ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない (とぅりりりり)
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1章:辛い
ことの発端


めちゃくちゃスロー更新予定。ネガティブコメディ。オリキャラばっかりのお話。


 やばい。頭おかしくなりそう。

 

【ねぇー! おなかすいたー! おーなーかーすいたー!】

【きのみでも食ってろデブ!】

【デブじゃねーし! 力を蓄えてるだけですー!】

 

 いや、もう俺は既におかしくなっているんだ。そうじゃなきゃこんなことあるはずない。

 すぐ近くにいるトレーナーの足元でマクノシタとワンリキーが喧嘩してるのとか聞こえません。

 しかし、女性トレーナーはなぜマクノシタが駄々をこねているのかわからないらしく、オロオロと撫でてなだめようとしている。

「……あの、マクノシタ……おなかすいてるんじゃないですかね?」

「えっ、ついさっきご飯あげたんだけど……」

 そう言いながらトレーナーはカバンからおにぎりを取り出してマクノシタに与えるとマクノシタは喜びながらおにぎりにがっつく。

【うまーい!】

【デブ加速すんぞ】

 マクノシタがおとなしくなったことでトレーナーがほっとしたように顔を輝かせる。

「すいません、ありがとうございます。うちのマクノシタ……よく駄々をこねるんだけどお腹が空いてたのね……」

「いえ……じゃあ俺はこれで」

 ポケモンセンターから出て、人があまり周りにいなくなってから肩に手持ちのエモンガが乗ってくる。

【さっきのやつ、報酬とか貰えばよかったのにー】

「んなもんもらえるかよ」

【ていうかさー、それで商売すればいいのになんで嫌がるのー?】

「商売なんてできると思うのか? また精神科行きだよ」

 人が少ないからできることだがはたから見れば俺はポケモンと会話している頭のやばい人間だ。そんな社会不適合者は嫌だ。

 

 

 俺はハツキ。前世はポケモンのゲームを楽しんでいた高校生。何を間違えたが生まれ変わってポケモンの世界にきてしまった。

 そして、副産物とばかりに、ポケモンの言葉が理解できる能力を持っていた。

 

 そんな俺が旅をするただ一つの理由、それは――

 

 

 

 どうにかしてポケモンの言葉が聞こえなくなるようになる方法を探すことだ。

 

 

――――――――

 

 

 

 元々、前世の記憶なんてない頃の俺はどこにでもいる子供でしかなく、その日も普通の、代わり映えのしない一日を過ごすはずだった。

 

『父さん! オタチが怪我してた!』

 

 きっかけは家の近くで弱っていたオタチを拾ってきたこと。

 父さんも母さんもまず家で応急処置を施してからポケモンセンターに一緒に行ってくれて、ここまでは心温まる一幕。

『よかったなオタチ! 次は気をつけろよ!』

 幼い子供がオタチに声をかける。なんてことない普通の光景。が、次の瞬間、それは変わってしまう。

【あんがとなぁ、兄ちゃん】

 オタチが嬉しそうに俺に声をかけ、びっくりしつつもポケモンと会話したことに喜びを隠しきれない俺は思わず父さんと母さんに報告した。

『父さん母さん! オタチが喋った!』

 これだけならまあ、聞き間違いとかそういうので済む。が、完治したオタチを家で面倒見ることになってから両親の目がおかしくなった。

『オタチはこのへんに住んでたのか?』

【せやで。まあ、元はジョウトにおったんやけど】

『ジョウト? どこそれ』

【知らへんの? そやな、こっからずーっと遠い地方なんやけど……】

 オタチと会話が成立し、オタチからもたらされる知るはずのない情報を得てしまい、両親は恐怖した。

『ハツキ、お前……本当にオタチの言葉がわかるのか……?』

『うん! なあなあ、俺いつかオタチの故郷行く!』

 元トレーナーに捨てられてこの辺に住み着いたオタチとともにジョウトへいつか行ってみたいと思っていた俺を見る両親の顔はとても引きつっていた。

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたときには真っ白な部屋。聞こえてくるのは母親のすすり泣く声。

『どうして、普通に接していたはずなのに……あの子、おかしくなって……っ』

 その言葉を聞いて、自分はおかしいのかとぼんやりと染み込んでいく事実。その後は白衣を着た橙色の髪のおっさんに問診された。特徴といえばメガネくらいで、地味な印象しかなく、顔も曖昧にしか思い出せない。

『ハーイ、少年! 元気? で、ポケモンとお話できるんだって? この子とお話できる?』

 やたらハイテンションでこっちこそ薬でもキメてそうなおっさんが連れてきたのは一匹のエモンガだった。

『こんにちは』

【なんだ、元気ないなお前】

 エモンガの言葉は理解できた。だが、母の様子を見てわかってしまった。自分がおかしい。自分が他人と違う何かなのだと。

『わからない』

 白衣の男にそう答えると男はつまらなさそうにカルテのようなものに書き込みながら他にもいくつか質問を投げかけてくる。

『嘘ついてない?』

『ついてない』

『でもオタチとは会話できたんだよネ?』

『エモンガはわからなかった』

 ここにいるのは嫌だ。頭のおかしい子供だと思われるのは嫌だ。普通がいい。

 自分の手を強く握りしめて男とのやりとりを終えると、男は最後にこう言った。

『マ、あの両親視野が狭そうなのは同情するけどネ。こっちからは一過性のものって言っとくから本当のこと話したくなったらいつでもおいで』

 名刺を机の上に置いて男は最後まで無駄にテンション高いまま部屋を後にし、その後俺は『イマジナリーフレンド』と診断され白い部屋――精神科を退院した。

 両親の安堵した顔は今でも覚えてる。病院から出る時もずっとつきっきりの母親は薄く涙を浮かべていた。ごめんね、ごめんねと繰り返すその様子にどこか他人と接しているような感じがしてただぼんやりと『うん』としか答えられなかった。

 外に出ると、問診した白衣の男がニコニコと俺の前に現れ、両親も頭を下げる。先生のおかげです、と感謝しているようだがこの男は特に何もしていない。

『ちょっとハツキ君とお話したいのですがよろしいですか?』

『ええ、どうぞどうぞ』

 両親とは少しだけ離れて男は俺に目線を合わせるようにしゃがむ。

『で、どうかナ?』

『別に』

『んー、なんかネー、君は本物な気がするんだヨ』

 この胡散臭い喋り方どうにかならないんだろうか。

『マ、興味あったら名刺のところにおいでヨ。ああ、あとコレ』

 ぶらんと問診のときのエモンガを雑に持って俺の方へと投げ、慌ててそれを受け止める。

【いってーんだよヤブ医者! ハゲろ!】

 エモンガの罵倒は男に当然聞こえないものの怒っているのはわかるのか『ははは』と軽く流す。

『そいつ、ちっとも懐かないから君にあげるよ』

『でも……』

『オタチは君の親が逃したらしいネ? 代わりといっちゃなんだけどまあ似たようなモンでしょ』

【あぁん? オタチと一緒にするんじゃねーよ!】

 エモンガが怒っているが変に俺も反応するとまた白い部屋行きになる。言葉をこらえて、エモンガを突き返そうとするも、男はそれを見抜いていたのか拒絶する。

『返すつもりなら名刺のところにおいで。小生いつでも待ってるヨ』

 そう言い逃げるようにして男は去っていった。残された俺はエモンガのことを両親に説明し、エモンガが何を言おうが無視し続け住み慣れたはずの家へと戻った。

【なー、無視すんなよー。お前会話できるんだろー?】

 部屋でもずっと声をかけられたが聞こえないふりをしていると痺れを切らしたエモンガが本棚の上へと飛び乗り、呑気な声で言う。

【返事しないと飛び降りるぞー。飛ばないでそのまま落ちるぞー。いいのかー、俺怪我するぞー】

 聞こえない振りをしていたが思わず反応しそうになりぐっと堪える。目をそらしてテレビゲームをしようとするがエモンガの声が集中力を霧散させていく。

【いっきまーす!】

『あああああもう!』

 落ちたエモンガを慌ててキャッチしようとして振り返り、ギリギリのところでエモンガを受け止めることに成功する。しかし、不幸なことに本棚の上に置いてあった置物がその衝撃で落下し、俺の頭に直撃、そして気絶。

 気がついたら前世の記憶を思い出して両親が両親に思えなくて、11歳の時、半ば家出に近い形で旅に出るのであった。今から5年ほど前のできごとである。

 

 

 

――――――――

 

 

 そして現在、エモンガのエモまると一緒に旅をしている。家出旅に出てからもう5年。16歳になった自分は相変わらずポケモンと会話ができる。しかも最近悪化してきた。ポケモンが考えてることも口にしなくてもわかってしまう。おまけに前世の記憶も加わってハイスペックってか。

「ああああああああああああ全部なくしてえええええええ!!」

 前世の記憶とかいらねーよ! おかげで親が他人にしか思えないんだよ! ポケモンの言葉がわかるとかいらねーよ夢が壊れたわ! イエローとかNみたいになれねーよ俺は!

 ポケモンの言葉がわかるっていってもこう、もっとふわっとしたかわいらしいイメージだったのでめちゃくちゃどす黒い闇を知ったときは死にたくなった。

 見た目がかわいいポケモンを抱きしめてるお姉さんがいた。ポケモンの言葉がわかる俺にはそのポケモンが考えていたことがわかってしまう。

【うへへ、やっぱりトレーナーは女に限るな……】

 最低すぎた。下心しか感じない。気持ち悪い。人間にそれがわからないから余計質悪い。

「あああああ……もう嫌だ……ポケモンの言葉も気持ちもわかりたくねぇ!」

【うるさいよー。もう寝ようぜ】

 エモまるが呆れたように自前の布団を用意して寝ようとしている。今日は野宿だ。

 というものの、普通のトレーナーとは少し違って俺はエモまるしか手持ちがいないためポケモンバトルで稼ぐこともあまり期待できず、行く先々である程度バイトしつつ路銀を稼いでいた。

 親とはほぼ絶縁状態だし援助は望めない。一応バイト戦士なので最近は少しずつ貯蓄もできるくらいには稼げるようになったけどまだ不安定な生活だ。

「結局5年の間何も手がかりすらない……」

【おっさんのところいかねーの?】

「それは最終手段」

 あの白衣の男――名刺での名前はライア。この男のところに行くのは最終手段だ。何を考えているのかわからなかったし、さすがに完全に信用しきれない。

 野宿の準備しながらこれからのことを考える。

 ここはイドース地方。自然豊かな地方でよそからは田舎と揶揄されることもあるらしい今俺にとっては生まれ育った故郷。よその地方へと逃げるように旅したせいでこの地方をほとんど巡っていないためこれからはこの地方を回るべきかという案もある。が、今の両親とはちあったら面倒なのも事実。

「やっぱ最終手段に出るしかねーのか……」

 まあ、そもそも今自分が絶賛森で迷子してるからまず出ることを優先しないといけないんだけどさ。

「起きたら森のポケモンに道でも聞くか……」

【お前、そういうところはちゃっかり自分の能力便利に使うよな】

「しかたねーだろ。人が来る気配もないし」

 他人に見られなければ会話するのは平気だ。ポケモン側も会話ができることに驚きはするが忌避するやつはほとんどいないし。

 そろそろ寝るか、と思った瞬間、どこからか声が聞こえてくる。声、なんて生易しいものじゃない。絶叫、あるいは悲鳴。

「エモまる、聞こえたか?」

【ばっちりパーペキに聞こえた! 人っぽくないから森のポケモンじゃね?】

 慌てて起き上がり、様子を見るためにエモまると一緒に声の方へと向かう。木がなぎ倒され、かなり荒れている痕跡が目についた。

「この足跡――」

 大型のポケモンの足跡なのはわかるが区別まではつかない。が、あきらかに森に生息するようなポケモンではないとなんとなく察せられた。

 

「君、どうしてここに?」

 

 落ち着いた女性の声がして振り返る。いつの間に自分の背後にいたのか気づかなかった。

 月明かりで輝く金髪に思わず見とれるほどに凛々しいその女性は赤いレンジャーの服を着ており、こちらを不思議そうな顔で見つめてくる。

 

「私はレモン。見ての通りレンジャーをやってるの」

 

 優しそうな顔で手を差し伸べてくるその人は後ろにフライゴンを控えさせ、夜空と月明かりで絵になる光景を生み出していた。

 この人との出会いは間違いなく今世の自分の人生を変えただろう。

 ――それに気がつくのはまだ先のことだった。

 

 

 

 




一部抜けがあったので加筆しました(8.16)


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出会いと出会いと爆発を

 

 

 

 

 

 変な音がしたから、と言おうとして再び地鳴りと絶叫。言葉は聞き取れないが苦しそうな何かは伝わってくる。

「今ちょっと危ないから隠れているか、私のそばにいてくれると嬉しいんだけど」

【このねーちゃんと一緒にいたほうが安全だと思うぜ】

 エモまるが肩でそう囁いてくる。エモまるが言うなら恐らく悪い人間ではない。無言で頷いてレモンさんと一緒にいることを選ぶ。

 差し伸べられた手袋越しの手が強くこちらを握って、まだ彼女のことを全然知らないというのに安心できると感じてしまった。

 轟音が徐々に近づいてくる。そして、レモンさんが突然俺を突き飛ばしたかと思うと、ついさっきまで俺がいたところは焼け焦げており、思わずぞっとする。レモンさんはフライゴンと一緒になって俺の前に立って、その背中を見せつける。

「この近辺にあなたの住み着くような場所はないわ!」

 血走った目のハクリューが森の奥からずるずると這いずってくる。フーッフーッと荒い呼吸を繰り返し、レモンさんと俺を睨みつけている。

【違う違う違う! お前らじゃない! どこだ、どこにいる――!】

 違う、とハクリューは叫ぶ。何のことだかわからないがエモまるだけでこのハクリューへ対抗することは無理だ。レモンさんの手助けをしようにも邪魔になる。

「フレイヤ! りゅうのいぶき!」

 フライゴンのりゅうのいぶきで麻痺を狙っているのだろう。しかし、ハクリューは攻撃こそは効いてるものの麻痺にはならず、長い胴体、というより尾にあたる部位をフライゴンにたたきつけてくる。

「くっ……いったいなんでこんなところに――」

 当然だがレモンさんにハクリューの声は聞こえない。ハクリューの絶叫が耳を劈く。

【どこだ! あの男はどこにいる!】

 泣いているようなハクリューの声に思わず口を開きかけるも会話ができることがバレてしまうと思うと戸惑い、口をつぐむ。しかし、レモンさんがハクリューの攻撃の余波でふっ飛ばされ、彼女を庇うように立つとハクリューに大きな声で言った。

「さっきからお前は誰を探してるんだ! 少しは落ちつけ! 俺が聞いてやるから!」

 ぎろり、とハクリューが睨んでくるがこちとら意思疎通できるんだ。多少のことは怖くない。むしろ一番怖いのは普通じゃないと思われることくらいだ。

「ずっと最初からお前の声が聞こえていた! 信じられないっていうんならなんか言ってみろハクリュー!」

「君、何を――」

 戸惑ったレモンさんの声が辛い。変なやつと思われただろうか。それでも、解決できないよりはマシだ。

【……私の言葉が聞こえている? 馬鹿なことを。ならば答えてみせろ。お前は何者だ】

「俺か? 俺はハツキ。好きなものは静かな場所。嫌いなものはポケモンがたくさんいる場所。お前だけじゃなくどんなポケモンだろうと会話ができるただの一般人だ!」

【一般人ではねぇと思うけどな】

 エモまるが肩で茶々を入れてくるが無視する。実際一般人には違いないだろ。

【確かに、私の言葉を理解して、いる……】

「わかったんならなんで暴れていたか教えてくれ。そもそもお前が住むような場所じゃないんだろ、ここは」

 森のど真ん中。ハクリューが生息するような場所ではない。元々ここに住んでいたわけでもないのだろう。

【私のトレーナーを殺した男を……! あの男を探している!!】

「トレーナーを……?」

 レモンさんを見ると困惑しつつも暴れなくなったハクリューと俺を交互に見ており、少し気まずいが心当たりをたずねてみる。

「レモンさん。この森でトレーナーが殺されたりとか……した?」

「ええ……昨日旅トレーナーの男性が死体で発見されて……手持ちも消えてるから何者かに奪われたんじゃっていう話なら……。私もその件で怪しい人物やポケモンがいないか見回っていたから……」

 もろにそれだよなー。それしかないよなー。

「オーケー、オーケー。ハクリュー、そういうことならやっぱり暴れるのはやめろ。お前が見たっていう犯人の特徴を俺に言え」

【銀髪に赤い目をした白い服の男だ。歳まではわからないが人間でいう成人はしていると思われる】

「銀髪に赤い目……」

 結構特徴的だなと思ってメモしつつ、この際だから他に確認してしまおうとハクリューを見た。

「森を探し回ってるってことはまだいるのか?」

【いるはずだ。あの男は女を追っていた。それを見つけるまでは――】

「女?」

 新情報が浮上し、詳しく聞くとことの発端を聞くことができた。

 

 森を進んでいたハクリューのトレーナーは一人の女と出会ったがその女を追っていた男と敵対し、そのまま殺されてしまったのだと。女はその後逃げ出し、トレーナーの手持ちは男に奪われ、唯一逃げおおせたハクリューが男を探して森をさまよっていたらしい。

 

「その女の特徴は?」

【茶髪に……眼帯をしていた。あの女は好かん】

 まあ自分のトレーナーが死んだきっかけだし嫌うのも無理はない。とりあえず情報は得られたのでハクリューと交渉してみよう。

「ハクリュー、お前が暴れても恐らく犯人は捕まえられない。俺たちに協力してくれないか」

【主人の仇をうつと約束するならいいだろう】

 意外と物分りがいいやつでよかった。普段は言葉がわかるこの能力は疎ましいが意思疎通ができるとスムーズに物事がすすむようなときは本当にありがたい。

 が、問題はレモンさんだ。これ、絶対頭がやばいやつって思われてるだろうな……。

「えーっと……レモンさん、その、なんというか……」

「……君、ポケモンと会話してた?」

 確かめるように、淡々と聞いてくるレモンさんの目はどこまでも真剣にこちらを見据えている。言いづらいがハクリューのためにもちゃんと言わなければならない。

「はい……う、嘘じゃないです。俺本当に――」

「すごい!」

 レモンさんは俺の手を取ってキラキラした目で顔を近づけてくる。まるで子供のように、頼れる雰囲気はどこへ可愛らしい様子でまくし立てる。

「ポケモンと会話ができるなんて素敵じゃない! ねえ、ハクリューとの会話ってもしかして殺人事件の情報? 教えて教えて!」

「あ、はい」

 めちゃくちゃ純粋に喜ばれて面食らってしまった。てっきり怪しまれるか引かれるかすると思っていたんだが。

「なるほどね……わかった。ハクリューの証言はもちろんうまく誤魔化して提出するとして……君はまだ森でハクリューと一緒に犯人探しするの?」

「一応、そのつもりですけど」

 まあさすがに夜なので少しだけ寝かせて欲しいんだけどそれはハクリューとの交渉次第だ。

「ふーん……」

 そう言いながら何か紙にさらさらと書きながらボールからジュナイパーを繰り出して便箋をもたせようとジュナイパーを撫でる。

「ジュナル、これ、町のジュンサーさんに渡してきて。できる?」

【よっしゃ任せろ】

 ジュナイパーも快諾し、夜だというのにそのまま飛び上がって町の方らしき方角へ飛んでいく。

「よし、ジュナイパーに目撃証言は任せたから私も一緒に犯人探しするわ!」

「えっ、いいんですか?」

「当然。それに、君の会話する力に興味があるし」

 そわそわと自分のフライゴンと俺を交互に見て何を期待しているのかすぐに察した。フライゴンもちょっと困っているが声をかけてみる。

「えーっと……フライゴン、会話を求められてるんだけど」

【いや、そんなこと言われても……】

 会話の内容めちゃくちゃ世知辛い。

「レモンさん、せめてなにか聞いてほしいこととか……」

「え? うーんと、じゃあフレイヤは私のことどう思ってる?」

【もうちょっと年相応に落ち着いて欲しい。あと頼むから面倒事に首突っ込まないで】

 レモンさんあなた手持ちにめちゃくちゃダメ出しされてるよ。

 隠してもいいことないしフライゴンのフレイヤの言葉をそのまま伝えるとレモンさんは目をぱちくりさせ、俺とフレイヤを交互に見て「本当?」と聞いているようだった。俺もフレイヤも頷くと頭を抱え「は、反省します……」とフレイヤに呟いた。

 とりあえずハクリューのこともあるし一旦話を戻そう。

「ハクリュー、犯人がどっちにいったとかはわからないのか?」

【いや……見失ってしまった。というより、この森は厄介すぎる】

「森が厄介?」

「ああ、なるほどね。ここは迷いの森だもの。いつの間にか不思議な力が働いて同じところぐるぐるしたり変な方角に進んでたりする場所なのよ」

 どうりで迷ったわけだ。ハクリューも迷っていたし恐らく犯人や女も迷っていると見て間違いない。

「とりあえず一回俺寝てもいい?」

【……まあ仕方ない。私も仮眠する】

 ちなみにエモまるはいつの間にか寝てやがった。こいつ、人が真面目にやってるっていうのに。

「とりあえず、捜索は一度寝てから……」

「じゃあ私もお邪魔しようかな。火を起こすからちょっと待ってね」

 フライゴンのかえんほうしゃでうまいこと火をつけて焚き火を作り、さっき置いてきた寝袋とか荷物を取りに戻る。その間にハクリューは眠ってしまったのか暴れていたときからは想像もつかないほど穏やかだ。

「あ、おかえりハツキ君」

 レモンさんも寝る準備をしてフライゴンも万が一に備えてボールの外で眠っている。なんか出会ってすぐに他人と野宿するっていうのも変な話だ。

「よ、よく信じてくれましたね」

「え? だってハツキ君、嘘つくような人に見えなかったし」

 純粋な目に心がじくじくと痛む。どうして、今までこう言ってくれる人に出会えなかったんだろう。

「それにね、やっぱりすごいなって思ったの。君のおかげで、ハクリューは落ち着いてくれたし、私だけだとどうしても実力行使になっちゃうから……。尊敬しちゃうなって」

「俺はただ会話をしただけですよ」

 俺にとってはそれが普通で、特別ではないこと。特別といえば聞こえはいいが要は異端者なんだ。

「うん。それだけでもね、やっぱりすごいよ。ありがとうハツキ君」

 レモンさんの温かい声になぜか泣きそうになってしまう。すごい、と言われるよりもありがとうと言われたことに嬉しさが湧いてくる。

 自分は、他人に感謝されるようなことを成せたんだと。

「あ、そういえば! レモンさん、なんて畏まらないでいいから! もっと親しみを込めて呼んでみて!」

「えー……例えば?」

「レモちゃんとか!」

「じゃあレモさんで」

「結局さんづけじゃない!」

 レモさんはつっこみながらも笑っていた。ひだまりのような人だ。素直にこの人のことが気になると思えるほどに魅力がある。

「レモさん、いくつですか?」

「私? 19だよ。ハツキ君は?」

「俺は16です」

「じゃあやっぱり私がお姉さんね!」

 なんだか嬉しそうだなぁ、と思いつつちょっと魔が差して気になることを聞いてみた。

「彼氏とかいるんですか」

 明るくて人懐っこい。おまけに顔も悪くない。何を期待しているのか俺はそんなことを口走ってしまう。

 すると、レモさんの表情が陰り、言いづらそうに濁された。

「その……好きな人はい、いたんだけど……まあ、その人とは会えないし、今はいない、かな……」

 あまり突っ込んでほしくない話題なのかちょっと居心地が悪そうだ。出会ってすぐに聞くような話題じゃなかったなとちょっと後悔する。

 逃げるように眠りに入るとアピールするとレモさんは穏やかに慈しむような声で言った。

「おやすみ、ハツキ君。明日はよろしくね」

 この人はいい人だ。でも、今の俺にはちょっと眩しすぎた。

 

 

 

――――――――

 

 

 翌朝、呑気に人の腹で跳ねるエモまるに起こされ、ハクリューはいるがレモさんがいないことに気づく。

「ハクリュー、レモさんどこいったかわかるか?」

【あのレンジャーならきのみを調達してくるからお前が起きたら伝えておけと言っていた】

 レモさん、本当に俺のこと信じてるんだろうな。じゃなきゃこんな言伝頼まないだろうし。

「ねっむ……」

【そっちに川があったぞ。顔でも洗ってこい】

「そうさせてもらうよ……」

 尾で示された先にあるという川へエモまるとともに向かう。冷たい水でようやく覚醒した意識が上流あたりの物音をとらえ、恐る恐る様子を伺ってみると蹲っている女が見えた。

「っ、くそ……しつこい男――」

 不機嫌そうな声が耳に刺さる。茶髪が揺れ、顔が露わになるとその女は眼帯をしていることに気づいた。

 ハクリューの証言通りなら彼女がその追われている女だろう。一応警戒しつつも近づいてみる。

 右目を眼帯で覆っているその女は俺に気づくと不機嫌そうな顔を一転させ、にっこりと愛想の良い笑みを浮かべた。

「あら、かわいい坊や。何、お姉さんに見惚れてるの?」

 蠱惑的な声、甘く蕩けそうな視線に思わず思考が停止する。存在がエロい。顔そのものはとても幼い。が、言動と雰囲気が幼さを打ち消しており、年齢が読めない。

「えっと、あんた――」

「あ、私? 私はねぇ、そうねぇ、オチバって呼んで?」

 オチバと名乗る女はケープのように体をすっぽり覆う服を身にまとっており、立ち上がろうとして足を庇う仕草を見せたことに気づく。服で隠れているが怪我でもしているのだろうか。

「歩けないのか?」

「ええ、ちょっと怪我しちゃってね」

 その様子からして嘘はない。裾をまくってみると捻挫しているようだ。

「とりあえず応急手当できそうな人がいるところまで連れて行くから少し我慢してくれ」

 辛そうな彼女を抱きかかえてレモさんもそろそろ戻っているだろうキャンプ地へと戻ろうとすると、オチバがやたら色っぽい仕草で唇に触れたかと思うと「あ」と気の抜けた声を上げた。

 

「言い忘れてたのだけど、私狙われてるから頑張ってね坊や」

 

 次の瞬間、俺の背後が爆発した。

 

 

 

 




別のポケモン作品の息抜きで書いてるのでもしよかったらそっちもぜひ。ちなみにレモンとオチバはヒロインではありません。


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落ち葉は謀る

 

 

 

「なんっ、なんでだよ!」

 次々となんらかの攻撃を受けているが、立ち止まると直撃するし迎撃しようにもこちらはエモまるだけだ。逃げるしかない。

 オチバを抱えながら全力疾走するも腕の中のオチバはなぜか楽しそうに煽ってくる。

「あっはは~。ほぉら必死にならないと捕まっちゃうわよ?」

「あんたを置いて逃げたいんですが!?」

「口封じでどの道追い回されるわよ~?」

 最低な女に関わってしまったらしい。死にたい。止まったら諸共死ねるんじゃないか?

【ハツキ! はかいこうせんくるぞ! 右に避けろ!】

 エモまるの指示に従って右に避けるとはかいこうせんをギリギリ躱して、あと少しでレモさんと合流できそう、といったところで男が目の前に立っていた。

「やあ、そこの君。その女を渡してくれないかな?」

 銀髪に、赤い目の男。軽薄そうな顔立ちに、白い服はどこか制服のようだ。

「その女はね、悪いやつなんだ。君は騙されてるんだよ」

 人の良い笑顔が薄気味悪い。ハクリューから聞いていなければ俺はこいつの言うとおりにしていたかもしれないほどに完璧なその表情は真実を知っていると恐ろしい。

「嫌だね。人殺しの言葉なんか俺は聞かない」

 こっちは全部わかってるんだ。そもそもこのオチバやハクリューの言葉を真に受けるなら絶対渡した後に殺しに来そうだし。

「はて。何のことを言っているんだ、君は」

「とぼけるなよ! ハクリューのトレーナーを殺したんだろ!」

 抱えたオチバが片目を見開いて驚いている。なぜ知っているのかと言いたげな様子だが、こちらは男を突破する隙を伺うので忙しい。

「……そこまで知ってるんなら、生かして帰すわけにはいかないなぁ」

 低くなった声に悪寒が走り、危険を感じて体をねじって回避するとつい先程まで自分のいた場所に殺意の高い炎の塊が飛んでくる。

【追撃来るぞ! 俺についてこい!】

「お前と同じ動きできねぇんだよ!」

 エモまるがこうそくいどうですばやく間合いを詰め、男に接近すると自分の頬をすりつけはじめ、意図を察した俺は男の横をすり抜けた。

【さっすが以心伝心ヒュー!】

「どうせなら口で言え!」

 ほっぺすりすりとかいうふざけた技名だが効果は絶大で男は麻痺で動きを封じられた。手持ちもトレーナーの指示なしではまともに動かない。

「あらあら……随分と手持ちと仲良しさんねぇ」

 相変わらず呑気そうなオチバは腕の中でずり落ちそうなのを自分の腕を俺の首に回してくる。落ちないためなのはわかるが距離が近くて思わずくらくらする。いい匂いがする気がした。

 駆け込んだ先でハクリューが物音に警戒するような体勢で待ち構えており、きのみで何か食事を作っていたレモさんがびっくりしたような顔でこちらを見てきた。

「ヘルプ! レモさんヘルプ!」

「えぇっ!? 何、どういう状況よこれ!」

 そりゃいきなり知らない女抱きかかえて全力で走ってきたら何かと思うよな。

「例の、おわれ、てる、人、見つけ……ぜえ、はあ……」

「とりあえず呼吸落ち着けて。吸ってー吐いてー」

「あら、かわいいお嬢さん。レンジャーさんかしら」

 非常事態だというのに呑気なことを言い出すオチバにキレそうになる。が、背後からの気配に気づいてエモまるに指示を出す

「エモまる! スパーク!」

 ほとんど意味はなかったものの、男の手持ちであるギャラドスへと一撃を食らわせることに成功する。

「ふんっ! 雑魚トレーナーの分際で……」

 もう一匹、マグカルゴも引き連れて舌打ちする男はハクリューを見るなり呆れたため息を吐いた。

「なんだ、生きてたのか。まあいい、探す手間も省けた」

「……お兄さん、私がいるのに気づいてないわけないよね?」

 レモさんが一瞬で視界から消えたかと思うとギャラドスとマグカルゴの背後に回っていた。

「メリー、10まんボルト! マメル、アクアテール!」

 デンリュウとジュゴンを繰り出し、それぞれギャラドスとマグカルゴへ攻撃するとほぼ一発でダウンし、慌てた男が次のポケモンを出そうとするもハクリューの尾がそれを防ぎ、男を地面へ叩きつけた。

「ぐはっ!」

【主人の仇!】

 執拗なまでに尾を叩きつけるハクリュー。それを見てオチバは楽しそうに「きゃー、もっとやっちゃえー」と茶々を入れる。

 というか、レモさんめちゃくちゃ強くない?

「ハクリュー、警察に引き渡すからやりすぎるなよ」

【承知した】

 レモさんが予想外に強くて速攻終わったのはいいけどこの女、どうしよう。オチバはこちらの視線に気づいて「なぁに」と声をかけてくるが、甘ったるい口調に酔いそうだ。

「お前、なんで追われてるの?」

「やだぁ、お前だなんてお姉さんへの態度がなってないわよぉ」

 質問に答えてくれない。表情もニコニコと真意を読ませてくれない。

「ハツキ君、その人とりあえず怪我してるなら――」

 レモさんがポケモンをボールにしまってからこちらに近づこうと振り返り、オチバと向き合うと怪訝そうな顔でオチバの顔を見つめた。

「あなた、どこかで会ったことあるかしら」

「えぇ? お嬢さんみたいなかわいらしい子を見たなら忘れるはずないから会ったことないんじゃないかしら」

 オチバの答えにレモさんは「うーん……いや、どこかで見たような……気のせいか」とぶつぶつ呟きながら捻挫の手当てをするために俺からオチバを預かってちょうどいい切り株に座らせた。

「足、出してもらってもいい?」

「はぁい、どうぞ」

 ハクリューがそろそろ本気で殺しかねないくらいびたんびたんと叩き続けてるのでそろそろ止めに入ろう。

「くそ、なぜ……なぜ来ない……!」

 男はそんなことを呟いているがなんのこっちゃという感じなのでレモさんから預かった手錠で後ろ手に拘束し、逃げないように足も縄で縛っておく。

「ハクリュー、こいつ引き渡した後お前どうする?」

【そうだな……主人の実家へと戻りたい。幸い一人で戻れるだろうから気にするな】

 本当は不服なんだろうが殺しても解決しないとわかっているのだろう。賢いハクリューは憂さ晴らしをしてあとは人間に任せるつもりだ。

【ハツキ、だったな……。礼を言う】

「いや、俺は何もしてないよ」

 本当に何もしてねぇ。レモさんがほとんどバトルしてくれたし。

【私の声を聞いてくれた。それだけで十分だ】

 ハクリューの声は穏やかだ。少しでも、こいつにとっていい方向に転んだのならそれでいい。この能力があってよかったと少しだけ思える。

「ハツキ君。町に戻るけど彼女任せていい?」

 レモさんは男を持っていくのか切り株に座るオチバを示す。正直疲れるんだよな、と思いつつ一応怪我人だし仕方ないか。

「大丈夫。ハクリューはここでお別れするって」

「そっか。じゃあさっさと行こうか」

「ちなみにレモさん、町までどれくらい?」

「飛んで行くつもりだから5分もかからないんじゃないかな」

「え」

 飛ぶってフライゴンでだろうか。そう思っていたら俺とオチバの足元にフライゴンを出してきたので慌ててオチバを支えるとフライゴンが飛び上がった。

「ジュナル、ちょっと重いけどがんばって」

 拘束した男を引きずりながらジュナイパーに捕まってレモさんも飛び上がる。

「あ~、風が気持ちいいわね~」

 直ぐそばでそんなことを言いながらニコニコと楽しそうにするオチバを見て、肩に捕まったエモまるがしかめっつらで俺に囁いた。

【なんか、俺、この女嫌い】

 急に何言ってるんだと言いかけてすぐ近くにオチバがいるので口を閉ざす。ハクリューが遠ざかっていくのを見ながら、森の先にある町が少しだけ見えて、ようやく慌ただしい一日が終わりそうなことに安堵した。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 ハツキたちを遠くから双眼鏡で観察している存在がいた。景色に溶け込み、双眼鏡で様子を伺う少女はハクリューにボコボコにされた男を見て呆れたように乾いた笑いを漏らす。

「旦那、あいつ捕まっちゃったけどどうしよ」

『一人で突破できるか?』

 通信機から漏れる男の声は気だるそうに確認してくる。少女は双眼鏡でハツキとレモンを見てうーむとばつの悪そうな反応を示す。

「男の方はまあ雑魚そうだからいいんですけどー、レンジャー女がちょっとめんどそうですねー」

 抜けていそうな顔して隙がない、と判断した少女は通信相手の返事を待つ。

『あれはこっちがなんとかする。お前はタイミング見て捕まえろ』

「らじゃらじゃー! ところで旦那、俺に援軍はなし?」

『こっちも忙しいんだ。それくらいできないなら素材にするぞ』

「素材はいやでーす! んじゃまた今度ー!」

 通信が切れ、町へと移動しようとする一行を見守りながら、少女は棒付きキャンディーをガリガリと噛み砕いてぼやいた。

「さぁて、どうしようか」

 機械に示された点滅するランプを見つつ、少女は気楽そうに飴がほとんどなくなった棒を噛む。

「まあ発信機はまだ生きてるし見逃しはしないっしょ」

 

 

 

――――――――

 

 

 男の引き渡しをレモさんに任せ、ポケモンセンターの片隅でニコニコと食事をとっているオチバを見守っていた。いや、無視してもいいんだが追われていたのもあるし、レモさんについててと言われてしまったので。

 だが、ポケモンセンターを待ち合わせにしたのは完全に失敗だった。

【いたいよー! いたいー!】

【やだやだオボンのみやだー!】

【おなかすいたー、飯まだー?】

【バトルしたい】

 ポケモンがたくさんいるところにくるとこうなるから嫌なんだ。人間の喧騒に混じってポケモンの声が聞こえてくるもんだから頭痛がひどい。

「ハツキ君だっけ? 大丈夫?」

 不思議そうにこちらを見てくるオチバは片方の目細めて聞いてくる。こうして見てる分には普通の女何だが――

【うー! こいつきらい!】

「あっ、やだごめんなさい。うちのポチエナが……」

 急にポチエナに威嚇されたオチバ。それをトレーナーがたしなめ、オチバはニコニコと受け流しそのままトレーナーが離れるのを見送って人がいなくなるとはあ、とため息をついた。

「私ねぇ、ポケモンに好かれないのよ」

「はあ、そうなんですか」

 エモまるすら嫌がってるもんなぁ。別に何もしてないのに嫌われるってなんか呪われてんのか。

「不思議よねぇ。ハツキ君は仲良しそうで羨ましいわぁ」

【うるせーブス】

 エモまるの言葉を聞いているとひやひやする。いや、俺にしかわからないんだろうけど肝が冷えた。

「……エモンガちゃん、なんだか私のこと馬鹿にしてない?」

 なぜか、オチバは首を傾げてエモまるの耳を引っ張り、邪悪な笑顔をたたえて呟いた。

「わからないから何言ってもいいと思わないことよぉ。お姉さん勘がいいから、なんとなくわかっちゃうんだから」

【いでででででで! なんで! なんでわかったんだこのブス!】

「なんかまーた馬鹿にされた気がするわぁ……」

 これ本当に言葉わからないんだろうか。もしかして自分と同じように言葉がわかるのか?

 確認してみたいがこれで違ったら赤っ恥だ。ぐっとこらえてエモまるを助けはせずその様子を見守ってみる。

 オチバはこうして見るとかなりの美少女……いや、本人がお姉さんと言っているから美女のほうが適切だろうか。しかし顔立ちそのものは少女のそれだ。

「……あんた、歳いくつ?」

「あらあら、レディに歳を聞くなんていけない子ね」

 もったいぶってエモまるの頬をつつきながらオチバは「いくつに見える?」なんて定番の発言をかます。この質問、鬱陶しいから嫌いだ。

「じゃあ18」

 言動に惑わされそうになるが顔や背丈だけ見れば十代後半でも通る。あまり上に言い過ぎるとよくないだろうし適当なあたりでお茶を濁すとオチバはやけに嬉しそうに言った。

「あらあら、随分若く見られたわねぇ。お姉さん26歳よぉ」

「ぶっ!?」

 飲んでいたお茶を吹きそうになった。エモまるが【茶ァ、垂れてんぞ】とティッシュで口元を拭ってくれる。予想外すぎた年齢に思わずオチバをじろじろと見た。

 こう、予想以上に上すぎて俺の見立てが悪いのかと錯覚しそうになるがやっぱりどう見ても十代のそれだ。

「私ねぇ、血統的に幼く見える生まれらしくて」

「随分と若々しい様子で……」

 自分より一回り上とはさすがに思わなかった。

「ところでハツキ君。あなた旅してるの?」

「ああ、まあ……」

「やっぱりジム戦とか目指してるのかしらぁ」

 大半のトレーナーは確かにジム戦を目標にしているだろう。だが俺は元々エモまるくらいしかいないこともあってジム戦に興味はなかった。というか強くなりたい願望あんまりないし。

「ちょっと目的はあるけどジムとかそういうんじゃないよ」

「へぇ……」

 オチバが値踏みするようにこちらをじろじろと見てくる。嫌な予感がする。

 

「ねえ、ハツキ君。よかったら私の旅に同行してくれないかしら」

 

 ほら来た。

 

「嫌です」

 

 死んでもお断りします。

 即答するとオチバは少しだけ残念そうに「そう……じゃあ仕方ないわね」と言って立ち上がり、少し重そうな足取りで背を向けた。途中、よろめいて俺の肩に触れたりもしたがさすがに振り払ったりはしない。

「お世話になったわぁ。さっきのレンジャーさんにもよろしくね」

 そう言って離れていくオチバを引き止めはしないが怪我してるのに外に行くなんて、と少し心配になりまあ面倒事はごめんだからいいやと気持ちを切り替えレモさんが来るのをお茶をすすりながら待った。

 

 

 

――――――――

 

 

「……ごめんねぇ、ハツキ君?」

 路地裏でポケモンセンターにレモンが入っていく姿を見ながらちっとも悪いと思っていない顔で呟く。

「だって、一緒に来てくれたらよかったんだけど、お断りされちゃったんだもの」

 自分の上着をめくり、そこにつけられていた発信機の一部を強引に引きちぎって笑う。

「嫌だわぁ、レディに発信機なんてつけちゃって」

 ポケモンセンターから出る時、ハツキに触れた瞬間を思い出す。警戒もしない少年に悪いとは思いつつも、まだ生きている発信機の本体を彼の服に忍び込ませた。気づかないそんな彼をかわいいと思いつつ、意地悪く言う。

「お姉さんもねぇ、ちょっとでも時間稼ぎたいのよ」

 重い足取りで人目を気にしながらオチバは町の外へと向かう。その表情には余裕というものが感じられず、切羽詰まった様子で森とは反対方向へと進んでいた。

「ま、殺されないといいわね」

 

 

 

 




手持ち
ハツキ
・エモまる(エモンガ)

レモン
・フレイヤ(フライゴン)
・メリー(デンリュウ)
・ジュナル(ジュナイパー)
・マメル(ジュゴン)
・???
・???

多分そろそろヒロインが出る


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急襲

 

オチバが立ち去ってほどなくしてレモンさんがおにぎり片手にポケモンセンターにやってくる。後ろのデンリュウにおにぎりを取られそうになるが動きを読んでいるか見もせずに回避し、俺に声をかけた。

「あれ、オチバさんは?」

「もう行っちゃいました」

「そっかー。怪我してるから心配だったんだけど」

 心底心配そうにするレモンさんは根っからの善人なんだろう。もう自分に関係ないことだろうに。

「ハツキ君はこれからどうするの?」

「俺は普通に旅を続けます」

 軍資金はまだあるしこの町でバイトしなくても次の町くらいにはたどり着くだろう。

「そっか。気をつけてね。あ、連絡先交換しない?」

 オチバよりもレモンさんに旅に誘われたらよかったのにな、と少しだけ残念に思いつつも彼女もレンジャーとしての活動があるだろうし仕方ない。

【オッス、オラエモまる】

【メリーです】

 エモまるとデンリュウがなんか会話してるのが聞こえてくる。

【せっかくかわいいねーちゃんとの出会いだってのにお別れかよー、ちぇー】

【旅していたらきっとそのうち新しい出会いがあるよ】

 エモまるを諭すデンリュウのメリーはおとなしいというか大人びている。レベルも高そうだし連れ歩いてることもあって付き合いが長いんだろうかと考える。

「はい! じゃあもし何か困ったことあったら電話していいからね。フレイヤでひとっ飛びだから」

 飛べるポケモン二匹いたら便利だよなーと、自分もなんか飛べるポケモンくらいは捕まえるべきかと考えてジュナイパーのことを思い出す。あれ、あいつ……。

「レモさん。ジュナイパーってそらをとぶ覚えませんよね?」

 さっき、ふっつーに飛んでて気づかなかった。ゲームではジュナイパーはそらをとぶが覚えられない。まあでも鳥だからイメージとしては飛んでもおかしくないが。

「んー? ああ、あれくらいの距離ならなんとかいけるように訓練したのよ。さすがにそらをとぶほどの長距離飛行は無理無理」

 いや短距離でもすごいと思うんだけど。

「だいたい、ドードリオが飛べるんだからジュナイパーが飛べない方が違和感あるわよ」

 くっそ、正論すぎる。そうだよなドードリオが飛べるならジュナイパーだって飛べそうだよな。

「あ、もしかして目的地あるなら送っていこうか? 私、急ぎでやることないし」

「いや、そこまで甘えるのは……」

 それに目的はあるけど場所は正確ではないし、最終手段のおっさんの住所もまだ決心がつかない。とにかくレモさんの厚意はありがたいがそこまでされるほどでもない。

「そっか。まあ、なにかあったらいつでも呼んで! また今度、手持ちの言葉とか聞いてみたいし……」

 言葉を聞いてみたい、と言われて(ろくなもんじゃないからやめたほうがいい)と言いたいけどレモさんの手持ちはみんな素直で真面目そうだから夢が壊れることはそんなにないかもしれない。羨ましいな……。やっぱりトレーナーの性格は手持ちにある程度影響すると思う。

 

 

 

 

 

 笑顔で見送ってくれるレモさんとデンリュウを背に俺も最低限の食料などを買って次の町へと向かうために町から出る。今度は大きな湖畔沿いの通りを進んで少し大きな町に向かう予定だ。

「ロレナシティ、だな。大きな図書館があるところ」

【図書館とかつまんねー。なんかうまいもんないの?】

「大きい町だからなんかあるだろ。あそこジムもあるみたいだし」

 ジムのある町はある程度人が多い。すなわち店も多く、選択肢は多い。

 エモまるがモモンのみをかじりながら俺の肩で地図を見て【マカロン! マカロン食う! 金持ちの食い物っぽい!】とはしゃいでいる。

 そういえば結局エモまる以外手持ちを増やす気になれないけどやっぱり今回のことで増やすべきか少し考えたほうがいい気がしてきた。

 旅をずっとしてきて今更だがエモまる一匹で対応できることには限度がある。今までが平和だっただけでこの先何が起こってもおかしくない。

 ただ、手持ちが増えると声が聞こえるせいでストレスが加速する。例えるなら幼児が増える感じだろうか。基本ポケモンってやかましいのだ。しかもたまに制御できない。エモまるはある程度自重してくれるようになったがそれでもたまにうるさい。

 正直今だって野生のポケモンの声がいたるところから聞こえてきて神経が擦り切れそうなのだ。

 聴覚そのものは恐らく普通の人間と変わらない。だが、ポケモンの声だけやたら耳に入ってきてしまうせいで集中できない。

ふと、大きな町へ向かうというのにトレーナーと全然すれ違わないことに違和感を覚える。バトルを辻斬りのように挑まれるようなことはなくてもすれ違いざま、会釈するようなことは多々あるというのに今日は不自然なほど人間がいない。

 その瞬間、影が差し、自分の真上に何かいると気づき、ほとんど無意識のうちに危険を察知して横に避けるが何かが落ちてきた衝撃で軽くふっ飛ばされ地に伏すと少女の声が聞こえてきた。

「あれ? 雑魚男だけ? あっれー? 発信機はこれで合ってる――」

 機械の画面と俺を交互に見ながら後ろにオオスバメを控えさせ、俺をまじまじと見つめる。深緑の短い髪に白い服。あの銀髪の男と似たようなその服に嫌な予感しかしない。

「なあ、あいつどこにやった?」

 一見どこか楽しそうに、でも感情が伝わってこない冷たい声で少女は問う。あいつ、と言われて浮かぶのはオチバしかいない。しかし、心当たりなどあるはずもなく「知らない」と返すことしかできなかった。先程の衝撃でふっ飛ばされたエモまるが少し離れたところで起き上がる姿が見える。バレないようにこっちに戻ってこいと願っていると少女は平坦な声を出した。

「ふーん、そうかそうか。知らないならしょうがないなー」

 にこっとそこそこかわいい表情を浮かべ、まだしゃがんだ俺に顔を近づけ――

 

「ふざけんじゃねぇぞ」

 

 少女の細腕は俺の胸ぐらを掴み上げ軽々と持ち上げたかと思うとそのまま俺の体は地面に叩きつけられ、呼吸がままならず、掠れたうめき声が漏れる。

「しらばっくれんじゃねぇぞ雑魚! お前あの女といたはずだろ! 俺を騙すとかいい度胸してんな? えぇ!?」

 今度は腹を抉るような踏みつけ。容赦ない一撃に思考がかき乱される。どうして俺はこんな目にあっている?

「あ……?」

 少女は何かに気づいたように俺の近くにしゃがみこむとつまみあげた何かを俺の目の前へ示す。

「おい、これお前なにかわかるか?」

「は……しら、ない……」

 小さな機械の破片のようなものだ。見覚えがない。エモまるはこちらに戻ろうとしているが下手なタイミングで近づくと藪蛇だ。

「……あのクソアバズレ、俺を欺きやがったな……?」

 怒りで青筋が浮かぶ少女はついでとばかりに俺を蹴ってくる。理不尽だ。どうして俺はこんな目にあっているんだ。

「ぜってぇ許さねぇ! あーむかつく。まあちょうどいい玩具あるしいいや」

 玩具、という単語にぞっとする。その目は俺を見下ろしており、人として見ていない。

「なあ、指を一本ずつ折ったらお前どんな声を上げる?」

 ぎりっ、と腕をつかむ少女の恍惚とした表情と体が軋む音に混濁した思考はクリアになっていく。これ以上様子見したらやばい。

「エモまる――」

「あ?」

 合図とともにエモまるはほうでんを放ち、オオスバメがびっくりして叫び、少女も予想してなかった反撃にふらついた。

【逃げんぞハツキ!】

 痛む体を叱咤して先導するエモまるとともに逃げようと駆け出すも、立ち直ったオオスバメの足に肩を掴まれ、振り払えず転倒する。エモまるが迎撃しようにも先に攻撃されてしまう。

「え? 何、なんで? 雑魚が動いちゃダメでしょうが。なんでそういうことするかな。意味わかんない。うん、よし、決めた。爪剥ぎしよう。いちまい、いちまい、いちまいいちまいずつ、許しを請いても止めないから」

 この女に会話は成立しない。もう独り言のようにブツブツ物騒なことを言い始めた挙句、目から完全に光が消えている。

 こんなことなら、レモさんと一緒にいればよかった。後悔してもどうにもならないことだが。この少女にも、オオスバメ相手にもどうしようもできない無力な自分を呪うしかできない。

 オオスバメは一言も喋らないのだ。いっそ、自分がポケモンと会話できることを明かすという案もあるがまずポケモンよりトレーナーと会話が成立しない時点で意味がない。

「――あ?」

 万策尽きた、と思った瞬間、異変が起きる。周囲が霧に覆われたかと思うと、女の足元が燃え、慌てて靴に燃え移らないように後ろに下がった。それとほとんど同時に強い光でその場にいた全員が目をつぶった。

「なっ、誰かいるのか!」

 目を閉じたままでいると女の怒声が聞こえてくる。そして、自分の体が何かに持ち上げられたのもわかった。けれど、女ではない。何かふわふわした――ポケモンだろうか?

「オオスバメ! きりばらい!」

 遠くなっていく女の声。ようやく光の影響で見えづらくなっていた視界が回復したかと思うと口をふさがれ、目の間にいた人物に目を見張った。

 周囲は先程の湖畔ではなくまるで洞窟のような場所。一応、外の様子が少しだけ見え、湖畔のすぐ近くなのはわかるもののあの女がどうなったのかわからないため混乱する。

 なぜなら、目の前にいた少女は見たことのない相手。あの女の仲間かとも思ったがそういった気配はない。むしろ助けてくれたのがわかる。

 洞窟のような場所で息を潜め、白い服の少女の気配が遠のくのを待つ。時折遠くで怒声が聞こえ、ばくばくと心臓がうるさいのすら聞こえてしまうのではないかという緊張感と、自分を助けた少女に視線を向ける。俺の口を抑えて静かにとジェスチャーする少女は亜麻色の短い髪を揺らし、眠たげな赤い瞳を俺に向け、小さく首を傾げた。

 しばらくして、外から音が聞こえなくなり、人の気配もないことからようやく安堵の息を漏らすと亜麻色の髪の少女は無言でスケッチブックを取り出した。

『だいじょうぶ?』

 彼女はなぜか喋らず、筆談で語りかけてくる。

「あ、ちょっと、痛いけど大丈夫……」

 散々踏まれたり蹴られたが血が出たりの怪我はない。アザとかはできてるけどすぐに治る範囲だ。

『そっか。ここミーの秘密基地だからほとぼりがさめるまで隠れてていいよ』

 秘密基地ということはこれひみつのちからで作った空間なんだろうか。急ごしらえの小さい洞窟。生活感は一切ない。

「助けてくれて……その、ありがとう……」

『気にしないで』

 なぜ喋らないんだろう。生まれつき喋れないとかなんだろうか。

 手持ちなのだろうか、ドーブルとマフォクシーを横に控えさせ、じっと俺を見て何かスケッチブックに書き始める。

『君の絵、描いてもいい?』

「俺の絵?」

 どさっと洞窟の奥から取り出したのは絵を書くための道具だろうか。鉛筆をとりだしてこくこくと頷いてくる。

「別にいいけど俺なんて面白くもないと思うぞ」

【俺とかモデルにしようぜー】

 エモまるの主張はどうせ聞こえないので置いといて本当に俺なんか描いても面白くないだろうに。

 一応確認のために言うと『ミーの趣味だから』と書かれ、命の恩人だし断る理由もないのでモデルになるため座り直す。

 そのまま無言で俺を見ながら絵を描く少女を見守ると、そういえば自己紹介をしていないことに気づいて

「そうだ。俺はハツキ。お前、名前は?」

 無言。しばらくシャッシャッと鉛筆で描き続ける音だけがその場を支配し、エモまるが退屈そうに欠伸をする。さすがに無言だと居心地が悪い。

【ねえ、なんで珍しく人間描いてるの?】

 後ろのマフクォシーが少女に声をかけているが当然通じないので少女は不思議そうにマフォクシーをちらりと見る。ドーブルは自由気ままにキャンバスに自分の絵を描いているようだ。

「なあ、なんで喋らないんだ?」

 ぴたりと、少女の手が止まる。まずい、聞いてはいけないことだったようだ。

「あ、いや、詮索するつもりじゃなくてだな。気になったから――」

 

 

「いや……喋るの疲れるから筆談してるだけ……」

 

「紛らわしいことするなよ!!」

 

 

 無駄な気を使った自分が滑稽すぎて、一気に気が抜けてしまった。

「……アクリ」

 ぼそりと、おそらく彼女の名前を呟いて、再び絵を描き始める。

 少しだけ、アクリの顔が赤いことに気がつくが、すぐに顔を伏せられてしまい、結局しばらくは無言のままアクリの絵に付き合った。

 

 

 

 




突貫ですが活動報告に「読んでくださってありがとう」のお礼イラストを置いておきましたのでもし興味のある方、イラストを見ても平気な方はどうぞ。あと活動報告では小ネタとかもたまに置いています。ただし両作品のネタ含むこともあるのでご注意ください。


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落ち葉は進めず

 

 

 即席秘密基地で地味に長い絵のモデルが終わるとアクリが突然仰向けになってぶつぶつとなにか言い始める。

「人付き合いって……難しい……何言えばいいのか全然……わかんない……」

「はあ……」

「ごめん……ミーは……いわゆる話下手だから……」

「別に気にしてない」

 うるさいより静かな方が落ち着くし、アクリのポケモンもほとんど喋らないので久しぶりに心穏やかだ。ドーブルはともかくマフォクシーすらスケッチブックで何か描いてるし。

「絵が好きなのか」

「……まあ、これで……生活してるし……」

 本業らしく、エモまるが絵を覗き込んで感心したようにすげーと呟く。アクリからすぐ近くのマフォクシーに跳んだエモまるはマフォクシーに声をかけた。

【へい姉ちゃん! 何描いてんの】

【宇宙】

 スケールでかいぞこのマフォクシー。

【んなの描いて楽しいのかー?】

【エモンガにはわからないでしょうけど、宇宙からの啓示が私に降りてくるのよ】

 やっべぇすっげぇ突っ込みたい。でもポケモンってたまに宇宙関係のもいるくらいだしそんなに変なことでもない、のか……? エスパータイプだし。

 エモまるとマフォクシーをガン見してたからかアクリにつんつんと突かれて振り返るとスケッチブックに文字が書いてある。

『ふぅこに用……?』

「いや、なにしてんのかなーって見てただけ……」

 マフォクシーことふぅこの声がエモまるとの会話で聞こえてきたからついつい気になったなんて言えない。レモさんが割りとおおらかなだけで普通の人間はドン引き案件だ。

「あっ、そうだレモさん」

 この後出て行ってまたあれに遭遇したら次こそ危険だ。別れたばかりで申し訳ないが命の危機なので仕方ない。レモさんに連絡して次の町まで一緒に行ってもらおう。

 携帯を取り出してレモさんにかけてみると4コールほどで応答が返ってくる。

『もひもひ? ごめんね、今おやつたべてたから……んぐ……何々、どうしたの?』

「あ、レモさんすいません……ロレナシティに向かう途中で白服の危ない女に襲われて……」

『えっ、大丈夫? 助けに行ったほうがいい?』

 電話の向こうで【えー、今から行くのかよー】とデンリュウの抗議の声が聞こえてくる。悪い、デンリュウ。

「今湖畔の近く……だと思うんですけど助けてくれた子がいてその子の秘密基地の中で隠れてます」

『ん、わかった。とりあえず今そっち向かうからまたあとでこっちから連絡するまで動かないでね』

 本当にいい人だなぁと思いながら通話を切るとなぜかアクリにじーっと見られていることに気づき、「な、何」と言うとアクリがスケッチブックに文字を書き始めた。いや喋れよ。

『彼女?』

「違うわ」

 レモさんが彼女とか恐れ多い。まあ顔は可愛いしいい人なのでフリーなら狙っていたかもしれないけどあの人、その気一切ないだろうし。

 アクリは俺の答えを聞いて何も言わないでそのままスケッチブックにまた描き始めるが文字を見せるわけでもなく、もくもくと集中した様子で座り込んでいる。

【なー、あんたのトレーナーどうしたんだ】

【遅く来た思春期ってやつよ】

 エモまるとマフォクシーの会話が聞こえる。盗み聞きみたいでなんか罪悪感あるけど正直本人が喋らないのでついつい聞き耳を立ててしまう。

【ししゅんき? なんだそれ食えんのか】

【食べれないわよ。好きな相手と上手く話せないっていう人間特有の現象よ。面倒よね、人間って】

 んん? なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。ていうか俺が聞いちゃいけねぇやつだそれ。エモまるそれ以上突っ込むな。

【あのねーちゃん、うちのハツキのこと好きなのか。趣味悪いな】

 エモまる、ロレナシティでのマカロンはなしだ。

 マフォクシーは俺をちらっと見てくる。一瞬だけ視線が合うがすぐに逸らされた。

【まあうちのアクリは基本的に見た目の好みで判断するタイプだから……】

 マジかー、マジですかー……。

 アクリを見ると俺を見ないでスケッチブックと向き合っている。俺が余計なこと言うのもあれだし、なんというか、むずむずする。

 いや、顔はかわいいし、俺としては異性に好意を持たれるのもまんざらではないから別に嫌ではないんだけど気づいた方法がポケモン伝いだし、自分から言い出すと自意識過剰みたいでなんか――

 くだらないことで悩んでいると携帯が鳴る。レモさんがさっそく連絡をくれたようだ。

『もしもし? 今湖畔についたけど、出てこれる? 見える範囲で他に人間は見当たらないし合流しよう?』

「あ、はい。ちょっと待っててください」

 すると、アクリが立ち上がり、素早く荷物をまとめると俺の袖を掴んで上目遣いをしてくる。これは、その、そういうことだろうか。

「ミーも行く」

「あー……うん……」

 魂胆が見えてるせいで複雑だ。もっと、もっとわかりやすく何か言ってくれないかな。

 秘密基地から出ると美しい湖畔がまず目に入る。ぐるりとあたりを見渡すと後ろからおーい、とレモさんの声が聞こえて振り返る。

「いたいた。さっきぶりだねぇ」

 呑気な笑顔も今は癒やしでさっきの白服がまた出てもレモさんがいればなんとかなりそうだと安心できる。

 が、アクリはレモさんをじっと頭から爪先まで見て、ある一点で止まる。

「えーっと……ハツキ君を助けてくれたっていう子かな?」

 戸惑い気味にアクリの視線を受け入れ、低い背のアクリに合わせるように少しだけかがむ。かがんだことでアクリの視線がやっぱりあそこに集中していることがわかった。要するに胸。

「……勝った」

 ぼそりと、あまりにも小さい声だがアクリはそう呟いて少し勝ち誇る。アクリは小さい背に対して胸のボリュームがレモさんよりある。まあ、その、レモさんは普通サイズだと思うのでアクリがロリ巨乳なだけだと思う。

 明らかに失礼なことを言われたのにレモさんは嫌そうな顔一つせず少しだけ笑いながら頬を掻いた。

「あー、もうちょっと大きくなりたいけどもう打ち止めなんだよねー、ってハツキ君がいるところで言う話でもないか」

 口にするとセクハラだけどレモさんは全体のバランスがいいからそのままでいいと思います。

「なーに? ハツキ君、出会うの女の子ばっかだね? モテ期?」

 からかうように背中を叩いてくるレモさんだが出会った女の4人中2人が眼帯女と危ない白服女なんですがそれをモテるとカウントするのはちょっと不本意すぎる。

「さて、どうする? 飛んでいく……って思ったけどそっちの子も一緒に行くなら歩きになるかな?」

 アクリの方を見てレモさんが首を傾げるとアクリはスケッチブックに文字を書いた。

『一緒に行く』

「恥ずかしがり屋さんなのかな? まあいっか。じゃあ早いところ町まで行こう。陽が暮れるまでにつけるといいけど――」

 その瞬間、ロレナシティ方面で爆発があり、だいぶ離れているはずの俺らにまで爆風がくる。

「…………あれだけ派手な爆発、ロレナの警察が動きそうだけど……ちょっと放置できないなぁ」

 レモさんはレンジャーなので自然やポケモンを守るために災害などに手を貸さないといけないらしい。それが本来の仕事なので仕方ないが今時間を取られるのは少し痛い。

「多分私のほうがロレナ在勤の人たちより早くつきそうだからせめてそっちが来るまで私の仕事していいかしら」

「さすがに俺も頼んでる身分でわがままは言えないですよ」

 ここでそもそも無視するような人だったら俺を助けてくれるはずないくらいにお人好しだし。

 アクリはぼんやりと爆発地点を眺めながらドーブル……さっき秘密基地のときにいたドーブルとは違う個体を出した。

「ミーも、てつだう」

「あ、本当? じゃあ早速行こうか」

 レモさんは特に何も突っ込まないがアクリの顔には明らかにいいところ見せたいっていう意思が見えている。なんだろう、この、答えだけ先に見たせいでだいたいの気持ちがわかってしまうもどかしさ。

 嫌な予感はしているがここで逃げるわけにもいかないしむしろ向かう先なので、諦めてレモさんの救助活動の手伝いに徹する覚悟を決めた。

 

 

 

――――――――

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 

 

 森というほどではないが湖畔の先にある木々が増えたどうろで足を庇いつつオチバはロレナシティへと向かう。足を痛めたのは本当に失敗だったと内心愚痴りながら木にもたれて少しだけ休憩のために息を吐く。

 今頃発信機の本体を押し付けたハツキの方へと追手は向かっているはず。そちらに気を取られている間に人の多いところで紛れてしまおうと考えたがあのくだらない策にどれだけかかってくれるか。

 オチバは自分を追う人間の特徴をもうある程度理解していた。一人は狡猾でとにかくしつこい男。これは警察に引き渡されたからしばらくは大丈夫だ。どうせすぐに出てくるのだろうが、何もしないよりはマシだった。

 そしてもう一人、今自分を追っているであろう女。

 あれは馬鹿だ。特大の馬鹿。頭が悪いとも言うがそれ以上に思考回路がぶっ飛んでいるせいで男の方よりも危険だ。だが騙すならこちらの方が容易である。

 手持ちを出して移動しようかとも考えたが飛んだりしたらそれこそ目立つ。下手に目立たないよう慎重に進んだほうが安全だ。

 再び進もうと、足を気遣いながら立ち上がると危険を感じて足の痛みをこらえながら走ると背後が爆発して、その爆風でふっ飛ばされた。

 全身、地面に叩きつけられて、足どころではないと歯ぎしりしながら近づいてくる女を睨む。

 オチバを見下ろす女は不気味なほど笑顔だった。その後ろに、マルマインが気絶しているのを見てこの爆発があれの大爆発だと悟る。

「いつぶり? ピーの野郎が追ってる間は遠くから見てるだけだったからさぁ、久しぶりな感じしないんだよね」

「さあ、興味ないわ」

 手持ちを出すことに若干の抵抗はあったものの背に腹は代えられない。が、女の足がオチバの手を踏みつけてボールに触るのを防いだ。

「俺を騙しやがって、殺したいなぁ、殺したいなぁ。でもさぁ、旦那の獲物殺したら俺が素材になっちゃうしさぁ、なあ、どうすればいい?」

 答えなど最初から聞いていない女は独り言のようにブツブツと呟きながらオチバを蹴る。オチバもろくな抵抗ができないのかされるがままだ。

「旦那もさ、腕の一本くらいは折れても事故って言ってたししゃーないよな。お前が悪いんだもん。俺を苛つかせるお前が悪い、うん、そうだよ俺は間違ってないよ。足折って、腕折って、それでも持って帰ろう。あ、でも潰しちゃうとさすがに怒られるから骨だけか。じゃあ、俺がやんないとだめだな、うん」

 ポケモンにやらせると骨だけではすまないとぼやきながら伸ばしてくる手を振り払おうとするも掴まれて、折れるほどではないが強い力に苦しそうに声を出す。

「痛い? 痛いの慣れてるだろ? なあ、なあなあなあ、どんな気分だよ教えろよ」

 思考回路がまともじゃないこの女に何言っても無駄だとオチバは諦めてせめて痛みを最小限で済ませてほしいと願うも、その瞬間は訪れない。

 不審に思って女を見ると、警戒しているのか女はきょろきょろと周囲を見渡す。

 

 

「そこまで――!」

 

 

 上空から飛び降りてきた赤い服のレンジャーが女とオチバの間に割って入って至近距離でデンリュウの10まんボルトをくらった女は舌打ちしつつも退避し、レンジャーことレモンを睨む。

「てっめぇ――! 人間にポケモンの技とか正気かぁ!?」

 ポケモンを含む全員、が「お前が言うな」と総ツッコミしそうなことを考えるもレモンは明確な怒りを隠そうともせず女を見る。

「だいばくはつを使うことそのものは禁止されていないけれど、それによる人間への傷害は看過できるものじゃないわ。おとなしくしなさい。さもないと――」

「うるせぇ! 優等生は机にでもかじりついてろっ!」

 女がエンニュートを繰り出すとレモンはフライゴンを出す。

「エンニュート! りゅうのいかり!」

「フレイヤ!」

 りゅうのいかりをなんなく躱してフライゴンはだいちのいかりでエンニュートを一撃でひんしにさせ、不愉快そうに爪を噛む女をレモンは冷めた目で見る。

「そちらが攻撃したなら私に否はないわ。正当防衛だもの。覚悟はできた?」

 女が歯ぎしりしていると更に二人、駆け寄ってくる。

 その一人が、自分が囮にした相手だと気づいてオチバは少しだけ焦る。

 自分の悪運に呆れながらも、これに頼るしか自分が無事に逃げ切る方法がないと悟って、囮の対処は失敗したなと自分に悪態をついた。

 

 

 




SAN値が低い(ハツキ)のと、SAN値がめちゃくちゃ高い(レモン、アクリ)のと、SAN値が高そうに見えて低いの(落ち葉)と、SAN値が0なのが白服女


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殴りたい、この笑顔

爆発地点に走りながら向かっていると双眼鏡で様子を確認していたレモンさんが突然フライゴンを出して飛び上がった。

「犯人っぽいの見つけたから先に行くわ! 二人共、来る時気をつけて!」

 そこまで遠くないのでその現場らしき場所で飛び降りてフライゴンをボールにしまう様が見える。アグレッシブというか、もう、レモンさん一人でいいんじゃないかな。

「そういえば、アクリ。お前バトルできる? 俺エモまるしかいないからほとんどあてにしないでほしいんだけど」

【俺一匹でもやればできるぞ! 舐めんな! あっでも、岩はぶつけないで! あと寒いの!】

 まあなんかエモまるそこそこレベルは高い方だけどさ。

 さすがに走りながら文字を書くのは面倒なのかアクリは少し悩んだ素振りを見せたかと思うと無表情で答えた。

「そんなに、強くはない」

 まあ絵描きみたいだしそこらへんは期待しすぎるのも酷だよな。

 走り続けて呼吸が乱れてきたアクリに合わせて現場へ向かうとレモンさん……そして白服女とオチバがいた。

 レモンさんはともかく、片や自分を散々ボコした凶暴女。片や恐らくだが自分をハメた女。すごい、帰りたい。この場にいてもいいこと一つもなさそう。いる者すべてを不幸にしそうなオーラしかない。

「あ、さっきの雑魚男! 尻尾巻いて逃げたと思ったらわざわざ会いに来るとかしゅしょーなやつじゃん!」

「うるっせぇ! 帰れ白服女!」

 何が殊勝だ。会いたいどころか見たくもなかったわ。

「んぁ? 誰が白服女だ。俺にはサディって名前があるんだ。様つけろ。はい、サディ様。はい、復唱」

 首を傾けのろのろと自分が囲まれた状況を悟った白服女ことサディは気だるそうに首をぐるりと回す。

「はあ、なんか、寄ってたかって俺をボコろうなんてとんだ悪党だぜ。辛いなぁ、辛いなぁ……」

 ひんしになったエンニュートをボールに戻すと圧倒的に不利であるにも関わらず笑いを押し殺したかのように肩を震わせた。

「――投降する気はなさそうね?」

 レモさんが険しい表情でサディを睨む。レモさんには彼女の表情が見えているのだろう。俺とアクリは背中しか見えないせいでいまいち悟れない。

「いやぁ……ほんと……そこのクソ女を見失うのは惜しいけどさぁ……仕方ない、仕方ない……ピーの野郎も捕まったし、せめて俺は逃げ切らねぇとなぁ。そうだそうだ、とーぜんの義務ってやつだ」

「逃げられるとでも――」

 レモさんがフライゴンに指示しようとしたところで大きく地面が揺れ、サディ以外はバランスを崩す。

「とっておきの置き土産だ! ()()()()()()()()()()! せいぜい1日でも長生きできることを願うんだな!」

 何かに気づいたレモさんの視線に釣られて俺もそちらを見るとひんしだったマルマインの近くにダグトリオがおり、このじしんの原因だとわかる。

 そして、ひんしだったマルマインはいつの間にか復活しており、ダグトリオが地面に潜ったのを確認してから強く光った。

 

 ――そう、だいばくはつである。

 

 

 

 

 

 結論から言うと一応、全員深刻な怪我を負うことはなかった。

 オチバの方はレモさんのポケモンのまもるでなんとか庇いきり、俺の方はアクリのドーブルのまもるでやり過ごしたのだが周辺はもうめちゃくちゃで更地と化していた。

「逃がしちゃったかぁ……うーん……まあ、無事だったしよしとしましょう。立てる?」

 レモさんがオチバに手を差し伸べるが少しだけぼんやりとしていたオチバは反応が遅れ、数秒置いてからその手を取る。

「ちょっと厳しいかしら。みっともないことは承知だけどお助け願える?」

「ええ、このままロレナシティまで一緒に行きましょう。……まあその前に、ちょーっとつかまるかもしれないけど」

 気まずそうにちらりと視線を向けた先から足音がする。

 ロレナシティ方面、ガーディを連れた警察と、レンジャーが大挙して押し寄せ、現場にいた俺ら4人は根掘り葉掘り事情を聞かれることとなった。

 

 

 

――――――――

 

 

 3時間後、ロレナシティに足を踏み入れた俺たちは疲れを知らないレモさんを横目に疲労の色を濃く映していた。

「さーて、まずはポケモンセンターね! ハツキ君、それで大丈夫?」

「とりあえずは……」

 本当ならもっと本部とかで長時間の事情聴取とかされるんだろうが、現場にいたのがレモさんだったこともあり、かなり早く解放された。

 曰く、レモさんはかなり優秀なレンジャーらしく、同業者からも評判なので証言がはっきりしていることと、わざわざ爆発騒ぎを起こす理由もないということから同行者である俺らも解放されたのだ。

 レモさん、実は結構すごい人なのでは?

「フレイヤ、もう少しお願いね」

 足が痛むオチバを乗せたフライゴンを気遣うがフライゴンはすごく不機嫌そうな顔をしている。

「……なんか、すごく機嫌悪そうなんですけど」

【なんかこの女やだ】

 フライゴンがそうぼやくが俺にしか言葉が通じないのでレモさんは「なんでだろう……疲れた?」と不思議そうにしている。一方オチバは慣れているのか察した様子で頬に手を当てて呟く。

「嫌われちゃったわぁ」

 やっぱり何か呪われてるんじゃないか? フライゴンのこともよく知っているわけではないので何とも言えないがレモさんの手持ちすら拒否反応を示すとは。

 ポケモンセンターについて、一応手当てはもうしてるのであとは安静に、と再度レモさんに注意されたオチバは「はぁーい」と本当にわかってるのか微妙な声で頷いた。

 そして、さっきから無言のアクリを見るとなぜかオチバをじっと見ている。無口というか喋るのが面倒らしいけど声をかけたほうがいいんだろうか。

「アクリ、ここまで付き合ってくれてありがとな。もう大丈夫――」

「一緒にいる」

 さりげなくお別れしよう作戦は無理でした。口数は少ないのに確固たる意思を感じる。

「というか、離れる方が、危険かも、だし……」

 アクリがじっとオチバを見るとやや険悪な雰囲気が漂う。俺だけ離れたい。

「んー、そうねぇ。顔覚えられちゃったものねぇ。ごめんなさいねぇ」

 まったく悪いと思っていない謝罪はもうこの際どうでもいいので去り際にあのサディが言っていた言葉を思い出す。

 

『全員顔を覚えたからな! せいぜい1日でも長生きできることを願うんだな!』

 

 もしかしなくても、これ、俺まで狙われる対象に含まれたのでは?

「ちなみに私のせいで死んだ人はそこそこいるからみんながんばってね」

「おま、お前さぁ! ほんっとふざけんな!」

 怪我人であるにも関わらずオチバの胸ぐらを掴み上げると気の抜けた「あらあら」という声と、止めようとするレモさんの腕が伸びる。

「ちょ、ちょっとハツキ君! やめなさいって」

「レモさんでもこいつのせいで俺らまで――」

 アクリが裾をくいくいと引っ張るので振り返るとポケモンセンター中から視線を向けられていることに気づいてすっと冷静になる。やばい、これどう見ても俺が悪人にされる図式だ。

「ひ、ひどいわ……いきなり掴みかかるなんて……」

 さっきまでのクソみたいな態度はどこへ、いかにも被害者面したオチバが片方しか見えない目をうるませてうつむく。うつむきながら肩を震わせてまるでかよわい少女アピールだ。

 

 いるかもわからない神様、俺をこの世界に転生させたのはまだ許そう。ポケモンの言葉が理解できるのもまだ許す。だからオチバを殴れる権利をくれ。

 

 ていうかよくみるとうつむきながら笑ってんじゃねぇかこの女。サディが俺の出会った最悪の女ランキング1位かと思ったけど今はぶっちぎりでオチバだ。不動の1位になりかねない。

 世間の目はどうあがいても女に有利に働く。明らかに向こうが悪くても俺が手を出した時点で負けなのだ。もうやだ。

【な? 嫌な女だろ】

【ほんとにな】

 肩にいるエモまるとレモさんのフライゴンがうんうんと頷く。そうだな、お前らの野生の勘は正しかったよ。手持ちだけどな。

「と、とりあえず二人共落ち着こう? ねっ?」

 大天使レモさん。こんなやつ庇わなくてよかったと思います。

「色々あったけど、たしかに今お別れするとさっきのやつらがまた襲ってきたら困るし、とりあえずこの町にいる間は一緒にいましょう? ハツキ君、大丈夫?」

「大丈夫ですが俺、図書館で調べ物したいんですよ」

 元々この町に来たかった理由がそれだし、それさえできればあまり長居するつもりもなかった。

 さすがに今日はボロボロというか疲れたので休みたいが。

「じゃあ、今日はもうセンターで休んで、明日みんなで行きましょう。不安なこともあるかもしれないけど明日にでも相談しながら決めればいいわ」

「はぁーい、そうするわぁ」

「ミーも、それでいいよ」

 すごい……レモさん以外厄い女しかいない……。いやアクリは厄ではないんだけどなぜかたまに距離が近いっていうか露骨っていうかこう、あれだ……。そんなにするならはっきり言って欲しい。そしたらこっちも応えるなりなんなりできるんだけど。

 

 旅に出た時はもうこの世界での実家に帰りたくないと思ったけど、この人生で初めて実家に帰って一人になりたいと切実に思う。

 

 

 

――――――――

 

 

 ぶすくれた様子で苛ついたように指でトントンと机を叩く男にサディは声をかける。

「そんなに怒るなよピー」

「お前があそこで助太刀に入れば僕は捕まらずに済んだんだが!?」

 銀髪赤目の白服男は苛立ちながらサディに言う。

 森で手分けしてオチバを探していた二人だったが男がオチバを見つけた後、なぜか合流しなかったサディに対して怒りを隠しきれない様子だ。

「だいたい結局その後一人になってあの女を捕まえそこねるとか馬鹿だろう! 馬鹿、大馬鹿、ヤドンの方がまだ賢いわ!」

「ヤドンのしっぽ美味しいじゃん」

「そういう話をしてなああああああい!!」

 ダンダンと机を叩く男にサディはけらけらと笑ってパソコンを立ち上げる。

 二人がいる場所はいわゆる秘密基地のようなもので必要最低限のものしか置いていない。パソコンと調理用の鍋、あと保存食やタオルなどだ。

「いいから旦那に連絡しよーぜ。お前が釈放されたのも旦那のおかげなんだろ?」

「ああ…………だから気が重いんだ。何を言われるかわかったものじゃない」

 呑気そうに映像つきの通話するために準備するサディとは対照的に男は頭を抱え、その時を待つ。

 コールしてしばらくすると映像は映らないが通話が繋がった。

『どの面下げて報告しに来た?』

「申し訳ありません! 申し訳ありません! あと釈放の根回しありがとうございました!」

 土下座せん勢いで机に頭を打ち付ける男を見てサディは声を出して笑い、二人の上司であろう人物は無言で威圧した。

 さすがにサディも怒っているのが伝わったからなのか笑うのを止めカメラに向き直る。向こうにはこちらの様子が映っているのだから。

『素材は足りてないんだ。別に役に立たないならそっちでお前らを役立てるだけだが?』

「以後気をつけるのでどうか! どうかそれだけは! ほらサディ! お前も頭を――」

『……ピートレクト、サディ。あまり無様な失敗報告をするなよ。引き続きあれを捕獲するのが任務だ』

 謝罪されるのも面倒だとばかりにピートレクトの言葉を遮ると、ある意味度胸があると言えば聞こえがいいが無謀な疑問をサディは言い放つ。

「ていうか旦那。こっちもう一人増やしたりしてくれないの? 絶対に捕まえたいならその方がいいじゃん」

 ピートレクトが真っ青になりサディの口を塞ぐが重いため息が通話越しに聞こえ、ピートレクトは内心(もうやだ)と呟く。

『人手が足りないと言っているだろう。今動かせる駒はお前らくらいしかいない。時がきたらお前らもこちらにきて本格的にやることがある。その前に、捕まえろと言っているんだ。ヤドンのほうがまだ物分りがいいぞ。なぜ1から10まで説明しないとわからないんだ』

 上司の声は明らかに苛立ちが滲んでおり、ピートレクトが頭を下げながらカメラ越しに懇願する。地味に上司と同じたとえをしていることにみんな思うことが同じと微妙な気持ちになっていた。

「ほんっとうに申し訳ありません……僕からもよく言っておくのでサディの馬鹿の発言はお気になさらず……」

『もう切るぞ』

 ぷつりと通話が切れ、サディがあくびをしながらクルマユのように毛布に包まるとピートレクトは笑顔で激怒しながらサディの両頬をつねった。

「なにふるんらよー」

「馬鹿! 大馬鹿! ヤドン以下! あの人に変なこと言ったらお前がまずいんだぞ! 僕がいなかったら――」

「でもピーがいつもなんとかしてくれるじゃん?」

 信頼しているといえば聞こえがいい。丸投げしているといえばろくでもないサディの物言いにピートレクトは何度目かわからない頭痛に頭を抑えた。

「……お前、僕が死んだら絶対生きていけないな」

「え~? ピーってしぶといから大丈夫大丈夫。ちゃんと戻ってくるってわかってから捕まっても放置したんだし」

「そういうのいらないから助けろ!」

 妙な信頼関係を築く白服の二人は今日の出来事を振り返り、少しだけ真剣な表情になる。

「あの女は捕まえるにしても……ほかの3人は絶対に始末する。思いっきり見られたし、ていうか収まりがつかないし」

「レンジャーの女は敵にするには危険過ぎると思うが。あれはかなり強いぞ」

 ピートレクトが地面にレモンを模した絵を描きながら対策を考えてみるが手の内が明らかでない以上、ぶつかるのは得策ではない。

 二人してろくに歯が立たなかったレンジャーことレモンに頭を悩ませる。一人ならダメでも二人なら――と考えるがそれで二人共負けたら笑いものだ。

「逆に、雑魚男ともう一人よくわかんないチビ女は余裕だと思うんだよねー」

 今度はサディが地面にピートレクトより上手くハツキとアクリの絵を描き、少し離れた場所にオチバを描く。自分より絵が上手いサディに少し嫉妬しつつもピートレクトは話を続ける。

「サディ、あの女、一人で行動すると思うか?」

「しないでしょー。だって寄生しないとなんもできないじゃん。()()()()()()。ピーもそういうアバズレ女だってよーく知ってるだろ」

 自分が助かるためにたくさんの人間を踏み台にして、今も逃げ続けるオチバをせせら笑う。なんせ、ポケモンに好かれないのだ。自分がバトルで強くなることも絶望的である。

「……ならその3人と行動すると? たしかにまとめてどうにかできるがその分、レンジャー女が近くにいるという問題が増えるぞ」

 レモンの絵の横に『要警戒』と書き、ハツキとアクリには『たいしたことない?』と書き足したピートレクト。それにサディは当たり前のように答える。

「なら()()()()()()()()()とればいいだけじゃん」

 ハツキの絵の横に『ひとじち』と書いて、サディは笑う。

「せっかくの追加玩具だ。楽しまないと……」

 やや危ない目になったサディの額を指で弾いたピートレクトはため息をつく。

 サディは放っておくと軽く発狂したようにおかしくなる。それを制御できるのはピートレクトだけだった。上司にも、それができない。要は外付けのストッパーだ。

「一人で突っ走るな。お前が遊ぶのは止めないが僕がいることも忘れないで動け。いいな?」

「はいはい、ピーは相変わらずうるさいねぇ」

 描いたハツキの絵……特に顔の部分を重点的に木の枝で抉り削るサディ。

 ピートレクトは今後のことを考えながら胃が痛くなるのをおさえられず、慣れたように胃薬を呷った。

 

 

 

 




サディの手持ちはとにかく素早いポケモンばかりです。少なくとも最低でも全員S種族値110は越えてるが基準。この言葉の意味がわからない人はとにかくすばやいポケモンが好みなんだなぁくらいに思ってください。次あたりで話のメインがようやく出ます。
あと1話で微妙に抜けている描写があったので加筆しました。


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暴露と目標と暴露

 

 

 次の日、妙に元気なオチバと寝起きだからか眠そうに俺に寄りかかってくるアクリに囲まれて朝食をとっていた。レモさん助けて。

「おはよう――って、朝からモテモテだねー」

「辛いです」

 心からの言葉である。辛い。代わりたいやつがいるならどうぞ、譲るから。

「もー、ハツキ君ってばつめたーい。お姉さんのこと邪険にしなくてもいいじゃない。やっぱり若い方がいいのぉ?」

「たとえお前が10歳若くても俺はお前のこと嫌いだよ」

 性根がそのままならどのみち嫌だ。本当に勘弁してくれ。

 すると、不満そうにアクリがじっとオチバを睨み、スケッチブックに何か書き始める。毎回思うんだけど喋ったほうが早いんじゃないかなそれ。

『ミーは別にそんな子供じゃないし』

「あらあらぁ? 実はお姉さんだったりするのかしら」

『18』

 無駄にスケッチブックにでかでかと年齢であろう数字を書いて勝ち誇ったようなアクリだがお前も歳上かよ……と内心頭を抱えそうになる。俺が最年少ですかそうですか。

 どやぁ……と今にも口にしそうなアクリを見えないふりして水を一気に飲み干すとポケモンたちがわいわい騒いでいるのに注意が向く。

【やっぱさー、俺も思うわけよ。エモンガだって進化したっていいじゃんって?】

【ふーん?】

 エモまるとレモさんのデンリュウがなんかよくわかんないこと話してる。いやエモンガは進化しないからな。

【つーかデンリュウとかズルくね? 二回進化したかと思えばメガシンカとか属性盛りすぎの特大パフェかよ】

【そういう種族だからなぁ】

【私もメガシンカしたい!】

 アクリのマフォクシーも会話に入ってくるがエモまるはぶっすーと拗ねたように顔をくしゃくしゃにする。

【おめーも2回進化するだろ!】

【僕はセーフですか】

 アクリのドーブルも混じってきて【お前はオッケー、友よ】などとエモまるが言っているのを見つつ、あることに気づく。そういえば一度もオチバの手持ちを見ていない。

「オチバってもしかしてポケモン持ってないのか?」

 人間全員がトレーナーではないことは重々承知だが旅をしている人間で手持ちがいないというのは相当珍しいと思う。もちろん、見せていないだけで普通にポケモンがいるかもしれないが。

「いる、けど……あんまり表に出したくないだけよぉ」

 珍しく歯切れが悪いオチバに思わず弱みか?と浮足立ったがなんかこれ以上こいつのことを知ろうとするのも癪なので何も聞かないことにした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 いざ朝食を終えて図書館に向かうと、大きい割に利用者が少ないのか人影もまばらでしんとしている。図書館だから当たり前といえば当たり前だが明らかに人が少なく思えた。

 まあ平日昼間だし、旅してるトレーナーが来るような場所でもないか。

 ちょうど良さそうなテーブルを確保し、ある程度目星をつけた資料を取ってそこへ座ると他の3人も同席する。ポケモンはあまり大所帯だと迷惑なのでエモまると、アクリのマフォクシーくらいがボールからでていた。

 俺の隣にはレモさんが座り、向かいにはアクリが座ってじっと見てくる。斜め前にオチバが座り、全員の顔が見れるが、同時に見られることに少しだけ抵抗がある。注目されると喋りづらい。

「それで、今後についてというか……それぞれのやりたいことだけど――」

 なんか改めて俺のことを話すとなると緊張する。レモさんはわかっているが二人には一応信じてもらえなくとも説明せねばならないし。

「えーと、俺実は……ポケモンの言葉がわかる」

 アクリとオチバからの視線が居心地悪くてつい早口で暴露すると、アクリは割りとどうでも良さそうに「そうなんだ」と答え、オチバは「へぇ」と興味深そうに声を漏らす。

 反応が淡白でこっちもどう反応していいのかわからねぇ。

「……疑ったりしないのか?」

「いや、こんな場所まできて真面目にやってる人間がそんなくだらない嘘つくと思えないじゃない?」

 オチバが案外真面目に答えてくる。なんだろう、こいつに正論言われると自分に損がないのにむかつく。

「……ミーは別に、ハツキが嘘ついてても気にしない……」

 微妙に論点が違うんだよなぁ、怖いんだよなぁ。

 話を戻そう。

「それで、俺はこの能力をなくしたい」

 意外そうな顔をされるがこちとら割と本気で死活問題なんです。

「便利じゃない。なんでなくしたいのよ」

「普通の一市民でいたいんだよ」

 オチバがもったいないと口にするが譲れるなら譲ってやりたい。

 が、現状この能力を知るために他の能力者や超能力について調べた結果、まずこの能力がなんなのかすらわからない。

 

 元々、この世界は俺の前世でいう、アニメ準拠なのか、ゲーム準拠なのか、それ以外なのかが気になっていた。漫画のどれかという可能性もある。

 が、家出後に旅しながら調べるうちにどれでもあってどれでもないと判断した。

 例えばゲームで起こった出来事がこの世界の歴史では起こったことなのかを調べてみると、わかりやすいのがカントー地方のヤマブキシティ占拠やジョウト地方のラジオ塔の乗っ取りなどだ。これらの事件は実際にこの世界でも起こったことである。

 ならゲームの世界と同じか?と考えたがそういうわけでもない。この世界にはオレンジ諸島が存在する。もちろん、アニメで出てきた場所だがゲームで出てきていないだけでもしかしたらゲームにもあるかもしれない。ウチキドという博士がいるということも調べてわかったのでゲームとアニメがある程度混じっていると現状は判断している。

 更にここにややこしい事実を交えるとポケスペでの設定でいう、トキワの森の能力者も言い伝えとして書籍に載っていた。ポケモンの気持ちがわかるという能力なので自分の能力も関連するのでは?と思って調べたら案の定である。イエロー本人がいるかは不明だがそういった様々な媒体の世界が入り混じったのがこの世界なのかもしれない。

 話が若干それたため本題に戻ろう。

 

 まず、俺の能力は少なくともイエローのような能力ではない。あれらはポケモンの気持ちを読み取るというもので、言語が直接聞こえているとは別のものだと判断した。

 Nに関しては詳細がわからないため割愛するがおそらくそれとも違う。というか、多分俺と同じ能力は前世で知る範囲のトレーナーにはいないだろう。

 ならば超能力者、エスパーでは?という線も最初は浮かんだ。これも結論から言うとNOである。

 超能力者にも様々な分野があり、この世界においては一定数普通に存在している。カントー地方のジムリーダー、ナツメが代表的だろう。ほかのジムリーダーや四天王にも超能力者はいるがこれも割愛する。

 が、どの人物にもポケモンの言葉が明確にわかるという記述はなく、あっても思考を読んだり、テレパシーで会話する程度だ。……いや程度じゃなくてすごいことだと思うよそれ。

 で、だ。俺の場合、そういった超能力者ではないことがあの子供の頃にぶち込まれた精神科の検査でわかっている。というのも、この世界、やっぱり超能力者もそこそこいるのでサイコパワーだかなんだかが検査でわかるんだとさ。

 というわけで俺は超能力者ではなく、既存で存在する能力者とも違う、ポケモンの言語を理解できるまた別の能力だと仮定している。

 まあ、古くからの伝承とかおとぎ話ならポケモンと普通に会話しているような文面が見られたがこればかりは検証のしようもないので省いている。

 

 じゃあ、どうするか。俺は思考停止を決めた。

 

「ジラーチに頼ろうと思う」

 

 ポケモンの言葉がわかる、と言った時よりもアクリとオチバの顔が「は?」という驚きに変わり、レモさんですら「えっ」と思わず言葉が漏れた。

 そう、俺の目的である、この能力をなくすというあてのない旅の解決方法。願いを叶えるジラーチにすがるという結論だ。

 だが、まずジラーチがどこにいるのかもわからない。ので、ジラーチの言い伝えがどこにあるのかを調べるべく、この図書館にやってきたのだ。ネットでは限界があり、古い書籍やマニアックなものまでここなら揃っている。

「は、ハツキ君? まさか本気で言ってる?」

「もう俺にはこれしかないんですよ……!」

 本気も本気、奇跡にすがるしかない人の気持ちがよくわかる。変な研究所にいってモルモット状態は論外。神がいないならジラーチでも信仰してやるっつーの!

「も、もうちょっと建設的な方法ない? 仮にもしジラーチが実在したとしても、あれって千年に一度しか目覚めないんでしょ? そう上手く目覚めの時期と合うかな?」

 レモさんの正論は筋が通っている。うん、オチバと違って不愉快にならない。

 でも探さないと周期が合うか合わないかすらわかんないんだよ、こちとら奇跡募集中なんだよ。

「あの子ちょっとやばいんじゃない?」

「やばくないよ、夢があるって、いいことだよ」

 小声でオチバとアクリが何か言ってるが聞こえてるからな。うるせぇ、俺だって真剣に考えた結果なんだよ。

「アマリト地方のラクルタウンってところがこの辺では一番メジャーな言い伝えっぽいんだよな。ホウエンのはあんまり正確な資料がまだ――」

「ダメ」

 今後、行きたい場所を提示してみると即座にオチバがそれを否定し、首を横に何度も振り続ける。

「ダメったらダメ。ラクルタウンはダメ」

 頑なに却下を貫くオチバに面倒になり、一旦この話を打ち切り、オチバのことについて話題を移す。

「ダメダメ言うんならお前がどうしたいのか、というかなんで追われているのか話せよ」

 それがわからないと話が進まない。なあなあでやられてもこちらが迷惑だ。

「えぇ~、言わなきゃダメかしらぁ」

「当たり前だろ。その髪トリミアンカットにするぞ」

 さすがに同行するというなら明かしてもらわないと困る。レモンさんも口にはしないが説明を求めている様子だ。

「はぁ……まあそこそこ長くなるのだけれど……」

 億劫そうに頬に手を添えるとオチバはぽつぽつと話し始める。

 

 まず、出身はアマリト地方であり、そこそこ裕福な家庭の生まれだが幼いころに悪い人に捕まってしまい、お世辞にもいい扱いは受けなかったとのこと。

 ある時、なんとか逃げたはいいが、結局放って置いてくれはせず、何度も何度も襲撃を受けてやつらに見つからない場所を探しているとのことらしい。

 

「親のところには帰らないのか?」

 親というワードに少しだけむっとしたような表情をしたオチバはアクリやレモさんを見てため息をつく。

「……あんまり言うのも恥ずかしいのだけれど、逃げてすぐに家にまで行ったのよ」

「それでも追ってきたってことか?」

「いいえ。そもそも最初から父親に頼った事自体が間違いだったの。父親はね、私を事業の契約の対価に売っぱらったってわけ」

 あまりに感情がない平坦な声に、憎悪も悲嘆もなく、ただ事実をありのままに口にしているのがわかる。

「嫌な話でしょ? だからね、この人は絶対私を守ってくれないってわかったからすぐにまた逃げて、それでこっちの地方まで逃げてきた……そんなところよ」

 伯父に頼るという手も考えたそうだがどこまでが内情を知っているかもわからない疑心暗鬼状態に誰も頼れなかったという。そう考えるとさすがに少しだけ同情した。

「その……警察に保護してもらうっていうのは?」

 レモさんが控えめに提案するがオチバはそれを冷笑して一蹴する。

「気づいてないの? この地方もアマリトも癒着が横行してるどころか協力してる支部まである有様よ」

 すっとレモさんの血の気が引いていくのがわかる

 正しいと思っていた警察が、そんなことをしていると、知ってしまったのだ。レモさんの反応も無理はない。

「組織名や目的までは詳しく知らないけど、恐らく、規模はそこそこ。昨日の警察に引き渡した男もとっくに解放されてるんじゃないかしら」

「そんなことが罷り通るわけ――!」

 レモさんが声を荒げて音を立てて椅子を倒す。が、レモさんは一瞬にして冷静になって自分で倒した椅子を直しながらもう一度座る。

「だから私は極力警察にも頼るつもりはないわ。できれば腕のいい、人の良さそうなトレーナーがいればとは思うけど」

 ちらりと、レモさんを見るオチバだったがすぐに俺の方を見てにっこりと、微笑む。ろくなこと考えてない顔だと一発でわかる。

「だからぁ、今後もよろしくしてくれると嬉しいんだけどぉ?」

「嫌じゃ……」

 つい謎の口調になる程度には嫌だ。でもどうせこいつと離れるとまた襲われるかもしれないし本当に最悪だ。

「うーん……ハツキ君とオチバさんが一緒に行動しないとなると、私もどっちかしか守れないし……そうなってくるとやっぱり落ち着くまでは一緒にいたほうがいいんじゃないかしら」

 急募、オチバだけ見捨てて安全を得る方法。だがしかし現実はそううまくいかないので諦めよう。

 どうあがいても俺はオチバと運命をともにしないといけないらしい。なんで。

 解決方法はざっと思いつく範囲で追手二人をどうにか排除する。ただ警察はまともに機能しないので逮捕は時間稼ぎにしかならない。

 オチバは「最悪殺せれば……」などとぼやいているが物騒すぎる。いや、うん、それは最終手段で頼む。レモさんもいるし、彼女は安易に殺すだのはしないはずだ。

 微妙に空気が重くなったところでアクリがぼそぼそと呟く。

「ところで……ハツキの……会話できるところ……実際に確認したい……」

 そういえばレモさんくらいしか俺がポケモンと会話できてる確証が持てるやりとりをしていない。オチバもアクリの言葉に同意し、レモさんは周囲を見渡して「他に人いないよ」と教えてくれる。

「疑うわけじゃ、ない、けど……手持ちが、なんて、言ってるか……気になるから……」

 まあ確かに。レモさんも手持ちの言葉を聞きたがってたし証明するにはわかりやすい手段である。

「じゃあマフォクシーでいいか?」

「うん……ふぅこ、何か言いたいこと、ある……?」

 後に俺はこの時の軽率な発言を後悔する。

 

【アクリはハツキが好き】

 

 

 

 

 やめたげてよお!!

 

 

 




活動報告にメインキャラのイメージイラストラフを置いておきました。鉛筆絵なので雑ですが興味のある方はどうぞ。作者のイメージがいらない、見たくない、下手な絵に興味はない方はご注意ください。


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ゆがむは恋

 

 

 多分、過去最大に頭を抱えるハメに陥っている。

 辛い。なんだこれ。なんのイジメだ。

「……どう、したの」

 マフォクシーのせいで頭を抱えて顔を伏せた俺に、心配そうなアクリの声がかかる。レモさんも「大丈夫ー?」と呑気そうに言っているが正直ダメです。

 えっ、これ俺の口から言わなきゃダメ? しんどい、やめてくれ。何が悲しくて俺のことが好きだという暴露を俺の口でしないといけないのか。だってほら、お互い気まずくない? そういうの。

ずっと黙っているからか全員不思議そうに首を傾げており、エモまるは笑い死んでいる。お前あとでお覚えておけよ。

【はい復唱! ハツキほら復唱!】

 マフォクシーが煽るようにパンパンと手を叩く。こいつ絶対に許さねぇ。確信犯かよ。

「どう、したの……?」

【ほらチャンス! 乗るしかないこのビッグウェーブに! ハツキ復唱まだー?】

 ああああああああ!! すっげぇムカつく。でも自分の手持ちでもないマフォクシーに殴り掛かるわけにもいかないしもう詰んでる。完全に嵌められた。

 どうにかしてうまい言い訳を考えたいが違うことを言ってもマフォクシーが即否定しそうだし、なぜ証明しようとか思っちゃったんだよ俺。

【ハツキ、腹括ろうぜ!】

 エモまるてめぇ助けろや!

 相変わらず笑いながら成り行きを見守るエモまるは一切頼れない相棒である。洗濯バサミで干すぞ。

「……えっと……すごく、言いづらいことだからやっぱりなしってのは、だめか……?」

「気になる」

 ですよね。エモまる爆笑してるしマフォクシーもなんかテンション高いのは言葉がわからずとも察せられるし。

 すると、オチバがぴんときたように「ああ」と手を叩いて次いで、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。これ黙ってれば黙っているほど状況が悪化していくやつだ。確信した。この場に俺の味方はいない。

「えっ……と、だな……その……なんだ……怒らないで聞いて欲しいんだけど……」

 オチバに何かされる前にやるしかない。明らかにあの顔は何か企んでいる顔だ。

「あのさ……アクリ……あー……その……」

「なぁに?」

 言葉に悩んで途切れ途切れな俺を待つアクリと目が合い、息を深く吸って早口で言った。

 

「お前俺のこと好きなの?」

 

 多分人生でこんな発言、もう二度としない自信のある、まるで自信過剰な人間の言葉。

 隣でレモさんが「えっ」と小さく声を漏らし、オチバのにやにやした視線が刺さる。外野ホントにやめてください死んでしまいます。

 肝心のアクリは無表情で硬直しており、反応がない。

【あれ、もしもーし】

 エモまるがアクリの目の前でぶんぶん手を振るが反応はやはりなく、マフォクシーもゆさゆさと肩を揺らすが微動だにしない。

「……おーい」

「――きゅうううん!?」

 ポケモンみたいな叫び声をあげたかと思うとスケッチブックで顔を隠して机の下へと潜り込んだアクリは足でマフォクシーをげしげしと蹴りながらぶつぶつと呟きだす。

「何言って、何言ってるの、ふぅこ……! ふぅこがばらした。ふぅこの馬鹿、わからずや……! せっかく徐々に懐柔していこうと思ったのに……!」

 ちょっと待て。今なんかさらっと恐ろしいこと言わなかったかこいつ。

【駄々っ子みたいなことしないの! ほら起きて! どうしてそこで諦めるの! もっと熱くなるのよ!】

 すいません、俺もう帰っていいでしょうか。

 ふと、レモさんが机の下でジタバタするアクリを心配そうに見ながら耳打ちしてくる。

「その、断るならちゃんと断りなよ? 中途半端が一番良くないわ」

「あっはい」

 これやっぱり俺が引導を渡さないとダメなやつ。いっそ殺して欲しい。

「アクリー、おい」

 机の下を除くとスケッチブックにすごく雑な文字が書かれているのが見える。

『すきです』

 こいつ、本当になんで俺なんだろうか。

「全然心当たりないんだけど、俺何かした?」

「……しいていうなら、顔」

 わかりやすく、安直な理由すぎてこれ以上そこを追求するのはやめようと思った。顔、顔は普通くらいだと思ってたけど世の中変わった趣味もいるしなぁ。

 アクリは顔はまあかわいい方だし、背が小さい割には胸が大きくて魅力はある。そのせいでなんで好かれるのかが全然わからなかったが……。

「えーと……出会ったばかりだし、すぐにどうこうってのも……いや、拒絶してるわけじゃなくて、その」

「うん」

 なんか改めて口にするのも気恥ずかしいし、好きかと聞かれたら難しいところではあるが嫌悪感もない。ので、好意は素直に受け取ることにしたい。

「……俺でいいならまあ……」

「……おっけーって、こと?」

「まあ、そういうことでいいよ」

 正直、彼女とかできると思っていなかったし前世でも縁のない事だったので純粋に好かれることに関してはありがたい。あまりに急すぎたので反応には困ったし、口にしてくれなかったので俺もどうすればいいのかわからなかった。

 アクリはスケッチブックで隠した顔を見せて不安そうな顔で見てくる。

「……ほんとうに?」

「ホントホント」

 誰かに言いたい。今の状況めちゃくちゃ恥ずかしい。

 なんで人前でこんな告白大会みたいなことしないといけないんだ。おのれマフォクシー。せめて人がいないときにやってほしかった。

「おめでとー。やだもー、青春じゃないの」

 外野その1のオチバがぱちぱちと手を叩いており、ご退去願いたいほどに苛つかせてくる。こいつに先手を打たれる前に動いて正解だった。

 レモさんは釈然としないのかあまりいい顔はしておらず「まあ本人たちがいいなら私はいいのだけど」と呟いていた。

 マフォクシーは一匹ドヤ顔しており、エモまるはマジかーという顔をしていた。こいつらなんなの? 俺だけをいじめる使命でも抱えてるの?

 そもそも俺の能力の話をしていたはずなのにどこかへ吹っ飛んでしまったし今更それを蒸し返すのも微妙だし微妙に気まずい。いつの間にか椅子を持って移動して俺の隣にアクリが座ってるし。

「楽しみだな、ハツキのこと大事にするから……ミーなしで生きられないようになっていいんだよ……甘えていいんだよ……」

 どうして俺は普通の女と縁がないんでしょう。ちょっと選択ミスしたかもしれない。レポート書かせてくれ。ダメですか、そうですか。

「えーと、話戻そうか」

 レモさんが軌道修正を試みようとするが俺を除く二人と二匹は『どこから?』といった顔でぽやっとしている。ええと、まあもう俺の能力はどうでもいいや。

 そうだ、今後のことについてだ。

「一応この地方にもジラーチの伝承はある、けど……。微妙に詳細がわからなくて手詰まりなんだよな」

 そのためにここに来たのだが資料も他地方のことばかりで参考にならない。ホウエンのトクサネにある白い岩とか眉唾もいいところだ。確かなんもねーだろあそこ。

「ジラーチなぁ……私もあんまりそういうのは知らないかなぁ。知ってそうな友達も思いあた……」

 

 

「話は聞かせてもらいました! ずばり、陰謀ですよ陰謀!」

 

 

 静かな図書館に響き渡る無駄に大きな声。思わず驚いてそちらを見ると丸メガネに野暮ったいおさげの少女が本を抱いて高らかに宣言する。

「そう! 全部陰謀なのです!」

 あまりにも唐突かつ、うるさいこともあって俺達は反応に困って無言に陥った。オチバすらちょっと困惑している。地味な見た目とは違ってなんともアグレッシブというか、やかましいというか。

「ノノちゃん。図書館だから静かにしないと」

 唯一、子供を叱るようにレモさんが少女を注意すると、俺たちを見たレモさんは紹介するように手で少女を示した。

「この子はこの町のジムリーダーのノノちゃん。ちょっと変わってるけどいい子だよ」

「そうです! つまりこの地方は何者かの陰謀によって操られているのです!」

 ちょ……っと? かなり変わっていると思うがノノはふんすふんすと鼻息を荒くしてズレたメガネを直すと額がぶつかりそうな勢いで顔を近づけてくる。

「おかしいのですよ! この地方、ある時期を境に古い文献や資料が喪失しており、多額のお金も動いてます。きっとこの地方にも悪の組織がのさばりはじめたのですよ~!」

 ロレナシティのやべーやつ、ノノ。しっかりと覚えたので次は関わらないようにしよう。

「ノノちゃん、いつから話聞いてたの?」

「え? ジラーチの詳細を探してるけど手詰まり、ってあたりからですかね」

 ついさっきだし、俺らの会話で陰謀がどうのって話の核心部分聞いてねぇのによく入ってきたな。

「少し前まではジラーチに関する文献はもっとあったんです。あたしが把握している限りでは4、5年前くらいですか。もっと記録を遡ると12年前あたりで文献の紛失事件もあったり、結構厄ネタなんですよ、ジラーチに関する情報って」

 思ったより真面目な話らしく、せっかくなので詳しく聞いてみることにする。

 13年前にジラーチに関する研究をしていたオモイ博士が提供した資料がジラーチに関する一番最新の情報だったのだが12年前のその事件で紛失し、その後もたびたび古い文献を含む情報が喪失しているという。喪失しているのはほとんどがジラーチに関する記述があるものばかりでノノはそれをずっと不審に思っていたらしい。

「あたしがあと5年早く生まれてたらその資料読めたのにと思うと涙が止まりませんよ……ぐすぐす」

「複製とかないのか?」

「それがないんですよねー。残念なことに、読んだことある人がだいたいこんなことが書かれていたって書き出したざっくりとした内容くらいしかなくて。肝心のオモイ博士は奥さん娘さんともに一家で行方不明だし」

 ないものは仕方ないがジラーチに関することすら厄いとか俺なんか無意識に厄ネタに突っ込もうとしてる?

 さすがに俺みたいにトチ狂ってジラーチ頼みの人間とかほかにいるはずないよな、と思いたいのできっと大丈夫だろう。大丈夫だって言ってくれ。

「ほかにノノちゃん、知ってることある?」

 レモさんが問うとノノは悩んだ素振りを見せ、なにか記憶に引っかかったように目線を斜め上に向けながら言った。

「んー……ザンタタウンにジラーチの伝承がある、っていうのはご存知ですか?」

 ザンタタウンとはこの地方のはじにある小さな町で、これといって特徴のある場所ではなかったはずだ。

 なぜザンタタウンについて俺が知っているかというと、あの白衣の男の名刺に書かれたラボの所在地がそこだったからだ。

「ハツキ君どうする?」

 一応この地方での伝承だし手がかりがある可能性も、白衣の男に会いにいくこともできる。

 目的地としては目指しやすい場所だが――

「俺はザンタタウン目指すのはいいんだけどそっちの二人とレモさんは……」

「あ、私はどうせレンジャーの役割しながらあっちこっち移動してるから気にしなくていいからね」

 レモさんのことは気にしなくていいと言われたがオチバとアクリがどうなのか。

 するとアクリは『デートと聞いて』とスケブにドーブルのイラストまで描いて喜びを表現している。デートとは言ってない。一言も、言ってない。

「私はぁ、アマリト地方とかじゃなければ全然いいわよぉ」

 はい、決定。だけど不安しかないです。

 なんか……俺の人生を占めていた悩みがこいつらと出会ってしょうもないことのように思えてきてしまって、それもそれでどうなんだろう……。

「じゃあそういうことで明日にでも出立しましょうか! あ、ノノちゃんありがとね。でも図書館では静かにね?」

「レモンさんいいなぁ。もしなにか面白い話あったら教えて下さいねー」

 ジムリーダーなのでジムをあけるわけにはいかないので現地に向かうのは憚られるのかノノはそれだけ言って帰ろうと背を向ける。

 が、ふと振り返ったかと思うとノノはオチバをじっと見つめて不思議そうな顔をする。

「あのー……どこかでお会いしたことあります?」

「え? ないわよぉ」

「うーん……見たことある、ような……」

 確信はないもののなにかが引っ掛かったような顔でノノはオチバを見るが、結局答えに結びつかないのか「さすがに違うか」と一人納得してそのまま一礼して去っていった。

 俺たちも思わぬところからの情報提供により図書館ですることがなくなったのでポケモンセンターに戻って休息や明日の準備に向かおうと施設から出るとレモさんの端末が鳴り響いて、画面を見たレモさんが今までに見せたことのない顔を浮かべ、無理やり取り繕ったような笑顔を俺たちに向けた。

「ご、ごめん。ちょっと電話。3人は先にポケセン行っててくれない?」

「はぁい。じゃあいきましょ」

 オチバがあっさり頷いて一番前に立ってポケモンセンターへと向かおうとする。アクリも俺の腕を引いて進んでいくが、レモさんの引きつった顔が気になって、振り返るが通話をするレモさんの後ろ姿しか見えず、相手が誰なのか、なぜあんな顔をしたのかわからないままその場を離れることとなった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「――なんで、電話してきたんですか」

 ハツキたちには見せない、怒りが滲んだ声を電話の相手に向けるレモンは数年ぶりに聞こえてくる軽薄そうな声に耳を傾ける。

『いやぁ……久しぶりに、その……元気かなって思って』

「生憎と元気も元気。どこかのいい歳してニートの誰かさんとは違いますから」

『……お前、なんか厳しくない?』

 電話の声は呆れたような、落胆したような声。レモンは苛立ちがふつふつと沸き立っており、声が更にきつくなる。

 

「師匠」

 

 ただただ、単純で、名を呼ぶに等しい行為のそれは相手への愛憎が込められた一言。

 レモンはそれをすがるような顔で俯いて、男の返事を待つ。

 師匠と呼ばれた男の声は言葉に詰まっているように息を呑む音がし、少しだけ間を置いて呟いた。

『まだ俺のこと、師匠って呼ぶんだな』

「師匠は師匠ですから」

『……やっぱり怒ってるだろ、お前』

「そう思う心当たりがあるんじゃないんですか?」

 師匠と弟子。そんな聞こえのいい言葉で通しているが二人の関係はもっとかわいくも、優しくもない関係だった。ただ、それを口にするのは憚られ、レモンもはっきりとは言わないが当事者である師匠への嫌味としては機能していた。

『えーっと……そうだ、メリーは元気か?』

「メリーなら元気ですよ。そっちこそ、マリーは大事にしてますか?」

『俺が大事にされてない』

 仲がよくないのか師匠が愚痴のようなものを呟きながら、レモンは少しだけ、笑って苛立ちもどこかほぐれるように雰囲気が和らいだ。

「約束ですから、マリーと一緒にしばらくはがんばってください」

『約束はいいんだけど、条件曖昧すぎていつになったら会えるんだよ……』

「師匠次第ですよ」

 

 ――大好きで、大嫌いで、狂おしいほど愛しい人。

 

 レモンは小さく息を吐いて、あまり剣呑なのもよくないと思い直したのか自分の近況も少し師匠に打ち明けることにする。

「そういえば私、明日から一緒に旅する予定の子がいるんですよ。他人と旅するの、初めてなのでちょっとワクワクします」

『へぇ、俺も今一緒に旅してるやつがいるんだよ』

 師匠の声も穏やかで、他愛のないやり取りにレモンは安心していた。

(これなら、もう会っても……いいかな……)

 そう思うほどには、レモンも彼に会いたいと思っていた。けれど、ずっと自制していた鋼の心はそれを口にすることを許さない。

 でも、もうそろそろいいだろうか、と考えた矢先に、男は声を一段低くして囁いた。

『おい、男と一緒じゃないよな』

 その声に、レモンは子供のようにびくりと体を強張らせ、黙っているとやましいことをしていると思われかねないと必死に言葉を紡ぐ。

「男の子は……一人、いるけど……女の子もいる、から……」

『は? お前ふざけてんのか? 男は駄目だ』

 高圧的な言い方にレモンは確信した。

 

 ――この人、何も変わってない。

 

『おい、レモン。聞いてるのかレモン。いいから――』

「師匠なんて大っ嫌い!! そういうところが嫌ってなんでわからないの! わかるまで二度と電話しないで!!」

 通話を打ち切って、怒鳴ったせいか頭がくらくらするくらいに心が乱れ、壁に寄りかかるようにして泣きそうな顔でうつむく。

 デンリュウがそれを心配そうに見つめ、背中をさすってやると、レモンは大丈夫と手で制した。

「師匠の馬鹿……」

 ――ずっと好きでいる自分も馬鹿だが、それ以上に何も変わらない、一番大好きな人に落胆を隠せないレモンは深い溜め息をつく。

 強すぎる感情は毒にもなることを知っているレモンは、アクリのことが心配でしかない。

 

 いずれ、彼女とハツキが自分たちみたいになってしまうんじゃないかと。

 

 

 

 



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影に潜むはゴーストタイプ

 

 

「レモンちゃんどうしたのかしらねぇ」

「さあ……」

 電話の内容を聞かれたくなかったんだろうがあんな顔をするほどの相手とは誰なのか。

 腕をぎゅっと掴んでくるアクリにやんわりと離れるように手を添えるが通じない。地味に歩きづらいんだけど。

「ポケモンセンター行く前にお買い物しとく?」

『スケッチブックの予備買いたい』

 ポケモンセンターの手前にあるフレンドリィショップの前で立ち止まるとアクリがスケブにそう書いてオチバとともに中に入る。そうやって文字書いて無駄遣いするからいけないんじゃないんだろうか。

「別に普通に話せるんだから喋れよ」

 隣にいるアクリにそう言うと微妙な顔をした後に小さな声でぼそぼそと言う。

「妹に……『姉さん、声、ガマゲロゲみたい……気持ち悪い……』って言われたからできるだけ喋らないようにしてた……」

「本当にそれ妹に言われてんのかよ」

 罵倒もいいところだ。なるほど、それなら喋りたくないのもまあうなずける。

「気持ちはわかるけど別に変な声でもないし普通に喋ろうぜ」

「いや……気にはしてないんだけど……筆談の方が早くて楽だから……癖になって……」

「お前に繊細な心を求めた俺が馬鹿だったよ……」

 妹に馬鹿にされて筆談が楽って思えるのメンタルが強すぎて俺には真似出来ねぇ。

「でも……筆談も筆談で……妹が『いちいち文字読むの面倒だから……やめて……』って怒るし……」

「お前の妹、単純に難癖つけたいだけだと思うぞそれ」

 兄弟姉妹なんて今も前世もいないのでよくわからないが間違いなくアクリのところは姉妹仲が悪い部類に入ると思う。問題はアクリ本人があんまりそう思っていなさそうなところだが。

「そういえばオチバは兄弟とかいたりするのか?」

 回復アイテムを見ていたオチバに声をかけると「え、ああ……そうね……」と曖昧な返事だけが返ってくる。

「なんだその反応」

「おと……妹ならいたわよ」

「会いたくねーの?」

 父親とは最悪だろうが妹なら会いたくても不思議ではないだろう。アクリみたいな関係を除くとして。

「私が今更しゃしゃり出てもあっちも迷惑でしょうしねぇ……仲はよかったけど、巻き込むのもなんだかんだで気がひけるのよ」

 とにかく、追われてる現状をどうにかしないと無理、と言って話題を打ち切られたので買うものを手にレジで会計を済ませるとまだほかにも買うつもりなのか棚を見ている二人を確認して一旦店の外へと出る。店内も混んできたし邪魔になるだろう。

 先にポケセンへ向かってもいいが店の外で待っていたほうが追いついたレモさんとも合流できそうだしと壁に寄りかかりながらぼーっとしているとエモまるがボールから出てきて声をかけてくる。

【ボール買わなくてよかったのかー】

「……捕獲とか苦手だし」

 小声で、独り言のように呟いてエモまるに答える。実際にエモまる以外相手にするのすら結構ストレスなのに野生を捕まえるなんてあんまり考えたくない。

【俺だけだと対応できねーし買っとけよー。俺がいなくなったらどうすんだよー】

「はいはい」

 心配はもっともだがレモさんがいるしアクリも手持ちは偏っているみたいだが普通に戦えそうだし、何より手持ちが増えると食費とかもろもろの出費が増える。よくゲームで手持ちが6匹とか基本だけど俺の財布事情を考えるに常に6匹とか無理だ。

 ふと、なぜか悪寒がして、周囲を見渡してみる。視線は感じない。

【ハツキ、影だ!】

 エモまるの声で自分の影を見ると笑っているのがわかる。

 しまった、と動きかけて抗えない睡魔と、体の気だるさから何もできないまま体が傾いて意識が途切れていった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 買い物を終えたアクリとオチバが店内にハツキがいないことを悟って店の外に出るが見当たらない。

「あら、先にポケセン行ったのかしらぁ」

「……」

 アクリがきょろきょろと見渡して、ふと、足元を見ると路地裏の片隅に見えたそれに気づいて駆け寄り、オチバもそれについていくとそれが何かに気づいて二人共ぎょっとする。

「ハツキのエモンガちゃんよね?」

「……うん」

 目を回してボロボロになったエモまるを拾い上げてげんきのかけらを与えたアクリは、エモまるが目を覚ましてえもえもと何かを伝えようとするのを真剣に聞き入っている。

「何言ってるか……わからないけど……ハツキに何かあったのは……間違いない、よね」

「一瞬しか離れてないのにハツキだけ狙うなんて……」

「あれ、まだポケセンにいってなかったの?」

 後ろから声をかけてきたのはいつもと変わらない様子のレモン。電話が終わって追いかけてきたのだろうがオチバとアクリしかいないことに怪訝そうに目を細める。

「ハツキ君は?」

「それが……」

 残されたエモまると姿を消したハツキ。それを聞いてレモンはなんとも言えない渋い顔を浮かべながらフライゴンをボールから出した。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 反省した。俺はやっぱり他にもポケモンを増やすべきだ。

 そもそも前世の現代日本と比べてこの世界は明らかに危険なのはわかっていたのになぜ舐めプみたいに一匹縛りにしているんだ俺。食費よりも命が大事に決まっている。馬鹿じゃないのか。

 

「いやー、やっぱ雑魚で助かったー」

 

 どうも雑魚です。あの時、さいみんじゅつで気絶した気を失ったあと、どうやら白服女のサディにお持ち帰りされたようで命の危険を感じている。

 縄で縛られてるし、エモまるは当然のようにいないし、目が覚めても自分の影になんかいるしもうだめだ詰んでる。

「ピーの言うとおりにしたらマジで上手くいったわー。さすがピー」

「じゃあ迎え撃つ準備をするからな」

 銀髪の男、最初にオチバを追っていた男も当然のようにいてせめて遺書を書かせて欲しいと切実に思う。これ無理だろ。生還できる自信がない。

「よお雑魚。気分はどうだ?」

「最悪」

「最高だってよ! 聞いたかピー」

 会話が通じないの怖い。なんかこう、ぞっとする。

 気だるさが消えない、なぜか息苦しい。しこれ絶対影に入り込んでるやつのせいだよな。このまま衰弱死とかも否定できない。

「あんまりそれで遊ぶんじゃないぞ。というか暇ならこっちを手伝ってくれないか」

「暇じゃねーし。雑魚と戯れるのに忙しいから」

 なんで俺、こんなに雑魚雑魚連呼されないといけないんだろうか。前世でなんか悪いことでもしただろうか。

「なー、足一本だけー」

「ダメだ」

 物騒な会話が聞こえてくるけど聞きたくねぇ。

 ただ、サディはこの男といると昨日のような凶悪さはまだなく、言ってしまえばマシに見える。ストッパーのような存在なのかもしれない。

 だからといって今自分の身が危ないことに変わりはないのだが。

【きしししっ! びびってるぜこいつ~】

 影から体を浮かび上がらせたのはにやにやと笑うゲンガー。当たり前のように影に入り込んでいるがこんな技あったっけ?

「あ、ゲンガー。ちゃんと入ってろよ~」

 サディがゲンガーの頭をぐいと押して影に戻そうとし、ゲンガーが【えー】と不満の声を上げる。

【飽きたー。飯ー。呪うぞー】

「あー? 腹減ってんの? しょーがねぇな。ピー、なんか食えるものある?」

「僕の荷物の中に携帯食料なら」

 リュックかなにかをごそごそと漁るサディと、不満そうなゲンガーが小石を蹴っ飛ばしてサディを待つ。見つけた食料……というかぱさぱさした栄養食だ。腹は膨れるかもしれないがこう、ゲンガーは露骨に悲しそうな顔をする。

「んじゃゲンガー。これやるから見張りよろしくなー」

味気のない栄養食を渡されてしょんぼりしたゲンガーは二人を見送りながら俺の影の上でもくもくとそれを食べ始める。

 二人の気配が完全に遠くなりしん……と静まり返った空間でぱさぱさしたそれを食べ終えたゲンガーがぼやく。

【俺のことこきつかいやがってー。ちくしょー】

 ゲンガーはあまりサディに懐いてないんだろうか。ずっとブツブツと不満を垂れ流しており、俺を見張るという仕事も適当のようだ。

「……なあ、お前さ」

 ゲンガーに声をかけるときょとんとした顔でこちらを振り返って首を傾げてくる。

「今の主人が不満なら俺に協力してくんね?」

【……うん? んん? お前、もしかして俺の言ってることわかってる?】

 ここでバラして大丈夫か一瞬だけ不安だが、言葉を理解するという点はポケモン側にも結構なメリットのようでもしかしたら裏切ってくれないかなーという淡い期待があった。

 うまいこと釣れるなら逃げるチャンス。どうせ拒否されても主人に言葉は通じないから多分大丈夫だ。

「うん、まあわかる」

【マジかー。え? 何、逃げたいの?】

「当たり前だろ」

 今もなんか生気っていうか何か吸われてる気がしてけだるいし、命の危機しか感じない。

【うーん、まあ別にいいけど】

「頼む! 一緒に逃げるならお前の言うこと聞いてやるから!」

【ん~……美味しい飯が食いたい】

 ちょっと悩んでいるようだがこれなら釣れる気がする。

「少なくとも今の主人のところで悪さするよりはいいはずだろ?」

【……そっかぁ。じゃあ協力するぜ】

 

 

 

――――――――

 

 

 ゲンガーを買収して慎重に抜け出そうと洞窟を抜けるために進んでいく。

 拠点なのか洞窟には至る所にあの二人が仕掛けたであろう罠の痕跡があり、時折ゲンガーが罠の場所を教えてくれる。懐柔できてよかった。

【こっち出口だぜ】

 二人や他のポケモンの気配はない。このまま外に出て、場所にもよるが人のいるところへ逃げれば――

 

「何してんの?」

 

 背後からの声にゲンガーとともにびくりと肩があがり、振り返ると笑っていない笑顔のサディと面倒くさそうな顔をしたピーがいた。

「ゲンガー? な~にしてんのかなぁ」

 紫色が真っ青になるほど焦るゲンガーが取った行動は一つ。

 即座に俺から離れてサディへと体をこすりつけた。

【ちょ、ちょっとしたジョークだってばぁ~。俺がサディを裏切るわけないじゃ~ん】

 ゲンガーが露骨に不機嫌そうなサディに擦り寄り、手のひら大回転ぶりにはもう呆れを通り越して感心する。

「……へぇ? お前、いい度胸してんじゃん」

 不機嫌さを隠さないサディはそんなゲンガーを見下ろし、一瞬ピーの腰にあるボールを見る。

「カラマネロ?」

 突然、ピーの手持ちであるカラマネロがボールから飛び出してゲンガーとハイタッチするとピーに何か伝えようと触手を伸ばした。

「は? いきなり何――」

 不思議そうな顔をしていたピーの顔が一瞬にして真剣な目つきへと変わり、俺の胸ぐらをつかみあげて壁に押し付けられる。

 

「こいつの処遇は変更だ。これは本物だ」

 

 本物、という言葉にさっと血の気が引いていく。サディの方はよくわかっていないのかゲンガーの額をぐりぐりとしている。

「本物ぉ? 何が?」

「あの人が欲しがっていた『ポケモンとの会話ができる人間』だよ」

 バレた、というかチクりやがったなあのゲンガー。

「お前だけがポケモンと意思疎通できると思い上がってるんじゃないか? テレパシーでそんなことくらいわかるんだよ」

服で首が締まり、息苦しさでむせるとピーはカラマネロの触手が足に伸びてきて逆さまに吊られてしまう。

「人質作戦どーするよ」

「いったんこいつを――」

 次の瞬間、激しい爆発が出口と思われる方から聞こえてきて爆風も僅かにだが届いてくる。

「うわ、もうバレたのかよ!?」

「だがこっちには――」

 洞窟の天井を突き破って何かが飛び降りてきて、命の危険を感じるが幸いかそれとも意図的にか俺に落石が当たることはなく、俺を捕まえているカラマネロの上それは飛び降りてきた。

「ハツキを、返せ!」

 小さいがはっきりと怒気を込めたその声はアクリだった。ダダリンにつかまって一緒に入ってきたのかダダリンから飛び降りてドーブルを繰り出す。ダダリンの下敷きになったカラマネロはヘビーボンバーをもろに食らって動きが鈍っている。

「じゃまー! いわなだれ!」

 ドーブルが大量の岩を降らせ、悪党二人はそれを避けるために後ろへ回避する。岩で通路が塞がれて二人の姿が見えなくなったところでアクリはハツキに駆け寄る。

「ハツキ、だいじょうぶ?」

「あ、ありがとう……」

 ちょっとアクリの目が怖かったとか言えない。ダダリンに潰されたカラマネロはまだ瀕死になっておらず、怒りを露わにしながらこちらを睨んだ。

【よくもやってくれたなぁ!】

 つじぎりでダダリンを狙うがダダリンはその巨体に反して素早く動いて、カウンターのようにパワーウィップを叩き込み、カラマネロは戦闘不能となる。

 それと同時にいわくだきかなにかで岩が破壊され、怒り狂った二人が姿を表した。

「はぁー! いい気になってんじゃねーぞこの雑魚どもぉ! ゲンガー、シャドーボール!」

「アマージョ! ふみつけ!」

 サディのゲンガーとピーのアマージョが襲い掛かってくるがそれを防ぐのはダダリンと、いつの間にか現れたジュゴンだった。

「マメル、ふぶき!」

 アクリではない指示の声が響き、ゲンガーとアマージョはダブルノックアウトで悪党二人は歯ぎしりする。

「ハツキ君、無事?」

 凛とした立ち姿のレモさんが現れ、俺とアクリを庇うように立つ。危ない、惚れそう。

 レモさんの肩からエモまるが飛び降りて俺の肩へと移動すると驚いたような顔をして言った。

【心配したんだぜー!? 大丈夫か、俺のいないところで騙されたりとかしてないか?】

「俺が信用できるポケモンはお前くらいだよ……」

 人間どころかポケモンすら不信になりそう。

「ダンク、マメル、二人を連れて外へ――」

 ダダリンとジュゴンへのレモさんの指示を遮るがごとく羽音が至近距離で聞こえる。アクリが即座にドーブルで攻撃するがかわされ、その正体がテッカニンだと気づいたときにはレモさんは顔をしかめた。

「ほんっとうに早いの好きね、あなた」

「速攻でケリつけるのが気持ちいいんだよ!」

 サディの指示でテッカニンのかげぶんしんが出現し、たくさんのテッカニンに囲まれるとレモさんは鬱陶しそうに舌打ちする。

 アクリが別のドーブルを出してレモさんに「任せて」と言うとレモさんは無言で頷く。

「まっは、でんげきは」

 数あるかげぶんしんの中から的確に電撃が撃たれ、テッカニンのかげぶんしんはその衝撃でか消えてしまう。

 その瞬間、ピーがレモさんを直接狙っていることに気づき「レモさん!」と叫ぶと目をすっと細めたレモさんがピーと対峙する。バトルでいくら有利でも男と女じゃ――

 

「甘い!」

 

 受け流すように迫ってきた腕を掴んだかと思うとそのままピーの体が宙に浮いて地面に強く叩きつけられる。

「トレーナーを狙うこと自体は悪くない手だけれど、それは鍛えているトレーナーには悪手にしかならないことを覚えておきなさい」

 呼吸一つ乱さず投げ飛ばしたであろうピーなんとかを見ると体を強く打ったからか苦しそうにむせていた。

 

 もう全部レモさん一人でいいんじゃないかな。

 

「油断したな――!」

 倒れたピーが勝ち誇ったように呟くと同時にレモさんの背後――影から現れたヌケニンがレモさんを襲った。

 

 

 




活動報告にてイラスト置いておきました。いつもありがとうございます。
ついでにこちらも活動報告で2作合同のキャラクターアンケートしてます。もしよければ気軽にぽちっとしていただけますと嬉しいです。


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落ち葉は語る

 

 

 

 レモさんを襲うヌケニンの攻撃は意外な存在によって弾かれる。それはやたら目つきの悪いピチューだ。

【ひっさしぶりに出てこれたと思ったらこれでちか!】

 開幕悪態をつくピチューはレモさんのでもアクリの手持ちでもない。

 そう、まだここにいない唯一の人物。そして、一度も手持ちを見せたことがない女がいる。

「レモンちゃん大丈夫?」

 まったく心配などしていないような声。甘ったるい声にピチューは渋々引いて声の主の足元に立つ。

「ハツキ、無事?」

 片目だけで俺をじっと見るオチバだが機嫌が少し悪いような気がする。

「あいつ……!」

 離れたところからサディが歯ぎしりするのが聞こえた。一方オチバは自分の腰についたボールを見て面倒そうにため息をつく。

「はぁ~……まさかこの私が手持ちを晒すことになろうとはねぇ……」

 心底嫌そうに言うけど元凶はお前だよ。

「まあ、戦力には数えないで頂戴」

 そう言ってボールを放つと飛び出たのはファイアロー。やけに目付きが悪くオチバを睨み、渋々といいたげにオチバから視線をそらして敵二人を見下ろした。

 次いでゴンベとトゲピー、更にはグレイシアとポカブが並ぶ。ちゃっかりこいつ、手持ち6匹揃ってるじゃねぇか! 確かに進化前も多いので戦力になるかと聞かれるとやや不安ではあるがファイアローだけでも十分頼れると思う。

「これだけの戦力差があれば余裕でしょう。さあ、観念しなさい!」

 レモさんの掛け声に合わせてアクリのドーブルたちも一緒にピーとサディの手持ちを攻撃する。

 エモまるを出してもいいが逆にエモまるがやられると俺は身を守る術がなくなるのでおとなしく守られることにします。やっぱり手持ち増やそう……。

 ふと敵に攻撃しているのがレモさんとアクリのポケモンしかいないことに気づいてオチバの方を見る。

 

「待って、待って待って痛い痛い痛い」

 

 振り返ると自分の手持ちにフルボッコにされているオチバがいた。

 ファイアローだけは攻撃してないものの残りの5匹から新手のふくろだたきを受けているオチバはなんかもう、コントの域に達していた。

【てめー都合のいいときだけ呼び出してんじゃねーよ、ブス!】

【焼いて食ったろか! あぁん?】

【誰がかきごおりだゴラァ! お前の頭から赤いシロップ出してやろうか!】

 手持ちがそこそこ揃っててやるじゃん、と見直した俺が馬鹿だったようだ。全く懐かれてない。すごい暴言の嵐。めちゃくちゃ俺がストレス溜まるタイプの手持ちとトレーナーの関係だこれ。

「だから手持ち出すの嫌なのよー!」

「むしろどうやったらそんなに嫌われるんだよ!?」

 頭を庇いながら手持ちたちからの猛攻に耐えるオチバを一応助けてやるとオチバの手持ちたちは不満そうにフーッフーッと息を荒げる。

【お兄ちゃんどいてそいつ殺せない!】

「誰がお兄ちゃんだ! あと、今! 敵! あっち!」

 見ず知らずのトゲピーにお兄ちゃん呼ばわりされる縁はありません。

 なんでレモさんたちが真面目に戦ってる横で私闘が始まってるのか。わけがわからない。

 そんな俺達の足元から嫌な音がしてまさかとオチバを引っ張って回避すると足元が崩れて危うく落とし穴にはまるところだった。ダグトリオが残念そうな顔をする。

【あちゃー、気づかれちゃった】

 いよいよ遊んでいる場合ではない。が、エモまるで対抗しようにも相性が最悪だ。エモまるって電気技以外に何の攻撃技覚えてたっけ? アクロバットとおいうちくらいだったような気がする。

「ハツキ君! オチバさん!」

「いかせねぇ、よっと!」

 サディのマルマインとエンニュートがレモさんを妨害し、俺達に近づけさせないよう攻撃を激しくする。アクリもピーのヌケニンとケンホロウを相手に俺たちに近寄れないでいる。

「てめぇはまともにポケモンの躾けもできねぇからなぁ! そらそっちの雑魚諸共おとなしく捕まりやがれっての!」

 本人はレモさんたちと対峙しているものの俺たちを嘲る言葉は届き、ダグトリオに追い詰められたオチバは心底嫌そうに悪態をつく。

「チッ……変態オヤジの犬が」

 今まで見たことないほどの憎悪。それと同時に絶対に捕まらないという強い意思を肌で感じる。

「――ハツキ、あなたダグトリオの動きにさっき気づいたでしょ。次出て来るタイミングで私に教えて」

「けどお前のポケモン――」

「いいから」

 ふざけていない声音に地面の振動と音に集中してみる。ダグトリオは俺たちの動きを奪うつもりだからある程度何をするつもりかは察しがつく。

 オチバを引いて後ろに下がりながら俺たちがいた場所を示すと、オチバは歯を食いしばって叫ぶ。

「やつあたり!」

 ぞくっとするほど甘く苛烈な叫びに対して口にする言葉の似合わなさ。だが彼女の手持ちが放つやつあたりは普通に接していれば出ないであろう高威力を地面から出てきたダグトリオへと叩きつける。

 6匹全員最悪なまでの高威力のやつあたりを受けたダグトリオは目を回してしまい、ひとまず俺たちの窮地は脱した。が、オチバは具合が悪そうに俺に寄りかかってくる。

「ごめ、んなさい……ちょっと……やっぱり使うもんじゃないわ……」

 手持ちをファイアロー以外全員ボールに戻すオチバの顔色は真っ青だ。

「どうしたんだよ、おい」

「持病みたいなもの、だから気にしないで……。とにかく、私達だけでも逃げないと邪魔に――」

 が、レモさんたちの間を影に入ってかいくぐってきたゲンガーがこちらに迫ってくる。ファイアローとエモまるが迎撃しようとするが素早いゲンガーの動きは二匹の影すら利用して俺たちに近づき、満面の笑みを浮かべた。

 

【ゲームオーバー!】

 

 ゲンガーが俺と、俺に寄りかかるオチバへと攻撃しようとしたその瞬間、オチバが地を這うような声で呟いた。

 

「自分で自分の頭を打ち付けなさい」

 

 ぴたりと、ゲンガーの動きが止まってなぜか土下座するように自分の頭を打ち付け始めたゲンガーに目を見開いているとオチバが更に消耗したように体を預けてくる。

【けしっ、けししししししし! 痛い! めっちゃいてぇ! でも楽しい! 楽しい! ばんざーい! ばんざーい!】

「ゲンガー!? お前またまともに『聞いた』な!?」

 サディの驚く声はレモさんのフライゴンによるいわなだれでかき消され、敵二人が見えなくなった隙にレモさんとアクリが駆け寄ってくる。

「逃げるよ! オチバさん大丈夫!?」

 呼吸の乱れたオチバを俺から預かったレモさんはおんぶして洞窟から抜け出すために走る。本当は俺がするべきなんだろうがレモさんの方が安全なんだよな。

「さっきオチバさん何したの?」

「わからないけどただなんか呟いて――」

 後ろから岩が破壊される音がしたので余計なおしゃべりはやめて走ることに専念する。

 途中、アクリがドーブルを一匹出して何か指示し他かと思うとドーブルはその場で立ち止まってしまう。

「アクリ、ドーブル置いてくのか!」

「大丈夫、足止め、だけ」

 ちらっと後ろを振り返るとドーブルがクモのすを追いかけてきた二人に張って動きを封じていた。やることやったと言わんばかりにドーブルはこっちに走ってくる。

「お前のドーブルたち、わけわかんない技ばっか覚えさせてるな?」

「そう……かな?」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 予想もしていなかったドーブルからのクモのすをまともに食らって動けなくなった二人は一応ポケモンに追わせはしたもののねばついてしばらく動けないことに苛ついていた。サディのエンニュートが一応焼いてある程度はマシになったものの全身がベタついて歩くたびにねばねばする感覚に追いつける気がしなかった。

「うぐぬあー! あいつの声を忘れてたぁ!」

「毎度のことながら本当に厄介だ……しかも協力者が今回は強いときた」

 ピーは顔についたクモの糸を鬱陶しそうに剥がしながら暴れたせいで自分よりひどいサディを助けてため息をつく。

「サディ、ゲンガーの様子は」

「だーめだ。もろに聞いちまったからかまだボールの中で自分の頭打ってやがる。混乱みたいに引っ込めても治らねぇあたりが厄介すぎる」

「時間経過が必要か……サディの主戦力が潰されたのは厳しいな」

 サディのボールを見ると本当に頭をボールにぶつけているゲンガーが見える。ピーは苛立たしげに爪を噛んだ。

「追跡させたサディのオオスバメも僕のケンホロウも恐らく返り討ちにされるだろう。見失わない程度に監視して隙を伺うしかない」

 とりわけ、二人にとっても強敵であるレンジャーのレモンを脳裏に浮かべ、サディはイライラしながら服についたクモの糸を払う。その度に粘ついて更に苛ついていた。

「はぁーこんなときリーダーが手伝ってくれりゃなぁ」

「あの人は…………いや、無理だろ」

 二人でなんとかするしかないと、ねばつく糸をどうにかしながら二人はこれからの作戦を考えるために再び動き始めた。

 ちなみに、あまりにもねばつきが取れないためかピーのギャラドスが水を出して洗い流したが、当然のように風邪を引きかねないので乾かしてる間何もできなくなったというオチがついて二人は哀愁漂う後ろ姿で追跡に向かった二匹を回収しに洞窟を出た。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 どうにか追ってきたポケモンも打ち負かして町に戻って今度こそ一人にならないでポケモンセンターで休息を取ることになり、まだ具合の悪そうなオチバをベッドに寝かせ、レモさんとアクリと腰を落ち着けて話をする。

「あの二人にバレちゃったの?」

「あ、はい……すいません……」

「んー、まあ仕方ないよね。狙われるのは不安だけど、今後はできるだけ一人にならないようにしましょう」

「大丈夫……ミーが、ハツキからもう、離れない」

 アクリが腕に抱きついてきて胸がすごく当たってるのが気になって仕方ない。一応真面目な話をしているから落ち着け俺。

「……オチバさんが体調悪いのって、もしかして狙われてる理由に関係してるのかな」

 レモさんが顔色の悪いオチバを見る。一応起きているのか、オチバは気だるそうな声を発した。

「まあ、当たらずとも遠からず、ってとこかしらねぇ……」

「ハツキ君みたいに何か隠している能力があるんでしょ」

 オチバは腕で顔を隠すようにしている。あまり口にしたくないのか無言がしばらく続き、観念したように起き上がって俺達を見る。

「まあ、ハツキがいるし、疑われるってことはもうないと思うのだけれど――」

 頭痛をこらえるように頭を抑えながらオチバは言う。

「私ね、ポケモンを強制的に従わせることができるのよ」

 先程のゲンガーを思い出す。明らかに異常な行動と、その直前にオチバが呟いた言葉。確かに一致する。そして、俺という前例がある以上嘘だとは到底思えない。

「といっても、ちょっと使うだけでこのザマよ。自分の手持ちにすら能力を使わないとまともにバトルできない私は誰かがいないと何もできないってわけ」

 自嘲気味に笑うオチバに「ふーん」としか思えない。なぜそんな嫌われるんだ。

「手持ちもね、自衛のために増やしたはいいけど……そもそもポケモンに好かれない体質なのか一向に懐かれないし言うこともろくに聞いてくれない子ばかりで大変なのよ」

 エモまるたちも生理的に受け付けないみたいな感じなのでほぼ体質みたいなのは間違いなさそうだ。生理的に嫌悪するようなオーラでも出してるんだろうか。

「でもほら、せっかくだからハツキ君もいることだし、交流してみるってのはどうかな? 言葉にすれば今までのわだかまりとかが解消されるかもしれないし、ねっ?」

 俺をちらっと見るレモさんがいいよね?と訴えてくる。俺は確かにオチバのように副作用みたいなものもないので構わないのだが――

「……じゃあ、手持ち出してみるわぁ」

 ボールからぽんぽん手持ちが出てきてオチバのベッドの近くに現れる。

 

「紹介するわぁ。右から順番にきんつば、まんじゅう、ゆでたまご、かきごおり、ちゃーしゅー、やきとりよ」

 

 ピチュー、ゴンベ、トゲピー、グレイシア、ポカブ、ファイアローが軒並み不機嫌そうな顔をして並ぶ。

 

【食べ物じゃない!】

 

「お前が嫌われる理由、ちょっとだけわかった気がする」

 

 食べ物の名前をつけられた手持ちたちは確実にその名前に対して不満を爆発させていた。

 

 

 

 

 




アンケートの方さっそくありがとうございます。ちょっと意外(?)な感じになってきてるので驚いてます。まだ受付中ですので活動報告から是非ポチッとしてもらえれば幸いです。人気投票ではないから結果は言わなくてもいいかなぁと思いつつネタとして面白いことになりそうなので活動報告か番外編かで結果発表してもいいかなって思ってみたり


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旅立ちflyaway

 

 オチバの手持ちとの面談みたいな状況になり、まず一匹目のピチューになぜオチバを嫌うのか聞いてみた。

 

【今まで食わされた仲間の恨みでち!】

「食わされたって何!? どういう状況だよ共食いか!?」

【きんつばをきんつばと知らずにたらふく食わされたでち……美味しかったでち……】

「名前……名前か……」

 きんつばという名のピチューは【美味しかったでち……でち……】と泣いている。まさか本当にきんつばを同族と思っているのか。

「えーと、それが嫌いな理由?」

【まだあるでち! とにかく気に入らないでち!】

 結局最終的に生理的に受け付けないってやつじゃねぇか。あとこのでちでち言うのはなんか癖なんだろうか。

「オチバ、一つ聞きたいんだけどこいつ自分がきんつばって種族か何かと勘違いしてない?」

「ああ、そういえばあなたは選ばれしきんつばたちの中でも意思を持ったきんつばよって教えたことがあったわね」

「お前のそういうところが嫌われるってわかる?」

 

 埒があかないので次、ゴンベ。名前はまんじゅう。

 

【生理的に受け付けない】

「いやそれは多分全員そうだろうからもう言わなくてもわかってる」

 このあとの手持ちたちも同じこといいそうだから釘を差しておくとゴンベが眠そうな目で言う。

【ん~じゃあご飯の量が少ない】

 ゴンベは元々食う量が他のポケモンより多いからなぁ。これに関しては難しいところだ。正直オチバの金銭的な事情は俺と似たようなものかそれよりひどい可能性があるので食事量に関してはオチバが悪いとは言い切れない。

 

 次、トゲピー。名前はゆでたまご。

 

【食われかけた】

「それはオチバが悪い」

 ピチューもゴンベもそうだが懐いていないから進化しないままなんだろうなぁ。せっかく進化すると強いのに。

 

 その後、グレイシアのかきごおりとポカブのちゃしゅーは特に気性が荒く、ひたすら愚痴を俺にこぼし始め、流石にしんどくなったので一旦二匹の話は打ち切らせてもらった。

 そして手持ちの中で唯一あんまり攻撃的でもないし、反応がわかりにくいファイアロー。やきとりって名前、そのまんますぎていっそ清々しい。

「……で、お前の不満は?」

【特にない。名前も不愉快ではあるがそうつけられたなら仕方ない。まあ従うかは別だが】

 ファイアローはちょっとよくわからないが微妙な距離感で他の手持ちたちとは違う印象だ。見ていたオチバが「ああ」と思い出したように言う。

「やきとりは元は私のポケモンじゃないのよ。名前をつけたのは私だけど」

「交換したポケモンってことか」

「いや……まあ、もらったポケモンよ」

 引っかかる言い方だがそれはどうでもいいので本題に戻ろう。

「オチバのこと嫌いなのか?」

【俺は好きでも嫌いでもない。前の主人だってたいして長い付き合いってわけでもなかったしな】

 やきとりはどこか楽しくなさそうに淡々と事実を言っている印象だ。まあこの中では一番マシだろう。

 とにかく、全員の話を聞いて思った結論。

「話し合ってどうにかなるような問題じゃない」

 正直、俺はポケモンの言葉がわかるというわけでだいたいのいざこざは解決できると思いこんでいた節がある。だが、これに関しては無理だと言わざるをえない。

「そもそもオチバお前! なんでトゲピー食おうとしたの!?」

「え、いやぁ、あの時はお腹すいてたから……」

「だからって手持ちを食おうとするか普通!」

「ぶっちゃけ一匹くらいは非常食かな、って思ってるもの」

「だから嫌われるってなんでわかんねーのお前」

 もう全面的にオチバが悪いってことにしたい。さすがに手持ちたちに同情する。

 すると、ずっと黙って聞いていたアクリが首を傾げながら言う。

「……オチバ、ポケモン、嫌い?」

 不思議そうに問われ、オチバは無表情でアクリを真似するように首を傾げる。

「なんで?」

「だって、なんか、手持ちのこと……興味なさそうだし」

「そんなことないわよぉ?」

にこにことしているがその実目が笑っていない。追求しようにもオチバは話題を続けるつもりはないのか「ま、そういうことだから」と話を進める。

「分かり合えるはずないのよ。人間だって結局わかりあえっこないなんだから、ポケモンなんて無理無理」

 友好を放棄したとも取れるオチバの言い方に、レモさんとアクリと見つめ合う。

 ポケモンに対しての接し方は人それぞれだがオチバはなんというか、面倒なタイプだ。結局仲良くしたいのかすらわからない。

「とりあえず……私はちょっと眠るわぁ……。まだ気分悪いし……」

 手持ちをぽんぽんボールへ戻してベッドに潜り込むオチバ。今後オチバを戦力として数えるのは無理だろうと悟ったがそれは俺も似たようなものだ。

 これ以上外に出るのも不安だしポケモンセンター内で休むことを決め、その間寝るまでアクリからベタベタつきまとわれたのだが離れたら怖い気がして黙ってそれを受け入れていた。

 いや、嫌いとかじゃないんだ。ただちょっと怖いし、なんでこんなに執着されるのか全くわからないだけで。

【やーい色男】

「褒めてんのか馬鹿にしてんのかわかんねぇこと言うな」

 エモまるの茶化しはもう相手にするだけ無駄だとわかっているのだが思わず反応してしまう。

 そんな俺とエモまるを見たレモさんは不思議そうに聞いた。

「ねえ、そんなに手持ちと仲良くお喋りするのに本当に能力なくしたいの?」

 当然、と答えようとして何か引っかかるものがあって即答できない。

 俺が求めているものって、なんだったのだろうか。

「まあ、ジラーチなんて出会えるかもわからない幻の存在だしね。その間にハツキ君も考えが変わるかもしれないし、ちゃんと考えなよ?」

 レモさんは大きく伸びをして「私も寝るね~」と手を振ってベッドに沈んだ。ところで俺、この4人部屋で寝るのしんどいんだけど。

 いや、仕方ないことなのはわかっている。俺一人部屋だといざという時に気づけないし、4人で固まっていたほうが安全なのは承知の上だ。

 だが、離れたベッドとはいえ同じ部屋でそれぞれ系統の違う美人と過ごして平気でいられるほうがどうかしていると思う。ただしオチバは論外とする。

 まあ、もちろんそんな邪な考えはアクリがいるから間違いが起きる前に終わりそうだからある意味安全なんだけどさ……。

 逆に言えば4人部屋ということはアクリに下手なこともできないということなのでこれなんてイジメ?って言いたくなる。さすがに付き合ってすぐ手を出すとかはないがこの状況がずっと続いたらストレスでしかない。

 そんな俺の心境を知ってか知らずかアクリはナチュラルに俺と同じベッドで寝ようとしてくる。勘弁してくれ。

「……いや?」

「その……ほら、まだそういうのは早いだろ?」

「早ければ……早い方がいい」

 助けて。

 マフォクシーは俺のことをニヤニヤと見ているしエモまるは先に寝やがった。こいつら俺のこと嫌いだろ実は。

「こ、心の準備が……」

 俺は乙女か。

 正直な話をすると多分レモさんやオチバがいなければまだよかった。この状況はさすがにきつい。察してくれ。

「……まあ、今はまだ……に、しとく」

 せめて人がいないときに頼む。

 なんとか安眠できる権利を得てベッドに入る。呑気に大の字で寝ているエモまるにハンカチくらいの大きさのふとんをかけてやると巻きずしみたいに転がって布団に包まれたエモまるは寝言で【そのサイズのカゴのみはやばい……】などと言ってすやすやと寝息を立てる。どんな夢見てるんだこいつは。

 明日、本格的に旅立つのだが何事もなく進めるのだろうかという不安を抱えながら微睡みに落ちていった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 次の日。ポケモンセンターを出てしばらく町中でもあの二人が襲撃してこないかと気を張っていたがそんな気配はなく、町の外に出て隣町まで向かうためのどうろを歩く。

 すぐ近くには崖があり、その下は広大な森があった。この辺は森が多いなぁ。

 全然襲撃の気配もないし、流石に気にしすぎたみたいだ。緊張がほぐれて大きく伸びをすると肩がバキバキと鳴る。

「とりあえずフドケタウンを抜けてその先のテトノシティでよかっ――」

 これからの行き先をレモさんに確認しようと声をかけようとしてレモさんに突き飛ばされる。

 何、と思う前に俺が立っていた場所にダグトリオが出現していた。

「きっのうぶりぃー!」

 ハイテンションで飛び降りてきたサディは上空からオオスバメを呼び寄せて俺らの前に立ちはだかる。

「んじゃまあ、そこのドクサレ女と雑魚野郎ちょーだい」

 にたぁとレモさんを見るサディに対してレモさんは目を細めて視線を横にそらす。

「警察に引き渡しても無意味。何回やっても追いかけてくる。根本的な解決策がないって確かに面倒ね」

 じりじり後退するのも駄目と言わんばかりに背後に飛び降りてきたのはピーなんとか。ケンホロウとともに出現し、前も後ろも塞がれた。

「そら手持ちだせよ。昨日の仕切り直しといこうや!」

 サディの発言にレモさんははあ、と深いため息をつく。オチバがぎゅっとレモさんの袖をにぎっているのが見えて、呑気そうに見えてオチバも怯えていることに気づいた。アクリはピーをじっと見て様子をうかがっている。

「うーん、そろそろ力量差を理解してほしいんだけど駄目かな?」

 煽るように言うレモさんにサディが怪訝そうに眉をしかめる。対してレモさんは爽やか畜生スマイルを浮かべて続けた。

「いい加減、私相手に二人がかりで勝てないんだから諦めて? 見通しが甘すぎるわよ」

 レモさんの煽り発言にサディはイライラが増したのか青筋が浮いており「上等だ……」などと呟く始末だ。

「実力で勝てねぇなら手段を選ばねぇまでだ! ぶっ飛べ!」

 マルマインがボールから出ると同時にアレの予兆か光出す。

 その瞬間、レモさんとアクリが俺とオチバの腕を引いて崖の方へと走り出しマルマインのだいばくはつの爆風で崖から派手にダイブすることになる。かなりの高さでこのまま落ちたら骨折どころでは済まない。

「やばいだろこれ! オチバお前、ファイアロー出せよ!」

 エモまるが【あばばばば】と膜を広げて滑空している。お前はそのままでも大丈夫だろうけど俺はこのままだとやばいしエモまるじゃ俺を受け止めきれない。

「えへ、ごめんなさぁい。ボールカバンにしまっててすぐ出せないのぉ」

「ああああああっ! 最悪だよ! お前なんか大嫌いだー!」

「やだぁー! そんな褒められたら照れちゃうー!」

 ふざけた発言のオチバをよそに、アクリは呑気に「ミーは?」などと言っている。それどころじゃねぇ。

 レモさんは冷静に落下しながらボールを放る。フライゴンで俺とオチバ、そしてアクリを受け止め、ジュナイパーに一旦受け止めてもらってからレモさんは飛び降りて指笛を吹く。ジュナイパーは上に飛んでいって二人の相手をしているのだろうか。

 重量過多なのか徐々に徐々に沈んでいくフライゴンがなんとか着地して俺たちを下ろすなり飛び上がる。

「さて、走るよー!」

 レモさんに手を引かれて森を駆け抜ける。フライゴンとジュナイパーを置いていってしまうのにいいのだろうかと思っているとすぐに追いつくように二匹が飛んできた。

「だーいじょうぶ。私と私の手持ちなんだから、ちょっとは信じてよね」

 この中でダントツの安心感と信頼があるレモさんに言われると確かにと思ってしまう。世が世ならこの人は主人公みたいなポジションだろうというくらい完璧だし。

「森を突っ切る気?」

 オチバは走って疲れてきたのか若干息があがっている。レモさんは息一つ乱さず当然とばかりに言った。

「だって振り切るには見失わせるのが一番じゃない? さあ走った走った!」

「ちょっ、まっ、し、しんじゃう……」

 アクリもさすがにきついのか息絶え絶えだ。というか走るたびにこう、すごく胸が揺れる。走りづらそうだ。それを見たオチバはアクリを見てギリッと歯ぎしりする。

「なぁに!? アクリってば私の目の前でよくもまあそんなみっともなく揺らせるわねぇ! 嫌味? 嫌味かしらぁ! ミルタンクじゃあるまいし!」

 どう贔屓目に見ても控えめな胸部のオチバが疲れのせいか、妙にきつくアクリに言う。アクリはオチバの胸を一瞬見て「モーモーミルク飲も?」とだけ返した。二人共走り疲れて言動がちょくちょくおかしい。

「いいのよ! いいのよぉ! 揺れたりしないから走りづらくないしぃ! ああ、大きいのって大変そうよねぇ! あとの人生は垂れるだけだもの!」

「……持たざる者って……余裕がなくて、かわいそう……」

「はいはい、二人共元気そうだからまだまだ走るわよー」

 余裕のレモさんは二人に冷静に言いながら先頭で走っている。俺は一応ちょくちょく後ろを伺いながらレモさんの後ろを走り、二人が離れないのを確認する。

 

 追いかけてくるかはわからないが安全のためにひたすら走り続ける。マラソン染みてきた旅路は始まりを告げ、俺たち4人の旅という名の逃避行が始まるのであった。

 

 

 

 ――この時はまだ、漠然と誰かが欠けることなんて考えもせず。

 

 

 




活動報告にてお礼イラスト載せました。アンケートも活動報告で10月末までを予定しています。もしよければどうぞ。
しばらくはアンケートを少し参考にしつつ番外編を少し挟みます


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幕間1
番外編集1


アクリ、オチバ、レモン、ハツキの短い話を集めたもの。読まなくても大丈夫。


●理想の王子様

 

 

 

 

 

 初恋は、自分の描いた王子様だった。

 

 

 

 子供の頃から、父親には可愛がられていたと思う。

 母は末の妹を産んですぐに亡くなったのであまり覚えていない。物心つく頃には毎日絵を描いているような生活で、黙々と気になったものを観察しては絵にしていた。

 中でも自分の理想を描いた王子様を何度もたくさん描いて、その王子様に恋をした。自分の理想、自分の望むままの王子様を愛しているだけで幸せ。

 父もそんな私を気に入っていたのか何か欲しいものがあれば言うようにと優しく声をかけてくれる。だが、それが気に入らなかった末の妹はいつも自分に突っかかってきた。

「上姉さん……ドブ臭い……」

 実の姉に対する一言目がこれである。気にはしないが言葉選びから悪意しか感じない。

「シレネ、何か用?」

「用は……ない、けど……上姉さんが引きこもって、ばかりだから」

「そう……」

 何がしたいのかよくわからない末の妹。長女である自分は姉妹間でのやりとりをさほど求めておらず、どちらかといえば次女と三女の二人の方がよっぽどやりとりをしている。

 三女こと末妹のシレネは特に自分を嫌っており、顔を合わせるたびに血縁に対する罵倒とは思えない言葉を並べ立ててくる。

「上姉さん……まだ生きてるの……?」

「ちょっとシレネ。姉さんにきつすぎるわ」

 次女がたしなめるように言うが末妹の言葉を真に受けても仕方ないので軽く流している。次女は言ってしまえば普通の子なので間に挟まれて少し不憫だとは思う。

「私はね……贔屓が嫌い……上姉さんは父様に贔屓されてる癖に……それが当たり前みたいで……気に入らないわ……」

「仕方ないわよ。だって姉さんは天才だもん」

 次女の言葉に末妹は不愉快そうに顔をしかめる。

「天才って……ただの社会不適合者じゃない……」

 決まって最後に口にするのはそれだった。

 正直、次女はともかく末妹との関係をよくするのは諦めていた。諦めるというより、意義を感じないというのもあったのだが、血縁だろうとお互いを理解することなど無理なことはあると子供ながらに悟っていた。

 決定的になったのはお父様が三姉妹の誰に家を相続させるかの話になったときだ。

 お父様は長女というのを差し引いても私に継がせることを決定させ、それを私達三人に告げる。次女はわかっていたという顔で平然としていたが末妹は顔を真っ赤にして怒っていた。

「納得……できません……! どうして、こんな……こんな落伍者に……! 私のほうが、努力して――!」

「お前は凡人だからだよ、シレネ」

 父の言葉に、末妹は顔を俯け、震えながら叫んだ。

「天才天才天才ってそればかり! 私がどれだけ努力しても見てくれやしない! これじゃ私――馬鹿みたい!」

 そう言って末妹は出ていった。

 末妹が自分に対抗しようとバトルも、勉学も、死に物狂いで取り組んでいたことは後から次女に教えてもらった。

 結果として、私は自分の好きなことをしていただけで家族を壊してしまったらしい。

 それに関して特に感慨はなく、末妹が自分を嫌っていた理由をようやく理解できただけ。父もその後ぽっくり亡くなってしまったし、次女も自立して家を出た。たまに連絡がくるので次女との関係は悪くないとは思うが彼女もここ最近苦言を呈してくる。

 自分の好きなことをやっているだけなのに、周りは勝手に騒ぎ立てて元気だなぁ。

 喋ると妹がうるさかったから筆談が癖になり、たまにくるデザインの依頼を適当にこなしながら毎日家に引きこもっていると突然末妹が帰ってきた。

「まだ……引きこもってるのね、アクリ姉さん」

 久しぶりに見た末妹におかえり、と言おうとして筆談すると「だから……読むの面倒だから」と愚痴られる。

「何……どうか、した?」

「別に。ちょっと……家に置いていたものを、取りに来ただけよ」

 家出同然に出ていったシレネはかつて自分の部屋だった場所に向かい、荷物を回収すると久しぶりだというのにすぐに出ていこうとする。

 引き止めるのが正しいのだろうか。普通の姉はこういうときどうするのだろう。

 声をかけようと立ち上がる。しかし、振り返った妹と目が合い、濁った瞳に睨まれて何も言えなかった。

 ただ、彼女の背を見送り、それ以降連絡は取れない。

 そのことを次女に伝えると、苦笑して彼女は言った。

「うーん、シレネも姉さんも極端なのよ。シレネはともかく……姉さんはもう少し外に出てみれば?」

 そう言われ、特に目的もなくぶらぶら絵を描きながらの旅に出た。

 たまに来る依頼はメールのやり取りだし、そう頻繁ではない。遺産もあるし旅生活にも困らない。

 だけど、淡々としていて、ただ景色を描くだけで面白いと感じるようなことはなかった。これが普通なんだとうか。

 

 

 

 

 いい加減飽きてきたお試し旅もそろそろ終えて実家に戻ろうかと考えながらひみつきち近くでスケッチしているとやけに騒がしいことに気づく。

 隠れながら様子をうかがっていると白い服の女に襲われている男の子が見えた。

 

 その顔を見て今までにないくらい心臓が高鳴った。

 

 自分が今まで描いていた理想の王子様そっくりだったのだ。

 

 これは運命では? ここを逃したらもう二度とこんな出会いはない。

 そこからは特に何も考えず、ふぅことドーブルズで白い服の女を足止めし、理想の王子様をゲットした。

 近くで見ると改めて理想通りでドキドキする。それを悟られないように、いつも通りを心がける。

 今まで生身の人間に抱いたことのないこの気持ちを絶対に叶えるために、少しずつ、少しずつ彼を囲い込んでいこう。

 

 

――――――――

 

●全部嫌い

 

 

 

 

 結局、疫病神は疫病神らしく嫌われるのが一番なのよ。

 

 妙なことになってしまった。利用してやろうと思った相手は悪運が強いどころか豪運を引き寄せた。

 実力のあるレンジャーと、盲目的に恋する娘を味方にしたハツキ。せいぜいそれに乗ってやるまでと思っていたのに、なぜだろう。

 3人に嫌われたくないなんて、ちょっと思ってしまった。

 気だるさはまだ消えない。明日この町から出立するのに、早く調子を整えなければ。寝静まった部屋。ベッドに再度潜り込んで自分に言い聞かせるように呟く。

「……私はなんとしても逃げ切らないと」

 自分のせいで犠牲になった人たちを思えば今更諦めるなんてことはありえない。ただ、それでもふとした瞬間に疲れて何もかも諦めてしまいそうになる。

 三人からも好かれなくて構わない。むしろ嫌ってくれたほうが後腐れがなくていい。現にハツキは助けはするものの私を嫌っている。それでいい。それなのに、嫌われようとすると胸がじくじくと傷んだ。

 私を好きになってくれた人はみんな不幸になる。疫病神でしかない私は一人で自分の身さえ守れない役立たず。

 

『どうか幸せに』

 

 そう私の幸せを願った少年のことを思うと誰かを利用してでも、踏み台にしてでも私は逃げ続けないといけない。それはもはや呪いなのかもしれない。

 寝付けなくて一旦起き上がって水を飲もうと立ち上がる。その際にボールに収めた手持ちが見えてすぐに目をそらした。

 

 私はポケモンが嫌いだ。

 

 気持ち悪い。不可解な生き物。そもそも人間以外の生き物全般が嫌いだが世間一般ではそれはとてもおかしいことらしい。

 みんながみんな、当たり前にポケモンと共存している。ポケモンを嫌う人間はそれこそ異端だという風潮すらあって息苦しい。

 かわいいかわいいと大勢が言うようなポケモンですら嫌悪感が勝る。それでも、普通の人間は普通はポケモンと普通に生活している。

 表面上では駄目なのか手持ちは当然懐くはずない。努力はしてみたが一向に自分の気持ちが変わることも、手持ちが懐くこともなく、とりあえず形だけ取り繕った手持ちたちのできあがりというわけだ。

 そんな私が、ポケモンを従わせる力を持っているのだから皮肉なことだ。こんな力、望んでいたわけではない。それこそハツキではないがなくしてしまいたい。

 でも、奇跡に縋って一度だって救われたことがないのだから、夢物語はもう見ない。

 ただ私はあの男の元へ二度と戻らない。かつての家族も友も失って、残ったのはこの身一つ。もう何も失いたくない。

 だから、ハツキもアクリもレモンも、私のことを好きにならないでね。

 

 もう、大事な人はいらないの。どうせいなくなってしまうから。

 

 

 

 

 

――――――――

 

●運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 夢を見た。久しぶりに師匠と会話をしたからか、疲れてしまったからなのかはわからない。

 懐かしい秘密基地で、師匠と一緒にポケモンたちに囲まれて過ごしていたあの頃を懐かしみながら夢の師匠を見つめた。

『師匠、大好きです』

 嘘偽りない本音ではあるものの、一緒にいることだけは未だに受け入れられない。

 師匠も自分も、お互いを束縛して何も見えなくなってしまう悪癖がある。先にそうなった自分にも責任のあることだが一緒にいるだけでダメになるのが私たちだった。

『好きだから、いつか立派になったその時まで、ずっと待ってます』

 たとえ、その時のあなたが私以外を好きになっていても。

 すると、夢の中の師匠はふっと笑って手を伸ばしてくる。何、と思う前にその違和感に気づいた。

 それは師匠ではない誰か。後ずさろうとしても足元が凍りついていて動けなくなっている。

 冷たい氷は徐々に足元からふとももまで伸びて下半身を凍らせていく。全身が凍るのにそう時間はかからないだろう。

 

 氷に包まれ、首元まで迫ったところで夢は覚めた。

 

 冷や汗をかいていることに気づいてベッドから出て軽くシャワーを浴びる。まだ3人は寝ており、時間も早朝だ。

 嫌な夢だと嘆息しながら髪をがしがしと拭っているとボールからデンリュウが飛び出してくる。大丈夫?と言いたげな表情に「大丈夫だよ」とだけ答えた。

「ただの夢……ただの夢だから」

 自分に言い聞かせるように呟いて、まだ眠る3人を見る。

 4人の中で、一番強いのは自分だ。だから、自分がしっかりせねばと気を引き締める。誰かの役に立って、立派な人間にならなければならない。強迫観念じみた思いは誰にも打ち明けられない。義務だ責任だなんてものはなく、ただそうしたほうがまともな人間に見えるからという基準。

 最低な偽善者だと自嘲して時計を再度見る。

 あと30分もしたら彼らを起こそう。そしたら、また頼りになる姿を取り繕っていつも通り。

 

 夢の中で久しぶりに会った想い人に再び会えるようになるその日まで、自分は立派な人間にならねばならなかった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

●バイト戦士ハツキ1

 

 

 

 

 それは今から少し前の話。

 

 

 俺は厨房でぼーっと洗浄機を眺めていた。洗浄機はいいな、喋らないから。

「おーい、ハツキ君。もうあがっていいぞ」

「あ、はい。お疲れ様です」

 ぼーっとしていたせいで時間を確認していなかったがもう退勤時刻をとうに過ぎていた。慌てて片付けをしてあがらせてもらうとスタッフルームでエモまるがゴロゴロしているのが目に入った。

「おい、人が働いてるときに何食っちゃ寝してるんだよ」

【仕方ないだろ~? 厨房入ったら衛生がどうので怒られるんだしさ】

 その通りなのだがなんだか納得いかない。ポケモンも生き物。というかエモまるは体が小さいし厨房でできることなんてたかが知れている。

「まったく……」

 エモまるの背中をつまみあげボールに戻して着替え始める。バイト生活で旅を続けてもうどれくらい経っただろうか。

 住み込みのバイトは本当にありがたい。ポケモンセンターも無償ではあるが食事は別なのでまかないがもらえるだけで天国だ。

 今のバイトも住み込みでまかないが出る。人の優しさに感謝しつつ、店の裏手から住まわせてもらっている部屋へと向かう。ほとんど何もない部屋だが野宿よりはマシだ。

「ああ、ハツキ君。ちょっといいかな」

 オーナーに呼び止められ、振り返る。オーナーは人のいい笑顔を浮かべながら一枚のチラシを差し出してきた。

「私の知り合いの店なんだがスタッフが急病で明日のシフトに穴が空いたらしくてね。もし君がよければそっちの手伝いに行ってもらえないだろうか」

 チラシを見るとここからそう遠くないポケモンショップのチラシだった。

 前世ではこんなもの、なかったのだが、いわゆるペットショップのようなもので、ポケモンを販売しているお店だ。違法じゃないのかこれ、と思ったが割りと普通にあることらしい。まあ、昔はポリゴンとかゲームコーナーの景品だったみたいだしなぁ。

「ポケモンショップですか……」

 あまりポケモンが多くいる場所に行きたくないのが本音だがオーナーには世話になっているし断りづらい。

「無理なら断ってもかまわないからね。結構大変な仕事みたいだし。まあ、その分給料がいいみたいだがね。えっと、時給1200円、だったか――」

「やります」

 今の時給が900円。このバイトが悪いわけではないが一日限りのバイトとしてなら美味しい。

「じゃあ向こうに連絡しておくよ。急にすまないね」

 オーナーは手を振って事務所へ戻っていく。エモまるがボールから出て【いいのかー?】と声をかけてきた。

「金には変えられない……時給1200円なんて、俺にはなかなかできないからな……」

 元々家出のように家を飛び出し、バトルが強いわけでもなく、学歴があるわけでもない俺は飲食店のバイトがほとんどだ。高時給で安全な仕事はこちらが頭を下げてでも頼みたい。バイト戦士のおかげで体力はついたし、少しハードな程度なら大丈夫だ。

「まあでも早めに寝るかな」

 オーナーの紹介だし大丈夫だろうが、明日倒れないためにもゆっくり休んでおこう。賄いの夕飯を食べ、シャワーを浴びてすぐに布団で眠りにつく。

 ……なんか、バイト戦士生活に慣れすぎて本来の目的見失ってないか、俺。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 仕事舐めてた。

「はーい! よいこのみなさん、タブンネちゃんにとっしんしないでねー!」

 迫りくる子供たちのとっしんに何度体を悲鳴を上げただろうか。

 ポケモンショップはどうやら今日に限ってふれあいイベントがあったらしく、たくさんの子供が店にきていた。それだけならまだいい。俺の仕事は客寄せのタブンネきぐるみを来て風船を渡したりすることだ。

 一応ほかのスタッフさんが注意を促しているがとっしんしてくる子供の多いこと多いこと。こいつら全員特性いしあたまか何か? 俺だけがダメージ食らっている。

 ちなみに、朝エモまると一緒に出勤したらエモまるも客寄せにとリボンをつけて俺と一緒に店前に立たされているのだが今俺の目の前で引っ張られている何かがエモまるだった。

「エモンガちゃんを引っ張ってはだめですよー!」

 子供たちの取り合いで伸ばされたエモまるは青い顔できぐるみの俺の肩に乗ってくる。

【子供やべぇ……】

「やべぇな……」

 無駄にタフネスがあって遠慮がない。とりあえずピークを過ぎたのか落ち着いてきたので頃合いを見て休憩に入ることになったのだがここで問題が発生した。

 

【裕福な家にもらわれたいよなー】

【わかるー。というか僕ら、血統書つきだし】

 

 休憩はスタッフルームなのだがその近くに店のポケモンたちがいて嫌でも声が聞こえてくる。

 だいたいポケモンの血統書ってなんだ。ちらりと値段を確認すると俺の一ヶ月の稼ぎ3回分くらいする。

「ポケモンが純粋ってのも幻想だよな……」

 人間もそうだがポケモンも個性があって性格があって賢い生き物だ。

 ポケモンに夢を見ていると確実に幻滅するであろう会話が嫌でも耳に入ってくるせいで気分が落ち込む。エモまるは呑気にお昼のおにぎりをもしゃもしゃしているが飲み込んでから俺を見上げる。

【ああいうやつらは野生経験してねーやつらだかんな。卵から孵った時点で人間にちやほや甘やかされてるからあんなもんだよ】

「お前って野生だっけ」

【俺は半分野生。人間が孵した卵生まれだけどすぐに捨てられたから】

 エモまるの衝撃的な生い立ちに思わず「えっ」と声が出る。

 その瞬間、部屋に他のスタッフさんが入ってきて慌てて口を閉じる。

「ハツキ君お疲れー。今日はヘルプありがとね」

「ああ、いえ……」

「店長が気に入ってたよー。これからもうちで働かない?」

「一応旅してるんで、あんまり長居できないので……」

 バイトしつつ旅をしているので同じ仕事を続けていない。今のバイトだって、あと一ヶ月で辞める約束だし。

「へぇー旅してるんだ。旅しながらバイトって珍しくない?」

「あー、俺弱いので……」

 基本的にバトルで稼いだりするのが一般的だが俺はエモまるしか手持ちがいないし、そもそも強くない。前世の手持ちがいたら俺も最強だっただろうに……。

「そっかー。まあ旅が終わって仕事探してたらまたおいでよ」

 スタッフさんはそう言って店の外に食事を買いに行った。

「旅が終わったら、かぁ……」

 いつかはこの生活が終わって、普通のトレーナーか、働くかの二択。

 でも恐らく普通のトレーナーになれないだろうと思っている。ポケモンの言葉がわからなくなったとしても、普通にトレーナーとして活動するには歳がいきすぎている。

【辛気くせー】

「うっせ」

 この世界は俺に厳しい。後ろから聞こえてくるポケモンたちの雑談を聞きたくないと耳をふさいで、残り短い休憩時間を過ごす。

 

 本当は、誰かに認めてもらいたいだけだと気づくのはまだ先のこと。

 

 




アンケートは10月の31日までとします。興味のある方は活動報告からお願いします。


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逆転○○○ちゃん

TS(?)ネタ。アホな内容なので難しいことは考えないでください。読まなくても支障はありません。


 

「はぁ……」

「何よぉ、わざとらしく溜息ついちゃって」

「お前が原因だよ」

 白服コンビの襲撃に怯えつつ夕飯の準備を手伝っていると自然とため息がもれる。そのおおよそは目の前にいるこの眼帯女だ。

「あらぁ……ちょっと恋煩いは困るわぁ……」

「死んでくれ」

 お前なんかに誰が惚れるか。お前に惚れるやつの趣味が理解できねぇよ。いいのは顔だけだし。

「だいたい俺、アクリがいるのにお前に惚れるとかそこまで不誠実じゃねーよ」

 

「……」

「あれ、アクリちゃんなんか嬉しそうだけど何かあった?」

 離れたところで鍋の番をしていたアクリの近くに食材を洗いに出ていたレモさんが戻ってくる。何言ってるかまでは聞こえないが多分こちらの口論は聞こえてそうだ。

 

「バトルもできない、体力もない、金もない。そんなお前が今までどうやって逃げてきたかは知らないけど――」

「親切な人たちのおかげねぇ。人徳よ人徳」

「お前とは一番縁がなさそうな言葉だな……」

 俺もそこそこの役立たずという自覚はあるがオチバは俺よりひどい。そしてそのふてぶてしさ。腹が立って仕方ない。

「お前がせめて男だったらこき使ったのに女だから力仕事も任せられないし……」

「私が男だったら……? そうねぇ……男だったらそもそも私、ここにいないんじゃないかしらぁ」

 あ、多分これ触れちゃいけない地雷を踏み抜いたっぽい。

 オチバの表情は笑ってはいるが機嫌が悪くなったのが伺える。それを察したのかちょうどいいタイミングでレモさんが割って入ってくる。

「私も男だったら良かったのになー。そしたらもっと活動の幅が広がるしね! さて、そろそろできあがるし二人とも、器こっちにお願いね!」

 笑顔でとりなそうとしてくれるレモさんには頭が上がらない。多分俺の贔屓目もあるがレモさんは男だろうと女だろうと間違いなく完璧超人だろう。

 一番想像がつかないのはアクリだ。アクリは淡々としてるというか、性別関係ないところでの印象が強いので変わってもあんまり影響がなさそうというか。

「……逆に、ハツキ、女の子だったら……かわいいと思う」

「それはない」

 多分性格が変わらないなら俺が女でも根暗だしさぞかしかわいげがないことだろう。

「アクリはなんかあんまり今と変わらなさそうだよな」

「まあ……ミーはあんまり変化ないと、思う」

 自分でも理解しているのかアクリが男になった姿は今と大差ないと言う。まあ、せいぜい体型くらいだろうな。

 

「あ、でも……妹とは、もうちょっとうまくやれた、かも……」

 

 どうしてレモさん以外なんかちょっと重いんだろうかこのパーティーは。普通に話してるだけでどこに地雷があるかわかったものじゃない。

 しんどい。男一人という立場もあってこのメンバーで行動するのしんどい。レモさんくらいしか安心できない。

 いや、そもそもこのメンバーはギスギスしてるわけでもなく、俺が勝手に胃を痛めてるだけなので3人は普通に同性ということもあってか仲良くしているようだ。

 レモさんからこっそり聞いた話だが、アクリはレモさんとオチバに好きな男がいると聞いてライバル視する必要もないので落ち着いているらしい。ありがたいけど俺の知らないところで外堀埋められそうでひやひやしている。

【なーなー、今日の飯にモモン入れてくれよー】

【シチューにモモンは合わないんじゃないかな】

 エモまるが調理を手伝っているレモさんのデンリュウと会話している。モモン投入だけは阻止しなければとエモまるを引き離して、完成した夕飯にありつく。

「今日は襲われなかったね」

「寝てる間に来るかもしれないから気をつけないとねぇ」

 基本夜は交代で番をしているが時々夜にも襲撃があり本当に気が休まらない。せめてどこか町につけば突然の襲撃はないだろうに妨害がひどくて町につく気配がない。

「あいつら、そういえば男女のコンビだけどどんな関係なんだろうね」

 レモさんの疑問にあのあっぱらぱーなサディと冷酷なピーなんとかを思い出す。あれ、ピー……なんだっけ。マジで思い出せねぇ。なんか長かった気がする。

「普通にバディとかそういうのじゃ?」

【オスメスが一緒にいりゃやることはそりゃ一つだろ】

【タマゴこさえないと】

 エモまる、ふぅこ、黙れ。

「あー……あいつらは……まあ、あれは、うん……まあ相方みたいなものよ」

 微妙な反応のオチバが視線をそらしながら言う。一応オチバは知っているようだがそれ以上は答えようとしない。

「まあそれこそサディの方が女でよかったよな」

 顔がまあまあだからか狂気も若干緩和されるがあれで男だったらストレートにやばいし怖い。完全にキ印の人だ。

「あれも昔はかわいげがあったのよ」

「かわいげねぇ」

 全く想像できない。というか昔を知っているあたりもしかしてかなり長い付き合いなんだろうか。オチバの事情はおおまかなことしか知らないためそもそもあの二人とそこまで縁が深いとも思っていなかったし。

 

 夕飯を終え、今日は俺がしばらく見張りをしてその後レモさんと交代することになっている。

 夜空を見上げながら一匹先に寝やがったエモまるをボールに戻してため息をついた。

「女になりたいとは思ってないけどそのほうがもっと便利だったかもなぁ」

 オチバみたいに愛想よくしてればまわりが勝手に助けてくれそうだし。そういう意味では羨ましいがそうなりたいとまでは思わない。

 一瞬、流れ星が見えたがあっという間に消えたため残念だと肩を竦めながら薪を足す。

「はぁ……せめて役立たずは卒業しねぇとな……」

 

 その後、しばらく経ってレモさんとの交代時間になり、やや眠そうなレモさんが目をこすってるのを見つつ眠りについた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 眠い。でも起きないと急に白服コンビに襲われても困る。

 なぜかやけに重たい体を起こして近くの池で顔を洗おうと立ち上がる。

 水面になぜか見覚えのない女が写っているけど他の旅トレーナーだろうか。顔を洗って頭をスッキリさせ、もう一度水面を見る。

 俺がいるはずの場所に女がいる。

 よく見ると俺に似ている気がするがきっと気のせいだろう。腕を上げて体を伸ばそうとすると水面に映る女も同じ動きをする。

 まさか、そんなはずはと水面に触れようと手を伸ばすと映る女も手を伸ばす。

 

 この女俺じゃん。

 

「はあああああああ!?」

 驚いて後ずさると誰かとぶつかってしまい、ひっくり返りそうになる。

「おっと、大丈夫? ハツキちゃん」

「…………えっ?」

 そこにいたのは金髪イケメン。レンジャーの姿をしており、心配そうにこちらを見てくる。この赤い帽子と服は微妙に違うものの覚えしかない。

「……レモさん?」

「寝ぼけてるのかな?」

 苦笑して手を放したレモさんが離れていき、疑問符だらけになっていると今度は横から背の低い、眠そうな目をした少年が腕を掴んでくる。

「……おはよう、ハツキ」

「…………アクリ?」

 こう、眠そうな目は相変わらずだし口調とかオーラとかでもしやと思ったがアクリ(♂)は不思議そうな顔をしてくる。

「なんで、疑問形?」

「いや……その……」

 おかしい。目が冷めたら性別が逆になっているのに誰も違和感を抱いていない。

 まさか、と思って焚き火のそばに向かうと、そこにいたのは無駄に顔のいい眼帯男だった。

「あ~、ハツキ、随分とお寝坊さんだねぇ」

 だめだ、男のオチバすっげぇ腹立つ。殺意で俺がメガシンカしそう。ねっとりとした喋り方もそうだが、女のときはまだ許せた愛想も男だとすごく腹が立つ。そして何より男の俺より顔がいいの本当に腹立つ。

 というかなぜ? なぜこんなおかしな状況になっているんだ。

 三人はさも当然と言わんばかりに朝食の準備をしている。あまりにも非現実的すぎて、縋るように

エモまるをボールから出す。

【なによー。どったの】

「お前もかぁぁぁぁ!」

 何ちょっとまつげ長めのかわいらしい顔になってんだよ。メスなのが一目でわかったけどすごく気持ち悪い。いや元々かわいい系のポケモンだしかわいいのは事実なんだけどオスのエモまるを知ってる分違和感しかない。

「……ハツキ、今日、なんか、変」

 アクリが怪訝そうな顔を向けてくるが俺だけがおかしいみたいなのは絶対におかしい。

 手持ちたちもオスメス反転しているのに誰も違和感を抱かない。朝食も全然通らないほどこの異常な状況に思わず頭痛がひどくなる。

 ここで俺がおかしいと異を唱えても多分相手にされない気がするしあれ、もしかして俺って女だったっけ?という気すらしてくる。

 でも性格はほとんど変わらないし、口調も性別相応のものになった程度で大きな差異は今のところない。これは本当にどういうことなんだろうか。

 朝食を終えて、いざ出発しようとしたとき、今の状況に関して違和感を抱かぬ3人に改めて何か言おうと口を開きかけてレモさん(♂)に引き寄せられる。

 何、と口にする前に俺がいた場所にシャドーボールが飛んできて危うく直撃するところだったことを悟る。

 男のレモさんは今の俺より背が高い。ちらりと安否を確認する視線が一瞬だけ向けられて不意に自分の鼓動が早くなる。

 やばい、かっこいい。

 至近距離ということもあってかレモさんの体温が伝わってくる。

 俺が男の時は気にもしなかったがレモさんってかっこいいのでは? ていうか俺の精神も女に寄ってないかこれ。

 やばい、思考まで女になりたくない。慌ててレモさんから離れて後ろに下がると襲撃者はやっぱりというか案の定あの二人。

 ただし、性別が当たり前のように逆転している。

「はいそこのクソ野郎と雑魚女ー! 今日こそおとなしくしやがれっての!」

 完全にイってる目のサディ。男ということもあってタッパもあるし正直女のときのほうがまだマシだった。一方でピーなんとかはめちゃくちゃクール系美人になっている。不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 レモさん(♂)とアクリ(♂)が前に出て俺とオチバ(♂)を庇うように立ちはだかる。敵対するサディ(♂)とピー(♀)はそれぞれ手持ちを出して襲い掛かってきた。

 

 あれ、俺の状況って……性別逆だと少女漫画みたいな状況だったんだな……。

 

 なんか呑気にそんなこと考えてしまうほど色々追いつかない状況。そのせいかぼーっとしていてレモさんの声に気づくのが遅れた。

「危ないっ!」

 飛んできたマルマインが俺とオチバの目の前でだいばくはつし、またか!と思わずにはいられない。もはやふっ飛ばされるのには慣れたがさすがにこの至近距離で喰らえば無事ではすまないだろう。

 オチバは俺より先に後退したが、俺はぼーっとしていたせいでだいばくはつの余波で飛ばされ、近くの湖へと落下する。

 浮かび上がらないと、と思うのに体が動かない。どんどん沈んでいく体と苦しくなる呼吸に焦りばかりが募って冷静な思考が失われていく。底がないかのように沈み続けていく恐怖と暗くなっていく視界。

 

 口から最後の酸素が漏れた瞬間、視界が閉ざされ妙に甲高い何かの鳴き声が木霊した。

 

 

――――――――

 

 

 血の気が引く感覚に起き上がる。女になっていたり溺れたりした気がしたが全部夢だったらしい。

「……ハツキ、大丈夫……?」

 心配そうにアクリが顔を覗き込んでくる。落ち着いてアクリを見るとちゃんと見慣れた姿。女のままだ。

「へ、変な夢見ただけだから気にすんな」

 本当に変な夢だった。全員性別が逆になっているし。

「そう……? 体調悪かったら、言って、ね?」

 アクリは一旦離れてレモさんたちの手伝いに向かう。遠目でレモさんも女なのが確認できる。

「夢でよかった……」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 ハツキは朝っぱらから頭を抱え、レモンが準備しているであろう朝食をもらおうと起き上がる。

 

 近くにいたムンナの存在に気づかないまま、ハツキたちはその場を離れ、ムンナもまたふらふらとどこかへ姿を消すのであった。

 

 

 

 




エモまる(♀)【これならヒロインはあたいで確定だわ】


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ここまでの登場人物紹介(あとがきにてアンケ結果)

ここまでの登場人物まとめなので読まなくても支障はありません。初出の情報は手持ちの性格とか。
また、あとがきで先日行ったアンケートの結果を茶番形式で行っています。茶番に興味ない方はご注意ください。



●ハツキ 16歳

 主人公。薄幸。まわりに振り回されて苦労するタイプ。根暗。根が善人なので貧乏くじを引く。自分を好いてくれる人が好き。純粋な好意、というか押しに弱い。

 アクリからなぜか好意を抱かれ、それに応えるもちょっと早まったかなと思ってる。でも好かれるのは嫌じゃないから受け入れてる。レモンのことは純粋に憧れている。オチバは一発殴りたい。

 幼いころにポケモンの言葉が理解できるようになったせいで普通でありたいと強く思うようになる。副作用とかデメリットがないにも関わらず嫌がっているため、なんでそんなに嫌がるのかとポケモンたちからは不思議に思われている。

 ポケモンにたくさん囲まれるとキャパオーバーでグロッキー状態になる。前世はポケモンのことを堂々と好きと言えない隠れオタだったこともあって今でも堂々とポケモン好きを公言できなかったりする。

 ポケモンの擬人化とか結構好き。notケモナー。おっぱい星人。

 

 

・エモまる(エモンガ)♂

 ようきな性格。刹那的な思考というか今が良ければいい。ハツキとは親友だがこいつのメンタルの弱さはどうにかなんねーかなと密かに思っている。

 

 

 

●レモン 19歳

 裏主人公的な人。とある人物の弟子であり、真面目で親切な人柄から好かれやすい。

 師匠と別れてから努力しまくった結果優秀なレンジャーになり、体術も交渉力も人徳もあるパーフェクトトレーナーになったが本人はいまだに自分を未熟だと思っている。

 要するにダメ男にひっかかるタイプというかダメ男製造機。

 師匠は一発殴りたい。

 

 

・フレイヤ(フライゴン)♀

 まじめな性格。レモンの幼馴染的存在。氷タイプが嫌いでマメルにビビってる。

 

・メリー(デンリュウ)♀

 きまぐれな性格。本当の主人がいるが割りと会わなくてもいいやって思っている。

 

・ルンバ(ルンパッパ)♂

 のうてんきな性格。気が向くと歌ってたり踊ってたりする。

 

・ジュナル(ジュナイパー)♂

 おくびょうな性格。あんまり喋らない。コミュ障らしい。

 

・ダンク(ダダリン)

 さみしがりな性格。なぜか♀寄りの喋り方をする。

 

・マメル(ジュゴン)♀

 おっとりな性格。遊んでいるとフレイヤに怒られる(つぶてが当たりそう)のでしょんぼりしてるマイペースさん。

 

 

 

 

●オチバ 26歳

 右目を眼帯で覆う美女。ただし性格が悪く、他人に頼らないとなにもできない正真正銘のお荷物。とある組織に追われているらしく、そのため他人に寄生しながら逃避行中。間延びした甘ったるい喋り方をよくする。童顔かつ胸部の肉がついていないことをちょっと気にしており、指摘されると怒る。

 ポケモンを思い通りに従える能力を持っているが反動が大きく、使いたがらない。ポケモンに嫌われやすいのでまともにバトルすらままならない。

 ハツキはいい感じに利用できるかなーと思っているけどなんだかんだで罪悪感はある様子。

 実はかなりの食いしん坊で食べることが大好き。嫌いな食べ物はほとんどない。

 妹がいるらしいが自分の現状に巻き込むことをよしとしていないためもう何年も会っていない。

 

 

・きんつば(ピチュー)♂

 なまいきな性格。オチバによって自分が食用ではないきんつばと嘘を吹き込まれた結果自分をきんつばだと思いこんでいる。主人に似て超食いしん坊。

 

・まんじゅう(ゴンベ)♂

 おとなしい性格。怠惰ではあるもののオチバへの嫌がらせだけは欠かさない。主人関係なしに食いしん坊。

 

・ゆでたまご(トゲピー)♀

 わんぱくな性格。オチバに食べられかけて以来嫌悪している。今でも食べられないかヒヤヒヤしながらオチバに攻撃する。

 

・かきごおり(グレイシア)♀

 うっかりやな性格。気性が激しく、オチバを特に嫌っている。実はかなりアホ。

 

・ちゃーしゅー(ポカブ)♂

 すなおな性格。食われる前に殺るという気持ちでオチバを敵視している。

 

・やきとり(ファイアロー)♂

 てれやな性格。前の主人の命令でオチバの手持ちになっているが距離を取っている。好きでも嫌いでもない。ちょっと気難しいけどいいやつ。

 

 

 

 

 

●アクリ 18歳

 絵描きをしている旅トレーナー。自称超がつく暇人。

 バトルはそんなに得意ではない。筆談とぼそぼそと喋るのを使い分けている。

 ハツキに一目惚れして徐々に外堀を埋めていくはずがふぅこのせいで台無しになる。しかしハツキが受け入れたことによって何事もなく収まった。

 端的に言うとヤンデレ系。ただし危害を加えるというわけではなく自分がいないとダメになるように仕向ける囲い込みタイプ。ハツキが自分なしじゃ生きられないダメ人間になって欲しい。浮気するならまとめて相手ごと囲い込むくらいのことはする。

 家が裕福なせいで金銭感覚はガバガバ。札束ぺちぺちでハツキをダメにする女である。

 妹が二人いるが末妹とうまくいっていない。

 

 

・ふぅこ(マフォクシー)♀/もうか

 きまぐれな性格。とにかくひたすらおもしろければいい。いたずら好きで主人すらからかう生粋のトラブルメーカー。

 

・まっは♂

 おくびょうな性格。マッハパンチ、バレットパンチ、ワイドガード等先制補正つきのものを多く覚えている。

 

・ぱわー♂

 ゆうかんな性格。威力が高い攻撃技ばかり覚えている。

 

・まもー♀

 のんきな性格。防御系の技や後出し系の技を使う。

 

・みょーん♀

 てれやな性格。自己能力を高めてバトンタッチさせる変則型。味方の支援も。

 

・じゃまー♂

 すなおな性格。場に影響したり相手の妨害をする。

 

 

 

 

 

●サディ 21歳

 白い服の悪党。オチバを執拗に付け狙うコンビの片割れ。上司の命令でオチバを連れて帰ることを目的としている。オチバのことが嫌い。

 SAN値0。多分もう正気ではないので言動が支離滅裂。気分屋でピートレクトが近くにいないとすぐに暴走する。外付けストッパーピートレクトである。

 素早いポケモンを好み、手持ちは全て素早いポケモンばかりで構成されている。

 相棒のピートレクトのことは信用しているし、便利だし、やけに世話を焼いてくれるので唯一気を許している相手。上司のことは好きではないが自分たちのリーダーのことはそんなに嫌いじゃない。でも手伝ってくれないからやっぱり嫌い。

 オチバ曰く、昔はかわいげがあったらしい。幼いころはちゃんと正気だったようだが気づいたときにはこうなっていた。

 

 

 

 

・ゲンガー♂/のろわれボディ

 うっかりやな性格。小悪党。基本ずるい。サディとは仲がいいのか悪いのかわからない微妙な関係。

 

・オオスバメ♀/きもったま

 せっかちな性格。サディの移動手段。主人に似たのか敵に容赦しない冷酷なやつ。

 

・マルマイン/ぼうおん

 ようきな性格。特攻爆弾野郎。サディが玉乗りの要領で上に乗ったりすることもある。よくだいばくはつされることに不満はないらしく、むしろ回収して回復してくれるならいいストレス発散だと思ってる生き急ぎマン。

 

・テッカニン♂/かそく

 おくびょうな性格。とりあえず暗殺者よろしく一撃で仕留めたいがために前準備を怠らない。

 

・ダグトリオ♀/ありじごく

 むじゃきな性格。狙った獲物は逃さない(※浮いているものは除く)とサディの手持ちの足止め担当。大技で場を撹乱することも。

 

・エンニュート♀/ふしょく

 むじゃきな性格。戦うのが好き。上司からの貰い物だったりする。

 

 

 

 

 

●ピートレクト 22歳

 オチバを付け狙う白服コンビの片割れ。基本的に冷酷で手段を選ばない男。オチバのことがすごく嫌い。

 コンビの頭脳担当というが本人も割りとすぐに手が出るタイプの脳筋。手持ちの性質からしてそれがにじみ出ている。

 口では文句を言いつつサディを一番大事に思っており、上司に頭を下げたり胃を痛めるのもだいたいサディのためだったりする。サディのためなら人を殺すことも躊躇しない。

 昔とあまり変わっていないらしく、子供の頃から手段を選ばない性格らしい。

 

 

 

 

・ギャラドス♂/いかく

 がんばりやな性格。コイキングの頃からピートレクトに跳ねるだけで褒められていたことから主人のためを思ってがんばって強くなった。でも悪いことをするのはちょっと未だにどうかと思ってる。

 

・マグカルゴ♀/ほのおのからだ

 のうてんきな性格。深いこと考えてない。マイペース。よく寝てる。

 

・カラマネロ♂/あまのじゃく

 きまぐれな性格。卑怯なことにためらいがない外道。催眠術で洗脳もお手の物。上司からのもらいもの。

 

・アマージョ♀/じょおうのいげん

 いじっぱりな性格。女王様気質なのは当然のことで、敵に対してかなりきつい態度をとる。主人には懐いているのか比較的優しい。

 

・ケンホロウ♂/きょううん

 まじめな性格。ピートレクトの移動手段。あんまり戦うのは好きではない。

 

・ヌケニン/ふしぎなまもり

 おくびょうな性格。サディのテッカニンが進化したときに空いていたボールに入っていた一匹。サディは興味なかったのでピートレクトにあげた。基本虚無。

 

 

 

 

 




アンケート結果茶番
※アンケート結果を反映した番外編を挟みます。茶番は読まなくてもいいです。




ハツキ「アンケートなのに結果発表の必要あんのこれ」
レモン「面白い結果だったからせっかくだしってことで」
エモまる【じゃーじゃじゃーん】
ハツキ「えー、こっちの作品だと総計23票。そしてなぜか俺の選択肢が二つあってどっちにも票が入ったので俺は合計での結果になります……なんでアンケ作るときに気づかねぇんだ……」
アクリ「……順位、発表?」
ハツキ「いや、単に結果だけだから順位とかはなし。じゃあまずは――」


ハツキ:8票


ハツキ「な ん で」
アクリ「おめでとー」
オチバ「あら、かなり票もらってるじゃないのぉ」
レモン「よかったね、ハツキ君!」
ハツキ「わけがわからないよ……」
オチバ「何が不満なのよ」
ハツキ「こういうのって俺よりレモさんに入ると思ってた……ということで次レモさん」


レモン:2票


ハツキ「めっちゃ驚いた」
レモン「えっ、妥当じゃない?」
ハツキ「俺とレモンさん逆じゃねぇかと思ったんですけど」
レモン「でも私、サブキャラだしね~」
オチバ(一番イラスト多くて何言ってるのかしら……)
ハツキ「あ、そういえばどうでもいいことなんですけど」
レモン「ん?」
ハツキ「別作品のレモさんの師匠、レモさんより票数上らしいですね」

レモン「…………」

ハツキ「あー……えっと、次」


エモまる:6票


ハツキ「嘘だろ」
エモまる【妥当】
ハツキ「お前この作品のポケモン枠だと1番票もらってるんだよ」
エモまる【さすが俺】
ハツキ「てるてる坊主みたいに吊るすぞ」


ふぅこ:1票


ハツキ「お前かよ!」
ふぅこ【ドヤァ……】
ハツキ「お前まだ許してないからな」
アクリ「……ふぅこは、しばらく……おやつ禁止」


アクリ:5票


アクリ「ドヤァ……」
ハツキ「こんな綺麗なドヤ顔ダブルピース初めて見たわ」
レモン「さすがヒロイン」
オチバ「でも別に何もしてな――」

ハツキ「つーわけで結果発表終わり。はい、解散」
レモン「あれ、残り1票は?」
ハツキ「俺らじゃなくてあっちの片割れだから」
オチバ「えっ、あらぁ?」
ハツキ「レモさん今日の飯なんですか」
レモン「どうしようか。野菜のスープにする?」
アクリ「コンソメが……いい……」




オチバ「…………」←票なし


オチバ「……別に泣いてないわよ」



――――――――




サディ「ピー! なんか俺一票入ったらしいぜ! 総選挙ってやつ? センターってやつ!?」
ピー「色々違うから落ち着け」



投票ありがとうございました!



ハツキ:8票
エモまる:6票
アクリ:5票
レモン:2票
ふぅこ:1票
サディ:1票




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2章:観戦
ジムリーダー対抗戦! ~入場~


ちょっと間が空いてしまいました。本編進めたくなったので本編です


「いい天気だね……」

「うん……」

 穏やかな午後の日差し。その中でアクリと一緒にいる。

 柔らかな膝枕と頭をなでてくるアクリの手が妙に心地よい。

 ――何もしたくない。もう全部アクリがなんとかしてくれるし俺は何もしなくていいじゃないか。

「おねむ、なの?」

「うん……」

「そっか……じゃあ二人が戻ってくるまではねんね、して……いいよ……」

「うん……」

 そういえばなんで今二人だけなんだっけ……。思い出せない。考えようとすると頭が痛いし、なにより霧の中にいるみたいで億劫だ。

「……かわいい……ハツキかわいいよ……」

「うん……うん?」

「いいよ、何も考えないで。ミーはずうっとそばにいるよ。大丈夫だよ」

 そっか、じゃあ何もしないでいいや。

 

【ハツキー! 正気にもどれー!】

【すてんばーいすてんばーい】

 

 あれ、なんかエモまるとふぅこがやりあってるな……まあどうでもいいか……。

 

「ふふふふふ……ハツキだぁいすき。ずっと……ミーを頼ってね……」

「うん……」

 俺幸せだなぁ。アクリが全部してくれるって、なんて幸せ……しあわ……し…………?

 

 ――はっ!?

 

 もやもやした思考が唐突に晴れて鮮明になった自分の状況に、思わず呼吸が早まる。

 アクリに膝枕されているがその直前の記憶が曖昧だ。何があった? ていうか俺なんかさっきまで何考えてた?

 ちらりとアクリの顔を見上げると穏やかな顔のアクリの手が俺の腕に伸びてくる。導かれるままに浮いた手はアクリの背丈の割に豊満な胸に押し付けられる。

「――――あばっ」

「男の人って、こうすれば嬉しい、でしょ」

 好きです嬉しいです脳内もギンギンです。

 どうしてこうなった? 真面目に前後の記憶がないせいでなんでこうなっているのかさっぱりだ。

 むにむにと柔らかな感触でまたぼんやりしてしまいそうになる。だめだ正気を保て。

 するとぼんやりと俺の脳内に囁きかけてくる悪魔の囁きが形となって現れる。やばい、幻覚まで見えてきた。

『いいじゃないの~。そのまま身を委ねてしまえば何も考えずに幸せになれるんだもの。それの何がいけないっていうのぉ』

 くっ、俺の空想上の存在だけあって異様に悪魔の姿が似合うなオチバめ。本人も若干言いそうなのが腹立つ。意地悪く笑うオチバの姿がデフォルメされており、自分の幻覚ながら再現度が高い。

『駄目よハツキ君……堕落した関係は後々不幸にしかならないわ』

 すると今度は天使姿のレモさんが現れる。俺のイメージが見事に出ていてなんというか、ちょっと自分の脳内戦争なのにコントみたいだ。

『いい? 自立してこそ対等の関係になれるの。おんぶにだっこじゃ自分を見失っちゃうわ。正気に戻って……!』

 さすが大天使レモニエル。いいぞもっと言え。

『それの何がいけないのぉ? お互いそれで幸せならよくない?』

『え、でも……』

 負けるな、大天使レモニエル。悪魔オチバに呑まれちゃ駄目だ。負けるな俺の良心と自制心。

『幸せのあり方なんて人それぞれ……まさか他人にそれを押し付けるつもりなのかしらぁ』

『え、いやそんなつもりじゃ……』

 くそ、この悪魔、もとい俺の邪心強い。

『いいじゃない! 不健全! 不道徳! ふしだらな関係! この世は堕落に満ちてるわぁ~』

『う、うぅ……で、でも……』

『まあまあ、お堅いことはよしてほら、ね……?』

『きゃあー!』

 悪魔オチバに天使レモさんは敵うはずもなく、俺の脳内から消滅して堕落を推奨する思考だけが残った。

 

 なんか、もう、面倒だもんな……。

 

 撫でられるの気持ちいい……おっぱい最高。もう俺の人生はアクリがなんとかしてくれる――

 

「ハツキ君! しっかりしてね! ほら、いくよ!」

「え~い」

 

 ぽかぽか日向ぼっこを満喫していたところに急に謎の液体が入ったお椀を口に押し当てられ、抵抗する間もなく口から喉へとその緑色のどろりとした液体が流れていく。

 

「がっ、げほっ!? な、なん――にっが!?」

「よかった、正気に戻ったようね……」

 むせ返っていると安堵したように胸をなでおろしているレモさんがすぐそばにいることに気づいて今の状況が益々わからなくなる。

「ど、どういう状況ですかこれ……」

 まだ口の中が苦くて時折咳き込んでしまう。水をもらって口内を潤すがまだ苦味が消えない。

「覚えてない? あの二人組の使った薬品をもろに浴びちゃったハツキ君がおかしくなっちゃって、このままだと人に言われるがまま従っちゃう人形状態って状況だったから急いで私とオチバさんで解毒するために薬草取ってきてたのよ」

 待ってほしい。なんでナチュラルにそんなやばい薬品の解毒方法知ってるんだレモさん。いやおかげで俺が正気に戻れたしいいんだけどこの世界のレンジャーはそんなにやばい薬の対処法も学んでるのか?

「アクリちゃんにはハツキ君がちゃんと正気でいるために声かけ続けてってお願いしてたのよ。おかげでちゃんと間に合ってよかった。薬が回っちゃうと困るから連れ回すわけにもいかなかったしね」

 アクリ、俺を見ろ。目を背けるな。ふぅこもだ。お前らちゃっかり俺を洗脳しようとしてたよね?

 オチバはくすくす笑いながら「よかったわねぇ」と他人事のように言う。そうだ思い出した。俺オチバを庇って薬品もろに吸ったんだった。この野郎、お前のせいじゃねぇか。

「さて、念のため休憩をとったら出発しましょう。町までそう遠くないしね」

 白服コンビの対処はもう済んでいるのかレモさんは相変わらず頼りになる。俺の最後の希望だ。オチバは相変わらずクソだしアクリはちょっとたまに怖い。

 本当に、この旅大丈夫なんだろうか……。もうだいぶあの旅立ちから時間は経つが一向に不安は消えないのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 もうすぐ着く町であるテトノシティは都会というほどではないが、多くの人で賑わっている観光地で、船も出ている。他地方へ向かうならここにくるのが手っ取り早い。

 町の入口に近づくにつれ、やけに人が多いような気がして心がざわつく。人が多い、つまりポケモンも多いわけで――。

「はーい! ジムリーダー対抗戦を観戦する方はこちらになりまーす!」

 入り口で案内の人が看板を掲げながら人を誘導している。ジムリーダー対抗戦、という言葉に俺たちは揃って首を傾げた。

「あ、旅の人ですか。今日から3日間、新しく完成したバトルフロンティアのお披露目が行われているんですよ」

 チラシを手渡され、読んでみると開催セレモニーでアマリト地方からジムリーダーを招いてこのイドース地方のジムリーダーとの対決を行うイベントが開催されるらしい。

 1日目、今日の夕方からジムリーダーの紹介と施設のオープン記念のパフォーマンスバトル。

 2日目の明日にジムリーダー対抗戦本番。

 そして3日目にはバトルフロンティアの施設挑戦解禁と閉会式。

 だいたいこんな感じの日程で、内部には出店もあるらしく、かなり力の入ったイベントだ。

「へぇーすごい! アマリトジムリーダーっていえば強者揃いで有名なんだよ」

 チラシを覗き込むレモさんが関心を示す。アクリもチラシの下部をやけに見ており、一応興味はあるようだ。一方オチバは無表情で俺から一歩距離を取る。いつもおかしいが今日は特に変だ。

「せっかくだし見ていく? 明日がメインだけど開会はこれからだし」

「俺も興味あるんですけど……人……人が多いんだよなぁ……」

 興味は当然ある。というか俺だって別にポケモンバトルには興味あるのだが周りに人が多いとどうもストレスがたまる。

 というかこれだけ人がいるのに席は確保できるんだろうか。

 アクリが携帯をいじりながら「行こ」と手を引くのでとりあえず4人で会場の方へと向かった。

 会場の入り口の受付は人手ごった返しており、恐らく中の席はもう立ち見くらいしかない。その様子を見てレモさんは残念そうな顔をする。

「あー、さすがにこれだけのイベントだしそりゃそうだよね……」

「まあ中継もあるみたいだし俺らはおとなしくポケセンで……」

 あきらめムードでいるとアクリが特別受付の方に一人で向かい、止める声も聞かず受付の人間と何か話だす。あれは恐らく関係者用か裕福層の特別席っぽいのだが……。

 しばらくして戻ってきたアクリに「ほら、ポケセン行こうぜ」と声をかけるとドヤ顔で首から下げる入場証を4つ手にしていた。

「ええっ!? ちょ、ちょっとそれどうしたの!?」

 レモさんは声を大にして驚き、俺は理解が及ばなくてぽかんとしてしまう。オチバも目を丸くしながらその入場証を見つめる。

「ミーは……このバトルフロンティアのスポンサー会社の……仕事、してるから……といっても、外注だけど……関係者優待で入場できる……」

 薄々思っていたけどアクリってとても身分が高い人間では?

 にしても4人分もらえるとかどんなコネだよそれ。

「一応……社長の知り合い……というか……スポンサーのシリウスカンパニーって……知ってる?」

「えーと……なんか大きい会社だよな」

 時々シリウスカンパニーの商品は見かけるがどんなところかまでは知らないため漠然とした答えになってしまう。ゲームで言うシルフカンパニーくらいに思っていた。

「あそこ……小さい会社時代から……社長がミーのデザイン、気に入ってくれて……結構融通してくれる……」

 突っ込みどころが多すぎて整理できない。シリウスカンパニーって新興会社なのか。ていうかアクリ何歳の頃だよそれ。

「あ、思い出した! シリウスカンパニーってクコ地方でここ3年ほどで成り上がった会社だっけ。超ホワイトで志望者の倍率がすごいって聞いたことある。しかも社長ってまだ若いって。確か創立時は社長が15歳とかで雑誌とかでよく特集組まれてたし」

「社長……目の付け所が……人と違って……面白い、から……」

 一般市民の俺には遠い世界の話すぎてちょっと何言ってるのかわからないです。

 そんな上の世界の話をされたけどとりあえず入場してみるとぎゅうぎゅう詰めの席ではなく、程よく落ち着いて見れるような観戦席が並んだエリアに出た。ぐるりと見渡すとドームの円状に溢れんばかりの人が詰まっている。

「ちなみに……社長が……気を利かせてくれたから……ミーたち、ここ泊まれる、よ」

「よくわからないけど俺達は社長さんに会ったら頭を下げないといけない気がする」

 どうやら3日に渡るイベントなのでフロンティア内部のホテルの宿泊権もついてくるらしい。至れり尽くせりで申し訳なくなってきた。

「すごいねー! しかもこの角度だとモニターもよく見えるし!」

 レモさんくらい素直に喜べるようになりたい人生だった。急に甘やかされると不安になってくる人間なんです俺は。

【すげー! めっちゃ広いなー!】

 エモまるも俺の肩ではしゃいでいる。やっぱり広いフィールドとか好きなんだろうか。まあポケモンもそれぞれなので一概にいえないんだけど。

「はあ……」

 オチバがやけに気の抜けたため息をつくのでどうかしたのかと見てみるが物憂げな様子でフィールドを見つめているだけで何もわからない。

「どうしたんだよ」

「いえ……さすがに向こうからは見えないといいなぁって」

「ん? 何が?」

 聞こうとしたその時、開幕を告げるブザーが鳴り響き、そのまま俺たちも着席するとスポットライトに照らされた露出が多めのかわいい女性がマイク片手にゴチルゼルとともに宙に浮きながら現れた。

 

 

『イドース地方最大の施設、バトルフロンティアの開設を記念して行われる一大イベント! ジムリーダー対抗戦、前夜祭! ジムリーダーズの紹介及びデモンストレーションの解説を務めさせていただきますはこの私! 今をときめくメルティちゃんです!』

 きゃぴきゃぴしたアイドルといったところだが恐らくゴチルゼルの力で人を引きつけるパフォーマンスをしながら施設の様子が映るモニターを示す。

 パチンと指を鳴らすと同時にモニターが切り替わり、8人分のシルエットが映し出された。

 

『それでは今宵、アマリト地方よりお越しになられたジムリーダーズをご紹介!』

 その声を合図にフィールド中央がのステージが煙とともに開いて中から8人の人影が浮かんでくる。モニターが8人のシルエットの一人をクローズアップすると煙の中から着物姿の男が現れた。

 

『クールな拳に込めるは熱い闘志! ワコブシティジムリーダー・ケイさん!』

 

 気だるそうな眼鏡の着物男。モニターに表示されたのは格闘タイプの使い手ということとシルエットが色づいた写真へと変わったもの。プロフィールが切り替わったのはアップになった男の顔で、すごく面倒そうな表情をしていた。

 次いで飛び出てきたセーラー服のような姿をした少女。

 

『水も滴る浜辺のセーラー少女! ハマビシティジムリーダー・ナギサさん!』

 

 水タイプ使いの情報が表示され、アップになったカメラに可愛らしく笑顔を向けくるりと回ってみせる。先程の着物男のときより歓声が多く、人気のほどが伺えた。

 

『不気味に微笑むゴーストレディ! レンガノシティジムリーダー・リコリスさん!』

 次に出てきたのは黒いゴシックドレスの女性。ゴースト使いであり、前髪とヴェールで顔を隠したその人は一礼すると妖艶なオーラをまとい、カメラに薄く笑ってみせた。その瞬間、オチバの肩が僅かに揺れる。

 知っているのか、と聞こうと思ったが次の紹介が始まったのでタイミングを逃してしまった。

 

『大地とともに生きる穴掘り名人! グルマシティジムリーダー・コハクさん!』

 

 ポニーテールの女性が作業着らしきものを肩に羽織って現れ、カメラに馴れ馴れしくピースしてみせる。褐色肌に薄めの髪色でとても印象に残る人物だ。地面タイプ使いということもあってか健康的な体つきをしている。

 そして、次の紹介に切り替わったところでさっきまでとは比較にならないほどの黄色い声が上がる。

 

『才色兼備、乙女の味方、花の貴公子! ラバノシティジムリーダー……キャアアアアアッ! アンリエッタ様ー!』

 現れたのは超美形のイケメン――いや、胸があるので女だ。一言で表すならば王子様。そんな気品ある人物はカメラがアップになるとウインクして更に会場を盛り上げる。声の大半は女なのだがちょくちょく男の歓声も聞こえてくるので人気のある人物なんだろう。草タイプ使いということらしいがあんまり顔とタイプが結びつかない。

 

『輝く叡智、ミスタージーニアス! アケビシティジムリーダー・オトギさん!』

 先程までの派手なパフォーマンスとは打って変わって控えめに現れた男は小さく笑うだけだ。眼鏡をつけた理知的な人物だが表情が読めない。いかにもという感じだがエスパー使いらしい。

 

『寡黙な電流、迸る職人魂! ロードネシティジムリーダー・イヅキさん!』

 続く人物も派手さや盛り上がりがなく、嫌々という様子が隠しきれていない。だるそうに現れ、鬱陶しそうにゴーグルの位置を直している。最初はがねタイプの使い手かと思ったがどうやら電気タイプらしい。

 

『そして最後はこのお方! 元アマリトチャンピオンにして最強の代名詞とも謳われた鋼鉄の女傑、ユーリ様です!』

 

 その人物を見た瞬間、思わず息を呑んだ。

 

 風で揺れるミディアムヘアは覚えのあるブラウンカラー。小柄で、少年か少女に見える背丈。中性的で人を引きつける整った顔立ち。不機嫌そうな目はやはり覚えのある緑色。

 鋼タイプのジムリーダー。その幼くも風格ある人物。覚えがあるのも当然だ。

 

 ――そう、オチバに瓜二つだったのだから。

 

 




アマリトジムリーダーは新新トレの方のキャラなのでそちらもよろしくね。イドースジムリーダーは次話。合わせて16人とか作者は多分マゾ。
今回の話はしばらくジムリーダー同士のバトルばかりなのですが別に名前は無理して覚えなくても大丈夫です。とりあえずハツキたちが観戦してるって感じでお楽しみください


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ジムリーダー対抗戦! ~デモンストレーション~

 

 

 

 あまりにも似ている。オチバの方を見て、もう一度アマリトジムリーダー、ユーリを見ると髪型や雰囲気こそ違うものの顔の作りや髪や目の色が完全に一致している。

「あー! なんかオチバさん見たことあると思ったらそうだ! ユーリさんに似てるんだ!」

 歓声で賑わう中、思い出したようにレモさんが声を上げる。そういえば出会った頃、見たことあるようなって言っていた気がする。なんだっけ、図書館で出会ったジムリーダーの子もなんか言ってたし、俺以外もそう思うレベルで似てるので勘違いではないはずだ。

「……ま、そういうことよ。もう会うつもりもないけれど」

 諦めたように自嘲気味に言うオチバは肩を竦めて立ち並ぶその人を見つめる。会場の音で聞こえなくなるほど小さな声は近くにいる俺たちくらいにしか聞こえないだろう。諦観の念が強い瞳が妙に印象に残った。

「……元気そうで何よりだわ」

「なんで会わないんだよ。姉妹なんだろ」

 妹がいるって言っていたのを思い出す。きっと彼女のことだろう。少なくとも、俺たちみたいなのと一緒にいるよりよっぽど地位があって安全な人物だ。というかいい迷惑なので会ってほしい。

「あの子に会ったら……私、きっとあの子のこと嫌いになっちゃうもの」

 なぜ、と言おうとした時、司会者の一際大きな声でそれは掻き消される。

 

『それではアマリトよりお越しの彼らを迎え撃つ、イドース地方ジムリーダーズをご紹介!』

 

 

 

『誰が呼んだか気難しいダークヒーロー! テトノシティジムリーダー・アズヒサさん!』

 まるでカジノのディーラーとでもいうような姿をした男が現れる。悪タイプのジムリーダーらしいがなんだかジムリーダーで悪使いって珍しい気がする。モニターに映る姿は無表情だがどこか疲れているようにも思えた。

 

『奏でるは虫のさざめき! リネロシティジムリーダー・ナッツさん!』

 華美すぎないフォーマルな装いに身を包んだ女性がニコニコと手を振りながら現れる。虫タイプ使い、そして音楽家でもある人でテレビで何度か見たことがある。

 

『白衣の下に隠すのは毒か薬か! ハオセシティジムリーダー・ミールさん!』

 失礼な感想だがいかにも性格の悪そうな顔をした青年が白衣を風で靡かせながら現れる。毒タイプ使いでその傍らにポケモン用の薬を売っている人物でもあるそうだ。

 

『未来の博士、夢見る委員長! ロレナシティジムリーダー・ノノさん!』

 先日図書館で会った少女であるノノが少し緊張したように手を振っている。ノーマルタイプのジムリーダーで、恐らくイドース地方のジムリーダーの中で最年少のようだ。

 

『羽ばたく翼は空の架け橋! オオワトシティジムリーダー・カザマルさん!』

 男は厚着をしており、神経質そうな表情でアマリトジムリーダーズを睨んでいる。飛行タイプ、鳥ポケモンを扱っているようだ。

 

『燃える熱血料理人! コロゼシティジムリーダー・ペトナさん!』

 背が低めの丸っこい少女。ノノよりは年上っぽい顔をしており、少々丸みを帯びた体型のせいか動くのがとろそうに見える。炎タイプを扱うようだが料理人でもあるのか格好もエプロンを身に着けていた。

 

『頑固一徹、質実剛健! ボルツシティジムリーダー・クロガスさんです!』

 30代後半と思われる男がキッとした目つきで仁王立ちしている。第一印象は頭が固そう、だ。岩タイプのジムリーダーでまさにイメージに合うタイプを使っている。

 

『優しく微笑む皆のシスター! フローレシティジムリーダー・シャロレーヌさんです!』

 嫋やかな微笑みを浮かべるシスター姿の女性は揃ったジムリーダーを見てにっこりと笑い、一礼して全員が揃ったこと確認して手を掲げた。フェアリータイプ使いということだが……この世界の宗教ってどうなってるんだろうか。

 

『いよいよ出揃いました両地方ジムリーダーズ! それではさっそくシャロレーヌさんに意気込みを語っていただきましょう!』

 シスターの人がイドース側の代表なのか司会からマイクを受け取って控えめな微笑みを浮かべながらアマリトジムリーダーズを見る。

『アマリト地方からお越しになったジムリーダーの皆さん。今日この日のために時間をさいてくださったこと、誠に嬉しく思います』

 凛とした女性らしい声だ。代表というだけあって落ち着きのある良識的な人物だということが見て取れる。

 

『つきましては全員ぶちのめしますのでどうぞ首を綺麗にして明日の対戦に臨んでください』

 

 うんうん、まともそう……――ん?

 

『というかノコノコ来てくださって本当にありがとうございます。ええ、本当にノコノコ来やがって恥を知らないのですか? これだから調子に乗った人たちは……。都会でもないくせにちょっとうちより発展してるからって態度が大きいですわよ?』

『おいカメラ止めろ』

 シスターの隣にいた悪タイプ使いのジムリーダーが苦虫を噛み潰したような顔で止めに入る。

 が、アマリト側のオチバによく似たジムリーダーは別のマイクを奪って怒声をあげた。

『上等だこのアバズレ女ァ! というか貴様こそよくまだジムリーダーやってるなぁ? そんなに枕は楽しいかーぁ?』

『ちょっとマイク落として』

 アマリト側も着物の格闘使いが別のスタッフに達観した顔で指示するももはや後の祭り。完全にジムリーダー同士の醜い口論が中継用のマイクとカメラを切っても続いてる。

『あーらチャンピオンから転がり落ちたおチビさんってばまだみじめにジムリーダーの椅子に座っていらしたの? ごめんなさいね、小さくてよく見えなかったわ。いい歳してそっちこそ若作り? 気持ち悪いわよ』

『この顔と身長はどうしようもないのでな! お前こそ聖職者ぶってるくせに若作りと男漁りが激しいんじゃないか? さっさと結婚したらどうだ?』

『このクソチビぃいいいああああああああ! あんただって結婚してないじゃないのアラサーの分際で!』

『俺は結婚できない誰かさんと違って結婚しないだけだ! そら化粧が剥がれ落ちるぞビッチシスター!』

 ちらりと隣を見るとオチバが頭を抱えていた。まあ、無理もない。俺ですら呆れ返る罵り合いを身内がしてるともなれば……。

「ぬるいわ……ぬるすぎるわあの子……」

「そっちかよ」

 罵倒の方にダメ出しするとは思わなかった。

「あのー……なんであんなに険悪なんですか?」

 困ったときのレモさんだ。こういうことは詳しいイメージがあるし、レモさんが知らないならこの場で知ってる人間はいないだろう。

「ああ、元々アマリトとイドースって仲悪いのよ。まあ露骨に喧嘩するほどじゃないというか……普通に交易だってするし一般人同士は普通に交流するんだけど……ジムリーダーとか四天王同士が仲悪いみたいでたまーに揉めてるみたい」

「主な……原因は……アマリトとイドース……元々姉妹地方、だった……のに、アマリト側が……イドースよりも……目立つようになったから……って」

 アクリの補足も含めてなんとなくわかった。あれだ、都会民と田舎民の喧嘩だなこれ?

 アマリト地方はいわゆる発展途上で都会と自然地域の差がはっきりわかれているから大都会というほどでもないが田舎でもない微妙な立ち位置らしい。

 

『黙れチビ! チャンピオンから引きずり降ろされた負け犬風情が!』

『ほざけ売女! 清純ぶって地位振りかざして男食うのは楽しいかー?』

『やめろシャロ! 観客何人いると思ってるんだお前! クロさんも止めて!』

『ユーリさんストップ、これ以上はさすがにアリサあたりから怒られる。俺が怒られる』

 

 どうにかジムリーダーズが双方協力してなんとか黙らせることに成功したが会場は既に何とも言えない空気になっている。お通夜かよ。

 まあそうなるのも致し方なく、司会もすごい「どうしろっていうんだこれ」という顔で返却されたマイクをきゅっと握っている。

『えーっと……そ、それでは……デモンストレーションの方に参ります……しょ、少々お待ちくださーい……』

 

 ようやくざわざわとどよめきが戻ってくる。多分間違いなく放送事故だろうなこれ。

 デモンストレーションの後は施設内の簡易解放と宿泊客用にホテルを解放とのことで、それが終わるまでは休めなさそうだ。

『デモンストレーションに入る前に対抗戦における簡単な説明をさせていただきます! デモンストレーションの勝敗によって片方の陣営がバトルごとのフィールドを選択する権利を多く所有できます! そして対戦者はこちらの特別仕様のマイクを装着していただく決まりがございます。今会場は通常の対戦フィールドよりも広くなっておりますのでポケモンへ指示が聞こえないということがないように必ずつけていただくものです。今後バトルフロンティアをご利用のお客様も同様のものをお使いいただくらしいですよ!』

 耳につけるタイプのマイクはボタンがあるらしく、そこでマイクのオンオフや相手を切り替えることができるという解説もある。便利だなぁ。

『さて、デモンストレーションの対戦カードですが……指定がありますね。アマリト代表はワコブジムリーダー・ケイさん。イドース代表はフローレシティジムリーダー・シャロレーヌさんとなっています』

 モニターには二人のジムリーダーアップが映る。和装で眼鏡をかけた青年は意外そうに顔をあげるがシスターシャロレーヌは悠然と微笑んでいる。

 双方、フィールドのトレーナースペースに立つとボールが6つ指示台から出てきて和装の青年だけが怪訝そうに眉をしかめる。

『明日の本戦に備えましてデモンストレーションはレンタルポケモンを使うルールとなっております。ランダムで6匹候補を選出しましたのでその中から3匹お選びください!』

 シスターは早々に3匹を選出し、にこにこと和装――ジムリーダー・ケイさんを見守る。

「なんか……様子がおかしい……?」

 アクリも違和感に気づいたのかケイさんの方をじっと見る。どうも指名されてからの様子がおかしい。

「解説のレモさん。詳細プリーズ」

「あんまり語ることはないかなー。良くも悪くも堅実ってタイプのジムリーダーさんだから。目立つような人でもないしね」

「あの子は強いわよ」

 急につまらなさそうな声でオチバが言う。いつの間にか手にしていた飲み物を飲みながら呆れたように観客席を見渡した。

「まあ、正直そんな気はしてたのだけれど、こんな大掛かりなことしておいてやることが兄弟喧嘩ってなんにも変わってないわねあいつ……」

「何の話だ?」

「見てなさい。あの子、このデモで必ず負けるわよ」

 

 

 

――――――――

 

 

 ルールは3匹選んでそのうち1匹でも戦闘不能になった時点で勝敗が決する。つまり引き際も見極めないと一瞬で終わりかねないルールだ。

 ケイさんが選出に時間はかかったものの、デモンストレーションが始まり、両者が選出したポケモンが向き合った。

 ケイさん、ミルホッグ。シャロレーヌさん、バシャーモ。

 初手から相性が悪いにも関わらず、ケイさんはどこかそんな気がしたという顔でミルホッグに指示する。

 デモだからそんなに激しい戦いにもならないだろう。互いに本人の手持ちではないのだから。

 

【やってらんねー】

【早く倒れろよお前】

【いやーちょっとは戦わないと疑われるって言われてんじゃん】

 

 違和感に気づいたのは恐らくトレーナーのマイクを介して伝わる声が妙に気の抜けるものだったからだ。まるで嘘字幕……いや嘘吹き替えみたいに状況と台詞が一致しない。

 迫真のバトルのようだがその実ポケモン同士は完全に決まりきったことをこなしている様子だ。もしかしなくてもこれ――

『下がれミルホッグ!』

【あっやべ、ここで倒れないと面倒だから早くしろ!】

【とりゃー】

 戻る指示と同時にミルホッグは倒れ、シャロレーヌさん側の勝利でデモは幕を閉じる。

 

「や、八百長……!」

 

 この盛大な対抗戦は多くの人間が気づいていないであろう『八百長試合』で始まりを告げたのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 デモンストレーションの試合の様子をVIP席で見ている男が笑いをこらえながら得意げに呟く。

「はっ、ざまあみろ愚弟が。無様を晒して悔しがればいい」

 眼鏡の男は和装――どこかケイとよく似た顔立ちをした人物で同じくVIP席にいる人物が呆れながら言う。

「弟君に対して相変わらずひどいね、スイセン」

「ひどいのはあいつやアマリトのやつらだ。僕の実力を認めないやつばかりで本当に辟易する」

 

 眼鏡の男はスイセン。イドース四天王の一角であり、ケイの実兄である。

 もう一人、そのスイセンを見て呆れるのはイドース四天王の一角であるナガレ。作家としても有名な彼はメモ帳片手に二人しかいないVIPルームでつまらなさそうに言った。

「だからってこんな対抗戦企画、裏を知ったらチャンピオンに怒られるよ。あの人潔癖だから」

「フルールのことならうまく丸め込んだから大丈夫だ。どうせあいつ、アマリトチャンピオンのことしか今興味ないだろうし」

 そう嘲笑しながら敗北したケイを見下ろして一人楽しそうに肩を震わすスイセンを見てナガレは肩をおろす。

 

 ――二地方巻き込んでやることが弟いじめ。世も末だと

 

 

 




もう一作の新新トレを読んでると多分ちょっとはわかるんじゃないかなっていう内容ですまない……基本観戦だからジムリーダーの視点バンバン入るよ


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小休止 ~ダストシュート~

Q:なんでこんなに間が空いた?
A:ごめんね


 イドース側の八百長。ケイさんの反応からして合意ではないのがなんとなくわかる。

 ただポケモンの言葉しか確証がないせいでそれを声高に主張できるはずもなく、横目でオチバを見ると頷かれて鬱陶しそうに髪を払った。

「主犯も目的もだいたい予想がつくし、どうせアマリトジムリーダーも何人か気づいたはずよ。ていうかあの子たちが気づいていなかったら随分と落ちぶれてるってことになるし、まあ最低4人は気づいたはずよ」

「中止になると思うか?」

「証拠が出ないから続行じゃない? 知らぬ存ぜぬよ。あいつ、昔っから出落ちな真似するから後でしっぺ返し食らうに違いないわ」

 随分と知っている風な言い方だが、それだけ親しい人物がいるなら俺たちにつきまとわないでそっちに合流して欲しい。ていうかしろ。

「えー……なんかショック……イドースのジムリーダーは知ってるのかな……」

 レモさんが残念、いや悲しそうに肩をがっくりさせている。まあまだデモだし明日の本戦は普通にやる――

 

『それでは明日の対抗戦の組み合わせを発表します! ランダムマッチによるものですので対戦順もランダムとなります!』

 

 司会の声とともにモニターにマッチングが表示され、思わず絶句した。

 

 

オトギ(超)VSナッツ(虫)

ナギサ(水)VSノノ(無)

イヅキ(電)VSミール(毒)

コハク(地)VSクロガス(岩)

ユーリ(鋼)VSペトナ(炎)

リコリス(霊)VSアズヒサ(悪)

アンリエッタ(草)VSカザマル(飛)

ケイ(闘)VSシャロレーヌ(妖)

 

 

 イドース側の、完全に八百長だこれ。相性最悪が露骨過ぎていっそ本当は何もしてないんじゃないかってくらいに清々しい贔屓の組み合わせしてる。ランダムとか嘘だ。証拠はないけど半分以上相性が悪いとかひどすぎる。

「スーちゃん……あいつ、本当にこう……小物ねぇ……」

 オチバの呆れ果てた声に一度この黒幕がどんなやつか拝んでみたいと思うほどだ。小物っていうかこれアホだろ。

「これ……見る価値、ある?」

 アクリ直球すぎる。まあ気持ちはわかる。といっても片方の反応を見る限りやらせではないからまあ、まだ見れるはず……、はず……。

 

 

 素直に楽しめるんだろうか、明日の観戦……。

 

 

――――――――

 

 

 

 ――ホテルの最上階にあるホールの一つ。アマリトジムリーダーの数名がそこに集っていた。

 

「どうせスイセンだろ」

「スイセン君でしょうねぇ」

「スイセン兄様ですよね……」

 ユーリ、リコリス、アンリエッタがそれぞれ不機嫌、笑顔、困り顔で同じ名前をあげる。ケイはもはや感情を出すことが億劫とでも言いたげに椅子にもたれる。

「まさかとは思ってたけど本当にあの馬鹿兄貴やりやがった」

 その様子を苦笑しながらオトギはメンバーの確認とともに話をまとめようとする。

「ナギサちゃんとコハク……あとイヅキはまだ気づいていないかな?」

 

 現在このホールにはアマリトジムリーダー8人のうち5人が集まっている。

 ケイ、ユーリ、リコリス、アンリエッタ、オトギ。この5人はデモの段階で不正に気づいたがそれをあの場で声高に主張するための証拠がなく、気づかないふりをしていた。対抗戦の組み合わせ発表で思わず目眩がしたアンリエッタだったがユーリは「だろうな」と達観し、リコリスは静かに笑顔で怒り、オトギは「困ったなぁ」と笑ってごまかしていた。

 相手が馬鹿すぎると対応に困る。

「で、どうします?」

 オトギが他人事のように言う。事実、犯人であるスイセンの昔からの知り合いである4人が勝手に悩んでいるだけなのでオトギは他人事なのだろう。

「どうもこうもあるか。別に相性不利だろうがフィールド主導権を取られようが勝てばいいだけの話だぞ」

 ユーリはあくまで冷静に、かつ傲慢に言い放つ。この場にいるメンバーは全員相性不利を組み合わせられているメンバーでもあった。

「俺たちが不利を組まされてるのは大方スイセンの馬鹿が警戒して決めたに違いないからな。あいつらしい考えだ。たかだか相性不利程度で俺たちをどうにかできると思っている」

「スイセン君てば、昔っからタイプです、相性です、って感じだものねぇ~」

 リコリスの小馬鹿にしたような言い方にアンリエッタはごほん、と咳で諌める。

 

「こういうとき、ユーキ姉様がいれば……」

 

 思わず、という呟きがアンリエッタの口から漏れた。その瞬間、部屋の温度が一気に下がったような錯覚に陥ったアンリエッタとケイはまずい、と顔色が悪くなる。オトギもなんとなく察したが詳しくはわからないのか首を傾げて氷点下の原因であるユーリとリコリスを見るだけだ。

「ユーリ姉様、あの」

「聞かなかったことにしてやる。とにかく、明日の試合は死んでも負けるんじゃないぞ、アンリ」

 怒気を孕んだユーリはそれだけ言い残して部屋から出ていったユーリにどっと冷や汗が流れるアンリエッタ。そしてもう一人、温度を下げるリコリスも無言で部屋から出ていった。

 生きた心地がしないその3人だけが残された空間でアンリエッタは腰が抜けたように壁に寄りかかり、オトギも冷や汗をかきながら笑う。

「えーっと、逆鱗に触れちゃったのかな?」

「まあ、身内の中のタブーってやつ」

 ケイがオトギにそう言うとそれ以上は聞くつもりはないのかオトギは「そうかい」と言って彼もまた部屋を後にする。

 残されたケイとアンリエッタは重たいため息をついて顔を見合わせる。

「……とにかく、お互い頑張ろうか」

「そうっすね」

 果てしない不安は勝敗よりも今後のユーリの扱いについてなのだが言わずとも二人はそれをただしく認識していた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 あの後、一通りのイベントが終わったため皆ホテルに戻っており、オチバやアクリは先に部屋に戻ったが俺とレモさんは最上階へとこっそり忍び込んでいた。

「つーわけで、急いであのジムリーダーに話つけましょう」

「い、いいのかなぁ……」

 悩んだ様子のレモさんだがこのままオチバを俺たちで連れ回すより身内に返した方が本人にとってもいいことだ。無論、本人の了承は取っていない。

 最上階はどうやらジムリーダーたち専用らしく、人の気配は下よりも少ない。何人か出払っているのかもしれないな。

「えーっと、あの小さい人、ユーリさんでしたっけ?」

「そうそう。あ、でも本人に小さいとか言っちゃ駄目よ?」

 明らかに地雷っぽいもんなぁ。

「あ、向こうから声がするね。どうする?」

 当人ならともかく別のジムリーダーとかだと追い出されてしまう可能性がある。隠れて様子を伺った方がいいだろうか。そう考えているうちに声の主が見えてきた。

 

「明日楽しみですね!」

「そうね。ペトナちゃんもがんばってね」

「任せてください! アマリト最強だかなんだか知りませんけどやってやります!」

「残念だわ~。私があのチビ女倒したかったのに。期待してるわ」

 どうやら声の主はシスター姿のフェアリー使い、シャロレーヌさんと炎使いのペトナさんである。

 二人とも楽しそうだが不正を知っているんだろうか? 知らないとしたら二人もある意味かわいそうではあるが。

 すると、別の方から足音がし、シャロレーヌさんがそちらを向いて「あら」と嬉しそうな声をあげた。よく見えないのでレモさんと一緒に少しだけ近づくとそこにはアマリトのジムリーダーの二人、一人は件のユーリさんがいた。もう一人は黒服のゴースト使いでたしかリコリスさんという人だ。

 口火を真っ先に切ったのはシャロレーヌさんである。

 

「そちらはずいぶんと仲良しグループでいらっしゃるわね? 身内身内身内……アマリトってこわーい」

 

 シャロレーヌさんの煽りに応戦したのは意外にもユーリさんではなくリコリスさんだった。

「どうしたのぉ、急に怯えたりして。あ、わかったわぁ! 明日私達に無様に敗北することを想像しちゃったのね!」

「やだ、下品な黒牛女に話しかけたつもりはないのだけれど?」

「はぁ?」

 

 なんでこの人達喧嘩腰じゃないと話せないんですか。

 

「まーまー、シャロレーヌさん。明日の結果で語りましょうよ! 時間が無駄ですって!」

 ペトナさんがやんわりと仲裁に入るがユーリさんは仲裁というより呆れて吐き捨てる。

「ま、くだらない小手先を容認しているようじゃアバズレ女のお里が知れるな。せいぜい相性有利で負けた時の言い訳を考えておくんだぞ」

「そうねぇ。そこのペトナちゃん、だっけ? かわいそうにねぇ、ユーリが相手なんて、運がないわぁ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 くすくすと笑うリコリスさんの迫力に気圧されるペトナさんである。が、その横で微笑みは浮かべつつもあからさまに不機嫌そうなシャロレーヌさんが廊下の空気を氷点下まで下げかねないほど低い声を出す。

「ペトナちゃん。こんなのは無視していいのよ。いい年して幼馴染馴れ合いばかりの彼氏もできたことない干物女たちなんかこうやって人を馬鹿にすることしかできないんだから」

「お前のように男漁りを誰も彼もがすると思うな」

 つまらなさそうにユーリさんがその場を去ろうとしたとき、シャロレーヌさんが目を細め、にっこりと笑うとユーリさんの背に向けてフフッと笑いながら言った。

 

「いつまでそうやって気取っていられるかしら? ねえ、実の姉を見殺しにした元チャンピオン様?」

 

 その瞬間、2つの殺気がシャロレーヌさんを襲った。一つはユーリさんのピカチュウ。もう一つはリコリスさんのジュペッタだ。どちらもピクシーが守って防いだが殺気は消えることがない。

「あら、図星突かれて攻撃なんてそっちこそお里が知れるわね」

「そのふざけた口二度と開けないようにしてやろうか!」

「ちょ、ちょっとここでバトルはまず――」

 唯一ペトナさんが慌てるが間に入ることもできずホテル内だというのに技が飛び交い、騒ぎを聞きつけた他のジムリーダーの怒声が響く。

 やばい、この状況で声を掛けるなんてそんな――

「ハツキ君伏せて!」

 えっ、と思う前に頭に何かがぶつかってきて思考は一瞬で消え、意識もぷつりと途切れるのであった。

 

 

――――――――

 

 

 

 ジュペッタのダストシュートはそれはもう綺麗に弾き返され、その先には隠れていたハツキたち。

 レモンの声も間に合わず、ハツキの頭に直撃し、ただでさえ威力の高い技が鍛え抜かれたジムリーダーの手持ちから放たれ、勢いづいたものが襲おうものなら意識が飛ぶのは仕方のないことである。むしろ怪我をしてもおかしくないのだが幸か不幸か目を回しただけで済んだようだ。

「おい! 何の騒ぎだ!」

 ジムリーダーの一人が騒ぎを聞きつけて争うジムリーダーたちを怒鳴る。岩タイプの使い手、クロガスは自陣のシャロレーヌを睨み吐き捨てる。

「仲良くしろとまでは言わん。問題を起こすな」

「向こうがいきなり攻撃してきたのですよ? 私を責めるのは筋違いではなくて?」

「やかましい同罪……ん?」

 通路の先に人影があることに気づいたクロガスは大股でそちらに近づいてみると目を回したハツキとそれを抱えるレモンを見てはっとする。

 

「おい一般人巻き込んでるぞ馬鹿ども!」

「えっ、ここ関係者以外立入禁止じゃ」

 ペトナが驚きつつもシャロレーヌの後ろに隠れて様子を伺う。

 クロガスは膝をついて目を回したハツキの具合を確かめるよう声を掛ける。

「君、大丈夫か?」

 軽く揺するが完全に気絶しているため返事はない。クロガスが念の為脈をとったりして簡単にだが状況を確認すると呆れた顔で言う。

「とりあえず大事ではないようだが念の為医務室に連れて行かないとな。おいリコリス! お前責任持って面倒見てやれ」

「え~なんで私なのよぉ」

「お前の手持ちの技のせいだからだ! まったく、いい年してお前らはくだらねぇ喧嘩すれば気が済むんだ! 被害者出さないと止められないのか!」

 しらばっくれる血の気の多い女性陣を叱りつけるクロガスだったが効果は期待できそうにない。

 渋々とフワライドにハツキを乗せて医務室まで連れて行こうとするリコリスはんべっ、とクロガスに舌を出して拗ねたようにその場から立ち去ろうとする。

「あ、あの……」

 解散する流れに待ったをかけたのはレモンだ。

「そ、そのユーリさん……」

「……なんだ。サインの類はマナーを守るやつにしかやらん」

 勝手に関係者エリアに入ったことを咎めるように言うユーリにお前がマナーを問うのかとクロガスが微妙な表情を浮かべる。

 レモンは迷っていたからか、少しどもり、ようやく意を決したように例の件を口にした。

 

「その、お姉さんって――」

 

 刹那、レモンは強い殺気を感じ言い終える前に自分がその場にしゃがみこんでいることに気づいたときにはリコリスのジュペッタがユーリのピカチュウのアイアンテールを受け止めている状況にあった。

「ちょっとちょっと~。クロガスおじさまー、ユーリ抑えてー」

「おま、お前っ! 一般人に何してやがる!」

 血相変えたクロガスに抑えられそうになるユーリはギラギラした目でレモンを睨めつける。

「貴様、俺にその話をするとはいい度胸だな――!」

「はいはい、危ないからおじさま抑えてて~。ほら、あなたも行くわよ」

 腰を抜かしているレモンに手を差し伸べるリコリス。ユーリからの殺気をひしひしを感じながらもタブーを踏んでしまったことに気づいたレモンは潔くその場を離れ、リコリスと共に医務室へと向かった。

 

 しばらく歩いた先で一般エリアの医務室にたどり着くとまだプレオープンだからか医師が不在で、呼び出しボタンを押してからベッドにハツキを置いたリコリスは呑気そうに言った。

「ま、お医者様が来るまで一緒にいてあげることね~」

「は、はい」

「それにしてもぉ、さっきのはちょっとまずかったわぁ。ただでさえ機嫌悪いもの。わかってると思うけどもうその話しないでねぇ?」

 先程のユーリの尋常ではない殺気を思い出し、レモンは冷や汗が流れる。ハツキがうっかりその話題を口にしていようものならもっと危険だったかもしれない。

「ま、さすがに申し訳ないし、お医者様が来るまで相手してあげるわぁ。あなた占いとか興味ある~?」

「えっ! もしかしてリコリスさんの占いですか!?」

「あったり~。お詫びとしてタダで占ったげる。気絶してる彼は……まあとりあえずあなたからしましょうかしらぁ。何か気になることある~?」

 リコリスの占いはイドースでも有名であり、よくあたると評判なのだ。滅多に占ってもらえないことから希少価値もあり、レモンはハツキのことがあるにも関わらずワクワクを抑えきれない。

「えっと……そ、その……恋愛に関してとかって……できます?」

「ああ、あなたもう男運最悪だから自分で選ばないほうがいいわよ」

 あまりにも無慈悲なコメントにレモンは言葉を失い無言でリコリスを見る。リコリスはというと真面目な様子で腕を組み、更に続ける。

「そうねぇ。なんというかあなた、駄目男を寄せ付けるというか……もし今付き合ってる彼氏とかいるなら絶対に別れたほうがいいわよぉ。絶対失敗するから」

「……」

 辛辣なコメントにレモンはどこか遠い目をしつつ「肝に銘じます……」とだけ返した。何か思い当たる節があるのかその表情は沈痛だ。

「あとは……」

 リコリスが何か言いかけると同時にはっとしたように前髪で隠された目を見開くとレモンもびくっと姿勢を正す。

 

 その瞬間のリコリスには"何か"が視えていた。

 

 数秒の沈黙の後、リコリスは申し訳なさそうにため息をつく。

「……恋愛とかよりも、こっちのほうが深刻ねぇ」

「え?」

「あなた、このままだと死んじゃうわよ」

 ふざけているわけでもなく、ただ淡々と事実を口にしたリコリスに、レモンは呆然とするばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 



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ディナータイム ~ピリピリするよどこまでも~

 

 目覚めるとエモまるとレモさんが顔を覗き込んできていて、なんとなく自分に何が起こったのかを察しがばっと起き上がる。

【大丈夫かー?】

「だいじょうぶ……」

 頭がまだ痛むが意識ははっきりしている。

「よかった。一応異常はないみたいだから部屋にいって安静にしてよっか」

 医務室らしき場所だがレモさん以外に人間は見当たらない。

 聞くところによるとアマリトのジムリーダーがここまで連れてきてくれたらしく、その後医者にも診てもらったが異常はないとのことで俺が目覚めるのを待っていたらしい。

 すると、アクリとオチバの待つ部屋へと戻る最中、思い出したようにレモさんがなにかのメモを取り出して俺に手渡してくる。

「そうだ、リコリスさんが『起きないから運勢だけ見といたわ~』って」

「は、はあ……」

 どうやら俺が気絶している間に占いをしてもらったらしい。お詫びとかなんとかで。あんまり占いに興味はないがまあせっかくだし、とメモを開く。

 

『盲信は大凶。視野を広く持ちましょう』

 

 ご丁寧に最後にハートマークつきだ。なんとも不穏な一文に俺の人生の薄暗さを物語っている。

 歩きながらそれをポケットにしまうとエモまるが渋い表情を浮かべた。

【なんだー気にしてんのかー?】

「いや別に」

 全く気にしてないと言えば嘘になるがしょせんは占いだし気にしても仕方ない。

【つーか腹減ったー】

「レモさん。飯どうなってましたっけ」

「あ、ご飯なら下のレストランでバイキングだって! 二人も呼んで早く行こ」

 バイキングかぁ。久しぶりに肉いっぱい食べたいな。こういう機会じゃないとなかなか好きなだけ食えないし。

 一旦宿泊予定の部屋へと戻るため、レモさんとともにエレベーターのボタンを押してこの階に来るのを待った。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「見えた?」

「見えた。といってもあの金髪女と男だけだ」

 廊下の物陰から様子を伺うのは白服コンビことピートレクトとサディ。合法とは言えない手段で忍び込んだはいいが4人を見つけられずようやく発見できたようだった。

 二人共白い服ではなく一般トレーナーのような格好をしており、少し不審ではあるものの普段よりは浮いていない。

「人が多いとこでやらかしてだいじょーぶ?」

「あんまりよくはないが……これ以上捕獲が長引くとあの人に嫌味では済まされなくなるしな……」

 自分たちの上司のことを思い出し、ピートレクトは身震いする。部下へ一切の慈悲がない上司と自分たちのことへの関心が薄いリーダーに頼れないピートレクトは必死に自分たちで作戦を考える。

「リーダーは?」

「リーダーなら別の仕事があるからってあの人に止められた」

「へー珍し。リーダーいっつも仕事してないイメージなのに」

「それ、絶対本人の前で言うなよ」

 口が災いしか呼ばないサディにきつく注意しながらエレベーターに乗り込んだ二人を確認し、閉じた扉の前で何階までいったかを確認する。

「この後レストランにいくとか言っていたな……。どのタイミングで襲撃を……ってサディ聞いて……」

 

 途中からまったく喋らなくなったサディを不審に思い振り返るとそこにはクレープを食しているサディの姿があった。

 

「って何食ってんだよ!」

「ニンフィアクレープ」

「何を食べてるかって話じゃない!」

 もぐもぐとニンフィアをモチーフにした飾りチョコがついたクレープを食べるサディとゲンガー。そののんきな姿にピートレクトは怒りを通り越して呆れ果てていた。

「まさかサディ、さっき少し単独行動したときにそれ買ってたんじゃないよな……?」

「そだよ。ブースターホットドッグとサンダースわたあめもあるよ」

「祭りの屋台楽しむラインナップ揃えてるんじゃない! 何一人で満喫してるんだよ!」

「はい、チョコナナのみ」

「違う! 俺にも分けろってことじゃない!」

 

 

 

 深い深いため息のあとに隙をうかがうため二人は変装のため露骨にサングラスをかけて先回りのためにレストランへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 レストランは大変賑わっており、明らかに上流秋級っぽい人たちは別のエリアのレストランへと案内されているのが見えた。どうやらジムリーダーたちもそこらしく、話をする機会はないようだ。

「はぁ~……肉だ肉……」

 バイキング形式のものなので一つ一つがやたら小さいハンバーグを皿に複数盛って気持ちばかりのサラダをひとつまみすると4人揃って席についてそれぞれの好みがよく出た皿が並ぶ。

 レモさんはとにかく色んな種類のおかずを選んでおり一足先に幸せそうな顔で食べ始めていた。結構な数を盛っているがあまり下品に見えないあたり育ちがいいんだろうなというのが伺える。

 育ちといえばオチバとアクリもそうだ。二人の皿は系統は違えどバランスがよく、どちらかといえばサラダやピクルスなど野菜料理が多い。オチバは量が多めでアクリは少なめというところで差を感じる。

「……ちょっとぉ、さすがにそれはどうなのよぉ」

 俺の皿を見たオチバが苦言を呈するように眉をしかめる。レモさんはニコニコしながら自分のご飯に夢中のようで手持ちたちが呆れた顔でそれを見ていた。

 そう、俺の皿はズバリ肉祭り。ハンバーグと唐揚げとそしてローストビーフ、ほかその他諸々と気持ちばかりのサラダ。

【相変わらず肉好きだなー】

 エモまるは呆れ気味に自分の飯をもぐもぐしながら俺の皿を指差す。エモまるはどちらかといえばきのみとかを好むので食の嗜好は合わない。

「お肉……好き……だね……」

 アクリもちょっと驚いたような顔をして自分のハッシュドポテトをもぐもぐしている。ちなみに俺はライスも大盛りだが他の面々はパン派らしい。あとはレモさんがパスタを持ってきている程度か。

「いいだろ、別に。バイキングなんだし」

 肉に関してはもう何の肉かとか考えるだけ無駄だし絶対に牧場関連に近づかないことを誓っている。一歩間違えたら俺、二度と肉が食べれなくなるし。

 もぐもぐとそれぞれ食事を進め、レモさんはおかわりのことを既に考え始めたり、オチバは窓の外の景色を眺めていたりと穏やかに時が流れていく。アクリ? アクリはずっと俺を見ていてちょっと緊張する。

 久しぶりのハンバーグに幸福感が満たされていく。肉ってこんな幸せになれるんだなぁ。

 

 

【へへっ】

 

 

 そんな幸せ真っ只中の俺を現実に引き戻すように誰かの声が聞こえてくる。はっと顔をあげるとレストラン内はそもそもポケモンがそう多くボールから出ていないためかあまり声が聞こえてこない。レモさんがデンリュウ出してるのが一番大きいんじゃないかというくらい小さいポケモンがちらちら机に乗っていたりするくらいだ。

 妙に耳に残る誰かの声が気になってきょろきょろとあたりを見渡しているとガタンという机を叩く音が聞こえてきた。

 

「おい! お前、堂々と文句を言ったらどうなんだ! 陰口ばっかり叩きやがって」

 

 ざわっと少し離れたところが騒がしくなり怒声が聞こえてくる。

 野次馬がいるものの、様子を見に近づけばトレーナー同士の、いや正確にはトレーナーの集団同士の諍いのようだ。

「陰口……? はっ、これだからアマリトの人間は。わけのわからないことで因縁をつける面倒なやつしかいないときた」

「ねえ、ちょっとやめなよ……」

 

 最初に怒声をあげたのは格闘家らしき格好をした青年。それを冷ややかな目で見下ろしているのは黒い、神父のような服をまとった男。そしてそれを止めるように男の袖を引っ張ったのは学生服の少女だった。

 なんだろう、と思っていると周りの野次馬のヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 

「フローレのジムトレーナーだ……」

「あっちはアマリトの……見た感じワコブか?」

 

 えーと、フローレ……ワコブ……えーっと……だめだ2地方の情報がごちゃごちゃしててわけがわかんねぇ。

 混乱しているとレモさんが口の端にソースをつけたままキリッとした表情で耳打ちしてくる。

「フローレシティはデモンストレーションで戦ってたあのシャロレーヌって人のジムがあるところ。ワコブはその対戦相手のケイって人のジム」

 ようやくパッと頭の整理ができてきた。要するにあのシスターみたいな人と和服の人のジムトレーナー同士の揉め事だ。

 

「しかも人の皿まで勝手に盗りやがって! くだらない嫌がらせまでしやがって!」

「なんのことだ? まったく……見当違いも甚だしい。だいたい君の皿を盗って私になんの得がある」

 断片的な情報だけなので善悪はわからないが陰口だとか皿をとったとかいう話なので要するにこれ……その……言い方は悪いが小学生レベルの喧嘩なのでは……?

 

「ちょっとケンガ、何騒いでるのよ」

「おいおい、穏やかじゃねーな。どうした?」

 騒がしい状況が続いていると凛とした女性と軽薄そうな男が道着のジムトレに後ろから声をかけ、2地方のジムトレーナーたちがにらみ合う。

 状況を把握したように女性の方が目を伏せ頭を軽く下げる。

「ケンガが言いがかりをつけたようね。ごめんなさい、ルドベン殿」

「リーホさん! 言いがかりじゃなくて――」

「いーから黙っとけ。場所わきまえろって、な?」

 軽薄そうな男が道着の青年の肩を掴んでおさえており、ピリピリとした空気が流れる。

 そして、女性が前に出て謝罪の言葉を述べると冷たい目をしていた神父服の男が嫌味っぽい顔をして笑う。

「話がわかるのがアマリトにもいるようで何より。ですがせっかくの食事の場でいきなり怒鳴りつけられ気分が悪い私の気分をどうしてくれるのですか」

「ルドベン殿はイドースのジムトレーナーの中でも思慮深く、寛大で優れたお方だと耳にしております。誠に勝手だとは思いますがケンガはまだ若輩者でして――」

「はっ、随分とべらべらと口が回るようだ。さすがはあのエセ王子の従者といったところか」

 後ろで「うわ」と青ざめたのは軽薄そうな男。道着の青年を手放して慌てて女性をの肩を掴んで後ろに下げようとするが女性はそれを振り払って神父服の男を忌々しげに睨む。

 

 

「――エセ王子ですって?」

 

 

 静かな怒りがはっきりと見て取れた。それを見て神父――ルドベンはにやにやと笑う。

「ええ、女の癖して男の真似事をしてる半端者。なぜあんなのが持て囃されているのか理解に苦しみます」

 煽るような言い方に女性は――それを上回る哀れみの顔をルドベンに向けた。

「つまりあなたは大衆の気持ちを理解できないとおっしゃるんですね。少しルドベン殿の評価を改めねばなりません。随分と、前時代的な価値観と視野の狭さをお持ちの売女の腰巾着だと」

 

 

「いい加減にしろお前ら」

 

 アローラガラガラと共に間に割って入ったのは先程から仲裁しようとしていた軽薄そうな男。軽薄そうな気配はかき消え、視線だけ動かしてルドベンを見る。

「こちらが不当な言いがかりをつけたことは認めるし謝罪もする。だがそちらも我々のジムリーダーを侮るならば煽っていると取られても仕方ないことを理解できない頭ではないだろ」

「――ああ、誰かと思えば負け犬オズか。年長者気取りか?」

「事実年長者だからな」

 オズと呼ばれた男が間に入ったにも関わらずルドベンは煽るようなことを口にするのをやめない。

 しかし、そんなルドベンが突如目を丸くして露骨に舌打ちすると自らの眉間のシワを抑える。

 

「お前らこんなところで何をしている」

 

 よく通る声。野次馬も思わず道を開けるその人はディーラー姿の男性。ジムリーダーの一人だったはずだ。

 そして、その横には不機嫌そうな和服の男。そう、件のワコブジムリーダーのケイさんだ。

 

「アズヒサ様こそなぜこちらに?」

 ルドベンがつまらなさそうに言うと男は汚物でも見るかのようにルドベンを見て吐き捨てる。

 

「チッ、全員献血でも行ってきたらどうだ? 俺のテリトリーでくだらねぇ争いしてんじゃねぇよ」

 そんな様子のアズヒサさんに申し訳無さそうな顔をしてケイさんは頭を下げため息が漏れる。

「……うちのが迷惑かけてすみません」

「リーダーがこんなことで頭下げんな」

「いえ、俺の教育不足なので」

「け、ケイさん……」

 叱られた子供のようにしょんぼりとした道着姿のジムトレーナーがケイさんを見ると呆れたように息を吐いて頭をぼりぼりと掻く。

「悪いと思ってるなら問題を起こすな」

「でも――」

「でもじゃない」

 ばっさりと言い訳を切り捨てて騒ぎは収束していくようだ。まだ何か話をしているがさすがにあの中に入って声を掛ける勇気はない。

 

「さっきのディーラーみたいな人、ええと悪タイプのジムリーダーでしたっけ?」

「そう。そしてこの町のジムリーダーでもあるアズヒサさん。マフィアと常に争う修羅の町の長にしてテトノ最大のカジノのオーナー」

 

 あれ、テトノシティってそんな町だったっけ?

 俺の知っているテトノシティってもっとこう、観光地だったり船が出てたり人が結構出入りするけど大都会ってほどでもないような町だった気が……。

 

「ここ数年で一気に情勢がね……。元々違法賭博から非合法なポケモン売買まで裏でとんでもなく悪どいことしてた組織があったんだけどアズヒサさんがジムリーダーに就任してからその黒いところにばっさりメスを入れて革命を起こしたって話。おかげで前より安全ではあるけど抗争やら何やらでバタバタしてるから観光エリア以外はあんまり関わらないほうがいいって言われてるわね」

「俺の知らない間になんでそんな修羅の町と化してるの……」

「でも……抗争……場所選んで……やってるから……近づかなければ……大丈夫……」

 

 まず抗争やってる時点で怖いんだが?

 

「多分……この町に……フロンティアが……できたのも……町のイメージアップの一環……」

「あーなるほどね。でもまだ慌ただしいのにそんなことしたら観光客カモられたりして余計に悪いことになりそうなものだけど」

 アクリとレモさんの情勢考察はよくわからないので右から左に聞き流し、ふとオチバを見る。その目はどこか哀愁に満ちており、向けられる先は和服のジムリーダー。

「……おっきくなったわねぇ……」

 オチバの声は聞こえなかった。しかし、表情から慈しみのようなものを感じることだけはわかる。つられてケイさんを見ていると視線を向けていたからか気づいたようにこちらに顔を向け目が合う。

 しかしケイさんはどうでもよさそうに視線を元のジムトレに戻してその場を離れていく。目があってびっくりしてて気づかなかったがオチバは人混みに紛れていて見つからなかったらしい。

 

 

 それにしても、イドースとアマリトの人間の関係がここまで険悪だとは思わなかった。ジムリーダーたちだけならずトレーナーもあんなだとは。

 ……明日の対抗戦、本当に何事も起こらないんだろうか。

 

 

【あれぇ? おっかしいなぁ】

 

 

 ふと、また先程の気になる声が聞こえてぐるりとあたりを見回すがやはりそれらしきポケモンは見当たらない。

 どこか楽しげな声は少女のような感じというのはわかるのだが人が多いとさすがにどこから聞こえてくるのかがはっきりとわからない。

 

 

 気にはなるが特に何も起こっていない以上どうすることもなく、俺たちはその後バイキングを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 




Q、ルドベンなんでそんな喧嘩売るの?
A、アマリト嫌いだから

地味にアマリト関係者は全員新新トレに登場済み


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オトギVSナッツ

 

 

 

 次の日、天候は穏やかな晴天。

 

 

 再び一同に会したジムリーダーたちは互いに控え席に座り、司会の進行を待っている。

 

『さーて始まりました! アマリトとイドース、二地方のジムリーダーたちの対抗バトル! 記念すべき1戦目はこのお二人!』

 

 どんっ!とセルフ効果音を口にした司会は画面にでかでかと映る二人の人物を手で示し宙に舞いながら進行を続ける。

 

『アマリト側、オトギさん! イドース側、ナッツさんです!』

 

 眼鏡をかけた知的な男性とフォーマルな衣装の女性。

 この二人がフィールドに上る間に司会による紹介が入った。

 

『オトギさんはアケビ大学で講師もされている超能力者! 相性の不利はありますが持ち前の頭脳でそれを覆せるのでしょうか!』

 

 モニターに移されたオトギさんはカメラに気づいてニコリと微笑み前へと出る。

 エスパータイプの使い手、そして相手は虫タイプ。不利といえば不利だが……。

 

『そして我らがナッツさんはバイオリニストとしても活躍しており、公演のため不在がちなことも多い中この日のために来ていただきました! 是非美しき彼女のバトルの音色をご堪能あれ!』

 

 あの司会盛り上げ上手だなー。ぼんやりそんなことを考えながら聞いていると横でレモさんが補足を入れる。

「ナッツさんはイドース側でも有名人だよ。よくテレビにも出てるし。オトギさんの方はあんまり知らないかな。目立つタイプではないかも」

「私も彼は知らないわねぇ」

 オチバも興味がなさそうな顔でフィールドを見るとアクリがいつの間にか買っていたチュロスを口にしながら聞いてくる。

「実力……どっち、上?」

「どうだろうな」

 ジムリーダーっていえばみんな一定以上の強さがあることは間違いない。そのタイプを極めたエキスパートであるならば、あとは相性とトレーナーの技量で勝敗が出る、はず。

【アクリー。俺も俺も】

 アクリに言葉は通じないだろうにチュロスをねだるエモまるが俺の肩でじたばた動き回る。さすがに邪魔。

 アクリは意図を察したのか口をつけていない方のチュロスの先端を折ってエモまるへと手渡す。

 

 始まる前にルールの再確認として簡単な説明が入る。

 

 昨日のデモでイドース側が勝利したためフィールド選択権がアマリト側が3回、イドース側が5回となっている。この選択権利は始まる前にルーレットでどちらが選ぶかを決定するためこれからまずフィールドを決めるとのこと。

 

 手持ちは3対3。ただし1匹でも戦闘不能になればバトル終了である。

 

 フィールドの種類は岩場や人工芝、石畳から水場など様々だ。また、一部フィールドには天候が付随するらしく、例えば砂漠フィールドは砂嵐状態になったり、という感じだ。

 

『それではルーレット~……スタート!』

 

 

 

 

 向かい合う二人は静かに微笑んだまま。やがてルーレットの動きが緩やかに、一転で止まる。

『フィールド選択権はイドース側となりました! ナッツさん、指定をどうぞ!』

 試合が進むに連れルーレット画面が変化していくのだろう。ルーレットの選択肢が8つから7つへと変わる。

「あらあら……そうですね……」

 フィールド一覧を眺めながら悩むような素振りをするナッツはにっこりと微笑んである一点を示す。

「それでは森林エリアでお願いします」

 その一言と同時に広々としたフィールドが音を立てて動き出し、沈んだ床が入れ替わるようにして植物の生い茂るフィールドへと変わった。芝生というよりはたしかに森といった風体だ。

 

 

『フィールド設置完了! それでは一回戦、開始~!』

 

 

 両者、ポケモンを同時に繰り出して始まった一回戦。オトギはサーナイトを出し、ナッツはコロトックを出した。

 相性は元々よくないが

「サーナイト、リフレクター」

「コロトック! ねばねばネット!」

 両者、互いに様子見というように場を自分が有利になるよう整え、相手の行動を読んだのか先に攻撃を仕掛けたのはナッツだった。

 

「コロトック! コンティニュエ!」

 

 高速で斬りつけるれんぞくぎりの嵐にサーナイトは為す術もなく切り刻まれていく。一度の攻撃で威力こそ低いものの、切りつけては返すように連続で切り刻んでいるのだ。コロトックの練度の高さにオトギは内心感心する。

 

「一寸のビードルにも五分の魂。素敵な言葉ですよね。ジョウトで聞いたときワビサビを感じました」

 

 語りかけるようにオトギのイヤホンにはナッツの言葉が聞こえてくる。だが会場全体ではなく、マイクを切り替えてオトギだけに語りかけているようだ。

「どんな小さな虫であっても馬鹿にされるいわれはありませんわ」

「はて、僕がなにかしましたか?」

 心当たりがないと、とぼけた声を返したオトギの言葉はナッツを苛つかせるものだったのか、先程より力強い声がマイクを通してオトギに伝わった。

 

「あなたのその驕り高ぶった態度! 虫唾が走りますの!」

 

 サーナイトはどうにかまもるで体勢を立て直し、コロトックと距離を取る。オトギは困ったようにわざとらしくやれやれと首を振って会場全体に声が届くように言った。

 

「そうですねぇ。これではこちらも”いちゃもん”の一つでもつけたくなるというもの」

 瞬間、コロトックがわずかに硬直したようにぎこちない動きになる。意図を察してナッツもコロトックと目配せし、障害物となる木々を縫ってサーナイトに近づく。

 連続して命中させることで威力が増す技をいちゃもんによって封じるもそれくらいは想定済みだと言わんばかりに斬りかかろうとするが──

「危ない危ない」

 瞬時にサーナイトを交代で下げると同時に飛び出したのはシンボラー。だがナッツは気にした様子もなく勝ち誇ったように宣言する。

 

「飛んで火に入るサマードクケイルですわ!」

 

 コロトックによるじごくづきがシンボラーを強く抉り、コロトックがそのまま更に攻撃をしようとした瞬間、シンボラーが大きく羽ばたいてコロトックを吹き飛ばす。

「あっ」

 ふきとばしの効果でコロトックがボールへと戻り、代わりに飛び出てきたのはシュバルゴ。

 それはオトギにしてみれば不幸だったのか、少し困ったような表情を浮かべつつもすぐさま切り替えたようにシンボラーに指示を飛ばす。

 

「シンボラー、さいみ──」

「シュバルゴ、振り回して!」

 シンボラーをかわしてその体ごと振り回すように叩きつけるとシンボラーも結構なダメージだったようだ。ぶんまわすはタイプ不一致とはいえ、元々攻撃力が高いシュバルゴが使えばかなりのダメージになるだろう。

 だがその至近距離の間合いに入れば避けられるものも避けづらくなる。

「しまっ──」

 シンボラーが熱気を放とうとしていることに気づいたナッツが焦りを浮かべる。ねっぷうが直撃すればいくら頑丈なシュバルゴでもひとたまりもないだろう。

 だが、避けられないのはお互い様であり、シンボラーを少しでも引き離したいナッツは足の遅いシュバルゴの動きが間に合うことを願う。

(無理──っ!?)

 

 が、奇妙なことにシンボラーのねっぷうはシュバルゴの動きよりも遅かった。

 

 シュバルゴのメガホーンが命中し、打ち上げられたように翔んだシンボラーが地面に落ちて戦闘不能を確認されるまでの間、ナッツはきょとんとした顔でフィールドを見つめていた。

 

『シンボラー、戦闘不能! 勝者、ナッツさん!』

 

 審判の声でようやく我に返ったナッツはシュバルゴとシンボラー、そしていかにも残念と言いたげなオトギを見ておおよそ勝者とは言い難いむすっとした顔を浮かべる。

『おふたりとも素晴らしいバトルでした!』

 司会の声が降りてきてフィールドの中央に来るよう両手で示すとオトギもナッツもそれに従って向き合う。

 試合後の握手、ということだろう。求められたオトギはほほ笑みを浮かべながら手を差し出す。ナッツは少し嫌そうにしつつも観客にそれを悟らせないようにそれに応じた。

 マイクを切って、ナッツはオトギを胡乱げに見る。

「……あなた、わざと負けたでしょう?」

「はい? なんのことですか?」

「とぼけないでください。あの時、いえ……あなたは私たちの行動を最初から読んでいたはずです」

 ナッツはオトギの曖昧な表情で全てを察した。わかった上で、その攻撃を受け敗北したと。

 エスパー使いで超能力者。ナッツも詳しくは知らないものの超能力が使えるということだけは把握していた。

「サーナイトが全く攻撃をしてこなかったのも、コロトックをふきとばしで下げたのも、私たちをおちょくっていたのですか?」

「まさかそんな」

「そういう見透かしたような曖昧な態度で手を抜くなんて、失礼だとは思いませんの?」

「さあ、考えたこともありませんね」

 のらりくらりとナッツの問いをかわして手を放すとオトギはまたニコニコと笑って背を向けた。

「……あなた、結局何がしたかったんですの?」

「さて、なんでしょうね?」

 これ以上話すつもりはないとオトギは一足

 

「虫のいい男だこと……」

 

 

 

 

 

————————

 

 

「順当にタイプ相性差……っていう感じでもなかったか」

 観戦中に買ったホットスナックを手にレモさんがモニターを見て言う。

「ハツキ君、ポケモンたちの声って聞こえてた?」

「うーん、それが聞こえてはいたんですが」

 両者ともに口数が少ないのかほとんどデモのときのように無駄口を叩いてるということはなく、淡々としていた印象だ。

「あーでも、エスパータイプだし、言葉とは別でトレーナーと意思疎通してる、かも」

 実際エスパータイプの声は相手にもよるが少ないと感じる時がある。それは大抵テレパシーなどを利用しているからなのだが喋るエスパーも当然いる。今回は口数の少ないのだったのだろう。

【ハツキ、一口わけてくれよー】

「やだ」

 観戦中に買った肉巻き棒をエモまるから遠ざけかぶりつきながら次の試合を待つ。

 ふと、オチバが後ろを振り返って首を傾げた。

「なんだか変な感じしない?」

「変な感じ?」

 レモさんがきょろきょろと視線を巡らせるが特に気になることはないようだ。

「うーん、視線を感じたような気がしたのだけど……」

 あの白服コンビとかの可能性もあるし用心するにこしたことはないが、こんな周囲に人がいる場所でさすがのあいつらも手出ししてこないだろう。

 

 

 

————————

 

 

 

「ほー……俺の怒りが怖くないと見た」

「あはは、すいませんねぇ、負けてしまって」

 アマリトジムリーダーズの控え席はひりついた空気を漂わせていた。というより約一名がピリピリしていてまわりも気を張っているという状況だ。

 そのピリピリしているアマリト側のリーダー格のユーリは頬杖をついてオトギを責める。

「お前、なぜ俺が怒っているかわかるだろう」

「え、いやぁ。申し訳有りませんが全く」

「しらばっくれるな。お前、勝ったら面白くないって思ってわざと手を抜いたんだろう」

 ユーリの指摘に周囲のジムリーダーたちも少しだけ表情を変える。察した面々もいれば、指摘に驚く面々もいるといった様子だ。

「別にお前が負けることなんぞどうでもいいが、そういった態度は対戦相手も俺たちも気分を害することは覚えておけ」

「そうですね。気をつけましょう」

 本当にそんな気があるのかと言う様子でオトギは着席し、相変わらず張り詰めた空気の中、次の試合のためにセーラー服の少女、ナギサが立ち上がった。

 

「よ、よーし! がんばります!」

 

 

 

————————

 

 

 一方イドース側。

 

「……ナッツ、勝った癖に随分と機嫌が悪そうだな」

「そんなことはありませんわ」

 クロガスの指摘にナッツはそっぽを向く。アズヒサはそれを見て呆れたようにため息をつく。

「まったく……ギスギスしないと死ぬ病かなにかかお前らは。少しは互いに歩み寄ろうとする姿勢を見せたらどうだ」

「向こうが歩み寄る気がない以上仕方のないことですわ」

 自分のせいではないとナッツは主張し、また大きくため息をつくアズヒサ。その様子を見ていたノノは前髪を直しながら立ち上がる。

「それでは! 不肖このノノちゃんがズバリ勝利をもぎ取って連続で勝ち星を飾ってみっせま~す!」

 

 

 

 



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