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第一話 陽動
こうして小説を投稿するのは初めての経験です。
頭の中で色々妄想していたことをどうにかして形にしてみたくて、書いてみました。
読みにくい文だとは思いますが、どうか最後までお付き合いください。
高浪春は、古い喫茶店でただ時間を潰していた。
今日は土曜日で本来ならば仕事があるのだが、高浪には職場にいったところでやる仕事がない。
かといって家にいてただ寝て過ごすのも不健康だ。
だからいつもこうして町をほっつきあるいて、昼頃にこの喫茶店に入る。
今日は既に食事を終えて、新聞を読んでいた。
"竹島問題 国際司法裁判所に共同提訴"
政府は、10日の李明博大統領の竹島上陸への対抗措置として、竹島の領有権問題について国際司法裁判所に共同提訴することを韓国へ正式に提案した。同様の提案は過去にも3度あり、今回は初めて実際の提訴に至ると見られるが、韓国の拒否により日本の単独提訴となって裁判そのものは実現しない見通し。
"新型新幹線 浜松でお披露目"
東海道新幹線の新型車両N700Aが浜松工場で公開された。現行の主力車両N700系と外観はほぼ変わらないが、ブレーキ改良による災害時の急停車への対応、照明にLEDを採用することによる環境・快適性への配慮、定速走行装置を搭載することによるダイヤの効率化など、各種の改善が施された。
新聞に書かれた出来事をすべて頭に叩き込む。
高浪の職業柄、些細な事柄が命取りになりえる。
だから常に勉強をして新しいことを覚え、忘れないようにする。
子供のころにそう教わった、いや、そう教え込まれたというべきだろうか。
どちらにせよ、高波はただ黙々と目の前の文字を知識に変換していった。
喫茶店の入り口からカランカランと音が聞こえた。
ふと入り口を見ると、20代後半くらいの男が店内を見渡していた。
高浪と男の目が合った。
すると男は高浪とは反対方向へ歩き、空いている席についた。
「マスター」
男が少し大きな声で店主を呼び出し、店主が席に近づくと「玉子サンドとコーヒーを」と短く注文した。
店主が無言で奥へ引っ込むと、高浪は席を軽く片付け、そそくさと店を出てすぐに走り出した。
喫茶店のある裏路地を走り抜けて少し開けたところにある空き地に止まったトヨタ メガクルーザーの後席に乗り込んだ。
既にエンジンはかかっていて、前には私服の若い男が二人のっていて、隣の席には前の二人より少し年を取った男が座っていた。
「出せ」
隣の男が低い声で言う。
ルームミラー越しに高浪がシートベルトをしたことを確認した運転手が、車を発進させる。
「なぁ、普通に携帯で呼び出せばいいだろ?」
高浪が隣の男に話しかける。
木村一等海曹、高浪の上官の男がめんどくさそうに「俺に言うな」と答えた。
「で?どこで何があった?」
高浪が聞く
「東海道新幹線の車両がジャックされました、犯行グループは小銃などを所持しているようです。」
助手席に座っていた男が答えた。
「要求は?」
高浪が返す。
「去年起きた警察官の不祥事についての謝罪と賠償だそうです」
「警察の不祥事?」
警察官が不祥事を起こすことは別に珍しいことではない。
しかし、それらはほとんど大規模な問題になるほどの事ではない。
ましてやテロ行為を誘発するほどの事件であればマスコミが真っ先に嗅ぎ付けて、大炎上させていることだろう。
だが、高浪には思い当たる節がなかった。
「3月の震災の時に混乱に乗じて警察官が女性に集団暴行したとのことです」
「そんな事件あったか?」
「いえ、ありません、どうも良くできたブログ記事が原因のようで……それが正義感に燃える大学生を動かしたのでしょう」
運転手が答える。
少し走ったところで高速道路に乗り、若干速度超過気味に走り抜けて行く。
こんな運転で覆面パトカーに捕まらないか?自衛官が任務中に交通事故何て洒落にならんぞ、などと考えていると木村が膝にのせたノートパソコンで、問題のブログを見せてきた。
「またか……日本の大学生はみんな馬鹿なのか?」
そのブログは確かに良くできたものだった。
事実の中に巧妙に紛れ込ませた嘘の文に、おそらく合成であろう写真数枚。
高浪にはこの文体に見覚えがあった。
先月の事だ、大学構内でオウム真理教に影響された学生が拳銃と手製の爆弾で政府に麻原彰晃の開放を求めた。
すぐに警察が鎮圧したらしいが、それも事の発端はブログ記事だった。
事件直後に新聞に載っていた文体に非常によく似ていたからだ。
「俺達も調べてる途中だが、どうも子供に危ないおもちゃを配ってる連中がいるらしい、全く勘弁してくれ」
木村が心底困った様子で、ため息混じりに答える。
「で?なぜ俺が呼ばれた?」
本来であれば先月の事件のように警察が解決するべき問題で、高浪が呼ばれるような事件ではない。
「反抗グループが小銃を所持していることと、トレインジャックの性質上突入が困難であることから、警察力では対処できないとのことです」
「特戦群で何とかならないのか?」
特殊作戦群、通称特戦群は陸上自衛隊の特殊部隊で、対テロ作戦であれば通常この部隊が対応する。
警察が対処できなくても、本来高波が出向く案件ではないのだ。
「走行中の新幹線だ、大規模の部隊が突入するには車両を停止させる必要がある……とにかくだ、仕事なんだから文句垂れるな」
文句の多い高波にいら立ったのか語気を荒くした木村。
「はぁ……わかった、で?作戦は?」
そう聞いた時、上空を迷彩柄のヘリがその回転翼と二つのターボシャフトエンジンから町中の窓ガラスが割れそうなほどの爆音を放ち、猛スピードで飛んで行った。
「細かいことはあん中でヤツに聞け」
「久しぶりだなぁマジシャン」
ヘリコプターの機内では、そのエンジン音でほとんど会話が聞こえない。
それはこのUH-60JAに詰め込まれた男たちも同様で、高浪のヘッドセットからは向かいに座る男の、よく知った声がしていた。
「高橋一佐、やっぱりあんたか」
高浪が悪態をつきながら答えた。
ヘリに乗っていたのはよく見知った顔だった。
「まあまあ、そう嫌な顔をするな」
高橋銀次郎、階級は一等海佐。
飄々として、真面目なのかふざけているのかわからないような男だ。
高橋のせいで何度も危険な目に遭っている高浪はこの男が気にいらなかった
「で?今回はどんなスンバらしい作戦に参加させてくれるんだ?」
高波が皮肉たっぷりに聞く。
「最近仕事がなくて退屈そうだったからな、今日は飛び切りエキサイティングな作戦だ、おいあれを持ってこい」
高橋が隣の男にパソコンを持ってこさせて、高波に渡した。
「最近マックブックからタフブックに変えたんだ、かなり高かったが」
高橋が渡されたパソコンを眺めるように掲げ、高浪に自慢する。
「いいから作戦を説明しろ」
それにイラついた高波が食い気味に聞いた。
「話は最後まできくもんだぞ、作戦開始地点は浜松駅を過ぎて二つ目のトンネルだ、今はそこに向かってる」
渡されたパナソニックのタフブックの画面に表示されたマップに赤いピンが刺さっている
「そこから線路にベニヤ板が敷き詰められている」
「ベニヤ板?」
マップがズームして、下り線路に赤い矢印が上り方向に引かれる。
「そうだ、新幹線が来たら君にはバイクでそれを追いかけてもらう」
「……は?」
嫌な予感がした。
「ちょっと待て、まさかバイクで新幹線を追走して飛び乗れとでも?」
回答は聞くまでもなかった。
この男はいつもそうだ、毎回無茶な作戦を立案してくる。
「その通りだ、理解が早くてたすかる」
「……………………はぁ」
高浪が心の底からため息をはく。
「続けるぞ、現地に着いたら君はラぺリング降下、新幹線が来たらバイクで並走、ドアを破壊し先頭車両に飛び乗ってくれ、心配するな切符は要らん」
この男は淡々ととんでもないことを言ってきた。
「で?敵を全滅させればいいのか?」
「いや、それは特戦群にやらせる、君は車両を止めるだけでいい」
マップに黄色の丸が付けられた。
「この丸の位置に特戦群が待機している、特戦群は車両が停止したらドアを破壊して乗り込み、各車両を制圧する。」
マップウインドウが閉じて、新幹線の詳細が表示される。
「作戦時間は30分、新幹線に乗ってからは25分しかない、それまでに君は先頭車両を制圧し運転手を確保、指定した位置で車両を停止、失敗は許されないが……まぁ君なら余裕だな」
「はぁ……で?あとどれくらいで着く?着いてからはどれくらい余裕があるんだ?」
「そうだな、あと8分くらいで着くだろう、ついてからは……20分程度じゃないかな、カップラーメンを作るなら今のうちだぞ?」
高橋が腕時計を見ながら答えた。
「わかった、装備はどこだ?着替える」
「そうしてくれ、おい高波に装備を」
さっきタフブックを渡してきた男が黒いジャケットを渡してきた。
「装備一式です、アーマーは拳銃弾まで耐えます」
高波が上からジャケットを羽織ると今度はボディーアーマーを渡してきた。
「武器は消音拳銃、閃光手榴弾、コンバットナイフが入ってます、あと現地で九ミリ機関拳銃を用意してます」
「スタームルガーMk2だ、サプレッサー内臓式でモデルガン位の音しかしない、それからファーストエイドキットとブリーチングツールはそこのバックパックに入ってる」
高橋が顎で奥にあるバックパックを指しながら喉の振動を拾うスロートマイクと、それに繋がった無線機を渡してきた。
「我々はこれで君をサポートする」
無線機を受け取って背中のラジオポーチに突っ込み、喉にスロートマイクを巻く。
若干の息苦しさを感じながらマイクと同じコードから伸びたイヤホンを左耳へ押し込む。
「一佐、トンネルが見えました」
ヘッドセットからコパイ声がした。
外を見るとトンネルから線路が二本伸びていた。
そのうち片方はベニヤ板が敷かれていて、その周りを緑の男たちがせわしなく動いていた。
「うむ、よし高波、ようやく出番だ、しっかり働いてこい!」
高橋が席を立って勢いよくドアを開けた。
高波がドアの前に立ちロープをつかんだ。
「ボーナスは弾んでもらうぞ」
高橋をにらみつけた後、高波は眼下に消えて行った。
ヘリに乗った男の一人が機体のドアから身を乗り出して下を確認する。
男はそのまま外に足を投げ出すようにヘリの床に座りドアガンとして取り付けられた七四式車載機関銃のハンドルを握った。
それを見た高橋が高浪が異常なく現地入りしたことを確認し、ヘッドセットのマイクに呼び掛けた。
「マジシャンがステージに上がった、観客は席につき、来賓はVIP席に行く。」
それを聞いたパイロットは機体を上昇させ、来た方角とは逆の方角へ舵を切った。
「マジシャンだな?俺はセレリオだ、早速だが準備をしてくれ」
着地するとすぐに目出し帽をかぶった男が歩いてきた、腰には9ミリ機関拳銃がぶら下がっている。
こっちだと言って歩き始めたセレリオに続いて、ベニヤ板の上を歩く。
「車両はn700系、十六両編成だ、敵の数は不明、乗客は一部解放され残りは女と子供しか居ないらしい」
東海道新幹線の座席数は1323席ある、それだけの人数がいれば犯行グループだけでは目の届かないところが出てくる可能性がある。
降ろした客を男だけにしたことも、脅威度の高いものを排除することと、政府やマスコミに対する心理的効果を期待してのことだろう。
なるほど、きちんと考えられている作戦だ。
「奴ら、頭はいいようだな」
「どうかな、本当に賢いヤツなら俺たちに喧嘩を売ったりしない」
セレリオが鼻で笑うように言う。
「コースは約1890メートルある、ただし、1194メートル地点から280メートル緩やかな左カーブがある、そこを抜けたらまた直線だ」
説明しながら歩くセレリオがトンネルに入って行く。
いくつかの簡単な照明に照らされたトンネルにはセレリオと同じような格好をした男が五人ほどいて、そのうち三人ほどがオートバイを囲んでいた。
「マジシャン、これで車両を追いかけてもらう」
マッシブなタンク回りに巨大なダブルアップマフラー、そして後付けのスーパーチャージャー。
二色のグレーで迷彩塗装されているそのオートバイ、"B-king"は高波がよく知るものだった。
「……おい、このバイクどっから持ってきた」
「ん?作戦立案者が用意したと聞いたが……このバイクじゃまずいのか?」
深刻な顔で食い入るように見る高波にセレリオが聞いた。
「いや、少し自分の上官を殴りたくなっただけだ」
高浪が今の率直な気持ちを表に出した。
「は?」
「いや?別にこのバイクが俺の私物だとか、そんなことは決してないぞ?」
高浪がまたもあの男に嫌味たっぷりに吐き出した。
無線機の電源はまだ入っていないので、高橋には一切聞こえていない。
「……そうか、まぁ、時間がない、とにかく準備してくれ」
そういったセレリオは「お前の分だ」と九ミリ機関拳銃を渡して、トンネルの外へ出て行った。
渡された九ミリ機関拳銃は大型のサプレッサーが取り付けられていて、本来ならば銃身下部にあるフォアグリップが切り飛ばされていた。
一緒に渡されたマガジン三本のうち二本をアーマーのポーチに入れ、残ったマガジンを九ミリ機関拳銃にさしてチャージングハンドルを引いた。
弾が正常に薬室に入ったのを確認してホルスターに突っ込んだ。
「異常は?」
B-kingを囲んでいた一人が聞いてきた。
「ない」
「わかった、ターゲットが豊橋駅を通過した、そろそろ来るぞ」
「わかった」
それを聞いた高浪は高浪はグレーのフルフェイスヘルメットを被ってB-kingに跨がった。
サイドスタンドをはらって特戦群の指示する場所へ移動する。
「消灯!」
セレリオの号令でトンネル内の全ての証明が落ちた。
背中につけた無線機のスイッチを押して電源をいれる。
「あー、マジシャン エノク、聞こえてるか?オーバー」
喉のマイクに向かって自身のコードネームと高橋のコードネームを吹き込む。
(エノク マジシャン、良好だ、送れ)
左耳のイヤホンから若干のノイズが混じった高橋の声がする。
ヘルメットのスモークシールドを閉めて、大きく深呼吸を、そして目をつぶって集中する。
新幹線に並走して飛び乗る、たったそれだけだ、俺とB-kingなら出来る。
大丈夫だ、いつも通り落ち着いてやればいい。
ゆっくり目を開いて、前を見る。
「マジシャン エノク、B-kingの修理費はお前に出してもらうからな、アウト」
セルスイッチを押してエンジンに火を入れて、少しあおる。
背後からブォオオオンというまさにキングにふさわしい低い咆哮が聞こえる、エンジンは快調だ。
「ターゲット接近!状況開始!」
後ろからセレリオの怒号が聞こえる。
ギアを一速に入れてクラッチレバーを握る
B-kingのスロットルを一気に捻る。
タコメーターの針がが一気にレッドゾーン手前まで移動し、ひときわ大きな咆哮を放つ。
「ターゲット視認!」
サイドミラーに新幹線のヘッドライトが写った。
次の瞬間、轟音と共に強い風が吹き、車体が左にあおられる。
それを合図にクラッチを繋ぎ、後輪に動力を伝える。
前輪が浮き上がるのを無理矢理押さえ込んで発進、すぐにトンネルを抜けて外に出る。
一気に吹け上がるタコメータに合わせて、ギアを二速、三速とあげて行く。
スーパーチャージャーのキュイーンとい爽快な音と共に、スピードメーターが100、150、200と目まぐるしく数字を変える。
ちらっと横を見る。
まだ五両目に追い付いたところだ。
B-kingはまだ加速している。
だが前方にはすでにカーブが迫っていた。
アクセルを少し戻して、体を左に加重し、車体を寝かす。
左足を出して、膝を地面に擦り付けるように曲がる。
しかしレーシング走行をすることを想定していないB-kingでは深く寝かし込むことができずに、右へ大きく膨らんでしまう。
カーブを抜けた時にはすでに二車両分も離されてしまった。
残る直線は400メートルも無い。
アクセルを一気にひねり、タコメーターの針がレッドゾーンを示した。
エンジンとスーパーチャージャーが巨大な唸りをあげる。
残り300メートル。
エンジンはさらに回転をあげて、タコメーターが振り切った。
スピードメーターはすでに299の表示をだし、数えることをやめている。
残り200メートル。
このままではまずい。
その事は容易に判断できた。
B-kingのエンジンはすでに最大出力に到達していて、これ以上は加速できない。
しかし隣を走る新幹線との距離はじわじわとしか縮まらず、おそらく追い付くにはあと800mは必要だ。
残り100メートル。
隣にあるのはまだ四両目。
作戦では乗り込むのは一両目だ。
しかしそもそも乗り込むことができなければ、それ以上何もすることが出来なくなる。
残り50メートル。
高浪は左腰のホルスターから左手で九ミリ機関拳銃を抜き、四両目のドアに向けて乱射した。
ドアに九ミリパラベラム弾がカン、カン、と音をたてながら吸い込まれて行き、ミシン目のように穴が開いた。
そのままハンドルを切らずに体重移動だけでB-kingをドアに寄せ、持ちうるすべての力を右足に込めてドアを蹴破る。
ガランガランと音をたててドアの一部が吹き飛び、なんとか人が通れるほどの穴が開いた。
残り10メートル。
蹴った反動で大きくよろめいたB-kingを立て直す暇もなく、高浪は両足でB-kingを蹴り飛ばす様にとんだ後、背中を丸め体育座りのような体制で背中からドアの穴に飛び込んだ
景色がコンクリートと緑が混じった炎天下から、無機質なグレーや白に変わるのを見ながら、空中で体を捻って向きを変える。
ゆっくりとスローモーションのように回っていく車内の景色の中で異質な人間を見つけた。
五号車と四号車を繋ぐ通路に立っていた目出し帽を被った男が額に驚愕の二文字でも書いてあるかのような驚いた目でこちらを見ていた。
男と目があった高浪はそのまま男の首もとをつかみ、顔面から床に叩きつけながら着地した。
高浪はすぐに引き倒した男が起き上がれないように足で組敷き、弾のきれた九ミリ機関拳銃の代わりに右のホルスターからルガーMk.2を引き抜き、四号車を見る。
走行中に突入してくる事を考えてすらいなかったであろう目出し帽の男達が二人、混乱した様子で立っていた。
高浪がルガーMk.2を横にかまえ、引き金を引く。
それに連動して作動したファイアリングピンが.22ロングライフル弾の底部を叩き、炸裂した火薬が弾頭を瞬時に、かつ静かに銃身の外に吐き出した。
ストレートブローバック方式のボルトが後退し、銃の右側面から空薬莢を飛ばす。
それと同時に反動で銃口が左へ跳ね上がる。
ボルトが再び前進し、カチャンと軽い金属音をたて、次の弾が装填される。
銃口の跳ね上がりを利用してもう一人の男の頭に照準をあわせて、もう一度引き金を引く。
後ろを振り返る。
五号車の端に右腕でAK-47自動小銃を構えた男が見える。
男が持ったAKが安全装置がかかっていることが見えた高浪は、素人だな、などと考えている内に右腕が自然に男の頭を撃ち抜いていた。
男がドッと鈍い音を立てて床に倒れる。
急に視界が加速して、今までスローモーションだった景色が元に戻る。
四号車の男たちは目出し帽を真っ赤に染めあげ、床に水溜まりを作っていた。
「くそっ、離せ!」
脚の下で男がもがく。
「黙れ!」
高浪が普段出さない低い声で威嚇し、背中にルガーMk.2を押し付ける。
男は「ひっ」と小さな声をあげた後、怯える犬のようになり動かなくなった。
高浪は左手にもっていた九ミリ機関拳銃を一度ホルスターに戻し、マガジンを引き抜く。
それを腰のダンプポーチに投げ込み腹部につけたマガジンポーチから新しいマガジンを抜き、口を開けた九ミリ機関拳銃のグリップ部に差し込んだ。
小指と薬指で銃上面のチャージングハンドルを引き、初弾を込める。
暑苦しく動きにくいヘルメットを脱ぎ捨て、腰の無線機に手をかけて通話スイッチを押す。
「あーエノク、突入は失敗した、お前の用意した切符は4号車だったみたいだな、オーバー」
(ああ、こちらでも確認している、車内の現状は?送れ)
「今四号車と五号車の間にいる、敵の数は四、内三人を殺し、一人を無力化した、人質の姿は無い、武器は、あー、ガバメントだな、それとAK-4……いやAKMだ」
回りを見渡して現状を報告する。
床に転がっている武器を報告し、脚の下の男が着ている服のポケットを漁る。
「所持品は……特に無いな、特小と替えのマガジンが数本だけだ、オーバー」
(わかった、敵の人数と人質の場所はわかるか?送れ)
「聞いてみよう、アウト」
無線のスイッチから指を離し、通話を終了する。
今まで話していた右手の人差し指をルガーMk.2の引き金に掛けて立ち上がり、脚で男を仰向けに転がす。
「おいお前、仲間は何人いる?」
高浪が殺気を丸出しにした低い声で聞く。
男はこっちを見て薄ら笑いを浮かべ、「さあな」と答えた。
それを見て、まあそうだろうなと思いながら、とりあえず高浪は男の腹を右足で強く踏みつけた。
男が「おえっ」と悲鳴をあげた後、ごほごほとむせながら腹を抱え込み横向きにうずくまる。
それを高浪は再び脚で仰向けに押さえつけて、さっきよりも冷たい目で男に「仲間は何人だ」と聞く。
「おいお前、警察がこんなことしていいのか?お偉方の不祥事を隠すために三人も殺して、挙げ句暴行ときた正義の味方が聞いてあきれる、後で警視総監が土下座するはめになるぞ」
男が、苦しげな笑みを浮かべて答えた。
それを興味無さそうに聞いた高浪は、しゃがみこみ男に顔を近づけた。
「悪いが俺は警察官でも正義の味方でもない」
左胸に吊るしてある鞘からコンバットナイフを引き抜き、男の左足に突き刺す。
男が悲鳴をあげて暴れる。
しかし暴れれば暴れるほど傷は広がり、ズボンを血で染め上げる。
「俺は殺し屋だ、お前ら専門のな」
高浪が冷たく吐く。
「じゅ、二十人だ、各車両に一人づつ、余ったヤツは全体の巡回だ、そこで死んでるやつらもそうだ」
容赦の無い高浪には抵抗するだけ無駄だとようやく気づいたのか、男がペラペラと喋りだした。
「一人足りないぞ」
「運転席だ、そこで運転手を見張ってる」
「人質は?」
「三号車と十号車、あと十六号車にまとめてる」
男がさっきとは違う青ざめた顔で冷や汗をかきながら答えた。
反抗期の若者を素直にさせるならこの手に限る。
高浪は男の胸ぐらをつかんで座らせたあと、男の背後に回った。
そして、「協力感謝する」とだけ告げた後、両腕を使って男の首を絞めた。
男が腕の中で苦しげにわめき、腕や脚を振り回して抵抗するが、やがて動かなくなった。
だらんと垂れた男の腕を背中に回し、背中のバックパックから簡易手錠を取り出し、男の腕にはめて、そこらに適当に転がしておく。
右手でポーチの蓋を絞めながら無線のスイッチを入れ、高橋に今聞いたことを伝える。
「あーエノク、敵は十九人、今四人倒したからあと十六人だ、人質は三、十、十六号車にまとめて居るらしい、オーバー」
(わかった、作戦はこのまま続けてくれ、君は一号車を目指すんだ、そこで運転手を確保して、あとは特戦群だ、できるな?送れ)
無線の向こう側の高橋の声を聞きながらそういえば「敵は出来るだけ殺すな」と言われていたことを思い出す。
「了解、アウト」
短く返事をして交信を終わり、ルガーMk.2を一度ホルスターに戻す。
再びバックパックを開き、メディカルポーチを取り出す。
中から止血剤を取り出し、袋を破っていまだ血を吐き続ける男の脚に振りかける。
袋のごみをダンプポーチに放り込み、脚に刺さったままのナイフを引っこ抜き、適当に包帯を巻き付ける。
血がべっとりとついたナイフの刃を、男の服で拭い鞘に戻す。
再びルガーMk.2に手をかける。
ルガーMk.2の装弾数は十発、そのうち三発を使用したので残りは七発、戦闘継続には問題ないが、念のためとマガジンを引き抜き、新しいマガジンを挿入する。
薬室にはすでに弾が入っているので、スライドを引かずにルガーMk.2を引き抜き、三号車のドアに向かう。
ドアを静かに開け、三号車との通路に入り、ドアの窓から中の様子を伺う。
向こうを向いた椅子の群れに座る黒髪の頭たち。
その頭たちに挟まれた通路には、やはり目出し帽を被った男が居た。
腰にはリボルバー拳銃が挿してある。
男は奥にもう一人居る男に命令しているようだった。
閃光手榴弾を投げ込み、一気に制圧したいところだが、きょうれつな音と光で麻痺させる閃光手榴弾は、人質の子供や老人の前では迂闊に使えない。
ドアの向こうでは子供の泣き声が鳴り響いている。
突然ダンッと音が聞こえた。
ひときわ大きな悲鳴が木霊する。
そのなかには女性の名前を呼び、泣き叫ぶ声も聞こえた。
「腐った体勢の犬よ、お前達のご主人のせいで尊き命が失われた」
男がそう言ったあと、鈍い音と共に女性が床に投げられた、腹部には血がにじんでいる。
「10分後にまた連絡する、懸命な判断を期待する」
男は冷たい声で告げる。
(マジシャン、人質が一人撃たれた、送れ)
左耳のイヤホンから高橋の声が聞こえた。
男たちは今の出来事を政府に向けて発信していたようで、奥の男がノートパソコンのようなものを持っているのが見えた。
「こっちでも確認した、突入がばれたか?オーバー」
(いや、その様子はない、今人質を撃ったのがリーダーのようだ、あいつは殺すなよ、送れ)
「善処する、オーバー」
(予定したポイントまであまり時間がない、急いでくれ、終わり)
高橋が交信を終わる。
ドアの窓からは、奥に居た男がこっちに歩いてくるのが見えた。
まずい、高浪は近くのトイレに逃げ込み、男が通るのを待った。
男がカツカツと靴をならしながら歩いてくる。
トイレのドアの隙間から、男が一瞬だけ見える。
その瞬間にトイレから飛び出し、後ろから男の首にナイフを突き刺す。
血がびちゃびちゃと吹き出すのを見ながら、男をトイレに隠す。
再び三号車へのドアに張り付き、中を覗く。
男はまだ向こうを向いている。
いまだ、高浪はドアを勢い良くあけ、三号車へ入る。
「動くな!」
男にルガーMk.2を向ける。
男は驚いた顔でこっちを見た。
男の左足にナイフがくくりつけてある。
「武器を捨て、両手を頭の後ろに回せ!」
男はこっちを睨み付けながら、肩に釣ったAKMをゆっくりと下ろす、足元にAKMを置き、男は頭に手を回す。
「ナイフもだ!」
男は両手を下げ、左手でナイフを抜き、床に置く。
両腕がゆっくりと上がっていく。
が、腰辺りにきた所で右手が背中に回った。
男は背中から拳銃を引き抜き、腰の横で構え引き金に指をかけた。
その事を想定していた高浪は、冷静に狙いをつけ、M29をルガーMk.2で弾き飛ばす。
キューンという金属音の後、拳銃はガチャと音を立て床に落ち、男が「なっ」と声をあげ右手を押さえる。
「ダーティハリーでも見たか?M29は素人が使うもんじゃない、次は"お前の頭をきれいに吹き飛ばすぞ"」
男は放心したような顔でこっちを見ていたが、すぐに発狂したかのように叫びだした。
「正義だ!俺たちは正義だ!正しいことをしている!そうだ!悪いのはお前たちだ!お前達せいで理恵は!」
高浪は自我を失い暴走した男に、今だとばかりに飛び込み、背中から羽交い締めにする。
「正義?こんなに人を巻き込んで良くそんなことが言えるな!」
高浪が首を絞めながら男に問いかける。
「正義に犠牲は付き物だ」
男が苦しそうに答える。
「じゃあそのリエとやらも正義の犠牲なんじゃないのか!?」
高浪が反論する。
男はそれに答える前に気絶していた。
はい、どうでしょうか?
ちなみにこれ書き上げるのに相当時間がかかってるので、第二話が投稿できる頃には皆様の記憶に一話が残ってないかもしれません(笑)
話の大筋はもう既に出来ているのですが、肉付けにいつも時間がかかってしまいます。
ちなみに、タイトルの「陽動」ですが、二話を読めば意味がわかるかと思います。
第2話が投稿されるまで、タイトルの意味を考えてみてくださいね(笑)
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第二話 雨と記憶
どこか遠くでヘリコプターでも飛んでいるのだろうか、バラバラバラという音がずっと鳴り止まずに耳に飛び込んでくる。
回りを見渡す、町はすべて砂におおわれていた。
ここは何処だ?体はまるで石像のごとく動こうとしない。
道路も、建物も、商店も車も、人々の顔や動きに至るまで、すべて日本のそれとは違っていた。
遠くで爆発音がする。
急に右腕に痛みが走る。
まるで"電流を流した万力で押し潰されている"かのような痛みだ。
右腕を見る、二の腕から先が赤黒く汚れていて、手のひらにはリボルバー拳銃が握られていた。
再び爆発音がする、いつの間にか銃声まで聞こえるようになっていた。
小さな子供を連れた女が、逃げて行く。
それとは反対方向に、AK-47を持った男達が全力で駆け抜けて行く、その一団には十五歳くらいの少年も混じっていた。
また爆発音がする、上空には黒いヘリが何十機も飛んでいた。
いくつかのヘリからはロープが垂れ、砂色の迷彩服の男達が降りてくる。
男達は着地した後、回りを見渡していた。
一人の男がこっちを見る、するとそれに共鳴するかのように他の男たちも皆、こっちをじっと見てくる。
遠くに聞こえる銃声、悲鳴のようなものも聞こえる。
男達はこっちに近づいてきた、しかしそれは一瞬だった、すこし目を離したすきに、100メートルほど前進してきた。
爆発音。
男達がまた近づいてきた。
彼らは、何をするでもなくただこっちをじっと見ている。
明らかに異常な光景だ、しかし異常なのはそれだけではなかった。
彼らには顔がなかった。
ヘルメットの下は加工した写真のように真っ暗だった。
真っ暗な中に、生気の無い目が二つだけ浮かんでいる。
気がついたときには、男達に半包囲されていた。
気が狂いそうだった。
百は下らない数の真っ暗達に、息のかかるほどの距離で囲まれていた。
すぐ目の前にある生気の無い目に、心の奥底まで覗かれているようだった。
右腕の痛みはまだ消えない。
また爆発音、今回のはひときわ大きかった。
右腕が動くようになる。
迷わず、握っていた拳銃で目の前の男を撃った。
男達は一瞬でどこかへ消えた。
しかしまた遠くに現れ、目を離したすきに距離を詰めてきた。
また酷い夢を見た。
人では無いなにかが、ただこっちをじっと見ている夢。
場所は毎回まちまちだった、研究所のような場所、砂漠の町、東京の町並み。
汗でじっとりと濡れたタオルケットを剥ぎ、上半身だけ起こす。
大粒の雨が窓ガラスをバラバラと、強く打っているのが聞こえる。
ベッドの上で携帯電話が鳴っている。
画面には夕夏、とだけ書かれていた。
右腕を携帯に伸ばす。
しかし、その手は携帯を掴むことができなかった。
ああ、そういえば昨日は久しぶりに右腕を外したんだった。
高浪は左腕で携帯を取る。
(あ、春?)
携帯をスピーカーから若い女性の声が聞こえた。
それを聞きながら高浪はベッドから這い出し、肩と頭で携帯を挟み、空いた左腕で床に転がっていた"機械の腕"をつかみ、自分の右腕にはめる。
「どうした?」
(あのさ、今学校なんだけど傘忘れちゃって、今から迎えに来てくれない?)
スピーカーの声が、困った声で助けを求めてくる。
窓の外を見ると、見慣れた町並みを土砂降りの雨が爆撃していた。
だらんと力なく垂れる鋼材の右腕から伸びたコードを、右耳の裏と襟首に空いた穴に差し込む。
死んでいた右腕が、息を吹き替えしたかのようにピクリと反応する。
脳からの出た信号が、銅の神経を伝って指先の形状記憶合金が指を曲げ、鋼材の手のひらを握っては開いた。
右手で携帯を取り「今から行く」と短く返事をする。
「うん、お願い」とスピーカーが返し、携帯のスピーカーがツー、ツーと音を出し、雨の弾幕を潜り抜ける作戦会議が終了する。
ベッドの縁にのせた腰を両足で持ち上げ、側のテーブルにおかれた飲みかけのエビアンを喉に流し込み部屋を出る。
タンスから適当な服を出して手早く着替え、外に出てスズキ キャリイバンのエンジンをかける。
使い古しのエンジンから鳴る弱々しい鼓動を聞き、車庫から出すとドカドカと殴り付ける大粒の雨を、お世辞にも新しいとは言えないおんぼろな車体が受け止める。
それでもちゃんとと手の入ったキャリイバンは、高浪の操縦にきちんと反応し雨の中を走って行く。
視界の悪い前方を無理やりくっつけたLEDで照らし、道を進む。
カーステレオ流れるラジオが流行りの歌を流し、メールやら手紙やらを読み上げている。
(えー八月十日、時刻は午後4時30分を回りました、ここでニュースをお伝えします、昨日午後1時頃、大阪駅を出発した東海道新幹線が、小銃等で武装した大学生二十人らによる犯行グループによってトレインジャクされました)
何気なく聞いていたラジオから、昨日の事件のニュースが流れる。
(その後、警察及び自衛隊の出動により午後2時50分ごろに鎮圧され、犯行グループの内8人が死亡、12人が逮捕されました、また、この事件で同列車に乗っていた……)
ラジオのパーソナリティーが死者、重傷者の名前を読み上げる。
どれも女性の名前で、全部で15人ほど挙げられた。
(警察は動機や武器の入手経路について詳しく調べるほか、ここ数ヵ月頻発する人質事件との関連性を調べています)
最初の事件は三ヶ月前に起こった。
そのときはまだ犯人は一人、武器も拳銃だけの希にあるただの人質事件だった。
次に起こったのはそれから二週間も経たなかった、その事件もそこまで過激ではなかったものの回を重ねるほどに武器は高度化していった、中にはC-4可塑性爆薬やP-90ライフルなどどう考えても一般人では入手できない物もあった。
その度に警察の特殊部隊が出動し、自衛隊が動員されたことも何度かあった。
死人が出るなんてことはほぼ毎回だ。
右の路地へ入る。
ここからは高橋や木村に聞いたことだが、それらの事件にはすべて共通点があった。
一つは皆何者かにそそのかされて犯行に及んだこと、それともう一つ、武器や道具、場合によっては計画すらも、その何者かに提供されたものだったこと。
当然、警察はその何者かを片っ端から調査しているが、一向に見つからない。
大きな暴力団などをしらみつぶしに調べてもすべて空振りだった。
電話の主、高浪 優香が通う高校に到着し道路の脇へ止める。
携帯を取り出して簡潔に到着したことを伝えてシートに深く座り込む。
バラバラバラバラと雨の音。
まるで機関銃のようにいつまでも止まない制圧射撃をし続ける。
気のせいだろうか、遠くで銃声が聞こえる。
銃声は次第に増えていった、聞こえる銃声は単発やバースト射撃、大口径やら小口径やらさまざまだ。
迫撃砲の独特な発射音も聞こえる。
後ろからは怒号や悲鳴。
頭の上で独特な音、空飛ぶイボイノシシ。
ヴヴヴヴという低い音。
バラバラバラバラと機関銃。
左から一際大きくバコッと聞こえた。
驚いて左を向く。
驚いた顔をした夕夏。
「え、どうしたの?」
「あー、いや急にドアが開いて驚いただけだ」
「なにそれ?大丈夫?」
夕夏が訝しげに聞きながら、乗り込んで来た。
前に向き直り、ハンドルをつかむ。
シフトノブを握るその左腕は、直前まで腰に隠し持ったコルト アナコンダに触れ、反射的に引き抜こうとしてていた。
ゆっくりとキャリイバンを発進させる。
雨はさっきより強く屋根を叩いている。
「ねぇ、次の取材はどこ行くの?」
唐突に夕夏が聞いてきた。
「しばらくはどこも行かない」
夕夏の中で、高浪は戦場カメラマンとなっている。
だがそれはあくまでも表向きの話で、実際の職業とは異なる。
「ふーん」
夕夏が返す。
そもそもカメラマンではないので、当然本職のように取材に出向くことなどない。
"取材"をしたのは一年ほど前に"夕夏と出会った時"の一回だけである。
それどころか本業の海上自衛官としての仕事もあまりしていない、それを見ている夕夏は、薄々「何か言えない仕事をしている」と気づいているようであまり深く聞いてくることはない。
「ねぇ、私来週の土曜で16なんだけど」
夕夏が少しの沈黙の後、唐突にそんなこと言い出した。
「知ってる」
夕夏が何を言いたいのかは理解していたがあえてそっけなく返す。
「あ、そういうことじゃなくて…」
「土曜は一日中暇だ」
「え、じゃあ行きたいところがあるんだけど!」
「バルチャーは?」
「さあな、また道に迷ってるんじゃないか?」
ドアが勢いよく開かれ、25歳くらいの女が入ってきた。
「ごめんなさい、遅れた」
「遅かったじゃないか、迷子のお嬢ちゃん?」
「やめて……サーバルは?」
女がいつものメンバーから一人足りないことに気づき、椅子に座ってた男に聞いた。
「で?フォックス、なんで呼び出した」
奥から黒人が出てきた。
「ああ、これだ」
フォックスと呼ばれた男がパソコンをいじって途中で止められていた動画を再生する。
映し出されたのは新幹線の車内映像、目出し帽の男が女性を撃ち殺していた。
「昨日のか」
「そうだ、ここからだよく見てくれ」
後方の車両につながるドアから男が入ってきて、目出し帽をホールドアップしていた。
目出し帽が抵抗しようと後ろから拳銃を引きぬいた、が即座に男の拳銃に弾き飛ばされた。
「上手いな」
黒人がそうつぶやいた。
男が目出し帽に一気に詰め寄り、男の首を絞めた。
「止めて!」
女が少し声を荒げた。
「ああ、俺もここを見せたかった」
フォックスが動画を止めた。
「この男……」
女が画面を指さした。
「まだ確証はないが、サーバル、どう思う?」
「マイクに連絡してくる」
黒人が携帯電話をもって再び奥に消えていった。
「これで国に帰れる?」
女がフォックスに聞いた。
「さあな、だが陽動は成功したんだ、少なくとも今よりは楽になるさ」
フォックスが椅子に背中を預け、デスクのぬるいコーヒ-を飲む。
「俺だ」
奥から黒人の声が聞こえた。
「オーストリア人を見つけた、今は公務員をやってるらしい」
はい、第二話でした。
ほんとはもう少し続く予定でしたが、それだと投稿までにかなり時間がかかりそうなのでここで一旦切りました。
陽動の意味、分かりましたか?
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第三話 共食い
先週とは打って変わって、スカッと晴れた土曜日。
朝早くから夕夏にたたき起こされ、若干不機嫌な高波は、高速道路をキャリイバンで飛ばしていた。
最近できた話題のパンケーキ屋に行きたいらしく、朝から並ぶためにわざわざ高速道路まで使っている。
窓ガラスから入る朝日のせいで体の右半分が暑く、おんぼろクーラーをガンガンにかけても太陽の膨大なエネルギーに対抗できず、状況は一切改善されなかった。
いい加減この海自払い下げのおんぼろバンともおさらばしたいところなのだが、特徴的な丸目を夕夏がえらく気に入ったようで、近所のディーラーに車を見に行った時には「今の車の方がかわいい」等と抜かし、買い換えに猛反対された。
そんな夕夏は、やたら気合いの入ったワンピースに帽子をかぶり、高浪のフレームに赤く「Hk」と書かれたサングラスを勝手に持ち出して上機嫌のご様子だ。
後部座席だからサングラスは必要ないだろうに。
何でも話題のパンケーキ屋は海外では有名な店らしく、最近日本初上陸を果たしたらしい。
ただ、機嫌のいい要因はそれだけじゃないようだ。
「あの、なんかすいません私まで乗せてもらっちゃって」
「ああ、気にするな、一人増えたところでたいして変わらんさ、どうせ元から燃費は悪い」
「あ、そう言って買い換えようったて無駄だからね」
昨日行きたい場所がある、そう言い出してパンケーキ屋を指定してきたが、そこで朝食を食べたらとっとと帰れと言われてしまった。
つまり行きたい場所とは、高浪とではなく、親友の高原 優菜と行きたい場所らしい。
自身を移動の足に使うことに不服こそあったものの、「あの子にも色々あるしな、できる限りのことはしてやった方がいいんじゃないか?」と木村に言われ、その娘と親友のためにしぶしぶ無料タクシーをやっている。
いくつかのトンネルを抜けて、目的の料金所の看板が見えた。
途中で左にそれる道に乗り、料金所が見えた。
多くの車がETCレーンに流れていくのを横目に、左の一般レーンにハンドルを向けて、財布を取り出す。
「二千百円になります」
料金所の初老の男に券を渡し、言われた金額を準備するが、財布に千円札がないことに気付き、五千円札と百円玉を渡す。
「三千円のお返しです、にしても兄ちゃん珍しいな、今時ETCじゃないなんて」
ほとんどETCレーンに流れて暇なのだろう、男が話しかけてきた。
「ブリキにハイテクは似合わないだろ?」
そう返すと男は「くはははは、ちげぇねえ」と豪快に笑い、「気ぃ付けろよ」と手を振った。
「今のどういう意味?」
「さぁ?」
どうやら後ろの二人には今の冗談が通じてないらしい。
手に持っていた三千円を左手で後ろに回し「これでなんか食え」と夕夏に渡す。
車の多い都会の一般道を、後ろから口うるさく指示された通りに進み、適当な有料駐車場に止める。
そこそこ歩いてついた店にはすでに10人ほど並んでいた。
「うわ、もうこんなに……はやすぎでしょ」
夕夏が不満を漏らし、不服そうに列に並ぶ。
一組、また一組と割りと早いサイクルで客が入れ替わり、15分もしない内に自分達の番になる。
店員に案内されて店内に入るとチョコやらイチゴやらの甘い臭いが鼻腔に飛び込んできた。
それに若干顔をしかめながらも席につき、夕夏が真っ先にメニューを広げる。
「あ、これだこの前テレビでやってたの」
「夕夏それ?じゃあ私はこっちの塩キャラメルにしよ」
「あー、塩キャラメルも美味しそう……」
「じゃあ半分こする?」
きゃいきゃいとはしゃぎながら朝食を選んでいるのを横目になんとなく"日本上陸記念!数量限定!"と書かれたパンケーキのポスターを眺めていると夕夏に「じゃ春はこれね」と、勝手に決められてしまった。
どうせどれを選んだところで自分の口には合わないので特に反論はしなかった。
「すいませ~ん」
夕夏が店員を呼んで何やら色々頼んでいるのを適当に聞き流す。
注文が終わって店員が去ると、春香が口を開いた。
「そう言えば夕夏の名前って、夏の夜に産まれたから夕夏?」
「うん、私7時に生まれたんだって、だからお父さんはカナって名前にしたかったらしいよ」
「カナ?」
「夏に七」
「ああ、夏七ね」
二人の会話が途切れた時、タイミング良く店員がやって来て、ジュース三つをテーブルに並べる。
「優菜は?」
「え?」
「名前の由来」
「ああ、私は語呂で決めたらしいよ、特に意味はないって」
「ふーん」
もう一度店員がやって来て今度はパンケーキ二つをテーブルに並べ、また去っていった。
「ん~、甘そう!」
二人がナイフとフォークを手に、パンケーキを食べ始める。
「あ、そう言えば春って誕生日いつだっけ?」
唐突に夕夏がこれまで蚊帳の外だった高浪に質問を投げ掛けてきた。
「3月4日」
「3月?あー、まぁ一応春かな」
夕夏が少し納得がいかない顔をした。
自分の名前の由来が気になるのだろう。
「俺の名前は季節の春と関係ないぞ」
「え?そうなの?」
「じゃあどうして春なんですか?」
優菜も気になったようで、こっちを見て聞いてきた。
「Hull、船体だ、船のボディ部分、そっから来てる」
「じゃあ春って漢字は当て字なの?」
手元におかれているコップを取り、中のオレンジジュースを少し飲み、頷く。
「ふーん、変なの」
再び店員が来て、高浪の前にチョコレートの香りのするパンケーキを置いて行った。
茶色い生地に大きな足跡型にチョコソースが掛けられたパンケーキ
を見て、高浪は心のなかで「失敗したな」と呟いた。
「それ、期間限定の"ゾウさんの足跡"だって」
「チョコは嫌いなんだが」
「うん、知ってるからそれにしたの」
「……後で覚えてろよ」
「あ~もう忘れちゃったな~?」
夕夏にしてやられた自分を恨みながら、チョコだろうとなんだろうと食べ物を粗末にするわけにもいかず、手をつけることにした。
パンケーキにナイフを入れ、一口サイズに切り、口にはこぶ。
甘ったるいチョコレートが口に広がり、思わずウッとして、オレンジジュースを飲むがそれがさらに甘さを上乗せしてきた。
何とか飲み込んで想像以上の強敵だったパンケーキを睨み、「共食いってのは大変だな」と呟いた。
フォックスと呼ばれていた男、アラン・ヘンダーソンはアパートの2階にある、とある一室の玄関をピッキングしていた。
別に何か金目の物を盗むためではなく、本部から直接降りてきた命令の為だ。
もう一年半も国に帰れずに日本で仕事をしていたのでいい加減国に帰りたいところだったが、本部から直命とあらばそうも行かず、交代や増員すら無しに、作戦に従事している。
幸い、作戦自体は特別難しいものではなく、ただ家に忍び入って言われたものを取って帰ってくるだけだった。
ただし、作戦中に家主が帰ってこなければの話だが。
その持ち帰るものとは、ターゲットの髪や皮膚片、とにかくDNA鑑定にかけられる物。
アランにはなぜそんなものが必要なのか、そもそもターゲットは何者なのかすら分からなかった。
だが、それもいつものこと、別になんの不思議もなかった。
「need to know」必要の無いことは知らなくて良い、それだけだった。
カチャカチャと音をたてていた錠が、カチャリと鳴った。
ゆっくりと扉を開き、中に誰もいないことを確認する。
この家の住人は朝早くに二人とも出掛けているので誰もいないはずだ。
ゆっくりと足を踏み入れ、室内に入る。
太陽の光がうっすらと入り込む部屋には簡素なテーブルとテレビがあり、床にはいくつかの雑誌や新聞が落ちていた。
(入ったか?)
「ああ、オーストリアに不法入国だ」
無線機の向こうからサーバルが呼び掛けてきた。
(何か変わったものは?)
「特にないな、普通の家に見える」
壁にかかっているカレンダーにも、ゴミ箱の中身も、特別に変わった様子はなかった。
二つある扉のうち、右の扉に入る。
小さな窓がひとつあるだけのその部屋には白いベッドと古い勉強机、衣装ダンスがあった。
床や机の上はごちゃごちゃと散らかっていて脱ぎ捨てられた女物の服なども散乱していた。
おそらく同居人の部屋だろう。
扉を閉じて、もう一つの部屋に入る。
そこはさっきとは対照的で、簡素なベッドとパソコンデスク、カラーボックス一つだけの、あまり生活感のない部屋だった。
ここがおそらくターゲットの部屋だろう。
「ターゲットの部屋に入った」
(了解、迅速にやれ)
ウエストポーチから手袋を出して両手にはめ、部屋を物色する。
まずはカラーボックスにいくつかあるファイルを開いた。
中には新聞紙が閉じられていて、いくつかの物には赤いペンで丸や矢印が書き込まれていた。
「なんだこれ?」
新聞の言語はバラバラで、英語が一番多かったが、ドイツ語や日本語、中東やアフリカの言葉の記事もあった。
「日航機ハイジャック……?エリア51で化け物、西ドイツで爆弾テロ?」
記事の内容はほとんどが過去に起きた大きな事件や事故の物。
持ってきたデジタルカメラでファイルの中身を撮り、もとに戻す。
次に一つ下の段を調べることにした。
この段にはいくつかの本が並べられていて、その中の一つを適当に取り出して中を調べる。
特別なことは無かったのでカラーボックスに戻そうとしたとき、奥に箱があるのを見つけた。
手前の本をどかし、箱を取り出す。
中には古い写真や髪飾り、それから血のついた包帯や弾丸。
箱の中身を写真に撮り、古い写真を見てみる。
写っていたのは髪の白い少女、鎖骨辺りには「sakura」と刺青が入っていた。
少女は箱に入っていた物と同じ髪飾りをして、AKMを抱えたまま壁にもたれ、眠っているようだった。
(フォックス)
それもカメラに納めておこうとした時、無線機から近くの道路で見張っているバルチャーの声がした。
「何?」
(ターゲットが帰ってきた)
「なるほど、それは愉快だな」
箱の中身をすべて戻し、棚の奥に戻す。
振り替えってベッドやゴミ箱を漁る。
しかし綺麗にまとめられたベッドには髪の毛一つ落ちてなく、ゴミ箱にもほとんど何も入っていなかった。
外から車のエンジン音が聞こえる、ターゲットの車だろう。
(フォックス早く!もうすぐにそっちに行くわ!)
「まだブツが見つからない!」
(警察の厄介になるわけにはいかない、脱出を優先しろ)
急いで部屋を出て玄関から脱出しようとする。
その瞬間、誰かが外の階段を上る音が聞こえてきた。
「くそ!」
一瞬自身の思考が停止したと感じたときにはもう遅かった。
玄関の扉はゆっくりと開かれ、外から光が入り込む。
その瞬間にアランは走り出し、肩から玄関の正反対にある窓に体当たりして突き破り、ベランダから外に飛び出した。
高浪 春 たかなみ はる
海上自衛隊特別警備隊所属の戦闘員、階級は二等海曹。
本来の特別警備隊員とは違い、特別な指揮系統の下、活動している。
非常に高い動体視力と、反射神経、空間認識能力などを持ち、それを買われて特別警備隊にスカウトされた。
過去に右腕を失い、機械義手を使用している。
コードネームはマジシャンで、過去に因縁のある名前らしい。
バイクが趣味で、複数所有している。
年齢 34才
誕生日 3月4日
身長 182cm
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第四話 Civil war Incited for Asia
夕夏たちと別れた後、二人を回収するまでにかなりの時間があるので一度家に帰ることにした。
高速を降て、一般道を流し、もうすぐ家に着く頃、道路脇にサングラスをした女が立っていたのが見えた。
女は回りを気にしている様子で、誰かを待っているように見えた。このあたりでは見ない顔、しかもおそらく日本人ではないであろう人間がこんなところで待ち合わせをしているとは考えにくく、高浪は不審に思いながら女をみていた。
そのまま進むと女がこっちに気づいたようで、高浪と目があった途端に「まずい」というような顔をした。
女は向こうを向き、何かしているようだったが、後ろ姿だけでは何をしているか分からなかった。
高浪はアクセルを踏み込みキャリイバンを加速させ、すれ違いざまに女を見た。
女は誰かと無線か何かで会話をしているようだった。
さらに不信感を増した高浪は少し飛ばして家まで向かって、雑に車を止めた後、腰のコルト アナコンダに手をかけながら、アパートの階段を警戒しながらゆっくり登り、自室の扉に手をかける。
開いている、今日はきちんと鍵を閉めたはずだ。
ゆっくりと玄関を開きながら中を確認する。
ドアが半分ほど開いた時、部屋の中からガラスが割れる音がした。
それを聞いて、一気に室内に飛び込むと、何者かがベランダから飛び降りたのが見えた。
走ってベランダまで行き、下を見ると裏庭の柵を越えて、逃げたした若い男が見えた。
高浪も迷わずベランダから飛び降り男を追いかけた。
柵を飛び越えたところで五メートルほど先を行く男を全速力で追いかけ、少しずつ差が縮んで行く。
男がこっちを振り返り、英語で恐らく無線機に向かって叫ぶ。
「サーバル!車!」
それを聞いた高浪は、男がただの窃盗団ではないと判断し、アナコンダを引き抜き、サイトを男の足に合わせようとしたが、それに気づいた男が角を曲がり、射線上から逃げられてしまった。
「
急いで追いかけ、角を曲がるが、そこにはすでに男の姿は無かった。
左の路地を見て、右の路地に首を向けたとき、黒いワゴン車がこっちに走ってきた。
黒人の男が運転席に座り、助手席にはさっきのサングラスをした女が座っていた。
孟スピードで走ってくる車を避けてすれ違う。
その瞬間、後部座席にいる逃げ出した男が、デジタルカメラをこっちに向けているのが見えた。
しまった、と顔を背ける。
そのまま車は走り去り、大通りに繋がる道に入っていった。
高浪は急いで携帯を取り出し、高橋に電話を掛ける。
じれったい発信音をならす携帯に苛立ちながら、駆け足で家に向かう。
(どうかしたか?)
発信音が途切れ、高橋ののんきな声が聞こえた。
「やられた、空き巣だ!」
(なに!?)
高橋の声色が変わったのを聞きながら家の階段を走って上り、部屋に入る。
「男二人と、女が一人、男一人は黒人の大男、黒のワゴンで逃げた!」
部屋の中をざっと見渡し、盗られたものがないか確認する。
夕夏の部屋と、自分の部屋を確認するが、幸い何も盗られていないようだった。
だが、自分の部屋の本が、朝と違う配置になっている。
(なにか盗られたか?)
「いや、だが色々見られてる」
(わかった、今警察に連絡する)
「ナンバーはわ0221、日産、俺はどうする」
(ああ、とりあえず基地に来てくれ、話したいこともある)
部屋の机に置いてある鍵を取り、また部屋への階段を駆け足で下りる。
駐車場に止めてある ホンダ CBR954RRに火を入れて、若干飛ばしぎみで家を出た。
「何て?」
「わかった」とだけ発し、受話器をおいた高橋に、高浪が聞いた。
ふーっ、と大きなため息を吐き出しながら、空気が抜けたように高浪の机を挟んだ反対側のソファーにどっかりと座った。
「逃げられたらしい、警察が車を見つけたときには既にもぬけの殻、エンジンも冷えてたそうだ」
窃盗団が乗っていた黒のワゴンがぶら下げていた
「白人の男女に黒人の大男が軽のワゴン、なぁに、すぐ見つかるさ」
高橋が、長電話のせいでぬるくなったコーヒーを飲みながら話す。
「なぜです?」
隣に座る木村が、ぶっきらぼうに返した。
「次はでっかいハンヴィーになってる」
別の机に座る山本 栄助海士長が飲んでいた麦茶を盛大に吹き出した。
「おい、今のそんなに面白かったか?」
木村が立ち上がり、栄助に雑巾を渡してやり、自身も別の雑巾で机を拭き始めた。
「で?彼らとはどういう知り合いだ?」
木村の発言を聞いて、若干渋くなった顔で高橋が高浪に聞いた。
「さあな、あいにくグルーピーは多いんだ、奴らに鮫をブチこんだ話でもするか?」
「はぁー、黒人と白人、十中八九
高橋が再び大きなため息を吐き、頭をかく。
「在日CIA……ですか?」
一通りむせ終わった栄助が、控えめに聞いてきた。
高橋がコーヒーを飲もうと、机のコップに手を伸ばす。
カランともならないそのコップを口元まで持ってきたが、その中身が無くなっていることに気づいた高橋は、たっていた木村にコップを渡し、受け取った木村は部屋のすみにある冷蔵庫を開けた。
「警察には知人が何人か居てな、そいつから聞いたんだが」
木村が戻ってきて、コップに満たされたアイスコーヒーを高橋に渡す。
さっきよりさらに渋い顔でそれを受け取った高橋は、コーヒーを一口飲み、静かに机に置いた。
「栄助、昼飯行くか」
木村が栄助を立たせる。
自分達には話せないことだと悟ったのだろう。
「いや、君達にも話しておいた方がいいだろう」
高橋が若干うつむいていた顔をあげ、高浪をまっすぐに見る。
「テロだ、先日の件も含め、今回の多発テロには全部共通点がある」
「確か、どの事件も何者かの支援を受けてるって……」
いつもより少し低い声で語る高橋に、栄助が答える。
「そうだ、武器弾薬に始まり資金や下準備、時には計画そのものが、その何者かによって提供されている」
「手ぶらオーケーの体験型テロリズム、新しいアミューズメントとしては最高だな」
高浪が冗談を飛ばす。
「問題はその何者かだが……」
高橋が再びうつむき、コーヒーをじっと見る。
ゆっくりと手を伸ばし、二口ほど飲む。
「CIAかもしれんのだ」
その言葉に感応したかのように、渋い顔をした高浪は、少し目を泳がせる。
「
「いいや、君らがよく知っている、あの
高浪が、ふっーと息を吐き、机の自分のコップを持って席を立ち、冷蔵庫へ向かう。
「どうしてCIAが……そんなことを?」
「わからん、だがどんな理由であっても、奴らが活発に動き回っているのは、政府としてもあまり愉快じゃない、そうだな?マジシャン」
コップに氷を二つほど入れて戻ってきた高浪は、どっかりとソファーに座り直し、コーヒーを飲む。
「色を碧に上げる、高浪はしばらくここに泊まってもらう、栄助と一度家に帰って、準備してくれ」
先程より少し張った声で、高橋がこの部屋にいる者に指示を出す。
その指示に含まれていなかった木村が、「自分は?」と高橋に聞いた。
「木村は私と来てくれ、運んでもらいたいものがある」
席を立ち、部屋から出る高橋に「了解」と返した木村が、閉まりかけたドアを再び開け、部屋を出る。
机からカラカラとなるコップを持ち上げ、口に運び一気に飲み干した高浪は、両ひざに手をついて立ち上がり、「俺達も行こう」と、栄助と部屋を出た。
海上自衛隊 特別警備隊 特務班
高浪の所属する特殊部隊。
従来の特警隊とは指揮系統が異なり、上部組織は統合幕僚監部である。
班員は全9人で、班長の木村を始め、全て過酷な訓練プログラムを突破している。
パッチにはラブカが描かれており、愛称はシーサーペント、または単にサーペント。
色
サーペント隊で使用されている、警戒状態を示す規定。
藍、碧、橙、紅の四色で表す。
各色の警戒状態は以下の通りである。
藍 平時、隊員は通常業務を行う。
碧 軽度な警戒、指定された隊員は横須賀基地に集結し、待機する。
橙 高度な警戒、全隊員は武装し、基地内やヘリ、護衛艦内などで出撃に備える。
紅 有事、全隊員は出撃し、任務に当たる。
発令中の色は、隊員個人が保有している携帯電話などで確認できる。
専用のアプリにより、壁紙やテーマカラー等が発令中の色と連動しており、視覚的に判断できる他、色が変更された場合には振動と音によって通知される。
ちなみに、この規定に英語を使わない理由は、指揮官である高橋の趣味である。
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