真剣で私を愛しなさい!Aアフター (ららばい)
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葉桜清楚アフター
1話:純情覇王様


とある晴れたその日。

俺は時期生徒会長選挙に備えていた。

 

生徒会長になるには相応の人望。

相応の存在感、相応の学力。

あらゆる要素において並より優れたスペックを要される。

そして我が学園はあの川神学園。

 

その相応が様々な学園と比べ圧倒的に基準値が高い。

 

ともあれ今日は勉強だ。

ただひたすらに、黙々と公式、文法、そしてテストで出されるであろう問題の推測などを行っていた。

 

「暇だ。大和、軍師として現状をどうにかしろ」

「無理ですし面倒ですし今それどころではありません覇王様」

 

人が勉強に勤しんでいると慣れ親しんだ横暴な声が後ろから。

 

「うおぉい! お前いくらなんでもこの覇王に対して扱いが適当ではないか!?」

「うるさいんです」

 

実の所こんなやりとりは本日一度目ではない。

多分片手では足りない程度には繰り返している。

 

ともあれ、今ので集中力が途切れてしまった。

僅かに疲れた目を揉みつつ携帯を見る。

 

時刻は既に昼を過ぎたあたり。

ふむ、昼食時か。

さて、どうしたものか。

 

「おい大和。俺は腹が空いた、昼食にするぞ」

 

ペンを置いた俺を見てチャンスと見たのだろう。

覇王様は急いで俺の腕を取る。

どうやらここで断っても力ずくで連れて行かれそうだが。

 

「・・・・・・覇王様、ずっと聞きたかったんですけどどうして今日はここに?」

 

連れて行かれる前に確認したかった。

 

何というか、今日の朝。

それも日曜日の七時過ぎ、まだテレビでヒーロータイムに入ってすらいない時間に覇王様は上機嫌で俺の部屋に訪れた。

 

俺は俺で起きていたから部屋にはすんなりとあげたのだが、その後俺は普段のノルマの勉強に取り掛かった。

もちろん客である覇王様にも確認はとった。

俺は日課である勉強を行うと。

すると覇王様の反応は。

 

『んはっ、どのような状況であろうと日課を疎かにしない事は良いことだ。

 俺を気にせず始めるがいい』

 

と仰られた。

その為俺は普段通り集中して勉強に取り掛かったのだが。

覇王様が静かにしていたのは最初の三十分だけだった。

 

『おい大和、そろそろいいのではないか?』

 

そこから始まり。

その後三十分おきに

 

『おい、退屈だぞ。俺にかまえ』

 

と、後ろで駄々をこね始め。

 

『何で無視するんだ、相手しろってば』

 

徐々に声に覇王様らしい覇気は消え失せ始め。

 

『や、大和。何故俺を見ないのだ・・・・・・もしや怒っているのか?』

 

別に怒ってませんよ。

 

『うぅ。清楚、大和が俺を空気扱いする・・・・・・どうすれば良いか教えてくれ。

 というか俺と変わって解決してくれ。む、甘えるなだと?

 自分にすら見放された!?』

 

と、自問自答を始めだした。

しかもこの時の声はもう半泣きなのか鼻声だった。

 

余りに見かねた俺はこの時に少しだけもてなしたのだが、

それで気をよくしたらしくそこからこの時間までは大人しくしててくれた。

 

「んはっ、暇だからだ!」

「進学するんだから勉強しましょうよ」

「ソレは清楚が充分している」

 

何というか、記憶や知識は覇王様人格と清楚先輩人格ともに共有しているため

基本的に勉強は清楚先輩の方が受け持っている。

代わりに荒事や変態に襲われた際は覇王様に切り替わり自身の身を守るなど上手く人格を使い分けているようだが。

 

「それって清楚先輩が貧乏くじですよね」

 

散々勉強して、遊ぶ際は覇王様と交代。

それでは清楚先輩のガス抜きはいつするんだと思うのだが。

 

「そうでもないよ」

「あ、清楚先輩」

 

どうやら切り替わったらしい。

先程まで仁王立ちしていた覇王様がおしとやかで儚げな存在感になった。

 

「別にいつも大和君とデートする時に項羽の方と変わってるわけじゃないもん。

 項羽と交代で一緒にいられるだけでも私は充分なんだよ」

 

キュンときた。

 

「それに項羽の方も私である事は変わりないし、だから項羽の方を構ってくれれば私も同じく嬉しいな」

「あ、それは覇王様のフォローですか?」

「あはは、バレちゃった」

 

相変わらず覇王様の方の人格にも優しい清楚センパイ。

流石である、そのたおやかさに俺は心から惹かれてしまう。

というか覇王様、清楚先輩に情けない頼り方をしないでください。

 

「それじゃあ私は変わるね。

 今日は項羽に好きにさせてあげる日だから」

「はい。これから内側にいる清楚先輩も楽しめるように頑張ります」

「うん。お願いします。

 あ、項羽がちょっと拗ねてるみたい」

 

少し冷たくしすぎたか。

どうにも覇王様の方はイジると可愛らしい反応をする為に、こういう過剰にすると拗ねてしまう扱いをしてしまう。

無論これは愛ゆえにだ。

ちゃんとイジったあとは丁寧にフォローして愛を育んでいる。

 

清楚先輩は顔に手を当て集中。

そして僅かな間を置き再び雰囲気が変わった。

 

「清楚め。余計なことを言いおって」

「あ、拗ねちゃった覇王様おかえりなさい。飴ちゃんいります?」

「くうぅぅぅぅ! 馬鹿にしおって!」

 

相変わらず可愛らしい覇王様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ大和。普段からお前が勉学に力を入れていることは知っているが、最近は以前より顕著ではないか?」

 

俺達は特に当てもなくブラブラしていた。

本当に当てもない。

 

取り敢えず昼食と、事前に調べておいた評判の良いカフェで食事を済ませた後気分次第で歩いていた。

 

「ええ。次期生徒会長を決める日も近づいてきましたし、

 ここはテストでいい点をとって存在感を高めておきたいんです」

 

普通の初々しいカップルであればあてもなくブラブラするデートなど有り得ないけれど

俺達はもうそれほど初々しくない。

正直ずっと家で語り合ったりイチャついているだけで軽く一日楽しくつぶせる。

 

ならば何故俺の部屋で一日潰さないのかというと・・・・・・

まぁ俺が我慢できず覇王様を押し倒してしまうからだ。

清楚先輩に今日は楽しませると言った手前まさかそんな真似はできない。

 

「それほど生徒会長という肩書きは重要なのか?」

「そうですね。長い目で見れば人生における一つのステータスにはなります」

 

それこそ一番近いメリットとしては進学に有利。

 

「清楚先輩は結構難関な大学へ進学しますしね。ついていきたい俺としては武器は一つでも多い方がいい」

「んはっ、それはいい心がけだ!

 進学して最初の一年はお前がいなくてつまらぬ一時になりそうだが、二年目が楽しみだ」

 

本心からの言葉だろう。

愛してくれている事がわかる言葉だ。

僅かに。いや、結構俺も嬉しい、

 

「それに俺はいつか政治家になりたい。ならこの生徒会長の経験が将来の力になると思うんです」

 

いつか日本を変えたい。

その夢は覇王様と共に居続けることでより意識するようになった。

 

「いつか俺は覇王様に世界を掌握させると約束しました。

 その約束を果たすためにも俺自身も何かの上に立つ経験を積みたいんです」

 

俺は覇王様と果たした世界征服の夢を軽んじてなどいなかった。

もちろん限りなく不可能な夢であることは理解している。

この時代、世界征服など実際実現不可能なようなものだ。

 

だが不可能だから諦めるのか?

それは有り得ない。

 

何を持って世界を征服するのか。

それすら定かではないが、それでも俺は覇王様の力になり続けたい。

 

「ほう、大和が俺を差し置いて日本を掌握すると。

 つまりはそういう野望をお前は抱いているという事か」

 

相変わらず征服脳である。

 

「まぁ、俺は覇王様の夢の力になりたいですから。

 その為にも俺自身に力があれば何かと便利なんです」

 

権力はあるに越したことはない。

高校生のガキがほざくにしては生意気極まりないけれど、事実だ。

 

「・・・・・・お前は真剣に俺の野望を考えてくれているのだな」

 

何やら、真面目な顔をして覇王様は呟いた。

 

「失敬な、まさか冗談半分で俺が考えていたとでも思ってたんですか?」

「いや、そういう訳ではない。

 ただ、俺の想像以上にお前が真剣だったと思ってな」

 

どうにも今の覇王様はしおらしい。

何やら乙女モードだ。

実際覇王様は俺の知る中で誰よりも乙女な性格をしているが、今は飛び抜けて乙女だ。

もう乙女の定義がわからん。

 

「当然です。俺は死ぬまで覇王様の野望の手引きをしますよ。

 それが俺と覇王様とした最初の約束なんですから」

 

男は誠実であれ。

 

誠実の定義など人それぞれだが、俺は一度愛することを決めた女性の夢を叶えさせてあげたい。

そして俺は覇王様、というか葉桜清楚という人間に操も立てた。

この二つを生涯守り通そうと思う。

 

「お前は本当に・・・・・・いや、何も言うまい」

 

何やら言葉を微妙に濁し、覇王様は嬉しそうな顔で俺に向き合った。

 

「頼りにしているぞ、我が軍師」

「お任せ下さい覇王様」

 

互いに微笑み合う。

 

凛々しいその瞳を真っ向から見て、俺の意思はストレートに伝えた。

 

「お前が俺の傍にいる限り俺もお前を寵愛し続けてやろう。

 んはっ。これ以上ない光栄であろう!」

 

その大胆不敵な笑いもやはり覇王様らしい。

素直で純粋な彼女の在り方は同時に力強く、小賢しい俺にとって何より眩しい。

 

「だがな、余り気負いすぎるなよ」

 

不意に、その快活な笑みを潜め僅かに表情を暗くさせる。

 

「常勝こそ至高であるが、それは何よりも困難な事だ。

 現にこの俺ですらお前が隣にいなければ目覚めた初日から手詰まりだっただろう」

 

覇王様は自身の人格が初めて表に出た日のことを語る。

 

確かにあの日、覇王様は完全に四面楚歌となっていた。

 

好き勝手に暴れ、暴虐の限りを尽くした代償として実力者、権力者を全て敵に回し、

手詰まり。

まさに敗北間近といえた。

 

「そして模擬戦でもやはり俺自身の愚かさで敗北を繰り返したりもしたな。

 なるほど、思い返せば既に俺は結構な数で敗北を経験している」

 

模擬戦でも覇王様は暴走や足並みを乱す行動を何度もとり、ほぼ自滅に近い形で数度負けた。

 

川神。いや、世界の中でも最強に近い覇王様ですら負けたのだ。

 

「だが俺は敗北する度に、辛酸を舐める度により高みに昇っている。

 覇王だからな、ただでは破れん」

「ご立派です」

「んはっ。おだてるなおだてるな」

 

日常的な掛け合いをする。

 

「つまりだ、大和。お前もいつか俺のように敗北する日が来るかもしれんが、

 気負いすぎた余り反動で潰れるなよ」

 

心配するように覇王様は言った。

 

成程、確かに最近の俺は少し気負いすぎていたのかもしれない。

覇王様の進学も近くなり、今ほど頻繁に顔を合わせづらい事を気にしたのだろう。

何かの強迫観念に駆られていたのかもしれない。

 

「俺が敗北を繰り返しても立ち直れたのはお前が隣にいたからだ。

 故にお前が挫折しかけた際は俺や清楚が力になってやる、それが忠臣に対する君主の務めだろう」

 

尊大だ。

本当にこの人は格好いい。

 

「だからいつか挫折した際、あまり凹むな。

 何せ俺は覇王なのだ、お前の一度や二度の失敗などこの俺にとっては問題ではない。

 むしろ今までのように我が糧にしてくれる。だから物怖じせず大きく構えていろ」

 

つまりは俺が例え何かに失敗したとしても気にするなという事か。

 

余りに不器用なその激励の仕方に俺は苦笑してしまう。

 

「む、何だその笑いは。無礼であろう」

「失敬、余りにも覇王様が覇王様らしい事を言ったもので」

 

この人はやはり日に日に成長している。

俺が思っている以上に人として高みに昇っている。

 

もしかすればいつか俺の手助けなど必要ないくらいに立派になられるかもしれない。

 

「覇王様が失敗すれば俺がそれを成長の足がかりにする。

 俺が失敗すれば覇王様が挫折した俺を引き上げてくれる。

 ははっ、なんか夫婦みたいですね」

「ッ!? 夫婦!?」

 

しまった。

純情な覇王様には結構ストレートすぎる例えだったか。

 

「ま、まだ気が早かろう! いつか近いうちにとは俺も考えているが俺達は今は学生だ! 

 せめて大学に行きしかるべき将来設計を立てた上でだなっ!」

「そうですね。高校生で卒業間近で妊娠なんてしたら拙いですしね」

「妊っ娠!?」

 

さらにテンパる覇王様。

本当に初心だな。

 

何というか、いい空気を木っ端微塵にしてしまった気がしなくもない。

だがまぁ、覇王様の気持ちをちゃんと理解することが出来た。

だからもう雰囲気が変わってしまっても大丈夫だ。

 

覇王様が俺を心配してくれている。

その事を俺は嬉しく思う。

 

それではそんな嬉しくさせてくれたお返しに覇王様を楽しませなければ。

 

「あ、あんな所にホテルが。

 覇王様、お尻をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「この変態めが!」

 

覇王様にぶちのめされた。

ホテルを見たら条件反射で誘う自分の猿っぷり、これはどうにかしたほうがよさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして日が暮れ。

時刻は昼ではなく夕刻へと移った時刻、俺と覇王様は二人で寮へ帰宅していた。

 

「どうぞ覇王様。日記書いておきました」

「あ、ああ。それじゃあ次は俺の番だな」

 

俺が引き出しから取り出したノート。

つまり覇王様提案の交換日記に使うノートを渡す。

 

それを受け取った覇王様は何やら途端にもじもじし始めた。

 

「やはり受け取ったらすぐに読みたくなるな。

 何が書いているのか楽しみで仕方がない」

 

そうは言うもののノートを開けない。

結構我侭というか子供っぽい覇王様だけれど、そこらへんはマナーがよかった。

そして俺はそこらへんのマナーが最悪だった。

 

「最近、大和の目つきが前よりも凛々しくなってきている。

 以前から頼りがいのある奴だったが、今はそれ以上だ。

 顔を見れば胸が高鳴って仕方がない。

 これからもずっとお前を頼りにしてい―――モゴォ!?」

「うわぁぁぁぁ! わざわざ口にして言うなーーー!」

 

言っている途中に口を閉ざされた。

凄まじい怪力の持ち主なので手を振り払うことすら不可能なので一切の発言ができない。

 

確かに今のはちょっとマナー違反だったか。

覇王様は交換日記では結構素直に好意を表に出してくれるのでつい調子にのってしまう。

ちょっと字が下手くそな所も子供っぽくて可愛らしい限りだ。

息できなくて死にそうなのでちょっと手どけてくれませんかね。

 

「お前は! いつもいつも俺を辱めるような真似をして!」

 

覇王様、今回は怒髪天来たらしくこのまま俺にお説教。

普段は俺がお説教しているが逆は珍しい。

 

本格的にチアノーゼ症状が出始め、

顔を真っ青にした俺に気づかず羞恥で顔を真っ赤にした覇王様はマシンガンのように言葉を並べている。

もう頭に酸素ないから何言ってんのかわかんない。

 

「大体何でお前は清楚には紳士に振舞うくせに俺には平然とセクハラを――――

 ん、何だ清楚? え、大和が死にかけている?

 んはっ。何を馬鹿な事を」

 

殆ど意識がなくなった頃、ようやく気づいてくれたようで、俺の口を鼻を閉ざす手をどけてくれた。

 

「んはぁっ!? どどどどうする清楚!?

 助けて清楚! 大和が息してないのだ!」

 

まじか、これはもうダメかもわからんね。

 

「む、人工呼吸?

 成程、他の者になら死んでも御免だが相手が大和ならば問題ない」

 

既に殆どブラックアウトした意識の中、妙にやわっこい感触が俺の唇に当たった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙に頭がすっきりしない。

 

シャットダウンされた意識が徐々に浮上していくのだが、酸欠の影響かあまりよろしくない目覚めだ。

ともあれ死んでいない。

それだけで跳ね上がるほど嬉しい。

生きているという事は人生における最高の幸せではないだろうか。

む、この歳で俺はどうやら心理にたどり着いたらしい、まいったな仏陀。

 

「ん、んん・・・・・・」

 

何やら悩ましげな声が隣。

それも極至近距離から聞こえた。

 

何だろうか。

眠気を跳ね飛ばし瞼を開ける。

 

見慣れた天井。

どうやら気絶する前から場所は移っていないらしい。俺の部屋だ。

ただ、結構時刻は進んだらしく部屋は真っ暗で電気すらついていない。

 

何時だろうかと時計を確認すれば既に午前三時。

かなり経っていた。

 

「んん、大和・・・・・・」

 

声の聞こえる方を見る。

 

するとそこには覇王様が寝ていた。

 

近いとかそういうレベルじゃない。

マジで真横だ。

一つの布団の中に俺と覇王様がいる状況だ。

 

あの純情な覇王様が自身の意思で同衾してくれたらしい。

こりゃ最高だ。

 

取り敢えず横、俺の方に向いて寝ているので俺もそれに向かい合うように横になる。

 

で、正面から抱きしめるようにお尻を掴んだ。

 

「んひゃ!?」

 

一発で目が覚めた覇王様。

流石だ、それでこそだ。

 

驚いて起きたせいで若干夢と現実の区別がついていないらしい。

 

目をパチパチさせて俺を見る。

俺は今がチャンスと、構わず尻を揉みまくる。

揉んで揉んで揉みまくる。

 

「んあっ! こ、こらやめろ!」

「やめるわけなかろうが! こんな美味しいチャンス見逃すと思っとんのか!?」

「あ、ひゃあ!」

 

作戦、いろいろしようぜ。

 

尻をこねくりました。

 

「覇王様。折角の夜なのに先に寝てしまって申し訳ありませんでした。

 よければ夜出来なかったことを今から致したいのですが」

「確認とっているのならまず手をとめないかっ!」

「嫌です。オーケー出るまで揉み続けます」

「じ、実質選択肢が俺に無いようなものではないか」

 

もう完全に目が覚めたらしい。

覇王様は羞恥に顔を赤くし、俺にされるがままだ。

 

「覇王様、いいですよね」

「う、うぅ・・・・・・好きにしろ」

 

相変わらず照れ屋である。

 

俺はそんな可愛らしい覇王様を可愛がるべく、布団から起き、その豊満な肉体を組み敷いた。

 

 

 

 

 

 



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2話:姉イジングストーム

「覇王様。覇王様的に困ってる生徒ってどう映ります?」

「んはっ。十把一絡げの有象無象である。

 無論、俺を慕う者達は別だがな!」

 

とある放課後。

俺は図書館でヒソヒソと覇王様と話をしていた。

 

どうやら今日は清楚先輩の日だったらしく、図書館にいたのだ。

清楚先輩には申し訳ないが、今回の用事は覇王様にあったので一旦変わってもらった。

というか場所を移したいな、覇王様も尊大な態度で偉そうな事を言っているが声のボリュームは限りなくミュートなので格好悪い。

 

「実はですね、最近俺達風間ファミリーはとある依頼を請けおったんですよ」

「ほう。それは何だ?」

 

何やら興味があるらしく耳を近づけてきた。

 

なので礼儀として耳の中に息を吹きかける。

 

「~~~~ッ!」

 

スパァン! と頭を引っぱたかれた。

手加減を滅茶苦茶してくれているから即死せずに済んだが、それでも中々に痛い。

 

十秒ほど悶絶させて頂く。

覇王様は言葉にできないほど怒りと羞恥に震えている。

あと微妙に感じたのか少し悶えている。

 

「変態の橋に何やら大変な変態が現れたんです」

「いつもの事ではないか」

「いつもの事でした」

 

俺とした事が選ぶ言葉をミステイク。

 

「言い直します。凄まじく強い変態が現れたんです」

「ほう。だがそれならば依頼などせずこの学園の教員共が片付ける件ではないのか?」

「覇王様のクセに中々鋭い事を言いますね」

「クセにとは何だ! 普段お前は俺をどういう目でみている!?」

 

叫んでいるように見えるが、ヒソヒソ声である。

 

「その事なんですが。どうやらその変態はやたら武術に心得があるらしく、一定の実力者がいると現れないんです。

 つまり気を察知ができて、尚且つその人の実力を悟る程度に強いんです」

「タチが悪いことこの上ないな」

 

全くだ。

おかげで先生方では解決に時間が掛かり、その間に被害者が増えかねない。

その為俺らに依頼が来た。

 

そもそも対象として大人よりも生徒を狙った犯行が主なのだ。

ならばその変態を返り討ちにできるレベルの生徒こそこの事件解決に適任といえよう。

 

「結果だけ言います。

 姉さんは気配を隠しても普段の行いのせいで顔バレしてて変態現れず。

 ワン子や京、クリスとまゆっちでさえも気を悟られて現れませんでした」

 

まさかまゆっちすら気取られるのは意外だった。

もしかしたら一人で松風とボソボソ喋ってるから変態も避けたのかもしれないけど、

これではお手上げだった。

 

「それで俺の助力を求めたと、そういう事か」

「話が早くて助かります。その理解の良さ、流石覇王様ですね」

「んはっ。覇王だからな!」

「ちょっと褒めたくらいでいい気にならないでください覇王様」

「褒めるのか貶めるのかどっちなのだお前は!」

 

半泣きで訴えてきた。

その子供のような純朴さにゾクゾクした感情がこみ上げる。

ドSな人間の気持ちがわかってきた。

 

「ぐぅ、しかしだな。俺など百代以上に不適合ではないか?

 ただ歩いているだけでも覇王っぽいオーラ出てるから気配を察するまでもないだろう」

「何ですか覇王っぽいオーラって、プラズマクラスターから出るマイナスイオン的なものですか?」

「うぅ、お前今日はちょっと意地悪すぎるぞ」

 

からかいすぎた。大分泣きが入ってきている。

 

「冗談ですよ。確かに覇王様にはそこにいるだけでかなりの存在感があります。

 普通に覇王様が変態の橋を渡っていてもその変態が現れる事はないでしょう」

 

しかし、覇王様には覇王様しかできない技というか特徴がある。

いや、これは覇王様というより葉桜清楚そのものの個性なのだが。

 

「ですから最初は清楚先輩のまま橋にいて貰って、変態が現れたら覇王様に代わり捕らえて欲しいんです」

「あぁ。成程、それならば問題はないな」

 

合点がいったらしい。

腕を組んで頷く。

 

基本的に清楚先輩の方にはプレッシャーなど一切なく、むしろ人を惹きつける雰囲気がある。

そして引き寄せられた変態を即座に覇王様が粛清。悪くない手段だ。

 

もっともこれはあくまでも前提として風間ファミリーが請け負った依頼なのだ。

この件に関して覇王様や清楚先輩は完全に部外者。

断られても仕方がない。

 

だが、そんな心配はどうやら杞憂だったらしい。

 

「んはっ。この覇王に任せておけ。

 他ならぬ大和の頼みだ、断る理由がない」

「覇王様・・・・・・」

 

その構えた器の大きさに心討たれた。

 

「因みに清楚先輩の方は?」

「ん? あぁ待て、本人の口から聞いたほうが早かろう」

 

そう言って覇王様は集中し、内にいる清楚先輩の人格に代わる。

 

一拍置き、その覇王様の威風堂々とした雰囲気が霧散し、清楚先輩の柔らかな空気が現れた。

代わったらしい。

 

「うん、私も手伝うのには賛成だよ。

 もう一般の生徒にも被害が出てるみたいだし見てみない振りはできないかな」

 

穏やかに微笑み、協力を申し出てくれた。

 

「それに項羽と同じで、大和君のお願いなら喜んで私はお手伝いするよ」

 

・・・・・・愛されているなぁ俺。

なんだろうか。

俺はこんな危険な依頼に先輩や覇王様を巻き込んで申し訳なくなった。

 

「所でその変態さんはどんな変態なのかな?」

 

興味深そうに聞いてくる。

 

確かに事前の情報は大切だ。

知っているのと知らないのとでは危険になった際の対処の出来がまるで違う。

 

「ストリーキングです」

「わぁ。変態さんの代名詞みたいな嗜好だね――――オイィ! 俺はそんな変態の相手など御免被るぞ!」

 

いきなり覇王様が現れた。

 

「やっぱり嫌ですか?」

「う、それは俺とてお前の力になってやりたいが今回はアレだろう・・・・・・!

 その、いいのか?」

 

何やらモジモジとしながら言いづらそうにしている。

俺はそれを急かすことなく、自分から言ってくれるまで待つ。

 

「お、俺がお前以外の男の裸を見るなど・・・・・・お前は良いのか?」

 

絶句した。

 

成程。

今回間違っていたのは俺だったようだ。

覇王様は正しい。俺と自身の事を想っての考えを教えてくれた。

 

「すいません、俺が間違っていました。

 この相談、聞かなかったことに」

 

想像してみれば確かに有り得ない。

覇王様や先輩に他の野郎の裸なんぞ見て欲しくない。

みっともない独占欲かもしれないが、一切の濁りない本心だ。

 

俺は頭を深く下げて席を立つ。

 

彼氏として最低なお願いをしてしまった。

かなり深い自己嫌悪を抱きながら俺は覇王様に背を向けた。

 

「ま、待て。別に俺ならばその変態の裸を見ずとも対処できる。

 俺は覇王だからな、目を閉じたままでも壁を越えておらぬ者など相手ではない」

 

・・・・・・この人はやはり姉さん同様規格外だった。

 

「んはっ。お前の為ならば嫌な事とて取り掛かろう。

 この覇王の寵愛、その惜しみなさに感謝するがいい!」

 

どうやら俺が落ち込んでいるのを、覇王様が俺の頼みを断ったからだと勘違いしたらしい。

無理している感が丸分かりだ。

 

だが、それでも俺のために頑張ってくれる。

その事にかなりの嬉しさを感じた。

 

「覇王様。ヤバくなったら絶対に無理しないで逃げてください。

 むしろもう出会った瞬間に相手せず逃げてもらっても構いません

 いえ、むしろ出会う前からドタキャンしてくれても一向に構いません」

 

絶対に彼女を不快な目に合わせない。

そう俺は決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい。いいのかよ大和?」

「良いのかって、何の事だよ」

「こんな結構ヤバイ件に葉桜先輩巻き込んで大丈夫なのかって事でしょ。

 僕も正直どうかと思うよ」

 

放課後、俺達風間ファミリーの男陣は変態の橋の端付近に隠れていた。

橋の中央部には清楚先輩。

先輩は囮としてそこに居てもらっている。

 

ただ変態がいつ現れるかわからない為、退屈をさせて申し訳ないと思っていたがそれは杞憂らしい。

清楚先輩は橋の縁に腕を起き、優雅に読書を楽しんでいる。

その姿がまた綺麗で通りがかる人の目を誘う。

 

「なぁ大和ー。何でウチの女子達は今回の件から外したんだ?」

 

キャップがガクトやモロの話をぶった切って切り込んできた。

 

「流石に女の子にストリーキングはヘビーすぎるでしょ。

 武士娘達とはいえトラウマ作りかねない」

 

だから今回は外してもらった。

もっとも、清楚先輩に手伝ってもらうまでは外すつもりもなかったのだが、

覇王様の言葉でそれを意識してからの判断だ。

 

「それっておかしくね。清楚先輩も女の子だしウチの奴ら同様危険なのは変わりないだろ」

「そうなんだよ。だから俺は直前までやっぱりやめましょうって言ったんだけどね」

 

頑なに先輩はそれに頷いてくれなかった。

 

何を言っても

 

『私が大和君の力になれるのってこういう事くらいしかないから。

 だから手伝わせてください。ね?』

 

と、笑顔で言われてはこちらも二の言葉がない。

しかも本気で心から手伝いたいと思ってくれているらしく、その言葉に一切のやらされてる感がないのだ。

 

「あぁ。大和が止めても相手が聞いてくれないパターンなのね」

「成程納得! 先輩って結構強情なんだな」

 

キャップもモロもどうやら納得してくれたらしい。

ただガクトだけは何か考えているらしく、難しい顔をしている。

どうせ碌でもないことを考えているのだろうが。

 

「ここで葉桜先輩がピンチの時俺様が颯爽と変態をぶっ倒したら株価がスタンディングオベーションじゃね?」

「俺にとってのガクトへの株価は今のでリーマンショックだよ」

 

この野郎、この期に及んでまだ清楚先輩狙いやがるのか。

妙な真似をしたら俺が直々にぶちのめしてやる。

 

仲間の謀反を警戒しつつ俺は清楚先輩に目を向ける。

 

相変わらず本を読んでいる。

 

夕日を背にした橋の上で、穏やかで静かな微笑みを浮かべつつ本を読む彼女。

本当に本が好きなんだな。

俺も読書は好きな部類ではあるが、それでもあそこまで楽しめているとは思わない。

 

「こないね、変態」

「やめろ、俺様せっかく先輩見てすげぇ気分良かったのに台無しだ」

「読書ってそんなに楽しいもんかね。俺にはさっぱりわかんね」

 

相変わらずなキャップだ。

 

「葉桜先輩にとっての読書の楽しさは、キャップ的に宝の地図を読んでいる時の楽しさに近いものがあるんじゃね」

「おお! 確かにそれならワクワクドキドキが止まらないぜ!」

「ガクトの癖に良い例えしやがって。お前そんなキャラじゃないだろう」

「ふはは、おだてるなおだてるな。俺様の溢れ出る知性に引き寄せられるのはお姉様方だけで充分だ」

「ガクト、馬鹿にされてるのに気がついてないのね」

 

モロは既に飽きてきたらしく、気が付いたら今朝買ったらしいジャソプを読み始めていた。

キャップとガクトは集中してはいるがそれでも退屈そうだ。

むしろキャップがまだ集中してくれている事が意外なのだが。

何はともあれ、俺は全く退屈ではない。

 

なにせ囮が清楚先輩だ。

何かあれば覇王様がいるし、実は切り札もあるとはいえそれでも油断は絶対しない。

 

 

 

それから一時間。

いい加減夕日も沈みかけ、夕方から夜へと変わるその瞬間。

人気がほぼない橋の上に佇む清楚先輩のそばに一人の男が現れた。

 

もしやあの人が。

 

「御嬢さん、貴女はダビデ像をどう思います?」

 

読書中突然話しかけられ、清楚先輩は僅かに驚いた顔をしている。

 

俺は寝始めたキャップと携帯ゲームしてるモロ、腹筋しているガクトを全員ひっぱたいて召集した。

 

「ダビデ像ですか。すいません、私芸術には疎くて。

 ただ、ちょっと苦手かもしれません」

 

まぁあれ思い切り男の人の裸だしね。

局部まで丁寧に作りこまれてるし、純情な清楚先輩や覇王様には苦手なものかもしれない。

 

「ダビデ像とは人間の力強さや美しさの象徴ともみなされる作品なのです。

 それを苦手とは私にとってとても残念です。ところで御嬢さん。

 拙者、ダビデ像に似ておりません?」

「きゃーーーーーーー!?」

 

前触れなく一瞬でフルチンになりやがった。

 

「うおおおおいッ。いきなりかアイツ!? おい大和行くぞ!」

「大変な変態だーーーー!」

「はは。でもまじで結構いい筋肉してるぜあの変態」

「笑ってないで行くよキャップ!」

 

男陣は突然の事に面食らったが即座に立ち上がり変態にダッシュ。

だが橋の中央までまだ地味に距離がある。

 

作戦としてはこのタイミングで覇王様に切り替わってこいつをぶちのめしてもらう算段なのだが。

 

「や、やめてください!」

「嫌なら見るな! 嫌なら見るな!」

 

清楚先輩、完全に混乱してらっしゃる。

恐らく内にいる覇王様も困惑しているのだろう、予想通りこの作戦は失敗だった。

 

変態はどうやら物理的に獲物を傷つけるつもりは更々ないらしい。

顔を本で隠し、しゃがみ込んでいる清楚先輩に対して触れようともしていない。

ただひたすらに清楚先輩を中心に残像が残る速度でくるくると回っているだけだ。

フルチンで。

 

フルチンで。

 

「おっしゃ一番手は颯爽とこの俺がゲット! 食らえ!」

 

キャップが一番乗りで変態の元へたどり着き、走った勢いをそのまま活かしとび蹴りを放つ。

かなり勢いがついているらしく、外したら恐らく受け身すら取れず転倒しかねない速度だ。

だがキャップの事だ、そもそも外した時のことなど考えてはいないだろう。

 

「むむ!?」

 

変態、キャップがとび蹴りを放った瞬間に俺たちの存在に気が付いたらしい。

くるくると回る事をやめ、足を止めてキャップを見た。

 

「隙あり! てぁりゃああぁぁぁ!」

「んふぅ。紳士的行いの邪魔をしないで頂きたい」

 

凄まじい速度のとび蹴りが変態に直撃する瞬間、あり得ない事が起きた。

 

まさかの変態の回避である。

それもただの回避ではない。

わざわざ肉体を美しく見せようとしているのかどうかは知らないが、ダビデ像のポーズで避けやがった。

しかも残像が残るほどの速度なせいで全裸の男が数人に分身して見える。

 

ひどい。ひどすぎる。

 

「私の肉体美見ましたね。それではごきげんよう」

「なんとぉー!?」

 

まだ着地すらしていないキャップの背面に回り込み、変態は片手でとび蹴りしているキャップの襟をつかみ動きを止めた。

そしてそのまま橋の外へぶん投げた。

何の抵抗も出来ず視界からフェードアウトするキャップ。

 

一瞬ヤバイと思ったが、そういえば前日の大雨で下にある川は結構な量だ。

変態もそれを理解してた上での行為らしい。

 

数秒後響き渡るキャップの着水音。

 

「二番手、俺様が良い所みせてやるぜ!」

 

次にたどり着いたのはガクト。

 

「まてガクト! 一人じゃ勝ち目無い!」

「俺様を見くびってもらっちゃ困るぜ。

 ベンチプレス二百キロは伊達じゃねぇんだよ!」

 

真っ向から力比べをしようと変態に掴み掛るガクト。

確かに普通の人間ならばガクトの怪力に真っ向からぶつかって勝てるやつなんて殆どいないだろう。

だが相手は普通じゃない。変態だ。

 

「んふぅ! 私に汗をかかせて更なる肉体美を追及させる算段ですかな?

 芸術活動が捗りますなぁ!」

「嘘だろぉーっ!?」

 

真っ向から襲い掛かるも、当然相手が受けてくれるはずもなく

投げ飛ばされるガクト。

 

「お前使えなさすぎんだろ!?」

「ちくしょーーー! 葉桜先輩の好感度アップ作戦があぁぁぁぁ!」

 

忌々しい断末魔を吐き出しながらガクト着水。

下心を持ったこいつはダメだ。

 

もう携帯の友人欄にあるガクトの名前を関係者欄に移したほうがいいのかもしれない。

 

「どうすんのさ大和! キャップもガクトもダメで葉桜先輩は混乱中

 実質僕ら詰んでない!?」

 

モロが足を止めて俺に聞く。

確かに若干想定外なことが積み重なった。

 

覇王様が出てこないのは想定内だったが、変態がここまで大変な変態かつ強いとは思わなかった。

唯一の救いはこの変態、一応変態ではあるが紳士でもあるようで清楚先輩に手を出さないし

俺達を殴ったりなど暴力を振るってこない事だ。

多分殴りかかったりしなければ向こうから攻めてくる事もなさげだ。

 

「拙者は変態ではござらんので、コポォ」

 

変態は決まってみんなそう言う。

 

つうかどうする。

やっぱり用意しておいた切り札を使用するか?

 

その最後の手段な人には俺がやられた時、もしくは俺が合図を送った時に動いてもらう打ち合わせをしている。

だが今本当に使っていいものなのか。

 

「・・・・・・今回、清楚先輩を巻き込んだ責任が俺にはある」

「え、ちょっと大和何を」

「俺がやられたら、打ち合わせ通り最強な人が出てくるからモロは安心しててくれ。

 そんじゃちょっと反省してくる」

 

見れば清楚先輩はやはり顔を抑えて困惑している。

 

先輩自らが囮になりたいと志願したとはいえ、巻き込むことになった大元の原因は俺にある。

そしてその志願を跳ね除けなかった俺が一番悪い。

ここで切り札を使い、無事問題解決しました良かったね。

などと都合の良い展開は俺的に有り得ない。

 

男として女性を泣かせたのなら、その罰は与えられて然るべきだ。

 

「変態、次は俺だ!」

「オウフ! いわゆるストレートな玉砕アプローチですね!」

 

腰をカクカクしながらこちらを振り向いた変態。

やべぇ鳥肌が立った。

何かもう怖いとか気持ち悪い通り越して戦慄するレベルだ。

 

だが立ち止まる選択肢は無い。

さらに言えば先制攻撃もダメだ。

 

ガクトもキャップも二人共カウンターでやられている。

つまり俺なんかが先手をとったところで躱されて橋から投げ飛ばされるのは目に見えている。

ならば狙うべきは玉砕覚悟のカウンター。

 

幸いなのかどうなのか判らないが、相手は全裸。

男の急所丸出しである。

 

「って何でエレクトしてんだテメェ!」

「ヌフゥ! いい質問ですな!」

 

絶対に触りたくないが、手段は他に無い。

 

とにかく相打ち覚悟のカウンターだ。

ならば相手に先制攻撃させなければ話にならない。

俺はとにかく手を出さず、走って近づく。

 

流石に射程内に入れば相手も手を出してくるだろう。

と、判断した。

 

それが失敗だった。

 

「んん? もしかして私の体に触りたい?

 どうぞどうぞ!」

 

まさかの体と体がぶつかるまで相手は手を出してこなかった。

 

それどころか俺と体がぶつかって相手は恍惚とし始めた。

鳥肌が立つ。

 

「うおわぁ!?」

 

条件反射で手が出てしまった。

 

「やや! これは残念です!」

 

当然突き飛ばそうとした手を掴まれた。

そしてそのまま背負投の姿勢。

何でこんな変態に凄まじい肉体性能が宿ってんだよ。

健全な肉体にのみ健全な精神は宿るというが、これのどこが健全な精神なのか。

 

殆ど諦めが入る。

まぁ俺がやられた瞬間に、先程からずっと完全に気配を隠している姉さんが動き出す。

姉さんにこんな大変な変態の相手をして貰うことに申し訳なさを感じるが、

姉さんならば目を閉じたまま、気で相手に触れず倒せる事を考えての采配だ。

 

それでもやはりこういう女性にとって不快な人間の相手はさせたくなかったが

まさか清楚先輩を見捨てる選択など俺には最初から無い。

 

内心謝りながら俺は橋の外へ吹っ飛んだ。

 

その浮遊感に若干不安を感じる。

だが目を閉じたままでは危ない。

俺は覚悟して目を開け、着水地点を見る。

 

「危険な真似をしおって。全く、大人しく百代に頼っていれば良い物を馬鹿者が」

「・・・・・・あれ?」

 

俺は投げ飛ばされたはずだが。

何故か目を開けたら再び橋の上にいた。

 

というか覇王様の脇に抱えられていた。

どうやら助けられたらしい。

 

「覇王様、混乱してたのに代われたんですか?」

「ああ。お前が投げ飛ばされそうになった時に俺と清楚が共にお前を助ける事のみに集中できたのでな。

 あぁいや、混乱していたのは清楚のみで俺は違うぞ?」

 

絶対嘘だ。

だって覇王様ってやろうと思えば清楚先輩の許可取らずにいきなり出たりできるし。

 

ともあれ危険はさったようだ。

 

「んはぁ! 随分とセクハラをしたようだなぁ、この覇王に対して!」

「ややや、何やら危ない雰囲気。思わず私興奮してきました! 濡れる!」

 

覇王様は目を閉じて変態と対峙した。

だがどうしたものか、覇王様は素手で相手は全裸。

つまり覇王様が攻撃するにはどうあがいても相手の肌に触る必要がある。

 

「貴様の肌に直接触るなど絶対に御免だ。故に俺はこれを武器とさせてもらおうか」

 

そう言って取り出したのは・・・・・・さっきまで清楚先輩が読んでいた本だった。

 

「ぬおおお!? うるさいぞ清楚、別にいいではないか。

 何、本を汚すな? 知らぬ、諦めろ」

 

何やら内面で清楚先輩が激怒しているらしい。

そりゃそうだ。

本が大好きな先輩が怒らないはずがない。

 

「・・・・・・仕方ないな、じゃあこれでいいや」

 

覇王様、本を元に戻して橋の鉄骨をむしり取った。

最近の乙女はジェンガを引き抜くように鉄骨を引き抜けるのか。

 

その後、橋の上では変態の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャップ達が変態を学園へ連行し、一旦俺達は別行動を取ることになった。

 

俺と覇王様と姉さんは橋の上で残る事になったのだ。

何故か、覇王様が激怒しそう言ったからだ。

 

「百代。貴様、何故大和を助けなかった」

 

覇王様は変態を倒したあと、そのまま気配を遮断し続けていた姉さんに食いかかった。

 

「ははっ、清楚ちゃんは最初から気づいていたのか。

 流石だなぁ。完璧に空気と一体化してる自信あったのにちょっとびっくりだぞ」

 

姉さんは覇王様に対して今のように普段通りの対応だった。

だが覇王様はそんな姉さんの飄々とした態度に本気で切れる。

 

「話を逸らすな。

 貴様は大和の姉貴分なのだろう、ならば何故大和が先ほどのように危険な事になった際に見捨てた」

 

覇王様は怒りを顕にし、姉さんの胸ぐらを掴む。

それに姉さんはやはり表情を崩さない。

 

「清楚ちゃん、お前はどうやら勘違いしてるんじゃないか」

「勘違い? 何のことだ」

 

姉さんは何故俺が変態に挑んだかを理解しているようだった。

止めるべきか。

このままでは俺の本心を暴露されかねない。

 

だが、止めれば覇王様は止まらないだろう。

確実に二人が決闘を始めてしまう。

 

「大和は清楚ちゃんを巻き込んだ責任を果たすためにあの変態に挑んだんだ。

 そのスジ通しを邪魔するのは仲間の、ましてや姉貴分のする事じゃない」

 

案の定バラされた。

俺は顔から火が出る程恥ずかしかった。

そんな格好いいものじゃない。

 

ただのけじめである。

結果として俺のしたことは無駄極まりないものなのだ。

 

「どうにも清楚ちゃん。お前は私のように大和の姉貴分を名乗っているらしいが、

 そんなザマじゃとても大和の姉貴には見えないな」

「・・・・・・ほぅ。言うではないか」

 

僅かに、僅かにだが覇王様の怒りのベクトルが変わった。

 

「成程、その話は本当か大和?」

 

確認するように覇王様が聞いてくる。

そういうのって本人に聞くのはマナー違反だと思うのだが。

 

「直接本人に聞くとかサドいな清楚ちゃん」

 

姉さんは姉さんで楽しんでいる。

 

どうする。

恥を忍んで肯定すべきか。

それで姉さんとの決闘が防げるなら安い代償なのだが。

 

俺は少し考えた後、頷いた。

多分今の俺は酷い顔をしているだろう。

自分の内心をさらけ出さされて恥ずかしすぎる。

 

覇王様はそんな俺の反応を見て目つきを変えた。

厳しく、姉さんを敵として見ていたその攻撃的なものからまるで我が子を見るような、

宝物を慈しむようなそんな目で俺を見、姉さんの胸ぐらから手を離した。

 

「大和。今回、あの変態を始末するのに手間取ったのは俺がお前の策通りに動かなかったからだろう。

 何故何も悪くないお前が責任を取る必要があるのだ」

 

わかって聞いているのだろう。

その顔に疑問げなものはない。

 

「そもそも覇王様や清楚先輩にあんな変態の相手をしてもらう自体を作った俺が悪くないワケがないんです」

「それは違うだろう。俺や清楚が自身の意思でお前の力になりたかった故の状況がアレなのだ。

 お前は俺を責めこそすれ、責任を感じる必要はない」

 

多分、俺と覇王様の考えは平行線だ。

俺は巻き込んだことを悪いと思い、覇王様は自らの意思で手を貸したのに俺を危険な目に合わせたことを申し訳なく思っている。

つまり謝罪の押し付け合いになっている。

 

折れるべきなのはどちらなのか。

少なくとも俺は折れる気はない。ソレは覇王様とて同じことだろう。

可笑しな話だ。

それを覇王様も思ったのか、一度目を閉じた。

 

そして次に目を開けたとき、口を開くことなく俺に詰め寄った。

 

「怪我はないか、大和」

「覇王様のおかげで」

「んはっ。そうか、それは良かった」

 

心から俺が無傷な事を喜んでくれている。

その屈託のない優しく純朴な笑みに俺は釣られて微笑んでしまう。

 

覇王様は一応確認の為に俺の体を触ったりしてみる。

俺はされるがままだ。

 

「ん、確かに傷一つないな。

 もし擦り傷でもあれば即座にあの変態を追いかけて更なる誅伐を行うところだ」

「過保護すぎますよ」

 

俺を寵愛してくれている覇王様。

本当に惜しみない愛情をぶつけられてこそばゆい。

 

「過保護にもなろう。なぜなら俺はお前の姉貴分であり虞美人なのだからな」

 

ソレはつまり伴侶という事か。

 

実質愛の告白らしい、言っている覇王様の顔が赤い。

夕日の逆光があるにも関わらず顔が赤いことがわかるのだ。

その照れ具合は相当なものだろう。

 

「覇王様・・・・・・」

「大和・・・・・・」

 

互いに見つめ合う。

 

マジでチューする五秒前。

その気になった俺と覇王様は顔を近づけ合う。

そして唇と唇が合わさる瞬間。横からの視線に気がついた。

 

「じー」

 

思い切り見られていた。

邪魔することはせず、ただ静かに俺と覇王様の情事を見守っていた姉さんがいた。

 

「弟が私を無視して清楚ちゃんとイチャイチャし始めた、なう」

 

何やら拗ねている姉さん。

確かに拗ねても仕方ないとは言える。

 

覇王様に食いかかられた挙句、俺や覇王様本人に存在すら忘れられたのだ。

そりゃ拗ねる。

むしろ怒ってないだけ姉さんが優しいと思える。

 

「む、覇王の情事を見るなど無礼であろう。

 去れ、百代。しッしッ」

 

思い切り邪険に追い払おうとする覇王様。

 

「かっちーん。モモちゃん大激怒」

 

ヤバイ。

姉さん口でいうくらいに切れている。

ここで選択肢を謝れば恐らくこの橋が崩壊するレベルの決闘が始まるに違いない。

 

「覇王様のおバカ!」

「なんと!?」

 

俺は取り敢えず覇王様をお説教することにした。

 

「姉さんは俺達の中を取り持ってくれたんですよ。

 だから最初は一触即発だった空気もさっきのようにいい空気に変わった。

 そんな俺たちの仲を取り持ってくれる姉さんに今の態度は許せません」

「な、そういう事だったのか・・・・・・済まない百代。

 俺はお前をどうやら勘違いしていたようだ、今までただの戦闘狂だとばかり」

「た、ただの戦闘狂・・・・・・だと・・・・・・」

 

作戦成功である。

 

実際姉さんの俺の心情暴露でいい空気になったことは事実だ。

多分姉さんにそのつもりはなかったと思うけど。

 

「ヤダ! こんなバカっぷるには付き合ってられん、私は帰るぞ!

 もう勝手にしろ! アホ! バカ! 弟の姉不幸ものー!」

 

姉さんはあきれ果てたようで俺たちに背を向けて走り去っていった。

 

本気で呆れられたようだ。

俺的に少し恥ずかしい気がしなくもないが、ともかく二人の決闘の回避や依頼達成は果たせた。

 

「覇王様、不愉快な思いをさせる件に巻き込んで本当にすいませんでした」

「その事はもう言うな、俺とお前の仲だろう。

 お前の為ならば不快な事すら喜んで手を貸してやる・・・・・・」

 

取り敢えず日も暮れて人気も無くなった橋の上で俺達はイチャつき続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話:君が従者で主が俺で

「これでチェックメイトです」

「なんと、また俺の負けか。

 えぇと・・・・・・これで通算何度目だっけか」

「十戦十敗です覇王様」

 

秋に入り、僅かに夏の面影が消える代わりに冬の匂いが見え始めるその頃。

俺と覇王様はだらけ部の部室でチェスをしていた。

 

実際覇王様はちょっとおバカな所が見えるけれど、清楚先輩の知識もあり実の所頭が悪いことはない。

悲しいことに清楚先輩の知恵まではインストールできていないのか猪突猛進な所がある上に

柔軟な発想力が無いけれど。

 

「じゃあ負けた回数だけ俺が覇王様に好きな命令ができる約束でしたよね。

 そろそろ切り上げないと俺の奴隷になっちゃいますよ」

「う、うぐぅぅぅぅ・・・・・・」

 

奥歯を噛み締めて悔しそうな顔をする覇王様。

その子供じみた反応に心底可愛らしさを感じる。

 

イッツソゥキュート。

可愛い子をいじめたいと思うのは子供から大人になっても依然として残る人のサガか。

俺は覇王様に更なる落とし穴を用意して差し上げる。

どうせこの丸分かりな落とし穴も踏んづけてくれるであろう。

 

「それでは次の勝負で俺に勝てたら今までの負け分全て帳消しにしてあげます

 それどころか一生覇王様の奴隷になってあげても構いません」

「なんと、破格ではないか! 乗ったぞ!」

「何で負けた時の代償を聞く前に乗っちゃうのか。

 世渡り舐めてんのか」

「ひぃ!? な、何故お前が怒るのだ!」

「覇王様を思っての愛のムチです」

 

実際覇王様に賭け事というか心理的駆け引きは向いていない。

余りにも単純すぎて簡単に手のひら上で躍らせることができる。

 

親心なわけではないけれど、将来が本当に心配である。

俺のいないところで悪い人間に騙されないといいのだが。

 

「覇王様、次の勝負で俺に負けたら覇王様は向こう一ヶ月俺の従者になってもらいます。

 それでよければ次の勝負をしましょう」

 

俺の提案に覇王様は顎に手を添えて考えている。

リスクとリターンを考えているのだろうか。

 

「んはっ。乗った、だがチェスはもうやらん。これは俺に向いていない。

 故に次の勝負はこれで付けようではないか」

 

そう言ってだらけ部にある遊戯道具をあさり始めた。

一体何を出すつもりなのか。

大体のテーブルゲームで覇王様に負けるつもりはないけれど、運の要素が強すぎるゲームだと少し危ない。

人生ゲームなど出されてはイカサマすら非常に手間だ。

 

まぁあれはあれで敢えて自分が不人気な銀行役をして金をちょろまかしたりするイカサマもできるけれど。

 

「んはっ。これならば俺は負けぬ。

 さぁ勝負だ大和」

 

自信まんまんに取り出したものは将棋だった。

 

俺は覇王様の意図が読めず沈黙する。

 

「俺はこんなこともあろうかと京極に将棋のコツを教えて貰っていたのだ。

 どうだ、経験を重ね定石を学んだ俺に勝てると思うか!」

「因みに京極先輩に対しての勝率は?」

「えーと。うむ、三回に一回くらい勝ててるぞ」

「・・・・・・京極先輩は負けそうになった時に長考したりしてました?」

「いや、むしろ俺が勝つ勝負ではあいつは思考時間が殆どないな。

 多分この俺の神がかり的な覇王の一手に諦めがついたのであろうよ」

 

成程、接待か。

流石京極先輩、覇王様のプライドを堅実に守っているようだ。

何故か俺が悪いことをしている気分になってきた。

まぁやめないけど。

 

「先程までのチェスはデモンストレーション。

 この将棋が勝負の本番と、覇王的にそういうことですね」

「そうだ。この俺の指す一手に戦慄するがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれぇ・・・・・・?」

「それじゃあこれで覇王様は一ヶ月俺の従者というわけですね。

 パン買ってこいや」

「ぐ、ぐぬぬ」

 

勝った。勝ちすぎてしまった。

 

覇王様のあらゆる手を嫌がらせのように封じ、進路を妨害し、

自信満々な一手をその次の手で絶望の一手に変えて差し上げた。

 

その結果当然のようにヴィクトリー。

 

「い、今のは戯れだ! 次が本番だ!」

「このおバカ!」

「あいたぁ! なんで覇王の頭をぶつのだ!?」

「じゃかぁしいわい!」

 

今のは大変よろしくない。

負け惜しみにしても相手にイチャモンを付けなかったのは評価する。

だがこの往生際の悪さは宜しくない。

 

「敗北したのならその代償を甘んじて受け入れる。

 それが将の務めでしょう、いい加減諦めて受け入れてください」

「ぐうぅ・・・・・・」

 

悔しそうにうつむく。

今回の勝負はいい教訓であろう。

負けたのにそれを認めない姿勢はいつか部下の信頼を失う結末になりかねない。

というか模擬戦で一回そんな事になったし。

 

あの時は自身の失態も全て部下の責任にしたから救いがなかったが、

今回はまぁ本当に覇王様自身の往生際の悪さが問題の焦点である。

 

「わかった。認める、俺は大和に負けた。

 最初の約束通り一ヶ月お前の従者になろう」

「そうです、その潔さが大切です。

 しかしこの部屋暑いな、ちょっと裸になってくださいよ」

「この破廉恥が!」

「すいません!」

 

調子に乗りすぎた。

覇王様に鉄拳制裁をもらう。

 

「大体従者は大和で主は俺であろうが。

 何故主従逆転などを・・・・・・む、もしや俺謀反された?」

「いいからしゃぶれよ」

「不埒者!」

「ぐっは! あ、ありがとうございます!」

 

どうにも覇王様の主人に慣れていい気になってしまったらしい俺。

 

やたらとエロイ事をしたくて仕方ない。

仕方あるまい、こんな美人を自分の従者にしたとあればエロい命令しないほうが常識はずれだ。

とはいえ、流石にこれ以上手加減されてるとは言え覇王様の制裁をくらっては脳細胞が死滅しかねない。

 

「最初に言っておくが、いくら俺の主になったとは言えいやらしい命令は聞かんぞ。

 だ、大体そんなのは命令せずとも時と場所さえ考えれば別に・・・・・・」

 

乙女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、清楚ちゃんが一ヶ月大和の奴隷になぁ。

 いいなぁ、私にその権利譲らないか。サービスしてやるぞ?」

「譲るわけないでしょう。覇王様や清楚先輩は俺だけのものです。

 姉さんといえど絶対に渡さないから」

「はは、言うなぁ弟。正直妬けちゃうぞ」

 

微妙に凄む姉さん。

正直怖いけれど、ここは強く出ておきたい。

 

「清楚先輩と大和、どっちに妬けてるのやら」

 

ぼそりと呟く京。

話の流れ的に覇王様を独占している俺に妬けているのだろうが、

確かに独占欲が強い姉さんからしたらむしろ覇王様に妬けている可能性もあるかもしれない。

 

ともかくあまり今の姉さんをからかうのは良くない。

俺は屋上の風にあたりながら昼食到来を待っていた。

 

「待たせたな。ほれ、注文通りの焼きそばパンだ」

「うおう、びっくりした」

 

ボケっと外を眺めていると、扉からではなく校庭の方から覇王様が飛んできた。

階段一々登ってるより覇王様的に早くて楽なのだろう。

だが心臓に悪いのでやめてほしい。

 

「どうした。受け取れ、それともこれじゃなかったのか?」

「いえ、これであってます。

 ご苦労様です覇王様、これ俺からのご褒美」

「んはっ。遠慮せず受け取らせてもらおう」

 

焼きそばパンを受け取り、代わりにご褒美として俺が作ったお弁当を渡す。

 

余り上手く作れてはいないけれど、それでも不味くはない筈。

まゆっちやクッキー4にも横について調理を見てもらっているし。

 

「何で弟が購買のパン買ってきてもらって清楚ちゃんが大和お手製の弁当なんだ?

 普通逆だと思うんだけど」

「しょーもない。ただのイチャつきの延長線でしょ」

 

それもあるが、これは俺的な躾でもある。

 

俺の指示に従えばそのリターンとして相応以上の見返りがある。

それをこの一ヶ月で覇王様に無意識にでも覚えさせる算段だ。

 

例えばこの食事。

どこの学園でも人気な焼きそばパン。

これを入手することは容易ではないが、俺の指示通りに手に入れてくれば手間暇かかったお弁当をプレゼント。

 

傍から見れば手作り弁当を焼きそばパンと交換しているアホに見えるかもしれないが、このシャークトレードも重要だ。

 

覇王様は自尊心が極めて高い。

故に彼女を顎で使うことは細心の注意が必要だ。

だから俺は毎日俺自身が努力して作った弁当を渡し、俺はそれを上回ることのない食事を覇王様に買わせた。

 

「なぁ弟。前の変態事件の食券はどうしたんだ?

 そういえば男共が最近学食食ってる所見たことないけど」

「あの報酬は全部姉さんと覇王様に渡したよ。

 だって俺達男陣はまるっきし役に立たなかったし」

「・・・・・・律儀な大和ステキ。結婚しよ?」

「お友達で。っていうか覇王様の前で言うな、危ないから。

 主に俺が」

 

ともかく、その細かい事を意識しているため覇王様は散々パシらせても未だ文句を言ってはいなかった。

 

そりゃそうだ。

マッサージを命令すれば、その報酬として俺は何かを奢ったりマッサージのお返しをしたりしている。

実の所この使用人期間は俺にとって得することは何もない。

むしろ労力を考えればデメリットだろう。

 

ただ、それでもこの一ヶ月で覇王様には理解してもらう。

俺に従えばそれは必ず価値のある見返りが待っているということを。

それに俺には過去にワン子という実績もある。

 

「清楚先輩はお弁当を美味しそうに食べてるよ?」

「そりゃそうさ。だって覇王様の好みのものしか入ってないし」

 

肉や米、焼き鮭。

デザートは買い置きで申し訳ないが、美味しいと評判の店の杏仁豆腐。

等等、覇王様の好みの物を毎日色々工夫して使った料理を作っている。

 

正直まゆっちや麗子さん。そしてクッキー4には暫く頭が上がりそうにないほど借りができた。

 

ともかく覇王様は本当に美味しく食べてくれていた。

これだけで毎朝早起きして料理習っている甲斐はある。

・・・・・・何やら覇王様と結婚したら俺が台所に立つ未来が垣間見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大和、今日の弁当も実に美味かったぞ」

 

杏仁豆腐の容器、空の弁当を片付けながら覇王様は笑顔でそう言う。

京と姉さんはいちゃつく俺らを見かねて先に教室へと戻っていった。

 

「お粗末さまでした。明日は何が食べたいですか?

 一応リクエストがあれば聞いておきます」

「む。そうだな、唐揚げなどが食べたいな、あぁ勿論食後の杏仁豆腐は引き続き頼むぞ」

 

空の容器は俺に渡されず、覇王様が一度持ち帰る。

それを自室で洗い、綺麗な容器を俺に覇王様が返す流れができている。

俺が命令したわけではない、どうやら清楚先輩が礼儀として覇王様に指示したのだろう。

 

「それは覇王様次第です。

 俺の命令に従ってくれれば考えますよ」

「むぅ。その命令というフレーズは何とかならんのか」

 

覇王様はやはり自尊心が高い。

この命令という言葉を聞くたびに顔をしかめる。

 

「覇王様は従者、俺は主。現在主従逆転中。

 つまり君が従者で主が俺で。オーケー?」

「う、それは重々承知している」

 

俺の有無を言わさない圧力に覇王様引き気味。

敗者の責務は絶対だ。

これを蔑ろにするとそもそも勝負の意味がない。

 

これを守るから勝負には価値があり、同時に勝つ事の重要さをより理解できる。

そして勝つことの重要さを理解すれば無謀な勝負を無意識に避ける癖がつく。

遠回りだがこれを覇王様にはなんとしても理解してもらう必要がある。

 

勝てない戦いは絶対にしない。これは兵法でも何でもない、ただの生きるための術だ。

その常識を欠いていては長い人生いつか足元を掬われかねない。

 

つまりこの期間のうちに覇王様が知るべきなのは、俺への無意識な絶対の信頼。

及び敗北のリスク。勝負自体への危険性の理解だ。

 

「あと十日。覇王様、俺との勝負に負けて反省してます?」

「うむ。まさかここまで悔しい思いを長々とする羽目になるとはな。

 この従者期間が終わればもう一度勝負だ。次こそ俺が勝つ」

「はは、こやつめ・・・・・・あれぇ?」

 

ここに来て俺は自分の策が失敗している事に気がついた。

 

「いえ、ここは負けて反省してもう無謀な勝負をしないって流れでしょう。

 何でリベンジ企んでんのさ」

 

あれか。

弁当による餌付けが拙かったか?

正に味をしめてしまった訳か?

 

「だって負けたままでは悔しかろう」

 

正論ではある。

正論ではあるのだがそれは賢くない考え方である。

 

俺は本気で頭を抱えた。

拙い。宜しくない。

 

本気で考える。

どうすれば覇王様のこの悪癖を改善できるのか。

覇王様の事を誰よりも知っている自信はある。

だがそもそも覇王様自身目覚めてまだ一年はおろか半年も経っていない。

ならば俺の知っていること自体底が知れている。

 

「・・・・・・ん?」

 

いや、訂正しよう。

そうだ、俺よりも覇王様の事を知っている人がいた。

そうだそうだ。その人の意見を聞けばもしかすれば打開策は見つかるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、大和君。ご命令通りのカツサンドです」

「どうも、大変よくできました。花丸あげちゃいましょう。

 では報酬の俺のお弁当どうぞ」

「あは、花丸とお弁当貰っちゃった。ありがたく頂くね」

 

嬉しそうに俺のお弁当を受け取って清楚先輩は俺の隣に座る。

その歩み方、座り方。

そして弁当の巾着を取るあらゆる仕草に気品がある。

 

それでもエレガントとかそういう区別ではない。

本当に素朴なのだ。

気取っているわけでもなく、無意識に優雅さを醸し出す。

正に理想的なお淑やかさ。正にまごうことなき大和撫子。

 

まゆっちも松風離れできたらこんな感じになれそうなのだけれど。

松風のいないまゆっちが想像できないため、この考えも見当違いなのかもしれない。

 

「あ、項羽のリクエスト聞いてくれたんだね」

「まぁ、一応」

 

微妙に照れくさい。

結局甘やかしている事にかわりないじゃねーかと言われれば正にその通りなのだ。

 

「ありがとう大和君。項羽も私の中で凄く喜んでる」

 

屈託のない笑み。

その太陽のように暖かく、しかし太陽ほど肌を灼く感じではない。

陽だまりのような柔らかな暖かさを持った笑顔だ。

 

それを直視して本格的に照れが入る。

 

こういう純情系は俺のキャラではない。

もっとこう、常に相手をリードというか引っ張っていくポジションこそ俺の本分だ。

 

「よくこのカツサンドを清楚先輩が買えましたね。

 購買混んでて戦争状態じゃありませんでした?」

「うん? 人は多かったけど普通に私が歩けるスペースはあったよ?」

 

あ。わかった。

多分清楚先輩が来るまでは血で血を洗うごちゃまぜ争奪戦だったけど

明らかな場違いである清楚先輩が来たことで全員争うのやめた挙句道を譲ったとかだこれ。

それこそ恐らく現場では清楚先輩がモーゼの如く人という波を切り開いて悠然と歩いていただろう。

 

「あの。別にこの従者約束って俺と覇王様だけのものだから清楚先輩が俺に従う必要ないんですよ?」

「でもお昼休みの前にカツサンド買ってきなさいってメール来たけど」

「そ、それは今日は覇王様の日だと思っていたためで・・・・・・」

「ん? う~ん」

 

可愛らしく首を傾げる先輩。

何やら不思議そうな顔をしているが、俺は変なことを言ったのだろうか。

 

「項羽もつまり私。だから項羽がした約束は私がした約束でもあるの。

 だから期間中はしっかり大和くんの従者として命令には従います」

 

きっぱりと言い切った。

 

清楚先輩はこういう筋を通す事にスマートだ。

報酬は惜しまないし、負けた代償もきちんと払おうとする。

覇王様の皺寄せが直撃するのは俺でなくむしろ清楚先輩なのだろう。

それを今ここで改めて理解した。

 

なんとしてでも覇王様の勝負に対しての無謀かつ無計画な立ち振る舞いを改善しなければならない。

じゃなければ自身に、それこそ清楚先輩にいつかシャレにならない結末が訪れかねない。

 

「頂きます」

 

俺が渡したお箸を持ち、お弁当の蓋を開け、手を合わせていただきますをする。

そしてまず唐揚げを掴み口に運ぶ。

 

何度もその肉を噛み、味を堪能。

 

「ん、美味しいよ大和君」

「ありがとう。作った甲斐があるよ」

 

正直に言えば近いうちに清楚先輩と話したいことがあった。

覇王様の事だ。

 

「先輩。食べながらでいいので聞いてください」

 

俺がそう言うと先輩はもぐもぐと口を動かしながらこちらを見た。

 

「今日はちょっと相談したいことがあります」

「項羽の事かな?」

「・・・・・・え?」

「あれ、違った?」

「いえ、そうですけど」

 

何故それを知っている。

何故バレている。

 

出鼻を挫かれたとは正にこの事か。

 

清楚先輩は俺の内心を知ってか知らずか、美味しそうにポテトサラダを食べている。

 

「今からの会話って覇王様も聞くことになりますよね」

「うん。今だってこのお弁当は自分が食べるんだーって言ってるよ」

 

元気でなによりだ。

 

「あのですね。今後、覇王様が勝負事を受けそうになったときは清楚先輩に止めて欲しいんです」

 

俺の言葉に清楚先輩は首を傾げる。

かしげながらももぐもぐと二個目の唐揚げを口に運ぶ。

 

真面目に聞いてくれているのだろうけど微妙に気が抜けてしまう。

 

「清楚先輩は覇王様の行動を基本的に束縛しませんよね」

「そうだね。余り項羽のすることに口出しとかはしないかな」

 

清楚先輩は常識人だけれど、覇王様に対しては傍観者として彼女の非常識な行為にも口出しはしない。

無論俺が知らないだけで、本当は何か忠告などをしているのかもしれない。

けれど覇王様の奔放さを抑えているとは言いづらい。

 

「はっきり言って俺は清楚先輩、覇王様が心配です。

 今回の従者になる約束の勝負だって相手が俺だから良かったものの

 これが見知らぬ男との間で、俺抜きでかわした約束だったらどうなっていたことか」

 

勿論度が過ぎた命令は覇王様の性格上聞くことはないだろう。

だが、それでも俺の覇王様が俺以外の男の命令を聞くなど考えたくもない。

 

だから今後、俺のあずかり知らぬところで覇王様が無謀な勝負を受けようとしたら清楚先輩に諌めて欲しかった。

 

「しないよ?」

「は?」

 

ご飯をもぐもぐと反芻し、飲み込んでから先輩は言う。

 

「項羽は大和君や京極君以外とは勝負事は一切してないよ」

「え、ほんと?」

「本当。あ、この大学芋甘くておいしい」

 

実に嬉しそうにお食事を続けている。

 

言われてみれば、確かに覇王様が勝負している所をここずっと見てない気がする。

俺が心配しすぎだったのか?

 

「あの。覇王様ってそれでストレス溜まったりしてません?」

 

覇王様の性格上、時々勝負事などでガス抜きしないと暴れだしかねないと思うのだけれど。

 

「う~ん。別に、項羽はストレスなんて溜まってないと思うけれど」

「え、あ。そうですか」

「御馳走様でした。あ、杏仁豆腐もあるんだね。

 え、何? これは自分が食べたい?

 むー。たまには私にも食べさせてよー」

 

何やら独り言を言いながらいつものデザートである杏仁豆腐を食べ始める。

多分覇王様がごねているのだろう。

 

はてさて。

どうしたものか。

俺は自分の空回りぶりに頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御馳走様でした。凄く美味しかったです」

「お粗末さまでした」

 

覇王様の時と同じく、清楚先輩は空の容器を持ち帰るべくカバンにしまった。

 

「あのね大和君。私や項羽なら心配ないよ」

 

弁当箱をしまい、お茶を一杯飲んで落ち着いた後、そう言った。

 

「大和君が私達の事を真剣に心配してるし、それに将来の事を本気で考えてくれてるのは知ってるの。

 だから大和君にいらない心配をかけたくない。

 それは項羽も私も共通の気持ちなんだよ」

 

いつも通りの。

そこにいるだけで周りを和やかにさせる清楚先輩。

そんな彼女がきっぱりと言う。

 

俺はどうやら保護者意識が強すぎたらしい。

覇王様は俺が思っていた以上に成長していた。

 

謝罪しなければなるまい。

 

「すいませんでした。と、覇王様にも伝えてください」

 

実際伝えるもなにも、清楚先輩に言えば直接覇王様には伝わる。

ただ、これは清楚先輩にも謝っているのだ。

だから例え覇王様に直接言ったとしても、その場合清楚先輩に伝えて欲しいと俺は言う。

 

深々と頭を下げる。

 

俺の今回の過保護さは心配などと聞こえのいいものではない。

ある意味疑っていたようなものなのだ。

覇王様はなにも成長していないのではないか、清楚先輩はその覇王様を御してくれないのか、と。

 

これは裏切りだろう。

幸いにして相手が不快感を覚えてはいないようだが、それでもやはり一度謝る必要がある。

反省もしなければならない。

 

「大和君は私達の軍師様なんだからそれでいいの。

 そうやっていつも私達を心配してくれて私と項羽は幸せなんだなって思ってる」

 

本心からの言葉だろう。

 

「それは耳触りのいい言葉選びです。

 実際はただの過保護で、どこか覇王様や先輩を疑っていた部分もあったと思うんです」

「それでも、それは私達を心配しての疑いだよね?」

「・・・・・・はい」

 

それは間違いない。胸を張って言える。

ただ、それでもどこか申し訳ない部分がある。

 

「じゃあ許します。

 大和君、私も項羽も今後もどんどん大和君に心配かけるから覚悟してね」

 

頭を下げる俺の手を握る清楚先輩。

 

俺はその目を真っ直ぐ見る。

彼女の目に一切の俺への拒否感はない。

それどころか本当に俺を信頼してくれている。

 

多分俺に疑いすら持っていないのだろう。

 

俺は考えを改めた。

 

信頼していなかったのは間違いなく俺の方だった。

事実覇王様も先輩も俺の事を思い俺抜きでの勝負事をしなくなった。

 

信頼は足元を掬うための一つの要素である。

だが、だから軽んじいい要素ではない。

むしろより強固にし、それを不動のものとすればそれは要塞のような盾となる。

文字通りそれを掬い取ることなどできるはずもない。

 

「はい。好きなだけ心配かけてください。

 絶対に、何があっても俺が何とかしますから任せてください」

 

彼女たちの圧倒的な信頼にはやはり信頼と実績で返さねばなるまい。

 

俺はブレず、死ぬまで覇王様と清楚先輩の力になることを改めて意識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で先輩。今この屋上には誰もいませんよね」

「うん。見た所誰もいないし、時間的に来そうもないね」

「・・・・・・主からの命令です。スケベしましょう!」

 

空気をぶち壊す事を敢えて言ってみた。

 

空気を読んであえて空気をぶち壊してみる。

これが意外とクセになる。

あんまりしすぎると嫌われるから滅多にしないけれど。

 

ともかく、こういうお下劣なことで清楚先輩を一度いじってみたかった。

さて、どんな乙女な反応が返ってくるか。

 

「うん、わかりました。それがご命令なら」

「え?」

「うん?」

 

おや?

 

俺は何やらやってしまったらしい。

だが聞き間違いの可能性もある。

もう一度、もう一度だけ確認してみよう。

 

「ふはは。この直江大和の淫行の相手をしてもらおうか」

 

とびっきりゲスな顔をして言ってみる。

言っていることも下衆だ。

清楚先輩がドン引きした瞬間土下座して嘘ですと謝る準備も完璧である。

 

「はい。お相手させて頂きます」

「え?」

「うん?」

 

何やら戸惑う俺を尻目に制服を脱ぎ出す清楚先輩。

 

おかしいな。俺の推測だと顔を赤くして

 

『もう、こんな所で駄目だよ!』

 

なんて純情でウブな反応が帰ってくるものとばかり。

 

「あ、あの。従者とは名ばかりなので別に欠片でも嫌だと思ったら拒否して頂いても・・・・・・」

「嫌じゃないよ。大和君なら」

「おっふ」

 

シャツを全て脱ぎ、純白のブラジャーを晒す先輩。

雪のように白い肌と相まってその姿は失礼な例えかもしれないが雪女のようだった。

その姿はやわらかそうで、きっと暖かい筈なのに。

それに溺れたら帰って来れなくなれそうな。そんな魅惑的な魅力があった。

 

恥ずかしい事に俺の体は素直なもので、即座にそんな先輩に欲情する。

つまり、草薙の剣が今7割鞘を抜いた状態だ。

このまま相手をメッタ刺しにしてしまえと俺に命令してきている気すらする。

 

「ふふ、午後の授業ちょっと遅れちゃいそうだね」

 

そう言いながらの俺の足元に跪く先輩。

 

 

 

 

 

その日、俺と清楚先輩は午後の授業を全てサボり俺は梅先生に教育的指導を貰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。

私のSSを読んで頂き誠にありがとうございます。
そろそろアイエス、あずみ、弁慶のいずれかのアフターを書かないとあらすじ詐欺になりそうですね。
まじ恋はどのヒロインも魅力的で書き始めれば楽しく書けて良いですね。
それでは。


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4話:何ということもない昼休み

場所は川神学園グラウンド。

時刻は正午十二時。

 

その場には人の気配が二つほどあった。

 

「葉桜先輩。アタシのお願いを聞いてくれてありがとうざいます」

 

気配の片方、乾一子は愛用する薙刀のレプリカを構え葉桜清楚に刃を向ける。

 

「構わぬ。元より俺は戦好きだ、大和の許可を得たのならば俺が決闘の挑戦を断る理由がない。

 あぁいや、これは決闘ではなく稽古だったか。どうにも締りが悪い建前だ」

「だって、そうじゃないと九鬼も大和も許してくれないんだもの」

 

緊張感はある。

互いに互いを視界に収め、武器を手に持っている。

だが各々の性格か、どこか締まりきらない。

 

「仕方あるまい。一度決闘を気安く受けてしまえば以後世界中から俺に挑むものが一斉に訪れる。

 無用ないざこざで俺や清楚の私生活に支障を出さないための九鬼や大和の采配だ」

 

九鬼に決闘を禁止された時は自分の存在価値を封じられたようで忌々しいものだったが

大和の場合は一切の拘束力を葉桜清楚に課していない。

単純に大和自身が葉桜清楚と一緒にいる時間を邪魔されたくないから頼んだ程度だ。

 

そのお願いが九鬼の課した拘束を上回る拘束力を持っているのが皮肉か。

ともかく項羽は私闘決闘を申し込まれた際はすぐには受けず一度大和に伝えていた。

 

「しかし意外ではないか。まさか久々の私闘の相手がお前とはな。

 大和は俺にもお前にもいい経験になるからと頷いたが、さて、その経験とは何であろうな」

「わかんないけど、でも大和がそういうのならきっと意味があるのよ!」

 

一子は以前から覇王に挑戦をしていた。

一度一子は覇王が目覚めた際に決闘をしていたが、結果は一子の惨敗。

全く勝負にすらならず、笑いながら倒される実力差だった。

故に一子は再び挑んだ。

 

あの日から以前以上に努力を繰り返した。

その努力から自信はついたし、実力もついた筈。

ただどれほど変わったのか、その実感はない。

 

それを知るためにダメ元で大和と覇王に自分の腕を見て欲しいと頼んだのだが、

以外にも大和は快く同意してくれた。

 

その真意は一子も覇王も知るところではない。

ただ、大和を信頼している二人にとって、意味があるというその言葉だけでその決闘に価値はあると見た。

 

「まぁ良い。まさかこの覇王に本気で勝てると思うほど身の程知らずでもないだろう。

 来い、俺はこの後日課のおつかいで焼きそばパンを買ってこなければならん。さっさと済ませるぞ」

 

未だ続く大和との従者契約を果たす為に項羽は少し時間に余裕は無かった。

 

舐めているわけではない。

ただ、覇王のその態度に真っ直ぐな一子は腹が立った。

 

「お言葉通りにいくわよ!」

 

一切の宣誓なく飛びかかる。

 

十分な跳躍だ。

二人の間に空いていた数メートルの距離を常人なら反応すらできない速度で詰め寄る。

同時に長い獲物を振りかぶり、上段から振り抜く。

 

「てやぁ!」

 

初撃は戦いにおいて重要なものだ。

これで序盤の流れを制する事になるといっても過言ではない。

ただ、それは前提として互いの実力差が近しい場合に限る。

 

「ほぅ、ちょっぴりだが以前よりも振りの速さと重さが増している

 ほんのちょっぴりだがな」

 

覇王は事もなげにその薙刀の刃の側面を片手の指で挟む。

 

「ぐ、想定内だけど・・・・・・ッ」

 

反撃に備える。

未だ構えない覇王。

だがその右手には強烈な存在感を持つ方天画戟が握られている。

 

武器の性質上至近距離となると使い回しが極端に困難になるが、相手は覇王。

柄で殴るだけでも圧倒的な威力となる。

それを警戒するが

 

「どうした、これではまだお前の成長など確かめられぬ。

 これはお前の稽古だろう? 次の動きをさっさとせぬか」

 

つまんだ刃を離す。

その際に一切の攻撃をしてこない。

 

「くぅ、本当に建前を守ってくれちゃって」

「建前とは言え約束だ。それを無視すると大和に怒られるからな」

 

その余裕綽々な態度、一子のボルテージを上げるには十分なものだ。

 

悔しげに眉を寄せる。

苛立ちに薙刀を持つ手の力を強める。

 

そのフラストレーションを足の力にこめる。

何をしても見切られている。

何をしても通じない。それを今の一回だけの差し合いで理解できた。

 

駄目ならば駄目なりに開き直った戦い方がある。

 

「ん、玉砕戦法か。俺は嫌いではないぞ」

 

大振りだ。

体重の全てを乗せ、武器の遠心力と重さをあらかた合わせた見え見えの攻撃。

相手が余裕を持ち、攻撃を全て受けきる性質ならばむしろこのような戦法の方が確実。

 

元より小賢しい策など考えつかない一子にとっては賢い立ち回りだった。

 

風を切る薙刀。

バットを振り抜いたかのような、大きく唸る音。

再び上段からくるソレを笑いながら見る覇王。

 

項羽は振り下ろされた刃の側面にコツンと、軽く拳を叩きつけた。

 

「おっと、中々の重さだ。

 少しだけだがお前の体重は以前より増したのではないか?」

「違うわよッ、体重じゃなくて筋力が上がったのよ!」

 

あっけなくその渾身の振り抜きは刃の横を叩かれてあらぬ方向へ向いた。

 

逸らされた一撃は誰もいない地面へと叩きつけられる。

なまじ体重全てを乗せていたため凄まじい手のしびれが一子を襲った。

声こそ上げないものの、顔を顰める。

 

「二発。お前の成長を確かめるにはまだ早計な段階だ。

 どれ、俺の方からも少しじゃれてやろうか」

「え、うひゃ!?」

 

間一髪、身体が勝手に反射して項羽の拳を躱す。

 

顔の真横でとんでもない鈍い風切り音を放つ拳が通りすぎる。

明らかに直撃していたらやばかった。

 

冷や汗を流しながらもこれはチャンスと見る。

空ぶった姿勢の項羽に対して反撃を試みる。

が、甘かった。

 

自分が躱して反撃をしようとアクションを取っている間に、

項羽は既に振り抜いた拳を戻し、こちらに手を伸ばしていた。

そのめちゃくちゃな速度差に唖然とする。

 

「ほら、捕まえたぞ」

「んぐぅ!」

 

胸ぐらを捕まえられ、吊るされる。

全ての体重が喉元に掛かり息がしづらい。

苦しさにむせる。

 

一子はせめて反撃をしようと未だ手放さない薙刀を振りおろす。

 

「いいぞいいぞ。俺は寛大だからな、減点方式ではなく加点方式だ。

 そしてこれは中々の悪あがき、点をやろう」

 

振りおろす速度よりも早く項羽は一子を地面に叩き落とす。

 

一瞬で世界が反転したため、受身すらできない。

思い切り背中を地面に叩きつけられた。

 

「げほっ、げほっ! ぐうぅ!」

 

これも明らかに手加減されていた。

項羽が本来の力で地面に叩きつければこんなものですまない。

それこそ全身の骨が砕けるほどのダメージになる。

 

その事実がより悔しさを味わせる。

 

「良いぞ。それで尚武器を離さない、その不屈さは評価に値する。

 花丸をくれてやろう」

 

ご機嫌な様子で一子の諦めの悪さを評価する項羽。

 

「む、ちょっと評価基準が甘すぎたか?

 百点満点なのに百三十点くらいになっちゃったぞ」

 

そのどこまでも舐めた態度に一子は切れた。

 

元より長々と戦うつもりなどない。

短期決戦以外で自分の勝つ方法などない。

 

既にペースも握られ、欠片もダメージを与えられていないこの現状。

一子は序盤のこの状況で最後の手段を取る。

 

「川神流―――――ッ」

 

痛む体にムチをうち、一気に体を跳ねさせる。

広背筋に力をいれ、体をしならせ薙刀を振りかぶる。

 

懲りもせずまたただの上段斬り、と項羽は看破するも川神流というフレーズに初めてここで警戒をした。

 

「――――顎!」

 

先ほどの一撃とはモーションが僅かに違うものの、それでもやはり上段斬り。

この決闘でまだ三度しか項羽に攻撃できていないが、それは一子にとって会心のひと振りと言えるほどに速い。

項羽はその技の真意に意識を向けつつ体を半身にして躱す。

 

既に油断慢心するその性根は大和によって矯正されている。

相手が本領を発揮している場合に適当な対処をする項羽ではなかった。

 

大きく空ぶる刃。

それを見送る項羽。

その無残に、無様にはずれた刃が地面に接する瞬間、進路を変えた。

 

「喰らいなさい!」

 

薙刀は下向きにある慣性を無理に変え、上向きになる。

つまり上段切りから振り上げ斬りへと変わった。

 

高速な切り返しをする技。

地味ではあるが、これほど不意をつきやすい技も少ない。

無論不自然なまでの進路変更を長物である薙刀で行うのだ、その体に対する負担は並ではない。

更に一度使えば相手は次からそれを警戒するだろう。

 

一度限りしか相手に通じない一子にとって信頼する奥の手。

 

だが、それが項羽に通じることはなかった。

 

「今の掛け声を聞くにこれは技か何かだったのか?」

 

絶句する一子。

 

当然だ、起死回生の奥義はたやすく叩き落とされた。

下からの振り上げによる追撃は文字通り項羽の足により潰されたのだ。

迫る刃にそのまま足をかけ、力づくで踏み潰された。

本物の刃だったのなら項羽もまた別の対処をしたのだろう。

そんな余裕すら感じられる対処だった。

 

「この程度ならば俺もできるぞ。どれ、受けてみろ」

「うあ!?」

 

踏み潰した刃を掴み取り、腕力に物を言わせ一子の薙刀を奪い取る。

同時に未だ一度も使用どころか構えてすらいない方天画戟を投げ捨てて薙刀を構えた。

 

「そらっ!」

「――――ッ!」

 

完全に一子の先ほどの動きをトレースした項羽。

その動きに動揺せざるを得ない。

 

武器を奪われ、その武器が自分に迫る中一子は必死に身をよじった

 

よじる前にあった自分のいた場所に耳障りなまでの轟音が響く。

薙刀が地を叩いた音などではない。

音の種類は風切り音。

それもバットなどで出せる音ではない。

台風のような聞くだけで粉砕するイメージを沸かせる類のものだ。

 

明らかに一子の振りよりも速い。

モーションは同じはずなのに、技の練度では比べるまでも無いはずなのに。

そんな言葉が頭をめぐる。

 

「ここで刃の向きを逸らし、体をこう動かすのだったな」

 

悠長に、事もなさげなことを言いながら項羽は空ぶった刃の向きと進行方向を一変させる。

 

元より初撃から容赦されていた。

ギリギリ回避できるように項羽が力を緩めていたのだ。

全力で薙刀を振っていたのなら恐らくその風圧で吹き飛ばされかねない。

それ程までに力の差がある事くらいは一子も理解していた。

 

理解はしていたのだ。

だが、だから諦める一子でもなかった。

 

「まだよッ!」

 

ほとんど倒れそうになっている姿勢を無理に矯正し、再び跳躍しようとする。

 

間に合うか。

恐らく間に合わない。

何せ振り降ろす一撃以上の速度で振り上げの一撃の方が何故か速いのだ。

多分力の比率を追い打ちの方に優先させたのだろう。

 

ともかく、無茶な姿勢で動いたため筋繊維が悲鳴をあげた。

 

迫る刃、それを見る目、回避しようとする体。

 

結果として刃が一子に当たることはなかった。

 

「・・・・・・どういうつもり?」

 

避けたのではない。

有り体に言えば全く回避行動は間に合っていなかった。

ただ、それでも刃は一子に届いていない。

 

つまり、寸前でその刃を項羽が止めたという事だ。

 

自身の足にほとんどくっついている薙刀を睨みながら一子は問い詰める。

しかし項羽はそんな一子の表情や問いかけに一切の怯みを持たなかった。

 

「どういうつもりもなかろうよ。

 これは稽古だ、稽古相手の足をへし折ってどうする」

 

そこで理解する一子。

そうだ、これは稽古だ。あくまでもそういう建前の上でのこの状況なのだ。

 

つまり自分が勝手にヒートアップして奥の手を出しただけで、項羽自体は極めて冷静にその約束事を厳守した。

 

「これにて稽古も終わり。さて、俺は時間もないから去るぞ。

 ああそうだ、これを返しておく」

「・・・・・・」

 

一子愛用の薙刀を投げ渡す。

それをおっかなびっくり受け取り、釈然としない顔をする。

 

だが項羽はどこ吹く顔で既にその目は一子に向けられていなかった。

 

「その武器はどうにも軽すぎる。

 もう少し重く、重厚かつ過激さがなくてはな。その点これは良い。

 呂布のものだったのが気に食わんが、覇王にふさわしい存在感ある武器だ」

 

一度捨てた方天画戟を拾い、その場を歩き去る項羽。

 

その背中を悔しさと敗北感の混ざった目で見送る一子。

 

「あの・・・・・・稽古ありがとうございました!」

 

ただ、それでも稽古をつけて貰ったことを感謝する。

そう言った分別と純粋さを一子は持っていた。

 

項羽は意外なその態度に少し驚いた顔をして振り向くが、

真っ直ぐな目で悔しさに耐え、礼節を守る立ち振る舞いに薄く微笑んだ。

 

「うむ。気が向いたらまた稽古をしてやろう」

 

軽く手を振り、今度こそ項羽はその場を後にした。

 

そして間もなく、学校中から今の稽古を見た人間の歓声が響き上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスファイトだぜワン子。葉桜先輩を相手にとってまぁまぁ粘ったんじゃねぇの」

「やめてよキャップ、誰が見ても手加減してたの丸分かりだったじゃない」

「いや、それでも健闘していたと自分も思うぞ。

 少なくとも葉桜先輩が目覚めたあの時よりは健闘できていた」

 

クリスやキャップがワン子を囲んで先ほどの覇王様との稽古の感想を語り合っている。

 

さっきまではクラス中の奴らに囲まれてもみくちゃにされていたため、ようやく落ち着いたところか。

 

「見ろよ大和。あそこに技パクられた奴がいるぜー!」

「おいこらガクトやめんか」

「チクショー! 健闘するなら清楚先輩の鉄壁スカートめくれるくらいまで戦ってほしかったー!」

 

こうやって馬鹿な事を言っている奴らも、ワン子が落ち込まないようにいじっているのだろう。

多分。違うと思うけど。

 

ともかく、誰もがワン子に勝ち目はないと思ってはいたが、想像より楽しめる寸劇ではあった。

稽古時間自体は僅か三分程度、攻撃した回数など四回くらいしかない。

だというのになぜだろうか、楽しめた。

 

「大和、このガクトって奴に八つ当たりしていいかしら?」

「死なない程度にな、五体不満足にしてやれ」

「テメェこら俺様をなめんなよ! 鍛え上げた筋肉を持つ、この呆れたタフガイに向かってよ!」

 

席を立ち上がってつかみ合いを始める二人。

うん、後に引きずらなかったようで良かった。

 

「おいこら噛むんじゃねぇ! 狂犬病かお前!」

「いたたたた! 後ろ髪掴むなー!」

 

引きずらないにしてももう少し大人しくなってくれると飼い主としては嬉しいのだけれど。

さて、皆に囲まれていた時のワン子の表情を見た感じ、

取り敢えずワン子の方は問題なく俺の思惑通りになったようだ。

じゃあ次は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何の用だ、昼休みはもう終わったぞ」

 

屋上で覇王様は一人拗ねていた。

ベンチに体操座りしてブスっとしている。

拗ねてる。間違いないぞこれ。

 

「隣、座っていいですか?」

「いくない、あっち行け」

 

こんな癇癪起こした覇王様も中々良いな。

弄りがいがある。

 

「覇王様、お弁当持ってきました」

「俺は焼きそばパン買い逃した。だからいらん」

 

それは仕方あるまい。

ワン子と稽古している間に完売したのだろう、無いものを買うことはできない。

落ち込んでいる原因の一つがソレか。

 

「準備のいい俺はこんなものも用意してるんだなこれが」

 

そう言って俺は手提げから手作りサンドイッチを詰め込んだタッパーを取り出す。

 

「自分の分はちゃんとあります。

 で、このお弁当は今日ワン子にきちんと稽古を付けてくれた身内からのお礼ですよ」

「・・・・・・最初から買い逃すことわかってたなお前」

「なんのことやら」

 

一応二人の稽古は数日前から決まったことだ。

覇王様が誰かと手合わせするには九鬼からの制限を通す必要がある。

だから俺はワン子や覇王様のために色々と手を回して稽古という形で了承してもらった。

そして実際に覇王様は実に稽古らしい立ち回りを成し遂げてくれた。

正直ここまで俺の言う事を聞いてくれたのは嬉しいものだ。

 

それこそご褒美の一つや二つあげたくなる。

 

「ともかく受け取ってください」

 

半ば押し付けるように渡す。

多分覇王様は俺の弁当を完全に楽しみにしている為、それ以外のものを昼に食べないだろう。

つまり今昼食抜きの状態のはず。

 

「授業はどうする、もう時間はないぞ」

「サボります」

 

次の授業は梅先生だけど、まぁそれは今は忘れる。

後で反省文でも教育的指導でも何でも来いだ。

そんなものより優先するべきは目の前の覇王様なので。

 

「いりませんか?」

「・・・・・・いる」

 

俺の手から弁当を入れた巾着をひったくる。

その不器用な態度も相変わらずで微笑ましいものだ。

 

「と、これも今渡しておきます」

 

ついでに手提げからノートを一冊取り出す。

会うたびに交換している日記だ。

 

覇王様はそれも奪うようにしてひったくった。

 

「んはっ。俺を待たせた罰だ、今ここで読んでやる!」

「どうぞ」

「え」

 

きょとんとする覇王様。

別に俺にとって恥ずかしいことは一切書いていない。

何せ俺は覇王様に常に本心をさらけ出しているのだ、今更交換日記を読まれたところで。

 

「い、良いのか!? 恥ずかしいんだぞ! 凄くうわーんってなるんだぞ!」

 

それは覇王様がピュアすぎるからだと思うのだが。

こう、ずる賢いことや打算ばかり考えている厚かましい俺にとっては特にそうでもない。

 

ともかく、覇王様は俺が余裕なのが不服らしい。

恐る恐るノートを開けた。

 

「覇王様が日に日に聡明になっている気がする。

 俺が何かを指示しなくとも自身の判断で俺にとっての最善の行動をしてくれることが多くなった。

 流石覇王様だと俺も鼻が高い。自慢の主だと胸を張って言える。

 最高の彼女だと誰にでも自慢できる。

 ただ、果たして未来の俺は覇王様にとってまだ必要な存在でいられているのだろうか。

 覇王様は日々前に進んでいる。俺も精進しなければ・・・・・・」

 

ポツリポツリと、俺の書いた内容を読み上げられた。

 

少しネガティブな内容にはなっているが、結局の所覇王様自慢だ。

実際に覇王様は日に日に本当に賢くなっている。

勿論どこか無謀というか、純粋故の考えなしな所はあるけれど、

それでも愚かと評される行動はもう殆どしない。

 

だから最後らへんは少し情けない事を書いているが、この日記の真意はやはり覇王様を賞賛する事にあった。

 

だが、それが覇王様にはわからなかったようで。

 

「馬鹿者、お前は生涯俺の隣にいる約束であろうが。

 俺が成長するのが当然なように、大和が俺の隣にいることもやはり当然。

 くだらない上に有り得ない心配などするな」

 

慰められた。

何というか、棚からぼた餅か?

 

「覇王様、ありがたいお言葉です」

 

そう言って横に座る。

ちらりと横目で顔色を伺えば、先程の拗ねた表情はなく

むしろ俺の気持ちを理解して気をよくしている覇王様。

 

ちょろすぎる。

 

「それじゃあ食事しましょうか」

「ああ、軽い運動もしたあとだ。空腹の塩梅は中々だな」

 

既に先程までしぶってた感情は消し飛んだらしい。

笑顔でにこにこと俺の弁当を開けて箸を持つ。

 

「鮭のほぐし飯か。毎回毎回何だかんだと言いながらもお前は俺の好みのものばかり入れるのだな」

「気持ちは好き嫌いの激しい子供を持ったオカンですよ」

「む、俺は別に好き嫌いなどしていない。お前が勝手に俺の好みのものばかり入れているだけだろう」

 

プライドに触れたのかちょっとカチンと来たらしい。

 

「あ、このエビチリ俺がもらいます」

「こらぁ! それは俺が最後まで残しておくつもりの物だったのだぞ!」

 

涙目で怒られた。

食べ物の恨みは恐ろしいと聞くが、覇王様も結構そういう所にはうるさそうだ。

俺は仕方なく箸を止めてエビチリを取らないでおく。

 

「仕方ないなぁ。あ、これ一個あげます」

 

サンドイッチを入れたタッパーの中にある桃ひと切れを爪楊枝で突き刺し、

覇王様の弁当の蓋の上に置く。

ちょっと俺のデザート代わりに持ってきたのだが、サンドイッチの量が少し多い。

残してしまいそうなので覇王様に美味しく頂いてもらいたい。

 

「覇王に献上とは良い心がけだ。頂いておこう」

「その上から目線ハラ立つわ。やっぱ返して」

「じょ、冗談だ! 感謝するから取り返すな!」

 

弁当の中身の奪い合いが激しい昼食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ大和。結局川神一子との稽古で俺やアイツの得るものって何だったのだ」

 

食事も終わり、午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた頃

覇王様は俺の膝を枕に寝ながら聞いてきた。

 

俺はまったりと清楚先輩に勧められた小説から目を離し覇王様に目を向ける。

 

「稽古としては俺と川神一子の実力はかけ離れすぎて互いに身にならぬ。

 アレで何かを得れたとは思えんぞ」

 

ふむ。どうやら覇王様は俺の意図が掴めなかったらしい。

元より覇王様は人の感情の機微に疎い人だ、当然それは相手が何を考えているのかも察するのが苦手でもある。

 

「ではそれに答える前に一つ確認を。

 ワン子は以前覇王様と戦った時より強くなってました?」

「・・・・・・いや、お前の仲間だから本人に言うのをやめていたが

 はっきり言えば努力の割に進歩はそれほどでもなかった」

 

だろうな。

ワン子は川神の至るところでハードなトレーニングをしている所を目撃されている。

覇王様も登校中や、俺と歩いているときなどにしょっちゅうその姿を見かけている。

 

「アイツの努力は見事だ。よくやっていると評価もしている。

 だが哀れなことにそれが相応には身になっていない」

 

トレーニングの仕方が悪い訳でもない。ましてやトレーニングの量が少ないわけでもない。

ただ一言で著すのなら

 

「才能がない。覇王様はそう言いたいのかな?」

「・・・・・・言葉を選ばなければな」

 

俺の身内を侮辱するつもりなど毛頭ないのだろう。

覇王様は慎重に言葉を選び続けてはっきり言えていない。

だから俺が代弁したのだが、それでもひどく申し訳ない様子。

 

「それはワン子も薄々感づいている事だからね。

 だから俺はワン子には色々な人と模擬戦でも決闘でも何でもして自分の限界を知る機会を増やしてほしいんだ」

 

恐らく川神院でもワン子は何度かそれらしき事を言われているだろう。

それこそ武の道以外の何かを目指すように。

けれどワン子はそれでもその道を諦めない。

 

それが良い事なのか悪い事なのかは他者が決めることではない。

口出しも俺はしない。ワン子の人生や将来像はワン子が決めるものだ。

 

ただ、それでもワン子には大人になった時に後悔だけはしてほしくない。

 

「自分の限界を何度も突きつけられて、それでも武の道を進み続けるのなら俺はそれを応援する。

 だけど、限界を知らずに闇雲に険しい道を選ぶのは悲劇なだけだ。

 そういう訳で俺はワン子には自身の成長を定期的に理解してもらいたいんです」

 

人生に口出しはしない。

けれど俺とワン子は他人ではない。

人生に口出しはしないけれど人生のターニングポイントは用意してやる。

 

自分の限界をそれとなく理解させ、一旦立ち止まり、これから歩む道を把握できるようにはしてやれる。

その先にある道を尚進むか、道を変えるか。あとは全てワン子次第。

おせっかい、いらないお世話かもしれない。

 

だが、それでもやはり俺にとってワン子は大切だった。

 

「過保護だな」

「小さい頃からずっと傍にいた奴ですからね。

 俺にとって打算抜きに滅茶苦茶大切な人間ですよ」

 

あいつの為なら損得などかなぐり捨てれるし、体はおろか命だって張れる。

風間ファミリーは互いにそういう関係だ。

だから排他的という影もある。

 

だが、少なくとも俺にとってその場所は何よりも信頼できる場所だった。

 

「勿論俺は覇王様の為なら死ねますよ」

「そんなのは当然だ。主の為に部下が命を賭けれずして何が主従か」

 

これは存外に手厳しい。

 

「そして俺は覇王。その忠義を尽くすお前を命をかけて守る。

 どうだっ、史実の俺と違い凄まじい名君だろう!」

 

最後の言葉で台無しである。

 

だが、いい傾向だ。

このご時勢、この日本で命をかけるという言葉は正直な所軽い。

しかし覇王様は間違いなく本気で言っている。

 

だとするのなら本当に命を俺のためにかける必要があれば、惜しむことなく賭けるだろう。

 

「はいはい。確かに覇王様はとても成長なされました。

 これ、ご褒美にあげますよ」

「ご褒美とは言うがいつもの杏仁豆腐ではないか」

 

そうは言うけれど、これ結構入手が困難なんだぞ。

学校終わって速攻買いに行って残っているのかがどうかあやしい貴重な品。

とは言え確かに毎回毎回同じものだと流石に飽きが来るか。

 

明日からはまた別のものを買おうかな。

和菓子とか好きなのだろうか。

 

「んん~。やはり締めは杏仁豆腐に限る」

 

いらぬ考えだったようだ。

飽きるどころか幸せそうに舌鼓を打っていた。

 

さて、流石は覇王様。

結局自分にとっての得るものはなんだったのか。

それを聞く前に話から脱線した。

別に俺の方からそれを語る必要はないから、俺も触れない。

 

「覇王様ってさ、努力しても報われない人をどう思います?」

「ん? そうだな・・・・・・」

 

スプーンに杏仁豆腐を乗せ、口に運ぶ瞬間それを聞く。

覇王様はその問いに真剣に答えてくれるらしく、僅かに顔を引き締めた。

 

「負け犬。以前までの俺であればそう答えていただろうな」

 

まぁそんな所だろう。

目覚めたばかりの頃の覇王様ならばそう言ってもおかしくはない。

 

「だが、今はどうであろうな。

 正直はっきり答えられん」

 

敗北を重ね、また、敗北の悔しさを理解した覇王様は弱者にも恩情をかけれるようになった。

なればこそ、それは確実にどこかで考え方が変わったということだ。

 

「そうですか。うん、それで良いと思います」

 

別にあらゆる問いに明確な答えが必要という訳でもない。

人と人との会話はテスト用紙のように確かな答えなどいらない。

単純にその考えを抽象的にでも伝わればそれでいい。

 

確かに、ワン子との稽古で覇王様は何かを得ているようだ。

覇王様は今回ワン子に敗北という屈辱を与えた。

こうやって少しずつ人に敗北を、辛酸を舐めさせて行く。

覇王様の目指す道はそういう物だ。

 

だが人に辛酸を舐めさせるという事は、舐めさせられた人間の道を少なからず塞ぐことになる。

それこそ覇王様に負けたせいで、その僅かに塞がれた道に進む事を諦める人間も現れるだろう。

 

俺は覇王様にそういう人間を侮辱して欲しくはない。

 

「まぁ俺は負けんがな。何せ覇王だ、強いんだぞ。だから負けないんだぞ」

「小学生レベルの根拠ですね。不安しかないや」

「ぐ、我ながら今のは説得力がないと思った」

 

まぁゆっくりでいい。

負けた人間に同情する必要はない。ましてやリスペクトする必要もない。

けれど侮辱していい訳でもない。

 

それを言葉で教えてもその言葉に重さはない。

だからゆっくりと教えていこう。

 

「その目。また俺との将来の事を考えているな」

 

鋭いな。

 

「俺とお前の仲だ、いい加減目で考えていることもわかるようになってきた」

 

杏仁豆腐も食べ終わり満腹になったらしい。

軽く背伸びして覇王様は再び俺の膝に頭をおいた。

 

「あの、俺まだ食べてる最中なんですけど」

「知らん」

 

なんという王様発言。

 

ともあれ別に足が使えなくてもサンドイッチを食べるのに困ることはない訳で。

されるがままになる。

 

「俺の人生はお前に良い様に誘導されている気がするな。

 何せ俺自身、こんな自分になるなど思っても見ていなかった」

 

ポツポツと語り始めた。

俺は特にその言葉に相槌も言葉を挟む事もせず、黙って食事を続ける。

 

「でも今の俺は間違いなく良い方に向かっている。

 何せ漠然とした目標はあるのに、その将来の不安が一切ないからな」

 

それは頼られているという事だろうか。

悪い気はしないが。

少しプレッシャーを感じなくもない。

もっとも、そのプレッシャーは自分を奮い立たせる類のものだけれど。

 

「なぁ大和」

「なんでしょうか、覇王様」

 

覇王様は俺の膝に頭を置いたまま、俺を仰ぎ見る。

俺も視線を下げて覇王様と目を合わせた。

 

「信頼してるぞ」

「勿体無いお言葉です」

 

俺の人生は覇王様の期待に応え続ける人生になるのだろう。

 

頑張っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。

戦闘描写、自分にはまだ難しいですね。
精進します。


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クッキー4ISアフター
1話:ISのAIが止まらない!


「大和、何か私に隠し事をしていますね。

 大人しく吐くか私に粛清されるか選ぶ権利をあげます」

「・・・・・・へぇ」

 

そういうのをストライキ? いや謀反という。

いやはや、こいつの性格上いつかこういう日が来ることは理解していたが想像より早い。

 

「因みに俺が何かを隠しているという根拠は?」

「気づいてないんですか。それとも隠してる?

 いずれにせよどういう神経しているんですかねぇ」

 

こ憎たらしい笑みを浮かべる。

その挑発的な態度に俺の血管が浮かび上がる。

いやまて、こんなのはいつもの事だ。

スキンシップスキンシップ。こんな事で本気で怒る馬鹿がいるか。

そうやって自分を宥めた。

 

「では質問を質問で返す形で行きましょう。

 昨夜、マイスターは脱衣所で何かありませんでした?」

 

返答に困った。

成程、気づかれていたか。

 

実の所、昨晩はハプニングがあった。

 

『う~ん。まだ筋肉をつけた方が見栄え的にいいかな。

 少し筋トレの時間増やすか』

 

と、脱衣場で自身の体を確認し筋トレの予定を考えていると

テンプレートに俺に気づかず廊下からこちらに入る女性が。

 

『ふんふ~ん。今日はマルさんと一緒にお風呂お風呂~♪

 ・・・・・・うん?』

 

と、ノックも確認もせず入る客。

思い切り見られたわけだ。

この俺の体を。ボディーを余すことなく。

何せこちらは自分の裸を鑑賞していたのだ、そりゃ隠すものなんて身につけていない。

当然乱入者の目線は俺のひと振りの剣に集中。

 

『あ、うわわわわわわわ! おいなりさん!?』

『おいこら騎士。これ以上みるなら金払えや! 出るとこ出るか!?』

『す、すまない! 確認不足だった!

 というか出るとこに出る前に出ているものを仕舞ってくれ!』

『うるせぇ! そう言うならまず俺のモノから目を反らせや!』

 

うん?

 

「俺が被害者じゃね? しかも何でアイエスが知ってるんだ」

「けたけた。内緒です」

 

こいつストーキング機能まで備えているのか。

前に俺に一定距離まで離れたらブザーのなるセンサーを付けていたが、業が深すぎるだろう。

どれだけ俺を監視したがっているのか。

 

「それでは二つ目の問いです。

 今日の朝、私が朝食を用意している間に何かありましたよねぇ」

「おんどりゃぁ!」

「あいたぁ!? 

 ふあーーー! マイスターが暴力したぁ!」

 

こいつどこまで知っている。

何故知っている。

 

今日の朝。

俺の目覚めは京の胸の中だった。

恐らくアイエスが部屋から出て行った隙に潜り込んだのだろう。

 

アイエスに貞操を誓った身として断固アイエス意外との過度なスキンシップはノーサンキュー、

故に無論京に手を出したりもしない。

 

ここで俺が怒るべき焦点はこれだ。

何故こいつが俺の行動をここまで把握しているのか。

 

「アイエス。怒らないからどうやって俺を監視しているか言え」

「嫌ですぅ。イヒヒ、この私が素直に教えるとでも思ってるんですかぁ?」

「このクソジャリ。マイスターを小馬鹿にしおってからに」

 

取り敢えず自分の体をまさぐるもやはり何も貼られてはいない。

ならば監視カメラか?

目だけで自室内部を見回すも、流石にそれだけでは見つかるわけもない。

最近の盗聴器や隠しカメラは凄まじい擬態性能だ。

それこそ物に擬態していては専用の探知機を使わなければ見つけられるとは思えない。

 

だったら付けた本人に外してもらうのが最も効率的かつ合理的。

 

「・・・・・・何で俺を監視している」

「知りたいですかぁ? 知りたいですよねぇ」

「いいから、勿体つけずに言ってくれ。

 俺としてはアイエス、お前に信用されていないって事が今凄く悔しいんだ」

「マ、マイスター! ソレは誤解です!」

 

誤解と言われても、俺としてはそうとしか受け止められないのだが。

 

アイエスは本気で俺を監視しているつもりではないのか、何やら急に必死になりだした。

その必死さを見れば、恐らく俺の言ったことが見当違い且つアイエスにとって重要な事なのだろう。

成程、ここは頭ごなしに怒るのではなく冷静に事情を聞くべき雰囲気だ。

 

「私は大和を監視しているのではなく、単純にマイスターの体調を把握しているだけなのです!

 ですから大和を疑っているわけでは断じてありませんッ」

 

そこまで否定するのならば本当なんだろう。

俺は納得する。

 

ただ体調の把握というフレーズが気になった。

 

「俺の体調ね。どうやって把握しているんだ?」

「それは、ちょっと失礼しますね」

 

アイエスはおずおずと俺に近づき、俺のシャツを捲る。

そして俺の心臓あたりの肌を指でなぞった。

 

「これです。ここにマイスターの心機能を計測するシールを貼りました」

 

心臓?

見た感じ全く何も貼られているようには見えないが。

取り敢えず指で軽く触診してみる。

すると妙な違和感があった。

こう、神経が鈍いというか。ともかく薄いテープが指と肌の間にある感じ。

 

というか実際にテープがここに貼られているんだろう。

 

「昨夜や今朝に何があったのかなんて私は知りませんよ。

 ただ、マイスターの心拍がその時間に跳ね上がってたので聞いただけです」

 

そういう事か。

確かにアイエスはその時間に何かあったことは聞いても、何があったのかは知らない口ぶりではあった。

つまり俺の勘違いみたいだ。

 

「すまんアイエス。俺が勘違いしてただけみたいだな。許してくれ」

「嫌です。ふぁっくゆー」

「ぶっとばすぞお前」

 

下手に出た瞬間調子に乗りやがった。

中指まで立ててやがる。この野郎。

 

「何で俺の心機能を逐一把握しようとしているのかは聞かないよ。

 何となく理由は推測できる」

 

多分、単純に俺の体調を把握したいからだろう。

 

考察するまでもない。

アイエス、つまりクッキー4ISはクッキー4のマイスターに対する世話、愛の育みに特化した機体だ。

ならばマイスターである俺の体調も、いついかなる時も知っておきたいと思う願望はあって不思議ではない。

 

「で、何でお前怒ってんの。俺が何があったか説明したとたん顔怖いよ」

「それを説明する前に私の質問に答えてくださいな。

 朝、何があったのですか?」

「・・・・・・お前が朝食用意しに行った隙に京が俺の布団に侵入してた」

「ひぃいいいいい! 想像通りすぎです!」

 

まぁ心機能だけでは何があったのかまでは知らないわな。

アイエスは顔を真っ赤にしてぷりぷり怒っていた。

ちょっぴり可愛い。

頭でもなでて落ち着かせよう手を頭に伸ばす。

するとアイエス本人に手をはじかれた。

 

「触らないでください種馬!」

「種馬て」

 

種付けなんぞアイエス以外にしたことないし、そもそも馬扱いかよ。

 

「か、勘違いしないでよね!

 別にクリスや京とは何もなかったんだから!」

「そんなんで誤魔化せると思ってるんですか」

「でも実際に本当に何もしてないんですけど」

 

アイエスは牙をむき出しでこちらを威嚇。

毛を逆立てている猫を思わせる。

怒っているのにキュートなのは損なのか得なのか。

 

「では聞きますが大和。

 もし私が脱衣場で風呂上がりに全裸でいる所を岳人に見られたらどうします?」

「殺っちゃうよ?」

「え?」

「あれ、聞こえなかった? 殺っちゃ――――」

「いいです。それ以上いいですから!」

 

今度は顔を真っ青にして俺の発言を遮ってきた。

はて、何か俺はおかしいことでも言ったのだろうか。

 

「じゃ、じゃあ朝私が寝ている間に私の布団にクリスが入ってきてたらどうします?」

「あの甘えん坊クリスなら普通にありそうな違和感ない例えだな・・・・・・

 まぁ別に良いんじゃないか? 友達同士のスキンシップに口出しはしないさ」

「クリスじゃなくて男性だったら?」

「そのままずっと寝てもらう」

「ずっと? 朝までではなく?」

「朝までではなく、ずっとずっと」

 

互いに目を合わせたまま沈黙。

アイエスは最初きょとんとした顔だったけれど、徐々にゆっくりと再び顔を青くする。

さっきから表情豊かなやつだ。

 

「・・・・・・大和が殺人犯になるかは私の警戒心の強さにかかっていますぅー!」

 

失敬な。

人をすぐに人をころころしちゃう人みたいに。

ただ、まぁ警戒心をもって自分の身を守るのは良い事だ。

 

「所でさ、このテープはいつまで貼っておくんだ?

 別にアイエスに把握されてて困る事じゃないから俺から剥がしはしないけど」

 

このテープは風呂に入っても取れていないあたり凄い性能だ。

違和感もないし、九鬼最先端技術の一つなのだろう。

それを使えるってことはある意味得しているのだろうけど。

 

ともかくアイエスに聞いてみる。

 

「マイスターさえよければずっと付けていて欲しいです」

「そうか、じゃあずっと付けていよう。

 何かの拍子に剥げたりしたらアイエスに言えばいいんだよな?」

「あ。は、はい」

 

何やら拍子抜けしたようなアイエス。

 

「嫌じゃないんですか。

 私に逐一心臓見られてるようなものなんですよ?」

「アイエスなら別にいいよ。それに目的も俺のためなんだろ?」

「えぇ。それは間違いないです」

 

だったら問題ない。

アイエスが俺を思っての行為ならば俺がそれを拒否するつもりもない。

俺はテープは気にしないことにして、そのままシャツを着直した。

 

その時、不意に携帯が鳴り始める。

この時間、恐らく九鬼の研究者の定期連絡だろう。

ため息がでる。この連絡だけは何度しても束縛されている感じがして億劫だ。

 

アイエスの記憶を消さず、かつ俺がアイエスのマイスターである為の九鬼が提示した条件は二つ。

一つは定期的、それも結構な頻度での定期連絡。

そして九鬼の本社に奇襲をかけた際の損害、一億円の謝罪金だ。

 

幸いにして一億円は将来徐々に返す事にはなっているが、それでもやはり学生である俺にとっては凄まじい金額だ。

俺は長い年月をかけて社会的に成り上がり、この一億円を払い切る事に尽力する事になるだろう。

 

「・・・・・・大和」

 

電話している最中。

俺に申し訳なさそうにしているアイエスの姿が妙におかしかった。

こいつはいつもこうだった。

一億の話がでたり、定期連絡がかかると決まってしょんぼりとする。

 

電話をしながら先程と同じくアイエスの頭に手を伸ばす。

すると今度はその手を弾かれず、大人しくアイエスは撫でられ続けた。

 

アイエスに何度も言った台詞を頭の中でリフレインする。

 

『コイツのためなら一億円なんて安いものだ。

 定期連絡による束縛だって些細なことだ』

 

その言葉を今は電話中だから伝えることはできない。

ただ、俺がそう言いたいことを目で理解したのだろう。

アイエスは顔を赤くして微笑んだ。

いいね、以心伝心。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう事があったんです姉様」

「愛されているようで何よりではありませんか、アイエス」

 

その夜。

アイエスとクッキーは二人で庭にいた。

どちらかが誘った訳でもない。

互いに気が向いたから外に出て、そのタイミングが重なっただけ。

 

「ですけど、いつも思うんです。

 マイスターにとって私の存在は人生の負担になっていないか」

 

クッキーはその弱音に何も語らない。

アイエスは大和本人には当然として、他の人間にも言えない内心を綴る。

 

「私はマイスターをサポートする機体です。

 だというのに私の存在が既に大和にとってのマイナスじゃないですか。

 だって私の数ヶ月にも満たない記憶一つの為に一億円ですよ」

 

せっかくの月の綺麗なその夜景。

それなのにアイエスは一向に空を見上げない。

それどころか俯き、地を見つめる。

 

「どうすれば大和の力になれるのか、どうすれば大和の負担が少しでも楽になるのか。

 そればかりを考える自分が小さくてみみっちぃので嫌いです。

 私はどうすればいいんでしょうか、姉様」

 

両手を組み、視線を下に向け、猫背でうつむくその姿。

それはかつての強気なアイエスの姿とは似ても似つかない。

しかしその姿に変わった事には理由もある。

 

人の心を知り、人を好きになり、大和を愛するようになってからこうなった。

ならばこの現状は嘆くものなのか。

そうではない。少なくともこのアイエスが悩む現状こそが成長の証だった。

 

それを姉であるクッキーは、同じ機械として誰よりも理解している。

 

「私にそれを聞くべきではありません。

 その問いはアイエス、貴女自身が大和の隣で見つけるべきものです」

 

アイエスしか持ち得ないその悩みを他人が口出しした所で、所詮それは他人事。

その他人事極まりない助言はアイエスにとってどれほどの価値があろうか。

 

「ですが、これだけは私でも言い切れます。

 大和は貴女を疎ましくなど思うはずがありません、それはアイエス自身も理解していますよね?」

「・・・・・・そりゃ、そうですけどぉ」

「そうですか。ならば貴女はそうやって卑屈になるのではなく胸を張るべきです。

 その姿が果たして大和にとって励みになるものなのか、アイデアルサポートならばわかると思いますが」

 

クッキー4の声質はアイエスと比べれば極めて無機質で無感情なものだ。

しかしクッキー4の言葉に感情が込もっていないわけでは無い。

むしろ誰よりも感情というものを知ろうとし、心を探求する彼女の言葉は人間よりも人間味溢れている。

 

アイエスもそのクッキーの言葉に何か思うことがあったのだろう。

反論も肯定も、相槌も批判もせずただ黙った。

 

アイエスは背を伸ばし、視点を上げ、手を解く。

 

「大和はアイエスとの間に愛を育み、貴女の為に必死で働く。

 大和に対して貴女は懸命に尽くし、励まし、愛し、癒す。

 それはクッキー4アイデアルサポートとして理想の形だと私は思います」

 

どちらがどちらを利用するわけでも依存するわけでもない。

互いが互いを支え合い、愛を育む。

限りなく夫婦の理想系だ。

間違いなくクッキー4という存在にとっての目標地点だ。

 

それをアイエスは手に入れている。

その自覚がアイエスには薄かった。

ただ、今のクッキーの言葉にそれを自覚した。

 

大和に対しての申し訳なさ、その事で目を曇らせていたアイエス。

しかし、改めて理解した。

 

「ふふん。素晴らしい関係を築いた私が羨ましいですか、姉様」

 

腰に手を当て、ふんぞり返るアイエス。

明らかな強がりだ。

勿論クッキーも気づいている。

 

「ええ。ですが、私も大和や京を大切に思っています。

 羨ましいと思う気持ちも無くはありませんが、想いの強さでは負けているとは思いません」

 

クッキー4も既に愛の形を見つけつつあった。

クッキー4とアイエスの進化、進歩は止まらない。

その足が錆び付くことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、何か筋肉が火照ってる感じ。

 こりゃ明日は筋肉痛かな」

 

今日は普段と比べ筋トレの量を二倍にした。

途中、普段と明らかに違うその行為に体が悲鳴を上げていたが無視をした。

その結果、異様なまでに疲れた。

 

腹筋も腕の筋肉も妙に熱い上に重い。

 

その為俺は風呂で念入りにマッサージを自分でしておいた。

汗も流し頭もすっきりしている。

 

風呂上りの体を拭きながら鏡を見る。

 

うん、少し弛んでいるわけでもないし、ガリガリでもない。

かといって筋肉質でもない。

同年代の人間よりも明らかに筋肉はあるものの、服を着れば違いがわからない程度だ。

 

本当に筋肉のある奴は服の上からでもわかるくらい雰囲気から妙に違う。

俺としてはそこまでは必要ないが。

 

「ふう。ちょっと無茶しすぎたかな」

 

今日の分の勉強を先に済ませておいて良かった。

体の疲労と比例して眠気もかなりある。

この体調ではまともに頭にも入らなかっただろう。

 

俺は次の生徒会長選挙で当選しなければならない。

したい、なりたい。そういう自分の向上精神からくる目標ではない。

アイエスに俺の傍にいてもらうための最初の関門だからだ。

 

俺の人生設計は大まかに九鬼に提示している。

なにせ一億円の賠償だ。信用すら薄い俺などでは人生プランを提示し、それを確実にクリアしていくという

これから信頼を得ていく形をとるしかない。

そういった強迫観念からの目標だ。

 

だから俺は勉強をする。

運動をする。

人としての信用を得ていく。

でなければ生徒会長になれない。

そんな体たらくで一億円の賠償なんて十年程度で払いきれる筈もない。

 

生徒会長という最初の関門すらくぐれないようならば九鬼も俺を見限りアイエスを回収する恐れがある。

 

絶対に俺は成り上がる。

大金を稼ぎ、絶対にアイエスと俺は自由を手に入れてみせる。

 

例え強迫観念に駆られていたとしても、そこに俺の意思は確固としてある。

アイエスの為。

その前提がある限り俺はどんな無茶もするし、それが苦になんてならない。

 

なんて、そんな自分に酔ったような内心に自嘲する。

 

俺は湯冷めする前にさっさと寝巻きを来て自室に戻った。

 

「あ、マイスター」

 

その顔を見ただけでホッとする。

中にはアイエスが待っていて、俺の分の布団を敷いていた。

 

尚、アイエスの分の布団はない。

そもそも必要もない。

俺と一緒に寝るのだから。

 

「何やらお疲れの様子。どうせまた格好付けて過剰なトレーニングでもしたのでしょうね。

 一見モヤシっぽい外見のクセに無茶するからです」

「お前は俺を労わる事ができんのか」

 

相変わらずな憎まれ口。

それがいい。それでいい。

 

「労わる? けたけた。労わってくださいでしょう?」

「・・・・・・」

 

スパァン! と、頭を引っぱたいた。

 

「あいたぁ! ふああぁぁぁぁぁ! マイスターがぶったーーー!」

 

少し虐めたらすぐ泣く。

ただ、コイツの場合立ち直りも早く、一分ほど喚いたあと怒りの目でこちらを見てくる。

明らかに仕返しを狙っている。

 

「ったく。泣いても喚いても可愛いからタチが悪いよお前は」

 

叩いた頭を撫でてやる。

 

「隙ありぃ!」

「ないよ」

 

俺の手を掴んで関節技に持ち込もうとしたらしい。

だがいかんせんバレバレだ。

伸ばしてきた手を逆に掴み、足を払う。

バランスを崩されたアイエスはなすすべもなく倒れる。

 

「うひゃ!?」

 

怪我をしない様に転倒する途中、体を支える。

そのまま即座にお姫様だっこし、敷かれた布団に寝かせる。

 

「俺は疲れた。今日はもう寝る」

 

寝かせたアイエスの隣に俺も寝転がり、そのまま瞼を閉じる。

実際本当に眠いのだ。

思考能力も判断能力もかなり鈍い。

 

アイエスの仕返しが気にはなるが、そんなことすら警戒出来ないほど眠い。

 

「想像以上にお疲れの様子。大和、マッサージしましょうか?」

 

結局の所俺を労わってくれるらしい。

ただ、これ以上話しかけられても会話するほど余裕がない。

流石に構ってやれないのにマッサージさせたらアイエスが退屈するだろう。

 

「いいよ。代わりに抱き枕になってくれ」

「仕方ないですねぇ。この年になっても甘えん坊な可愛いマイスターの要求を聞いてあげます」

 

馬鹿にしているが、お前も嬉しそうじゃないか。

アイエスの笑顔を横目で見ながら内心思う。

 

アイエスは下着姿になり、俺の真横に寝る。

俺は特になにも言わずその体を抱き寄せた。

その行為になにも言わず、むしろ俺の体に手を回すアイエス。

 

暖かい、いい匂い、柔らかい。

人と何も変わらないその存在。

 

「俺は絶対に一億円を払ってみせる。

 けど払い終わったからってお前を手放す気なんてないからな」

 

寝ぼけ眼で、明確ではない意識の中呟く。

その言葉は夢の中で言ったのか、それとも現実につぶやいたのか、それすら定かではない。

ただ、なぜだろうか。

俺に回された手がより俺の体を強く抱きしめ、引き寄せた。

 

「はい。ずっと傍で・・・・・・大好きなマイスターをお世話させてくださいね」

 

不思議と、その日はよく眠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
発売前はアイエス? ま~たヒロイン増えるのかよ~とかほざいていた私ですが
いざ発売されて、アイエスルートが進むに連れてかなり好きなキャラになりました。
アイエスはアホの子可愛いなぁ。

ISリクエスト消化。次回は弁慶を書かせていただきたいと思います。
更新した際、どのヒロインの話を更新したのかわかりづらくなりそうなので
次回の更新から「あらすじ」の最後尾にどのヒロインの話を追加したのか表記させて頂きます。


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弁慶アフター
1話:無駄な努力


「最近、弁慶が一切俺に会ってくれない。

 話しかけても凄いそっけないんだけど」

「そりゃ拙いな。このだらけ部がオジサンと直江の野郎二人だけになっちゃうじゃん。

 そんなむさ苦しい部なんて嫌だよ。速攻俺は顧問やめちゃうぜ」

 

ざけんな。

こっちだって御免被る。

何が悲しくてヒゲ先生と二人きりでだらけなければならんのだ。

というか今回の話題の焦点はそこではない。

 

「ヒゲ先生、最近の弁慶ってS組でどんな感じ?」

 

以前までは日常生活ではしょっちゅう一緒にいた。

流石に俺と二人きりで外泊なんて滅多にできないけれど、ともかくよく一緒にいたのだ。

 

学内ならば休み時間になる度に廊下で落ち合うし、

昼休みや放課後はここでだらけつつイチャイチャしている。

だが、最近妙なのだ。

 

というよりも義経離れをしてからというもの弁慶の行動パターンが読みにくくなった。

 

「弁慶の様子ね。そんな一人の生徒の様子なんてイチイチ確認なんてしてないって。

 ただまぁ今なんとなく覚えている限りでは、お前と合わなくなってから少し元気が無い気もするね。

 あぁやだやだ。オジサン使ってお前ノロケるつもり?」

 

適当なことを言っているように聞こえるが、このヒゲ先生って中々の仕事ぶりだったりする。

恐らく自分の担当するS組生徒の事だってある程度は把握しているだろう。

その上で普段とそんなに変わらないと言っているに違いない。

 

「そっすか。あ、これ今の情報量です」

「あん? 何よこれ」

 

俺は鞄にいれておいた封筒を渡した。

それを受け取ったヒゲ先生は胡散臭そうに封筒を触る。

 

「最近できたビアガーデンのタダ券二枚ですよ。

 前に小島先生が行きたいって言ってたんで、これで誘ってみたら?」

「オジサンね、お前に借り作るの最近怖くなってきたのよね。

 お前のその異常な気の効き方が正直怖いよ」

「そう言いながらも受け取るんですね」

 

見れば何の迷いもなく懐に封筒をおさめていた。

微妙に顔は引きつっているけれど、お誘いのチャンスを逃したくはないのだろう。

問題はこのチケットを持って、どんな誘い方をするのかだろうけど

まぁそこまでは面倒見れない。

俺が教えた取ってつけたような誘い文句などどうせすぐにボロがでる。

 

俺が渡せるのはバトンであって、ゴールまで走るのはあくまでもヒゲ先生ということだ。

 

「お前さ、弁慶と付き合い始めてから何か凄い余裕ある人間になったよな。

 俺はもう肌質もアソコの硬さも衰えまくりで余裕ないってのに・・・・・・」

 

知らんがな。

 

「それで、俺に何をさせたいわけ。

 面倒くさいけど、話はきいておいてやるよ」

 

目を手で抑えるいつものポーズ。

この人本当に面倒くさそうにしているな。

まさにだらけ部顧問に相応しすぎる逸材だ。

つまりダメ人間。

 

「別に今ヒゲ先生の力が必要な事はないですよ。

 それはマジで親切心からのチケットだから、貸し借り抜きで使いなよ」

「マジかよ。お前良いやつだね・・・・・・

 何か彼女持ちの同情臭いけど、ありがたく頂戴しとくぜ」

 

卑屈すぎるだろう。

ともあれ、どうせ誘っても今回も失敗に終わる匂いがバリバリしている。

その事は敢えて言わずに炊きつけるだけにしておこう。

 

「そんじゃまあオジサンの少しばかりの恩返しだ。

 弁慶について軽く調べておいてやろうかね」

「そういうのは小島先生へのお誘いが成功してからの方がいいんじゃ」

「うっせーよ。お前どうせ今回も失敗するんだろうなーって思ってんだろ。

 もう何度目だよこの前置き、いい加減お前が俺を見る目で何考えてるか分かるようになってきたよ」

 

そう言いながらヒゲ先生は俺持参のちくわを一本食べ、そのまま部室の出口に歩く。

 

「んじゃまあ小島先生誘ってくるわ。その後弁慶のこともついでに調べておいてやるよ」

「いや、正直小島先生のお誘い駄目だったら無理してチケットの借り返そうとしなくていいから」

 

互いに微妙な顔をして手を振る。

俺は実の所今回も無理だろうと思っている。

だがヒゲ先生は半々な感じだろう。

なにげにあの人はしつこいというかポジティブな所もある。

じゃなければあそこまで脈がないのに誘い続ける事などできないだろうし。

 

「弁慶が何か困ってるのなら手を貸してやってよ。

 逆に些細な理由だったら俺に教えなくてもいいからさ」

「あいよ。しっかしアレだな、お前って彼氏ってより弁慶の保護者みたいだよな。

 俺よりしっかり保護者してんじゃないの」

「あながち間違ってもない」

 

ヒゲ先生は俺の言葉を聞き、少し笑ったあとそのまま靴を履いて部室を後にした。

 

それを見送ってから俺は携帯を開く。

 

うん。やはり弁慶からのメールはない。

もう放課後だ、普段だったらメールするまでもなくここで落ち合いイチャイチャしてる時間だ。

何かあったのならば手を貸してやりたい。

だが、もし困っていて尚且つ俺の手助けは欲しくないような展開だったら。

 

うん。

少し傷つくが、仕方ない。

その時はその時だ。

 

俺は弁慶が今日も来ないであろうこのだらけ部で一人勉強することにした。

こういう時に誰も来ない一人でいられる場所はありがたい。

 

・・・・・・だが、その日は勉強が一向に捗らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ姉御、今日も兄貴に会わないのかよ。もう何日目だコレ」

「会わないよ。っていうか大和の名前を出すな、余計に禁断症状出るだろうが」

「俺が何も言わなくても震え、目がうつろ、謎の発汗と禁断症状出てんじゃねーか。

 傍から見ててマジで危ない人になってんぞ姉御」

 

どうにもままならなかった。

 

何というか、私はここ一週間前から大和離れをしている。

無論別に大和の事が嫌いになったわけでもなければ別れたい訳でもない。

むしろこの会わない時間の分だけ愛は深まっている気がする。

 

ただ、やはり依存は良くない。

その事を義経の件で理解した。

 

互いに支え合うのならまだしも、まるで薬物中毒かのようにベットリと依存など危険である。

 

「うぅ~・・・・・・川神水を飲んでも飲んでも酔えない」

「おいおい、川神水もそこまでにしとけって。

 もう顔真っ赤になってるしよ、後で帰った時にどやされんぞ」

「うっさい! お前は私の保護者か! それとも大和か!」

「す、凄まれたって全然怖くねぇぞ!

 へ、へへ。酔っ払いにビビるほど俺はヘタれてねぇ!」

 

そうは言いながらも明らかに体が震えている。

どう見ても私に怯えているが。

 

ともかく今は与一を構ってやれるほど精神に余裕がない。

飲んでも飲んでも全く酔えない。

 

「うあぁぁ~。もう限界だ! 大和に会いたい!

 頭なでてもらいたい!」

 

以前、大和と旅館に止まった際にもこの症状はあった。

あの時は義経依存症だったが、今回は大和依存症だった。

 

「別に会えばいいじゃねぇか。何で今更そんなめんどくせぇ治療してんだよ。

 義経の奴も姉御の陰気くせェ空気に当てられて何かしおれてるし」

 

こいつはこいつで大和と最近やたらと仲がいい。

二人きりの時に大和が何やらこいつと波長を合わせた話し方をしているらしいからか。

ともかく私のしゃて・・・・・・弟分と仲がいいことは結構だ。

 

「だってさ、大和が大人になったらそんなずっと一緒にいられないじゃないか。

 知ってるか与一、大和のお父さんとか世界回ってるんだぞ」

 

大和が同じような仕事に就くかは知らないけれど、多分大和も一つの場所に腰を降ろす仕事はしない気がする。

となると出張しまくりの旦那、そして疲れて帰って来た大和を癒す妻の自分。

想像すればそれは悪くない将来像ではあるが、前提が成り立たない。

 

何せ疲れた大和を癒すもなにも、自分が大和が出張している間に精神崩壊しかねない。

 

だから早い段階から直そうとはしているのだが。

 

「う、吐きそう」

「オイコラ! 何で俺の襟を掴む!

 そこは便所行くかビニール袋掴む所だろ、おい馬鹿やめろ!」 

 

川神水でごまかそうにもどうやら無理だった。

はてさて、これは想像以上に厄介な病気を認識してしまった。

 

「うぉえぇぇぇぇぇぇ」

「どわぁぁぁ!? 汚ねぇァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~。イライラする」

「べ、弁慶。余り無理はしないで欲しい、義経は心配だ」

「無理してない・・・・・・とは言えないよね、こんなザマじゃ」

 

与一を吐瀉物塗れにしてから数日。

あの件は実際どうでもいいけれど、

私の体調は本格的にヤバイ。

 

夢を見ても起きていても視界に時々大和の幻覚が見える。

もう川神水すら喉を通らない。

無論食欲もない。

 

九鬼の人間には事情を説明したら理解はしてくれたが、無理はするなと釘を刺された。

多分これ以上悪化するようなら強制的に何かしら対策を取られるだろう。

 

「ほら、弁慶の好きなお店のちくわだ。

 兄様にこれを売っているところを聞いて買ってきたんだぞ」

「主ぃ~・・・・・・嬉しいよ」

 

大和以外に自分を慰めれる人がいるのだとすれば、それは義経しかいない。

持たされた弁当すら開けず、昼休みに一人で突っ伏している私を見かねたのだろうが、

何にせよ義経の心遣いだけで少しネガティブさがマシになった。

 

皿に輪切りにされているちくわを爪楊枝で刺し、口に運ぶ。

 

「・・・・・・余り美味しくなさそうだな」

「おかしいな、こんな味だったっけ」

 

口に運んだ感想。全然美味しく感じない。

ありえないだろう、このちくわって私の人生で食べたちくわランキングで五本の指に入るレベルだぞ。

 

それが一口食べたらもう食べたくないレベルになっている。

とうとう味覚までいかれたか私。

 

「か、川神水もあるぞ!

 ほら、弁慶。いつもみたいに飲んでくれ」

 

そう言いながらお酌してくる義経。

義経から私に川神水を飲ませようとしてくるあたり、第三者からみた私の状態は相当らしい。

 

「おいおい、弁慶の奴ちゃんと寝てんのか。目に隈できてるぞ」

「おやおや。眠れていないようですね、明らかに寝不足の肌質になっています」

 

外野の井上と葵が私を観察している。

その言葉が義経にも聞こえたらしい、泣きそうな顔で私を元気にしようとする。

主にここまで心配をかけさせては弁慶の名が廃る。

仕方ない、余り乗り気ではないが川神水を飲もう。

 

酌を受け取り、口に運ぶ。

 

やはり美味しくない。

しかも空きっ腹に響く。

いきなり吐きそうになってきた。

 

「お、美味しかったよ義経」

「そうか! それじゃあもう一杯どうだ!」

「・・・・・・あぁ。いただこうか」

 

主の面子のためだ。

仕方ない。

 

「はいはいストップ。義経、ちょっと隣失礼するよ」

 

不意に、私の背後から声が聞こえた。

 

「あ、兄様」

 

来客は大和だった。

呆然とその顔を見る。

何だか、久々に見た大和の顔色は余り良くないようだ。

妙に疲れているというか、やつれている。

 

大和は私の顔色を見て僅かに顔を暗くしたあと、私の隣にある空席に腰を置いた。

 

なんの用事か、そんな事は聞かなくてもわかる。

 

「ここずっとメールしても変身なし、電話は一切とってくれない。

 どういうつもりかは何となくわかるけど、極端すぎるだろ」

 

どうやら私が何故一切大和と関わりを持たなくなったのか。

大和本人は知っているようだった。

それはありがたい。

 

「誰かに私をどうにかしろって言われたのか?」

「ん? あぁ。それはだな――――」

「俺が呼んだ」

 

与一だった。

 

いつの間に現れたのか。

いや、元々いたのか。

それすらわからない程自分の頭ははっきりしていない。

 

「余計なことを」

「よく言うぜ。お前そのままじゃ衰弱死しかねない状態だろうが」

「お前? 与一、今私をお前呼ばわりしたのかい?」

 

いつも通りにプレッシャーをかけてみる。

だが、悲しいことに与一は一切ビビらなかった。

 

「なんだその目。姉御、まさかそれで凄んでいるつもりかよ」

「想像以上に弱ってたみたいだな。俺を呼んでくれてありがとな、与一」

「へっ、俺は闇に染まったとはいえ闇にも闇の矜持ってのがある。

 義経の光の元にいる姉御がそのザマじゃ俺としても歯ごたえがない。

 それに感謝なんていらねぇと言う所だが、兄貴に言われると悪い気はしないがな」

 

相変わらずな与一に微妙そうな顔をする大和。

 

そんな反応にわずかだが笑いがこみ上げた。

 

「おお、早速弁慶が笑ったぞ。

 流石兄様だ、義経じゃできなかった事も簡単に成し遂げるのだな!」

 

義経が嬉しそうにはしゃぐ。

言われてみればここ数日笑った記憶がない。

作り笑い、愛想笑いくらいはしていた気がするがそれはカウントに含まれていないか。

 

「義経、俺達は行くぞ。

 後は光と闇を併せ持つ兄貴の聖戦だ。混沌を身に宿せていない俺達がいた所で邪魔でしかねぇ」

「よ、与一。何を言っているのか全然わからないぞ・・・・・・」

 

グイグイと与一は義経を教室外へと引きずっていった。

腐っても弟分、気がきくじゃないか。

 

改めて私と大和は二人きりになった。

周りには聞き耳を立てているクラスメートがいるが、正直どうでもいい。

聞きたいのなら勝手に聞けばいいさ。

 

「弁慶、酷い顔だな」

「あはは、少し病んだくらいが色気も際立つんだよ」

 

軽口を叩く。

 

「そんな事を言えるのならまだ余裕はありそうだけど、その滅茶苦茶な俺離れもここまでだ」

 

大和は真っ直ぐこちらを見て言った。

だが、こちらとしてはそうはいかない。

 

「何で私が大和離れしようとしてるのか知ってたりする?」

「知らないけど想像つく」

 

想像つく、ね。便利な言葉だ。

相手の思考をまるっきし分かっていなくてもこの言葉を吐けば何かしらの反応を探れる。

駆け引きにおける常套文句である。

 

ただ、今回大和は実際にしっているだろう。

 

「俺と結婚するのに俺離れしてどうするんだよ。

 そういうのを無駄な努力って言うし、弁慶の一番嫌いな言葉だと思ってたんだけど」

 

そうでもない。

努力した末、結果敗北や徒労に終わったとしても、

その努力で何かしら得るものはあったはず。

アスリートになるために努力したが、プロになれなかった。

だけどその人にはアスリート程ではないにしろ、それに準ずる肉体スペックは手に入っているはず。

 

それと同じく、私の今回の努力も無駄ではない筈。

 

「ふふ。私と結婚してくれるんだ」

「当たり前だ。もうどんな結婚式にしようか考えてるぞ。

 そうだ、和式が良い? 洋式がいい?」

「うーん、洋式がいいかな。トイレの話だよね?」

「・・・・・・マイホーム建てるときに気をつけておくよ」

 

ちょっと今のは大和に意地悪だったか。

 

「冗談だよ。そうだね、武蔵坊弁慶としては和式がしっくりくるけど、

 私個人としてはウェディングドレスも捨てがたいな」

「そうか。つまりどっちでもいいと」

「そうじゃない。和式洋式大和の好きな方の結婚式の衣装を私に着させて欲しいって事だよ。

 ほら、初夜の時の事もあるだろう?」

 

その言葉に互いに顔を赤くする。

正直言ってるこっちも少し恥ずかしい。

周りで聞いている奴らも顔は見れなくとも耳が赤い奴が大量にいるのがわかる。

 

少し空気読めなさすぎたか。

 

「・・・・・・まぁそういう教室で話しづらい話題はここまでにしておいて。

 どうだ弁慶。俺離れはできそう?」

「私の顔見たらわかると思うけどな」

 

最近はどいつもこいつも私の顔を見るなり目をそらす。

それだけヤバイ顔しているのだろう。

 

「ったく、折角の美人が台無しだ。

 ほら、お酌するよ」

「え、あ」

 

大和がさっき義経がしたように盃に川神水をなみなみと注ぐ。

どうやら空の盃を置いていたから勘違いしたらしい。

今日はとてもじゃないが飲めそうにないのだけれど。

 

「ん? 飲まないのか?」

 

私が川神水をまともに飲めなくなっているなど思いもしないのだろう。

そりゃそうだ。あれだけ毎日飲んでた私が今では一切飲めないなどと思えるはずもない。

 

「いや。飲ませていただくよ」

 

一杯飲んで、私の顔色を見れば察しのいい大和ならそれでわかるだろう。

私は盃を手に取り、川神水を飲む。

 

・・・・・・おや?

 

「あれ。美味しい」

「何を今更言ってるんだ」

 

おかしいな。

マジで冗談抜きに美味しい。

 

「お、ちくわもあるじゃないか。

 ほら、あーん」

 

同じく義経がもってきていたちくわを大和が差し出してくる。

私は自身に食欲が無いことを考えたが、口にはせず大人しく食べてみる。

 

「やっぱり美味しい」

「だからお前は一体何を言っているんだ」

 

やっぱり美味しかった。

 

どういう事なのか。

少し考えるもすぐに答えは見つかった。

大和と久々に顔を合わせたからだろう。

我ながら現金すぎると思うが、それが明確な答えだ。

 

この答えに涙が出そうになる。

 

「うぅ。情けなさすぎる・・・・・・」

 

結局大和離れはできなかったし、顔を合わせたら即座に体調不良が完治。

完全に中毒状態だ。

この二週間の努力の空回りさと、これからの不安に泣きたくなってくる。

 

「私、ずっと大和離れできそうにないな。

 多分私と結婚したら大和の足を引っ張るかもね・・・・・・」

 

情けない。

そういうネガティブな感情が篭った声質で泣き言を言う。

 

けれど言われた大和はというと。

 

「何で俺離れする必要があるんだ?」

 

私の意図に気づいていない様子だった。

やはり最初に行った、知らないけど察しがつくというのはブラフだったのか。

 

「だってさ、大和って仕事始めたら出張ばかりになりそうじゃないか。

 そうなった事を仮定して、今のうちに一人で待つことに慣れていようと思って」

「それが理由か」

 

合点がいったらしく、頷く。

ただ、理解したとたん大和がアホの子を見る目でこちらをみた。

こう、クリスを見ている時の目によく似ている。

 

「俺、弁慶を残してどこかに行かないぞ」

「それって、大和がずっと一つの場所に居続けるって事?」

「いや、そもそもの仮定が違う。

 俺がどこかに出張する事になるのだったら弁慶、お前も一緒に来てもらう」

 

絶句する。

 

それは何というか。

男らしい発言だけれど。

 

「身勝手かもしれないが、俺は弁慶が必要だ。

 それこそ死ぬまで横にいてほしい。しかも俺は弁慶離れなんて最初からする気もない。

 面倒くさいし、やったところで出来るとも思えない」

 

周りを見れば、皆絶句した顔で大和を見ている。

そりゃそうだ。

何せ、私の気持ちをお構いなしに一生私を自分の隣に居させる発言なのだから。

 

「これは一例だけどな。

 俺の母さんは日本に残る事を決めた俺よりも日本を見捨てて外国に住む事に決めた父親を選んだ。

 そしてそのまま母さんは海外で親父の傍でずっと幸せそうにしている」

 

返答に困る。

夫婦仲が良好なのは素晴らしい事だ。

ただ、それを言えば残された大和に皮肉に聞こえないだろうか。

 

「ああ、母さんは俺のことも愛してくれてるから気まずそうにしなくていいよ。

 ただ大切な息子より親父の方がもっと大切だっただけ。

 結局俺の事を大事に思っている事にはかわりないんだから」

「そっか。じゃあ家族仲は円満なんだね」

「まぁ、そうだね。恥ずかしいけど自慢の両親だよ」

 

胸を張って言い切る大和。

 

「それでだ、弁慶。

 弁慶には俺の母さんみたくずっと俺の隣にいて欲しい」

 

以前聞いた記憶はある。

確か大和のお母さんは頭脳派の夫の護衛をしていると。

実際前にその腕前は見たが、中々に強かった。

あれならば世界中を股にかける旦那さんを守る事もできるだろう。

 

「それじゃあ義経の傍にいられなくなるじゃないか」

「そうなるね。勿論強制はしない。

 ただ、俺の考えを今聞いて欲しかったんだ」

 

恐らく大和なら父親と同じく日本だけでなく世界を回るだろう。

そういう将来像が見えている。

 

つまり、大和についていけば私は間違いなく義経の隣にいられる時間がほとんど無くなる。

 

それは武蔵坊弁慶としてどうなのか。

自分の存在意義を反故しているようで。

 

なのに答えはもう決まっているのがおかしくて。

 

「大和はさ、私が隣にいなかった二週間どうだった?」

「死にそうな程ネガティブだった。

 見ろよこの隈。お前の事が気になってまともに寝れやしない」

 

よく見たら大和は大和で凄いやつれていた。

隈はできているし、活力もいつもより薄い。

はっきり言って私と大差ないコンディションに見える。

 

そっかだったら仕方ない。

 

「そんなんじゃ私がいないと仕事に差し支え出まくりじゃないか」

「でもそれで良い。俺は弁慶がいないと駄目な人間だからな」

 

胸を張って言い切る大和。

自分はその依存性を直そうと頑張った。

だが全く改善できなかった。

対して大和は最初から直す気がなく、更にむしろ開き直っている。

 

「それだけ俺が本気で弁慶の事が好きって事だ。

 だったら依存症を治す必要なんて無いと思っている」

 

そうだった。

ようやく気づいた。

大和と義経には大きな違いがあった。

 

「全く、私が傍にいないと駄目なら仕方ないね。

 どこでも一緒にいてあげるよ」

 

義経は私がいなくても大丈夫なのだ。

あの子はちゃんと独立できている。

どこでだって一人で生きていく強さがある。

 

しかし大和は私がいなければ駄目なのだ。

勿論私と付き合う前ならば義経同様一人で生きていく事も容易だったろう。

だが今は完全に私に依存してしまっている。

 

それは私も同じことで。

私ももう大和が隣にいないと壊れてしまうことがこの二週間で身にしみた。

もう二度と大和離れをしようとも思わない。

 

「ずっと、死ぬまで隣にいてあげるよ」

 

大和はその返答を聞いて満面の笑みを浮かべた。

それだけ私の答えが嬉しかったのだろう。

成程成程、そんなに私が好きなのか。

 

「でもさ、私は大和のお母さんと違ってだらけまくるよ。

 そこは譲らないからね」

「それでいいさ。だって俺もだらけるの大好きだし、弁慶がだらけなくなったら俺もだらけにくくなってしまうじゃないか」

 

とことん私たちは相性がいいらしい。

何気ない会話。大切な会話。

大切な場面でのふざけた会話。

どんな話をしても楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ。ここ数日ずっと寝不足だったから頭がフラフラする」

「俺も何か頭痛がするくらい眠い」

 

時計を見ればあと十分で昼休みが終わる。

 

仮眠をとる時間すらない。

こんな様ではまともに授業すら受ける気すらしない。

 

「じゃあだらけ部行こうか」

「マジで? 授業でなくて大丈夫なの?」

「ダイジョブダイジョブ。だって次の授業の先生は名誉あるだらけ部顧問ですし」

 

あの先生ならば怒ったりしないだろう。

むしろ私や大和の体調を鑑みれば保健室で仮眠をとらせて然るべきだ。

 

「いや俺の所は梅先生の授業なんですが・・・・・・」

「ダメだ。大和は私とだらける必要がある。

 これは義務だ」

 

乗り気ではない大和の腕を掴み、引っ張る。

 

こっちは腕を腕を痛くしないように全く力を入れていない。

けれどあっさり大和がついてくる。

余り乗り気じゃない事を言いながらも一切抵抗なく立ち上がり、引かれるがままだ。

 

「マルギッテ、会話聞こえてたよね。そういうわけで私達は次の授業出ないので先生によろしく」

 

皆と同様に黙っていたマルギッテに声をかける。

 

「そうですか。私個人が貴女の授業不参加の意思にどうこう口出しをする理由はありません。

 好きにしなさい。一応授業不参加の旨だけ伝えておきましょう」

 

マルギッテはあっさりと了承してくれた。

旅館での一件から私達はある程度仲良くなった。

そのせいか今回のように互いに軽い頼みごとをする事もある。

 

「ああ、それと私個人から忠告です」

 

足を止めてマルギッテの方をみる。

 

「・・・・・・仲睦まじいのは結構ですが、聞いているこっちが恥ずかしいと知りなさい。

 次からは場所、TPOを弁える事です」

「そりゃ失礼しました」

 

顔を真っ赤にしているマルギッテ。

どうも彼女は初心だった。

私と大和の間にある空気が恥ずかしいのだろう。

 

「それじゃ行こうか大和。

 今日は一緒に寝るから膝枕じゃなくて腕枕希望」

「はいはい。

 甘えん坊弁慶なんだから」

「甘えるさ。でも私が甘えるのは大和にだけだよ、知ってた?」

 

腕を引くのではなく、絡めた。

大和も一切抵抗しない。

私の隣に並んで一緒に部室に歩く。

 

その道中、校内で腕を組んで歩く男女が目立つのだろう。

奇異の目で見られる。

だが私も大和も別段動じなかった。

 

そのまま特に障害もなく部室にたどり着く。

その扉のノブを手に取り回す。

 

「ありがとな。俺の我侭に付き合ってくれて」

 

大和がぼそりと呟いたのが聞こえた。

 

何だ。

あれだけ男らしくキッパリと将来像を人前で語ったのに、私に罪悪感があったらしい。

何だかんだで大和も人並みのメンタルなのだ。

 

「ああ。大和の我侭になら一生付き合うさ。

 だから私の我侭にも一生付き合って貰うよ?」

「あぁ。勿論だ」

 

差し当たって、予定通りに腕枕をしてもらおう。

大和の腕が痺れるだろうが、許さない。

 

多分将来の幸せな私達も同じようなことをしているのだろう。

 

それはつまり今も幸せということで。

 

「大和、腕枕だけじゃなくて頭撫でるのもセットでよろしく」

「了解。もう抱き枕にして撫で回してやる」

 

本当に私達は相性がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。

ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
次回は覇王、清楚の話を書かせていただきたいと思います。
それでは。


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