜〜」

 

「お邪魔します。」

 

「いらっしゃい、瀧さん。ゆっくりしていってね。」

 

瀧と三葉は台所で具材を切り分ける。高3の四葉は自室で勉強しているようだ。

 

「四葉ちゃんも大変だなあ。」

 

「でもしっかりしとるから多分大丈夫やよ。私より賢いし。国公立大十分に狙えるねんて。」

 

「それはなかなかだなあ。そういえば四葉ちゃんはこの三連休はずっと家にいるの?」

 

「ううん、明日から泊まりで友達の家やって。ほんまに勉強出来んのかね、私の経験上は無理やと思うけどなぁ。」

 

違うよ、三葉。それは俺たちに気を遣ってくれてるんだよ。

 

そう言いたい気持ちをぐっと堪える。そういえば、今日の四葉、三葉と雰囲気が似てるな。いや、似せてるのか? などと思いながら話題を変える。

 

「そうだ、俺の教育担当の先輩も関西出身なんだけどさ、結構関東と関西って文化違うらしいよ。」

 

「あー、堀川君もよく言ってる。あ、今日のレシピ教えてくれた同期のことね。」

 

「エスカレーターの立ち位置が逆とか。」

 

「中濃ソースがないとか。」

 

「カレーには牛肉入れるとか。」

 

「トイレットペーパーはシングルロールが当たり前とか。」

 

「いや〜日本ってまだまだ広いな〜。」

 

「そうやね。」

 

そして、夕食の時間を迎える。まずすき焼き鍋に牛脂を敷いてから肉を投下し、ザラメ糖と薄口醤油を上に大胆にぶっかけて焼く。焼けたら割った卵に潜らせて口へ放りこむ。

 

「うまい!」

 

「堀川君さすがやね!」

 

「ちょっと濃いのがええなぁ。」

 

肉を一通り食べたら野菜を鍋に敷き詰め、水分をだし、適宜ザラメ糖と薄口醤油で味を整えながらじっくり煮ていく。端っこでは肉も引き続き焼きながら。みんなでワイワイ喋りながらも3人の箸は止まらない。

 

気付けば締めのうどんまであっという間に完食していた。

 

「うまかった!四葉ちゃんはどうだった?」

 

「ここまで違うとは思わへんかった。おいしい!」

 

「四葉は結構濃いの好きやからね。おいしかったけど私はもうちょっとあっさりの方がええかな。」

 

感想は人それぞれである。瀧と三葉が食器を洗い、四葉は風呂に入った。

 

「明日はどこ行くか決めたん?」

 

「映画にしようかなって思ってる。」

 

「何観るの?」

 

「一本は今話題の奴。もう一本は昔の映画のリバイバル上映を観に行こうかなって。」

 

「2本観るんだ。」

 

「どこに行っても混んでそうだしさ。」

 

「それもそうやね。で、もう一本のリバイバル上映は何なん?」

 

「司が勧めてきたんだけどさ……」

 

そう言って瀧はまもなくシリーズ開始70年を迎える怪獣映画の第1作の名前を挙げた。

 

「へ、へぇー。」

 

「騙されたと思って観てこいだってさ。きっと三葉も気にいるって言ってたけど、大丈夫かなあ?別に嫌なら他のでもいいよ。」

 

「……ここは藤井君を信じて騙されよ、瀧くん。」

 

「三葉がそう言うのなら。」

 

そんな話をしていると四葉が上がってきた。

 

「三葉、先に入ってきなよ。もう終わるしさ。」

 

「じゃ、お言葉に甘えて。」

 

三葉が浴室へ消えていく。すると瀧は髪を拭いている四葉を呼び、ソファーに隣同士で座らせる。

 

「四葉ちゃん、気遣いありがとね。明日明後日空けてくれて。」

 

「そんなん、礼にも及ばんよ。」

 

「やっぱり四葉ちゃんは三葉のことが大好きなんだね。」

 

「えっ」

 

「私服、三葉を意識してるでしょ。」

 

「な、なぜバレた!?」

 

「イマドキの女子高生はそんなに落ち着いた服着ないと思うし、何より雰囲気が三葉に似てる。」

 

「……瀧さんって見た目の割に察しがええんやね。」

 

「…………。」

 

瀧は答えず、別の質問をする。

 

「やっぱり三葉に憧れてる?」

 

四葉は首を縦に振る。

 

「どんなところ?」

 

「やっぱりちょっと抜けてるところがあってもこの家を支えてる所かな。泣き虫のくせに、私とかおばあちゃんの事になると無条件で気丈に味方してくれるところ。やからこそ彗星が落ちてからのねえちゃんは心配やった。何か、仮面を被ったみたいで……やっぱり昔みたいなねえちゃんが好きやったから。

でも瀧さんに会うてからねえちゃん元に戻ったんよ。いっぱい笑って、いっぱい泣くくせに一本の筋が通ってるねえちゃんに。だから瀧さんには感謝しとる。」

 

「こんな頼りない俺だけど、三葉を貰っていい?」

 

「当たり前やないの。もう私はそのつもりやよ。」

 

「ありがとう。四葉ちゃんも、受験頑張ってね。」

 

「一つだけ頼み聞いてくれる?」

 

「何だい?」

 

すると、四葉は瀧に抱きついてきた。

 

「な、な、何やってるんだ?」

 

「ねえちゃんのこと、ほんまに頼みます。そして、私の家族になってください。いつでも悩みを聞いてくれて、今みたいに私の気持ちに気づいてくれて、無条件で私を味方してくれる家族に………」

 

瀧は悟る。今まで四葉は甘えたくても甘えられなかったのだ。三葉は自分と妹のためにしっかり金を稼いで来なければならないし、何かあったら家を守らなければならない。だからいかなる時も気を抜けなかったのだ。四葉を心配させないために、あまり心を開かなかったのだ。逆にそれが四葉を心配させていたのは皮肉なことだが、気持ちはよくわかる。

そして、多分これからは四葉は1人で生きていかなければならない。そうなれば、今まで迷惑をかけてきた姉には頼りたくはない。目標としているからこそ、頼れないのだ。だから、自分と等身大で接してくれる存在として瀧を求めている。

 

「分かった。俺は四葉の家族だ。」

 

その返答を聞いて、四葉は離れる。

 

「やっぱり瀧さんは優しくて聡いんやね。」

 

「お褒めに預かり、この立花瀧、光栄の至り。」

 

その後色んな話をした。宮水と糸守の歴史。四葉の交友関係、そして三葉と父の微妙な関係まで。

 

「最近わかるようになってきたんやけど、ちょっとできた溝が深すぎたんやね。」

 

「おばあさんは年の功で折り合いをつけて今は一緒に暮らしてるんだろうけど、三葉は一番傷つきやすい時期に傷ついて、一番自分の心の整理がつかない時期にいがむ理由がなくなっちゃったからなあ。結局話し合う機会がなくて、あっても両方とも気まずいからズルズル続いちゃってるわけだ。」

 

「そうなんよ。難しいな〜。」

 

「ま、いずれはサシで話す時が来るよ。その時に仲直りできればいいんだ。」

 

「期待してますよ、お兄ちゃん。」

 

「まだお兄ちゃんは早いよ。」

 

すると、三葉が上がってきた。

 

「瀧くん、上がったよ〜」

 

「ほら、入っといで、お兄ちゃん。」

 

「よ、四葉、しれっと自然に何言うとるん!?」

 

何も知らない三葉は慌てふためいている。瀧は呆れながらも返事する。

 

「分かったよ、四葉。」

 

「瀧くん!?私が風呂入ってる間に何があったんよ!?」

 

「じゃ私勉強してくる〜〜」

 

「ま、待って!!私を1人にせんとって!!」

 

三葉の悲痛な叫びが宮水家に木霊するのであった。




<次回予告>瀧と三葉のゴールデンウィーク2日目は映画デートである。そこで瀧と三葉は意外な人物と遭遇することとなる。
次回 11月6日月曜日午後9時3分投稿 第14話「恋と映画とキューピッド」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第14話 恋と映画とキューピッド

日本シリーズも終わり、ついに今年のプロ野球が閉幕しました。ソフトバンク、おめでとう!DeNAは来年強くなると思いますよ!きっと我らがバファローズは山本と山岡と田嶋で50勝くらいして優勝ですね(願望)。
話変わりますが、中村紀洋のフォロースルーが大好きです。小笠原と小久保も捨てがたいですが。
では、本編スタートです!


瀧は自分はソファーで寝ようと思っていた。だが、三葉は自分の部屋に手招きしてくる。何か話があるのかと思って三葉の部屋に入ると、なんと電気は消えており、さらに三葉が自分のベッドに寝転がって、丁寧に瀧のスペースを空けて待っているではありませんか!

 

「み、三葉……」

 

「どないしたん、瀧くん。おいでよ。」

 

「マジで!?」

 

「何?瀧くん嫌なん?」

 

「い、いや、う、嬉しいよ!嬉しいけどね、お、俺だって男だからな!?が、我慢できるか分かんねえよ!?」

 

「別に私はええんやよ。来ても。」

 

「だ、だめだ。俺の理性が許さない。勢い余ってできちゃいましたとか言ったら親父にぶちのめされる。」

 

「別に勢いとちゃうと思うけど。」

 

「かもしれないけどさ、俺はまだそこまで腹据わってないんだ。避妊具も持ってないし。」

 

「瀧くんは私とそういう関係にはなりたくないん?」

 

「そんなわけないけどさ、なんて言うか、その……。きっと三葉もそうだと思うんだけど、ちょっとロスがキツすぎたんだ。だから俺だって三葉のこと欲しいし、三葉も俺のこと欲しくてたまらないんだろうけど、ここは落ち着こう。ロスがキツかったからって安易にやっていいものじゃない。」

 

あくまでも自分のことを第一に気遣ってくれる瀧に感動し、涙目になった三葉は立ち上がってしどろもどろする瀧の正面に立つ。

 

「瀧くんは優しいんやね。私のこともちゃんと考えてくれて。うん、分かった。今日はやめとこ。」

 

瀧はほっと胸をなでおろす。すると三葉は瀧の首に手を巻き、頬に優しく口づけして……

 

「うおりゃゃああああ!!」

 

瀧の足を跳ね上げて自分の体ごと瀧を巻き込んでベッドに倒す。

 

「わ、わ、み、三葉!?」

 

「でも添い寝くらいはして!」

 

「だからって転ばす必要はないだろ……」

 

「瀧くんはもうちょっと甘えてええんよ。私のこと大事にしてくれる気持ちは分かるし嬉しいんやけど、年上としてはもっと甘えて欲しいんよ。なんか私が頼りないみたいやない。」

 

「そ、そういうもんなの?」

 

「そうやよ。」

 

「単に俺とくっつきたいからじゃなくて?」

 

「…………。」

 

「図星かよ……。」

 

やがて抱き合いながら2人とも微睡み、深い眠りに落ちていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、2人ともほぼ同時に目を覚ました。瀧は慌てて自分の身なりをチェックする。どうやら何もなかったようだ。三葉もチェックする。何も寝る前と変化はない。

 

「俺が朝飯作るよ。三葉はもうちょっとゆっくりしてなよ。」

 

しばらく経つと、ウインナーが焼けるパチパチといういい音が聞こえてくる。その音に目を覚ましたのか、寝癖が爆発している四葉がボリボリと頭を掻きながら起き出してきた。

 

「聞き慣れない音がすると思ったらにいちゃんか。おはようふわああああ〜〜」

 

「おはよう四葉。宮水家の朝食はいつもどんな感じなの?」

 

「前の日のおかずの残りをチンしてご飯とお味噌汁。糸守におった頃はお魚焼いたりしとったんやけどね。」

 

「なるほど、だから聞き慣れないんだ。」

 

「ねえちゃんは?」

 

「部屋でゆっくりしてる。」

 

流石に別で寝たなら部屋を覗いて起こしたりはしない。ゆっくりしているという状況を知っているということは……

 

「…………したん?」

 

「してないよ。誘われたけど……」

 

「でも一緒に寝たんやろ。」

 

「そこはぐっと堪えました。」

 

「やっぱりお兄ちゃんやな。ここで堪えるところがポイント高いわ。ロス長かったからひょっとしたら勢い余ってやっちゃうかもと思ったけど。」

 

「もう俺の呼び名お兄ちゃんで完全に定着しそうだな。」

 

「嫌なん?」

 

「正直、悪い気はしない」

 

三葉が髪を整えて出てきた。

 

「昨日から気になってるんやけど、なんでお兄ちゃんって普通に呼んでんの?」

 

「ねえちゃんの知らん間の出来事やよ。」

 

「俺もそうとしか答えられない。」

 

「…………。」

 

そして朝食を食べ、一通りやることをやってから身支度してデートに出かける。

 

「四葉〜鍵かけていきよ〜」

 

「行ってきま〜す」

 

「楽しんどいでよ〜〜」

 

2人は手を繋いで宮水家を出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2人は電車に乗り、少し都心から外れた大型ショッピングモールに着いた。やはり大型連休、しかも三連休の中日は遠出をする人が多いのか、混んではいるが息苦しさは感じない程度の混み具合だった。2人は今話題の新作邦画を観た後、少し遅めの昼食を摂った。2人でラーメンをすすりながら映画の感想を話し合う。

 

「瀧くん、なかなか面白かったね!」

 

「そうだね。ストーリーもよく練られてて最後まで飽きなかったし、脇役がいい味出してた。」

 

「でも主演がちょっとね〜、確かアイドルの子やんね。」

 

「アイドルで人気とって、脇役固めて演技力をフォローしようとするのは分かるんだけど、逆に主演の下手さが浮いちゃってたよな〜〜」

 

「で、次やんね。」

 

「うん……」

 

「きっと藤井君が言うんやから大丈夫やよ!」

 

「確かにあいつ見る目はあるんだけどな……白黒映画なんて初めてだよ、俺。」

 

「私もやよ。」

 

70年続くシリーズものの怪獣映画の第1作。瀧が6年前に観た最新作が面白かったのは覚えているが……やはり不安である。そして最後まで不安を払拭しきれないまま劇場へ足を運んだ。

しかし、蓋を開けてみればどうだ。確かに言い回しは古臭いし、今観たらちゃちいセットだが、これが戦後10年も経っていない時の作品である。画面の暗さとアオリのカットが怪獣の恐怖を醸し出し、作りこまれたストーリーが飽きさせない。そして今の社会にも通用する深いメッセージ性が込められた傑作である。70年続く理由もわかるというものだ。

 

「三葉、凄かったな。」

 

「やっぱり原爆を直接知る人たちの描く核の恐怖は違うかった。藤井君、疑ってすみませんでした!!」

 

「よく考えると彼女と初めて観に行くような映画ではない気もするけどな。」

 

「それもそうやね。」

 

そう話しながら上映フロアを出て行こうとすると、瀧の知っている顔が目に入った。しかも……

 

「三葉、知り合い見つけたから声かけてきていい?」

 

「奇遇やね。私もそう思ったったとこなんよ。」

 

「じゃ、後で入り口で会おう。」

 

「うん。」

 

ところがどっこい、2人とも同じ方向へ歩いて行く。

 

「何よ瀧くん、ついてきてんの?」

 

「いや、こっちに知り合いがいるんだよ。だけど彼氏連れてるな。声かけて大丈夫かな?」

 

「私も彼女連れた知り合いが…………え?」

 

瀧と三葉が目指す方向には1組のカップルしかいない。2人は手を繋いでカップルに接近し、声をかけた。

 

「堀川君」「狩野先輩」

 

2人は振り向く。そしてピッタリ息を合わせて言い放った。

 

「「なんでお前がここにおんねん!?」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

4人はショッピングモール内のカフェで話をした。

 

「急に声をかけてすみませんでした。こちらが俺の彼女の宮水三葉です。」

 

「浩平、この子がこの前に恋愛相談に乗ってあげた後輩の立花瀧君。んで瀧君、この口が悪い顔面偏差値50前後のこの男が私の彼氏の堀川浩平。」

 

「宮水、このなかなか綺麗やのに性格は半分ヤンキーのこいつが俺の彼女の狩野百合子や。」

 

「堀川さん、昨日は関西風すき焼き、美味しかったです。ありがとうございました。」

 

「喜んで頂けてなによりや。こいつから毎日のように惚気話聞いてるけど、なかなかシュッとした男前やん、優しそうやし、ええ男捕まえたなあ、宮水。」

 

「何よ、瀧くんはその辺の男とは違うもん。……瀧くんの彼女の宮水三葉です。いつも瀧くんがお世話になっています。またしごき倒しておいてください。」

 

「あなたの方が私より年上なんでしょ、宮水さん。……おいこら新人、ええ女引っ掛けたやんけ。先輩として誇りに思っといたるわ。」

 

「先輩、一言多いですよ。そんなんだから堀川さんに半分ヤンキーとか言われちゃうんじゃやないですか?」

 

「余計なお世話や!」

 

「いいぞ立花君、もっと言うたれ!」

 

「うるさいしばくぞ、ボケェい!」

 

「ほらまたヤンキー出た!」

 

向かいで始まった夫婦漫才を見ている瀧に三葉が話しかける。

 

「こうなったんは瀧くんの責任やからね」

 

「そういう三葉も面白がってるじゃん。」

 

「う……」

 

「でも三葉に狩野先輩を紹介できて良かった。」

 

「私もあの日に瀧くんともう一度会う勇気をくれた堀川君を紹介できて良かった。」

 

2人は固く手を握り合う。目敏くそれを見つけた堀川と狩野は夫婦漫才を続けながら微笑ましく思い、2人の出会いを心の中で祝福するのであった。




<次回予告>若い瀧と三葉の出会いを見て、過去を思い返すカップル。朝に珍事を演じる瀧と三葉。そして、万感の想いを込めて一通の手紙を出す新婚夫婦。それぞれが、また新しい物語を紡いでいく。
次回 11月13日午後9時3分投稿 第15話「馴れ初めと胸と招待状」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第15話 馴れ初めと胸と招待状

この頃しきりに思うこと、ユニバ・カラオケに行きたい、ゴジラ見たい、ウルトラセブンとウルトラマンネクサスを全話見たい。鋼の錬金術師とバレーの球語読みたい、バッセンも行きたい、バレーしたい、野球でもバレーでもいいから試合見に行きたい。
でも何より何の不安もなくひたすら寝たい。これ一番。
では、本編スタートです。


夕食も終えて三葉と瀧が帰ると、四葉はすでにいなかった。2人は風呂を済ませ、共に三葉のベッドに腰掛けている。

 

「今日は楽しかったわ、瀧くん。」

 

「俺もだよ。映画も楽しかったけどやっぱり狩野先輩と堀川さんに会えたことだよね。」

 

「2人とも遠慮なくガンガン軽口飛ばしあってたね〜」

 

「お互いのことを本当によく分かってるからあんなやり取りができるんだろうな。」

 

「私らもあんな夫婦になりたいな〜」

 

「三葉……」

 

「瀧くん……」

 

2人はお互いを見つめ合う。そして、深く口づけを交わす。舌も絡め、痺れるような快感が2人を包み込む。

 

「あぁ〜〜、瀧くんを凄く感じられた。」

 

「三葉のことも感じられた。」

 

「瀧くん上手いんやね。気持ち良くて癖になりそう。」

 

「そういう三葉もなかなかだったよ。キスしただけなのに頭が蕩けそうだ」

 

「お上手やね、瀧くん。」

 

2人は横になり、再びキスをする。2人の間に唾液の橋が架かった。

 

「キスってこんなに気持ちええもんなんやね。」

 

「俺も知らなかったな。」

 

2人は余韻に浸りながら体を寄せ合い、しばらく他愛のない話をしていたが、やがてどちらともなく眠りに落ちた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やっとの事で先週から同棲を始めたマンションのダブルベッドで、狩野と堀川が瀧と三葉を話の肴にビールを飲みながらまったりしていた。

 

「いや〜、なかなかお似合いやったな〜。瀧君と宮水さん。美男美女カップルやし、あれは相性も抜群やで。」

 

「ホンマな。社内随一の堅物として勇名を馳せていた宮水があんなに恋する乙女の顔になるとは思うてなかったわ。あの顔の写真社内に売り歩いたら楽に3万くらい稼げそう。」

 

「瀧君も入社当時はフワッフワしたちょっと頼りない子やったのに、宮水さんと会うてからめっちゃ大人になったわ。」

 

「宮水も付きまとってた影が取れてキラキラ輝いとる。たまにあいつの笑顔に見とれてまうときあるもん。」

 

「うわー、めっちゃ悔しいけど分かるわ。女の私でも綺麗って思うてまうもん。」

 

「もうあの2人、最後まで行ってまうよな。」

 

「少なくとも瀧君は宮水さんのことしか見てないし、宮水さんも瀧君のことしか見てへんわ。付け入る隙なんてあったもんやない。近づくだけでアツすぎて当てられてまうわ。」

 

「出会いの時の話、聞いた?」

 

「聞いた。運命みたいな話やな。」

 

「互いがもう一方を見てこいつしかおらんって思うって、なかなかないで。初めて聞いた時作り話やって本気で思うたもん。」

 

「翻ってウチらの出会いは……」

 

「そんなに悪いもんでもなかったやろ。あの2人が特殊すぎるだけやって。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

東京の某私立大学。当時文学部歴史学科に所属していた3年生の堀川と経済学部の2年生だった狩野の出会いは運命的と言えるものではなかった。

狩野はバレーボール部に所属していた。中学、高校と兵庫の強豪校でバレーボールに打ち込み、レギュラーとして春高兵庫県予選ベスト8に貢献した。そして元々勉強はできたので受験にも成功し、この大学で再びバレーで汗を流していた。

そんな時である。バレー経験者であった堀川が体育館に練習を見に来たのは。歴史好きで毎日研究とバイトに精を出していたが、研究に区切りがついたので、若干暇を持て余していたのである。

堀川は別に練習に参加するわけでもなく、ただ体育館のギャラリーから練習を見下ろしていた。時折スマホをいじりながらも、大阪で中の上程度の実力の高校でバレーをしていた当時を思い出し、感慨に耽っていたその時、堀川と狩野を急接近させる事件が起きたのである。試合形式の練習をしている時に狩野が他の選手と接触してしまい、足を捻ったのかうずくまってなかなか立ち上がることが困難になってしまった。それを見た堀川は慌ててギャラリーからコートに駆けつけた。あまり慣れないが標準語で話しかける。

 

「たまたま練習を見ていた文学部3年の堀川というものなんですが、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です……」

 

そうは言うが身動きも取れない状況だ。周りの選手も凄く心配そうである。

 

「全然大丈夫じゃなさそうですよ。ここは俺が負ぶって保健室まで連れて行きましょう。」

 

「すみません……」

 

保健室まではかなり距離がある。移動する間少し言葉を交わす。

 

「堀川先輩はバレーの経験者なんですか?」

 

「高校でね。大阪で中の上くらいのとこだけど。」

 

「堀川先輩は大阪の方なんですか?」

 

「そうだけど……」

 

「私、兵庫です。」

 

「あ、そうなんや。何回生?」

 

「経済学部2回生です。」

 

「へー。じゃあバレーで入ったわけじゃないんや。」

 

「はい。受験して入りました。だから練習にはあんまり出られないんです。」

 

「それでも周りとそう変わらないくらい強かったやん。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

保健室に着いた。帰るのかと思いきや、どうせ暇だからといって保健室で待っててくれた。結果的にケガは大事には至らなかったが、完治まではしばらくかかるとのことで、二週間ほどはクラブに出れない。その間、ギャラリーから練習を見下ろす事しか出来なかった狩野の側にいたのが堀川である。いろんな話をする内に、ケガをした日の優しさも相まって狩野は堀川に惹かれていった。そして最初は友人として付き合い始め、3ヶ月で恋仲に発展。そして今までその付き合いは継続している。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「思い出したらウチの片想いから始まってんな。この恋。」

 

「恋人になる前はまさかこんなに付き合い長くなるとは思うてへんかったわ。」

 

「なあ、なんであの時告白OKしたん?」

 

「その時のお前が可愛かったからかな。」

 

「…………。」

 

そんなことを言われると少し照れる。そして、徐ろに言葉を発する。

 

「ウチ、そろそろ結婚したいな。」

 

「え、まさかの逆プロポーズ!?しかもこのシチュエーションで!?」

 

慌てて口を塞ぐがもう遅い。しかし、堀川も驚きはしたがその後にこう呟いた。

 

「せやな。近いうちに。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何か胸に奇妙な触感を感じて三葉は目を覚ました。薄目で壁掛け時計を見る。7時26分、今日はどこにも出かける予定はないので慌てて起きる必要はない。ぼんやりそう考えながら感触の正体を確かめるために胸に視線を移す。二本の手が自分の豊かな胸の膨らみを覆っている。自分の手ではない。手は三葉の体の後ろから脇の下を通って胸に到達しているようだ。自分の後ろにはただ1人しかいない……

 

「た、た、瀧くん!!?」

 

「ふえっ!?」

 

瀧は今目を覚ましたようだった。無意識の行動だったのだろう。だが、いや、だからこそ……

 

「手、手!!」

 

「手……?うわっ!!」

 

瀧は三葉の胸を無意識に揉んでいたのである。

 

「ち、違うんだこれは!なんか気持ちいいなあ〜〜とは思ってたけど……悪意はないから!ホントにないから!!」

 

「別にええけど………いや、良くはないけど!と、とにかく起きよう!ご飯にしよう!」

 

(でもなんか懐かしさに安心してたよな、俺。)

 

朝食を終え、居間でリラックスする。すると三葉が嬉しそうな様子で飛び込んで来た。

 

「瀧くん、これ見て!!」

 

三葉は三枚の葉書を瀧に見せた。

 

「てっしーとさやちんの結婚式の招待状やよ!瀧くんの分も渡しといてくださいって言うて送られて来たんよ!!」

 

「え、いつ?」

 

「6月の19日。」

 

「わかった。空けておくよ。」

 

「いや〜、楽しみやわ〜!」

 

「でもさ、あの2人のことだから多分新郎新婦共通の友人としてスピーチさせられるんじゃないかな。」

 

「………やばい。そういうの苦手や。」

 

「頑張れ、三葉。一番近くであの2人を見てきたんだから、下手なことは言えないからな。」

 

「もー、落ち着かせるって見せかけてプレッシャーかけんとってよ!このおっぱい星人!」

 

「あれはワザとじゃないんだって!」

 

「ワザとじゃないのが微妙に怖いわ!」

 

「もしかして俺って変態!?」

 

 

三葉の作る優しい和食の昼食を食べ、瀧は三葉の家を出る。この3日間、色んなことがあった。四葉に抱きつかれたり、司オススメの映画を恐る恐る見たり、その帰りで狩野と堀川に会ったり、朝起きたら三葉の胸を揉んでいたり、克彦と早耶香の結婚式の招待に三葉が一喜一憂したり……。しかし、確実に三葉との日々を重ねるごとに三葉の存在が大きくなっている。俺は三葉と離れたくないだけじゃない、一緒に生きていたい。そう思うようになっていた。奇しくも瀧には預かり知らぬところだが、三葉もほとんど同じことを考えていた。瀧は同時にこうも思った。

 

(狩野先輩、あなたの女の勘、バカになりませんね。そんなことより、同棲始めたんでしょう、そろそろ先輩の晴れ姿、見たいですからね。早いうちに頼みますよ!)

2022年5月1日。波乱のゴールデンウィークは前半戦を終えたばかり。後半戦はさらなる波乱が巻き起こることになることを知るものは、誰一人存在し得なかった。




<次回予告>2022年の変則ゴールデンウィーク、その5月3日から始まる三連休の初日は爆弾低気圧による嵐に見舞われた。波乱の幕開けは、ハートウォーミングストーリーで始まる。
次回 11月20日月曜日午後9時3分投稿 第16話「姉妹の絆」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第16話 姉妹の絆

野球のアジアチャンピオンズカップ、日本が優勝しましたね!野手では外崎と西川、投手では今永、田口、山崎が大活躍してくれました!今後の国際大会にも期待できますね!そして何より、稲葉監督、初采配お疲れ様でした!
では、本編スタートです!


2022年5月3日。この年から遡ること75年、1947年5月3日に現行の日本国憲法が運用を開始されたことを記念して国民の祝日に制定された憲法記念日である。しかしこの日は爆弾低気圧の影響で朝から荒れた天気となっていた。

この日から二泊三日で瀧の家に泊まることになっていた三葉は荒天を考慮して早めに家を出た。雨が激しく降り、何より風が強い。道を歩く人も普段より少なく、暴風は多くの人の傘を破壊していた。三葉も傘を風に立ててじりじりと歩みを進めていたが、ようやく最寄駅が見えてきたというあたりで急に風向きが変わり、三葉の傘は一瞬にして鉄骨とビニールの残骸と化した。

 

「うわー、最悪。」

 

北参道駅のゴミ箱に傘を捨てようとする。すると、ゴミ箱の横に大きなごみ袋が貼り付けてあった。ここの駅の駅員の計らいだろう、マジックで傘用と書かれている。ありがたくそこに捨てさせてもらい、さらにご自由にお取りくださいと書かれている傘を手にとって瀧のマンションの最寄駅である四ツ谷駅に急ぐ。集合時間は11時。まだ10分ほど余裕がありそうだ。

三葉は改札口を出る。時刻は午前10時52分。遅れなくて良かったと胸を撫で下ろしていると、瀧が視界に入った。しかし何故だろう、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

瀧は今日は少し寝坊してしまった。少し体がだるかったが、急がなくても11時には間に合いそうだったので傘を持って家を出る。そして駅がすぐそこに迫っていた時、暴風は容赦なく瀧の傘を完全破壊した。とにかく駅舎に駆け込み、駅舎内にあるコンビニを目指す。しかし何ということでしょう!傘が全て売り切れているではありませんか!ここから最も近いコンビニまでは駅舎を出て歩かなければならないし、駅舎内に100均も有るが、流石に100均傘ではこの暴風雨には心許ない。何よりも11時まであと10分しかなかった。瀧は観念して三葉を改札前で待ち構えることにした。程なくして三葉が改札口を出てきた。

瀧は三葉に事情を説明する。

 

「相合傘できるね!」

 

三葉は明るくそう言って三葉の家の最寄駅で貰ってきた傘をさす。大きいコウモリ傘だ。2人で肩を寄せ合って歩き出す。

 

「明日どうする?明日も雨みたいだけど……」

 

「そうやね……」

 

「カラオケでも行こうか。」

 

「そうやね。」

 

瀧のマンションが近づいてくる。あと3分ほどだろうか。その時、瀧にとっても三葉にとっても二度目の悲劇が起きた。それまで雨は激しかったものの、風は小康状態になっていた。しかしこの瞬間、突風が吹きつけた。コウモリ傘の骨がバキバキと折れ、使い物にならなくなる。

 

「あちゃー……」

 

「マジかよ……」

 

「もうすぐ着くやんね。瀧くん、走ろ!」

 

「風邪引くよ!」

 

「雨宿りしたところで、雨が弱なるとも思われへんし、すでに濡れてるやん。」

 

「どのみち一緒か……」

 

結局濡れ鼠になりながら瀧のマンションにたどり着く。瀧はなるべく三葉を庇いながらパンツまでぐっしょりになって走ったが、三葉も助かったのは荷物とショーツくらいのものだった。瀧はバスタオルを一枚とってきて三葉に渡す。そして瀧はバスタブに湯を張り始めた。三葉は今は使っていない父の部屋に案内した。

 

「お湯入ったらゆっくり浸かりなよ。」

 

「こら、ダメやよ瀧くん。それやったら瀧くんが風邪引くやないの。私を大事にしてくれるのは嬉しいけど、瀧くんが風邪引いたら私は嫌やよ。」

 

「でも俺が先入るのもまずいよ。」

 

「…………2人で入ろ。」

 

「ふあっ!?」

 

流石に冗談だろうと思って三葉の顔をみるが、三葉の顔は真っ赤だった。つまり本気だ。

 

「ちょ、ちょ待てよ。俺の理性耐えれるかどうかわかんないよ!自信ないよ!俺!!」

 

「ええよ。瀧くんが風邪引くよりは。」

 

三葉の優しさに触れ、心が暖かくなる。瀧は心に誓った。ここだけは耐えてみせる!

 

「わかった。入ろう。一緒に温もろう。」

 

「うん。」

 

ちょうど浴槽に湯が溜まったことを知らせる電子音が聞こえた。2人は別々に裸になり、脱衣所で落ち合う。そろそろ末端が冷えてきていた。別に体を洗う必要はないので、三葉は胸から、瀧は腰にバスタオルを巻く。

三葉が感慨深げに呟く。

 

「ほんまにタレントさんみたいにこういう風にバスタオル巻く日が来るとは思わへんかったな〜」

 

掛け湯をし、もし欲望が勝ってしまった際でも三葉が逃げられるように瀧が先に入る。

 

「うわ〜〜、天国だ。」

 

「ほんまや〜、生き返る〜〜」

 

立花家の浴槽はそんなに広くないので、瀧の太腿の上に三葉が乗っている状態だ。否が応でも股間が反応してしまう。

 

「瀧くん………?」

 

「大丈夫。生理現象だから。まだ大丈夫。」

 

瀧は半分自分に言い聞かせる。

 

「ほんまに……?」

 

「大丈夫だから。でも三葉の肌綺麗だな〜」

 

「…………触ってもええよ。」

 

その言葉に甘えてスベスベな肌を少しなぞる。そして三葉の肩に少しお湯をかけてやる。もちろん、あの日の朝のような間違いを犯さないように胸を回避しながら……。そして三葉の髪の毛をすく。三葉の全てを愛おしく思った。相変わらず股間はギンギンだが、心は平静を取り戻してきた。

三葉も自分を優しく扱ってくれる瀧に身をまかせる。瀧と一線を超えてしまうのではないかという不安に取って代わって、瀧の体温を感じていられることで得られる安心感が上回ってきた。2人とも一線を超えてもいいとは思うが、それよりも2人でこうして体を密着させていることで安心する。2人の関係は体を重ねずとも、また婚姻届を提出せずともすでに家族の域にまで達していたと言ってもいいかもしれない……。

 

2人は風呂から上がり、少し遅めの昼食をとる。この後夕方になれば、友達と勉強していた四葉が合流して一緒に夕食をとることになっているので軽く済ませ、ソファーで映画を観ながらくつろぐ。観終わる頃には時計は4時過ぎを指していたが外はまだ荒れ模様で、ごうごうという風の音が聞こえる。四葉もそろそろ来る頃だろう。三葉は帰ってきたからゴミ箱に乱雑に突き刺さっている壊れたコウモリ傘を見ながら瀧に話しかける。

 

「それにしても今日の天気は凄いよね。2人で傘3本も壊してるし。」

 

「全くだよ。あの傘結構気に入ってたのに。」

 

「そういえば瀧くんのお父さんはこのゴールデンウィークはここに帰ってこないの?」

 

「一昨日にメールで多分来れないって言ってた。仕事忙しいんだって。」

 

「仕方ないね。でも会いたかったなー、瀧くんのお父さん。どんな人なんやろ。」

 

「基本的に放任主義。でも礼儀とか社会のルールには厳しかったな〜。喧嘩して帰ってきても何も言わないのに、忘れ物とりに帰ったら<そんなのは社会じゃ通用しないぞ!!>なんて怒鳴られたっけ。それ以外は至って普通の親父だよ。」

 

「ふーん」

 

瀧は以前四葉と話した三葉の父親のことが思い浮かんだ。恐る恐る聞いてみる。

 

「三葉のお父さんってどんな感じなの?」

 

三葉は眉をしかめる。

 

「話したくない?」

 

「…………うん…………」

 

とはいえ大体のことは四葉から聞いている。できれば三葉の今の考えが知りたかったが、詮索はしないことにした。

 

「わかった。でも隠し事は無しだからな。いずれは話してくれよ、三葉。」

 

「うん、ゴメンね。」

 

「いいよ、人の家族のことは無闇に聞かない。相手が話したくなるまでは待つ。親切心も裏返った後が怖い。例えそれが近しい人でも。これも親父が言ってたな。」

 

「瀧くんのお父さんはええ人やねんね。瀧くんが優しいんはお父さん譲りかもしれへん。」

 

「そうかな。」

 

「そうやよ。」

 

思春期の頃は父が煙たくて仕方のない時期もあった。人間関係や社会のルールについてはかなり厳しく、瀧がそれを破ると手を上げることも容赦しなかったが、自分が社会に出た後になってみると、父の言葉の一つ一つがあらゆる場面で当てはまった。あの時殴られててよかったと思うことも多い。家では無口で多くを語らなかったが、ずっと瀧のことを見守ってくれていた。今度帰ってきたら、男2人でじっくり酒を飲み交わすのも悪くないかもしれない。

 

「そういう三葉も立派だよ。東京出てきてから二人暮らしして、大学でもほとんど遊ばずバイトしてお金入れて、四葉と2人で生活してたんだろ。会社入ってからもバリバリ働いて、今じゃ同期の中でもかなりいいポジションにいるって。この前奥寺先輩……ミキ先輩が言ってた。」

 

「でもそのぶん四葉には寂しい思いをさせちゃったな。」

 

ここで瀧に老婆心が働く。この姉妹の絆を深めてやりたいと。四葉の想いを三葉に知ってほしいと。

 

「四葉もそれは分かってる。だからこそ四葉は頑張ってるんだと思う。あいつ、三葉のこと追いかけてるから。三葉みたいな大人の女性になりたいと思ってるから。」

 

「えっ……私みたいに?」

 

「この前、四葉と2人で話したんだ。そこで俺のことをお兄ちゃんって呼び始めたんだけど、何でだと思う?」

 

「ま、待って。私そんなに立派ちゃうよ。」

 

瀧は三葉を抱きしめてやる。

 

「わかるよ。心の中には穴が空いていて、それを紛らわせようとがむしゃらにやってきたんだろ。俺もそうだったから。四葉は聡いからそれにも気づいてた。今の三葉なら大丈夫とも言ってた。」

 

「四葉……。」

 

三葉は涙が止まらない。

 

「だからこそ三葉をよろしくお願いしますって、俺と家族になってくれって言ったと思う。今まで心配かけてきたからこそ、三葉に頼りたくない。だからなんかあった時に頼れる人が欲しかったんだ。これが四葉が俺のことをお兄ちゃんって呼び始めた顛末だよ。」

 

その時ちょうどインターホンが鳴った。カメラには四葉が映っている。三葉は玄関に向かう。

 

「お兄ちゃんお邪魔しまーす……わっ、ねえちゃん!?」

 

三葉は四葉を抱きしめ、泣いていた。

 

「四葉、こんなお姉ちゃんでゴメンね。寂しかったんやね。だから瀧くんに縋って、家族になってもらったんやね。でも私も頼ってよ。あんたのたった1人のお姉ちゃんやねんから。」

 

「ねえちゃん……」

 

四葉の目からも涙が溢れてくる。瀧の優しさが、姉妹の絆をより強固にした。

なんて優しい兄を得たのだろう。四葉はそう思った。

なんて優しい彼氏を得たのだろう。三葉はそう思った。

瀧が2人を部屋の中に連れ込んでドアを閉めようと近づいて来るまで、しばらく2人は抱き合っていた。




<次回予告>組紐、それは糸守町に長きにわたって伝わってきた、由緒正しい品である。三葉や四葉が髪留め代わりに用いている品でもあるが、その三葉の組紐に、奇妙な事実が存在することが判明した。
次回 11月27日月曜日午後9時3分投稿 第17話「組紐にまつわるエトセトラ」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第17話 組紐にまつわるエトセトラ

この前受けた河合塾全統マーク模試が返却されました。日本史と国語は良かったのですが世界史が56点、数学が二つ合わせて95点と死にたくなりました。
さて、反省を活かして12月の駿台センタープレに臨みたいと思います。
では、本編スタートです!


そろそろ近所迷惑かな?四葉もあのままだと風邪引きそうだし、何より俺までもらい泣きしそう。

そう思った瀧は風呂に再びお湯を張り、バスタオルを一枚とる。そして玄関先で泣いている三葉と四葉にそっと近づき、四葉の頭にバスタオルを被せてやる。

 

「お取り込み中悪いんだけどさ、四葉、風邪引くよ。今お風呂にお湯溜めてるから、ゆっくり温もっておいで。」

 

後ろ手で玄関のドアを閉めると、三葉と四葉が抱きついてきた。

 

「わ、わ、どうしたんだよ。」

 

「やっぱりお兄ちゃん最高やわ〜」

 

「ありがとう、瀧くん。瀧くんはもう私と四葉の家族やよ。」

 

瀧も2人を抱きしめてやる。

 

「こんな俺だけど、よろしく。」

 

しばらく抱き合っていると、湯が溜まったことを知らせる電子音が響いた。

 

「四葉、入っておいで。三葉、夕飯の支度手伝ってくれよ。」

 

今日の夕食は瀧渾身の海鮮パスタだ。以前働いていたバイト先のまかないの人気メニューだったのを、見様見真似で作ってそれを極めた。店で出しても大丈夫だとシェフも言っていた。三葉と共にエビと貝の下処理をし、付け合せのサラダにかけるドレッシングを自作する。

四葉が風呂から上がってきた。瀧が貸しているジャージを着て髪の毛を乾かしながらリビングに現れる。四葉がキッチンを見ると、時には唇を尖らせ、大抵は笑い合いながら和気藹々とお喋りして料理をしている2人の姿が目に入った。その姿は、どこからどう見ても、仲の良い夫婦にしか見えなかった。

時計がまもなく6時を指そうとする頃、夕食が完成した。大皿に盛り付けられたパスタとサラダに、コンソメスープというラインナップだ。その出来栄えに四葉は目を瞠る。

 

「どっしぇー、私の作るパスタとは違うわ〜〜!プロ感出てるわ〜〜!美味しそ〜〜!」

 

「どうぞ召し上がれ。」

 

四葉と三葉はパスタを口に運ぶ。

 

「何これ、瀧くん、美味しすぎるよ!」

 

「うまっ!」

 

満足そうに瀧は頷く。

 

3人はバカ話に花を咲かせながら楽しい夕食の時を過ごす。しかし、楽しい時ほど早く過ぎ去ってしまうものだ。気づけば9時を回っていた。雨もだいぶん小降りになっていた。天気予報によるとまた明日の昼ごろから雨が降るらしいが。瀧と三葉は四葉を最寄駅まで送る。

 

「四葉、気つけて帰りよ〜〜」

 

「またね、四葉。」

 

「ねえちゃん、楽しんどいでよ。お兄ちゃん、ウチのねえちゃん、食べちゃって良いからね♡」

 

「こら、四葉。冗談言わんの!」

 

「…………。」

 

「んじゃ、チャオ〜〜」

 

四葉は改札口の向こうに消えていった。残された2人は羞恥で顔を赤らめながら手を繋いで帰っていく。瀧の部屋にたどり着き、2人は順番に風呂に入って就寝の準備を整える。瀧がリビングに充電が無くなってきたスマホを充電器に挿し三葉の待つ寝室に戻ってくる。その時、ふと瀧は三葉の髪留めが目に入り、手に取った。

 

「綺麗な紐だな〜」

 

「それは組紐って言うんよ。私らの故郷で昔から作ってたもので、それは私が編んだやつやよ。」

 

「へ〜、ほんとに綺麗。」

 

赤と橙の糸が、複雑かつ芸術的な模様を作り出している。しかし瀧はどこかでこれを見たことがある気がした。

 

「実はこれ、2本目なんよ。大学生の頃にずっと使ってたやつが切れちゃって。でも手放しちゃいけないような気がして、今も机の中にケースに入れて大事に持っとるんよ。」

 

見れば見るほど懐かしく思う。どうしてだろう。昔に持っていたのだろうか?だが髪留めなどはしないし……

 

「これは結びを表してると言われとってね」

 

「結び……?」

 

「今も岐阜におるおばあちゃんが言うにはね、結びは元々は出産の産むに霊って書いて、土地の氏神様を指す言葉なんよ。でも他にも深い意味があって、神様と人間を結ぶ全てのものを指すんよ。時間が流れること、人を繋げること、神様が与えてくれた水とか米を体に入れること、そして糸を結ぶこと。全部結びって言うんよ。」

 

それを聞いた瞬間、ある言葉が瀧の脳裏をよぎった。そして無意識のうちに口に出す。

 

「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それが、ムスビ。」

 

三葉が目をまん丸にして瀧を凝視する。

 

「瀧くん、なんでそのおばあちゃんの口癖知っとるん?」

 

「分かんないけど、三葉の言葉を聞いてたら頭に浮かんできた。」

 

2人は考え込むが、やはり記憶に霞がかかっているようで、何も思い出せない。それでも、三葉は一つのことを思い出した。

 

「そういえば一回東京に行った時に組紐無くしたんやよね。なんで東京に行ったかすら思い出せへんけど。確か彗星が落ちる前の日やったっけ。でも彗星が落ちた時にはしとったんよ。でも落ちた日の記憶あんまりあらへんし。いや、誰かに渡したんやっけ……?」

 

それを聞いて瀧は思い出す。

 

「そうだ、俺、組紐を持っていたことがある!間違いない、持ってた。確か中2くらいの時に。毎日何故かブレスレットがわりにつけてた。でも高2の頃に無くしたんだ。」

 

「何色?」

 

「多分これとおんなじ色だ。赤と橙だよ。」

 

「待って、私が東京に行ったんが私が高2で瀧くんが中2やろ。しかも東京……。ひょっとして瀧くんに組紐あげたんって私!?」

 

「いや、それならおかしい。俺は3年間持ってたのに三葉は彗星が落ちた時に持ってた。だからそれはないと思う。でもタイミングが良すぎるよな……」

 

2人は再び考え込む。可能性は2つだ。

1、2つの組紐は別物。

2、同じ組紐が何故か2本存在している。

2はありえなさすぎるが、だが2人の胸には2がとてつもなくしっくりくるのだ。

 

「……………やめよっか」

 

「だよな。頭がこんがらがって訳分かんなくなってきた。」

 

2人は抱き合い、一度深く口づけして眠りに就こうとした。だが、瀧は先ほどのモヤモヤがいつまでたっても消えず、なかなか寝付けない。瀧は不覚にも苛立ってきた。少し疲れもあったのだろう、ムシャクシャしてしまった瀧はベッドから出て台所の水を飲んだ。すると寝室から三葉が出てきた。

 

「眠れんの?」

 

「なんか組紐のことでムシャクシャしちゃってさ。」

 

「ひょっとして私が寝てると思って気遣った?」

 

「まあ…そんなところ。」

 

「瀧くん。」

 

三葉は少し嗜めるように言う。

 

「私ら恋人やよ。瀧くんだけがムシャクシャしてどうするんよ。思うところがあるんやったら私にもちゃんと言うて。ほんまに私が寝てたんやったら話は別やけど、私まだ目を開けとったからね。瀧くんが優しいのは嬉しいけど、なんかあったらちゃんと甘えて欲しいんよ。年上やし。」

 

三葉のその言葉に救われる。そしてお言葉に甘えて少し愚痴る。

 

「俺と三葉は何か深いところで繋がってたはずなんだよ。なのに肝心なことが思い出せない。俺は三葉と過去に何かあった。そう確信してる。だからその過去を知りたいのに、何かが邪魔をする!」

 

気づけば瀧の目からは涙が溢れていた。三葉は瀧を背伸びをしながらギュッと抱き締めて耳元で優しく囁く。

 

「それは私もおんなじやよ。だからモヤモヤする。でも今、瀧くんと一緒に居れることの方が私は大事やと思う。だからこの奇跡を大事にしよ……」

 

三葉の言葉が瀧の心をほぐしていく。

 

「ごめん、三葉……」

 

「ええよ。とにかく寝室に戻ろっか。」

 

「そうしよう。」

 

2人はベッドに腰掛けた。

 

「組紐か………。」

 

「瀧くんそう言えば一回糸守に行ったことあるって言ってたやんね。いつ?」

 

「5年前の10月の頭に司と奥寺先輩と3人で。確か山の上で目覚めたのがちょうど彗星が落ちた日だったな。」

 

「その時に山に登ったんやね?」

 

「ああ。真ん中がでっかいクレーターみたいになってて、その真ん中に祠のある山だよ。何で登ったかも分からないけど、気付いたらそこにいた。」

 

「そこの祠、宮水神社のご神体が祀ってあるんよ。んでその祠に組紐があるんよ。」

 

「へ〜〜。」

 

「そこへ行った覚えはある?」

 

「…………あるような、無いような………。でも俺はそれより前から持ってたよ。」

 

「そりゃそうやよ。あれは奉納のためだけに新しいの作んねんから。……………?」

 

「どうしたんだ?」

 

「奉納しに行った覚えが無い………。」

 

「えっ?」

 

「私あの年山に登ってない!間違いない。でも何でか分からんけど奉納したことは知ってる。何で?」

 

「風邪引いて寝込んでたとか?」

 

「それでも神事やから熱出てる事黙ってでも私は行くはずなんよ。」

 

「何か想像できるわ。無理して山登りしてる三葉。」

 

「……………一回行った方がええね。」

 

「糸守に?」

 

「うん。」

 

「………いつにする?」

 

「彗星が落ちた日。間違いなくここが何か鍵になってる気がするんよ。」

 

「分かった。休み取っとく。」

 

「じゃ、そろそろ寝よ!」

 

「お休み、三葉。」

 

「お休み、瀧くん。」

 

そして、2人は眠りについた。翌日に起こる騒動を予想だにせず………。




<次回予告>九州からの来訪者が近づくなか、瀧と三葉のゴールデンウィークの時間は刻一刻と流れていく。果たして、来訪者がもたらすのは悲劇か、はたまた喜劇か………?
次回 12月4日月曜日午後9時3分投稿 第18話 「あなたはだあれ? 前編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第18話 あなたはだあれ? 前編

どうも、かいちゃんです。
一昨日は勉強を一旦放ったらかして「IPPONグランプリ」見てました。いやあ、Aブロックの逆転劇には痺れましたね。僕は地味にロッチ中岡さんの芸風が好きですけどね。あと、りゅうちぇるセンスありすぎ笑笑。
では、本編スタートです!


2022年5月4日。この日の朝は三連休の中日ということもあって博多駅山陽新幹線ホームは思ったほどの混雑は見せていない。上り12番のりばに1人の男がいた。年齢は50歳くらいであろうか。少し疲れた表情を浮かべながらも、嬉しいことがあるのだろうか、ウキウキしているようにも見える。男は8時30分発ののぞみ16号東京行きに乗り込んだ。席に着き、男は携帯の画面を覗き込む。しかし、少し残念そうな表情を浮かべて携帯をしまい、持ち込んだ文庫本を開く。定刻通り出発したのぞみは、東へ向かってひた走る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

前日は夜更かしが過ぎたのか、10時頃にフラフラと起き出した2人は、ブランチを済ませてリビングでくつろいでいた。時刻は午前11時過ぎ。2人=瀧と三葉は非常に眠そうな表情を浮かべていた。話が終わってから一応2人とも目は閉じたが、そこで思考の海に飛び込んだまま抜けられず、結果的に2人とも本格的に眠りについたのは東の空が白んでからである。2人はソファーを背もたれにして地べたに座り、体を寄せ合ってテレビを見ている。瀧は三葉の背中に手を回し、三葉の髪をすいていた。

 

「昨日の糸守に行く云々の件やけどさ。」

 

「何?」

 

「よう考えたら今年は10月4日が平日やねんね。しかも火曜日。」

 

「それは有給が取れれば何とでもなるよ。ここから糸守までどれくらいかかる?」

 

「電車やったら5時間くらい。車でもそれくらいはかかるかな。」

 

「泊まらなきゃ無理だな。」

 

「それがね、山登ったら丸一日潰れるから2泊3日は欲しいんよ。」

 

「………なかなか厳しいな。しばらくは土曜日も返上しないと。」

 

「そうやね。あ〜〜、絶対また瀧くんロスにかかる〜〜。」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃん?」

 

2人はどちらからともなく唇を重ねた。

ちょうど2人の顔が離れた時、三葉の携帯に着信があった。発信者を見ると四葉である。

 

「どうしたんよ、急に。」

 

<ねえちゃん、今日は咲ちゃんのとこ泊まるって言うてたやんか。>

 

咲ちゃんとは四葉のクラスメイトで、一番四葉と仲良しな女の子だ。何度か三葉の家にも来たことがあり、感じの良い子だという印象を持っている。

 

「そうやけど、どうしたんよ。」

 

<それがな、咲ちゃんが風邪引いてもうてな、泊まられへんくなったんよ。>

 

「あらまぁ。」

 

<ほんでさ、ボッチ寂しいからお兄ちゃんち泊まりに行って良い?>

 

「ちょっと待って、瀧くんに聞いてみる。」

 

三葉はマイク部分を押さえて瀧に向き直る。

 

「瀧くん、四葉が今日友達の家に泊まられへんくなったからここに泊まりに来たいって言うてるんやけど。」

 

「親父の布団空いてるから大丈夫だよ。四葉にもいいよって言ってあげて。」

 

三葉は頷いて四葉と話す。

 

「瀧くんが大丈夫やって。何時頃に来る?」

 

<3時で大丈夫?>

 

「わかった。迎えに行くわ。」

 

「ちょい待ち。」

 

瀧から声が掛かる。

 

「どうしたんよ、瀧くん。」

 

「ちょっと四葉と2人で話したいことがあるからさ、俺が行って来るよ。晩飯の食材もついでに買ってくる。」

 

「………分かった。」

 

<どうしたん?>

 

「瀧くんがあんたと2人で話したいって言うてるから、瀧くんが1人で迎えに行くって。」

 

<はいよー>

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午後1時30分を少し回った頃、一本の新幹線が東京駅ホームに滑り込んだ。その中から1人の男が現れる。男はそのまま中央線ホームに向かい、快速に乗り換える。目的地は3つ目の停車駅である四ツ谷だ。10分ほどで到着し、駅近の定食屋で遅めの昼食を済ませる。ここから目的地まではもう僅かだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

瀧のマンションの軒先には瀧の洗濯物に加え、昨日ずぶ濡れになった三葉の洗濯物が干されている。時刻はまもなく午後3時30分。瀧は少し早めに夕飯の食材を買いに出かけるついでに今日も瀧の家に突如襲来する運びとなった四葉を迎えに出かけた。仕方なく三葉は家に残り、少し掃除をする。瀧と三葉にとってこのゴールデンウィーク最大の試練は、この時に鳴ったインターホンから幕を開ける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

四ツ谷駅近くの定食屋から出てきた先程の男は見知った街の馴染みのあるところを順番に回りながら知り合いの店などで声を掛ける。皆息子の近況を聞かせてくれるが、なぜか最近妙に明るくなったようだ。少し嬉しく思いながら時計を見ると気づけば3時を回っていた。

ひと通り巡ると、スタスタと一棟のマンションを目指す。九州に単身赴任していた彼が息子と会うのは実に正月以来、5ヶ月ぶりだった。妻に先立たれ、男手1つで息子を養ってきた。その息子も今年で社会人である。もともとは仕事の影響でこのゴールデンウィークは会えないと思っていたが、なんとか案件が早期に片付き、急遽帰れることになったのである。とは言っても、明日の始発でトンボ帰りで、すでに東京駅近くのホテルを一部屋押さえてあるのだが。昨日の晩には息子にメールをしたのだが、一向に返ってこない。少し不審に思いながら、彼は息子=立花瀧が住む一室の前に姿を現した。昨日の晩にせっかくメールしたんだから返信しろよと思いながら、瀧の父である立花龍一はインターホンを押した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

突如インターホンが鳴る。三葉は体をビクッと弾ませた。それもそうである。瀧が鍵を掛けて出て行ったのは2時30分頃だ。買い物も済ますとなれば4時は回るはずだが………。もう帰って来たのだろうか?と思ってドアに近づくが、どうも様子が変だ。瀧なら中に呼びかけて来てもおかしくはない。すると鍵が差し込まれる。そして、ドアが開く。そこには見知らぬ、だがどこか瀧の面影のある中年男性が立っていた。

 

「瀧はいな………えっ?」

 

「あ、その、お邪魔してます…………」

 

「…………どちら様ですか?少なくとも物盗りの類には見えないが……。瀧の知り合いかな?」

 

「その………まあ、彼女、と言いますか……」

 

「……………」

 

「とにかく、中に入りましょう。お茶出しますね。」

 

「私が誰か聞かないのかな?」

 

「瀧くんのお父様………ですよね?顔立ちがよく似てると思いますし、何より今までの会話からしても……」

 

「それもそうだ。では、上がらせてもらおう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

3時。四葉が北参道駅に大きめの荷物を持って現れた。四ツ谷のスーパーで食材を買い終わり、あと10分でマンションに着くという地点で四葉が尋ねる。

 

「何やの?2人で話したいことって。」

 

「いや、あんまり大した話じゃないんだけどさ、こういう時が一番聞きやすいかな?って思って。」

 

「何を?」

 

「あの日、2013年10月4日の糸守に何があったのか。なぜ全員生き長らえたのか。なぜ町民全員が学校に避難できたのか。」

 

「ねえちゃんは………そうか、何にも覚えとらんねや。」

 

「てっしーとさやちんにも聞けるとは思ったんだけど、なかなか会う機会ないし、何より幸せ絶頂なのにこんな嫌な話させたくないしね。」

 

「ほんまにお兄ちゃんは優しいんやな。」

 

「お褒めに預かり、光栄です。」

 

少し表情を曇らせるが、すぐに語り始めた。

 

「てっしーとさやちんからの聞き齧りも含めんねんけどな、実はあの日校庭に避難させようとしたんはねえちゃんなんよ。

隕石が2つに割れて落ちてくるって言い出して、てっしーとさやちんを集めて会議して、避難計画を立てたらしいんよ。私とかばあちゃんにも町を出ろって言うたり、もう目が血走ってたんよ。ほんで夕方にふらっとおらんくなって、日が沈んだからまた現れて、その時町長やったお父さんに避難の放送出すように呼びかけて、それまで全く聞く耳を持たへんかったお父さんが急に折れて避難の放送を流したんよ。」

 

「なのに三葉はその日のことをほとんど覚えてないと……」

 

「そうなんよ。そういえばあの頃のねえちゃんなんか変やったんよ。」

 

「変?」

 

「何かね、一日置きくらいで変になっとったんよ。朝起きたら自分の胸揉み出したり、髪の毛の結い方が雑やったり、妙に男っぽくなったり……。そういえばあの日の朝も変モードやったわ。涙流しながら胸揉んで、いきなり私に抱きつこうとしたんよ。あれは引いたわ。」

 

「変モード、ね……」

 

そういえば司と高木とミキが似たようなことを言っていた。突如ありもしなかった女子力を発揮してまるで別人のようになった時期があったと……

瀧のマンションが見えて来た。しかし、瀧と四葉はこの中にこのゴールデンウィーク最大の台風の目が存在していることをまだ知らずにいた。




<次回予告>現れた瀧の父親・龍一。彼は果たして瀧や三葉とどのような寸劇を繰り広げるのか?龍一を囲んでの晩餐会が幕を開ける。
次回 12月11日月曜日午後9時3分投稿 第19話「あなたはだあれ? 後編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第19話 あなたはだあれ? 後編

どうも、かいちゃんです。
大谷選手のエンゼルス入団が決まりましたね。さて、このプロ野球開闢以来のチートキャラはメジャーでどれほどの活躍を見せてくれるのか、非常に楽しみです!
では、本編スタートです!


2022年5月4日、午後3時33分。瀧の部屋のダイニングテーブルを挟んで25歳のうら若き女性と50歳くらいの男性が向かい合っている。

 

「瀧の彼女と言っていたが、付き合い始めてどれくらい経つのかな?」

 

「実は、まだほぼ1ヶ月くらいなんです。」

 

「瀧という人間と接してみてどうかな?」

 

「癒されてます。瀧くんの、誰に対しても見せる優しさに触れてると安心します。それに、精神的な波長が合っていると言いますか、くだらない話でも瀧くんと話していたらそれだけで心が満たされて、瀧くんを感じる度に幸せに思っています。」

 

「側から見たら惚気にしか聞こえないだろうが、あなたは瀧をちゃんと内面まで理解してくれているんだね。」

 

「なんか意外です。」

 

「何がだね?」

 

「瀧くんはお父様のことを、放任主義で寡黙な方だって言っていたんですけど、話してみるとそうでもない気がして。」

 

「まあ私もか弱い1人の人間だからね。なんとかして瀧に金で不自由はさせたくなかったから、とにかく仕事に打ち込んだ。だから本当は寡黙なんかじゃ全然なくて、疲れててあまり構う暇がなかったっていうのと、瀧なら自分でものを考えて判断できると思っていたから何にも口を挟まなかった。本当なら近しい人間が相談に乗ってやるべきだったのに、瀧には結構迷惑をかけていたかもしれないな。」

 

「そんなことないと思いますよ。瀧くんもお父様に感謝してるって言ってました。」

 

「お、それは嬉しいな。今度2人で酒でも飲みたいな。」

 

「明日はどうされるんですか?」

 

「実は明日の午後までには九州に戻らないといけなくてね。明日の朝一の新幹線でとんぼ返りだよ。もうホテルも取ってあってね。今日はそう遅くないうちにお暇させてもらうよ。」

 

「そうですか。少し残念です。もっと瀧くんのことをお聞きしたかったんですが……」

 

「それは私も同じだよ。ところで瀧はどうしたのかな?」

 

「今私の妹を迎えに行ってるんてすが、そろそろ帰ってくると思うんですけどね。」

 

「そうか。いやあ、楽しみだなぁ。多分あいつメール見てないから、サプライズになるなあ。」

 

「メールですか?」

 

「昨日の夜11時くらいに今日は帰ってくるってメールしたんだけど、返事がなくてね。」

 

その時間は瀧と組紐について議論していた頃だ。

 

「確かに驚きそうですね。瀧くん。」

 

「そういえば女性に聞くのもどうかと思うんだが、三葉さんは何歳なんだ?」

 

「今年12月で26になります。」

 

「瀧とは3歳差か。妹さんは?」

 

「今年大学受験です。」

 

「結構年が離れた姉妹だね。」

 

「でも私なんかよりしっかりしてる、良い子です。」

 

その時、玄関の方から声がした。瀧と四葉がようやく帰ってきたのである。

 

「三葉〜帰ったぞ〜〜」

 

「お邪魔しまーす。」

 

「瀧くんおかえり〜〜」

 

龍一は無言を貫いているが、その表情は明らかに楽しんでいる。

 

「これ今日の鍋の具材な。こっちはおやつ………………」

 

瀧は来客の顔を見てフリーズした。

 

「おう、瀧。邪魔してるぞ。」

 

「お、お、おやおや親父ぃ〜〜!!?」

 

「おいおい、そんな化け物を見たような反応をするなよ。せっかく帰って来てやったのに。」

 

瀧は龍一を震える手で指差しながら後退る。

 

「な、な、なんで親父がいるんだよ。このゴールデンウィークは帰ってこれないんじゃなかったのか!?」

 

「それが予定が変わったんだ。少し暇が出来たから不肖の息子の顔を見にきてやったらどうだ。いきなり美人な彼女を家に連れ込んで。父さんまあまあ嬉しいぞ。」

 

「なんか親父今日は饒舌じゃねーか。」

 

「せっかく久しぶりに息子に会えて嬉しいんだ。ちょっとくらい弾けても良いだろう。」

 

「親父、どっちかって言うと俺に彼女が出来たこと揶揄ってるだろ。」

 

「お、よく気づいたな。そりゃ大学時代に彼女の1人でも連れてくるかと思ってたのに女の影すらちらつかせなかったじゃないか。そんな息子に初めて出来た彼女だ。揶揄いたくなるのが人の情ってもんだろ。それに昨日の夜にちゃんと帰れるようになったって連絡したじゃないか。」

 

瀧は慌ててズボンのポケットから携帯を出す。触るのは昨日以来だ。メールボックスにはちゃんと龍一からのメールが入っている。その時刻を確認すると、ちょうど組紐についてあーだこーだ言ってた頃だ。悪い事したなと思っていると、不意にずっと置いてけぼりを食らっていた四葉がくしゃみをした。

 

「ふぇくしょい!!」

 

「四葉、風邪か?」

 

「あんた、大丈夫?」

 

「風邪ではないと思う。」

 

「これは悪いことをしたな。瀧との久々の再会に興奮して置いてけぼりを食らわせてしまったな。申し訳ない。荷物を置いて来なさい。一緒に話をしようじゃないか。」

 

促されて四葉が荷物を置く。三葉は瀧と一緒に席を立ち、別室で取り込んだ洗濯物を畳む。瀧は今日の夜のメインディッシュであるちゃんこ鍋の買ってきた具材を仕分けるが、昨晩のメールによれば晩飯も食べて行くらしい。晩酌するつもりだったのかもしれない。それはともかく、少し具材が足りないようだ。財布を持って部屋を出ようとし、リビングに声を投げかける。

 

「親父の分の具材足りないから買ってくるよ」

 

「はーい。瀧くん行ってらっしゃい」

 

そして、リビングには四葉と龍一だけが残される。

 

「わ、私は宮水四葉といいます。三葉の妹です。」

 

「瀧の父の龍一といいます。よろしく、四葉ちゃん。」

 

「こちらこそお願いします。」

 

「側から見てあのカップルはどうかな?」

 

「羨ましいくらいアツアツです。このゴールデンウィークで大きく進展したって瀧さんも言ってました。世間一般からしたらちょっと性急過ぎるんじゃないかと思うんですけど、でも見ててどこか安心できるんです。まるでお互いにあるべき場所に収まっていると言いますか、この2人は出逢うべくして出逢った、そんな感じがします。」

 

「実は私もそんな気がしてるんだ。今まで、特にここ5年くらいの瀧はずっと何かが欠けているような感じだった。見てて心配したんだ。何も相談してこなかったから放ったらかしにしてたが。でも今日の瀧は全然違う。明るく人生を楽しんでいる感じがした。親としてこれ以上嬉しい事はないな。」

 

「実はねえちゃんもそんな時期があったんです。常に何かを探し求めている感じ。でも瀧さんに会ってからねえちゃんは変わりました。瀧さんがねえちゃんを変えてくれました。本当に瀧さんには感謝してもしたりません。」

 

「あなたは三葉さんのことが大好きなんだね。」

 

「母を早くに亡くして、同じ時期に父も家を出て……姉ちゃんの気持ちは複雑だったと思います。今も父に対してはそうですけど。それでもまだ幼い私の母代わりとして、炊事洗濯に遊び相手まで色々してもらいました。いつしかねえちゃんに理想の大人を見ていました。だから、暗かった時期は本当に痛ましくて見ていられませんでした。だから、そんなねえちゃんを元に戻して、さらに高みまで引っ張ってくれた瀧さんは、私はもう兄同然に思っています。」

 

「そう考えるとやっぱりあの2人で正解だな。どこか似通ったところもあるし、お互いを支え合っている。私から言う事はもう何もない。私は九州に行くから、あの2人を見守ることができない。だから、私に代わってあの2人を間近で見続けてくれないか。将来の家族からのお願いだ。」

 

「もちろんです。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

4人で楽しく鍋をつつき、瀧と三葉は食器洗いをしている。その姿はまるで鴛鴦夫婦だ。そして、別れの時間がきた。龍一は三葉と四葉に別れを告げた。瀧が四ツ谷駅まで送ってくれた。そして改札前で積もる話をする。

 

「じゃあ、瀧、元気でな。」

 

「親父も体に気をつけろよ。もう若くないんだから。」

 

「そうさせてもらおう。それにしても瀧には似合わないくらい上出来な彼女さんじゃないか。美人だし料理も気遣いもできる。今時珍しい大和撫子だ。」

 

「あ、ありがとう……」

 

「だから瀧、三葉さんを絶対に離すな。お前には三葉さんしかいないし、四葉ちゃんの話を聞く限り、三葉さんにもお前しかいない。それに俺は三葉さんを物凄く気に入った。彼女との結婚式以外は一切出席しないからな。」

 

「三葉のこと気に入ってくれてよかった。それはそうと反対したりはしないんだな。」

 

「もともと俺は放任主義だ。お前が決めたことには口出しはしたくないし、今回などその必要もない。」

 

「どういうことだ?」

 

「お前、自分じゃ気づいてないかもしれないがお前が部屋に他人を連れ込んだのはあの2人が最初だ。瀧がそこまでして好いている相手と引き離すような野暮なマネもしたくないしな。だから絶対に三葉さんと幸せになれ。」

 

「ありがとう。絶対に幸せになってやるからな。」

 

「それは頼もしいな。」

 

すると、不意に龍一が瀧の耳に顔を近づけた。

 

「初めてはまだなのか?」

 

途端に瀧は顔が真っ赤になる。

 

「う、うるせー!親父には関係無いだろ!!さっさと行きやがれこのクソ親父!!」

 

「おっと、まだなのか。なら式あげるまでは気をつけろよ。孫を見れるのは嬉しいがデキ婚は気まずいからな。また夏に会おう。」

 

そして龍一はゆっくりと去っていった。

 

最後にプラスチック爆弾を最も効果的に爆裂させて立花龍一という名の嵐は去った。瀧と三葉のゴールデンウィークも残りわずかである…………。




<次回予告>自然界なら嵐が去った後に残るのは瓦礫や倒木の山だが、滝と三葉の場合にはより強い絆が残ることとなった。そして運命の最終日、最後の最後にまた一波乱が。
次回 12月18日月曜日午後9時3分投稿 第20話「輝ける家族へ」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第20話 輝ける家族へ

どうも、かいちゃんです!
入試の影響で3学期はほぼ授業がないのでロッカーの中の私物を引き揚げ、要らないものの整理をしたのですが、やたらめっかし疲れました。皆さんもあまりロッカーにプリント類は溜め込まないようにしましょう。
では、本編スタートです!


瀧が龍一を送り、マンションに帰ってきた頃には9時を回っていた。

 

「ただいま〜」

 

「おかえり、瀧くん。四葉が今お風呂入っとるよ。」

 

「もう完全にこの家の住人だな。」

 

「ほんまやね。」

 

そして2人で寄り添ってバカ話をする。やがて順番に入浴し、3人はそれぞれ床に就いた。眠気が襲ってくるまで取り留めのない話をしていると、ふと話題がお互いに早逝している母親の話になった。

 

「瀧くんのお母さんはどんな人やったの?」

 

「うーん、俺を産んで結構すぐに死んじゃったからあんまり記憶にないんだよな。それに親父も普段はあんまり喋らないからわかんないし。でも一回だけ話を聞いたことあるな。<少なくともどれだけ不肖であっても、あいつの忘れ形見のお前という息子を最後まで手放したくないほどは愛していた>って。結局べた惚れだったんだろうな。」

 

「その言葉、半分惚気やもんね。」

 

「写真を何回か見たことあるけど、結構小柄で華奢で、美人っていうよりは可愛らしい感じだった。もともと体は弱かったらしくて、俺を産むのに親父は躊躇したらしい。でも母さんそこを押し切って俺を産んだんだ。いつもはおしとやかで良妻賢母たることを自らに課していたらしいんだけど、この時だけは折れなかったらしい。それを話す時の親父の顔は満更でもなさそうだったけどな。」

 

「お父さんも一途やってんね。」

 

「ほんとに普段からはあんまり想像できないけどな。……三葉のお母さんはどんな人だったの?」

 

「私からしたら、なんでも優しく包み込んでくれる人。今になっても時折見守ってくれてる気がする、太陽みたいな人。写真を見る限りは、びっくりするほどの美人。おばあちゃんは、どこか神懸かってるっていうか、ちょっと普通の人とは違うオーラを出してたって言うとった。」

 

「常人離れしたカリスマ性ってこと?」

 

「ちょっとちゃうんよ。なんか近所のおじさんとかおばさんに道を歩いてるだけで拝まれてたって言うとった。」

 

「まるで生きる神様だな。三葉のお父さんもそんなお母さんに惹かれたの?」

 

「…………多分違うと思う。お母さんが死んですぐに家を出て行ったんやけど、後からおばあちゃんの話を聞く限りは、逆に母さんに対するそういう神様みたいな扱いが嫌いだったんだと思う。」

 

「三葉のお父さんが愛したのは1人の女性であって現人神ではないと……」

 

「多分そういうことやと思う。お父さんも頑固者に見えてお母さんに一途やったから。」

 

「…………ちょっと聞いていい?」

 

「…………お父さんのこと?」

 

「…………うん。」

 

「…………やっぱり寂しかったんやろね。母親を亡くして、父親も家を飛び出した。おばあちゃんには良くしてもらったし、もちろん不満はないんやけど、やっぱり親がいない、捨てられたっていうのが強すぎたんやね。彗星落ちた後に和解できるかなとか思ったりしたんやけど………結局ダメやった。ちょっと仲直りするには溝が深すぎたのかも。」

 

「多分そうじゃないよ。お互いに意固地になっちゃったんだよ。本当はもう溝なんて埋まってるのに。自分では分からないと思うけど、お互いに向こうから歩み寄って欲しいんだよ。三葉もお父さんも非があるのは自分だからと思って臆病になってるんだよ。だから三葉から歩み寄りなよ。今度帰ったら仲直りしなよ。きっとうまくいくから。」

 

「そうかなあ……」

 

「今度のお盆、四葉と岐阜に帰るんだろ。俺は行かないからさ。」

 

「えっ、瀧くん来てくれへんの!?」

 

「親父に付き合ってやりたいんだ。顔合わせはどうせ10月にできるんだし、焦ることないだろ。」

 

「う、うん……」

 

「それにこれは三葉と三葉のお父さんの2人の問題だから、部外者は口を出すべきじゃない。自分で作った借金なんだから、自分1人で返しておいで。」

 

「…………わかった。やっぱり瀧くんは優しいんやね。」

 

「そんなことないよ。」

 

「謙遜しないの。やっぱり瀧くん大好き!」

 

三葉が瀧の唇を半ば強引に奪う。そして2人は抱き合いながら深い眠りに落ちていく………

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜が明ける。四葉は目を覚まし、龍一が昔使っていた部屋の壁掛け時計を見る。時刻は7時17分だ。もうちょい寝れたかなとは思いつつも思いっきり伸びをする。トイレを済ませてリビングを覗くが、瀧も三葉もまだ起きていないようだ。どうやら前日の様子を見る限り身体を重ねたとは考えにくい。"ひょっとしたら今日やっちゃってるかも………"という予測というより2人を揶揄うネタにしたいという願望から2人の寝ている寝室を覗く事を決意する。そしてドアを開け放った四葉の目に信じられない光景が飛び込んで来た。

 

少し乱れたベッドの上に一組の男女が横たわっている。残念と言うべきか、どちらも服を着ており、運動会をした形跡は残されていなかった。だが、そこまではただ恋人同士が行為に及ばずに共に寝ていただけにすぎない。しかし、しかしである。やけに女=三葉が少し苦しんだような、いや、少し上気しており呼吸もやや乱れている。三葉の胸元に視線を落とすと、明らかに男の両手が三葉の両胸を揉みしだいている。四葉は愕然とする。なんと瀧はまだ寝息を立てて眠っているのだ。つまり、寝ている間に無意識のうちに瀧は三葉の両胸を揉みしだいていたのである。

 

実は前々日も同じことがあったのですでに三葉は慣れてしまっていたが、当然初めて見る四葉は思わず声を上げてしまった。

 

「お、お、お兄ちゃん!何しとるん!?」

 

その声に三葉は目を覚ましたようだ。眼をこすりながら大あくびをする。

 

「ん………どうしたんよ、四葉。そんな大声出して。」

 

「ねえちゃん、胸………」

 

「ん?むね?」

 

そう言って三葉は胸を凝視する。そしてハッとして瀧の頬を思いっきりひっぱたく。

 

「いてっ!!」

 

「瀧くん!!手!!また!!」

 

「またあ!?」

 

四葉は驚愕の声を上げる。

 

「ご、ごめん三葉!わざとじゃないんだって!!」

 

「もー、瀧くんの変態!!」

 

「ごめんって………って四葉!?」

 

「うわー、この人変態やわ。ねえちゃん、ちょっと考え直した方がええんとちゃう?」

 

「うーん、そこまでは思わないけど………変態!!」

 

「三葉、ホントごめん!おい四葉!その虫ケラを見るような眼はやめてくれ!!マジで傷つくから!」

 

「ねえちゃんご飯しよー」

 

「そうやね、2人ぶん(・・・・)

 

しかしそう言いながら宮水姉妹は笑顔だ。そこまでは怒ってはいないのだろう、だが……

 

「あ、ちょっと待って!2人とも置いてかないで〜!ってかご飯俺の分も作ってくれ〜〜!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8時45分。瀧も無事朝食にありつき、一通りの家事を済ませ、部屋にゆったりとした時間が流れ始めた。3人はソファー周辺に集合する。そこで瀧が四葉に問いかける。

 

「そういえば四葉って彼氏とかいるの?」

 

「ううん、今はおらんよ。そもそも彼氏いない歴=年齢やし」

 

「へー、意外だな。四葉かわいいから彼氏の1人や2人いても良さそうなのに。」

 

「やめてよ、照れるやないの。」

 

「ほんまやよ、四葉。私も四葉の彼氏見たいわ〜」

 

「ええの。なんかビビっとくる男がおらへん。しかも最近お兄ちゃんのせいでハードル上がっちゃうし。高校おるうちはもうできひんかも。」

 

「せっかく四葉かわいいのに、もったいないな。」

 

「ほんまやよ。こんなええ時期を無為に過ごしたらいかんよ。」

 

「元彼氏いない歴25年のねえちゃんにだけは言われたくないな〜」

 

「なっ……今は瀧くんおるからええんやし!しかも出来ひんかったんやなくて作らんかっただけやし!」

 

「私も作ってないだけやし!」

 

「2人とも変なとこで意地張るなよ〜」

 

呆れ顔の瀧も楽しそうだ。

その後、3人で時にテレビに夢中になりながら、時にはトランプに興じながらバカ話をした。昼食は瀧の作った冷製パスタだった。楽しい時はあっという間に過ぎ去り、日もだいぶと傾いてきた。2人は荷物をまとめて玄関先へ向かう。四葉が気を効かせて先に一階に降りたのをいいことに、瀧と三葉は2人で話をする。

 

「またね、瀧くん」

 

「今度はいつになるかな?」

 

「大丈夫やよ。朝でも夜でも時間空いたら瀧くんの部屋に来るから。」

 

「ありがとう。」

 

「6月はてっしーとさやちんの結婚式やね。」

 

「楽しみだな〜」

 

「じゃ、またね。」

 

「気をつけてな」

 

「うん。」

 

そして深い口づけを交わす。三葉はついに瀧の前を後にした。

 

こうして数奇な運命で結ばれた瀧と三葉は大きく距離を縮めてこの波乱万丈のゴールデンウィークを締め括った。2022年5月5日。まだ出会ってから1ヶ月しか経っていないが、2人には家族に等しい連帯感が生まれていた。2人の旅路はまだ終わらない……

 

 

第3章 完




<次回予告>瀧と三葉の絆が深まったゴールデンウィークも終わり、2人は仕事に追われる日常に戻っていく。そんな中、三葉にトラブルが襲いかかった。
次回 12月25日月曜日午後9時3分投稿 第21話「優しさに包まれながら」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。


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第4章 日々是好日
第21話 やさしさに包まれながら


波乱に次ぐ波乱の連続だったゴールデンウィークが遠い過去のように思える。ゴールデンウィークからおよそ2週間。宮水三葉は充実感とそれをはるかに上回る忙しさの中毎日を過ごしていた。以前の三葉ならあまりにもの忙しさに押しつぶされていたかもしれない。どんなに良くても疲労困憊だっただろう。しかし、今の三葉には瀧という心の支えがいる。そしてそのことが三葉を内側から輝かせていた。

激務に次ぐ激務であるにも関わらず、笑顔を弾かせながら一生懸命勤務する三葉の姿に、多くの男性社員は癒され、同時にハイエナとなっていた。多くの社員が三葉にアタックしていくが、幸せそうな笑顔であっさり断られる。どこだ、俺の三葉さんを奪ったどこの馬の骨ともしれない奴は。そんなきな臭い空気が休憩時間に立ち込めるようになっていた。一方でこの空気を憂慮する男性社員もいる。既婚者と堀川である。ある時、堀川は三葉に話しかけた。

 

「おい宮水。」

 

「なに?」

 

「お前最近えらい元気やな。立花君とは順調なんか?」

 

「最近は忙しくてなかなか会えないけど、瀧くんが支えになってくれてる。ちょっと理不尽に当たってもうても底なしの優しさで受け止めてくれる。だからこれくらい平気。」

 

「なら心配なさそうやな。でもちょっと気いつけや。最近独身男性社員の空気がピリピリしてるからな。」

 

「ピリピリ?」

 

「気づいてないんやったらええわ。邪魔したな。」

 

「えっ?気になる〜〜」

 

「お前さっき一回なまったったぞ〜」

 

「嘘!?」

 

 

堀川の心配をよそに時間はいたずらに流れ、独身男性社員のボルテージが日に日に高まっていく。このままでは何か良からぬことが起きるかもしれない。とはいっても送り狼が出現したり、しつこく三葉を飲みに誘ったりする程度だが、遅かれ早かれ三葉は瀧しか見ておらず、瀧と三葉の間に付け入る隙など1ミリもないことを証明しなければならないだろう。堀川は機会を待った。そして、ついにそれはあまりいい形ではなかったが、何がともあれ5月25日水曜日に転機は訪れたのである。

 

その日の三葉は朝から変だった。少し顔が上気し、少し唇が青ざめている。それに少し仕事のペースも落ちている。堀川が昼休みに体調不良を疑って訊いてみたが、大丈夫の一点張りで聞く耳を持たなかった。しかし堀川も馬鹿ではない。三葉が体調不良であることは明白だ。しかしそう簡単に休むわけにもいかないというのも分かる。あまりいいアイデアが思い浮かばず、悶々としているうちに三葉の容態は悪化した。時折ブルっと震えるようになった。悪寒がするのだろう。さらに頭をしょっちゅう抑えている。見かねた堀川は既婚者である上司に相談することにした。

 

「課長。」

 

「なんだ、君らしくなく真剣そうな表情で。」

 

「さらっとディスられた気もしますが敢えてスルーしましょう。実はお願いがあります。」

 

「言ってみたまえ。」

 

「こんなことを頼むのは筋違いも甚だしいかも知れませんが、宮水に明日一日の欠勤を命令してください。」

 

「確かに朝から体調が悪そうだが……」

 

そのやり取りを聞いていたミキも加勢する。

 

「彼女、お昼に何も食べていません。これから悪化するやつです。さっきどさくさに紛れて額を触ってみたんですが結構熱かったです。彼女を欠くのは大きな損失ですが、これから先の前期総決算の時期にぶっ倒れでもされるとそれこそ大迷惑です。」

 

「確かに最近休日も返上して働き詰めだったからな……よし、宮水に欠勤を許可してやろう。だが、彼女のことだ、無理して出勤してくる可能性が高くはないか?」

 

堀川がいかにも人の悪い笑みを浮かべて答える。

 

「こういう時こそ宮水の彼氏の出番ですよ。課長も宮水を見る独り身の男の視線のヤバさが気になってるでしょう。」

 

「なるほど、迎えに来てもらうことで合法的に奴らに彼氏の存在を見せつけることができる、という訳だな。」

 

課長も口角を吊り上げる。

 

「彼への連絡は私がします。連絡先を知っているので。」

 

「奥寺君、頼むよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

17時過ぎ、立花瀧は仕事を終えて帰途に就こうとしていた。その時、急に携帯から着信メロディが鳴る。電話を取ると、意外な人物からだった。

 

「はい、立花です。」

 

「瀧君、元気してる〜?」

 

「奥寺先輩!元気してますよ。どうしたんですか、急に。」

 

「あなた、三葉ちゃんに最後に会ったのいつ?」

 

「月曜日ですね。どうかしたんですか?」

 

「実は今朝から体調悪そうなの。」

 

「えっ!?」

 

「だからさ、迎えに来てくれない?時間は大丈夫?」

 

「三葉の職場にですか?」

 

「ええ。場所は分かる?」

 

「一応。わかりました。すぐ行きます。」

 

瀧は急いで三葉の会社へ向かう。就活に失敗しまくった瀧とは無縁のどでかい社屋に入っていく。受付に向かうとすでに来意は伝わっていた。エレベーターで6階に上がり、ドアが開くとドアの前でミキと堀川が待ちかまえていた。

 

「あら瀧君早かったのね。」

 

「彼女のピンチに颯爽と駆けつける彼氏。イイねえ。」

 

「三葉は大丈夫なんですか?」

 

「まだ撃沈してはいないから大丈夫よ。その前にちょっと相談があるのよ。ちょっと付いて来てくれない?」

 

「わかりました。」

 

瀧は応接室に通される。中には中年の男性が1人いた。

 

「君が宮水君の彼氏の立花君か。噂通りなかなか男前じゃないか。私は宮水君の上司の数藤だ。」

 

「どうも、三葉がお世話になっています。」

 

「実は君に2つばかり頼みたいことがある。」

 

「なんでしょう。」

 

「1つ目は明日宮水君を出社させないことだ。まもなく前期総決算が始まって忙しくなる。この際だから事前に1日休暇を与えたいんだ。だが彼女のことだ。無理を押してでも出勤してくる可能性が高い。」

 

「わかりました。三葉を家から出さなければいいんですね。で、2つ目といのは?」

 

「実はね、ここ最近の独身男性社員の宮水君へのアプローチが半端ではなくてね。実害がある訳ではないが彼女も迷惑だろうし何よりフラれた後の空気がピリピリして非常にやり辛い。ここは彼氏である君に1つ男を見せて欲しいと思ってね。」

 

「要するにカッコよく宮水を連れ出せっちゅうこっちゃ。」

 

「いや〜、三葉そんなにモテモテなんですか?」

 

「玉砕者の数は都道府県全部合わせても足りないんじゃない?特に瀧君に出逢ってから表情の陰が取れて株価跳ね上がってるしね。」

 

「…………上手くできるかはわからないですけど、微力を尽くします。」

 

「それでこそ男やな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やはり、相当体調が悪いのかもしれない。今日は朝から頭が痛いし、昼からは寒気もして来た。堀川に一度昼休みに聞かれた時は大丈夫と答えたが、昼食も満足に食べれていないし、文字を目で追っていると徐々に酔うようにもなって来ていた。仕事も捗らず、すでに定時を回っているものの、頭がぼーっとしてさらにペースを遅らせる。今の三葉はまさに失神一歩手前であった。

そこに、1人の会社では見知らぬ男が入って来た。誰かと思って目を凝らして近づくと、なんと瀧ではないか!?

 

「三葉、大丈夫か?」

 

「私、夢でも見とるん?」

 

「奥寺先輩に電話もらった。三葉が朝から具合悪そうだって。上司の人に許可もらってるから帰るぞ。」

 

「えっ、でも仕事が……」

 

「堀川さんと奥寺先輩で片付けてくれるって。ハイ、荷物まとめる!無理しないで帰るぞ〜」

 

「……来てくれてありがとう、瀧くん。」

 

「どういたしまして。どうする?俺んちにするか?」

 

「うん。」

 

2人のラブラブなその姿を目撃した独身男性社員は続々と自分との差を思い知っていった。まずイケメンである瀧に顔では勝てない。さらに何より、瀧の方が若いのに人間が完成されていた。その優しさで体調不良である三葉を包み込んでいた。三葉のことを第一に考えて行動しており、当の三葉も安心して瀧に全てを委ねている。自分などが勝てる相手ではとてもない。以後、三葉に言い寄る独身男性社員の数は激減した。喧嘩でもしたらその時は俺が掻っ攫ってやるという物騒な捨て台詞を心の中で唱えながら……

 

2022年5月25日。この日の三葉の体調不良は周囲に多くの影響を及ぼしていく。だが、それを知る由もない本人はフラつく足をしっかり踏みしめて、それでも頼りないから瀧の小脇に抱えられながら、黄昏時の道を歩いていく。



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第22話 眠りの乙女

四葉の元に三葉が体調を崩したことが伝わったのはその日の午後6時半を過ぎたくらいだった。学校の自習室を利用して勉強したあと、家に帰って一息ついていたところだった。

 

「そろそろご飯作らなきゃ。それにしてもねえちゃん、遅くなるんやったらメールくらいしてよ。」

 

独り言を言って立ち上がったその時、ソファーの上に投げ出してあった携帯が鳴った。ねえちゃんやっと掛けてきたか、と思ったが、液晶に表示されたのは瀧の名前だった。不審に思いながらも電話を取る。

 

「お兄ちゃんどうしたん?平日の夜のこんな早い時間に電話してくるなんて珍しいやん。」

 

<三葉が体調崩してぶっ倒れた。>

 

「えっ、マジ!?」

 

<マジ。今三葉の会社から電話かかってきて迎えに行ったとこ。だいぶぐったりしてるな。>

 

「そういえば一昨日の朝くらいから元気ないし、顔色良くなかったな〜。」

 

<そうか……辛かっただろうな……>

 

「ごめんね、お兄ちゃん。迷惑かけて。」

 

<迷惑だなんて全然思ってないよ。それで相談なんだけど。>

 

「そうか、ねえちゃんの会社やったらお兄ちゃんちの方が近いんやよね。」

 

流石は四葉、察しがいい。

 

<そうなんだよ。いいかな?>

 

「ええよ。今から私もそっち行くわ。」

 

<それは心強い。頼むよ。>

 

「じゃあ準備してから行くわ。30分くらいかかるかな。」

 

<駅で待ってるよ。>

 

「ええよ。ねえちゃんについといてあげて。」

 

<わかった。>

 

瀧の方から電話が切れる。四葉は慌てて一応泊まりの用意と明日の学校で必要なものを用意する。それにしても心配だ。会社が帰すということはそんなに生ぬるい症状ではない。30分とは伝えたが、実際は15分足らずで準備を終えて家を出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

四葉が四ツ谷駅に着く。若干早歩きで路地を歩くと、前に三葉と瀧を見つけた。三葉は瀧に負ぶわれていた。

 

「お兄ちゃん!ねえちゃん!」

 

「お、四葉。早かったね。」

 

「ねえちゃんは?」

 

「このとおり。」

 

瀧に負ぶわれた三葉は確かに完全に病人だった。ぐったりしている上にかなり呼吸も浅い。四葉がいることには気づいたようだが、話す元気はないのか唇が僅かに動いただけだった。しかし長い時間姉妹として共に過ごしてきた四葉には、それが<ごめんね>と言っていることがわかった。

 

「とにかくお兄ちゃんのマンションまで行こ!私が荷物持つわ。お兄ちゃん、お米と晩御飯の食材ある?」

 

「詳しくはわからないけど足りないことはないと思う。」

 

「わかった。私が適当に私とお兄ちゃんの分作るから、お兄ちゃんはねえちゃんについといてあげて。ねえちゃんはお粥するからな。」

 

「ありがとう、四葉。」

 

三葉も瀧の背中で小さく頷く。3人はマンションに急ぐ。

部屋に着くと、まずは瀧の部屋のベッドに三葉を転がし、体温計を脇に挟んでやる。その間に四葉は早速食事の支度に取り組んだ。急いでご飯を炊く。三葉の体温計が鳴った。瀧が見てみると39.2度を示していた。

 

「何度?」

 

四葉が台所から声を投げかける。

 

「39.2度。」

 

「うわー、明日行けるか?」

 

「会社は別に休んでも構わないって言ってたから休ませよう。無理に行って酷くなったら目も当てられない。」

 

「そうやね。ここに縛りつけとこ。」

 

「明日は何時に帰ってこれる?」

 

「うーん、早くて4時前やね。」

 

「俺が帰るまでの間頼まれてくれる?」

 

「ええよ。ねえちゃんの分と私の分と泊まりの用意も持ってきたから。」

 

「お、用意がいいね。」

 

「お兄ちゃん、おうどんでいい?ねえちゃんのために持ってきたんやけど多いから。」

 

「よろしく。」

 

四葉は消化の良いうどんとうどんダシをあるだけカバンに詰めてきた。数も見ずに入れたが、6玉もあるのでここで使ってしまう。出汁は週末に三葉が堀川から貰ってきたヒガシマルのうどんスープである。どうやら関西のダシのようだ。パッケージに小さく写るうどんはダシが薄い黄金色をしていた。こちらのうどんはもっと茶色い。とりあえずうどんを湯がき、スープの素を入れて器に移し、さらにうどんと同じ数だけ持ってきた揚げと刻んだネギを乗せる。パッケージどおりの薄い黄金色のダシのきつねうどんが完成した。

 

「いい匂い……ん?」

 

「関西のダシやねんて。ねえちゃんが堀川さんから貰ったって言うとった。」

 

「ちょっと薄そうな色してるけど……」

 

「と、とにかく食べてみよ!」

 

2人ともズルズルとうどんを啜った。途端に目を見開く。

 

「………薄くない。」

 

「美味しい〜」

 

色は薄いが味はしっかりついている。ベースである昆布と鰹の香りが絶妙だった。

あっという間に平らげるとご飯が炊けたようだ。四葉はお粥を作る。瀧はその間に2人分の洗い物を済ませて三葉の手を握っていた。どうやら三葉は眠っているようである。

四葉はできたお粥を瀧に手渡す。その気配に気づいたのか、三葉が起き出した。

 

「三葉、具合はどう?」

 

「大丈夫やよ。」

 

「ねえちゃんダウト。全然大丈夫な顔じゃないよ、それ。」

 

「うぅ……」

 

「三葉の上司の方が明日は休めだって。ゆっくり休みな。無理してこじらせたら元も子もない。」

 

「私も早く帰ってくるから大人しく寝とくんやよ。」

 

「2人とも………ごめんね」

 

「三葉が気にすることじゃないよ。」

 

「ねえちゃん、とりあえずお粥食べれたら食べて。」

 

三葉はお鉢を取ろうとするが、少し危なっかしい。瀧は三葉の手を引っ込めて食べさせてやる。仲睦まじい光景だが、当事者は2人とも茹で蛸になっていた。結局、三葉はお粥を半分ほど食べた。それを片付けると三葉は四葉にメイクを落とし、パジャマに着替えさせてもらった。四葉は瀧を煽ったが、「理性を保てる自信がない」と言って断られた。三葉を床に就かせてしばらくすると、少し浅いながらも規則的な寝息が聞こえてくる。四葉はリビングで宿題をこなしている。しばらく三葉の手を握っていた瀧が風呂に入ろうとすると、瀧の携帯が鳴った。

 

「もしもし?」

 

<瀧君、三葉ちゃんの様子はどう?>

 

ミキからであった。

 

「熱はやっぱり高かったですね。お粥を少し食べて、今はぐっすり寝ています。」

 

<やっぱり明日は無理そうね。お大事にって伝えておいて。明日の朝もう一回電話するわ。>

 

「わかりました。では、おやすみなさい。」

 

<おやすみ、瀧君>

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、三葉が目を覚ますとすでにかなり高いところまで太陽は登っていた。時刻は午前8時34分。すでに瀧も四葉も家を出ているようだ。起き上がってふらふらとリビングに歩いていく。まだ本調子ではないのか、頭が痛む。テーブルの上には四葉の字で書き置きがあった。

 

<朝起きたら熱を測って結果をお兄ちゃんにメールしておくこと。何か食べれるなら冷蔵庫に昨日のお粥を少し足したやつを置いているので、チンして食べること。あとはひたすら寝るべし。4時までには帰ってくる。 四葉>

 

冷蔵庫の中から大きめの茶碗に盛られたお粥を取り出し、電子レンジに入れる。待っている間に体温を測ると37.7度だった。まだ熱がある。書き置き通りにメールを送るとすぐに瀧から返信があった。

 

<だいぶ下がったみたいだね。良かった。今日は一日ゆっくり休んでね。 p.s.奥寺先輩がお大事にって言ってたよ〜>

 

その返信に笑みを漏らし、しっかりお粥を食べたあと、再び眠りについた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

3時45分ごろ、学校を終えた四葉が瀧のマンションに帰ってきた。

 

「ねえちゃん、どお〜?」

 

しかし、三葉は瀧のベッドでスヤスヤと寝ていた。流しを見ると、茶碗とスプーンが乾燥機にかけてあった。食欲が少しでもあったことにホッとする。荷物を置いて瀧のベッドに腰掛け、三葉の寝顔を見る。

そういえば三葉の寝顔はしばらく見ていない。昔は寝坊の常習犯だったが東京に出てきてからめっきり減ったし、たまに寝坊する時も四葉はわざわざ様子を見に行ったりしない。それでも、幾度か見た三葉の寝顔はいずれもどこか苦しそうだったことが妙に印象に残っていた。しかし、今の寝顔は見違えるように安らかだ。やはり、瀧が三葉を変えている。それが再確認できたことに四葉は嬉しさを覚えた。

 

四葉は、三葉が目を覚ますまでのしばらくの時間を、三葉の寝顔をニヤニヤしながら観賞して過ごした。都会の喧騒を忘れたかのような穏やかな時間が、姉妹の間を流れていた。

 



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第23話 復活の三葉

側に人の気配を感じて三葉は目を覚ました。

 

「ん……」

 

「あ、ねえちゃん起きた?」

 

「四葉………今何時?」

 

「4時15分。」

 

「おう………7時間も寝てたんか……」

 

「気分はどお〜?」

 

「だいぶんマシ。頭痛もとれた。」

 

「お、ええ感じやね。熱測ろうか。」

 

三葉は脇の下に体温計を挟む。

 

「お腹すいてへん?」

 

「大丈夫。」

 

「そうや、休憩時間見計らって会社に電話入れときよ。」

 

「そうやね。」

 

体温計が鳴る。

 

「37.2度。」

 

「だいぶん下がったな。明日からもう会社行けるな。そうや、今日どうする?お兄ちゃんちにもう一泊する?それとも一回ウチ帰る?」

 

「うーん、どうしようかな?」

 

「仕事に着ていくやつは昨日の洗濯してるから行けるし、パジャマも今から新しいの私が持ってくるから大丈夫やよ。泊まっていったら?」

 

「わかった。そうする。ごめんな、四葉。何から何まで迷惑かけてもうて。」

 

「そんな事ないよ、ねえちゃん。だからゆっくり治してよ。」

 

四葉はにっこり三葉に笑いかける。その笑顔を見て、三葉は四葉がもう子供ではないことを悟る。それは何より嬉しいことだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日もかなり傾いてきた。西の空に明るみがまだ残っている6時半過ぎに瀧が帰ってきた。

 

「三葉〜、大丈夫か?」

 

「もうだいぶ元気になったんよ。もう一泊泊まっていい?」

 

「こっちは大丈夫だよ。ゆっくりして行きな。」

 

「お兄ちゃん、今日もうどんでいい?」

 

「オッケー」

 

「あっ、そろそろ会社休憩時間や、電話入れとかんと。」

 

四葉が昨日と同じ要領でうどんを湯がいている間に三葉は堀川に電話をかける。今は忙しいのでほとんどの社員が残業しているはずだ。

 

「もしもし?宮水だけど。」

 

<おっ、宮水。具合はどうや?声聞く感じやとだいぶマシになった?>

 

「もう明日から行けそう。迷惑かけてごめんね。」

 

<困った時はお互いさまや。これくらい迷惑のうちにも入らへん。とにかく今日の晩はよう食ってよう寝えや。じゃ、また明日元気な姿見せろよ〜>

 

「ありがとう、ミキちゃんと課長にもよろしく」

 

<おう、じゃあな>

 

三葉が電話を切るとちょうどうどんが出来上がったようだ。ダシのいい香りが漂っている。

 

「これが関西風のうどんなんやね。」

 

「ちょっと見た目は薄味に見えるけど、ちゃんとしっかり味がついててなかなかうまいんだよ。」

 

「そうやよ。昨日の夜にねえちゃんがくたばってた時に食べたんやけどね。」

 

「へぇ〜〜、じゃあいただきます!」

 

三葉は勢いよく麺を啜り、じっくり味わう。

 

「うわ〜〜、おいしい!」

 

その笑顔を見て、瀧と四葉は三葉の回復を確認し、一安心する。

 

8時半ごろに四葉は三葉のパジャマなどを引き揚げて撤収した。三葉も風呂を済ませ、四葉が夕方に持ってきてくれたパジャマに着替える。瀧が風呂に入っている間に早めに寝ようとおやすみの挨拶を瀧と交わしてベッドに潜り込んだはいいものの、今日はたっぷり寝たからか全く眠気が襲ってこない。仕方なく三葉は起き出してソファーでコーヒーを飲みながらくつろいでいた。しばらくそうしていると、風呂から上がってきた瀧が気配を忍ばせて後ろから三葉に抱きついた。

 

「ふぇっ、た、瀧くん!?」

 

あまりに突然のことに三葉は驚く。

 

「良かった、大したことなくて。本当に良かった。」

 

「だ、ダメやよ瀧くん。風邪伝染っちゃうよ。」

 

「いいんだよ、別に。三葉を感じていられるなら。本当に良かった。」

 

「そ、そんなに心配してたん?」

 

「当たり前だよ」

 

「…………嬉しい。」

 

「三葉………」

 

瀧は三葉の唇に自らの唇を重ねようとするが、三葉はその瀧の唇に人差し指を立てる。

 

「だーめ。風邪移しちゃったら私が心配しちゃうから。」

 

「そうだね。三葉慌てたら何しでかすか分からなさそうだし。」

 

「もー、からかわんといてよ。意地悪。」

 

「拗ねんなって。さ、一緒に寝よ。歯磨きしてくるから。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、三葉は玄関先で瀧としばしの別れのキスを済ませ、瀧より少し早く家を出た。本当は三葉は瀧と一緒に行きたかったが、今日は瀧は営業の仕事で方面が違う上に時間も遅いということでこうなった。やがて三葉は職場にたどり着く。三葉の隣のデスクにはすでに堀川が座っていた。

 

「堀川君、おはよう」

 

「お、宮水〜。生きとったか〜。」

 

「はっ、この宮水三葉、おとといは完全に隠り世に行っておりましたが、おかげさまで完全復活しました!それよりありがとね、仕事のこと。」

 

「構へん、その代わり俺がぶっ倒れたらよろしくな。」

 

「ばっちこい!」

 

すると課長とミキも出社してきた。

 

「お、宮水。もう大丈夫なのか?」

 

「おかげさまで完治しました。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」

 

「気にするな。これがあと2週間遅かったら目も当てられないけどな。あ、そうだ。お前が出してた10月3,4,5日の有給申請、通ったぞ。」

 

「ありがとうございます!」

 

「三葉ちゃん、復活おめでとう」

 

「ミキちゃんこそありがとね。瀧くんに知らせてくれて。」

 

「どうだった?瀧君とのベタ甘病床ライフは」

 

「瀧くんと妹の優しさを噛み締められてとっても充実しとったよ。これで今日から頑張るぞ〜!」

 

「あ、訛った!」

 

「どこ!?」

 

こうして三葉は完全復活を果たした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時計の針を24時間ほど遡って5月26日。この日は同僚の宮水三葉が体調を崩して欠勤した。隣のデスクで勤務する同期でしかも最も仲の良い堀川浩平は課長に彼女の仕事の穴埋めを依頼された。

 

「よろしく頼むよ、堀川君。奥寺君と協力して、何としても遅れを出さないようにしてくれたまえ。病み上がりの宮水君に無理はさせたくないしな。

 

「この堀川にお任せあれ。」

 

自信を持って引き受けた堀川であったが、ミキとともに昼休みにはすでに音をあげていた。

 

「あー、午前中終わったのにまだ殆ど手つけてね〜」

 

「三葉ちゃん、どんだけ仕事できるのよ〜」

 

お互いに自分の業務を行いながらの作業ではあるが、この様子では夜中までかかるかもしれない。すでに魂が抜けかけていた堀川を絶望のどん底に叩き込む電話がミキのデスクにかかってきた。通話を終えたミキが申し訳なさそうに堀川に向き直る。

 

「ごめん、今急に得意先から呼び出し食らっちゃた。行って来るね。」

 

「嘘やろ!?」

 

時刻はすでに6時半を回っているがまだ三葉の分の仕事が7割以上残っている。優秀な同僚の穴埋めは想像を絶する辛さだ。

 

「あー、しんど!無理やろこんなん!奥寺ちゃんまだ帰って来おへんし!」

 

そうボヤいた所へ課長からの地獄のような報告が飛んで来る。

 

「あー、奥寺君なら用事がまだかかるそうだから終わったらそのまま上がるように伝えておいた。」

 

「マジですか!?俺は援軍なしでこれ片付けなあかんの!?」

 

「ぼやくな堀川。お任せあれって言っちゃったのは君だからな。」

 

ニヤニヤしながらすでに帰り支度を済ませた課長が傷口を容赦なく抉る。ぶうたれていると三葉から電話がかかってきた。負の感情を表に出さずに明るく応対する。明日は会社に来るようだ。この苦痛が連続しないことに多少安堵した堀川は仕事の山にダイブする。

 

全て仕上げた頃には時計は深夜1時を指していた。大きく伸びをして自販機に向かおうとすると、ファックスから一枚のメッセージが吐き出されていた。

 

<堀川君へ。私の明日に間に合わさなきゃならない仕事残しちゃったから片付けてくれない?私のデスクに放置してあるやつ、手当は弾むからよろしく♡ 奥寺>

 

「ジーザス!!!」

 

堀川はその場にへたり込んだ。

 

午前4時半。堀川のデスクにはついに終えた仕事の書類と飲み干したペットボトル紅茶の林が形成されていた。電車もないのでここで仮眠を取ろうとする。そして立ち上がろうとした時にデスクに太腿を思いっきりぶつけ、ペットボトルの中にまだ残っていた紅茶がぶちまけられ、前日に終えた自分の仕事の書類に染み込んでいった。

 

「…………。」

午前8時。ようやく全てが終わった。もう仮眠を取る時間もない。思いっきり伸びをしていると全ての元凶である三葉が出社してきた。本当なら思いっきり睨みつけてやりたいがそうもいかず、素直に気遣いの言葉をかける。

そうこうしているうちに通常業務が始まった。しかし、しばらくして目がクラクラしてきた。それでも何とか堪え続け、ついに定時を迎えると………

 

隣の席の堀川が定時を伝えるチャイムと同時に勢いよく机に突っ伏した。三葉が慌てて声をかける。

 

「わ、堀川君、大丈夫!?」

 

堀川のほっぺたをつついたミキが冷静にジャッジを下した。

 

「あら〜、こりゃ寝てるわね。」

 

「う〜〜、私じゃどうにもならへん〜〜。あ、そうや!瀧君経由で狩野さん呼ぼ!」

 

「狩野さん?それってまさか堀川君の彼女!?」

 

「そのまさかです。」

 

1時間ほどして狩野が現われる。

 

「浩平!もー全然起きひんやん」

 

「狩野さんすみません、ご迷惑をお掛けして。」

 

「いえいえこちらこそ。おいこら、帰るぞ〜!」

 

「ん…………ん〜〜」

 

半ば狩野に引きずられるように堀川は退場した。

 

「三葉ちゃん」

 

「どうしたの、ミキちゃん。」

 

「堀川君の彼女、結構美人よね。」

 

「瀧くんの上司なんよ。」

 

「そうなの!?……瀧君もあんな風に揉まれてるのかしらね」

 

「多分そうかも」

 

2人は顔を見合わせて笑い合った。こうして堀川の地獄の二日間は、どうも格好のつかない形で幕をおろした。

 



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第24話 勇気ある戦い

どうも、かいちゃんです。
ここに何か書くのは久しぶりですね。一昨日、昨日とセンター試験を受けてきました。ちょっと第一志望には足りないかもしれない………。
そして、2月5日は私大入試に向けて勉強が忙しくなるので、休載させていただこうと思います。
では、本編スタートです!


2022年6月19日日曜日。梅雨真っ只中のこの季節特有の重たい雲が日本列島を覆っていたが、幸い東京では雨は落ちないという予報が出ている。それでもスッキリ晴れて欲しいな、と四ツ谷のとあるマンションに居を構える社会人一年目の立花瀧は思う。だって今日は自分が愛してやまない恋人の宮水三葉の大親友であり、瀧とも知己である勅使河原克彦と名取早耶香の結婚式の日であるからだ。

ジューンブライドを狙っての日程ではあるが、6月に挙式すると幸せになれるのは6月に雨が少ないイギリスの風習だ。それを梅雨真っ只中の日本に持ち込んでも……と瀧は思ったりもするが、何事も縁起が良いのが一番だ。これが多神教独特の融通なのだろう、と大学時代に建築の勉強の傍らで独自に研究していた民俗学の考え方に当てはめて納得する。何故そんな一見無駄に思えることをしていたかは何も思い出せないが。

とにかく、2人を祝福するためには最良の服装で臨みたい。だからこそ、今は心を無にして時折体に当たる豊かな胸の膨らみを意識しないように三葉の着せ替え人形に徹しなければならないのだ。

 

「うーん、やっぱりこっちのネクタイがええかな?」

 

時刻は午前8時22分。開始は10時からでここから会場のホテルまでの所要時間は約35分といったところか。三葉はすでに着替えを済ませて来ているので、長くともあと1時間この無防備かつ女を無意識に意識させてくる三葉の猛攻を防ぎきれば良いのだ。

 

「きゃっ」

 

三葉が瀧の爪先に蹴躓いて瀧に倒れかかる。豊かな膨らみが瀧の脇腹にヒットする。股間が今にも反応しそうだ。瀧は内心の冷や汗を押し隠して三葉を気遣う。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫やよ。ごめんね。」

 

いやいいよ、いいんだけどさ!ちょっと申し訳なさそうに上目遣いでこっち見てくるのは反則だ!

瀧の困難な防衛戦はまだ続きそうである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

瀧と三葉は途中で四葉を拾って会場に到着した。列席者が親戚縁者と近しい友人に限られているためか、そこまで大きくはないホテル内のチャペルで執り行われる。披露宴はこのホテル内のこちらもさほど大きくはないホールで開催される予定だ。3人は記帳を済ませて長椅子に座る。

 

「…………三葉、大丈夫か?手、めっちゃ震えてるぞ。」

 

「うー………全然頭に入らへん……」

 

三葉は手元の一枚の紙に書かれたスピーチの原稿を覚えこもうと必死になっていたが、緊張のせいかなかなか頭に入らないようだ。

 

「……おれだって緊張してるんだからな。」

 

先程から瀧は好奇の視線をあちこちから感じていた。なんせ地元で最も有力な神社の巫女であり、男の影を全くチラつかせなかった三葉が隣にいる正体不明の男性と親密そうに話しているのである。三葉の過去や家柄を知る糸守出身の両家の親戚縁者は探るような目線を3人の座る長椅子に向けていた。

 

「そういえば三葉、三葉のおばあちゃんとお父さんは今日は来ないの?」

 

「糸守の復興についての重要な会議が岐阜県庁であるんやって。2人とも現地のオブザーバーとしてそれに出とる。聞き齧りなんやけど、政府の復興予算はもう底が尽きかけとんねんて。それで今後どうするかっていう会議らしいんよ。」

 

「そうなんだ。」

 

「ねえちゃん、お兄ちゃん、そろそろ始まるみたいやよ。」

 

会場の照明が落ちた。そしてまず新郎の克彦が入場し、牧師の前で早耶香を待つ。慣れないタキシード姿の克彦は緊張でかなりガチガチになっていた。手足が同じ方向に出ている。

 

「見ろよ、あのてっしー、ガッチガチだぞ。」

 

「あかん、笑ったらあかんのに面白い〜」

 

そう言って2人は吹き出すのを辛うじて堪えていたが、克彦をよく知る勅使河原建設の関係者などはすでに大爆笑していた。

 

「おい坊、そんなんじゃ嫁さんに笑われるぞ〜!」

 

30代半ばくらいのガタイのいい男が茶々を入れる。

 

「う、うるせーぞウオ兄ぃー!」

 

そのやりとりに思わず瀧と三葉も臨界点を迎え、猛烈に吹き出した。

しばらくして場が収まると、新婦入場を司会である早耶香の姉が告げた。後ろのドアが開かれ、純白のウエディングドレスを身に纏った早耶香が入場してきた。

 

「うわー、綺麗……」

 

四葉が感嘆の溜息を漏らす。三葉はすでに泣きじゃくっていた。

 

「う……さやちんおめでとう……綺麗やよ………」

 

牧師の前では克彦も息を呑んでいた。そして早耶香が克彦の正面に立つ。

 

「早耶香………綺麗や………」

 

「ありがとう……」

 

2人とも顔が真っ赤になっている。夫婦の誓いを立て、牧師がキスを促した。2人とも真っ赤になったまま唇を重ねた。

 

場所を移して披露宴が行われる。次に現れた克彦と早耶香は和装だった。

 

「やっぱてっしーはタキシードよりこっちが似合うな。」

 

「ほんまやね。さやちんはどっちもよう似合っとるけど、てっしーのタキシードはなんか変やな。」

 

3人の座るテーブルを2人が通過する。また三葉は涙を流していた。

 

「うっ………てっしー、さやちん、おめでとう!!」

 

瀧も四葉も祝福の言葉を投げかける。そして、披露宴は粛々と進行していった。歓談の時間には新郎新婦の親戚縁者が2人を取り囲んでいたため、3人は無理にその輪に入らずに料理を貪っていた。

お色直しのために新郎新婦が一旦退場する。早耶香はその手にブーケを持ちながら克彦に腕を組まれて三葉のいるテーブルの方に歩いてきた。そして三葉にブーケを手渡す。

 

「次はあんたらの番やよ。幸せになりや。」

 

三葉は真っ赤になって俯いた。克彦は瀧に声をかける。

 

「頼むで、瀧。」

 

「おう!」

 

瀧と三葉の2人が列席者からの好奇の目線のマシンガンで蜂の巣にされていることは言うまでもない。

 

いよいよクライマックスというところでついに三葉の出番がくる。

 

「うっ……どうしよ!何も覚えてない!」

 

「ねえちゃんしっかりしてよ〜」

 

「あー、もうあかん!!!」

 

完全に三葉はパニクっていた。しかしその時、瀧が三葉が手に持っていた原稿を取り上げる。そして三葉の肩に手を置き、しっかり目を見て話す。

 

「自分の今思ってることを話しておいで。それが2人も一番嬉しいだろうと思うから。」

 

三葉の緊張がほぐれていく。緊張とパニックで真っ青だった顔色もかなり改善した。そして強く頷く。やっぱり私の彼氏は最高や、と三葉は思った。

 

「さあ、残り時間も少なくなってまいりましたが、ここで新郎新婦共通の大親友である宮水三葉さんに祝福の言葉をかけていただきましょう!」

 

披露宴の司会を務める先程克彦を野次った魚住が告げる。何も知らされていなかった克彦と早耶香は驚いていた。三葉は何も持たずにマイクの前に立った。それでもやはり緊張は拭えない。滑り出しは少し硬かった。

 

「てっしー、さやちん、ほんまにおめでとう。大親友として心から祝福します。思えば私たちが東京に移ったくらいの頃から、お互いを意識していたくせにあまり進展がなかったので、何としてもくっつけようと躍起になっていたこともありました。3人で飲んだ時に酒の弱い私が暴飲してさっさと酔い潰れて無理矢理2人きりにしたこともありましたね。思えばあの時からかな、2人がたまにおめかしして出かけるようになったんは。いや〜二日酔いした甲斐がありましたわ。」

 

ここで一つ笑いをとった。三葉は冷静さを取り戻す。

 

「そんな2人でも、私が悩んでることにいち早く気づいてくれとったね。そしてその悩みが晴れた時は2人とも心から喜んでくれたね。ほんまにてっしーとさやちんは私の唯一無二の親友やよ。だから、そんな2人が晴れて結ばれて、しかもその場に自分もいて一緒に祝福できて本当に嬉しい!」

 

克彦と早耶香は涙を流していた。

 

「みなさんも薄々察していると思いますが、この度彼氏ができまして、ここにも列席しております。だから、もし私たちが結ばれる時は2人にこの友人代表スピーチという恥ずかしい体験を一緒にお願いしたいと思います!」

 

列席者は笑いながら瀧を見つめる。瀧は真っ赤になって俯く。それ、実質告白じゃねーか!

 

「それでは2人とも、末永くお幸せに!!」

 

会場は拍手に包まれた。

 

式が終わった後、新郎新婦と瀧と三葉と四葉の5人が立ち話をしていた。

 

「いや〜それにしても三葉さん、大胆な宣言でしたね〜」

 

克彦がニヤつきながら口火を切る。

 

「本当だぞ三葉。マジで焦った。」

 

「瀧君、壇上から見て分かるくらい真っ赤やったもんな〜」

 

「でも満更でもないんやろ、お兄ちゃん」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

「まあブーケも貰ったし、一緒に幸せになろうね、瀧くん。」

 

「まあ瀧よ、急ぐことはないからな。ゆっくり関係を深めて三葉の晴れ姿を俺に見せてくれ。」

 

「約束するよ。」

 

「三葉、急ぐことはないんやよ。瀧君はまだ社会人一年目やから不安も多いと思う。だから、あんまり急かさんたってよ。」

 

「そうやよねえちゃん、待つのも一手やよ。ねえちゃん結構暴走しがちやから。」

 

「う……努力します。」

 

一同は爆笑した。しかし、時間の流れは薄情なもので、あっという間に瀧と三葉が帰らなければならない時間になっていた。

 

「じゃあな、瀧。気いつけて。」

 

「三葉も四葉ちゃんも、元気でね。」

 

すると3人は兼ねてから用意していた爆弾となる台詞を2人に声を揃えて投げかけた。

 

「今度は子供できたらね。」

 

2人の頬が一瞬で朱に染まる。それを見ながら3人は帰途についた。

 

雲の切れ間からチラリと太陽が顔を出す。その光が、ほとんど家族同然の瀧と三葉と四葉の仲の良い姿を、アスファルトに影として刻んでいた。

 



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第5章 世界で1番熱い夏
第25話 夏が来る


2022年も7月に入った。運命的な出会いを経て宮水三葉と立花瀧が交際を始めてから3ヶ月が経った。仕事が忙しくなかなか会う機会を取れなかった2人だが、それでも時間を見つけては夕食の時間だけでも一緒に過ごして一層結びつきを強めていた。そして付き合い始めてこれくらいの時間が経って来ると、お互い意識してしまうことがある。

 

"身体はいつ重ねようか。"

 

今まで泊まりは数回あった。三葉が風邪でダウンした後も2回瀧の部屋に泊まっている。しかし2人共お互いが近くにいるだけで何となく満たされてしまい、なかなかそっち方向の気分にならなかった。但し、三葉が無意識に瀧を誘惑して瀧の股間にテントが張られたことは幾度もあったが。とにかくどちらもいずれはしたいと思っているが機会がないというのが現状である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

梅雨前線が例年通り北海道に到達する前に消失した7月4日月曜日の昼休み、この日も普通に出勤していた瀧に元教育係で現在はパートナーである狩野百合子からある提案が持ちかけられた。

 

「立花君、君さ、今度の三連休は仕事ないやんな。」

 

「そうですけど……まさか休日出勤!?」

 

「ちゃうちゃう。ちょっと誘いたいことがあるんや。」

 

「何ですか?」

 

「……海、行かへん?」

 

「海?」

 

「淡路島。」

 

「はあ。」

 

「彼女と一緒に。」

 

「大丈夫だと思いますよ。」

 

「よかった。それと申請してた10月の有給、4日と5日は確実にオッケー出るっぽいけど3日はびみょい。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「じゃ、東京駅の八重洲口に8時な。」

 

「相談しときます。」

 

瀧は内心ガッツポーズした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

三葉にも堀川から同じ問いかけがなされた。

 

「海?」

 

「そう、海。」

 

「瀧くんを置いて?」

 

「いや、百合子が誘ってると思う。」

 

「ならやぶさかではないけど、四葉どうしようかな?」

 

「確か受験生やっけ?」

 

「うん、結構頑張って勉強してる。」

 

その時にミキが会話に割り込んできた。

 

「たまには妹ちゃんにも息抜きさせてあげたら?この前あなたに電話した時だいぶ疲れてるみたいだったし。」

 

「そうよね〜、最近ちょっと余裕ないのよね〜」

 

「ちなみに私も行きたいんだけど、どう?」

 

「お、ええなあ。どうせなら婚約者も連れて来てーや。」

 

「向こうの予定が合えばね。」

 

「実はな、その時に行く海水浴場、この夏休み直前の時期は結構穴場やねん。今年の三連休は16から18やろ。だから世間一般は夏休み始まってないし、淡路島のうちのおとんの知り合いの民宿の目の前の海でな、砂浜はちっちゃいねんけど客は少ないし飯もうまいなかなかええとこ。」

 

「へぇ〜、淡路島なんだ。結構遠いんだね。」

 

「でもミキちゃん、大阪から2時間くらいで着くらしいよ。」

 

「よう知ってんな〜、まあ、そんなもんや。それにな、実は割引宿泊券、10枚ももろてんねん。そんなん俺と百合子だけやったら持て余すから、こうやって同行者を探し求めてる次第です。」

 

「それじゃあ高木くんも呼んじゃおうかしら。それで8人よね。」

 

「うちにも1カップル心あたりあるわ。それでちょうど10人じゃん。」

 

「お、いいねえ。三連休は美味いもん食って泳いで遊んで楽しもか!」

 

三葉は内心ガッツポーズした。"夏の暑さに当てられて………"なんて事を想像してしまい、瞬時に顔が赤くなってしまった。幸い、2人には見られていなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして全員から了承の返事が貰えた。知らない人も混じっているとは報告したが、四葉と司と高木と勅使河原夫妻は口を揃えて、瀧と三葉のいちゃいちゃぶりを検証するいい機会だと快諾した。それを聞いた当の2人は微妙に膨れ面であったが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして来たる7月16日土曜日午前7時53分、東京駅八重洲口。気分は学生時代に逆戻りした9人のバリバリの社会人の男女と花の女子高生1人が一堂に会した。全員が瀧と三葉とは知り合いなので、残る八名が自己紹介する。最後になった四葉が爆弾を投げ込んだ。

 

「宮水四葉です。三葉の妹です。瀧さんの妹になれる日を心待ちにしています!っていうかもはや頼れるお兄ちゃんです!」

 

瀧と三葉は顔を真っ赤にする。それを見て残りは爆笑の渦に包まれる。

 

「立花君、外堀埋まってんで〜」

 

「宮水、これは他の男にチェンジできひんぞ〜、妹さんが許さんことにはな」

 

「う、うるさいですよ狩野さん!」

 

「うるさいよ堀川君!」

 

2つの悲鳴がほぼシンクロする。さらに笑い声が響き渡った。

 

「いや〜三葉も瀧も仲のよろしいことで何よりや。」

 

「三葉、やっぱり瀧君しかおらんよ。」

 

「瀧も罪作りだな〜、先に妹さんを落として外堀埋めるとは。」

 

「全くだ。太平洋に沈めてやるから覚えとけよー」

 

「おい高木君、厳密には瀬戸内海やで。」

 

「こらこら、みんなもいじったらんとって。宮水さんとお兄ちゃん(・・・・・)も辟易してるやん。」

 

すでに瀧と三葉を巡って奇妙な横の繋がりができている。それを考えると瀧と三葉は前途の多難さを思いやり、ため息が出るのであった。

 

「それにしても意外やな。奥寺の婚約者がこんなヒョロ坊主やったなんて。」

 

「すみません、期待外れで。」

 

堀川の挑発に司はやや申し訳なさそうにする。

 

「あら、これでも意外と男らしいところあるのよ。ウチの司は。」

 

そう言ってミキは司の首に腕を回して頬に口付けた。司の顔が一瞬で真っ赤になる。

 

「うわ〜〜、熱くて見てられへんわ。」

 

堀川がやや辟易していると、その様子を見てケラケラ笑っている瀧と三葉に四葉から手榴弾が投げ込まれた。

 

「まあキスこそあんまりしいひんけど、お兄ちゃんと姉ちゃん普段からあんな感じやよ。めっちゃ他人事みたいな顔しとるけど。」

 

2人の顔に朱が上った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大まかなスケジュールは夕方まで京都観光、その後京都駅でレンタカーを二台借りて晩までに淡路島に到着し、件の民宿で食事、2日目は1日中泳ぎまわり、最終日も昼まで泳いで東京に帰る計画である。

10人を京都まで運ぶのは東京駅8時30分発のぞみ17号博多行きである。狩野が手配していた2列分の指定席に座る。互いに椅子を向かい合わせにしており、2×2側に狩野、堀川、瀧、三葉の4人、3×2側に他の6人が座る配置となった。

 

6人のサイドでは大富豪をしながら瀧と三葉の昔話でゲラゲラ笑いながら急速に互いの親睦を深めていった。

4人の方ではトランプを用いておいちょかぶが行われている。

 

知らない人のためにルールを説明すると、親1人と子に分かれる。使用するのは株札か1〜10のトランプだ。勝敗は全ての札の和の1の位が高ければ勝ち、低ければ負けである。

どのように勝負するかというと、まず親は表向きの場札を4枚並べる。子は好きな札に賭ける。別に2点に賭けても一枚につき倍額賭けても構わない。そして端から順番に親は子に新たな札を見せ、それを子が確認すれば該当する場札の上に伏せる。もし和の1の位が0とか2とか小さい数字だと子はもう一枚だけ札を請求でき、これは表を向けて全員に開示される。ちなみに誰も賭けていない場札も札は全て開示されるが一応手順を踏む。

そして予め親も二枚の札を伏せておき、それを見て勝負するか、もう一枚請求して勝負するか、現時点で勝てそうな場札のみ勝負してもう一枚請求して残りと勝負するかを選択し、勝負を行う。

さらに特別な役が3つ存在し、子は1と4もしくは4と1の2枚の組み合わせでは「シッピン」という役が成立し、これは親の和の1の位が9であっても勝利できる。親も1と9もしくは9と1の2枚の組み合わせでは「クッピン」という役が成立し、これはシッピンにも勝る。さらに親も子も同じ数字が3枚連続して出れば「アラシ」となり、これは無条件で勝利できるだけでなく賭け金の倍をせしめることができる。よって、場札に同じ数字が3枚出ている場合、アラシが出ないので場をもう一度整え直す必要がある。

 

これにめっぽう強かったのは狩野だった。金をかけるわけにもいかないのでウノのカードを賭けていたが、もちろん堀川が親を務め、最初の持ち札は5枚から始まったにもかかわらず、15回で4倍に膨らませていた。対して瀧は負けに負けまくり、親の堀川から10枚借金してもなお足りない体たらくである。

 

「ふふふ、瀧くん全然ダメやね〜」

 

そう言ってころころ笑う三葉は7枚である。

 

「なんでもう一枚が10とか8とか1とかばっかりなんだよ。俺は5とか6とかそれくらいが欲しいのに!」

 

「それがおいちょかぶのおもろいとこや。」

 

「立花君弱すぎ〜、また借金せなあかんやん。」

 

「まあ、立花が弱いおかげでこっちも百合子に払ってる分の補填ができて何よりやねんけどな。」

 

「あーくそ!堀川さん、5枚借りますから右端の4に全部ベットしてください!」

 

「私一番左の2に2枚行くわ。」

 

「じゃあ私は左から2番目の7に1枚で行こかな。瀧くん、頑張ってよ〜」

 

「余ってる10には誰も行かんな。よっしゃ、左から行くぞ〜」

 

狩野は涼しげな顔でもう一枚請求し、3枚目は2であった。三葉は2枚でステイする。10のところには8が出たためそこでステイ。そして瀧に見せられたのは……

 

(1キタ〜〜!!!)

 

シッピン成立である。親がクッピンかアラシを出さない限りは勝ち確定である。

 

「ステイでお願いします。」

 

内心の興奮を押し隠して宣言する。そして親の堀川が自分の2枚を見た。そして一同に見せたのは……

 

「クッピンやな。」

 

「うわー、堀川君強いわ。私7やから勝負にもならんし。」

 

三葉は自分の伏せられた10の札を開示して堀川に支払う。

 

「瀧くん、瀧く〜ん」

 

瀧はフリーズしていた。そして堀川が瀧の役を開示する。

「うわ、こいつシッピンや。かわいそ〜。んじゃ、この5枚は頂くわ。また借金増えたぞ、こいつ」

 

「ところで百合子ちゃんは?」

 

「どうせ負けてるんやからおとなしく賭け金渡せ〜」

 

しかし狩野が開示した伏せられていた2枚目は……2だ。

 

「………お前、ここでアラシ出す?」

 

視線を狩野の顔に移すと、そこにはウザいレベルのドヤ顔が待ち構えていた。

 

「浩平、大人しく倍の4枚払うてくれるか?」

ついに10時52分にのぞみ17号は京都に到着した。瀧と三葉を介して集まった、生涯を通じて親交を深めることとなるこの10人が初めて一堂に会したアツイ三連休はまだ始まったばかりである。



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第26話 京都行きます 前編

10人は京都駅に降り立った。そこから地下鉄烏丸線、阪急京都線を乗り継いで四条河原町エリアに到着する。駅を出てちょっと東へ歩くと鴨川に差し掛かる。

 

「うわー、えらい人。」

 

堀川が半ばげんなりしながら感想を述べた。三葉が周りを見渡して感想を述べる。

 

「外国人観光客が増えてるって聞いたけど、欧米の方より中国人が多い感じやね。」

 

「これは錦無理かもな〜」

 

「錦?錦市場のこと?あのよくテレビで見る?」

 

「もっかい戻らなあかんけど、5分くらい歩いたらつくで。」

 

「うー、行ってみたいなー」

 

「無理やな、この調子じゃあの狭い商店街の中やったら身動きもとれへん。」

 

「三葉、諦めよう。ところで堀川さん、どこ行くんですか?」

 

「八坂神社、その前に腹ごしらえ。」

 

鴨川を渡りきってしばらく歩くと、正面の大きな赤い鳥居が存在感を増してきた。京都では平安神宮に次ぐ規模を誇る八坂神社である。その少し手前、現在歩いている四条大路の北側に位置するビルにある中華料理屋で昼食を済ませ、ついに八坂神社に突入、と思いきや四条大路の南側に渡り、八坂神社を目前にしてある店舗に入ろうとしている。

 

「ちょいちょい、どこ行くんや?」

 

克彦がもっともな疑問を投げかける。

 

「ローソン」

 

「ローソン?青い看板なんかどこにもあらへんで」

 

その時、四葉があっと声を上げる。

 

「ローソンや、一瞬気付かんかった。」

 

そう、確かにローソンである。しかし京都の景観に合わせるために茶色などの景観に溶け込む色を用いて設計されているのだ。その中で堀川と狩野は意外なものを買った。

 

「そんなもの何に使うんですか?狩野先輩。」

 

狩野が籠に入れていたのは仏花とカップ酒である。こんなものがコンビニに置いてある理由もイマイチわからないが……

 

「墓参り。」

 

「今から行くのって八坂神社ですよね。」

 

「私と浩平はちょっと違うんだよね。」

 

「はあ。」

 

そして10人はようやく八坂神社に到着した。鳥居をくぐるといくつか屋台が出ている。その脇を奥に進むと視界が開け、本殿が見えた。

 

「いやはや、でかいな〜」

 

克彦が感心したように言う。

 

「そらそうや、天皇や上皇の行脚も数知れず、武家からの信仰も厚くて現存する社殿は江戸幕府4代将軍家綱の寄進で建てられたもんや。」

 

堀川が答える。そして一行は賽銭を投げ込み、お馴染みのニ礼ニ拍手一礼で参拝を済ませ、それぞれ御神籤を引いた。結果に一喜一憂したあと来た道を帰らずに奥に進む。そこには春は桜が綺麗なことで有名な円山公園があった。

 

「俺と百合子はまだちょっと先に進むけど、着いてこんでええからこの辺で立花と宮水いじり倒して待っといて〜」

 

「あら堀川君、どこ行くの?」

 

「ここを出てもうちょい登ったら大谷祖廟ってとこがあってな、狩野家の墓がそこにあるからちょっと墓参りしてくるわ。盆に行ったらえらい人でめんどくさいからな。」

 

「じゃ、お言葉に甘えて待ってまーす。」

 

ミキの返答を聞き、2人は先へ進んで行く。

 

「それにしても暑いな〜」

 

藤井はすでに参ってしまっているようだ。

 

「こういう盆地は湿気溜まるからの〜」

 

「糸守もそう、蒸し暑かったんよね〜。そういえば三葉、今日はあんまり瀧君とべったりやないんやね〜」

 

「そうよね〜、アツアツすぎて当てられちゃうかと思ってたのに。瀧君もえらく今日は消極的なんじゃない?」

 

「どうせみんな知ってんねんからお兄ちゃんもねえちゃんも照れることあらへんのに。普段通り惚気まくってええねんで。」

 

「な、な、何を言うとるんよ四葉!は、恥ずかしいやないの。」

 

「そ、そうだよ。」

 

そして2人は次の台詞を声を揃えて言い放った。

 

(わたし)だって手ぐらいつなぎたいのに!」

 

そう叫んで互いの顔を見合わせ、一気に顔を朱に染めた。それを見て一同は大爆笑する。司と高木がさらに砲火を集中させる。

 

「なんだ瀧!あんまりにも余所余所しいから心配してたのに、ラブラブじゃん!」

 

「心配して損した!で、どこまで進展してるんだ?」

 

「う……そ、その……まだ………」

 

高木が水を得た魚のように反応する。

 

「おっと瀧!まだなんだな!まだ初めて捨ててないんだな!いや、その点だけは安心した。良かった〜〜まだ先は越されてない!」

 

「な!うううるさい!そんな事で安心してねーでお前は彼女作れよ!それより司!何ゲラゲラ笑ってんだ!ラブラブのお前には関係ないだろ!!」

 

「あははは!いやあ、大いにあるなあ。宮水さん、大丈夫ですか?ひょっとしたら今日あたり襲われるかも知れませんよ?僕は瀧の友人として心配で。」

 

「だ、だ、大丈夫やよ。瀧君優しいし。そんな無茶な事せえへんよ。」

 

「なーによ姉ちゃん。今日も決めるつもりで渋谷で買った勝負下着持って来てるくせに!」

 

「四葉!なんで言うんよ!」

 

瀧も三葉も真っ赤になる。

 

「瀧、邪魔だけはしないから心配するな。もし司が覗きに行こうとでもしたら俺が押さえ込んどいてやる。」

 

「待て高木!何気に俺たちがやる前提で話進めんじゃねえ!」

 

「あれ、お兄ちゃんしないの?据え膳食わぬは男の恥やよ。ねえちゃんしたくてたまらんらしいからさ。」

 

「ふぁっ!?」

 

「四葉!どこでそんな言葉覚えたんよ!ていうかわたしが欲求不満みたいな言い方しな!」

 

「三葉ちゃん、こういう旅行とかの時がチャンスなのよ〜。瀧君も尻込みしちゃダメよ。」

 

「三葉が欲しいなら頑張ります!」

 

「やー!!みんなちょっと黙って〜!!」

 

三葉と瀧は地雷をいくつ仕掛けいるのだろうかと疑問になるくらい自分たちからボロを出していく。運の悪いことに彼らの周りの連中は瀧と三葉がこんなにガード甘々の状態でいじらないような人間たちではない。いじりは不可逆的にエスカレートしていく。

 

「瀧よ、何も心配することはない。三葉酒弱いから一杯飲ませるだけでコロッと酔っ払いよるからそこで仕留めるんや。なんならたっぷり飲ませてべろんべろんにしてからでも構へん。とにかくは決めることや!」

 

「何言うてんの克彦、そんなに飲ませたらせっかくの勝負下着が台無しやないの。」

 

「ほんまや、忘れとった。四葉、ちなみに何色なんや?」

 

「てっしー、何聞いとんの!?」

 

「ピンク!」

 

「四葉!」

 

ぎゃあぎゃあ言っているうちにいつの間にか30分が経過し、堀川と狩野が戻って来ていた。

 

「いや〜楽しそうで何よりやねんけど、ここからちょっと別れて行動しよか。」

 

「別れる?」

 

「そうや、ちょっと四葉ちゃんの合格祈願に北野天満宮いきたいと思ってんねんけど、そんなにあそこ広くないから迷惑と思ってな。ちなみにもう片方は俺と清水行くねんけど、百合子と四葉ちゃんと一緒に北野天満宮行きたい人!」

 

瀧と三葉だけが手を挙げた。

 

「まあこうなるわな。んじゃ俺と行くもんこっちこーい。だいぶ歩くぞ〜」

 

「じゃあ行こっか。」

 

こうして二組に分かれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

狩野に先導された瀧と三葉と四葉は歩いて来た道を戻る。タクシーを拾うために河原町まで戻るのかと思いきや、そうではないようだ。

 

「こっからそう歩かんでええとこに錦天神があるんや。そこも行こうかなと思って。やっぱり験はようさん担いどいた方がええやろ。」

 

「錦?錦市場の近くですか?」

 

「もう目と鼻の先やで。ていうか錦市場の端っこやな。」

 

「よかったじゃん三葉!錦市場入れるかもよ!」

 

「もう一個目的地があるから入れるけど、あんまり買い物はできないよ〜。なんせ時間ないからね。」

 

一行は四条大路を逆戻りし、さらに降りて来た河原町駅をやや超え、寺町通りを北向きに入って行く。その途中で狩野が足を止めた。

 

「ここの雑貨屋さんなかなかええよ。いろんな小物売ってんねんけどそこそこ安くて長持ちすんねん。」

 

狩野が向いた先には和風の雑貨が所狭しと並ぶ和風の佇まいの雑貨屋だった。

 

「10分か15分くらいあるからちょっと見て行き。」

 

4人は店の中に入る。中には手ぬぐいや風呂敷や、最近増えているポリエステル張りではない和紙が貼られている扇子、がま口財布、小物入れ、ポーチ、栞、箸、耳かきなど様々な日本らしい雑貨が売られている。

 

「うわー、このお箸ええやん!瀧くん、おそろで買お!」

 

「ねえちゃん、この髪留めどお?あとこがま口財布!」

 

「この素朴なデザインの扇子いいなー。」

 

結果的に三葉は瀧とお揃いの箸と箸置きに染物のストール、四葉はがま口財布と髪留めと栞、瀧は三葉と四葉の分を含めて3本の扇子を買った。ちなみに、扇子には瀧のものにはエビ、三葉のものには金魚、四葉のものには朝顔が描かれている。漆を塗っていない肌色の骨組みに香りの良い真っ白な和紙に輪郭を用いず描かれた素朴なデザインの扇子は、税抜き2000円ながらも各人がとても気に入ったことにより、長らく使用されることとなるのだが、それはまた別の話である。



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第27話 京都行きます 後編

清水寺に向かった堀川ら6名は15分ほど歩いて清水寺に到着した。かの有名な清水の舞台に登る。

 

「ほう、こりゃええ眺めやな。」

 

「京都市街を一望できる眺めや。」

 

「でも有名どころやから人も多いの〜」

 

「修学旅行生が来てたらもっとえらいことなる。一回映画の撮影でここから避難するっていうシーンを撮る時に修学旅行生の大群とかちあわせして、どかす訳にもいかんからそのままエキストラにして撮影したこともあんねん。」

 

「ほう〜」

 

堀川と克彦が話すすぐ後ろで2人の会話を聞き入る高木と藤井の男四人組に少し遅れてミキと早耶香が三葉についてのトークを繰り広げる。

 

「仕事場での三葉はどうですか?迷惑掛けてたりしませんか?」

 

「早耶香さん、私たち同級生なんだからタメで行こうじゃない?」

 

「ではお言葉に甘えて………本当に大丈夫?あの子ちょっと抜けてるところあるから。」

 

「三葉ちゃんは本当に優秀だから本当に助かってるの。この前三葉ちゃんが風邪引いた時にあそこの堀川君と2人でカバーしようと思ったんだけど、三葉ちゃんがこなす仕事量が多すぎてね……私は用事があって途中で抜けたんだけど堀川君、日付変わるまでかかったって言ってたわね。」

 

「そうなんや……。私の知ってる三葉はしっかりしてるくせにどこかリズムが一拍ズレてて、たまに狐が憑いたみたいに変になる、ほっとけない子やったのにな〜」

 

「狐が憑く?」

 

「そうそう、あれがある直前やから高2のときかな?急にいつもは綺麗に結ってる髪の毛をボサボサのまんまゴム一本でまとめるし、やたらガード甘いし、微妙に男口調やし、普通のときとは逆なこと言うし、一番最初に憑いた時は自分の席も分からんかったり……みたいな変な時期がしばしばあったんよ。それで三葉ときたら、その時のこと全然覚えてないんよ。」

 

「へ〜、そういえば瀧君もそんな時期があったわね。彼が高2の時の秋くらいかしら。私とか言うし、バイト先までの道で迷ったり、急に女子力つけてきたり……あの頃の瀧君、可愛いかったな。ちょっと恋してた。

だから瀧君が何か悲しげな空気を纏ってた頃はほっとけなくて、色々した。自分から誘惑したし、いい女の子紹介したりした。だけど瀧君は誰にも興味を示さなかった。たがら最初彼女ができたって聞いた時は驚いたし、なんで?とか思ってたんだけど、三葉ちゃんと一緒にいる瀧君を見てわかったわ。瀧君には三葉ちゃんしかいないって。多分、この出会いは偶然なんかじゃない。そう思わせる何かが2人の間に流れてるのよね。」

 

「ミキさんもそう思ってたんや。大学の時、三葉は私と克彦をくっつけようと色々してくれたんやけど、あれがあってからずっとぼんやりして哀しげやった三葉をほっといてくっついてええんかとか思った。だから私らも三葉にええ男紹介したりしたんやけど、見向きもせえへんかった。でも瀧君と会ってからの三葉は変わった。前みたいにちゃんと笑ってくれた。おかげでなんの不安もなく克彦と結ばれたんよ。瀧君にはめっちゃ感謝してる。」

 

「ほんまやで。瀧にはめっちゃ感謝しとる。」

 

克彦が会話に割り込んできた。

 

「それに、瀧は三葉を預けるに足る男やしな。性格も良うて、料理もできて、何より三葉を一番大切にしてる。ほんまに三葉はええ男引っ掛けた。」

 

その側では残された堀川と高木と藤井が話し込んでいる。

 

「立花君ってどんな人なんや?」

 

まず司が答える。

 

「そうですね、人のことを第一に考えられる奴ですね。無駄に正義感が強くてよく喧嘩とかもして、しょっちゅうほっぺとか膝とかに絆創膏はってましたね。」

 

「そうそう。しょっちゅう俺がボコボコにされた瀧を負ぶって家まで担いで帰りましたね。でも優しい奴です。宮水さんを瀧が不幸にすることはないと思いますよ。」

 

「そうか。宮水もそうは言うけど惚れた弱みかもしれへんと思ったったけど、杞憂やったみたいやな。別に立花君を疑ってるとかそういうわけじゃないんやけど、あそこまで惚気られたら逆に不安になるからな。いや、ほんまにええ人そうで良かった良かった。宮水、ほんまに幸せになれよ。」

 

「瀧、幸せになれよ。高木はともかく俺は応援してるからな。」

 

「瀧、覚えてろよ。絶対宮水さんに負けないくらいいい女性捕まえてやるからな!」

 

瀧と三葉のカップルを見守り続ける6人は、他愛ない話と真剣な話を交えながら五条エリアを散策した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

錦天神を参拝した狩野の一行はそこを起点とする錦市場を西に進む。ただでさえそう広くはない錦市場のアーケードの中は観光客の群れでさらに狭く、身動きの取れない状況になっていた。

 

「狩野先輩、どこに向かってるんですか?」

 

「ちょっと一服してからでもええかなと思って、イノダコーヒーの本店に行こうと思ってんねんけど。」

 

「イノダコーヒー?あんまり聞いたことないな〜」

 

「東京駅の大丸にお店なかったっけ?」

 

「お、さすが四葉ちゃん、やっぱり現役女子高生は情報量が違うな〜」

 

「え、あそこのイノダコーヒーの本店?」

 

「三葉さんは行ったことあるんですか?」

 

「さやちんに連れられて一回だけ……。ケーキは微妙やったけどコーヒーは美味しかったな〜」

 

「京都でカフェって言うたらイノダコーヒーやからな。」

 

一行は錦市場の狭い道をゆっくりと人をかき分けながら進み、堺町通まで出ると右折した。しばらく歩くと和風の外装が目に入る。中に入ると、外の雰囲気とは打って変わって洋館風の作りになっていた。かなり混雑しており、10分ほど待ったがテーブルに通された。

 

「何にする?ちなみにアラビアの真珠っていうやつが普通のホットコーヒーな。」

 

「じゃあ俺はそれで。」

 

「瀧くんとおそろにする。」

 

「私アイスコーヒーがいい。」

 

狩野は店員を呼び、3人の注文と自分のアイスミルクティーを注文した。そこへ四葉が話しかける。

 

「狩野さん、どれくらいゆっくりしてられるんですか?」

 

「そうやな〜、今が2時過ぎでレンタカーが4時半、天満宮はタクシーで行って、て考えたらなんだかんだで20分くらい?」

 

その20分の間に色んな話をする。

 

「で、狩野先輩はいつ晴れ姿見せてくれるんですか?」

 

「うーん、そうやなー。浩平も近々したいって言うてるからな〜。」

 

「え、プロポーズされたんですか?」

 

「いや、されてはないねんけど。でもまあそれがプロポーズみたいな感じやし、そもそももうなくてもええかな〜って感じ?もう2人でおることが当たり前になってきたもん。まあ、して欲しいっちゃして欲しいけど、したい時にすればいいんじゃね?私別に焦ってもないし。こっちはもう返事は決めてるからさ。」

 

「うわー、大人の恋愛や〜。私も大学生になったらこういう恋愛するぞ〜」

 

「あら四葉ちゃん、目の前にもっと理想的な彼氏彼女がいますけど?」

 

「ちょっとこの2人は特殊すぎるわ〜。てっしーとさやちんは昔から知り合いやし、あんまり参考にならんのよね〜。」

 

「そうやね。四葉は特に幼馴染もおらんし、事あるごとにうちの学校の男はガキっぽいとか言うてるしね〜。意外と年上がタイプなんかもね〜」

 

「わたしはねえちゃんが歳下趣味やとは思わんかったけどな〜。でもお兄ちゃんとねえちゃんって同い年くらいな気もするよな〜。」

 

「そうそう。てっしーもさやちんにも同い年みたいって言われとったよね。」

 

「そう言うなら三葉も司と高木に同い年みたいって言われてたぞ。話してて全く違和感ないって。」

 

「わたしから見ても同い年に見えるわ。立花君が大人っぽいのか三葉さんが若いのかわからへんな〜。ま、どっちもなんかな。」

 

「それにしても目の前に優しくてカッコよくてスーパーハイスペックなお兄ちゃんがおるから男見るハードル上がってまうよ〜。いっそお兄ちゃんのコピーと結婚したい!」

 

「そうやね〜。瀧くんはわたしのもんやからね〜。」

 

「おいねえちゃん、同意しているようでからかうのやめーよ。こうなったらお兄ちゃんに負けず劣らずハイスペックな彼氏捕まえるんやからね!」

 

「四葉ちゃん、あんまり欲張りすぎたらそのうちに独身貴族になるで〜。」

 

「それだけはイヤ!」

 

4人はその後四条大路に出てタクシーを捕まえ、北野天満宮で四葉の合格祈願を行なった。そしてレンタカーを受け取るべく阪急で大阪と京都の中間にある都市、高槻に向かう。

京都で借りても良さそうなものだが、と瀧や三葉は思ったが、高槻のレンタカーショップは穴場らしく、割安でしかも希望通りの車がすぐに手に入ったという。残りの6名も京阪枚方市からバスを利用して高槻までやってきた。そこでワゴンを二台借り、堀川と狩野のハンドルで名神高速に茨木インターから入り、阪神高速、第二神明道路、神戸淡路鳴門自動車道を経由して明石海峡大橋を渡り、淡路島に入る。淡路島に貼ってすぐの道の駅あわじで休憩をとって南に走ること約一時間。新都志海水浴場近くの民宿に到着する。朝8時半の新幹線で東京を出て、京都観光を堪能した初日。その18時42分、ついに10人は旅の目的地である民宿に到着した。



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第28話 玉ねぎとチューハイ事変

「今日明日明後日とよろしくお願いします〜。」

 

堀川が一同を代表して旅館の主人に向けて挨拶をする。

 

「おお、君が堀川の息子かいな。俺がここの一応のオーナーの野中や。いや、よう目鼻立ちが似てるわ。堀川から面倒見るように聞いてるから、まあゆっくりして行ってくれ。」

 

「はい、そうさせて頂きますわ。」

 

「ホンマにアイツにそっくりやのう。その軽そうやけど締める時は締める態度とかな。その浅黒ポニーテールちゃんが彼女か?」

 

「そうなんです。こう見えても口は悪くてね〜〜。」

 

「やけどそういうところがええんやろ?」

 

「そんなドMじゃないですよ。慣れただけです。」

 

「がはははは。まあええわ。そういう事にしといたろ。とりあえず7時半なったら飯出すからそこの食堂に集まってくれ。風呂は俺らも入らなあかんから12時までに頼むわ。ほんで部屋な。この3日間お宅らの貸切やから六畳一間の部屋四つ全部使うてええからな。まあ、割り振りとかは相談してくれ。」

 

「何から何までお世話かけます。ありがとうございます。」

 

「ん。」

 

5分後、ささっと部屋割りが決まって瀧と三葉は2人の部屋でまったりしていた。この民宿の構造は、一階に受付と厨房とダイニングと脱衣所付きの風呂、トイレそして野中一家の居住スペースがあり、二階に宿泊用の四つの部屋と物置とトイレがある。瀧と三葉以外の3部屋の部屋割りは、勅使河原夫妻と四葉で一部屋、堀川と狩野で一部屋、ミキと司と高木で一部屋である。

 

「瀧くん、京都楽しかったね!」

 

「そうだな。狩野先輩にも色んな話聞けたし。さーて、明日は海だな!」

 

「うん、楽しみやね!」

 

一方、勅使河原夫妻の部屋では四葉が早速単語帳を開いて勉強していた。

 

「えーっと、donate寄付する、inherent内在する、termは期間と学期と………えっと〜〜」

 

「用語やよ〜、よう出るから覚えときよ。あとin terms ofで何々に関してっていう意味もあるで〜。」

 

英語科教員である早耶香が答えを教えてやる。

 

「わあお、さやちんサンキュー!」

 

「なんか分からんことあったらラインででも良いから聞いてくれてもええんよ。なんなら過去問の添削もしようか?」

 

「ほんまにありがとう!そうさせてもらうわ。」

 

そんな2人のやり取りを見て克彦は溜息をついた。

 

「四葉が言うてた単語何一つ分からんかったやんけ………」

 

司とミキと高木の部屋では、司とミキがいちゃついていた。

 

「ねえ、明日の水着白がいいかな?それともライムグリーン?」

 

「うーん、難しいところだなあ。ミキはどっち着ても可愛いからなあ〜〜。」

 

「うふふ、お上手ね。」

 

それを見て高木は一人ゴチる。

 

「よし、俺も彼女作ろ!」

 

堀川と狩野の部屋では荷物ー整理していた堀川に狩野が声を掛ける。

 

「なあ浩平、アレ持ってきた?」

 

「アレやろ?あるで。」

 

「空気とかどんな感じ?だいぶ長いこと使ってへんのちゃうん?」

 

「その点は任せとけ。ちゃんと入れてきてある。」

 

「ミカサ?」

 

「迷ったけどミカサやな。」

 

浩平の手には、黄色と青の球体が握られていた。

 

7時半になり、夕食の時間となった。豪華絢爛とは程遠いながらも淡路島の特産品をふんだんに使用した、女将が腕によりをかけた料理がズラリと民宿の大テーブルに並んだ。

 

「うまっ!」

 

「おいしい!」

 

素材の味が活きた、素朴な料理が10人の味覚を襲う。特に特製の新玉を使ったスープは絶品で、思わず瀧はため息をついていた。

 

「うわぁ、今まで食べてきた玉ねぎって何だったんだろう。口の中で溶ける玉ねぎは初めてだ。」

 

「お、立花くんええとこに気がつくねぇ!やっぱり淡路島の新玉はちゃうやろ?惚れたやろ?」

 

自慢の新玉を褒められて野中も鼻高々である。

 

「はい。惚れました。」

 

「ん?それって姉ちゃんより?」

 

「食べ物と比べてどうするんだよ。……もちろん三葉が勝ってるに決まってるだろ。」

 

「もう!何恥ずかしいこと言うんよ!」

 

すかさず言葉尻を捉えて四葉が混ぜっ返すが、瀧もしれっとあしらう。さらにその瀧の惚気に真っ赤になっている三葉を見て浩平と百合子が言葉を交わす。

 

「お、瀧やるなぁ〜。今のはポイント高いな。」

 

「流石我が愛弟子、やる事がちゃうわ〜。」

 

「これは師匠もポイント高いで。」

 

「何らしくない事言うてんの?」

 

「勘違い激しいぞ。ええ反面教師やったって言うてんねん。」

 

「お世辞ありがとう。」

 

「………唇に青のりついてんぞ。」

 

「あんたも口の端に米粒ついてんで。」

 

両者はニヤリと笑うと、お互いの青のりと米粒を取って食事を続けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

終始和やかに進んだ食事も終わり、皆で盛大に盛り上がったウノ大会もお開きになった午後11時30分ごろ、瀧は理性対感情の、もう何度目になるかわからない大激戦を繰り広げていた。缶チューハイを片手に進んだウノ大会で元々酒にあまり強くない三葉はものの見事に出来上がってしまい、タガが外れてやたらと瀧を誘惑してくるのだ。

 

「えへへ〜、瀧くん、飲んどる〜〜?」

 

ウノ大会は入浴と同時並行で行われており、その入浴の順番は公平を期してくじ引きで決められていて、瀧は最後の入浴者であった。瀧が入浴しようとした時は"明日もあるからそろそろラスト1ゲームやね〜"なんて言っていたくらい、普通にほろ酔いくらいだったはずで、瀧の記憶が正しければ柚子のチューハイ(500ml缶)を空けきっていなかったはずである。それが30分ほどの入浴を終えて部屋に戻ってきてみたらどうだ、空いたチューハイの缶が2本も転がっているではないか。

 

 

「四葉ちゃん、完璧やな〜。」

 

「でしょ!瀧くんとの初デートで酔い潰れて帰ってきた後に、"瀧くんの前で恥晒すんもう嫌やから〜"とか言うて自分の酒量を私の前で測ったことがあるんですよ。結果、このチューハイ2本が"理性ぶっ飛び"兼"翌日も記憶が残ってる"兼"寝ない"の酒量なんですよね〜」

 

瀧の部屋の扉の外では残りの8名がドアに聞き耳を立てている。実は瀧が入浴中に賭けが行われたのだ。つまり、酔っ払って無防備になった三葉を見て瀧は襲うかどうかである。三葉の限界酒量を知る四葉が主導し、他の面々が上手いこと三葉をその気にさせてチューハイを2本飲ませたのだ。全員一口100円を賭けており、浩平・百合子・司・高木が襲う、四葉・ミキ・勅使河原夫妻が襲わないに賭けていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目の前の三葉はあられもない姿をしている。きちんと着ていた浴衣はゆるゆるになっていて左肩ははだけており、四葉が言っていた赤の勝負下着がごく普通に瀧の視界に侵入してくる。

 

(んー、眼福は眼福なんだけどなぁ〜)

 

「ん〜〜?瀧くんポケットに何入れとんの〜〜?」

 

(うわっ!?いつの間に!?)

 

どうやら下半身は欲望に正直なようだ。

 

「いやっ!これはその………」

 

「あれ〜〜?怪しいなぁ。隠しごとはあかんよ〜。」

 

「何も入ってないって!!」

 

三葉は瀧の分身を掴もうとするが、アルコールのせいか足下が覚束ず、その手は空振りを続ける。

 

「だいぶ酔ってるな〜。」

 

「酔っ払っとらんよ〜。」

 

「酔っ払いは誰でもそう言うもんだっと。」

 

瀧はついに三葉を躱して部屋の奥へと入った。そしてすぐさま2人分の布団を敷く。しかし、早く敷くことに意識を集中しすぎて背後が疎かになっていた。

 

「え〜〜い!」「うわっ!」

 

三葉は瀧の背中に抱きついた。

 

「えへへ〜〜。あったか〜〜い。」

 

「と、とと、おわっ!」

 

最初は何とか踏みとどまっていたが、ついにバランスを崩して布団に倒れ込んでしまった。瀧の背中では三葉の胸が激しい自己主張を行なっている。さらに三葉は瀧の背中に気持ちよさそうに頬ずりをしていた。

 

(これは襲えってことか!?いや、ここで襲ったら嫌われるかも〜、いや、そもそも男としてダメだろ!だがしかし!胸が気になるぅ〜〜!)

 

「やっぱり初めては素面の三葉とイチャイチャしながらの方がいい!!」

 

瀧はそう宣言すると頭の中で羊を数え始めた。200匹ほど数えると、背中から規則正しい寝息が聞こえてきた。どうやら今回も理性に軍配が上がったようだ。

部屋の外でも明暗が分かれた。

 

「立花流石やな!」

 

「さすが我が愛弟子!賭けには負けたがウチは誇らしく思うぞ!」

 

「ちぇっ!つまんねー!」

 

「お前の場合は瀧が襲わなかったからじゃなくて100円飛んでくからだろ。俺の100円は婚約者に行くだけだから変わんねーけどな。」

 

「お兄ちゃんはそんなケダモノじゃないもん!」

 

「まあここで襲っとったら俺が全力で張り倒しに行ったけどな。」

 

「もう!克彦!そんな仮定も意味ないくらい立花くんは紳士やから。」

 

「ウフフ、100円得しちゃった!」

皆が散り散りになって部屋に戻るちょうどその時、時計の針は日付を跨いだ。こうして関西旅行1日目が終了し、更に波乱の2日目へと突入して行くのである。



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第29話 セ氏35度の対決 前編

明けて7月17日午前6時47分、前日に醜態を晒した宮水三葉の意識を覚醒させたのは、その要因ともなった二本の缶チューハイがもたらした二日酔いの頭痛であった。

 

「う〜〜〜〜、あったま痛い………。」

 

思い瞼を開けると、すぐ目の前に少し汗ばんだ瀧の背中があった。

 

「あれ?あたし……………!!!」

 

二日酔い特有のぼんやりした頭に昨日の夜の痴態が徐々に蘇ってきた。辛うじて暴発しそうになった叫び声を口腔に閉じ込める。

 

(わっ!私!勝負下着までつけてあんな格好して!"襲え"って言うてるようなもんやん!)

 

「ん………」

 

どうやら瀧も目が覚めたようだ。

 

「あれ?三葉起きてたんだ。」

 

「き、昨日はごめん!!」

 

「あー、三葉めっちゃエロかったよ。」

 

頭を掻きむしりながら瀧は無意識に、しかしピンポイントで三葉の羞恥心を抉ってゆく。

 

「もう!そんなん言わんとってよ!」

 

時間が経つにつれて鮮明に思い出される痴態を振り払うように顔を真っ赤に染め上げて大声を出すのが精一杯な三葉であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ご飯と味噌汁と焼き魚という、純日本的なあっさりした朝ごはんを空腹を訴える胃に流し込んだ一行は、水着に着替えて宿から徒歩数分の浜辺に出た。天気は快晴とは言い難いものの概ね晴れており、真っ青な空に夏特有の大きな雲がいくつも流れていた。その雲を避けて降り注ぐ陽光が、瀬戸内海の少し暗めの色の海面と薄橙の砂浜に燦燦と照りつけていた。堀川の情報通り、200メートルほど続く砂浜には一行を除けば15人ほどしか居なかった。まさしく絶好のロケーションである。

午前中はそれぞれが気ままに海水浴を満喫していた。瀧と三葉と四葉は水を掛け合い、百合子と浩平と高木と司は泳ぐ速さを競い、勅使河原夫妻は少し沖で浮島型の浮き輪に乗ってそれらを見守り、その側でドーナツ型の浮き輪に乗ったミキが勅使河原夫妻と話をしていた。

 

午前11時30分になって皆の小腹が空いてくると、野中夫妻がおにぎりを20個とウインナーやフライドポテトなどのおかずを大盆に乗せて持ってきてくれた。

 

「お!楽しんどるな!おにぎりの中身はシャケかカツオか昆布か梅干しや。また3時ごろなったら腹の足しとスポーツドリンク持ってきたるわ。」

 

「ほんまに何から何までありがとうございます。」

 

大盆を受け取った浩平が皆を手招きして少し海から離れたところへ誘導する。そこで百合子が持参したブルーシートを敷いて食事となった。少し塩を強めに効かせたおにぎりは絶品で、30分もかからずに全て食べ尽くしてしまった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「みんな食い終わったな〜。」

 

百合子が立って音頭をとる。

 

「ほんなら右のほう見て!」

 

全員が右を見る。そこにはビーチバレー用のネットが張ってあった。

 

「察しついたと思うけど、今からビーチバレーしたいと思います!」

 

「「おーー!!」」

 

「ボールちょっと硬いけどそんな痛ないから、みんなで楽しんでいきましょ〜〜!」

 

「「イェーーイ!!」」

 

皆もノリノリである。

 

「まービーチバレーのガチの経験者はこん中にはおらんと思うから、ルールはインドアに即してやります!ネットは224センチ、25点の2セット先取で。ルール分からんかったら私か堀川に聞いてな〜〜。じゃあ男女分かれてグッパして〜〜。」

 

こうして浩平・瀧・高木・ミキ・四葉チームと百合子・克彦・司・三葉・早耶香チームに分かれた。

堀川と百合子による短時間のレクチャーとアップがてらのパスも終わってそれぞれコートに散らばり、午後1時、浩平チーム・瀧のサーブで試合は始まった。アンダーハンドから放たれた山なりのサーブが克彦の所へ飛ぶ。

 

「よいしょ!」

 

克彦が受けたボールが三葉のところへ飛ぶ。

 

「三葉さん!こっち!」

 

百合子が右手を上げてボールを呼ぶ。三葉渾身のトスは少し乱れたものの百合子のスパイク可能範囲であった。鞭のようにしなる百合子の右手から放たれたスパイクは高木の構えていた両手を簡単に弾き飛ばした。

 

「いって〜〜!!」

 

「高木、大丈夫か?」

 

「あの人マジで女かよ……。」

 

今度は百合子チーム・早耶香のサーブが瀧の所へ入る。瀧のサーブレシーブは四葉の所へ飛ぶ。

 

「さて、挨拶といきましょか。四葉ちゃ〜〜ん!!」

 

「はーい!」

 

運動神経の良い四葉が上げたトスは堀川のポイントのど真ん中に来た。

 

「いただきぃ!!」

 

身長181センチ、最高到達点310センチ(バスケゴール305センチ)の高さから放たれたスパイクは前衛にいた克彦が一歩も動けないまま、その克彦の真横に、侵入角約70度で叩きつけられた。

 

「こんなん反則やろ!!」

 

あまりもの威力に克彦が抗議の声を上げる。

 

「しゃあないなぁ。次は腕狙ったるわ。」

 

「やめてください!マジで腕もげますって!!」

 

「あははは!心配すな。次からは百合子にしか打たんから。」

 

そして浩平がサーブに下がる。ボールを右手に乗せて高々とそれを投げ上げた。ジャンプサーブである。

 

「百合子、いくで〜〜。」

 

呑気な声とは裏腹に放たれたサーブが百合子に向かって一直線に飛んでいく。百合子は体の右側に来たボールを理想的なレシーブ体勢でその両手に当て、そのボールは完全に勢いを減らされてふらふらと百合子チームのコート内に上がった。

それを早耶香がトスをして今度は克彦のところへ上がった。

 

「おりゃ〜〜!!」

 

「甘いぞ、てっしー!」

 

克彦の右手にジャストミートしたボールだったが、ブロックに飛んだ瀧の左手に当たって勢いを弱められてチャンスボールになる。それをミキがレシーブし、すっかりセッターが板に付いた四葉が再び浩平にトスを上げる。百合子がすかさずブロックに飛ぶが、浩平はそれを見てボールを真ん中の3本の指で柔らかく相手コートに押し込んだ。先ほどのような強打を警戒した百合子チームは誰も反応できず、ボールは百合子の真後ろに落ちた。

 

「これが真のフェイントや。それにしてもみんな上手いな〜〜。もうちょっとグダるかと思ったわ。」

 

「早耶香は中学んときやってたし、三葉も女子の中では運動神経ある方からな〜〜。」

 

そんな克彦の述懐を完全に霞ませるほどのカミングアウトがミキの口からなされた。

 

「私も中高とバレー部だったしね。」

 

「マジ!?」

 

初耳だったのか、司も驚いた顔を見せる。

 

「さーて、宮水〜〜。ゆるいのやるから取れよ〜〜。」

「え〜〜!」

 

浩平のアンダーサーブが三葉に飛ぶ。三葉のレシーブはそのまま浩平チームのコートに入る。それを四葉がレシーブし、浩平がトスを上げる体勢に入った。

 

「立花〜、行くぞ〜〜。」

 

瀧の所へトスが上がる。瀧はタイミングを計ってジャンプをし、思い切って腕を振り抜いた。しかし、ボールを叩く感触が瀧を襲うことは無かった。

 

「あれっ?」

 

ボールは瀧の右手のわずか上を通過してコート外に落ちた。

 

「アホ〜〜、手に当てんか〜〜い。」

 

「瀧、だっせーぞ!」

 

両チームから爆笑が上がった。次の百合子チームのサーブは百合子である。

 

「おい、後輩!そんなお前に名誉挽回のチャンスをやろう。受けてみよ!」

 

百合子はジャンプフローターサーブを放った。瀧は予測した落下点で構える。

 

「立花!前や!」

 

「えっ!?」

 

無回転で放たれたサーブはネットの上を過ぎるとゆらゆらと揺れながら急速に落ちた。瀧は何とか体を前に伸ばして食らいつこうとするが、ボールが地面に接する方がはるかに早かった。

 

「これがウチの奥義、無回転ジャンプフローターや!」

 

「後輩を勇気付けようとしてると見せかけてポイント取りに来よったな。しかも俺あれ取んの苦手やしな〜〜。」

 

続いても百合子のサーブである。再び放たれたジャンプフローターサーブは低い弾道から今度は伸びて浩平の腕を弾いた。

 

「悪い!高木くん、カバーして!」

 

エンドライン付近に飛んだボールをを高木がカバーし、四葉が相手コートに返す。百合子チームは司がボールを取って早耶香がトスアップした。ボールは百合子の打ちやすいポイントに上がる。狙いはもちろん浩平である。

 

しかし、ジャストミートしたそのボールは一枚の壁に阻まれた。ボールはそのまま百合子の真横に叩きつけられた。ドシャット(ブロックされたボールがそのままアタッカー側コートに落ちることをシャットアウトといい、ドシャットはその強調版。キルブロックとも。)である。そして、澄ました顔で瀧とハイタッチをしていたのは、ミキであった。

 

((これはおもろなってきたな!))

 

浩平と百合子は同時にそう思った。

未だに"浩平チーム 3-3 百合子チーム"、戦いはまだ始まったばかりである。



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第30話 セ氏35度の対決 中編

第一セット終盤、戦況は一進一退を繰り返し、すでにデュースに突入していた。浩平・瀧・高木・ミキ・四葉チーム:24ー25:百合子・三葉・克彦・早耶香・司チームという状況から、浩平チームが25ー25の同点に追いついたところで百合子チームがタイムアウトを取った。

 

「あー、なんかここまで白熱すると思わんかったな〜。」

 

百合子が水を飲みながら述懐する。

 

「百合子ちゃん、絶対勝とうね!」

 

早耶香がやる気をみなぎらせている。

 

「そうやよ!テッシーとさやちんと私が揃ってるんやから!絶対瀧くんに勝つからね!」

 

珍しく三葉も闘志を燃やしていた。

 

「よっしゃ、皆さん、片付けに行きましょか。」

 

それに釣られて、百合子も不敵な笑みを浮かべる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うわぁ、アイツまじやな〜〜。」

 

それを見ていた浩平がため息を漏らす。

 

「え!?今まで百合子先輩マジじゃなかったんですか!?」

 

「間違いなく今ガチになった。」

 

「お兄ちゃん何弱気になっとるんよ。こっちには東京ベスト32のアタッカーがいるんやから大丈夫やよ。」

 

「昔の話よ。」

 

ミキが四葉の頭を撫でて言う。

 

「百合子は兵庫県ベスト8のエースや。」

 

「勝てるんすか?」

 

高木が怪訝そうに言う。

 

「まあ女子東京ベスト32と男子大阪ベスト32がおったら大丈夫やとは思うんやけどな。とにかく、百合子に負けるんは癪やから、さっさとやるで。」

 

「「しゃー!!!」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プレーが再開された。浩平チーム、瀧のアンダーハンドサーブが問題なく百合子チームのコートに入る。きっちり落下点に入った克彦が綺麗に早耶香に返し、早耶香は三葉にトスを上げた。

 

「瀧く〜〜ん!!」

 

三葉のスパイクが瀧のところへ飛ぶ。瀧は弾かれながらもなんとかボールをあげ、カバーに入った四葉がミキにトスを上げる。すかさず克彦がブロックに飛ぶが、ミキは克彦の指の先をめがけて思いっきり腕を振り抜いた。ボールは克彦の指先で大きく弾かれ、コート外まで飛んでいく。それを百合子と三葉の2人が必死に追いかけるが、無情にもボールは地面に落ちた。

 

「よし、セットポイント!」

 

 

再び瀧がサーブを放つ。それを三葉がうけ、早耶香がトスを上げ、百合子が渾身のスパイクを放つが、浩平のブロックにぶち当たる。それでもボールは百合子チームのコートにフラフラと上がった。それを司が上げ、三葉がトスにして百合子が撃ち抜く。それを今度は浩平が拾い、四葉がトスをしてミキが打つも、今度は百合子のブロックに引っかかってチャンスボールになった。

 

「ウチにもう一本!!!」

 

百合子がスパイクを打てるように開きながら右手を高々と上げてボールを呼ぶ。司が拾い、三葉がもう一度エース・百合子にトスを上げ、百合子が3度目のスパイクを放った。体をクロス方向に向けながら体を捻ってストレートにぶち込み、その動きにブロッカーのミキとストレート側のレシーバーの四葉が釣られ、ボールは誰もいないコートの隅に叩きつけられた。

 

「っっしゃあああああ!!!」

 

百合子が胸の前で両手の拳を握りしめてガッツポーズをして雄叫びをあげた。

 

「あれがエースや。」

 

浩平が百合子のプレーに感心して呟く。

 

そして百合子がサーブに下がってサーブを打つ。美しいフォームから放たれたジャンプフローターサーブだったが、四葉に綺麗に返される。そしてそれを瀧が浩平にトスをするが、少しタイミングが合わず、フェイントを落とす。それを見抜いていた克彦が冷静にボールをあげ、早耶香がトスをして三葉にトスが上がる。そして三葉のスパイクが瀧のレシーブを弾き飛ばした。これで今度は百合子チームが27-26でセットポイントを握った。

 

再び百合子がジャンプフローターサーブを放つ。今度は高木のレシーブが少し乱されるが四葉がカバーしてミキへのトスにし、ミキがスパイクを打つ。それを早耶香がレシーブし、少し乱れるも百合子がトスを上げ、今度は克彦が打つ。ミキのブロックをうまく交わして打たれ、誰もいないところに飛んだスパイクだったが、浩平が横っ飛びでレシーブし、何とか上げた。ボールは直接百合子チームのコートに返る。それを克彦がレシーブし、三葉が2本目を触ろうとした。

その時、三葉は早耶香にトスアップすると見せかけてボールを直接浩平チームの空いているコート中央のスペースに返した。その見事なまでに鮮やかなトスフェイントに浩平ですら足が動かなかったが、1人だけこの球に飛びついた者がいた。

 

「三葉ぁ〜〜!!甘いぞぉ!!!」

 

瀧がボールに飛びかかり、浩平が試合前の練習時に"こんなんできたらカッコええで〜"と言いながら余興のノリで披露した、地面に手のひらをつけてその甲でボールを受ける美技〜パンケーキ〜を見よう見まねで繰り出した。ボールは見事に50センチほど瀧の手の甲で跳ね上がり、それをたまたま近くにいた高木がカバーした。

 

「立花ぁ!!ファインプレーや!!!!」

 

高木のカバーはうまい具合に浩平へのトスになり、浩平はボールを全力で打った。ボールは百合子のワンハンドローリングレシーブを弾き飛ばし、浩平チームが追いついた。

 

「ちっ、後輩め、やってくれおったな。」

 

「瀧くんかっこいい〜〜!」

 

百合子が歯軋りしながら、三葉が惚気ながら瀧のファインプレーを賞賛する。

 

「これでこっちに流れ来るわね。」

 

「あと2点や。高木くん、取り敢えずサーブ入れとこ!」

 

ミキと浩平が気合いを入れ直した。

 

高木がサーブを放つ。入れることを優先した緩いサーブは三葉がしっかりレシーブをし、この場面でセッターを願い出た百合子が一歩も動かなくていい場所へ正確に上がる。克彦がレフト側でスパイクを呼んでいる。ミキが克彦の前で待ち構える。しかしその時、早耶香が百合子の目の前に走り込んでいた。

 

「やばっ!クイックか!」

 

早耶香は百合子がボールに触るとほぼ同時にジャンプした。百合子がその振り上げられた腕の位置にボールを素早く、小さくトスをする。そして放たれたスパイクは誰もいないコートの隅に落ちた。

 

「くそっ、ここでクイック出すか〜!」

 

「完全に頭に無かったわ。」

 

浩平とミキが頭を抱える。一方で百合子と早耶香がハイタッチを交わした。百合子チームが28-27で再びセットポイントを握った。

 

司が入れるだけの緩いサーブを放つ。しかしそのサーブがネットに当たり、軌道が変わって浩平チームのコートに入ってきた。

 

「ちっ、ネットインか!」

 

叫びながら浩平がダイビングレシーブをし、何とかボールを上げる。乱されながらも四葉がトスを上げてミキが入れるだけのスパイクを打つ。司がレシーブし、再び百合子のところへボールが上がる。先ほどと同じく、克彦がボールを呼び、早耶香が百合子の近いところへ走り込んで来る。

 

「2度もおんなじ手は食わないわよ。」

今度は瀧が克彦の前で、ミキが早耶香の前で待ち構える。しかし早耶香は先ほどのタイミングではジャンプせず、一拍置いてジャンプした。先ほどのクイックのタイミングでブロックに飛んだミキはすでにジャンプの最高点から落下を始めているタイミングである。トスもそれに合わせて早耶香に上がり、またもやブロックのない状態で早耶香のスパイクは放たれた。ボールはレシーブに下がっていた四葉の手前に落ちた。

 

勝敗は決した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「1人時間差か。やりやがったな。考えたあいつもあれやけど、早耶香ちゃんもよう合わせるわ。」

 

「さすが兵庫ベスト8ね。」

 

「あんなの取れないよ。」

 

「さやちん強すぎ〜。」

 

「脱帽ですね。」

 

おしゃべりしながらということもあり、1時間近くかかった第1セットは百合子チーム:29-27:浩平チームで決着した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第2セットも白熱した展開を見せた。序盤は第1セットの勢いそのままに百合子チームがリードし、一時は9-4と5点差をつけていたが、浩平チームも速攻などの戦術を利用し始めてからじわじわと詰め寄り、18-18の同点に追いついた。そこからはサイドアウトの応酬(1点ずつ交互に取り合う状態)となったが、最後にミキの3連続サービスエースで25-22で浩平チームが取り返した。そして、決戦は最終第3セットへともつれ込んでいくこととなる。



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第31話 セ氏35度の対決 後編

時刻は既に15時30分を過ぎた。10人のメンバーにも疲労の影が色濃くなっている。浩平・瀧・ミキ・四葉・高木:22-20:百合子・三葉・克彦・早耶香・司。中盤までは百合子チームが18-16とリードしていたが、浩平とミキの連続サービスエースなどで逆転を許していた。

 

浩平チームのサーバーは瀧である。司へと飛んだボールはしっかりとレシーブされ、セッター早耶香が三葉にトスを上げる。三葉が放ったスパイクはミキにしっかりとレシーブされ、四葉が浩平にトスを上げて、ブロックに飛んだ百合子からブロックアウトを取った。

 

「よっしゃい!!」

 

「あー、小指狙うとか腹立つわ〜!!」

 

「あと2点や!引き締めて行くで!!」

 

 

再び瀧がサーブを放つ。今度は百合子が早耶香が一歩も動かなくていい位置にレシーブし、そのまま態勢を整えてボールを呼ぶ。早耶香も百合子にボールを上げ、ストレートにスパイクを打ち込むが、これは四葉にレシーブされる。そのボールは浩平の元に上がり、浩平はミキにトスを上げるが、微妙にタイミングが合わずに入れるだけのスパイクになる。それでも狙いどころが良く、空いていたコートの中央へボールが飛んだ。

 

「うおおおおおお!!!」

 

しかし、咄嗟に反応できた克彦が飛び込みながらレシーブする。ボールは後衛にいた司のところへ上がる。司がトスを上げるが、概して後方から上がってくるトスは非常に打ちにくいので、百合子はオーバーハンドパスで浩平チームのコートの空いている真ん中ライン際を狙う。これを態勢を崩されながらも瀧が拾い、乱れたボールを高木がトスにしてミキがスパイクを放つ。ボールはレシーブに入っていた早耶香の腕を弾き飛ばした。これで浩平チームが24-20でマッチポイントを握った。

 

すかさず追い詰められた百合子チームはタイムアウトを取った。

 

「これはヤバいな〜〜。ミキさん強いわ〜。」

 

百合子がため息をつく。

 

「大丈夫やよ。諦めるにはあと1点早いって。」

 

早耶香が百合子の肩を叩く。

 

「とにかく一本切ろう。それにしてもスポーツする瀧くんかっこええなあ〜〜。」

 

「アホか。今は敵や。」

 

三葉の惚気に克彦がツッコミを入れる。

 

「向こうは次は終わらせにくるから、サーブとスパイクは言うたら悪いけど、こん中では一番下手な司くん狙いおると思う。頑張ってな。」

 

「はい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プレーは再開された。瀧が再びサーブを放ち、百合子の予想通りに司の元へ飛ぶ。司は冷静にレシーブし、早耶香が百合子へトスを上げ、百合子が打ち込むが、コースを完全に読まれており、浩平が難なくレシーブする。セッターの四葉がミキに上げ、またしても百合子の予想通りに司にスパイクが打ち込まれる。司は懸命にレシーブしたが、少し返球が飛び過ぎ、相手コートに返るか返らないかくらいの場所へ飛んだ。それを見て浩平がダイレクトに打ち込もうとジャンプした。

 

「そうはさせるかい!!」

 

浩平がダイレクトに打ち込んだボールはブロックに飛んだ克彦の両腕にしっかりと捉えられ、ほぼ真下に叩きつけられた。

 

「よっしゃい!!!」

 

「畜生!やりおる!」

 

 

サーブ権が移り、百合子チームはエース・百合子のサーブである。

 

「三葉さん。」

 

「何?百合子ちゃん。」

 

「彼氏の顔に泥塗ったらごめんな。」

 

「大丈夫やよ。悔しがる瀧くんも可愛いから。」

 

「上等や。」

 

百合子は右手にボールを乗せ、それを思い切り逆回転をかけて高々とやや前方に投げ上げた。そのままスパイクを打つように助走をつけて飛び上がり、ボールを叩き込む。百合子の現役時代の必殺ジャンプサーブである。打ち込まれたボールは真っ直ぐ瀧の元へと飛んでいき、レシーブの構えをしていた腕を弾き飛ばした。

 

「っっしゃあああああ!!!!」

 

それを見て百合子が雄叫びをあげる。

 

「いってぇ!!腕もげる〜〜!!

「うわ〜〜、今の男子並みのスピード出てたで。

「あんなサーブ受けたことないし、受けたいとも思わないわね。」

 

瀧が腕を抑えてピョンピョンと跳ねまわり、経験者の浩平とミキは驚きを通り越して呆れの表情を浮かべている。これで浩平チーム:24-22:百合子チーム。勝負は分からなくなってきた。

 

 

「ほな、もう一本行こか。」

 

百合子は再びサーブを打つために大きくコートのエンドラインから距離を取った。先程と同じように右手でボールを投げ上げてジャンプサーブを放った。今度はコントロールショットのような形で、スピードはあまり速くはないものの、レシーバーの浩平と高木の真ん中を抜くようなサーブとなった。次は緩めのコントロールショットが来ることを予想して、素早く動けるように構えていた浩平が苦しい体勢ながらしっかりとセッター・四葉のいる位置にレシーブした。

 

「お兄ちゃん!」

 

最後になるかもしれないトスを四葉は瀧に託した。瀧のスパイクはブロックに飛んだ克彦を交わして三葉の所へ飛び、三葉がしっかりとレシーブする。ボールはセッター・早耶香の元へほぼ正確に返った。

 

「早耶香さん!5番!!」

 

百合子はそう叫ぶと、クイックに入る感じで助走してきた。

 

「そう何度もおんなじ手は食わんぞ!!」

 

浩平とミキが百合子のクイックを止めようと、しっかりコースを塞いでブロックに飛んだ。しかし、百合子はセッターのすぐ近くに入る前に進行方向を変え、誰もブロックに飛んでいないライト側へ走り込んだ。その動きにブロッカー2人は全くなす術も無く、誰もいないライト側から鋭いスパイクが浩平チームのコートに叩きつけられた。

 

「早耶香さんナイストスゥ!!!」

 

「ここまで隠しといて良かったね!!」

 

仕掛人の百合子と早耶香がハイタッチを交わす。

 

「あーあ、ブロードか〜!」

 

「良くここまで見せなかったわね。やるタイミングが絶妙過ぎるわ。」

 

浩平とミキが手放しで百合子を賞賛する。百合子チーム:23-24:浩平チームとなった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「こりゃそろそろヤバいな。」

 

たまらずタイムアウトを取った浩平が頭を掻きながら呟く。

 

「完全に向こうに流れもいっちゃってるしね。もうここで決めてしまわないと。デュースになるのもめんどくさいし。」

 

ミキの声にも少し苛立ちが含まれている。

 

「奥寺先輩がこんなに負けず嫌いだったなんて知らなかったなあ。」

 

瀧が意外そうな顔でミキを見る。

 

「まあ、バレーだけは譲れないわね。」

 

「とにかく百合子さんのサーブをキッチリ上げないことには………」

 

「まあ次は勝負せんわ。来てもさっきみたいなコントロールショットやな。大学で見てたけどあの高速サーブをこういう時に使ったんは見たことないわ。」

 

四葉の不安に浩平が大丈夫だと答える。

 

「頼むから俺のところにだけは来るな。」

 

高木が天に祈ったところでタイムアウトが明けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

百合子は今度はジャンプフローターサーブで来た。揺れながらのサーブを四葉が何とか上げる。

 

「ちっ、セッター狙ったったのに上げおったか。」

 

百合子が悔しそうに呟きながら守備位置に戻る。フラフラと上がったボールをミキがトスし、浩平がスパイクを打ち込むが、これは三葉に拾われた。早耶香がトスを上げ、克彦が打ち込む。これを今度はミキが上げ、四葉がもう一度浩平に託すが、今度は克彦のブロックに弾き返される。それを何とか浩平が自分で上にあげ、カバーに入っていた高木が繋ぎ、最後はミキが入れるだけのスパイクを返した。それを司が拾い、早耶香は今度は後衛の百合子にバックアタックのトスを上げた。克彦にトスが上がると判断していたミキと浩平は全く微動だにできなかった。

 

「「「「行っけ〜〜!!」」」」

 

ブロックに弾き返された時のために準備しながら百合子チームのメンバーが叫ぶ。百合子はその想いをボールに乗せて、全力を込めて腕を振り抜き、渾身のバックアタックを放った。その時コートにいたほぼ全員がデュース突入の未来を想像していた。ただ1人を除いて…………

 

 

気づけばボールは百合子の頭上にあった。

 

 

「先輩!甘いですよ!!!」

 

 

ボールの衝撃で体が後ろに流されながらも、そう叫んだのは唯一ブロックに飛んだ瀧だった。瀧のブロックに当たったボールは斜め上、百合子チームのコートの方向に跳ね上がっていたのだ。そして、誰もいない百合子の真後ろ、エンドラインの内側にボールは落ちた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第3セットは浩平チーム:25-23:百合子チームで決着した。フルセットに及んだ真夏の熱戦は、セットカウント2-1で浩平チームの勝利という結果に終わった。



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第32話 気まぐれな雨の後で

試合終了と同時に、浩平チームも百合子チームも全員がその場にへたりこんだ。

 

「や、やっと終わった〜〜。」

 

浩平が天を見上げて言う。

 

「ホンマにミキさん強かった〜。ようここまで競ったわ。」

 

「百合子ちゃんこそ強かったわ。久々にいい汗かいたわ。あなたなら成徳とか実践でもレギュラー張れたんじゃない?」

 

「いや、流石に運が良くてベンチまでやろ。まあ準々決勝で氷上と当たったんが運の尽きやったかな。完全に負け惜しみやけど、あれがなかったら決勝までは行ってたわ。」

 

「私もあそこで共栄と当たってなかったら、ベスト8くらいまでは行ったかな。負け惜しみだけど。」

 

百合子とミキが思い出話に花を咲かせる。

 

「瀧くん、めちゃめちゃカッコよかったよ。」

 

三葉が足を伸ばして天を見上げていた瀧の肩に手を置いて言う。

 

「三葉こそ、めちゃめちゃ可愛かった。」

 

「もう!瀧くんたらお上手なんだから!」

 

瀧の返しに三葉は顔を真っ赤にして瀧の背中をバシバシと叩く。

 

「おーい、明日どうせほぼ全員筋肉痛で動かれへんくなるやろうから今のうちに泳いどけよ。」

 

「はーい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おー、お前ら、やっと終わったんか。」

 

午後四時になってオーナーの野中夫妻がおにぎりを10個ほど入れたお盆とクーラーボックスを持ってやって来た。

 

「あー、どうもお待たせしてすいません。なかなか決着がつかなかったもんで。」

 

息を整えた浩平が頭を下げる。

 

「いや〜、ええもん見せてもろたからチャラにしときましょ。まあとにかくスポーツドリンクとおにぎり持って来たから食べてや。」

 

試合で疲れ果て、胃も空腹を訴えていた一行はおにぎりとスポーツドリンクにかぶりついた。

 

「ほなゴミはおにぎりのラップとペットボトルに分けて袋にまとめて持って帰って来てくれ。晩飯は7時からな。おーっと、それとデカい雷雲が出来て来てるからゲリラ豪雨に気ぃつけろよ。」

 

野中が事務連絡を終えて宿に帰ると、男性陣と百合子と四葉は海に飛び込んでいった。残された同級生の女性3名も波打ち際で水を掛け合って遊び始める。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

和気藹々とした時間も束の間、5時半ごろに急に空が暗くなり、遠くで雷が鳴り始めたかと思うと、野中の忠告通りに急に大粒の雨がもの凄い勢いで降り注いだ。

 

「うわー、やっぱ降って来たか。みんな!急いで宿に戻るで!」

 

その百合子の号令とともに一行は海から上がり、急いでTシャツやカーディガン、ブルーシートなどを即席の傘にしてワーワーキャーキャーと喚きながら宿へと駆け戻った。そして、宿の入り口では野中夫妻が大量のバスタオルを持って準備してくれていた。

 

「いや〜、雲行き怪しなって来たから呼びに行ったろうと思った時には遅かったな。ま、とにかく体よう拭いて、お湯でシャワー浴びることやな。くれぐれも風邪引きなや。」

 

野中夫妻の完璧な対策に舌を巻きつつ、10人は男女5人ずつに分かれて芋の子を洗うようにシャワーを(もちろん女性が先に)浴び、部屋に直行した。

 

「本当に急だったな〜」

 

瀧が部屋着のTシャツを着ながら三葉に話しかける。もちろん三葉の着替えを見ることのないように壁を見ながら。

 

「そうやね〜。」

 

三葉は瀧と同じように壁を見ながら返事をする。にやける口元を抑えられないまま………。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

七時になり、いっこうは野中夫妻の自慢の料理に舌鼓を打った。皆も疲れていたのか、浩平、百合子、克彦、四葉は風呂を早々に済ませて眠ってしまった。その後にくじ引きで風呂の順番を決めたところ、偶然にも瀧と三葉が風呂の順番が最後の2人となったことで、他の4人の誘いもあって2人だけで夜の海辺を歩くことにした。

 

 

「昼間はあんなに暑かったのに、夜になったら割と涼しいんやね。」

 

紺に水玉模様が入った丈の長いワンピースの上に白いカーディガンを羽織った三葉が横を並んで歩く、半袖Tシャツにジャージの長ズボンを履いた瀧に話しかける。

 

「まああれだけ雨も降って地面も冷やされただろうしな。」

 

瀧はポケットに手を突っ込み、まだ少し濡れている地面を見ながら返事をする。すると、急に三葉が瀧の腕に抱きついた。

 

「お、おい三葉………。」

 

「瀧くん、夕方の時に私が濡れないようにしてくれてたんやね。」

 

大きなビニールシートを持って三葉の後ろを走っていた瀧は、三葉が濡れないように、左斜め後ろから降ってきていた雨に対して、ビニールシートと瀧の体で三葉を覆い被せるような姿勢で走っていたのだ。

 

「え、うん、まあ、確かにそうしたけど。」

 

「やっぱり瀧くんかっこいい。瀧くんはどんなけ私をキュンキュンさせたら気が済むん?」

 

以前早耶香から伝授された上目遣いを使って瀧を見つめる。

 

「そういう三葉だって、俺のためにわざわざ暖房つけて待っててくれたじゃん。おまけに暖房の風が当たりやすいように俺の荷物まで動かしてさ。」

 

バレるのが恥ずかしくてこっそりとやっていた瀧に対する気遣いがあっさりバレていることを知り、三葉の顔に朱が上る。

 

「何も恥ずかしがることないのに……。」

 

恥ずかしがって俯く三葉に苦笑しながら瀧は歩みを進める。しばらくすると、昼間に一行が遊んだ砂浜に着いた。空全体に、"まばらに"以上"びっしりと"未満くらいに広がる星空の下、暗い色をした瀬戸内海がよく見える堤防に2人は腰を下ろした。

夜風がそよそよと吹いている。三葉が瀧に寄りかかり、瀧が三葉の背中に腕を回して三葉の髪の毛を梳くなか、2人の間にしばらく心地よい沈黙の時が流れた。

 

「そう言えばさ……」

 

ふと思い出したように瀧が口を開いた。

 

「何?瀧くん。」

 

「三葉のお父さんのことなんだけど………」

 

「うん………」

 

瀧がいつか言わなければならないと思い続けていたことであり、三葉がいつか片付けなければならないと思い続けていたことであった。

 

「俺には三葉の気持ちも、三葉のお父さんの気持ちも一応わかってるつもりだし、三葉もとっくにそんなことはわかってると思う。だから説教垂れたりはしたくないし、実際しないんだけど、1つだけ言わせてくれないかな?」

 

瀧は三葉が嫌な思いをしないように慎重に言葉を選びながら三葉に語りかける。

 

「うん。ええよ。何なりと言って。」

 

「今度10月に糸守に行く時に彼女と彼女の父親が仏頂面なのは、できれば勘弁してほしいな。」

 

「………ふふっ。」

 

あまり瀧らしくない、どちらかと言うと浩平や百合子のような、ユーモアを交えた物言いに三葉は少し吹き出した。それと同時に三葉の心は少し軽くなった。それと同時に、瀧が三葉の彼氏であることを報告できるほど、本人も自信を付けることができたことを言外に伝えてくれた。それが何よりも嬉しかった。そして、覚悟を決める。

 

「………うん。お盆休みに帰る時にちゃんと仲直りしてくる。」

 

それを聞いた瀧は、三葉の華奢な肩を抱き寄せた。

 

「………ありがとう。」

 

そして、三葉の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 

「もう、瀧くんったら………。」

 

そう抗議する三葉の両目からは、透明な水滴がはらはらとこぼれ落ちていた。肩も震えている。それに気付いた瀧は、子供をあやすように、ゆっくりと三葉の頭をポンと叩いてやった。その優しさに気付いた三葉から、今度は嗚咽が聞こえ始めた。瀧が見つめる瀬戸内海は、少し明るく見えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

10分もすれば三葉も落ち着いて、気持ちよさそうに瀧に身を委ねていた。

 

「三葉。」

 

「何?瀧くん。」

 

「そろそろ帰ろっか。」

 

「嫌。もっと瀧くんに埋もれてたい。」

 

「そっか。」

 

そう言うと、瀧は頭をポンと叩いていた右手を三葉のわき腹へと動かし、そこをちょんと触ってやった。

 

「ひゃっ!?」

 

「はい、ワガママ言わずに帰るよ。もうそろそろお風呂の時間だし。」

 

「も〜〜、意地悪〜〜!」

 

「意地悪で結構。膨れてる三葉も可愛いし。」

 

「なっ……!」

 

三葉の顔に朱が上る。そして三葉の動きがフリーズしたその一瞬のうちに、瀧は三葉をお姫様抱っこした。

 

「ちょっ!何するんよ!」

 

「何って?宿に帰るだけだよ。」

 

「何でお姫様抱っこするんよ!」

 

「恥ずかしがってる三葉の可愛い顔がよく見えるから。」

 

三葉の顔が真っ赤に染まる。そして、落っこちないように

瀧の首に回っている腕にしっかりと力を入れた。

 

7月17日22時24分、場所は淡路島のとある海岸で、瀧が三葉をお姫様抱っこして宿へと戻っていく。どうやら瀧は三葉の操縦法をだいぶ会得してきたようだ。



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第33話 旅の終わり

(ここから古畑任三郎ボイス)

皆さんはご存知ですか?高くジャンプをするために必要な筋肉を。もちろん足の筋肉は重要ですぅ〜。しかしバレーボールにおいては、そこからボールを打たなければなりません。そのためには足の筋肉だけでは足りないんですね〜。上に向かって伸び上がる、そういった働きをする筋肉が重要なんですぅ〜。はい、正解は、腹筋と、背筋。

(ここまで)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌7月18日午前6時34分、瀧は目を覚ました。隣では三葉がスースーと規則正しい寝息を立てている。昨日は結構良い雰囲気だったのだが、お互いが疲れていて風呂から上がった後にすぐに寝入ってしまった。水を飲むために瀧は起き上がろうとした。しかし、その意思は叶えられなかった。

 

「っつ〜〜〜〜!!」

 

全身に力が入らない。特に腹筋に力を入れようとした途端に筋肉痛に特有の鈍い痛みが走った。何とか態勢を整えてもう一度起き上がろうとする。仰向けに寝ていた瀧はうつ伏せになるようにひっくり返ろうとした。今度は背中と腿裏に鈍い痛みが走った。

 

「おおうっふ!」

 

何とかうつ伏せに漕ぎつけた瀧は腕立て伏せの要領で上体を上げようとするが、今度は胸と腕に痛みが走る。ろくに動くことも出来ずにジタバタともがく瀧の立てる物音に気づいた三葉が目を覚ます。

 

「ん………。」

 

「あれ、三葉、起こしちゃった?」

 

「ううん、大丈夫やよ。それよりどうしたん?のたうちまわって。」

 

「三葉も起き上がろうとしてみな?俺の気持ちがよく分かると思うよ。」

 

三葉も起き上がろうとしたが、瀧の3分前からの一連の動きを再生産するに留まった。

 

「これ無理〜。」

 

「だろ?まだ朝ごはんまで時間あるし、ちょっとこのまま居ようか。」

 

「そうやね。」

 

 

その時、コンコンと部屋のドアがノックされた。

 

「はーい。」

 

「俺、浩平。」

 

「どうぞ〜。」

 

入って来た浩平はしっかりと日本の足で床を踏みしめていた。

 

「すごーい、よく起き上がれたね。」

 

三葉が寝転びながら浩平に賞賛の眼差しを送る。

 

「いや、決しておたくらより筋肉痛がマシやってわけじゃないんやけどな。そういう時に立ち上がるにはコツがあるんや、コツが。」

 

「コツ?」

 

「それを伝授しに来た。」

 

「どんなん?」

 

「壁際まで転がって、片膝立てて壁を支えにして立つ。」

 

「わっ、地味〜〜。」

 

「ま、他のメンバーもお前らみたいにへばってるやろうから伝授したってくれ。」

 

「はーい。」

 

その返事を聞き届けると、浩平は満足そうに大きく頷いて瀧と三葉の部屋から退出した。

三葉が早速浩平のアドバイスを実行して、壁に向かってゴロゴロと転がっていった。壁に到達する寸前で片膝をなんとか立てる。その様子を瀧がボケーっと見守っている。そして、遂に三葉が壁を支えにして立ち上がることに成功した。しかし、筋肉痛のせいで太腿と脹脛に力が入らず、その両脚は極端に内股になってピクピクと震えていた。

 

「あははははっっっっつ!」

 

その三葉の何とも言えない情けない姿を見て瀧は大笑いしたが、笑う際に使った腹筋に鈍い痛みが走った。その哀れな姿を見て三葉もコロコロと笑ったが、すぐに瀧の行動を再現してしまう。

2人は大いに笑い、大いに筋肉痛に苦しんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午前9時すぎ、帰還の準備を済ませた一行は、水着に着替えることなくしばらくビーチで余韻に浸ったあと、予定を少し繰り上げて帰途に着いた。全員が全身筋肉痛で、泳いだりするどころでは無かったのである。帰りの新幹線は新大阪駅16時23分発ののぞみ386号の指定席を予約していたため、時間を変えることも出来なくもなかったが、浩平曰く「めんどい。」ということだったので、大阪駅周辺で時間を潰すこととなった。

 

11時30分、最初に借りた高槻でレンタカーを返却した後、阪急電車で梅田に戻り、昼食を済ませて女性陣はルクアとグランフロント大阪にショッピングに出かけた。

 

「他にも阪急と阪神と大丸あるけど、ちょっと年齢層高めのとこやからなあ。」

 

女性陣の中で唯一男性陣と行動を共にした百合子が語る。

 

「高島屋は難波行かなないし、東急とかはもちろんないからな。やっぱりあそこまでバレーがガチになるとは思わんかったからなあ。こんなに早く帰ってくるとは思ってなかったわ。」

 

今回の計画者である浩平が予定の変更を愚痴る。

16時に大阪駅の連絡橋の上にある時の広場で待ち合わせることを決め、男性陣と百合子はヨドバシカメラ・マルチメディア梅田で電化製品を見て回った。電化製品なら東京で見ても何ら問題はないのだが、要するに暇を持て余したのである。

 

「あ、そういえばここの上にファッションゾーンってあったな。ユニクロとか青山とか、その他にもちっちゃい店がようさん入ってたはずや。」

 

その存在を思い出した浩平の先導でファッションゾーンで男性陣が服やカバンを漁り始めた。東京より安価で、そこそこのものが揃っていた。また、百合子の先導で、阪急百貨店の地下でお土産を大量に買い込む。

 

一方で残りの女性4人はルクアで一通り服への興味を満たした後、カフェに入ってお茶をしていた。

 

「四葉ちゃん、勝負の夏だね。」

 

ミキが美味しそうにパフェを頬張っていた四葉に柔らかく現実を突きつける。

 

「そうですね〜。」

 

「あんた、ほんまに大丈夫なん?」

 

「ちなみに志望校は?」

 

「て………帝都大学東京……。」

 

「わーお、四葉ちゃんめちゃくちゃ賢いやん!」

 

四葉が挙げた志望校に、早耶香が感嘆の声を漏らす。

 

「ちょっと高望みやけど………」

 

「そんなの直前まで分からないわよ。司だって本来ならもうワンランク下の学校くらいが適正レベルだったけど、結局通ったのよ。」

 

「そうやよ〜、私もそういう生徒結構見てきたからね〜。」

 

「あんた、頑張らなな〜。」

 

「もう!姉ちゃん余計なプレッシャーかけんとって!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

お土産やショッピングで増えた荷物と、全身筋肉痛の10人を乗せたのぞみ386号が東京駅に到着したのは19時前であった。そこから電車で瀧と三葉とミキにとって非常に感慨深い店、瀧とミキがかつてホール従業としてバイトし、瀧と三葉が最初の晩餐を行ったレストランで夕食を摂った。

 

「これだったら海水浴しにきたのかバレーしにきたのか分からないなあ。」

 

瀧がパンパンになった脹脛を叩きながら言う。

 

「でもめちゃくちゃ楽しかったね〜。」

 

三葉もほろ酔い気分でコロコロ笑っている。

 

「あー、この三連休の埋め合わせしないとな〜。」

 

四葉が脳内で今後の学習スケジュールを必死に再構築しながらオレンジジュースをすする。

 

「ミキさんかっこよかったですよ。」

 

「そういうあなただって、頑張ってたじゃない?」

 

司とミキのカップルが惚気る。

 

「いいなあ〜。」

 

それを見て高木が大きくため息を吐いた。

 

「早耶香、楽しかったな。」

 

「そうやね。やけど1番楽しかったんは瀧君が三葉を襲うか襲わんかでみんなで賭けた時やったな〜。」

 

「せやな。バレーボールと匹敵するおもろさやったな。」

 

克彦と早耶香が肩を組んで述懐する。

 

「お前、あのジャンプ(サーブ)はセコかったわ。」

 

「そっちは経験者2人やったやん。」

 

バレーボールが大好きな浩平と百合子がバレーの話で盛り上がった。

 

「そういや姉ちゃん、勝負下着買ったのに活用できひんかったなあ。」

 

「ええんよ!また今度で!」

 

「三葉、最初が肝心やからね。狼にしないように上手いこと歳上のあんたがリードするんやよ。私それで失敗したから。」

 

「悪かったな!狼で!」

 

「まあこればっかしは2人の共同作業やからな〜。でもやっぱり宮水次第かな〜。」

 

「ちょっ!みんな!ちょっと下品な方向に逸れすぎやで!」

 

「あー、俺も彼女欲しいなあ。」

 

「高木君なら出来るわよ。大丈夫。」

 

「心配すんなっれ!友人のこの俺、藤井司がほひょうしてやる。」

 

「司、ちょっと飲みすぎじゃね?」

 

その後は全員であーだこーだと語り合い、大いに盛り上がった。楽しい夕食の時間は瞬く間に過ぎ去っていく………。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「明日仕事やから早よ寝ろよ〜!寝坊したら走られへんからな〜!特に社会人4年目諸君は3日くらい筋肉痛残るぞ〜!」

 

浩平がほろ酔いのテンションで重要すぎる注意事項を伝達し、10人の記念撮影をしたところで解散となった。

 

こうして、波乱と灼熱と激闘の夏の関西旅行が、ここに終わった。



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第6章 愛しき夏の出来事たち
第34話 それぞれの夏


浩平の予言というより忠告が的外れになることは極めて稀である。最年少の四葉でさえ旅から帰還した翌日にもまだ筋肉痛が残っていた。長らくスポーツから遠ざかっていた三葉の筋肉痛がしぶとく残るのは自明の理とも言えよう。

 

「どうや、宮水。まだまだ辛そうやなあ。」

 

7月19日火曜日、始業時間の20分前に出社した三葉を浩平のからかい混じりの声が出迎える。

 

「ま、まあね。ミキちゃんは?」

 

「おはよ〜。」

 

三葉の真後ろからミキが出社してきた。

 

「やっぱりまだ残ってる?」

 

「うん。四葉ですら痛いわ〜って言ってたしね。ミキちゃんは随分平気そうに見えるけど?」

 

「顔に出さないのが得意なだけよ。まだ脹脛もパンパンだし。浩平君は?」

 

「きっついわ〜。百合子もなかなかやったけどな。おちょくったろうと思っても自分もおんなじ状態やから下手に何も言われへん。」

 

「からかうのは前提なのね。さすが関西人。」

 

「いや〜、あれは堀川君と百合子ちゃんが格別なだけやと思うんだけどな〜。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方の瀧も筋肉痛という名の悲鳴をあげる両足をフル稼働して、何とか始業時間ギリギリに会社に到着した。全力疾走のせいで肩で息をしながら自分のデスクに鞄を置く瀧の耳に百合子の舌打ちが聞こえてきた。

 

「ちっ!間に合ったんかー。」

 

「先輩、どうしてそんなに残念そうなんですか?」

 

「そんなの決まってるじゃん?弄りがいのある後輩が筋肉痛と課長の説教のダブルパンチでフルボッコにされてる姿が見たかったからに決まってるじゃないの。」

 

「そういう先輩こそ、まだ息整えきれてませんよね。」

 

「そりゃなあ。私もここに着いたのあんたが来る2分前だったからね。」

 

百合子が旅行の時とは打って変わっていつものように標準語(と本人は固く信じてやまない、関西弁がかなり混じっている標準語っぽい言葉遣い)で瀧を揶揄いにかかる。そして始業時間となり、2人は顔を見合わせてニヤッと笑い、業務を開始した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自宅というものは受験勉強にとって大敵であることが多い。誘惑が多く、誰も自分を見ていないという安心感が怠けへと一直線に誘う。例え漫画やゲーム類を封印して、スマートフォンのゲームアプリを全部消しても、今度はベッドという誘惑に襲われるのだ。扇風機を強で回してゴロンと寝転がって考え事をしたり、何も考えずにボーッとするだけで優に2時間は潰れてしまう。

 

7月22日金曜日、四葉の通う高校では1学期終業式が行われた。校長の長く退屈な話を右から左へと聞き流し、1学期の成績表を受け取る。高校三年生にもなると、長期休業中の宿題はほとんど課されない。本格的に自分の志望校に向けての勉強がスタートする。

とかくだらけがちなこの夏休み、四葉は学校の開いている日は学校の自習室に籠ることにした。予備校には行っていない。どうしても費用の面で三葉に迷惑をかけてしまう。四葉が通う高校の場合、自習室が19時まで開いている。せっかく開いているのならせいぜい有効活用してやろうという考えだ。そして16時現在、四葉はその自習室で勉強をしていた。四葉がこの日学校に残っているのには理由がある。

 

三者面談。

 

仕事を少し早めに抜けてくる三葉に合わせて17時にセッティングされている。志望校を帝都大学東京にすることはすでに決めている。だから話すことはほとんどないのだが、一応全員やることになっているので仕方がない。そして今、四葉は数学の問題が解けずに悶々としていた。

 

「分からないの?」

 

四葉の後ろから無声音が聞こえてきた。振り返ると、そこには四葉のクラスメイトが立っていた。

 

「えーっと、三枝くんだっけ?」

 

「そだよー、三枝智樹だよ〜。」

 

三枝智樹は少し変わった人物だ。170センチを少し超える身長と少し短めの髪を持つ非常に柔和な人物で、彼を嫌う人物は1人もいない。

オタクの集団とも、地味な女子とも、がっつり体育会系の男子とも、ギャルともフランクに話すことができる稀有なコミュニケーション能力を持つ人物である。勉強は良くできる。運動神経も中の上程はある。彼を密かに恋い慕う女子は多いようだが、なにぶん苦学生で放課後はバイトのためにすぐに居なくなってしまうことが多く、休み時間も渡り鳥のように動き回って話すので、誰か特定の人物と長い時間いることがないことも相まって、その心を射止めた者はまだいない。

四葉も幾度かは言葉を交わしたことがあるが、あくまでも数あるクラスメイトの1人、という感覚だった。

 

「今日はバイトじゃないんだね。」

 

「まあね。多分宮水さんと理由は一緒だと思うよ。」

 

「面談?」

 

「そそ。俺は5時半から。宮水さんの志望校は?」

 

「帝都大学東京の人文社会。三枝くんは?」

 

「お、奇遇だね〜。俺はその大学の経済経営だよ〜。」

 

「ふ〜ん。」

 

「俺ってこう見えて数学は得意なんだ。英語は苦手だけど。」

 

「じゃあ、せっかくだし教えてもらおっかな。」

 

「ん〜、どれどれ〜?あーこれねー、そのやり方だとドツボにはまるよ。あ、もうハマってるね。でもね〜、ここの何気ない一文が凄いヒントなんだよね。"このような値を全て求めよ"でしょ。この文章見たらね、答えは1つか2つ3つくらいしか出ないよ。特にこういう整数問題なんかはね。…………」

 

三枝の教え方は上手かった。四葉が後で先生に聞きに行こうと思っていた問題も全部理解することができた。

 

「ふ〜、ありがとう。おかげで助かっちゃった。」

 

「いえいえ、どうってことないよ。」

 

「これだけできたらもっと上の大学も目指せるんじゃないの?」

 

「いや、英語がね………。」

 

「この前の模試何点だったの?」

 

「104点…………。」

 

「お、おう………。」

 

帝都大学東京に行くには150点は欲しいところだ。

 

「そのかわり数学と国語は160点超えたけど。」

 

そこで、四葉は名案を思いついた。

 

「そうだ。私英語は苦手じゃないから教えてあげる。その代わりに数学教えてくれない?」

 

「差し支えなければ日本史も教えてくれないかな?模試54点だったんだ。」

 

「うん。いいよ。文系科目なら任せて!」

 

「ちなみにこの前の模試の数学は何点だったの?」

 

「う………IAⅡB2つ合わせて84点。」

 

「お、おう…………。」

 

「…………。」

 

「わかった。その提案に乗るよ。LIME教えて。」

 

2人はライムの連絡先を交換した。

 

「ところで、もうすぐ5時だよ。」

 

「おっと、ありがとう。じゃあ、また連絡するね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

四葉が教室に向かっていると、ちょうど三葉が廊下を歩いていた。

 

「姉ちゃ〜ん!」

 

「四葉!ちょうど良かった。5分くらい前に着いたんやけど、ちょっと迷ってたんよ。」

 

そして、三者面談が始まった。四葉のクラスの担任は教師歴30年のベテランの男性教師だ。

 

「宮水は帝都大学東京を志望してましたね。お姉さんは模試の結果はご覧になりましたか?」

 

「はい。」

 

「まあ英国社の文系科目については全く問題はありません。」

 

「数学ですよね。」

 

「その通りです。もうこの夏休みは数学がメインになるでしょうが、何か対策とかは考えてるんですか?」

 

「あ、一応三枝くんと一緒に勉強しようと思ってるんですが。」

 

「そうか、あいつは数学が得意だったな。代わりに英語を教えてくれとせがまれたんだね。」

 

「そういう感じです。」

 

「なら心配ないでしょう。充実した夏休みを過ごしてください。」

 

面談は30分の予定だったが、志望校が既に決まっており、そこへ向けての学習計画も立っているということで話すことが特に無くなってしまい、10分少々で終了した。

 

「三枝くんって?」

 

「クラスメイト。」

 

「ふ〜〜〜ん。」

 

「何よ、その意味ありげな返事は。」

 

「べっつに〜〜。四葉は歳上がタイプやと思ったったんやけどな〜。」

 

「べっ!別にそんな仲と違うから!」

 

「大丈夫やよ!お姉ちゃん応援してるから!何なら部屋ずっと空けとこうか?」

 

「そんなん言って、お兄ちゃんとイチャイチャするだけやん。」

 

「悪い?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へ〜、四葉に彼氏か〜。歳上がタイプだと思ってたんだけどなあ。」

 

7月24日日曜日、瀧と三葉が喫茶店でデートをしている時である。

 

「そうなんよ〜。まだ性急やとは思うんやけどね。」

 

「でも、気がありそうだったんだろ?」

 

「まあね。まだまだこれからって感じやった。」

 

「まあ、とりあえずは四葉の恋路が上手くいくことを願って乾杯でもしようよ。」

 

2人はお互いのアイスコーヒーのグラスをぶつけ合った。

夏は、まだまだ続く。



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第35話 三枝と四葉 前編

四葉と三枝の出会いは様々な方面に波紋を広げていた。

7月25日月曜日、四葉は学校の自習室にやって来て勉強をしていた。三枝は夏休みはバイトで忙しいらしく、次に一緒に勉強するのは水曜日ということになっていた。カリカリと英語の問題を解いていると、四葉の親友である二階堂咲が好奇の光を目に湛えて四葉に近づいてきた。

 

「どうしたの、咲ちゃん?そんなにニヤニヤして。」

 

「四葉ちゃん、三枝くんと付き合ってるんだって?」

 

咲は女子バスケ部に所属し、身長は170センチと、女子としては非常に長身の部類に入る。茶色がかったショートヘアと笑った時のえくぼが特徴的な、快活な少女である。性格は非常に社交的で、その情報網は広く、四葉の学年の交友関係を全て把握していると言われている。どうやら金曜日の四葉と三枝との出来事は、彼女の敏感なレーダーにすでにキャッチされていたようだ。

 

「何の話?」

 

「金曜日にここでイチャつく2人を見たっていう目撃情報があるんだけど?」

 

「三枝くんに分からない数学の問題を教えてもらってただけだけど?」

 

「それだけ?」

 

「それだけ。」

 

「ふ〜〜ん。」

 

咲は腕を組んで意味ありげな笑みを浮かべて頷いた。

 

「まあまだまだこれからだもんね。」

 

「何でそんなに私と三枝くんをくっつけたがるの?」

 

「それは正確じゃないわね。私の第六感が告げてるのよ。四葉と三枝くんは絶対にくっつくって。」

 

「はあ。」

 

「とにかく、私は応援してるから。あ、そうそう。この英語の問題教えてくれない?」

 

四葉は咲の疑問に答えてやった。

 

「ありがと〜。私って勉強は全然ダメだからさ。助かっちゃうな〜。」

 

「そういえば咲はどこ目指してるの?」

 

「明治学園。」

 

「あ〜、あそこの英語はやばいよね。」

 

「そ。だから四葉のことあてにしてるからね。」

 

「まあ、できる範囲で。」

 

「で、苦学生の三枝くんとは次にいつ会うの?」

 

「水曜日に一緒に勉強会。」

 

「そ。頑張ってね〜。」

 

咲は四葉の隣の机に座って勉強を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

四葉と三枝の情報は、月曜日までに淡路島に行ったメンバー全員に伝わっていた。

 

「まだ様子見やな。」

 

月曜日の昼休み、三葉が堀川とミキにことの次第をぶっちゃけた。

 

「まだ自分の気持ちに気付いてないのね。」

 

「そうやね〜。」

 

三葉は三枝と会った後の四葉の楽しそうな表情をよく見ていた。勉強を教えてもらっただけであそこまでの表情はしないはずである。少なくとも、四葉は三枝と一緒にいることに安らぎや楽しさを覚えたことには間違いない。

 

「一回会ってみたいな〜。その三枝くんに。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

7月27日水曜日午前8時48分、四葉は三枝と勉強をするために学校の最寄駅で待ち合わせていた。学校の自習室ももちろん使用できるが、教えあいっこをするとなると声を出せる環境にいた方が良いという判断でこの日は駅近のカフェを利用することにしていた。待ち合わせは9時である。まだ三枝は来ていなかったため、四葉は自分が三枝をどう思っているかについて整理してみることにした。

 

もちろん、最初はただのクラスメイトと思っていた。クラスメイトになったのも今年が初めてである。ただ、すごいコミュ力だなと思っていたが。とにかく、その他大勢のクラスメイトの1人でしかなかった。何度か四葉と咲が属する仲良し女子グループに混じって話をしたことはあったが、2人で面と向かってということはなかった。

そして、22日金曜日に初めて言葉を交わした。噂に違わぬ人当たりの良さと巧みな話術、そして丁寧な解説で一気に三枝の世界に引き込まれた。わずか1時間弱の出来事だったが、まだまだ三枝と話していたいと思った。まだ"恋をした"と言い切ることはできないが、少なくとも、四葉が"ガキっぽい"と感じる他の男子とは一線を画す存在になったことは間違いないだろう。

 

その時、三枝が現れた。

 

「ごめ〜ん、待った?」

 

「ごめんって言わなくても、まだ集合時間になってないよ。」

 

「それもそうだね。じゃあ行こっか。」

 

2人はカフェを目指して歩き出した。

 

「それにしても宮水さん、随分大人っぽい私服だね。」

 

「う、うん。まあね。」

 

「誰か身近な人を参考にしてるの?」

 

「まあ、うちのお姉ちゃんを。」

 

「へえ〜、お姉さん居るんだ。大学生?」

 

「いや、8つ離れてるからもう社会人4年目だよ。」

 

「俺も姉ちゃんいるんだ。3つ上だけど、高卒で就職したから社会人3年目だね。」

 

「そうなんだ。」

 

そうこうしているうちに目的地のカフェに到着した。早速席について教材を広げる。

 

「バイトとか大変なんじゃないの?」

 

「まあこの夏は特にね。流石に受験期はバイトできないから、今のうちにお金貯めるんだ。そのお金とお母さんからの仕送りで8ヶ月耐えないといけないからね。」

 

「お父さんは?」

 

「僕が10歳の時に、交通事故でね。」

 

「…………。」

 

「そういえば宮水さんも面談に来てたのお母さんじゃないよね。お姉さん?」

 

「そう。お母さんは私が物心つく前に病気で。お父さんは東京には出てきてない。」

 

「どこの出身なの?」

 

「糸守。」

 

「……………。」

 

「まあでも今は幸せだよ。最近はお姉ちゃんの彼氏も優しくしてくれるし。」

 

「へえ。宮水さんのお姉さん、彼氏持ちなんだ。その彼氏さんは何歳?」

 

「今年から社会人。22歳よ。」

 

「そういえばさ、宮水さんは彼氏はいたことないの?せっかく美人なのに。」

 

「ん〜、なんかね〜。作ろうと思ったことがないかな。告白は何回かされたことあるけど、"一目見た時から好きでした。"っていうのがなんか嫌だったの。」

 

「そっか〜。"あなたに私の何がわかるの?"ってやつだね。」

 

「そうそう。」

 

「さーて、そろそろ始めよっか。」

 

「そうね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

9時20分に勉強を始め、12時から13時まで昼食を摂り、15時から15時30分までの休憩を経て18時までの7時間強にわたって勉強をした。

 

「ふ〜。疲れたね〜。」

 

三枝が取り組んでいた英語の参考書を閉じて大きく伸びをした。

 

「そうやね〜。」

 

四葉も大きく伸びをし、大きな欠伸をしながら返事した。

 

「あ、方言出てるよ〜。」

 

「もうめんどくさい。とにかく疲れた〜。」

 

「訛ってる宮水さんもなかなか新鮮だね。」

 

「そう?まあ普段は標準語モードに入ってるからね。」

 

「いや〜、良いもの見れたよ。」

 

「そういえば晩御飯はどうするの?」

 

「家でカップラーメンかな。」

 

「それならうちに来ない?今日お姉ちゃん残業あるから9時までは帰れないって言ってたし。」

 

「…………。」

 

「どうしたの?」

 

「うん、宮水さん、その………。非常に魅力的なお誘いだと思うんだけど………。花の女子高生が彼氏でもない男の子を部屋に上げるのはいかがなものかと思うな。」

 

「でも………。」

 

「虚勢は男の生きる道、だよ。今度はいつにしようか?僕は水曜日は基本的に空けてるから。」

 

「そっか。じゃあ、来週水曜日で。」

 

「じゃ、出よっか。」

 

2人は店を出て駅に向かって談笑しながら歩いた。そして改札を通り、ホームへ登る階段の前に着く。四葉と三枝が帰るのは逆方向だ。

 

「じゃあね、宮水さん。」

 

「うん。じゃあね。」

 

2人は別れた。こうして、2人の第一回の勉強会は幕を下ろした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうやったん?」

 

午後8時52分、職場から帰ってきた三葉が四葉に向かって最初に放った言葉がこれである。

 

「せめて"ただいま"が先じゃない?」

 

「細かいことは気にせんでええんよ。で、どうだったん?三枝くんとの勉強会は?」

 

「別に。普通やよ。」

 

三葉がこれ見よがしにため息を吐いた。

 

「何よ。なんか文句でもある?」

 

「そっか〜。まだやねんね。」

 

「何が?」

 

「四葉、自分に正直になるんやよ。お姉ちゃん応援してるから。」

 

「それって、私が三枝くんのことが好きやって言いたいん?」

 

「え?違うの?」

 

「三枝くんとはただの友達やよ。」

 

「ふーん。辛い辛い受験勉強を頑張ってきた割には楽しそうな顔しとるね。」

 

「してへんよ〜。」

 

「………まあ、そういうことにしとこっか。」

 

「はよ着替えてき〜よ。今日の晩御飯は肉じゃがやよ〜。」

 

「わかった〜。」

 

夏の蒸し暑い夜の空気の中、7月27日が終わっていく。果たして、四葉と三枝にはどんな未来が待っているのか。希望や願望を唱えられる者は多かったが、正確に予測し得る者は存在しなかった。



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第36話 三枝と四葉 中編

2022年8月3日水曜日、三枝と四葉の2回目の勉強会が恙無く行われた。時折休憩を挟んで、その間にバカ話や身の上話を挟みながら全開と同様に6時まで進んだ勉強会で事件が発生したのは、その終了直後であった。

 

「宮水さん。」

 

三枝が四葉を呼び止めたのはカフェの最寄駅の改札から少し離れたところである。

 

「なに?三枝くん。」

 

「ちょっと話があるんだけどさ。いいかな?」

 

「いいよ。何?」

 

「もし良かったらなんだけど、その、僕と付き合ってくれないかな?」

 

「はい?」

 

あまりにも唐突な告白に四葉は考えすらまとまらずに素っ頓狂な声を漏らす。

 

「俺、どうやら宮水さんのことが好きみたいなんだ。」

 

「はあ。」

 

「だから、今以上の関係になりたいな〜なんて思っちゃったりしてるんだけど。」

 

そして、10秒ほどの沈黙の後に、四葉は三枝の言わんとすることを完全に理解した。そして、四葉の顔に一瞬にして朱が上る。

 

「なっ!えっ!わっ!わたし!?」

 

「ダメかな?」

 

「ま、待って!私なんかのどこを好きになったん?」

 

「ん〜、毎日一生懸命に生きてるところかな。」

 

「え?どういうこと?」

 

「もちろん宮水さんは可愛いし、優しいし、話しててすごく楽しいんだけど、それ以上にキラキラして見える。そういうところがどストライクなんだよね。」

 

「そ、そうかなあ。」

 

「で、俺的には"お願いします"にしろ"もう少し考えさせて"にしろ"ごめんなさい"にしろ、とにかく返事が貰えるとありがたいなあ。」

 

四葉は考えた。自分は今までまともな恋愛をしたことはない。4月まではいつも何かを探しているような姉を見て、自分だけ抜け駆けするのはどうかと思っていたから恋愛のことを考えないようにしていたし、三葉が瀧と出会ってその枷が外れてからも、瀧があまりにもハイスペックなせいでクラスメイトの男子たちがガキっぽく見えてしまっていた。何度か告白されたこともあったが、ことごとくフッてきた。正直、タイプも瀧のようにカッコよくて優しくて料理のできる、頼れるお兄さんのような人だった。

目の前の三枝は、そのどちらとも違っていた。顔は正直言って中の上である。しかし、その目に湛えられた光は柔らかく、その話し方や何気なく四葉を気遣う言動などから、まるで布団に包み込まれるような暖かさを感じた。この人になら全てを預けてもいい。そう思えた。

 

「えっと、じゃあ………お願いします。」

 

その四葉の返事を聴いて三枝はホッとしたのか、大きく息を吐いてその顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。じゃあとにかく、これからもよろしく。」

 

「そうやね。よろしく。」

 

2人はその場で握手を交わした。

 

「俺、恋愛なんか初めてだから何が正しいのかとか分からないんだけど、こういう場面は握手で合ってるのかな?」

 

「多分違うと思うけど、私たちはこれで良いと思う。初めて同士、お互い探りながらでさ、…………智樹くん。」

 

「そうだね宮み…………四葉ちゃん。」

 

2人はお互いを名前で呼ぶことのぎこちなさに顔を見合わせて笑い合った。2022年8月3日午後6時17分、1組のカップルが産声を上げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

家に帰りついた四葉に三葉の好奇の目線が突き刺さった。

 

「今日はどうやったん?」

 

それを聞いた途端に四葉の顔に朱が上った。よくよく考えれば、まだ3日しかまともに喋ったことがないのに、よくそんな誘いを受けたもんだと思って恥ずかしくなってしまったのだ。

 

「えっ!何かあったん?」

 

「えっと、その、うん、あ〜、………ちょっとタンマ!」

 

そう叫ぶと、四葉は三葉の横を素通りしてダッシュで自分の部屋に駆け込んだ。

 

「ちょっと!四葉!?」

 

「ちょっと心の整理させて!ちゃんと喋るから!」

 

四葉は参考書の入ったリュックサックを放り投げると、そのままベッドにダイブした。

 

(大丈夫やよね、こんな大事なことあっさり決めてもうても。だって姉ちゃんだって出会った瞬間に恋に落ちたんやし。三枝くんやったら大丈夫なはず!うん!)

 

ベッドで蹲ること5分、意を決した四葉は普段着に着替えて三葉のいるダイニングに姿を現した。

 

「お、出てきた。」

 

「えーっと、その、わたし、彼氏が出来ました!」

 

「おーー!!!!」

 

三葉が拍手をして煽る。

 

「で、相手はどんな人?」

 

「高校のクラスメイトの三枝智樹くん。ルックスはそこまでなんだけど、優しくて良い人なんよ。」

 

羞恥心のためか、顔はこれ以上にない程真っ赤だが、それでも四葉は三葉に三枝とのこれまでの経緯について夕食の豚肉の生姜焼きを食べながら話した。

 

「へ〜〜、良い人やねんね。今度紹介してよ〜。」

 

「うん。もうちょっと進展したらね。」

 

三葉は四葉が彼氏の紹介に素直に了承したことを軽く意外に思った。"姉ちゃんには関係ないもん!"と言いながら拒否するもんだと思っていた。

 

「あれ?ひょっとしてオッケーしたんが意外やった?」

 

さすが四葉、三葉のわずかな反応のタイムラグを見抜いて言い当ててくる。

 

「もう、あんたはエスパーか?」

 

「えへへ。まあ、隠す理由がないもん。それに、これでも結構さやちんとてっしーに"早よ彼氏作れ"ってせっつかれてたしね。」

 

「そっか。」

 

彼氏が出来たからといっても、四葉はいつもより明るい表情をするくらいで、別段変わった様子はない。それほど、四葉は三枝と付き合うことに対して舞い上がることなく自然に向き合っていた。もっとも、それは四葉が恋愛に全く縁がなかった上に、少女漫画の類に対しても"どうせくっつくんならさっさとくっつけよ"と思ってしまうために敬遠していた結果、俗に言う"キュンキュンする"という感覚が分からなかったことにも起因する。

しかしそれでも、恋する乙女であることには変わりなく、三葉が投げかける三枝についての質問に顔を赤らめたりしながら答える四葉をよそに、生姜焼きの香ばしい匂いが漂う宮水家の食卓には、楽しい時間が流れていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その週末の8月7日日曜日、四葉は再び三枝と勉強会に出かけた。その午後3時ごろ、四葉が居なくなった宮水家に、瀧か上がり込んできた。

 

「三葉〜?いる〜?」

 

「あれ〜?瀧くん?今日は来られへんかったんちゃうん?」

 

「仕事が早く片付いたんだ。これで10日連続フルタイム出勤と三葉成分無補給は阻止だよ。」

 

「嬉しいこと言ってくれるんやね。でも、そんなに働き詰めで大丈夫なん?」

 

「大丈夫だよ。ウチ、不規則勤務が多いけど、残業代と休日手当はなかなか良いしさ。」

 

「それならええけど。」

 

「それより、ついに四葉に彼氏が出来たんだって?」

 

「そうなんよ〜。もう嬉しくって嬉しくって。」

 

「今日は四葉は?」

 

「その彼氏くんとお勉強会やよ。」

 

「場所は?」

 

「学校の近くのカフェらしいけど。」

 

「…………行っちゃう?」

 

「…………そうやね!ちょっと化粧して着替えてくるから待っててね〜」

 

三葉がナチュラルメイクを施し、外出用の服に着替えている間、瀧はダイニングで三葉が淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら、克彦にメールをしていた。もちろん、要件はこの四葉の彼氏品評会への同席を求めることである。

20分ほどで三葉の支度が終わり、2人はマンションを出る。瀧の携帯には克彦からの返事が届いており、早耶香の準備が出来次第、四葉の高校の最寄駅で落ち合う旨が記されていた。

 

2人は電車に揺られて目的地へと向かう。しかしその途中、意外な人物と出会った。

 

「あら、瀧君と三葉ちゃんじゃない?こんなところで何してるの?あ、デートよね。」

 

「奥寺先輩じゃないですか!奇遇ですね。今日は司は一緒じゃないんですか?」

 

「今日はご両親に会いに行ってるわ。お盆は私と2人きりで過ごしたいんだって。そういうあなたたちはこれからどこへ行くの?家は反対方向でしょ?」

 

「実は、例の四葉の彼氏をこれからてっしーとさやちんと4人で見に行くところなんですよ。」

 

「あら、そうなの?じゃあ私もご一緒しちゃおうかしら。」

 

「良いよな?三葉。」

 

「もちろん、ミキちゃんなら大歓迎やよ。」

 

「ウフフ。楽しみね。」

 

そして、午後4時12分、四葉の彼氏を品定めするために、瀧と三葉とミキと克彦と早耶香の5人が四葉の高校の最寄駅で落ち合った。そして、5人は四葉がいるカフェへとその歩みを進め、午後4時18分、カフェに入店した。

 



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第37話 三枝と四葉 後編

晴れて彼氏彼女の関係になった三枝と四葉であったが、三枝の告白後初めて行われた8月7日の勉強会において2人の態度が特別に変化するということはなかった。いつものようにちょっとした世間話をしてから参考書を開き、各自の勉強に励む。わからない箇所があればその都度相手に声をかけて相談する。そんな勉強風景に変化が訪れたのは、勉強会が終盤に差し掛かった午後4時18分のことであった。

 

四葉はちょうど入り口がよく見える席に座っていた。耳にイヤホンをぶっ刺して音楽を聴きながら苦手な数学の問題にかじりつく。先程三枝に教えてもらった考え方を当てはめて解き方の筋道が何となくわかってきた。そして誰かが入店してくる気配がしたため、ふと顔を上げて入り口を見やった。そこには驚きの光景が広がっていた。なんと瀧と三葉と克彦と早耶香とミキが入店してきていたのである。

 

(マジか!?)

 

四葉は動揺を隠しきれない。その間にも店員が5人を空いていた店の奥の席へ誘導する。そして、その途中に瀧が口をあんぐりと開けてこちらを見ている四葉に気づいた。それに対して瀧は、他の4人には気づかれないように右手を立てて謝罪の意を表し、口の形で"気にせず続けて"と告げた。

やがて5人が席についたことで正気に戻った四葉は取り敢えず自分の注文したロイヤルミルクティーを口に含み、再び数学の問題に向き合う。かなり後ろに座る5人組が気になったが、目の前に横たわる数学の難題と複雑な計算がそれを吹き飛ばした。頭から煙を吹き出させながら、問題に対する集中力が否が応でも高まる。そのおかげで、四葉は一時的に5人の存在を頭の中から抹消することに成功していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さて、四葉はどこや〜?」

 

席についた克彦は早速四葉を探して視線を巡らせた。

 

「あそこだよ。」

 

事前に四葉を発見していた瀧が四葉と三枝の座るテーブルを指差した。

 

「おっ、あそこか。ちゃうことは向かいに座っとるあの男が……」

 

「噂の三枝君、ってことね。なかなか優しそうな顔してるわね。イケメンかって聞かれるとちょっと困っちゃうけど。」

 

ミキがまずその顔に査定のメスを入れた。その時、四葉が三枝に質問をした。三枝はそれに対して丁寧に答えている。

 

「なかなかの好青年やん。お互いに肩肘張ってないから2人ともリラックスできとるしね〜。」

 

今度は早耶香が論評する。

 

「まあ四葉に限って変な男は捕まえてこないとは思ってたけど、結構良い彼氏じゃん?」

 

瀧も三枝に対して高評価を与えた。それに対して他の面々も頷く。どうやら野次馬5人組は三枝を気に入ったようだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして6時を目前にした頃に、四葉たちより一足早く店を出た。そして店のすぐ近くで四葉と三枝を待ち構える。6時になって三枝と雑談しながら参考書を片付ける。しかし、四葉は既に野次馬たちが店の近くで待ち伏せしていることを正確に予測していたため、少しゲンナリした表情を浮かべていた。

 

「どうしたの?浮かない顔して。」

 

「はあ、どうせ隠してたって意味ないからぶっちゃけると、実は今日ここに私のお姉ちゃんが来てたの。彼氏と、友達3人を連れてね。それで今私たちのことを出待ちしてるの。」

 

「それって四葉が自分から呼んだとかじゃないんだよね。」

 

「当たり前じゃない。」

 

「なら気に病むことなんかないよ。堂々と付き合ってまーすって言えばいいじゃん?」

 

「ま、それもそうね。」

 

四葉は半分開き直って荷物の整理を続けた。

 

そして店を出ると、案の定野次馬5人組が待ち構えていた。

 

「あら、四葉じゃない。奇遇ね〜〜。」

 

わざとらしく三葉が今日偶然ここへ来たかのように話しかけてくる。どうやら瀧を除く4人は四葉がこちらの存在に気づいていないと思っているようだった。瀧も敢えて告げなかったのだろう。周りがニヤニヤしながら四葉の驚いたリアクションを期待しているのに対して、瀧は後ろでクツクツと笑いを堪えている。

 

「ねーちゃん、気づいてないとでも思ったん?店入って来た時から気づいとったよ。」

 

「えっ、気づいてたの!?」

 

「逆にどうしてこの私が気づかないと思ったんよ。」

 

瀧を除く4人が一斉に溜息をつくなか、三枝が先手を切って話し始めた。

 

「どうも皆さん、はじめまして。僕は三枝智樹です。えーっとその、四葉ちゃんの彼氏ということに一応なっている者です。」

 

「はじめまして、智樹君。僕は今さっき四葉と話していた四葉の姉の三葉の彼氏の立花瀧。四葉をよろしくね。」

 

「ワシは三葉と四葉のダチの、勅使河原克彦っちゅうもんじゃ。」

 

「あんまり訛り全開で喋らんとってよ、恥ずかしい。あ、私は克彦の妻の早耶香です。三葉と四葉とも友達です。よろしくね。」

 

「私は三葉ちゃんの会社の同僚で、瀧君と友達の奥寺ミキよ。もうすぐ結婚して藤井ミキになる予定なんだけど。」

 

「えっと、私が四葉の姉の宮水三葉です。不束者の妹をどうぞよろしくね。」

 

取り敢えず全員が自己紹介と挨拶を済ませた。

 

「ところでなんだけど、智樹君、これからちょっと時間あるかな?」

 

瀧が三枝に向かって尋ねる。

 

「別に僕は一人暮らしだから何ら問題は無いですけど、何処かへ行くんですか?」

 

「いや、もし良かったらなんだけど、こんなところで長話するのも何だし、晩御飯を食べに行かない?三葉がご馳走してくれるって。」

 

「へっ、私!?」

 

「是非お願いします。もっと四葉のこと知りたいですし、いかんせん一人暮らしの身からすると晩飯一回分のお金が丸々浮くのは非常にありがたいので。」

 

「ち、ちょっと瀧くん!?なんで私が払うん!?」

 

「いいじゃん?彼女の姉の彼氏に払われるより、彼女の姉に払ってもらう方が歓迎されてる感出るじゃん?」

 

「そ、そりゃそうやけど……」

 

「四葉の分は俺が出すよ。」

 

「………わかった。瀧くんの言う通りやね。」

 

「じゃ、行こうか。」

 

7人は瀧の先導のもと、取り敢えず駅に向かって歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へえ〜、高校生なのに一人暮らしか〜。バイトと受験勉強の両立って大変なんじゃない?」

 

「そりゃ大変ですよ。特に今年の冬は受験でバイトどころじゃないですからね。その準備のためにも秋からはバイト入れられないんで、この夏に稼いだお金であと7ヶ月耐えなきゃいけませんから。」

 

「わーお、私には真似出来ないわ。」

 

早耶香が三枝の生活ぶりを聞いて感心してうんうんと頷く。一行は瀧が聞き出した、三枝の家の最寄駅をおりて徒歩5分ほどのところにあるラーメン屋に来ていた。関西出身だという店主が作る"安い、早い、旨い"をモットーにしたあっさりテイストの豚骨ラーメンが人気の店だ。これから親族になるかもしれない相手をもてなすには十分に美味しいお店だし、あまり高い店を奢らせるのも気が引けるということもあって、三枝はこの店をチョイスしたのである。そして現在、それぞれが注文を済ませて、お冷やをすすりながら話をしているところである。

 

「確か四葉とも志望校が一緒やっていうのが最初の接点やねんね。」

 

今度食いついたのは三葉だった。

 

「そうですね。それで、四葉の苦手科目が僕の得意科目で、僕の苦手科目が四葉の得意科目だったんで、教えあいっこしようってことになって、ていう感じですね。」

 

「で、四葉のどこが好きなんだい?」

 

「まっすぐ生きてるところですかね。」

 

今度は瀧が質問を振った。その返答を聞いて四葉は茹で蛸になり、他の面々はヒューヒューと口笛を吹いた。

そこへちょうどラーメンが運ばれて来た。7人はその絶品ラーメンをすすりながら話を進める。野次馬5人組は揃って三枝に対して好印象を持ち、"こいつになら四葉を預けられる。"という結論に達した。さらにラーメンに対しても高評価を下し、どうやら店は新たに常連客を獲得しそうである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「今日はありがとう。」

 

帰り際に三枝が四葉に向かって言う。

 

「私は何もしてへんよ?」

 

「確かにね。でも、俺にたくさんの出会いをくれたからさ。俺、あの人達と上手くやっていける気がする。そういう人に出会わせてくれてありがとう。」

 

「そうやね。縁も大事やもんね。」

 

「じゃ、今度はお盆明けに。」

 

「また空いてる日あったら連絡してね。」

 

「わかった。またね。」

 

「うん。」

 

四葉は立ち去っていく三枝を見送る。

 

「縁か………。」

 

そういえば、瀧と三葉の出会いは不思議に満ち溢れていたことを思い出す。そこには何か特別な縁が存在したのだろうか。そんなことを考えながら、四葉はスキップして野次馬5人組を追いかけた。



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第38話 前哨戦

(古畑任三郎ボイス)

現在日本で制定されている祝日の中で最も地味な祝日はどれだと思いますか?んふふ〜、私は山の日だと思いますね〜。特に学生たちにとっては夏休み真っ只中。しかし、社会人にとってはお盆休みを増やしてくれるありがた〜い休日なんですよ〜。もっとも、私のような警察官には関係ありませんが。

(ここまで)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8月11日木曜日、祝日であるため学校が空いておらず、三枝もバイトで忙しいため、自分の部屋で勉強することにした四葉に留守番を頼んで三葉は瀧の部屋に向かった。お盆休み初日であり、祝日でもあることからお出かけスポットは混んでいると予想した瀧と三葉は、瀧の家でゆっくり時間を過ごすことにしていた。昼前に瀧のマンションに到着し、瀧お手製の冷製パスタを2人で食べ、後片付けの後にのんびり2人でソファーでくつろいでいた。

 

「なあ、三葉。」

 

「どうしたん、瀧くん。」

 

「俺たちのことなんだけど、絶対なにかあったよな。」

 

「そうやね。」

 

「何なんだろうな。」

 

「何なんやろうね。」

 

休日にどちらかの家で会うときはいつもこんな感じだ。ふと一息ついた時に自分たちの只ならぬ縁について思いを巡らせてしまう。もちろん、答えは出ない。

 

「やめよっか。」

 

「そうやね。」

 

そして2人は映画を見始めた。未来からやってきたサイボーグがその未来での宿敵の母親を殺しに現代にやって来て、彼女を執拗に追い回し、同じく未来からやって来た守護者と壮絶な死闘を繰り広げる、という話である。

約2時間後、嵐の到来を予感させるラストシーンの後にエンドクレジットが流れ始めた。

 

「面白かったな。」

 

「そうやね。」

 

「親父の部屋から無断借用して来た。」

 

「そういえばお盆休みは瀧くんは瀧くんのお父さんと過ごすんやったね。」

 

「まあね。そういう三葉もだろ。」

 

「…………緊張してきた。」

 

「あははははは!早いな!」

 

「そんなん言うても出発は明日やよ!」

 

「まあ楽しんでおいでよ。四葉の彼氏の報告もあるんだしさ。」

 

「それもそうやね。」

 

「それにしても、未来から来たか………。」

 

「どうしたん?」

 

「…………今から超非現実的な話をするよ。いい?」

 

「べ、別にええけど。」

 

「前に組紐の話したの覚えてる?」

 

「覚えてるけど………。確か瀧くんのお父さんが来る前の日やったよね。」

 

「そうそう。あの時、可能性として全く同じ紐が同じ時代に二本存在したかも知れないって言ったじゃん。」

 

「あったあった。」

 

「こう考えれば辻褄が合うんじゃないかな?つまり、三葉が東京に行った時に何らかの形で俺に組紐が渡った。それを3年間俺が持っていて、逆に俺が高3の時に糸守に行った時に紐が…………その…………タイムスリップして三葉のところへ帰っていった、みたいな………。」

 

「そんなことあるわけないやん。でも…………ロマンチックやね。」

 

「そうだな。」

 

結果として瀧はかなり事実に近いことを推測(というより想像)しえていたが、そんなことを知る由は瀧と三葉には存在しなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌8月12日、三葉と四葉は帰省のため、克彦と早耶香とともに故郷である岐阜県糸守町へ向かって旅立っていった。さらに、浩平と百合子も関西へと帰省し、ミキと司のカップルもデートに出かけてしまった。瀧はこの盆休みは父である龍一と過ごす予定ではあるが、その龍一が九州から帰って来るのも13日であり、1人で暇を持て余していた。そこで瀧は、もう1人の暇人である高木と2人で会うことにした。待ち合わせ場所は瀧と司と高木が通っていた高校の最寄駅である。

 

「よう、高木。しばらくだな。」

 

「考えてみればこの2人だけでどこかに行くのってかなり久しぶりじゃないか?」

 

「そうだな。大学の時以来か。」

 

「じゃあどこに行く?」

 

「おいお前、人をせっかくの惰眠から呼び覚ましておいてノープランか?」

 

「まあそう怒るなって。」

 

とりあえず2人は歩き出し、高校時代に行きつけだった定食屋に転がり込んだ。

 

「相変わらず三葉さんとはよろしくやってるのか?」

 

「まあね。楽しいよ。」

 

「仕事の方は?」

 

「残業とか休日出勤が多くて結構忙しいけど、手当はちゃんと出るから辛くはないかな。疲れたら三葉が癒してくれるし。」

 

「ちぇっ、惚気やがって。」

 

「そういう高木の方はどうなんだ?確かちっちゃい総合商社だっただろ?それでも女性には困らないと思うんだけど。」

 

「いや〜、まだまだ仕事で手一杯でな。そっち方向にアンテナ張り巡らせる余裕が無いんだよ。」

 

「そうか。でも気になってる子もいないのか?このままだとお前、この前淡路島に行ったメンバーの中で唯一の独身貴族になっちまうぞ。」

 

「実は…………気になってる子はいるんだ。」

 

「お、どうな子なんだ?」

 

「高卒で雇われた事務職の子なんだ。俺らより2コ下の子で、びっくりするような美人、ってわけじゃないんだけど、エネルギッシュで見てるこっちが元気もらえちゃうような子。」

 

「いいじゃねーか。アタックしないのか?」

 

「ま、まあな。その内にはしたいと思ってる。」

 

「頑張れよ。俺は応援してるぞ。」

 

「ああ。それでだな、彼女持ちのお前に是非ともアドバイスを貰いたいんだ。」

 

「いや〜、三葉は別に俺が口説き落とした訳じゃないからどこまで参考になるかわからないけど。」

 

「それでも頼む。」

 

瀧はしばらく考え込んだ。

 

「そうだなあ。やっぱり最初から深い関係になろうとしない方がいいと思うな。とりあえずは友達から。そこからじんわりじんわり深めていってゴールイン、っていうのが俺的には理想だな。」

 

「まずは友達から、か。さすが俺の俺の親友ってだけはあるな。」

 

「………健闘を祈る。」

 

「ああ。」

 

2人はお冷の入ったグラスを掲げあった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

朝に東京を出て昼食を挟みながら新幹線と在来線を乗り継ぐこと6時間、三葉と四葉はようやく岐阜県糸守町に到着した。彗星災害からまもなく9年になるが、糸守はようやく復興の気配を見せ始めたばかりだ。彗星が落ちた当時に町長だった、三葉と四葉の父である宮水俊樹は糸守の復興に尽力して再選を重ね、現在も町長を務め続けている。そしてその俊樹と、三葉と四葉の祖母で、俊樹からみれば義母にあたる宮水一葉が住む家に転がり込んだのは午後3時過ぎである。

 

「「ただいま〜。」」

 

「おかえり。よく来たね〜。さあ、荷物を置いて来なさい。お茶とお菓子を出すから。」

 

「ありがとう、おばあちゃん。」

 

三葉は一葉の指示通りに客室に荷物一式を置いて居間に戻った。元々三葉と四葉が住んでいた家は彗星災害に巻き込まれてもう存在していない。現在は、奇跡的に被害を免れた地域に新たに平屋の一戸建てを建て、そこに一葉と俊樹が2人で暮らしていた。元々宮水家は神社の神主あるいは巫女を代々受け継いできた家柄で、一葉は現在の地域の信仰の中心となっている宮水神社の管理者ということになっている。そしてその宮水神社の本殿も彗星災害で無くなってしまい、現在は仮の社を建てている最中である。

 

「お父さんは?」

 

三葉がお茶を飲みながら一葉に恐る恐る俊樹の所在を尋ねた。

 

「おや、三葉が俊樹さんのことを気にするんかい?珍しいこともあるもんやね。」

 

「ま、まあね………。」

 

「それにしても三葉も四葉もやけにスッキリした顔をしているねぇ。東京で男でも見つけたのかい?」

 

「その話もしたくてさ、お父さんを待ってるんやよ。」

 

「俊樹さんなら今日は神社の仮の社を視察しに行っとる。1時間もせんうちに帰ってくると思うんやけど。」

 

その時、戸が開く音がした。

 

「ただいま〜。」

 

俊樹が帰って来たのである。それと同時に、三葉は少し顔を強張らせた。しかし、四葉と一葉は気づいていた。その表情は、今までの苦手なものを敬遠しようとする表情ではなく何か重要なことをしようとする前に現れる、緊張した面持ちであることを。

 

「三葉、四葉、おかえり。よく来たな。」

 

翻って俊樹は例年と同じ表情だ。三葉に対する気まずさが容易に見て取れる。

 

「ただいま、お父さん。ちょっと大事な話があるんやけど………。」

 

2022年8月12日午後3時31分、三葉と四葉にとっての彼氏の存在を父親に報告して、なおかつ今まで逃げていた父と真正面から向き合うという試練が、始まろうとしていた。



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第39話 家族になろうよ

2022年8月12日午後3時35分、普段着に着替えた俊樹と三葉が正対した。珍しく俊樹に対して強気な三葉に、四葉も一葉も驚きを隠せない。

 

「どうしたんだ、話というのは。」

 

先に微妙な空気に耐えかねた俊樹が口を開く。

 

「お父さん、あのね、その……………今まで色々ごめんなさい!」

 

三葉が猛烈な勢いで頭を下げた。

 

「き、急にどうしたんだ?」

 

俊樹は急に自分に謝罪を申し入れてきた三葉に対して驚きを隠しきれない。

 

「うん…………私ってこんな歳していつまで経っても子供のままなんだって思ってさ。それに…………こっちの方がメインの理由なんだけど……………。」

 

「何だ?言ってみなさい。」

 

「か……………か………………」

 

「か?」

 

三葉は顔を真っ赤にしながら、それでも今まで俊樹が聞いたことの無いような大声で叫んだ。

 

「彼氏ができました!!!」

 

「かっ、彼氏ぃ!!?」

 

俊樹は思わずテーブルに手を叩きつけて腰を半分浮かせた。一葉も大きく目を見開いている。今までの帰省ではそんな気配を一切見せなかったし、見合い話を振っても素っ気なく"まだ私、そんなこと考えられへん。"の一点張りで彼氏を作ろうという気概すら感じられなかったのに、である。

 

「本当なのか?四葉。」

 

俊樹は取り敢えず同居している四葉に問いただす。

 

「え、えっと………、ついでに私も。」

 

俊樹はそれを聞いて完全に沈黙し、その場にへたり込んだ。一葉は「おやまあ」と言いながらそそくさと台所へ向かう。顔を真っ赤にして下を向き続ける娘2人を前にして2人の口から出た衝撃のカミングアウトが事実であると腹を括った俊樹は、少し気持ちを落ち着かせてから2人に向き直った。

 

「四葉。」

 

「はい………。」

 

「受験の方は大丈夫なのか?」

 

「彼氏が苦手科目教えてくれるから。」

 

「そうか。………それで三葉。」

 

「はい!」

 

三葉は呼びかけにビクンと肩を弾ませた。

 

「幸せなんだな?」

 

「うん………。」

 

「………なら言うことはない。」

 

「でもなんで………?」

 

「顔を見れば分かる。今年の正月とはまるで表情が違う。」

 

俊樹は席を立って自室に向かおうとする。しかしそれを三葉が呼び止めた。

 

「お父さん!」

 

俊樹は足を止めた。

 

「今まで色々とごめんなさい!」

 

俊樹はしばらくは微動だにしなかったが、再び歩を進めながら言った。

 

「構わん。それに、俺も詫びを入れないとな。申し訳なかった。」

 

それを聞いて三葉の瞼を熱いものが乗り越えた。そして三葉は老いて少し小さくなった父の背中に抱きつく。

 

「…………重い。」

 

俊樹はそう言いながら首から回された三葉の腕をどけると、今度こそ自室へ向かった。しかしその足元には、三葉のものではない水滴が落ちた跡が、畳に刻まれていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日が暮れて夜になった。宮水家のテーブルには孫娘2人の帰省を待ちわびていた一葉による豪勢な料理が所狭しと並べられている。

 

「それでも赤飯はちょっと気が早いんじゃないかな〜?」

 

一葉が用意した赤飯に少し呆れながら三葉がツッコミを入れる。

 

「良いじゃないか。縁起物なんだ。」

 

珍しく俊樹が三葉の言葉に反応した。しかし表情は未だに硬い。

 

(ま、流石にもうちょっと時間はかかるかな………。)

 

四葉は不器用な父親を横目に見ながら味噌汁を啜った。

食卓に微妙な沈黙が降りる。しかし、以前までは常に四葉が暗い雰囲気の食卓を盛り上げようとしていただけで、家族団欒とは言いがたい状況だった。だが今は違う。宮水家の一人一人が、誰にも気を遣わない自然な空気の中での食事に、宮水家の再結集を実感していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8月13日午前11時05分、瀧の家に来訪者があった。

 

「しばらくだな、瀧。」

 

「お帰り、親父。」

 

「なんだ、三葉ちゃんはいないのか。残念だなあ、楽しみにしてたのに。」

 

「今帰省中だってこの前メールで言っただろ。まだ50代なのにもうボケ始めてんの?」

 

「なんだなんだ?久々に帰ってきてやった父親に対して随分な言い草じゃないか。それにどこでそんなギャグセンス身につけてきた?」

 

「………まあ関西人の友達が増えたからじゃない?とりあえず上がれよ。」

 

「そうさせてもらおう。」

 

玄関先でのそんなやり取りを経て、瀧の父である立花龍一が赴任先の九州から息子の顔を見るために東京にやってきたのである。そして龍一は荷物を置き、瀧特製の冷製パスタを食べながら2人の交際の進捗状況についてあれこれと質問を飛ばす。

 

「結局最後まで行ったのか?」

 

「まだだよ。」

 

「そうか。ところで四葉ちゃんは元気にしてるのか?」

 

「元気だよ。それに最近彼氏できたしね。」

 

「何だと!?くそ、何処の馬の骨とも知らん奴にうちの四葉は……」

 

「おい!三葉たちのお父さんならともかく何で親父がムキになってんだ!?いや一応三葉とは添い遂げたいよ!それは否定しないけど!!」

 

「ならいいじゃないか。それに……」

 

「娘がいないから一回言ってみたかったとか?」

 

「お前エスパーか?」

 

「それに俺一回その彼氏と会ってるし。感じのいい子だったよ。」

 

「いやしかしこの目で確認するまでは………」

 

「引っ張りすぎだ!いい加減にしないと四葉に嫌われるよ。」

 

「むっ………。」

 

「はあ………何の話だよ………。」

 

瀧は呆れ口調だったが、その目は笑っていた。

 

「それにしても瀧、また料理の腕を上げたな。この冷製パスタ美味かったぞ。」

 

「まあ三葉に作ってやんなきゃいけないから下手なもの出せないしね。」

 

「よし、腹ごしらえもしたし、そろそろ行くか。母さんの墓参り。彼岸の時以来だから色々報告することも多いしな。」

 

「そうだね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それで、その三葉の彼氏っていうのはどういう男なんだ?」

 

8月13日の昼下がり、仮設住宅のダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた俊樹は唐突に台所で洗い物をしている三葉に向けて言い放った。

 

「急にどうしたん?」

 

「いや、単純にどんな男か気になってな。」

 

「名前は立花瀧くん。私は瀧くんって呼んでる。優しくてかっこよくて料理が上手くて………とにかくハイスペックなんよ。」

 

「いつ会えるんだ?」

 

「"あの日"に合わせてこっち来るんやって。」

 

「"あの日"に?」

 

「まあ話すと面倒やねんけどね。」

 

「そうか………。」

 

その時、宮水家のインターホンが鳴った。三葉が玄関に迎えに行くと、克彦と早耶香が来ていた。

 

「てっしーとさやちんやん。どうしたん急に?」

 

「一葉さんと俊樹さん私と克彦の結婚式きてへんやろ?だから挨拶を兼ねて報告に。」

 

「そういえばそうやったね。ちょうどお父さんダイニングにおるからちょっと待ってて。おばあちゃん呼んでくる。」

 

 

ダイニングのテーブルが4人掛けだったので三葉と四葉は客室へ引っ込んだなか、克彦と早耶香は通り一遍の挨拶を終えた後に一葉の質問責めにあっていた。もちろん話題は新郎新婦そっちのけで三葉と四葉の彼氏に関するものである。

 

「まあ三葉と瀧に関しては、もはや運命の赤い糸で結ばれてるっちゅう感じですわな。三葉には瀧しかおらんし、瀧にも三葉しか見えとらん。」

 

「四葉ちゃんの方に関しては、最近なったばっかりでまだまだこれからかなあって感じですけどね。でもお似合いやと思いますよ?」

 

「そうかいそうかい。俊樹さん、あんたの娘2人はなかなか男を見る目があるようね。」

 

「いや、まだ実物を見るまでは………。」

 

「あら、ここへきて親バカかい?」

 

「そんなことは………」

 

「ええんよ、私も二葉があなたを連れてきたときはこれはどうしたものかと思った。それでもまあ二葉の幸せそうな表情を見ると全て忘れて、この恋路を応援してやろうっていう気になったもんや。

………それで今、三葉はあの頃の二葉と同じ幸せそうな顔をしている。それだけでいいじゃないのかい?」

 

それを言われて俊樹は押し黙った。

 

「まあそんなに慌てなくても10月にこっちに来るんでしょう?その時でもええと思うけど。」

 

そう言って一葉は楽しそうにコロコロと笑った。その表情には、確かに俊樹が愛した3人の女性〜妻の二葉と娘の三葉と四葉〜の面影が、確かに見て取れた。

 

8月13日、瀧は三葉の表情を変化させた、その事実によって、少なくとも一葉には宮水家の一員として認められつつあるようだった。



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第40話 酒は飲んでも飲まれるな

8月13日午後8時19分、東京郊外の墓地で墓参りを済ませ、瀧と龍一は夕食も終えて2人酒を酌み交わしていた。淡路島へ行った際の土産話や、普段の生活の話などで大いに親子二人で盛り上がっている。

 

「そうか、お前もなかなか充実した日々を送ってるようじゃないか。」

 

「まあまだまだペーペーなんだけどね。」

 

「だがあまり根は詰めすぎるなよ。そりゃ多少は頑張らなきゃならんがな。いわゆるライフワークバランスってやつだな。何やるにも程々が1番なんだよ。」

 

「ああ。ところで親父はいつまでこっちにいるつもりなんだ?」

 

「仕事は17からだから、まあ16日の午前中まではいれるかな。ところで三葉ちゃんはいつまで向こうにいるんだ?」

 

「それが本人もどうするか迷ったまんま行っちゃったんだよな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おい三葉、向こうにはいつ帰るんだ?」

 

俊樹が三葉にその問いを不意に投げかけたのは、8月13日午後8時46分、三葉が風呂から上がって髪の毛を乾かしている時であった。

 

「えっ……、あっ…………その………。」

 

「なんだ、随分キレの悪い返事じゃないか。」

 

そこへ着替えを持って今から風呂に入ろうと脱衣所に向かう四葉が横槍を入れた。

 

「さっさと帰って彼氏とイチャつきたいんやけど、せっかく里帰りしたのにお盆を待たずに帰るのもどうかな〜とか思ってんでしょ?」

 

「なっ…………。」

 

三葉は図星を突かれて顔を真っ赤に茹で上げる。

 

「なんだ、そういうことか。随分ラブラブなんだな。」

 

「わっ………あっ…………」

 

「私たちのことは気にしなくていい。明日にでも帰りなさい。」

 

「えっ………?」

 

「今度また10月にも来るんだろう?しかも彼氏も連れて。その時にゆっくりして行けばいい。」

 

「そうやよ。10月4日は火曜日やから前の土曜からぶち抜きで4泊5日で来るんやんか。」

 

「そ、そうやね………。」

 

「ただし、四葉はこっちに残っておけ。」

 

「えっ!?なんで私だけ!?」

 

「四葉は今年受験じゃないか。10月も正月も帰って来ることは許さん。しっかり勉強して、帝都大学東京の合格証書を持って帰って来なさい。このお盆休みが最後の休暇だと思って。三葉も正月は四葉をしっかり見張って、彼氏とゆっくりイチャついておきなさい。」

 

「一人で?」

 

「さっき聞いたんだが、勅使河原さんのところは16日の朝までいるらしい。私が頼んでおくから、一緒にくっついて帰りなさい。」

 

「ほーい。ということで姉ちゃん、さっさと帰ってた〜っぷり乳繰り合っときよ。」

 

「ち、乳繰り合うとかイチャつくとか言わんの!!」

 

三葉の叫びを背中に受けながら四葉は脱衣所に向かって駆けていった。居間には三葉と俊樹の二人が残される。

 

「ほんまにええの?せっかく仲直りできたとこやのに。」

 

三葉がなお渋って俊樹に疑問を投げかける。

 

「正直私も帰って欲しくはない。しかし、仲直りの原因を作ってくれたのは間違い無くお前の彼氏だ。直接謝意を伝えるのは10月にできるが、まあちょっとした礼代わりだ。」

 

「お父さん………。」

 

「さ、彼氏にメールでも送っておけ。せっかく早く帰ったのに出かけてていなかった、なんてことになったら目も当てられん。」

 

「うん、そうする。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8月14日午後5時24分、三葉は瀧のマンションの前に到着した。マンションの入り口の前では、瀧と龍一が三葉が到着するのを待ち構えていた。

 

「瀧くん!」

 

「三葉!」

 

2人は取り敢えず再会の嬉しさのあまりに抱き合った。

 

「急に帰ってくるなんて聞いてビックリしちゃったよ。」

 

「うん、だって瀧くんに会いたくなっちゃって。そしたらお父さんが行きなさいって言ってくれて。」

 

「そっか、ちゃんとお父さんと仲直りできたんだね。」

 

「うん、もう大丈夫やよ。」

 

「……………おーい、置いてけぼりにしないでくれるかな?しかも公衆の面前でイチャイチャしてくれちゃって……………。」

 

龍一のその一言に、熱い抱擁を交わしていた2人は顔を瞬間湯沸かし器のように赤らめて一旦距離をとった。

 

「ふ〜、本当に揶揄い甲斐のあるカップルだな。まあ取り敢えず上がりなさい。ご飯にしよう。」

 

苦笑してマンションに入っていった龍一に続いて、瀧と三葉も顔を見合わせて肩を竦めながら部屋へと戻った。

 

 

「んでれすね〜、瀧くんってば、すんごく優しいんれすよ〜。」

 

午後7時32分、瀧の制止も甲斐無く龍一に勧められるがままに酒を飲み、すっかり出来上がってしまっていた。

 

「おい親父、どうしてくれるつもりだ?三葉酒弱いって言ったじゃねーか。」

 

「たまにはいいぞ〜、普段は仕舞い込んでる本音が出てくることだってあるし、それにいい飲みっぷりだったからつい………。」

 

「"つい"じゃねーよ。ったく、何も知らねーくせに。」

 

三葉が酒に弱いのは言うまでもないが、何せ酔うと瀧を煽るかのように乱れるのである。

 

「たきく〜ん、怒っちゃらめれすよ〜。お父さん、もう一ぱ〜い。」

 

瀧の予想通りである。龍一に対して文句タラタラな瀧を見かねたのか、三葉は瀧の腕に絡みつきながら諌めようとしているようだが、上気した肌や上腕に当たって存在を主張する胸の膨らみは、瀧の理性を大きく揺さぶっていた。

 

「うは〜、顔真っ赤ににしちゃって〜。今日あたり貰っちゃいなよ。俺どっか他のとこ泊まるから。」

 

「うるせー!ぶっ殺すぞクソ親父!!三葉も頼むから離れてくれよ〜。」

 

「え〜、やだ!ムフフフ〜〜。」

 

「ほら三葉ちゃん、もう一杯。」

 

龍一は懲りずに三葉にウイスキーのロックを勧めようとするが、瀧がそのグラスを横から掻っ攫って飲み干した。三葉には水を飲ませてやる。

 

「おいおい、それは三葉ちゃんのお酒だぞ。」

 

「うるせー!飲まなきゃやってられるか!どうだ親父、ここは飲み比べでもしようじゃねーか。」

 

「三葉ちゃんはいいのか?」

 

「大丈夫だよ。多分もうすぐ寝る。」

 

瀧の予想通り、その後数分で瀧の腕にもたれかかったまま規則正しい寝息を立て始めた三葉をよそに、瀧と龍一は他愛のない話をしながら杯を重ねていった………。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8月15日午前7時12分、三葉は二日酔いで痛む頭を起き上がらせた。どうやら昨日は瀧が止めるのも聞かずに龍一に勧められるがままについつい飲み過ぎてしまったらしい。覚えてる範囲でだけでも500mlの○ビスビールの缶を2本空け、ウイスキーのロックも2杯飲んだ。あたりを見回して自分が寝ていた場所が瀧のベッドであったことを確認する。フラつく体を必死に制御してリビングに出ると、意外な光景が広がっていた。

 

「あ〜あ、こんなとこで寝ちゃって………。」

 

リビングのテーブルにはからのウイスキーの瓶やビール缶が乱立していた。そしてそこには酔い潰れた屍が2つ机に突っ伏していた。もちろん瀧と龍一である。普段は潰れるまで飲むことのない瀧にしては珍しい光景に、三葉は不覚にも可愛いとか思ってしまう。そして勝手知ったる瀧の部屋のタンスからタオルケットを2枚取り出して2人に掛けてあげた。ついでに机の上も片付けておく。

それらが終わると三葉は浴室に向かい、シャワーを浴びた。そして朝ごはんを作る。二日酔いに効くなめこの味噌汁だ。そういえば、初めて夕食を共にした時もこんなことがあった。あの時は逆の立場であったが、酔い潰れた三葉のために瀧が四葉に二日酔いに効くレシピを教えていたんだっけ。そうこうしているうちに瀧がむくりと起き上がった。

 

「うっ………。頭痛ぇ………。」

 

「あっ、瀧くん起きた?」

 

「三葉か………。大丈夫?」

 

「明らかに瀧くんの方が大丈夫じゃなさそうやけど?」

 

「ついつい飲み過ぎた………。うぅ〜気持ち悪〜。」

 

「頼むからここで戻さんとってよ。もうすぐ朝ごはんできるし、ちょっと座っとって。」

 

瀧は取り敢えず席に戻った。するといつのまに起きていたのか、龍一が声をかける。

 

「もうお前三葉ちゃん無しじゃ生きていけないな。」

 

「そうかもな。」

 

そこへ三葉が作った朝食が運ばれてきた。

 

「うん、美味いな。このままじゃ俺も三葉ちゃんがいないと生きていけなくなりそうだ。九州に帰る気が失せてきた。」

 

「おい親父、うちに穀潰しは要らねえ。年金もらえるようになるまではな。」

 

「なんだ冷たいな〜。」

 

3人は顔を見合わせて笑いあった。

 

せり上がってくる吐き気を抑えながら………。



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