課外活動のヴァイスリッター (阿修羅丸)
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例えばこんな神様転生

【1】

 

 ここはどこだろう?

 日曜日、昼食のカップラーメンにお湯を注いで3分待ってたら、いつの間にか雲の上にいた。比喩表現でも何でもなく、本当に雲の上だ。

 足下には白い雲が、周囲には青い空がどこまでも広がっている。

 雲を突っ切るように赤い絨毯が伸びていて、その先には五段ほどの短い階段があって、その上に金色の玉座があった。

 その玉座に座っているのは、白髪をリーゼントに決めたやたらファンキーなおじいさんだった。

 

「やぁやぁ、よく来たのう。実はお前さんは死んでしもうたんじゃよ。本当は90歳くらいまで生きられる予定だったんじゃが、書類整理中に寿命欄に修正液こぼしてしまってな、お前さんの残りの寿命ゼロになってしもうたんじゃよ。いや本当にすまなんだ。ワシも深く反省しておるので許してくれい」

 

 おじいさんは一気にまくし立てた。

 どうやら彼のうっかりミスで、僕は死んでしまったようだ。にわかには信じがたいが、夢を見ている時とは違う、言葉にはしにくい現実感がある。それに、さっきまで時間つぶしにスマホでゲームをやっていたのに、まるでテレビのチャンネルを切り替えたみたいにいきなり周りの景色が変わってしまったのだ。夢とは思えない。

 ――しかし僕には、このおじいさんが反省しているようには見えなかった。

 無事に高校に進学出来て、友達も出来て、結構楽しい人生を送っていた。

 なのにそれをただのうっかりミスで台無しにされた上に、その張本人がこの態度……僕は思わず怒鳴り付けてやりたくなったが、

 

「お詫びにお前さんを好きな世界に転生させてやろう。漫画やゲーム、アニメ、望みの世界に送ってやろう。今の記憶を引き継がせた上で、その世界で有利に生きていけるオプションも付けよう。お前さん次第では、好みの娘を選り取り見取りの掴み取りじゃぞ?」

 

 ――選り取り見取りの掴み取りッッ!!

 

 おじいさんの福音が僕の魂を打ち震わせた。

 

「是非お願いします!」

 

 僕は迷う事なくそう答えた。

 

「ハッハッハッ、正直者で可愛い奴よのう。では行き先を選ぶが良い」

 

 おじいさんがパチンと指を鳴らすと、雲の中からモニターが現れた。何故か枠の部分にローマ字で『TENNGOKU』と書いてある。

 モニターには漫画やアニメ、ゲームにライトノベルのタイトルがズラリと並んで表示されている。僕の知っている物もあれば、知らない物もあった。

 僕は『ToLOVEる』の世界を選ぶ事にした。ここなら命の危険にさらされる事もないだろう。僕はタイトルを指差した。

 

「ここがいいです」

「ほほう、『ToLOVEる』の世界か。ではラッキースケベを特典に与えよう」

 

 改めて口頭で伝えられると、微妙に嬉しくない。とは言えあの世界で生きるのなら、あって困る物でもないだろう。

 おじいさんが僕を指差すと、指先から稲妻がほとばしって僕の体を直撃した――が、別に痛くも痒くもない。

 次に彼はもう一度指を鳴らした。今度は僕の後ろに大きな扉が現れた。

 

「よし、ではその扉をくぐり、新たな人生を楽しむが良い」

「ありがとうございました。行ってきます!」

 

 僕は期待で胸を膨らませつつ、扉を開けた。すると白い光が溢れ、その中へ吸い込まれるような感覚を覚えつつ、僕は意識を失った。

【2】

 

 今日という今日は、お前という大馬鹿野郎に愛想が尽きたよ。

 

 新たな世界に生まれ変わり、前世の記憶を取り戻した瞬間に、僕は自分自身をそう罵った。

 僕が新しく生まれ変わった世界には、獣人がいた。彼等は人間と同じように洋服を着て、人間の言葉を喋り、人間と同じように生活している。それどころか国王になってる奴もいる。

 スイッチを押してポイッと投げると乗り物や家になるカプセルが流通している。

 

 僕は何故か『ドラゴンボール』の世界に転生させられていた。

 そういえばあのモニター、『ToLOVEる』のすぐ上に『ドラゴンボール』があったような……まさかあのおじいさん、間違えた?

 うっかりミスで人の寿命を消してしまうあのドジっ子おじいさん、略してドジいさんなら充分に有り得る。

 特典にもらったラッキースケベも、役に立つ事はほとんどなかった。何せ人造人間が暴れてるんだから。タイトル間違えた上に、未来トランクスのいる時代に生まれ変わらせてくれるとか、もはやうっかりでは済まされない。

 ドジいさんを呪いながら、僕は17号の運転する車で面白半分に轢き殺されて、20年の人生を終わらせてしまった。

 

【3】

 

 気が付くと、また雲の上にいた。

 ドジいさんが玉座の上からカラカラと笑いながら話し掛けてくる。

 

「いやー、すまんすまん。間違えてドラゴンボールの世界に送ってしもうた。まぁワシも深く反省しておるし、そもそもあんな紛らわしい位置にあるタイトルを選ぶお前さんにも責任はあるので許してくれい。お詫びにもう一回、今度こそお前さんの望む世界に転生させてやるぞ。もちろん記憶の引き継ぎを含めた特典付きでな」

「……そうしてくれるのなら、文句は言いません」

 

 と言うか、ドジいさんの態度を見てると文句を言う気力も失われた。

 

「おおっ! お前さんは何と心の広い男なんじゃ! ワシが女だったら結婚を申し込んでおるところじゃわい!」

 

 この人が男で本当に良かったと、僕は心から思った。

 

「で、どの世界が良いかのう。神であるワシでもこういうサービスはあと一回が限度じゃから、しっかり選ぶのじゃぞ?」

 

 しっかり選ぶも何も、あんたが送る先を間違えたんだろ。

 そう言いたかったが、このドジいさんには馬耳東風だろうからやめにした。

 

「学園ものの世界で、可愛い女の子がいっぱいいれば文句はないですよ。年上のお姉さんとかにいっぱい甘えられたら、もっと嬉しいです。……それと特典に、高い戦闘力も付けてくれませんか?」

 

 これから行くであろう世界に超サイヤ人並みのパワーはいらないだろうけど、それでも危険に立ち向かえるだけの力は欲しい。どんな世界にでも、柄の悪い連中というのはいるものだし、腕力はラッキースケベ以上に、あっても困らないものだからだ。僕はその点をドジいさんに説明した。

 

「ふぅむ……どちらかと言えば戦闘力というより生存力が欲しい、といったところか……あいわかった、どんな事があっても死なぬよう取り計らおう。あと、年上のお姉さんとかに甘えたいとも言っておったな、その辺もサービスしてやろう」

 

 ドジいさんは前と同じように、指先から稲妻を放った。

 すると、僕の視点がどんどん低くなっていく……これはいったい?

 

「では今度こそ、新たな人生を楽しむが良い。さらばじゃ!」

 

 ――え、ちょっと待って! まだ行き先も決めてないし、体が変なんですけど!

 だけど、僕がそう抗議する前に、ドジいさんは空から伸びてきた紐をグイッと引っ張る。

 すると僕の足下にポッカリ大きな穴が空いて、僕はその中へと落ちていった――。

【4】

 

 息苦しさで目が覚めた。

 何か大きくて柔らかい物に、顔を塞がれている。時々、細い手が髪を撫でてくるので、どうやら誰か――恐らく女の人――に抱き締められて横たわっているようだとわかった。

 絡み付く腕から抜け出して起き上がる。

 僕が寝ていたのは、広いベッドの上だった。大人三人が川の字になって寝られそうなほど大きい。

 部屋も広い。まるでホテルだ。

 そして、僕を抱き締めていたのは、燃えるような紅い髪をした、外国人のお姉さんだった。しかも全裸だ。さっきまで僕の顔を塞いでいたのは、彼女の丸出しになった巨乳だったらしい。

 そしてそこまで状況を把握してから、僕はようやく自分も裸なのに気が付いた。

 僕が着ていた服はどこへ行ったんだろう? ベッドの上やその周りを見渡していると、後ろから細い腕が伸びて、僕を抱き締めてきた。

 

「おはよう……」

 

 耳元でささやかれて、僕はくすぐったくて腕の中で小さく身悶えた。

 

「具合はどう? どこか痛い所はない?」

「え? あ、いえ、大丈夫です……」

「そう、良かった……朝食までまだ時間もあるから、もう少し休んでいましょうね」

 

 赤毛のお姉さんはそう言うと、返事も待たずに僕を押し倒して、手足を絡み付かせてきた。

 少しして、スゥスゥと穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

 何かおかしい。

 互いのつま先が触れあっているけど、同時に僕の顔が彼女の豊かなバストに完全にフィットしている。

 このお姉さんが凄く背が高いのか、それとも、僕の体が縮んでいるのか……。

 鏡か何かを探して確認したいところだけど、お姉さんが僕の上に覆い被さって体重をかけてくるので、今度は脱出不可能だった。

 でも、何だかいい匂いがするし、お姉さんの体は柔らかくて気持ちがいいしで、状況を完全に把握出来ないまま、僕も眠り込んでしまった。

 

 再び目を覚ますと、お姉さんは裸のまま、ベッドの傍らの椅子に座っていた。テーブルの上には二人分のコーヒーとサンドイッチが並べられている。

 

「起きた? 朝食も出来たから、一緒に食べましょう」

 

 お姉さんは僕の手を引いてベッドから下ろすと、椅子に座らせた。椅子もテーブルも、やけに背が高い。

 そして自分も隣の椅子に座ると、サンドイッチを一つ手に取り、僕の口元に差し出した。

 

「はい、アーン♪」

「……い、いえ、自分で食べら」

「アーン♪」

「いや、だから」

「アーン♪」

 

 あくまでも食べさせてあげるつもりらしい。

 抵抗を諦めて、僕は口を開けた。

 そんな感じで食事と見せかけた羞恥プレイを終わらせると、お姉さんは僕を再びベッドに押し倒して、抱き付いてきた。

 

「はぁ……たまらないわ、この抱き心地……お肌もスベスベで、こうしているだけでも凄く気持ちいい……」

 

 ゾクゾクするほど甘い声で呟きながら、僕の体のあちこちを撫で回してくる。

 それだけでは飽き足らず、いたる所にチュッチュッとキスの雨を降らせてきた。

 

「あ、あの! ここはいったいどこなんですか!」

 

 僕は軽く身の危険を感じ、大きな声で質問した。

 彼女は愛撫を止めて、目をパチパチさせた。

 

「覚えてないの? ここは私の人間界での住まいよ。あなたはうちの庭に空から降ってきたの。クレーターが出来るくらいの勢いで落ちてきたのに怪我一つしてないんだもの、ビックリしちゃったわ」

 

 空から降ってきた? それも、クレーターが出来る勢いで?

 何か嫌な予感がした。

 お姉さんは起き上がると、僕の体も引き起こした。こうして座った状態で向き合うと、やっぱり彼女は大きい……いや、もちろん胸もそうだけど、何よりも身長が、だ。

 食事している時も思ったけど、部屋の調度品も大きかった。

 やはり僕の体が縮んでいると考えた方が良さそうだ。お姉さんの態度も、どちらかと言えば小さな子供に対するものに近いし。

 そして次のお姉さんの発言で、僕の疑問は一気に解消された。

 

「まずは自己紹介ね。私の名前はリアス・グレモリー。冥界に住む悪魔の一人で、今は人間界の学校に通ってるの」

 

 謎は全て解けた。

 ここは『ハイスクールD×D』の世界だ。学園ものの世界がいいと言われて、あのドジいさんは『ハイスクール』の部分だけ見てここを選んだに違いない。

 特典に関しても、生存力をどう履き違えたのか、絶対に死なない不死身の体にでもしてくれたのだろう。その肉体も、縮んでいるのではなく子供の姿になってしまったと見ていい。だからリアスはこんなに優しくしてくれているのだ。

 しかも、僕は彼女の家の庭に落ちてきたらしい。恐らく転生ではなく転移してきたのだろう。

 何かもう色々と間違えすぎてて、あのドジいさんに悪意すら感じてきた。

 

「あなたのお名前は?」

 

 リアスに聞かれて、僕はおずおずと答えた。

 

「山野馳夫です」

「馳夫くんね……あなたは何者? いったいどうして、空から落ちてきたの?」

 

 リアスは尋ねながら、僕の頭を撫でる。

 僕はその優しい手つきにうっとりしながら話した。

 

「元々は別の世界で暮らしてました。でも、気がついたら神様とかいう変なおじいさんの所にいて、その人の話だと、僕はその神様のうっかりミスで死んでしまったらしくて。それで神様に、お詫びに絶対に死なない体にした上で別の世界に送ってやるから、そこで生きていけって言われて……気が付いたらここにいました」

「無責任な神もいたものね……お詫びではなく、自分のミスをなかった事にしたいだけのようにすら思えるわ。可哀想に……」

 

 リアスは僕の説明を聞いて同情したのか、ギュッと抱き締めてくれた。そしてそのまま、ゆっくり優しく押し倒す。

 

「だけど、何も心配はいらないわ。あなたは私が守ってあげる。私が一生面倒を見てあげるわね」

「え、ど、どうして……?」

「だってあなたの身体、とっても素敵なんだもの……ああ、この抱き心地、この一体感……本当にたまらないわ……私が求めていた最高の抱き枕……もう絶対に手放すものですか……あなたは永遠に私のものよ……」

 

 リアスは艶っぽい声でささやき、僕の体を撫で回し、そしてキスをしてきた。

 唇と唇が重なり合い、舌が入り込んで来て、情熱的な動きで僕の口の中をクチュクチュと掻き回す。

 頭がボ~ッとしてきて、僕は彼女の大きな胸に本能的に手を這わせた。

 

【5】

 

 最初はドジいさんを恨みもしたが、悪い事ばかりでもない。

 最初にもらった特典『ラッキースケベ』はまだ生きてる上、リトさん並みの指使いも含まれていたのか、

 

「馳夫にしてもらうと、とっても気持ちいいの」

 

 と言って、リアスは毎日胸を触らせてくれる。

 朱乃さんも僕を気に入ったようで、リアスの目を盗んでは僕を人気のない場所へ連れていき、抱き締めて、胸を押し付け、キスをしてくる。

 

 もっとも、僕がする以上に、二人に悪戯される方がよっぽど多い。

 朱乃さんとの関係はすぐにリアスにバレてしまったけど、

 

「これからは二人で馳夫をシェアしましょう」

 

 と彼女が言い出して、今では二人がかりで僕の体を愛撫するようになった。

 

 ちなみに、二人ともまだ高校二年生。つまり原作開始前だ。

 原作始まったらどうなるんだろうと不安になる事もあるけど、今日も僕は二人のお姉さんのおもちゃにされている。



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Double×Dears

【1】

 

 それは突然の事だった。

 昨年に女子校から共学校に切り替わった、私立駒王学園高等部。そこのまだ数も少ない男子生徒の一人、神代燿介が、女子に告白されたのだ。

 

「神代くん。好きです、付き合ってください!」

 

 しかも、二人同時に。

 前髪をヘアバンドでまとめて、額を出している片瀬。

 赤いリボンで髪をツインテールに結っている村山。

 二人は神代と同じ二年生でクラスも同じ。何をするにもいつも一緒。むろん部活でもだ。その仲睦まじさに、神代はいつも微笑ましい気持ちになっていた。

 しかし、まさかその二人から告白されるとは思ってもみなかった。

 放課後の屋上に人の気配はなく、自分たち三人以外には誰もいない。誰かがドッキリを仕掛けているという訳ではなさそうだ。

 だがそれでも、神代はこう答えた。

 

「ごめん、無理」

「そんな、どうして!?」

「神代くん、もう誰かと付き合ってるの!?」

「いや、そうじゃないけど……」

 

 と言ってから、後悔した。嘘でも既に彼女がいると答えておいた方が、話も早かっただろうに……。

 

「それじゃあ、どうして無理なの?」

「私たち、何かした?」

「そうじゃなくて……その、二人のどちらかを選んだら、選ばれなかった方はいい気分じゃないだろ。それで、そのせいでお前等の仲が悪くなって喧嘩にでもなったら、俺も気分悪いし……お前等が仲良くしてるとこ見るの、好きなんだ。だから、この話はなかった事に」

「出来る訳ないでしょ!」

「そんな簡単に諦めるくらいなら、最初から告白なんてしないわよ!」

 

 二人の言い分ももっともだ。しかし、

 

「だったら尚更だ。二人にそこまで好きになってもらえるのは嬉しいけど、それだけ好きなら尚の事、フラれた方はわだかまりが残るだろ……まぁ、二人いっぺんに付き合えるんならそれが一番いいけど、そんな事」

「待って神代くん。今、何て言ったの?」

 

 村山が言葉を遮って聞き返した。

 

「だから、お前等二人といっぺんに付き合えるならそれが一番いいって言ったんだよ。でもそんな事出来る訳ないだろ」

「それよ、それ!」

「うん、凄くいいと思う!」

 

 村山と片瀬は突然手を取り合ってはしゃぎ出した。神代は少しの間をおいて、ようやく理解した。

 二人に諦めさせるために口にした言葉を、彼女たちが受け入れてしまっているのだ。

 

「いやいやいやいや、待て待て待て待て! お前等わかってんのか! 俺に二股掛けろって言ってんだぞ!」

「わかってるわよ。でも私たちがそれでいいって言ってるんだから、問題ないでしょ?」

「神代くんだって、私たちに好きになってもらえて嬉しいって言ってたもんね~」

 

 片瀬が意地悪く笑った。

 

「私だって片瀬とはこれからもずっと友達でいたいし、でも神代くんの事も諦めきれないし……だったら、こうするしかないでしょ?」

「ね、お願い神代くん! 私たち二人と付き合って!」

「私も片瀬も、絶対に我が儘なんて言わないから! 神代くんの言う事は何でも聞くから!」

 

 二人の女子に詰め寄られて、神代は答えに詰まった。

 相手側が両方とも納得していたとしても、二股を掛けるのは気が引ける。

 だが、しかし……。

 村山も片瀬も、魅力的な女の子だ。この二人を侍らせる事が出来るというのは、男子高校生にとっては拒みがたい誘惑でもある。

 その誘惑に抗いきれず、神代は答えた。

 

「わかったよ。その代わり、本当に文句とか我が儘とか言うなよ? 本当に何でも言う事聞けよ? 俺が負担に思ったら、すぐに終わりにするからな。それでもいいなら、お前等二人とも、今から俺の彼女だ!」

 

 半ばやけっぱちの返答だったが、片瀬と村山はパァッと明るい表情になった。

 

「ありがとう神代くん!」

「神代くん、大好き!」

 

 まるで小さな子供のように、神代に抱きついてきた。

 村山の胸が密着し、片瀬の髪の香りが鼻孔をくすぐる。神代は二人の少女の腰に腕を回した。

 

【2】

 

 神代は夢を見ていた。

 それは遠い昔の夢。

 太古の恐竜に似た巨大な生き物が跋扈する大地。

 ドロドロした紫色の空。

 背中からコウモリの翼が生えた兵隊たち。

 それ等と戦う一匹のドラゴン。

 神代はそのドラゴンが自分だと認識していた。

 縄張りや食糧をめぐって様々な敵と戦った。

 翼を広げて紫色の空を縦横無尽に飛び回った。

 とても自由で、楽しく、そして――何故かとても懐かしい。そんな夢だ。

 二年前から見始めたこの夢が、神代の楽しみの一つだ。

 そして今は、夢から覚めた後も楽しみがあった。

 登校の支度をしていると、スマホのアラームが鳴った。メールが届いたのだ、それも二件。

 送り主は村山と片瀬。

 村山からのメールには、『今日の片瀬』というタイトルと共に、スカートをめくって水色の縞パンを見せる片瀬の写真が添付されていた。

 片瀬からのメールには、『今日の村山』というタイトルと共に、制服の前を開けて桃色のブラジャーに包まれた豊かな胸をさらけ出す村山の写真が添付されていた。

 どちらも、背景はどこかの公衆トイレのようだ。

 二人同時に告白され、二人同時に付き合うようになってから一ヶ月。少女たちは互いの恥ずかしい写真を毎朝送ってくれた。

 神代の言う事は()()()()()()()()()

 しばらくの間、送られたエロ画像に見入ってから、神代は家を出た。

 

 待ち合わせ場所の公園に行くと、村山と片瀬がいた。外灯の下のベンチに隣り合って座っていたが、神代の姿を見ると二人して駆け寄ってきた。

 

「おはよう、神代くん」

 

 そして二人同時に挨拶する。

 

「ああ、おはようさん」

 

 神代は二人の腰に腕を回して抱き寄せると、まずは村山と、次に片瀬と、唇を重ね合わせる。

 二人の唇と舌を味わうと、彼女たちに挟まれる形で、並んで歩き出した。

 学校に着くまでの間、何度か二人の尻を撫で回した。 早朝で人通りもないから出来る事だ。

 二人とも撫でられる度に尻をモジモジさせたが、嫌がってはいない。むしろ『もっとしてください』と言いたげな動きだった。

 

 学校に着くと、村山と片瀬は名残惜しそうに神代と別れる。これから剣道部の朝練なのだ。

 

「じゃあ行ってくるね、神代くん」

 

 片瀬が神代の右頬にキスをした。

 

「神代くん、また後でね」

 

 村山は左の頬に。

 

「怪我しない程度に頑張れよ」

 

 神代は冗談めかして言い、二人を見送った。

 

【3】

 

 放課後。

 神代は一人で一旦下校した。

 そして私服に着替えて、ゲームセンターで時間を潰してから学校へ向かう。到着する頃には夜の7時過ぎ。剣道部の練習も終わり、村山と片瀬が校門で待っているという訳だ。

 

「神代くん、いつも送ってくれてありがとう」

「でも神代くん、大変だったら無理しなくていいんだよ?」

 

 片瀬がお礼を言い、村山が気遣う。

 

「気にすんなよ。俺がお前等と一緒にいたいだけだ。それに、彼女を家まで送るのは彼氏の務めだからな」

 

 神代が朗らかに答えると、二人は頬を赤らめて眼を潤ませ、それぞれ神代の腕にギュッと強く抱きついた。

 

 そうやっていちゃつきながら、村山と片瀬の住む住宅街に続く川沿いの土手を歩いていると、突然濃霧が立ち込めて三人の視界を塞いだ。自然のものにしては、発生スピードも濃さも不自然だ。

 

 神代が身構えた時、まずは片瀬が、次に村山が、悲鳴を残して霧の中に引きずり込まれた。

 しかし神代は、慌てて後を追い霧の中に飛び込んだりはしなかった。

 少年の眼には、霧の向こうから近付く異形の影が見えていたのだ。

 

 身長三メートルはある大男だった。両腕は膝にまで届くほど長く、背中からは八本の触手が生えていた。

 その触手が村山と片瀬を捕らえて抱え上げていた。そして制服の下に潜り込んでモゾモゾと蠢いている。

 その度に二人の少女はビクンビクンと身を震わせ、唇からは何かをこらえるような声が断続的にこぼれた。

 

「よう、色男。可愛いネーチャン二人も連れ歩きやがって、独り占めはよくねぇぜー?」

 

 大男は下卑た笑いを浮かべながら、からかう。

 神代は震える声で言った。

 

「――そいつ等を離せ」

「ハイ、ワカリマシタ……とでも言ってほしかったか? 心配するなって。俺がお前の分まで可愛がってやるからよ。だから安心して――死ね」

 

 大男の背中の触手が一本、神代目掛けて真っ直ぐ伸びてきた。先端は矢じり状に尖っており、スピードもある。大男はその触手が神代の胸を貫く様を想像して、ニヤリと笑った。

 そして、その笑みはすぐに消えた。

 神代は心臓目掛けて伸びてきた触手を、たやすく掴み止めたのだ。

 

「遅いぜ」

 

 掴んだ触手を引きちぎり、土手の下の河原へ投げ捨てる。

 

「ちぃっ!」

 

 大男は村山と片瀬を拘束している二本を残した、残り五本の触手を神代目掛けて伸ばした。上下左右、多方向から同時に触手が迫る。

 矢じり状の先端が、服の上から神代の体に突き刺さった……が、

 

「な、に……!?」

 

 硬い。

 神代の肉体が硬くて、触手の先端が刺さらない。厚さ一メートルはありそうな分厚いゴムに突き刺したかのような感触が、触手越しに大男に伝わった。

 彼の驚いた理由がもう一つ。

 神代の全身から、炎のような光が立ち昇っているのだ。

 

「あと一回しか言わないから、よっく聞け……そいつ等を離せ。そして30秒以内に消えろ」

「くっ……調子に乗るなよ、クソ人間!」

 

 触手が神代の首と胴体、そして両腕に巻き付いた。そして凄まじい力で締め上げていく。

 

「ふへへ……このまま窒息死するか、それとも体がバラバラに引きちぎられるか……どっちにしろもう終わりだ!」

「お前がな」

 

 神代は、全くの余裕だった。

 彼の体を包む炎のような光が、突如鋭く硬質化して刃に変わり、触手の拘束を断ち切ったのだ。

 

「な、なにっ!?」

 

 大男が驚いた隙に、神代は地を蹴って駆け出し、その懐に飛び込んだ。

 

 ズドンッ!

 

 光を宿した右拳が、大男の腹筋に深々とめり込んだ。

 大男はガックリと膝をついてうずくまる。

 その隙に神代は、光をまとった手刀で残り二本の触手を切断して、村山と片瀬を助けた。二人を両脇に軽々と抱えて、少し離れた地面に優しく横たわらせる。

 

「おい」

 

 未だにうずくまってゲホゲホと咳き込む大男に、神代が声を掛けた。

 

「よくも人の彼女の体を気安くいじり回してくれたな……どっちも俺専用なのによ」

「ゆ、ゆる……」

「――す訳ねえだろ、このバカ!」

 

 恐怖に歪む大男の顔面に、神代の怒りの右ストレートが炸裂する。燃えるような光を宿した拳は、まさに火の玉のごとしだった。

 更に、ひっくり返った男の足首を掴む。

 

「二度と面見せんな、ブタ野郎!」

 

 そして野球ボールのように、三メートル近い巨体を片手で投げ飛ばす。情けない悲鳴を上げながら、男は夜空の彼方へと消えていった。

 

「お前等、大丈夫か?」

 

 神代は二人の彼女に駆け寄り、問い掛けた。だが二人とも気まずそうに眼をそらす。

 

「どうした?」

「だ、だって私たち……あの男に捕まって……」

「体をまさぐられて……感じちゃったの……」

「何だ、そんな事か」

 

 二人の告白を、神代はサラッと受け流した。

 

「あんなのノーカンだろ。それに、俺がお前等の体をそんな敏感にしちまったんだからしょーがねぇよ。気にすんな……まぁ、それでも悪いと思ってるんなら、今度の土日はうちに泊まれよ。な?」

 

 そう言って、歯を剥いて笑った。

 

「ごめんなさい、神代くん……!」

「助けてくれてありがとう、神代くん……!」

 

 村山と片瀬は同時に神代に抱きついた。

 神代は、二人の背中をポンポンと叩いてあやしてやった。

 

 ――そんな三人の様子を、複数の男女が空から見つめていた。駒王学園の制服を着て、背中からはコウモリの翼が生えている。神代が夢で見るのと同じ翼だった。

 

【4】

 

 翌日の放課後。

 部活に向かう彼女二人を見送った神代に、クラスメートの兵藤一誠が声を掛けてきた。

 

「なぁ、神代。ちょっと付き合ってくれねーか?」

「断る」

 

 一ミリ秒の間も置かず、神代は即答した。

 

「……いや、あのな、俺が言ってる付き合ってくれってのは変な意味じゃなくて、ちょっと一緒に来てほしいって意味で」

「わかってるよ。それでも断る。お前と友達だと思われて噂されたらどうすんだよ」

「そう言わずにお願いします、神代さん」

 

 会話に割り込んできたのは、転入してきたばかりのアーシア・アルジェントだった。

 

「うちの部長さんが、()()()()()大事なお話があるそうなんです」

 

 アーシアのその言葉に、神代の顔つきが険しくなった。

 

 案内されたのは、旧校舎だ。そこの理事長室のドアを開けると、そこには神代が一方的に知っている顔ぶれが並んでいた。

 学園の二大お姉様、リアス・グレモリーと姫島朱乃。

 イケメン王子の木場祐斗。

 一年生のマスコットガール塔城小猫。

 

「オカルト研究部へようこそ。さ、座ってちょうだい」

 

 ソファに座るリアスが、対面の席を手で指し示した。

 神代は無言で座る。

 リアスは人払いをさせた。

 二人きりになると、神代の方から質問した。

 

「昨日の事って何の事です?」

「あなたが触手の生えた大男を片手で投げ飛ばした事についてよ」

 

 言うや否や、リアスの背中からコウモリの翼が生えた。

 見覚えのあるその色、形に、神代は驚く。

 リアスは、自分たちオカルト研究部が悪魔である事、昨日の大男が悪魔の棲む世界『冥界』で罪を犯したはぐれ悪魔である事を話した。

 普通なら頭の具合を疑うところだが、これ以上ないくらい雄弁な証拠を見せられて、神代はその話を信じる事にした。

 

「私が聞きたいのは、あなたのあの力。あれは筋トレなんかで身に付くパワーではないわ。それに、触手を断ち切ったあの光は何?」

「……わかりません。二年くらい前から、自然と使えるようになりました。あの光が体から出てくると、力が強くなったり目や耳や鼻が鋭くなったりして……最近は、昨日みたいに光を硬くナイフみたいにしたり、逆にゴムみたいに伸び縮み出来るようにしたりとかも出来るようになりました」

「そう……二年前から、ね……」

「あの、何かご存じなんですか?」

「ええ……実は冥界の予言者が、ある未来を予言したの。千力龍王の魂を継ぐ者が人間界に現れるって」

「せんりきりゅーおー?」

「冥界で大暴れしていたドラゴンよ。ドラゴン千匹分の力があるからという意味で、そう名付けられたの。17年前、魔王である私の兄が討伐したのだけれど、今も言ったようにその魂を継ぐ者が人間界に現れるって予言されて、冥界は警戒していたのよ」

 

 そこまで言うと、リアスは身を乗り出した。

 

「実はうちのイッセーには、赤龍帝というとても強力なドラゴンの力が宿ってるの。そのあの子が言っていたのよ、昨日のあなたのあの光からは、ドラゴンの気配がしたって」

「……だから、俺がその千力龍王なんじゃないかって?」

「魂を継ぐ者というのがどういう意味かよくわからなかったのだけれど、生まれ変わりだと考えれば、辻褄は合うのよね」

「……あの、何か書く物ありますか?」

 

 言われてリアスは、奥のデスクから紙とボールペンを取り出して渡した。

 神代はボールペンを手にして、紙に何かの絵を描き出す……何度も夢で見るドラゴンの絵を。

 

「先輩の言う千力龍王ってひょっとして……」

「ひょっとしなくても、これが千力龍王よ」

 

 リアスが胸ポケットから出した写真には、絵と瓜二つのドラゴンが写っていた。

 

「――どうやら決まりみたいね。神代くんだったわね、あなたこそ千力龍王の生まれ変わり。あなたが操るのは、ドラゴンの(オーラ)なのだと思うわ」

 

 リアスは神代の手をギュッと握った。

 

「ねぇ神代くん。あなたのその力を、この町を守るために、私たちに貸してくれないかしら?」

「オカルト研究部に入れって事ですか?」

「あなたが仲間になってくれたら百人力、いいえ、文字通りの千人力だもの。はぐれ悪魔の討伐を手伝ってくれるだけでいいの。もちろんお礼はするわ?」

「ウ~ン……」

 

 神代は考えた。

 彼自身、自分の力をもっと使いこなせるようになりたいと思っていた。ドラゴンに関する情報や知識が得られれば、その助けになるだろう。

 それに、昨日のような奴等が自分のいない時に、可愛い二人の彼女を襲うかも知れない。それだけは絶対に防ぎたかった。

 

「――わかりました。お世話になります」

 

 決意のこもった声で答えると、リアスはパッと笑った。

 

「嬉しい! ありがとう神代くん。これからよろしくね!」

 

 そして神代にギュッと抱きつくのだった。



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連也vsストラーダ

【Part.1:勧誘】

 

 日曜日。

 秋月連也は買い物ついでに立ち寄った、行きつけのラーメン屋で、昼食を取っていた。

 

「お待ち」

 

 カウンターの向こうから、料理長兼店長が餃子が三つ入った小皿を置く。

 味噌ラーメンをすすっていた連也の手が止まった。

 

「頼んでないよ?」

「あっちのお客さんからの奢りだよ」

 

 と店長が指し示したカウンターの端っこに、曹操がいた。朗らかな笑みを浮かべ、当たり前のように連也の隣に座り直す。

 

「奇遇だな、秋月連也くん」

「嘘つけ」

 

 連也は吐き出すように言った。どうせ自分の行動パターンを調べあげ、ここで待ち伏せしていたに違いないと思った。

 

「バレたか」

 

 曹操は悪びれる様子もなく、肩をすくめる。

 

「君に大事な話があってね、ちょっと聞いてもらいたいんだ。まぁ、まずは食べてくれ」

「……いいけど、聞くだけだからな」

 

 連也はそう言って、小皿に盛られた餃子を一つ頬張った。

 わざと時間を掛けて食事を終えると、勘定を済ませて店を出る。

 曹操は従者のように、黙々と付き従った。

 連也は曹操などいないかのような足取りで、帰宅する。

 

「叔父さんたち夜まで帰ってこないから、ここならゆっくり話も出来る」

 

 連也はそう言って、曹操を招き入れた。

 二階の自室に案内し、コーヒーも出してやる。

 そして二人は、そのコーヒーカップの乗ったお盆を挟むようにして向かい合い、床の座布団の上に座った。

 

「で、何だよ話って」

 

 連也の態度は刺々しい。

 彼はテロ対策チーム『D×D』のメンバーではなく、臨時の助っ人として何度か手を貸してやっただけに過ぎない。それも、あくまでも同じ駒王学園の生徒同士のよしみで、リアス・グレモリー率いるオカルト研究部に協力しただけなのだ。

 そんな連也から見れば、たとえ何度か同じ陣営で戦った者同士とはいえ、曹操は胡散臭い男でしかなかった。この男が仲間と共に京都や冥界で引き起こしたテロ騒ぎは記憶に新しい。

 

「今、アザゼル杯という国際的なレーティングゲーム大会が行われているのは知っているかい?」

「いやだ、断る、絶対にNO、断固NG」

 

 連也は曹操の問い掛けに、答えになってない答えを返した。

 

「最後まで聞いてくれないか」

「聞かなくたってわかるよ。どうせその大会に、アンタのチームとして出てほしいって言いたいんだろ」

「おや、ご明察」

「言っとくけどさっきの餃子は話を聞く代金だ。要求に答える・答えないは俺の自由だからな?」

「つれないな、もう少し考えてもらえないか?」

「考えたって同じだよ。平和になってようやくのんびり出来るようになったってのに、なんでそんな馬鹿騒ぎに付き合わなくちゃならないんだよ」

「優勝チームは、どんな願い事も叶えてもらえるという話だがね」

「そんなの信用出来るか。そもそも、誰かに叶えてもらいたい願いなんてないしね」

「そうかな? 君はヴァスコ・ストラーダに興味があるはずだが?」

「……あの人がどうしたんだよ」

 

 連也がここで、初めて興味を示した。

 

「俺たちのチームの次の対戦相手であるリアス・グレモリーのチームに、彼が参入した。そこで、ヴァスコ・ストラーダ対策として、俺は君が欲しい」

「無茶言うなよ、俺なんかが勝てる訳ないだろ?」

「俺はそうは思わない。それどころか、彼と唯一対等に渡り合える人間がいるとしたら、それは君以外にないと思っている」

「おい、おだてても木には登らないぞ」

「おだててなんかいないさ。君の念道は単純なパワーやスピードを超越した技術だ。彼の規格外の強さに対抗出来るのは、君の念道だけだ。それにさっきも言ったが、君だって彼には興味があるだろう? 一度は稽古をつけてもらいたいと思っていただろう? このアザゼル杯なら、何の遠慮も後腐れもなしに、全力で戦える。逆にこのアザゼル杯以外の場で、君が彼と手合わせ出来る機会なんて、どこにもないぞ?」

「…………」

 

 連也は黙り込んだ。

 胡座を組んだ膝の上に手を置き、目を閉じて黙考する。

 曹操もまた、それ以上何も言わず、泰然と彼の答えを待っていた。

 

【Part.2:顔合わせ】

 

 ヴァチカンにある、教会が運営する戦士育成機関の宿舎。

 秋月連也は曹操に伴われて、そこの食堂を訪れていた。曹操が所属する『天帝の槍』チームのミーティング場所だからだ。

 時差ボケのせいか、連也は何度もあくびをして、まぶたも重そうだった。

 曹操が、集結したチームメイトに連也を紹介する。と言っても、大半が曹操と同じ禍の団(カオス・ブリゲード)英雄派メンバーだったので、全く面識がない訳でもない。

 

「次の一戦限りだがうちのチームに参加してもらう事になった、秋月連也くんだ。対ヴァスコ・ストラーダの切り札としてね」

「待てやコラ」

 

 と抗議したのは、ヘラクレスだった。

 

「俺じゃ不満だってのか?」

 

 チーム一のパワーファイターを自負する彼は、ストラーダの相手は自分がやるものだと思っていた。はっきりそう言われた訳ではないが、他に相手を出来そうな者がいるとは思ってなかった。なのにこれだ。文句を言わねば収まらない。

 

「お前やジークは気に入ってたみたいだがな、こいつはしょせん業師(わざし)だ。こんなヒョロヒョロの、眠たそうな顔したガキに、あのヴァスコ・ストラーダの相手が出来るのか?」

「心配なら、自分で試してみるといい」

「……いいぜ」

 

 ヘラクレスが、歯を剥いて笑った。

 曹操を押し退けて、連也と向かい合う。

 

「眠たそうだな、坊や」

「ごめん、実際眠い」

「じゃあ、目を覚まさせてやるよ!」

 

 言うなり、ヘラクレスの岩を削って造ったような拳が、連也の顔面目掛けて繰り出され──寸前で止まった。パンチの風圧で、連也の前髪が一瞬フワッと浮いた。

 曹操を除く全員が、息を呑み、言葉を失う。

 ヘラクレスのパンチには充分な殺意がこもっていた。寸止めするつもりなど微塵もないパンチだった。

 なのに、それが当たらなかった。

 連也がパンチの射程距離の一歩外に下がったからだというのはわかったが、その一歩下がる動きが、彼等にもまったくわからなかったのだ。

 

「ぬぅっ!」

 

 ヘラクレスが唸り、更にもう一発ストレートパンチを放つ。

 連也、これを右手のひらで受け止めた。

 パンチの衝撃を、右手を通して体内に誘導し、一周させて、再び右手から放出する。ヘラクレスの拳が薄皮一枚分も離れていない、刹那の早業である。

 己れのパンチの衝撃をそのまま返されたヘラクレスは真後ろにある食堂の壁際にまで吹っ飛んだ。

 

「どうだいヘラクレス。彼では不満かな?」

 

 曹操がそばに歩み寄り、尋ねる。

 

「……いや、文句はねえ。こいつでいい」

 

 ヘラクレスは静かに答えた。

 何が起きて自分が吹っ飛ばされたのかはわからないが、筋力の強弱では説明出来ない現象なのはわかった。

 何より、連也の佇まいに、納得せざるを得なかった。

 片手で自分を吹っ飛ばした日本人の少年は、依然眠たそうな顔のままだった。一切気負う事なく、自然体のまま今のような技(?)を振るったのだ。

 

(ひょっとしたら、ひょっとするのか……?)

 

 あの力の権化たるヴァスコ・ストラーダも、同じようにあしらえるかも知れない……そんな期待めいた気持ちが、湧き始めていた。

 

【Part.3:チームメンバー】

 

◯『リアス・グレモリー』チーム・大会登録メンバー

(キング)──リアス・グレモリー

女王(クイーン)──姫島朱乃

戦車(ルーク)──塔城小猫、ヴァスコ・ストラーダ

騎士(ナイト)──木場祐斗、リント・セルゼン

僧侶(ビショップ)──ギャスパー・ヴラディ、ヴァレリー・ツェペシュ

兵士(ポーン)『8』──ミスター・ブラック(クロウ・クルワッハ)

 

◯『天帝の槍』チーム・大会登録メンバー

(キング)──曹操

女王(クイーン)──関帝

戦車(ルーク)──ヘラクレス、コンラ

騎士(ナイト)──ジャンヌ、ペルセウス

僧侶(ビショップ)──ゲオルク、マルシリオ

兵士(ポーン)──エルリック、コルム、エレコーゼ、ホークムーン、ラッキール、ムーングラム、ディヴィムスローム(いずれも元英雄派構成員)、秋月連也

 

◯試合形式──ボード・コラップス(ゲームフィールドが時間経過と共に外周部分から徐々に崩れていき、最終的に中央部分のみとなる)

 

【Part.4:試合開始】

 

 ゲームフィールドは、冥界のとある都市の一角を再現した疑似空間だった。

 試合開始直後から、フィールドの崩壊はゆっくりとではあるが始まっている。三十分後には、フィールド面積は半分ほどになっているだろう。

 フィールドが狭くなれば、その分隠れ場所や逃げ場所がなくなる。味方の流れ弾も当たりやすい。広さを保っているうちに、いかにして優勢に立つかが重要になってくる。

 

 片側三車線ずつの幹線道路上に、木場祐斗とヴァスコ・ストラーダはいた。

 斥候も兼ねた一番槍を任されたのだ。相手チームの誰が来ようと対応出来るであろうというリアスの判断だった。

 二人は、同じ人物の事を考えていた。今回の試合に突如参戦した秋月連也の事である。

 

 祐斗が連也と知り合ったのは二年前、高等部一年生になって間もない頃だ。

 駒王町内に逃げ込んだはぐれ悪魔を追跡していた満月の夜の事であった。

 深夜のジョギング中と思わしき、駒王学園高等部のジャージを着た少年が、逃走中のはぐれ悪魔と鉢合わせてしまったのである。

 そして祐斗は──オカルト研究部は、信じられない光景を目にした。

 さっきまで手ぶらだった少年が、どこからともなく木刀を取り出し、はぐれ悪魔の身体を幹竹割りに一刀両断したのである。斬割されたはぐれ悪魔は黒い塵となって消滅した。

 その夜の出会いが切っ掛けで、リアスはその少年『秋月連也』を、オカルト研究部の助っ人として雇う事にしたのだ。

 厄介事に巻き込まれたくなかった連也は入部も眷属入りも頑なに拒んだので、リアスは時に金品や食べ物で釣り、時に女の涙に物を言わせて彼の協力を得る必要があった。

 それでも連也がオカルト研究部に手を貸したのは、数えるほどしかない。

 そのわずかな共闘でも、連也の振るう念道の技が凄まじい力を秘めているのは、充分に理解出来た。

 今までは練習相手としてしか手合わせした事がなかったが、今回は敵同士として存分に戦える。

 そう思うと、柄にもなく胸の奥で熱いものが込み上げて来た。

 

 ヴァスコ・ストラーダにとっても、秋月連也は興味深い存在である。

 

「なんで俺が天界の尻拭いしなくちゃいけないんだよ。お前らいっぺんボコボコにされて、世の中の厳しさ教えてもらえ」

 

 今年の始めに起きたエクソシストのクーデター時、連也はチームD×Dにそう言ってボイコットしたので、ストラーダが彼と出会ったのはトライヘキサとの戦いの際に一度、共に肩を並べて邪龍の群れに挑んだ時だけだった。

 しかし、少年の振るう木刀から放たれる白い光輝の清らかさに感心した。

 邪龍の巨体に怯む事なく立ち向かい、木刀で斬り伏せ、消滅させていく姿には、敬虔な信仰心すら感じた。神仏ではなく、彼自身が振るう技に対する信仰を。

 一度手合わせしてみたいと思っていたが、連也はアザゼル杯には全く興味がないらしく、叶わぬ夢かと思っていた矢先の電撃参戦である。年甲斐もなく、喜びで心が躍った。

 

 二人の視界に、黒い影が見えた。

 それは『天帝の槍』チームのペルセウスだ。翼の生えたサンダル『タラリア』を履き、文字通りに空を駆けて接近していた。

 その背におぶさっているのは、連也だった。ジャージを着ている。念道には特に道着はないので、彼はたいていこの格好で戦いに臨む。動きやすいからとの事だ。

 相変わらずだな、と祐斗は試合中でありながら、微笑ましい気持ちになった。

 彼が初めて見るデザインなので、新しく買ったのだろう。

 

「むしろ、なんでお前ら制服なんだよ。動きにくくないのか? って言うか俺が場違い感半端なくて落ち着かないんだけど」

 

 と、一度だけ祐斗に愚痴をこぼした事がある。

 もっとも、愚痴はその一度きりであり、ゼノヴィアが加入してからは、彼女を気遣ってか何も言わなくなった。

 その連也を運んでいたペルセウスが、高度を下げる。

 地上二メートルほどの高さまで降りると、連也は彼の背から飛び下りた。

 

「んじゃ任せたぜ、助っ人さん」

 

 ペルセウスはそう言って再び上昇し、飛び去っていく。

 

「イザイヤ・木場祐斗よ。この少年は私が受け持つ。君は彼を追いたまえ」

「わかりました。猊下、ご存分に」

 

 自分が連也の相手をしたかったが、ペルセウスとの空中戦なら空を飛べる自分の方が適任だろう。

 祐斗はそう考え、背中から悪魔の翼を広げて、ペルセウスを追った。

 残ったのは、連也とストラーダの二人きりである。

 

「元気そうで何よりだ、木刀ボーイ」

「そちらこそ、お元気そうで」

「君はこの大会には興味がないと思っていたのだがね」

「はい、ないです」

 

 連也はきっぱりと答える。

 

「ふむ。なのにこの試合に、敵チームとして参加した……私が目当てと、自惚れて良いのかな?」

曹操(あいつ)の口車に乗るのは癪だけど、あなたに稽古をつけてもらえる機会は、やっぱりこの大会しかないですし」

「はっはっはっ、素直でよろしい。若い者はそうでなくてはな。では、始めようか」

 

 ストラーダが前方に手をかざす。

 足下の地面から光が湧き起こり、その中から青い刀身を備えた剣が現れた。

 デュランダルⅡ。

 教会所属の錬金術師が、ストラーダのために製作した新たな聖剣。

 ストラーダはその自分のための聖剣を手にした。

 

「お手柔らかに」

 

 連也は呑気な口調で答え、右手を開いた。

 手のひらから白光が生まれ、その光の中から柄巻きを施した木刀が現れる。

 亡き父を始め代々の念道家の念を宿した、魂の木刀『飛龍』。

 連也は『飛龍』を、ゆっくりと正眼に構えた。

 

【Part.5:観戦者たち】

 

 広い部屋には複数のテーブルとソファが設けられてあり、四面の壁にはモニターが設置されてある。

 冥界のアガレス領にある空中都市アガレアスは、レーティングゲーム国際大会『アザゼル杯』の会場の一つだ。

 都市内部のアグレアス・ドームにある、VIP専用の観戦室がここである。

 今日は兵藤一誠眷属とソーナ・シトリー眷属、ヴァーリ・ルシファー率いる『明星の白龍皇』チームの面々(フェンリルとゴグマゴグは除く)が利用していた。

 

 一同が今回の試合の組み合わせを見て驚いたのは、『天帝の槍』チームの女王(クイーン)関帝である。

 正確には関帝聖君──三国志の時代に活躍した関羽雲長その人であった。生まれ変わりでも子孫でもない。関羽雲長本人なのである。

 かつて禍の団(カオス・ブリゲード)に所属していた曹操たちの監視役も兼ねての参戦だった。

 

 次に驚いたのが、秋月連也の参戦だった。

 リアス・グレモリーの勧誘にも全くなびかなかった少年が突如として、しかもかつての敵と同じチームで参加するのだから、無理もなかった。

 

「秋月連也は強いのか?」

 

 コーヒーをすすっていたヴァーリが、一誠に尋ねた。

 去年の夏に行われた駒王会談の席にも、その直前に起きた聖剣事件の関係者という事で参加していた連也だったが、当時のヴァーリは一誠の方に意識が行っていた。

 その後も共闘した事はあるが、陣営が同じというだけで、その実力を目にする機会はなく、会えばいつものんびりした佇まいで、とても実力者とは思えなかった。この前公園で見掛けた時など、コンビニで買った唐揚げをカラスに取られて、大声でカラスの悪口を怒鳴り散らしていたくらいだ。

 

「ん、ああ……まぁ、結構強い……はずなんだけどな」

 

 一誠の返答は今一煮え切らない。

 

「『はず』って何だ。仲間なんじゃないのか」

「強いわよ、秋月くん……でもねぇ~……」

「剣技に関しては間違いなく私たちよりも上だ……上なんだがなぁ……」

 

 イリナとゼノヴィアがヴァーリの疑問に答えるが、やはりこれも煮え切らない。

 

「何だ、いったいどうした」

「あの子、全っっ然強そうに見えないのよね……」

「強者なら誰もが持つオーラというか、風格というか……秋月からはそういうものが全く感じられないんだ」

「なるほど」

 

 ヴァーリは納得した。

 チームメイトのアーサーは紳士然とした美丈夫だが、穏やかな表情の裏には抜き身の刃のような冷たさと鋭さを孕んでいる。

 美猴は今、別の席で黒歌と茶菓子を取り合ってるが、ああ見えておどけた態度の裏に野獣のような獰猛さを感じさせる。

 たぶん本人には自覚はないだろうが、兵藤一誠にしても、初めてあった時に比べてかなり落ち着いた貫禄のようなものが感じ取れた。

 ゼノヴィアが言った通り、強者には何かしら強さの片鱗をうかがわせる何かがある。

 しかし秋月連也には、それがないのだ。

 

「あらら、ストラーダ猊下と一対一よ! 大丈夫かしら、秋月くん」

「さすがの秋月も、猊下が相手では分が悪いだろうな……まぁ、猊下なら殺したりはしないだろう」

「あっ、木場さんが向こうの騎士(ナイト)さんと戦ってます!」

 

 アーシアの声に、イリナとゼノヴィア、一誠は別のモニターに視線を移した。

 他の者も、祐斗とペルセウスの空中戦を中継するモニターを見る。

 連也とストラーダを映すモニターに、ヴァーリだけが見入っていた。

 

【Part.6:激突】

 

 連也とストラーダは、同じ正眼に構えていた。

 しかしそれも束の間、ストラーダはゆっくりと八双にデュランダルⅡを掲げる。

 対して連也は、木刀を下段に落とした。

 かと思うと、前に出る。身体の軸、正中線を全くぶれさせる事なく、滑るように間合いを詰めてきた。木刀は下段のままで、まるで「どうぞ打ってください」と頭を差し出しているかのようだ。

 誘いだとはわかるが、このまま接近を許せばどの道打たれる。

 そうなる前に、そして連也のカウンターが届く前に打つ。

 ストラーダはデュランダルⅡを連也の頭上に振り下ろした。

 連也、横に体を開いて紙一重でかわしつつ、ストラーダの小手を狙って斬り上げる。

 しかしそこにストラーダの腕は既にない。老戦士は凄まじい速さで再度デュランダルⅡを振り上げていた。

 連也の斬り上げが空を切る。

 

「むんっ!」

 

 ストラーダはデュランダルⅡで、がら空きになった連也の脇腹目掛けて斬りつけた。

 連也、地を蹴って跳躍。宙に浮いた状態でデュランダルⅡの刃を、脇腹に受けた。

 聖剣がジャージもろとも、少年の肉体に食い込んだ──かと思うや否や、そこを支点に連也の体がクルリと一回転して、斬撃をやり過ごした。

 半ば空を切った形となったストラーダの体勢が崩れる。

 連也はすかさず突きを繰り出すが、ストラーダは咄嗟にそれを片手で掴み止め、木刀もろとも連也を投げ飛ばす。

 連也は猫のように空中で回転してバランスを取り、難なく着地した。

 しかしその着地の瞬間に合わせて、ストラーダはデュランダルⅡを横一文字に振り抜く。

 聖剣から放たれた光が長さ十メートルにも及ぶ長大な刃となって、連也を襲った。

 連也はどうしたか──。

 左右への回避は間に合わず、上に跳ぶにせよ下に伏せるにせよ、着地した直後ではすぐには身動きが取れない。

 少年は、木刀で正面の虚空を斬り下ろした。

 直後、ストラーダの放った光刃が真っ二つに裂け、連也の左右を通過して背後の建物を切断した。

 念を宿した木刀で空間の裂け目を造り、その空間断層で以て光刃を切り裂いたのだ。

 

()(かな)

 

 ストラーダの声がすぐ近くでした。

 彼は既に間合いを詰めていた。

 巨大な拳が、光を宿して放たれる。『聖剣』ならぬ『聖拳』。

 ストラーダのもう一つの武器。

 それを連也は、木刀で受けた。

 凄まじい衝撃が、木刀を通して肉体に浸透する。それを、体内を一周させて木刀から放出した。

 

「ぬおっ!?」

 

 ストラーダが、間の抜けた声を上げながら吹っ飛んだ。

 己れの聖拳の威力が、そのまま返ってきたのだ。無理もなかった。

 老戦士もまた、巨体を回転させて、豹のようにしなやかに着地した。

 

()(かな)

 

 そして、満足げにつぶやいた。

 

「若い者はとかく、攻撃面のみを重視しがちだ。むろん攻撃も大事だが、防御をおろそかにしては、ほんのわずかなつまずきで破滅を招く事もある。その点、君は違うようだな、木刀ボーイ」

「ども、あざっす」

「君は、これを使うに足る相手のようだ。遠慮なく使わせてもらおう」

 

 ストラーダは懐から、ガラスの小瓶を取り出した。中身は、ぼんやりと白い光を放つ液体である。

 

「これを以て、私は全盛期の(つわもの)となる」

 

 指先でコルク栓を弾き飛ばすように抜き、一気に中身を(あお)った。

 それは、ヴァレリーの聖杯から湧き出す聖なる水に、ギャスパーが持つバロールの力と、小猫の仙術による闘気を注ぎ込み、三日間掛けて調合した秘薬だった。

 リアス・グレモリーチームでなければ造る事も出来ない神秘の液体が、ヴァスコ・ストラーダの肉体に染み渡る。

 連也の目の前で、老戦士は巨体のいたる所から煙を噴き上げ、ついには自ら噴き出した白煙に呑み込まれた。

 やがて煙はすぐに止み、空に立ち上って消えた。

 後には、ストラーダが悠然と仁王立ちしている。

 しかし、八十歳を越えるはずのその顔からは、シワの数が目に見えて減っていた。五十代ほどの年齢にまで、若返っている。

 

「お待たせした。これが私の全盛期だ」

「全盛期って……」

「ふふ、君から見れば確かに、まだまだ年寄りなのだろうな」

 

 ストラーダは朗らかに笑う。

 

「しかし、私の全盛期は十代や二十代などではない。精神というものは、肉体の状況にも影響を受ける。肉体年齢をそこまで戻してしまうと、今度はあの頃の若気や稚気までもが戻ってしまう。これまでの人生で積み重ねてきた心の鍛練に、(かげ)りが出る。故に、肉体と精神のバランスが最も高いレベルを保っていたこの五十代の頃こそ、私の真の全盛期──どうしたね?」

 

 ストラーダが途中で問い掛けた。

 連也がいきなりその場に座り込んだので、ちょっと心配になったのだ。

 

「アホくさ」

「うん?」

「正直引いた」

「は?」

「こんなにガッカリしたのって、マジで生まれて初めてだよ……」

「本当にどうしたのだね、木刀ボーイ」

「あんたほどの人でも、歳を取ると耄碌(もうろく)しちゃうのか……」

 

 はぁぁあああ……と、連也は大きな溜め息をついた。

 そして、スッと立ち上がった。

 

「もういいや。さっさと終わらせちまおう」

「何だかよくわからぬが、それだけは同感だ木刀ボーイ。この力をぶつけたい相手は他にもいるので、な!」

 

 最後の「な!」に合わせて、ストラーダはデュランダルⅡを振り下ろした。

 連也が既に間合いを詰めていたのだ。

 聖剣と木刀がぶつかり合い、轟音を響かせ、衝撃波を四方八方に撒き散らした。

 そこからの太刀打ちは、もはや一つの嵐だった。

 互いに相手の隙を狙って打ち込み、相手の攻撃を受け止め、打ち払い、受け流し、そしてまた髪一筋ほどの隙を狙って打ち込んでいく。

 両者の得物は清らかな白光を放ちながら、互いに相手の喉笛を狙って噛み合う二匹の野獣のように、激しくぶつかり合った。

 そしてぶつかり合う度に光輝が爆発し、衝撃波が発生した。

 

 ストラーダは喜んでいた。

 以前アーサー・ペンドラゴンと戦った時は体力が続かず、途中で終わってしまった。

 だが今はどうだろう。疲れは微塵も感じられない。まだまだいける。まだまだ打ち続けられる。

 そしてその太刀打ちに、この少年もまだまだ付き合ってくれそうで、それもまた嬉しかった。

 

「むんっ!」

 

 渾身の打ち下ろし。

 連也、体を開いてかわす。

 空を切ったデュランダルⅡはそのまま地面に食い込み、斬撃の衝撃は道路に深々と亀裂を造り上げた。しかもその亀裂は、一瞬にしてフィールドの端にまで到達する。

 

「むおっ!」

 

 ストラーダは地面に食い込んだままのデュランダルⅡをひねり、振り上げた。

 連也の足下の地面がくりぬかれてデュランダルⅡもろとも持ち上げられる。

 しかし少年はそこから跳躍し、ストラーダの真上を取っていた。

 

「エヤァッ!」

 

 全体重と重力加速度も加えた、電光石火の一刀が、振り下ろされる。

 ストラーダ、これをデュランダルⅡで横殴りに打ち払い、連也を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた連也はミサイルのように一直線に宙を飛び、その先にあるマンションに激突する寸前に身体を回転させ、壁に着地した。

 ストラーダはその時、既に彼の懐に飛び込んでおり、デュランダルⅡを真横に振り抜く。

 壁を蹴ってかわす連也。

 しかし空を切った斬撃は、マンションを真っ二つに切断してしまう──二十階建てのタワーマンションを!

 タワーマンションが二人の上に倒れてくる。

 ストラーダは咄嗟にジャンプして離脱した。

 だが連也は動かない。

 そのままタワーマンションが、彼を押し潰すように倒れ込んだ。

 

「……?」

 

 ストラーダは眉根を寄せた。

 地上二十階建てが倒れたにしては、音が小さすぎる。

 ──おお、何と!

 少年は天に向けて掲げた木刀一本で、斬り倒されたタワーマンションを受け止め、支えているではないか!

 そして、素振りか何かのように木刀を振り下ろすと、マンションが巨大なミサイルとなって、ストラーダ目掛けて飛んでいく。

 

()(かな)

 

 ストラーダはつぶやき、デュランダルⅡを振り下ろした。

 火柱めいてほとばしる聖なる光輝が刃を形成し、マンションを幹竹割りにした。

 斬撃の衝撃でマンションは左右に弾けるように吹っ飛び、今度こそ地面と激突する。

 轟音が轟き、巻き起こった土煙が辺り一帯を包み込んだ。

 その土煙があちらこちらで膨らみ、弾けた。

 連也とストラーダが視界の利かないこの状況下においても、剣士として鍛えてきた直感や本能で相手の気配を察知し、死角に回り合いながら斬り結んでいるのだ。そして二人の得物のぶつかり合いで巻き起こる剣風が、煙を散らしているのだった。

 嵐のような剣戟が、更に二十合ほども続いた時、両剣士の巻き起こす太刀風で土煙はほとんど払い除けられていた。

 同時に、爆発音にも似た異質な剣戟の音も止んだ。

 戦いを見守る観衆が次に見たのは、互いに同じ形に剣を構えて向かい合う、二人の剣士の姿だった。

 剣を肩に担ぐようにして、構えている。得物の重さで腕が疲れないようにするためだった。

 あと一歩踏み出せば攻撃が相手に届く、一足一刀の間境に、二人は立っている。

 親子以上の年齢差の二人の剣士が、相手の打ち込みを待ってカウンターを狙うという、全く同じ戦法に出たのである。

 だが、この試合はボード・コラップス。時間経過と共にフィールドが端から崩壊していく。二人が斬り結んでいる間も、当たり前だが崩壊は進んでいるのだ。

 そしてその崩壊が、二人のいる幹線道路にも及び始めていた。

 既に道路の一方、都市の外へと向かう方角は、先が見えなくなっている。

 そして潮が満ちるようにジワジワと、二人のいる地点へと崩壊は押し寄せていた。

 だが両者共に、微動だにしなかった。

 わずかでも隙を見せればやられてしまうのがわかっているからだ。生存や勝利への執着を捨て去り、無念無想とならねば、自ずとその致命的な隙が生まれてしまう。

 二人の剣士は相手の動きに、全神経を集中させた。

 歓声が消えた。

 試合の状況を伝える実況の声も消えた。

 フィールド内に響く、チームメイトたちの戦いが巻き起こす音も消えた。

 互いに打ちへの動作に耐え、隙をうかがい合う内に、その凄まじい集中力が外部からの音を遮断したのだ。

 

 連也の木刀の先が、ほんのわずかだが、ストラーダから見て左に開いた。

 

 ストラーダ、咄嗟に渾身の打ち込み!

 デュランダルⅡが閃光となって連也を襲う!

 聖剣の刃が少年の身体を──()()()()

 連也は残像が残るほどの最短・最速・最小限の動きでこれをかわしたのだ。

 同時に、ストラーダの小手を木刀『飛龍』が稲妻のように打つ。

 熱を孕んだ木製の刀身が自分の小手を透過するのを、ストラーダは感じた。

 すかさずデュランダルⅡを横薙ぎに振り抜いた──()()()()()()

 だが聖剣は手中から滑り落ちて地面に落ちており、己れの両手が(から)のまま力なく振り回されただけである。

 その手を掻い潜って更に一歩踏み込んだ連也の抜き胴が、ストラーダの分厚い胴体を透過した瞬間、老人は全身に熱い波動が広がるのを感じながら、地に崩れ落ちた。

 

()(かな)

 

 そんなつぶやきを残して。

 連也は、倒れ伏す老人を憐憫の眼差しで見下ろしていた。

 

《『リアス・グレモリー』チームの戦車(ルーク)一名、リタイア》

 

 そんなアナウンスと共に、老人の巨体が光に包まれて消えた。

 崩壊が残った連也の足下まで押し寄せてくる。

 連也は何を思ったか、その崩壊の外へと自ら足を踏み出した。

 

《『天帝の槍』チームの兵士(ポーン)一名、フィールドアウトによりリタイア》

 

 後には、そんなアナウンスが響いた。

 

【Part.7:エピローグ】

 

 試合は『天帝の槍』チームの敗北で終わった。

 終盤戦になって、リアスがギャスパーと合体。彼の時間停止の能力で狭い残存フィールド内にいた曹操たちの動きを一斉に止めて一網打尽にしたのである。

 だが観衆は、『天界の暴挙』とまで呼ばれ恐れられたヴァスコ・ストラーダを倒した、無名の少年に興味を持った。

 しかし『天帝の槍』チームは少年を『この試合限りの助っ人』としか説明せず、インタビューにも一切応じなかった。

 

 ──『謎の超新星・秋月連也』

 

 そう呼ばれて注目されたのも束の間、幸か不幸かその後も様々なチームが巻き起こす白熱のバトルが、世間の関心を引き付け、いつの間にか連也の事は忘れ去られた。

 

 当の秋月連也は、そんな世の中の動きなど全く気にも留めなかった。

 その日は日曜日で、連也は川の上流で一人、魚釣りに興じていた。

 川面に浮かぶ浮きをじっと眺めていたが、不意に後ろを振り向く。

 直後、茂みがガサガサと揺れて、巨大な影がヌッと現れた。

 ヴァスコ・ストラーダだった。

 

「やあ、木刀ボーイ」

「何か用ですか」

 

 連也は川の方に視線を戻し、素っ気なく尋ねる。

 

「なに、若き剣士と語らいがしたくてな」

「こっちは話す事なんてないです」

「そうつれない事を言わんでくれ」

 

 ストラーダは苦笑いして、連也の横に立った。

 

「先日の試合でわからぬ事があってな、君に答えを聞きたいのだよ」

「何です?」

「あの時、私が若返りの法を使った直後の君の態度だ。あのあからさまに失望したような態度……何かの作戦だったのかね?」

「したような、じゃなくて、本当に失望したんですよ。若返りなんて最低な方法を取ったあんたに」

「若返りが、最低?」

「誰だって歳を取る。歳を取れば衰えて弱くなる。哀しいけど、誰にでも平等に起こる事で、仕方のない事で、そして当たり前の事なんです。俺は、あんたがその当たり前の事とどう向き合っているのか、その心の在り方を知りたかった。それはきっと俺の念道にも活かせると思ってた……なのにあんたは、若返るなんていう最低な答えを見せてくれた。自分の老いから目を背けて、逃げた。だから失望したんです」

「……そうか」

 

 ストラーダはおもむろに、その場にしゃがみこんだ。

 

「全盛期の力を取り戻したつもりだったのだがな……」

「馬鹿言っちゃいけない。あんなの全盛期でも何でもない」

「どういう意味だね?」

「若返りを選んだって事は、あんた自身衰えを自覚してたって事でしょ?」

「……うむ」

「一度衰えを自覚した人間が、その体の衰えがなくなって、いったいどこまで冷静でいられるんです? あんた自身が言った事でしょ、精神は肉体の状況に影響を受けるって。何歳に若返ろうが関係ない。肉体を若返らせた時点で、あんたの心はその若返った肉体に影響されて、落ち着きをなくしてたんですよ。あの時のあんたは全盛期でも何でもない。若返った肉体に浮かれてはしゃいでただけの、ただの馬鹿だ」

 

 ストラーダには、返す言葉もなかった。

 実際、五十代の肉体が持つ体力に喜んでいたのだ。

 

「なるほど。だからあの流れに持っていったのだな」

 

 最後の、相手の隙を探り合う我慢比べの事である。

 

「あれは、期せずして起きた状況ではない。君は、明確な勝算を持って挑んだのだ。そして、私なら必ず乗ると確信して、誘いを掛けた」

「ええ」

 

 連也は突き放すように短く、肯定した。

 

「見透かされていたのだな」

 

 ストラーダはそう漏らして、息をついた。

 あの我慢比べの時、わずかながら焦りがあった。

 あのままフィールドアウトで共倒れなどしたくなかったし、大会を勝ち進み、今度こそアーサー・ペンドラゴンと雌雄を決したかった。

 その執着ゆえに、連也の見せた隙にまんまと引っ掛かったのだ。

 

「木刀ボーイよ」

「なんです」

「もしあの試合で、私が若返らずに戦っていたなら……」

「俺は負けていたと思います。でも俺は、そうなる事を望んでいました」

「すまなかったな」

 

 ストラーダは、スッと立ち上がった。まるで熊が後ろ足で立ち上がったかのようだ。

 

「バチが当たったか」

 

 ポツリとつぶやく。

 幼少の頃から神に祈りを捧げ、鍛えてきた。日に何時間も。一日も欠かす事なく。

 一切の曇りなく奇跡を信じる精神力と、揺るぎない向上心のもと鍛え続けてきた肉体。

 それこそが自分の力であった。

 その力を生み出したのは、絶対的な信仰心であった。

 なのに、それ以外のものに頼った時点で、自分は負けていたのだ──自分自身に。

 あの敗北は、そんな自分の愚かさに対する神の与えたもうた罰なのだ。

 

「……木刀ボーイ。私は、負けた相手が君で良かったと思っておるよ。おかげで、踏ん切りが付いた。やはり役目を終えた役者が、いつまでも舞台に残っていてはいかんな……ありがとう」

 

 ストラーダが右手を差し出す。

 連也はちょっとの間を置いてから、その手を握った。

 翌日、ストラーダはイタリアに帰った。リアス・グレモリーに辞表を渡して。

 

 ──空いた戦車(ルーク)の枠を埋めようとリアスがしつこく勧誘に来たり、ヴァーリやアーサーがしつこく勝負を挑んできたり、クロウ・クルワッハが何やら熱い視線を送るようになり、連也が改めてストラーダとの試合を悔やんだのは、また別の話である。



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はぐれ剣士とはぐれ猫

【Part.1:森の中の戦い】

 

 冥界のとある森の中。

 黒歌はその中を一人駆けていた。

 木の根や倒木などで歩きにくい地面の上ではない。木の枝から枝へ、しなやかに、軽やかに、跳び移っていく。

 風のような速さでありながら、ちゃんと自分の体重を支えられる丈夫な枝を素早くセレクトしている。

 そんな黒歌を、複数の悪魔が追いかけていた。こちらは背中から翼を広げて、木々の間を縫うようにして飛んでいる。

 そして前方を行く黒歌目掛けて、手から魔力を放射した。魔力は細い熱線となって、黒歌へと伸びた。

 黒歌は横に跳んで太い木の幹を盾にしたが、熱線は口径を絞ってある分、熱の収束率が高く、木の幹を簡単に貫通した。

 しかし、貫通した先に黒歌はいない。既に地面に下りている。

 そして、一際大きな木の幹を背にして、足を止めた。

 そこへ次々と、追っ手の悪魔たちが追い付き、彼女を取り囲む。

 

「観念したのか?」

 

 悪魔たちのリーダーである、八の字髭を生やした男が言った。その口調に、余裕は全く感じられない。

 SS級はぐれ悪魔の黒歌が、かすり傷一つ負ってないのに逃走を諦めるとは思えないのだ。

 ここで足を止めたのは、自分たちを一網打尽にする策があるからではないか……そう思えてならない。

 

「ちょっと汗かいちゃったから、休憩」

 

 黒歌は答えながら、着物の帯を解いた。

 元々半裸に近い着崩し方をしていた着物が、帯がほどかれたことで、その場にバサッと落ちた。

 黒歌の真っ白な裸身が、あらわになった。

 

「色仕掛けなど通用せん」

「そんなこと言わずに見ていきなさいよ。この世の見納めが私のフルヌードなんて、この上ない幸せよ?」

 

 全裸の黒歌が冗談めかして投げキッスを送る──と、それで合図であるかのように、突然地面から無数の剣が生えてきて、追っ手の悪魔たちを足下から串刺しにした!

 体を貫かれた悪魔たちは、次々に黒い塵となって消滅していく。

 リーダーだけがかろうじて、森の上空に舞い上がり、難を逃れていた。

 しかし、無傷ではなかった。足の甲を下から伸びてきた剣で貫かれて、穴が空き、そこから煙が出ている。

 

「今のはまさか、《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》……?」

「正解」

 

 と答える声が、背後からした。

 背中から翼を広げた、悪魔の少年がそこにいた。

 小柄な少年だ。歳は十三か、十四か。

 長く伸ばした栗色の髪を一本の三つ編みにして、肩に垂らしている。

 紺色のケープをまとい、下は七分丈のズボンとロングブーツ。

 しかしリーダーの目線を引き寄せるのは、少年が右手に持つ剣であった。

 片手で振るうことを想定した、全長60cmほどの、飾り気のない西洋剣。しかしその剣から、悪魔にとっては実におぞましい、聖なる波動が感じられる。

 聖剣だ。

 どんなに弱い物でも、悪魔にとっては天敵ともいえる武器。

 その聖剣を携える少年悪魔を、彼は知っていた。

 

「SS級はぐれ悪魔《聖剣使いのシモン》だな……黒歌と組んでいたのか」

「まぁね」

「ちょうどいい、二人まとめて始末してやる」

「無理しない方がいいよ。俺の造った聖剣で足をやられて、死ぬほど痛いでしょ」

「だからと言って、引き下がれるか!」

「だよね」

 

 少年が呟くなり、一筋の閃光がリーダーの脳天に、稲妻のごとく閃いた。

 細身の剣が、鍔元まで深々と突き刺さっていた。

 リーダーは何か言おうと口を開けたが、言葉を紡ぐ前に、その体は黒い塵となって消えた。

 あとには細身の剣が残ったが、それも光の粒子となって消える。

 少年の右手の剣も、同様に消える。

 森の中に舞い降りた少年を、黒歌が全裸のままで出迎えた。

 

「はーい、お疲れ様」

「……いいから服着ろよ」

「またまた~、ホントは私の裸が見れて嬉しいくせに~」

 

 黒歌は笑って少年を抱き寄せ、自分の豊かな胸の谷間に、あどけなさの消えない顔をうずめた。

 

「頑張ったシモンくんに、黒歌おねーさんがご褒美をあげる」

 

 そう言うなり、少年の唇に自分の唇を重ねた。

 口の中にニュルリと舌を差し込み、少年の舌と絡ませ合う。

 年下の男の子の唇と舌を貪りながら、たおやかな手が白蛇のように妖しく、少年のズボンの中に潜り込んだ。

 

【Part.2:追われる者たち】

 

 黒歌とシモン。

 二人の出会いは、何とも間の抜けたものだった。

 お互いに、相手を自分に差し向けられた追っ手だと勘違いしたのである。

 黒歌が当座の隠れ家としていた廃墟に侵入したのが、シモンだった。

 黒歌は彼を追っ手だと思い込んだ。

 シモンも、追っ手が先回りしていたのかと思い込んだ。

 お互い、逃亡生活のせいで疑心暗鬼に陥っていたのだ。

 勘違いだとわかったのは、本物の追っ手が現れたからだった。

 十人からなるその追っ手を廊下におびき寄せたシモンは、床と天井から発生させた聖剣で、彼等を一網打尽にした。

 その様を見た黒歌は、この少年こそが噂で耳にした《聖剣使いのシモン》であることを知ったのだ。

 思い描いた聖剣を創造する神器(セイクリッド・ギア)聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》。

 少年はそれを使うことが出来た──()()()()()()()()()()

 聖書の神が造り出した神器(セイクリッド・ギア)は人間にのみ与えられた物である。故に、それらを所有するのは人間と、その血を引く者と、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の力で悪魔に転生した元人間のどれかに限られる。

 純血の悪魔が神器(セイクリッド・ギア)を所有するなど、有り得ないことだった。

 故に、黒歌も最初はこの少年が純血悪魔だとは信じていなかった。しかし仙術で彼の体を調べ、埋め込まれているはずの悪魔の駒(イーヴィル・ピース)はおろか、人間だった名残すら無いことを知って、彼の言葉を信じることにした。

 

「でも、それならそれで、なんで純血悪魔の坊やに神器(セイクリッド・ギア)が宿った訳?」

「知らないよ、そんなの……でも、たぶん、俺が元は人間だったからだと思う」

「そんなことないわよ。坊やの体には悪魔の駒(イーヴィル・ピース)なんて欠片もないんだから」

「うん。だから、そっちじゃなくて普通の生まれ変わり……輪廻転生ってやつなんだと思う」

 

 シモンはそう言って、廃墟の窓から、空を見上げた。ドロドロした紫色の空を。

 

「あの空とは違う、抜けるような青い空を、夢で何度も見るんだ。そしてその度に、その見たこと無いはずの青い空を、懐かしいって感じるんだ。人間界の空は、青いんだろ? だからきっと、俺は元は人間で、死んだあと魂が、神器(セイクリッド・ギア)がくっついたまんま悪魔に生まれ変わったんだと思う」

 

 ポツポツと語る少年の背中は、年齢以上に小さく見えた。

 

「……私には関係ないことだけどさ」

 

 と前置きして、黒歌は尋ねる。

 

「あんた、いくつ?」

「歳なら16。ランクならSS」

「《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》は確かに悪魔にとっては危険な代物だけど、だからってその歳で、何やらかしたらSS級はぐれ悪魔になる訳?」

「……親を、殺した」

 

 シモンは吐き出すように言った。

 

「物心ついた時に力に目覚めて、そのせいで親に地下牢に閉じ込められて……時間になったら食べ物が運ばれてくるだけの生活が何年か続いて……ある日、親が俺を殺そうとした。母さんが俺の手を押さえて、父さんが俺の首を締めて……俺は、怖くなって、力を使って二人を殺した」

「ふーん。でも、親を殺したくらいでSS級ってのはねぇ」

「俺の親、上級悪魔だったんだってさ。エクスプレスデーモンとか何とか」

番外の悪魔(エキストラ・デーモン)、ね」

 

 黒歌が訂正してやった。

 名門たる七十二柱に属さない上級悪魔を、番外の悪魔(エキストラ・デーモン)と呼んでいる。断絶しているか、冥界の奥地に隠棲しているかだが、領地を持つ上級悪魔であることには変わりはない。

 領主殺しの罪で指名手配されたシモンは、持って生まれた忌まわしい力で追っ手を撃退し続けたことだろう。その過程で《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》を有することが知られた結果、SS級に認定されたのだろうと、黒歌は推測した。

 

「なるほど、大変だったね……」

 

 黒歌はシモンを、優しく抱き締めた。

 

「私もさ、上級悪魔殺しで追われてるの。同じ追われる者同士、力を合わせて生きていこうよ。もう一人じゃないよ、私がそばにいてあげるからね」

 

 髪を撫でてやりながら、語りかける。

 シモンの細い腕が、自分の背中に回った。

 豊かな胸の谷間に、少年の顔を埋めてやりながら、黒歌はほくそ笑んだ。

 

(ガキはちょろいわぁ~)

 

 余りのちょろさに、可愛く思えてしまうほどだ。

 黒歌は仙術で、シモンに軽い魅了をかけていたのだ。彼が問われるままに自分の過去を語ったのはそのせいである。そして同情的な態度を見せ、優しい言葉をかけてやれば、ご覧の有り様だ。

 年齢からして、もう性に目覚めている頃だろうから、あとはこの体と色香で定期的に快楽を与えてやれば、この少年は最早完全に思うがままだ。

 悪魔殺しの力を持つ悪魔……これほど心強いボディーガードはいないだろう。追っ手の処理が楽になるというものだ。

 

 ──こうして黒歌は、シモンと行動を共にするようになったのである。

 その判断が正しかったことを、黒歌は実感した。

 シモンは神器(セイクリッド・ギア)使いとして非常に優秀だった。

 自分の体から遠く離れた複数の場所に、同時に数十本の聖剣を創造することが出来た。

 様々な属性や複雑なギミックを有する聖剣を、一瞬にして創造出来た。

 上級悪魔の血筋ゆえか、魔力量も豊富で、その魔力で副腕を作り、擬似的に四本腕や六本腕となって、複数の聖剣を同時に運用することも出来た。

 要するに、予想以上に優秀なボディーガードだったのだ。

 加えて、少年自身が辛い過去を抱えているせいだろうか、黒歌のことを根掘り葉掘り聞き出そうとはしない。逃亡生活の道連れとしても気楽に付き合えるのは、ありがたかった。

 

【Part.3:鋼鉄の刺客】

 

 二人が一緒に行動するようになって、一年が過ぎた。

 森の中で、黒歌は軽い悪戯心で、シモンに後ろから抱きついてきた。

 

「な、何だよ……」

「べっつにぃ~? ちょ~っと悪戯したくなっただけよ」

 

 言いながら、黒歌は白い手をシモンのズボンの中に潜り込ませ、妖しく蠢かせる。

 もう一方の手を上着の中に入れて、薄い胸板を撫で回しながら、少年の耳たぶの凹凸に沿って舌を這わせた。

 こうやって、おやつの駄菓子をつまむような感覚で、気安く少年の発育不良の肉体を弄り回すのが、最近の黒歌の娯楽だった。

 だが行為の最中で、彼女の意思とは関係なく、頭の猫耳がピクピクと動いた。

 複数の悪魔が森の中を移動する音を聞き付けたのだ。

 

「もう、いいとこなのに……先にアイツ等潰して、それから続きといこうか?」

 

 黒歌はシモンのズボンから抜いた掌をベロリと舐めた。

 

「私はどっかテキトーなとこに隠れてるから、片付けといてね。終わったら()()使わせてあげる♪」

 

 黒歌ははだけた着物の胸元を更に大きく広げて、豊かな膨らみを惜し気もなくさらした。

 シモンはかすかに頬を赤らめつつ、敵の気配がする方へと歩き出した。

 木陰に隠れて気配を探る。

 前方に十名ほど。

 しかし木が邪魔で、正確な位置がわからない。

 離れた場所に聖剣を発生させる遠隔創造には、視界内に敵の姿を捉える必要があった。でなければ、誰もいない所に無意味に聖剣を創造してしまうことになる。

 シモンは、体から魔力を放出した。

 紫色の光となって放出された魔力が、シモンの背丈ほどもある巨大な二本の腕に変化する。

 シモンは次いで、刃渡りだけで十メートルを越す巨大な聖剣を創造した。

 そして魔力で造った副腕にそれを持たせて、横一文字に振り抜く!

 森の木々もろとも、前方にいた追っ手たちをまとめて撫で斬りにする。胴体を輪切りにされた悪魔たちは、全員が黒い塵となって消滅した。

 

「大したものだな」

 

 少しして木々の向こうから、金属的な響きのある声が、そんなことを言った。

 姿を現したのは、身長二メートルを越える、長髪の巨漢だった。

 身に付けているのは手足のプロテクターと、皮の腰巻きくらいだ。

 しかしあらわになった肌は、どこも(くろがね)色に鈍く輝いていた。

 右手に持っているのは、自身の背丈ほどもある金属製の棍棒。身幅は先端に向かうに連れて広くなっており、握りの部分には黒革が巻き付けられ、柄尻にはすっぽ抜け防止の鍔がある。断面こそ楕円形だが、巨大な金属バットのような印象を与えた。

 

 賞金稼ぎのコーサトラル・ケール。

 

 魔力で全身の皮膚を硬化する能力を有している。

 そして、巨体に見合ったパワーと、そのパワーが生み出すスピード、冥界でしか採掘出来ない希少金属(レアメタル)を加工して造った、魔力耐性を持つ棍棒を武器に、多くのはぐれ悪魔を狩ってきた男だ。

 その男の周囲に、二十本近い数の聖剣が創造され、ミサイルのように発射された。

 だが、コーサトラル・ケールの鋼鉄の皮膚を貫くには至らず、ガラス細工のように砕け散る。

 シモンはすかさず、貫通力を高めた針のような刀身を持つ聖剣を創造し、撃ち出した。

 コーサトラル・ケールは右手に提げた棍棒を無造作に振るった。

 その一振りで、発射された聖剣はまたもや砕け散った。

 シモンが新たな聖剣を創造したのと、コーサトラル・ケールが間合いを詰めたのは、ほぼ同時だった。

 

 ブォッ!

 

 凄まじい風切り音を上げて、金属製の棍棒が横殴りにシモンに迫る。

 シモンはしゃがんでかわしつつ、コーサトラル・ケールの足に斬りつけた。

 聖剣の刃は脛を保護するプロテクターを切り裂いて、その下の皮膚で止まった。防具の下も硬化させていたのだ。

 

「そう来ると思ってたよ、坊や」

 

 コーサトラル・ケールはニタリと笑い、棍棒を振り下ろした。

 シモン、これを横に転がってかわしながら、地面からたくさんの聖剣を発生させて足止めし、距離を取った。

 だがコーサトラル・ケールはこれ見よがしに、シモンが創造した聖剣を踏み砕いて、近付いて来る。

 シモンは背中から翼を広げて、森の上空高くに舞い上がった。

 同時に、自分の周囲に百本近い聖剣を創造し、地上から同様に翼を広げて飛び上がったコーサトラル・ケール目掛けて次々と発射する。

 鉄色の悪魔は襲い来る聖剣の雨霰を硬化した皮膚で受け止め、棍棒で薙ぎ払う。しかしその手数の多さに、距離を詰めることが出来ないでいた。

 そうして稼いだわずかな時間。

 シモンはその隙に目を閉じた。

 意識を、自分の中にある神器(セイクリッド・ギア)に集中させる。

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 小さな、そして静かな声で唱える。

 次の瞬間、シモンを囲み、守るように、白光と共に現れた者たちがいた。

 黄金で縁取られた白い全身鎧をまとう騎士たちだ。全員が聖剣を携えていた。

 

 神器(セイクリッド・ギア)には禁手(バランス・ブレイカー)と呼ばれる現象が存在する。誰でも引き起こせる現象ではないが、禁手(バランス・ブレイカー)に至った神器(セイクリッド・ギア)はその能力を大幅に向上させる。

 シモンの《聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)》の場合は、聖剣で武装した騎士団を創造し使役する《聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)》がそうである。

 

 シモンは禁手によって創造した騎士団と共に、コーサトラル・ケールを取り囲み、四方八方から斬りつけた。

 だがこの同時攻撃すら、コーサトラル・ケールの皮膚を切り裂き、貫くには至らなかった。

 逆に棍棒で、騎士団の方が砕かれてしまう。

 

「無駄だよ、坊や」

 

 コーサトラル・ケールが、優しい口調で語りかける。

 

「俺のこの皮膚を切り裂くには、エクスカリバーやデュランダル並みの聖剣でないとダメだろうねぇ。神器で造り出せる数打ちのなまくらなんかじゃあ、千年かかっても斬れないよ」

「優しいんだね」

「何がだい?」

「わざわざ攻略法を教えてくれるなんてさ」

「教えたところで問題ないからねぇ。知ってるんだよ、坊や。君のその神器(セイクリッド・ギア)で造り出せる聖剣は、どんなに頑張っても本物には及ばない。結局のところ、手数の多さで質を補うだけのものでしかないんだってことは、ね!」

 

 最後の「ね!」に合わせて、コーサトラル・ケールは棍棒で打ち掛かって来た。

 大上段から振り下ろされた豪快な一撃を、シモンは新たに創造した二本の聖剣を十字に交差させて、受け止めた。

 瞬間、その二本の聖剣が爆発し、目映い白光を放って、コーサトラル・ケールの目を眩ませる。

 その隙にシモンは降下し、森の木陰に隠れた。

 そしてもう一度目を閉じて、精神を集中させる。

 前方に左手をかざして、「禁手化(バランス・ブレイク)」と唱えた。

 絹のような柔らかな白光が左の掌に生まれる。

 白光は掌の中で、短剣に変わる。

 奇妙な形の短剣だった。

 まるで地を這う蛇のように曲がりくねった刀身に、大きく口を開けた蛇の頭のように二股に分かれた切っ先を有している。

 シモンはその短剣で、正面の空間を刺した。

 曲がりくねった刀身が消えたかと思うと、シモンの目の前の空間が歪み、波紋が生じた。

 その波紋の中から、光と共に何かが出てくる……。

 

【Part.4:黒歌の選択】

 

 黒歌は一人、森から出ていた。

 シモンと共に戦おうなどという気は、微塵もなかった。ボディーガードとして頼りになるし、性欲の捌け口に弄ぶオモチャとしても気に入っていたが、やはりあの少年の能力は気味の良いものでないのだ。

 その代わり、あの少年が負けるかもという不安も、やはり微塵もなかった。

 何より、こちらもこちらで手が空きそうにない。

 

「いつまで隠れてるの? 出ておいで」

 

 森の外に広がる草原に向かって言うと、鉛色の陽炎が立ち上り、その中から複数の悪魔が現れた。

 

「我等の隠行の術を見破るとは、さすがだな」

「私からすればバレバレよ。本気で隠れてるつもりだったんなら舐められたものね。ムカつくから殺すわ」

「待て待て、そうはやるな……なぁ黒歌よ、おとなしく投降する気はないか?」

 

 追っ手のリーダーらしき悪魔が、そう言った。

 

「お前の妹はグレモリー家に拾われて、次期当主の眷属となったそうだ。グレモリー家は情愛の深い一族だ。お前もそこの眷属となり、冥界のため、悪魔のために誠心誠意仕えれば、罪も許されるだろう」

「真っ平ごめんよ」

「だが、お前が逃げれば逃げるほど、罪を重ねれば重ねるほど、妹が肩身の狭い思いをすることになるぞ」

「だから何? 情愛の深いグレモリー様が守ってくださるでしょ」

 

 黒歌はヒョイッと肩をすくめた。元々それが狙いで、妹をグレモリー領の近くに置き去りにしたのだ。

 

「妹は、お前に会いたがっているぞ」

「私は顔も見たくないわ。だから捨てたのに、またアイツのお守りさせられるのはうんざりよ」

「……では、このまま明日をも知れぬ逃亡生活を続けるというのか? 追っ手に怯えてコソコソ逃げ回り続けたいというのか? 今も強力な神器(セイクリッド・ギア)や異能の力を有する転生悪魔が増えつつある。いくら貴様でも、いつかはそいつ等に追われ、殺される。お前は優秀な転生悪魔だ、魔王様方も殺すのは惜しいと仰っておられる。投降して生き永らえる道を選ぶべきだ」

「お断りよ。私は長生きしたいなんて思ってないし、あの主人(バカ)を殺したことも妹を捨てたことも後悔してないわ。そして、明日雷に撃たれて死ぬことになっても、後悔なんてしない」

「意地を張るな、考え直せ。死ぬよりはマシだろう。斯く言う私も転生悪魔だが……せっかく半永久的に若さを保って生きていける悪魔に生まれ変わったのだぞ。何故そんなにも」

「それ、やめてくれる?」

 

 黒歌は言葉を遮るように、ピッとリーダーを指差した。

 

「それ?」

「その上から目線(ウエメセ)な喋り方よ。アンタ、何様のつもり? 地獄に堕ちる覚悟もない雑魚が、私に同等口(タメグチ)叩いてんじゃないわよ」

「…………」

 

 ギリッと歯軋りの音がした。

 

「そうか。そんなにも死に急ぐなら──望み通りにしてやる」

 

 リーダーの体が、ムクムクと膨れ上がった。

 全身が獣毛に覆われ、口が長く前方へと伸びていき、あっという間に身長三メートルにまで達する人狼と化した。

 他の悪魔たちも同様の変身を見せる。

 彼等は全員、元狼人間(ワーウルフ)の転生悪魔だったのだ。

 

「掛かっておいで、ワンちゃんたち。お姉さんが優しく撫でてあげるから」

 

 余裕の笑みを浮かべる黒歌の、金色の瞳が、妖しく輝き始めた。

 

【Part.5:決着】

 

 目眩ましをくらい、標的の姿を見失っていたコーサトラル・ケールだったが、森の中からほとばしる閃光を見てニタリと笑った。

 さっき彼自身が口にしたように、何をしようと、本物の聖剣なくして彼の硬化した皮膚を切り裂くことは出来ない。出来る者がいるとしたら、魔王サーゼクス・ルシファーの滅びの魔力くらいだ。

 悠然と、余裕を持って、コーサトラル・ケールはその光の元へと舞い降りた。

 瞬間、余裕に満ちた表情はあっという間に崩れ去った。

 両の眼は驚愕と恐怖で、大きく見開かれ、今にも飛び出そうだ。

 シモンは左手に蛇のような短剣を、そして右手には、青と金の刃を有する大剣を持っていた。

 コーサトラル・ケールは、その大剣を知っていた。

 直接見たことはないが、悪魔たちの間で『天界の暴挙』とまで呼ばれたとある戦士の名前と共に語り継がれているため、その姿形を伝え聞いている。

 そして何より、怒濤のごとく溢れ、嵐のごとく荒れ狂う聖なる光……もはや疑う余地はなかった。

 

「デュラン……ダ……ル……!」

 

 恐怖に震える声で、その不滅の刃の名を呟いた。

 

「な、なぜ、デュランダルがここに……」

「呼んだ」

 

 コーサトラル・ケールの当然の疑問に、シモンはあっさりと答えた。

 本物の聖剣を創造することは出来ないが、それを召喚する剣なら創造出来る。

 その『本物の聖剣を召喚する聖剣』こそが、少年の左手に握られている短剣。

 時空を越えて、ごく短時間だが聖剣を召喚し、使役出来る、まさに禁断の聖剣。

 第二の禁手(バランス・ブレイカー)

 

聖剣召喚(ブレード・ブリンガー)

 

 コーサトラル・ケールの右手から、棍棒が力なく滑り落ちた。

 本物の聖剣──その中でもトップクラスの破壊力を持つデュランダルを前に、完全に絶望していた。

 抗う気力も、逃げる気力も、湧いてこない。

 

(ああ、俺は死ぬんだな……)

 

 ただ、そんな諦めに似た気持ちだけが、胸中にあった。

 絶望のあまり、恐怖や後悔すら湧いてこない。ただ粛々と、逃れられない確定的な死を受け入れていた。

 シモンがデュランダルを振り上げ、そして振り下ろした。

 ほとばしる閃光が刃となってコーサトラル・ケールの肉体を、バターのように斬割し、消滅させた。

 

【Part.6:黒歌とシモン】

 

 戦いを終えたあと、デュランダルは自動的に元いた時空へと帰っていった。

 シモンは黒歌の気配をたどって、森の外に出る。

 そこには屍山血河が広がっていた。

 どれも狼人間(ワーウルフ)の死体だが、全身焼け焦げた者、鋭い爪で引き裂かれた者、何か大きな力で体中の関節をメチャクチャにねじられた者……どれ一つとして、同じ死に方をした者はいなかった。

 

「お疲れ~」

 

 その死体の山の只中で黒歌が状況に似つかわしくない呑気な声を上げた。

 

「本当に疲れた」

「みたいね。何かいつもより時間掛かってたし……とりあえず、ご褒美ね」

 

 黒歌はシモンの元へ歩み寄ると、指で顎を上向かせて、唇を重ね、舌を絡ませた。

 しばらくの間、クチュクチュと音がした。

 唾液の糸を引いて黒歌が唇を離すと、シモンはうつむく。 

 

「なぁに? 何回もしてるのにまだ恥ずかしいの? 可愛い~♪」

「ほっといてくれ」

「んふふ、もっといぢめてあげたいけど……何か今日は妙に気合い入ってるわね、アイツ等」

 

 黒歌が空を仰いで言った。

 視線の先には、悪魔の群れ。

 

「続きは、あれを片付けてからね……それが終わったら今度こそ、私のおっぱいを好きにしていいわよ?」

「……結局俺任せかよ」

 

 シモンは悪態をつきつつも、頬を赤らめる。

 そして迫り来る追っ手の第3陣に向けて、無数の聖剣を創造して発射した。



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剛剣乱舞

【Part.1~とあるチャットルームにて~】

 

不滅の刃:

 DVDで全試合を拝見させていただきました。

 貴殿の豪快な剣さばきに、不覚にもときめいています。

 機会があれば是非一度、お手合わせ願いたいです。

 

大剣の刃風:

>ときめいています。

やだ、恥ずかしい!(///∇///)

 

私も不滅の刃さんの試合見ましたよー(^o^)ノ

 

聖剣二刀流スッゴい素敵でした!(^^)b

 

問答無用の破壊力はやっぱり最高ですよね!(*`・ω・´)

 

不滅の刃:

 技は力の中に有り。何はなくともやはりパワー、破壊力がなければスピードもテクニックも活きないと愚考しています。

 しかし、騎士(ナイト)たる者まずはテクニックと考える石頭が多いです。

 短所を埋めようとして中途半端になるよりは、思いきって長所を磨いた方がまだ戦力として通用すると思うのですが……。

 

大剣の刃風:

私も超同感ですー!O(≧∇≦)O

 

フルメンバーで15人いて、一人で駒複数消費する奴なんて滅多にいないんだし、もっとチーム内でバリエーション増やすべきですよね!

 

でもカウンター系の能力とか相手には、やっぱり分が悪いですよね、私たち……(´・ω・`)

 

不滅の刃:

 私も覚えがあります。

 そこは他の仲間に任せるか、いっその事能力ごと叩き斬るかですね。

 先手必勝、斬られる前に斬れ。

 これこそが我々パワー系剣士の本領でありましょう。

 

大剣の刃風:

不滅の刃さん、素敵! 抱いて!ヾ(o≧∀≦o)ノ゙

 

ところで、今度私たちのチーム同士で試合が決まったそうですよ?

 

不滅の刃:

 はい。既に連絡が来ています。

 ルールやフィールドのロケーションなど、細かい部分までは聞いておりませんが、もしもぶつかる事となった暁には、正々堂々、良い試合をしましょう。

 宿題を片付けねばなりませんので、本日はこれにて落ちます。

 お休みなさいませ。

 

大剣の刃風:

はい、その時はこちらこそよろしくお願いします!(^o^ゞ

 

負けませんよ~、フッフッフッ……( ̄ー+ ̄)ニヤリ

 

お休みなさ~い♪

 

宿題頑張れ~!q(*・ω・*)pファイト!

 

 

【Part.2~ゼノヴィア~】

 

 試合当日。

 ゼノヴィアは戦闘服を身にまとい、聖剣デュランダルを手に、一人佇んでいた。場所は駒王学園を模したバトルフィールド内、体育館屋上。

 足下に踏み締める屋根の下では、一誠と小猫がフェニックス眷属を迎え撃っている。耳元に開かれた通信用の魔法陣から、音声のみではあるが戦況が伝わってきた。

 

 体育館内部では、小猫が幻術を用いて自分と一誠の分身を無数に生み出していた。

 どれが本物でどれが偽物か、見分けがつかない。イルとネルの双子姉妹、そして雪蘭(シュエラン)、ミラの四人は円陣を組んで互いの背中を守り合い、死角をなくす。

 だが、小猫は幻術に加えてもう一つの術も行使していた。それは隠形術。自分と一誠の姿を敵からは見えなくして、体育館の扉にまでコッソリと下がる。

 一誠が通信用の魔法陣で、ゼノヴィアに合図を送った。

 

「今だ、ゼノヴィア!」

 

 瞬間、彼女はデュランダルを無造作に複数回振った! 閃光が縦横無尽に軌跡を残して……体育館の屋根に真っ直ぐな切れ目が走る! そして轟音と共に崩れ落ちた!

 一誠と小猫はすぐさま外へと避難。幻影に囲まれて体育館中央に陣取っていた四人は、雪崩落ちる瓦礫の下敷きとなった。

 

『ライザー・フェニックス様の兵士(ポーン)三名、戦車(ルーク)一名、リタイア』

 

 グレイフィアのアナウンスが響いた。

 

【Part.3~シーリス~】

 

 フェニックス眷属が拠点としているのは、新校舎の生徒会室である。そこを目指して一誠と小猫は走っていた。途中で祐斗も合流する。

 

『ライザー・フェニックス様の兵士(ポーン)三名、リタイア』

 

 そこで再び、戦況を告げるアナウンスが響いた。旧校舎への奇襲を目論んだマリオン、ビュレント、シュリヤーの三人を、ロスヴァイセとギャスパーが返り討ちにしたのだ。

 以前フェニックス眷属と戦った時とは違い、グレモリー眷属は誰一人としてリタイアしていない。それはすなわち、それだけ自分たちが強くなっている証拠である。新たにメンバーも増えたし、何よりも一人一人が大きく成長している。それを実感した一誠は、思わず笑みを浮かべてしまった。

 

 運動場に辿り着くと、そこに五つの人影が待ち構えている。

 戦車イザベラと騎士カーマイン。兵士の猫又姉妹リィとニィ。そして……、

 

「イリナぁ!?」

「やっほー♪」

 

 驚く一誠に、紫藤イリナは相変わらずの明るさで挨拶した。

 

「今日はカーラマインさんからのお願いで、フェニックス眷属の助っ人として参加してるの。よろしく♪」

 

 とてもこれから戦うとは思えない、屈託のない笑顔だ。その笑顔のまま、聖剣オートクレールを構えるイリナ。

 一誠と祐斗は神器を禁手化( バランスブレイク)させた。一誠は鎧をまとい、祐斗は聖剣と共に騎士団を創造する。

 小猫とリィ、ニィの三人の猫耳も加わり、敵味方入り乱れての乱戦が始まった。

 

 イザベラの剛拳が吠える。

 一誠はそれを鎧の装甲で受け止めた。

 カーラマインの剣が火を噴いた。

 祐斗は氷の属性を持つ聖剣で対抗した。

 彼の創造した騎士団は、イリナがオートクレールで薙ぎ払った。デュランダルと同等の強度と切れ味を誇るだけの事はある。

 リィとニィの連携攻撃を、小猫は両の手足と二本の白い尾で上手く捌いていく。

 

 一誠とイザベラを除くメンバーは、戦いの場を徐々に校舎のそばへと移していった。祐斗も小猫も、知らず三階建て校舎へと誘導されているのだ。

 

「みんな、今よ!」

 

 イリナの合図で、リィとニィが左右から小猫を捕らえた。

 カーラマインとイリナも、剣を捨てて祐斗を押さえ込む。

 敵側の意図が読めない祐斗と小猫だったが、突如校舎が揺れた。

 その一瞬の揺れの後、校舎全体に、横一直線の亀裂が入り、崩れ落ちて来る!

 轟音と共に、彼等は校舎の下敷きとなった……!

 

『リアス・グレモリー様の騎士(ナイト)一名、戦車(ルーク)一名、リタイア。ライザー・フェニックス様の騎士(ナイト)一名、僧侶(ビショップ)一名、兵士(ポーン)二名、リタイア』

 

 アナウンスが無情に鳴り響いた。

 崩落した校舎の向こう側には、長い髪を頭頂部で結び、背丈ほどもある長大な剣を両手で握った、三白眼の女性がいた。

 

「見事だシーリス! 斬岩烈風剣、更に鋭さを増しているな!」

 

 イザベラが女剣士に称賛を送る。

 斬岩烈風剣とは、パワーを極めんとする彼女の剣技を指す、いわば流派名であった。

 

「味方ごと攻撃するなんて……何考えてんだッ!」

 

 一誠は激昂して、イザベラに殴りかかる。

 

「決まっているだろう? ライザー様の勝利だ。お前がリアス・グレモリーの勝利を考えているようにな!」

 

 イザベラはそのパンチをかわして、一本背負いで投げ飛ばした。一誠は龍の尻尾で体を支えて、着地する。

 

「ライザー様のためならば、多少の痛みなど甘んじて受けてやる。それが我等一同の意思。イリナ嬢もその想いに快く賛同してくださった」

「だからって……!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!』

 

 一誠は連続倍加で高めた魔力を一気に放射する! 巨大なドラゴンショットが、文字通り飛龍となってイザベラに迫った。

 

「おおおぉぉおおおおおッッ!!」

 

 瞬間、シーリスが吼えた!

 大上段から振り下ろされた大剣から衝撃波がほとばしり、ドラゴンショットの閃光を横から大切断する!

 そうやってイザベラを救ったシーリスは、剣である方向を指し示した。

 生徒会室のある校舎。その屋上にライザー・フェニックスが立って、こちらを見ている。

 

「行け。行ってライザー様に消し炭にされてくるがいい」

 

 イザベラは挑発的な口調でそう言う。

 

「ああ、戦ってやるさ……けど、その前に……」

 

 一誠はシーリスを睨み付けて、飛びかかった。

 

「お前だけは許さねえ! 小猫ちゃんと木場の仇だぁぁあああっ!」

 

 しかしその怒りの鉄拳は、巨大な剣の刃によって受け止められた。盾のようにかざされた金と青の刃が、シーリスを守ったのだ――デュランダルが。

 

「ゼ、ゼノヴィア! 何してんだよ!」

「こっちの台詞だ。君こそ何をしているんだ、殺すつもりか? バァル眷属戦での事を繰り返す気か?」

「だってこいつは……」

「ルールで許されている範囲でなら、どんな戦術を取ろうと責められるべきではない……ましてや、相手方が納得しているのなら尚更だ。それと……」

「それと?」

「彼女は、私の獲物だ。そして君が戦うべきはライザー・フェニックスのはず。わかったら、さっさと行ってこい!」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを振りかぶると、刃の腹で一誠の尻をぶっ叩いた。一誠は赤い弾丸となってライザーの元へと飛んでいく。

 イザベラも主君と一誠との戦いを見届けるため、その場を離れて校舎へと向かった。ただし、主の邪魔にならぬよう遠くから見守るつもりではあったが……。

 

【Part.4~剛剣乱舞~】

 

「さて、こうして直接会うのは初めてだね。初めまして、大剣の刃風」

「こちらこそ。不滅の刃……しかし、意外だな。チャットでは、もう少し真面目でおとなしそうな感じだったが」

「顔の見えない相手だからこそ、なおのこと礼儀正しくありたくてね。そちらこそ、チャットではずいぶんと可愛らしく振る舞っていたのに……」

「カーラマインから、『男と話してるみたいだ』と言われたものでな。女の子らしさを私なりに演出していた……が、こうして直に相まみえたからには、そんな必要もない」

「そうだな。持てる力と技の全てを、存分に出し合おう。私は、リアス・グレモリーの騎士ゼノヴィア」

「私はライザー・フェニックス様の騎士、シーリス。いざ尋常に勝負!」

 

 名乗りを上げると、二人は間合いを詰めて、互いの剣をぶつけ合った!

 騎士(ナイト)の持ち味たるスピードで繰り出される大質量の斬撃。それは風を巻き起こし、猛々しい剣戟の歌を鳴り響かせる。

 

 ゼノヴィアはデュランダルでの三連突きを放った。

 シーリスが大剣で受け止めながら、後ろに大きく跳ぶ。

 ゼノヴィアが地面を掠めるようにデュランダルで虚空を切り上げると、聖光が火柱となって大地を駆ける!

 着地の瞬間を狙われたシーリスは、大剣を地面に突き立てた。衝撃で地面がめくれ上がり、壁を形成して盾となった。

 シーリスはその大地の壁の向こうから高く跳躍して、大剣から猛烈な竜巻を発射した! それがゼノヴィアに直撃して動きを封じる!

 

「もらった!」

 

 シーリスは荒れ狂う風の中を一直線に突き抜けて、ゼノヴィアへと鋭い刺突を繰り出す。

 

「デュランダル!」

 

 ゼノヴィアが聖剣に呼び掛ける。デュランダルは唸り声のような音と共に、全身から聖なる光を放った。その光輝がシーリスの目をくらませる!

 

「はぁぁああああッッ!!」

 

 その隙にゼノヴィアが吼えて、デュランダルを振り抜いた!

 聖なるオーラがほとばしり、竜巻を吹き飛ばして掻き消す!

 

 技を破られたシーリスは、背中から悪魔の翼を広げて空中に舞い上がった。

 ゼノヴィアもそれを追って飛翔する。しかしそこへ、強烈な風が吹き荒れて少女の肢体を叩いた! シーリスが大剣を団扇のように振って、烈風を巻き起こしたのだ!

 

「小賢しい!」

 

 ゼノヴィアもデュランダルで空を薙ぐ。聖光の刃が、獲物を狙う荒鷲の如くシーリスに迫る!

 

「斬岩烈風剣、真っ向幹竹割り!」

 

 シーリスは逃げずに真っ正面から、その光刃を切り裂いて消滅させた。だが、ゼノヴィアの姿が視界から消えている。

 気配を感じたシーリスは上を見上げた。ゼノヴィアは既に彼女の更に上空へと移動していたのだ。

 

「くらえ! 秘剣、稲妻重力落としぃぃぃいいいいいッッ!!」

 

 全体重と重力加速度まで加えて放たれた稲妻の如き一撃が唸りを上げて繰り出された!

 

「斬岩烈風剣……」

 

 シーリスは体を大きく捻り、大剣を振りかぶり……、

 

「疾風迅雷ッッ!!」

 

 全身のバネを総動員して、横薙ぎの斬撃を放つ!

 二つの剣がぶつかり合って、轟音と衝撃波を辺り一面に撒き散らす!

 

 別の校舎の屋根に、まずはシーリスが、次いでゼノヴィアが着地した。

 そして今度は、ゼノヴィアがその着地の瞬間の隙を狙われた。

 

「斬岩烈風剣、疾風怒涛ッッ!!」

 

 大剣を屋根に叩き付けると、衝撃波が波となって、屋根に巨大な亀裂を走らせながらゼノヴィアを襲う!

 しかしゼノヴィアはそれをデュランダルの輝く一撃で真っ向から叩き潰した。カウンターで繰り出したその一撃は、衝撃で屋根を砕いて弾丸に変えて、シーリス目掛けて弾幕を張る。

 シーリスは大剣から風を巻き起こし、瓦礫の弾幕を吹き飛ばして我が身を守った。

 

 二人の剛剣使いは時に地を駆け、時に空を飛び、場所を変えながら、何合何十合と剣戟を続ける。破壊力抜群の斬撃が、次々とフィールド内の建物を巻き添えで破壊し、地面をえぐった。

 それはまるで、嵐と嵐のぶつかり合い……否、二匹の大怪獣の闘いだった。

 

 やがて二人は、時計塔の所にまで移動する。

 互いの姿が時計塔で隠れた瞬間、二人は同時にその時計塔もろともに相手を斬り伏せんと、剣を振る。

 前後からの斬撃で切断された時計塔は、ゼノヴィアの側でもシーリスの側でもない、明後日の方向に倒壊した。その瞬間、

 

『ライザー・フェニックス様、リタイア。リアス・グレモリー様の兵士(ポーン)一名、リタイア』

 

 響いたアナウンスに、二人とも戦いを忘れて驚いた。一誠とライザーの決闘は相撃ちに終わったのか……と思う間もなく、アナウンスが続けられる。

 

『リアス・グレモリー様の僧侶(ビショップ)一名、リタイア。リアス・グレモリー様リタイア。以上四名の同時リタイアにより、今回のレーティング・ゲームは引き分けとさせていただきます……』

 

 ゼノヴィアとシーリスは、その内容を聞いて思わず時計塔の倒れた方角を見る。時計塔は、生徒会室のある校舎の上に倒れていた……一誠とライザーが戦っていた場所に。そしてその戦いを見守るべく、リアスとアーシアが立っていた場所に。

 

【エピローグ~とあるチャットルームにて~】

 

大剣の刃風:

 ライザー様に怒られた……やり過ぎだったようだ。

 

不滅の刃:

 私も部長に怒られた。尻千叩きの刑をくらって、まだヒリヒリする。

 

大剣の刃風:

 私はユーベルーナに縛り上げられて三日間吊るされた……あの女、マゾのくせに何であんなに縛るのが上手いんだ……!?

 

不滅の刃:

 縛られる側だからこそ、縛るコツがわかるのかも知れないな。

 

大剣の刃風:

 深いな。

 それはそうと、一年後くらいを目安に、もう一度試合をしようという話になってるそうだ。

 

不滅の刃:

 私も聞いた。その時は私たちは出場禁止にするらしい。解せぬ。

 

大剣の刃風:

 解せぬ。



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課外活動のヴァイスリッター

【1】

 

 アザゼル杯も終了して、平穏な日々が戻ってきたある日、ゼノヴィア・クァルタと紫藤イリナに『依頼』が来た。

 

「あるはぐれエクソシストを討伐してほしいのです」

 

 伝えたのは、グリゼルダ・クァルタである。

 

「はぐれエクソシストと呼びはしましたが、堕天使陣営に従っていた訳ではありません。いつぞやのクーデターにも参加していません。それどころか、どこの勢力にも所属していない、文字通りのはぐれ者。正真正銘の一匹狼です」

「だが、たった一人が相手なら、わざわざ我々に頼まずとも良いのでは?」

 

 ゼノヴィアはそう問い返した。

 

「すでに教会から討伐隊を何度も送りましたが、ことごとく返り討ちにあいました。()()には少数精鋭で当たった方が良いのかも知れないとの判断です……が、()()の処理ごときに、イッセーくんの手を汚させる訳にはいきません」

「だから我々に、か」

「そうです。()()が振るう武器の性質を鑑みるに、あなたたちが適任であろうという、上の判断もあります」

「武器って、そのはぐれは何を使うんですか?」

 

 イリナが尋ねると、グリゼルダは一拍の間を置いてから、答えた。

 

「エクスカリバーです」

「えくすかりばあ?」

 

 ゼノヴィアとイリナが揃って、鸚鵡返しに間の抜けた声を上げた。エクスカリバーは現在、ゼノヴィアのデュランダルと統合してエクス・デュランダルとなっているのだから、無理もない。

 二人の疑問に答えるように、グリゼルダが続ける。

 

「異端の研究を行ったために教会から追放された、ヨハン・シュタインベルク博士の事は知っていますか?」

「名前だけなら」

「でもその異端の研究っていうのが、どういうものなのかまではわからないです」

「彼は、聖剣を人工的に造り出す研究をしていたのです──当時の教会には、まだ古い考え方にとらわれた頭の硬い者たちがいましたからね。彼等にしてみれば、神より賜りし聖剣を人工的に造り出すなど、冒涜的な行為だったのでしょう」

「あ、わかった! つまりそのはぐれエクソシストの武器って、その人が造った人工エクスカリバーって事ですね?」

「その通りです」

 

 イリナの言葉に、グリゼルダはうなずく。

 

「あなたたちへのお願いというのはつまり、はぐれエクソシスト及び()()が使う偽物のエクスカリバーの完全な破壊なのです。()()は未だに、悪魔や堕天使をその偽りの聖剣で殺して回っています。今の種族間の平穏を保つためにも、()()を早急に処分しなければなりません」

「で、そのはぐれの名前は?」

 

 ゼノヴィアの問いに、グリゼルダは一枚の写真を取り出した。

 白い髪と青い瞳の、まだ若い男だ。歳はゼノヴィアたちとあまり違わないように見える。

 

「呼び名は下に書いてあります」

 

 グリゼルダの言葉に、二人は写真の下の空白部分に書かれている文字に目線を下ろした。

 そこにはただ、こう書かれていた。

 

『F-12』

 

【2】

 

「暇だね、おたく等も」

 

 薄暗い廃工場でそんな軽口を叩いたのは、白い髪と青い瞳の少年である。

 かつては雪のように白かったのだろうが、今ではくたびれ果ててあちこちが破れ、汚れた、フード付きのケープをまとっている。

 傍らには、胸の高さほどの小さな棺桶が立てられていた。

 ──否。

 それは棺桶ではない。金属製で、たくさんの装甲板がくっついた、機械的な物々しさを漂わせた『鞘』だった。現に上部には、十字鍔を備えた剣の柄が生えている。この剣もまた、機械的な外観をしていた。

 少年が軽口を叩いた相手は、一人ではなく複数いた。数は十人ほど。全員が修道服をまとった神父然とした格好だったが、持ってる者はおよそ聖職者にはふさわしからぬ物である。

 銃だ。

 あるいは、天使の光を動力源とする光の剣。

 あるいは、古式ゆかしい、聖なる祈りによって祝福された鋼鉄の長剣。

 彼等はみな、教会より派遣された正規のエクソシストである。

 

「俺なんかよりも、もっと優先してやっつけなきゃならない相手がいると思うんだけど」

「聞く耳持たん」

 

 そう言ったのは、エクソシストのリーダーと思わしき、黒い髪をオールバックにした男である。

 歴戦のエクソシストであり、三大勢力和平後の天界の方針転換にも粛々と従ってきたラモント神父だ。彼だけは、剣でも銃でもなく、槍を手にしていた。

 

「貴様も、貴様の持つ剣も、どちらも教会の恥部なのだ。新たな時代には存在してはならない、染みのようなもの……いわば負の遺産だ。処分せねばならぬ」

「ひでえなぁ、俺はアンタ等がやれって言った事やってるだけじゃん。なんでそれを理由にアンタ等に殺されなきゃなんないのよ。コイツだって世のため人のために役に立ってるんだしさぁー、大目に見てくれてもいいじゃないの」

 

 少年はそう言って、傍らに立ててある剣の鞘をポンポン叩く。

 

「聞く耳持たんと言ったぞ、F-12(エフツヴェルフ)

「その呼び方やめてほしいんだけどなぁー……でもまぁ、ゲレゲレとかトンヌラとか変な名前勝手に付けられるよりはマシなのかなぁ……」

 

 F-12(エフツヴェルフ)と呼ばれた少年は、ブツブツ言いながら、素早く傍らの鞘から剣を引き抜き、顔の前に刃の腹を前にして立てた。

 瞬間、その表面に光が弾けた。

 神父の一人が発砲したのだ。彼等の持つ銃は火薬で鉛弾を飛ばすのではなく、天使の光を弾丸に変えて発射する物。故に銃声はしない。にも関わらず、少年は銃を撃つ気配をいち早く察知して防御してみせたのである。

 

「しゃーない。なるべく殺さないようにするから、安心してよね」

 

 軽い口調で言いながら、少年はケープをはためかせてエクソシストたち目掛けて走り出した。

 機械的な外観をした長剣が、ガラスの割れた窓から差し込む日光を反射してギラリと光った。刀身の表面には、電子回路を思わせる幾何学的な紋様が刻まれている。

 その奇妙な長剣が、風切り音を上げて閃いた。

 直後、四人の神父が腕を切られ、持っていた武器を落とした。

 

「ぬうっ!」

 

 鋼鉄の長剣を持った神父が、上段から打ち込んでくる。

 少年がその打ち込みに対して、長剣を振り上げて迎え撃つ。

 神父の剣は刀身の半ばから、スッパリと切断された。

 少年は神父の胸板に飛び蹴りを叩き込み、蹴り倒すと同時に、その反動で他のエクソシストの方へと跳躍する。

 二人のエクソシストが銃から光の弾丸を連射するが、少年はこれをことごとく長剣で弾いた。

 そして着地と同時に、銃を持った二人の神父の手足を切り裂き、光の剣で斬り掛かってきた二人の神父に対しては、攻撃をかわし様に一人の手首と、もう一人の太股を切り裂いた。

 と同時に、長剣を体の横に垂直に立てる。

 直後、ラモント神父の槍が飛んできて、長剣を掠めた。

 ラモント神父は、鋭い突きを四発、立て続けに繰り出す。

 少年は剣で打ち払いつつ後退する。

 ラモント神父は逃がさじと追撃する。突きと薙ぎ払いや打ち下ろしを巧みに織り混ぜた猛攻だった。

 少年が壁まで追い詰められる。最早逃げ場はない。

 ラモント神父は少年の心臓目掛けて、槍を繰り出した──瞬間、少年の姿が消えて、槍は空を切り、壁を貫通した。

 少年は跳躍していた。

 長剣が閃き、ラモント神父の左右の上腕部を切り裂いた。

 

「ぐあっ!」

 

 痛みで呻くラモント神父の脳天に、長剣の柄尻で一撃。

 ラモント神父はそのまま木偶人形めいて昏倒した。

 

「ちょいと深めにやっちゃったけど、動脈には届いてないはずだ。命の心配はないよ」

 

 ──たぶんね、と口の中で小さく付け加えながら、少年は地面に立てた鞘に、剣を納めた。

 

「いい気になるなよ……」

 

 呻くような声で、言う者がいた。

 少年に手首を切り裂かれた、エドガー神父だ。

 

「いずれ、我々などとは比べ物にもならん精鋭が送られてくるはずだ……貴様を処分するためにな……いいかF-12(エフツヴェルフ)……お前のような存在は、生きていてはいけないんだ……」

「勝手な事ばっかり」

 

 少年はエドガー神父に背を向けたまま、溜め息をつく。

 

「生きていちゃいけないとか、そんなの誰が決めるんだい? アンタたちにそんな事一方的に決める権利なんてあるのかな──誰も好き好んで、わざわざ誰かの邪魔してやろうとか思って生まれてくる訳じゃないんだぜ」

「だが、現に貴様は、天界の方針に逆らい、悪魔や堕天使を殺して回っている……お前は、それしか知らない狂犬だからな……だが、もう時代は変わった……これからは、種族の垣根を越えて誰もが手と手を取り合う時代なのだ……それもわからず殺戮の剣を振るう貴様も、天界にその存在を認められてないその偽りの聖剣も、存在してはならないのだ……」

「手と手を取り合うって、誰と誰が?」

 

 少年はエドガー神父の方を振り向いて、問い掛けた。眼差しが、かすかに険しくなっている。

 

「羽根付き同士が勝手に仲良くしてるだけだろ。それで、人間(俺たち)に何か得があるのかい?」

「ふふふ、やはり、しょせん貴様はその程度だな。そんな古臭い考え方にいつまでもとらわれているからダメなのだ……まぁいいさ。せいぜい、一時(ひととき)の勝利に浮かれているがいい。いずれ貴様に、審判が下されるだろうからな!」

 

 少年はエドガー神父のその言葉に、何の反論もせず、鞘に付いている革のベルトを肩に掛け、剣を腰に提げて立ち去っていった。

 

【3】

 

 教会が手配したビジネスホテルの二人部屋に、ゼノヴィアとイリナはいた。

 入浴を済ませたイリナはパジャマに着替えて、冷蔵庫の中からオレンジジュースの缶を一本取り出し、ごくごくとあおる。

 ゼノヴィアはタンクトップとショートパンツ姿で、ベッドの上に座り、黙々とノートパソコンを操作していた。

 

「何調べてるの?」

「シュタインベルク博士についてだ。彼の開発した人工エクスカリバーがどのような物か知っておきたくてね……だが、ダメだ。教会としては闇から闇へ葬り去りたい部類らしい。教会のデータベースにアクセスしても、該当情報なし。わかったのは、博士が半年ほど前に教会のエージェントによって暗殺された事だけだ」

「ターゲットの『F-12(えふ・じゅーに)』くんの方は?」

「そちらも同様に、該当情報なし。あの髪の色からしてシグルド機関の出身だとは思うのだが……出発前にリントに写真を見せて確認してもらったが、知らない顔だったらしい。しかし彼女いわく、恐らくはFランクだったのだろうとの事だった」

「Fランクって?」

「機関内で最も戦闘力の低いランクで、名前すら与えられず、番号だけで呼ばれていたらしい。推測だが、組織の再編成に伴い戦力としての価値なしと判断され、追放(リストラ)されたのではないだろうか」

「それをシュタインベルク博士が拾った?」

「あくまでも推測だけどね。それにこの仮説では、何故シュタインベルク博士が人工エクスカリバーの所有者に、組織から追放されるような戦闘力の低い者を選んだのかという疑問が解けない──まぁ、そこは本人から聞き出せばいいだろう」

 

 ゼノヴィアはそう言いながら、ノートパソコンの画面を閉じた。

 そこへ、部屋のドアがノックされる。

 

「どーぞぉ」

 

 イリナが応答した。

 ドアが開き、一人の中年男性が入ってきた。

 チェック模様の入ったグレーのスーツの上からインバネスコートをまとい、手にはステッキを持っている。

 歳は四十代だろうか、青ざめた顔色は、病気ではなく恐怖によるものだと、二人の少女は直感で思った。

 

「初めまして……私は上級悪魔のビクター・シュナイデルと申します。テロ対策チーム『D×D』のゼノヴィア・クァルタ殿と紫藤イリナ殿で、お間違いありませんな」

「はい、そうです」

 

 イリナの返答に、ビクター・シュナイデルなる悪魔は安堵の息を漏らした。

 そしてゼノヴィアとイリナの前に、恭しくひざまずいた。

 

「どうかあなた方のお力をお貸し願いたい……恐ろしい悪魔狩りに追われているのです」

「悪魔狩り?」

「はい。数日前、とある山村に未来を見通す力を持つ女性がいると聞き、私の眷属に迎え入れたく思い、スカウトに赴いたのですが……そこへ、白い髪をした男がフラりと現れ、見たこともない聖剣を振るい、襲い掛かって来たのです」

「──それは、この男のことではありませんか?」

 

 ゼノヴィアがグリゼルダからもらった写真を見せる。写真を見たビクター・シュナイデルの顔が、恐怖に引きつった。

 

「そ、そうです! この男だ! こいつが突然襲い掛かって来て、私の可愛い眷属たちの半数を殺したのです! 見たこともない聖剣を振るい、見るもおぞましい白い鎧をまとって!」

「鎧?」

 

 ゼノヴィアとイリナは声を揃えて聞き返した。

 人工聖剣のことは聞いているが、白い鎧とは初耳である。

 

「あのぉ~、その白い鎧について、詳しく教えてもらえませんか?」

 

 イリナが教師に質問する生徒よろしく、手を挙げて尋ねた。

 

【4】

 

 ホテルをチェックアウトしたゼノヴィアとイリナは、エクソシストの戦闘服とマントを身にまとい、ビクター・シュナイデルに案内されて『F-12』が現れた山村へと向かった。

 山の斜面に沿うようにして、古民家や畑が点在している。昔ながらの文化や風俗を守る、ひなびた所のようだ。

 シュナイデルは山村が見え始める辺りで足を止め、引き返した。『F-12』がよほど恐ろしかったのだろうか。

 やむを得ず、ゼノヴィアとイリナは二人だけで村に向かった。

 畑に挟まれた細い未舗装の道を進むと、村人が姿を見せた。でっぷりと太った赤ら顔の男性で、ちぢれた黒髪には白髪が混じっていた。

 その男性は、近付いて来る二人を見るなり血相を変え、近くの納屋に飛び込んだ。

 どうしたのだろうかと二人が顔を見合わせて小首を傾げていると、彼は薪割り用の斧を持って出てきた。

 

「テメェ等、今更何の用だ!」

 

 男性は斧を突きつけ、唾を飛ばして怒鳴りつける。

 

「ななな、何のことですか?」

「我々は今日、初めてここを訪れたのですが……」

「んなこたぁわかってるよ! だがそのトンチキな格好、教会の悪魔祓いだろう! 役立たずのトンマどもが今更何の用かと聞いてるんだ!」

「以前にも、エクソシストが訪れたことがあったのですか?」

 

 ゼノヴィアが尋ねた。

 

「ああ。村の近くに怪物が出たもんでな、遠くの教会にまで行って悪魔祓いを呼んだんだ。ところがどっこい、そいつ等、悪魔祓いのくせに悪魔とは戦えないとか抜かして、回れ右して帰って行きやがった!」

「なるほど」

 

 そういう事ならば、彼がこうも敵意を剥き出しにするのも無理はない。

 

「で、でも、見た感じ村に被害は出てなかったみたいですし、その怪物は悪魔だけど良い悪魔だったんだと思いますよ?」

「良い悪魔なんているかよ! 何も知らねえうちから適当ほざいてんじゃねーぞ、トンチキが! 白い騎士様が来てくださらなかったら、俺たちゃあの化け物に皆殺しにされてたんだぞ!」

「しろいきし?」

「もしや、この写真の男ではありませんか?」

 

 ゼノヴィアが『F-12』の写真を見せる。

 

「……ああ、そうだ。ピカピカ光る真っ白な鎧をお召しになられてなぁ、柱みてえに長い剣で悪魔をぶった斬ってくださったんだ」

「──間違いないわね」

「その男に、会わせてもらえないでしょうか」

「……いいだろう。ついてきな」

 

 男性は後ろ腰のベルトに斧を差し込み、歩き出した。二人もその背中を追っていく。

 途中で男性は、尻ポケットから携帯電話を取り出した。今では珍しくなった、折り畳み式だ。それで村のどこかに連絡しているらしい。

 

「ああ、騎士様の客人だ。白いマントを着た女の子が二人。よろしく頼む」

 

 そう言って電話を切ると、また尻ポケットに突っ込んだ。

 少しして、村の中央の広場に到着する。

 だが、そこに『F-12』はいない。村の男衆が、手に手に斧や鉈、(くわ)(すき)などを持って集まっている。全員が、険しい顔をしていた。

 

「へ? なに、なに?」

「……ふむ、嵌められたか」

 

 ゼノヴィアは先程の男性の言葉を思い出した。あれは符丁で、敵が来たら『客人』、本当に仲間が来た場合はそのまま『仲間』とか『友達』とでも伝えたのだろう。

 

「……何故あなた方は、その男のためにそうまでするのです」

 

 ゼノヴィアの声音は静かだった。男衆は殺気立っているが、聖剣を抜かずとも対処可能な戦闘力だ。しかも、いざとなれば空を飛んで逃げれば良いのだから、彼女たちにしてみれば何の危険もないのと同じだった。

 

「さっきも言ったろう。あの騎士様が、悪魔から村を救ってくださったんだ」

「そ、それは誤解ですよ、たぶん」

 

 イリナがなだめるように言う。

 そしてビクター・シュナイデルの事を話し、

 

「その悪魔はその女性をスカウトに来ただけで、別に村をどうにかしようとか考えていた訳じゃないんです」

 

 と締め括った。

 そのイリナの足下に斧が投げつけられ、地面に突き刺さった。

 

「テメェ等、悪魔祓いのくせに悪魔の嘘をホイホイ信じるのか、このトンチキどもめ!」

「もういいアベル。コイツ等は騎士様の敵だ。エイミーの予知でもわかってただろう」

 

 斧を投げつけた男性の後ろにいる、痩せた老人が話し掛ける。

 

「騎士様には指一本触れさせねえ。可哀想だが……いや、無能な上に悪魔の味方までするような悪魔祓いなんざ、たとえ女でも可哀想とは思わねえな。みんな、コイツ等をぶち殺せ!」

 

 老人が持っていた鋤を掲げて叫ぶと、男衆が手にした得物を振り上げて襲い掛かって来た。

 ゼノヴィアとイリナが翼を広げて空に逃げようとした瞬間、二人と男衆の間に、何かが投げ込まれた。

 二人は最初、それを棺桶だと思った。

 だが棺桶ではない。たくさんの装甲板が取り付けられた機械的な外観のそれは、鞘だった。現に、剣の柄が上部から伸びている。

 飛んできた方角を一同が見やると、民家の屋根の上に二つの人影があった。

 一人は、たっぷりとした金髪に緩いウェーブを掛けた女性だった。この土地の伝統的なレディースファッションに基づいた、胸元を大きく開けた服装で、深い谷間が覗いている。

 その傍らに立つのは、男性用のエクソシストスーツをまとった、白髪の男性──いや、少年だった。

 ゼノヴィアとイリナの討伐対象。

 シグルド機関から追放された名もなき男。

F-12(エフツヴェルフ)』が、そこにいた。

 

【5】

 

 物々しい鞘に収まった剣を担いだF-12(エフツヴェルフ)に案内されて、ゼノヴィアとイリナは村から離れた森の中へと入っていった。鬱蒼とした木々の間を抜けると、開けた場所に出る。

 決闘にはおあつらえ向きな広さだと、ゼノヴィアは思った。

 

 ドスン。

 

 重い音がした。F-12(エフツヴェルフ)が担いでいた剣を鞘ごと地面に置いたのだ。

 

「さ、やろうか」

 

 少年はまるで『ジャンケンしようぜ』と言わんばかりの気軽さで言いながら、抜刀する。

 あのアベルという村人が話した通り、柱のような長い剣だ。刃渡りは1メートル以上あるだろう。刀身には電子回路を思わせる幾何学的な模様が刻まれている。

 

「それがシュタインベルク博士の開発した、人工エクスカリバーか」

「まぁね」

 

 ゼノヴィアの問いに、F-12(エフツヴェルフ)は気楽に答えた。

 

「ねえ、一つ聞いていいかしら」

 

 今度はイリナが口を開いた。

 

「どうしてあなたは、悪魔を殺して回ってるの? 駒王協定の事は知ってるでしょう?」

「知ってるけど、知らないね」

 

 F-12(エフツヴェルフ)はそう答えた。

 

「確かにそういう和平だか何だかの話があった事くらいは知ってるけどさ、そんなの、俺たち人間には何の関係もないよ。人間の敵を人間が殺す。当たり前の事だろ」

「確かに、悪魔の中には悪い悪魔もいるわ。でも、良い悪魔だっているのよ? なのにどうして」

「どうして悪魔を殺すのかって? 今あんたの言った言葉が答えだよ」

「へ?」

「確かに、良い悪魔もいるんだろうな。でもさ、人間をいろんな意味で食い物にしてる悪い悪魔も、未だにこの地上をうろついてるんだよ。俺はそんな有害な悪魔を駆除して回ってるだけさ」

「駆除、か」

 

 つぶやくゼノヴィアの声色に、翳りが滲み出た。

 種族は違えど、人間と同等以上の知性を持つ者に対してそのような言葉を使えるこの少年は、根っこの部分ではあのフリード・セルゼンと同じだと感じたのだ。

 

「なるほど、よくわかった。これ以上の会話は不要だ。始めるとしよう」

 

 そう言ってゼノヴィアは右手を横にかざして、エクス・デュランダルを召喚する。

 イリナもオートクレールを召喚した。

 そしてその瞬間には、F-12(エフツヴェルフ)が既に一足一刀の間境を越えていた。

 白刃が木漏れ日を反射して煌めき、二人の少女の手首を狙って、毒蛇のように迫った。

 ゼノヴィアたちは背後に大きく跳んでかわしたが、スーツの手首の部分がか細く裂けていた。

 イリナが前に出て、オートクレールを振るう。

 人工物とは言え聖剣だ。転生悪魔のゼノヴィアは大きなダメージを受ける。だから自分が前に出て相手の注意を引き、その隙にゼノヴィアがデュランダルで消し飛ばす。事前の打ち合わせがなくとも、二人はそういう作戦を自然と頭に描いていた。

 だが、F-12(エフツヴェルフ)の剣技は二人の予想を越えた精密さだった。

 髪の毛一筋ほどのわずかな隙に、迷いなく長刃を打ち込んで来るのだ。

 タイミングも絶妙だ。丁々発止(ちょうちょうはっし)の打ち合いの最中に、不意に人工エクスカリバーの切っ先が、柄を握る指に飛んでくる。剣を握る両腕の隙間から、ニュッと伸びてくる。打ち込みを防ごうとかざした剣を飛燕のように避けて迫ってくる。

 二人の太刀打ちに、見ていられなくなったゼノヴィアが加わったが、F-12(エフツヴェルフ)は二人の聖剣使いを相手に、全く怯まず、一切の引けを取らず、戦った。

 ゼノヴィアが、イリナの背後に回った。

 エクス・デュランダルから、各パーツに分かれていたエクスカリバーを取り外して結合させる。そうして組み上げたエクスカリバーとデュランダルの二刀を、十字に重ねるように振り上げた。

 とっさにイリナが、大きく真横に飛んだ。

 瞬間、狂暴さすら感じさせる白光が、奔流となってF-12(エフツヴェルフ)を襲った。

 最強クラスの聖剣二本が放つ、圧倒的な破壊力を持つ十文字の閃光(クロス・クライシス)

 F-12(エフツヴェルフ)は、その斜め十字に重なる二つの光刃の中心、交差部分に、人工エクスカリバーの長刃を打ち込んだ。

 十文字の光刃が、刃で切り裂かれて左右二つに分かたれると、そのままF-12(エフツヴェルフ)の左右を通過して、雲散霧消した。

 

「バカな……」

 

 ゼノヴィアは戦いを忘れて、思わずうめいた。

 その場で、ガックリと膝をつく。必殺技を破られたショックで、ではない。左右の乳房の間を通って、戦闘服に裂け目が出来ていた。少し遅れて、その下から白い肌が覗き、そしてその肌に赤い線が浮かび上がって、トロリと血が流れ出た。血はすぐに止まったが、傷口からは煙が吹き上がった。聖剣の力が、転生悪魔の肉体を蝕んでいるのだ。

 クロス・クライシスを切り裂き、更にその向こうにいるゼノヴィアをもまとめて斬ったのである。

 

(これほどの使い手が、名前すら与えられないFランクだと……?)

 

 リントの奴、他の誰かと間違えて覚えてたんじゃないのか?

 そんな風にすら思えてくる。

 

「勝負あり、だね。さっさと悪魔の病院で診てもらうといいよ。浅く斬ったから死にはしないだろ」

「ふざけないで! まだ私が」

「あんたまで動けなくなったら、誰がそっちの娘を運ぶんだよ。この森はスマホの電波届かないから、救急車は呼べないぜ」

 

 F-12(エフツヴェルフ)の言葉に、イリナは反論が出来なかった。二人がかりでも勝てない相手に、一人で勝てるとは思えない──少なくとも、ゼノヴィアを運ぶだけの余力を残すという条件付きでは。

 

「心配はいらない。自分の足で歩いて帰るさ」

 

 と答えたのは、当のゼノヴィア本人だった。

 右手には、再び一本の剣に合体させたエクス・デュランダルを握っていた。

 左手には、そのエクス・デュランダルとは明らかにサイズ違いの空鞘が握られていた。その空鞘から、絹のような白光が溢れ、ゼノヴィアの胸に刻まれた刀傷を跡形もなく消し去っている。所有者の傷を癒す、治癒の加護を持つその空鞘は、かつてエクスカリバーを収めていた鞘であった。

 

「ふぅん、便利だね。それ、通販で買ったの?」

 

 F-12(エフツヴェルフ)は、しかし眼前での回復劇に眉一つ動かさず、茶化すようなコメントを返す。

 三人の剣士が、再びそれぞれの得物を構える。

 しかし、戦いは再開されなかった。

 異変に最初に気付いたのは、F-12(エフツヴェルフ)だった。対峙する少女たちの後方の草むらが、毒々しい黒に変色して枯れているのだ。

 

「……あ、あれ?」

 

 次に気付いたのは、イリナだ。突然体がだるくなり、呼吸がしづらくなってきた。顔中が熱くなって来たかと思うと、普通ではあり得ない勢いで目、耳、鼻から出血を始める。

 最後にゼノヴィアが、周囲の植物が急速に枯れ始めている事に気付いた。

 

「毒ガス……?」

 

 うめくようにつぶやくゼノヴィアは、オートクレールを手放して倒れかけたイリナを抱き止め、エクスカリバーの鞘をその体にあてがい、治療を試みる。

 無色透明、無味無臭の毒ガスが散布されたのだろうが、誰が、何のために?

 F-12(エフツヴェルフ)をかばう村人たちの仕業かと思ったが、それなら彼をも巻き込みかねない攻撃などするはずがない。

 そこへ、今度は森の外から爆発音が響いた。村の方角からだ。

 

「あいつらか……」

 

 F-12(エフツヴェルフ)には心当たりがあるらしく、吐き出すようにつぶやいた。

 そして何を思ったか、人工エクスカリバーを、地面に突き立てたままの鞘に収めた。

 

鎧化(セットアップ)

 

 柄を握ったまま小さく唱えると、鞘を構成する装甲板が外側へとスライド展開した。その隙間から白光がほとばしり、ゼノヴィアたちの視界を奪う。

 まばゆい閃光の中で、鞘その物が幾筋もの光となって、F-12(エフツヴェルフ)の全身に絡み付き、再び物質化する。

 光が収まった時、そこには金で縁取られた、パールホワイトに輝く全身鎧をまとった騎士が立っていた。

 顔も完全に覆われており、両目の部分には黒いバイザー。額から頭頂部に掛けて、宝玉を抱いた天使像の浮き彫り(レリーフ)が施されている。

 背中には、同様に金で縁取られた、パールホワイトの円形パーツが取り付けられており、日輪を思わせた。

 その騎士の右手に携えられた、機械的な外観の長剣で、彼があのF-12(エフツヴェルフ)である事がわかる。

 

鎧の聖剣(エクスカリバー・アーマメント)

 異端の研究者ヨハン・シュタインベルクが開発した、異端の武器。その真なる姿である。

 

 白く輝く鎧姿が、フワリと宙に浮いた──かと思えば、弾丸めいて一直線にゼノヴィアたちの脇を通り過ぎ、その背後の森の中に飛び込んだ。

 

「ひいっ!」

 

 恐怖に裏返った悲鳴が上がる。

 直後、森の暗がりからフラフラと、首のない女性と思わしき人物が現れて、ゼノヴィアとイリナの前で黒い塵となって消滅した。恐らく首は、彼女が出てきた森の中で、同様に消滅している事だろう。

 鎧姿のF-12(エフツヴェルフ)は、そのまま空高く上昇した。

 そして鎧の背面に搭載された四基の推進器官から、青白い噴炎を吐き出し、閃光となって村へと飛んで行く。

 ゼノヴィアとイリナも、それぞれ背中から翼を広げ、それを追った。

 

【6】

 

 村からは火の手が上がっていた。

 背中からコウモリの翼を広げた複数の悪魔が、両手から熱線に変換した魔力を放射して、地上の民家を焼き払っていた。

 その地上で、下半身が馬になっている別の悪魔が、両手に握った大鉈を振るい、村人たちを殺して回っていた。元ケンタウルス族の転生悪魔だ。

 もう一人、鼻の上に大きな目玉を一つだけ備えた大男がいた。頭頂部から短い一本の角を生やしたサイクロプス族の転生悪魔である。彼は鋼鉄の棍棒を振り回して、村人を叩き潰していた。

 そしてその惨劇を一望出来る高さの空中で、ビクター・シュナイデルはF-12(エフツヴェルフ)と一緒にいた女性を、両手に抱きかかえていた。

 

「どうだねエイミー。お前が一言、私の物になると言えば、奴等を助けてやっても良いのだぞ?」

「死んでもお断りよ!」

 

 彼女は即答した。

 シュナイデルはそんな彼女を嘲笑う。

 

「なら死ぬがいい。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)は死体にも使えるのだからな。あの村のゴミどもを一掃した後、ゆっくりとお前を悪魔に転生させてやろう」

「無理ね。騎士様がすぐにアンタを殺してくださるもの」

「あの小僧なら、間抜けな聖剣使いどもと呑気にチャンバラに明け暮れておる頃よ。その隙に毒ガスをバラまいてやったから、今頃仲良くのたうち回ってもがき苦しみながら死んでいるだろうて」

「アンタ、私の力が欲しかったんじゃないの?」

「そうだ」

「なら、わかるわよね。もう一度言ってあげる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エイミーが言い終わると同時に、光が走った。

 光はシュナイデルの足下で村に熱線を照射する悪魔たちを、瞬く間に撫で斬りにした。

 F-12(エフツヴェルフ)だ。

 白い鎧をまとった少年は、そのまま疾風のごとく地上に舞い降りた。

 鋤や斧を手に果敢に立ち向かう村人たちに、サイクロプスが棍棒を振り上げるところだった。

 F-12(エフツヴェルフ)は身の丈4メートルを越す巨体を、人工エクスカリバーで頭頂部から股下まで、幹竹割りにした。

 村人たちから歓声が上がる。

 F-12(エフツヴェルフ)はその歓声を背に、こちらへ向かってくるケンタウルスと対峙した。

 仲間を殺されたケンタウルスは憤怒に顔を歪めて、両手の大鉈を振り下ろす。

 白刃が煌めいて、その両腕を切断し、勢いそのままに、胴体を真っ二つに斬り割った。

 更に沸き立つ村人たちに、消火や避難の指示を出したF-12(エフツヴェルフ)は、上空にいるエイミーとシュナイデルに目線をやった。

 顔面を覆い尽くした兜越しでも、シュナイデルは確かに、F-12(エフツヴェルフ)と目が合ったのを感じ取り、全身を恐怖に貫かれた。まるで自分の背骨が氷に変わってしまったかのような気分だった。

 

「我が君」

 

 おどろおどろしい響きのする声がした。

 同時に、シュナイデルの頭上に影が差す。

 見上げれば、赤黒い鱗に全身を包んだ一匹のドラゴンが、翼を広げて滞空していた。

 

「遅れて申し訳ございません」

「おお、来てくれたか!」

 

 シュナイデルの顔に喜びと安堵の色が広がる。このドラゴンの名はトラゴス。冥界に棲むドラゴンで、彼の眷属の中でも最強の戦闘力を誇る。どの龍族とも違い、彼は炎、冷気、電撃の三種類のブレスを吐く事が出来るのだ。

 

「トラゴス、あの男を殺せ!」

「仰せのままに」

 

 トラゴスは恭しく答えると、こちらに向かって上昇してくるF-12(エフツヴェルフ)目掛けて、炎のブレスを吐いた。

 だが、F-12(エフツヴェルフ)の鎧には焦げ目一つついていない。

 ならばと冷気のブレスを吐きつけるが、これも効果がない。

 続けて電撃のブレスを吐いた。

 数条の稲妻が、白い騎士の鎧に突き刺さる。

 が、鎧の表面に波紋のようなものが浮かび上がって、稲妻を弾いた。

 

「そういう事か……」

 

 トラゴスはそれを見て、合点した。

 あの鎧は装甲の頑丈さで耐えるのではなく、表面に施した防御術式で攻撃を弾くタイプの鎧のようだ。

 

「ならば力で砕くまでよ!」

 

 赤黒い鱗に覆われた拳を握り、戦車の砲撃を思わせる拳打を放つ。

 しかしF-12(エフツヴェルフ)はその拳の軌道から、既に身を外していた。

 狙いが外れて伸びきった龍の腕に、聖剣を叩きつける。

 

 ガイン!

 

 そんな鈍い音がして、聖剣が弾かれる。

 トラゴスはそんな様を思い描いたが、右腕は主の予想に反して、肘の辺りから切断され、黒い塵となって消滅した。

 

「バ、バカな!」

 

 トラゴスはうめいた。彼の鱗はエクソシストの光の剣や聖別された剣すらも弾き返すほど強靭だ。なのに何故?

 その疑問に答えもせず、F-12(エフツヴェルフ)は人工エクスカリバーをトラゴスの首筋に叩き込む。

 蛇のような長い首を切断された瞬間、トラゴスは自身の感覚で理解した。

 信じ難い事だが、この騎士は、鱗の隙間に刃を立てていたのだ。だからこうも容易く斬られたのである。

 それがわかった瞬間、トラゴスの巨体は消滅した。

 シュナイデルは、恐怖で震えていた。

 眷属を皆殺しにされた今、彼を守る者はどこにもいない。

 教会の聖剣使いどもをぶつけた隙に毒ガスで一網打尽にし、その隙にお目当ての娘を眷属にするつもりだったのに、何故こうなってしまったのか……。

 

「あの小娘どもが、さっさと奴を殺してくれていれば良かったのに……何がテロ対策チームD×Dだ、役立た、ぐああっ!」

 

 役立たずと罵ろうとした瞬間、両腕に激痛が走った。

 見れば両腕が肩先から消えて、傷口からは煙が上がっている。

 抱きかかえていたエイミーもいない。

 シュナイデルの真正面で、エイミーはF-12(エフツヴェルフ)に左腕一本で抱えられていた。

 

「ひぃいいいっ! ままま、待て、待ってくれ、頼む、何でも言う事を聞くから、命だけは」

 

 シュナイデルの命乞いの言葉は、途中で止まった。

 首と胴を斬り分けられたシュナイデルは、そのまま黒い塵となって消えた。

 F-12(エフツヴェルフ)はエイミーを抱えて地上に降りる。

 

鞘化(セットリターン)

 

 そしてそうつぶやくと、鎧が幾筋もの光となって剣にまとわりつき、再び元の物々しい鞘へと戻ったのだった。

 

【7】

 

 F-12(エフツヴェルフ)

 物心ついた時には、既にそう呼ばれていた。

 それから組織の大人たちにほとんど省みられる事はなかった。

 このままではいけないと思い、寝食を惜しんで体を鍛え、剣を振るい、技を磨いた。

 周囲の、自分たちより優秀だとされる者たちの行動を、しっかり目を見開いて観察した。

 そうする内に、自然と相手のわずかな隙や、動きの流れが見えるようになった。

 その頃には組織は再編成され、彼等は戦力にならない不要な存在として殺処分される事となる。

 F-12(エフツヴェルフ)は、同じ名前のない仲間たちと共に脱走を試みたが、無事に逃げ延びたのは彼一人だった。

 行くあてのない彼は、彷徨の果てにヨハン・シュタインベルクと出会った。

 科学者であり、魔法使いである彼はF-12(エフツヴェルフ)の剣技に目をつけ、完成したばかりの《鎧の聖剣(エクスカリバー・アーマメント)》を託した。異形異類の脅威から人類を守るという願いと共に。

 それから間もなくして、シュタインベルクは教会のエージェントによって暗殺され、その刺客を斬り捨てたのが切っ掛けで、F-12(エフツヴェルフ)はその生存を教会に知られる事となったのである。

 

 《鎧の聖剣(エクスカリバー・アーマメント)》を肩に担ぎ、山道を歩きながら、少年ははそんな己の過去をゼノヴィアとイリナに語って聞かせた。

 

「だから俺は、これからも悪魔と戦う。それ以外ともね」

 

 そして、硬い決意を感じさせる声で、そう宣言した。

 

「ねぇ、考え直してもらえないかな?」

 

 イリナがおずおずと尋ねる。

 

「今はもう、種族の違いでいがみ合う時代じゃないの。私とゼノヴィアだってそうだし、他にも種族の違いとか関係なく仲良くやっている人たちはたくさんいるのよ?」

「悪魔に苦しめられてる人たちだっているよ? その仲良くやっている人たちの何倍もね──さっきも言ったけど、良い悪魔はいるかも知れないけど、悪い悪魔だって存在してる。そいつらは今もどこかで、人間をいろんな意味で食い物にしてるんだ。あのシュナイデルみたいに。でもアンタたちは、協定だか何だかのせいで戦えない。だから俺が戦ってる。それだけさ」

「ならば、我々と共に来ないか?」

 

 ゼノヴィアが言った。

 

「チームD×Dの一員になれば、教会も迂闊に手は出せまい。君と同じ、シグルド機関の出身者もいる。そう肩身の狭い思いをする事もないはずだ。はぐれ悪魔討伐は我々の任務でもあるから、決して利害の不一致はない」

「あるよ」

 

 F-12(エフツヴェルフ)は即答した。

 

「はぐれ悪魔だけじゃないんだぜ? シュナイデルみたいな上級悪魔が、眷属を増やすために人間をさらったり、そいつの家族を皆殺しにして居場所を奪ったりしてるんだ。駒王協定には、そういう事する悪魔に対して、何か罰則でも設けてるのか?」

 

 

 その問いに対する返答は、沈黙だった。

 F-12(エフツヴェルフ)は肩をすくめて苦笑する。

 

「そこでダンマリ決め込むようじゃ、話にならないな。とにかく、俺に悪魔退治を止めさせたいなら、二つに一つだ。俺を殺すか、今すぐ全ての悪魔に、人間に危害を加えないようにさせるか。そのどちらかが達成されるまで、俺は人間を守るために戦うよ」

 

 少年がそう言った時、道はちょうど二手に分かれた。

 少年は「じゃあ、元気でね」と、友達に言うかのような別れの言葉を述べて、右手の道を歩き出す。

 その背中を見送った後、ゼノヴィアはグリゼルダから預かっていたF-12(エフツヴェルフ)の写真を取り出し、破り捨てた。

 

「いいの?」

 

 イリナが問う。

 F-12(エフツヴェルフ)討伐の任務を放棄していいのか、という意味だ。

 

「考えてみれば、これは教会の尻拭いだ。D×Dの仕事じゃない。それに、ああいう奴の方が、いざという時頼れるのかも知れないしね」

「いざという時って?」

 

 小首を傾げるイリナに、ゼノヴィアはフッと微笑んだ。

 

「我々が進むべき道を誤った時さ」

 

 そう答えると、ゼノヴィアは街へと続く、分かれ道の左を選んで歩き出した。



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