IS -犬畜生と鈍感野郎- (バカ犬)
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出会いは
「…ったく、こんな見事な邸宅で麻薬の売買なんざ楽しそうなこって。」
「まあ言うな。 仕事なんだから仕方無えさ。」
「終わったら俺が飲みに連れてってやろう。 いいボトルをキープしてるんだ。」
「流石隊長殿!」
豪華に飾り付けられた廊下を歩く、武装した四人の男達。
FAMAS、G18、ブーツナイフに手榴弾。 この建物で戦闘を行うには過多な装備だ。
裏世界の人間にはそれなりに名の売れた傭兵団の一員である彼等は、この邸宅にて行われる麻薬の密売の警備についていた。
「しっかしこんな装備を引っ張り出す必要があったか? ここ自体よっぽどの裏の人間でなきゃ知らねえような場所なんだぜ?」
「そんな場所まで来てあのおっさんを殺してえ奴がいるってことだよ。 死んでも誰も得しねえ人間なんていねえからな。」
「そうなると侵入してくる輩は麻薬目当てかい?」
「さあな。 なんにせよそれを予想するのは俺たちの仕事じゃねえ。」
軽口叩き合いながら廊下を歩く男達が辻に行き着いたとき。
先頭の男の首から赤い花が咲いた。
「なっ!?」「ジェイク!」「畜生が!」
思い思いの悪態を付いた男達がFAMASを構え、辻に向けた。
先頭の男は侵入者により曲がり角の向こうに引っ張り込まれたようだ。
彼らがジリジリと曲がり角に近づくとき、その曲がり角の向こうから椅子が飛んできた。
「うお!?」
「ただの囮だ!」
そして残る三人の男の内一人が椅子を見て、叫びながら飛びのいた。
「グレネードだ! その椅子の脚についてる!」
その男は先ほど隊長と呼ばれた男であった。
ダクトテープで椅子の足に貼り付けられたグレネードに気付けたのは、彼の歴戦の戦士としての勘であろう。
が、しかし。 仲間二人はその言葉を理解するよりも先に爆発に巻き込まれた。
「クソが!」
グレネードから発せられた爆風が仲間を巻き込み、自らの肌にも熱を感じさせた。
飛びのいたことで体勢を崩した彼はもう一度銃を構え直し、グレネードの爆発によって生まれた煙の先を見つめる。
その先から飛んできたのは仲間の死体であった。
それに注意を取られた瞬間、煙の中から疾風のように自らに肉迫する影が彼の視界の隅に見えた。
彼が銃の照準を合わせるよりも前に、両手首の脈を何かに切り裂かれた。
「ガッ…!」
痛みと衝撃で銃を取り落とした瞬間、彼は悪魔の姿を見た。
灰色の髪に赤い目、褐色の肌なのでアルビノではないのだろう。 悪魔は想像していたよりも数段は可憐な少女の姿をしていた。
手に握られる物はカランビットナイフ。
猛禽類の爪のように湾曲し、そして血に濡れたそのナイフが弧を描いて彼の首を切り裂いた。
「………………………」
四人の人間を殺害して尚沈黙を崩さないそいつは、ただ表情だけをグニャリと狂ったような笑いに変えた後走り去った。
♢
「ターゲットは?」
「問題なく任務を完遂いたしました。」
「そ、なら下がりなさい。」
「御意に。」
灰色の髪に赤い目、黒い肌をしていて、一見すると少女のようにも見える少年はソファーに座る女性の指示に従い、自らに割り当てたれた部屋に向かった。
「おい見ろよ、サバーカだ。」
廊下を歩き、彼とすれ違う男たちが呟いた。
まるで忠犬のように組織に従い、そして猟犬のように獲物を狩って帰還する。
常に目つきが悪く、無愛想で嫌われる彼は、皮肉をこめて『
♦︎
私… サバーカは現在ドイツにいた。
周りには同じ組織のクソッタレ共。 彼らがここにいるのは任務の為だけでなく、私の監視をするためなのであろう。
さて、任務の内容だが、それはとある日本人を誘拐することであった。
インフィニット・ストラトス… ISと称されるそれは世界のバランスを大きく崩した。
現存の兵器のバランスを大きく崩したそれは、現在ではアラスカ条約の締結により兵器利用が禁じられ、競技用に落ち着いた。
そのISの世界大会、その第2回目がここドイツで行われているのだ。
当然、私たちの目的はポップコーンを齧りながら試合を観戦することではなく、むしろその試合をぶち壊すことだ。
IS世界大会、モンド・グロッソの第1回優勝者の名は『織斑千冬』そして今回の誘拐の対象は『織斑一夏』である。
つまり私たちは、その第1回優勝者が決勝戦に出場する前にその弟を捕らえて『試合に出れば弟を殺す』と脅迫するためにここにいる。
「トイウコトダ。 OK? イチカ。」
「…あー、うん。 一先ずは。」
恐怖と困惑の入り混じった顔をした例のターゲットに状況を説明してやる。
日本語は上手くないが、日本人が作り上げたISの登場により、日本語は世界で一,二番目に数えられるほどに重要な言語になった。
私も一応ほんの少しだけは喋れるのだ。
「おいサバーカ! 俺たちは隣の部屋にいるからよ。 ちゃんと見張っとけよ?」
「わかっている。」
クソッタレ共は廃マンションの隣の部屋に行くため、扉を開けて廊下に出た。
全員が居なくなったのを確認し、鎖で柱に括り付けられた一夏の前に座り込む。
「…なんだ?」
こうまじまじと見つめると、なかなかに顔のいい少年だ。
この件が失敗したとしても変態に売ればそれなりの稼ぎにはなるだろう。
…しかし、なんだろうかこの感情は。
私はいつも通りに任務を終えるだけだ。
しかしなぜだろうか、この少年を自分の物にしたい、という感情を覚えた。
恋、というものではなかろう。 私も彼も男なのだから。
「イチカ、生きたいか?」
「…出来れば。」
「ソウカ… ナアイチカ、タスケテヤルカラ、ワタシノモノニナラナイカ?」
「お前のもの、っていうのは?」
「ソノママダ。 オマエガホシイ。」
一夏は頬を紅潮させて困惑している。
私にはどうにもその様子が可愛く見えた。
「デ、ドウスル?」
「じゃ、じゃあ… 助けてくれ。」
「オーライ。」
鎖を止めている南京錠の鍵は隣の部屋の奴らが持っているはずだ。
「どこに行くの?」
「カギヲトリニ、サ。」
部屋を出て、隣の部屋に入る。
「あ? サバーカ、どうした。」
「きちんと見張ってろよ。」
酒に、タバコに、トランプか。
私一人に仕事を押し付けて羨ましいこって。
五人の男に近づき、カランビットを抜く。
逆手に握り振り抜いたナイフが、二人の男の喉を切り裂いた。
「なにしやがる!」
二人は銃を抜き、一人はナイフを抜く。
一人は賢明な判断だ。 5m以下ではナイフの方が強い。
銃声が響くよりも前に、銃の引き金に掛けた指を切り取った。
「え!?」
「痛ぇ!」
人差し指を切られた二人が銃を取り落とす。
二人がそれを拾い上げるも先に、ナイフで首元を切り裂く。
断末魔も上げずに倒れこみ、床に血の花が広がった。
「さて、最後はあんた一人だ…」
「ハァ… ハァ… お前! 亡国企業を裏切ってタダで済むと思うのか!?」
「さあね、タダじゃあすまないかな。 でも、私が使い潰されるのは理解してるんだ。
「…ケッ! ホモ野郎が!」
「ホモはそっちだろう? 私の尻の穴の具合はどうだった?」
ナイフを振り下ろしてくる男の手を、空いた手で受け流しながら掴んで腕の上を滑るようにナイフを振り、首を切りつけた。
「あばよ。 …うちの組織、亡国企業っていうのか。」
面白いことに、私は自分の組織の名すら知らなかった。
所詮は使い潰しなのだろう。
男たちの体を探り、鍵を探し出す。
「おっ、あった。」
鍵を弄びながら元の部屋に戻り、一夏の前に座り込む。
「ヨ、マタセタナ。」
「あ、ありがとう。」
南京錠を外して鎖を解く。
「どうやって鍵を?」
「リョコウヲプレゼントシタラ、ヨロコンデワタシテクレタ。」
一夏の頭の上にはクエスチョンマークが浮いている。
ふふっ、子供には分かり難いジョークだったかな? …私も子供だが。
「ヨシ、ジャアニゲヨウカ。」
「おう。」
一夏を連れて部屋の外に出る。
階段を下って廃マンションの外に出ると、そこには森がある。
何でこんな森の中にマンションを作ったのかなぞ知らないが、こんな森の中だったから廃マンションになったっていうのはわかる。
「ゲ、イチカ、カクレロ。」
私は一夏を木陰に押し込み、共に隠れた。
上空にISを発見したからだ。
フランス製の『ラファール・リヴァイヴ』だろう。 安定した性能を持つ量産機で、世界でもトップのシェアを有する… らしい。
ISの持つハイパー・センサーでは、きっとここに隠れていても見つかってしまう。
ならば、と一夏を担いで走り出した。
「ちょ!? 何を!?」
「アレカラハカクレキレナイ! ガンバッテニゲルゾ!」
山の中を駆け抜ける。
が、しかし。 目の前にあのラファール・リヴァイヴが降下してきた。
私は一夏を下ろすと同時に、カランビットを抜いてラファール・リヴァイヴに飛びかかった。
「おい!?」
「ソノママニゲロ! マッスグニ!」
振り下ろされる拳を後ろに飛びのいて避ける。
恐らくあの敵は許可がない限りは武装を使えない。
それならば時間稼ぎ程度はできるはずだ。
「チッ! 狂犬が!」
「ようオータム! 調子はどうだい!」
「悪くねえな! ようやくお前をぶちのめせるんだからよ!」
周りの樹木を駆使して、敵の攻撃を避ける。
「クソッタレ!」
生身の相手に攻撃を躱され苛立った敵が、大降りに振った拳が木をへし折った。
飛んできた破片の一つが足に突き刺さった。
「グッ…!」
「はっはっは! ようやく止まりやがったな!? 是非ともぶち殺してえところだが、生け捕りってことになってるからよぉ!」
ラファール・リヴァイヴの手が私に触れる直前。
-ズガァン!-
巨大な音が響いた。
目の前にいるのはラファール・リヴァイヴではなく、巨大な刀を構えたIS。
間違いない、第一回モンド・グロッソ優勝者と、そのIS…
「オリムラチフユ…」
そのISの名は暮桜。 現在のISでは最強と言われる日本の機体。
跳ね飛ばされたであろうラファール・リヴァイヴが飛び去っていくのを見て、私は意識を手放した。
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