Breakers Quartet (灰野真央)
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プロローグ
この世界に産み落とされた人類は瞬く間に世界各地へと勢力を広げ、自らの思い通りになるようにと、急速に世界を作り変えていった。
かつて豊かな自然に囲まれていた世界は、今や大半の森が姿を消し、高層ビルや巨大な工場、高速道路やライフラインが張り巡らされた大規模な巨大都市があちこちで形成されている。大陸各地で海や空や陸を使って交易し、その富を得て人々は暮らしている。
家々の光は、例え真っ暗な夜でも昼のように明るく闇を照らす。自然を好む人々は、その光を嫌って大都市から遠く離れた僅かな森の奥へと自ら姿を消していく。都市に住む人々は、便利で豊かな生活を享受してひたすら仕事に打ち込み、休みの日には都市を離れて田舎の町へと赴いたり、リゾート地に行ったりしてゆったりと過ごす。
そんな世界の平和は、ある日突如として破られた。
普通の人々とは全く違う異質な力を持った者達が表舞台に現れ、各国にある大都市の政府関連施設を襲撃する事件を相次いで起こすようになった。人々は、彼ら異能力者達を恐れてこう呼んだ。
『
世界中の人々はただひたすら逃げ惑い、深い恐怖と混沌とに叩き落とされた。すぐさま各国政府は
そんな中、闇に紛れて暗躍する彼らの前に現れたのは、同じ
各地で光と闇が激しくぶつかり合い、多くの血が流れた。後に、異能力者達による大規模なこの抗争は、『
それから百年程経った頃には混乱も収まり、異能力者達は四つの勢力に分裂した。
光に追われた闇は密かに犯罪者集団・『ヴァルヴァラ』を立ち上げ、各地で自分達に抵抗する
一方で、ヴァルヴァラやその他の
だが、ヴァルヴァラとアナスタシアの抗争のみならず、その両方の組織の勧誘を蹴って個人主義を貫く
更に、各国の権威ある研究機関が極秘に生み出した人工
彼らの激しい戦いの先に何があるのか、何が起こるのか。まだ誰も知る由はない。
少なくとも、今はーー。
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アカデミーへ
〜パールス視点〜
「ここが……アカデミー……」
僕は、目の前にそびえ立つ立派な建物を見上げる。
様々な美しい彫刻がびっしりと彫られた白い壁。一番高い尖塔には、アナスタシアのシンボルマークである剣を携えた乙女の横顔があった。凛と前を見つめるその彼女の眼差しに、僕は自然と引き込まれてしまう。まるで彼女の中にある強い意志を体現しているような、そんな威厳を感じた。
「やぁ、ここの新入生かい?」
「ふぇっ!?」
いきなり声を掛けられて、僕はびっくりしてそっちを向いた。そこにいたのは、優しそうな雰囲気の男の人。明るい茶髪に、黒縁眼鏡の奥には、思わず引き込まれてしまいそうな、綺麗なターコイズブルーの目を持っている。
「あの……あなたは?」
僕が恐る恐る聞くと、その人は困ったように笑って言った。
「ああ、すまない。僕はここの教官をしている、アレンって言うんだ。君は?」
「えぇっと……僕は、今日からこのアカデミーに入学する、パールスです」
「なるほど、そういうことか。じゃあ、早速大講堂に案内するよ。ついてきて」
そう言うと、アレンさんはゆっくりと歩いて僕を案内してくれた。周りの人達も、それぞれのペースで大講堂へと向かっている。僕は緊張してキリキリと痛むお腹を押さえて、不安な気持ちをどんどん強くしていく。
《大丈夫かな……。この力を、ちゃんと使えるようになるのかな?》
アレンさんに案内されて入った大講堂には、既に大勢の人達で溢れかえっていた。所々で会話を交わし、握手をする。楽しそうに笑い合っている人達もいて、僕はますます緊張してしまった。お腹のキリキリした痛みも強くなって、顔を歪める。
「うぅ……。ダメだ……これ以上は、保たないかも……」
椅子に座って前かがみでお腹を両手で押さえていると、誰かがトントンと僕をつついた。
ゆっくりと顔を向けると、アレンさんが心配そうな顔で僕を見ていた。
「大丈夫かい?さっきから顔色が悪いみたいだけど……」
「実は僕……不安になるとお腹が痛くなるんです……。今もすごく痛いです……」
ようやくそれだけ言うと、 僕はゆっくり顔を前に向き直してから、小さく唸った。あぁ、早くこの緊張感から解放されたい……。そうすれば、後は痛むこともなくなる。スッキリできる。だから早く……!!
「どうしても無理そうなら、医務室に行くこともできるけど……どうする?」
アレンさんが、僕の背中を優しくさすって提案してくれた。僕はそれを受け入れて、医務室に行くことにした。ここで見ず知らずの人達に迷惑を掛けるよりも、少しでも安心できる場所で過ごしたい。
僕がそう言うと、アレンさんは笑って僕の背中を支えてくれた。大講堂を出るだけでもやっとな僕の歩幅に合わせて、根気強く歩幅を調節して歩いてくれる。その心遣いが優しくて、僕は申し訳なくて泣きそうになるのを必死で堪えて、何とか医務室へと辿り着いた。
「リーファ先生。生徒さんが一人、体調不良なんですが……寝かせてくれませんか?」
アレンさんが白衣を着た女の人に声を掛けると、その女の人はニコリと笑って「ええ、構いませんよ」と言ってくれた。
「あらあら、あなたは緊張感やストレスを感じると、お腹が痛くなるみたいね。無理せずに、ゆっくりベッドで休んで行くといいわ」
「あ、ありがとうございます……先生」
どうやら、このリーファ先生と言う人は、見ただけで内部の異常を感知できる能力を持っているみたいだ。さすが、医務室の先生。感知タイプの能力者なんだなぁ……。
内心感心しながら一番奥のベッドに行って横になると、緊張感から解放されたことでお腹の痛みが取れ、次第に楽になっていくのを感じた。
「良かった。どうやら、だいぶ楽にはなったみたいだね」
「はい……ありがとうございます、アレンさん。僕のせいで……」
アレンさんは静かに笑って、ゆっくりと首を左右に振った。
「いいんだよ、気にしなくて。それに……これから宜しくね、パールス君」
「……え?それって、どういうこと、ですか?」
僕が状況を飲み込めずにキョトンとしていると、彼は笑顔を崩さずにこう言った。
「君の担当は、僕だからさ。これからの三年間、僕が君の担当教官になったんだ。キチンと能力を使いこなせるように、頑張ろう」
この人が、僕の……?
三年間のアカデミー生活を支えてくれる教官は、アレンさん。これは、偶然なんだろうか?
そう思いながらも、僕は「よ、宜しく……お願いします……」としどろもどろになりながらも、何とかその一言を言った。
また優しく笑ってくれたアレンさんの顔を見て、僕もはにかみ笑いを浮かべる。
ベッドに横になって安心したのか、温かいアレンさんの笑顔を見てようやく緊張が解けたのか、僕はそのままゆっくりと、意識を闇の中へと沈めていったーー。
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一日の始まり
〜パールス視点〜
「アレンさん、おはようございます」
「やぁ、パールス君。おはよう。昨日はよく眠ってたね。疲れはちゃんと取れたかい?」
「はい。もう大丈夫です。昨日は、ご迷惑をお掛けしました……」
僕が謝ると、アレンさんは笑って鷹揚に手を振った。少し困ったような顔で「いいよ」と言い、僕達二人は、早速寮の中にある食堂へと向かった。その道中、アレンさんは僕に基本的なことを教えてくれた。
この異能力者教習学校・通称アカデミーは、全寮制の場所。全ての
そこまで話した時には既に食堂に着き、僕はアレンさんに説明されながらメニューを選んで席に着いた。食べながら話していると。
「危ない! 避けて!」
「へ?」
急に女の人の声が聞こえてきた。僕が右を向いた時にはもう、目の前に何かが飛んできていた。
《ぶつかる……っ!!》
そう思って目を閉じたけれど、痛みも何もない。恐る恐る目を開けると。
目の前では、カップが宙に浮いて止まっていた。
「な、何で……?」
「大丈夫だよ、パールス君」
僕の向かい側に座っていたアレンさんが、ニッコリと優しく笑う。いつの間にか眼鏡を外したその目は、柔らかくて青い光を放っている。
「僕の能力で止めたんだ。これでもう心配ないよ」
そう言うと、スイ、と視線を動かして女性の方へとカップを運ぶ。カップがその動きと同じように移動し、無事に女性の手の中へと戻っていった。
女性は何度もアレンさんに頭を下げてお礼を言い、トレイにカップを載せて返却口へと向かっていった。
「あの、アレンさん。あなたの能力は……」
言いかけると、眼鏡を掛け直したアレンさんはキチンと問いに答えてくれた。
「僕の能力はサイコキネシス、いわゆる念力だよ。普段は眼鏡型の
「は、はい」
僕はポケットからメモ用紙を取り出して、必死でアレンさんから伝えられた内容をメモする。書き終えてチラリとアレンさんを見ると、彼は僕の意図を読み取ったらしく、静かに笑って頷いた。
僕はメモ用紙に目を向けて、暫くジッとそれを見つめる。すると、頭の奥がジーンと熱くなって、メモの内容がスルスルと頭の中に入っていく感覚を覚えた。
全ての内容を記憶して、僕は疲れが出て眉間を押さえた。まだ、この能力の使い方をうまくできなくて慣れていないせいかもしれない。
「さぁ、早く食べて、一日頑張ろう」
「……はい!」
僕は大きく頷いて、朝ご飯を口に運んでいく。アレンさんも、バターのいい匂いが漂うトーストを
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家族との電話
〜パールス視点〜
アレンさんと一緒にアカデミーで訓練を開始してから、早くも半年が経った。最近は友達も少しずつ増えてきて、アカデミーでの講習も本格的になってきた。けれど、今の時期は最初の慌ただしさに比べると少し落ち着いてきた。初めは緊張してお腹が痛むことの連続だったけど、だいぶ精神的にも余裕が出てきたので、僕は久しぶりに家族に電話をしようと思い立った。
僕が早速そのことをアレンさんに言うと、彼は頷いたけれど、ここで掛けて欲しいと言われた。
「何で、ですか?」
僕が怪訝そうな顔で尋ねると、アレンさんは中指で眼鏡のブリッジを押し上げて説明してくれた。
「アカデミーでは、全ての通話と手紙は教官を介さないといけない。つまり、電話をするにしても僕達の前でしなきゃいけないし、手紙を書いて送ろうとするにしても、必ず閲覧される。居心地が悪いかも知れないけれど、これも立派な規則だからね。だから、僕の前で電話をして欲しいんだ。……いいね?」
「……分かりました」
家族との会話を聞かれるのは少し嫌だったけれど、仕方ないか……。
僕はアレンさんの前で、家族に電話を掛けた。
数回コールが鳴った後、母さんが出た。
『もしもし、スリンゲルラントですが』
「もしもし母さん? 僕だよ、パールス。元気だった?」
僕がそう言うと、母さんは嬉しそうに返事をしてくれた。
『あら、パールス! アカデミーの生活はどう? だいぶ慣れた? ちゃんと食べてるの? 熱とか出してない?』
「うん、大丈夫だよ。優しい人達ばかりだから。母さんや父さんも、元気にしてる?」
『ええ、大丈夫よ。ありがとう。ちゃんとアナスタシアに入隊して、立派に任務を果たすのよ。でも、無理はしない範囲でね』
「アハハ、分かってるよ」
いつもの母さんのお節介。家にいると「またか」ってちょっとしかめ面をしてしまったけど、離れてる今はそれが何よりも嬉しい。僕のことを心配してくれてる、いつもの母さんだったから。安心して、思わず安堵の息を吐いた。
それから暫くは母さんと近況報告をして、父さんや妹のアシュリーとも色々話した。
家の庭に植えたエンドウ豆が大きくなっていること。最近、アシュリーが学校のテストで満点を取ったこと。父さんが料理を始めたこと、などなど。普通の人からすれば何気ない些細な会話。でも、僕にとってはどれもが驚きで新鮮だった。今すぐ帰りたいけれど、帰れない。そんな悔しさが胸の中で渦巻く。どうして僕は、普通の人として生まれなかったんだろう? 普通のままでいれば、母さんや父さん、アシュリーと仲良く四人で暮らせた筈なのに。
今更後悔しても遅い。けど、後悔してしまう。自分を恨みたくなる。
それでも二人の元気な声を聞けて安心して、最後に僕は母さんと短いやり取りを交わした。
『次はいつ掛けてくるの?』
「うーん……ちょっとこの先の予定がどうなるかが分からないから何とも言えないけど、これからはこまめに電話するよ。それじゃあ、また今度。みんな、病気しないように気を付けてね」
『ありがとう、パールス。それじゃあね』
通話を切ってアレンさんの方を向くと、彼は優しく笑って頷いた。
「どうやら、ご家族の方もお元気そうで。良かったね」
「はい!」
互いに静かに笑い合って、僕はまた講習の為にアレンさんの後に付いて訓練室へと向かった。
また、頑張らなきゃ……。家族の為にも、みんなの為にも。
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