交物語 (織葉 黎旺)
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第空話
くうスカイ その一


西尾維新大辞展は最高でした


 001

 

 空々空(そらからくう)という少年を表すのに際し、その名前ほど適切な物はないと、僕、阿良々木暦(あららぎこよみ)はそう思う。

 (から)。『実は彼はロボットなんだ!』なんてユニークな紹介を受けても大して驚かない自信が、今の僕にはある。彼は感情が死に、表情も死んでいる少年なのだ。

 死んだように生きている。生きたように死んでいる。

 以前誰かにしたような、『道』というものをどう思う? という質問を彼にしたならば、少しズレて()れた彼なら、きっとこう答えるに決まっている。

 

「道……ですか? うーん、意識したこともないっていうか何というか……わざわざ歩かずとも、ひとっ飛び出来れば楽なんですけどね」

 

 まるで、空でも飛ぶかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 002

 

「お久しぶりです、いりりぐさん! 病気にしていましたか?」

 久々の暇な休日をどう使おうか迷い、とりあえず浪白公園でブランコを漕いでいたところで彼女はやってきた。

 

「一文字ずらすな阿良々木だよ。しかも病気にしていましたかって……それを言うなら元気にしていましたかだろう?」

「失礼、噛んでやりました」

「違う、わざとだ……って人のギャグを取るんじゃない!」

 地の文のない状態で喋ると大変紛らわしいと思うが、僕が喋っているのは神ましたな蝸牛の幼女ではない。本音を言えばこの作品に一噛みもしてほしくない、四国の魔法少女(?)『ジャイアントインパクト』こと地濃鑿ちゃんだった。

 

「いやあ、八九寺さんとやらのキャラクターが私と被っていると聞いたもので。これは人生の先輩として一つ、持ちネタを奪われる恐怖というやつを味わって頂こうかと」

「出版順的には八九寺の方が先輩だし、現世にいる年数で考えても八九寺の方が先輩だよ」

「人として生きた年月は、私の方が先輩です」

 果てしなくムカつくドヤ顔をする地濃ちゃん。"人として"なんていうが、魔法少女として生きてきた彼女を人と定義すべきかどうか。まあ彼女らの『魔法』はコスチュームの力らしいので、カテゴライズするなら人で構わないのか。むう。

 

「あ、阿良々木さん。伝わってきましたよ、『何でこいつと同じ種族なんだよはあ……』的な心の声が」

「流石に考えてねえよそんなこと……」

 全く思っていないと言えば嘘になってしまう気もするが、付き合いも浅いしそこまで考える仲ではない。まあこのまま関わっていけば、一週間もすればそんな考えを口に出し始めることになりそうだが。

 

 

 閑話休題。

 

「それにしても、急にどうしたんだよ?」

「用がなきゃ来ちゃいけなかった感じですか? 」

「用があっても来てほしくないよ……」

「まああるんですけどね、用」

「あるんですか……」

 思わず邪険な扱いになってしまったが、別に僕は地濃ちゃんのことが嫌いというわけではない。むしろ好きな方である。ただ苦手というだけだ。詳しくは「混物語 第法話 のみルール」を参考にしていただきたい。

 

「なーにが参考にしていただきたいですか。のみルール未読の為(大人の事情により)私たちの絡みが全くわかっていないというのに」

「ストップ! ストップ地濃ちゃん、それ以上はいけないぜ!!」

 大人の事情は大切なのである。まあ僕らは、子供と呼べなくもないような年齢なのだが。――おっと、地濃ちゃんは中学生だったっけ? それなら法律的にも子供だが。

 

「で、用事っていうのは何だい? わざわざこんな辺境の地まで」

「四国も割と辺境の地なんで、辺境の地から辺境の地へとって感じですね。えーと、実は人を探してまして」

「人? 人を探してるなら警察にでも行って聞いてみたらどう?」

 僕は家庭の都合上警察組織と縁がなくもないので、頼まれればその伝を紹介するのも可能といえば可能である。あまり明かしたくない情報ではあるし、好んでしたくはないが。

 

「阿良々木さん、やはり警察の方にはよくお世話になってるんですね……予想通りです」

「ある意味ではお世話になってるけど多分君の考えていることとは百六十度違う!!」

 両親が警察官な為、まあお世話になっているといえばお世話になっている。が、人を犯罪者みたいに言わないでほしい。

 

「で、警察の話でしたっけ? そうしたいのは私も山々なんですよ。山々なのですが、問題も山々でして。まず第一の問題として、交番の場所がわかりません」

「そこの入り口から出て、右に曲がって突き当たりの角を左に曲がって、そのまま直進すれば信号の向こうにコンビニがあるぜ」

「コンビニじゃなくて交番です。うっかりさんですねえ、阿良々木さんはまったく」

「おっと失礼。でもコンビニの隣が交番だから、まあ完全なうっかりではないよ」

「うっかりさんな阿良々木さんには困ったものです。これが私メインの作品だったら間違いなく降板物ですよ、交番だけに」

「大して上手くないことを言って誇るな」

「まあたまたまこの公園にいて私に道を教えてくれた辺りで評価してあげましょう」

 そういって地濃ちゃんは、如何にも悪趣味で少女趣味で魔法少女風味な、フリフリの衣装を翻してすたすた歩いていった。その衣装は確か空を飛ぶことや、それぞれ特異な能力が備わっていた筈だが、流石に街中での飛行は躊躇われたらしい。目立つもんな。

 さて、僕はこれからどうしようか、と時計をちらりと見ると、視界を空飛ぶ地濃ちゃんに遮られた。

 

「白なのか……」

「貴方は真っ黒ですねえ、阿良々木さん……」

「は、いつの間に!?」

「いや、話してる間中ずーっと言おうか迷っていたんですが……ズボンのチャックが開いてらっしゃいますし」

「お互い恥ずかしい思いをしたから、まあウィンウィンってことでいいか」

「私は別にどうでもいいんですがね」

「で、何で戻ってきたんだ?」

「百が一、千が一、万が一にも私みたいな格好の、可愛らしい男子中学生に遭遇したら確保しておいてもらえませんか?」

「はっはっは、何を言っているんだ地濃ちゃん。そんな格好の男が彷徨いてたら速攻で捕まるぞ?」

「いや、多分捕まらないんですよねえ……その辺は上手い方なので」

 プロの女装プレイヤーということだろうか。かくいう僕も何度か女装したことがあるので、警察から逃れる良い術があるなら是非ともご教授お願いした方がいいかもしれない。

 

「で、その人と君はどんな関係なんだい?」

「平たく言えば私の上司ですよ。空々さんといって、前述の通りの奇抜な格好をしているはずです」

「はー、そりゃまあすごい上司さんだな。出会えるとは思わないけど、もし出会えたらとりあえずお喋りしておくぜ」

 言うことが終わるとすぐに、さよならも言わず地濃ちゃんは交番の方へと飛んでいった。

 

 

「それじゃあとりあえず、戦場ヶ原の家にでも遊びに行くか…………ん?」

 何ともなしに見上げた空に、何か浮かんでいる物が見えた。鳥にしては形がおかしい気がするし、飛行機などでは決してない。興味を持って見上げていると、いつの間にかそれが徐々に大きくなってきた――いや、近づいてきた。

 結論から言おう。空から女装男子が降ってきた。



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くうスカイ その二

  003

 

 多少回復力が優れていることを除けば至って普通の男子高校生である僕は、華麗に受け止めることも避けることもなく、至って普通に、空から降ってきた女装少年のクッションになった。

 

「いたたたた……す、すいません。大丈夫ですか……?」

「…………」

 

 答えなかったのは別に、突然の事故で機嫌を悪くしたからではない。肺が圧迫されて上手く呼吸が出来ず、声が出なかっただけだ。人に大丈夫か問えるだけの元気が残っている方がおかしいと思われる。

 

「カハクフゥハッ……! ふ、ふう。大丈夫、問題ないぜ」

 

 何かの詠唱のような格好悪い声が出てしまったが、女装少年はそれに反応することなく「よかったです」と言って、「それじゃ」と離れていく。

 

「ってそうじゃなくて!そこの女装少年、ちょっと待ってくれ!」

「…………」

 無視して離れていく女装少年を引き止めると、少し嫌そうな顔をして止まってくれた、空中で。空中で。大事なことなので二回言わせてもらったが、何もない虚空に彼は浮いていた。

 

「君も浮くんだな……」

「ああ、まあ……え、君()?」

「僕は地濃ちゃんのちょっとした知り合いでね。彼女から、多分君を探すように頼まれた」

「……そうですか……」

 

 正確にいえば頼まれてはいないが、ここまでくれば乗りかかった船というやつだ。女装少年は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「じゃあ彼女に、僕を探さないようにお伝えください。それじゃ」

「ちょっと待……!」

 

 飛んで行かれたらまずい、捕まえようがなくなる――そう思った僕は、咄嗟に彼のフリフリのコスチュームの一部を掴んでいた。そして浮き上がった彼は、勢い余って地面へ激突した。

 

「――!?」

「あー……その、何というか……ごめん……」

 

 引き裂けたコスチュームの切れ端を見て、女装少年は感情の読めない表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  004

 

 全力の謝罪を終えて無事和解したところで、僕たちはベンチに腰掛けた。女装少年と男子高校生というのは中々目立ってしまう構図ではあったが、幸いここ、浪白公園は大して人気のない公園なので、通報はされなさそうだった。

 

「いや、本当にごめん……まさか千切れた上に飛べなくなるとは……」

「いえ、もう結構ですので気にしないでください」

 

 諦めがいいのか、特に怒る様子もなく、女装少年は非常に落ち着いた様子だった。てっきり走って逃げ出すかと思ったが、さながら処刑を待つ犯罪者のように諦観した目でベンチに座ったので驚いた。

 

「えーっと……地濃さんのどういった知り合いなのか聞いてもいいですか」

「どういった知り合いなんだろうね……」

 

 女装少年は首を傾げた。詳しくは、『混物語 第法話 のみルール』を参照していただきたい。恐らくそこに全てが書いてあると思われる。

 

「とりあえず自己紹介しておこうか。僕は阿良々木暦、直江津高校の三年生だ」

「空々空、といいます」

「……ごめん、もう一回言ってもらっていいかい?」

「空々空、です。空々が姓で空が名前、字にすると(そら)(くりかえし)(そら)と書きます」

 

 変わった名前の知り合いがなかなか多い僕ではあるが、変わってる上に覚えやすいすごい名前だなと思った。スラスラとした説明から見るに、聞き直されるのには慣れているようだった。

 

「じゃあ空々くんと呼ばせてもらうぜ。僕の方はまあ、適当に呼んでくれて構わないよ」

「では阿良々木さんと呼ばせていただきます」

 

 地濃ちゃんの上司というからどんな変人なんだと疑っていたのだが、今のところ礼儀正しいいい子といった感じの印象である。よくよく考えてみると、あの子と比べると大体の人間は礼儀正しいような気がするが……

 

「で、空々くんは一体こんなところに何の用事があるんだ? 僕はたまたま会った地濃ちゃんに、上司を探しておいてくれと頼まれたんだけれど」

「…………」

「あー、まあ言いたくないなら無理に言わなくてもいいよ」

「いえ、言いたくないというか……むしろ言いたいんだけど、上手く言えないと言いますか……」

 

 妙に歯切れの悪い回答だった。少し間を置いて、空々くんは言葉を続ける。

 

「阿良々木さん。この町で、怪異というものに遭ったことはないですか?」

「……え?」

「例えば――吸血鬼とか」



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くうスカイ その三

  005

 

「怪異を探してほしいのよ」

 

 突如呼び出された空々空は、脈絡もなくそう言われた。場所はとある民家の一室。少なくとも空々は知らない町の、空々の知らない家だった。言った相手は彼のほぼ直属の上司、左右左危(ひだりうさぎ)である。彼らは『地球撲滅軍』という大変物騒で、名前の通り恐ろしいことを沢山やってのけている秘密組織に所属しており、その恐ろしいことの一部を行っているのが目の前のマッドサイエンティスト、左右左危だった。

 最早いつものことではあるが、彼女の真意の読めない発言に、空々は悩みながら言葉を選ぶ。

 

「怪異――って一体なんですか?」

「都市伝説、道聴塗説、街談巷説――まあ要するに、実在するかもわからない、御伽噺みたいなものね。妖怪だとかがわかりやすいかしら」

 

 なら初めからわかりやすく教えてくれ――そう言いたくなるが、この天才に何を言っても大抵は無駄であるので空々は閉口した。代わりに別のことを言う。

 

「左博士ってそういう非現実的な物の存在を肯定してるんですか?」

「いいえ、全然?」

 

 あっけらかんとそう言って笑う左に、空々は困惑するしかなかった。

 

「でも魔法少女が実在するんだし、あってもおかしくないわよね?」

「まあ、それはそうかもしれませんけど……」

 

 とはいえ魔法少女――もとい『魔法』は、地球撲滅軍と同じ秘密組織の一つ、絶対平和リーグの元で研究され続けてきたテクノロジーであり、言うなれば出処のはっきりしたオーパーツである。対して、左博士の述べた『怪異』は聞いている限り非現実的で実在の証明出来ないものである。

 

(あるかないかは別にして、少なくとも簡単に見つかるとは――とても思えない)

 そう思う空々。しかし彼女が本気でそれを探しているとも思えないので、性格から見ても駄目元で依頼しているのだと推察する。つまりはまあ、そこまで緊迫したミッションではないということだ。

 

「じゃあそんな感じでよろしく。空挺部隊、今は暇だしいいでしょ?」

「まあ構いませんけど……左博士の方で、何か目星とかはつけてらっしゃるんですか?」

「一応ね」

 

 彼女は、とある地方都市の名前を言った。明確には知らないが、何度か聞いたことがあると言った感じの場所だった。

 

「わかりました。じゃあそこに向かって、吸血鬼を探してくればいいんですね?」

「ええ。血液だとか髪の毛だとか爪の垢だとか、何でもいいから体の一部を採取してくれればベストね」

「了解しました」

 

 ()()()()()()()()、と内心で一言加えて。そして空々は、田舎町へと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

   006

 

 

 

 

 ――吸血鬼。

 御伽噺に出てくる不死身の怪物であり、僕、阿良々木暦は、地獄のような春休みの副作用で、そのなりそこないといった状態になっているのだった。影の中には常に、幼女と化した伝説の吸血鬼の搾りカスが潜んでいる。業界内(怪異の専門家というとてつもなく狭い世界だが)では名の知れた存在であり、一時期危険指定され抹殺されかけた身としては、空々くんの動向の一挙一動に目を光らせなければならない。

 表情が読めないので分かりづらいが、恐らく空々くんは分かっていてこちらに質問したわけではない。鎌をかける意味合いさえない。ただ、駄目元で質問を投げただけだ。彼からのざっくりとした説明を聞いて、それはわかった。

 

「ということで、上司からの命令で吸血鬼を探しに来たんです」

「ほうほう、なるほどな」

 

 吸血鬼という馴染み深い単語を聞いてしまった以上、首を突っ込まないわけにもいかず、公園のベンチで空々くんに、かいつまんだ経緯を聞いた。そんなもの突っ込めば吸血鬼的に、咬まれることが確定事項になってしまうが、なりそこないとはいえ、幸い不死身の怪異である、傷が浅いことを祈ろう。何処かの請負人よろしく吸血鬼を討伐しにきた、というわけではないはずだ。そうなると、程よい落としどころを見つけるのが大事だろう。

 

「地濃ちゃんもその手伝いで来たの?」

「……はい、一応そうです」

 

 感情の見えない少年ではあるが、今の間には少し感情が見えたような気がした。来ないほうがマシだ、という思いがひしひしと伝わってくるようである。改めて地濃ちゃんの才能に感服させられてしまう。

 

「嫌ですねえ阿良々木さん、そこはこの私に屈服していただかないと」

「ち――地濃ちゃん!?」

 

 滑り台の上空。恥ずかしげもなく決めポーズを決めた魔法少女の姿がそこにあった。ジョジョ立ちのようなそのポーズだとスカートの中身が丸見えなのだが、この町で紳士として知られる僕としては、教えてあげるべきだろうか。でも進行に滞りが生じちゃうからなあ。伸びてきちゃってるから、巻きでいかないと。

 

「何が紳士ですか。コラボ先の女子に手当たり次第手を出していたというのに。もちろんこの私も含めて!」

「この町の神に誓って僕は不埒な行いをしてないし、君に出したのはむしろ助け船だよ」

「なるほど、手も足も出なかったというわけですか。ふふん、所詮一般人」

「何その一般人を見下す魔法少女キャラ?」

 

 とはいえ誤算であった。映画化特典をすべて纏めたうえで、三つも新たなエピソードが増えるなんて。この神に誓って不埒な行いはしていない僕だが、数々の女の子に優しくする好青年の姿が出版されていると思うと、少し照れくさくなってしまう。二話に一話は殺されてたり酷い目に遭っていたりと、あまりいい思い出がないのだが、あれも一つの物語である。『混物語』、好評発売中。

 

 

「阿良々木さん、気持ち悪いです。顔が。元から」

「そんなことないよ。なあ空々くん?」

「……阿良々木さん、もしかして心当たりがあるんじゃないですか?」

「え、気持ち悪いことに? なんか静かだなと思ったらそんなこと考えてたの?」

「いえ、そちらではなく」

 

 空々くんは表情を変えずに淡々と続ける。それは英雄というよりは、何処か機械じみた確認作業のように感じられた。

 

「吸血鬼なんていう荒唐無稽な事柄に対して、阿良々木さんが違和感なく順応するのが少し気になりまして。架空の存在だといわれているのに、まるでいて当然というような態度でいる気がして」

「いやいや空々くん、僕だって半信半疑だよ。ただ、この町では少し前に吸血鬼のうわさが流れたこともあったし、そういうものもあるんだろうなって思ったから信じてるだけさ」

「……なるほど。ちなみに、その春の話を聞かせてもらっても?」

 

 概ね春休みに羽川から聞いたような、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の噂をそのまま話す。これが去年の春に語られていたが、いつのまにか噂はなくなったこと。だから本当にいたかわからないし、いたとしてももうこの町にはいないかもしれない。そう二人に伝えた。

 

「ふむ、なるほどなるほど。ほら、やっぱり私の予想は合ってたじゃないですか空々さん! 吸血鬼なんてどうせいないし無駄骨になるだけだから、行くだけ時間の無駄ですよって」

「君と話すことほど無駄骨を折ることはないし、君と出かけるのに割ける余暇はないよ」

 

 空々くん、意外と辛辣である。あるいはそれは彼らの距離が近いからかもしれない。いい意味でも悪い意味でも、物理的にも。

 彼女は今、僕らの片膝ずつの上に座っていた。

 

「地濃さん、重いからどいてくれると助かるんだけど。というか何してるの?」

「何を仰います空々さん、私は軽いですよ。あなたの膝がやわなだけです。何をしているのかと言われればほら、私はお二人のどちらとも面識がありますので、僭越ながら二人を繋ぐ架け橋になろうかなー、と思いまして!」

「地濃ちゃん、多分やろうと思えば、君は人類みんなを繋げられるよ」

 

 あの教室で僕が、彼女のチームメイトにシンパシーを感じたように。とは口に出さなかったが。

 

 閑話休題。

 

「そうなると、吸血鬼はいないってことだけ報告して帰るべきですかねえ。左博士も別に、本当に結果を求めていたわけじゃないでしょうし」

「いや、それでも手ぶらで帰るわけにはいかないだろう」

「僕のした話だけじゃ足りないのか?」

「そうですよ、あんなアメリカンコーヒーみたいな薄さの眉唾物の話でも、調査結果には変わりないじゃないですか」

「おい」

「恐らく、左博士はさっきの話を知っていたんだと思います。知っていたからこそ、僕たちを調査に向かわせた」

 

 それは十分にあり得る話だった。確かに予め知りでもしない限り、わざわざこんな町に来る必要性は薄いだろう。

 

「でもそれならそれで、話の結末まで知ることが出来たんだから、問題ないんじゃないの?」

「阿良々木さんの話で、明確に結末が分かったといえるでしょうか。あれだと、どちらかといえば自然消滅が分かったってだけじゃないですかね」

 

 空々くんの指摘はもっともだったし、十分的を射ていた。当然だが、あれは自然消滅したように見せかけるための偽の話だったのだから。とはいえ、それを知られるわけにはいかない。ここが我慢のしどころだ。おくびにも動揺を出さずに、彼らに平和的にこの町からお引き取り願おう。

 

「ふむ。だが空々くん、世の中には解決されない出来事は山ほどあるし、解明されない謎なんていくらでもある。だからこの謎も、解決されないまま終わったっていいと思わないか?」

「いえ、そうは思いません。なんていうか、こう……変じゃないですか?」

「何が変なんですか空々さん。私に言わせれば、あなたより変な人はいませんよ?」

「鏡を見てきたほうがいいよ地濃さん。そうじゃなくて、話が自然消滅するのが」

「自然消滅したのは吸血鬼がいたってこと自体が嘘で、実際には存在しなかったからじゃないのか?」

「もしそうであれば、そもそもそんな噂が流れることがないと思います。明確な根拠がなければ、21世紀にもなって、吸血鬼を見たなんて話が広まるとは思えません」

 

 多かれ少なかれ、吸血鬼と思しき人を目撃していたからこそ噂は広がったんじゃないですかね――と、空々くんは核心を突いたことを言った。

 

「金髪金眼だし、外国人を誰かが見間違えたんじゃないか?」

「それは恐らく噂を聞いた人も考えたでしょう。それでも広まったのは、やっぱりそうは思えないような何かがあったのではないかな――と」

「なかなか鋭い推理をするね、空々くん。確かにそう言われてみると、本当にいたように思えるし、何ならどこかですれ違ったような気すら芽生えてくるぜ」

 

 空々くんは折れなさそうなので、こうなったらプランを変更するしかない。彼の説を否定するのではなく、乗っかって落としどころを探すのだ。

 

「だけどどうする? 事実として吸血鬼の噂は消えてなくなってる。そんな目立つ風貌をした吸血鬼なら間違いなく噂になるはずなのにだ」

「僕に考えがあります。差し当たって、阿良々木さんにも協力して頂きたいんですが、よろしいですか?」

「それは別に構わないけど……何をすればいいんだ?」

「はい。少々痛い思いをさせてしまうかもしれませんが……」

 

 そういって空々くんが取り出したのは一本の注射器だった――え、注射器?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 007

 

 

 後日談、というか今回のオチ。

 注射器を手に取った空々くんは、その針を幼気な高校生、つまりは僕の上腕二頭筋へと向けた。そこまでくれば流石の僕も何をするのか予想できる。まさか今までのやり取りで、僕が吸血鬼であることが割れたのだろうか。

 

「お、落ち着け空々くん! いくら僕でも男子中学生とお医者さんごっこに興じるつもりはないぜ!?」

「阿良々木さんこそ落ち着いてください。別に変な薬品を注入しようとかそういう訳じゃなくて、ただ単に僕たち以外の誰かの血がほしいんです」

 

 血。人間ならば誰でも流れている、言わずと知れた吸血鬼の主食。

 

「空々さん、さては阿良々木さんの血液を餌に吸血鬼を釣ろうという魂胆ですか? でも吸血鬼って純潔の美少女の血を好むと聞きますし、阿良々木さんごときの血じゃあ精々蚊がくるかどうか……」

 

 好むかどうかどころか、現状その吸血鬼の主食が阿良々木さんごときの血なのだけれど。地濃ちゃんの無自覚な挑発に乗ってボロを出すわけにもいかないので、無視を決め込む。

 

「そういうわけじゃなくて……ほら、吸血鬼がこの町にいたなら、誰か被害者がいないとおかしくないですか。だから阿良々木さんの血で、被害者をでっちあげようかな、と」

 

 つまり空々くんは、()()()()()()()()()()()()()()()()という現状を、()()()()()()()()()()()()()()()()()、というところまで発展させようとしているのだ。

 

「でも空々くん、それは変じゃないか? だって吸血鬼なんだから血は全部吸い尽くすはずだろう。余りが出るのはおかしい気がするけど」

「吸血鬼といえど、お腹いっぱいになってご飯を残しちゃうこともあるんじゃないですかね」

「だとしたら証拠、というか被害者が残っちゃうし、完全に消すのがベターだと思うけど……」

「いやですねえ阿良々木さん、超常の存在たる吸血鬼を現実に当てはめて考えることが、そもそも間違いでしょうに」

 

 魔法少女を現実に当てはめちゃいけないように。

 

その後、僕は諦めて献血をして、彼らにお引き取り願った。報告に彼らの上司がどんな反応を示したのかは僕の知るところではないけれど、なるべく愉快な結果になっていることを祈る。僕にとっても、彼らにとっても。今の僕の血液からは何も出ないだろうが、それでも万が一は存在する。

万が一、といえば献血の際、空々くんとこんな雑談をしていた。

 

「押したら誰かが死ぬ代わりに百万円もらえるボタン、ってあるじゃないですか。その誰かに自分が含まれてるかもしれないのに、それでも押す人がいるのって不思議ですよね」

 

間違っても献血の際の雑談でする話じゃないし、少しも不思議がっているようには見えなかったが、その異質さこそが英雄と呼ばれる資格なのだとしたら、確かに僕なんて平凡な男子高校生に過ぎないのかもしれない。

 

「何言ってるんですか、死んだときの諸経費が浮くんですからめっけもんですよ。私が生き返らせれば平和的に百万円が手に入って、ウィンウィンですし」

 

僕らの空気感並に命が軽そうな世界観に、戦慄するのだった。それこそ、空も飛びそうなくらい。

 

 

 

 

 

 





年越しだとかのアニバーサリーって目出度いものとして盛大に祝われるものですが、昨今のメディアを見ていると心の底から祝えているのか怪しいものですよね。クリスマスに恋人がイチャついてるのはどうなんだっていう。まあ騒がしいのも賑やかなのもいいことですし、アレもコレも戯言なのですが。

そんな感じで「交物語 第空話 くうスカイ」でした。いかがだったでしょうか。「混物語」自体は長らく読めていなかったのですが、キャラのリストだけ見て、「推しが何人か足りてない!! くそ、こうなったら僕が書く!!」と勢いだけで書き始めたのがこの作品だったりします。そして勢いの止まっている間に混物語が単行本となり、その上三作書き足され、その中に空々くんもいたので大焦りで書き上げました。空々くんというか地濃ちゃんが暴れてただけな気がしますが大丈夫ですかね。

不定期だとは思いますが書きたいキャラはまだまだいますので、お読みくだされば幸いです。新元号もよろしくお願いします。それでは。


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みそぎマイナス 其ノ壱

 

  001

 

 球磨川(くまがわ) (みそぎ)は箱庭学園の三年生だ。もっともそうなったのは直近の話で、その前は水槽学園の三年生だったらしい。水槽学園といえば、この片田舎にさえ噂を轟かせる名門校であるが、不思議なことについ最近廃校になったらしい。数々のエリートを輩出した学校でも、終わる時は呆気ない。じゃあ彼は廃校になったから転校したのか、といえば事実は逆だった。不可逆だった。

 

『そこは負荷逆といってほしいかな、暦ちゃん』

 

 吹けば飛ぶような軽い口調で、球磨川禊は括弧つける。

 

『僕はエリートじゃない、そんな幸せ者(プラス)とは違う。僕はあくまで過負荷(マイナス)だぜ』

 

『悪魔で過負荷(マイナス)だぜ』。いいも悪いも綯い交ぜにした、そんな誤変換とともに、球磨川禊は薄っぺらい笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 002

 

『やあおはよう! えーっと、阿良々木暦くん?』

 

「うおおおおっ!?!?」

 

 突如目の前に現れた学ランの男を轢きかけて、僕は思わず急ブレーキをかけた。それだけでは間に合わないと判断したので、愛車のクロスバイクを無理矢理倒す。ハンドルと地面が接触し、ガガガ、と致命的な接触音を立てて跳ねる。勢いはそのままに数メートルほど進んだところで、クロスバイクは停止した。幸いハンドルが曲がった程度で、本体にはあまりダメージがない。それは僕自身にも言えることで、多少擦過傷は出来たが、昨日忍に血を与えているし、すぐに治るだろう。法的手段に訴える必要はなさそうだが、いずれ起きそうな事故を防ぐためにも、飛び出しは危ないということを教えてあげるべきだろう。起き上がって彼を見る。

 

『急に倒れてどうしたの? スピードの出し過ぎは危ないから気をつけた方がいいぜ?』

 

「いや誰のせいだと思ってるんだよ!?」

 

 思わず突っ込んだ。学ランの男は小馬鹿にしたように笑っている。中学生にしか見えないほど幼い顔立ちだった。身長は僕とあまり変わらない。だが、その制服に見覚えがあった。

 

「ん、それは水槽学園の……?」

 

『よく知ってるね、阿良々木暦くん』

 

「丁度昨日、ニュースで見たからな……『廃校になった』ってニュースを。で、何で僕の名前を知ってるんだ」

 

『ちょっと知り合いの人外に聞いて、ね』

 

「知り合いの人外……?」

 

 僕も相当、人外の知り合いが増えてしまっているので、その中の誰かにでも聞いたのだろうかと訝しむ。しかしいずれも、彼みたいな男に僕のことを話すとは思えなかった。

 

『ああ、別に()()君の知り合いではないから、安心してくれていいよ。暦ちゃん』

 

「急に呼び方が馴れ馴れしくなったな!」

 

『まあまあ。僕のことも禊ちゃんって呼んでいいから、それでおあいこってことで』

 

「いや、先にフルネームを名乗れよ」

 

『球磨川禊、高校三年生。つまり同い年(タメ)だね。だから親しみを込めて禊ちゃんって呼んでくれていいんだぜ?』

 

「わかったよ、球磨川くん」

 

『つれないなあ』と芝居がかったようなハンドジェスチャーをして、球磨川禊はシニカルに笑った。

 

「それで、その球磨川くんが一体僕に何の用なんだよ?」

 

『よくぞ聞いてくれたね、暦ちゃん。普段の僕なら、用がなければ君みたいなやつには話しかけないんだけど』

 

「おい」

 

『とはいえ、やむにやまれず事情で君に助けを求めなきゃいけなくなったんだ。暦ちゃん、僕を助けてくれるかい?』

 

「それはできないな」

 

 否定の言葉に、球磨川の動きが固まった。

 

「助けるんじゃない。お前が一人で勝手に助かるだけ、だ」

 

 

 



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