霊夢がこのすばの世界に行くそうです (緋色の)
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第一話 女神連れて異世界に

はじめまして。
これは基本的にこのすばの世界を主体に進めます。
知識は薄いところありますので、それでも平気という方はどうぞ。


「博麗霊夢さん、あなたは死にました」

 

 青い髪の女性は玉座に座りながら偉そうに言った。

 周りを見るからに、ここは地上ではなさそうだ。

 この場所の感じからして、あれは女神っぽそうね。

 偉そうに言ってるだけで、あんまし威厳ないけど、女神よね、あれ。

 

「死んだのはいいんだけど、何でここにいるのよ」

「えーと、うんとね……、あ、あったあった。あなたは幻想郷? とかいう聞いたこともない田舎出身みたいね。変な結界で外と切りはなして、幻想郷とかいうのにしてるみたいだけど、それでも日本の一部だからこっちに来たわけね」

 

 変な結界というと、博霊大結界のことよね。

 こいつの話からすると、外の世界のことを日本と言ってるのよね?

 外は日本で、というのは紫とかから聞いたことはあったけど、幻想郷の巫女の私に関係なさそうだから忘れてたわ。

 

「あなたみたいに不幸な事故で若くに死んだりしてる子に異世界転生しないか聞いてるのよ。聞いて聞いて。天国ってのはね、みんなが思ってるようなものじゃないのよ。器がないから触れ合えないし、一日中のんびりお話をするだけ。娯楽なんてないわ」

「へえ、そうなの」

「記憶をなくして転生ってのも寂しいものがあるでしょう? そこで異世界転生の出番よ!」

 

 魔王が暴れてるから異世界は大変で、死んだ人はトラウマで転生拒否るから魂の総量は減ってマジやばいから日本で死んだ奴送り込むってわけ、らしい。

 

「で、送った人が困らないように私達神々が言語を習得させ、転生特典をあげてサポートするわけ。どう? いいでしょ」

「いや、異世界転生しても面倒臭そうだから普通に転生して」

「何言ってんのよ! あんたそんな年で死んで悔しくないの!? 異世界転生してもっと生きなさいよ!」

「人間死ぬ時は死ぬものよ」

「何でよー! おかしい、あんたおかしい!」

 

 異世界転生を拒絶しただけでそう言われるのは納得できない。

 幻想郷ではいつ死んでもおかしくなかったし、死んだ時の覚悟は最低限持っている。だから、こうして死んだとしても慌てることはない。

 それに生き返ってまで魔王倒したいとか思わないんだけど。

 

「もし魔王を倒したら、どんな願いだって叶えてあげるわ。魔王を倒すのが怖いって言うなら、異世界でのんびり暮らしてもいいから!」

 

 しつこい。

 どんな願いも叶えると言われても、それに魅力を感じない。

 私が乗り気じゃないのを見て、とうとう手を合わせてお願いしてきた。

 

「この通り、お願いします。本当にあの世界は大変なの!」

 

 私みたいな人間にここまでお願いをしてくるなんてね……。

 巫女やってたせいよね? 神様にここまでお願いされたら断りきれないわ。

 

「わかったわよ。行ってあげるわ」

「本当!? よかったよかった。じゃあ、これカタログだから決まったら教えてね」

 

 笑顔で、雑にカタログを投げてきた。

 こいつ、話に乗った途端扱いが悪くなったわね。

 見ると、玉座に座って袋らしきものに入ったものを食べている。

 えっ、こいつ何なの?

 そりゃ、カタログに説明文は載ってるけど、そこはおすすめとか教えたり。

 

「ねー、私見てないでカタログ見てよ」

 

 肘をつきながら言ってきた。

 何かを食べてるばかを殴りたい。

 そうしたら話がまた面倒になりそうだから、カタログに目を通す。

 

「はーやーくー!」

「うっさいわね。今見てるんだから」

「はやくしてよねー」

 

 こいつはやっぱりばかだ!

 私が行く世界について何も教えてくれないから、カタログを見ても何がいいのかわかんないのよ。

 だからって、こいつに聞いても、まともな答えが返ってくるとは思えない。多分自分で考えた方が後悔しない。

 カタログには魔法とかあるのに、妖術とかはないから、多分魔法しかないか、その他は発見されていないかね。

 どういう魔法があるかもわからないから、武器や防具の効果を見ても決めにくい。

 

「何選んだって一緒よ。ほら、はやくー」

 

 あんたがそんなんだから転生を嫌がる人があとを絶たないのよ。

 それにしてもこの女神腹立つわ。

 ここまで腹立つ奴なんて幻想郷でもいない気がする。

 

「転生特典はどれも凄いから何選んでも大丈夫よ」

「……あんたを連れていって、少し世間というものを教えてやりたいんだけど」

「できるわけないじゃない。日本担当のエリート女神たる私を連れてく? ぷーくすくす」

「……ふざっけんじゃないわよ! いいわ、ならあんたを異世界特典で持ってくわよ!」

「霊夢様の要求承りました!」

「「えっ?」」

 

 白く輝く光と一緒に羽の生えた女性が現れた。

 あいつ、承ったとか言わなかった?

 言葉を聞いた女神が見てて面白いほど慌てる。

 

「な、何言ってんのよ! 本当に何言ってんのよ!」

「あはははははは! 人をばかにするからこうなんのよ! これに懲りたら少しはちゃんとすることね」

「ふざけないで! 女神にこんなことするなんて最低!」

「うっさい、邪魔!」

 

 掴みかかってきたアクアを……。

 鳥女が何かを言ってる。

 

「数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈っています。……さあ、旅立ちなさい!」

 

 足下には青く光る魔法陣がいつの間にかあって。

 私達は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 気づくと、私達は街の中にいた。

 石造りの建物。

 道を進む馬車。

 視線の先を歩くのは、人外ではありそうだが、人間に受け入れられてそうな人外達。

 幻想郷では見られないものの数々で、私はここが異世界であると確信した。

 

「あああああ……」

 

 信じられないといった様子で、力のない声を漏らすアクア。

 これを転生特典でもらったわけだが、これはカタログに載っていた転生特典と同じぐらい役に立つのだろうか?

 もしかして、とんでもないミスをしたんじゃ、と不安に駆られるが、一応女神だから大丈夫と自分を説得した。

 

「あんた何てことしてくれたのよ! この私をこんな、こんなあ!」

「うるさいわね、もう。揺らすな」

 

 掴みかかってきたアクアを力任せに引き剥がすも、今にも泣きそうな顔でまだまだ文句を言ってきそうなので、私は先に言った。

 

「わかったわよ。帰っていいわよ。あとは一人で何とかするから」

「できるわけないでしょ! あんたが特典として連れてきたから、魔王倒さないと帰れないのよ!」

「あー……。帰れないんだ」

 

 意外と厳しい。

 帰りたい時に帰れるものだと思ってた。

 

「どうすんのよお……」

 

 とうとう泣き出した。

 ぐずぐずと泣くアクアをどう泣き止ませるか考えようとして、そこではじめて自分達が注目されていることに気づいた。

 私が泣かせてるとか青いのが無理言いまくって怒られたとか、そんな感じに言われている。

 

「アクア、とりあえず移動するわよ。私みたいなのは最初にどこ行くのよ?」

「さあ?」

「……おい」

 

 アクアの胸ぐらを掴む。

 

「ひいっ! ま、待って、思い出すから、ギルド、冒険者ギルドに行くと思います!」

「どこにあるのよ」

「わ、わかりません」

「わかりません?」

「だって、しょうがないじゃない! そこまで細かいことは見てないし!」

 

 もしかしなくても、アクアはつか……。

 まあ、まだ決めつけるのははやい。

 アクアの言う通り、施設の場所がわからないのは仕方ないことだ。

 こんなのでも女神で、仕事もあっただろうから、そこまで見られなかったのだろう。

 などと自分を納得させようとしたけど、無理だ。

 私のような人が最初にどこに行くべきか教えるためにも、ギルドとやらの場所ぐらいは覚えておくべきだ。

 

「ギルドって、大きさどれぐらいなの?」

「わ、わかんない。でも、それなりに大きいはず」 

「なら、上から見てみるわ」

 

 こいつ使え……。

 ギルドがどういうものか知らないけど、大きい建物のようだから、空から見れば絞り込める。

 

「上から?」

 

 無視して、私は飛んだ。

 空から探そうとして。

 

「レイム、戻ってきて! 見られてるから!」

 

 だめか。

 ……幻想郷でも混乱を招かないために、よほどのことがない限りは人里では飛ばなかった。

 この世界も幻想郷のように街の中では禁止されていそうだ。

 

「歩いて探すしかないわね」

「それよりここをはなれないと!」

 

 アクアが妙に慌てている。

 街の中を見ながら歩こうとした私を、アクアは手を掴んで走り出した。突然のことだったので、私は逆らえず、そのまま連れていかれる。

 

「もういいかしら?」

 

 しばらくして、やっとアクアは立ち止まった。

 振り返ると、私に聞いてきた。

 

「何で飛べるのよ!」

「私のいたとこだと普通なんだけど」

「おかしいわよ! あのね、人間は飛べないのよ」

「知ってるわよ、そんなの。私は例外よ」

「普通って言ったじゃない!」

「人じゃないのも含めての話よ。魔法使いとか」

 

 そこまで説明してもアクアは納得しない。

 だけど、幻想郷では多くの人外が空を飛ぶ。

 他に説明しようがない。

 

「あのね、この世界の人間は飛べないの」

「魔法で飛んだりは」

「するのは翼のあるモンスターぐらいよ」

 

 幻想郷とは違うようだ。

 まさか空を飛べるのが一部のモンスター限定とは思わなかったので、驚きを隠せない。

 そうなると疑問も出てくる。

 

「アクアは飛べないの?」

「飛べないけど」

「そう。飛べないんだ」

 

 女神なのに飛べないのか。

 私が何を思ったのか察したアクアが文句をつけてきた。

 

「あんたがおかしいだけだから! 飛べる方がどうかしてるんだから!」

「うるさいわよ。そんなに言わなくていいから」

 

 このままだとずっと言ってきそうだから、話を終わらせる意味で歩き出す。

 私が突然歩いたものだから、アクアは文句を言うのをやめてついてくる。

 私はギルドの場所を人に聞いて、それを頼りに進んでいき、ようやく到着した。

 ギルドの扉を開けて、中へと入る。

 中には数人の冒険者と職員がいる。

 私達は受付に行き、列ができているところは避けて、空いている方に。

 何であそこだけ人が並んでるんだろと思って見てみると、巨乳の綺麗なお姉さんがいたので納得した。異世界でも男は単純みたいだ。

 

「今日はどうされましたか?」

「……アクア、来たのはいいけど、何すればいいの?」

「冒険者登録よ。というわけでよろしくー」

「でしたら千エリスになります」

「お金? あんたお金は?」

「あんな状況よ。持ってるわけないじゃない」

 

 無一文。

 当たり前だけれど、働いてない私達にお金なんかあるわけない。

 どうしようかと思ってると、アクアはお年寄りからお金をもらってくると言い、そっちに行ったので追いかける。

 後ろで聞いていたが、自分の信者からお金をもらおうとしたら、別の信者だった。諦めようとしたところ、その人に二人の女神は先輩後輩の関係だからと言われてお金をもらった。

 

「ふふっ。私、後輩の信者から憐れまれて……」

「そ、そうね……」

 

 流石のアクアも今のはきつかったようで、失望のあまり泣きそうになっていた。

 こんな女神いるんだ……。

 経緯はどうあれ、私達はお金を入手した。

 これで冒険者登録ができる。

 お金を支払うと、職員から冒険者についての説明がされる。わからないことは聞いていったので、少し時間がかかった。

 書類に色々と書いていって、カードに触れるだけとなった。

 

「アクアからやっていいわよ」

 

 凄くやりたそうにしていたのでやらせたら、知力と幸運以外のステータスが凄くて、いきなり上級職になれますよとか言われ、アークプリーストになった。

 

「さあ、次はあんたよ」

「はいはい」

 

 カードにそっと触れる。

 

「えーと。……幸運と魔力が尋常じゃないんですけど! 平均と比べたら器用と敏捷はかなり高く、その他のステータスも高め。これならどんな職業もいけますよ!」

 

 職員に言われて職業を見るが、巫女は見当たらない。今まで巫女しかしてこなかった私には何がいいのかわからない。

 アクアはアークプリーストを選んだ。

 それがどんなものかを職員に詳しく聞き、頭を悩ませる。だって、悪霊退治とか私の本分だもん。

 アクアとこの先一緒に活動するのなら、ソードマスターやクルセイダーのような職業が好ましいと職員は言っている。

 私一人なら迷わずにアークプリーストを選ん……、ん? この世界でも私は空を飛べた。それってつまり幻想郷でできたことはここでもできるってことなんじゃ。

 他人に見えないように、体で隠しつつ、受付の下で手のひらの上に光る弾を出す。いつものように出てきた。

 ……私に職業は関係なかった。

 

「はやく決めなさいよー」

「あのね。これは大事なことよ。あんたみたいにぱっと決めるのがおかしいのよ」

 

 クルセイダーの硬さと私の力があれば無双できそうだが、空を飛べることで多くの攻撃は無力化できる。飛行できる敵と遭遇しなければ、クルセイダーの魅力は発揮されない。

 アークウィザードは多くの攻撃魔法を使える職業で、私の力と合わせれば、クルセイダーよりも活躍の場面は多くなる。しかも魔法を使ってから次の魔法を使うまでの間隔……隙を埋めることができる。唯一の欠点は上級魔法習得まで時間がかかることだが、候補にはなる。

 ソードマスターは近距離戦闘に長け、はっきり言うとアークプリーストとの相性は一番よさそうだ。遠距離攻撃に乏しいところはあるが、アークウィザード同様私の力で補うことが可能であり、飛行の強みも生かせる。

 冒険者は、職業補正もかからない上にスキル習得には余計にポイントを必要とし、その上教えてもらう必要もある。唯一の魅力は教えてもらえさえすればどんなスキルも習得できるところにあるが……、そこまでするぐらいならはじめの三つのどれかを選んだ方がいい。

 説明を聞いて、そんなによくない頭でどうにかこうにか利点を見つけてる私の気も知らないアクアは急かしてくる。

 

「ねえ、まだ?」

「あのねえ……。あんたのことを考えてるから時間かかってるのよ」

「私?」

「そうよ。あんたのアークなんちゃらを生かすために考えてたのよ。色々考えたけど、アークウィザードは上級魔法習得まで時間がかかるし、ここはソードマスターを選ぼうと思うの」

「なるほどなるほど。私の支援魔法を受けたソードマスターは無敵になるものね」

 

 唯一の不安は、こいつの平均以下の知力だ。どうもこの女神は考え足らずなところが見受けられるので、戦闘も変なことして足を引っ張らないか不安になる。

 私も私で考え足らずなところがあるとはよく言われたが、こいつはすぐにばれる嘘を吐いても大丈夫と思うタイプに見える。

 それにこいつには苦労させられるような気がする。

 

「ソードマスターでお願いします」

「わかりました! レイム様、アクア様、我々はあなた方を心より歓迎致します!」

 

 それに何だかんだ言っても、これからのことを思うと胸が膨らむ。

 あまり暗い考えをするのはよそう。

 全てはあるがままに……。

 

 

 

 

 

 私達は早速ジャイアントトード討伐の依頼を請けた。そうしないと無一文だから。

 武器もないのに挑むのは危険だが、弾幕で吹き飛ばせばいい。

 職員から打撃が効きにくいと教えられたが、私には関係ない。

 ちなみにこの蛙は食用となるみたいで、死体があれば引き取ってもらえるので消さないように注意する。

 

「あれね。予想よりでっかいわ」

「剣もないのにどうやって倒すの?」

「こうすんのよ」

 

 私は光る弾を数十個出し、それででっかい蛙を囲んで、蛙に向かって一斉に発射する。

 蛙に容赦なく、雨のように降り注ぐ。

 逃げることはできず、巨大な体で全てを受け止め、最後は全身の骨が砕けて死んでいた。

 蛙はでかいばかりで、どうやら予想を遥かに下回るほどの耐久力みたいだ。

 これ剣いらなくない?

 

「ねえ、今の何!? 魔法使えないのに、何で魔法みたいなの使ってんの!?」

「幻想郷では今の使えるのごろごろいるわよ」

「いや、おかしい! 絶対におかしい!」

 

 薄々わかってはいたが、幻想郷の常識はここではとんでもないことみたい。

 これはソードマスターを選んで正解っぽい。

 弾幕を見て戦慄くアクアを無視して、このあと蛙を二匹倒した。

 

「簡単ね。これなら私一人でよさそうね」

「ま、まあ、少しはやるみたいね。でも、仲間も大事だから。それにそろそろつ、疲れたでしょ? 交代してあげるわ」

 

 私の言葉を聞き、びくんと飛び上がったアクアが腕を組んで、震える声で言ってきた。

 どうやら活躍しないと捨てられると思ったらしい。

 戦うのは構わないけれど、この女神はどうやって蛙を倒すの?

 そうか! 駄目そうな女神とはいえ、女神は女神。きっと神としての力を使うのよ。

 

「レイム、見てなさい! これが女神の力! 世界で最も有名なアクア様の力よ! ゴッドブロー!!」

 

 アクアの拳が光を纏う。

 人のこと色々言ってくれたけど、似たようなことできるんじゃない。

 神の絶大な力を宿した拳が蛙なんかが防げるわけもない。

 いくら蛙が打撃に強いと言っても、神の力の前では意味を持たない。

 結果は見るまでもない。

 私は近くに蛙がいないか探して、いなかったので視線をアクアに戻す。

 

「あん?」

 

 アクアはいないのに蛙はいた。

 蛙の口から出ているのは足かしら?

 アクアの足っぽいわね。

 ……えっ?

 

「食われてんじゃないわよおおおおお!」

 

 幸いにも蛙は食ってる時は動かないようなので、救出できた。

 蛙の口から出たアクアは地面に寝転がり、両手で目を隠して泣きじゃくる。

 まさか、蛙に負けるとは思わなかった。

 弱いはずの蛙に食われて、唾液まみれになって、泣いて、こんなんが女神って……。

 

「ありがどお……、レイムありがどお!」

「やめて! 触らないで! 蛙臭い!」

 

 私は何とか避けられた。

 蛙の唾液は鼻持ちならないほどで、貴重な服を蛙の唾液で汚したくない。

 

「うう……。レイムが冷たい……。これも全部蛙のせいよ! そこの蛙、覚悟なさい!」

「優しくしたことないんだけど」

 

 私の言葉は聞かず、アクアが恨みを晴らすべく、マジギレして土から出てきた蛙に襲いかかる。

 

「この私を汚したこと! 神に牙を剥いたこと! 全てを懺悔なさい! むきゅ」

「学習して!」

 

 蛙を倒してアクアを救出した。

 

 

 

 

 

 ギルドに戻った私は結果を報告した。

 職員のお姉さんに「いきなり達成なんて凄い!」と褒められた。

 こうも素直に褒められると、むず痒くなる。

 

「しかし、武器もないのにどうやって倒したんですか?」

「それは秘密よ」

「それは残念です。お連れの方は?」

「先に銭湯に行かせたわ」

「そうでしたか。こちら追加討伐も含めて十三万エリスになります」

 

 財布代わりになるものがないのに気づいて、言ってみたらサービスで布の袋をくれた。

 お礼を言って、お金を布の袋に入れる。

 私はギルドを出て、アクアが待つ銭湯へ向かう。

 銭湯の前にいたアクアと合流して入店した。

 体を綺麗に洗い、蛙の悪夢から解放されたアクアは、ギルドに戻ってくると上機嫌でお酒を飲みはじめた。

 私もどんどん飲もうとして、その手を止めた。

 目の前の女神が酔い潰れるような気がしたから。

 

「アクア、明日は武器買うわよ」

「うーん? 武器い?」

「そうよ。私もいつまでもあんな戦い方できないんだから」

「そうねえ。剣がないとねえ」

 

 弾幕が目立つものなのはアクアを見てわかった。

 今日は仕方なかったが、これからは目立つやり方は控えないと。

 剣さえあれば、ソードマスターの私なら蛙を倒すのは簡単だ。

 片手剣、両手剣には既にポイントを振った。

 私の場合は初期ポイントが30もあり、この内2ポイントで二つともとれた。

 残りは今後ゆっくりと決める。

 気に食わないのは、アクアが最初からアークプリーストのスキルを全部取得して、宴会芸スキルも取ったことだ。

 こんなところで女神の力を発揮するとは。

 

「そういえば、あんたならアークウィザードやってもよかったんじゃない?」

「そうもいかないみたいよ。上級魔法は詠唱覚えないといけないから、取るのに時間かかるわ」

 

 どっちにしろソードマスターが正解だ。

 私はあれこれ考えるより行動する方が性に合う。

 ソードマスターはそんな私に適している。

 

「まあ、これからに乾杯!」

 

 初日にしては中々のスタートができたはず。

 明日になれば、安物でも剣が手に入る。

 この日のお酒は美味しく感じた。

 しばらくして、予想通りアクアは酔い潰れて寝てしまったので、私は代金を支払い、アクアを背負う。

 支払う時にお姉さんに安くて綺麗な宿屋を教えてもらった。

 凄くありがたかったので、何度もお礼を言ってから、言われた宿に向かう。

 

「ふひぇひぇ、魔王なんて、魔王なんて、敵じゃないにょよー」

 

 お金を節約する意味で一部屋にしたのだけど、ばかがうるさい。

 何でこんなに寝言言うのよ。

 しょうがないからアクアを床に寝かせる。

 うるさいことはうるさいけど、眠ることはできる。

 こいつは寝ても迷惑かけるのね。

 やれやれ。

 重くなった瞼を下ろして、眠気に逆らわず眠りについた。

 

 

 

 翌朝。

 目が覚めた私が見たのは、床でも気持ちよさそうに寝ているアクアだった。

 

「たくましいわね」

 

 よだれを床に垂らしている。

 昨日まで女神やってたとは思えないわ。

 剣を買いに行きたいから起こさないと。

 

「アクア、起きて」

 

 強く揺らすとアクアが起きた。簡単に起きてくれたのでビンタしないで済んだ。

 大きな欠伸をし、立ち上がり、んーっと言いながら腕を伸ばした。

 

「ちゃんと寝れた?」

「ばっちり! かなり調子いいわ」

 

 床で寝てたのに体は痛くないようで、それが女神の力なのか、それともただ丈夫なのか、区別がつかなかった。

 一つ確かなのはアクアにはベッドはいらないということだ。

 絶好調らしいアクアを連れて武器屋へ。

 たくさんの剣があり、素人の私にはどれがいいのかさっぱりだ。

 片手剣、両手剣、どちらのスキルも取ったが、どっちが私に合うのか不明だ。

 個人的に大きな両手剣は厳しい。

 両手剣でも小さめの部類か、でもそれなら片手剣を選んだ方がよさそうよね。

 

「へえ、こんなのもあるんだ」

 

 静かだなあ、と思ったら商品に夢中になっていた。

 邪魔しないならそれでいい。

 しばらく片手剣を見ていて、他より安いものを発見した。

 

「すみません。どうしてこれは安いんですか?」

「それはね、中途半端だからさ。両手剣にならないようにしつつ、大きさは両手剣に近い片手剣。それなら普通の片手剣か、普通の両手剣を買うのがいい。ものがいいだけにもったいない」

「そうですか」

 

 試しに手に取る。

 大きさの割には軽めで、手に吸い付くように馴染む。これなら楽々扱えそうだ。

 素振りをしてみたい。

 

「これで素振りできませんか?」

「構わないよ。街の外に行こうか」

「ありがとうございます。アクア、行くわよ」

「はいはーい」

 

 武器屋を出て、店主と一緒に街の外に来た私は近くに人がいないのを確認してから剣を鞘から抜き、強く振る。

 はじめて扱うのにきつくならないのは、職業とスキルのおかげだろうか? それならもう少し重くても大丈夫かも。

 楽しくなってきた。

 調子に乗って、縦横無尽に剣を振り回す。

 途中から体も動かして、気が済むまで剣を振る。

 

「ふう……」

 

 疲れが出始めたぐらいで私は素振りをやめた。

 こんな風に運動したのは久しぶりな感じがする。

 私にそんなことさせたこの剣は相性がいいのかもしれない。これ買おう。

 店主に言おうとしたら。

 

「いやあ、素晴らしかった! 剣の舞とは今のを言うんだろうね。途中から見惚れてたよ……。その剣、あんたにあげるよ。どうせ売れ残るものだ。それなら最高の使い手に渡した方が剣も喜ぶってもんだ」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

「その代わり大事にしてくれよ」

「はい!」

 

 素振りが楽しくなって調子に乗ったら無料になった。

 思わぬ儲けだ。

 剣の購入費が浮いたので、少しは余裕ができた。

 店主を見送り、ギルドに行こうとしたのだけれど、アクアに引き止められた。

 

「その剣の切れ味試してみない?」

「そういえばやってなかったわね。いいわ、やってみましょ」

「あそこに蛙いるわよ」

「よし!」

 

 剣を手に私は駆ける。

 蛙が私に気付き、舌を伸ばしてきた。それを切り払い、間合いに入った瞬間に剣を振り上げる。

 それだけで蛙は真っ二つになった。

 ……いや、この剣切れ味よすぎでしょ!

 

「いやあ、凄かったわね!」

 

 アクアの下に戻ると、興奮した様子で言ってくる。

 確かに凄かった。何の抵抗もなく切り裂けた。

 これは流石に職業補正とかスキルだけじゃない。

 

「この剣自体かなりよ。中途半端にしなければ、かなり値が張ってたんじゃないかしら」

「どんなものも使われなきゃ安くなるのね」

「おかげでこうしてただでもらえたわけだけど」

 

 二日目の滑り出しは好調そのもの。

 今だけな気もするけど気のせいよね……。

 よくわかんないけど、アクア並みの人が仲間に来るような気がする……。

 私は背筋が冷たくなる思いがした。

 

 

 

 ギルドに来た私達は朝食を注文する。

 

「あっ、剣を買われたんですか?」

「ちっちっちっ。違うわよ。レイムはこの剣を舞い踊るかのように振り回し、店主を魅了して譲ってもらったのよ。切れ味もよく、蛙を真っ二つにしたわ!」

「本当ですか!? もう凄いなんてもんじゃありませんよ、それは!」

「確信したわ。レイムは最強のソードマスター……いや、最強の冒険者になると!」

 

 アクアの熱弁に職員が期待と興奮の眼差しを向けてくる。

 何だろうか。アクアにそこまで言われると、逆に不安になってくる。

 アクアがそこまで言うと思わぬ落とし穴が出てきそうだからやめてほしい。

 

「あんまり期待しないで。最初だけの可能性もあるんだから」

 

 私の言葉も、アクアの熱弁に心を動かされた職員は「謙虚な人だ」と言ってきた。

 あっ、これ、手遅れね。

 アクアによって、望まぬ形で私の評価が上がっていく。レベル1のソードマスターに期待されても困るんだけど……。

 職員は仕事があるから戻った。

 そのあと運ばれてきた朝食をいただく。

 半分ほど食べ進めたところで、アクアが言ってきた。

 

「仲間が欲しいわね」

「仲間?」

「そうよ。レイムは武器持ちソードマスターだからいいけど、私は支援職のアークプリースト。レイムみたいに戦うことは不向きなの」

 

 アクアが何を言いたいのかわからず、手を止めてじっと見つめる。

 

「レイムが近くにいない時に襲われたら私は終わりよ。そうならないためにも仲間を募集すべきよ」

「なるほどね。けど、私達のところに来る人っているかしら?」

「私達は上級職よ。むしろ向こうからお願いされるわよ」

「そんな簡単にはいかないと思うけど。それに先に私達をどうにかしないと」

「どういうこと?」

「あのねえ……。考えてみなさいよ。私達は昨日来たばかりよ? 服なんかこれだけよ。何が言いたいかわかるわね?」

「当たり前じゃない。レイムも女の子ね。可愛い服が欲しいんでしょ」

「違う!」

 

 何もわかっていない。

 誰が可愛い服なんか欲しいと言った。

 

「生活用品を揃えようと言ってるの! 下着はない! 服はない! あとは櫛とかそういうのね」

「はっ! 言われてみればそうね! パジャマとか、タオルとか色々欲しいわね」

「生活力皆無の私達のところに来たいと思う物好きなんかいないわ」

「そうね。貧乏で喘いでるパーティーに入っても苦労しかしないのものね。そんなところ誰だってお断りね」

「そういうことよ」

 

 最低限の生活さえも保証されていなければ、例え上級職がいるパーティーでも敬遠される。

 アクアの甘い考えを正し、私は自分達の生活を安定させるべく、行動を起こした。

 蛙を狩れば金になる。

 しかし、蛙討伐にアクアはいらない。むしろ一人の方が安全だ。

 

「アクア、あんたはギルドにいて、怪我した人に回復魔法をかけなさい」

「なるほど、それで礼金をもらうのね」

 

 アクアに親指を立てる。

 我ながらよくできた作戦だと思う。

 私は依頼を請けて、ギルドをあとにした。




出だしはこんなものでしょうかね。
のんびり気ままに書いていきます。


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第二話 レベル2を目指して

変更完了しました。
三話の方も削除したのは、はじめから大きく変わるためです。
前よりは霊夢強めです、多分。


 今回の討伐は、蛙を十体倒すというものだ。これは何件か出ていた蛙討伐を二件一気に請けた形になる。

 昨日狩った影響もあるのか、昨日と同じ場所では蛙が二匹しか出てこず、探しに行く必要が出た。

 とはいえ、繁殖期に入り出していることはあり、少し遠くに行けば、土から蛙が出てくる。

 見つけ次第切り裂く。

 レベル1とはいえ、ソードマスターの私が蛙に苦戦する理由はない。

 今回も危なげなく依頼を達成した。

 昨日今日合わせて十七匹倒したわけだが、レベルは上がらない。

 

「蛙は弱いって言ってたし、そこまで経験値なさそうね」

 

 それにソードマスターは上級職なので、レベルアップに必要な経験値は多そうだ。

 先は長いことを知り、がっかりする。

 レベルアップしたらステータスがどうなるか気になってたのに……。

 レベルが低いと上がりやすいと聞いてたのに……。

 ある程度お金を稼いだら、蛙より強いモンスターと戦おう。そして、レベルが上がった時のステータスを見よっと。

 

「そういえばアクアちゃんとやってるかしら?」

 

 ギルドに置いてきて、回復魔法で金を稼がせているのだが、今になって不安になる。

 変なのに言いくるめられて、何かやらかしてないといいんだけど。

 そこまであほではないことを祈る。

 今から急いで戻っても意味ないだろうと思い、普通に歩いて帰る。

 帰り道では当然蛙の死体を見るわけだが、内臓とかが丸見えなのでかなりグロい。

 それに血の臭いも強く、蛙を餌にしてそうなモンスターが寄ってきそうだ。

 もし強いモンスターが来たら…………、いや、空を飛んで攻撃したら勝てるか。

 アクセル周辺では、強い飛行モンスターは限られた場所にいて、縄張りから出てこないらしい。

 蛙の死体エリアを通り過ぎようとした時、背後からびちゃっ、と大きな音が鳴った。蛙の血を踏んだモンスターがいる。

 剣を引き抜いて振り返る。

 大きな牙を持つ、黒くて大きい獣がいた。見た目は猫に近い。

 蛙なんかとは違う。このモンスターは強そうだ。それこそ普通のレベル1ではまともに戦えないレベルだ。

 

「ウウヴヴヴ……」

 

 漆黒の獣が唸る。

 それは私を脅しているかのようで、動かずにじっと観察している。

 その行動で、目の前のモンスターが蛙とは比べものにならないほど賢いことがわかる。

 二日目で大物モンスターに出会すとは……。

 強いモンスターを狩ろうとは思っていたが、ここまで強そうなのは希望していない。

 迷惑極まりない。

 

「グルルアアアアア!!」

 

 獣が吠えた。

 空気を強く震わせるほどの声量だ。

 獣は私をじっと見つめる。

 今のでも私が動じず、剣を構えているのを見て、獣は唸るのさえやめた。

 来る、そう思った時には体は勝手に動いていた。

 私は剣を盾代わりにし、爪が剣にぶつかる瞬間に後ろに飛んで衝撃を和らげる。

 あんな巨体から繰り出される一撃をまともに受け止めたら骨折では済まない。

 空中で姿勢を立て直し、追撃しようと迫る獣に剣を振り上げる。

 

「ギャン!」

 

 右前足を切った、切ったけど、深そうな感じの傷で終わった。体勢の悪さはあるけど、蛙とは違って硬い!

 この剣でなければ掠り傷で終わってたかもしれない。

 剣の性能に救われた。

 ……舐めていた。この剣の切れ味なら大抵の敵はどうにかなると思っていたが、強いモンスターともなれば物理攻撃に強くなるらしい。

 やはりレベル1がどうにかする相手ではない。転生特典で強力なものをもらってるならともかく、素のステータスで戦うにはまだはやい。

 さっきの怪我で獣は私を警戒するようにじっと見つめている。

 蛙より賢いようで、今度は怪我をしないで私を仕留める方法を考えていそうだ。

 獣が動く前にこちらから仕掛けよう。

 

「危ないからね」

「!?」

 

 大きめの結界を張り、逃げられないようにした。

 出ようとして結界を渾身の力で叩いているが、そんなものでは壊せない。

 

「グルルアアアアアアア!」

 

 怒りの雄叫びを上げて、結界に体重を乗せて体当たりをするが、それぐらいで壊れるような柔な結界じゃない。

 獣はあちこちに体当たりをしては、その度に大きな雄叫びを上げる。

 

「悪いけど、終わらせるわ」

 

 自分を結界で囲む。

 自分と獣の位置ははなれてるけど、まあ何とかなるでしょ。

 二重結界の要領で、と。

 自分を囲む結界に向けて、光る弾を数え切れないほど発射する。

 そして、全ての弾はそのまま獣へと撃ち込まれる。

 結界があるから逃げ出すこともできず、次々と来る弾をかわせず、文字通り全身に着弾する。

 獣が動かなくなるのに、それほど時間はいらなかった。

 あまりにも一方的だ。

 自分の力を使えば、レベルなんか関係ないことが証明された。

 しかし、それはこの世界の理を無視することになる。昨日のアクアを見てもわかるように、自分の力はこの世界では異常そのものだ。

 あまり使わない方がいい。ソードマスターの力で倒せるならそれで倒した方がいい。

 基本的にはこの世界の理に従っておこう。

 私は獣を見ながらそう考えた。

 振り返り、一歩踏み出して気づく。

 

「そういえばこういう時はどうなるのかしらね」

 

 依頼とは関係ない敵を倒したらどうなるのか。

 大抵は追加で報酬をくれたりするけど、安いことがほとんどだ。

 苦労して倒したわけではないので、別に構わないのだけど。

 とはいえ、また倒すのも嫌なので、帰り道は来ないことを祈った。

 

 

 

 街に無事戻ってこれた。

 アクアがちゃんと仕事してるのか気になる。

 例えば怪我人がいなくて何もできなかった。これはしょうがないことなので許すけど、面倒だから何もしてないとかだったら怒る。

 まあ、流石にそれはないだろうけど。

 アクアだって働かなければお金がないことはわかってるし、サボることはないはず。

 ただなあ……、あいつお金入ったらすぐ使いそうなのよね。

 ちょっと不安になりながらも、私はギルドの前まで戻ってきた。

 扉を開けて、中に入る。

 受付に向かいながら、ギルド内を見回す。

 アクアがいないかを探して、

 

「何じろじろ見てんだ、てめえ」

 

 チンピラに絡まれた。

 そいつはくすんだ金髪の男だ。酒を飲んでいるらしく、酒臭い。

 何が気に食わないのか、不機嫌そうに私を睨み付けてくる。

 

「ここはガキが来る場所じゃねえんだよ」

 

 この手の輩は無視するのがいいと決まっている。

 ギルド内を見回し、こちらを面白そうに見ているアクアを発見した。

 にやにやしている。

 私がどうするか期待しているようだ。

 期待されても困る。

 こんなのを相手にしても後々厄介になるだけだから構うつもりはない。

 受付で用を済ませたら、アクアに今日の成果を聞こう。

 

「おいこら! 何無視してんだてめえ!」

 

 チンピラに胸ぐらを掴まれる。

 強い力で引き寄せられる。

 私は爪先で立ってる感じになった。

 男の冒険者らしく力がある。

 アクアを見れば、何かを食べながら食い入るように見ている。

 演劇でも見ているみたいだ。

 私を助ける気は微塵も感じ取れない。

 忘れてはいけないが、あれは私の転生特典だ。

 チェンジできないかしら?

 

「だから無視してんじゃねえぞ! クソガキ!」

 

 この世界でも若者はキレやすいみたいで、私に顔を近づけて怒鳴り付ける。

 こめかみに血管が浮き上がりそうなぐらいに怒っている。

 こいつが顔を近づけてくれたおかげでやりやすい。

 遠慮なく頭突きを。

 

「いだっ!? てめっ!」

 

 反撃で拳を出してきたので、それを利用させてもらい、遠慮なく投げ飛ばす。

 飛んだ男を追いかける。

 床に背を打って、痛そうにしつつも立ち上がろうとしたところを狙い撃つ。頭を思いっきり蹴りつける。

 

「うぎゃっ! ま、待ってくれ、悪かった、俺が悪かった!」

 

 男の上に乗って殴る姿勢に入ると、降参してきた。

 アクアを見れば、食べる手を止めて、これからどうなるの!? って顔で喧嘩を観戦していた。

 

「博打で負けてイライラしてただけなんだよ! 絡んで悪かった! 謝るから、これ以上は勘弁してくれ!」

 

 両手を合わせて懇願してくる男からはなれる。

 降参したからもういいや。

 私は当初の目的を果たすべく、受付へ向かう。

 すると、後ろから。

 

「ばかめ! 背を向けたな!」

「レイム! 危ない!」

「「よ、避けた!?」」

 

 振り返らずに避けた。

 再度男に向き直る。

 私が敵意を剥き出しにして睨めば、汗をだらだらと流す。

 

「も、もうしない、これはうそじゃない」

 

 私は無視し、その場で回転してチンピラの顎を蹴り上げる。やられたチンピラは床にどさりと倒れた。

 迷惑な奴がやっと気絶したので、ようやく受付に行ける。

 ギルド内にいた冒険者達が私を視線を送ってくるけど、それに気づかないふりをした。

 受付の前に立つ。その時にお姉さんが驚きの眼差しを向けていることに気づいた。

 さっきの喧嘩で私が勝ったのがそんなに凄かったの?

 少し疑問は出たけど、さっさと用を済ませたい気持ちのが強いので、本題を切り出す。

 

「蛙の討伐終わったから報酬がほしいんだけど」

「え、は、はい。こちら二十五万エリスになります」

「あと、他にもモンスター倒したんだけど、それってどうなるの?」

「どんなモンスターでしたか?」

「黒くて、大きくて、大きな牙を生やしてた」

「……カードを拝見させてもらえます?」

「いいけど、どうすんの?」

「えーとですね。こちらを、こうすると」

「おー。討伐情報が見れるのね」

 

 そういえば最初の説明でどれだけの討伐が行われたかも記録されると言ってた。こうやって確認できるのは中々便利ね。

 討伐情報の一番上には初心者殺しとあった。名前からレベル1で倒せない奴とわかった。多分レベル10とか15で、パーティー組んでる冒険者が倒すようなのだ。

 ……てことは?

 私はレベルを確認する。

 

「何でレベル上がってないのよおおおおおおお!」

 

 無情。

 私のレベルは上がっていない。

 もっと高いレベルで戦うモンスター倒したのに、経験値もたくさん入ったのにレベル1。

 何これ? おかしいでしょ。

 頬がひくひくと痙攣する。

 

「ねえ。低レベルは上がりやすいって聞いたんだけど」

「え、ええ。その通りです」

「じゃあ、何で上がらないの?」

「レベルが高いと上がりづらくなるのは、強くなってるからです。ですから、強い人ほどレベルは上がりにくいんです。レイムさんがここまでレベルが上がらないのはそれだけ素質があるからだと思われます」

 

 気長に頑張って下さいと言われてる気がした。

 私がレベルを1上げる頃には他の人なら2と3上がってる可能性がある。しかもレベルが高くなるとレベルアップは遅くなるわけだから、私がレベル10になる頃には他の人なら20、30になってて、結局ステータスに差がない可能性も……。

 それではレベルアップが遅い凡人だ。

 

「レベル上がったらステータスどうなるか見たかったの……」

 

 私の言葉にお姉さんは愛想笑いを浮かべるのみだ。

 思わぬ欠点に私は悲しくなった。

 私には秘密の力があるから戦いには困らないけど、でもそうじゃないの。レベルアップがどういうものか気になるの、知りたいの。

 だけどそれは素質とかいうわけのわからないもので阻止された。

 本当の敵は自分だった……。

 落ち込む私を励ますつもりなのか、お姉さんは明るく言った。

 

「こちら初心者殺し討伐による追加報酬です。依頼を請けてないので安くなりますが」

 

 追加で渡された金額は四十万エリスだ。

 これが安いとは。

 本来の金額はいくらぐらいなんだろ。

 

「本来の報酬はいくらなの?」

「初心者殺しは二百万エリスですね。このモンスターは弱いモンスターの周りをうろついて、冒険者がその弱いモンスターを狩ってる時に襲うという特徴があり、名前の通り駆け出し冒険者の天敵です。かなり危険なモンスターなので高額になってます。追加報酬も他のモンスターより高めです」

「へえ。これでも高い方なのね」

 

 他のモンスターはもっと安いのか。

 そういうのを聞くと、依頼とは関係ないモンスターは無視したくなる。

 

「追加報酬も安いんじゃ、関係ないのは倒したくないわね」

「基本はそれでいいと思いますよ。モンスターによっては出ないのもありますから。それに他の冒険者がそのモンスターの討伐依頼を請けていることもあります。その時のことを考え、また横取りを防ぐ意味でも安いんです」

「あー、そっか、そういうのもあるわよね」

「ええ。もう一つ教えますと、追加報酬が安くなるのはそのモンスターが討伐対象とは限らないからです」

「……依頼に出たのとは違う奴かもしれないからってこと?」

「そうです。違う個体だと依頼がかかってないこともあり、その場合は当然報酬がありません。とはいえ、今回のレイムさんのようにせっかく苦労して危険なモンスターを倒されたのに何もなしというのも可哀想なので、追加報酬は出ますが」

「なるほどね。よくわかったわ、ありがとう」

 

 話を終えて、私はアクアのところに行く。

 蛙の唐揚げを食べつつ、こっちに手を振る。

 顔は赤くないので、お酒を飲んでいるわけじゃなさそう。

 アクアの前に座って、私は彼女とは別のものを注文する。

 先に飲み物が来たので、それを少し飲んでから話をする。

 

「で、結果は?」

「二万エリスよ。やっぱ討伐に比べたら大したことないわね」

「一回いくらにしたのよ」

「五千エリス」

「四人か……。時間が悪かったかしら。夕方ならもっと人が来たかもしれないわね」

「あんまりたくさん来ても疲れるだけだから嫌なんだけど」

「あんたねえ……。ま、いいわ。それは小遣いになさい。私の方で結構稼げたから、生活用品は何とでもなるわ」

「本当!? やったー!」

 

 両手を挙げて喜んだアクアに、私は自然と笑みを浮かべていた。

 あまりにも頼りない神様だけど、でも案外悪くないのかもしれない。

 そんなことを思いながら、私は飲み物を飲んだ。

 二時間後、アクアは二万エリス落としてマジ泣きした。

 

 

 

 

 

 二週間後。

 今日までに討伐依頼を二回ほどこなしたが、私のレベルは上がらなかった。

 ここまでレベルアップしないのは素質以外にも何か理由があるのではと思い、少し考えた結果、候補が二つ出た。

 一つ目は幻想郷での経験が原因というもの。結構色々やったし。

 二つ目は私の本来の職業……つまり巫女の力を鍛えていないこと。これは元々修行不足だ何だと言われているのであり得る話だ。

 一つ目だと私にはどうしようもないが、二つ目なら話は別だ。

 こう、ちょっと、少しだけやってみて改善されないかぐらいは調べてもいいと思うの。

 それでレベルアップするなら継続して、だめならやめればいいだけだし。

 はやくレベル2になってステータスがどうなるか見たいので、見たくてしょうがないので、修行をすることにした。

 修行してもレベルアップに関係なかったという時に備えて、修行が無駄にならないように神降ろしを鍛えている。月のあいつ、刀持ってた奴を目標にしている。あそこまでぽんぽんやれなくても、実戦に耐えるレベルには持っていきたい。

 まあ、見方を変えれば修行も経験値稼ぎだ。

 修行とは別に、夢想封印を剣に纏わせられないかやってみた。三回目で成功し、ついでに斬撃を飛ばせるようになった。これで邪悪なものに効果的に攻撃できるようになった。

 もしも華扇が今の私を見れば、自分から修行して偉いと褒めてきそうだけど、私は修行したいわけではなく、ただレベルを上げたいだけだ。

 はやくレベル2になりたいの。

 

 

 

 この日、私は朝からイラついていた。

 この二週間、アクアはニートであった。

 私は自分のレベル上げたいからと、今日まで何も言わなかった。

 でも、そろそろ働いてもらわないと。

 この女神はニート生活が合うのか、働きに出ようとしない。

 朝飯を食べたら、宿に戻ってごろごろしている。

 何、このニート……。

 転生特典にニートもらった記憶ないんだけど。

 

「あんた、たまには働きなさいよ」

 

 本物の転生特典を取り戻すためにそう言ったら。

 

「えーっ。嫌よー。危ないことしたくない」

 

 このくそ女神、何曜日に捨てればいいのかしら。

 ベッドに寝転がり、何かの小説を読むアクアをどうにかして働かせないと。

 私だけでも収入は問題ないけど、私が稼いだ金でこいつが好き勝手してるのは気に入らない。むかつく。

 どうしようかと悩み、思いついた。

 

「なら、ずっとベッドの上にいなさい」

 

 結界を張って閉じ込める。

 腰に両手を当てて、アクアを眺める。

 アクアは何これとぺたぺた触って、次にバンバンと叩いた。出れないことに気づくと、結界越しに抗議してくる。

 

「な、何よこれ! 出しなさいよ!」

「結界よ。今日はそこにいなさい」

「け、結界? ……そういえばレイムって巫女っぽい格好してるわね。でも、巫女なんだとしてもよ? ほら、結界張る時とかは普通御札使うじゃない。何で御札なしでやってるの、ねえ、おかしいでしょ」

「御札なしでもある程度やれないと話にならないでしょ。ちなみに御札があればもっと強く張れるわ」

「いやいや、おかしいから!」

「おかしくないわよ。これぐらいやれないと、私に修行つけてた妖怪が納得してくれなかったからね。本当面倒だったわ」

 

 それでもまだまだ未熟と言われたけど。

 紫みたいな大妖怪から見たら非力なのは当たり前の気もするけど、何を勘違いしてたのかしら。

 もしかしたら紫はもっと別の何かを目論んでいたのかもしれないけど、今となっては考えるだけ無駄。

 今は目の前の駄女神をどうにかしないと。

 

「何よ妖怪って! あんたが妖怪みたいなものじゃない! この妖怪巫女!」

「おい! 誰が妖怪巫女だ。私は人間の巫女よ! そこんところよく覚えときなさい! このニート女神!」

「にっ!? 私のどこがニートだって言うのよ!」

「人の金で遊んで、よくそんなこと言えたわね!」

「あのね、私だって仕事して、して……」

 

 この二週間を振り返って、ようやく気づいたらしい。

 頭を抱えて、必死に思い出そうとしてるが、やってないものを思い出すのは不可能。

 自分が穀潰しニートであることに気づき、女神としてのプライドが蘇ったアクアは立ち上がり、宣言した。

 

「明日から頑張るわ!」

「殴るわよ」

 

 どうして私はニートを転生特典でもらってしまったのだろうか。

 ああ……。たくさんあった武具、能力からどうしてこんなの持ってきたんだろ。

 今更後悔して、やるせない気持ちになる。

 

「頑張るって言ってるんだから出してよ! ここから出れないと何もやれないじゃない!」

「明日からでしょ? なら今日はいいじゃない」

「……今日から働くので出して下さい。お願いします」

 

 観念した。

 全く。楽ばかりしようとして本当だめな女神ね。

 働こうとしないから怒られるのよ。

 アクアは不満そうに唇を尖らせている。

 そんなに働きたくないか。

 人の収入に寄生する生活はよほどよかったのか?

 その辺を少しでも直さないといけないわね。

 結界を解除して、むくれるアクアを連れてギルドに。

 

「いつまでむくれてんのよ」

「別に。レイム一人でも余裕なんだからいいじゃないの」

「あのね。あんたがいれば、難易度の高い依頼もできるから連れてきてんのよ」

「私がいれば?」

「そっ」

「ふーん。そう、そういうことね。私がいれば各種支援魔法、回復魔法もかけられるからね」

「頼りにしてるわよ」

「任せなさい!」

 

 おだてたら手のひらを返した。

 こんな簡単にいくなら、これからもこの手を利用させてもらおう。

 鼻歌を歌いながら、上機嫌に歩くアクアを見て思った。

 

 

 

 ギルドは昨日までの雰囲気はなく、喧騒に包まれていた。

 プリーストをこっちの班にくれと言ったり、ポーションがどうのこうの言っている。

 私の知らないものだ。

 冒険者達がここまで慌ただしくしているのは、何か大きなことをやるためだろう。そうなると出てくる答えは当然一つしかない。

 大物モンスターの討伐。

 しかも、これだけの人数がいなければ討伐できないほどのモンスター。

 レベル1の私達には手の届かない世界だ。

 周りの人にぶつからないよう歩く。

 掲示板の前で、いい依頼がないか探す。

 アクアがいるのだから、ソードマスターだけの力で初心者殺しも倒せるはずだ。

 いや、初心者殺し以外もいけるかもしれない。

 アークプリーストのスキルを全て習得しているのだから、アンデッドなども倒せる。

 私もアンデッド系は倒せるけど、それでもアクアのいるなしでは選べる量が変わる。

 やはりスキルを取ってるアクアの存在は大きい。

 ……スキル、か。

 アクアのことを考えていて気づいた。スキルの有無はかなりの影響力がある。それこそステータスと同等かそれ以上と言えるほどに。

 私は片手剣と両手剣のスキルしか取ってない。

 この機会に他のスキルを習得しよう。

 近くのテーブルに座って、カードを取り出す。

 

「どうしたの?」

「何かスキルを取ろうと思ってね」

「まだ取ってなかったんだ」

「後回しにして忘れてたわ」

「場合によってはステータスより重要なものよ。それを忘れてたって……」

 

 頬杖をついて、呆れ顔で言ってくるアクアから逃げるようにスキルの一覧表を見る。

 やはり、スキル習得はかなり大切らしい。

 ……スキルを習得してたら、初心者殺しも私の力なしで倒せたかもしれない。

 スキルは様々ある。

 筋力アップ、器用アップ、敏捷アップ、ソードガード、反撃、切れ味上昇、斬撃飛ばし……。これ以外にも色々あって、何にするか悩んでしまう。

 しばらく低レベル生活になるのを考えると、それだけでやっていけるものが望ましい。

 切れ味上昇は習得に2ポイント必要とし、習得後もポイントを使うことで性能を上げられる。注ぎ込んだ分だけ強くなるスキルだ。

 斬撃飛ばしはその名の通り、斬撃を飛ばしてはなれた場所の敵も斬れるようになる。夢想封印とは違って完全な物理攻撃だ。習得に2ポイント。

 私はこの二つのスキルを取ることにした。

 他のスキルも魅力的なのはあるけど、今はやめておこう。

 反撃は、間合いにいる敵に対して確率で反撃するというものだけど、これは私の足を引っ張りかねない。というのも、攻撃を避けたら次はこう攻めようと考えた時に反撃が発動したら戦法は崩れる。それは隙を生む。

 切れ味上昇と斬撃飛ばしは任意なので、私の足を引っ張ることはない。

 アクアを転生特典に選び、後悔した私に隙はない。

 切れ味上昇に20ポイント注ぎ込み、斬撃飛ばしも取り、合計22ポイント使った。

 残ポイントは6で、これは使わないで取っておこう。

 

「よし。取ったわ」

「何にしたの?」

「切れ味上昇と斬撃飛ばしね」

「二つだけ?」

「ええ。他にも色々あったけど、とりあえずこれだけね」

「それじゃポイントかなり余ってるんじゃない?」

「そうでもないわ。切れ味上昇はポイントを使えば使うほど性能上がるから、これに20突っ込んだの」

「なるほど。いわゆる特化タイプね。色々使える汎用タイプとは真逆だけど、いいと思うわ」

「でも、性能上げたら魔力も多く使うのよね」

 

 そんなに多くはないが、あまりに上げすぎると困ることになるかもしれない。

 そこのところは注意しとこう。

 スキルの習得も完了したので、改めて掲示板の前に立って依頼を探す。

 何がいいのか。

 高額報酬の依頼をやるつもりだが、どれにしようか悩む。

 初心者殺しと一撃熊は二百万エリスとあり、これだけの大金があればしばらくは安泰になる。

 初心者殺しは以前倒したので、今回は一撃熊でも倒そう。

 依頼の紙を取って、受付に行くと。

 

「あっ。こちら請ける前にお話を聞いてもらえます?」

「何?」

「あちらの冒険者の皆さんは大物の悪魔を倒しに行かれるんですが、それにアクアさんを参加させてくれませんか?」

「悪魔? 今悪魔って言った?」

「は、はい」

「レイム、悪魔よ、悪魔! これはもう滅ぼすしかないわよ!」

 

 アクアが急にやる気を出した。

 そういえば女神だっけ? 神と悪魔は敵対しているものだから、それでやる気を出したのかしら。

 アクアは胸の前に拳をつくり、力強い声で語った。

 

「悪魔というのは人の悪感情に寄生する奴らなのよ! なめくじみたいに暗くてじめじめした場所がお似合いで、ゴキブリ同然の連中よ! 悪魔なんてこの世から消えてしまえばいいのよ」

「そ、そう」

「決めたわ! 私悪魔を滅する! 何とか熊より悪魔優先よ!」

 

 アクアは悪魔討伐を優先しちゃった。

 名前似てるのに凄い嫌ってるわね。

 彼女の盛り上がりようを見ると、やめろと言っても聞かなそうね。女神としてそれほどまでに許せないんだ。

 しょうがない。

 熊の討伐は私一人で行こう。

 元々アクアは働かせるために連れてきた。悪魔討伐参加も目的に適うのでいい。

 

「わかったわ。なら、熊は一人で何とかするわ」

「えー。レイムも行かないの?」

「こんなにたくさんいるならいいでしょ。それよりあんたよ。ちゃんと言うこと聞きなさいよ。悪魔見つけても突っ走るんじゃないわよ」

「そんなに心配ならついてくればいいのに」

 

 アクアの言葉に、私は黙り込む。

 蛙を除けば、久しぶりの討伐になる。蛙相手にあんな失態を見せたこいつを送り出していいの?

 しかも、大物の悪魔相手に。

 かなり重大な作戦よ?

 熊の討伐はまた今度にして、こいつについて行った方がいいかもしれない。念には念を。

 

「そうね。熊は今度にして、今日はアクアと一緒に悪魔を討伐しましょうか」

「そうこなくちゃ」

 

 こうして私達は悪魔討伐に参加することとなる。

 幻想郷にいた時でもこれほどの人数で異変解決はしたことが、ない……?

 あれ?

 今何か頭に浮かんだような……。

 ? 何だろ、今の。

 一瞬だから何もわからない。

 うーん。だめだ。思い出せない。

 

「どうしたの、レイム。行くわよ」

「えっ、うん」

 

 アクアに声をかけられ、私は我に返る。

 よくわからないことを気にしてもどうにかなるわけじゃない。

 私は頭を軽く振って考えを追い出し、アクアと一緒に冒険者達に交じる。




レベル1の二人にホーストみたいな大物は荷が重いと思う今日この頃。


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第三話 悪魔討伐

夜になると虫の鳴き声が聞こえるようになりました。
今回の話ではダクネスは出てきませんが、次に出す予定です。


 ギルドのお姉さんに言われて参加したのはいいけど、どうやらあの時にはもう色々終わってて、出発するところだったらしい。

 私達が入るだけで決定したものを変えるわけにはいかないので、自動的に最後尾グループに回された。

 私達に文句を言う資格は当然ながらない。

 鬱蒼と茂る森の中。

 私はアクアに文句を言った。

 

「これなら熊行った方がよかったわね」

「ま、まだよ。もしかしたら私達の出番が来るかもしれないじゃない」

「先頭には魔剣の勇者とやらがいるみたいよ。そいつが終わらせるんじゃない?」

「……それはそれで楽よね」

「まあね」

 

 悪魔が滅ぶなら経緯は気にしないアクアの意見に私も同意した。

 ただの小遣い稼ぎになった以上、やる気が出ない。面倒臭いのはごめんだ。

 しかし、悪いことばかりでないのも事実だ。

 これなら失敗しても私達に責任がくることはない。

 どんな形でもアクアに仕事をさせられた。

 この二つがあるだけ悪くない。

 

「おいおい。また会ったな! モンスターが出たら隠れてていいからよ。静かにしてくれよ。あとそっちの飛び入り参加もな」

 

 確かアクセルで腕利きの人だ。

 その人のパーティーが辺りを警戒しながら進んでいる。

 

「す、すいません」

 

 謝ったのは黒髪の紅い目をした女の子だ。

 私とアクアは注意されたので喋るのをやめる。

 極力トラブルは避け、労力を節約する。

 可能な限り楽をしよう。

 余計なことを言わないようにしていると、先ほど謝ったのとは別の子がやや挑発的に。

 

「あなた方こそ見た感じ魔法使いはいないようですが。この森にはスライムが出ることは知ってますか?」

 

 スライム? 何だそれと話を聞いてみると、どうやらスライムは武器が効かないらしい。だから、ゆんゆんという女の子が魔法で一掃するみたいだ。

 挑発してたあんたがやるんじゃないのね、と突っ込みたくなったけど、トラブル回避のために言葉を飲み込んだ。

 完全にとばっちりを受けたゆんゆんにスライムを任せよう。

 

「モンスターが出たぞー!」

 

 合図だ。

 悪魔が出たら、それを取り囲むようにして散らばり、魔法使いやプリーストやらが攻撃する予定だ。

 そのため私達はさっさと移動したいのだが。

 どこから出てきたのか、大量のモンスターが行く手を遮る。

 

「アクア、私の後ろを見張って」

「任せて!」

 

 ないとは思うが、後方からの襲撃に備えてアクアを見張りに立たせる。

 私は切れ味アップのスキルを発動する。剣がほんの一瞬光に包まれる。

 額に角がある兎が私に向かって飛んできた。

 食い物が生意気ね。

 兎を薙ぎ伏せる。

 厄介とされるスライムは他に任せて、私は襲ってくる兎やらモモンガやらを切り裂く。

 ほどなくして、私の方に来る敵はいなくなる。

 斬ったのは全部で十匹ほど。

 

「「ひいいっ!」」

 

 することがないので悲鳴が上がった方に目を向けた。

 みんなが同じ場所を見上げているので、私も視線をそちらにやる。

 木に大量のモンスターがくっついている。色は緑で、おそらくあれがスライムなんだろう。

 見たら鳥肌がぶわっと立った。

 気持ち悪い……。

 スライムに武器は通用しないみたいだから、あれはゆんゆんとかいう子に任せよう。

 ゆんゆんが魔法を唱えて、スライムの群れを炎で包み込んだ。……木が燃え盛ってるけど、大丈夫よね?

 燃え盛る木を見る私にアクアが話しかける。

 

「いやあ、随分と来たわね。でも、レイムにかかれば全部雑魚だったわね」

「大したことないのばかりなんでしょ」

「そうなのかな? まあ、いっか。それより悪魔の方はどうなったのかしら? 苦戦してるなら私が倒しちゃうけど」

 

 アクアが小ばかにするように笑う。

 私もどうなったか気になる。時間はそれなりに経ったし、そろそろ結果は出るはずだ。

 そうでなくても戦況を教えてくれればいいのに。

 そんなことを思っていると、先行していた冒険者の一人がこちらに駆け寄ってきた。

 

「ありゃだめだ! 魔剣の勇者が不意打ちでやられちまった! しかも上級魔法まで使って、あれは魔王の幹部級だ! 俺達じゃ無理だ!」

 

 その話に後方に位置していたグループは大騒ぎになり、次々と引き返していく。

 魔王の幹部級と言われても、ピンと来ない……。

 周りの反応からして、相当な強さを持っていそうだけど、よくわかんない。

 私は自分より詳しいはずの女神を見る。

 アクアは前方の何もない空間に何度もパンチをする。それはまるで戦う前の準備運動だ。

 この状況を受け、やる気を出していた。

 そんなのいいから教えて。

 私の願いが通じたのか、アクアは私に笑顔を見せる。

 

「さ、存在価値皆無の寄生虫をぶっ潰しに行くわよ」

 

 わかんなくていいや。

 

「行くの? 倒してもお小遣いしかもらえないのに?」

「レイム、これは金額の問題じゃないの。悪魔がいる、それだけで滅ぼす理由としては十分なの」

「はじめて女神らしいこと言ってるわね」

「はじめても何も女神だってば! さあ、行くわよ!」

 

 私の手を掴んで、アクアは前に進む。

 他の冒険者とは真逆に進むアクアの顔に不安の色はなく、ただ使命感に燃えていた。

 これはどうやっても止められない。

 安いお金で大物悪魔を倒す。これほど割りに合わない仕事はないと思う。

 だからって、アクアを止められるとは思えないし。

 こうなったら私も悪魔退治に乗り出すしかない。

 アクアに話しかけようとして、後ろから呼び止められる。

 

「待って下さい!」

 

 振り返ると、先ほど魔法を使ったゆんゆんとその友達がいた。

 ゆんゆんはおどおどしているけど、友達の方はアクア同様にやる気を見せている。他の冒険者とは明らかに違うのは、この子が勇気あるのか、それとも変わってるからなのか。後者でないことを祈る。

 アクアは二人を見つめ、何かに気づいた。

 

「あなたたち紅魔族ね」

「いかにも! 我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りし者!」

「わ、我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、中級魔法を操りし者!」

「……冷やかし?」

「ちがわい!」

「ひ、冷やかしじゃありません、本当に」

 

 ゆんゆんの声が段々と小さくなっていく。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。

 私が何だこいつらと思っていると、横からアクアが説明してくれた。

 

「彼女達は紅魔族という種族で、紅い目が特徴ね。あと変な名前をしてるわ」

「へえ。強いの?」

「彼女達紅魔族は魔法のエキスパートで、ほぼ全員がアークウィザードになれる素質の持ち主よ。弱いはずないわ」

「ふーん。あの子の言ってた爆裂魔法って何?」

「あの子ではなく名前で呼んで下さい。爆裂魔法とは、全魔法中最強の攻撃魔法で、どんな存在にもダメージを与えることができる魔法です」

「なるほど」

「それに爆裂魔法は習得するのも困難な魔法だから、それだけで彼女の才能がわかるわ」

「そう、その通りです! 爆発系最上位の魔法であり、習得も困難。それを有する私は間違いなく戦力になりますよ!」

 

 いよいよ調子に乗ってきためぐみんに私は違和感を感じた。

 ゆんゆんがめぐみんをジト目で見ているのだ。

 これは何かある。

 めぐみんが意図的に隠しているものがある。そして、それは致命的なもののはず。

 

「で、他に何があるの?」

「他?」

「爆裂魔法よ。威力以外に何かあるんじゃないの?」

「その破壊力故に、一発撃てば魔力が空になって動けないぐらいで別に何もありませんよ」

 

 めぐみんがあまりにも自然な感じで言うものだから、一瞬何もない感じで流すところだった。

 

「それ致命的じゃない。他の魔法を使いなさい」

「無理です。使えません」

「はっ? 爆裂魔法って習得が難しいんでしょ? なら、中級とか簡単に取れるでしょ」

「はい。中級どころか上級も取ることは可能ですが、取る気はありませんし、そもそもポイントが足りません。でも、やる気と爆裂魔法はあるので連れていって下さい」

「帰ってどうぞ」

 

 私の言葉に、めぐみんは杖を落とした。

 悪魔に関して言えばアクアがいるので、爆裂魔法はお呼びじゃない。

 もっと言えば夢想封印でどうにかなると思うので、そんなに必要じゃない。

 先ほどまでの自信はどこへ行ったのか。めぐみんは懇願しながらすがり付いてきた。

 

「そんなこと言わないでお願いします! ここらで活躍しないと私達飢え死にするんです! どこのパーティーにも拾ってもらえないんです!」

「知らないわよ! 拾ってもらいたいなら中級ぐらい覚えなさい! はなせ。くっ、小さいのに力強いわね!」

「本当にお願いします! 一発、一発やらせてくれたらいいんです! そしたら相手は昇天するんです!」

「あのね。こっちには高ステータス、スキル全部習得してるアークプリーストがいるの。爆裂魔法は必要ないの」

「本当にお願いします」

 

 とうとう土下座した。

 何故かゆんゆんも一緒にやっているが、本当に何でなのか。

 どうしようか。

 大物悪魔のところに連れていって何か遭っても困るし。

 けど、二人にここまで頼まれてるし。

 本当にどうしよう。

 私は目を閉じて考える。

 連れていくか、いかないか。

 色々考えて、一つの結論を出した。

 面倒臭いから放っておいて、先に行こう。

 

「アクア、行くわよ」

「えっ!? この二人は?」

「知らないわよ。放っておきなさい」

「え、ええー……」

「怪我でもされたら困るでしょ」

「そうだけどさー……。私ならどんな怪我も治せるから大丈夫よ。だから、ね?」

 

 アクアは二人を見捨てることができないらしく、私に手を合わせてお願いしてきた。

 こいつの性格なら勝手に連れていきそうなものだけど……。もしかして今朝閉じ込めたのが効いてるのか? 私を怒らせると、あとで怖いと知ったからお願いしてるのかしら。

 三人にこうしてお願いされるとは……。

 面倒臭い……。

 私は大きく溜め息を吐いた。

 

「はあ……。全部自己責任よ」

「「は、はい!」」

 

 顔を上げ、輝くような笑顔を二人は見せた。

 悪魔と戦うってのに、何でそんな風に笑えるのかしらね。

 そんな私の疑問に二人は気づくことはない。

 二人は立ち上がり、向き合って互いに鼓舞する。

 活躍したいから。それだけの理由で魔剣の勇者を倒した悪魔に挑むのだ。

 ……冒険者が命を落とす理由の一つに名誉への執着があるけど、それは言うだけ野暮よね。

 話がまとまったので、先へ進もうとするも。

 

「何してる! さっさと逃げるぞ!」

「次は誰よ……もう」

 

 声がした方に視線を向ける。

 私達と一緒のグループにいた、腕利きパーティーだ。

 どうして彼らがここにいるのかは聞くまでもない。

 彼らに戻る意志がないことを伝えようとしたら、爆裂魔法女が先に言った。

 

「逃げませんよ。我々はこれから森を占領した悪魔を倒しに行くのですから!」

「お前達だけでできるわけないだろ!」

「ふっふっふ。ここには高ステータスで、スキルを全て習得してるアークプリーストと最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る大魔法使いの私がいるのですよ! 悪魔なんて赤子の手を捩るようにやれます!」

 

 お前はいつから大魔法使いになったんだ。

 さっきまで連れていってくれと土下座してたくせに。本当に調子だけはいい。

 白い目で見るのは私だけではなく、ゆんゆんもだ。彼女は付き合いがある分、呆れ顔であるけど。

 めぐみんはそれに気づかず、アクアを先生と呼んで前に出す。

 アクアは腕を組んで、自信たっぷりに笑う。

 

「ふっふっふ。そうよ。私こそが、全てのスキルを冒険者登録したその日に習得し、ギルド職員を驚愕させたアークプリーストのアクア様よ。そんじょそこらのプリーストなんか足下にも及ばないわ」

 

 二万エリス落としてマジ泣きしたへっぽこアークプリーストが何言ってるのかしら。

 私は思わず溜め息を吐いた。

 

「はあ……」

 

 腕を組んで得意気な顔をするめぐみんとアクア。

 この二人、似た者同士っぽい。

 どこがとは言えないけど、何となく似てる感じがする。

 予感がした。

 この二人には苦労させられる。そんな気がする。

 

「そんなアークプリーストがいるわけ」

「それがいるのよねえ。まあ、私ぐらいになるとおかしくないっていうか、必然ね」

 

 レックスが確認するように私を見る。

 

「言ってることは事実よ」

「マジかよ……。それならあの悪魔も……」

「そうです! あの魔剣の勇者ですら倒せなかった悪魔を我々は倒し、莫大な富と名声を手にします!」

 

 他のパーティーに入れてもらうために活躍したいとか言ってたのに随分と大きく出たわね。

 悪魔討伐しても私達に入るお金は雀の涙ほどだと思うんだけど。

 ……待てよ?

 他の人は逃げたわけで、それはつまり悪魔討伐を放棄したことになるのよね。なら、悪魔を倒したら賞金は全部…………私達のもの?

 この悪魔の賞金がいくらかは知らないけど、しばらく依頼を請けなくてもいいぐらいの賞金はあるはず。

 よし。悪魔は死刑。

 

「はやく行くわよ」

「どうしたの? 急にそんなやる気出して」

「だって、みんな逃げ出した今なら悪魔の報酬を私達で独占できるのよ。このチャンスに乗らない手はないわ」

 

 私の言葉にアクアは少し考え、

 

「なるほど、そうね! これはもう殺すしかないわ」

 

 同じ結論に達した。

 私とアクアは互いに親指を立てて、不敵な笑みを見せる。

 小遣い程度でしかないからやる気は出なかったけど、こうなってくれば話は別だ。

 悪魔は見つけ次第倒す、殺す、滅す。

 アクアとガシッと手を組む。

 

「じゃ、行くわよ」

「あいあいさー!」

「いやいや、待て!」

 

 アクアと二人で先に進もうとしたら、呼び止められた。

 ああ、そういえば他にもいたわね。

 すっかり忘れてたわ。

 私は悪魔を滅ぼしたいと疼く心身を抑え、振り返って尋ねる。

 

「何よ。私達用があるんだけど」

「お前ら、応援を待つ気ないのか?」

「私とアクアで倒せば報酬は二人のものよ? 何で減らす真似しないといけないのよ」

「ま、待って下さい! 私とゆんゆんがいるのを忘れないで下さい!」

「……あっ、いたわね。あー、約束したものね。しょうがない、連れていくか」

「めぐみん。私達忘れられてるよ……」

「ここは耐える時です。戦闘で目立てば、私達を仲間にしてと言う人が山ほど来ますよ」

「ほ、本当にそうなるかな? 何か微妙な感じになりそうな気がしてきたんだけど」

「不安になるようなことを言わないで下さい。とにかくやりますよ」

「口だけ魔導師とそのお友達は静かにしててくれ。お前ら、あの悪魔がどんだけヤバいか聞いただろ?」

 

 魔王の幹部級だっけ? その幹部とやらがどれぐらい強いのかわからないから、ヤバいかどうかわかんない。

 とりあえず凄く強いという認識は持っておくけど。

 無言の私を見た彼は。

 

「まるで怖がってねえ顔だな。無知なのか、それとも大物なのか」

「レックス。この子達に乗ってみるのもいいんじゃない?」

「ソフィに賛成だ。王都へ行く前に派手にやっていこうぜ」

「お前ら……。そうだな。そこの口だけ魔導師の言う通り、名声を拾っていくのも悪くないな」

 

 どうやら強さがどんなものか考えてる顔が勇ましく見えたらしい。

 レックス達が乗り気になった。

 どうしよう。幹部どれだけ強いか知らないから考えてただけなんて今更言えない。

 これで何か遭ったらどうしようと思う私の頭に素敵な言葉が浮かんだ。

 勝てば問題ない。

 さ、悪魔処刑しに行こ。

 今度こそと進もうとしたら。

 

「あなた、全てのスキルあるのよね? なら支援魔法とかは?」

「当然あるわよ。蘇生魔法もあるし、回復魔法も揃ってるわ」

「うわ、マジかよ! 本当にやれるんじゃないか!?」

「そこのお嬢ちゃんも何かあんのか?」

「あるっちゃあるわよ。使う気ないけど」

「口だけじゃないよな?」

「ええ。使わないでいいならそっちのがいいだけ」

 

 レックスは顎に手を当てて値踏みするように私の顔をじぃーっと眺め、やがて軽く頷き。

 

「嘘じゃなさそうだな」

 

 それだけを言った。

 彼はアクアと話をしてる仲間の方に行って、話に参加する。

 めぐみんがレックスを不満げな顔で見ているのは、自分だけ口だけと言われてるからだろう。

 私もまだめぐみんの魔法は見ていないので、その力量を把握できずにいる。話の通り最強の攻撃魔法を使えるなら火力は申し分ないはず。

 ゆんゆんは中級魔法を使える。

 レックス達はアクセルで腕利きのパーティー。

 合計で七人。

 相手が大物悪魔でも倒せそう。

 

「いつ悪魔と遭遇するかわからないからな。今の内に支援魔法をかけてもらうぞ」

 

 レックスが指示を出した。

 出会ってからかけるのでは遅い。それだとかけ終わる前にやられかねない。

 彼の指示に私達は素直に従う。

 アクアは私達に支援魔法を次から次へとかけていく。二十回以上唱えても失敗することはなく、また疲れた様子は欠片も見せず、必要な支援魔法を全てかけ終えた。

 そんなアクアにみんなは尊敬と憧憬の眼差しを送る。少し興奮してるのか頬がうっすらと赤い。

 ふうん。アクアの実力は本物なんだ。

 

「おいおい。凄すぎだろ!」

「あれだけやって集中力が途切れないなんてね。私達のパーティーに来てほしいわ」

「そう? まあ、私ぐらいになっちゃうとね、これぐらい当然というか」

「おい、話はそれぐらいにして行くぞ。支援魔法もずっと続くわけじゃない」

 

 話が長くなりそうと見たレックスはソフィ達の会話を強引に終わらせる。

 私達は固まって歩を進める。

 悪魔が不意打ちで魔剣の勇者を倒したという話があるので、私達は周囲を注意深く見ながら、ゆっくりと歩く。

 敵が奇襲で、私達の中心に降り立って攻撃してきたら厄介だ。中心ということは誰でも狙えるということ。それでアクアがやられたらピンチになる。

 悪魔の奇襲が一番怖い私達は警戒と慎重を怠らずに進み。

 

「くんくんっ。あっちから悪魔の臭いがするわ。中々臭いわね。いたっ!?」

 

 私は無言でアクアの頭を軽く叩いた。

 アクアは私に向き直り、怒った顔で睨んできた。

 

「何すんのよ!」

「あんた、悪魔の居場所わかるなら最初からそう言いなさいよ。無駄に警戒とかしたじゃないの」

「だって聞かなかったじゃない」

「だからって、ああもう。いいわ。とにかくあっちにいるのね? 近いの?」

「そうね。少し歩けば着くわ」

「そう。じゃ、悪魔見つけたらあんたは一番強い魔法で攻撃しなさい。そのまま滅ぼしていいから」

「任せなさい!」

 

 全てを押し付けると、アクアは自信たっぷりの笑みを浮かべて胸をドンと叩いた。

 悪魔退治でミスすることはないとばかりの態度に、むしろ不安になる。

 まだアクアのことを本物の女神とは認めてないから、不安を持つのかもしれない。

 でも、さっきの支援魔法はちゃんとしてたのよね。

 実力は本物だったし、信じてみよう。

 アクアが一発で仕留めてくれたら私は楽できる。

 むしろ、今日まで私が全部やってきたんだから、今回ぐらいは楽させてほしい。

 アクアが悪魔を倒してくれることを願いつつ、悪魔がいる場所へ進む。

 

「着いたわ」

 

 アクアは顔だけこちらに向けて言った。

 レックス達はこくりと頷いた。

 それを見て、

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「うおおおおおおお! いでええええええ!」

「避けんじゃないわよ!」

 

 アクアは先制攻撃を仕掛けた。

 私やレックス達はアクアを守るように前へ飛び出す。

 悪魔のいる場所は広場になっていて、木に邪魔されることなく動くことができる。

 見れば、先ほどの魔法で右腕の肘から先を失ったらく、痛そうに右腕を押さえている。

 

「くそっ! どういう破魔魔法だよ! この俺様の腕を消し飛ばすなんてよ!」

「そのまま消されてくれたらよかったのに」

「ふざけんな! てめえら覚悟はできてんだろうな」

 

 悪魔が凄んでくる。

 悪魔らしい外見もあって、かなり怖い。

 強そうな感じがびんびんと伝わってくる。

 正直、支援魔法を受けても一撃もらったらあの世行きになりそうだ。

 

「そっちこそ覚悟しなさいよ。次は腕じゃ済まさないから」

 

 アクアが後ろから挑発する。

 悪魔は怒りから体を震わせ、青筋を立てる。

 いつ攻撃してきてもおかしくない中で、レックスが大声で言った。

 

「上級魔法を使われないようにするぞ!」

 

 悪魔を四人で取り囲む。

 私はスキルを発動して、切れ味を上げる。

 悪魔の気を一人に向けさせないように注意を払う。

 誰かが攻撃をしたら、すぐに別の人が次の攻撃に出る。

 悪魔はその見た目に反して動きは素早く、無駄なく私達の攻撃をかわしたり、防いだりする。

 片腕でよくやれるなと感心しつつ、悪魔の首目掛けて剣を振り下ろす。

 

「うおっ!?」

 

 残念ながら避けられた。

 悪魔はすぐに距離を詰め、左手を叩きつけようとしてきた。

 私を守るように、悪魔の横っ面に槍が飛んでくる。

 悪魔の右腕が一瞬だけど、ピクリと動く。

 

「くそ!」

 

 悪魔はその場から身を引いて槍をかわし、吐き捨てるように悪態を吐いた。

 悪魔は一歩、二歩と下がって距離をとる。

 

「くそ。右腕さえあれば、てめえら雑魚に手こずらねえのによ……」

 

 悪魔が愚痴る。

 敵に右腕がない、これは私達にかなり有利に働いていた。

 悪魔は右腕をなくしたばかりだ。そのせいかたまに変な動きをする。恐らく右腕で攻撃や防御をしようとしているのだろう。

 それで大きな隙をつくっている。

 魔王の幹部級と恐れられたこいつをここまで押さえ込めるのも、アクアの先制攻撃のおかげだ。

 このまま悪魔を弱らせたい。

 そう思った矢先のこと。

 悪魔は地面を強く踏み込んだ。

 

「おらあ!」

 

 悪魔は防御を捨てて、テリーに体当たりを仕掛けた。

 多少の傷はやむを得ないと考えたのだろう。悪魔は背に二つの切り傷を負ってでも危険な状況から脱することを優先した。

 支援魔法がかかっていても悪魔の体当たりに耐えることはできず、テリーは吹っ飛ばされた。

 テリーは地面をごろごろと転がり、止まると呻き声を上げる。

 幸いにもアクアの近くに転がったので、アクアが駆けつけて、すぐさま回復魔法をかける。

 一方で、囲まれている状況から抜け出た悪魔は振り返って私達に左手を向けた。

 このあと悪魔が何をしてくるか予想がついた。

 だけど、あるものを見た私は回避よりも攻めを選ぶ。

 

「ばかっ! 下がれ!!」

「くたばれ! カースド」

「『ライトニング』!」

 

 雷が悪魔の後頭部に直撃した。

 後ろから殴られでもしたみたいに、悪魔の頭が前に傾く。

 悪魔は私を見ることなく、後ろに跳んだ。

 ほぼ同時に私は剣を振り下ろす。

 振り下ろされた剣は悪魔の体に傷を走らせるも、深いものにはならなかった。

 

「「ああ……」」

 

 決まったと思ったのだろう。

 レックスとソフィの残念がる声が後ろから聞こえた。私も今のはもう少し深めに行くと思ったんだけど……。

 悪魔は着地と同時に地面を蹴り、私に接近する。

 左手を振り上げる。そう来るのは予想できていたから、回避は難しくなかった。

 反撃しようとした時、危険を直感して横に跳んだ。私がいた場所を、大きめの石が風を切る音を鳴らして通り過ぎる。

 冷や汗が頬を流れる。

 もし当たっていたら骨折していた。

 危険な攻撃を回避したが。

 足が着く寸前の私に、悪魔が裏拳を放つ。

 空中にいるままでは回避できないと踏んだんだろうけど――。

 避けようとして、思い止まる。

 よほどのことがない限り力は使わないと決めた。

 咄嗟に剣で防ぐも、ぶっ飛ばされる。

 地面に背を打ち、ごろごろと転がる。

 止まったところで体を起こす。

 腕に痺れや痛みはあるが、どちらも軽いからすぐに治る。

 さっきのは私を仕留めるためのものじゃない。

 そうなると私を遠ざけることが目的ということになるが……。

 

「てめえだな! 『カースドライトニング』!」

 

 アクアに向かって、黒い稲妻が走る。

 対象を貫こうと駆ける黒い稲妻を、テリーは斧を盾代わりにして受け止める。

 しかし、上級魔法が斧にぶつかった衝撃は大きく、その場に踏み止まれなかった。

 テリーはアクアを巻き込んで後方に飛ばされた。

 

「ふきゃ!? いたた……。ちょ、ちょっと大丈夫? 今回復魔法を」

「あ、いつを……」

 

 回復魔法をかけようとしたアクアを手で制して、テリーは絞り出すような声で頼んだ。

 頼まれたアクアは戸惑うように彼を見るが……。

 テリーは他に何かを言うことはなかった。

 制するために上げた手が重力に従い、地面に下ろされた。

 悪魔の体当たり、上級魔法、この二つを一人で受け止めた彼は限界が来て、気を失った。

 アクアは気を失ったテリーを少しの間見つめる。

 やがて、右手を悪魔に向け。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「があああああああああああああ!!」

 

 悪魔は透き通るような青い炎に包まれ、悲鳴を上げた。

 アクアは右手を悪魔に向けたまま立ち上がる。

 ゆっくりと前に数歩歩き、立ち止まる。

 顔を下に向けていて、表情が見えない。だけど、怒っているのがわかった。

 顔をばっと上げたアクアは悪魔を怒りの形相で睨む。

 

「悪魔の分際で人の命を奪うとか何様よ……。下等な存在なんだから大人しく死ねばいいのよ!!」

「そんな、テリー……」

「嘘だろ!? テリー!」

 

 えっ? あの人気絶しただけじゃないの? 本当は死んでいたの? アクアの方が近いから、遠くにいる私よりは正しい判断はできるだろうけど……。でも、死んだとは思えないのよね。

 仮に死んでたとしても蘇生魔法ありますよ。

 アクア使えますよ。

 しかし、当の本人はそのことをすっかり忘れているのか、絶対に許さないと叫んでる。

 わかってたけど、ばかだ、あいつ。

 

「テリー。お前の仇は絶対にとるからな!!」

「覚悟しなさい! 魔法使いの二人もバンバン使いなさい!!」

「はい! 魔力がある限り、魔法を使い続けます!」

「今こそ見せてあげましょうか。我が魔法を!」

 

 テリーの死を受けて、私以外がかなりやる気を出した。

 悪魔はレックス達の尋常ならざる意気込みに怖じ気づいて、冷や汗を流して後ずさる。

 見る限り、悪魔はさっきの魔法を食らったせいで弱っている感じがする。

 これは一気に攻めたら倒せそうだ。

 

「ふう……」

 

 息を深く吐いて、私は剣を握る手に力を込める。

 痺れはなくなった。これなら大丈夫だ。

 私は地面を強く蹴り、悪魔へと駆け寄る。

 剣を横に振るう。

 それを悪魔は硬い左腕で防いだ。

 斬れてる感じがないから、スキルの効果が切れてる。大事なところでか……。

 

「『ライトニング』!」

「グガッ! 鬱陶しい魔法使いやがって!」

 

 雷に撃たれた悪魔は左腕にぐっと力を入れて振るい、私を飛ばした。

 レックスは私が飛ばされると同時に悪魔の背に斬りかかる。

 

「いっ、てええええええな、ごらあ!」

「『ライトニング』!」

「ガッ!? く、くそ、この俺様がてめえらなんかに!」

 

 レックスに反撃しようとするが、ゆんゆんがそれを許さなかった。

 今度は顔面に雷を撃たれ、痛みに震えていた。

 あまりにも隙だらけな光景に、ソフィはレックスと入れ替わり、攻撃を仕掛ける。

 私はスキルを発動して、再度切れ味を上げてから接近する。

 ソフィも支援魔法が切れてしまったらしく、槍は深々と突き刺さってはいなかった。

 悔しそうに下唇を噛むソフィに悪魔は左手を向けて。

 しかし、私に気づくと左手を戻して振り下ろした剣を防ごうとした。

 ソフィのことと、さっきの私のことで、悪魔は簡単に防げると思ったのだろう。残念だけど、さっきと違ってスキルはかかっている。

 

「イッデエエエエエエエエエエエエ!?」

 

 悪魔の左手を切り落とす。

 悪魔の左手ともなれば蛙を切り裂くのと同じはずもなく、スキルをかけていても硬いと思うほどだ。

 そりゃスキルとかないとダメージ入らないわよね。

 

「『ライトニング』!」

「いい加減鬱陶しいんだよ!」

 

 悪魔は胸に雷を撃たれ、怒りの声を上げる。

 両手を失い、絶体絶命だというのに、精一杯威圧してくる。攻撃するのを躊躇させるものがある。

 上位悪魔というだけのことはあるが、私は剣を握り直して構えをとる。

 私を見て、悪魔は独白する。

 

「ちっ。魔剣の勇者には痛い目を見せられたってのによ……。俺様をまるで怖がらねえ変な格好の女剣士に、鬱陶しい魔法を使う魔法使いに、極悪な破魔魔法を使うアークプリーストか……。お前らのどこが駆け」

「あんたの話なんか興味ないのよ! 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「えっ?」

「ぎゃああああああああああああ!」

 

 アクアの魔法によって、悪魔は滅んだ!

 

 

 

 悪魔を倒した私達は来た道を引き返している。

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、軽い足取りで歩くアクアの後ろを私達はついていく。

 そうそう、テリーはやっぱり気絶してただけだった。

 テリーは私達が悪魔を倒してすぐに目を覚ました。

 生きていたことをレックス達は泣いて喜び、その後ろでアクアは申し訳なさそうにしていた。

 死んだ扱いされたテリーはアクアの回復魔法ですっかりよくなり、レックス達と一緒に歩いている。

 色々あったけど、悪魔を倒すことができてよかった。

 これもみんなが頑張ったおかげとも言えるが、一人残念な子がいるのを見落としてはいけない。

 

「口だけ魔導師はやっぱり口だけだったな」

 

 にやにやと笑うレックスにからかわれて、めぐみんは不満げに睨みつける。

 ぐぬぬ、と唸ったかと思えば。

 

「ならば、森から出たあとに我が魔法を見せてあげますよ! 口だけでないというのを見せてあげますよ!」

「おいおい。無理しなくていいんだぜ?」

「無理なんかしてませんから!」

「ほう。なら、見せてもらうとしますかね」

 

 まるで信じていないレックスをめぐみんは親の仇を見るような目で睨む。

 歯をギリギリと鳴らし、杖を握る手に力を込める。

 

「何々? めぐみん、爆裂魔法撃つの?」

「はい。この男に爆裂魔法とは何かを教えねばなりませんので」

 

 リベンジに燃えるめぐみんに、アクアは楽しみーと言って、爆裂魔法に期待を寄せる。

 私も最強と言われる魔法がどんなものか気になる。

 気になるのだが……。

 杖を振り回してレックスを威嚇するめぐみんを見てると、こいつ本当に使えるのかと思ってしまう。

 

「目にものを見せてやります!」

 

 猛るめぐみんは森を出ると、

 

「しかとその目に焼き付けるといいですよ!」

 

 杖を構えて、詠唱をはじめた。

 めぐみんはこう言った。一回で魔力が空になり、倒れることになると。

 めぐみんは持てる魔力全てを杖の先に集め、凝縮させる。

 凝縮された魔力はパチパチと静電気のようなものを放ち、空気を震わせる。

 ゆんゆんが使っていた魔法とは比べものにならないほどの強い魔力を感じる。

 

「これこそが人類が誇る最強の攻撃魔法です! 『エクスプロージョン』!!」

 

 カッ、と閃光が走る。

 草原に魔法が突き刺さり、大爆発を起こした。

 大地が大きく揺れ、爆風が草原を駆け抜ける。

 爆裂魔法により大地に大きなクレーターができる。

 これならあの悪魔も葬れたと思えるほどの威力だ。

 口だけ魔導師じゃなかったみたいね。

 レックスを見れば、度肝を抜かれたのか、何も言えずに突っ立っていた。それは彼のパーティーメンバーも同じで、爆裂魔法の破壊力に言葉を失っているようであった。

 

「はふっ……」

 

 爆裂魔法を使っためぐみんは言っていた通り、倒れてしまった。

 そして、満足げに呟く。

 

「爆裂魔法を撃った爽快感、最高です」

 

 ……もしかしなくても、レックスとの会話を忘れているわね、あれ。今の爆発で吹っ飛んだのかしら?

 めぐみんはすっかり忘れている様子で、レックスに絡もうとしない。

 そんなめぐみんをゆんゆんは慣れた手つきで背負い込む。

 何で慣れてるのかは聞かないでおこう。

 

「いやあ、凄かったわ! 流石爆裂魔法ね!」

 

 アクアはさっきの爆裂魔法に、猛烈に感動したようで、たくさん褒める。それを受けてめぐみんは鼻高々となり、めぐみんの言葉を聞くゆんゆんは少し呆れながらもどこか嬉しそうにしていて。

 めぐみんの言う通り爆裂魔法は凄かった。

 あれならどんなモンスターでも倒せそうと思えるほどの高火力魔法だ。

 デメリットも大きいけど、それに釣り合うだけのものがある。

 でも、私の記憶にある限りだと、爆裂魔法を使う必要があるモンスターはアクセル周辺にはいなかったはずだけど……。

 まあいいや。

 今日は疲れたし、はやく帰ろう。

 

 

 

 

 

 私達はかなり心配されていたらしく、ギルドに戻るとみんなが口々に無事を確認してきた。

 だけどそれも、討伐完了の報告をすると一瞬でなくなり、代わりに褒め称える声となった。

 それが数日前のこと。

 そして、今。

 私はギルドでのんびりとお茶を飲んでいた。

 悪魔討伐の報酬は一人当たり三百万エリス程度であった。

 あの時点では悪魔の実力は不明であったためにつけられた賞金は強さの割りに安いものであった。しかも稼ぎ場を取り戻すことを目的としたものだったので、賞金の重要性は低かった。

 それでも熊を狩るよりは実入りがよかったのは事実である。

 資金に余裕ができたことをきっかけに仲間を募集することに決めた。

 そういうのは専門外なので、アクアに全て任せた。任せたんだけど、何て書くのか気になって一応目を通した。

 

《募集要項 上級職のみ! 当方、強くて美しいソードマスターが一名、超優秀な美人アークプリーストが一名》

 

 ここ駆け出し冒険者の街なんだけど。あと、あんたは美人かもしれないけど、私はそんなじゃない。

 言いたいことは色々あったけど、修正するのも面倒だから見なかったことにした。

 アクアが機嫌よさげに鼻歌を歌いながら、メンバー募集掲示板に今仕上げた紙を貼りつけに行った。

 あんなんで来る人はいるのだろうか。

 来ないなら来ないで、レベル上げとちょっとした実験をしに行くつもりだからいいけど。

 

「ふふん。誰が来るか楽しみね!」

 

 アクアの自信満々の言葉に、私は「そうね」とだけ返してお茶を飲む。

 あんな募集を見て来るのはきっと、

 

「募集の貼り紙見させてもらいました」

 

 アクアと同じような奴だ。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りし者!」

「帰ってどうぞ」

「!?」




悪魔討伐はミツルギ?マツルギ?さんがやられた日にしてみました。
ホーストが幹部級と言われても、どうしてもバニルさんと比べてしまい……うん。


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第四話 とあるクルセイダーが来るそうです

今回は独自設定突っ込みました。
あと書籍読んでてふと気づきましたが、アクアも脇出してますよね。
脇女神……。


 仲間を募集したら、めぐみんが来た。

 帰ってどうぞと言われためぐみんは頭を下げて、今度はお願いしてきた。

 

「仲間に入れて下さい」

「いいわよ」

「ほ、本当ですか!? ……そんなにあっさり加入を許してくれるなら何で拒否したんですか?」

「特に深い意味はないわ」

「そうですか……」

 

 ちょっとからかっただけで、本気で拒否したわけではない。

 めぐみんか……。

 爆裂魔法は確かに凄まじかったけど、アクセル周辺で使う相手はいないのよね……。

 とはいえ、先日の悪魔みたいな大物が来ないとも限らないから不要とは言い切れないし、もしかしたら何か有用にする方法見つかるかもしれない。

 

「ん? あんた、その杖何か変わった?」

「ほう。これに気づくとはレイムも中々やりますね! そうです、新調したんですよ!」

 

 めぐみんの話によると、マナタイトとかいう魔法の威力を上昇させる金属を杖に使用したらしく、爆裂魔法は更なる高みに上ったとのこと。

 あんなものを更に強くしたらますます使う場面が限定される気がしなくもないけど、それはめぐみんの問題だから放っておこう。

 

「そういうわけで私としては爆裂魔法を撃ちたいのです。この杖でどうなるか試して見たいんです!」

「まあ、私も私で試したいことあったし、付き合ってもいいわよ。アクアはどうすんの?」

「私も行くわよ。一人は寂しいじゃない」

 

 そんなわけで私達は実験をしに行くことにした。

 街を出れば、でっけえ蛙がいるからそいつで試そうと思ったのだけれど。

 めぐみんからだめ出しが入る。

 

「だめです。街の近くですとまた守衛さんに怒られてしまいます」

「また? 前にも怒られたの?」

 

 めぐみんはこくりと頷いた。

 よく考えてみたら爆裂魔法が街の近くで撃たれたら騒ぎになるわよね。

 あれは大爆発ってレベルだし……。

 というわけで私達は街からはなれ、苦情が出ないところまで移動した。

 ここからでも街は見えるが、距離を考えたら問題は出ないだろう。

 すぐに蛙を見つけ、めぐみんに言った。

 

「じゃ、先に私からやらせてもらうわね」

「いいですが、何をするのですか?」

「それはお楽しみね」

 

 私は現在修行をしている。それはレベルアップに影響があるかどうかを調べるためであり、私のレベルアップへの執着があるから続いてるものだ。

 月のあの女を目標に神降ろしを鍛えることにしたわけだが、これが難航している。

 私がどうこうではなく、この世界の神様は協力的でない。

 修行して三日目に、

 

『他の神も下ろすの? じゃあ無理』

『自分の信者でないからやだ』

『色々な神を降ろす予定? 自意識過剰すぎ笑た』

『他の神も降ろすってことは、今より信仰心の争奪を悪化させかねないからねえ。聞けないわ』

『我らより精霊宿したら?』

 

 色んな神様からこんなことを言われた。

 幻想郷にいた時はやれたんだけどなあ……。

 結局承諾してくれたのは、女神エリスのみだ。

 女神エリスは人々を守ることに繋がるならと言って話を飲んでくれたいい女神だ。ただし、仕事が多いそうで、強いアンデッドや悪魔の時だけにしてと言われている。

 強いモンスターの時しか降ろせない場合、もしかすると一生出番がない可能性も……。

 他の神様は絶望的とわかってしまったので、頼る気にはなれない。

 エリス様みたいに協力してくれるのはいるかもしれないが、当分探す気はない。

 そうなると私は自力で何とかしないといけないわけで。

 でも、私は神様が助言で言った“精霊宿したら”を生かすことに成功したのだ!

 この世界には色々な精霊がいる。アクアの話では、精霊は本来は決まった実体を持たず、人のイメージでその姿が決まるらしい。

 普通の生物よりは、むしろ神様とかに近いものがある。

 でも、精霊の格は神様より下なわけで。

 宿すのは簡単だった。いや、神様と比べる方がおかしいのかもしれないわね。

 ただ神様と違って、精霊は意思の疎通が難しいので自分で見つける必要がある。

 その精霊、普段はどこにいるかというと、わりと色んなところにいたりする。

 街の中は人でいっぱいだからそんなにいないけど、街の外に出たら話は別だ。

 湖なら水の精霊が生息しているし、草原なら地の精霊がいる。

 街の外に出て、少し遠くに行けば簡単に地の精霊は発見できる。普通の人は見えないけど。

 私は地の精霊を身に宿し、霊力……、この世界では魔力か……、どっちでもいいや。精霊を宿した状態で魔力を手のひらに集めると土ができる。

 魔法ではない。

 これは精霊が持つ能力みたいなものだ。

 詳しい原理はわからないが、精霊に魔力が触れるか流れるかすると土属性に変わり、それを体外に放出すると土になる。

 残念ながら魔法のように練られたり、効率化されていないので、初級魔法にも及ばないものになるのだが……。

 しかーし!

 問題はそこではない!

 私は閃いたのだ。

 この変換される時の感覚を掴み、実現できれば、精霊を宿さなくても一人でやれるようになるんじゃないのかと!

 地の精霊を我が身に宿し、魔力が変換される時の感覚……。精霊の力で自動変換されるとはいえ、あくまでも外部による影響であり、私からすればただ手のひらに土をつくるだけではない。

 変換される時の感覚があるのだ。

 私は習得すべく、精霊を身に宿して変換、失敗覚悟ではなして変換、これを繰り返してきた。

 神様が行う神業を習得するのは不可能だが、今回のことについてはそうではない。

 水を火で熱すればお湯ができる。私が習得しようとしている精霊の能力というのはこれぐらい単純で簡単なもの。

 それぐらいのものだからできない理由はどこにもない。

 私からしたらない。

 結果から言えば、私の理論は正しかった。

 魔力を土に変換できた。

 しかし、それでできる土はどういうものかというと、何年も手入れされていない土地の固い土みたいなもので、ぶっちゃけ花壇の土のが十倍優れてる。

 とはいえ、できたことに意味があるわけで、この時は完成度を求めていない。

 そもそも魔法のように洗練されていないのだから、できあがったものの完成度が低いのは当たり前。

 あとはこれを魔法のように高める。

 戦闘で使えるレベルまで持っていこうと改良しつつ、同時に他の属性もできるように練習した。

 水の精霊を宿し、水に変換する時は……。土と水の違いは……。といった具合に調べ上げ、その差を知ることができた。

 それを他の属性に応用することで、精霊を宿すことなく、火、風、雷といったものも変換できるようになった。

 雷がしっくり来て、そのため雷は他よりも進みがはやかった。

 はじめは、というか最後まで手探りでやって来た私は昨日ついに完成させた。

 先日のゆんゆんの魔法を超えるものを手にした。

 それがこれよ。

 私は右手を前方の蛙にかざす。

 

「『霊夢式ライトニング』!!」

「「!?」」

 

 右手から七色に輝く雷が身をくねらせて蛙へと駆け抜けていき――。

 直撃すると、蛙の体を貫き、命を奪う。

 雷に撃たれた瞬間の蛙はその大きな体を一瞬大きくビクン、と震わせた。

 威力、飛距離は問題なしね。

 神降ろしの修行よりこっちに夢中になった甲斐があるってもんよ。

 夢中になってただけでさぼってない。

 

「ねえ、レイムさん、今のは何かしら?」

「明らかに中級、いえ上級並みの魔法でしたよ?」

「これは私がつくった魔法よ。この前の悪魔の時は未完成だったけど、昨日ついに完成したのよ」

「最初から反則スペックなのに、どうしてますます反則スペックになるのよ!」

「ソードマスターは嘘だったんですね、わかります」

「魔法も使えるソードマスターってだけよ」

 

 私が魔法と言ってるだけで、本当に魔法になるかは疑問であるが。

 私はこんな風に精霊の力を利用したが、本職のエレメンタルマスターは他の方法も取るようだ。

 エレメンタルマスターは精霊に働きかけ、何か色々やるらしい。多くの人が集まり、大地に大穴をつくったこともあるそうだ。

 ……私も今度働きかけてみよう。

 

「あんた、それどうやってんのよ」

「私も気になります。ソードマスターのスキルにあるはずありませんし、そもそもなぜレイム式なのか。じっくり教えてもらいましょうか」

 

 アークウィザードだからか、めぐみんはアクア以上に気になっている様子だ。

 魔法使い故に変わった魔法が出たら気になるのか。

 

「魔力を雷に変換してんのよ」

「「はっ?」」

「苦労したのよ。精霊を宿して、精霊の力で自動変換される感覚を掴み、魔力をそのまま属性に変換できるようになったら調整をかけて」

「ごめんなさい。レイムさんが何言ってるかよくわかんないわ」

 

 知力に比例して理解力も乏しいのか、この女神様は。

 というか、人が気分よく話してるんだから最後まで言わせてほしい。

 私が呆れたように首を振ると。

 

「精霊を宿すって、レイムはエレメンタルマスターじゃないですよね? それにかなり難しいはずですが……」

「簡単よ。その辺の精霊掴んで、宿すだけだし」

「それが難しいんですが」

「そんなことないわよ」

「レイムがおかしいのはわかりました」

「おかしくないわよ!」

 

 なぜか気の毒な人を見る目で見てくる。

 私がおかしいところはない。

 この世界に順応した結果の魔法だ。

 納得がいかない。

 おかしくないことを証明するために、めぐみんを諭すように語る。

 

「いい? 最初はその辺にわんさかいる精霊を捕まえるの」

「いや、いませんよ」

「あんたが見えてないだけで……、ほら、今私の手のひらの上にいるわ」

「ごめんなさい。どうして見えるんですか?」

「見えるのに理由なんかないわ。アクアは見える?」

「神の目は全てを見通すから見えてるわよ」

「これは見えるのね。で、こいつをこうして」

 

 精霊をスッと体に宿す。この感じ、懐かしい。

 宿したのを見て、アクアは驚きの声を出す。

 

「うわ! 本当にできるのね! 見たところエレメンタルマスターがやるのとは違うわね」

「こいつを宿した状態で魔力を放出すると、勝手に土に変換するのよ。ほら」

「へえ、面白いわね」

「相変わらず私にはわかりませんが……、しかしこれはどういう原理なんでしょうか?」

「能力みたいなものよ。魔力を土に変換するっていうね。こいつらは無意識にやるけど、その時の感覚を掴めばこっちのもんよ。ありがとね」

 

 地の精霊にお礼を言ってはなす。

 この子に伝わることはないが、気持ちの問題ね。

 さっきまで変な思いをしてたはずなのに、草原の上でくつろいでいる。逃げる素振りは見られない。

 今回宿した精霊は小さい子供みたいなもので、何をされたのかよくわかっていないのかも。

 精霊にも成長というものがある。この子達が大きくなり、魔力が強くなると、実体化するほどの精霊となる。

 私の説明を聞いためぐみんは。

 

「やっぱりレイムは変ですね」

 

 解せない。

 今の説明ではだめだったのかと思い、今度は短くてわかりやすいように話す。

 

「精霊と同じやり方でさっきの魔法を使ったのよ」

「だから変と言ってるんですよ。さっきレイムは能力みたいなものといいましたが、それが本当ならレイムは能力を得たことになりますよ」

「それは違うわよ。私の場合は技術になるわ。例えば、料理にはスキルがあるけど、なくてもつくれるでしょ? それと同じよ。つまり今回私はスキルを必用としない魔法を使った。それだけの話よ」

「なるほど。それなら……んん?」

 

 やっぱり変だと首を傾げ、腕を組んで目を閉じ、考え込む。

 紅魔族は賢いと聞くので、その優秀な頭脳で様々なことに触れているのだろう。

 ならば、私が正しいとわかるのも時間の問題だ。

 やがて、答えを導き出しためぐみんはすっきりしたように、小さな笑みを浮かべて言った。

 

「ソードマスターなのに精霊が見えたり、宿したり、能力を習得したり、どう考えてもレイムはおかしいです」

「ええっ!?」

 

 どうやら紅魔族が賢いというのはでっち上げだったらしい。

 それとも目の前にいるのはぱちもん紅魔族なの?

 私はめぐみんを見据える。

 

「……どうあっても私を変人扱いするのね」

「むしろ変人と呼ばれない理由を知りたいのですが」

「ちぇ。ならいいわ。いつか霊夢式爆裂魔法をつくって、めぐみん泣かせるから」

「ふふ。楽しみに待ってますよ」

 

 面白そうに笑うめぐみんに私はムッとなる。

 爆裂魔法が難しい魔法とは聞いている。

 霊夢式ライトニングをつくるのとはわけが違う。

 しかし、めぐみんの余裕は爆裂魔法が難しい魔法だからというものではない。

 その態度からすると、どっちに転んでも構わないといった感じだ。

 まるでそれぐらいじゃ動じませんと言ってるみたいで、私はちょっと気に食わない。

 敗北したような気がする私は絶対に爆裂魔法をつくろうと思った。泣かす。

 

「では」

 

 話は終わったとばかりにめぐみんは帽子をいじり、私達から少しはなれると杖を構え、詠唱をはじめた。

 一日一発という燃費の悪さに目を瞑れば、現存魔法最高の火力を誇る爆裂魔法を、守衛さんでも簡単に倒せる蛙に撃ち込むめぐみん。

 おそらく最も無駄な使い方だと思われるが、使った本人は満足げに倒れた。

 その時だった!

 

「きゅあ!?」

「んっ?」

「いやあああああ!」

 

 いつの間にか近くに来ていた蛙がアクアを舌で捕縛し、パクリと食べた。

 蛙の口からはアクアの足が……。

 また食われたのか……。

 蛙に好かれた女神を助けに行こう。

 めぐみんに背を向けて剣に手を伸ばそうとした時。

 

「ちょっ、近くから来るとか予想外です。きゅっきゅぱ」

 

 地中から出てきた蛙に爆裂娘も食われた。

 二人が体内にいるから霊夢式ライトニングは使えない。

 剣を持ち、蛙討伐に動く。

 

 

 

 めぐみんを背負いながら歩くアクアはぐすぐすと鼻を鳴らす。

 二人とも蛙の液体でぬるぬるだ。

 この蛙の臭い、私はどうにも苦手で、触りたくない。

 それならと汚れたアクアにめぐみんを押しつけた。

 助けたんだからこれぐらいは許してほしい。

 

「蛙の中っていい感じに温いんですね」

「興味ないから言わないで」

 

 まさか、ちょっと実験しに行っただけで悲惨なことになるとは……。

 これもアクアの幸運のなさがなせるのか、それとも別の要因が絡んでいるのか。

 ……どうしたものかしら、これ。

 頼りにならない女神、一日一発だけの魔法使い。

 これから苦労する予感しかない。

 ぬるぬるになったアクア達は銭湯へ行かないといけないので、あとでギルドで落ち合うことにしてわかれた。

 ギルドに来た私は蛙のことを報告し、一万五千エリスいただく。

 蛙はこの街の名物食糧なので、クエストを請けていなくても、引き取り金額は安定してもらえる。

 しかし、クエストを請けていなければ当然五体討伐報酬は得られない。

 ミスったわね。

 これなら請けとけばよかったと軽く後悔する。

 溜め息を一つ吐く。

 適当なテーブルにつき、メニュー表を手に取る。

 今日は何を食べようか。そんな他愛もないことを思っていると。

 

「少しいいだろうか?」

「ん? 何?」

「これなんだが、まだ募集はしているだろうか?」

 

 尋ねてきたのは金髪碧眼の美女だ。

 彼女が装備する金属鎧は、そこら辺の冒険者の鎧よりもよさそうに見える。

 私よりも年上だろう。

 彼女の手には募集の紙があり、そういえばそんなのもあったなあと思いつつ返事をした。

 

「してるわよ。でも、それの条件は上級職よ。そこは大丈夫なの?」

「ああ。問題ない。私はクルセイダーという上級職だ。条件に当てはまる」

「ほう」

 

 あまり表情を変えないので、どことなく冷たい感じがするけど、アクアとかぱちもん女神とか駄女神とかに比べたらまともそうに見える。

 本当にクルセイダーなら加入を認めても問題なさそうだけど、一応他の二人にも聞かないとね。

 

「問題ないと思うけど、他の二人にも聞いてみないことには何とも言えないから待っててもらえる?」

「わかった。おっと。名乗るのが遅れたな。私はダクネス。よろしく」

「私は霊夢。ソードマスターよ。よろしく」

 

 

 

 それからしばらくして、アクアとめぐみんが来たので、ダクネスのことを紹介した。

 めぐみんはダクネスから冒険者カードを借りて職業を確認していた。それを見て、そういう方法もあるのかと感心した。

 と、ここでダクネスが言いにくそうにしながら、とんでもないことを口にした。

 

「その。私はクルセイダーなのだが、攻撃には期待しないでくれ。不器用すぎて当たらないんだ。しかし、防御には自信があってな。防御にスキルを全振りしているからどんな攻撃にも耐える自信がある」

 

 本当にとんでもないことだ。

 防御だけとなると、アクアのお守りをさせることぐらいしか…………、それはそれで助かるけど。

 

「問題ありませんよ。私なんて一日一発しか魔法使えませんし」

 

 問題しかない!

 

「防御全振り……。最強の盾って感じがして格好いいわね!」

 

 格好よくない!

 私が介入する余地もなく、ダクネスの加入は決定した。見た目に騙された……。

 でも、まともな人が加入したんだからいいか。

 攻撃に難があるとはいえ、性能に申し分ないけど性格に難があるアクアよりはまだいい方だ。

 むしろ、ここで求められるのは人間性だ!

 計画を立てる時とかに役に立つなら、攻撃が当たらないぐらい許す、大目に見る。

 何だったら私がダクネスの分まで攻撃する。

 だからお願いします。

 これ以上苦労の種を増やさないで下さい。

 

 

 

 翌日。

 ギルドの片隅にあるテーブルに紙の束を置き、独占する。

 私は御札をつくることにした。

 今までは生活を安定させることを優先していたが、今はお金に余裕があるので御札をつくることに。

 この世界、紙が意外と高いので大量に購入するにはそれだけの金額が必要となるが、悪魔の報酬で余裕がある今なら躊躇なく買える。

 アンデッド退治以外にも使えるようにするつもりだ。

 昨日素晴らしい結果を出した霊夢式ライトニングだが、こいつにも欠点はある。

 それは一度にたくさん出せないことだ。左右の手からビビビッと出せるけど、それ以上はめんどい。

 そこでこの御札だ。

 これに魔力を込めたら、霊夢式ライトニングを発動するというものにしたい。

 実現すれば十発、二十発の霊夢式ライトニングを一度に発動させることもできるのだ。

 これをアクアに言ったら「レイムがどこに向かってるのかわからない」と言われた。

 私にもわからないけど、楽しいからいいの。

 

「ららら~」

 

 これが完成すれば、私の冒険者生活は揺るぎないものになる。

 冒険者の生活は不安定で、しかも仕事は危険だ。その代わり法律さえ守っていれば自由な日々を送れる。

 裏を返せば、お金を安定して稼げるようになれば自由を満喫できる。

 御札を揃えることで、私は自由を満喫するのだ。

 そういうわけで今日は御札製作に専念する。

 クエストなんかやらない。

 私がせっせと御札をつくっていると、暇を持て余したぱちもん女神がこっちに来た。

 

「暇だから遊びましょうよー」

「私はこれがあるから。めぐみんかダクネスに構ってもらいなさいよ」

「あの二人は今ゲームしてるもん」

「ゲーム? ……ああ、あの変なゲームね」

 

 将棋のようなゲームをめぐみんとダクネスはやっていた。

 前に一度やったが、エクスプロージョンとかいうわけわかんないもので滅茶苦茶にされてから二度とやらないと決めた。

 

「観戦したらいいじゃない。中々白熱してるみたいよ」

「わかってないわね。そろそろエクスプロージョンが飛んでくるわよ」

「エクスプロージョン!」

「ああっ!?」

「ほらね?」

 

 それだけのことに誇らしげに胸を張るアクアを見て、毎日が楽しいんだろうなと心ないことを思ったり。

 私が御札製作を優先してるのが気に入らないのか、アクアは隣に座り、揺らしてきた。

 ええい、子供か、あんたは。

 揺らされては上手につくれないので、諦めて手を止め、アクアに顔を向ける。

 

「もうずっとやってるんだから、少し休んだら?」

「断っても邪魔するんでしょ。しょうがないわね」

 

 アクアの言葉を聞き入れるわけではないが、確かに長いことやっていた気がする。

 ここらで休憩するのも悪くなさそうね。

 御札をまとめ、手つかずの紙束もまとめ、布製の鞄にしまう。ペンは鞄についてるポケットに別にしまう。

 鞄を足下に置く。

 

「とりあえずお昼にしましょうか」

「そう? めぐみん、ダクネス、お昼にするわよー」

「レイムはもう終わったのか? 何やらずっと書いていたようだが……」

「休憩よ。あとで続きをやるわ」

 

 アクアが邪魔してきそうだが、せめて半分は終わらせておきたい。

 お昼ご飯を食べ終えて。

 満腹感で眠気が襲ってきた。

 この世界、意外と美味しいものが多い。

 蛙とかはじめはどうなのと思ったけど、食べてみると普通に美味しいのだから驚きだ。

 私が満足してると、ダクネスが話を切り出す。

 

「何かクエスト行ってみないか?」

「クエスト?」

「ああ。パーティー結成記念にクエストを請けてクリアという幸先のよいスタートを決めたいじゃないか」

「気持ちはわからなくもないわね。でも、大体のモンスターは私一人で倒せ……」

 

 メンバーを見て、気づいてしまう。

 蛙に食われるぱちもん駄女神、一回魔法を唱えれば倒れるぱちもん紅魔族、攻撃がまともに当てられないクルセイダー。

 まともに攻撃できるの私だけ!

 ……のんびりした日々を送れるようになるのだろうか、私は。

 突然話すのをやめた私をダクネスは不思議そうにしていたが、私が何も言わないのを見て、話を進めた。

 

「簡単なところでジャイアントトードがある。繁殖期を迎えていて街の近くまで」

「「蛙はやめよう!」」

「な、何でだ? 美味しいクエストと言われるぐらい簡単なもので、引き取ってもらえるから稼ぎもいい。森の悪魔を退治したあなた達なら余裕のはずだが」

「あー。こいつら蛙に食われてトラウマになってんのよ?」

「くわっ!?」

「蛙の唾液でぬるぬるになって、臭くなって。とにかく散々な目に遭ってんのよ」

「ぬるぬる……んっ」

「?」

 

 なぜダクネスは頬を赤くしているの?

 どことなく興奮しているような……。

 戦う時に興奮する人がいるとは聞いたことあるけど、ダクネスもそうなのだろうか?

 苛烈な戦いを想像して興奮したのか。

 相手はたかが蛙なのだが、食われたりしたという言葉から強敵風に想像してるのかもしれない。

 そういう人を見るのははじめてなので、ついつい物珍しい目で見てしまう。

 

「蛙以外でお願いします。それ以外なら爆裂魔法でどうにかなりますので」

「そうよ! わざわざあんなものと戦う必要なんかないわ!」

 

 正門の前にいる守衛さんでも簡単に倒せる蛙に本気でびびってる上級職がこの二人です。

 誰がどう考えてもパーティーを組む相手を間違えたと思うはず。

 弱い相手を倒して幸先のよいスタートを決めたいというダクネスの意見を尊重したいところだが、決めたところでどうなるんだと思えてきた。

 

「蛙以外となるとゴブリンだが、それは今はない。どうしたものか……」

「蛙でいいんじゃない? そこの二人の意見なんか無視しちゃって」

「「!?」」

「それは可哀想だ。他にいいものがないか見てみよう」

「「ほっ」」

 

 どんだけ蛙が怖いのよ……。

 アクア、あんたは私と魔王を倒しに来たのに、どうして雑魚モンスターがトラウマになってんのよ。

 そんなんで魔王を倒せると思ってんの?

 私は倒すつもりないけど。

 わざわざ倒しに行くなんて面倒。

 私は御札、魔法を完成させて自由に満ちた生活を満喫するのだ。

 二つが完成すれば強い敵もバンバン倒せるようになり、レベルアップもすぐだろう。

 強い……敵……?

 駆け出し冒険者の街アクセル。周辺には弱いモンスターしかおらず、低レベル冒険者がレベルを上げるには最適の地域である。この街で強いモンスターと言うと初心者殺しや一撃熊といったものになる。

 上位悪魔ほどのモンスターが住み着くのは、十年に一度あるかどうかと聞いた。

 そして、この私のレベルの上がらなさを加えてみたらどうなるだろうか?

 はじめから間違えていたのかもしれない。

 蛙を倒して経験値少なーい。何て間抜けな発言だろうか。

 弱いモンスターなら経験値も少なくて当然。

 私が本当にするべきこと、それは……、強いモンスターを倒すこと。

 強いモンスターなら経験値も多くもらえる。

 そうだ。

 蛙を倒してる場合じゃない。

 私はテーブルを強く叩く。

 

「強いモンスター倒したい!」

「うわっ。急にどうしたのよ」

「私のレベルは未だに1なのよ。そろそろレベルも上がっていいと思うんだけど、それじゃだめなのよ。本当にレベルを上げたいなら強いモンスターと戦う必要があるのよ」

「えっ? レイムってレベル1なんですか? そうには見えないのですが」

「森の悪魔討伐に活躍したと聞いているのだが」

「ま、これが証拠よ」

 

 二人に渡す前に見てみたが、やっぱりレベル1であった。

 悲しい。

 二人は私のレベルを見て驚き、

 

「何ですかこの魔力は!?」

「幸運もとんでもないぞ。他のステータスも文句なしに高い……。こんなレベル1がいたんだな」

「なるほどなるほど。レイムもやるわね。でも、魔力は私のが上のようね」

 

 アクアは二人の反応に、負けてられないと思ったのか、カードを取り出して私に見せてきた。

 レベルは4とあり、これはこの前の悪魔の経験値で上がったのね。羨ましい。

 ステータスは……。うわ、確かに魔力はアクアのが高い。やっぱり女神だけあって、スペックは高い?

 あれ?

 

「ちょっと。最初の時とステータス変わってないじゃないの」

「この私ともなれば、ステータスなんて最初からカンストよ」

「カンスト?」

「つまり最大値ってことよ。どう恐れ入った?」

「そんな……」

 

 つまりアクアの知力は今後上がらないってこと?

 そんな、そんなことって……。

 私はある言葉を思い出した。

 ばかは死ななきゃ直らない。

 ばかにつける薬はない。

 何てことなの?

 つまりアクアは永遠にばかってこと?

 こんな、残念な神様がいるなんて……。

 目が、目が熱くなる。

 

「そうね。アクアの魔力は私より高いわ」

「ね、ねえ、どうしてそんなに優しい顔をするの? どうしてそんなに優しく言うの?」

「今日はアクアが食べたいもの食べに行きましょう」

「どうしたの? 何で急に優しくするの?」

 

 私の反応にアクアはあたふたする。

 そのアクアを私は優しく見つめる。

 今までぱちもん女神とか駄女神とか散々言ってしまったけれど、これからはもっと優しくしよう。

 他の二人はアクアのカードを見て、私の反応に納得がいったようで、そっとカードをアクアに返した。

 そのあとに私のカードを返してきた。

 私の優しさにアクアがあたふたしている中、ダクネスは口の前に拳を持っていき、こほんと咳を吐いた。

 

「話は戻すが、レイムは強いモンスターと戦いたいんだな? 私としては構わないが、パーティーの平均レベルは駆け出しの駆け出しだぞ」

「大丈夫よ。初心者殺しか一撃熊狙うから。まあ、本音を言えば他の街に行って強いモンスターを狩りたいんだけどね」

「それだとレベルが足りなくて断られる可能性がありますよ」

「そうなったら通さずに狩るって手段があるわよ」

「それはそれでトラブルを生むことになりますからやめておいた方がいいですよ」

 

 めぐみんの言葉に私は項垂れる。

 どうやら世界は私が疎ましいみたい。

 どうしたものかしら。

 初心者殺しとか倒していけばだけど、それだって限界がある。

 レベルを理由に断られるとしても、実績さえあれば請けるのを許してもらえるはずだ。

 アクセル周辺の強いモンスターを狩るか。

 私は依頼が貼ってある掲示板へと行き、強そうなモンスターの依頼を探す。

 基本的に高額の依頼が強いモンスターなので探すのは簡単だ。

 ここで私は妙な依頼を見つけた。

 マンティコアとグリフォンの討伐依頼だ。報酬は五十万エリスとある。

 何これ?

 二匹の討伐でこの報酬……。熊や初心者殺しよりずっと安いから、多分強くないはず。

 それなのに誰もとらない。

 何かあるの?

 私がこの依頼をずっと見てると、めぐみん達が来て教えてくれた。

 

「マンティコアとグリフォンはアクセルの街の冒険者が戦うような相手ではありませんね」

「強いの?」

「強いも何もこの掲示板の中では最も危険なものだ。戦えば、全滅する可能性が極めて高い」

「それなのにこんな安いの?」

「危険すぎるから誰も請けないようにと安くしているのでしょう」

 

 なるほどね。

 確かにそうしたら誰も請けようとは思わない。

 単純だけど有効な手だ。

 それにしてもこいつらは強いのか。

 いいことを聞いた。

 

「そう。それはいいことだわ」

 

 自然と笑みがこぼれた。

 二人の言うほどのモンスターならさぞたくさんの経験値を持っていることだろう。

 そんなモンスターが二匹。

 これはもう狩りに行くしかないのではなかろうか。

 私が素敵な依頼をじっと眺めていると。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者の皆さんは至急冒険者ギルドにお集まり下さい!』

 

 緊急クエスト?

 何のことだかわからず、私は掲示板を見るのをやめて三人に向き直る。

 どうやら三人とも察しがついているようで、あれかと言わんばかりの顔をしていた。

 

「緊急クエストって何よ」

「キャベツですよ」

「キャベツ?」

「はい。キャベツの収穫です。そろそろ収穫の時期ですから」

「農家の手伝いをするってこと?」

「違う。飛んでくるキャベツを収穫するんだ」

「飛んでくるキャベツ? キャベツが飛ぶの?」

「何を当たり前のことを言ってるのですか。味が濃縮して収穫の時期になると、キャベツは空を飛び、大地や街を駆け抜け、海の向こうにあるとされる秘境でひっそりと息を引き取ります。ですから我々はそのキャベツを捕まえ、美味しくいただくのです」

 

 拳をつくり、熱を込めて語っためぐみんに私はやる気をなくした。

 モンスターかと思ったらただの食べ物らしい。

 やる気を出せと言う方が無茶だ。

 そのあとギルド職員からキャベツ一玉につき一万エリスの報酬が出ると言われたが、やる気は出なかった。

 何でキャベツなんかを……。

 

「思わぬ形ではあったが、みんなでやる最初の依頼だな」

 

 ダクネスが嬉しそうにそんなことを言い。

 キャベツなら死ぬ心配もないし、ちょうどよかったと言えばよかったのかもしれない。

 キャベツを収穫するなんてと思うけど、ここはみんなと参加しよう。

 私達はギルドを出て、街の正門に集まる。

 侮っていた。

 大地がキャベツの群れで隠れる。

 キャベツの絨毯と言える光景に私は言葉を失う。

 飛んでるし、跳ねてるし、わけわかんない。

 そして、わけわかんないキャベツを多くの冒険者が迎え撃とうとし。

 

「つっ!?」

 

 私は突然の頭痛に頭を押さえてよろめく。

 似た光景を見た……。

 敵……、無数の黒き異形……。

 それを私は、紫や萃香や華扇……、他にも多くの妖怪と一緒に戦って……る?

 知らない。

 私はこんなの知らない。

 見知らぬ記憶に戸惑っている私を、

 

「レイム! レイム!」

 

 アクアは肩に手を置き、軽く揺らしながら大きな声で呼びかける。

 その声で私は我に返ることができた。

 

「どうしたのアクア」

「どうしたも何もないわよ。あんた、頭を押さえたまま固まってたのよ」

「大丈夫よ。もう何ともないから」

「大丈夫って、あんた……」

 

 アクアにここまで心配されるとは。

 ダクネスとめぐみんも心配そうにしていて。

 私は何でもないよと手を振って笑いかけ、すぐそこまで迫っていたキャベツを見据える。

 

 

 

 

 

 ふざけてるとしか思えない収穫クエストを終わらせた私達はギルドでキャベツ料理を食べていた。

 たかがキャベツのはずなのにやたらと美味しい。

 何がどうなってこんなに美味しいのか知らないが、私は別の意味でも侮っていたようだ。

 現在街の中でもキャベツ料理が振る舞われている。

 明日には収穫されたキャベツは売りに出されるとのこと。

 何が悲しくてと思ったキャベツ収穫であったが、悪くなかったと思う。

 ……ダクネスの姿を見たからそう思うかもしれないけど。

 まともに思えたダクネスであったが、どういうことなのか、キャベツに攻撃されると嬉しそうにし、喜びの叫びを上げていた。

 痩せ我慢してるとかではなく、心から喜んでいたのだ。その姿を見た時は目を疑い、次に嘆いた。

 

「しかし、見事でしたね。ダクネスの防御については聞いていましたが、あれだけ攻撃されても守るために立ち塞がるとは」

「ダクネスにはキャベツの群れも攻めあぐねていたわね。もはや砦と言えるほどよ」

「そう言ってもらえると嬉しい。……それよりもめぐみんの爆裂魔法は凄かった。キャベツを追って来たモンスター達を一掃するとはな。あれには誰もが驚いたな」

「ふふふ。我が爆裂魔法の前ではどんな敵も一撃ですよ」

 

 強敵以外の使い道が爆裂魔法にはあった。

 モンスターの群れを一撃で一掃したのは、流石としか言えない。

 一日一発限定であるが、使い道さえ間違えなければ大活躍間違いなし。

 アクアは酒の入ったグラスをテーブルに置くと、誇らしげな顔になり。

 

「レイムの回避には驚いたわ! あれだけのキャベツの攻撃を一撃ももらわず、全て避けるなんてね」

 

 幻想郷では弾幕ごっこをやっていたから、キャベツの攻撃を避けるのは簡単だった。

 それに久しぶりに弾幕ごっこをした気がして、少しばかり楽しかった。

 

「あれぐらいなら大したことないわよ」

「いや、あれは本当に凄かった。まるでどう来るのかわかっているかのような避け方だ」

「本当ですよ。何でもなさそうに避けて、キャベツをポンポンと収穫していって。一人だけ違うことやってるように見えました」

 

 収穫……。

 改めて聞くと、変な感じがする。

 私の知っている収穫とは異なるからかもしれない。

 

「ふふ。私達なら魔王の幹部どころか魔王だって倒せるんじゃない? 何だったら乗り込んでみない?」

 

 アクアの自信に満ちた言葉にめぐみんは満更でもなさそうな顔になる。

 アクアが今日のキャベツ収穫でどうしてそんな自信を得られたのかは不明である。

 強敵と戦ったわけじゃないのに、どうして自信があるのやら。

 自信があるのはいいことだけどと私が思っていたら、ダクネスが首を横に振った。

 

「それは無理だろう。我々はまだレベルが低い。その上魔王の城は結界で守られている。あれがある限り乗り込むことはできない」

「結界?」

「ああ。魔王の城には結界が張られている。話では八人の幹部が結界の維持をしているらしい。だから幹部を倒さないといけないのだが、その幹部がとてつもなく強くてな。今のところ結界の無効化どころか幹部の討伐すら目処が立っていない」

 

 何て面倒なのかしら。

 これはもう諦めるしかないわね。

 レベルがいつまでも1の私にはどうすることもできないわ。

 それはしょうがないことなの。

 せっかくもらった命を無駄にできない。

 レベル1はレベル1らしくアクセルで依頼を請けるとしましょう。

 とても残念だけど。

 私が無力感に打ちひしがれていると、アクアはテーブルに拳を叩きつける。

 

「いったあ……! 『ヒール』!」

 

 思ったより痛く、涙目になって、拳に回復魔法をかけた。

 こほんと小さく咳を吐いて、何事もなかったように話しはじめた。

 

「目処が立っていないなら諦めるの? そうじゃないでしょ。私達のレベルが足りないなら、強いモンスターをどんどん倒して高レベルになればいいだけよ。人々を苦しめる魔王を私達の手で葬るのよ」

 

 そんな面倒なことはしたくない。

 その内誰かが倒すから放っておきましょうよ。

 レベル上げるのは賛成だけど、強いと評判の連中を倒すのは面倒だから……。

 アクセル周辺に来たんなら、経験値稼ぎに倒しに行くのもやぶさかではないけど。

 まあ、それはないわよね。

 

「その通りですね。低レベルだからできないと諦めるのではなく、その日が来るように鍛えるべきです」

「そうだな。私は間違っていた。アクアの言う通り、強いモンスターを倒してレベルを上げよう」

 

 単純なのか、純粋なのか、二人はアクアの話に共感していた。

 もしかすると明日から面倒なことになる流れかしら、これ。

 私が一抹の不安を抱く中で、三人はどんどん話を進めていく。

 メンバー、間違えた?

 

 

 

 ギルドを出て、宿へ戻る途中。

 この世界の空は、幻想郷の空と同じぐらいに美しい。昼も、夕も、夜も、同じぐらいに美しい。

 少しだけ空を見上げてそう思った。

 

「うえええ……ぷっ」

 

 路地で盛大に戻してる女神を見て、改めて空は美しいと思う。

 戻してすっきりしたアクアは、水の女神らしく水を出して口の中を綺麗にする。

 私の隣に来たアクアに質問を投げる。

 

「アクア、あんたって私がどう死んだかわかるの?」

「何で?」

「前に神の目は全てを見通すとかほら吹いたじゃない。なら、私の死に方知ってるでしょ」

 

 妙な記憶が出てきた今、私は自分がどう死んだのかわからなくなっている。

 最後の記憶は朝食を食べてる時ので、それで私は喉を詰まらせて死んだと思っていた。

 私らしい感じがして、気にしていなかったんだけど、流石に知らない記憶が出てきたら疑うしかない。

 

「ほら吹いてないんですけど。……レイムのいた場所は結界を張ってたでしょ? そのせいで完璧に見通せるわけじゃないのよ。そもそも幻想郷のことなんて私にはさっぱりだからね」

 

 アクアの話に私は引っかかりを覚えたが、それが何なのかわからなくてもやもやする。

 だけど、死に方さえわかれば、私としてはそれでいいわけで、引っかかりなんか無視していい。

 

「だからね。私にはレイムがどう死んだのかはわからないの。でも、酷い怪我をしていたのはわかる。……ねえ、何があったの?」

「それは私が知りたいわ。アクアの言う死に方をした覚えはないんだけど」

「はあ?」

「私は朝ごはん喉に詰まらせて死んだとずっと思ってたし」

「ちょっと待って。あんた、天界に来た時、やけに達観してたわよね? 朝ごはんで死んだ人が見せる態度じゃないから、あれ!」

「うるさいわね。そんな昔のこと言われても困るんだけど」

「もしかしてあの時、死ぬ覚悟は持ってるからとか思ってたんじゃない? そ、そんな人が朝ごはんで死ぬとか……プークスクス」

 

 どうしよう……。

 アクアのせいで朝食死が恥ずかしくなってきた。

 我ながらあほな死に方とは思ったりしたが、自分らしい感じもあったから気にしなかったのに。

 ばかが笑うせいで、私は恥ずかしくて逃げ出したい気持ちになる。

 ヤバい。

 これは本当に恥ずかしい……。

 どうして自分らしいと思っていたのか……。

 

「ま、まあ? レイムが朝ごはん食べて死んだほ、方がいいってなら? 天界に戻った時、怪我が死因じゃなくて朝ごはん、ブフォ!」

「あ、あんたいい加減にしなさいよ?」

「やだー。レイムさん顔真っ赤にして怒っても可愛いだけですよ? ……ちょ、ちょっと、無言にならないでよ」

 

 アクアが背を向けて逃走した!

 私は捕まえてお仕置きするために追いかけた!




そろそろ霊夢はモンスターを経験値呼ばわりするかもしれません。
脇女神と脇巫女、あとは脇悪魔と脇姫とか出れば……


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第五話 お預け食らいました

なぜかあっという間に書き上がった。
調子がよかったのか。
それはわかりません。


 強いモンスターをバンバン狩ろうとか言って盛り上がってためぐみんとダクネスだったけど、一晩寝て冷静になったのか、あまり危険な依頼は避けようと私に言ってきた。

 どうやら全滅する危険に気づいたらしい。

 アクアにはこの二人が話をして、説得を済ませている。

 私は経験値を稼げなくてがっかりしたけど。

 最初は簡単なのから。

 そういうわけで私達は、町から外れた丘の上にある共同墓地に出るゾンビメーカーと呼ばれる雑魚モンスターの討伐依頼を請けることに。

 ダクネスの鎧はキャベツ収穫の時に傷んでしまい修理に出しているので、危険が少ないものをと選んだ結果これになった。

 アクアの実力なら余裕なのは確かだし、カンストしてるので間違っても負けることはない。

 しかし、今回戦闘するのはアクアではなく私だ。

 御札を試してみたい。

 魔法を込めたものではなく、幻想郷で悪霊や妖怪などを祓ってきた御札を試したい。

 ちなみに魔法を込めた御札は正常に作動した。

 幻想郷でできたことは今のところ問題なくできてるから大丈夫だと思うけど、確認しておく必要はある。

 準備万端で私達は墓地の近くで夜を待っていた。

 ついでに夕食もここでとることにし、それぞれ弁当を持ち込んだ。

 シートを敷いて、持ち込んだ弁当を食べながら。

 

「それにしてもまさかアクアではなく、レイムが倒すと言うとは思いませんでしたよ」

「そんな大したことじゃないでしょ。駆け出しでも簡単に倒せるみたいだし」

「程度の低いゾンビとはいえ、油断はしない方がいい。何があるかわからないのだから」

「大丈夫よ! もしレイムがピンチになっても私が助けたげるから」

 

 胸を強く叩くアクアに、あんたの出番が来ないようにするからと返して、私はお茶を飲んだ。

 ゾンビメーカーは質のいい死体に乗り移る悪霊で、手下代わりに数体のゾンビを操るモンスターらしい。

 死体を壊してもゾンビメーカーは新しい死体に乗り移るだけだから、死体を攻撃しても効果はない。

 悪霊退治は専門分野だから、むしろ楽勝だ。

 頭叩き割ってやる。

 そういうわけだから私達に緊張というものはなく、余裕たっぷりで待つことができた。

 

 月が昇り、深夜を迎えた頃。

 この時間ともなると冷えてきて、肌寒さを覚える。

 そろそろ敵も来た頃だと思い、私達は墓地へ移動することに決めた。

 

「ねえ、何だか大物アンデッド出てきそうな予感がしてきたんだけど」

「それならそれで経験値稼げるからいいわ」

「レイム、倒すつもりなの? 流石に大物アンデッドは私でないとねえ?」

「昔住んでた場所だと私は悪霊祓ったり、神霊を祓ったり、そういうのやってきたのよ。たかがアンデッドなんかに負けるわけないから」

 

 アクアより強いであろう妖怪や仙人に囲まれていたので、正直アクアが倒せる程度のモンスターに負ける気がしない。

 私の話にめぐみんとダクネスはどういうことなんだと疑問に思っているみたいだが、それは見せた方がはやいので語らない。

 私はどんどん進んでいき、墓場の中心に青白い光を見つけた。

 来たわね。

 

「あんたらはここで待ってなさい」

 

 青い光を放つ大きな魔法陣。

 深夜の雰囲気もあってか、どこか幻想的なものを感じさせる。

 その魔法陣の隣には黒いローブを来たゾンビメーカーがいる。

 取り巻きに四体のゾンビがいる。

 雑魚モンスターなのに、あんな大きな魔法陣を展開できるなんて。

 あれのどこが駆け出し冒険者でも倒せるというのか。完全に嘘じゃない。

 でも、相手が何だろうと倒すまで。

 私は御札を取り出し、はじめに四体のゾンビに投げつける。

 御札はゾンビの額に貼りつくも……。

 何も起こらない。

 

「これはだめなのね……」

 

 まさかアンデッド相手に効果なしとは。

 相手が妖怪じゃないから効かないのか、それとも精神的ダメージは意味ないのか。

 幻想郷でも能天気な奴には効きにくかったけど……。それが関係してる? 幻想郷式のは知られてないから、それで効果がないとか?

 或いは幻想郷式では何も発揮しない?

 理由は不明だが、それなら他にも確認しなくては。

 

「『夢想封印』」

 

 スペルカードなんてないのだから宣言しなくてもと思ったが、宣言しとけば魔法と思われて余計な詮索はなくなるはず。

 色とりどりの光の弾がゾンビメーカーの取り巻きのゾンビに降り注ぎ。

 

「これは効くと。わっけわかんないわね」

 

 ゾンビは跡形もなく消し飛ぶ。

 この私が放つありがたい光をゾンビが耐えたら、それはそれでショックなんだけど。

 ゾンビメーカーは驚いた様子で私と向き合う。

 質のいい死体に乗り移るとは聞いていたが、それにしてはやけに質がいいような。

 さっき死んだばかりではと思うほどのものだ。

 見た限り、茶髪の美しい女性だ。

 死んでるようには見えないが、それも作戦かもしれない。

 ゾンビメーカーは少し怯えの入った声で聞いてくる。

 

「あ、あなた誰ですか?」

「誰ってあんたを退治しに来たソードマスターよ」

 

 ゾンビメーカーは強い警戒を見せており、右手をこちらに向けている。

 魔法でも使うつもり?

 ますます雑魚モンスターからはなれていくゾンビメーカーに私は剣を構える。

 私が戦うのをやめないと見て、ゾンビメーカーの視線は警戒から戦意へと変わる。

 

「私は無駄な戦いは好みません。できれば話し合いで解決したいのですが」

「それは無理ね。大人しく退治されなさい」

「私はここでやられるわけにはいきません! 『ライトニング』!」

「『霊夢式ライトニング』!」

 

 雑魚モンスターのくせに中級魔法を使うとは!

 だけど、私の魔法は上級魔法級。

 七色に輝く雷が疾走する。

 霊夢式ライトニングは敵の魔法を軽々と破り、勢いそのままに敵を貫こうと駆ける。

 この時には敵は回避に移っていた。

 私の魔法の威力を見た瞬間に判断できていなければ、そんなにはやく動けない。

 こいつ……できる!

 

「『霊夢式ライトニング』」

「このはやさ……。ただのソードマスターではないようですね!」

「ちょっと、何か面白いことになってるんですけど!」

「というか、あれ絶対にゾンビメーカーじゃないですよ!」

「何者なんだ、奴は。レイムも何者なんだ。何で魔法を使えるんだ」

 

 うるさい。

 静かにしててほしい。

 巻き添え食らっても知らないわよ。

 私とゾンビメーカーは狙いを絞らせないように姿勢を低くして、墓石で姿を隠しながら動き回る。

 あいつの口は休むことなく動いている。

 それに強い魔力を感じる。

 ライトニングより上の魔法を使うつもりね。

 なら私は、相手以上の魔力で魔法を使うまで!

 

「『カースド・ライトニング』!」

「『霊夢式ライトニング』!」

 

 七色の雷と漆黒の雷がぶつかり合う。

 上級魔法同士の衝突ともなれば、どちらの実力が上かよくわかる。

 二つの雷は互いに押し合い、破れることをよしとしない。

 そうして二つの雷はその場に止まり続ける。

 やがてぐにゃりと大きく歪んで。

 

「うわっ!」

 

 行き場を失った魔法は爆発を起こした!

 規模はそこまで大きくない。小さなものだ。

 その爆発による視界と聴音の妨げを利用して、ゾンビメーカーは次の魔法を使おうとしていた。

 魔力がどうではなく、空気が冷えるのを感じ、嫌な予感がしたので地面を蹴った。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゾンビメーカーの右手から私のいた場所まで凍結される。

 巨大な氷が眼下にあり、あれを食らっていたら命の危険があった。

 今ので決まったと思ったのか、ゾンビメーカーは胸に手を当てて、悲しげに言った。

 

「すみません……。そこにお仲間の方はいるのでしょう? すぐに助ければ」

「その必要はないわ。勝手に負けたことにしないでちょうだい」

「っ! いったいどこから……。まさか!?」

 

 辺りを見ても私を発見できなかったゾンビメーカーは顔を空に向けて、私を見つけた。

 私を見つけると、信じられないとばかりに固まり、瞬きさえ忘れて私を見つめている。

 

「出たあ! レイムの飛行よ! 相手は死ぬ!」

「ど、どどどどどどうなってるんですか!? 人が空を飛ぶなんて!」

「魔法、なのか? だが、あの一瞬で使えるとは、思えない……。奇蹟だ……」

「さあ、続きと行きましょうか。ゾンビメーカーさん」

「まさか、空を飛べるとは思いませんでしたよ。不思議なソードマスターさん。……今、私のことゾンビメーカーって言いました?」

「言ったけど?」

 

 蛙のような雑魚モンスターとは格が違うが、それでも相手はゾンビメーカーという雑魚モンスターだ。

 それにしては森の悪魔より強い感じがするけど、ギルドのお姉さんが雑魚モンスターと言ったから雑魚モンスターなんだ。

 たまたま強い個体を引き当てただけで、本来はもっと弱いんだろう。

 経験値美味しいです。

 

「私はゾンビメーカーではないのですが……」

 

 頭のおかしいことを言ったかと思えば、突然走り出した。

 逃げるつもりね。

 そんなことはさせない。

 私はゾンビメーカーを追いかける。

 相手は二回ほど私の位置を確認し、墓地からはなれた場所まで来ると立ち止まり、振り返ると同時に私に右手を向けた。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゾンビメーカーの足下から私に向かって長く太い氷の柱ができあがる。

 相変わらずとんでもない魔法だ。

 墓地にいた時よりも私との距離は開いているのに、できあがった氷の柱は一発目のものより強力なものに見える。

 当たったらヤバいわね。

 

「空中を自由に移動できるのは、やはり強いですね」

「そうね。ほとんどの攻撃は避けられるわよ」

「ですが。私は引退する前は数多くのモンスターと戦ってきました。空を飛ぶ敵との戦闘経験はそれなりにあります」

「ふんっ。口だけじゃないの? ゾンビメーカーさん」

「ゾンビメーカーではありません。私はアンデッドの王リッチーです!!」

「リッチー? アンデッドの王?」

 

 これは大物モンスターではなかろうか?

 まあ、私もおかしいとは思ってたけど、まさかアンデッドの王なんてね。

 

「まあいいわ。むしろちょうどよかった」

 

 経験値美味しいことになるわね。

 リッチーと聞いても怯まず、むしろ好戦的になった私をリッチーは何も言わずに見据える。

 奇襲を仕掛けようとしているようには見えない。

 私という人間を測ろうとしているつもり?

 私を見つめたまま、右手を上げて。

 

「リッチーと聞いても恐れを全く見せないとは。かといって勇気を出しているわけでもなく。不思議な人間ですね。……そろそろはじめましょうか」

「そうね。リッチーだか何だか知らないけど退治してくれるわ」

 

 お互い、無意識に魔力を高めていたと思う。

 戦うつもりはないと言っていたリッチーも血が騒いでしまったのか、やる気満々の様子。

 もしかしたら闘争本能が刺激された結果かもしれないが、そんなつまらないことはどうでもいい。

 私はただ退治するだけのこと!

 

「『インフェルノ』!」

 

 巨大な炎の波が空中を突き進み、私を飲み込もうとする。

 飛べない時なら、この魔法を避けるのも一苦労したかもしれないが、空を飛んでる今なら一方向からしか来ない攻撃を避けるのは簡単だ。

 余裕を持って回避したが、炎から放たれる熱が肌を撫でる。あと少し近かったら火傷していたかもしれない。

 しばらく出番がなさそうな剣は鞘に仕舞い。

 

「風よ、火よ」

 

 右手には炎を。

 左手には風を。

 霊夢式ライトニングとは違い、他の属性は完成に至っていないが、そんなことはどうでもいい。

 炎の塊をリッチーに投げつけ、続けて風の塊を投げつける。

 

「『トルネード』」

 

 私の魔法は竜巻に飲み込まれ、姿を消す。

 竜巻は周囲の草やら土を巻き上げる。

 巻き上げられたものは竜巻の頂点から吐き出され、地面に落下していく途中でまた巻き上げられたりと繰り返している。

 私が竜巻に巻き込まれたら、吐き出される前にバラバラになりそう。

 さっきから強力な魔法しか使ってこないリッチーに流石はアンデッドの王と気持ちを抱く。

 どっかの女神にもあれぐらい威厳があれば。

 生半可な魔法ではダメージは通りそうにない。

 もしかしたら魔王の幹部より強いんじゃないかしら、あれ。

 空を飛べなきゃ、かなり危険なんだけど。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 微かに聞こえた魔法を唱える声に、私は咄嗟に上へ逃げた。

 一瞬遅れて氷が走る。

 

「どこから……」

 

 先ほどより高い場所に来て、やっとわかった。

 相手は空を飛べないからと、地上ばかり見ていたが、上手くやられてしまった。

 あのリッチー、トルネードを利用して空へ飛び上がってきたのだ。

 そんな使い方をするとは思わなかった。あの竜巻は自分が耐えられるように威力を調整してありそうだ。

 しかも竜巻のせいで声が聞き取りにくいのもあり、どこにいるのかはっきりしなかった。

 その場にいるのは危険と判断して、更に高い場所へと飛んで回避したわけだけど。

 

「今のを避けますか……」

 

 空中を凍結させ、できあがった氷は橋のように見えなくもなかった。

 氷の橋は重力に従って地上へと落下していく。

 そこへリッチーは竜巻から出た時の勢いを利用して飛び移る。

 竜巻を見れば、はじめの勢いはなく、もう少しで消え失せてしまいそうである。

 氷の橋に乗ったリッチーは私に右手を向け。

 

「『ファイアーボール』」

 

 それはゆんゆんが使ったものよりも大きく、直撃すれば一溜まりもない。

 しかし、インフェルノやトルネードに比べたら小さなものなので、しっかりと見極めれば避けるのは容易い。

 私がファイアーボールを避けてすぐに、氷の橋は地面に衝突し、ガラスが砕け散るような音が盛大に響き渡る。

 風が草を揺らす程度の音しかなかったこの場所では大音量とも言えるほどで、どんなに遠くにいても聞こえると断言できるほどだ。

 砕け散った氷が大地に散乱していて、そこにリッチーは何事もなかったかのように佇み、私を見上げていた。

 あの程度の衝撃は苦でもないらしい。

 どんな体をしてるんだと思いつつ、リッチーを見据える。

 

「そろそろ終わらせるわ。『夢想封印』!」

「これは……神聖な光!? こんなことまでできるなんて!」

 

 夢想封印はリッチーでも食らうわけにはいかないらしく、迫り来る光弾を辛うじてかわしている。

 慌てた様子を見せたわりには、随分と冷静に対応できている。経験豊富なのは嘘ではないみたいだ。

 それでもこれなら勝てる。

 

「『夢想封印』!」

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 右手を左から右に振り、巨大な氷の壁をつくり、夢想封印を防いでみせた。

 攻撃魔法を防御に用いるなんて……。

 咄嗟の機転でピンチを脱する。

 流石経験豊富なだけある。

 だけど、空を飛べる私は簡単に背後に回ることができる。

 突然の攻撃に警戒しつつ、背後をとろうとしていたら、リッチーが意外なことをする。

 

「ここまでですね……『テレポート』!」

「はっ!?」

 

 逃亡。

 慌てて氷の壁の裏側を覗き込むが、そこにリッチーの姿は見当たらず。

 あいつ、本当に逃げちゃった……。

 せっかく勝てそうだったのに!

 こんなことって……。

 地上に降りた私はガクッと肩を落とした。

 あんなに頑張ったのに逃げられるなんて。

 いつになったらレベル2になれるのかしら。

 もしかして、今回みたいに倒す寸前で毎回逃げられるのだろうか?

 そんな嫌な考えが頭にちらつき、それはないわよねと不安になってきた。

 

「レイム、大丈夫!?」

「だ、大丈夫よ。そんなに見なくても」

 

 心配したアクアが私の体をあちこち見る。

 ペタペタ触るもんだからくすぐったい。

 笑いを堪えるせいで口元がひくひくする。

 私の気持ちを知らないアクアは。

 

「怪我はないけど、アンデッド臭いわね。放っとくと臭くなる一方だからはやく帰って着替えた方がいいわよ!」

「臭いって言わないで!」

 

 これでも女の子なので、臭いと言われるのは少しばかり心に来る。

 ……誰でも臭いと言われたら嫌なんじゃ?

 本当にどうでもいいことに気づいてしまった。

 未だに私の体を触るアクアを剥がして、私はめぐみんとダクネスを見る。

 私の視線に気づいた二人は怯えた様子で私から顔を背ける……なんてことはなく、むしろ興味津々といった様子で擦り寄る。

 

「いつから空を飛べるんですか!?」

「なあ、空を飛ぶというのはどんな感じなんだ?」

 

 どうして空を飛べるんだ! とか言わずに質問してくるとは思わなかった。

 もっと言えば二人は私を怖がってるようには見えない。

 

「あんたら、私が怖くないの?」

「怖い? もしかして空を飛べるからとか? そんなわけないじゃないですか。空を飛ぶというのは夢の一つですよ! 飛び方を教えて下さい!」

「私としては怖い方が助かるというか、嬉しいというか……」

 

 めぐみんの話は理解できる。

 ダクネスの言葉は理解できない。

 助かるとかどういうことなの?

 頬をうっすら赤らめて、息を荒くするダクネスに私は引いた。

 アクアも交じって、質問攻めしてくる三人に、答えるのが面倒な私は街に向かってダッシュした。

 

 

 

 リッチーと戦った翌日。

 私は報告のためにギルドに来ていた。

 今回の場合はどうなるのか?

 そこが疑問だ。

 そもそもゾンビメーカーではなく、大物モンスターのリッチーだったから失敗にはならないと思うけど……。

 受付のお姉さんに昨日のことを話す。

 

「すみません。ゾンビメーカーの依頼なんだけど」

「はい。レイムさんなら簡単に達成できましたよね?」

「それがね? ゾンビメーカーじゃなくてリッチーがいたのよ」

「……リッチー? あのリッチーですか?」

 

 お姉さんが何を言ってるかわからないって顔になる。

 

「アンデッドの王のリッチーよ」

 

 私の言葉を聞くと、お姉さんは間抜けな顔から真剣な顔つきになり、メモを手に詳しく聞いてくる。

 

「リッチーは例の墓地に出たんですね?」

「ええ」

「何をしてたかわかりますか?」

「さあ。大きな魔法陣を展開してたけど、何をしてたかまではちょっと……」

「ふむ。どうしてリッチーとわかったんですか? 通りすがりの魔法使いの可能性もあるのに、どうしてリッチーだと?」

「相手が私はリッチーですって言ったからよ」

 

 私の言葉にメモをとっていた手がピタッと止まり、動揺してるのかメモ用紙と私を何度も交互に見て、最後には私の服を掴んで、ヒステリック気味に聞く。

 

「は、話したんですか!? リッチーと!」

「そのあと戦ったわ」

「戦ったんですか!? あのリッチーと!」

 

 驚きから立ち上がり、私に顔を近づける。

 私はお姉さんの肩を優しく押して距離をとり、話を進める。

 

「ええ。ゾンビメーカーと勘違いして戦ったのよ。最初はどこが雑魚モンスターなのと思ったわ。上級魔法バンバン使ってきたし」

「すぐに気づきましょうよ。ゾンビメーカーに上級魔法なんて使えるわけないですよ。というか中級だって無理ですよ」

「周りにゾンビいたからてっきり」

「いても普通は気づきますからね!」

 

 何だか私がおかしい感じになってるけど、あんな風にゾンビを取り巻きに置いてたら誰だって勘違いすると思うの。

 だから私は普通よ。

 

「あれは勘違いするわ」

 

 お姉さんは私の言葉を聞くと、

 

「意外な一面を見ました」

 

 と言って、続きを求めてきた。

 

「それでリッチーはどうなったんですか?」

「逃げられたわ。テレポートとかいうの使って逃げたわ」

「逃げられた? レイムさんが逃げたのではなく、相手が逃げたんですか?」

「そうよ。あと少しだったんだけどねえ」

 

 アクア達からリッチーについて聞いたが、リッチーは秘術で人であることをやめた魔法使いらしい。魔術を極めたと言えるほどの実力者でなければリッチーになれないとか。

 リッチーは触れた相手に様々な状態異常を引き起こしたり、体力と魔力を吸収することもできる。

 しかも魔法効果のない物理攻撃は完全無効、その上高い魔法耐性もある。

 魔法の腕は語るまでもない。

 正真正銘の化け物だ。

 もしも剣で戦っていたら、私は為す術もなく敗れていただろう。

 魔法覚えといてよかった。

 

「強い強いとは思ってましたが、まさかリッチーを退けるほどとは思いませんでしたよ。……お願いを聞いてもらえます?」

「お願い?」

「ええ。街の北には今は使われなくなった廃城があるのですが、そこに魔王の幹部が住み着いたとの情報があるんです」

「そんなのが何でまたアクセルに……。っていうか、ここ本当に駆け出し冒険者の街なの? 悪魔、リッチー、幹部、色々おかしい気が……」

「気にしたらだめだと思います。私も最近は変だと思ってますけど、そこは触れないで下さい」

 

 どうやらお姉さんも思っていたみたい。

 本当なら初心者殺し超怖いと言うのが駆け出し冒険者であり、その冒険者が集まる街がここなんだけど、最近はどうにも釣り合わない大物が次々来てる。

 今回みたいな事態に備え、そろそろ高レベル冒険者を何人か置いておけばいいのにと思ったり。

 

「話を戻しますね。今回来たのはベルディア。この幹部はレイムさんが退けたリッチーと同じアンデッドです」

「ふむふむ。で、そのベルディアはどんなことしてくるのかしら?」

「ベルディアは、デュラハンと呼ばれるアンデッドモンスターで、剣の腕もそうですが、一番恐ろしいのは死の宣告になります。これは、例えば一週間後に死ぬと宣告されたら一週間後に死にます」

「なるほどなるほど。それって解除できないの?」

「残念ながら、ベルディアの死の宣告を解けるほどの方はいません」

 

 お姉さんはこれを食らったら終わりと付け足して、顔に影を落とす。

 お姉さんを見てると、死の宣告で多くの冒険者がやられたんだとわかる。

 倒せば解除されるなら、死の宣告を無視して倒しに行くんだけど……。

 

「倒しても解けないの?」

「倒せば解けるはずですが……」

「うん。それなら倒しに行くかな」

 

 倒して経験値をもらおう。

 リッチーでお預けを食らった私は、ほしくてほしくて堪らない。

 はやく、はやくレベル2になりたい。

 幹部ともなれば大量の経験値があるわよね?

 そうでないと困るんだけど。

 

「た、倒しに行くつもりですか!?」

「まあね。準備が整ったらそうするわ。てか、それがお願いじゃないの?」

「私は調査だけをお願いするつもりだったんですが」

「それじゃだめよ。経験値もらえないじゃない」

「け、経験値ですか……。もしかしてまだレベル1のままなんですか?」

「リッチーで2になるはずだったのよ」

 

 項垂れる私にお姉さんはどうしたらいいかわからないようで、目を逸らした。

 

「あまり無茶はしないで下さい。いくら強いと言っても無理は禁物ですからね」

「大丈夫よ。ヤバくなったら逃げるから」

 

 話を終えた私はやることを考える。

 まず戦闘に使える魔法を増やす。雷以外は使いやすさは同じぐらいだから、どれでもいいが、火を鍛えてみよう。余裕があれば風もやろう。

 私にはリッチーを恐れさせた夢想封印があるが、それだけに頼るのは危険だ。

 三つの魔法、御札を揃えてベルディアを滅する。

 そして、今度こそレベル2になる!




そろそろ霊夢が経験値狂いのソードマスターと呼ばれるかもしれませんね。

次回予告。

どうも、異世界の素敵なソードマスターよ。
次のお話では私はベルディアと戦うことになるわけだけど、不安はないわ。
それよりもあのリッチーどこ行ったのかしら?
見つけたら今度こそ倒そうと思うんだけど……。
そういえばあいつの氷の魔法は凄かったわね。
攻防一体の魔法って便利だと思うの。
ベルディア倒したらつくってみようかしら。
あっ、でも御札もあるのよね。
やること山積みで嫌になるわ。

次回 ベルディア倒される!


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第六話 ベルディアを倒せ!

ベルディアって本当はかなり強いんですよね。


 キャベツ収穫から数日が経過し、報酬がようやく支払われた。

 私は、ベ、ベル……、ベル……、魔王の幹部と戦うために魔法の開発に没頭していたのもあってすっかり忘れていたけど。

 

「なあ、レイム。報酬がよかったから、修理を頼んでいた鎧を強化してみたんだが、どうだ?」

「……いいんじゃないの? 成金好みにも見えるけど」

「もう少し、褒めてほしいのだが……」

「そんなこと言われても」

 

 私に美的センスとか求められても困る。

 そういうのとは無縁の生活を送ってたし。

 

「いい感想がほしいならめぐみんに当たりなさい」

「何ですってえええええええ!? ちょっとあんたどういうことよ!」

 

 その叫びは、ダクネスがめぐみんに感想を聞こうとした時に上がった。

 あいつはまた何かやってるのね。

 私は何事かと受付を見る。

 

「たった五万エリスってどういうことよ! 私たくさん捕まえたわよ!」

「その、大変申し上げにくいのですが、アクアさんの捕まえてきたキャベツはほとんどがレタスでして」

「何でレタス混じってんのよ!」

「私に言われましても……」

 

 しばらく粘っていたアクアだったが、受付に言っても埒が明かないと思ったのか、手を後ろに組んでにこにこと笑いながら私のところに来た。

 

「レイムさん、たくさん捕まえてたわよね? おいくら万円?」

「百五十万ちょっとね」

「「「ひゃっ!?」」」

 

 私が捕まえたキャベツは経験値がたくさん詰まってる上質なものだったらしい。

 これが幸運度の差ね。

 額を聞いたアクアは私にお願いしてくる。

 

「レイムさん、よければ少しお金を貸してもらえないかしら?」

「はあ? 悪魔の報酬もあるんだから、お金はあるでしょ」

「いやあ、それがね? 前にお酒買いに行った時に、うっかり酒樽に入ってた酒を水に浄化して、それでお金がなくなったの」

「何やってんの、あんた」

 

 ばかにもほどがある。

 もしかして、お金を貸してというのはお酒の弁償代なの?

 

「お酒の弁償まだ済んでないの?」

「それはいいの。ここの酒場にツケがあるのよ。だからお願い、貸して!」

 

 ばかにもほどがある。

 お酒の弁償でお金なくしたのに、どうしてツケで飲み食いするのだろうか。

 こいつを見てると考えることというか、計画することの大切さがよくわかる。

 ……もしかして華扇もこんな気持ちで私を見ていたのかしら?

 もしそうなら今度会った時に謝ろう。会えたらね。

 それは置いといて、アクアをどうしようか。

 お金を貸すのは簡単だけど……。

 ニートを満喫するするアクアを思い出し、お金を貸すのが躊躇われる。

 

「クエスト請けてお金を稼ぎなさい」

 

 ここで甘い顔をしてはいけない。

 ここは仕事させるべきよ。

 私の言葉にアクアは。

 

「そんなこと言わないでお願いよお! 仕事はするけど、とりあえずツケの分だけでもお願いよお!」

 

 目に涙を浮かべて、私に懇願した。

 一緒に仕事をすれば、報酬を受け取った時にお金を返してもらえる。また、アクアが仕事をサボったりしないように見張ることもできる。

 これなら大丈夫そうね。

 ツケの分だけならと思うと、めぐみんが私の服の裾を引っ張った。

 

「今は依頼があまりありませんよ。幹部が近くに来たせいで弱いモンスターは隠れています」

「別に強いのでも私は平気よ」

「ん。私も強いモンスターは歓迎だ。一撃が重いと気持ちいいからな」

「今気持ちいいって言った?」

「言ってない」

 

 攻撃されて気持ちよくなる。

 どうしてそうなるのかはわからないけど、ただそれがおかしいってことはわかるし、ダクネスが変態というのもわかる。

 最初の時の凛々しさはどこに行ったのだろうか。キャベツに殴られて落としてしまったのかしら。

 私は最初のダクネスに戻ってほしいと思いながら、めぐみんに話しかける。

 

「強いのが出ても私が倒すから大丈夫よ」

「我が爆裂魔法でも倒せますよ。それはいいとして、それでアクアが仕事してるのか? ってなりますよね」

「ちょっとめぐみん、何言ってんの!?」

 

 確かに。

 私の考えは浅かった。

 強い敵と戦ったとて、アクアの出番はない。

 それで仕事したと言えるのか?

 めぐみんによって追い詰められたアクアだったが。

 

「レイムは幹部に備えて魔法をつくらないといけません。その邪魔をするのはどうかと思います。しかし、アクアがピンチなのも事実。ここは一つ、私がアクアを雇いましょう」

「めぐみんが?」

「そうです! 私は爆裂魔法を撃つという日課があるのですが、ご存知の通り私は爆裂魔法を撃つと倒れてしまいます。そこでアクアに街まで運ぶのを頼もうと思います。一日二万エリスでどうですか?」

 

 随分と待遇がいいわね。

 アクアは目を輝かせてめぐみんの話に飛びついた。

 こうしてアクアはめぐみんの爆裂散歩に同行することが決まる。

 クエストを請けないことになると、ダクネスは実家に戻ってトレーニングをすると言い、ギルドから去る。

 それに続くようにしてめぐみんとアクアも爆裂散歩に出かけた。

 

 ギルドを出た私は街を出て、しばらく歩く。

 魔王の幹部の影響は既に見受けられた。

 いつもなら街の周辺には蛙がいるのだが、その姿は見えない。

 強い存在に怯え、隠れている証だ。

 そんな理由もあるから近辺で冒険者の姿を見ることはない。

 現在大多数の冒険者は弱いモンスターが隠れてしまったことで仕事がなくなり、やってられないとばかりにギルドで酒を飲んでいる。

 誰かに見られても平気だし、空に向かって撃つから被害もないのだが、それでも人がいない方がやりやすいのだ。

 雷の魔法でコツは掴んでいるから、そこまで苦戦することはないはず。

 魔力を高め、練り上げ、密度を濃くするような感覚でやると……。

 虹色の炎が私の手のひらの上にできる。

 霊夢式ライトニングは気にしてなかったが、火属性もこうなるなら他の属性も虹色になるのだろうか。もしそうなら虹色になったら完成という目安にはなるんだけど……。

 もしかしたら火も雷も発光するから、それで虹色になるのかもしれないが。

 どうして虹色になるのかは気になるが、調べてもわからなそうだから無視しとく。

 それに調べるなら御札が先だ。

 

「この調子なら火もすぐにできそうね」

 

 手のひらの上の火を消して、御札について考える。

 幻想郷にいた頃は何だかんだで誰かが教えてくれたから深く考えたりしなかったけど、ここはそうじゃないからね。

 原因について考えを巡らすのは当たり前のことなんだけど、できる感じがして嫌いじゃない。

 さてと。

 霊夢式ライトニングが使える御札……いや、もうこれは魔法札にしよう。こちらとの違いとなると、御札は日本語、魔法札はこちらの世界の言葉で書いてある。

 そもそも夢想封印が使えて、御札が使えないのはおかしな話だ。

 夢想封印は霊符と言ったりしているし……。

 いや、まあ、光弾とか霊符関係ないでしょと言われたら私は何も言えなくなるけど。

 どうして使えるのか……。

 御札が機能せず、夢想封印が機能する。

 これはもう夢想封印そのものが私の力で発動してることになる。そこに神の力を借り、上乗せしてるのが幻想郷での夢想封印になる。

 そうなると納得はいく。

 御札が機能しないのは、博麗神社がなく、しかも幻想郷にいた神霊や神々の力がないからだ。

 そう考えると御札が機能しないのは必然とわかる。

 しかし、それはそれでおかしな点もあり、夢想封印の威力がそこまで落ちてないというか……

 神の力を借りてないのだから……、待って、そういえば神は信仰によって力が変動するのよね。

 博麗神社の神はどれだけ信仰されてたの? というかどんな神だったのかしら。そもそも私すら知らない神を誰が信仰してるの?

 ひょっとして、博麗神社の神って……。

 やめよう。これは考えてはいけない。考えたら、私がしっかりしてたらもっと力のある神様になってたとかそういう話になってしまう。

 世の中には知らない方が幸せということもある。知ることが幸せとは限らない。

 御札が機能しない理由が判明したんだから、もう幻想郷とは関係ないから、知る必要はない。

 そ、それにしても自分の技について考察するのは何て言うか背中が痒くなるものがあるわね。

 今まで使えるからと気にしなかったけど、いやあ改めて見直すと得るものがあるのね。

 私びっくりしちゃった。

 

「さっ、魔法よ魔法」

 

 私は火の魔法を完成させるという本来の目的に意識を戻した!

 

 

 

 一週間が過ぎた。

 私の魔法開発は実に順調で、火の魔法と風の魔法を完成させることができた。

 風の魔法は虹色に輝くとかそんなことはなかった。

 ベル、べ……、何とかって奴と戦う準備はできた。

 この日の朝、

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さまはただちに街の正門に集まって下さい!』

 

 ギルドから緊急警報が出て、私達は街の正門に集まることになった。

 何がどうなってんの?

 私達が正門まで行くと。

 とてつもない威圧感を放つモンスターがいた。

 そいつは頭のない馬に乗っている。

 黒い鎧で身を包み、変わったことに頭を手で持っていた。

 威圧感と共に放たれる邪悪な気配はアンデッドであることを示している。

 もしかして、あれが例の奴?

 デュラハンとかいうアンデッドモンスターよね。

 そいつは頭を乗せた手を前に出す。

 

「俺は先日、この近くの城に来た魔王軍の幹部の者だが……」

 

 ストレスでも溜めてるような声で言い、ぷるぷると震え出して……。

 

「ままままま毎日毎日、俺の城に爆裂魔法を撃ち込む頭のおかしい奴は誰だ!? 駆け出しと無視しておれば、調子に乗って毎日毎日撃ちおって! 誰だ! 頭のおかしい大ばかは誰だ!?」

 

 溜め込んでいた怒りを一気に解放して、大声で怒鳴りつけた。

 本当にストレス溜まってたのね……。

 爆裂魔法と言われて、心当たりがある。

 というかアクセルで使えるのは……。

 みんなが無言でめぐみんを見ると、視線に気づいためぐみんは隣の魔法使いを見て、私達の視線もそれに誘導されて。

 まさか、その子も……?

 

「わ、私!? 私、爆裂魔法使えないんだけど!」

 

 今回の件と無関係の魔法使いは涙目で否定する。

 そうね。関係ないわよね。

 ごめん。

 めぐみんを見ると、何かに気づいたような顔になり、やがて溜め息を吐いて、嫌そうな顔で前に出た。

 それに仲間の私達はついて行く。

 めぐみんは杖を幹部に向け、言い放つ。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

「めぐみんって何だ! ばかにしてるのか?」

「ちがわいっ! 我は紅魔族随一の魔法使いにして、この街最強の魔法使いなり。その我が毎日爆裂魔法を撃ち込んでいたのは、ここにあなたを誘き出すため!」

 

 たくさんの冒険者が背後にいるからか、強気のめぐみんはノリノリである。

 私はダクネスとアクアに小声で話しかける。

 

「何言ってんのあいつ? 絶対何も考えてないでしょ」

「しーっ! 今いいとこなんだから、黙ってましょうよ」

「さりげなくアクセル最強の魔法使いと言ってたぞ」

 

 私達が後ろでそんな話をすると、めぐみんの顔は赤く染まる。

 デュラハンはめぐみんの話を聞いて納得している。

 

「なるほど。紅魔の者か。それならおかしい名前も納得がいく」

「おい。両親がくれた大事な名前と、我ら偉大なる紅魔族のセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

「まあいい。今回は見逃してやるが、これからは爆裂魔法は撃つな」

 

 めぐみんの抗議をさらっと流して、幹部は言いたいことは言ったと背を向けた。

 普通なら助かったとか言う場面かもしれないが、うちのあほの子は違った。

 

「それはできません」

「はっ?」

「紅魔族は日に一度爆裂魔法を撃たないと死んでしまうのです」

「そんなの聞いたこともないわ! そんなしょうもない嘘を吐くな!」

 

 幹部は疲れたように溜め息を吐く。

 

「はあ……。俺はお前ら雑魚に構いに来たんじゃない。とある調査のために来ただけだ。もう一度言うが、爆裂魔法を撃つのはやめろ。そうしたら見逃してやるから」

 

 こいつを見てると、アクセルの冒険者に興味ないのがよくわかる。

 数十人といる冒険者を見ても歯牙にもかけない態度は、仮に襲われても一蹴できると考えているからだろう。

 それほどの力を持つ敵が見逃すと言うなら普通は条件を飲み込むもんだけど。

 

「まるで私の行為が迷惑みたいに言いますが」

「みたいではなく、迷惑だ」

「……迷惑してるのはこちらも同じなんですよ! あなたのせいで我々は仕事をなくしたんです! そうやって余裕ぶっていられるのも今の内ですよ。先生、お願いします!」

「よっしゃあ! 任せなさい!」

 

 めぐみんは喧嘩を売っておきながらアクアに丸投げした。

 丸投げされたアクアはやる気満々で、肩を回しながらめぐみんの隣に立つ。

 幹部はアクアをじっと眺め、さも面白そうに笑う。

 

「ははっ。これは珍しい。まさか駆け出し冒険者の街にアークプリーストがいようとはな。しかし、低レベルでは俺に傷一つつけられん。何より俺は魔王様の加護を受けている身。神聖魔法には強い耐性がある」

 

 幹部はアクアを見ても恐れを抱かない。

 やっぱりぱちもん女神なのかしら?

 それともあいつは実はそんなに強くないとか?

 どっちなんだろ。

 アクアは幹部の言葉にカチンと来て、今にも魔法を唱えそうな雰囲気を出す。

 それを受けて、幹部は左手の人差し指をめぐみんに突きつけ……。

 

「言ってわからぬなら、その身にわからせるまで。汝に死の宣告を! 貴様は一週間後に死ぬ!」

 

 死の宣告をした。

 幹部の指から黒い光が放たれる。

 同時にダクネスはめぐみんの襟首を掴んで後ろにやり、代わりに自分が前に立つ。

 同時に私は前に出て、右手の甲で黒い光を空に向けて弾いた。

 

「いったあーい! 手があ!!」

 

 鉄の塊に思いっきり叩きつけたような痛みが襲ってきた。

 目に涙を溜めて、激しい痛みに悶絶していると、アクアが近くに来て回復魔法をかけてくれた。

 女神の力を久しぶりに感じた。

 あれほど痛かったのに、どんどん痛みが引いていく。

 呪いを弾いたのはよかったが、かなり強力なものだったようで、私は思わぬダメージをもらった。

 幹部はその光景を見て一言。

 

「えっ?」

 

 ダクネスは何が起こったのか理解すると、私に驚いた様子で聞いてくる。

 

「まさか、ベルディアの呪いを弾いたのか!?」

「そうよ、ベルディアよ! やっとあいつの名前を思い出したわ!」

「いや、名前はどうでも……って忘れていたのか?」

「ありがとう、ダクネス。これですっきりしたわ」

 

 そうだった。

 あいつの名前はベルディア。

 私の経験値よ。

 私は剣を引き抜く。

 アクアの魔法で痛みはなくなった。

 仲間より二歩前に出ると、呪いを弾かれて呆然としていたベルディアは私を見るとなぜか納得したように頷く。

 

「俺がこの地に来たのは調査のためだ」

「調査?」

「うむ。占い師がこの街周辺に強い光が二つ降ったと騒いだのだ。片方だけでも脅威だが、問題はもう一つの方らしい。その光、虹色に輝き、不完全さを感じさせる。とな」

「……何それ?」

「俺にもよくわからんが……、貴様が後者であるのは判然としている」

 

 ベルディアは馬から降り、大剣を手にする。

 面白がるように告げる。

 

「まずは小手調べだ!」

 

 ベルディアの影が強い邪気を帯び、辺りに広がる。

 そこから鎧を着た屍が無数に現れた。

 以前見たゾンビとは違い、武器も鎧も装備している。

 こいつらも魔王の加護がありそうね。

 

「くっくっく。貴様に我が部下を倒せるかな? さあ、あやつを切り裂け!」

 

 私はアンデットナイトを見据える。

 そして、アンデットナイトの群れが私に向かって、向かって……こない。

 

「いやあああああああ! どうして全部私に来るのよー!」

 

 どういうわけか、アクアの方に向かう。

 まるで磁石に引き寄せられているようで、ベルディアも全く予想していなかったのか動揺していた。

 

「そんな雑魚は放って、あのソードマスターを切り裂け!」

「誰か助けてええええええ!!」

 

 ベルディアの言葉を無視してアンデットナイトの群れはアクアを追い回す。

 あいつはアンデットホイホイね。

 アンデットナイトの群れはベルディアがどれだけ言っても言うことを聞かず、アクアを一心不乱に追い回す。

 やがて、諦めたように溜め息を吐いて私と向き合う。

 

「予定とは違うが、よかろう。この俺自ら相手をしてくれるわ!」

「でも、あんたって部下に言うこと聞いてもらえない上司でしょ?」

「ち、違う! 普段はきちんと俺の命令に従うんだ! それなのにどういうわけか今回だけ言うことを聞かぬ……。あのアークプリーストは何なんだ!?」

「それは私も聞きたいわ」

 

 アクアとは本当に何なのか。

 めぐみんとダクネスはアンデットナイトに追われるアクアを助けに行っている。

 他の冒険者も助けようと色々しているが、まるで効果がない。

 アクアのターンアンデッドを食らってもアンデットナイトは浄化されない。

 能力だけは本物だから、効かないってのはおかしいんだけど、……あれが魔王の加護ね。

 なるほど。参考になる。

 雑魚であれならベルディアは……。

 

「はじめるとしよう。我は魔王軍の幹部ベルディア」

「ご丁寧にどうも。私はソードマスターの霊夢よ」

 

 私達が動いたのは同時だった。

 ベルディアと私の剣が衝突し、激しい金属音を響かせる。

 

「は、はじまりやがった……」

「私達にできるのは……見守ることだけね」

 

 お前ら帰れ。

 私は剣を戻し、ベルディアの剣を避け、そこから休むことなく振り続ける。

 次から次へと来る攻撃を、ベルディアは最小限の動きでかわし、時には大剣で防ぎ。

 切れ味アップのスキルは当然発動しているが、ベルディアの剣を切り裂くことはできない。

 斬れないほどに硬いのか、同系統のスキルを用いてるのか、はたまた無効化してるのか。

 

「ふんっ!」

 

 力任せに大剣を振るう。

 筋力でベルディアに勝てるわけもなく、私は踏ん張ることもできずに飛ばされた。

 少女とはいえそれなりに重さはあるのだから、数メートル以上、しかも片手で飛ばすのはかなりきついはずなのに、ベルディアは大したことなさそうにしていた。

 ベルディアの筋力の高さ、そして先ほどの連続攻撃を楽々捌いたことといい、剣のみで勝つのはどう考えても無理だ。技術が段違いだ。

 剣を持たない手をベルディアに向ける。

 

「『霊夢式ライトニング』!」

「ぐっ!」

 

 ベルディアは腰を落とし、大剣を横に構えて虹色の雷を防ぐ。

 以前悪魔の上級魔法を受け止めた男は衝撃に耐えることができなくて吹っ飛ばされたが、ベルディアはその場に悠々と踏み止まる。

 剣を構え直し、剣先をこちらに向ける。

 

「魔法すら使うか。しかもオリジナル魔法と来た。貴様がこの地に来た時期を考えると……、やはり魔王様の脅威になり得るな」

「何が言いたいのよ」

「……かつていた勇者はオリジナル魔法と聖剣にて、魔王を倒したと聞く。聖剣があれば、貴様はかつての勇者と同一視されることだろう」

 

 ベルディアはほんの少し体を前に傾ける。

 

「幼き勇者よ、今ここで散ってもらうぞ!!」

 

 ベルディアが私に向かって走り出す。

 接近されるのはまずい。

 

「『霊夢式ファイアーボール』!」

 

 虹色の大きな炎の玉を放つ。

 

「はっ!」

 

 大剣を一振りしたファイアーボールを真っ二つに切り裂く。

 ベルディアの左右を通ったファイアーボールは地面に当たると激しく燃え上がる。

 これも効かないなんて。でも、まだ手はある。

 炎の玉が切り裂かれるのなら……!

 

「『霊夢式インフェルノ』!」

「ぐうううっ!」

 

 巨大な虹色の炎が、草原を焼き、大波のようにベルディアを飲み込もうとする。

 これを切り裂くのはいくらベルディアでも無理がある。

 かといって避けるのも無理な話だ。

 ベルディアからすれば、炎はいきなり現れたも同然であり、後退しても間に合わない。

 炎に飲み込まれる。

 

「あちちちちちちっ!」

 

 情けない声を上げて、燃え盛る炎からベルディアは飛び出る。

 よっぽど熱かったのだろう。地面をごろごろと転がって、霊夢式インフェルノから少しでも遠ざかろうとしている。

 もしくは鎧から昇る黒い煙を消そうとしているようにも見える。

 

「お、驚いたわ! あ、あんな、あんな、上級魔法クラスの魔法を連続で使うとは……! イカれた魔法技術を持っているようだな!」

 

 少し震えた声で、そんなことを言ってきた。

 イカれたとは失礼な。

 一度覚えた感覚で魔法を使ってるだけなのに。

 というか、イカれてるのはお前の魔法耐性よ。

 飲み込まれたのに、あんまりダメージ受けてないじゃない。

 

「私からしたら、あんたの魔法耐性がおかしく見えてるんだけど」

「俺は幹部だぞ? 並外れた魔法耐性があって当然であろう」

「それは困ったわね」

 

 ベルディアはゆっくりと立ち上がりながら、私の動きを注視する。

 さっきの霊夢式インフェルノが思ったより熱かったんだろうか。

 びびったのかしら?

 何て言うか、ベルディアって他の幹部に比べたら楽そうというか。

 他の幹部がいる前で倒したら、奴は我らの中でも最弱よ、とか言われそうな感じがする。

 アクア達を見るが、まだアンデットナイトの群れと戦っている。

 やはり神聖魔法が効かないのはきついわよね。

 って、来るわね。

 

「『霊夢式インフェルノ』」

「見ないで!?」

 

 見てなくても、何か、そういうのを感じたんだもん。

 再び視線をベルディアに向ける。

 炎の向こうで、警戒していた。

 見てなくても的確に攻撃したのが効いたらしく、ベルディアは動きを止めていた。

 神聖魔法が効かないといっても、この世で最も信仰されている女神の魔法ならどうか。

 ちょうどいい。

 修行した神降ろしがどんなものか試してみよう。

 ベルディアが警戒しているのをいいことに、私はこれ見よがし口を動かす。

 私が何か凄いのをやると思って、いつでも回避できるようにしている。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 爆裂魔法が唱えられた。

 戦場どころかアクセルの街にも響く爆発音、大地を揺らすほどの大爆発はアンデットナイトの群れを一掃した。

 神聖魔法でも浄化されなかった連中でも爆裂魔法は無理だったらしい。

 

「レイムー!」

 

 アクアが手を振りながら近づいてきた。その後ろにめぐみんを背負ったダクネスと多くの冒険者が続く。

 アクアは私に隣に立つと、力強い笑みを見せた。

 

「こっからは私達も手を貸すわよ!」

 

 ベルディアは面倒なことになったとばかりに頭を持った手を左右に振り、剣先をアクアに向けて言い放つ。

 

「駆け出しのお前達がアンデットナイト達を倒したのは褒めてやろう。が、ここからどうする? その娘はこの俺を警戒させ、どうするか悩ませたが、貴様らがいれば別だ。もしも貴様らが俺と剣を交えようものなら、娘は魔法を使えなくなる。そこのアークプリーストの神聖魔法も部下を浄化させられなかった。ならば俺を浄化することもできない。助けに来たつもりかもしれんが、逆に足を引っ張ることになるとはな」

 

 などと長々話をしてくれたおかげで準備は整った。

 ばかだあいつ。

 アクアがベルディアの話を聞き、悔しそうに歯をギリギリと鳴らすのに、飛びかからないのはアンデットナイトで嫌な目に遭ったから。

 私は一歩前に出る。

 

「レイム?」

「奴の話に乗って、一人で戦うことはない。むしろ奴の狙いは」

「黙って見てなさい。今からとっておきを見せてあげるから」

 

 更に前に一歩出ると、ベルディアはどんな魔法が来てもいいようにと避ける姿勢を見せた。

 私は剣を地面に突き刺し、右手を顔より上まで持っていく。

 女神に願う。

 

「女神エリスよ。御身の力で、邪悪な者を浄化したまえ」

 

 精霊のように実体はなく、しかしこの場にいる者全員に見ることができる。

 私の背後にいて、柔らかく暖かな光を振り撒く。

 周りの冒険者だけでなく、ベルディアすらその姿に見惚れ、ここが戦場であることを忘れる。

 一人を除いては。

 アクアはエリスと私を見るとカタカタと震えて、口から気の抜けた声を出す。

 

「あ、あああ……」

《『セイクリッド・ターンアンデッド』!》

 

 アクアの様子に気づかず、エリス様は容赦なくベルディアに神聖魔法を使う。

 

「うぎゃあああああああああああ!!」

「あ、あああああああああ……」

 

 その効果は凄まじい。

 ベルディアを光が包み込み、私の魔法とは比べものにならない勢いでダメージを与える。

 女神の一撃を食らい、それなのに耐えたのは、魔王の加護のおかげね。魔王の加護強すぎ。

 だけど、エリス様の攻撃が通用してるなら、浄化されるまでやめない。

 

《アンデッドの分際で私の神聖魔法に耐えるとは、生意気ですよ! 滅ぼしてやります!》

 

 そんな物騒なことを言う世界一の女神様に私はギョッとした。そんなこと言う女神様には見えなかったんだけど……。

 ちなみにエリス様の声はダクネス達には聞こえていない。

 アクアはよくわかんない感じになってるから確かめようがないけど。

 どうしたんだ、こいつ。

 エリス様を泣きそうな顔で見るなんて。

 

《『セイクリッド・ターンアンデッド』!》

 

 ベルディアは持てる力全てを注ぎ込むような回避を見せた。

 私も魔法を使って動きを封じようとした時だった。

 

「ふざけんじゃないわよおおおおおおお! 私が、この水の女神アクア様がいながら何他の女神呼んでんのよ! エリス、あんたもあんたよ! 私の座をとろうっての!? それなら後輩だろうと容赦しないわよ!」

《ち、ちちち違いますから! ベルディアを倒すために力を貸してるだけで》

「あんなくそアンデッドが何よ! 『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

「ひあああああああああああ!?」

「ほら! 私一人で倒せるんだから帰って! 久しぶりに顔見れて嬉しいけど帰って!」

 

 泣きながら怒るアクアにエリス様はあたふたする。

 ここまで怒るとは思わなかった。

 というかさり気にデレなかった?

 アクアの浄化魔法を食らったベルディアは地面をごろごろと転がっていて、とても幹部には見えない。

 あと一発エリス様に浄化魔法撃ってもらえたら行ける気もするのに……。

 このばかが……。

 待って、エリス様がだめでも私なら。

 神の力を借りちゃえ。

 

「エリス様、お力をお借ります」

《えっ? あ、はい》

「女神『夢想封印』!」

 

 この私に経験値を!

 私個人で放つのとはわけが違う。

 神の力、それも世界一の女神の力が今の夢想封印にはある。

 凄い。

 光弾一つ一つにかなりの力を感じる。

 これが世界一の力なのね。

 アクアとエリス様の魔法で弱っていたベルディアに私の夢想封印が炸裂する!

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 全弾命中したベルディアは、断末魔を上げて消滅した。

 すかさず私は冒険者カードを取り出してレベルを確認する。レベル3とある。

 ついに私はレベルアップしたのだ。

 レベルが上がりにくいからなのか、ステータスは凄い上がってる気がする。

 へえ、レベル上がるとこうなるのね。

 中々いいわね、これ。

 冒険者カードを見る私の耳にアクアの泣き声が入ってくる。

 

「うわあああああああ! レイムが、レイムがエリスの力借りて倒したー!」

《ま、まあまあ、魔王の幹部ベルディアを倒したからいいじゃありませんか。先輩も凄かったですよ。力が落ちてるはずなのに、あそこまで強い魔法を使うなんて》

「うううー。私が、私が倒すつもりだったのに」

《もう泣き止んで下さい。いつもの先輩が一番ですから》

 

 どっちが先輩かわかったものじゃない。

 冒険者カードをしまい、先輩後輩女神を眺める。

 どうしよう。

 私がやらかした感がすっごいする。

 だけど敵を倒すためだから仕方ないし。

 

《レイムさん》

「は、はい!」

《神降ろしはもうしないで下さいね》

「で、でも、これからも強いのが出るかも」

《だめです。もう先輩を泣かせたくありません》

「いいわよ、エリス! もっと言って! 神がいるのに他の神の力を借りた不届き者を叱って!」

 

 エリスが自分の味方になると、途端に攻めてくるアクアに本気で苛ついた。

 

「あんたが普段からもっと役に立ってればこんなことにはならなかったのよ! 何が女神よ! 自称すんのもいい加減にしなさいよ!」

「わあああああ! レイムが言っちゃいけないこと言った! いいわ! それならレイムに女神の力見せてやるから!」

「やれるもんならやってみなさい!」

 

 レベルが上がったことで目標が達成されたからか、急にこいつに今まで苦労かけられたのが腹立たしくなってきた。

 

「ソードマスターだからって私に勝てると思ったら大間違いよ!」

 

 互いの手を掴み、主導権争いをする。

 アークプリーストのくせに意外な力を。

 だけど、レベルアップした私は筋力が上がった。

 

「あははははは! どうしたのアクア? そんな弱っちいんじゃ私には勝てないわよ」

「やだあ。レイムさんったら、忘れたの? 私には支援魔法があるのよ」

 

 そう言って自分に支援魔法をかけた。

 

「ちょ、ちょっと! 卑怯よ!」

「あれえ? レイムちゃんってこんなに非力だったのかしら? あー、ちっとも相手にならなくて困るわねー」

 

 アクアに地面に押し倒される。

 わ、私がこんなぱちもん女神なんかに!

 私の上では、勝ち誇ったように笑うアクアがいて……。

 支援魔法強すぎでしょ!

 

「さあ、ごめんなさいと言いなさいな! それだけで許してあげるわ!」

「誰が言うもんか! あんたみたいなぱちもん女神に謝るわけないでしょ!」

「ず、随分と強気のようだけど、私の勝ちよ!」

 

 アクアの力が強すぎて、腕が上がらない。

 体勢の悪さもあるんだろうけど。

 こんな奴に……負ける?

 

「アクアに負けるぐらいなら蛙に食われた方がいいんだけど!」

「ちょっと、それどういうことよ!」

「お前達いい加減にしろ!」

 

 怒号が私達に降る。

 喧嘩する私達を止めたのはダクネスだ。

 アクアの襟首を掴んで私から引き剥がす。

 ダクネスが来なきゃ負けてたなんて……。

 一生の不覚なんだけど。

 

「エリス様が見られているのに何をしてるんだ、お前達は!」

 

 そう言われて、アクアと一緒にエリス様を見れば、右頬を指で掻きながら苦笑している。

 エリス様は私を見ると。

 

《レイムさん。やっぱり私よりも先輩の方があなたにはお似合いですよ》

 

 どうしてそんなことを言うのか私には理解できなかったけど、アクアと喧嘩して疲れたから何も言わないことにした。

 

《それでは私は帰りますね。先輩、レイムさん魔王討伐頑張って下さいね》

 

 最後に女神の微笑みを見せて、エリス様は天界に帰還された。

 光となりて、天に昇っていく。

 エリス様が去ったあとも、残された私達は暫し光が昇った場所を見上げていた。

 そして、私は悲しみを乗せて言った。

 

「今までの修行全部無駄じゃない……」

 

 最悪だった。

 何のために神降ろしを鍛えたのか……。

 

 

 

 ギルドに戻ってきた私達を職員の皆さんは緊張の面持ちで見てくる。

 よく見ると、視線はみんなではなく、私に集まっている。

 ベルディアがどうなったのか聞きたいのね。

 ダクネスとめぐみんが私の肩に手を置いて頷く。

 アクアも肩に手を置きたかったらしいが、二人に先を越されて、どうしようか悩んだあげく、私の頭に手を置いた。どや顔で。

 殴りたい。

 殴りたいけど我慢しよう。

 私は代表するように前に出て、戦果を伝える。

 

「倒してきたわよ」

 

 その一言をきっかけに、ギルド内は歓声でいっぱいになる。




次はどうしようか。
ミツルギは……気分次第ですかね。
本当は借金させようかと思ってたんですが、こうなりましたし。
リッチーかな……。


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第七話 リッチー見つけた

ミツルギどこで出すかな……。
……出す場所ないなあ。
書き終わりました。


 ベルディア討伐の翌日。

 私はギルドに向かう途中で軽く後悔していた。

 ベルディア戦でちょうどいいからと神降ろしをして、エリス様に禁止された。

 今後のことも考え、敵も相性がいいからと試したわけだが、それがアクアの逆鱗に触れてしまった。

 結果的に神降ろしの修行は無駄に終わった。

 ……もう修行しない。修行嫌い。

 私はギルドの前に立つ。

 何だかんだでここに来てそろそろ一ヶ月ぐらいね。

 その間に随分と色んなのと戦った気がするけれど、気のせいよね。

 私はギルドの扉に手を触れ、そっと開く。

 

「「「勇者が来たぞー!」」」

 

 たくさんの冒険者が私を勇者と呼ぶ。

 昨日のベルディアの一件が影響している。

 あいつが私を勇者とか言ってくれたから、それを聞いた人がそう呼ぶようになった。

 悪い気はしないけど、何となくしっくり来ない。

 私はギルドの受付まで歩く。

 そこにはアクア達がいて、ベルディア討伐の報酬を受け取っていたところだった。

 そう。

 昨日はベルディア討伐の報酬はもらえなかった。金額が大きすぎるというのが理由だった。

 それが今日受け取れる。

 

「レイムさん、まずはこちらからどうぞ!」

 

 こちらから?

 布袋に入ったものを受け取り、そのまま待つと、お姉さんは誇らしげに言った。

 

「レイムさんのパーティーにはベルディア討伐の特別報酬が出ています。こちら金三億エリスになります!」

「「「さっ!?」」」

 

 三億!?

 ……それがどんなもんなのかわかんない。

 でも、凄いのよね?

 三億と聞いたら、アクア達だけでなく、周りの冒険者も驚きで固まってるし。

 私はよくわかんないまま三億エリスを受け取る。

 よくわかんないけど、これだけあったらもう何もしなくても暮らせるんじゃない?

 そんな気がする!

 

「勇者様ー! 酒を奢ってくれー!」

「宴会だ、宴会だー!」

 

 宴会。

 そういえばこの世界に来てから一度もしてなかったわね。

 幻想郷にいた頃と違ってお金の使い道がないから、この三億は宴会に使うのが一番だ。

 

「好きなもの頼んでいいわよー!」

「「「レイムさん最高!」」」

 

 面倒な後片付けもしないでいい。

 至れり尽くせりね。

 私は久しぶりに浴びるようにお酒を飲んだ。

 

 

 

 宴会の二日後。

 私はギルドに寄らず、街の中を散歩していた。

 ギルドに行こうとしたアクアに散歩のことを言ってある。

 実はアクセルの街を私はそんなに知らない。

 無駄な修行に時間を割いたせいで少ししか知らない。

 修行する必要もなくなった今、時間はその分浮くわけで、暇潰しに街の散策を決めた。

 ケーキ屋さん。

 ステーキ専門店。

 レストラン。

 パン屋さん。

 雑貨屋さん。

 魔道具店。

 こうして見ると本当に色々あると思う。

 屋台で串焼きを購入して頬張る。

 ん。これは中々美味しい。

 串焼きを食べると、ミスティアのことを思い出す。

 今もヤツメウナギを売ってるのかしら?

 久しぶりに食べたいわね。

 そんな他愛のないことを思った。

 しばらく街の中を散歩していると、看板にウィズ魔道具店と書かれたお店を見つけた。

 裏路地にあって、客がいなそうなお店だ。

 

「なーんか、面白いものがありそうね」

 

 私の勘がこの店は面白いと言っている。

 これはもう入るしかない。

 お店に入ると、正面の帳場に茶髪の美女がいた。

 彼女は私を見ると、

 

「あーっ!!」

 

 なぜか酷く驚いた様子で叫んだ。

 私のことを知ってる?

 でも、ベルディア討伐から私のことは誰もが知ってるし……。

 だけど、この人の反応は明らかに……。

 

「あっ、あの、すみません。突然叫んだりして」

 

 うん? この声聞いたことある。

 どこだったかしら?

 悔しい思いもした気がする。

 ここ最近で悔しい思いと言えば……。

 

「思い出したわ! あの時のリッチーね!」

「や、やっぱりあの時のソードマスターですか! 強いから通りすがりの人かと思ってたのに!」

 

 リッチーを見つけた! のはいいんだけど、どうしようかな?

 まさか、普通に暮らしてるとは思わなかったし。

 今日はのんびりしたいから、退治する気になれないのよね。

 怯えた様子で見るリッチーに質問を投げる。

 

「聞くけど、あんたってモンスターよね? 何で人間の街で暮らしてるのかしら?」

「それは、その」

「もしも異変を起こすつもりなら退治よ」

「そ、そんなことしません! 私は昔は冒険者でした。だけどとある理由からリッチーとなり、もちろんリッチーとなった私に冒険者を続けることはできず、引退したんです。この街は冒険者時代の仲間と出会った場所で、戦いに疲れた彼らを迎えるためにこのお店をはじめたんです」

 

 どうしたもんか。

 倒そうと思えば倒せるだろうけど……。

 こいつは強い方だから、街中で戦えば被害は大きくなっちゃう。

 見逃す?

 

『暴力以外の平和を望んでいるのでしょ?』

 

 昔、誰かに言われた言葉が頭に浮かぶ。

 このリッチーは悪いことするようには見えない。

 だけど、墓場でゾンビ操ってたし。

 帳場に体を隠し、頭だけを出して、目に涙を溜めてこちらを見ているリッチーに聞く。

 

「あんた、この前は墓場でゾンビ操って何かしようとしてたじゃない」

「違います! 死体が私の魔力に勝手に反応してゾンビになるんです。あと、私はあの墓場で迷える魂を天に還してたんです。退治されるようなことは本当に何もしてません!」

 

 善行を積むリッチー。理と神の意に背きながら善行を積むリッチー。変な奴ね。

 冒険者に恐れられる最強のアンデッドなのに、威厳の欠片もない。

 生かすか、退治するか悩む。

 リッチーはそんな私に懇願してくる。

 

「倒すのは待ってもらえませんか? 私にはまだやるべきことがあるんです! それを終えたら素直に退治されますから。その時までお願いします」

「……人を絶対に襲わないって言うなら考えるわ」

「襲いません」

 

 この時だけはおどおどせず、隠れるのをやめて立ち上がり、胸に手を置き、私を見据えてはっきり言い切る。

 幻想郷では、人から妖怪になるのは許されない。

 人を捨て、妖怪になった男を滅したこともある。

 まあ、私が知る範囲で退治していただけだし、実際には人から妖怪になった奴は幻想郷にそれなりにいたとは思う。

 ただそれが幻想郷に来る以前だったり、或いは私が生まれる以前とかなら、関係ないとした。基準となるのは私が幻想郷にいた時にやらかしたかどうかで、過去のことなんかどうでもいい。

 私がいるのにやらかしたら容赦なく殺すけど。

 さて、この世界は私が管理してるわけじゃないから、このリッチーを何がなんでも殺すなんてことはしなくていい。

 そんなルールないし。

 あと面倒臭い。

 迷惑かけてないならいいでしょ。

 

「退治するのは見送りにするけど、監視はするわよ。何かやったらその時は容赦なく退治するから」

「あ、ありがとうございます!」

 

 リッチーは深々と頭を下げる。

 それを見てると、こいつが本当に大物モンスターなのか疑わしくなる。

 ぱちもん女神と同じで、こいつもぱちもんリッチーかもしれない。

 こいつの頭を叩き割る日が来ないのを祈りつつ、店内を見て回る。

 液体が瓶に入ったものを見つけ、取ろうとしたら。

 

「それは強い衝撃を与えると爆発するポーションです」

「爆発? 何て物騒なの。じゃ、これ」

「それは開けると爆発するポーションです」

「これも? これは」

「それは水に触れると爆発します」

「……こっちは?」

「温めると爆発します」

「やっぱり退治した方がよさそうね」

「そんな!? そこの棚が爆発シリーズなだけで、他はちゃんとしてますから!」

 

 爆発物を大量に抱えるお店を見逃していいのか疑問に思う。

 私の言葉を聞いて、私の肩に手を置いてお願いしてくる姿は、やっぱりリッチーには見えなかった。

 

 三十分後。

 リッチーことウィズにお茶菓子をもらい、店内で寛いでいた。

 リッチーになった理由は詳しく教えてもらえなかったが、リッチー化はベルディアに死の宣告をかけられた仲間を助けるために必要なことだったらしい。

 どうしようもない理由からではなく、仲間を助けるための自己犠牲だった。

 

「あんたの強さならわざわざリッチーにならなくても倒せたと思うけどね」

「いえ。私の今の強さはリッチーだからですよ。人間の頃よりずっと強くなってるんです。だから、仲間を救えたんです」

「ふーん」

「な、何か?」

 

 ウィズは私の態度を見ると、不安げに尋ねた。

 幻想郷の時みたいに問答無用で倒さなくていいとしてるけど……。

 

「昔住んでた場所、幻想郷って言うけど。そこではウィズみたいに人を捨ててモンスターになるのは絶対に許されないの。例えどんな理由があろうと私は退治したわ。こっちでは向こうとルールが違うし、私に何の役割もないからウィズを見逃すけど、それでも……職業病で退治しなきゃって思うのよ」

「そ、そうなんですか。レイムさんはそのゲンソウキョウでは他にどんなことをされてきたんですか?」

「色々よ。異変が起きたら解決しに出向き、里の人が困ってたら助け、悪いことする奴は退治し。色々やったわ」

 

 神社の参拝客を増やすのも頑張った。

 どういうわけかほとんど失敗したけど。

 何がいけなかったのかしら?

 イベントがあればそっちに行って、商売して、神社のこと宣伝してたのに。

 個人的にお饅頭はよかったと思うのよ。

 あれ人気あったもん。

 凄い楽しくて。

 華扇も褒めてくれたし。

 けど、今思うと私に巫女は向いてなかったように思える。

 冒険者やったら、仲間に難はあるけど、お金持ちになれたもの。

 これで巫女のが向いてると言うのは無理がある。

 

「へえ。レイムさんは昔から戦ってたんですね。あれだけお強いのも納得ですよ」

 

 私の話にウィズは手を合わせて、感動したように言ってくれて……。

 何だろう。

 そんな素直な反応されると涙が出そうになる。

 だって幻想郷だと訝られるかばかにされるか怒られるかのどれかよ。

 ウィズみたいな素直な人はほぼいなかった。

 ……ウィズは大切にしよっと。

 ウィズは微笑み、質問をする。

 

「レイムさんはベルディアさんを倒されましたけど、他の幹部も倒すつもりですか?」

「面倒だからしないわよ。向こうから来るんなら別だけど、わざわざこっちから行くのはだるいわ

「あれ? レイムさんって積極的な人と聞いてるんですが」

「それはレベル上げたくてやっただけで、幹部を倒したくて倒したわけじゃないし。経験値多いから倒しただけよ」

 

 かつて私はレベル上げをするため、わざわざ修行したけど、よく考えると頭悪いことした。

 強い敵倒せばいいだけだ。

 修行なんて必要なかった。

 レベルが上がらないから修行なんて……。

 何を考えていたのか。もしかして異世界テンション? もしそうなら異世界テンション怖い。

 まあ、何だかんだで私も先日レベルが上がるという素敵な経験をした。

 面白いほどステータスが上がったので、またレベルを上げたいと思うものの、時間と労力を考えたらやる気が失せていく。

 

「経験値目的で幹部討伐ってはじめて聞きましたよ」

「そうなの? 私は極端にレベルが上がらないから、幹部クラスとはいかなくても強いのが相手でないとね……」

「そんなに? 今おいくつなんですか?」

「レベル3」

「さっ!? ……ちなみに私と戦った時は?」

 

 私のレベルに驚愕し、知りたくないけどでも、といった感じに尋ねてきた。

 ウィズの中の常識が崩れはじめてるのかもしれない。

 私はウィズに教える。

 

「レベル1」

「い、1!? 1って初期レベルの1ですか!?」

 

 ウィズが激しく取り乱し、早口で聞いてきた。

 そんなに驚かなくてもいいと思う。

 きっと歴代勇者も私みたいにレベル1でリッチー倒したり、幹部倒したりしてるわよ。

 

「そんなに驚くことでもないでしょ。歴代勇者も私みたいなのいたはずよ」

「それはありませんよ。どんな勇者も高レベルになってないと流石に幹部は倒せませんって。歴史上初だと思いますよ。レベル1で倒すってのは」

 

 そうなんだ……。

 でも、それならいっそのこと魔王をレベル1で倒しとけばよかったと思う私は変なのかしら?

 もったいないことしたわね。

 でも、魔王の城まで行くの面倒臭いし。

 そういえば魔王の城って結界で守られてるんだっけ? どんなものか気になるわね。

 しょぼかったら壊しちゃお。

 

「あっ。ウィズって昔は冒険者って言ったわね?」

「ええ」

「魔王の城の結界がどんなものかわかる? 幹部が維持してる強力なものとは聞いてるのよ」

「知ってるも何も私は幹部なの、で……」

「……幹部?」

 

 大事なことを隠していたようだ。

 ウィズは口が滑ったと、慌てて手で口を隠したが、もう遅い。

 

「幹部ねえ。それなら結界について詳しく話してもらうわよ」

「えっ、あ、はい……」

 

 なぜか不思議そうにしてるウィズを私はじーっと見つめる。

 ウィズはそんな私をじっと見て、一息吐いてから本題に移った。

 

「私も詳しく知りませんよ。レイムさんの言った通り、幹部によって結界は維持されてます。かなり強力な結界で、それこそ爆裂魔法を数十発撃っても耐えるほどです」

「あんな魔法を数十発耐えるってイカれた強度ね」

「幹部の人数が減れば強度は下がりますけど、一人程度ではそんなに影響はないかと。私でもリッチーになって、ライト・オブ・セイバーで通れるぐらいに切り開くのがやっとでしたから」

「ふうん。壊すのは無理でもそっちはいけるのか」

 

 破壊は無理でも力業で道はつくれるみたいだ。

 てっきり氷の魔法でどうにかしたと思ってたけど、別の魔法か……。

 私の聞いたことない魔法ね。

 教えてもらおっと。

 

「その何たらセイバーってどんな魔法なの?」

「ライト・オブ・セイバーですか? 光の刃で敵を切り裂くというものですよ」

「ほほう。今度それ見せてくんない?」

「いいですよ」

 

 ウィズは快く了承してくれた。

 

 

 

 あのままずっといてもよかったけど、まだ街の中を散歩し終えてないので、ウィズの店をあとにした。

 アクセルの街は、駆け出し冒険者が集まるところにしては大きい。

 周辺に弱いモンスターしかいないのが要因だろうか?

 考えてもわからないことである。

 こうして見て回ると、やっぱり幻想郷とは違うなって思う。

 飲食店、建物の造り、すれ違う人々、本当に何もかも違う。

 今では見慣れたものだけど……。

 ……いつの間にか街の外に出ていた。

 街からある程度はなれると、空を飛んだ。

 街の近くの小さな山へ向かって飛んでいき、頂上より高く、空へと昇り、街に背を向けた。

 

「不思議ね。こっちは幻想郷に似てるなんて」

 

 見下ろし、視界全体に広がる自然を見て、私は微笑をこぼす。

 夕日が大地を照らし、赤く染め上げる。

 間もなく冬を迎えるため、緑溢れる光景とはならないが、それでも構わなかった。

 十分に美しいと言える。

 こんな風に黄昏れていたら、隣に来た魔理沙に似合わないとか言われるわね。

 それか紫がいきなり現れて、よくわかんないこと言ってきたり。

 この世界は悪くない。

 簡単にお金持ちになれるし、冒険者になれば楽に暮らしていける。

 何の苦労もせずに生きていける。

 素敵な世界だ。

 ここで暮らすのは文句ないどころか賛成だ。

 でも、久しぶりにみんなの顔が見たいかな……。

 向こうにいた時はこんな気持ちにならなかったんだけどな。

 どうせ向こうから来るし、迷惑をかけられるだろうから、来んなって思ってた。

 不思議だ。

 

「スキマを繋げるのも、紫ほどじゃないし、何より世界と世界と繋ぐなんて無理よね」

 

 右手の人差し指で目の前を撫でるようにして切り裂く。

 それだけでスキマは開く。これは視界の端の山に繋がっている。

 だけど、ここまでだ。

 この世界と幻想郷を繋ぐなんてことは、そこまでの力は私にはない。

 それでも思う。

 もしもできたのなら、みんなの顔が見れる。

 そして。

 

「私の知らない記憶について知ることができる」

 

 私はどうしてあんな黒い異形の群れと戦っていたのだろうか。

 私はどんな風に死んだのか。

 いくら私でも面倒臭いと放っておけない。

 それに過去については知らなきゃいけない、そんな気がする。

 こればっかりは理屈ではなく、心の問題だ。

 ……一度幻想郷に戻ろう。

 そう決めた時。

 

 ――霊夢。

 

「誰? ……気のせい?」

 

 呼ぶような声が聞こえたけど、周囲には誰もいない。

 私はスキマを閉じて、念のためにもう一度だけ周辺を見る。

 やはり誰もいない。

 空耳ね。

 風も出てきたから、きっとそれね。

 懐郷に浸っていたのもあるかもしれないけど。

 アクセルに振り返る。

 夕日が大地を照らしていたのも少しだけ。

 夜が顔を見せてきた。

 本格的に夜を迎える前に街に戻らないと。

 寒くなってきたし。

 

 

 

 ウィズの店を訪ねてから三日後。

 この日、私は彼女に魔法を教えてもらう。

 例のセイバーをとうとう我が手におさめることができるのよ。

 ウィズの店を出て、ギルドの前を通りかかった時にアクア達に見つかった。

 

「ねえレイムさん。どうしてそんなのと一緒にいるのかしら。この私の全てを見通す目にはそいつが何なのかはっきりとわかるんだけど」

「あんた、本当にスペックは無駄に本物よね。大丈夫よ、こいつは無害だから」

「そういう話じゃないの。そいつは浄化しないといけないのよ」

 

 いつものアクアとは違い、何やら殺気を放っている。

 ウィズを親の仇を見るような目で睨みつけ、あわよくば浄化しようとしている。

 アクアに怯えたウィズは私の後ろに隠れる。

 

「アクア、こいつにも事情はあるのよ」

「へええ? 事情、事情ねえ。いいわ、じっくり聞かせてもらいましょうか」

 

 ここでは邪魔になるからと、私は本来の目的を果たす意味でも街の外に行くことをみんなに告げた。

 そこまでの道で、アクアはずっとウィズを睨んでいた。私が近くにいなければ、間違いなく滅ぼしにかかっている。

 めぐみんとダクネスはよくわからずといった感じで、ことの成り行きを見守っている。

 街の外まで来て、標的を探す。

 蛙がいれば、セイバーで切り裂いてもらうのだが、寒くなってきてるからかその姿が見られない。

 街の近くの森まで出向き、そこに生えてる木を切ってもらうことにした。だじゃれじゃない。

 

「それではやりますね。『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ウィズが魔法を唱えると、右手からまばゆい光が伸びる。

 右手を振るって、木に切りつける。

 木に光の刃が走り、真っ二つに切り裂かれる。

 いとも簡単に切り裂いてみせた。

 何というか。

 剣を使うソードマスター泣かせの魔法ね。

 だって切るんだもん。

 しかも切れ味がいいと来た。

 ソードマスターいらないじゃん。

 

「それあったらソードマスターとか剣使うのいらなくない?」

「威力はありますが、やはり魔法なので詠唱は必要になりますし、魔法耐性が高かったり光属性に強かったりする敵には効きにくくなりますから、万能ではありませんよ」

「なるほどねー。よし、やってみよ。ウィズはそいつらに過去の話をしてなさい」

「はい」

 

 後ろでウィズがリッチーになった経緯を話す中、私は早速光属性の魔法の開発に挑む。

 火、風、雷をつくり上げた今の私なら簡単よ。

 まず光を、そう、こんな感じで……できた。

 あとは、これを、こう、こうして、ほいっと。

 うわ。光属性やりやすっ!

 これならもっとはやくにやっとけばよかった。

 あとは切れるようにしてと。

 これか? こうか? こう? ここをこうして。

 

「『霊夢式ライト・オブ・セイバー』!」

 

 私の右手から虹色に輝く光が伸びる。

 また虹色なのね。いいけど。

 目の前の木に切りかかる。

 やったわ!

 木が切れたわ。

 こんなはやくに完成するなんて、私と光はよっぽど相性がいいのね。

 これで魔法耐性が高くない限りは……。

 閃いた!

 夢想封印を剣に纏うことができるけど、この魔法も剣に纏えばいいのよ。

 しかもスキルを発動したら……。

 あはっ。物理魔法同時攻撃よ。

 物理に強い敵は魔法で、魔法に強い敵は物理で。

 最高ね。

 

「『霊夢式セイバー』」

 

 おおおっ!

 私は感動と興奮で体が震えた。

 ライト・オブ・セイバーが私の剣に。

 剣の形状に合わせたことでより密度は高まり、魔法としての威力は高まった。

 ライトつけたら長いから縮めてセイバーにした。

 にやにやが止まらない。

 こんなにも、何もかも上手くいくなんて。

 これならどんな敵も倒せる。

 今度ドラゴンでも倒しちゃおうかしら。

 そんなありふれたことを思いながら、魔法を解除して剣をしまう。

 上機嫌で振り返ると、みんなが私を凝視していた。

 

「何よ」

「いえ。速攻で魔法を完成させたと思ったら更に発展させて。本当にレイムは何者ですか?」

「私よ」

「格好よく聞こえるのが腹立ちますね。そして胸キュンしてるのも悔しい!」

 

 めぐみんが顔を赤くして、格好いいとまた呟く。

 こいつの何に触れたかわからないけど、少し興奮して体を震わせるめぐみんを無視しよう。

 

「話はどうなったのよ」

「あの、レイムさんがあんまりにもはやく完成させるものですから、全然進まなかったです」

「私のせいにしないでよ。ほら、さっさと話しちゃいなさい」

 

 釈然としない顔でウィズは話を再開した。

 アクアはしかめっ面で、腕を組んで話を聞いている。さっさと終わらせろという態度だったが、仲間を助けるためと聞いた辺りからしかめっ面でなくなり、墓地の話が出ると気まずそうにした。

 ウィズが全てを話し終わった時、めぐみんは言った。

 

「仲間のために自分を犠牲にして助ける……! それは冒険者として最も素晴らしいことではないでしょうか!」

「私はエリス様を信仰しているが、今の話を聞いては斬れない。そこまで仲間思いの人を斬るなんて、私には……。しかも迷える魂を導くとは……」

 

 ダクネスは敬虔なエリス信徒と聞いたが、かつて冒険者であり仲間思いのウィズには重ねてしまうものがあるんだろうか。ウィズの話に涙ぐんでいる。

 めぐみんは例の紅魔族特有のセンスなのか、彼女本人のセンスなのか区別がつかないけど、ウィズの話に感動しているのは確かだ。

 肝心のアクアは気まずそうにしていたが、何かに気づいたようにハッとなると。

 

「全部つくり話なんじゃないの!?」

 

 ウィズに掴みかかった。

 

「本当です! 信じて下さい!」

「いーや! だめね! お涙ちょうだいのいい話だったけど浄化するわ!」

「そ、そんな! 私何も悪いことしてないのに!」

「ふん! リッチーなのがいけないのよ!」

「待って下さい! これはレイムさんにも言いましたが、私にはまだやるべきことがあるんです! それが終わりましたら大人しく浄化されますから、それまでは生かしておいて下さい! お願いします!」

 

 泣きつくリッチーにアクアはたじたじになる。

 もしもつくり話であるなら、あんな行動はとらない。

 ウィズの行動は話が真実であることを証明していた。そのウィズを見て、ダクネスとめぐみんはアクアに冷たい目を向けた。

 その二人の視線にアクアは逃げ腰になる。

 

「ね、ねえ……、こいつはモンスターよ? ダクネス、あなたはエリスの信者でしょ。なら、アンデッドにはどういうことをすべきかわかってるでしょ?」

「ああ。しかし、みんながみんな悪ではないだろ? ウィズが邪な考えでリッチーになったならともかく、仲間のために自分を犠牲にしたんだぞ? それにやるべきことを果たしたら浄化されるとも言っている。倒すなとは言わないが、その時までは待ってやってもいいだろ」

「そうですよ。アクア、例えば小さい子供の幽霊がいたとします。私達の冒険の話をたくさん聞いたら成仏すると言っても、アクアは問答無用で浄化するんですか?」

 

 二人のコンボにアクアは何も言えなくなり、ウィズからはなれた。

 私悪くないのに、と呟いて、私の隣に来た。

 

「ありがとうございます。こんな私を助けてくれてありがとうございます」

 

 ウィズが二人に深謝する。

 アクアは面白くなさそうであったが、ほんの少し安心してる感じがした。

 ウィズの件も私の目的も終わったところで、街に帰ることにした。

 

 

 

 ウィズは街に戻ると自分のお店に戻った。

 残された私達はやることがなく、ギルドで飲み食いしている。

 めぐみんとダクネスはモンスター討伐に行きたがっているが、どれもこれも遠いからやりたくない。

 

「せっかく魔法をつくったのにどうしてだらけるんですか。試してみましょうよ!」

「そうは言うけどねえ。今日はもういいわ。それにやるんなら強いモンスター限定よ。雑魚は経験値の足しにならないんだから」

「お前は経験値しか頭にないのか? そういえばこの前ベルディアを倒したが、レベルはどうなんだ?」

「やっと聞いたわね。上がったわよ。やっと3になったのよ」

 

 私の話に三人はたった2だけか、って顔になる。

 何それ。まるで本当はもっと上がるみたいじゃない。

 2だけってそんなにおかしいの?

 

「あっ。ついでにステータスがどれだけ上がったか見せて下さいよ」

「えー……。どうせこれっぽっちかってなるんじゃないの?」

「あまりに上がってないならそうなりますけど、流石にステータスはまともでしょう。それともアクアみたいにカンストしてましたか?」

「そんなことないわよ、はい」

 

 ステータスはまともでありますように。

 それかレベル上がんない分、もの凄く上がってるとかでお願い。

 ダクネスとめぐみんは私の冒険者カードを見て、

 

「「はあっ!?」」

 

 信じられないものを見た顔になる。

 驚愕する二人は何やら言っている。

 内容から察するに私の前のステータスかな。

 この二人の反応から私の伸び率が素晴らしいのはよくわかった。

 

「何ですかこれ。レベル2しか上がってないのに、ステータスは桁違いに伸びてますよ!」

「とんでもないな。あれだけ上がりにくいから、これだけ上がっても納得いくが……。1レベルがレベル5、6に相当してるぞ」

「まあ、私ぐらいになれば質で圧倒するわよ」

 

 そうよ。

 レベルはどんどん上がればいいってものじゃないから。

 ステータスの伸びも大事だから。

 私は強いの倒せば問題解決するから。

 ドラゴンとか悪魔とか幹部とか、そういうの倒せばレベル上がるから。

 

「魔力が大変なことになってるな。アクアより上だぞ、これ」

「はあ!? この私より上!?」

 

 アクアが慌てたように私の冒険者カードを見て……。

 項垂れた。

 私はアクアから冒険者カードを取り返す。

 アクア以上の魔力ねえ。そんなにあるなら切れ味アップのスキルの性能を上げようかな。

 性能を上げると消費魔力が増えるという悪いところはあるが、私の魔力なら問題ないわね。

 8ポイントあるスキルポイントを全て切れ味アップに注ぎ込む。

 これで私は30ポイント突っ込んだことになる。これからも突っ込んでいこう。

 魔法を使える私ならソードマスターのスキルは斬撃飛ばしと切れ味アップの二つで十分だ。

 攻撃魔法が一通り揃うのも時間の問題だ。

 ふむ……。

 私は項垂れるアクアの肩に手を置く。

 こっちを見たら、優しく微笑みかける。

 

「うああああ!」

 

 アクアが戦慄く。

 そろそろ支援魔法も我がものにしてしまおうか。

 ついでに回復魔法も習得しようか。

 どうしよう。にやにやが止まらない。

 こういう時は無駄に勘がいいアクアは私の胸元を掴んで泣きつく。

 

「やめて! 支援魔法とか回復魔法とか習得しようとしないで! 私の存在価値奪わないで!」

「そういうあんたはエリス様と組んで私から神降ろし奪ったでしょ」

「そ、それは、でも、私がいるのに他の神に頼るのはどうかと思うわ!」

 

 それでも修行を無駄にされたのよ。

 レベル上げるためとはいえ、今思うとよくやったわね。どんだけ執着してたのよ。

 これから一生やることはないと思うけどね。

 レベル上げるための修行だったわけだし。

 強い敵と戦えばいいという答えを手にしてる今、修行なんかやる理由はない。

 私はアクアに反論する。

 

「あんたじゃできないことあるでしょ。金属つくったり、お酒つくったり」

「それはできないけど。でも、許したらまたエリスに頼るんでしょ?」

「あんたができる範囲の神様は呼ばないわよ。エリス様も怒るし」

 

 アクアが泣くからだめと言った。つまり、泣かないなら降ろしてもいい。

 それによく考えたら、私は降ろしませんと宣言してない。する前に喧嘩したし。

 アクアは私を不安げに見ながら。

 

「本当に呼ばない?」

「呼ばない呼ばない。それでもだめって言うなら回復魔法とか支援魔法とか習得するわ。ついでに浄化魔法も」

「わかったから! わかったからやめて! 私にできないことする神なら許すから、だから私だけのものを奪わないで!!」

 

 神降ろしを取り戻した!

 そういえば私にもアンデッドとか滅ぼす攻撃手段はある。そして、アクアがいるのなら、アクアやエリス様のようなタイプの女神を呼ばなくても問題ないことに今気づいた。

 協力してくれる神様がいるかどうかだけど……。

 こっちの神様はけちなところあるからなあ。

 それとも幻想郷の神々が大らかすぎるのか。

 ぐすぐすと鼻を鳴らすアクアを遠ざける。

 野菜スティックを手に取り、口に運ぶ。

 ダクネスがそわそわしながら、何度も私の顔をちらちらと見て、意を決したように尋ねる。

 

「なあ、エリス様のお声はどんなだったんだ? やはり美しかったのか?」

「ダクネス。夢のないこと言うと、神様が美形なのは信仰心を集めやすくするためよ。声も当然綺麗なものに決まってるじゃない」

「ほ、本当に夢がないな……。だが、そうか、やはり美しいのか……」

 

 ダクネスは顔立ちと同じく可憐なんだろうな、とか言って妄想を膨らませる。

 どうして信者はこんなにも神に夢を見るのか。

 そんなことを思いながら、私はお酒をぐっと飲み干した。

 そんな私のところにいつものお姉さんが一枚の紙を手にやって来た。

 

「レイムさん。この討伐依頼をお願いできます?」

 

 直接私のところに?

 お姉さんから紙を受け取り、対象を確認する。

 

「西の山を一つ越えた先にある岩山に住み着いたドラゴンの討伐?」

「こちらの依頼は魔王の幹部を討伐したレイムさんに是非とのことです」

 

 もしかして今度倒そうとか思ったからこんな依頼が来たのだろうか。




次はドラゴンですね。
強さ設定どうしましょうか。
ミツルギはいっか……。
下はおまけ。







 side魔理沙

 英雄とは何なのか。
 強ければ英雄なのか。
 才知があれば英雄なのか。
 度胸があれば英雄なのか。
 違うな。
 英雄ってのはそんなちっぽけなもんじゃない。
 きっと、何でもない顔でみんなの想いを受け止められる奴のことを言うんだ。
 そして、そいつはこう言うんだ。

 そんな面倒なものいらないわよ。

 口ではそんなこと言いながら、数万、数十万という膨大な想いをあいつは受け止めた。背負った。
 妖精のつまんないイタズラに引っかかったり、天狗にいいように使われたり。隙だらけなくせに、いざって時はスパッと解決して。
 まぬけな奴だけど、一応幻想郷を守り抜いた英雄なんだ。
 あいつ以上の英雄なんてこの世にはいない。
 死んじまったけど、大丈夫だ。
 今幻想郷にいる奴はあいつを信仰してる。
 幻想郷を守り抜いた英雄様だ。信仰されるのも頷ける。
 信仰されれば神様になるんだろ?
 だからさ、神様になって帰ってきてくれよ。
 霊夢……。


 その頃霊夢は蛙のステーキに感動していた。


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第八話 ドラゴンを倒しに行きました

何気にライト・オブ・セイバーってチート魔法だよなと思った。
この魔法の実績。
蛙を切り裂いた。
魔王軍の連中を切り裂いた。
幹部六人が維持する結界を切り裂いた(ベルディア、ハンス、シルビア、バニル、魔王の娘、謎の天使)

チートですね。


 ドラゴンのいる岩山まで徒歩で数日かかる。

 一日で戻ってこれるなら、食料は多く持ち込まなくていいが、今回は徒歩での計算とはいえ、数日もあるためそういうわけにはいかない。

 水は私とアクアが出せるから問題ない。

 食料に余裕を持たせる必要もあるので、二週間分は必要だ。それを四人分用意する。

 当然だが、着替えも必要になってくる。どんな冒険者でもずっと同じ服ではいられない。体も洗いたい。

 中には平気な奴もいるだろうけど、少なくとも私にはできない。

 その日の内に私達は出発する。

 ダクネスの案により、今日は山の前で野宿し、朝から登山する。

 そうすれば山で野宿する回数を減らせるとか。

 何て言うか、ダクネスが珍しくまともで、軽く感動すら覚えた。いつもそうならいいのに。

 たまに最初に見たダクネスが帰ってくるのは卑怯だと思う。

 西の山までの道でモンスターとの遭遇はない。

 冬を前にして多くの弱いモンスターは冬眠に入った。まだ残ってるらしいが、遭遇率は低い。

 今回の冒険は馬車を借りたかったが、ドラゴンに怯えることを考えたら連れていけなかった。

 ドラゴンに怯えた馬が逃げたりしたら、食料をはじめとしたものはなくなる。

 その最悪の事態を避ける意味でも私達は徒歩を選んだ。

 ……帰りはスキマ移動するつもりだから逃げられても構わないけど、弁償したくないのよね。

 さて、西の山は多くの動植物が生きる山だ。

 西の山には、動植物を狙ってモンスターが来て、更にそれを狙って強いモンスターが来るという。

 強いモンスターもいる反面、それなりに美味しい思いができる場所ではある。ただし、山の奥に進むのは危険だ。

 西の山はグリフォンやマンティコアの縄張りとなる山岳地帯に隣接しているため、餌を求めて来ることがあるらしい。

 その二匹の討伐依頼は形だけ出されている。危険すぎるので誰も請けないし、ギルドも請けないように報酬を安くしている。

 誰も請けないまま長い時間放置されたクエストは塩漬けクエストと呼ばれる。

 今回の冒険で遭遇する可能性は低いが、出会ったら経験値をいただこう。

 

「こうして野宿するのははじめてね」

 

 アクアは小さな男の子みたいに、無邪気に、わくわくしながら言った。

 アクアの言葉にみんなは頷く。

 厚い毛布で体を包み込み、夜の寒さを耐える。

 私達の中心には暖をとる焚き火がある。

 焚き火は弱いながらも周りを照らす。その輝きで私達の顔は浮かび上がる。

 

「アクセルの依頼は日帰りできるものが多いですからね。他の街ならもっと、今回のように遠出するクエストはあると思いますが」

「面倒だから遠出したくないわ」

「お前は……。こうして仲間と遠出すると冒険してる感じがしていいじゃないか」

 

 してる感があるのは認める。

 これからもしたいかどうかは別としてね。

 めぐみんはなぜか苦笑している。

 

「経験値が欲しいから他の街に行くと言ってたのに、こういう遠出は嫌ですか」

「何日もってなると面倒じゃないの」

「わかるわ。ベッドで寝れないのは辛いの。固い地面で寝るのは合わないわ」

 

 床で気持ちよく眠れる奴が何を言ってるのか。

 

「他の街に行けば、こんな風に遠出する機会は増えるぞ」

「どうにかして近場で終わらないかしら。それか街まで来てほしいわね。そうしたら楽なのに」

「そんな都合のいい街は……そういえば王都は魔王軍が定期的に攻めてくると聞きますね」

 

 都合のいい場所があったらしい。

 そこなら私の望み通りだ。

 それなら文句はない。

 

「あとは私がやる気出るかどうかね。出ないなら戦わないし、出たら戦うわ」

「そんな都合のいいこと聞いてもらえるわけないだろ! 毎回駆り出されるに決まってる!」

「それならアクセルでのんびりやるわ」

「お前は本当によくわからないな……。レベルを上げたいのかそうでないのかはっきりしてくれ」

「レベルは上げたいわ。この前の幹部みたいなのがたまに来てくれればいいのよ」

 

 たまーに来てくれる程度でいい。

 それなら私もたまーにならいいわね、ってなる。

 

「頑張りすぎると倒れちゃうからね」

「レイムの場合は頑張らないとレベル上がらないでしょ。そんなのもわからないなんて、レイムさん頭悪いの?」

 

 プークスクス、と笑うアクアの頭を拳で挟んでぐりぐりする。

 こいつにだけはばかにされたくない。

 

「痛い痛い! やめて! 謝るからやめて!」

 

 根性のないアクアはすぐに泣きを入れる。

 それを聞いて満足した私は最後に抉るようにごりっとやってから手をはなす。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 よっぽど痛かったのか、涙目でヒールをかける。

 すぐに痛みがなくなり、アクアは文句を言いたそうに私を見るが、ぐりぐりされるのが怖いみたいで睨むだけだ。

 アクアにお仕置きをし、満足した私に眠気が襲ってくる。

 

「眠いから寝るわ」

 

 返事を聞かずに私は目を閉じた。

 厚い毛布で、夜の寒さから身を守り、私は眠気に身を委ねた。

 

 

 

 夜が明ける前。

 私はダクネスに体を揺らされて起こされた。

 

「見張りを交代してくれ」

 

 私は何度か頷き、そのままだと二度寝してしまいそうだったから立ち上がる。

 体を横にして寝たわけじゃないから、あちこちが微妙に痛い。

 ほぐすように、腰に手を当てて背筋を伸ばしたり、腕を伸ばしたり、色々と行う。

 それで大分眠気はとれた。

 夜明け前の、冷えきった空気が私の体を冷やす。

 顔に当たる空気が眠気を吹き飛ばしてくれるような気がした。

 

「あー、寒々」

 

 寒さから逃げるように、膝を抱えて毛布を羽織る。

 まだ冬を迎えていないのにこの寒さだ。

 明け方は冷えるものだが、今でこれなら、冬になったらどうなるのか。

 吐いた息は白く染まる。

 

「それじゃ休ませてもらう」

 

 ダクネスはそう言って眠りについた。

 私は朝を迎えるまで見張りをする。

 

 モンスターに襲われることなく朝を迎えた。

 みんなを起こし、朝食をとる。

 朝食を食べてる時は会話もなく、寒さに耐えて、静かに食べ進めた。

 お腹を満たしたあとは荷物をまとめて焚き火を消す。

 さて、ここで問題が出た。

 

「トイレはどうする。その、そこら辺でするのは抵抗があるんだが」

 

 ダクネスがもじもじしながら、頬をほんのりと赤らめて言った。

 それは私も思うところだったので、アクアとめぐみんに答えを出してもらいたい。

 めぐみんはダクネスを見ると、呆れた顔つきになり、やれやれと首を振って、きっぱりと言い切る。

 

「私達は冒険者ですよ。時にこういう事態に直面しますが、受け入れるしかないでしょう」

 

 そして、これが冒険者だとばかりにめぐみんは山道の脇に入り、私達から見えない場所に行った。

 数分後。

 スッキリした顔でめぐみんは戻ってきた。

 

「いつかはするんですから、さっさとやって慣れるべきですよ」

 

 妙に男らしいめぐみんにダクネスは。

 

「そ、そうだな。我々は冒険者だ……。恥ずかしいが、やるしかあるまい」

 

 勇気づけられたらしく、めぐみんより遠くの脇道に入っていった。

 ここまでの経過を見ていたアクアはというと。

 

「まあ、わ、私は女神だからね。女神だからしなくても、で、でも珍しいものあるかもしんないからね!」

 

 誰も聞いてないのに、真っ赤な顔で恥ずかしそうに言い放つと、私達の目から逃げるようにめぐみんとダクネスとは反対の脇道に入った。

 

「残るはレイムだけですよ」

 

 にやにやと笑う。

 私もみんなと同じようにお花を摘みたい。

 だけどできない。

 誰もいないとわかってても、見られるかもしれないと思うと無理よ。

 かつては幻想郷で妖怪退治を生業とし、多くの異変を解決し、博麗大結界を管理してきた、博麗の巫女たる私が外でトイレ……。

 するんだとしても誰にも見られないようにしないといけない。

 

「余計なプライドなど捨てたらいいですよ。こういうのは最初だけですから。二回目からは平気になりますよ」

「くうううう……」

 

 なぜか悪人面でめぐみんは私に笑いかける。

 私の名は博麗霊夢。

 朝食を食べてから死ぬまでの記憶を失って転生した、どこにでもいる極普通の女の子よ。

 転生特典に女神アクアを持ってきたけど、これがまあ役に立たないの。

 一人暮らしできないタイプね。

 そんなアクアに私は自分が色々やらないとまともな生活を送れないと確信し、依頼をこなした。

 生活の基盤を整えた私は、アクアと一緒に上位悪魔を討伐した。

 その時に知り合った魔法使いのめぐみんが私達の仲間となり、それからすぐにダクネスも仲間になる。

 仲間と一緒にキャベツを収穫して、魔王の幹部を討伐した私が、ドラゴンを倒そうとするこの私が外でトイレすることを迫られている。

 葛藤する私の肩にめぐみんはぽんと手を置く。

 そうこうしている内にダクネスとアクアは戻ってきて、まだトイレに行かない私を見ると。

 

「レイム、我慢しすぎるのはよくないわよ」

「すぐに終わらせれば問題ないぞ」

 

 今私は三人のばかにトイレすることを勧められている。

 どうしてこいつらに言われるんだ。

 だけど、いつまでも持たないのはわかってる。

 このままだと大惨事になる。

 わかってるのよ。

 わかってるけど、お外でおトイレするなんて、やっぱり無理よ!

 めぐみんが諭す。

 

「レイム、何日も我慢できるわけないのですから。誰もいませんから大丈夫ですって」

「誰かいて見られてたら……」

 

 待って。

 ここでの問題は誰かに見られるかもしれないというところにあるわけよ。

 外でするのも問題だけど、そこはもう腹を据えるしかない。

 例えば、お家にあるようなトイレのように壁があれば、問題解決になるんじゃないかしら?

 つまり壁と天井をつくれば、誰かに見られる心配もないし、個室のようになるので外でするのはっていう気持ちも薄らぐ。

 そして、私には魔法がある。

 ……。

 私は三人からはなれ、山の近くまで行く。

 それに三人はやっと覚悟を決めたかと、それでいいんだと満足そうに頷く。

 脇道に入ってすぐに私は使う魔法を考える。

 土に水を含ませて泥のようにし、凍らせれば……。

 形も自由が利くからこれがベストね。

 しかも放っておいても時間が来たら勝手に崩れるから処分に困らない。

 早速私はトイレをするための準備をした。

 

 戻ってきた私に三人は微笑む。

 私は内心で勝ち誇る。

 トイレを済ませた私達は西の山の登山を開始する。

 山道に入ってすぐのこと。

 

「ねえ、あれ何かしら」

「おや、見たことないのが……。レイム、あれは何ですか?」

「トイレ」

「なあ、あんなのつくれるなら何で言ってくれなかったんだ?」

「私も追い詰められてやっと思いついたのよ」

「「「へえ……」」」

 

 私は後ろを振り返らずに走り出した!

 

 

 

 山道をペースも何も考えずに走って進んだ私達は当たり前のことだけど疲れ果てた。

 荒く息をし、肩を激しく上下させる。

 全速力で走ったせいで汗がどんどん出てきて、服が肌にべちゃりと張りつく。

 四人とも上気した顔である。

 

「レイムだけ、あんな……」

「はあ、はあ……。女神の私にあんなことさせといて、自分だけは壁で囲うなんて」

「いつまでもうっさいわね」

 

 みんなでそこら辺に座り込んで休憩をとる。

 アクア達がねちねちと文句を言ってきて鬱陶しい。

 みんながしたあとに思いついたんだから、私にはどうしようもない。

 呼吸が落ち着きを取り戻すと、喉が渇いてきた。

 指先からちょろちょろと水を出し、口の中に注ぐ。喉が潤い、水を飲んだからか体が冷えた気がした。

 

「レイム、私にも下さい」

「はいはい」

 

 めぐみんのコップに水を注ぐ。

 この世界に来て魔法を手にしたわけだが、私は使えるようになってよかったと思う。

 火と水があれば野宿で困ることはない。

 ちょっとした工夫で簡易トイレがつくれる。

 それで思ったけど、私の魔法は自由度が高いんじゃないかしら。

 今までは見たことある魔法に寄せてたけど、これほどの自由度があるなら、完全に私だけの魔法をつくってもいいと思う。

 いちいち霊夢式言うの面倒なのよね。ライトニングならライトニングで済ませたい。

 

「どうした。そんなに難しい顔をして」

「ん? ああ。トイレをつくった時もそうだけど、私の魔法って自由が利くと思うの。それならいっそ私だけの魔法をつくろうかなって」

「オリジナル魔法ですか。本来なら時間がかかるものですが、レイムならやれるかもしれませんね」

「その最初のオリジナル魔法は簡易トイレね」

「やめて。それはノーカンよ」

 

 いくら私でも最初のオリジナル魔法がトイレというのはお断りだ。

 というかあれは魔法というにはあまりにも……。

 アクアは腕を組み、不敵に笑う。

 

「ふっふっふ。そして爆裂魔法を超える最強の魔法をつくり出すのね」

「ほう。究極の魔法を超える魔法ですか。果たしてつくることができるのか見物ですね」

 

 めぐみんは片目を手で隠し、挑戦的に言ってくる。

 私はそんなのよりも使い勝手のいいものを求めているので、つくるつもりはない。

 結果的につくった、ということはあっても、自分から進んでつくるつもりはない。

 

「あのクラスの魔法はつくろうと思ってつくれるものじゃないと思うんだが……。それよりもドラゴンとどう戦うか決めないか?」

「私が斬る。以上」

「いくらレイムでも厳しいと思うぞ。ドラゴンは硬い鱗で覆われていて、魔法と物理に対する防御力は高い。素直にめぐみんの爆裂魔法などを使った方がいい」

 

 私の考えを改めさせるように言ってくる。

 よく考えたら私はドラゴンを見たことがない。

 でかいトカゲと聞いてるけど。

 ダクネスの言うようなモンスターなら、確かに苦戦するかもしれない。

 霊夢式セイバーは魔法、物理両方対応してるが、ドラゴンもどちらも対応してるという。一撃で仕留めるのは厳しいかな?

 負ける気はしないんだけどなあ。

 めぐみんは依頼の紙を見ながら、やはりダクネス同様に忠告する。

 

「今回のドラゴンはただのドラゴンではありません。相手はあのエンシェントドラゴンかもしれません」

「それが? そんなに強いの?」

「やはりわかってなかったか……」

「あのね、レイム。あなたは知らないだろうけど、エンシェントドラゴンは最上位種のドラゴンなのよ」

「その力は神と互角とも言われ、ドラゴン達の頂点に立つ種族です。爆裂魔法でも仕留めるのは困難でしょうね」

 

 めぐみんから依頼の紙を取ってもう一度見る。

 討伐モンスターにはドラゴンとある。ただモンスターの詳細欄にエンシェントドラゴンの可能性がありと書いてあった。ここ読んでなかったわ。

 エンシェントドラゴンと断定してないのは、遠目で見たとかそういうのが関係してそうね。どんなものも近くでちゃんと見ないと勘違いしやすいし。

 

「でも、可能性が高いってだけでしょ。私の勘だと、ただの勘違いだと思うのよね」

「もし本物だったとしてもうちのレイムさんなら余裕で倒せると思うのよね。支援魔法全力でかけるわ」

「とても私達のレベルで戦える相手ではありませんが、ドラゴンスレイヤーの称号のためにも倒すとしましょうか」

「ふっ。どんな攻撃も私が防いでやろう」

 

 三人はなぜか格好をつけはじめた。

 途方もなく強い敵に戦いを挑むような雰囲気を漂わせている。

 私の勘は、三人の雰囲気は無駄になると告げてるけどね……。

 それからしばらく雑談をして過ごす。

 休憩を十分にとった私達は登山を再開する。

 

 私達は山に入って三日目でやっと越えることができた。

 山の寒さが厳しいとは言っても、それで無理して山越えをすることはない。

 山を越えた先に待っていたのは、視界一杯に広がる平原であった。

 ここを突き進んだ先にドラゴンが住む岩山に到着できる。

 まだ夕方を迎える前の時間だけど、ダクネスが私達に言ってくる。

 

「今日はここまでにして、しっかりと休もう」

「そうですね。まだ夕方前ですが、後々に響かないようにしましょう」

 

 岩山まで徒歩で一日ほど。

 ドラゴンの住み処までまだまだ遠い。

 歩くのも面倒だし、休んでいいなら休もう。

 はあ、ドラゴン来てくんないかな。

 ダクネスとめぐみんが焚き火用の木を集めてくるそうなので、私とアクアは荷物番をすることに。

 

「荷物番は楽でいいわ」

 

 リュックを背もたれ代わりにして、緊張感の欠片もない顔をするアクアに聞いてみた。

 

「山賊とか来たらどうすんのよ」

「ないない。山賊なんてレアモンスターよりレアな連中よ? モンスターとかうろついてるのに山賊なんて割に合わないことすんのは頭の中お花畑な奴らだけよ、マジで」

 

 幻想郷も幻想郷で妖怪がうろついてるから山賊みたいなことをする奴はいなかった。

 人里からはなれてそんなことをすれば、一週間もしない内に妖怪に襲われて食われる。

 こっちにも山賊がいないのは、幻想郷とそう変わらない理由からだろう。

 そうなると荷物番は本当に楽な仕事ね。

 山を進んでいた時も、私達はモンスターに遭遇しなかった。

 アクアがいるから運よくというのは間違っても起こり得ないので、寒さが原因よね。

 余計な戦闘は面倒なだけだからいいんだけど。

 この平原に強いモンスターがいるとは聞いていないから、遭遇することはない。

 私とアクアは木を拾いに行った二人が戻ってくるまで、特に会話をすることもなく、ただごろごろしていた。

 

 西の山と岩山の間にある平原ではモンスターと遭遇することもなく、私達は万全の準備で岩山の前にいた。

 ドラゴン討伐を引き受け、冒険に出た私達。

 西の山の前で一泊し、西の山で二泊し、山越えして間もなくに一泊し、岩山の前で一泊し、今日で六日目となる。

 そろそろ帰りたい。

 

「ここがドラゴンの住み処ね……。みんな、行くわよ!」

 

 アクアが、覚悟を決めた顔で私達の前を進む。

 

「我が爆裂魔法がどこまで通じるかわかりませんが……、私はただ唱えるのみです」

 

 顔の前に手を持っていき、声を低くして語っためぐみんはアクアに続く。

 

「私の防御力でどこまでやれるかわからないが……、命ある限り仲間を守り通そう」

 

 強い光を瞳に宿したダクネスは二人に続く。

 私は何も言わないで三人に続く。

 言うことないもん。

 三人が不満げに、何か言いたそうに私を見ているが、そんなの無視無視。知るか。

 この岩山、そこまで大きな山ではない。

 それに山道の傾斜も緩やかだ。

 ドラゴンの住み処までの時間と労力はそう大きいものにはならない。

 山道は人が横に数人か十人は並んで歩けそうな幅がある。

 山道の両端は岩の壁があり、その高さは数メートル以上ある。

 この山道は通行のため開拓されたのではなく、自然がつくり上げたらしい。

 私達は口を閉ざして、足音を立てないように進んでいた。

 三人から緊張感が漂う。

 ドラゴンについて私より詳しい三人は戦う前から恐れを抱いているようだ。

 ドラゴンは誰でも知ってる有名モンスターで、しかも相当な強さを誇ることも知られている。

 そのため倒せば名誉と多額の賞金がもらえる。

 ゆっくりと進む私達は、ようやくドラゴンを見つけた。

 ドラゴンの姿を確認した私達はリュックを置いて、アクアに支援魔法をかけてもらい、武器を手にドラゴンへと近づく。

 敵は寝ておらず、私達とは違う方を見ていた。

 近づけば近づくほどにその大きさがわかる。

 民家よりもずっと大きい。

 この岩山の支配者というだけのことはあり、凄まじい存在感を放っている。

 触れたら火傷では済まなくなりそうな、そんな風に思わせるほどのものがある。

 

「グルルルル……」

 

 ドラゴンが何かに気づいた様子で唸り。

 

「グルルルアアアアアアアアアアア!!」

 

 私達に顔を向けて、空気が激しく揺さぶられるほどの咆哮を上げた。

 それを受けて、

 

「ひああああああああ! 嫌ああああああああ! 怖いいいいいいいい! 帰るうううううう!」

「こ、こここここここ紅魔族は、こ、こんな、ことでは、おおおお怯えませんからね!?」

 

 アクアとめぐみんがパニックを起こした。

 それを見てか、それとも自分の欲望のためにか、ダクネスはドラゴンの前に立ってデコイとかいう囮スキルを使った。

 

「シャキッとしなさいよ!」

「無理よおおおお! あんなの無理よおおおお!」

「わ、私はしてますから! えくすふろーしょん! えっくすふろーじょん! ま、魔法が出ません!」

「いざって時に使えないわね!」

 

 私は二人を庇うように前に立つ。

 

「た、大変です! レイムが前に立ったらレイムの背中しか見えません!」

「わあああああああ! 何これ! 超怖い!」

 

 気絶させた方が色々楽になりそうだと思いながら、私はドラゴンを見据える。

 その体は漆黒の鱗に覆われ、巨大な翼を持ち、血のように赤い瞳はダクネスに向けられている。

 巨大なモンスターを前にしてもダクネスは怯えを見せず、まっすぐ睨み返す。後ろの二人にも見習ってほしい。

 一撃で仕留めないと。

 私はスキルを発動する。

 霊夢式セイバーを、大量の魔力を使って展開し、剣に纏う。

 通常の霊夢式……面倒ね。もうセイバーでいいわよ。いちいち霊夢式いらない。

 通常のセイバーと変わらない輝きだが、それから放たれる魔力の気配は段違いだ。

 私の周辺の空気が魔力によって震える。

 どんなに抑え込んでも、刀身を覆う魔法から魔力が微量だが溢れる。その溢れた魔力は剣の周辺を漂い、ピシッ、バチッ、と弾けるような音を鳴らす。

 

「レイムさんがとんでもないのやろうとしてる!」

「もうラスボスに使う最終奥義みたいになってるんですが!」

 

 わけのわからないことを口走る二人は無視し、私はドラゴンへと駆ける。

 

「グルアッ!?」

 

 ダクネスに気をとられていたドラゴンは、私に気づくと、驚きと怯みから反応が遅れる。

 ドラゴンが口から火を吐こうとしたのと、私の剣がドラゴンを切り裂いたのは同時であった。

 ドラゴンの口からぼふっと火が吹き出て、地面に崩れ落ちた。その衝撃で地面が揺れ、砂煙が舞い上がる。

 そして、私の剣は今の一撃で限界を迎えたように、ひびが入ったかと思うと音もなく粉々に砕け散った。

 

「まさか……一撃でやるとは。本当にお前はとんでもないな。だが」

「剣は持たなかったわね」

「いい剣であったみたいだが、レイムの力を耐えるには無理があったな。お前の力を考えたら、それこそ聖剣や魔剣クラスが求められるな」

 

 使い勝手がよくて愛用していたのに……。

 せめてちゃんと供養してあげよう。

 剣の破片を集めていると、アクアとめぐみんがこちらに走ってきた。

 アクアは目を輝かせて。

 

「いやあ! 凄かった!」

「本当ですよ! まさかあのドラゴンを一撃で倒すなんて!」

 

 酷く興奮した様子で二人は詰め寄ってくる。

 二人の反応に私はというと。

 

「本当に? 大したことなかったじゃない」

「レイムのあんな攻撃を受け止められるモンスターの方が少ないと思うぞ」

 

 どうも今回のドラゴンは実はそんなに強くない方なんじゃないかと疑ってる。

 自慢していいのかわからないレベルだ。

 一撃で沈むんだもん。

 あんなに強い強い言われてたのに。

 

「これなら……幹部の方が強かったわね」

 

 名前を忘れてしまったけれど。

 私の話を聞いて、ダクネスは苦笑した。

 

「本当にお前は予想の遥か上を行くな。……とはいうものの、このドラゴンはエンシェントドラゴンではなさそうだな」

「いくらなんでも弱すぎますからね。本物のエンシェントドラゴンならレイムの攻撃でも仕留めきれなかったはずです」

 

 神と互角とかいうのが、一撃で倒されるわけがないものね。

 ここで私はアクアを見てしまう。

 ……こいつは、まあ、ぱちもんの可能性あるからね。比較対象にならないわ。

 アクアはじーっとドラゴンを見つめる。

 

「うーん。上位種には見えないわね。それでも大人のドラゴンだから並みのモンスターよりは強いんだけど……。やっぱりレイムの魔法が強すぎたんだと思うわよ。霊夢式セイバー」

「セイバーでいいわよ」

「そう? あのセイバーとんでもなかったわね」

「おかげで剣がだめになったけどね」

 

 剣の破片を一ヶ所に集めた私は、リュックから布袋を取り出し、戻って破片を布袋に詰める。

 やることやったし、さっさと帰ろ。

 

「もう帰ろっか」

「そうね。はやく帰って熱い湯に入りたいわー」

 

 冒険中は体を拭く程度のことはできても、お風呂に入るとかそういうのはできなかった。

 アクセルに戻ったら、ギルドに行く前に銭湯に寄ってじっくりと堪能しよう。

 そうと決まったらさっさと帰ろう。

 ドラゴンと戦う前に置いたリュックを背負い、三人も私と同じように背負ったのを確認する。

 

「こっから長いのよねー」

「そうでもないわよ。すぐに帰れるわ」

「どゆこと?」

「見てなさい」

 

 右手を頭上まで上げて人差し指を伸ばす。

 三人は何だ何だと見る。

 私はすっと指を下に動かす。

 

「く、空間が開いた!?」

「……本当に何でもありですね。レイムって本当は神様とかじゃないんですか?」

「そろそろ人間と言うには無理が出てきたな」

「これでも立派な人間よ」

「「「立派……?」」」

 

 三人はなぜか首を傾げた。

 おい。

 やめて。まるで私が人間じゃないみたいにするのはやめて。

 

「ほら、はやく!」

 

 恐る恐るといった様子で三人はスキマを通り抜け、最後に私も通る。

 スキマを通り抜けると、視線の先には懐かしのアクセルがあった。

 距離は少々あるが、少し歩けば着く。

 やっとお風呂に入れる。

 

「ここに繋がるのね。それなら最初から使ってほしかったんですけど」

「ドラゴンの住み処はわかんなかったもん」

「わけて使うとかはできなかったんですか? 見える範囲でどんどん移動するとか」

「嫌よ。そんな面倒なことしたくないわ」

 

 私の言葉に、三人は少しはなれたところに行って何かをこそこそ話してる。

 待つ?

 でも、お風呂入りたいし。

 放っとく?

 お風呂入りたいし、放っとこ。

 私は一人先にアクセルの街に向かう。

 

「「「ま、待って!」」」

 

 それを後ろの三人が追いかけてきた。

 

 銭湯でじっくりと疲れをとり、汚れを落とした私達は、久しぶりのお風呂に満足した顔でギルドへ。

 数日振りにギルドの扉に触り、開いた。

 まだ夕方前だというのに冒険者の姿が多く見られた。

 ろくな仕事がないと、愚痴る冒険者の横を通り過ぎて、受付の前に立つ。

 

「レイムさん! まさかこんなにはやく戻ってくるなんて。何かありました?」

「倒したから帰ってきただけよ」

 

 お姉さんに私の冒険者カードを渡す。

 ドラゴンの討伐を確認したお姉さんはカードを返してくる。

 

「流石レイムさんですね! すぐに賞金の一億エリスを支払いところですが、額が大きいので少し待ってもらえますか?」

「大丈夫よ」

「ありがとうございます」

 

 前の三億はほとんど残ってるしね。

 報告も終わり、私達は近くのテーブルに座って、食事を注文する。

 蛙のステーキを食べていると、ダクネスが話を振ってきた。

 

「レイム、これから入る賞金を使って剣を購入したらどうだ? ベルディアの報酬も残っているし、それも使っていいかもな」

 

 ダクネスの言う通り、私の魔法に耐えられる剣を購入するのも悪くはない。

 賞金も賞金で剣の購入以外は使い道がないし、使ってもいいよね。

 だけど、問題がある。

 

「そうは言ったって、アクセルで売ってる剣程度じゃあね」

「誰がアクセルと言った? 王都ならお前の力に耐える剣があるはずだ」

 

 この世界のことに疎い私でも王都がこの国で最も重要な街であるのは知ってる。

 王都と名がつくだけあり、この国を支配する王族が住んでいるのだ。

 この国の中心地とも言え、毎日多くの人やものが行き交う。

 確かにそこなら……。

 ダクネスの話にアクアが水を差す。

 

「しょぼいのじゃ意味ないわよ」

「魔剣や聖剣はあるだろう」

 

 魔剣、聖剣の違いは何なのかしら。

 アクアはダクネスの話を聞くと、チッチッチッと口ずさみながら指を振る。

 

「わかってないわねー。いい? 魔剣や聖剣にも格ってものがあるの。格で剣の強さは決まるわけだけど、その格が高いものは神器と呼ばれるの。はっきり言ってレイムには神器級が望ましいわ」

 

 自信満々に語り、鳥の唐揚げを口に運んだアクアにダクネスが反論する。

 

「それほどのものとなれば、我々の資金では足りなくなるぞ」

「アクアの言うこともわかりますが、神器ともなればそれこそ数億では無理ですよ」

 

 めぐみんの話にぎょっとなる。

 数億じゃ無理?

 どういうことなの。

 ダクネスの言う通り、ドラゴンの賞金で武器を買おうと思ってたのに。

 あと、ここまで私の意見が出てないってね。

 聞きなさいよ。

 そっちが聞くまで私は言わないわよ。

 それと魔剣と聖剣の違いをはやく言いなさい。

 

「本当にめぐみんはばかねえ。その頭には脳の代わりに爆裂魔法が詰まってるのかしら?」

「それはそれで悪くないと思った私はそれだけ爆裂魔法を愛してるということでしょうか」

「……魔剣や聖剣は時として持ち主を選ぶことがあるのは知ってるわよね?」

 

 アクアはあえてめぐみんをそっとして、話を戻すように問いかける。

 それにダクネスは小さく頷いた。

 

「特に神器はその傾向が強くてね? 認められなくても使えるケースはあるけど、それでも本来の力は使えないの」

「ほう」

「だけど、大半は認めた相手でないとその力を発揮しないわ。例えば剣なら、認めてない相手が使うと普通の剣と変わらなくなるのよ」

「ん。しかし、それでも神器なんだろ? やはり予算が足りないぞ」

 

 そのダクネスに、アクアは腕を組んで、自信たっぷりに言った。

 

「ばかねえ。そんなんだからダクネスは脳筋クルセイダーって言われんのよ」

「うぐっ……。くうう……。そ、それじゃアクア、私より賢いお前は、ど、どんな案を出すんだ?」

 

 テーブルの下に隠した拳がぷるぷると小刻みに震えている。

 ダクネスの頬はひくついていた。

 頬は少し赤らんでいた。

 悪意はないが、ウザさはあるアクアは不敵な笑みを浮かべた。

 

「わからない? 普通の剣と変わらなくなるのよ」

「あっ! アクア、もしかして」

 

 何かに気づいたらしいめぐみんがその手があったとばかりにアクアを見つめる。

 それにアクアは親指を立てる。

 

「そう。普通の剣、または格の低い魔剣や聖剣と勘違いされてる剣を見つけて購入するのよ」

「確かにそれなら安値で買えるか……。しかし、神器級ともなればそうそう見つからないだろう」

「当然じゃない。けど、一億エリス使って大したことないの買うよりいいと思うけど?」

 

 魔剣、聖剣の違いをそろそろ教えてほしい。

 アクアなのにどうしてこんなにも賢い案を出せるのかとかどうだっていい。

 さっさと違いを教えて。

 

「探すついでに他の街を観光するのもよしか。なあ、レイムはどう思う?」

「そんなことよりも魔剣と聖剣がどう違うか教えてちょうだい」

 

 お店で売ってるとか言ってたし、魔剣だから呪われてるとかそういうことではなさそうだし。

 もうわかんない。

 本当に何が違うの?

 三人は顔を見合わせ、小さく頷くと、アクアが説明に入る。

 

「魔剣には呪われてるものが混じってるのよ。聖剣はそんなのないし、神の祝福を受けてるわ」

「へえ。じゃあ、呪われてない魔剣なら神の祝福受けたら聖剣になるの?」

「なるわね」

 

 アクアが肯定した。

 疑問が一つ解決した私はすっきりした。

 よかったよかった。

 蛙のステーキの残りを口に入れる。

 いい感じにお腹が満たされてきたが、まだもう少しだけ入る。

 私はお酒とおつまみを注文する。

 注文したのが運ばれてきたら、最初にお酒をぐっと流し込む。

 続いておつまみを食べて、と……。

 

「ぷはあ。久しぶりのお酒はいいわー」

 

 疲れた体を最後に癒すのはお酒ね!

 私がそんなことを思った時。

 

「「「どうするの!?」」」

「うぇっ!?」

 

 三人がいきなり叫んだ。

 本当にいきなりどうしたの?

 そんなことされても困る。

 私は三人を困惑しながら見る。

 肝心の三人はこいつマジかって顔で……。

 何なのこいつら本当に。

 

「ねえ、剣を探しに行くの行かないの?」

「あー、それね。何聞いてんのかと思ったら」

「それしかないでしょ! もういいわ! 強い剣を探しに行くわよ!」

「えー……」

「行くの! 最初はそうねえ……」

「王都でいいじゃん。木を隠すなら森の中とか言うし」

 

 探す気がなく、神器探しとかそんな面倒なことをしたくない私は適当にそんなこと言った。

 一億エリスで適当に買って帰ろう。

 そのつもりの私とは違って、

 

「確かに王都は日々様々なものが入荷されますからね。もしかしたら……」

「なるほどね。流石レイムね。一見なさそうに見えるけど、しかし実は一番可能性が高いってね」

「まさに鋭い読みだな。中途半端な頭脳では思いつかないな」

 

 三人は私が適当に言ったことを真に受けていた。

 こいつらマジか。

 ……マジね。

 私はお酒を片手にばか三人を眺めた。




そんなわけで次は神器求めて王都です。
仁義なき戦いがあるかも。神器絡むだけに。
上手くないですね、ごめんなさい。
次回のタイトルは。
王都爆発
王都崩壊
王都復活
王都爆裂
王都復興
王都瓦解
王都消滅
王都再生
やったね霊夢!神器手に入れたよ!
適当に考えときます。


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第九話 王都に剣を求めて

そんなわけで王都です。
なぜ王都が絡むと文字数が増えるのか……。


 ドラゴンと戦った次の日に剣の供養をした。

 戦いで剣を失った私は新しい剣を手に入れる必要がある。

 この国で最も栄えている王都で剣を探すことが決まり、ドラゴンの報酬が支払われたらすぐに行くつもりだ。

 そのついでに観光もしようとなって、三日ぐらいゆっくりすることに。

 宿の方はダクネスが予約をとった。

 でも日にちのズレはいいのかしら? ダクネスが大丈夫と言ってたから大丈夫なんだろうけど……。

 ……問題ないならいっか。

 考えても意味ないだろうし。

 そんな結論を出して、そのあと私はみんなと一緒に買い物に出かけた。

 旅行の準備が終わった日のこと。

 

「あー、疲れた……」

 

 寝間着に着替えた私はベッドに横になる。

 ほどなくしてやって来た眠気に任せて眠りについた。

 その日の夢は特徴的だった。

 私はみんなと一緒に人がたくさんいる場所の前にいた。それがどこかはわからない。門があるから、どこかの街の前かな?

 景色は飛んで、路地に入って、進んで。

 剣が交差する絵が描かれた古びた看板が立て掛けられたお店……。

 名前は……トウケン?

 そこに入って、隅にある……、くすんだ……。

 そこまで見て、私は目が覚めた。

 予知夢かしら? 今の。

 内容からして剣のようだけど。

 期待していいのよね?

 夢を忘れないようにしとこう。

 いつもの格好に着替えて、アクアを起こして、ギルドへと向かう。

 乾いた寒風がアクセルの街中を駆け抜ける。

 私の髪が風でふわりと舞い上がる。

 すれ違う人達は寒そうに、はや歩きで進む。

 冬に近づくにつれて、冒険者ギルドの依頼は日に日に数を減らしている。

 冬になれば、凶悪な依頼しかなくなる。

 弱いモンスターは冬眠し、冬でも活動できる凶暴なモンスターだけが残る。

 そうなってしまえばまともに仕事するのは困難だ。

 そのため冒険者は冬の間は仕事を受けずに大人しくしている。

 無計画と言われる冒険者が揃ってそうするのだから、それだけ冬は怖いと考えているのね。

 私は私で雪降る寒い中仕事したくないから、暖かい室内でのんびり過ごす予定だけど。

 そんな素敵な予定を立てたところでギルドに到着した。

 ギルドには既にめぐみんとダクネスがいて、二人とも朝食を食べている。

 二人のいる席につこうとしたら。

 

「あっ。おはようございます。レイムさん、ドラゴン討伐の報酬が用意できましたよ」

 

 お姉さんに声をかけられた。

 私は受付まで行き、報酬を受け取る。

 ドラゴン一頭で一億エリスだ。

 本当にこの世界は簡単にお金が稼げる。

 一億エリスを持って、三人が座る席へ。

 席についたら、私も適当に注文する。

 先に食べ終えたダクネスが水を一口飲んで、テーブルに置かれた一億エリスを見て、話しかけてくる。

 

「報酬が来たのか。これで剣を買いに行けるな」

 

 それに私は頷く。

 ドラゴンの報酬が入り次第、王都に行く予定を立てていた私達は朝食を食べたら、荷物を取りに戻る。

 その時に一億エリスを丈夫な革の鞄に入れ直す。

 お金が入った鞄を右手に持ち、着替えなどを詰めた旅行用鞄を左手に持って、アクアと一緒に宿を出る。

 ギルドの前で合流し、これからどうするのかをダクネスに尋ねる。

 

「王都までどう行くのよ」

「レイムのあれは知らない場所には使えないんだよな?」

「ええ。無理に繋げると大変なことになるわよ」

「どうなんの?」

「例えば、繋げた先が湖だったりすれば、大量の水が流れ込んで来るわよ」

「洪水並みの被害が出ますね」

 

 私の話を聞いたダクネスは納得した顔になり。

 

「ん。なるほどな。レイムのあれが使えないなら、転送屋を利用するまでだ」

「それが一番はやいでしょうね。早速行きましょうか」

 

 転送屋なるものを利用することが決まった。

 はなれた地に一瞬で移動できるものなんだろう。

 ダクネスに案内されて、転送屋まで移動する。

 その転送屋、一回の金額が非常に高い。

 テレポートとかいう魔法は魔力の消費が大きいから値段が張るようだ。

 四人で百万エリスと言われた時は、驚きで声を出してしまった。

 高すぎでしょ……。

 蛙のクエスト十回分ぐらいよね。

 行くのに百万エリスの出費……。

 次からは使わない。

 

「それじゃ行きますよ。『テレポート』!」

 

 おじさんが唱えると、眩しい光が私達を包み込んだ。

 

 

 

 テレポートの魔法によって、私達は王都の門の前に転送された。

 門の横には兵士が二人立っていて、見張りをしている。彼らは突然現れた私達を見ても顔色一つ変えなかった。

 王都にテレポートでやって来るのは珍しくないということなのかしら。

 門の向こうは活気に溢れている。

 この国最大の都市というだけのことはあり、私達の暮らすアクセルがいかに田舎かわかる。

 王都に暮らす人からすれば、比べるのも烏滸がましいかもしれないけど。

 多くの人が行き来する中を通るのはげんなりしそうだけれど、しょうがないか。

 

「宿に案内するからついてきてくれ」

 

 ダクネスが予約しておいてくれた宿へと向かう。

 そこは王都では有名な宿らしい。

 警備は行き届き、防犯対策もばっちり。でもお高い。そんな宿屋らしい。

 その宿屋までそこそこ時間はかかったが、何事もなく到着することができた。

 

「おっきくて、綺麗な宿屋ね」

 

 アクアの感想と全く同意見だ。

 どの宿屋よりも大きい建物だ。

 まさか、こんなところを予約していたとは。

 

「ちょっとダクネス。三億エリスで足りるの?」

「ぶふっ。ば、ばかなことを言うな! 三億で泊まれない宿屋なんかあるわけないだろ!」

「それならいいんだけど」

 

 一泊一千万エリスとかかしら?

 宿泊代金についてはダクネスに任せてるから、私にはいくらかかったかわかんないのよね。

 まあそのお金も幹部討伐報酬から出してるが。

 

「入るとしよう」

 

 私達をはじめに迎えるのは広間だ。右手に受付があり、左手には階段がある。正面には大きな扉があり、その先には食堂がある。

 規模は違うが、この宿も一階の構造は普通の宿屋と変わりないようだ。

 ちなみに食堂を利用しないお客には部屋まで運んでくれるサービスがあったりする。

 ダクネスにここで待っててくれと言われ、私達は広間の中央辺りで待機する。

 ダクネスが受付まで行き、店員に声をかける。

 名前を聞いた受付の人は受付裏へと入室した。

 受付裏の扉から年配の男性が出てきて、ダクネスに慇懃に接する。

 ?

 うーん? 何か変ねえ。

 何というか、ダクネスに対する態度が普通のお客とは違う気がする。

 どちらかというと目上の人にする感じなのよね。

 もしかしてダクネスって、わりと偉い人?

 この世界で偉いと言えば、王族と貴族なのよね。

 貴族なのかな、あいつ。 

 今度聞いてみよ。

 

「待たせたな」

「大変お待たせしました。お荷物は私どもの方でお運び致します」

 

 男性の後ろには三人の従業員がいる。

 私達は彼らに荷物を渡す。

 

「それではお部屋にご案内させて頂きます」

 

 男性はにこやかに笑う。

 部屋へと向かう途中、男性から質問される。

 

「ところで皆様は王都へはどのようなご用件で来られたのですか?」

「旅行も兼ねてるが主な目的は私の仲間の武器の購入だ。そこの紅白の格好をした彼女は相当腕が立ってな。魔剣聖剣クラスでないと使い物にならない」

「何と。そこまでお強いのですか?」

「ああ。あの魔王の幹部と普通に戦えるぐらいに強い」

 

 謎の自慢がはじまってる。

 私の武勇伝が語られてる感じがしていい気分になるけど、目の前で語られるとちょっぴり照れる。

 男性はダクネスの話に目を丸くした。

 

「それは予想していませんでした。いや、そんなにもお強いのであれば、魔王討伐もすぐかもしれませんね」

「ああ。こいつなら魔王討伐も夢じゃない」

 

 ダクネスが自信たっぷりの笑みを浮かべると、男性は私を頼もしそうに見てきた。

 いつもなら面倒臭いと言うけど、そうしたらイメージを壊すのは私でもわかるから、無言を貫く。

 ほら。

 男性がまるで本物の英雄を見る目になったわ。

 

「武器をお求めとのことでしたが、どこに行くか決めていますか?」

「少しはね。けど、場所まではわかんないのよね」

 

 三人がえっ? ってなってるけど、私は気にしない。

 夢で見た光景の一つは間違いなく王都の門で合っている。多くの人で行き来してるのは夢の光景そのままだった。

 

「名前はわかりますか?」

「トウケンだったかしら。そのお店の古びた看板には剣が交差する絵が描かれてるんだけど」

 

 夢を見たとしても、この広い王都の中を探して見つけるのは困難だ。

 多分だけど、どこかで役に立つ情報があるはず。

 

「もしかしてあそこかな? お客様の仰るお店に心当たりがあります。あとで受付の方に来て下されば地図をご用意しますが」

「それでお願い」

「かしこまりました」

 

 すぐに出てきたわね。

 これは探すのに苦労しなくて済むわ。

 旅行を楽しみましょ。

 話をしていたらいつの間にか部屋に到着したようで、男性に入室を進められる。

 私達の部屋は最上階の一つ下の階にあり、二つの部屋を並びでとってある。

 従業員が荷物を部屋に運び入れる。

 

「私どもはこれで失礼します。ごゆっくりお過ごし下さいませ」

 

 綺麗な礼を見せて、男性は従業員を連れて退室する。

 私とアクアは荷物をベッドの横に置く。

 

「大きなベッドねえ」

 大きなベッドが二つあっても余裕が出るほど室内は広い。

 その他にもソファー、丸テーブル、大きな座椅子が二つあり、隅には飲み物が入った冷蔵庫があって。

 浴室とトイレは当然のように完備されており、これまた当然のようにシャンプーといったものも浴室には揃えられている。

 何これ。

 こんなに豪華なのはじめてみたんだけど。普通の宿屋の部屋が鼻で笑うレベルになってる。

 

「このベッドすっごくいいわ! ほら、ほら!」

 

 アクアはベッドの上で跳ねている。それを見て、私は……。

 

「うわ! 凄いわね!」

 

 いつものベッドでは味わえない楽しみ方をしていたら、ノックする音が聞こえた。

 続いてめぐみんとダクネスが入ってくる。

 

「何をしてるんだ、お前達は」

 

 ダクネスの冷ややかな目に私達は跳ねるのをやめて、ベッドの上でごろごろしながら二人を見る。

 

「二人とも豪華な部屋で気に入ったみたいですよ」

 

 めぐみんがくすくすと笑いながら言った。

 何だか年上のお母さんみたいな雰囲気が出てた。

 めぐみんの言葉を肯定する。

 

「そうよ。気に入ったわ。こんな凄い部屋だもの。普通の部屋とはまるで違うもん。浮かれたりするわよ」

「そ、そうか。なら、ジュニアスイートルームをとった甲斐があるというものだ。しかし、さっきのは下の階の人に迷惑だからやめろ」

「「はーい」」

 

 ジュニアスイートルームか……。

 これを知ったら普通の宿の部屋はちっぽけね。

 

「で、だ」

 

 ダクネスが話を切り換えるように言ったので、私達は耳を傾ける。

 

「さっきレイムは目的の店があると言ってたが、誰から聞いたんだ?」

「聞いてないわよ。夢で見たのよ」

「……夢?」

「ええ。断片的だけど、王都の前にみんなといるとこからはじまって最終的に私はそのお店で見つけてたわね」

 

 私の話に、妙に興奮した様子で、めぐみんは詰め寄ってくる。

 

「それはつまり予知夢を見たということですか!? もしそうなら、それはもう剣がレイムを呼んでいることになりますよ!」

「本当なら確実に力のある剣よ。夢を見せて呼ぶなんて」

「しかもここの支配人に心当たりがあると来た。単なる夢でないのは確かだな」

 

 ここまで話が進めば、あとは見つけるだけだ。

 私達は受付に行って地図を受け取る。

 目印でここの宿を丸で囲ってるので、これを頼りに進めば辿り着けるはず。

 しかし、この王都は広い。

 少し間違えれば簡単に迷子になる。

 なので、みんなで地図を見ながら進むことに。

 表通りは人が多く、固まって歩くのはあまり向かないので、路地に入って進んでいる。

 人はそれなりにいるが、表通りに比べたら優しいもので、むしろ移動ならこっちの方がいい。

 

「ここの路地に入ってから……、今はこの辺りか?」

「そうですね。十字路が三回あったから、この辺りで間違いありませんね」

 

 戦闘では一回だけ魔法使いのめぐみんだが、今は高い知力が発揮されていた。

 ダクネスもダクネスで頼りになり、心配しなくてよさそうだ。

 

「こりゃあ今日中に見つかりそうね」

「そうね」

 

 支配人の情報がなければ、おそらく発見することはできなかったろう。

 情報があるから、こうして目的地に向かえる。

 なければ、どこに行くかで話し合っていたはず。そうなれば全く関係ない場所を探していた可能性は非常に高い。

 そう考えたら情報を得られたのは相当ラッキーだ。おかげで楽ができる。

 

 

 

 夕方を迎えた頃。

 私達はようやく目的のお店を発見した。

 

「夢のまんまね」

 

 そう呟いて店内に入る。

 中は客がいなかった。

 清掃はされている。

 他の三人が店内をきょろきょろ見てる内に、夢で剣を見つけた場所まで行く。

 そこに置かれているものを見て、私は勘違いしていることに気がついた。

 よく思い出したら、くすんでるという印象を受けているだけで、形状ははっきりとしていなかった。

 鞘から引き抜くと、夢の通りくすんでいる。

 

「まさか、刀なんてね」

 

 いや、ヒントはあった。

 店の名はトウケンとあったが、これは刀剣を意味しているんじゃないの?

 なるほど。私より以前に来た転生者が関係しているのね。なら、この刀も転生特典か何かな?

 

「おや、珍しい。いらっしゃいませ」

 

 帳場の奥から、お爺さんが出てきて、刀を持つ私を見ると、目を細めて興味深そうにする。

 しばらく眺めたのち、お爺さんは聞いてくる。

 

「それを目当てに来たのかね?」

「ええ」

 

 アクアは私の持つ刀をじーっと見つめて。

 

「ほうほう。どうやら封印がかけられてるみたいね。では早速解除を」

「それは前の持ち主が、次の持ち主に解除させるためにかけたものですよ。それぐらいできない人には使ってほしくないと言ってました」

 

 アクアは出端を挫かれる。

 手を引っ込めて、少し不機嫌な顔でお爺さんを見る。

 たまにしかない活躍の場面を奪われてご立腹らしく、お爺さんに棘のある口調で言った。

 

「ソードマスターにできるわけないじゃない」

「そう言われましても。それが前の持ち主の希望でしたので。嫌なら諦めてもらうしか」

「ふうん。結構なものだけど神器ほどじゃないし。他を当たり……何してんの?」

「何って封印解除すんのよ」

 

 刀身に指を当てて形を三回ほどなぞる。最後にピッと指を当てると……。

 パチンッ! と弾けるような音がして封印が解除された。

 封印が解除されても刀身はくすんだままだ。

 

「何ですか、今の?」

「本当にお前は次から次へと何かを出すな」

「今の封印解除なんて見たことないんですけど! どういう原理で解除してんのよ!」

 

 封印が解除されたと聞くと、お爺さんは思案顔で私を見つめる。

 

「力任せでもよかったけど、こっちのがはやいからねえ」

 

 この刀を綺麗にするにはどうしたらいいんだろ。

 鍛冶に出すのかな?

 私が悩んでいると、お爺さんが教えてくれた。

 

「次は魔法を纏わせることですよ」

「そんなの簡単じゃない」

「強くないと纏わせることもできませんよ」

「へえ」

 

 封印解除の次は持ち主の力量を調べると来た。

 店内でやるのは流石に迷惑なので、外に出て、周りに人がいないのを確認してからやる。

 今こそセイバーの出番ね。

 

「はあ!」

 

 むっ。

 魔法というか、魔力というか、弾くような感じがする。お爺さんの言ったことがわかった。

 剣を壊した私の力を見せる時!

 ドラゴンの時のセイバーみたいに周りの空気が震えて、ピシッ! パチッ! と音が鳴り出す。

 刀は私の魔法を弾こうとするが、私の力の前では無駄な抵抗というもの。

 力比べををはじめて数分後。

 刀が抵抗するのをやめて、素直に私の魔法を纏うようになった。

 なぜか魔法から魔力が溢れることがなくなる。

 この刀の能力に関係あるのかな?

 

「どんなものかしらね」

 

 魔法を解除すると、くすんだ刀身はどこはやら。

 夕日の光を反射する、美しい刀身が姿を見せる。

 どういう仕掛けか知らないけど、持ち主と認めない人には本当の姿を見せないのか。

 今は私を主と認めたのね。

 

「さて、これの名前は何かしら?」

「名はオオカネヒラと言います」

 

 オオカネヒラ。

 いったいどんな意味を込めてつけたのか。

 私の疑問を見抜いたように、お爺さんは教えてくれた。

 

「オオカネヒラの製作者は、その剣は自身の生涯で最も優れた剣とし、自国で最高のカタナなるものと同じ名をつけることにしたそうです」

「これって人がつくったの?」

「はい。ドワーフといった他の種族ではなく、人がつくり上げたものです」

 

 そういえば、さっきアクアは神器ほどではないとか言ってたわね。

 神様も関与してないのか。

 つまり転生特典ではない。

 とはいえ相当よさそうだし、これでいいや。

 残りの二日は旅行を楽しみたいし。

 

「この剣の能力は何なのですか?」

「さっき弱い魔法では纏わせられないと言っていたが……」

「その剣は、既にお気づきでしょうが魔法を弾くんですよ。ついでに弱い状態異常も。しかし、その剣が最高傑作と言われるのはそこではありません」

「何々? これにはいったい何があるのよ!」

 

 私よりも他の三人の方が食いついている。

 私は持ち主なのに三人の後ろで話を聞くという謎の嫌がらせを受けた。

 わかってやってんのかしら、こいつら。

 

「製作者の話では、その剣は強くなるそうです」

「強くなる? 具体的にはどんな風に」

「先ほどそちらのお嬢さんが魔法を纏ったでしょう? その時に溢れてしまう魔力を取り込み、自らの力とする。そうして剣の性能が強化されるとか」

「それって相当強くありませんか? 話が本当なら最終的にその剣は」

「もちろん限界はあるでしょうが、それがどれぐらいかはわかりません。状態異常を無効にしたり、上級魔法を弾いたりするかもしれませんね」

 

 へえ!

 それってもの凄いことよね。

 今はまだ強くないけど、最終的には桁外れの性能の刀になるってことね。

 もしかしたら神器とかいうものより強くなるんじゃないの?

 これはいいものを見つけたわ。

 アクア達は私の持つ刀を見ると。

 

「神々が渡す神器並みの性能とか、いったいどんな奴がつくったのかしら?」

「ロマンがありますね。名前はあまり格好よくありませんが、これからレイムが最強の剣にするんだと思うとわくわくしますよ!」

「細身の剣だが、切れ味はよさそうだな。それにとても美しい」

 

 言いたいこと全部言われた。

 何なの本当に。

 私はほんの少しふて腐れる。

 

「わしが生きている内に再び使える人が出るとは思いませんでしたよ」

 

 お爺さんは感慨深げに言い、夕日を眺める。

 そういえば封印を解除する時、お爺さんは前の持ち主はどうこう言ってた。

 これを引き取ったのはこのお爺さんね。

 このお店の刀剣という名前は誰かにつけてもらったのかな?

 調べたら色々出てきそうね。

 お爺さんは私を見つめる。

 

「お嬢さんはソードマスターと言ったね」

「ええ」

「ふむ。その剣を強くしたいと言うならルーンナイトになるといい」

「ルーンナイト?」

 

 そういえばそんなのもあったような……。

 ギルド職員にソードマスターはアークプリーストと相性がいいからと言われてソードマスターにしたわけだけど。

 あの時は今みたいにバンバン魔法使うとは思ってなかったからなあ。

 

「で、ルーンナイトって何?」

「ルーンナイトは魔法と剣を扱う職業です」

「ルーンナイトは魔法剣というスキルも使える。それはレイムのセイバーに近い。炎を纏ったり、冷気を纏ったりな」

「ただ成り手が少ないのよ。魔法と魔法剣は魔力が結構必要だからね。ルーンナイトでやれるだけの魔力があるならアークウィザードやアークプリースト選ぶ人多いし、そうでなければソードマスターの方を選ぶし」

「ふうん。あまりよくないのね」

「そうでもないぞ。魔法と剣を使う職業である以上、どちらも補正を受けられる。一つの方向に特化したアークウィザードやソードマスターほどの補正は得られないが、それでも優れてると言える」

 

 ダクネスの話に私はルーンナイトに興味が出た。

 というのも私は魔法を使うことができる。

 ソードマスターだと魔法に関する補正はかからない。しかし、ルーンナイトなら補正が出てくるので威力の底上げが狙える。

 というか私にぴったりな職業じゃない?

 ウィズと戦った時とか魔法しか使ってなかったもの。ソードマスターの意味なかったからね。

 ところがルーンナイトだと魔法だけの戦いでも意味はあるし、逆に剣だけでも意味がある。

 ルーンナイトのお得感半端ないわね。

 ちょっと考えただけでこれだけ出てくるなら、ルーンナイトいいかな。

 たまに役に立たなくなるソードマスターとかいう職業よりいいね。

 

「私ルーンナイトになる!」

 

 

 

 オオカネヒラは五千万エリスで購入した。

 能力を考えたらもっと高値にしてもいいのに、お爺さんは五千万エリスで売ってくれた。

 刀を購入したあと、私達は冒険者ギルドへと向かった。

 職業の変更はスキル習得のように個人でできるものではなく、ギルドを利用しないといけない。

 幸いにもルーンナイトに変更したらレベルなどがリセットされるといったことはなかった。私が習得したスキルはルーンナイトでも使えるものだったので、問題は一つもなかった。

 変更を済ませたあとは、絡んできた冒険者を蹴飛ばして、ギルドを出た。

 宿屋に戻る頃にはすっかりと暗くなっていた。

 宿屋で遅い夕食をとる。

 一日中歩き回ったこともあり、すっかりと疲れてしまった。

 部屋に戻ったらお風呂に入って、すぐにベッドに寝転がった。

 明日はもう少しのんびりしたいなあ……。

 

 夜明け頃。

 私は目が覚めた。

 んー……。

 眠いような、眠くないような。

 よくわかんないな。

 

「ふわああ……」

 

 腕を伸ばしながら大きな欠伸をする。

 どうしよっかな。

 散歩でもしようかな。

 そうしよう。

 私は着替えて、窓から外を覗く。

 天気は良好。

 視線を下げると、夜明けだというのに商人達が忙しそうにしている。

 流石に昼間ほど人がいるわけでもないが、ゆっくり散歩できなさそうな感じがある。

 

「今の時間なら大丈夫でしょ」

 

 空の散歩を楽しむとしよう。

 スキマを使って外に出て、建物より高いところまで上昇する。

 夜明けだし、見つかることはないでしょ。

 見つかったから何だって話だけど。

 空の散歩をしていてわかったが、王都は建物がかなり多い。

 アクセルよりも詰まっている。

 それなのにアクセルより広いのだから驚きだ。

 ここで暮らす人達は息苦しさを感じたりしないのだろうか。

 と、のんびりと散歩していた私は目的の建物に目を向けた。

 

「王族が住むだけ大きいわね」

 

 城の大きさは語るまでもない。

 この広い王都に負けないだけの立派な城だ。

 侵入はしないが、周りを飛んで見て回ってもいいでしょ。

 

「どうやって掃除してんのかしら」

 

 巨大な建物である城の壁は私が見た限り汚れ一つない。空を飛べないのにどうやって掃除してんだか。

 螺旋階段のように移動しながら上昇していく。

 いや、本当に汚れてないのね。

 侮れないわね。

 最上階まで来ても、やっぱり汚れがない。

 もはやこの城に住む人達の掃除力に脱帽するしかなかった。

 

「ふーん。なるほどねえ」

 

 一通り見たし、帰ろうかな。

 城から視線を外そうとして時だった。

 

「あの!」

 

 とても澄んだ声が私の耳に届いた。

 この夜明けの時間に調和するような声だ。

 声のした方に振り返る。

 窓を開け、身を乗り出して私を見つめる金髪碧眼の少女がいた。

 少女はやや興奮した面持ちだ。

 私はその子の前まで移動して話しかける。

 

「何?」

 

 その子は私が目の前まで来ると、ますます興奮した様子になり、頬が赤く染まる。

 両手を胸の前に持っていき、落ち着きなく動かす。

 私に目を向けたり、外したり。

 何かを言いたそうにしているが、上手くまとめられないといった風だ。

 

「落ち着きなさいよ。私は逃げないから」

「す、すみません。空を飛ぶ人を見るのははじめてなものでして……。あの、どうやって飛んでるんですか?」

「どうやって? うーん……。私にとっては別に普通のことだから教えようがないわ」

 

 意識して飛んでるわけじゃない。

 飛べるから飛ぶ、それだけのことだ。

 

「もしかして手足を動かすような感じですか?」

「そうね。そんな感じかも」

「凄い……。まさに先天のものなんですね」

 

 少女は心底羨ましそうに私を見つめる。

 どうしよう。

 幻想郷だと普通に飛んでるよと言えない。

 ……まあいっか。

 少女を黙って見つめていると、何かに気づいた様子になり。

 

「名乗りが遅れました。私はアイリスと申します。この国の第一王女です」

 

 驚くほど綺麗な礼を見せる。

 流石王族と言うべきね。

 

「私は博麗霊夢。空飛ぶルーンナイトよ」

「レイム様……。もう少しお話に付き合ってもらえますか?」

「いいわよ。散歩も飽きてたし」

「ありがとうございます!」

 

 アイリスはぱあっと輝くような笑顔を見せた。

 ……。

 不思議な子ね。

 見てると、放っておけないっていうか、甘えられたら甘やかしたくなるというか、お願いされたら聞きたくなるというか。

 王女だから、多分人を惹きつける力があるのね。

 

「レイム様はどこから来られたのですか?」

 

 会話は面白味のない質問からはじまる。

 

 私とアイリスは時間を忘れて楽しく話をしていたが、終わりは近づいていて。

 

「もう、朝ですね」

「そうね」

「そろそろ私を起こしに来る時間なので、お話はここまでですね」

 

 寂しそうに私を見つめるアイリスに私は。

 

「暇があったらまた来るわよ」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。アイリスと話をするのは楽しいし」

 

 嬉しそうに笑うアイリスだったが、何かに気づくと暗い顔になる。

 

「でも、アクセルから王都は遠いですよ?」

「ああ。そんなの関係ないわよ」

「えっ?」

 

 その時、扉がノックされる音が聞こえた。

 時間切れね。

 

「またいつか会いましょうね」

 

 指を動かしてスキマをつくって飛び込む。

 後ろからアイリスの驚くような声が聞こえたのは気のせいじゃないだろう。

 例の豪華な部屋に戻ってきた私は、冷えた体を暖めようと思い、お風呂場に向かう。

 少し熱いお湯がいいのよねえ。

 朝風呂さいこー。

 ふう。

 お風呂を堪能した私は冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファーに座った。

 

「いいわね」

 

 こんなに素晴らしい朝を迎えたのははじめてかもしれない。

 王都に旅行に来て、初日は大成功。

 二日目もここまでは最高の流れよ。

 

「ふふっ」

 

 飲み物をグラスに注ぐ。

 もうここまで来たら誰にも邪魔されない。

 アクアが起きても風呂に行かせればいい。

 めぐみんとダクネスが来ても、二人はお風呂に入ったあとで寝ぼけてないだろうから、私の時間を壊すことはない。

 この優雅な時間を壊せる奴なんかいない。

 むしろ壊せるなら壊してほしいものだわ。

 私はグラスに口をつける。

 

『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 騎士団はすぐさま出撃。冒険者の皆様は、街の治安維持のため、モンスターの侵入を警戒して下さい。高レベルの冒険者の皆様はご協力お願いします!』

「んぶふっ!」

「なにー、うるさいんだけどー」

 

 は、鼻に飲み物が……!

 痛い! 地味に痛い!

 うー……。

 

「あうっ、鼻がー」

 

 絶対に許さない。

 この世界に来て、最高の朝をぶち壊すなんて。

 絶対に許さない。

 何があっても許さない。

 私はオオカネヒラを手に取る。

 扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえ、ノックがされる。

 荒々しく扉を開けて、二人が入ってきた。

 

「レイム、今のを聞いたか!?」

「私達の出番で、す……よ?」

 

 めぐみんの声が後半に行くにつれて小さくなったけど、どうしたのかしら。

 

「ええ、聞いたわ。魔王軍だっけ?」

「「は、はい」」

「滅ぼしてやる!」

 

 スキマ移動して、王都上空へ出る。

 魔王軍、魔王軍はどこよ!?

 あれか!

 あの黒い塊か!

 経験値のくせによくも最高の朝を壊してくれたものね。許さないわ。

 というわけでそこまでスキマ移動よ。

 オオカネヒラを鞘から引き抜く。

 私の視線の先には無数のモンスターがいる。

 魔王軍とだけあって、モンスターを従えることができるようね。

 

「き、君! ここは危ないから下がりたまえ!」

「お断りよ」

 

 後ろから騎士が声をかけてきたが、冷たく返す。

 どうやら魔王軍が引き連れるモンスターの中には雑魚に分類されるのもいるようだ。

 強そうなのは数が少ないものの、全体的に散らしてある。

 魔王軍はゆっくりと進行している。

 ここでさっきの騎士にまた話しかけられる。

 

「断るではなく……。それとも君は高レベル冒険者なのか?」

「邪魔よ」

 

 こいつうっさい。

 殴り倒そうかな。

 と、思っていたら、魔王軍の中から、牛の頭に人身のモンスターが飛び出してきた。巨大な斧を持っていて、図体に似合わずはやい。

 

「み、ミノタウロスだ!」

 

 悲鳴のように叫んで、後ろの騎士は私からはなれる。やっといなくなったわね。

 スキルを発動し、セイバーを刀に纏う。

 準備してもまだ距離がある。

 ……。

 

「『ライトニング』!」

「ンモオオオオオオオオオオ!!」

 

 ミノタウロスとかいうモンスターは虹色の雷に貫かれて絶命した。

 走ってきた勢いで倒れて地面を何度も転がって、ようやく止まった。

 それを見て、私の背後にいた騎士達が。

 

「な、何て魔法だ!」

「すげえ!」

「それにあの剣を覆う魔法からも強い魔力を感じるぞ!」

「あの子、あんなに強かったのか……」

 

 驚嘆の声を上げた。

 また出てくるかもと様子見するが、ミノタウロスのように飛び出てくるのはいなかった。

 じゃ、狩りましょうか。

 私は飛び出る。

 

「「ああっ!?」」

 

 魔王軍の方も一人で突っ込んでくるとは思っていなかったらしく、若干驚いている。

 最前列のモンスターを数体切り裂く。

 右手を半円に振るって。

 

「『インフェルノ』!」

 

 虹色の炎で、広い範囲でモンスターを焼き払う。

 炎があると私も進めないので、一度後退する。

 モンスターは炎を避けて進む。それらに向かって斬撃を飛ばして切り裂く。

 

「グルルア!」

 

 赤い毛並みの虎のような大きいモンスターが数匹で向かってきたからインフェルノで焼き払った。

 わあ。

 凄い効率よくモンスター倒せて経験値稼げる。

 

「な、ななな何なんだあいつは!?」

「今までいなかったぞ、あんな奴!」

 

 魔王軍が酷く慌てていた。

 私による被害なんか全体で見たら微々たるものなんだから慌てるなと助言したい。

 と、ここで最初のインフェルノが姿を消した。

 

「『トルネード』」

 

 風の竜巻を撃ち込んでモンスターを大量に倒す。

 竜巻に飲まれ、上空へと巻き上げられ、遠くへと飛ばされる。それらは下にいたモンスターと衝突する。

 うーん。

 ルーンナイトになったからか、魔法の威力が上がってる気がするわ!

 

「『トルネード』」

 

 もう一つ撃ち込む。

 あちこちにモンスターが落下するという不思議な現象が起きる中、ようやく人が揃ったらしい。

 

「な、何だありゃ!?」

「さっきから凄い魔法使ってますよ!」

「お前ら働けよ!」

「いや、その、あれ!」

 

 後ろが騒がしくなる。

 お前らも働け。

 ここで後ろから聞き慣れた声がする。

 

「「「レイム!」」」

「今頃来たの……って、あんたらどうやって来たの。高レベルでもないのに」

「まあ、その辺はあとで話しますよ。今は魔王軍ですよ。さあ、私の必殺の魔法を」

「やるなら他でやってね。今トルネードあるから」

「……じゃあ、あの辺の強そうなの固まってるところに撃ってきますね」

 

 めぐみんはアクアを連れていく。

 これからを想像してか、上機嫌に鼻歌を歌い、杖を振り回している。

 あっちは大丈夫ね。

 残されたダクネスを見る。

 

「私のところだと巻き込むから、アクアに支援魔法かけてもらって、別のところで活躍してきて」

「ん。レイム、油断するなよ」

「してたって余裕よ」

 

 私の返事にダクネスは安心しきった笑みを見せ、アクアとめぐみんのところへ走る。

 少ししてめぐみんの爆裂魔法が魔王軍に撃ち込まれた。

 爆裂魔法の強大な威力によって、撃ち込まれた場所にクレーターが生まれる。

 魔法を撃っためぐみんは当然のように倒れるが、それは後ろに控えていた騎士に回収され、安全な場所に運ばれる。

 めぐみんの魔法に、まるで勇気づけられたように冒険者と騎士が駆け出す。

 私の魔法がある場所以外に。

 来たら巻き添えになるだけだからね。

 

「トルネードがあるからモンスターが他に逃げて……んんっ?」

 

 トルネードに飛ばされず、私に向かってくる巨大な人型のモンスターが目に映る。

 岩の体を持つモンスターだ。何かしら、あれ。

 

「何て大きさのゴーレムなんだ!」

「あんなのがいるなんて!?」

「助けに入んないとヤバくないか?」

 

 セイバーをドラゴンを倒した時ぐらいまで高める。

 これで巨大ゴーレムも余裕ね。

 間合いに入ると、ゴーレムは拳を振り上げ、私に殴りかかる。

 あまりにもわかりやすい。

 地面を陥没させるほどの威力はあっても、分かりやすすぎるから簡単に避けられる。

 ゴーレムの拳に飛び乗り、駆け上る。

 それに気づいて、私を逆の手で捕まえようとしてきたので、その手を薙いだ。

 地面に落下し、大きな衝突音を出した。

 そこそこ硬いけど、切れないほどじゃないわね。

 速度を上げて、ゴーレムの頭部に迫る。

 私を振り落とそうと、腕を振るが、その時には肩の近くまで来ていた。

 肩へと飛び移る。

 それで死角に入ったらしく、ゴーレムは私を振り落とせたと勘違いしたようだ。

 その大きな隙を利用して、頭に接近して刀を思いっきり振るう。

 頭を斬り飛ばされ、ゴーレムは力を失ったように倒れる。

 私は飛び下りるタイミングを見極め、地面に降り立つ。

 

「一撃で仕留めたぞー!」

「とんでもねえ冒険者もいたもんだ!」

「今日は楽勝だな!」

 

 トルネードが両方消える。

 もはや自然災害を受けたかのようになっているが、それだけ魔法が強いということだ。

 上級魔法が使えると、魔法耐性が高くない敵は一方的に倒せる。

 魔王軍の一人が焦りながらも声を張り上げる。

 

「ええい! 遠距離攻撃だ!」

 

 ゴーレムが敗れて、接近戦が無理と判断すると次は矢や魔法を放ってきた。

 氷の壁を展開して攻撃を防ぐ。

 前にウィズがやったのと同じものだ。いや、これは本当に便利ね。

 

「ほ、本当に何なんだあの変な格好の女は!」

「紅白の悪魔だ!」

 

 もはや嘆くように怒鳴っていた。

 ていうか、私だけが飛び抜けて危険みたいに言ってるわね。

 やめてほしいわ。

 氷の壁を敵の攻撃が叩く中で。

 

「いいぞ! このまま抑え込め!」

「へっ! 案外大したことないな」

「やーい、お前の胸崖っぷちー」

 

 あとで殺す。

 私は先にアクアとダクネスを確認する。

 ずっと放ってたけど、あいつら大丈夫かしら。

 うーん……。

 ダクネスは持ち前の硬さで敵の攻撃を受け止め、しかもスキルを使って引きつけてるっぽい。

 アクアはアンデッドを倒したり、ダクネスや他の冒険者に回復魔法をかけたりと、活躍、活躍!? あのアクアが活躍してるじゃないの!

 

「へいへーい、びびってんのー?」

「お前の肝っ玉と胸の小ささ同じぐらーい」

 

 その煽りを聞いて、他の冒険者と騎士は。

 

「うわあ、あいつらだせえ!」

「卑怯だぞ、てめえら!」

「お前らの肝っ玉はしょぼい玉玉サイズだろ!」

 

 非難を次々と浴びせた。

 安全なところから煽ってくる魔王軍の方達に私が言うことは一つよ。

 

「死刑」

 

 そもそもあいつらが調子に乗るのは、私がここから動けないと思ってるからだ。

 そろそろ殺しましょう、そうしましょう。

 私は宙に浮く。

 後ろから驚きの声が上がる。

 

「「「おおおおっ!」」」

 

 敵はそれに気づいてはおらず、私の胸をひたすらにばかにしてる。

 なぜ胸を執拗にばかにするのか……。

 

「死ね! 『ファイアーボール』!」

 

 虹色の炎の玉をばか二人に放つ。

 それを見てばか二人はにやりと笑った。

 私の魔法は透明な壁に遮られ、二人に届くことはなかった。

 結界か。

 

「ふはははははは!」

「何の対策もとってないと思ったのか? やはり胸が小さいと脳みそも小さいんだな!」

 

 だからあいつは何でいちいち胸を絡めてくるの。

 そして、空を飛んでる事実に気づかないの?

 

「あーん、私のお胸どうやったらおっきくなるかなー?」

「うーん。こんなお子様サイズじゃ恥ずかしいわ」

 

 胸の前の手を上下に動かして、平らであると誇張するばかども。

 殺す。

 あいつら絶対に殺す!

 結界ごとぶっ殺す!

 威力の高い攻撃……ああ、面白いのがあったね。

 右手を前に出す。

 

「弾幕はパワーだっけ? 『マスタースパーク』!!」

 

 見慣れたその魔法は、何の根拠もなかったけれど、再現できるとは思った。

 もしかしたらその魔法は私が一番よく見たものかもしれない。

 右手の前に魔法陣が浮かび上がり、そこから極太のレーザーが発射される。

 超火力の魔法は結界を一瞬で貫き、雑魚を葬る。

 手を上に動かして最後列まで消し飛ばしたところで魔法は消えた。

 

「ざまあみろ」

 

 

 

 魔王軍との戦いが終わった。

 今回は久しぶりの快挙だとか。

 だからなのか、城へ向かう途中で様々な人から褒め称えられる。

 その声に誰もが誇らしい顔つきになる。

 今回は珍しくみんなが活躍した戦いだ。

 めぐみんの魔法は強いモンスターが集まってた場所を撃ち抜いていたらしい。強いモンスターは全体的に散らしてると思ったが、どうやら見た目と違って強いのがいた模様だ。

 次にアクア。こいつは性能だけは本物ということもあって、大活躍した。アンデッドを浄化したり、怪我人を回復したり。

 次にダクネス。地味ではあるが、敵を引きつけて攻撃を一身に受け止めた。そのおかげで負傷者を減らせたようだ。

 こいつら大規模な戦闘だと役に立つのね。

 そして私はレベルが5になった。

 ドラゴンの経験値ではレベル4になってなくてがっかりしてたのだが、どうやら4になる直前だったらしい。

 そのため今回の大量経験値によって私は一気にレベル5に。

 いやあ、経験値たっぷりでよかったわ。

 ステータスの伸びも落ちてないし。最高。

 で、私達は今城の前にいる。

 他にも戦いに参加した人達がいるけど、先頭にいるのはなぜか私達だ。

 そんな私達のところに白スーツの女性が駆け足でやって来て、ダクネスに話しかける。

 

「ダスティネス卿、無理を言われた時は不安だったが、蓋を開けてみたら大活躍とのことでほっとした」

「心配をかけて申し訳ない。だが、言った通りだったろう?」

「ええ。めぐみん殿の爆裂魔法による奇襲、アクア殿の回復魔法、ダスティネス卿は多くの敵を前にしても引かずに攻撃を受け止める。どれも見事だ」

 

 ダクネスのことをダスティネスと呼んでるところを見るに、ダクネスは偽名か。

 偽名を使う理由はやはり……。

 

「ふうん。やっぱダクネスは貴族だったのね」

「隠しててすまなかった。しかし、どこで私が貴族だと知ったんだ? めぐみん、話したのか?」

「いいえ。何も話してませんよ」

「宿屋の支配人いたでしょ。あの人のあんたに対する態度が普通の客とは違う気がしたから、貴族かなって思ったのよ」

 

 そんな小さなことでとダクネスが呟く。

 私の話を聞いた白スーツは。

 

「いや、素晴らしい。些細なことから真実を見抜くとは。聞けば、あなたはドラゴンスレイヤーの称号があるだけでなく、魔王軍幹部ベルディアと渡り合うことができたとか! そして、今回の戦いにおいても巨大ゴーレム、ミノタウロスと凶悪なモンスターを倒したと聞きます」

「あれってそんな強かったの? ミノタウロスなんて突っ込んできたからやっつけただけよ」

 

 ンモオオオオオオオオオオ! とか叫んで死んでったわよ、あいつ。

 あまり実感が湧かない私に、白スーツは驚きと興奮の眼差しを向ける。

 

「クレア殿、そろそろ」

 

 ダクネスはクレアの後ろから人が十数人来たのを見ると、声をかけた。

 クレアはこほんと咳を吐くと、先程までの表情はどこへやら。キリッとした顔になり、凛々しい声で。

 

「騎士団並びに冒険者諸君! 此度はご苦労であった! 諸君らの活躍により今回も王都は守られた! この国を代表し、アイリス様は王都を守った皆に深く感謝すると仰せだ! 今回の報酬は期待してよいぞ!」

 

 アイリス……。

 あっ、いた。

 アイリスは私を見ると目を大きく開いた。

 そんなに驚かなくても。

 私はアイリスに向かって小さく手を振る。

 それにアイリスは嬉しそうに笑う。

 

「レイム、今の聞いた? 報酬いっぱいくれるって!」

「うん。けど、使い道がねえ……」

 

 不思議なもので、幻想郷ではお金を頑張って稼いでいた私だが、こっちに来てからはお金への執着心が希薄になっている。

 幻想郷にいた頃は少ないお金で色々やったけど、こっちではそうじゃないし。

 それに何か討伐すれば簡単に大金が入ってくるから困らない。

 豊かになると執着心って薄れるのね。

 

「私は杖の強化か魔道具を購入する予定ですよ。爆裂魔法を更なる高みへ至らせたいですからね!」

 

 魔道具。

 それは魔法の力が込められたマジックアイテムだ。 お金はあるし、めぐみんと一緒に買い物しようかな。面白いの見つかるかもしれないし、お金を腐らせるのも嫌だ。

 そう思って、視線を前に戻すと、アイリスがクレアに何かを言ってることに気づいた。

 

「なるほど。かしこまりました」

 

 何か言われると思い、報酬について話してた人達は静かになる。

 

「今回の大きな戦果は近年稀に見るものである。そこで、それほど大きな戦果を持ち帰った諸君らを労う宴を開きたいとアイリス様は仰せだ! 明日の夕刻まで体を休め、また城に来るがよい。また今回の報酬に加え、大きな活躍をした者には特別報酬を与えるつもりだ。以上だ、此度は本当にご苦労であった!」

 

 おおお! あちこちで声が上がる。

 特別報酬と聞くと、自信があるものは歓呼の声を上げる。

 特別報酬……、変なのじゃなきゃいいな。

 その場にいた冒険者は喜色満面に、思い思いにその場を去る。

 

「レイム殿並びに皆は残ってもらいたい」

「ふあっ」

 

 不意打ちだったから間の抜けた声が出た。

 頬が熱くなる。

 クレアは一瞬きょとんとしたが、くすくすとおかしそうに笑う。

 

「獅子奮迅のような活躍をされたレイム殿も無防備なところがあるのですね。あなた達の話が聞きたいとアイリス様が仰せです」

 

 アイリスは期待するように私を見ている。

 少しだけそわそわしているのがわかる。

 

「今日は城にお泊まりになればよいでしょう。皆様の荷物はこちらでお運びします」

 

 泊まる場所がレベルアップした。

 

 今朝、城の壁があまりに綺麗なことに戦慄した私だったが、城内を見てまたも戦慄する。

 外がとても綺麗なんだから、中は当然綺麗よね。

 クレアに案内されて、私達は広い部屋へ。

 室内にある調度品はどれも高そうなものに見える。一つでも壊したら大変なことになりそうだ。

 テーブルを挟んで向かい合う大きなソファーに私は座ると、隣にアイリスが来た。

 これにはダクネスだけでなく三人も驚きを隠せない。

 

「アイリス様? まだ話をされたこともない冒険者の隣に座るのはいかがかと」

 

 そんなクレアの言葉にアイリスは何でもないように。

 

「話はしました。とても楽しい人と記憶しております」

「たくさんしたわね」

「おい、レイム。もう少し言葉遣いを」

「構いません。自然体で話をして下さる方が私としては嬉しいです」

 

 にこにこと笑いながら私を見上げるアイリスの頭を何となく、髪型を乱さないように撫でてみる。

 凄く嬉しそうにしてくれた。

 ……これが妹って奴かな?

 妙になついてるアイリスにクレアが尋ねる。

 

「あの、話をされたとはどういう……」

「レイム様は夜明けぐらいに私の部屋の外を飛んでいまして、その時に声をかけたのです」

「と、飛んで? そういえばレイム殿が空を飛んだという情報が……」

「もしかしたら夢かもと思い、胸に秘めていました。しかし、魔王軍との戦いから帰ってきた者達の先頭にはレイム様がいて、本当に驚きました」

 

 それであんなにびっくりしてたのね。

 てか、夢と思われてたのね……。

 私はアイリスの両頬を掴みむにむにする。

 

「あ、あにするんですか」

「人を夢扱いしたし」

 

 別に気にしてないけどね。

 アイリスの頬っぺた柔らかいわね。

 私に遊ばれてるのが気に食わなくなったのか、アイリスも私の頬を掴んできた。

 私と違って引っ張る。

 

「なあ、レイム。空を飛んで散歩したっていうのはどういうことなんだ?」

「よあえにしょりゃろんれ」

「すまん。一旦遊ぶのやめてくれ」

 

 私はアイリスを見る。

 手をはなせと、頬っぺたを引っ張って伝えるが、アイリスはそっちがやめたらとばかりに引っ張ってきた。

 ……こいつめ。

 私達はお互いの頬に攻撃をする。

 

「おい」

 

 怒り顔のダクネスがそこにはいた。

 私とアイリスはそれを見て、しょうがないとばかりに手をはなした。

 

「しょうがないわね。えっと、何だっけ?」

「お前が空を飛んで散歩したことについてだ」

「ああ。夜明けぐらいに目が覚めて、空の散歩をすることにしたのよ。で、ついでにお城も見て帰ろうとしたらアイリスに見つかって、誰か来るまで話をしただけよ」

「だ、だけよで済まされるわけないだろ! お前のやったことは立派な犯罪だぞ!」

 

 犯罪……。

 犯罪だって言われてもなあ。

 

「そんな小さいことで……。別に建物の中に侵入したわけでもないんだから、そんな怒んなくていいじゃないの」

「怒るわ! 城への不法侵入は重い罰が下る! ああああ……。こんなの常識じゃないか」

 

 他人の敷地に入ったのがそんなにいけないのか。  ちょっと通っただけじゃないの。

 

「お前、逮捕されても文句言えないぞ」

「逮捕? ああ警察とかいうのが、暴れるチンピラを捕まえることよね」

「今回の場合もお前は逮捕される」

「暴れてないのに!? 横暴すぎない?」

 

 暴れたりとか泥棒したりとか迷惑かける奴が逮捕されるのはわかるけど、私悪いことしてないんだけど。

 散歩をしてただけなのに。

 不法侵入とやらで説教する程度なら理解できなくもないが、逮捕は理不尽すぎる。

 

「それほど城への侵入は重大なことだ。レイム、お前だって子供じゃないんだからそれぐらいわかるだろ」

「はあー……。そんなものでねえ。私のいたところはそんなのなかったけどなあ」

 

 それに全員が驚きの表情を見せる。

 そもそも私の神社に勝手に住み着く奴とかいたぐらいだし。

 それに勝手に部屋に入ってくるのもいたし。

 ここのルールだとそいつらみんな逮捕になるんじゃないかしら?

 アイリスが恐る恐る聞いてきた。

 

「レイム様のところはどうなっていたのですか? その法律とか」

「そんなのないわよ。いくつかルールはあったけれど、そんなもんよ」

 

 これにみんなの顔が引きつる。

 それにしても法律ねえ。

 そういえばギルドで誰かが法律はくそとか言ってたのを聞いたことがあるわ。

 普通に暮らしてれば無縁だからすっかり忘れてたわ。そうか、法律があるのね。

 面倒だなと思っていると、ダクネスが溜め息一つ吐いて言ってきた。

 

「お前が特殊な場所に住んでいたのはわかった。しかし、他人の土地に無断で侵入するのは罪になる。これからはしないでくれ」

「しょうがないわね。もっと高いところを飛ぶわ」

「違う! そうじゃない。高さの問題じゃない」

 

 ダクネスが泣きついてきた。

 高ければ見つからないから問題ないと思うんだけど……。

 めぐみんは冷や汗を流しながらも、フォローするように。

 

「きっとレイムは秘境とかそのような場所で育ったのでしょう。あまり外部と接しないから、法律に疎いのでしょう」

 

 両手を落ち着きなく動かしながら言うめぐみんを見てクレアは顎に手を当てる。

 

「ふむ。本来なら何らかの形で処分をとりますが、法関連が未熟な土地出身で、悪意もない。……これまでの活躍を考慮して不問としましょう」

「寛大な措置を感謝します」

 

 ダクネスが深々と頭を下げる。

 よくわかんないけど助かったようだ。

 これからはちゃんと高く飛ぼう。

 隣のアイリスは胸に手を当ててほっとしている。

 

「それに空からとはいえ、簡単に侵入を許し、見逃したのは知られるわけにはいきませんからね。今回のことは空からの攻撃に備えよ、という教訓にします」

 

 問題が片づいたところで、アイリスが聞いてくる。

 

「今回レイム様は活躍されましたが、今のレベルはおいくつなんですか?」

「そういえばダスティネス卿からは仲間が戦場に行ったとしか聞いてませんでしたね。強力な魔法を次々と使いこなしたと聞きます」

「それほどの方ならきっとお高いとは思いますが」

 

 二人は私のレベルに謎の期待を寄せているようであった。

 そんな二人に私は現在のレベルを自信満々に言った。

 

「5」

「「5?」」

「そうよ。今回ので5になれたのよ」

 

 ちなみにダクネス達は、あれだけ大量に倒して、しかも前回ドラゴン倒したのにまだ5なのかと驚きを見せている。

 もしかしてこいつら今回の戦いでそこそこレベル上がったとか、そういうパターン?

 私がこんなに苦労して5になったのに、こいつらは簡単にレベルが上がるなんて……不公平よ。

 

「レイム様も冗談がお上手ですね」

「本当のことよ。ほれ」

 

 冒険者カードをアイリスに渡す。

 それを見て、どういうことなのと私を何度も見る。レベルの次はステータスに目が行き、それを見るとこれは納得という顔になる。

 最後にスキルを見て、だからどういうことなのと私を揺らしてきた。

 アイリスは焦るような声で聞く。

 

「スキルは切れ味アップと斬撃飛ばしの二つしかなく、レベルは本当に5。それなのにステータスはとても高い。魔力なんて見たことない数値になってるんですが!」

 

 アイリスからカードを取り返す。

 

「レベルは本当に上がらないのよ。ステータスはその分高いんだけど……。スキルはそれしかとってないから、二つしかないのよ」

「しかし、魔法を使われたと聞きます! これはどういうことなのですか!?」

「レイムは私達とは異なる手段で魔法を使っているんですよ。ちなみに聞いても理解に苦しむので聞かない方がよいかと」

「本当にレイム様は何なのですか? 私はあなたのような方を見るのははじめてですよ」

「わかる。わかるわ。私も実はレイムさん人間やめてんじゃないかって思ってるもの」

「こら」

 

 アクアにつっこみを入れるけど、ダクネスとめぐみんもアクアに同意見と腕を組んで頷いている。

 どうしても私を人間の枠から外したいようだ。

 私が何をしたというのよ。

 不当な扱いにむくれると、アイリスがおかしそうにくすくすと笑う。

 

「本当に仲がよろしいんですね」

 

 何だかんだでほぼ毎日一緒にいるから仲は悪くないと思う。

 でも仲よしかと言われれば微妙だ。

 

「何だかんだで組んでから色んなことをしてますね。今回の魔王軍もそうですよ。レイムは凄い気迫で戦いに行きましたよね」

「あいつら私が最高の朝を迎えて気分よくしてたのに、ぶち壊してくれたからね。仕返しに行ったわけよ」

「どう考えても仕返しの規模じゃなかったんですけど!」

「途中から魔王軍はレイムから逃げてたぞ」

「どう攻めてもやられてますからね。魔法耐性あるモンスターは切り裂かれ、そうでないのは魔法で葬られ……。数で攻めても焼き払われ。逃げれば光線が飛んできて……」

「本当めちゃめちゃだったわね」

 

 三人はまるで遠い過去を懐かしむように話す。

 その反応はまるで、嵐が過ぎ去ったあとのようで、今回は凄かったなー、と話す人みたい。

 そんなに私は暴れてたのかしら?

 

「さて。そろそろ本題に移りましょうか。私にレイム様達の冒険をお聞かせ下さい」

 

 私達を楽しげに見ていたアイリスは笑みを深めてそう言った。

 

 

 

 夜。

 食事やら入浴やらお話が終わり、客用の部屋に通された。

 大きなベッドに座り、足をだらりと下げる。

 

「さて、と」

 

 目をすっと細めて、右手を顔の前に持ってくる。

 みんなの顔が見たいと思ってからは、こうして一人になった時はスキマをいじっている。

 幻想郷に繋げないものかと試してるが、何の成果も得られていない。

 私の力ではそこまでのことはできないのか、それとも経験不足だからなのか、この世界で完結している。

 しばらくスキマをいじり続けたが。

 

「ふわ……」

 

 単純作業になっているのと、魔王軍との戦いの疲労が重なり、私の眠気は最大限に達した。

 強い眠気のせいでしていることも定かでなくなる。

 一瞬眠りに落ちるも、頭がかくんと下がってはっとなって起きる。

 

「ふわあー……」

 

 もう眠くて無理よ。

 寝よ寝よ。

 

 お城でお泊まりするというレアな体験をした私は、朝食を食べると、めぐみん達と一緒に買い物に出た。

 世の中には魔剣のように、不思議な力が込められた魔道具が存在する。

 それらの中には特定の属性の威力を上げたり、装備者の幸運度を上げたり、或いは日常生活に使われるものだったりと様々ある。

 私が求めるのは当然魔法の威力を上げるものだけど、それがまあ困ったことに高い。

 一つの属性の威力を増加させる指輪でも最低二千万エリスからだ。これが複数の属性になると数千万エリスからになる。

 

「高いとは聞いていたが、ここまでとはな」

 

 ダクネスは驚きを隠せずにいる。

 

「レイムは様々な属性を操りますからね。お金はいくらあっても足りませんよ」

「最安値で二千万。でも、この程度じゃ買うだけ損なのよね。あの二億するものならレイムさんに少しは釣り合うと思うの」

 

 アクアの言う指輪は光と雷属性の威力を増加するものだ。しかし、流石に二億はない、

 かといって安いものでは期待も薄い。

 値段の差は性能の差に直結するだろうから……。

 満足のいく性能のものとなれば私の場合は数億かかることになる。

 どうやら私は金のかかる女みたいだ。

 

「めぐみんは買わないの?」

「爆裂魔法は複合属性ですからね。片方だけでは意味がありませんし、むしろバランスが崩れるのでつけられません。複数の属性を有する指輪は高すぎますし、安いのもどれほどの効果が見込めるかわかりません」

 

 安いのだとそんなにって感じがするのよね。

 ないよりはマシ程度だと思うのよ。

 本当に効果が実感できるのは……、単独で数千万、それも五千万エリスから。そんな気がするわ。

 

「こんなにも高いんじゃね……」

「なーんでこんなに高いのかしらね」

「何代にも渡って使うのを織り込んでいるのだろう。数億エリスのものなら家宝にもなるからな」

 

 そういうのを見越しての値段か。

 現実の厳しさに私は思わず溜め息をこぼした。

 魔法の威力関連は諦めて、他の指輪なり腕輪を見るが、装備するだけでステータスアップするようなものは高い。

 買えるのはそれこそ成功してる人だけよ。

 すっかり買う気が失せた。

 そうなると見るのもどうでもよくなり、残った五千万エリスで何ができるかを考える。

 お城に泊まったり、いいお部屋に泊まったりした。それで思ったのは、今泊まってる宿屋の部屋がちっぽけってこと。

 

「残ったお金でいいところ探そっと」

「何の話だ?」

「ん? 残ったお金で小さくてもいいから家を買おうと思ったのよ」

 

 大きな屋敷には憧れるけど掃除は大変そうだからね。小さな家でいいや。

 私の話を聞いた三人は。

 

「家ねえ。考えたこともなかったわね」

「冒険者はあちこち旅しますからね。しかし、レイムの力なら色々な場所に行けます」

「ドラゴン討伐の時は野宿したが、レイムのあれがあれば家に戻って休み、次の日は進んだ地点から再開することも可能だ。レイムの力を考えた場合は確かに家を持った方がいいな」

 

 勝手に話を進めないでよ。

 

「そういう目的で買うわけじゃないんだけど。のんびりする目的で買うんだけど!」

「しかし、我々は冒険者ですよ。それにレイムの望んだ通り、アクセルでのんびりしながらやれますよ」

「どんな遠出も家に戻って休める。次の日になったら旅の再開が可能。討伐後はすぐに街に帰れる。これならゆっくりと進めてもいい。往復二週間の依頼なら行きで一週間になるわけだが、レイムの力があれば行きに二週間かけてゆっくり進んでも、往復した時と時間は変わらない」

「丸め込もうたってそうはいかないわ。私が家に求めるのは安らぎなのよ。冒険に利用したいから買うんじゃないのよ」

 

 騙されないわ。

 こいつら私の力と家を狙ってるんだわ。

 アクアは話しが難しくてついていけなくなり、近くの指輪を眺めている。

 最後の最後で私に害を与えないのはアクアなのね。盲点だったわ。

 

「あんた達が私と私の家を都合よく利用しようとしてるのはお見通しよ!」

「人聞きの悪いことを言うな! 前にお前が言ったじゃないか! 楽して経験値を稼ぎたいと」

「モンスターが街まで来るわけでもなく、遠出もしないわけではありませんが、この方法なら楽に経験値を稼げますよ」

 

 私が疑いの目をやめないでいると。

 

「どうせ家を買うなら私達が住む家にしましょう。それぞれお金を出しあっていい家を買おうではありませんか」

 

 めぐみんがそんなことを言ってきた。

 四人で住めば、掃除も分担されるだろうから、少し大きい家でも問題なくなるわね。

 それに私だけのお金で買うわけでもないし。

 大きい家か……。

 

「悪くないわね」

「でしょう? アクセルに戻ったら我々の拠点を探しましょう」

「今拠点って言った?」

「いいえ。お家と言いました」

「レイム、我々の資金ならそれなりの家は購入できるはずだ。家具もいいものが揃えられる。いい家にしよう」

「そうね。住みやすいお家にしましょう」

 

 お風呂は大きめがいいかな。

 四人で住むなら部屋は四つと居間もあれば文句なしね。

 住み心地のいい家にしたいわ。

 のんびりとお茶を飲めるならベストよ。

 

「そうと決まれば早速アクセルに戻りましょう」

「いや、今日は宴がある。それにアイリス様達に挨拶なしで帰るのはだめだ」

 

 ああ、宴なんてものがあったわね。

 すっかり忘れてたわ。

 

 アクセルで家を買うと決めてから数時間後、夕方になったので私達は城に戻ってきた。

 宴の時間となり、パーティー会場へと移動する。

 魔王軍との戦いに参加した冒険者達が集まり、貴族も参加する宴は人が多い。

 この宴は私が想像したものとは違っていて、宴会を可能な限り上品にしたような感じである。

 みんなとことんお酒を飲むことはしない。してるのは一部の人とアクアぐらいだ。

 ダクネスは貴族連中に囲まれてちやほやされている。

 めぐみんは魔法使いっぽいのに囲まれ、自分は最強の攻撃魔法である爆裂魔法しか愛せないから、他の魔法に興味ないとか格好つけて語っている。

 アクアも冒険者に囲まれ、褒め称えられているが、結構酔ってるからまともに話せていない。

 私も冒険者に囲まれ、褒め称えられて気分をよくしてたけど、終わりが見えないから疲れてしまう。

 周りに断りを入れて、私は露台に出る。

 お酒は満足に飲めないし、ご馳走も食べられないんじゃ疲れる。

 私にはパーティーよりも宴会の方が合ってる。

 露台には小さなテーブルと椅子がある。

 テーブルにお酒とご馳走を置いて、座り心地のいい椅子に腰かけて月を見上げる。

 雲がなく、月がよく見える。

 冷たい空気は雰囲気をつくるけど……。

 

「流石に寒いわね」

 

 火属性と風属性を使い、体を温風で包み込んで寒さから身を守る。

 こういう時、私は自分の魔法が便利でよかったと思える。

 

「こんなところで何をしてるんですか?」

 

 アイリスが、お酒を持つクレアと魔法使い風の女性を連れてやって来た。

 

「ずっと話しかけられたから疲れてね。それに月がこんなにも綺麗だからね、眺めたくなったのよ」

「パーティーははじめてでしたっけ。クレアにいいお酒を持ってきてもらいましたので、こちらをどうぞ」

「流石。気が利くわね」

 

 アイリスは向かいに座る。

 クレアが持ってきた酒を飲むためにグラスを空ける。

 テーブルに置かれた酒をグラスに注いで、と。

 

「おっ。重厚で飲みやすいわね」

 

 この世界に来て、一番美味しいと感じたお酒だ。

 私好みの味だ。

 私の反応を見て、アイリスは笑む。

 

「お口に合ったようで何よりです。それはそうと先ほどララティーナから聞いたのですが」

「ララティーナ? ララティーナって誰?」

「えっ!? レイム様の……、ダクネスと言えばわかりますか?」

「あいつララティーナって言うのね。そういえば名前聞いてなかったわね」

「一応教えておきますが、彼女はダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家は王族の懐刀と言われるほどの貴族です」

「へえ。あいつそんなにいいとこなんだ。何で冒険者なんかやってんのかしら」

 

 ここからでもダクネスは見える。

 イケメンに囲まれてちやほやされている。

 若干面倒臭そうというか、疲れてる感じが出てるが、それに気づく貴族は誰もいない。

 

「おそらく冒険者となって民をモンスターから守りたいと考えてのことでしょう」

「あいつらしいわね」

 

 アイリスの言う通り、確かにダクネスならそうするだろう。

 

「話は戻しますが、レイム様達はアクセルに家を購入されるそうですね」

「うん」

「ずっとアクセルで暮らすおつもりですか? レイム様なら王都でも暮らしていけるだけの力はあると思うのですが」

「私はのんびり生きたいの。アクセルならその条件に合うのよ」

 

 私の話にアイリスはあからさまに気落ちする。

 

「どうしたの?」

「王都でしたら、レイム様が活躍すればこうしてお話しすることができますから」

「……私は暇があったらまた来るって言ったわよ」

 

 それにアイリスはばっと顔を上げた。

 

「あんたの部屋の窓の前に来て話をするわよ」

「すみません。流石にそれは色々危ないので、普通に来て下さい」

 

 ちょっとだめ出しをもらったけど、普通に遊びに行けるようにはなった。

 話が終わると、クレアがアイリスに声をかける。

 

「アイリス様、そろそろ中に戻らないと風邪を引いてしまわれます。レイム殿もそろそろ中に戻られた方がよいかと」

「私は平気よ。寒くないからね」

「そんなはずは……。こんなにも寒いというのに」

 

 ここでアイリスは何かに気づいた様子になり、私の隣に来て体に触れる。

 

「やっぱり! レイム様、暖かい空気を纏ってます!」

「じゃなきゃ、いつまでもいないでしょ」

「むうう……。私達にもかけてくれればいいのに」

 

 文句を口にして、ぶるりと震えると。

 

「レイム様も風邪を引かないように」

 

 と残してアイリスはお供を連れて会場へと戻る。

 お供の二人は私に軽く礼をして、アイリスのあとに続く。

 私はそれとなく会場に目を向ける。

 アクアは見えないが、酔い潰れていそうだ。

 めぐみんは魔法使い連中から解放され、何かをちびちびと飲んでいる。お酒かな。

 ダクネスの方は自身がいいところのお嬢様だからか、未だに貴族連中に捕まっている。が、お酒を飲むめぐみんを発見すると、これだとばかりに周りに断りを入れて、めぐみんの下へ駆け寄りお酒を取り上げる。

 そうしてはじまる二人の口論を周りの人達は面白そうに眺める。

 私はいつものがはじまったと思い、月に視線を戻す。

 本当に美しい月夜ね。

 けど……。

 お酒がそこそこ回ると、月夜だけでは物足りなくなり、それならと少しだけ手を加えることにした。

 右の手のひらを空に向ける。

 上手くできるかな?

 

「ま、そこそこでいっか」

 

 それっぽく見えたらいい。

 手のひらから、色とりどりに輝く蝶を次々飛ばして、月へと向かわせる。

 ただ見るためだけの、それしかない光の蝶を次々と飛ばして夜空を彩る。

 月の美しさを損なわぬよう、蝶の光は淡くしてある。

 近くで見たら蝶の形をしてる程度だけど、遠くに行ってしまえば本物のように見える。

 練習すればもっと綺麗になりそうね。

 蝶の群れが月の周りで戯れる。

 

「我ながら上手いことできたわね。流石私」

 

 とても幻想的光景になり、私は満足する。

 お酒が美味しい。

 うーん。これはいいかもね。

 こんなにも美味しく飲めるなら、この遊びを極めるのも悪くなさそうだ。

 

「何をやってるかと思えば……」

「とても綺麗ですね……。忘れられない夜になりそうですよ」

「月夜だけじゃ物足りなくてね」

「とても美しいが、これは人に当たっても大丈夫なのか? お前の使う魔法は」

「見るだけのものよ、ほら」

 

 一つだけめぐみんに飛ばす。

 めぐみんに当たると蝶は弾け、光の粒となって消えていく。

 人に無害と知ると、ダクネスは安心した様子で月の周りで戯れる蝶の群れを眺める。

 

「……さりげなく私で試しませんでしたか?」

「無害と知っててやってるわよ。そうでなきゃ人に飛ばさないって」

 

 まあそれならとめぐみんは文句を言うのをやめて、ダクネスと同じく月を見上げる。

 

「何をしてるかと思ったら、こんなにも美しいものをお見せするなんて!」

 

 会場に戻ったアイリスがとんぼ返りしてきた。

 他にも多くの人が露台に出てきて、幻想的な光景を楽しむ。

 

「いや、素晴らしい!」

「ここまで美しい魔法ははじめてですな!」

「このように芸術的に魔法を使うのは彼女ぐらいですよ、本当!」

 

 みんながみんなが褒め称えてくるものだから、私はもっと凄いのを見せようと思った。

 みんなを驚かせたいと思った。

 

「よーし。王都の空に蝶を羽ばたかせるわね!」

「ま、待て! れ」

「それー!」

 

 気分は高ぶり、やることしか考えていなかった。

 この世界に来てアクアと一緒に過ごしたせいで、幻想郷にいた頃よりも落ち着いて行動していた私は久しぶりにやらかした。

 大量に出した蝶で王都にパニックを起こした。

 幸いにもダクネス達がすぐに手を回したから、パニックは最小限かつ素早く解決したが、私は手酷く怒られた。

 

 翌日。

 私達は帰り支度を終えて、アイリスの部屋に来ていた。

 

「それでは我々はアクセルに帰ろうと思います」

「たまーに遊びに来るから、その時は美味しいもの用意してね」

「はい! その時はまた楽しいお話を聞かせて下さいね」

 

 アイリスが輝かんばかりの笑顔を見せた。

 私達は魔法使いのテレポートによってアクセルへと転送される。




アイリスも出したし、もう心残りはありません。
次は子供に人気があるワシャワシャするのが……。

霊夢「ダンジョン……お宝……」


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第十話 大陸を蹂躙するワシャワシャ

マイホームを買う時、人は永久労働を命じられるのだ。


 アクセルの街で家を買う。

 ダクネス、アクア、めぐみんがそれぞれ二千五百万エリスを出す。私はドラゴンの報酬の残りと二千五百万エリスを出して七千五百万エリスだ。

 合計で一億五千万エリス。

 これだけあれば豪華な屋敷とかでもなければ購入できる。らしい。

 

「さあ、我々に相応しい家を探しましょう」

「保証人などは私の名を出せば問題ないだろう」

「女神に相応しい家を要求するわ」

 

 アクセルは王都よりも物価などが安いので、同じ資金でもアクセルの方がいい家を購入できる。らしい。

 比較したことないからどの程度安いかわかんないし。

 難しい話は置いておくとして、私達は浮かれた様子で不動産屋に向かっていた。

 

「お家、お家」

 

 家の購入とあって、私は上機嫌で口ずさむ。

 ああ、これからはお家でゆっくりできるのだと思うと、気分がよくなる。

 今日まで頑張ってきたのが報われる。

 不動産屋に到着して、早速物件を探す。

 しかし、今まで神社、宿屋と一つのところに長く生活していた私にはどれがいいのかなんてわからない。

 その辺は意外と生活力があるめぐみんに任せ、

 

「ですから、例えダスティネス様がいらっしゃっても無理ですって! お願いですから、こちらの優良物件で満足して下さい。こちらだって冒険者の方にお売りするのは躊躇われるというのに!」

「我々の活躍は聞いているでしょう? アクセルをあらゆる危機から守れるのは我々だけです。例えあのデストロイヤーが来ようと」

「王都で上手いこと活躍できただけじゃないですか!」

 

 だめだこいつはやく何とかしないと。

 私はめぐみんを話し合いの場から外させ、代わりに私がダクネスの隣に座る。

 店主は疲れたように深く溜め息を吐いた。

 

「こちらにある物件は優良物件です。皆さんの職業、予算、そしてダスティネス様、それらを考慮して用意させていただきました。冒険者という不安定な職業の方に紹介するのは、ダスティネス様の名があるからです。これ以上は本当に無理です!」

 

 めぐみんでよほど疲れたのか、強く言ってきた。

 後ろのめぐみんは少し威嚇するように唸っているが、この際だから無視しよう。

 ダクネスは店主に頭を下げる。

 

「私の仲間が迷惑をかけてすまない」

「あ、頭を上げて下さい! ダスティネス様がそこまでされなくても!」

「迷惑をかけたのは事実だからな。あなたが気にすることではない。……さて、それぞれの物件について説明してもらえないか?」

「か、かしこまりました!」

 

 店主の説明を聞く限りでは、どれを選んでも損はなさそうである。

 ダクネスが私に聞いてくる。

 

「レイムはどれがいい?」

「これってどれ選んでも変わらないでしょ。あとはもう私達の好みとかになるわよ。お風呂が大きいのがいいんだけど」

「でしたら……、こちらの物件になりますね」

「価格は一億五千万エリスか。悪くないな」

 

 最後に物件そのものを確認し、文句なしと判断して、購入に踏み切った。

 物件を購入したら、次は家具だ。

 私達の購入した家は二階建てで、二階の部屋数は五つあり、それだと一部屋余るから、余った部屋はお客さん用にしとこう。

 私の希望する大きなお風呂があり、もはや非の打ち所がない。

 共有する家具はみんなで話し合って決める。

 自室のものは各々好きなものを購入する。

 と言っても自腹であるし、そこまでのものを求めるつもりはない。

 生活できるだけあればいいやと本当に最低限だけ買う。

 そうしたらアクアに女子力が足りないとばかにされたから、酒瓶を抱えて寝る奴に言われたくないと言い返して涙目にしてやった。

 今からあれこれ買うよりも、あとで必要になったら購入すればいいと思う。

 ま、何を買えばいいのかわかんないのが一番の理由なんだけどさ。

 購入した家具はお店の方で運び入れてくれるそうで、大変な思いをしなくて住む。

 しかし、当日にやるのは無理なので、三日後に運び入れることを言われた。

 家を購入しても当日から住めないのは残念な話だが、三日待てば住めるのだから我慢しよう。

 

 で、三日後。

 待望の日を迎えた。

 家具が家の中に運び込まれ、私の新しい日々がはじまる……!

 居間にはテーブルを挟んでソファーがある。しかも暖炉があるから、これからの季節にはぴったりだ。

 私のための家が完成した。

 ソファーに座って、天井を見上げる。

 ああ……。

 これからはのんびりと暮らせる。

 家の掃除をして、お茶を飲んで。

 本なんかも読んだりして。

 そんな日々に飽きたらレベル上げに行って。

 ふあああああああ。

 もはや私の生活に非の打ち所はない。

 

「くあー……」

 

 このソファー随分と座り心地がいいわね。

 ああ。

 段々と眠気が……。

 そこに私の時間を壊そうとする敵が現れた。

 

「レイム、早速だが依頼を請けに行くぞ」

「嫌」

「家の購入やら何やらでお金をたくさん使ったんですよ? 少しは取り戻さないと」

「いーやー」

 

 まだ貯金はたんまりとある。

 依頼を請ける理由がない。

 

「ふあー……」

 

 ソファーに寝転がる。

 何てことなの。

 気持ちよく眠れそうだわ。

 それなのに敵は妨害してくる。

 

「気に入ったのはわかるが、この家を手ばなさないためにも依頼を請けよう」

「依頼の報酬で豪華な料理とお酒を用意して、新しい門出を祝うのよ」

 

 アクアもなぜかやる気を出してる。

 めぐみんとダクネスに言いくるめられた?

 

「お金ならあるんだから、それで祝ったらいいじゃないの。少しはゆっくりしていいじゃないの」

「お金があるからと甘えていたらだめだろ。依頼が終わったらゆっくりしよう。冒険者として新しい日々を送る意味で依頼を達成しようと言ってるんだ」

「依頼を無事に終えて幸先のいいスタートを切りましょう」

 

 私は何も聞こえなかった。

 むしろ周りには誰もいない。

 

「ほら、行くぞ! この! 抵抗するな! 大人しくしろ!」

「ほら、変に抵抗しないで素直に痛い! 蹴りました、普通に蹴りましたね! いいですよ! それならこちらもとことんやるまでですよ!!」

「ちょっと、レイム。一人だけサボろうとしてんじゃないわよ! 私だってごろごっ!? よくもやったわね! ほら! 三対一で勝てると思ってるの!?」

「私は、私はのんびりするって決めたのよ! ちょっ! 三人なんて卑怯よ! きゃっ! ダクネス、あんた足掴むんじゃないわよ!」

「ふふん。私だって支援魔法を使えば、こんなものよ! めぐみん、とことんやってしまいなさい!」

「こら! アクア! 手をはなしなさい! ちょ、ちょっと、めぐみん何しようっての? や、やめなさいよ! 痴女認定するわよ!? あっ!」

 

 めぐみんが容赦なく私をくすぐる!

 

 

 

 三人に負けた私は泣きべそになる。

 あんな、あんな酷いことするなんて……。

 

「何なのよ、もー……」

「これを読め」

「何これ? 冒険者新聞?」

 

 ダクネスに渡されたのはタイトルが冒険者新聞と書かれたものだ。

 こんな新聞あったんだ。

 はじめて見るから好奇心が出てくる。

 私の目つきが変わると、ダクネスは説明をする。

 

「それは週に一度発行され、色んな街の依頼、ダンジョンについての情報、旅に役立つアイテムの情報を載せている」

「へえー」

 

 話の通り、多くの依頼の情報が載っている。なるほど、これは便利だ。

 冒険者が多いこの世界ならこの新聞も需要がありそうね。

 

「んっ? この期待の新人冒険者にあるハクレイレイムって、私のこと?」

「むしろお前以外にいるのかと問いたい」

「だってこんなのに名前が載るなんて思わないじゃないの」

「レイムは幹部討伐、ドラゴン討伐、王都での大活躍と色々やってますからね。載ってても不思議ではないありませんよ」

 

 他にも九名ほど名前があるけど、興味ないからどうでもいいや。

 旅に役立つアイテムもスキマがあればほとんど関係ないし、あとで見よっと。

 依頼は……と。

 

「少し面白いわね」

「そうだろ? その新聞に載るのは手強いモンスターのものばかりだ」

「そういうことですか。難しい依頼を減らすために、そういった依頼を求める冒険者のために載せてるんですね。……ふむふむ。やはり美味しいクエストの類いはありませんね」 

「そういうのはその街の冒険者が倒せるからな。その街のクエスト難易度の基準になるのはいくつか載せてるが、基本は手強いモンスターの依頼だ」

 

 もちろん街によって手強いモンスターの基準は変わる。

 アクセルだと初心者殺しは強いモンスターとして扱われるが、他の街だと普通の強さとして扱われていたりする。

 理由は簡単で、アクセルと違って冒険者のレベルが高いからだ。

 アクセルは駆け出し冒険者の街だ。よって冒険者のレベルはそこまで高くない。そのため初心者殺しがかなり危険なモンスターとして扱われるわけだ。

 ちなみにアクセルの依頼情報はこの新聞には載っていない。当然か。

 

「クエスト難易度の基準なんて載せてどうすんのよ」

「そりゃあ、自分の実力に合った街を見つけやすくするためだ。依頼の有無は日々変わるが、その街の基準が大きく変動することはない」

 

 生態系とかそういうのが関わってくるのだろう。

 街によって多少異なるが、やはり高難易度ともなると大きく差があるわけではなさそうだ。

 トップクラスはドラゴンといったものになるが、そういうのは飛び抜けてヤバいだけで、参考にはならない。

 

「この中から依頼を探すわけですね」

「ああ。幸いなことに載っている依頼は報酬だけでなくモンスターの居場所も書いてあるから、はやく帰れるものを選ぼう」

 

 遠方から冒険者が来やすいようにするためか、モンスターの簡単な情報と報酬と居場所は記載されている。

 ダクネスはいくつも地図を出して、めぐみんと一緒に街から近い依頼を探す。

 それを見て私は。

 

「それは今度にして、アクセル周辺のにしましょうよ。一撃熊とかさあ」

 

 一撃熊と聞き、ダクネスとめぐみんはお互いの顔を見る。

 一撃熊。それは悪魔討伐の時に私がお金ほしさに狩ろうとしたモンスターであり、しかし悪魔討伐を依頼されたことでほったらかしたものだ。

 報酬は確か百万だか二百万のはず。

 そろそろこの世界の熊がどんなものか見てみたい。そして狩る。

 

「それなら夕方には帰ってこれるかもしれないな」

「アクセルの依頼の中ではトップクラスの難易度ですからね。ちょうどいいかもしれませんね」

「じゃあ、その物騒な名前の熊にする?」

 

 そのアクアの質問にダクネスとめぐみんは頷く。

 

 そういうわけで私達は一撃熊を討伐するために、冬眠から目覚めた熊が農場に来て大変だから倒してくれというのを請けた。

 その農場まで来て、私は一撃熊を目撃した。

 普通の熊と違って強そうで、荒々しさを感じさせるその熊は畑を荒らしている。

 あれが一撃熊か……。

 何をしてるんだろうと思ったけど、どうやら地中の野菜を掘り出しているみたいだ。

 野菜を掘り出していた一撃熊は何かに気づくと、手を止めて顔を上げた。

 私達を見ると、唸りだした。

 

「じゃ、さくっと倒すわね。『ライトニング』」

 

 本来一撃熊はアクセルの街の冒険者では倒すのが困難らしい。

 ただ紅魔族のように上級魔法を当たり前に使う連中には稼ぎのいいモンスターとして狩られる。

 私の魔法は一撃熊を文字通り一撃で葬った。

 何と言うか、前々から思ってたことだけど……、魔法強すぎない?

 魔法耐性ないと即死状態だからね。

 楽だからいいんだけどさ。

 

「相変わらずだな。ここまで来るとお前がてこずる相手を見てみたいものだ」

「それは面倒だから嫌よ」

 

 依頼も終わったことだし、さっさと帰ってだらだらしよう。

 それにしても、一人で倒せるんだから他の三人を買い出しに行かせればよかった。

 そうすれば買い出しをしないでよかったのに。

 一撃熊討伐報酬を受け取り、そのお金を持って夕日に染まる商店街へと出向く。

 このお金があれば買えないものはないだろう。

 よほどの高級食材でも買えないということはないと思う。

 食材を見ながら歩いていると、

 

「はぅあ! あ、あれはまさか!」

 

 めぐみんが何かを見つけて叫ぶ。

 頬に手を当てて、興奮した様子を見せている。

 

「霜降り赤蟹じゃないの! これは買うしかないわよ!」

「何それ」

「霜降り赤蟹は最高級食材の一つで、爆裂魔法を我慢したら食べていいと言われたら喜んで我慢して、お腹いっぱいになるまで食べて爆裂魔法を使いますよ!」

「爆裂魔法好きのあん……ん?」

 

 口は開かないが、ダクネスでさえ蟹に目を奪われているようだ。

 そんなに美味しいのかしら、あれ。

 一匹の値段は……五万エリス。一人一匹として四匹あればいいわよね。

 

「この蟹を四匹ちょうだい」

「はいよ!」

 

 蟹を四匹購入する。

 私からお金を受け取ると、店長は蟹を二匹ずつにわけて袋に入れ、それを私へと手渡す。

 

「はわわわわ。気前よく一人一匹なんて……! 今日ほどこのパーティーに加入してよかったと思った日はありませんよ!」

「そんなになの? そこまで楽しみにされると私も楽しみになってくるんだけど」

 

 沢蟹より美味しいのかしら。

 めぐみんが調理していない蟹をそのまま食べてしまいそうな雰囲気の中で買い物を続けていく。

 アクアが気に入って通ってるお酒屋から普段は買えないお高いものをいくつか購入し、その次は蟹料理にぴったりの野菜をめぐみんとダクネスが選んで購入し。

 全てのものを買ったら家に戻って、めぐみんとダクネスに調理を任せる。

 霜降り赤蟹なんて見たことも聞いたこともなかった私にまともな調理なんてできない。アクアに関しては不安があるからさせられない。

 さて、我が家には食事するための部屋がある。ダイニングルームとかいうらしいが、こんなものがあるとは思わず、大金使っただけのことはあるなあと思ったり。

 そこでアクアと一緒に料理を待つ。

 

「お家も手に入ったし、あとは私達のレベルを上げて魔王をしばくだけよ」

「レベル上げは構わないけど、魔王は面倒じゃない。わざわざ遠い場所に行くってのはねえ」

「いやいや、魔王を倒すために転生させたんだからね。というか倒してくれないと私が天界に帰れないじゃない」

「でも、ここにいれば仕事とかしなくて済むのよ」

 

 私の言葉にアクアはそれは盲点だったとばかりに黙り込み、目をそっと閉じて、珍しく熟考をはじめた。

 自分で言っておいてなんだけど、神様が仕事しなくていいと聞いて頭を悩ませるのはどうかと思うんだけど。

 アクアはカッと目を見開くと。

 

「魔王討伐は困難だものね。焦らずに着実にレベルを上げて倒しましょ。時間がかかるのはしょうがないことだもの」

 

 楽できる方を選んだ。しかももっともらしい理由もつけて。

 こいつの信者は可哀想ね。

 自分達の崇める女神が仕事をサボってるなんて。

 何かの理由でまた巫女をやることがあっても、こいつだけは祀らないようにしよう。

 

「待たせたなら。料理ができたぞ」

 

 そう言ってダクネス達が運んできたのは皿に乗せられた蟹と鍋だった。

 まさか鍋とは……。

 めぐみんとダクネスの話では蟹四匹分の出汁が出ているとのことで、かなり美味しいようだ。

 蟹を皿にわけてるのは単に食べやすくするため。

 私達は早速いただくことにした、

 

「いただきます」

 

 三人の食べ方を見て、私も真似る。

 

「っ!?」

 

 口の中で濃厚な蟹の味が駆け回る。

 何これ!

 超絶美味しいんだけど!

 だめ、手が止まらない!

 三人も私のようにどんどん蟹を食べ進める。

 

「蟹の出汁を吸った野菜もまた!」

 

 どうしてこんなに美味しいものがこの世に存在するのかしら。

 どうしてこんなにも私を虜にするのかしら。

 心も舌もとろける……!

 

「レイム、ここに火をちょうだい」

「はいはい」

 

 アクアは簡易的な七輪らしきものをつくり、金網の上に蟹ミソの入った甲羅を置いてそこに日本酒のように透明な酒を注ぐ。

 頃合いを見て、火傷しないように布で甲羅をとり、少し冷ましてから飲むと。

 

「ふはあー……」

 

 実におっさん臭いけれど、でも凄く美味しそうに見えたから私達は真似をする。

 

「まあ、これはいいじゃない!」

「うむ。ここまで美味いとはな……!」

 

 次は蟹ミソを単体で食べると、身とは違う、濃厚な味と独特な香りが口内に広がる。

 これは好き嫌いがわかれそうだけれど、でもこの風味はたまらない!

 ああ、もう、最高!

 あまりの美味しさに締まりのない顔になるけど、こんなに美味しいものを食べたら誰だってこうなるわ。

 ああ……、この世界に来てよかった……!

 

 

 

 蟹を食べた翌日はこれまたいい気分で目覚めることができ、朝風呂をいただいて、爽やかな気分で居間へと来た。

 

「そういや、こんなのもあったわね」

 

 ダクネスが持ってきた冒険者新聞を手に取り、依頼に目を通す。

 これは私のレベルを効率的に上げるのに役立つものだ。

 例えばこれなんかは凄いよさそうだ。

 

『エンシェントドラゴン討伐 報酬十億エリス』

 

 この依頼はエンシェントドラゴンを倒して、山を奪還してくれというものだ。

 報酬から見るに、これは以前のような不確かなものではなく確定したものだろう。

 しかし、この金額……。

 不確かなものは一億エリスだったよね? あれもしも本物だったら大変なことになってたんじゃないの?

 報酬に差がありすぎでしょ……。

 九億損するところだった!

 

「印しといて、と」

 

 ペンで丸く囲んでおく。

 こいつをぶっ潰す魔法をつくって経験値もらいに行こっと。

 何だかんだでオリジナル魔法をつくれていないから、いい加減一つぐらいつくろうと思う。

 じゃないといつ最初のオリジナル魔法がトイレと言われるかわかったものじゃない。

 

「どうしようかな……」

 

 ぶっ潰す魔法……ぶっ潰す魔法……。

 私の頭の中に陰陽玉が浮かんだ。

 魔理沙には重くて熱いけど潰されない技とか言われたっけ。

 じゃ、重くて熱くて潰れる奴つくりましょ。

 よし。

 予定を決めたところで新聞に視線を戻す。

 

「この大蛇もいいわね」

 

 報酬は四千万エリス。洞窟に住んでいる。

 エンシェントドラゴンに比べたら報酬は落ちるが、それはドラゴンの報酬が桁外れなだけで、大蛇は何もおかしくない。

 それがわかるのは新聞に載ってる様々な依頼を見ているからだ。

 億を超える依頼そのものは三つしかない。

 もっと言うと大半は数百万クラスだ。

 億を超えるような高額の依頼ばかりだったら色々と大変よね。

 

「ふんふーん」

 

 数千万エリスを超すものばかりを探した結果、十四個見つかった。

 全体から見たら少数だ。

 

「おはようございます。はやいですね。ふわ」

「おはよう」

 

 めぐみんが下りてきた。

 そのあとすぐにダクネスも下りてきた。

 二人は私の向かいのソファーに座って、私が何をしてるのか聞いてきたから新聞を手渡す。

 

「なるほど。請けるものに印をつけていたんですね」

「何だかんだでやる気を出してもらえたようで何よりなんだが……、超高難易度のものばかり印をつけたな」

「しかも一つはエンシェントドラゴンですよ。報酬が報酬ですから、これは本物でしょうね」

 

 お金をたくさん稼げば昨日の蟹みたいに美味しいものを食べられる。

 経験値たくさんもらえて嬉しい、お金がたくさん入ってありがたい、美味しいもの食べられて幸せ。

 

「そいつをぶっ潰す魔法つくったら倒しに行くわ」

「……街が滅ぶようなのはつくるなよ?」

「つくらないわよ! ってか、つくれるわけないでしょうが! もう」

 

 私を何だと思ってるのかしら。

 どこにでもいる普通の女の子なんだけど。

 

「そろそろご飯用意しないとね」

「手伝いますよ」

「ありがと」

 

 めぐみんと一緒に朝食を用意する。

 昨日の蟹の出汁を使って、朝食とは思えない豪華なものをつくる。

 ダイニングに運ぶと、寝起きのアクアもいた。

 ダクネスが起こしてきたのか、それとも自力で起きてきたのか。

 こいつは変なところで勘がいいから自力で起きたのかもしれない。

 

 朝食を食べ終えて一時間後。

 私は街からはなれた場所に来ていた。

 温風を纏い、寒さを退ける。

 

「どうしたものかしら」

 

 陰陽玉のようなものをつくる。

 幻想郷にいた時は宝具を利用していた。

 当然だが、そんなものはない。

 土属性から岩をつくり出そうかと思ったが、それは岩をぶつけてるだけだし、熱くない。

 火と風と雷は違うし、水と氷は論外。

 光は、うーん……。マスパとセイバーがあるからなあ……。

 この技は記念すべき最初のオリジナル魔法だ。

 幅広く使えるようにしたい。

 いつでもどこでも使えるようにしたい。

 

「属性なしだと、純粋な魔力のみ……」

 

 そんなことができるのか? その疑問は弾幕によって消える。

 あれだって特別何かの属性をつけてるわけではない。事実弾幕はこの世界に来て初日に使えていた。

 属性を習得する前に使えたのだから、純粋な魔力のみと言える。

 

「どうしよっかなー……」

 

 こんな感じというイメージはある。

 だけど、それをつくるにはどうしたらいいのやら。

 三分ほどみっちりと考え、一つの答えを出す。

 わからないから、適当に調整しながらつくろう。

 とりあえず適当につくる。

 それを放つ。

 結果を見て調整する。

 宝具なしだともはやそうするしかなかった。

 

「宝具って凄いのねー」

 

 はじめて宝具の凄さを知った。

 わかってたらもっとちゃんと使ったのに。

 

 数時間後。

 マスパやセイバーはすぐにできたのに、この陰陽玉は違った。

 理想は重くて熱くて潰れるものなのに、完成するのは当たったら炸裂するものだ。

 掠りもしないとは……。

 おかしい。

 だってマスパはあんなにあっさりと撃てたのに、陰陽玉はまるでできないなんて。

 マスパだって使ったことないのに、しかもあれ道具使っての魔法なんだから、あっさりと使えるわけないのよ。

 マスパでそうなんだから陰陽玉も同じなのよ。

 いや、陰陽玉は私が使ったことある分マスパより難易度は低いはずよ。

 

「こうなると私が使ったマスパは酷似してるだけのものか、マスパが実は簡単に使える魔法かのどっちかよね」

 

 元々の使用者が道具ありなんだから、私のはやっぱり似てるだけってことかな。

 あれが簡単に使えるなら他の魔法使いも使ってたはずだし、私のはあくまでも似せてるだけね。

 ……じゃあ陰陽玉もそうあるべきでしょ。

 宝具だからってお高くとまってんじゃないわよ!

 

「どうしろってのよ!」

 

 イライラする。

 どうにかしてストレス発散しよう。

 微妙に積もってる雪を集めて雪玉にして近くの木に投げつける。

 バンッ、とぶつかり、少しだけ木に張りついて残る。

 楽しくてもう一発、もう一発と投げる。

 四つ目をつくっている時にふと思った。

 

「雪玉みたいにする?」

 

 雪玉はぎゅっぎゅっと固めてつくる。

 それと同じようにすれば。

 でも、それはどの魔法も同じだ。

 洗練してつくったのが今ある魔法なわけで。

 待って。

 

「でも、セイバーは密度を高めて使ってるのよね」

 

 武器の形状に合わせるため、セイバーの密度は普通に使うよりも高い。

 時には強大な威力のために大量の魔力で発動することもある。その時の密度はとんでもないはず。

 

「やってみよう」

 

 試してみるが、いい結果は得られず。

 地面に着弾すると炸裂するのでクレーターができる。

 これはこれで悪くないけど、そうじゃない。

 

「でも、密度を高めたら威力は上がるし、上げる前より着弾時は陥没させられてた」

 

 着眼点は悪くなかったのかもしれない。

 でも、これじゃだめだ。

 何となくだけど、まだ足りないところがあるように思える。

 今までのように簡単にはいかなそうだ。

 

「楽につくれたらよかったのに……」

 

 だからってここまでしてやめると、宝具に負けた気がして悔しい。

 私が宝具なしだと何もできない女みたいには思われそうで嫌だ。

 宝具なしでもできるのよ、私は。

 その日から私の打倒宝具の日々ははじまった。

 

 それは前日よりも冷え込んだ日。

 それはみぞれが降り注いだ日。

 それは階段から足を踏み外して転げ落ちた日。

 それは雪がちらほら降った日。

 それは風が吹き乱れた日。

 それはお風呂で寝て溺れかけた日。

 それはあられが降った日。

 それは晴れ渡った日。

 それは跳ねた油で首筋を火傷し、それがキスマークに見えて男をつくったと勘違いされた日。

 それは太陽の光が遮られた曇りの日。

 それは通り雨が凄かった日。

 それは古くなったサラシがめぐみんの前でびりっと破れて理不尽な怒りを買った日。

 

 私は宝具に負けたくない一心で魔法の実験を行ってきた。

 私の実験により巨大なクレーターができつつあるが、何ならここを池にして鯉を飼ってもいいと思う。

 私がつくったんなら私のものだ。

 そんなこんなでようやく私の魔法は完成した。

 池にどんな鯉をはなすか悩んだりもしたけど、ついに、ついに完成した。

 

「さて、最後に撃って問題なければ終わりよ」

 

 私は空に浮き、クレーターを見下ろす。

 クレーターに右手を翳す。すると、そこに魔法陣が浮かび上がる。しかし、ここではまだ機能しない。

 次に右手の前に魔力を集め高めて密度を極限まで上げる。完成するとなぜか陰陽玉のような見た目になるから不思議ね。

 次に右手と陰陽玉の間に魔法陣を浮かべる。

 最後に私が魔法陣を発動させると、陰陽玉が凄い速度で撃ち出される。

 クレーターに浮かぶ魔法陣はその速度と威力を上げるために陰陽玉を強力に引き寄せる。

 魔法陣は私の方は斥力、クレーターの方は引力のような働きをしている。

 そして、陰陽玉は地面にぶつかるとその身の六割、七割ほど沈める。

 陰陽玉に触れた部分からは煙が上がる。

 そして、最後は膨らんで周囲を押し潰す!

 完成させた私が言うのもなんだが、かなり凶悪な技になってしまった。

 何はともあれ。

 

「私は宝具に勝ったのよ!」

 

 やればできる子と証明できた。

 しかし、ここまではあくまでも地面が相手。

 魔法耐性などがある敵が相手だとどうなるかは予想がつかない。

 とりあえず四千万エリスの大蛇で試してみるか。

 大蛇なら最悪切り裂いたり、焼いたり、飛ばしたり、雷で貫いたり、凍らせたら倒せるでしょ。

 ま、陰陽玉で一撃だと思うけどね。

 

 

 

 翌日。

 私は大蛇を倒して美味しいものを食べる予定を立てていたのだが。

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 街の住人は直ちに避難して下さい! 街にいる冒険者の方は万全の装備で冒険者ギルドに来て下さい!』

 

 わけのわからない警報が流れた。

 その警報を聞くや、めぐみんとアクアは荷物をまとめて逃げようと言い出した。

 

「いやいや、これはどういうことなの?」

「デストロイヤーよ! デストロイヤー! さっさと逃げないとだめだってば!」

「だから何なのよそれは」

「機動要塞デストロイヤーとは、それが通ればアクシズ教徒以外残らないと言われるものです。草さえ残らないため、街を通過するようなことがあればその街は壊滅的被害を被ります。まさに最悪の大物賞金首です」

「ねえ、どうしてアクシズ教徒がそんな扱いされてるの? みんないい子なのよ、ねえ聞いてる!?」

 

 どうしてそんな奴を放っておいてるの?

 それこそ人を集めれば倒せるんじゃないの?

 私がそんな疑問を抱いていると、装備を整えたダクネスが下りてきた。

 ダクネスは私達に精悍とした顔つきを向け。

 

「はやくギルドに行くぞ!」

「逃げるべきよ!」

「ばかを言うな! この街が襲われたらどれほどの人が苦しむと思っているんだ! デストロイヤーの襲撃ともなれば数百人の犠牲で済まないんだぞ!」

 

 そんなにヤバいの?

 さっきめぐみんが街が壊滅するとか言ってたのは大袈裟でも何でもないのね。

 …………。

 

「お、おい待て。どこに行くつもりだ?」

「どこって、デストロイヤー潰しによ」

 

 オオカネヒラを手に家を出ようとしたのだが、慌てた様子のダクネスに肩を掴まれて止められた。

 

「先に冒険者ギルドだ。お前はこの街の冒険者の中では間違いなく最高戦力だ。お前がいると知れば、少しは皆も安心するだろう」

 

 そんなことするぐらいならと思う私にめぐみんが。

 

「レイムはデストロイヤーのことをよく知らないのですよね? ならギルドに行き、情報を集めるべきですよ」

「お、お前、何も知らなかったのに倒そうとしてたのか……」

「いいじゃないの」

 

 ダクネスが呆れの眼差しを向けてくる。

 めぐみんとアクアは私に呆れたような表情を向けてきている。

 アクアは目を閉じて、首を何回か振ると、やけに優しい顔つきになり、

 

「レイム、まずはギルドに行くわよ」

 

 肩に手を置いて諭すように言ってきた。

 アクアにそうされるとかなり悔しい気持ちになるのは何でだろ。

 無駄に女神らしさ出してんじゃないわよ。

 

 私達が冒険者ギルドに来ると、職員や冒険者がぱあっと表情を明るくした。

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今回のデストロイヤー戦ではレベル職業関係なく全員参加となります。今回の戦いでは皆さんが街の最後の砦となりますが、デストロイヤーの討伐が困難となった段階で街を放棄して撤退します」

 

 その話に私は眉をひそめる。

 この時点で放棄の話が出るのはそれほど相手だからだろうか。

 デストロイヤーってどんな奴なの?

 

「さっそく議論に移りたいところですが、デストロイヤーについて説明が必要な方はいますか?」

 

 これに私だけでなく他数人も手を挙げた。

 それを見て、職員のお姉さんが説明をする。

 デストロイヤー、それは魔王軍に対抗するためにつくられた古代兵器だ。その昔魔導技術大国ノイズでつくられた超大型の蜘蛛の形をしたゴーレム。魔法金属が惜しげもなく使われ、外見に似合わず軽めの重量で、八本の巨大な脚で馬をも超える速度を出す。

 デストロイヤーに踏まれてしまえば大型のモンスターすらミンチにされる。そして、その体には常に強力な魔力結界が張られていて、それは爆裂魔法ですら撃ち破れない。そのため魔法攻撃は意味をなさない。

 どういうモンスターよ、こいつ。

 爆裂魔法を通さないとなれば、私の魔法も通すことは無理だろう。

 

「魔法が効かないので物理攻撃になるのですが、近づいたら潰されます。弓や投石も魔法金属の体を持つデストロイヤーには弾かれるでしょう。それにデストロイヤーの胴体には空からのモンスターの攻撃に備えて、自立型のゴーレムが飛来するものを小型のバリスタで撃ち落とし、しかも胴体部分の上には戦闘用ゴーレムもいます」

 

 あれ?

 

「結界があるのに物理攻撃が通ったり、モンスターが侵入できるの?」

「これは魔法に対して効果があるようです」

「ふーん」

 

 それなら私の家と私の街を守れる。

 私からの質問がないと判断すると、お姉さんは続きを話す。

 

「デストロイヤーがなぜ暴れているかについてですが、これにはいくつかの説があり、有力なのは開発責任者が乗っ取ったというものです。その人は今もデストロイヤーに指示を出しているとも言われています。デストロイヤーはその構造からどんな悪路も踏破し、またその速度もあって、この大陸で踏み荒らしていない場所はありません。今のところ人もモンスターも等しく蹂躙され、これが街に接近したらすぐに逃げろと言われるほどです。まさに天災そのものです」

 

 天災、ね……。

 これは異変よね。

 ……異変解決なんて随分と久しぶりな気がするわね。

 

「デストロイヤーは現在北西方面から街に向かって接近してきています。では、意見がありましたらどうぞ」

「デストロイヤーに乗り込んだらどうしたらいいの?」

「乗り込む!? いったいどう……ああ! そうでした、レイムさんは空が飛べたんですよね!」

「そうよ。で、どうしたらいいの?」

 

 お姉さんだけでなく、その場にいた全員が私に視線を送る。

 それは希望と期待に満ちたもので、乗り込めさえしたらとあちこちから聞こえる。

 

「デストロイヤーに乗り込んだら、確実にゴーレムによる妨害があるので、それらを無力化しつつ内部へ侵入して下さい。次に開発責任者を見つけ、デストロイヤーを停止させて下さい。それが無理だったなら動力部の破壊か停止をお願いします」

「何だ。そいつ自体ぶっ壊してもいいのに」

「いくらレイムさんでも無理かと。デストロイヤーは本当に大きいので」

 

 お姉さんの話からして動力部の方が楽そうだし、苦労して本体倒さなくていいならそうしよ。

 私が乗り込むのは決定した。

 それを見てダクネスが手を挙げる。

 

「どうぞ」

「レイムが乗り込み、首尾よく動力部を無力化できても即座に停止するとは限らない。街中で停止するといったことが起きないように我々の方でも対策をとるべきだ」

「そうですね。しかし、デストロイヤーを止めるとなると、やはり魔力結界を壊さないことには……」

 

 爆裂魔法にも耐える結界を破壊する。

 聞いてみると結構無茶苦茶な話だ。

 私が乗り込むついでに結界を解除しちゃおうかな。

 そんなことを思っていると。

 アクアが腕を組みながら不敵に笑う。

 

「ふっふっふ。それもどうにかなるわよ」

「ええっ!?」

「レイムが動力部をどうにかしたなら、結界も弱まると思うから私のブレイクスペルで破れるわよ」

 

 活躍できると考えたらしいアクアが自信たっぷりに語る。

 それを聞いたみんなは思わず、おおっ……と声を漏らして、アクアに熱い視線を送る。

 

「ならば残りは強力な魔法だが、それはめぐみんの爆裂魔法がある」

 

 ダクネスの発言にめぐみんはふふんと笑いながら格好つけようとして、しかし周囲の視線が集まっていることに気づくと途端に弱腰になる。

 

「我が魔法でも一撃で仕留めるのは無理と、思われ……」

「他に強力な魔法は……レイムはどうなんだ? 動力部を終わらせたら」

「どうかしらね。内部の状況がわからないから、確実とも言えないし」

 

 動力部がやたらと手間がかかるものだったら手を回せない。

 多くの人命に関わる異変ともなると、軽軽には言えない。

 どうしたものかと悩んだ時のことだった。

 

「遅くなってすみません。一応冒険者の資格はありますので……」

 

 ウィズが来た。

 そういえばウィズは昔冒険者をやってたんだっけ。それに経験豊富とも言ってた。

 そして、あれだけ多くの魔法を完璧に扱っていたことと言い、使えるのは間違いない。

 

「ねえウィズ、あんた爆裂魔法使えない?」

「使えますが、どういうことです?」

 

 お姉さんに説明をしてもらう。

 説明を聞いたウィズはなるほどと頷き、作戦を提案してくる。

 

「それならば、アクア様に結界を破ってもらったあとは私とめぐみんさんが左右の脚に爆裂魔法を撃ちましょう。そうしたらデストロイヤーは移動できなくなります」

 

 ウィズが交じって作戦は立てられていき。

 最終的に決まった作戦がお姉さんから話される。

 

「それでは本作戦を説明します。まずレイムさんが空からデストロイヤーに接近し、本体に降り立ったら内部に侵入して開発責任者を発見して停止させる。それがかなわない場合は動力部の無力化をお願いします。街に残った我々は、動力部を断たれても稼働を続けるかもしれないデストロイヤーを迎え撃ちます。アクアさんの魔法で結界を無力化し、次にウィズさんとめぐみんさんの爆裂魔法でデストロイヤーの脚部を破壊する。万が一に備えてバリケードなども張り、デストロイヤーが街に入らないようにします! それでは皆さん、よろしくお願いします!」

「「「おおおおおお!」」」

 

 作戦が決まると、冒険者達はギルドから出ていく。

 残された私達は顔を見合わせる。

 そして、みんなが私を見てくる。

 

「レイム、一番危険な役目を任せてすまない」

「気をつけて下さいね。相手はあのデストロイヤーですからね!」

「無理だと思ったらすぐに戻って来るのよ」

「何言ってんのよ。普段と変わらないでしょ」

 

 ドラゴンの時も私が倒したし。

 今回もその時と同じだ。

 アクア達がどことなく不安げに見てくるが、

 

「あんたらは自分のことに集中しなさいよ」

 

 私は手を振りながら言い、ギルドを出て、空を飛ぶ。

 デストロイヤーは北西だったわね。

 よし。

 出せる限りの速度でデストロイヤーの方へ向かっていく。

 私がそいつを見つけるのにそこまでの時間は必要としなかった。

 飛行するものを撃ち落とすと聞くから、念のため低めに飛んでいたのだが……。

 

「なるほど、これは無理と言われるわね」

 

 巨大、まさしくその言葉しかない。

 城ほどありそうな巨大なゴーレムだ。

 見上げても足りないと思うほどだ。

 確かにこれを完全に壊すのは手間がかかる。

 

「さて、うえ、に……?」

 

 太陽が雲に隠れ、追い討ちをかけるようにデストロイヤーが隠すことで逆光となって……。

 巨大な漆黒の……。

 ああ……。

 あの赤く光る目はそっくりだ。

 幻想郷を襲ったあいつらと……。

 赤く目を光らせる漆黒の異形。

 それは群れで来て……。

 私はみんなと戦って……。

 激しい戦いだった。

 …………。

 そうだ。

 幻想郷はあいつらのせいで崩壊しかけたんだ。

 それを……、それをどうしたの?

 どうやって終わらせたの?

 だめだ。

 やっぱりまだ思い出せない。

 思い出せる記憶は以前より増えたが、それでも所々飛んでいて、前後の繋がりがあまりない。

 これでは頼りにならな……。

 

「つっ!」

 

 それをかわせたのは、勘と強運のおかげだ。

 記憶が戻ってきたから、意識が記憶に傾いてしまい、私は自分が何をしていたのか忘れていた。

 結果、飛行する敵を撃ち落とすものが私の横腹を掠めていった。

 上に移動しようとは考えたが、まさか無意識にここまで移動してたなんて。

 甲板には戦闘用と思しきゴーレムが十数体ほどいて、どれも私を見上げている。

 スキルを発動し、オオカネヒラにセイバーを纏い、甲板へと急いで向かう。

 接近する私を撃ち落とそうとしてくるが、油断していた時ならともかく、今の私に当てられるはずもない。

 甲板に降り立つと、今度はゴーレムの群れが私に襲いかかる。

 

「邪魔よ!!」

 

 横腹の出血が止まらず、足へと流れ落ちる。

 その血が私の足を滑らせないことを祈りながら、立ち塞がるゴーレムを切り裂く。

 歯を食いしばり、横腹の脈打つような激痛に耐えて、それを忘れようとするように刀を振るう。

 

「はあああっ!」

 

 私を囲んで拳を振り上げるゴーレム達。

 目の前の一体を切り裂き、囲いから抜け出る。

 遅れて拳を振り下ろし、無防備になったゴーレムを素早く切り伏せる。

 そうして全てのゴーレムを倒して、私は横腹を手で押さえて扉の前まで進む。

 扉を開ける前に応急処置をしよう。

 胸に巻いてるサラシをとり、左右の袖を傷口に合うように折り畳んで当てる。次にサラシをきつめに巻いて……。

 

「さっさとやらないとヤバいわね」

 

 扉を切り裂いて、内部へと踏み込む。

 内部にもゴーレムはあちこちに配置されているが、それらは外のゴーレムのように問題なく切り伏せる。

 とっとと責任者をしばいて止めないと。

 デストロイヤーが移動しているせいで、内部は揺れている。

 足下が不安定な中で、勘を頼りに進んでいき。

 とある部屋の前まで来た。

 中には椅子に腰かけた白骨死体がある。

 

「乗っ取って、そのまま死んだのね。じゃあこの迷惑なのは暴走してるのか……」

 

 死体には霊魂が見られない。

 迷惑にも成仏しているようだ。

 何かないかと室内を見回す。

 

「あそこ」

 

 机の上に乱雑積まれた書類が妙に気になり、少し探すことにした。

 すると手記と思われるものが出てきた。

 これに停止方法が載っているかも。

 そう思っていた時が私にもありました。

 

 この責任者は少ない予算でデストロイヤーをつくれと無理難題を言われた。

 やけくそで蜘蛛の汁がついた設計図を出したら好評で、それが今のデストロイヤーの形となった。

 デストロイヤー動かしたいならコロナタイトとかいう燃え続けるレアな鉱石を要求したところ、予想外にも持ってこられ、動力炉に設置された。

 動くか実験することになったのだが、責任者はデストロイヤーが動かなかったら俺は死刑になるからとまたやけくそになり、酒に逃げた。

 酔っ払ったこいつはコロナタイトに煙草の火を押しつけて根性焼きした。

 結果、デストロイヤーは暴走し、ノイズという国は滅んだ。そして今に至るわけだ。

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

 手記を床に叩きつける。

 内容があまりにもふざけていた。

 もっと真面目に書けと言いたい。

 

「もう私がどうにかするのね」

 

 頭が痛くなってきた……。

 

 

 

 今私は動力部にいる。

 コロナタイトは鉄格子の中にあった。

 あれが永遠に燃え続ける鉱石……。

 何て迷惑なのかしら。

 加工しても使いものにならなそうだし、ゴミね。

 水をかけてみるが、蒸発してしまう。

 消火は無理か……。

 

「きゃっ!」

 

 立ち眩みがして、揺れているのもあって倒れてしまう。

 立ち上がっても倒れるだろうから、座りながらやろう。

 はやくどうにかしないと。

 手記の内容からして、コロナタイトさえどうにかできたら、デストロイヤーは動かなくなる。

 怪我のせいか、それともコロナタイトの熱のせいか、顔に汗が滲む。

 氷の魔法札を四枚取り出す。

 使おうとして、しかし解かされることに気づき、常に展開しないといけないことに思い至る。

 

「はあ、はあ……」

 

 魔法札は魔力を込めて魔法を発動するが、込め続けたらどうなるかはわからない。

 雷も火も発動すれば魔法札が使いものにならなくなるからだ。

 だけど氷ならどうか。

 氷漬けになるだけなら、魔法札が無事である可能性は少しはある。

 魔法札を両手で挟み。

 

「単純な円なら……」

 

 コロナタイトの囲むように飛ばす。

 それは私を中心に光の円によって繋がりを持っている。

 この円によって絶え間なく魔力を流し込み、魔法を発動し続けることが可能となる。

 

「問題は私が持つかどうかね」

 

 応急処置で止血したけど、それも間に合わせ程度だ。今ではサラシが赤く染まり、血が足に流れつつある。

 それでもやるしかない。

 

「ふっ!」

 

 短く息を吐いて、円に魔力を流す。

 次々と氷の魔法が発動して動力炉もろともコロナタイトを氷漬けにする。

 魔法札が二枚散ったが、残る二枚は維持できている。

 

『エネルギーの供給がストップしました!  搭乗員は直ちに動力部の修復を行って下さい。繰り返します。エネルギーの供給がストップしました! 搭乗員は直ちに動力部の修復を行って下さい』

 

 突然鳴り響いたアナウンスがとてもうるさい。

 しかし、これは私のやり方が成功している証にも思えたから、悪いことばかりではない。

 

「それでもまだ動くのね……」

 

 速度を落としたのか揺れは弱まった。

 今どの辺にいるのかな?

 そろそろアクセルの近くだと思うけど、どうなんだろ。

 出血のせいか、頭がぼーっとしてきた。

 少しずつ揺れが治まっていく。

 その内完全に停止するんじゃないかと思った時。

 

「んっ」

 

 強い魔力の気配を感じた。

 それも二つ。

 これは爆裂魔法かな?

 揺れに備えないと。

 氷で自分を囲い、吹っ飛ばされないようにする。

 強い衝撃が最初に襲い、次に下から衝撃が襲ってきた。

 足を飛ばされたから、胴体が地面に激しくぶつかったんだろう。

 氷の中とはいえ、私は前後左右にぶつかる。

 

「いったあい……」

 

 不幸中の幸いと言うべきか、痛みで意識が覚醒した。

 デストロイヤーは完全に停止し、揺れは一切なくなった。

 もう一踏ん張りだ。

 周りの氷を解かして、コロナタイトの凍結に更に力を入れる。

 今気づいたが、アナウンスが消えている。

 コロナタイトによるエネルギーが完全に失われたのだろうか。

 あとはこれを取り外すだけか。

 それは他の人に任せよう。

 

 痛みで意識がはっきりしたのも少しの間だけ。

 私の意識はまた朦朧としつつあった。

 そろそろ誰か来てもいいとは思うんだけど。

 深くたっぷりと息を吸い、ゆっくりと深く吐く。

 凍結もいつまでもできるわけじゃない。

 

「ふう……、はあ……」

 

 横腹から流れる血が床に溜まっている。

 こうして意識があるのは、まだ致命傷ではないからだろう。

 しかし、そろそろアクアが来てくれないと本当に危ない。

 

「「レイム!」」

 

 やっとか、と言ったつもりなのに声が出なかった。

 ダクネスとアクアが私に駆け寄る。

 後ろから数人の足音も聞こえる。

 その中にはウィズもおり、みんなが私を不安げに私を見つめる。

 アクアは私の隣に座ると泣き出しそうな顔になる。

 

「レイム、大丈夫!?」

「アクア、はやく回復魔法を!」

 

 ダクネスに怒鳴られ、びくりと震えたアクアは私の傷口に回復魔法をかける。

 それはとても暖かく、傷口を癒していくと同時に痛みを和らげる。

 そう、まるで女神の癒されているかのような……。そんな錯覚を覚えてしまうほどのものだ。

 アクアの魔法で私の傷は治り、痛みもすっかりとなくなった。

 凄いわねこれ。

 私の傷が治ると、その場の全員が胸を撫で下ろす。

 

「傷は完璧に治ったわ。血液もある程度戻ってるけど、全部じゃないから無理しちゃだめよ」

 

 アクアの警告に私はこくこくと頷く。

 数名の冒険者が氷漬けの動力炉を見ている中で、ダクネスが私を安心させるかのように微笑む。

 

「これでもう大丈夫だな。さっ、戻って休もう」

「だめよ。コロナタイトは私が凍結させてるの。私がいなくなったらデストロイヤーはまた動くわよ」

「燃え続けるコロナタイトを凍結とは……。やはりレイムさんの魔力は凄いですね」

 

 ウィズは私にそんなことを言いながら、真剣な眼差しで氷漬けのコロナタイトを見つめる。

 しばらく見ていたウィズから。

 

「デストロイヤーは動けなくなっています。それなのにコロナタイトを解放したら、おそらくエネルギーが正常に消費されないため、内部に溜まると思われます」

「ちょっと、もっとわかりやすく言いなさいよ」

「つまり、行き場をなくしたエネルギーが大爆発を起こすということです。レイムさんが先にコロナタイトを凍結させていなければ、デストロイヤーは爆発していたことでしょう」

 

 ウィズのわかりやすい解説にアクア達はぎょっとなる。

 こんな巨大ゴーレムが爆発でもしたら、どれほどの規模になるかわかったものではない。

 誰もが顔を青くしてコロナタイトを見つめる中。

 

「ですが、コロナタイトを取り外せばエネルギーの供給は行われないので、デストロイヤーの爆発はないでしょう。しかしコロナタイトは長年使われてきたのでどうなるかわかりません。爆発してもいいように一度遠くに運ぶべきでしょう」

「な、なるほど」

 

 話を聞いて、冒険者は顔を見合わせると、何やら道具を取り出した。

 杭をコロナタイトを囲む氷に打ち込む。

 次に糸ノコギリを取り出した。それを見て、私が口を挟む。

 

「無駄よ。常に凍結してるから切っても凍りつくわ」

「そんな。ど、どうしよ」

「そうだ、レイムが魔法を解除すれば……!」

「それだと間に合わないぞ!」

 

 ウィズは爆裂魔法を撃ってるから、上級魔法を使う余裕は当然ない。

 そうなると、当然……。

 私はスキルとセイバーを発動する。

 

「私が解除して、すぐに切り裂くわ。そしたら、あとは……」

 

 立ち上がろうとしたらくらっとした。

 ダクネスとアクアが慌てて私の体を支える。

 二人が無理するなと言いたそうにする。

 アクアなんか今にも泣きそうな顔をしている。

 だけど、アクセルの命運がかかってるんだから少しぐらい無理はしないと。

 

「コロナタイトを取り除いたらすぐに凍結しないといけません。なので、レイムさんが氷を切り裂き、引っ張ってコロナタイトを取り外したらレイムさんの前に来るようにしましょう」

「そしたらレイムのあれで飛ばしちゃお!」

「どこに飛ばすのよ……あっ」

 

 そうだ。

 あそこに飛ばそう。

 ちょうどいいや。

 私は刀を構え。

 魔力の供給をストップして……。

 刀を振るう。

 

「今だ! 引っこ抜け!」

 

 氷の塊が私の前に来る。

 床に当たると氷は砕け散る。

 コロナタイトは少しするとはじめのように赤々と輝き出す。

 それを見て私は再び凍結させる。

 ずっと氷漬けにしたから、もしかしたらと思っていたんだけど、どうやら甘かったらしい。

 これはどんなにやろうと、解放されればすぐに燃え出すみたいだ。

 オオカネヒラを鞘に戻し、私はコロナタイトを廃棄しに行くことにした。

 

「じゃあ、捨ててくるわね」

「気をつけなさいよー」

「今度は油断するなよ」

 

 慣れた手つきで空間を切り開き、氷漬けにしたコロナタイトを持ってデストロイヤー内部から去る。

 昨日まで魔法の練習に使っていた場所に来た私はクレーターの中にコロナタイトを放り込む。

 一応周りを確認するが、当然のように誰もいない。

 さて、はなれよう。

 空を飛び、遠くから様子を見守る。

 コロナタイトは氷を解かして、再び赤く輝く。

 時間が経つと色が変化し、白へと変わる。

 輝きも強まり、そして……。

 爆発した。

 爆裂魔法と同等かそれ以上ではないかと思うほどの凄まじいものだ。

 周囲のもの全てを吹き飛ばさんばかりの爆風と、空気を激しく揺らす爆音。

 クレーターは更に大きくなり、表面は溶けてしまっている。

 近くの木々は爆風で根から吹き飛ばされてしまっていた。

 本当にとんでもない爆発だ。

 この爆発によって、あちこちに火が見られる。

 消火しないと危険なため、消し残しがないように念入りに消火をする。

 とはいえ、この辺は雪が積もっていて、それを考えると消火は別にしなくても……。

 全部消火してから、そんなことに気づいて、頭を抱えた。

 

 

 

 デストロイヤー。

 それはこの大陸に住む人やモンスターを長年苦しめてきた超大型ゴーレムである。

 それが葬られたのは先日のこと。

 知らなかったとはいえ、コロナタイトを先に凍結させたことで大爆発を未然に防ぎ、また爆発寸前のコロナタイトを安全な場所に投げ捨てたことで危機を防いだ。

 さて、本体部分はどうなったかと言うと、今は亡き魔導技術大国ノイズが高い技術でつくったものということもあり、国の研究者などが調査に来ている。上手く行けば、これまでにないゴーレムをつくれるようになるらしい。

 デストロイヤー戦では思わぬ怪我をした私だけど、アクアの魔法のおかげで何ともなく過ごせている。

 私達は今、報酬を受け取るために冒険者ギルドを訪れていた。

 

「冒険者ハクレイレイム一行。今回の機動要塞デストロイヤー討伐はあなた方の活躍なくして成せませんでした。よってここにあなた方の功績を称えます!」

 

 ギルドの職員が総出で私達を称える。

 それを合図にギルド内の冒険者が立ち上がり、一斉に拍手をしながる褒めちぎる。

 代表するようにお姉さんは私の前に立つ。

 

「あなた方を表彰し、街から感謝状を与えると同時に、機動要塞デストロイヤー討伐の特別報酬金二十五億エリスを進上します!」

 

 職員の一人が大きめの台車に頑丈な箱を乗せて、私達の前に持ってくる。

 箱の中には布袋が五つ入っていて、中身はもちろんお金だ。

 とうとう働く必要がないほどの大金を入手した。

 この途方もない金額を前にしためぐみんが私の袖を引っ張る。

 

「レイム、さっさと銀行に預けに行きましょう。これを手元に置いておくのは流石に怖いですよ」

「そう? 盗む奴いたらひたすら殴ればいいのよ」

「そんなことするぐらいならさっさと預けましょうよ……」

 

 怯えるのはめぐみんだけではなく、アクアも同じようで。

 

「そうよ! いつ私達のお金を狙って奪いにくるかわからないのよ!? ここは預けに行くべきよ!」

「周りの冒険者がするとは思えないが、ここに置いたままというのも邪魔になるだろう。身軽になるという意味でも預けに行こう」

「だから、盗もうとしたら殴り倒せばいいだけよ」

 

 結局三人は聞き入れず、しかも三人がかりで私に預けろと言ってくる。

 三人があまりにも面倒なので、渋々お金を預けに行くことに。

 ギルドを出る前に、

 

「今日は宴会するわよ!」

 

 みんなにそれだけを伝える。




今回は霊夢が少しピンチになるようにしてみました。
新聞は独自設定です。書籍9巻とは別のものです。
次のお話は最初悪ふざけですかね。
下は言わせる予定の台詞

「我はエンシェントツリー。さあ、冒険者よ、黄金の梅の実がほしくば勝ち取るがいい。『カースド・ライトニング』」




下はおまけ

 我が名はめぐみん。
 紅魔族随一の魔法使いにして、アクセル最強のアークウィザード。
 最近ではマイホームを手に入れ、生活が充実しつつある。
 その日の朝はとても天気がよく、思わずこちらも気分がよくなる。
 一階に下りると、レイムがのんびりとお茶を飲んでいた。

「おはようございます」
「おはよう」

 私は台所からコーヒーを持ってきて、レイムの向かいに座って飲む。
 あと少しすればダクネスも来るだろう。
 アクアはこちらから起こしに行こう。
 平和な時間。
 しかし、それはレイムによって破られる!

「んー……っ」

 レイムがストレッチするように体を動かした時にそれは起こったのだ。
 無意識に近いレベルで体を反らした時にそれは起こったのだ。

 ビリッ!

 静かだったからはっきりと聞こえた。
 私はレイムの服が破けたとばかり思っていたが。

「うわ、サラシ破けてる……」
「よし、歯食いしばれ」
「えっ!?」

 見せつけてくれましたよ、この女!
 私の静かで、それでいて荒々しい怒りにレイムは戸惑いを隠せないみたいだ。
 私のお胸大きくなりましたアピールは許せない。

「何ですか何ですか! 胸が成長しない私に対する嫌がらせですか!? いいでしょう、その喧嘩買いましたよ!」

 私は戸惑い、状況についていけてないレイムに襲いかかる!

「ちょっと、何よ、やめて!」

 逃げようとするレイムを後ろから捕らえる。
 見るとサラシは脇の下で破れているようで、レイムが動くと緩くなっていく。

「レイムも私と同じ胸成長しない組でしょうが! 裏切りは許しませんよ!」
「ちょっと意味わかんない! 何言ってるか意味わかんない!」

 どうやらレイムは混乱しているらしく、反撃せずに逃げようとしている。
 この時の私はここだと思い、可能ならもぎ取るつもりで後ろから手を伸ばし――。

「ぬあああああああああああああ!!」

 激怒した!!

「誰か、誰か来てええええええ!」

 ダクネスが来るまで、私はレイムを攻撃した。


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第十一話 黄金の梅の実と大蛇とあの子

のんびりとした話を目指します。



 デストロイヤー討伐記念宴会をしたのは先日のこと。

 あの時の盛り上がりようは魔王の幹部以上で、ギルドの職員も参加して朝まで騒いだ。

 その時の宴会で私は酒場のマスターから面白い情報を仕入れた。

 この世界にも梅がある。

 しかもそれは時季を問わずに収穫できるとのこと。

 流石に誰かに収穫されたあとだったら実はついていないが。

 梅の木は山の中にあり、冬の間でも収穫されていなければ実をつけている。

 もちろん梅を扱っている農家はいるが、どの梅も百年も持たないため、新しく植えられる。

 こうやって聞くと梅の寿命は百年足らずなんだ……と思えるが、現実はそうではなく、梅は百歳ほどになると農園から逃げ出すのだ。

 何を言ってるかわからないと思うけど、私も何を言われてるのか理解できなかった。

 木なんだからと思ってはいけないみたいで、根を足のように動かして農園から逃走し、山の中で暮らす。

 困ったことに生きた年数が長ければ長いほど美味しい実をつけるらしく、しかも梅の実は木についてる年数が長いほど凄くなる。

 そのため市場に出る梅は養殖は百年未満のもの、天然は百年以上のものを指す。

 大体一ヶ月で実をつけるらしいが、農家が出荷するのは色々考えて半年以上のものだ。もちろん収穫せずに放置すれば、梅の実の格は上がっていく。

 しかし、長い間収穫しないというのは、収入が得られないことを意味する。

 余裕がある農家でなければ、数年数十年とそのままにしておけない。しかも台風などで実が落ちることもあるから、そうしたら丸々損することになる。

 だから、市場に出回るのは養殖の数年ものが限度であり、それ以上のものは金持ちに納品される。

 私達みたいな冒険者ではいいものは買えない。

 天然の最高級品を求めるなら、自分で収穫するしかない。

 最高級品、それは数百年生きた梅が数十年間熟成させることで至る黄金の実だ。

 もはや伝説級のものだ。

 はっきり言って入手は不可能に近い。

 しかし、私は以前ドラゴン討伐の際に通過した西の山で黄金の実をつけた梅が目撃されたと聞き、アクア達を連れて、ここ西の山に来ていた!

 

「さあ、梅の実をとって、梅酒をつくるわよ!」

 

 黄金の梅の実でつくる最上級の梅酒こそ私の求めるものだ。

 

「黄金の梅の実か。本当にあったとしたら凄いことだぞ」

「伝承では、旅に出た冒険者が街に戻るまで、一粒の黄金の梅の実を二週間にわけて食べたところ、疲れが一切出なかったとありますからね」

 

 伝説級と言われるだけのことはあり、その黄金の梅の実は疲れを取り去る効果があるらしい。

 しかし、その冒険者の話以外では黄金の梅の実は非常に美味であるとしか語られておらず、冒険者の話は嘘ではないかと囁かれている。

 美味であるならそれでいい。疲労回復は求めていない。

 私は雪積もる道を風の魔法で雪を左右に吹き飛ばして突き進む。

 つくづく魔法は便利だと思う。

 ここで一人深刻そうな顔で悩んでいたアクアが顔を上げて。

 

「レイム、私はその魔法をスノー・ブレイカーと名付けるわ」

「何悩んでると思ったら、そんな下らないことを考えていたのね。しかもこれただの風なんだけど」

 

 雪道を除雪して進むため、わりと快適に歩けている。

 本当なら冷たい中を我慢して進まなくてはいけなかったと思うと、これは本当に便利だ。

 私達は途中から山道を外れて進み、黄金の梅の実が目撃された近辺まで来ていた。

 さて、私がどこからこんな情報を得たのかというと、金髪のチンピラだ。

 チンピラが五十万エリスで売ってたのを買い取った。そのチンピラがどこから情報を仕入れたのかと言うと、冬なのにお金がなくて仕方なく依頼を請けたところ、たまたま見つけたらしい。

 ちなみに私から五十万エリスを得たチンピラはギルドで酒を飲んでいる。

 木々の間を縫うように進んでいると開けた場所に到着した。

 そこだけは不思議なことに雪がうっすらとしか積もっていない。

 そして……。

 

「黄金の梅の実!」

 

 本当にあったことで、私は興奮気味に叫ぶ。

 それにつられて他の三人も頬を赤らめて、黄金の梅の実を指差す。

 

「本当にありましたよ! あの伝説のものが!」

「ちょっとしかないけど、大きいから十分よね!」

「養殖の小さいのとは違うな。なるほど、だから二週間持ったのか」

 

 人の拳より大きめぐらいか。

 小さいものだとばかり思っていたが、どうやら黄金の梅の実はそうではないようだ。

 それに梅の木そのものも大きい!

 数百年以上生きているだけの貫禄がある。

 こんなにも見事な梅の木は生まれてはじめて見る。

 私は思わず見入ってしまう。

 空気を読まないアクアはそうではなく。

 

「早速収穫するわよ!」

 

 止める間もなく走り出したアクアに梅の木が小さな実を飛ばす。

 

「ふきゃ!」

 

 私達は何が起こってるかわからず、梅の木を観察することに。

 今飛ばしたのよね。

 枝を動かして、飛ばしたのよね。

 どういうこと?

 おでこを両手で擦りながら、アクアは梅の木を涙目で睨みつける。

 近づくと痛い目を見るので、アクアは雪玉をつくって投げつけた。

 すると、梅の木は枝を動かして防御した。

 何だあれ?

 

「ねえ、何なのあれ! 生きてるみたいなんですけど!」

 

 アクアの戸惑いの声に、めぐみんが何かを思い出した様子で言った。

 

「そういえば梅は農園から逃げると聞いたことがありますね。おそらく動けるのでしょう」

「気をつければ怪我なく収穫でき」

「我から梅の実をとろうと言うのであれば、全力で相手しよう」

「「「「!?」」」」

 

 しゃ、喋った……。

 私達は言葉を失うが、梅の木は気にせずに自己紹介をする。

 

「我はエンシェントツリー。さあ、冒険者よ、黄金の梅の実がほしくば勝ち取るがいい」

 

 今はそれどころじゃない!

 私は最大の疑問をぶつける。

 

「あんたどうやって喋ってるのよ!?」

「我は数百年生きたエンシェントツリーであるぞ? なぜ喋られないと思う」

「思うから! そんな普通に喋られたらびっくりするから!」

 

 神や霊のように一部の人だけ聞こえるというならともかく、あいつの声はめぐみんやダクネスにも聞こえている。

 つまり私達のように言葉を話せている。

 キャベツもそうだったけど、ばかにしてんのかしら? この世界の生き物は。

 

「まあよい。貴様がどう思おうと、事実は何も変わらぬのだ。黄金の実がほしくば、我を倒してみよ!」

「そうね。倒すわ、全力でしばくわ!」

 

 どうせただの木だ。

 動けるだけの木だ。

 私の魔法なら一発だ。

 右手を梅の木に振るって。

 

「凍りつきなさい!」

「『リフレクト』」

「はっ!?」

 

 光の壁を出して私の氷の魔法を反射した。

 跳ね返ってきた魔法を私達は回避し、驚愕の眼差しを梅の木に向ける。

 何なのあいつ。

 

「面白い。精霊のように魔力を属性変換し、放っているのか。スキルに依存する我らと対極にあるとも言えるな」

「無駄に大物感出してんじゃないわよ!」

 

 一目で見抜くというとんでもないことをしてきた梅の木にいよいよ呆れを通り越しはじめる。

 

「そもそもかつての魔法はどうであったのか疑問に思わないか? はじめはスキルなどなかったはず。ならば、その頃は皆お主のように魔法を使っていたのではないか?」

「続けんな!」

 

 老人みたいに長話をしつつある梅の木に空気の塊を放つが、リフレクトで跳ね返される。

 あれをぶち抜く魔法で気絶させないと。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 そんなことを考えていたら、上級魔法を唱えてきた。

 放たれた漆黒の稲妻をアクアとめぐみんは飛んで避ける。

 あの梅の木がいよいよ何者かわからなくなってきた。どうして上級魔法使えるのよ。

 

「本当にあんた何なのよ」

「ふむ。それを答えるのは難しいな。我らエンシェントツリーは百年前後生きると、こうして意思を持ち、動けるようになるわけだが、なぜそうなるのかは我らにもわからん。他に百年以上生きる木はあっても、どういうわけかならぬし。梅の木のみに与えられた特権なのか、実は他にもあるが見つかっていないだけなのか。……難しく考えるよりも、梅の木の精と捉えた方が色々と楽であろうな」

「……そうね、そういうことにしておきましょ」

 

 面倒が極まりつつある。

 どうしてこんなのがいるのか。

 さっさと終わらせて帰りたい。

 というか帰ろう。

 私の目つきが変わると、梅の木はピョンと跳ねて土の中から出てきた。

 長い根を足のように動かして、確かめるようにピョンピョンと何度もジャンプする。

 見たこともない光景なんだけど。

 

「『トリプルアクセル』」

 

 くるくると回りながら、根を突き出してきた!

 梅の木の根は地面を激しく抉る。

 もしもまともに食らえばミンチにされること間違いなしだ。

 こいつ、ミノタウロスとか普通に倒せるんじゃないの?

 アクアはトリプルアクセルの威力に腰が抜けたようで、木の後ろに隠れている。

 めぐみんは爆裂魔法を使えば仲間が巻き添えになってしまうため待機するしかない。ダクネスはそんなめぐみんのそばにいる。

 

「あんたが並みのモンスターより手強いのはわかったわ。でもね、あんたは美味しい梅の実をつけてればいいのよ」

 

 私は氷の魔法札を十数枚ほど取り出す。

 梅の木はそれを見て、身構える。

 

「生半可な魔法は我には」

「『氷縛結界』!」

 

 魔法札を投げつける。

 それらは梅の木を取り囲むように展開し、一枚一枚から氷が縄のように伸びて絡みつく。

 全体を氷に絡みつかれた梅の木は身動きをとろうとするも、僅かに動かすのがやっとだ。

 

「ぐうっ……。魔法が使えぬ……」

「あんたは美味しい梅の実をつけるみたいだからね。退治しないであげる」

「とるなら、優しくな?」

 

 動けなくなった梅の木から実を収穫する。

 アクア達にも手伝ってもらい、全部で二十個の黄金の梅の実をとった。

 他の実には手をつけず、そのままにしておく。

 よく見るといくつかはうっすらと金色がかかっていた。時間が経てば黄金の梅の実になりそう。

 

「もう少ししたら解けるから。じゃ」

「えっ、ちょっ……!」

 

 梅の木の呼び止めるような声を聞き流し、縛ったまま放置して来た道を戻る。

 帰り道で、今回の収穫を素直に喜ぶ。

 

「さあ、帰ったら梅酒を仕込むわよ!」

「これでつくったらどんな味になるかしらね?」

「想像できないな。そもそもこれの味なんか想像もつかないぞ」

「伝説級のものですからね。きっと凄く美味しいはずですよ」

 

 それぞれがこの梅の実に期待を寄せながら、緩んだ顔でアクセルへと戻る。

 街に戻ったら、最初に家に戻って梅の実を冷蔵庫にしまう。

 さあ、梅酒に使うものを買いに行きましょうか。

 梅の実自体が大きいので、入れものの壺は大きいものにしないと。

 それに使うお酒も多くなる。

 先に壺を買って、そこで一度家に戻り、置いてからお酒を買いに行こう。

 計画通り、壺を買ってからお酒を買いに行き、一番いいものを大量に購入する。

 支援魔法でステータスを底上げして、私達はお酒を家に運び込む。

 やはり支援魔法はかなり役に立つ。

 これがなかったら運ぶのは苦労しただろう。

 家に運び入れた私達は、お酒を物置の中に置く。その隣には大きな壺がある。

 我が家で梅酒を置いておける場所はここしかない。

 夏になったら物置の中が暑くならないようにする必要は出てくるが、それは夏になったら考えよう。

 今は梅だ。

 梅の実を傷つけないように枝を取り、綺麗に洗う。

 とりあえず全部持っていって、具合を確かめながら入れていこう。

 壺の中に梅を詰めていき、大きい実だけあって十個ほど入れたらよさげになった。

 そしたら次はお酒を投入し、最後に蓋をする。

 

「一年から一年半寝かせたら完成よ」

「長い! ねえ、そこは三日で何とかならないかしら? 一年半はちょっと……」

 

 アクアが文句をつけてきた。

 

「そう言われても。時間を操作するとかしないとそんなの無理よ」

「レイムならできるんじゃないの?」

「できるわけないでしょ」

 

 懐疑的眼差しで見てくるアクアを放っておく。

 いくら私でも時間操作はできない。

 梅酒をじーっと見つめるアクアに釘を刺す。

 

「言っとくけど、時間をかけないと梅の成分とか出ないからね。はやく飲んでもただのお酒だから」

「えー……。でも、まあ、それで美味しくなるって言うなら待ってあげてもいいわね」

 

 なぜか上から目線だけど、飲まないってならそれで結構だ。

 私達は物置から出て居間に戻る。

 ダクネスは台所へと行き、何をしてるのかと思ったら梅を切りわけて持ってきた。

 このまま食べるの?

 梅干しにしたりとかあると思うんだけど。

 時期が悪すぎてつくれないけどさ。

 そんなに美味しくないはずよね。

 しかし、伝説ではそのまま食べられていたようなところがあるし。

 サンマが畑でとれる世界だ、あまり常識は通用しない。

 私は梅を口に運ぶ。

 

「これは、驚きの一言しかないわ」

 

 味は果物のように甘酸っぱい。

 軽やかでありながらしっかりと土台はあって。

 飲み込んだあとは素晴らしい余韻があり。

 一言で言うととんでもなく美味しい。

 

「ん。微かに渋味があるな。それが全体の味を高めている」

 

 私よりいいもの食べて育ったお嬢様が梅の味に感動している。

 まあ、これはするわね。

 アクアとめぐみんは……待てこら!

 

「あんたらがっつきすぎよ! あー! もうないじゃないの!」

「「美味しいのが悪い」」

 

 氷漬けにしてやろうか。

 まだ残っているが、こいつらに全部食われてしまいそうな勢いだ。

 ダクネスが新しいのを取りに台所へ行く中、野獣のように目を輝かせる二人に私は警戒した。

 

 

 

 あれから三日後。

 私とめぐみんは大蛇の依頼を請け、そいつの住み処まで歩いて進む。

 ダクネスは実家に呼び出されており、アクアは寒い中行きたくないと駄々をこね。

 二人だけで来ていた。

 雪は風で吹き飛ばし、道を確保して進む。

 その大蛇は四千万という高額賞金がかけられるほどの強さがあるらしい。

 上級魔法一発で沈められる相手ではなく、物理攻撃にも強い。岩をも溶かす酸を吐き、何より恐ろしいのはその巨体による攻撃とのこと。

 凄く大きいらしい。

 上級魔法一発で沈むのが、四千万なんてあり得ないものね。

 大金をかけられるモンスターだけのことはあり、多くの冒険者を葬ってきた。

 長くこの地の王者として君臨し、多くの冒険者に恐怖を与えてきたモンスターと戦う。

 ドラゴンよりは弱いと思うから大丈夫でしょ。

 のんびりと歩きながら。

 

「でかいとは聞いたけど、どれだけ大きいのかしらね」

「そうですね。蛇は長い生き物ですから、そういう見方でいけばドラゴンとかよりも体長はあるでしょうね」

「ドラゴンの倍ぐらいかしらねー」

 

 危機感の欠片もなく会話をする。

 いつ蛇が襲ってきてもおかしくないのだが、今更蛇ぐらいでびびるわけもない。

 

「それにしてもレイムと二人で討伐に行くことになるとは思いませんでしたよ」

「アクアが嫌がったからね。まあ、掃除とか全部押しつけたけど」

「ふふっ。結構駄々をこねましたね」

 

 ついてこないということで、アクアに押しつけたところ、本人は嫌そうにした。

 それでも暖かい家の中でぬくぬくと過ごせるならと話を飲んだけど。

 梅酒に手を出してないといいんだけど。

 そのあともめぐみんと他愛もない話をしながら進んでいき。

 やがて大きな洞窟の前に到着した。

 大蛇が住み処にするだけのことはあり、入り口から既に大きい。

 ドラゴンも余裕で入れるのではないだろうか。

 大蛇が今ここにいるのか、洞窟の前から見てもそれはわからなかった。

 

「待つのも面倒だし、一発魔法を撃ってみるわね」

「わかりました私は爆裂魔法の用意をしておきますね」

 

 めぐみんの詠唱に合わせて、炎の玉を洞窟に撃ち込む。

 それは洞窟内を照らしながら進み――。

 壁にぶつかると炸裂した。

 

「シャ――――――――――!」

 

 洞窟の奥から蛇の怒声が飛んできた。

 何度も叫び、威嚇してくる。

 洞窟から出てきたそいつはあまりにも大きかった。

 本当にドラゴンの倍、いやもしかしたらそれ以上あるかもしれない。

 めぐみんが言ったように蛇は細長いので、頭から尾までの長さだけを見れば凄い。太さはそうでもない……のだが、やはりこれほどの大きさともなると相応の太さがある。

 洞窟によく入ったものだ。

 禍々しさを感じさせる紫色の瞳、紫色の鱗で覆われた巨体、何より特徴的なのは頭が二つあることか。

 こいつならドラゴンに巻きついてそのまま倒せてしまいそうね。

 

「シャ――――――――!」

 

 蛇は口を大きく開くと、濁った緑色の液体を吐き出した。

 それが何なのかはすぐにわかった。

 液体もろとも蛇を凍結させるべく、氷の魔法を放つ。

 私達に向かってきた液体ごと蛇の頭を氷漬けにするが、蛇は胴体を氷に何度も巻きつけ、一気に締め上げて氷を砕いた。

 

「うわ、本当に?」

 

 頭に残った氷の破片は激しく頭を振って飛ばす。

 この様子では全身を氷漬けにするのは難しそうだ。

 というか、こいつは氷漬けにしてもしばらくは生き長らえそうな生命力を持っていそうだ。

 大蛇は尻尾を振るい、落ちていた氷の破片を私達に飛ばしてきた。

 それを炎の壁で解かして防ぐ。

 大蛇はその体を長く伸ばして、一気に氷漬けにされないようにする。

 たかが大蛇と思っていたが、そこそこ賢いようね。

 大蛇は舌をチロチロ動かしながら私を注視する。

 私に注意が向いているならそれはそれで構わない。

 めぐみんが詠唱しながら魔力を高めているのを大蛇は気づいているようだが、私の方が危険と判断してめぐみんは放置している。

 お互いを牽制するように睨み合う。

 オオカネヒラの刃先を蛇に向けて、簡単に動けないようにする。

 少しの間そうしていたが、めぐみんによって均衡は破られる。

 

「レイム!」

 

 その声に私はその場から下がる。

 続けて、めぐみんの鋭く大きい声がこの場を走る。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 その一撃は大蛇の体のほとんどを飲み込み、吹き飛ばす。

 爆裂魔法の一撃によって積もっていた雪は消し飛ぶ。

 近くの洞窟の入口はその衝撃で崩れる。

 爆裂魔法の凄まじい威力はクレーターという形で痕跡を残していた

 地面に倒れるめぐみんを拾い、背負う。

 長くこの地を支配してきた大蛇でも爆裂魔法には耐えられなかったようで、尻尾だけが残されていた。

 

「今のでレベルか一気に2も上がりましたよ」

「流石高額賞金首ってことはあるわね」

「これでまた我が爆裂魔法は更なる高みへと上ることができますよ」

 

 威力上昇、高速詠唱にポイント注ぎ込み、魔力の消費が永遠に追いつけないようにするめぐみん。

 もうポイント振らなくてもどんなモンスターも一撃だと思うんだけど……。

 本人は他の魔法を習得するつもりないから、振っても振らなくても変わらないけどさ。

 微妙に納得できないものがあるけれど、まあいっか。

 それにしても何か忘れてるような……。

 気のせいね。

 大蛇討伐の報酬を受け取った私達は豪華な食材を購入して家に戻った。

 

 

 

 ダクネスが実家に行ったまま数日が経過した。

 良家のお嬢さんということだったし、何かあったのだろうか。

 しかし、ダクネスという人間は痛めつけられると喜ぶという変わった性質を持つ人間だから、大体のトラブルは喜びそうだけど。

 戻ってこないダクネスをアクアとめぐみんは心配しているようである。

 だが、日課の爆裂散歩を欠かさない。

 今ではすっかりとアクセルの風物詩となり、爆裂魔法の爆音とか聞こえても動じる住人はいなくなった。

 この街の住人はたくましいもので、アクアの話では肉屋のおじさんは蛙を倒したり、ファイアードレイクを狩ったりしてるらしい。

 冒険者よりたくましいおじさんだ。

 変わった人が多く住んでいる、それがここアクセルの街だ。

 一説では変な奴ほどアクセルに居座る傾向にあるようで、パーティーメンバーを頭に浮かべて私は納得した。

 食材の買い出しに出ようとした時のこと。

 めぐみんとアクアが爆裂散歩に行こうとした時のこと。

 我が家に警察が来た。

 警察は私達に厳しい目を向け、辛辣に言い放つ。

 

「あなた方の爆裂魔法のせいで冬眠中のジャイアントトードが目を覚まして地上に出てきています。早急にこちらの駆除をお願いします」

 

 私はばか二人を睨む。

 二人はさっと目を逸らした。

 こいつらに全部やらせたいところだが、確実に蛙の餌になるだけで、最後は私に回ってくる。

 なぜ今更蛙なんか倒さなきゃいけないの……。

 

 めぐみんの魔法によって数匹の蛙は消し飛ぶ。

 倒れためぐみんを背負う。

 今の爆裂魔法でも全ての蛙を討伐できたわけだはなく、残りは私がやる。

 はあー、寒寒。

 とっとと終わらせて帰りたいわ。

 冬だというのに元気に跳ね回る蛙と、それに追いかけられて涙目になるアクアをのんびりと眺めながら、欠伸をした。

 

「レイムさーん! 欠伸してないで助けてえええええええええ!」

 

 蛙引き寄せ女神のアクアの叫びにまた一つ欠伸を。

 そろそろ助けてやりますか。

 蛙を倒そうと思ったその時。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 鋭く強い声が雪原に響く。

 どこかで聞いたことのある声だ。どこだっけ?

 光の刃はアクアを追いかけていた蛙を切り裂く。

 

「上級魔法? でもウィズは店だし……」

 

 このアクセルで上級魔法を使えるのはウィズぐらいなものだ。

 そもそも上級魔法使えるほどの冒険者は他の街に行って強いモンスターを相手にする。

 こんなところに来るのは変わり者か、何か理由があってのことだろう。

 その後も謎の人物は上級魔法を惜しみなく使って蛙を倒していく。

 見事な上級魔法だ。

 魔力の強さといい、これは相当な腕を持つ冒険者に違いない。

 残っていた全ての蛙はその人によって倒された。

 そして、その人は私達の前に来て、私が背負うめぐみんにビシッと指差す。

 

「久しぶりね、めぐみん! 今日こそあなたと決着をつけるわ!」

 

 めぐみんと同じく黒いローブを着て、マントを身につけている。

 スタイルはとてもよく、大人になったら間違いなく男が放っておかないだろう。

 その子を私は知っていた。

 知ってたけど、名前が思い出せない。

 悪魔の時いたのよね。

 その子は私とアクアを見ると、ぺこりと頭を下げた。

 

「お久しぶりです。アクアさん、レイムさん。森の悪魔の時はお世話になりました」

「あー、思い出したわ。ゆんゆんね! 久しぶりね。何よもう、すっかり本物の紅魔族じゃないの」

「おい。まるで偽物がいるみたいではないですか」

 

 アクアはめぐみんを無視してゆんゆんと会話を重ねる。

 そうよ、ゆんゆんよ。

 すっかり忘れてたわ。

 しばらく見ない間に立派な魔法使いになっていたわね。

 きっと強いモンスターをたくさん倒してきたのね。

 ゆんゆんはアクアとの会話を名残惜しそうに切り上げ、マントを翻してめぐみんを指差す。

 

「見ての通り私は上級魔法を習得したわ! 今日私はあなたに勝利し、紅魔族随一の魔法の使い手になるわ!」

「ほほう。随分と強気ですね。しかし、どうやって決着をつけるつもりですか? 私は爆裂魔法を使ったので魔力はありません」

「そう。…………どうしよう」

 

 考えてなかったのね。

 めぐみんは顔に手を当てて、呆れたように言った。

 

「全く。少しは考えて下さいよ」

「だ、だって……」

「まあ、寒いから家に戻るわよ。話はそれからよ」

 

 雪降る中でいつまでも会話をしてるとかばかなことしたくない。

 私はみんなを連れて帰宅することに。

 家に戻る前に、ギルドに寄って蛙討伐を終えたことを報告する。

 今回は私達のせいでもあるので引き取り料しか出なかったけど、出るだけマシよね。

 それをゆんゆんとめぐみんに半分ずつ渡す。

 なぜかゆんゆんは受け取れません、と言ったけど、半分はゆんゆんが倒したものなので渡さないといけない。

 ゆんゆんにお金を握らせたあとは、我が家へと連れていく。

 居間へと案内をして、お茶を出す。

 

「ありがとうございます。……立派なお家を購入されたんですね」

 

 そのゆんゆんの発言に、なぜかめぐみんが胸を張ってどや顔で答えた。

 

「ふふっ。どうですか、ゆんゆん。我々がどれだけ活躍してるかわかるでしょう?」

「……レイムさんの活躍はよく聞くけど、めぐみんの情報はあまり聞いたことないわよ。王都でちょっと活躍したってのは聞いたけど……」

 

 痛いところを突かれためぐみんはぐっとなる。

 デストロイヤーの時も活躍したが、今回の蛙事件のことといい、必ず帳消しにするのがめぐみんだ。

 言葉が詰まるめぐみんにゆんゆんは。

 

「それに活躍してるのはいいとして、どうして蛙なんか討伐してたのよ。蛙って今は冬眠中でしょ」

「さ、さあ、なぜですかね? 冬眠してない理由はさっぱり、さっぱりわかりませんが、警察の方が討伐してほしいと依頼してきたのですよ。我々の優れた力を頼りにしたということでしょうね」

「ギルドじゃなくて警察が? ねえ、何をやったの? どうして目が泳いでるの、ねえ何で?」

 

 見事に自爆しためぐみんは耳を手で塞いで聞こえないようにしている。

 それだけでおおよそのことはわかったのか、ゆんゆんは呆れたように溜め息を漏らした。

 めぐみんは、全くめぐみんは……、と心から呆れてるゆんゆんにめぐみんは下手くそな口笛を披露して誤魔化そうとした。

 それにアクアは何を思ったのか、

 

「下手ねえ。本当の口笛ってのはね、こういうのを言うのよ」

 

 口笛を披露したんだけど、おかしい。

 楽器には疎いが、しかしアクアの口笛は複数の楽器を奏でているかのようで。

 一人で数人分の演奏をしている、口笛で。

 めぐみんの口笛が初級魔法なら、アクアの口笛は爆裂魔法だ。それほどまでに違う。

 どうなってるの!?

 私達三人は愕然としながら口笛を聞く。

 もうこいつは芸で食ってけばいいんじゃないかと思うほどよ。

 もしかして女神の力が宴会芸スキルをここまで高めてるの?

 もしそうならそれこそ女神の力の無駄遣いとしか言えないんだけど。

 アクアはしばらく口笛を吹くと満足した顔になり、汗をかいてないのにどこからか取り出したタオルで顔を拭いた。

 そんなアクアをゆんゆんはじっと見つめ、私は気を取り直すように言った。

 

「ゆんゆんは泊まるところ決まってるの?」

「い、いえ、まだです。これから決めようかと」

「そっ。それならここに泊まったらどう? 空いてる部屋があるから好きにしていいわよ」

「い、いいんですか!?」

 

 何をそんなに食いつくのか、ゆんゆんは興奮した様子で、テーブルに手をついた状態で私に顔を近づけてきた。

 その必死さに思わず引いてしまうが、それに気づかずゆんゆんは目を輝かせている。

 

「い、いいわよ。誰も使わなければ物置になるだけだったからね」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 私の言葉にゆんゆんは深く頭を下げて何度も感謝の言葉を口にした。

 この子の反応はいったい何なのかしら。

 あまりにも反応が過剰で、どういうことなのとめぐみんに尋ねるように視線を向けると、めぐみんはさっと目を逸らした。

 あとで問い詰めよう。

 そんなことを私が思う中、ゆんゆんの感謝の言葉が居間に響く。




次は多分悪魔です、
きっとバニルさんがめぐみん達の恥ずかしい過去を暴露するか、この世に大災厄をもたらすと思います。


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第十二話 その巫女仮初めなり

バニル、甦るため倒し方不明。このすばで一番のチート。


 ゆんゆんが我が家に居候することになって間もなくにダクネスは帰ってきたんだけれど……。

 以前にも増して難しい顔をするようになり、ちょくちょく溜め息を吐いている。

 実家に戻ってから何があったのか。

 それと溜め息が鬱陶しい。

 ダクネスと二人きりになった時に私は苛立ちを隠さずに聞いた。

 

「ダクネス、何があったか知らないけど溜め息鬱陶しいわよ」

「す、すまない……」

 

 自覚はあったのか、ダクネスは申しわけなさそうにしながら謝る。

 だけど私は謝ってほしくて言ったわけじゃない。

 手元のお茶を飲んで、冷めた紅茶をただ見つめるダクネスに言った。

 

「何があったか言いなさい」

「いや、これは当家の問題で」

「この家で悩んでるならこの家の問題よ」

 

 私の言葉にダクネスは浮かない顔になる。

 溜め息こそしてないが、鬱陶しい。

 こいつとパーティーを組んでから数ヶ月経ったけど、ここまで鬱陶しいのははじめてだ。

 いつもは変態性を遺憾なく発揮して気持ち悪いと思わせてたのに。

 まるで普通の人みたいに悩んで鬱屈としている。

 この数日、あえて見逃してきたけどそろそろ限界だ。

 ダクネスは自分が原因で苛立たせてると理解してるようで、体を小さくして、私をチラチラと見てくる。

 空気が重い。

 喧嘩をしてるわけでもないのにこんな空気になるなんて。本当に腹立つ。

 

「そこまで思い詰めるほどの悩みなら、この家や私達にも面倒なことをもたらす。いいからさっさと吐きなさい」

 

 何かを言おうとしたダクネスを睨む。

 言いわけとかそんなのは聞きたくない。

 悩みを言えばいいだけだ。

 それなのにダクネスは言えないとばかりに首を振って……。

 

「さっさと言いなさいよ! こらあ!」

「おおあおおお!?」

 

 ダクネスの胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせて前後に激しく揺らす。

 喋らないなら喋らせる。

 激しく揺らされたダクネスは……!

 

「何だろう、これ悪くない……! もっとお願いします!」

「あんたって子は、あんたって子は!」

 

 上気した顔で、鼻息荒く、嬉しそうにおねだりしてきたばかを私はより強く揺らした。

 目的を見失いそうになるが、頑固として何も話そうとしないダクネスを床に転がす。

 

「んあっ!」

 

 変態は嬉しそうに短い悲鳴を上げた。

 乱暴にされることを好むダクネスらしいと言えばダクネスらしいが……。

 私は空気を引き締めるべく深く呼吸をした。

 そして、怒りをぶつけるように見下ろす。

 ふざけていたダクネスは、私の視線は怖かったのか、まるで子供のように目を逸らした。

 

「はやく言いなさい。言っとくけど、言うまでどこにも行かせないからね」

 

 腕を組み、ダクネスを冷たく見下ろす。

 はじめこそ何も言わずにいようとした。

 だけど、私がずっと見下ろしていると、悟ったような顔になって口を開いた。

 

「デストロイヤーを覚えているだろ?」

「ええ」

「細かいことは省くが、奴の通ったところに穀倉地帯などがあってな。それでかなりの被害額が上がったんだ」

 

 それがどう関係してくるのか。

 私はソファーにどかっと座り、頬杖をつきながら床に正座するダクネスを見つめる。

 

「それを私の家が負担したのだが、金額が金額でな。借金をすることになったんだ」

「借金? お金ならデストロイヤーのがあるでしょ」

「いや、そこは問題じゃない。問題なのは借りた相手が悪名高い領主で、返せなかったら奴の息子と結婚しろと言われてな」

 

 それなら事情を話してくれたら、みんなデストロイヤーの報酬を使ってって言うと思うけど。

 大した問題には思えない。

 私の視線に気づいたダクネスは首を振って答える。

 

「既に婚約をしているのだ。これは金を貸す際の条件と言われてな……。金額が大きいから断ることはできなかったし、何より父は、領主の息子は高く評価していてな。借金の件がなくても乗り気なのだ」

「面倒なことになってるわね」

「うむ。レイムの言う通り借金を返したとしても婚約は解消されないだろう。全く、どうして私があんな男と結婚しなくてはならないのだ」

 

 と愚痴るダクネスに私はダスティネス家について思い出す。

 評判はよかったから、ダクネスの父は人格者だと思うのよね。

 そのお父さんがよく思ってるなら悪い人ではないはずだけど、今のダクネスはどうしようもない男に捕まったと嘆いている。

 もしかしてお父さんが見抜いてないだけで本当は極悪な男とか?

 ダクネスはドンと床を叩き、怒りを言葉にする。

 

「その男はな? 部下が失敗したらなぜ失敗したのか一緒に考えようと言い、怒らないのだ。むしろ部下に向き合い、優しく対応するというどうしようもない男でな」

「最、悪? まともじゃないの」

 

 そんな優しい上司とか羨ましい。

 私なんか癖があるだけで優しくない連中に囲まれてたわよ。

 ダクネスの謎の怒りはまだ続いた。

 

「どこがだ! その男は父親の悪政に進言して軌道修正している。善政を敷くために日々勉学に励み、また最年少で騎士に叙勲されている。その上悪い噂もない完璧な男だ」

「それの何が悪いのよ」

 

 本当に何がだめなのか。

 それでだめなら、どんな男がいいのか。

 少なくともダクネスのお父さんが気に入るわけがわかった。

 しかし、私はダクネスのことを何もわかってなかった。

 こいつがどうしようもない変態というのをすっかりと忘れていた。

 

「何が? ばかかレイム! 善政などは私や私の父がやっていればいい! 貴族なら貴族らしくいやらしい目で私の体を見ていればよいのだ!」

「はあ……」

「部下の失敗を責めないだと!? 頭がおかしい! 失敗したメイドを片っ端から抱いて孕ませるぐらいのことをするのが貴族だろうが!」

「……」

「そんなだめ男と結婚しなくてはいけないという私の気持ち、わかってくれるな? 異性にまだ興味が出てないお子様のレイムでもわかるだろ?」

「いや、わかりたくないんだけど。何というか、そのままにしておいた方がいい気がしてきたわ」

 

 というか私が異性に興味ないっておかしくない?

 私だってこういう男と付き合いたいという規準ぐらいは持っている。

 

「あんた、私をお子様って言うけど、そんなことないわよ。私だって付き合う男の最低ラインぐらいはあるから」

「ほう。どんなものか聞かせてもらおうか」

「多くは求めないわよ。私が守らなくてもいいぐらい強ければいいわ。そうね。一人で魔王の幹部と戦っても勝てる程度はほしいわね」

「いや、ハードルが高すぎるだろ」

 

 ダクネスにこいつもうだめだ、みたいな目で見られたが、それは私が向けてやりたい。

 お前みたいな変態と一緒にしないでもらいたい。

 

「いちいち守らなきゃいけないなんて面倒じゃないの」

「しかし、それだと相手が見つからないぞ」

「その時はその時ね」

 

 弱い男しかいない世界が悪い。

 私は自分の最低ラインを下げるつもりはない。

 

「変なところで男らしいな」

「そんなことないわよ。私はいつだって恋する乙女よ」

「恋する? 血に飢えたの間違いじゃないのか」

 

 こいつは私の何を見てきたのか。

 純情可憐で有名な私を捕まえて失礼ではないか。

 この街に来た時の私は右も左もわからず、一緒に来た奴が役に立たなくて泣き出してしまった。今思えば異世界ということで不安が爆発したのね。我ながら恥ずかしい過去よ。そんな私がいてたまるか。

 

「とにかく婚約の件はどうにもならない。……まあ、私も貴族の娘だ。いつかは結婚しなくてはならない時が来るのも事実。父の認める男と結婚できる、そう考えて納得するさ」

「借金ならいつでも言いなさい。デストロイヤーの報酬は渡すから」

「しかし、あれは皆の……」

「あのね、みんなのってことはあんたの分もあるでしょうが。山わけしたら数億エリスになるでしょ」

 

 借金ぐらい余裕でしょ。

 私の話にダクネスはふっと笑い、いつもの微笑みを見せた。

 

「わかった。いよいよとなったら渡してもらう」

「今すぐでもいいのに」

「もう少し頑張らせてほしい。まだその時ではないと思うんだ」

 

 無駄に頑固なところを見せて、ダクネスは私の正面に座る。

 話をするまで鬱陶しかったダクネスはどこにもいない。これでゆっくりとお茶が楽しめる。

 

 

 

 最近、キールのダンジョンからおかしなモンスターが出現しているという噂が上がっていた。

 そのモンスターは動くものにくっついて爆発するだけで、他に攻撃手段は持ち合わせていない。

 だけど自爆攻撃は厄介なものなので、それだけでも脅威的とのこと。

 アクセル最強の冒険者であり、経験値のためなら殺戮の限りを尽くすと恐れられてる私に調査依頼が来るのは当然のことと言えた。

 他にも多くの冒険者がこれに参加している。

 なぜか検察官のセナも同行していた。何でも彼女が今回の依頼を出した人であり、一通りの指揮権を持っている。

 寒い中を、ゆんゆんを含めた私達は進んでいた。

 隣を歩くセナに話しかけられる。

 

「問題となってるモンスターはおそらく召喚されていると思われます。召喚魔法陣を封印し、召喚者を倒すのが目的なので、爆裂魔法でダンジョンを崩して完了と考えないで下さい」

「閉じ込めたらはやいと思うけど」

「術者がテレポートで逃走する可能性もあるので、確実に討伐するためにもお願いします」

 

 経験値の足しになるならやるわよ。

 道中はモンスターに襲われることもなく、キールのダンジョン前に到着した。

 このダンジョンは駆け出し冒険者がダンジョン探索の練習として訪れる場所で、雑魚モンスターしか生息していない。

 当然その程度のダンジョンだからとっくの昔に探索し尽くされていて、金目のものはない。要するに私と無縁のダンジョンだ。

 そのダンジョンの入り口から見た目は悪くない仮面を着けた人型のモンスターが出てきていた。

 あれが自爆するモンスターね。

 なぜ自爆するのかわからない。そもそもあんなモンスターを使って何をしようってのかしら?

 空気の塊をぶつけてみると爆発した。

 外なら余裕で対処できるけど、ダンジョンの中は狭いと聞いたことがあるから、内部に潜入してからは回避にも限界が来る。

 まあ、とっておきの究極奥義で無効化するだけなんだけど。

 あんなモンスターにやられることはない。

 次々とモンスターを蹴散らしながらそんなことを思う。

 そんな中でダクネスはモンスターを持ち上げる。

 

「何してんの?」

 

 当然モンスターは自爆するのだが……、ダクネスは持ち前のとんでも防御力で何ともない様子だ。

 軽く煤がついた程度で、ダメージは皆無に近い。

 えっ、無傷なの?

 ダクネスの防御力にセナとゆんゆんを含む冒険者達はドン引きの表情を見せた。

 本人は何事もなかったように私達に向き直り。

 

「私なら何ともないようだ。私が先頭になって盾となろう」

 

 凄くいいことを言ってるはずだけど、本心を予想したら幻滅してしまう。

 とはいえ、ダクネスを先頭にさせるというのは悪くない案なのも事実だ。

 ダンジョンには私とダクネスが潜ることに決まった。他の三人はここで待機し、もしもダンジョンからモンスターが出てくるようなら退治してもらう。

 他の冒険者達もダンジョンに潜入する人を決めたところで、私達はダンジョンへと入る。

 光の魔法で内部を照らしながら進む。

 例のおかしなモンスターは当然のように湧いていて、そいつらを倒しながら進む。

 ボンボン爆発するものだから、ダクネス以外は抱きつかれないようにと警戒している。

 一方ダクネスはというと。

 

「見ろレイム! 私の攻撃が必中だぞ! ああ、ここまで決まるのは……、なんて気持ちいいんだ!」

「当たらないの気にしてるならスキルとりなさいよ」

「断る」

 

 こいつ。

 本気でイラッとした。

 ダクネスは周りが見えていないのか、変なモンスターを切り捨てながら進む。

 そのせいで後方との距離が開いてしまう。

 私は何も考えずに突っ走るダクネスのあとを追う。

 

 どんなに自爆されてもあまりダメージを食らってないダクネスの頑丈さにいよいよ恐怖を覚えてきた私だったが、気づけばダンジョン深くまできていたらしい。

 行き止まりに到達した私達の前には、変なモンスターをつくる大柄な男がいた。

 その男は変なモンスターと同じ仮面を着けていて、こいつが原因なんだとわかった。

 見た目は紳士的で、仮面を除けば、おかしな点は邪悪な気配ぐらいだ。

 正直仮面と気配がなかったら貴族ですと言われても違和感がなさそう。

 その男は私達に気づくと、モンスターをつくる手を止めた。

 

「ほう、こんなところまでわざわざ来るとは。ここまで来るのに我輩お手製の人形がいたであろうに」

 

 男は立ち上がると声高らかに名乗った。

 

「我が名はバニル! 諸悪の根源にして元凶! 魔王軍の幹部にして、悪魔達を率いる地獄の公爵! この世の全てを見通す大悪魔である!」

 

 経験値が出てきた!

 バニルは私達を見ると不敵に笑う。

 その笑いは人間に寒気を感じさせるものがある。

 私は、というよりもダクネスは酷く警戒して大剣を構えている。

 そんなダクネスにバニルは何でもないように話す。

 

「まあ落ち着け。免れられぬ結婚に、好みでも何でもない男に柔肌を好きにされるなどと思いながらも興奮している娘よ」

「ししししししてない! でたらめを言うな! レイム、私はそんな変態じゃないからな!」

「どうでもいい」

「んっ……!」

 

 こいつの変態っぷりは今はどうでもいい。

 目の前のバニルに集中しないと。

 何をしたのかわからないけど、どうやら心と記憶を読んでるっぽいわね。

 

「我輩は汝らと戦うつもりはない。魔王の幹部などと名乗りはしたが、実際は結界維持のための何ちゃって幹部である」

「だが、貴様は大悪魔なのだろう? ならば我ら人間を滅ぼそうと考えていたり」

「ふむ。これだから神の教えは無条件に正しいと考える頭空っぽな信者は困る」

 

 バニルは手遅れだとばかりに、どことなく憐れむような雰囲気で顔を左右に振る。

 これにダクネスは悔しげに睨みつける。

 そんなダクネスを笑い、バニルは語る。

 

「我ら悪魔族は人間の悪感情を糧としているのだ。それなのにどうして人間を滅ぼさなくてはならぬ。そんなことをしたら飢えて死んでしまうではないか。むしろ我輩は人間が一人増えたら喜んで踊り、一人死んだら悲しむであろう」

「そうなんだ。じゃあ何でそれで街の住人を攻撃していたの?」

「住人を? ああ、なるほどそういうことか。我輩はこれでダンジョン内のモンスターを駆逐していたのだが、どうやら駆逐したのに気づかなかったために外へ出ていたのであろう。ならばこれはもういらぬな」

 

 つくりかけの人形を土に戻す。

 どうやら本当に私達を攻撃するのが目的ではなかったらしいけど、でも何でここに来たのかしら?

 私はそれを聞いてみることにした。

 

「あんた、何でここに来たのよ」

「我輩がここに来たのは、ベルディアを倒した者について調査するためと働けば働くほど貧乏になる店主に会うためだ。……しかし、我輩は昔からダンジョンがほしくてな? この地に来た時にたまたまこのダンジョンを見かけて、ダンジョンの持ち主と話し合いをしたら譲渡してもらえたので、こうして住んでるわけだ」

 

 調査とかはどこ行ったんだろう?

 幹部の仕事さえも放り出してる感がするバニル。

 もう放っといていい気がしてきた。

 バニルは私達とやり合うつもりはないとばかりに普通にしているが、ダクネスは相変わらず警戒したまま問いかける。

 

「ダンジョンを手に入れてどうするつもりだ」

「よくぞ聞いてくれた。長く、永く生きてきた我輩にはいつからか破滅願望が芽生えた。どうせ破滅するならば、破滅の瞬間に極上の悪感情を食して滅びたいと思った。そこで我輩は長年考えてきた。どうやったらその最高のシチュエーションをつくれるのだと」

 

 静かに、それでいて重々しく語るバニルに私とダクネスは思わず聞き入る。

 

「そこで我輩は思いついた! 我輩に相応しいダンジョンをつくり、そこで我輩を滅ぼすほどの凄腕冒険者を待ち構えようとな! 各部屋には我輩の部下を待機させ、更に苛烈な罠も仕掛ける! 幾度の挑戦の果てにとうとう我輩のいる最奥へと到達する冒険者!」

 

 想像して相当興奮したらしく、バニルは身振り手振りで熱弁する。

 

「その冒険者に我輩は言うのだ。我輩を倒し、富と名誉を手にしてみせよと! そしてはじまるのだ! 我輩と冒険者の最後の戦いが……! 熾烈極まる戦いの末にとうとう敗れる我輩。すると我輩の背後に宝箱が現れ、冒険者は喜びの顔で宝箱に駆け寄り開ける」

 

 それでどうなるの?

 気になる!

 バニルはたっぷりと間を置いて。

 

「スカと書かれた紙が一枚入っているだけの宝箱に、呆然自失となる冒険者の至高の悪感情を味わいながら滅び去りたい」

「なあレイム、こいつはここで滅ぼした方がいいと思うのだが」

「エグいこと考えるわね」

 

 語り終えたバニルは満足そうにしていた。

 話すだけでも相当楽しいのか、かなり満足した様子を見せている。

 

「まあそういうわけだから帰るがよい」

「それはできないな。我々は貴様を討伐するように言われている。言っておくが、私の隣にいるのは例え大悪魔でも平気で滅ぼせる奴だ」

「ほう? それはまた愉快なことを。ふむ。先ほどはお主を見たからな、次はそこの小娘を見るとしよう」

 

 バニルは私をじっと見つめ……。

 何を見たのか、面白そうに笑い出した。

 

「フハハ! フハハハハハハハハハハハ!! なるほど、なるほど。確かにその小娘ならば納得がいく。面白いことに己のやったことも、与えられた名も忘れているとは! フハハハハハハハハハハハ!」

 

 本当に何を見たの?

 教えてほしいんだけど!

 わかってるみたいだからボッコボコにして聞き出そう。やっと私も思い出せるわ。

 

「今はまだ我輩が倒すべき対象でないようだから殺しはせぬが、物騒なことを考える貴様には目にもの見せてくれるわ!」

「話さないならボッコボコにするわ。話すなら討伐するまでよ」

「り、理不尽だ……」

 

 なぜかダクネスがそんなことを言った。

 まあいいや。

 こいつは大悪魔と言ってたし、夢想封印でちょちょいのちょいよ。

 そう思ってたらバニルはいきなり攻撃を仕掛けてきた。けれど私は華麗に回避する。

 不意打ちにしては随分とお粗末だと思ったら、目的は違ったらしい。

 バニルは、空気になりそうだったダクネスに仮面を投げつけた。

 ダクネスの顔に仮面がぺたりと張りつくと、何とダクネスの体がバニルに乗っ取られた。

 

「フハハハハ! さあ、仲間の体を持つ我輩とどう戦うか見せてもらおうか!」

「『ファイアーボール』!」

「(ああんっ!)。ええい! 変な声を出すな!」

 

 流石ダクネス。その硬さは尋常ではない。

 直撃したのに、あまりダメージを負っていない。

 一応上級魔法並みの威力はあるのにね。

 これは厄介だ。

 

「まさか仲間に容赦なく攻撃するとは思いもしなかったわ。…………なぜか感じる喜びの感情。どういうことなのだ……」

 

 それがダクネスよ。

 

「非情な娘だな。全くこれだから……。(レイム、私に構わず倒せ!)。むっ。抵抗するか。しかし、抵抗すればするほど貴様には耐えがたい苦痛が(な、何だと!?)フハハハ。そうだ。もっと恐れ……なぜ喜んでいる?」

 

 ダクネスの性癖を知らないバニルは戸惑う。

 どんな時でも自分を貫く。それがダクネスという騎士だ。

 流石ダクネスね。

 

「そんないいものでないわ! ええい、光や聖属性に耐性があるから選んだが、まさかここまで頭のおかしいクルセイダーだったとは……」

 

 ダクネスを解放すると思ったが、どうやら目的があって選んだようなのでそれはなさそうだ。

 バニルは周りを見ると。

 

「貴様とやり合うには、ここは狭すぎるな」

 

 大剣を引き抜くと、ダクネスと違って正確に私に振るった。

 まともに受け止めることはできそうになかったため、体勢を低くしてかわすと、バニルは私の横を素早く駆け抜けた。

 

「ダクネスよりずっとはやい!」

 

 鎧やら何やらで重いダクネスでも、バニルの手にかかれば素晴らしくはやくなるみたいだ。

 私はバニルを追いかける。

 弱点が仮面なのは察しがついてるけど、私が本気で攻撃したらいくらダクネスでも無事では済まない。

 中々難しいけど、最悪ダクネスもろとも倒す。

 そうこうしてる内に私達と一緒に潜ってきた冒険者達がいるエリアに差しかかる。

 バニルは彼らの間を通りすぎて、追いかけないとと思った冒険者達は私についてくる。

 

「おい、何があったんだ?」

「ダクネスの体が乗っとられたのよ。相手はバニルとかいう幹部よ」

「「「幹部!?」」」

 

 まさかの大物にみんなは驚愕した。

 

 

 

 バニルに体を奪われたダクネスは地上に到達したところで、アクアに破魔の魔法を撃ち込まれたが、しかしバニルは何ともなさそうであった。

 少しダメージをもらった程度なのは、あれか、ダクネスの体だからね。

 無駄に頑強ね。

 

「挨拶もなしに退魔魔法とは……! これだからアクシズ教徒は困る。うむ。アクシズ教徒は困ったものだな!」

 

 あっ。あいつアクアの正体に気づいてるわね。

 アクアはバニルを煽るように笑う。

 

「プークスクス。悪魔とか人の悪感情にしがみつかないと生きられない寄生虫じゃない。そんな害虫に挨拶って。ゴキブリに挨拶する人間とかいないわよ」

「ほほう。害虫、か」

 

 ダンジョンから出てきた私達とアクア達に挟まれているのに、バニルは自己紹介をはじめた。

 

「我が名はバニル。魔王軍の幹部であり、この世の全てを見通す大悪魔である!」

 

 何で自己紹介?

 呆気にとられる私達に、というよりはアクアに向かってバニルは見下すように言った。

 

「大悪魔である我輩は、挨拶の仕方も知らぬアクシズ教徒と違ってこのように挨拶をこなせるのだ。害虫でもできるものを貴様はできぬのか」

 

 最後に鼻で笑った。

 わざわざアクアを煽るために自己紹介をするとは。そんなにアクアが嫌いなのかしら。

 これにアクアはキレて魔法を唱える。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「ぬるいわ!」

 

 アクアの放った魔法を素早く回避した。

 もうあれダクネスの体じゃない。

 見事な動きだ。

 あれを見ると、ダクネスの体は本当は凄いんだと思えた。

 しかし、ダクネスの体だから攻撃は当たらないと思い込んだ数人の冒険者が攻撃を仕掛ける。

 バニルは全てを見切り、

 

「ぐっ!」

「がっ!」

「つええ!」

 

 恐ろしいほどの強さを発揮して、冒険者達を蹴散らした。

 あまりの強さに他の冒険者は恐れを抱き、攻撃を躊躇する。

 

「(ああ、悪いとは思うが、私の体でここまで圧倒できてるのは嬉しい……!)」

 

 何嬉しそうに言ってるのかしら、あいつ。

 それにしても困ったわね。

 

「本気出したらダクネス死んじゃうし。手加減しても倒せないし」

 

 夢想封印も、アクアの魔法を見るにそこまで効果はないだろう。

 バニルがダクネスの体を使うだけであそこまで強くなるとは思わなかったわ。

 予想していなかった事態にみんなが戸惑う中、私の話を聞いたアクアは何でもなさそうに。

 

「死んでも生き返らせることできるわよ?」

「本当に?」

「ええ。体がちゃんと残ってたら蘇生魔法使えるもの」

 

 復活させられるのか。

 それならどうとでもなるわね。

 よし。

 

「ダクネス、今から悪魔ごとあんた倒すけど、アクアが復活させてくれるから安心して!」

 

 オオカネヒラにスキルとセイバーを纏って。

 私が本気なのを見ると、

 

「フハハハ! まさか仲間ごと我輩を斬ろうというのか? しかし、蘇生魔法があると言っても仲間を殺すことになるのだぞ! 貴様に耐え(レイム、気にせずにやれ! 私が悪魔を逃がさぬようにする!)まさか、まだ抗えるとは驚きよ。しかし、それもここまで!」

「許可出たから斬るわね」

「……貴様はもう少し躊躇することを覚えた方がいい」

 

 悪魔にそんなこと言われても。

 何はともあれこれでダクネスを倒すことができる。

 いくら硬いダクネスでも私の攻撃を耐えるのは無理だろう。

 私が一歩踏み出すと……。

 

「だ、だめよ! いくら蘇生できるからって殺すのはまずいって!」

「そうですよ! 他に方法がありますって。例えばほら仮面だけを斬るとか」

「足止めとかそういうのはするから。だから、ねっ?」

 

 みんなが止めに入る。

 仮面だけを斬るのは案としてはいいだろうが、バニルを相手にそこまで器用なことできるかな?

 殺すよりはいいけど。

 

「仮面だけをね……。できるだけそうしてみるわ」

 

 みんなはほっと胸を撫で下ろしたけど、無理ならダクネスもろとも真っ二つよ。

 話も決まったところで、私は斬りかかる。

 ダクネスの大剣なら楽に切り裂けると思っていたが、結果は真逆であった。

 

「フハハハ。残念であったな。スキルには装備品にも影響を与えるものがあるのだ。この娘の防御スキルは装備品のレベルを高めている」

「うわっ! 本当に面倒臭いわね」

 

 道理で斬れないわけだ。

 あいつドラゴンより硬いのか。

 思わぬ事態に私が驚いていると、バニルが仕掛けてきた。

 あのダクネスとは思えない動きでどんどん攻撃を繰り出す。

 一撃一撃が重い。

 それもそのはず。

 体重や身長の差だけでなく、ダクネスは重い鎧を着こんでいるのだ。しかも筋力のステータスは私よりずっと高い。

 対して私は刀しか装備してない。

 重さに差がありすぎるのは当然と言える。

 そんなダクネスの一撃が、私より重いのは必然であった。

 軽い攻撃と重い攻撃、ぶつかり合ったらどちらが負けるのかは語らなくていいほど。

 

「ダクネスの体もちゃんと使われるとここまで凄いのね」

「不器用すぎて普段全く役に立たない娘の体といえど、我輩にかかればこんなものよ。さて、貴様はまだ人間故に殺しはせぬが、離脱してもらおうか!」

 

 ダクネスの硬さで器用に立ち回られるとこんなに苦労するとは……。

 刀が通らない……。

 上級魔法を食らってもけろっとしてる壊れ性能といい、こいつ本当にどうなってんの?

 

「(ああ。私があのレイムを追い詰めてると思うと……嬉しい)」

 

 何言ってるのあのばかは!

 いや、本当に困るわね。

 私の攻撃は、本来の威力の半分、いや最悪二割三割かもしれない。

 相手がダクネスの体を使う悪魔なだけでここまで苦戦するなんて……!

 だけど動けなくなったらおしまいでしょ。

 

「させぬ!」

 

 氷漬けにしようとしたら、バニルが体当たりを噛ましてきた。

 回避も間に合わず、私は大きく吹っ飛ばされた。

 木に背中を強く打ちつけ、口から大量の空気が飛び出た。

 

「けほっ」

 

 上手く呼吸ができなくなる。

 それに体が滅茶苦茶痛いし……。

 何か最近苦戦ばっかりしてる気がする。

 デストロイヤーの時もしてたし。

 まさかダクネスが私の天敵だったとは……。

 

「これで終わりだ! (ああ、何てことだ、私がレイムに勝ってしまう!)」

 

 まあ、夢想天生すれば終わりだけど。

 突き出された拳は私を通り抜けて、後ろの木に直撃し、めり込んだ。

 

「すり抜けるだと?」

「『氷縛結界』!」

 

 私の魔力が注がれた氷の魔法札、十数枚がバニルの周りに散らばり、一枚一枚から氷が縄のように伸びて絡みつく。

 全身を縛られたバニルはどうにかして抜け出そうとするが、強力な結界を破ることは叶わなかった。

 

「あの一撃で貴様を落とせなかったのが敗因、か。フハハハハハ!」

 

 バニルはダクネスの体からはなれられない。

 クルセイダーの体を利用することで、神聖な力を克服することができている。はなれてしまえば私かアクアに浄化される。

 動けなくなってしまえば、バニルは手詰まりになるということ。

 

「さて、あんたを真っ二つにするわ」

「フハハハハハ! 忘れたのか? この娘のスキルは装備品にも影響する。それは当然仮面にも影響しておる。我が仮面は呪われた装備品扱いになるからな。いったい何度やれば貴様の攻撃、は……」

「そうね。だから、次の一撃で決めるわ」

 

 バニルから笑いが消える。

 今発動したセイバーは普段よりも多くの魔力を込めてある。

 莫大な魔力は空気を震わし、周囲の景色を陽炎のように歪める。

 尋常ならざる魔力の気配を発している。

 木々の葉が恐れているように震え、気のせいか地面すら震えている気がした。

 

「フハハ。何たる魔力、何たる魔力だ! そして、何というごり押し! 面白い、実に面白いぞ! 博麗の巫女!! フハハハハハハハハハハ!!」

 

 バニルが最後の最後で高笑いをする中、私はバニルの仮面だけを切り裂いた――。

 

 

 

 大悪魔バニル。

 それは先日私が倒したモンスター。

 ダクネスの体を乗っとることで、私を追い詰めるというとんでもないことをした奴だ。

 そいつの賞金はダクネス達に任せて、私はウィズの店へ来ていた。

 あの悪魔は貧乏店主に会いに来たと言っていた。おそらくそれはウィズのことだろう。

 まあ、報告する必要なんかまるでないだろうけど、たまにはウィズの淹れたお茶が飲みたいので、ついでに報告しに来た。

 扉を開けて、中に入ると。

 

「素直でない巫女ではないか。どうした、そんなばか丸出しの顔をして」

 

 仮面にⅡの文字がついた大悪魔バニルがいた。

 何で生きてるのこいつ。

 この前仕留めたのに。

 

「あっ、霊夢さんじゃないですか。聞きましたよ。あのバニルさんを見事に倒したそうですね」

「いや、生きてるじゃん」

「貴様に滅ぼされたのは事実だ。ここにいるのは復活しただけのことよ」

 

 復活できるのね。

 あの時倒したのは水の泡なんじゃ。

 また倒すべきなのかな?

 

「おっと。倒す必要はなかろうて。我輩、貴様に滅ぼされた時点で幹部ではなくなっているのでな。今はどこにでもいる善良な市民であると宣言しよう」

 

 考えを読まないで、考えを。

 あー、もう、面倒臭いから放っとこ。倒してもまた復活しそうだし。

 バニルはガラクタを私に見せると。

 

「これなんかおすすめだが、お一ついかがかな?」

 

 ガラクタを押しつけてきた。




やっと終わりました。
遅くなってすいませんでした。


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第十三話 温泉旅行なう

もうすぐで十二月ですね。
そろそろ今年も終わりか……。
年々、時間の経過がはやくなってると思う今日この頃。


 温泉旅行に行きます。

 そもそもなぜ温泉旅行に行くのかというと、私が最近疲れることばっかりだから、ゆっくりと休みたいわー、とか言ったらアクアがアルカンレティアを推してきたので決まった。

 ゆんゆんがあまり行きたそうにしていないのが気になったけど、温泉という素晴らしい響きには心を動かされた。

 現在は馬車に乗って、アルカンレティアを目指している。

 護衛として乗り込めば代金を無料にすることもできたけど、のんびりとしたいのが目的なので、お金を払って普通のお客さんとして乗り込んでいる。

 馬車に揺られながら、景色を眺める。

 アクセルや幻想郷では見ることのなかった景色を夢中で眺めていた。

 それしかやることがないというのも理由の一つだけど。

 お茶とせんべいがほしい。

 めぐみんとゆんゆんは見たことがあるのか、私とダクネスとアクアほど景色を見ようとはせず、ちょむすけを可愛がっていた。

 めぐみんのペットのちょむすけは羽の生えた猫で、邪悪な気配を感じさせる。羽が生えてるから、普通の猫とは違うのだろう。

 なぜかアクアにはなついていない。

 アクアが抱こうとすれば激しく嫌がるほどだ。邪悪な気配があるから、なんちゃって女神でも嫌なのかもしれない。

 私に関してはそもそもなつかれようと思ってないから構っていない。めぐみん達より早起きしてるので、朝食の用意はしてやってるけど、そんなものだ。

 そんな関係だから、ちょむすけは私を見ることはあっても近寄ってくることはなかった。

 そのちょむすけは何を思ったのか、めぐみんの隣に座る私のところに来て、じーっと見上げてくる。

 ちょむすけの顎回りをかいてやると気持ちよさそうに喉を鳴らして、私の膝の上に座り込む。

 背中を優しく撫でてやる。

 

「にゃー」

 

 嬉しそうに鳴いた。

 ちょむすけを撫でることにした私は景色を見るのをやめる。

 中々私からはなれず、ずっと撫でられているちょむすけを見て、不満げな顔になったアクアが近寄って抱き寄せようとしたのだが、それに感づいたちょむすけは私の服の中に逃げ込んだ。

 さらしに爪を立ててしがみつくものだから、ちょっと痛い。

 

「ちょむすけが嫌がってるじゃないの」

「何でよー! レイムに全然なついてる感出してなかったのに、どうして急にそこまで仲よくなってるのよ! おかしいじゃない」

 

 アクアだけなつかれていないのは笑える。

 ちょむすけのいる場所がいる場所だから、アクアは手を出すのを諦めて席に戻る。

 アクアがはなれると、ちょむすけは爪を立てるのをやめ、少しずつ下りていき……、服の中から出ないで座り込んだ。

 ここが安全地帯だと思ったようだ。

 誰も手が出せない。

 出したら、その瞬間切り裂かれることになる。

 

「こら、ちょむすけ! そこから出てきなさい!」

 

 服の中のちょむすけが欠伸をした。

 この猫、見た目によらず賢いのかもしれない。

 ちょむすけが私の中から出てこないまま時間は過ぎていく。

 ちょむすけがすっかりと熟睡してしまった頃、馬車が止まった。

 私達は休憩するんだと思ったが、そうではなかった。

 

「モンスターが出たぞー!」

 

 窓の外を見れば、土煙を上げながら大量のモンスターがこっちに向かってきている。

 鷹の頭を持つ、二足歩行の鳥のモンスターが猛スピードで接近している。

 何だあれ。

 一般客として乗り込んでる私達は戦わなくていいから、外に出て安全なところに避難すればいい。

 ちょむすけを抱き抱えて外に出る。 

 向こうから来るモンスターの数は尋常ではない。なぜあんなにもたくさんのモンスターがタイミングよく来たのかしら。

 まあ、運のない女神がいるからそいつのせいね。

 ぼーっと眺めている私にダクネスが。

 

「レイム、奴らを倒すぞ」

「えっ? それは護衛の冒険者にやらせましょうよ。そのためにお金払ったのよ」

「いえ、流石にあの数は厳しいと思います。最悪馬車が破壊される可能性もありますよ」

 

 馬車が壊れるとアルカンレティアに行けなくなる。

 アクセルへも徒歩の帰りになる。

 それはとても面倒臭いことだ。

 あの数のモンスターを倒したら経験値はそれなりに入るわよね?

 ふむ……。

 経験値か……。

 私は大量の経験値を見据える。

 

「経験値稼いどきますか」

 

 ちょむすけを抱いたまま前に出る。

 先に前に出ていた冒険者達は私達を見ると、

 

「おい、あんたら、護衛とは関係ないんだから下がってろよ!」

「待って! 猫を抱いてるあの子、ハクレイレイムじゃない?」

「なっ!? あのレイムか!? 魔王軍の幹部バニルとベルディアを討ちとり、デストロイヤーすら葬ったあの!?」

「あの変な格好は間違いなく本物だろう!」

 

 変な格好とは失礼な。

 

「あの後ろの人達は……!」

「ハクレイレイムはソロじゃなかったのか?」

「付き人か何かだろう」

「ふふっ……」

 

 私は向こうの冒険者に見えず、聞こえないように笑った。

 彼らの悪意のない言葉に少なからずショックを受けるアクア達。

 みんなの活躍はどうやら伝わることはなく、私の活躍ばかりの知られているらしい。

 そして、なぜか私は仲間がいない設定になっていた。王都での活躍で私達のパーティーは名が売れたんだけど、それはどうしたのかしら?

 ゆんゆんは加入したばかりだからしょうがないと思うけど、やたらとショックを受けてるような……。

 

「来るぞー!」

 

 それを聞くとめぐみんは杖を構えて目を閉じ、詠唱を開始した。

 魔法使いの人達はモンスターの群れに向けて、次々と魔法を唱える。

 

「私は付き人じゃなくて仲間です!」

 

 妙に気合いを入れたゆんゆんが怒りをぶつけるように上級魔法を唱える。

 中級魔法よりも威力が高い上級魔法は、一撃であってもモンスターの群れには有効であった。魔法の余波で転倒して巻き込んだりと、一気に十匹を超える数を倒した。

 遅れて私も魔法を連発する。

 それは炎であったり、雷であったり、氷であったり、竜巻であったり、光であったり……。

 それは蹂躙と呼べるものだったと思う。

 私の魔法を見たゆんゆんは驚きのあまり文句を言ってきた。

 

「おかしい! 休まずにそんなに発動できるのはおかしいから!」

 

 隣でゆんゆんが高速で詠唱して上級魔法を唱えているが、私の速度には負ける。

 

「そもそも何で詠唱も何もしてないのにそんなに使えるの!? せめて唱えてよ!」

「断る」

 

 魔力を練り上げ、長々と詠唱していためぐみんはカッと目を見開いて、力強い声で唱える。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんの必殺の一撃がモンスターの群れの中心に突き刺さり、大地を揺らすほどの大爆発を起こした。

 あとには大きなクレーターが残る。

 今の大爆発でモンスターはあちこちに吹き飛ばされるか、消し飛び、その数を大きく減らした。

 今のエクスプロージョンはいつもよりも気合いが入っている感じがした。心なしか威力も大きかったような。

 今の爆裂魔法を見たゆんゆんは「やっぱりめぐみんは……」と何かを言いかけて、慌てて首を振って上級魔法を唱える。

 

「今のエクスプロージョンはいつもよりも凄かったわね」

「ふっ。そうでしょうそうでしょう。私も今のは過去最高だと自負しておりますよ」

 

 ダクネスに背負われためぐみんが誇らしげに語る。

 今の魔法を見た、他の冒険者達はあまりの威力に驚きを隠すことはできず、口をポカーンと開けていた。

 ゆんゆんは自称ライバルだからか、負けていられないとばかりに次々と上級魔法を唱えていく。

 あれほど大量にいたはずのモンスターは一匹も馬車まで到達することはできず、全て倒された。

 ダクネスとアクアは何もしてなかった。

 

 

 

 夜になり、私達は野営をとっていた。

 アルカンレティアへは一日半ほどかかるため、ここで一泊過ごすしかない。

 さて、私とゆんゆんとめぐみんは、冒険者や商隊のリーダーに囲まれていた。

 あの一方的な戦いをした私達の力を褒め称える彼らに気分をよくしながら、注がれるお酒を次から次へと飲み干す。

 

「お強いとは聞いておりましたが、いや、まさか上級魔法をポンポンとお使いになるとは!」

「紅魔族の子もレイムさんほどじゃなかったけど、上級魔法を何度使っても疲れを見せないなんてね! やっぱり流石としか言えないわ!」

「めぐみんさんの魔法はそんな二人を遥かに凌駕するほどの威力だったぞ! あれならドラゴンでも幹部でも一撃じゃないか!?」

 

 多くの人に褒められてゆんゆんは照れ臭そうに、ちびちびとお茶を飲む。

 めぐみんは、私なら当然とばかりの態度を見せていて、ジュースを飲みながらデストロイヤー戦での武勇伝を語っている。

 そんな私達とは対照的にアクアとダクネスは静かーにご飯を食べていた。昼間あまり活躍できなかったのが心に響いたらしい。

 二人は私達をちら、ちらと見てくる。

 肩身が狭い思いをしている二人に目を合わせた私はこくりと頷く。すると二人はぱあっと顔を輝かせて。

 

「活躍したあとに飲むお酒は最高ね!」

 

 すぐに泣きそうな顔になった。

 ダクネスに関しては泣きそうな顔のはずだが、どこか嬉しそうな様子を見せていて、口が若干弧を描いている。

 あいつはこんな時でも興奮しているのか。

 そんなダクネスに、アクアは肩を揺さぶって何かを言っているが、当の本人は頬を赤らめて嬉しそうにするばかりであった。

 あいつは本当にどんな時でもぶれないわね。

 バニルに乗っ取られた時も変態な一面を惜し気もなく見せていたし。

 ダクネスの性格がもっとよくて、剣のスキルをちゃんととるような奴ならもっと活躍できると思うんだけど……。

 まあ、たらればの話をしても、ダクネスが変態という事実は変えられないから無駄なんだけどさ。

 私は二人を見るのをやめて、新しく注がれたお酒をごくりと飲んだ。

 

 楽しい食事も終わって、眠りについた。

 それからどれぐらい時間が経ったかは知らないけど、まだ真っ暗な時に目を覚ました。

 トイレに行きたいわけではなく、ただ何となく目を覚ましてしまった。

 二度寝しようと思ったのだが、妙な気配を感じたので体を起こした。

 何か見えてるわけではないけど、妙な気配は感じる。これはアンデッドかな?

 気配は一つ二つではない。数えるのも面倒なほどの数がいる。

 

「みんな起きなさい」

 

 隣で眠るアクアとめぐみんを揺する。

 強い気配はないが、数が多い。

 どうしてアルカンレティアに行く途中で、二度もモンスターの群れに襲われなくてはならないのか不思議でならない。

 相手はアンデッドのようだし、アンデッド?

 ベルディア戦でアクアがアンデッドの群れに追われた時のことを思い出した。

 アンデッドを引き寄せる何かがアクアにあるのだとしたら、この群れはアクアのせいで来たことになる。

 

「アクア、起きなさい! 起きろ!」

「痛い! せっかく気持ちよく寝てたのに何なのよ!?」

「アンデッドの群れが来てるのよ」

 

 私の言葉を聞くと、アクアは素早く立ち上がる。

 やけにやる気に満ちた顔で周囲を見回す。

 

「神の理に刃向かいしアンデッドが、よくこの私の前に姿を見せられたものね! 一匹残らず浄化してあげるわ!」

 

 そういや、あいつバニルを見た時も敵意を剥き出しにしてたわね。

 アンデッドとかそっち系が許せない質なのかな。

 そんな些細な疑問を私が持ってると、アクアは浄化をはじめた。

 アクアの足下に青く輝く魔法陣が浮かび上がり、それは一気に巨大化して、広範囲に展開する。

 アンデッドの群れを丸々囲んだ魔法陣は、

 

「『ターンアンデッド』!」

 

 アクアの一声でカッと強く輝く。

 光に照らされたアンデッドの体はボロボロと崩れ、その魂は天へと昇っていく。

 あっという間にアンデッドの群れを退治する、その姿は誰に見せても納得してもらえる女神の姿であった。いつもそうならいいのに。

 

「見たレイム!? この私の圧倒的で華麗な浄化を!」

 

 腰に手を当てて、頭が悪そうな大笑いを見せる。

 アクアはアクアか。

 私は一人納得した。

 

 

 

 翌日、モンスターに遭遇することなく、アルカンレティアに到着することができた。

 

「こちらの方をどうぞ」

 

 昨日の活躍の報酬として、私達は商隊のリーダーから温泉宿の宿泊券を渡された。この宿はアルカンレティアで一番大きい宿屋らしく、報酬としては十分なものだった。

 私達に報酬を渡したリーダーさんは、このまま次の街へ向かうようだ。

 頑張るなあ、と思いながら見送り、私達はアルカンレティアに向き直る。

 アクアがはしゃぐ。

 

「来たわ! 来たわよ!」

 

 街のあちこちには水路があり、それだけでも水の都としての顔を見せていた。

 建物は青色を基調としている。

 そして、この街最大の魅力は何と言っても温泉だ。

 水と温泉の都アルカンレティア。

 それがこの街の呼び名だ。

 アクアは感激した様子で街中を見回す。

 こいつは何でこんなテンション上がってるの?

 気持ち悪いぐらいなんだけど。

 これ以上うるさくなるなら殴っても黙らせる。

 

「来たわ! 水と温泉の都アルカンレティア! そして、アクシズ教団の総本山! ここは永遠にして美しき聖地なのよ!」

 

 アクシズ教団……?

 それってアクアを崇める頭のおかしい集団よね。

 この街にそいつらの本部があるとは思わなかったわ。だから、テンション高いのかこいつ。

 まあ私は温泉が楽しめればいいから、アクシズ教団とやらには関わるつもりはないけど。

 

「とりあえず、この宿泊券が使える宿に行くわよ」

 

 アクア達はこくりと頷く。

 街の中を散策するにしても、まずは荷物を置いてからだ。

 アクアはこの街に来ただけで舞い上がっていて、あちこちを楽しそうに、そして嬉しそうに見ている。

 今のアクアなら、入口にいるだけでも一日を普通に潰せそうである。

 国内でも有名な観光地だけのことはあり、多くの人が行き交っている。

 この人の数は、多分この辺りが宿の密集地だからだと思う。

 周辺の人の会話を聞くと、お土産を買えるところに行こうよ、というのがあり、それが多く聞こえてくるので、多分そこも混んでるんだろうなあと思った。

 しばらく歩くと目的の宿に到着した。

 外観は立派なものである。

 私は幻想郷にあるような和風の屋敷を想像していたが、石造りの大きな建物であった。王都で見たような宿に似ている。

 私達は早速中へと入る。受付周りにはなぜか店員が固まっていた。

 気になったが、客の私には関係のないことだろうと思って流す。

 入店してすぐに横にある受付へと行き、店員に宿泊券を見せる。

 店員の女性は宿泊券を見ると、周りの店員に一つ頷いてみせた。

 

「皆様のことは旦那様からお伺いしております。どうか、ごゆるりとおくつろぎ下さいませ」

 

 手厚い歓待を受けた私達は部屋へと案内される。

 案内されたお部屋は広く、私達の倍の人数でも使用できそうだ。

 私達は荷物を置く。

 アクアはアクシズ教団の本部の大教会に行ってくると言い残して出ていき、めぐみんはアクアが心配だからと一緒について行った。

 それを見届けて、私はお茶をコップに注ぐ。

 

「はい」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 

 ダクネスとゆんゆんはお礼を言い、お茶を一口飲んだ。

 それを見てから私もお茶を飲む。

 アクア達がなぜあんなにも元気なのかは不明だけど、まあその内帰ってくるでしょ。

 街の散策よりもゆっくりしたい。

 散策は明日でいい。

 熱いお茶を飲みながらそんなことを思い。

 

「このあとはどうするんだ?」

「ここでゆっくりするだけよ。景色もいいことだしね」

 

 窓から、街並みが見下ろせる。

 今日ぐらいはこれを楽しんで、明日お土産を売ってるエリアを見て回ればいい。

 そんな私に何か言うでもなく、二人もゆっくりすることに決めたらしい。

 ダクネスは暇潰しようにと持ってきた本を読み、ゆんゆんはトランプで山をつくり、私は窓から見える景色を眺める。

 ……ゆっくりしてるわあ。

 

 温泉も堪能した私達は部屋で寛いでいた。

 浴場は思ったよりも広くて、お湯の加減も好みだったので、大満足できた。

 これからも通おうかしら。

 ダクネスとゆんゆんもここの温泉には満足がいってるらしく、いつもよりもリラックスした雰囲気で寛いでいる。

 流石アルカンレティアで一番大きい宿屋というだけのことはある。

 温泉は凄く満足したし、夕食は何が出てくるのかしら。きっと豪華で美味しいものよね。

 夕食に期待して、胸を弾ませていた。

 そんな時に出かけていた二人が戻ってきた。

 

「うえええ、ぐすっ、ひぐ」

「アクシズ教徒怖いです。アクシズ教徒怖いです。アクシズ教徒怖いです。アクシズ教徒怖いです」

 

 アクアは泣きながら。

 めぐみんは俯いてぶつぶつと呟きながら。

 二人ともなぜか暗い雰囲気で帰ってきた。

 教会に行くとは聞いたから、何かあったとすれば教会絡みなんだろうけど、アクシズ教徒の悪評を考えたら納得できてしまった。

 でも、アクアはアクシズ教団が崇める女神。泣かされる理由はないと思うんだけど。

 いや、ひょっとして、アクアが想像してたのと違いすぎて失望されたんじゃない? 近くにいる私も疑ったりするぐらいだからしょうがない。

 

「アクア、何をそんなに泣いてるのよ」

「レイムー! うええええええ!」

 

 アクアが私に抱きついてきた。

 本当にショックなことがあったようで、次から次へとぼろぼろと涙を流して、私の服を濡らす。

 

「何よ、本当に何があったのよ。鼻水つけんな」

「教会のね? 秘湯に入ったの。そしたら、私の体質で、ぐすっ、普通のお湯にしちゃったの……」

「うんうん。それで?」

「それで怒られたから、私の意思とは関係ないからしょうがないって言ったの! でも、その人は納得しなかったの。だから私は、自分が水の女神アクアであることを教えたの! ううっ……」

 

 想像はついたけど、一応聞いた。

 

「それで?」

「ふんって鼻で笑われたの!」

「ぷふっ」

「わああああああああ!」

 

 予想通りすぎて笑ってしまった。

 アクアは大声を上げて泣き出した。

 

 

 

 次の日。

 朝食を食べながら、アクアはいつになく真剣な顔で私達に言った。

 

「この街の危険が危ないと思うの」

「それはいいことじゃない。危険なものに危機が迫ってるなら、近い内に危険なものは消えるわね」

「そういう意味じゃないの!」

 

 違うのか。

 アクアはコップをテーブルにドンと置いて、この街で起きてる異変について語った。

 この街では、あちこちの温泉の質が下がっている。それは突然のことで、原因はわかっていない。

 そして、それはアクシズ教団を危険視した魔王軍による破壊工作だと、アクアは確信した様子で言った。

 ……。

 

「自分とこの神様を見抜けない教団をそこまで危険視する? アクシズ教団なんてポンコツじゃない」

「そんなことないわよ! 私の愛する信者達を悪く言わないでちょうだい! 私が水の女神アクアってわからなかったのも、きっと地上に落ちて力が落ちてるからよ」

「ああ、一応弱体化してる設定なのね。まあどっちでもいいけど」

 

 最近、私が魔王の城に攻めたら、結界は解けて、魔王を倒せるのではないかと思ってる。

 アクアの力を頼らなくてもいけるんじゃない? と思ってる私だが、泣かれると面倒だから何も言わないでいる。

 

「ここは私達がアルカンレティアを、アクシズ教団を救うべきよ! そうしないとこの街の温泉は破壊されてしまうもの!」

「ここの温泉は気に入ったから、それは困るわね。これからも来ようと考えてるのに」

「だから、誰が犯人か突き止めて、退治しましょう!」

 

 私は頷いた。

 他の三人は魔王軍が温泉を? と疑ってるところはあるようだけど、調べるだけ調べてみようってことにして、私とアクアのあとに続く。

 私の温泉を破壊しようとする魔王軍許すまじ。

 そんなわけで私達は、温泉の質が悪くて経営できていないところを訪れた。

 

「調査と言っても、専門家の方が見てもわからなかったんですよ?」

「まあまあ。ここにいるアークプリーストは力は確かでな? どの程度汚染されてるか調べるだけでも価値はある」

「はあ……」

 

 あまり乗り気でない経営者は私達を浴場へと案内する。

 脱衣場を抜けて、浴場に入ると、アクアは湯の中に手を入れる。

 すぐにその表情は険しくなり、手を入れたまま私達と顔を合わせる。

 

「かなり汚染されてるわね」

「ふうん。で、それどうにかできるの?」

「少し時間はかかるけど、浄化できるわ」

 

 アクアは親指を立てて、浄化作業に戻った。

 私は気になることがあった。

 この温泉は使えないほど汚染されてて、私達の使った温泉は何ともなかった。

 部屋のパンフレットを見たけど、この街の温泉はアクシズ教会の裏にある山から源泉を引いているとあった。もし本当なら……。

 

「この街の温泉って、教会の裏の山から引いてるんでしょ?」

「ええ。裏の山から源泉が湧いていて、アクシズ教団はそれの管理をしています。彼らがこの街で好き放題していられるのはそれが理由です」

「そうなんだ。しょうもない連中ね、ってそいつらはどうでもいいのよ。そっか。うん」

 

 めぐみんの話で確信した。

 ゆんゆんが気になったようで、私に尋ねる。

 

「レイムさんは何かわかったの?」

「誰かが温泉を回って悪さしてるってのはね。まだ源泉には手を出してないみたいだけど、時間の問題よね」

 

 温泉宿を一件ずつちまちま潰して回るよりも、山の源泉を潰す方が色々と楽だ。

 むしろ、犯人はどうして源泉を狙わないのか。

 ここまでこつこつとやるより、源泉の警備とかそういうのをクリアして潰す方法を見つける方が手っ取り早いと思う。

 努力家なのかしら?

 

「浄化終わったわー」

 

 アクアが笑顔で報告した。

 魔法を使わなくても手を入れるだけで浄化できるのだから便利よね。

 たまには女神らしく特殊能力を見せるわね。

 

「さあ、この調子で温泉を浄化して回るわよ!」

 

 私の癒しとなる温泉を守るためにもアクアには頑張ってもらおう。

 私達は、街の温泉が汚染されてることを告げた上で、どこの温泉が汚染されてるかわからないから一件一件浄化して回ってると伝え、許可をもらって温泉を浄化していく。

 中には無事の温泉もあったが、汚染された温泉も含めて、街にある温泉は全てアクアによってただのお湯となる。

 無事の温泉の持ち主は泣きそうな顔になってたけど、汚染されていた時のことを踏まえたら、被害は微々たるもの。

 正義には犠牲が必要なのよ。

 そんなこんなで、空が暗くなりはじめた頃にやっと泊まってる宿に戻ってくることができた。

 入浴と夕食を済ませて、疲れた私は布団にごろりと横になる。

 

「ねえレイムさん。もしかして寝ようとしてない? してるわよね、ねえ?」

「今日はもう疲れたわ」

「レイム、これから今後の予定を立てるんだ。寝るのはもう少しあとにしてくれ」

 

 予定。

 予定って……。

 そんなの立ててどうすんのよ。

 けど、そう言ってもこいつらは寝かせまいと何かしてくる。

 

「聞いててあげるから話し合いなさいな。まあ、明日になれば、事件起きると思うけど」

「事件? それってどういう?」

「アクアが汚染された温泉を元通りにしたわよね?」

「ええ。私超頑張ったわ!」

「誰かがこつこつと頑張って汚染させたのに、アクアが一日で浄化したのを知ったら、これまでの努力を無駄にされた犯人は源泉を狙うと思うの。私だったらふざけんな! って気持ちで源泉に毒を投入するわ」

 

 私の話を聞いたみんなは顔を見合せる。

 

「確かにレイムの言う通りですね。犯人はきっと源泉を狙いますよ!」

「ほら、はやく話し合いしてよ。じゃないと寝るわよ、つうか寝る」

 

 大きな欠伸をして、私は夢と希望が詰まった夢の世界へ飛び立った。

 そのあとされた話し合いの内容を私は知らない。

 

 

 

 翌日。

 ダクネス達によって、警察や冒険者ギルドに話が伝わった。私は朝風呂を楽しみたくて、参加しなかった。

 犯人が行動を起こすとしても、もう少しあとだろうと予想はつけてた。

 根拠はないけど間違いない。

 それまではのんびりしてても問題ない。

 異変が起きるまで待ちましょ。

 朝風呂を堪能した私は部屋に戻って、窓から街を見下ろす。

 少し長く入りすぎたのか、少し頭がぼーっとする。

 体調を回復させる意味でも、私はしばらく景色を眺めていた。

 どれぐらいの時間が経ったかわからないけど、部屋の外からドタドタと足音が聞こえてきたので、景色を眺めるのをやめて扉に視線を向ける。

 アクア達が部屋に入ってくる。

 

「お疲れさま」

 

 そこまで疲れてなさそうな彼女達を労う。

 みんなはテーブルについて、ゆんゆんはみんなにお茶を淹れる。お茶を飲んで、ダクネスが言った。

 

「警察やギルドに連絡はした。源泉への警備はより厳重なものとなり、犯人特定のために、各宿にアンケートを頼んだ。もちろん犯人には気づかれないように行動しているから安心していい」

 

 それは自信に満ちた声だ。

 大丈夫そうなんだけど、私はむしろこれからだと思った。

 私の勘が告げている。

 

「あとは報告を待つだけかな……」

 

 ゆんゆんがぽつりと漏らしたそれにアクアが激しく反応した。

 

「何言ってるの! 私達も犯人を探すために動くべきなのよ!」

「私達が動いたらバレてしまいますよ。忘れがちですが、我々は大物賞金首をいくつも討ちとった凄腕冒険者パーティなんですよ? 我々の顔が知られてる可能性があります。ここは大人しくしておくべきです」

 

 この前付き人とか言われたの忘れたのかしら?

 しかし、めぐみんの言葉にアクアは心を動かされたのか、腕を組んで「ううむ」と唸る。

 これで大人しくするなら安いか。

 だけど、昨日散々あちこち歩き回ったから、もしめぐみんの言う通りならもうバレてると思う。

 ダクネスを見ると、めぐみんの話に何か言いたそうにしていたが、アクアを派手に動かさないために無言を貫いていた。

 

「そうね。今や私達は最も魔王討伐に近いパーティーだものね。ここは様子見が一番かもね!」

「そうですよ。凄腕冒険者たるもの、待つことができなくてどうしますか!」

 

 めぐみんとアクアがハイタッチした。

 最も待つことができない問題児二人が何を言ってるのかしら?

 今日ぐらいは犯人も大人しくするでしょ。

 夜になればアンケートで犯人の目星はつくし、それまでごろごろしましょ。

 私は布団に飛び込んだ。

 

 昨日、夕食を食べ終えた頃に、ギルドの職員がアンケートの結果を知らせに来た。

 浅黒い肌で、短髪で茶色い髪の男性があちこちの温泉で目撃されていたようで、汚染されていた温泉にも例外なく通っていたことも判明したため、その男に手配をかけた。

 明日から男を捕まえる手伝いをしてほしいとお願いされた。

 そんなわけで今日の私達は出て、温泉を破壊しようとしている犯人を探していた。

 私達以外にも多くの人が探しているから犯人もすぐに見つかると思われたのだが、異変に気づいたのか、見つかったという話が出てこない。

 昼すぎまで探し回ったが、見つかる気配が欠片もないので、私達は昼食と休憩をとることに決めた。

 

「どこに隠れたのかな?」

 

 サンドイッチを食べるゆんゆんの問いかけに私達は考える。

 広い街なので、隠れようと思えばどこにでも隠れられる。むしろ見つける方が難しいのかもしれない。

 人数はこちらの方が遥かに多いだろうけど、隠れるのに専念されたら厳しいか。

 それに犯人が動くとしたら夜だ。相手が夜八時九時に就寝するのでなければ、人の活動が低下する夜を狙うでしょ。

 大抵の悪者は夜に動くものだし。

 温泉への破壊工作は無理、源泉の警備は以前よりも厳重、犯人はどうやって破壊工作をするのか。

 この街の名物の温泉を狙って動いて……。

 名物?

 この街の名は、水と温泉の都アルカンレティア。

 もしも、この街で使用される水が汚染されたらどうなる? それは温泉以上の被害となる。

 温泉ばかり目を向けてたけど、もし予想通りなら犯人が今狙うべきなのは水源となる湖だ。

 魔法で水を出せるとは言っても、アルカンレティアで使用される水量を考えたらすぐに限界は来る。

 考えれば考えるほど正しく思えてきた。

 

「湖に行ってみない?」

「湖に? 何でまたそんなことを」

「だって、ここの湖って水源でしょ。それならそこを汚染させたらアルカンレティアに被害与えれるじゃない」

 

 頼んだ野菜スティックを一本摘まむ。人参が思ったよりも美味しくてびびった。

 

「今は源泉や街の温泉に注意が向けられてます。確かに今なら湖は手薄ですね。源である湖を汚染させれば、この街のいる人達に健康被害を与えることもできる」

 

 めぐみんが詳細に語る。

 その内容はとても重い。事実であるなら、アルカンレティアは壊滅の危機に晒されていることになる。

 犯人がいつ行動するのかもわからない。もしかしたら源泉や温泉に破壊工作を施すために、近い内に湖で騒動を起こすというのもあり得る。

 私が大根をポリポリ食べていると、みんなは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。

 

「湖に行こう。もしかしたら犯人を捕まえることができるかもしれない!」

 

 ダクネスの有無を言わさぬ雰囲気に同調するようにアクア達は頷く。

 私はお持ち帰りしたいので、容器をもらって、それに野菜スティックを放り込む。右手で持ちながらアクア達の後ろをついていく。

 人参が美味しいのよね。

 

 

 

 アクシズ教会の左隣にある巨大な湖に私達は訪れていた。

 効率よく探すために散開する。

 ポリポリと野菜スティックを食べながら、今にも毒とか入れそうな怪しい奴を探す。

 ここも観光の名所なのか、観光客の姿を確認できる。カップルもいるようで、男の方が女性に何かを囁いている。俺の器はこの湖ほど大きいとでも言ってるのだろうか。

 よく見るとカップルが多い。なぜ多いのかは不明だけど、こういうのは『カップルで訪れると幸せになる』みたいな信憑性のない噂があるものだ。

 

「浅黒い肌の男はいるのかしらねー」

 

 野菜スティックを食べ終えたので、真面目に探すことにした。

 こんな人がいる時間から破壊工作をしに来るのかと疑問に思うが、逆に来るのかもしれない。人がいるからこそ罪を擦りつけることもできるわけだし。

 五分五分かなー、と思いながら湖の周りを歩く。

 

「おっ?」

 

 浅黒い肌、短髪で茶色い髪。情報通りの男が人があまりいない方へ歩いていく。

 犯人だ。

 間違いなく犯人ね。

 私は犯人を尾行する。別にバレても構わないから堂々と後ろをついていく。

 男は私に気づいている様子はなく、もしかしたら観光客と思ってるのか、振り返ることなく湖のそばまで寄っていく。

 どうするのかと見ていると、湖に手を入れた。

 間もなくして、男の手を中心に湖が黒く濁っていく。毒か何かを撒いてるのか。

 

「そこまでよ」

「どうしました? そんなに険しい顔をされて」

 

 慌てることなく手を引き抜き、何でもないように振る舞う。

 何も知らなかったら引き下がってしまうほどに自然な対応だ。しかし、こいつが手を突っ込んでいた場所はまだ黒く濁っている。

 

「何か撒いてたでしょ。あんたが手を突っ込んでから湖の水が黒く濁ったもの」

「何のことやら。何なら調べてもらってもいいですよ。毒なんて出てきませんから」

「誰がいつ毒なんて言ったのよ」

 

 男の顔がひきつる。

 

「黙ってついてきなさい。そうすればっ」

 

 男が殴りかかってきた。

 私は咄嗟に避けて、男と距離をとる。

 

「ちっ。こんなはやく見つかるとは運がないな。こうなったらてめえを片づけて、とっとと湖を終わらせてやる」

 

 忌々しそうに言い、両腕を変形させた。人の腕から、真っ黒なゼリー状の触手となる。

 それが毒の塊であるのはわかった。

 面倒な感じがするなあ。

 オオカネヒラの出番またないわね。

 近づいたら全身に毒を撒かれそうだし。

 私は七色に輝く雷を放って、男の体を貫く。つもりだったけど、そうはならなかった。

 魔法耐性が高いのか、思ったより効いていない。

 またこのタイプなのね。

 私は前回のダクネスを思い出し、げんなりした。

 

「残念だったな。デッドリーポイズンスライムの俺は魔法に対して強い」

「スライム? スライムってプルプルしてるのじゃないんだ」

「俺は人の形をとれるんだよ」

「えー……。何そのスライムの中でも凄く強いみたいな設定。やめてくれない?」

 

 魔法連発で終わりだと思ったら全然違った。

 普通のモンスターの何倍も強そうな感じがするし、というかこいつ幹部じゃないの?

 

「死ね!」

 

 触手が私に向かって振り下ろされる

 横に飛んで回避する。振り下ろされた触手は地面に叩きつけられ、草花と土を溶かす。

 もう一つの触手が追撃のように払われた。私は真上に飛んで避ける。

 空を飛ぶことに驚きを見せた男だけど、キッと睨むと、二つの触手から小さな塊を数十と飛ばしてくる。

 弾幕のようなそれは間を縫って進むことはできず、私は飛行して回避することを強いられる。

 撃たれた塊は男によって回収されているので、弾切れは期待できない。

 こうなったらこちらも弾幕しかない。

 私に向かって放たれる毒の弾幕を、光弾で次々と撃ち落としていく。途中から逃げるのをやめて、弾幕を展開して対抗する。

 

「何だその魔法は!?」

 

 一発、また一発と着弾する。

 数の暴力は私の勝ちとなり、光弾が次々と男に直撃する。しかし、強い魔法耐性を持つこいつにとって大したものではなく、鬱陶しい程度のものである。

 不快そうに顔を歪めて、私を見上げる。

 私も私でこいつをどう倒すか考える。

 力任せに倒してもいいけど、周辺への被害がとんでもないことになりそうだ。

 あっ。

 アクアに浄化させたらいいか。

 よし、畳み掛けよっと。

 

「これで終わらせるわ!」

「んなっ!?」

 

 男がまぬけな声を上げて、驚愕の表情を浮かべた。

 これまでの比ではない数の光弾が男に向かっていく。いくら魔法耐性が凄くても、とてつもない数ならどうにかなる。私はそう思っていた。

 現実はそうではなく、身の危険を感じた男は人の姿を捨て、本来の姿をさらけ出した。

 鋭い牙が生えた大きな口、真っ黒なゼリー状の巨体からは数本の触手が空に向かって伸びていた。

 

「ガアアアアアアアア!!」

 

 周囲の空気を震わすほどの咆哮を上げる。

 先ほど放った弾幕は全て直撃したものの、その巨体の前では意味を持たなかった。ゼリー状の体は衝撃も吸収してしまうのだろう。魔法耐性の高さも考えると、こいつにほとんどの魔法は通じない。

 スライムとしての真の姿と力を見せたということね。面倒臭そうな感じしかしない。

 

 私が真の姿を見せたスライムとの戦闘を開始し、魔法を数発撃ち込んでからアクア達がやって来た。

 アクアは湖を見て、手を入れると、汚染されていることに気づき、湖に飛び込んで浄化をはじめた。

 ダクネス達はなぜしばらく来なかったのかと思ったが、湖の周辺に人がいないのを見て理由がわかった。

 

「これほどのスライムが存在しているとは……。いや、まさか、こいつは……! 魔王軍の幹部ハンスか!?」

「デッドリーポイズンスライムの変異種だっけ? だとしたら一撃でももらったらあの世行きよ!」

 

 ゆんゆんの解説に、ダクネス達の間に緊張が走る。

 いよいよ厄介この上ないことが判明したけれど、私にはとっておきの術がある。

 

「『氷縛結界』!」

 

 氷の魔法札を大量にばらまき、強敵を封じ込めてきた結界を展開する。

 札から縄のように氷が伸びてハンスを縛り上げるのだが、あまりに巨大で体重が重く、ゼリー状なのもあって他のモンスターにやるよりも効果はいまいちだった。

 ドロッと形が崩れると、分離してしまうのだ。一部が氷となって空中に浮いている。……そんな風に残されると、食べ残しを見られたような気持ちになる。

 私の自慢の氷縛結界から抜け出したあとは、狙いを私に定めて、触手を伸ばして捕らえようとしてきた。

 その時ダクネスが震えながら言った。

 

「毒さえ、毒さえなければ私がされたい……! 今すぐ私を触手で絡めとり、そして都合よく服だけ溶かす液体で私を裸にして、そのまま……! くうん!」

 

 妄想して身悶える変態に、二人の紅魔族は手遅れのものを見る目に。

 眼下のハンスが一瞬固まったのは多分気のせいだと思う。

 私を捕らえようと、触手を半分に割き、倍に増やして素早く伸ばしてくる。

 避けるよりもと、高所へと移動して攻撃が届かない位置まで移動する。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 ハンスの頭上から雷が落ちるが、直撃したところがプルルンと揺れただけで大したダメージになっていない。やっぱり雷は効かないんだ。

 

「上級魔法は傷一つつけられない。なれぱ、我が爆裂魔法しかないでしょう!」

「やめて! この辺り一帯が汚染されちゃう!」

 

 アクアの悲痛な叫びを聞いて、ゆんゆんがめぐみんを後ろから押さえる。

 

「は、はなせえ! 我が爆裂魔法とアクアの浄化魔法で全ては解決するのです!」

「やめて! 湖にたくさん破片が飛んだら、浄化だって間に合わなくなるから!」

 

 騒ぐ彼女達を見て、ハンスが矛先をそちらに向けようとしていた。

 様々な魔法は通用しなかった。本当に爆裂魔法し、か……。その時、あるものを思い出した。

 私は放置されてる氷縛結界に目を向けた。

 そこには凍った破片が空中に浮いている。

 氷の魔法は効かなかったように思えたけど、威力が足りなかっただけなんじゃ?

 いつか悪魔にごり押しとか言われたけど、今回もごり押しになるのかあ……。

 残りの氷の魔法札をとり出す。

 つくるの大変なのよね。

 

「みんなはなれなさい。今から私の全魔力をこいつにぶつけてくれるわっ!」

 

 アクアは湖の中に逃げ、ダクネス達は全速力で逃げ出した。

 全ての札に全魔力を込めて、ハンスを取り囲むように放った――。

 

 

 

 翌日。

 私は昼過ぎに目を覚ました。

 ハンスを氷漬けにして討伐したまではよかったのだが、魔力が底を尽きた私は当然落下し、氷の塊に体を何度も打ちながら地面に落ちた。

 全身ズキズキして痛かったけど、アクアの回復魔法てそれは治ったからいい。

 私達のやるべきことはまだ残っていた。

 巨大な氷の塊の中にはデッドリーポイズンスライムの死骸がある。その辺に捨てておくわけにもいかないし、焼いてどうにかなるものでもない。

 それをどうにかしたのがアクアだ。

 唯一と言ってもいい、こいつの女神としての力でハンスの破片を浄化した。

 幹部を討伐し、温泉を救い、ついでに街も救った私達はギルドに報告したのち、泊まってる宿屋で宴会をして遅くに眠った。

 んで、昼過ぎに起きたわけだけど、みんな帰り支度をしている。

 

「お土産買ってかないの?」

「買っていくに決まってるじゃない。ほら、レイムもはやく帰り支度しなさいよ」

 

 アクアに促されて私は体を起こし、着替えてから帰り支度をする。

 そのあとはみんなで街に出て様々なお土産を購入した。

 

 温泉旅行に来たのにゆっくりしてない。




気づいたら年金生活をしてるんだと思うと、生きるのが怖いと思う私です。
次は紅魔の里かな……。

???「私、私、ダストさんと子供をつくらないといけないの!」


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第十四話 私の初体験

生まれ変わったらスティールになりたい作者です。


 旅行は散々だった。

 癒しを求めて旅行に行ったのに、そこで変なトラブルに巻き込まれるし。

 困ったものだ。

 私は冒険者ギルドでだらだらしていた。

 やることないんだもん。

 いや、やることないことこそ私は望んでいた。

 最近は魔法耐性が馬鹿みたいに高い奴らばっかりで疲れたから、これからはそういうの出ないでほしいわ。

 これからはゆるーく生きていく。

 結局アクセルから出てものんびりできないなら、ここでのんびりする方がいい。

 そうよ。

 よく考えたら、幹部がここに来る理由はないのだから、ここにいれば平和じゃないの。

 あー、でも、アイリスとまた会う約束してるのよね。まあ、隙間でいくらでも行けるし、そこまで気にしなくてもいっかあ。

 お茶を飲みながら、最近購入した『リア充は街の中心で嘔吐する』という小説に目を通す。

 これは年代問わず、称賛されている。

 称賛する方々が言うのは「虚しい気持ちを満たしてくれる」である。

 ストーリーは、リア充カップルに酒の席で馬鹿にされた主人公カズマが復讐をする、という単純なものだ。

 酒が入ってたとはいえ「彼女いない歴と年齢が一緒とか」と笑うのはよくない。

 そんなの言ったら私も彼氏いない歴と年齢一緒なのよね。もしそんな風に笑われたら顔面変形させる。

 とまあ、こんな風に馬鹿にされたカズマはその日から復讐を考えるようになる。そのためには犯罪者になっても、と思う彼だったが、家族と将来のことを考えて完全犯罪を企てる。

 しかし、完全犯罪は簡単にはできない。

 なぜなら嘘を感知する魔道具がこの世にはあるからだ。

 それを回避するにはどうしたらいいのか……。

 実物を見てみないとわからないと、彼は酒をたくさん飲んで酔っ払って、あたかも酒が原因であるかのようにものを盗んで捕まった。ちなみに酒の力を借りないと盗みを働けなかった。

 取り調べで「覚えてない」を連呼して、文句があるなら嘘を感知するものを使えばいいと挑発して引っ張り出した。

 質問に覚えてないと素直に返したら当然のチリーンと鳴る。

 同じ質問に彼は「酒の力があるから盗めたと思います」と返すと鳴らなかった。これで彼はこの魔道具は例え一部でも正しければ鳴らないと知る。

 次に「酒で酔ってたから記憶があやふやなところがある」と答えると鳴らない。実際ところどころ記憶が飛んでいる。

 つまり魔道具はカズマが盗みを『覚えていない』という嘘は感知できても、盗みを働いた目的を看破できないのだ。あくまでも嘘を見破るだけなので、嘘にならないように上手く返答すれば、今度はカズマを守る道具となる。

 それを知ったカズマは完全犯罪が難しいものではないことを確信した。

 いざとなれば嘘を感知する魔道具が守ってくれる。

 だとしても、一番いいのは疑われないようにすることであり、そのような事態に陥らないように注意を払うことに尽きる。

 彼は計画を練り、一つの案を出した。

 それは無差別で仕掛けるというものだ。

 多くのカップルが盛り上がるイベントの日に腐った食べ物や飲み物を建物の上からばらまいて台無しにする。そして、ターゲットには一番やばいものを当てて、忘れられない日にさせるというもの。

 そうしてカズマはことを進めていき、作戦決行日、カップルが一番盛り上がる時間帯で作戦を行う。

 建物の上にはあらかじめ腐ったものを用意してあるので、カズマは潜伏や狙撃などのスキルを使いつつ、見事に目的を達成する。

 やられたターゲットは泣きながらゲロを吐いて、忘れられない思い出の日となった。

 大惨事となったイベントの翌日、カズマは容疑者として呼び出され取り調べを受ける。

 

「お前は何もしていないか?」

「何もしてないということはないだろ。呼吸したりご飯食べたり」

「そうじゃなくて昨日のイベントの日に何かしてないかと聞いてるんだ」

「その日は親からいつになったら彼女つくるんだという口撃に耐えて冷めたご飯を食いました」

「そ、そうか……。昨日のイベントで腐ったものをばらまいてカップルを泣かせた奴がいてな? それで色々な人に聞いてるんだが」

「カップルはみんな死ねばいいと思ってます。俺に彼女できないのも全部あいつらが悪いんだ。きっと日頃からカップルしてるのがいけないんだと思います。ざまあみろですよ。俺だって彼女と手を繋いで――」

「わかった! もういい、もういいから! 帰っていいから。お疲れ様でした!」

 

 そして、彼は本心を語ることで、こいつは恨みを溜め込むタイプだと思わせて難を逃れる。陰鬱で、行動力があるようには見えないように見せたのだ。

 こうしてカズマは完全犯罪を為し遂げ、ハッピーエンドを迎えた。

 

「近年稀に見る名作ね」

 

 売上、人気、ともに一位なのが納得できる。

 読み応え抜群の作品だ。

 今度のエリス感謝祭では、泥水をエリスコスプレした奴らにぶっかけてやろっと。

 気分よくお茶を飲んでいると、慌てた様子のゆんゆんがギルドに飛び込んできた。後ろにはアクア達がいた。アクアは面白いことが起きると思ってるのか目を輝かせている。

 私は何事かと様子を見る。

 ゆんゆんはダストで有名なチンピラの前に立つ。その手には手紙があり、何より目を引くのは真っ赤に染まった顔である。

 

「あん、何だ?」

 

 ダストが訝しげにゆんゆんをじろじろと見る。

 理由は不明なのだが、ゆんゆんはなぜかダストと例の悪魔と仲がいい。本人は否定するが、友人みたいなものと言ってもいいほどの仲だ。

 そんなゆんゆんは恥ずかしそうにダストをちらちらと何度も見ると、意を決して、ギルドに響き渡る声でとんでもないことを口にした。

 

「私、ダストさんの子供がほしいの!」

 

 そんな、あまりにもストレートな言葉をぶつけたゆんゆんは耳まで真っ赤にして、ダストをじっと見つめる。

 私はゆんゆんの隣まで歩いていく。彼女の顔の赤さが移ったみたいに、私の顔はほんのりと赤く染まる。

 ゆんゆんの肩に手を置く。

 

「世間ではゴミクズの代表と言われてるけど、あんたが本気なら私は応援するわ」

「ちょ、ちょっと待って下さいレイム! ゆんゆんも、二人とも一旦落ち着こうじゃありませんか。間違ってもこの男だけは駄目ですって! ゆんゆんもどうしてこんな底辺の底辺にいるような男に馬鹿なことを求めているのですか! 何があってそんなことをお願いするのか教えて下さい!」

「年齢差があるから本当は対象外なんだが、そこまで求められたら、俺も協力するしかねえ。とりあえず近くの宿に今から行くぞ」

「あんた、黙らないと刺すよ」

 

 リーンにゴミを見るような目で見られ、首もとにナイフを突きつけられたダストは青ざめた顔になる。

 めぐみんとダクネスの説得により、ゆんゆんはどうしてこんなことをしたのか語る。

 

「実は……」

 

 ゆんゆんの話をまとめると。

 魔法耐性高い魔王の幹部来て紅魔族全滅。

 残されたゆんゆんは子孫を残さないといけない。

 手紙には相手も記されていた。

 駄目男がゆんゆんの伴侶で、その男との間に生まれた子供が魔王を倒す勇者になる。里の占い師が占ったらそう出たらしい。

 だからゆんゆんは子作りを要求したわけだ。

 

「ここは俺が協力して、勇者を誕生させよう」

「あの、それなのですが、よく見ると小説みたいですよ。ほら、ここに著者あるえとあります」

 

 めぐみんが指差した場所を確認したゆんゆんは膝から崩れ落ちる。

 

「わあああああああああ! あるえの馬鹿あああああああ!」

「おい、どういうことだ? 俺がゆんゆんとどうこうする話はどこに飛んでいった」

「ただの勘違いだから帰っていいぞ。途中から小説だったとはいえ、最初のは族長のものであるようだし、里に危機が迫っているのは確かだな」

「おいおい。随分と冷たいじゃねえかダクネスさんよお。こっちは純情を弄ばれて傷ついてるんだぜ? 何なら出るとこ出たっていいいんだったい!?」

 

 リーンに後ろから殴られたダストが面白い声を上げて蹲った。

 笑いが喉まで込み上げてきたけど、我慢しなくてはと思い、しかし我慢する理由がどこにあるのだと自問した私は普通に笑うことにした。

 笑っている私をそのままにダクネス達が話を進めていく。何か最近ダクネス達が方針を決めてる気がするのよね。

 別に悪いことじゃない。

 むしろ、そういう面倒臭いことはこいつらに片づけさせておく方が楽なのである。

 労力は最小限に、結果は最大限に。

 でも、そんな細かいことはどうでもいいのよね。

 個人的に紅魔の里とやらに興味がある。

 紅魔族。それはめぐみんやゆんゆんみたいなもんで、普通の人とは住む世界が違う連中のこと。

 紅魔族特有の挨拶であったり、素質であったり、特殊な感性であったり。

 きっと彼らは朝起きたら鏡の前に立って自己紹介をして、昼になれば住人全員が里の広場に集まって自己紹介をし、夜はご飯を食べる前に自己紹介をし、最後に就寝前の自己紹介をするに決まってる。

 そうして自分達なりに格好いい自己紹介を練習して、他者に披露するのだ。

 そんな珍妙集団を見ないなんてもったいない。

 面白そう。面白そうだから見たい。

 里の危機はどうでもいいから珍妙集団を見たい。

 言ってみれば、それは、好奇心だ。

 どうして面倒なとこに云々よりも、面白そうなものを見たいという気持ちは全てを凌駕した。

 量産型めぐみんとゆんゆんが見られるかもしれないという期待が大きい。

 こうして私は紅魔の里に行くと決めた。

 

 

 

 荷物を持ち、アルカンレティアに飛んだら、街の外れに出て紅魔の里を目指す。

 紅魔の里への道には強力なモンスターが多く、馬車で移動することはできない。そのため我々は歩いて目指しているわけだが、夜になったら帰宅就寝する。

 ついに家を買ったことによるメリットが発揮されるのよ。

 やったね。

 

 里を目指して間もなくに安楽少女というモンスターと遭遇した。

 林の入口にいて、私達をじっと見てくる。

 見た目は完全に人なんだけど……。

 こいつは人に擬態する奴で、地図に載ってる情報によれば、人間に庇護欲を抱かせてそばからはなれないようにさせる。栄養はなく神経に異常をきたす実を食べさせて衰弱死させ、その死体に根を張る。

 危険極まりないと判断した私は容赦なく燃やしてやったのだが、それがどうやらアクア達の貧弱な心に傷を与えてしまったらしい。

 

「凄い叫びながら……」

「怖いよお……怖いよお……」

「レイムは正しいことをした。うん。レイム、お前は正しいことをしたんだ……」

「ああもあっさり倒す辺りレイムらしいと言わざるを得ませんね」

 

 こいつらは冒険者としての自覚が足りない。

 きっと、私がいなければパンツを盗んで喜ぶような男にいいようにされるわよ。

 私がこのパーティの良心と言っても過言ではない。

 そのあとも私は飛び出してきた強そうなモンスターを葬り、こつこつと経験値を溜め、暗くなるまで先へ先へと進む。

 暗くなったら、今日の冒険はここまでと隙間でお家に帰って、夕食をとってお風呂に入り、みんなで軽くカードゲームしてから就寝。

 翌朝、朝食を食べたら昨日まで進めた地点まで隙間で移動する。

 この一連の流れにゆんゆんは。

 

「何だろ。すっごく便利だけど、冒険してる感がかなり薄れてるような……」

 

 私も思った。

 近所の公園に遊びに行ってる感が凄いする。

 とはいえ、外で寝るとかトイレするとか、もう二度としたくないからやめるつもりはないけど。

 

「便利なのも考えものということか」

「寒い中、ご飯つくって食べるのも冒険の醍醐味といえば醍醐味なのよね。でも、私は家でぬくぬくする方がいいわ」

「そうですか? 私はやはり冒険を楽しみたいですね。家でしっかりと疲れをとるのは捨てがたいのですが、何というか、帰宅してたら近所に遊びに行ってるように思えて……」

「あー、それはわかるわ」

 

 わかるけど冒険を楽しむよりも利便性を優先する。

 

「私は外でトイレしたくないから」

 

 と返して、ついでに外でトイレしたいなら冒険しなさいと言ったらみんな何とも言えない顔をした。

 そのあとは平和そのものだ。

 旅の疲れなく、モンスターに遭遇せず、順調に進んでいく。

 緊張感なく会話しながら、里を目指す私達は新米冒険者にしか見えないだろう。

 まあ、見られる相手はいないんだけど。

 そんなこんなで林を抜け、私達は隠れる場所がない平原の前に立っていた。

 ここから先はモンスターに見つかりやすくなる。もしかしたら一番の難所かもしれないけど、今まで逃げてないので遠慮なく狩らせてもらう。

 私が隠れる場所を失ったのではない。モンスターが失ったのだ。

 軽い足取りで平原を進む。

 

「このパーティーには女性しかいないのでここは怖くありませんね」

 

 めぐみんの意味深な言葉にゆんゆんは頷く。

 女性しかいなくて?

 どういうこと?

 男が好きなモンスターがいるの?

 女が好きとかじゃなくて男か。……考えてみると、特におかしいことではない。むしろ女ばかり犠牲になってるのだから、バランスをとる意味で男も狙われるべきよ。

 めぐみんの言葉の真意など知らない私は男を狙う物好きなモンスターの面が見たくなった。

 平原を進んでいると、遠くにモンスターを見つけた。そいつを見つけたら、めぐみんとゆんゆんが顔をしかめた。

 そうか、あれが。

 

「我々は女性なので酷いことはないでしょうが、食料を奪いに来るかもしれませんね」

「オークね。男を捕まえたら、干からびるまで絞り上げることで有名な」

「雄のオークなら……!」

「雄は絶滅してるからいないですよ? 雌のオークにやられたとかで」

「ええっ!?」

 

 悲しそうに叫んだダクネスは放っておくとして、あら、今の声で敵が気づいたようでこっちに走ってきた。

 中々足はやいわね。

 砂煙を上げながら走ってくる豚の顔と猫の耳を持った醜悪なモンスターことオークは私達の前まで来た。

 色々な意味で恐怖を煽るオークにアクアが冷や汗を流す。

 めぐみんとゆんゆんとダクネスはキッと睨みつける。

 

「あらー、男はいないのね残念」

 

 本当に残念そうに言った。

 息臭い。

 

「まあいいわ。あんた達死にたくなかったら食べ物を」

「息臭いから口開くな」

「……へえ。随分と強気な子ぎゃああああああ!」

 

 オオカネヒラを鞘から抜くついでにオークを真っ二つに切り裂く。

 私のこの行動にゆんゆんが焦る。

 

「レイムさん!?」

「男ではないからそこまでは……。しかし、敵討ちには来そうですね」

「こいつ経験値結構持ってるじゃないの」

 

 冒険者カードを確認して喜ぶ。

 これならいい稼ぎになりそうね。

 何か敵討ちに来るかもとか言ってるし、ここは利用するしかないわ。

 ああ……経験値美味しい。

 

「おっ?」

 

 断末魔を聞きつけてやって来たのはもちろんオークの群れだ。

 どこから出てきたのかは知らないけど、数十ではきかないほどの数だ。百匹以上いるんじゃないのあれ?

 大量の経験値美味しいです。

 

 

 

 平原には百を超えるオークと騒ぎを聞きつけてやって来たモンスター達が死体となって転がっていた。

 私が襲いくる凶悪なモンスターを魔法を連打して倒していると、アクアの支援魔法を受けたダクネスが前に出て敵を引きつけ、そのあとめぐみんとゆんゆんもモンスター討伐に参加した。

 祭りみたいだった。

 多くの魔力を消費することになったが、大量のモンスターを倒したからそれ相応の経験値が入ったはず。

 疲労で地面に座り込むみんなを尻目に、冒険者カードをとり出して久しぶりにレベルを確認する。

 

「ああっ! レベルが10になってるわ!」

 

 ついに私はレベル10になれた。

 ようやくレベルが二桁に到達したのよ。

 ステータスも見る限りでは伸び率を維持している。完璧を極めてるわー。

 

「やっとレベル10なのか……」

 

 ダクネスの愕然としたような声も今の私には気にならなかった。

 レベル10になれた喜びは何にも勝る。




生まれ変わったらスティールになりたい作者です。
次は里の中に霊夢達は潜り込み、そこで里の隠された真実を暴いてほしいなと思ってます。
あと最近はコーヒーより緑茶のが好きになりつつあります。


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