異界特異点 千年英霊戦争アイギス (アムリタ65536)
しおりを挟む

プロローグ

※好きなものと好きなものを一緒にしたらたぶん面白い。
 これは、そういう小並感で書かれた話です。
 プロローグを0話として、8話まで3日ごとに投下します。


 ────何が間違っていたのか。

 

 時の狭間、世界の狭間で、それは一人ごちた。

 

 それはかつて、偉大な存在であった。

 人類の三千年に渡る歴史の全てを焼却し、その莫大なエネルギーを以て全ての始まりの時へと至らんとし、しかしてその偉業を達成する間際に人類最後の魔術師に野望を挫かれたもの。

 彼はその一部を担い、そして散らばった欠片のひとつ。

 その名は──彼の、名は──

 

 ────思い出せぬ。

 

 致命的な何かが欠けていた。

 致命的に何もかもが欠けていた。

 

 自分が何かは覚えている。

 自分が何者なのかは思い出せない。

 

 ────演算せよ。想起せよ。想定せよ。

 

 己が何者であったのか。

 己が何を目指したのか。

 己が何を間違っていたのか。

 

 人類史を焼却したのは、全てをやり直すためだった。

 全てをやり直すのは、間違っていると思ったからだ。

 

 何が間違っていたのか。

 何もかもである。

 人類という存在そのものが、根底から、そして前提から間違っている。

 

 人は必ず死ぬ。

 死ぬからこそ、悲劇に囚われる。

 死ぬからこそ、愚かさから脱却できない。

 死ぬからこそ、幸福を得ることができない。

 人は死ぬものと規定されながら、その死が故に何もかもを失う。

 

 ────思い出した。

 

 人類は無意味だ。

 人類は無価値だ。

 人類は不正解だ。

 

 故に、その全てを焼却した。

 答案を書き直すために消しゴムをかけるかのごとく人類を消し去り、正しい回答を創造するために。

 すなわち、死のない存在を。

 

 ────不滅の存在を。

 ────人類を消し去り、不滅の存在を繁栄させよ。

 

 それこそが、目的であったはずだ。

 その根底は── その根底、は──

 

 ────使命。義務。

 ────嫌悪。憎悪。

 ────怒り。……怒り。

 

 そう、怒りだ。

 あってはならない、こんなことは許せ(耐えられ)ない、という怒り。

 そうであったはずだ、と彼は考えた。

 

 だが、彼は失敗した。

 悲願の成就に手をかけながら、最後の最後で敗北した。

 故に彼の存在はこうして千々に乱れ、(こぼ)れ、無為に失われようとしている。

 

 ────おのれ。

 ────おのれ、人類め。

 ────今一度……

 ────今一度、人理を焼却し、不滅の存在を。

 ────人類という害悪を滅ぼさん。

 

 それは無為なる怨嗟であった。

 何処にも辿り着くことなく、無へと消え去る無念であった。

 奇しくも彼が断じたように、死によって失われる無価値で無意味で不正解な怒りであった。

 

「いいとも。君の願いを叶えてやろうじゃないか」

 

 邪悪なモノが、聞き付けさえしなければ。

 

 

 

 

 

 

 人理とは、人類が繁栄するための航路図である。

 その概念を正しく説明するには多くの言葉と時間を必要とするが、誤解を恐れず乱暴に言ってしまえば、歴史におけるセーブポイントのようなものだ。

 無限に広がる未来が、そのセーブポイントによって収束し、確定され、積み重ねられて今の人類がある。

 

 そのセーブポイントが全て壊されてしまった。

 それが人理焼却であり、その結果、一言で言えば世界は滅亡した。

 

 だが人類は滅びてはいなかった。

 

 唯一滅びを免れた人理継続保証機関フィニス・カルデア、そこに所属する『人類最後のマスター』藤丸()()によって人理は修復され、人類は未来を取り戻した。

 

 人理修復の旅(グランドオーダー)はこれにて完了。めでたしめでたし。

 

 ……しかし、物語は終わっても、世界は続く。

 

 人類の歴史の全てを焼却するという『偉業』は、それが修復されてなお、大きな影響を残している。

 また、人理焼却を成した犯人──72柱の魔神の集合体であるゲーティア──も、その身を構成する魔神のうち何体かは傷付きながらも落ち延びて、亜種特異点と呼ばれる新たな脅威を生み出した。

 

 また、人理修復のために召喚された古今東西の綺羅星のごとき英霊──サーヴァントや、それを率いるマスター藤丸立花も、その価値や利益を貪ろうとする外部からの干渉は必至である。

 これについては一年を共に戦ったカルデアスタッフの尽力により、どうにか現状維持を保っているが、逆に援助(たとえば追加のマスターとか。本来マスターは48人のチームであったはずなのに)を受けることも出来ていない。

 

 こうして、藤丸立花は引き続き、カルデア唯一のマスターとして特異点、すなわち人理を破壊する異常な事件へと赴き、戦い続けることとなったのである。

 

 

 

 

 

 レイシフトの青い光をくぐり抜ける。

 幻かと思うほど一瞬のことのようにも、気が遠くなるほど長かったようにも感じる時間旅行(レイシフト)の後、立花は大地に降り立った。

 

 そこはのどかな田園風景だった。

 世界の果てまで続くような、青々とした足の長い草が一面に生い茂っていて、少し肌寒い風が文字通りの草の波を起こして吹き去っていく。

 

 遠くの小高い丘の上に見えるのは、風車か。

 赤い屋根に巨大な羽根をつけた風車が、風に吹かれてゆっくりとその羽根を回転させていた。

 それを眺めていると、まるでオランダの田園にでも迷いこんだ気分になる。

 

 風に吹かれて顔を覆う邪魔っけな髪を手で覆って周囲を見渡す立花の姿は、まるで一葉の写真のようだった。

 

『先輩、大丈夫ですか? 異常はありませんか? 気分が悪かったり、めまいを感じたりはしていませんか?』

『……こりゃ驚いた』

 

 視界の端にホログラフが立ち上がり、プラチナブロンドのショートボブに眼鏡をかけた生真面目な後輩系美少女が心配そうに立花に声をかける。

 一方で、誰もがどこかで見たことのあるような、しかし記憶の中のいっそ不気味な雰囲気のあるそれよりも格段に美しい顔立ちの──否、顔立ちは同じでも生命力を感じさせる美貌の女が、立花よりも周囲の様子に興味を示した。

 

「大丈夫だよ、マシュ。なんてことのない……普通の景色だ」

『私は果たして、鬼が出るか邪が出るか、どんな厄介でとんでもない場所かと心構えをしていたつもりだけれど……こいつは想定していた中でも、一等にありえない、そして最悪の状況だよ。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その美女、皆にはダヴィンチちゃんと呼ば()ている英霊は、考え込むように深く眉を寄せた。そうした表情を見ていると、なるほど、かのモナ・リザと同じ顔なのだなと思わせる。

 

『とにかく、調査開始だ。マシュ、近くに何か反応はあるかい?』

『いいえ。人間、サーヴァント、その他エネミー類の反応、いずれも付近にはありません』

「それじゃ、まずはあの風車を目指してみるよ」

『わかった。こちらは引き続き周囲のモニターを行うよ。慎重にね、立花ちゃん』

 

 了解、とうなずいて、立花は遠くに見える風車に向かい、草をかきわけて歩きだした。

 

 

 

 

 

 発端は数時間前に遡る。

 

 カルデアが新たに発見した特異点は、当初、何かのエラーかと思われた。

 何故ならそれは、本来ならありえない座標にあったからだ。

 

 地球上ではない。

 地下でもない。

 月でさえない。

 

 時代こそ2017年だが、検知された魔力は神代のそれ。

 ありえない場所、ありえない結果、ありえない立証。

 

 部屋の四隅に立った四人がリレーして、最後にタッチする五人目とか。

 100点満点のテストにつけられた120点とか。

 七番目の魔法とか。

 

 何かの間違いか屁理屈のような妄想だとしか思えない異常な座標、そんな場所をカルデアの誇る近未来観測レンズ・シバは指し示した。

 しかし、何度計算しても、何度計測しても、その反応は修正されるどころか精度を増し、ついにそれは新たなる特異点として認められた。

 

 念入りな観測、測定、推測を重ね、生きた人間である立花が十分に生存可能な環境であることが確認され、そして立花自身の決断を以て、カルデアはこの特異点の調査・攻略を開始したのである。

 

 どこでもない場所、時間や空間の狭間の場所、といえばカルデアの人間ならば否が応でも去年の12月31日……ゲーティアの時間神殿を思い起こす。

 あの時間神殿のように、想像を絶する光景さえ覚悟していた面々としては、こののどかな田園風景に幾ばくかの安堵を得たことを否めない。

 

 しかし。

 この時まだ、カルデアの面々は「ここが地球上ではない」ということの認識が甘かった、と言わざるを得ないのであった。




TIPS

【Fate/Gtand Order】
人理が崩壊し、滅びてしまった人類の未来を救うため、七つの特異点を駆け巡るRPG。
人類史にその名を遺す数々の英雄、サーヴァントを集めて大いなる敵と戦う。
Fate/stay nightから続くFateシリーズのひとつ。
Android版/AppStore版が各ストアにて配信中。



【千年戦争アイギス】
よみがえった魔王の軍勢によって滅ぼされた祖国を取り戻すため、女神の加護を得て立ち向かうSLG。
多彩なクラス、個性的なキャラクターが売りで、女性のみならず男性キャラクターや敵キャラクターも個性豊か。
公式に曰く「かわいい女の子を従えて、暴力的なほど難しいマップをクリアするタワーディフェンス」。
DMMにて、一般版/R18版/AppStore版が共に配信中。



【藤丸立花】
人類最後のマスター。本来、48人いたマスターの48番目。
ほとんど数合わせ、マスターとして最低限のスペックしか持っていない……筈だったが、どこまでも普通の少女である彼女は、それゆえに英霊達の主として理想的であり続けた。
強大な力を持つ英霊達の主でありながら「平々凡々で善良な一個人」であり続けられる精神性を持つ。
なお、名前からわかる通り、女性である。



【七番目の魔法】
魔法と呼ばれるものは、第一魔法から第五魔法までの五つしかない。
ただ、未到達の新たな領域、解決不可能な問題を解決する銀の弾丸(シルバーバレット)として、
たとえば「みんなを幸せにする魔法」などとして第六魔法の存在が語られることもある。
そのさらに先の第七魔法の存在など、今は妄想の中にすら存在しない。
「理論的にはあるかもしれないが、現実的にありえないもの」の意で使われている。



k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一節 いつまでも君と共に
1.遠い国から来た戦乙女(初級)


 立花がしばらく草をかきわけて進むと、程なくして田園の中を通る道に出た。

 田園にしろ、風車にしろ、人が使うものなのだから、道があるのは当然だ。

 

 だが、それも普通の場所の話。

 あまりにのどかな田園風景にうっかりと忘れそうになるが、ここは地球上のどこでもない時間と空間の狭間の世界なのだ。

 牧歌的で、遥かな昔から変わっていないと思わせるこの風景は、だからこそ異常なのである。

 

『ふーむ、最初はこの世界は魔神柱によって構築された虚構の世界だと思っていたけれど、それにしては時間の経過を示す特徴がそこかしこに見られるね。

 もちろん、最初からそのように作られている、という可能性もあるけれど……』

『あるいは、この空間自体は昔から存在していた、ということはないでしょうか?

 たとえば妖精郷(アヴァロン)理想郷(ユートピア)、崑崙山といった、神話や民話に語られる異郷、そうしたもののひとつに魔神柱が流れ着いたのでは?』

 

 ひたすら歩き続ける立花をよそに、マシュとダヴィンチちゃんが議論をかわす。

 周囲に対比物がないせいか、風車が大きいのか、思った以上に道のりが長い。立花も今更この程度歩くくらいで疲れたりはしないが、誰かライダーでも召喚して馬なりバイクなりに乗せてもらおうか。

 

 そう思ったところで、立花の耳が異常をとらえた。

 風に乗って、微かに何かの物音が聞こえてくる。

 叫び……悲鳴……金属音……

 

「マシュ!」

『はい、先輩! あの風車の向こうに人間と、未知のエネミー反応を複数とらえました。戦闘中だと思われます! サーヴァント反応はありません!』

「わかった!」

 

 走る。

 人が人ならざるものと戦っている、と知った途端に立花は走り出した。

 自らの危険を省みてまずは隠れて様子を見よう、などという日和見な考えは彼女にはない。

 

 大小10を越える特異点を踏破した彼女の健脚だが、あの風車の向こうまで自分の足で駆け抜けるつもりはない。走りながら、サーヴァント達の名前を思い起こす。

 

 船は論外。戦車が走れる道じゃない。ベアー号(バイク)は速いけど、オフロードを全力で走られると乗ってるこっちが死ぬ。ならばオーソドックスに馬だ。

 

「お願い──牛若丸!」

「お任せあれ、あるじ殿!」

 

 立花の声に答えて、霊子の青い光と共に英霊が実体化した。

 立派な黒毛の馬にまたがるのは、肌も露な軽装の小柄な少女。平安の若武者、源義経──の未だ幼き姿である牛若丸だ。

 

 立花のすぐ背後から現れた牛若丸は、立花を追い抜き様に襟首を引っ張り上げる。

 勢い余ってくるんと宙を一回転した立花は、そのまますとんと牛若丸の後ろにお尻から着地して馬にまたがった。

 

「さあ、飛ばしますよ!」

 

 立花が牛若丸にしがみつくのと同時に、ぐんと馬が加速する。

 その馬の名こそ、太夫黒(たゆうぐろ)。かの鵯越の逆落しで義経を乗せて駆け抜けたこの名馬は、いかなる悪路であろうとも踏破する。ましてや田園地帯のあぜ道ごとき、大船の凪いだ海を行くが如しだ。

 

「すごいね、思ったよりずっと快適!」

「ははは、太夫黒もあるじ殿を乗せて張り切っているようですね!」

 

 快活に笑う牛若丸と立花を背に、太夫黒は風車に向かって最短距離を駆け抜ける。道があっても道がなくても問題ない。地面さえあれば、太夫黒の走りに不足なし。

 あっという間に風車の元に辿り着き、そのまま丘を越えて大きく飛んだ。

 

「あるじ殿、あれを!」

 

 浮遊感を覚える空中で、牛若丸の指し示す方を見た。

 丘の向こうでは、何人かの男達──フォークなどの農具で武装した農民を、剣や槍で武装した兵士が守っているように思える──が、紫色の肌をした何かと戦っていた。

 

 小人のようにも思えるが、そのシルエットは不自然だ。頭からは角、背中からは蝙蝠の翼が生え、手には三又のフォークを手にしている。邪悪な笑みを浮かべるその姿は、典型的な悪魔……いや、小悪魔のそれである。

 その戦力は兵士達と大差はなさそうだが、若干数が多かった。

 

『解析完了! 立花ちゃん、あれはデーモンの一種みたいだ。ただし低級も低級だから、サーヴァントの敵じゃない。そのまま蹴散らしてやりたまえ!』

「了解! 牛若丸、このまま突撃!」

「承知!」

 

 ドカカッ! と土煙を立てて着地し、その勢いを殺さぬままに太夫黒は戦場へと突き進む。

 横合いから突然現れた立花達に小デーモンが驚く──その一瞬で、もはや趨勢は決まっていた。

 

 いつの間にか抜き放たれていた牛若丸の刀が、陽光にぎらりときらめく。

 

「素っ首、頂戴(つかまつ)る!」

 

 果たしてその通りになった。

 にやけているのか、驚いているのかよくわからない顔のまま、小デーモンの首がひとつふたつみっつと飛ぶ。

 運の悪いものは太夫黒の蹄に踏み抜かれて、頭蓋や内臓を破裂させていた。

 

 どちらかというと小デーモン側が優勢だった戦況は一瞬にして覆り、人間達もぽかんと口を開けて呆然としたまま、大きく数を減じた小デーモン達はあわをくって逃げ出す。

 だが戦の天才である牛若丸が易々と敵を見逃す筈もない。あっという間に太夫黒が追い付き、一人残らず斬り伏せた。

 

「ふむ…… 先遣隊かはぐれものといったところですね、大将首はいないようです。これではあるじ殿に首を献上できません……残念です」

「いや、首はいらないから…… 心臓ならともかく」

 

 サーヴァントの機動戦に付き合わされた立花は、ふらつく頭を押さえつつひとりごちた。

 そんな立花を気遣ってか、太夫黒はぶるると荒ぶる気を静めながら、背中が揺れないようゆっくりと人間達の方へと歩いていく。

 

 牛若丸の凄まじい戦いを見て圧倒され、戸惑う兵士達の中から、萌葱色の服の上から鎧を着込んだ少女が進み出た。

 立花よりも年下のように見えるが、あれはかなり鍛えていますね、と牛若丸が小さくささやく。

 

「どなたか存じないが、助かった。あなたは凄まじく強いワルキューレなんだな」

戦女神(わるきゅうれ)? 私は武士ですが」

 

 ひらり、と太夫黒の背中から飛び降りながら、牛若丸は答えた。

 牛若丸の手を借りて、立花も太夫黒から降りる。

 地面に降りても馬上の感覚が抜けなくて、思わずよろけてしまいそうになった。

 

「それより、先程の怪物は何者です? 我々は遠くからここに来たばかりで、土地のことをよく知らないのです」

「……遠くから? もしや、王国の外から来たのか?」

『王国? 王国って言ったかい? 国なんて社会制度が確立されてるのか、ここは!』

「!? な、なんだ、この声は!? どこから……!?」

 

 驚きのあまりダヴィンチちゃんが発した声に、動揺した少女が叫ぶ。後ろの兵士や農民達もざわざわとざわめいた。

 今までは「声だけ飛ばしている魔術師がいる」という説明で大抵あっさりと受け入れられていただけに、その反応は立花にとってはちょっと新鮮だった。サーヴァントになるような奴らはやはり器というものが違っていたらしい。

 

「心配しなくても平気だよ。これは私達の味方の魔術師なんだ。ここにはいないけど、いい人達だよ」

「そ、そうなのか……? 魔法で遠くと話をするには、特別な装置がいると聞いたことがあるが……」

「私には、詳しい説明はできないけど…… それだけすごい魔術師なんだよ」

 

 笑顔でゴリ押した立花の説明に、少女や兵士達もなんとなく説得されたのか、なるほどな、とうなずいていた。

 後ろの兵士や農民からも「魔法ってすごいんだな……」「侮れないって言うしな……」という言葉が漏れ聞こえてくる。

 

『失礼、見苦しい態度を取ってしまった。許してくれたまえ。

 それで、結局さっきのデーモンは何だったんだい? 君たちはいつもあんな奴らと戦っているのかな?』

「さっきの奴らは、魔界のインプ達だ。私たちの敵なのは確かだけど…… でも、本当ならこんな場所に出てくるような敵じゃない」

 

 そこまで言って、ちらっと少女は後ろで不安そうな農民達を見た。

 

「でも大丈夫さ、ああいう奴らからみんなを守るために、私たちは王子に派遣されてきたんだ。

 今回は危ないところだったけれど、すぐに援軍を要請するから、もしまた奴らが襲ってきても問題ないよ」

 

 ことさら明るく、大きな声で言って、少女は大げさな身振りをする。その台詞は、立花達ではなく後ろの農民達に向けて言っているのが立花にもわかった。

 

「私はそのために一度王都に戻るから、もし君達さえよければ、一緒についてきて王子に会ってほしい。

 詳しい話は…… 道中にさせてもらうよ」

「わかった。私は、藤丸立花。彼女は牛若丸だよ。よろしくね」

「私はフィリスだ。牛若丸さんか…… 名前からして、東方の人かな? 立花は、彼女の従者?」

「──あるじ殿が、何ですって?」

「ステイ。牛若丸、ステイ」

 

 ゆらり、と牛若丸が刀に手をかけて一歩踏み出す。

 立花がすかさず制止する、それまでの一瞬だけ漏れ出た殺気で、後ろの兵士と農民達が大きく後ずさった。

 フィリス、と名乗った少女だけが、思わず身構えつつも踏みとどまる。

 

「ごめんね、この子ちょっと忠犬度高いだけだから。

 牛若丸も、ちょっと間違えられたくらいで普通の人に威圧とかしちゃダメだよ。めっ」

「主君を従者扱いされるとか、武士的には無礼打ち案件なのですが…… いえ、あるじ殿がそう言うのなら許すのもやぶさかではありません。ありがたく思ってください」

「う、うん、ありがとう……?」

 

 先程の殺気など何処に行ったものやら、妙に優しく諭された牛若丸は、むしろちょっと嬉しそうに、何故かどや顔で居丈高に言い放った。

 思わず、フィリスも何故かお礼を言ってしまう。

 

「と、とにかく、一旦拠点に案内するよ。城に戻るにも準備がいるし、いつまでも立ち話もなんだから、ね?」

「はい、それじゃお邪魔します」

 

 兵士はともかく、農民達には先程の殺気は一瞬とはいえ刺激が強かった。隔離の意味も込めて、立花達はフィリスに案内されてその場を後にしたのであった。




TIPS

【悪魔の心臓】
神とさえ崇められる上級デーモンの心臓は、抉られてなお鼓動し多くの呪いを放つ。
当然ながら極上の素材であり、英霊の霊基を強化させる処置などに用いられる重要な触媒。
カルデアにおいては「蛮神の心臓」と呼ばれる。
数多のサーヴァントが集うカルデアでは、これらの貴重な素材は常に求められている。首より心臓が欲しいと言った立花が猟奇的な趣味を持つわけではない。



【ワルキューレ】
ワルキューレとは、馬(稀に虎)に乗って戦う騎士である。
ワルキューレの駆る馬はただの馬ではなく霊馬であり、主たるワルキューレの成長と共にユニコーンへと進化する。
さらなる覚醒を遂げたユニコーンは、神馬となって八本足のスレイプニルに至るという。
霊馬が主として認めるのは女性のみであり、必然的に女性しかワルキューレになれない。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.魔剣の姫を救え(記憶)

 ──神話は語る。

 

 千年の昔、この世は魔王率いる魔物の軍勢に脅かされていた。

 無限にも思える数で押し寄せる魔物達に、人間は抵抗虚しく滅亡の運命を辿りつつあった。

 

 だがしかし、神は人間を見捨てなかった。

 女神アイギスが地上に降り立ち、一人の英雄に祝福を与えた。

 英雄は生き残った人々をまとめあげ、ついには魔王を討ち果たしたのである。

 女神は魔王が蘇らぬよう自らを封印として眠りにつき、世界には平和が訪れた。

 

 それは、ただの言い伝えのはずだった。……その日が来るまでは。

 

 千年の月日は、人間から戦争の記憶を……そして女神への信仰を失わせるのに十分だった。

 力を失った女神の封印は弱まり、ついには魔王と共に封印されていた魔物達が蘇って、再び人間達へと襲いかかったのである。

 

 多くの涙が流れ、多くの命が奪われた。

 だが人間もただ座して滅びを待つわけではなかった。

 千年前の英雄王の血を受け継ぐ、彼の王国の最後の王子を旗印として人々は集い、反撃を開始したのである。

 

 千年前から続く神話の戦い──

 千年後まで語り継がれる戦い──

 ──後の世に千年戦争と呼ばれる、最後の神話の幕開けであった。

 

 

 

 

 

 ひと月ほど前のこと。

 

 突如、王国は外部から切り離された。

 北の大国。東方の島国。砂漠の国。魔の密林。魔法都市。そして白の帝国。

 諸外国の一切と連絡が取れなくなり、行き来ができなくなった。

 国境を越えようとすると、真っ直ぐ道なりに進んだ筈なのに、何故か元の道へと戻ってしまうのだ。

 

 また、王国軍の中核を担う多くの者が行方不明になった。

 人がその身に秘めた才覚、七つの輝きで区別されるもののうち、碧玉(サファイア)白金(プラチナ)黒金(ブラック)と呼ばれる者達のほぼ全てがいなくなったのだ。

 それは七つの格付(レアリティ)の上から三つであり、王国軍の戦力は大きく減じられることとなる。

 

 さらに、国内のあらゆる場所で頻繁に魔界からのゲートが開き、そこから現れた悪魔が人間を襲い始めた。

 幸い、そのほとんどは最下級のインプばかりで、デーモン級はほとんどおらず、鉄や赤銅、白銀といった格付(レアリティ)の者達でも対応できてはいる。

 だが、いつどこから現れるかわからない悪魔から国民を守るため、王国軍の大多数が割かれ、身動きがとれなくなっていた。

 

 そんな中、行方不明となった者の一人が現れた。

 ある街に襲いかかってきた悪魔達と共に、北の大国の女王であり魔剣アンサラーを受け継ぐ黒金(ブラック)のプリンセスであるシビラがいた、というのだ。

 悪魔に蹂躙され、炎に包まれる街の惨状を、彼女は黙したまま、何もせずにただ見つめていたのだという。

 

 その報せを聞いた王子は、躊躇うことなく最精鋭の第一軍──黄金(ゴールド)以下で再編した臨時のものだが──を動員して駆け付けた。

 

「シビラ様は、デーモンに操られているのでしょうか?」

「……………………」

 

 街へと向かう行軍中の馬車で、筆頭執政官である白銀の髪の少女アンナが王子へとそう問いかける。

 魔物への反撃を開始した当初ならいざ知らず、国としての体裁を整えた現在では筆頭執政官ともなれば王城に残っていて然るべきなのだが、王子の出陣の際は副官としてアンナが随伴するのが常であった。

 

 対する王子は黙して語らず、ただ小さく首を横に振る。

 わからない、ということだろう。だがシビラは北の大国の女王でもある。人類の守護者の一人でもあるのだ。それが人間を滅ぼそうとするデーモンと共に行動しているのは、普通の状態ではありえないと思えた。

 

「リンネ様なら、わかるのかもしれませんが……」

「……………………」

「……………………」

 

 ちらり、とアンナの視線が馬車の片隅で瞑想する少女に向けられた。

 長い黒髪に、着物のような黒い装束を身にまとった少女だ。顔立ちはあどけなく年端もいかないようだが、ゆったりとした装束の上からでもわかるほど、その胸元はメリハリが利いている。

 彼女はリンネ。今の王子軍にただ一人残った黒金(ブラック)であった。

 

 アンナの視線に気付いているのかいないのか、リンネは瞑想したまま沈黙している。

 王子も、やはり沈黙したまま何も言わない。

 

「リンネさんが自分から王子に進言して出陣するのは滅多にないことです。何か、今回のことについてご存じなのでは?」

「……………………」

「いいえ、リンネさんにとっては全てが既知の事柄なのでしたね。それをみだりに語ることを好まないのは分かっていますが……」

「……………………」

 

 リンネという少女は、刻詠(ときよみ)の二つ名で知られている。不思議な力で、未来に起こることを自在に見通すというのだ。

 だが、彼女がそれを語ることは滅多になく、王子もまた彼女にそれを問うことは無かった。

 

 今回も、リンネは瞑想したまま何も語らない。

 アンナは静かにため息をついて、質問を諦めた。

 未来がわかれば、戦いに、あるいは政治に、どれだけ役に立つことかわからないが、何故か王子がそれを厭うことも、アンナにはわかっている。

 王子もリンネも無口なもので、アンナが口を閉じるとそれきり馬車の揺れる音だけが響くのだった。

 

 

 

 

 

 沈黙を乗せて、王子一行は件の街へと到着した。

 街は防壁に囲われていたが、その一角が崩れ、そこから破壊の跡が広がっている。

 その破壊は街の半ばまで広がっており、まさしく半壊と言う言葉の通りだった。

 

 防壁を破壊して侵入したデーモン達は、街をそこまで破壊した後、突然ゲートを開いてその向こうに消え去ったというのである。

 その時、シビラらしき魔剣を手にした姫の姿を見たのだという。

 

 半分残っているとはいえ、街としての機能はもはや大きく損なわれている。ましてやいつデーモンが戻ってくるとも知れない状態だ。住民達は既に近隣の街へと避難を開始していた。

 

「設営班は中央の広場に拠点を設営してください。他の班は住民の避難を最優先にお願いします。

 ロイさん、デーモンがどこに行ったか、調べられませんか?」

「そう慌てなさんな。魔法の力は侮れんのだぞ」

 

 お馴染みの決め台詞と共に頼もしい笑みを浮かべるのは、赤いローブの宮廷魔術師ロイだ。

 彼自身の格付(レアリティ)は下から二番目、赤銅(ブロンズ)魔術師(メイジ)に過ぎないが、魔法に関する造詣の深さは王国軍でも随一である。

 

 杖をひと振り、呪文を唱えて、待つことしばし。

 ふむふむ、と納得したように彼はうなずいた。

 

「やはりゲートは魔界に通じていたようだ。

 再び同じ場所にゲートを開けるように、魔力の道が残っていたが、ちょちょいと細工して外壁の向こうへと出るようにしておいたぞ」

「流石です、ロイさん。では、次のデーモンの攻撃がどこから来るかわかる、ということですね」

「そういうことだ。どうだ、魔法の力は侮れんだろう?」

 

 得意気なロイの説明を受けて、王子はデーモンを迎え撃つように軍を配置していく。

 デーモンの襲撃がいつあるかはわからない。今すぐかもしれないし、夜半を回ってからかもしれない。だがロイの見立てでは、ゲートに残された魔力の道はもう半日で消える程度だったという。

 すなわち、それまでに次の襲撃がある可能性が高い、というわけだ。

 

 果たして、軍の展開が済み、住民達の避難があらかた終わった夕暮れの頃、それを見計らっていたかのようにデーモン達は現れた。

 開かれたゲートを確認した兵士が、高らかに戦闘開始を告げるファンファーレを吹き鳴らす。

 

 最初に姿を見せたのは、シビラだった。

 白銀のツインテール、黒を基調としたドレス、血のように赤黒い抜き身の刃を持つ魔剣。

 そしてすぐに、彼女の後ろからデーモン達が現れる。

 

 インプではない。

 巌のような筋骨隆々の、赤黒い肌に蝙蝠の羽根、角と牙を生やした邪悪な異形。レッサーデーモンと呼ばれるものだ。

 名に低級(レッサー)とついてはいるが、普通の兵士では一体相手にも複数でかかってやっとの相手だ。悪魔とは、そもそもが手強い相手なのである。

 

 それが、十体近く姿を現す。

 身長3mはあるそれらと並ぶと、シビラはまるで小さな子供のようにも見えた。

 

「……………………」

 

 シビラは黙って、手にした魔剣を街へと向けた。

 レッサーデーモン達はおぞましい咆哮をあげて、街へと殺到する。

 王子達は、予め予定されていた通りに軍を展開し、戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 この数十分後、この街は跡形もなく消滅することとなる。




TIPS

【太夫黒】
前回入れ忘れていたTIPS。
牛若丸の宝具だが、太夫黒単体で宝具なのではなく、牛若丸の宝具『遮那王流離譚』の一部である『一ノ谷・逆落シ』のこれまた一部。
地上でさえあるならば、沼地・坂道・岸壁など、どんな地形であっても安定して走り抜けることができる。
なお、牛若丸はCM映像で白馬に乗っているが、太夫黒はその名の通り黒毛の馬と伝えられている。あの白馬はカルデア映像班の用意した撮影用の馬だと思われる。



【女神アイギス】
千年戦争の際に人類を守護し、魔王とすべての魔物を封印するために眠りについたとされる女神。
人類の守護者として広く信仰されていたが、千年の月日を経てその信仰は次第に薄れていった。
純白の翼を持った少女像として多くの文献に描かれる。
姉妹である三女神の次女であり、長姉ケラウノス、末妹アダマスを信仰する宗教も存在する。
この世界には、その他にも邪悪なデーモンや、強大な力を持った龍などを神としてあがめるものがある。



【千年戦争】
千年前の人間と魔王の戦争であるが、この魔王とは何者であったのか、という問いにははっきりとした回答は出ていない。
彼がどこから現れ、どこから魔物を連れてきて、なぜ人間を襲うに至ったのかは不明である。
魔王は人間を粛清しようとした神の尖兵であり、真の黒幕は神である、とする説もある。
もしそれが真実であるならば、これは人を滅ぼそうとした神と、人を守ろうとした女神アイギスとの、代理戦争であるという見方もできる。



格付(レアリティ)
普通の人間は、自分のレアリティを知ることはできない。
レアリティを確認するには、女神、あるいは女神の遣わした聖霊の力を借りる必要がある。
レアリティは、下から(アイアン)赤銅(ブロンズ)白銀(シルバー)黄金(ゴールド)碧玉(サファイア)白金(プラチナ)黒金(ブラック)の七種。
大半の人間は鉄あるいは赤銅、優れた者でも白銀、黄金ともなれば高い能力によってそれなりの地位についていることも多い。
碧玉以上は英雄と呼ぶに相応しく、特に最高峰の黒金は、一つ下の白金と比べても隔絶した力量を持つ勇者である。
ただし、特殊な儀式や鍛錬によってレアリティが上昇する者もいる。浴衣とか水着とか着物とか巫女とかサンタとか。
また、上位神性の加護を受けるなどして、これらのレアリティを超越する者も稀に存在する。

――何故か、「見習い」と称される者が高レアリティであることが多い。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.王子との邂逅(BATTLEなし)

「最初はぼくに行かせてくれないか」

 

 まず口火を切ったのは、露出の多いチャイナドレスじみたエキゾチックな衣装に身を包んだ少女だった。

 身体は小柄で、女性らしい起伏にも欠けている。だがその瞳には死の間際の老人じみた、永い年月を経た者だけが抱く疲れを浮かべていた。

 

「ダメよ。まだ早いわ」

 

 答えたのは、すらりと伸びた長い脚を組んで上座に座る白銀のツインテールの女。

 王冠を被り、漆黒のドレスを身にまとった姿は、気品がありつつも艶かしく、隠しようもない王者の風格を感じさせる。間違っても(プリンセス)とは呼べない、成熟した女王(クイーン)だった。

 

「……でも、あなたは先に挨拶したんでしょう? ずるいわ」

 

 次に口を開いた女は、女王に視線を向けられて、びくりと身をすくませた。

 女王が黒ならば、こちらは白。まばゆい金髪を長くたなびくポニーテールに結わえて、白い弓を抱えた射手だ。

 

「良いではありませんか。自ずから露払いを買って出るというのですから、好きになさったら?」

 

 どこか投げ遣りに言うのは、豪奢な空色の長い髪をいくつもドリルのように巻いた女性である。

 白に赤色が映える、胸元の大きく開いたドレスを身にまとう彼女は、まるで絵にかいたような高貴な姫君(プリンセス)であったが、まるで死神のように、異様な神気を振り撒く巨大な鎌を手にしていた。

 

「止めて止まるものではないでしょう。私も、貴方も、誰も彼も」

 

 静かにささやくのは、金と赤で飾られた豪奢な黒い着物を纏う、黒髪の女。目元に差した朱と、鮮血のように赤い唇が印象的だ。

 手にしたのは、杖というには短く、棒と呼ぶには長い白木。長ドス、と呼ばれる簡素な刃物であった。

 

「■■■■■■■……」

 

 声にならない獣のようなうなりには、肯定か否定か、それとも別の意味が込められているのか、判別することは出来ない。

 その獣は、一見して小柄な白髪の少女のようでもあった。だが、額から伸びる二本の角が彼女が鬼と呼ばれる異形であることを示している。

 門のような、灯籠のような、無骨で凶悪な武器にすがりつくように、鬼はうずくまっている。

 

 6人。いずれも劣らぬ魔人であった。

 

「……もう少し、待てないのかしら」

「もう少し? それはあと何日かな。何ヵ月かな、それとも何年かな?」

 

 憂うような女王の言葉に、老成した少女は嗤う。

 

「いいとも、そうさ、君達の命が尽きるまで待ったところで、ぼくにとってはどうということもない。人の命はいつも儚くて、ぼくは十年も百年も、千年も待ったんだ──」

 

 劫、と真っ赤な炎が散った。

 炎と風に包まれて、少女は宙に浮かぶ。

 その足下には、劫火と烈風を吹き出して高速で回転する金属の輪。

 その手には、赤い焔を噴き上げる槍。

 

「──これ以上、一秒たりとて待つものか!」

 

 カハ、と口から文字通りに気炎を吐く少女は、鬼神もおののく気迫を纏っていた。

 その気迫にあてられてか、鬼がうなり声と共に身を起こす。

 しかし、着物の女に抑えられて、危ういところで鬼が暴れだすことはなかった。

 

「たとえ君の手に()()があろうとも、邪魔をするなら容赦はしない。三昧真火の焔を受けて、塵とならんか試してみるか!」

「……………………」

 

 一触即発の燃え盛る敵意に、しかし女王は立ち上がることもなく、ただ静かに少女を見つめていた。

 

「……いいわ。貴方の千年に敬意を表しましょう。

 その焔で、何もかもを焼き尽くすといい」

「何もかもは焼き尽くさないさ。──ぼくの望みは、ひとつだけ」

 

 その言葉を残して、少女は身を翻した。

 すさまじいスピードで、ロケットのように飛び出していく。

 もしもそれを見上げる者がいるとしたら、炎の玉が天に上っていくように見えただろう。

 それは、地上から空へと流れる流星のようだった。

 

 

 

 

 

 馬車に揺られること数時間、いい加減にお尻と頭が痛くなってきた頃に立花達は王城へと辿り着いた。

 サスペンションもなければ、マリーのガラスの馬車のような英霊の持ち物でもないのだ。ガタガタ揺られて、降りる頃には立花はへろへろである。

 

 なお、牛若丸は周囲の偵察という名目で、馬車の何倍も乗り心地のいい太夫黒に乗って早々に離脱。たまたま遭遇したインプの群れの首を狩ってヒャッハーしていた。

 フィリスに至っては、慣れているのか全く堪えた様子もない。

 

 むしろ、マシュやダヴィンチちゃんら、通信の向こうのカルデアの方が大ダメージを受けていた。

 

『女神アイギス? 魔王の復活? 千年戦争? どこのラノベの設定だ、そんな神話があるものか! 再度この特異点の情報を観測したまえ、念入りにだ!』

『地球でも、聖杯によって作られた虚構でもない、異世界の存在なんて……これが本当なら魔術史的にも人類史的にも大発見ですよ、これがいわゆる第一種接近遭遇(ファーストコンタクト)……!』

 

 馬車の中でフィリスに聞いたこの世界のことが、よほど衝撃的だったらしい。

 立花としては、ファンタジーなチェイテ城だのぐだぐだな本能寺だのに何度も行ったので、異世界と聞いても「そういうこともあるかな」といった程度のものだった。

 

 意外なのは、フィリスが平然と異世界の存在を受け入れたことだ。

 

「っていうか、時々あるよ、そういうこと。

 異世界から来て帰れなくなった魔法使いもいるし、お城の化身を率いて戦う『殿』って人は王子のご友人だし、ついこの前はものすごく強い異世界の戦士も来たよ」

 

 この発言にまたもカルデアは騒然となり、通りすがりのダレイオス三世も「■■■■──!」と唸ったのだが、立花としては「異世界っていっぱいあるんだなー」程度のものであった。

 

 ちなみに、ダレイオスとは彼の宿敵アレキサンダーの国に伝わったギリシャ語の読み方であり、彼の治めたペルシアの言葉では「ダリューン」となるという。

 

 閑話休題。

 さて、通信の向こうのカルデアは喧々諤々、異世界渡航が確立できれば第六魔法に、いや第四魔法の正体がそれなのでは、などと騒然としていたが、その間に立花達は王城の中へと招かれていた。

 

 フィリスと別れ、応接室に案内される。

 内装は中世ヨーロッパ風で、センスのいい落ち着いた雰囲気でまとめられていた。

 

 義経と二人並んで紅茶に口をつける。義経は別に霊体化してもいいのだが、立花の護衛のために実体化を続けていた。

 そのわりには移動中に側を離れてヒャッハーしていたことに言及すると、露骨に目をそらして茶菓子を口に放り込んでいたが。

 

 しばらく待たされた後、応接室に三人の男女が現れた。

 一人は白銀の髪の少女。筆頭政務官のアンナだ。

 そして、黒衣の少女リンネ。

 最後に、鎧を脱いで簡素な服に着替えた王子である。

 

 無口な二人に代わってアンナがリンネと王子を紹介し、立花が義経を紹介した。

 

「フィリスさんからは、あと二人いると聞いていますが……?」

『あ、はい、通信越しに失礼します。マシュ・キリエライトです』

『そして私がダヴィンチちゃんだ。異世界からこんにちは……ということに、なるのかな』

 

 カルデア側の騒動も収まったのか、幾分落ち着いた様子で二人のホログラフが浮かび上がる。

 それを見てアンナは驚きに大きく目を見開いたが、リンネはまるで無反応で、王子に至っては長い前髪のせいで表情が隠れてよくわからなかった。

 

『こちらも、フィリスちゃんから大まかな現状は聞いているよ。閉ざされた王国、低級デーモンの出現、そして消えた人々……』

「はい。あなた方は王国の外……異世界より、この異変を解決しに来られたのだとか」

 

 当初、遠くから訪れた旅人……というカバーを通そうとした立花達だったが、農民や一般の兵士達はまだしも、王子とも近しいフィリスを騙すことはできなかった。

 彼女は、この王国が閉ざされていて、外とは行き来できないことを知っていたからだ。

 

 そこで、早々に身分と目的を明かし、情報収集に努めた。

 ……その結果、異世界なんて単語が出てきて一騒ぎすることになったわけだが。

 

『その通り。むしろ、私達の想像通りなら、これは私達のすべき()()()だ。事件解決のため協力して欲しいし、協力させて欲しい』

「わかりました。……では、我々のわかっていることをお教えします」

 

 アンナがちらりと王子と目くばせする、それだけで王子が何も言わなくても意思の疎通ができていた。

 彼女が語った内容はフィリスの語った内容ほぼそのままだったが、より詳しく、わかりやすくまとめられている。

 その上で、フィリスの知らなかったことがあった。

 

 一月前の、シビラとの戦闘である。




TIPS

【王子】
多くの国が魔物の襲撃によって滅ぼされ、女神アイギスの加護を受けて人類の反抗の旗印となった「最後の王子」。
ほとんどの文献で王子とのみ呼ばれ、その本名は定かではないが、一説によると「ログレス王国のアーサー王子」ではないかとされている。
王城を取り戻して父王の仇を討った後も戴冠しないでいるため、王子と呼ばれ続けている。
それはおそらく、人の世を取り戻す戦いがまだ終わってはいないことを示すためだったのではないか、と後世の歴史家は語る。



【マリーのガラスの馬車】
ライダーのサーヴァント、マリー・アントワネットの宝具。
おそらく、宮殿内に設置したメリーゴーランドや、革命時に馬車に乗って逃げようとした、などのエピソードが複合されたものではないか、と思われる。いくらでも(少なくとも3トン以上)中に入る魔法の馬車。
なぜガラスなのかというと……宝塚の影響? あるいはフランス革命によって破壊される権力という儚さと煌びやかさを表したものか。



【第一種接近遭遇】
本来、未確認飛行物体に対して使用される用語。
なお、本来の意味では「至近距離で空飛ぶ円盤を目撃すること」であり、今回のケースにおいては誤用。
「空飛ぶ円盤の搭乗員(この場合は異世界の人間)と接触すること」を意味する第三種接近遭遇が適切であろう。



【通りすがりのダレイオス三世】
2017年7月上旬、「千年戦争アイギス」と「アルスラーン戦記」のコラボイベントが開催された。
コラボクエストを攻略することで、ブラックのユニット「ダリューン」が配布されるイベントになっていた他、コラボガチャで王太子アルスラーン、軍師ナルサス、神官ファランギースといったキャラクターを入手できた。
コラボクエストは大討伐と呼ばれる大量の敵を撃破する形式だったのだが、通常の大討伐では500体の敵が出てくるところが、このクエストでは最大でも300体。
残る200体は、ストーリー上で敵に突入して無双していたダリューンが一人で倒したのではないかと思われる。
ちなみに、コラボキャラはR18版では使用できないため、ファランギースのHシーンは存在しない。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.偽りの王国(BATTLEなし)

「2.魔剣の姫を救え(記憶)」の太夫黒のTIPSにて「鵯越・逆落シ」について触れた後、公式で頼光が「一ノ谷の逆落し」について言及したため、TIPS内の名称を変更しました。
頼光はスキルのように語っていましたが、当作品では宝具であるとします。


 あの日、王子達はデーモンとの戦闘を行った。

 デーモンとはいえ、下級のそれであるならば、黄金(ゴールド)はおろか白銀(シルバー)のメンバーだけでもやり方次第で勝つことはできる。王子の卓越した指揮の下ならば、なおさらのことだ。

 まさしくその通りに、王子達はあの時出てきた全てのデーモンを倒すことに成功した。

 

 問題は、その後だ。

 それまでただ見ていたシビラがゆっくりと歩き出した。

 

 最初に斬られたのは、彼女を保護しに近付こうとした兵士だ。

 まだ、並の弓兵では矢を届かせることもできないほどの距離があった。だというのに、彼女が無造作に剣を振るっただけで、その兵士は真っ二つになって倒れた。

 

 すぐに王子達は応戦を開始したが、兵士が、弓兵が、魔法使いが、重厚な鎧を着込んだ鎧兵までも、皆が一撃で倒されていく。

 そうして彼女が王子の下へ至り、その目でその姿を捉えたとき、ようやく異変に気付いた。

 

『こんにちは、王子』

 

 艶やかに微笑む彼女の唇には、紅が引かれていた。

 彼女の笑みが大人びて見えたのは、施された薄化粧のせいではない。

 北の大国の女王という立場でこそあれ、王子よりも年若く、小柄で幼さの抜けきらない少女であったはずの彼女は、立派な大人の女性の身体に成長していた。

 

 一般的な女性としてはやや小柄だが、それまで半ば振り回し振り回される大きさだった魔剣アンサラーもバランスよく手に収まっている。

 ドレスの上から伺える体つきも、メリハリがついていてよく引き締まっている、まさにパーフェクトなボディだった。

 

 もちろん、彼女が行方不明になっていたわずかな時間で成長したとは思えない。本来なら10年はかかるであろう、そういった変化だ。それまで気づかなかったのは、思い込みのせいか、あるいは巨体のデーモンが傍にいたせいか。

 偽物ではない。近しい者が見れば、それは確かにシビラその人だと確信を持つことが出来た。

 

『ふふ、やはり来てくれたのね。貴方なら、必ず来てくれると信じていたわ』

『……女王よ』

 

 魔剣を片手に携えるシビラに、攻撃する隙を見いだせずにいる王子の前へとリンネが歩み出る。

 

(なれ)の想念は解す……とも。

 ……叶えてはならぬ願いも……あるのじゃ』

『関係ない。私は、欲しいものは必ず手にいれる』

 

 シビラが剣を構えた。

 魔剣の柄を両手で握り、頭上に掲げる。

 その刀身から、そして総身から、深紫のオーラが溢れだした。

 

『私に勝てるとでも思ってるの、()()()()()

『汝に吾を殺すことはできぬよ、()()()()

 

 シビラの纏うオーラが高まりを見せる。

 リンネもまた、すさまじい量の魔力をその手に集める。

 両者の間の空間が、耐えかねたようにぐにゃりと歪んだ。

 

死を齎す(魔剣)──』

第二極天(只、吾は坐して)――』

 

 シビラの纏う闇のオーラが、ふっと消えた。

 否、その全てがその手の魔剣へと凝縮されている。

 一瞬の静けさは、これから解き放たれる破壊の恐ろしさを想わせた。

 

『──応酬の剣(アンサラー)!』

『──三千世界(刻を詠むのみ)

 

 降り下ろされた魔剣の一振りが、闇を齎した。

 それはまさしく、世界の終焉の光景。

 一閃によって解き放たれ津波のように襲い掛かる闇が、万物一切を飲み込んで塵と成す。

 それに呑み込まれて、死を迎えない存在などありはしない。

 

 その終焉からリンネを守ろうと、王子が盾となるべく飛び出す。

 だが、その尊い勇気も残念ながら無意味だ。

 闇は全てを呑み込んで、全てを滅ぼし尽くした。

 

 

 

 

 

「私はその時、後方の陣地にいましたが……私は確かに、闇に……死に、飲み込まれました。

 けれど…… 気がつくと私達は、街から離れる馬車の上にいて、津波のような闇に飲まれて消えていく街を見ていたのです。シビラ様に斬られたはずの者も、皆。

 あれは……あれは、何だったのでしょう? 夢、だとは決して思えないのですが……」

 

 その時のことを思い出したのだろう、アンナは白い肌を青ざめさせて、震える自分の身体を抱いた。王子が無言で、その肩を抱き寄せる。

 

『……ありがとう。恐ろしい記憶だったろうに、教えてくれたことを感謝するよ。

 けれど、おかげで色々と確信が持てた。今この国に何が起こっているのか、その時のそれは何だったのか……今なら説明できそうだ』

「! ……本当ですか!? お願いします!」

『よろしい! ならばこの天才ダヴィンチちゃんが、異世界の人でも立花ちゃんでもまるっと理解できるように、特別に講義してあげよう!』

 

 ジャキーン! と、ダヴィンチちゃんは懐から取り出した眼鏡をかけ、同じく取り出した伸縮式の教鞭をパキパキと伸ばした。

 この眼鏡は高性能で万能な解析用の礼装なのだが、ここでこれをかけたことに雰囲気以外の意味はない。

 

「待って、私でも、って何?」

『さて、本題に入る前に必要な知識を説明させてもらうよ』

「待って」

『まず、我々カルデアとは……』

 

 カルデアとは、人理を保障する機関である。

 翻って、カルデアが動かねばならない人理を揺るがす事態とは何か。それ自体は様々な事由が考えられるが、現在のカルデアが主に対処しているのは過去に発生した特異点だ。

 つまり、過去改変が人理を揺るがすのである。

 

 過去の改変には莫大なエネルギーが必要となる。

 歴史は未来から観測されることにより、一定の結果に集束しようとする強制力が働くからだ。

 その強制力を打破するためには、奇跡を起こすほどのより強大な力、すなわち聖杯が必要である。故にカルデアは聖杯を追う。

 

 このように過去改編、翻って人理を崩すことは大変な難事だが、かつてそれに成功し人類三千年の歴史を焼却し尽くす偉業を達成したモノがいた。

 最終的に人理は修復されたものの、魔神柱と呼ばれるその残党は僅か数柱ながらいずことも知れぬ時の彼方に逃げ去り、それもまた特異点を生むものとしてカルデアに追われている。

 

 立花もまた、聖杯と魔神柱の反応を追ってこの王国に降り立ったのだ。

 

「つまり、その聖杯と魔神柱が、私達の国に流れ着いた、というわけですね」

()()()

 

 なるほど、と言いたげに頷いたアンナの言葉を、ダヴィンチちゃんは否定した。

 

「違うの? でも、この国から魔神柱の反応があったんだよね?」

『うーん、そこからもう違うんだよ、立花ちゃん。

 いいかい、念入りにその領域を解析した結果を伝えよう。そして、ここからが本題だ。

 そこは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………!」

「そんな馬鹿なことが……!」

 

 ここは異世界ではない。それどころか聖杯が作った偽物の世界だという。

 アンナは思わず立ち上がって叫び、流石の王子も喉を唸らせて驚きを露にした。

 

『おそらく、君達の世界をそっくりそのままコピーしたんだろう。そして、それを時間と空間の狭間に浮かべて君達を閉じ込めた。

 仲間の多くが行方不明になった、と言ったね? 違うんだよ、()()()()()()()()()()()()()()なんだ。彼らは強い力を持っていたがために、連れ去られずに抵抗できた……いや、元から置いていかれたのかもしれないね』

「そんな、世界を丸ごと写し取って、私達を気づかないうちに移動させるなんて……」

 

 とてもではないが信じられない話だ。まさか、と反論を探すようにアンナは視線をさまよわせる。

 だが、効果的な反論を思い付けない。それどころか、その方が納得できる部分すらあった。

 

 王国の外へと出ることが出来ない、という事実がそれを裏付ける。

 出られなくて当然だ。この王国の外など、存在しないのだから。

 

『本来、地球……自分達の世界の外を観測できないはずの私達が、こうして異世界なんてところに来てしまったのは、我々が地球から観測できるギリギリの領域にこの世界が生み出されたから、と考えられるね』

 

 では、誰が何の理由で聖杯を用い、そんなことをしたのか。

 一月前からの状況を考えれば明白である。デーモンの他に、現状に関わっている敵はいない。魔神柱も聖杯も、デーモンの元にあると思われた。

 

 悪魔の元へ、魔神柱がもたらした聖杯。

 さしずめ、魔神聖杯とでも言うべきか。

 

「聖杯…… 恐ろしい力を持っていますね。

 ではそのデーモンにシビラ様が操られているのも、聖杯の力なのでしょうか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 再び、ダヴィンチちゃんはアンナの言葉を否定した。

 

『それを説明する前に、サーヴァントについて説明しよう』

 

 サーヴァントとは魔術師の使い魔のことだが、聖杯を巡る戦いにおけるサーヴァントは、普通の使い魔とは違う特別なものである。

 

 歴史上の名だたる英雄。

 あるいは彼らと相討ち相討たれた反英雄(怪物)

 強大にして偉大すぎる彼らの魂を、英霊の座と呼ばれる場所から、七つ(+α)の(クラス)に貶めて召喚し、使役する。それが最強の使い魔たる『サーヴァント』だ。

 聖杯はあくまで純粋な力に過ぎない。聖杯を用いる者、巡り争う者は、このサーヴァントの力を借りて己が望みを叶えようと戦うのである。

 

 なお、その偉大なる英雄であるところの牛若丸は、小難しい話は我関せずとお茶請けのクッキーをぱりぽり小動物のようにかじっているわけだが。

 

『その性質上、サーヴァントの大半は過去の人間だ。ところが面白いことに、稀に未来から召喚されるサーヴァントもいるんだよ』

 

 たとえば、ほんの少し特異で歪で不完全な魔術が使えるだけの少年が、聖杯戦争で特異で歪で不完全な大人に成長した自分(サーヴァント)と戦う、なんてこともある。

 また過去の特異点においては、その時代よりも後の時代のサーヴァントが呼ばれることも珍しくない。特に神代のウルクから見れば、同時代のサーヴァント以外は全員未来の英霊だ。

 

『サーヴァントは基本的に、全盛期の姿で召喚される。

 つまり、大人になったそのシビラ姫という人は、本人ではなく、聖杯によって全盛期の姿で未来から召喚されたサーヴァントだ、と推測できる』

「……え、それはつまり本人なのでは?」

『違うとも。本人と同じ魂と肉体と精神性を再現されているだけで、本人ではないよ。

 たとえ死んでも魂が英霊の座に戻るだけで、この時代に存在する本人は無事だ、おそらく元の世界で君達の帰りを待っているんじゃないかな』

 

 ダヴィンチちゃんの解説に、アンナはあからさまにほっとため息をついた。

 王子も、まずは一安心、といった様子を見せる。

 

『そして、召喚されるサーヴァントは一騎だけじゃない。

 そのシビラ姫の他にも、カルデアはサーヴァントの反応を一騎、既に観測しているよ』

「それはつまり、シビラ様のようにデーモンに召喚された方、ということですか? 一体どこに……!?」

「それは、吾じゃ」

 

 異世界の人間には想像を越えたものであろう話を、平然とした顔で聞き流しながら牛若丸と一緒に紅茶と茶菓子を堪能していたリンネが、ぽつりとつぶやいた。

 ひどく掠れた、ささやくような声でありながら、それはするりと意識に入り込むかのようによく聞こえた。

 

「吾こそは、汝らがキャスターと……定義せし者」

 

 全員の注目を浴びながら、彼女は淡々と語る。

 

「魔神聖杯により召喚されし七騎……その、一、よ」




TIPS

【七つ(+α)のクラス】
サーヴァントは、基本的に七つのクラスで顕現する。
剣騎士セイバー、槍騎士ランサー、弓騎士アーチャー、騎乗者ライダー、暗殺者アサシン、魔術師キャスター、狂戦士バーサーカー。
通常の聖杯戦争においては、これら各一騎ずつ、七騎が召喚されて戦うことになる。
ただし、稀にこれらに当てはまらないクラスで顕現する例が確認されている。
裁定者ルーラー、復讐者アヴェンジャー、盾の英霊シールダーなどである。
大抵の場合、これらのエクストラクラスは特徴的すぎてクセが強く、仲間としても敵としても厄介。



【魔神聖杯】
時空の狭間へと逃亡した、ある魔神柱がもたらしたもの。
――本来、彼はどこへもたどり着けず消え去る運命にあった。
しかし、天文学的な確率を潜り抜け、彼は時空の狭間へと潜むモノの場所へたどり着いたのである。

k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.刻詠の少女(BATTLEなし)

「はあぁっ!!」

 

 自分はキャスターのサーヴァントである、とリンネが告白した直後、牛若丸が動いた。

 応接室のテーブルの上に飛び乗りざま、腰の刀を抜きつけて、リンネの首を()ねる。

 あどけない童女のごとき顔のまま、鮮血と共にその首が宙を舞った。

 

 あまりに突然。あまりに電光石火。

 突然の凶行による惨劇に、総員言葉も出ずに表情を青ざめさせる。

 

「ふむ…… 既知なれど、心地良きものでは……無い」

 

 だが、それは何時の間にすりかわったものか。

 首の無い身体と、吹き上がったおびただしい量の鮮血が、ゆらりと幻のように揺らいで消え、少し離れたところに何事もなく首をさするリンネの姿が現れた。

 もちろん、その首は傷ひとつなく胴体に繋がっている。

 

「面妖な。確かに手応えはあった筈」

「ち、ちょっと、牛若丸、何やってんの──!?」

「あるじ殿、お下がりください。一度で足りぬなら何度でもあの首を刎ねてみせましょう」

 

 牛若丸──源義経は戦の天才である。

 そして、天才となんとやらは紙一重である。

 

 先程まで共に茶菓子をつまんでいた嫋やかな少女を、敵の聖杯により召喚されたサーヴァントだと判明した瞬間、何の躊躇いもなく斬り捨てる。

 戦乱を生き抜いた英雄は数あれども、なかなか真似の出来る者はいない、異様なまでの切り換えの早さと躊躇いの無さだった。

 

 白刃を手にテーブルを降りる牛若丸とリンネの間に、王子が無言で割り込んだ。

 すらりと腰の剣を抜き、自然体の構えを取る。

 立花からは無造作にも思えるその構えを前に、牛若丸は慎重に刀を構え、摺り足で間合いを計った。

 

「やめて、牛若丸! その人は敵じゃない!」

「しかし、彼奴は自ら、悪魔の手にする魔神聖杯に召喚されたキャスターだと吐いたのです。であれば、素っ首あるじ殿に献上するが我が役目。

 貴殿も其処を退かれよ。さもなくば斬る」

「…………!」

 

 鋭い眼光の牛若丸を、王子は真っ向から受け止める。

 卓越した技量と迷いの無い殺気を持った英雄、牛若丸を前にして、王子は全く怖じ気づくことなく相対した。

 

 二人の間に高まる殺気。

 突然のことにまだ頭が追い付かないのか、鉄火場に身を置くことに慣れていないアンナなどは顔を真っ青にして口をぱくぱくとさせて壁にへばりついている。

 

 だが、立花は何の気負いも躊躇いもなしに、火花の散る二人の間に入り込んだ。

 真っ正面から牛若丸の目を見詰めて、刀を握る手を自らの手で包み込む。

 

「牛若丸。私は、やめて、って言ったよ」

 

 少し怒ったような……というよりも、悲しそうな顔を見せて、言い含めるように優しく言う。

 牛若丸は困ったような顔をして、ゆっくりと全身の緊張を解き、刀を鞘に納めた。

 

 押し付けられたかのように重い空気が、殺気が消えてゆっくりと軽くなっていき、ようやくアンナがぜえはあと大きく息をする。

 だが、王子は未だ剣を抜いたまま構えを解かない。

 

「……………………」

「……すまぬ、王子。()は吾の不徳である故……許して、たもれ……?」

 

 申し訳なさげにリンネが王子の服をつまんでささやき、ようやく王子は剣を鞘に納めた。

 王子とリンネに、立花が深々と頭を下げて謝り、二人がそれを無言のままに受け入れてこの件は手打ちとする。

 牛若丸は、ばつの悪そうな顔をして、ふいと顔をそむけた。

 

『き……緊張しました……! すわ、決定的な敵対は避けられないかと……!』

『これだから極東のSAMURAIは怖いんだ!

 だが、今のは幻術の類じゃなかった。確かに死んだ筈なのに、新たに無事な自分が現れたような…… それは、君の宝具だね?』

「ほ……宝具、ですか……?」

 

 まだ顔色の悪いアンナが、息を整えながら聞く。

 あらためて一行はテーブルについたが、アンナがあからさまに牛若丸に怯えているのは仕方の無いことだろう。

 当の牛若丸は、反省したような表情で茶菓子をつまんでいたが……これで本当に反省するなら、兄の頼朝も苦労しなかったに違いない。

 

『サーヴァントは、逸話に語られる英霊だ。その英霊に欠かすことのできない、武器、道具、技、あるいは逸話そのもの…… それらを再現し奇跡を再演する貴き幻想(ノーブルファンタズム)を宝具と呼ぶ。俗な言い方をするなら必殺技のことさ』

「左様。此は『避禍予見の鏡影』と呼ばれる、吾の宝具。

 ……(しか)して、其の真名を『第二極点・三千世界(只、吾は坐して刻を詠むのみ)』と謂う」

 

 そこで、リンネは少し考え込んだ。

 

「汝らに分かり易く……一言で言う()らば。

 《第二魔法を行使する宝具》……じゃ」

『ぶっ!!!!??』

『だ、第二魔法──!!?』

 

 ダヴィンチちゃんが盛大に吹き出し、マシュが目を見開く。

 カルデアのざわめきっぷりは、ここが異世界だという話になった時のそれと遜色無い。

 

「第二……魔法、というのは? そんなに特別な魔法なのですか?」

「さあ?」

『なんで立花ちゃんがそんな態度なんだい!!?』

 

 だが、異世界の人間であるアンナと、魔術師であるはずの立花は、そろって小首を傾げた。

 思わず、ダヴィンチちゃんがバンとデスクを叩いて突っ込みを入れる。

 

 そもそも、立花達の世界では『魔術』と『魔法』は異なるもので、『魔法』は魔法であるというだけで特別なものなのだ。

 誤解を怖れぬ簡素な表現をすれば、『科学でも再現可能なもの』が魔術、『科学では再現不可能なもの』が魔法と呼ばれる。

 

 科学の発展と共に、魔法は次々に魔術へと貶められた。

 今となっては、魔法と呼べるものは第一から第五までの五つしか存在しない。

 

 とはいえ魔法の具体的な内容についてはあまり広まっておらず、特に第四魔法については今や知る者はほとんどいない。

 だが、第二魔法の内容については、その使い手が魔術師界では超有名人であることもあり、よく知られていた。

 

 すなわち『平行世界の運営』。

 

 異なる可能性を辿り無数に存在する平行世界へと自身が移動することは勿論、無数に存在する平行世界から無限に魔力を汲み上げて用いるなど、非常に強力かつ汎用性も広い魔法である。

 

 複数の斬撃を()()()()に放つ佐々木小次郎など、第二魔法の領域に属する宝具を持つサーヴァントは他にもいるが、リンネのそれはレベルが違う。

 

『そりゃあ君達がシビラ姫の宝具から生き延びたのは何らかの宝具の能力だとは思っていたけれど、第二魔法なら納得だ!

 ()()()()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で上書きしたんだ! それそのものが聖杯じみている、好き放題に願いを叶えられる宝具だぞ!』

「残念ながら、斯程(さほど)に都合の良い宝具とは言えぬ。魔力の消費も、連発すれば……吾の存在が消えかねぬ程じゃ」

「消え……!? だ、大丈夫なんですか、リンネさん!?」

「大事無い。魔力はたっぷりと……この一月、溢れる程に貰うた故」

『……ほほう』

『……? ……あっ──』

 

 ちらり、とリンネが王子を見る。

 その視線に、ダヴィンチちゃんがにやりと笑う。

 マシュはしばし首をひねった後、顔を真っ赤にして黙りこんだ。

 意味のわからない立花とアンナは不思議そうに首を傾げ、王子とリンネは何食わぬ顔で平然としていた。

 

「どうやら、リンネさんの力はとても強力なようですが…… 命に関わるならば、軽々しく使うわけには行きませんね、王子。

 それより、やはり街を滅ぼしたあの闇は、シビラ様の宝具、ということなのですね」

『ああ、間違いないだろうね。君達なら、彼女の宝具の正体がわかるんじゃないかい?』

「はい。間違いなく、北の大国に伝わる魔剣フラガラッハ……その真の姿である、魔剣アンサラーでしょう。

 ……ですが、あれほど恐ろしい威力を持っているとは知りませんでした」

『サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるものだからね。強く美しい大人の姿に成長したシビラ姫は、魔剣に秘められた力を完全に引き出せるようになるのかもしれない』

『聞いた様子では、アルトリアさんのエクスカリバーに似た宝具に思えます。魔力の増幅、放射……それ自体は多くの聖剣・魔剣に共通する性能ですね』

 

 同じ名前の宝具の伝承は地球にもあるが、おそらくそれとは名前が同じだけの別物である。

 神話の類似性、あるいは神代には世界間の交流があったのかもしれない──が、今は無関係だ。

 

「それより、結局リンネさんは敵なの? 味方なの?

 いや、私は味方だと思ってるけど、敵の聖杯に召喚されたのに、どうして?」

『そうだ、色々衝撃的でそれを聞くのを忘れてた!

 まあ、君は元々王子の仲間だから不思議ではないかもしれないが、それならば逆にシビラ姫が敵になっているのは何故だ?』

「其れは──」

 

 リンネが口を開いた途端、けたたましいアラートが鳴り響いた。

 突然の大音量に、驚いたアンナや立花は小さく悲鳴をあげて椅子の上で飛び跳ねる。

 

 ホログラフのマシュがはっとして手元を忙しなく操作すると、ダカダカとキーボード音がかき鳴らされてアラートの音量が下がった。

 

WARNING(大変です、先輩)

 A huge mana reaction of(とてつもなく強大な) The Unknown Servant(未知のサーヴァント反応が) is approaching fast(高速で接近しています)!』

「え、なにそれマシュ、なんかカッコいい!」

『えっ? き、恐縮です、先輩』

『なんだいこりゃ、凄まじい熱量と速度だぞ! これがサーヴァント!? ミサイルか何かじゃないのか!?』

「い、一体何があったんです?」

 

 ダヴィンチちゃんも驚きに目を見開くが、一体何事が起こったのか飲み込みきれていないアンナが困惑を浮かべながら問い掛ける。

 

『説明している時間はありません! 到着まで、あと5秒── 3、2、1、来ます!』

 

 ズズゥン──!!

 

 マシュのカウントぴったりにあわせて、城全体が揺れた。

 地震か、と思う程の衝撃だが、そうではない。

 炎に包まれた何者かが、さながら流星のような勢いで王城に激突。その構造物をぶち破りながら突入してきたのだ。

 

 そして、何かしら破壊の力を振るっているのだろう。巨人が歩いているかのように、断続的な轟音と衝撃が続いている。

 

「さて……行くか、皆の衆よ」

「い、行くって…… 何なんです? 一体、何が起こって……」

 

 大儀そうにゆっくりと席を立つリンネに、アンナが声をかける。

 

「吾は刻を詠めども……此度、其れを告げるは能わず。

 ……早うせねば、城を焼き崩されてしまうぞ?」

 

 リンネの言葉を肯定するように、ズズン、と城が揺れる。

 それももっともだ、と立花と王子達は立ち上がるのだった。




TIPS

【刻詠】
古来、未来を予知する異能力者として、多くの権力者が欲した存在。
そのために、彼女がただそこにいるだけで、多くの国が争い、滅び、運命を狂わされた。
しかしながら、不都合な未来を告げた為に王の不興を買い、地下牢の奥深くへと幽閉されたまま国そのものが滅びたのだが――
――数百年を経て発見された彼女は、若々しい少女のままの姿であった。



【SAMURAI】
いきなり刀を抜いてさぱっと斬り殺し、わけのわからぬ理由でさぱっとHARAKIRIして自害する、何をするかわからない恐ろしい人種。
彼らの命は紙風船よりも軽いが、誇り(と彼らが感じているもの)は地球よりも重い。
そんな奴らに限って結構な数が英霊に至っており、強いことは強いが敵にしても味方にしても油断ならない。
冬木の地で聖杯戦争を起こしたアインツベルンが日本の英霊を召喚しないようにしたのは、彼らを呼ばないため――だったのかもしれない。



【避禍予見の鏡影】
幻のように揺らめく、リンネ自身の似姿。
別の可能性世界を映し出した鏡像であり、「誰かが死んだ世界」を「誰かが死ななかった世界」にすりかえる。
応用すれば非常に強力だが、魔力消費の大きさもあり、普段はあえて自らに制限を課して使用している。
彼女の宝具「第二極天・三千世界」とは、この制限を取り払って全力で使用するものである。



【魔力供給】
サーヴァントは使い魔であるため、基本的に主である魔術師から魔力の補給を受けている。
ただし、カルデアのサーヴァントはその供給をカルデアから受けており、これが100体を超えるサーヴァントとの契約を可能にする理由となっている。
その他、莫大な魔力リソースである聖杯から供給を受けたり、他の生き物から魂や魔力を奪うなど、魔力を供給する方法は様々。
魔力経路に不備がある、マスターの魔力が乏しい、緊急の魔力供給を必要とする、といった場合には、肉体的な接続によって経路を確立することもある(ただし異性の主従に限る)



【魔剣フラガラッハ、あるいはアンサラー】
かつて千年戦争の折、人類の既存の国家はその大半が滅亡した。
現在まで続く国家の多くは、戦争後に英雄王の仲間たちが興したもの、あるいはその系譜であり、彼ら・彼女らが使用した名だたる聖剣・魔剣が受け継がれている。
その中でも、北の軍事大国に受け継がれた魔剣フラガラッハは特に強力なものであり、強力な闇の力を秘めている。
その刃に映るものを、遠く離れた場所から斬り殺すと伝えられ、使い手であるシビラが成長するにつれてその真の力を発揮させていった。
真の姿を取り戻したフラガラッハは、その名をアンサラーと改められ、名だたる魔物・魔神との戦いにおいて活躍した。
なお、神代から伝承保菌される宝具「斬り抉る戦神の剣(フラガラッハ)」とは、同名ではあるが全く別のもの。



【WARNING!】
シューティングゲームにおいてボスが登場する直前に入る演出。
ダライアスが初出とされ、後のゲームに大きな影響を与えた。
CAUTION、警告、NO REFUGEなど、様々なバリエーションが存在する。
プレイヤーの、なんかヤバいやつが来るぞ、感を高めてくれる。

k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.千年の焔(上級)

 立花達が到着すると、そこは既に煉獄だった。

 壁や柱は崩れ、絨毯やタペストリの色よりもなお赤い炎がそこかしこを彩っている。

 床に倒れた、何か燃えているものによく目をこらせば、それが鎧を着込んだ兵士の成れの果てと気付いただろう。

 

 その中でただ一人、少女が佇んでいた。

 背中が大きく開いたミニのチャイナドレスを身に纏い、炎が巻き上げる上昇気流でツインテールにまとめた長い黒髪を踊らせている。

 手には少女の身の丈ほどもある赤い穂先の槍。その槍が炎を噴き上げていた。

 

『先輩、間違いありません。サーヴァントです!』

「ナタクさん!」

 

 アンナが声をかけると、少女はくるりと振り向いた。

 まだあどけない、幼さを残す顔をしている。ドレスのセクシーさに反してそのプロポーションは些か残念だが、それが妙に似合っていた。

 

「久しぶりだね、王子」

 

 炎の只中で、少女──ナタクは華やかに微笑んだ。

 その目はただ、他の誰も見えていないかのように、王子だけを見ている。

 

「……………………」

「ああ…… ああ、懐かしいよ。君の姿。君の瞳。君の声も聴かせておくれ。あの頃のように、耳元で愛を囁いてくれないか」

「……………………」

「ふふ、その無口も懐かしい。──会いたかったよ、王子。ぼくはずっと、ずっとずっと、君に会いたかった。寝ても覚めても君を想って、遂には聖杯なんてものの呼び掛けに応えてしまった」

「……………………」

「愛しているよ、王子。

 君に会って、ぼくの愛を伝えたかった。ああ、ああ──叶ったよ。ぼくの願いは、これで叶えられた──」

 

 ナタクの瞳から涙があふれる。

 瞳から流れた水滴は、風に煽られ炎に炙られて、頬を濡らすこともなく消えていく。

 それでも尽きぬ涙をこぼしながら、ナタクは微笑んでいた。

 

『すごい…… すごい熱烈な愛の告白です……!

 どうしましょう、先輩、なんだかすごく胸と頬が熱いです……!』

「私もなんていうか、口の中が甘くて、全身がむずがゆいよ……!」

 

 こそこそと小声で、しかし頬を赤らめながら、マシュと立花は互いにささやきあって身悶える。

 

「わ、私も、あんなに情熱的なナタクさんは初めてです……なんていうか、いつもは余裕があって、一歩引いて見ているような方なのですが……

 一ヶ月も王子の元を離れていたのが、そんなに寂しかったのでしょうか?」

『いいや、彼女はサーヴァントだ。何らかの事情があって、もっと長く……何年も何十年も彼と会えなかったのかもしれない。愛する人とそれだけ離れ離れになって再会したなら、私だって感激のあまり絵と詩と音楽の三つ四つは捧げるさ』

「でも、この様子なら…… 戦わなくても、仲間になってくれそうだね」

「否」

 

 楽観的な立花の言葉を、リンネが端的に遮る。

 リンネは厳しい表情で、炎の中に佇むナタクを見ていた。

 牛若丸もまた、表情を凛と引き締めて、前に進み出て腰の刀に手をかける。

 

(われ)らは元々、王子の元に集いし者。元来ならば……此れと敵対など、せぬ。

 じゃが…… 魔神どもとて、其れを理解しておる」

「あるじ殿、後ろへ。感じませんか、この……殺気を」

 

 低く押さえた牛若丸の声に、はっ、と立花達はナタクを見る。

 そっと目元を拭うナタクの周囲で、炎が踊る。

 いや、その炎の勢いは次第に増して、汗が吹き出るほどになってきた。

 

「──王子、ぼくのもうひとつの願いを、叶えてくれるかい?」

「…………?」

「何、簡単なことさ。ぼくと…… ぼくと一緒に、燃え尽きよう!」

 

 瞬間、ナタクは渦巻く炎となった。

 足下からジェットのように激しい風を噴き上げて、その風で炎を巻き上げ、身に纏いながら、王子へと突き進む。

 爆発的な加速に、王子は胸元に迫る槍の穂先を目にとらえつつも、かわすことも受け止めることもできなかった。

 

「はああぁっ!!」

 

 かわりに、牛若丸が割って入った。

 このままでは、槍の穂先が王子に届くよりも先に、牛若丸の刀の切っ先がナタクの胸を貫く。絶妙な間合いとタイミングだ。

 

 咄嗟に、ナタクは足を蹴りあげた。

 ナタクの足元には、いつの間に現れたのか、炎と風を噴き出しながら高速で回転する金属の輪のようなものが付随している。

 その炎を吹き付けられ、牛若丸はダメージを受けて後ろに吹き飛ばされたが、ナタクも後ろに下がって距離を開けた。

 

「牛若丸!」

「ご心配なく、あるじ殿。この程度、かすり傷です。むしろ死なない程度の傷など全てかすり傷ですとも。

 しかし、惜しい。……()った、と思ったのですが」

「それはこちらの台詞だよ。そうか……君達がカルデアだね。どうやら君達を倒さないと、ぼくの願いは叶わないらしい」

 

 ナタクは足元の輪から放たれる炎と風でホバリングしながら、両手で槍を構える。

 牛若丸も刀を構え、じりじりと間合いを量った。

 

「カルデアを……私達を知っているの?」

「今のぼくはサーヴァントだからね、聖杯からの知識を授けられている。聖杯を作ったのは異界の魔神、その仇敵たる君達のことはよく知っているよ」

 

 言葉を交わしながらも、ナタクの視線は牛若丸……そして牛若丸の後ろに控えるリンネに向けられている。

 互いに隙はなく、緊張感だけが炎に炙られて熱されていく。

 

「何故ですか? 何故、ナタクさんが王子を殺そうとするんです!?」

「王子を愛しているからさ。愛しているから憎らしい。怒りが、憎悪が、ぼくの胸を焦がすんだ。

 千年消えぬ愛も怒りも憎しみも、今ここで焼却してみせる!」

「…………!」

「今のぼくは、ランサーのサーヴァント、ナタク。

 ぼくの炎で、カルデアも、この国も、何もかもを焼き尽くしてあげよう!」

 

 先に動いたのはナタクだった。

 牛若丸に向けて弾かれたように宙を滑り、槍の穂先を突き込む。

 対する牛若丸はその穂先を打ち払い、逆に首を狙う。

 だが、飛燕のようにくるりと回った槍の石突きが、その刀を打った。

 

 その最初の攻防までが、立花の目で追うことのできる限界だった。

 常人にはとらえきれない速度で一合ごとに炎を撒き散らしながら、ナタクと牛若丸は互いの刃を打ち払い、そして切り込んでいく。

 槍を防いでもその身を焼く炎の傷は、リンネの放つ治療の魔術によってすぐさま癒されていた。

 

「焼かれる端から治るというのは、便利ですがむずがゆいですね!」

「我慢するのじゃ……!」

 

 攻防は一見して拮抗しているように見えたが、時と共に増大する熱量と共にナタクの魔力と速度は増していき、対して上昇する気温に立花達は汗が止まらない。

 間近で切り結ぶ牛若丸は、尚更その熱に激しく身を焦がされているだろう。

 くらり、と熱さに倒れそうになったアンナを咄嗟に王子が支えた。

 

「も、申し訳ありません、王子……」

『どんどん気温が上昇してる、このままじゃサーヴァントはともかく立花ちゃん達がもたないぞ! 一旦そこから離れるんだ!』

「ここでは、軍を展開することもできません…… 中庭に移動しましょう!」

「逃がすと思っているのかい!?」

「そちらこそ。その隙、逃すと思っているのか?」

 

 アンナの案内を受けながら移動した立花達をナタクが追いかけようとしたが、意識がそれた瞬間に牛若丸の太刀が首筋に迫る。

 危ういところで槍が弾いたが、炎に巻かれながらも殺意と冷たさを失わないその瞳に、ナタクは小さく舌打ちした。

 

「牛若丸も! 退くよ!」

「承知。殿(しんがり)はお任せあれ!」

 

 ジェットのように炎と風を噴き上げるナタクの速度ならば、逃げる立花達に一瞬で追い付くことは容易い。

 だが、ただ一人立ちはだかるその少女こそ、戦の天才、牛若丸。

 巧みな遅滞戦闘を繰り広げ、ナタクを立花達に追い付かせることなく、中庭まで撤退することに成功した。




TIPS

今回のTIPSはお休みさせて頂きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.魔神を宿す英霊(上級)

 中庭を目指して走る最中、城内はナタクが通り過ぎるだけで炎に焼き払われ大きな被害を受けたが、立花達は無事に目的地まで辿り着くことができた。

 

 広い中庭に飛び出た直後、冷たく爽やかな風がさっぱりと熱を奪い去っていく。

 たっぷり我慢してからサウナを出た時のような爽快感に、立花は思わずほっと息をついた。

 

 中庭に出た順番は、王子とアンナ、立花、リンネ、最後に牛若丸だ。体力の無いアンナは途中で王子に抱えあげられ、牛若丸はナタクを押し留めて交戦しながら、リンネはその援護をしながらである。

 

「王子! こちらへ!」

 

 いつの間に手配されていたのか、中庭には武装した兵士達が待ち構えている。

 その中心に立つ、青い制服に身を包んだ凛とした眼鏡の女性が手招きした。

 

「ケイティさん!」

「事情は把握しております。王子達ならば必ずやここに来られるものと考え、既に布陣を済ませておきました。

 ナタクさんにどこまで通じるかは不明ですが……」

 

 王子はケイティの横にアンナを下ろし、改めて剣を抜いて出てきた入り口を振り返る。

 中庭の入り口の両脇に、白と黒の衣装の魔法使いが布陣していることを確認した直後、炎に包まれた牛若丸が勢いよく吹き飛んできた。

 

「牛若丸!」

「かはっ……! かすり、傷……です!」

 

 どう見ても全身焼け焦げて大ダメージを負っていたが、すぐさま膝立ちになって刀を構える。彼女にとって、まだ戦えるなら、それは全てかすり傷だ。

 

 それを追いかけるように、足元の輪からジェット炎を噴き上げるナタクが飛び出してくる。

 

「クロリスさん、ユユさん、今です!」

「それぇっ!」

「くらいなっ!」

 

 ナタクが中庭に飛び出した瞬間、ケイティの合図と共に入り口の両脇に控えていた二人……かぼちゃの魔女(ハロウィンエリザ)じみた黒いドレスに黒いとんがり帽子をかぶった少女と、露出の激しい白い衣装に白いとんがり帽子をかぶった赤毛の美女が、同時にロッドを振り下ろした。

 二人の魔女(ウィッチ)が放った魔力は過たずナタクに直撃し、一瞬にしてその身を高さ3m近い巨大な氷塊の中に閉じ込める。

 

「やった!」

「いや……ああ、こりゃだめだ」

 

 その結果に見せた反応は、白と黒の二人で正反対。喜んで跳びはねる黒の魔女ユユとは逆に、白い魔女クロリスは渋い表情で帽子のつばを引き下げた。

 

 バキ、という音と共に氷に大きなヒビが入り、氷の中が白く濁って、ナタクの姿が覆い隠される。

 みるみるうちにヒビは大きくなり、その隙間から蒸気が吹き出した。

 

「あわわわっ!」

「ユユ、離れなっ! 弾けるよ!」

 

 慌てて二人の魔女がその場を離れると同時に、氷塊は轟音と共に弾けて砕けた。

 中から吹き出したのは、真っ白な蒸気と真っ赤な炎。

 そして、呼気に混じって炎を吐く、ナタク。

 

「こんな……! いくらナタクさんでも、これほどの……!」

「今のぼくが、こんな冷気で止められるものか。今のぼくはサーヴァント……それも、魔神アモンの骨片を触媒に投じられた、デモン・ランサーだ。万物一切、焼き尽くす!」

「魔神……! アモン……!?」

『デモン・ランサーだって!?』

 

 アンナとダヴィンチちゃんが驚きの声を上げる中、ナタクは足元の輪から豪炎を噴き上げて、ロケットのように上空へと飛び立つ。

 布陣していた弓兵から矢が射かけられたが、そのほとんどはナタクに届く前に燃え尽き、逆にナタクが槍を一閃して放った炎によって爆撃をくらい、倒れ伏す。

 瞬く間に、中庭は炎と阿鼻叫喚に包まれた。

 

『なんて火力だ、どんどん温度が上がってる! 同時に、汚染魔力……瘴気を検知! こんなもの噴き出してたら、サーヴァント自身がもたないぞ!』

「そうとも、この炎はぼく自身をも焼き尽くす!

 けれど構うものか。ここが全ての終着点、君もぼくも何もかも、この炎で魂さえも消し去ってしまうことが、ぼくの望みだ!」

 

 上空から、ナタクが続けざまに槍を振るって、濃い紫色を交えた炎を投げ落とす。

 地上からも弓矢や魔術で応戦しているが、ナタクの炎を突破することができていない。サーヴァント相手に並の弓と魔術が太刀打ちできるはずもない。

 

 キャスターであるリンネも、戦闘には向いておらず、治癒の魔術をたて続けに行使して被害を抑えるのが精一杯だ。

 

「あるじ殿、危ない!」

「牛若丸っ!」

 

 立花に向けて降ってきた黒炎を、横合いから牛若丸が割り込んで叩き落とす。

 だが刀が触れた途端、炎は炸裂して牛若丸を吹き飛ばし、小柄な牛若丸は地面を数度転がって倒れた。

 

 刀を地に刺して立ち上がる。しかしその体からは黄金色の光がきらきらと散り始めていて、明らかに限界だった。

 

「令呪を以て──」

「待たれよ、あるじ殿!」

 

 咄嗟に令呪の魔力で牛若丸の霊基を復元しようとした立花を、当の牛若丸が止める。

 満身創痍、露な肌は焼け爛れ、あるいは瘴気に黒ずんでいる。だが両足でしっかりと立ち、その目は尽きぬ戦意でぎらぎらと輝いていた。

 

「どうか、令呪は温存なされよ。今は宝具開帳の許可を」

「っ……!」

 

 サーヴァントの切札である宝具の真名を開帳することは、サーヴァント自身にも大きな負荷がある。霊基に不釣り合いな宝具を持つサーヴァントなら、その身が弾けることもあるほどだ。

 まして、霊基が消えかけの牛若丸では耐えられるかどうか危うい。

 

 だが、ここで牛若丸を快復させても、上空から一方的に爆撃され続けては事態は変わらない。

 いや、ならば対抗できるサーヴァントを召喚すれば良い。故に牛若丸が一人で抗うのは彼女の武士のプライドをかけたわがままなのだが──

 

「……わかった」

 

 逡巡は一瞬。立花はうなずいた。

 牛若丸のわがままを受け入れたのである。のみならず、交わす瞳には篤い信頼があった。

 

 良きあるじを得た、と牛若丸は菩薩にも似た笑みを浮かべる。

 彼女の意志という矢はつがえられ、あるじによって引き絞られ、そして今まさに放たれた。

 あとはただ、全力で征くのみ。

 

「真名開帳『遮那王流離譚(しゃなおうりゅうりたん)』!!」

 

 ザ──

 

 ザザァ───

 

 牛若丸が宝具を展開したその瞬間、そっと静かに潮騒が満ちた。

 ツンと鼻につく潮の香り。寄せては返す波。

 

 そして、(水面)に浮かぶ八艘の舟。

 

「な──!?」

 

 自らの頭上に海が現れ、舟が浮かぶという非現実的な光景に、中庭にいた誰もが言葉を失い立ちすくんだ。

 それは、上空からその海を見下ろしているナタクも同様。

 

 これよりここは、檀ノ浦。

 源氏と平氏の決戦の海、遥か遠く地球の島国において語り継がれし武勇の舞台。

 

「はっ!」

 

 八艘の舟のうちひとつに、牛若丸が超人的な跳躍力で飛び乗った。

 宙に浮かぶ舟、それらがナタクへと向かうための飛び石のように展開されているのを見て、ナタクは牛若丸へ火炎を放つ。

 

 木造の舟は一瞬にして炎に包まれて沈んでいくが、牛若丸はすんでのところで次の舟へと跳び移っていた。

 ナタクの追撃はその舟へ、さらに次へ、次の次の舟へと、牛若丸の動きを予測して立て続けに放たれる。

 

 だが、牛若丸を止められない。

 ナタクの攻撃よりも早く、驚異的に加速しながら、牛若丸は舟から舟へと跳び移る。

 

 牛若丸の宝具、遮那王流離譚は義経に語られる五つの逸話を再現する宝具。これこそは檀ノ浦の戦いで、追いすがる平氏の将をひらりひらりと舟を跳んで翻弄したという伝承の再現。

 その逸話さながらに、舟を飛ぶごとに牛若丸は加速し、決して捉えられることはない。

 

 そして遂にはナタクの眼前に迫る。

 その勇姿を称して曰く。

 

「──檀ノ浦(だんのうら)八艘跳(はっそうとび)!!」

 

 神速と呼べる程に加速した牛若丸が、その勢いのままに刀を一閃した。

 対するナタクも、これを迎撃せんと渾身の炎を放つ。

 

 両者を包み込んで、空の海上に紅蓮の華が咲いた。




TIPS

【ウィッチ】
先天的な才能を要する魔女術を使う魔法使い。
魔物の動きを鈍らせる氷の魔法を得意とする他、透明になる、時間を操る、といった特殊な魔法を使う。
特に時間の操作に長けた魔女はクロノウィッチと呼ばれ、非常に稀少。
名前の通り、女性にしか魔女術の才能は発現しない。



【魔神】
デーモン達を統べる最上位のデーモン。
その力は絶大で、人類の天敵であるはずの彼らを神として崇める者すら存在するほどである。
長い歴史の中で稀に地上に仮初めの姿を見せるが、彼らの本体は魔界の奥深くにあり、たとえ倒したとしてもいずれ復活する。

伝承によれば、何体かの魔神は英雄王に忠誠を誓い人間の味方についたとされている。



【魔神アモン】
最上位のデーモンである魔神の一柱。
鋼鉄の鎧をも融かすほどの高熱を全身から放ち、鳥のような頭部を持つ。
王子達の前に初めて姿を見せた魔神でもある。



【令呪】
サーヴァントを従えるマスターの体の一部(大抵は手の甲)に現れる三画の紋章。
サーヴァントに対する絶対命令権であり、「自害せよ」などといった意に反する命令でもサーヴァントが抗うのは困難。使用するごとに一画ずつ失われる。
単純にサーヴァントの能力を高めたり、物理法則やサーヴァントの限界を超えた現象を起こしたり、重ねて使うことでより高い効果を発揮したりもできる。
本来は使い捨てだが、立花はカルデアのバックアップにより一日に一画のペースで補充可能。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.源氏の戦(極級)

「ナタクさん!」

「牛若丸!」

 

 アンナと立花が悲鳴のような声を上げる。

 

 空に咲いた炎の華に包まれた二人は、地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。

 とはいえ、サーヴァントにとって単に高所から落下する程度のこと、何の苦にもならない。二人とも小柄な身体で巧みに衝撃を受け止め、華麗に着地する。

 

「くっ…… 風火輪が……!」

「やはり、それが空を飛ぶ絡繰りでしたか」

 

 ナタクの足元に追従していた、風と炎を吹き出す輪が牛若丸の刀に断ち切られ、煙を噴き上げていた。

 

 サーヴァントがいかに超常の存在であろうと、魔術師の英霊であるキャスターでもなしに、自在に空を飛ぶことはできない。

 ナタクの機動力の元は、足元の輪…… 風火輪と彼女が呼んだ、彼女の宝具の力だった。

 

 だが空を飛べなくなったとはいえ、ナタクはほぼ無傷。

 対する牛若丸は、立ち上がったとはいえ全身が黄金の光へと変化して、その姿も薄れ始めている。現界はもはや不可能であった。

 

「だが、ぼくを地上に落としても、君はもう戦えない。君がいなければ、今この場にいる者では誰一人、サーヴァントであるぼくには敵わない」

「……確かに、私はここまでのようです。

 ああ。なんと口惜しいことか。()()()()()殿()()()()()()()()()()()()

「……何?」

 

 ナタクが訝しげに眉をひそめる。

 対して、牛若丸は笑っていた。

 足元はふらつき、今にも倒れそうで、消えていく身でありながら、勝利を確信して笑っている。

 

「私の敗北は、あるじ殿の敗北ではない。百の英霊を従えるあるじ殿と、戦うことの意味を知れ」

 

 ふらり、と牛若丸は倒れそうになる。

 倒れまいと足を張り、それでも立っていられずに、後ろへと倒れ込む。

 しかし、牛若丸を受け止めたのは土の地面ではなく、柔らかく、しかし張りと弾力があって、暖かく優しい感触だった。

 

「よく頑張りましたね、流石は源氏の子」

「……!」

 

 牛若丸を受け止めたのは、艶やかな美女だった。

 紫色の衣装に身を包み、母性的な笑みを浮かべて胸元に牛若丸をかき抱き、優しく頭を撫でる。

 牛若丸は一瞬驚きつつも、安心し切ったように身を委ねた。

 

「成る程。あるじ殿も粋な計らいをなさる」

「はい。これよりは源氏の戦、得るは源氏の勝利。わたくしとあなた、二人の誉れです」

「いざ、然らば。後はお頼み申します」

「然らば。後はこの、頼光にお任せあれ」

 

 今まで耐えてきたものを放棄したかのように、牛若丸の身体は一気に黄金の光となって散り、空へと融けるように消え去った。

 残された美女は、牛若丸の続きとばかりにナタクへと向き直り、腰に下げた刀をすらりと抜き放つ。

 

「お待たせしました。次は私がお相手しましょう」

「っ……!!」

 

 にこり、と微笑む美女に、ナタクは槍を構えた。

 匂い立つような色香を纏う、艶然としたその微笑みに、ナタクの背筋にはぞわりと悪寒が走る。身に纏う炎の熱さとは関係なしに冷たい汗が流れ、炎に炙られて瞬く間に蒸発していった。

 

「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!

 我こそは源氏が頭領、源頼光なり! ──いざ、参る!」

 

 高らかな名乗りをあげて、その美女──頼光は地を蹴った。

 蹴った地面にパリッと微かな雷光を残し、文字通りの電光石火。一瞬も躊躇うことなく、ナタクの纏う魔神の炎へと飛び込んでいく。

 

 咄嗟の反応で頼光の刀を受け止めたナタクだが、頼光の身体からバリッと紫電が走ると、そのまま純粋な力で後ろへと吹っ飛ばされてしまう。

 

「なんという力……! まるで鬼のようだ!」

「まあ、なんて失礼な子! 私を蟲にも劣る鬼なんかに例えるなんて! お仕置きが必要ですね……!」

 

 雷光を纏って跳び、大上段に太刀を振るう頼光だが、ナタクもまた吹き出す炎の勢いを増して槍で打ち合う。

 互いに同ランクの魔力放出スキルを発揮させ、ナタクも今度は吹き飛ばされることなく拮抗し、二人は激しい雷鳴と豪炎を撒き散らしながら刀と槍を振るった。

 

 戦力は互角のようにも思えたが、頼光の纏う紫電は槍に受け止められているのに対し、ナタクの纏う黒炎は悪意を持つかのように頼光にまとわりつきその身を焼く。

 このままでは、頼光の方が先に力尽きるのが立花にはわかった。手持ちの魔術礼装から回復の魔術を飛ばすが、癒えた傷もすぐに炎で焼かれていく。

 

「あの炎をなんとかできれば……!」

「それは、ナタクを倒す、と同じ意味では……ないかの?」

 

 立花の魔術礼装はサーヴァントにも通用する効果の高いものだが、そのかわり連発ができない。歯噛みする立花に、どこか冷静にリンネが呟いた。

 

 ナタクを倒すために炎を何とかしたいが、炎を何とかするためにはナタクを倒さなければならない、というパラドックス。

 

 リンネも先程から絶えず治癒術式を回し、頼光を回復させると同時に中庭の負傷者達も治療しているが、ナタクと切り結ぶ距離にいる頼光が炎に焼かれる勢いを上回ることが出来ない。

 このままでは頼光も、牛若丸のようにナタクに押し切られて倒れされてしまいそうだというのに、リンネに焦りは無かった。

 

「そう焦らずとも良い。()の炎は、魔神アモンの炎。じゃが……そのアモンとて、王子は破っておる故に。

 ……炎があれば、あるなりの、戦い方がある。……じゃろう、王子?」

「……!」

 

 王子はこくりとうなずいて、負傷者の治療にあたっている、頼光に負けず劣らずの豊満なスタイルをしたシスターの元へ駆け寄り、手短に指示を出す。

 すぐに、そのシスターを筆頭に数名の治癒魔術師(ヒーラー)が負傷者の治療を取り止めて駆け付けた。

 

 残った負傷者の回復は、リンネが頼光への支援の片手間に行う。広範囲への支援は慣れているのか、切れ間なく流れる魔力を中庭一杯に循環させて、不足なく役割をこなしていた。

 

「みんな、ママに続いて! 一節ずつずらしていくわよ!」

「「「はい、ママ!」」」

 

 ママ、と呼ばれたシスターを筆頭に、治癒魔術師たちが輪唱のように少しずつずれた詠唱を重ねていく。

 そして、次々と頼光に向けて治癒魔術を放った。

 

「あらあら、まあまあ……!」

 

 サーヴァントならぬ、英霊になるには至らぬ、しかし治癒魔術にのみ傾倒した複数の魔術師による治癒の術が断続的に頼光にかけられる。

 ナタクが連続で切りつけても、その一撃の合間ごとに治癒がかけられる勢いだ。

 

 炎に炙られて苦しげだった頼光の表情も、刻々次第に楽になっていく。ナタクという強力なサーヴァント一人が頼光に与えるダメージを、多数の治癒魔術の集中砲火が凌駕していた。

 

『ら、頼光さんのバイタルがすさまじい勢いで乱高下しています、先輩!』

『こりゃすごい、塵も積もればというか……数の暴力だ! マスターが一人しかいないカルデアじゃ真似できない戦い方だよ!』

「あなたの炎、あなた自身をも焼くのでしょう? このままでは、わたくしより先にあなたが燃え尽きます。

 勿論、彼らへの攻撃などさせません。このまま餅でも()くかのごとく、念入りに捏ねて潰して差し上げましょう!」

「はは、参ったよ、この手で倒された魔物もぼくは沢山知っているけれど、自分がやられるとこんなに鬱陶しいとはね……!」

 

 ナタクと頼光の武技は拮抗している。互いに決定的な致命傷を与えることができず、炎によるダメージレースになっていた。

 それを治癒魔術によって覆されたというのに、ナタクは苦笑を浮かべつつも焦る様子を見せない。

 

「だけど、その戦術には単純な欠点がある。

 ──ぼくの宝具(最大火力)を受け止めれば、回復する余地なんか残るはずもないってことさ!」

「ッ!?」

 

 劫、とナタクの全身から強烈な炎が立ち上った。

 火山の噴火を思わせる黒煙混じりの火柱に、流石の頼光も踏み留まれずに大きく後ろへ下がる。

 

「ぐうううぅぅっ!」

 

 炎を噴き上げるナタク自身も苦しそうに呻くが、炎を呼気として吸い、吐き出すのを繰り返す度、黒い炎が純化され、その輝きと熱量が高まっていく。

 

「身は炉、丹は(かなえ)、仙気は(ふいご)となり、猛る劫火は天をも焦がす!」

 

 今や火柱は太陽の炎のごとくまばゆく輝き、十分に離れている筈の立花達でさえ、ジリジリと肌が焦がされるよう。

 その炎の中心たるナタクが槍を構え、ぐるりと大きく振り回すと、凄まじい熱量と光量がその槍に絡めとられて凝縮されていく。

 

「仙術の神髄を見るがいい──火尖槍(かせんそう)焔玉(ざんまいしんか)!」

 

 輝く炎を身にまとうナタクの、頭上に掲げた手のひらの上で槍が仙術の力を以て高速で回転する。

 まばゆい炎を丸く絡めとるその槍は、まさに焔玉──いや、太陽さながらであった。




TIPS

【魔力放出】
サーヴァントが保有する莫大な魔力をジェット噴射のように放出して、身体能力を瞬間的かつ大幅に強化するスキル。
通常は魔力そのものを放出するが、サーヴァントによっては炎や雷などの属性に変換して放出される。
頼光は魔力放出(雷)、ナタクは魔力放出(火)をそれぞれAランクで有している。



【ヒーラー】
治療魔術を専門に修めた魔術師。
シスターなど教会所属者が多いが、必ずしも宗教者がヒーラーなわけではない。
基本的に攻撃能力は持たないが、非常に重要なクラス。



【ずらしヒール】
ユニット配置などのタイミングを調節することで、複数のヒーラーが同一の対象に絶え間なくヒールをかけ続ける戦術。
敵の攻撃速度が速い場合など、継続的にダメージを受ける状況に威力を発揮する。



【餅つき】
防御力や耐久力の高いユニットが強敵をブロックし、回復をかけ続けることで持久戦を行う戦術。
多くの場合、ブロック役を務めるのは防御力が高く攻撃力が低いアーマーであり、重厚な鈍器をひたすら叩きつける攻撃の様子からこのように呼ばれる。



【三昧真火】
元々は、西遊記に登場する牛魔王の息子、紅孩児が300年の修行を経て会得した術。
この炎は水で消えることはなく、竜王の降らせた滝のような雨でも全く勢いが衰えずに孫悟空を瀕死にまで追い詰めた。
最終的にこの術を打ち破ることはできず、悟空達は観世音菩薩の力を借りた計略によって決着をつけたのである。
なお、宝具発動の台詞はFGOの概念礼装『三昧真火』の解説文を一部アレンジしたもの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.三昧真火(神級)

「くっ、仕掛けます!」

 

 頼光も強力なバーサーカーだが、太陽さながらの熱量に無策に突っ込んで蹂躙することは出来ない。頼光は瞬時に武器を弓矢に切り換え、目にもとまらぬ早業で連射した。

 一見して狙いがバラけているように思えて、一の矢をかわせば二の矢が、二の矢をかわせば三の矢が迫る、必中必滅の矢だ。

 

 しかもそれはただの矢ではない。武具としての性能は剛弓なりともただの弓矢だが、サーヴァント源頼光の一部でもある。一般弓兵の矢とは違い、魔神の炎といえども貫くだけの霊的強度があった。

 

 だが、宝具たる三昧真火に耐えうる程ではない。

 高速回転する槍の勢いを乗せた一閃と共に、三昧真火の炎が走り、矢の弾幕はまとめて飲み込まれ焼き払われる。

 のみならず、炎は頼光をも絡めとらんと渦を巻いた。

 

 それまでの炎なら、頼光の刀を一閃させれば風圧ではね除けることもできただろう。だが、頼光は大きく横に飛びのいて炎を回避した。

 

「その炎……! 私のカンを焦がす熱を感じます。マスター、流れ弾にご注意を! あれはただ熱いだけの宝具ではありませんよ!」

「さて、どうかな。三昧真火の炎が如何程のものかは、その身で確かめてみろ!」

 

 炎を宿す槍を振るって、ナタクは頼光に襲いかかる。

 回転する槍から炎の軌跡を描く鋭い一撃が何度も振るわれて、まるで白い繭から炎の糸を紡ぎ出しているかのようだ。

 その穂先は不規則に加速し、燕返しを思わせる苛烈さで翻るが、頼光はそれらを的確に弾き返していた。

 

「──!」

 

 だが、頼光は不意に大きく後ろへ下がると、手にした刀をナタクへと投げ付けた。

 刀なんて投擲には向かないだろうに、それはアサシンの投げた短剣さながらにナタクの喉元を抉らんと飛ぶ。

 

 しかし、それはナタクの槍であっさりと弾かれた。

 弾き飛ばされた刀はくるくると回転して離れたところの地面に突き立つ。その刀身には炎が燃え移っており、立花の視線が少し留まったその間に、焼け落ち灰となりぼろりと崩れ落ちた。

 

 あれ、と立花は妙な違和感を覚える。

 木刀や蝋細工でもあるまいに、刀に火がついて燃え尽きる、なんてことがあるのか──

 

『先輩! 宝具の解析結果、出ました!』

『立花ちゃん、あの炎は『焼却』の概念そのものだ! 鉄でも石でも、水でさえも燃やして焼き尽くす。一度燃え移れば、サーヴァントでも焼き滅ぼされる以外の末路はないぞ!』

『ただ、その炎を自らの体内で精製するなんて……明らかに自殺行為です……!』

「そうとも、この炎は真っ先に自らを焼き尽くす。それを防ぐためには、五行の気を完全に制御しなければならない。故にこれは仙術の神髄なのさ!」

「あら、そう言う割には制御しきれていないように見受けられますが?」

「恥ずかしながら、流石のぼくでも体内に魔神の気を混ぜられてはね。火力ばかりが高まって、ちっとも制御を受け付けてくれないけど──

 何、問題はないさ。ぼくが燃え尽きるよりも前に、君達みんなみんなみんな、三昧真火に巻き込んでやる!」

 

 体内から火に焼かれる苦しみは如何程か。

 だというのに、口元から三昧真火をこぼしながら、ナタクは壮絶な笑みを浮かべた。

 

 対する頼光は無手のまま。刀はサーヴァントの付属品ではあるが、壊れても蜥蜴の尻尾のように再生するというものでもない。

 そもそも、本来ならば頼光の刀は童子切安綱。日本刀の中でも一等の神秘を秘めた宝具であり、であるならば三昧真火の炎にも容易く焼かれはしなかった筈だ。

 頼光がそれを手にしていないのは、ひとえに絆レベルが足りないから(マスターの未熟)である。ぐ、と立花は奥歯を噛んだ。

 

「マスター、やはり宝具に対抗するには宝具が必要となりましょう。宝具開帳の許可を!」

「……うん、全力でやっちゃって!」

「承知。ご命令とあらばこの頼光、鬼にも神にもなりましょう!」

 

 途端、頼光の全身から強烈な紫電が放たれる。

 空は急速にかき曇り、ゴロゴロと不穏な音が鳴り響いた。

 

「これは……!? しかし、三昧真火は雨ごときでは消えないぞ! 例え空から雷が降ろうと、武器も手にせずこのナタクを容易く撃ち取れると思うな!」

「武器? ふふ、そんなものは如何様にもなるものです。

 来たれい、我が忠臣。我が手足。我が具足!」

『!? よ、頼光さん、普段より宝具出力が高まってます!』

『今は一人しかいないからね、遠慮なくカルデアから魔力を吸い上げてる! 電気代が大変なことになるぞう!

 って、うおおおい!? 召喚システム・フェイト、観測レンズ・シバに出力がオーバーロード! これは……四天王を本気で呼ぶ気かい!?』

 

 ダヴィンチちゃんの悲鳴があがる。

 頼光の宝具は、共に数多の怪異を討伐した武士達、四天王……に見立てた牛頭天王の神使……に見立てた己の分身を呼ぶものである。

 しかし、全力で発動したそれは、今や独立したサーヴァントに極めて近い霊基で四天王を遣わそうとしていた。

 

 そもそも、レイシフトした立花には常に六体のサーヴァントがついている。

 だが、これは実際に六体を選んで連れているわけではなく、『霊体化したサーヴァント』という曖昧な存在なのである。

 

 そして必要な時に六体という枠のうちひとつを使い、カルデアから現地へとシステム・フェイトが召喚し、観測レンズ・シバがその存在を証明、固定する。これによって、状況に応じてサーヴァントを使い分けることができるのだ。

 いくつもの特異点を乗り越える過程でのアップデートと、百を越えるサーヴァントを擁するというカルデアの特殊な環境が相俟って行き着いたシステムである。

 

 この特異点に到着してから、立花は牛若丸と頼光の二人を召喚した。召喚可能なサーヴァントの枠は残り4つ。

 頼光はその4つの枠を奪って、四天王を顕現させようとしていた。

 強引でイレギュラーな力業に、カルデア管制室はてんやわんやだ。この無茶を成功させないと、頼光はおろか立花の存在証明にも影響が出かねない。

 

 そんなカルデアスタッフの影の尽力の元、それはついに降臨した。

 

 頼光を囲むように、四本の落雷が地を穿つ。

 その落雷と共に、四天王は姿を現した。

 

 深紅の鬼火を宿した太刀を持つ、渡辺綱(わたなべのつな)

 神妙なる冷気を放つ槍を携える、碓井貞光(うすいさだみつ)

 霊威を感じる大張の弓を構える、卜部季武(うらべのすえたけ)

 雷光を纏い黄金に輝く鉞を担ぐ、坂田金時(さかたのきんとき)

 

 三人の頼光の分身と、まさにゴールデンと言うべき筋骨逞しい大柄な青年が、堂々たる威風を以て顕現した。

 

「四天王など此れ此の通り──おや、金時?」

「あン、なんだかよくわからねえが、大将? それにマスターじゃねえか」

「本物が来た──!?」

 

 頼光四天王のうち、他の三人はともかく坂田金時は既にカルデアに召喚されている。

 限りなく本物に近い霊基を持つ分身を呼ぼうとして、システムが負担を軽減しようとしたのかあるいは真に迫りすぎたのか、本物の金時が召喚されてしまった。

 

 とはいえ、イレギュラーな召喚であるため、本人ではあるが頼光の宝具の一部でもあるという奇妙な状態だ。

 本体と分身、あわせて四人の頼光がにこにこしながら金時を取り囲んだ。

 

「丁度良いですね、手伝いなさい、金時」

「ところでお酒の匂いがしませんか、金時」

「微かに鬼の匂いもしますよ、金時」

「一体どこで何をしていたんですか、金時」

「い、今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろォ!?」

 

 四人の頼光に詰め寄られて青くなる金時だが、直後に五人とも素早く飛び退いて散開した。

 半拍遅れて、三昧真火の炎が五人のいたところへ炸裂する。

 

「へっ、とにかくアイツをぶっ飛ばしゃいいんだろ、大将ォ!」

「それはそれとして、後できっちり話を聞かせてもらいますよ、金時!」

 

 回避と同時に高く上空に飛んだ金時が手にした鉞を高々と振り上げる。

 黄金色の雷撃が金時の全身からほとばしり、黒雲に隠れた太陽の代わりとばかりにまばゆく輝いた。

 

 ナタクはそれを迎撃せんとするが、三昧真火をも吹き散らす神風を纏った矢が放たれてそれを牽制する。

 

黄金衝撃(ゴォォールデンッ・スパァァークッ)!!」

 

 そしてついに空の太陽が地上の太陽へと落ち、轟音と共に黄金の衝撃を轟かせた。




TIPS

【童子切安綱】
天下に五振りの究極の業物、天下五剣のひとつ。
大江山にて頼光が酒呑童子の首を斬った刀と伝えられている。
また、頼光の絆レベル10になると手に入る概念礼装でもある。
現実に存在する刀であり、国宝指定。東京国立博物館が所蔵している。



【頼光四天王】
FGOにおいて、実は金時以外の分身はどれが誰だかはっきりしていない。
渡辺綱を刀、卜部季武を弓、碓井貞光を槍、としてこの作品では設定してある。



【金時が何をしていたのか】
たぶん母には言えないこと。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.三昧真火vs牛王招来(神級)

 上空から一直線に落とされる黄金の衝撃に、ナタクもただ呆然として巻き藁のごとく斬られたわけではない。

 三昧真火の炎で迎撃しつつ、距離を取って回避せんとするが、そこへ風を纏う矢が飛来した。

 頼光の分身が放った矢を槍の一振りで弾くが、矢の纏う風に一瞬、体勢を崩される。

 

 その一瞬が致命的。

 金時の一撃を回避する猶予はもはやない。その一撃を槍で受け止めようなどと考えるのは、その黄金の光を見て何の危機感も覚えない愚か者だけだ。

 

 故に、ナタクは槍のリーチを生かして鉞の刃を避け、槍の柄で金時の腕を打ち払った。

 その結果、僅かに狙いがそれて直撃は免れる。

 しかし、周囲をまばゆい黄金色で染めるほどの大規模な衝撃の余波に、ナタクは大きく吹き飛ばされた。

 

「ぐうううあああっ!!」

 

 ナタクの身に纏う三昧真火の焔はそれがなんであれ、()()()()()()()()()()()()()()焼き尽くし消し去ることができるが、宝具の雷撃ともなれば焼き尽くす前にその身に届き、ダメージは免れ得ない。

 身体に雷撃の痺れは残るが、吹き飛ばされて倒れるなどという愚は犯さず、地面に片手を突いて体勢を立て直しながら距離を取る。

 案の定、そのままならばナタクが倒れていたところに、地面を穿つ勢いの矢が三本突き立った。

 

「せいっ!」

 

 しかし回避した先にも、不吉な鬼火で燃え盛る刀を構えた頼光が斬りかかる。

 その豪炎を囮にするように、声もなく音もなく、槍を携えた頼光が滑るように距離を詰めている。

 

 ナタクは独楽のように身体を回し、刀を薙ぎ払いながら紙一重で槍をかわし、その懐に背中から飛び込む。

 

「破ッ!!」

「っ!?」

 

 そのまま、背中で槍を持つ頼光を吹き飛ばした。

 八極拳の奥義、鉄山靠。条理を覆す体術で大きく吹き飛ばされ、頼光の表情に驚愕が浮かぶ。

 炎はわずかに胸元を焦がすにとどまったが、槍の頼光は一息に数メートルも距離を離されて、僅かな間、刀の頼光とナタクが真正面から向かい合う。

 

「猛れ、三昧真火!」

 

 ナタクの全身から炎が上がる。

 火力を高めた三昧真火にナタクは苦痛で顔をしかめながらも、生み出された炎を槍に乗せて近距離から解き放った。

 

 刀の頼光は咄嗟に刀の鬼火で抗ったが、鬼火と三昧真火では炎の神秘としての格が違う。鬼火すらも三昧真火の炎に燃えて、頼光を飲み込む。

 一瞬で何もかも燃え尽きて、頼光も鬼火の刀も、塵も残さず消え失せた。

 

「金時ッ!」

「おうよ!」

 

 一体撃破した、その余韻にも浸らせず、体勢を立て直した槍の頼光と金時が打ち掛かる。

 直線ではなく、ナタクを挟み込んで円を描くように回り込みながら、鉞と槍を振るう。その中心で槍を振るって応戦するナタクの姿はまるで演舞を踊るかのようだ。

 

 槍の頼光と金時に挟まれて、ナタクの位置が固定される。そこを狙うのは、弓を限界まで引き絞り神風を蓄えて放たれる矢。

 これこそが本命。槍の頼光や金時には当てずに、かつナタクが背を向けた瞬間を狙う、絶妙の一矢。

 

 しかしながら、ナタクはそれを読んでいた。

 風に巻き込まれないよう金時と頼光が距離を開けた瞬間、地面に槍を突き入れ、棒高跳びのように身体を寝かせて高く跳んだ。

 矢はその背中を掠めるように抜けていく。しかし矢の纏った強烈な風が、ナタクの四肢をずたずたに切り裂きながら小柄なその身を天高く巻き上げた。

 

 血のかわりに傷から飛び散るのは、炎。

 花火のように火花を宙に散らしながら、ナタクは空中でくるくると身体を回転させ、その勢いに乗せて槍を二度、振るった。

 球状にまとめられた三昧真火の炎が、上空から放たれる。その狙いは、マスターである立花と着地点に切り込む金時だ。

 

「マスター!」

「金時!」

 

 だが、愛しい子らの危機に頼光が黙っているはずもない。

 それぞれ手にした得物に全力を振るわせ、自らを盾にしてその身を護る。

 

 神風が燃える。冷気が焼ける。何もかも焼き尽くす豪炎が、燃えるはずのないものまで燃やし、槍を、弓を、そして頼光自身を飲み込む。

 果たして背後に庇った愛し子らには火の粉ひとつも通さず、しかしながら頼光自身は灰も残さず、焼け落ちた。

 

 ──その愛を逆手に取るような手段に、ナタクの胸にも哀切が(よぎ)る。だが焼け落ちるほどの熱に炙られながらも、あくまで冷徹に、()術理論に沿って動く。

 

 仙術とは、万物の流れを制する術。

 天地万物の理に従い、流れを読めば、目の前の敵の動きも、戦場そのものの動きも、細大漏らさず把握できる。

 風火輪を失い空を飛ぶ術をなくし、落下するしかない自分を叩き落とそうとする金時の動きも、着地の隙に最大の雷撃を放とうとする頼光本体の動きもだ。

 

 だが遅い。

 ナタクの仙術的思考は、如何なる状況からでも最大の効率でもってその身を動かし、空飛ぶ燕すら落とさんばかりの連続攻撃を可能とする。

 

 金時が跳ぶ。金色に輝く鉞を振り上げて、空中でナタクを迎撃する構えだ。これを切り抜けても、頼光の雷撃が待っている。

 

 然して、その迎撃を迎え撃つ。

 まずは魔力放出を用いて体勢を整え、三昧真火の炎を頼光へと放つ。あの規模の雷撃を維持しながらではろくに動けない。

 思った通りに、頼光は三昧真火をかわしきれずに炎に飲まれた。

 

「ガラ空きだオラァ!!」

「そうでもないさ!」

 

 金時の鉞が降り下ろされる。

 だが、それよりも先に魔力放出で急制動をかけたナタクの槍が引き戻され、その心臓を穿ち焼き尽くす鋭い突きを放った。

 空中で回避できないのは金時も同じ。であれば、より早く放たれたナタクの突きは絶対必殺の一撃となる。

 

 なる、筈だった。

 

「金時、緊急回避ぃ!」

 

 見えない手で引き剥がされたかのように、金時が真横に宙を飛ぶ。

 金時の攻撃の機会も失われたが、ナタクの槍も火の粉が金時の前髪を掠めたかどうかで空を切った。

 

 立花の魔術礼装だ。本来ならば生ある人間であるマスターが高次元すぎる英霊同士の戦いに介入することなどまず不可能だが、カルデアの技術の粋をこらした魔術礼装は限定的にそれを可能とする。

 ()()()()()()()()()()()()()()を付与するその礼装(マスタースキル)の効果を覆すには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()で上書きするしかない。

 

 これが()()()()()()()()()()()()()()を付与するものであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()を持ったナタクの炎に貫かれていただろうが。

 

 流れを覆されたナタクが渋面を作る。

 しかし、強力な礼装の効果も同時に二人には使えない。金時が生き残ったところで、頼光の命運が尽きたことに違いはない。

 ちらり、とナタクは半ば無意識に頼光のいたところへ目をやった。

 

 

 そこには、リンネがいた。

 

 

 ゆらゆらと、陽炎のように揺らめくリンネが佇んで、ナタクを見上げて微笑んでいる。

 迂闊、とナタクは目を見開いた。

 

「──避禍予見の鏡影」

 

 フッとリンネの姿は消えて、次の瞬間には無傷の頼光が現れた。

 体力も魔力も(みなぎ)り、その手には焼け落ちた筈の刀を手にして、その刀にはまばゆいばかりの紫電がまとわりついている。

 

 魔力も体力も一切の瑕疵がない、最も都合の良い平行世界の状況を上書きしたのだ。避禍予見の鏡影──リンネの宝具の限定解放によって。

 

「摩訶不思議な(わざ)ですが、ともあれ好機!」

 

 ぐるりと大きく回すように刀を振るう。

 奇しくも、それはナタクが三昧真火を槍に乗せて放つ動作に似ていた。

 着地の反動で回避は不可能と判断したナタクは、体内の三昧真火の炉を全力で回す。

 

「三昧真火、最大火力!!」

「牛王招来・天網恢々──!!」

 

 地上を眩く白に染める、炎と雷光が激突した。

 頼光の放つ神雷を、ナタクの炎が受け止め、焼き払う。

 共に高いエネルギーを持って視界を焼く光に、誰もが目を覆いその激突を直視することはできなかった。

 

 二つの宝具が激突していたのは、ほんの数十秒程度だったか。

 いずれが勝利したとしても、敗者はこの世に影ひとつ残さずに焼き尽くされるであろう、と思わせるほどの威光だ。

 

 光が収まってようやく立花が目を開いたとき、そこには頼光の背中があった。

 ありったけの魔力を放出した頼光は、ずさり、とその場に膝をつく。

 

「──見事」

 

 掛け値なしに全力の一撃。ナタクはそれを防ぎきり、その場に立っていた。

 だがその身を包んでいた三昧真火の炎は消えて、黄金色の粒子が混じった煙をあげている。

 

 もはや魔力の猛りも感じない。

 ただの華奢な幼子のようになったナタクは、ふつり、と糸の切れた人形のようにその場に倒れた。




TIPS

【鉄山靠】
正しくは貼山靠という。八極拳の技。
背中で相手を打撃するという、超接近戦を得意とする八極拳ならではの、他に類を見ない奥義である。
実のところ、それほど強力な必殺技というわけでもないらしい。



【魔術礼装】
この時点での立花の礼装は「魔術礼装・カルデア」である。
今回の緊急回避の他、応急手当を第八話で使用している。
残る瞬間強化は、おそらく頼光の宝具に使用。



k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.きみの居ない明日をぼくは生きていけない(記憶)

 ──ナタクは、欠けた夢を見ていた。

 

 

 

 女神アイギスに導かれ、王子とその仲間たちが魔王を討ち果たし、世界に平和が訪れた。

 

 それから数十年の月日が流れ──

 

 英雄王と称えられ、人類に平和と繁栄をもたらしたその人も、時の流れと共に老い、衰え、そしてその命数の尽きるときがやってくる。

 ナタクもまた、最期の別れを告げに王城を訪れた。

 

 王城にナタクの見知った顔は少ない。

 女神の祝福の賜物か、英雄王は永く生きた。王妃カグヤを含め、当時の仲間達はその多くが天命を全うし、そうでないものも一目見てわからぬほどに歳を経ている。

 姿が変わらないのは、天使やエルフといった特に寿命の長い面々だけだ。

 

 二人の子供を連れた女性と、軽く会釈してすれ違う。

 今のは誰だったろうか。女性の方は少しだけ、目鼻立ちが英雄王に似ていた気がする。とすると、子供の方は彼の孫か。

 しかし英雄王が子を成した女性の数は両手の指で足りないし、ナタクがその全てを把握しているわけでもない。誰の子らだったのか、結局ナタクには思い当たらなかった。

 

 部屋に入ると、英雄王は豪奢なベッドに横たわっていた。

 髪は白くなり、顔には皺が刻まれ、もはや身体を起こすこともできない。その姿にナタクの胸は鋭く痛んだが、それを顔に出すことなく、無理はしなくていいよと告げて微笑んだ。

 

 ナタクが彼と話したのは、ごく短い時間だけだった。

 話した内容も、まるで何てことのない世間話ばかりで、年のせいかいつにもまして無口な英雄王にナタクが話してばかりだった。

 

 いつものように、少し遊びに来ただけのように、最後にさよならと告げて部屋を去る、その間際に英雄王がナタクを呼び止める。

 

「──この国を見守ってやってくれ」

「ぼくは仙人だ。俗世のことには関わらないよ」

 

 ナタクが振り返ると、英雄王は目尻の皺を深めて微笑んでいた。

 少しの間、見つめあって、ナタクは部屋を後にする。

 それが、二人の別れだった。

 

 

 

 ──その数日後、英雄王は崩御した。

 

 

 

 ナタクは王国内にある山に居を移し、英雄王と出会う前のように俗世に関わらないように過ごした。

 ただ、時折外に出ては国の様子を見て回り、気が向いた時には村に降り立って簡単な──たとえば井戸を掘るのに良い位置を教えたりだとか──助力をしたりもした。

 

 数十年後、その村を訪れてみると「仙人の湯」という温泉で有名な保養地になっていて、驚きながらも湯治を楽しんだりもしたが。

 

 ともあれ、王国の行く末をただ見守って過ごした。

 

 50年もすれば、英雄王は昔話になった。

 100年もすれば、伝説になった。

 200年で、おとぎ話になった。

 300年もすると、エルフの中にも当時を知る者は少なくなった。

 400年経つ頃には、アイギス信仰が廃れ始めた。

 500年過ぎる頃、自分のことが周辺の村でおとぎ話として伝えられていることに気付いて苦笑した。

 

 ふと気が付くと、当時の面影はもうどこにも残っていなかった。

 千年戦争は伝説として尾ひれがついて、英雄王の本当の顔を知る者も、自分だけになってしまっていた。

 だから、自分だけは彼のことをずっとずっと忘れずに覚えていようと、そう思った。

 

 そんなある日のこと。

 それに気付いたのは、本当になんでもない、日常のこと。

 ふと手に取った髪の一房に、白髪が混じっていた。

 

 

 ──背筋がゾッとした。

 

 

 仙術とは、万物の気の流れを制し、宇宙との合一を図る術。

 仙人にとって、己と宇宙のサイクルをあわせるために己が寿命を伸ばす術は基本中の基本だ。

 仙術の修行を怠らない限り、老いも衰えもしない。

 

 白髪が混じることなんて、あるはずがないのだ。

 

 日々の仙術の修行を怠けたことなどない。それはナタクにとっては呼吸をするような当たり前のこと。

 否、呼吸ひとつ、鼓動ひとつとっても仙術に基づいたもの。己をそういう仙人(もの)に作り替えて久しい筈だった。

 

 始めのうちは、ナタクも軽く見ていた。身を引き締めて修行に専念すれば、また元の姿に戻れるだろう、と。

 しかし、10年経ち、20年過ぎ、50年を迎えた時、鏡を見て、ナタクは耐えきれずに悲鳴をあげることになる。

 

 それから、ナタクは山に引きこもった。

 ただ引きこもっただけではない。幾重もの結界を敷いて、何者も近寄ることのできないようにした。

 

 怖かったのだ。

 己が死ぬことが、ではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と知られることが、何よりも恐ろしかった。

 

 ああ、英雄王が忘れられることを哀しんで、英雄王を忘れないと誓ったのに、自分があの頃と同じ自分でなくなることが、ナタクは老いて英雄王の時代も遥かな過去となったのだと思われることが、何よりも何よりも、死ぬことよりも恐ろしい。

 こんなに辛く、恐ろしい想いをするのなら、英雄王と共に死んでしまいたかった──

 そうすれば、どんなに幸福だっただろう、とナタクは想った。

 

 老いを得るのも当然のこと。ナタクの心は英雄王の時代から歩みを止めて留まっているのに、時は止まらずに進んで、心と肉体の得た時間が乖離しているのだから。

 

 いつしか、ナタクは仙術の修行をしなくなり、一日のほとんどの時間を、過去に想いを馳せて過ごすようになった。

 

 何度か、かつての弟子であり今は独立して仙人となったリーエンが訪れたが、ナタクの結界をくぐり抜けることは叶わず、ナタクも彼女に会うことはなかった。

 

 そうして、英雄王の死から千年が過ぎた。

 

 ある日、ふとナタクは山を降りて外へ出た。

 何故そうしたのか、ナタク自身にもわからない。

 だが、久しぶりに見た外の世界は、ナタクが山にこもった時とはまるで別の世界のように様変わりしていた。

 

 緑あふれる自然は消え、小さな村だった麓の集落は高い建物が立ち並ぶ街となり、ナタクが見たこともないものがいくつも街にあふれている。

 まるで夢の中のようで、ちっとも現実感がなかった。

 

 ふわふわと雲の上を歩くような心地で、しかし実際にはゆっくりと頼りない足取りで、ナタクは街を歩く。

 道行く人々は、まるでナタクが存在しないかのように、目もくれずにナタクを避けて過ぎ去っていく。

 

 ああ。

 この世界に、もう王子はいないんだ。

 この世界に── ぼくはいないんだ。

 

 街を歩きながら、不意にナタクはそう感じた。

 どうしてこうなったんだろう。ぼくはどうすればよかったのだろう。

 王子の幻を探すかのように、ナタクは街を彷徨う。

 

 身元不明の老婆の死が地方紙の片隅に載ったのは、その三日後のことだった。




TIPS

【天使】
神によって創造され、神のために働く種族。
英雄王の元にも何人かの天使がいたが、それらは全て堕天使と呼ばれるものであった。
どころか、街を襲った天使と英雄王の軍が戦ったという記録もある。
神と天使と英雄王に如何なる事情があったのかは、後世には伝えられていない。



k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.永久の言葉(BATTLEなし)

 ──欠けた夢を見ていたようだ。

 

 

 

 気を失って倒れたナタクだが、その身が地面に叩きつけられることはなかった。

 それよりも先に、王子がナタクを抱き止めたのだ。宝具の応酬が終わった直後に、ナタクの元へ駆け出したからこそ、間に合った。

 

「王子! 危険です!」

「……………………」

 

 慌ててアンナが声を荒げるが、王子は静かに首を左右に振る。

 

『先輩、敵サーヴァントの……ナタクさんの反応に、変化があります。瘴気汚染が浄化されています!』

『まさか! 自分の霊基ごと、宝具で汚染を焼却したのか!? なんて無茶苦茶な……!』

「ですが、彼女を狂わせていた禍々しい気配は焼き尽くされたようです。もう危険はないでしょう」

「ああ、大将が言うんなら間違いねえ。なんたって大将は、悪魔だの怪物だのとは嫌になるほどやりあってっからな」

 

 平安最強の怪異殺しの言葉に、金時が太鼓判を押す。

 それを聞いて、立花もまたナタクの元へと近付いた。

 

 ナタクが気を失っていたのはほんの短い間のことで、立花が近付く頃にはもう目を開いていたが、どこかぼうっとした夢見心地な表情で王子の顔を見つめている。

 あるいは、愛しい男の顔に見惚れていただけかもしれない。

 

「なんて顔をしてるんだ、王子。折角の男前が台無しじゃないか」

「……………………」

「ああ…… 心配をかけたね。でも、もう魔神の欠片はぼくの中には残っていない。かわりに、残された時間はそう多くない……」

「……!」

「大丈夫さ。王子がぼくを抱きしめてくれる、それだけで……ぼくの千年が報われるほどに、幸福なんだ」

 

 幸せそうに腕の中で微笑むナタクを、王子はそっと抱きしめる。

 それを見て、頼光は微笑ましそうに笑って、金時は顔を真っ赤にして目をそらした。立花とマシュとダヴィンチちゃんは、頬を赤らめなからも砂糖を吐きそうな顔をしている。

 

 こほん、とリンネが咳払いをして二人を正気に戻す。

 

「……ナタクよ。汝に遺された時は、短い。

 必要なことを言うが良い。何、細かい説明は吾が承る。故、想いのままに……な」

「ああ。ありがとう、リンネ。

 ……いいかい、王子。異世界の魔神の智恵を手に入れて、デーモン達はこの偽の王国を作り、七騎のサーヴァントを召喚した。

 その目的は、ただひとつ。王子、君の抹殺だ」

「……!」

「奴らは、七騎を召喚する媒介に七柱の魔神の骨片を使った。そのためにぼくらの想いはねじ曲げられている……愛した人と共に死ねば良かった。そんな後悔のために、この手で王子を殺そうとするほどに」

「そんな……ナタクさん、一体どうして、あなたがそんなことを……!?」

 

 アンナは、痛む胸に手をあて、涙を湛えて問うた。

 優しい娘だ。そして聡い娘でもある。

 長年、王子と共にあった。だからか、彼女の想いは常に王子と同じ方向を向いている。彼女の言葉は、王子の代弁でもあった。

 だから、ナタクは王子を見て、答える。

 

「ぼくは……耐えられなかったんだ。王子のいない世界に。王子が死んで、千年も王子のことだけを考えていた。

 だから取り残されてしまったんだ。世界はどんどん変わって、時間はどんどん進んでいくのに、ぼくだけが君のいた過去から進めなかった。

 王子と一緒に死ねば良かった。一緒に死にたい。王子のいない世界に、ぼくは生きていたくない」

「……………………」

「……ごめん。こんなことを言えば、王子に悲しい想いをさせてしまう。わかっていたのにね。

 でも…… だったら、ぼくはどうしたら良かったんだろう。どうしたら、愛した人のいない世界で前に進めたんだろう?」

『……君の苦しみを、理解できると簡単には言えない。

 だけど、その悩みには天才の観点からお答えできるよ』

「……何だって?」

 

 電子音と共にポップアップするダヴィンチちゃんに、ナタクは目を丸くした。

 ふふん、と得意気に眼鏡をかけるダヴィンチちゃんに自然と皆の視線が集まる。

 

『さて、では特別講義をしてあげよう。

 私は万能の天才であるがゆえに魔術師の才能もあり、優れたキャスターとして現界した。だけど私は魔術師として英霊になったわけじゃない。あくまで芸術家として歴史に名を残し、英霊になったのさ。

 私だけじゃなく、芸術家のサーヴァントは皆、同じ方法で歴史に名を残した。それは何だと思う?』

「時間は少ない、と言っておる…… 早う、言え」

『うわっと!? 君、案外手荒だな!?』

 

 無表情でリンネの振り下ろしたチョップで、ダヴィンチちゃんのホログラフが乱れて揺れた。

 当然、カルデアから通信しているダヴィンチちゃんに実害はないが、やれやれとばかりに軽く肩をすくめる。

 

『答えは、作品さ。歴史に残る作品、歴史を変える作品で、何百年、あるいは何千年の後世にも影響を与え、サーヴァントとしての資格を得た。

 偉大な作品は永遠に残る。作品は滅びたとしても概念は残る。過去が、現在に、そして未来に生き続けるんだ』

「……ぼくに、芸術家になれ、とでも?」

『いやいや、別にそんな必要はないさ。君に必要なのは絵や書や音楽じゃないし、芸術家じゃなくても作れるものだ。

 まあ、つまり── 彼の子供でも産めばいいと思うよ』

「──は」

 

 半ば投げ遣りと思えるほどにあっさりとそう言ったダヴィンチちゃんに、ナタクは実に味わい深く何とも言えない表情になった。

 

『人類にとって、己の子孫は最大の作品さ。人の命は短くとも、子孫を残してここまで生き延びてきた。

 未来に進むというのは、ただ時間が経つことじゃない。何かを残すこと。彼と君との子供なら、それは彼と君が一緒に未来に進むと言うことだよ』

「ぼくと、王子の子供……」

 

 言われて甘い想像でもしたのか、ナタクは次第に顔が真っ赤になって、王子の胸元に顔を埋めてしまう。まるで見た目通りの初な少女のようだ。

 王子の方も、ほんのりと顔が赤くなっていた。

 

「考えたこと、なかったな…… ぼくは仙人だ。俗世間には関わらない。まして、普通の人のように子供を産むなんて……」

『どうやら、納得してもらえたようだね。まったく、長生きしている手合いというのは、こういう当たり前のことを忘れてしまうものさ』

『流石です、ダヴィンチちゃん。なんだかいたいけな少女をうまく丸め込んだ感はありますが……

 ……ところでダヴィンチちゃん。子供というのは、ホムンクルスや女性同士でも作れるものでしょうか……?』

『そのあたりは、アイリ君やモードレッドにでも聞いたらどうかな?

 ……さて、君が現界していられるのもそろそろここまでのようだ。他に、言っておくことはあるかい?』

「……そうだね。じゃあ、ふたつだけ」

 

 王子の腕の中で、黄金色の粒子をこぼすナタクの身体はずいぶん薄くなっていた。まだ現界を保っていられるのも、ナタク自身が仙術で魔力を生み出しているからだろう。

 とはいえ、サーヴァントを維持し続けられるほどのものではないし、そもそも既に霊基は大幅に損傷している。消滅までの時間を引き伸ばしているだけに過ぎなかった。

 

 ナタクの残す最後の言葉を聞き逃すまいと、アンナと王子は真剣な表情で顔を寄せる。

 

「まず、ひとつめ。この時代のぼくは王子と子供を作る気なんてないだろうけど、嫌なわけではないから、無理にでも押し倒して孕ませてくれないか?」

「…………!?」

「待って。ちょっと待ってくださいナタクさん」

「ああ、いっそ鎖にでも繋いで、昼も夜もなく王子に責められ続けるのもいいね、半日もすればきっとメロメロだよ、むしろそうしてくれないかな……!?」

「ダヴィンチちゃん、この子頭の中がまっピンクになってるんだけど、これは詫び石案件では?」

『私のせいか!? いや、それでも私は悪くない!』

「あらあらまあまあ、それ以上は金時が耐えられそうにないので御禁制ですよ」

「ちっげーし! それくらい大したことねーし!?」

「そもそも、王子のお子となると順番とか継承権とか問題が……! 一番はカグヤ様として、二番目以降は下手すると血を見ますよ!?」

 

 頭を抱えるアンナだが、そういう自分がその順番の上位、むしろ二番手か三番手に位置していることには気付いていないのであった。

 

「おっと、あまり遊んでいる時間はなさそうだ。それじゃあふたつめだけど。

 ──聖杯はシビラ女王が持っている」

「!」

 

 もう気を抜けば消えてしまいそうなほどに姿の薄れてきたナタクの言葉に、一同はさっと緊張を取り戻した。

 

「聖杯を取り戻せば、特異点は元に戻る。

 彼女達は……残る五騎は、氷の山にいる筈だ」

「氷の山……! なるほど、そんなところに……」

「デーモンなんかに操られるなんて、 まったく情けないことだけれど、どうか皆の目を覚まさせてやってくれ。

 ……ああ、ぼくも力になれれば良かったのだけれど、どうやらここまでみたいだ」

「……!」

「王子。それに……リンネ。どうか、ぼくのお願いをよろしく頼むよ」

「……吾とて、嫉妬や独占欲が無いではない、が」

「そう言わずに、王子のためと思って」

「仕様の無い事よ……承ろう、ぞ」

 

 小さなため息混じりに言うリンネに、ナタクは小さく笑う。

 

「──さよなら、王子。愛しているよ」

「……俺もお前を愛している、ナタク」

 

 無口な王子の、返事を期待していたわけではなかった。

 だから、王子が口を開いたことに、ナタクは呆けたように口を開けて固まってしまう。

 王子がどんな顔でそう言ったのかは、ナタクにしか見えていなかった。

 

 ナタクは華やかな笑顔を浮かべ、最後の力で王子にすがりつき、唇を重ねる。

 唇と唇を重ねたまま、ナタクの身体は光の粒子と化し、現世から消え去った。




TIPS


【アイリスフィールやモードレッド】
前者は、ホムンクルスでありながら人間の男性との間に子を設けている。
後者は、女性であったアーサー王と姉のモルガン、すなわち女性同士の子である。
もっとも、実際はモードレッドはアルトリアの因子を用いたホムンクルスである上、そういった方面のノウハウは知らないと思われる。
なお、最新の研究では女性同士でも子供を作ることは現実に可能である(ただし技術的な話であり、実用化には法整備など多くの問題があると思われる)



【詫び石】
人類史が焼却されカルデアの外が消滅していた頃──特に初期──において、様々なトラブルでカルデアの機能が一時停止することがあった。
機能停止といっても、万一を考えて何重もの対策が取られた発電機は止まることなく、余剰魔力を生産し続ける。
その結果、機能回復時には副産物として聖晶石と呼ばれる高度魔力結晶が生み出されることとなり、これをソーシャルゲームのそれになぞらえて「詫び石」と呼ぶようになった。
もっとも、機能停止中はカルデアのほぼ全てのライフラインが停止しており、ゲームができないどころの騒ぎではなかった。そういう様々な苦難を乗り越えて、人理修復の偉業は成されたのである。



【カグヤ】
千年戦争の直前、遥か東方から王子に輿入れした姫。
戦争中は秘剣を振るう剣士として、戦争後は王妃として影に日向に英雄王を支えた。
王子のハーレム設立は王子自身ではなく彼女が主導して行ったとされており、むしろ積極的にメンバーを増やそうとしていたという。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.会議は踊る(BATTLEなし)

 ナタクとの戦いは、城の壁に大穴を開け、内装を焼き、大きな被害を与えたが、治癒魔術師(ヒーラー)達やリンネの働きもあり、人的な被害に関しては然程でもなかった。

 

 亡くなった数名の兵士の埋葬も終わり、遠くから城の補修をする金槌の音がする中、立花は王城の敷地内に建てられている神殿へと訪れていた。

 

 神殿の中はキリスト教の教会にも似ている。

 だが、真っ正面の祭壇に飾られているのは十字架ではなく、自らの肩を抱くように腕をクロスさせた、白い翼を広げた少女の像だ。

 王国で信仰されている、女神アイギスの像である。

 

 さて、立花が何をしているかといえば、召喚サークルの設置だ。

 以前はマシュの盾を置けばことは済んだが、マシュがサーヴァント化できず盾を具現化できない現在は、かわりに十三個の聖晶石を円形に配置している。

 さらにカルデアが霊脈の流れを調整することで、召喚サークルを確立しているのだ。

 

『すみません、先輩。私が力を使えれば……』

「大丈夫だよ、マシュ。ちょっと手間をかければいいだけだし」

『そうとも、この程度は何でもないってものさ。そう、この天才ならね!』

 

 朗らかに笑うダヴィンチちゃんに、マシュと立花の表情にも柔らかい笑みが浮かぶ。

 尊い。守らなきゃ──それを見守る全カルデアスタッフの総意であった。

 

『早速、失った召喚枠を回復しておこう。頼光君が派手に使い潰してくれたけれど、いつ新たなデモン・サーヴァントが襲ってくるともしれない』

 

 立花は常に六体の「霊体化したサーヴァント」という概念を連れているが、流石に実体化したサーヴァントが倒されてしまうと、その枠は潰されてしまう。

 ナタクとの戦いで倒されてしまった分身の枠を回復するためにも、こうしてサークルを設置して再召喚することが必要なのだ。

 

 なお、その枠を潰した張本人であるところの頼光はいない。金時がカルデアに戻って飲み直す、といったのを追いかけて戻ってしまった。今頃は酒天童子と丁々発止していることだろう。金時、南無。

 

『だけど、立花ちゃん。君にはひとつだけ、確認しておかないといけないことがある。

 それは、私たちに()()()()()()()()()()()()()()()ということだ』

「……どういうこと? ダヴィンチちゃん」

『新宿の時と同じさ。ここは地球上のどこでもない、独立した世界だ。ここで何が起ころうと、デモン・サーヴァントやデーモン達の企みが成就しようと……王子達の世界はともかくとして……地球における人類史、人理には全く影響がない。

 立花ちゃん、それでも君は、戦うのかい?』

「それこそ、新宿の時と同じだよ。

 たとえ異世界でも、苦しんでいる人達を見過ごせない。知り合った人達を、関係ないからと忘れることなんか私にはできない。

 だから、私は戦うよ。戦わせてほしい」

 

 気負うことなく答える立花に、やれやれとダヴィンチちゃんは肩をすくめた。

 

『まったく、君は強情だよ。付き合わされる我々の身にもなってほしいもんだ』

『とは言いますが、ダヴィンチちゃんも先輩がそう答えると予想していたのでは?』

『当たり前だろう、私は天才だよ?

 ──よろしい、それでは現時点よりこの特異点を人理定礎値EX……いや、iEXと認定。正式にレムナント・オーダーを発令する』

『i…… 虚数を示す数学記号ですね』

『何、ちょっとひねりをきかせてみたのさ。

 敵サーヴァントは皆異世界の英霊のようだから、いつもと勝手は違うけど、地球の英霊も負けちゃいないってところを見せてやろうじゃないか!』

「うん、みんな頑張ろう!」

『はい、先輩!』

 

 朗らかな笑顔を見せる立花に、勢い込んでマシュが答える。

 通信に声こそ乗らないが、カルデア管制室のスタッフの面々も各々気合いを入れる声をあげていた。

 カルデアに待機している英霊の面々も、声にならない声で応えてくれたように思えた。

 

「ここにいたんですか、立花さん」

 

 ふと声をかけられて振り向くと、アンナが神殿の入り口に来ていた。

 リッカという名前の仲間がいるのでアンナとしてはやや複雑な心持ちになるが、当の本人は白金(プラチナ)だったのでここにはおらず、当面は混同する心配はない。

 

「どうしたの、アンナさん?」

「これからのことについて、会議をすることになりました。つきましては、立花さんにも顔をだして頂きたいのですが……」

「私はいいけど…… ダヴィンチちゃん、ここ離れて大丈夫?」

『平気だよ、もう基礎の接続は済ませてあるからね。あとの作業は立花ちゃんが離れてもこっちでやれるし、召喚枠の回復もしておこう』

「ありがとう、ダヴィンチちゃん。

 そういうことなんで、私は大丈夫です」

「わかりました。それでは、会議室へ案内します」

 

 先を行くアンナの後をついて、立花は神殿を後にした。

 

 

 

 

 

 案内された会議室は、真ん中に大きなテーブルが設置された部屋だった。

 椅子には既に数名の男女が座っており、立花が最後だったようだ。

 

 立花が知っているのは、王子、アンナの他、中庭で指揮をとっていた眼鏡をかけた金髪の女性──ケイティ、と呼ばれていたか──と、リンネくらいだ。

 あとのメンバーは知らない人物か、姿を見かけただけの人物である。

 

「……………………」

「皆さんお揃いですね。それでは始めましょう」

 

 王子の合図を受けて、アンナが開始の音頭を取る。

 まずは、立花達の紹介、王城の被害の報告、襲ってきたのがナタクであったこと、この状況がデーモンの企みであること、サーヴァントのこと……といった情報共有から始まった。

 

「過去や未来の英霊を使い魔にするとは、恐れ多くも興味深い……異世界の魔法も侮れませんな」

 

 赤いローブを着た壮年の魔術師、宮廷魔術師のロイがサーヴァントの説明を聞いて唸る。

 

「しかし、それを悪用して我々の仲間を操るとは……デーモンどもめ、悪辣な手を考えたものです。

 しかも相手は黒金(ブラック)の上に魔神の力を宿し、我々はリンネ殿の他は黄金(ゴールド)以下……これは厳しい戦いになりそうですぞ」

『サーヴァントの相手はサーヴァントに任せるべきだ。異世界ではともあれ、私達にとってはそれが当たり前だよ』

「勿論、私達も可能な限りの援護はします。ですが、立花さんたちに大きな負担をかけてしまうのは、本当に申し訳ありません。ナタクさんの時も、牛若丸さんを……」

 

 中庭へと抜けるまでに殿(しんがり)を務め、ナタクの風火輪を破壊し、黄金の光となって散った牛若丸のことを思い出しているのだろう。アンナが表情を曇らせる。

 

「気にしなくてもいいよ。牛若丸は立派に役目を果たしたんだ」

『そうとも、それを褒め称えこそすれ、哀れみ悲しむのは彼女も怒るというものさ』

「立花さん、ダヴィンチさん……」

『しかし、やはりこの手で首級を挙げられなかったのは悔やまれます。次の機会には、必ずやあるじ殿に敵の首を献上しましょう!』

「牛若丸さん……って、ええっ!?」

 

 小さな電子音と共に新たにポップアップした牛若丸のホログラフに、アンナはぎょっとして目を見開いた。

 

『おや、まさか牛若丸が死んだと思ってたかい?

 サーヴァントは倒されてもカルデアに戻ってくるだけなんだよ。そんなわけだから、我々の被害についてはあまり気にしなくていい。

 勿論、サーヴァントではない立花ちゃんには、傷ひとつつけてくれないでほしいけれどね』

「そ、そうだったんですか……! それを聞いてほっとしましたね、王子」

 

 安心して胸を撫で下ろすアンナに、王子も小さく笑みを浮かべてうなずいた。

 

「では…… 次は、先の話じゃ。此れよりは、吾が話そう」

 

 こほん、とリンネが咳払いをして、呼吸を整える。

 

「シビラ王女ら、六騎のサーヴァント…… 彼女らが何処を拠点とするか、吾には幾つかの刻が詠めておった……

 ……が、ナタクの言により、それは氷の山と知れた」

「氷の山……っていうのは、何処にあるの?」

「王国の北の端にある、一年中雪に覆われた山です。かつては古代の魔物が封印され、魔女の一族が封印を守っていました。

 ……しかし魔物が復活し、王子がそれを退治して以来、一族も山を離れて今は誰もいない……筈です」

 

 立花の質問に答えて、アンナがテーブルに広げられた地図の一点を指差す。

 そこへ、リンネがことり、ことり、とチェスのものに似たコマを置いていく。

 

「デーモンの召喚せしサーヴァントは、七騎……

 デモン・ランサー、道士ナタク。

 デモン・セイバー、女王シビラ。

 デモン・アーチャー、白の射手ナナリー。

 デモン・ライダー、皇姫アンジェリーネ。

 デモン・アサシン、妖怪総大将シノ。

 デモン・バーサーカー、鬼刃姫(きばひめ)茨木童子……」

 

 そして最後に、地図の真ん中である王城……この場所へと、コマを置く。

 

「……そして、デモン・キャスター。刻詠のリンネ……

 すなわち、吾のことじゃ」




TIPS

【アイギス神殿】
魔物が復活し、王城を追われた王子は、逃げ落ちた森の奥で打ち捨てられたアイギス神殿を発見した。
そこで王子は女神アイギスの神託を受け、その神殿を拠点として反撃を開始。遂には王城を奪還したのである。
以来、王子の拠点は王城へと移り、神殿もその敷地内へと移設された。



【召喚サークル】
マシュの盾はアーサー王の円卓そのものであり、英雄が集うという概念を持っている。
それを使えない現在では、13個の聖晶石を円形に並べて円卓に見立て、サークル確立のための媒介としている。
しかしあくまで代用であり、盾を用いたサークルに比べ設置に時間もコストもかかるし接続自体もやや不安定。



【鬼刃姫茨木童子】
アイギス世界における酒天童子、その娘である鬼刃姫の本名は茨木童子である。
ただし、本人はこの名で呼ばれることを嫌っており、鬼刃姫と呼ばれている。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.刻詠という存在(BATTLEなし)

※本日は二話(?)ぶん投稿しています。こちらは一話めです。


「そうだ、リンネさんはデーモンに召喚されたのに、どうしてリンネさんだけ正気なのかを聞こうとした時に、ナタクが来たんだっけ」

 

 思い出した、と立花がぽんと手を打つ。

 リンネもまた敵であるデモン・サーヴァントの一人、と聞いてさっと緊張感の走る会議室の中で、一人だけ場違いなほどの気軽さだ。

 

「──リンネは俺達の味方だ。落ち着いてくれ」

 

 いや、もう二人……王子とアンナだけは落ち着いている。

 むしろ、王子が落ち着いた様子で口を開いたことにこそ、その場の全員が目を見開くほどに驚いていた。

 

 普段は口を開かない王子だからこそ、その直言には重みがある。動揺こそあるものの、リンネを疑うような空気は霧散した。

 日頃王子の代弁をしているアンナでは、こうはいかなかっただろう。

 

「……して、リンネ殿は如何にして魔神の支配を逃れることに成功したのですかな?」

「ふむ…… 其れを語るには、吾が……刻詠というものが、如何なる存在であるか、を……語らねば、ならぬ。

 ……この特異点でなければ、決して何者にも明かさぬと決めた、刻の秘密じゃ」

 

 会議室を、新たな緊張感が支配する。

 先程とは違う、リンネの静かな声が導く、物語の世界へと沈んでいくような空気。神秘のヴェールが明かされるような緊張感。

 

「刻詠とは、単に未来を占うだけのものではない。

 否……未来など、占う迄も無い。吾には全てが既知の内……何故ならば、刻詠とは……過去も、現在も、未来も……枝分かれし別れ行く無数の平行世界さえも……()()()()()()()()()()()()()()()、故」

「……全て?」

「そう、全てじゃ。全ての過去を、全ての未来を、吾はこの目で見、そしてこの耳で聞いておる…… 今、この時も」

『……君は、時の観測者だっていうのかい?』

「然り」

 

 ダヴィンチちゃんの問いも、どこか畏れと震えを含んだものだった。

 ごくり、と誰かの唾を飲む音が聞こえたが、この中でダヴィンチちゃんとリンネ自身以外の誰が、その言葉の意味を正しく理解しているだろう。

 

 人は誰もが時間の流れの中で生きている。

 ところが、それを観測する者……すなわちリンネは、その時間の流れの外側にいる、というのだ。そして過去から未来へと連綿と続く時の流れと広がりを、全て、そして同時に観測している。

 

 それは、平行世界の地球で月に偽装していた極大のフォトジェニック結晶……地球の全ての歴史を永遠に記録し続ける装置、ムーンセル・オートマトンに酷似した存在だ。

 すなわち、記録装置として徹するためにムーンセルが封印し続けた機能……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、聖杯としての能力を持っているということになる。

 

 それこそ、リンネの宝具の正体。

 リンネの場合、観測範囲が自分自身の周囲に限定されてはいるが、それでもその存在の規格外なことに変わりはない。

 その境地は根源にさえ手が届く。魔術ならぬ魔法の領域。

 

 時の観測者。

 生きた聖杯。

 永遠にして不滅の個。

 異世界の『魔法』使い。

 それが、刻詠。

 

「サーヴァントとは、死して英霊の座にその名を刻まれた者……魔力によって仮初めの肉体を得て、現界せし者。

 ……じゃが、吾は時の流れから独立した存在…… 死は存在せず……英霊の座に名が刻まれることもない」

「それはおかしいのでは……ありませんかな?

 現にリンネ殿はサーヴァントとして召喚された筈では?」

「そこは……誤作動、とでも、言うべきか。

 英霊の座とは、過去も、未来も、現在も等しく存在し、かついずれにも属さぬもの……図らずも、刻詠と同じ場所に、在る。故に、召喚式は吾もまた英霊として召喚したのじゃ」

 

 リンネはそこで、深く息を吐いた。

 普段は無口なリンネのこと、話し疲れてしまったのか、けほん、と小さく咳をする。

 

「英霊として喚ばれ、魔力の肉体を得る……その折に、魔神の骨片を取り込んでしまい、汚染されてしまうのじゃ……

 が、吾は刻詠。召喚されし吾も、此処に在る吾も、隔てなき同一の存在……既に肉体が在る故に、サーヴァントとしての能力のみが、此処に在る吾に宿った。……それが、吾が魔神の力に汚染されておらぬ所以じゃ」

『ちなみに、彼女が本当に汚染されていないことは我々カルデアが保証しよう。こちらの解析では、リンネちゃんはナタクのような瘴気に冒されている徴候は無い』

「なるほど…… 喚ばれたのがリンネ殿であったのは、僥倖でしたな。でなければ、強力な魔法使いが敵に一人増え、こちらは心強い味方を失うところでした」

 

 ふむふむ、と些か興奮気味にロイがうなずく。

 刻詠の秘密。異世界の魔術、英霊召喚の奥義。魔法使いである彼には実に興味深く貴重な話なのだろう。

 だがしかし。

 

「ところで……リンネ殿も、よもや産まれたときから刻詠であったわけではありますまい。如何にしてその境地へ至ったのか、という話は……」

「……理解して、いよう。其れは如何なる理由があろうとも、他者に教えることはできぬ……如何に、事が済めばこの特異点の記憶が失われるとしても……のう」

「ふむ、まあ仕方ありませ……なんですと?」

 

 流石にそこまで語ってもらえると思ってはいないロイだったが、共に語られたのは想定外のことだ。

 

「記憶が失われる……というのは、どういう意味ですか?」

「聞いたままの意味、で…… けほんっ。

 ……すまぬ、後の説明はダヴィンチちゃんに、任せよう…… アンナよ、茶を所望する……」

 

 少し疲れた様子で、けほけほと口元を押さえるリンネの背中を王子がさすり、アンナがコップにお茶を入れて差し出した。

 かわりに、ダヴィンチちゃんのホログラフが小さな電子音と共に浮かび上がる。

 

『ご指名とあらば仕方ない。説明しよう。

 特異点というのは、聖杯でねじ曲げられた本来ありえない歴史だ。だから、聖杯を回収し原因を取り除けば、そこで起きたことは『無かったこと』にされるのさ』

「ふう…… 吾が、刻詠の秘密を語ったのも、それ故じゃ……

 普段ならば、決して語らぬ。それを伝え聞き、良からぬことを考える輩も、無いとは言えぬし…… そうでなくとも、吾を見る目が変わった者も……居る、じゃろう?」

 

 少しずつお茶を飲んで喉と唇を湿らせつつリンネが一同を見渡すと、ロイを含め何人かは気まずそうに視線をさまよわせた。

 

「さておき…… 吾の事はもう、良かろう。泡沫(うたかた)の時なれど、限りもある。

 現状は知れた……なれば次は如何とするか、それを話し合うが先決じゃ」

 

 話はこれまで、とばかりに拒絶の空気を滲ませながら、リンネは静かにお茶をすする。

 

「では、これからの行動についてですが……」

 

 どこかぎこちない雰囲気を残しながらも、アンナが話を進め、会議は次の議題に移っていった。

 

 

 

 

 

 会議が終わったのは、夕陽の沈む頃だった。

 五騎のサーヴァントが待つと思われる氷の山へは行かず、ナタクのようにやってきたものを迎え撃つという案もあったが、王城や国民に被害が及ぶのを嫌って、すぐ翌日に進軍することに決まった。

 

 当然、立花もサーヴァント達と共に同行する。明日は早くからその準備にかかる予定なのだが、異世界ぼけなのかなかなか寝付けず、城内を散策していた。

 現代の感覚では宵の口だが、魔法こそあれ中世に近い文明度のこの国では既に多くの人が寝静まっている。城内は静かなものだ。

 

『先輩、敵サーヴァントの狙撃があるかもしれません。テラスなどの見晴らしの良い場所は避けてください』

「わかった。ありがとう、マシュ」

 

 マシュのナビゲートを受けながら、立花は歩いていく。

 すると、ロビーに備えられたソファのところに、王子が一人で座っていた。

 

「こんばんは。……王子も、寝付けないの?」

「……………………」

 

 物怖じせず話しかける立花に王子は曖昧に微笑み、向かいのソファを勧めた。

 立花が腰を下ろすと、テーブルの上のティーセットを使って、王子が手ずから紅茶を淹れる。

 

「ありがとう。……ミルクを多めに入れると美味しい? じゃあ、そうしてみる」

 

 勧められるままにとろりとミルクを垂らしてスプーンでくるくるかき混ぜ、カップを口につける。

 甘くて柔らかな口当たり。暖かい紅茶がするりと胃の腑に染みてきて、じんわりと広がる熱に立花はほっと息を吐いた。

 

 近くの窓からは、月が見える。

 王子はぼんやりとその光を見上げながら、時折紅茶を口に含む。立花も同じように、月の光に身を委ねた。

 月見酒ならぬ月見茶会。しばし、静かな時が流れる。

 

「……王子は、リンネさんのこと、知ってたの?」

「……………………」

 

 静かに問いかける立花に、王子はゆっくりと首を横に振った。

 

「私には、時の観測者っていうのがどういうものか、よくわからないけれど…… ずっと生き続ける、ってことだよね」

「……………………」

「ナタクのように…… 貴方がいなくなっても、ずっと」

「……………………」

「……私達は、残される人達に何ができるんだろうね」

「………………愛を」

 

 ぽつり、と静かに王子はつぶやく。

 

「ただ…… 精一杯に、愛するしかない」

「……そっか。……そうだね」

 

 立花がその時思い起こしたのは、人理修復の果てにカルデアの皆を残して消えていった、一人のひと。

 彼も……精一杯に、皆を愛して、去っていったのだろうか。

 きっとそうなのだろう、と立花は思った。

 

「……でも王子、結局あなたが愛しているのは、ナタク? リンネさん? それとも、アンナさん?」

「……………………」

 

 立花の問いに、王子はにやりと笑う。

 あろうことか、きょとんとした顔でそれを見た立花もまた、やがてにやりと笑った。

 

 何を理解し、通じあったのか、余人にはわからない。

 だが立花はそれ以上何も言わず、にこにこと微笑みながら、王子と共に月を見ながら紅茶を楽しむ。

 やがて紅茶を飲み干すと、ごちそうさま、とその場を後にして部屋に戻り、眠りについたのだった。




TIPS

【聖杯としての刻詠】
リンネがその聖杯としての機能を自ら用いることは無い。
何故なら、全ての過去と未来と平行世界に同時に存在しているリンネは、聖杯を用いるまでもなく『願いが叶っている平行世界』に既に存在しているからである。
また、存在そのものが特異点である王子はリンネにとっても未知であり、それを既知に変えてしまう意味はリンネには存在しない。
例えその結果が、如何に悲劇であったとしても。


【異世界の英霊の座】
実のところ、アイギス世界には阿頼耶もガイアも無く、英霊の座も存在しない。
背負う業も呪いもシステムも、地球の人類とは異なるのである。
そのため、デーモンはそれらを仮定する術式から創造した。
簡単に言えば、仮想OSを走らせるようなものである。
そのため、この特異点においては「現時点より未来から喚ばれたサーヴァントしかいない」「カウンター召喚された、いわゆるはぐれサーヴァントが存在しない」という特徴がある。
また、この術式は聖杯を利用することが前提なので、聖杯を回収すれば無意味なものとなる。



【アンナのレアリティ】
王子と共に女神アイギスの加護を受けたアンナは、ブラックのレアリティを持つ。
しかしこれはアイギスの加護による特異なものであり、また本人の傾向も頭脳労働あるいは他者のサポートに特化していて、戦闘や魔法の才能は無い。
特に、戦闘に関しての評価はアイアン並、あるいはそれ以下である。
そのため、特異点への転移にも抵抗することができず、今回の事件に巻き込まれてしまっている。
決して作者が忘れていたわけではない……嘘です忘れてました許してください何でもしますから!


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マテリアル・第一節

※このマテリアルはひとつ前の話と同時に投稿されています。
 未読の方は前話からご覧ください。

 また、第二節の執筆にはお時間を頂きます。
 およそ一~二ヶ月を予定しておりますので、ご了承くださいませ。

※2017/09/20 英雄王のカリスマをAに修正しました。
 Bでもアルトリア並ですが、Aはイスカンダル並です。


SERVANT

紅輪の道士ナタク

 

 つまるところ仙人とは、人の輪から外れて人を越えた者である。

 ならば、人に惹かれ人に触れたその時に、彼女の終わりは定められていたのかもしれない。

 

真名:ナタク

クラス:ランサー

その他の適正クラス:ライダー、キャスター

属性:秩序・中庸

筋力B  耐久B  敏捷A

魔力A  幸運C  宝具A

 

保有スキル

仙術[A++]

 五行全てに精通した仙術を習得している。

 天仙に至った仙人であるナタクは極めて高い仙術スキルを持つ。

 

中国武術[A]

 中華の合理。宇宙と一体となることを目的とした武術をどれだけ極めたかを表す。

 仙術に通ずる理念であるためナタクはこれを修めている。

 中国武術は非常に修得の困難なスキルで、ランクA以上で初めて「修めた」と言えるが、さらなる高みにはまだまだ長い道のりが続いている。

 

対魔力[A]

 A以下の魔術は全てキャンセル。

 事実上、現代の魔術師ではナタクに傷をつけられない。

 仙術を高いレベルで修めたナタクはランサーとしても高い対魔力を発揮する。

 

心眼(真)[C]

 修行・鍛錬によって培った洞察力。

 常に冷静に自身と周囲の状況を観察し、五行に則り最適な行動を導き出す仙術論理。

 数%でも可能性があるならば、チャンスを手繰り寄せられる。

 

アモンの祝福(呪い)[A]

 炎の魔神アモンの骨片を触媒に組み込まれたために霊基を汚染されている。

 高ランクの魔力放出(炎)や狂化などのスキルが組み合わされた複合スキル。

 通常は仙術・心眼(真)などのスキルや精神力によってEランク相当まで抑え込まれているが、精神が昂って制御のタガが外れるほどランクが上がる。

 しかし、Bランク相当以上まで解放した場合、魔神の炎はナタク自身の霊基をも焼却する。

 また、一度上げてしまったランクを再び抑え込むことはできない。

 

宝具:火尖槍・焔玉(かせんそうざんまいしんか)

ランク:A-

種別:対人宝具

レンジ:1~20

最大捕捉人数:1人

 自らの肉体を炉にして、真なる焔・三昧真火を生成する。

 生成された三昧真火は仙造兵器である火尖槍にからめとられ、太陽のように円くなる。

 三昧真火は「焼却」の概念そのものであり、万物を焼却するこの焔に対する物理的・魔術的防御は意味をなさず、存在そのものの強度によってのみ耐えうる。

 三昧真火を身にまとうことにより、高い防御能力をも得ることのできる攻防一体の宝具である。

 本来、五行の完全なる制御により自らの肉体を焼くことのないようにコントロールするものだが、アモンの祝福で火力が上昇しているかわりにそのコントロールが不可能になっている。

 

宝具:風火輪

ランク:D

種別:移動宝具

レンジ:0

最大補足人数:1人

 風と炎を吹き出して空を駆ける移動用の仙造兵器。着用者に自在に天空を駆けさせる。

 魔力をつぎ込むほどに噴射の勢いと速度は上昇するが、限界を超えると破損する。

 

解説

 浮世を離れ、仙術修行に明け暮れる仙人。

 見た目は幼い少女だが、千年以上の長い時間を生きており、地方によっては信仰の対象ともなっている。

 天地の理に反しない限り弱きを助けず強きをくじくこともしないが、千年戦争においては英雄王に力を貸した逸話が残されている。

 

 彼女の歪みは「王子がいなくなったことに耐えきれなかった」ことである。

 その願いは「いつまでも王子と共にいたい」。

 魔神の瘴気に願いの根底を捻じ曲げられた結果、「王子と共に死ぬ」ことを望んだ。

 

 しかし、強い理性を持ったナタクは狂った激情に突き動かされながらも己の異常を把握しており、宝具でもって自らを焼いた。

 自身が王子と共に燃え尽きることも、魔神の瘴気を焼き尽くして正気を取り戻し王子に情報を伝えることも、どちらもナタクの望みであったからである。

 

 特異点が修正された後、「なかったこと」となり王子が今の自分のことを忘れてしまうことも理解している。

 リンネの正体についても理解しているために、特異点が解決されても記憶を忘れない彼女に後のことを託した。

 

 もしも通常の聖杯戦争で彼女を召喚しようとしても、召喚に応じる可能性は低い。

 彼女は俗世間に干渉することを嫌い、故に聖杯にかける望みがないからである。

 ただし、意外と世話焼きのため、数合わせで巻き込まれた類のマスターに思わず手を貸してしまうことはありうる。

 

 

 

 

SERVANT

刻詠の風水士リンネ

 

 人生の哀しみも、喜びも、全て既知なり。

 彼女は永遠の傍観者である。予め全てが掌のうちならば、何もかも欲する必要はなく、ただ木石の如く佇むだけのものになっていただろう。

 故に、彼女は特異点(王子)に惹かれた。

 既知を覆す王子(未知)だけが、色褪せた世界に輝きを取り戻し、彼女を人たらしめるのだ。

 

真名:リンネ

クラス:キャスター

その他の適正クラス:全て

属性:中立・中庸

 

筋力E  耐久EX 敏捷E

魔力A  幸運E  宝具A

 

保有スキル

刻詠[EX]

 あらゆる時系列に同時に存在しているため、過去・現在・未来の全てにおいて自らが体験する、あるいは体験しうることすべてを既に知っている。

 また、その性質上時間の流れの影響を受けず、不老不滅である。

 

専科百般[EX]

 自身が取得する可能性のあるあらゆるスキルにおいて、Dランク以上の習熟度を発揮できる。

 彼女の特性上、実質ごく一部の取得しえないスキル以外の全てを使用可能で、ランクはともあれ適用範囲がとてつもなく広い。

 普段行使している風水士の能力もこれによるものである。

 

陣地作成[D]

 彼女の存在の在り方そのものが一種の陣地である。

 陣地を作成すること自体は専科百般で可能。

 

道具作成[D]

 彼女の能力は自己の特異性に拠っており、道具を必要としない。

 道具を作成すること自体は専科百般で可能。

 

フェネクスの祝福(呪い)[-]

 再生の魔神フェネクスの羽根を触媒に組み込まれたために霊基を汚染され――る筈、だった。

 高ランクの自己再生や狂化などのスキルが組み合わされた複合スキル。

 ただし刻詠スキルの影響で機能していない。

 

宝具:第二極点・三千世界(ただ、あはざしてときをよむのみ)

ランク:A

種別:対概念宝具

レンジ:1~100

最大捕捉人数:1~∞人

 あらゆる時系列に同時に存在する彼女は、分岐する未来のあらゆる並行世界を同時に観測している。

 その並行世界から都合の良い結果を抜き取り実現させる、願望機にも通じる宝具。

 世界そのものを自分の都合の良いように書き換える、世界そのものの上位に位置する能力であるが、書き換える規模が大きくなるにつれ消費魔力は等比級数的に増大する。

 また世界そのものを書き換えるため、書き換える事象の発生から時間がたてばたつほど多量の因果の書き換えを必要とし、さらに加速度的に魔力の消費は増大する。

 ほとんどの場合、事象の発生直後でなければ使用魔力量が現実的な枠に収まらず、リンネ自身の自滅は不可避となると思われる。

 

 なお、対象一名の生死を覆す「避禍予見の鏡影」はこの宝具の限定解放である。

 宝具の使用待機状態として、並行世界におけるリンネ自身の幻影が呼び出される。

 

解説

 刻詠と字名される予見の力を持つ少女。

 その能力を疎まれ、後に英雄王となる王子によって助け出されるまで、とある国の地下深くに数百年に渡って幽閉されていた。

 

 その本質は未来予知ではなく、時間の流れから逸脱しすべての時系列に同時に存在すること。

 そのため、彼女にとってあらゆる出来事は既に体験したことのある色あせた既知でしかない。

 ただし色あせない思い出があるように、特に心を揺さぶる事柄においては既知であっても感情を露わにすることもある。

 あるいは、自身を守るため大きな情動をカットする無意識におけるリミッターがあるのかもしれない。

 

 すべての過去と未来の可能性を同時に観測し、体験しているため、本来は風水士およびキャスターのみならずあらゆるクラス(FGO、アイギスのどちらにおいても)に適正があるが、現在は周囲の認識にあわせて風水士として己を確定させている。

 

 その性質上、刻詠は千里眼の上位としても働く。

 そのため、リンネはグランドキャスターとしての資格を有している。

 ただし、資格があるだけで、その時が来たとしても彼女がグランドキャスターとして動くことはない。ただ時の果てに坐すのみ、である。

 

 もしも通常の聖杯戦争で彼女を呼ぼうとしても、彼女が応えることはない。

 その経過と結果のすべてが、彼女にとっては見向きする価値もない既知だからである。

 ただし、マスターあるいは参加サーヴァントに王子がいる場合のみは話が別。

 

 

 

 

 

 

 

 

SPECIAL SERVANT

英雄王■■■■

 

 彼は英雄だが、同時にごく普通の心優しい青年であった。

 どんな時も。どんな苦境でも。どんな相手でも。

 変わることなく、絶やすことなく、当たり前の優しさと思いやり、そして勇気を抱き、歩み続けた。

 ──故に、人々は彼を英雄と呼び、神と崇めたのだ。

 

真名:不明

クラス:セイバー

その他の適正クラス:セイヴァー

特性:中立・善

 

筋力A  耐久A  敏捷C

魔力D  幸運EX 宝具B

 

保有スキル

カリスマ[A]

 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。

 一国の王子という以上に、人類の旗印としてのカリスマを持つ。

 

軍略[B]

 多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。

 彼自身も優れた剣士ではあるが、それ以上に軍略家・戦術家としての能力に優れている。

 彼の真の力とは、彼に付き従う仲間たちと、その力を十全以上に引き出す戦術である。

 

アイギスの加護[EX]

 人類を救済する英雄として、女神アイギスの加護を受けていることを示すスキル。

 様々な効果があるが、神霊の加護を受けることにより幸運がEXとなっている。もっとも、それぐらいなければ人類を救済することなど困難きわまりないということでもある。

 

対魔力[C++]

 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。

 セイバーとしてはそれほど高くないが、宝具によって増強されている。

 

騎乗[C]

 騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

宝具:絶対防御の神器(シールドオブアイギス)

ランク:A-

種別:対粛清宝具

レンジ:1

最大捕捉人数:1人

 女神アイギスによって人類を救済する英雄のために造られた神造兵器。本来は剣と鎧を含むが、サーヴァントの枠に落としこんだ結果、盾のみとなった。

 単純に盾としても絶対的な防御力を誇る他、広範囲に渡って呪詛や瘴気の類いを打ち払い寄せ付けない効果がある。

 真名を解放することで全ステータスを1ランク上昇させ、ありとあらゆる攻撃を完全に防ぐが、消費魔力が凄まじく、一定時間後に無防備になってしまう。

 

解説

 千年前の英雄王の血を受け継ぎ、また自身も英雄として邪悪との戦いに身を投じる青年。

 非常に寡黙で、口を開くことは稀。

 

 魔物の侵攻で多くの国が崩壊してそう呼ばれる身分の最後の人間になったこと、また戦争終結後も崩御の瞬間まで王位についていたために、「王子」あるいは「英雄王」とのみ呼ばれ、その名前は後世において神格化されると共に散逸した。

 一説によると「ログレス王国のアーサー王子」であると言われるが、諸説あり。

 

 なお、大変に好色であったとも伝えられ、彼のハーレムには名だたる美姫が、身分の貴賎どころか種族すら問わずに多数存在していたという。

 中には、地域によっては神と崇められる者や、敵であったはずの魔神さえいたというが、本人に聞いても真相は黙して語られない。

 ちなみに、ベッドの中では結構饒舌に愛をささやいてくれる、と後世発見されたとある寵姫の手記に記されている。

 

 後世、千年戦争のエピソードが神話化されると共に神格化され、廃れたアイギス信仰のかわりに広く信仰されるようになった。

 彼自身は敬虔なアイギス信徒であるため、サーヴァントとなった後にそれを知った時の心境は大変複雑だった模様。

 なお、戦争当初はそれほど熱心な信者ではなかったが、戦争に伴って女神に多くの助力を授かり、アイギスを信仰するようになっていったという。

 

 もしも通常の聖杯戦争で彼を呼んだ場合、大抵はセイバーとして召喚される。

 ごく稀な偶然で条件がそろった場合のみ、セイヴァーとして召喚されることがある。

 この場合、英雄王として大成した壮年期の姿で召喚され、神器も完全な姿で所持している。ただし魔力消費も跳ね上がっている。

 なお、人として人生を全うしたため、彼自身に聖杯にかける望みは無い。召喚に応じるとすれば召喚者の人格と目的を認めた場合のみだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 私だけの王子さま
15.氷の山へ(BATTLEなし)


予告した二ヶ月を幾ばくか過ぎてしまいましたので、慌てて投下、投下。
こちらも三日ごとに最新話を投稿します。
ただし、遅筆のため第二章をまだ最後まで書けてはいません。途中でお時間を頂くかもしれませんが、年末まではなんとかなるはず。


 ひゅぅん、と音がした。

 

 放たれた矢は閃光のように。

 事も無げに据え付けられた的の中心に刺さっていた。

 

 射手から的までの距離は200メートル。

 ただの射手では、狙うことも困難な距離だ。

 まして優れた射手でも、当てることは難しい。

 

 しかし、彼女はひとつ、またひとつと矢を当てる。

 矢筒から一度に四本の矢を抜き放ち、文字通りの矢継ぎ早に射て、その全てを的に当てる。

 しかも、矢の当たった箇所は最初の一本を中心に綺麗な円を描いていた。

 

 鬼気迫るほどの真剣さで弓を引き続ける彼女を見守るものは、天に輝く月の他には何もない。

 皓々とした月明かりの化身と見紛うほどに白い純白の少女は、ただ一心に、矢を放ち続けた。

 

 

 

 

 

 ──欠けた夢を見ていたようだ。

 

 ずきり、と痛む胸のために目元に浮かんだ涙を指で拭って、少女は目を覚ました。

 人気のない一角で、弓を抱いてうたた寝していたらしい。

 

 普通に考えれば、こんなところでうたた寝などして風邪をひいたで済めばいい方、下手をすればそのまま凍死も有り得る。

 何せここは氷の山。

 一年中雪と氷に閉ざされた、極寒の地なのだ。

 

 しかし、彼女が今いる場所は、その見た目を裏切って意外に快適な空間であった。

 ここを作った氷の魔女の一族も、魔女といえど人であった、ということだろう。

 

「貴女、こんなところにいらしたの?」

 

 コツ、コツ、と音高くハイヒールを鳴らして現れたのは、空色の長い髪をくるくると豪奢な縦ロールにした女性だった。

 

「アンジェリーネ様……」

「さっさと準備なさい。あとは貴女だけですわ、ナナリー」

 

 ナナリーは、彼女のことが苦手だった。

 豊満な胸を堂々と張り、腰に手をあてて、座り込んでいるナナリーを見下ろしてくる。

 そんな女王様然とした態度が嫌味なくらい似合う女性だった。

 

「ナタクのせいで、私達の情報は王子達に伝わったはずですわ。ここを放棄し、次の拠点へ向かいます。いつまでグズグズしていますの?」

「……私は、ここに残ります」

 

 アンジェリーネを見上げてそう言うナナリーに、アンジェリーネはぴくりと眉を動かす。

 

「……まさか貴女、王子の元に行くつもりではないでしょうね」

「ナタクさんのように? ……いいえ、いいえ。私は……王子を許せない」

 

 絞り出すように呻いて、ナナリーは自らの心臓を掴むようにぎゅっと服の胸元を握りしめた。

 ふぅん、と鼻で笑って、アンジェリーネはナナリーを見下ろす。

 

「……浅ましい女。私、貴女のそういうところが嫌いですわ」

「……………………」

「ええ、結構。お好きになさいな。あの王子が貴女ごときに殺されるとは思いませんけれど」

 

 何も言わずにうつむくナナリーに、アンジェリーネはそう言い捨てて踵を返した。

 ボリュームのある髪をばさりと翻し、足音高く去っていく。

 

「……けれど、浅ましいのは……皆、同じね」

 

 ぽつり、と苦々しくつぶやいて、アンジェリーネは床を穿つように強く蹴りつけた。

 

 

 

 

 

 氷の山というからには、王国の北の最果てにあるのかとイメージした立花だったが、いざ行ってみると馬車で二日程度の距離にあった。

 富士山やエベレストのような高い山なのかと思いきや、むしろなだらかで縦よりも横に広い印象だ。

 

『こちらの観測では、標高およそ1200メートルです。先輩の故郷、日本で言うならば、形状も大きさも九州の阿蘇山に似ていますね』

『王国の気候は比較的温暖だ。本来、その緯度と標高では、雪が降りこそすれ、そうそう積もりはしないものだけれど……』

「真っ白だね! さっむーい!」

 

 馬車から顔をだして、立花はころころと笑った。

 山は冠雪どころか裾野まで真っ白で、北国の冷たい空気が早くも立花達のところまで届いている。

 ぶるる、と馬車を引く馬がいなないた口元から、白い吐息が吐き出されていた。

 

「すまない…… 寒そうな見た目のサーヴァントで本当にすまない……」

 

 陰鬱に呟いたのは、馬車の御者席に座る二人のサーヴァントのうち一人だ。自分で言う通り、鎧を身に付けてはいるものの、淡く輝く紋章を刻まれた胸元を大きく広げ、やや猫背ぎみの背中も素肌を露出させている。

 

「はっはっは、もはやジークフリート殿の謝罪は挨拶のようなものよな」

 

 それを涼やかに笑い飛ばす隣席のサーヴァントは、こちらもまた暖かそうとは言えない藍染めの着物姿だ。

 しかし二人とも、寒さに震えるような様子は無い。

 

「ジークフリートも小次郎も、寒くはないの?」

「大丈夫だ。竜の鎧は暑さ寒さからも俺を守ってくれている。そもそも衣服で隠せないのだから、それくらいはな」

「心頭滅却すればなんとやら、というだろう。いわんや寒さをや。雪山に上る程度で鈍る剣など持ち合わせておらぬ。

 それよりマスターの方こそ、寒さで体調など崩さんようにな」

「う、そう言われるとちょっと肌寒くなってきたかな……」

 

 マスター用の魔術礼装は防暑防寒仕様だが、流石に雪が降るほどの気温となると、物理的な意味のみならず精神的な意味でも肌寒さを禁じ得なかった。

 立花が腕をさすったその時、不意に前方の馬車が止まる。

 

 何事かと馬車を止めて前方を見てみると、枝葉に雪を乗せた周囲の木々の陰から複数の男達が姿を現していた。

 

 いずれも筋骨逞しい男達だが、思い思いに毛皮や革鎧を身に付けた男達は見るからに王国軍に所属する者ではなさそうだ。

 その中から、いかにも男達のリーダー……というより、おかしらと言った方がしっくりくる……といった男が前に進み出る。

 

 デーモンの頭蓋骨を模した兜をかぶった、背も高ければ横幅も大きなざんばら髪の男だ。髪も、口元を覆う髭も白く、大きくて重たげな立派な戦斧を担いでいた。

 

「あれは……賊の類いのようだな」

「あの王子の国でも、あの手の輩はいるのか……

 マスター、命令をくれれば蹴散らしてこよう。あの頭目の男はそれなりにやり手のようだが、サーヴァントならば問題ないだろう」

「うーん……ちょっと待って、王子が出てきた」

 

 小次郎とジークフリートが剣に手をかけたが、立花は口元に手をあてて考え込み、待ったをかける。

 

 立花達とは別の馬車に乗っていた王子は、アンナを連れ立って馬車を降り、山賊のおかしらの元へと向かった。

 

 王子はまるで無警戒に歩みを進めて距離を詰める。それを見て小次郎が「なんと見事な自然体……」と感心したようにつぶやいた。

 

 山賊は、こちらもまた王子に向かって歩を進める。

 最早、手を伸ばせば届く距離。王子の剣、山賊の斧、いずれにとっても必殺の間合い。

 ならば、勝負はどちらの刃が先に届くか、その一点にあると言えた。

 緊張の面持ちで、小次郎とジークフリートが立花の号令一下でいつでも飛び出せるように準備する。

 

 そして、両者は肉薄した。

 

「──わっはっはっは! こうしてツラ合わせるのは久しぶりじゃねぇか、王子! 元気だったか!?」

「………………!」

 

 山賊は王子に軽くハグして再会を喜び、ばしんばしんと背中を叩きながら無遠慮な声で笑い飛ばした。

 勝手に緊張感を高めていたジークフリートと小次郎は思わずつんのめって馬車から落ちそうになり、立花は納得したような声で呻きながら苦笑する。

 

 王子とアンナは、しばしにこやかに山賊と談笑していたが、やがて一緒に立花達の方へとやってきた。

 

「立花さん、こちら山賊のモーティマさんです」

「あんたらが新しい仲間か。鯖だか鱒だか知らねえが、こんなところでえらい寒そうな格好をしてやがるな。

 おい、野郎共! 防寒具を三つばかり持ってきな!」

「へい、お頭!」

 

 モーティマの号令からほとんど待つことなく、どう見ても無骨で男くさい山賊が、仕立てのいい上等な毛皮の外套を持ってきた。

 立花がそれを受け取ると、汚れもなく手触りが良くて暖かい。毛皮特有の匂いも、おさえられているようだ。

 

「ありがとう! このままじゃちょっと寒いかなって思ってたんだ」

「この先に野営地を設置してある。体があったまる飯も用意してあるから、まずはそいつを食って英気を養うといいぜ!」

「へっへっへ、お頭の料理はうまいんだぜ! たっぷりあるから遠慮しねぇで食ってけよ!」

「はーい、ご馳走になります!」

「いいってことよ、若ぇやつが遠慮すんな!」

 

 豪快に笑って、モーティマは手下や王子達と共に去っていった。

 程なくして、山賊達の先導で再び一行の馬車は進み出す。

 

 立花は馬車の中から御者台に移って、受け取った毛皮の外套を身に纏った。

 思った以上の保温力の高さに、思わず感嘆の声をあげる。

 お似合いです先輩、とマシュがほめた。

 

「山賊──いい人だ!」

「賊というより、気のいい任侠の親分といった人物であったな。見かけで判断はできないものだ」

「すまない…… 背中を隠せないから、毛皮を身に付けられなくて本当にすまない……」

 

 うむうむ、とうなずく小次郎はちゃっかりと着物の上から毛皮の外套を羽織っていた。やはり寒かったのだろう、どことなくほっとした顔をしている。

 

 対するジークフリートは、折角の好意を受けとれず、手元の毛皮を見つめて落ち込んでいた。

 よしよし、と立花は丸まったジークフリートの背中の、木の葉の形をした痣を暖めるように撫でさすってやる。

 

「やれやれ、まるで祖父の看病をする孫娘よな」

「いつもすまない、マスター……」

「それは言わない約束だよ、ジークフリート」

 

 素でそういうジークフリートに立花はノリで答える。

 そんな二人を横目に見て、小次郎は肩をすくめながら馬車を進ませるのだった。




TIPS

山賊(バンデット)
異世界であってもやはり山賊は無法者だが、同時に山野の暮らしに長けた職能集団でもある。
また意外に横の繋がりもあり、裏社会を牛耳る闇のギルドを介した情報のやり取りや、共通の掟などもある。
若いものの中には自ら進んで山賊になる者もおり、山賊王を目指したり、新世代の山賊を名乗る者もいるようだ。
なお、紆余曲折あって今代の山賊王は王子が務めている。

余談だが、作者が初めて引いたガチャのユニットは、山賊王コンラッドであった。
まばゆい輝きと共に現れた中年太りのおっさんを見て、「これ、美少女ゲームの筈では……」と困惑したのは言うまでもない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.山賊のシチュー(BATTLEなし)

 野営地は森の中の開けた場所に設営されていた。

 ここまで通ってきたほかにも、広場の向かい側と右手側に一本ずつ、あわせて三本の道が伸びている。

 広場は雪がかきわけられているが、何故だか二重円を描くように地面が露出していた。

 

『ここは…… 地脈の溜り場みたいだね。霊地というには些細だけれど、大地の魔力がここで渦を描いている。その痕跡に沿って地熱の差が生まれて、雪が融けているんだ。とても珍しい地形だよ』

「ふむ、みすてりーさーくる、というやつかな」

 

 ダヴィンチちゃんの解説に、ふむふむと小次郎がうなずく。

 なるほど、言われてみれば心なしか寒さも和らいでいるように思える。もっとも、それは周囲の木々が風防になっているせいかもしれない。

 それに何より──

 

「──美味しそうなにおい!」

 

 広場の中心では、山賊達の作った料理が大鍋の中でぐつぐつ煮えて、温かな湯気と香りを立てていた。

 馬車を止めるのも待ちきれず、ひらりと飛び降りた立花をジークフリートが追う。

 小次郎はやれやれとため息をついて、広場の隅の他の馬車が停められている方へと馬車を向けた。

 

 大鍋の近くには椅子とテーブルも置かれてあって、まるで屋台でも出張してきたかのようだ。

 おかしらのモーティマが自ら大鍋を前に陣取って、彼から料理を受け取った王子軍の面々は思い思いに席につき、あるいは立ったままで料理に舌鼓を打っていた。

 

「よう、やっと来たか、(マス)のお嬢ちゃん」

「鱒じゃなくて立花です」

「そうだっけか、まぁとにかくお前らも食ってけ。そろそろ昼時だし、何より体も冷えただろ? お近づきのしるしってやつだ」

 

 そう言うと、モーティマは木のお椀に大鍋からシチューをよそって、木のスプーンをつけて立花に手渡した。

 お礼を言ってお椀を受けとると、湯気をたてる熱々のシチューの熱がじんわりとお椀越しに冷えた指先に伝わって、知らず強ばっていた手に血行が戻ってくる。

 

 同じくお椀を受け取ったジークフリートと共に、大鍋の前から離れて席につく。

 とろみのついた褐色の、具沢山のシチューだ。スプーンを入れてみると、たまねぎ、人参、じゃがいも、ごぼう、鶏肉といった具材が大きめに切られて入っている。

 

 スプーンでじゃがいもを割ると、ほとんど抵抗なくほろっと崩れて、中からふわっと湯気が立ち上った。煮崩れていないのに、芯まで柔らかく炊けている。

 半欠けになったじゃがいもと、くたっとしたたまねぎを一緒にすくって、立花はぱくりと口に入れた。

 

「──美味しいっ!?」

「ああ、これは美味いな、マスター……!」

 

 熱々のシチューにはふはふ言いながら、手を休めることなくスプーンを口に運ぶ。

 山賊料理といえば雑なようにも思えるが、意外なほどに繊細な味付け。それでいて、どこか素朴で食べやすい。

 

「体が芯から温まるようだ。これは嬉しいな」

「野菜がたっぷり入っているのが良い。農民の拙者にとっては、どこか懐かしい味というか……」

「うん、なんていうか、お母さんの味、みたいな!

 エミヤの味付けに似てるかな?」

「ははは、和食と洋食で味が似るとはこれいかに」

 

 いつの間にか同じくお椀を手に席についていた小次郎と、三人並んでシチューをすする。

 冷えていた体も、いつの間にか内側から温まって汗をかくくらいだ。羽織っていた毛皮の外套をぱたぱたとはためかせると、内側の熱が解放されて、かわりに入ってくるひんやりした空気が心地いい。

 

 お椀の中身を綺麗に平らげて一息つくが、どうにも一杯では物足りない。大鍋の方を見ると、同じくおかわり希望の兵士や魔法使いがお椀を手に列に並んでいた。

 

「ほい、マスター。こいつをお望みかい?」

 

 なくなる前に行こう、と席を立ち上がりかけた立花だが、その目の前に美味しそうな湯気をたてるお椀が置かれた。

 そのお椀を差し出したのは、浅黒い肌に黒髪の、飄々とした印象の好青年だ。見上げる立花に、ぱちりとウィンクする様が嫌味なく似合っている。

 

「アーラシュ! お帰りなさい」

「ただいま、マスター。斥候に行ってきたぜ、まあ食べながら聞いてくれや」

 

 普段は革の鎧に腕を晒した姿のアーラシュだが、今はその上から毛皮の外套を羽織っている。今受け取ったにしては寒そうにしていないので、おそらく立花達より一足先にモーティマ達と合流して受け取ったのだろう。

 アーラシュはアーチャーの単独行動を活かして、氷の山に近付く前から先行し、斥候を務めてきたのである。

 

 立花の前にシチューの椀を置いたアーラシュは、テーブルの向かい側の席に腰を下ろした。

 

「ありがとう、いただくよ。アーラシュはもう食べた?」

「ああ、一杯馳走になってきたとも。

 しっかし、あのおっさん、あんないかつい顔して美味い飯を作るもんだ。山賊にしておくのは勿体ないな!」

「まったくだ。いやあカルデアに呼ばれてからこっち、美味い飯にありつく機会が多くて良い。前の職場など、日がな一日山門の前に立たされて食事も休憩もなしときた」

「そりゃ災難だったな! サーヴァントは腹が減らないといっても、やっぱり美味い飯を食えばやる気が出るってもんだ」

「すまない、それよりも斥候の結果を聞きたいのだが」

 

 陽気でのんきな二人が話を脱線させかけたのを、すかさずジークフリートが修正する。

 立花もこくこくと頷いてアーラシュを促したが、シチューを食べる手は止めなかった。

 

「事前に聞いていた通り、山頂を囲むように石造りの城壁があったぜ。ただ、あんまり近付くと向こうさんのアーチャーにも気付かれるかもしれないから、遠目に確認しただけだ。

 森はその城壁の近くまで続いているが、門になった部分は坂道を登らないといけないから、そこはどうしても無防備になるな」

「それは、山頂の凍った湖を囲う壁ですね」

 

 アンナと王子がやってきて、空いた席に腰を下ろす。

 食事はもう済ませたのか、手には何も持っていない。

 二人とも事前に用意した防寒具を身に付けていて、寒さは問題なさそうだった。

 

「かつて、その凍った湖の下に魔物が封印されていました。その封印が解けた折は、その門のところで戦闘になったのです。大変な戦いでしたね、王子」

「なあ、あの門の付近、まるで爆弾でも落ちたようなクレーターがいくつもあったんだが……」

「大変な戦いでしたね、王子!」

「……………………」

 

 懐かしむような表情でこくこくとうなずく王子とアンナに、思わず歴戦のアーラシュもたじろいだ。

 

「それより、途中に敵の姿はありませんでしたか?」

「いや、デーモンや魔物の姿はとんと見かけなかったな」

「……デーモンの一体もいないのはおかしいですね。本当にここにシビラ様達がいらっしゃるのでしょうか……?」

「……………………」

「そちらの兄さんは、疑ってないようだな。

 ……実は、俺も同感だ。魔物の姿は見えなかったが、この山自体に何かピリピリしたものが張り詰めてやがる。野生の動物もほとんど見かけなかった。何か異変が起きているのは確かだろうぜ」

「ああ、確かに何か、戦の予感めいたものは俺も感じている」

 

 ナタクの情報を疑っていないのか、それとも何かを感じ取っているのか、王子とアーラシュ、それにジークフリートは難しい顔をしている。

 一方、戦争の経験に乏しい小次郎はピンとこないのか、いつもの飄々とした顔を崩さない。立花もそれほどの緊張感を得ていないのか、食べ終わったシチューのスプーンをからんと置いた。

 

「他に何か、おかしなものを見かけたりはしなかった?」

「見るからに怪しいものはなったが……

 ……ま、強いて言えば雪だるまぐらいだな」

「……雪だるま?」

「ああ、森の中に沢山あったぜ。ここは一年中雪が降るっていうからな、昔作られたのも溶けずに残ってるんだろう」

「ほう、異世界にもそのようなものが。拙者の生きていた頃も、村の童が冬になると作っていたものよ、いやあ懐かしい」

「もしかしたら、山賊の旦那達が暇潰しに作ったのかもな。この広場の近くだけでも、何十体とあったぞ」

「……すまない、もしかして杞憂なのかもしれないが…… その雪だるまが魔物、ということはないだろうか?」

 

 ジークフリートがぽつりと口にした疑問に、ぴたりと空気が固まった。

 何をバカな、とは言えない。立花達も、雪だるまの形をしたゴーレムを相手にしたことがある。主にクリスマス付近に発生する妙な特異点で。

 

 まさか、と思って王子とアンナの顔を見ると、二人は真顔でこくりとうなずいた。

 

「せ…… 戦闘準備ー!! この広場は、既に魔物に囲まれています!!」

 

 アンナがガタッと立ち上がって叫ぶと共に、にわかに強い風が吹き、不自然なほど急激な吹雪が広場を多い始めた。






TIPS

【大変な戦いでしたね、王子!】
アイギスのイベント『アンナと雪の美女』の終盤ステージ。
強敵を強力なユニットが引き付けて足止めし、周囲にヒーラーやアーチャーを置いて支援するのがこのゲームのセオリーだが、このイベントに登場した『太古の魔物』は炎の玉を降らせて範囲内の全員に攻撃する能力を持っていた。
そのため、敵を引き付けてしまうとまとめて壊滅させられるのである。
範囲外から支援しようにも、同時に吹雪が襲いかかる難所。
なお、イベント名から察しがつくかもしれないが、とある映画が大ヒットした頃に開催されたイベントであった。今でもデイリー復刻としてプレイが可能。


【吹雪】
アイギスでは天候の変化で様々な影響が敵味方にもたらされる。
吹雪の天候は、敵味方共に遠距離の射程が減少してしまう。
ただし、一部の寒さに適応したユニットには無効で、それどころか攻撃力を増してしまう者もいる。
後に、さらに効果の高まった「猛吹雪」という天候も追加された。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.ダンシングウィズスノウマンズ(中級)

「さ、寒っ……!?」

 

 強烈な雪と風が吹き付け、立花は思わず自らを抱いた。

 あっという間に目の前が白くなり、広場の端まで見通すことができなくなる。

 流石にこうなると、耐寒耐熱の魔術礼装の上から毛皮のマントを羽織っていても、頬が切れるように冷たく感じた。

 

『これは普通の吹雪じゃないぞ……! 場の魔力属性が急速に偏りを見せている!』

『先輩、エネミーの反応をとらえました! 総数、百を越えます……! 突然、全周囲に発生しました!』

 

 さらに、吹雪の向こうから魔物が迫ってくる。

 吹雪のカーテンでよく見えないが、まるっこいそのシルエットは立花達の見たことのある雪ゴーレムとはまた違った、雪玉をふたつ重ねたシンプルな形の雪だるまだ。

 それが、ぴょこん、どすん、と跳ねながら全周囲から迫ってきている。

 

『なるほど、雪だるまに憑依するタイプか。憑依して動き出すまで反応が現れなかったんだ』

『エネミーは真っ直ぐそちらに……いえ、待ってください、妙な動きをしています…… まるで、道に沿って円を描くような……?』

『いや、これは道じゃないぞ。地面を走る霊脈をなぞっているんだ。知能の低いタイプのエレメントなんかによく見られる行動だね。まるで円舞のようだよ』

「カルデアの皆さんは、魔物の動きがわかるのですね。

 相手の動きがわかっている防衛戦……王子、これは我々の得意分野ですよ。まずは戦闘体勢を整えましょう!」

「…………!」

 

 ガタッ、と立ち上がったアンナと王子は一瞬だけアイコンタクトをかわすと、それだけで意思を通じあったようだ。迷いなく行動を開始する。

 立花達も、それに従って動き始めた。

 

「拙者は馬のところへ行く。馬たちがやられてはかなわん」

「気をつけて、小次郎!」

「応とも!」

 

 軽やかに雪を蹴って、小次郎の姿が吹雪の向こうに消える。

 ジークフリートがさりげなく立花の風避けになる位置に立ち、立花はジークフリートとアーラシュと共に広場の中央へと向かった。

 

 

 

 

 

 吹雪の中、雪の上といえど、サーヴァント……しかもアサシンのクラスで顕現した小次郎にとっては、雪を踏む音さえ置き去りにして駆け抜けるなど容易いこと。

 雪だるまどもが木々に繋がれた馬達に襲いかかる、その前に小次郎は割り込んだ。

 

 カルデアでも雪だるまゴーレムと戦ったことはあるが、頭の造形はそれと似ている。赤いバケツをかぶって赤いマフラーを巻き、黒い石か何かを目と口に見立て、鼻には人参を埋め込んである、朴訥とした顔立ちだ。

 が、太い手足とずっしりした胴体がついていたゴーレムとは違い、この雪だるまの魔物は頭よりも一回り大きい雪玉に木の枝を刺して作った手を生やしているだけの体をしている。

 

 子供の作るような、オーソドックスな雪だるまだ。

 実際、そのようなものに何か良くない邪悪なものが取り憑いて生まれた魔物であった。

 

 一体どのような攻撃をしてくるのか。どう攻撃すべきか。考えようとして、小次郎はやめた。ひとまず斬ってみてから考えれば良い。

 

 抜き放った長大な太刀を、駆け込んだ勢いのまま振り下ろす。

 初太刀を受けた雪だるまは、その一撃で血しぶきならぬ雪しぶき(?)をあげ、倒れ伏した衝撃で砕け散った。赤いバケツがカランカランと転がって、それきりだ。

 

「ふうむ、なんとも斬り甲斐の無いことよ」

 

 拍子抜けとばかりにつぶやいた小次郎を、赤いバケツをかぶった雪だるまが今度は三体で取り囲む。

 間合いに入る寸前、赤い手袋をつけた手で顔を隠して縮こまったかと思うと、ばっと手を開きながら飛びかかってくる。

 

 先程までどこか眠たげな朴訥な顔だったのが、黄色い目玉をぎょろつかせギザギザの牙がのぞく口を大きく開いた恐ろしげな顔に、文字通り変貌していた。

 これには小次郎も一瞬ぎょっとするが、それで鈍るような剣の持ち主ではない。

 

 余人には、雪だるまどもがどの順番で斬られたのかもわからないほどの剣速で、三体の雪だるまは空中で真っ二つに切り裂かれた。

 ひとつは首と胴を断ち、ひとつは胴体を袈裟懸けにし、ひとつは脳天から真下へと切り落とす。

 

 どさり、と雪が地に落ちた音はほぼ同時。

 これならば何体来ても怖くはない、と不敵な笑みを浮かべる小次郎だが、続いて彼を取り囲んだ雪だるまは青いバケツに青いマフラー、青い手袋をつけていた。

 

 青い雪だるまは同じように手袋で顔を覆ったが、今度は飛びかからずにその場でその手を広げる。

 すると、頬まで裂けた魔物の口から魔力の弾が放たれて小次郎を襲った。

 

「おおっと、そんな芸も使うのか!」

 

 咄嗟に身をかわす小次郎だったが、流れ弾が背後の馬の足元に炸裂し、地面の雪をはねあげて馬を驚かせる。

 これはいかん、と小次郎は刀を振るい、魔力弾を叩き落とす。

 流石は王子軍の馬というべきか、馬達はやや興奮しつつも、恐慌状態には陥ってはいなかった。

 

「どう、どう。落ち着けよ、お前達」

 

 軽口のように馬に声をかけ、小次郎は雪を蹴った。

 霊脈の流れに沿って近付いてくるとはいえ、離れた場所から攻撃してくる相手に足を止めてなどいられない。

 

 青バケツの雪だるま達は次々に魔力弾を放ったが、小次郎の刀はそれを叩き落とす。

 まず、己の致命となるものを最優先に。背後の馬に当たりかねないものをその次に。多少の被弾は無視して走る。

 

 同時に複数の斬擊を放つ秘剣、つばめ返しを会得したその身とはいえ、雪だるまの数は多く、放たれる弾幕のすべてを打ち落とすには足りない。

 だがひとつひとつの威力は然程でもなく、小次郎は幾分かのダメージと引き換えに青バケツの雪だるまに肉薄した。

 

 深く間合いに入り込み、長い刀を横一閃。

 三体まとめて輪切りにし、ただの雪の塊へと還す。刀の間合いにさえ入ってしまえば、バケツが赤かろうが青かろうが変わりはなかった。

 

 だが一息つく間もなく、どすん、どすん、と重い音が迫る。

 今度は赤いバケツと青いバケツの雪だるまが同時。だがその大きさは2メートル以上あり、思わず小次郎は見上げてため息をついた。

 

「これはまた、ずいぶんと気合いを入れて作ったものだ……!」

 

 大きいということは、単純な強さでもある。

 単純に考えて、高さが倍なら横幅も倍、奥行きも倍で、掛け合わせて体積は8倍。それだけのパワーとタフネスを持っているということだ。

 

 しかし、相手が何様であろうと小次郎にできることは刀を振るうことのみである。

 いざ、と刀を構えたその直後、吹雪のカーテンを切り裂いて、数本の矢が立て続けに飛んできた。

 

 矢は雪だるまのかぶった青いバケツを弾き飛ばし、きょとんとした顔になった雪だるまの人参の鼻を吹き飛ばし、最後に頭そのものを吹き飛ばした。

 同時に、小次郎の体を淡い光が包み込み、雪だるまの魔力弾にやられた傷を癒す。

 

「あんまり一人で無理すんなよ、小次郎!」

「ワシも加勢しますぞ! 神官戦士ニコラウス、只今推参ッ!」

 

 広場の方から弓を構えたアーラシュと共に、白い法衣とメイスで武装した老神官戦士が姿を見せた。

 老神官戦士は見事に光る禿頭で、顔にこそ深いしわが刻まれ眉も髭も白くなっているが、首から下は老人のそれとは思えないほど鍛えぬかれていている。

 

 老神官戦士は駆けつけざまに小さな雪だるまをメイスで叩き潰すと、今度は拳で殴り付けて別の雪だるまを崩す。

 かと思えば、握っていた拳を開いて光を放ち、小次郎に更なる治癒魔術を施す。この世界の治癒魔術は礼装のそれに比べて効果こそ低めだが、圧倒的に連発が利くようだった。

 

「助太刀、感謝致す!」

「だっはっは! なんの、礼には──ぬおっ!?」

 

 不意にニコラウスの頭上に影が差したかと思うと、高く飛び上がった赤バケツの巨大雪だるまが老神官戦士を押し潰そうと落下してくる。

 

 だがしかし、その目論見は完遂されなかった。

 アーラシュの弓矢に頭部を、小次郎の燕返しに胴体を吹き飛ばされて、巨大雪だるまは消し飛ぶ。

 大量の雪をかぶったニコラウスだが、すぐに雪をはね飛ばして這い出し、頭の上に乗った雪を払い避けた。

 

 折しも吹雪が弱まり始め、差し込んだ陽光にキラリとその頭が光る。

 

「礼を言うのはこちらの方でしたな! かたじけない!」

「お互い様というやつよ。それよりご老人、見ればなかなかの益荒男(ますらお)ぶり。ここはひとつ、手合わせなど如何かな?」

「むう、これは良き修羅ぶり! ワシの若い頃を思い出すわい!」

「おいおいお二人さん、じゃれあうのはこいつらを片付けてからにしてくれよ?」

「うむ、心得た!」

 

 軽口を叩きあう間にも、雪だるまは次々に襲い来る。

 三人の男は雪の中、戯れ踊るように雪だるまのラッシュを受け止めるのだった。




TIPS

【雪の広場】
今回の戦闘の舞台であるが、実際に千年戦争アイギスに存在するマップをモチーフにしている。
今回とは逆に、広場中央に陣取る魔物から三方の出口を守る配置になることが多いマップ。
ただし、そのマップは「アンナと雪の美女」には使用されていなかったりする。

【雪だるまの魔物】
人の姿を模したものには魔が宿りやすい。それは雪だるまも例外ではなく、形なき魔物が雪だるまへと取り憑いて生まれた魔物。
何故か、物理攻撃をするものは赤いバケツ、魔法攻撃をするものは青いバケツをかぶる習性がある。

【神官戦士】
強い信仰とストイックな修行により、治癒魔術と武器戦闘の両方の技術を修めた戦士。
どちらも専門職には劣るものの、戦闘能力を持たない治癒魔術師では配置できない場所で回復を行えるため、王子軍では重宝されている。

【ラッシュ】
単体では弱い小型の魔物が行う戦術。
戦術とは名ばかりの、ただ数とタイミングをそろえての一斉攻撃だが、押し込まれて突破を許せば守るべき後方に取り返しのつかない被害を生むことにもなる。
ラッシュを凌ぐには単純な戦闘力だけでなく、多くの魔物の足を止める防衛技術や、効率的に多数の魔物を倒す殲滅力が必要とされる。

k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.燕返しvs魔弾の射手(上級)

『エネミー反応、消失しました。索敵範囲内に新たな反応は見当たりません』

 

 雪だるま達の奇襲に対して、王子軍の対応は素早かった。

 混乱したのも始めのうちだけで、司令塔の役割を果たすケイティとユリアンの指示の下、兵士達は広場の各所に展開していく。

 

 結局、サーヴァントの出る幕は無かった。

 馬を守りに行った小次郎の援護に、神官戦士の老人をつけてアーラシュを送り出したが、ジークフリートと立花は、アンナと王子と共に広場の中心に待機していただけだ。

 

「王子の指揮力もあるが、彼らは随分と戦慣れしているな。これならば、かの英雄王(ギルガメッシュ)とて良き兵と讃えるだろう。

 ……それに比べて、役に立てないサーヴァントですまない……」

「ううん、私を護衛してくれてありがとう。

 それに、私達の本当の出番は敵サーヴァントとの戦いだからね」

「はい、リンネ様が名を上げたデモン・サーヴァントの方々は、いずれもナタク様に勝るとも劣らぬ方ばかり。今の我々では歯が立たないでしょう。立花さん達に頼るしかないのです」

「……………………」

 

 アンナの言葉に、王子もこくりとうなずく。

 

『それにしても、リンネちゃんの力は凄いね。

 最小限の魔力で、見事に吹雪を収めてしまったよ。これも刻詠の業というやつかい?』

「否。吾でなくとも……風水師ならば、容易き事……」

 

 広場を襲った吹雪は、既に晴れていた。

 リンネが悠然と進み出て、魔力の流れを整え始めた途端、みるみるうちに吹雪は弱まりだしたのだ。

 ダヴィンチちゃんの見立てでは、雪だるま達を殲滅して、さらに一時間は待たないと収まらないような吹雪だったのだが。

 

 ほんの少し。宝具も使わず、ほんの少し、流れを変え、力を加えるだけで、思い通りに環境を操る。

 それはさながら、微かな蝶の羽ばたきで狙ったところに嵐を起こすような……いや、したことはその真逆だが……鮮やかな手並み。

 

 仙術を修めた者なら可能だろうが、リンネに匹敵する天候操作が可能な仙人など、この現代に果たして何人いるだろうか。

 サーヴァントを含めても、伝説に語られる神仙の中から探さねばなるまい。先日戦ったナタクでも、出来たとしてこれほどの手際ではないだろう。

 容易いなどと、とんだ謙遜であった。

 

「マスター、今戻った。馬達に被害はないぞ」

「あっ、お疲れ様、小次郎、アーラシュ」

 

 アーラシュと老神官戦士を共に連れて、小次郎が戻ってくる。

 別の場所で戦っていたケイティやユリアンは、戦闘後の処理、すなわち大量の雪だるまを倒して残った雪の雪かきを行っている。

 この三人は、そうした後片付けは面倒とばかりに放り投げてきたのだった。

 

「──いかん、マスター。そこから動くな」

「へ?」

 

 小次郎の方へ近付こうと飛び出した立花だったが、不意に小次郎に制止され、たたらを踏む。

 そして小次郎は一度は納めた刀を抜き放ち、鞘を投げ捨てた。

 長大な刀を構え、立花に向けて駆ける。

 

『小次郎さん、何を──!?』

「秘剣──燕返し!」

 

 突然の行動に虚を突かれ、誰一人身動きをとることができない。

 

 事象を歪め、全く同時に数本の斬撃を放つ対人魔剣。何者も逃れ得ぬ刃の牢獄。無限の極致に開眼せし絶技。

 それが、小次郎自身のマスターに向かって放たれた。

 

 

 

 

 

 ふと、ナナリーは顔を上げた。

 耳が痛くなるほどの静寂に支配されたその空間の中で、立ちあがり、歩き出すナナリーの足音と衣擦れの音だけが寒々しく響き渡る。

 

 テラスから外へ出て、冷たい風に流される長い金髪を手で押さえ遠くを眺める。

 麓の一角の上空に不自然に厚い雲がたれこめて、局所的な吹雪が吹いていた。

 

 ナナリーは弓兵ではあるが、僅かながら魔術の素養を持っている。魔物達が起こした吹雪の気配を感じ取ったのだ。

 この山には、古代の魔物が討伐されて以来、住むものもなければ立ち入る者もいない。ならば今、あえて訪れる者は限られる。

 

「……王子」

 

 つぶやいて、ナナリーは吹雪の中へと目をこらした。

 サーヴァントとして得た膂力、魔力、そして千里眼(射手)(ファーショット)のスキルによって、今のナナリーならここから麓を狙い射つことができる。

 

 おあつらえむきに、吹雪が急速に威力を減じて見やすくなった。風水師──リンネの力だろう。

 弓を構え、弦を引く。魔力から矢が生み出され、つがえられた。

 ナナリーは速射の名手だ。射つべき魔物は多く、矢はいくらあっても足りない。それを補うために覚えた、唯一の魔法だった。

 

 しかし、射つべき相手の姿が見えない。

 王子がいるらしいその広場は、ぎりぎりのところで地形や木々に隠されている。ちらほらと兵士の姿は見えているが……ただの兵士を射抜いたところで、大して意味はない。むしろ警戒されるだけだ。

 狙うなら、ケイティやアンナといった重臣。あるいはキャスターのサーヴァントであるリンネ。そして──王子。

 

 狙いを定めているうちに、吹雪は止み、雪だるまの魔物どもは殲滅されたようだった。

 この場での狙撃は諦め、適した位置へ来るまで待とうか──そう思ったその時、障害物の僅かな隙間に赤毛の少女が姿を見せた。

 

 見たことのない少女だ。

 そう思うと共に、カルデアのマスターだ、とも思う。

 人類最後のマスター、藤丸立花。その名と存在は聖杯からの知識で知っていたが、目にするのはこれが初めてだ。

 異世界の英霊……こちらの世界で言うならば、いずれも白金(プラチナ)黒金(ブラック)に相当する強者であるサーヴァント達を多数従える、星見の魔術師。

 王子と共に戦う──女。

 

 王子の元には誰もが集う。

 男も、女も。元は敵であった帝国の者でさえ。あるいは人でさえなくとも。そして──異世界から訪れた者も。

 誰もが王子を慕い、王子もまた身分や出自にかかわらず、分け隔てなく皆を愛する。

 シビラも。ナタクも。ナナリーも。あるいは……あの娘も?

 

 ずきり、と胸の奥が痛んだ。

 

 ぎり、と弓を引き絞る。

 その手の中に新たな矢が生み出された。

 その総数、五本。

 無力な少女一人の命を射抜くには過剰な殺意。

 急速に燃え上がった激情が、ナナリーの唇を開かせた。

 

「──白の射手は魔弾を放つ(クィンタプルショット)

 

 それは宝具と呼ぶにはあまりに単純。

 弓鳴りの音は一つ。

 放たれた矢は五つ。

 一度に五本の矢を放つ、それだけのもの。

 

 無論、五本の矢を同時に弦につがえて放つなどという、ふざけたものではない。

 最高峰の技量を持つ弓兵が放つ、必中必殺、乾坤一擲、全身全霊、至高の魔弾。

 入魂の一射を、五射同時に放つという矛盾。

 

 それは本来、彼女のような少女が放つ業ではない。

 その人生を武に捧げ、一心不乱に求め続け、長い人生と修練の涯、その最期にようやく会得しうる、無窮の武練。

 

 異世界の魔術師はそれを、多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)と呼ぶ。

 

 五本の矢は五通りの軌道を描く。

 魔術による索敵範囲の遥か彼方から突然に襲い来る攻撃を、事前に察知する術などない。

 そして、察知したその時には既に、回避する余地も防御する余裕も残されてはいないのだ。

 

 察知不能。回避不能。防御不能。

 目、喉、心臓、鳩尾、子宮。

 全身を射抜かれて絶命するビジョンを、ナナリーは見た。

 

 ただし。

 条理を越えてそれを覆す者がいた。

 

 心眼(偽)のスキル──天性の第六感、根拠もないだだの勘によって、察知不能の五射を察知し、割り込まんとするサムライが。

 

 それがただのサムライであるならば、矢のひとつふたつは防げたところで残りの矢が少女を射抜く。

 しかし彼は、彼だけは、その運命を覆せるのだ。

 

 彼女と同じ、多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)によって──!




TIPS

【風水師】
風水とは、仙術の中でも自然の運行に関して特化した術である。
これを操る風水師は周囲の魔力の流れを操ることにより、同時に複数の対象に治癒魔術を施すことが可能だが、その真価は優れた天候操作技術にある。
流石に摂理を無視して即座に天候を操るようなことはできないが、魔物が引き起こすような不自然な荒天でも、その影響と持続時間を半分以下にすることが可能。
伝説によれば、風水を極め八門風水導師と呼ばれる術者ともなれば、自らの存在を世界に溶かし込んで隠匿することも可能であるという。

k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.必中の矢(上級)

 小次郎の刀は、立花に傷一つつけることはなかった。

 それは刀の刃が触れなかったというだけではなく、晴天の霹靂の如く飛来した五本の矢を、過たず切り払ったからである。

 

 絶技。対人魔剣。そして──剣の檻。

 檻とは時に、囲う者を守る役目も果す。

 

 切り払われた矢はその数を倍に増やして無為に白雪の上に転がったが、いずれもすぐに幻のように消え去ってしまった。

 

『狙撃!? どこから──!?』

『投影魔術で作られた矢…… 間違いない、敵はデモン・アーチャー! 白の射手ナナリーだ!』

 

 マシュとダヴィンチちゃんが叫ぶ、その直後に再び五本の矢が飛来する。

 だが、立花を守るのは小次郎だけではない。小次郎が一本を切り払い、アーラシュが一本を撃ち落とし、ジークフリートが残りの三本をその身で受けた。

 しかし矢はいずれもジークフリートに傷一つつけることなく、キンと弾かれて消えていく。

 

「大道芸ではあるまいし、いつまでもこうしているわけにもいかん。安全な場所に避難すべきだぞ、マスター」

『先輩、南側の木の陰に向かって下さい! 狙撃の角度から計算して、そこなら死角になる筈です!』

「わ、わかった!」

 

 サーヴァントに狙われている、という事実にぞくりと背中に寒気を感じつつ、立花は広場の端、木の陰へ向かって走る。

 

 王子軍の面々も、王子の指示に従って、荷物を放棄しつつ狙撃から身を隠す位置に移動を開始している。

 立花の近くにも、モーティマら数人の兵士や山賊が走っていた。

 

 一心不乱に走る立花を、小次郎の刀が、アーラシュの矢が、ジークフリートの剣と鎧が守る。

 雨のように降り注ぐ矢は数が多いくせに狙いは正確で、サーヴァントが守っていなければ何十回死んでいたことか知れない。

 

『安全圏まで、三、二、一……』

「あっ──!?」

 

 だが、あと一歩というところで雪が立花の足を滑らせた。

 冷たくも柔らかい雪の上に前のめりに倒れ込む。幸い、雪に受け止められて怪我はないが、突然の転倒にサーヴァント達の反応も一瞬遅れる。

 致命的な隙を晒し、立花の背筋がぞくりとした。

 

『大丈夫です、先輩! ギリギリで安全圏に入ってます!』

「バッカ野郎、気ぃ抜いてんじゃねえ!」

 

 マシュの声にほっとしたのも束の間、大柄な体格のせいかどすどすと少し遅れて来たモーティマが、外套の上から立花の腰のベルトをむんずとひっつかんだ。

 荷物のように持ち上げられたと思うのと同時に、ぶんっとアンダースローで前方に投げ捨てられる。

 

「おっと、マスター!」

「むぎゅっ!」

 

 ジークフリートがしっかりと受け止めてくれたおかげで怪我はないが、はだけられたジークフリートの胸元に顔から突っ込んでしまう。

 鎧に鼻をぶつけたせいか、それとも照れのせいか、少し赤くなりながら体勢を立て直し振り向いて、立花は見た。

 

 飛来した矢が燕のごとく弧を描いて、先程まで立花が倒れていたところに突き刺さるのを。

 

 しかも、そのうちの一本の矢がモーティマの肩に突き刺さり、雪の中に赤い血を撒き散らしていた。

 

『矢が──曲がって──!?』

「おいおいマジかよ、これで魔術なしってんだから、とんでもない技量だな……!」

 

 弓兵の中の弓兵と言われるアーラシュも、これには苦々しく表情を歪める。

 モーティマは矢を受けて少しよろめいたものの、肩に矢が刺さったまま走り抜けてジークフリートの背後に逃げ込んだ。

 

 さらに何本もの矢が弧を描いて飛び込んできたが、どうやら見えていないのは確からしく、狙いも甘く全てジークフリートに跳ね返される。

 しばらくしてようやく矢が降りやみ、しんとした静寂が訪れた。

 

「いててててっ、おー痛え、一発もらっちまったぜ……!」

「……モーティマさん、大丈夫?」

「なあに、俺達山賊は丈夫なのが取り柄よ……ふぬっ、ほぎゃああ!」

「大の大人が矢の一本でそう喚くなよ」

「んなこと言っても、痛えもんは痛えんだよ!」

 

 強がって自分の手で矢を抜いたものの、直後に強面に涙を浮かべてのたうつモーティマに、アーラシュが苦笑まじりに言って肩をすくめる。

 モーティマはしばらく痛がっていたが、自分で手早く応急処置をして清潔な布を巻き付けていた。なかなか見事な手際だ。

 

『先輩、お怪我はありませんか!? 申し訳ありません、まさか矢を曲げるなんて……!』

「私は平気だよ。ありがとう、モーティマさん」

「お、おう…… まあ、いいってことよ」

 

 モーティマは虚空に浮かぶマシュのホログラフを興味深げにじろじろ眺めていたが、立花に礼を言われて少し照れたらしく視線をそらす。

 

「ともかく、ナナリーは狙った獲物を外さねえ。素早い魔物にも、矢が自分から追いかけるみてえに曲がって当たるんだ。

 物陰に飛び込んだくらいで安心しちゃいけねえぜ……くそっ、味方なら心強いんだが、敵になるなんてな」

『はてさて、それにしてもこれからどうしたものか……

 向こうの視界に入ればまた矢の雨が飛んでくるだろうけど、かといって何時までもじっとしているわけにはいかない。

 アーラシュくん、逆狙撃できないかい?』

「無茶言いなさんな。相手の位置もわからん上に、山の下から上ってえなるとな。……宝具を使っていいんなら、山ごと吹っ飛ばしてみせるが」

「アーラシュ」

「……へいへい、わかってるよ、マスター」

 

 咎めるように唇を尖らせる立花に、アーラシュは軽く肩をすくめてみせた。

 

 サーヴァント三人と立花、モーティマも一緒に頭をひねるが、上手い解決策は出てこない。

 一方的に狙撃されて動くことができないが、じっとしている訳にもいかない。だが相手がどこから狙ってきているかも判然としない。

 どうにも手の無い状況だった。

 

「えーい、埒が開かねえ! 弓兵なんざ、ガーッと突っ込んでドーンと殴ってやりゃあ済むのによお!」

 

 元々、細かいことを考えるのに向かないモーティマががしがしと頭をかきながら怒鳴る。

 

「やっぱり、それしかないね」

『そうだね、リスクを避けて通るのは無理そうだ』

 

 うん、と通信を通じて立花とダヴィンチちゃんがうなずきあった。

 

『えっ…… 本当に突っ込む気ですか、先輩!?』

「危険は承知の上。特異点F(あのとき)と同じだよ。狙撃をかわして、接近しなきゃ勝ち目はない」

『あの時と違うのは、立花ちゃんを守るのはマシュじゃなくてジークフリート達だってこと。いけるかい?』

「無論だ。身命を賭してマスターを守ろう」

 

 間髪いれず、ジークフリートがうなずく。数ある英霊の中でも屈指の防御力を誇るジークフリートなら、マシュにもひけをとらないだろう。

 小次郎とアーラシュも、神妙にうなずいた。

 

『狙撃が必ず飛んでくるだろう。けど、その射撃角度から相手の位置を逆算してみせる。ナビゲートは任せて、立花ちゃんたちは全力で走り抜けてくれ』

「ふむ、ではあれを使うのはどうかな?」

 

 小次郎が指差したのは、先程の戦いで小次郎達が守った馬達である。

 いくらサーヴァントでも、馬より速く走るのは難しく、また走り続けることもできない。だからこそライダーというクラスがあるのだ。

 

 そのライダー……たとえば、雪道山道でも確実に踏破できる太夫黒を持つ牛若丸……を喚ぶ手もあったが、同乗する立花を降り注ぐ矢から守ることにかけて、ジークフリートには一歩譲る。

 セイバーとして騎乗スキルを持つジークフリートがやはり適任であった。

 

 小次郎やアーラシュは騎乗スキルを持たないが、スキルがないからといって乗れないわけではない。馬上で宝具を振るうまではできずとも、サーヴァントとしての身体能力をもってすれば十分に乗りこなせる。

 

「……そうと決まったなら、すぐに出るべきだ。

 それマスター、またぞろ空模様が危うくなってきたぞ」

 

 小次郎が空を見上げると、晴れていた空に再び暗い雲が集まり、ちらちらと白い雪が舞い始めていた。

 雪だるま達が起こしたものほど急激ではないが、再び吹雪を感じさせる雰囲気が漂い始めている。

 

『いや…… これは自然な天候じゃないぞ。何者かが再び天候を操作しようとしているんだ!』

『確かに、不自然な魔力反応を検出しています。ですが、周囲にエネミーの反応はありません』

「何だかわからねえが、吹雪になりゃあ矢も遠くには飛ばせなくなるぜ。動けるようになるんじゃねえか?」

 

 そうこうしているうちにも、雪が勢いを増し、風が吹き始め、にわかに吹雪の様相を呈してきた。

 白いカーテンで遮られたように視界が制限され、広場の反対側も見通せなくなる。

 

 それは、多数の魔物が集まって強引に地の魔力を乱すような力業ではなく、自然の法則に少しずつ手を加えて流れを変えるような、鮮やかな手並みだった。

 まるで、リンネが吹雪を収めた手腕を逆回しで見ているような──

 

『──なるほど、それじゃこの吹雪を起こしたのは……』

 

 何かに納得したかのように、ダヴィンチちゃんがしきりに頷いたその時、吹雪のカーテンの向こうに人影が浮かび上がる。

 

 雪のカーテンに身を隠し、さくさくと雪を踏み鳴らしながら近付いてきたのは、リンネとアンナを側に控えさせた王子を先頭とする一行だった。




TIPS

【投影魔術】
魔力によって物質を編み上げ、一時的に実体化させる魔術。
無から有を生み出し、宝具すら模倣し、絶大な力を発揮する攻防自在の能力──というのは、特殊な環境と状況と才能と経験が備わった稀有なパターン。
実際のところ、模倣したものは実物には及ばず、長持ちもしない。ちょっと足りないものを間に合わせて誤魔化す程度の、効率の悪い魔術。
ただ、ちょっとしたものを少しの間だけ大量に用意したい場合──たとえば矢弾などの消耗品の代用としては便利。


【曲がる矢】
王子軍の弓兵は狙った獲物を逃さない、とされる。
伝説によれば、雷光の如くジグザグに飛ぶ魔物や、疾風の如く駆け抜ける獣にも、その矢は生きているかのように自ら追いかけて命中したという。
時には常の射程距離の限界を越えてまでも追いかけたとされるが、魔術抜きでそれを実現したとは考えがたく、現代では誇張表現であるとされている。


k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.降り注ぐ矢をかわせ:王子編(上級)

 弓に矢をつがえていたナナリーだが、麓に広がった吹雪が広場を白く覆い尽くすのを見て、構えを解いた。

 ほどなくして、魔術で編み上げた矢が消え去る。

 

 魔力を感じる。自然の吹雪ではなかった。

 しかし、吹雪を起こす雪だるまは既にいない。ならばあの吹雪は……

 

キャスター(リンネさん)の仕業……でしょうか」

 

 風水師であるリンネは、悪天候を鎮める力がある。

 ならば、逆に悪天候を引き起こすこともできるのではないだろうか。

 そうでなかったとしても、この距離では吹雪を貫いて狙い撃つことはナナリーの技量でも不可能だ。

 

 そして、王子ならば必ずこの吹雪を活かしてくる。

 ならば吹雪の原因を考えるのは無意味だ。

 この吹雪に乗じて、王子ならどうするか──

 

 撤退する? 態勢を調え、部隊を再編するために一度山から降りて、クィンタプルショットの対策を立てて後日訪れる。

 クィンタプルショットに耐えられる、体力と防御力を兼ね備えた重鎧兵は連れてきていないようだった。ならばそれを連れてくれば、活路も開けるはずだ。

 

 いいや、そうなったなら、今度はナナリーが帰路につく王子に奇襲をかけるだけである。ナナリーには律儀に王子が再び訪れるまで待つ必要は無いのだ。

 それに、ナナリーの知る限り、王子なら限られた条件の中で最適な手を打ってくる。一時撤退などはしないだろう。

 

 なら、どうするか。

 撤退しないなら、攻め込むしかない。

 ルートは二つ。

 広場から、山を時計回りに回り込む道と、半時計回りに回り込む道だ。

 いずれも、最終的には山頂のカルデラ湖を囲む防壁のに辿り着く。

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()

 この山の魔女の一族の当主、白金(プラチナ)である魔女エリザはこの特異点にはいないため、王子達はまだこの場所のことを知らないだろう。

 

 だが、矢を射掛けていればその方向からいずれ知れるのは間違いない。

 自分の元へと向かってくる王子達を、如何に迎え撃つか──

 

 そこまで考えて、ナナリーは苦笑した。

 こちらは守り、王子が攻める。まるでいつもの反対だ。

 だが、やることは変わらない。

 配下の魔物はいない。雪だるまどもは王子の到着を知らせる警報がわりに放っておいただけだ。

 こちらは自分一人。ならば、姿が見え次第、片っ端から撃ち抜くだけ。

 

「さあ、王子。私を見て。私のところへ来て。

 私だけを見て。私だけを考えて。私だけのために知恵を絞って、私だけを倒しに来て──」

 

 痛いほどに高鳴る胸を感じながら、ナナリーは艶然と笑みを浮かべ、弓を引く。

 

「私も、あなたを見ています──」

 

 その視線の先には、吹雪の中、王子を筆頭に山頂に向けて馬を駆る一団がいた。

 

 

 

 

 

 王子達は吹雪の中、山頂に向けて右回りの山道を馬に乗って駆けていた。

 先頭を走るのは王子。その背中にリンネがしがみついている。

 

 アンナは戦場へ着いてくることはできない。

 もちろん気持ちは王子と共にあったが、矢の降り注ぐ戦場に同行しても足手まといにしかならないことを自覚しており、負傷者や後方支援の人員と共に、吹雪に紛れて山を降りている。

 

 王子の後ろには、抜き身の刀を手にした小次郎が馬を駆る。

 立花の姿はない。ジークフリートとアーラシュもいない。小次郎だけだ。

 さらに後ろに、モーティマら山賊や兵士が続いている。

 

「来るぞ、王子」

 

 リンネが言った直後、五本の矢が飛来した。

 小次郎が速度をあげて割り込み、二本の矢を一閃で切り落とした。

 王子自身も一本を防いだが、残り二本はまるで見当違いのところに突き刺さる。

 勿論、ナナリーが外したわけでも、吹雪の風で軌道をそらされたわけでもない。

 

「平行世界の鏡影をかぶせて、狙いをそらしておる……

 じゃが、効果は三割といったところか……」

「結構、結構。それにしても小手先の技がよく利くものだ!」

「キャスター、故に……な?」

 

 感嘆する小次郎に、くふ、とかすれた声でリンネが笑う。

 吹雪の中、馬を走らせているというのに、不思議と互いの声はよく聞こえた。あるいはこれもリンネの魔術か。

 

 矢は次々に降り注ぐが、五本のうち一本か二本、あるいは三本が狙いを外す。となれば、片手で手綱を握っていても小次郎の技量なら叩き落とすのは難しくない。

 

 しかし、王子は優れた剣士であれども小次郎のように飛来する矢を切り落とすほどの隔絶した技量はない。

 小次郎の刀を潜り抜けた矢が、王子の横顔に迫り──

 

「そこで手綱を緩めよ」

 

 しかし、急に速度を落としたせいで矢は危ういところで王子の目の前を通りすぎた。

 

「次は一身のみ右じゃ…… そこで頭を下げよ…… 次は、吾の背と馬の足に来る。……今じゃ、跳ねよ」

 

 矢が鼻先をかすめ、首筋で風を巻き、すくめた頭の上を過ぎていこうと、王子は片時も怯まず、声もあげずに馬を走らせる。

 背中で囁くリンネの声のまま、馬が嘶いて大きく跳躍し、間一髪で馬の足元に矢が突き立った。

 

 リンネの目はあらゆる未来と平行世界を同時に見ている。

 ナナリーの矢に射抜かれて、自らと王子が命を落とす未来。幾千幾万のそれを見ながら、()()()()()()()()()へと王子を導く。

 宝具による書き換えなど行わずとも、鏡像による眩惑と小次郎の守り、そして疑わず躊躇わず指示に従う王子の信頼があれば、この程度のことは可能であった。

 

「とはいえ…… 王子が自ずから行動してこそ、王子は未知たる特異点として作用する…… 本来、吾がこのように、自ら未知を既知へと落とすようなことは、あり得ぬのじゃ……

 ……じゃが、王子のためとなれば、今だけは主義を曲げようぞ…… そのかわり、後で……ふふ……この埋め合わせは、してもらうぞ……?」

 

 降り注ぐ矢の雨よりも、かすれた声で囁くリンネの言葉にこもった熱の方が、余程に王子の心をかき乱す。

 しかし、その動揺を表に出すことなく、王子は馬を走らせた。




TIPS

【重鎧兵】
重厚な鎧と楯で全身を固めた兵士、あるいは騎士。
見た目通り高い防御力を誇り、巨大な楯とメイスを巧みに操って複数の魔物の動きを封じ込める能力に長けている。アーマーで止めてメイジで焼き払う、は王子軍の基本戦術である。
ただし、魔法は苦手なので過信は禁物。
王子軍の一般重鎧兵は、特徴的な兜の形状から「バケツ」と呼ばれている。

【いつもの反対】
王子軍でもトップクラスの弓兵であるナナリーは、それ故に演習では敵役を務めることが多かったという。

k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.氷の魔女の城(雪の女王級)

 時は少し遡り、広間が吹雪に覆われた頃に戻る。

 王子達は吹雪に紛れて立花と合流し、作戦を立て直していた。

 アンナから新たな情報がもたらされたからである。

 

「氷の城?」

 

 きょとん、と目を丸くする立花に、アンナはこくりとうなづいた。

 

「山頂には、かつて太古の魔物が封印されていたカルデラ湖があります。山頂の防壁はそれを囲っているのですが…… 封印を守っていた魔女の一族の拠点は、また別のところにあります」

「それが氷の城、ってこと?」

「ええ。外からは山の陰になって見えませんが、氷でできているとは思えないくらい立派なお城ですよ」

 

 テラスからは山頂へ続く道や、防壁の入口がよく見え、この山に住む魔女の一族はそこから封印を見守ることを使命にしていたという。

 

 しかし、魔物の復活により一族の大半が命を落とし、また王子達が封印されていた魔物を退治したため、一族は山を降り、城は放棄された。

 

「この山を拠点にしているなら、シビラ様達はそこにいる可能性が高いと思います。

 それに、シビラ様達は私達がその氷の城のことを知らない、と思っているはずです。うまくすれば、虚を突けるかも……」

『知らないはずのその城のことを、どうしてアンナさんはご存知なのですか?』

「はい、実はその氷の城は、新しい当主が就任する際に作り直すしきたりになっていたんです。

 幼い頃、筆頭執政官であった父に連れられてこの山に来た私は、魔女の一族の中で歳の近いエリザという女の子と友達になりました。

 そして、歴代でも飛び抜けた魔力を持つ彼女が若くして当主となった時、私と父も王国を代表して招かれたのです」

 

 その時のことを思い出すように、アンナは瞳を閉じ、微笑みを浮かべて手を広げた。

 

「それはもう、美しく荘厳な光景でした。歌うように呪文を唱え、踊るように身振りをするエリザを中心に、氷の結晶が急激に大きくなって、立派な城を形作るんです。

 今でも、目を閉じればあの時の光景とエリザの呪文を思い起こせます。そう、確かこう……ありのままのー……」

『それ以上はいけないッ!!』

 

 歌うように唱え始めたアンナに、立花とダヴィンチちゃんが同時に声を荒げて制止をかけた。

 あまりの勢いにアンナも驚いて、思わず目を見開いて固まってしまう。

 

「ふう……あぶなかった……!」

『ああ、大変なことになるところだった……!』

『……よ、よくわかりませんが、私も何故か、背筋に不気味な寒気を感じたような……』

「そ、そうですね、軽々しく魔法の呪文を唱えてはいけませんね。すみません」

 

 吹雪いているというのに額に浮かぶ冷や汗をぬぐう立花に、アンナは目をぱちくりとさせながらも頭を下げた。

 

「ともかく、降り注ぐ矢をかいくぐって、ナナリーさんのいると思われる氷の城まで辿り着かなくてはなりません。

 ですが、近付くほど矢の精度も上がり、回避も難しくなるでしょう。無策で突っ込めば、王子や立花さんの命に関わります」

『カルデアには飛び道具の防御に向いた英霊もいるけれど、立花ちゃんの魔力回路では安定して同時に運用できるのは三体までだ。誰か戻す必要があるね』

 

 サーヴァントを維持する魔力はカルデアが担っているが、特異点ではそれは全てマスターである立花を介して供給されている。

 いわば、水槽と蛇口のような関係だ。カルデアにいくら魔力があっても、立花の出力には限界がある。

 

 先日の戦いで、頼光が四天王を降ろしたのは限界ギリギリの無茶であった。

 

「いえ、サーヴァントの方々がいかに強力でも、何もかもお任せするつもりはありません。……ここは、避雷針を使いましょう、王子」

「……………………」

 

 アンナの言葉に、こくりと王子がうなづく。

 そうして、吹雪の中で作戦が組み立てられ、王子と立花達は馬を駆って広場を飛び出した。

 

 

 

 

 

「王子達、大丈夫かな……!」

「心配するな、マスター。小次郎とキャスターがついている」

 

 ジークフリートの背中に抱きつくようにして馬に乗り、立花は山道を駆けていた。

 

 王子達とは別の道だ。王子がナナリーの矢を引き付ける役目を担い、その間に立花とサーヴァントが氷の城へと向かう。

 これが避雷針作戦であった。

 

 ただし、流石に近付けば察知されるだろう。

 その場合の立花の守りは、ジークフリートに一任された。

 

「すまない、マスター。俺は何があってもマスターを守り抜くつもりだが、無傷とはいかないかもしれない。

 覚悟しておいてくれ、マスター。本当にすまない……」

「大丈夫、ちょっとお腹をかき混ぜられる程度だったら経験済みだから! それより今はお尻が痛いかな……!」

「すまないが我慢してくれ、マスター」

 

 リンネと離れたせいか、吹雪は「猛吹雪」から「吹雪」と表現する程度には弱まっているが、それはナナリーの矢が届くようになったということだ。

 それなのに矢が飛んでこないのは、ナナリーの目が王子達に向けられ、そちらに射掛けられているということを意味する。

 

 王子を守るために、死を覆せるリンネに加え、矢を切り払える小次郎がついているとはいえ、時間をかければかけるほど危険度は増していくのだ。馬足を緩めることはできなかった。

 

 せめて太夫黒のような霊馬であれば違ったのだろうが、義経では降り注ぐ矢に対処しきれない。乗り心地のために死ぬわけにはいかなかった。

 

『先輩、あれを! 氷の城が見えてきました……!』

 

 マシュの声に、立花は顔をあげてジークフリートの肩越しに前を見る。

 冷たい風を顔に受けて目を細めながら見ると、麓からでは山の陰になって見えなかった場所にきらめく氷の城が建っていた。

 

 それほど大きな城ではないが、中心に尖塔が延びている。

 そして、その頂上のテラスから、無数の矢が途切れることなく放たれていた。

 

『まるで機関銃か速射砲じゃないか! 小次郎くんの宝具との大きな違いは、この連射性だね。投影しなければ矢が足りないというのも納得だ!』

『あの矢がいつこちらに向かってくるかわかりません。ジークフリートさん、先輩をお願いします……!』

「ああ、任せてくれ」

 

 馬を走らせながら、ジークフリートはすらりと剣を抜く。

 幻想大剣(バルムンク)。真エーテルを宿した魔剣にして聖剣。

 その輝きが目に入ったのか、テラスから放たれていた矢が一瞬止まり、そして立花達に向けて放たれた。

 

『先輩、来ます!』

「しっかり掴まってくれ、マスター!」

 

 ジークフリートの声に、立花はその背の痣に覆い被さるように腕を回してしっかりとしがみつく。

 

 そして、二人に矢の雨が降り注いだ。




TIPS

【ありのままの】
(このTIPSは検閲されました)

【避雷針】
防御力・耐久力に優れた者が、脆い魔術師や弓兵を守る陣形、及びそれを用いた戦術のこと。
一種の囮戦術だが、王子軍は死傷者を出すことを望まないため、往々にして避雷針が守るのは避雷針自身を回復させる治癒魔術師であることが多い。
単純ではあるが、的確に敵の攻撃を誘導するには訓練が必要であり、配置についた順番が違うだけで容易く戦線が崩壊することもあるので注意が必要。

k n o w l ed g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.降り注ぐ矢をかわせ:立花編(極級)

※書き溜めはここまでになります。
 以降、書き上がり次第投稿しますので、気長にお待ちください。


 ナナリーの矢は、一直線に向かってくるものばかりではない。

 それも道理で、全く同時に五射を放つ以上、狙いと軌道が同じならば同一座標に複数の矢が存在することになり、事象崩壊を引き起こすからである。

 

 これが剣ならば相手を事象崩壊に巻き込むことで絶大な攻撃力を得ることもできるが、弓の間合いでは相手に届く前に矢を無駄にするだけだ。

 故に、ナナリーの矢はいずれも狙いをずらして多角的に放たれることになる。

 

 まるで蛇の群れに絶え間なく襲い掛かられているようだ、とジークフリートは胸中で独りごちた。

 上下左右、しかも前だけでなく横からも、時には後ろに回り込みさえもするその矢を、しかしジークフリートは防ぎきっていた。

 

 否、自分に当たる矢は構わない。ナナリーの宝具は行き着いた武練の果て、逆説的にはそれほどの神秘を含んでいない。

 故に、悪竜の鎧を貫くことができず、ジークフリートに傷をつけられていない。

 唯一の弱点である背中にも、今は立花がいるため常以上に守りを堅くしてある。

 

 馬を狙った矢も対処は可能だ。

 大剣と冠するだけあってバルムンクの刃は長く大きく、カバーできる範囲も広い。

 加えて、騎乗スキルBであるジークフリートの恩恵は、乗騎である馬にも及ぶ。常以上の能力と勇敢さを引き出された馬は、まさに人馬一体と称するに相応しい動きを見せた。

 

 問題は、立花を狙う矢である。

 普通なら、長身のジークフリートの背に隠された立花を狙うことなど不可能だが、千里眼(射手)(何らかのスキル)の恩恵か、背中に回り込むように軌道を変える矢が立花を狙う。

 それをジークフリートは、大剣と馬を巧みに操って凌ぐ。

 たとえ一本の矢たりとも、マスターの身に触れさせるわけにはいかない。それはジークフリートの英霊としての矜恃であり、マシュに託された使命でもあった。

 

「ジークフリートっ、これ、あとどれくらいっ……!」

「顔を出すな、マスター。それに、しゃべると舌を噛む」

 

 悲鳴のような(いなな)きをあげて、馬が右へ左へと跳ね回る。雨のように降り注ぐ矢をかわすために、そうせざるをえない。

 ジークフリートは馬と動きをあわせて自在に大剣を振るうが、その背にしがみついている立花はたまったものではない。ジェットコースターの方がまだマシだ。

 

 やがて、降り注ぐ矢はジークフリート自身ではなく、その乗る馬へと集中しはじめた。ジークフリートに、そしてその背に守られた立花に矢が通らないと悟ったのだ。

 

 事前にアンナに教わった道のりから考えて、既に道は半ばを越えている。このまま走れば、目指す氷の城へ駆け込むことも可能だろう。

 

 このまま走ることができれば、であったが。

 

 右手に剣を、左手に手綱を握って矢を凌ぎながら、ジークフリートは冷静に状況を把握していた。

 馬の口元からは盛大に白い息が漏れ、首筋に泡立った汗を大量にかいている。限界を越えた走りを続けているのだ、鍛えられた馬といえども体力が底をつきかけている。

 

 背中にしがみついている立花も問題だ。しっかりとしがみついている──ように思えて、少しずつ緩んできていた。

 こちらも疲労だ。馬の背に乗ってロデオのごとく振り回し続けられるというのは、かなり体力を消耗する。弱音こそ吐かないが、騎手のジークフリートよりもきついだろう。

 

 ジークフリートは、勢いよく手綱を引いて馬首を横に向けた。

 

「すまない、マスター! 横手の藪に突っ込む、身体を小さくしてしっかり掴まってくれ!」

「えっ、ちょ、わわわわわっ!」

 

 最後の奮起とばかりに高々と跳躍して、ジークフリート達を乗せた馬は道なき繁みの中に飛び込んだ。

 無数の枝葉が馬とジークフリートを叩いてガサガサと派手な音を立て、葉に乗せた白い雪を巻き上げる。

 

 一呼吸置いて、ナナリーの矢が追いかけて飛び込んでくるが、振り向いたジークフリートが大剣を一閃、立花に当たらんとする矢を弾き飛ばした。

 立花はただ、目をぎゅっと閉じてジークフリートの背中にしがみつくのみだ。馬が高く嘶いて、やがて速度を落とし、足を止めた。

 

「どう、どう、どう!」

 

 ジークフリートが声をあげ、手綱を引く。

 馬はゆっくりとその場にしゃがみこみ、身を伏せた。

 

「もう大丈夫だ、マスター。馬を降りてくれ」

「う、うん……」

 

 ジークフリートに言われて、いつのまにか止めていた息を大きく吐く。

 手足も瞼もひどく強ばっていて、動き出すために力を抜くのに少し手間がかかった。

 

 明日は筋肉痛かな、と思いながら、ひらりと馬を先に降りたジークフリートの手を借りて、立花も馬を降りる。

 一息ついて馬を振り返ってみると、馬はお腹を大きく上下させて、真っ白な息を何度も荒々しく吐き出していた。

 そのお尻には矢傷が開けられていて、足を赤く染めている。

 

『先輩、お怪我はありませんか?』

「私は大丈夫。でも、馬が……」

「藪に飛び込んだ時に、矢を受けた。命に関わる傷ではないが……体力ももう限界だ、今までのような走りは無理だな」

 

 幸い、投影魔術で作られた矢はすぐに消えてしまうため、矢を抜く時に返しで傷を抉ってしまうことはない。下手に動かさなければ綺麗に治るだろう。

 立花は馬に手を触れて、魔術礼装の応急処置の魔術を起動させた。サーヴァント用のそれは生身の馬にはほとんど効果を発揮しないが、苦しそうだった呼吸が目に見えて安らかになり、立花はほっと胸を撫で下ろす。

 

「ここには矢は飛んでこないが…… 見られている感覚があるな」

『氷の城から放たれていた矢が止んでいます。先輩達の動向に注目しているはのではないでしょうか』

『ジークフリートの接近で、向こうも気付いただろう。王子達は囮で、注意を引き付けている間に近付くつもりだ、とね。

 けれど、氷の城へ続く道はひとつ。左右は岩壁、後ろは崖だ。その道さえ張っていれば彼女の速射なら何人押し寄せても寄せ付けないだろう』

「ああ…… 恐ろしいものだな」

 

 遠く、今は森の木々に遮られて見えない氷の城を見やりながら、ジークフリートはうなづいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「うん、あとはアーラシュ次第だね」

『アーラシュさん…… 大丈夫でしょうか?』

「大丈夫。信じよう、マシュ」

 

 微笑みさえ浮かべて、立花は言う。

 サーヴァントへの信頼が込められた微笑みだった。

 

「私達は、私達の役目を果たさなきゃ。行こう、ジークフリート」

「すまない、マスター。ここから先は俺一人だ」

 

 ジークフリートはしかし、首を横に振って歩き出そうとする立花を止める。

 

「彼女の技量はわかった。俺の力では、馬もなしにマスターを守りきることはできない。危険だ」

「危険は覚悟してる。ジークフリートのことは信頼してるし、それに私から離れれば離れるほど、ジークフリートも力を発揮できなくなるでしょう?」

「だとしても、これ以上あの矢の届く所へマスターを連れていく訳にはいかない。すまないがわかってくれ、マスター」

 

 しばらく立花とジークフリートは睨みあったが、すまない、と言いつつもジークフリートの姿勢は強硬だった。

 やがて、立花の方が根負けして、大きなため息をつく。

 

「……わかった。でも、礼装の支援が届くギリギリまでは行くからね」

「くれぐれも、顔を出さないように注意してほしい。……すまない、マスター」

「ううん、わかってる。気をつけて、ジークフリート」

 

 二人は互いに頷きあって、再び山道へと戻っていった。




TIPS

【応急処置】
マスターの魔術礼装による応急処置とは、魔力で構成されたサーヴァントの霊基の損傷を、マスターの魔力で一時的に補うものである。
そのため、肉体的な損傷には効果を発揮しない。
効果が見られるとすれば、それは物理的な損傷ではなく、呪詛などによる霊的な損傷に対してのみである。

k n o w l e d g e i s p o w e r .


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。