贋作でなく (なし崩し)
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第一特異点オルレアン
1





書いたら出ると聞いて……


 

 

 憎い。

 憎い、憎い、憎い。

 こんなにも人を憎んだのは初めてである。

 

 熱い。

 熱い、熱い、熱い。

 こんなにも苦しいのは――十数年ぶりか。

 

 私たちを取り囲むのは、『私』が救いたくて、守りたかったはずの民草ではない。『私』がその命をかけて守ろうとした故国は、私たちを裏切った。ほかの仲間たちを救い出す中で、ただ一人、私たちだけが取り残され売られたのだ。

 挙句の果てには体の自由を奪い、大衆の前に晒されている。そんな私たちの前で朗々と耳うるさい声で語るのは、イングランドに尻尾ふる忌々しい聖職者。

 奴が私たちを魔女だと言えば、大衆はそれが真実だと受け取り石を投げる。その中には、戦場に立ったこともないだろう子供までもが含まれていて、悪魔だの魔女だのと叫びながら私たちを指さしている。

 どうして私たちだけが。そんな仄暗い思いが燃え盛り、憎悪の炎へと変わっていくのに時間はかからなかった。

 これが、人か。

 自身の身に関わることであれば大きな流れにすら逆らうくせに、それが自分に関係がなければその流れに流される。挙句の果てに、自身の内に溜まる仄暗い思いを他人にぶつけ醜悪さをまき散らす。そしてその流れに、また一人と流されることを選ぶのだ。

 

 ――分かるか『私』、これが結末だ。

 

「…………ええ、分かっていますよ」

 

 衆人の声にかき消されるような小さな声。

 それは私がこの世に生を受けてから、一日も欠けずに共に歩んできたもう一人の『私』の声だ。

 

 

 始まりは、とある農夫の家に生まれ落ちたその時から始まった。 

 かつての私は別の時代、別の国で人生を終えた何者かであった。その人生が幸福に満ち溢れていたものであるかなど最早欠片も覚えてはいないが、自分は死んで生まれ変わったことだけは明確に理解していた。

 問題は山のようにあった。

 そもそも赤ん坊であるはずの私にすでに自我が芽生えていること。加えて赤ん坊らしく振る舞うにはどうすればいいのかがわからなかったこと。それはそうである、赤ん坊のころの記憶など生きていたとしても覚えてはいない。それにあいにく、自分に子供がいたかもわからなかったのである。

 しかし、この問題はある意味で解決した。

 ふと自分の体が泣き叫んでいることに気づく。ところが私は困惑こそすれど悲しみなど感じてはなく、それこそ泣きたいほどの感情を今のところ持ち合わせてはいなかったのである。となれば、今泣いているのは『誰』なのか。

 疑問はすぐに氷解することとなる。

 

 私に、この体を動かす権利など存在しなかったのである。

 いくら動かそうとしても体は動かず、私の意志に反して泣き叫ぶ。まぁ、半分分かってはいたのだ。赤ん坊のくせに自我が芽生えているはずがない。あるとすれば、赤ん坊の中に自我を持つ何かが憑依している、そんな可能性。

 理解した私は拷問のような状況に、神様とやらを呪った。

 それから暫く、夢でも見ているかのように、赤ん坊の目を通して小さな世界を眺め続けた。

 そんなある日のこと、遂にこの体の持ち主とのコンタクトが取れたのである。

 おぼろげながらも記憶に残る、いずれ聖女と呼ばれる――

 

 ――ジャンヌ・ダルクと。

 

 そこから私たちの日々は始まった。

 驚く彼女と、久しぶりに誰かと声を交わせることの喜びに舞い上がる私。時に彼女は私の境遇に同情し、どうにか体の支配権を一時的にでも譲ることはできないのかと模索し始める。君は馬鹿かと止める私に、頬を膨らませる彼女、そんな光景が何日も続いた。

 

 ――この体は私のものじゃない。

 

 ――いいえ、この体は私と私のものです。こうして共にあるのだから。

 

 頑なな『私』と、呆れる私。

 この頃になると私も慣れてきたのか、彼女を中心に俯瞰的に景色を見下ろせるようになった。もしかしてこのまま距離を取れば、彼女の体から出ることができるのではと挑戦してみれば100mほど先で壁にぶつかり強制的に彼女のもとへと舞い戻った。

 すると何故かあわあわと挙動不審な彼女の姿。

 

 ――ど、ど、どこに行ってたんですかー!

 

 声をかけても返事がないので私が居なくなったと思って探していたらしい。

 かといって彼女は私が見えているわけでもないのでどうすればいいのかと混乱していたとのこと。微笑ましくて思わず笑ってしまった。家に帰るまでは頬を膨らませて怒っていたが、母の食事を口にすれば瞬く間に笑顔を取り戻す彼女はどこかまぶしく見えた。

 そんな健啖家で思いのほか見た目以上にわんぱくな彼女は、見ていて飽きはしなかった。

 干し草の上で気持ちよさそうに眠る彼女は、このまま穏やかに人生を歩んでいくのだと、信じてやまなかった。

 

 

 ……『私』が、私には聞こえない神の声を聞いたその時までは。

 

 ――主の、主の声が聞こえたんです!

 

 『私』が12を迎えた頃の話だ。

 唐突にそんなことを言い出して、当時の王太子をランスに連れて行くと走り出した。唐突な行動はいつものことではあるが、今回ばかりはその行動になんの意味があるのか理解することができなかった。私には神の声など欠片も聞こえてはいなかったのである。

 何か患ったか、そう思いながらも最後は『私』の父と母がそれを止めるだろうと楽観視していた。

 

 結論から言えば、『私』は止まらなかった。

 

 いきなり村を飛び出そうとした『私』を父と母は止めた。

 そして両親は『私』にその理由を尋ねた。

 

 ――どうか、私を行かせてください。王太子をランスまで送り届けなくては!

 

 両親と『私』の話し合いは夜が明けてもなお続いていた。ここに至り、ようやく私は理解し始めた。『私』を突き動かすものが、病ではなくもっと大きなモノであると。同時に、このまま話し合いが続けば父と母が折れてしまうと。

 そして私の予想は当たってしまった。

 父と母はあまりにも必死な娘の姿を見て心を打たれ、遂には『私』が家を出ることを許してしまう。それでも16を超えるまでは許さないと制限を付け加えるあたり、父と母の不安は見て取れる。そのおかげか『私』も静かにそれに同意した。

 

 そこからは『私』と私の戦いである。

 行くな、いや行く、行くな、それでも行く、そんな繰り返し。一時期なんて『私』が私を無視し始め、流石にブチ切れた私もまた一言も話しかけることをやめたりしたこともあった。一言も話しかけなくなった私を不信に思った『私』が話しかけても私は無視。

 するとグズグズと泣き始めたのでもうどうしようもなかった。いなくならないでとか、戻ってきてとか、私の良心に殴り込みをかけてくる。最終的に折れたのはやはり私で、ぶっきらぼうにしか返せない大人気のなさに嫌気がさした。

 同時に考えるのだ。朧げに残る私の記憶に記された、聖女の最後。その悲惨な最後を回避する方法を。言って聞く娘ではないことは、ここに至るまでに理解した。彼女の両親は愛国心も強く、『私』の愛国心に賛同してしまった。かといって私が言っても『私』は止まらない。

 最後には悲惨な結末が待っていると脅しても。

 死んでしまうぞ、と嘆いても。 

 

 ――なら、私を私が守ります。 

 

 なんていう始末である。返事になっていない。

 だから、『私』と仲直りした私は、一つの誓いを立てた。

 

 ――自分の大切な人を悲しませないこと。

 

 自分が正しいと思って行動した結果、誰にも望まれていないような結果にはならないように。自分の行動の結果が、自分だけではなく、主だけではなく、民の笑顔につながるように。愛を教えてくれた家族の笑顔を歪ませてしまわないように。それが私と『私』の唯一の誓いだった。

 やがて16となった『私』は、未だに私には聞こえない主の声とやらに従って親類を頼りついにヴォークルールへと足を踏み入れたのである。それからの流れは、やはり私がおぼろげに覚えている歴史と同じ道をたどることとなった。

 戦場を駆け抜け、どこか険のある視線で見られていた『私』が戦果を挙げ人々を見返す。やがては『私』が起こす奇跡にひかれて多くの人々が彼女の元へと集まった。時には先走ることもあったが、私との誓いもあってか何かを噛みしめるように引き所を見極めた。

 大きな流れこそ歴史と変わらなかったが、些細な部分での変化はあった。やがてはそれが積り積もって大きな変化へと変わることに期待しながら、私は『私』とともに戦乱の中に身を置き続けた。

 

 そして、比較的どうでもいいことかもしれないが、私が『私』の体の主導権を得られるようになっていった。最初こそまるで私が『私』を侵食し乗っ取っていってるような不気味さに襲われたが、実際のところはただの杞憂であった。条件が明確に決まっていたのである。それは単純に、『私』の意識が失われ深く眠っているとき。頭に石が当たって気絶したり、夜の最も眠りの深い時間などがそうである。

 

 それを『私』に伝えれば彼女は自分のことのように喜んだ。

 もちろん私は馬鹿かと『私』をなじった。

 明らかに異質な出来事であるのに、『私』は危機感の一つも抱かないのである。この調子では、最悪の未来を回避することは難しいと理解した。彼女は自覚していないのだ。自分になにかあることでどれだけ多くの人が、例え多くなくとも、悲しみを抱き嘆くのかを。

 それが私に決意を促した。

 夜の深い時間、『私』の疲労が少ない日を狙って体の支配権を得る。そこら辺のボロ布を重ねて被り、自分の正体を覆い隠す。幸いなことに私は『私』と違い多くの戦士を見る機会があった。『私』が戦う中で背中の視界をカバーしながら、一騎当千の将の戦いを見てきた。

 そして私には時間があった。空間があった。

 『私』から100mの制限はあるが、障害物はない。彼らの動きをトレースし続け、仮想敵を想像し続け、体を動かした。そして遂には一時的に肉体を得た。ならばやることは白兵戦能力を向上させること。体が覚えこむように、彼らの動きをトレースし組み合わせる。より『私』に適した動きに調整しつつ、私自身の練度も上げていく。

 こっそりと辻勝負を兵士に挑み、練度を軽く確認する。勿論、『私』にも兵士にも翌日に響かない程度にだ。

 そうして剣の腕を鍛え、『私』の生存能力を大幅に向上させた――つもりだった。あろうことか『私』は主要武器を旗に変えたのだ。こっちのほうが長くていいと言って、刃をその先端に取り付けて。剣など腰にぶら下げる飾りと化した。ふざけるなと喚いた挙句ふて寝した私にも同情の余地はあるはずだ。

 旗を持つ聖女などと呼ばれていても、武器まで旗にすると誰が思うか。

 

 やがて聞こえてくる、ジャンヌ・ダルクの詩。

 旗を持つ聖女。

 オルレアンの乙女。

 耳障りな通り名だった。

 焦りが私を蝕んだ。

 結局、史実と大きく変えられたという実感がなかったのだ。そもそも史実を詳しく覚えていないが、それでも大筋はその通りに進んでいると私の本能が叫んでいた。

 この程度の変化じゃなにも変えられない。

 そう言われているような気分だった。

 

 そしてある日の夜。

 おぞましいほどの悪寒に襲われて、反射的に体の主導権を奪っていた。そのまま陣地の外に出て、ドンレミがある方向へと駆け出した。この期を逃せば後はない。『私』ではないが、そんな啓示を受けたような気持ちだった。

 しかし、ここでも『私』が私を阻む。

 

 ――ダメです。

 

 いつの間にか、『私』が目を覚ましていた。

 最早私の意志では動かない体を見て、この体の持ち主が私ではないことを改めて自覚する。その事実が、今更になって私を打ちのめす。いっそのこと、『私』が喜んでくれていたように、主導権が私にも移っていればよかったのにと仄暗い思いが胸を占める。

 

 ――私は、死にたくない。

 

 ――大丈夫です、死にませんよ。

 

 いいや、死ぬ。私はそれを『私』のいう主以上に知っている自信がある。そう告げれば『私』は複雑そうな表情を浮かべた。今日が唯一のチャンスなのだと伝えても、彼女は揺るがない。自分がその場にいないことで犠牲になる人々がいる可能性がある限り、そういって『私』は来た道を戻っていく。

 

 ――『私』がその場にいることで傷つく人々がいてもか。

 

 最後の問いかけだった。

 これで止まらないなら、もう止められない。

 そして――――『彼女』は止まらなかった。

 

 ――ごめんなさい、私。それでも行かないといけません。多くの仲間と約束をしました。共に戦いフランスを救おうと。私を守ろうとして命を散らした者もいます。今、私が止まることは、できません。

 

 ――その結末が死であっても?

 

 ――例え死であっても。でもやっぱり、私は死ねません。

 

 なんでそこまで戦いの中に身を置こうとするのか。そこまでして顔も知らない誰かを救いたくてしょうがないのか。そして何故、自分は死なないなんて言いきれるのか。

 

 ――口に出せば叶うっていうでしょう? それに、私は……

 

 あまりに馬鹿らしい回答。しかし、それがあまりに今まで通りで、彼女らしくて、もう説得の言葉をかけるのも馬鹿らしくなる。それこそ、かつてドンレミで共に過ごした日常の様に。

 その頑なさは、家族そろってこういうのだ。

 『ジャンヌは城塞のごとき心を持っている』と。

 ため息が一つ。同時に、私を覆う黒く重い泥が流れていく。

 もう好きにしてくれと笑いながら言えば、彼女も笑う。

 

 そしてその後に彼女が何か続けようとすれば、敵襲の鐘がなる。

 これが最後になるとわかっていながら、私にはもう『私』を止めることなんてできなかった。その時になってようやく、父と母の、家族の想いを理解したのだ。ああ、『私』に不器用だと言いながら、私も大概であった。

 

 

 

 

 そして『私』は、史実通りの結末を迎えた。

 苦渋に満ちた生活を送り、人の尊厳を傷つけられる『私』を眺めることしかできない私が恨めしかった。どいつもこいつも流されるばかりの倒木のようだ。それでも『私』はどこか満足そうに笑っていた。

 また、偶に来る学者モドキが語れば『私』は眠り、仕方なく私が表に出て論破する日々。なんで自分の名誉がかかる場で眠れるのだろうか。いつだって、どんな状況だって『私』は弱音を吐きはしない。まさに城塞のごとし。

 やがて拷問に近いソレは終わり、処刑の場へと移る。

 これでようやく終わる。ボロボロの『私』を見ながら、早い終わりこそが救いになるとすら感じ始めていた。だが私も認識が甘かったのだ。人間の悪意というものが、どれだけ醜くどれだけ自分勝手なものなのかを。

 

 憎い。

 憎い、憎い、憎い。

 こんなにも人を憎んだのは初めてである。

 

 熱い。

 熱い、熱い、熱い。

 こんなにも苦しいのは――十数年ぶりか。

 

 人とはこうも醜悪か。

 人とはこうまで悪意に満ちた生き物だったのか。

 立場が変われば、これが自分たちの守ろうとしていた民人であった可能性すらあるという事実が、私の心を打ちのめす。人の尊厳を奪い、その最後すら貶める。そんな人間に、『私』が守ろうとするほどの価値があるのか。

 

 私には痛覚がない。

 

 それでもこの熱は確かに存在している。『私』が感じる苦痛の一部なのだろうか。これを身に受け叫び声一つ上げない『私』は今何を思っているのか。

 

 この憎悪は激しく燃え盛っている。

 この憎悪は間違いなく私から湧き上がるものだろう。『私』が主に祈りを捧げる中、私はこの憎悪を人間に、誰一人救わない主に憎悪する。全部を救えとは言わないし、そもそも私は神様とやらが人を救うとは信じてはいない。

 それでも、それでも本当にいるというのなら、何故こうまでも主に信仰を捧げる『私』を救わないのか。今この時、啓示とやらを示さないのか。

 

 ――祈るな『私』、救いなんてない。

 

「そうかも知れません。でも、そうじゃないかもしれない。なら私は、それでも、主へと祈りを捧げます」

 

 どこまでも頑なだ。一度信じてしまえば、『私』は裏切らない。その相手が悪逆に染まらない限りは。なら主とやらはどうなのか。姿形ないそれが悪逆をなせるはずもない。なら『私』はきっと、いつまでも祈り続けるのだろう。

 本当に、忌々しい。

 

「……すみません。わかってはいるんです。それでも私はこの生き方を変えられそうにはありません」

 

 喉が焼かれ、声がかすんでいる。

 わざわざ声を出さずとも私には聞こえるというのに。

 

「そしてごめんなさい。この痛み、伝わっているんですね……あはは、本当に、ダメですね、私は」

 

 そう言いながら、『私』は俯く。

 

「貴方のいう通りでした。そう、それはいつだってそう。貴方の言葉は正しくて、間違いじゃなくて。それでも私は、主の声を信じた。これがフランスの、ひいては民の幸福につながると信じて」

 

 その結果は、一つを除いて間違いじゃなかった。

 確かにフランスはこの後になって救われるだろう。

 救国の聖女を汚し、礎にして。『私』の名誉が回復するのは、すべてが終わった後になる。それがいったい、今の『私』に何をしてくれるのか。家族の名誉も取り戻せるのだからいいことではあるが、死者(『私』)は何も知りえない。

 この憎悪を胸に死に、死後ですら私は呪い続ける。

 

「もう……口も聞いてもらえませんか? 大切な約束を破った以上、仕方ないかもしれませんが。ええと、その、少し、寂しいです」

 

 ――このたわけはまだ言うか。まぁその通りだ。求められて向かった最後の戦場ではあるが、その結末は最悪だ。魔女として処刑された子を、父と母は悲しみ嘆くだろう。

 

「あはは、もう家に上げてもらえなかったり……」

 

 ――そっちじゃない。自身の子が貶されるんだ、怒らない人たちじゃないだろう。そして多くの仲間が悲しみに溺れる。大切な戦友を失うことで。

「――――そ、れは……」

 

 生き急ぎすぎたんだ、私も『私』も。

 

 ――最早私に対していうことは何もない、バーカ!

 

「言ってるじゃないですか!」

 

 気のせいだろう。

 きっと眠くて聞き間違えたんだろう。

 だからそう、もう――

 

 ――――もう、休め。

 

 そう伝えれば、私は少し泣きそうな顔をして目を閉じる。どこか穏やかそうなその表情を眺め、外の煩わしい野次にまた憎悪を燃やす。それでも今、それを『私』に見せるわけにもいかない。

 ただ、そっと息を引き取る『私』を、黒く染まるその体を、その最期まで眺め続けた。面影を失い、誰かもわからなくなる『私』の成れの果てを、ずっと。

 

 やがて炎が収まれば、奴らはその死体を人々にさらす。確かに殺したぞ、生き延びている可能性はないぞと。そして再び炎を灯し、『私』は灰へと姿を変えた。その灰は川へと流され、ようやく忌々しい人間の手から解放された。

 憎悪の炎は止まらない。

 ただの呪詛にすらなり得ない私の声は、もう誰にも届かない。私をつなぎとめていたものも失われ、徐々に私の感覚も失われていく。そんな中でも常に炎に焼かれる痛みがこの身を犯す。まるで魂にまで焼き付いたような痛みだ。

 最早私をこの世に留めるのは、心の底から湧き上がる憎悪。ただの最後まで呪いの、怨嗟の声をあげながら、一人でも多くに呪いあれと、まるで彼らが求めた真の魔女のようだ。薄れゆく意識の中、その最後まで私はこの世の悪を恨み倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、このチャンスを私は逃さない。

 始めよう、私の復讐を。

 

「――サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上した。いえ、参上しました、か。真名はジャンヌ・ダルク。どうぞよろしく、そして始めましょう……復讐を」

 

 竜の魔女はこうして生まれた。

 第一特異点と後に呼ばれる、オルレアンにて。

 

 

 

 

 

 

 





続かないのである


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2



水着ピックアップでは、何故かジャンヌがやってきました。
嬉しいけど、そうじゃねぇよ?


書いたら出ると信じて書いたが、まさか遅効性かつ白ジャンヌとは思わなんだ……

まぁうれしかったので一話仕上げました。
原作直前まで。
続くかは謎。


 死後の世界。

 そんなものがあるなんて、信じてはいなかった。

 しかし、確かにあったのだ、その忌々しい世界は。

 

「正確には、歴史に名を遺した英雄を記録して保存する場所……」

 

 なんの間違いか、私はそこに中途半端に記録されている。恐らくは本来のジャンヌ・ダルクにとって、私は必要な要素ではなかったからだろう。私と『私』が共存したジャンヌ・ダルクは、様々な可能性の中でもこれ一つだったのではないだろうか。

 その結果、座に記録された『私』と共に私も記録されたが、ジャンヌ・ダルクという英雄の9割以上を『私』が有しているため、ほんの僅かである私はこの様なのだろう。あってもなくても、ジャンヌ・ダルクという英雄は揺らがない、その程度の存在が私なのだ。

 

 しかし、私的には都合がいいのかもしれない。

 英霊の座に招かれている以上、何かしらの要素があって召喚される可能性は否定できない。私が召喚される可能性は限りなく低いが、それでも僅からながらにでも可能性があるのならばなんの問題もない。

 何もできず、ただ漂うのは慣れている。

 後は時が来るのをこの場所でずっと待ち続けるだけだ。

 幸いなことに私にも座のバックアップは適応されている。必要最低限の知識だが、それでも無いよりはマシだし、いくつかは有用なものがある。おまけに死後であるためか、更に前の私の知識さえもある程度把握することができる。

 これは存在が曖昧な私の特権だろう。

 

「手早いのは、聖杯戦争に召喚されること……まさか、現実でそれを望むことになるとは」

 

 願いをかなえる杯。

 これを手に入れることができれば、私の夢は実現する。

 私を動かすのは今もこの身から沸き上がり、焦がす、憎悪の炎だ。

 冷たく身を裂かれるようなこの痛みが、私から正気を奪い取る。気を緩めてしまえば、あっという間に私は狂い果てるだろう。それこそ、復讐者として。

 しかしそれでは願いは叶わない。

 真の復讐は果たせない。

 

「聖杯を得て第一歩。使用してようやく始められる」

 

 長い時間が必要だろう。

 しかしここには時間という概念はない。ならばいくらでも待つことはできるだろう。この身を焦がす炎と痛みを消し去れるなら、どうということはない。

 たとえ私という存在のすべてを使い切ろうと、それはそれで都合がいい。消えることができれば、この痛みも恨みもすべて共になくなるのだから。

 

 

 どれだけの時間が経過したのかなんてわからない。

 漂うように体を投げ出し、その時を待ち続けた。

 思い返される『私』との生前の記憶。

 それが忌々しさに変わり、憎悪に変わる。

 『私』には約束なんて意味はなく、約束をかわしたところで自分の意地を通し続ける。誰も悲しませないと口にして、多くの人を悲しませる。私を絶望させる。

 死にたくないと本音を告げても、結局は死なないと言って戦場に出る。確かに戦場で死にはしなかったが、待っていたのは悲惨な結末だ。これならば戦場で剣に貫かれていたほうがましだったとさえ思う。

 結局は、『私』のための人生だったのだ。

 そこに私は含まれず、私の意志は反映されない。

 それは間違いではない。

 

「いっそのこと、声をかけなければ良かった。言葉が通じるから期待して、勝手に失望する。どこまでも自分勝手な言い分だが、これも間違ってはいない」

 

 歪んでいく。

 憎悪が燃え広がっていく。

 それでも、叶えたい願いだけは忘れない。

 

 そしてついに、時が来た。

 

 体を引っ張られるような感覚。弱くてどうしようもないが、私が外に出るために必要な孔につながる力だ。知覚してしまえば、あとはそこへと向かうだけ。その道中でこれは運命であると確信した。

 この召喚は、ジャンヌ・ダルクを対象としたものだ。

 しかしその本質は別のところにある。この召喚は本来ならあり得ない可能性を無理やり引っ張り出し、そこにジャンヌ・ダルクを当てはめようとしているのだ。裁定者の適正を持つジャンヌ・ダルクを、復讐者として呼ぼうとしている。

 当然ながら『私』が召喚されることはない。だからこの召喚者は、復讐者たるジャンヌ・ダルクを聖杯によって作り上げようとしている。だが、ここに僅かながらジャンヌ・ダルクの要素を所持し、憎悪を胸に抱く私がいる。

 これほどに都合のいい召喚はないだろう。

 

「召喚者が誰かは知らないが、私みたいなものを求める奇特さに感謝しよう」

 

 召喚者が用意した器。

 それは紛うことなきジャンヌ・ダルクのものだ。

 私はその中身として、望まれるがままに召喚される。

 

「始めよう。ここからだ、私の復讐の始まりは……!」

 

 そして考える。

 召喚される私は何者なのか。

 結論は、すぐに出た。

 

「――サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上した。いえ、参上しました、か。真名はジャンヌ・ダルク。どうぞよろしく、そして始めましょう……復讐を」

 

 私は確かにジャンヌ・ダルクなのだ。

 ただし、彼女とは違う一面を受け持つ、復讐者としてのジャンヌ。

 

「――ジャンヌ? お、おおお、オオオオオォォォ! まさか、まさかまさか! 本当に、本当に戻ってきたのですねジャンヌッ!」

 

 と、私が私を定義づけていると正面からすごい勢いで走ってくるギョロメの男がいた。その男はどこか見覚えがあり、親近感を抱く。さて誰だったかなと記憶を漁れば、ギョロメで検索がヒット。

 

「あぁ、私には分かりますとも! この香り、この輝き、力及ばず願った贋作ではなくまさに真作! 我らが乙女よ!」

 

「……取り敢えず落ち着きなさい――ジル。その飛び出そうな目を、いつものように戻してあげましょうか」

 

「ああ、その反応はまさしくジャンヌ! 私の目に狂いはなかった、やはり貴方にはその身を焦がす憎悪があった! まさしく天をも焦がすほどの炎が!」

 

「先に言っておきますが、私は貴方の知る『私』ではありませんよ。中に眠っていた憎悪が一面となっただけで、ジャンヌ・ダルクが真に復讐者としてここにいるわけではありません」

 

 それでも、とジルは続けて体を震わせる。

 どこか狂気じみていると感じながらも、同時に彼は私と同じなのかと思い至る。様々な負の感情を抱きこみ、落ちてしまった元帥の成れの果て。

 

「さて、それでは確認しましょう。私を召喚したのは貴方ですね? しかし、貴方もサーヴァントでしょう。これは一体どういう仕掛けが?」

 

 そう問えばジルは嬉々として語ってくれる。

 人理の焼却だとか、フランスの滅びがカギになるとか、ようはジルと思惑が一致する何者かに聖杯を授けられたということらしい。代わりにそれを使ってこの時代を滅ぼせということか。

 成程――それは都合がいい。

 

「魔術王を名乗る何者か……まぁいいでしょう。所詮は一抹の夢、覚めるまではせいぜい好きにさせてもらいましょう――というか、まさかここは、私が生きて死んだ時代なのですか?」

 

「えぇ、そうですとも! 正確には少し違うのですが、それも些細な事。未だこの時代にはあの忌々しき聖職者がはびこっております。そして恥知らずなかの王も……」

 

 情報を整理する。

 ああ、これはよろしくない。

 あまりに、あまりに都合がよさ過ぎて不気味にさえ感じる。

 しかしそれ以上に不味いのは、私の興奮具合だ。『私』、いや、もう『私』とは呼べない彼女とは違い冷静を心掛ける私だが、これはよろしくない。

 私の願いは、ここですべて成就させることができるかもしれない。それがどんなに自己満足であろうとも、どれだけの犠牲を出そうとも。始めるための第一歩を飛び越して、最大のチャンスがやってきたのだ。

 ここは私の死後数日と経たない時代のフランス。

 聖杯により過去へ介入する第一段階をすっ飛ばせる。

 

「ならば先ずやることは決まっていますね。それともジル、貴方は私のマスターとして何かさせたいことでもあるのですか?」

 

「いいえ、私の願いはジャンヌ・ダルクの復活! 共にフランスを憎み、怒り、裁くこと! さぁジャンヌ、これを……貴方こそ、この国を裁く権利を持つ!」

 

 そういいながら、ジルは聖杯を私へと手渡した。

 同時に両の手を大きな手に包まれ、滝のように流れる涙を見た。

 ああ、やはり彼女は間違えていた。止められなかった私も。

 

「これがあれば、何もかもが思うがままに! 今すぐにこの国を滅ぼすことすらできましょう! あぁ、想像するだけで頂に上る気分ですとも!」

 

 取り敢えず飛び出していた目に二本の指を突き刺す。するとジルはギャァァァと叫びながらも恍惚とした笑みを浮かべ、これです、これが欲しかったのですとおかしなことを言い始める。ここまで彼を狂わせてしまったのか、彼女の死は。

 

「ジル、先ずは戦力を呼び込みましょう。今すぐに国を亡ぼすなど芸がない。いつでもできるならそれこそいつでもいいでしょう。ならば今しかできないことに力を注ぎましょう。どうやら私の誕生時、竜を使役する能力を付けましたね? なぜこんなものをとも思いますが敢えて聞きません。ですが丁度いい」

 

「ふぅっ、ふっ……あぁ、懐かしさで前が見えません……と、丁度いいとは?」

 

「幻想種最強たる竜種を従える能力があるのですから、使わない手はないでしょう。彼女が旗を持つ聖女であるなら、私は竜の魔女にでもなりましょう」

 

「竜の魔女! なんとも心地よい響き、実にお似合いです」

 

「誉め言葉として受け取りましょう。さて、それでは先ずは竜種を召喚することから始めましょうか。下手にサーヴァントを呼び込んで反抗されれば厄介です。確実に反乱分子をつぶせる力が必要ですからね。見たものすべてを絶望に叩き落す、そんな旗印が必要でしょう?」

 

 ジルはその冷酷さが素晴らしいとまたもや体を震わせる。よく見れば腕の長さだとか太さだとか、私の知っている彼とは大きく異なる。本当に何があったのか、非常に気になるが深淵を覗きかねないので余裕があったらと胸の内にしまい込む。

 

「ではジャンヌ、かの邪竜などいかがでしょうか。多くのものが知るでしょうその邪竜の名は、ファヴニール! 絶望を体現するにはふさわしいかと存じます! もちろん、私の海魔も存分にお使いください」

 

「成程、確かにファヴニールならば良い旗印になるでしょうね……それと、海魔? えぇと、それがどんなものか知らないけど、ジルがいうのならば任せましょう。ああ、だけど一つだけ言っておきたいことがあるの」

 

 ジルは不思議そうに首をかしげる。

 

「あまり人間を殺さないように。生け捕りにして連れてきなさい。殺せばそこで終わり、生け捕りにしていれば、その最期までこの憎悪を焼き付けられる。死など甘えです、救いです」

 

「――――おぉ、ジャンヌ。やはり貴方こそがこのフランスを裁くにふさわしい。あの地獄を味わい、舞い戻った貴方だからこそォ!」

 

「あぁ、抱擁はいりません。したら焼き殺します、セクハラです」

 

「しまった! 聖杯が手にあるうちにお願いするべきことぉ!? お、おや、なんだか私が知っているよりとても鋭い太刀筋! 腕を上げたのですねジャンヌぅ!?」

 

「ち、キャスターといえど元は元帥ですか。私もあまりこの肉体に慣れていませんし、まぁ今度にしましょう。それよりもファヴニールです。ここでは召喚するには狭すぎますからね。外に出るとしましょうか」

 

 腰の剣を収め、外への道を歩く。

 どこの砦かは覚えていなかったが、些末なこと。

 辺りには血なまぐさい匂いが充満しており、死が満ち溢れていた。みれば食い荒らされた死体に群がる鴉が壁に並んでいた。

 

「あぁ、申し訳ありませんジャンヌ。このジル・ド・レェ、貴方の考えを察することができず、皆殺しにしてしまいました……」

 

「構いませんよ。済んだことを追求する趣味はありません。勿論、この後も同じようなことをすれば追及の前に焼き殺しますが」

 

「あぁ、その冷たい視線! 初めての経験にぞくぞくしますな」

 

 本当に彼女の罪深さを再確認する。

 あの真面目で正義感あふれた彼がこうなるとは。

 

「もういっそ、貴方を触媒にすればもっと禍々しいものを呼べる気がしてきましたね。如何です、ちょっと勇気を出して飛び込んでみます?」

 

「いやぁ、飛び込むのならジャンヌの腕の中と決めておりますので遠慮しますぞ」

 

「……聞かなかったことにします。さぁ、それでは召喚してしまいましょうか。先ずは絶対的な絶望をここに。このフランスを阿鼻叫喚の渦に叩き落しましょうか。無論、かの司祭様がたは私が手を下しますが」

 

 聖杯を掲げ、願う。

 私が想像しうる邪悪をここに。

 そしてそれにファヴニールという殻を被らせる。

 完全なる竜種を呼び出すのは不可能に近いのはわかっている。だからこそサーヴァントの召喚システムのように、器を用意して注ぎ込む。入る分だけ詰め込めば、スケールは足りないものの、それはファヴニールに間違いない。

 なにより、その器を用意するのも聖杯だ。

 現状、これ以上に優れた器は作り出せない。

 例え魔術師が一丸となっても。

 

「さぁ、絶望をまき散らしなさい、ファヴニール!」

 

 その咆哮は、城砦を揺らしどこまでも響く。

 きっと多くのものが知っただろう、絶望の到来を。

 そして多くのものが知るだろう、竜の魔女の復活を。

 

 ここから先は間違えるわけにはいかない。

 私の願いは、もうすぐ叶うはずなのだから。

 

 

 

 

 

 そして私は『私』の存在を感じ取る。

 復讐の対象が、そこにいる。

 これはやはり、運命なのだ。

 口元がゆがむのを感じながらも、抑えきれる自信がなかった。

 

 

 

 



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3

自分の行動の結末を知り、心が折れかける聖女さま

ちょっとここは走り気味でいきまする


 ジャンヌ・ダルクは混乱していた。

 滅ぼされようとしているフランスの現状に、目の前に現れた竜種、複数のサーヴァントもそうだが、それ以上に竜の魔女と呼ばれる――自分に似た姿、いや同じ姿をした少女が目の前に立っていたのだから。ジャンヌ・ダルクは記憶があいまいだった。何せ呼び出された時代は彼女が死んでから数日程度しか経っていないのだから。

 つまるところ、ジャンヌ・ダルクという英霊はこの時代においてはサーヴァントとして新人に過ぎたのだ。おまけに不完全な召喚なのかルーラーとしての機能、その大半を失っている。この記憶の混乱も、恐らくはそれが原因だ。

 そんなジャンヌ・ダルクは自分と同じ姿をしたサーヴァントと出会った。加えて、彼女と出会ってから頭痛が止まらない。知っている、私は確かに彼女を知っている。とても、とても大切な人だったはずなのに――そんな思いが胸を占める。

 

「流石の私も、こうしてもう一人の『私』と出会うことになるとは思ってもいませんでした」

 

 そう言いながら、黒い彼女は嗤う。嬉しくて嬉しくてしょうがない、といったその様子にどこか嬉しさを感じながらも違和感を覚える。彼女はこんな笑い方はしなかった、そんな気がしてならなかったのだ。

 すると黒い彼女はどこか不思議そうにしながら首をかしげる。そして納得したのか、成程、と呟いた。

 

「覚えていないなら好都合です。貴方はここで消えておきなさい。後は私が責任をもって焼き尽くしますから」

 

 彼女はそう言って、ファヴニールの背へと戻ってしまう。待って、そんな声が出かけるがここで彼女をここに留まらせるのは危険が伴う。できるのならばこのまま去ってもらうのがベストなのだ。

 忘れてしまった。

 ジャンヌ・ダルクは自分の状態を把握する。一時的なものではあるとわかってはいるが、それでも罪悪感が締め付ける。それほどに大切な人だったのだと、そのことを思い出しながら戦闘に突入した。

 

 

 次に再会したのは戦場でだった。数多のサーヴァントを従え、街を襲うその姿に改めて愕然とした。違う、そんなはずはない、彼女はそんなことをしない、そうあの時は思っていた。しかし今は頭のどこかで、その可能性も十分にあり得ると判断している自分がいる。

 ファヴニールから降りた彼女は、崩れた塀へと腰を掛ける。足を組んで此方を見下ろすそのしぐさに、わずかながら既視感を覚えた。やはり私は彼女を知っている、最早覆りようのない事実であった。

 彼女は複数のサーヴァントに命令を出すが、ジャンヌはそれどころではなかった。あと一歩、もう少しで黒い彼女の真実に近づいているという確信があった。

 ネックなのは、同じ姿ということ。同じ人間が同時に存在することなど、本来ならありえない。だから可能性としては、ジャンヌの姿を借りた誰かなのか。もしくは、本当に同じ姿をした他人なのか。

 同じ姿をした他人、ということであれば英霊は当てはまる。違う可能性の自分、クラスの違う自分などだ。それこそ、ドッペルゲンガーのようなものになる。

 

「…………幻霊?」

 

 何かがかすった。

 同時に、身に降り注ぐ殺意に背筋が震える。突き出される槍を回避し距離を取れば、そこには串刺し公と名高いヴラドがいた。

 

「余所見とは余裕だな、聖女よ。その様子ではまだ魔女の正体が掴めていないと見える」

 

「っ、では貴方は理解しているのですか! 彼女が何者であるのか!」

 

「無論だ。だからこそこうして、召喚に応じたのだからな。一つ忠告しておこう。確かに考えることは戦いにおいて必須だが――気を取られすぎれば何も成せぬまま消えることになるぞ?」

 

 槍を旗で受け止めるが、わずかに押される。おまけに体の至る所から杭が射出され、それが体を傷つける。

 

「ふむ、これでは魔女も報われん。仕方あるまい、もう一つばかり忠告だ。余の槍にかすりでもしてみろ。その時点で貴様の敗北は決定づけられる。幸い、余はスキルの使用を禁じられているが、それでも行動を不能にするくらいの一撃を見舞えるということだ」

 

 ジャンヌはそんなヒントを訝しげにしながらも素直に受け取り、ヴラドとの距離を取る。元々、ジャンヌは戦闘能力がそこまで高いというわけではない。ルーラーとしての補正を受けることでようやく裁定者として立つことができるのであり、ジャンヌの本領は指揮にある。

 そしてここで、また一つピースが埋まる。

 

「そ、う、そうです。私は戦うことが苦手です。でも、でも確かに私は武勇でも名をはせたことがある――?」

 

 するとヴラドはほう、と呟くと満足げにうなずいた。

 

「どうやら余も、魔女の役に立ったらしい。ところで良いのか? どうやら乱入者が現れ、皆離脱していくようだが?」

 

「え、え!? い、いつの間に!?」

 

「ここは追撃したいところだが、余も追撃は禁じられている。行くならばさっさと行くがいい。カルデア一行は撤退した。ならばその一行である聖女を、余は追撃できんのでな」

 

 そう言ってヴラドは背を見せて離れていった。どうにも黒い彼女が起こす惨劇に似合わない高潔なサーヴァントである。それが不自然に思えたが気にしている場合ではないとカルデアの一行に急いで合流した。

 そこで乱入者の二人組と出会う。マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの二人である。彼女たちと合流を果たしたジャンヌは、黒い彼女に向き直る。動揺の一つも見せないその様子に、この乱入者さえ想定内であったかのように思える。

 

「ふむ、ここから逃げ出しますか? どうぞご自由に。今回はまぁ見逃してあげましょう。貴方たちでは私たちの障害にはなりえないことが分かりました。とはいえ、飛び交う虫を野放しにもしておけません。だって不快でしょう、あの羽音が、存在が」

 

 ト、と地面に降り立つ彼女。その足元がゆらり、と揺らぐ。パチリ、パチリ、と木が燃えるような音が聞こえ、気づけば彼女の持つ旗が業火をまとっていた。禍々しく、荒く、見ていると凍り付きそうになる冷たい焔。

 

「ですので、これ以上は邪魔をしないことです。次に見つければ殺します。惨たらしく、その屍をさらしていただきます」

 

 彼女が旗をふるえば、炎はなかったかのように消え失せる。

 

「なんです? あぁ、私が旗を使っていることに違和感が? これは私が好きで使っているわけではありませんよ。必要だから、使っているにすぎません――」

 

 カチリ、とジャンヌの中で当てはまった。

 そうだ、そうだった、何故忘れていたのか!

 彼女はいつだって、私の傍にいたではないか!

 まるで幽霊のような存在で、自分と同じ姿をしたもう一人の自分。気絶した私の代わりに戦い、驚く戦果をあげて武勇をとどろかせたのは彼女であった。

 武器もそうだ。私は旗を使い、彼女は剣を使っていた。私が旗を使い始めたころ、もうやだコイツと呟いて拗ねていた彼女をよく覚えている。

 そしてもし、もし、復讐者としての適性をもつジャンヌ・ダルクがいるとすれば!

 

「思い出しました、思い出したんです! まさか貴方は私なんですか……!?」

 

 そう問えば、彼女は嗤う。

 どこまでも見下した様子で。

 

「さて、言っている意味が分かりませんね。私は、ジャンヌ・ダルクですよ」

 

「っ、恨んでいるのですか、あの結末を! 誓いを破ったこの私を!」

 

 確信がある。恨んでいるから、憎んでいるからこそ、彼女は復讐者としてそこにいるのだ。もしかしたら自分が死んだ後も、黒い彼女はそこに縛られていたのかもしれない。自分が炭になり、灰になるその瞬間までそこにいたのかもしれない。体を焼く痛みと、自身の内から湧き出る憎悪の炎に燃やされながら。

 なんということだろう。ここに至って、ジャンヌは自身が犯した過ちに気づいてしまった。誓いを破り、多くを悲しませ、彼女を死なせてしまった。

 いつの夜だったか、彼女は言った。誓いを守らなければ大切な人が悲しむだろうと。その悲しみは人を狂わせることだってあるかもしれない、そう彼女は最後に静かに付け加えた。

 それが、コレだ。

 黒い彼女を狂わせたのは、他ならぬ自分自身だ!

 

「どうだと思いますか。元々なかったような誓いを破られたとして……何を思うと?」

 

「――――――――――ッ!!」

 

 言葉にならない。かける言葉が見つからない。面白おかしそうに笑う彼女の姿に、自分の愚かさを自覚する。当たり前の可能性を除外していた。自分のうかつさが呪わしかった。何より、大切な半身に憎まれていることに心が軋む。挙句の果てに多くを巻き込むこの惨状だ。その原因は、自分にあったのだ。

 ならば、ならば皆の代わりに気が済むまで私を、そう言いかけたところでマシュに手を取られ走り出す。何事かと後ろを見ればアマデウスが宝具を発動しており、逃げ出すには絶好の機会となっていた。

 

「ま、待ってください! 私は、私は彼女と話さなければ――――っ!」

 

 ジャンヌはあの場に戻り、もう一度彼女と話をしたいと思いながらも、周りを巻き込むわけにはいかないと意識を切り替えて走り出す。

 しかし、彼女の瞳には迷いが生まれる。旗を持つ彼女の手は震えている。そこには既に、救国の為に戦った聖女の姿はない。自分の行動の果て、誓いを破った果てにある惨状に絶望を抱き、目的を見失った少女が一人いるだけだった。

 

 

 

 

 藤丸立花(男)とリツカ(女)はこの惨状に嘆いていた。

 人々は下を向き、空を見上げればそこには怯えが見える。眩い日差しが差し込む晴れ間でも、彼らは誰一人として顔を上げようとはしなかった。

 この時代にレイシフトしてきてから数日。初日に現地人との接触に失敗して戦闘になってしまった。撤退する彼らの後をつけて向かった先の砦で、驚くべき話を耳にした。

 

 シャルル王が死亡した。

 殺したのは竜の魔女として蘇った、ジャンヌ・ダルクであると。

 すでにイングランドは撤退し、いるのは空飛ぶ化け物。

 ボロボロの、砦とも言い切れないほどに朽ちたソレに襲い掛かる翼竜の姿を見た。地を這う骸骨の兵士たちを見た。彼らは人々に襲い掛かり、傷つけ、攫っていく。攫われた人々がどうなるのかを知る人はおらず、それが恐怖を根強くしていく。

 そして、戦いの途中で参戦してくれたもう一人のジャンヌ・ダルク。この時代にはジャンヌ・ダルクは二人いて、一人は聖女として語られる本物のジャンヌ。もう一人こそが憎悪を胸に蘇った竜の魔女たるジャンヌ。

 おまけに此方の白いジャンヌはサーヴァント歴が浅く弱体化に加え、ルーラー権限の大部分も失っているのだという。

 

「で、向こうは竜を操る術を持ち、召喚するすべも持ち、かぁ……」

 

 立花はマシュがリツカへと飲み物を手渡しに行くのを眺めながら空を見上げる。光の帯が目立つ、何とも言えない晴れ模様だ。空に影はなく、ワイバーン襲来の予兆もない。かと言って、気を緩めることも彼にはできなかった。

 先の戦いで遭遇した、もう一人のジャンヌ。

 彼女は白いジャンヌと対照的に黒く、その瞳は暗い光を宿していた。そこに慈悲など欠片も見えず、全ては平等にゴミであるとばかりに、絶望をまき散らした。

 何せ相手は竜の魔女。

 そして彼女が従え、絶望をまき散らす邪竜ファヴニール。

 加えて彼女に付き従うサーヴァントたち。

 白ジャンヌが言うには黒ジャンヌもルーラーの可能性が高いらしい。黒ジャンヌを見る限り、白ジャンヌのように弱体化は見られない。それどころか聖杯により強化されている恐れもある。

 そしてルーラーにはサーヴァントの感知能力があるというのだから、常に警戒してしまうのは仕方がないことだ。

 それこそ先日の遭遇戦では、マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの両サーヴァントが救援に来てくれなければ危ないところだった。

 こちらも戦力は増えたものの、個としての能力が圧倒的に不足している。敵のサーヴァントに対して一対一で戦えば拮抗するものの、ファヴニールが乱入すればそれまでだ。それ程までにあの竜種の力は強大だった。

 

「そして、白ジャンヌが言うもう一人の私かぁ……」

 

 脳裏を過るのは、白と黒の相対。

 頭を抱えて何かを思い出そうとする白ジャンヌに、どこか納得した表情の黒ジャンヌ。

 

『覚えていないなら好都合です。貴方はここで消えておきなさい。後は私が責任をもって焼き尽くしますから』

 

 そう言いながら彼女はファヴニールの元へと戻っていった。

 その際にちらりと彼女と目が合ったのだが――あまりにも暗い、見つめていると自分まで落ちていくような、そんな恐ろしさを感じた。一歩後ずされば、黒ジャンヌはきょとんとした表情を浮かべてヤレヤレと去っていく。

 自分の無様さに、嫌気がさした。

 その後日の遭遇戦ではまた違う一面を目にする。

 呆然とするジャンヌをよそに、黒い彼女が指示をする。

 

『後は任せます、ランサー、アサシン』

 

『ふむ、任されるとしよう。それにしても、中々に様になっているではないか、竜の魔女よ』

 

『うむ、知己の前で健気に演じるその姿は感じ入るものがある。どれ、拙者も一働きするとしようか』

 

『アサシン、戻ってきたら石畳の上で正座を強制してあげましょう。貴方が教えてくれたのですから、実践も貴方で行いましょう』

 

 どこか軽い雰囲気を纏うアサシンとの会話は、どこか人間じみていたのを感じた。それを見てヤレヤレと首を振るランサーは、どこか見守るような保護者のような雰囲気であった。

 そんな光景を見ていると、どうもこの惨状を作り出した側とは思えない。何より戦闘の中で見えた、高潔なあり方を良しとするランサーが、彼方についていることに違和感を覚えたのである。

 

『仕留めきれないとは、手加減でもしましたか。まぁいいです、残りのサーヴァントを投入します――――おや、新手ですか』

 

 そして現れたマリー・アントワネット達。

 その後急いでその場を離脱したが、最後の最後に白ジャンヌが投げかけた言葉と、それに対する黒ジャンヌの答えが今も頭の中をぐるぐる回る。

 なんだかもう、ずっとジャンヌのことを考えている有様であった。

 

『思い出しました、思い出したんです! まさか貴方は私なんですか……!?』

 

『さて、言っている意味が分かりませんね。私は、ジャンヌ・ダルクですよ』

 

『っ、恨んでいるのですか、あの結末を! 誓いを破ったこの私を!』

 

『どうだと思いますか。元々なかったような誓いを破られたとして……何を思うと?』

 

『――――――――――ッ!!』

 

 後から話を聞けば、ジャンヌは二人でジャンヌ・ダルクという存在だったらしい。体の主導権を握っていたのは白であるが、黒は元々、白より先に存在していたのだという。

 その話を聞くに、白ジャンヌはあの竜の魔女が共に過ごしたもう一人の自分であると確信しているようだった。

 

「ジャンヌより前から自我を持っていて、体は動かなくて、何もできなくて、そんな時間を一人で数年も過ごしてたのか……おまけに言うことを聞いてくれない同居人。誓いを立てても、守るか守らないかは相手次第……」

 

 想像するだけで恐ろしい。

 自身のすべてを相手に委ね切る、それも本人の意思とは関係なく、そうするしかほかに方法がないから。選択肢なんてないから。

 そして迎えた最期がアレなのだ。

 

「あはは、話してみたいだなんて言ったら、怒られるかな」

 

 恐ろしいのに、最後に彼女が見せたきょとんとした顔が忘れられない。仲間のサーヴァントと言葉を交わす彼女の様子が脳裏から離れない。あの最初に見た、底の見えない闇を孕んだ瞳と正反対の瞳が気になってしょうがない。

 

「うーん、話をするにも先ず、最初みたいにかっこ悪いところ見せたら呆れられちゃうしなぁ。まぁ、あの様子を見た後だと案外平気そうだけど」

 

 何にせよ、彼女に会話するに値すると認められなければ話もできなそうだ。ならば認められるだけの行動を起こさなければならない。そしてそれを、自分たちにとって必然的にやらなければならないことと結び付ける。

 

「と、なるとやっぱりアレしかないか……」

 

 打倒、ファヴニール。

 

「必ず倒さないといけない存在だし、みんなと要相談かな」

 

 立花は頬をかきながら立ち上がった。

 その後、立花たちはファヴニールを倒すために竜殺しのサーヴァントを探すこととなる。しかし手掛かりは得られず途方に暮れているところに敵のライダー、マルタの襲撃を受けて交戦。どうにか討ち勝つことでマルタから竜殺しのサーヴァントの情報を得ることができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あぁ、ライダーが破れましたか」

 

 召喚者としての感覚が、マルタの敗北を伝えてくる。

 彼女は良いサーヴァントだった。穏やかであり激しくもあり、何よりも真っすぐな女性だった。だからこそ彼らの試金石として、追撃を頼んだのだ。

 

「残念です。同時に嬉しくもあります。これほどまでに力をつけていましたか」

 

「ジャンヌ、しかしそれは危険では?」

 

「ジル、万が一などあり得ません。此方には私がいて、ファヴニールがいる。念には念を入れて、竜殺しのサーヴァントはすでに消しました。なら慌てる必要なんてないでしょう? 私が完璧だとは、誰が言ったのでしたか」

 

「おぉ、それはもちろん私ですとも!」

 

 ジルはそう言って奥へと姿を消す。

 さて、ここまでの流れは順調である。多くの民を絶望に浸し、かの司祭様方も地獄へと叩き落した。多くの民は空を恐れ、日のもとを歩けない。

 そしてあろうことか、私が呼ぶまでもなく召喚された白いジャンヌ。あれは間違いなく『私』であり、私の片割れともいえる存在だ。

 この機会を逃してはいけない。復讐の場は完璧に整った。フランスに、彼女に、この世に存在するかもわからない神様とやらに復讐するための準備ができたのだ。後はこのまま予定通りに事を進めれば、私の願いは成就する。

 

「そのためには、ジルをどうにかしないといけませんね」

 

 頼もしい味方ではある。

 しかしその目的は私と少々異なっている。

 それをジルが知れば、狂っている彼がどういう行動に出るかが分からない。素直に私の目的のために動いてくれるか、それとも彼は彼で自分の目的のために動くのか。あの海魔とやらを使えば彼一人でも軍団と化すため、フランスを滅ぼすのはそう難しい話じゃない。

 あのカルデアのマスターたちがいなければ、だが。

 

「念のため、初の顔合わせでファヴニールは見せている。『私』の心も折っておいた。まぁあの図太い『私』が、それで終わるはずもないのですが。何にせよ、あえてマルタに伝えるよう頼んだ竜殺しの件も併せて、彼らの動きは読みやすい……」

 

 派遣したアサシンとバーサーカーがどの程度働いてくれるか。

 小次郎、サンソン、そしてランスロット。恐らくはランスロットがここで討たれるだろう。何せ彼は喋ればアーサーしか言わない。物語通りの王様であるなら、きっと魂の在り方は『私』と酷似している。魂の在り方が似ているなら彼女に迷うことなく喰らいつく。劣勢に陥っても彼が撤退することはないだろう。

 

「問題はあの小次郎とサンソンですか。サンソンがもう一度マリー・アントワネットを討てるかと言えば、まぁ無理でしょうね。そして小次郎……あれは完全に私のミスです」

 

 あの適当さは予想していなかった。

 のらりくらりと此方の追求をかわし煽ってくる。

 本当に私が手を下したほうがいい気がしてきた。

 

「まぁどうせ討たれて終わるでしょう。その時こそ、私たちの出番です。この手ですべてを薙ぎ払い、この世界に、フランスに思い知らせる。ジャンヌ・ダルクとは何なのかを。そしてその前に、一つ確認しておかなくては」

 

 そうして私はファヴニールに乗り込み、かの王妃がいるだろう西へと進路をとった。サンソンの消滅を感じ取り、敗北を悟る。それでも最後、どんな表情だったのかは知らないが、まぁ愛した女に敗れたのなら悪くはなかっただろう。

 空を駆け、景色は飛ぶ。

 途中、彼女に似た姿を眼下に確認するが――用があるのは彼女(『私』)にではない。ましてや彼女と共に走る聖人でもない。彼らに守られ進んでいく民草でもない。憎まれ首を飛ばされたあの王妃ただ一人。どうやらサンソンたちは上手くやったらしく、かの王妃は孤立して後方に残されている。大方、私がやってくることを彼らが伝え、その足止めを王妃は買って出たのだろう。

 

「間に合いましたか。まさかサンソンまで敗れるとは意外でした。思いのほか、武も達者なようですね」

 

「いいえ、間に合わなかったの間違いではなくて?」

 

「……ええ、確かにその通りかもしれませんね。ですが彼も満足して消えたのでしょう? なら契約はしかと果たされたということ。この場合、間に合わないほうが正解なのでしょう。満足して消える彼を引き留めるわけにもいきませんからね」

 

「あら? なんだか、先日会った竜の魔女さんとは少し雰囲気が違うようだけど……。いえ、まずは挨拶をしなくてはね! ごきげんよう、竜の魔女さん」

 

「ええ、ごきげんよう。マリー・アントワネット。長いのでマリーと呼ばせていただきます。許可はいりません。勝手にそう呼びますので」

 

「うーん、少し前の貴方ならお断りさせていただいたのだけど、今の貴方にならばそう呼んでほしいと思ってしまうわ」

 

 そう言いながら彼女は微笑みかけてくる。

 その姿の可憐さと言ったら、彼女(『私』)とは比べ物にならないほどに美しい。

 

「……どうやら、ここの住人は避難しましたか。彼女も聖人と逃げたようですね。空を飛びながら見えました、あの無様な姿が」

 

「あら、その言い方だと、まるで私に用事があるように聞こえるのだけど……」

 

「その通りです。マリー、貴方に幾つか問いたいことがあって来ました。まず一つ。あの拗らせたアサシンは満足して逝きましたか?」

 

 これは彼と私の契約だった。

 マリーがいるならば、彼女に会わせてほしい。

 どんな形でもいい、ただ言葉が交わせるならば構わない。

 代わりにどんなことだってやって見せる、と。

 

「そう、そういうことね。ええ、彼は最後、泣きながら、それでも笑ってここを去りました」

 

「……ならば良しとしましょう。貴女の口から聞けて良かった。所詮、私の予想は予想でしかありませんから。では二つめ――」

 

「ああ、ちょっと待ってくださらない、竜の魔女さん」

 

 マリーはそう言いながら、少しづつ此方へ歩み寄る。

 

「やっぱり、一方的では不公平だと思うの。だから私にも一つだけ質問させてくださらない?」

 

「……では一つだけ許します。交互になどとくだらないことを口にしないように。生殺与奪はこちらが握っているのですから、最大の譲歩だと知りなさい」

 

「ええ、ありがとう。では一つ聞かせてくださらない。――もう私の前では演技をしなくてもいいのかしら」

 

 きっと、そんな質問が飛んでくるのだろうとは思っていた。

 それにしてもストレートすぎて、さすがに笑ってしまう。

 今だけなのだ、ジルが東を監視している今だけ。

 

「どうせ貴女はここで終わりです。演技なんて必要ないでしょう? 通信もできないようにジャミング済みですからね。でも、貴女が聞きたいのはそういうことではないのでしょう。……必要なのですよ、竜の魔女が。ただ、それだけです」

 

「――待って、ねぇ待って。それでは貴方はもしかして」

 

「さぁ、こちらの番です。答えていただきます――民に殺された貴女に。ギロチンに掛けられ、嘲笑を身に浴びて首をはねられた、貴女に。出会い、そしてこの時とこれまでの話から、貴女が国のために生きているから、自分の死が後の笑顔につながるから受け入れたのは理解しました」

 

「……ええ。いつだってフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!。私は輝きそれを与えることを良しとします。勿論、子供が殺されてしまったことに、私は醜いものを抱きもしました」

 

「なら、なぜ今もこうして守る側に立てるのです?」

 

「だって私は、望まれたからこそ王妃になったんですもの。すべてを覚悟のうえで、承知の上で、いずれ悲惨な末路をたどるとわかっていて、それでも私は選びました。その上で謳歌しました。ええ、今でも思い返せます、素晴らしきフランスを!」

 

「……わかっていて、子を巻き込むと知っていて? それは正気の沙汰じゃない。民のために子すら殺すのか、貴女は」

 

「それ以上は私だって怒ります。勿論、私だって悲しみました、嘆きました。それでも絶望はしなかった。これはフランスに必要なことだったんだって、共に信じていたから」

 

「だから、今も諦めないと?」

 

「ええ、諦めてなんていませんでした。今も昔も。悲惨な末路をたどる可能性を知っていた。それでも辿らない可能性だって知っていた。ならば諦める理由なんてないでしょう? ……その結果が私なのは否定できないのだけれど。それでも、今こうして私がいることがフランスのためになるのなら、やっぱり諦める理由なんてどこにもないでしょう?」

 

「ッ、ではその身を焦がす憎悪は! やり場のない怒りは!?」

 

「勿論、私だって持っています。それでも私は微笑みを忘れない。愛を忘れない。どれだけ傷つこうと、憎まれようと、微笑みを絶やしてはいけない。それが私の選んだ、王妃の務め。その最期がどうであろうと、お母さまの元を離れ、白百合として生きると決めた私でありつづける!」

 

 なんとも強い女性だろう。

 なんとも眩い在り方だろう。

 こうなりたいと願っても、そうなれるものは少ない。彼女はそう在りたいと願い、諦めず微笑み続けた結果に生まれたのだ。全てを包み込み、世界に微笑み続ける、マリー・アントワネットは、決して諦めることはしない。……私のように、諦めたりはしない。

 

「あぁ、理解しました――私とは相容れない。もしかしたら、と思った時期もありましたが、やはり貴女は違います。貴女は、『私』に近い在り方を持つ。ならばこそ、今の彼女の近くに貴女がいるのは不都合です」

 

「それは、私にジャンヌへ近づくなってこと? あら、これはもしかしてそう、嫉妬というやつなのかしら!」

 

「焼き殺しますよ? そうではなく、単に彼女が目立たなくなるという話です。ことが済んだのならばどれだけ仲を深めてくれようと結構」

 

 そう告げれば、彼女は悲しそうに目を伏せる。

 

「……やっぱり、そういうことなのね。私は純粋に貴方は偽物なのかと思ったけれど、本物なのね。貴方も、間違いなくジャンヌだわ……」

 

「失望でもしましたか? 救国の聖女の醜い一面を見て。まぁ、私と彼女では抱く感情も違います。彼女が綺麗だと感じても私がそうは思わないように。正直、黒と白という分け方は非常に適している」

 

「いいえ、失望なんてしていないわ。それも確かにジャンヌ・ダルクの一面なのでしょう……だからこそ、貴方は復讐と称して残虐を行うのね」

 

「はい。彼女がしないのなら、私がするまで。こうして肉体を得たことで、ようやく行動の自由を得ました。私の望むがまま、思うが儘に、行きたいところへ行ける。その手始めに、このフランスへの復讐を行います」

 

「……その成否は関係なく、ね」

 

「はい。……やはり、貴女を帰すわけにはいきませんね。そろそろおしゃべりも終わりにしましょう。聞きたいことは聞けましたし、もう十分です」

 

 右手を上げればファヴニールが動き出す。

 この距離ならば宝具を使われる前に仕留められる。

 

「さようなら王妃、またいつかここではない場所でお会いしましょう」

 

 何か口を開きかけるマリーを他所に、ファヴニールは動き出す。

 その最後を見届けることなく、私は再びファヴニールの背へと飛び乗った。

 

 



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4


次が一万を超えるため五千オーバーで切ります。
いや、自分的に五千オーバーは十分に長いんですけどね!
感覚的に次を含めて二、三話くらいで終わるかな、といったところです。


 立花が合流したとき、そこにいたのはジャンヌたちと西へと向かっていたリツカとジャンヌ、そして――ゲオルギウスと呼ばれる聖人の一人だった。とある街で知り合ったはぐれサーヴァントのエリザベートと清姫から聖人の話を聞き、呪いにむしばまれていた竜殺し、ジークフリートの解呪の協力を求めに行ったのだ。

 ジークフリートは街の中で弱り切っていたところを、マルタのヒントを元に見つけることができた。どうやら黒いジャンヌは竜殺しを警戒し、優先的に殲滅していったらしい。しかし、とも思う。あの彼女が見落としをするのかと。

 すると解呪を受けたジークフリートは、

 

『竜の魔女は執拗に、俺に呪いを刻んでいった。おまけに最後まで苦しめと、止めを刺さずに追加で大量の呪いをかけていく始末だ。あと少しで霊基が崩壊するところだった、ありがとう。ところで俺は、彼女に何かしてしまったのだろうか――すまない』

 

 と、どこか悲しそうに頭を下げた。

 こうして一人、強力な味方が増えた。ゲオルギウスも味方となり、戦力は増大している。

 しかしそこにはもう一人いたはずなのだ。可憐な白百合、マリー・アントワネットが。リツカを見れば首を横に振る。それだけで何があったのかは理解できた。途中からドクターとリツカの通信が途切れ、何かあったのかもしれないと予想はしていたが、やはり堪えるものがあった。

 

「ごめん、途中でサーヴァントと交戦になって……おまけに黒ジャンヌまで来て、マリーが殿に……」

 

 その言葉にアマデウスは笑いながら、博愛主義者らしい、と一言残して疲れたから休むと言って、この場から去っていく。マシュは後を追いたそうな表情であったが、それ以上に堪えたらしいリツカのフォローを頼んだ。

 一人になった立花は空を見上げながらつぶやいた。

 

「……まだ、信じたいって思っちゃう俺は、ただの馬鹿なのかなぁ」

 

 

 

 

 

 そんな立花たちを見たジャンヌは一人輪を外れて考えにふける。マリーを失い喪失感に襲われながらも、頭のどこかで冷静に計算している自分がいた。一人減って一人増えた。加えてこちらには協力してくれそうなサーヴァントが二人加わった。呪いが解呪されたジークフリートも加われば+3だ。対し敵は黒いジャンヌにセイバー、アーチャー、消息不明のランサーにアサシン、そして恐らくはいるだろうジル・ド・レェだ。加えてファヴニールにその他の竜種といったところか。

 そこで嫌気がさして頭を振る。いつもなら、こんな時にはもう一人の自分が声をかけてくれていた。

 

 ――その頭で考えたところで、ピタゴラ的に大惨事引き起こすだけだから、後は私に任せておけ。

 

 そう言って呆れた顔をする彼女が目に浮かぶ。同時に、そんな彼女から向けられた仄暗い視線に胸が痛み、息が苦しくなる。普段から自分を、ぶっきらぼうに気遣ってくれた彼女。それでも主の言葉を信じ、彼女の言葉を無視しないまでも心にとどめるだけにした自分。

 

「その結果が……これなのですね」

 

 主の言葉に従って戦い、そして死んだ。死にたくないと散々言っていた彼女を巻き込んで死んだのだ。絶対に死なない、守って見せるといいながらも最後まで足掻くことなくその最期を受け入れてしまった。

 彼女にしてみれば裏切りだろう。散々、この体を使ってくれていいと言っておきながら、結局は自分の目的のためだけに人生を使い果たした。彼女はこの体は私のものだといって私情の為にこの体を動かさなかった。そんな彼女が最後の最後に私情の為にこの体を動かした。それを止めたのも、結局私だったのだ。

 どれだけ悲しかったのだろう、空しかったのだろう、辛かったのだろう。――どれだけ私の事が憎かったのだろう。言葉だけで希望を持たせることの残酷さを、今更ながらに叩き付けられた。気づけなかった自分の情けなさに嫌気がさす。

 

「これ以上、他の人々を巻き込むわけにも行きません。ごめんなさい、私。必ず貴方を止めて見せます」

 

 ジャンヌはその決意を胸に、立花たちの元へと向かった。すでに戦力は十二分に整った。再度、相手が戦力を補充してくる前に決戦を挑む。これが最適解だと信じて。こうしてカルデア一行の目標は決定された。

 

 ――決戦、オルレアン

 

 

 

 

 

 お膳立ては整った。恐らく『私』は獲得した戦力を計算したうえで、こちらが回復する前に叩くつもりで決戦を挑んでくるだろう。愚かなことである。何故私が素直に竜殺しを生かしておいたのかを気にも留めていない。

 そもそも本気で竜殺しを殺す気であればサーヴァントを複数派遣してその場で首を断っている。それをしなかったのは私の都合に合わせるためだ。ああ、『私』の単純さに笑いがこらえきれない。

 仕掛けは既にすんでいる。カルデア一行が入ってくれば、私に失敗はない。懸念であったジルも東に釘付けである。その為の仕掛けも終えたところだ。これで思うがままに復讐を成せる。これだけは誰にも譲らない。

 するとここでアーチャー、アタランテより連絡が来る。

 

『こちらアーチャーだ。これより戦闘に入る。汝はどうするつもりだ』

 

『適度なところで撤退してください。ワイバーンを当てますので、その隙を撃っていただければ。私もファヴニールと共に出ます』

 

『了解した。まったく難儀なものだ。考えることが癖になっているらしい。汝、今もこの先を考えているのだろう?』

 

 そういいながら、彼女は戦場へと向かった。

 考えることが癖になっている。それも当然のことだ。私にはそれしかできることがなかったのだから。それにしても、思考能力を残したのは失敗か。少しバーサークにしてやった方が、他のサーヴァントも扱いやすかったかもしれない。

 どうしてこうも英雄というのはお節介なのか。

 

「まぁいいでしょう。これで全てに片が付く。思い知るがいい、自分たちの罪を」

 

 乗りなれたファヴニールの背。その力強さに頼もしさを覚えながらも、彼の天敵をあえて残した自分の差配に嫌気がさす。飛び乗れば彼は咆哮し、力強く空へと舞い上がった。方向を指示しなくとも、どうやら彼には天敵がどこにいるのかが分かるらしい。

 その感覚に任せて空を飛んでいれば、彼女たちがいた。

 

「――っ、ファヴニール! ということは……」

 

「ええ、その通りです。こんにちは、『私』」

 

 白い旗を持つ、一人の聖女。その傍にいるのは黒髪の少年と竜殺したち。ちらりと後ろを見れば盾を持った少女とオレンジ色の髪の少女が戦っている。傍にはエリザベートと清姫がおり、降り注ぐ矢とワイバーンを撃ち落としていた。

 

「ジークフリートさん、ゲオルギウスさん、ここはお願いします! 私は彼女を!」

 

「させませんよ――セイバー」

 

 声に応じて、男装の麗人か女装の麗人か、美しいサーヴァントが現れる。セイバーであるシュヴァリエ・デオンである。元々彼?にはファヴニールの護衛を頼む予定であった。これで後は『私』と早々に決着をつければいいのだ。

 

「ではお望み通り、私がお相手しましょう」

 

「はい。ではマスター、下がっていてください」

 

 ふと見れば、黒髪の少年はマスターの一人である。彼を殺せば幾人かのサーヴァントも消失することだろう。心臓をむき出しにするような行為に呆れてしまう。

 

「そこのマスター、下がりなさい。それくらいの時間はあげましょう」

 

 しっし、と手で追い払えば、どこか嬉しそうな表情で離れていく。大丈夫なのだろうか、あのマスターは。あれで世界を救おうとしているのだから、人材不足の深刻さがうかがえる。まぁ手加減はしないが。

 

「さて、邪魔者もいなくなりました。もういいですか、すでに斬りかかりたくてしょうがない」

 

 告げれば彼女の表情がゆがむ。

 どこか迷いの見える表情である。何を戸惑っているのだろうか。今までだって、迷いは短く、道を進んできたはずだ。主の言葉やらを妄信して。それが、今になって、迷う? ふざけるのも大概にしてほしいものである。

 

「……迷いがあるのならば、払えばいいのでは? 猪突猛進の貴方らしくもない。いつものように深く考えず、取りあえず行動すればいいでしょう?」

 

「――まだ少し、信じられなかったんです。本当に貴方は私の知っている私なのか」

 

「ふむ、では最後のおねしょがいつか盛大に吹聴して回りましょうか? それとも地図の最大サイズ? あぁ、何歳まで泥まみれで遊んでいたのか、でもいいでしょう」

 

 

 

 

「ななななな!? そ、それは言わないって約束したじゃないですか!?」

 

 

 

 

「はっ、今更約束も何もないでしょう? それとも私にだけその約束とやらを強制しますか?」

 

 ニヤニヤ、と笑って見せる。

 

「ま、間違いないですね。その嫌らしい笑みと痛いところを全力でついていくスタイル、間違いなく私の知っている私ですね……」

 

 顔を真っ赤にして睨み付けてくる。全く茶番である。こちらとしてはさっさと始めて終わらせたいのだ。でないとジルがこちらの変化に気づく恐れがある。

 

「……だからこそ、私は貴方に確認しなければなりません。これは私の責務であり、決して外してはいけないことです」

 

 言いたいことは理解できる。

 そしてそれに対する私の返答も決まっている。

 

「――恨んでいますよ、間違いなく」

 

「――――――――――」

 

 どうせこの時代で出会ったばかりの質問と同じだろう。だから素直に、もう一度答えた。恨んでいるかの問いにはYES以外に返す言葉を私は持っていない。あるのは憎悪の炎のみ。

 

「語り合いはもう不要でしょう? 私は全てを恨みつくし破壊する。貴方は聖女として世界を救うために戦う」

 

「っ、もうこれ以上、罪を重ねるのはやめてください! 今ならまだ――」

 

「罪、罪と来ましたか。では、この国の民に罪はないと? かの王に罪はないと? 救国のために戦った乙女を一人、生贄にした奴らが? ――手遅れですよ。もうすべて遅い。私を止めない限り、この惨劇は続きます。貴方を殺した後には、先ずあのマスターを殺しましょう」

 

 そう言いながら、黒髪のマスターを指さす。あ、俺ですか?と自身を指さす姿はどこか気が抜けてしまいそうだった。再度、気を取り直して『私』へと向き直れば、彼女の目には力強さが戻っていた。本当に、扱いやすい。

 

「その次はあの盾の少女にしましょうか。彼女はデミ・サーヴァント。肉体へのダメージが落命につながるのでしょう? その次は――」

 

「――分かりました。もう、もう充分です」

 

 目を閉じ、次に開いた時、『私』は旗を構えていた。ようやく理解したらしい。私がどこまで本気であるのか。どれだけ多くの人々を傷つけてきたのかを。きっとこの旅の中で多くの涙を見たのだろう、悲しみと嘆きを見たのだろう。

 

「あぁ、虫唾が走ります。私の悲しみ、嘆きに、貴方は何をしてくれましたか? 貴方は見ず知らずの誰かのソレの為に、私を倒しますか?」

 

「ッ! そ、れは――――!」

 

「構いませんよ、共にいたとはいえ、生きていたとは言えない私は所詮、その程度だったということです。貴方の言葉は私を惑わし苦しめる。希望を持たせて、落とされる!」

 

 『私』の表情が歪む。葛藤、苦しみが見て取れる。

 

「あぁ、それが見たかった。しかしそれではまだ、この身を焼き焦がす憎悪を鎮めるには至らない。もっと、もっとその先へ進みなさい。絶望の淵へ立て、ジャンヌ・ダルク……!」

 

 彼女の持つ旗が揺れる。彼女の瞳に迷いが生まれる。その光景に心がうずく。もっと、もっとと私の中の歪んだ部分がささやきかけてくる。これ以上は支障が出ると分かっていながらも止まらない。どうしようもなく――この生身での語り合いが愛おしい。

 

「……私は――私は貴方を、家族も同然、双子の姉のように思っています」

 

「それは光栄なことですね。私も生前は出来の悪い妹をもった気分でした」

 

「そう、ですよね。生前の私は、こう、わんぱくで落ち着きがなくて……いつも貴方に諫められていた気がします」

 

 そういう彼女は、どこか懐かしそうに笑っていた。

 

「いつだって貴方は、私の間違いを正そうとしてくれました。あの時だってそうです。私は貴方の言葉に反し行動し、間違いを犯し、貴方を、家族を、仲間を悲しませました、狂わせました。それでも、それでも――」

 

 もう、彼女の瞳から迷いは消えていた。

 

「――私の今までの人生を、間違っているとは思いません。あれが私、ジャンヌ・ダルクの生き方です」

 

 私に向けられたその瞳は、どこまでも真っすぐだった。旗の揺れもなくなり、彼女の意志は固まったらしい。ああ、それでこそジャンヌ・ダルクだ。両親に城塞のごとき心と言われた、不器用な少女だ。

 

「それに巻き込んでしまったこと、付き合わせてしまったこと、誓いを破ったこと、これらは全て私の罪です。故に、貴方の罪を私も償います」

 

「傲慢ですね、理解できません。確かに私という存在は貴方の結末から生まれたものです。しかしもう、私は『私』ではありません」

 

「いいえ、貴方は私です。もう一人のジャンヌ・ダルクです。だからこそ、一緒に償いましょう――貴方の間違いを、正して。かつて貴方が道を外れそうな私を諭してくれたように、今度は、私が!」

 

「諭したところで最後は何も変わらなかったくせに、よく言うものです。変わったのは精々、生活習慣や健康管理、ほんの少し自分を大切にするようになったことくらいじゃないですか」

 

「確かにそうです。あの時の貴方は私に触れることができなかった。ですが今なら私も、貴方も、互いに触れることができます。言葉でなく、ぶつかり合うことができます。言うなればそう、初めての――喧嘩です」

 

「……ちょっと脳筋に過ぎませんか。言葉じゃだめだろうから物理って。あれ、私はどこかで教育を間違えましたか? 確かにこれまでの関わりでは、言葉では通じない、という反省を得ていますが、じゃあ殴って止めようという考えに至りますか、普通。それも貴方が」

 

「止めて見せます。貴方に関しては、他の誰でもない私が、何をしてでも、何をかけてでも必ず止めます。だから逃げないでくださいね、私。これが初めての姉妹喧嘩です!」

 

 彼女が地を蹴り、旗をふるう。

 その瞳にゾクリ、と鳥肌が立つ。

 恐怖ではなく、歓喜故に。

 

「あぁ、本当に――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょろい。

 

 

 

 

 

 



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5





 

 

 

 振り下ろされる旗を正面から受け止める。ズン、と腕に重みが加わるが耐えきれないものでもない。体重も乗せられた一撃でこれならば、他の攻撃も対応圏内だ。

 突き、横薙ぎ、様々な旗の攻撃を受け止めて考える。例えこれが全力の一撃でなくとも、剣を持った私ならば制圧できる。ただし今回の目的は旗でジャンヌ・ダルクを倒すこと。故にお得意の剣は封印である。

 

「ふむ、とは言えやはり旗では後手に回りますね」

 

 長年使ってきた『私』の練度は中々のものである。私の場合、旗を使ったのは『私』が気絶して使い物にならないとき、その序盤くらいのものである。中盤に差し掛かると旗では対応できない相手が来るため剣で撃退していた。

 おかげで旗を使うこの戦いでは『私』が優勢だ。

 

「――はぁっ!」

 

「目で追えないものでもないので、対応は可能ですが」

 

 気迫の籠った一撃を旗で受け流す。馬鹿正直に受け止める必要もなくなった。大まかな力量は量れたはずだ。私が知っている『私』とそう大差ない。故に対応は可能だし、反撃の隙すら見つけられる。

 

「避けてください? でないともう、終わりますよ――」

 

 一撃を流し、少し力を入れれば『私』はバランスを崩す。がら空きの胴体に向かって、加減無しに旗の一撃を叩き込む。しかしそれは咄嗟に動いた『私』に回避されてしまう。ごろごろと体裁など考えず避けに徹し地面を転がる彼女を見下ろす。

 

「おや、随分と砂にまみれていますね。砂遊びでもしていましたか」

 

 『私』は悔しそうな表情で立ち上がる。力量差は分かっただろう。確かに旗の扱い方は『私』の方が上だが、戦い方ならば私の方が上だ。旗の振るい方なぞ分からなくとも、旗を立てて向こうの攻撃を流して転用してやればいい。後は勝手に消耗するだろう。

 

「相変わらずですね、私。ただ普通に戦っていては、勝てそうにありません。ですので、ちょっとだけズルをします――!」

 

 キィン、と音がする。

 見ればそれは『私』の方から聞こえてきており、彼女の体に魔力が満ちていくのが分かる。何事かと周囲を見れば、少し離れたところに黒髪の少年――マスターが腕を出していた。

 

「成程、そういうことですか。令呪によるバックアップ……ルーラーとしては使う側の貴方が、マスターの補助を受けましたか」

 

「はい。元々、私一人の能力では勝てないと思っていました。ですので手段は選びません。貴方を止めるためならば私は――何だってして見せます」

 

 その覚悟が嬉しくもある。

 まるで私の為ならば、何だってして見せると言っているようで。とはいえ『私』は私との誓いを破った。その言葉に私は信を置くことなどできはしない。そもそもそれはもう必要ないもので、この特異点で全てが終わるのだから無意味にすぎない。

 強化されたらしい『私』の一撃を流す――が、そこから旗は軌道変更する。舌打ちを一つして、軌道変更された旗を弾き、私自身も距離を取る。同時に私を追ってくる『私』の姿に、令呪による強化の脅威度のランクを一つ上げる。

 

「チ、厄介ですね――――!」

 

 憎悪の炎の顕現。

 突っ込んでくる『私』と私の間に差し込む。爆発的に広がる炎を前に、彼女は怯むことなく走り出す。彼女の対魔力は恐ろしい数値だが、あの炎は私の宝具から漏れ出したものだ。特にルーラーには特攻ともいえる一撃だが――止まらない。

 

「確かに痛いですが――炎の壁程度ならどうということはありません!」

 

「なら、今度は直接狙ってあげましょうか――――!」

 

 ポイントを絞って解放。

 憎悪の炎が爆発を引き起こすが、彼女は止まらない。発動している私だからこそ分かるが、どうも直撃していないらしい。流石は『私』といったところか。どうやら私の攻撃が読まれているらしい。

 

「やりづらいですね……まぁ読まれるならば視界全てを焼き払うまでです」

 

 広範囲を設定。

 視界に映る範囲内へ、うちに宿る憎悪を開放する。威力は減少するが、ルーラー相手ならば十二分な威力となる。爆音とともに視界が火の海に包まれるなか、一際輝く旗が見える。見れば彼女を中心に炎が避けたような跡があった。

 

「宝具……成程、それが『私』の宝具でしたか。絶対的な防御か、まぁ詳細は後にしましょう。アレが防がれた、防ぐことができると分かっただけで良しとします」

 

 今度はこちらが地を蹴り走り出す。『私』の宝具がどれだけ持続するのかは分からないが、結界型で旗を上に掲げている様子を見るに――発動中は攻撃ができないと見える。おまけにいくら宝具と言えど、何かしらの欠点があるはずだ。特に、絶対的な防御などは防御を完璧に行えるからこその穴があるはず。

 持続時間や回数制限、魔力の消費量、欠点が何かは分からないがそう何度も使えるものでもないだろう。故に宝具の回数を引き出せばいずれ限界がやってくる。

 

「――――――――っ!」

 

 接近する私に『私』が目を見開く。

 恐らく今、『私』は宝具を解除するか継続するか迷っている。その証拠にまだ宝具が解除されていない。こちらが遠慮することはないため、全力で旗の一撃を叩き込む。ガキン、とあまりに固い手ごたえが返ってくるが、手を休める理由にはならない。

 何度も何度も結界に旗を叩きつける。大振りもあるため隙はあるはずなのに、彼女はついてこない。これで宝具の発動中は攻撃ができない、というのは確定だろう。

 

「成程、宝具の発動中は攻撃できない、と。おまけに絶対的な防御ではあるものの大技、宝具以外には滅法弱いと見ました。そうでしょう? こうして接近され攻撃され続けては宝具が解けなくなるんですから」

 

「流石ですね、そこまで読まれてしまいましたか……!」

 

 そういいながら彼女が魔力を込める。

 すると結界の範囲が拡大され、振り下ろしていた旗ごと私は結界によって弾き飛ばされる。大したダメージではないが距離を取らされてしまい、『私』に宝具の解除時間を与えてしまうこととなった。

 

「そういう使い方もありましたか。敵の進行方向を制限するのにも使えそうですね。まぁ結界内に、近接に対応できる味方が必要になりそうですが」

 

 『私』は答えない。

 返ってくるのは旗による一撃だ。回避しながら、そろそろ頃合いかと、他のサーヴァントの状態を召喚者として確認する。アーチャーは健在、ファヴニールとセイバーは傷を負いながらも竜殺し二人に対して健闘しているらしい。他のサーヴァントもそれぞれ役割を果たしている。

 

「どうやら大詰めですね。そろそろ貴方を倒して、他の所へと救援に向かわなくては」

 

「こちらのセリフです。貴方をここで倒して、皆さんの助力に向かいます」

 

 旗を振るう。攻勢にでた此方に対し、奇しくも先ほどの私のように防御からのカウンターを狙う『私』との攻防。やはり旗の扱いにはあちらに一日の長がある。上手く捌かれ、此方に傷を負わせてくる。

 此方もやられてばかりではいられない為、炎をまき散らし傷を負わせる。苦痛に表情がゆがむ『私』を見ながら蹴り飛ばして距離を取る。勢いよく地面を転がる『私』はすぐさま体勢を整え、旗を振るう。

 攻防が逆転し、時に怪我など気にせず互いに攻勢に出て、互いにカウンターを狙い隙を待つ。終わらない戦いに嫌気がさし、腰の剣を使ってしまいたい気持ちに襲われる。しかし()()()を考えると旗の使用が一番確実だと考えられる。

 

『すまない、こちらは撤退する。ワイバーンでは抑えきれない。見るに、ファヴニールとセイバーも限界が近い。寧ろ竜殺したち相手によくやったと見ていいだろう』

 

『了解しました。ご苦労様です、アーチャー。では予定通り、貴方は移動を。ファヴニールには此方と合流、セイバーには移動を指示します』

 

『ふむ、それでは汝の所に竜殺しがなだれ込むことになる。時間経過と共に、カルデアの戦力も同様だ。援護は必要ないか?』

 

『構いません。貴方は予定通りに移動してください。事前に説明した通り、このままいけば私の願いは成就します』

 

『ならば私は予定通りに動くとしよう。ここまで我らが協力したのだ、上手くやれよ竜の魔女』

 

 勿論だ。ここまできて失敗はあり得ない。ここまでは私の計画通りに進んでいる。不確定要素のジルも東に釘付けのままだ。余程が無ければ彼はこちらへは来られない。

 バサリ、と聞きなれた翼の音がする。

 

「なっ、ファヴニール!? まさかジークフリートたちが!?」

 

「安心してください。彼らは健在です。隙を見て振り切らせただけの事。どうも『私』はしぶといらしいので、こうして助っ人を呼んだ次第です」

 

 背に乗れば頼もしい咆哮があがる。私は聖杯を掲げ、ファヴニールに更なる強化を施していく。この最後のブレスの為に、彼の負担など考えず込められる限りを込めていく。ごめんなさい、と声に出して言いたい。それでも止めるわけにはいかないのだ。

 すると私の逡巡を察したのか、彼は更に咆哮を上げる。これしきで根を上げる我じゃない、と言わんばかりの咆哮だ。体の芯まで響くその咆哮は、私の決意をより強固な物へと変えていく。

 

「確かに、謝罪は失礼でしたね。ですので感謝を。ありがとうございます、ファヴニール。貴方のおかげでここまで至ることができました」

 

 膨大な魔力により、空間が歪んで見える。ファヴニール最大のブレスの準備が整った。至る所に竜殺しによってつけられた傷が見える彼は、それでも怯むことなく倒れることなく、体の内から響く痛みにも耐えてソレを放つ。

 

「終わりです、ジャンヌ・ダルク。勝つためには何でもする、間違いではありません。故に私は、仲間の力を借りるとしましょう――――!」

 

 膨大な光が彼女を含め一帯を覆いつくす。視界が光に覆われ、音が消える。一帯を更地に変えるほどの威力を持ったそのブレスは間違いなく『私』とその後ろにいたマスターを飲み込んだ。

 さてこれで終わるか、視力が回復してすぐ彼女がいたはずの場所を見れば、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。地面は熱せられ溶解しており地獄のような光景だ。しかしその中心に丸く切り取られたような場所がある。

 

「――あれを防ぎ切りますか、あの宝具は」

 

 そこには確かに、『私』とそのマスターが立っていた。いつの間にマスターが移動したのかはどうでもいい。まさか正面から堂々と防ぎに来るとは驚きだ。精々、令呪による転移での回避くらいかと思っていたが……

 

「流石に私の旗も、令呪による強化がなければ耐えられなかったでしょう。貴方がファヴニールに頼ったように、私もマスターに頼ります」

 

 成程、と納得がいく。あの宝具は攻撃を完全に防ぐが旗にダメージが蓄積されるのか。その旗に壊れる心配がなければ、どんな攻撃にだって耐えられるということか。何とも、人を守ろうとした『私』らしい宝具である。

 

「そして、私は貴方に何をしてでも貴方に勝つと言いました。やはり私一人では貴方を倒せそうにありません。故に、マスターの力を、そして仲間の力を頼ります。情けなくはありますが――それはそれ、これはこれ!」

 

「ふざけ――――!?」

 

 瞬間、まばゆい光が私とファヴニールを包み込む。ダメージを負ったようなファヴニールに声を聴き、これが宝具による攻撃だと見当づける。瞬時に聖杯による強化をファヴニールに施し、回復力を増大させる。

 しかし受けた傷の治りは遅い。恐らくは竜殺しの概念をもった一撃だろう。となればアレは間違いなくジークフリートによる一撃だ。追いついてきたには早すぎるが――いや、これこそが令呪による転移か。

 まさかもう三画目を使うとは思いもしなかった。それ故の油断といったところか。情けないにもほどがある。光が収まればファヴニールはその巨体を地面へと沈める。しかし直ぐに立ち上がり、目の前に立つジークフリートを睨み返した。

 

「不意打ちの一撃、策の一部だ。許せ、ファヴニール」

 

 弱り切ったファヴニール。整いつつある向こうの戦力。状況は全て向こう側が優勢と言っていい。この状態から私に負けることがあるとすれば、向こうがあまりに馬鹿なあり得ない行動をとらない限りないだろう。

 詰みだ。

 私はファヴニールから降り、彼らの正面へと立つ。すると取り囲むように彼らのサーヴァントが円を描く。そう警戒せずとも抵抗の意志はないというのに大げさだ。ファヴニールに大人しくするよう指示を出し、旗を捨てる。この時点で私は『私』に負けたも同然だ。もういいだろうと私は()()()()()()、『私』を待つ。

 

「まさか、ここまでとは思いもしませんでした」

 

「言ったはずです。私は、私を止めるためならば何だってして見せると。かつて誓いを破ってしまった私だからこそ、今度は全てを捨ててでも貴方を正します」

 

 その発言には流石に驚く。確かに何だってして見せるとは言った。かつての戦争でも彼女は勝つために凄惨な策を取り指揮をする場面だって知っている。だが、全てを捨ててでも、などと言ったことは今までに一度もない。

 

「その発言、まるで貴方の主すら捨てると言っているように聞こえますね」

 

「概ね間違っていません。生前の私は主の御心のままに、啓示に従い生を終えました。その人生を間違っていると否定するのは、これまで死んでいった仲間に失礼です。しかし生を終えた時点で私の役割は本来終わっているはずです。ですので、今回の私は主の為でなく、貴方のために全てを使うと、そう決めました。全て間違っていたと否定はできません。それでも確かに、間違いを含んでいた人生だったからこそ!」

 

 この単純馬鹿め! そう素で言いかける。冷静になれ私、と言い聞かせて嘲笑を浮かべるが、『私』は揺らぐことなく私を見て笑っている。どこか吹っ切れたような『私』の姿に呆れてしまう。あれだけ私が説得しても治らなかった主狂いが、死んだら治るとかふざけてやがる。馬鹿は死んでも治らないというが、少しは治るらしい。

 それが、それがどうしようもなく嬉しい。全てを間違っていたと否定できないけど、確かに間違いはあったのだと理解しているという事実が喜ばしい。ようやく、自分だけの意志で道を決めた『私』の姿に胸が張り裂けそうだった。

 

「兎に角、これで私の勝ちです。降参してください、私」

 

 零れそうな笑みを隠す。

 

「降参したとしてどうします? 私に罪を償わせると言っていましたが、いったいどのように? 申し訳ありませんが、奴らに謝罪するくらいならこの場で自害した方がましです」

 

 そういって腰の剣を取る。サーヴァントたちが警戒するが心配はいらない。この剣を使うことはない。私の目的の大半は達成できた、後のことは後の者に任せてある。これは最後の仕上げの為に必要なことだ。これで全てが終わる。

 ファヴニールへと背を預け、剣を自身へと向ける。

 

「なっ、ま、待ってください! まさか自害するつもりですか!?」

 

「まさか、自害なんて無益なことはしませんよ。ですがほら、よくある話でしょう? 真のラスボスは化け物だった。それを倒してこそ、勇者の名声を得ることができると」

 

 ジークフリートを見れば、彼は気づいたかのように目を見開いた。そのまま走りこんでくるがファヴニールの妨害で思うように進めない。『私』は必死の形相で走ってくるが、これもまた進めない。

 その後ろでは黒髪のマスターがサーヴァントに取り押さえられている。まさか生身で私の元まで来ようとしたのだろうか。ほとほと呆れる、人のいいマスターだ。

 

「さぁ、これが最終ステージです。精々頑張ってくださいね、『私』」

 

 聖杯を掲げる。

 聖杯による改変に加え、自分の持つ自己改造スキルと、本来あるはずであり得ない私だからこそ持つ特殊なスキルを使って、ファヴニールと霊基を一つにすれば完成だ。これを以て、邪悪な竜は誕生する。

 

「――――いけません、いけませんぞジャンヌ!」

 

「――――――なっ!?」

 

 いるはずのない、聞こえるはずのないその声に動揺をあらわにしてしまう。それもそうだろう、何故ならば私の前にはジルがいるのだから。彼は東にいるはずだというのに、何故ここにいる!?

 

「驚きなされるな、ジャンヌ。貴方の危機とあらばこのジル・ド・レェはどこにでも参上いたしましょう! それに――――どうやら貴方は優しすぎたようだ」

 

 瞬間、地面から生えた海魔。

 聖杯を掲げ自身に剣を向けていた私では反応できず、その足に囚われる。四肢を拘束され、剣に巻き付いた海魔は離れない。いっそのこと炎で焼き払おうとすれば、体に巻き付いた触手がギリギリと体を締め付けてくる。

 

「ん、ぐっ、ジル、貴方は…………!」

 

「おお、その強調された姿もまたンン! そう、私は見てしまったのですよ、海魔を通して! ワイバーンや怪物で攫った人間たちの様子を!」

 

 いつの間に、という疑問が湧き上がる。彼は東におり、()()()()()()反乱勢力の対処にあたっていたはずだ。その為、彼は誘拐した人間がその先どう扱われているのかを知る暇などなかったはずだ。

 しかし海魔を通しての言葉通りなら、地面でも潜らせたのかどこかに潜入させてその様子をうかがうことに成功してしまったのだろう。一応、各街には監視と称してサーヴァントを配置していたが、どうやら見落としがあったらしい。どこの街だ、後でそのサーヴァントは焼いてやる。

 

「ジャンヌ、貴方は言いました。死など甘えであると。ええ、同感ですとも! しかし、しかし――――()()()()()()暮らさせるのは、甘いと言わないのでしょうか?」

 

 ざわり、とカルデア一行から聞こえてくる。余計なことを、と思わざるを得ない。しかし仕掛けを切ったのは正解であった。これならばまだ修正が効くはずだ。

 

「いけません、いけませんぞジャンヌ! あれでは何も変わりはしない! 復讐になどなりはしない! フランスの滅びへはつながらない!」

 

 そういってジルは私の持つ聖杯を奪い取る。これは不味い流れである。念のためサーヴァント達は聖杯で召喚はしたが、魔力は別途用意して存在を維持させている。その為、聖杯とのつながりはなく、操られることはない。とはいえ緊急時用であり、とあるキャスターの力を借りて龍脈を活用しているだけだ。そのキャスターがやられれば、単独行動持ち以外は戦力にならない。

 

「ジル、貴方は何をするつもりです。まさか今からフランスを滅ぼすつもりですか?」

 

「えぇ、勿論ですとも! 新たにサーヴァントを召喚することは難しい。おまけにジャンヌが召喚したサーヴァントはほぼ独立しており、此方から手が出せない! しかし、ここには強大な力がある!」

 

 間違いなくそれは、ファヴニールのことだ。おまけに周囲にはいつの間にか召喚された海魔がうごめいている。海魔は徐々にファヴニールへと取りついていき、やがてその姿を埋め尽くす。ファヴニールは聖杯により生まれ、維持されるものだ。所有者には逆らえない。

 

「カルデアのマスター! 今すぐ焼き払いなさい! でないと――んむ?!」

 

 そこまで言いかけて海魔が口をふさぐ。生臭いソレが不快だがそれどころではない。海魔+ファヴニール+ジルとかとてつもなく恐ろしいものが出来上がるに違いない。今すぐ私ごと焼き払って間に合うかどうかだ。

 カルデアのマスターも良くないものが現れようとしていることに気づいたのか指示を出し始めるがもう遅い。既にファヴニールは取り込まれ、ジルは悠々とその中へと溶け込んでいく。姿を現すのはおぞましいほどに巨大な竜。あちこちに触手をうねらせ奇声を響かせる、真性の怪物だ。

 すると私を拘束する触手が動き出す。まるで私すら飲み込もうとしているその様子は嫌悪感を抱かせる。不味いなと思いながらも、此方の手駒は既に各地に移動させ緊急時に備えさせているため使えない。

 

「黒いジャンヌを救出! ジークフリート、道を開いて! エリザベート、清姫、その道を維持! ジャンヌはその先にいる黒いジャンヌを救助!」

 

 そんな声が聞こえた。それは恐らくは黒髪のマスターの声だ。悠長すぎると怒鳴りたいが声は出せない。助ける暇があるならそれごと全部薙ぎ払えというのに。まぁ、結局のところ私も同じようなものだったのだが。

 指示通り、ジークフリートは道を作り、そこを他の二体がサポートする。遂には『私』へ到達し、周囲の海魔を駆逐して私を引っ張り出した。瞬時に周囲を確認、サーヴァントの位置を確認して宝具の限定開放を行う。

 ぶわり、と私を中心に炎が広がり海魔のみを焼き尽くす。

 

「感謝はしません。まったく、さっさと宝具で全て薙ぎ払えばいいものを!」

 

 近くに落ちていた旗を拾いなおし、『私』と共に駆ける。海魔を薙ぎ払い、取りあえずはカルデアのマスターと合流するのが一番だろう。隣を走る『私』はどこか嬉しそうに私を見て、張り切って旗を振るっている。子供か、と言いたくなるが飲み込むことにした。

 

「そこのマスター! 宝具の解放は可能ですか!?」

 

「ごめん! 今はすっからかんなんだ!」

 

「ならば撤退します、北に監視用の砦があるのでそちらに合流を。他のサーヴァントもいるので戦力の補充になるでしょう!」

 

 分かった、という声が聞こえる。恐らくは通信で情報の共有を行っているのだろう。元々敵である私の言葉を素直に受け取るのを見ると不安になるが、信じられないよりはマシだろう。彼は連絡を終えたらしく私たちと合流する。

 

「まったく、予想外もいいところです。まさかポカをするとは……どこのサーヴァントか!」

 

「あははは、やっぱり予想外の状況なんだねコレ。取りあえずこの件に関しては協力できるってことでいいのかな」

 

 そう問うてくるマスターに頷いて返す。最早私が一人でどうにかできる範囲を超えているといってもいいだろう。すべてのサーヴァントを集結させれば問題ないのだが、そうすると各地の防衛が困難になる。

 あの海魔は大量に存在している。あれに対処するにはサーヴァントの防衛能力が必須になってくる。となると戦力的に考えて撃退するにはカルデアの手を借りるしかない。全くもって忌々しい状況だ。

 

「マスター、波が来るぞ!」

 

 ジークフリートの声に何を言っているのかと振り向けば、確かにソレは波だった。ただし水によるものではなく、海魔によるものであったが。ゾッとするような光景に生理的嫌悪を抱きながら焼き払う。

 しかしいかんせん数が多すぎて捌き切れない。私一人ならば兎も角、このマスターの事も考えると困難だ。宝具が使えないこの状況ではジークフリートも自分の身で精一杯だろう。エリザベートと清姫も気持ち悪いと叫びながら必死に対応するが両手がふさがっている状態だ。

 

「くっ、他のマスターはどうなっていますか!?」

 

「アッチはゲオル先生とアマデウス、マシュたちが頑張ってくれてる! でも向こうも厳しいって!」

 

「では清姫を向かわせましょう。此方は私と『私』、ジークフリートさんにエリザベートがいれば何とかなるでしょう!」

 

 広範囲攻撃も可能な私とジークフリートにエリザベート、そして防御の『私』、この状況下ならこれだけいれば贅沢な方だ。向こうは恐らく広範囲に攻撃できるものが少ないはず。ならばまだ向こうを見失っていない今のうちに派遣した方がいいだろう。

 マスターの少年は宙に向かって何度か話した後頷き、二人に指示を出した。不満そうなエリザベートと嬉しそうな清姫。どうやら女のマスターは厄介な蛇に見初められたらしい。私の知ったことではないが。

 

「さて、それでは私たちも北へ向かいましょう――――む?」

 

 それではいざ北へ、と口にしたところで寒気が背を撫でる。その嫌な気配がする方に振り返れば、そこにはおぞましい竜となったジルがいた。彼は口と思わしき場所を開き、そこからボトボトと海魔を零す。しかし恐ろしいのはそこではなく、その奥に集められていく魔力の密度だ。

 

『ジャアアアァァァァンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』

 

 どっちだ!と叫ぶが返事はない。しかし狙いを見ればその照準は『私』の方を向いていた。近くにはジークフリートもおり、海魔を切り捨てているがあのブレスに対応できそうにない。令呪もないため、後は『私』次第だが……。

 

「っ、先にマスターを連れて移動してください! 私は後一度くらいなら宝具を発動できます! ジークフリートさんか私がいてくれれば、解除後の対応も十分可能です!」

 

 その言葉を聞いて考える。あの宝具は発動の面積に対して魔力の消費量が増大するのかもしれない。となると少人数のほうが面積を最小で抑えられる。あのブレスは見た限り、周りの海魔も巻き込むだろうから凌ぎ切れば勝手に道はできるだろう。

 ならば――――

 

「分かりました。ジークフリート、エリザベート、マスターを頼みます」

 

「……了解した。無事に合流できることを祈る」

 

「私たちユニットドラゴンでマスターを守れっていうのね! いいじゃない!」

 

「ユニットドラゴン……いや、間違いではないのだが」

 

「何よ! この私とのユニットが気に入らないっていうの!?」

 

 きぃー!という声が聞こえるが知らんぷり。直後に物凄い轟音がしてブレスが放たれる。今度はきゃー!?という悲鳴が聞こえるがブレスの照準は此方を向いているので大丈夫だろう。チラリと見れば『私』はいつになく真剣な表情でジルを見ていた。次に私を見ると笑みを浮かべ旗へと力を込めた。

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)――――!!」

 

 私たちを中心に、結界が展開される。次いで物凄い魔力の暴流が押し寄せ視界が白く染まる。しかしそのブレスが『私』の宝具を破ることはない。『私』の旗に傷がついて。『私』自身も魔力を消費しており膝をつきそうだ。仕方なく、本当に仕方なく立たせてやれば『私』は目を見開いた後、泣きそうな顔で笑った。

 

「……ブサイクな表情ですね、『私』」

 

「何でしょう、今ならどんな暴言も許せる気分です。こうして肩を並べられる日が来るなんて思ってもいませんでした」

 

「本来ならあり得ない話です。予定外の状況に陥りさえしなければ、もう全て片が付いていたのですが……まったく」

 

 次第に視界が晴れる。

 ジルのブレスは、『私』の宝具によって完全に防がれたのだ。今がチャンスである。よろめく『私』を抱え、その場を全力で離脱する。すでにルートは選択済みゆえに進む方向に迷いはない。

 

「そのまま北に行くのは危険ですので、迂回して向かいます」

 

「分かりました。……ところでその、これ……何とかなりませんか?」

 

 そういいながら『私』は自分自身を指さした。まるで俵のように担がれた、完全にお荷物状態の自分自身を。

 

「なりませんね。両手をふさぐのは愚策でしょう? お荷物は荷物らしく黙っていてください」

 

「なぁ!? お、お荷物ってなんですかお荷物って!」

 

 肩から聞こえてくる騒がしい声。

 肩に感じる『私』の温かさ。

 憎悪の炎が弱まっていく。

 やはりだめだと私は再度自覚した。『私』といると私は、どうも自分自身の役割を忘れてしまいそうになる。このまま流されてしまいたいと思ってしまう。しかしそれでは今までの労力が無駄になる。協力してくれたサーヴァントたちの厚意を無駄にする。

 気を引き締めろ。まだ、倒すべき相手が残っているのだから。そう自分自身に言い聞かせながら、薄暗い森の中を「枝、枝が!」と非難の声を上げる『私』と共に駆け抜けた。

 

 




お休み終了につき次の投稿は遅くなります。
感想返しは時間があれば。


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6

 人の手の入らない森を走り続ける。幸いなことにして私たちはサーヴァントであり、尚且つ戦場を駆けまわっていた過去があるゆえに体力は十二分だ。ここにあのマスターがいたら、今頃少し前の『私』のようにお荷物として担ぐ羽目になっただろう。

 

「どうやら追手は撒けたみたいですね。とはいえ海魔がどこに潜んでいるのかもわかりません。十分に注意してください」

 

「分かりました……あの、ところで――」

 

「ふむ、まだ支配下にあるワイバーンを使ってジルを監視していますが、どうやら彼も北の監視所に向かっているようですね。幸いなことに、あの図体と海魔との融合で空が飛べない様子。これなら私たちの方が早く到着できるでしょう」

 

 何か聞きたそうな『私』の声を遮って、現状を伝える。『私』は一人しょんぼりとした表情を浮かべて隣を走る。どう見ても警戒心ゼロである。ジルめ、本当に余計なことを言ってくれたものだ。

 

「…………チラっ……」

 

「……その奇妙な目でこちらを見ないでもらえますか?」

 

 口で言うな、と突っ込みかける。誰だろうか、あんなことを『私』に教えてしまったのは。どうせカルデア関係なのだろうが、『私』が余計にアホの子に近づいてしまうではないか。

 

「まったく、聞きたいことがあるというのは理解しています。ただ、私がそれに答えて何かメリットがありますか?」

 

「恐らく、私の士気が向上します。天元を突破して」

 

「……私のメリットを聞いたのですが。そもそも、貴方の求める答えでない可能性だってあるでしょう?」

 

 そういうと『私』はそうなんですけどね、と笑う。

 

「でもきっと、私の求める答えが返ってくると思うんです」

 

 言いながら私を見るその目には、かつての迷いと懐疑の色はなくなっていた。あれだけ計画的に事を進めて完成させた「竜の魔女」が、『私』にとっては「私」へと変わってしまっている。

 馬鹿なんじゃないだろうか。あれだけやってようやく私を「竜の魔女」だと認識して覚悟を決めた癖に、「竜の魔女」ではなく「私」と認めるのにはほんの少しの言葉と状況だけで足りてしまった。呆れてものも言えない。これでは詐欺師の格好の的……いや、そういう悪意には敏感であったか。なんだ、では私に対するセンサーの感度がおかしいのか。

 

「…………愛されている、と思ってしまった自分に吐き気がしますね」

 

「愛していますよ、他の誰よりも。あっ、も、勿論、家族としてですけど!」

 

「最後の付け足しがなければ、貴方の事を燃やしていました。割と本気で」

 

 私だってノーマルですよ!と『私』が叫ぶ。私だってそのはずだ。はずだ、というのも今までは体なんてなかったものだから『私』や家族に対して以外、ほとんど好きかなんて考えたこともなかったからである。男女の関係なんてそれこそ。まぁそもそもの話、最早死後の亡霊であり復讐者である私とは縁遠い感情だ。

 と、ここで視界が開ける。そこにはワイバーンの見た光景が同じものが広がっている。海魔が密集し数は具体的には分からないが、一体一体はただの雑魚だ。

 

「会敵します。捕まっても助けないので、そのつもりで」

 

「大丈夫です。私が捕まったら、私が助けますから」

 

 ……何が大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海魔の群れを抜けてしばらく、私は走りながら思考にふける。後ろでは『私』が聞きたいことがあるアピールをしているがそれどころではない。何せ計画の修正が急務なのだから。これで予定通りに目的を果たせなかったらジルは地獄に叩き落とす。死なせてはやらない、爪をはぎ、皮を剥ぎ、指を切り落としてやろう。簡単には死なせてやらない。

 取りあえず変更点としては、最終目標か。もう恐らく、『私』もカルデアも気づいているだろう。私の最終目標が、フランスを崩壊させることではないということに。そもそも崩壊させたいなら、あのままジルと協力すれば良かったのだから。

 幸いなことに、私の目的は既に九割()()()()()。私が敗北したあの時点で、私の目的はほぼ達成されているのだ。問題は、私が今回引き起こしたこの事件の全貌をフランスが知ってしまうこと。また、あの姿になったジルが目立ちすぎること。それではダメなのである。

 となれば私がすることは単純だ。やはりあのジルを早期に倒して終わらせること。本来ならば最後の強敵として私とファヴニールが行う予定だったが、それをジルにやってもらうこととしよう。その為にも、人はいない北の監視所までおびき寄せて決戦に持ち込むのが有効だ。

 既に手は打ってあるし、サーヴァントも集結させた。あとはカルデアの戦力も含めれば打倒できない相手ではない。厄介な海魔による物量も、広範囲を殲滅できる者たちが対応できる。

 

「となれば、残るは――『私』ですか」

 

 視線を向ければ、ジっと此方を見てくる『私』が映る。先ほどからこうである。聞きたいことがありますアピールが止まらない。生前から頑固な『私』のことである。絶対に諦めないことは知っている。ならば妥協案が必要だ。家畜だって、餌が無ければ役割を果たせないのだから。それにしても、視線が痛い。

 

「その視線、鬱陶しいので止めてもらえますか?」

 

「私が答えてくれれば止めましょう。こればかりは譲れません」

 

「こればかりは、ね。私の記憶では、『私』には譲れないものばかりだったと思いますが」

 

「それはそれ、これはこれ、で」

 

「……貴方にその言葉を教えたのは誰です? 正直に言いなさい、私が直々に灰に変えてあげますから。『私』の教育に悪すぎますからね。これ以上馬鹿にしてどうするつもりですか……」

 

「今のは心配してくれたのですか? あれ、でもそれ以上に馬鹿にされた気が……? でも、貴方に心配されるというのは、やはり嬉しいものですね」

 

 満足したような笑み。此方をみる『私』に耳と尻尾が生えているような気がした。無論、悦びでパタパタと動いているのである。犬か、犬だったか。確かに生前から『私』は犬のような一面もあったような、なかったような。人懐っこく、干し草の上で昼寝をし泥まみれになって駆けまわる。……何も言うまい。

 

「はぁ、『私』と話していると本題を見失ってしまいますね」

 

「本題、ですか?」

 

「ええ、貴方が知りたくて知りたくて、しょうがないことについてです」

 

「……! 答えてくれるんですか!?」

 

「ええ、答えましょう。ただし、ジルを倒した後にですが。今この状況ではゆっくり話している時間もありません。どうせなら、倒した報酬があった方がやる気が出るでしょう?」

 

 そう伝えれば、『私』は少し考えた後に頷いた。恐らくは今すぐ聞きたいという思いとの葛藤があったのだろう。それでも理性が上回ったということか。これで今すぐ聞きたいとか抜かしていれば子供かと吐き捨てていたところだった。

 実際、飴につられる様子は子供のようだ。ふと、生前の記憶が蘇り笑みがこぼれる。その一瞬だけは、理性で抑え込むこの憎悪も何も言わない。私にとって幸せだったと断言できるあの時間だけが、この憎悪を上回る。だからこそ、あの時間を奪った全てが憎い。どうしようもなく醜いループだ。

 

『あら、こんなところにいたの? カルデアは到着したわよ。あまり時間もないのだから、早くしてくれないかしら』

 

 どこからともなく女性の声が響く。『私』が咄嗟に旗を持ち戦闘態勢を整えるが、私は彼女を知っている。というか、私が召喚したサーヴァントなのだから知っていて当然だ。

 

「キャスター、状況はどうなっていますか?」

 

『あの怪物の速度が少し上がったわ。どうやら余計な海魔を他の街に向けて出したみたいね。あの怪物自体は少し小さくなったけれど、街一つは簡単に滅ぼせるでしょうし弱ったとは言えないわね』

 

 すると『私』が驚愕の声を上げる。

 

「なっ、他の街が襲撃を受けているのですか!? 海魔は一体一体に力はありませんが、アレは精神を汚染します! 急いで救援に向かわなくては街が……!」

 

『あら、ご立派な考えね聖女様。別に構わないけど、カルデアのマスターたちはどうなるかしら。あのブレスを防げる宝具は一つでは足りないのではなくて?』

 

「しかし、罪のない民草が犠牲になるのを見逃すわけにはいきません。主も関係なく、私自身が見逃せません」

 

『……本当に真っすぐね。眩しくてしょうがないわ。貴方が苦労したのも分かる気がします』

 

「でしょう? 罪がない民草といいますが、私からすれば彼らも罪人なのですがね。価値観の違いという奴です」

 

 呆れたようにため息をつけば、キャスターが渇いた声で笑う。

 

『さて、聖女様の意向は理解したけれど……この様子だと()()()()()()()伝えていないのね?』

 

 どこか責めるような口調でキャスターが私に問う。別に意図して伝えなかったわけではないのだ。ただタイミングがなかったことと、別に『私』が知る必要もないだろうと思っていたのだ。それこそ、他の街が攻撃を受けているなんて情報が『私』の耳に入らなければ、対応策など伝える必要はない。別に街の住人が海魔に襲われようが、知ったことではない。

 

「ええ、伝えていません。貴方が、他の街が襲撃されている、という情報を彼女に伝えなければ、必要のない情報でしたから」

 

『……分かってはいたけど、相当に捻くれてるのね貴方は。そして随分と照れ屋さんだこと』

 

「貴方には言われたくありませんね、キャスター。怪しいフードを被りながらその実美しい姿を持ち、その趣味は可愛らしい少女を着飾るという乙女思考の持ち主。夢は主婦で幸せな家庭を旦那と持ち過ごしたいという――」

 

『分かりました、ここまでにしましょう! 人の痛いところばかりつくのだからもう! 貴方たち、足して二で割れば丁度いいのではないかしら!?』

 

「あの、取りあえず私を置いてけぼりにしないでもらえませんか!?」

 

 あら、拗ねてるのかしら、とキャスターが呟けば『私』は声を運んでくる鳥の使い魔を睨みつける。あら怖い怖い、と言いながらキャスターは口を閉じた。

 

「どういうことですか? 私は、街が襲撃されるリスクのことを知っていましたね?」

 

「ええ、予測はしていました。何せ相手は物量がお得意のジルです。時間の経過と共にいくらでも増やせる海魔を、本体にくっつけるだけでは能がないでしょう? なら、その内他の街にも差し向けるだろうとは」

 

「っ、それを知っていて――」

 

「確信はないでしょう? その為だけに戦力を割いては、私たちがジルに敗れるかもしれない。そうなればフランスは崩壊し、人理が焼却されることでしょう」

 

そう伝えれば、使い魔からあちゃー、という声が聞こえる。

 

「――――じゃあ、そういう……あ、あの! 街の方はどうするのですか? まさかそのままなんてことは」

 

「分かっています。そちらに気を取られては集中力を欠く。伝えてはいませんでしたが、対抗策としてサーヴァントをそれぞれ防衛戦力として街に配置しています。元々配置していたサーヴァントをそのまま再利用しているだけですし、最終決戦時の戦力として計算はしていない為、此方の戦力が低下するわけでもありません」

 

「では私はもともと、街を守るつもりで……?」

 

「違います。ただそのままでは先ほど言った通り、貴方たちの集中力が欠ける。故に、元々配置していたサーヴァントを防衛に当てているだけです。住人が襲われようと、本来なら私には関係ないのですから」

 

『ええー? ほんとにござるかぁ?』

 

 キャスターにしては随分と俗物じみた言葉だな、と思っていると、唐突に横から強い衝撃が加わった。何事!?と素で動揺すれば、見慣れた金色の髪が視界に映る。

 見れば『私』が全力で抱き着いてきていた。そこでまた、『私』の温かさを知る。その鼓動の音が心地よく、どうしようもなく――と考えて頭を振る。ない、それはないと自分に言い聞かせる。

 というかどういった状況かと『私』を見れば、満面の笑みで迎えられた。嬉しさのあまり頭をぎゅっと押し付けてくるその様子が、近所で懐いていた犬にそっくりだった。というか何がそんなに嬉しかったのかと考え、

 

「――――――なん、だと」

 

 取り返しのつかないことを口走っていたことに気づく。

 

『そうよ。貴方今――自分の目的はフランスの崩壊ではないって、はっきり言っちゃったんだから』

 

 戦力割いたらジルに負けるかも。そしたら人理崩壊。それを防ぐためには、と私は言った。すなわち、フランスを守るためにそういう行動を取ったのだと明言してしまった。ガッデム。ふざけろ。

 

「やっぱり、やっぱり貴方は――ああ、この喜びをどう表現すればいいのかが分かりません! 取りあえず生前は出来なかったので精いっぱい抱き着きますね!?」

 

「いや、貴方、行動が私に対してやたらアクティブすぎませんか? 少し落ち着きというのを覚えるべきで……ああもう! うっとうしい! 子供ですか貴方は!?」

 

 ぺいっと剥がせば、それすらも嬉しそうな『私』がいる。

 やってられない。本当にやってられない。ここに来て私がやらかすとか。これもポカしたサーヴァントから始まり、ジルが悪いのだ。本当にポカしたサーヴァントは草の根分けてでも探しだし、憎悪の炎で焼いてくれる。串刺しだ。

 

『お取込み中悪いのだけど、早いところ戻ってきてくれないかしら。()()()()()()も我慢の限界らしくて、今にも飛び出しそう――え、少し前に出ていった? あら、そう――』

 

「おい」

 

 ワシッと使い魔を握りつぶす。

 

「どういうことだ。私は()()に、大人しくしていろと言ったはずだ」

 

「あ、懐かしいですねその口調――」

 

 『私』のことはこの際無視だ。

 対応している余裕はない。

 

『まぁ諦めなさいな。随分と我慢した方でしょう。ちなみに宝具を使用して向かったから、直ぐにそちらに到着するわ。使い魔で確認したけれど、もう目と鼻の先ね。後のことはそちらに任せて、私は準備をしておくとします。諦めて二回目をくらうことね』

 

 そういってキャスターの使い魔は飛び去って行った。彼女のいうことが本当ならば、もうすぐ彼女は到着するのだろう。耳をすませば蹄の音が聞こえてくる。次いで車輪の音が聞こえればもう確定だ。どうせ護衛としてセイバーがついてきているのだろう。彼女?の望みがそうだったのだから。

 『私』も気づいたのか、音のする方を見る。するとそこから、日光を取り込み光り輝くガラスの馬車が走りこんでくる。正確には後ろの車は普通のもので、恐らくは後付けだろう。ああ、遂にやってきてしまったと、額に手を当てれば『私』は口に手を当てて驚いている。

 

「まさか、そんな――でも、あのガラスの馬は確かに……!」

 

「ええ、まさかそんなその通りよ! お久しぶりね、ジャンヌ! そして照れ屋な竜の魔女さん!」

 

 そういって、白百合の王妃(マリー・アントワネット)は姿を現した。

 同時に『私』とマリーによる二回目が私を襲うのだった。

 

 

 

 

 

 

 藤丸リツカ()が兄である立花と別れて北の監視所にたどり着くまでに様々な驚きがあった。竜の魔女との戦いから一転し、彼女と協力してジル・ド・レェを倒すことになったこと。あれだけジャンヌを邪険にしていた竜の魔女――オルタが、ジャンヌの護衛を申し出て二人で行動していること。そして、オルタの目的が人理焼却ではなかったこと。

 

「そして何より驚いたのが、倒されたはずのマリーが今も元気にしているってとこだよね」

 

「はい。まさかご無事だったとは。別れは辛いものでしたが、再会とはいいものですね」

 

 追手から逃れて北の監視所が見えた時、私を迎えに来たのはガラスの馬だった。おまけに大量の海魔を空から大量に降り注いだ矢が殲滅した。それでも後ろからぞろぞろと来る海魔も、監視所を中心に一定範囲内に入った瞬間、地面から突き出された杭で串刺しだ。 

 ほへぇ、とその様子を眺めていると聞き覚えのある声がした。おまけにアマデウスが驚きの声を上げてその方向を向けば、忘れもしない白百合の王妃がいたのだ。会いたかったわと抱き着かれた時は同じ女でありながらときめいたものである。

 どうやらマリーはあの時、オルタと話をしていたらしい。その内容については口外できないとのことだったが、有意義な時間だったとか。その後、確かにマリーはオルタによってその場から排除された。ジャンヌの傍にいられると邪魔だから、と。

 ここでマリーは文字通り、ファヴニールに食べられたらしい。ただし口の中に放り込まれただけであり危害を加えられることはなかったという。つまり、邪魔だからと誘拐されジャンヌや私たちと隔離されていたということらしい。

 その間は街の中を回ったり、その街で暮らす人々と共に暮らしていたとのことで、オルタが支配している街の治安は大丈夫だったのか不安になった。しかしマリー曰くオルタは直接的に街の住人を傷つけたりはしなかったらしい。街の至る所にはフランスの惨劇を映し出す魔術的なモニターが設置されていたが、それ以外は好きに過ごせたのだという。ちなみに某王様や司教様はとあるサーヴァントのブートキャンプに一日中強制参加させられているが、実は生きているらしい。

 稀にワイバーンに運ばれてやってくる人もいたが、ワイバーンは人を捕まえて運ぶだけで餌として人間を捕えていたわけではなかった。彼らはオルタにより魔力が提供されており、空腹とは無縁だったらしい。現在は海魔を主食にしているとか。

 

「おまけに街には暴徒とか盗賊対策に、サーヴァントを置いてたっていうし……」

 

「はい。マリーさんが言うには、その街では緑色の外套をまとったアーチャーさんを見たとのことでした。他にも褐色のバーサーカーさんもいたそうです」

 

 加えて、この監視所には様々なサーヴァントが集結していた。以前に戦ったことのあるランサーやアサシン、アーチャーにセイバー、初めて出会ったキャスターなどなど、名高い英雄たちが集っていた。

 皆が皆というわけではないが、気高い英霊たちだ。そんな彼らが何故オルタに力貸していたのか疑問に思った。見た限り彼らは比較的自由に過ごしており、何かに縛られている様子もない。つまり、自分の意思で協力しているということなのだろう。

 そこでサーヴァントに話を聞いてみれば、

 

『力を貸す理由、か。なに、あの魔女が余と似ていたからだ。国を救い聖女と呼ばれながら、魔女と貶められたその最期がな』

 

『拙者はただ、まだ斬ったことのないものを斬る機会を得られるが故に。強者との試合にも臨めるとあらば、断る理由はあるまい。それに、あの魔女殿は面白い。うら若き少女でありながら、その在り方は――おっと、これ以上言っては炭火焼きにされるのでな』

 

『ふむ、協力する理由か。復讐と言いながらも、一人の為に人を殺めず目的を果たそうとするその一途さに惹かれた、というのもある。他に? これは誰にも言うなと口止めされている故、具体的には言えないが……あれは存外、子供には優しいのだ』

 

『私はただ、自身の望みが叶う機会を得られるという理由のみだ。まさか本当に、私の望みが叶うとは思ってもいなかったが。サンソンも満足して逝ったと聞いている。あの男も不器用だったからな』

 

『私の場合、最初はランサーに近かったかしら。経緯は少し違うけど、魔女と呼ばれたのは同じだもの。ただその後、自分に似たジャンヌ・ダルクを好きに着せ替えて遊んでもらって結構って言うし、やたら私の事に詳しくて弱み握られちゃったし……何なのかしらね』

 

 などなど様々だった。触媒のない召喚だからこそ相性のいいサーヴァントが召喚されたのか、それともこの英霊たちを意図的に呼び出したのかは定かではない。それでも多くの悪逆を見てきた英雄たちが、オルタに協力しているということは、そういうことなのだろう。

 

「兄さんたちが着いた後には、オルタの目的が人理焼却じゃないっていう確定情報もでてるし間違いないね」

 

「はい。マリーさんからの情報だと、あの魔術的なモニターからは、我々とオルタさんの戦いまで映し出されていたようです。同時に――ジャンヌさんを支持する人々が現れ始めた、と」

 

「聞いて、ちょっと思っちゃったよね。この時代に来た時も魔女だーっていって逃げてった人たちが、聖女様―って手のひらを反すのって何だか自分勝手だなって。まぁ、この時代に来た時の魔女だー、はオルタの仕業だったからしょうがないにしてもさ」

 

「はい……恥ずかしながら、その、私も、そのように感じたところがありました」

 

 恥じるようなマシュの姿が尊く見える。

 このままの純粋な少女であっておくれと願わずにはいられない。

 

「さて、それであのモニターの映像だけど……マリーの話通りなら、オルタが負けたところで終わったんだよね?」

 

「そのようですね。それ以降、モニターは沈黙していたとのことです。その後、各地に海魔が現れ、魔女の呪いだと住民たちは騒いでいたと」

 

 うーん、と考える。監視所についた兄たちは疲れている様子だったため、情報の共有を行った後は仮眠中だ。可能ならば意見交換をとも思ったが、兄は直感派なのであまりアテにならない。まぁ意外と当たるので最終手段としておこう。ここにはマシュもいるし問題はない。

 

「オルタの目的は固まって来たね。彼女はむしろ、人理を守る側でもあった。人々に恐怖こそ与えているけど、殺傷は一切してないらしいし。集めた情報によると、彼女が現れる前までは行方不明者が多発してたり、どこかのお城の兵士たちが皆殺しにされてた事件はあったみたい」

 

「はい。恐らくは、オルタさんが召喚される前の話でしょう。オルタさんが召喚されてから、大きく方針が変わったということではないでしょうか」

 

「となると怪しいのは、フランスの崩壊にお熱のジル・ド・レェだね。彼に召喚されたオルタは、彼の目的を知って利用しようとしたのかな? 上手く彼を説得して、今の形を作り上げた。なんでジル・ド・レェをそのまま残しておいたのかわからないけど」

 

「生前、彼とは友人であったと聞きます。もしくは、全てが終わった後に……その」

 

「始末しようと考えてたのか、かぁ。まぁどこかの英霊がポカして予定が狂っちゃったみたいだけど。というか凄いよね。ジル・ド・レェを東に縛り付けるためにサーヴァントを使ってレジスタンスまで作っちゃうんだから」

 

「はい。そのポカがなければ、私たちは何の疑いもなくオルタさんを人理焼却側と考えていたと思います。そして、何も知らずに人理を修復しこの時代から退去していたかと」

 

「それがオルタの目的だったってことだよね。それを果たした結果、オルタが得られるものってなにかな」

 

 考えれば単純な話だ。復讐は成されず、オルタが得られるものなんて、魔女という不名誉な称号だけ。であれば別の誰かが何かを得ることができる。そして彼女が執着を見せたのは、ジャンヌ・ダルクただ一人だけだ。

 そこで一つ思いつく。魔女を倒したジャンヌは人々にどう映るのか。

 

「――ジャンヌ・ダルクの、名誉回復?」

 

「恐らくはそうなるかと。サーヴァントの方も言っていました、一人の為に人を殺めず目的を果たそうと……と。恐らくはジャンヌさんのことだと思います。現に、例の映像を見ていた住人は、ジャンヌさんを聖女だと呼び始めたそうです」

 

 恐らくはそういうことなのだ。悪を成す自分を倒させることで、ジャンヌ・ダルクを聖女として復活させようとしていた。これこそが彼女の目的だった。だからこそあの映像を流し恐怖を煽り、その中で希望となるジャンヌ・ダルクを見せつけてきたのだ。

 しかし、と疑問に思う。初めて会った時のオルタの目に宿る憎悪の炎は本物だった。そんな彼女が王や司教を生かし、復讐を成さないでいる。もし、その憎悪を理性で押さえつけているのならば、それは理性の化け物だ。それとも、彼女にとってジャンヌ・ダルクとはそれ程にまで大きい存在なのか。

 

「オルタはジャンヌを城塞が如き心を持つ、って言ってるらしいけど、私たちからすればオルタも十分に鋼の理性を持ってると思うんだよ」

 

「はい、私も同感です先輩」

 

 マシュも私と同じことを考えていたらしい。それにしてもオルタ、策士である。ジャンヌ曰く、オルタは戦闘能力に長けているというのだからなおさら驚きだ。ジャンヌは戦闘能力よりも指揮が得意でカリスマがある。オルタは策士で戦闘能力が高い。

 オルタが計画し、ジャンヌが指揮を執る。オルタがその元で戦い、ジャンヌのカリスマと合わせて兵士たちの士気を上げる。もし二人が同じ時代にそれぞれ存在していたのなら、そんな鉄壁の組み合わせができていただろう。

 それが味方だと考えると心強い。

 

「――おや、門の方が少し騒がしいような。あ、あれはマリーさんの宝具ですね。ということはマリーさんにセイバーさん、ジャンヌさんとオルタさんが戻って来たようです」

 

「無事に戻ってこれたんだね。よし、それじゃあお出迎えといこうか!」

 

「はい、先輩。あ、立花先輩は起こさなくてもいいでしょうか」

 

「あぁ、戻ってきたら起こしてって言われたんだっけ。まぁ寝かせておいていいよ。兄さんは勘だけで動くから、慣れるまでは謎の物体に見えるときもあるし。あれでいて本質をつかんでるから質が悪いんだよね。人からすれば、中身を覗かれてるんじゃないかって感じるらしいし」

 

 そういいながらマシュの背中を押してお出迎えに向かう。私たちが通ればサーヴァントたちが道をあけてくれ、その先にいる彼女たちの元へとたどり着く。するとそこでは少々予想外の光景が広がっていた。

 

「…………重い」

 

「あら、いくら女性同士でも、女性に対して重いは失礼ではなくて?」

 

「…………訂正しましょう。甲冑を纏う『私』も合わさり、重い」

 

「それ、余計に酷くなってませんか!? 私に対して!」

 

 両腕にマリー、ジャンヌとしがみつかれ、どこか遠い目をしているオルタがそこに立っていた。彼女は疲れた表情をしており、傍に立つセイバーもマリーを見ながら額に手を当てていた。どうやら馬車の中からずっとこうらしい。原因は、マリーを消さずに残していたことが判明し、更にそのマリーから街の現状などなどの情報を得たことによるらしい。

 嬉しさのあまりオルタに抱き着いたジャンヌ。そしてそれを見てずるいわ、と追加で飛び込んだのがマリー。気づけば馬車の席は片側のみが埋まり、オルタは両手に花状態だったそうな。セイバー? セイバーは御者をやってたって。流石にあの中には入れなかったらしい。

 でも何気にマリーの幸せそうな笑顔を見てご満悦な様子。

 つまりくたびれているのはオルタだけ。

 そして両手に花の彼女を見て一つ思った。

 

 

 

 

 

 

 

「――――美少女ハーレム?」

 

「ぶっ殺しますよ、そこのマスター」

 

 

 

 



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7


時間ががががが


 

 

 ここに来て、驚きの連続だった。

 もう一人の私の目的について、攫われた人々の処遇について、そして、ファヴニールによってやられてしまったと思っていたマリーの生還について。

 北の監視所に向かう私たちの目の前に現れたマリーは、最後に見たあの時と変わりない姿でそこにいたのだ。もう一人の私が頭を押さえ、昔の荒い言葉遣いに戻った。同時に本当に予定外のことなんだと理解した。

 最終的に私とマリーでもう一人の私の両脇を固め、マリーの宝具で移動する。御者をやってくれたセイバーは微笑ましそうにマリーを見て笑っていた。

 北の監視所に着けばカルデアの面々が無事到着しているのが見えた。無事だったんだねと駆け付けてくれたカルデアのメンバー。もう一人の私は重い、といって私たちを追い払い自分の召喚したサーヴァントの元へと戻っていった。

 その様子を見て、ふと考えてしまう。確かに私は嬉しかった。もう一人の私の目的がフランスの崩壊ではなかったことが嬉しかった。恐らく私を気にして、出来る限り殺生を行わずにいてくれた。

 しかし、もう一人の私が今回の事件を引き起こしたのは私の為なのだ。今回の事件で傷を負った人々がそうなる原因をつくったのは私だ。もう一人の私を追いつめたのは私なのだから。

 私は、もう一人の私がどれだけ情に厚いのかを忘れていたのだ。彼女は他人、敵には辛辣である。しかし一転、身内の話となれば愚痴を言いつつも手を出さずにはいられない。特に、私たち家族に関しては顕著だった。体のない彼女の代わりに、彼女の提案を私が実行することになるのが毎回のお約束。私はそれが、とてつもなく嬉しかった。

 

「……ここに来て、また追い打ちとは。私の計画通りなんでしょうか。まぁ私には甘んじて受ける以外にないのですが」

 

 それにしても、と思う。もしあのままジルの介入がなければ、私たちは竜の魔女たる私を倒し、何も知らずに平和を取り戻したと満足していただろう。そして真実を知ることなく、私は座に、カルデアのメンバーはカルデアへと帰還する。

 考えただけでもゾッとする。何も知らないことの恐ろしさを身に染みて味わった。家族同然の人が、自分を悪役にし、犠牲にし、自分の死を以てジャンヌ・ダルクの汚名を覆そうとしていた。私はそれに気づかず、フランスを守るため仕方ないと言って、最愛の家族を殺してしまうのだ。

 

「自己犠牲の果てに……貴方はきっと満足してしまうんでしょうね」

 

 そうさせたのは私だ。世界を恨みフランスを崩壊させようとしていた私を見た時、そうさせたのは私だと後悔を抱いた。生前の私の過ちを自覚した。自分の愚かさを呪い、必ず私が止めるのだと息巻いた。主も関係なく、私自身の意思で蛮行を止めるのだと!

 しかし実際はどうだ。もう一人の私は、民草を惨たらしく殺してなんかいなかった。かの王や司祭でさえ彼女は生かしていたのだ。おまけにサーヴァントを暴徒鎮圧用に配備するなど、むしろ彼女がいたからこそ最小限の被害で済んでいたのだろう。でなければきっと、ジルが暴走してフランスは滅亡の危機にあったはずだ。誰よりも早く、彼女はフランスを守っていた。

 

「こんな形で、思い知ることになるとは……」

 

 残される者の悲しみ。

 想像するだけで気が狂いそうになる。思えば生前も、一時的にもう一人の私がいなくなってしまった時の苦しさと似ている。無論、今回のはそれ以上の苦しさが胸を襲う。これがもう一人の私が抱いた感情なのだ。

 もう一人の私の立場になって考えれば、言葉を失う。たったこの世で一人、言葉を交わせる者を失うのだ。私が言うのもなんではあるが、誰よりも絆を深めたたった一人が自分を置いて行ってしまう。言葉も聞いてくれず、自分勝手に生きて満足して死の結末を受け入れる。

 自分の愚かさを改めて知る。あの時私は理解した気でいたが、甘すぎたのだ。これだからもう一人の私に馬鹿だと言われてしまうのだろう。

 もう一人の私は、憎悪にその身を燃やされていた。その瞳の奥には常に薄暗い炎が見える。それでも彼女は衝動のままに動きはしない。全てを理性で抑えて、復讐者でありながら破壊を最小限として私の為に全てを捧げた。

 

 私の為に。

 

 そう呟くたびに、頬に熱がこもる。愛されている、そんな気がしてしまうのだ。随分と歪んだものだと苦笑しながらも、この喜びは隠せなかった。自分も負けないほどにあなたを愛していると態度で示せば、もう一人の私はげんなりとしながら私を追い払う。素直じゃないのね、とマリーが笑えばもう一人の私の白い肌に色がつく。

 そして言うのだ、燃やしますよ、と。

 

「ふふ、あの時の私は本当に可愛らしかった。あれがツンデレというものなのですね」

 

 わかるとも!という幻聴を聞き流しつつ、この後の展開を考える。

 

「最悪の事態は避けられました。ジルのおかげ、というのが何とも言えませんが」

 

 彼は狂ってしまっている。言ってしまえば、彼こそ復讐者に相応しい執念を持っている。そんな彼に理性はなく、赴くがままに破壊を始めた。それを止めるのが私の使命だ。幸い、カルデアの戦力は整っているし、何よりもう一人の私がいる。

 彼女が集めたサーヴァントは一騎当千の猛者ばかり。もう一人の私自身、広範囲高威力の炎が使える。それに近接戦闘すら極めた英雄だ。旗でなく剣を使うならば、生前のように多大なる戦果を挙げることだろう。残念ながら私はその剣捌きを見たことがないが。

 

「きっと、これが最後の戦い。悔いを残さないようにしなければ」

 

 できるなら、その前にもう一度私と話をしたい。そんな事を想いながらカルデアのメンバーの元へと合流するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間だ。

 集めたかった戦力は整い、ジルも肉眼で目視できるほど近くまでやってきた。こちら側の疲労を取るための休息も終わり準備は万端と言えるだろう。

 

「さて、ポカをやらかしたクズへの罰も終えたことですし、始めるとしましょう」

 

「いやぁ熱かった。生前は色々な目にあってきたしプレイをしてきたけど、一方的に燃やされるのは初めてだったなぁ。うん、また今度どうだい? 僕は少し癖になってしまったよ」

 

 簀巻きにされて足元に転がるクズ――ダビデを踏みつける。そう、ポカをしたのはこの男であった。召喚してすぐにアビシャグ、アビシャグじゃないかと飛びついてきた変態である。話を聞けば生前の妻に似ていたものだからという。まぁ一度くらいは大目に見ようと、一度叩きのめしたうえで話を聞いた。

 すると行動はクズそのものだが、彼の本質的な部分、人間性は信用に値するものだと理解した。そしてビジネスパートナーとして契約する以上、裏切ることはないという宣言もあり、アーチャーで必中の宝具を持つため防衛に回すに至る。

 それが間違いであった。どうやら彼は契約通りしっかりと防衛は行っていたらしいが、同時に街の外に牧場を建設していたらしい。嘘だろう、とワイバーンをまわせば、確かにそこには以前はなかった立派な牧場が出来上がっていた。見張りにはワイバーンが使われており、野獣対策はばっちりであった。ファック。

 恐らくはこの異様な光景にジルが疑問を感じ、中に海魔を送り込むに至ったのだろう。しかし侵入されてもすぐに排除すればいいのだ。そう思い、その時に何をしていたのか問いただせば、アビシャグのお尻を追いかけていたというではないか。共にその街へと常駐していたライダーが始末してくれなければ、海魔による被害者も出ていたかもしれない。

 

「まったく、警備網を半分に割ってそれぞれ管理を任せたのが失敗でしたか……」

 

「申し訳ありません。私がもう少し早く駆け付けることができれば良かったのですが……」

 

 簀巻きにしたクズの隣には、正座したライダーがいる。ちなみにスタイルのいい彼女もまたアビシャグ候補の一員かと思いきや、クズ本人が自分より身長が高いのはちょっと、と言っていたためバディに採用したのだ。たかが一センチ、されど一センチらしい。その後ダビデはライダーにボッコボコにされていた。

 

「貴方の責任ではありません。この場合は当人と、その上司である私の責任です。むしろ貴方が範囲外のサポートに間に合ったことに驚きです。素直に感謝しておきます」

 

「……その私好みのスタイルに、冷静でありながら熱い一面も持つ才女。上司としても理想的。……この件に関してなにか報酬をもらえるのであれば、この後、二人でどこかに」

 

「か、考えておきましょう。何にせよ、ジルを倒してからの話です。申し訳ありませんがライダー。クズを連れて街へ帰還してください。今のところワイバーンだけで対応はできていますが、万が一というのがありますので」

 

「了解しました。あぁ、血の一滴だけでもと思いましたが、我慢しましょう。お楽しみは最後に、というやつですね。ではこの男を連れて戻ります――ご武運を」

 

「あはは、いやぁ反省反省。これからは心を入れ替えて頑張るとするよ、アビシャグ!」

 

「はぁ、もういいのでさっさと戻ってください。仕事をしない羊飼いに、羊は必要ありません。働かないようであれば、ワイバーンの餌となるのでそのつもりで」

 

「ようし、自慢の石投げを見せてあげようじゃないか! ……僕の動かし方は本当にアビシャグのようだ。うん無慈悲」

 

 宝具によって高速で離脱していく二人を見送り、周囲のサーヴァントへと視線を向ける。彼らも笑いながらあの二人を見送っていた。

 

「ではカルデアと合流し、接近しつつあるジルを叩きます。キャスター、陣地の作成はできていますか?」

 

「ええ、問題なく。ヴラド公とのリンクも繋いだわ。護国の将に守られるこの陣地が落とされることはないでしょうね」

 

「ふむ、貴婦人にそこまで言わせたのだ。余も全力を以て陣地の防衛に当たろう。なに、万が一討ち漏らしても此方には最高の狩人がいるのだ、問題はあるまい」

 

「煽てられても何も出せんぞ、と言いたいところではあるが期待には応えよう。汝の行く末、最後まで見届けさせてもらうとしよう」

 

 防衛側の心強さと言ったらない。キャスターによる最高峰の陣地作成に、ヴラドの持つ杭による陣地防衛、雨のように降り注ぐ矢を操るアタランテと隙は無い。後はカルデアのデミと一緒にマスターを詰め込めば完成だ。ブレスが来ても、キャスターの援護が入ったデミの盾で止められるだろう。

 

「さて、セイバーはマリーと行動するとして、残ったのは貴方ですか」

 

「そのようだな。なに、任されよ竜の魔女。かの燕より遅きまがい物の竜などに後れは取らんさ。何よりあの量、斬りがいがありそうでよいではないか」

 

 そういいながらアサシンが笑う。この前のキャスターとの通信に割り入ってきた挙句、此方を煽るような態度を取った罰を与えても、この人を食ったような飄々とした態度は変わらない。どうにも扱いづらいと思いながらも、能力的には素晴らしいのだから困ったものである。

 

「まぁ契約内容の通り、この際好きに暴れてください。後ろの事は気にせずとも結構。煩わしいことは考えず、目の前の敵を殲滅してください」

 

「おうともさ。いやはや、今回はよい主に巡り合えたものだ。なぁ、女狐よ」

 

「ふん、貴方のような野蛮な男には門番がお似合いじゃなくて?」

 

 キャスターとアサシンがにらみ合う。どうやら彼等には因縁があったらしい。まぁその因縁はまたどこかで決着をつけてもらうとして、今はやるべきことをやってもらわねば。

 取りあえずアサシンを連れてカルデアの休憩地を訪れる。一瞬、サーヴァントたちが警戒を見せる。それを無視して進めば、椅子に座って休むカルデアのマスターたちがいた。

 

「時間なんだね。よっし、頑張ろう!」

 

「あはは、リツカは元気だね。僕も兄として負けてらんないなあ」

 

 意気込む二人を連れて北の監視所、その外へと移動する。私たちが外に出れば門は閉められる。後ろにはヴラドたちが待機している。カルデアからも防衛にサーヴァントをという話もあったが、既に充実している為残りのサーヴァントは全て火力に回してもらう事となった。

 

「まさか、キャスターにアサシンはともかく竜の魔女と共闘することになるとはな。すまないが、私は君を信用しているわけではない。怪しい動きを見せれば、後ろから討つと宣言しておこう」

 

 私を一瞥しながらそんな宣言をしたのは赤い外套のアーチャーだ。彼は北の監視所にて、戦力補充要員としてカルデアから呼び出されたサーヴァントの一人。褐色の肌に白い髪、冷たい瞳を持つ男だ。

 しかし何だろうか。こう、どこか嫉妬されているような感覚だ。彼は大衆の為に小数を犠牲にしてきた。対し、私は大衆などどうでもよく、たった一人の為に戦う道を選んだ。私の持つ記録では、彼が私と同じ道を選んだのはたった一度だけ。いや、違う可能性の世界も含めば二回だったか。

 もしかしたらこの彼は――いや、やめておこう。

 

「えぇ、精々気を付けておくことです。無駄な苦労になる、とも限りませんからね」

 

 アーチャーはもう一度だけ私を見ると、弓を実体化させて姿を消した。ハラハラと私とアーチャーを見ていた女のマスターは、どこか怒った様子でアーチャーを追いかけていった。

 もう一方のマスターは、『私』と話しており私を見つけると嬉しそうに手を振って来た。相変わらず理解できないと思いながら、返すことなくアサシンと共に前へと進む。既にジルは目視可能な距離にいる。

 

「では全員に通達します。これが最後となります。死力を尽くして、ジルを討ちなさい!」

 

 そして、アーチャーたちによる先制攻撃から戦端は開かれるのだった。

 

 

 

 

 

 押し寄せる海魔を剣で切り裂く。気味の悪い体液が飛び散るが、私の体に触れる前に燃え尽きる。今の私は憎悪の炎を纏い、体表は高熱を発している。私が持つ剣すらも赤熱化し、切れ味が落ちることなく海魔の命を奪い去る。

 

「これは驚いた。竜の魔女は旗使いと思っていたが、その剣の腕前には惚れ惚れする。これは惜しいことをした。こやつらの相手をする前、一度剣を交えてもらうべきであったか!」

 

 アサシンはぎらついた目で私に訴えかけてくる。この様子を見るに、剣を使わずに旗を使ったのは正解だったらしい。本来は別の目的があって旗を使っていたが、一石二鳥というやつだろう。

 それにしても、このアサシンは恐ろしい。本当にアサシンなのだろうかと言いたくなるほど、この男の剣は冴えわたっている。剣閃がきらめけば、海魔は細切れになって消え失せる。一太刀一太刀が必殺の一撃だ。

 これではアサシンというよりはセイバーではないだろうか。楽しそうに斬って回る彼を傍目に、ジルへと真っすぐ進んでいく。他の場所ではカルデアのメンバーがそれぞれ海魔を駆逐しながらジルへと接近していた。

 私たちを後ろから挟撃しようとする海魔は、北の監視所に詰めているサーヴァントが弓で射て、杭で磔にして、魔術によって焼き払った。彼らは当初の予定通り、我々が前だけを向いて戦えるように動いてくれている。

 

「まったく、頼りになる」

 

 すると突然、目の前の海魔がミンチになって消えていく。何事かと見ればエリザベートがよく分からない宝具を用いて広範囲の海魔を一掃していた。それを見たマスターが凄いねと褒めれば、暗い目をした清姫が競うように宝具を発動して更に多くの海魔を葬り去った。

 

「成程、あれがマスターの役割ですか」

 

『いや、違うと思うのだけれど』

 

「分かっています。ただの冗談です」

 

 彼女たちが開いた場所にマリーが宝具を用いてセイバーたちを運び込む。そして降り立った彼らが開いた場所を維持し進んでいく。役割の分担が分かりやすい、良いパーティーである。

 此方も負けてはいられないと前面に炎を展開。アサシンの入り込むスペースを強引に作りこむ。するとアサシンは察したのか、口元に笑みを浮かべ駆けだした。

 

「ふ、やはり負けず嫌いであったか。いやはや、此方も負けてはいられんな……!」

 

 ついには剣閃すら見えなくなる。これが味方であって良かったとつくづく思う。まぁ敵になっていたら直接対決はさけて遠くからネチネチと攻め立てて押しつぶしていただろうけど。

 

「おっと、何やら不穏な気配が。いやぁ、裏切りなんてしないでござるよ?」

 

 なんだろう。この変な言葉遣いをされると信用できなくなる。まぁ今は味方なのだから、裏切られた時や敵対したときの対応なんて考えるのも失礼か。心の中で謝りつつもアサシンを援護する。

 やがて海魔の数は減り、私たちはジルの元へとたどり着く。カルデアのメンバーも到着しており、一部のメンバーが外から我々を囲もうとする海魔をけん制してくれている。見れば『私』が此方を見てうなずいた。

 

「さて、それではジル。何か申し開きはありますか?」

 

 異形と化したジル。既に彼の姿は完全に竜の中へと取り込まれてしまっている。表面で蠢く海魔に嫌悪を抱きながら、私たちに気が付いたジルが口を開くのを待つ。ガパリ、と開かれた竜の口からは海魔と共に聞き覚えのある声が響いた。

 

『おぉ、おぉ! ジャンヌ! 我が聖処女! 私に申し開きなどありはしませぬ! これも全て、貴方を否定したフランスを滅ぼすために!』

 

 そういうジルに欺瞞はない。彼は本当にそう思っていて、自分の行動こそが正しいと思っているのだ。正直にいえば、私もジルと同様にフランスを滅ぼしてしまいたい。それでも、私の目的を果たすならばそれではダメだったのだ。

 何より、それは決して『私』の願いではない。

 

「それが例え、『私』の願いではなかったとしても?」

 

『いいえ、間違いなく貴方の願いですとも! ジャンヌ・ダルクが、あの結末を、裏切りを許すはずがない! 主に尽くし、見捨てられた最期を持つ貴方が! 復讐を望まないはずがない!!』

 

 『私』を見れば、悲痛な面立ちでそこに立っていた。きっと今、彼女の中で様々な葛藤が渦巻いているのだろう。そうだ、もっと迷え、後悔に溺れろと呟く私がいる。この感情は間違いなく本物だ。私の目的がジャンヌ・ダルクの復権であろうと、私が『私』に憎しみを抱いているのも間違いではない。

 約束をたがえ、私を置いて逝った『私』が憎い。

 それでも溢れ出る憎悪を抑え込めるだけの何かがある。生前の、幸せだった過去があれば私はまだ戦える。復讐に飲まれることなく、『私』の為に戦える。愚かで無知な、世話のかかる妹のような『私』の為に。

 

「やはり分かり合えませんか。当然ですね。貴方は私のために、私は『私』のために。そもそも対象が違うのだから。そして、『私』の為に戦う私の願いは一つ。貴方の考える復讐ではありません」

 

『ジャンヌ! ジャンヌゥ!!!!』

 

 悲痛な叫び声が空に響く。やがてジルの声は小さくなり、ポツリポツリと、聞き取れないほど小さな怨嗟の声へと変わっていく。分かってくれないならばそれでいい。それでも自分はフランスを滅ぼすのだと。

 

『邪魔をするな、邪魔をするならばたとえあなたでも容赦はしませんぞ、ジャンヌゥ!』

 

 竜のアギトに膨大な魔力が収束していく。やがて放たれるであろうそれを前に、私はただ彼を見てそこに立つ。あれは私では防げない。いや、やろうと思えばできるかもしれないが、魔力の消費が大きすぎる。

 だからこそ、

 

「しっかり防ぎなさい、『私』!」

 

「言われなくとも――――!」

 

 カルデア、そして龍脈のバックアップを受けた盾役が宝具を発動する。ファヴニールのブレスすら防いだソレが、ジルのブレスを防げないはずがない。ブレスの衝撃が収まった瞬間、『私』の宝具の外へと出る。剣に炎を纏わせ、進むべき直線上に炎を走らせて道を作り上げる。

 

『ジャンヌジャンヌジャンヌジャンヌ! あぁ、その勇ましき姿はまさしくジャンヌ・ダルク! その貴方が何故理解しない、何故行動を起こさない! 偽物ではない、本物である貴方がァ!』

 

「同じことを何度言わせるつもりです。あんな恥ずかしいこと、もう二度と口にするものですか!」

 

 魔力を回し、宝具に至らない出力で憎悪の炎を爆発させる。それはジルの体を這いずり回り、あらゆるところの海魔を吹き飛ばしていく。続いて虹色の光がジルに直撃し、奥から湧いてきた海魔を再び消し飛ばした。

 

『竜殺しめがァ!』

 

 続いてライダー、ゲオルギウスの『力屠る祝福の剣』が直撃。竜に特攻を持つ一撃にジルが苦悶の声を上げる。追い打ちとばかりに突き刺さる矢は驚くべきことに全てが宝具。それらが連鎖的に爆発し、海魔に埋もれていたファヴニールの鱗が完全に表出する。

 増援として此方に向かってくる海魔に対してはエリザベートと清姫のタッグが無双。その全てを競うように薙ぎ払っている。その傍ではマリーが宝具によって走り回っており、討ち漏らしをことごとくつぶしていく。セイバーはそんなマリーに対し飛び掛かってくる海魔を無慈悲に切り落とす。

 

『私は、滅ぼす! このフランスをォォォォォ!』

 

 我々を薙ぎ払うためのブレスが飛んでくる。しかしそれを防ぐのは旗を持つ聖女である。

 

『我が神はここにありて』(リュミノジテ・エテルネッル)――――!」

 

『ジャンヌ・ダルク――――!』

 

「ええ、ここにいますよ。復讐者たる、この私が。守護に重きを置く『私』と違い、私の宝具は甘くない。終わりです、ジル。これは、憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮――」

 

 ジルがいると思われる、ファヴニールが剥き出しとなった心臓部。理性で抑え込んでいた怨嗟の炎が燃え盛り、この身を焦がす。もう十分我慢した、後は好きに蹂躙しろと解き放つ。

 

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』――――!」

 

 封じ込めていた炎が、一瞬の内にジルを飲み込む。続いて地より数多の槍がせり出てジルを貫き、纏う炎で焼却していく。『私』とは違い、『私』を殺した炎と内に燃える憎悪を攻撃に用いる攻撃型の宝具。

 おまけとばかりに、憎悪の炎を固めた槍を上空に展開し振り落とす。槍は心臓部へと突き刺さり、同時に高火力の炎によって爆発。心臓部をその業火の炎が焼き尽くした。

 

『あぁ、ジャンヌ。わが身を焦がすこの炎……しかし、ファヴニールを貫きこそすれど、あと一歩足りませんでしたな――』

 

「勘違いしないでください。私の宝具は本来、一点集中型。それを広範囲に使えば威力も減退します。減退を覚悟してでも範囲を広げたのは、道をつくるためです。海魔はなく、突き刺さった数本の槍。あの剣士には丁度良い足場でしょう。ええ、私は契約を守る魔女ですので」

 

『何を――――』

 

 ジルの言葉を遮る影が、槍の上に立っていた。数本の槍で足場を作ってはあるものの、不安定なその上で体を揺らすことなく男は立っていた。

 

「魔女――いや、魔女殿よ。ここまでのお膳立て、感謝する。良い女子にここまでさせたのだ――――一刀のもとに切り捨てて見せよう」

 

『ただの一刀に何ができると――』

 

「では確かめてみるとしよう。我が秘剣を以て、斬れるか否かを」

 

 無形の剣から、唯一の決まった型へ。

 そこから放たれるのは回避不可能の秘剣。

 魔術もなにもなく、ただ純粋な剣技が昇華された神技。

 

「秘剣――――燕返し(つばめがえし)

 

 その一撃は、三太刀となる。

 同時に存在しうる三太刀は多重次元屈折現象により実現する。キャスター曰く、「燕を斬るために開発したらしいけど、ああまでしないと斬れない燕もおかしい。そしてそれだけのために多重次元屈折現象を実現させるアイツが一番おかしい」とのこと。

 そしてその秘剣は見事、ファヴニールごとジルを斬り裂いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






恐らくは次で終わるかなと


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8

 最終話になります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れ伏したファヴニールが消え、中から聖杯が現れる。これをカルデアが回収すれば、この特異点は修正される。そうなれば、本来の歴史をたどることになるだろう。フランスは救われて、この時代の人間はのうのうと暮らし始める。

 

「やったー! これで特異点修復だねジャンヌ!」

 

「はい、ありがとうございますマスター。これでフランスは救われました。これもカルデアの皆さんとサーヴァントの皆さんのおかげです」

 

 ワイワイとはしゃいでいるカルデアのマスターと『私』たち。暢気なものである。聖杯はまだ、私の手の中にあるというのに。私にはまだやるべきことが残っている。聖杯を使ってやるべきことが。

 接続することで、体に魔力が満ち溢れる。

 私が以前に用意した、各街へと映像を送り届ける仕掛けを確認。正常に作動していることに安堵しながら聖杯の力を使って『私』を指定し、カルデア一行と分断するため力を行使する。

 それにいち早く気づいたのは、赤いアーチャーだった。

 

「その魔術、貴様何を――」

 

「安心してください。カルデアに手を出す気はありませんよ。私の目的は元より『私』です」

 

 本来ならば、ファヴニールと一体化した私を『私』が倒す。その光景をフランス全土に流して『私』の名誉の回復を目指す予定であった。とはいえ、本音を言えばそれは副産物でしかない。私本来の目的を果たすには、『私』が私を倒す必要がある。

 しかし間違いなく邪魔が入る。ファヴニールと一体化したところで、私にとどめを刺すのが『私』とは限らなかった。だからキャスターと事前の打ち合わせで、『私』を隔離するのに丁度いい魔術を見せてもらい、聖杯によって再現した。

 それがこんな時に役立つとは。えはしておくものである。

 

「外界との隔離完了。外はサーヴァントたちが上手くやってくれるでしょう」

 

「これは……一体、どういうつもりです」

 

 どういうつもりも何もない。本来の目的を果たすのだ。ジルの乱入により実現できなかった、残りの一割を叶える。フランスへの復讐を、何より、『私』への復讐を。

 

「聖杯の力があれば、サーヴァント一騎、その一部()を従わせることなんて訳ありません。ジルが邪魔をしなければ、ここまでする必要はなかったのですが」

 

「体が……!?」

 

 対魔力の高いルーラーとはいえ、能力の低下している『私』ならば従わせることはできる。この方法も最悪の場合を考えての保険であった。

 あぁ、長かった。この数日が、本当に長かった。憎きものを生かし、憎き国の大地を踏み、憎き最愛を目の前にしながらも手を出せない。燃える憎悪が身を焦がす中、殺してしまえと騒めく本能を押し殺し続けた。気を抜けば、きっと私の剣は『私』を殺していた。

 

「待って下さい、貴方は何を……!」

 

「私は復讐者のサーヴァントです。確かに私は、民草を殺さずにおきました。フランスの崩壊を防ぎました。ただ勘違いしないでほしいのは、これらは副産物に過ぎません」

 

「それは……私の名誉復権のために――」

 

「それでは不完全ですね。そもそも私とは考え方が違う。なに、すぐに分かります」

 

 カタカタと『私』の腕が旗を掴んで持ち上がる。信じられないと言わんばかりに目を見開く『私』に近づいていけば、遂には察したのかイヤイヤと首を振る。

 

「いや、待って! まさか、そんな…………」

 

「ええ、待ちます。貴方の旗が私を貫くまでは、この映像は流さない。敵である私を堂々と、『私』が討ち取るその姿を映さなければ意味がない」

 

 今思えば、あの時に私の目的がフランスの崩壊ではないことを悟られたのは都合が良かった。私の目的がフランスの崩壊ではなく、『私』の名誉回復であると思い込んでくれたのだ。それも間違いではないから、簡単にはばれない()になる。

 もっと考え方を捻るべきだ。

 復讐者たる私が、復讐を諦めるはずがないというのに。

 

「なぜ、こんなことを! これではまるで……」

 

「『私』が私を殺すことになる、ですか?」

 

「――――――!」

 

「ふむ、どこかおかしなところがありますか?」

 

 そう言えば、彼女は驚愕の色で染まる。

 そして次の瞬間には全てを察して、白い肌がより白く染まっていく。瞳は揺れて動揺し、旗を持つ手はガタガタと震えている。そんな姿を見て、内から黒い火の粉がちらついた。早くしろと催促されているようだ。

 

「何もおかしなことなどないでしょう。『私』は一度、私を殺している」

 

「――そ、れは…………!」

 

「過程と方法が違うだけです。結論から言えば、私は生前――『私』に殺されたのですから。そうでしょう? 死なないと言いながら私を死地に連れ込み、道連れにしたのは他ならない『私』です」

 

「確かに、確かにそれは事実です……! でも、でもなぜ今こんなことを……!」

 

 聖女らしからぬ焦燥だ。ああ、気分が高揚していく。聖女の中で大きくなる、その黒い感情が愛おしい。絶望やこれから起こることに対しての恐怖と拒絶が垣間見える。もっとその表情を歪ませてしまいたいと、そんな歪んだ欲求が私を支配していく。

 落ち着け、まだ冷静である必要がある。

 魔術のコントロールを失うわけにはいかない。

 理性を働かせろ、憎悪を押し殺せ。

 

「ただ、実感してほしいだけです。私を殺したのは『私』であると。あの時、炎に飲まれ貴方は死にました。ええ、私も一緒に。でもあれでは『私』が私を殺したという実感が少ないでしょう? 実際の死因は焼死なわけですからね。だから今度はその手で私を殺させて、より実感を得てもらおうかと」

 

 『私』は言葉を失って、呆然と私を見る。理解が追い付いていないのだろう。これが復讐者たる私の考え方だ。聖女様が思い至るはずもない。狂った者の考え方なんて、同じく狂った者くらいしか分かるまい。

 

「多くを語る必要はないでしょう。全てが終われば、私の目的なんてすぐに分かる。そうなるように仕組んできたのですから」

 

「待って、待ってください。私は、私は貴方を殺したくなんて――!」

 

「いいえ、殺してもらいます。これが私の復讐です。でなければ私は、今度こそフランスを崩壊させることになる。この特異点において、フランスが無事であったのは優先順位が違ったからにすぎない。もし『私』がここに存在しなければ、私はフランスを滅ぼしていた」

 

 最悪、聖杯で呼び出すつもりだった。実際はその必要もなく、『私』は召喚されフランスを守り続けていた。これで『私』が存在せず、『私』を呼び出すことができなければ、私は再びジルに殺戮を許していただろう。

 

「さて、時間も惜しい。さっさと終わらせてしまいましょう」

 

「いや、いやです……! やめてください!」

 

「これで実感できるでしょう。誰が誰を殺したか。そして今回の特異点を巡り、理解したでしょう。貴方の行動が、どれだけの人々を狂わせたか。あの後の、家族の姿を見せてあげたかった」

 

 あの悲しみに暮れた表情。

 明るかった家族には最早悲壮感しか残されていなかった。食卓は薄暗く、ただ食器の音だけが響く。誰もが口を閉ざし、ふと嗚咽を漏らし、涙を流して顔を伏せるのだ。あれが、あの優しかった家族の結末だった。

 

「苦しむといい。その博愛が、自己犠牲の精神が、貴方を思いやった者たちを傷つけた! 彼らの思いを無駄にした! 狂い果てた男の姿を見ただろう! その果ての殺戮を知っているだろう! その根本には『私』が存在していた!」

 

「………………っ!!」

 

「それを思い知るといい。あぁ、私の考え方が極端で歪んでいるのは理解している。歪であるなど百も承知だ。それでも動かずにはいられない、為さずにはいられない。この機会を失えば、こんなチャンスは二度と来ない。例え一時のまやかしであっても構わない。私は、私の復讐をなさずにはいられない!」

 

 言って、口調が生前に戻っていたことに気づく。まぁいいだろう。この会話を知る者はいないし、もうすぐ私が竜の魔女、ジャンヌ・ダルクである必要もなくなる。これで全てが終わるのだ。

 聖杯を通し、『私』の腕を持ち上げる。

 旗を落としてしまわぬように操作し、腕を引かせる。

 嫌だと叫びながら抵抗する『私』を見て、一瞬、一瞬だけ躊躇いが出る。かつての、あの懐かしい光景が脳裏をよぎる。泣いて叫んで私を探す、かつての『私』の姿が。その光景が、私の復讐心を鎮めてしまう。

 ダメだ、それではダメだ。

 これは私の復讐だ。英霊にまで力を借りた復讐なのだ。他人なんかの復讐に巻き込まれてもなお、力を貸してくれた彼らの思いや時間を無駄にしてしまう。

 

「やめてください! 私は、私は貴方を、家族を殺したくなんてない!」

 

「ええ、『私』はそういうだろう。でもあの時の『私』には、私の言葉なんて聞こえていなかった。誓いなんて存在しなかった。そもそも、私は体がなく生きているかすら曖昧だった。だから、『私』の実感も薄かったんだ」

 

 だから、実際にその手で殺してもらおう。肉を断つ感覚をその手で感じてもらおう。私の命を絶つその感覚を、永遠に忘れないように。『私』の成したことの結果を知らしめるために。

 

「体が、勝手に……! いうことを聞きなさい! 取り返しがつかなくなる! 私を殺したくなんて……!」

 

「気にすることはない。もう既に死んだ身だ」

 

「確かに私たちは英霊です! だからこそ、聖杯戦争や特異点に召喚されることもあるでしょう。そこでまた会える時が来るかもしれない。でも、貴方は私たちとは違う! 今回こうして存在していることが奇跡です! もし、この機会を逃せば貴方は……!」

 

「確かに、私は本来ここにいるはずのない存在だ。この体はジルが作り出した贋作。そこに復讐者としての適性がある私が入り込んだからこそ、今こうして存在できている。ジャンヌ・ダルクという英雄を構成する、ほんの一部分としての存在である私が、本来のジャンヌ・ダルクとして召喚されることはまずありえない」

 

「だから、ここで消滅してしまえば、もう貴方は……!」

 

 だから、どうしたというのか。

 どうせこの身が滅びようと滅びなかろうと、憎悪に狂い続けるのが私の運命だ。座で憎み続けるか、ここで憎み続けるかの違いでしかない。もし私に復讐以外の願いがあるとするならば、こうして肉体を持ち現界するよりも、受肉して生を得るよりも、座に記録された私という存在を消してしまいたい。

 

「さて、これ以上話していても平行線を辿るだけだろう。準備は出来ている。各街につないだ魔術の起動も問題ない。後は映像を転送し、私が『私』に殺されることで復讐は完遂される」

 

 私の終わりを以て、『私』に癒えない後悔の傷を刻み込む。家族を自分の手で殺したという事実を叩きつける。例え『私』が座に帰っても、これは記録として残る。その記録を覗くたびに、きっと『私』は後悔するだろう。

 

「止まって、止まりなさい! あぁ、ダメっ、ぐっ――ああああああああぁぁぁぁ!」

 

 叫んでも無駄だ。

 聖杯の力を一点に集中させているのだ。

 不完全なルーラーごときに耐えられるものではない。

 

「これで私の復讐は果たされる。さようならだ、ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やめてぇぇぇええええええ!!」

 

 

 

 

 仕掛けを起動。

 旗が私を貫いた。

 ごぽり、と口から温かい血液が流れ出て、目の前の『私』を赤く汚す。また服を汚して、と思ったところで汚したのは私なのだと気づく。

 あぁ、力が抜けていく。立っていられない。随分と見事に霊核を破壊したものだ。これならばすぐにでも消滅するだろう。せっかくの仕掛けも、もうすぐ維持できなくなる。

 体を支える力もなくなり『私』にもたれかかれば、ごめんなさい、という言葉が聞こえてくる。ごめんなさい、ごめんなさい、それだけがただ繰り返され、その間には稀に嗚咽のような間が入る。

 泣いているのかと見上げようとするが、そんな力も入らない。そもそも立ち位置が悪い。旗によって身体が固定されているのも痛い。仕方ないと視界を落とせば、地面に染みができている。赤い血の染みではないのだから、きっと――。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさいっ! うぁ、私、は……!」

 

 久しぶりに見た、『私』の涙だ。いや、久しぶりだったか? もう曖昧で分からない。この特異点でも泣かせたような、泣かせていないような、まぁどうでもいいことか。これで全てが終わったのだ。

 旗を抜けば、そこから霊基が零れ落ちていく。

 膝をつこうとするも上手くバランスが取れない。たたらを踏んで、それはもう無様に崩れ落ちる。最早、地面に倒れた衝撃すら感じない。

 ふと、手に持っていたはずの聖杯が輝きを失っていた。どうやら私には、これを使うだけの余力もないらしい。映像を送り出す仕掛けも、先程止まってしまった。あれだけの映像では、見ていたものが正しく理解できたかが不安だ。

 まぁ種は蒔いてきたのだ。きっと大丈夫だろう。

 

「起きて、起きてください! 誰か、治療ができる人は!? 何故この空間は崩れないのですか!」

 

「揺ら、すな。この空間は聖杯だけでなく、キャスターの協力もあって、出来ている。私が維持できなくなった時は、龍脈の魔力を使って少しだけ維持してくれるよう頼んである。代わりに、サーヴァントたちには座へ帰ってもらう必要があるが」

 

 今頃、手を貸してくれたサーヴァントたちは座へと帰還していることだろう。最後に感謝の一つもできないことが歯がゆいが、念のために別れは済ませた。もし奇跡でも起こってまた出会う事があれば、その時にでも伝えればいい。

 

「あぁ、聖杯は使えないぞ? もう――ここには、ない」

 

「ここにはない? まさか、外に!?」

 

 聖杯を地面に置いた瞬間、それは外界へはじき出されていた。これも元々の仕組み通りだ。普段の『私』であれば聖杯を使うなんてことはないだろうが、念には念をというやつである。

 

「さぁ、後は堂々と凱旋してもらわなければ。でないと、みっともない姿を、見せることになる」

 

「堂々となんて、出来るわけ、ないじゃないですか! 私は、今、また……!」

 

 頬に温かい涙が落ちて、伝っていく。

 いつになく泣き虫だな、と空いた手で拭えば赤く汚してしまう。どうやら腕が気づかぬうちに自分の血だまりに浸っていたらしい。

 血に汚れた『私』を見ながら、どこか背徳的だなと感じてしまう。血にまみれて涙する『私』は、戦場で血に濡れていた『私』とは別人に見える。聖女と呼ばれていたあの頃の『私』ではなく、幼いころ、まだ幸せだったあの頃の『私』だ。

 

「待って、待ってください! 行かないで! まだ話したいことも、謝りたいこともいっぱいあるのに! 折角会えたのに、もうお別れなんですか!?」

 

「は、いつぞや、覚悟を決めたと言っておきながら、これとは」

 

「あれは貴方が悪逆を為しているならば止めて見せる、という意味です! どう考えたって状況が違うでしょう!? あぁ、崩壊が止まらない、これではもう……!」

 

 必死に傷口を押さえるが、関係なしに霊基は崩壊していく。もう諦めろというのに、頑固なところは相変わらずだ。あと数分もせずに私は座へと帰るというのに。

 イヤイヤと首を横に振る『私』を見ていると、手のかかる妹を相手にしているようだ。こんなところは生前と変わらない。そんな『私』を、私がなだめるのだ。奇しくもそれがまるで姉のようだと、『私』は結局ふにゃりと笑って……。

 

「あぁ、本当に仕方のない」

 

「黙っていてください! こうなれば、無理やりにでもこの空間から脱出して……!」

 

「脱出して、どうする。特異点は修復され、召喚されたサーヴァントは座へと帰る。結果は変わらない。カルデアと契約を結ぶつもりはないし、あちらもごめんだろう」

 

 伝えてしまえば、『私』は現実を受け入れてしまう。別に嘘をついているわけではなく、これは全て事実だ。私が座へと帰るという結末は変えられない。

 手の感覚が消えた。

 

「さぁ、堂々と凱旋しろ。お前が外を目指せば、自ずと出られる」

 

 足の感覚が消えた。

 

「あぁ、私を連れていては出られないぞ。いい加減おろして、先へ進め」

 

 『私』が叫んでいるが、耳が遠くて聞こえない。

 

「そう大声を出すな。もう何も、聞こえはしない」

 

 気づけば視界は真っ暗だ。

 体の感覚も全てなくなって、五感もまともに働かない。霊基はもう限界を迎えているはずなのに、未だに送還されないのは『私』の執念のなせる業か。それでも限界がやってきている。

 

「あぁ、これが最後か。精々、忘れてくれるなよ。私を殺した感触と、その事実。もし忘れようものなら――――化けて出てやろう、復讐だ」

 

 ちゃんと喋れていたのかも分からない。

 それでも最後、『私』が返事をしたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「っぁぁぁぁぁぁああああああああああああアアアアアアア――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一特異点オルレアン。

 冬木の特異点から数えれば、二つ目の特異点。それは竜の魔女と呼ばれる黒いジャンヌ・ダルクと聖女と呼ばれた本来のジャンヌ・ダルクの戦いだった。いや、正確には戦いという体を取らされていた、というべきか。

 あの特異点に関しては、ほぼ相手の掌の上だった。途中、ジル・ド・レェによって黒いジャンヌ――オルタの計画が歪まされるが、それでも彼女は鮮烈に、冷静に状況を立て直した。その際に偶然ながらオルタの目的がフランスの崩壊ではなく、ジャンヌの復権だったのが判明するが、それも目的の一部でしかなかった。  

 ジル・ド・レェを倒して直ぐ、オルタは計画を修正すべくジャンヌを誘拐した。その時まで私たちはオルタを信じ切っていた。何せ本当にフランスを崩壊させたいなら、ジル・ド・レェに協力すれば良かったのだから。

 ジャンヌの誘拐に気づいたのはアーチャーだった。どうやら彼はオルタこそ知らないが、相手のアサシンとキャスターを知っていたらしい。遠目に見たライダーも既知であるらしい。

 そんな彼はどういう理由からかは知らないが、オルタを警戒していた。まぁ私たちからして見れば、警戒というよりはどこか熱い視線なような気もしなくはなかったが。キャスニキが煽った瞬間、ガチギレしてハチの巣にされかかったから私は何も言わなかったけど。

 それは兎も角、アーチャーが気付くも遅かった。既にジャンヌたちは姿を消していて、残されたのは私たちとオルタ側のサーヴァントのみ。一触即発の雰囲気になるが、兄の「大丈夫だよ。多分、向こうにはカルデア側に手を出す気はないよ。やる気なら初手で決めに来てるだろうし、こっちから攻撃を仕掛けて戦闘になっても、不利なのは僕たちだ」という言葉に矛を収めた。

 向こうのキャスターが説明してくれたが、オルタの目的はジャンヌだけらしい。別にジャンヌを助けに行くのは構わないが、その場合はカルデアも攻撃対象になり全面戦争だと言われては動こうにも動けなくなる。

 実際、遠くからはアーチャーが見ていて、中距離には防衛線で猛威を振るったランサー、近距離には意味の分からない侍アサシンがいる。

 そして暫くすると、空中に映像が映し出される。すると向こうのサーヴァントは全員がその映像へと視線を向ける。今までの警戒を解いてまで視線を奪われる映像とは何か、と自分も注目してみれば、えっ、という声が漏れた。隣では兄も愕然としており、その拳からは血がにじみ出ていた。

 映像の中では、オルタがジャンヌの旗で貫かれていた。オルタの口からは血があふれ出し、立つ力を失ってジャンヌへと倒れ掛かる。そして遂には旗が抜かれ、地面へと倒れ伏した。それから少しして映像は途切れてしまい、状況が分からない時間が続いた。

 うちのアーチャーが「なんだあれは!」とキャスターに詰め寄れば、「敵が倒されたのだから、気にする必要はないのではなくて」と冷たく言い放つ。その時のキャスターはどこか悲しそうに見えた。周りを見れば、どういう訳か何人かのサーヴァントが姿を消しているのも気になった。

 それから暫くして、ジャンヌは戻って来た。顔に笑顔が浮かんでいるが、それが無理やり張り付けられたものだと誰もが理解した。泣きはらした跡までは隠しきれず、顔色は白を通り越して幽霊のようだった。

 話を聞きたかったが聞ける様子でもなく、どこか虚ろな目をしたジャンヌが落ち着くのを待つしかなかった。私たちと同じようにショックを受けていたマリーがジャンヌに寄り添い、話が聴けたのは数時間後だった。

 そこでオルタの目的が判明した。それはジャンヌへの復讐。名誉の回復はそれの副次効果でしかなく、本当の目的は自分を殺させることで、自分が行ったことを思い知らせ絶望に落とすこと。そして罪悪感と後悔を植えつけることだった。その目的は達成され、ジャンヌは焦燥した様子で戻って来たのだ。

 ジャンヌが聞いた話ではもう一つあったらしく、すぐに分かるとのことだった。一体なんのことかと思っていれば、キャスターが各街の中継映像を映し出し始めた。そこに映っていたのは街で暮らす人々の姿だった。そんな彼らは一様に、救われたと安堵しながらも、後悔に満ちた表情をしていた。

 そこで理解した。

 ジャンヌ・ダルクを魔女として売った人々を、ジャンヌ・ダルクが救った。彼女は決して魔女ではなく、間違いなく聖女だったのだと彼らは認識した。自分たちは、聖女を魔女だと糾弾し見捨てたのだと自覚してしまったのだ。

 これから彼らは、神の信徒を糾弾し見捨てたという罪悪感に苛まれ続けるだろう。そして彼らは自分が罪を犯した原因に怒りを募らせていく。貴様らが嘘をついたからだ、貴様らを信じたからだ、王が彼女を見捨てたからだ、と。彼らは後悔と罪の意識を少しでも軽くしようと、責任転嫁を始める。いや、もう始めていた。

 オルタはそれすら予想した上で、司祭と王を生かしていた。彼らはサーヴァントに日々鍛えられ、死ににくい体を作らされていた。死を感じた時、咄嗟に動けるようなそんな訓練を中心とした扱きが、ここで牙をむく。一部の兵すらも向かってくる混沌の中、彼らはギリギリを生き延び続けた。致命傷を避けながらも、痛々しく傷を負いながら。

 このままでは内乱によってフランスが滅んでしまいかねなかった。最後の敵がフランスの民全てとなるとは思わなかった私たちは愕然としてしまう。そもそも誰が敵なのかすらハッキリしないのだ。王と司祭側を助ければ国は救われるのか? 民草と共に王と司祭側を討てば国は救われるのか? 結局は国が国の体をなせなくなるだけだ。

 この非常事態に、オルタの策略に背筋を震わせる中、またもやキャスターが口を開いた。それは予想だにもしなかった、私たちに都合のいい話であった。

 

『元より、あの子はフランスの崩壊なんて望んではいなかった。ただ、自分が成したことで至る可能性は危惧していたの。考えても見ればわかるでしょう? あの子はジャンヌ・ダルクに、フランスの国民に、王に、司祭に、生涯消えない汚点と後悔を刻み付けることを復讐と称したの。だというのに、国が滅びてはなんの意味もないでしょう?』

 

 だからこそ、治める方法を残したというのだ。

 そしてキャスターが取り出したのは、聖杯だった。どんな願いも叶えるという聖遺物。私たちが探してやまなかったもの。それを私たちに渡してきた。これを使って、ジャンヌ・ダルクがフランスを説得すればいい、と。

 オルタってばどこまでドSなのかと恐ろしくなった。

 実際、聖杯には国民の怒り全てを治めるほどの力はない。あったならば、とっくの昔にフランスは滅びている。まぁオルタがその気だったらの話だけど。

 結果、オルタの残した映像を送り出す仕掛けと聖杯の力でフランス全土の説得に成功。ジャンヌはオルタを殺して得た立場を利用してこんな、と大ダメージ。フランスの国民たちも自分たちは見捨てたのに救ってくれた聖女に諭されて大ダメージ。国中がお通夜のような惨憺たる光景であった。

 それから国は何とか持ち直し、一時間後にはすぐさまジャンヌの復権が行われる動きとなった。最初に行われたのは、ジャンヌ像の設立。設計図が出来上がりそれを見た瞬間、ぶち壊しに行こうとしたジャンヌを止めるのが大変だった。

 そして崩壊の兆しが無くなり、聖杯を回収したことで特異点の修復が完了した。それを以て、サーヴァント達が送還されていく。

 そんな中で一人、呆然自失とした様子からある程度立ち直ったジャンヌは、別れを告げて去っていくマリーを笑顔で見送った。やがて自分の番になると、彼女は私と兄さんの元へとやってきた。

 彼女は最後、「本当にお世話になりました。今回の件、元を正せば私が引き起こしたこと。その尻拭いをさせるような形になってしまったこと、申し訳ありません。もし、私の力が必要になったのならば、いつでも呼んでください。必ず、私はあなた方の力になります」とそういって座へと帰っていった。

 そうして戻ったカルデアの自室で、私はずっと考え続ける。隣には様子を見に来たアーチャー、エミヤが立っていた。

 

「調子が出ないようだな、マスター。まぁ分からなくもない。冬木で見たのは崩壊した街並みと、汚染されたサーヴァント。人間の生々しさなんぞとは程遠い、荒廃した世界だったのだろう。何、どうやら私も迷惑をかけていたらしいからな」

 

「あはは、まぁねぇ。こう、人間の恐ろしさってやつを実感したよ。感情の話もそうだけど、ああも人を掌で踊らせる力っていうのが恐ろしいよね。だって私、あの時まで正しい道を進んでいるって思い込んでたもん」

 

「いや、間違った道などではない。まぁ、誘導されてたどり着いた、丁寧に舗装された道であったのは間違いない。いい経験になったと飲み込んでおくべきだ。アレでオルタは武の方が得意だというのだから驚きではあるがね」

 

「ねー。結局、オルタがまともに剣を使ってるのは見れなかったし」

 

「君は後方にいて当然だった。私はアーチャーであるから捉えることはできたが、あれは手癖が悪いぞ、きっとな」

 

 エミヤはそういうと苦笑する。

 と、ふと特異点で感じた疑問が浮かび上がって来た。

 

「あー、ねぇエミヤ。ちょっと聞いてもいい?」

 

「……この流れから察するに、私のオルタに対する態度の事だな? 悪いが黙秘権を行使する。吐かせたいのなら、令呪をきる覚悟をしてもらおう」

 

「よっし、令呪を以て命ずる――――!」

 

「よっしではない、この戯け――――!」

 

 

 

 

 

 結局、令呪をきることはなかった。

 徹底してエミヤに邪魔されたのだ。

 

「まったく、君にはかなわないな。私がオルタに対して、ああいう態度になったのは……そう、情けない話、嫉妬していたのだろう。そして、憧れていた背中を見た。小を切り捨てず大すら救った、その姿に。いや、彼女に救ったなどという自覚はないだろう。彼女にしてみれば、彼らの生存が目的につながるパーツだった」

 

「それを知った今でも、まだ気になってるんでしょ?」

 

「……しつこいぞ、マスター。しいて言うならば、私は人を救うことが目的で、彼女はジャンヌの名誉を回復し、復讐することが目的だった訳だ。オルタはその過程の中で、全てを救った。救ったというのは語弊があるが、それでも人が虐殺される原因を押しとどめ、犠牲をゼロで食い止めた。対し私は、人を救うことを目的としながらも、犠牲を出し続けた。何とも情けない話だろう」

 

 力なく笑うエミヤ。

 そもそも地力が違ったのだ。聖杯を持っていて、力を貸してくれるサーヴァントがいて。オルタ自身の力もあって成し遂げられたことだった。おや、そういうことか?

 

「……エミヤって、ボッチだったの?」

 

「……………………どうやら心配した私が馬鹿だったらしい。私は厨房での仕込みがあるので失礼する」

 

 エミヤは口元をひくつかせて出口へと歩き出す。どうやら図星だったらしい。くくく、これはキャスニキと一緒にエミヤを弄るネタになる。

 さてどうやって弄ろうか、と考えていたからだろう。

 

「何より、私はたった一人の為に戦うことができなかったのだからな」

 

 去り際、エミヤの呟きを聞き逃したのは。

 さぁてと、この後はどうするか。このまま部屋にいても清姫が這いよってきそうで怖いし、マシュは兄のところにいるし、取りあえず移動するべきか。そう思いながら部屋を出れば、ノックをしようとした形で動きを止めているジャンヌがいた。

 そう、彼女は我らがカルデアに召喚されたのだ。オルレアン以降、資材もたまり私たちの成長もあってサーヴァントを追加召喚できるようになった。その結果、応じてくれたのがジャンヌだったというわけだ。

 ただし、彼女はオルレアンの記憶を持ってはいない。記録として知ってはいるものの、自分が体験したものとしての記憶ではないらしい。というかそもそも、オルレアンの記録はロックがかかっており、参照すら出来ないのだという。原因は、自分自身による拒絶らしい。あのオルレアンで別れたジャンヌが、どうやってかその記録にロックをかけたということなのだろう。

 そのせいか、ジャンヌは私たちを知っていながらもほとんど知らない状態だった。特異点の事件に自分が関わっていた、ということしか知らないのだ。それ故にたまに話がかみ合わないなんてこともあり、申し訳なさでいっぱいになる。でもそれで良かったのかもしれない。あの時のジャンヌは消えてしまいそうなほどに儚かった。

 今の彼女は憶えていないがゆえに安定している。いつもの頼りになるルーラーだ。彼女の力は今後も必要だし、そもそも彼女が傷ついて苦しむ姿は見たくない。だからこれでいいのだ。例え彼女が覚えていなくとも、私たちは憶えている。だからどうか許してほしい。

 

 第一特異点、オルレアンはもう終わったのだ。

 何とも言えない、後味を残して。

 

「で、ジャンヌは私に何か用事?」

 

「はい。マスター……立花が呼んでくるように、と。これから次の作戦の会議が始まるそうですよ」

 

「そっかそっか。んじゃあ急がないとね――」

 

 部屋から一歩踏み出してジャンヌの後へと続いていく。

 そんな時、きっと見間違いなのだろうけれど、視界を何かがよぎった気がした。

 

 それはあまりにも鮮烈に記憶に残る、黒い憎悪の炎に見えた。

 

 

 

 

 






 誰がハッピーエンドと言った?
 自分を殺したという事実を、自身の血肉を以てジャンヌに刻み付けたオルタさん。
 フランス国民には罪悪感と後悔、そして汚点を。
 王と司祭には上記に加えて内乱一歩手前でいつ殺されるか分からない恐怖を。

 なまじ理性が強いが為に狂いきれなかったオルタの妥協点。
 狂いきってたらジルと手を組んでたからね! 
 ジャンヌの目の前で家族殺してたね!
 子供の指を一本づつ落として殺してたね!


 本当は女マスターと会話の中で、

「なんで聖杯から未来でジャンヌの復権は成されるって知識を得ているのに、ジャンヌの名誉を回復させようなんて思ったの?」

 というのに対して

「では貴方は、大切な人の汚名をそそぐチャンスが目の前にあるとして、その内勝手に復権されるからと見逃しますか? つまりはそういうことです」
 
 なんてのを入れたかったが諸事情によりカット。


 取りあえずは完結なり。
 多分、今まで書いてきたやつの中で平均文字数が一番多い作品じゃないかなぁ……
 ステとかは考えてたけど、取りあえず保留で。


 ここまで読んでくださりありがとうございました。
 




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終局特異点
if イベント的なナニカ


  



 終局に手を出すか……と考えて、このオルタって来てくれるん?ってなった。マスターとの縁も薄いしなぁと。
 終局のあのシーンは、マスターとの縁があってこそだと思いどうにかしなければと考え至り、今回のifのような続きのようなお話に。
 まぁ今回のお話を通したところで、オルタが降臨するのはオルレアン組のとこなんですけどね!

 イベント的なナニカはぶっちゃけぐだ子における監獄島的なアレ。
 読まずとも特に不便はなし……の予定。
 


 長い旅路だった。

 唐突に始まった、人理を救う戦い。カルデアに兄と共にスカウトされ、そこでマシュと出会った。私たちを先輩と呼ぶ可愛らしい後輩だ。その後もドクターなど様々な人と出会い、カルデアの存在意義を知った。

 世界を救う戦い。その為のカルデア。その為の駒が私たちだった。だが所詮は素人、本職の魔術師と違い戦うすべなど持っていない。だから私たちはあくまでサブ、予備品だった。メインたる選ばれた魔術師――マスターが英霊と共に戦い、私たちはその間に魔術の基礎から学び直す――はずだった。

 事件が起こったのは、その日のことだ。兄が説明会で居眠りをし、巻き込まれる形で自室待機を言い渡された。兄と共に自分たちの部屋へと向かえば、そこにはドクターロマンがいた。彼は自分の部屋のように寛いでおり、そのぽわっとした雰囲気から警戒心などみじんもわいてこなかった。彼と世間話をしていれば、作戦開始に伴いバイタルに異常をきたすマスターたちがいると連絡があり、現場入りを要求された。

 運が良かったのは、ドクターがサボりで私たちの部屋にいたことだ。彼は連絡があった際、医務室にいると嘘をついたが故にその後に起きた事故から逃れることができた。そして私たちも、自室待機を言い渡されていたからこそ生き延びたのだ。

 今思えば、運が良かったのかすらわからない。あの時、生き残ってしまったから苛烈な戦いに巻き込まれてしまったのかもしれない。死が隣り合わせの地獄のような日々。

 冬木では焼ける街並みを見た。生きた人間はおらず、いるのは怪物の群れとシャドウ・サーヴァントたち。滅びゆく街並みを駆け抜け、死と対面し、現地のサーヴァントと協力して初めて敵のサーヴァントを倒した。黒い騎士王の圧倒的な力を前に、兄とマシュは折れずに立ち向かい撃破した。私が表面を取り繕う中、彼らは果敢に立ち向かっていた。

 第一特異点、オルレアンでは人間の心の在り方を見た。ジャンヌと出会い、黒いジャンヌと出会った。当時、オルタは残虐で竜の魔女を名乗る悪そのものだった。人々をワイバーンに襲わせ誘拐し、恐怖を与えた。攫われた人間は餌となり、生き延びても残虐に殺されるというのがもっぱらの噂だ。実際、彼女が召喚されて以降に死亡者はいなかった。オルタはジャンヌの為に人を殺さない道を選び、彼女のために戦った。

 第二特異点では人の栄華を見た。華々しい都と人々。全てに通ずるとされるローマの輝きだった。敵はかつてのローマ皇帝たちだったが、現皇帝のネロと共に立ち向かい、神祖を含む敵を撃破、最後に現れたアルテラを撃破し修正となる。

 第三特異点では人の可能性と出会った。世界を切り開いたドレイクと共に旅をして、アークと呼ばれる箱を巡ってアルゴナウタイと戦った。不可能を可能にする人の輝きを持つ船長と共に大英雄すら破って人理を修復した。

 第四特異点では遂に敵の首領と相対した。叛逆者であるはずのモードレッドと共にロンドンを守り、最後には現れた槍を持つ黒い騎士王を倒した。その後現れたソロモン王を名乗る男の圧倒的な力によりサーヴァントは消滅し、見逃される形で帰還する。

 この時からだろうか。明確に死を感じ始めたのは。勿論、過去の特異点でも一歩間違えれば死んでしまう状況には陥ったことがある。それでも、英霊たる彼等と共に乗り越えてきた。傷を負い、人知れず部屋で涙を流すことはあれど、立ち上がれないほどではなかった。

 それでも、ソロモン王の存在は強大すぎた。これまで共に戦い抜いてきた仲間が一瞬で倒され、見逃された時は恐怖で身がすくんだ。いつでも自分を殺せる存在に出会い、このまま特異点を修復した果てにアレと対立することが恐ろしかった。道中、気まぐれで彼がやってきて自分は殺されるのではないかと眠れない日が続いた。

 そんなある日、兄が目を覚まさなくなった。どうやらソロモン王によって呪いをかけられてしまったらしい。日に日に覚醒時間が短くなり、目を覚まさなくなった兄を目の前にして、とてつもない恐怖に襲われた。自分もいつかこうなるのではないか、兄はこのまま目を覚まさないのではないか、と。

 やがて私たちの心配をよそに兄は目を覚ました。それでも一度私に刻まれた恐怖は消えてはくれない。表面では笑えているものの、笑うことが苦痛になっていく。いっその事逃げ出したいとさえ思う。でも逃げ場なんてどこにもありはしない。兄は今も笑っている。ならば妹であり、残されたマスターである私も笑わなくてはいけない。

 

 死にたくない。

 

 人理を救わなければならない。

 

 もっと生きていたい。

 

 ソロモン王を倒さなければならない。

 

 そしてそんな私にも、遂に順番が回って来た。そう、ソロモン王の呪いである。当然だ、兄だけにかけても意味がない。マスターたる二人を殺してこその呪いだ。兄は事前に警告してくれ、自分にかけられた呪いの話をしてくれていた。監獄島、それが兄の経験した呪い。

 しかし私の場合は違った。私の場合は煉獄とも呼ぶべき地獄そのもの。死者が闊歩し、生命を求めて彷徨っていた。立っているだけで体が焼けてしまいそうな熱に襲われ、煉獄において唯一の生命である私に死者が群がる。

 兄とは違う、手の込まない純粋な死が迫る。逃げ場はなく、周囲は消えない炎で満ちている。誰一人として味方のいない煉獄で一人逃げ続けた。死者の一人がその罪を償うべしと焼かれて消えるが、その後ろから新たな死者が現れる。

 何度と死者の悲鳴を聞きながら、後ろを振り向くことなく走るが限界は来る。兄の話通りならこの体は精神体のようなもので本物ではない。それでも疲れるし、水分は失われていく。喉はカラカラで、耐えがたい苦痛に蝕まれ続けた。

 やがて限界がきて膝をつけば、わらわらと死者たちはやって来る。彼らによって作られた輪はやがて小さくなり、無数の手が私へと伸ばされる。死にたくない、触るな、来るな寄るな、そんな言葉が口から出るも死者は聞く耳なんて持ってはいない。

 死にたくない、それが最後の言葉だった。

 

「ええ、当然でしょう。それが人間というものです。寧ろ私は、自己犠牲を良しとする者の人間性を疑います」

 

 どこかで聞いたような声がした。

 もう目は開かず、喉を震わせることもできない。

 それでも私の耳は、その声だけは拾っていた。

 

「どうやら貴方は、私に似ているのかもしれませんね。死を恐れず立ち向かう天然の兄を持つ貴方と、自己犠牲すら許容する天然物の馬鹿たる妹のような存在を持つ私。まぁ立場の違いはありますが」

 

 カルデアにいる、一人のサーヴァントが脳裏をよぎる。

 

「死にたくないという思いは、生物の根幹にある恐怖です。何も恥じることはありません。まぁ生前の私は少し恥じてしまい、結果的に取り返しのつかない事態に陥りましたが。まぁ早い段階で恥を捨てて私の思いを伝えたところで、無意味だった気がしてなりません。実際、無駄でしたしね」

 

 でも彼女ではない。

 彼女ではないが、かつて出会ったことのあるサーヴァントだ。

 

「まぁ貴方の場合、貴方の意思で行動できる分だけ私よりはマシな結果が得られるでしょう。貴方のお仲間には、随分と過保護なサーヴァントもいたようですし」

 

 その声は、私の思い出の中のものよりもどこか優しい。

 

「さて、ソロモン王が何を考えて貴方を煉獄モドキに送り込んだかは知りませんが、残念でしたね。罪を浄化せんと放り込まれた私がいる時点で、その目的は無為に帰す。私が罪を犯したのは死後、それ故に中途半端な煉獄に放り込まれたのが功を奏するとは」

 

 これが憎しみを一時でも鎮めた、普段の彼女の姿なのだろうか。

 

「恐らく、生者たる貴方を放り込むにあたっては、流石にこの煉獄モドキが限界だったのでしょう。まぁ煉獄モドキであれ一応は煉獄、憎悪の炎と共にある私が存在できない理由はありません」

 

 何故だろう、敵であった彼女の声を聴くだけで安心してしまう。

 

「貴方たちカルデアには、まぁ、借りがありますし、ここで倒れられ人理が崩壊しては私が成したことも無意味になる。それは許容できません。ですので一時だけ、貴方の為に力を振るうとしましょう」

 

 ひんやりとした手が、私の手を握った。

 魔力の通り道が形成され、一方に流れていく。そこにつながりを感じて、生きている実感を感じて涙が流れそうになる。それをなけなしの力で必死にこらえれば、コツンと頭を叩かれた感覚がした。

 

「何を我慢しているんです? 泣きたければ泣いておきなさい。貴方は確かに、そう簡単に弱音を吐けない立場にいる。とはいえ幸い、ここには今後縁がない亡霊しかいない。なら今のうちに吐き出したいものを全てぶちまけていきなさい。それごと全て、この場で私が燃やしてあげましょう」

 

 ひょい、と体が持ち上がる。 

 気づけば背負われていて、彼女に私の表情は見られない。

 ここまでくれば、もうわかっていた。彼女が誰であるのかくらい。

 それでも彼女は今後縁がない、これきりの縁と言ったのだ。自分が何者であるかなど気にする必要はないと。もう会うことはないだろうから、好きなだけぶちまけて行けと。

 かつて、ジャンヌから聞いた姉のようなもう一人のジャンヌ。ぶっきらぼうではあるけれど、いつだって優しさを秘めていたかつての『オルタ』の姿。

 

「あぁ、それと勘違いしないように。私は確かに復讐を成し、その憎悪の一端を晴らしました。とはいえ私はアヴェンジャー、復讐者です。私の根本にはフランスへの憎しみ、そして『私』への憎悪がある。これは永劫消えることなく燃え続けるものです。今の私が貴方を救ったからと言って、妙な縁など結ぼうとしないように。これは一時の夢のようなものですから」

 

 彼女はそう言いながら歩き出す。

 辺りからは既に死者のうめき声は聞こえない。

 聞こえるのは彼女が歩く音だけだ。

 

「――――死にたく、ないよ」

 

「ええ、それは当然です。当然すぎて今更ですね。我々サーヴァントでさえ、生前はそう思っていましたから。偉大な英雄でさえ、そうでした」

 

「――――生きたいよ」

 

「それも当然です。死にたくないのならば、生きたいに決まっています。私がそうでしたからね。とはいえ私に自由はなく、意思の選択など無意味でした。貴方は幸い、ある程度の自由があるのですから上手くやりなさい」

 

「――――もう、戦いたくなんて、ない」

 

「それも当然と言えるでしょう。ただの素人が死と隣り合わせの戦場に立ち続けられるはずがない」

 

「もう、嫌だよ。痛いのは、苦しいのは、怖いのは――――」

 

「では、逃げ出しますか? 楽になりたいというのなら、私が一瞬で送ってあげましょう。痛みも恐怖もなく、自覚すらないままに。でも貴方は生きたいのでしょう?」

 

 そうだ、生きたいのだ。

 どれだけ惨めでも、痛くても、苦しくても、死ぬのは嫌だ。

 生きていればきっと、きっと、いいことはあるはずだから――――。

 

「……あぁ、その考え方は、大変好ましい。私もかつてはそんな思いを抱いていました。生きていればきっと、また家族の元に戻って穏やかな日々が待っているのだと。ただの村娘として『私』が家族と生きていくのを、昔のように眺めていられるのだと」

 

 彼女は歩き続ける。

 

「きっと、その未来は嘘ではなかった。確かにあり得る未来だったのでしょう。そんな理想を砕くのは、やはり、『私』の死だった」

 

 彼女の足音が止まる。

 

「えぇ、そうです。どれだけ幸福な未来が待っていようと、どれだけ多くの人を救い崇められようと、死がそれを無かったことにする。それが大切な人を傷つけて、多くの涙を呼び寄せる」

 

 炎が燃える音がする。

 先ほどよりも近く、体を預ける彼女の体から。

 

「だから私は認められなかった。あの結末を、あの選択を、『私』の終わりを」

 

 生きていてほしいと彼女は願った。

 私は生きたいと心の底から願った。

 

「貴方がどんな選択をするのか、それは自由です。ただ、前言を撤回します。貴方がここで死にたいと願っても、その願いは叶わない。死にたいというのなら、せめてここから抜け出して、現実を見てからにしなさい」

 

 待ち人は多いようですしね、そういうと彼女は私を降ろす。

 旗を掲げるような音がして、続いて彼女の足音が遠ざかる。

 

「生きたい、戦いたくない。これは両立が難しい。生きたいから戦わない、でも他人が戦っている中、のうのうと暮らしていられないという思いがある。これは誠実な人間の証左です。まぁ誇っていいのでは? その葛藤は解決するものではなく、常に迷い、一時的に折り合いをつけていくものです。それが抱けている内はまだ、まともな証拠でしょう」

 

 それが苦しいのは理解できる、と彼女は言う。

 以前の彼女は戦うジャンヌを見ていることしかできなかった。生きたい、戦いたくない、それでも戦っているジャンヌを助けたいという思い。それを叶えることができない現実。それが生前のオルタを苦しめた一因なのだろう。

 そんな彼女が数少ない選択肢を手に入れた時、どうしたのだったか。

 そう、彼女は自身も剣を取って戦った。

 ジャンヌを守るために。

 

「結局のところ、選べるのは自分しかいません。選んだ結果は誰にもわからず、どんな結果であれどのみち後悔は必ず生まれます。それをどれだけ小さくできるか、良いものにできるかです。幸い、貴方の周りには様々な経験をしてきた者たちがいます。おまけにそれらと言葉を交わすこともできるなら、存分に根掘り葉掘り聞いてやりなさい。英雄というのは、そろいもそろってお節介です。貴方が悩みを伝えたうえで真剣に問うたなら、無碍にはしないでしょう」

 

「あはは、なんか、納得しちゃった。お節介、世話焼きかぁ……」

 

 やっぱり、オルタも英雄なのだ。

 一側面と言いながらも、立派な英霊だ。

 

「何だか含みがあるような気がしましたが……まぁいいでしょう。不快な声を出すその口を閉じて寝ていなさい。次に目を覚ました時は、カルデアのベッドの上です」

 

 翻訳すれば、声を出すのが辛いなら口を閉じて安静にしていなさい、といったところか。辛辣と思いきや、優しさいっぱいであった。最後の一言とか、貴方を死なせない、ということだろう。やだ、ときめいた。

 

「む、怪しい視線。いえ、目は開いていませんし気のせいですか。何にせよ、素人の凡人にしてはよく頑張りました。私の成したことが無駄にならぬよう、精々この後の特異点も頑張ることです。この煉獄に落ちてこようものなら、全力でたたき出すので安心しなさい」

 

 彼女は遠ざかっていく。

 せめてその後ろ姿だけでも、と目を開けばぼんやりと彼女の背中が映る。以前と変わらない、堂々とした姿。その背中に少しだけ、未だ乾かない染みがある。泣き顔を見られたくない私に配慮して、背中に負ぶってくれたための、涙の痕だ。

 思わず声をかけたくなった。

 それを必死に飲み込んで、彼女の背中を見送る。

 彼女の向こうには、多くの死者が群がっていた。

 そして最後、彼女は此方を振り返るとニヒルに笑うのだ。

 

 ――――我が憎悪をみよ、と。

 

 

 






 


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終局・前

 
 時間をォ、時間をくれェ。
 このままハロウィンきても碌に出来んぞ!!


 ※完結から連載に変更。
 


 遂にたどり着いた、魔術王の待つ領域。

 七つの特異点を駆け抜け修復し、多くの力を借り受けながらここまで至った。私自身がカルデアに参入したのは第二特異点からであり、そこから今に至るまでの激しい闘いの記録を知っている。

 マスターたちはそれぞれが強力な呪いにかかりながらも、彼らが持つ人徳や縁からその窮地を脱し魔術王の目論見を阻止して見せた。その際、マスターの片割れであるリツカからむず痒い視線を送られ、召喚を行う際には必ず隣に置かれて拝まれるという状況については未だに謎である。

 兎にも角にも、マスターたちは死を乗り越え此処に至った。

 数々の縁をつなぎ、力を借り受けて世界を救ってきたのだ。

 素晴らしいマスターたちと言えるだろう。

 問題があるとすれば、それは自分自身。

 

「マスターが言う、無くした記憶。本来ならば私にも閲覧できるはずのソレが、私には閲覧できない。あることは分かっているのに、そもそも見つけることすらできていない」

 

 恐らくは、自分自身で封印した類のものなのだろう。でなければ誰よりもジャンヌ・ダルクを知っている私が、私自身の記憶を見つけることができないはずがない。

 ただ、そう考えたところで違和感を覚えるのだ。いや、私以上に私を知っている人がいたはずだと。それが誰か、家族であったとは何となく理解できるのだが、父や母、妹ではないのも確かなのだ。

 何かが欠けている、そんな自覚が私にはあった。

 

「私は何を忘れているのでしょうか……っ、いえ、今はこの先の事を考えなくては」

 

 冠位時間神殿ソロモン。

 空を見上げれば、そこにあるのはまさしく星々が輝く宙だ。

 これだけならば美しい神秘的な光景だ。

 しかし、私の前には禍々しい柱を模した化け物が存在していた。

 

「あら、ぼやっとしている時間は終わったの? なら悪いんだけど手伝ってもらえるかしら。幾ら殺しても死なないものだから、手はいくつあっても足りないのよ」

 

「すみません。先ほどからどうも、記憶について気を取られてしまって」

 

 黒いローブを纏うキャスターに諭されて、今の状況を改めて認識する。この特異点にやってきてすぐ、魔神柱による襲撃があった。だが魔神柱など今更であり、これまでの経験を生かして即座に撃滅したのだが彼らが尽きることはなかった。

 特異点、その全てが魔神柱とも呼べる存在だったのである。彼らは常に総数を保ち続ける。詰まるところ、一度で全ての魔神柱を倒さない限り彼らは不滅だ。そんな戦力などなく、マスターも希望を失いかけた。

 そんな時、赤い薔薇と共に一人の皇帝が駆け付けた。

 これまでの旅路で得た、ほんの僅かな縁を辿って彼らは再びマスターに力を貸し、共に世界を救うために現界したのである。

 そして彼女は始まりに過ぎなかった。

 一人、また一人と特異点を共に駆け抜けたサーヴァント、加えて以前は敵として立ちはだかったサーヴァントまでもが次々に現界し始めたのだ。それはまるで流星のように美しい光景だった。

 これほどまでの絆を、縁をつなぐマスターが誇らしかった。彼らと共に戦い、こうして世界を救う一助になれると思うと、自分らしくもなく気分が高揚しているのが分かった。

 何より、私はなにかに期待していた。

 それが何かは分からずとも、期待していたのだ。

 期待を胸に、駆け付けてくれたサーヴァントと合流して魔神柱を叩く。その間をマスターたちが駆け抜けていくのを横目に見ながら、私の目は誰かを探しているようだった。

 しかし魔神柱を叩けど時間が経てど、期待の正体は分からない。戦いの中ですれ違った、天馬にまたがるライダーからは、「あぁ、白い方ですか。悪くはないですが、やはり個人的には黒が好みですね……」と言われる始末。

 どこか悔しく感じながら、その言葉の意味を反芻した。

 そこで得た、黒という単語を認識した途端、記憶がうずくのだ。

 おかげで戦いに集中できず、キャスターに諭される始末だ。

 視界の端ではマリーたちが懸命に立ち向かっている。ここで私が臆している場合ではない。これは世界を救う戦いであり、ここまで死と痛み、悲しみを乗り越えてきたマスターたちの正念場なのだから。

 ナベリウス、ゼパル、ボティス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイムの計九柱。これらすべてが私たちの敵だ。

 ジークフリート、エリザベート、清姫の三人が高火力の範囲型宝具で敵を焼き払い、討ち漏らしを小次郎とマルタが的確に始末していく。次の瞬間には再生している魔神柱をキャスターがまとめて拘束し、今度は天馬に乗ったライダーと、ランサーが地から大量の杭を射出、アーチャーの宝具が天より降り注ぎ敵を殲滅する。

 流れは順調だが、いかんせん敵の持久力が高すぎる。

 稀に打ち漏らしが出現し、宝具にも匹敵する一撃が放たれる。

 そんな時こそ、私の出番なのだ。

 

『我が神はここにありて』(リュミノジテ・エテルネッル)――――――!」

 

 宝具の輝きが、魔神柱の一撃を逸らす。

 その隙に宝具発動後の硬直から回復したサーヴァントたちが一斉に攻撃、魔神柱は再び消滅していく。

 

 ――それでも、魔神柱は変わらずそこに姿を現す。

 

「っ、キリがありませんね! すみませんキャスター、何か策はありませんか!?」

 

「あるわけないでしょう? せめて工房を作ることができればやりようはあったのだけど」

 

 マスターたちに先へ進めと言った手前、負けるわけにはいかない。

 旗を振り、魔神柱を切り裂いて前へと進む。周りでは私と同じようにジークフリートが、小次郎が、ゲオルギウスが剣を持って戦っている。

 時折飛んでくる意識外の攻撃を落としてくれているのはアーチャー、アタランテだ。またランサーであるヴラドも杭を壁にすることで攻撃と防御を同時に担ってくれている。

 他にもこの特異点にはサーヴァントがいたのだが、彼らはまた別の特異点の援護へと向かってしまった。この特異点でこの様子なのだから、その判断は間違ってはいなかったのだろう。

 

「とはいえ、贅沢を言わせてもらえるのならば留まってほしいところでしたねっ……!」

 

「ふ、それで他の戦線が崩壊しては元も子もなかろう。何、問題はあるまい。余は此度も護国の鬼将としてここにいる。そしてフランスを救済した聖女もいるのだ、負けはすまいよ」

 

「ええ、その通りです。それに、マスターたちは確固たる意志を持って前に進みました。この場所に至るまで、数々の難関を乗り越えてきたのです。では先達たる私たちがこの程度の困難に打ち負けるわけにもいきません。まぁ何が言いたいのかと言えば――殴っていれば勝てます、ええ」

 

「聖女マルタ!?」

 

 何だか聖女とは思えない発言がした気がして聞き返すも、既に彼女はそこにはいなかった。見れば勇敢にも単身で魔神柱の群れに突っ込み、手に持つ杖でそれらの一部をミンチへと変えていた。

 勇ましいその姿に驚きながらも旗を振るう。

 しかしやはり此方が劣勢か。総合的な戦力で言えば私たちの方が上ではあるが、相手の持久力が恐ろしい。幾ら敵を倒せても無限に湧き出てくるならば、やがて力尽きるのはこちらの方だろう。 

 

「えぇ、それでも粘って見せます。ここまでたどり着いたマスターたちに報いるためにも。彼らの未来を取り戻すためにも……!」

 

 例え手足を失おうと食らいつく。

 その最期の瞬間を見届けるまで――――!

 そんな時、ふと視線が奪われる。戦闘中に自分は何を、と考えて先ほどの自分の様子を思い出す。記憶の違和感に囚われていたあの時と同じ感覚。

 視線の先にあるのは宙。

 そこを駆ける複数の流星。

 向かう先は恐らく、マスターたちの元だ。

 そのうちの一つ、雷と共にある星が、私の視線を捉えてやまない。足がその方向へと踏み出しそうになる。行かなくては、もう一度会わなくては、言葉を交わさなければならないという思いが心の底から湧き上がる。

 でも、そんなことは許されない。

 今この場では多くの仲間が道を作るために戦っている。

 

「――――――――っ!」

 

 自分らしくもない大きな焦り。

 身を焦がす衝動。

 忘れてしまった何かが頭の中で脈を打つ。

 

「はあぁぁぁああああああああ――――!」

 

 それを誤魔化すために、自分を鼓舞して魔神柱に旗を突き立てる。彼らの驚愕と怨嗟を耳にしながらも、私の意識を占めるのはあの流星のことだけだ。

 どうやらどうしようもなく、私はあの流星に思い入れがあるらしい。正確に言えば、あの流星として現界したサーヴァントに。

 

「まさか、ジークくんなのでしょうか。いえ、ですが彼は……彼は?」

 

 記憶の混濁が見られる。

 いや、正確に言えば枝葉のように別れた様々な可能性が入り混じってしまっている。それは悲しい結末が占めているものの、中には一つだけ、たった一つだけど希望に満ちた可能性が見えた。

 多くを秘める悲劇の中で、一層の輝きを見せる記憶だ。

 触れようとするものの、やはりロックがかかっている。

 

「一体私は、何を忘れようとしたのでしょうか……あれ、というかジークくんの事は忘れていないし、この場合あの流星はまた別の?」

 

 結局のところ分からなかった。

 恐らくは全力でその記憶領域を封じたのだろう。

 そうでもしなければならない何かとは一体なんなのか。

 この戦いが終われば知ることができるのだろうか。

 そんなことを考えながら、この行き場のない焦燥感を魔神柱にぶつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 情けなくも、涙が止まらなかった。隣を見れば、兄もまた珍しく目元を赤く染めていた。その視線の先には、降り注ぐ眩い流星群が存在していた。

 魔神柱は常に総体を保ち、滅びることはない。彼らはカルデアに取りつき破壊をもくろみ、加えて私たちがソロモン王の元へとたどり着くのを妨害する。一柱でも強敵であるのに、それが七十二柱もいるというのだから絶望的だ。

 おまけに彼らは消滅しても復元される。

 どうあがいても私たちに勝ち目はない。

 ここまでたどり着くために力を貸してくれたサーヴァントたちが脳裏をよぎり、彼らの善意を無に帰す、私たちの旅路が無価値へとなり果てるのが悔しかった。

 煉獄から私を焚きつけてくれた、彼女の行為が無駄になる。認められない。マシュだってその命を削ってここまで来たんだ。今だって、カルデアにいれば僅かでも長く生きられたのに、全てをなげうってここにいる。

 負けられない。

 こんなところで、立ち止まっている時間はないんだ。

 そんな時、空から数多の流星が降り注いだ。

 カルデアを破壊しようと取りついていた魔神柱に、情熱の赤を纏った剣が突き刺さる。その剣を持ち、光に包まれた人影の姿が露になった。

 そこに立っていたのはセイバー、ネロ・クラウディウス。

 次々に魔神柱を切り裂く光から姿を現すのは、これまでの旅路で縁を結んだ英霊たちだった。彼らはほんの僅かな縁を辿って、ここに至った。

 見れば中にはかつて敵であった彼等の姿もある。

 

『真打登場! というやつだ! ここまでよくぞ耐えたなマスター(・・・・)! それでこそ余と共に駆け抜けた者たちよ。奴らが総力戦を仕掛けてくるならば、此方も受けて立つまでの事! 見よ、ここにいるのは皆、一騎当千の英霊たちだ。うむ、壮観であるな!』

 

 笑う彼女の背後には、多くの英霊たちが立ち並んでいた。彼らは一度だけ私たちに視線を向けた後、道を作るように背を向けて魔神柱へと立ち向かっていった。

 

『さて、では行くがよい、カルデアのマスターたち。ここは余たちが引き受けた。このような醜悪な存在に、お前たちの歩みを止めさせるわけにはゆかぬからな! なに、今の余は強いぞ? 歴代ローマ皇帝、そして神祖ロムルスと共にいる。これで滾らぬ者はおるまいよ』

 

 そういって彼女もまた敵を倒すために戦いに向かった。

 後に残された私たちが走り出せば、当然のごとく魔神柱が行く手を阻む。しかし同時に英霊たちが集結し、彼らを抑え込んでくれる。第一特異点で出会った英霊が、第二特異点でであった英霊が、各特異点で出会った彼らが道を切り開いてくれる。

 そうして神殿まであと一歩、というところまでたどり着くが、

 

『起動せよ、廃棄孔を司る九柱。即ち――――』

 

 ムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン。彼らはこれまでの特異点には存在せず、それ故に彼らのいる領域と縁を結んだ英霊がいない。

 即ち、彼らは私たちが倒すしか道はない。

 玉座攻略を残したこの状況で、私たち二人がここに掛かりきりになるわけにもいかない。逡巡する私の背を押してくれるエミヤ、アーサー、クー・フーリン、ブリュンヒルデ。

 覚悟はとうに済ませたつもりだった。

 それでもやはり怖い。

 

「それでも、大丈夫。煉獄に落ちてもきっとまた、私を叩き出してくれる人がいるから」

 

 兄は一体何を、と珍しく私の意図を掴めないらしい。マシュは恐らく気づいたのか、はっとした表情で私を見ていた。

 兄のサーヴァントである白いアルトリアや山の翁は静かにうなずき、村正と呼ばれるエミヤと何らかの関連があるらしい彼は迷いを見せながらも兄を連れて前へと進み出した。

 

「え、まって、なんでリツカを置いて――――まさか……」

 

「うん、ここは私に任せて先に行け! だね。うん、二番煎じになっちゃうけど」

 

「いや、相手は九柱いるんだ、リツカたちだけで耐えきれるはずがないだろう!? せめてアルトリアか翁を――――!」

 

「大丈夫だよ、兄さん。ここには守護者がいて、聖剣の担い手がいて、ケルトの大英雄がいて、北欧の戦乙女がいるんだよ? そんじょそこらの相手には負けない。誰よりも一緒に戦ってきた私だから、自信を持って言えるよ」

 

 兄はそれを否定できない。

 私たちだからこそ、決して否定はできないのだ。

 

「――そんな風に言われたら、否定できないじゃないか……」

 

 誰よりも共に戦い、その力に救われてきた私たちだからこそ彼らの力を否定できない。信頼に値する人柄と、その力を私たちは知っているのだから。

 

「必ず勝つよ。必ず――――未来を取り戻す」

 

「うん、私の分までよろしくね。私はここで、兄さんが勝つのを待ってるから」

 

 兄の背を一人見送る。

 既に私の傍にはエミヤしか居らず、他の三人は魔神柱と戦闘を繰り広げている。魔槍が魔神柱を縫い留め、巨大な槍が上から彼らを貫いた。そこに降り注ぐのは聖剣の光。

 それでも次の瞬間には九柱全てが再生しているのだから恐ろしい。

 

「まったく、中々斬れないものを相手にしてきたことはあったけど、斬れるのに倒せない敵というのも珍しいね……!」

 

「はは、お前さんは初めてか? 俺はまぁ師匠で何となく慣れてるからなぁ……」

 

「困ります。そのような雄姿を見せられては、私――――」

 

 各々が力を振るい、魔神柱をなぎ倒す。

 エミヤは私の傍に立ち、私を護衛しながらも卓越した弓術で魔神柱の行動を阻害、味方のサポートに徹している。

 

「歯がゆいが、私には一柱ならまだしも奴らを一掃できるほどの能力がないものでね。いや、宝具さえ開帳できれば可能性はあるが、それではマスターを守れない。あぁ、足手まといだと言っているわけではない。マスターがいてこそのサーヴァントだからな。守護者として力を求めても、結局私はこの程度かと嘆いていただけさ」

 

 そういいながらエミヤは弓を放つ。

 彼はこれまでの旅路で少し変わったように思える。彼の過去はあの旅の中で聞いた。同時に、だからこそあの時エミヤは、と納得もいった。

 召喚したばかりの頃のエミヤは皮肉屋だった。

 それでも時間が経つにつれて彼の人柄を理解できて、何より彼自身の笑顔が増えた。多くのサーヴァント、特にアルトリアたちに囲まれる彼は困ったように鍋を振るい、それでも結局最後にはその食べっぷりに笑っていた。

 村正が来てからは、素のエミヤが出るようになった。

 イシュタルと出会ってからは、翻弄される彼が見えた。

 ランサーとは相変わらず犬猿の仲で、らしくもなく熱くなるエミヤがいた。

 そして、ジャンヌ・オルタを見て彼の在り方が少し変わった。死後、英霊となった身だからこそ自由に動いた彼女。生前には成せなかったことを成そうとするその姿にエミヤは影響を受けたのだと言った。

 一人の為に全てを敵に回したオルタ。

 大の為に小を切り捨てたエミヤ。

 大多数に裏切られたからこそ、理解の得られる仲間を作り目的を果たしたオルタ。

 親友に裏切られ、それでいいと終わりを見たエミヤ。

 

『あぁ、素直に言おう。私は彼女が羨ましかった。いや、少し違うか。私は彼女のような仲間を得られる機会を得ていながら、それを棒に振った愚か者だと自覚した。確かに私には大切な人々がいたはずなのに、正義の味方を目指すあまり、身近な人々を忘れてしまった』

 

 彼はそう言って目を伏せた。

 

『きっと、彼女なら言うのだろうな。身近にいる大切な者の幸福すら守れないものが、正義の味方に至れるはずがないと。そして私は持つべきだった。たった一人でいい。同調し私と共に進むものではなく、諫めてくれる唯一を。止めてくれる一人を』

 

 もっとも、生前の私が切り捨てたのだがね、と自嘲するように笑った。

 それから彼は、私にどう自分が動くかを相談してくれるようになった。自分を犠牲にするようなものが多くあったから切り捨てれば、どこか不満そうにしながらも一考する。

 そしてその後、また一つ提案を持ってくるのだ。

 小を切り捨てて大を拾う。その性質は簡単に抜けるものではなく、そういったものも中にはあった。それを否定すれば、ではどうするかを聞かれ、私が困っていると周りから英霊たちが集まって、あーだこーだの論争が始まる。

 そして結局、皆で泥まみれ傷まみれになりながら、全て救い出すのだ。

 

『あぁ、分かっている。英霊だからこそできたことだ。それでも生前、あの時代ならば、英霊の力は必要なく、人間の力で乗り越えることはできたのだろう。泥臭くあるが……思えば、素晴らしい結末だったのだろう』

 

 イシュタルが来てからはさっぱりと彼女が切り捨て、呆然とする彼をよく見る。同時にガミガミと怒られ根性を叩き直すと連れていかれる彼にかつての面影はない。あるのは私の見慣れない、ポカンとしたどこか少年じみた表情だ。

 彼はきっと、変わることが出来たのではないだろうか。

 昔の彼を知っている人ならば、戻って来たとも取れるのかもしれない。

 今の彼は一人ではなく、仲間がいる。

 信頼に値する、英雄たちが傍にいるのだ。

 

「ああ、その通りだマスター。私自身の非力は嘆かわしいが、幸いなことに火力に関してトップクラスの仲間がいるものでね。おまけに逃げ足の速い猟犬もいる。ならば役割分担だ。今の私に倒す力はいらない。マスターを守り抜く力さえあればいい。私は私に出来る全力を尽くすのみだ」

 

 赤い弓兵の背は、頼もしいものだった。

 

 

 

 それからしばらく戦いは続く。

 致命的なダメージを此方が負うことはないが、相手にも致命的なダメージは与えられていない。というか、与えたところで無かったことになる。今では倒す方向ではなく、足止めをメインとしているくらいだ。

 それ程までに此方の消耗は激しかった。

 傷を負いながらも足を止めず戦う彼等だが、限界は必ずやって来る。私を守っているアーチャーにも負傷が目立ってきた。つまるところ、前衛を抜いて此方まで攻撃が届くようになりつつあった。

 あともう一手。

 その一手が届かない。

 兄は無事かと神殿の方を見れば、膨大な魔力が嵐のように吹きすさんでいる。あの中心にいる兄たちはどうなっているのか知る由もない。

 ただ、今すぐ片が付くということはないだろう。

 諦める気はないが、気持ちは徐々に負けていく。

 気力だって無限じゃない。奮い立たせるには限界がある。

 それでもまだ負けずに立っていられるのは、これまでの旅の中で鍛えられてきたからだ。諦めなければいずれは報われると知ったからだ、信じることが出来たからだ。

 彼らの奮闘は続く。

 魔神柱の攻撃の手は緩まない。

 徐々に戦線は下がり、危険な領域へと至る。

 

『滅びるがいい、最後のマスター。ここには、我らには何もない。未来、過去、因果、希望、人の名付けた神という奇跡さえ。あらゆるものが無価値となったこの場では、全てが不要だ。膝を折り、顔を伏せるがいい。絶望すらも不要。この場において、貴様らを救い上げる者はいない――――』

 

 魔神柱の一撃による余波が私を襲う。

 地面を勢いよく転がりながら、頭を守る。がっという衝撃と共に体は止まるが、体中を走り回る激痛がやまずにうめき声となって宙を漂う。

 

『最早、貴様らの声に応えるものはない――――』

 

 その瞬間の事だ。

 空に響く高笑い、視界を焼く雷光。

 いつぞや兄に聞かされた、一人の復讐者の話。

 彼は高らかに笑い、その背で希望を語るのだ。

 

「ふ、はは、ハハハハハハハハハハ! 笑わせるな、魔神ども! 貴様ら如きに語られるほど、その娘は安くないぞ。なに、その娘はよく知らんが、その兄はよく知っている。あの傑物の妹であるならば、きっとソレも絶望に屈することはなかろうよ!」

 

 ジャリ、という足音が私の前に立つ。

 

「例え娘が屈しそうになろうとも、それをさせん女が確かに存在している。あれは生中な絶望などぬるいと一笑するだろう邪悪な魔女だ。そんな魔女と縁を結ぶこの娘が俗物であるはずもない」

 

 彼の名は巌窟王、エドモン・ダンテス。

 かつて兄を呪いから救い姿を消した、復讐者だ。

 

「さて、では俺は消えるとしよう。俺はその娘を助けに来たのではなく、我が共犯者を笑いに来たのだから。それは、巌窟王たる俺の役目ではない。……この俺を運び屋として扱ったのだ、精々踊れ、竜の魔女!」

 

 そういって、彼は雷光と共に消えた。

 きっと兄の許に向かったのだろう。

 見れば、空から幾つもの流星が、この領域に降り注いでいた。

 

『馬鹿な、この領域には縁を結んだ英霊など――――!』

 

 魔神柱が驚愕の声を上げる。

 

「ええ、確かに。ですがこれは貴方たちのミスです。何せ七つの特異点以外に、英霊と縁を結ぶ機会を与えてしまった。故に、貴方たちの敗北が決定されたのだから」

 

 その声と共に、全ての魔神柱が炎に包まれた。

 一度ついてしまえば消えることのない、そのおぞましい炎はよく知っている。あの時も私を煉獄から救い上げてくれた、一人の復讐者のものだ。

 続くは雷鳴。

 降り注ぐそれは、一人の女と共にやって来た。

 

「ふふふ、私は信じていましたよ、リツカさん。貴方たちならばここまでたどりつくことが出来ると。金時がいないのは残念ですが、母として、良いところを見せなければなりませんね!」

 

「まぁ頼光が出張っとるし、めちゃくちゃにしたいとこやけど、人界が無くなるのは見過ごせんしなぁ。魔神柱をつまみに、酒でも飲むとしよか」

 

「うむ、人間は使いよう。それを吾は知った。というわけで滅ぼされては甘味が食えぬ! ふはははは、此度は救ってやるから菓子をよこせ――――!」

 

 更にやって来る英霊たち。

 彼らは七つの特異点以外で関わりを持った英霊たちだ。そんな彼らまでもが、細い縁を辿って、この領域まで手を伸ばしてくれたのだ。

 エミヤなど、空から現れたイリヤを見て愕然としている。

 そしてその隣にいるクロを見て、考えるのをやめたらしい。

 とある特異点で出会ったが、そう言えばカルデアに来たのはクロだけだった。彼女が来た時でも呆然としていたものだから、イリヤの存在を伝えていなかったのだ。まぁカルデアにはいないし、いいかと。

 結果、クロについてだけの説明に終わっていた。

 しかしそんなクロと一緒にイリヤがいることから、事情は把握したのだろう。彼の目に光が戻るのは何時になるか分からないが。

 

「まったく、呆ける余裕があるとは驚きですね。そんな暇があるなら、精力的に働いてもらいたいものです」

 

 背後から聞こえる声は、嫌でも忘れられない。

 私たちの仲間である、ジャンヌと同じものでありながら、違うもの。

 

「……呼んでも来てくれなかったくせに」

 

「ええ、私はひねくれ者ですから。呼ばれて素直に行くほど、純粋ではありません。そもそも、呼ぼうなどと考えるなと言っておいたでしょうに」

 

 私にそう返しながら、彼女が横に並んだ。

 その瞬間、表現しがたい感情が体を突き抜けた。

 今までは背を追いかけるか、背負われるかだった自分が、二本の足で彼女の横に立てている。嬉しいのだろう。それ以外にも、様々な感情がごちゃまぜになっていた。

 

「おやおや、相変わらず罪つくりな人ですね。これは引率としてついてきて正解でした」

 

「……あの、近づかないでもらえますか? 貴方の笑みは信用なりません。ええ、別に『私』を散々いたぶってくれたなとか、そんな恨みつらみはありませんが」

 

「あはは、今は遠い可能性のことは捨ておきましょう。大切なのは今、なのでしょう?」

 

 さわやかな笑みを浮かべて、天草が姿を現した。

 そんな彼に対し、オルタはどこかトゲトゲしく、私たちの知らないところで面識があったらしい。

 

「チッ、相変わらずいけ好かない。アサシンはいないのですか?」

 

「……? 何故ここで彼女が出てくるのですか?」

 

「これだから腹黒は。分かっていてやっているのか、それとも素なのか。……いえ、この場合は素ですか。本当に質の悪い。申し訳ありませんが、貴方に構っている暇はありません。どうも、馬鹿な『私』が待っているようですから」

 

「……その連れなさも相変わらずですね。どうです、これが終わったらお茶にでも行きませんか? そこで彼女の弱点でも教えてください。盛大に煽ってみせますから」

 

 ニコニコと笑う天草に対し、オルタはため息をついている。ああ、苦労しているんだなぁ、厄介なのに目を付けられたんだなぁ、と少しばかり同情してしまった。

 

「取りあえず、そこの聖職者モドキはおいておきましょう。幸いなことに、単純な武力から絡め手まで、使える戦力が揃ってます。相手は不死身と言ってもいい。なら、取る手段は一つでしょう。不死身を殺すなど、効率が悪すぎますからね」

 

 邪悪な笑みを浮かべたオルタは、旗を地面に突き立てる。

 新たに手に取ったのは、黒く染まった一本の剣。

 

「では、賢く戦うとしましょうか。手始めに――磔でもいかがです?」

 

 そう言って嗤う彼女に、ちょっとキュンときた私は手遅れかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 




 

 終局は前・後の構成になりそうです。
 もしかすると間に中が入るかもしれません。

 申し訳なくも、感想返しについては時間があるときに!
 


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終局・中

 

 お待たせし申した。
 結局分割する羽目になるというね。

 ここからまた暫くは時間が取れず、反応もなくなると思いますがきっと生きておりますのでしばしお待ちいただければ……!

 取りあえず、時間がない今、先に来るのがライト版で助かった……
 その後に2017年クリスマスが来るって信じてる。


 

 

 どの面引っ提げてやって来たのかと自嘲する。

 呼ばれたって行かないぞ、と宣言しておきながらこうしてオメオメやってきてしまったのだから、苦笑の一つや二つ浮かぶものである。

 最初に出会ったのは、第一特異点と呼ばれるオルレアン。マスターとしてはまだまだ未熟で、障害にはなり得ないだろうと評価していた少女。

 次に出会ったのは、生ぬるい煉獄の中。魔術王の手によって落とされたのはすぐに分かった。また趣味の悪いことをする、とぼやきながら亡者の群れを串刺し、磔にし続けた。

 どうせもう一人、男のマスターもいるのだろうと探してみるも、どうやら落ちてきたのは彼女一人だけのようだった。恐らくは別の方法で男のマスターも呪い殺そうとしているのだろう。

 まぁ、二人同時に殺すよりも別々に殺す方が成功率は高いものとなるのだから、魔術王の選択は間違いではない。

 ただ、あの煉獄に送り込む、という選択以外は。

 何より送り込んできたのが、その少女であったのが間違いだ。

 

――死にたくないと、みっともなく足掻くその姿……

 

 どこか自分の姿に重なった。生きたいという欲望に塗れ、足掻いているその姿が生前の自分に似ていると感じてしまっていた。

 そんな少女を目にしてしまえば、体は勝手に動き出す。第一特異点では随分と迷惑をかけた。そして死にたくないと足掻いても結局死んだ私がこうなってる。

 その二の舞となりそうなソレを見て、動かずにはいられない。私は復讐者だ。身勝手で理不尽な世界に、国に、人に復讐を成した魔女だ。憎悪に身を焼かれる魔女だからこそ思うのだ。

 

 ――醜い魔女は一人でいいと。

 

 気づけば何気なく声をかけ、亡者を蹴散らし助け出していた。意識が朦朧としている彼女に話しかけ、一人勝手に納得していた。ああ、だから私は彼女を私に似ていると感じたのだと。周りの人間、欲に塗れたその在り方を思い返し、道理でと心の内で呟いた。

 後は流れるがままだった。

 勝手に仮契約を結び、予想以上の相性の良さに驚きながら亡者を蹴散らす。途中、彼女が涙を堪えれば、まるで昔の『私』を見ているようで放っておけなくなると同時に、暗い炎が再び灯る。

 私は確かに復讐を成し遂げた。

 とはいえ、復讐者として確立してしまった私は、最早その枠からは逃れられない。以前のような狂気に見舞われることはないものの、それでも『私』を思えば憎悪と愛情が入り混じる。

 とは言え、此度の彼女は関係がない。

 気を紛らわすように、力尽きそうな彼女を背負う。そこから感じられる人のぬくもり、生きていると実感させてくる鼓動がどうも心地よかった。

 耳元で自身の願望を呟く彼女を背負ってまっすぐ歩く。その願望は否定できないほどに切実で、真っすぐで、何処までも人間らしい願いだった。

 生きていればきっといいことがある。

 その言葉が何よりも尊かった。

 結局、私は最後まで彼女に付き合って、カルデアへと帰るのを見届けた。縁は結ばないし、呼ばれようと行かないからそもそも呼ぼうとしないようにと伝えながら。

 

 そして三度目。

 まさか私が、あの時に結ばれたほんの僅かな縁を辿ってこんな場所にやって来ることになるとは思いもしなかった。

 それというのも、私の目の前でニコニコと笑う日焼け野郎のせいである。

 繋がっていた縁を辿れば、数多の英霊がかの特異点へと流星となって降りて行った。その中で唯一、流星がたどり着けない領域があった。その領域が何か大体の予想はついていたし、魔神柱の詰めが甘かったのはすぐに理解できた。

 予定外の計画(特異点)なんぞを急遽突っ込むから、こうも穴が生まれるのだ。それを証明するように、その領域に向かっていくつかの新たな流星が落ちていった。

 その中に一つ、見逃せないのが交ざっていたのだ。

 

 ――天草……!

 

 奴は色々と危険だった。

 相容れない存在だ。

 そして何より、あの少女に近づけてはいけない類のものだ。ああいうのは天然の兄の方に任せておけばいい。が、彼は魔術王にかかりきり。おまけに奴の目的地は少女の元だ。

 どうせ今救援に入り信頼を獲得。好感度を上げつつ聖杯の奪取を狙うとかそんなことを考えているのだあの男は。

 おまけに奴への恨みつらみはつきやしない。

 妨害する、それが結論だった。

 

 そして途中で巌窟王を捕まえて奴より早く合流。どうやら私の意図を悟ったらしい奴は、引率として来た、という体で堂々と私の隣へとやって来た。座に送り返してやろうか、などと思いながらも今に至るのだ。

 魔神柱―― 相手は無限。

 死なず、尽きることのない存在。

 だからこそ、戦い方は簡単に絞られた。

 ようは、殺さなければいいのだ。

 

 

 

 

 

 目の前で魔神柱が雷に打たれ続けて痙攣している。それが終わったと思えば、芳醇な酒の香りが魔神柱を飲み込み思考を奪い、巨大な鬼の手によって封じ込められる。やがて気を取り直した魔神柱を待っていたのは、エミヤとクロによる投影魔術。

 巨大な刀剣が降り注ぎ、彼らの動きを封じ込めていく。恐らくはそういう効果のあるモノが交じっているのだろう。相変わらずの万能さである。

 それから逃れた一部はイリヤや天草の一撃によって群体に戻される。そして再生してきた傍から延々とループが始まっていくのだ。

 途中、魔神アーチャーや病弱セイバーと一部チェンジしたり、回復したカルデアのサーヴァントを復帰させたりとシフトを組んで対応する。

 そして現在、私が少女――マスターのお守役だ。

 

「……ええ、そうです。私は確かにお守役ですが――――離れなさい」

 

 背中に張り付くソレ。

 先ほど、私が宝具による磔役を終えてからずっとこうである。護衛役だからと彼女の前に立ったが運のつき。かといってあのまま横に立っていても何だかろくなことにならない気がしたのである。

 主に私を見るあの視線的に。

 その結果がこれなのだから何とも言えない。

 ス、と背中に手を回せばいつの間にか回避され、その先に手を回せばまた回避され。一体私の背中で何が起こっているというのか。正直に言えば戦慄が隠せない。

 

「呼んでも来てくれなかった」

 

「言ったでしょう。呼ばれても行かないと」

 

 そういえば背中にグリグリと頭が押し付けられる。何とかしろ、とオカンと呼ばれるエミヤに視線を向ければ、どこか微笑ましい目で見られる。ではセイバー、と視線を送れば彼女の幸せは奪えないかな、などと抜かす始末。

 仕方なく放っておけば、ようやく落ち着いたのか顔を真っ赤にしながらいそいそと隣へと降り立った。顔に手を当て自分は一体何をしていたんだ、とつぶやく彼女を見て、ホントにな、という言葉を飲み込んだ。

 

「まったく、あれから成長したのかと思えば退化しているのでは?」

 

「うぐっ、あ、あれはその……はい。でも、オルタにも責任があると思うよ。こう、なんて言うか、あまりにも理想的すぎたもん。アーサー王もビックリだよ」

 

 ちらり、とそのアーサー王に視線を向ければ彼は頬を掻いて笑う。

 

「それに、あれからずっと会えなかった反動と言うかですね……」

 

「当然です。縁はあれど、呼び出しに応える気なんて無かったのですから。今回は緊急事態だから致し方ないとして、今後に期待を寄せないように」

 

 まったく、と呆れながら彼女を見れば、申し訳なさそうに身を縮こませる。そして真っすぐとした目で、サーヴァントたちの奮闘を見つめていた。

 

「……結局、目をそらさず戦う道を選びましたか」

 

 ポツリと呟けば、彼女は一瞬だけきょとんとした後、照れくさそうに笑う。

 

「覚えててくれたんだね。うん、私は結局、こうして戦う道を選んだよ。オルタに救われて、カルデアに戻って、美味しいご飯をいっぱい食べて、泥のように眠った。その後で、皆に相談してみたんだ」

 

 それで、と口をはさむのはなぜか憚られた。

 私が促す必要などない、そう感じたのだ。

 実際、彼女はそんな私を見て頬を緩め、一度だけ頬を叩いて気合を入れ直すと再び口を開いた。

 そして、彼女の口から語られたのは、サーヴァントたちの生い立ちだった。どのように生き、どのような思いを抱いていたのか。それを聞いて回ったのだそうだ。

 勿論、自分の思いを示し、考えたいのだと伝えて。

 多くの生きざまを彼女は知ったのだという。英霊に至ったエミヤの話。聖杯を求めるアーサー王の話。ランサーはただ、強いやつと戦いたいのだという。他にも様々なサーヴァントたちから、その生きざまを学んだ。

 王として生きた者たち。

 それでも王の在り方はそれぞれで、一人一人の王道があった。ただ一つでも同じものはなく、その全てがオリジンだった。

英霊だって迷い、葛藤し、後悔していた。

かの英雄王だって、一度は死を直視していた。

 

「私は、自分の思いを言葉にするべきだったんだって痛感した。最初、エミヤに相談してみたんだ。そしたら『君が思いのたけを口にし、相談してくれたのは初めてだな。申し訳なくもあるのだが、こうして相談して貰えたことが嬉しいと感じている』だって」

 

「流石は天下のプレイボーイですね。それでころっといったわけですか」

 

「いや、私にはオルタがいるし。まぁ、そうエミヤに言われて気づいたんだよね。なんで私は、相談することを諦めていたんだろうって。そもそもオルタに言われるまで、皆が世話焼きでいい人ばっかなんだってことすら、頭の中から抜けてた。うん、余裕がなかったんだ、私」

 

 バツが悪そうに、彼女はそう言った。

 

「相談したところで状況は変わらないって、諦めてたんだ。それを真っ向から否定して、自覚させてくれたオルタのおかげで、私の視界は広くなった。皆の考え方を知って、思いやりを感じて、それらを踏まえてどうしたいかを考えた」

 

「その結果が、戦うという結論ですか」

 

「うん。皆、色んな理由で戦ってたよ。で、私なりに考えた。進んでも死ぬかもしれない。進まなければ必ず死ぬ。皆は葛藤の末に選んだ。だから私も葛藤して選ばなきゃいけない。一を捨てて十を救った正義の味方が、結果は伴わなかったけど、最後の最後まで足掻いたように」

 

 彼女の視線が何かを追った。

 それを辿れば、赤い外套を纏う『正義の味方』がそこにいた。

 

「そしてオルタの言葉が止めになった。どれを選んでも後悔は付きまとう。それをどれだけ小さくしていけるか、良いものにしていけるか。うん、考えるまでもなかったんだ。私は見て見ぬふりなんてできない。うずくまって震えていることに耐えられない。だから今までだって、がむしゃらに駆け抜けてきたんだ」

 

 そう言った彼女が、ゆっくりと前に手を突き出した。

 か細く白い少女の腕。

 見ればうっすらと、いくつもの傷跡が白い肌に線を引いている。

 

「私は心が疲れ切ってた。マスターとして戦おうって思った原点も忘れていた。人に悩みを打ち明けることが出来なくなってたんだ。最後のマスターっていう、プレッシャーに負けて。それをあっけなく吹き飛ばしていくんだから、もう勝てないよね」

 

「勘違いも甚だしい。どうせあと一人いるのだし、程度の考えでしかありませんでしたよ。貴方が潰れようと、メインがいるから問題はない、と」

 

「それでも、私の逃げたいって思いを肯定してくれたのに変わりはないよ。私の不安を肯定してくれたのは嘘じゃない。どんな私も、私だと認めてくれた。嬉しかったんだ、本当に。あぁ、背中を押してくれるお姉ちゃんって、こんな感じなのかなって思った」

 

 傷だらけの手。

 その手が私の手を取った。嬉しそうに笑う彼女の姿が、もう『私』と重なることはなかった。『私』とは違う強さを持ち合わせた、立派なマスターだ。

 一人ではなく、多くの人と共にしか進めない。

 歪にも見えるが私はそれが普通だと思うし、それでいいのだと思う。

 間違えたときは誰かが叱って、誰かが間違えたときは自分が叱る。何かを遂げて祝福され、同じように誰かを祝福する。悩みを相談し、相談され、共にその解決を目指していく。

 私の願った在り方。

 そして手の届かなかった在り方。

 

 

 なんだ、もう、彼女は私の前を行っているんじゃないか。

 

 

 

まったく、無駄足もいいところだ。それでも、彼女が自分の意思で決めて納得できているならばそれは喜ばしいことだ。魔女の祝福なんぞ縁起でもないだろうが、勝手に祝福させてもらうとしよう。

 さてはて、こうなると私がここにいる理由も無くなってくる。魔神柱も肉体は兎も角精神的な面で消耗し、現在では再生を拒む個体すら現れた。

 元々、この領域には強力なサーヴァントが多かった。今では増えに増え、着物のセイバーに、セイバーを自称するアサシン等々も増援としてやって来ている。

 セイバーを自称するアサシンを見てエミヤが噴出し、その後やって来た赤いアサシンを見て胃を抑え始め、その隣にいたキャスターを見てイリヤとクロが二人を見てお母さんと声を上げたのを聞き、彼の目は死んだ。最後、ソロモンのいる方を向いて一家せいぞろいかッ!と膝をついた。

 何を面白いことやっているのだろう。

 

「さて、この様子ならばもう大丈夫でしょう。天草を放置していくのは気が引けますが、流石に今動くほど浅慮ではないはず」

 

 そう呟けば私の手を握る力が強くなる。

 

「……行くの?」

 

「……ええ。どうやら、随分と拗らせているようですから。全く、面倒なのは相変わらずです」

 

「私もまだ、怖いんだけどナー」

 

「問題ないでしょう。この戦力差ですし、常に三人は手が空いている状態です。彼らが貴方の護衛に回れば先ず、貴方まで攻撃が通ることはないでしょう」

 

 そういえば、彼女は寂しそうに笑う。

 随分と懐かれたものだと思いながら、知ったことではないと背を向ける。目指すは『私』のいる第一特異点の領域だ。取りあえず一発かましてやらねばなるまい。

 後の事をエミヤに任せると、彼はどこか複雑そうな表情をする。同時に、何か口にしようとするのだが、結局最後の最後まで出てくることはなかった。一体何なのかと疑問に思いつつも用がないならと足を動かせば、背中に突き刺さる視線が一つ。

 

「えっと、その……!」

 

 何か口にしようとしてまとまらない様子が見て取れる。立派なマスターになったものだと思っていたらこれである。

 どこまでも締まらないマスターだ。

 それでも、

 

「ここまでよく頑張りました」

 

「――――……へ?」

 

 予想外。

 そう表情にありありと出ている彼女を無視して言葉を続ける。

 

「そうですね。陳腐ではありますが、何かご褒美でも差し上げましょう。ただ生憎、今は手持ちがありません」

 

「え、え? い、今もしかして褒められた!?」

 

「ええ褒めました。よくもまぁここまで来たものです。だからこそご褒美でもと思いましたが先ほど言った通り持ち合わせがありません」

 

「ではお姉ちゃんと呼ぶ権利を――――!」

 

「持ち合わせがありません! とんでもない要求をさらっとまぁ! 兎に角、今は持ち合わせがありません! ですので、次の機会に」

 

「――つ、ぎ?」

 

「ええ、今度また出会ったときに。その時に、私に叶えられる範囲で。それまではお預けとしましょう。何せまだ、全部は終わっていませんからね」

 

 そういえば、疑問符だらけの表情がぱっと輝いた。ぐぬぬ、どうも絆されているような気がしてならない。復讐を終えてある程度憎悪が収まったことも原因だろうが、煉獄だの今回だの色々と共感してしまったのは失敗だったと見える。

 

「じゃ、じゃあまた今度! 約束だよオルタ!」

 

「ええ、約束です。それでは私はこれで。ここで気を抜かず、いらぬ怪我を負わないように」

 

 それだけ言って最後、振り返ることなくその場を後にした。

 これが最後の特異点、もうサーヴァントが召喚される場などない。さてはて、彼女が望むものを渡す日はいつ来るのか。最後まで詰めが甘い、そんなことを考えながら見覚えのある旗を目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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終局・後

 合間を縫ってようやく完成。
 合間合間に書くと前にどこまで書いたか、何を書いたかあやふやになるから怖いですね。

 セイレムも終わり、無事にアビーちゃんをお迎え。
 あとはクリスマスのエレシュキですね――☆5ランサー全体宝具。
 単体しかいないしぜひ欲しい……。
 20連分しかない石を見て祈る日々です。


 

 

 唐突な話だ。

 私の中の焦燥感が、大きな喜びと期待に変わった。戦闘中、おまけに敵は強大で油断は許されないという状況にも関わらずである。

 仲間であるサーヴァントたちは一流の戦闘力を持っているが、彼らはだいぶ自由に戦っている。連携などなく、各々の力を魔神柱へと叩きつけている。

 可能ならば連携を、と思わなくもなかった。

 しかし、彼らも何かを待っているようだった。

 私の焦燥感と同じ、その正体の分からない誰かを。

 

 ズキン、と頭が痛みを訴える。

 

 だが、眉をしかめるどころか笑みが浮かんでくる。

 それほどまでに渇望しているか、私は。

 

「一体、何者でしょう。私の根本を揺らすような感覚は……」

 

 旗を振るいながらも、ある一方から目が逸らせない。見れば、周囲で戦っている一部のサーヴァントたちにも笑みが浮かんでいる。

 やれやれ、といった保護者のような笑みを浮かべるもの。

 ヴィヴラフランス、と唐突に言い出す白百合の王妃。

 舌なめずりをする背の高いライダー、などなど。

 どうやら私たちの待ち人は一人らしい。

 

「っ! 『我が神はここにありて』(リュミノジテ・エテルネッル)――――――!」

 

 ふと気を取られている内に、強力な一撃が魔神柱より放たれる。咄嗟に宝具を開放し無効化するが、私の中にはもどかしさが生まれる。

 この宝具は敵の攻撃を無効化しきるが、攻撃は一切できない。守るためだけの宝具であり、攻撃に切り替えるとすれば、私の持つ自滅特攻宝具を使用するほかない。とは言え相手は無限に再生する魔神柱であり、攻撃と引き換えに私が消滅すれば消耗するのは我々だけだ。

 

「歯がゆいですね……守ることしかできないとは。そのくせ、大切なものは何一つ――――」

 

 何一つ、なんだ?

 守れなかった? 一体、なにを?

 頭が痛む。先ほどよりも、より強く。

 脂汗すら浮かぶほどに痛みは、私から集中力を奪いとる。

 思い出せない。私は知っているはずなのに、思い出せない。

 そんな時、一つの足音が聞こえた。

 

「――――まったく、何ですこの体たらくは」

 

 そして、ス、と耳に届いた冷たい声。

 そんな冷たい声とは裏腹に、急激に体に熱がともる。

 

「まさか記憶を無くし腑抜けた『私』は兎も角、貴方たちまで腑抜けているとは思いませんでした……何です、その目は。特にライダー、その獲物を見つけたかのような視線はやめなさい」

 

 黒い旗を掲げたサーヴァント。

 禍々しい空気を纏いながら歩いてくる黒い姿。

 カチリ、と何かが外れる音がした。

 

「キャスター、貴方がいながらなんです、この様は」

 

「ふふふ、どうせ貴方はここに来るだろうからって待ってたのよ。それまではそれぞれが余裕をもって自由に戦う。貴方が来たなら、以前のように協力して戦う。すごいじゃない、結構気に入られていたみたいよ、貴方。かくいう私にもね」

 

 記憶が流れ込む。

 

「……ほとほと呆れて言葉もありません。一応これは最終決戦、人理を取り戻すための重要な戦いだというのに」

 

「あら、貴方がそれを言うなんて。もしかして、カルデアのマスターに絆されたのかしら」

 

 第一特異点、オルレアンの記憶。

 それ以前、私の中にいた、もう一人の私との記憶。

 

「絆される、などということがあるはずないでしょう。万が一にでもあれば、私は召喚に応じていた事でしょう。ええ、あのしつこい召喚に。毎回『私』を媒介にしようとするの止めてもらえませんかね」

 

「……予想以上に愛されてるわね、貴方」

 

 喜びと絶望の記憶。

 旗を持つ手が震えだす。

 あの時のもう一人の私を貫いた時の感触が、蘇る。

 

「愛されてる愛されてないなど、関係のない話です。これが最後なのですから」

 

「まぁ、確かにね。で、貴方はこれからどうするの? まぁここに来た時点で、貴方の目的なんてわかり切っているのだけど」

 

 なら聞かないでください、という声が耳朶をうつ。

 そして、黒い彼女が、私の目の前にやって来た。

 

「随分と酷い顔をしていますね、『私』」

 

「あはは、当たり前じゃ、ないですか……」

 

 答えれば、自分でも驚くほどに力のない声となる。

 くつくつ笑う彼女は、もう一人の私は、私の目の前で立ち止まる。

 あぁ、こんなにも近くにいる。私にとって大切な人であり、家族であり、至らぬ自分が傷つけ死なせた、もう一人の私が。

 そして、完全に記憶が蘇る。

 カルデアに召喚される、その直前からの記憶が。

 

 

 

 

 

 オルレアンを修復した。

 その果ての犠牲は、奇跡的にゼロ。

 いや、正確には、一人いる。

 私自身の手で、二度も殺した、もう一人の私。

 憎悪の果てに蘇り、復讐に生きた竜の魔女。

 彼女の復讐は、見事になされた。私は打ちのめされ、あの時の旗の感触が忘れられない。ずぶりと肉を断つ感覚、腕の中から失われていく、もう一人の私の姿。

 泣きわめく私を、穏やかな表情で笑うもう一人の私は、復讐者として、姉として、家族として、私に欠如していた想いを置いて満足そうに去っていった。

 そして今更にして、自身の死が皆を、家族を悲しませた事実に気が付いた。主の為、国の為、その目では捉えられない巨大なものの為に戦い、目の前にあったはずの触れられる小さなものをないがしろにした結末がこれだ。

 

 奇跡的な再会だった。

 

 私をもう一人の私が憎むがゆえにあった出会いだったのだ。そのもう一人の私は国に、民に、私に復讐を成し遂げた。最早彼女が、もう一度私の前に現れる理由は失われた。もう一人の私の事だから、カルデアの召喚に応じるはずもない。

 

 すべてが手遅れだ。

 

 それでも、可能性にすがるしかなかった。

 最後に彼女が残した言葉。忘れないこと。忘れれば化けて出ること。律儀なもう一人の私だからこそ、ほんの僅かにでも可能性があった。

 忘れることで、彼女に会えるかもしれない可能性にすがる。

 私は、伝えなくてはならない。

 彼女に謝罪を。全てを理解したからこそ、もう一人の私の行動から失い残される側の思いを知ったからこそ、たとえ許されなくとも謝らなくてはならない。

 

 カルデアに召喚された時、私はオルレアンを覚えてはいない。正確には、もう一人の私についての記憶を失っているだろう。また、もう一人の私を怒らせるような真似をしているのは理解しているが、これしか頭の悪い私には思いつかない。 

 忘却することで逃げているようにも思える。

 だが、私にとっては罰になる。

 もう一人の私の事を忘れようとも焦燥感が、痛みが、喪失感が常に私を苛み続ける。忘れられない感覚が、私を責め続けるだろう。

 その時が来るまで、私に安寧はない。

 それでいい、私はもう一人の私を忘れても、貫いたあの感覚を忘れることはない。正体の分からない罪悪感に苛まれ苦しみ続ければいい。

 その時が来て、私は全て思い出す。

 押し寄せる感情に塗りつぶされる。

 

「あぁ、これはカルデアからの召喚ですね……」

 

 カルデアには負担をかける。

 それでも、私は何をしてでももう一度会いたい。

 

 ごめんなさい、そう呟くと同時に、私はカルデアの召喚へと応じた。

 

 

 

 

 

 そして今、全てを思い出した。

 どうやら愚かな私の悪あがきは、もう一人の私へと通じたらしい。

 

「よもや、そこまでするとは思っていませんでした。以前の『私』であれば、今回のように少しでも逃避ととれるような行動は取らなかったでしょうに」

 

「馬鹿な私は馬鹿なりに学んだんです。幸いなことに、私と違いもう一人の私は、約束を違えないと知っていましたから」

 

 約束を違えた私を恨む、もう一人の私。

 その彼女が、私との約束を破ることはない。約束を違えた私と同じことをしないように。愚かしい私と同じになってしまわぬように、もう一人の私は約束を違えない。

 もう一人の私は、やれやれと肩をすくめ、キャスターに何かを告げて私へと向き直る。手に持つ旗は既に霊体となり消えており、戦闘の意思は見えなかった。

 そして私は、改めてもう一人の私を見る。

 

 オルレアンの時とは少し変わった、もう一人の私を。

 

「何です、そうジロジロと。ぶしつけなのは変わりませんね」

 

「いえ、こうしてもう一度会えたんだなぁと、色々と噛みしめていて……ちょっとタガを外したら飛び掛かってしまいそうです」

 

「……あぁ、変わってませんね、貴方。そのやんちゃっぷりはいつも通りです。周囲の気持ちを読み取ることが多少できるようになったかと思えば、そこに中途半端な知恵を得たせいで拗らせているようにも見えますし」

 

 否定の言葉は浮かんでこなかった。

 正直に言えば、抱き着いてしまいたい。

 しかし、もう一人の私を貫いたあの感覚が踏みとどまらせる。近づけば近づくほど、私がもう一人の私を殺したのだと、両の手が震えてしまう。

 近づけば、また私が殺してしまうのではないかと恐ろしくなる。もう一人の私にとって、私はきっと死神のようなものだ。私と関わらなければきっと、もう一人の私は歴史に名をのこすか、自由気ままに人生を謳歌していたに違いない。

 

「ふむ、恐れも覚えたと。あぁ、その青ざめた表情は素敵ですね。復讐は終わりましたが、この炎は未だに消えず。だからこそ、貴方が苦しむさまを見ると、私の気分が昂ってしょうがない」

 

 カツン、ともう一人の私が一歩近づく。

 そして私は一歩下がる。

 触れたいのに近づけない。

 もどかしさがあふれかえる。

 

「うん、新鮮です。こう、嗜虐心が湧いてくるというか……」

 

 こほん、ともう一人の私が誤魔化すように咳をする。

 さて、もう逃げ場はない。私は私の持てる限りの方法をもって、もう一人の私を呼び出した。これ以外にも呼び出せる可能性が高いものもあったのかもしれないが、私ではこれが限界だった。

 それでも呼び出すことが出来たのならば、私がやるべきことは一つ。

 言葉では足りないかもしれない。その時は、この体を鞭打ってくれても構わない。拷問を受けたって構わない。私は、もう一人の私に謝らなくてはならないことがたくさんあるのだ。

 

「その為にも、先ずはあの魔神柱を――――――?」

 

 もう一人の私に対しそう言えば、ふと疑問がわいてきた。

 あれ、さっきまで暴れていた魔神柱はどうしたのだろうか、と。不思議に思い後ろを振り向いてみれば、そこには串刺しにされ、矢を受けてサボテンのようになった魔神柱たちがいた。彼らが少しでも動けば虹色の輝きが動いた部分を消し飛ばす。やがて再生するその部分にも杭が現れ動けなくなり、上からふる矢で覆われる。

 挙句の果てに他のサーヴァントがチクチクと目を潰していくものだから、彼らの絶叫は止まらない。残念ながら彼らは死ねない。傷つけば再生する。故に動きさえ止めてしまえば無限サンドバックの出来上がりである。

 

「え、あの……え? さっきまで皆さん、思い思いに戦ってるだけで協力なんて……」

 

 するとキャスターが空よりふわりと降り立つ。

 彼女は笑いながら、もう一人の私を見た。

 

「簡単な話ね。私たちだけで対処できてしまえば、もしかしたら竜の魔女は来ないかもしれない。自分たちで対処できるなら別にいいかってね。そういうところ、あるでしょう?」

 

「つまり、もう一人の私が来るように、それまでは場を濁していたと?」

 

「そういうことね。ま、私は別に良かったのだけれど、あそこのお姫様が熱を上げていたし。それに、かつての契約の対価を受け取っていないもの」

 

 キャスターの視線の先には、可憐な白百合。

 彼女が此方に気づけば、男であれば速攻で落とされそうな可憐なウィンクが飛んできた。どうやら彼女は、私ともう一人の私が関係を修復できるようにと手を回してくれていたらしい。

 本当に頭が上がらない。

 そしてキャスターの視線に、震えが止まらない。

 

「貴方はジャンヌ・ダルクでしょう? そして竜の魔女もジャンヌ・ダルクであるのだし、あの子も対象よね?」

 

 ふふふふふ、と陰のある笑みを浮かべるキャスターに腰が引ける。これはあれだ、また着せ替え人形にされる奴だと理解する。どうやらもう一人の私もターゲットとなっていたらしい。

 

「ま、そういう訳だから気にすることはないわ。魔神柱は抑えた。それも私たちの都合でね。だから清算してきなさい。それが終わったら、二人仲良く私の工房に来ることね」

 

 そういってキャスターは去っていく。 

 残されたのは頬を引きつらせるもう一人の私と私の二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 魔神柱の絶叫が上がる中、覚悟を決めてもう一人の私へと一歩踏み出す。同時に、あの時の光景が再び蘇る。肉を断つ、得も言われぬ感触。命がこぼれていく感覚。消えたもう一人の私。

 上手く息ができなくなる。

 足の動かし方が分からなくなる。

 それでも、と前に進めば呆れた顔をしたもう一人の私がいて――――

 

「……めそめそと鬱陶しい」

 

 いつの間にか実体化していた旗が、私の脳天に振り落とされた。

 そしてやってくる衝撃。

 

「――――あいたぁ!?」

 

 一瞬、視界が白くなるほどの一撃だった。

 下手をすればそのまま意識が落とされていたやもしれない。

 頭は無事か、そう思いながら頭を探るがこぶ一つない。

 なんとも絶妙な力加減か……。

 

「な、何をするんですか私! 危うく送還されちゃうところでしたよ!?」

 

「まさか、私がそんなヘマをするはずがないでしょう。コブはできないけど結構痛い程度の絶妙な加減です」

 

「確かに、確かに絶妙でしたけど! それ以前になんで私が叩かれなくちゃならないんですか!」

 

「言ったでしょう、めそめそと鬱陶しいと。あの調子では一向に進みそうになかったもので一喝しようかと。私を呼んだのは貴方なんですから、ごちゃごちゃと心の中で言ってないで、さっさと要件を済ませてもらえますか」

 

 そう言うともう一人の私は腕を組んで私の言葉を待つ。さっさと、と言いながらも結局待つ姿勢を見せてくれるもう一人の私にクスリとしながら言葉を探す。

 そうしているとふと、先程まであった震えが止まっていることに気づく。私を蝕んでいたあの感覚もなく、いつの間にか私は何時もの私に戻っている。あぁ、もう一人の私に気を使われたのだ。

 何時だってそうだ、もう一人の私は。

 そう思うと、先程までの迷いが嘘のように言葉が出てくる。

 

「ずっと、謝りたいと思っていました」

 

 もう一人の私は動かない。

 

「貴方との約束を破ってしまったこと。貴方の死にたくないという思いを無下にして、自分本位な道を進んだこと。私と貴方は一つであると言いながら、私は貴方を裏切った」

 

 今でも思い出せる。

 生前の記憶、死にたくないと言っていたもう一人の私。

 

「あのオルレアンの戦い、真実を知るまでは関係のない民まで巻き込む貴方を何が何でも止めなければと思っていました。貴方が憎悪を抱く理由が私にあったとしても、彼らを巻き込むべきではないと思っていたから」

 

 しかし、真実は違っていた。

 

「真実を知った後、私はただ嬉しかった。民を傷つけはしても、命は奪っていないことを知って。同時にジルの反乱もあって、馬鹿な私は貴方に謝るタイミングを逃し、あの最後に至ってしまいました」

 

 私の手でもう一人の私を殺すという結末。

 そこで私は、私がもう一人の私を殺したのだとその身に刻まれた。生前も、そしてオルレアンでも。

 そして、残される者の悲しみを教えられた。

 

「ごめんなさい」

 

 あの時の喪失感は忘れられない。

 一人置いて行かれるあの寂しさが恐ろしい。

 

「ごめんなさい……っ、ごめん、なさい」

 

 凍えるような寒さだった。

 

「言葉にしたところで取り返しがつかないのは理解しています。それでもっ……ごめん、なさい……っ」

 

 自分が世界で一人になったような冷たさだった。

 

「期待させて裏切った私が憎いのは、わかります。自分のことしか考えられず、周りの人の思いを無駄にしたことが憎いのも、わかります。私が貴方に憎まれるのは当然のことだと思います」

 

 あの時の憎悪は本物だった。

 

「私は贖罪し続けなければならない。既に手遅れで、取り戻せないものだから。聖杯に頼ることなく、私が存在し続ける限り自分自身の手で」

 

 これは私の我がままだ。

 その贖罪を傍で見ていてほしい。

 離れないでほしい。

 もっと一緒に、同じ時を過ごしたい。

 

 でも、受け入れられることはないだろう。

 もう一人の私の憎悪は本物だった。

 だからこそ、オルレアンの戦いがあったのだ。

  

 最後の言葉が出てこない。

 正しくは、言っていいのか迷いがある。

 どこまでももう一人の私に依存している、情けない言葉。

 

 ――それでも、言葉にしなければ伝わらない。

 

 それはカルデアのマスターがいつぞや言っていた事だった。

 煉獄に落とされた先で出会った誰かから教えられた、単純な事実。でもそれはとても大切なことで、それからマスターは大きく成長していったのをよく覚えている。

 

 ――最初の勇気が大事なんだね。まぁ私は背中を押されてやっとだったけど。

 

 恥ずかしそうに、マスターは言っていた。

 

「……ごめんなさい、私」

 

 世界を救おうと立ち上がったマスター。

 そのサーヴァントならば、相応しくあれ。

 後悔はもう、したくない。

 

「お願いします、私。愚かしい願いだと分かっています。受け入れられないことだと分かっています。それでも僅かな可能性にでもすがりたい。言葉にしなければ可能性はなく、言葉にしても可能性はゼロに等しい。それでもゼロではないのなら、私はすがりたい」

 

 今の私にある、たった一つの願い。

 

「憎んでください、蔑んでください。叩かれても、撃たれても、斬られたってかまいません。だからどうか、もう、居なくならないで――――……」

 

 言ってしまった。

 もう取り返しはつかない。

 あぁ、今もう一人の私はどれだけ呆れた表情をしているのだろう。

 そう思いながら顔を上げれば、

 

「まるで迷子じゃないですか。昔、私を探していた時とおんなじ顔ですね」

 

 そう優しそうに言うもう一人の私は、今までにないほど穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

 

「憎んでください、蔑んでください。叩かれても、撃たれても、斬られたってかまいません。だからどうか、もう、居なくならないで――――……」

 

 そんな言葉をいう『私』の顔を、私は知っている。

 後になって一瞬、言ってしまったという表情に覆われるが一度見れば忘れない。

 

「……まるで迷子じゃないですか。昔、私を探していた時とおんなじ顔ですね」

 

 昔、些細なことで喧嘩した。

 私が話しかけず、『私』が泣いて探し出したあの時と同じだ。その時と同じように、『私』は迷子になった子供のように、頬を濡らしていた。

 馬鹿な子である。

 私の復讐に正当性はあったかもしれないが、復讐とは本来あるべきではない、淀んだ心の産物だ。それを直に叩きつけられ、自身の心をぐちゃぐちゃにしていった私にまだそんなことを思えるなんて。

 今さらながらに思う。

 ジャンヌ・ダルクの根にはまだ、私の知る『私』が眠っていた。

 

 ――私が好きだった、あの頃の『私』

 ――同時に最も嫌いだった『私』

 

 今になって出てくるのか、君は。

 困ったものである。

 そうなってしまっては、恨めない。

 憎悪の炎が静まってしまう。

 それも当然だ、私が憎悪を抱き復讐したのは聖女ジャンヌ・ダルクなのだから。

 村娘の『私』、ジャンヌ・ダルクではない。

 気が付けば私は一人笑っていた。

 そんな私を見て驚いている『私』を見るに、馬鹿みたいに穏やかな表情でもしているのだろう。屈辱である。

 

 私は、復讐者だ。

 燃え盛るほどの勢いは失われているが、それでも憎悪の炎は消えはしない。たとえ私が憎しみを失っても、復讐者として存在してしまった以上は消えることがない呪いだ。

 復讐者、竜の魔女ジャンヌ・ダルク。

 その私から憎悪の炎を切り離すことはできない。憎悪の炎があるから私は生まれた。それがなければ私という存在はあり得ない。

 だが、今の私であるならば理性を以て制することが出来る。

 存在が危ぶまれるほどに静まり返った憎悪の炎ならば、今まで以上に抑え込めるだろう。だがそれは自分の身を削るのと同じことだ。あるべきものを抑え込むのだ、この得も言われぬ感覚は相変わらず吐き気がする。

 

「えぇ、本当に久しぶりです。こうまで心が穏やかなのは……こうまで私の内が静かなのは。まぁ吐き気はしますが、今だからこそ私の本音を理解できる」

 

 私は結局、『私』が好きだ。

 当然ながら家族として、妹のような存在として。

 私の想いは、憎悪による執着ではなかった。

 

 ああ、そうだ。正直に言おう、少しばかり疑っていた。

 これは憎悪を切り離せないように後付けされたものではないかと。

 

 愛と憎しみは紙一重。

 

 憎悪が途切れた時の新しい燃料。

 愛とは一転すれば憎悪へとなり果てる。

 その為の感情ではないかと疑わないわけにはいかなかった。

 

「それでも、今はっきりしました。私のコレは後付けされたものではなく、元々私自身がもっていたものだと。憎悪に変わり果てる程の親愛を、私は『私』に抱いている」

 

「――――――…………っ」

 

 昔の私なら一々考える必要はなかった。

 分かり切っていることだからだ。

 しかし今の私はサーヴァント、ありうる可能性の存在。

 自身の変容にすら気づけないかもしれない、記録の存在だ。

 だが私は私を理解した。

 

「えぇ、胸を張って言えます。『私』を家族として愛している。どれだけ馬鹿をやっても、取り返しのつかないことをしでかしても、私は貴方に無関心ではいられない」

 

「私も――私もです! 無関心でいられるはずがない、何時だって私は、もう一人の私のことを考えていました! 姉のように慕っていました、今だってそうです!」 

 

 きっとどれだけ馬鹿をやっても、見捨てることはできない。

 切り捨てることはできない。これもまた、分かり切っていた事か。

 

「なら、馬鹿をすればまた、過激になろうともお仕置きしに行きましょう。あぁ、わざとしでかしても私にはわかりますので、今回のように無駄なことはしないことです。今回はまぁ、宣言した手前仕方なくというのと、最終決戦ということでやって来ただけにすぎません」

 

 あと天草。

 

「私の復讐は終わりました。これでまだ『私』が理解していないようであれば、私はきっとフランスを滅ぼす勢いでまた復讐を成そうとしていた事でしょう。しかし私は、私たちの想いを理解した。その時点で私の復讐は成された」

 

 私の復讐は、私たち残される者の想いを知ってもらう事。

 ついでに、『私』が私の死ぬ切っ掛けを作ったのだと認識してもらう事。

 それらは終わり、目論見通りに成功した。

 この時点で私に『私』を憎む理由は失われている。

 今さら憎もうと、過去は戻らず意味はないのだから。憎むことで過去に戻れるならばそうしたかもしれない。まぁ戻れたところで、あの私に出来ることはないとも分かっているのだが。

 結局、憎悪の炎が消えないのは、私が復讐者として確立してしまったからにすぎない。最早私と憎悪は切り離せない。僅かな負の感情が、対象に対しての憎悪を燃え上がらせる。

 それでも、私自身の想いを再確認できた今ならば、理性がそれを押し殺せる。

 

「だから、貴方の謝罪を受け取ります。私には最早、復讐する目的がない。ただ勘違いしないように。私は復讐を終え、謝罪を受け取りはしますが『私』を許すわけではありません。私は、貴方を許さない」 

 

「っ、分かっています。私は、私は、それだけのことを、貴方にしました」

 

 噛み殺すような声。

 隠すのが、また下手になった。

 

「ええ、私は許しません。だって私が許しては、誰も貴方に過ちを教えることができなくなる。……私たちを心配してくれた人たちは、どいつもこいつも甘ちゃんでしたからね」

 

 謝る機会があれば、きっと彼らは許すだろう。

 一も二もなく、分かってくれたのならいいと。

 父と母、妹は少しぐずるだろうが、それでもきっと最後は笑って円に迎え入れてくれるだろう。

 だから、私だけは突きつけ続けてやる。

 

「貴方がもう、馬鹿な真似をしないように、私が憎み続けましょう。忘れてしまわないように、私だけは貴方を許さずにいる。そうでもしないと、『私』の能天気な頭は、忘れてしまうでしょう?」

 

「――――――――――――――――」

 

 ポロリ、と『私』の頬から涙がこぼれた。

 一滴、二滴、やがてそれは途切れない一筋の線になる。

 端正な顔がくしゃくしゃに歪んで、必死に両の手で涙を拭うが零れ落ちるソレを止められない。

 ついには溢れだした涙と共に、情けない声までもが溢れ出す。

 

 あ、という声が意図せず私から漏れる。

 気づけば手を伸ばしていて、触れる直前で止まっていた。

 そんな逡巡を無駄にするかのように、泣きじゃくる『私』が自ら飛び込んできた。加減をしろ馬鹿め、と思いながらも必死に受け止めれば『私』は堰が壊れたように泣き出した。

 

 もう言葉にはなっていなかった。

 それでも伝えたいであろうことは伝わって来た。

 ぽんぽん、と後ろ頭を撫でてやれば私はようやく気が付いた。

 

「泣いている『私』を、こうして慰めるのは初めて、ですね」

 

 体もなく、もどかしくも言葉をかけるしかなかった昔の私。

 あの時の無力さを思い出すとやるせなくなる。触れることが出来れば慰めてやれるのに、体があれば一緒に泣いてやることもできたのに。

 

 あぁ、そうだ、それが明確な始まりだった。

 

 私は体が欲しかった、自由になる体が。

 『私』のものではない、私の体。

 生まれて気が付いてから最期に至るまで、ずっと。

 生まれてから何度となく不便で、体が欲しいと願ったことがある。

 それからは惰性だ。

 だが、明確に『私』のものでない私の体が欲しいと思ったのはその時だった。それもそうだ、『私』の体を動かせたところで、『私』と一緒に泣いてやれない、慰めてなんかやれないのだから。言葉だけじゃ、届かないものだってある。

 

「まさかこんなところで随分昔に忘れてしまった、私の願いが叶うとは。マッチポンプ感が否めませんが……えぇ、悪く、ない」

 

 慣れない手つきだったと思う。

 髪が引っかかって引っ張ってしまうことだってあった。

 それでも『私』はただされるがままだ。

 『私』の涙が私に伝う。

 ポタリと落ちた涙は、あぁ、きっと『私』のものだ。

 もう服はぐしゃぐしゃで涙の跡がひどい。

 

 それでも悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 あれから『私』が離れることはなかった。

 魔神柱も既に抵抗をやめ成り行きを見守るもの、消滅を選んだものがいた。抵抗をやめた魔神柱、その内の一柱は何故か私たちを見て抵抗をやめたという。

 残るはマスターが魔術王を、ゲーティアを倒すのみ。

 既に泣き止んだ『私』は、恥ずかしそうに顔を赤くしながらも結局しがみ続けることを選んだらしい。私の選択肢はどこに行ったのか。

 他のサーヴァントたちの生暖かい視線が辛い。

 マリーは目に涙を浮かべてアマデウスに楽譜を書かせ始めた。あれは止めないとかなり不味いことになるに違いない。

 アサシン(サンソン)セイバー(デオン)はそんな二人を見て苦笑していた。止めろ。

 キャスター(メディア)は何か衝動に襲われているらしく身を悶えさせ、ライダー(メデューサ)は恍惚とした笑みで舌なめずりをしていた。

 アサシン(小次郎)は笑みを浮かべて酒が欲しいとほざく。つまみにする気だろう。

 ライダー(マルタ)はこれが家族って奴よね、と笑っていた。

 ランサー(ヴラド)は穏やかな表情で私たちを見ていた。

 アーチャー(アタランテ)も同様だ。尻尾がちょっと震えているのが気になった。

 大方、ここに集まったサーヴァントが私たちを見ていた。勘弁してほしい。

 

 まったく、そうため息をつけば膨大な魔力が展開され、そして消えた。終盤に差し掛かったか、と見ていればやがて神殿の崩壊が始まった。

 そう、最後の戦いが終わったのだ。

 そうなれば後は退去するのみ。

 では帰ろう、そう声をかけようとすれば既に英霊たちは姿を消していた。

 力尽きるまで、尽きたとしても、彼らは戦っていたのだろう。後は任せろと言って、私たちの時間を作るために。

 この領域に入った時点で、霊基の崩壊は始まっている。

 まっとうな空間ではないのだから当然だ。

 そこを無理に押し通してでもというのだから、お節介にも程がある。

 だからこそ彼らは英霊なのだろう。

 マスターに惹かれてやってきたのだろう。

 

「さて、では私たちも退去するとしましょう」

 

「…………そう、ですね」

 

 『私』の表情は浮かない。

 一層強くしがみついてくるその手から、察しているのだと気が付く。

 私はカルデアと正式に契約したサーヴァントではない。

 縁を辿ってやって来ただけの、野良サーヴァントだ。

 ここから退去すれば私は座に帰るだけ。

 共にカルデアへと帰ることはない。

 

「どうせ、召喚される気はない……そうですよね?」

 

「……えぇ、少しは聡くなったようで。そもそもの話、これが最後の戦いであり、これ以降に英霊の出番などないでしょう。それこそ、好きでカルデアに残るであろう者たちがいれば事足りる。下手をすれば過剰戦力にもなるでしょう」

 

 『私』が目を伏せる。

 そして言葉を飲み込み、『私』は笑った。

 

「もう一人の私は、一緒にいてやるとは言ってくれませんでしたからね。意地の悪いもう一人の私のやり方は分かってますとも」

 

「言うようになりましたね……。まぁ、カルデアのマスターとの約束もありますし、次に出会う機会でもあれば、縁を認めて大人しく召喚に応じましょう」

 

「あ、今のは分かりました。本当に次の機会はないから約束しても問題ない、そう考えてる悪い顔です」

 

「……本当に次がないことを祈ります。英霊が召喚されるなんて異常事態、起こるべきではありませんからね」

 

 二人で苦笑する。

 そんな事になれば、もうマスターは呪われているとしか思えない。

 

「では、私は先に行きます。『私』はこれからもカルデアに残るのでしょうが、あまりでしゃばらないように。この先を作るのは、この時代に生きる者たちです。……まぁ、あのマスターが困っているようなら、存分に力を振るえばよろしい」

 

「……あの、気のせいですか? ちょっとマスターに対して甘い発言があったような。ちなみにどちらのマスターでしょう。立花さんですか、リツカさんですか」

 

「少女の方――リツカ、だったはずです。まぁ年相応というか、人間らしいというか。放っておくとため込むタイプでしょうから、『私』に似ているかもしれません。『私』は戦で吐き出していましたが、リツカにはそれがない」

 

「成程、成程。だからマスターはよく私を触媒にして召喚を……ん、あれ、私の立場が危ぶまれているような……?」

 

「あってないようなものが危ぶまれるはずがないでしょう……」

 

 あれ、と首をかしげる私のどこか抜けた姿を愛おしく思いながら、呆れたようにため息をつく。本当は自分に対してのもののくせに。

 

「ま、またため息と呆れた視線……! 何時か見返して見せますから。具体的にはスタイリッシュにマスターを手助けして――」

 

「ははははは」

 

「本気の嘲笑!?」

 

 見たいものだ、スタイリッシュにマスターを手助けする『私』の姿を。きっと滑稽に映るのだろう。必死に見栄を張る、愛おしい姿なのだろう。

 

「では、楽しみにしています。精々、教えられてくるといいでしょう。貴方にスタイリッシュは無理だと。ぽかをやらかす未来が見えます。千里眼などなくとも、はっきりと」

 

「い、いえ、私はマスターの前では毅然としたサーヴァントですし……えぇ。まぁ、心配せずに、安心して見ていてください。もう、以前のような過ちは繰り返しませんし、繰り返させません」

 

 あぁ、ならば頼んでおくとしよう。

 まぁあのマスターなら大丈夫だとは思うが。

 

「『私』、最後に伝えておきます」

 

「伝えておく、とは?」

 

「何、単純な話です」

 

 最後だ、素直にいこう。

 

「――どれだけ憎もうとも、恨もうとも……愛しています、私の妹。この愛情だけは揺るがない。どれだけ悲惨な目に遭わされようと、凄惨な結末であろうと、『私』と共に過ごし、育んだこの想いを上回るものはない」

 

「――――――――――――っ! まっ!」

 

「ははは、聞く耳持ちません。言い逃げという奴です。あぁ、素直に、というのも、存外悪くはありませんね」

 

 最後の最後にもう一度泣かせてやった。

 ああ、満足だ、ここに来ただけの価値はあった。

 これから私は、また復讐者として憎悪の炎にくべられる。

 それでも、飲み込まれることはないだろう。

 私が持つ鋼の理性。

 

 

 そして、憎悪すら上回るこの想いがあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 







 結局、オルタの行動は全て愛しているが故。
 憎むのも、恨むのも、復讐するのも愛しているから。
 オルタが憎しみしか持っていなかったなら、そもそもジャンヌに絡むことはない。
 興味の損失こそ、存在の無視こそが、ジャンヌ・ダルクには致命傷となると知っているから。

 こうして書きだすと病んでるのは一体誰なのかという疑問が湧いてくるという。
 まぁ鋼の理性を持ち合わせているため、まともでいられるのが現状ですね。
 これで理性吹っ飛んでたら原作オルレアンより悪逆非道に走っていた事でしょう。


 賛否両論ある終わりではあると思いますが、これにて終局特異点終了なり。
 文句は受け付けぬ! バッドエンドを読むのは好きだが、書くのは苦手なのである。
 俺にはジャンタを完全なる悪鬼羅刹、手段を択ばぬ修羅にはできなかったぜ……。
 

 そして書けば出る、あれは迷信ですな。
 書いたらすり抜けばっかだぜぃ……気づけば育ててもいないアルジュナが宝具レベル3。欲しい☆5鯖はやってこず。
 ☆4鯖すらなぜか連日剣スロット。
 ミドラーシュよこせと。
 

 
 
 まぁ長々と書くこともありませんし、後書きはこの辺で。
 あとは簡単な後日談を以て終了とさせていただきます。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 



 





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後日談

 本日23時と23時30分の二回更新。
 こちらは23時30分の更新となります。
 


 

 あの終局特異点から幾ばくかの時が過ぎた。

 まぁ実際のところ数か月もたっていないのだけれども。

 ドクターを失って兄はゲーティアを倒した。

 私たちは確かに世界を救った。

 そんな私たちを待っていたのは、元に戻った世界からの煩わしい干渉だった。やれ協定に違反しているだ、テロリストを匿っているだ言いたい放題である。

 何もできなかった彼らに文句を言われる筋合いはない。

 ドクターは、震える足を精一杯前に伸ばして、私たちを救ってくれたのだ。その想いが汚されていくようで、私たちの旅路は間違っていると否定されるようで腹が立った。

 まぁ結局、ジャンヌにネロ、ドレイクにモードレッド、ナイチンゲールにベディヴィエール、英雄王ギルガメッシュが主立って私たちの旅の確実性を保証してくれたおかげで魔術協会も国連もそそくさと逃げ去っていったが。

 ギルガメッシュが姿を現した時には私も驚いた。というかまだ残ってくれていたのかと。同時に彼のカリスマにやられて何名か陥落。どうやら賢王モードであったらしい。

 おまけに此方にはロードエルメロイⅡ世もおり、彼が前に出たとたん魔術協会の彼の弟子たちがカルデアの擁護に回ってくれた。

 おかげで気味の悪い魔術師は軒並み撤退していった。

 それでも残った者たちも、メディアなどキャスター勢との差を見せつけられて自信とプライドを木っ端みじんに砕かれて真っ白になって姿を消した。

 

 色々ないざこざもあったが、今はだいぶ落ち着いている。

 英霊に囲まれたマスターをどうこうするのは不可能だと理解したらしい。今もアサシン先生たちが目を光らせており、怪しい行動をとった相手は一夜にして暴かれさらされる。

 後は拷問大好きなサーヴァントたちが対象を囲み圧力をかける。

 結果、素直にゲロリ問題解決となる。

 

 ちなみに我が兄はマシュといちゃいちゃしておる。

 どうやら最後の特異点をへて仲を深めたらしい、羨ましいことである。まぁ私もオルタとの仲を深めたけどね! 約束もしてるからね!

 

 ……後になって、あれ、次とかなくねと思ったのは内緒である。

 いや、あるし。きっと致命的までともいかずほんのちょっと、そう、召喚システムが誤作動して召喚されちゃうとかあるかもしれないし……信じれば救われるのだ、きっと。

 

「あーあ、オルタに会いたいなぁ。ねー、ジャンヌ」

 

「そうですね、可能であればもう一度会いたいものです……。それでですねマスター。あの、毎度毎度黒いペンを持って私の背後に立つのはやめませんか?」

 

「ごめん、禁断症状なんだ」

 

「……いや、だからといって塗られては困るのですが!」

 

 ぷんすかと怒るジャンヌ。

 最近はよくジャンヌと話すようになった。

 いや、以前から話はしていたけど、こう、何というのだろうか、遠慮が無くなったとでもいうのか。オルタに対しての並々ならぬ想いを語ったら、何時の間にかこのように。

 

『オルタはかっこいいよね、憧れる。頼れる姉って感じで。それでいて実はちょっと抜けてるところがあるのがもう、ね? そして偶に見せてくれる優しさが染み渡る……』

 

『あぁ、やはりマスター、貴方は私の立ち位置を揺るがすのですね……。まぁあの時分かっていた事ですが! ぐぬぬ、このままだと本当にまずいのでは? もう一人の私から高評価ですし、何気にマスターに対して甘いですし!』

 

 なんて。

 大丈夫、オルタなら二人とも受け入れてくれるさ。

 まぁ一人だけって言われたら全力で蹴落とすがな!

 それはたぶん向こうも同じ。

 最近はだいぶ本音が出てくるようになっていた。

 特にオルタにかかわる話だと。

 

「ま、ジャンヌを黒く染めたところでオルタにはならないし、諦めるかぁ」

 

「その結論に至るまで時間がかかりすぎのような……いえ、最早もう一人の私に関して語るときのマスターに、常識は求めないことにします」

 

 それがいいね。

 はぁ、取りあえずは部屋の整理を進めますか。

 この一年、大分ものを乱雑に放置していたから片付けがいがあるというもの。取りあえず資料系は収納デスクと共にしまいこみ、カルデアの制服はいつも通りクローゼット。

 残るものはまぁ、何と言うか、見事にバラバラである。

 ドライヤーだったり櫛、何故かある大量のホッカイロ、音楽プレイヤーに化粧品などなど。

 うーむ、乱雑にダンボールに突っ込んでしまいたい、という思いを押し殺しながらきちんと陳列させるものは並べ、必要のないものは収納スペースに。

 ジャンヌにとっては物珍しいものもあり、興味深そうに眺めていた。

 

 そんな時の事である。

 

 聞き覚えのある、嫌な音が鳴り響いた。

 

「…………警報、だねぇ」

 

「…………警報、ですね」

 

「あれかなぁ、罰、当たったかなぁ……」

 

「何を考えていたのか知りませんが、予想通りであるならば、罰が当たるのは私もですね。いや、まさかそんな訳はないでしょうけど……ないですよね?」

 

 神のみぞ知る。

 結局誤報とかではなく、ダヴィンチちゃんからの連絡を受けて管制室へ。

 結論から言って、特異点である。

 説明を受けてレイシフトに向けて装備を整えようと自室に向かう。

 どうしてこう、落ち着いたと思ったらこうなるのか。

 

「なんの呪いかな、これは!? そもそも新宿とか、オルタいるわけないじゃん!」

 

「落ち着いてくださいマスター! 私もちょっと否定できないところまできてるかなとは思いますけど!!」

 

「きー! 今は召喚サークル取り押さえられて使えないし! 残ってくれてるサーヴァントいるから対応はできるけども!! この憤り、どうしてくれる! ちょっと世界、簡単に滅ぼされかけ過ぎじゃない!?」

 

 ばたばたと準備して管制室。

 そこでは兄とマシュもいて、マシュは心配そうに私たちを見ていた。

 共に行けないことを、誰よりも分かっていたから。まぁ大事な彼女さんは彼氏さんに任せるとして、ダヴィンチちゃんから改めて説明を受ける。

 その危険性も。

 ただそれでもやらなくてはいけない。

 これまで力を貸してくれた人々の想いを無駄にはしない。

 もう一度、世界を救ってやるのだ。

 

 こうして、結局、私は戦場に足を踏み出すのである。

 何とも難儀なぁと呟きながらコフィンに搭乗し、兄と共にレイシフトを行うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして気づけば空の上。サーヴァントはいない。

 本当にどうなってやがる、私たちの運命。

 

 

 

 





 さて、これにて本当に終局特異点、というか大雑把に第一部、完!

 ここまで来るのにおよそ三か月、思ったよりかかったなぁ。
 まぁ本来は第一特異点で終わってる話でしたからね!
 ここまで多くの誤字報告ありがとうございました。
 感謝の念に堪えませぬ……。

 取りあえず、新宿に関してはまだ保留で。
 前話だったりでフラグは全開だから、始めようと思えば始められる状態ではありますが。
 まぁ新宿の内容がちょっとあやふやなのと、そもそも今年、そして来年の二月中旬までは個人的に時間がないため読専に徹している可能性が大です。
 他の小説に関しても同様になります(-_-;)

 ちょっとずつでも書き溜めして、できるようなら投稿していくかもしれません。
 あまり期待せずにお待ちください。

 感想は時間があるときに、可能であれば返していきたいと思います。
 
 それでは皆様、早いとは思いますが良いお年を。


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新宿
新宿1




 お待たせしました……。
 ようやく引っ越し、転入届、ネット環境完備に至りました。
 取りあえず新宿の一話完成です。

 今回のガチャはあれだね、エミヤガチャなんだね。
 金色回転は確定でエミヤなもよう……レモンゼリーじゃぁ!


 

 

「さて、これは一体どういうことなのか」

 

 唐突に座から引きずり降ろされた。

 カルデアの召喚システムのように、相手に『呼ばれる』形ではなく『呼ぶ』形の強制力ある召喚だったらしい。

 まさか私のような英霊を呼ぶ者が一人を除いて他にいようとは思いもよらなかった。それ故に油断していた私は気づけば現代風の街中にポツンと一人立っていた。

 煌びやかで目が痛くなる街並み。看板に書かれている文字は読めるが、母国の言葉ではない。さて一体どこの国かと考えれば、するりと答えが浮かび上がる。

 

「日本……確か、あのマスターの生まれ故郷でしたか」

 

 ふと、あの明るい少女を思い出す。

 しかし状況の確認には必要のない情報と頭の片隅にしまい込んでおく。

 

「文字が読める。そしてこの場所がどこかも分かる。当然ながら私にはないはずの知識……となれば聖杯の関与が濃厚であると」

 

 見れば『新宿』と書かれた標識がある。

 そこで新宿とは、と自分に問えばまたもや答えが浮かび上がる。これはもう、聖杯の関与は確定である。となれば抑止力に近い召喚である可能性が高い。そもそも、強制的に英霊を召喚できるものなんて、それくらいしか考えられない。

 

「『私』ではなく私という点からも、『私』では乗り越えられない可能性があるということですか。それとも、ここに呼び出される英霊はそういった曰く付きだけなのか」

 

 こればかりは調べるほかない。ただし優先順位は低めに設定する。勿論必要な情報ではあるものの、何も分からないまま行動を起こすわけにもいかない。

 恐らくここは特異点だ。

 でなければ英霊が呼ばれるなんて事態にはなるまい。

 

「となれば、何らかの脅威が存在していると仮定しましょう。正直、さっさと座に帰ってしまいたいところですが、あの人理修復を見届けた後では寝覚めが悪い」

 

 英霊でなければ対応できない何かがある。それは恐らく、自分たちと同じ英霊かそれに準ずるものだろう。相変わらず、世界は崩壊一歩手前らしい。

 

「活動するなら拠点が欲しいところですが、その前にこの街がどういう街かを調べましょうか。拠点の確保中に襲われても困りますからね」

 

 取りあえずの方針は決まった。

 あとは行動に移すだけだが、その前に少し体を動かす必要があるらしい。先ほどから随分と無遠慮な視線があちこちから向けられている。肌を這うような、忌々しい視線だ。

 見れば変わった姿の――モヒカンと呼ばれる髪型をしたサングラスの男たちがニヤニヤと此方を見ていた。手に持つ鉄パイプは血に汚れ、赤くさび付いている。舌なめずりをする男たち、その後ろに転がるスカートを穿いた人影、その隣に横たわる虚ろな目をした男、それだけで理解できる。

 

「あぁ、やはりろくでもない特異点でしたか」

 

 反吐が出る。

 見ればスカートを穿いた人影が動き、男に縋りつくが彼は動かない。それを見ていたサングラスの男たちが下品に笑えば、スカートを穿いた人影は俯き動かなくなった。

 さて、取りあえずどんな特異点かその一端は確認できた。

 そして都合のいいことに、ここには情報が山とある。向こうから来てくれるとは有り難い話だ。おまけに遠慮はいらないと見える。

 動かない私を見て、勘違いした彼らが輪を小さくする。

 

「あれービビッて動けなくなっちゃった!? ごめんごめん、怖がらせるつもりはないんだって! 俺たちってば優しいからさ! 取りあえずお姉さん、服買ってあげるから一緒に行こうぜ? まぁ、コスプレでってのも悪くないけどさ」

 

「俺はコスプレ賛成派!」

 

「俺は反対派!」

 

 ワイワイと騒ぐ彼らは傍目に、サーヴァントの気配を探る。流石に準備もなしにアサシンの気配遮断は見破れないが、他ならば話は別だ。

 取りあえず今のところは問題ない、そう判断し

 

「ねー、話聞いてんの? まぁお姉さん美人だから許すけど――え、なに、手を出せって?お姉さん実は積極的な人? いいねーってあれ、待って、手じゃなくて腕? 痛い、ミシミシ言ってる……っていうか、なんか燃えてないお姉さん。パチパチ言ってない? あれ、ていうか俺たち――――炎に囲まれてない?」

 

 情報の山から、搾り取れるだけ搾り取ろうと実力行使を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、つまり貴方たちは魔術使いで、この新宿は善人であるほど生きづらい悪の都市になり果てたと。悪は善を喰い悪をも喰らう……悪ほど生き延びやすい特異点、ということですか。成程、故に私と」

 

 自覚はあるが抑止力は許さん。

 

「他にも貴方たちのようなならず者に加えて、殺戮人形、首無しと巨大な狼、雀蜂を名乗る武装集団などが存在していると。そして彼らはそれぞれの地区を分割するなりして、独自の縄張りを維持している……この中でも危険なものは?」

 

「うぅ、マジで体中いてぇ。って待って待って、答えますから!?」

 

目の前で顔を腫らし涙するのは先ほどのサングラス集団の一人。他のメンバーは全員叩きのめして夢の中である。

中には先ほどのスカートを穿いた人影も含まれる。

 

「ったく、まさかアイツが()だってバレてるとは。アレでも失敗したこと無かったんですぜ?」

 

 そう、あのスカートの人影は案の定、男だったのだ。乱暴された女を装い、隙をつくのが役目だったらしい。だが、私は男女の区別がつかない性別アストルフォを知っている。奴に比べればまだまだだ。骨格レベルから頑張るがいい。

 

「いいから、早く続きを」

 

「うす……。まぁ()さんなら、人形も雀蜂も大丈夫そうですし、巨大な狼っすかね。国道を縄張りにしてて、遠吠えが遠かったら安心、近かったら抗争中でも手を取り合って逃げろとか言われてます」

 

姐さん、という呼び方に少し思うところがあるがまぁよし。欲しい情報は大体得られたのだから。その情報の中からはサーヴァントらしき存在も確認できた。

巨大な狼と首無しの騎士。

 これは恐らくサーヴァントだ。

 

「問題は、真名が把握できないことですか。恐らくはライダーでしょうが……」

 

 組み合わせが問題だ。

 首無しの騎士、これはいい。

 では下の狼は何だ。

 

「……まぁいいでしょう。縄張りには近づかなければいい話です。さて、聞きたいことは聞けましたので、もう行っても構いませんよ」

 

「いや、皆寝てんすけど……」

 

 ボコボコにした人が何言ってんだ、という視線を受ける。だが悪いのは襲ってかつ負けた側である。命までは取らなかったのだから感謝してほしいくらいだ。

 その後、立ち去ろうとした私に、「全員が起きるまで待って!?」と泣きついてくる男が一人。交換条件に、近場の服屋を聞き出し、全員が起きた後に今度こそ立ち去った。

 そして男に聞いた服屋にたどりつく。

 個人経営らしく小さめだがどこかおしゃれな店。外からみても明かりは見えなかったが、中に入れば明かりがついており、カウンターの奥に座る女性がビクリと背中を震わせる。恐らくはならず者の一味とでも思われているのだろう。この時代かつこの状況、私の装いは確かに怪しさ満点である。

 だからこそ、ここで現代風に装いを変えるのだ。

 とはいえ私に現代の服は選べない。というかそもそも服なんて自分で選ぶのも初めてだ。生前の『私』は頓着しない方だったし、そもそも私は体がなかった。母が作るか買ってきた服をただ着ていた『私』に、それを見ていた私。センスなどあるはずもない。

 ただ、自分で選ぶというのは中々に新鮮だ。あちこちに貼ってあるポスターやマネキンを見ながら服を物色していると、カウンターから店員であろう女性がおずおずと近づいてくる。

 

「ここ、これとか……どうでしょうか」

 

 未だに怯えを見せながら一着の服を差し出してくる。

 まるで小鹿のように震える姿はなんだか申し訳なくなる。いっそ店を閉めてカギをかけろと言いたくなったが、よく考えればこの状況下、下手にカギを掛ければドアごとぶち抜かれかねない。

 さっさと選んで出ていくのが吉とみる。

 服を自分で選ぶのはまた次に機会があったときだ。

 きっと、ないだろうが。

 

「予算はこれで、枠内に収まるように一式お願いしても?」

 

 ならず者たちから巻き上げた金をぽんと渡し、後を任せる。すると店員はポカンとしたあと、慌てて服を物色に向かった。怯えつつもちらちらと此方を見ながら服を合わせる様、そしてこの状況下で店を閉じていない辺り、仕事熱心な人なのだろう。

 しばらくして選び終わったのか、一式を手渡され試着室で身に纏えば店員はどこか満足そうにうなずいていた。私としてはもう少し落ち着いていたほうがとも思ったが、現代に合わせるならばきっと正解なのだろう。

 用も済み外へと出るタイミングでふと、ならず者たちのことを思い出す。世話になったし、とならず者たちがうろちょろしていることを店員に伝えれば困ったように笑う。そして扉が閉まる直前に、また来てくださいね、という声が聞こえ、次いで扉の閉まる音がした。

 

「まったく、日本人というのは……」

 

 あのマスターも、言い出したら聞かないところがあった。

 最終決戦後はサーヴァントを召喚する機会もなかっただろうから、呼ばれることはなかったがそれまでは酷いものだった。

 

「……ん、何かを忘れているような」

 

 はて、何だったか。

 今までは状況の確認で余裕がなかった。残るは拠点の確保と余裕ができたことで、他に意識を割く余裕ができたのだろう。一体何を忘れているのか。

 

「まぁ、この特異点にカルデアが気付いて、どちらかのマスターが現れれば思い出すでしょう」

 

 まずは拠点。

 一瞬だけ過った疑問を掃き捨て、目的を果たすために改めて行動を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日。

 拠点を探し始めて数時間後には、ある程度理想の場所が確保できた。坂上にあり敵は確認しやすく、建物の下は床をぶち抜いてある程度掘り進めば下水道にたどり着く。

 万が一の脱出経路も確保でき、仮住まいとしては悪くない。

 ただ、ただ問題なのは、

 

「姐さん、新しく周囲に住まわせてほしいと抜かす馬鹿どもが来ました」

 

「……貴方たちもその馬鹿どもの内、という自覚がありますか」

 

 周囲がやたらと騒がしくなってきたことである。

 最初はよかった。ただ一人、私だけが住んでいたのだから。だが数日前、私の縄張りに例の殺戮人形を引き連れて逃げてきた馬鹿どもがいた。知ってか知らずか、真っすぐに私の拠点に向かってくるのだからどうしようもない。

 馬鹿どもごと焼き払うか、と考えたところで、「神様、助けて」なんてふざけた言葉が聞こえてしまった。『私』を救いもせず死へと導いた神にすがるか、と半分キレた私は「神に縋るくらいなら、魔女にでもしておけ」と言い放ち、気づけば人形どもを焼き払っていた。

 それからというもの、人形に追いかけられる人間が稀にこの縄張りまで逃げてくることがある。放置すれば辺りから絶叫、怨嗟の声、救いを求める声が上がり続ける。憎悪に身を燃やす私からすれば子守歌程度だが、いかんせん血の臭いが濃すぎた。

 おまけに宣言してしまった手前、仕方がない。

 私の言葉通り、神ではなく魔女に救いを求めてくるのだから。

 どうも私は『私』や神、生前の事になると頭に血が上りやすい。

 

「まったく、最近増えすぎでは? あれだけ好き勝手やっていたならず者風情が今では簡単な組織化。それに何です、この携帯とかいう便利機器は」

 

 ピロリンという音がうっとおしいが、画面には『狼注意報』や『殺戮人形速報』、『雀蜂の大移動』などなど、各地に散った情報収集を仕事としたならず者たちから報告が入ってくる。

 気づけばならず者どもはこの縄張りに根を張った。元々は善人であり、環境の変化により悪として生きるほかなかった者たちも多いらしく、何割かの人間は以前よりも生き生きとしている始末だ。

 おまけに中には魔術師もいたらしく、魔術的な結界も完備。

 侵入者があればどこからかもすぐに分かる――というか、連絡が来る。人形たちも最近はこの縄張り内には入ってこないことから、私が出張ることは少ないが。

 

「……というか、今度はどこに住みたいと?」

 

「縄張りのギリギリですね。姐さん決めた縄張り内にはもう空きがないっす。最近、ウチの手の者から姐さんの提示した条件に合う土地が見つかったとの連絡もありますし、場所を移しますか? 魔術師連中も龍脈上ということで乗り気で工房作ってますし」

 

「もう私が移動したらついてくる気満々ですね。……此方が後手に回れば、龍脈は抑えられるでしょうし早いところ移動するのが吉ですか」

 

 ため息を一つ。

 だが、改めて組織の利便性を知る。

 私が一人で動いたところで集められる情報は少ないが、こうして数を用いることでより多くの情報をこの場から動かずに得ることが出来る。加えて現代機器のおかげで敵の出現、そしてその正確な場所まで地図付きでわかるのだから素晴らしい。

 これを維持することは、やがてくるだろうカルデアの一助になるだろう。今回の敵はどうも厄介らしい。今までだって敵は厄介であっただろうが、カルデアのマスターにはよく刺さるのではないだろうか。

 あの、人を見捨てることが出来ないマスターたちには。

 

「あのアーチャー、あれが恐らく敵の首魁ですが――カルデアが今まで遭遇した悪とは隔絶している。種類が違う、とでもいうのか」

 

 以前、偶然出くわした敵の首魁。

 周囲の散策中に戦闘音を確認し顔を出せば、いつぞや見たセイバーの黒いのが戦っていた。その戦闘を観察していると、一発の弾丸が飛んできた。見ればセイバーとの戦闘中に此方に攻撃を仕掛けてきたらしい。

 一人で二人を相手どるつもりか。

 勝つ算段があるのか、無謀か――きっと前者だと感じた。

 敵を眺める目が無機質で、淡々と此方を観察していた。実際に彼の攻撃は正確で、セイバーの動きを先読みするようにその場その場で最適解を導き出していた。

 私はセイバーとアーチャーの衝突を見て、アーチャーの行動が最適解だと理解する。だがあのアーチャーは、初めからそれが最適解だと分かっていて行動する。それが私と彼との間にあった差だ。

 おまけに見た限りだと、私たちより霊基の出力が遥かに上だ。素の戦闘技能なら此方が上、出力や戦闘理論はあちらの方が上。

 そして恐ろしいのは、そんなアーチャーが戦闘を良しとしたこと。即ち、私たち二人を相手にしても問題ないと判断していること。

 ここは撤退、そう判断して即座に宝具を開帳。

 圧倒的火力でアーチャーの周囲を焼き払い、セイバーを確保して逃走した。当然ながら回避していたアーチャーだったが、目くらましも兼ねた炎のおかげかその場からは離脱に成功。

 厄介だったのはここからで、雀蜂たちが行く先々に出現し逃走の邪魔をするのだ。行く先々に敵が出現し、撃破してもまた次が来る。結局、その逃走劇はいくつか用意してあった隠れ家を犠牲に成功する。

 それからはセイバーと別行動をとり、いつの間にか私の周囲で組織化が始まったならず者を止めることなく今に至る。

 何故ならば、必要だと思ってしまったからだ。

 向こうは近代兵器を用いた武装集団+化け物。

 此方は魔術師の混合集団。

 

「こんなに膨れ上がっていくとは思いもよらなかったわけですが。まぁ、おかげで情報収集が滞りなく行えるのでプラスですか」

 

「そりゃあ、なりふり構ってらんないっすからね。街に出て情報収集すんのは危険ですけど、安全な場所を得られるってんなら一時の危険なんぞなんのそのっすよ。今までは安全な場所なんてなかったんすから」

 

 ならず者その一の言う通り、彼らに安全な場所などなかった。

 しかしここに来て魔術師たちも腰を落ち着けることができ、工房の作成に成功した。彼らは現在、それぞれの知識と技術を持ち寄って結界や礼装の開発中である。プライドが高く、魔術師らしいクズもいたが人形の群れに差し出してやれば大人しく従うようになった。

 中には戦闘特化の魔術師くずれもおり、彼らは縄張り周辺の見回りにあたっている。また手の空いている数名が雀蜂を強襲し装備を奪ってくるため、徐々に此方の戦力も増大していく。

 当然、中には増長し始める馬鹿もいるため、毎回絞める。方法は簡単で、彼らが誇る成果を私が真正面から捻りつぶすだけだ。所詮、サーヴァントには届かないぞと。そんな装備で人形を操るサーヴァントに挑んだところで、奴らの仲間が増えるだけだとその身を以て知ってもらう。

 結果、人形一体を数人で囲めば無傷で始末できるまでに仕上がった。それでも向こうの数が多いのだから、此方が不利なのは相変わらずであるが士気は確かに上がっていた。

 

「さて、では移動するとしましょう。情報収集は綿密に。それと土地の確保をしてくれているセイバーに連絡を。遅れるものは置いていきますので、そのつもりで」

 

 どれくらいの犠牲者が出るか。

 きっと道中で襲撃があるだろう。いつもは縄張りにこもっている我々を叩く最大のチャンスなのだから。とはいえ此方もタダでやられるつもりはない。セイバーは土地の確保と防衛で動かせないが、此方にはアサシンがいる。

 新宿のアサシンとの戦闘を見かけたならず者からの連絡があり、近場にいたセイバーにジャンクフードを対価に依頼した結果、山の翁の一人を味方に誘い込むことが出来た。

 彼には新宿のアサシンを警戒して動いてもらっているが、今回はそうもいかない。新宿のアサシンに対する警戒も大切だが、今は戦力を維持したい。削られればそれだけ士気が減るのだから。

 この日の為に移動経路、万が一の対応は確認済み。

 後は迅速に移動し、縄張りとする新たな土地に逃げ込むだけだ。そこまでいけば既に龍脈を用いて工房化した領域であり、セイバーもいる。幸い、対魔力を持っているだろう三騎士は残り一騎らしい。新宿のアーチャーをいれれば二騎だが。

 

「さて、後はどう連携を取るかですが……向こうから接触があるか否か。まぁ無ければないで此方も独自に動くとしましょう」

 

 視線を上げれば空を照らす、巨大な塔がそびえ立っている。

 最終目標は、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「教授、ジャンヌ・オルタが動き出したようだぞ」

 

「ほう、早かったな。まぁセイバーが動き出した時点でその可能性は考慮していた。しかし、彼女たちが接触した形跡はなかったはずだが」

 

「大方、教授との遭遇戦時、その撤退中にオルタが何か仕込んだのだろうさ。それで、俺はどうする。始末して来いというのならば始末してくるが?」

 

「そうしたいのは山々だが、セイバーが既に土地を確保していてね。罠を張るには既に遅く、おまけに既に数名の魔術師が工房を作り上げている。狙うならばセイバーではなく、移動中のオルタたちの方だろう」

 

 バレルタワー。

 そう呼ばれる巨大な塔の最上階に彼らはいた。

 一人は妙齢の眼鏡をかけた知的な紳士。

 一人はマフィアのような黒い男。

 前者こそがジャンヌ・オルタの言う新宿のアーチャーであり、後者が彼によって召喚された別のアーチャーだ。

 他にも七クラスを召喚していたため手駒は存在するものの、その内のセイバーとランサーは反転化してもなお誇りを失わずに敵対してきた為、召喚されたアーチャーが無慈悲に殺戮した。

 残る手駒はアーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーに教授と呼ばれる新宿のアーチャー自身。この中でもキャスターは非協力的ではあるものの、能力が非常に有用なため拘束。無理やり能力を行使させ戦力の拡充につとめさせられていた。

 

「どうせならばアサシンも動員して始末してしまいたいところではあるが、彼はどうも扱いにくい。幻霊を施した結果かもしれないがね」

 

 幻霊。

 都市伝説などの、英雄譚には至らなかった者たち。いずれ朽ち果てると定められた、英霊には至れなかった半端者の総称である。

 だが教授はそれに目を付け、利用することに成功する。

 英霊に対しての外付け装備。要は礼装と同様に、後からつけることで能力の底上げを行えるのである。たかが幻霊と言えど、英霊には至れなかったが礼装と比べれば規格外の神秘である。それこそ、霊基の出力が大幅に底上げされるくらいには。

 

「加えて、セイバーの横やりが入り山の翁を取り逃がしたという。彼にはそちらに対処してもらわなければならない。ライダーは言わずもがなだ。無論、バーサーカーもな。私も今はここから動けない。となると君と君の手勢だけになるが問題はないかね?」

 

「ふん、俺の手勢がどうなろうと補充は利く。奴の手勢を多く始末すればするほど、向こうの士気も低下するだろう。聖女の反転したサーヴァント、お手並み拝見といこうじゃないか」

 

「ならば成果に期待しよう。ただ気を付けたまえよ。彼女の思考は論理的で読みやすいが、誘導される可能性もある」

 

「鼠を狩りに出たつもりが、先にいたのは虎であるとでも言うつもりか。結局のところ、殺すことに変わりはないんだろう? 何が用意されていようと、仕事をする。それが俺に求められる役割のはずだ」

 

「ははは、相変わらず君はストイックだな。過程を求めず、結果が伴えばいいという考え方は数学者としては少し物申したいがね」

 

 数学とは両方が伴ってこそだよ、そう言いながら教授は踵を返す。

 

「方法は任せよう。少なくとも現状の戦力が分析できれば良しとして、可能であればサーヴァントの撃破、といったところかな。何にせよ君が出るのだ、何かしらの結果は得られるだろう」

 

 そう言って教授はその場から姿を消した。

 それを見計らったかのように、黒いアーチャー――エミヤに対して一人の男が話しかける。拘束されたキャスター、シェイクスピアである。

 

「ふぅ、やっと行きましたかな。まったく息が詰まる。執筆締め切りまでギリギリを攻める吾輩に対し、よもや無理やり筆を取らせるとは。生前の編集者も真っ青です。……いや、目を輝かせて教えを乞う場面が浮かんできますな」

 

「……無駄口を叩かず、リア王を量産していろ。それが教授の命令だろう?」

 

「ええその通りですとも! ただ吾輩も労働者、何か報酬が欲しいと思うのももっともでして。そこで一つお願い申し上げたい。聞けばあのジャンヌ・ダルクのオルタが来ているとか。であれば、であれば! ぜひ土産話の一つでもいただけないかと思いまして!」

 

「くだらん。そのような暇もなく塵殺するのみだ。残念だが、お前の望みなど叶いは……待て、キサマ、あの女を知っているのか」

 

「答えは否、ですな。吾輩が知っているのは白い、田舎娘の方でありまして。いやまぁ、黒い方も知っているといえば知っていますが、存在している程度の知識しかないもので。その存在している、という情報も又聞き。つまり吾輩、何も知らない」

 

「では何故知りたがる。人間のクズたる貴様が興味を持つだけの理由があるはずだ」

 

「ううむ、辛辣ですが否定できませんな! 挙句の果てに吾輩オルタですし! まぁアレです、こことは違う何処かの聖杯戦争で存在が確認されたというか、マスターから話を聞いたというか。悲劇の聖女、そのオルタともなれば吾輩、ちょっと資料として欲しいといいますか!」

 

 くだらない、そう一蹴してエミヤもまた塔の外へと歩みを進める。

 そんな彼の背中には未だに声がかかる。

 

「うーん、吾輩ちょっとやる気でないなぁ。リア王の量産速度落ちるかもなぁ。これもアーチャー殿が吾輩の些細な願いを聞いてくれないからで……いや、なんでもありませんぞ? ちょっと生産速度が落ちるかもしれないけど、意欲がわかないからであって決してアーチャー殿の責任ではありませんからな! 教授の前でデトロイトな人が些細な願いを聞いてくれなくて、とうっかり呟いてしまうかもしれませんが!」

 

「最早原因は俺だと言っているだろうが!」

 

 デトロイトな辺りに白目をむいてキレるエミヤ。一方でシェイクスピアは勝利を確信していた。これで資料が確保できると。本当ならば自分の目で、耳で確かめたいが無理ならば仕方がない。

 

「はぁ、ほんの少しでいいのですが。感想とかそんなので。それだけでも吾輩の執筆速度が上がると思うのですが、どう思いますアーチャー殿?」

 

「……了解した。地獄に落ちろ」

 

 今度こそエミヤは背を向ける。

 後ろではシェイクスピアが満足そうな笑みを浮かべてリア王を量産している。その速度は心なしかいつもより早かった。現金な奴め、とつぶやくが悪態を耳にする者はいない。

 ようやく一人になり落ち着いた辺りで思考に潜る。

 本来の依頼は単純だが、味方はいない。

 だからこそ今はこうして、本命である教授に従う。

 着々と整いつつある舞台に役者。エミヤの中には使えそうな駒がピックアップされていた。自身の持つ手駒は勿論、召喚された野良のサーヴァント達。

 戦力としては期待していないが、囮や露払いとしてはまぁまぁだ。ジャンヌ・オルタ辺りなどは組織化した集団を率いている辺り、教授とぶつけて戦力をそぐには適切な駒になる。

 後に来るだろうカルデアと合わせれば、ある程度の期待も持てるだろう。どうやらかの騎士王の反転した姿もいるらしいし、火力は十分だ。問題はあのライダーにどこまで奴らが対応できるか。

 時速200㎞越えの化け物を倒せるか否かだ。

 

「さて、ライダーの前にお手並み拝見といこうか竜の魔女。期待外れであってくれるなよ?」

 

 

 



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新宿2

 更にあれから数日後。

 新しい縄張りへの移動中、黒いアーチャーとその配下たちから襲撃を受けた。向こうからすれば此方を叩く絶好の機会となり、此方からすれば襲撃されるのは分かり切っていたため予定調和である。襲撃に来るとすれば新宿のライダーにアサシン、バーサーカーはないと踏んでいた。彼らは綿密な作戦を遂行するには自由すぎるからだ。

 となれば他のサーヴァント、三騎士にキャスターだろうと予想を付けたが、山の翁から三騎士はアーチャーを除き全滅していると聞いていたため更に絞れた。どこでそんな情報をとも思ったが、新宿のアサシンが山の翁にとどめを刺す直前に冥土の土産として教えてくれたらしい。結局山の翁は生き残っているのでアサシンからすれば憤慨ものだろう。

 残る候補のアーチャーとキャスター。

 この二クラスであれば間違いなくアーチャーが有力な候補となる。

 そして実際にやって来たのはやはりアーチャーだった。

 この黒いアーチャー、困ったことに現代兵器に精通していた。まるで傭兵のような、ただ敵を殲滅するだけの戦い方。そこに個人の感情はなく、殺せと言われたから殺すと機械のようであった。それでいて、その瞳の奥には未だに燃える信念の残りカスが燃えていた。理性を以てして憎悪を抑え込む私と違い、彼は一度崩れた理性をごちゃごちゃに組み直し、自身をくべて信念を貫き通そうとしていた。

 私とは違う意味で狂っているのだろう。

 彼の持つ銃を見て、彼が何者かを知る。あのカルデアにもいた、あのアーチャーの別の可能性なのだろう。人々を救おうとした正義の味方の成れの果て、その残骸か。しかし腐り果ててもなお、その根底は変わっていない。ならば何故、そんな彼が新宿のアーチャー側にいるのかと考えて、銃弾が頬をかすった。

 結局、私がアーチャーを相手にし、山の翁が敵の戦力を暗殺、魔術使い、魔術師による反撃を以てその場を乗り切った。最悪、ワンコールでセイバーを呼べるよう仕込みはしてきたが、そこまで追い込まれることは無かった。黒いアーチャーも全力ではあったが、手の内はほとんど見せてこなかった。つまるところ、本気ではなく、我々を全力で潰しに来たわけではなかったらしい。

 ここで大体、私の中での彼の立ち位置が決まった。

 ある意味第三勢力である、と。

 最終的に互いに一撃加えて、双方撤退という形で決着がついた。その際に黒いアーチャーの手癖の悪さを知ったが、まぁどうでもいいことである。

 その後は新しい縄張りに籠り、それぞれ傷を癒しながら生活していた。龍脈の上であるおかげで工房の完成度は高く、縄張り全体の防衛能力も遥かに向上した。残念なことにセイバーは別の場所に移動してしまったが、彼女は王であるし我々が縛るわけにもいかない。最悪、有事の際はジャンクフードで釣れば――献上すればいい。

 こうして完成した新しい縄張りは強固な物となったのである。

 

「姐さん、調達班からの報告っす。やっぱり近辺の物資は品が薄くなってきたみたいっすね」

 

「仕方がありません。人数は増えるばかりですからね。自給自足のため、作物にも手を出してはみましたが収穫にはまだ時間がかかりますし、取りあえず私の食事は適当に分配してしまってください」

 

「いやいや、姐さんが食わないんじゃ、こっちも食いづらくなりますよ」

 

「……変なところで律儀ですね、貴方たちは。元々私には食事は必要ないと言っておいたでしょうに。では、私の部屋に運び込む振りをするだけで結構。周りが私も食事を摂ってると認識させておいてください」

 

「あの、自分は姐さんが食ってないと知ってる側になる訳ですが」

 

「貴方が一人、気にしなければいい話です」

 

 そんなぁ、という情けない声に背を向けて外へと出る。相変わらず空は暗く、この世界は常に夜で満ちている。この地上を照らすのは新宿という街そのものである。最初はネオンの光に慣れないものであったが、今となっては光源になっているのであればどうでもよくなった。

 英霊の身でありながら、新しいことに慣れるというのはどうもむず痒い。

 

「まったく、カルデアさえ来ればさっさと後を任せられるものを。いつになったら来るのですか、リツカ」

 

 その瞬間、空に広がる星空に流れ星が尾を引いて流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで空の上スタートぉぉぉぉぉぉ――!?」

 

 落ちる、すごい勢いで落ちる!

 下に見えるは眩いネオンで照らされる街。

 周りには暗闇が広がっており、私と来るはずだったサーヴァントたちもいない。傍に浮かぶのは何時もの魔術的な通信モニターのみ。向こうから聞こえてくる声も動揺でいっぱいである。

 

「というか、兄はどうしたー!」

 

『どうやら立花くんも弾かれたみたいでね!? このまま行くとリツカちゃんは紐なしバンジーな訳で……!』

 

「うっそ!? まだ私オルタに会えてないのに!?」

 

『心配するのがそこなあたり、結構余裕があるんじゃないかなぁ!』

 

「ないよ! 余裕なんてないよ! 取りあえず助けてダヴィンチちゃん!」

 

『助けたいのは山々なんだけどね! 間に合うかな!?』

 

 体が冷たい。

 夜風が凄い勢いで直撃しているのもあるのだろうけど、純粋に体が怯えている。このままだとコンクリートの上に赤い花が咲くことになる。

 どうしたものだろうか。

 このままいけば落下死である。

 あぁ、もうダメだー!

 そう思った時、その声は聞こえてきた。

 

「落下する少女を救う。それはまさに少年の役割であり、即ち大抵はここから始まる恋と希望の物語!」

 

 それは徐々に近づいてきた。

 

「君はこの後、何か適当にいちゃつきながら頑張って奮闘して特異点を修正したりしなかったりする訳だ! いいねェ、実によろしィ!」

 

 それはまごうことなく、男の声。

 

「だがしかーし! だーがーしーかーしー!」

 

 そして遂に、その姿が露になる。

 

「残念、君を助けたのは胡散臭いアラフィフでしたー!」

 

 チェンジで。

 

『やっぱり余裕あるよね、リツカちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから胡散臭いアラフィフが仲間になった。

 何だかんだと助けてくれた胡散臭いアラフィフ紳士だが、彼は真名を教えてはくれなかった。自分のことは新宿のアーチャーと呼んでくれというので、基本的にはアーチャーと呼ぶことに。

 その後、彼に案内されてこの都市――新宿の現状を知った。跋扈するチンピラに傭兵、そして奇妙な人形たち。ここに善性はなく、悪が悪を食らう終末の都市だと知った。

 同時に、新宿のアーチャーのうさん臭さも。

 自分は新宿のアーチャーと呼ばれているらしい、と自分で言うあたりどこかおかしい。おまけに彼自身、自分の霊基はお前キャスターじゃね、と訴えてくるが実際には本当にアーチャーなのだとか。ついでに若いころの記憶もすっぱり抜け落ちている辺り、絶対に何かある。怪しさ満点だ。

 まぁ彼は仕掛けられた罠に対して忠告してくれたり、戦ってくれたりと非常に好意的であり今のところ味方である。彼も敵に狙われているし、目的は同じだ。彼を信じて任せるほかない。

 どうもこの街は悪意に満ち溢れている。

 それはこれまで触れてきた悪意とはまた違うもの。これまでは英霊や魔神柱といった、人間とは一線を画す者が持つ悪意をこの身に受けてきた。

 しかしここではどうか。

 等身大の人間、一人一人が持つ小さな欲望から生まれた、人を貶める悪意だ。ただ殺すのではない、奪えるもの全てを奪い、尊厳を汚し、自分たちを満たすために彼らは人を襲う。

 これはきっと、人間が持つ淀みなのだろう。

 おまけにコロラトゥーラなる人形兵器。彼らは人を材料に作られているのか、彼らが殺戮を行ったその場所に死体は一つも残らない。加えて彼らは人々を嬲り、餌として更に人間をおびき寄せ殺そうとする。

 私の目の前でも、多くの人々がその手に掛かろうとしていた。

 だがそれに手を出せば餌は殺され、釣られてきた新たな獲物へと牙が向く。此方は戦えるのがアーチャーしかいない以上、よく考える必要があった。身を潜め、彼らが蹂躙されるのを見ているほかなかった。

 そう、見ているしかなかった――突如、武装した集団がコロラトゥーラを蹂躙し始めるまでは。

 それはまさしく蹂躙だった。黒一色に染まったマフィアのような集団がコロラトゥーラの横腹に噛みついた。スリーマンセルを基本とする陣形は隙がなく、三対一を心がけた堅実な戦い方であった。彼らの連携は目を見張るものがあり、中には魔術師も含まれていた。

 彼らは無傷とはいかなかったがコロラトゥーラを一掃した後、怪我人を回収して即座に撤退していった。中には餌とされていたチンピラも含まれており、彼は泣いて感謝の言葉を述べていた。

 そして彼らが去った後、気づいたのだ。

 彼らに合流すれば良かったんじゃね、と。

 するとアーチャーが汗を流し、

 

『あー、うん、まぁ彼らはこの新宿において中々に巨大な組織でね。一人のサーヴァントを頂点に構成されたレジスタンスと言ってもいい。ただ、その――いや、この際そんなことは言っていられないかなァ。まぁ。その内、その内合流するとしよう!』

 

 と、茶を濁す。

 そのサーヴァントにちょっかいでもかけたのだろうか、このアラフィフ。何をしたのか気になって問いただそうとするところにマシュからの連絡。敵性反応あり、と。

 見ればファントム・ジ・オペラと傍に立つ金髪の人形が。案の定彼らは敵側であり、クリスティーヌと呼ばれる金髪の人形は壊れて狂っていた。危うく戦闘になりかけるも、アーチャーの機転でその場を離脱、マシュにルートを指示してもらいスタコラサッサと逃げ出した。

 ここでアラフィフ、うっかりを発動する。

 重要な案件を説明し忘れていた、と宣い、次の瞬間には身も凍りそうな遠吠え一つ。何この殺意高い獣の声は、と聞けば時速200㎞越えの化け物の声と返答が。私たちが逃げてきた国道は彼の狼――新宿のライダーの縄張りだったらしい。

 アーチャー曰く、この新宿はそれぞれが分割して統治しているような状態らしい。その一角がこの国道であり、その主が凶悪な獣様ということらしかった。

 結局、戦闘は避けれなかった。

 アーチャーも善戦するも力負けしていく。頭の回転の速いアーチャーは即座に方針を変更し、私を先に離脱させようと囮になる。その際に車を運転しろと無茶ぶりをされるが、やるしかないと辺りを見渡した時、彼の王はやってきた。

 反転した騎士王、セイバー――アルトリア・ペンドラゴン。

 彼女はバイクで颯爽と登場し、私を乗せて隠れ家へと連れて行ってくれた。

 そこで聞かされたのは新宿を支配する四人の敵――幻影魔人同盟の存在。

 そして、この地で彼らに抗うサーヴァントたちの存在。

 セイバー、アサシン、そしてアヴェンジャー――ジャンヌ・オルタ。

 彼女の名前を聞いた途端、感情メーターは吹っ飛んだ。通信先からもジャンヌの声が聞こえてきて「もう一人の私がいるんですか!? 勝った!!」と聖女らしさは行方不明となった。

 勿論、彼女の勝った発言はオルタと私の約束から来るものだ。

 ようやく、ようやくである。そしてこれこそが運命である。

 ぶっちゃけ囮となったアーチャーと新宿駅で合流予定だったがすっぽかしたくなるくらいである。いや、流石にすっぽかすつもりはないが、それくらいには衝撃的な朗報であった。

 明日、アーチャーと合流したら彼女と合流しようと話を纏めて就寝。時間的には翌朝だが、一日中夜である新宿はいつだって街に光は絶えない。時間の感覚が狂うような感覚を得ながら、迷宮新宿駅へと向かうのだった。

 そこでアーチャーと合流しようとするも、罠が張られていた。セイバー・オルタが迷宮入り口にあったキャンプの存在を覚えていなければ窮地に追いやられていた事だろう。セイバーのおかげで敵に先制攻撃を行うことが出来、アーチャーとの合流にも成功。

 新宿駅を離脱する間にセイバーとアーチャーでいざこざもあったが勘違いのようなもの、と言うことに落ち着き一度拠点へ。そこで準備を整えてからいざジャンヌ・オルタの元へ、と出発するのだった。

 

 

 

 

 

 そしてたどり着く、オルタの縄張り。

 そこには魔術的な結界が張り巡らされ、物理的なバリケードも設置されていた。周りには見張りと思われる黒服が立っており、どこのマフィアだろうか。銃を隠さずに持っているあたり、やっぱり新宿は世紀末である。

 私たちが姿を現すと彼らは警戒態勢に入り銃を構える。思わず手を上げるが、セイバーが前に出れば彼らは警戒を薄める。しかし完全に信用する様子はなく、セイバーに割符の提出を求めてきた。

 

「なんでまた、こんなに警戒態勢が強いのかな」

 

「それはまぁ、新宿のアサシンのせいだろう。彼は変幻自在、霊基まで相手そのものに成りきることが出来るという。割符を使っているのは恐らく、新宿のアサシンが偽装相手の記憶までコピーできる可能性を考慮したためじゃないかね。割符という物理的なものであれば、物を奪われない限りは合言葉などよりはまぁ、多少はマシだろう。ちなみに、私のように偽装して入ろうとしてバレると真っ黒に焼け焦がされるけどネ!」

 

「だから最初、行くのに消極的だったのね……」

 

 自業自得であった。

 割符の確認後、彼らは道をあけてくれる。

 中に入れば、今まで見てきた新宿とは180度違う世界が広がっていた。街中を人々が笑って歩き、それぞれが助け合って生きていた。笑顔は陰るものの、尽きてはいない。悪逆は成されず、善が生きている。これを構築したのがオルタだというのだから流石である。

 もう惚れ惚れしちゃうね!

 

「うぅむ、先程からマスター君のテンションがうなぎ上りだね! もしかしてちょっと罪深い関係でも持っているのかな? 果てさて、世界を救済したマスターを虜にするサーヴァントか、興味深い対象だ。まぁ、その前にも興味本位で覗き込みに来たら爆発、爆発、爆発、で追い返されちゃったからネ! まったく、アラフィフのお茶目くらい許してくれればいいものを」

 

「アラフィフって頭いいけどお馬鹿だよね」

 

「!?」

 

「さってと、オルタはどこかな!? オルターどこー!」

 

「お馬鹿……私がお馬鹿……」

 

 ずーんと影を背負うアラフィフを他所にオルタを探す。ここに入る前にカルデアが来たと連絡は入れてもらったので迎えに来てくれてもおかしくはないが、あのオルタが自分から来てくれるとも思えない。

 故に先ほどの黒服さんにオルタの居場所を聞いたところ、一つのビルを教えてもらった。そこに基本的にはいるらしく、姐さんによろしくお願いします、と送り出された。

 姐さんってまた、オルタは何をやったのか。いやまぁこうして拠点を築いている時点でそうなってもおかしくはないのか。どうやらここには我が同志が多く存在しているらしい。

 

「譲らないけどね!!」

 

「あれだね、マスター君も大分オルタの事になるとお馬鹿になるね」

 

「黒聖女か。アレを見ているとケイ卿を思い出してしまってな……」

 

 ズンズンと歩いてたどり着くは小さなビル。

 入口の人たちに挨拶すれば、オルタがいる部屋番号を教えてくれる。どの人も武装している人は黒服のマフィアスタイルなあたりどうなっているのか。オルタが先導した訳ではないのだろう。きっと周りが自然とそうなってしまい、オルタも途中で修正するのを諦めたに違いない。

 階段を上れば目的の部屋が。

 落ち着きながらノックをすれば、中からずっと聞きたくてたまらなかった彼女の声が聞こえた。通信の向こうではジャンヌがダヴィンチちゃんを押し出してモニターを占領しているらしく、ダヴィンチちゃんの苦笑が聞こえてきた。

 さぁ御対面だ、と扉を開ければ一瞬の眩さ。

 そしてそれが収まれば、その先にいたのは――彼女だった。

 

「遅刻が過ぎますよ、カルデアのマスター」

 

 そう言って立ち上がった、ジャンヌ・オルタ。

 黒いスーツを身に纏い、コートを羽織ったその姿はまさしくマフィアのボス。パンツスタイルな辺り、勧めた人は素晴らしいなと心の中で褒めたたえる。

 

「……おっと鼻血が」

 

「本当に大丈夫かね、マスター君!?」

 

 真っ赤な欲望を拭っていると、呆れたような視線をこの身に感じる。見れば案の定、呆れたように笑うオルタがいた。

 

「さて、お手数おかけしましたね、セイバー。報酬は下の階に用意させていますのでお好きなように。一応要望通り、ドッグフードも集められるだけ集めておきましたが……」

 

「了解した。ではマスター、私は下の階にて待つ。ハメを外しすぎるなよ?」

 

 そう言ってセイバーは下の階へと姿を消した。

 次いでオルタは私の隣に立つアーチャーへと鋭い視線を向けた。

 

「セイバーが共にいた辺り、私と彼女が知るアーチャーではないと見ましたが」

 

「ほぅ、聡明なお嬢さんだ。如何にも、私は善のアーチャー! かの首領とは別人なのでそこのところよろしく願う! それとここにこっそり侵入しようとしたのもソッチの悪のアーチャーだからネ!」

 

「残念、私があの時焼き殺そうとしたアーチャーは、私が知っているアーチャーよりも霊基は不安定、魔力量も少ないパチモンでした」

 

「あれ、今もしかして私、パチモン言われた?」

 

「ふむ、つまり自分がパチモン側であるという自覚があると。つまるところ、貴方が愚かにも侵入してこようとしていたアーチャーである、と」

 

「……誘導尋問はひどいんじゃないかね?」

 

「うさん臭さ全開なのが悪いのでしょう。それと罪を他者へ擦り付けようとした性根の悪さ……まぁ、カルデアのマスターを守護していてくれたようですので、前回の事は不問にしましょう」

 

「ははは、ありがたい。いやぁ、私だけ外で待ってろなんて言われたらどうしようかと思ったヨ! さて、では私も下に降りているとしよう。どうやら積もる話もあるようだしね?」

 

 そう言ってアーチャーも姿を消した。

 残るのは私とオルタのみ。

 通信? ジャンヌ? 知らない子ですね。

 

「さて、ここまでお疲れさまでした。アーチャーの言っていたように、積もる話があるのかもしれませんが先ずは休息をお勧めします。同じビルに部屋を用意させますので、ひと先ずはそこで休憩を――」

 

 彼女が言い切る前に、私の体はトップスピード。

 風になる勢いでオルタに飛び込めば、彼女は「じゃじゃ馬化が悪化している……」と呆れたように呟きながら私を受け止めてくれた。

 衝撃を逃がし、ふんわりと抱き留めてくれるオルタ。

 ふはは、ここにはジャンヌもいないし遠慮はいらんなぁ!

 通信? 緊急連絡コード以外OFFに決まっているじゃないか!

 

「相変わらずですね、カルデアのマスター……。暑いので離れてもらってもいいですか? いや、場所を変えろと言っているのではなく」

 

 正面がだめなら背中、と移動したがダメらしい。

 まぁオルタの表情も見たいしここは一度離れよう。どうせ今日はここで過ごすのだ、オルタと同じベッドで心身ともに癒されよう。ジャンヌよ、オルタの初めては私がもらった!

 

「何と邪な笑顔か……私の知らぬ間に何があったのやら。取りあえず、今日は部屋を変えカギをしっかりかけねば碌でもないことが起きそうな気がしてきましたね」

 

 ぐへへ、とオルタを抱き枕にする妄想をしているとオルタが何事かを呟いた。聞き取れなかったのが残念だが、まぁいいかと自分を納得させ、今のうちに畳みかけておこうと決意する。

 無論、畳みかけるのはかつての約束。

 律儀な彼女だ、今さら約束を破るような真似はすまい。

 

「む、何ですかその笑みは。まるで獲物を見つけた時のような顔をして……おや、何か大切なことを忘れているような気が。つい最近も同じようなことを思い出しかけるものの、すぐ頭の隅にしまってしまったような……?」

 

「ねぇオルタ、覚えてる?」

 

「……フラグでしたかー」

 

 逃がすまいとしがみつく。

 

「ほら、終局特異点で約束したでしょ?」

 

 するとオルタは逡巡し、次の瞬間にはハッとした表情を浮かべた。

 ニヤニヤと見つめていれば、しまったと額に手を当てて嘆くオルタがいた。恐らくは全部を思いだしたのだろう。これで間違いなく私たちの勝ちである。

 

「次に会うことがあったら、次からは召喚に応じてくれるんだよね?」

 

「……ええ、まぁ、はい。ですがほら、もう英霊の出番なんてないでしょう? つまり、私を呼ぶ必要なんて――」

 

「あるんだよ?」

 

「……ハイライト失った目で見ないでもらえますか。どっちがオルタか私を以てして分からなくなるんですが」

 

 ジリ、と追いつめれば何時になく戸惑った表情で後ずさりするオルタ。

 ジッと彼女の目を見つめていると、やがて彼女は照れくさそうに目線を逸らした。

 可愛い。

 

「はぁ、分かりました、分かりました! ええいいでしょう、約束ですからね! 私はどこかのお馬鹿と違って約束を違えるつもりはありません!」

 

 うぐぅ、とうめく声がどこからか聞こえた気がした。

 聞き覚えがあったような、と思いながらも無視して湧き上がる喜びに身を任せる。ああ、ようやくだ、ようやく彼女をカルデアに招待できる。これからの時をわずかながらでも共にできる。

 兄だけでなく姉もできるとは、贅沢な話だ。

 

「よろしくね、オルタ!」

 

「えぇ、よろしくお願いします、マスター。いや……貴方、本当に何しにこの特異点に来たんです?」

 

『えぇい、ずるいですよマスター! 緊急回線以外カットとか、どこまで独占するつもりです!? 本当ならば私もそっちに行っていたはずなのに! 早急に黒幕を打破し、もう一人の私を連れ帰って――』

 

 ポチッと。

 緊急回線をカット。

 緊急の要件じゃないしね。

 

「聞き覚えのある声がしましたが、いや、しかし……何があった、カルデア」

 

 頭が痛い、そう言って顔をしかめるオルタも新鮮だった。

 

 

 

 

 

 



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新宿3

 お久しぶりでございます。
 しぶとく生きております。
 職場にも慣れつつある今日この頃、頼りになる先輩の異動という事件発生。
 回転率おかしい我が病棟から何故……。

 とまぁ、毎日忙しく生きております。
 おかげでFGOのイベントも素材集めまで手が回らず。

 もちろん、オルタちゃんは確保の上スキルマにしてやりましたがね!
 聖杯もくれてやりましたがね!


 さて、あれから下に降りたアーチャーやセイバーとも合流し、今後の方針について話し合った。

 その際、通信の向こうから聞こえてくる『私』の声がうるさかったためマスターには通信を切ってもらう事に。まぁ此方の話している内容は向こうに届いているので問題はなし。必要な時だけダヴィンチにつないでもらえばいいのだ。

 そして我々の持つ情報をすり合わせ、電話による情報提供もあり最終目標をあの巨大な塔――バレルタワーに定める。

 あの場所に到達する為には先ず、敵の戦力を削り取る必要がある。黒いアーチャーは取りあえずおいておくとして、新宿のライダーとアサシン、バーサーカー辺りから仕留めるのが妥当なところだろう。

 ここで問題になるのは優先順位である。可能ならば余裕のあるうちに大物を狙い仕留めておきたい。となるとライダーかバーサーカーな訳だが、割とどちらも脅威度は高い。それぞれ、単体の戦闘力と物量が特徴な厄介者なのである。新宿のアサシンに関しては、山の翁に全てを任せた。暗殺者には暗殺者だ。一度敗北した山の翁は、持ちうる全てを使ってアサシンを討ち取ってくれるだろう。負けたとしても手は打ってある。

 そして主に私と新宿のアーチャーが話し合い、時々ダヴィンチの横やりなどが入り、最終的に先ずはライダーを狙う事となった。

 作戦は簡単だ。国道の外で準備を済ませ、私たちが侵入。サーヴァント三騎で徹底的に足止めを行う。私の炎で退路を断ち、アーチャーがサポートに徹し、セイバーが前面に立ち、私が砲台として一撃を叩き込む。

 アーチャーのサポートは流石の一言だった。敵として相まみえたことがあるからわかる、あれは数字の化け物だ。何でもかんでも数値に変え計算し読み解いてしまう。

 流石に相手のスペックが高すぎて、読み解けても反応しきれていないところがあるがそこは私たちがサポートすればいい。

 そして、時が来る。

 通信を用いての連絡を聞き、私の宝具をキャンセル。

 一瞬で消え去った炎の壁に困惑するライダーにセイバーが斬りかかり、アーチャーがライダーの行動を阻害する。

 苛立ちからうなり声をあげるライダーだが、次の瞬間には大きく目を見開いた。

 ライダーを囲うように立つ、黒服連中が砲身を構えていた。彼らは私の宝具展開後から炎の壁を囲うように待機していた身内である。彼らが持つのはダヴィンチとアーチャー設計のワイヤーガンである。

 一斉に発射されるワイヤーの網を回避しようと足掻くライダーだが、アーチャーがそれをさせない。

 うっとうしいと爪が振るわれ、いくつかの網は無残にも散るが百八十度全てに対応することはできない。

 一瞬、ライダーの動きが阻害される。同時に、宝具をキャンセルした後再度フルパワーで次弾を装填していた私が憎悪の炎を開放。

 ライダーの足元から発生した爆炎が、その巨体を包み込む。

 炎の中から夜空に向かって放たれる、怨嗟の遠吠えは徐々に徐々に小さくなりやがて消える。

 そして炎が消えたその場所には何者も居なくなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次のターゲットはバーサーカーだった。

 とは言え私はマスターの魔力も使ったが自前の魔力をほぼ使い果たしてしまった。何せライダーが本気になる前に仕留めなければならなかったのだ。実際のライダーの耐久力は正確には計れないし、であれば今ある最大をぶち込むしかなかった。

 セイバーの聖剣解放も考えたが、あれは直線で進む。あの環境ではワイヤーガンを持った仲間ごとジュッといくので却下となったのである。

 またアーチャー、セイバーも多少なりとも傷を負っていた。

 その為一度拠点に戻り、英気を養った。

 また、以前にもあったように電話にて情報の提供がありバーサーカーの根城が明らかになる。

 外回りに出ている者たちからも確認が取れ、作戦会議が始まった。

 問題となるのは、敵と私たちの戦力差である。此方は片手程、対して相手は合計三百の集団である。私たちはいいとして、マスターが死ぬだろうという結論に私とアーチャーは至る。

 ここで人員に関しては私の部下のような扱いになる彼らを使えばいいのではないかとアーチャーは提案する。

 しかし、この場所の防衛に回せる人員がいなくなると私が反論を返せば膠着状態に陥る。

 最終的にマスターに判断を仰げば、彼女は迷い、それでも自分たちだけでやると結論を出した。

 対しアーチャーが、その結果残酷な選択肢を突きつけられたとしても? と覚悟を問うても彼女の意見は変わらなかった。世界を救ったマスターの片割れは、この残酷な世界の仕組みを理解した上で覚悟を決めたのである。その様子にアーチャーはどこか納得したように、眩しいものを見るように笑った。

 そして開始された、コロラトゥーラ爆破作戦。

 人間が加工されて出来上がる、バーサーカーの手足たるこの人形に、爆弾を埋め込んで奴らの中央で爆破する作戦である。無論、マスターも人形の材料に関しては承知の上だ。人形にされてしまった以上、元には戻れないしそもそも無理やり生かされているだけの存在となる。解放する、という意味でもマスターはそのスイッチを自らの意思で押す覚悟を見せたのだ。

 ならばこれ以上言うことはない、とアーチャーは作業に取り掛かった。

 数時間もせず出来上がったスイッチを手にしたマスターは、弱々しい笑顔で私を見た後、自らの頬を叩いて前を向いた。

 何となく彼女の頭に手を置けばキョトンとした後にその手を強く握りしめる。

 

 ――行こう。

 

 その言葉を合図に、私たちはバーサーカー討伐の為に拠点を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論を簡潔に。 

 

 アーチャーの奴がやりやがった。

 マスターが覚悟を決めてスイッチを押そうとした瞬間、何処からともなく別のスイッチを取り出しぽちっとな、と爆破したのだ。唖然とするマスターを他所に、アーチャーは困ったように笑っていた。

 確かな覚悟を見て満足してしまったというのが奴の言い訳だ。

 いや、まぁ、結果オーライでいいのだが何だか釈然としない。

 何より、あの姿を見て確かに奴は我々の信頼を一定以上得ることに成功している。

 

 ――彼の言葉を信じるならば……彼は敵だ。

 

 彼はいずれ裏切るだろう。

 その時、マスターはどうするのだろうか。

 敵であるなら私は何の躊躇もなく屠ることが出来る。

 だが、マスターはどうか。

 私はバーサーカー……ファントムとクリスティーヌを前に、やがて来るその瞬間のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカー戦はそこまで苦にはならなかった。

 奴の恐ろしさは敵の数であり、サーヴァントとしての戦闘力はそれ程高くはなかった。

 あっけなくセイバーの聖剣が致命傷を与えた。

 問題があるとすれば――――

 

「ほう、駆け付けるのが早いな、竜の魔女」

 

「ええ、ソコソコ優秀な部下がいるもので。雀蜂に動き在り、と連絡がありましてね。少し警戒していました」

 

 独自行動を始めたファントムを消滅させた、黒いアーチャーの出現。

 彼はコロラトゥーラに紛れ、いつの間にかマスターと新宿のアーチャーの元に姿を現した。

 そこで彼の霊基パターンから、エミヤの反転した姿だと判明する。

 

「ここで一騎落としておこうと思ったが、そう上手く事は運ばないらしい。まったく使えない人形どもだ」

 

 そう言って彼は手に持つ銃を突き付けてくる。

 新宿のアーチャーが武器を構えるが、彼は気にした様子もなく此方だけを見ていた。

 銃弾が放たれる。

 マズルフラッシュに目が焼かれながらも、旗で迎撃。

 一気に踏み込み、旗を叩きこむがエミヤは両手に持つ銃でそれを防ぐ。

 

「チッ、馬鹿力が!」

 

「あって困ることなんてないでしょう? 持たざる者の妬みなど聞くだけ無駄というものです」

 

 距離を取ってバカスカと銃弾を撃ち込んでくる。

 先ほどのファントムの消滅の仕方から、銃弾は一発でも(・・・・)貰うと致命的だと思われる。

 対して此方は近づいてぶった切るしかないのだから厄介だ。いや、焼いてもいいのだが常に動く奴を捉えるのは難しい。ここ一帯を爆破していいのなら話は別だが、ここにはマスターもいる。

 

「まったくネチネチと!」

 

「ふ、イノシシに近づくのは怖いものでな」

 

 嫌味の応酬。前回もそうだった。

 決定打のない戦いだ。

 前回は意図(・・)してのものだったが、さて今回はどうなのか。

 ちらりと見れば、彼の指が動く。続いて視線。

 成程、と納得した瞬間、エミヤを狙って一本の短刀が投げ込まれた。

 

「これはこれは。暗殺者がのこのこ姿を見せてくれるとは珍しい」

 

「知らぬ顔ではなかったものでな。ご無事ですかな、魔女殿?」

 

 姿を現したのは山の翁。

 どういうつもりかと睨めば、彼は手を振り言う。

 

「そう睨まないでいただきたい。私の方は一段落つきましてな。ご安心を、新宿のアサシンは確かに始末しました。同じ相手に二度も不覚を取る恥さらしにはなりたくなかったですからな」

 

 そう言って彼はダークと呼ばれる短刀を構える。

 マスターはと言えば、どうやら彼を知っているらしい。通信の向こうでもマシュ・キリエライトが彼の登場を喜んでいた。

 

「新宿のアサシンを始末しましたか……ご苦労様です。ええ、助けたかいがあったというものです。ところで、貴方はカルデアを知っていたので?」

 

「ふむ、私に覚えはありませんが、この身の霊基が彼らを味方だと言っております。何より、魔女殿と共にいるのですから心配ないと思いまして」

 

 彼はエミヤと相対しながらそう言った。

 

「成程、これで二対一か。動くのが少し遅かったか。俺としたことが情けない」

 

「ええ、これで二対一です。まったく、()が悪い」

 

 ハサンを先頭に、その後ろで魔力を充填する。

 

「チッ、これ以上は此方が消耗するだけか。ここは引かせてもらおう。どうやら彼の騎士王もご到着のようだからな――!」

 

 エミヤは一つ舌打ちをすると地面に煙幕を叩き込む。

 同時にキュイラッシュに乗ったアルトリアが彼のいた場所を猛スピードで駆け抜けていった。

 まったく遠慮のない王様である。

 

「後数秒早ければ、ひき殺せたものを……」

 

 そう言いながら煙幕が晴れたその場所にいたのは悔しそうにするアルトリア一人。

 やはりエミヤには逃げられたらしい。

 残る敵は後一人。

 

「まったく、詰めが甘いですね暗殺者」

 

「いや、申し訳ない。しかし、次こそは……」

 

「次などありませんよ。急ぎか気まぐれかは知りませんが、なりきりが甘い」

 

「成りきりとは一体……なっ、魔女殿なにを!?」

 

 驚愕する山の翁。

 当然だ、彼は今、私の宝具の範囲内で炎に囲まれているのだから。

 

「く、落ち着いてください! 私は味方で――」

 

「くどい。言ったでしょう、甘いと」

 

 最早彼に逃げ場はない。

 宝具は発動し、ジリジリを彼を焼き焦がす。

 山の翁はこれまでと理解してか、額に手を当てる。

 そして次の瞬間――山の翁でありながら彼ではない、一人の青年が姿を現した。

 通信の向こうではまたもや混乱する叫び声が聞こえてくる。霊基数値がだとか、見た目は本物だったのにとか、色々だ。

 青年は困ったように笑い、山の翁とは違うその声で訊ねてくる。

 

「あー、何時からバレてた?」

 

「貴方が姿を現した瞬間から」

 

 彼はアチャーと再び額に手を当てた。

 

「いやぁ、丁度始末し終えた時にアンタらを見つけたからさー。これはチャンスかなって思ってたけど、自らピンチを呼び込んだかぁ」

 

 これも事前の打ち合わせの賜物である。

 私は山の翁から新宿のアサシンの情報を聞いた時から対応を只管に考えていた。山の翁は自分が対応するからご心配なく、というが絶対はない。特に奴に一度敗北しており、かつ、奴を相手どる山の翁が不慮の事態に陥ることは十分に考えられる。

 そこで一つ、徹底させることにした。

 

「彼には以前から、私と合流する前はどんな状況であろうと連絡を入れるように言ってあります。連絡なしで合流した場合、偽物と断定して必ず殺すと言い添えて」

 

「……うへぇ、鬼かよアンタ」

 

「鬼で結構。信じて裏切られるより、疑って裏切られる方が何倍もマシでしょう? ほら、こうして対応もできますし」

 

「あーあ、ミスったなぁ。立ち位置から何もかも! まぁ、これで終わるんなら悪くないか」

 

 そう言って新宿のアサシンは座り込む。

 逃げも隠れもする必要がない、そう悟った彼は満足そうに笑う。

 

「では、おさらばです」 

 

 そして次の瞬間、彼の霊基は消滅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これはまた。その用意周到さは好ましいが、扱いづらさが増したか?」

 

 エミヤは明かりの灯るビルの上、アサシンの最期を見届けていた。

 本命はジャンヌ・オルタがどう対応するのかであったが、及第点である。

 同時に、ただの駒として扱うには彼女は考えすぎる。

 

「いっそ、扱いやすいように飼いならしたいところだがアレはそういう玉ではあるまい。最悪、噛みつかれてお陀仏か……」

 

 まぁいい、そう結論付ける。

 今回の目的は同じで、敵ではあるが味方でもある。

 

「厄介なことだ。まぁ精々、俺の為に派手に暴れてくれ」

 

 そう言って彼は夜の闇に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、思わぬところでアサシンも討つことができた。

 残るはあのアーチャー、エミヤだ。彼は恐らく塔の防衛に回るはず。雀蜂の部隊も集結しつつあるとの情報もある以上、ほぼ間違いないだろう。

 

「ふむ、報告ご苦労様です。では一度、拠点に戻り最後の戦いに向けて作戦会議としましょう」

 

「私も賛成だ。何よりマスター君の休憩のためにもね。セイバー君、君はどうする?」

 

 新宿のアーチャーがそう問えば、セイバーはカヴァス二世を連れてくる、と言ってバイクを走らせ去っていった。待機していた黒服に声をかけ、車を出させる。一台はセイバーの後を追って彼女のアジトへ。もう一台は私たちを乗せて拠点へ。

 マスターは車の中でスピーと心地よさそうに寝ていた。

 私の、膝の上で。

 後部座席に引きずり込まれ、次の瞬間にはこの様である。なんという瞬発力と図々しさか。通信先の『私』の声がうるさくてかなわない。

 

「落ち着きなさい。貴方は一応、聖女なのでしょう?」

 

『私が自ら名乗ったことなどありません! それより次、次は私が予約します!』

 

「指名制かつ予約制など存在しません。少々俗にかぶれすぎでは?」

 

『私、あなたに関しては正直になろうと思ったのです。そこで皆さんに相談して回って……そしたら太ましいセイバーさんが……』

 

「……カルデアに乗り込む理由が一つできましたね」

 

 どこのセイバーか。取りあえずお礼の一つでもしてやらねばなるまい。

 

「まったく、碌でもないサーヴァントばかりですか。まぁ、マスターがコレですからね。色物も集まるのでしょう」

 

 ポン、と頭に手を乗せればくすぐったそうに身をよじる。

 本当に警戒心の緩い少女である。それだけ周りを信頼しているということなのだろう。そんな彼女だからこそ、英霊も力を貸すのだろう。私も、含め。

 

「さて、新宿のアーチャー。拠点につく前に話しておくことがあります」

 

「む? それは構わないのだが……随分と苦々しい表情をしてるネ? なぁんかアラフィフ、嫌な予感してきた」

 

「逃げ出そうなどと考えないように。貴方がロックを外し扉を開ける、もしくは扉をぶち抜いて逃走するよりも、私の剣の方が早い」

 

「君はあれだね、考え方がここの誰よりも過激だよネ! 生かすか殺すかしかないのかな!?」

 

「えぇ、基本的には」

 

 やだこの子バッサリ、そう言って新宿のアーチャーはうなだれる。

 次の瞬間には頭を抱えることになるだろうに。

 

「さて、話を戻します。最終決戦につき、私の協力者が合流します。えぇ、貴方とも非常に関わりが深い彼が」

 

「……私がほぼ、自身の真名を推理し終えていることに気づいていたのだね。そして、そんな私と関わり深い相手となれば最早彼しかいまい」

 

 新宿のアーチャー、真名をジェームズ・モリアーティ。

 彼は心底いやそうな表情で、一つの名を紡いだ。

 

「我が宿敵、シャーロック・ホームズ」

 

 車が止まる。

 そして拠点の入り口に一人の男。

 

「やぁ、待っていたよミス・ジャンヌ・オルタ。そして、ジェームズ・モリアーティ教授」

 

 パイプを咥えた色白の優男。

 かの名探偵、シャーロック・ホームズがそこに立っていた。

 



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