神谷さん家のお隣で。 (ブロンズスモー)
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引っ越してきた。

今年、俺は高校生になった。入学したのは東京の高校で俺はこの四月から一人暮らしである。とりあえず、せっかく東京の高校に来たんだから、勉強はしないとマズイよなぁ。部活は……まぁ、それは今度また考えよう。

そんな事よりも、だ。

 

「一人の空間だー!」

 

最高だ!ホームシックは絶対ない。反抗期とかじゃなく、一度で良いから一人暮らしはしてみたかった。洗濯機の使い方は平気だし、料理はまぁ……ググれば大丈夫だろ。家具が少ないから掃除の心配もなし。よっしゃ……やってやるぜ。

俺は内心、メラメラと何かを燃やしながら、とりあえず何も敷いてない床に寝転がった。明日から、高校か……。友達出来るかな。

 

「………あ、早速今日晩飯作ってみるか」

 

よし、そうと決まれば買い物に行こう。俺は起き上がって家を出た。さて、何を食おうかな。

………あんま難易度高いのは嫌だし……だからと言って簡単過ぎるのもつまんないし……。どうしよっかなー。

 

「………ま、スーパーで決めれば良っか」

 

これから始まる新生活にウキウキしながらスーパーに向かった。あ、引っ越してきたんだし、隣の人にそばでも買うか。あれ、うどんだっけ?ま、どっちでも良いか。

 

 

 

 

夜中、俺は机に額を擦り付けていた。まぁ、その、何?料理クッッッソ難しいな。何これ、難易度高すぎやろ。クソゲーにも程がある。

俺は目の前の炒飯を食い切る自信がない。なんというか……フレイムスラッシュ、みたいな名前の技を喰らったスライムの死骸みたいになってんだもん。

 

「……………」

 

もう嫌だ一人暮らし……。美味い飯にありつけないのは嫌だ……。

早くもホームシックになってると、ピンポーンと呼び鈴の音が鳴り響いた。なんだよ、お客か?人が死にかけてる時に……。

俺は仕方なく出ると、高校生くらいで茶髪でポニーテールの女の子が鍋を持って立っていた。

 

「こ、こんばんは」

 

「………?」

 

「……あっ、隣の家の者です」

 

「あ、ああ。どうも」

 

…………ああ、神谷さんか。お昼にうどんあげた右隣の。

 

「あの、何か……?」

 

「………そ、その、お昼にうどんをいただいたので、そのお礼と言ってはなんですが、カレー作りすぎたのでどうですか?」

 

「………………」

 

この人が天使か………。可愛いし人の窮地を救ってくれるし、天使どころか女神なまである。

 

「………あ、あのっ、佐藤さん?」

 

佐藤、とは俺の名前だ。名前を呼ばれてハッとなった俺は、その場で頭を下げた。

 

「ありがとうございますッ‼︎」

 

「えっ?は、はい……いや、ほんと作りすぎたってだけで……」

 

「いやーマジで助かりました!俺今日の晩飯スライムの死骸だったんで!」

 

「はっ?す、スライム……?」

 

「器持ってきます!」

 

慌てて家の中に駆け込んだ。とりあえずタッパーを取り出して、玄関に戻った。その中にカレーを入れてもらった。

 

「ありがとうございます。いやマジで」

 

「あ、うん……。参考までか聞きますけど、スライムって何ですか?まさか、よくあの子供が持ってるスライムを食べようと?」

 

「いや、炒飯です」

 

「………何したら炒飯がスライムになるんですか?」

 

「油を入れ過ぎて卵を入れ過ぎて焦げるまで炒めれば焼け焦げたスライムの死骸に成りますよ………」

 

「そ、そうですか………」

 

あ、今ドン引きされた。まぁ、そうだよね。俺でも引くもん。

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

「はい。カレー、マジでありがとうございました」

 

「いえいえ」

 

そう言って、とりあえず神谷さんを見送ると、玄関の鍵を閉めてカレーを持ち帰った。メチャクチャ美味かった。

 

 

 

 

翌日、学校の日。余りに次の日が楽しみだったからか、俺は早めに目が覚めた。

起きてシャワーを浴びて朝飯を作って歯磨きして着替えて、それで椅子に座ってほっと落ち着いた。

 

「………早く起きすぎたな」

 

……もう学校に行こうかな。でも早く行ってもすることなんて無いし……。いや、遅刻するよりマシだよね!さぁ、家を出よう!

俺は鞄を持ってローファーを履いて玄関を出た。ちゃんと玄関の鍵を閉めてると、隣の部屋から誰か出て来た。

 

「………あっ」

 

「へっ?」

 

昨日の、神谷さん……?

 

「あ、どうも」

 

「………ど、どうも」

 

あら、制服が同じってことは……同じ学校だったの?

 

「お、同じ学校だったのか」

 

「……………」

 

「………さ、佐藤さん?」

 

や、やばい……!友達作り最初の一人目だ……躓くわけにはいかないぞこれ………!そ、そう思うと緊張してきた……!どうすりゃ良いんだ?とりあえず、自己紹介か?いや、でも俺の名前知ってるわけだしそんなわざわざ……いや、改める必要はあるかな?

 

「………あ、え、えっと……神谷さん、ですよね?」

 

「そうだけど……」

 

「あ、いえっ……えっと……そ、そう、佐藤蓮です。よ、よろしく?」

 

「………あ、う、うん。あたしは神谷奈緒。よろしく……」

 

よっし!何とか自然に挨拶できた!これは友達になれそうだ!ボッチは嫌だから、助かるわマジで!

ウキウキしてると、神谷さんが申し訳なさそうに言った。

 

「……あー、あのさ………」

 

「何?あ、同じクラスになれると良いよなぁ。入学ボッチはキツイもんなー」

 

「いや、その、なんだ?あたしは二年だから………」

 

「…………へっ?」

 

「あ、いやでもこれからお隣なんだし、よろしくな?」

 

「……………」

 

とりあえず、同い年だと思ってた自分を殴ってやりたくなった。

 

 



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入学した。

 

俺は神谷さんと二人で登校していた。まぁ、あの流れならこうなるよね。

 

「ふーん……じゃあ、あたしと同じで一人暮らしなんだ?」

 

「はい。………けど、料理が思ったより難しくて……」

 

「まぁ、最初はそういうもんだろ。あたしも一人暮らし始める前は苦労したなー」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。ま、一年一人暮らししてれば、料理も出来るようになるけどな?」

 

へー。じゃあ俺も頑張れば料理できるようになんのかな。いや、まぁ別にならなくても良いんだが。

あ、そういや昨日のカレーのお礼言わないと。

 

「あの、神谷先輩」

 

「えっ?」

 

「え?あ、いや神谷先輩」

 

「も、もう一回呼んで!」

 

お、おう。急にどうした。

 

「? 神谷先輩?」

 

「か、神谷先輩………」

 

え、何で感動してんのこの子?どうかしたの?

 

「あの、神谷先輩?」

 

「あ、ああ、いや悪い。あたしの周りにあたしを先輩と呼んでくれる歳下いなくてさー」

 

「そうなんですか?」

 

「そうだよー。まぁ、後輩というより年下の同僚だから別に良いんだけどさー」

 

同僚?ああ、バイト先とか?そういや、俺もバイトしようかなぁ。一人暮らしだし。

 

「だから、先輩って呼ばれんの少し新鮮っていうか……あ、いや別に嬉しいとかそういうんじゃないからなっ」

 

「は、はぁ。そうですか」

 

何を照れる必要があったのか。ていうか、こっちは何も聞いてないし。この人、割と照れ屋なのか?

って、そんな事良いからお礼だお礼。

 

「……あ、そういえば、昨日カレーありがとうございます」

 

「ん、いや良いって全然。ほんと、作りすぎたってだけだし」

 

「でも、昨日は本当に助かったんですよ。………作った炒飯が本当にもう……アレはもはや、斬新なデザインのモンスターで……」

 

「す、少し見てみたかったかもな……」

 

いや、やめておいた方が良いだろ。俺、マジでどうやってアレ作ったんだろうな………。

そんな感じでなんか色々話してると学校に到着した。二年生と一年生は昇降口が違うので、校門に着いた時点で別れてしまう。

 

「じゃ、あたしはあっちだから」

 

「はい」

 

小さく胸前で手を振って、神谷先輩は二年の昇降口に向かった。俺はその背中を眺めながら、一年のクラス分けを見に行った。

………さて、高学年の知り合いはできた。これなら一年の知り合いも出来るだろう。

 

「………よし、頑張ろう」

 

なんか変な気合を入れて、俺はクラス分けを確認して、自分の教室に歩みを進めた。

 

 

 

 

中学の時、俺はカマちょだった。そして、頭のおかしいキャラだった。なんか「バカじゃん?」「変わってるね」「なんでだよ!」と言われて笑われるのが嬉しくて楽しいガキだった。

だが、中学三年に上がった時、クラスの女子にすごい「黙ってりゃモテる顔してるのに、勿体無い」と言われた。これは使える。当時は俺の正体は周りにバレていたので意味ないが、東京の高校なら知り合いなんていない、ゼロから始める高校生活だ。てなわけで、俺はとりあえず、今日一日話しかけられるまで黙っていようと思った。

結果、誰からも話しかけられずに1日目が終わった。

 

「……………」

 

………やらかした。これは終わった。まさか、誰からも話しかけられないとは………。黙ってりゃモテる顔、ということは少なからずイケメンということである。だから、キリッとした顔を作って、とりあえずスマホをいじっていた。

結果、誰からも話しかけられずに1日目が終わった(2回目)。

高校デビュー、いや金髪にするとかじゃなて、根本的な高校デビュー失敗……これは非常にまずいぞ。俺の高校生活、一発で暗いものになる。

いや落ち着け。まだ諦めるような時間じゃない。明日だってあるんだ。友達作りはこれからだろ。

 

「………帰ろう」

 

とにかく、明日席が前後の人に声をかけてみよう。

………とりあえず、TS○TAYAでなんかDVD借りよう。映画見るの好きなんだよね、俺。クラスメイトが早速カラオケの約束してたのは記憶から消して、映画見よう映画。

TS○TAYAに到着し、DVDコーナーの方へ行く。最近、引越しの準備で映画とか見れなかったからなー。さて、何を見ようか……テキトーにラピュタでも良いかなぁ。

そう思って、アニメコーナーに向かった。神谷さんが真面目な表情でアニメのDVDを見ていた。

 

「……………」

 

思わず隠れてしまった。え、しかもあれどう見てもセーラームーンだよな……?俺は見てないし詳しくないけど、子供向けアニメだよな……?

 

「………うーむ、どうしようか」

 

おい、何を真剣に悩んでんだ。歳いくつですかあなた。

つーか、どうしよ。ラピュタを借りるにはここを通らないといけないんだけど……。

いや、どうせお隣同士だけの関係だし、顔を合わせたのも昨日今日の二回だけだ。気付かれない可能性だってある。

とりあえず、アニメコーナーに足を踏み入れた。直後、神谷さんはハッとなってこっちを見た。俺はフッと気付いてないフリをして、DVDを探し始めた。ていうか、誰かが来た瞬間にこっちを見るあたり、多分誰かにアニメコーナーにいる所を見られたくないんだろうなぁ。

 

「あれ?佐藤くん?」

 

全然違った。普通に声かけてきた。

 

「………あっ、神谷先輩。何してるんですかこんな所で」

 

「えっ?あー、いや……」

 

あ、やべっ、って感じで目を逸らす神谷先輩。いや、これ隠してるのか?知り合いと会ったから声掛けましたーって感じか。

 

「お、お前こそ何してるんだよ、こんな所で」

 

「俺はラピュタ借りに来ただけです」

 

「そ、そっか……。実はあたしもなんかそういうジブリ借りようと思ってたんだよなー」

 

嘘つけ。そういう事は、手に持ってるセーラームーンを隠してから言えよ。俺はそこから視線を逸らして、ジブリコーナーを見上げた。えっと、ラピュタラピュタ……あった。

ラピュタを手に取ると、神谷先輩もジブリシリーズを選び始める。ああ言った手前、俺のいる前ではジブリ以外選びにくいんだろう。まぁ、こっちも一緒にいる理由ないし、さっさと帰ろう。

 

「………じゃ、俺帰りますね」

 

「お、おうっ。またな」

 

俺が帰り始めると、神谷先輩は少女向けアニメに戻った。俺がいなくなるのを確認してから戻れよ。

ちなみに、俺は引っ越ししたばかりでプレ2もDVDプレイヤーもパソコンもない事を忘れていて、ラピュタを見る事は出来なかった。

 

 



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可愛い後輩ができた。

 

学校が始まり、一週間が経過した。高校デビューに見事に失敗した俺は、クラスでの話し相手がいなくなった。その反動だろうか、元々カマちょな事もあってか、俺は一人の先輩にすごい懐いた。

 

「神谷先輩!おはようございます」

 

「お、佐藤。おはよ」

 

玄関を出た辺りで、神谷先輩が階段を降りる姿が見えたので後ろから声をかけた。

 

「学校まで一緒に行っても良いですか?」

 

「いいよ」

 

俺は神谷先輩の隣で歩いた。学校で誰とも話せない分、唯一の話し相手の神谷先輩の前では、無意識に明るくなってしまう。あ、いや別にクラスに友達がいないわけじゃないんだけどね?プリントを後ろに回す時とか、課題提出の時とか、体育の時とか話しかけられるし。クラスメイトなんて一回話せば友達でしょ?

 

「どうだ?一人暮らしは慣れたか?」

 

「いえ、全然ですよ。洗濯とか飯とか大変ですね。昼飯とか面倒だから学食で済ませてますよ」

 

「まぁ、一人暮らしだとそうなるよなー。朝と夜は作ってるのか?」

 

「はい!今のレトルト食品ってすごいクオリティ高いですよね!」

 

「それは体に良くないぞ……。まぁ、料理は確かに慣れないと大変だろうけどな……」

 

「せめて調理実習やってくれれば良いんですけどね……」

 

多分、過去最大級で真面目に受ける。班員がふざけ始めたら、そいつ三枚に下ろすかもしれない。

 

「神谷先輩は去年やりました?」

 

「んー……あったよ。二学期に」

 

「二学期までレトルトかー……」

 

「自分で作るって発想はないのか……?」

 

もうスライムは食べたくないんです。察して下さい。アレはもはやトラウマに近かったからなぁ。

 

「もしアレなら、あたしが作り過ぎても良いけど……」

 

「作ってくれるんですか?」

 

「つ、作り過ぎるだけだ!」

 

神谷先輩は人に好意的な行動や言動を取るのを恥ずかしがるようで、なんか一々遠回しな表現をして来る。是非ともからかってやりたい所だが、嫌われたくないので我慢した。

 

「そうですか。でも、大丈夫ですよ。一人暮らしを始めると決めた以上、自分の力でなんとかしたいので」

 

「………それで、全部レトルトで体調崩したら意味ないだろ」

 

「まぁ、そう言われればそうなんですけどね……」

 

でも、ここで甘えたら、この先ずっと神谷先輩に甘える事になりそうなんだよなぁ。やはり、ここは男らしく独立独歩で行くべきだろう。

 

「大丈夫ですっ。今日、自分で頑張ります」

 

「まぁ、そう言うなら良いけどな……。な、何かあれば言えよ?隣人同士、助け合いが大事だからなっ」

 

「か、神谷先輩………!」

 

感動した……!こんなカッコ良い先輩が隣に住んでるなんて、俺はなんて幸運なんだ………‼︎

 

「………俺、頑張ります!」

 

「お、おう……。まぁ、空回りしないようにな……?」

 

「はいっ!」

 

よし、とりあえず学校のパソコンで料理の基礎を学ぼう。

 

 

 

 

放課後、346事務所。あたし(神谷奈緒)は机に伏せて眠ってると、頬やら髪やらを弄られる感覚で目を覚ました。

 

「んっ………」

 

「あ、起きた」

 

目をこすりながら欠伸をして、辺りを見回した。凛と加蓮がニヤニヤしながらあたしを見ていた。

 

「ふわあ……な、なんだよお前ら………」

 

「ううん?なんでもな〜い」

 

加蓮が元気にそう答える。まぁ、何でもないなら良いか……。ちょっとトイレ行きたくなってきたな。

 

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる……」

 

「「いってらっしゃーい」」

 

二人は笑顔であたしを見送った。なーんか、怪しいなあの二人……まぁ良いか。

あたしは部屋を出てトイレに向かった。すると、前からプロデューサーさんが歩いて来た。

 

「あ、プロデューサーさん」

 

「………っ⁉︎」

 

あたしと顔を合わせるなり、プロデューサーさんは狼狽えているような表情を浮かべた。

 

「? なんだよ?」

 

聞くと、ポケットから鏡を出してあたしの顔を映し出した。

 

「っ⁉︎」

 

か、髪型がツインテールに………⁉︎

 

「あ、あいつらぁ〜‼︎」

 

あたしは慌ててさっきの部屋に戻った。ドアを開けるなり、何か談笑していた二人を怒鳴った。

 

「お前らぁ!お前らだろこれやったの⁉︎」

 

「あ、奈緒。似合ってるよー」

 

「そんな事聞いてない‼︎」

 

呑気な表情で手を振ってくる加蓮に怒鳴りながら、ヘアゴムを取っていつもの髪型に戻した。

 

「ったく、お前らは……もっと、こう……佐藤みたいに歳上を敬えないのかよ〜……」

 

「? 佐藤って?」

 

思わず漏らした呟きに凛が反応した。

 

「あたしの部屋の隣に引っ越してきた奴だよ。あいつ程、素直で可愛い後輩いないぞ」

 

「へぇー、その佐藤って男の子?」

 

「ああ。男だけど?お前らと違ってあたしをいじらないし、毎朝あたしに元気良く挨拶して来るし、本当に可愛い奴だよ」

 

「………ふーん?」

 

「…………なんだよ」

 

ニヤニヤしながら意味深な反応をされて、あたしはムッと聞き返した。

 

「いやー?その佐藤クンと奈緒はどんな関係なのかなーって思って」

 

ああ、なるほど。

 

「残念だけど、あたしと佐藤に深い関係はないぞ。隣人で先輩と後輩ってだけだからな」

 

「ふーん?」

 

「ほ、ほんとだよ!大体、出会ってまだ一週間くらいなのにそんな関係になるわけないだろ!」

 

「そんな関係ってどんな関係なの?」

 

「っ!そ、それは……!」

 

凛に聞かれて、あたしは何と答えようか奥歯を噛んだ。

 

「こ、恋仲じゃないって事だ!」

 

「誰も恋人同士?なんて聞いてないけど?」

 

「っ!り、凛ー!」

 

「はいはい、どうどう」

 

凛に掴みかかろうとしたが、加蓮が間に入ってあたしを止めた。

………でも、本当に実際何かあるわけでもない。あたしだって彼が好きとかそんなのは無いし、そもそも今言われて初めて彼とあたしが恋人になる可能性なんてものを考えた。そして、それは皆無だと結論付けた。

 

「でもま、確かに何もなさそうだよね」

 

加蓮が結論づけるように言った。

 

「何もなさそうなんじゃなくて、ないんだよ」

 

「でも、奈緒とそこまで仲良くなれると子は少し気になるなー」

 

「いやーそれが、少し心配なんだよな」

 

「何が?」

 

「なーんか料理できないみたいでさ。一人暮らしなのに」

 

「ふーん……それで?」

 

「レトルト食品ばかりで生活してるんだ」

 

「ああ、なるほどねー」

 

「まぁ、本人が自分で料理するって言ってるから、大丈夫だとは思うんだけど」

 

「奈緒が作ってあげれば良いじゃん」

 

凛に言われても、あたしは首を横に振った。

 

「それも言ったんだけど、自分で作るって聞かなくてさー」

 

「ふーん……ま、本人がそう言うならほっとくのも良いかもね」

 

「ああ。まぁ、料理なんて慣れだから大丈夫だとは思うけど……」

 

「心配なら、今日レッスン終わった後、見に行ってあげれば?」

 

「………そうだな」

 

加蓮に言われて、あたしが顎に手を当てて頷くと、部屋にプロデューサーさんが入って来た。さて、レッスンだレッスン。

 

 

 

 

レッスンが終わり、自分のアパートに戻って来ると、あたしの部屋の近くに人が集まっていた。なんだろ、何かあったのかな……?

ちょうど良いタイミングで、誰かが何か話しているのが聞こえた。

 

「………おいおい、なんの騒ぎ?」

 

「なんか異臭騒ぎだってよ」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

………嫌な予感しかしない。人混みを掻い潜って、近くまで来ると確かに臭う。先頭に来て玄関の表札を見ると「佐藤」の文字があった。

 

「………す、すみません。ここ、ツレの部屋なので……」

 

あたしは部屋の中に入った。男の人の部屋は初めてだけど、気にする余裕はなかった。それほど臭い。

鼻を摘みながら部屋に入って台所に向かうと、佐藤がぶっ倒れていて、皿の上にキメラの死骸のようなものが置かれていた。

 

「……さ、佐藤⁉︎大丈夫か佐藤⁉︎」

 

とりあえず、救急車を呼んだ。マジで何をどうしたらこんな事になるんだよ。

 

 

 

 

異臭騒ぎが収まり、軽く警察沙汰にまでなりそうになっていた所をギリギリ解決出来た。

一方、俺は倒れた割になんの異常も無かったらしい。臭すぎて倒れたのは覚えてるが。とにかく、今度大家さんにお詫びの品を持って謝りに行こうと心に誓い、それで一件落着かと思っていたが、俺は今、神谷さんの部屋で説教を受けていた。

 

「お前なぁ……何したらあんな事になるんだよ」

 

「………すみません」

 

「言ったよな?空回りしないようにって」

 

「………はい、言われました」

 

「これ、ある意味事件なんだからな?色んな人に迷惑かけたんだぞ。お前の部屋の片付け、あたしも手伝わされたんだからな」

 

………俺だって何してああなったのか分からないんだよ。おかしいな、ちゃんとレシピ通り作っていたはずなんだが……。

 

「ちなみに、何を作ろうとしてたんだ?」

 

「手羽先の唐揚げです……」

 

「はぁ……そんな難しいもの作ろうとするな。まずは簡単なものから作れ。そうやって少しずつ料理ってのは慣れていくもんだから。良いな?」

 

「はい……。すみませんでした」

 

素直に謝ると、神谷先輩は、よろしいと思ったのか、まとめるように言った。

 

「とにかく、今度から料理する時はあたしを呼べ。もうこんな騒ぎにならないよう、あたしがちゃんと見張ってやるから。良いか?」

 

「えっ?見張っててくれるんですか?」

 

「………佐藤のツレだって言ったら、大家に二度とこんなことがないように世話役頼まれたんだよ」

 

本当にすみません……お手数をおかけします………。

そして大家さんも。本来、追い出されても仕方ないのに、寛大な処置をありがとうございます。

 

「じゃあ、今日はもう部屋に戻れ。良いな?」

 

「は、はい………」

 

気付けば、もう夜の12時を回っている。こんな時間まで本当に申し訳ないばかりです………。

俺は立ち上がって自分の部屋に戻ろうとした。その直後、ぐぅっとお腹が鳴った。

 

「………………」

 

「………………」

 

神谷先輩にガッツリ聞こえたのか、盛大なため息をつかれてしまった。

 

「………何か食べて行くか?」

 

「…………良いんですか?」

 

「この時間はコンビニしか外やってないだろ。また料理されるわけにもいかないしな」

 

「………ほんとにすみません」

 

ご馳走になることにした。

 

 



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