少し変わった乙坂有宇 (々々)
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変化

  「我思う、故に我在り」

 

 そんな言葉がある。これはフランスの哲学者のデカルトの言葉だ。自分がどうしてここに存在しているのか、それを考える事自体が自分の存在を証明する。なんて考え方だったと思う。詳しくは知らない。

 僕はどうして自分は自分でしかなく、他人ではないのか、ずっと疑問であった。だから僕は『我』ではなく『他人』を思ってみた。

 

  「他人思う、故に我あり」

 

 僕が他人を思う事で、僕が自分ではなく他人となる。

 自分と他人の認識が重なる。

 重なって、自分の存在が変わっていく。

 

 

◆ 

 

 変化に気がついたのはふとした瞬間だった。

 何となく道を歩いている同級生、ただ同じクラスで勉強している名前も知らない奴を見ていた時だ。クラっと視界がブレ、次の瞬間いつもより視点が高くなっていた。

 訳も分からず横から知らない誰かに話しかけられてる内に再び視界がブレる。そうして次は視点が低くなっていた。

 視点が低くなっていた理由は単純で、僕が道路に座っていたからだ。そして少し前まで前方を歩いていた同級生グループはある一人に向かって「急に立ち止まってどうした?」と言っている。

 

 家に帰り、僕は何が起きたのか様々な実験をした。そうして僕は自分の異能の力を理解した。

 僕は他人に5秒だけ乗り移ることが出来る。

 きっとこれは僕が昔から思っていた事が表面に、目に分かるように現れたのだろうか。少しズレている気もするが、そこは問題ではない。

 問題なのは僕がこの力をどのように使うかである。5秒というのはその人に代わって何かをするとなると結構短い。ソレに自分と勝手の違う身体を動かすのは中々困難なものである。

 だから僕は視界をジャックする為にこの能力を使うのが最適解であると決断を下し、行動に移した。

 

 まず最初にしたのはテストのカンニングだ。

 自分で言うのも何だが、僕は頭が良くない。だから自分の成績を誤魔化すために、テストの丁度いいタイミングで相手に乗り移り解答を覚える。それを数回繰り返して自分の解答を完成させる。

 自分の努力なしに成績が上がることより心地いいものはない。僕はこの快感に一年間ハマってしまった。

 しかし、コレもすぐに終わりを迎えることになる。だってこんな張りぼては、ちょっと風が吹けばすぐに倒れてしまう。勉強を聞かれてもすぐ簡単には断れないし、答えられないと怪しまれてしまう。

 何より、僕がこんな能力を持ってると知られたら事だ。でも、それを恐れてカンニングを止めたら僕の成績は途端に悪くなる。まさしく僕は自分で自分の首を締めていたという事に気がついた。

 

 それから僕はカンニングを止め……ることは無かったが、その数を減らしていった。その分授業中に先生が雑談をしているような時に、勉強出来る奴らに乗り移りノートを見た。勉強できる奴はどんな風にノートを取っているのか。それが分かれば、ぼくも頭が良くなるのではないかと。

 結果は成功。段々と授業が分かるようになり、自力で問題も解けるようになっていった。だが、そうなる頃には時既に遅し。高校受験が目の前に迫っていた。

 親の居ない僕ら兄妹には親戚から生活費として幾らかお金が振り込まれるが、極めて最低限なものだ。高校に通うとなると、私立なら入学金と授業料が。公立だとしてもここの付近には無いので通学にお金がかかる。

 どうにかならないかと高校を調べて結果、家の近くにある私立陽野森高校に成績優秀者の入学金及び授業料免除があるという情報を手に入れた。

 

 それに気づいてからの時間は早すぎて覚えていない。歩未にご飯作りを任せっきりにしてしまったり、家に帰る途中にある塾に忍び込み、同じ陽野森高校受ける頭の良い人を探すのに熱を注いだ。

 結果は合格。

 僕にでも解ける簡単なものは時間をかけ丁寧に。難しいものは予めリークしておいた人に乗り移り答えを覚えて、自分の解答用紙に移す。僕の持てる力をすべて出し切ったこの作戦により僕は主席で陽野森高校に受かった。

 

 

 

 今思うとここから既に何かが始まっていた。

 僕が能力を頻繁に使っていたにも関わらず、高校1年生になるまで見逃されていたこと。

 どうしてそのタイミングで僕と友利が出会ったか。

 

 

 

 

 

「好きです! 私と付き合ってください!」

 

 いつものように放課後体育館裏に呼び出された僕は、これまたいつものように女子生徒に告白された。その子はショートカットヘアで、上目遣いで僕を見る目は少し涙が浮かんでいる。

 

「ゴメンね。僕は誰とも付き合うつもりはないんだ」

 

 僕は断られた彼女を見ても、何の感情も浮かばなかった。自分のことなのに他人事のようにしか感じられない。出来るだけ気をつけてはいるが、ついつい単調で感情が篭ってない様に聞こえる返事にも彼女は引き下がらない。

 

「一回一緒にお茶するだけでも! 最初はお友達からでもいいんです」

 

 僕の手を掴み、真剣な目付きで頼みこんでくる。

 どうしてここまで僕なんかに本気になれるのだろうか。確かに僕の顔は平均以上だと言うのは本当の事だし、能力を使ったが実力で勝ち取った主席というステータスもある。

 だがそれだけだ。目の前の子はクラスも違い彼女については何も知らない。その逆もまた同じで彼女も僕のことを知らない。それなのに好きだと言うのはおかしな話だ。

 

「僕は今の成績を維持するために睡眠時間を削って勉強してるんだ。残念ながら君のために時間を割けるほど余裕がない。それに、僕は妹と二人暮らしだから家事もしなくちゃならないんだ」

 

 嘘をつく時に大事なのは全てを嘘で繕わないことである。一部でもいいから、真実を混ぜることで嘘は真実味を増すことになる。今回の場合は「成績を維持するため」が嘘だ。

 

「そんなぁ……」

 

 目の前でポロポロと涙を流す彼女にハンカチを渡して僕は校門の方へと立ち去る。まだ高校生活が始まって一ヶ月も経っていない。だから後々、僕よりも絶対いい人が現れる。こんなにも立派に感情を表現でき、可愛らしいのだから案外あっさり付き合っていたりもするのか。

 

 

 

 

 その日の帰り。歩未から夕飯用の食材が足りないとメールを貰ったので、通学路にあるスーパーによって野菜などを買った。お菓子コーナを見ると「星座クッキー」なるものがあったので、星座が好きな歩未の為にそれも一緒に買った。

 そう言えば僕が高校生になってからまだ星を見に行っていないな。再来週からテスト期間に入ってしまうので、今週の週末のうちに山に行くのも良いかもしれない。キャンプという形になるので、ご飯はどうしようか。

 

 そんな事を考えながら再び帰路に着くと、建物と建物の間にウチの生徒が他校の生徒に絡まれている様子が目に入った。だからといって絡まれている生徒を助けるほど、僕は情に厚くない。

 意識を切り替えて、目線を前に向ける。自分には関係ない。ああいう奴らに絡まれてしまった人達の運が悪かっただけ。だから僕は関係ない。

 でも、でも。僕は見てしまった。僕に目線を向けている女子生徒に。絡まれながらも、小さな希望として僕を見つけた彼女に。

 だからどうした。彼女を助ける方法を考える。

 別に彼女に気があるとかそんなんじゃない。たとえ彼女が次席の白柳弓であったとしてもだ。

 僕が気にするのは世間体。彼女が明日学校で「乙坂有宇は私を助けなかった臆病者」なんて言い出したら、僕の完璧な生徒像が崩れさってしまう事間違い無しだ。それは困る。だから僕は彼女を助ける。立派な理由の完成だ。

 作戦は簡単。僕が乗り移って、その場を荒らす。その隙に彼女を逃がすだけ。

 一番近い建物に寄り掛かり、食材の入ったエコバックを道路に置く。もうひとつ手に持っていた学生鞄を肩より高く持ち上げ、その状態で能力を発動する。

 

「なんだっ!?」

 

 僕の体から力が抜けることによって鞄は地面に落ち、そこそこ大きな音を立てる。他校の奴らはそっちを見ることとなる。

 一番近い道路に近い奴に乗り移った僕は、白柳さんの目の前にいた男の顔面を思いっきり殴る。乗り移った奴のセンスがいいのか顔面にモロに入った気がする。

 殴った奴が殴り返そうとした所で意識が僕の体に戻る。再び乗り移るためその様子を見ると、中々ギスギスし始めている。

 自然と零れそうになる笑みを堪え、次は一番奥の男に乗り移る。先ほど殴った男の肩を叩き振り向かせ、逆の頬を殴る。そしてまた同じような時に意識が戻る。

 完璧に仲間内で喧嘩が始まったので、音を立てず静かにでも素早く白柳さんに近づく。さっき乗り移った際あと一人一緒にいることも分かっているので、それも考慮にいれて行動する。

 

「逃げるよ。友達の手を繋いでいてね」

 

 白柳さんの手を掴み、白柳のもう片方の手が別の一人の手を掴んでいることを確認して大通りに出る。角に置いておいた荷物を持ち上げ道を駆ける。

 後ろを向くと少し苦しそうな白柳さんと結構元気そうな少女A、そして追いかけてくる他校生達。彼らの追手から逃れるため、一度角を曲がった先にあった喫茶店の中へと僕達は入っていった。

 

 

「ありがとうございました!」

 

 逃げ込んだ喫茶店の大通りから見えない奥に僕らは座った。白柳さんは肩で息をしているし、僕もここまで走ることがなかったので喉が渇いた。隣の子は何故か目がランランと輝いている。

 店員を呼び飲み物を頼む。しばらくして飲み物がやって来る。各々が喉を潤す。ようやく落ち着きを取り戻した白柳さんは隣の子と、僕には聞こえない大きさで話をする。耳を凝らせば聞こえる気もするがそこまで気になるわけでもないし、小言で話すということは話を聞かれたくないというだろう。

 適当に店のメニューを眺める。個人営業の純喫茶であることと、頼んだジュースの美味しさから推測した通り値段が結構高い。ここじゃなくてファーストフード店の方が良かったか。

 歩未に帰りが遅くなるとメールをする。すぐに「わかったのですー!」と帰って来て、相変わらずだなと笑みを零す。二人には見えないようにだけど。

 

「「ありがとうございました!」」

「乙坂くんが通りかからなかったら私達……」

 

 顔を上げると目の前の二人が頭を下げお礼をして来た。女子二人に頭を下げさせる、なんていう光景は他の人から見たら僕が悪者になってしまう。

 

「気にしなくていいよ。それより顔を上げて」

「しかし!」

「せっかくの飲み物が温くなっちゃうから」

 

 渋々といった様子で僕の言葉に従う。

 これにて僕の危険は完全に取り去られた。

 

「それで二人はどうしてあんな所に?」

「それは……」

「アタシ達いつもの喫茶店で勉強しようとしてたんだ。その途中で近道があるってアタシが言ってあそこを通ったら、って感じ」

 

 言い淀む白柳さんに代わり隣に座るみっちょん(暫定)が話をする。普段あの通りを帰り道にしている僕だが、あんな所にあんな奴らがたむろっているのを見たことがない。どうして今日に限ってあそこにいたのだろう。

 

「でも私失礼ですけど驚いちゃいました。乙坂さんってもっと冷たい人だと思ってました。あっ! 乙坂さんを悪く言うつもりは無いですよ」

「弓はクールだって言いたいのかな?」

「そう! それ!」

「僕ってそんなに冷たく見えるかな?」

 

 心の中ではそれで合ってるよと思いながら、少し傷心していますみたいな顔を作って飲み物を飲む。心では全くそんなことを思ってもいない。優しくするのは歩未位なのだから。

 

「あの噂を耳にしてしまって」

「噂?」

「はい。えっと……」

「乙坂くんが交際の申し込みを断るのは人間が嫌いだから、って噂だよ」

 

 何だその噂は。全く持ってその通りじゃないか。

 

「確かに人付き合いは苦手かな」

「けど乙坂くんは私を助けくれました! 乙坂くんはいい人です!」

 

 学園のマドンナからいい人と評価されるのと同時に、17時を知らせる時報が鳴りこの場はお開きとなった。

 

 

 

「今日のご飯も美味しかったなのですぅー!」

「はい、お粗末さまでした」

 

 やはり自分の作った料理を美味しく食べてもえるというのは嬉しい。歩未と二人で食器を台所に運ぶ。今日は僕がご飯を作ったので食器洗いは歩未の仕事だ。

 

「有宇おにいちゃんはどうしてピザソースを使わないの? 昔からずっと好きなのに」

 

 乙坂家特製のピザソース。

 既に家には居ない母親が僕ら子供に美味しく野菜を摂取してもらおうと作られた、激甘のピザソースだ。昔からその甘さが癖になってはいるが、何でもかんでもピザソースで赤くするわけない。

 

「ああいうのは毎日使ったらありがたみが無くなるだろ。大切な記念日だとかそういうのを見計らって使うんだよ」

「そんなものなのかなー」

「まだ毎日が楽しいからそう言えるんだよ」

「有宇おにいちゃんは楽しくないの?」

「偶にくらいかな」

 

 学校で生活しているよりも家でこうしている方が何百倍もマシだ。素を出して歩未と話す、これが僕の中で最も幸せな時間だ。

 気付いたら親もいなく、家族は歩未しかいない。生活費を送ってくれている叔父もいるが会ったことは一度もない。

 

 やるべき予習復習を終え寝室へと姿を変える居間に布団を敷く。他人に乗り移ると体力的には何もないが、精神的に疲れる。今日もぐっすりかもしれない。

 布団にもぞもぞと入り歩未の部屋に目を向ける。ベランダへの窓が開いている。また天体観測をしているのか。あっ、そう言えば。

 

「あゆみー」

「なんでござるかー?」

「……夜なんだから静かにな」

「了解なのですぅー」

 

 その返事すら大きいのに本当に分かっているのか?

 話題はそっちじゃなかった。

 

「今週末クラスメイトと予定入ってるか?」

「入ってないよ」

「なら山に天体観測にでも行くか」

 

 言い終わるとすぐに腹部に鈍い衝撃がやって来る。痛くて叫びそうになるが、壁ドンが怖いので何とか我慢する。体鍛えようかな。

 患部を見ると目をランランと輝かせる歩未がギューと抱きついている。そこまで嬉しかったか。

 

「絶対! 絶対行く!」

「なら今日からどうすればいいか分かるな?」

「早く寝るでござるー!」

 

 テキパキと望遠鏡を片付け布団に入る。

 ぼくもそれを見届けてから眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 それはどこか懐かしくて、記憶の片隅から呼び起こされたような夢。

 

 場所は家の近くの河川敷。

 右手には僕の手を握る歩未の姿がある。

 

「ゆう! あゆみ!」

 

 僕ら二人の名前を呼ぶ誰か。

 その人の顔を見ようと顔を上げる。

 

 瞬間夢から目覚めた。

 




賢さ↑ シスコン度↑

多分続かない(感想しだい)


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遭遇

 歩未との天体観測も、中間試験という面倒なイベントも色々と終わった。今日で全てののテストが返却され、廊下にデカデカと順位が貼りだされる。

 僕はさも興味ありませんというようにその前を通り過ぎる。横目でちらり、貼りだされた紙を視界に入れる。名前は縦書き。なら成績上位者は右側、と推測して1位を見ると「乙坂有宇」と書いてある。

 数問僕の実力では解けない問題があったが、主席を譲れない状況だった為、仕方なく能力を使い今回も1位だった。

 

 

 それから数日後、白柳さんに「きちんとあの時のお礼をさせてください」とお茶に誘われた。面倒臭いため行きたくなかったのだが、学年順位2位であり学園のマドンナと一緒に行動するというのは旨味が大きい。僕はその申し出に了承した。

 

「お待たせ。今日はどこに行くのかな?」

 

 律儀に教室の前で待ってくれた白柳さんと合流し、一緒に下足箱に向かう。

 どうやら今日連れて行ってくれるのはパンケーキが美味しい店だそうだ。白柳さんはこれまで見たことのないほど嬉しそうな表情を浮かべている。

 不意に放送を知らせる音が鳴る。真面目な白柳さんに倣い僕も足を止め、放送に耳を傾ける。

 

『一年乙坂有宇くん、至急生徒会室に来てください。繰り返します、一年乙坂有宇くん至急生徒会室に来てください』

 

 呼びだされたのは僕だった。

 

「何でしょうか?」

「何だろうね。呼びだされたから行かなくちゃ行けないけど、もし遅くなるようだったら先に帰っちゃってもいいから」

 

 頷く白柳さんを見て生徒会室に歩き出す。学校での地位を確かなものにする為に、白柳さんと更に交流を持ちたいと思っていたのだが。こうなっては仕方がない。これを断ったほうが痛手というのは明らかなのだから。

 僕が呼び出される理由。日々の学校生活を優等生として送っている僕にとってそれは一つしかない。

 

 カンニングがバレた

 

 これに尽きるだろう。

 だがしかし。どうやってバレた?その経路が分からない。後ろや横の席の奴が僕を見ても違和感が無いような能力の使い方を研究してきた。簡単に分かるわけがない。何故だ、何故だ。

 考えながら歩くうちに生徒会室まで辿り着いてしまう。もう少しで違和感に気が付けそうなのに。舌打ちをしてから、勢いでガラリと強く開けてしまいそうになる心を律し、心を落ち着けノックして相手の返事を待ってから部屋に入る。

 

「1年乙坂有宇です。今日はどのような要件で私は呼ばれたのですか?」

「君にはカンニングの容疑が掛かっている。俺はそんなことは無いと思っているが、一応確かめさせてもらいたい。良いかな?」

「えぇ良いですよ。疑われたままだとお互いスッキリしませんしね」

 

 カンニングを見つけたのは生徒会長ではないことが分かった。学生や先生が見つけたら、生徒会室には呼ばないだろう。普通は職員室だ。

 部外者が僕の能力に気が付き、この手を打った。恐らくこれが正解だろう。しかしそうならば、どんな奴がこれを?

 

「この前の試験のそれぞれ最後の問題だ。成績優秀の君なら解けるだろうから、全て解け次第オレに声を掛けてくれ」

 

 渡された紙には言われた通り、各教科の最終問題が書かれていた。最終問題は一番難しい問題で構成されていたので、この書かれている問題をやり切るには確かに骨が折れる。

 だが、僕はこうなる事を予想してキチンと解き直しをしている。僕を嵌めようとした誰かさん残念だったな。僕はこんな簡単な手に引っかかるわけがないだろ!

 少し勝ち誇って高ぶる感情を抑え、計算ミスに気を付けて着々と問題を解いていく。

 

 

「あっ! 乙坂さん!」

 

 復習の結果もあり簡単にカンニングの容疑を晴らすことが出来た。それでも予想以上に時間がかかってしまった為、てっきり白柳さんは帰っているものだと思いつつも別れた場所に向かう。

 これまた予想を裏切って、白柳さんは僕を待ってくれていた。

 

「待っててくれてたんだ」

「はい。早く帰ってもする事と言ったらお勉強くらいしかありませんから」

「そうだったんだ。なんかゴメンね」

「いえ。それで、どんな要件だったんですか?」

「僕の力が必要みたいで、手伝ってたんだ。それこそ放送を使うほど至急のね。白柳さんが待ってるかもって思って抜け出す機会を探してたんだけど、結局一段落するまで来れなかったんだ」

 

 我ながらスラスラと言葉が出たもんだと感心する。

 

「ではこれからもまだ?」

「そうなんだ。今日は約束を守れなくてごめん」

「残念ですが、学校の仕事ならどうしようもありませんね。また今度の機会に行きましょう」

 

 下足箱まで白柳さんを見送り、彼女の姿が見えなくなるのを確認してから僕も靴を取り出す。僕はこれから今回の出来事の黒幕を捜す。

 この前の試験の問題を解かせ、解けない所の解答を見るために、僕が生徒会長の持っている紙をのぞき見る際に能力を使うのを待ってたのだろうが、僕がそんな初歩的ミスをするわけがない。今頃地団駄を踏んで悔しがっているだろう。

 こんなアホみたいな作戦を考えるという事は、本格的に僕の能力を狙う組織ではないはずだ。そんな奴らだったら僕をさっさと誘拐しているに違いない。

 今回の下手人はどんな奴なのか、最近あったおかしな事から整理して考えていこう。まずはここ最近感じる見つめられるような視線についてだが……

 

 

 

「高城、乙坂有宇はどこに向かってる?」

「全く見当もつきません。途中から道を変えふらふらと歩いていますが」

「ちっ。尾行に気付いたか?」

「そんなことは無いと思われます。私の能力ならいざ知らず友利さんの尾行に気付けるはずなどありません」

「あたしだってそう思いたいっすよ」

 

 おそらく同じ学校の男女の高校生が有宇の後方に位置する。女子の方はキラキラと煌めく銀髪を少し高い位置で二本括り、残りの髪を下ろすような髪型をしている。腰にはカメラを入れるためのポーチを付けている。彼女の名前は友利奈緒。

 そしてもう一人は見るからに着痩せしそうな顔つきをしていて、学ランのせいで着痩せしている可能性がほぼ100%と言ってもいいだろう。彼の名は高城丈士朗。

 二人は星ノ海学園生徒会の生徒会長と役員である。彼女らの目的は特異な能力を持つ有宇の捕獲、もといスカウトだ。人の意識を乗っ取ることのできる能力はこれからの活動にとっても役に立つ。そんな名目を彼に伝え、今回の仕事は終わりとなる。

 

 そして今日はそれを実行する日、だった。

 友利の『特定の一人から姿を消す』能力で有宇に気付かれず身辺調査を行い、高城と綿密な話し合いをして決めたことだ。テストでカンニングを行っている有宇を呼び出し、再びテストを受けさせる。答えがわからず、生徒会長が持っている偽の回答を見ようと能力を使う。それをカメラで撮り動かぬ証拠と突きつけるつもりだった。

 そう()()()のだ。計画はものの見事に失敗。

 ただのゲスカンニング魔だと思っていた乙坂有宇は、自ら勉強しようとするカンニング魔だったため、能力を使う場面を撮ることができなかった。

 他に考えていた作戦も、有宇があても無くフラフラと歩いているため困難。

 

「取り敢えず尾行は続けます。高城も何かあった時に対応できるようにしてて下さい」

「分かりました!」

 

 視線を有宇に向け友利は能力を発動する。

 三人が出会うまであと残り少し。

 

 

「おい、誰かいるのか?」

 

 視線を感じなくなったら帰ろうと思って、フラフラと歩いてたのだがソレが消えることはなかった。僕が家に行くまで尾行するのだろうか、それは嫌だと思い迎え撃つことにした。

 場所は家の近くの土手。見晴らしがよく、姿を現したらすぐに分かるだろう。それとは逆に僕の姿も見えやすく、足元には長い草が生えていることが良くない点だ。

 

「……」

 

 返事はない。だが、未だ視線を感じるという事はここに居るということに他ならない。視線は感じても、どの方向から来ているのかまでは分からない。

 右足を軸にして回り、周囲に人影がないか確認する。

 

 ガサっ

 

 後ろから音がして振り向く。しかしそこには居ない。

 居なくてもその方向にいる事は確かになった。草が揺れる音がしたので、絶対近くにいるはずだ。注意深くその光景を眺める。

 そして見えた。あしの長い草が潰される様子を。草に残される足跡は確実に僕に近づいて来る。そして目の前に来ると、2つあった踏み跡が一つになる。

 やばい! そう思うと同時に後ろに下がっている。瞬間、目の前で風が切るような音が鳴る。

 敵は姿が見えないのか? 焦る心を抑えて、冷静に判断を行う。分からない。でも、このまま居ても状況は悪くなる一方なのは分かる。

 

「お、おい。姿を現してみたらどうだ?」 

 

 声は震えていなかっただろうか。今は僕が相手より優位であることを示さなければならない。ビビっていることがバレたらそれでお終いだ。

 どうだ、出てくるか?

 

「やはりバレてましたか」

 

 草が潰されている場所に女の子が現れる。初めからそこにいたかのように、やっぱり姿を隠せる能力者だったのか。ソイツは僕と同じくらいの歳だと思う。

 

「それで僕に何の用?」

「単刀直入に言うと、貴方には私たちの生徒会に入ってもらいます。貴方の能力は使えるので協力してください」

 

 彼女は僕の目をまっすぐと見て告げて来た。




話のユーモアをそこそこに、出来るだけテンポを意識したものにしたいと思っています。

これからは字数を少なめに、更新頻度を結構上げて完結まで持って行こうと思います。


感想やお気に入りありがとうございました。
その応援が私のやる気に繋がります。


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夕食

地の文は友利→有宇→友利の順


「それはなんの為に」

「あなたのように力を悪用している奴らを脅すためです。あたしたちはそういう存在ですから」

「何が『貴方のように力を悪用している』だ。お前の方が暴力を振るうために能力使ってるじゃないか」

 

 乙坂有宇の真っ当すぎる正論に舌打ちを漏らす。

 

「まぁ、いいや。僕は協力するって言ってもどうすればいいんだ? まさかお前と一緒の学校に入れとかじゃないよな?」

「その通りです。星ノ海学園へ転校していただきます」

「その姿を消す能力で僕を観察してたなら分かるだろ? 僕ら兄妹はそんな金はない。何より歩未を一人置いていくわけにもいかない」

「知ってます。なので、入学金も授業料も引越し代諸々もこちらで支払います。中学校も学生寮も併設しているので一緒に来てください」

 

 『略奪』と呼ばれる能力が何を奪い取るのかまでは分からない。取り敢えずソレが分かるまでは私達の手元に置いておきたい。もしかたらと幾つか候補は上がっているが、まだ高城には話していない。

 乙坂有宇は腕を組み考え事をしている。

 

「分かった。お前らが安全な組織かは計画の穴から分かってるし」

「一言多いですが、協力感謝します。学校や親族への連絡はあたし達の方でするんで、あなたはポストに入っているはずのパンフレットを見て引っ越しの準備をしといてください」

 

 能力を発動して、乙坂有宇の視界から消える。これからアイツと活動をするのは骨が折れそうだ。ため息を吐いて足元を見る。足元の草を踏みつぶす、なるほどコレであいつはあたしの接近に気がついたわけだ。

 今後は気を付けて行動しなくてはならない。

 

「高城に乙坂有宇の家の郵便受けにパンフレットを入れておくように連絡しておかないと」

 

 

 

 

「とっても大きいのですぅ〜!」

「団地みたいだな」

 

 僕と歩未がそれぞれ付属の学生寮を見た時の感想だ。エントランスは広く、これは団地と称したのを謝らなければならない。

 光が多く取り込まれている明るいエントランスには、友利と学ランを着た奴が一人。引っ越しの手伝いをすると連絡があったが、手伝いをする人を連れて来るまでは想定してなかった。

 

「お久しぶりです」

「僕は会いたくなかったがな」

「あたしもですけどね」

 

 確信した。僕はコイツとは絶対にソリが合わない。

 

「まぁいいや。荷物自体は部屋まで運んでくれるから、食器とか小物を並べてくれ」

「……」

「わかりました! 任せてください!!」

 

 行くぞ歩未と言って、エレベーターに乗って部屋に行く。歩未は部屋が沢山あるのが面白いのか笑顔で廊下を渡っている。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

 自分の部屋の設置を終えたころ、歩未の部屋から声が声がした。

 

「なんだ?」

 

 部屋に行くとまだダンボールから持ってきたものを取り出していた。高城と呼ばれた男子は台所辺りを片付けていて、友利は歩未の手伝いをしている。

 

「あゆみの部屋も手伝ってー」

「分かったよ」

「妹さんには優しいんすね」

 

 友利のいちいちうるさい一言は無視する。毎回毎回僕の発言に反応しなくていいのに。

 歩未が指をさした先には『望遠鏡』と書かれ丁寧に梱包された箱がある。せっせと取り出して組み立てる。毎回歩未にせがまれやっている内に簡単に組み立てられるようになっていった。

 

「すごいのです!!」

 

 終えると同時に歩未の声が耳に届いた。なんだと思ってそちらに目を遣ると、友利が歩未の周りをただ歩いている。一瞬何をしているのか意味が分からなかったが、能力を使っていたらあんな声を出すような感じにはなりそうだ。

 実際に「友利おねーちゃんが現れたり消えたりしてるのです!」なんてのが聞こえる。どうやら歩未には友利が見えていない時があるらしいが、僕には普通に見えている。

 

「遊ぶんだったら帰らせるぞ」

「お兄さん怖いね〜」

「手伝ってもらってるのにね〜」

 

 コイツ! 歩未を味方につけて僕に対抗するつもりだ。心が綺麗すぎる歩未にはコイツのどす黒さが分からないのか。僕も売り言葉に買い言葉だから本当にどす黒いかは知らない。

 まぁいい。

 

「友利。飲み物ってどこで買える?」

「一階のエレベーター前にありますが」

「そこだと2Lのやつがないだろ。コンビニとか、出来ればスーパーの方が安いから良いんだけど」

「それなら寮を出て左に数分歩けばスーパーがありますが」

「分かった。少し出掛けてくる」

「了解なのです!」

 

 あと少しで作業が終わりそうな割烹着を学ランの中に着込んでいた男にも、ひと声かけてからスーパーに向かう。寮の部屋は完璧に寮生が自炊する事を前提とした構造だから、スーパーも学生向けに安かったらいいのだが。

 

 

 

 

「これで終わりなのです!」

「歩未ちゃんお疲れ様」

「あゆみー! 手洗ってからテーブルの準備頼む」

「わかったー。友利おねーちゃんも一緒に行こっ」

 

 乙坂有宇は外から帰って来てから、台所で料理をしているようでした。途中「甘いカレーは大丈夫か」と尋ねられましたが、歩未ちゃんに合わせるなら分かります。てか、料理できたんすね。

 この一日で分かったことですが、乙坂有宇は妹の歩未ちゃんには甘過ぎる。シスコンと罵ってやっても嬉々として受け入れそうです。

 

「何か足りないものはあるか?」

「ないよー」

「私もありません」

「あたしもないっす」

「それじゃ食べてくれ」

 

 目の前に出されたのは普通のカレーでした。見た目は少し赤っぽく、質問とは反して辛い様に見えます。乙坂有宇と歩未ちゃんはパクパクと口に運んでいる。

 高城はと言うとあたしを見てくる。乙坂有宇はまだ、あたし達の味方か分からないから不用意な事をするなという私の命令に従っている。ここは二人同時に食べようとアイコンタクトで提案し、アイコンタクトで返答が帰ってくる。

 えいっ!

 

「「甘ぁぁぁぁい!」」

「やっぱり有宇お兄ちゃんはピザソースの使い方が上手だね」

「照れるじゃないか。ピザソースの上手い使い方はメインに持ってくんじゃなくて、あくまで隠し味として使うことだ」

「全然隠れてないじゃないっすか!!」

「僕達の家庭の味に文句つけるのか!?」

「カレーの味は家庭それぞれですが……」

「それにしてもこれは無い!!」

 

 ピザソースって甘いものじゃないのか? 赤いカレーは見た目を裏切り、甘い。ただひたすら甘い。

 

「じゃあ食うな。そして金を払え」

「勝手に食べさせておいてなんなんすか?」

「勝手にじゃないね。ちゃんと歩未に聞くように言ったからな」

 

 ワイワイと叫んでいるうちに時間は過ぎて行った。




有宇と友利の仲↓ ピザソースへの愛↑

感想や評価と反比例する文字数ですが、そんなことは無いのでどしどし貰えると嬉しいです。


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念写

 職員室で先生と合流して、一緒に教室に向かう。先生に転校生としての前置きをしてもらってから中に入る。

 職員室で言われたことだが、能力者や予備軍は総じてこの学園に入れられるそうだ。先生達もそこら辺のことを知った上で働いている。

 

「転入してきた乙坂有宇です」

 

 黒板に手慣れた丁寧な文字で名前を書く。頭が良い奴は結構字が綺麗なことが多い。それに第一印象だってずっと良くなるに決まっている。

 後は適度な笑みを浮かべて礼をする。これで完璧だ。

 問題があるとすれば、この前手伝いに来た友利と高城が同じクラスという事だ。引っ越しと言いクラスと言い、僕はアイツらに監視でもされているのか?

 

「それじゃ、廊下側の後ろの席に座って」

 

 指示されたのは高城の後ろの席。高城は背が高いため、あまり黒板が見えなくなりそうなのが怖い。誰彼構わず乗り移る事が、誠に遺憾ながら禁止されたのでノートを取ることが僕の学力の生命線となる。

 

「よろしくお願いしますね、乙坂さん」

「あぁ」

 

 結局高城の性格はこの前の引っ越しの日、一日だけでは分からなかった。こういう方が日々の生活で何かと厄介な人だったりする。僕の経験なんて少なすぎて、確かとは言えないのだが。

 僕の紹介が終わると、さらっと朝のHRも終える。

 

 

「乙坂さん。食堂にお昼を食べに行きませんか?」

「今日は弁当あるんだ」

 

 歩未が僕のために作ってくれた弁当。これを食べずに何を食べれば良いと言うのか。ピザソースを沢山使ったオムライスと言っていたので、とても楽しみだ。

 

「そうですか。では私はサンドウィッチを買ってくるので、教室で一緒にいただきましょう」

「僕に構いすぎじゃないか? もしかしてコッチなのか?」

「もしそうだとしたらどうしますか?」

「別に気にしないが」

 

 ただコイツに乗り移る事はしない。この能力は自分がその人になるため、その人の趣味や思考が少なからず僕自身に影響してくるからだ。

 

「……では、行って来ます」

 

 高城が戻ってくるまで英語の単語帳を眺める。その視界の端に友利が入り込み、集中できない。教室で僕と対角に座るアイツはイヤホンを耳に入れ、弁当をもぐもぐ食っている。

 ボッチか? と思ったが何か別の理由がありそうだ。例えばアイツを見て笑う女子生徒とか。ああ言うのは嫌いだ。

 

「お待たせしました」

「思ったより早かったな……って! お前ソレ!」

 

 戻って来た高城は頭に包帯を巻いていて、学生服も少しボロボロになっている。

 

「乙坂さんを待たせては行けないと思って、急いでサンドウィッチを買ってきただけです」

「それだけで普通ここまでなるか?」

 

 絶対能力使っただろ。たしか高速移動だったか。でも、どんな感じで使ったのだろう。

 

「それは置いといて。では、ご飯を食べましょう」

「残念ながらここでは食べずに、生徒会室で食べてください」

 

 席についた高城の言葉を遮るように、友利が声をかけてきた。イヤホンを外し肩からぶら下げ、弁当片手に。あと箸を咥えたまま歩くな喋るな。

 

「なんでだ?」

「我々の活動開始のお知らせです」

「今からか?」

「そうですが。何か?」

「午後の授業に出れないじゃないか」

 

 ここの授業はそこまで進みが早くないから一回程度ならまだ遅れは取り戻せる。だが、それが何回も重なってくれば取り戻せなくなってくる。それに僕はそこまで一人で勉強できるわけでもない。

 

「公欠扱いになるから大丈夫っすよ」

「学業に影響が出るだろ」

「カンニング魔が何言ってるんですか?」

「言い掛かりはよしてもらおうか」

 

 秀才イケメン転校生に要らぬ疑惑はやめて欲しい。

 髪をかきあげ近くにいた女子微笑む。

 

「うっさい。あたしは先に行ってるから、高城! 無理矢理でもいいから連れて来い」

「待てよっ!」

 

 僕の静止を聞かず友利は行ってしまう。何なんだよアイツ。あの場で活動についての詳しい説明を求めなかった僕も確かに悪いが、あの態度はないだろ。

 

「行きますか? 行きませんか?」

「行くよ! 行けばいいんだろ」

 

 机の上の歩未の手作り弁当を持って友利の跡を追う。僕の時もそうだったが、どうやって能力者を探すのだろうか。闇雲に探すとか言わないよな……。

 あと能力を使おうとして腕を掴んでくるのは、中々の脅しになるから怖い。

 

 

「今日もそのあっまーいピザソースですか?」

「何だよ。文句あるのかよ」

 

 僕の至福の時間を邪魔しないで貰いたい。

 オムライスの上には『ファイト><』とピザソースで書かれていて、その甘さとケチャップライス(こっちはケチャップ)の酸っぱさのハーモニー。これを分からないやつの気が知れない。

 

「それで、どうやって能力者を見つけ出すんだ?」

 

 結局お昼を食べ終わってもここに来た意義が分からなくて、生徒会室の備品のポットと急須を使って淹れたお茶をすすりながら友利に訊ねる。

 

「もうすぐ来る人が教えてくれます」

 

 そう言うとタイミングよく生徒会室の扉が開く。

 そこから一人の男が現れる。

 

「何だコイツ?そして、どうして髪が濡れてるんだ?」

「彼は協力者です。彼は濡らさないと能力を使えないらしいですよ」

 

 僕の『5秒だけ相手を乗っ取る』能力も、友利の『一人からしか姿を消せない』能力も、そしてさっき教えてもらった高城の『いつ止まるか制御できない高速移動』も能力が完璧なものから程遠い。

 なんの理由があってこんな事になっているのだろうか。

 

「能力は『念写』」

 

 指から垂れる水一滴を、真ん中に鎮座するテーブルの上の地図に落とし男は立ち去った。

 

「南羽高校っすね」

「早速行きますか」

 

 地図を見て場所を確認した友利、提案する高城。どうせ文句を言ったところで行くことになるんだ。ここは我慢だ我慢。

 

 

「聞き込み開始!」

 

 南羽高校に着くと、早速聞き込みと友利が言う。

 移動に時間がかかり既に下校時間になっているので、沢山の生徒たちがいる。そんな中で違う制服の奴らが聞き込みをしていたら怪しいだろう。

 でも毎回こうやっているなら、僕の場合もやっていたのだろうか。僕もこんな怪しいことに気付けなかったのか。

 

「ほら早くいけ!」

「わかったよ!」

 

 脚をあげ僕の背中を蹴ろうとするのでそそくさと離れていく。友利と高城も聞き込みを開始する。

 『念写』は心霊現象の一つで心の中で念じる事を写真にしたり、映像として映し出すみたいな感じだったか。それなら聞き込みの内容は心霊現象から初めて、写真や映像の話に持って行こう。

 

 

 

 嫌々ながらも聞き込みをしていると、友利がこっちに走ってきた。

 

「挙動がおかしいヤツが!」

「そうか。頑張れ」

「付いて来る!」

「はいはい」

 

 腕を引かれて連れて行かれる。そんな焦んなくても良いだろ。何をそんなにも焦っているんだ。

 

「アイツです」

 

 友利が指を指した短髪の高校生はこちらから逃げた。絶対何か怪しいことしているのは明らかだ。

 

「アイツに乗り移ってください。後は高城がなんとかするので」

「りょーかい」

 

 校舎の壁に体を預けて、逃げて行く男を乗っ取る。

 走っている脚を止め、その場にしゃがみこむ。その上を高城が飛んで行った。仕事だから仕方なく能力を使ったが、痛いことは嫌だ。

 乗り移ったヤツは野球部だったみたいで、綺麗なフォームで友利の方に学生鞄を投げることが出来た。

 残りの時間を使って地面にうつ伏せになる。

 

「これでいいか?」

「能力使い慣れてますね」

「まぁな」

 

 鞄の中身を全て出した友利に近づいて精査する。短髪のヤツは高城に組み付かれて動けなくなっている。ボロボロなのに高城タフ過ぎるだろ。

 写真を入れていそうなパスケースを見つけ中を見てみる。やっぱりあった。友利に渡す。

 

「きっとこれだろ」

「なになに。ほーう、これですね」

 

 悪い笑顔を浮かべ短髪に近づく。

 ちなみにその写真とは女子の下着姿の写真だった。

 

「なんだろーこれー。おっ! これが念写か、しょうもないことに使うなー。アナタがやったんすか?」

「ち、ちがう! 俺は買っただけだ」

 

 下着姿の盗撮もどきの売買。十分犯罪だろ。

 

「教えてくれないとこの写真の子にアナタが持っていた事をバラしますよ。アッチの男がさっき見かけたと言ってたので、すぐに出来ますよ?」

 

 きっと冷たい目をして見下してるんだろうな。

 とことん能力者を見つけ出そうとする熱意。少し空回りしているようにも思えるが、その分僕のすることが減るからありがたい。

 

「有働……2年E組。弓道部に所属している」

「ありがとうございました。写真はこちらで預かりますね」

 

 

「いやー、びっくりしたな」

「うわっ!?」

 

 あの有働とか言う若干イケメン袴男は友利が突然現れて驚いた。僕らには姿は見えているから推測になるけど。

 

「まさかこんなハレンチな写真を念写能力で撮影して売りさばいてる犯人が……弓道部の部長だなんてー」

 

 言い方がウザい。あざとい演技がうますぎて、聞いているこっちですら腹が立ってくる。

 高城でさえ少し冷や汗をかいている。

 

「写真? 念写? なんの事だ」

「しらばっくれるんですかぁ? 貴方のロッカーにはたくさんの写真があったのにぃ?」

「……」

「沈黙は肯定と捉えます。まぁ、このカメラで動画撮ったんで言い逃れは出来ませんよ。投降してくれたら学校にも警察にも伝えません。いかがですか?」

 

 前半の言い方とは打って変わって、追い詰めるように相手を攻め立てる。

 有働は袴から紙を取り出して少し睨む。そしてその紙を友利に見せる。

 

「お前の下着姿を念写した。ばら撒かれたくなかったらすべてなかったことにしろ!」

 

 あの一瞬で念写を終えたのか? 友利も同じ様な感想を述べている。

 

「でもそんなの需要ないっすよ」

「どっから見ても上玉だろう…」

 

 確かに見た目だけなら上玉なんだよな。でも、性格悪いし口を開けば幻滅する。結婚出来るのか?

 

「やったー褒められた!」

 

 なんで喜んでるんだ。っと、乗っ取る合図である『体を横に向けた』ので能力を発動させる。

 持っていた写真を友利に投げる。あとは逆上して変な事をしないように持っていた弓を置き、袴を少し崩し動きづらくした所で意識が戻る。

 

「写真が……無い!?」

「ここにありまーす」

「なっ!」

「おっと変に動かない方が良いですよ。指示してないのに袴を緩めているので、脱げちゃいますよ?」

 

 詰めが甘過ぎるように思えたが、打つ手がないと思って有働は諦めたように膝を着いた。

 生徒会の活動ってこんなに疲れるのか。取り敢えず活動一日目は無事終えることが出来た。




諦めの良さ↑ 能力者への理解↓


前回の更新で沢山のお気に入り登録と評価ありがとうございました。ゲージに色がついてて驚きました。
また、誤字報告もありがとうございました。


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末路

有宇→友利→有宇の順




「有働とか言ったっけ。アイツを警察に突き出さなくて良いのかよ。まぁ警察に下着の念写とかどう説明すれば良いか分からないけどさ」

「寧ろその警察に捕まる前にアタシ達が向かう必要があるんです」

 

 有働にあれこれ友利が説明して活動は終わりとなった。行きと同じように三人で寮前まで移動した後で、友利に「報告書の書き方を教えるので付いて来てください」と言われた。こちらも聞きたいことがあった為、歩未に帰りが遅れると連絡して付いて行くことにした。

 書き方を教わり今回の件を友利の指導の元、書き終えた。その報告書の最後の欄に『能力者への対応』とあり、『生徒会長の友利奈緒が指導し様子見』と書いた。

 そして思った疑問を友利に投げかけた。

 

「どうしてだ?」

「……貴方にはあれこれ言うより、見せた方が早そうですね。これからまた時間をいただけますか」

「別にいいけど」

 

 前半何を言ったのかは聞き取らなかったが、そういった友利の顔は酷く暗かった。

 

 

 紐を引くと暖かくなる牛タン弁当は美味しいですね。アレはなかなか良い発明だと思います。隣のこいつは嫌そうな顔をしていましたが、あのピザソースで頭をやられたのでしょう。買っていたサンドイッチも食べてませんし。

 お腹も膨れていい感じに余裕が出てきました。少し話でもしましょうか。

 

「目的地に着くまでもう少しあります。なので少しお話しましょう」

「お前から話しかけてくるなんて珍しいな」

「別にいいじゃないですか。少し私も緊張しているんです。付き合ってくれてもいいじゃないですか」

 

 どうせ病院に行ってから伝えることになるんです。この人には伝えてしまいましょう。

 どうにも、こいつは能力に対しての危機感が少なすぎます。自分ではそれなりに対策をしているようですが、結構ザルですし。

 自分以外の能力者についての配慮は全く以て足りな過ぎて困っています。

 

「これから向かうのは私の兄の所です」

「兄がいたのか」

「はい。そして兄も私達と同じ能力者でした。

 兄も私も母に土下座をされ、とある学校に行くことになりました。そこで私は身体検査と称して様々なことを実験をされてました」

 

 あれから母とは会っていないが、初めて土下座をされた光景はまだ脳裏に鮮明に浮かび上がります。

 兄の能力に気づいた奴らの勧誘が無ければきっと今頃は……。くだらない妄想は今は要りませんね。

 

「それでも沢山の友達に囲まれて私は幸せだと()()()()()()()。不満だったことは兄に会うことが出来なかったことです。毎回友達が邪魔をしていたのです」

 

 今思えばどうして違和感に気付かなかったのか、ただそれだけです。もう少し早く行動に移せたなら何か変わっていたかもしれません。

 

「そんな生活をしていた時、ある人が私達を助けに来ました。その人は頼りになる方で、今もお世話になっています」

 

 隼翼さん。彼が私達を兄妹を助けてくれなければこの世は地獄のままだったしょう。

 

「お兄さんは……?」

「目的地に着いたみたいですね。降りますよ」

 

 隼翼さんが兄のために用意してくれた病院に着きました。隣に座る彼はここでも表情を変えず、いつもの世界に飽きているように冷たい目をしています。

 

 

「ここです」

 

 病室の前には『友利一希』と書かれている。

 話の流れから友利の兄の名前だろう。

 

「では行きますね」

 

 引き戸を開けると男性の叫び声が聞こえた。

 文字でもあらゆる物を使っても表現できないような叫び、そして一定のリズムで破られ叩かれる枕と布団。

 僕はその様子を呆然と見ていた。友利は表情を変えないで彼に近寄った。

 

「あーあ。また布団が駄目になった」

 

 そこにいつもの友利の姿はなく、ただ冷たかった。

 ナースコールを押し、鎮静剤を打たれた兄を連れて友利は外に出る。僕も付いていく。

 

「先ほどの行動は作曲なんです。唸って聞こえるのはメロディ、主旋律なんです」

「どうしてこんな事に」

「私達が行った学校は能力開発の科学者が運営している所でした。兄はそこで実験台をさせられていたのです。

 兄の能力は『楽器を介して空間を自由に振動させられる』ものでした。その能力を利用すれば通信をジャミングできるし電波ジャックも可能と科学者は考えた」

 

 室内を出て、敷地の裏側に出る。

 まだ歩みを止めない。

 

「その結果がこれです。能力者として価値のなくなった兄は捨てられましたが、今はこうして療養に努めています」

 

 だから能力者に対してあんなにも一生懸命だったのか。能力に対しての意見も変った、そして何よりも友利に対する理解が深まった。

 それでも、あの無理矢理解決させるのは如何なものかとも思っている。

 

「ここです」

「すごい」

「すごいっしょ」

 

 丘に建てられた病院の裏側。夕焼けが輝き、海がキラキラと光っている。でもそこには見惚れなかった。

 

「はぁ、やっぱり興味を示さない」

 

 友利の顔は夕焼けとは逆に暗い。

 しかし、その顔に僕は見惚れてしまった。

 

「科学者にとって能力者は乾電池のようなもの。それが切れたら別の能力者で実験すればいい。私達でも救えていない能力者は沢山いるんです。もしかしたら私達も、なんてこともあります」

「……」

「今日の用事はこれで終わりです」

 

 

 

 

「大変な思いをしていたんだな」

 

「同情っすか。やめてくださいよカンニング魔のくせに」

 

「そうだな確かに僕らしくもない。でも、明日は我が身になるのかと思うとな」

 

「歩未ちゃんのことですか?」

 

「あぁ」

 

「大丈夫っすよ。そうならないためにあたしを助けてくれた人も、そしてあたし達も活動しているんですから」

 

「だな。頼りにしている」

 

「……はい」

 

 

 

 

「むーーーーーーっ!! 遅いのです遅いのです遅いのです!!!」

「遅くなるって連絡したじゃないか」

「それにしても遅すぎるのです!」

 

 家に帰ると歩未がぷりぷり怒っている。可愛らしいその顔を一撫でし、落ち着かせる。部屋に移って学ランを脱いでラフな格好に着替えて、リビングに戻る。

 もう怒りを忘れニコニコした歩未が野菜ゴロゴロカレーを運んでくる。一口入れるだけで分かる、うまくピザソースの赤さを隠してはいるがピザソースらしさが残っている。旨い!

 

 

 ご飯を食べ終え色々として寝る時間となる。

 歩未はベランダで天体観測をしていた。

 

「日課だろうけど、明日も学校あるんだから早く寝なきゃダメだろ」

「今日は彗星が見れたので感無量で興奮しつつ寝付けますー!」

 

 興奮したら逆に寝れなく無いか?

 一緒に望遠鏡を中にしまい込む。

 

「でも本当に見たい彗星は別にあるのです!長期彗星なのですー! 100年に一度しか来ないんだー」

「そんな彗星があるのか」

 

 都会から離れた場所にあるため、澄んだ空には星々が輝いていた。




互いに何かしらの信念を持って行動している。対立すると酷く激しいが、同じ方向を向ける時はとても大きな力となる。
恋愛へのフラグとして少しばかり意識させてみたり、素直じゃない恋愛を書くのは楽しいが少しもどかしい感じ。すれ違いは苦手なのでありません。



感想、評価、お気に入り登録ありがとうございました。
モチベーションが上がりさらさら書けました。
今後も応援お願いします。


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降霊

「こんな所に本当にいるのか?」

 

 今日も相変わらず能力者探しをしている。今回は協力者が路地に居ると伝えて来たので、スマホアプリを使って土地勘が無いながらもやって来た。

 今回の不安点は2つ。1つ目はこんな昼間に路地裏なんて所にいるのは何故かという事だ。既に事件に巻き込まれている可能性がある。それ故に友利は急いでいる。兄のことを聞いてからは、多少なりともその考えに共感は持てる。

 2つ目は能力についてだ。これまでの奴は一人が一個だけしか能力を持っていなかったが、今回は一人が二個持っている。もう1つの考え方はとしては2人のことをまとめて言った、だ。

 

 ちょっと待て、そもそも能力とは一体何なんだ?

 友利は能力は思春期特有のものと言っていた。思春期を過ぎると能力が消滅するとも言っていた。

 色々と説はあるが大雑把に言ってしまうと、思春期とは青年期の入り口であり前半である。そして青年期の課題は「アイデンティティ」の確立である。

 アイデンティティ、自我同一性の確立。自分がどのような人間なのかを知り、他の誰でもない自分を発見することがソレに繋がっていくらしい。

 もしそれが関係しているならば、思春期の僕らはアイデンティティを確立している途中でこの能力に目覚めたのではないか。そして自分が何者か分かった時この能力は消える。もしくは友利の兄のようにアイデンティティを見つける事が出来無い状況に陥っても消える。

 などと移動の最中に考えてはみたものの、いくら何でも推測が多すぎる。例えそうだったとしても、何で能力という形で発現したのか分からない。

 

「あそこの路地を見てください」

「少しホコリがありますね」

「でも無い所もあるな」

 

 友利がある路地を指差した。

 ホコリが積もっているため、踏まれて出来た靴の跡がぼんやりと分かる。一つは小さくもう一つは大きい。歩幅も同様に大きさが分かれていて、全く同じ方向に向かっている。

 

「女性が男の人に追われていますね」

「だな。急いだほうがいい」

 

 相変わらず先を行く友利のあとを付いていく。曲がりくねった道を通り、一度大通りに出てしまった。これでどこに行ったのか分からなくなった。

 偶然店の前に居た女性に友利が話しかける。

 

「先ほどのこちらに女性と男性の2人が来ませんでしたか?」

「あぁ、さっきのあれね。アイドルが大男に追われてるっていう…撮影でしょ?アイドルの西森柚咲だっけ。あまりテレビ見ないから合ってるか不安だけど」

 

 歩未が好きなアイドルだ。最近金曜の夜に音楽番組に出ていたのを一緒に見た。キラキラとアイドルらしさもありながら、力強い歌声だったと記憶している。

 

「ゆさりん!? まさかこんな所でお会いできるとは!」

「知ってるんですか?」

「はい! 通称ハロハロ。How-Low-Helloというバンドのボーカルも務める人気上昇中の歌って踊れるアイドルです! 小学6年のときにローティーン向けファッション誌『プチバナナ』の第14回読者モデルオーディションでグランプリを獲得という快挙から始まり専属モデルとしてデビュー!翌年には『ムーブメント朝!』のレギュラー出演も決まり2年後受験のため降板。高校生になってからまた芸能活動を始めハロハロのボーカルになりました。初シングルの売上は」

「もういい!! お前そんなにアイドルオタクだったのか引くなっ!」

 

 僕も完全に引いている。マシンガントークをされると、耳が聞き取るのを止め、脳が理解するのをやめて半分以上理解出来ていなかった。

 

「高城が予想以上のドルオタと分かりましたが、それだけでは無かったみたいです」

「流石友利さんです。先ほどのポージングで分かるように私実は……」

「高城の大きな声で不審者が連れました」

 

 またもや友利が突っ走る。だが、路地に入ったところで殴られた音ともに後ろに吹き飛ばされる。

 逃したらもう一度探さなくては行けなくなるのでそれは面倒くさい。友利の元に駆け寄って殴ったであろう男に乗り移る。どうやって拘束しようか悩んでいると腹部に強烈な痛みが生じ、次に背中に何かがぶつかった痛みを覚える。

 そこで5秒経ったようで男の様子を見ると、高城が男の腹部にぶつかっていた。どうやらその衝撃でコンクリートの壁に背中を打ったらしい。

 アレが骨の折れる感覚と口から血を出す感覚か。もう二度と味わいたくない。

 

「ちっ……くそ! ビデオカメラが壊れたらどうすんだよ!」

「そっちかよ」

 

 なんと言うか自分に対する優先順位が低すぎやしないか。カメラを優先したり、自分の怪我を厭わない点だったり。

 

「で、お前何者だ?」

 

 この男はあまり痛みに慣れていない事は、乗り移って分かっているので顔を近づけて話しかける。あの痛みじゃ当分自分からは動けないからな。

 

「貴様らこそ」

「吐いたら救急車呼んでやるからさぁ。このままじゃあなた死んじゃいますよ。命懸けてまで守る話ですか?」

「それにその怪我じゃ長い時間喋るのもキツイだろ。必要なことだけさっさと吐け」

 

 おい高城。後ろの方で「悪魔のような二人だ」とか言うんじゃない。

 

「……西森柚咲を捜してるんだ」

「それは知っている。情報は一気に話せって言ったよな? それで他には」

「大洋テレビに頼まれて……」

「その誰っすか?」

「知らない。本当に知らないんだ」

 

 大人が泣いてしまったので、これ以上の情報は得られないだろう。ここはひとまず諦めよう。

 友利の言った通りに救急車に連絡をして来てもらう。

 だけど、どうやってこの惨状を説明するんだ?

 

 

「お前ら何者なんだ?」

 

 友利がうまい事言って納得させた救急車を見送ると、ついさっき言った言葉を言われた。振り向くと赤色の青年がこっちを見ていた。

 

「友利、一部始終を見ていた奴だ」

「何で分かるんですか」

「お前に能力で見張られた時から敏感になってるんだ」

「それはすみませんでした。……あたし達は西森柚咲さんという方を捜している者です」

「通称ゆさりんです!」

 

 高城のキャラがいつもと違い過ぎる。

 

「なんの為に?」

「ちょっとした伝手で大変な事になっていると聞きました。あたし達はその手伝いをするために来ました」

「勿論僕達は大洋テレビとは関係ない」

「そして私はただのファンです。いえ! これでは語弊がありますね、大ファンです!」

「「いちいち話の腰を折るな!」」

 

 高城の暴走っぷりに耐え切れず、僕と友利はそれぞれ高城を蹴る。これで少しは大人しくなるだろう。

 

「あたし達なら彼女を助けられます。それに、すこし不思議な現象についても」

 

 その言葉を聞くと男は頷き、僕らを連れて行った。

 

 

「戻った」

 

 連れて行かれた先はある建物の地下部分。だが、片方は川に面しているので日差しは入ってきている。

 そして目の前にはアイドル西森柚咲が座っている。マシュマロを両手で持って食べながら。

 

「うぉぉぉぉ!!!! まさに本物のゆさりん! ハロハロのCD全部持ってます! 初日に買いました!」

「ここぞとばかりに近づくとか、引くなっ!」

「ありがとうございます」

 

 オタク全開な高城に対し西森柚咲は満面の笑みでお礼を言う。天然っていうか、ウチの歩未と一緒で汚れを知らないんだろうな。

 

「おい誰だそいつらは」

 

 右側の扉から一人、暑いのにニット帽みたいなのを被った男が出てくる。

 

「美砂と同じ特別な力を持った連中だ」

「美砂? でも、名前は柚咲じゃなかったか?」

「そうですね。柚咲さんに直接聞いてもいいっすか?」

「あぁ、構わない。俺達でもよく分かってなくてややこしいんだ」

 

 カメラを持ったまま友利は西森柚咲に近づく。

 

「はじめまして。友利と言います」

「はじめまして! ゆさりんこと西森柚咲です!」

 

 アイドルって自分のことをアダ名で呼ぶのか? いやこれもきっと歩未と一緒で、ついつい言っちゃうやつだろう。

 

「生でアイドル見るの初めてっす。ほんと作り物みたいにかわいいっすね」

「私もそこまで近づきたいー」

 

 お前も口を閉じて性格変えりゃ、そこそこいい顔立ちだろ。確かに本物には敵わないけど。

 あと高城。いい加減にしないと隣の般若がブチ切れるぞ。

 

「ではまずあなたの本名を教えてください」

「黒羽柚咲でっす!」

「てめぇには聞いてねぇよ!」

「だぁぁぁぁぁ!!」

 

 今度は友利一人に回し蹴りを食らっている。

 取り敢えず、柚咲≠美砂なのは分かった。

 

「本名の方が芸名っぽいな」

「黒い羽なんてあまりにアイドルっぽくないとのことで西森と付けてもらいました!」

 

 確かに黒というのはアイドルらしくない。

 

「それで、自分が自分じゃない時とかあるか?」

「それを自覚しているかも教えて欲しいです」

「確かにそんな時があるが、コイツはそれを自覚していない。そもそもなんで知ってるんだ」

「テメェには聞いてねえよ」

「んだとこら?」

 

 喧嘩はやめてほしい。

 このまま放っておいても勝手に話が進みそうなので、僕は西森柚咲が座っていない方のソファに腰を掛ける。

 

「で、黒羽さんどうですか?」

「そうなんですよ。眠り病というんでしょうか。最近いつの間にか寝ていて起きると違う場所にいたりする……ということがありまして。お医者さんには『多重人格のおそれがある』とか言われちゃってます。」

「そうですか。多重人格ではないので安心してください」

 

 おそらく彼女が今回、協力者が言っていた能力の一つ『降霊』の能力者で合っているだろう。知らない間に霊を宿して、行動しているのだろう。

 友利は西森柚咲への質問を一旦止めて、男たちに話しかけた。

 

「貴方も食べますか?」

 

 パイプ椅子をテーブル側に戻した事によって、僕と向かい合うことになった彼女は僕にマシュマロを渡してきた。

 あまり甘いものは好きじゃないが、断るのもどうかと思うので受け取ることにした。

 

「貴方達の言う『美砂』とはどのような方ですか?」

 

 マシュマロを食べているとそんな会話が聞こえた。

 

「もうひとつどうですか?」

「ありがとう」

 

 一つ食べればまた一つ渡され、また食べれば渡される。マシュマロなんて久々に食べたけど美味しいな。芸能人が買ってるものだから、僕達が昔食べてたものと違うし旨くて当然か。

 

「柚咲の1つ上の姉。半年前に事故で亡くなっている」

「てめぇ」

 

 その荒っぽい言葉は目の前から聞こえた。

 空の様に住んだ青色の瞳は燃える日のような真っ赤な赤へと変わっていた。

 

「見ず知らずの相手にあれこれ教えてるんじゃねぇよ!」

 

 西森柚咲(?)は帽子男に回し蹴りを喰らわせる。

 落ち着け僕。こんな事は今までもあったじゃないか。だから先ほど食べたマシュマロを食べ続けよう。

 

 




捕まった能力者への理解によって、明日は自分や歩未にとって危険なことがあるんじゃないかと思うように。それによって仕事に対するやる気↑ やり遂げるための残忍さ↑ 友利に対する理解↑
また、様々な厄介事を経験し諦めの良さ↑
そして能力に関する分析をしていたり。



沢山のお気に入り登録、評価(とそのコメント)、感想ありがとうございました! 嬉しくて連日投稿してしまいました。
誤字報告もありがとうございます。たいへん助かっています。
皆さんのおかげでランキングにも載り、やる気満々ですので次の更新を楽しみにしていてください。さて、どうやって例の作戦を変えましょうか……。


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発火

「せっまい場所に揃いも揃ってうっぜぇな!」

 

 僕は知らない。先ほどまでほわほわしていた歩未の好きなアイドルが、荒くれた不良みたいになっているなんて僕は知らない。

 ましゅまろおいしい。歩未に買って帰ろうかな。

 

「ちっ!」

 

 おそらく美砂(?)が右手を掲げるとその手に火が灯った。その火は炎となり部屋中に広がり始める。友利はカメラ越しにそれを見て喜んでいる。

 他二人は先ほど蹴られた帽子男に抱きつき怖がっている。僕はと言えば、特に何もしていない。炎は美砂の向く方向、つまり自分が座っていない放たれている。近くの皿にマシュマロを載せて皿を近づけて焼きマシュマロを作ろう。

 

「うわ〜! すっごい能力!」

「落ち着いて美砂? それじゃ皆焼き殺されるから」

 

 だが流石にこちらまで火がやってきたので止めることにする。自分が焼かれるのは嫌だ。

 

「……そいつはセンスがないな」

 

 その一言を言って炎を消した。炎が消える際、周りの家具に少し移っていた火すらも一緒に消していた。範囲がどれくらいなのかは分からないが、支配下の火はすべて操れるのだろうか。

 だとすれば今まで見てきた能力の中でも、強い部類に入るのではないか。これまで見てきた能力は、コレとはっきり言えてしまう欠点が存在していた。

 

「『降霊』の能力は黒羽さん、どっちを言ってるのか分からないんで柚咲さんでいいですね。『降霊』は柚咲さんの物で、主導権は『発火』能力を持つ美砂にあるんですね」

「なんか文句あんのかよ!」

「そんなこと言ってないだろ!」

「アァ!?」

 

 さっきの言葉だけでここまで切れる必要も無いだろ。

 高城を見てみろよ。憧れのアイドルの顔でヤンキーみたいな事言ってるから、壁に頭を付けて現実逃避してるじゃないか。

 

「貴女とこの後ろの二人の関係は?」

「生きてた頃にやんちゃしてた私の仲間だ」

「じゃあどうしてお前らは黒羽……柚咲さんが追われているのを手伝っている?」

「私が連れて来て、説明した」

 

 いつから黒羽妹は『降霊』に目覚めたのか聞こうとするところで、友利が再び質問した。僕の質問はこの事件に大きく関わらないから別にいいが。

 

「それで、なぜ妹さんが追われているかご存知ですか?」

「こいつだ。どっかの現場で柚咲が間違えて持ち帰っちまったテレビ局の大物プロデューサーのもんだ。それにメールが届いて柚咲が読んじまった」

「妹はそこまで重く考えてないが、金の使い込みやばい連中との付き合い。サツに持っていけば間違いなくしょっぴかれる内容だ」

 

 なるほど、と言った友利が隣に座る。普通に()けるから押して来るな。

 

「今更スマホを返したところで無事では済まないし、警察に渡したとしても黒羽さんがそのプロデューサーを売ったことになり、芸能活動ができなくなる」

「私はそんなの嫌ですよ!」

「黙れ高城!」

「ならテレビ局ごと燃やしてやる」

「バカか!そんなことをしたら妹さんが逮捕されるわ!」

 

 僕はさっきからコントでも見ているのだろうか、やけにテンポがいい。

 

「てめぇ何様だ!? ああん!?」

「てめぇこそ妹さんを少年院送りにしてぇのか!」

「くっ……それはセンスがないな」

 

 女子がそんな顔でメンチを切るなよ……。

 しかし美砂からは何故か同じオーラを感じる。なんでだろうな。

 

「ならどうするってんだ?」

「プロデューサーに渡すしか無いだろうよ」

「それが難しいって話じゃないっすか。話聞いてましたか?」

「聞いてたよ。どうせお前のことだから『脅せばいいっすよ』なんて言うつもりなんだろ?」

「その通りですけど。あとモノマネがちょっと似てて苛つく」

 

 やっぱりな。コイツなら能力を使って脅すだろうなって事は簡単に予想出来てしまう。ましてや美砂の能力が強力なために、それを使おうとしていることさえ分かる。

 でもそんな所を見られでもしてみろ。友利が一番嫌う科学者に発見される可能性が高まるんだぞ。

 

「もう少し冷静になれ」

「貴方は逆に冷たすぎるんです!」

「……私はどうすればいい?」

「私達が考えるまで待機ということで」

「センスが無いが、まぁ仕方ないか」

 

 頭をだらんと下げると、ピリピリとした雰囲気からふわふわした雰囲気へと戻る。これで美砂から柚咲さんに戻った感じか。

 

「あれ? 今また私眠ってましたか?」

「お疲れなんですね。大丈夫っすよ」

「あっ! マシュマロが焼きたての焼きマシュマロになってる!」

 

 

「それで、どうするつもりなんですか?」

 

 黒羽との接し方が分からなくなって項垂れている高城を建物に置いてけぼりにして、僕と友利は外に出てこれからについて話をすることとなった。

 

「さっきのスマホをプロデューサーに渡す」

「だから今更それじゃ遅いって話なんですよ」

「その時に交渉する」

「交渉ぅ? それって私が考えてた脅しと何が違うんですか。あそこで止めたってことはそれなりの考えがあるんすよね?」

 

 友利の顔には「そんなこと出来るのか?」みたいなのがありありと浮かんでいる。

 

「まずはお前の考えを教えてくれ。そこから僕が手直しをしてそれなりのものにしてやる」

「何様のつもりなんですか?」

「カンニング魔だよ。人の考えを使うのは得意なんだ」

 

 

 今回の件のオチ。

 友利の案は僕らの能力と、あの二人に防火対策をとらせた上で美砂の能力を使って燃やしてプロデューサーを脅すというものだった。

 これはやらせないで良かった。なんと言っても僕に乗り移らせて、持っている武器で戦闘不能にさせるほどの攻撃をさせるつもりだったらしい。その痛みなど受けたくない。あの高城にやられた攻撃でさえ痛かったのだから。

 

 それだと悪目立ちして、目撃者の口止めが難しくなる。なので僕は高城を使ってプロデューサーだけを連れ出して、お話することを提案した。その場にはプロデューサーを連れて来た高城と柚咲に扮した美砂だけで、二人に交渉を任せることに。

 残りの僕らはやって来た付き人を倒す事にした。

 

 結果だけ言えば作戦は成功。黒羽は芸能界を辞める必要がなくなり、プロデューサーとの()()と上手く行ったいそうだ。

 だが、今回は前の有働の件とは違い能力者以外の関係者がいた。そのため、黒羽には星ノ海学園に転校してもらうこととなった。

 転校ということは彼ら二人ともう会えなくなることとなり、もう一度美砂と別れることを意味する。赤髪がそれならと美砂に想いを伝えることとなり、僕らは離れてその行方を見届けた。

 

 

 

 

 

 だが、今回の本題はそこではない。

 能力についての推察が進展した。

 友利は言った『特殊能力は思春期特有の病』だと。僕が尋ねると黒羽は言った『眠り病が始まる前、お姉ちゃんに助けを求めた』と。

 僕らはそれぞれ悩みや考えを持っている。僕は他人の視点から自分自身を見てみたいと、黒羽は姉に助けてもらいたいと。その悩みの具現化が能力なのではないか。

 それならば僕や友利みたいに完全でない能力と、美砂や有働の様に欠点のない能力が存在することの説明がつくのではないか。

 それはさらに他の人の意見を聞く必要がある。




少し私生活が忙しくて更新遅れてしまいました。
なので、少し終わりがあやふやになってしまいました。すみません。
ですが、取り敢えず脳内プロットではいい感じに最終回まで完成したのでエタらず頑張って行きたいと思います。




今回も誤字報告、感想、評価、お気に入り登録と沢山有り難うございました。これからも頑張るので、応援していただけると嬉しいです。


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乙坂有宇

野球回は飛ばします。面白く書けないから。
今回はオール友利視点です。


 鈍い音が体に響く。イヤホンをしているので直接耳に届くことはないが、殴られた部分から痛みが生じる。そのまま続けて同じ場所、左の頬を殴られる。

 血の味がしする。これは頬が切れましたかね。痛みには慣れているはずですが、思わず脚の力が抜けて倒れそうになってしまいました。

 目の前にいる女4人はそれを許しません。倒れそうになるあたしの髪を掴み、無理やり持ち上げます。そしてそのまま膝を腹部に入れます。

 

「次は百合子の分!」

 

 殴られた衝撃で外れたイヤホンからそんな声が聞こえてくる。

 難儀なものですね。彼女らが科学者に捕まる前にこちらで保護したものの、不満があるようです。少々手荒い場面もありましたが、兄が科学者に受けた実験と比べると何百倍も何千倍もマシです。

 あたし自身の体はいつの間にか横になっていました。ふっ、我ながら自分のことを客観的に見過ぎました。どうやら考え事をしている間に、更にボコボコにされてしまったみたいです。

 上を見上げると依然として、その瞳にはあたしに対しての怒りの炎が浮かび上がっていました。

 ですが、ふと一人からその炎が消えました。

 

「ねぇ、誰か見てない?」

「本当か?」

「うん。だから早く行こうよ」

 

 その人はその場にいた二人の手を引いてそそくさとこの場を離れていきます。残った一人も彼女たちに付いて行きました。

 手に力を入れて立ち上がろうとしますが、力が入らず上手くいきません。

 そんな私の上に影が差しました。

 

「生きてるか?」

 

 それはやはり乙坂有宇でした。あたしが連れ出させるのを見ていたのは彼と高城だけでしたし。

 高城はあたしを助けには来ません。彼は彼で独自の正義感を持っていますし、彼はあたしの泥を被るやり方については口出しをしないという約束をしました。

 

「なんのつもりですか?」

 

 彼の本心は分かりません。彼の行動の基本には常に自分自身か歩未ちゃんが存在します。前回、黒羽さんを助ける際にそれは確信が持てました。他者への圧倒的なまでの無関心、自分に振りかかるリスクを減らした上での行動。

 では今回は? 今回はあたしを助けることは何一つとしてメリットはありません。むしろこの状況を見られる方がデメリットになり得るとも言えます。現に、先ほど遠くに行った彼女たちが遠目であたし達を確認していました。

 

「あたしなんかを助けに来て……」

「僕がお前を助けに来た? 何を言ってるんだ?」

 

 その声は心からの物のようで、本当にあたしの言っていることに疑問を持っているようです。

 

「僕はお前を助けに来てなんか無い。ただ、お前が居なかったら生徒会の活動に支障が生じる。僕は早く家に帰りたいんだ。だからお前が無事か様子を見に来ただけだ」

「助けたことは否定しないんすね」

「事実だからな。それで、見た目は結構ボロボロだけど立てるか?」

 

 力は戻っていて、今回はきちんと立てることが出来た。でも、足元はまだ覚束なく体勢を崩してしまう。

 

「無理すんな。僕に迷惑がかかるから」

「一言多いです」

 

 そんなあたしの手を取って支えてくれます。

 

「肩貸せば歩けそうか?」

「それなら」

「そうか」

 

 あたしの腕を肩にかけ歩くのを手助けしてくれます。どこに連れて行くのかと思うと、その先は保健室でした。

 扉を開けて中を見るが、生憎と養護教諭はいません。乙坂有宇は溜息をひとつ吐いて、あたしをベッドの上に座らせます。

 

「勝手に使って文句とか言われないよな」

「その点は大丈夫です。我々生徒会は怪我をすることも多いので、よっぽどたくさん使わない限りは何も言われません」

「高城とかしょっちゅう使ってるもんな」

 

 石鹸で手を洗った後、医療品が入っている棚を一瞥し迷いなく物をとっている。それから慣れた手付きで準備を整える。

 

「歩未が良く怪我するから慣れてるんだ」

「はい?」

「お前がどうしてここまで手際がいいのか、疑問を感じているように思って」

「何言ってイテッ!」

 

 いきなり消毒液を掛けて来るのはダメだろ!? 普通それくらいは分かるだろ! 何けろっとした顔で「お前何してるんだ?」みたいな顔してんだ! 普通に引くなっ!

 

「黙っとけ。口の中もキレてるんだろ」

「なっ!」

「口開けろ」

「何でですか!?」

「こんだけ喋れたら大丈夫だろ。取り敢えずあまり刺激を与えないようにしろよ」

 

 いつの間にか手当ては終わっていました。痛みを感じたのも最初の一回だけで、他の所は全く痛みを感じませんでした。歩未ちゃんに良く手当しているというのは本当のことの様ですね。

 片付ける乙坂有宇を見ていると、携帯が震えました。どうやらまた特殊能力者が見つかったようです。乙坂有宇にそれを伝えると頷き、あたしを立たせて二人でむかうことになりました。

 

 乙坂有宇の持つ『略奪』と呼ばれる特殊能力。本人はそれを『5秒だけ相手を乗っ取れる』だけだと思っているようですが、絶対そんな事はありません。

 何せ有働に能力の使用の危険性を説明した際、「この話をすると大抵の人が能力を使えなくなるんですけど、貴方はどうですか?」と嘘を聞いてみた時、彼は既に能力が使えませんでした。

 だからこそ、略奪は『特殊能力を奪う』もしくは別の何かとともに能力を奪っている。というのがあたしと高城の考え方です。

 本人はまだ気づいていないのでそのままにしておきましょう。

 

 




少し二人の仲を見せようとしたら5話終わりませんでした。次で5話終わります。

これからも応援お願いします。


書きたいことが上手く書けず、語彙が少ないので勉強して戻ってきます。


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野営

「上手にテントを張りますね乙坂さん」

「ただ慣れてるだけだ」

 

 今回見つかった能力者は『空中浮遊』だった。居ると伝えられた場所は近くの山だ。絆創膏を顔に付けた友利がドヤ顔で、目星を付けていたと言って雑誌を見せてくる。

 記事のタイトルは『発見!フライングヒューマン!?』で、乗っていた雑誌はUMAを主に扱っているものだった。

 これは早く捕まえなきゃ大変なの事になってしまうんじゃ無いのか? なんて僕の心配は見当外れなようで、友利と黒羽妹は「キャンプだー!」「BBQだー!」とはしゃいでしまっていた。本人は隠そうとしていたが高城も楽しみにしている感じが分かった。

 

「有宇おにいちゃーん! こっちもやってー!」

 

 そして泊まりになる事は容易に想像できたので、歩未が一人になるから駄目だと友利に伝える。これまではどれだけ遅くなっても、歩未が寝る前には帰って来られたので良かったが今回はそれは無理そうだったからだ。

 そうして帰ってきた答えが「なら、歩未ちゃんも連れて来ていいですよ」だ。来なくていいですと自宅待機を期待していたから、行かなければいけなくなったことに対しての面倒臭さ。それと予想してもいなかった返答が驚き。

 友利達がキャンプ道具の準備をしている間に、僕が歩未を迎えに行き近くのスーパーで待ち合わせをした。

 

「乙坂さんすごいですっ!」

「こんな男でも頼りになるんすね」

「おい友利、一言余計だ」

 

 大変なのはそこからだった。

 

 

「キャンプなのですー!」

「今日は僕ら二人じゃないからはしゃぎ過ぎるなよ」

「もー、それくらい分かってるよ。それでそれで一緒に来る人って誰?」

「生徒会のみんなだよ」

 

「ってことは友利のおねえちゃんも?」

「あぁ」

「あの割烹着の人も?」

「高城のことか?あいつもいるぞ」

「他にもいるの?」

「とっておきがもう一人な」

「たのしみなのですぅー!」

 

 荷物の入ったリュックを背負って歩道でグルグル回りだす歩未の頭を撫でる。ハロハロの熱狂的なファンでの歩未には、新しく生徒会に入って今日やってくるのが黒羽妹であることは伝えない。僕のちょっとしたサプライズで歩未をびっくりさせてやろう。

 どんな反応をするだろうか。素直に好きなアイドルに会えることに喜ぶか、それとも嬉し過ぎて気絶してしまうだろうか。うん、どっちの歩未もかわいらしいだろうな。

 

「あれかな?」

 

 歩未が指差した先には大きな荷物を持った人影が3つ。間違いない、あれだろう。一人走っていく歩未の後ろを追いかける。

 一足早く三人との合流を果たした歩未は深々と頭を下げ、顔を上げるとそのまま後ろに倒れた。地面とぶつかる(すんで)の所で友利が支えて事なきを得る。

 

「歩未! 大丈夫か!?」

 

 何があったか分からず駆け寄る。友利の腕に抱かれる歩未を覗き込むと、僕がとてつもなく美味しいピザソース料理を作った時にしか見せたことのない笑顔をしている。

 あと鼻から鼻血が出ている!

 

「はわわ! どうしちゃったんですぅ?」

「止血します!」

 

 その場はパニックだ。鼻血を出す中学生に、初めてあった同級生の妹がいきなり鼻血を出して驚く元アイドル。その姿に興奮する男子高校生。そして歩未の止血に取り掛かる女子高校生。

 

 何だこれは。

 

 

 

 集合場所のスーパーから少し離れたところに設置されている公園のベンチに歩未、柚咲、高城の三人がいた。鼻血を出した歩未を安静にするために場所を移動した後、残りの二人はもともとの目的であるスーパーに行った。

 それからしばらくして歩未は復活したが、再び柚咲を見て鼻血を出したのはご愛嬌だ。

 

「やっぱり! おにいちゃんと友利のおねえちゃんは付き合ってるってことでいいんだよね」

「確かに仲はいいかな。私が生徒会に入ってからもずっと二人で話してることが多いもん」

「ですがあれは話というより口論ですよ」

 

 すでに挨拶も終わり、すっかり柚咲に懐いた歩未は二人のことについて尋ねる。いつも自分にベッタリなお兄ちゃん(有宇)に初めて出来たよく一緒にいる女子だ、彼氏彼女の関係かどうか気になるのは至って普通の反応だ。

 だがいつも会話を聞いている二人からすればなんとも言えない質問だった。生徒会室で真面目に書類仕事をしている時でさえ、記憶の違いやまとめ方の違いによって口論を始める。

 それを仲がいいと言えば仲がいいが、男女の甘酸っぱいものでなく兄弟の口喧嘩ようなものだったりする。

 

「そう言えば今日。怪我をした友利さんを乙坂さんが連れてくるなんて事がありましたね」

「あれはびっくりしました!」

「ほぉ!有宇おにいちゃんやりますなぁ!」

 

 どこか波長の合う三人は肉と野菜を大量に買ってきた有宇と友利がやってくるまで色々と話をした。

 

 

 テントを張るという慣れすぎて思考停止でできる作業は、この山に来るまでのことを思い出しているうちに終わってしまった。憧れの黒羽妹と会って鼻血を出す歩未、BBQは肉が命と(のたま)いやがる友利との肉か野菜かどっちが美味しいかの議論。公園に行ったら向けられた謎の温かい目。

 こんな山に来ているからか、その時はうるさいと思ったことも何だか楽しいことのように思えてきた。

 

 この際だからさっきのBBQの事は一旦忘れよう。あんな肉まみれのBBQなんて僕はBBQだと認めない。何だよあいつらは、肉ばっかり食いやがって。歩未に悪い影響があるかもしれないだろう。

 残った野菜は明日の朝のスープにもするか。

 

「ひえっ!まだ夏になってないから川の水が冷たいな」

「長く浸かっていると体が冷えてしまいますので、頭を洗い身体を拭いたら早く上がってしまいましょう」

 

 食事を終えた僕らは、重い荷物を持って山に登ったり炭の煙を浴びて汚れた体を洗うために近くの川に来た。歩未たちはテントの近くでドラム缶風呂を使っている。

 僕もこんな冷たい水よりも、温かいお湯を使いたかった。

 

「乙坂さんもそこそこ鍛えてるんですね」

「体育で無様な姿は見せたくないからな」

「あなたらしい理由で安心しました」

「というか、お前に言われても皮肉にしか聞こえないけどな」

 

 体育で準備運動と称してする腹筋や腕立てなど、あれを何気なくこなすためには当然だ。そのために偶に家でもやっている。

 だが、高城の身体は本当に鍛えぬかれた肉体だ。

 

「お前って着痩せするタイプなんだな」

「私の場合は能力を制御する過程で仕方なくなんですが」

 

 高速移動は本当に痛そうだ。さっきも、川に入る前に当たり前だが服を脱ぐのだが、制服の下には衝撃を吸収するプロテクターを着ていた。

 あんな目にも止まらぬ速さでぶつかったら自分に返ってくる衝撃は想像を絶するものに違いない。今思うとあのプロテクターだけで衝撃を殺せるのだろうか?高城の体を見たところ青痣や傷跡が見当たらない。

 

「まだ女性陣のお風呂は終わってないと思いますが上がりましょうか」

「そうだな」

 

 経費で落としたスーパーで買ったバスタオルで体を拭く。あのバカ(友利)は「別に要らないんじゃ無いっすかね」なんて言ってたが、それこそアホかと。歩未が風邪を引いたらどうしてくれるんだ。

 寝間着も制服でいいでしょと提案してきたが、シワがついたりしたら嫌なので適当にスーパーで見繕った。

 

「そういえば前々から気になってたんだが、お前と友利って付き合い長いのか? 高校の生徒会で知り合ったにしちゃ随分と連携が取れてるから気になってたんだ」

「私と友利さんの出会いですか? 中学2年生の時のことです。私は星ノ海学園附属中学に1年生の頃から通っていたのですが、その前にいきなり知らない人が私の家に来て……」

 

 どうやら僕は地雷を踏んでしまったようだ。

 高城に声をかけても話は止まらない。

 

 

「ほんとーっに友利のお姉ちゃんは有宇お兄ちゃんと付き合ってないの?」

「何回もそう言ってるじゃないすか。歩未ちゃんの前で言うのも何ですがあたしはアイツが嫌いですし」

 

 ドラム缶風呂は確かに気持ち良かったですが、楽しいのは最初の一瞬だけでした。憧れのドラム缶風呂に入れた満足感ですぐに飽きてしまいました。

 男共にはそこそこ時間がかかるからすぐ帰って来んな、なんて言いましたがそんな必要はありませんでしたね。既に全員入り終わり、黒羽さんはバーベキューの残りの火で焼きマシュマロを作っています。

 偶に聞こえてくる豪快な叫び声はあまり気にしたくないですね……。

 

 あたしはテントで歩未ちゃんの濡れた髪をタオルで乾かしています。家ではあのバカ(乙坂有宇)が毎回拭いているらしく、今日はあたしに拭いて欲しいそうで頼んできました。

 普段なら乙坂有宇に引いてる所ですが、歩未ちゃんの満面の笑顔を見てしまうとなんでもやってあげたくなります。

 あたしは兄にこんな表情を見せた事はあったでしょうか。もう忘れてしまいました。

 

「確かに有宇おにいちゃんは無愛想で生真面目で融通が効かなくて、ぜんっぜん女心を理解してないけど」

「妹にここまで言われる兄って」

「でもそれって有宇お兄ちゃんなりの優しさなんだ」

 

 優しさ?

 

「有宇お兄ちゃん責任感が強いから、一回でも関わったら最後まで完璧にやらなきゃいけないと思ってるんだ。でも、そんな事できないって思ってるから人との交流を減らして今自分に出来ること出来る事、家族を守ることに専念してるの」

「…………」

「だから友利お姉ちゃんとか、ゆさりんとか高城さんがそんなの気にしないで、有宇お兄ちゃんと楽しそうにしてると歩未もうれしいのですー!!」

 

 




おまたせしました。
アマゾンプライムでCharlotte見れたので、続きかけました。


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Fallin'

ここから数話重くなります。
ですが書きたい話はそこなので、お付き合いお願いします。








 僕は星の楽しみ方が分からない。

 歩未とは良く天体観測に来るが、僕は基本的に望遠鏡を使って星を見ない。その運搬役だ。暇だからと肉眼で夜空に浮かぶ星を見るにしても、星座なんて中学校の理科でやった程度しか知らないからただの眺めるだけだ。そこにはなんの感慨もない。

 ならどうして行くのか、そんなお願い断ったら良いじゃないかと尋ねられればその答えは決まっている。

 

 ここから見える星は近くの街の光のせいであまり見えない。どうせなら街の光を見てた方が面白いんじゃ無いかと思ってたら、後ろの方から草木のガサガサと揺れる音が聞こえた。

 振り返ると友利が立っていた。

 

「ここにいたんすか」

「僕がどこにいようが勝手だろ?」

「山んなかでいきなりいなくなられると、こちらとしては何処に行ったか気になるもんでしょうが」

「それは違いない」

 

 腰を掛けていた岩に友利も腰を掛ける。一人だと余裕がある程度の幅しかないのに、そこに友利も座るせいで狭くなる。シャンプーの匂いが鼻腔を擽る。

 

「高城から聞きました」

「僕がここにいるって?」

「冗談はやめてください。あなたに昔の事を語ったと聞きました」

 

 風呂上がりの時の話か。高城が怪しい機関に襲われそうになった所を友利に助けられた話。人道的でない事をやったそうだが、そこはぼんやりと流されてしまった。

 その話から分かったのは高城がどうして友利の行動に何も言わないのか。自分が犠牲になっても、それでも友利を()()()と決めたのかだ。

 

「あなたはどう思いましか。正直言って、あの時のあたしは今のあたしからしてもどん引きものなんですが」

「別になんとも」

 

 本心からの言葉だ。

 ()いて言うならそんなこと聞きたくなかった、だ。二人の過去を聞いてしまったからにはそれを漏らしてはいけないし、二人のその気持ちを尊重しなくちゃならない。

 知より無知の方が生きやすい。

 

「なんとも……ですか……」

「あぁ」

 

「あなたはどうして!」

「……どうしてそんなにも割り切れるんですか……あたしには分かりません」

 

 夜の森の静寂を切り裂く友利の声。今まで聞いたものです一番心のこもっている、熱い声だ。

 割り切っていると友利言った。そんなことは無いと僕は思っている。

 

「歩未ちゃんから聞きました。あなたは手の届く範囲の物を守るので精一杯だと」

「そんな高尚なもんじゃない。僕は僕のためにやってるんだ。歩未を大切にするのも、歩未から好かれたいからじゃない。歩未の笑顔を見ると僕が幸せになるからだ」

 

 僕が幸せになるのも一番ではない。誰かといつか交した約束を守るための手段でしかないのだ。

 

「それがあたしには分からないんです‼ あたしは手の届かない所でも、自分が動いて困っている人を助けたいんです‼ どんな手段を使ってでも」

 

 それは友利の覚悟だった。

 同級生に嫌われようと、全生徒に嫌われようと自分と知らないところで誰かが悲しんでいると思うだけで心が痛くなる。それはまるで自分(友利)の知らないところで、誰か()が苦しんだ経験があるからか。

 僕には分からない。

 

「でも気づいてしまったんです。歩未ちゃんからあなたの話を聞いて」

「僕の話?」

「あたしは助けて満足してるだけなんだって。兄に出来なかったことをしてあげてるって、満足してるだけなんだって」

「…………」

「その証拠がこの傷です。結果だけを求めたあたしへの罰です」

 

 例えば有働への脅し。黒羽妹を助ける際に最初に思いついた友利の作戦。自らを犠牲に、危険を顧みないその作戦は言われれば助けることにのみ焦点を当てたものだ。

 

「あたし分からなくなってしまいました。助けてもらってからずっと続けてきたこの活動が正しいのか、続けていいものなのか分からなく……なってしまいました」

 

 いつも真っ直ぐな友利の瞳からぽろぽろと、澄んだ大粒の涙が流れる。自分でも思いがけなかったようで、急いで裾で涙を拭うが涙は止まらない。

 

「すみまっ……せん。泣くつもりはなかったんですっ!でも、でもっ……」

 

 いつも強気で、己を曲げない彼女の涙に不謹慎だが見惚れてしまった。泣き顔を隠すように体育座りになり膝に顔を埋める。

 しくしくと泣く友利に何も出来ない。いつも憎まれ口を叩く仲だが、こんな時はそんなこと関係ない。友利の言葉を借りるなら、友利は既に僕の手の届く範囲で守るべき対象なのだ。

 

「友利! おいっ! 友利奈緒!!」

「なんですか……っ」

「お前の夢はなんだっ! 」

「あたしの……夢……」

「そうだ。もし能力者全員を助けたらやってみたいこと、お前なら持ってるだろ」

 

 その言葉で気が付いた。友利の泣く顔が見たくないんだと、こいつと軽口を言いあっていたいんだと。それなら慣れないことをやってもいいだろう。偶には慣れないことをするのも一興だろう。

 そんな風に自分に言い聞かせている事には気づかなかった。

 

「ZHIENDのPVを……撮ることです」

「ZHIEND?」

「あたしがいつも聞いてるバンドです。兄が好きなバンドでした。今は能力者のせこい行動を撮っていますが、いつか撮ってみたいんです」

 

 弁当を食べてる時も、生徒会室から出る時もいつもイヤホンを付けている。何を聞いてるのかと気になるときもあったが、そのバンドをずっと聞いていたんだな。

 

「いい夢だな」

「心にも思ってないことを言わないでください」

「なんだと」

 

 いつの間にか友利は顔を上げ笑っていた。そんな笑顔も出来るんじゃないか。

 

「あーあ、久々に泣いてしまいました。それもあなた何かに見られてしまうなんて」

「何だよその言い方は」

「ですがお陰でスッキリしました。自分の中でも踏ん切りがつきましたし」

 

 その何ともない言葉が心地が良い。

 

「なんで笑うんすか?」

「なんとなくな」

 

 やっぱり僕らはこんな感じなのが丁度良い。

 

 

 

 

---生徒会活動記録---

 

 あのときは本当にびっくりしてしまいました。自分でも抑えがつかなくなって乙坂有宇に……乙坂さんに当たってしまいました。

 自分がどうしてあんなになってしまったかは分かりませんが、自分の中でも踏ん切りがついたと言いますか、スッキリしました。これは乙坂さんには感謝しなくてはなりません。

 ……言葉にはしませんが。

 あの瞬間、乙坂さんが兄のように心強く思えてしまいました。まぁその一瞬だけで、次の瞬間からはいつもの憎たらしい同級生に戻っていましたがね。

 

 あれからしばらくは乙坂さんと話をしました。そこで、彼がどうしてあのような思想を持っているのか少しわかった気がします。理解はしませんし、その思想にあわせて行動させるなんてこともありません。

 でも、知ることが出来たと言うのはとても大事です。

 

 

 スーパーで買い物中に考えた、能力者を捕まえる手筈をもう一度確認しテントに戻ることになりました。その時にあたしは彼に音楽プレイヤーを渡しました。

 古くなったので買い替えたいのもありましたし、彼にZHIENDのことを知って欲しいと思う気持ちもありました。むしろ普及の方が目的なんですけどね。

 

 

 ちなみに能力者は翌日保護できました。

 

 

 

 

 

 

 




新たな評価と感想ありがとうございました。
最初はお気に入りが減って、すこし気も滅入りましたが感想とお気に入りの増加でやる気が上がりました。
これからもよろしくお願いします。


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日常

「ゆうおにいちゃん! はやく!」

「まってよあゆみ!」

 

 ここしばらくの間同じ夢を見る。小さい僕が、さらに小さな歩未と手を繋いで歩いている。それは河原であったり、近くにあった商店街であったり場所は様々だ。時には研究室のような無機質な場所のときもあった。そんな所に二人で行った記憶はない。

 周りには僕ら以外にも人がいるが、その殆どがのっぺらぼうのように顔が見えない。例外も存在していて、友利や高城や黒羽妹の生徒会メンバー。それと見たこともない人が4人。

 そして毎回のように夢が覚める直前に出てくる人がいる。少し青のかかった黒髪に優しそうな表情。誰だっけこの人は……忘れちゃいけない人のような気がする。

 

「■■もはやくぅー!」

「待てよあゆみ」

 

 あぁ、そうだ彼は……。

 

 

「有宇おにいちゃん!早く起きなきゃ遅刻しちゃうよ!」

 

 歩未の声で眠りから覚める。また同じような夢を見ていたのかもしれないな。内容は覚えてないが、心の中に靄がかかったようにスッキリしないことが数回ある。

 もやもやを晴らすように冷たい水で顔を洗い、そのまま寝癖を直す。ワックスを付けて、いつもの髪型になったらダイニング兼リビングに行く。

 

「おにいちゃんはお茶準備してー」

「あいよ」

 

 冷蔵庫から取り出す。歩未は作った料理をテーブルに運ぶ。なんか少しだけ顔赤くないか?

 そんなことを思った瞬間、歩未の足が覚束なくなる。料理が無くなり空になった手でテーブルを掴む。僕も急いで駆け寄り抱き留める。

 

「はぁはぁ」

 

 息は荒く額には汗をかいている。

 昔からこうだ。怠さや咳や鼻水といった症状よりも先に熱が歩未を襲い、本人が倒れるまで分からない。呼吸は浅く苦しそうにしている。

 

 体に力の入らない歩未を抱き上げ、部屋に連れて行く。さっきしまわれたばかりの布団をもう一度敷き直し、その上に歩未を寝かせる。

 隣に座り、手を握る。横になって楽になったからか、さっきよりは呼吸がしっかりとしている。

 

 台所に行き、冷蔵庫を開く。前に買っておいた冷えぴたがまだ残っているから取り出す。スポーツドリンクもあるが、風邪の時は常温のほうがいいんだっけか。

 流し台の下の開けると、入学祝いとして叔父さんから送られてきたインスタントラーメンがあって、その隣に数本スポーツドリンクがあるからそれを取る。

 

「あとは学校に連絡して……」

 

 薬が無いから友利に頼むか。歩未が風邪って聞いたら飛んででも来そうだけどな。

 

「そう言えば冷蔵庫にピザソースなかったな」

 

 なんてどうでもいい事を思い出した。

 

 

 風邪の引き始めで中々熱が下がらなかったから、僕も学校に休む旨を伝えた。お昼を過ぎたあたりから熱は下がり始めたので、つきっきりで見守る必要がなくなった。

 忙しくてきちんと出来ていなかった掃除を本格的に始める。トイレやお風呂など、水回りを中心に攻めていく。

 

 テレビを付けて眠りの邪魔をしても悪いので、友利から渡された音楽プレイヤーでZHIENDの曲を聞きながら行っていた。初めて聞くはずなのに耳に馴染む曲が多くて、心地よさと不気味さを感じた。

 アルバムを一周した頃、家のチャイムが鳴るのが聞こえた。玄関まで行って小さな覗き窓から見ると背丈の小さいのが3つ。歩未と同じ制服だ。

 

「どちら様ですか?」

『あゆっち……歩未ちゃんのお兄様ですか? クラス委員長の野村と申します! 今日はあゆっちのお見舞いをしに来た所存であります!!』

「歩未に聞いてくるから待っててくれ」

『了解であります!』

 

 部屋に行くと歩未は今のチャイムで起きたようで、眠そうに目をこすっていた。

 

「だれだったの?」

「お前のクラスの友達だってよ。野村って言ってわかるか?」

「のむっちが来たの! 入れて入れて!」

「はいはい。あまり興奮して熱ぶり返さないようにな」

「そんなことしないから!」

 

 僕からしたら安静にして欲しいが、同級生と会えば精神的に元気になるだろう。それは家族である僕には出来ない部分だからな。

 

 

 彼らが来てから20分位経った時、携帯が小さく震えて画面にメッセージが現れる。

『これから黒羽さんと共にお祝いに行きますが、大丈夫ですか?』

 分かったと返信して、歩未に伝えるために部屋に行く。

 

「それじゃあ早く治してまた学校でね!」

 

 これまた丁度いいタイミングで歩未の同級生が部屋から出てきた。僕にも挨拶をしてそれぞれ家に帰って行った。

 

「へぇ、お見舞いって交換式なんすね」

「はわぁ、歩未ちゃんアイドルみたいです」

 

 歩未の同級生達に出していたコップをお盆に乗せ、流し台に持って行こうとしたら後ろから二人の声がした。振り返ると、何故か赤縁のサングラスにマスクをした黒羽妹がいた。

 

「なにやってるんだ?」

「変装です☆」

「ちっ、なんも反応ないとかつまんねーの」

 

 黒羽妹は変装を解いて、いつも通りに。

 友利は能力を解いて姿を表す。

 

「お前の能力は肉眼じゃ見えなくなるだけで、声とか匂いは残ってるからな」

「匂いで分かったんすか、キモいっすね」

「……今回は玄関の写真立てに反射してたから分かったんだ」

 

 歩未に負担かけるなよ、と言い残して本来の目的だった流し台に向かう。使われたコップは洗う。来客用のやつは丁度3つしかないので、友利と黒羽妹の分が無かった。

 洗って、専用の付近で水滴を拭いて麦茶を注ぐ。あんまり時間は経ってないだろう。

 

「邪魔するぞ」

 

 お盆を持って部屋に入る。

 

「邪魔するなら帰ってください」

「ここ、僕の家なんだけどな」

 

 

「ちょっとお話いいですか?」

「ん? なんだ?」

「いいからっ!」

 

 3人が部屋で話してる間にお粥を作って、夕食時になって4人で一緒に食事をした。米の残りがなくなったから休日に買わないとな。

 二人が買ってきたなめ茸や海苔の佃煮と一緒に食べた。デザートとして黒羽妹がコンビニのレジの裏に置いてある棚から買ったゼリーを食べ、黒羽妹はテレビの収録で中抜けした。

 

 使った食器を洗っていると「客人を放置するとはなんですか」と言われ、友利が食器を拭いてくれた。すると歩未がカップルか、なんてからかってきた。この歳の女子は浮いた関係に興味があるから仕方ないか。

 諸々が終わって歩未の熱を測るとまた熱が上がっていたので、買ってきてもらった薬を飲ませ冷えぴたを貼ってが寝させた。その後、帰ると言った友利を送り出そうとしたらそのまま外にひっぱりだされた。

 

「なんだよ」

「歩未ちゃんが寝ている最中に悪夢を見たと言いました」

「熱が出てるんだから見ることもあるだろう。なにか気になることがあるのか?」

「……いえ。ただ、あたしと兄、黒羽姉妹のように兄弟の両方が能力に目覚めることは十分考えられると思います。なので、これが能力の兆候である可能性もあります」

「っ! そうか」

 

 完全に忘れていた。歩未にもその可能性があるということを。

 

「ですのでその夢の詳細を尋ねてください。それがヒントになる可能性もあるかもしれませんので」

 

 では、と言い残して友利は去っていった。

 夜中目を覚したら、聞いてみようか。

 




少々短いですが読んでいただきありがとうございました。一度ランキングにも乗ったみたいで、投稿してないのにアクセス増えてて驚きました。
お気に入り登録が増え、評価も増えてて嬉しかったです。感想も励みになりました。
誤字報告もありがたいです!



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崩壊

書き溜め投稿はエタリそうだったので中止です。


 私は貴方の悲しむ顔が見たいんです。

 

 私は貴方の絶望に沈む顔が見たいんです。

 

 私は貴方の壊された顔が見たいんです。

 

 私は貴方の全ての表情(かお)が見たいんです。

 

 おかしいですか?

 可笑(おか)しくないですよね。

 だって可怪(おか)しいのですから。

 

 だからまだ挫けないでください。

 

 全てを知って、全てを悟り、絶望し、泣き、叫び、挫け、それでも良ければ笑って私に会いに来てください。

 

 その時私は生きた意味を知るのだから。

 

 私は待ってます。

 

 乙坂さん。

 

◆ 

 

 歩未が友利達に恐かったと言った悪夢の内容を聞き取る事には成功した。その内容はは具体的ではなく抽象的なものだったが、そのまま友利に伝える友利は納得したように頷いた。

 

「それが歩未ちゃんが見た夢の内容ですか。正直言ってあまり良くないかもしれません」

 

 昨日出た熱が微熱と言えるほどなった。学校に行けるようではあったが、心配なので今日は歩未を家に置いてきた。見た感じ元気で、いつもの1.5倍体を持て余しているようにすら感じた。だがそこは心を鬼にして、もし学校で体調を崩したら駄目だろと説得して今日も休ませることに成功した。

 その際に夢の内容もちらっと聞いた。詳しく聞きすぎて神経質になっても悪いし、眠れなくなっても為にならない。

 

「何かあるのか?」

 

 僕が尋ねると高城と黒羽妹が目を伏せる。友利は一度深呼吸をしてから口を開く。

 

「昨日、貴方がいない間に能力者を見つけたと報告があり場所を教えてもらいました」

「へぇ、そいつとは接触できたか?」

「はい。その可能性があるかも、と思える対象には会って話をする事が出来ました」

 

 どうしてこんなに勿体振る言い方をするのだろうか。何か問題でも起きたのだろうか。前の能力者の時から友利の調子が悪そうだったから、もしかしたらそうなのかもしれない。

 

「能力の名前からどれくらいの規模のものか分からないのでまずは様子見、ということであたしたちの中で一致しました」

「よく分からない名前だったのか」

「そういう事ではありません。名前は至ってシンプルです」

 

 確かに黒羽の件のときに伝えられた『発火』と能力。名前がシンプルで、僕は最初はライター程度の火力だと思っていた。それが部屋全体を燃やすものだとは思わなかった。あれが規模的にも能力の強さ的にも一番大きいだろう。

 『念写』も『念動力』も『浮遊』も、小さな紙にしか写せなかったし非生物にしか掛けられなかったり制御できなかったり、あれこれ制限が付いていた。

 『発火』の弱点と言えば、おそらく黒羽姉のセンスが無きゃ使いこなせない事と延焼しない事だ。延焼しない事は寧ろ利点と言えるかもしれないが。

 

「能力は『崩壊』」

 

 だからこそ、この能力の危険性がはっきりと分からない。周りすべてを壊し尽くし災厄をもたらすのか、はたまた対象は手のひらサイズのもののみ、などと制限がついているのか。

 

「確かに下手に手を出して大惨事になったら大変だからな。それで、何処にいたんだ?」

「ここです」

 

 指差すのはいつもずぶ濡れになってやってくる男が、僕らに能力者の場所を示す際に使われる地図。能力発動に必要な条件である水を頭から被り、滴る水を能力者がいる所に垂らす。

 水は時間が経ったら乾くため、男が帰ったあとに赤ペンで×印を付けている。脇に書かれている日付が昨日のものを探し出す。

 

「学生寮か……」

 

 星ノ海学園に併設された学生寮。中学生と高校生が住む寮、男子女子の違いなどの理由で学校中心としてだいたい同半径円状に立ち並んでいる。僕達兄妹はどちらかと言えば中学生に近い家族兄弟向けの部屋数が多い寮に住んでいる。

 

「ここって」

「はい。乙坂兄妹が住んでいる所です」

「僕達の近くにいるっていうのか?」

 

 能力に目覚めるのは思春期になってから。この大前提を元にしても、中学生が多い僕達の住んでいる寮に能力者が居てもおかしくはない。寧ろ普通だと言っても構わない。僕だって目覚めたのは中学三年生だ。

 

「乙坂さん」

「なんだよ友利。的外れな事を言ってはないだろう? それともなにか変な点があったか?」

「これを伝えられたのはお昼です」

「それがどうした?」

「昨日は平日です。平日の昼に寮に居て、尚且つ能力が発症しうる年齢の人がどれ位いますか?」

 

 平日の昼間にそんな奴がいるだろうか。それは不登校な学生か、もしくは……

 

「病気で学校を休んだ学生……」

「そうです。つまりは」

「そんな! 嘘だっ!」

 

 恐ろしい程頭が冴え一つの結論に至る。

 歩未が能力に目覚めた、なんてこと信じたくない。

 

「嘘だ!」

「あたし達もそう望んでいます。……この言い方は適切ではないっすね、望んでいました」

「……………」

「今日確認してみた所、あなた方の住む寮で学校を休んだ人は歩未ちゃん以外居ませんでした」

 

 言葉が出ない。

 思考が纏まらない。

 

「ここからはあたしの推測になりますが、話してもいいですか」

「……あぁ」

「あたし達の能力は外部からの衝撃、能力を使おうと思う心だったりストレスだったりをトリガーとして発動するものだと思われます」

 

 黒羽さんは違いますが、能力発動の条件が二人なのでどちらに発動権があるかは分かりません。と、今回は無視するらしい。

 

「何が言いたいかと言うと、強い感情が表に出ないような生活をしばらくの間続ける必要があるかもしれません」

「と言うと?」

「学校に行くのを暫くの間控えることを勧めます。学校は楽しい物ですが、その分様々な人と出会い知らない間にストレスが溜まりますから」

 

 その事を伝えたら歩未はどんな顔をするだろうか。毎晩ご飯の時に楽しげに学校での事を伝えてくれる光景を、もしかしたら二度と見れないのか。

 だがそれと同時にもし歩未に何かがあったら嫌だ、という感情も生まれる。

 

「だ、だけど何も昨日急に能力に目覚めた訳でもないだろ? 今までだって能力を持ちながら、普通に生活出来てたじゃないか!」

「それはそうですが……もしもがあったら大惨事になりうるかも知れないんですよ」

 

 分かってはいるが、でも……。

 

「これからずっと、と言うわけでもありません。信頼できる人、あたしの兄に病院を紹介してくれた人が能力に対する薬を開発したと連絡がありました」

「だから、それまで我慢しろって言うのか?」

「そこまでは言ってません。こちらでも、何かしらの方法を探し援助したいと思います。これはあたしだけで無く、生徒会の全員の気持ちです」

 

 友利がじっと僕の目を見つめる。

 これまで顔を背けていた二人も、僕の方を真っ直ぐ見つめている。

 

「……分かった。なんとか歩未を説得してみる」

「ありがとうございます。まぁ、貴方が嫌だといった所で既に手は打ってあるのでどうしようもないのですが」

 

 これまで生徒会室に充満していた堅苦しい空気が、友利の一言で霧散する。ケロリと、とんでもない事を意地悪な顔で言ってきた。

 

「は?」

「既に寮や校長には連絡していたので、もし乙坂さんが歩未ちゃんに学校に行く事を許可しても学校で返されますし。その後の安全も寮の方で準備をしてもらっていました」

「おい」

 

 なんだよこいつは。少し見直したと思ったら、いつも通り腹案を持っていやがった。まぁそれもそれで今は落ち着く要因になっているのは否めないが。

 

 その時だった。ポケットの中で携帯が震えた。

 なんだと思って見てみたら、画面には中学校の電話番号が映し出されていた。

 

 

「暇なのです〜。熱があるって言っても37℃も無いし、有宇お兄ちゃんは心配しすぎだよ」

 

 歩未は体を持て余していた。

 なんて言ったって昨日一日、ずっと布団で横になっていたのだ。熱が上がったりはしたものの、あまり高くならなかったこともあり体力が有り余っているのだ。

 

「学校行きたいなぁ」

 

 思い浮かぶのは昨日来てくれた友達だ。転校初日から話しかけてくれて、『あゆっち』『のむっち』と呼び合うようになった野村だ。

 早く来てね、と言ってくれた。その言葉を思い出すと、どうしても学校に行きたくなった。

 

「もう熱もないのになぁ」

 

 熱を測っても全然高くない。

 これはもう学校に行くしかない! そう思ったら行動は早かった。ボサボサになった髪を直す。いつもは有宇にやってもらっているため、少しばかり跳ねていたりする。一日ぶりに制服を着る。

 

「隠密でござる〜‼」

 

 コソコソとバレないように部屋を出る。鍵を締め、エレベーターではなく階段を使って管理人にバレないように出る。管理人室に居る管理人にバレないように、屈み込み管理人室の小窓の下を歩く。

 

 だがここで大きな壁が立ちはだかる。

 寮と外との境界である自動ドアだ。突然人影もなく自動ドアが開いたら、管理人も直接こちらを見に来るだろう。更に自動ドアの外側には監視カメラが付いている。そこに映るのも不味い。

 

 そんな時だ。外から宅配便の制服を着た背の小さな女性がインターフォンで管理人室とやり取りをする。ペコリを頭を下げると、自動ドアが開いた。

 配達人は大きな荷物で死角になっていて、歩未の事は見えなかったようだ。閉じそうになる自動ドアに体を滑り込ませて、そそくさと寮から離れていく。

 

 

「はい? 歩未が学校にいる?」

『私は直接見てはないんですけど、隣のクラスの先生から教えていただきました』

 

 どうしてだ? 歩未には家にいるように言ってある。友利達も管理人や学校に言って対応してある。

 

「歩未の事は校長先生から聞きましたか?」

『歩未ちゃんのことですか? ……いえ、校長は何も言っていなかったと思います。』

「そう……ですか。歩未の事教えていただきありがとうございました」

 

 通話を切る。

 気付けば体が勝手に走り出していた。

 

「どうしたのですか?」

 

 ドアの付近にいた高城に腕を引っ張られる。鍛えてるせいか、振り払おうとしても振り払えない。

 

「歩未が中学校に居るんだよ‼」

「なっ! それは本当ですか?」

「どうして僕がこんな嘘をつくんだよ! さっさと離せ‼ 嫌な予感がするんだよ!」

 

 虫の知らせというか、肌がピリつく。早く行かなければ取り返しの付かない事になってしまいそうな予感がする。

 まだ腕は振り払えない。

 

「兄が妹の心配をしなきゃ、何をするってんだ!」

「あたし達も行きます」

 

 高城の力が緩み、腕を振り切る。乱暴にドアを開け生徒会室を掛け出る。階段を転びそうにながらも急いで駆け下り、うち履きのまま学校を出る。

 

「こちら高等部生徒会! はやく……」

 

 後ろから友利の大声と三人の足音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓がバクバクと音を鳴らす。

 中学校まで走った体は、降っている雨でずぶ濡れになっているにも関わらず熱を持っている。

 

 疲れた身体は酸素を求めている。

 なのに、どうして。うまく呼吸が出来ない?

 

 校庭から見る中学校の校舎は屋上に近い所から罅が入っている。理解が出来ない、理解が出来ない。

 罅が大きくなると次に校舎が崩れ始める。罅の始まりだった所は一番先に崩れる。

 

「まって」

 

 声が漏れる。

 

「まって」

 

 手を伸ばす。

 

「待てよっ!!」

 

 崩れた所に人が見える。

 距離なんて関係なくてまるで目の前で見ているような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 何も出来ないまま落ちて行く人。

 歩未が落ちて行く。

 

 校舎の崩壊は想像よりも遅い。だけど、歩未だけが重力に引っ張られる。

 

 

 

「あ゛あ゛ああァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 



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日常




感想や評価ありがとうございます。
それを糧に頑張っていきます。






 

 

 中学校の校舎が崩れると同時に乙坂さんは倒れました。その姿はまるで崩壊の現場を直接見ていたような、そんな感じに思えました。

 皆が息を呑み校舎に駆け寄ろうとするのを制止する。ここであたし達が行っても出来ることはありません。友達の妹、あたしにとってはそれだけではなく、大切な友達の危険かもしれないのにひどく冷静になれました。

 

 だからですかね、乙坂さんに起こったあれこれについて考える事ができました。

 まず一つに乙坂さんが校舎に辿り着く前、校舎が見える辺りで立ち止まり声を上げたこと。あれ程急いでいた乙坂さんが理由もなく立ち止まる訳がありません。

 疑問に思い横から覗いてみると瞳いつもの色、なんて言うんでしたっけ黒に赤が混じったような、そうです玄色から瞳の色が変わっていました。

 緑と黄色の間の色に変化し微小な発光、能力発動時のものです。ただ、彼の能力である『略奪』は使用時の最初にしか光りません。もしそれがあたしの勘違いだとしても彼は必死に手を伸ばしながら叫んでいたので、意識が体から離れる『略奪』を使っていないのは明らかです。

 

 となると、ここである仮説が有力になってきます。『略奪』の本質は『意識を乗っ取る』事ではなく、『能力を奪い取る』ものであると。

 まるで校舎の中が見えているような発言と行動。有働が持っていた『念写』のものと一致します。元の使い方がセーラ服を透けさせて紙に念写する、というものなので如何せん有用性がハッキリしていませんでした。

 だが本質がある一つ物質を透過し、それを何かに映すというものだったとしたらどうでしょうか。後日、本人に聞いたら建物越しにも念写できていたと言っていました。

 今回は、校舎の壁を透過し中の人を確認したと仮定する事ができます。

 

 そしてゆっくりと崩れる校舎。

 これも乙坂さんが『略奪』した『念動力』だと思われます。他の考えとしては第三者の能力者がいた、というのもありますが乙坂さんが行ったと考える方が確実性があります。

 

 では最後に能力の()()()()()についての考察を述べて活動記録を終わらせたいと思います。

 あたし達能力者にとって切っても切り離せない、その能力の欠点です。『意識を乗っ取る』能力では無いと考えた場合、『5秒のみ』という時間制限はデメリットになりえません。

 それならば何がデメリットとなるのか。

 全てが仮定となってしまうのですが、乙坂さんは能力の核となるのは能力者が持つ感情・心情・想い等では無いかと言ってました。

 となると、本人以外が能力を使うという事は『全く別の人の思考』を自分の中に取り込む事で可能になるのではないか。言い方を変えれば、乙坂さんの中には今まで乗り移った人の思考が少しばかりは残っているのではないか。

 

 もし、それでも乙坂さん本人の人格に影響を与えたら。他人の考えが生まれて、脳の処理が追い付かず気を失ってしまう事もあり得るかもしれません。

 何か乙坂さんに変化がないか、暫くの間学校を休み観察したいと思います。

 

 活動記録はこのあたりで終わりにします。

 

 

 歩未ちゃんの葬式の後からの乙坂さんの観察を続けていますが、声を出さずじっと観察するのは辛いものがあります。最初の頃はご飯を作り、学校には行かなくとも部屋の掃除や勉強を続けていました。ですが、今となっては、3食食べることもなくなり、1日に1,2回カップラーメンを食べています。部屋の掃除も止め、ゴミが溜まっています。

 部屋はカーテンを締め切り、24時間ついているテレビが唯一の光源になっています。

 そんな状況でも乙坂さんは毎日歩未ちゃんの写真に挨拶をしています。

 

 

 それから1週間。高城と黒羽さんが何度か訪れましたが、扉の前で追い返してしまいます。その口調は荒々しく、彼の口から初めて出された強いものでした。

 今思うとあたし……あたし達は乙坂さんの事を深く知りません。高城は昔からの付き合いですから自然と知っていますし、黒羽さんも女性同士ですので生徒会室でお話をしたりお姐さんとは波長が合って会話が弾みます。

 でも、乙坂さんとの話の機会はあまりありませんでした。それもそのはずで、あたしがあんまり……と言うかはっきり言って乙坂さんが嫌いだったから話をしなかっただけなんですけどね。

 

 

 そして次の日、また来客がありました。

 当然乙坂さんは昨日と同じように玄関前で帰ってもらうように言いました。あたしに事前連絡が無かったので、二人以外の誰かと言うことになりますが、玄関前にある鏡にあたしの姿が映ってしまう可能性があるので誰の訪問かは分かりませんでした。

 その場で終わりと思いましたが、相手はそこで終わりませんでした。管理人に事情を説明し、解錠してもらい中に入って来ました。

 あたしの能力は一対一の物なので、相手に見られたら大変です。急いで能力の対象を乙坂さんから相手に変えます。乙坂さんには見えてしまいますが、部屋の形はある程度理解しているので、乙坂さんのいる位置から見えない場所は分かっています。

 リビングに入って来たのは、うちの制服ではない女子高校生でした。あれは確かに乙坂さんが前に通っていた高校の、そうです乙坂さんが能力を使って助けた人です。

 

「乙坂さん! 大丈夫ですか?」

 

 カップ麺ばかりで足場のないリビングを歩いて、乙坂さんには近寄っていきます。

 

「新聞を見ていたら、『乙坂』という文字を見てもしかしてと思ってきました」

「誰だよ?」

「以前命を救ってもらった白柳です。覚えていませんか?」

 

 乙坂さんはテレビから目を離しません。

 

「あぁ。で? だから?」

「今度は私が乙坂さんを助けます! 私はあなたの力になりたいんです」

「助ける? 力になる? なにを言ってるの?ぼくはげーんき、だからそんなの要らないよ」

 

 あぁ、痛々しい。まるで昔の自分を見ているようで胸が痛くなる。兄弟を失う痛み、あたしはまだいい方ですが、はとてつもないものです。

 歩未ちゃんの写真に向かって毎日「歩未に何ができただろうか」「まだまだもらった幸せを返せてないのに」と泣く姿に、何度も声を掛け慰めたくなりました。

 ですがそれではいけない。

 他者から与えられる考えを受け入れるは、乙坂さんと歩未ちゃんとの日々を否定してしまう事です。大切だったからこそ乙坂さんが自分で納得する答えを見つける必要があるのです。

 

「そんなはずありません。だってカップラーメンしか食べてないんでしょ?」

「だーかーらー! 元気だからなにも要らないって言ってんじゃん!? あんた何様のつもり!?」

 

 これまで単調だった口調が荒々しくなり、ギラついた目で白柳を見つめます。一度怯み後ろに下がりますが、彼女は乙坂さんに立ち向かいます。

 

「元気な人はこんな生活しません。心が病んでる証拠です!」

「人を勝手に病人扱いするなぁぁぁ!!!」

 

 辺りにあるものを蹴散らして、立ち上がります。怯える白柳の肩を掴み、首を傾げる。ここからでは見えませんが、白柳さんは恐怖に震えているはずです。

 

「なぁ。僕の何処が病気なんだ?」

「あ、いえ……」

「何処が病気なんだぁ?」

「いえ……」

「ならさっさと帰れ。邪魔だ」

 

 

 また来客がありました。ですが、今回は今までとは様子が違います。外から聞こえるのは男性の声だけですが、覗き窓から見た乙坂さんは舌打ちをしました。すると、能力を使ったのか体から力が抜け壁に寄り掛かりました。

 5秒後再び力が戻ると、財布を手に取り急いで玄関から出ていきました。どうして頑なに自室に篭っていたのに、今になって突然?

 追うように部屋を出ると、驚いた顔を管理人が手すりの方を見ている。手すりの方、手すりの下を覗くと木々の上に黒服の男性達が気絶していました。

 

「ちっ、ここが好機と思ったんすかね」

 

 心を痛めた乙坂さんに漬け込み、捕まえようとしたようですが返り討ちに会いましたか……。

 

「高城! 今暇?」

『友利さんがそう聞くと思ったので、ゆさりんと共に暇です!』

「乙坂さんが寮を出たので、尾行お願いします。あたしがいる事に気づいていないようなので、あたし達の誰かが後をつけるとは思っていないと思うので以前よりは楽勝です」

『わかりました』

「あたしが戻るまでで良いのでよろしくお願いします」

『友利さんは?』

「あたしは少し用事があるので……」

 

 あたしに出来るのは、心積もりを決めた乙坂さんを再び生徒会で迎えること。その時は軽いパーティでも開きましょうか、いや不謹慎ですね。

 皆でお食事、程度にしますか。

 あたしの好きなものや、高城の好きなもの、黒羽さんが好きなもの、そして乙坂さんが好きなものを用意しましょう。

 



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ひでん

難産でした。
あっさりし過ぎだけど、これ以上はむずかしかったです。

ではご覧ください。





 

 金は全額おろした。生徒会の活動の補助金や、歩未のために別枠で貯めた貯金は全て財布に入っている。取り敢えず、ずぶ濡れの能力者の範囲から出るためできるだけ遠いところに行こう。地図は覚えているから、どこまで行けば安全かも分かっている

 何となく範囲内から抜けた駅で降りる。周りは派手な建物がなく、のどかな雰囲気だ。人目を気にして移動して来た事もあって、体を休める為に駅前のホテルに入る。平日で繁忙期でもない為値段は安かった。

 貯金は暫くは生活に困らない程あるが、どれだけ逃亡生活を続けるか分からない。取りあえずは一泊だけして、その間にこれからどうすれば良いか考えよう。

 

「まずは雰囲気を変えないとな」

 

 僕が逃げなければならないのは学園側と先程家に現れた、おそらく科学者側の人間。学園側と科学者側、その2つから逃げなければならないということになる。

 どちらも僕の容姿などは完璧に捉えている事だろう。だから普段着ないような服も揃えた。

 

「まぁどうでもいっか」

 

 別にどうなろうがいい。

 僕の事を気にする奴なんかいないし。

 

 

「ははは、なんだこれ!」

 

 寝床をネカフェに移したものの、ネットを使って時間を潰すにしても数日もそんな事を続けていたら飽きてしまった。別に面白くもない動画を流して、別に美味しくもないピザとサービスで頼んでも無いのに出てくるサラダを食べる日々。

 外の空気を吸うために、街を歩くことにした。最初はただ何となく歩いて、飽きたら帰ろうと思っていた。この辺りはのんびりとしていて昼間は過ごしやすい。

 だが、夜になると不良がそこそこ(たむろ)している。コンビニに行った時に大声でゲラゲラと笑っていたり、路地裏で喧嘩するのを見掛けた。

 

「ちっ、100円玉がない」

 

 話を戻して、ある程度歩いて余った体力も少しくらい消費出来たと思った時にゲームセンターが目に止まった。今思うと、ゲームセンターは生まれてからこの方、一回も行ったことが無かった。

 ゲームセンターはただ金が吸われていく場所だと思ってたし、それくらいならば長く遊べるものをお金を貯めて買った方が良いと思っていた。

 

「帰るか」

 

 ゲームセンターを後にしてもその気持ちは変わらない。ただ、お金を使って何も得たものは無かった。だが、この非生産的な感じが良く分からないが愉しい。心地が良い、この沼に嵌ってしまいそうになる。

 

 

 ネカフェに帰ってネットサーフィン。

 物足りないピザを食べ、

 何故かついてくるサラダを食べ、

 ネットサーフィン。

 暇になって外に出て、

 何となくみたらし団子を買って、

 食べて、

 ゲーセンに行って、

 ゲームをして、

 帰る。

 何も考えなくてすむ。

 

 ネカフェに帰ってネットサーフィン。

 物足りないピザを食べ、

 何故かついてくるサラダは残し、

 ネットサーフィン。

 暇になって外に出て、

 今日もみたらし団子を買って、

 食べて、串をゴミ箱に捨てて、

 ゲーセンに行って、

 ゲームをして、

 閉店時間になったから帰る。

 なんでこうしているのか忘れそうになって、泣いた。涙はひと粒も出なかった。

 

 ネカフェに帰ってネットサーフィン。

 何かが足りないピザを食べ、

 何故かついてくるサラダは残し、

 トイレで吐く。

 暇になって外に出て、

 大量のみたらし団子を買って、

 食べて、

 ゲーセンに行って、

 ゲームをして……ゲームをしている奴らを待って

 それでも終わらなくて、終わらなくて、

 団子の串を床に落とし、

 「早くしろよ!」と声を大にして言い放った。

 ゴミにゴミを蹴り当ててやった。

 

 

「お前さ、何様?」

「善良な一般市民だけどぉ?」

「さっきから舐め腐ってんな」

 

 ゲームをやっていた制服を着たゴミと、柄の悪そうなゴミに高架下に連れて来られた。お店に入った時は明るかったのに、外に出たら太陽はなくなっていた。

 夏だとこのパーカーも要らないかもしれない。

 

「話聞いてんのか?」

「聞いてる聞いてる。舐め腐るって漢字で書くの難しいとか言ってた、書けないの?」

「しばらくゲームが出来なくしてやるよ」

「へぇ、僕に勝てるかな?」

 

 僕の両肩を掴んできたゴミに能力を使って乗り移る。僕の体を壁に優しく預け、勢い良く後ろを振り返る。この体のセンスがいいのか、後ろのゴミの顔に思いっきりパンチが入る。

 

「あるぇ? いきなり仲間割れ?」

 

 殴られたゴミがナイフを取り出すのを確認してから、そいつに能力を使う。そこからは簡単だ。同じ作業の繰り返し、乗り移って他のやつを攻撃して、上手く時間を調節してやれば僕に一切の攻撃をしないまま喧嘩が終わる。

 

「いや喧嘩じゃないか。ただのゲームか」

 

 ゲーセンでやった銃を撃つゲームよりも面白くて、スリリングだ。ドキドキして、けど僕が圧倒的な勝利に終わる。ハハハハ、ハハハハ。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 

 

 

 それから外を歩くと毎日のように敵が現れる。昨日の何とかをやったのはお前か? みたいな感じで。

 

「俺は細山田だ。覚えておけ」

 

 今日もまた、街を歩いていたら囲まれた。違うかな、僕がこいつらのアジトに迷い込んだんだ。ふふふ、これくらいの戦力で僕を倒す気なのかな?

 

「細山田ぁ? なんか数分で忘れそうな名前」

「言ってろ。やれお前ら」

 

 しゃがみながら、後ろにいる敵に乗り移る。もう一人の奴を殴り飛ばし、思いっきり顎を殴ろうとして能力が終わる。

 骨を殴る鈍い音と、ばたりと敵が倒れる音を聞く。これで二人目。他にもうじゃうじゃいるけど、ボスを倒せば皆静かになるよね。

 

「テメェら何やってんだ」

「えぇ!僕は何もしてないよ!」

 

 だって体は僕のじゃないから。

 ズボンが微かに膨らんでいる敵に乗り移り、ポケットの中身を取る。僕の予測通りナイフで、刃を出す。

 そしてそのまま全速力でボスに向けて走り出す。

 

「ぐぁぁぁ」

 

 すぶりと肉を刺す音と共にボスは倒れる。

 なーんだ、弱いじゃん。

 

「ねぇねぇ、僕を倒すんじゃなかったの?」

 

 こんなの拍子抜けだ。もっとスリリングで、ドキドキするようなゲームがしたい。

 

「細なんとか、どうしたの?これで終わり?」

 

 ふらふらと細なんとかに近づく。

 とどめを刺さなきゃいけない。

 

「ハハハハハ!」

 

 後ろから髪を引っ張って上を向かせる。

 

「これで目玉突っついてあげる」

 

 みたらし団子の串を右目に近づける。

 細なんとかの体が震える。

 

「隻眼の細なんとかって二つ名になれるよ? 中二病ぽくって格好いいね」

「俺の負けだ! 許してくれ」

 

 

 

 スリリングなゲームは終わらない。敵の数を増やして、学生じゃ物足りないから、日中に制服を着てない同じ歳の奴らに喧嘩を売って叩きのめす。

 そして、その中で面白いものを持っている奴がいた。何の変哲もないアルミの箱。中には真っ白な粉が入っていた。

 

「さてと」

 

 ちょっと試してみたかったんだ。

 テレビで見たのでは注射器とか使ってたけど、固形だから吸うのかな? 戦利品のアルミの箱に入ってた紙を丸めて、空洞に粉を入れる。

 それを口に咥え、ライターに火をつける。

 

 ヒュッ

 

 目の前を一陣の風が通る。

 気付けば僕の口から紙がなくなって、粉が宙を待っていた。

 

 そして顔を上げるとそこには……。

 

 

 日の落ちた駐車場。

 パーカーを深く被った少年と制服を身につける少女が向かい合っていた。少年は罰を悪そうに目を逸らす。

 

「……能力か」

「はいそうです。あなたにしては随分と答えが遅かったですね」

 

 少年の問に少女は淡々と答える。自分の気持ちを押し殺して、少年に向き合う。

 

「いつからだ。いつから僕をつけていた」

「初めからです」

「は?」

「あなたが歩未ちゃんを亡くして、塞ぎ込んでいたころからずっとです」

 

 少年は目を合わせない。

 少女は少年を見つめる。

 

「あたしはあなたが立ち直るまで、側で見守ろうと思っていました」

「ならなんで!」

「でも、これは駄目です。あなたは人間を辞めてしまうことになります。それは、そんな姿だけは見たくありませんでした」

 

 少女は自分の兄の事を想う。実験のせいで人間として生活できなくなってしまった兄を。だからこそ、少年を止めようと思った。

 自分の決断を押し曲げてでも。

 

「誰かの差し金かよ。お前よりも偉い奴からの命令か?それともあの黒服の」

「いいえ、あたしのわがままです」

「なんで」

 

 少年の声は震えていた。

 訳がわからない。どうしてそんな事をするのか、だってこいつとはソリが合わなかったじゃないか。

 

「あたしの贖罪です」

 

 少年は顔を上げる。

 凛とした少女の顔は凛々しくも悲しげだ。

 

もしも(IF)の事を考えました。あたしが、知っている仲だからと対処を甘くしなかったら、歩未ちゃんに嫌われても歩未ちゃんの命を守ることが出来たんじゃないか。今までやって来たように行動すれば、誰一人として悲しむ事が無かったんじゃないかって」

 

 少年よりも先に、歩未が『崩壊』の能力を持っていると考えていたにも関わらず、事態を甘く見てきた事に対する自責の念。

 

「そんなことっ! 今更思った所でどうにもならないんだよ!」

 

 少年は立ち上がる。少女の胸倉を掴んで、力任せに引き寄せ、大声で叫ぶ。

 今まで胸に込めた感情を、喧嘩という形ではなく、会話という人間の行動として解き放つ。

 

「はい」

「なら! 僕のことは放っておいてくれよ!」

「あなたは歩未ちゃんの死をこんな形で終わりにするんですか? 後ろ向きに歩未ちゃんが死んだ事を忘れて、自分も廃人になって生きてるか死んでるかわかんない状態になるつもりですか?」

「僕だって、僕だってそんなことはしたくない! でも、歩未の事を思い出すと胸が痛くなって苦しくて。いっそ忘れてしまいたくなって。前を向けない……」

 

 胸倉を離し、か細い声で呟く。

 

「なら頑張りましょう」

「え?」

「あたしはあなたを見守ると約束しました。もしあなたがそうしたいと思うならそれを見守り、辛かったら隣で付き添うくらいの事は出来ます。それがあたし、友利奈緒が乙坂歩未と乙坂有宇に出来ることです」

 

 ()()の心からの言葉に、()()は返事をする。

 

「そこは手伝いをする位言うんじゃないか」

 

 これまでしてきたような、少し毒のある日常的な返事を。

 

「そこまではしません。だってあなたは一人で立てるじゃないですか。だからあたしは転びそうになった時に支えるだけで十分なんです」

 

 日常が戻って来た。

 

 

 取りあえずは美味いご飯ですね、と友利の部屋まで連れて来られた。

 

「時間かかるので眠かったら寝ててください。ここしばらくちゃんと寝てないでしょ」

 

 僕の事を監視しているだけあって、僕の体調に詳しい。それが何だか悔しくて、寝てやるものかと意気込む。

 けれどソファーに預けた体はずしりと重く、友利が台所で料理をする音を聞いている内に勝手に瞼が落ちていく。

 

 

「「はい、出来ました」」

 

 友利(歩未)に呼ばれた気がして目が覚める。

 目の前で友利がお皿を持って、こちらを見つめている。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 

 テーブルの上に置かれた皿には、オムライスが。そしてケチャップで「ひでん」と書かれている。

 ひでん?

 

「これが美味いご飯か?」

「取りあえず食べてみてください」

 

 言われるがまま、スプーンで掬い口に入れる。

 ピザを食べたときに物足りないと思っていた甘さが強く舌に来る。

 

「これって!」

「やっぱり分かりましたか」

「でも、もう無いはずじゃ」

 

 すると友利が一冊のノートを出す。

 見たことのない古いノートだ。

 

「歩未ちゃんに料理をどうやって作ってるか聞いたときに見せてくれたんです。そして、あなたの好物のピザソースとオムライスのページを見せてくれました」

 

 そう言って開いたページには『ゆうおにいちゃんの大好物!』と大きく書かれ、花丸が付けられていた。

 

「あぁ……歩未」

 

 涙がポロポロと流れてくる。

 この前まで流れなかったのに、どうしてこんなに。止めようと思っても止まらない。

 

「そんなに泣いちゃって。仕方ないですね」

 

 呆れた口調ながらもハンカチを取り出して、僕の涙を拭いてくれる。暖かい人のぬくもりを感じる。

 

 

 




有宇と友利の関係が原作より深かった為、少しばかり変わったような。軽くなってしまったような。
私の技量ではこれが限界でした。

次回からは前みたいな雰囲気に戻ります

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