おーるど・ふれんず (margarine)
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プロローグ
始まりは悲劇から


マーガリン、初投稿です。
できるだけ続けていくつもりなので、36度ぐらいの生ぬるい視線で見守ってください。


「心のないやつ」「あいつには情がない」「人で無し」

 

幾度そう思ったかは、最早忘れた。

その少女は何度もなんどもそんな場面に会ってきたからだ。

しかし、最後は覚えている。それが彼女の最後でもあったからだ。

 

雨の強く降る日、朝から泥酔していた両親に家を追い出された。

家は特に裕福でもなければ貧乏でもなく、いや、両親の酒癖が悪くなければ、裕福なうちに入っていただろう。

彼女は妹と一緒に作業をしていない工事現場へと遊びに行った。

雨が強かったが、あそこにいるよりはいいと妹に引っ張られてきたのだ。

雨の工事現場はとても足元が滑り、だがそれは子供の心には遊びを楽しく、そして過激にする舞台装置でしかなかったのである。

初めは土の上で追いかけっこをしていたにとどまっていたが、段々とエスカレートしていき、ついには建設途中の建物に登ったり、そこで鬼ごっこをするようになった。

 

「ねぇねぇ!あの上で綱渡しようよ!」

「えぇ〜危ないよ〜!」

 

妹が目をつけたのは二つの棟に跨った鉄骨、それを渡ろうというのだ。

建物は5階相当下はコンクリートの床、落ちれば、即ち死。

しかし、彼女は心の中でどこか『それもいいかもしれない』と思った。こんな世界から居なくなってもどうせ気にかけられない。そんな諦めの入った感情のフィルターを通して目の前の光景を見ていた。

 

「大丈夫、大丈夫!それじゃあ行くよっ!」

 

太陽のような笑顔とともに妹が渡り出す。制止を掛けようとするが、大丈夫だろうとすぐ高を括ってしまった。そして予想通り、順調に足を滑らすことなく鉄骨の上を両手でバランスをとりながら歩いていく。

しかしそんな時だった。吹き抜ける凶風、まるで狙ったかのように少女が鉄骨の中央部に来て、掴むものが無かったちょうどその時だった。

 

「ぁーーーー」

 

あまりにも小さな悲鳴、しかしこの場ではザーザーと降り続ける雨の音より大きく聞こえた。

そして消える痩せて細い体躯、それと同時に反応する彼女の脳。

嘘だ、こんなふざけたジョークがあるか。

そんな否定の声を、

 

グシャッ

 

と言う何かが潰れる音が耳にその否定を伝える。

二重否定、つまりは肯定。

滑りそうになることに気を使わず、狂ったように下へ下る。地獄へ下っているんじゃないか、とそう思い始めてきた。しかし、現実を否定したい気持ちが、妹への心配と焦燥で塗りつぶされる。

 

一階に降りればまず目に入るのは、紅。

暗く、そして狂おしくなるような真紅。

それに同調し、心は黒く染め上げられていった。

その真紅さえも直ぐに雨で洗い流されていく。そんな儚い薔薇の中に彼女は浮かんでいた。

ぐったりと仰向けに横たわる自分の妹を見つけ、彼女の足は血の中を駆ける。

直ぐにそれは近くなっていき、目の前に寄ってくる。

潰れた後頭部からはザクロのような血の塊が覗き、止め処なくそこから赤ワインのような血が流れてくる。

 

「ぁ、う、っ………」

 

不意に絞り出すような声が聞こえる。

苦しそうな声だったが、確かに妹は言葉を発した。

足元を見れば、目を開けて此方に手を伸ばしてくる妹の姿が。

生きてる!生きてる!!生きてるッ!!

 

「大丈夫、直ぐに大人を呼んでくるからっ!」

 

「し……ぁ……て」

 

取り敢えずは私だけではどうすることもできない、と判断した彼女は急いで走り出す。

途切れることのない雨の中、その瞳から一筋の涙を流している妹に気づかずに。

 

 

 

 

走る、泥を跳ね飛ばして。

走る、コンクリートに茶色のシミを残して。

走る、目から滂沱の涙を流して。

やっとこさ自分の家に着くと、直ぐにドアを全力で叩く。頼れる大人と言っても年端のいかない少女に親交のある大人は少ない。

間を空けずそのアパートの扉が、乱暴に苛立たしげに開けられる。

中から出てきたのは、中肉中背の男性、髪はボサボサであまり手入れのなされてない様子。頬は紅潮しており、濃厚な酒の匂いがする。そんな一目でガラの悪い男性と判断されそうな見た目である。

 

「んだァ!?このクソガキぁ!?」

「お父さん!美久が、美久がぁ!」

「あぁ?ちゃんと喋れってんだゴラァ!?」

「美久が死にぞうなの!だずげてぇ!?」

 

唾を飛ばし怒鳴りつける父親に、普段のような物怖じする態度は見せずに必死に訴える。鼻水でよく喋れなくとも、目の前の光景が涙で屈折しようとも。

父親もその必死な態度にただならぬ様子を見出したのか、直ぐに母親をよぶ。此方もあまり機嫌は良くなさそうだったが、私の話を聞くと目をみひらく。

 

「取り敢えず、そこに案内しろ。」

「うんっ!」

 

直ぐに踵を返して、先程の赤い花園へ向かう。

が、彼女には見えていなかった。

彼女の父親と母親が目を見合わせ、そして《《とてつもなく下卑た笑みを浮かべていることに》》。

 

 

 

全速力で走り、いや半ば逃げ出すように帰ってきた工事現場へ到達する。

そして、正確に覚えていた妹の落下地点に即座に到達する。

血は未だに流れ出ているものの、雨がそれ以上の勢いで連れ去っていく。

彼女は振り向いて、助けを再度求めようとするが、頬に走る衝撃がそれを阻害する。

標準より痩せている体が軽々と宙を舞う。

頬骨にヒビが入ったのを感じる。

激痛で目の前が明滅する。

 

「ケッ、美しい姉妹愛だなぁ、クソガキィ。その反吐が出そうな愛には、何回もいらつかされたぜぇ!」

 

背後から響く哄笑。イラつきを吐き出すように大声を撒き散らしながら近づいてくる。

そして、再度衝撃。

 

「ガッ………!?」

 

「心底、穀潰し共にはウンザリさせられてたわ!だけど、丁度いいわ!」

 

次に響くのは母だったものの声。

酒で紅潮した顔が狂ったように、繊維の細くなった髪を振り乱しながら彼女の背中を蹴る。痩せ体型の体にあるとは思えないような馬鹿力で、背中を蹴りに蹴りまくる。

一発、背骨にクリーンヒット。脊柱が嫌な音を立てる。

二発、肋骨にヒット、折れた肋骨が胸に勢い良く刺さり呼吸困難に。

他にも脚撃はあったが、もはやどの部位をやられたかも覚えていない。

それより、妹を救わなければと無理やり心が体を動かそうとするが、脊髄がやられてしまったようで、首から下がピクリとも動かない。

 

「あぁ?」

 

私が向ける視線の方を、目の前の男は察したのだろうか、ニィッと酒臭い口を歪ませ、突如蹴るのをやめる。

 

「そうだなぁ、明日てめぇの誕生日(クソッタレな日)だったよなぁ。仕方ねぇから、誕生日プレゼント、《《見せてやるぜ》》。」

 

男はそんなことを言うと徐ろに後ろを向き、妹を視界に収める。

いや、まさか、やめて、やめてぇ!?

しかし、血がこみ上げてくる喉からは、咳をするような音が漏れてくるだけ。

無情にも脚の向きは変わらない。

未だに妹が生きているのは、来るときに確認できた。瞬きをしていたし、溢れるうめき声もちゃんと聞こえた。

男は妹に馬乗りになるとーーーーーーーーその顔をめちゃくちゃに殴り始めた。

 

「ぁ……あ"あ"あ"……ぁあ"……!?」

 

金属が擦れるような悲痛でグロテスクな悲鳴が耳朶を打つ。

殴られるたびに鍋みたいに歪んでいく顔を前に、少女は呆然と眺めることしかできなかった。

 

「ひぁははははははは!今日はついてるぜ!?なんたって食い扶持が二つも減るんだからなぁ!?」

 

気分が高揚でもしたのか、哄笑を撒き散らしながら肉を打つ。

見ていられなかった、見たくなかった、顔を背けたかった、瞼を閉じたかった。

だけど出来ない。

不思議な力が加わり、瞼も首も全て固定されたかのように固まった。

軈て、ひとしきり殴り終わると男は嘲るような目で妹を眺め、そして足で妹を踏みつけながら飽きたように立ち上がる。それと同時に先ほどまで生きてるものとは思えないどす黒い相貌が露わになる。

妹は死んでいた。当然といえば当然だが、それが変えようもない現実となって目の前に現れたことを、雨か涙がが邪魔しようとする。

 

「ほぉら、誕生日プレゼントだ!」

「ありがたく受け取りなさい、蛆虫。」

 

しかし、現実を突きつける様に放り出されるのは、自分がよく知ってる顔とはかけ離れた、妹の死の面。出来損ないのジャガイモの様に変形し、跡形もなくなった顔の中央部にはカッと見開かれたガラス玉。

 

「ぁ、あぁ、ああっ、うぁっ」

 

口から意味のない嗚咽の様なものが溢れる、本当は泣きたかったはずだが、雨のせいで泣いているかどうか分からない。

心底楽しそうにその様子を見ているあの両親()を食いちぎりたい。喉笛を掻っ切って、頭蓋骨を割って、脳みそを啜って、殺したい。

今まで感じたことのないどす黒い感情の渦が胸の中で渦巻く。

しかし、決して当惑はしなかった。

苦しめられた私には当然その権利がある。

殺されかけているのだから、そう思うだけでは罪になどならない。

妹を殺したその存在に慈悲がいるか、いや否。

そう信じて疑わなかった。

しかし、それも思うだけだった。

叶わない。

奇跡は起こらない。

ほら、そんなこと思っているうちにも彼女と妹の亡骸は簡単に担がれて。

ピクリとも動けなくなった足を動かそうともがく気も無くなって。

最後に一矢報いようという呻き声も、もはや嗚咽に変わって。

ほら、結局奇跡頼みの弱い心からくる諦めに飲み込まれて。

ほら、親を呪う呪怨じみた感情の濁流の中でも、妹を想う暖かな感情を持ち続けて。

ほら、結局人間を捨てきれないで。

ほら、結局最後まで人間で。

 

 

 

「あばよ、糞ガキ。来世でも合わないことを願うぜ。」

「干ばつがあったら呪うわね、貴方の骨も見たくないもの。」

 

 

 

そんな言葉の直後に浮遊感、そして、

 

 

 

 

ボチャン、ボチャンーーーーーー

 

 

 

 

突如訪れる息苦しさ。

激流が彼女の体を蹂躙する。

肺から強制的に空気が押し出される。

激流の勢いで頭を川底にぶつける、血が出てるかなんてもはやどうでもいいが。

助かることを早々に諦めている彼女は、さっさと記憶の中を回歴することにした。

………といっても、突然の出来事の連続で思い出せることも限られていることを悟る。

走馬灯など都合の良いものなどなかった。

あ、そういえばウチじゃ最後まで家で動物飼えなかったなぁ。

幼いときは図書館で動物の図鑑を見て、帰ってきてはあれを飼いたい、これを飼いたいとねだっていたものだ。あのときは幸せだったなぁ。と激流に身を削られながらも微笑みを浮かべる。

両親が酒に溺れてからは図書館と動物園によく言ったものだ。

まぁ、妹に連れて行かれたのだが。

その時の私は檻の中の動物を見て哀れだと思っていたが、今の私も随分哀れなものだ、と自嘲的に笑う。最後の最後に生まれた感情としてはあまり望ましくはないが。

 

(なんだ、思ったよりも思い出せるね)

 

(だけど、もう終わりみたい。)

 

酸欠で意識が遠のいていく。

ゆっくりと闇という瞼が下がって来る。

生まれ変れたり、という生きることへの諦めからなる幻想を抱いたりしてみるも、すぐさま自分自身で切り捨てる。

 

彼女の瞼から降りてきた闇はすぐさま、その意識をも侵食しだす。

安らかで甘く、深淵の闇だ。

闇に生きる人間が最後に見る光景にしては、ピッタリすぎる、とまで彼女は思う。

 

(……そんな考えさえも、もはやどうでもいいんだけどね。)

 

静かに生を駆逐する闇に、最初から抵抗する気などなかった。

窒息の苦しみすらも意に介さない彼女が最後に起こした奇跡といえば、たまたま隣を流れていた妹と一緒軽く体が触れ合ったことぐらいだった。

それを知覚し、彼女の意識は途切れた。

彼女ーーーーーーー真栄城(まえしろ) 叶華(きょうか)の最後に奇跡は起こらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、貴方はこっちに並んで下さ〜い。横入りはやめて下さいね、堕ちたくなければ。………あーあ、ダッルいなぁこの仕事。私もオリュンポスでOLしてみたかったなぁ。あ、でもあのゼウス(エロ親父)がいるからちょっとな〜。それにしてもうちの親方も人使いが荒いなぁ、『ある程度適した人間がいれば私が指定した時間にオリュンポス山にとばせ、魂材(人材)はお前の独断と偏見に任せる。』だなんて。そんなの都合よくいるわけ……ん?いるじゃん。結構面白い履歴もちの。…まぁ、こいつでいっか!面白い魂材(人材)だし、ハデス様も文句言わないでしょ。

……ンーと、これをこうして、アレにセットしてと。流石冥府の神カスタム、使いやすい。それじゃ、二度目の人生(セカンドライフ)頑張って!悲劇の亡霊ちゃん!」

 

 

 

 

 




初投稿だというのに何故いきなり鬱展開にしたし(ノープラン


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2話 目覚めたら神界

連投です。
暑くて頭がだれます。


衆目の中で人というのは視線を感じ、中々に眠れないものである。周囲の変化に疎くとも鋭くとも、大昔の自己防衛本能を刺激されるのである。

つまり、寝辛い。

 

「うぅーん、あと3世紀………」

 

「だそうだ、3世紀後の神無月ここ集合でよいか?」

 

「馬鹿者!それでは今回の会合は意味をなさいですよ!」

 

「……儂は早く鉄を打ちたいのだが?」

 

「私は(ペルセポネ)がいい子にしてるか心配よぉ〜。」

 

………彼女の中でしばらくの沈黙が生まれる。

暫く頭はフリーズしたまんまだったが、徐々に正気を取り戻していく。

 

「え、えぇぇえぇええぇ!?」

 

今まで眠っていたことが嘘のような驚愕の叫び。

たしか、私は殺されたハズっ!?

現状が理解できず、自分が覚えている情報の中で、彼女は現状を理解しようとするも失敗。

自分が死んだという事実が、頭から離れずドンドン思考の深みへと引きずっていく。

 

「お、起きたぞ。」

『おぉー!』

 

そんな彼女の頭の中の許容量超過に拍車をかけるように、感嘆の声を上げる群衆。その誰も彼もが(一部を除いて)圧倒的な美貌を持っている。

が、そんなこと彼女の頭には到底入ってこない。

意識が復活してすぐの頭には、彼女がヒマティオンや着物、丈の短く豪奢なクラミディオンや甲冑などを着ている美男美女に囲まれている理由が全く見えてこない。いや、まともな時でも理解不能だろうが。

 

「さぁ!良くぞ来た、哀れな宿命を背負いし人間よ!まずは我が神命に応じ、馳せ参じたこと、礼を言うーーーーーーーーとか、堅苦しいの嫌であろう?」

 

ちょうど覚醒した時に真正面にいた豪奢なヒマティオンを着た、ダンディでそこはかとなく神々しい男性が厳かに口を開いた、と思ったら急に口調が砕ける。

全然意味がわからない、頭の上のクエスチョンはさらに数を増やす。

 

「あのですねぇ……全然意味がわかっていないと思いますよ?いきなりここに召喚されて困惑しない人間なんてどこにいるんですか?」

 

「しかしだな、堅苦しい中やったら、ほら、なんか、ヤじゃないか?」

 

「あー、もう!解りました、私が説明します!あなたは引っ込んでいてください!」

 

不審に思っているのもそっちのけで、全身に甲冑を纏ったキリリと引き締まった女の人が、先程までしゃべっていた人と口論をはじめ出す。が、子供のようにダレる男性にうんざりした顔を浮かべ、周りの人達の輪から私の方に一歩出る。

 

「長々と説明をしても混乱を招くだけでしょうから簡潔に説明しますね。」

 

「は、はい。」

 

「当惑しているかと思いますが当然ですよ。貴方は先ほどまで死んでいましたので。なので、今の状況は何なのかを説明しますね。」

 

死んだことを再確認させながらも、スラスラと説明の言葉を述べる女の人の話を聞く。なぜこんな状況の中で冷静になれたのか、それは彼女の話を聞かねば根本的な理解はおろか、自分の状態さえも把握できないと考えたからである。

会話は途中周りがうるさくなったりとかしたので省略、要約をすると。

まず此処はギリシャ神話に出てくる神様達の本拠のオリンポス山らしい。つまり私の周りにいた貴族のようないでたちの人は全て神様だったようだ。それは先ほどの男性が手に雷光を携えたことから立証された。てかあの人が最高神(ゼウス)だったようだ。雷霆見せられるまで全然気づかなかった。口調は中途半端に厳かだし、何とも言えないあのだらけた雰囲気をだしていたからほとんど気づかなかった。そして、甲冑姿の女性はアテナさんだそうだ。こちらは何となくそんなきはしていたのだから、それについてはあまり驚きもしなかった。

次に自分のこと。やはり私は両親に殺されてしまっていたようだ。つまり此処にいるのは死後の自分、アテナさんが言うには魂のみを此処に飛ばしたらしい。

そして、なぜ此処に日本の神様(着物を着ている神様がそうだ)がいるのか。理由は簡単、今月が神無月だからだ。日本の神様達が毎回同じ場所だと飽きたようで、10世紀前から世界中の神様の本拠地で神無月を過ごしているらしい。それがごく最近の神様事情。神様だってiPhone持つし、パソコンだって動かせる。アポロンさんは太陽の馬車を自動運転にしたそうだ。

そしてなぜ私が此処に呼ばれたかだが、

 

「貴方には神々が世話を見きれなくなった動物や、歴史から消されてしまった伝説上の動物、絶滅してしまった動物などの保護を行って欲しいのです。」

 

真剣に頭を上げてくるアテナさんに、いえいえと手を横に振る。

此処での私の選択範囲はごく限られている。

まず、『いいえ』を選択したとしよう。

まず確実にあの世送り。願っても無い復活のチャンスを棒にふる。それか、後ろのゼウスさんに『無礼者ッ!』みたいな感じで消滅させられそう。はい、完全に死んでいる選択肢ですね本当にありがとうございます。

それに対し『はい』は、メリットが大きい。

義務付きとはいえ、現世に復活。今までできなかったことや、本でしか知らない大昔へとタイムスリップ。それに動物を前々から飼いたいと思っていたのだ、非常に丁度いい。

簡単な損得勘定だ。けど、理由だけは聞いておきたい。

 

「もちろん、受けさせてもらうつもりですよ。ですがその前に理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「解りました、と言っても簡単です。誰でもかたちあるものが消えてしまうのは虚しいのです。永遠を生きる神なら尚更。それに、星座にするにもスペースが足りませんし。」

 

要するに創造物に限りがあるのは、永遠を生きる神にとっては淋しいものなのだということ。普通の人間の観点からでは、あまりに無謀か愚かと断言されるだろうが、しかし神の目線では違うのだろう。

 

「成る程、分かりました。では、早速……」

 

「あ、待て待て。儂らとて素の人間を伝説の幻獣探しに繰り出させるわけなかろう。おぬしには何か能力を授けてやろう。」

 

転生を促す私を後ろに控えていたゼウスさんが呼び止める。

なんでも、何か能力を授けてくれるらしい。

私はちょっと期待で興奮してしまう。え、神様からの能力?チート?チートなの?

 

「取り敢えず、寿命解放じゃろう。肉体も精神も強くしてと。あー、構想しても割と思い浮かばんもんじゃのう、誰か意見は?」

 

「大抵なんでもできる魔法でももたせとけばいいんじゃない?」

「あ、それさんせー。」

「なんでも生成できる能力はどうでしょう?幻獣を捕まえても管理できなくちゃ意味ないでしょう?」

「成る程!それ採用。」

「はいはーい!厨二病っぽい技名を叫んだら、それにちなんだ技が発動するとか!」

「「「「「「「「そ・れ・だ」」」」」」」」

 

改造される本人そっちのけで、私の能力に関する議論は白熱して行く。その目には火が灯っており、もはや取り返しのつかないところまで来ていた。

 

「あ、あの。」

「無駄です、諦めなさい。ああなった神々はもはや誰にも止めることができないのです。」

「はい……」

 

 

 

約一時間後。

 

 

 

飼いすぎたレシートのようなメモ用紙を腕に抱えた最高神がそこにはいた。紙の長さは大体、一メートル半と言ったとこか。……非常にまずい予感がする。

 

「で、まぁそんな訳で、便利なものからそうでないものまで色々あるんだが、特筆してあげるとすれば、成長補正とか魔術とか生成能力かのう?」

 

「………ありがとうございます。」

 

凄い複雑な顔をしているが、目の前の神物は気にした様子もなく、唐突に告げる。

 

「じゃ、早速いってみるとするか!あっちにはもうポセイドンとヘファイストスが島を作ってある。自由に使うのじゃ!」

 

「え、まだ心のじゅーーー」

「待ちなさーーーー」

 

「「「「いけー!」」」」

 

次の瞬間、少しの浮遊間ののちに、すぐに彼女の意識は途切れてしまう。

今更ながら、大変なことになってしまったなぁ。そういえば、死後の世界でも妹は元気かなぁ?天国に行ってるだろうと思うけど、さすがに心配だなぁ。と最後に思ったのは、時代が進んでも決して忘れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爽やかな風が頬を撫でる。

それを知覚すると同時に、鼻には草原のえもいわれぬ様な心が穏やかになる優しい香りが吹き抜ける。

春の眠りから覚めるが如く、目はとても開けづらい。もう少し寝ていたい、あと少し寝てもバチは当たらない……、と頭の中で二度寝する理由を浮かべる。

 

「!ーー!?」

 

生きてる!?私生きてる!?という叫びが脳に響く。口はあまりにもショックが大きく、うまく舌が回らない。脈をとる……生きてる。心臓を抑える……うごいてる!あぁ、ありがとう神様。ありがとう地球!

ばっと飛び起きて、そして周りを見回す。

背の低い草が生い茂る、ただただ広いサバンナ。視界の中にはたった二本の木が生えている。

生き物は………いや、特に気配が感じられない、私一人の様だね。その事実に安心と少々のもの寂しさを感じる。

いや、襲われないけどさ、それ少し寂しくない?

しかたない、少し見て回ろう。

 

 

 

 

 

 

一時間後、

 

「………いない。」

 

さらに一時間後、

 

「……………………いない。」

 

それから二時間後

 

「………………………いなぁ〜〜い!?」

 

結局動物の姿はおろか生息の痕跡すら見つからずに、四時間も経過してしまった。

サバナ気候の草原を抜け、ジャングルと砂漠はひとっ飛びし上から眺め、森林では木々のアーチをくぐり、そして今、豊かに緑色の草が生い茂る温帯の草原までやってきた。

 

 

「うん、これきっと、動物一匹もいないパターンだね。」

 

そう己の中で結論づける。

あれだけ探しても存在の痕跡すら見つからないのだ、決して一匹もいない訳ではないのかもしれないが、いたとしてもかなり少数しか生息していないだろう。

 

「……まず、家でも作ろ。」

 

日曜大工の枠を超えた発言で、聞く人が聞けば目をひん剥くような発想は、しかし能力とやらの調査に比較的ちょうどいい。

 

「あ、だけどどうやったらできるんだろ………?」

 

しかしながら、そんな夢のような能力の使い方なんて誰が教えてくれるのだろうか、いや教える人もいない。

んーー、と色々思案した結果、それっぽいことをすれば出来るだろうと、やや投げやりな答えをひねり出す。

 

「えーっと?……ふん、ふぐぐぐぐぐ……!」

 

両手を前に突き出し、力を込めてみる。はっきり行ってこれでいいのかと疑問に思う。

さすがに何も起こらないだろ、と思っていたが、神の恩恵というのは凄まじいのである。

シャン、シャン、と錫杖の鈴のような音が鳴り出す。

それに気づき、手を見てみれば青い燐光が手から放出されている。

 

「お、おお、おおーー!」

 

人類には起こし得ない現象を起こした感激で、腕の力が抜けそうになるが、ここでミスしては勿体無いと急いで力を入れ直す。

で、ここから家を作る訳だが、この時の彼女はとてもハイテンションだった訳で、少しばかりやり過ぎてしまう。

 

「家、でろーー!」

 

迸る青い魔力光、顕現し光溢れる魔法陣、空間が歪むように光が捻じ曲げられる。

 

「うわっ!?」

 

唐突な閃光、熱波を伴ったそれは容赦なく彼女の肉体を焼こうと迫る。が、幸運にも彼女の身の安全を第一に考えた神によって考案された、核の爆風を食らってもビクともしない64層の結界が身を守る。

太陽が現れたような大閃光は暫く、周囲を蹂躙していたが、10秒ほど続いたのち、唐突に消え去る。

 

「ふぁぁ、危なかったぁ〜」

 

土煙が舞い上がる中、傷ひとつない彼女は今の閃光に恐れ戦き、それでいて落ち着いた様子で、土煙が収まるのを待つ。

暫く待てば、土煙も次第に収まりを見せ、段々と作り出したものの姿が露わになっていく。

それと同時に彼女の顔も青白くなっていく。

何故なら、現れたシルエットがあまりにも()()()()()からだ。

口を開けて固まる彼女に気にした様子もなく、土煙は完全に晴れ、その巨大建築物はその全貌を明らかにする。

 

「……………………」

 

彼女はただ、その場で固まって目の前の巨大で和風な城を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書きだめはまだありますよぉ〜!


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3話 獅子の背に栗鼠を乗せる方法とは

書きだめは)まだだ、まだ終わらんよッ!


生き物と大雑把に言っても、ある程度差別化は人間によってなされている。

呼吸方法、繁殖方法、睡眠方法、体毛、爪、鱗に至るまでその動物の種類を見分ける指標となり得る。

しかし、その中で最も原始的で、簡単な分類方法は『食うか食われるか』であろう。

水中の微生物はその物理的に小さなコミュニティの中で小さいものが大きいものに食われる、という関係を保って生きている。そして肥えた大きめの微生物を、小魚などの比較的小さな魚類などがそれを食す。更にはそれを大型の肉食魚が食べ、それを哺乳類や爬虫類などの地上を生業の場とする生き物が食す。また今度は、空を飛ぶ大型の肉食の鳥が食す。そして最終的には生物の亡骸を分解する微生物に行き着き、再び長い循環が行われる。

それは当然の自然の摂理で、崩れることのない絶対の法則である。

しかしそれは神々が考えた計画の中では邪魔なものでしかない。

 

「んー……」

 

そんなトピックスを鼻にシャープペンシルを乗っけた少女ーーーーーーー真栄城 叶華は真剣に考察していた。

約3日をかけてヨーロピアンな巨大豪邸に必要なものを詰め込み、ある程度改造(魔改造)を行なった叶華は早速、お仕事を果たしに行こうとしたが、この問題を思いついてしまい、2日経った今もこうやって考察しているのだ。

が、全然思いつかない。

折角、幻獣や伝説上の動物を連れてきても、その中で食物連鎖が起きてしまっては結局、どうしようもない。

それに連れてくるだけでも一苦労、どうしたものか……

いや、ある程度案は出ているのだが、食物連鎖の件が非常に難しい。

この問題は飢えたネコ科の動物の目の前に鼠を解き放ち、待てをさせるようなものだ。

誰でも本能には逆らえない。

そして、神々のリクエストの不死。

これは私が授けてあげることは直接的にはできない。これは、神々の権能であり特権だ。

間接的にならできるのかと言われるだろうが、その方法を探しているのだ。

何らかの形で魂を安定させる、もしくは補完させることが望ましい。

いやだがしかしそんな物質は………

ありとあらゆる思考が手詰まりとなり、古代生活ははやくも手詰まりとなりそうだ。

それにそれ以外の問題もこの5日の間に浮き彫りとなった問題があるのである。

その1、神々が作ったこの群島は熱帯、乾燥帯、亜熱帯、温帯、高山気候、冷帯など比較的多くの気候帯を持っているものの、それだけ無理して作ったということか、あまり気候が安定しない。

その2、絶海の群島なので地球上などの位置かどうかわからない。

その3、現在は人間の五つの世代のうち三つめの『青銅の種族』、最も好戦的で、戦乱の絶えない時代だ。つまり、現代の様に人と接すると、武器を突きつけられる、といったことがありそうなので、ヨーロッパの方に行くのには細心の注意を挟まなければならない。

幸い、違う文化圏であれば人間の歴史も同じなので、今はそちらの方の動物を重点的に連れてこようという計画だ。

しかし、今はまだ大前提がなされていないのだ。

あ、大昔に絶滅した動物は、神々からDNAのサンプルが家を作った時に送られてきた。それだけした送られてきてないということは、それだけでも容易に作れるということだろう。

 

『捗っていますか、叶華?』

 

「うわぁ!?」

 

ガシャコーン、と唐突に頭に鳴り響く声に驚かされ、椅子と共に後ろに落下。

頭を打った様で、鈍い衝撃が頭を揺らす

 

「いつつ……」

 

『あ、あらごめんなさい。そんなにびっくりするとは思わないで……』

 

またも頭に鳴り響く声は、私を驚かせたことを謝罪してくる。

頭をさすりながら、この不可解な現象の主にいえいえと、

 

「私は大丈夫ですよアテナさん。そんなこともできたんですね。仕事の方は、まぁ、問題が多くて大変ですよ……」

 

『そうですか、具体的に何に困っているのです?』

 

「んー、問題はかなり多いですけど、致命的なのは動物の力関係による食物連鎖の発生が一番な問題ですね。違うところにいて、それでいて気性の荒い幻獣が多いのに、幾つかの島があるといえど近くにいるのはまずいと思うんです。」

 

『なるほど……』

 

「本能をある程度制御させつつも、理性と倫理観があり、他の動物を襲わない様にさせるのが第一目標です。そして次に神様達からの不死性が欲しいという要望ですが、これも難しいですね。魂を何らかの形で補完させさえすれば、もともと生命力の強いものはは姿勢に近いものを手に入れるでしょうが、何たってそんな物質は未だ見たことないですし………」

 

『………』

 

私が話し終わると、アテナさんはしばらく黙っているが、何やら思案していた様だ、それほど時間をおかず開口する。

 

『それならいいモデルがあるじゃないですか。』

 

「?と言うと?」

 

『ある程度野性はありつつも、理性が共存し、そして知性のある生き物、それをモデルにすればいいのではないでしょうか?』

 

アテナさんの言葉に、稲妻に打たれたかの様な衝撃を受ける。

あー、なんでそれを思いつかなかったんだろう?

よく考えればそれぐらいしか良案があるとは思えない。

思った以上に単純で、それでいて今まで架空でしか表現できなかったこと。

 

「動物擬人化ですね!?なるほど……本当にありがとうございます、検討してみます!」

 

『あら、流石に頭の回転は速いですね。ええ、あなたの健闘を祈っていますよ。それでは。』

 

簡潔にそれだけ、どこか嬉しそうな感情をにじませながら、アテナさんは交信を切る。

 

これでアテナさんのお陰で大分、方向性が見えてきた。

鼻と口の間のシャープペンシルを執り、思いついたアイディアを忘れないうちに書き留める。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

動物擬人化計画

 

・作戦の中枢 物質X(未命名)

 

物質Xの性質

・魂の中枢に直接結合。

・結合した相手の魂を直接、人間のものに変化。ある程度の魂の質量を必要とする。

・魂の補完を行い、もともと生命力の強い個体には不死性を与える。

・生命活動維持に必要な熱の生産を行う、イメージとしてはエンジン。

・高エネルギー体。

・魂をコーティングするので、強度はある程度高い。

・動物の頃の身体的特性などはある程度引き継ぐ。

・本来、人間より寿命の短い種族は、大体人間と同じくらいの寿命になる。

・基本的に友好的で楽観的な性格よりに。

・有機物もしくは無機物に反応するかで要検証。

・多種類作り、気候の安定ができるものを作る。

・争いを避けるために肉体の基本的構成、脳などの思考回路は女性のものとする。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

取り敢えず思ったことを書き連ねた。

なので、計画名は適当だし、物質名は未定だ。

しかし創造するものの目星はたった。

あとは作るだけであるが、しかしここでも問題を考えついてしまう。

 

「一体どれだけの数が必要になってくるんだろう?」

 

地球に住むほ乳類の数は1990年〜1999年までの統計資料によれば4629種、ただ絶滅種も含めていないし、鳥類も爬虫類も含めてはいない。

私の能力でバンバン捕獲はできるものの、その物質の生産が間に合わなければ意味がない。

つまり、半自動化した生成ラインが必要、そのために一つ試作品を作り、仕組みを解明しなければならない。

それか私が一度に膨大な量を創造し、どこかにしまっておくかだが………

あ、時間があるし貯金方式で徐々に貯めていくでもいいか。

そうと決まれば、

 

まず目を閉じる。

 

真っ暗、光の差さない意識の中。

 

黒く塗りつぶされた視界に、想像で白いキャンパスを生み出す。

 

その前に私が立つ。実際にはそんなこと一切していないが、創造は想像から成る、とゼウスさんに言われたので忠実にその言葉に従う。

 

まずは形状から考える、正四面体、長方形、円錐形、球体、星型まで、ありとあらゆる形を考える。魂を完全に覆えて、内部まで浸透するを選ぶのだ。しかし魂の形なんて………あ、呼び出せばいいじゃんここに。とういうわけで、右掌の上に魂の見本を顕現させる。

 

白光を伴いながら現れたそれは、重力で光を垂らしていたが、確かに正方形をしていた。おぉ、と感心して左右に動かしてみると白い尾を引いて移動する。伝承で人魂に尾のように垂れている部位が存在するのはそういうことか、と納得する。

つまり、この形にベストフィットするであろう形は当然、これと同じ正方形だろう。

次は、というほど工程はそれほど残されてはいない。

私の思い描いた性質、それを無闇にただただ放り込んでいく、それだけの簡単なお仕事だ。紙の内容さえ覚えておぼえていれば子供でもできる。

 

一通り、自分が付与したい性質をキャンパスの余ったところに先ほどと同じように書き込み、次回からショートカットに保存し、暗闇から浮き出てきた『実行』のボタンを押す、目標成就の期待を込めて。

 

現実へと意識が戻ってくる。

ゆっくりと目を開ける。

 

「わぁっ!」

 

目の前のソレに対し、成功したことへの安堵とその美しさに対して感嘆する。

そのフォルムは私が思案したものと全く同じのものだ。しかしソレとは比べ物にならないくらい流麗で綺麗なものだった。

縦、横、高さにおいて数nmの狂いもない完璧な正方形の形状。

クリスタルのような気品のある半透明、それは光の当たり方が変われば、それに同調し、また輝き方を変える。透明度の高い、虹色の輝きだ。

命の形、命の色、命の輝き。

成る程、私の中の命の尊さのイメージを具現化したらしい。

 

砂のように散りばめられても、星のように輝き続ける。

 

命は多数あっても、決してその価値を失わない、下げない。

 

天の川に散りばむ星のようにその命が終わる時まで、その星海で浮かず沈まず。

 

太陽に照らされようが、砂嵐で巻き上がらされようが、その砂海で流れに身を任せ。

 

そんな姿は命を支えるものであっても、命そのものであった。

 

 

ーーーーーーーー決めた。この命の星に相応しい名。

 

 

 

 

砂の星(サンドスター)……」

 

 

名を受諾したように、砂の星(サンドスター)はキラリと青色に輝いてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城の縁側にキュッキュッと新しいスニーカーの音が鳴る。

持ち物の最終確認を行っている少女、叶華の格好はやや奇抜だった。

朱色のTシャツにショートパンツ、足には黒いストッキングを穿いており、腰にはポーチ、手には作業用の手袋のようなもの。そこまでは問題ない。そんな服装に腰に帯刀しているのは、まぁまぁ穏やかではない。背中に一対の双槍を佩いているのは相当穏やかじゃない。

その理由は単純明解、いよいよ仕事を始めるからである。

この前のサンドスターの完成を神々に報告したところ、学校のお便り一年分相当の依頼書が来たのだ。まだ増えるだろうからこの依頼をまず完遂しなければならない。せっかく生息地も書かれているので、地方に分け、それぞれ効率よく回っていこうと思うのだ。

そのためにはこの島から一旦脱出しないといけないのだが、

 

「やったことないけど、出来るかなぁ?」

 

そんな方法限られているし、失敗してもなんとかなりそうなのはアレだけだ。

 

「ん、ん、ふんっ!」

 

と、屈伸をして、準備運動のようなものをする。

足首、膝、股関節に負担のかからないように気をつけないと、と体制をいろいろ変えてみるも、実際やってみるのは初めてだからよくわかんない。

 

「よしっーーーーーーーーいくよ!」

 

適度に跼み、足に力を溜める。

そこにギュイギュイと魔力も過剰なまでに込めていく。

あまりの魔力出力に周りの草むらは、波紋を描くように波打つ。

 

「やあぁああぁああぁぁぁぁぁ!」

 

裂帛の気合いとともに足に溜められていたとんでもない量のエネルギーを解放する。

暴力的なまでの魔力は、ただ垂直方向のみに莫大な力を生じる。

それと同時に少女の体はあっという間に、空の彼方へと消えていった。

青よりも蒼い空を突っ切り、どんどん高くどんどん遠くへ、凄まじいGも結界で気にせずにどんどん飛んでいく。

そして暫くし、少女は気づく、青より蒼いそらが、藍色の宇宙(そら)へと変わって来た事に。

 

「ああぁぁぁぁ!?ちょ、飛びすぎ飛びすぎ!?」

 

層雲を突き抜け、空気が急激に薄くなっていくのを感じる。

焦りを感じその場でジタバタもがいてみるも、一向に落下の予感はない。

このままの勢いだとオゾン層や成層圏までも突破し、人類史上初めての宇宙ゴミになってしまう!?

なんとか、なんとかしなければと思案しようとする、が当時の叶華の頭の中はパニック状態。よってあまりにも原始的な方法しか思いつかなかった。

 

「えぇぇぇい!」

 

逆方向に放出。

首がガクンと揺れ、視界が激しく上下する。

普通なら体は破壊されるのは必至だが、どの神のご加護か、強い衝撃はあったものの全くの無傷である。

さすがに気持ち悪くなったが。

また、上向きの強力な力に、それ以上の下向きの力が加わったため、それが功を奏し、慣性無視で地球へ真っ逆さま。

結界があるから大丈夫、だよね?

いや、やっぱ怖い。

 

「つ、翼でろー!」

 

もはや体面なんて気にしてられない。紡がれた幼稚園児並みの言葉にも、その考えは透けて見える。

しかし、その幼稚な言葉とは対照的に、発現したその翼はかなり大きかった。

Tシャツの背中を破って肩甲骨の下あたりから生えてきた一対の翼は、大きく広げれば横に四メートル以上はゆうに超えているだろう。

鷹のような羽毛に包まれた代物で、羽の色は白と青が混ざったかのような美しい色合いだ。芸術品としたら相当な価値があるだろうその翼を、パラシュートのように開き、落下の勢いを落とそうとする。

 

しかし、それでも落下の勢いはなかなか衰えない。

 

そうこうしているうちに眼下に広がる大地が、風と共に近づいてきているのを感じる。

 

狂った鳥のようにバタバタ、バタバタと我武者羅に翼を振り回すも焼け石に水。

 

そんな間にも落下を続け、地上の地形もわかるようになる。

地面が近くなるにつれ、叶華の顔が青ざめていく。

顔の青ざめ具合と一緒に、叶華にまともな判断がくださる確率が下がっていく。

もはや叶華の頭の中には、マズイという文字が高速展開し踊っている。

 

浮かべ、飛べ、飛べ!飛んで!?と心が悲鳴をあげるが無情にも黄金色の草原は近づいてくる。

 

ここそういえばアフリカかぁ……

私が死んだらきっと猛獣かなんかに食べられちゃうだろうなぁ……

あ、あんな高さから落ちたら食べるどころじゃないかぁ……

前世もそういえばまともな死に方してなかったなぁ……

 

と、ネガティヴで諦めかかった思考が連鎖する。

 

だいたいどうしてあんなに高く飛んだんだろ?

少し力、入れすぎちゃったかなぁ……?

 

………ん?力入れ過ぎる?………ゆっくりやればいいじゃん!?

 

漸く、思考がとある局所に到達したところで、まともな判断ができるようになる。

それは今までのパニック状態の合理性を欠いた思考に対する呆れで、急に頭が冷えたからである。

 

叶華は今まで真っ逆さまに落ちていた体勢を、後転の要領で足から落ちるように調節する。

そして、再三足に力を込める。

それは先ほどまでの暴力的なまでに圧縮され、叶華を地球外生物にしかけた魔力ではない。比較的穏やかな(あくまで比較的だが)魔力だ。

そしてそれを、放出。

刹那、体の骨が全て潰れ去ったかのような超強力なGが掛かるが、地球の内側ギリギリで方向転換した時よりはずっとマシ。

翼を使っても下がらなかった落下の勢いは、それだけで格段に落ちる。

地表が近づくよりも先に魔力制御による飛び方を覚え、その勢いを約10秒かけほぼ徐行程度にすることに成功する。

 

「よかったぁ……、ホントどうなるかと思った。」

 

胸をなでおろしながら、やがてゆっくりと地上に降下する。

叶華はこれほど自分の両の足が地面についていることが、どれほど素晴らしいものか思い知らされた。それと同時に、帰ったら飛行能力の制御を行えるように、練習しようと決意するのだった。

 

「さて………、取り敢えず、歩くか。」

 

感触を思い出すように片一方の足を踏み出す。

長く宙に浮いたり、急降下したりなど宇宙飛行士の訓練のようなことをしていたので、一瞬歩けるか心配になったが杞憂だったらしい。

目の前の広大なサバンナは、アフリカのサハラ砂漠以南である。

生息する種族数も、アマゾンには敵わないだろうが相当多いだろう。

これからへの期待が高まる。もしかしたら絶滅種にも会えるかも!

そんなことを考えて歩いていると、後ろから気配がする。

これは、はやくも遭遇(エンカウント)!?

だが、肉食目かもしれないので、腰を低くし腰の刀を構える。

緊迫するサバンナの一角、一瞬の沈黙、刀を握る手に汗がにじむ。

そして、

 

ガサッ!

 

と草が動く音がする。

それにタイムラグなしで反応した私は、そこにいると思われたものがいないことに気づく。

気配がしたハズ、いや、まさかーーー!?

 

目を2メートルほど上空に見やる。

 

目に映るのは、腹面や四肢の内側は白色だが、全体的には黒斑のある黄色の体毛。

ネコ科の可愛らしい顔には食欲が滲んでいて、顔の上には特徴的な大きな耳。

ほっそりした美しい体躯、その体躯には少し短い尻尾。

そして、一般的なネコ科の動物と比べ、圧倒的なジャンプ力。

叶華は自分の持っている動物の知識とその特徴を当てはめ、一瞬で結論を下す。

 

『ネコ目ネコ科ネコ属 サーバルキャット』

 

ジャンプしたしなやかな体躯は頂点に達し、私めがけて効果を始めている。

しかし、叶華は決して慌てなかった。

刀を地面に落とし、腕を構える。

それは殴ったりするような構えではなく、どちらかといえば砲身を固定するような動作だ。

そして、準備は整ったといった風に高らかに宣言する。

 

「【サンドスター キャノン】!」

 

手元に口寄せされる虹色の立方体(キューブ)

赤、青、黄、緑、紫、桃等の色鮮やかな輝きをたたえるその命の結晶は私の手の中で一瞬収縮し、スグに飛びかかってきたサーバルキャットに直撃する。

するとどうだろうか、サンドスターは寸分の違い無く、サーバルキャットの胸部に直撃する、が決して外傷など与えなかった。どういうことかといえば説明は難しいのだが、()()()()()()()()、サンドスターが。

わたしの創造物だが、その現実離れした光景はわたしの目を疑わせるのには十分だった。

しかし、その次の瞬間、サーバルキャットの体は突如、虹色の膜に閉ざされる。

中途半端に口を開けたまま、そのまま棒立ちになる。

しかしそれは間違いだ。

サンドスターは確かに魂に定着しているが、跳びかかってきているその体の慣性に影響を与えることは決してなかった。

アホヅラ晒しているわたしの体に、正面から

 

「うわぁ!?」

 

ドスンと、サーバルキャットに押し倒され、仰向けに尻餅をついてしまう。

 

ーーーあ、マズイ。

 

死の危険に瀕し、人間としての本能が刺激される。

喉の奥から恐怖がこみ上げてくる。

目を瞑って、人間にするように哀願する。

 

「食べないでくださいぃぃぃ!?」

 

「食べないよーっ!」

 

「へっ?」

 

そんな懇願は、時間差なしで否定されてしまった。誰でもない目の前のサーバルキャットだった少女に。

 

 

 

 



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えんしぇんと・あしはらのなかつくに・ちほー
4話 運命かもしれない出会い


キャンプ場からお届けいたします


「うあぁぁぁぁぁぁぁあぁああ!?食べないでくださいぃぃぃ!?」

 

「食べないよーっ!」

 

「へっ?」

 

素っ頓狂な声がサバンナに響く。

上がるはずのない第二の声に、白くなった頭が完全にホワイトアウトする。

今まであった恐怖の感情が霧散したのを心の中で感じる。

薄い膜の外にある現実を確認するために、ゆっくり薄っすらと目を開ける。

 

「…………」

「……だいじょーぶ?」

 

ドン、と目の前に突き出されている少女の相貌。小さい顔にクリクリとした大きな目。黄色のショートボブの髪から突き出たその大きな耳は、その少女が元は(サーバルキャット)だったことの証拠だ。

成る程、ということはサンドスターの魂への定着は成功、ということだろうか。

少女の目を見つめる。

不可解な視線に少女は首を傾げる。

見るからに人の形、しかしある程度動物の面影は残している。

つまり、これは、完全にーーーー成功!

 

「や、やったぁ‼︎」

 

「!?」

 

歓喜の声、振り上げられる両手、突然の歓声に驚き、飛び退くサーバルの少女。しかし、私の中の喜びはそんなことを視界の外に追いやる。

 

「やったぁ、三日間の努力が報われた!いや、たった三日間だけど………あぁ〜!だけどよかったぁ!」

 

両手を万歳のようにして飛び跳ねる。そのぴょんぴょんと跳ねる様は月に住むと云われる、玉兎の如く。

辺りを飛び跳ね、ひとしきり喜ぶと、改めてサーバルの少女の方に向き直る。

先ほどまで容姿しか見えなかったが、立ち上がった今なら違う。

裾野広がったサーバルの毛皮の模様のスカートに、これまた元々の毛皮の柄のニーソと長手袋。腹部は白色のためかトップスはそれと同じ白色だ。そして、首元には大きな蝶ネクタイ。

 

「は、初めまして、でいいのかな?私はーーーーーーー」

 

「すっごーい!」

 

「へっ?」

 

「何その毛皮?めーずらしー!あ!その背中に背負ってるもの何!?すごーく尖ってるよ!すごーい、いろんなもの持っているんだね!」

 

うつむいていたと思っていたが、私の思い違いらしかったようだ。

それはただ、自分の体の確認か何かだったのだろう。

そして、私の姿を見るなり目を輝かせて、詰め寄ってくる。

まるで新しい玩具を与えられた子供のような無邪気な笑みだ。

Tシャツを物珍しげに突いて、小さな歓声をあげたりと楽しそうだ。

しかし、悪いがそれではいつまでも話が進まない。未だにはしゃいでいる彼女の肩を掴み、注意を私に向けさせる。

 

「うみゃ?」

 

「ちょっと聞いてくれるかな?大事な話だから。」

 

「なになに〜?楽しい話?面白い話?」

 

大事な話って言ったよね………?と、心の中で細やかなツッコミを入れながらも、咳払いをして話し始める。

これからのことに関する大事な話だ。

 

「私の名前は叶華よろしくね?それより、自分の体が人間のものになったの、驚かないの?」

 

「えぇっ!?人間?なにそれなにそれ〜?あ、私はサーバルキャットのサーバル、宜しくね!」

 

「………まあ、知らないならいいや。」

 

どうやら、人間にあったことや見かけたことはない個体だったようだ。まだ定められていないはずの自分の種の名前を知っているのは、サンドスターの影響だろうか。人間を知らないのはアフリカは限られたところにしか人間は住んでないし、先住民の方々も好き好んで猛獣いっぱいのサバンナの真ん中に、集落を構えることはしないからだろう。

さて、私が神々から託された仕事についてなんて質問しようか。この子にもわかる内容にしないと。

 

「さて、私はお仕事の用事できたんだけど、そのお仕事の内容から話すね。ま、簡単に言うと、どんな獣もみんな仲良く暮らせる、いわば楽園のようなところを作っている途中なんだ。だけど、みんな獣のままじゃ、仲悪いでしょ?だから、みんなおんなじ姿になってもらおうと思ったんだ。……ここまでは良い?」

 

「んんー、なんとかだいじょーぶ!それって、楽しそうだね!」

 

笑顔を咲かせ、大きく頷き、分かってるのか分かってないのか不安の残る回答をする少女に、おもわず苦笑いする。が、ほんにんがそう言っているので大丈夫なのだろう、きっと。

 

「それで、偉い人たち、まぁ、神様から色々な伝説の動物を捕獲してこいって言われたけど、失敗しちゃ怖いから、こんかいは腕試しがてら君のことを捕まえちゃった、てこと。おっけー?」

 

「だいじょーぶ!解ったよー!」

 

天真爛漫なその態度に不安はない、といえば嘘になるが、この正直で裏表ない態度は非常に助かる。ファーストコンタクトからこじれたら、この先が思いやられたからなぁ。

 

「それで、これからよかったら私について来てくれたら嬉しいんだけど………あ、嫌だったら先に帰ってて良いよ?まだ誰もいないけど、これからどうせ来るだろうし。」

 

「いや、君と一緒に行きたいな〜、その方が楽しそ〜!」

 

楽観的なその理由は果たして、全ての動物を捕まえるまで持つのだろうか。

いや、その生来の気質がその意思を半ばで折れさせることはきっとないだろう。

 

(まぁ、私もついて来て欲しかったんだけどね。)

 

ニコニコと、慣れていないはずの人間の体でも、笑うことができている彼女に視線を向ける。

その目は、何処か悲しげであった。

 

(君は、よく似てるよ、本当に。)

 

重なる二つの影、似ている二つの声、何もかもが幻視を幻聴を引き起こす。

特にその笑顔は、もはや叶華の妹のものに非常に酷似している。

ちょうどこんな風なショートボブの髪型で、そして満面の笑みでコロコロと笑っていたものだ。

あの時の私に今のような力があったら、とそう思わずには居られない。有りもしないはずの負の想像が心を苛む。

 

(……やめよ、こんなくだらない妄想。あの子()の為にならない。)

 

しかし、その代わりに何がしてあげるかもわからない。

何かすべきだが、何をすべきだか分からない。

仏壇を作って弔う?一人だけ生き返った私を妹が許してくれるだろうか。

私には答えを出すことができない。

ただ単純に分からないのか、それとも嫌われたと決めるのが怖いのか。

 

「どうしたの?具合、悪いの?」

 

そんな思考を断ってくれた、心配そうに顔を見上げて来るこの娘に救われた。

私は取り繕うように笑うと、微笑みながら返事を返す。

 

「いや、なんでもないよ。そうと決まったら、行く?」

 

「うんっ!」

 

起源を遥か古代とする楽園。その礎が築かれた冒険は、アフリカのサバンナの真ん中から始まった。

一人は顔に影を抱え、元もう一匹は一片の翳りのない表情で。

それぞれ胸に抱いている思いも決して同じではない二人の冒険は、プロローグを終えた。

 

 

 

「それじゃ、どんな行き方がいいかな?」

 

「えぇっ?歩く以外でいけるのっ!?」

 

「んふふー、じゃあちょっと動かないでね?」

 

「な、なに?いきなり肩掴んdーーーーー」

 

「【テレポーテーション】」

 

アフリカから始まると言ったけど、アフリカを歩き回るわけではないようだ。

二人の姿は忽ちにして消え、サバンナには再び静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

突如として視界が違う場所へと移り変わる感覚というものを初めて感じたが、なかなかに気持ち悪いものだった。

肌にあたる空気はサバンナの乾燥したものから打って変わり、湿り気の含んだものとなった。

出たところは森林だろう、夏の心地よい深緑の葉が目の前を埋め尽くす。特定の人は童心を思い出させるかのような、土と木の優しい香り。

 

「うみゃっ!?何処ここー!?」

 

突然の景色反転に、目を白黒しているサーバル。

無理もない、先ほどまでは開けたサバンナにいたというのに、今度は温暖湿潤な森林のど真ん中だ。あそこ(サバンナ)しか見たことがなかったのならなおさらだ。

 

「うーん、多分あってると思うけど……」

 

気温、湿度、植生からして間違いはないと思うんだけど、と周りを見回す。

見渡す限りの木、木、木。

昼が近づいて来ているのにもかかわらず、未だ大きな声を出す蝉。

こんな中では、聴覚から得られる情報などほとんどない、ハズなのだがそれは人間の耳での話らしい。

サーバルの耳がピクピクッと動く、それと同時にサーバルは右斜め後ろへ振り返り、その方向に向けおもむろに指を指す。

 

「ねぇねぇ、あっちのほうから泣き声がするよ。どうしたのかな?行ってみようよ!」

 

え、と思い耳を澄ませて見てもなにも聞こえない。

当たり前だ。サーバルのその大きな耳は人間やなんかよりよっぽど良い。

そして彼女の鼻も、私とは違う何かを嗅ぎ分けていたようだ。

 

「それと、何かしょっぱい匂いがするよ?なんだろなんだろ〜!」

 

(?……海があるのかなぁ?)

 

サーバルはきっと海を見たことがないのできっとそう表現するしかないのだろうか、もしそうだとしたら海の可能性が高いが。

大体の人はなんとなく察していたのではないだろうか、私は本来日本がある場所にテレポーテーションしたのだ。

それにしても、日本の神代で海岸近くでの悲鳴か………、だとしたらあの神話かなぁ?そうだったらヤダなー、これに絡んでる神、一柱を除いて腹黒いもん。

あ、だとしたら早く行ってあげないと。

 

「来てもらったばっかりで悪いけど、いくよ。音のする方に案内して。」

 

「うんっ!私について来て!」

 

そういうや否や速攻走り出していくサーバル。

その速度は動物であった時となんら謙遜ない速さである。はっきり行って人間が追いつける速度ではない。

しかし、そう泣き言も行っていられない。

それに私の身体能力は神々のから賜った能力によって、人外のソレへと強化されているのだ。

草木を風の魔法で掻き分けながら、サーバルの後ろについて行く。

風の魔法は進行上にあった低木などを退けさせるほどの威力がある。なので、真正面にある低木はともかく、その他の木は私たちの進路上からその葉を避ける。

 

「すご〜い!木が避けてくー!」

 

サーバルもご満悦のようだ。

たまに正面に来る低木などを、サーバルという種の特徴でもあるジャンプ力ぅでかわしながら、風を切り走って行く。

 

しばらく走り続けていると、急に視界がひらけ、小高い丘へと出る。

潮風の香る、予想通り海沿いの丘である。

 

「あ”ぁぁぁぁぁ!い”だい"ぃ!い"だい”よ”お”っ!?」

 

そしてその時から、私の耳にもその悲鳴まがいの泣き声は届くようになっていた。

声からも苦悶が伝わって来る、壮絶な悲鳴だ。

だいぶひどくやられたようだ、聞いていて身の毛もよだつというか、そんな感じだ。

悲鳴が途切れたと思ったら、今度はすすり泣く音が届く。

丈の低い草のためか、その悲鳴の主は即座に見つかった。

が、近づけば近づくほどに見えて来る姿は、あまり良いものとは言えなかった。

 

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

地に倒れ伏していたのは兎。

しかし、状態が悪い。

血で赤黒く染まったその体の皮膚は4割も剥がされている。本来は白かったのだろうその毛皮の大半は、その赤黒い血に侵されている。

小さな体躯からは血がとめどなく溢れ、このままでは失血死してしまう。

さらには、その体を濡らしているものはどうやら、地や体液だけではないらしい。多分、塩水。海につからされたのだろうか。

こんな非道な行いをするのは、日本の神代においてはあの国津神ぐらいしかいないだろう。

あ、いけないいけない!早く助けないと手遅れになる。

 

「【クイックヒーリング】」

 

緑の燐光が、手より発される。

その優しい光はゆっくりゆっくりと白兎の体を覆い、少しずつだがその体を治していく。

しかし魔術を使い始めて日が浅いためか、その治りは明らかに遅い。

それ以上に、傷をさらに傷つけている塩水が、圧倒的に邪魔だ。

また、失血も激しい。

これでは失血死すらあり得る。

サーバルも事の重大さを知ってか、その口を一文字につぐみ顛末を見守る。

しかし、あまりの回復の遅さに、焦りが出始めてくる。

そんな時だった。

 

「あのー、どうしたんですか?」

 

不意に後ろから声をかけられる。

反射的にそちらの方を向いてみると、年の頃大体十五歳ほどの少年が立っていた。髪は顔の横で輪のようにして束ねていて、まさに神代の日本といった風だ。それに服は質素ながらよく手入れがなされている。

そして私は理解した。

この少年の正体を。

親和によればこの白兎を、因幡の白兎を救ったとされる、国津神の一柱。

大己貴神、大国主。国譲りの神。

そうと分かれば私はすぐに助けを求めた。

 

「実は、たまたまここを通りかかったところ、この川の剥がれたウサギを見つけてしまって。治療を試みてみたのですが、なかなか治りがなるくて。どうか助けてくださいませんか?」

 

私の懇願を聞くと、大己貴神さんは少し考えるように顎に手を添え、ほどなくしてこう言った。

 

「なるほど、そういう事でしたか。分かりました、出来る限りの事は尽くしてみましょう。」

 

そして私の隣を通り、ウサギを挟んで反対側に屈み込む。

 

「これは……塩水ですか。早く洗い流したほうがいいですね。」

「あ、それなら任せてください。【アルヴヘイムの霊水】」

 

突き出した手から、綺麗に澄んだ清水が放出される。それは全身の塩を這うように舐めとり、私の手に戻ってくる。

 

「あ、わざわざありがとうございます。」

 

洗われたうさぎの怪我の状況を軽く観察すると、大己貴神さんは、腰に下げていた巾着袋からとある白い粉のようなものを取り出す。

そして、それを多めの一掴みでとり、うさぎの怪我の箇所に振りかけていく。

 

「蒲の花粉です。止血に効果があるので、もうじき出血は止まるはずですよ。」

 

「ご助力感謝します!【クイックヒーリング】」

 

此処ぞとばかりに回復の魔法をかける。

すると明らかに傷の治りが早くなっているのがわかる。流石は神代の蒲の花粉、もはや傷がふさがっていく。

 

しかし、

 

「やはり失った血の量が多すぎる……!」

 

「このままでは……!」

 

「どうしよう!このままじゃこの子死んじゃう!?」

 

その小さな体躯から流れたちの量はいったいどれほどなのか、どんどん鼓動が弱まっていくのがわかる。

一足遅かったというのか、一歩届かなかったというのか。

私はまた救えないのか……?

いや、まだだ、私が診ている限りそんなことは絶対にさせない!

まだあるじゃないか、あのとっておきが。

腕に虹色の光が収束する。

眦を決して、砲声する。

 

「【サンドスター】っ!」

 

虹色の波動が発される。

狙いは寸分違わず白兎の体の中心を穿つ。

サンドスターは魂を覆い、その情報を書き換えることのできる物質。動物の姿を人間のものとし、理性と知恵を与える、私の妄想から生まれた命の結晶。

その本質は魂を補完すること。

魂をより強固なものに作り変える作用を持つ。

諦めたように閉じられていた白兎の目が開く。

そして、即座に体は虹色のヴェールに包まれる。

 

「すごい……」

 

「私の時もこんなのだったんだー!すっごーーい!」

 

大己貴神さんはその神秘的な光景に感嘆の言葉を、サーバルは先ほどそれを経験したからか、大己貴神さんとは違う視点で見ているようだ。

ウサギの形にピッタリとくっついたヴェールは、短い間、細かく蠢き、みるみるうちに姿を変えていく。

そして、その発光現象と体の再構成も唐突に終わりを告げる。

 

「ぅ……ぅうん……?」

 

小さな呻き声、その音の出所はつい先程まで血まみれの白兎が横たわってたところから。

そこには白兎と同じように横たわる一人の少女の姿。

純白、だが胸元にリボンが付いていたりとフリフリなワンピース、腕の半分を覆い尽くすこれまた白い長手袋、また腕と同じように足にも白いニーソ、しかし此方は足先に向けて、桜色のグラデーションがなされている。

体型、顔つきからして人間換算で見た目の年齢は大体、13〜14歳ぐらい。

あどけない顔立ち、真紅の眼、未発達な小柄な体躯、髪は薄桃色で腰まで届く長さだ。そしてその髪からピョコンと生えて、ピクピクと動いている長い兎の耳。

 

「あれ、確、か、うさ、は……」

 

上半身を起こし、見回す。すると、直ぐに私、そしてサーバルや大己貴神さんと目が合う。

 

「あー、起きたっ!すごい怪我だったけど、大丈夫?」

 

「えっ!?あ、貴方方は?あれっ!?体が人間みたいになってる!?」

 

ずいっ、と顔を近づけてくるサーバルにやや困惑な気味の白兎。

気がついたら見知らぬ者に囲まれていたのだから、この反応は必然と言える。

 

「叶華よ、よろしくね。」

 

「えーっと、大己貴神です。一応、国津神やってます。」

 

「私はサーバルキャットのサーバル!あなたは?」

 

私から順々に、大己貴神は突然のことに困惑したように、サーバルは持ち前の元気さを振りまいて簡単な自己紹介をする。

突然のことにもかかわらず、キチンと自己紹介をする大己貴神さんにやっぱり日本の神だなぁ、と感心してしまう。

 

「……うさには特に名前はないのですが。」

 

「えぇー!かわいそー!じゃあ、なんて呼ぼう?」

 

この目の前の兎は、状況、自然環境から推測してかの有名な『因幡の白兎』だろう。

ならば、『因幡の白兎』という名前なのでは?と思うだろうが、それはこの神話から生まれた名前であって、元々の名前でもない。

どうしようか……と私達が思案していると、名無しの白兎が立ち上がり、パッパッと草を払い、口を開く。

 

「できれば、その……名前をつけて欲しいのですが。」

 

軽く頭を下げて、そう懇願する。

 

「確かに名前が無いと不便ね。」

 

仮の名前でも何か呼び名はあったほうがいいだろう。

名前があるか無いかでは、割と友好度などにも支障の出る大切なモノだ。

しかし、その名は彼女の身に一生ついて回る。名付ける側にも多大なプレッシャーがかかる。下手な名前はつけられない。

ここで考えるのもどうかと思うが、大己貴神さんの神話に何か影響が出ても困るので無下にはできない。

 

「はいはーい!じゃあ、毛皮が真っ白だからシロ!」

 

「それは、ちょっと安直すぎるような……」

 

「じゃあ、目が赤いから、アカメちゃんとかどう?」

 

「ぶっ!」「破壊的なネーミングセンス……!」「これは、なかなかな……」

 

「むぅー、ヒドイよー!」

 

その単語をそのまま使った、なんのひねりもないサーバルのネーミングに一同、腹を抱える。

見るところはいいのだが、いかんせんひねりがない。

ダメだ、このままいったらIQが流されていく。

 

「サーバルは安直すぎだよ。もうすこし、なんか、ない?」

 

「じゃあ、私よりいいの出してよー!」

 

「んー、例えばシラキヌウサギとか。」

 

「そーです!そういうのが欲しかったんです!」

 

パットでのアイデアを披露して見ると、ウサギさんには意外と好評だった。

白くて絹のような毛皮だったので、そんな名前を提案した。……ハッキリ言ってかなり安直につけたので、気に入られないかと思った。

 

「じゃあ、こういうのはどうかな?地名に因んで名付けてみるのは。」

 

「なるほどー、君って賢いんだね!」

 

……へぇ、このウサギさんの名前は、歴史上決して変えれないポイントなんだ。

あまりにも有名な神話上の出来事は改変できないってことかな。

 

「イナバノシロウサギ、なんてどうかな?」

 

「それです!それがいいです!」

 

時間差なしでその名前の提案を受け入れる白兎、もといイナバノシロウサギ。

まだ検証は必要だろうが、変えられないことがあると言う論はありそうだ。

 

「かわいー!私もそれがいいと思う!」

 

「私もそれがいいと思うよ。」

 

「決定だね。今日から君はイナバノシロウサギだ。さて、ところでなんで君があんな風体で、ここに倒れていたのか教えてくれないかな。」

 

特にアイデアもなかった叶華はサーバルに続き、肯定の返事をする。本人、いや本獣も納得しているので、良いのだろう。

そして、大己貴神さんはイナバノシロウサギに皮を剥がれて倒れていた理由を問う。

イナバノシロウサギは、少しの沈黙の後に、ポツリポツリと話し出す。

 

曰く、元々イナバノシロウサギは隠岐の島に住んでいたそうだが、広大な大地に出てみたいと思い、本州に渡ろうと思った。

しかし、隠岐の島は島根半島の北方40キロ、場所によっては80キロにもなる約180の小島を伴う島。ウサギに渡れるはずがない。

そこで、イナバノシロウサギが目をつけたのは、隠岐の島近海にウヨウヨといるワニ(サメのことだ)だ。

しばらく思案した結果、イナバノシロウサギはある作戦を思いつく。

ワニに『島にいるウサギと君たちどちらが多いか、比べてみようよ!』と言う。(神代のため、普通に動物は会話可能。)

それに乗り気になったワニに『うさが数えるから、並んで並んでー!』と言う。するとワニ達は忽ちにして、ウサギが指示した方にズラァッと並ぶ。

それこそがイナバノシロウサギが言った比べっこの目的だ。

イナバノシロウサギが指示した方向というのは、もちろん本州のこと。

作戦というのも割と単純だ。

本州まで、サメの橋をかける、ただそれだけのこと。確かにサメの頭数は相当数必要だが、数が足りてさえいれば、別になんともない。

実際成功したのだから。と言いたいところだが、イナバノシロウサギは最後の最後に失敗を犯した。

本州まであと1匹のワニを飛び越えるとき、イナバノシロウサギは失言をしてしまう。

『うさのために橋になってくれてありがとー!今度は騙されないように頑張ってね!ごっくろーさーん!』

その時の私は確か、あちゃーという感じで顔を手で押さえていた。

当然騙されていると知ったワニ達は大激憤。

最後尾のワニを筆頭に大挙して襲いかかってくる。

完全に油断していたイナバノシロウサギはワニ達に散々に叩きのめされ、皮を剥がれた。

命からがら逃げ出し、しかし皮を剥がれた痛さで泣き叫んでいると、そこに大己貴神さんのお兄様方の八十神さん達が通りかかったそうな。

イナバノシロウサギは八十神さん達に傷の治療法を尋ねた。

八十神曰く『傷を海水に浸して、それから丘に上がって、傷をよーく乾かすんだ。そしたら傷の治りは早くなるし、前にも増して綺麗な毛が生えてくるんだぜ!』と抜かしやがったそうです。

これに大己貴神さんは顔を顰め、溜息を吐いてあた。兄のがやったことなので、多少の責任を感じていたのだろう。

案の定、傷はなおさら悪化、出血も止まらずに丘に倒れ伏していたところに、私達が到着したということらしい。

この物語に教訓をつけるとしたら、油断したらことを仕損じる、だろうか。八十神も腹黒いな、と思ったけど、彼女も中々だ。

 

「色々ありましたが、皆さんのおかげでもう大丈夫です。体は人間になりましたが、勝手が効くのでこれもこれでいいですね!」

 

先程まで大怪我をしていたのに、もうこんなに元気なんてタフなものだと感心する。

 

「ところで、私の体は何故、人間になってしまったのでしょうか?」

 

「だそうだ、教えてあげて、叶華。僕も知りたかったし。」

 

と、ここで今度は私がサンドスターの説明を求められる。イナバノシロウサギは単純な興味、大己貴神さんは神の知らない現象の調査のためか。あまり深く勘繰りはしないが。

しかし、どうせ隠す程のことでもないのだが。まず、この計画の起案者って同じ神様だし。

長くなるので会話は割愛するが。

 

サンドスター説明中

 

「ーーーーーつまりサンドスターはこう言った点から魂に元から備わっていないモノを補完する物質です。」

 

「……スケールがスケールだから、理解が大変だけど、大体わかったよ。」

 

「んー、うさにはちょっと難しいですね。」

 

「私もよくわかんないやー!」

 

しかしその説明の甲斐なく三分の一しか分からない現状。かなりわかりやすく説明したつもりなんだけどなぁ。サーバルがわかんなかったのはともかくとしても、イナバノシロウサギが分からなかったのは少々辛い。

 

「あ、いけね!兄さん達待たせてるんだった。僕はここら辺で行くね。」

 

しまった、とすっかりと兄達との約束を忘れていた大己貴神さんは、私たちに軽く挨拶をして、その場を去ろうとする。

 

「あ、ま、待ってください!」

 

だが、しかしそれをイナバノシロウサギが呼び止める。

 

「なに?急ぐから早くお願いね。」

 

すぐに足を止め、その場で振り返る()のいい大己貴神さんにイナバノシロウサギはこう言い放つ。

 

「八十神は八上姫様にフラれますよ!そして、そんな八上姫様と結婚できるのは大己貴神さん、あなたです!」

 

突飛にこんなことを言い出した。

あまりにも突然のことだったので、サーバルと当の本人の大己貴神さんも面喰らう。

 

「なにそれ?新しい詐欺かなんか?う詐欺?」

 

「違いますよ!」

 

結構辛辣なことを言う大己貴神さんに、顔を真っ赤にして叫ぶイナバノシロウサギ。

 

「うさだって、兎神の一柱です!予言くらいお茶の子さいさいです!」

 

「ははっ、ありがとう。少しは慰みになったかな。」

 

「もぅっ!」

 

あまり信じていない大己貴神さんは、笑いながら巫山戯たように返事をする。

対して話をあまり真面目に聞いてもらえなかったイナバノシロウサギは、ぷぅっと頬を膨らませる。

 

「じゃあ、これで本当に行くね。イナバノシロウサギ、叶華、サーバル。三人での旅たのしんで!」

 

「じゃーねー!オオナムチ君も頑張ってねー!」

 

「さようなら、神様にいうのもあれですけど、お元気で!」

 

「むー!予言ですからいいですもん!どうせいつか現実になることです!」

 

そしてまた大己貴神さんは走る態勢を取り、挨拶を済ませると颯爽と走り去っていった。やがてその姿が見えなくなるまで、私たちはその姿を見送っていた。

 



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5話 野宿の定義とは

書きだめはここまで、次回からはペースが落ちる予定です。


旅に宿というものは切っても切り離せないものだ。

遥か遠くからの旅人を癒す、一晩の宿。

その日の溜まった疲れを霧散させ、柔らかな寝床を提供してくれる。

疲れた体に提供されるご飯は、その体に活力を与え、宿の主の親切なサービスは孤独な旅人に一晩の母の優しさを思い出させる。

同じ宿に泊まったもの同士での、一期一会の静かな晩酌。互いの旅の思い出を、交換し共有する。

 

その名称は、古事記、日本書紀にも駅という字で登場している。つまり古事記が記された奈良時代には宿屋のシステムが定着していた、ということだ。

次に鎌倉時代、寺社に参拝する信者のために『宿坊』馬の飼料を可能とした『旅籠屋』庶民向けの『木賃宿』とよばれる施設が出始める。

時は流れ江戸時代、三代目将軍 徳川 家光により武家諸法度に参覲交代が制度として定められると、各地方の街道街道に各地の大名に対しての宿が設立されている。

なにが言いたいかというと、古事記に記されていることが事実であるなら、この時代にも人間による宿があるはずなのである。

 

そう、はずなのである…………

 

「みっかんなーいっ!」

 

虫の鳴く森林に大声が轟く。

声の主はイナバノシロウサギ。

叫ぶ彼女の頭上には、まん丸に輝く薄い金色の月。

そう、月である。

時刻は今、大体11時を回った頃だ。

そんな中、私たちは森を行進しているわけだ。

前置きからなんとなく察せるだろうが、簡単に説明すると。

 

人里見つかんない。

 

たったそれだけだ。

しかし、それは私たちにとって大きな障害であり、割りかし死活問題だ。

いくら、体力が強化されたからといって、一方的に溜まって行くこの疲れは体にこたえる。

この時代にはもう人間がいるので、人里ぐらいあるはずであるが、もしかして滅んだのかと思うほどにいない。人も人の痕跡も。

 

「ここまで探してないなんて……予想外。」

 

「これじゃあ、今夜は野宿ですか?うぅ、辛いですよ〜……」

 

「サーバルは大丈夫?」

 

「だいじょうぶ、私夜行性だから!」

 

……昼間も行動してたのに?

サーバルの休んでいる時間が気になったりしたが、今はそれどころじゃないかもしれない。

選択肢は二つ、このまま人里を探し続けるか、野宿か。

もし人里を探し続けたら、結局休めないまま朝を迎えそうだ。しかし、ふかふかの寝床が…美味しいご飯が……

野宿にすれば準備が整い次第直ぐに休息が取れる。しかし野盗や妖に襲撃されるかもしれない。

しばらくその場で思考。

頭の中で雑穀が踊り、真っ白な布団が踊る。

いや、しかし、まてよ、と思考が同じところを低徊する。

 

「……あ。」

 

小さく声を漏らす。

何故か。それは、もっと良い選択肢を編み出したから。

 

「叶華ちゃん、何か思いついたの?」

 

「もしかして、人里のいい探し方とかあるんですか!?」

 

「うん、やっぱり野宿のほうがいいかな、なんて。」

 

「えぇ〜!?」

 

長々と思案した挙句に、己の望まざる選択肢が選ばれたイナバノシロウサギは、絶望の叫びをあげる。

当然だろう。人里を探そうといったのは私だし、イナバノシロウサギはわたし以上に布団というものに包まってみたいと思っていたからだ。

しかし、私の手法でいけば、布団も食べ物も手に入る。

 

「どうしてですかぁ、なんでそこで諦めるんですか、もうちょっと頑張ってみましょうよぉ。」

 

「私もおフトンで寝てみたかったなぁー。」

 

悲痛なイナバノシロウサギの声に続き、サーバルも残念そうに声を落とす。

ここまで歩かせて申し訳ないとは思うものの、この新しいアイディアなら二人ともきっと納得してくれるはずだ。

 

「フッフッフ、二人とも、唯の野宿じゃないぞ。いや、野宿と呼べるかもはや怪しいレベルだよ。」

 

「なになにー?一体なにするの?」

 

「もったいぶらないで教えてください。」

 

二人が詰め寄ってくるので、得意げに人差し指を上にピンと伸ばし提案する。

 

「ずばり、家を作る!」

 

「………は?」

 

「……作る?」

 

キメ顔で言ったので、イナバノシロウサギのその沈黙からの、『なに言ってんだこいつ』的な目はキツい。

サーバルに至っては『作る』という言葉の意味を理解していない。

 

「あの?今まさか作るなんて言いました?聞き間違いですよね?」

 

「あぁ、大丈夫。私がパパッとやっちゃうから。」

 

現に今だって、手をぴこぴこ動かしている。

こんな時のために能力ってあるんだなと思う。

 

「作るってなにそれ〜?」

 

「手を加えて、もとと違ったものに仕上げることだよ。まぁ、今回は()()、だけどね。」

 

「?」

 

サーバルは説明してもクエスチョンマークを浮かべている。イナバノシロウサギは「もうダメだー」その場に座り込み頭を抱える。裏切られた心の反動と疲労が、無気力を誘い込んだらしい。

あ、和風にしようかな、洋風にしようかな?それともアメリカの西部みたいな感じにしようかな。

 

「ねぇ。何か欲しいものある?」

 

「もー!いいから宿探しましょうよぉ。今ならまだ間に合いますって。」

 

「サーバルは?」

 

「話を聞いてくださぃぃぃい!」

 

「えーっとね、面白いのー!」

 

イナバノシロウサギが涙ながらに訴えてくるのを傍目にサーバルに家に対しての要望を聞く。

そーかそーか、すごいのか。

一晩のうちに楽しめる、凄いものかー。サーバルって夜行性だから遅くまで起きてそうだなぁ。

あ、いいの思いついた。

あとはここを設定して、と……よしおっけー!

 

「はーい、じゃあ、やりますか。」

 

「もう!うさは手伝わないですからね!」

 

と、いってイナバノシロウサギはそっぽを向いてしまう。

いいよ別に、直ぐに出来るし。

と、心の中でこの後のことを想像し笑う。

ふぅっ、と息を一旦整える。

そして命令するような口調で一声。

 

「【創造魔法】」

 

特に外国語の技能があるわけでもないので、日本語で簡潔に。

しかし、その効果は絶望だった。

あっさりと、驚くほどあっさりと、パッと出てきたような感じで、煉瓦造りの家が前から鎮座していたかのようにそこにあった。

 

「わぁ〜!すっごーーい!!」

 

「ふふーん、でしょでしょ?」

 

目を輝かせ、飛び跳ねているサーバルに自慢げに鼻を鳴らす。

赤煉瓦造りの外観の家は、中流家庭の家の広さと大体同じかそれ以上だ。何処と無く洋館を彷彿とさせる外観と間取りである。

神代は割となにが起こるかわからないので、頑丈な造りに防護魔法による特殊加工が施されている。

建築学には詳しくないため、安全な建築などは知らないが、上記の防護魔法などから倒壊する恐れはほぼない。

 

イナバノシロウサギはそっぽを向いているため、未だに家が出来上がっていることに気づいていない。

 

「入ってみようよ!」

 

「うん(……?なんだこれ、あそこらへん盛り上がってないかな……?)」

 

「ほら、シロウサギちゃんもいくよ!」

 

「何を言ってーーーーーーえぇぇぇぇええぇぇええっ!?」

 

私が不自然な立地に首を傾げているその隣で、テンションが上がったサーバルがイナバノシロウサギの背を叩く。ちょっと泣きそうな目でこちらを向いた途端、瞠目して叫び出す。彼女、今日叫んでばっかりだな。

 

「な、な、なんで……!?」

 

「ほら、早くしないと置いてっちゃうぞ〜」

 

「どうして、家がもう出来上がってるんですかぁ〜!?」

 

あるきながら、しかし未だに驚愕しているイナバノシロウサギに早く来る様に促す。

口を半開きにしながら追いかけて来る彼女は、理解不能といった感じで私に問いかけて来るが、私が答えるより早く。

「……まぁ叶華さんだからか、驚いて損した。」

 

このウサギ、割と辛辣である。

白い毛並みのくせして、腹黒いらしい。

そういえば、怪我で忘れてたけど、ワニを騙してるからなぁ。獣もほんと見かけによらないなぁ。

と、何はともあれ一人と二匹は早速、中に入っていく。


「おー出来てる出来てる。」

 

「……えぇぇ……」

 

「あれ?なんでなんで!?すっごーい!」

 

いった順番は私、イナバノシロウサギ、サーバル。

私は感心し、イナバノシロウサギは呆然とし、サーバルは大興奮。

なぜか、

 

「なんで、見た目より広いのー!?」

 

それは中流家庭程が持てるほどの家の広さとは裏腹に、豪邸もかくやと言う程のエントランスホールが目の前に広がっている。

なんとなく中世のお屋敷の様な静かな雰囲気が素晴らしい。自分で作っておきながら惚れ惚れする。ほら、この玄関横の花瓶なんてチョー可愛い。

 

「実は考えているうちに、やりたいことがたくさん出て来ちゃって。だけど、全部入れてたら流石に大きくなりすぎて、物の怪が襲って来そうだから拡張魔法を使って外見を小さめにしたんだ。」

 

「よくわかんないけど、すっごーい‼︎」

 

「………(そう簡単にできるはずない、ですよね?)」

 

「部屋見て回りたい人ー!」

 

「はーい!私見て見たーい!」

 

例の如くよく分かってない(あんな適当な説明で、わかんなくて当然だが)サーバルが、部屋を見てみたい様なので、特に荷物もないし、先に部屋を見に行くことにする。

実はこの屋敷、中は相当広いといったが、本当は拡張魔法でなく無限膨張魔法を使ったので、中は本当に無限の広さをほこっている。

元ネタはDr.wh○の○ーディスである。おっと最初が伏字になってない。これで、ワープ航法とタイムトリップ機能があったら最高なのになぁ。

サーバルは天井に飾ってあるシャンデリアに興味津々な様子で見つめている。またイナバノシロウサギは壁に掛けられている絵画をまじまじと凝視している。

 

「早く寝たほうがいいから、さっさと見に行くよ。どうせ次回からもお世話になるだろうし。」

 

「あ、ごめんごめん。上からぶら下がってるあれが気になっちゃって。」

 

「あぁシャンデリアのことね。ちょっとオシャレな室内灯、かな?あれに電球とかを取り付けて、部屋を明るくするんだ。」

 

「へぇ〜、あんなのも作れるなんて叶華ちゃんってホントすごいね!」

 

ありとあらゆる未知との遭遇にサーバルは、常に目をキラキラさせっぱなしだ。ここまで喜ばれると、次の創作意欲も滾る。

 

「……この絵って?」

 

「ん?どれ………!?」

 

絵を見ていたイナバノシロウサギがこちらに振り返り、絵がどの様なものか聞く。

しかし、その絵を見た途端、私は予想だにしていなかったことに顔を凍りつかせる。

ーーー壁に掛けてる絵、ゴ○ホのじゃない!?

他の絵も見てみれば、歴史の教科書や美術の資料集などでよく見るものだ。

別に焦ることでもないが、なんだか私はとんでもないことを犯してしまったのでは、という気になる。

 

「な、なんでもないよ。偶然生成されただけだから。うん、ホントなんでもない。」

 

「目が泳ぎまくってますよ、叶華さん。」

 

なんでもないふりをして誤魔化そうとするが、イナバノシロウサギの洞察眼はしっかりと捉えていた様だ。

まぁ、なんでもいいですけどね、と嘆息される。追求されなくてよかった。

 

「何はともあれお屋敷探索、いってみよ〜!」

 

「おぉ〜‼︎‼︎」

 

「まあ、少し楽しみですね。」

 

かくして、私達のお屋敷探索が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

入って玄関奥右の部屋、食堂。

 

「広すぎません?」

 

「……ですよねー」

 

「広〜い!」

 

凡そ横幅四十メートル、縦七十メートルの大食堂。

天井には星空をかたどったモザイク画、それを邪魔しない様にキャンドルが宙に浮いている。

四方には東西南北に中国の四霊獣をかたどった壁画が。

適度に配置されている観葉植物が目に優しい。

実は季節によって観葉植物は変わる。

一通り物色し、次の部屋へ進む。

 

 

 

食堂奥、厨房。

 

 

「一体何人雇えばフル稼働するんですか?」

 

「自動調理システムあるからそれについては大丈夫。」

 

「料理ってなんだろ〜?楽しみだなぁ〜。」

 

調理具の銀、銀、そして銀。

フル稼働させるには五十人はスタッフが要りそうな大厨房。

小学校の給食を作りそうな大きな鍋。大人一人入りそうなオーブン。

大企業が使ってそうな業務用冷凍庫。

包丁も出刃庖丁や中華包丁、肉切り包丁、果物ナイフまで非常に様々なものを取り揃えている。

果ては足りない人数を補う、自動調理システム。

主に白を基調としているため、なんらかの異常、汚れは目立つ。

 

厨房にはさすがに奥に続く扉はなかったので、引き返し、玄関奥左の扉に引き返す。

 

 

 

玄関奥左の部屋、大図書館

 

 

「すごーい!いっぱいハコみたいなのが置いてあるー!」

 

「(エイボンの書、ネクロノミコン、クタート・アクアディンゲンまである。今度、禁書の棚みたいなの作っとかないと……)って、イナバノシロウサギ、それ触っちゃーー」

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

「わー、イナバちゃん楽しそー!」

 

「あぁ、言わんこっちゃない……」

 

貯蔵冊数、無限。

高い天井のすれすれまで本棚は続いており、ありとあらゆる本が貯蔵されている。

果てはなく、決して反対側の壁が現れることはないだろう。

しかし、そんな読書家には天国の様な場所は、所々狂気の散りばめられた我が家、屈指の危険エリアだ。

パッと見た限り、かなりの数の狂気的な魔導書があり、封魔本などの危険な代物も存在している。

早速、イナバノシロウサギがその狂気の犠牲となった。

が、この後私がすぐに治療したので問題はなかった。

本人曰く、啓蒙が溜まったらしい。

 

 

 

大図書館、入って一番目の扉、シアター。

 

「まんま映画館だね。」

 

「白い幕に、沢山の席?叶華さん、ここ欠陥ですよ。」

 

「映写機はないけど、うん使えるみたい。」

 

パッ、と色のなかった画面に光が灯り、画面には○07という文字が。あ、また伏字になってない。

 

「わぁ!なにあれ、急になんか出てきたよ!?すっごーい!」

 

「あ、欠陥じゃなかったです。スミマセン。」

 

突然の出来事に一匹と一羽は目をまん丸にする。

映画なんてこの時代には当然ないし、サバンナのど真ん中に施設なんてあるはずないので、もちろん二人とも初めましての方だ。

この後、時間も押しているので、早々に切り上げ映画館を出る。

あ、ポップコーンなどのオプションは自動生成だった。すっごーい!

 

大図書館、入って2番目の扉、バー

 

 

「わー、キラキラしててキレー!オシャレー!」

 

「ここは……」

 

「私、未成年だけどお酒いいのかなぁ?」

 

ややムーディーな店内は、目に優しいライトを使用しており、落ち着ける店内となっております。

AIがあなたの望むお酒を提供、休日のひと時の優雅なひと時をここで過ごして見てはいかがでしょうか?

 

 

大図書館、入って三番目の扉、植物園

 

「葉っぱがいっぱいあるよ!ここでお昼寝したら気持ちいいだろうなぁ〜。」

 

「見たこともない植物がたくさん、太陽光も入ってくるし最高じゃないですか!」

 

「うん、そうだね。あ、まってサーバル!それ、大鬼蓮ーーーーーー」

 

『ゴボボボボボボボ』

 

「「あぁぁぁぁあぁぁあ!?」」

 

酷い音を立てて水中に一瞬で消えるサーバル。大鬼蓮を地面の延長の様に踏んだらしい。特に疑問に思わず大鬼蓮を踏んだためか、その場でパッと消えたかの様な速さだ。なかなか深いのか一気に足の届かない域に突入した様だ。

 

「み”や”あ"ぁ"あ"ぁ"っ!?」

 

狂った様に水面で暴れるサーバルを急いで魔法で引き上げる。

サーバルは毛皮から滴る水滴をそのままに、地面に突っ伏す。

 

とまぁ、こんなことがあった。

この植物園も相当な広さがあり、向こうの壁は一キロも先だ。

さらに気候状況などはほぼ変化せず、モデルとなった土地の気候を真似し、植物の健康を守る。

 

因みにサーバルはちょっとの間、水恐怖症になったという。

 

ここで一同は引き返して、大図書館を出て、二階に上がる。もちろん他の部屋もあると思うが、言ってたらいつの間にかオールすることになりそうだ。

 

 

二階、登ってすぐの右の扉、無限回廊、一つ目の扉、プラネタリウム。

 

 

「すっごーい!星がきれー!」

 

「すごい、綺麗……」

 

2人が感嘆の言葉を口にする。

確かにそうだ。

天球を模した半円状の天井には、鏤む無窮の星々。まるで宝石の様に赤、青、白、橙にそれぞれ輝いている。

元々明るい星はさらに明るく、普段は見えない様なくらい星も、このプラネタリウムは映してくれる。しかもこのプラネタリウム、リアルタイムで現実とリンクしているのだ。例えば、外で蠍座が南に輝いていたら、このプラネタリウムでも同じ場所に光り輝いているのだ。

時間や日にちだけでなく、年、世紀単位で動かすことも可能であり、太古の時代に輝いていた星が確認できる。観察点はどこにでも動かせる。

また、床は現在、芝生にしてあるが、設定すれば全球を夜空にすることが可能だ。

しばらく眺めたのち、部屋から退出する。

 

 

無限回廊、二つ目の扉、トイレ

 

 

「いかにも普通なトイレだねぇ」

 

「トイレ、なんですかこれ?」

 

「トイレってなにー?」

 

サーバルに使い方を教えて退出。別に長居するところじゃないし。あ、サーバルは毛皮が脱げることをまず知らなかったです。

 

 

無限回廊、三つ目の扉、コンサートホール

 

「また、用途が全く見えないところですね。」

 

「よく声が響くよ〜♪」

 

「コンサートホールって言って、演劇やオーケストラとか、簡単にいうと見世物をやるところだよ。」

 

当然ただのコンサートホールではない。観客の人数によって収容人数を増やし、用途によって内装を大改変できる。オペラのアイーダだって、ロックのコンサートだってできてしまう。

使う時が来るのかは謎だが、歌を歌ったりするのが好きな娘がきたら、きっと使うだろう。人数が集まったら催し物のために使うのもいいかな。

 

 

さて、そろそろ探索を打ち切って、お風呂を探しに行かないと。そろそろ眠たいし。

 

「みんな〜、そろそろお風呂に入るよ。」

 

「え!?ほんとですかっ!?やったぁー!ここにきてもお風呂に入れるなんて感激です!」

 

「?」

 

 

 

 

 

湯、と書かれた暖簾。女性しかいないので当然女湯しかないが。崩して書かれた湯という文字は、日本人の和の心を想起させる。

流れて来る湿った熱気は、少しの懐かしさを煽る。

イナバノシロウサギは温泉が好きな様で、先程からうさ耳をピコピコさせ、足取りも軽い様だ。隠岐の島で人間の作った銭湯もどきに入っていたらしい。

暖簾をくぐり中に入れば、温泉の更衣室特有の湿り気が体を包む。

 

「みんな服脱いで、カゴに入れといてね。」

 

と言って、棚から温泉によくある籠を見せる。

 

「はーい!」

「隠岐にはこのカゴもなかったのですけどね。」

 

2人はそれぞれ自分の服を脱ぎ始めたので、叶華も脱ぎ始める。

叶華はちょうど十五歳、二次性徴の真っ最中だ。身長は162Cで、胸は大きくもなければ小さくもなく、痩せ型だが、バランスの良い体系である。そのためか客観的に見ても整ってる相貌と相まって、学校の男子から言い寄られることはあったりしたが。

それに対してイナバノシロウサギは、十二、三歳程度の体系であり、膨らみかけの胸は()()()()()()の性欲の対象になりそうだ。身長も147Cとかなり小さい。幼げなその印象は、バックベ○ード様のお仕事を増やしそうだ。

 

「むーー……、んーー………」

 

早くもタオルを巻いた私たちとは対象的に、サーバルは先程、毛皮が脱げることを知ったので、手古摺っているようだ。

 

「ほら、ちょっと貸して。」

 

「あっ」

 

困っている様子だったので、服の肩の部分を掴む。

 

「ほら、万歳して。」

 

「はーい。」

 

サーバルは私の言葉通りに両手を耳の横まで上げたので、それに合わせて肩の部分を上に引っ張り服を脱がせてやる。

常人より少し大きめのお胸が私の目の前で露わになる。さて、次はブラのホックを外して、と。

 

「スカートは脱げる?」

 

「さっき教えてくれたからわかるよー!」

 

そう言って自分のスカートに手を伸ばすサーバル。しかし、その手はすぐに止まってしまう。

 

「わ、忘れちゃったよ!」

 

「は、ははっ」

 

焦ったように笑い、取り繕うサーバルに、苦笑いを送るイナバノシロウサギ。

仕方ないからスカートも脱がせてあげる。

脱ぎ終わった服をカゴに入れる私にサーバルは、「パンツは流石に脱げるからだいじょーぶ!」と言う。流石にか、と思いカゴに服等を入れていたのだが、ゴンッと音がして隣を見たら、足を縺れさせて前のめりに倒れているサーバルの姿が。

大丈夫だよ、と言いつつも頭を抑えているサーバルは無事ではないがちゃんと脱げたようだ。

さて、いよいよ温泉だーーー!

 

 

 

 

立ち上る白い湯気が体を包む。

ジャポジャポと陶器製のライオンを象った蛇口から、温泉が注ぎ込まれる。

体を洗い、汚れを落とした私たちはいざ温泉に入ろうということである。

温度は40.5度、長風呂するにはいい湯だ。

いつ入ることもできるこの一歩分の距離、私たちはしかし、入れないでいる。

何故か。

思い出して欲しい。

私たちの中には、水の恐怖というものを味わわされた人物、いや獣が一匹いる。植物園で大鬼蓮に乗っかり、水中に消えて言った獣だ。

 

「ねぇ、サーバルさん。一緒に温泉入りましょうよー。きっと気持ちいいですよ。」

 

「う、うん。大丈夫だよ!」

 

サーバルである。

どうやら先程の水没事故が、彼女自身の相当なトラウマとなったらしく、暑いはずだというのに、膝が震えているらしい。

 

「別にキツイなら無理しなくてもいいよ?」

 

「だいじょーぶ!さ、はいろ、2人とも?私は大丈夫だからさ。」

 

「ほんとに?」

 

「うんっ!」

 

「ならいいんですけど……」

 

そういって、サーバルは覚悟を決したのか、温泉へとそろりそろりと歩く。その姿からは今日、日本の森林の中を疾駆していた姿は想像できない。

 

「……」

 

案の定、お湯の目の前まで来て、足が止まる。

彼女のお湯を見る目は、まるでサバンナにおいての点滴を見るが如くである。

しかし、ここまできて退けぬという思いがあったのか、片足を上げ、ゆっくりと先を浸からせようとする。

しかし、指の先端が当たった辺りで、

 

「うにゃぁぁぁ!?」

 

ピョーン

 

「うわぁぁぁあぁぁあ!?」

 

ドスン

 

文字通り飛び上がり、あっけにとられている私の上に着陸。

サバンナ仕込みのサーバルのジャンプは、特別強力だった。

なんてジャンプ力ぅ、結界がなかったら即死だった……!

 

「ぐ、サーバル、ちょ、退いて……」

 

「あ、ごめんね叶華ちゃん!」

 

私を下敷きにしていることに気づいていなかったサーバルに、苦しげな声をかけると驚いた様子で飛びのいてくれる。

相当なトラウマみたいだなぁ。

 

「これはかなり苦手みたいですね。ここまで来るとどうしたらいいのか……」

 

隣で一部始終見ていたイナバノシロウサギが、打つ手はないと言わんばかりに首をかしげる。

確かに短時間で根付いたトラウマにしては強力である。

 

「そんなぁ、私もみんなとお風呂入りたいよぅ……」

 

イナバノシロウサギに言外に諦めろと言われたサーバルは、落ち込んで若干涙目になる。

そのウルウルとした瞳は、私の心に訴えかけるには十分なものだった。そこで私は単純な意見を提案する。

 

「……分かった、分かったよ。私がサーバルを抱っこして入れば、少しは恐怖も安らぐでしょ。」

 

「わぁい!叶華ちゃん大好き!」

 

「わぷっ!?」

 

その提案にサーバルは大喜びのようで、すぐさま私に抱きついて来る。

まって、何も見えない何も見えない柔らかい柔らかい!?

そんな光景を見ていたイナバノシロウサギは、

 

「なんだかよくわかんない感情が湧いてきました。」

 

と、圧倒的に自分には欠けているものを摩って、そして彼女たちのやりとりを見て、ため息を吐いていたのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ、入るよ。」

 

「う、うんっ!」

 

最終手段、サーバルを正面でがっしりホールドして抜け出せないようにする。

荒療治だが、サーバルがどうしても入りたいというので、こうして幼い子供を抱くような感じで一緒にお風呂に入ろうということだ。

サーバルもサーバルで私の頭をギュッと抱きしめている。可愛く見えるかもしれないが、実際は野生の膂力できつーく抱きしめられているし、目の前はパフパフ状態で大変だ。が、その前にチャレンジしてみたときに窒息しかけたので、無呼吸でも生きれる体に一時的に改造中だ。息をしなくても苦しくないというのは奇妙な感覚である。

 

ゆっくりとまず私がお湯の浅いところに脛まで浸かる。

次に深いところまで行くのだが、些か心配だ。

が、今更迷ったところでどうしようもない。意を決して深いところへと歩を進める。『大丈夫、大丈夫』とサーバルは自分自身に暗示をかけて恐怖をごまかしているようだ。

 

「みゃっ!?」

 

ポカッ

 

「ぃてっ!?」

 

しかしそれに伴い、今まで水に着いていなかったサーバルの足が着水する。

それと同時に驚いたサーバルの手が、ひゅっと振り下ろされ私の頭に着弾する。

しかし、必死なサーバルはそれに気づいていない。

しかしここで引き下がるわけにはいかない。強い意志を持って目標を完遂するべく、腰を下ろしていく。

しかし当然、サーバルの体もそれに伴い段々と沈んでいくわけで………

 

「みゃみゃっ!?…みゃみゃーっ!?ミャァァァ!?」

 

ポコスカポコスカポコスカッ

 

「あ、ぐっ、くぅ、あっ、だっ、ふぐぅ!?」

 

動物時代の鳴き声と共に、連続であげては振り下ろされる手。最後の一際鋭い悲鳴は、彼女の尻尾が水につかったときのものである。

痛みはないはずなのに反射的に漏れ出る声、ポスポスポスポスと叩かれ続かれる。

さすがにこのままだとかならない。

 

「さ、サーバル、おちつイダッ、落ち着いてふぐぅっ!?」

 

ギュッと抱きかえし、スベスベの背中をナデナデしてあげる。猫科の動物には詳しくないので、ここがいいのかわからないが、とりあえず何かアクションを起こさなければ。

 

「あっ!?叶華ちゃんごめーーーーみゃぁっ!?」

 

「おうふっ」

 

「さ、サーバルさん落ち着いて、落ち着いてくださぁーい!大丈夫です、叶華さんがもう完全に座り切ったから、もう大丈夫ですよぉ!」

 

やっとこお風呂の底にペタンと座り込めたが、サーバルの攻勢が勢いを衰えさせない。

一瞬だけ正気を取り戻したが、背中の半ばまで水に浸かった事によってパニックに。

イナバノシロウサギも止めに来るが、動きが未だ激しく、動けないでいる。

どうすれば。

そうだ、彼女のトラウマの原因を解明しなければッ!

彼女が水没したときの状況を思い出す。

 

(確かあの時は、予期していなかったタイミングで、一瞬にして水没。いや、この条件はクリアしている。他の原因が………そうだ、あの時も今も、サーバルは底に足をつけていない!あの時は着くはずもないが、今ならっ!)

 

そしてサーバルの背中を優しく撫でていた腕で、彼女の脇腹をしっかりホールドする。そして、

 

「そぉぉぉい!」

 

「……え?みゃぁぁ!?」

 

「え、ええぇぇぇえ!?」

 

掛け声と共にサーバルを温泉の中の方まで、ぶん投げる。ザッパーン、と大波と立てて着水するサーバル。唖然とするイナバノシロウサギ。私の突然の凶行に、サーバルはおろか、イナバノシロウサギも叫びをあげる。

 

「な、何やってるんですか!?叶華さん!おふざけにしても度を超えてますよ!?」

 

「まぁまぁ、落ち着いて?私だって考えもなしにあんなことしたわけじゃないから。」

 

「えぇい!落ち着いていられるもんですか!あなたあれでしょう?結構ドSなんでしょうそうでしょう!じゃないとあんなことーーー」

 

「むぅぅ!酷いよぉー、叶華ちゃん!」

 

「え?」

 

プンプンと私を責め立てるイナバノシロウサギの虚をつくように、背後から放たれる声。

もちろん、先ほど投げ飛ばされたサーバルだ。

全身に水を滴らせながら、ぷぅーっ、と頬を膨らませて私に抗議してくる。

きちんと()()()()()()()()()

これにはイナバノシロウサギも絶句する。なぜなら、先程まで少し見ずに触れただけで、ビビりまくっていたサーバルが、ちゃんとお風呂に水に動じないで入られていたからだ。

 

「サーバル、水克服できたじゃん」

 

「なにがーー、え?あれ?ほんとだ私なんともないよ?どうして?」

 

私がそう言うと先程までの憤りはどこへやら、ケロっとした顔で頭に疑問符を浮かべる。

 

「足がつけば、怖くないと思ってね。少し手荒だったけど、やった価値はあったみたい。」

 

「ほんとだ!足がついていればなんとなく怖くない!やったぁ、これでみんなでお風呂に入れるね!」

 

サーバルのトラウマの原因、それは突然、足のつけない状況で溺れたこと。

つまり、足がつくのがわかってしまえば、そのトラウマは克服できる可能性が高かった。

Qもしもそれでダメだったら?

Aもう記憶改竄してた。

 

「お風呂ってきもちーね〜♪」

 

「何はともあれ、これで落ち着いて入れますね。」

 

「あぁー、なんかすごく疲れた〜。」

 

改めて温泉の湯を意識してみれば、肌の隅々に行き渡るような極上のお湯だったことに気づかされる。肌を包み込むような優しいお湯だ。気を抜けば寝てしまいそうな。

実はこの入り心地の良さにも秘密がある。

この温泉は通常の温泉のものとは違い、私の魔力が相当溶けている。それは肉体にはとても良く、疲労回復や肩こり解消、冷え性改善等といった様々な効能を備えている。

また、この地の山野の瘴気をこの館は吸い取り、そして本来であれば有毒であるはずのそれを濾過して抽出した、自然の魔力というものも混ぜてある。直接、生命力、平たく言えば魂を直接治癒するような働きを持ち、例え片腕を欠損し、目は抉られ失明し、脳に損傷があるような急患でも、忽ちにしてこのお湯に浸かれば回復するであろう。

暫く皆無言でそのお湯をそれぞれ堪能する。

そして、その長い休符の後に、音を発したのはサーバルだった。

 

「叶華ちゃんってすごいね〜!いろんなこと知ってて、なんでも出来て。ねぇねぇ、叶華ちゃんって、なんの獣だったのかな?」

 

単純な賞賛、からの問い。

しかし、その問いに彼女は答えることができなかった。

なぜなら、人といいかけた彼女の頭にこんなことが思い浮かんだからである。

 

(確かに人だけど、能力が人の範疇に収まってないし、いや、この作られた体が、本当に人なのか怪しいし……。)

 

「ぁ、えっと、その……」

 

「?」

 

彼女らしからぬ言い澱み方に、首をかしげるサーバル。特殊な事情があるが故の懊悩を彼女は知らない。

そして、イナバノシロウサギもまた彼女の挙動に不審さを感じていた。

 

(やっとこ、不明な点ばかりであった叶華さんの正体がわかる。それに、彼女のこれまでの経緯のヒントも落としていくかもっ!)

 

それぞれの思惑が次の行動で何をすべきか、何を聞き出すべきか、最善の一言を探そうとする。

 

「あー!それうさも知りたかったです!私たちってまだお互い知らないことが多かったですし、ここでお互い交流を深めましょう!」

 

取り敢えず、サーバルに便乗して、叶華の次の発言を促す。

叶華は自分の経緯を大まかにしか伝えてない。妹を失ったことも、どの様な環境で育ったかも、神々のどの様な理由でここに来たのかも、能力に関しても。

 

「えぇと、多分人間、かな……?」

 

「なんですか、その中途半端な答え。」

 

歯切れ悪くそう答えた叶華にイナバノシロウサギはツッコミを入れる。しかし、イナバノシロウサギは彼女が人間であることになんら疑いはない。知識や発想力、骨格構造からして間違えようはない。

 

「ほら、私の体って神々のハンドメイドで、新種の可能性があるし……」

 

「成る程です。しかしなぜ神々は、人にこんなことをさせたんです?」

 

話の流れから自然に紡がれた様に見える言葉は、しかしイナバノシロウサギが意図したことを聞き出すための言葉。

 

「それは、神のみぞ知るってやつでしょ?あれ?イナバノシロウサギって兎神じゃあ……」

 

しかし、そんな思惑に気づいているのか気づいていないのか、叶華自身は知らないと間接的にこたえる。

いや、理由自体は聞いている。

しかし叶華自身はそれが嘘だとも本当だとも言い切れないのだ。多分、アテナさんが言ったことに偽りはない、とは思うが何者かの意図が含まれている様に感じたのだ。あくまで勘であるが。

そして叶華は逆に神々サイドのイナバノシロウサギに探りを入れて見たのだ。

 

「いえ、そんな未来のことまでは……」

 

「そっか、そうだよね。」

 

やはり遠い未来のことすぎるらしい。

イナバノシロウサギ自身は神無月の神々の集会に参加することを許されているのだが、一度も行ったことはないらしい。

取り敢えずこの情報の調査は早すぎると断定し、叶華とイナバノシロウサギは再び論点を探し始める。

 

「そういえば、叶華ちゃんの能力って他に何ができるのかなー?」

 

だが、サーバルが2人が考えているすきに、発言する。

彼女に思惑はなく、策略もない。

ただ、新しくできた『家族』のことを知りたいだけ、仲良くしたいだけ。

単純だが、サバンナで孤独に生きていたサーバルにとっては自然な欲求だったのかもしれない。

だからみんなの事をもっと知らないといけない、と彼女なりに判断したのだ。

 

「んー、それが私も全容を把握できてないんだ。家とか城とかは余裕で作れたんだけど、まだ闘ったりとかもしてないしなぁ。」

 

「え、叶華さん、それホントですか?いけないですよぉ、自分のことはもっと知っとかないと!」

 

「なんたって、無理やり詰め込まれたからなぁ。この能力。」

 

「あぁ成る程です。」

 

そう言って叶華は神々による数時間の討論による、自分に詰め込まれた能力を頑張って思い出す。魔法が使えたり、それっぽいこと言ったら技が出たり、どこでも最高品質のコーヒーが淹れれたり。とにかく、ガチのものからネタの様で嬉しいものまで幅広い。

イナバノシロウサギも神々のいい加減さに納得した様だ。

 

「で、これからどうするんですか?私たちの旅は。」

 

「うん、取り敢えず日本中を回っていこうと思うよ。日本にも神秘的な事例は多いし、妖怪に困っている人を助けるのもいい。」

 

それに、新しい『友達』に会えるかもしれないし、ね?と笑顔で言う。これは偏に今まで友もいないサバンナで生きてきたサーバルへの優しさだった。

しかし、サーバルは何故か今のセリフに寂しさを感じた。

それは叶華とサーバルのお互いの認識の違いである。

サーバルは『家族』を望んでいるのに対し、叶華は『友達』と言った。もしかして叶華は自分とはお友達のつもりなのだろうか、という一抹の不安が頭に浮かぶ。

それは、叶華が密かに見せていた瞳の奥の色と合わさって無視できない不安の要素となっていた。

 

「一つ、叶華ちゃんに聞いて見たいことがあったんだ。」

 

「?なに?」

 

だからサーバルは聞いてみることにした。

彼女には叶華ほど発想力はないから。

彼女にはイナバノシロウサギほど洞察力はないから。

彼女には有り余る元気と愚直さがあったから。

彼女は優しかったから。

真っ直ぐと叶華の瞳を見て、その色を捉えようと。

 

 

「どうして、私を見る時そんな悲しそうなの?」

 

 

「…………ふふっ」

 

しばらくの沈黙の間、そして彼女は右下に視線を逸らし、そして笑う。

サーバルにはその瞳の色を捉えることはできなかった。

彼女は人型になって1日も経ってないから、人間の複雑な感情を読み解くことはできなかった。

 

「サーバルは心配しすぎ。大丈夫、私は大丈夫だから。それよりも私は危なっかしいサーバルの方が心配だよ。ね、私はきっとずっとサーバルのそばにいてあげるから、絶対に寂しい思いをさせないから、だからサーバルも私のとこからいなくなってほしくないかな。」

 

そう言って、サーバルに近づいて愛おしいく彼女の頬を撫でる。

サーバルにはその手がとても心地よく、自分を満たしてくれる様な優しさと、叶華のなにか絶対的な意思がこもっている様に感じた。

殺伐とした状況に生きていた彼女に安心感を与えるのにはそれで十分だった。

 

「…….………うんっ!叶華ちゃんもシロウサギちゃんも私はだーい好きだから、絶対にいなくなったりしないよ!」

 

だから、彼女は誓った。

叶華を縛っている何かを、悲しみの原因である何かを、きっと自分が断ち切ると。

いまは全て見せてくれなくても、いつかはきっと見せてくれると信じて、彼女の側にいようと。

心は幼くとも、決してこの約束は違えることのないように胸に刻んだ。

それはイナバノシロウサギも同じように感じていた。サーバルとは考え方が違っても、彼女を家族のように思う気持ちはあったのだ。イナバノシロウサギは最早、叶華から情報を聞き出そうという気持ちはなかった。サーバルの言葉に押され、叶華を信じて待つことにしたからだ。

お風呂場は先ほどより少し騒がしく、あったかくなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話 日本最大の大妖

フワッと窓から入る微風がほおをなでる。次に知覚するのは、ふんわりフワフワした毛皮の感触。妙な擽ったさに鼻がムズムズする。

目を開けると黄色の毛並み、サーバルの耳だろう。いつの間にやら私のベッドに潜り込んでいたようだ。……あれ?何故こんなところに?確か、ベッドはそれぞれ三匹とも違うようにしたはずだ。そう思い、サーバルのベッドを見てみると、

 

「ZZzzz………」

 

幸せな顔で眠るイナバノシロウサギの姿が。サーバルの寝相が悪いと思ったのだが、イナバノシロウサギが転がり込んできて、追い出され仕方なくこちらに来たのだろうか。私の正面でまん丸に丸まって寝る姿はとても愛らしい。

 

「ん、んんー、さて、起きますか。」

 

ベッドから上半身を起こし、大きく伸びをする。

開けたままにした窓からは夏の薫風が流れ込んでいる。

時刻は大体朝5時、前世でもこの程度の早起きは毎日していたので全く普通だ。酒に酔った両親が荒らした部屋の復旧作業があったので、そのくらいの時間から出なきゃ間に合わなかったのだ。

しかし今はそれがない。

とりあえず顔を洗って、まだみんな起きなさそうだし外の探索にでも出かけようか。そう言えば、外に不自然な土地の傾きがあったのでそれを調査して見てもいいかもしれない。

もしかしたら狐狸が騙しに来たのかもしれないが、それでもいく価値はある。

この出雲付近にはまだ妖怪の類は居る。野営地の隣に何がいようと、驚くわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

確かに現代でいう島根の土地には妖怪が多いと言った。だが、これは正確には妖怪ではない。

目の前のソレはもっと存在感が大きく、いや生物としての格が違うとまで錯覚する。いや、実際違うのだろう。

話は変わるが、この付近には因幡の白兎以外にもう一つ大きな神話上の出来事がある。今からおよそ数百年ほど前、この地を荒らしていた神と天から降りて来た太陽神の弟が闘った場所である。

ここまで言えばもうわかったかもしれないが。

つまり何が言いたいかというと、あの神様(素盞嗚尊)、八岐大蛇の死体放置しやがった!である。

そう、昨日から不思議に思っていた不可解な盛り上がりの正体は、八岐大蛇の死体の頭部だったのである。

今も絶大な圧力と存在感を発するその死骸は、腐敗することなくその場に鎮座している。今にも起き上がって、私なんて飲み込んでしまいそうだ。

近づいてその顎門をコンコンと叩いてみる。カーンカーンと蛇の鱗とは思えないほどの硬度の音が響く。

となると、他の頭も違うところにあるはずだ。怖いもの見たさの好奇心が、体を支配する。

大木を束ねたような八岐大蛇の胴を遡っていくと、他の首も見えてくる。そのどれもが例外なく、ある一点に向かって結集している。

八岐大蛇の本当の胴、それは毒々しい紫色をした家一軒ほどの高さ、太さを持った鱗の集合体のようなものだった。

これもかつては生きていて、この辺りで猛威を振るっていたと思うとゾッとする。そしてこれに勝ったという素盞嗚尊さんに対して畏怖の感情が湧く。

神というのは何処までも出鱈目だ、と天を仰ぐ。

 

「だけど、これも依頼の内だしなぁ。」

 

大きくため息を吐く。

私の仕事は過去に滅びた動物、幻獣の捕獲及び育成。それは、今より過去に滅びたものも同様。

つまり八岐大蛇もウチで管理しろとのこと。

ふざけるな、いや寧ろふざけろ。

サンドスターには命の残滓に反応して、人の形に身体を作り変え、蘇生する性質がある。たとえ、腕の産毛からでも、抜けた歯からも、()からでも。

神々はなんでこんな酔狂なことを……

 

「恩に背く訳にもいかないし、やりますか。」

 

非常に気がすすまないが、左手を構える。

サンドスターにはポジティブ思考の促進作用と、友好的行動優先の効果があるからいきなり攻撃なんてことにはならないだろう。

だけど、面倒なことにはなりそうだなぁ。

 

「【サンドスター】」

 

光が収束し、虹色の立方体が形作られてゆく。

いつ見てもウットリするような輝きだ、と半ば現実逃避したかのような思考が頭を過る。

そして虹光の輝きが最高潮に達する。

 

発射ァ(バースト)

 

半ばヤケクソ気味で意味のない言葉と共に発射されるサンドスターは隼も真っ青な速度で鱗の鎧に一直線。

サンドスターは一瞬にしてその胴体にに吸い込まれる。

そして一泊空けて、八岐大蛇の体が光を放つ。

 

「眩しっ!?」

 

其れなりに光量があったので、目が焼かれたのかと錯覚してしまった。

サーバルの時にはこんなに光はどぎつく無かったから、やはり生物としての何かが違うのだろう。

しかしそんな閃光も一瞬だけで終わる。

瞼の裏も焼いていた極光も直ぐに虹色の光沢程度に収まり、その太い胴体を包み込む。

 

「おぉ……!」

 

何度か見たがやはり神秘的だ。

虹色の光に命の輝きを感じる。

魂の再起はここに成った。

虹色の光は突如にして霧散し、あたりに散る。

そこに先程のような大蛇の胴は無く、代わりに17歳もしくは18歳程度の見た目の少女が立っていた。

服装は着物、のようだが肩の辺りで千切られていて、まさにセルフノースリーブといった感じだ。それは脚の方にも同様で、まるでミニスカートのような丈になっている。

髪色は薄緑色でツインテールで纏められている、が長さがまばらに切り揃えられているので蛇の鱗のような印象を受ける。

何より目立つのは尾骶骨のあたりから伸びている8つの蛇の頭と尾。それは彼女が八岐大蛇であったことを表す何よりの証拠だ。

そんな少女もといヤマタノオロチは、閉じていた金色の眼をゆっくりと開く。

 

「んん、はて、我は……?してこの体は一体?」

 

記憶が混乱しているのか、今自分が置かれている状況が理解できないらしい。

しかも自分の体が人に酷似している事に気付き、さらに頭に疑問符を浮かべている。

所在地を確認するためか、グルグルと周りを見回す。

 

「ん?お主は?」

 

そして、視界に私の存在を認めたようだ、怪訝な顔をして話しかけてくる。確かに目覚めたら目の前に見知らぬ人がいたら驚くね。

 

「我は確か、酒に酔い潰れて、素盞嗚尊とかいう奴に負けて、斬り伏せられたはずだが……」

 

自分が死んでいないことを疑問に思いながらも、此方を睨みつけてくる。

突然の出来事で混乱が解けないようだ、警戒心マックスで構える。蛇の頭もシャーシャーと威嚇している。

 

「もしかすればお主、我を討伐しに来た者か?だとしたらなんと愚かなことか、それともお主、(素盞嗚尊)のような者か?」

 

人型になっても決して衰えることのない迫力は、私の生存本能を刺激し、足が無意識に後ろへ向うとする。

が、ここで逃げてなんの得があるんだ、と心に言い聞かせる。

だが、なんて話しかければいいんだろうか。礼儀正しくキメてくか、それとも偉そうな感じで寧ろ向こうを威圧するか。

思考し、悩んだ末に、私に天啓が舞い降りる。

これなら、これなら行けるぞ〜‼︎

 

「ぐ、ぐっどもーにんガール?私は叶華お姉さんだぞー?」

 

うん、気の迷いだったよね。絶対違うよねこれ。一瞬いけるかもと思った自分をぶん殴りたい……!

 

「……………」

 

ほら、ヤマタノオロチすごい険しい顔してこっちを見てるもん。あれ蛇睨みって奴でしょ?ほんとに動けないよ!?

嗚呼、できる事ならそんなに白けた時間を伸ばさないでほしい。恥ずかしくて悶えそう……!

 

「お主」

 

「!」

 

先程とは違うもっとピリピリした声が投げかけられる。

終わった……終わったよぉ……ごめんねサーバル、イナバノシロウサギ…私もうダメみたい……

 

「我にそのような口がきけるとは、中々の猛者のようだな。さては我が体に起こった現象にも詳しいのであろう?話を聞かせてほしいのだが。」

 

しかし良い形で予想は裏切られたようだ。

神妙な顔でそう頼んでくる彼女と運に大きな感謝を捧げる。

 

「う、うん、分かった説明してあげる。」

 

 

の の の 説明中 の の の

 

 

「なるほど、獣を人の型にするとは、なんと面妖な……モグモグ」

 

「ヤマタノオロチも相当面妖な獣じゃない。」

 

「否定できぬなぁ……ムシャムシャ」

 

ヤマタノオロチは私と倒木に腰を下ろし、私のサンドスターについての説明を受けていた。

それに伴い、私が未来から転生して来た理由や、今後の目標まで、ほぼ何もかも。

美味しそうに私が出した餡饅を食べながら。

復活して間もないヤマタノオロチは、私が説明している半ばで『それは良いが、我は腹が減った。何か飯はないか?』と天井天下唯我独尊発言。自由な要望に頭がくらっとくるが、仕方ないので和風テイストな餡饅を生成したというわけだ。因みに粒あん。予想以上に気に入られたようで、説明中に何度もお代わりして来た。

人型になる前は櫛名田比売さんのお姉さん方を食らっていったというので、食いしん坊なのかもしれない。

 

「ムシャムシャ……つまりお主は我について来てほしいという事で間違いないか?」

 

「大体それであってるけど。」

 

「ほう?」

 

自分を復活させた理由を私に聞き、そしてその黄金の瞳を怪しく光らせる。瞳孔は縦に割れていて、蛇特有の迫力を感じる。てか命の危険まで感じる、ヤヴァイ。

 

「ならば、お主。わしと勝負せぇ。」

 

「ふーん、へー、勝……勝負ゥ!?」

 

なぜその思考になったのか、どうしてそういう発想になったのか。

強烈な提案で、頭の中がごっちゃになる。

 

「……なんで、その考えに?」

 

「我は力を認めたものにしか力は貸さぬ。確かにお主は強い力を持っておるが、それを正確に扱えるかを見極めたいのだ。」

 

しまった、予想以上に脳筋だ!

確かに話の筋道は通っているが、要するに私と戦いたいって事でしょ!?

この娘の性格上、推定模擬戦みたいなものでもやるんだろうけど。

 

「拒否の選択肢は」

 

「我がこの地に再び君臨しても良いのなら、アリだ。」

 

「ないって事ですよね〜」

 

ああ、なんでこんな早い時点から、ドンパチやんないといけないのっ!

私の旅、波乱万丈すぎ!

 

「……この場で?」

 

「ああ。」

 

「今すぐ?」

 

「勿論。」

 

「合図は?」

 

「いつ仕掛けて来てもよい。」

 

拒否権は、ない。

貫禄というか、カリスマのあるヤマタノオロチの立ち振る舞いは、それだけで威圧感がある。

退けないなぁ、素盞嗚尊さんはお酒を盛ったって話だけど、今はそんな暇はないしな。

やるしかないか、と己の中で鉢巻を締める。

きっと長い旅の中で、こんな局面も少なからずあるだろうし、良い経験だ。

 

「それじゃ、遠慮なくッ!」

 

五十メートルほど一気に跳躍で飛ぶ。近距離戦闘に経験がないので、とりあえず距離を稼がねば。

腕に魔力を込め、振るう。

すると、ゴゴゴゴと地面が蠢き、地中からいくつもの岩塊が浮かび、私の周りをあたかも衛星のように廻りだす。

 

「ほう!自然の理を操るとは、これまた驚いた!」

 

ヤマタノオロチは驚いたようで、興味深そうな声をあげる。私だって驚いた。

しかし、その声はまだ余裕そのもの、この程度ならまだ防げるということか。

 

「まずは小手調べ!」

 

私の周りを飛んでいた岩塊をヤマタノオロチに照準を合わせ、一斉射撃を食らわす。

しかし、やはりというか流石というか、ヤマタノオロチに焦りはない。というか、所定の位置からほぼ動いてない。だが、みるみるうちに岩塊がヤマタノオロチに迫っていく。

 

「ふんっ」

 

動いたのは尾骶骨から生える、合計16本の蛇の尾と頭。

濁流のごときそれは、飛来する岩塊を次々と打ち砕く。なんという速さ、おそるべき反応速度。

一瞬にして全ての岩をいなした一尾一頭の蛇は、勢いそのままに私に向かって強襲、圧倒的質量を持ってして私を押しつぶそうとする。

 

「ほっ」

 

しかし、そんな真正面からの攻撃を食らうほど私もやわではない。

蛇の突進の直線上に、大きな時空の歪みを発生させる。

禍々しく、こちら側からは全くすきとおらないそれは、時空間におけるある一点とある一点を結ぶ性質を持っている。

平たく言えばワープゲートだ。

そして勿論、繋ぐ先は、

 

「ぬぐぅ!?」

 

ヤマタノオロチのすぐ背後。音もしないで出現するそれは、確かにヤマタノオロチの不意をつき、彼女の蛇と彼女自身を衝突させる。

しかし、さすがは自分の体の一部というわけか、背中にあたるや否や直ぐに蛇を引き返させ、所定の位置に戻す。

衝撃で前につんのめった彼女の口からは、確かに紅い液体が滴っている。

少し罪悪感が湧いて来そうになるが、相手はかのヤマタノオロチだ。手加減は無用。

 

「ふむ、遠距離からの攻撃に対しては、圧倒的な防御力を誇るか。なら、近距離はどうだ?」

 

そう言って、ヤマタノオロチの身体は突如重心が変わり、そして後ろにステップを踏む。ここで、自分が犯したことの重大さを知る。

ーーーしまった!後ろのワープゲートを閉めていない!

気付いた時には既に時遅し、私からの距離十メートルもなかった地点からヤマタノオロチがワープゲートを通じて瞬間移動。私が一気に不利になる。

初めての戦闘くらいユルシテ!?

 

「これは、どうだ?」

 

その声と共に、背中にいた八頭のがそれぞれ私を取り囲むように八方に散る。

360度から攻撃というわけか、二回もワープゲートで防ぐなんて芸がない、か。ではこんどは圧縮させてみるか。

 

「【空間圧縮・円陣】」

 

「【飛来毒牙】」

 

私が防御膜を展開すると同時に飛来する、毒々しい紫色の毒液。

ジュウジュウと音を立てて飛来するそれは、防御膜に着弾すると共にその動きを止める。

極限まで空間を圧縮したのだ、簡単に突破されては困る。

というか、ヤマタノオロチ、それ他の蛇種の技じゃないのっ!?あなたそれやっていいの?

毒液に向いていた視線をヤマタノオロチに戻す。

 

「ッ!?」

 

ーーーーいない!?

どういうわけか先程までそこにいたヤマタノオロチの姿が見えなくなっていたのだ。既に周りからは蛇も脱出し、姿を追うのは不可能に等しい。

隈なく前後左右を捜索する、がその姿はないどころか痕跡すらない。この短時間でどこに消えたのか!?

ここまで探していないとすると、まさか上!?

パッと見上げてみるも其の勘虚しく、晴れ晴れとした朝空のみ。

全く敵が見当たらないというこの状況に、今まで戦闘なんてしたことのない私は大いに混乱する。

 

「我をお探しかな?」

 

「!?」

 

ドゴォッ、という轟音と共に地が割れる。

まさか、地中からっ!?

自分の足元を見る暇もなく、垂直に大ジャンプ。

それと同時に、ミサイルのように蛇の頭と尾は私を追尾する。

それぞれが統率された動きで、私を追い詰めるように動く。

そのうち1つの頭が、私の腕に向かって神速の噛みつきを繰り出す。

しかし、私はこの時を待っていた。

 

「【付与魔法(エンチャント)混乱(コンヒュージョン)】」

 

常人離れした動体視力が大蛇の動きを捉える。

私は空中で体制を制御し、バク転の要領で体を後ろに回転させ、蹴り(サマーソルトキック)を放つ。

私の足は確かに蛇の下顎を捉え、大きく蹴り上げた。しかし、ここは空中。ましてや進行方向よりの衝撃などへでもないかもしれない、が今回は違うだろう。

 

「グガッ!?こ、これはっ!?」

 

「なんてことはない、混乱してうまく体が動かせなくなっただけ。どう?うまく動けないでしょう?」

 

混乱は、伝播する。

蛇の頭から通じたわたしの混乱のエンチャントは、確かに本体にも混乱を与えたようだ。

地面に立っていた彼女は唐突に足から力が抜け立てなくなる。

そんな彼女の隣にスタッと降り立つ。

 

「勝負あり、でいいかな?」

 

そう訊けば、帰ってくる返答は当然ーーーー

 

 

 

 

「……まだだッ!」

 

 

 

 

 

最後の気力を振り絞って、拳を振り上げ彼女は答える。

NOだと、まだ戦えると。

渾身の右ストレートは瞬く間に私の腹部に吸い込まれていく。

 

 

「ウソだね。」

 

 

しかし、それはもう欺瞞であることは見抜いていた。

ピタッと数ミリのところで寸止めするヤマタノオロチ。彼女は気づいているだろう。ただの混乱ではこの戦いが継続不可になるはずがないと。

 

「お主、最初から何か………これ、は()()……?」

 

「その通り。私の攻撃には最初から麻痺の効果が付けられていたわ。最初に岩塊を飛ばした時からずっとね。」

 

私は予想していた。

ヤマタノオロチは私に怖気させるつもりで、試すつもりだろうが、あえて豪快な突破の仕方をするだろうと。

だからこそ、汚いと言われても何も言い返せないような戦いをしたのだ。

 

「さて、長引かせるのも時間の無駄だし、ここらで終わりにしない?」

 

もう一度彼女に問う。

ヤマタノオロチだってわかっているはずだ、もう自分の負けであると。

麻痺と混乱の相乗効果は凄まじい。半端な体構造ならば、呼吸困難に陥ってしまいそうなものだ。

決定的なこの状況で、さらに継戦する選択肢は彼女にないはずだ。

 

 

 

「ヤだ!」

 

 

 

「………は?」

 

 

 

 

目の前の少女が言ったことに対し、耳を疑った。

駄々っ子のような言い方でも、しっかりと意思のこもったその一言は、今度は私を混乱させる。

 

「お主は、我に対し一回もまともな攻撃を行っておらぬ!何故だ?そこまでの力だあるのに、何故傷つけることを拒む!?答えよ!」

 

確かに叶華はこの戦いにおいて防御に集中していた。攻撃といえば最初の杜撰な岩石攻撃程度。それもヤマタノオロチの戦闘継続不可を狙った布石でしかなかった。

ヤマタノオロチは甚だ疑問であった。

目の前の少女は自分とは比べ物にならないほどに強い。身に秘める潜在能力(ポテンシャル)身体能力(フィジカル)も己を圧倒している、というのに何故、傷つけることに対してそんなに消極的、というか拒絶するのか、全く分からなかった。

しばらく間が空き、叶華は答える。

 

「………私は、誰も傷つけたくない。」

 

至極簡単な、しかし現実不可能な、子供の、戯論。

 

「バカな!そんな甘すぎる理由でか!?言わせてもらうが、お主は甘すぎるのだ!誰も傷つけたくない、などという綺麗事、この世界でまかり通るわけがない!弱きものを淘汰し、強者だけが君臨する、それがこの世界の本質だ!」

 

彼女の言っていることは、正しい。

そう思っているからこそ、反論もできない。

 

「だけど!私はみんなを護りたい。傷つけたくない……」

 

尻すぼみに小さくなっていく言葉、滲んでいく涙。それは決して、その意思が軟弱なことを示しているのではない。その信念を貫き通すことがいかに難しいかを表しているのだ。

 

「何を言っておる!誰かを守るということは、誰かを傷つける覚悟をするということだ!その為にお主にその能力(ちから)が与えられたのであろう!」

 

大人が子供を叱りつけるように、実現しようのない未来を否定するかのように。

 

「分かったぞ、お主家族を失っておるな?」

 

「!?」

 

鋭い眼光が、彼女の目を貫き、瞳の奥の記憶を呼び覚ます。

 

「姉を失った櫛名田比売も同じような目をしておった。だから分かったのだ。」

 

そう言い、ヤマタノオロチはかつて自分が喰らった女達の末妹とその両親の瞳を思い出す。

ひどく虚ろで、望みが絶たれたかのような壊れた笑み。徐々に薄れていく感情を忘れないように笑っては、現状に失望するその姿。

 

「だが、我から言わせてみれば、そんなものも甘えだ!お主は自分が奪うことを恐れておる!守りたいもののために覚悟のできない軟弱者よ!」

 

「違う!私が得たのはそんなことのための力じゃない!確かに、愛する人たちを守る時には力は振るうけど、だけど決して傷つけたりはしない!」

 

叶華は諦めない。

ジレンマがそこに存在しても、その思いが矛盾していても、それを超えていくのが彼女に与えられた力にあると思うから。

不可能を可能にする力が彼女の能力だから。

1人で背負い込んでもいい、自分だけが苦しんでもいい。

彼女は決して曲げなかった。

 

「私はそれでも諦めない!それが正しいって分かってるから!それが妹が示してくれた、私の生き方だから!痛みなんて関係ない、あの娘達に苦しい思いはさせない!私は、私だけができる方法でみんなを護る!心を持って、心を解するヒトだからこそ、他人も家族も友人も貴方も傷つけたくない!」

 

それが甘い幻想だと分かっていても、彼女は求めることをやめない。

知っているから。家族が血に濡れ、その命を落とした瞬間を知っているから、だからこそあんなことは起きてはいけないと。酒に溺れ己の子らを殺める親はあってはならないから。

だから彼女は誰もが決して傷つかない世界を望んだ。

その為に力を使い、振るっていくことにもはや迷いはなかった。

 

「ふん、大馬鹿者が。」

 

「そんなの分かってる。」

 

「まァ、ただのバカならできぬだろうからの。我はお主が大馬鹿者であって安心したわ。」

 

ヤマタノオロチは最初から感づいていた。

精神や信念は人にとっては普遍的で一般的な者に毛が生えた程度だが、その覚悟の硬さだけはずば抜けていると。

獅子の子でも虎の子でもなんでもない、ただの人の子。

だからこそ仲間を思う気持ちは獣並みではなかった。家族を尊ぶ気持ちは人並みでもなかった。

瞳の奥の哀しさと並ぶのは確かな瞋恚の炎。

惹かれた、長き時を生きたその獣は確かに惹かれたのだ。

過去ここまでの怒りをぶつけられたのは、ヤマタノオロチの行いを罰した素盞嗚尊との戦いの時だったか。

 

(それでも傷つけまいとする精神は、倫理観かそれとも哀しみからか、どちらからかの?)

 

「よかろう、このヤマタノオロチ。お主の旅に助力いたそう。これから宜しくの叶華よ。」

 

「うん、宜しくねヤマタノオロチ。」

 

和解の握手を交わす。

ヤマタノオロチが叶華のことを認め、許した証。

叶華は先程とは違う温かい涙が顔を伝ったのを感じる。

 

「うむ、ひとまず解決したことだしの。小娘よ、祝杯を交わそうぞ!」

 

先程の剣呑な雰囲気の声とは打って変わり、陽気な声が叶華を酒盛りへと誘う。

 

「えぇ〜?」

 

叶華は戸惑った。

理由は単純明快、彼女は歳の頃若干15の未成年だということ。

もちろん今の葦原の中つ国に未成年が酒を飲んではいけないという法も無いので、飲んでどうこうというはなしでは無い。

強化された肉体なので、アルコールの害も軽減されるか、あるいは無くなるか。

推定酔わないし、ケロリとしてるはず。

それともう1つ、両親が酒に溺れていたこと。

親と同じことをしたく無い、という感情的な理由がそれを邪魔している。

『私もああいう風になってしまうのでは』という恐怖もある。

 

(でも……)

 

叶華は逆に考える。

これ()を飲んで酔わなかったら、それは両親とは違うことへの証明になるのではと。

ゴクリ、と生唾を飲む。

どうすべきかわからない。

どちらの方法で過去との因縁にケリをつけるべきか。

 

「なぁ〜に、難しいことは考えなくて良いのだ。お主はお主なのだ。それにこれ()は友好の証のような者だ。気にしなくても良い。」

 

「………………………分かったよ。」

 

結局折れた。彼女自身、納得してしまった。

両親は現実から目を背ける為に、快楽に身をまかせる為に使った。

叶華は家族との親交を深める為に使うのだ。それならきっと許されられる。

 

「で、お酒は?」

 

「素盞嗚尊が我を嵌めたときに用いた酒が良いのだが、お主なら作れるであろう?」

 

「あのね……」

 

私をなんだと思っているのだろうか。

都合の良い醸造所とでも?と無茶な欲求にツッコミを入れる叶華。

しかしできないこともないので、酒の味や口当たりなどを記憶から読み取って、グラスを魔法で削って、真氷を作って、と。ここまでの時間、およそ3秒弱。

 

「あとは注いでフィニッシュ。」

 

「速くないかお主!?」

 

トクトクと注がれる酒に、あまりの速さに仰天するヤマタノオロチ。

叶華だって、約3秒で注がれるお酒なんて聞いたことがない。

 

「しっかし濃厚な酒精だのう。たまらん、たまらんのう。」

 

「すっごい香り、不思議な感じ……」

 

むせ返るような酒精。そこはひらけた空間かつ、酒樽を出したわけでもないのにもかかわらず、濃厚な酒の匂いがしていた。

成る程、かの八岐大蛇を嵌めるための罠ということか、ここまで強そうなお酒とは……、と叶華は戦慄する。

実際、神話上は八岐大蛇は酔いつぶれて寝てしまっているのだ、いくら神造人体であっても無事なのかどうか。

グラスを持ち、倒木に腰掛ける。

 

「さすが我に備えられた神酒というだけあるわ。この芳醇な香り……!さぁ、はよ、はよ乾杯するぞ!」

 

「まぁ、落ち着いてって……、あーゴホンゴホン」

 

興奮するヤマタノオロチを宥めて、咳払いをする叶華。

 

「我が友、サーバル、イナバノシロウサギ、そして、ヤマタノオロチ。そして未だ見ぬ獣友に」

 

グラスを掲げながら、古風な音頭を取る叶華。

それを見た、ヤマタノオロチは何か合点がいったように、

 

「我が主の過去の呪縛、因縁にひとつ区切りがついたこと。そしてこれからの旅に」

 

ハッと叶華がヤマタノオロチの方を向けば、ニィッと笑いかけてくる頼もしい仲間の顔がそこにはあった。

 

「「乾杯!」」

 

グラスがカランと氷と相手のグラスとぶつかり、清涼感のある音がなる。

そして叶華は、芳醇な香りを放つ神酒の入ったグラスを口につけ、グイッとグラスを傾ける。

 

「〜〜〜〜〜ッ!」

 

「カ〜〜〜〜〜ッ!これよこれこれ!何百年ぶりの酒はうまいのぅ!」

 

口当たりはとてもまろやかで、しかしとても強い辛味。味わい深くいつまでも香りを楽しんでいられる。

ゴクリと飲み込めば、炭酸飲料を飲んだ時のような清涼感、爽快感。あれほど辛かったのに、ここまですっきり飲めるなんて。

きっと目から発光現象が起きててもなんらおかしくないほどの衝撃。

相当高いだろうアルコール度数、焼酎と同等かそれ以上。人間以上のアルコール分解能力があってよかった。

ヤマタノオロチが目で『どうかの?』と聞いてきたので、

 

「すごく美味しい」

 

と、簡潔に述べ、しばらく飲み続けていた。

全く酔いそうな気配というものがなかったので、逆にどこまでいけるのかと気になって実験してしまった(言い訳)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほんとは乾杯のところを『太陽あれ!』にしたかった。
ジークさん大好き。てかジークの酒飲んでみたいなぁ


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7話 喧嘩は些細なところから 前半

はい、学校の実力テスト勉強によって遅れました!さーせん!結果?聞かないでください!夏休み明けにあんなテストやるのが悪いんすよ!


頭痛が痛い、とは間違った表現である。

大体、『が』というのがこの格助詞の後ろの動詞などの動作の主体を表すので、この文においていたいという形容詞の主体が頭痛となる。

頭痛というのは頭の痛みのこと。よって、これは頭の痛みが痛がっていると捉えれる。しかし、実際に痛むのはそれを患っている生命であり、痛みではない。非生命体が痛みを催すわけがない。

よって、『頭痛が痛い』という言葉は意味的に適切でない表現となるのだ。

しかし、その痛みを強調させる表現としては使えるのではないか?

なぜなら今私が置かれているこの状況こそが『頭痛が痛い』状況だからだ。

 

「大体!ヤマタノオロチさんは大雑把すぎるんですよ!うさたちの仲間になりたいんだったら、まずその性格を治してきやがれです!」

 

「えぇ〜、だって叶華が我についてきて欲しいって言ったんじゃも〜ん。お主は叶華に治療された身でありながら、叶華の意思に背くのかの?」

 

「蘇生された身で何言ってんだー!」

 

一方はおちょくり、また一方は罵倒、糾弾する。

なんでこんなことに、と私は天を仰ぎ、頭を抱える。

不満をぶつけるイナバノシロウサギに的確な言葉で返すヤマタノオロチ。

朝の食堂はそれはもう騒がしいことになっていた。

 

「あ、はは……、ねぇ、叶華ちゃん、これ大丈夫かなぁ?」

 

「……ま、家族の中でも喧嘩はあるし、友達とも喧嘩は起こるものだから、大丈夫?」

 

「そう、なのかなぁ……?」

 

ファーストコンタクトから失敗するのは、結構大丈夫でない気はするけど。と不安げなサーバルの横顔を見ながら思う。

なんでこんなことになったのか、先程までのことを思い出す。

祝杯をあげた私とヤマタノオロチは、そろそろサーバルとイナバノシロウサギが起きると思い、さっさと家に戻ることにした。

昨日、サーバルとイナバノシロウサギには起きたら準備して食堂に来てと言ってあったので、食堂には寝惚け眼の2人が椅子にぐだーっと座っていた。

が、私たちを見ると2人は血相を変えた。正確にはヤマタノオロチを見てだが。

サーバルのように全く予備知識無しだと、新しい友達が来た、という感覚なのだろうが、イナバノシロウサギはちょっとわけが違った。

イナバノシロウサギはヤマタノオロチを知っていたのだった。隠岐の島で向こうの島には8本の頭と尾をもった大蛇がいて、人を喰らっているという恐怖の権化として。

イナバノシロウサギは怯えて顔が真っ青になってしまった。

それなら何故、今こんな怖れず喧嘩しているのかって?

理由はその後にある。

怯えるイナバノシロウサギを宥めて、なんとか自己紹介した後、取り敢えず朝食を済ませることにした。

朝食はフレンチトースト、野菜の油炒め、スクランブルエッグ、アップルパイ、ドリンクは野菜ジュース(無加糖)だ。今回は草食動物(ベジタリアン)がいたので、肉のないメニューとなった。サーバルに訊けば、肉は食べたくないわけではないが、以前のように狩り殺して食べたいという気持ちはないらしい。ここの食卓に並んだら食べるぐらいの気持ちらしい。サンドスターはきちんと機能しているようだ。

イナバノシロウサギは箸などを駆使して、器用にそして綺麗に食べていた。

私はサーバルが箸などを使えない様子だったので、手伝いながら食べていた。それでもスクランブルエッグのケチャップでお口の周りが吸血鬼みたいになっていた。WRYYYYYYYYYYとか言ってたらさぞかしにあっただろう。

問題はヤマタノオロチだ。

ヤマタノオロチも箸などを扱うことはできた。

ただマナーが悪かった。

寄せ箸はするし、アップルパイは犬食いするし、口開けたまま食うし、色々ひどかった。

私は十分耐えれたのだが、几帳面で真面目なイナバノシロウサギはそれが気に障ったらしい。

例えるなら猛火、そんな怒り方だった。食べ方1つでそんな怒らないであげてよぉ、と言いたくなるぐらい怒っていた。

そして今に至るというわけだ。

 

「それにヤマタノオロチさんは尻尾癖が悪いんですよ!ずっと私のアップルパイ取ろうとしてましたよね!?」

 

「そりゃ、普段から制御してたらやってられんからの。我の場合は16本だし、というか蛇頭なのに尻尾でいいのかの?」

 

「うわぁ、イナバちゃんこわーい……」

 

「あはは………はぁ」

 

イナバノシロウサギの迫力にビビるサーバルに、さすがに貫禄のあるヤマタノオロチに苦笑する私。

普段なら両方とも宥めるんだけど、これもいい人生経験だ。ヤマタノオロチの食事のマナーも結構目に余ったし、イナバノシロウサギには妥協と寛容さを覚えて欲しいからね。

 

「それに暫くすれば、仲直りしているでしょ。」

 

「だよねー!私が心配しすぎだったかも!」

 

そう自分を落ち着けて、思考を現実から引き離す。旅路の話をしよう。

このままいけば、日本の獣系統の妖、獣神を捕まえていくだけでもかなりの時間がかかる。それに私の仕事範囲は全世界だ。日本だけでも50年はかかりそう。全世界となると考えたくもない。それに神話とのスケジュールも合わなくなる。ヘラクレスさんとはいつか折り合いをつけて話し合わなければ。

ここは大妖やある程度の力を持った獣神にターゲットを絞る。

弱い妖ならある程度区切りをつけた後に()()()()片付けた方が楽だ。

よって今私たちが目指すのは、近畿地方。

とある神からの待ち合わせ場所にもなっているのでちょうどいい。

よって、現在の地図的にルートを設定すると、

 

島根県→鳥取県→兵庫県→京都府→大阪府

 

みたいな感じになる。

どんな妖がいたのかまだ曖昧だが、取り敢えずルートはこれでいいはず。

それまでにイナバノシロウサギとヤマタノオロチが仲直りしてくれるといいけど。

微かな希望を胸に、私たちは準備を済ませさっさと旅立つことにした。

 

 

 

 

鳥取県 山中の獣道

 

 

 

旅路は間違いなく順調、天気も雲はある程度出ているものの晴れ晴れとしている。時間にして2時ほど。

確実に東に進んでいる。

しかし、確実に悪くなっていくものがある。

 

「シャーシャーうるさいんですよ!そのマナーのなってない尻尾!ろくに手入れのしてない牙を向けないでください、汚らわしい!」

 

「お主こそギャーギャーうるさいぞ!耳から丸呑みにするぞ!」

 

二人の仲だ。

実はこの二人、家を出てからずっとこの調子だ。ひと時も罵倒をするのをやめないでここまで、ペースを落とさずについてきている。

しかもずっと耐え凌いでいたヤマタノオロチも遂に我慢の限界を超え、眦を吊り上げイナバノシロウサギとの口論に身を投じている。

だんだん口汚くなり、子供っぽくなっている。

脅しじみているというか、なんともみっともなない。

 

「まぁまぁ、イナバちゃん落ち着いて。」

 

「ふえぇ、怖いですぅ……」

 

「なんなんだコイツら……」

 

そして、スタート時点より二匹ぶん増えている肉声。この子たちについての説明もしよう。

鳥取県に伝わる妖怪、赤頭、石見の牛鬼、大坊主、死人憑きなどがいる。この娘たちもご察しの通り妖怪だ。

サーバルを抜かして、最初に喋った方を猩々(ショウジョウ)、次に話した方を雷獣(ライジュウ)という。

ショウジョウの見た目は、大雑把に言えばポンチョの上着に制服のミニスカを穿いたJKだ。

赤茶色の癖のあるベリーショートの頭髪、暗褐色の大きな瞳。

頭髪と同じく赤茶のポンチョにはエメラルドやルビーの刺繍が入っていてとてもおしゃれだ。

そしてサルやオラウータンのように長くくねる尻尾。

人間のような耳にはガーネットのイヤリング。

が、口調性格共に気弱なようだ。

海沿いを歩いていたところ、海から出てきたので、気づかれないうちにサンドスターで狙撃した。

 

次にライジュウ、こっちは口調からも予測できるように、かなり男勝りというか、ボーイッシュというか。

浅蘇芳色の夜に見る稲妻のような眼はツリ目気味、黄金の稲妻のようなメッシュの入ったミディアムの黒髪、頭からは狼の耳がピンと突き立っている。

ところどころ破けた黒色の制服のブレザーに、ネックレスやブレスレットをジャラジャラとつけるその姿は不良生徒といった感じか。

突然天気が悪くなったかと思えば、落雷と共に襲いかかってきたので、これまたサンドスターで偏差射撃し確保。

 

「なんですか、その口の聞き方は!2度と人参を食べれない体にしてあげましょうかぁ!?それが嫌だったら自分の尻尾とお話しして躾けておくことです!」

 

「なんじゃとぉーーーーーー」

 

「そこまでだよ、二人とも。」

 

さすがにこれ以上、聞くに耐えない罵倒合戦に皆を付き合わせるわけにはいかない。自分の家族が喧嘩しているのを聞くのは、やはりあまりいい気分はしない。確かに朝の7時半からこれを始めてまだ冷めないのは逆にすごいが、そろそろ止めなくては。

今まで口出ししなかった私の方に視線が向けられる。

 

「朝から止めなかったら、まさかここまでやってるとはね……。いい加減に収めなさいよ。」

 

「ですけど!」「だが!」

 

「あのねえ、まさか食べ方のマナーのことでここまで喧嘩がひどくなるとは思わなかったけど……。イナバノシロウサギは少し言い方があっただろうし、ヤマタノオロチだってすぐに謝れば済んだことでしょ?」

 

確かにヤマタノオロチの食べ方が汚かったのは事実だ。しかしイナバノシロウサギが最初から罵倒混じりの注意をしてしまったことも悪いし、ヤマタノオロチがすぐに認めずにしばらく屁理屈言ってたのも尚悪くしている。

そのことに多少自覚があった二人は何も言えずに口をつぐむ。

 

「それに、この旅は明るく楽しくサクサクと、がモットーなの。周りを見てみ、みんな怯えちゃってるぞ。」

 

私の言葉にハッとし、ほかの三人の顔を見回す二匹。サーバルはイナバノシロウサギの普段とのギャップに驚いて、ショウジョウは生来の臆病な気質でさっきから顔が蒼白だ。ライジュウは一見余裕そうに見えるが、ヤマタノオロチの潜在能力の高さを感じているのか、若干手の先が震えている。

 

「…………………………むぅ、すまなかった。確かに我の行動にも問題があった。詫びよう。」

 

ヤマタノオロチは素直にその場で皆に頭を下げ、自分の行いについて詫びる。

良くなかった点を自覚していたのか、バツの悪そうな顔だ。

 

「ほら、イナバノシロウサギも。」

 

「…………」

 

ヤマタノオロチが謝ったので、あとはもうイナバノシロウサギが謝れば万事解決だ。

が、なかなかうつむいて顔を上げない。何か具合でも悪いのかと疑うほどだ。

 

「?イナバちゃんどうしたの?早く仲直りしようよー?」

 

「………」

 

サーバルも心配して声をかける。

私と同じように俯いたままのイナバノシロウサギを不審に思ったようだ。

が、中々顔を上げてくれない。

 

「途中参加のオレから言うのもあれだが、早く仲直りしたほうがいいぞ。」

 

「はわわわわわ……、ショウもイナバさんと仲良くしたいですぅ……」

 

新たな旅のメンバーもイナバノシロウサギを慮って声をかける。

が、やはりイナバノシロウサギは顔を上げない。

本当にどうしたのだろうか?

 

「イナバノシロウサギ、本当にだいじーーーー」

 

「ッ‼︎‼︎」

 

私がその頭を慰めるように、手をかけた瞬間、顔を上げ、しかし背けるようにして後方に駆け出す。

あたりにも突然の行動に周りはおろか、私も反応できない。

 

「えっ、ちょっ、待って!?」

 

面食らった私は、逃げようとするイナバノシロウサギを捕まえようとするも、行動が遅れたためか手はかすりもしない。

 

「頭を冷やしてきますッ!後で合流するんで、待っててくださいッ!」

 

「は、はっ?」

 

顔を背けて、そう端的に言い切り、雑木林に消えていく。

私たちはその後ろ姿を呆然と眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

side イナバノシロウサギ

 

 

 

嗚呼、馬鹿ッ馬鹿ッ!馬鹿ッッ‼︎

耳朶に響く自分の声を押し切り、うさは雑木林の中をウサギの脚力で駆けていきます。

うさが謝れば済むことだったのに、『ごめんなさい』そうひとこと言えば済む話だったのにっ!

確かにヤマタノオロチさんは食事のマナーが悪くて、癪に触ったけど、注意だけすればその場で済む話だった。

二人だけの喧嘩で済ませようと思えども、それがどうだ。結局、新しく入ったショウジョウさんとライジュウさんにまで迷惑をかけて。

しかも逃げるようにここまできて………

 

「ゔざは最低です"っ"!」

 

先程から自己嫌悪に陥って、言葉が詰まる。

目は真っ赤に泣き腫らして、きっとうさは今酷い顔をしている。

仲間の前でも素直になれないなんて、家族に甘えられないなんて、自分自身がひどく惨めに見えてきます……

多分踵を返して、皆を追いかければすぐに追いつくと思う。けど、うさの足はなぜかそれを許してくれません。

何故かはうさ自身わかっています。

それは、喧嘩の原因の行動がある信念(願い)に基づいたものであったから。

 

「うさは()()()()()をしたい……のに……」

 

自信なさげに消えていく言葉は、それはヤマタノオロチさんとのいざこざは正しかったのか疑っているからです。

私は目から流れる涙を止めることなく、さらに森の奥へと走っていきます。

 

暫く走り、息の切れる感じがして、立ち止まり深呼吸をします。

随分遠くまで走ってきました。

ウサギ種は時速約八十キロで走る瞬発力も、ミオグロビンという遅筋の元になる物質もあります。遅筋は瞬発力というよりも持久力に秀でた筋肉なので、そうそう疲れることはないです。

しかし、そんな体質で疲れるほど走ったのですから、みなさんから相当離れてしまったのでは、と思うも時すでにタイムアップ。

とりあえず喉が乾きましたよね。

あれだけ走ったのですから、当然と言えば当然の結果でしょうが。

ダメ元で耳を澄ませてみます………

 

「………!これは水の音!」

 

なんたる幸運か、近くに水の音を感知です!

取り敢えず、喉を潤わせてからみなさんの元に向かいましょうか。

今度はしっかり真摯に謝れるように。

まずは気分を入れ替えなくては。

そんなことを考えながら、音のする方へ寄っていこうとすると、

 

「うわうっ!?風?妙に唐突な……」

 

突然一陣の風が、うさの足元を掬おうとします。

が、不審に思う間も無く、すぐに体制を立て直します。

 

「ま、気にするほどでもないですが……」

 

別に少し強い風ぐらいどうってことないし、それより今は喉の渇きを癒して、みんなに合流するとこが先決だ。

 

 

 

 

side ???????

 

 

「お仕置対象、転倒失敗です。どうですか、カマジ。」

 

「上腕部に一発薄くはいった。多分標的は気づいていないが、薬は上手くぬれたか、カマミツ。」

 

「オッケー、出血する前に塞いだから、あっちも知覚できてないはずだよん。移動したけど、次の作戦はどうするのカマイチ?」

 

「川の方に移動するようです。丁度、岩場も多いですし、奇襲ならぬ奇お仕置きにはもってこいでしょう。」

 

「なるほど、水の流れであいつの耳を鈍らせるのか。」

 

「ウサギって視力は弱いから、逃げることも、抵抗することもできないはずだよん。」

 

「早速、尾行しましょうか。」

 

「………まったく、ワニの依頼も楽じゃないな。」

 

「体の毛皮はいどいて、『腹の虫がおさまんない』って、気性荒すぎだよん……」

 

「………文句言ってないで、移動しますよ。」

 

 

 

 

side ヤマタノオロチ

 

 

 

「………はぁ…………………」

 

………我じゃ、ヤマタノオロチじゃ。

イナバノシロウサギが走り去ってから20分、我らは彼奴が戻ってくれることを信じて、その場の木を伐り開き小野営地を開設した。

叶華は『イナバノシロウサギが帰ってきたら、きっとお腹が空いてるだろうし、オムライスでも作ろっかな?』と言い、携帯料理セットを取り出してしまった。多分、精神安定のためだろう。目に見えて落ち込んでいた。

サーバルも例に漏れず落ち込んでいた。落ち着きなく、あたりを行ったり来たりしている。

ショウジョウは周りの雰囲気に侵されてきているようで、最初のうちは狼狽えていたものの、今現在は己を落ち着かせるように踊っている。……聞けば、踊りが得意な妖怪だったらしい。

ライジュウは苛だたしそうにするのかと思えば、思ったよりおとなしく、腕をさすっている。パチパチとなっていることから、あれが発電行為なのだろう。

………イナバノシロウサギのことを疑っているわけではないが、本当に帰ってくるか心配だ。彼奴の性格上、言ったことはきちんと守るが、どうしても心配だ。

叶華の割と生真面目な性格ゆえ、イナバノシロウサギが帰ってくることを信じ、この場に留まっているが、どうも胸騒ぎがする。

それにイナバノシロウサギのことは嫌いじゃない、むしろ好ましく思っている。行動や発言などが、全て1つの理念でまとめられている、そう感じる。

国津神の娘の血肉を貪っていた我がウサギの心配をするとはなんとも奇妙だ。

人を思うどころか、物に関しても特に感情が湧かなかったのにの……

 

「探しに行くか………仕方ない。」

 

木からスタッと降りて、大きく伸びをする。

 

「初めての人助けだが、まぁなんとかなるか……」

 

誰かになんか言っておこうかと考えるが……めんどくさいのぅ、という結論に至り、さっさと森の奥に消えることにした。




全部書いた時に少し長くなったので、分割しました。ホントはもっと短めにスパッとまとめるつもりでしたが……


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8話 喧嘩は些細なところから 後半

連投でーす!


 

side イナバノシロウサギ

 

 

川を見つけましたっ!

まだ山の中腹より下なので、上流部よりも川幅は広く、水も清らかです。

水の中を覗き込めば、見たことのない魚が泳いでいます。

川底が見えるほどに澄んでいるので、飲み水にしても問題なさそうです。

心の奥にはまだ、暗い影がありますがこれ飲んで一回忘れましょう!

川の水を手で掬えば、手からポトポトと溢れる輝く雫。

手を顔の前に持っていき、ゆっくりとその手を傾ける。

 

「………んくっ、プハァー。……予想以上に美味しいですね。ゴクゴク。」

 

頭が冴え渡るようにスッキリな喉越し、夏の暑い大気とは対比的に冷たく爽快。

気づけばお腹いっぱいになるまで、その水を堪能していました。

これは仕方ありませんね。この水が美味しいのが悪いのです。

……さて、そろそろ戻らないとみんなが心配していることでしょう。幸い道は覚えているので、それを辿ればオッケーでしょう。

あ、だけど、ヤマタノオロチさんにはなんで言えばいいんだろう。『悪口言ってすみませんでした?』『これから、仲良くしましょう。』……それで本当に許してもらえるのか心配です。なんたって、未来で生きていた叶華さんがその存在を知っていたのだから。もしかして、私食べられちゃう?ブルブル。

 

「そんな訳ないか……。誠実が一番、そうに決まってます!」

 

プラス思考とマイナス思考は均衡に!楽観的すぎてもいけないし、悲観しすぎても気が萎える!だけど、落ち込んでいる時こそ、気を確かに持って!

己に喝を入れ、肘を曲げガッツポーズのような態勢をとる。

しかしその腕から違和感が伝わってくる。

ちょうど二の腕からだ。

 

「なんか痛いなぁ……。怪我したかな?」

 

そう思い、二の腕を捻るようにして見てみる。

そして次の瞬間、イナバノシロウサギは目を見開き、衝撃に身を震わせる。

 

「な、なにこれ!?」

 

切れていた。

皮膚がスパッと。

2ミリほどの深さの切り傷が、約5センチに渡り、うさの肌を横断しているのです!?

木や木の葉ではこんな深さの傷はできない。それに今までほとんど痛みがなかったというのも不思議だ。

血は出ていない。よく見れば薬のようなものが塗ってある。クンクンと嗅げば、木や草などの自然の匂いがする。自然由来のものか。

とにかく、今言えることは、

 

「何処かからか攻撃を受けている!?」

 

ということです。

これは自然現象で済ますには、あまりにも不自然な現象です。

しかし、うさの声に答えるものはおらず、ただ風がひゅうっと吹いただけでした。

が、しかし、

 

「うわァ!?」

 

風だ、風が多大な質量を持ったみたいにうさの足に直撃し、転倒を誘う。というか、後ろに倒れるっ!?

 

「っぶない!?」

 

後ろに倒れる勢いそのままに、バク宙の要領でその場から大きく離脱します。

けど、

 

「いったぁ!」

 

ブシュゥッ、とかだから脇にかけて大きく切り裂かれます。しかしその瞬間の痛みだけで、その後は痛覚が遮断されたかのように、継続の痛みはありません。

ますます面妖です!

またも鋭く、しかも痛みがない。さらに攻撃前に転ばせに先駆先制の攻撃が来ます。

すぐに叶華さんからいただいた知識を呼び起こし、その特徴が当てはまる生物を探し出します。

 

「カマイタチ、ですかねっ!」

 

考えるまでもないようなことでした。

こんな三位一体の攻撃をしてくる妖、このようなものしか知らないです。

三体一組の妖怪で、先駆電流のように最初の一匹が人を転ばせ、次の個体がその爪で斬りつけ、最後に標的の被弾箇所に傷薬をつけ、その痛みを和らげるらしいです。

うさの言葉に相槌を打つかのように、再び風が吹き荒れます。

基本的にその疾さは飄風の如きで、ウサギ種の弱点である視力とあわせて、目では到底追えません。

ですがね、私にだって長所はあるのです。

 

「そこからですね?」

 

横に小さくサイドステップをします。

その一刹那後、よこでヒュオォッ、という今までの風とは全く異質の音が通ります。

目がダメなら音ですよ。

頭から生える大きく、モフモフな耳は、周辺のありとあらゆる音を聞き分けれる、最高度の音源探知機です。

攻撃が来る方から風が吹いてきますし、ネタがわかればなんとか凌げます。

 

「次は7時の方向から!」

 

最初に攻撃こそ食らったものの、それも薬の効果がすごいのか、あまり痛くないし塞がりかけています。

しかし攻撃自体は単調ですが、この躱しているだけの状態をどう抜け出すかです。

叶華さんたちとも距離が離れてしまいましたし、ここはやはり一人だけでカマイタチを無力化するかです。

攻撃を躱しながら、あれこれと思案していると、ちょうど正面の草むらから、イラついた声が聞こえる。

 

「えぇーい!考えるのも面倒くさい!何かよくわからんがくらえッ!」

 

「ーーーーーーー」

 

マズいーーーーー

相手は依然草むらから姿が見えない。何をしようといているかもわからない。

しかし、なんだろうこの背筋の凍る感覚は。

ワニに袋叩きにされかけた時のような悪寒だ。

なにか、何かアクションを起こさなければ何かのミスで、死ねます!?

辺りを見回し、やや大きめの椚を発見し、急いで後ろに隠れます。

 

「らぁぁぁぁぁぁああ!」

 

裂帛の気合い。

それとともにあたりに暴風が吹き荒れます。

凄まじいという言葉では表せ切れないほどの大暴圧が、大木を根刮ぎ倒壊させんと猛威を振るいます。

そして、何より恐ろしいのは。

 

「なんで、それで木が斬れていくんですかぁ!?」

 

物理的にありえないはずの『かまいたち現象』が葉を、枝を、そして木の幹を斬り刻んでいきます。

部分的な真空は、本来なら長く維持されることなく、すぐに消える上にそんな力ありません、がなんらかの力によってか、この真空の刃はものを斬りつけるどころか、辺りを蹂躙するほどの力があるようです。

ギシッギシッ、と木が大きく揺れています。

今にも倒れそうな大木が倒れてしまえば、私の隠れ場所はほぼなくなったと言っても過言ではないです。

川の水が何かに使えないかとも思いましたが、流石に思いつきませんし、そこまで行っている間にウサギの挽肉の出来上がりです。

 

「しかしどうすれば……….」

 

しかし、対抗方法は見つかりません。

ここから出なければどうしようもならないのに対し、ここから出たら一瞬にして切り刻まれるという、どちらも死の危険性の高い選択肢。

どちらをとるか、さもなければ……

残り時間は少ない、早く打開策を考えないといけませんっ!

或いは、決意で己を満たさねばなりませんね……

 

 

 

 

 

 

一方、カマイタチの方も盛大に焦っていた。

 

「な、何をするんですか!?カマジ、私達は懲らしめるだけで良いのです!それでは、殺してしまう可能性だって……!」

 

「カマジ〜、さすがに私だって切断されちゃったら、薬では治せないよん。冷静になってよん。」

 

悪きをこらしめるつもりで行っているこの行為、悪さをした人を脅かし、それで反省を促す目的のものである。が、カマジが痺れを切らしたことにより、その現場は見事なまでに荒れていた。

標的は木の後ろに未だ隠れているが、木は倒れてしまいそうだ。

このままでは改心より会心の一撃を与える方が早そうだ。

 

「もちろん、木が倒れたらやめにするさ。そんな焦んなよ!」

 

「だけど!このままだと!」

 

「いいや!あいつはそれくらいしないと反省しないさ。しかも、それとは別に『決意』を感じる!俺らはそれを善悪の境界(ボーダー)から見据えないといけないんだ!そして、それがもし【悪】だったらーーーーー」

 

「だったら……?」

 

「俺の真空波で切り刻まれてもらうッ!」

 

未だに攻撃を留めない、かの鼬が掲げる正義は、悪を懲らしめるという純粋なもの。

だから、その手法が過激だとしてもグレーを最後まで信じず、その眼に徴が示されるまで、決して止めることはないだろう。

 

 

だからこそ、イナバノシロウサギの勝率というのは限りなくゼロに近い。

名言を借りるとすれば、詰み(チェックメイト)に嵌ったのだ。

 

「(うさは戦闘力であちらには決して勝てない。)」

 

しかし、彼女を満たす『正義の決意』は決して揺らぐことがなかった。

 

「(うさが正しいことをしたいと思ったのは、悪いことをすることへの恐怖感が強いだけ。打算的で汚らわしい理由だけど、それでもーーー)」

 

うさは今日、一歩踏み出す。

途端にあたる、まるで台風のような猛風。

また、一歩踏み出す。

苦しそうに歯を噛み締めながら、しかし着実に前へと。

ピッと腕に薄い切り傷ができる。が、今は気になりもしません。

 

「やめてください!」

 

風に負けないように叫びます。

矢のように意思をまっすぐと飛ばす。

うさは少し風が弱まったような気がしました。

しかし、その間にも体には切り傷がきざまれていきます。

 

「話し合えばわかるはずです!」

 

こんなことになっているのに、どうしてうさは命をかけて話し合いに持ち込むのか。

カマイタチにきっとある心を信じているから。

見ず知らずの他獣のそんなことをどうして信じられるのか。

叶華さんならそうすると信じているから。

うさは風が弱くなるのを実感します。

しかし、

 

「だめだね。まだ、足りない。」

 

願いは微かに届かない!

意を決したように放たれる大風刃波。

あっけにとられる。

反応が遅れる。

判断を不可能とする。

頭の中を何かがグルグルと回る。

目を瞑る。

それがいいと思ったから。

善人として死のうとかカッコつけたことを考えたりして。

 

 

 

しかし、然るべき痛みはやってきません。

本来なら、上半身と下半身が泣き別れして死んでしまっているはずです。

が、しかし、足先は動かせますし、というか足全体が余裕で動きますし。

意を決して、ゆっくりと目を開け、そこにいたのは。

 

「先程ぶりだの、お主。元気そうで何より。」

 

老獪な口調、三日月形に歪められる唇。

いたずら娘のような、そんな笑みを浮かべて。

寂しさと、不安と、恐怖感に追い詰められていた心に一筋の光が当たったような気がします。

 

「まったく、お主といい叶華といい、決意が硬すぎるような気がするぞ?……あまり心配させるでない」

 

やれやれと肩を竦め、しかし優しい眼差しで此方を見遣り、くしゃくしゃっと頭を撫でてくれる。

決意とは別の何かで、心が満たされるのを感じます。

伝え忘れたことを、伝えなくては。しっかりとこの口で。

 

「ヤマタノオロチさん。さっきのことは、本当にごめんなさい!たくさん酷いこと言っちゃって、本当にごめんなさい!」

 

頭を深々と下げ、誠心誠意謝罪をします。

少しの間、無言の間が続きます。

まだ怒っているのかと、不安になります。

確かに、うさの暴言は許されるものでもないかもしれません。

だから、この間の長さにも納得ですよ……

 

「……まあ、その……なんだ。確かに我も悪かった。…….だから、ま、お互いこれでチャラってことに、してくれんかの?」

 

「!はいっ!ありがとうございます!」

 

バツが悪そうに頭を掻くヤマタノオロチさんのその言葉に、私は救われた。

やや食い気味とも言える程に、その言葉に顔を上げ、今度は感謝の念を伝える。

それと、同時に安堵感から来た涙が目からあふれます。

 

「泣くのは後、今はあやつらをどうにかすることに集中せい。」

 

が、キリリと雰囲気を切り替えたヤマタノオロチさんが集中するようにとうさに注意喚起します。こういうことはヤマタノオロチが経験豊富なので、安心というか心強い感じがします。

………しかし奇妙です。先程からあちらはこんな隙だらけの姿をさらしていても、全然攻撃して来ません。

 

「なにか………」

 

何かあったのでしょうか?という呟きもそれを最後まで言い切ることはありませんでした。

ヤマタノオロチさんが助けに来てくれたことぐらい驚くことが。

 

「な、何をするだァーーーー!は、はなせぇッ!」

 

「うぐっ……捕まるとは一生の不覚です。」

 

「ま、なんとなくこんなことにはなると思ってたよん。」

 

えぇ、なんというか、泡ですね。

伝承通りではなく、()()姿()となったカマイタチだったものが、泡の中に入ってフヨフヨと浮いています。

一匹は、ジタバタと暴れ、もう一匹は顔を抑え、悔いるように、最後の一匹は諦めるように。

シュールです、ひたすらにシュールです。

しかし、またそれと同時に大きく胸をなでおろしました。

こんなこと、あの人だけしかできないから。

 

「あ、イナバノシロウサギ?お昼ご飯できたから呼びに来たよー?見た感じ、ヤマタノオロチとも仲直りできたみたいだし、みんなも待ってるよー」

 

何処か間の抜けた感じの優しい声で、微笑みながら叶華さんが呼びかけてくる。

自分がやったことに対して、いつもこの人はリアクションが軽すぎるんですよ、というこの苦笑は心の奥底にしまっておきましょう。

 

「え!?叶華、ついて来ておったのか!?」

 

「悪いけど、私が創り出したサンドスターは感知できるんだ、何処にいてもね。ま、それでなくても、ヤマタノオロチが真っ先に動くことぐらいわかってたよ。」

 

「……ならなんで、声を掛けずに?」

 

「いや、ヤマタノオロチは私がいなかったら、どんなキザっぽい話しかけ方をするのかなって、ね。許して?」

 

「キシャーーーーッ!お主、嵌めたのーーー!?」

 

いたずらっぽい笑みを浮かべ、テヘッと舌を出す叶華さんは、いつもとあんまり変わらず、といった感じです。

雰囲気は只者でないヤマタノオロチさんが、こうも手玉に取られるのは、思ったよりも意外です。

 

「プフッ」

 

反射的に漏れてしまった笑い声。

小さくしたはずのそれは、しかしはっきりとヤマタノオロチさんの耳に届いていたようです。

 

「あ、今お主笑ったの!?えぇい、次は助けてやらんぞ!」

 

キシャーー!と頬を赤らめて蛇睨みしてくるヤマタノオロチさんはえぇと、そう、なんて言うか、

 

「……かわいい……」

 

「なっ!?」「え?」「は?」「ほ?」「よ?」

 

しまった

止まった時間の中で、達観に似た感情を抱きながら、そう思った。

時すでに遅し

顔が真っ赤になるヤマタノオロチさん、それとは対照的に恐れおおい目で見てくる叶華さんとカマイタチズ。

 

「な、な、な、何をいっておるのだーーー!?」

 

ヤマタノオロチさんは顔を爛熟したリンゴのように真っ赤にして、その場で両手を振り上げて吼える。

 

「……まさかイナバノシロウサギにそっちの気があったなんて…….」

 

「ち、違います!?」

 

「な、なんですか……?この甘ったるい空間は…?」

 

「……イナバノシロウサギ……危険なやつだ……!」

 

「ありゃ〜、これはボクのくすりでもなおらないかもしれないよん。」

 

なにやら酷い勘違いをしている叶華さんに、傍目も気にせず叫びますが、その目から畏怖の感情はしばらく消えなさそうです。

さらには、いつの間にか加わっているカマイタチさんたちにも危ないものを見る目で見られます。

いつから、そんなユルイ感じになったんですか!?さっきまで命を賭けた攻防を繰り広げていたじゃないですか!?

いやぁ!そんな目でうさを見ないでぇ!?

 

「や、やめてくださぃぃぃいいぃぃぃぃ!?」

 

昼下がりの森に、白兎の鳴き声(泣き声)が木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叶華ちゃん、オロチちゃん、まだかなぁ?」

 

「(ウズウズウズウズ)」←ニンニクの効いているチャーハンを目の前にして耐えるライジュウ。

 

「(ウズウズウズウズ)」←はやく踊りたくて仕方ないショウジョウ。

 

「うみぁ〜〜、はやくご飯食べたいよぅ……。」

 

 

 

 



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9話 屋敷内失踪事件

すいません投稿遅れました。学校での定期考査や、提出物の積み重なり、私の投稿をことごとく邪魔してきました!しばらく、リアルが忙しくなるので今回みたいに頻度が落ちるかもしれません。


近畿地方、面積33.112.42㎢、現代では、首都の東京のある関東についで、日本第二の都市圏、経済圏。

近畿北部は日本海側気候、南部は太平洋側気候、中部は瀬戸内海式気候に区分され、北部は豪雪地帯が広がっている。弥生時代前後までには目立った政治勢力は現れておらず、だが邪馬台国の有力な候補地という歴史を備えている。

 

なぜこんなことを言うのかはご察しの通り。

 

はい、近畿地方、それどころか畿内とーちゃーく、それどころか大和国とーちゃーく!

 

いやぁ、短かった、ここまで徒歩とは思えないほど早かった。

なんたって、野生の走破力で山道をぶっちぎってきたからなぁ。

 

ヤマタノオロチとイナバノシロウサギが喧嘩し、それから約3日。

 

野山を丸ごとめくり上がらせるレベルの速さで約三日間。様々な出来事があったね。

 

ん?例えば?そうだなぁ。

 

ショウジョウがお酒を飲んだら、姉御肌な雰囲気になって、ヤマタノオロチと飲み比べをしたり。

イナバノシロウサギを襲いにきたカマイタチは、実はイナバノシロウサギが騙したワニ(鮫のこと)の依頼を受けていたこと。

そのカマイタチは悪さを懲らしめる、正義の……えー、服装からニンジャ?そんなのまだこの時代にないのでややこしい設定にしないでほしい。

ライジュウは男勝りな性格だけど、意外にも絨毯の上でゴロゴロするのが好きらしい。雷は氷の粒がぶつかることによる摩擦による静電気が原因なので、絨毯が擦れるのがいいのだろうか?因みにそのあと、一緒にゴロゴロしていたサーバルが肩をぶつけた瞬間に大放電し、みんな軽くパニックに陥った。

みんなに共通して言えたのは、服(みんな毛皮と言っていたが)は脱げることに驚いていたこと。

 

 

その過程でもちろん新しい仲間だって増えた。

 

例えばネコマタ。

野山に住み着いているものや、人家の猫が化けるものの2つの種類があり、今回は野山に住み着いたもの。

身長148cm、当然体重は晒さない。

赤と黒が織り混ざったツインテール、右目が黄と左目が青、特徴的な2つの尻尾に関しては両方黒です。猫の方の耳は黒。

ミニ丈、即ち膝上程度の丈のスカートの黒を基調としたドレス。オーバーニーレングス、要するにニーハイは黒と赤を基調にして、しかも左右で配色が反対になっている。サンドスターは二種類に拘ったらしい。

お嬢様気質だが、頭は弱い。てか、そこからくる我儘が高次元すぎる。いきなりシャンデリアに乗り、『今日からここがアタクシの寝床なんだぞー!』。サーバルは聞き分けがよく素直だったが、いかんせんこっちは精神年齢が幼すぎた。それも含めて彼女の個性だから尊重するが。

 

あと中々濃いのは、テンコか……

身長164cm、当然体重(以下略

癖のない勿忘草色のスーパーロングの髪は、先端に行くにつれて白に近づいている。出るところは出ている理想的な体型。耳はてっぺんの一部が青く、それ以外は白だ。切れ長の目の瞳の色は朱色に近い黄色。

服装は長襦袢に紅の袴。生地の薄い、白一色のロンググローブ。青の生地に赤い花の模様が入った鼻緒が特徴的な草履、足にはきちんと足袋が穿かれてある。

ヤマタノオロチに続いて二人目の和な雰囲気の服である。

そして性格はといえば、んー、現代風にいうと『エロカッコイイ』かな?例を挙げるとすればベヨ○ッタみたいな感じ。軽口に軽口で返し、ユーモアを解し、目つきがセクシーな感じの。

もともと、性に奔放な妖怪だったようで、しかも千歳以上の大先輩だ。本人曰く、五百歳までは色々やってたが、それ以降は必要最低限度ぐらいだったらしい。お陰で秘めたるセクシーさがヤヴァイ。女の私でもあてられそう。

 

その他にも、人面魚、髪魚、アオサギノヒ、キュウソ、カナヅチボウ他。

 

さて、紹介も終わったところで、今現在私たちは真昼間なのにもかかわらず、屋敷にこもっている。いや、こもっているというよりは移動する必要がないのだ。というかここから動くわけにもいかない。

なぜなら、先ほどどこからともなくこんな手紙が舞い降りて来たからである。

 

『Howdy!こちらアマテラスでーす!数日で因幡から大和に到達するなんてやっぱりすごいね!あ、それより、明日みんなでそこに行くからよろしくー!』

 

……一瞬本人かどうかわかんなかったよね。

軽すぎやしませんかな?この時代にそぐわない英語使ってもいいの?神様だっていうのに時間軸とか気にしないの?

というツッコミたちが一瞬で生まれて、

『だって神様じゃん?』

という万能文句に沈められた。

 

なので、今日と明日はここを動くわけにはいかないのである。

 

………退屈だ。サーバルたちと遊んでみようかな?あれ?そういえば今どこにいるんだろうか?ま、何かあったらすぐくるだろうし大丈夫だろう。

 

そうだ、神々からの動物捕獲依頼書の整理でもしようか。てか、それしないとまずいし。

 

基本的に依頼書は私の事務室の机の引き出しに自動ワープしてくる仕組みになっている。

他の引き出しにも様々なものが入っているが、話すと長くなるので割愛。長い旅になるからそのうち使うだろう。

 

「〜〜〜〜♪〜♪〜〜♪ーーーーーなんだこりゃ!?」

 

鼻歌を歌いながら、右の一番下の引き出しをオープンしてみると、そこにはギッシリと、修学旅行の帰りのカバンのようにギッシリと詰まった紙の集合体を目にする。

 

「……空間拡張。」

 

これは、下手に取り出すと紙がビリビリに破けてしまいそうなので、無茶苦茶な話だが引き出し内部の空間を拡張してキャパシティをあげといた。

 

「んーと、どれどれ〜?」

 

ざっと手前から数10枚程度の羊皮紙などを手に取り、目を通す。

しかし、そのどれもが常識外で、しかも無理難題を突きつけるものだった。

 

「『サラマンダーの捕獲』『コカトリスの捕獲及び厳重保管』『オピオネウスゲットだぜ!』『鴆の捕獲及び土地回復』『フェンリルの懐柔、捕獲』………」

 

………もしかして、おとなしく死んだいた方が良かったのかな?火の精霊に死の魔眼持ちに、宇宙の創始者?猛毒の鳥に終末戦争(ラグナロク)の獣?コロスキカナ?

 

いちいち驚いててもしょうがない、か?

……取り敢えず、整理始めますか。

 

 

 

 

 

少女整理中…………

キングクリムゾンッ‼︎

(ちゃっちゃかちゃーちゃちゃーん!)タイムワープリール!

now loading…………

 

 

 

 

二時間後

 

「フゥ〜……よし、これくらいでいいかな?」

 

目の前にはいくつかに分けられた書類の小山が積まれていた。それぞれの書類の束は、天井に着くのではないかというような高さになっている。百や千では足りないかもなぁ……と、書類を見上げてぼんやりとそんなことを思う。

しかも、それぞれの神話を改変しないように介入タイミングなども支持されていて、途中から気が遠くなっていった。

 

書類の分類の順番もきちんと考えて組んだ。

まず各神話、民間伝承、UMAなどに分類、次に時間軸的優先順位に分類している。

 

ただ、ぶっちゃけ言うとこれも能力でパパッと片付けられる案件ではあったのだろう。

それをしないのは、ただ単にこういうのが好きだったからとか、私の普通の人間であったことを忘れることのないようにとか様々な理由がある。

まあ、次からは絶対に能力を使うが。流石にきつすぎ。

 

しかし、作業が終わったということは、することもなくなったということだ。

 

ん〜〜、どこ行こっかなぁ?別に任天堂switchをセルフ生産して、ネットワーク回線などを元の時代の現在に繋げばできるんだろうけど、それじゃつまんないし。

 

「あー……取り敢えず屋敷の探索をしようっと。」

 

そういえば、まだどこの部屋が未探索なんだっけか。

あ、そうだ、試してみたいことがあったんだ。

あの、司令官(オペレーター)みたいに声認証で透明ディスプレイを表示して操るやつ。

流石に再現できるとは思わない……わけではないけど、取り敢えず試しにやってみよう。

 

 

創作物(クリエーション)-1に能力使用、創作物(クリエーション)-1の立体見取り図を表示(ディスプレイ)。」

 

 

左手を前にかざして、カッコつけてそんなことを言ってみる。

そしてその直後ーーーーーボウゥンというそれらしき音を出して、薄く光る青いスクリーンが表示される。

……………………えっ?

 

「で、で、で、出来ちゃったぁ!?」

 

その場で仰天する私の言葉を肯定するように、その科学的な情緒のスクリーンは次々とネットワークのようなものを連立して起動。

スクリーン上に水門のようなものが伝わり、私の居場所を中心に次々と地図が構成されていく。

それは二秒も経たないうちに終了し、困惑を隠しきれない私の前に1.5m×2mくらいの屋敷の見取り図が表示される。

 

「え、えぇ〜、こうもあっさりできるとありがたみが……普通こういうのって、修行とかしないといけないとかないの?」

 

無いようだ。

目の前の透明ディスプレイは、私の魔力の制御力不足だとか、魔力の練度がないだとかで消滅しそうなかんじではない。

しかし、改めてみるとかなりカッコいい。SF作品中に出てきそうな近未来テイストだ。

しかし一階から二階、三階から屋根裏までじっくり観察した私は、まだ開けてない部屋が何にも表示されていないことに気づく。

一瞬何かのミスかと思ったが、これはこの屋敷の仕組みを適用し、適切な表現を施したにすぎないことをすぐ悟る。

これは私たちが入ったことのある部屋、即ち部屋の状態が確定しているものをのみを表示している。

なぜならこの館の部屋は、私たちが部屋を開けた瞬間にその状態が確定されるのであり、誰かが決めているわけではないのだ。

量子学の重ね合わせの法則のような話だが、これは0か1かの話ではない。0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、A、B、C、D、E、F、G、『あ』から『ん』まで、ありとあらゆる可能性の中の一つなので限りがある文字で表現するのは気がひけるが、つまりその部屋の中は『全て』なのだ。

よってその部屋の中を誰かが知覚すれば、その部屋の中は確定してしまい、x={AかつBかつC………}だったものがx={A}となるのだ。

何を隠そうこの屋敷の大部分、いや屋敷の中にある無限は無限の姿を取っているのである。

つまり、無限を図解することは不可能!よってそこの地図は生成不可能!ということである。

脳内でこんな理論を展開している時、頭にある考えが過ぎる。

 

「創作物《クリエーション》-1内部に存在する生命体をマップ上に表示(ディスプレイ)。」

 

これで、みんながどこにいるのか把握できるじゃん!と。

もちろん私にストーカー趣味はないが、この館は無限の広さを持つので、これはこれで重宝しそうなのだ。

 

すると瞬く間に私の命令(オーダー)が適用されて、マップ上に赤い点が記される。

 

(おぉっ!本当にできたー!)

 

さすがに歓喜の舞をせざるを得なかった。

こうも物事がうまくいきすぎるのもどうかと思うが、やってるうちに楽しくなる。

 

「どれどれ〜?」

 

見ると、赤い点の隣にはアイコンとネームタグつきでその本人が示されているようだ。

一階図書館にはヤマタノオロチ、そういえばジョジョにハマってたな。

お、カナヅチボウもいる。確か建築について学びたいとか言ってたから、その勉強だろう。髪型がかなりDQNだけど、あの子が一番勤勉なんだよなぁ。リーゼント風ポンパドール、なかなかオシャレだ。

カマイタチ三人組はシアター、何をみているかはわかんないけど。

 

だけど、その他の点は忙しなく一階から二階、廊下から廊下へと、時には部屋の中に入ったりと激しく動いている。

なんかあったっけー?と思案し、一つだけ思い浮かぶことがあった。

 

『じゃあ今日は私がみんなに狩りごっこを教えるねー!』

 

今日の朝、サーバルが今日は移動なしと聞いた時に私に言った言葉である。

サーバルの言葉を聞く限りだと、そんな物騒でもなく、狩る側と狩られる側に分かれて、鬼ごっこをすると言ったそんな感じのものである。ま、幾分か野生成分が多いが。(人工物内で野生成分が多いとはいかにと思った人は、心を冬のナマズみたいに大人しくさせてください)

本当は私も一緒にやりたかったが、神様に報告書的なのを提出しないといけない都合上、やんわりとお断りしたわけである。

みれば、集団行動をしていたりする者や、一人でハンターのタゲを取っている者もいたりなどと、それぞれの特徴を生かして逃げたり、捕まえようとしているようだ。

これは上から見てるだけでも楽しいなぁ。

見てる限りだとハンター側が、イナバノシロウサギ、ライジュウ、キュウソ、人面魚、

逃亡側が、サーバル、アオサギノヒ、ネコマタ、テンコ、髪魚、ショウジョウ、か。

この手の遊びって、交互にやるから勝ち負けなくていいんだよなぁ。

 

あ、アオサギノヒとキュウソが廊下の角で鉢合わせしちゃった。

アオサギノヒが急いで逃げる!けど、キュウソが一瞬遅れ、そこから尋常じゃないスピードで追い上げる。およそ、三秒ほどでその差は縮まり、アオサギノヒはキュウソに捕まってしまう。

テンコはエントランスホールで人面魚とライジュウ相手に踊るようにかわし続けている。まるで、闘牛士のようにヒラリヒラリと優雅にかわしている。が、おーっと!?ここでライジュウ、雷化して劇的な加速!これにはさすがにテンコも不意を突かれ、かわしきれない!

サーバルとネコマタはさっきからずーっとイナバノシロウサギに追いかけ回されている。しかし、サーバルとネコマタは機転を利かせ、曲がり角を曲がった途端、他の部屋に入る!

すると、

 

 

ーーーーーーサーバルとネコマタの反応が地図から消えた。

 

 

 

「え“っ”!?」

 

簡単に言うと、消えた。

その場から、まるであたかも最初からいなかったように消えた。

明らかな異常事態に流石の叶華も混乱をきたす。

 

「え、えぇっ!?ち、地図拡大!?サーバルとネコマタを追跡!」

 

咄嗟の判断で、二人の場所を表示するようにディスプレイに命令する。

しかし、その情報さえも叶華にさらなる混乱をきたすことになる。

 

 

【地下78階、北西に7万光年の地点;!注意!テレポート不推奨。未確定地点過多による空間的不安により座標が狂う恐れあり。】

 

 

 

「はぁ!?」

 

どうすりゃええねん!

 

地下の回数は許そうだが、70000、光年テメーはダメだ6.62251e17km………。

あー!大事案はっせー!

 

サーバルたちと同じドアに入って、私もあっちに?いや、それだと私まで戻れなくなっちゃうし……。だいたいテレポダメってどう言うことなの?

お、おちつけ、落ち着いて素数を数えるんだ……1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89……あれ、これってフィボナッチ数列じゃん。

と、取り敢えず、サーバルとネコマタの動きは監視するとして、何かいい案は無いかな?

取り敢えず処置を取ろう。

 

「自立志向コンピュータAI【インディゴウィズダム】、創作物(クリエーション)-1のデータベースに接続。あー、確実に二人を回収できる方法。」

 

空中に手を動かせ、データベースの処理や、ディスプレイ操作を行い、さらには音声での【インディゴウィズダム】の操作も行う。

【インディゴウィズダム】はこの前、私が作った自立志向コンピュータAIのことである。なんでもできるアドバイザーとか欲しいなぁ、とか思ったので、思いつきで作ってしまった代物である。

こんなのいつかやってみたいとは思っていたけど、こんな非常事態になるとは……。みんなに相談しても理解されない案件だしなぁ、これ。

 

【周辺へのテレポートは不可能。不確定の部屋を施錠(ロック)し、直通の一本道ができるよう部屋を並び替える:短縮可能距離5.8万光年、成功確率93%】

 

うわぁー、すごーい、半分以上短縮できるよ!

あはは〜あはは〜……あははぁ……

はいはい面白い面白い。

さすがにこれだけだと私まで戻れなくなるし、他の案はないのか?

 

「あっちの部屋をこっちに持ってくるって言うのは……」

 

【不確定エリアに囲まれており、移動不可。】

 

不確定エリアは即ち無限の可能性を意味しており、つまりそこに距離などなく、広がったりも短くなったりもするのだが、何枚も空間を隔てた奥にある空間の奥にあるため移動不可。

あれ?でもさっき、

 

「距離は明確に出たけど?」

 

【直線的に移動した場合、地下78階の階段より北西に七万光年分移動した場合、そこにサーバルとネコマタは存在する。限りなく低い可能性で未確定の部屋がサーバルとネコマタが存在する付近の部屋につながる。】

 

つまり、どのような道のりでも北西に七万光年進み続ければ、サーバルとネコマタがいるところに着くらしい。

 

「……えー、で。私はどこまで加速できる?能力を使って光速を超えれるようにしたりして。」

 

【推定、光速の53万倍。短距離ワープ航法使用時、移動時間4分の一に短縮。周囲への影響は100,000%カット可能。使用魔力試算中………、総魔力量の五分の一。】

 

「オーケー、最適化された速度での最終的にかかる時間は?」

 

【体感時間、半日程度に短縮可能。往復で総魔力量の二分の一。時間の流れを極端に遅くすることで、実質的な時間のロスをなくせますが……】

 

「あー、適用。」

 

見た目はかなり優良な条件で、救出できそうではあるが、すんごい燃費悪いし、相対性理論全般に喧嘩売ってるような内容だ。光速度不変の原理が働いてくれればいいが、原理超越した場合は正面以外は何も見えない可能性もある。

かなーり危険だ、しかしやるしかないようだ。

 

「その条件で、最適な術式を自動構築、その後に地下78階への移動。」

 

【了解………構築中……構築中……構築中………完了、準備オーケー、地下78階に転移。帰ってきたときのために何か飲み物は欲しいですか?】

 

「んー、コーヒーをお願い。じゃあ行ってくる。あ、砂糖多めでおねがーい。」

 

【了解しました】

 

そして、【インディゴウィズダム】の声が届くや否や、転移が起き、その場から叶華の姿は消える。

 

しかし、【インディゴウィズダム】に、見計らったようなタイミングで、()()()()()()()が表示させる。

 

【何者かの時空間干渉を観測。探知中………探知不可、別次元に逃れたおそれあり。】

 

 

 

 

 

 

 

 

side サーバル

 

 

 

「ねぇ、サーバル。アタクシ達、さっきから同じところグルグル回ってるんだぞー?」

 

「えー?そんなことないと思うけど……」

 

困ったなぁ。叶華ちゃんに『家の中は割と危険がいっぱいあるから、気をつけて遊んでね〜』って言われたんだけど、いっきなり迷子になっちゃったよぅ……。

狩りごっこをしている時に、曲がり角からシロウサギちゃんの匂いがしたから、咄嗟にそばのお部屋に隠れようとしたんだけど……みたこともないところでビックリしたんだよね。一緒に逃げてたネコマタちゃんも、こんなところは知らない、っていうし。

 

「た、多分もう一回あっちの方扉に入れば、違うところに出るよ!」

 

「おお!そうだな!サーバルはきっとテンサイなんだぞー!」

「えっへん!」

 

ネコマタちゃんに褒められて、ぴーんと胸をはる。なんだか、こそばゆくて、だけど、嬉しい気持ちになった。叶華ちゃんにナデナデされたときもこんな感じだったなぁ。

それにしても、ここって見た目とか、飾りとかはいつものところに似てるけど、みんながいないだけでちょっと怖くなるなぁ。

もしかしたら、私たちはいまみんなからとても遠い場所にいて、もう帰れなくなってる、とか想像しちゃった。

そんな不安を拭うためにも、あのドアの中に入ってみんなに会わないと!

 

「あれー?」

「みたことないところだぞー?」

 

出たところはなんてことない普通の部屋。だけど、今までいたお屋敷みたいな雰囲気じゃなくて、なんていうか……もっとわけわかんない使い道のものばっかりの、あまり広くない部屋。本棚が多いけど、図書館みたいな雰囲気じゃない。叶華ちゃんがよく使うような薄い箱型の……パソコン?が置かれた机。本棚の中の本は、文字はわからないけど、私たちが叶華ちゃんと会う前の姿、つまり動物の時の姿が描かれた本や、この前、『ぷらねたりうむ』でみたような星や銀河の本がある。

だけど、この部屋は何か変だった。

なんか、言葉に言い表されないけど、いるだけで胸の中がモヤモヤする。

 

「ネコマタちゃん……」

 

「うん、わかってるぞー。この部屋は長くいちゃダメだぞー。何が何だかわかんないけど、アタクシ達には知る必要のないことがたくさんあるぞー。」

 

それは、ネコマタちゃんも同じだったみたい。

いつもの晴れやかな顔も、今に限っては難しく顰められている。

この部屋は、マズい。

野生の直感すら必要ないぐらいこの部屋の雰囲気は……悲しさ、悲しさで満たされている。

胸の中のモヤモヤが幾許か濃くなる。

 

「も、もうちょっとだけ、この部屋を見てみよ。何か戻るヒントが見つかるかもしれないし。」

 

この時のこの言葉は、自分の本音だったかわからない。だけど、なんとなく、そうしなくちゃいけないと思っただけだった。

 

「……すこしだけだぞー?」

 

ネコマタちゃんも許してくれた。迷惑をかけてごめんと謝りたいけど、それより先に足が机の方に向かっていく。

床はいつもの柔らかな絨毯というよりは、すこし硬いボソボソした感じのものだった。

机の上を見てみると、ぱそこんの他によくわからないことが書かれた本や、桃色のボールみたいな体に顔の書かれた可愛いお人形がある。

特にかになるようなものはないかな、と思いながら机の上を見回すと、本の下に何かが下敷きになっていたのに気づく。

 

「……?」

 

本を退かしてみると、なにか絵のようなものが挟まっていた。

あ、だけど、絵じゃない。

これ、前に叶華ちゃんが見せてくれた、写真に似てる。いや、そのものだ。

二人の幼い子供が肩を組んで、手をブイの字にして突き出し、笑っている。

一人の子は、髪が長くてすこし照れくさそうに笑っている。誰かに似ている気がするけど、心の中で何かが邪魔してきて考えられなくなる。

もう一人の子は、髪は短めに切りそろえられていて、活発そうな笑顔を浮かべている。こっちは見たことがないなー。

んー……、やっぱりどこかで片方の子を見たことがあるような……。

おもいだせそうで、思い出せない。うーー!もどかしいよ!

 

「サーバル、早く戻った方がいいんだぞー!」

 

「むー、もうちょっと待って!もうすーーー」

 

「違う!この部屋変なんだぞー!アタクシ達は確かドアを開けたまま入ってきたのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「え」

 

未だに出ることを渋る私にネコマタちゃんがいつになく強い口調で異変を伝える。

そんな!と思った私は急いで振り返ってみると、確かにドアが閉まっている。

得体の知れない恐怖が、尻尾を震わせる。

ネコマタちゃんと目を見合わせ、慎重にドアに近づく。

すると、私たちがドアに近づき、扉まで半歩分程度までになると………

 

 

ドアがギィッと音を立て、小さく開く。

 

 

「う、うみゃーーーーー!?」

「フギャァァァァアァア!?」

 

なになになに!?勝手に触りもしてないのに扉が開いたよ!?こ、怖いよぅ!た、助けてぇ!?

私たちは驚いて、全力で後退して、ドアを注視するよ!

すぐに扉は全部開け放たれるよ。

だけど、そこに広がっていたのは、元の廊下みたいな感じじゃなくて、ただただ暗いだけの星のない夜のような闇。

それに、底知れない恐怖を抱いた次の瞬間ーーーーーー

 

 

ーーーーーーーーーー闇の中から白い手が現れた。

 

 

「ウミャァーーーーーーーーーー!!!!?????」

 

「ぴぃあ0」

 

 

そして、私とネコマタちゃんを捕まえて、握り、闇の中に引きずり込もうとする。

もちろん抵抗しようとしたけど、体が動かせないくらいに縮み上がっちゃって逃げ出すどころじゃない。

ネコマタちゃんはあまりの恐怖に白目むいて気を失っちゃってる。

そして、なすすべもなく私たちは闇の中に連れ去られてーーーーーーそこで私も気を失っちゃったみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ……る、おき………る」

 

誰かの声がする。

 

「おき…………る、……く……きて」

 

それはだんだんはっきりと聞こえてくる。

 

「起きてください!サーバルさん!」

 

「……むにゃ?な、なにシロウサギちゃ……ん?」

 

目を開けてみると、目の前にはシロウサギちゃんが、周りにはみんなが揃って私のことを見下ろしている。

……何かあったのかな?

 

「何って、サーバルさん忘れたんですか?みんなで狩りごっこしてたら、サーバルさんとネコマタさんがここに寝てたんですよ。」

 

「ふぇ?狩りごっこ……あっ!」

 

いっけない!私ったらみんなと遊んでいたのに、こんなところに寝てたみたい!あーあ、みんなには申し訳ないことしちゃったなぁ。

 

「ご、ごめん!忘れてた!」

 

「忘れてたって……ま、サーバルさんらしいと言えばそうか、な……?」

 

シロウサギちゃんは納得行かなそうに首を傾げているけど、私だってよくわかんない。ほんとにこんなところ来たのか、そもそも私は寝てたのか?

 

「まぁ、いいんじゃないかしら?寝てたってことで。それより、そろそろ叶華さんが料理を作ってくれる時間よ?イナバ、サーバル、考えても仕方ないことはありますもの。今回のことは、別にいいんじゃないかしら?ネコマタもいるのだし、こんなことも起こり得るのよ。」

 

「むー、そんなことないのだぞー!」

 

テンコちゃんが肩をすくめながら、私たちに話しかけてくる。確かに、考えたって何にもわかんないし、狩りごっこをしてたからお腹が減った。あ、今日の晩御飯なんだろー?そんなことを考えてると、私が寝ていた理由なんてどうでもよくなってきた。

 

「じゃあ、食堂まで一番早くついた子がゆうしょーね!じゃあ、ヨーイドン!」

 

「あ、ちょっと待ってくださーい!」

 

「あらあら……勝ち負けがあるのなら負けられないわね。」

 

「あ、待つのだぞー!」

 

あはは!たーのしーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃叶華は、時間を極限まで遅くして、サーバルとネコマタの捜索にあたっていたという。

しかし、マップを確認し、一回廊下にいるのを発見して、考えるのをやめたらしい。

 

「嘘だろ、サーバル!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついでにこの話、本当は別のネタがあったんですけど、ボツにして書き直したんですよね。あ、これだとオチがつかない、みたいな感じで。


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10話 宴会にて

シャアッ!数学のワーク終わった!幾ら何でもテスト後に130ページ超の課題とか死んじゃうでしょうそれ……。
遅くなりましたが、こういうことは稀によくあるのでご了承を。


偉大な神格があれば、その性格もそれに伴い厳格かつ、崇高なものへと化していく。

というのは、転生時に消え去った甘い幻想である。

イナバノシロウサギは幸運の神様として名高く、信仰も得ているが、彼女の認知できない部分ではかなり幼い。

主要な神となるとタイムラインも超越した存在となるのだそうだが、イナバノシロウサギはその性質も得ていない。本人によれば『つまらないから』といっていた。

また、北欧神話の神々は彼ら自身の終わりを知っている。

ギリシャ神話の神々は……ま、あんまり気にしていないようだ。

私が言いたいことは、神々って思っていたよりずっと快楽に享受的ということだ。

 

「酒だァ!酒を持ってこぉい!」

 

「むむっ、そこなやつ我と飲み比べせい!」

 

「ちょっとー!それウチの鮭とば!かぁえぇせぇー!」

 

和風の宴会場はかなりの広さを誇っているはずなのに、ここの空気は酒精が満ちている。

そこにいる神々も神々らしからぬ程に酔いつぶれ、乱れきっている様子だ。

泣き上戸な神もいれば、笑い上戸の神もいる、もちろん悪酔いしている神もいる。

大和滞在2日目にして、私、叶華は神々相手にパーティーを開くことになりました。

大まかに経緯を説明すると。

アマテラスさん『明日、ウチらのペット預けにいくからよろしくー!』→私ら準備→『遊びに来たよー!』→では、早速……→『その前に酒盛りじゃー!』

要約すると、宴会じゃー!飲めや歌え!41000ペリカの散財!

 

もちろんそれだけでなく、アマテラスさんが預ける予定のヤタガラスにも顔合わせしたり、その他にアメノカクノカミさんからは神使の神鹿、また、ウカノミタマさんの神使の、俗に言うオイナリサマに、ツクヨミさんからは月にいたタマウサギの派遣などなどがありました。

幾ら何でも神話的ビッグネームばっかりすぎ。

天津神が突然降りてくるという、神話的に空前絶後なことの、当の本神(ほんにん)たちの目的は、うちに動物を預ける他の神様たちに肖って、酒を飲みたいだけなのである。

 

「おぉーい!叶華もこっちで飲むぞー!」

 

「あ、はーい!今行きますよ〜。」

 

私が一通り酒の肴やおかずなどを用意し終えると、タイミングを狙っていたように、アマテラスさんからお誘いの言葉を受ける。

特に断る予定もないので、すぐにそっちにいく。

既にヤマタノオロチも同じ席についていて、すでに大盃を傾けている。

 

「む?叶華よ仕事は終わったのか?」

 

「うん、昨日、力使いすぎたから、それほど無茶できなくて、時間かかっちゃった。」

 

「あぁ、なにやら大変だったようだな。なんでも、小銀河一つ文隔てたようなところにサーバルとネコマタが転移したとかなんとか。」

 

「しかも、徒労に終わるっていうね……」

 

アハハ、と苦笑いしながら、アマテラスさんの向かい、ヤマタノオロチの隣に座る。

実はあの後、その地点に体感時間半日をかけて、たどり着いき、大声で彼女らを呼んだものの、反応どころか、物音もなかった。不審に思い、透明ディスプレイを起動して確認してみれば、その反応ははるかかなたの一階廊下に二人の反応が。

……2度とこんなことのないように、空間移動距離に1000mいないという制限を設けた。

しかもおかしなことに、サーバルとネコマタが入った扉は、入っても別に遥か遠くにつながっているわけでもなかった。後々調査が必要だなぁ。

 

「早速、私たちがあげた能力を活用してくれてて嬉しいじゃない。それにこの屋敷も能力で作ったって?」

 

「ええ。もともと面白そうなネタとかは考えておきましたし、自動拡張にすると後が楽だったんで。」

 

「流石の想像力ね。そんな生きてもないのに、知恵も教養もあれば、想像力なんて人間の中でも群を抜いている。ほんと。これ以上ない適任ね。」

 

そういうのがあって、設定ガバガバなんですけどね!

ほんと、事故があってから考えるとか……ま、いっかぁ。大抵どうにかなるし。ケースバイケースよ、オホホホホ。

 

「そういえば、ヤタガラスって神話的にも重要ですけど、うちで預かっていいんですかね?そこ聞いておきたくて。」

 

「あ、いいよいいよ。分霊は済ませたし、いざとなったら、呼べるし。結構その辺、私達、ルーズだから気にしないで。」

 

気楽な様子で笑うアマテラスさんからは無邪気さが伺え、それで本当に今までなにもなかったことを表している。

 

「そのくせ、神話の流れはまもるのか……。お主らも難儀なものなのだのう。」

 

「ま、今回は叶華ちゃんっていうイレギュラーもいるけどね。」

 

確かに、とお酒の入ったグラスを傾ける。

まだお酒には慣れていないが、嫌いではないのは確かだ。この喉の熱くなる感じ、ジュースとは違うこの風味、クセになる。が、嗜む程度しか飲まないだろうけど。

ここで私は、神々が私に課したこのたびについて一つ気になっていることを口にした。本当他愛もないことだけど。

 

「ところでこれって、どんな神様がこのことを提案したんですかね?」

 

このこと、というのはつまり、私たちの旅のことである。

特別知る必要はないけど、だけど、どんな神が提案したかによっては、警戒しなくてはならないから。

 

「む、確かに。人々に害なす獣から、神敵ともいえる魔獣まで。神々(おぬしら)の神使は不死のものも多かろう。メリットがあっての試みなのかの?」

 

我のようにの、と最後に付け加え、探るような目つきでアマテラスさんをみる。

確かにヤマタノオロチの言う通りに、依頼にはバハムートや、フェンリル、はたまたリヴァイアサンなど、神を害しそうなものをタイムラインを書き換え、保護することにいかほどの利益があるのだろうか。

その質問にアマテラスさんは肩を竦め、答える。

 

「さぁね。気まぐれな神々が暇つぶしに考えただけじゃない?実は私も、天津神の誰も詳しいことはわかんないのよ。」

 

普段なら納得できないような答えも、しかし私は神々が気まぐれということをよく知っているので、なんとなく、なるほどと頷く。

 

「なんじゃ使えんのう。」

 

「な、なによー!仕方ないじゃない!実際誰が出どころなのかなんてわかんないでしょ、普通!」

 

「おうおう、そうじゃな。アマテラスちゃんは仕事のできるいい子ちゃんなのじゃー。かわいいのじゃー」

 

つまらなそうな顔で呆れるヤマタノオロチに、アマテラスさんはムギーっと、諸手を振り上げる。しかし、ヤマタノオロチは改める気もなく、さらに煽る。

 

「ふんっ、崇め奉りなさい!」

 

逆効果だったけど。

やはり偉大な神はどんなこともお許しになられる寛大な方々なのかー。

神々のチカラって、すげー!

しかし、こんなことをしていては話が進まない。

 

「直接誰が、じゃなくてもいいんで、どこの神々が発案したのかとか知ってませんかね?」

 

その神の所属神話がわかれば、その神話的性質から、何か思惑がわかるかもしれない。

 

「んー、ごめん、それもわかんないわ。気づいたら出ていたような話題なの。どこの神が言い出しっぺかわかんないし、それどころかどんな目論見があるのかもわかんないわ。」

 

「そう、ですか。」

 

死んでから人(今回は神だが)を疑いやすくなったのだろうか。相手の動機や思惑を掴んでないと不安な気分になるのだ。

これが自分だけでなく、みんなのことにもつながり、大きな責任になってると考えるとなおさらだ。

 

「ま、気にしすぎることないわ。どうせ思いつきだろうし、いざとなったらうちらが守ってあげる。こんな危険なことをやらせているのだもの。それくらいの責任は取るわ。」

 

「アマテラスさん……ありがとうございます。」

 

まさに聖人のような台詞を惜しげもなく披露してくるアマテラスさんは、心優しく親切な神だ。

生き返らせてもらって、こっちが責任持って仕事を遂行しなければならないのに、逆に気を使わせてしまうとは、アマテラスさんが親切とはいえ、少々情けないような気もするけど。

 

「あ、そうそう。こっちも聞きたいことがあるのよ。」

 

「はい、なんですか?」

 

「叶華ちゃんはこれが終わったら、なにをする予定?」

 

これ、とは何のことだろうか。

宴会のこと、旅のこと、それとも……

 

「全てが終わった時、だよ。」

 

「………」

 

「叶華ちゃんはこの仕事に全力を尽くすだろうし、私たちもサポートする。……けど、永遠なんて存在しないわ。力ある神々だって滅ぼされることもあるし、私だって百億年ぐらいで寿命が来るのよ。もしも……もしも叶華ちゃんの成したことが全て無に帰って、何もかも失ったら叶華ちゃんはなにをするのか、それが気になるの。」

 

まっすぐ目を見つめて、真剣な声音で問い詰めるアマテラスさんは少し悲しそうだった。私を哀れむような、そして己の失態を恥じているような。

少しその気持ちはわかるかもしれない。

私は前世で家族を目の前で失い、そして私も死んだ。それが私の1回目の終わり。あのとき、血にまみれ、人形のように動かなくなった妹を、私は見ていることしかできなかった。

なら、私は訪れるべくして訪れる、2度目の終わりを受け入れ、それを直視できるだろうか?納得できるだろうか?

必ず訪れる、絶望。

そんな未来が確定してあるのにもかかわらず、家族を増やし、親しくなって、己が背負う悲哀の運命を重くする私を。

一人の人間に、簡単に背負わせ、永遠の重石にして、それを映画を見るが如く楽しむ神を。

この人は哀れんでいる。

そして、それを止められなかった自分を恥じている。

 

「お主なにをッーーーー「ま、落ち着いて、ヤマタノオロチ。」ーーーーーー………」

 

突然の質問にいきり立つヤマタノオロチを軽く諌める。確かにいきなり投げかけるにしては、重々しい話題だったかもしれない。

正直なことを言えば、私だってどうなるかわかんない。

しかし、ハッキリと予想できるのは、私はそれを目にすることだ。いつかは、絶対。

 

「何をするのか、ですか……。結論的に言えば、ハッキリ言ってわかりません。私は死ぬのは怖くありません。ですが、家族の死は何よりも恐ろしいかもしれません。私の仲間が誰か一人でも死んでしまうと、多分私の心は壊れてしまうでしょう。」

 

「……そう。」

 

「私はみんなを守るためなら、どんなことでもやる勇気がありません。他者を傷つけたくありません。……ワガママですがこれが私の本音です。」

 

だけどこれも、全て訪れること。

私に誰かを傷つける勇気はなくとも、いつかはやらなければならないことにも遭遇するかもしれない。いや、絶対遭遇するはずだ。

そのとき、もしも私がなんでもする覚悟ができていなかったら、それは確実な滅びに繋がるはず。

 

「そして、覚悟のできていない私では、やっぱりその質問に答えることはできません。」

 

「ふふっ、貴方のそれがワガママなら、私の『国取り』はどうなるのよ。ま、いいわ。結論を急ぐものでもないし、()()にそんなこと聞いても、ね?」

 

アマテラスさんはくすっと笑い、納得したような表情になる。そして、グラスを傾け、お酒を飲み干す。

あの問いの答えは、きっと永らく|静寂『サイレンス》であり続けるだろう。

いずれ答えが出た時に、友神(ゆうじん)に伝えよう。

 

「じゃ、これで最後。このタイムラインはまだまだ不安定だから、突然のイレギュラーも発生するわ。ちっちゃいことだけど、ね。ま、用心することに越したことはないわ。」

 

「あ、もしかしてそれもこっちで調べたほうがいいですか?」

 

「いや、いいわ。微々たるものだもの。」

 

最後にちょっとした忠告じみたことを連絡される。本人曰く、気にすることのほどでもないらしい。時々、異界からの来訪者が現れたり、突然、ものが宙に浮いたり、目が覚めたら体が縮んでしまっていたりするだけらしい。

本当に神々の微々たるものって、規模がでかい。だけど、天変地異並みの異変は起こってないので、安心である。

 

「あ"ぁ"〜、やっぱカリスマなんてロクなもんじゃないわー!疲れる!」

 

「アハハ、でも様になってましたよー?」

 

「ほんと?鏡花ちゃんからそう言ってもらえるなんて嬉しいわ!」

 

あ、カリスマ切れを起こした。

朗らかに笑顔を見せるこの人が、本当にさっきの神物なのか怪しくなってきた。

いつも気を張っていたら疲れてしまう、と言うことを教えてくれる彼女に、あなたは今日ぐらいしか本気のカリスマ出してないでしょう、と言いたくなる。

 

「それにしても、叶華ちゃんの擬人化した動物達、本当に偉い子よねー!うちの愚弟にも見習わせたいわ。」

 

「あ、弟さんって素戔嗚さんですよね?やっぱりイタズラとかしてたんですか?」

 

「ええ、そりゃもう!この前なんてたまに帰ってきたと思ったら、体に厄を引っ付けてそこら辺歩き回るし!しかも、御土産が『ヒグマの鼻くそ』に、『うしのう○こ』よ!?馬鹿にしてるんじゃないの!?」

 

うーん、イタズラっていっても、前者は確実に素戔嗚さん忘れてただけだし、後者は北海道のお土産なんだけどなぁ。

ま、気を良くして饒舌になってるところを邪魔するわけにもいかないので、しばらくアマテラスさんの兄弟に関してのマシンガントークをしばらく聞いていることにした。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜一時間半後〜〜〜〜〜

 

 

「でね?結局花札に負けた私は一雫の御神酒も許されなかったってわけ!ほんと、五光に猪鹿蝶に赤単青単なんてどうやったら取れるって言うの!?」

 

「私もやったことありますけど、普通そんなの取れませんよね!『サマ○ウォーズ』のあの取り方なんて、実際できませんよ!」

 

な、長い……。幾ら何でも長すぎる。アマテラスさんからは、あらゆるタイムラインのあらゆる弟への愚痴が、次々と口から紡がれている。

話題は移りに移り、プレステ4から始まり、めんこ、大富豪、果てに花札へと移り変わってきた。

 

途中から宴会芸の披露が始まり、定番の腹芸、漫才、ダンス、カラオケまでやり始めた。

が、どうも神様達は飽きっぽいらしく、また、酒飲みに戻っている。

ここで、私は一つ大事なことを思い出した。

 

「みなさんの神使さん達にサンドスターを与えなくていいんですか?」

 

「あ、忘れてたわ。んー、そうねぇ……。うちのヤタガラスとお酒を飲める機会なんてそうそうないでしょうし、やってしまいましょう!」

 

「「「「「おーーーっ!!」」」」」

 

近くにいた神々も、アマテラスさんの言葉に同調して、歓声をあげる。

 

「せっかくだし、ステージの上でやりますか。私に神使さんを預ける(ひと)はステージの上に来てくださーい!」

 

大きく声を張って全体に聴こえるよう叫ぶ。すると、あちこちの神様達から、「いいぞいいぞー」「お、メインイベントか?」「ついに来たか……」などと声が上がる。

駆け足気味でステージの上まで登る。そこからは宴会場の全てが見回せ、すべての神様が好奇の目を向けてきているのが解る。

当然だろう、ここから起こることは神々さえも目にしたことのない全くの『未知』なのだから。

 

………しかし、このとき私たちは全く予想もしていなかった。このあと、ちょっとした事件があるなんて。

 

 



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11話 神世代親子喧嘩 前半

「オラァ、照射ァッ!」

 

これで20匹目!

あ、どーも、この場に集まった神様の神使のみなさんにサンドスターを照射している叶華です。

簡単にあらすじを説明すると、ゆるい神様が私のお仕事のためというのを建前に、うちに酒飲みに来て、やっとこ本題に入れたとこだ。

住吉大社の兎、諏訪大社の白蛇、出雲大社の海蛇など、様々な動物達を照射してきた。

 

「ええーと?次はヤタガラスさんですか。では、照射!」

 

またも会場が光に包まれ、神々の歓声が上がる。大神・天照大神の遣い、太陽の化身の八咫烏なだけに期待も大きい。

光が収まると、先程までとは違う人間のシルエットが浮かび上がる。

 

「お初お目にかかる。余の名はヤタガラス。此度は我が神、天照大神さまの命をうけ、叶華殿に遣わされることになった。よろしく頼む。」

 

「うん、よろしくね!」

 

「おおー!礼儀正しい!」「これが、あのアマテラスのとこの子かよ……」「主より(胸が)ある!?」

 

「キャー!うちのヤタガラスちゃーん!こっちきてー!」

 

「………………」

 

主バカだ!主バカがいるぞ!?歓声の中にひときわ大きな黄色い悲鳴がある!考えるまでもない、アマテラスさんだ。

感激しすぎて、まわりの悪意ある独り言に気づいてない。

ヤタガラスもこれには流石に、引き気味の表情。太陽の化身がそんな微妙な顔していいのか?

戸惑いつつも、彼女は私を一瞥し、アマテラスさんの方に向かって飛翔してった。もしかして、人型となったことで気苦労も増やしてしまったかな?いや、まさかなぁ。

………はい、次々いくよ。

 

「次ィ!照射(ファイヤ)ァ!」

 

暖かな光が宴会場の包む、が20回ぐらい起きている現象なので、ありがたみが薄れてきている。こんどは……鳩かな?はっきり言って適当に撃ったので、よくわかんなかった。

 

(わたくし)は応神天皇を案内した白き鳩にございますわ。よろしくお願いしますわ。しかし、正式な名前はありません。なので、叶華殿につけていただきたいのですが。」

 

光が収まると、シルエットだったものは優雅な一礼をして、こうべを垂れ、挨拶をする。うーん、神話絡みで神性が若干ある動物って、口調があるていど丁寧だし礼儀がなってるよなぁ。(信じられる?あの神様達に支えてるんだよ?)

それにしても応神天皇を案内したあの白鳩か。あのヤタガラスもどきみたいな扱いをされてる可哀想な鳩。

 

「ん?あ、名前ね。そうはいっても……何か希望はある?」

 

「皆さんのようなかっこいい名前がいいですわ!」

 

「う、うん……」

 

かっこいい、を強調し、キラキラした目を向けてくるので、顎に手を当て深く思考する。えーと、本鳥(ほんにん)は応神天皇を案内し、八幡神社に深い結びつきがあると……姿は汚れの全くない清楚なベストとその下にワイシャツ、下はこれまた真っ白なミニスカート。白菫色にほんの少しだけ青みがかかった髪はおさげにしている。瞳の色は金色で神々しく、神々の威光すら感じる。

 

「えー、っと?じゃあ、ミツルシルベノアマツバト(光導天津鳩)?うわっ、漢字にすると厨二っぽい!?ごめん忘れて!」

 

「えー、それっぽかったのに……」「いい線いってたと思うのになぁ」「え、やめちゃうの?」

 

それらしい言葉を繋げてったら、それらしいものが出来たが、自分の中のまともな部分が一瞬で却下する。『この厨二な名前、これからずっと聞くことになるんだよ!?』と、もはや悲鳴だ、悲鳴の域に達している。

ほら、彼女も腕プルプルさせながら、俯いているじゃん。やっちゃった、と思いつつ彼女に謝罪の声をかけようとした瞬間、

 

「いい!いいですわ、それ!」

 

彼女の目は照り輝いていた。私は何がいいのか理解したくなかったが。

私の中の常識が両手を振り上げ、床をバンバン叩いている。

 

「ミツルシルベノアマツバト……うんうん、私は大好きですわ!」

 

「………」

 

感激したように胸の前で手を握りしめ、詰め寄ってくる彼女は本当に嬉しそうだ。

困った、いや、弱った。

わ、私は、ど、どうすればいいの……?

この、ともすれば一生の恥になりかねないような、このネーミングを受け入れれるの?簡素にヤハタノシロハトとかにしとけばよかった。

神々の堪えるような笑いさえも今の私には気にならない。

 

「………………………………………わ、分かった。君がそれでいいなら、私は今から君をミツルシルベノアマツバトと呼ぶよ。」

 

「わーい!やったのですわ!ついに、ついに名を授けてもらったですの!」

 

長い沈黙の後に、渋々と(私が提案したくせに)その名前を了承し、正式に彼女の名前とした。

その瞬間に湧き上がる哄笑、いいや、そのどれも一つ一つが今の私には嘲笑にしか聞こえない。

彼女改めミツルシルベノアマツバトは髪と一体化した翼を器用に使い、宴会の席の方に飛んでった。

過ぎたことは仕方ない、と心の中で割り切り、私はさらに神獣たちにサンドスターを植え付けていった。なんか表現の仕方が、悪の組織感が凄いが、植え付けて行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして、訪れた最後の一匹。

あらかたの動物たちはサンドスターを得て、それぞれの()のところに行っている。

何十分かこれを続けているが、未だ熱気が冷める気配はない。むしろ、上がっていっていた。

なぜなら、最後の獣は、ヤタガラスに匹敵するくらいポピュラーな獣だからである。

稲荷大社が神使、稲荷神の眷属とされる白狐のお稲荷様。今回のなかではトップクラスに人気の獣だ。

 

しかし、神々からの人気とは裏腹に稲荷神が一柱、宇迦之御魂大神は、無言に近いくらい寡黙に口を噤んでいた。

彼の眷属の新生というのに、あまりにも深刻な表情で。

そんな彼に向かいに座っていた同じ稲荷神である、佐田彦大神が彼の異変に気付き、声をかける。

 

「なんだ、ウカノミタマ。お主が眷属の新たな出発点を迎えようとしておるのに、そんな辛気臭い顔でどうする。」

 

「……心配なんだよ……」

 

酒が回っているのか、目を伏せがちに答える。

 

「なんだ、主バカというやつか。確かにあの娘はお主が手塩にかけておった娘であろうが……ほれ、応援してやr「違うんだ」……は?」

 

「あの娘には叶華と行動とともにするだけの実力はある。ただ、その、なんだ、すごく言いにくいのだが……」

 

頭をポリポリと掻き、やけに言い淀む。目も伏せられてて、やけに深刻気味だ。

 

「なんだ?ハッキリ言え。」

 

「あー、うん、そうだな。多分、俺が思うにな、今あの娘はーーーーーーーー反抗紀だ。」

 

「は?」

 

佐田彦大神が『は?』のhを発音するかしないかのところで、部屋に再び光が満ちる。

宇迦之御魂大神はあちゃー、と顔に手を当て、佐田彦大神は嫌な予感でもしたのか、顔を青ざめさせる。

 

 

 

 

 

 

光が治まりを見せ、最後の神獣の姿が露わとなる。

ミツルシルベノアマツバトの様に真っ白な全身で、衣服はブレザーとミニスカートだ。そして、珍しく素足が見えている。耳の内側は白狐の白い毛皮に対抗する様に緋い。

また、左足と尻尾には紐のようなものを結んでいる。最近は伏見稲荷に縁結び目的で行ってる人も多いからなぁ。

髪は尻尾に届くほどのスーパーロングで、瞳は黄金だ。

光の中から出で来た様はまさに神秘的で美しかった。

そしてあと一つ印象を挙げるなら、とても清楚ということだ。見た目もその印象に加点しているが、お淑やかな雰囲気がさらにその印象を増している。

ともあれ、まずはファーストコンタクトを……

 

「やぁ!こんにちは、私は叶華。よろしくね。さっきまでのことで大体理解してるだろうし、宇迦之御魂さんからも説明されてると思うから、事情説明は省くけど「嫌ですよ。」ーーーウェッ!?」

 

この流れでの拒否は卑怯なり!

などと、頭の中で巫山戯たことを考えるも実際頭は混乱した。

お、落ち着け、落ち着いて無理数を数えるんだ、ルート2、ルート3……表記できないやんけぇ!

テキスト的な問題で、無理数のカウント失敗をしでかした私は、さらに混乱の極地へと誘われる。

次の言葉を考えていると、オイナリサマがさらに続ける。

 

「まったく、その程度でひるみますか!?これだから凡人は、私の上に立とうなんて八万年早いんですよ!ーーーーーーそして、糞オヤジィ!何でもかんでも支持して、挙げ句の果てには人間に責任押し付けて、託児保育ですか!?私はお断りですよ!こうなったら、とことんまで抵抗してやります!」

 

一息に紡がれる罵詈雑言に瀕死にまで追いやられた脳に追い討ちがかけられた、がそれは宇迦之御魂さんへの糾弾を聞く前までである。

多分、私と大多数の神々は察しただろう、

 

 

『この娘、反抗期(紀)だ』と。

 

 

主従の関係を超え、もはや親子の仲になった宇迦之御魂さんに今更ながら、第二反抗期が来たのだと。

………そう考えると、微笑ましく感じてきた。ヤマタノオロチなんかは笑いを潜めようと四苦八苦している。

が、もう一人の当事者である、宇迦之御魂さんは深刻な表情をして、宴会の席に座している。

其の神威は凄まじく、周りにいる神を威圧している。

 

「……確かに俺は其のようなことを言われても仕方のない育て方をしてきたかもしれない。うちの神社の信仰の一端をお前に担わせていたこともあるし、祭事に関しては周りのどんな神より厳しく指導したかもしれない。それに関しては済まないと思っている。完全に眷属ができる範囲の仕事を超えていた。」

 

述べられていったのは謝罪の言葉。

確かに稲荷大社ってお稲荷様信仰も稲荷神信仰と同じくらい厚いな、と頭の中で共感する。

初めて会った時は、あんまりコミュニケーション取るのがうまくなさそうな印象だったけど、こんな一面があるなんてと思う。

しかし、宇迦之御魂さんの言葉はそれだけで終わらなかった。

 

「だが、それだけで叶華を貶める理由には足らないな。わかっているはずだ、彼女は黄金の精神を持っている。私に対し憤りを感じたからというだけで彼女に暴言を吐いては、ならぬ……!」

 

怒気を少し混ぜた其の言葉は、宴会場中の潜み笑いをも根絶し、親子間の仲を拗らせていく。

私たちはどうしたらいいか分からず、その場で偶像になるしかなかった。

 

「な、なんでよ!謝ったかと思えば、急にそいつの肩持って!少しぐらい私のことを優先的に考えたことぐらいあってもいいじゃない!?私より、叶華とかいうやつの方がいいっていうの!?神霊から見ればそんな塵芥、取るに足らなーーーー」

 

 

 

「いい加減にしろォッ!この出来損ないめがァァーーーーーーッッ!!」

 

 

 

「ーーーーーー」

 

私やヤマタノオロチ、延いてはこの場の神々全員が完全に凍る。今までの言葉の応酬が、生優しかった。戻して!(切実

ファーストコンタクトで、あまり対話力がないながらも愛情を感じさせた宇迦之御魂さんが、ついにキレた。

神威が文字通り黒いオーラとなって放出されている。祟りとか厄が詰まってそうな禍々しい気の奔流だ。

 

「俺は親である前に神であるのだッ‼︎神が人を慮るのは当然!子のことで、救いや利益を求める民を見捨てることがあってはならないィッ!よって、我が眷属の人間に対する罵詈雑言は決して許すことはできぬのだァーーーッッ!だいたいにしてお前はァッ!」

 

全ての神々が圧倒されている。宇迦之御魂さんの神としての流儀を語る其の様に。彼の娘に怒りをぶつけるその形相に。

しかし、彼は親として許されないことを言ってしまう。

 

「俺の実子ではないだろうがッ!」

 

「ーーーーーぁ」

 

怒りに任せた罵声が会場に響き渡るなか、オイナリサマから小さく短い絶望の音が漏れる。

其の音の方を向けば、石のように固まったオイナリサマが目に入る。

さっきまでの威勢よく、私に噛みついてきたその様は何処へやら、まるで抜け殻を思わせる様子だった。

なんてことを、なんてことを言ってしまったんだ!

 

「あ、あなたは、あなたは!なんてとんでも無いことを……!」

 

驚愕と怒気が、無意識にその言葉のうちに宿る。彼は宇迦之御魂さんは親として言っていいことの一線を超えた。

いくら反抗期の娘がやらかしたとしても、彼女が子供であるということを否定してはならないのに!

 

「ーーーーーーーーッ!」

 

「あっ!」

 

痛々しい沈黙の後に、まずアクションを起こしたのはオイナリサマだった。

しかし、彼女は宇迦之御魂さんをぶん殴りに行くわけでもなく、その場に泣き崩れるわけでもなく、ただ、その場から逃げ出したのだった。

不運にもオイナリサマの方が扉の方に近かったので、不意をつかれた私たちは誰も彼女を捕まえられなかった。

あとにのこるのはオイナリサマに続いて逃げ出したくなるかのような空気の悪さのみ。

数分にさえ感じるような20秒ののちに、どこの男神だったか、口を開いた。

 

「取り敢えずさ……………酒飲もうぜ?」

 

「「「嘘だろ、素戔嗚!?」」」

 

「そうですね。叶華、お酒を持ってきてください。」

 

「「「『月読命』を月までブッ飛ばしたくなるこの衝撃…」」」

 

「お代わりよー!お代わりを持ってきなさーい!」

 

「「「飲んどる場合かァーーーーッ!!」」」

 

返して!シリアスを、シリアスを返して!

酒が入りすぎだバカ神共!あの雰囲気からよくそんなこと言えたものだねぇ!宇迦之御魂さんさえも目をまん丸にしてるじゃないですかぁ!?

あぁ、ヤタガラス、その隣にいるロリババァ女神をぶん殴って!

 

「どうしてくれんだよ!どの上司もポンコツじゃあないか!?」

 

「マジかよ、宇迦之御魂サイテーだな!」

 

「体で払え、宇迦之御魂よ!」

 

あぁ、違うんですよ神様A,B,C,、悪いのはあの能天気な酔っ払い共だけでいいんですよ。この場合、宇迦之御魂さんは悪くないんですよ。そして、1柱やばい人いますよ。

もう収集つかなくなっちゃうよぅ!

余った酒をそのまま、がぶ飲みし始める三貴神、ああもうめちゃくちゃだよ!

 

「ああー、叶華ちゃーん?あの娘(オイナリサマ)追うんなら、早くしたほうがいいかもしれないよー?」

 

どっかの神の言葉が耳に入り、錯乱状態だった私の頭を冷ます。

って、飲みながら言うなァーーーーッ!

 

「もう、いいです!解りました!お酒は出しとくんで、勝手に呑んでてください!私は彼女を探しに行きます!」

 

半ギレで叫び散らせば、おぉーーっ!と歓声が上がる。結局あんたらも飲みたいんじゃないか!?

〜〜〜〜〜〜ッ!もういちいち突っ込んでいたらきりがない!

まず、私は能力を使って卓の上に作り置きしておいた料理や酒をあらん限り出す。

 

「「「「「やったぜ」」」」」

 

その瞬間、飯にありつく神々。唐揚げとか多めに作っといてよかったぁ……。

そして、次に……

 

「ヤマタノオロチに、【インディゴウィズダム】の権限割譲。ヤマタノオロチ!これで皆さんの暇つぶしに協力してあげて!」

 

「おぉ!いいのか!?ちょっとやってみたいことがあるのだ!礼を言うぞ、叶華。」

 

さぁ、私も少し、準備をしてから行くかな。

……宇迦之御魂さんは顔に深くシワを刻んだまま、深く考え込んだように動かない。言ってやりたいこともあるけど、本人が深く考えてることの邪魔はしちゃいけないな。

それにしても、はぁ……。親子ゲンカの仲裁をこんな私がするなんて、皮肉なもんだなぁ。

あ、忘れてた。施錠しとかないとオイナリサマ外に逃げちゃうじゃん。

ま、これからうちに預けられる娘なんだから、主人としてこれくらいのことはしてあげないとなぁ。

それに、ちょっと思うところはあるしね。

 

 

 

 




アプリ版のオイナリサマの反抗紀の親子ゲンカということで書かせてもらいましたが、なんにしたって三貴神が空気読まなすぎですね。と言うことで次回は、オイナリサマの捜索ということに必然的になりますが、やっとこみんなに出番が回って来ますよ。ウレシイヤッター!


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