教会の白い死神 (ZEKUT)
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開幕
神父


 人里離れた樹海のような土地。

 およそ人が暮らすにはあまりに過酷な環境、勿論そこに人が住んでいるような跡は見られない。

 そんな樹海の中で、人ではないナニカが息を切らしながら必死に樹海を疾走する。

 その表情はまるで自身に迫りくる死から逃げるような必死の形相だ。

 

 

「クソクソクソクソクソ、ふざけるな!」

 

 

 異形の男は悪態を吐きながらも走るのをやめない。

 走ることを止めたら最後、それが自身の終わりだという事を理解していたからだ。

 その証拠に異形の男の身体はそこら中から血を流しており、地面にはポタポタと血が垂れ落ちている。

 初めこそ意識が飛びかねない程の痛みに悶絶し、怒りを感じたが今はそんな事すらどうでもよくなるほど恐怖に駆られていた。

 そんな異形の男を恐怖に駆り立てる存在、それはすぐそこまで来ていた。

 

 

 バチチチチ

 

 

 高熱の物体が周りの木々を焼き払いながら男に飛来する。

 男はすぐさま振り返り飛来する物体を防ぐために防御魔法陣を展開するが、それは男の命を少し延命させる役割しか果たさない。

 高熱の物体は防御魔法陣と衝突し一瞬拮抗するが、言葉通り一瞬。

 高熱の物体は防御魔法陣を容易く突き破り男の左腕を焼却する。

 男の行為は無駄に思えるかもしれないが、防御魔法陣は破壊こそされたが高熱の物体の軌道を逸らすことに成功していた。それでも四肢の一部を失うほどの威力を持ち、男の動きを硬直させるには十分だった。

 

 

「グゾグゾグゾグゾガァァァァ!俺はSレート悪魔だぞ!それが人間如きにぃぃぃ?!」

 

 

 悪魔と名乗る男はこの理不尽な状況に喚き散らすが、それで状況が好転することはない。男にとって死を具現化したかのような存在はすぐそこまで来ているのだから。

 

 

「お前だ、お前のせいだ、俺がこんな地べた這いずりまわっているのもこんなに痛い目にあっているのも全部全部全部お前のせいだぁ?!」

 

 

 男の思考は既に痛みと恐怖により支配されており、正常な判断ができないくなっていた。最も、正常な判断ができたからと言って状況が好転するはずもないが。

 男は残った全ての力を右手に収束、目の前の死神に向けて放つ。放たれた攻撃は目の前の樹海を更地に変えるほどの大爆発を起こす。

 男は恐る恐る爆発の跡に目を向けるが、そこには何もない。

 

 

「ハ、ハハ、ハハハハッ!ざまあねえな!所詮貧弱な人間だ、俺の攻撃に耐えられるはずがなかったんだ!」

 

 

 男は目の前の恐怖から解放された途端、狂ったように笑いだす。

 だが、男は忘れていた。

 その貧弱な人間と戦闘が始まってから一度も攻撃を当てることができなかったことに。

 

 

 ドスッ

 

 

「アぺ?」

 

 

 男の口から赤い液体が飛び出る。男は一泊置いてからそれが自分の血であることに気が付いた。それと同時に口から剣のようなものが生えていることにも。

 

 

「いぢゅのま―――――――――」

 

 

 男が言葉を言い終える前に剣から発せられる高熱、雷に焼かれ男は塵となって消える。

 その様子を感慨にふけることなく、感情一つ変えずに見届けた後、その場から立ち去る。

 

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 バチカンに存在する教会の本部

 

 

 教会の中では神父服を着た男性と司祭の服を着た男性が話をしていた。

 

 

「はぐれ悪魔ゼリアモスの討伐任務、無事果たしてくれたようで何より」

「はい」

「Sレートのはぐれ悪魔相手に傷一つなしとは恐れ入る。流石無敗の悪魔祓い(エクソシスト)、その名に偽りなしか」

「大したことではありません」

 

 

 その発言に苦笑を零す司祭。

 Sレートのはぐれ悪魔はレートで上から3番目、その脅威もレートに比例して高くなる。現在の教会でSレート相手に傷一つなく討伐することが可能な人物は両手で数えるほどだ。それを大したことではないと言ってのける彼がどれだけ異常なのかは察せるだろう。

 司祭は少し考えた後、彼に新たな任務を与える。

 

 

「君にはこれからある任務を受けてもらう。お得意の討伐ではなく奪還任務になるがね」

 

 

 司祭は任務の詳細を説明をする。

 どうやら彼が教会を留守にしている間に聖剣エクスカリバーが何者かによって奪取されたらしい。犯行は極めて隠密に行われたようで人的被害は一切ないが、それでも6本あるエクスカリバーの内3本が侵入者に奪われた。教会はすぐさま奪還するため部隊を派遣するが部隊は壊滅、辛うじて生き残った者から首謀者が堕天使幹部コカビエルだという事が判明した。現在コカビエルはバチカンから日本へ移動しており、潜伏先は駒王町だという事が判明している。

 この任務はあくまでコカビエルの討伐ではなく、聖剣の奪還、もしくは聖剣の破壊が目的とされる。コカビエルの討伐は可能であればの話であり、優先されるのは聖剣。

 以上が任務の概要だ。

 

 

「我々の警備が甘かったこともあるだろうが、相手は彼の大戦の生き残りコカビエル。歴戦の堕天使相手では我々には少しばかり荷が重い、主戦力が出払っていたあの状況では警備の有無関係なしに聖剣は奪取されていただろう」

 

 

 司祭の言葉を聞く限りではコカビエルは手薄となった教会の隙を突き、聖剣を奪取したようだ。奪取時に人的被害が出なかったことは幸いだった。だが、奪還部隊には大きな被害があった。

 

 

「話を聞いてわかると思うが、奪還部隊はコカビエルによって手痛い打撃を受けた。残念ながら教会も人材に余裕がある訳ではない。言いたいことはわかるな?」

 

 

 つまり聖剣の奪還に多くの人数を割くことはできない。

 今回のコカビエルの襲撃、及び聖剣の奪取は囮。本来の目的はコカビエルに追手を差し向け、手薄となった教会に襲撃をかける。その可能性も否定はできない。だからこそ、教会にも迎撃することが可能なほどの戦力を残しておく必要があり、コカビエルには最低限の人数しか向かわせることができない。

 

 

「一人でも問題ありません」

「確かに君一人でも問題はないかもしれん。だが、今回は聖剣使いと組んでもらう。元々はその二人組に任務を一任しようかと思っていたが、予定が変わった。元々あの二人組には荷が重いと考えていたが、君がいるのなら別だ。堕天使の幹部に遅れを取ることもないだろう。安心して任務を任せることができる」

「その任務、承りました」

「頼んだぞ、有馬貴将」

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 こんにちは、こんばんは本人詐称している有馬貴将モドキです。

 いつの間にか転生して、この身体に宿ってました。

 言葉にすると簡単だけど、理論とか摩訶不思議とか通り越して意味不明だ。

 さて、東京喰種に登場する有馬貴将に似た人物に憑依?してしまった俺ですけどこの世界はこの世界で物騒だ。とにかく物騒だ。喰種みたいな人を喰らう生物はいない、と言いたいけどそれに似た感じの生物が存在している。それだけならよかった、嫌よくはないけど。

 この世界には天使や悪魔、堕天使、はてはドラゴンや神様まで実在する。さらに神器(セイクリッド・ギア)と言う人間にしか宿らない不思議アイテムまで存在する。ファンタジー世界だとしても設定盛りすぎだろと思ったりした俺は悪くないはずだ。

 正直に言うとお腹いっぱいです。

 こんな馬鹿みたいに設定の多い世界に転生して生きていくことができるのか不安だったんだけど、そこは流石有馬さん。この身体は姿形だけではなく、身体能力も有馬さん並に高いらしく、一般ピーポーな俺でもどうにか生き残ることができている。

 流石無敗の捜査官、白い死神と呼ばれるだけはある。おかげでこうして今日を生きられる。

 俺はこの世界で本物の有馬さんのように振る舞う気はない。と言うか振る舞える気はしない。俺はあそこまで顔色一つ変えずに敵を殺せないし、天然でもない。ましてや天才でもなければあれほどのカリスマ性も持ち合わせちゃあいない。

 俺自身は単なるコミュ障だし、感情表現が苦手だし、第一臆病だし。この前の討伐任務だって樹海なんて薄気味悪いところから、いち早く帰りたかったから恐怖押し殺して急いで任務終わらせたって言うのに、やっとの思いで安心できる教会に帰ったら、堕天使幹部から聖剣取り返して来いって、泣きたくなったわ。

 セキュリティー仕事しろよ。

 それに聖剣使いの二人組と一緒に行けって何かの拷問ですかね?

 コミュ障の俺が初対面の人間とまともに話ができるわけねぇだろ。気まずくなるわ!

 

 

「あら、有馬じゃないですか」

「グリゼルダか」

 

 

 目の前に美女が現れた!

 サーセン、ちょっとふざけました。この美女はグリゼルダ・クァルタ、超絶美女で教会で屈指の実力者だが、オカン気質なところがあり正直苦手。第一女性と話すこと自体が苦手だ。

 正直な話、会釈だけしてこのまま立ち去りたい。

 

 

「貴方は討伐任務に行っていると聞きましたが、どうしたんですか?」

「任務はすでに終えた。これから別の仕事だ」

「相変わらず仕事が早いと言いますか、無茶をすると言いますか、また無茶な戦い方をしたんじゃないんですか?」

 

 

 離脱に失敗してしまった。

 これはお説教コースか?

 俺は一度だけグリゼルダをパートナーに討伐任務に向かったことがある。その時のレートは確かSSだった気がする。討伐自体は問題なくできたが、どうやら彼女は俺の戦い方が気に入らなかったようで、討伐任務が終わった帰り道に耳にタコができるほど説教を頂いた。正直もう二度と御免こうむりたい。

 それ以来グリゼルダは俺に無茶なことはしていないか、怪我はしていないかと必要以上に心配してくる。コミュ障爆発しかけるからやめていただきたい。

 

 

「そんなに無茶かな?」

「無茶の自覚がないのは変わっていませんね。普通は攻撃を薄皮一枚で避けませんし、避けるべき攻撃を受け止めたりしません」

 

 

 そんなに言わなくてもいいじゃん。俺だって頑張ってやってるんだし。攻撃が当たりそうなところでギリギリ反応して避けて、避ける必要性がない攻撃は防いでるだけじゃん。そこまで文句を言われる筋合いはないと思う。

 

 

「まあ、貴方に言っても馬の耳に念仏でしょうし強くは言いませんが、あまり心配をかけないでください」

「・・・・善処しよう」

 

 

 そんな心配そうな目で言わないでくださいよ。

 こちとらノーと言えない日本人なんですから。

 そこまで言われると反論できないじゃないですか。いや、元々コミュ障で反論できるような気概はないですけど。

 

 

「それで、次は何の任務なのですか?」

「奪還任務だ」

「奪還任務って、まさかコカビエルが奪った聖剣の奪還任務ですか?」

「耳に入っていたか」

「確かに有馬なら聖剣の奪還は問題ないかもしれませんが、コカビエルと遭遇してもむやみやたらに戦ってはいけませんよ?あなたなら問題ないかもしれませんが」

「わかっている」

 

 

 俺だって好き好んで堕天使のそれも幹部と闘いたくないわ。

 そう言う役割はもっと上の立場の人がやるべきだ。断じて俺のような下っ端にやらせることではない。

 

 

「それと一つお願いがあるのですが、その任務に聖剣使いが同行するはずです。聖剣使いの一人にゼノヴィアと言う女性がいると思います。彼女の事をどうかよろしくお願いします」

 

 

 おい、勘弁してくれよ。

 ただでさえ自分の事で一杯一杯だって言うのに、それに加えてグリゼルダの知り合いをフォローしながら仕事とか鬼畜過ぎるだろ。

 駄目だ、これだけは了承できない。そんな責任の持てないことを了承することはできない!

 今日こそ、俺はノーと言える日本人になるんだ!

 

 

「ゼノヴィアは私にとって妹のような存在なのです」

 

 

 ぐっ、揺れるな俺の心よ。

 今日こそ、今日こそは!俺はノーと言える日本人に

 

 

「少し自信過剰な面もあるかと思いますが、教会では将来有望になり、必ず教会に貢献してくれるような存在になります。勝手かもしれませんが、どうかお願いします」

「・・・・分かった」

 

 

 言えなかったよ・・・・

 俺はやはりノーと言える日本人にはなれないようだ。

 

 

 俺はグリゼルダと別れ、久しぶりの自室に戻る。

 ああ、今の俺はまさしく社畜だ。

 俺は憂鬱な気分の中、任務に向けて準備をする。

 偶には自室でゆっくりと過ごしたいものだ・・・・・

 

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 翌日

 

 

 教会の前で白いコートを着用した二人の少女、片方の少女は栗毛色の髪をしたツインテールの少女、もう片方の少女は青髪に緑色のメッシュの入った特徴的な髪をした少女、二人の少女は一人の男を待っていた。

 

 

「今回の任務、もう一人同伴することになった人って誰かしら?ゼノヴィアは知らない?」

「生憎だが私もそれについては知らされていない。聖剣使いではないということは確かだが、それは些細な問題だ。任務を達成し主に貢献できるかどうか、重要なのはそれだけだ」

「まあ、それもそうよね。それにもうじき誰か分かるんだし考えても意味はないわね」

「イリナ、お前は考えが足りないというか楽観的と言うか、正直もう少し思慮深くなった方がいい。いつか足元を掬われるぞ?」

「随分と失礼な言い方ね。私だって考えていないわけじゃないんだからね」

 

 

 栗毛のツインテールの少女はイリナ、青髪にメッシュの入った少女はゼノヴィア。彼女たちは教会でも数少ない聖剣エクスカリバーを扱う適性を持った少女たちだ。その実力は聖剣の所持者という事もあり、教会の中でもそれなりの実力を持っていることは有名だ。

 そんな他愛もない会話をしていると残りの一人が到着した。

 

 

「遅れたようだな」

 

 

 元々は二人で取り組むはずだった任務、そこに滑り込んだ形で同行する人物は誰なのか。少女二人は到着した人物に視線を向ける。

 その表情はすぐに驚愕へと変わる。

 現れたのは神父服の上に白いコートを着こなし、両手にアタッシュケースを携えた白髪の男性。

 

 

「あ、有馬・・・・」

「貴将・・・・」

 

 

 二人も飛び入りで参加する者がいるとは聞いていた、だがそれがまさか有馬貴将とは聞いていない。上層部は何故この任務に有馬が参加することを伝えなかったのか、その事を問われたら上層部は『予定より早く有馬が戻ったから』こう答えるだろう。

 とうの有馬は『やべっ、待たせたこと怒ってる』と内心焦っているが、そんなことはない。集合時刻はまだ5分前であり、少女たちが先に着いたのは偶々なのだから。

 

 

「し、失礼ですが有馬さんは何故こちらに?」

 

 

 イリナは念のために確認を、と有馬に問いかける。

 グリゼルダも問うたことだが、本来なら有馬は未だ討伐任務に赴いているはずなのだ。Sレートのはぐれ悪魔の討伐は捜索、戦闘を含め時間が掛かる。それ故に何故ここに有馬がいるのか、彼女たちの疑問は最もだ。

 

 

「仕事だ」

 

 

 その一言だけでは少女二人には説明不足らしく、頭に?を浮かべるだけだ。彼女たちが求めているのはそう言った言葉ではなく、端的な言葉だ。

 流石の有馬も二人の様子を見て言葉が足りないことに気づく。

 

 

「俺の任務は君達と同じ、聖剣の奪還だ」

「な、なるほど。それはわかりました。ですが貴方は別任務で教会から出ていたはずでは?」

 

 

 ゼノヴィアの質問に、有馬はその事かと納得した表情になる。残念ながら彼の感情表現力では、表情は一ミリたりとも変化はしていないが。

 説明の為、有馬は簡単に結果だけを伝える。

 

 

「それは先日終わった」

「「なっ?!」」

 

 

 有馬の言葉に二人は絶句する。有馬は事も無く言っているが、二人にとってはあり得ないことだ。

 Sレートのはぐれ悪魔の討伐は現在の二人の実力ではよくて五分、それも長期的に見ての話だ。それを短期間で終わらせ、さらには今から聖剣奪還の任務を行おうとしているのだ。これが神器などによる力の補助があるのならまだ納得できる。しかし、有馬が神器を持っていない普通の人間だと言うことは教会では周知の事だった。それ故に二人は有馬がどれだけ常軌を逸しているか理解させられると同時に思い出す。有馬が何と呼ばれているのかを。

 

 

 今まで任務に就き失敗をしたことがない、教会最強の悪魔祓い

 今まで狩ってきた悪魔の数は100を超える、白い死神

 

 

 所詮噂、尾ひれの付いた話だと考える者も少なくはない。しかし、その名に偽りが無い事を二人は今実感させられた。

 

 

 有馬貴将は本物だ

 

 

「自己紹介が遅れてすまない。私の名前はゼノヴィア、破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の所有者だ。よろしく頼む、有馬さん」

「えっと、私の名前は柴藤イリナです。擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の所有者です。有馬さんの噂はかねがねお聞きしています。よろしくお願いします」

 

 

 二人は少し遅れた簡単な自己紹介を行う。

 そんな二人に有馬は内心『礼儀正しいええ娘らや』と感動する。

 

 

「俺の名前は有馬貴将、よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖剣

 日本

 

 

 有馬、ゼノヴィア、イリナの三人は自己紹介を終えた後、すぐにバチカンから日本へと向かった。その際、荷物検査で空港の警備員と一悶着があったことは割愛させてもらおう。

 まあ、何はともあれ無事に三人は日本へとたどり着き、コカビエルが潜伏しているであろう駒王町に潜入することができた。

 三人が駒王町に到着してから向かった場所は、すでに機能していない廃教会だ。ここなら土地を管理している悪魔も気が付かないだろう。

 そこで三人は今後の方針について話し合っていた。

 

 

「私達が受けた任務は強奪された三本の聖剣、天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)を取り戻すことが最優先、コカビエルとの戦闘はあくまで最悪の場合のみ。これが今回の任務で間違いないですね?」

「ああ」

「では明日にでも、この領地を管理する悪魔と今回の件について交渉しに行きたいと思いますが、それで構いませんか?」

「ゼノヴィアの判断に任せよう」

 

 

 有馬の言葉に少しばかり緊張が高まるゼノヴィア。

 あの有馬貴将が自分の判断に任せると言ったのだ。緊張するなと言う方が難しい。これは何が何でも失敗はできない。

 

 

「聖剣の捜索は二人に任せる」

「え、それは構いませんけど。有馬さんは何をするんですか?」

 

 

 イリナの疑問は最もだ。三人は聖剣奪還の為にここまで来たのだ。聖剣の奪還は何よりも優先される。それにもかかわらず有馬は、二人に聖剣捜索を任せると言ったのだ。二人には有馬の真意が読めない。

 

 

「コカビエルを捜す」

 

 

 有馬の言葉に二人は耳を疑った。確かに今回の黒幕であるコカビエルを抑えれば事態は全て収束に向かうだろう。だがそれはコカビエルとの戦闘を意味する。二人とて必要とあらばコカビエルと対峙することもいとわない。だが、率先してコカビエルと闘おうという気はない。二人とてコカビエルと戦闘して無事に済むとは考えていない。堕天使の幹部と言う肩書は伊達ではない。いくら聖剣をもってしても自分たちでは勝つことが難しいことぐらい理解している。だからこそ二人は有馬の発言に驚愕を禁じ得ない。

 

 

「た、確かにコカビエルを抑えれば、この任務は大きく解決に向かいます。ですが、それは危険が大きいのでは?」

 

 

 元々この任務はゼノヴィアとイリナのみで行う予定だった。それだけにゼノヴィアはできる限り慎重に任務に取り掛かる予定だった。ゼノヴィアのプランでは、できる限りコカビエルを刺激せず、聖剣の奪還を行い奪還が終わり次第即時撤退する予定だった。ゼノヴィアとて藪をつついて蛇を出したくはない。

 

 

「大したことではない。遅いか早いかの違いだ」

 

 

 いくらなんでもその考え方はぶっ飛んでいる、思わず口に出しそうになるが、ゼノヴィアとイリナは口にしないように心の中に押しとどめる。この言葉が親しい同僚なら問題ないだろうが、まだ知り合って間も無い有馬に言うには少しばかり失礼かもしれない。

 そんな二人を他所に有馬は廃教会の出口に向かって歩き出す。

 

 

「ど、どこに行くんですか?」

 

 

 イリナは慌てて有馬を引き留める。

 常人には理解できない、普通なら考えつかないであろうことを、平然と考え、言ってのける有馬。今有馬と別行動をしたら、その間に有馬がとんでもないことをしてしまうのではないか、イリナはそう言う予感がしてならない。

 

 

「管理者に後日伺う事を伝えに行く。付き添いは必要ない」

 

 

 確かにそれだけなら二人がついて行く意味はない。むしろ一人で無ければいらぬ威圧を与えるかもしれない。そう考えれば有馬の言葉は正しい。

 

 

「お前達も暫く自由に行動して構わない。だが問題は起こさないでくれ」

 

 

 それだけ告げ有馬は廃教会から立ち去る。

 残ったのは困惑する二人の少女。

 

 

「どう思う、ゼノヴィア?」

「・・・・何とも言えないな」

「何とも言えないことはないでしょ、あの人の考えは馬鹿げてるわ。確かにコカビエルを倒せば聖剣も取り返せるし、任務を早々に終わらせることができると思うけど・・・」

「コカビエルをそう簡単に倒せるとは思えない、だろ?」

 

 

 ゼノヴィアの言葉にイリナは沈黙する。

 正直な話、ゼノヴィアもイリナと同意見だった。

 確かに有馬貴将は教会では知らぬ者は居ないほど有名だ。だが、二人は有馬の実力を未だ見たことはない。知っているのはあくまで噂だけであり、実際どの程度の実力を持っているのか見当もついていない。

 更に付け加えるとするなら二人は心のどこかで有馬を侮っていた。強力な神器を持っている訳でもなく、自分たちの様に聖剣を扱うことができるわけでもない。そんな人物が本当に強いのか、噂は尾ひれが付いただけなのではないのか。

 まあ、それは今考えても仕方のない事なのだが。

 

 

「考えても埒が明かない。これ以上憶測で話をしても無駄なだけだ」

「・・・・それもそうね。本当は私達二人でやる予定だったんだし、私達がやることに変わりはないわ」

「その通りだ、それに今は自由にしていいと言われた。その間にお前が行きたいと言っていた場所にでも行けばどうだ?」

「そうよ!そう言えばイッセー君に会おうと思ってたの忘れてた!」

「全く、此処に来ると決まった時から言っていたことを忘れるとは」

「仕方ないじゃない!立て続けに驚くようなことが多かったんだから!」

「それについてはイリナに同感だ」

 

 

 少女らは有馬について考えるのをやめ、荷物を持って立ち上がり、二人の少女も廃教会から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 駒王学園、昼間という事もあり、まだ部活動に取り組む生徒が多くいる。そんな中、1人この場にそぐわない人物が校門の前に立っている。白いコートを着こなし、両手にアタッシュケースを持つ白髪の男、勿論有馬である。

 有馬はこの領地を治める悪魔が学園を根城にしていると聞き、此処にやってきたわけなのだが、この男やはり変なところで臆病だ。このまま許可を得ずに学園に入っていいのだろうか、それとも誰かが来るまで待っていたほうが良いのだろうか。先程、ゼノヴィアとイリナに啖呵をきった者と同じとは思えない程しょうもない事で悩んでいた。

 

 

「あ、有馬神父・・・・」

 

 

 声のする方向には小柄な金髪の少女がいた。

 何故彼女がここに居るのか、そんな事情は一切有馬は知らないが、有馬も彼女の事は知っていた。

 

 

「アーシア・アルジェント」

「な、何故ここに有馬神父が・・・・」

 

 

 有馬を見て明らかに狼狽える少女、アーシア。

 過去に有馬はアーシアと教会で何度か話をしたことがある。その頃のアーシアは教会では聖女と呼ばれ、教会では有名だった。有馬本人はアーシアに興味はなかったが、教会の仕事関係で何度か話したりすることがあり、関係は悪くはなかった。だが有馬が仕事で教会を留守にしている間に、アーシアは教会から追放されてしまい、それ以来アーシアが何処に居るのか有馬はわからずじまいだった。それだけに、まさか有馬もこのような場所でアーシアと再会するとは思ってもいなかった。

 ましてや悪魔になっていたとは夢にも思っていなかった。

 

 

「アーシア・アルジェント、君は悪魔になったのか?」

「え、えっと、そ、その・・・」

 

 

 有馬の問いかけにアーシアはどのように答えるべきか返答に困る。普通に考えたら神父にとって悪魔は殺すべき駆逐対象になる。それ故にアーシアはどのように返答するべきか思案する。

 アーシア・アルジェントは自らの意思で悪魔になったわけではない。だが、悪魔に転生したことを後悔している訳でもない。悪魔になって失ったこともある。だが、同時に今まで得ることができなかったものも多く手に入れることができた。

だからこそ、どのように返答するべきか迷った。

 

 

「アーシア?この人と知り合いなのか?」

 

 

 そこで話に割って入ったのはアーシアと一緒に居た茶髪の少年だ。この少年からも悪魔の気配がすることに有馬は気づいていた。だが、有馬は特に彼を気に留める様子はない。何故なら有馬は此処に争いに来たわけではない。あくまで話し合いに来たのだから。

 

 

「こ、この方は有馬神父、教会の悪魔祓いです」

「なっ!?教会!?」

 

 

 その言葉を聞いただけで茶髪の少年は臨戦態勢に入る。

 それに対しても有馬は特に気にする様子はない。

 第一、一般人もいるこの場で戦闘を行う気は有馬にはさらさらなかった。

 

 

「こちらに戦闘意思はない。ここの管理者に用がある。案内を頼む」

「ぶ、部長に?」

 

 

 どうやら茶髪の少年は状況がうまく理解できていないらしく、有馬と話がかみ合っていない。

 この状況に有馬もどうしたものかと考えようとするが、どうやら有馬の存在にあちら側も気が付いたらしい。

 

 

「兵藤君、下がりなさい」

「せ、生徒会長!?」

 

 

 現れたのは黒髪ショートの眼鏡をかけた女性と黒髪ロングの眼鏡をかけた女性。

 

 

「失礼ですが、何か御用でしょうか?」

 

 

 警戒の色が混じった問いかけ、こちらに何か危害を加えるんなら容赦しない。だが、彼女ら本人は自覚していないが彼女らの額には冷や汗が流れ、無意識か身体もわずかに震えている。これは有馬に多少なりとも恐怖していることに他ならない。

 何を考えてるかわからない冷めきった冷徹な瞳、感情の色が一切見えない表情、異様な存在感を放つアタッシュケース、それらが重なり、彼女らに言い表せない圧迫感を与えている。

 緊迫した空気の中、彼女らは一挙一足見逃すまいと目を凝らす。

 最も、有馬は何もする気はない。今回はあくまで話をしに来ただけだ。

 

 

「君がここの管理者か?」

「・・・・少し中でお話ししましょう。お時間はよろしいですか?」

「構わない」

 

 

 有馬は彼女らに案内され校内に、生徒会室に連れられた。

 

 

「わざわざこちらまで来ていただき申し訳ありません。ですが裏の話を外でするには少々不用心ですので、何卒ご了承ください」

「問題ない」

 

 

 その言葉に彼女らは苦笑を零す。彼女、黒髪ショートの女性は、有馬を校内に招いたのは失策だったと感じた。ここに来るまでに彼女ら二人は有馬の挙動を観察したが、隙らしき隙は一切なかった。またその身のこなし、歩みによどみがなく、身体の中心には正中線上に光が見えるほど綺麗な自然体だ。だからこそ理解した。有馬と自分たちの戦力差に。仮に今ここで不意を突いたとしても、眷属全員で戦ったとしても、待っているのは自分たちの敗北。すなわち死だ。

 そんな危険人物をこの場に迎え入れたのは、少しばかり早計だったのかもしれない。彼女はそんな事を考えながら既に終わったことだと思考を切り替える

 

 

「紹介が遅れました。私はソーナ・シトリー、シトリー家次期当主兼この学園の管理者をやらせていただいてます」

「その女王(クイーン)真羅椿姫です」

「教会本部所属、有馬貴将」

 

 

 ソーナと真羅は驚愕する。

 有馬貴将、悪魔の中で知らない者は殆どいない。悪魔の天敵、教会の白い死神、悪魔の中ではそう忌避されている存在だ。何故そのような人物がここに居るのか。

 

 

「今回は顔合わせだけだ。詳細は後日、対談にて伝える。かまわないか?」

 

 

 自己紹介からの端的な言葉。正直、この男程交渉の場に向いていない男は居ない。前置きを平然と飛ばし内容だけ伝える。確かに効率的だが、初対面の相手からしたらやりにくいことこの上ない。本来の有馬ならもう少し言葉が多いかもしれないが、残念ながら中身は有馬貴将ではなく、唯のコミュ障な男だ。これ以上を求めるのは困難だろう。

 当然、有馬の言葉にソーナと真羅は面食らった表情になっている。いち早く再起動を果たしたソーナは有馬にいくつかの問いを投げる。

 

 

「質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、いくつか質問があります。その対談は何が目的でしょうか?」

「先程も言ったが、こちらに戦闘意思はない。教会からの言伝がある」

「教会からですか・・・・」

 

 

 教会から悪魔に言伝がある。それは普通では考えられないことだ。悪魔と教会は敵対関係にあり、決して仲は良好と言えるようなものではない。にもかかわらず使者を送ってまで話さなければならないことがある。これは決して悪魔にとって面白い話ではないとソーナは予測する。

 

 

「それともう一つ、貴方以外に悪魔祓いは来られていますか?」

「俺以外に二人来ている。俺から問題は起こすなと言っているから、問題はないはずだ」

 

 

 有馬以外に悪魔祓いが二人、つまり合計三人の悪魔祓いがこの街に居る。これはソーナが最も確認しておかなければならないことだ。もしもこちらが相手に粗相をしでかし、眷属悪魔が殺された、悪魔祓いを殺してしまったとなれば即外交問題だ。それが戦争の火種になりかねない。

 

 

「最後に、私は学園の表の管理者です。裏の管理者はリアス・グレモリーが務めていますので、私から話を通しておきます。その際は、あちらに見える建物にお越しください」

「わかった、そうさせていただく。明日の17時頃に伺う」

 

 

 有馬はそれだけ告げ、椅子から立ち上がる。どうやら用件は本当にそれだけらしい。

 

 

「お見送りをします」

「気づかいは必要ない」

 

 

 有馬は今度こそ、生徒会室から退出する。

 有馬が退出すると同時に大きく息を吐く音が響く。

 

 

「大丈夫ですか、会長?」

「ええ、問題はありません・・・・と言いたいところですが、正直寿命が縮む思いでした」

 

 

 ソーナがそう言うのも無理はない、かくいう真羅もそのような気持ちだったのだから。

 底知れぬ相手との対談、それも自分たち悪魔の天敵である有馬貴将であるなら尚更だろう。

 

 

「椿姫、貴方はどう見ましたか?」

「・・・・正直言わせてもらいます。私達が束になっても歯牙もかけない強さだと思います」

 

 

 そう言いきる椿姫の拳は悔しさで力が入る。ソーナ自身も悔しさを感じないわけではない。今回の有馬の目的が対談だったからよかったものの、もしも自分たちの殲滅が目的であったなら彼女らは死んでいたのだ。運がよかったと言えばそれだけだが、ソーナはそれで納得しない。

 

 

「徐々に強くなればいいと考えていました。その考えは今でも変わりません。重要なことは継続です。徐々に積み上げていったものがやがて本物となる。ですが、あまり悠長にはしていられないことが今日分かりました」

 

 

 上には上がいる。人間であっても悪魔を簡単に殺す事ができる存在がいる。決して人間を侮っている訳ではないが、それを知ることができただけでも、今回は十分な収穫となった。

 

 

「椿姫、リアスには私から説明しておきますので、貴女は急いで他のメンバーを招集してください。今回の事について説明が必要です」

「わかりました、会長」

 

 

 

 駒王町には現在、潜伏している堕天使コカビエル、統治者である悪魔、教会から派遣された有馬達、三大勢力の全てがこの街に集結した。

 近年長く続いていた三竦みの均衡が崩れようとしている。

 これが吉と出るか凶と出るかはまだ誰にもわからない。

 

 

 役者は揃った、この先に台本通りでなんて言葉はない。

 

 

 一人一人の軌跡が描く、誰も知らない、新たな物語の始まりだ。

 

 

 

 



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 駒王学園の小さな個室、そこが教会と悪魔の対談場所だった。

 個室には魔法陣やオカルト雑誌などが並んでおり、異質さを醸し出している。

 そんな個室の中、友好的とは言いがたい空気が個室を支配していた。

 その空気の中、教会側はゼノヴィア、イリナ、有馬が。対するはこの領地を管理している悪魔、リアス・グレモリーとその眷属が一つの机の前で対峙している。

 

 

「今日は話し合いの場を設けてもらったことに感謝する」

「こちらこそ、教会が悪魔の管理する領地に来るなんて驚いたわ。大したもてなしもできなくてごめんなさいね」

 

 

 互いが社交辞令を交わしながら二、三言葉を交わす。互いが互い友好的ではない分、相手の腹を探るような会話になっているが、それに痺れを切らしたゼノヴィアが用件を切り出す。

 

 

「先日、教会で保管されていた聖剣エクスカリバーの内3本が強奪された」

「聖剣ね・・・・」

 

 

 ゼノヴィアの言葉に後ろに居る眷属の一人に目を配りながら嘆息する。案の定、彼女の眷属の一人は鬼のような形相で歯ぎしりをしていた。

 そんな相手側の事情は知ったことがないゼノヴィアだが、ここで一つの疑問が投げられた。

 

 

「え、伝説の聖剣、エクスカリバーってそんなに何本もあるようなものなのか?」

 

 

 茶髪の少年、兵藤一誠の言葉は最もだ。現存する歴史の記録上でも、聖剣エクスカリバーが何本もあったという事は明記されていない。それにもかかわらず、何故聖剣エクスカリバーが何本もあるのかというと、それは過去、それも歴史の教科書には記されていない裏の事情があった。

 裏の住人で在れば有名な話だが、兵藤一誠は先日悪魔に転生したばかりで、そう言った話には疎い。仕方がないと言えば仕方がない事なのだが、ゼノヴィアはそんな事も知らないのかと呆れる。

 そんな一誠にフォローを入れたのはイリナだ。

 

 

「イッセー君、昔に戦争があったのは知ってるわよね?」

「えっと、確か悪魔と天使、堕天使で争ってたんだよな?」

「そう、その戦争で聖剣エクスカリバーは折れちゃったの」

「折れた?伝説の聖剣なのに?」

 

 

 一誠の疑問は最もだが、聖剣が折れたことについて細かい詳細は、教会に属する3人にも詳しい事情は知らされていない。それは故意的に知らされなかったことなのか、それとも3人が偶々知らないだけなのか、答えがどちらかなのかはわからないが、3人にとっては些細なことだ。

 ゼノヴィアとイリナは神の真意に自分たちが憶測を立てるのは恐れ多いという事から、有馬はただ単純に興味がないから。後者にいたっては教会の神父としてどうなのか疑問を感じるが、それはまた別の話だ。

 ゼノヴィアは説明の為に、隣に立てられた物の布を解いていく。

 

 

「詳細は省かせてもらうが、折れた聖剣の破片を集め、錬金術によって新たに7本の聖剣が造られた。これが7本の内の一振り、破壊の聖剣。これはカトリックが管理している物だ」

 

 

 布の中から現れたのは、無骨な大剣のような形をしながらも、その表面には薄らと光りを放つ一振りの聖剣。

 普通の人間には一切害悪のないものだが、悪魔に限り、触れるだけでも皮膚が焼ける猛毒となる。それが教会が新たに造りあげた聖剣エクスカリバーだ。

 

 

「で、私の方がこれ」

 

 

 イリナは腕に巻き付けていた紐のような物を解く。すると紐は生き物のようにうねりながら一つの形に変わる。

 

 

「擬態の聖剣、さっきみたいに紐みたいな形に変えることもできるし、結構便利で使い勝手がいいんだから」

「へぇ~、聖剣にも色々種類があるんだな」

 

 

 一誠はイリナの説明に感心しながら2つの聖剣を交互に眺める。

 そんな聖剣を歯ぎしりのような音をたてながら睨め付ける金髪の少年、木場祐斗。

 そんな彼の心情を察してか、リアスは二人に聖剣を収めるよう急かす。

 

 

「それで、聖剣使いが二人も何の用で来たの?」

「先程も言ったとおり、聖剣エクスカリバーは教会が保管している。君たち悪魔が知っているかは知らないが、エクスカリバーはカトリック、プロテスタント、正教会が各2本ずつ保有している。そのうちの各宗派から一本ずつこの地に持ち込まれた。ここまではいいか?」

「随分と不用心な上に、物騒な話だけど、誰が主犯なのか見当はついているのかしら?」

 

 

 リアスの言うように教会は少々不用心すぎる。有馬ではないが、セキュリティーは何をやっていたのかと言う話だ。ちょっとした武器ならまだしも、わざわざ厳重に保管していた聖剣を奪われるのは、保管状況に問題があったのではないかと言われても仕方がない。

 有馬が内心腹が立つのも無理はない。

 

 

「犯人は神の子を見張る者(グリゴリ)に所属している。それも唯の構成員ではなく、幹部。武闘派で名高いコカビエルだよ」

「堕天使の組織に奪われたの!?しかもコカビエルなんて聖書にも名を記された者の名前が出てくるなんてね・・・」

 

 

 有馬はそんな気にしていないが、聖書に記されるような人物が、今回の事件にかかわっていることに驚愕するリアス。これが普通の反応だ。

 

 

「先日派遣された部隊はコカビエルによって全滅、秘密裏に派遣された偵察の者も尽く始末されている。今回、こちらが対談での依頼、いや注文は聖剣の争奪に悪魔の関与、介入をしないこと。つまり、今回の事件にかかわるなと言いに来た」

 

 

 ゼノヴィアの言葉にリアスは額に青筋を浮かべる。それと同時に有馬の表情もピクリと動く。

 

 

「随分な言いようね。私達悪魔が堕天使と手を結ぶと思ってるの?」

「本部はその可能性もないかと危惧している」

「そう、ならここで誓うわ。私は堕天使などとは手を組まない。グレモリー家の名に誓って!」

 

 

 リアスとゼノヴィアの視線がぶつかり合い緊迫とした空気が流れる。

 

 

「そちらがそれならこちらも助かる。こちらもそちらに協力は仰がない。下手に手を組んだと思われたりしたらこちらも困る。三竦みの関係に影響が出ては互いに困るだろうしな」

「それはそうだけど、貴方たちはコカビエル相手に勝算があるの?」

「さあな、できれば相対したくはない相手だが、必要とあれば戦うさ」

「無謀ね、死ぬつもり?」

「そうよ、聖剣に対抗できるのは聖剣だけ。任務の為ならこの身を主に捧げることもいとはないわ」

 

 

 リアスの言葉に即答するイリナ。

 その言葉にリアスは理解できないと言った表情になる。

 有馬も表情は変わってないが『内心ちょっと待て!』と口から出してしまいそうだった。有馬は彼女たちのようにこの任務で死ぬつもりはさらさらない上に、この程度(・・)で任務を失敗する意味が分からなかった。

 

 

「相変わらず貴方たちの信仰心は常軌を逸しているわね」

 

 

 リアスの言葉に『俺を一緒にしないでください』と内心ごちる有馬。

 

 

「無論、唯で死ぬつもりはないよ。こちらもまだやるべきことが残っているのでね」

 

 

 ゼノヴィアはそれだけ言い、席から立ち上がる。それにつられるように有馬とイリナも席から立ち上がる。

 このまま何事も無く終わるかと思っていた。

 

 

「兵藤一誠の家で会った時、もしやと思ったが、『魔女』アーシア・アルジェントか?」

 

 

 ゼノヴィアの言葉にアーシアがビクリと反応する。

 それと同時に緊迫とした空気が再び張り詰める。

 

 

「あら、貴方が元聖女様?追放されたって言うのは聞いたけど、まさか悪魔になっていたなんて」

「あ、あの・・・その・・・」

 

 

 彼女たちの悪意のない言葉がアーシアに突き刺さる。

 彼女たち本人はアーシアを傷つけているという自覚は一切ない。何故なら自分たちは清く正しいと心の底から思っているから。神に仕える私達は正しく、その神から追放され、あまつ悪魔に転生した彼女は神を裏切った絶対的悪だと。

 

「大丈夫、他の信徒にこの事は言わないわ。このことを知ったら信徒たちもショックでしょうし」

 

 

 だからこそ悪意なく、ここまで人を傷つけることができる。

 

 

「聖女と言われた者が堕ちるところまで堕ちたものだな。君はまだ主を信仰しているのか?」

「・・・・捨てられないだけです。今まで信じてきたものですから」

「そうか」

 

 

 ゼノヴィアはおもむろに聖剣に巻き付けられている布を取り始める。

 

 

「それなら今すぐ私の聖剣に斬られるがいい。慈悲深い我らが神なら救いの手を差し伸べてくれるはずだ」

「ふざけんな!」

 

 

 アーシアを切り捨てようとしたゼノヴィアの前に立ちふさがる一誠。

 それと同時にゼノヴィアの前に有馬が出る。

 

 

「下がれ、俺達には関係ない」

「・・・・魔女を庇うのか?」

 

 

 ゼノヴィアは苛立ちのこもった目で有馬を睨め付ける。だが、この場でゼノヴィアが何と言おうと有馬の言っていることが正しい。

 既にアーシアは教会から追放された身だ。そのアーシアも今は悪魔となっている。今ここでアーシアを殺す事はそのまま三竦みの関係に歪を与えることに直結する。

 

 

「関係ないだと?アーシアを追い出しておきながら関係ないわけがないだろ!アーシアがあれからどんな思いでここに来たかわかってんのか!」

「知らない」

「なっ!?てめぇ!」

「よしなさい、イッセー!」

 

 

 一誠は有馬に掴みかかろうとするが、リアスに寸でのところで止められる。

 有馬の言っていることはそのままだ。有馬はアーシアが追放されてからどんな目にあったかは知らない。だからどんな思いでここに辿り着いたのか知りようがない。だからこそ、知らないと言った。

 

 

「勝手に聖女に仕立て上げといて、ちょっとしたことで追放しやがって!ちょっと悪魔を助けただけじゃねぇか!?」

「その結果、神父が一人殺された。原因は明らかに彼女だ。追放は妥当な処遇だと思うが?」

「そんなの結果だろ!アーシアは今までたくさんの人達を救ってきたはずだ!」

「それこそ結果だ。例えたった一度の失敗だったとしても、それが取り返しのつかないものなら、神への祈りが足りなかっただけだ。もしくはそれが偽りの信仰だったんじゃないか?」

 

 

 白熱する口論、口火は切って落とされた。こうなったら最後、互いが納得するまで延々と口論は続くだろう。勿論、そんな事に時間を使っている暇などない。

 有馬は諦めたかのような目でそのやり取りを眺める。コミュ障の彼ではあの中には割って入ることはできない。

 早く終わらないかな、有馬がそう思っていた時、話はある意味終結した。

 

 

「君達の先輩だよ。失敗作だったそうだけどね!」

 

 

 木場は部室の中に魔剣を咲かせながら憎悪の籠った目でゼノヴィアを睨め付ける。口論を聞き流していた有馬にはどうやってこの状況になったのか皆目見当もつかない。ただ一言だけ言うとするなら

 

 

 どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 あれから校庭に移動することとなり、ゼノヴィアとイリナ、一誠と木場が摸擬戦を行う事になった。相手がいない有馬はどうしようか悩んだ結果、その場を後にする事にした。ただでさえ時間がないのに、これ以上時間を無駄に浪費するのは得策ではないと考えたのだ。

 断じてあの場にいるのが気まずかっただとか、これ以上巻き込まれたくないとか、そう言った考えは一切ない・・・きっと。

 

 

 とりあえず有馬は不穏そうな空気、人気の少ない場所を転々と歩き回る。コカビエルが未だに悪魔祓いを殺しまわっているのなら、人気のない場所で一人歩いている神父を見逃すはずがないと踏んでの行動だった。

 暫く歩いていると複数の気配が有馬を中心に集まってくる。

 それに伴い有馬はスイッチを入れ替える。

 その瞬間、わずかに残っていた余分な感情は消え去り、冷徹な、絶対零度の眼に変わる。

 ここに居るのは先程までコミュ障を拗らせていた男ではない。

 ただ機械的に、冷徹なまでに淡々と敵を狩り殺す存在、教会の白い死神だ。

 

 

 有馬の頭上から光の槍が降ってくる。それに対し有馬はアタッシュケースのスイッチを押し、中から自身の得物を取り出す。取り出されたのはレイピアのような武器<ナルカミ>だ。

 有馬はナルカミを取り出すと同時に回避行動に移る。有馬の居た場所に光の槍が突き刺さり小規模なクレーターができる。そのクレーターから人間である有馬がこの一撃に掠りでもすれば、タダじゃ済まない事が分かる。しかし、どれだけ威力が高かったとしても当たらなければどうという事はない。

 有馬は回避行動を取りながらナルカミを上空に向ける。カチリという音と同時にナルカミの刃が華のように開く。4枚にわかれた刃の中心にはバチバチと音をたてながら雷が形成される。

 次の瞬間、雷が空に向かって駆けていく。狙いは上空で滞空している堕天使だ。雷はさながら獲物を求める猟犬のように空へ昇り、堕天使を一瞬で消し炭へと変える。

 上空の堕天使がやられると同時に前方に二人の悪魔祓いが現れる。その手には教会から強奪された聖剣が握られている。

 有馬は聖剣を確認すると、残った片方のアタッシュケースのスイッチを押す。出てきたのは槍のような形をした武器<IXA>。

 対峙する両者、先に動いたのは聖剣使いの方だ。

 聖剣使いは阿吽の呼吸で左右同時に有馬に斬りかかる。

 それに対して有馬はナルカミをレイピア状に戻し、左からの斬撃をIXAで受け流し、右からの斬撃を最小限の動きで躱しながらナルカミで腹部を貫く。

 腹部を貫かれた聖剣使いは血を噴きだし、その場に倒れる。

 もう一人の聖剣使いは態勢を立て直すために大きくバックステップし、距離を開けるが

 

 

「遠隔起動」

 

 

 地面から突如隆起した物体、IXAによって腹部を貫かれ絶命する。

 呆気なく戦闘が終わり、周囲に静寂が戻る。

 有馬は目的の聖剣を回収しようとするが、そこに数本のナイフが投擲される。

 有馬は片手間にナイフを弾きながらナイフの持ち主に目を向ける。

 

 

「あらぁ~、さっきのは決まったと思ったんですけどぉ~」

「フリード・セルゼン」

「お久ぶりです~、有馬さぁ~ん」

 

 

 現れたのは有馬と同じ白髪の少年、フリード・セルゼン。

 このタイミングで現れたという事は、目的は聖剣の回収だろう。

 そして現れたのはフリードだけではない。

 

 

「ククク、こいつらが遊び相手にもならんとはな。なかなか興味深いぞ、死神」

 

 

 上空で上機嫌そうに笑うのは、今回の主犯コカビエルだ。

 

 

「あれ、来ないって言ってませんでした?」

「気が変わった。俺の部下と被検体をああも足蹴にしてくれたんだ。丁重にもてなすのが、礼儀というものだろう?」

 

 

 コカビエルは両手に光の剣を握り、上空から有馬に肉迫する。

 有馬は迎撃の為、コカビエルにナルカミを放つ。追尾性のあるナルカミを振り切るのは困難だが、流石過去の大戦の生き残り。ナルカミが放たれると同時に急停止、そこから上空を旋回し、ナルカミを振り切り再び有馬に肉迫する。

 それに対し有馬もIXAを腰に構え、身体を矢のように引き絞りコカビエルを迎え撃つ。

 両者が激突した瞬間、周囲の建物が悲鳴を上げ、空間が爆ぜる。

 

 

「いいぞ!俺の攻撃をいとも簡単にいなす技量、俺とさして変わらぬ身体能力、そして極めつけはその眼だ!常闇のように深く、冷めきった冷酷な瞳!そして、死をも恐れぬ胆力!最高だ!」

 

 

 コカビエルは腕から流れる血をぺろりと舐め、目を血走らせながら饒舌に語る。

 先程両者が衝突した際に、コカビエルは光の剣を使った二刀の攻撃を繰り出すが、有馬はその攻撃を全てナルカミでいなし、その間に目にも留まらぬ速さでIXAの刺突を放ったのだ。

 結果としてはコカビエルの経験に基づく勘によって致命傷は避けられたが、それでも小さな傷を残すことができた。

 

 

「いいぞ!大した期待はしていなかったが、これは想像以上だ!有馬貴将!お前はもはや人の領域を超えている!ここで壊すには惜しい!」

 

 

 コカビエルはそう言い再び上空に舞い戻る。

 有馬は追撃とばかりナルカミを放つが、それは全て掠るだけで終わる。

 

 

「勝負はまた後日することにしよう。今日は此処で一度引かせてもらう!」

 

 

 コカビエルは両手を頭上にかざし、先程の光の槍とは比べ物にならないほど、巨大な光の槍を形成する。

 

 

「これは置き土産だ!この程度で死んでくれるなよ!」

 

 

 コカビエルは自分の身体以上の大きさを持つ光の槍を有馬めがけて投擲する。

 ここで有馬が避けたとしても、地面と衝突した瞬間エネルギーが爆発し、少なくない怪我を負うことになるだろう。

 ならどうするか?

 答えは簡単だ。

 

 

「・・・悪くないな」

 

 

 防げばいい。

 

 

 次の瞬間、小規模な爆発が起きた。

 

 

 

 



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体質

気が付けば日間ランキングで4位になってた・・・・・
驚きのあまり奇行に走ってしまった私は悪くないはずだ。

皆さん、ありがとうです。

誤字脱字の報告を指摘してくれて大変助かります。


 街中で爆発テロに巻き込まれた。

 自分でも何を言っているかはわからない。だけどこれだけは言わせてほしい。

 俺は何か悪い事をしたか?

 そんな事はないはずだ。俺は唯あのギスギスした空間からさっさと抜け出したかっただけだ。それなのにいきなり空から槍が振ってくるわ、通り魔よろしく斬りかかられるわ、わけわからん事くっちゃべるおっさんに襲われるわでさんざんだ。

 フリードはフリードで俺の急所めがけて容赦なくナイフ投げつけてくるし、もう泣いてもいいと思う。

 

 

 煙が晴れるとそこには誰もいないし、死体も無い。勿論、聖剣もない。

 ふざけんなこの野郎。いきなりボス戦始まったと思ったら勝手に納得して戦闘終了、しかも戦利品も何もなし、クレーム入れに行くぞコラ。

 ま、そうは言ってもクレーム入れる前に逃げられたんだけどね。

 てかホント散々だよね。

 会談ではゼノヴィアが爆弾発言しまくって一触即発どころか大爆発するし、爆発から逃げれたと思ったら今度は本当に爆発するし、有馬さんじゃなかったら8回は死んでる自信があるぞ?

 まあ、コカビエルはまた後日とか言ってたし、本当に会いたくないけど、また会うことになるんだろうなぁ。

 憂鬱だわ。

 俺は投げ捨てたアタッシュケースを捜すために、爆発地帯に再び身を投じることになった。

 コカビーマジ許さん

 

 

 

■□■□

 

 

 その頃、ゼノヴィアとイリナは絶賛路頭に迷っている最中だった。

 

 

「え~、迷える子羊にお恵みをー」

「如何か天に変わって哀れな私達にお慈悲をぉぉぉ!」

 

 

 ・・・訂正、迷っているのは路頭ではなく、人の道を迷走しているようだ。

 募金?活動をしている二人だが、道を通る人たちは明らかに2人を避けている。

 それもそうだろう、誰が好んであんな危なそうな二人に近づくのか。

 少なくとも有馬なら二人に近づこうとしないだろう。仮に見つけたとしても、何も言わずそのまま来た道を引き返そうとするだろう。それが正しい判断だ。

 

 

「なんてことだ・・・・これが経済大国日本の現実か。これだから信仰の匂いもしない国は嫌いなんだ」

 

 

 ゼノヴィアは毒づいているが、信仰以前に気が付いた方がいい。

 この土地は日本であり、信仰する対象は日本の神々が多いという事に。

 それ以前に、この日本の中で白いロープを着ながら募金活動をする、その時点で日本からしたら異端であり、異色である。

 そんな少女たちに近づき、募金を行おうとすることは余程肝が据わった人か、慈悲深い人物以外いない。

 

 

「そう言わないでよ、路銀が無い私達はこうやって恵んでもらわなと食事もできないんだから。ああ、パン一つ食べられない哀れな私達」

 

 

 イリナはあたかも自分たちが哀れでかわいそうだと言っているが、その前に気が付いた方がいい。

 任務で与えられた資金を任務外で使う事がもってのほかだという事に。

 

 

「イリナ・・・・何故私達は募金活動をしなければいけないんだ?」

「そんなの簡単じゃない。路銀が底をついたからよ」

「じゃあ、その路銀は何処で底をついた?」

 

 

 そう、日本に突着するまでは路銀は十分にあった。それこそホテルで宿泊しても問題ない程に。

 にもかかわらずなぜ路銀が底をついたのか?

 

 

「・・・・しかたなかったのよ、この絵を買うには」

 

 

 イリナは一枚の絵を大事そうに抱えながら答える。

 この少女、驚くべきことに相方であるゼノヴィアと少し離れている間に、展覧会に飾られていた一枚の絵を購入していたのだ。

 勿論、展覧会に飾られている絵が安いはずがない。

 その結果、任務で与えられた路銀を全て、この絵を購入するためにつぎ込んでしまったのだ。

 それを知った時のゼノヴィアの表情は、大層悲痛な顔をしていた。

 この時彼女たちは忘れていたが、食事代だけではなく、帰りの飛行機代もない事に気が付いたのは有馬と合流してからだった。

 

 

「・・・じゃあ聞くが、この絵に描かれているのは誰なんだ?」

「多分・・・ペトロ、さま?」

 

 

 ゼノヴィアの問いに頭をかしげながら答えるイリナ。

 任務で与えられた路銀を使う時点で論外だが、その購入した絵がさらに問題だった。

 それは子供の落書きと言うほどではないが、およそ教会に飾るにふさわしいとはいえないような絵だった。

 聖人や神様と言うには些か威厳や神聖さが足りず、むしろ黒々とした邪悪な者を彷彿させるような一枚の絵。本人はペトロ様だと言っているが、この絵がぺトロだというのなら、少しばかり、いやかなり本人に失礼だろう。

 

 

「ふざけるな!聖ペトロがこんなわけないだろう!」

「いいえ、そんなはずはないわ!私にはわかるもん!」

「ああ、相方は馬鹿だし、有馬さんはいつの間にかいなくなっているし、路銀も無いしで散々だ・・・主よ、これも試練ですか?」

 

 

 ゼノヴィアは天を仰ぎながら嘆息する。

 この場に有馬がいたら『君も大概だよね?』と言っていただろう。

 実際のところ、この惨状の原因はゼノヴィアにもあった。

 ゼノヴィアがあそこまで場の空気を悪くしなければ、今も有馬は彼女たちと一緒に行動をしていただろう。

 あくまでIFの話だが、もし有馬がこの場にいたらイリナももう少し大人しくしていただろう。何度も言うが、あくまでIFの話だ。

 

 

「どさくさに紛れて私のこと馬鹿にしたわよね?確かにいつの間にか有馬さんがいなくなってるわね。何処に行ったのかしら?」

 

 

 二人ともまさか自分たちのせいで有馬が離れていったとは考えもしないだろう。

 戦闘では無類の強さを発揮し、敵を駆逐する有馬だが、こと対人関係においてはそのスペックが反転する。

 つまり、面倒事をわざわざ作った二人によって有馬は二人から離れ、そのせいで通り魔よろしく堕天使幹部と聖剣使いに襲われたのだ。

 勿論、二人はそんなことは知らないが。

 

 

 ぐぅ~~~

 

 

 何やかんやと痴話喧嘩を繰り広げているが、彼女たちはあれから何も食べていない。空腹の虫が鳴くのも無理はないだろう。

 そんな二人に天の助け、ではなく悪魔の囁きがかかった。

 

 

「少しいいか?」

 

 

 現れたのは兵藤一誠とそのお仲間たちだった。

 

 

 

■□■□

 

 

 ここで有馬貴将の事について少し話そう。

 有馬貴将は東京喰種内では、最強と言っても過言では無いほどの実力者である。

 状況判断、空間把握、精神力、どれをとってもずば抜けたものを持っている。

 必要となれば自分の武器すら使い捨て、投擲する。例え想定外の出来事が起きたとしても、冷静に対処し、障害を排除する。

 どんな人間でも長年使い込んできた武器を容易く手放すという判断を即座に下すことは難しい。ましてや使い潰すことができる物がどれだけいるだろうか。更に心構えができていたとしても、予想外のことが起きれば多少は動揺するのが生物と言うものだ。

 普通なら困難であろうことを平然とこなし、やってみせるのが有馬貴将だ。

 そしてこの憑依した男はある意味有馬と同じような人間だった。

 身体能力、空間把握能力、精神力は後から付いたものだが、それ以外の項目は有馬と同等とまではいかないが、それに近いものを持っていた。

 生き残るためなら平然と自分の武器を使い潰すし、投げ捨てる。例え想定外の出来事が起きたとしても、『どうせこうなると思っていたよ』、と考え許容する。

 それが有馬貴将に憑依した男の考えだった。

 この男はこの身体に憑依する前、所謂前世ではそのノーと言えない性格から、厄介事に遭遇することが多かった。つまり不幸体質だった。酷い時にはヤクザと追いかけっこをしたこともある。

 だからこそ、この男は並々ならぬ生への執着心があり、あらゆることを許容し、対処しようとする考えがある。

 死すらも許容している有馬貴将と死だけは許容しない有馬貴将、これが二人の違いだろう。

 

 

 さて、長々と話してしまったが、結局のところ何が言いたいかと言うと、この有馬貴将は本人とは違った強さを持ち、その不幸体質ゆえに厄介事を引き寄せる。

 

 

「遠隔起動」

 

 

 だからこそ、この闘いは必然だったのだろう。

 わざわざ聖剣奪還の任務を受けながら、偶然遭遇してしまったはぐれ悪魔と戦闘を行ったのは。

 

 

 コカビエルの襲撃を受けた有馬は、あれからコカビエルが居るのではないかと思われる場所に片っ端から足を運んだ。

 その度にはぐれ悪魔と偶然遭遇し、その命を摘み取っていった。

 その数、5体だ。

 任務でもなんでもないにもかかわらず、なぜこうもはぐれ悪魔と遭遇するのかと問われれば、それはその体質が原因だとしか言えない。普通の悪魔祓いでも日に5体も遭遇することは滅多にない。

 IXAの遠隔起動を駆使し、はぐれ悪魔を狩り獲るとナルカミでその死体を焼却する。この動作を今日だけで5度行った。

 有馬は頭が痛くなる思いだった。

 コカビエルを捜せば出てくるのははぐれ悪魔ばかり、一体リアス・グレモリーは此処をどういった統治方法で統治しているのか、有馬は切実にこの疑問を問いかけたかった。

 有馬は後処理を終え、再び別のポイントに向かおうとするが、すでに夜が回っていることにようやく気が付く。

 

 

「二人と合流するか」

 

 

 一人の方が効率が良く、動きやすいが、仮にも同じ任務に就いている仲間をこれ以上放置し続けるのはどうか、と考えた有馬は合流するために駒王学園に向かう。

 おそらくそこに仲間がいると有馬の勘が言っていた。

 

 

 

 

■□■□

 

 

 有馬が学園に到着すると、学園には結界が張られていた。中ではコカビエルと闘っているグレモリー眷属とゼノヴィアの姿が見える。何故かイリナの姿は見えないが、それはそれだ。

 結界を張っているのはソーナ・シトリーとその眷属だ。

 有馬はその状況から現状を把握、自分がやるべきことを瞬時に把握した。

 

 

「ソーナ・シトリー」

「有馬さん!?いったい今までどちらに!?」

 

 

 突然現れた有馬に驚くソーナ。

 今まで何をしていたのか、此処で有馬が『はぐれ悪魔を狩っていました』などと言えば、彼女はどれだけ頭を痛めることになるだろうか。

 未確認のはぐれ悪魔が5体もいた。それだけでも問題行為だというのに、それを無関係である有馬が代わりに討伐したとなれば、彼女たちの評価は相当悲惨なことになるだろう。

 

 

「コカビエルを討伐しに来た。道を開けてくれ」

 

 

 最も、有馬にとってそんな事は日常茶飯事であり、誰かに一々伝えるようなことではないのだが。

 

 

「わ、わかりました」

 

 

 ソーナは有馬の発言に少々驚きながらも、結界に人が一人通れるような穴をあける。

 ソーナは有馬が結界に入る前に幾つか注意事項を説明する。

 

 

「私達の結界ではそんなに長く持ちません。その上大規模な攻撃には耐えることができませんので、それを覚えておいてください」

 

 

 要はこのまま戦いが長引けば結界は維持できないし、大規模な攻撃は結界が壊れるので、迅速にコカビエルを倒してくれ、という事だ。

 普通ならコカビエルをそう簡単に倒すことはできない。

 だが、有馬はその普通の枠から大きく外れた人間だ。

 

 

「3分で終わらせる」

 

 

 有馬はそれだけ言い、結界の中に入っていった。

 ソーナは呆気にとられた表情で結界の中に入る有馬を見送る。暫くしてからソーナはすぐに結界の穴を閉じた。

 3分で終わらせる、普通なら無理と断じるところだが、有馬ならやりかねない。

 ソーナは有馬に畏怖の籠った視線を向けながら、この闘いが早期終結することを願った。

 

 

■□■□

 

 

「あぁ~あ、聖剣ちゃんが折れちゃったよ。酷いことするね騎士(ナイト)くん」

「・・・深く斬りつけたつもりだったんだけどね。随分としぶといじゃないか」

 

 

 有馬が結界に入る前、フリードが木場とゼノヴィアを相手に戦っていた。だが、様子を見るにフリードは聖剣を破壊されて、腹に深い傷を負っているようだ。

 

 

「そろそろ有馬さんも来そうだし、それじゃあ、俺っちも退散させてもらいますか」

「逃がすと思っているのか?」

 

 

 フリードは戦況がよろしくないと見るや撤退しようとするが、ゼノヴィアと木場がそれを許さない。

 

 

「邪魔しないでくんない?ただで聖剣なんてクソくだらんもん使って気分悪いんだからさ~」

 

 

 フリードは顔を顰めながら悪態をつく。

 

 

「聖魔剣……そうか!わかったぞ!聖と魔を司る存在のバランスを崩れている、それならこの現象にも説明がつく!つまり魔王だけでなく、神も――――――ッ!?」

 

 

 司祭服を着た初老の男が言葉を言いきる前に、身体に光の槍が突き刺さる。それはその男だけではなく、フリードも光の槍に貫かれていた。

 光の槍を投げたのはこの場を支配している強者、コカビエルだ。

 

 

「こ、こいつ・・・・仲間をッ!?」

 

 

 一誠は平然と仲間を殺したコカビエルを睨め付ける。

 だが、一誠とコカビエルの力の差は歴然、コカビエルは一誠をつまらなそうに見下ろす。

 

 

「仲間と言ったな、赤龍帝。元からこいつらは余興の為に用意したにすぎん。余興が終了したのなら、捨てるのが道理と言うものだろう?」

「余興だと?どういうことだ!?」

 

 

 余興、コカビエルはそう言った。つまり彼女たちが決死の思いで闘った今までの戦いは、コカビエルにとって今までの戦いは唯の遊び、本当の戦いの場を整えるための前座でしかなかった。

 

 

「簡単だ、貴様らでは俺の相手にもならん。だから奴が来るまでの暇つぶしに招待しただけだ」

「奴?有馬さんの事か!」

「ククク、奴はイイ、あれが悪魔や天使ならどれだけの力を持っていたか。そう考えるだけで武者震いするよ」

 

 

 コカビエルは重い腰を上げ、眼下の有象無象に向けて光の槍を放つ。その威力は開幕前に、体育館をいとも容易く吹き飛ばしたことから、どれだけの威力か窺える。

 一誠は慌てて神器、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)で倍加した力をリアスに譲渡する。

 リアスは全魔力を使った滅びの魔導砲を放つが、光の槍は未だ威力に衰えが見られない。

 そこでリアスの女王、姫島朱乃が極大の雷を放ち相殺を狙う。

 そこまでして、ようやく光の槍は相殺されるが、既にコカビエルは新たな光の槍を放つ態勢に入っていた。

 

 

「聖魔剣よ!」

「デュランダル!」

 

 

 このままではまずいと感じた木場とゼノヴィア、木場は新たに得た力、禁手(バランス・ブレイカー)双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)を前方に何枚も展開し、簡易シェルターのような物を作る。ゼノヴィアはデュランダルに内包された聖なるオーラを前面に押し出し、威力の削減を狙う。

 

 

「散れ」

 

 

 コカビエルから放たれた光の槍、木場が全身全霊で創りだした聖魔剣の盾、本来の進化の過程からかけ離れた力は、コカビエルの力を削ぐには十分だった。だが、悲しいかな、神器の力は担い手の実力に大きく依存する。つまり、実力不足だった。

 聖魔剣は光の槍の威力を削り、その刃を散らす。

 残ったのはゼノヴィアのデュランダルのみ。

 ゼノヴィアはデュランダルの腹で光の槍を正面から受け止めるつもりだ。

 光の槍とデュランダルの聖なるオーラがぶつかり、眩い閃光を放ち爆発する。

 

 

「ふん、あの一撃を受けても尚、生き残るとはな。流石伝説に名高い聖剣だ。担い手が凡庸な輩でもこれほどの力を発揮するとはな」

 

 

 煙が晴れると、そこにはデュランダルを杖代わりにし辛うじて立つゼノヴィアと、膝をつきながらコカビエルを見据えるリアスとその眷属が見える。

 だが、その姿は確認するまでも無く、戦闘ができる状態ではない。

 

 

「さて、奴が来る前に貴様らを殺しておくとするか。貴様らを生贄に、かつての大戦を再び始めるとしよう」

 

 

 コカビエルは上空から地面に降りたち、ゆっくりとリアスたちに向かって歩き始める。

 魔力も体力も底を尽き、身体もボロボロ、もはや抗うことは不可能。

 せめて最後まで抗おうと四肢に力を入れたその時

 

 

 バチチチチチ!

 

 

 極大の雷がコカビエルを薙ぎ払う。

 コカビエルは咄嗟に5対の翼で身体を覆うが、それでもダメージは少なくない。

 そんな状況でも、コカビエルは狂ったように笑みを浮かべていた。

 

 

「ハハハッ!ようやく来たか!?死神!」

 

 

 彼女たちの窮地を救ったのは教会の白い死神、有馬貴将だった。

 

 

「遠隔起動」

 

 

 有馬がボソリと呟くと地面からIXAが現れ、コカビエルを貫こうとする。

 

 

 死神と戦闘狂の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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三分

皆さん、誤字報告ありがとうございます。
多すぎて作者の確認が甘かったことを痛感してます。
今後は要チェックしていくつもりです。

今後もよろしくお願いしますです。


「面白い!」

 

 

 コカビエルはIXAの遠隔起動を辛うじて回避する。初見では回避することが難しいこの攻撃を、避けることができたのは一重に戦闘経験の差だろう。

 

 

「解除」

 

 

 有馬は攻撃が躱されるや否や、IXAの遠隔起動を解除、それに並行し、回避先にナルカミを向ける。

 動きを予測されたコカビエルは光の槍を雷の中心部に投げ、自分に直撃するであろう雷を削減する。だが、それだけでナルカミの一撃を防ぎ切れるわけではない。ナルカミの雷は追尾性に優れ、猟犬のように喰らいつく。

 

 

「ぬぅ!?」

 

 

 ナルカミの一撃が直撃する刹那、翼で身体を覆い、少しでもダメージを減らそうとする。

 コカビエルの翼の強度は当然ながら高い。その強度はゼノヴィアのデュランダルの一撃を無傷で防ぐほどの硬度を持つ。

 その翼がナルカミの一撃を受け、漆黒の翼から何枚も羽が焦げ堕ちる。

 掠ってこれだ、直撃ならどれだけのダメージがあることか。

 コカビエルは痛みに顔を顰めるが、今、この瞬間に歓喜していた。

 過去の大戦で常に自身に付きまとった感情、生きるか死ぬかの極限の闘争、未来など見えない、一秒先の未来を掴むために戦うこの極限の戦い、これこそ彼が望んでいたものだ。

 

 

「いいぞ!攻撃は良し!なら守備はどうだ!?」

 

 

 コカビエルは先程リアスたちに放った威力の光の槍を数十本形成し、有馬に向けて掃射する。

 リアスたちならなす術もない攻撃だが、有馬は違う。有馬は既にあれ以上の攻撃を正面から受け止めている。

 

 

「防御壁展開」

 

 

 当然、それ以下の攻撃がいくら増えたとしても、有馬の防御を破ることはできない。

 IXAの防御壁を展開し、光の槍をいとも簡単に受け止める。

 有馬は、光の槍をIXAで防ぎ切ると、コカビエルに肉迫する。

 コカビエルも近距離戦は望むところだ。

 扱いやすい光の剣を二刀創りだし、有馬の攻撃に応える。

 先制はIXAの刺突、鋭く突かれた刺突はコカビエルの頬を掠る。そこから流れる動作でナルカミの横薙ぎが襲う。コカビエルは二刀をクロスし、ナルカミを受け止める。

 瞬間、校庭に轟音が鳴り響く。

 ナルカミと光の剣がギシギシと音をたて鍔ぜり合う。

 コカビエルは鍔迫り合いになるや好機と見たのか、光の剣に力を込め、そのまま有馬を押し潰そうとする。

 有馬も身体に力を入れ踏みとどまるが、それでも押し返すまでには至らない。

 余りに有馬が強すぎて忘れてしまいがちだが、有馬は人間だ。いくら有馬でも単純な力比べで人外に勝つことは難しい。

 有馬は半歩後ろに下がり、ナルカミを後ろに下げる。

 それによって、鍔迫り合いに生じていた力は逸らされ、コカビエルは見事に体勢を崩される。

 その隙は余りにも致命的だった。

 有馬はコカビエルの体勢を崩し、IXAとナルカミの二刀で連撃を叩き込む。

 コカビエルは、体勢を崩された事に驚愕しながらも、少しでも被害を抑えるために5対の翼で連撃を防ぐ。並みの堕天使や悪魔では翼諸共斬り捨てられ、肉塊になるのが必定だが、流石はコカビエル。5対の翼にダメージこそ残っているが、斬り捨てられはしていない。

 

 

「小癪な真似をッ!?」

 

 

 今の間合いでは分が悪いと考えたのか、上空から光の槍を降らせ、その間に間合いを取ろうとする。しかし、有馬はそれを察知したかのような動きで頭上にナルカミを放つ。

 

 

「貴様!俺の動きをッ―――――!?」

 

 

 光の槍はナルカミによって一つ残らず破壊される。この程度の小技では間合いを取る時間稼ぎにもならない。

 コカビエルは間合いを取ることができないのなら、このまま近距離戦でゴリ押すと言わんばかりに猛突進する。

 光の剣で斬り掛かりながら光の剣、槍を要所要所で掃射する。

 普通ならこんな近距離で避けることはまずできない。

 毎回不規則な場所から放たれる光の剣、槍は、コカビエルが創りだすまで攻撃の軌道すらわからない。

 その攻撃を避けることができるのは余程速度に自信がある者か、攻撃を見てから避けることができる者だけだ。

 有馬の場合は後者に該当する。

 有馬が行っていることは単純だ。コカビエルの攻撃の始動を確認する。その後に反則的な反射神経にて避ける。

 勿論、それだけで攻撃を避け続けられる訳がない。相手の視線、挙動、呼吸、それらで次の攻撃地点を予測し、何を狙っているのか、何処に誘導しようとしているのかを考え、予測する。

 戦闘中に敵の何手先も読み続ける。これがどれだけ困難なことかは実力者にしかわからない。

 有馬はコカビエルの猛攻を避け、両手の得物でいなす。

 一見防戦一方にも見えるが、それは有馬がわざとそうしているだけだ。

 コカビエルの攻撃の合間に反撃を入れることは可能だ。だが、その攻撃は決定打になりえない。流石の有馬も、捨て身の猛攻を避けながら、決定打を与えることはノーリスクでは難しい。

 

 

「ええい、ちょこまかちょこまかとッ!」

 

 

 だからこそ、有馬はコカビエルの心理的余裕を消すことにした。

 自分が攻めているにもかかわらず優位性を保てない焦燥感、紙一重で避け続けられる苛立ち、ただただ消耗していく体力、焦りを覚えない者は居ない。断じてそっちの方が安全に、楽に勝てそうだからとかそう言った理由はないはずだ・・・きっと。

 だが結果的に、コカビエルは知らず知らずのうちに追い詰められていく。

 二刀による攻撃は精細さを欠き始め、光の剣、槍の奇襲は単調なものに、いつの間にか全力とは程遠い動きをしていた。

 

 

「当たりさえ、当たりさえすれば貴様なんぞ―――――ッ!?」

 

 

 コカビエルが苦悶の声を上げる。それと同時に動き続けていた有馬の動きが止まる。

 今までなかった隙に、これぞ好機と考え、一切疑問を抱かず喰らいつく。

 二刀の光の剣の連撃と光の槍の掃射が有馬に襲い掛かる。

 

 

「防御壁起動」

 

 

 だが、有馬は一切動じることなく、IXAの防御壁を展開する。

 その表情には、防壁が破られることに対して不安は一切ない。

 それは慢心なのか、客観的評価なのかはわからない。

 そして、その結果は有馬の考えた通りとなった。

 コカビエルの渾身の一撃は、IXAの防御壁の前になす術もなく封殺された。

 

 

「なん、だとッ!」

 

 

 コカビエルは、自身の一撃をいとも簡単に防ぎ切られたことに大きく動揺する。

 有馬によって乱され、万全の状態ではなかった一撃は有馬の想定よりも軽く、受け止めても一切反動がなかった。

 ここでようやくコカビエルは致命的な隙を晒す。

 有馬はIXAの防御壁を解除し、IXAを振るう。コカビエルは遅れて上半身を捻り直撃を避けるが、左腕の肘から先が斬り落とされる。

 息を吐く間もなくナルカミの袈裟斬りが襲う。片翼で受け止めようとするが、今まで蓄積されたダメージが響いたのかあっさりと翼が斬り落とされる。

 片翼が斬られ、バランスを崩したコカビエルに追い打ちとばかりIXAとナルカミの連撃が襲い掛かる。

 袈裟斬り、横薙ぎ、斬り上げ、逆袈裟斬り、刺突。

 いっそ嬲っているのではないかと思われても不思議ではない程の連撃が続く。

 

 

「ふ、ざ、げる”な”ぁぁぁぁ!?」

 

 

 コカビエルは自身に当たることも構わず、光の槍を周囲に降らす。

 流石の有馬もこれは防ぐより避けることを選んだ。

 コカビエルから間合いを取った有馬。

 あれだけの戦闘を行ったにもかかわらず、その息は全くもって乱れがない。対するコカビエルはもはや虫の息だ。

 今のコカビエルの身体は、血だるまと言う表現が一番近い。左腕、右翼は斬り落とされ、身体のそこら中にIXAとナルカミの切傷と刺突された跡が見られる。

 それでも諦めない。自分たちの種族が最強だと信じ、それを証明するために今まで戦ってきたのだ。

 それにもかかわらず、魔王や天使長ならいざ知らず、ただの人間に負けることなどコカビエルのプライドが許さなかった。

 

 

「何故だッ!なぜ貴様は戦う!?貴様らが祈りを捧げる相手は既にいないというのになぜ戦う!?なぜここまで戦える!?」

 

 

 コカビエルの叫びが校庭に響く。

 今まで敵の言葉に耳を貸さなかった有馬が、この言葉で初めて動きを止めた。

 

 

 

■□■□

 

 

 私は今呆然としている。

 有馬貴将、噂には聞いていたが、実際の実力の真偽は定かではない。

 何故なら彼は常に一人で任務に赴くからだ。

 通常、任務を行う場合、二人のペアか、フォーマンセルの小隊で任務を行う事が基本とされている。

 だが、有馬貴将は一人で任務に取り組むことが多い。

 その理由はわからないが、彼は単独行動を好み、ペアで任務に行くことが少ない。

 それ故に彼の実力を知る人物は少数に限られる。

 だからこそ、彼の噂が独り歩きしている。

 はぐれ悪魔を傘で討伐した、戦闘中に居眠りをしていた、30を超える悪魔を一人で討伐し尽くした。

 このように普通では考えられないような眉唾物の噂が、教会の中では語られている。

 この噂を馬鹿馬鹿しいと笑う者やそれに尊敬の念を抱く者、意見は分かれているが、今回の任務でわかった。

 あの噂は本当だったんだ。

 コカビエルと闘い始めてからまだ何分も時間が経ってないが、私でもわかる、どちらが有利でどちらが不利なのかが。

 彼の攻撃は実に的確で、容赦がない。未来予知と勘違いしてしまうほどの回避能力、一つ一つの攻撃の繋ぎ目を感じさせないほど流麗な連撃、さらにあれだけ動いても息切れ一つしないスタミナ。

 対するコカビエルは彼の裏をかこうと必死になっているが、それに集中し過ぎて攻撃が単調になっている。身体能力の差で無理やり押し潰そうとしているけど、それでも尚、余裕を持って対処されている。あれで焦りや苛立ちが浮かばないはずがない。

 私は心のどこかで有馬貴将の事を侮っていたのかもしれない。

 神器も持たず、聖剣を使えるわけでもない、噂話が独り歩きしているような男に、私が劣っているはずがないと。

 だが実際はどうだ?

 私はコカビエルに手も足も出ず、一矢報いることもできていない。挙句の果てにデュランダルが使えるだけと断じられた。

 にもかかわらず、あれだけ私とイリナが軽んじていた有馬貴将は、顔色一つ変えず、淡々とコカビエルを追い詰めている。

 いっその事、悔しさも通り越して自分たちの哀れさに涙が出そうなくらいだ。

 そうこうしているうちに、コカビエルは満身創痍になり、戦闘も終了しようとしている。

 私は一体何のためにこの任務に来たのだろうか・・・

 情けない現状に項垂れる。

 そんな時にコカビエルは聞き捨てならない言葉を発した。

 

 

「何故だッ!なぜ貴様は戦う!?貴様らが祈りを捧げる相手は既にいないというのになぜ戦う!?なぜここまで戦える!?」

 

 

 祈りを捧げる相手がいない?

 それはいったいどういう事なんだ?

 突然の出来事に頭の整理が追いつかない。

 

 

「それは一体どういう事なの!コカビエル!」

「がふっ、簡単なことだ・・・・哀れな貴様らに教えてやろう・・・聖書の神はこの世に存在しない。過去の大戦で死んだのは魔王だけではない・・・聖書の神も死んでいたのさ!」

 

 

 かみが、しんだ?

 なにをいっているのか、ぜんぜんわからない。

 

 

「でなければ聖魔剣のような物が生まれるはずがない!魔王と神が死んだことによって、聖と魔の境界があやふやになっているからこそ、そのようなイレギュラーが生まれたのだ!」

「そ、そんな・・・主はもういない?なら私達に与えられる愛は・・・?」

「神の残したシステムを、ミカエルらが使えば多少の機能はする。だが、多くの信徒が切り捨てられたことを考えるに、システムは不完全、だからこそ些細な出来事で追放される者が増えたのだ」

 

 

 コカビエルの言葉が嫌でも私に現実を叩きつける。

 目から涙が流れているのが分かる。

 

 

「私は一体何のために・・・」

 

 

 今まで満たされていたモノが崩れていく。

 大切な何かが、私の根幹となっていたモノが崩れていく音が聞こえる。

 

 

「わかったか?死神、いや有馬貴将、神はとっくに死んでいる。貴様らに与えられていた愛は偽りにすぎん!それでよく今まで戦ってこられたものだ!」

 

 

 コカビエルはほくそ笑みながら有馬さんを見る。

 有馬さんもコカビエルの話を聞いてからずっと動いていない。

 

 

「ククク、いいぞ、まさに呆然と言ったところか?所詮貴様らのような惰弱な種族は何かに縋ることしかできないのだからな!」

 

 

 ハハハハハハ――――――――

 

 

 コカビエルは高笑いをしているが、もうどうでもいい。

 ここで死んでも神の元に召されない。

 今まで神の為と言って死んでいった者達は何のために死んだんだ・・・

 

 

 空虚さが私を飲み込もうとしたその時

 

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 

 ここに来て初めて有馬さんが口を開いた。

 

 

「なに?」

 

 

 コカビエルも怪訝そうに有馬さんを見る。

 先程まで力無く俯いていた私も思わず顔を上げる。

 

 

「辞世の句はそれで十分かと聞いた」

 

 

 そう言いながら有馬さんはコカビエルに向かってゆっくり歩きだす。

 

 

「き、聞いてなかったのか!?神は死んだ、貴様らの信仰は唯の無駄だと言ったんだぞ!?」

「ゼノヴィア」

 

 

 有馬さんはコカビエルの言葉を聞き流し、私の名前を呼んだ。

 

 

「神は居ない。それを悲しむことは良い、だが絶望することは正しい選択ではない。お前にはまだ、帰る場所も、帰りを待っている人もいる。少しずつでいい、前を向け」

 

 

 今まで積極的に喋らなかった男が、ここに来て初めてゼノヴィア個人に向けて不器用ながらも言葉を発した。

 この言葉が、空っぽだったゼノヴィアに新たな命を吹き込む。

 

 

「わ、私には、まだ・・・」

 

 

 私には、まだやりたいことも、話したい人もいる、今ここで死ぬのはその人たちに対しての裏切りだ。

 だからまだ下を向けない、向くわけにはいかない!

 

 

「何故だ!教会に仕える者なら無視できない言葉のはず!なのに何故貴様は俺に向かってくる!?」

 

 

 コカビエルは後ずさりながら、恐怖の籠った目で有馬さんを見る。

 

 

「別に、どうでもいいから」

 

 

 最後の有馬さんの声は、何故か聞き取れなかった。

 有馬さんはナルカミをコカビエルに向ける。

 今のコカビエルにナルカミを避けるすべはない。

 終わりだ。

 

 

 バチチチチ!

 

 

 ナルカミから雷が放たれる。

 碌に動くことができないコカビエルの未来は決まっている。

 そう思った瞬間だった。

 

 

 

 バリンッ!

 

 

 結界が破壊され、白い流星が校庭に落ちた。

 

 

 

 

 



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終幕

 突如結界を破り校庭に降り立った白い流星。

 落下の衝撃により、校庭に砂煙が舞う。

 

 

「今度は何なの!?」

 

 

 ただでさえ、頭の中が整理できていないリアスたちは突然の出来事に狼狽する。

 そんな中、有馬は唯一人、煙に目を向けていた。

 有馬は胸中『どうせ何か起きると思ったよ』と内心愚痴を零す。

 端からなんのトラブルも無しに、今回の任務が終わるとは有馬も思っていなかった。

 何かしら面倒事が転がり込んでくるだろうという事は、あらかじめ予想済みだ。

 

 

「すまないが、コカビエルを殺させるわけにはいかないな」

 

 

 煙の中から現れたのは、白い鎧を全身に纏う人物だった。

 その人物はコカビエルは庇うように前に立つ。

 

 

「な、何故白龍皇が・・・」

 

 

 白龍皇、かつて三大勢力の戦争中に乱入し、三大勢力に多大なる被害を出した二天龍の片割れ。

 結果的に二天龍は神器に封印されたが、神器に封印されても尚、二天龍はその宿主を代行に、勝っては負けてのゼロサムゲームを繰り返している。

 そして、此処には白龍皇だけではなく、赤龍帝をその身に宿す兵藤一誠もいる。

 今までの通りなら、此処で赤と白の戦いが始まってもおかしくはない。

 

 

「俺はコカビエルを回収しに来ただけだ。そちらとの戦闘意思はない」

 

 

 そう言いながら、血だらけのコカビエルを担ぎ上げる。

 どうやら本当に戦闘する気はないようだ。

 

 

「は、離せ!?俺はまだ――――――」

「少し黙っていろ」

 

 

 未だに戦おうとするコカビエルを殴りつけ、意識を刈り取る。

 

 

「コカビエル、お前の心は既に折れている。これ以上は見苦しいだけだ」

 

 

 そう、口ではああ言い強がっているが、コカビエルの心は既に折れていた。

 圧倒的と言う言葉すら生ぬい程絶望的な力の差。

 技術や経験、知恵では埋めることすら敵わない、圧倒的な才能の差。

 なまじ長く生きているが為に、効果は抜群だった。

 

 

「生きているかわからないが、フリードも連れていくとするか」

 

 

 白龍皇は血の海に沈んでいたフリードも担ぎ、空へ上がる。

 

 

『無視か、白いの?』

 

 

 一誠の神器、赤龍帝の籠手から声が発せられる。

 

 

『起きていたのか、赤いの』

 

 

 それに呼応するように白龍皇の翼から声が発せられる。

 

 

『このような場所で再び出会うことになるとは、因果なものだな』

『全くだ、柄にもなく何かに引き寄せられているのではないかと考えてしまった』

『仕方のない事だ。それにしても赤いのは随分と敵意が少ないな』

『今回の宿主は面白いからな。それに、またあれと闘うのは御免だ』

『同感だな、あれは異質だ。どうしてもと強いられねばやり合おうとは思えん』

 

 

 赤き龍と白き龍は緊迫とした空気の中、呑気に会話を続ける。

 その場に居る者も、二天龍同士の会話が物珍しいのか、会話を遮ることはない。

 

 

「アルビオン、そろそろいいか?」

 

 

 ここで会話に張って入ったのは白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)の所持者だ。

 流石に宿主も二天龍同士の会話が物珍しいとはいえ、この場には長く居たがらないようだ。

 

 

『すまない。ではなドライグ、また会おう』

『ああ、またな』

 

 

 白龍皇は一誠に視線を少しやると、すぐにその場から離脱していった。

 残ったのは、クレーターだらけの校庭と戦闘により疲労困憊な者達だけだった。

 内心、面倒事が悪化しなくてよかったと安堵する有馬。

 白龍皇が去り、何とも言えない空気が流れる中、一人の少女がその場から去っていくことに有馬は気づく。

 

 

「終わった、かしら?」

 

 

 リアスは、余りの連続の出来事に、これで事件が終結したことに実感がわかない。

 突然起きたコカビエルの襲来、コカビエルとの戦闘、途中参戦した有馬の蹂躙劇、そこに白龍皇の登場。余りにも出来事が多すぎた。

 実感がわかないのも無理はない。

 そんな中、有馬は砕けた聖剣の破片を集め始める。

 有馬たちに課せられていた任務は聖剣の回収だ。聖剣の破片を回収するまで、有馬たちの任務は終わらない。

 聖剣の回収を終えると、有馬はIXAとナルカミをアタッシュケースに収納し、その場から去る。

 残ったのは嵐のあとの静けさの様なものだけだった。

 

 

 

■□■□

 

 

 

 コカビエルとの戦闘が終わり、ゼノヴィアはフラフラとした足取りで町の中を彷徨っていた。

 少し、一人で考えを纏めたい。その先に行きついた場所は、昼のような活気が失われた夜の公園だった。

 ベンチに腰を掛け、目を瞑る。

 思い出すのは、心の中に入り込んだ一つの言葉。

 

 

『神は居ない。それを悲しむことは良い、だが絶望することは正しい選択ではない。お前にはまだ、帰る場所も、帰りを待っている人もいる。少しずつでいい、前を向け』

 

 

 対して親しくもない、初対面の人間の言葉に、何故こうも考えさせられるのか。

 思い出すのは、あの戦闘。

 自分とは比べることすら烏滸がましい程、圧倒的な技術。

 何を考えているかまるで分らない冷酷で残酷な瞳。

 相手を一方的に蹂躙するその姿は今もこの眼に焼き付いている。

 私は魅せられたのだ。

 あの強さに。

 相手の血が、絵の具のように校庭に滴り、その上で戦うあの人が、私は不思議と綺麗だと感じてしまった。

 あの時の光景を、私はきっと忘れることはないだろう。

 神は居ない、既に死んでいる。

 コカビエルに言われ、神がいないことに、私は絶望した。

 今もそうだ、神がいないことに何とも言えない喪失感を感じる。

 それでも、前よりも少し、ほんの少しだけ、前を向けている気がする。

 これから何の為に戦えばいいのかはわからない。

 だが、有馬さんは少しずつでもいいから前を向けと言った。

 今まで神の為に生きてきた、その目的が失われた今、私がやらねばならないことは、何のために生きるのか決めることだ。

 

 

「難しいな」

 

 

 思わず愚痴を零してしまう。

 今まで神に全てを委ねてきた。

 神を基準にし、何が正しく、何が間違っているのか、全て全て神に委ねてきた。

 だからこそ難しい。

 自分の基準で考え、目的を作る事が。

 

 

 

 コツコツコツ

 

 

 公園の外から足音が聞こえる。

 こんな時間に誰が公園に来たんだ?

 

 

「ここに居たのか」

 

 

 現れたのは意外にも意外、有馬さんだった。

 まさか私を捜していたのか?

 有馬さんは両手の荷物を置き、私の隣に腰掛ける。

 私は何か喋ろうとするが、上手く言葉が出ない。

 言いたいことや聞きたいことはいくらでもあるはず、にもかかわらず、私の口は一向に動いてくれない。

 有馬さんはベンチに座ってから、一言も喋らない。

 私が話しかけるのを待っているのだろうか?

 私はすぐに話しかけるべく、会話の内容を考える。

 まずは、謝罪をするべきだろうか、それとも助けてもらったお礼を先に言うべきか?それよりも急に謝罪したり、感謝の言葉を述べるのもどうなのだろうか?まずは前口上を言うべきではないのか?

 そうやってグダグダ考えていると、有馬さんは少し、ほんの少しだけ笑う。

 

 

「な、なんだ?私は何か可笑しいことをしたか?」

「いや、随分と表情豊かだなと思っただけだ」

「なっ!?」

 

 

 み、見られていた!?

 予想外の言葉に顔が熱くなる。

 赤面していることが自分でもわかるぐらい顔が熱い!?

 

 

「ふ、ふざけるな!こっちがどう話をしようか迷っているというのに、その言葉はないだろう!?大体今までどこに居たんだ!?私達が聖剣を捜している間、お前は何をやっていたんだ!?」

 

 

 思わず有馬さんの言葉に怒鳴り返してしまった。

 目上の人に大変失礼な言葉だとは思っているが、それでも言わずにはいられなかった。

 混乱しているのが分かる、急いで話題を変えようとした私を褒めてやりたい。

 そ、それはともかく、私達が苦労している間に、彼は何をしていたのか。

 私には聞く権利があるはずだ。

 

 

「コカビエルの根城を捜していた」

 

 

 それはわかっている!

 この人がコカビエルを捜していたのは知っている。

 私が聞きたいのは、その間に何があったのかだ。

 コカビエルとの戦闘に遅れたのには何か理由がある、私の勘がそう言っている。

 

 

「・・・そうか」

 

 

 だけど、それについて聞けなかった。

 コカビエル相手に手も足も出なかった私には、有馬さんの行動を咎めたりする権利はない。

 だが、一つだけ聞きたいことがあった。

 顔の熱が冷めていく、私は意を決して口を開く。

 

 

「何故、私にあんな言葉をかけてくれたんだ?」

 

 

 とてもじゃないが、友好とは言い難い関係だった。

 私がこの人を無意識に下に見ていたからかもしれないが、それを差し引いても、あのような言葉をかけてもらえる程の仲ではなかったはずだ。

 あの言葉があったからこそ、私は落ち着きを取り戻すことができた。

 感謝こそはあれど、文句を言うようなことは一つもない。

 だからこそ、聞きたかった。

 何故、私にあんな言葉をかけてくれたのか。

 しばらく沈黙が公園を支配する。

 ・・・どこか気まずい、もしかして私は聞かない方がいい事を聞いてしまったのだろうか?

 いや、今聞いておかねば後々聞くことは難しいだろう。今聞こうとしたことは間違いではないはずだ。

 私が、うーんと唸っていると有馬さんはようやく口を開く。

 

 

「理由はない、俺がそうしたかっただけだ」

 

 

 短い言葉だった。 

 今までの間は何だったのかと聞きたくなるほど、短くて、それでいて単純な言葉だった。

 それでも、今の私にはその言葉だけでも十分だった。

 

 

「そうしたかっただけ、か。私にはよくわからないが、その言葉に救われた。ありがとう」

「気にするな、俺が勝手にしただけだ」

 

 

 今までわからなかったし、知ろうともしなかったが、この時、初めて有馬貴将と言う人間がどういうものなのか、私は少しだけ知ることができた気がした。

 

 

「ところで、帰りの旅費は君が持っているのか?」

「………あ」

 

 

 この後、私は額を地面に擦りつけることになった。

 

 

 

■□■□

 

 

 コカビエルが現れた!

 

 たたかう

 さくせん⇦

 にげる

 

 いのちをだいじにを選択!

 

 安全第一、怪我なんてしたくねぇと言わんばかりの戦闘スタイルで、コカビーを瀕死まで追い込んでやった。

 このレベルだったら無茶な回避やガンガンいこうぜ、しなくていいからありがたい(紙一重で回避の何が無茶ではないのか、細切れにしかねない斬撃の何処がガンガンいこうぜじゃないのか)

 コカビーは神はもう死んでいるとか言っているが、どうでもいい。

 正直、生まれてこの方神様と言うのを信じたことはない(神父がそれでいいのか)

 神様がいるって言うなら、もう少し俺を労わってくれ。

 下らん話のせいで苛々していたからだろうか、俺は余計なことを考えてしまった。

 コカビー、死に晒せ!

 みたいなことを心の中で思ったのが悪かった。

 完全にフラグが建ってしまった。

 いきなり白龍皇が出てきてコカビーとフリード持ってくし、ダブルドラゴンは意味深な会話し始めるし、さっさとお帰り下さい。

 俺の祈りが聞いたのか、白ドラは特に何かするわけもなく、この場から帰ってくれた。

 珍しく俺の祈りが聞いたことに、嬉しさ半分、恐ろしさ半分と言ったところだ。

 こういったイベントが発生してなにも無かったら、大体その後碌でもないことが起きる。

 これはネガティブだとか、考えすぎとかそう言う次元の話じゃない。

 今までがそうだったのだから、今回だけ起きないなんて通りがない。

 自分で言ってて悲しくなってくるほど、ついてないな。

 とりあえず厄介事が悪化する前に仕事を終わらせますか。

 これ以上の厄介事とかマジで御免こうむります。

 ただでさえ、コカビエル捜しではぐれ悪魔と何回も戦闘したのに、そこにさらに戦闘とか精神的に来る。

 てことで、聖剣の破片を回収!そのまま何も言わず、この場からスタイリッシュに立ち去ってやるぜ!

 話しかけられる様な隙を見せずに、この場から立ち去った俺を誰か褒めてくれてもいいぐらいだ。むしろ褒めてくれ、慰めてくれ!

 そんな頭の悪い事を考えながら俺はゼノヴィアを捜す。

 ぶっちゃけ、このまま彼女を放置して帰りたい気持ちは山々なのだが、そうなるとグリゼルダに折檻されそうで怖い。ただでさえ女性と話すのはそんなに慣れてないのに、説教とかもはや拷問でっせ。何より、教会から渡された資金は二人が持ってるから、どのみち二人と合流しないと帰れない。

 億劫になりながら俺はゼノヴィアを捜す。

 そう言えば、イリナは何処に行ったんだろ?戦闘中には見なかったし、もしかして何処かでサボってるのか!?

 こっちは必死に働いてたのにその間にサボりとかマジ許さん。

 そんな事を考えてると、ゼノヴィアを発見。

 声をかけようとするが、その姿は端から見れば仕事をクビにされた中年男性のような哀愁が漂っていて声をかけずらい。

 コミュ障の俺に、こんなメンタルやられてるやつの世話しろとかふざけんな。おい相方どこ行った、これこそイリナにさせるべき仕事だろ、断じて俺の仕事じゃねえ!お願いですから他の窓口にお越しください、マジでお願いします。

 そんな事を考えても状況が好転するわけでもなく、俺は意を決してリストラされたおっさんのような雰囲気を醸し出すゼノヴィアに歩み寄る。

 

 

「こんなところに居たのか」

 

 

 あたかもさっき見つけたかのように話しかけ、そのまま流れるように隣に腰かける。

 ここで俺は重大なことを忘れていた。

 俺は自分から会話のきっかけを作ることができないことに。

 いや、業務関係の物なら問題ないよ?でも今は状況が違う、こんな重苦しい空気の中、自分から話しかけるなんてことは俺には無理だ。まずその場に居たくない。

 沈黙が痛すぎる、身体の穴と言う穴から変な汁が出てきそうだ。

 ゼノヴィアもこの沈黙が辛いのか、表情がコロコロ変わってる。

 不覚にもそれが面白いと感じてしまった。

 

 

 

「な、なんだ?私は何か可笑しいことをしたか?」

 

 

 ま、まずい!今表情に出てたか!?

 どうやって誤魔化す、教えてくれ!?

 何か、何か喋るんだ!

 

 

「いや、随分と表情豊かだなと思っただけだ」

「なっ!?」

 

 

 何てこと言ってんだ!

 よりにもよって何でそんなわけわからんことを口走った!?

 

 

「ふ、ふざけるな!こっちがどう話をしようか迷っているというのに、その言葉はないだろう!?大体今までどこに居たんだ!?私達が聖剣を捜している間、お前は何をやっていたんだ!?」

 

 

 ほら怒ちゃったじゃん。

 しかもその間何やってたかって?

 一狩りどころか連続狩猟してました。

 なんていったらどんな表情するんだろ・・・今度こそキレられるビジョンしか思い浮かばないな。

 

 

「コカビエルの根城を捜していた」

 

 

 うん、無難な言葉が一番だ。

 これ以上何か口に出すと色々とボロが出るし、何より頭がおかしくなる。

 コミュ障なおっさんが、高校生ぐらいの女の子と話すってかなり難易度高いから。

 初期装備で魔王倒しに行くぐらい難易度高いから。

 

 

「・・・そうか」

 

 

 ……………

 …………

 ……

 沈黙が痛い!

 えっ、何でここでだんまりになるの?

 俺なんか悪い事言った?

 いや、かなりぶっきら棒かもしれないけど、これが限界なんです。

 これ以上は求めないでください。

 

 

「何故、私にあんな言葉をかけてくれたんだ?」

 

 

 あんな言葉・・・ってどれだろ?

 やばい、あんな言葉がどれの事を指してるのかわからん。

 ど、どうする・・・曖昧に返すか(諦め)

 

 

「理由はない、俺がそうしたかっただけだ」

 

 

 それっぽい事言えば世の中大概どうにかなる。

 コミュ障の俺が理解した世界の真理だ。

 

 

 

「そうしたかっただけ、か。私にはよくわからないが、その言葉に救われた。ありがとう」

「気にするな、俺が勝手にしただけだ」

 

 

 よくわからんが、感謝されてるし、どうにかなったっぽい。

 やはり曖昧に答えるは万能だ。

 さて、話も区切りがついたところで、本題に入りますか。

 

 

「ところで、帰りの旅費は君が持っているのか?」

「………あ」

 

 

 大きな間を空けてから聞こえた間抜けそうな言葉だけで把握した。

 どうやら俺は教会に帰れないらしい。

 

 

 

 

 

 

 



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氷膜

 コカビエルの聖剣強奪事件から数日、有馬は相も変わらず任務に赴いていた。

 あれから有馬は教会に連絡し、帰りの飛行機を手配してもらう事となった。その後、イリナと共に教会に帰還、教会の事情でゼノヴィアは教会から追放され、その場で別れることとなった。

 教会に戻り、報告を済ませると新たな任務が有馬を待っていた。

 再び日本に行きはぐれ悪魔を討伐せよという任務だった。

 どうも今回の事件がきっかけで、三勢力のトップが集まり、会談を取り行う事となった。

 有馬が日本に派遣されるのは、その会談を安全に執り行う為の準備だ。

 要は会談にはぐれ悪魔が侵入したら問題になるから掃除しておけ、そう言うことだ。

 そこで有馬のパートナーに選ばれたのはジークフリート、通称ジーク。悪魔払いの中でも最上位に位置する腕の持ち主だ。

 意外なことだが、ジークと有馬の仲は良好だった。

 かといって雑談を頻繁に交わすわけではないが、ある程度の意思を汲み取ることを他の者よりできていた。

 だからこそ、有馬にとってジークはありがたい存在だった。

 必要以上に話しかけず、詮索してこない、さらに自分の意思をある程度理解してくれるコミュ障に優しい人間だ。

 それにジークは有馬の事を尊敬しており、日々有馬に追いつくために研鑽を積んでいる。

 そう言うことで、有馬はジークと共に再び日本に赴き、はぐれ悪魔の討伐を淡々と行っていた。

 その数10、小さな町にはぐれ悪魔が10だ、異常と言う言葉では収まりきらない程の数だ。

 この駒王町と言う町は昔から何かとトラブルの絶えない土地だ。

 そんな土地に赤龍帝、白龍皇が現れ、そこに有馬の不幸体質が加われば、こんな事態が起きてもおかしくはない。

 最も、二人にとってはぐれ悪魔が何匹増えようとさして問題はないのだが。

 有馬の最高討伐レートはSSS、ジークはSSと両者ともに並外れた戦闘能力を持っている。

 討伐レート=戦闘能力に直結するわけではないが、それでもこの二人の強さが窺えると言うものだ。 

 

 

「お待たせしました、有馬さん」

 

 

 ジークは先程まで一人ではぐれを相手し、見事に討伐した。

 その姿を有馬は少し離れたところで傍観していた。

 

 

「まだ武器の重量に振り回されている。もう少し使い込んで来い」

「わかりました」

 

 

 振り回されていると言っていいのかわからない程、わずかなズレ。

 それすらも有馬は見逃さない。

 具体的な説明などなく、どこが悪いかなど言われることも無い。

 そんな指摘に顔を顰めるどころか、嬉しそうに返事を返す。

 有馬の言葉通り、両手ならともかく、片手で武器を扱うと武器の重さに振り回されることが少しある。

 ジークは本来、複数の武器を持って戦う多刀使いだ。多刀使いが武器の重さに振り回されるのは論外、少しのズレは次の行動を遅らせ、その次の行動も遅らせる。

 自分でも気が付かない僅かなことを指摘され、未熟さを痛感させられる。

 それと同時にまた一つ強くなれるという確信が、胸の内から湧き上がる。

 

 

「次のポイントに向かう」

 

 

 付いて来いというように先に歩き始める。

 その後姿は大きく、まだまだ遠い。背中を掴むのはまだまだ先のように思える。

 そんな背中に何時か追いついて見せたい、そう思いながらジークも有馬の後を追う。

 

 

 

 

■□■□

 

 

「一体どういうことなのかしら」

 

 

 リアス・グレモリーは自身の領地の異変に、眉間の皺を寄せる。

 コカビエルの事件が終わった後、この街に潜入していたであろうはぐれ悪魔が次々と姿をくらましているのだ。

 最初は何かの偶然だと考えたが、数が増えていくにつれてその考えは変わっていき、一つの仮説に辿り着いた。

 この領地で、はぐれ悪魔を狩っている誰かがいる。

 その理由は何なのか、全くわからない。賞金目当てなのか、それとも快楽殺人者なのか。

 だがそんな事はどうでもいい。問題は、自分の領地の中で勝手なことをしている輩がいるという事だけだ。

 リアスは現魔王の妹であり、元七十二柱のグレモリー家の次期後継者として教育を受けてきたが、それ以上に過保護と言ってもいいぐらい愛を持って、蝶よ花よと育てられてきた。

 その為、今まで自分の思い通りにならないことはなく、また名門という事もあり彼女のプライドは高い、そして自分の物に勝手なことをされることを嫌っていた。

 

 

「どうやらお困りのようだね、リアス」

 

 

 現れたのはリアスの兄であり、現魔王の一人でもある

 

 

「お、お兄様!?」

 

 

 サーゼクス・ルシファーとその女王、グレイフィア・ルキフグス。

 突然の兄の襲来に慌てふためくリアス、それと同時に眷属たちは臣下の礼を取る。

 サーゼクスは楽にしてくれと笑い掛けながら、話を進める。

 

 

「今の駒王町はどうなっているのか気になって来てみたが、白い死神の名は伊達じゃないようだ」

「ど、どういうことですか?」

 

 

 兄の言葉に困惑を隠せないリアス。

 そんな妹に、簡単な説明を始める。

 三大勢力のトップが駒王町で会談を開く。しかし、会談中に野暮なことが起きるのは好ましくない。なので会談先となる駒王町の掃除をする事となった。

 最初はその土地の管理者であるリアスとソーナが担当する予定だったが、教会が掃除は一刻も早く行うべきだ、と言い悪魔払いを二名派遣した。

 その後、その二名は驚異的な速度ではぐれ悪魔を討伐、または捕獲を行っている。

 大まかに説明するとこのような感じだ。

 兄の説明は理解した。だが、それに不満を感じないリアスではない。

 

 

「何故教会の者が、管理者である私達が行うのが普通ではないのですか?」

「確かにそうかもしれない。だが、赤龍帝、それに魔王の妹である君達、聖剣デュランダル使い、聖魔剣使いがここに集まり、コカビエルと白龍皇の襲来。偶然とは思えないことが多くある中、君達のような若手では何かあった時に対処が難しい。だからこそ、今回の要請を飲むことにした」

「私達では力不足と?」

 

 

 魔王の言葉に不満な顔を隠さないリアス。

 この言葉は遠回しに、君達では役に立たないと言っているようなものだ。

 だが事実、彼女たちでは実力が足りないという事は明白だ。

 それは先日のコカビエルの事件で浮き彫りになったことから明らかだ。

 

 

「君達は本当ならまだ学生だ、それがこのような荒事の最前線に立ち、戦うという事は若い君達では経験が足りない。そこは理解してくれないかな?」

 

 

 できる限り、傷つけないように優しく事実を告げる。

 その言葉に流石のリアスも沈黙する。

 兄の言っている言葉は正しく、自分が傲慢であると理解したのだ。

 

 

「有馬さんが、此処に居るのか?」

「君は・・・」

 

 

 話に入ってきたのは、先日教会から追放された少女、ゼノヴィアだった。

 教会から追放され、路頭を迷っている際にリアスから悪魔にならないかとオファーを受けたのだ。

 この話を受けた時、簡単にこの誘いに乗っていいものか思案した。その結果、一時保留と言う形で落ち着くことになった。

 そんなこともあって、ゼノヴィアは現在、悪魔であるリアスたちと共に行動をしている。

 

 

「紹介が遅れてすまない、私の名はゼノヴィア、リアスさんの眷属候補だ」

「なるほど、君がデュランダルの使い手か。眷属候補という事は、まだ悪魔ではないようだね」

「曖昧な返事で申し訳ないとは思っているが、決め手に欠けていてね。未だ決心がつかないんだ」

「なに、そう話を急ぐ必要はない。君の人生を左右することなんだ。じっくり考えてから答えを出すと言い」

 

 

 その言葉は、甘言で相手を誑かし、欲に忠実だと言われる悪魔だと思えない程優しさに満ちていた。

 

 

「ありがとう、ところで話の続きなのだが」

「この町に、有馬貴将が来ているか、だったね。ああ、彼は今回の討伐任務の為こちらに来ている。今現在何処に居るのか、私にも解らないが、確かにこの町に彼は居るよ」

「そ、そうか・・・・すまない、用事を思い出した」

 

 

 ゼノヴィアはそれだけ告げ、部室から走り去る。

 他の者達は話の意図が掴めず、彼女を見送ることしかできなかった。

 

 

「すいません、サーゼクス様。少し質問していいですか?」

「何だい、一誠君」

「白い死神って何なんですか?」

 

 

 白い死神、コカビエルの事件で何度か聞いたことがある言葉だが、その時は色々と立て込んでおり、聞くことはできなかった質問。

 悪魔なら知って当たり前の名前、今更だが、それについてサーゼクスは丁寧に説明を始める。

 

 

「白い死神はある一人の人間に対して呼ばれている名称だ。悪魔にとっては天敵と言ってもいい存在、それが白い死神。私も実際にあったことはないが、その実力は底がしれないと言われているほどの実力者。彼と会ったはぐれ悪魔の生存率は驚異のゼロ、どんな相手であっても等しく死を与える存在であり、教会では最強と名高い悪魔払い、それが白い死神、有馬貴将だ」

「最強、ですか」

 

 

 実感の伴わない言葉に少し困惑する一誠。

 魔王であるサーゼクスがここまで言うほどなのだから、相当な実力者だという事が分かるが、最強と言う存在がどれほどなのか、悪魔になってまだ長くない一誠には実感のわかない言葉だった。

 

 

「ああ、コカビエルを短時間で倒したのだから、その実力は本物なのだろう。本当に人間なのか疑問に思うぐらいだ。むしろ人間と言うカテゴリーには収まらない気がしてならないよ」

「コカビエルを倒した・・・ってもしかしてあの人が!?」

 

 

 そこでようやく一誠は白い死神が誰なのか気が付いた。

 あの時、自分たちが手も足も出なかったコカビエルを、一瞬で倒した悪魔払い。

 あれが白い死神だという事に今気が付いた。

 それと同時に、そんな相手にあれだけ啖呵をきったことに顔が白くなる。

 もしも有馬が、ゼノヴィアのように感情的な人物だったら、自分はなず術もなく殺されていたかもしれない。

 そう考えると顔が青ざめるのも無理はない。

 

 

「イッセー君、もしかして知らなかったのかい?」

「イッセー、貴方って子は・・・」

 

 

 一誠の反応に今更ながら頭を抱えるリアスと眷属たち。

 この場合、気がつかなかったのは一誠にも問題はあるが、説明をしなかった彼女たちにも問題がある。

 まあ、過ぎたことをどうこう言っても仕方のない事だ。

 

 

「今回の会談は、君達にも参加してもらうことになる。堕天使は白龍皇を同伴、天使はその彼が同伴するという話だ」

 

 

 聞けば聞くほどビックネームが出てくる。

 それだけで、今回の会談がどれだけ重要なのかが理解させられる。

 そんな会談に、悪魔になって間もない自分が参加していいのか疑問が生じるが、参加すると決定したサーゼクスが何も言わないのならいいのだろうと、考えを纏める。

 

 

「さて、今回此処に来たのは会談の為だけではない。リアス、何で伝えてくれなかったんだい?」

「そ、それは!?」

 

 

 魔王が手に持っていたのは、授業参観を伝えるプリント。

 その話をきっかけに、今までの空気が滅茶苦茶になったのは言うまでもない。

 

 

 

■□■□

 

 

「お前さんが噂の白い死神だな?」

「・・・・」

「有馬さん」

 

 

 有馬たちは本日の討伐任務を終え、宿に帰ろうとしていた。

 宿に帰ったら簡単な組み手でもしてもらおうかと考えていたジークだったが、そこに現れたのはチョイ悪風の男、有馬の事を白い死神と知っているのなら、裏の関係者であることは間違いない。

 問題は何故ここに姿を現したのか。

 ジークは、有馬を庇うように前に出る。

 相手の目的が有馬なら、簡単に有馬と接触をさせるべきではない。その判断に間違いはない。だが、今回は相手が悪い。

 

 

「ほぉー、それが魔剣の頂点に立つ魔帝剣か。使い手もなかなか通して悪くない。だが、相手は考えた方が良いぜ?」

 

 

 相手からのプレッシャーが跳ね上がる。

 それと同時に、ジークの背後から巨大な圧力が放たれる。

 有馬だ。

 

 

「へぇ、コカビエルを倒したって話は嘘じゃなさそうだ。こりゃ、悪魔も恐れるわけだ」

 

 

 男は軽口を叩きながら、プレッシャーを収める。

 だが、その額には僅かに汗が浮かび上がっている。

 

 

「紹介が遅れたな、俺の名前はアザゼル。これでも堕天使のトップをやらせてもらっている。今回は噂の死神殿と会うために此処に来させてもらった」

 

 

 アザゼルは12枚の翼を広げ、ニヒルに笑う。

 その表情は、悪戯に成功した子供のような無邪気な笑いをしている。

 

 

「さて、少し話でもしていかないか?」

「断る」

 

 

 アザゼルの誘いを即座に切り捨てる。

 即座に切り捨てられると思っていなかったアザゼルは、少し顔を顰める。

 

 

「おいおい、突然来たことに関してはこっちに非があるが、それでも即答は酷いだろう。俺はただ単純にコカビエルの事で話をしに来ただけだぜ?」

「コカビエルについては会談で話す予定のはず、今聞く必要はないと思うのは僕だけかな?」

 

 

 有馬の代わりに返答をしたのはジークだ。

 確かにコカビエルの事は会談で話が行われることになっている。それは今ここで話すことでは無いはずだ。

 

 

「なに、直接迷惑かけたお前に謝罪しに来ただけだぜ?俺が礼を言うなんざめったにないんだ。ありがたく受け取っておけよ」

「そうですか、ですが有馬さんは貴方に謝罪してほしくて戦った訳ではありませんので、どうかお引き取りを」

 

 

 ただでさえ多忙な有馬は他の者と会う事が少ない。それだけに今回組手をしてもらう(予定)を邪魔されたことに苛立ちを感じながら、さっさと帰れと告げる。

 だが、それで帰るのなら苦労はしない。

 

 

「はあ、固い奴だな。もう少し楽にした方が人生は楽しいぞ?」 

「お構いなく」

「はあ、建前とかめんどくさくなってきたし、用件だけ言うぞ。死神、お前の武器を見せてくれないか?」

「断る」

 

 

 アザゼルはそう言うなよ、と言いながら 有馬の持つアタッシュケースに近づく。

 アザゼルが研究者気質だということは有名だ。

 そんな彼が、IXAとナルカミを見逃すはずがない。

 できるなら、今すぐ研究室に持ち帰り、どうなっているのか様々な実験を行いたいぐらいだ。

 

 

「いい加減にしろ、これ以上有馬さんに迷惑をかけるな」

 

 

 そんなアザゼルを制したのは、怒りで今にも斬り掛かりそうになっているジークだった。

 先程から勝手な言い分に堪忍袋の緒が切れそうだった。

 仮にここで有馬がGOサインを出せば、ジークは持てる力を全て使い、この堕天使総督を黙らせようとするだろう。

 

 

「おいおい、今にも斬り掛かりそうな顔しやがって。仕方ねえ、今回は縁がなかったって考えるか」

 

 

 そう言いながら頭をぼりぼりとかきながら、堕天使総督は去っていった。

 それと同時に、有馬の中に、堕天使総督は苦手と言う文字がインプットされた瞬間だった。

 それはアザゼルが有馬の武器を調べるきっかけを失った瞬間だった。

 面倒ごとが終わり、宿に戻ろうとするが

 

 

 「有馬さん!」

 

 

 再びエンカウント、現れたのは、教会から追放されたゼノヴィアだった。

 どうやら有馬は、まだ宿に帰れないらしい。

 ゼノヴィアの様子から、不満丸出しのジークを先に帰らせ、近場のファミレスに入る。

 元同僚のよしみで少しぐらい話をしてもいいか、そんな軽い気持ちでファミレスに行った事を後悔するのはそう遠くない話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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根底

 誤字報告していただきありがとうです。
 更新速度が遅いのは勘弁していただけるとありがたいです。
 読者のみなさん、ここまで読んでくれてありがとうございます。
 これからも頑張って書いて行きたいと思います。



 ファミレスに入り、ちょっとした食事を注文する。

 ゼノヴィアは遠慮したが、有馬が奢ると言い、その言葉に甘えることにした。

 普段金を使う事がないことから、今まで持ち歩くことはなかったが、前回の事でもしもの事を考え、自分のキャッシュカードを持ち歩くことにしたのだ。

 有馬は珈琲を口にしながら、トーストを頬張る。

 ゼノヴィアも注文した定食を口にする。

 しばらく食事の時間が続き、食べ終わってから一息つくと話が始まる。

 

 

「私は今、悪魔から勧誘されている」

 

 

 話の内容は、有馬が苦手とする個人に関することだった。

 何故こうもピンポイントで苦手なところを突いてくるのか、頭を抱えたかったが、珈琲を口にし、気持ちを落ち着ける。

 

 

「悩んでいるのか?」

「ッ!・・・・ああ」

 

 

 先程の言葉だけで、そこまで理解する機転の良さに舌を巻く。

 これなら、自分の求めている答えを、既に持っているのではないのかと、期待に胸を膨らませる。

 

 

「今まで教会で育ち、教会の為に戦ってきた私が、悪魔になってもいいのか。確かに主が居なかったことには、頭を鈍器で殴られたような衝撃的なことだった。だが、それでも私は信仰を、今まで信じてきたモノを簡単に捨てることはできない。今ならアーシア・アルジェントが言っていた言葉の意味が分かる。今まで信じてきたモノを捨てるのは容易ではない」

 

 

 苦笑を零しながら言いきる。

 まさかあの時、魔女と罵り、断罪しようとしていた相手の言葉の意味を、今になって実感させられるとは夢にも思っていなかった。

 これは経験した者にしかわからない、難しいことだ。

 だが、有馬はゼノヴィアよりも長く生き、それでいて物事を客観的に見ることができるほど視野が広い。

 そんな彼なら、少しは自分のことを理解し、道標を示してくれるのではないか。

 

 

「そうか、大変だな」

 

 

 だが、返答はそんな期待を裏切るような短い言葉。

 まるで他人事のように聞こえる無関心な言葉。

 それは期待していた言葉とは全くの真逆と言ってもいい言葉。

 だが、この言葉が当然なのかもしれない。

 そこまで親しくもない、出会ってからそう時間の経っていない相手に、これからの人生を大きく左右する相談をするのは果たして正しいのだろうか。

 

 

「そ、それだけ、ですか?」

「………」

 

 

 有馬からの返答はない。

 つまりそう言うことだ。

 これ以上話すことはない。

 暗にそう言っているのだろう。

 ゼノヴィアの中に疑問が支配する。

 何故、何で、如何して何も言ってくれない、あの時と違う、何が、おかしい、わからない、道を、示してくれ、教えてくれ、どうすればいい、何が正しい、選択、どれが。

 

 

「た、頼む・・・分からないんだ」

 

 

 そんな疑問で頭が埋め尽くされながら、助けを乞う声を上げる。

 まるで迷子になった子供のように見るに堪えない表情。

 それほど彼女は追い詰められていた。

 聖書の神の死、右も左もわからない異国の地、帰る場所も失った、助けを乞う相手もいない、そんな極限の状況が彼女を精神的に追い詰めた。

 何とか縋りつこうとするが

 

 

「俺から言うことはない」

 

 

 それすらも振り解かれる。

 道標どころか、アドバイス一つもらえない。

 八方ふさがりの状況に涙目になる。

 もしかしたら、いや、きっと何かきっかけをくれる。

 それだけを思い、有馬を捜したのにもかかわらず、返ってきた言葉は頭の中から排除していた最悪の言葉だった。

 

 

「そ、そうか・・・」

 

 

 呆然としながら、どうにか相槌を打つ。

 何も考えられない。

 やはり自分は何かに縋らなければ、考える事すら、自分で決めることすらできないのか。

 そう言った負の感情が支配していく。

 

 

「すまない・・・時間を取らせた」

 

 

 ゼノヴィアは虚ろな表情で立ちあがる。

 ここにはもう用はない。

 ここに自分が求める物はない。

 そう思い立ち去ろうとするが

 

 

「お前は何を選択する?」

 

 

 足が止まる。

 不意に告げられた言葉に思わず足が止まった。

 そんな彼女を知ってか知らずかはわからない。

 言葉を続ける。

 

 

「俺は選択した。そうして抗い続けてきた(生きてきた)

 

 

 今まで誰も聞くことのなかった有馬貴将の本心、それを彼女は初めて聞いた。

 その言葉は何処か惹きつけられる、ブラックホールのように暗く、深海の様に深い。

 

 

「お前の道だ。一人で歩いてみろ」

 

 

 意味が分からない。

 結局のところ、何が言いたかったのかわからない。

 アドバイスのつもりなら参考にもならない。

 本当に口下手すぎる。

 それでも何かを伝えようとしてくれた。

 その想いだけはよくわかった。

 迷いは消えた。

 涙はもう止まった。

 十分立ち止まった(休んだ)だろう。

 なら、もう歩けるはずだ。

 

 

「甘えていた、まだ縋ろうとしていた、まだ目を向けていなかった。だからこれからは前を向いて行く。何処に辿り着くかはわからないけど、一人で歩いてみます」

「そうか」

「でも、もし・・・疲れたら、また、会いに来てもいいですか?」

 

 

 少しの沈黙の後

 

 

「好きにしろ」

 

 

 相変わらず感情の読めない表情で、ぶっきら棒な言葉が聞こえた。

 

 

「ありがとう」

 

 

 今度こそ、ゼノヴィアは立ち去る。

 その後姿には、先程までのブレはない。

 迷いを振り切り、何か選択した強い人、その言葉が似合う。

 有馬も残った珈琲を飲み干し、席を立つ。

 帰ったらジークから何言われるだろう、そんな事を考えながら会計を済ませた。

 

 

■□■□

 

 

 翌日

 

 

 有馬とジークは別行動をとっていた。

 昨夜、何度も頼み込むジークに折れ、組手をする事となった有馬。

 就寝前の適度な運動という事で有馬も引き受けたが、ジークにとっては軽い運動なんてレベルじゃなかった。

 軽口を交わしながら30分程度、組み手をした。

 その間、ジークが地面に手を突いた回数は254回。

 あくまで組手という事もあり、加減をしていたがそれでもこの回数だ。

 鋭い蹴りは内臓にまで響き、真剣のように鋭い手刀は掠るだけで皮膚が浅く斬れる、組手が終わる頃には全身傷だらけの有様だった。

 そんな事もあり、今日はジークに休むように伝え、有馬は別任務に赴いていた。

 今回の任務は有馬にしては珍しい、護衛任務だった。

 護衛の対象は

 

 

「お久しぶりです、有馬」

 

 

 教会、天使のトップを務めるミカエル、彼が今回の護衛対象だ。

 何故ここにミカエルがここに居るのか、それは今回の三大勢力の会談にトップであるミカエルが参加するからである。

 魔王、堕天使総督、熾天使のトップ、この小さな町にこれだけの重鎮が集まっていることを考えると、はぐれ悪魔が多く潜伏しているのも頷ける。

 彼らに恨みを持つ者からしたら絶好のシチュエーション、襲撃をするにはもってこいだ。

 

 

「お久しぶりです」

 

 

 有馬も軽く会釈を返す。

 今回の会談前に、ミカエルから赤龍帝にちょっとした贈り物があるらしく、それの付き添いとして有馬は呼ばれた。要は立会人兼護衛の一人として呼ばれたのだ。

 はぐれ悪魔が多く潜伏する町でミカエルが護衛を付けないわけにはいかず、なら有馬でと言うよくわからない理由で呼ばれた。

 ミカエルは申し訳なさそうな表情で謝罪を始める。

 

 

「今回の護衛は無理を言ってしまい申し訳ありません。それに先日の任務では苦労かけました。私達も動きたいのは山々だったのですが、我々が介入することによって事態が悪化すること危惧し、動くことができなかったのです。先日だけではなく、貴方には厄介な仕事ばかり押し付けてしまい申し訳ありません」

「いえ、お構いなく」

 

 

 有馬貴将の噂は天界でも有名だ。

 それが今回のコカビエルを瞬殺した話で、さらに広まり、その実力は教会に留まらず、四大熾天使に匹敵するとまで話が広まりつつあった。

 ミカエルも有馬の事を少年の頃から知っており、その頃から実力は群を抜いて高かったことを覚えている。

 

 

「今代の赤龍帝と白龍皇を直に見た貴方に聞きたいことがあります。白龍皇は情報も少なく、更に赤龍帝はドライグの力に気がついたのは悪魔になってから。それも悪魔になって間もなく、更に歴代最弱の宿主だと聞きます。その為に天使から悪魔に贈り物をする機会を頂いたのです。ですが噂はあくまで噂でしかない、噂が真実とかけ離れたことであることも少なくない。そこで彼らを直接見た貴方の意見を聞かせていただきたいのです」

 

 

 ミカエルが今回用意した贈り物は聖剣。

 それも龍殺しの聖剣。

 彼の龍殺しの逸話を持つゲオルギウスが所持していたとされるアスカロン。

 赤龍帝を宿す兵藤一誠に龍殺しの聖剣を贈るのは、どこか皮肉がきいている気がするが、それは置いておこう。

 

 

「白龍皇は未知数、赤龍帝は闘いを何も知らない人間からしたら十分。悪魔や堕天使と闘うには未熟、その一言に尽きます。神器に依存しきったあの状態では、剣を十全に扱うことはできないと考えます」

「歴代最弱と言う噂は本当だったという事ですか。元々裏の事情を何も知らなかった彼に、そこまで求めるのは間違いだと思っていますが、これからの事を考えると少し不安が残りますね」

 

 

 三大勢力のトップが揃った会談、良くも悪くもこれからの未来を大きく変える。

 現在、悪魔に赤龍帝、堕天使に白龍皇が属していることが判明している。

 今まで二天龍が三大勢力に属することはなかった。

 会えば争い、周囲に甚大な被害を齎していた二天龍が、今になってどちらも三大勢力に所属しているのは、何かの前触れかもしれない。

 

 

「二天龍、私達にとっては恐怖の象徴でしかない彼らが、今になって悪魔や堕天使に属することになるとは。私達が変わる転機と言うべきか、何かの前触れと捉えるべきか・・・・考えても仕方のない事ですね。では、赤龍帝の彼と会いましょう。形だけとはいえ、護衛をお願いします」

「わかりました」

 

 

 ここで話を打ち切り、二人は待ち合わせ場所に向かう。

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

 神社に着き、出迎えとして現れたのは、グレモリー眷属である姫島朱乃。

 服は巫女服を着ており、どこか着慣れているような感じがする。

 

 

「わざわざ出迎えていただき申し訳ありません。彼はまだ来られていませんか?」

「はい、お待たせして申し訳ないんですが、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」

「構いませんよ。それよりも特殊儀礼を施したアスカロンはどちらに?」

 

 

 ミカエルの疑問に朱乃は、こちらですと、案内をする。

 案内がされたのは神社の中、そこに保管されているアスカロンが見える。

 

 

「後はミカエル様が、こちらで最終調整を行っていただけましたら完了となります」

「各陣営が施した儀礼、私が最終調整を施せば悪魔にも使うことができる聖剣に変わります。では、後は私に任せてください」

 

 

 ミカエルは目を瞑り、聖剣の最終調整に入る。

 邪魔になると考えた有馬と朱乃は神社の外へ出る。

 

 

「先日はお世話になりました」

「俺の方こそ、此方の者が世話になった」

 

 

 先日のコカビエルが起こした事件、有馬が参戦しなければ悪魔側、教会側共に全滅していた可能性が高かった。

 白龍皇が後から現れたが、彼女たちだけで白龍皇が現れるまで状況を維持できたかと言うと難しかっただろう。

 

 

「いえ、彼女たちがいなければ私達はもっと苦戦を強いられていました。感謝こそあれど、邪険に思うはずがありませんわ」

「それならありがたい」

 

 

 そう言えば、と思い出したように朱乃が口を開く。

 

 

「ゼノヴィアちゃんですが、先日悪魔に転生されましたわ」

「・・・そうか」

 

 

 ゼノヴィアが悪魔に転生した。

 昨日、話をした際にその可能性は考えていた。

 もしかしたら、有馬の言葉がきっかけで悪魔になったのかもしれない。

 

 

「ゼノヴィアちゃんはちょっと前まで随分と悩んでいました。それが少しの時間、外に出ただけでその迷いが消えていましたわ。あの少しの時間、何があったかあなたなら知っているのではありませんか?」

 

 

 その言葉で思い起こされるのはファミレスでの出来事。

 朱乃の話が確かならその時の会話によって、ゼノヴィアは悪魔になることを決心したのかもしれない。

 有馬からしたら大したことを言ったつもりはない。

 本人は何を言えばいいかわからなかった為、彼女自身に答えを丸投げをしたつもりだった。

 その結果が悪魔に転生。

 なぜそうなったのか、あの時の言葉に何を感じたのか、それはゼノヴィアにしかわからないことだ。

 

 

「一言だけとは冷たい方ですわね。元同僚何でしょう?」

「ゼノヴィアが選択した道だ。俺が口を出すことじゃあない」

 

 

 その言葉は薄情だと捉えられるが、ゼノヴィアの新たな道を祝福しているようにも聞こえる。

 朱乃は前者の捉え方をした。

 

 

「薄情な方。私は先輩としてゼノヴィアちゃんを支えていきます。彼女を追放した教会の様に見捨てはしません」

 

 

 だからなのだろうか、朱乃の言葉は刺々しく、有馬を糾弾するような言葉を口にしてしまった。

 それに、はっとした朱乃は慌てて言葉を訂正しようとする。

 

 

「し、失礼しました!先程の言葉は――――――」

「構わない、彼女を頼む」

 

 

 先程の言葉は教会全体を敵にしてもおかしくないような言葉だった。

 それこそ、その場で殺されても仕方ない程。

 寛容、心が広いと言ってしまえばそれまでかもしれない。

 それでも神父が教会への暴言を無視するとは思えなかった。

 しかし、目の前の男は一切怒ることも無く、感情一つ変えなかった。

 その事が逆に朱乃に恐怖を与える。

 生物と言うのは未知に恐怖する存在だ。

 今彼女は有馬貴将と言う未知の存在に心から恐怖していた。

 感情が抜け落ちたような淡泊な言葉、喜怒哀楽が感じられない表情、人間から大きく逸脱した強さ、それらすべてが彼女の恐怖を煽る。

 

 

「朱乃さーん」

 

 

 そんな恐怖が支配しようとする中で救いの手、と言うには大げさかもしれないが、いいタイミングで一誠が到着した。

 

 

「兵藤一誠が到着したか」

 

 

 有馬は一誠が到着したことを確認すると、神社の中に向かう。

 おそらくミカエルを呼びに行ったのだろう。

 先程の恐怖から解放された事に安堵しつつ、今まで感じていた恐怖を紛らわせるように笑顔を作る。

 

 

「いらっしゃい、イッセー君」

 

 

 

■□■□

 

 

 その後、ミカエルと一誠の話は無事に終わり、アスカロンは無事に一誠に渡された。

 その中で一誠が有馬に先日の言葉を謝罪しに来たことなどがあったが、有馬は気にしていない、気にするなと言い話を切り上げた。

 有馬からしたらそんな事はとうに忘れており、そんな事もあったなと思いだすぐらいだった。

 その後、有馬とミカエルは各々の予定で別れるはずだったが、意外にもミカエルに呼び止められた。

 

 

「有馬、念を押すようで申し訳ありませんが、今回の会談は極めて重要です。いつものようなことはしないでくださいね」

 

 

 どんな仕事でも完璧にこなし、教会本部にも大きな信頼を得ている有馬だが、一つだけ問題があった。

 会議の無断欠席。

 有馬は今までどんな重要な会議であったとしても参加したためしがない。

 何度か強く咎め、半ば無理やり会議に参加させたこともあったが、その時参加した会議で何とも言えない威圧感のような物を放つ有馬を見て萎縮した者達が大量に出た為、それ以降有馬が会議に無断欠席することが暗黙の了解として決められた。

 

 

「貴方が会議を無断欠席することに頭を悩ませるものが多くいます。何が気に入らないのかは知りませんが、会議にはできる限り参加するようにしてください。今回の会談は欠席することは許されません。もしもの時は貴方を引きずってでも参加させるので覚えておいてください」

 

 

 ミカエルは入念に釘を刺してからその場から去った。

 実際は威圧感を放っていたのではなく、緊張して気を張り過ぎていただけで、会議に参加しなかったのは任務が重なって参加できなかっただけなのだが、ミカエルがそれを知る術はない。

 何か理不尽に怒られた気がする、と不満を持ちながら宿に引き返した有馬だった。

 その後、組手と称してジークをボコッ―――――鍛えてストレスを発散した

 

 

 

 余談

 

 

「手合わせしよう」

「今日こそ貴方に届いて見せます」

 

 

 組手が始まると同時にナルカミが放たれる。

 

 

「ちょっ!?いつものと違うっ!」

 

 

 結果、ジークは満身創痍を通り越し、死体と勘違いしかねない程ボロぞうきんとなった。

 この日、謎の雷が駒王町に降り注いだ。

 

 

 



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会談

 今回は短めです。
 何卒ご了承ください。


 会談当日

 

 

 これから三種族の長が集まり、初めての三種族による会談が始まろうとしている。

 悪魔は魔王サーゼクス・ルシファー、セラフォルー・レヴィアタン、護衛としてグレイフィア・ルキフグス

 天使は熾天使ミカエル、護衛のジーク

 堕天使は総督アザゼル、護衛の白龍皇ヴァーリ

 彼らが組織の代表として今回の会談に参加する。

 だが、会談を始めるにあたって、一つだけ重要な問題が発生していた。

 

 

「おいおい、ミカエル。マジで言ってんのか?」

「………大変申しわけないと思っています」

「困ったな・・・」

 

 

 アザゼル、ミカエル、サーゼクス、共に三種族の長が溜息を吐きながら現状に項垂れていた。

 

 

「で、代わりのお前は何か聞かされてんのか?」

「俺は有馬さんに出ろと指示されただけなので」

 

 

 アザゼルはこの場に参加する予定ではなかった人物、ジークに投げやりになりながら聞いてみるが、案の定大した情報は出てこなかった。

 この会談を始めるにあたって重要な人物がいる。

 各種族のトップを務めるミカエル、アザゼル、サーゼクス。

 それと先日の聖剣強奪事件、それに大きく関与した人物。

 以上の者の参加は三種族の会談において必要不可欠だ。

 その為、悪魔側はリアスとその眷属を

 アザゼルは回収に向かわせた白龍皇を

 ミカエルはコカビエルと戦闘した有馬を

 連れてくる予定だった。

 しかし、有馬はこの会談が始まる土壇場で姿を消した。

 スケープゴートとしてなのか、部下のジークを代わりに出席させる辺り余程会談に参加したくないのか。

 予想だにしなかった出来事にこのまま会談を始めていいのか、そう言う雰囲気が会議室に充満していた。

 

 

「今回は私に非があります。まさか少し目を離した隙に姿を消すとは思ってもいませんでしたので。申し訳ありません」

「気にすんな、って言いたいがちと難しいな。今回の会談で議題に上がる予定のコカビエルの件はあいつが重要人物だ。サーゼクスのとこが説明してくれるから問題ないってわけにはいかねえぞ」

 

 

 先日のコカビエルの騒動の簡単な説明はリアスたちでもできる。

 だが、実際に戦い、騒動を収めたのは有馬だ。

 彼を抜きに話を進めていいのか疑問が生じるのは無理はない。

 

 

「やむ得ない。できれば彼本人から説明をしてほしかったが、居ないのなら仕方がない。すまないがリアスたちに説明をしてもらおう」

 

 

 このまま有馬を見つけるまで会談を伸ばすわけにもいかず、妥協案として当事者であるリアスとソーナが説明をする事で会談を始めることにする。

 

 

「では会談を始める。この場にいる者達は最重要禁則事項である『神の不在』を認知している。それを前提として話を進める」

 

 

 その言葉に動揺する者は誰もいない。

 有馬の不在に頭を抱えながらも会談は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

「と言う様に我々天使は―――――」

「そうだな、その方が良いかもしれない。このままでは確実に三勢力とも滅びの道を――――――」

 

「ま、俺らには特に拘る理由もないけどな」

 

 

 あれから有馬が不在の中、順調に会談は進んでいった。

 時折アザゼルがその場の空気を凍らせるような発言に、周囲の者はハラハラしながらも会談は無事に進んだ。

 

 

「さてリアス。そろそろ先日の事件について説明してもらおうかな」

「はい、ルシファー様」

 

 

 サーゼクスの言葉にリアスとソーナが説明を始める。

 内容は予め報告書に書かれていたものとさして変わらないが、それでも当事者からの説明はありがたい。

 彼女らの話を大まかに纏めると

 

 

 有馬貴将が学園に赴き話し合いの場を要求

 翌日にリアスと有馬たちが話し合う

 その夜にコカビエルと戦闘

 途中参戦した有馬がコカビエルを瞬殺

 白龍皇が乱入しコカビエルを捕縛

 

 

 こんな感じだろう。

 

 

「以上です」

「ありがとう、座ってくれたまえ」

「ちっ、この場にあいつがいねえことが悔やまれるな」

 

 

 アザゼルは舌打ちをしながら頭をガシガシとかく。

 各人報告書で確認はしたが、それでも俄かに信じがたかった。

 それだけ有馬の行動は常軌を逸していた。

 

 

「ミカエル」

「何でしょう?」

 

 

 アザゼルが今までにないほど真剣な表情をしている。

 先程まで軽口を叩いていた人物とは到底思えない。

 

 

「俺はお前に有馬貴将の情報開示を求める」

 

 

 突然の言葉に驚きながらも冷静に頭の中を整理する。

 何故アザゼルは有馬の情報開示を此処で求めるのか。

 今までの話の流れでそれが分からないほどミカエルは愚鈍ではない。

 だからこそ、ミカエルは顔を顰める。

 

 

「貴方は彼が危険だと?」

「むしろ今まで放し飼いしていたお前に驚きだぜ。会談前に一目見たがあれはヤバい。久しぶりだったぜ、俺が人間を見て畏怖を抱くなんてな」

 

 

 ミカエルの言葉に当然だと言わんばかりの返答。

 それは冗談でもなんでもない、アザゼル自身が見て感じたことだ。

 腕を組みなおしながら言葉を続ける。

 

 

「報告書にも書かれていたことだが、白い死神は短時間で、それも無傷でコカビエルを倒したんだ。聖書にも記されるほどの実力者相手に人間が無傷だぞ?これが神器保持者なら納得してやる。だがな、奴が神器保持者だという話は聞いたことがない。聖剣や魔剣のような特別な武器を持っている訳でもなく、ただの人間が堕天使幹部を圧倒する。これの意味がわからないわけがないよな?」

 

 

 沈黙が会議室を覆う。

 まだ若い悪魔であるリアスたちはイマイチ話の内容が分かっていないようだが、トップである彼らは理解していた。

 

 

「・・・彼が、有馬貴将が危険であると?」

「それは早計ではないかな?」

 

 

 ミカエルとサーゼクスの言葉は最もだ。

 それでもアザゼルの意見は確かに理に適っている部分もある。

 今の大きな戦争が無い時代において有馬貴将の戦闘能力は人のソレではないだろう。

 それを危険視することも仕方のない事だろう。

 少しでも有馬貴将の情報を求めるのは間違いではない。

 

 

「俺も別に白い死神を処理しろとは言わねえよ。だがな、アレを首輪も着けずにしているのは危険だ。白い死神の実力はコカビエルじゃ計ることすらできなかった。底がしれないと言ってもいい」

 

 

 処理と言う物騒な言葉に青ざめる若手たち。

 そんな中でもジークは顔色一つ変えることなく、ただ黙って話を聞いているだけだ。

 

 

「俺の予想ではあいつの牙は俺達にも届きうるぞ?」

 

 

 その言葉に先程まで顔色一つ変えなかったトップたちの顔色が変わる。

 それも仕方のない事だろう。

 神器も持たない、それこそ特殊な兵装を持っている訳でもない人間が魔王や熾天使、堕天使総督を殺せると言っているのだ。

 これは見過ごすことができない言葉だ。

 

 

「それは彼が、有馬が私達を殺すとでも言いたいのですか?」

 

 

 ミカエルは表情こそ笑みを浮かべているが、その背中からは6対の白い翼が見える。

 笑うという行為には攻撃的な意味と親和的な意味の二つがある。今のミカエルがどちらの意味で笑っているのかは問うまでもないだろう。

 明らかに攻撃的、怒りを感じている。

 

 

「おいおい、あくまで例えばの話だ。別にあいつが俺らを害するって決めつけているつもりはねえよ」

 

 

 だからその翼をしまえと諫める。

 ミカエルは高ぶった感情を吐き出すように大きく深呼吸をする。

 落ち着いたのか白く輝きを放っていた翼はしまわれている。

 

 

「失礼、少々取り乱しました」

 

 

 若手たちはあれで少々?と冷や汗を隠せずにいた。

 それほどミカエルの放つ光力は凄まじく、少しでも触れようものなら火傷は愚かそのまま蒸発させられそうなほどの光力だった。

 ゴホンと咳ばらいをし話を再開する。

 

 

「有馬貴将の情報開示ですが、この場で長々と話すことではないので割愛させていただきます。後日、資料を送らせていただきますのでそれでよろしいですか?」

「ああ、それで問題ない。さて、ここまで来たら小難しい話はいいだろう。さっさと和平でも結ぼうぜ。その為にわざわざ集まったんだからな」

 

 

 今までの緊迫した空気を壊すように軽い口調で和平の話をきりだす。

 その様子には流石のトップたちも唖然としている。

 どうしたらあれだけ緊迫したやり取りの後に、これだけ砕けた口調で和平の話をきりだせるのか。

 

 

 

「アザゼル・・・・先程まであれだけのことを言っておきながら、和平の話を持ち掛けるあなたの精神力には恐れ入ります」

「おっ、それは褒めてんのか?」

「それを褒め言葉と受け取ることのできる君は中々図太いね」

 

 

 ハハハッと笑いあうミカエル、アザゼル、サーゼクス。

 表情こそ笑ってはいるが、眼が全く笑っていない二人。

 これに流石のアザゼルも『やべっ、タイミング誤ったか?』などど今更ながら後悔している。

 誰から見ても和平を持ちかけるタイミングではなかった。

 

 

「で、アザゼルは何を企んでいるんだい?」

「別に何も企んじゃいねえよ」

「ではこの数十年間、神器所持者を集めていたのは何故でしょうか?私は戦力増強し、戦争でも仕掛けてくると考えていたのですが?」

「神器を生み出した神は死んだ。なら少しでも神器に詳しい奴がいた方がいいだろ?神器所持者を集めたのは研究の為さ。資料が欲しいならまた後日送ってもいいぜ」

  

 

 アザゼルを訝しむトップたち。

 会談が始まってから、場を掻き乱すだけ掻き乱して放置しているアザゼル、今までの行動から信用が一番ない事は、第三者からしても明白だった。

 

 

「ったく、三竦みの中で俺の信用は最低か?」

「そのとおりだ」

「そのとおりですね」

「そのとおりね☆」

 

 

 アザゼルの言葉を全肯定する。

 流石のアザゼルも飄々とした表情を崩し、面倒そうな表情で嘆息する。

 

 

「聖書の神や魔王よりもマシかと思ったらそうでもねえな、おい!流石あいつらの後釜だよ」

 

 

 アザゼルは毒づきながら言葉を続ける。

 

 

「お前らだってこのままじゃまずいってことはわかるだろ?聖書の神は死に、魔王も死んだ。過去の大戦が再び勃発すれば俺らは唯じゃすまない。三種族とも滅んで良しだ」

「・・・アザゼルにしては冷静な判断ですね」

「アザゼルにしてはは余計だ」

「天使の長をしている私が言うのも何ですが、戦争の大元となった神と魔王は消滅しました。これ以上三竦みの関係を続けるのは私達にとって害にしかならないでしょう」

「戦争は我らも望むところではない。再び戦争が起れば、今度こそ悪魔も滅ぶ」

 

 

 どの勢力も戦争は望まない

 当然と言えば当然だ。

 悪魔は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)に頼り切り

 天使は神の不在のため純粋な天使が増えず

 純粋な天使が増えない以上、堕天する者も減る

 戦力の維持が困難な状態で戦争が起れば、どの勢力も再起不能な打撃を受けることは間違いない。

 その被害は三大勢力だけではなく、他神話勢力にまで被害を及ぼす。

 例えばの話だが、現在の冥界は悪魔と堕天使が領土として使用している。

 もしも、悪魔と堕天使の勢力が消えれば、その領土は空白となる。

 冥界の広さは並大抵ではない。

 その領土が一つの神話に取り込まれれば、勢力図は大きく変わることになる。

 悪魔と堕天使が滅べば、他神話による冥界争奪戦が始まってもおかしくはない。

 被害は人間界にこそ出ないが、間接的に人間に被害が出ることは間違いない。

 自分たちのいずれかが滅ぶだけならまだいい。

 だが、戦争が始まればどの勢力も壊滅は避けられない。

 だからこそ、トップたちはこの場で和平を望む。

 

 

「なら正式に和平を結ぶ、それで構わないな?」

「こちらとして異議はない」

「詳しい内容はまた後日」

「問題なしね☆」

 

 

 最終確認を行い、正式に和平を結ぶことが決定する。

 一時はこの場で戦闘が起こるかと思われたが、そう言ったことも無く、無事とはいいがたいが、和平は結ばれる。

 

 

「さて、和平を結ぶにあたって二天龍様の意見も聞いてみるか。赤龍帝、兵藤一誠。お前はどうしたい?」

「お、俺ですか!?」

 

 

 突然話が振られたことに動揺する一誠。

 二天龍はかつての大戦で三勢力に甚大な被害を齎した。

 その事に未だ恐れを抱いている者は少なくない。

 それだけ二天龍の力は強大だったのだ。

 

 

「仮にも二天龍を宿してんだ。お前自身が世界を動かす要因の一つでもあることを理解しろ。お前が曖昧な考えを持つと、こっちとして動きづらい。ならヴァーリ、お前はどうしたい?」

「俺か?俺は強くなるだけだ。誰よりも強く、どんな奴も歯牙に掛けないほど強くな」

「白龍皇らしい意見だ。赤龍帝、もう一度聞くがお前はどうしたい?」

「しょ、正直わけわからないです。俺はまだ悪魔になってまだ日が浅いし、話の内容もいまいち理解できてません・・・。でも、俺の力はリアス様の為に使います!だって俺は――――――」

 

 

 その言葉を言いきる前に世界の時が止まった。

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

「始まった」

 

 

 駒王学園から少し離れた場所。

 そこで一人の人間が駒王学園の状況を観察し続けていた。

 人間は、駒王学園の時間が停止したことを確認すると、簡易魔術を行使し通信を行う。

 

 

「会議で話していた通り、襲撃が始まった。予定通り頃合いを見て、彼らをポイントに転送してくれ」

 

 

 魔術による通信を終え、再び離れた場所に目を向ける。

 

 

「さあ、物語の続編だ。新たな役者も揃い、第二章の開幕といこう。作者は不明、役者は僕達だ。この物語が英雄譚なるか、それとも悲劇となるか、その答えは神のみぞ知るってところか」

 

 

 人間は口元に笑みを浮かべながらこの場から離脱した。

 

 

 




 会談ぶっちしてしまえ、と言う意見があったのでやってみました。
 そしたらあら不思議、話の内容が訳分からない内容になってしまいした。


 申し訳ない………


 次回は早目に投稿するので勘弁してくださいです。


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不和

 いつの間にかお気に入り登録数が3000を超えていました。
 皆様本当にありがとうございますです。
 そしていままで誤字を指摘してくださった株式たまご様、天ノ狐様、ニノ吉様、緋想天様、north1boy様、Drachen様、みたらしパン様、クオーレっと様、豚々様、syu_satou様、Nekuron様、本当にありがとうです。

 多くの感想と評価をしていただきありがとうございます。
 返信を返すことができなくて心苦しくはありますが、大変作者の励みになっています。
 この作品は自分の書きたいように書かせてもらっています。
 なので感想を見て『これいいな』みたいな案があったら採用させていただくことがあります。
 決して、読者の皆様の感想に答えようとして取り入れている訳ではありませんので、そこはおわかり下さい。
 作者からしたらその方が面白いかな?と思って書いているだけですので。
 誤解を招くような発言をしたことを謝罪させていただきます。
 申し訳ありませんでした。

 これからも教会の白い死神をよろしくお願いしますです。



 突如駒王学園を中心に時が停止した。

 その影響は、学園の結界外で待機していた三勢力の軍勢にも及ぶ。

 もしもの為と用意した軍勢もその役割を全うすることなく機能停止する。

 だが幸いか、停止する世界の中でも未だに動き続ける姿がある。

 サーゼクスを筆頭に勢力のトップたちだ。

 それ以外に時間停止から逃れることができた者は二天龍を宿す一誠とヴァーリ、聖魔剣と言う規格外(イレギュラー)を持つ祐斗、デュランダルを持つゼノヴィア、滅びの魔力を持つリアス、元々の強力な力を持っていたグレイフィアとジークの以下の者達だけだ。

 彼らは時間停止が発動したことを確認すると、続々と校庭に召喚されている魔法使いたちの攻撃から身を守るため、校舎内を結界で覆い籠城を始めた。

 彼らは襲撃者が何者か探るべく、結界内から攻撃を繰り返す。

 その結果、魔法使いたちは彼の有名なマーリン・アンブロジウスが独自に解釈し、再構築した魔法を扱う魔法使いであることが判明した。

 魔法の威力から、実力は最低でも中級悪魔ぐらいあり、若手たちからしたら苦戦は免れない相手だが、この場にいるのは各勢力のトップだ。

 悪魔と分類していいのかと言われるほどの実力者サーゼクス、戦争当時は聖書の神と魔王を相手にしていたアザゼル、聖書の神の後を引き継いだミカエル。彼らを相手に中級悪魔程度では足止めにすらならない。

 アザゼルは上空に光の雨を降らし、魔法障壁ごと破壊して敵を殲滅していく。

 対する魔法使いの攻撃はサーゼクスとミカエルの展開する結界によって阻まれ、彼らに掠り傷一つ付けることすら敵わない。

 それでも尚、攻撃を続けるのは彼らを結界の外に出さないためだろう。

 その為なら命すら投げ出す、その信念は狂気にも等しいだろう。その行為で、どれだけ彼らが他の者から恨みを買っているのかが分かる。

 幸いな事に、結界の外で停止している者達を人質に取られたり、殺されていないのは運がよかったというべきか、それとも彼らが人間界に被害を出したくなかったからはわからないが、それでも抵抗すらできずに殺される者がいないことに安堵する首脳陣。

 だが、事態は急を要する。

 現在、時間停止が起きている原因はグレモリー眷属の一人、ギャスパー・ヴラディが原因だった。彼の神器は停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)、その力は名前通り、周囲の時間を止めることができる。

 ギャスパーの潜在能力は極めて高く、スペックだけを見れば上級悪魔に引けを取らない程の実力を持っているが、本人の性格とトラウマからその力を十全に発揮させることができず、力は常に不安定な状況にあった。

 そんな彼に力を譲渡し、強制的に力を暴走させ神器を禁手させた。

 その結果、外の護衛の部隊を停止させるほどの力を発揮した。その力は今も尚とどまりを知らず増大し続けている。

 このまま力が増え続ければ首脳陣も停められる可能性があることを考え、サーゼクスはリアスにギャスパーの救出を指示する。アザゼルとミカエルはその救出の陽動と囮を兼ねてヴァーリとジークに校庭で敵の眼を引くように指示する。

 ヴァーリは溜息を吐きながら、ジークは淡々と返答を返し、校庭に躍り出る。

 禁手したヴァーリは縦横無尽に校庭を駆け回り、敵を戦闘不能にしていく。

 ジークは敵の攻撃を避けながら懐に潜り込み敵を切り伏せていく。

 両者とも近距離戦を得意としている。そんな相手に接近されれば遠距離戦を得意とする魔法使いは堪ったものじゃない。

 ヴァーリとジークによって次々と倒されていく魔法使いたち。しかし、彼らが魔法使いを倒すよりも魔法使いが召喚される速度の方が速い。倒せど倒せど次々と現れる魔法使いたち。

 そんな状況を見てか、その場にゼノヴィアと木場が参戦する。

 二人は騎士の速度を生かし、小まめに動き魔法使いを翻弄していく。

 いくら中級悪魔並の一撃を持とうとそれを当てる技術が無ければ意味がない。だが、当たらなければ当たるまで打つと言わんばかりに数の暴力が彼女らを襲う。

 そんな二人をフォローするようにヴァーリとジークは魔力の嵐の中を突き進み、敵の懐に飛び込み内から撹乱する。

 そんな中、会議室に二つの魔法陣が浮かび上がる。一つは旧レヴィアタンの魔法陣、もう一つは誰も見たことがない魔法陣だ。

 会議室に誰が現れるのか察したサーゼクスはすぐさまリアスと護衛の一誠をギャスパーの居る旧校舎に飛ばす(転移させる)

 それと同時にスリットの入ったドレスを着た女性と白髪の少年が魔法陣から現れる。

 女性の名はカテレア・レヴィアタン、初代レヴィアタンの血を引き継ぐものであり、戦争さえなければ魔王となっていたかもしれない悪魔。

 白髪の少年はこの場に居ないリアスたちにとって因縁深い相手だった。コカビエルと一緒に堕天使領に連行するはずだった人物、フリード・セルゼンだ。どうやらフリードは狸寝入りを決めていたらしく、ヴァーリに連行され駒王学園から離れてすぐの場所でヴァーリから逃走した。

 何故接点がない2人がこの会議室の中に現れたのか?

 

 

「私達、旧魔王派は禍の団(カオス・ブリゲード)に協力することに決めました。偽りの魔王とされる貴方の時代も終わりです。神も魔王もいない今、我々は世界を改革する必要があると判断しました。そこに貴方たちの居場所はない。消えてもらいます!」

 

 

 瞬間、カテレアが展開した魔法陣が会議室を爆破する。

 彼女がここに現れた理由は唯一つ、彼ら首脳陣の抹殺だ。

 

 

「はっ!各勢力のトップが一丸となって障壁を展開する。見苦しいことこの上ない!」

 

 

 カテレアは自分の攻撃を防ぎ切ったサーゼクスらに嘲笑の籠った言葉で罵倒する。

 余程彼らの和平が気にくわない。いや、今まで戦争で戦い続けてきた天使と堕天使と手を組むことが我慢ならないらしい。

 

 

「カテレアちゃん落ちついて!私は貴方達とは争いたくないの!」

「セラフォルー、よくも私にそのような言葉を吐けたものですね!覇権争いから敗れ、辺境の地に追いやっておきながら、今更争いたくない?妄言を吐くのも大概になさい!上から目線の物言い、私達を下に見ているつもりか!」

 

 

 セラフォルーの言葉に耳を貸すどころか、その言葉によって余計感情が高ぶり、魔力が高まっていく。

 彼女の言う通り、かつて悪魔は新魔王派と旧魔王派の内戦があった。

 結果は彼女の言ったとおり、旧魔王派の敗北で内戦は終結した。

 敗北した旧魔王派は、都市部であるルシファードから遠く離れた辺境の地に追いやられ、現政権に関与する術を奪われた。

 この時点で彼女たち旧魔王派は現政権に不満を抱えて生きてきたことが分かる。

 

 

「私達はオーフィスの力を象徴に、世界に新たな秩序を構成します。私達だけではなく、オーディンや須弥山の力を借りればそれは可能です。ですので、貴方たちの時代はこれで終わりです!」

 

 

 今の現政府に反旗を翻すだけあって、これから何を成そうとしているのか具体案がある。

 だが、この案は欠陥だ。

 この案の前提は、他勢力が助力することを前提として練られている。他勢力が助力に応じなければ息詰まることは必定だ。

 

 

「フリード・セルゼン、なぜ貴方がこの場に」

 

 

 それとは別に、ミカエルは警戒の色を示しながらフリードに問いかける。

 その言葉に対して、フリードはへらへらした表情で答える。

 

 

「あらら、ミカエル様がいまさらそんなこと聞いちゃいます~?俺っちにそんなこと聞かなくても、心当たりはいくらでもあるんじゃないんですか~?」

 

 

 挑発も混じっているが、彼にもこの場で襲撃に参加する理由があるらしい。

 ミカエルはフリードが何のことを言っているのか分かっているらしく、表情が苦々しい。

 

 

「貴方が言いたいことはわかります。その怒りは最もです。ですが、だからと言って彼らを皆殺しにしていい理由はありません」

「は~、あれだけのことやっておきながら随分とお優しいことで。その優しさを少しでも俺達に分けてほしかったぜ」

 

 

 フリードの皮肉が混じった言葉に言葉を詰まらせるミカエル。

 第三者からしたら何の事を指しているのかわからないが、天使も悪魔と同じく、身内での不祥事があるようだ。

 どの勢力にも不祥事と言うものがあるが、それでもテロに加担する程の不祥事をそのままにしておいたのは、彼らに非がある。

 

 

「あの事は私達は関与していません。だからと言って私に非はないとは言いません。ですが、私達もあれからできる限り、そのようなことがない様に働きかけています。貴方に謝罪をしたとしても、その気は晴れないかと思いますが、どうかお願いです。投降していただけませんか?悪いようにしないと誓います」

「流石ミカエル様!俺っちが負けることを前提として考えてますねぇ!ですが残念でした~!俺っちにはやらないといけないことがあるんで、死ぬのも投降することもできませ~ん!ということで開幕一撃失礼しま~す!」

 

 

 フリードは手に持った禍々しい魔剣を振り上げ、障壁に一撃入れる。

 それだけでサーゼクス達が展開した障壁が破壊される。

 

 

「なっ!?」

 

 

 それに動揺したのは意外にもサーゼクスだった。

 この中で一番の実力者であるサーゼクス。その実力は超越者と言われるほど高く、他の悪魔と比べ一線も二線も画す。だからこそ、慢心していたのだろう。自分が張った結界が人間に破られるはずがないと。

 その動揺を察したフリードは手始めにサーゼクスに斬り掛かる。

 

 

「その首もーらいっ!」

 

 

 サーゼクスの首を撥ね飛ばさんとする凶刃が迫る。心の内で慢心していたことに毒づくが時すでに遅し。この場に居たのがサーゼクスだけなら死んでいただろう。

 

 

「クッ!重い!」

 

 

 そんなサーゼクスの窮地を救ったのはミカエルだった。

 ミカエルはフリードの持つ禍々しい剣が何なのか一瞬で看破し、障壁が破壊され、動揺していたサーゼクスと斬り掛かるフリードの間に割って入ったのだ。

 フリードは奇襲が失敗したことに落胆することなく、鍔迫り合いによって発生したエネルギーで弾けるようにバックステップする。

 奇襲は戦いにおいて非常に有効な手段であり、最も警戒すべきことだ。奇襲をするにあたって大事なことはいくつかある。それは的確かつ、迅速に終わらせることだ。一撃で仕留められたら満点、深手を負わせれるなら良し、間違っても引き際を間違えてはいけない。

 その点、フリードの行動は満点だ。

 

 

「ふぅ、油断は良くありませんよ?サーゼクス」

「すまない、どうやら知らぬ間に油断していたようだ」

「では油断したことを悔いながら死になさい!」

 

 

 フリードが後退したことを見計らってカテレアが再び魔法陣を展開、校舎を倒壊させるほどの爆発を引き起こす。

 

 

「お前らも俺のこと言えねえなぁ。裏切り者ばっかじゃねえか」

 

 

 二人を庇うように障壁を展開するアザゼル。

 ここでアザゼルが障壁を展開していなければ、サーゼクスとミカエルはまだしも、停止状態にあるソーナや朱乃達はひとたまりもなかっただろう。

 

 

「サーゼクス、あの女は俺が相手する。お前は手ぇ出すなよ」

「すまない、迷惑をかける。グレイフィア、セラフォルー、結界を再展開する」

「「わかりました(オッケー☆)」」

 

 

 サーゼクスとグレイフィアによって停止状態の者を護る結界が展開される。

 これで余程の事が無い限り、結界内に被害は出ないだろう。

 

 

「ミカエル、俺はあの女の相手をするがお前は大丈夫か?」

「ええ、とお答えしたいところですが・・・・そうもいかないみたいです」

 

 

 ミカエルは相変わらず苦々しい表情で、フリードが握る魔剣を睨む。

 その威力は容易く障壁を破壊することでわかる様に、熾天使と言えど直撃すれば致命傷は避けられない程の威力を秘めている。

 

 

「魔剣ディルヴィング、破壊重視の魔剣で軽く振るうだけで地面にクレータができるほどのパワー重視の魔剣です。ですが、この魔剣の恐ろしいところはそれだけではありません」

「伝承通りなら悪しき願いを三度まで叶え、最後は持ち主に破滅を齎すんだったか?」

「ええ、今までその力を解放する者は居ませんでしたが、彼はその力を解放できるようです」

「おお、物知りのようで何よりですぜ。ならこの魔剣がどれだけヤバいもんかはおわかりだな?」

 

 

 魔剣ディルヴィング、伝承では黄金の柄で錆びる事が無く、狙った獲物は逃さない。そしてその剣は二度のみ悪しき願いを叶え、三度目にはその持ち主に破滅を齎すと言われている曰く付きの魔剣だ。

 

 

「この力を使うのは何度目か教えましぇーん!てことでばいちゃ☆」

 

 

 フリードは人ならざる動きでミカエルに肉迫する。ミカエルは光の雨を降らし、接近されまいと距離を保つように動き始める。

 

 

「ミカエルは人間に任せ、私は貴方を屠るとしましょう。心配せずとも、貴方方がいなくても世界は回ります。大人しく消えなさい!」

「そう言われて素直に死ぬには、やり残したことが多すぎるんだよ!」

 

 

 アザゼルとカテレアが空中で何度もぶつかり合う。

 二人は空中を自由に飛び、斬りつけ、防ぎ、魔力と光をぶつけ合う。

 何合目かわからないが、何度か打ち合っていると徐々に戦況が変わっていく。

 最初こそ、先手を取っていたカテレアが優位を保っていたが、そのアドバンテージは少しづつ失われていく。流石堕天使総督、かつての大戦で神や魔王と闘って生き延びただけはある。アザゼルの実力は大戦の頃より何段か落ちているが、それでもカテレアに比べればその戦闘経験の差は凄まじい。カテレアも何とか食らいついているが、このままでは敗北は必須だ。だが、彼女とて何の策も無くこの場に現れたわけではない。カテレアは胸元から何か取り出し、それを口に含む。それと同時にカテレアの魔力が爆発的に跳ね上がる。

 

 

「その力、オーフィスの蛇か!」

「ええ、勝つために彼からいただきました!この力があれば貴方に勝つことは造作もない!」

 

 

 アザゼルの優位に傾きかけていた流れが引き戻される。爆発的に増加した魔力による力押し。単純だが、この場においてはそれが有利に働いた。

 アザゼルの光を魔力の嵐が打ち消し、防戦へと追い込んでいく。

 飛来する蛇の形を取った魔力の塊がアザゼルに襲い掛かる。並の堕天使ならこの力押しを受け流すことができず、死んでいただろう。だが、アザゼルは今まで培ってきた戦闘経験による先読みでカテレアの攻撃を尽く躱し続ける。だが、それでも躱し続けるには限度がある。避けられるなら球を大きくすればいい。そう言わんばかりに極大な魔力を惜しげなく使ってくる相手からの攻撃を避け続けるのは至難の業だ。回避が追いつかず、被弾する回数も少しずつ増えている。

 

 

「チッ、その馬鹿でかい魔力、オーフィスから力を借りたな?」

「ええ、私一人では貴方達を倒すには少しばかり力が足りませんのでお借りしました。今の私は前魔王と遜色ない。この力さえあれば、偽りの魔王を倒すことができる。そして私達が世界を統べる!貴方には、私達が創りだす新たな世界の創造の礎の一人として死んでもらいます!」

「仕方ねえ。お披露目にはチョイと速いが、試運転ってことで使わせてもらおう」

 

 

 アザゼルは懐から小型の短剣を取り出し頭上に掲げる。

 

 

禁手化(バランス・ブレイク)!」

「まさかっ!?」

 

 

 嫌な予感が彼女の中に芽生える。

 そして予感は現実となる

 

 

「俺が造った人工神器の最高傑作、墮天龍の閃光槍(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)の疑似的な禁手状態、墮天龍の(ダウン・フォール・ドラゴン・)(アナザー・アーマー)だ!」

 

 

 金色をベースにした鎧を身に纏ったアザゼルの力は、人工神器によって大幅に跳ね上げられ、戦闘能力はカテレアのそれを超える。

 その事に驚きと動揺を隠せないカテレア。

 

 

「アザゼル!貴方はそれだけの力を持ちながら!?」

「御託は言い、来いよ」

 

 

 人工神器が無事に起動し、気分が高揚しているのか挑発的な言葉を発する。その言葉は動揺を隠せないカテレアには効果覿面だった。

 

 

「私は偉大なるレヴィアタンの末裔!例え貴方がどれだけの力を持とうとも負けはしない!」

 

 

 口ではこういっているが、気後れしているのは明らかだ。

 そんな状態でアザゼルを相手にする事は自殺行為に等しい。アザゼルは過去の大戦でその魔王レヴィアタンと互角に渡り合ったのだ。オーフィスの力に頼らねばその領域に至れない彼女に勝ち目はなかった。

 恐怖を紛らわせるように放たれた極大の魔力は人工神器の槍に斬り裂かれ霧散し、斬撃はカテレアの肉を斬り裂く。追い打ちをかけるように突き、払い、殴りつける。辛うじて耐圧障壁を展開し、致命傷を免れているが、無理な魔力行使に身体が耐え切れず身体にガタがき始める。

 その事を察したカテレアは最後の手段に出る。

 

 

「ただでは死にません!」

 

 

 身体の一部を触手に変え、アザゼルの片腕に巻き付ける。それと同時に額に魔法陣が浮かび上がる。

 このままでは何も成せぬまま死ぬことを察し、せめて堕天使総督だけはと最後の力を使い自爆攻撃に移ろうとする。

 カテレアの行動から何をするつもりか理解したアザゼルはすぐさま触手を切り離そうと斬り付ける。

 

 

「無駄です!この触手は特別製、簡単に斬れはしない!」

「そうか、重要なことありがとよ」

 

 

 その言葉を聞き、躊躇いもなく自分の左腕を斬り捨てる。

 まさかの行動に目を見開く。

 自分が助かるためとはいえ、躊躇いもなく自身の左腕を切り捨てる。

 言葉にすれば簡単だが、それを実行できるものが世界にどれだけいるだろうか。

 普通は恐怖で実行できないものだが、それで助かるなら安いものだという考えがアザゼルだ。

 

 

「少し勿体ないが、せめてもの手向けとしてそれはくれてやるよ」

 

 

 じゃあなと言い、槍をカテレアに投擲する。

 最後のカードを切った彼女にその攻撃を防ぐことができるはずもなく、投擲された槍は無情にもカテレアに突き刺さりその命を終える。

 戦闘が終了すると同時に禁手が解け、鎧がパージされる。

 

 

「時間切れか、まだまだ改良する必要がありそうだな」

 

 

 一先ず今回の黒幕を倒したことで一息つくアザゼル。

 黒幕を倒してしまえばあとは残存勢力を掃討するだけだ。

 

 

「さて、ミカエルの野郎はどうなってんだ?」

 

 

 ミカエルとフリードの戦いがどうなっているのか。

 戦況を知る為に周囲を見渡す。

 

 

「・・・・おいおい、なんであいつがここに居やがる」

 

 

 アザゼルが目にしたのは魔剣の禍々しいオーラを身に纏うフリードと。

 この場に居るはずがない白い死神の姿だった。

 

 

 



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攻防

「逃げないでくださいよ~、うっかり殺しちゃうじゃないですか~」

「クッ、何て禍々しいオーラをッ!」

 

 

 アザゼルとカテレアが戦いを繰り広げている間、ミカエルとフリードも目まぐるしい攻防を繰り広げていた。

 二人の戦闘は極めて単純、ミカエルは上空から光の槍を降らす遠距離戦、対するフリードは重力を無視した動きで校舎の壁を駆けまわり、一太刀浴びせようと目を血走らせている。

 フリードは光の槍が降り注ぐ中、牽制代わりに膨大なオーラを乗せた斬撃を上空に放つ。牽制とは思えないほど威力の高い斬撃、当たればひとたまりもないが、場所が悪かった。ミカエルが居る場所は空、そこは地上とは違い、上にも下にも避けることができる。ただ直線にしか放つことができない斬撃を避けることなど造作もない。

 対するミカエルは光の槍を主体に置いた物量作戦でフリードを押し潰そうとしている。だが、フリードの一撃はミカエルの攻撃を容易く呑み込むほど高威力だ。そのため物量で押し潰すことが難しく、攻めきれずにいた。物量で駄目なら一撃の質を上げようと考えたが、魔剣の性能を十全に発揮したディルヴィングの一撃と張り合うのは、些か分が悪いと考えを改める。奇策に頼らず、堅実に相手を疲弊させ、隙ができたところに自身の最大の一撃を叩き込む。その為に必要なのは我慢だ。ミカエルは来たるべきチャンスを見逃さないように全神経を集中させ、耐え忍ぶ。

 千日手のように繰り返される攻撃と回避。

 延々に続くと思えるような攻防だが、戦況は確実にミカエルの有利に働き始めている。

 ミカエルの攻撃はフリードの足場となる校舎を破壊し、少しずつその動きに制限をかけていく。流石のフリードも、地面から上空のミカエルの場所まで跳躍することはできない。フリードがミカエルに一太刀浴びせるには、どうしても壁を経由して三角跳びをしなければいけない。

 戦況がミカエルの有利に傾いていく中、フリードは一人呟く。

 

 

「俺っち、ちょっと気になってることあるんですよ、悪魔の身体は何回もバラしたことがあるから知ってるけど、天使の身体ってどうなってのかな~、て」

 

 

 フリードは今まで動かし続けていた足を止める。

 これを好機と捉えたミカエルは今までと比にならない程、巨大な光の槍を形成し、すぐさま投擲する。

 フリードもそれに応えるように魔剣にオーラを集中させ、禍々しい斬撃をミカエルに向けて放つ。

 両者の攻撃はすさまじく、衝突した瞬間眩い光と共に爆発する。

 

 

「ひゃははっ!身体がボーンって弾けるかと思った!」

 

 

 爆風の中から、傷だらけのフリードが姿を現す。

 およそ正気とは言えない行動にミカエルの動きが遅れる。

 普通の思考を持っている者ならエネルギーの塊、爆心地の中を突っ切ってくることはない。だが、フリードの思考は普通ではない。

 大きく振りかぶられた魔剣にワンテンポ遅れて回避行動に移る。

 禍々しいオーラを纏った魔剣がミカエルを斬り裂き、赤い鮮血が飛び散る。

 

 

「ガッ!」

「うわぁ~、天使の血も赤いんだ」

 

 

 その場の空気に合わない言葉を口にするフリード。その表情は、どこか満足気に見える。

 想像以上に傷が深い事に苦々しい表情を隠せないミカエル。

 それでもわざわざ身動きの取れない上空に身を投げ出してくれたのだ。

 これを逃すわけにはいかない。

 取り扱いやすい光の短剣を形成し、反撃に転じる。

 その攻撃を躱そうとするが、今フリードがいるのは空中だ。空中での移動手段を持たないフリードでは、この反撃を避けるすべはない。それでも空中で無理やり身体を捻り、致命傷を避けようと足掻く。

 

 

「あっはっは!腕が取れちゃった!」

 

 

 ミカエルの一撃はフリードの左腕を斬り落とす。

 常人なら痛みに悶絶するはずの激痛、それを愉快そうに笑う。

 空中では分が悪いと考え、魔剣のオーラをジェット噴射のように使い地面に急速降下していく。

 ミカエルも魔剣の一撃により地面に落下する。

 懐からとめどなく流れる血が傷の重大さを物語っている。戦闘続行するには少しばかり深手を負ってしまった。

 対するフリードは懐から小瓶を取り出し、切断された左腕を傷口にくっつける。すると先程の傷がなかったかのように完治する。

 

 

「それは・・・フェニックスの」

「だいせ~かい、貴重な物なんですけど、この前教会に行った時に頑張ってくすねてきたんですよお」

 

 

 その言葉で先日教会を襲撃したのがフリードだという事を察する。

 この男、単身で教会に潜入し、聖剣だけでなくフェニックスの涙も強奪していたのだ。手癖が悪いというレベルじゃない。この様子じゃ、まだ何か隠し持っている可能性すらある。

 ミカエルは光の熱で傷口を焼き止血する。応急処置としては十分だが、これから戦闘をするには処置が足りなさすぎる。

 魔剣ディルヴィング、パワー重視とはいえ、たった一撃で熾天使を重傷に追い込むその力は紛れもなく伝説の魔剣だ。

 

 

「さあ、そろそろ―――――」

 

 

 フリードが言葉を言い終える前に、背後から袈裟斬りが放たれる。背後からの殺気を敏感に感じ取ったフリードは振り向きざまその一撃を受け止める。

 

 

「おやおやおや、誰かと思えばジークじゃないですか」

 

 

 フリードの背後から奇襲をかけたのは、先程まで魔法使いを掃討していたジークだった。

 そんな軽口に付き合うことなく、続けて下段から斬りかかり、そのまま回転し横薙ぎに繋げる。その攻撃をステップを踏むように軽々と避けるフリード。

 

 

「下がりなさい、ジークフリート!貴方の手に負える相手ではありません!」

 

 

 ミカエルは怒声のような大声をあげ、ジークに下がる様に指示するが

 

 

「有馬さんから、貴方の護衛をしろと指示されています」

 

 

 それだけ告げ、己の武器、魔帝剣グラムを握り直し、再び斬りかかる。

 だが、魔剣の性能をフル活用できるフリードと魔剣の性能を十全に活用できないジークとでは戦いに差ができるのは当然のことだ。

 攻撃の合間に放たれる反撃、その途方もない余波だけで身体が吹き飛ばされそうになる。それでも足に力を込め、吹き飛ばされないように踏ん張り、攻撃を続ける。直撃すれば即死、掠っても重症は免れない。そんな攻撃を表情一つ変えず、淡々と避け攻撃に転じる。

 

 

「あっれ~、前会った時はこんな地味な戦い方でしたっけえ?」

 

 

 フリードが圧倒的に性能面で勝りながらもジークを攻めきれない理由、それは戦闘スタイルに合った。堅実で機械的、それでいて取捨選択がうまかった。避けるべき攻撃と防ぐべき攻撃、攻めに転じるタイミングと守りに転じるタイミング、それ等の判断能力の差が、未だジークが無事でいる大きな要因だ。ミカエルも判断能力は高いが、いかんせん頭が固すぎる。フリードのような突発的行動をする相手をするには、少し頭が固すぎた。だからこそ、ありえない行動に後れを取ってしまった。その点、ジークはそう言った行動には慣れっこだった。有馬の運動の力は並ではない。普通ならできない避け方、攻撃方法を平然と行う。そんな相手と手合わせをし、行動を読むには普通の考えを捨て、あらゆる可能性を視野に入れることが必要だった。そして身に着いたのはいかなる状況でも動揺することのない精神力と冷静な判断能力。

 

 

「でも、ちょっと機械的過ぎじゃなあい?」

 

 

 それでも性能面では今のフリードに遠く及ばない。ジークができるのは足止め程度。

 力任せに振るわれた一撃に両腕の感覚を持ってかれる。

 

 

「俺ちゃんは前のジークの戦い方の方が好きだったぜ?」

 

 

 がら空きとなった懐に、体重の乗った蹴りがいれられる。

 咄嗟に後方に跳び、少しでも衝撃を和らげようとするが

 

 

 メキメキ

 

 

 不穏な音が鳴る。

 余りの威力に勢いよくミカエルの場所まで吹き飛ばされる。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 明らかに鳴ってはいけない音が鳴ったことに動揺を隠せないミカエル。

 それでもジークは気にすることなく、役目を終えたように呟く。

 

 

「問題ありません・・・もう、間に合いましたから」

 

 

 突如、校庭に雷鳴が響く。

 

 

「ジーク、待機」

 

 

 現れたのは白いコートを身に纏う死神、有馬貴将。

 何故このタイミングで現れたのか。

 今までどこに居たのか。

 問いただしたいことは山ほどあるが、それでも今は現状打破することが最優先だ。

 無造作に構えられたナルカミの刃、その中心には得物を喰らわんとする雷が形成されている。

 ――――来る!

 身構え、両足に力を込める。

 放たれた雷は獰猛な猟犬のように襲い掛かる。

 悪魔でさえ塵すら残さない一撃。いくら魔剣の力を解放したフリードと言えど、その身体は人間と変わらない。少しでも被弾してしまえばひとたまりもない。そんな高威力の一撃でさえ厄介極まりないにもかかわらず、自動追尾までする。とんでもない性能に笑いすら込み上げてくる。

 全身をバネのようにしならせ走る。半ば強引にナルカミの追尾から逃れたことに息をつく暇もなく、地面から隆起した物体が襲う。それがすぐにIXAの遠隔起動であることに気がつき、獣の如き敏捷と魔剣を駆使して何とか避ける。安堵する間もなく、先回りしていた有馬がナルカミを横薙ぎする。瞬時に身を投げ出すようにして避ける。地面に転がりながらも牽制代わりに魔剣のオーラを乗せた斬撃を放つ。少しでも追撃が遅れればと苦し紛れに放った一撃、その攻撃に対して防御するどころかスピードを維持したまま斬撃に突っ込んでくる。直撃する、誰もがそう思う中、ジークは唯一人呟く。

 

 

「躱しますよ、有馬さん」

 

 

 斬撃が直撃する寸前、僅かに身体を逸らし斬撃を回避する。常軌を逸した躱し方に相手のフリードも目を見開く。牽制とはいえ、当たればタダじゃ済まない一撃だ。まるで恐怖を感じないような動きにミカエルも恐怖を覚える。それと同時に先程の会談の言葉が甦る。

 

 

『俺の予想ではあいつの牙は俺達にも届きうるぞ?』

 

 

 あの時のアザゼルの言葉が過大評価でもなんでもない事を悟った。

 聖書にしるされたコカビエルを短時間で撃破、数々の任務を苦も無くこなす。

 今まで直に有馬の戦闘を見たことがなかったミカエル。だが、この戦闘を見て理解した。有馬貴将は自分たちに害をなすには十分の実力を持っている。

 

 

「喰らえ、ディルヴィング」

 

 

 防戦一方のフリード、彼は意を決したように最後の切り札を使う。

 ディルヴィングから膨大と言う言葉では生ぬるい程の魔のオーラが噴き出す。それはやがてフリードを包み込む。空気が一変する。

 

 

「ふへ、ふひゃ、ガク、グゲギキキキキッ!」

 

 

 フリードは、人の言葉とはかけ離れた声を上げながら、今までのスピードを平然と超えた速度で風を裂くように有馬に突進する。

 

 

「防御壁展開」

 

 

 IXAを盾にその突進を受け止める。

 IXAと人がぶつかったことによって言葉にはできない音が校庭に響く。それと同時に校舎が爆発する。IXAの防御壁に押し負けたフリードが弾け飛ばされたのだ。

 

 

「・・・(■■■■)

 

 

 有馬はボソリと何か口にするが、戦闘の音にかき消され何を呟いたのか誰も聞き取れなかった。

 IXAを近接形態に変え、校舎から這い出てきたフリードに鋭い連突を放つ。フリードはその連撃を全て防ぐことは難しい事を察知し、急所だけ魔剣で庇い連撃をやり過ごす。多くの血を流したせいかフラフラとした足取りをしているが、それでも戦意は衰えていない。それを示すように振り下ろした魔剣は校庭の形を変えるほどのクレーターをつくりだす。大ぶりな一撃なだけあり、掠りもしていないが有馬を回避に追い込んだことによって十分な距離が開けられる。

 フリードはその空いた距離を一瞬で詰め一撃を入れるが、単調な攻撃はIXAで容易く防がれる。鍔座り合うディルヴィングとIXA、このまま押し潰そうと力を込めるが有馬の左手がぶれるのを目の端で見える。命の危険を感じ、すぐさま魔剣を戻し横に構える。その行動が正しかったことはすぐにわかった。頭を殴りつけられたような衝撃が身体を巡る。その衝撃で反撃がされたということを理解した。

 有馬は右手でフリードの魔剣の一撃を防ぎ、その間にがら空きとなった頭部に左手のナルカミで斬り掛かったのだ。片手で両腕の一撃を軽々く受け止め、さらに反撃まで行う。その膂力は何たるものか。

 ナルカミから放たれる雷、それを驚異的速度で躱すフリード。最初の巻き戻しのような光景、その事に違和感を覚える。しかし、その考えに結論を出す前に地面からIXAの遠隔起動が襲い掛かる。最初と同じタイミング、まるで避けられることを望んでいるかのような攻撃。意図の読めない攻撃に困惑しながら避ける。そこにはやはり先回りしていた有馬がみえる。変わらない太刀筋で振るわれたナルカミ。あらかじめ予想がたっていた攻撃を今度は辛うじて受け止める。攻撃を受け止めたことによって今まで忙しく動いていた脚が止まる。

 

 

「ジーク、43」

 

 

 独り言のような呟き、それが何を意味するのか。それを理解する前にフリードのそばに影が迫る。

 その影の正体はリタイアしたと思われていたジーク、何処からともなく現れ、予定されていたような動きで鋭く、的確な斬撃が叩き込まれる。肩から燃えるような痛みと共に理解した。有馬が狙っていたのは自分が脚を止めること、その為にわざわざ最初と変わらない攻撃を焼き回したことに。

 痛みによって態勢が崩れる。そこに鋭い蹴りが放たれる。まるで腹部で爆弾が爆発したかのような痛みに悶絶しながらも有馬から目を離さない。

 だが、それが限界だった。

 限界が来たのか、徐々に禍々しいオーラが鳴りを潜めていく。

 

 

「グギッ、モド・・・キエ、キエ、グジュゥラァァァァァ!?」

 

 

 魔剣から放たれていた禍々しいオーラが霧散する。それによってオーラを身に纏っていたフリードが姿を現す。その姿は満身創痍で、身体のそこら中に血が付着していた。

 傷の深さからして、今まで戦うことができたのは並々ならぬ戦闘意欲とモチベーションがあったからだろう。

 

 

「あ~、やっべ。意識半分飛んでたわ。使い勝手が悪いなんてもんじゃあない、下手すりゃコロコロされてるよ。てか絶賛死にかけ?この傷で生きてることにビックリしちゃいますわ」

 

 

 口から血反吐吐きながらも軽口を吐くフリード。

 その様子から先程までの戦意は一切感じられない。

 

 

「遅い」

「すみません」

 

 

 対する有馬とジークだが、先程の攻撃のタイミングが遅かったようで動きを修正するように言われている。

 ジークの傷は軽いものではなく、骨が折れ呼吸をするだけでも苦しいはずなのだが、この少年は有馬からの指示を忠実に守っていた。

 有馬がこの場に現れてからジークに言った言葉は『待機』、休んでいろとは一言も言っていない。だからこそ、痛みに耐えながら新たな指示が出るまでミカエルのそばで待機し続けていたのだ。

 

 

「あれで遅いってバケモンかよ。もう少し早かったら俺の首ちょんぱされてたっつうのに」

 

 

 そう、本来ならあの一撃で完全にフリードの息の根は止まるはずだった。

 有馬の指示を受け斬り掛かったジークだったが、その動きは怪我のせいもありワンテンポ遅れが生じていた。その為、フリードは眼の端にうつったジークの存在に気づきギリギリ命をつなぐことができたのだ。

 怪我をしていたから仕方がない。そう言えばそれで終わりかもしれないが、そんな事は指示を受けた本人が許さない。あの人から指示を受けた、それは自分ができると思ったから下した指示。それを裏切るのは許されることではない。指示一つ満足にこなせないようではこの人に追いつくことができるはずがない。

 そう言う思いから表情にこそ出さないが、心の内では猛省している。

 反省しなければ。

 

 

「あ~、これ以上血ィ流すとまずいから逃げさせてもらうわ」

「おいおい、そんな事言わずにもう少しゆっくりしてけや」

 

 

 ここで現れたのは先程までカテレアと闘っていたアザゼルだった。 

 その眼は少しでもおかしな真似でもしようもなら殺すという意思が感じられる。

 そんな危機的状況でもフリードはへらへらした表情をやめない。

 

 

「んじゃ、バトンタッチってことで」

 

 

 フリードが言葉を言い終えた瞬間、白い閃光がアザゼルを地面に叩き落とす。

 

 

「ああ、後は任された」

 

 

 アザゼルを叩き落としたのは、護衛として会談に参加した白龍皇、ヴァーリだった。

 

 

 

 

 

 

 



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天龍

 何度も書き直しをしていたら遅れましたです。
 
 ごめんなさいです・・・


「・・・全く、俺のとこもかよ。何故裏切った、ヴァーリ!」

「悪いな、アザゼル。俺はその和平に賛成することができない。その和平は俺にとってマイナスにしか働かない。だからこそ、俺はこの場を持って、お前のところから去らせてもらう」

「戦いを求める白龍皇らしいな。だが、白き龍(バニシング・ドラゴン)無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)に下るのか?」

「いや、そう言うつもりはない。俺は俺の為に戦う。その為の場所がオーフィスの近くだっただけさ」

 

 

『Half Dimentision』

 

 

 この場の次元を捻じ曲げるような強い力が全員を拘束する。白龍皇の半減によって齎された拘束は、重症の傷を負ったジークとミカエルに大きな負荷を与える。片腕を失ったアザゼルも抵抗力が弱っており、一時的に身動きを封じられる。そんな中、コンマ数秒で拘束を抜け出した有馬はナルカミを放ち、フリードに止めを刺そうとする。

 

 

「じゃ、ばいちゃ!」

 

 

 だが、フリードはそれよりも早く転移し、この場から消え去る。

 標的を失った雷は追尾することなく、空中に霧散する。

 

 

「相変わらず抜け目のない人だ。俺の事を意に介することも無く、離脱しようとしていたフリードを狙う。その判断能力の高さは見習わなければいけないな」

「ジーク、邪魔だ」

「すいません・・・・任せます」

 

 

 その言葉を最後にジークの意識が落ちる。

 ただでさえ骨の何本かが折れ、そこに強烈な圧迫感を伴った拘束、天使であるミカエルはまだしも人間であるジークには耐えきることができなかった。

 上空に滞空するヴァーリ、それを見上げるような形で対峙する有馬。

 一触即発、どちらが先に動くか。上空と言う生物にとって死角でもある場所で構えていながらも迂闊に攻めこむことができない。少しでも攻め方が甘ければフリードの二の舞になることは必定。だからこそ、ヴァーリはこの好位置から動き出すことができなかった。

 対する有馬はヴァーリが動くことを待っていた。それは先手を譲るとか舐めているとかそう言った理由ではない。有馬は人間だ。人間を超越し、人外を簡単に屠るほどの実力を持っているがそれでも人間だ。人間であるが為に人外のように空を自由に飛ぶことはできない。

 ナルカミを使えば遠距離による攻撃を行う事ができるが、その一撃は単発でしかない。点と点が繋がらない攻撃は牽制と変わらない。むしろ隙を作ってしまう可能性すらある悪手だ。だからこそ動かない。

 両者の思惑が絡み合う中、睨みあいが続く。

 何秒、何分、どれだけの時間が流れたかは定かではない。攻めるに攻め込めない者、攻める手立てがない者、そんな睨みあいに割り込むことができない者、誰もが動くことを憚られた状況。

 だが、そんな戦況は簡単に崩れ去る。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 ギャスパーの救出に向かった一誠とリアスが救出に成功したギャスパーを連れてこの旧校舎に現れた。そしてあまりにも無残な校庭の惨状に驚きの声を上げる。

 それが開戦のゴング代わりとなった。

 有馬の意識が一瞬だけ一誠に向けられる。

 それを合図に上空から白い閃光が奔る。一瞬、隙と言えるか定かではない一瞬の空白。僅かと言えど対応するのにコンマ何秒かのラグが発生する。それを狙っての強襲。

 タイミング、拍子、自身の最高ともいえる動き出しに口角すら上がる。これなら有馬にも一矢報いることができるだろう。

 それが、わざと作られた隙でなければの話だが。

 

 

「遠隔起動」

 

 

 ボソリと呟かれた言葉。その言葉に呼応するように地面が隆起し、凶刃が迫る。

 

 

「っ!?」

 

 

 意表を突いた強襲。にもかかわらず、意表を突かれたのは逆、ヴァーリだった。

 ―――――なんだコレ・・・隙を、付いたはずなのに、どこから・・・・

 腹部に走る強烈な痛み。見ると鋭利な刃物が純白の鎧を破壊し横腹を引き裂いている。突然の痛みに身体が硬直する。万全の態勢で仕掛けたはずの攻撃、それが理解不能の攻撃を受け逆に態勢を崩される。それは晒すまいと心がけていた致命的な隙を晒すには十分だった。

 ナルカミの刃が四枚に開く。

 今まで魔法使いを相手にしながらフリードとの戦闘を見ていたヴァーリは理解する。あれは損傷した鎧では受け止めきれない。その危険性を察すると同時に前方に腕を押し出す。

 ナルカミに充填された雷が空中を奔る。

 態勢を崩したヴァーリに自動追尾する雷を避けるすべはない。ならせめて被害を最小限にとどめる。

 前方に押し出した腕と雷が接触する。

 数コンマのズレも許されない刹那、その刹那のタイミングに合わせて能力を発動する。

 白龍皇にだけ許された唯一無二の力、半減を行使する。

 

 

『Divide』

 

 

 ナルカミから放たれた雷が縮小し、その力を弱める。

 この威力ならどうにかやり過ごせる。

 弱体化した雷がヴァーリを喰らう。本来の威力なら、白龍皇の鎧を消し去るほどの攻撃を、鎧を半壊させる程度で被害を抑える。IXAの攻撃によって損傷した鎧でよく耐えたというべきだろう。こればかりは神器の力ではなく、本人のスペックが高いからこそ防げたものだろう。

すぐさま鎧を修復しようと試みるが、そんな時間を与えてもらえるほど相手は優しくない。

 有馬は上空に跳びIXAを一閃。鋭い一撃だが、上空を自由に動くことのできるヴァーリを仕留めるほどの一撃ではない。

 

 

「くっ!?」

 

 

 得物を振り切るまでの速度が常軌を逸している。眼で捉えることも困難、時間が飛んだと錯覚してしまうほどの圧倒的剣速、これではこの間合いの不利は簡単ではない。この一撃を躱し、上空の利を生かし攻勢に出ようと身体を動かす。

 お世辞にも余裕を持って回避することはできたとは言えないが、それでも躱すことに成功する。ここまではヴァーリの目論見通り、此処から再び攻勢に移ろうとするが

 

 

「なっ!」

 

 

 攻勢に出ようとした瞬間、続く二閃が放たれる。足場のない空中で二連撃。通常ならバランスも取りづらく、踏ん張りも効かない空中では精細さも威力も下がるはずの一撃。だが、卓越した身体能力と空間把握能力がそれを可能にする。

 完全に意表を突かれた二撃目、思考のに追いやった攻撃に避けるタイミングを逃す。

 それでもヴァーリは戦闘センスの塊だ。すぐさま停止した思考を高速回転させ、行動に移す。咄嗟に両腕をクロスし、堅牢な籠手の防御を持って威力を殺そうとするが、後手に回った苦し紛れの手では相殺することができず、両腕に纏っていた籠手ごと無残に破壊され皮膚を浅く斬りつけられる。そこに畳みかけるように鋭い蹴りが放たれ、そのまま地面に叩きつけられる。機転を利かし受け身を取るが、それでも肺の中の空気が口から洩れ、一時的な酸欠状態となる。それでも目の前の有馬から目を離さず、身体を動かす。案の定、息を突く間もなく駄目押しと言わんばかりの雷が降り注ぐ。

 

 

「全く、空が飛べないことも関係なしとは恐れ入る!この鎧も並大抵の強度ではないのだがな!」

 

 

 愚痴にも似た言葉を吐きつつ鎧を再び纏い、驚異的な反応速度でナルカミの一撃を避ける。

 例え何度鎧が破壊されようと、ヴァーリに余力がある限り鎧は何度も修復される。禁手を日に何度も使うことができるのは、膨大な魔力と才能によるものだろう。並の者では日に一度か二度が限界だ。

 一度距離を開け、態勢を整える。この程度の空白では安心することなど到底できやしないが、それでもないよりはマシだ。

 

 

「それでこそ挑む価値があるというもの!教会最強の称号は今日で幕引きとさせてもらう!」

 

 

 その言葉と同時に再び襲い掛かる。

 四方八方、縦横無尽に動き回り魔力弾を放っていく。一つ一つが人間にとっては致命傷な威力を持つ攻撃。それをその場から一歩も動くことなく、左手に持つナルカミで斬り払う。僅かでも隙を作れればと考えて放った攻撃は全くと言ってもいい程、意味をなさず斬り払われる。その非の打ち所の無さに舌を巻きながらも内心焦りを覚える。このままでは埒が明かないと考えたヴァーリは魔力弾を撃ちながら自らもヒット&アウェイをの接近戦を繰り返す。しかし、拳打、手刀、蹴撃、その全てが片手でいなされる。それどころか攻撃を仕掛けたにもかかわらず、気がつくと反撃を受けている始末だ。

 兜が破壊される、それをすぐさま修復。脚鎧が破損する、距離を取り修復。両籠手が粉砕する、再び修復。攻撃を仕掛けているのにもかかわらず傷を負っているのは自分だけ。相手には掠り傷すら与えることもできない。

 決して届かない距離ではないはず、近いのに遠い、ここまで距離が近いのにその身体に触れることすらできない。触れることさえできれば白龍皇の力を行使することができる。たったそれだけの事、それすらできない。

 その事が一層ヴァーリの思考を狭め、焦りを促す。

 何度も何度も果敢に挑むが触れることは愚か、その場から動かすこともできない。

 ヴァーリは歯を食いしばりながら懸命に挑みかかるが、それを足蹴にする。魔力は栓をきった湯船の如くまたたく間に減っていく。

 それに対して有馬は傷一つ、汗一つ、表情一つ変えることなく、相変わらず何を考えているかわからない眼でヴァーリを見下ろしている。

 このままではまずい。今のままでは勝ち目は愚か、生き延びることすら危うい。今は有馬が攻勢に出ていない為この程度で済んでいるが、一度攻勢に出られてしまえばタダじゃ済まない事は明白だ。

 上空に上がり距離を開けることも考えるが、そうなればナルカミによる追撃の餌食になることは必定。

 進むことも難しく、退くことも難しい。

 現状、ヴァーリが取れる手段は2つほどある。

 一つは、奥の手の一つである覇龍(ジャガーノート・ドライブ)。これは出力だけを言えば各神話の主神クラスの力を発揮することができるが、制御ができなければ理性を失い、所有者の命が尽きるまで破壊を続ける怪物になり果ててしまう。ヴァーリは膨大な魔力でそれを制御することができるが、覇龍を発動させるには長文の呪文を唱えなければならず、現状使用することは不可能に近い。

 二つ目は、迎えの者が来るまで逃げに徹することだ。これも現実的ではない。逃げに徹すれば有馬だけではなく、アザゼルやミカエルも参戦しヴァーリを捕縛しようとするだろう。こうなると逃げに徹しても、数分も経たないうちに捕まることは避けられない。

 この二つが最も現実的な方法だが、どちらも状況を好転させることが難しい。

 取れる手段は多くない。

 それでも僅か、ほんの僅かと言えど勝ち筋があるのなら、それを選ぶ。

 それがヴァーリの選択だ。

 今まで忙しく動かしていた足を止める。

 目まぐるしい攻防が止まると、校庭に静けさが戻る。既に魔法使いたちの掃討戦は終了し、残るはヴァーリだけだ。

 時間にすると約10秒。その間、攻撃を受けることは許されない。

 一番理想的な展開はこの間に有馬が何もしかけてこないことだが、わざわざこちらの準備を待ってくれる程お人よしにも見えない。

 ならどうにかして時間を稼ぐしか方法はない。

 

 

「我、目覚めるは」

 

 

 カウントダウンが始まる。

 それと同時に有馬が動き始める。

 馬鹿正直と思える直線的な突進。それを魔力の弾幕によって、少しでも速度を落とさせようと試みる。無数の魔弾がその動きを封じようと迫り来るが、その程度では死神の歩みは止まらない。

 魔力の弾幕を意に介することなく、最高速度を維持したまま雨の中に突貫する。まるでシューティングゲームのような弾幕を最低限の動きで潜り抜け、ナルカミの刃が再び開く。

 

 

「覇の理に全てを奪われ、し二天龍なり!」

 

 

 覇龍の呪文を詠唱しながら平行して雷を避ける。呪文の詠唱に集中力を割いている為、回避行動がワンテンポ遅れる。強烈な電撃が鎧に掠り、身体が一瞬硬直する。だが、身体が硬直しようとも考える事は止めない。相手の一挙一動にも注意を割きながら数手先の未来を予測する。

 

 

(IXAの刀身がない。なら次の攻撃は回避先への)

 

 

 お馴染みのIXAの遠隔起動、その刃は予測通りナルカミを回避した先に展開される。

 それを避けるために急加速、強烈なGによって身体が軋むがそれで回避できるなら安いものだ。

 

 

「無限を妬み、夢幻を、想う!」

 

 

 急激な加速、その先に待ち受けるのは先回りしていた死神。

 この速度では完全に回避することは不可能。

 

 

(予測は立てられる。だが、身体の反応が追いつかない!)

 

 

 普段でさえ反応しきれない攻撃を、集中力を割いた状態でついて行くことは不可能に等しい。

 無駄がなく、全ての攻撃に意味があり、繋がっている。

 警戒していたはず、それがいつの間にか間合いに入り込まれている。

 ナルカミの刺突、それを首を傾けることによって兜の破損のみで被害を抑える。しかし、ナルカミの刺突が空を突くと同時に、突きから斬撃に変化する。狙いはその両眼だ。如何に常人離れした肉体を持とうと生物である限り粘膜は弱点となる。当たれば一溜りも無い。

 ヴァーリは反射的に左腕を翳し、両眼を守ろうとするが、それは防御と言うにはあまりに稚拙すぎた。

 突から斬に変わった一撃は左腕諸共ヴァーリと共に吹き飛ばされる。咄嗟の判断で左腕に魔力を集中させていなければ、先程の一撃で左腕と眼球は失われていただろう。

 

 

「我、白き・・龍の・・・覇道を、極めぇ!」

 

 

 弾き飛ばされたヴァーリはすぐさま左腕の状態を確認する。やはり無理な防御が祟ったせいか完全に左腕は折れていた。それを理解すると額から脂汗が噴き出す。猛烈な痛みによって呪文を止めそうになる。だが、此処で止めてしまえば今までの苦労が全て泡となる。

 強靭な精神力を持って自我を保ち、残り一小節となった呪文を口にしようとするが

 

 

『止せ、ヴァーリ!今の状態で覇龍など使えば二度と戻ってこれぬぞ!』

 

 

 長年付き添った相棒から制止の言葉が発せられる。

 アルビオンの言うことは最もだ。いくらヴァーリとて、覇龍を使うとなればそれ相応のリスクが伴う。今の状態では理性無き唯の化物になりかねない。魔力は半分以上消耗し、体力に至っては底を尽きかけている。

 ヴァーリとてアルビオンの警告は重々承知のこと。それでも呪文を止めないのはその身に二天龍を宿し、白龍皇としての生きてきた矜持があるからこそだ。

 二天龍が、たった一人の人間を相手に一矢報いることすらできない。そんな馬鹿なことをヴァーリは決して認めない。それを認めてしまえば、今までの築いてきた自分と言うものを自ら否定するようなものだ。

 だからこそ、やめない。

 当然だが、ここで死ぬつもりなど毛頭ない。

 このまま苦汁を舐めさせられるだけでは終われない。

 何故ならこの身は誇り高き白龍皇なのだから。

 

 

「汝を無垢の極限へと誘おう!」

 

 

 アルビオンの制止を振り切り、最後に力を振り絞って呪文を詠唱しきる。

 ―――――――ほんの少し、ほんの少しの時間だけでいい。

 ――――――――奴に一矢報いるだけの力をよこせ!

 歴代所有者の残留思念を無理やり封じ込め、その身体を龍へと昇華させる。

 校庭に一体の龍が舞い上がる。

 その羽ばたきは弱々しくも、眼力だけは未だ衰えておらず、その瞳に闘志を燃え滾らせている。

 

 

「ガアァァァァ!」

 

 

 周囲の結界を破壊しかねない程の咆哮を上げながら、有馬に向かって肉迫する。

 これが正真正銘最後の一撃。

 覇龍の力は想像を絶するほどの威力だ。それこれこそ魔王や神を葬ることができるほどの。

 

 

「防御壁展開」

 

 

 それすらも避けようとせず、正面から受け止めようとする有馬。

 これには流石のアザゼルやミカエルも度肝を抜かれる。

 

 

「馬鹿野郎!さっさと逃げろ!」

「逃げなさい!いくら貴方でもそれはッ!?」

 

 

 両者が怒声を上げながら逃げるように促すが、それで動く有馬じゃない。

 身動ぎ一つせず、その攻撃を受け止めようと四肢に力を込める。

 アザゼルとミカエルはこれから起きるであろう出来事に備え、周囲の者を護るための結界を展開する。

 それが完了すると同時に、龍の拳とIXAが衝突する。

 刹那、校庭が爆ぜる。

 爆発何て生易しいものじゃない。

 核弾頭でも爆発したかのような衝撃波が駒王学園を揺るがす。

 衝撃波だけでも人が消し飛びかねない。

 その中心地に居た有馬も唯で済むはずがない。

 しばらく時間が経ち、校庭を覆ていた砂埃の中から二人の人影が見える。

 一人は地面に身体を預け、身動き一つしない。

 もう一人は依然とその場に立ち続けている。

 

 

 ピシッ

 

 

 何かが罅割れる音が校庭に響く。

 

 

「やるな・・・ヴァーリ・ルシファー」

 

 

 その場に立っていたのは頬から僅かにだが血を流す死神、有馬貴将。

 倒れているのは力無く、それでも不敵な笑みを浮かべているヴァーリだった。

 有馬の表情は、心なしか僅かに口角が上がり笑みを浮かべているようにも見える。

 終幕

 これで終わりだというように、有馬は地面に伏しているヴァーリに向け、ランスの状態に戻したIXAの刃を向ける。

 

 

「待て!」

 

 

 事態が完全に収束する。

 その瞬間に有馬の行動に待ったをかけたのはアザゼル。

 その表情は動揺を隠しきれておらず、声も上ずっている。

 自分より立場が上の者の言葉もあってか、寸でのところで切っ先が止まる。

 深く深呼吸をし、一度頭を冷やしアザゼルは言葉を続ける。

 

 

「戦闘意思のない奴に止めを刺す必要はない。それにこいつには聞かなきゃならんことがある。殺すな」

 

 

 堕天使の総督として当然の意見。

 だが、いくら取り繕うともその本心は隠すことはできない。

 ヴァーリはアザゼルにとって息子のような存在だ。

 テロリストに加担しようとも、その事実が無かったことになる訳ではない。

 この男、意外なことに身内に甘いところがある。

 

 

「こいつの処遇は俺らが決める。だから殺すな。頼む」

 

 

 有馬と初めて会った時には見せなかった真剣な表情。

 数秒ほど睨みあうように視線が交じり合う。

 暫くにらみ合いが続くと、それに疲れたのか有馬はIXAの矛先を下げ、ヴァーリから離れる。

 当然と言えば当然なことなのだが、この場で決定権があるのは有馬ではなく、各勢力のトップであるアザゼル達だ。例え協会きっての実力者であってもその決定を妨げることは許されない。

 有馬はアタッシュケースに得物を仕舞い、その場から去る。

 有馬が校庭から去ったことにより、緊迫した空気が弛緩する。

 色々と物申したいことがあるが、それはこの後始末をしてからでも遅くはない。

 一先ず瀕死の重傷を負っているヴァーリを回収しようと近づこうとするが

 

 

「よっと、お邪魔するぜぃ」

 

 

 そこにようやく迎えの者が現れる。

 突然現れた新手、アザゼルとミカエルはすぐさま臨戦状態に入り、何が起きても対処できるように身構える。

 

 

「び、美猴か・・・随分と遅れた迎えだな・・・」

「おいおい、せっかく迎えに来たってのに酷い言い草じゃねえか。第一、あんな爆心地に入り込むなんてまっぴらごめん被るぜぃ」

「・・・それもそうか」

 

 

 突然現れた男と軽口を交わすヴァーリ。

 

 

「だ、誰だあいつ?」

 

 

 今までの壮絶な戦闘に唖然し、呆然と立ち尽くしていた一誠が疑問を投げる。

 

 

「闘戦勝仏の末裔、お前らにもわかりやすく説明すると西遊記に出てくるクソ猿―――――孫悟空さ。まあ、正確に言うなら孫悟空の力を受け継いだ猿の妖怪だ」

「おっ、流石堕天使総督。一目でそこまで見破るだなんてやるねぃ」

「茶化すな猿、そんな奇抜な服装してるやつは多くねえ。しかも如意金箍棒まで持ってりゃ、自ずとわかることだ。で、お前は此処に何しに来た?」

「カテレアのバックアップとして参加したヴァーリの回収、それが俺っちの仕事だよ」

「そうか、ご丁寧に教えてくれてありがとよ。ついでだ、俺らに情報の一つでも置いてけよ」

 

 

 アザゼルは左腕を失っても尚、その力が衰えた気配を見せず、鋭い眼光で美猴を射抜く。

 美猴は並の者なら縮み上がるような眼光を涼し気に受け流し不敵に笑う。

 

 

「熱いお誘いは嬉しいが、生憎これから予定が入っちまってるからねぃ。さっさとヴァーリを連れ戻して、北田舎の奴らを相手に喧嘩しないといけないんでね!」

 

 

 美猴は器用に如意棒を回し地面に突き立てる。

 すると地面に黒い闇が広がり、ヴァーリと美猴を捉え地面に沈んでいく。

 

 

「ちっ!貴重な情報源をみすみす見逃すかよ!」

 

 

 アザゼルとミカエルは予め打ち合わせていた様に光の槍を形成し、同時に放つ。

 咄嗟とはいえ、転移を妨害するには十分の威力を持っている。

 

 

「世話になったな、アザゼル・・・」

 

 

 ヴァーリの言葉を最後に二人は完全に姿を消す。

 標的を失った光の槍は空を切り、地面に刺さる。

 

 

「・・・アザゼル」

「言いたいことはわかってる。今回ばかりは俺の失態だ・・・・」

 

 

 ミカエルが言いたいことはアザゼルは痛いほどわかっている。

 白龍皇を仕留めるチャンスがあったにもかかわらず、そのチャンスをみすみす棒に振った。

 今回の戦闘で白龍皇の実力が高い事がよくわかった。

 だからこそ、白龍皇を見逃したことが痛かった。

 あれは単騎で戦況を変えることができるほどの実力者だ。

 味方であればこれ以上頼りになる存在は居ないが、敵に回れば厄介極まりない。

 それを見逃したアザゼルの責任は重い。

 

 

「今回の会談、多くの進展もあったが、それ以上に各勢力の問題が浮き彫りになった。これから先、時代は大きく動くぞ」

 

 

 こうして数々の問題を起こしながらも、三種族の協定は無事結ばれた。

 

 

 その後日、ミカエルによって作成された有馬貴将の情報が各勢力に資料として配られる。

 その情報がこれから各勢力にどう影響を及ぼしていくのか。

 遠くはない未来に起こる出来事は、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 




 この作品を書いて後悔したことが一つ。
 人間だから空飛ばれたらどうしようもねぇです。
 でも有馬さんだからどうにかなりますよね(投げやり)


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艱苦

書く意味があったのかわからないですけど、書いてしまったのでとりあえず投稿してみたです。
余りツッコまないでいただけるとありがたいです……


冥界

 神の子を見張る者の本拠地、そこで一人の男が執務室で大量の書類と格闘をしていた。

 

 

「あ”ぁ~、自分のしでかしたこととはいえ、これは精神的にくるな」

 

 

 一度書類の束から目を離し、凝り固まった首の骨を鳴らす。

 現在アザゼルは神の子を見張る者の執務室で大量の書類もとい、始末書の片づけを行っている。

 多くの進展と問題が起きた先日の駒王会談。天使代表ミカエル、堕天使代表アザゼル、悪魔代表サーゼクスらの調印をもって結ばれた駒王協定、この協定によって三大勢力内での和平が決定した。この協定によって、三種族の争いは沈静に向かう事になるだろう。

 だが、その会談内で起きた問題は各勢力の首脳陣に責任が生じた。

 悪魔勢力は、襲撃の主犯格旧魔王派カテレア・レヴィアタン、会談先に襲撃を行うほどの危険思想を持つ彼女を今まで放置していたこと。加えて、前魔王の血縁者らが揃って反旗を翻し禍の団に所属。会談が執り行われる駒王学園の不十分な警備。最後に襲撃の主犯格が原因で堕天使総督の左腕が欠損。

 以上の4点が問題となっている。

 天使はフリード・セルゼンの襲撃。

 堕天使は白龍皇の裏切り、更に裏切り者の見逃し、それに加え白龍皇が魔法使いの侵入幇助。

 天使を除いて悪魔、堕天使共に和平する気あるのかと言わんばかりの惨事だ。

 後からわかったことなのだが、行方をくらましていた有馬は、結界外で魔法使いたちを相手に無双していたらしい。魔法使いたちの予定では停止した三勢力の部隊を人質に相手の動きを封じようとしていたらしい。だがその場に居合わせた有馬によってその策は瓦解することとなった。道理で結界外で停止していた各部隊に損害が出ないわけだ。

 これには流石の首脳陣も驚きを隠せなかった。

 そしてその事を再び思い出したアザゼルは頭を抱える。

 

 

「どうにも都合が良すぎる……偶然にしちゃあ出来すぎと言ってもいい。確かにあいつが魔法使いたちを撃退したことによって、俺達の動きは封じられずに済んだ。どうやって俺らが気づかなかった敵の存在に気づくことができた?それに結界外からどうやってあの結界の中に入ってきた?」

 

 

 会談前、駒王学園の周囲に敵の気配らしきものは感じられなかった。当然、警護の者もそれ相応の警戒態勢を行っていた。にもかかわらず、警護の部隊はなす術もなく停止させられた。何十人が気づかなかった敵の気配に、何故気づくことができたのか?

 駒王学園の結界は、それこそ魔王クラスでもなければ破壊できない代物だ。破壊せずに潜り抜けようとするなら、ヴァーリの様に予め内側からポイントを準備する必要がある。それをどうやってすり抜けてきたのか?

 違和感と言うには言い過ぎかもしれない。

 ちょっとしたこと、気にする事ではない程小さなこと、それでもどこか違和感に残る。

 堕天使総督として今まで人間を見守り、保護してきたアザゼルの人を見る目は確かなものだ。

 しかし、そんなアザゼルでも有馬貴将を見抜けなかった。何を考えているか全くと言っていい程わからない。その瞳には何が写っているのか、どのような感情を抱いているのか、何をもって行動しているのか、真意は愚かその断片すら掴むことができなかった。

 ミカエルから送られた資料、それを読めば少しは有馬のことがわかるかもしれない。そんな甘い考えを持っていた。

 そして資料を見た結果は散々、むしろ謎が深まったと言ってもいい。

 

 

「あいつが魔法の類を使うことができないことは資料にも書いてあった。ならどうやって結界の中に入り込んだってんだよ」

 

 

 考えても答えは出てこない、アザゼルは机の片隅に置かれている資料に再び目をやり、腹部をさする。

 天界、ミカエルから各勢力に送られた有馬貴将のデータが掛かれた資料。

 中身を見た時は思わず椅子から転げ落ちたほどだ。

 

 

 

 3時間前

 

 

「さて、ミカエルから届いた有馬貴将の資料。拝見させてもらうとするか」

 

 

 会談の後日、アザゼルは多くの始末書を放り投げ、一つの書類をデスクに広げる。

 内容は有馬貴将の教会での実績、個人情報だ。

 アザゼルは有馬貴将の事が気になって仕方がなかった。

 有馬貴将の行動には謎と思える点がいくつかあった。

 会談前に魔法使いの存在に気がつきこれを撃退したこと、いつの間にか結界内に移動したこと。

 明らかに不自然だ。第三者が介入しているとしか思えない。

 

 

「もし第三者がいたと仮定しても、あいつがそいつの存在を隠す理由が分からん」

 

 

 有馬は魔法使いの襲撃に気がつき、撃退した。結界の出入りはこの際頭の片隅に追いやるとしても、その後にフリードやヴァーリと戦闘したことから禍の団の協力者ではないはずだ。もしも仲間ならヴァーリを殺す一歩手前まで痛めつけるわけがない。

 

 

「考えれば考えるほどわからん……俺の考えすぎか?まあいい、こいつに目を通したら少しはわかるかもしれねぇしな」

 

 

 こうしてアザゼルは地獄の書類に目を通し始めた。

 

 

 有馬貴将、ある日、教会のとある司祭が保護した。当時の年齢は5歳。

 その後、有馬貴将は悪魔払いの訓練を受けながら、10歳になるまで教会の施設で暮らしていた。10歳になる頃には、現役の悪魔祓いと何ら遜色ない実力を身に付けていたと書かれている。

 10歳と言う幼い歳で特例として悪魔払いになる。

 悪魔祓いとして非日常的な生活を送るも、わずか一年の間に討伐した悪魔の数は50体、並とかけ離れた討伐数を持ってその実力を示す。

 13歳、その時点で有馬貴将の実力は教会屈指の聖剣使いエヴァルド・クリスタルディを打ち負かす程の力を教会に見せる。

 

 

 ここまで読んでいてこいつ本当に人間か?と改めて疑問に思ったアザゼルだが、それを押し殺し続きを読んだ。

 

 

 天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)ティアマットを撃退

 

 

 これを見た瞬間、アザゼルは勢いよく椅子から転げ落ちた。

 

 

 アザゼルの胃に50のダメージ!

 

 

 当時、使い魔の森から多種の生物が教会へ侵入。

 これを撃退、もしくは討伐。

 原因究明の為、使い魔の森に精鋭を派遣。

 聖剣使い6名と有馬貴将が参加。

 使い魔の森を探索中、天魔の業龍と遭遇、戦闘が始まる。

 戦闘開始から10分、聖剣使い5名が殉職、残る一名エヴァルド戦闘不能。

 戦闘開始から30分、天魔の業龍に致命傷を与え撃退、有馬が追撃に向かう。

 追撃開始から1時間、天魔の業龍の討伐。

 この時、有馬の歳は13歳。ちょうどフリードがヴァチカン法王庁直属の悪魔払いとなった歳と同じだ。

 類稀な戦闘能力にフリードも当時は天才と言われていたが、フリードが天才なら有馬は何だ?神童、鬼才、こんな言葉では言い表すことができない。有馬を最も表す言葉があるのなら正体不明の未知(アンノウン)と言う言葉が一番だ。

 

 

「あ、ありえねえ。人間が、それもガキが五大龍王最強を討伐しただと?確かに十数年前から目撃情報が途絶えたことは知ってたが、まさか討伐されてたとはな……」

 

 

 詳しい戦闘内容はこう書かれていた。

 殉職した聖剣使いの聖剣をふんだんに使い捨て、天魔の業龍に致命傷を与える。その後、単独で追撃に向かい、これを討伐。死体の確認はできなかったが、龍のオーラが消失したことから、討伐成功とみなされている。

 

 

「聖剣を使い捨てにしたって、聖職者が聞いたら発狂するぞ」

 

 

 椅子に座り直し、再び資料を読み進める。

 

 

 有馬貴将、15歳の誕生日に二天龍、白龍皇と赤龍帝に遭遇。

 単独で討伐。

 

 

 これを見てアザゼルは盛大に椅子から転げ落ちる。

 

 

 アザゼルの胃に100のダメージ!

 

 

 資料によるとどうやら有馬は運悪く赤龍帝と白龍皇が殺し合いをしようとしている場所に立ち会ってしまったらしく、そのまま戦闘に巻き込まれたらしい。

 それがどういうことが起きたらその結果になるのか聞きたくなるが、結果的に一人で二天龍を討伐してしまったらしい。

 詳しい戦闘内容は記載されておらず、どうやって二天龍を同時に倒したのかは不明だ。

 ご丁寧に証拠として二天龍の鎧の一部を持ち帰ってきたときには、教会内で大きなパニックが起こりミカエルが教会に出向く騒ぎとなった。

 混乱を避けるためか、この事はミカエルを中心に教会内で他言することは禁じられていた。それが功を奏したのか、他勢力にその事が広まることはなく、今に至るまでその事件を隠し通すことができた。

 もしもこの事実が各勢力に広まれば、有馬を危険視する者が多く出るだろう。それは結果として天使に多くの被害を齎していたかもしれない。それを危惧したミカエルは今までこの事件を隠し続けた。

 そしてミカエルの危惧は正しく、アザゼルは有馬の事を危険視していた。これが二天龍を討伐した当時なら危険分子の排除と言う名目の元、天使と堕天使の戦争が始まっていたかもしれない。

 まあ、同盟を結んだ今はそう言ったことはないだろうが。

 

 

「な、なるほどな……赤龍帝と白龍皇が同世代だという事がこれで納得できた……。同時期に死んだから同世代に宿ったのか……どうやって倒したか聞きたいが、それは後でもできることだ。続きを読まねえと」

 

 

 アザゼルはその後も気力を振り絞り、懸命に意識を保ちながら書類に目を通した。

 だが、出てくるのは非常識な話ばかり。

 やれ傘で悪魔を討伐しただの、やれ戦闘中に居眠りしただの、1人ではぐれ悪魔を何体も討伐しただの、読むだけで意識が遠のく内容ばかりだ。

 

 

「ひ、非常識にもほどがあんだろ………」

 

 

 その言葉を最後にアザゼルは意識を失った。

 その後、執務室に訪れたシェムハザに叩き起こされ無事に再起動を果たした。

 再起動したアザゼルはすぐさまミカエルに通信を行い、いくつか質問を行った。

 しかし、その質問に対する答えは残念ながら返ってこなかった。

 『有馬を連れてきた司祭は今何処に居るのか』これに対する答えは『すでに死去している』だった。これによって有馬貴将の出自は本人から聞くしかなくなった。最も、本人が分からないと言えばそれまでだが。

 次に『有馬の武器は何か』と言う質問、それに対しては詳しくはわからないと答えが返ってきた。本人曰く『敵を倒したら拾った』と言っているらしい。いや何処のゲームの話だよ、とツッコミを入れてしまったアザゼルにミカエルも苦笑を零していた。

 最後に『有馬貴将は本当に人間なのか』と言う質問、それに対しては明確な答えが返ってくる。有馬貴将は正

真正銘普通の人間である。過去に実施した検査でもその事は確認されている。

 直接聞いておきたい質問を終え、ミカエルとの通信をきる。通信を終えたアザゼルは大きく溜息を吐く。

 

 

「白か黒か判断に困るな。有馬貴将の情報源となる司祭が死んでいるって言うのが一番痛い。これじゃあ裏から調べるって言うのも難しい。それにあいつのとんでもない身体能力は人外の血が混ざっているからだと推測していたんだが、検査の結果では唯の人間。しかもあいつの武器が何処で手に入ったのかも不明。確かにティアマットは宝物の類、特に伝説に名高いものを収集するきらいがあったが、あいつの武器がそれだという確証はない。神器に勝るとも劣らないあの性能、何か秘密があるはずだ。調べたい、今すぐにでも、あいつを拉致ってでもあの武器を研究してえな!」

 

 

 話が脱線しているが、アザゼルの中での有馬は白寄りのグレー。今までのように危険視しないが、それでも注意を怠ることはしない。何故なら完全な白ではないのだから。あくまで白寄りのグレー、疑いが完全になくなったわけではない。

 騒ぐアザゼル、そこに額に青筋を浮かべたシェムハザが再び現れ、説教が始まる。そして長く続いた小言が終わり、ようやく溜まりにたまった始末書に取り掛かる。

 

 

 翌日、アザゼルは即効性のある胃薬を開発した。

 

 

 

 



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同僚

どうもこんばんはです。
いつも通りの時間に投稿しようと思いましたが、間に合いませんでした!
1時間遅れで申し訳ないです。




 遠い、遠い昔、摩耗しきった記憶。

 何があったのか、何をしたのかも定かではない。ただ漠然とした風景が延々と流れる。

 唯々走り続けた。傲慢にも休むことなく走り続けた。

 走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

 願われればそれを良しとした。言われるがままに淡々とこなした。言われるがままに解りましたと答え、何もかも請負、何もかも背負い込んだ。

 それしか選べなかったから。

 もしも大事なものを天秤に乗せることになった時、人は、生物はどうするのだろうか?

 小を切り捨て大を取る?それとも大を捨て大切な小を取る?その選択肢すら投げ捨て一人で逃げる?

 あの時、どの選択をしたのか、今はそれすらも思い出せない。

 大事な物、忘れてはいけないモノだった。それだけは思い出せる。だが、思い出せるのはそれが大事なモノだったことだけ、その大事なモノが何だったのかは思い出せない。

 思い出そうとするたび、ノイズが掛かったかのように邪魔をする。

 それでも必死に記憶の糸を辿っていく。

 その甲斐もあってか少しづつ、霧が晴れていく。

 靄のかかった記憶に少しずつ怪しい光が差し込んでくる。心が安らぐような優しい光とは違った怪しい光、しかしその光から目を離すこともできず、どこか吸い込まれるようにその光の差す場所に誘われる。

 見えるのは壊れた世界、自分が知らなかった穢れた世界。

 闇のように暗く、底なし沼のように深い世界。

 理性と言う感情をどこか置き去りにしたかのような世界。

 強者が喰らい、弱者は喰らわれる残酷な世界。

 出口があるのかも定かではない真っ暗闇の中、一人の男性が懸命に走り続けていた。

 一度も後ろを振り向くことなく、ただただ前を向いて闇雲に走り続けていた。

 長い時間走り続けた男性の足がゆっくりと止まる。

 今まで忙しく動かし続けていた脚が止まる。

 男性はゆっくりとした動きで後ろを振り返る。 

 思い出せるのはそこまで、そこから再び靄が掛かる。

 忘れないで(忘れて)忘れないで(思い出さないで)忘れないで(振り向かないで)忘れないで(見ないで)……

 頭が軋む、思い出さないといけない、忘れてはいけない、そう言った感情が湧き上がると同時に反する感情も這い寄る。『無理をしなくてもいい?』『苦しいんだろ?』『痛いんだろ?』『辛いんだろ?』、ブラックホールみたいに深く、怖くも魅力的で甘美な囁きが頭に入り込む。

 そうだ、苦しい事をわざわざしなくてもいいじゃないか。辛いなら逃げてもいいんじゃないのか?

 そう言った感情が己の心に浸透していく。

 甘く甘美な言葉に心を委ねようとする。

 少し、少しだけ、休んでもいいはずだ。

 だってあれだけ走り続けたのだから。

 あれだけ頑張ったのだから誰も咎めはしない。

 全てを投げ出し、微睡に浸ろうとする。

 

 

 

 忘れないで(思い出せ)

 

 

 

 微睡に堕ちる最後に聞こえた言葉、あれは誰かの叫び声にも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

 

 

「貴方には冥界へ行ってもらいます」

 

 

 会談が無事に終わり、天使たちは熾天使の指示のもと忙しい毎日を送る中、突然下った指令。

 

 

「今回の和平がきっかけとなり、私達天使も合法に冥界へ行くことが可能となりました。そこで禍の団の対策を練るため、我らも冥界へ行くこととなりました。ですが私達熾天使が皆冥界へ行くことはできません。そこで今回はガブリエルが冥界へ行くこととなりました。しかし、ガブリエルだけを冥界へ向かわせるの些か不用心、ということで最近は討伐任務も少なく時間の空いている有馬にガブリエルの護衛を頼もうという事になりました」

 

 

 どうやら最近の有馬は討伐任務よりも奪還任務や護衛任務を任せられることが多いらしい。

 確かに和平が結ばれたことによって、今まで多くあった討伐任務が激減し、悪魔払いの多くは暇を持て余している状況になっている。そんな状況を利用しておいしい物巡りをしている天然馬鹿もおり、そいつを捜索するためにグリゼルダが派遣されている始末だ。

 教会屈指の実力者達が揃いも揃って働いていない異様な事態。平穏になったことを喜ぶべきか、それともまともな人格の人間がいないことを嘆くべきなのか。

 

 

「貴方だけでも護衛は十分だと思いますが、念のために貴方を含め複数人で護衛をお願います。3,4名ほどで構いません。人選は貴方に任せますので頼みましたよ」

 

 

 告げることだけ告げその場から去るミカエル。

 『人選は貴方に任せます』、その言葉に有馬は内心冷や汗を大量に噴きだす。

 有馬貴将として生きて早33年、他者との関わりをできる限り避けてきたこの男、そんな男に『一緒に任務行こうぜ!』と誘うことのできる間柄の同僚が果たしているのか?

 まず最初に浮かびあかったの人物、先日の会談でも大いに役立ってくれた男ジークフリート。この男なら有馬の言葉に頷き淡々と任務をこなしてくれるはずだ。

 次に浮かび上がった人物がとある女性、それなりの交流もあり決して中は悪くない。悪くないが、相手からは随分と好意的に話しかけられるため若干苦手としていた。だが、その実力は非凡なもので若年ながらも熟練の者に引けを取らない程の腕を持っている。

 もう一人は戦闘能力も高く、サポート面でも優秀な人物だ。正直、周りの人間が戦闘能力に極振りしている奴ばかりで、そう言ったサポート能力を持った彼女は有馬にとってありがたいものだ。護衛任務という事を考えれば彼女を連れていかない理由はないだろう。最も、着いて来てくれるかは別だが。

 有馬は短く溜息を吐き、宛のある人物たちの元へ向かう。久方ぶりのツーマンセルではない任務。これは何かの前触れなのか、それともただの考えすぎなのか。少なくとも、今までの人生経験の中でこういったことで何もなかったことはまずない。

 

 

「まずはジークだ」

 

 

 初っ端から断られる可能性のある人物の元へ行くことを避け、自分の誘いに乗ってもらえると半ば勝手に思い込んでいるジークの元へ最初に向かう。やはりこの男、どれだけ人間離れしていたとしても臆病なところは変わらないようだ。

 

 

□■□■

 

 

「護衛任務、ですか」

「その補佐を頼みたい」

 

 

 ジークは突然来訪に驚きながらも、その内容を聞き内心興奮していた。

 あの有馬貴将が自分を必要とし、自ら足を運んでくれた。

 その事が嬉しくないわけがない。

 ジークにとって有馬とは完成された一つの伝説、英雄と言ってもいい。

 歳若くして龍王を討伐し、二天龍すらも単独で屠る実力。それでいてその結果に驕ることも慢心することも無く、期待以上の結果を出し続ける。まさしく現代の英雄だった。

 そんな人物が教会にごまんといる戦士の中で自分を選んでくれた。正直、有馬一人で十分な気もしないことも無いが、それでも嬉しかった。

 

 

「分かりました」

「装備は念の為に予備を用意しておいて」

 

 

 その言葉に少し眉がつり上がる。

 ジークの主武装は魔帝剣グラム。普段はこの一本のみを使用している。だが、ジークの武装は他にもあり、本来は5本の武器を使った多種多様な戦闘スタイルで戦っていた。

 しかし今まで有馬の指示により、残る4本を使用することを禁じられていた。それは実力不足という事もあるが、ジークの基礎能力を底上げするためでもあった。武器に頼り切った戦い方ではすぐに限界が訪れる。それを見越してグラム以外を使用することを禁じていた。

 その為、普段はグラム以外亜空間に収納することなく、教会に預けているような状態になっていた。それが今回の任務では持ってこいと言ったのだ。つまり、今のジークなら残る四本を使いこなすことができると有馬が判断したのでは、と期待に胸を膨らませる。

 

 

「それは……」

「ああ、前回の会談では随分と動きに無駄があった。が、それでも前回に比べれば動きの繋ぎ、ラグは短縮されていた。二刀までなら許可する。それ以上はまだ早い」

 

 

 駄目出しもあったが、ほんの少し認めてもらえた。ジークにとってはかなり上達したつもりなのだが、有馬にとっては些細な差だろう。

 それでも自分が次の段階に進むことができたことが喜ばしい。

 今でこそ、有馬から多大な信頼を得ているジークだが、肝心の有馬との出会いはそれは酷いものだった。

 ジークの少年期、彼は教会の学者たちから最高だ、最強の悪魔払いの誕生だと言われ浮かれていた。彼はそんな状況に自惚れ何とあの有馬に闘いを挑んだのだ。

 結果は、多くの者が予想した通りだ。

 名だたる魔剣の数々を使って挑んだにもかかわらず、有馬に傷一つ付けることはできず、挙句の果てに万年筆で魔剣による攻撃を捌かれたのだ。これには流石のジークも愕然とし、心に大きな傷を残すことになった。伝説に名高い魔剣が何処にでもあるような万年筆相手に負けた。魔剣こそ最強と信じて疑わなかったジークにとってこれ人生の根幹を揺るがすような事件だった。

 それからと言うものジークは有馬と共に何度も任務に赴き、その理不尽な実力を目の当たりにし、それに憧れるようになった。

 あの力に少しでも近づけるのならたとえどんな無茶な指示でも答えて見せる。どんな理不尽な相手にも立ち向かって見せる。それであの後ろ姿に近づけるのなら安いものだ。

 

 

「分かりました。今日中に取りに行きます」

「数日中に日程を伝える」

 

 

 有馬は踵を返し、部屋から退出しようとする。

 できるなら組手でもしてほしかったのだが、有馬は多忙の身、我儘を言って困らせるのは本意ではない。そう思い、ジークも預けてある魔剣を受け取りに教会の保管庫に向かおうとするが

 

 

「あ、有馬さん!」

 

 

 有馬とジークが部屋から出ようとした矢先に入室したのは三つ編み、金髪、美人、この三拍子が揃った少女ジャンヌ・ダルク。彼女は彼のオルレアンの乙女として有名なジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ少女だ。

 彼女は元々教会でシスターをしていたのだが、ある出来事を境にシスターから戦士としてジョブチェンジを果たすことになった。それからと言うもの彼女の才能はすさまじく、若くして教会屈指の実力者に加えられる程の実力を身に付けた。特に剣捌きは我流だが天性のものがあり、それこそジークよりも扱いに長けていた。

 ジャンヌは部屋の中に有馬が居たことに華を咲かしたような笑顔で喜ぶ。

 

 

「お久しぶりです!有馬さんの噂は聞きましたよ!なんでもコカビエルを秒殺、白龍皇を赤子の様にあしらったとか!」

 

 

 興奮した様子で語るジャンヌ。その内容は先日起きたコカビエル事件と会談の話だ。

 若干、噂が誇張されている気がするが、よくよく思い返してみたらそこまで事実と大差がない気もする。確かにコカビエルは三分以内に戦闘不能にしたし、白龍皇との戦いも一方的な展開だった。

 

 

「それにしてもどの勢力も大変ですね~。裏切り者に反逆者、問題のオンパレードですよ」

 

 

 完全に他人事の様に言っているが有馬らにとっては実際問題他人事に近い。例えるならテレビのニュースで『中国が日本にミサイル発射した』と報じられたとしても、実際に日本に住んでいなければ『へぇ~。物騒なことだな』程度に思うだけだろう。これは余程根が善人な者か、政治家でない者なら当たり前の感想だ。所詮は対岸の火事、自分たちに関係ないのならさほど興味はわかないだろう。

 

 

「まあ、前に立ちふさがるなら悪魔でも堕天使でも倒しちゃえば何の問題もありませんし」

 

 

 残念なことにこの少女、戦闘面にステータスを極振りし過ぎた為、やや脳筋の傾向がある。邪魔するなら倒す、後の事はその時になってから考える。そう言うタイプだ。

 

 

「仮にも同盟を結んだんだ。不用意に悪魔や堕天使を結んだ相手を殺すなよ?」

「覚えてたらで」

 

 

 ジークの忠言に興味なさげな返事を返す。

 基本的に好戦的なジャンヌだが戦闘以外では柔和な雰囲気でマイペースな性格だ。それだけに本人は自覚していないが周りに合わせるという事が苦手だ。

 

 

「ジャンヌ、話がある」

 

 

 そしてこの男もある意味マイペースだ。いや、天然と言ったほうがいいだろう。

 

 

「数日後に護衛任務がある。それに参加してほしい」

「いいですよ」

 

 

 軽い、余りにも軽すぎる。

 話の内容を聞かずして返答をする辺りその軽さが窺える。

 余りにもスムーズに話が進むことにジークは大丈夫なのか不安を覚えるが、有馬が選んだのなら大丈夫だろうという結論で納得する。

 

 

「久しぶりに有馬さんと一緒の任務、フフフ……」

 

 

 いや、やっぱりだめかもしれない。

 ジャンヌのあの嬉しそうな表情。まるで新しい玩具をもらった子供のような喜びよう、有馬と共に任務に行けるのがそれほどうれしいのか、それとも別の理由なのか、そんな事はどうでもいいが碌でもないことが起きる。任務はまだ始まってないにもかかわらず、早くもそんな予感がしてならない。

 

 

「そうだ、久しぶりに稽古してくれませんか?あれから大分腕を上げましたよ、私」

 

 

 そう言いながら徐に腰から西洋剣を抜くジャンヌ。それに便乗するように無言で亜空間からグラムを取り出すジーク。

 どうやら拒否権はないらしい。

 有馬は仕方なしに懐から万年筆を取り出す。

 西洋剣と伝説の魔剣を持つ相手に万年筆で挑む。普通なら考えつかない。いや、考えついたとしても実行する者は居ないだろう、一部を除くが。ある時ジークは有馬に何故万年筆を使うのか聞いた。『ペンは字を書ける便利な道具だが、使い方次第で容易く心臓を貫くことができる』、その言葉を聞いた時、『容易く心臓を?』と思わず疑問が生じたが、有馬の言うことだから本当なのだろうとその場は納得した。

 

 

「じゃあ、行きますね」

 

 

 ジャンヌは両手に唾を吐きかけ、剣が滑らぬように握りなおす。曲芸の様に西洋剣を左右上下に振り回し、感触を確かめる。ジークも左足を前に出し、切っ先を相手に向け、右の頬の横で雄牛の角のごとくグラムを構える。有馬の教えに基づいた構えオクス、西洋剣術の一種だ。

 対する有馬は特に身構えることなく、自然体で二人の攻撃を待ち構える。だが、その自然体は唯の自然体ではない。立つことに必要な最低限の筋肉のみ使用した完全なる脱力状態。

 脱力はどの武術においても精通する極意一つ。身体の力みは次の動作を露わにし、その力を軽減させる。逆に脱力状態が高ければ高い程、筋の最大出力幅が広がりその力は高まり、速度は神速に近づく。有馬の脱力状態から急激に発せられる力みはあらゆる角度からの攻撃に対応し、自由自在の攻撃を生み出す。その刹那の如き速さにコカビエルもヴァーリもやられた。両者ともなまじ元々の素養が高いだけに、大抵の相手には魔力や光の強さによって如何こうできてしまう。だからこそあの蹂躙劇は当然の結果だった。有馬?あれは別だ。

 相変わらずの威圧感、それに気圧され緊張状態に入った瞬間、僅かに力みが生じる。

 

 

「身体を強張らせるな」

 

 

 そんな数コンマの隙に距離を潰す有馬。その右手に握られた万年筆がジークの顔に向けて突き出される。一瞬で距離が潰された事に驚愕しながらも後方に体重を移動させ、上体を逸らし鋭い突きを躱す。続けて追撃の蹴りが放たれると思われたが、意外にも有馬は半歩後ろに後退する。

 その理由はすぐに証明される。半歩下がると同時に先程有馬が居たであろう場所に西洋剣が振り下ろされる。ジャンヌだ。

 有馬とジークの間に割って入ったジャンヌは続けてヒュンヒュンと音のなる速度で剣を振るい有馬に襲い掛かる。有馬はその攻撃を避けながらも突きや蹴りを合間合間に挟んでいく。

 予備動作を感じることもできない速度の攻撃。ジャンヌは持ち前の反射神経を駆使して紙一重で避け続ける。

 

 

「反撃を受けた時の剣幕が薄い」

 

 

 有馬が合間に放つ突きや蹴りはジャンヌの剣幕が薄くなった時に決まって放たれる。先程のジークの時と言い、闘いながらも的確なアドバイスをするとは随分と余裕がありそうだ。最も、この程度で参るようでは最強は名乗れない……名乗っている訳ではないが。

 その後、7分ほど稽古が続くが結末は呆気なく迎えた。

 

 

「あっ」

「ッ!」

 

 

 ジャンヌの西洋剣は鍔元からポッキリ折れ、ジークには額に突き刺さる寸前で万年筆が寸止めされてる。

 勝負ありだ。

 

 

「2人共最初は柔らかい動きだったけど、最後は動きが硬すぎ。それじゃあ躱せるものも躱せない。それと攻撃は眼で追うんじゃなくて、全体を見て追わないと」

「はーい」

「……はい」

 

 

 ジャンヌは陽気に返事をするが、ジークはそれができれば苦労しないというような表情をしている。

 こうして、彼らの稽古は終わりを迎えた。

 その後、有馬はクールダウンする二人を残し、残りの一人に任務の同行を頼みに行った。

 任務の概要を伝え、頼んだところ同行してもらえることが決定、有馬の不安は杞憂に終わった。

 有馬とその仲間三名、合計四名がガブリエルの護衛に付くことになった。

 有馬だけでも十分すぎると断定せざるを得ない布陣にさらに三名の増員。

 何気にミカエルも悪魔と堕天使を警戒しているのではないかと感潜ったが、要らぬ詮索だと論じその思考を破棄する。

 

 

 こうして彼らの冥界行きが決まった。

 果たした無事に任務を終了させることができるのだろうか。

 

 

 

 

 




ジャンヌってこんなキャラだっけ……?


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運命

 遅くなって申し訳ないです!
 実は作者、故障中でして通院を何度もしているんです。
 かれこれ何度も手術をしていたらいつの間にか6回もしていましたです。
 神経も少しやられているので、感覚がない部分もあるです。
 まあ、動くから問題ないですね!
 什造くんも片足なしであれだけ戦闘できてたんだから作者もどうにかなるはず(意味不)

 まあ、言いたいことはとにかく遅れて申し訳なかったってことです。
 エタルつもりは今のところさらさらないのでどうぞよろしくです。
 

 それはさておき、いつの間にか四半期のランキングで50位になってました……
 皆さんもやっぱり有馬さんが好きなんですね!
 有馬さんパワーでこれからも頑張っていきますです!


 有馬たちが冥界へ訪れてから早数日。

 あれから有馬たちが何をしているのかと言うと

 

 

「冥界の魚うまうま」

「………」

「………」

「ジャンヌ食いすぎ、ジークは無言で食べ過ぎ、有馬さんは読書してるし、協調性ゼロですか?」

 

 

 忙しそうに口と手を動かすジャンヌ、それとは逆に無言で食べ続けるジーク、そんな状況で一人本を読む有馬、そんな彼らに1人ツッコむリント。

 ここで新たなに現れたメンバーリント、彼女は誰ぞやとなっている人も多いだろう。彼女は有馬と幼少の頃からの付き合いの悪魔祓いであり、その実力は表だって知られてはいないがジャンヌたちと遜色ない。

 冥界行きのメンバーを決めるとき、有馬は討伐任務の準備をしていたリントに今回の護衛に参加できないか聞いてみた。普通なら討伐任務がある時点で参加はできないと答えるが、リントはその任務を了承、電光石火で討伐任務を終わらせ、今回の護衛任務に出向いた。

 流石の有馬もまさか十日はかかるであろう任務を行き帰りの時間を入れ三日で終わらせてきたリントに内心驚いたが、本人曰く、『今までの無茶に比べたら何でもない』との事。彼女も有馬に毒された人物の一人だ。普通の悪魔払いであるはずがない。

 そんなこともあったが、無事に有馬はメンバーを収集することができ、護衛任務に就いた。

 そんな彼らは何故か冥界の町で食べ歩きをしていた。

 何故護衛で来た彼らが護衛もせず食べ歩きをしているのかと言われれば、暇だったからとしか言いようがない。

 護衛をしに来た彼らだが、その護衛対象が上層部の者しか参加できない会議に参加してしまった為、付き添うわけにはいかず、時間が空いてしまったのだ。

 その結果、どういう流れになればこの結論に辿り着いたのかわからないが、食べ歩きをすることが決まったのだ。

 当然、最初から食べ歩きをすることが決まっていたわけではない。だが、有馬が面倒事から避けるにはそれしか手段がなかった。

 

 

『三対一なら勝てるっしょ』

『二刀なら』

『冥界に来てまでやることじゃないでしょ』

 

 

 この二人、冥界に来てまで有馬と稽古をしようとしていたのだ。

 三人でならどうにかなるんじゃないかと言うジャンヌ。

 二刀ならもう少し喰らいつけるのではと意気込むジーク。

 そんな状況に困惑するリント。

 当然有馬もどういう考えをしたらここで稽古をするという選択が出てくるのか理解に苦しんだ。そこで唯一自分に味方してくれそうなリントにどうにかしろと言う視線をぶつけてみると

 

 

『あ、えっ、そ、そうそう!何か食べに行かない!冥界に来ることなんてそうあるもんじゃないんだし!』

 

 

 その言葉に反応したジャンヌは半ば強引にジークとリントを引きずりながら町へ向かい、その後に有馬が続くことになり、食べ歩きをする事となった。

 有馬本人は稽古じゃないならもうこの際何でもいいか、と諦めている。

 そんな事で彼らはつかぬ間の自由を各々満喫していた。

 道中、ジャンヌやリントが悪魔の男性にナンパされていたが、有馬が居ることに気がつくと

 

 

『ひっ!白い死神!?』

『殺さないでぇ!』

 

 

 等々の言葉を叫びながらその場どころか町から走り去っていった。

 まるで化物を見たかのような反応に若干傷ついたがそれは仕方のない事だ。

 余談だが、有馬の噂は教会よりも悪魔の中の方が有名だったりする。おかげで有馬の周りには悪魔が近づくことはまずない。それでも近づいてくる悪魔は有馬に気づいていない者か、その噂を信じていない馬鹿だけだ。

 

 

「よぉ、奇遇だな」

 

 

 そんな静かな時間も堕天使総督が現れたことによって儚くも終わりを迎えた。

 

 

「あれ、どっかで見たことある顔」

「ジャンヌ、堕天使総督の顔ぐらい覚えておいてほしんだけど」

「堕天使総督……アザゼル!流石リント、博識で助かるわ」

「元聖女ならそれぐらい覚えておいてほしいんだけど」

 

 

 相変わらず興味のない事は記憶にないジャンヌに溜息を吐くリント。これで元は聖女だというのだから人間分からないものだ。

 もし彼女を聖女と称えていた人たちがこの光景を見れば卒倒するかもしれないな、なんて事を考えながら目の前に現れた危険人物に近づかないようジークを盾にするような立ち位置に移動する有馬とそれに気がつかないジーク。

 何気にジークの扱いが雑な気がするのは気のせいではない。

 

 

「で、その堕天使総督が何でここに居るの?」

 

 

 リントは警戒の色を見せながらアザゼルを睨め付ける。

 たとえ和平を結んでいたとしても、三竦みの中で最も信用がなかったアザゼルだ。それが前触れもなく突然現れたとなれば警戒をするのは当然だ。

 そんな臨戦態勢一歩手前の一行に頭を乱雑に掻きながら近づく。

 

 

「そう警戒すんな。会議なら粗方終わったから後はシェムハザに丸投げしてきた。用事があってグレモリー領に来てみれば白いコートを着た人間が街をうろついていると聞いて見に来ただけだ。それにしても一人は知らねえが、白い死神に魔剣使い、元聖女様まで居るとはな。護衛とはいえ過剰戦力にもほどがあんだろ」

 

 

 アザゼルは呆れたようにぼやく。

 自分自身も何人か護衛を連れてはいるが、ここまでの戦力は連れてきていない。

 有馬貴将一人が護衛に着くだけでお釣りが多くて困るレベルにもかかわらず、そこに有馬が選んだ精鋭の参加。正直、どこかの勢力にカチコミに行くと言われても冗談だろと笑えない程の戦力だ。

 

 

「お前らは自覚がないかもしれないが、もし若手悪魔の連中とレーティングゲームしたら勝負にならねえぞ。むしろ若手全員対お前らでようやく天秤が釣り合うぐらいだ」

 

 

 アザゼルはお世辞にも聞こえる言葉を述べるがこれは比喩でもなんでもない。過大評価どころか過小評価してこれだ。悪魔の領土だからこそ言葉を控えたが、若手の中で有馬と辛うじて闘いが成立するのは若手ナンバーワンのサイラオーグくらいだと考えていた。他の悪魔では闘いとして成立すらしないだろうと。

 それほどまで実力差が開いている。第一、若手と有馬とで天秤を釣り合わせようとすること自体が間違いだ。有馬を乗せれば天秤事体が壊れる。

 特にリアスのような魔力を重点に置いた戦闘スタイルでは有馬相手に数秒も持たないだろうというのがアザゼルの考えだ。

 有馬の動きは人外からしても速いが、それでも速すぎることはない。単純な速さで言えばアザゼルやミカエルの方が速さはある。

 だが、それでもその動きについていくことができない。速いというよりも捷い。予備動作がなく、動きの繋ぎ目が全くと言っていいほどない。それ故に動きにロスがない。

 結果、予備動作が多い此方が遅れる。なまじ光や魔力と言った素養が高い者ほどそう言ったことが疎かになりやすい。上級者となればそれなりに隙は無くなるが、それでもある程度は魔力で補填しようとする。だが、サイラオ-グは魔力を一切使わないというか使えないため、そう言った点だけで言えば有馬に最も対抗できる存在だと言える。

 

 

「そう言えばお前さんらは今夜の若手悪魔の会合に参加するのか?」

「……さあ?」

「さあって、お前。ガブリエルから聞かされてねえのか?」

「よくわからないけど、参加するのにいろいろ話が必要だって」

「話しが必要って……ああ、そう言うことか」

 

 

 その言葉で察した。

 白い死神、悪魔にとって恐怖の象徴でもある存在。それが冥界に居るだけでも恐ろしくて眠れない悪魔が居ることも話で聞いている。一部の過激派は白い死神が滞在している間に殺してしまえばいいとまで言っている者まで居るらしい。むしろ襲い掛かった悪魔が全部死体に変わる気がするが、それでも物騒なことには変わりない。

 そんな彼を若手悪魔の会合に護衛として参加させて良いものか、それに対して現在ガブリエルがサーゼクスらと議論を交わしている最中なのだ。

 よくよく考えれば有馬を会合に参加させるのは色々と危険な気がする。主に悪魔にとって。

 若手悪魔の中には血の気が多いものが存在する。そんな若手が名を上げたいという衝動にかられ、有馬にでも襲い掛かればとんでもない惨事になる。

 下手すれば和平して早々に和平が崩れかねない。

 

 

(確かに話が必要だな。冥界に居る間、こいつは悪魔にとって核弾頭のようなものだ。ちょっとしたことで爆発しかねない。まあ、唯一安心できることがあるとすればこいつ自身が好戦的でないってところだな)

 

 

 もしも有馬の性格が東京喰種初期の什造のような性格なら今頃冥界は阿鼻叫喚の巣窟に成り代わっているだろう。

 どちらにしても悪魔を片っ端から駆逐していく有馬の存在は看過できる物ではない。

 

 

「あぁ~、お前ら。まだ時間はあるか?」

「すいませーん、これから甘いもの食べるので時間無いでーす」

「すいません、この馬鹿には後からよく言っておきますので」

「俺達は護衛がある。用件なら他を当たってくれ」

 

 

 ジャンヌの言葉に冷や汗を流しながら謝罪するリント、どの道お前に割く時間はないと言うジーク。

 有馬の返答を待たずして部下たちが次々と意見を述べていく。

 有馬自身積極的に話すタイプではないが、それでも意見ぐらい言わせてくれてもいいのにと思うところがあった。

 

 

「そう言うなよ。ガブリエルにはお前らが戻るまでバラキエルを付けておく。だからちょっとだけ時間くれねえか?」

 

 

 何故ここまでアザゼルが食い下がるのか。

 引き際を見極めているアザゼルらしからぬ行動に疑問が生じる有馬。

 会議を副総督であるシェムハザに丸投げ、グレモリーに用がある、その用を後回しにしてまでこちらに接触。

 これらの情報を統合した結果、有馬は一つの結論に辿り着いた。

 

 

「赤龍帝の事か?」

 

 

 その言葉にぎょっとするアザゼル。

 どうやら当たりのようだ。

 何処で仕入れたのかはわからないが、どうやらアザゼルは有馬が二天龍を過去に倒していることを知っているようだ。

 誰が個人情報を言いふらしているのか激しく問いただしたかったが、知られているのなら仕方がない。別に隠していたわけでもないし。

 

 

「よくわかったな。教会で戦士として戦わなくても探偵としてやってけるんじゃねえの?」

「用件はわかったが、何をさせたい?」

「ここまでわかってんなら、その先は言わなくてもわかるはずだが?」

「有馬さんに赤龍帝の面倒を見ろってこと?」

 

 

 ジャンヌはアザゼルの物言いに怒気の籠った視線をぶつける。

 その右手はさりげなく腰の西洋剣に添えられている。

 戦争待ったなしの行為にリントは慌てて制止をかける。

 緊迫した不穏な空気が流れる。

 

 

「いいよ」

 

 

 そんな空気を壊したのは有馬だった。

 まさか了承するとは思わなかった三人は弾かれたように有馬を見る。

 その様子に表情に変化はないが、逆に有馬が驚く。

 

 

「お、おお。まさかこんなすんなり頷いてもらえるとはな……正直、だめもとで頼んでみたんだが、その甲斐があったってもんだ」

「赤龍帝、兵藤一誠と話がしたかったからいい」

 

 

 その言葉に先程よりも驚愕に染まった表情をする一同。

 

 

「有馬さん、名前知ってたんですね」

「有馬さんが話してみたいって言うなら、私も会ってみたいなー」

「兵藤一誠、聞いた事が無い名前」

「まさかお前さんがあいつに会ってみたいなんてな。何が目的だ?」

 

 

 三者三様の反応を見せる中、アザゼルは警戒の意味も込めて問いかける。

 有馬は一度二天龍を倒したことがある。そして先日の会談でもヴァーリを倒した。なら兵藤一誠も倒すつもりなのではないのか?

 確証がある訳ではないが、そんな予感がした。

 

 

「特に、強いて言うなら知り合いに似ていたから」

「知り合いに?」

 

 

 ここで言う有馬の知り合い、それは一体誰の事を指しているのかはわからない。だが、目的がそれならそこまで警戒する必要がないかもしれない。

 

 

「知り合いが誰かは知らないが、それが目的なら問題ない。じゃあ、付いてきな。せっかくだから俺が案内してやるよ」

 

 

 アザゼルは有馬らの先頭に立ちグレモリー家に向かって歩き始める。

 有馬の本来の目的を知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

 

 

 有馬貴将、東京喰種においてアオギリの樹の王であり、CCGでは無敗の捜査官として名を馳せている。

 この世界で暮らし始めて彼は思った。

 自分が東京喰種に登場する有馬貴将なら、自分は何時か隻眼の王となる者に殺されるのではないか。

 勿論、その可能性は低いと断じた。

 この世界は東京喰種ではない別の世界だ。あの世界での有馬貴将の結末がこの世界の有馬貴将と同じとは限らない。

 それでも用心をする事にこしたことはない。

 彼は幾度の任務で様々な国へ向かい、隻眼の王となりうる存在が居ないか探した。

 だが、そんな存在はこの世界には存在しなかった。

 龍王と呼ばれる龍と戦った、二天龍と呼ばれる神器使いとも戦った、それでも金木研(隻眼の王)程の実力者、それになりうる存在は居なかった。

 だからこそ、当時は安心した。

 自分はあの世界と同じ結末をたどることはない。

 また死ぬことはないと安堵した。

 だが、見つけてしまった。

 金木研になりうるかもしれない存在に。

 神代リゼに殺されかけ、霧嶋董香に救われた金木研と同じく。

 堕天使レイナーレに殺されかけ、リアス・グレモリーに救われた兵藤一誠。

 両者ともに裏の世界に足を踏み入れた原因は人外の者にあった。

 そして救ったのも人外の者だった。

 このことを知ったのは聖剣任務の時だった。

 偶然とは言い難い、看過しがたい事実。

 まさか兵藤一誠は隻眼の王たる人物ではないのか?

 その可能性に気づいた彼はコカビエルとの戦闘中に兵藤一誠の様子を見定めていた。

 その姿は弱弱しく、覚悟が足りない一般人とは何ら変わりない少年。殺す覚悟も無く、ただ巻き込まれている、そう言った感じがした。

 それが彼の不安を増長させた。

 金木研も最初から隻眼の王足り得たわけではない。様々な葛藤を繰り返し、悩み、苦しみ、もがき、喰らいながら隻眼の王となった。

 兵藤一誠の今の姿は最初の頃の金木研と変わらない。弱くて、小さい、選択する強さを持たなかった頃の金木研と同じだった。

 有馬は任務を終え教会に戻った後、兵藤一誠に着いて調べられる限り調べた。

 彼が悪魔に転生する前は穏やかだった駒王町、それが兵藤一誠が悪魔になった途端乱れ始めた。

 まるで物語が始まったかのように。

 東京喰種と同じだ。

 あの世界も金木研が半喰種として生まれてから物語が始まった。

 もしも本当にこれがこの世界の物語、兵藤一誠を中心としたものなら今はまだ序章、まだ手の施しようがある。

 兵藤一誠が王となりうるのか、彼を殺しうるのか、それを見定める。

 自分が生きるためには他者を喰らうしかない。

 その為なら手段は選ばない。

 それが有馬貴将に憑依した彼の生き方、選択だった。

 




 終わり方がびみょ~


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囁き

 コメント欄で一誠が集中砲火され過ぎててビックリしたです。
 かつてここまで叩かれたことのある主人公が居たでしょうか?
 僕はビックリです。


 アザゼルの案内の元、有馬たちは何事も無くグレモリー家に辿り着くことができた。

 中にはリアスとその眷属たちが各々寛いでいたが、アザゼルが突然の訪問したため屋敷内はちょっとした騒ぎになった。

 それもそうだろう。本来は会議に参加しているであろう人物が、前触れもなく訪問しに来れば驚きの一つや二つはある。

 そんな事を気にする事も無く、アザゼルはちょっとこいつ借りるぞ、と言い一誠を拉致、そのまま個室に連れ込む。

 

 

「さて、今日から冥界に帰るまでお前を鍛えてくれると立候補してくれた、最強の悪魔祓い有馬貴将だ。教会の戦士なら泣いて喜ぶシチュエーションだ。ありがたく思えよ」

 

 

 前置きも、本人の許可も、拒否権も、全て無視した暴言。

 あまりの理不尽な言葉におもむろに異空間からグラムを取りだそうとするジークを必死で止めるリント。ジャンヌは一誠を品定めするように見るが、すぐに飽きたように目を逸らす。どうやらお眼鏡にかなわなかったようだ。有馬は特に反応することなく、アザゼルの言葉を黙って聞いているだけ。

 

 

「ちょ、ま、待ってください!?最初から説明してください!急にそんなこと言われても意味が分かりませんよ!」

 

 

 一誠も急に拉致され、いきなり本題のみを告げられ状況を理解しきれていない。

 そんな一誠にアザゼルは溜息をつきながら言葉を続ける。

 

 

「なら馬鹿にもわかるように長ったらしく説明されるのと、端的にまとめた内容、どっちがいい?」

「え、えっと、短い方で」

「どうしようもないほど弱い歴代最弱のお前を教会最強が鍛える。わかったか?」

「すいません!馬鹿でもわかるようにお願いします!」

 

 

 やはり端的な言葉では駄目だったらしい。というか、これで理解できる人間はほぼほぼいない。

 

 

「なら一から説明するぞ。赤龍帝のお前は俺ら三大勢力にとって無視することができない存在だ。極めれば神すら屠ることができる十三ある神滅具のうち一つ、それがお前に宿ってることは周知の事実だ。だが、残念なことにその所有者のスペックは下の下。今のところ上級悪魔一人倒すことができれば上等なぐらいの実力。そんなお宝を素人に毛が生えた程度の奴が持ってたら、前回の停止世界の邪眼の所有者みたく捕まって利用されてもおかしくない。最悪神器だけ抜きだされて殺される可能性もある。さらに言えば赤龍帝と白龍皇は毎回尋常じゃない程の殺し合いを必ずと言っていい程している。赤と白の因縁で戦いに巻き込まれれば、今のお前じゃヴァーリが禁手を使うまでも無く殺される。他の神話、特に北欧や須弥山にだって俺らが神滅具を持っていることを快く思っていない奴もいる。そんな奴らからしたらお前は格好の獲物なんだよ。つー事で、お前は早急に自衛できる程度の実力を付けてもらわねばならん。そこで過去に赤龍帝と白龍皇を倒した事のある白い死神様に指導してもらってさっさと実力を上げてもらう。わかったか?」

「ちょちょちょ、っと待ってください。もっと簡単に説明できませんか?」

「これでもわからねえとか脳ミソどうなってんだ?エロ以外使い物にならねえにもほどがあんだろ。要約すると、何もせずに死ぬか、死ぬ思いして生きるか、どっちか選べ」

 

 

 至極簡単な二択を提示することによってようやく理解する一誠。

 どちらにしても辛いことには変わりない。

 先程述べたのはあくまでアザゼルの推測だ。この推測が必ずしも当たるとは限らない。だが、それでもこの先それに近い状況が来るかもしれないことは間違いない。

 今の情勢は客観的に見てもよろしいとは言えない。各勢力から離反者が次々と現れ、それが三大勢力だけではなく、他勢力にまで火の粉が飛び火している状況だ。これが原因で他神話との戦争に発展しないとも言い切れない。

 そうなれば悪魔に所属している一誠も戦いに出向かなければならない。

 もともと平凡な高校生だった一誠にこの選択を迫ることは酷かもしれないが、彼は選ばれてしまったのだ。

 

 

 ―――――――――赤き龍帝に

 

 

「……無茶苦茶じゃないですか。選択肢なんてないような選択、なんで俺が……」

 

 

 突然迫られた選択に難色を示す一誠。

 当然と言えば当然かもしれないが、この場において彼に逃げるという選択肢はない。

 

 

「……元を言えば俺の部下がしでかしたことが発端だ。俺がもっと部下を管理できていれば、お前は裏を知ることにならなかったかもしれない。だが、それはあくまでIFの話だ。あそこでお前が死んでいようと死んで無かろうと、お前は裏の世界に足を踏み入れることになっていただろう。何故なら二天龍をその身に宿しているんだ。どのみちまともな人生は送れていなかっただろうよ。だからこそ、お前は選ばなきゃならない。後悔しないために、な」

「……後悔をしないため。俺は悪魔になって後悔したことはないですよ?」

「だが、後悔しかけたことはたくさんあるはずだ」

 

 

 その言葉に一誠の身体が強張る。

 

 

「アーシア・アルジェントは一度死んだ。リアス・グレモリーの婚約はサーゼクスの計らいが無ければ決まっていた。コカビエルの時は有馬が居なければ全員死んでいた。ヴァーリが反旗を翻した時はそれを見ていることしかできなかった」

「……でも、結果的に助かってます」

「運良くな。だが、それが長く続くと思うなよ?」

 

 

 アザゼルの言葉は最もだ。一誠は何もできていない。

 彼は毎回手遅れだった頃に駆けつけ、周りに助けらながら運よく無事に済んでいるに過ぎない。

 それがいつまでも続くと考えるのは大間違いだ。

 

 

「アザゼル」

 

 

 ここで話に割って入ったのは意外にも意外、有馬だった。

 有馬は一誠に目を向けながら言葉を続ける。

 

 

「彼と少し話がしたい。二人にさせてくれ」

 

 

 有馬の発言に難色を示すアザゼル。それとは正反対にジーク達は何も言わず部屋から退出する。

 アザゼルは数秒考えた表情をし、それを終えると大きく溜息を吐く。 

 

 

「仕方ねえ。ここに連れてくる条件がそれだったんだ。できるだけ短く済ませてくれよな」

 

 

 アザゼルは渋々と言った感じで部屋から退出する。

 去り際、ふっ、と言う笑い声が聞こえた気がしたが気のせいだと考えた。

 

 

 

□■□■

 

 

 

 思い通り!思い通り!思い通り!

 

 

 無表情がデフォルトの有馬、その彼のどこぞのキラよろしく悪巧みに成功したような表情をしている、つもりだ。その程度の表情の変化、それでも有馬は笑った。内心大笑いしているが。

 兵藤一誠が王になりうるのか、なりうらないのか。

 ここに来るまでにも何度も考えた。

 だが、それは実際見て見ないことにはわからないという結果しか出てこなかった。

 苦悩の渦の中、有馬は閃いた。

 

 

――――――成長するのを邪魔すればいいんじゃね?

 

 

 その考えが浮かんだ瞬間、すぐさま計画を変更。

 兵藤一誠を隻眼の王である可能性をすぐさま排除、忘却の彼方へと追いやる。

 変わりに兵藤一誠をいかにして成長させないか、強くなれないと諦めさせるかに考えをシフトする。

 原作のカネキも有馬のしごきによって隻眼の王としての実力を身に付けた。

 なら自分が手ほどきしなければ、むしろ足を引っ張ればその可能性は潰えるのではないか?

 有馬自身、今まで他者に手解きと言う程のことをした覚えはないが、それでも自分が他人を指導することができるほど、器用な人間じゃないということは理解している。

 自分の無茶苦茶な指導で強くなる確証などない。

 だが、万に一の可能性もある。

 一番のベストは強くなること自体を諦めさせ、堕落させていくことだ。

 最高なのはその結果、兵藤一誠が死亡することだ。

 人間性を疑われると思うが、自分が助かるためなら仕方がない。

 その為に必要なのは逃げ道。

 特に今のような過酷な選択を強いられている時こそ、その逃げ道は甘美な物となるだろう。

 そして一度妥協してしまえば、そう簡単に抜け出すことはできない。

 そうと決まればさっそく決行だ!

 

 

「兵藤一誠」

 

 

 こうして有馬の隻眼の王誕生阻止作戦が始まった。

 

 

 

□■□■

 

 

「な、なんですか?」

 

 

 一誠は緊張で上ずった声で返事を返す。

 だが、そんな事を気にすることなく、有馬はできる限り優しく言葉を続ける。

 

 

「先程の選択、そこにだけ視野を狭めるのは良くない」

「……じゃあ、他に選択肢なんてあるんですか?」

 

 

 一誠の諦めが混じった弱音、それは有馬が最も望んでいる言葉。

 精神的ゆとりがない現状、そこに甘く優しい選択肢を与える。

 どこかの隻眼の喰種も言っていた『人に愛される最も簡単で効果的方法はその人の傷を見抜いてそっと寄り添う事』と。

 今回の場合、極限の選択肢とまでは言わないが、一般人にすれば過酷な選択肢の中で、最もかけてほしい言葉、それを提示することによってその人に寄り添っているかのように見せる。

 

 

「アザゼルはああ言ったけど、何も君一人が強くなればいいわけじゃない」

「俺一人だけじゃなくて?」

 

 

 甘く甘美な言葉、ブッラックホールの様に暗く吸い込まれていきそうな優しい選択肢(残酷な道)

 

 

「君には仲間が居る。その仲間と一緒に強くなればいいよ」

「部長たちと一緒に……」

 

 

 その甘美な囁きに吸い込まれていく。

 一見、正しい選択のように見える。

 だが、これには大きな落とし穴がある。

 有馬は兵藤一誠の情報を探ると同時に、その周囲の情報も探った。

 幼くして母を失い父を拒絶する堕天使と人間のハーフ

 幼くして姉と離れ離れになり仙術にトラウマを持つ希少な猫魈

 幼くして同族から迫害され対人恐怖症なハーフヴァンパイア

 幼くして実験動物のように使い捨てられた元教会の戦士

 ぱっと調べられただけでも、これだけの情報を手にすることができた。

 この者達の共通点は過去に囚われ、未来へ進むことができていないという事だ。

 聖剣事件の際、一人が過去を乗り越えたらしいが、それは稀有なことだ。

 普通は今まで目を逸らしてきた事実と向き合うことはそう簡単ではない。それが長きに渡って逃げ続けてきたのなら尚の事。

 この仲間たちと一緒に強くなろうというのなら、長い時間が掛かるだろう。

 そして足の引っ張り合いをし、互いが成長することができないと傷の舐め合いでもしてくれれば更に良し。

 自分たちはこのままでいいと妥協してくれれば大成功だ。

 そんな事を考えている有馬は中々に人間性が終わっている気がするが、彼も生きることで必死なのだ。

 

 

「悪魔の寿命は長いんだ。そう急ぐことはないよ」

 

 

 そうして長い年月をかけて腐らせていく。

 時間はたくさんあるんだから急がなくていい、チャンスはまたあるんだからと。

 

 

「そ、そうですかね?」

 

 

 有馬は内心計画通り、とほくそ笑む。

 ここまで来れば後はもう一押しだ。

 一誠はその選択に魅了されている。

 だがそれと同時に、それを選んでいいのかと疑問も感じている。

 

 

「君と仲間の道だ。急がず自分のペースで進んでいけばいいよ」

 

 

 この場合、最後の一押し、他者からの同意を得ることによって、その考えは確固たるものとなる。

 どんな生物でも他者からの共感を得られなければ胸中に不安が残る。

 そこをついた悪魔の囁き、それは完全に一誠に浸透した。

 

 

「ですよね!俺だけじゃ無理でも部長や皆とでやればどうにかなりますよね!」

 

 

 先程までとは打って変わった元気の良さを見せる一誠。

 その表情には先程までの葛藤は見えない。

 彼は選んでしまったのだから。

 

 

「俺で良ければ、また相談に乗るよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 こう言っておけば今後このような悩みを持ったとき、有馬に相談することがあるはずだ。

 過去に自分の悩みを解決してくれた。

 そのように思わせることができたことは大きい。

 

 

「じゃあ、そろそろ戻るよ」

 

 

 有馬は抑えきれぬ高揚の中、部屋から退出する。

 面白すぎるほど単純で、扱いやすい。

 まさかここまで簡単に事が運ぶとは有馬自身も思ってもいなかった。

 予定では徐々に信頼を勝ち取っていくつもりだったが、今回のおかげでそう言った真似をしなくてもいいだろう。

 すでに充分すぎるほどの信頼は勝ちえた。

 

 

「おう、話は終わったかい?」

 

 

 部屋から出てすぐのところでアザゼルが現れる。その傍らにジーク達の姿も見える。

 

 

「お前さんがイッセーと話をしている間に会議は終わった。それとガブリエルからの伝言だ。『若手悪魔の会合に護衛として参加してほしい』だとよ。どうやら話し合いは無事に済んだみたいだ。それとは別に、俺からの頼みがある。冥界に滞在している間だけで構わねえからイッセーに少し戦闘のイロハを叩き込んでやってくれねえか?」

「本人がそれを望めば」

 

 

 やはり先程の話しは本気だったようだ。

 アザゼルの話を遮り、先に手を打っておいてよかった。

 

 

「そうか、本来なら護衛としてこっちに来てんのに迷惑をかける。あいつには手っ取り速く強くなってもらわねえと困るからな」

 

 

 アザゼルは肩の荷が下りたような表情をしているが、それは間違いだ。

 有馬はあくまで一誠が望めばと言った。

 つまり望まなければ自分が指導することはない。

 あれだけ仲間と一緒に強くなればいいと言ったのだ。

 第三者の自分に頼る前に仲間に頼ろうとするだろう。

 

 

「さて、会議も終わったことだ。お前さんらもガブリエルの護衛に戻っていいぞ。今はガブリエルにバラキエルを付けてあるからそんなに急がなくても問題ない。何なら買い食いでもしながら戻ればいいさ」

 

 

 冗談交じりの言葉を口にしながらアザゼルは個室に戻っていく。

 

 

「護衛に戻ろうか」

「はい」

「せっかくだから何か買っていきましょ」

「あれだけ食べてまだ食べるつもりなのか」

 

 

 有馬たちは雑談を交えながらグレモリー邸から出て行く。

 護衛に戻り、会合用に持ってきたスーツに着替え、 再び護衛に着く。

 

 

 

 

 

 

 

 そして若手悪魔の会合が始まった。

 

 

 

 




 急いで書いたらこうなりましたです。
 毎度毎度、誤字訂正していただきありがとうです!
 最近は感想を見るのが密かな楽しみとなっている作者です。


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乖離

 いやー、前回は適当に書きすぎたです。
 読者の皆様からの感想が凄まじい(白目)
 眠りそうになりながら書くことは良くないという事が身にしみてわかりましたです。 納得いただけない展開かと思いますが、書きたいように書いたらこうなりましたです。
 納得できなければブラウザバック願いますです。
 ではどうぞ。 


 若手悪魔の会合、その会場に一足早く到着した有馬とジーク、ジャンヌの三人。リントは一人ガブリエルの護衛を継続して行っている。

 会合が始まる前に少し打ち合わせがあり、その打ち合わせに多くの護衛を連れていくわけにもいかず、有馬たちの中で最も常識を持っているリントがそちらに出向くこととなった。

 ガブリエルとは会場で落ち合う予定になっている。

 その合間の時間、有馬は会合前の待機場所で一人読書に勤しんでいた。

 

 

「有馬さん、何読んどるの?」

「白秋」

「はくしゅー?」

 

 

 待機場所を歩き回っていたジャンヌだったが、それに飽きたのか有馬お本をのぞき込む。

 本の内容は小難しい漢字や普段使われることがないような表現が書かれている小説だった。

 

 

「あ、頭痛い……」

「そう?面白いけど」

 

 

 あからさまに拒否反応を起こすジャンヌ。

 基本的に本などは読むことがないジャンヌ。読んだとしても数ページで飽きて投げ出すことなどざらにある。

 

 

「有馬さん、そろそろ時間です」

 

 

 今まで置物のように有馬の後ろに佇んでいたジークが口を開く。

 ジークの言う通り、会合が始まるまであと数十分と言ったところだろう。

 そろそろガブリエルと合流しようと動き出そうとした瞬間

 

 

――――――――ドゴォォォン!

 

 

 待機場所に煙が舞う。

 入り口付近から同時に二つの魔力が高まる。

 

 

「ゼファードル、こんなところで戦いを始めても仕方ないのではなくて? 死ぬの? 死にたいの? 殺しても上に咎められないかしら」

「はっ、言ってろよクソアマ! 俺がせっかくそっちの個室で一発しこんでやるって言ってやってんのによ! アガレスのお姉さんはガードが固くて嫌だね! だから男が寄って来ないんだよ! 何時まで処女やってる気なんですかねえ! だから俺がわざわざ開通式やってやろうって言ってやってんのによぉ!」

 

 

 どうやら若手悪魔同士の諍いが起きているようだ。プライドが高いであろう者をこのような場所に集まればこうもなるだろう事は予想できなかっただのだろうか?

 そうは考えたもののそろそろ時間が迫っている為、諍いが収まるのを待っている時間はない。

 有馬は溜息を吐きたい気持ちをぐっと抑え、入り口付近でもめている二人の前を横切る。

 

 

「あっ?おい、何でこんなところに人間が居やがんだ?」

 

 

 だが、そう簡単に面倒事を避けることはできない。

 最近は鳴りを潜めていたが、有馬はどこぞのツンツン頭の少年ほどではないにしろ不幸体質だ。

 そんな不幸体質な彼が目の前の面倒事を避けることができるはずがない。むしろ呼び込んで来る。

 有馬はそんな相手を無視しようとするが、それは許されない。

 

 

「おっ、美人な奴もいるじゃねえか」

 

 

 目を付けられたのジャンヌ。

 ジャンヌは稀に見る美人だ。その美貌は彼女が聖女の頃から有名で、一時期は悪魔にも言い寄られていたほどだ。

 その結果、悪魔がどんな末路をたどったかはジャンヌのみぞ知るが。

 ジャンヌは悪魔を一瞥するとすぐに視線を元に戻し歩き始める。

 その瞬間、無視をされたことにゼファードルの額からブチッと言う音が聞こえる。

 

 

「無視してんじゃねえぞ、クソアマァ!」

 

 

 先程まで女性悪魔に向いていた矛先がジャンヌに向かう。

 その場から立ち去ろうとするジャンヌの肩へ乱暴に手を伸ばすが、その手はジャンヌの肩に触れる直前で掴まれる。

 ゼファードルの手を掴んだのは冷めた目をした男、有馬だ。

 

 

「あっ?人間如きが俺に触ってんじゃねえよ!」

 

 

 突然掴まれた腕を振り払おうとするが、その行動に反して腕はピクリとも動ない。

 

 

「なっ!?てめえ離しやがれ!」

 

 

 強引に振り払おうと力を入れる。

 そのタイミングに合わせた様に有馬は力を緩め腕を離す。

 すると体制を崩し、勢い余って尻餅をつく。

 

 

「いっつぅ……てめえ舐めてん――――――――」

 

 

 有馬の行為に憤りを感じた男は睨め付けようとしたが、ゾワリとした寒気がゼファードルの動きを止める。

 いや、止めさせられた。

 ゼファードルの眼には、上から見下ろすように視線を向ける有馬の冷たい瞳のみが写っているだけだ。だが、その冷めた瞳に気圧され、思わず尻込みし、動きと共に思考を停止させられる。

 その出来事と同時に、先程までの喧騒が嘘のように静まる。

 突然の出来事に、この場の時が止まったかの様にさえ錯覚する。

 数秒ほどすると有馬は男から視線を外し、踵を返して入り口から去っていく。それに追従するようにジークとジャンヌもこの場を後にする。

 この場の悪魔達はその後姿を見ることも、止めることもできず、その場に縫い付けられたかのように動くことができなかった。

 悪魔達が再び動き始めたのは、有馬たちの姿が完全に見えなくなった後だ。

 

 

「……噂を凌駕する程の凄まじさだな」

 

 

 そう一人呟いたのはこの場で一際頑強な身体を持った男。

 この悪魔の男はサイラオーグ・バアル。今回集められた若手悪魔の中でナンバーワンと呼ばれている期待の悪魔だ。

 その男ですら動けなかった。

 先程、ゼファードルがジャンヌに掴みかかろうとしたのを止めようと動こうとした、その矢先の出来事だった。

 ジャンヌの先を歩いていた有馬は、背後で起きていることをまるで見えているかのような動きを見せた。

 有馬の一連の動作をサイラオーグは眼で追うことはできていた。動き出しも見えた、ゼファードルの手を掴む瞬間も見えた。にもかかわらず、身体はその動きを一切反応することができなかった。

 まるでその瞬間だけが時間から切り離されたような感覚すら感じた。

 サイラオーグ自身、血反吐吐き、肉体の限界を超えた絶え間ない鍛錬を行い今の力を得た。そこに一切の妥協はなく、その過程を微塵たりとも恥じることもない。自分は強いと声高らかに叫ぶことができるほどの自信を付けた。

 だからこそ、有馬の異常なほどの動きに驚愕を禁じ得ない。

 悪魔ですらない、人間があれほどの動きをすることができるのか。

 魔力や仙術、特殊なことは何もしていない一連の動作、それにサイラオーグは魅入られた。

 あれこそが自分の辿り着くべき修練の先なのだと。

 サイラオーグの口元は自然に笑みを浮かべる。

 

 

「下らん集まりだと高をくくっていたが、そうでもないらしい。白い死神、是非とも一手ご教授願いたいものだ」

 

 

 サイラオーグは尻餅をつくゼファードルを助け起こすために手を差し出すが、それが彼の琴線に触れ、再びその場が喧騒に包まれることになるのだがそれは小さな些事。先程に比べれば些細な出来事だったとでも言っておこう。

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

「ジャンヌ」

「何です、ジーク」

 

 

 待機場所からガブリエルと合流するまでの時間、ジークは静かにジャンヌを説教していた。

 

 

「さっきの悪魔、ゼファードル・グラシャラボラス。斬ろうとしたな?」

「あ、見えました?」

 

 

 あの時、ゼファードルがジャンヌに触れようとした瞬間、彼女は周囲にばれぬように腰の剣に手をかけていた。

 もしも有馬があの時割って入っていなければ、彼の手首は綺麗に斬り落とされていただろう。

 

 

「別に悪魔なんだから腕の一つ無くなったって死なないっしょ」

「そう言う問題では無い。奴は若手悪魔の会合に呼ばれるほどの悪魔だ。不用意なことをすれば、此方の立場が悪くなる」

「えー、何かされても我慢するんですか?」

 

 

 ジークの言葉にブーブーと文句を言うジャンヌ。

 確かにセクハラ紛いの事をされるのは我慢ならないだろうが、それで腕の一本斬り落とすのは流石に問題がある。そう言うのは別世界のスカルマスクだけで十分だ。

 ジャンヌ・ダルクの魂を継ぐこの少女、その行動は聖女の魂を継いだとは思えないほど好戦的だ。

 

 

「ジャンヌ、もう少し穏便に済ませて」

「有馬さんがそう言うなら」

 

 

 今までの不満が嘘のような反転した返事が帰ってくる。

 その事にジークは何も言わないが、内心イラッと来ている。

 有馬は有馬でこんな感じで護衛任務大丈夫か、とキリキリと痛んでいるような気がする胃を気にしながら合流地点へ急ぐ。

 

 

「少し遅かったですね、有馬さん」

 

 

 案の定、合流地点にはガブリエルとリントがすでに待っていた。

 

 

「すまない、待たせた」

「いえ、私達も先程来たばかりですのでお気になさらず」

 

 

 そんな有馬をフォローするガブリエル。

 それから会合の簡単な流れが説明される。

 話を聞く限り、有馬たちは特にすることも無く、ガブリエルの背後で待機していればいいだけだ。唯一注意すべきことは襲撃があった場合のみだ。それ以外は特に何もすることはないだろう。

 説明も終わり、会合の会場に到着する。

 ガブリエルの席は魔王やアザゼルの席の隣、最上段に位置する場所だ。ガブリエルが着席すると有馬たちは後ろで待機する。

 しばらく待つと悪魔のお偉いさん方や魔王、アザゼルも集まりだす。若手悪魔も無事にそろっているが、先程ジャンヌに触れようとしていたゼファードルの顔が腫れがっている。有馬たちが去った後、何やら一悶着会ったのかもしれない。

 

 

「では、これより若手悪魔諸君の顔合わせも兼ねた会合を開催する」

 

 

 サーゼクスの言葉を皮切りに若手悪魔の会合が始まる。

 そこから若手悪魔の今後についてから始まり、今話題のテロリストについて、若手悪魔達が今後の悪魔達にとって宝であるなど、長い話が続く。

 そんな話の中、上層部に位置するであろう悪魔達は若手悪魔達を品定めするように見ながら、有馬に目障りそうな視線を向ける。

 有馬は良くも悪くもこの場で視線を集めている。今まで多くの悪魔を葬ってきたのだからそれも仕方のない事だろう。少し話がずれるが、教会は何もはぐれ悪魔だけを討伐している訳ではない。場合によっては吸血鬼、妖怪、魔法使いなども討伐対象に入ることもある。そして悪魔も、はぐれではない悪魔がその対象に入ることも。

 有馬はその実力の高さから、上層部に位置する悪魔の討伐も行う事もあった。その中には、悪魔の政界に少なくない影響を持った悪魔も存在する。彼らの中には、そんな悪魔と繋がりがあった者もいるだろう。そんな彼らの前にその本人が居れば少なくともいい気はしないだろう。

 そのせいか、所々教会の戦士についてと言いながら遠回しに皮肉を投げる悪魔もいる。

 その事で魔王やアザゼルがフォローに回っているが、それが面白くないのか言葉にはしないが、有馬の事を邪険な目を向ける者まで居る。

 その状況にアザゼルは内心ハラハラしているが、それを知る者は何処にもいない。

 話は進み、若手悪魔の各々の目標、夢について話すことになった。

 ある者は『魔王になる』と啖呵を切り

 またある者は『レーティングゲームで王者になる』と宣誓する

 最後の者は『どの悪魔にも平等な学校をつくる』と夢を語った。

 その言葉にこの場の大勢の者が笑う。

 『面白いジョークだ』、『平民や下級悪魔如きが』、『魔王の妹の言う事は傑作だ』、『そのような戯言』等と、言い腹を抱えて笑い出す。

 それに対し、夢を持つ少女、ソーナ・シトリーは本気です、と再度その覚悟を示すが、その言葉に反して彼らの対応は温かいものではなかった。

 その夢は多くの貴族悪魔達にとって面白いではない。今の悪魔の社会は貴族主義だ。階級を持っている悪魔でさえも、その階級によって平民や下級悪魔と大差ない扱いをされる社会だ。この場に参加する全ての者が全てそういう訳ではないが、それでも多くの者はその血筋や生まれというだけで今の立場に座っている。そんな彼らが今までのように暮らしていくには、今の社会を維持する必要がある。当然、そこにソーナのような考えを持つ悪魔など不要だ。

 そこでソーナの眷属、匙元士郎が異議を申したてる。何故自分たちの夢を笑わなければいけないのか?その言葉はお世辞にも上層部の悪魔に使うような言葉ではなかった。

 それをきっかけに彼らは口論を繰り広げる。自分たちは本気だと主張する匙、それに対して意地悪な返答が帰ってくる。

 

 

――――――――――なら証明してみろと

 

 

 上層部の悪魔の考えはこうだ。下級悪魔や平民に可能性を見いだせと言うならまずはその証拠を見せてみろ、つまりここまで啖呵を切った匙にお前の力を見せろと言っているのだ。

 そこで上層部の悪魔はガブリエルの護衛として今会合に参加している教会の戦士とレーティングゲームの真似事をしてみたらどうだ、と進言する。

 上層部の悪魔達の考えは決まっていた。自分たちの生活を脅かすようなことを考えるソーナにきついお灸を添えてやろうと。最初は若手ナンバーワンと噂されているサイラオーグをけしかけようとしたが、少し考えその考えを破棄した。ちょうどいい、今回冥界に訪れた白い死神、有馬貴将の実力を図る為の生贄にでもなってもらおう、と。

 今回会合に参加した上層部の悪魔の中には、有馬を目障りと思うものも少なくない。むしろ多いと言ってもいいだろう。彼らはこれを機に冥界に滞在している間に暗殺でもしてやろうかと画策していた。だが、有馬貴将の戦闘データはほぼ0、内容は噂程度にしか知らなかった。所詮は噂だと鼻で笑う者もいたが、今まで多くの悪魔がその手にかかっていることもあり、その真偽を確かめたいという意見もあった。そんな時に今回の発言はちょうどいい渡り船だった。暗殺に差し向ける悪魔の実力を図る為に、ソーナを利用してやろうと考えたのだ。

 勿論、魔王やアザゼル、ガブリエルすらもそれには反対した。

 だが、彼らもそう簡単には退かない。今回のチャンスを逃せば有馬を殺すことは困難だと理解していたからだ。正確には暗殺することは可能かもしれないが、その痕跡が残る可能性が高いと考えていた。ならどうとでも理由の付けようができる冥界で動いた方が良いと踏んだ。

 上層部の悪魔と各勢力の首脳陣の口論は若手を外野に白熱していく。

 特にアザゼルは周りが驚くほど反論していた。当然だ、有馬の戦闘能力はいくら低く見積もったとしても若手の手に負える物ではない。

 本来の会合の目的から大きく脱線した口論はやがて終局を迎え、やがて両者が幾分か妥協することによって口論は終わる。

 レーティングゲーム自体は行われる。

 その内容は若手悪魔全員対今回のガブリエルの護衛として参加した教会の戦士4名と言う内容だ。

 最初、ガブリエルはこの事に大きく反論していたが、アザゼルの必死の説得により引き下がった。と言うより余りにらしからぬ行動に引いたと言う方が正しい。

 それでも有馬一人を戦わせることに負い目があったガブリエルは他の三名も参加できるように計らった。その発言にアザゼルは『あいつ一人でオーバーキルもいいところだぞ』と愚痴を零していたが、それを聞いた者は誰もいない。

 ルールは簡単、戦闘フィールドは荒野。有馬たちの勝利条件は若手6名の悪魔達の撃破。若手の勝利条件は有馬貴将の撃破。

 端から見れば見渡しの良い荒野に少数で多数の敵との戦闘、それも悪魔のような空を飛ぶことができる相手との戦闘はムリゲーに近いが、それでもアザゼルは戦力差を埋めるには足りないだろうと踏んでいた。

 有馬は先日の戦闘で、上空を自在に翔るヴァーリを相手に無傷で倒したのだ。空を飛べないことはデメリットにすらなりえない。地面が無ければその限りでもないかもしれないが、あの有馬なら地面が無くても戦えそうで怖い。

  上層部の悪魔もソーナを失脚させることができないことは残念だが、これだけの数がいるのなら有馬の戦力をさらに正確に測ることができると妥協した。

 若手対有馬で有馬が負ければそれはそれで良し、わざわざ暗殺する手間が省ける。有馬が勝ったとしてもその戦力を把握できるから良し。 

 中には今回のレーティングゲームにシステムに干渉し、リタイアのシステムにでも細工をしておいてやろうとまで考えてい者もいる始末だ。

 そんな事を本人の了承も無くするのだ。

 結局最終確認の段階で構わないか問われる。勿論、有馬がこの状況でノーと言えるほど肝が座っている訳も無く、渋々と言った感じで了承することとなった。

 その事に歓喜する若手ナンバーワン

 先程コケにされた借りを返すと有馬を睨め付ける男

 先程の光景を思い出し身震いするメガネをかけた女性。

 これはチャンスだと不気味な笑みを漏らす優し気な男

 コカビエルとの戦闘を思い出し苦々しい表情を零す紅髪の少女

 すぐにでも勝算を探るために考え始める生徒会長

 各々思いはバラバラだが、試合自体には不服はないようだ。

 ただ一人、有馬はどうすっかなー、なんて現実逃避をしかけている。まさかここに来るまで大した不幸事が来なかったことが、ここに来て裏目に出るとは。まるで今まで溜まっていたものが噴き出したような惨事だ。

 

 

「………」

「フフフ、見せどころですね」

「面倒な」

 

 

 どうやらこちらもやる気満々なようだ。

 静かに佇むジーク、だが心の中では二刀を試すには良い機会だと考えている

 明らかに有馬に良い所を見せようとやる気に満ちているジャンヌ

 口ではああ言っているが、久しぶりの有馬との戦闘に喜びを隠せていないリント。

 そんな中、一人やる気を出すことができない有馬。

 まさか裏では自分を殺すために様々な駆け引きがされているとは夢にも思わないだろう。

 

 

 こうして、本来の歴史とは大きくずれたレーティングゲームが始まることになった。

 

 




 悪魔狩り過ぎて悪魔からのヘイトがえらい事に……
 最後はどう終わるか決めてるんですけど、その過程は未だ決まってなくて作者はちょっと迷走してますです。
 投稿が進んでいなかったら、病院に行ってるか、過程を考えていると思ていただけたらありがたいです。
 それとは別に、ここまで読んでくれてありがとうです!
 皆さんからの感想や評価は大変励みになるので、これからもよろしくお願いしますです!


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蹂躙

 戦闘内容は大幅にショートカットさせてもらいましたです。
 グダグダ書いてると、4,5話分ぐらい喰いそうだったので。
 納得できないかもしれませんですけど、勘弁してくださいです。
 

 それと気づいたら評価数が百を超えててビックリしたです。
 ありがとうございますです。


 ちなみに次の投稿は遅れそうです、なので今回は少し長めです。
 ごめんなさいです。


 それと最近思ったことなんですけど、カネキ君のマスクって片目見えないようになってるのに、よく距離感とかわかるな~って思った作者です。


 若手悪魔対教会の戦士。そのレーティングゲームの開始日時はすぐに決まり、その話はすぐに有馬らにも伝えられた。

 開始日時は三日後、冥界の首都リリスにて行われることが決まった。

 開始日時が三日と言うのは、流石に性急すぎないかと言う意見も多くあったが、この日取りは上層部の悪魔の強い要望によって決定することになった。

 理由として少しでも早く試合が見たいと言う理由が上げられていたが、それは表向きの理由。裏の理由としては、有馬を暗殺するための期間に余裕を持ちたかったからだ。

 暗殺を実行すると言っても、すぐにできるわけではない。有馬の実力を図り、実行犯の人選、決行の日時、痕跡を消すための根回し、必要なことは多岐にわたる。

 今更だが、有馬は冥界にガブリエルの護衛として訪れているのだ。暗殺をするにしても、それにガブリエルを巻き込むのは流石に拙い。そんな事をすればいかに多くのパイプを持つ彼らと言えど誤魔化しきれない。その事からチャンスは多くはないだろうという事もわかる。

 そんな上層部の要望に流石の魔王たちも、自分らを魔王として推薦してくれた彼らの意見を無碍にできず、日時は三日後に決定した。

 その準備期間、若手悪魔達は一度集まり、作戦を立てることになった。

 なったのだが、その会議は会議と呼べるような大層なモノではなく、若手同士の溝をより一層深める結果となった。

 

 

 対有馬対策として開かれた会議。

 その進行は、かつて有馬の戦闘を目にしたことがあったリアスが司会を務めることとなった。だが、肝心の戦闘はリアスから口で伝えられたモノばかりで、実際の映像は一つもない事からリアスが司会をする必要がない事を指摘され、一悶着が起きた。

 その結果、司会は今回の発端という事もあってソーナが務めることになった。

 彼女が提案した作戦はいたって簡単なモノ、遠方から魔力による物量作戦。

 有馬の戦闘スタイルは基本的に近距離からの攻撃が多い。ナルカミによる遠距離射撃も可能だが、それを物量で抑え込むことによって対処しようと言うのがソーナの考えだった。どこかの中将も言っていたが、戦いは数だ。この作戦は、少数精鋭の有馬たちを相手取ることにもっとも適切と言える作戦ともいえる。

 しかし、その作戦にゼファードルが反対する。離れた場所からではなく、この手で有馬を殴り飛ばしたいと発言する。ソーナはその発言のデメリットを並べていくが、それに首を縦に振ることはなく、付き合っていられるかと吐き捨て会議から離席。

 その後、サイラオーグも自分が遠距離からの攻撃に不向きという事を述べ、一先ずその作戦は保留となった。

 続いてソーナが進言した作戦は若手たちを部隊ごとに分けた作戦だった。人数の利があるのならそれを生かない手はない。教会の戦士一人一人に若手悪魔とその眷属をを差し向け敵を分断、各個撃破するという内容だった。

 その作戦には誰も異論はなかった。だが、その役割分断に問題があった。今回のレーティングゲームのメインディッシュともいえる存在、有馬を誰が相手にするのか、その割り当てで揉めることとなった。

 相手は四人、その内有馬を相手するのは若手悪魔の内二名が選ばれる。そうなると必然的に他の者は有馬以外の相手をすることになる。もしも有馬を倒すことができたなら、上層部からの評価は高くつくだろう。だが、その取り巻きとも言われる他三名を倒しても、その評価は有馬に比べれば微妙だと言わざるを得なかった。

 勿論、有馬との戦闘に立候補したのは全員だった。

 この場に居る誰もが評価は欲している。それは自身の夢に繋がることであるなら尚更だった。

 その結果、この作戦は内輪揉めに繋がるとして破棄せざるを得なかった。

 先程の二つが有効な作戦だと言うことは誰もが理解している。だが、それは誰かしらがデメリットを背負う事もあって、頷くことはできなかった。

 新たな作戦を考えるが、それでは効果が乏しいと判断され作戦には組み込まれなかった。

 そして最終的に決まったことが、各々自由に戦うという事だ。

 有馬一人を狙うも良し、有馬以外の相手をするも良し、漁夫の利を狙うのも良し、唯一決められたことは味方同士で争う事は禁止と言う事だけだ。

 話が終了すると、彼らはすぐに会議場所から去っていく。

 誰もが如何に他者を出し抜くか、それを考えていることがわかる。

 最初からプライドが高い若手悪魔同士で協力する、その事自体がどだい無理な話だった。

 有意義とは言えない会議は、時間を無駄に浪費しただけで幕を終える。

 それから彼らは試合当日まで誰一人顔合わせをする事も無く、当日を迎えた。

 

 

□■□■

 

 試合当日、有馬たちは待機場所で各々寛いでいた。

 試合前にもかかわらず読書に没頭する有馬、静かに闘志を燃やすジーク、落ち着かないのかうろちょろするジャンヌ、そんな三人とは対照的に若手たちのデータを読み直しているリント。そんな四人の様子を見守るガブリエル。

 

 

「今更ですが、無理だけはしないでください。貴方達は悪魔にとって若手悪魔と同じ、教会にとっての宝なのです。その命を無為に散らさないでくださいね」

 

 

 懇願にも聞こえるその言葉。

 ガブリエルも有馬の強さは知っている。それでも今回の試合は傍目から見たら圧倒的不利、お世辞にも勝てるとは思えなかった。

 

 

「大丈夫ですって、有馬さんが居ますし」

「ジャンヌ、目上の相手にはもう少し言葉を選んでくれない?」

「問題ありません」

 

 

 ジャンヌは陽気な返事を返し、リントがツッコむ。ジークは我関せずと言った具合だが、そんな言葉を聞いてもガブリエルの不安は晴れない。

 もしもこの場にアザゼルがいたら対戦相手の若手たちを心配してやれとでも言っていただろう。

 そして若手悪魔達にとって残念なことにこの三日間、彼らは無為に時間を過ごしていたわけではない。

 三人は有馬式超スパルタ組み手を、試験前の学生よろしく徹夜に近い形で行っていた。おかげ様で冥界に入る前とは別人と言っていい程腕を上げていた。

 ジークは二刀の心得を、ジャンヌは指摘されていた剣幕の薄さを、リントはどっちつかずの遠近距離の戦闘スタイルを。

 今回、レーティングゲームという事もあって、有馬をメインに戦闘させるわけにはいかないと言う三人の意見もあって隊列が本来とは違った形となった。

 ジークとジャンヌが前方を担当、ジャンヌは主に切り込みをメインにジークはそのサポートとしての立ち回り、リントを中央に配置し漏れがあった敵を排除、後方の有馬が指揮と後詰を行う。

 この隊列に内心俺いらないんじゃね?と思いながらもそれを口に出さない有馬。

 

 

「リント、使えそうか?」

「ええ、少し重いけど」

 

 

 今回のレーティングゲーム、有馬から指示され教会から受け取ってきた魔剣の内の一振り、ノートゥング。それをリントに一時的に貸し出すことになった。

 その経緯は何とも馬鹿な話なのだが、有馬との組手の最中にリントの武器が崩壊したのだ。破壊ではなく崩壊だ。有馬の無茶ぶりにこたえきれず、その結果となった。試合前に武器を調達する時間も無く、やむなしにジークから予備の魔剣を拝借することとなったのだ。

 

 

「皆さん、そろそろお時間です。決して無理はなさらぬようお気を付けください」

「善処します」

 

 

 有馬たちは転移魔法陣に入り、試合会場に転移する。

 若手悪魔と死神、その戦いが幕を開ける。

 

 

 

□■□■

 

 

「ククク、始まったな」

「ああ、始まったな」

「仕掛けは十分に施せたか?」

「問題ない。小僧どもには気づかれておらん」

 

 

 レーティングゲームの観戦席。そこで上層部の悪魔達は機嫌よくモニターを眺めていた。

 彼らが今回のレーティングゲームにした細工は三つ。一つはリタイアシステムの細工、これは教会側にのみ働くように細工をしたものだ。瀕死の傷を負った場合、医療室に転移されるこのリタイアシステム、これが作動しないように彼らは人脈を駆使し、裏から手を回した。これでもし有馬が死ぬような傷を負ったとしても、リタイアすることはない。

 二つ目はフィールド事体に細工を施した。特殊な術式をフィールドに組み込み、若手たちの魔力消費を抑えるようにした。これによって若手たちの戦闘は普段よりも楽なモノになるだろう。

 三つ目は、フィールドの転移場所の設定だ。有馬たちの転移場所をフィールドの中央に、若手悪魔らはそれを囲むように六方面の場所に転移させられる。これによって数の利を最大限に生かした状況から試合が開始することになる。

 

 

「白い死神め、我らに楯突いた事を後悔させてくれる」

 

 

 逆恨みも甚だしいことこの上ない言葉だが、それを彼らに言ったところで怒りを買うだけだろう。

 そんな彼らが自身の行いに後悔するまでそう時間は多くない。

 自分たちの行為が、後に寿命を縮めたことを知るのはまだ先の話だ。

 

 

■□■□

 

 

「ここが今回のフィールド」

 

 

 遮蔽物も何もない荒れ果てた荒野。ここが今回のレーティングゲームのフィールドとなる。

 ソーナはまず自分の眷属が、全員揃っているか確認する。特殊ルールによっては眷属がバラバラの位置に転移させられることも過去のゲームではあったと記録されている。その事を考慮し、確認を行う。

 ソーナの周りには誰一人欠けることなく、全員がその場にいる。どうやらそれは無用の心配だったようだ。

 次に現在の立ち位置を確認しようと周囲を見渡す。フィールドの中央に有馬らが位置し、それを囲むように若手が位置に着いている。どのような思惑でこのような配置になったのか不明だが、その事に内心焦りが生まれる。

 一見、若手悪魔が有利に見えるが、それは外見上だけだ。

 ソーナからすれば全員を一カ所に集められた方が色々と都合が良かった。明らかに自力で劣っている自分たちが離れた位置からの開始、これでは当初自分が考えていた各個撃破を相手にされかねない。

 どうしたものかと頭を悩ませている間にアナウンスが流れる。

 

 

『皆様、この度のレーティングゲームの審判役を務めさせていただきますサーゼクス・ルシファー様の女王、グレイフィア・ルキフグスでございます。今回は若手悪魔の皆様とガブリエル様の護衛であらせられる教会の皆さまとの試合となります。試合開始前に、再度ルールの確認を行わせていただきますことをご了承願います。

 

 

一つ、若手悪魔の皆様の勝利条件は王である有馬貴将様の撃破、教会の皆様の勝利条件は若手悪魔全ての王の撃破。

 

二つ、時間制限はなし。決着がつくまで試合は継続されます。

 

三つ、試合中、自主的にリタイアすることが可能です。

 

 

以上がこの試合のルールとなります』

 

 

 ルール説明を聞く中、ソーナは制服のポケットに入った小瓶を確認する。

 この小瓶はソーナの姉であるセラフォルーから試合前にもしもの時にと渡された物だ。

 フェニックスの涙、どんな傷でもたちまち塞がり、治癒される至高の逸品。

 並の悪魔では手にする事も難しい超高価な一品、これをどう使うかによってこの試合の命運が分かれるだろう。

 ソーナは誰に持たせるべきなのか、教科書通りなら女王か王である自分が持つべきだ。しかし、教科書通りの動きをして勝てるほど今回の敵は甘くない。かといって他の者に渡したとしても一時的に寿命が延びるだけ、状況の好転にはならないだろう。

 少し考えた後、ソーナはこれを誰に託すのか決断する。

 

 

『開始時刻となりましたので、ゲームを開始します』

 

 

 そのアナウンスと同時に、若手悪魔は中央に殺到する。

 

 

□■□■

 

 

「ジャンヌK48、ジークE57、リントF13」

 

 

 有馬は試合が開始すると同時に襲い掛かってきた悪魔達を前に、焦ることもなく淡々と指示を下す。

 それと同時に三人も動き出す。

 上空に滞空する悪魔はリントが、地上はジークとジャンヌが対応する。

 雑魚には用はないと言わんばかりに有馬に襲い掛かろうとするが、その悪魔達は尽く切り伏せられていく。

 昇格(プロモーション)した兵士を有無も言わさず蹴散らすジーク、騎士の俊敏な動きを封殺するジャンヌ、上空に滞空する僧侶の動きを制限するリント。

 それぞれが一騎当千の働きをする。

 

 

「ジークD21、踏み込みが悪い。ジャンヌA14、剣幕に無駄が多い。リントC67、反応が遅い」

 

 

 だが、それに満足する有馬ではない。

 新たな指示を出しながらも駄目出しをする。

 その指示に対応するよう三人の動きも変わっていく。

 ただでさえ深く切り込んでくる斬撃に鋭さが増し、剣幕はより一層攻撃的なモノに変化し、射撃は的確なモノに変貌していく。

 端的指摘を受け、動きに無駄がなくなっていく。

 

 

「くっ!」

「我が愛馬をもってしても防戦一方とは!?」

 

 

 ジークは現在二人の騎士を相手にしている。その傍には既にリタイアの光に包まれている影も幾つか見える。

 

 

「聖魔剣よ!」

 

 

 地面から剣山が隆起し、ジークに襲い掛かる。意表を突いた攻撃、その攻撃すらもジークは最小限の動きで回避する。そこに待っていたと言わんばかりに人馬が突貫し、両手に持つランスで高速の連突を繰り出す。

 不意を突いた奇襲、ランスがジークを捉えたと確信した瞬間、その姿が消える。それと同時に騎馬の騎士の脇腹に鋭い痛みが走る。

 

 

「コンマ2タイミングが速い」

「すみません」

 

 

 謝罪を口にしながらも手は休めない。

 続けてもう一人の騎士にも斬り掛かる。一合目の斬撃で怯ませ、二ノ太刀で剣を破壊、締めの刺突で仕留めようとするが、彼は身体を捩ることで致命傷を避ける。態勢の崩れた相手の息の根を止めようと迫るが、そこに聖なるオーラが迫る。

 ジークはそれをバックステップすることによって躱し、同時に間合いも開ける。

 

 

「木場!無事か!?」

「すまない、助かったよ」

「アルトブラウをもってしても届かぬとは」

 

 

 二人の騎士を救ったのは、デュランダルを片手に持った元悪魔払いゼノヴィアだ。

 彼女は先程のジークの動きを離れた場所から辛うじて追うことができた。だからこそ、その常軌を逸した行動に驚きを抱かずにはいられなかった。

 あの時ジークは、高速の連突を躱すのではなく、その穂先に刀身を当てることによって微妙にランスの軌道を変えたのだ。それだけでも恐るべきことにもかかわらず、それだけでは飽き足らず穂先をずらす際に、相手の重心をランス側にずらすという離れ業までやってのけたのだ。その態勢が崩れた一瞬の間に、馬上の死角に入り込み一閃。これが態勢を崩されていない状態なら馬であるアルトブラウが避けていただろうが、そうさせないためにわざわざ重心をずらすと言う手間までかけたのだ。

 常人なら二度は死んでいるであろう事を平然とやってのけたジーク。それを二人の騎士は気づくこともできていない。それに先程の反撃は失敗だ。本来なら相手の腕が伸びきる直前に穂先を逸らし、大きく態勢を崩したところ一撃で仕留める予定だった。しかし、慣れぬ二刀の操作にタイミングが早まり、一撃で仕留めることができなかった。

 この時点で、ジークと彼らの剣士として格付けは終了した。

 

 

「聖魔剣がまるで通じない。流石は魔帝剣グラム、その強さは並ではないね」

 

 

 彼は一つ誤解をしている。

 彼らの差は武器の差ではなく、単純に所有者の格の問題だ。膂力、剣速、反応速度、それらの全てにおいて彼らはジークを下回っていた。何より、ジークは幼少よりグラムを使い込み、己の一部のように扱うことができるが、彼らは良い使い手どまりだ。その差は余りにもでかい。武器の強さでステータスが変わるのは特殊な武器だけだ。本来、使い手の実力に伴って武器の性能も左右されることが普通とされている。有馬なら、それこそ傘でジークと遜色ない動きを容易く行う事ができるだろう。

 

 

「さて、悪いけど、もう少し足止めさせてもらうよ」

「貴殿を私の主君の元へ行かせるわけにはいかん!」

「名高い魔剣使いの戦い、この目に焼き付かせてもらおうか!」

 

 

 この勝負も終盤へと迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで27人斬りっしょ!」

 

 

 ジークが騎士らと闘っている間、ジャンヌは唯一人で多くの悪魔をリタイアさせ続けていた。

 ジャンヌの高速の剣捌きについてこれる者はおらず、そのアクロバティックな動きに終始翻弄され続け、ほぼ全員が脱落した。 

 

 

「こ、小猫ちゃん……!」

「だ、大丈夫です。傷は浅いのばかりですから」

「お嬢さんは少し休んどきな。ここは俺達男に任せておけ。行くぞ!」

「………」

 

 

 偉丈夫の巨腕が振り下ろされる。余裕をもって躱すが、そこに金髪の騎士が斬り込む。瞬く間に十数合の斬り合いを演じるが、無傷のジャンヌに反して相手の切傷が増えていく。それに溜まらないと言わんばかりに距離を開けようと後ろに大きく飛び退く。すぐさま追撃をかけようとするが、そこに偉丈夫が割り込む。邪魔をするなと連撃を叩き込むが、身体が硬く、薄皮をきる程度の傷しかできない。

 

 

「流石に硬いっしょ」

 

 

 偉丈夫の防御力は並で無いことをすぐに見抜いたジャンヌ。残念だが、今の装備では正攻法では攻略が難しい相手だ。どうやって倒そうか考えるが、すぐに考える事を放棄し、感覚の赴くままに戦いを再開する。

 再び剛腕が薙ぎ払うように振り回される。風圧だけでも力を抜けば吹き飛ばされそうな威力。だが、その速度は大したものではない。ジャンヌは躱しながらもその剛腕に何度も剣戟を叩きつける。

 何度も繰り返される光景に違和感を感じる相方の騎士、序盤の攻撃で斬撃の効果が薄い事は相手も理解しているはず。なら何のために何度も攻撃を?

 

 

「ッ!一度下がれ!?」

 

 

 騎士は何かに気づき、すぐさま仲間に後退するように指示をする。

 

 

「逃がさ―――――――――ッ!」

 

 

 追撃を行おうとするが、急激に身体が重くなる。突然の出来事に空白の時間が生まれる。その間に、偉丈夫は騎士の元まで退避している。

 

 

「やってくれましたね。ガンドマの防御を数で越えようとするとは」

「斬れないなら、斬れるまで斬ればいいだけですよね?」

 

 

 何当然の事を言ってるんだ、と言わんばかりの言葉に苦笑を隠せない騎士。普通は別の方法を捜したりするものなのだが、どうやら目の前の剣士はそう言ったセオリーには当てはまらないようだ。

 

 

「それよりも、これ貴方のせいですか?」

「ああ、俺の神器、魔眼の生む枷(グラヴィティ・ジェイル)を使わせてもらった。悪いがお姉さんはこれからまともに動くことはできない」

「あっそ、じゃあ勝手に動きますね」

 

 

 ジャンヌはそう言うと、先程と遜色無いとまでは言わないが、それでも鋭い動きで二人に肉迫する。

 ジャンヌが行っていることは簡単だ。重力を利用した移動、それだけだ。

 超感覚派の彼女は、この場合どうすればいいのか、それを考えるよりも早く、意識する前に身体が動く。

 その事に驚きを隠せず、不十分な態勢で攻撃を受けることとなった。

 

 

「ぐっ!出鱈目にも程が――――――――」

 

 

 言葉を言いきる前に腹が斬り裂かれる。鋭い痛みに身体が強張る。その刹那の間にジャンヌは素早い身のこなしで相手の視界から姿を消す。すると先程までの重圧から解放される。

 その事にやっぱりと言った表情をする。

 そして

 

 

「さようなら」

 

 

 無慈悲な宣告、それとともに喉笛を斬られる。金髪の騎士は糸の切れた人形のように倒れ、粒子が身体を覆い、リタイアする。

 そこに仲間の仇と言わんばかりに剛腕がゴウッと言う音をたてながら地面に振り下ろされる。

 敵を一人倒し、油断が生まれたところに奇襲。確実に仕留めた。そう実感した一撃だったが、右目に鈍くもマグマのような熱さが込み上げてくる。

 なんてことはない。ジャンヌが腰に下げた鞘を偉丈夫の眼球に刺し込んだだけだ。

 発狂しそうなほどの激痛は身体全体を駆け巡る。しかし、その叫びをあげることすら彼には許されない。みぞおちを柄で殴られる。その衝撃が横隔膜まで届き、呼吸困難に陥る。すると仲間の騎士と同様、身体が粒子で覆われる。

 どうやら、審判が続行不可能と捉えたようだ。

 

 

「まだ残ってる。フィールド内の悪魔は全部駆逐しなきゃ」

 

 

 くるりと傷だらけの少女たちに向き直る。

 その視線に恐怖する。

 眷属仲間ではないにしろ、共に共闘した仲間も無残にやられた。

 なら次は?

 その考えが浮かぶ前に、予想外の援軍が彼女たちを助ける。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 優しげな風防した男、若手悪魔の一人、ディオドラがジャンヌの目の前に遮る。

 

 

「ああ、君達と再び出会うことができるなんて。僕は何て運が良いんだ」

 

 

 その視線に特別な感情を乗せながら、ディオドラは魔力を高める。

 そんな相手を気に掛けることも無く、ジャンヌは大台の三十人目を駆逐するべくその剣を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「重いな……ッ!ノートゥングは!」

 

 

 リントは慣れないノートゥングを懸命に振るいながら、僧侶や女王たちを相手する。

 降り注ぐ魔力の弾幕。その中に雷や氷、火などが混ざっているが、それを器用に斬り払い、避けていく。

 

 

「数が多い……けど、有馬さんの攻撃ほどじゃ!」

 

 

 この三日間の訓練内容を思い出しながら剣を振るう。

 初日にして、自分の愛用の武器が破壊された。と言うか攻撃に耐え切れず崩壊した。

 あの時は柄にもなく涙が零れそうになった。

 二日目は筋肉痛と雷に襲われながらも、必死にジークから借りた魔剣を振るった。

 三日目にして悟りのようなものを開きそうになった。まさか龍と闘って来いと言われるとは流石に予想していなかった。何とか撃退することができたけど、ノートゥングは重いわ、相手の一撃も重いわで散々だった。

 それに比べると、相手からの攻撃に脅威は微塵も感じなかった。

 当たったらただでは済まない。それでも脅威とは感じなかった。

 

 

「ふっ!」

 

 

 攻撃を弾きながら、銃弾を放つ。発砲音が聞こえると同時に、一人の悪魔が翼を撃たれ失墜していく。

 リントはこの緊迫とした状況で的確に翼を狙い撃ち、地面に引きずり落とす作業を何度も繰り返している。有馬は『目でも狙えば?』などと言っているが、こんな状況で数十mも離れた動く敵の眼を正確に射抜ける変態的な技術はリントにはない。

 

 

「有馬さんはなんてことないように言ってるけど、私には無理だな」

 

 

 そう愚痴りながら失墜した敵を切り裂く。

 

 

「流石に全員捌くのは難しいかな?」

 

 

 口から零れた言葉と同時に雷鳴が響く。

 どうやら有馬も戦闘を開始したようだ。

 その事に自然と笑みが零れる。

 有馬が仲間に居る、後ろで自分たちの事を見守っている。そう考えると安心して戦うことができる。

 

 

「さて、有馬さんに全部持ってかれる前に、私も頑張るか」

 

 

 握り直したノートゥングを両手に、リントは魔力の雨に身を投げ出す。

 

 

 

 試合開始から10分、若手悪魔とその眷属、その半分が脱落。

 試合は終盤にへと向かう。

 

 



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誘因

 思ってたより早く投稿できました~!

 ここで言うのもあれなんですけど、実は作者の事情で7回目の手術が決定しましたです!
 拍手をください(白目)
 いや、ほんとに全身麻酔って辛いんですよ。
 その為、ただでさえ多忙で遅くなっている執筆活動がさらに遅くなる、と言うか完全に止まってしまうかもです。
 手術の予定は12月か1月何ですけど、それまでに何度も病院に足を運ばないといけないので。
 作者のくだらない事情のせいで更新速度が遅くなってしまい申し訳ないです。
 ですので、更新が止まったとしてもエタったとかそう言うのではなく、休止中とでも思っていただけるとありがたいです。

 重ね重ね、迷惑をかけてしまい申し訳無いです。


 それとは別にお気に入り件数が見ないうちに4000越えててビックリしたです!
 この小説って呼んでて面白いのかな?って考えたりしている作者にとっては自信と励みになります!
 これからも頑張るです!


 走る、何かから逃げるように走る。

 それに捕まらないように、必死に。

 叫び声が聞こえた。

 その叫び声は断末魔の如く耳にこべり付いて離れない。

 現実から目を逸らすように目を閉じる。それでも耳から入り込む音が現実だと非情に告げる。

 次は耳を塞ぐ。視覚を封じ、聴覚も封じた。これで現実から逃避できる。

 そう安堵したのも束の間、叫び声は先程よりも鮮明に、それも脳内に直接語り掛けるように頭の中でハウリングする。

 お前のせいだ、どうしていつも、来るのが遅すぎた、お前のせいだ、全部台無しだ、しっかりしろよ、お前のせいだ、努力が足りないから、お前のせいだ、結果が残ってない、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ!

 呪詛のような言葉が何度も何度も脳内で繰り返される。

 違う、そうじゃない。そう言うつもりはなかった。ただ助けたかっただけだったんだ。その為に走り続けたはずだ。

 自分自身に言い聞かせるように言葉を口にしていく。だが、その言葉は自分で口にしたにもかかわらず、羽のように軽く、何の重さも感じない。

 誤魔化すな、嘘をつくな、嘘つき、偽善者、善人気取り。

 責め立てるような言葉が次々と頭の中に入り込んでくる。

 不快だ、邪魔だ、消えろ、そういくら念じたところでその声が止むことはない。むしろ苛烈さが増していくばかりだ。

 目を背けるな、現実を見ろ、お前の業だ、過ちを認めろ。

 目を閉じているにも拘らず、ぼんやりと目の前の人物が見えてくる。

 

 

『認めろ。お前は選ばなかった。大切なモノを、天秤に乗せることを恐れ、その選択から逃げた』

 

 

 出てきたのは、顔だけが靄にかかった白い服を着た青年らしき人物。

 

 

『傲慢にも両方選び、全て壊した。選ぶ強さを持たなかった結末がそれか』

 

 

 その青年の言葉は鋭利な刃となって、心を斬り裂く。

 

 

『一人で考え、動き、その果てがこれだ。お前自身が知っていながらも進み続けた道だ。自分が正しいと信じ、知らなかったと逃げ、他者の事を顧みず進み続けた結果がこれだ』

 

 

 黙れ、黙れ、黙れ!

 

 

『やはりお前には重かったか?』

 

 

 言うな、その先は!

 その先の言葉は―――――――――

 

 

『友の命は』

 

 

 その言葉が告げられると同時に、意識は暗転した。

 

 

 

 

□■□■ 

 

 

 

 戦闘が開始して約10分ほど、半分近くまで数を減らしながらも若手悪魔達は有馬の元まで極少数だが辿り着いた。

 あの激戦区を潜り抜け、最初に辿り着いた者は

 

 

「会いたかったぞ、白い死神」

 

 

 若手ナンバーワン、サイラオーグとその女王だ。

 サイラオーグはゲームが始まると同時に兵士をリタイアさせた。これは自身の手札を、切り札をいずれ闘うであろう他の若手に隠しておきたいと言う気持ちもあっだが、それ以上に今持つ自分の力のみで戦ってみたいという思いの方が強かったからだ。

 女王以外の眷属は、他の者の足止めに徹しているが、それでも完全に足止めすることは叶わず、サイラオーグも戦闘を強いられた。当初は有馬の前哨戦として軽くあしらってやろうと考えていたが、その立ち回りと動きを見て考えを改めた。

 通常、多対一を行うにはいくつかの鉄則がある。そして目の前の男はその条件を苦もなくクリアしている。それどころか、この闘いを操作していると言っても過言ではなかった。

 多対一における数的有利をものともしない迅速かつ的確な攻撃、闘いながら敵の位置を誘導する技能の高さ、何より攻撃の選別をする判断能力がずば抜けて高い。

 前哨戦などとんでもない。目の前の男を倒すには全身全霊で挑まねば、容易くあしらわれる。そう考えてからの動きは速かった。

 眷属と他の若手に戦いを押し付け、自身も牽制を放ちながらその場から離脱、有馬の元へ向かった。その後を追うように、女王もその場を後にする。

 男は有馬の元へ向かう二人を追いかけるようなことはせず、何もなかったかのように目の前の敵と戦い再開した。

 その判断能力も遠巻きながらサイラオ-グは舌を巻く。

 ここで自分たちに意識を向ければ、他の者まで突破を許すことになる。男はそうなることを防ぐために取捨選択、二人を有馬に任せることを選択し、残りを片付けることに専念したのだ。

 こうして二人は有馬の元までたどり着いた。

 

 

「知っているかもしれないが、自己紹介をしておこう。俺の名はサイラオーグ・バアルだ」

 

 

 名乗りを上げるが、返ってくるのは沈黙のみ。

 その瞳は何処までも無機質で、冷めており、相手に形容しがたい圧迫感を与える。

 その圧迫感に気圧され、主従共に動き出せないサイラオーグ達。

 緊迫感が漂う空気、両者の内どちらかが動けば即座に戦闘が始まる。普段なら真っ先に先手を取るべく動き出すサイラオーグだが、今回ばかりは動けない。なぜなら隣に立つ女王、クイーシャ・アバトンが青ざめた表情でガタガタと体を震わしているからだ。

 なまじ半端な力を持つからこそ分かってしまう相手との実力差、それに加え表現しようのない威圧感、それが彼女の戦意を根こそぎ奪ってしまったのだ。

 サイラオーグとて有馬との実力差は重々承知している。だが、彼の場合は並々ならぬ闘志と意思によって、それを堪えているに過ぎない。

 

 

「ッ!」

 

 

 カチリと言う音と共に雷が走る。

 有馬の代名詞の一つ、ナルカミの遠距離モードだ。

 何の前触れもなく切って落とされた戦いの火蓋、サイラオーグは未だ恐怖に震えているクイーシャを抱え、その場から飛び退く。

 だが、その程度で死神の手から逃れることはできない。物理法則を無視した動きで雷は急転換、サイラオーグを追尾する。

 

 

「クイーシャ!」

 

 

 理不尽な追尾性能に驚愕するよりも早く、普段なら考えられない程焦りの籠った怒声にも似たような声、その声によって恐怖に竦み、震えていた身体が動き出す。

 空間が歪み、大きな穴が生まれる。雷はその穴に吸い込まれサイラオーグ達に届く前に消える。

 穴が閉じると同時に、別の空間から再び穴が空き雷が飛び出す。

 これこそ、サイラオーグがクイーシャを有馬の元まで共に連れてきた理由。

 アバトン家の持つ固有能力『(ホール)』。何もない空間に穴を作り出し、あらゆるものを吸収、吐きだしを行う事ができる特異能力。サイラオーグはその特性を利用し、有馬のナルカミを防ぎ、得意の接近戦に持ち込もうと考えていた。そしてその考えは功を奏し、攻撃の質量の問題などが懸念されていたが、無事にナルカミを吸収することができた。

 だが、初見なら面食らうはずの穴からの反撃、有馬はそれ難なくナルカミのナックルガードで防ぐ。

 これで片が付くとは考えていなかったが、それでも驚きの一つぐらい見せてくれもいいだろうにと内心愚痴る。

 

 

「助かったぞ、クイーシャ」

「いえ、私の方こそ足枷となってしまい申し訳ございません」 

 

 

 初撃を躱すことができたことで、少しばかり心に余裕が出来る。今の攻撃が全力でないにしろ、避けることができた。それが二人の自信に繋がる。戦える、自分たちは戦える。

 無言のアイコンタクト、サイラオーグはその肉体を駆使し肉迫、クイーシャは後方から魔力弾による援護と穴によるナルカミ封じを行いその補助を担う。

 有馬は先程の攻防で誰が重要なのか理解する。ナルカミの一撃を吸収、利用した攻防一体の技は少しばかり面倒だ。試しに何度か試してみたがそのどれもが尽く吸収される。ナルカミの最大出力ならどうなのかわからないが、それでも生半可な一撃は吸収されることが分かった。あの穴は物理攻撃すら吸収するのか、それとも遠距離にのみ有効なのかはわからない。だが、その程度どうとでもなる。少し意表を突いた吸収できない攻撃をするだけだ。

 有馬は自身の動きを阻害する魔力弾をIXAの防御壁で防ぐ。攻撃を防ぎ足が止まっている隙に背後へ回り込んだサイラオーグの鍛え上げた拳が迫る。それを振り返ることなくナルカミで防御、続けてナルカミをレイピア状にしながら雷を纏い斬り払う。それを察知し、バックステップし躱すが、いつの間にか防御壁からランスへと形態移行したIXAの刺突が迫る。

 反撃を受け態勢の整っていない状態での二撃目、無傷で躱しきることは不可能。それを悟るや否、腕の肉が裂けることを構わず、IXAの刺突に合わせ腕を払う。

 ブチブチと言う不快な音と赤い鮮血が飛び散る。左腕を犠牲にリタイアすることは避けられたが

 

 

―――――――やはり攻撃の予備動作がない!

 

 

 繋ぎ目など全くもってない連撃、その締めに終末の稲妻が放たれる。

 有馬と自分とでは流れる時間が違うでのでは、と考えてしまうほど高速の連撃。正確なんて生温いものでは無い。一撃一撃が命を刈り取らんとする致命傷狙いの攻撃。それが全くと言っていい程のタイムラグなしで襲ってくるのだ。相手からしたら溜まったものでは無い。

 やられる。そう思い両手を交差し衝撃に備えるが、目の前の空間がぽっかりと空く。

 それがクイーシャの能力だと理解するや否、間合いの外へ逃れるために大きく跳び退く。自分にとって最高の間合い、そこから離れることは惜しくはあるがそれでも距離を取らねばやられる。

 当然のことだが、サイラオーグにとっての間合いは有馬の間合いでもある。それに素手とランスとではリーチが違う。仮に、その更に深い間合いに入ったとしても、そこに有利なんて言葉はない。

 近中遠距離全てにおいて死角はない。近距離はナルカミによる攻防一体の技、中距離はランスの性能を生かした一撃必殺の鋭い刺突、遠距離はナルカミによる追尾性能付きの雷にIXAの遠隔起動、一つでも強力無比なものにもかかわらず、それら全て兼ね備えている。そんな彼に死角も慢心も無い。故にこと戦闘に置いては最善を選択し続けることなど造作もない。

 有馬はちらりとサイラオーグから視線を逸らす。だが、今の状況に一杯一杯の彼にそんな些細な動きを見る余裕などない。

 クイーシャの援護もあり、適度な距離を開けることができたが、それでも安心はできない。問題は山積みだ。遠距離からの攻撃は(ホール)によって防ぐことができるが、それは決して決定打になりえない。そもそも、自らの攻撃を何の工夫も無く使われたところで痛くもかゆくもない。それが通じるのは自らの力を正確に把握できていない者か、慢心している者だけだ。

 更に近距離戦はまず相手にならない。此方の攻撃が一だとすれば、有馬の攻撃は5や10で返ってくるのだ。質なら負けないという自負はあったが、それすらも難なく相殺される。

 

 

「クイ――――――――――」

 

 

 そして相談する間もなく、地面から隆起した一撃がクイーシャの腹部を穿つ。

 先程の視線の意味、予め敵の位置を再確認し、サイラオーグの離脱に意識が裂かれている隙を突いた一撃。離脱完了と同時に放たれた一撃、それは反応する隙も与えない刹那の出来事。

 何が起きたかは理解できていない。だが、それでも自分が続行不能の傷を負ったことは理解できた。

 

「申し訳、ありません―――――――――」

 

 

 光に包まれ戦場から強制的に転移させられる。

 油断はしていない。全力で戦っている。狙いは悪くはない。が、それでも圧倒的な力の差を埋めるまでには至らない。

 クイーシャがリタイアしたことにより、辛うじて使用制限をかけることができていたナルカミの制限が解除される。

 攻撃を当てることはできない、攻撃を避けきることもできない、この状況を打破する妙策も考えつかない、万策尽きた。

 

 

「ようやく見つけたぞ、人間!」

 

 

 そんな窮地に現れたのは、ゼファードル・グラシャラボラス、先の会合で有馬に赤っ恥を書かされた悪魔だ。

 まさかの有馬の元まで彼がたどり着くことができるとは、サイラオーグは考えもしていなかった。状況が好転するどころか悪化することに舌打ちを禁じ得ない。

 

 

「たかが人間の癖に、俺らに戦いを挑むとはな!今頃お前の取り巻きは数人がかりで甚振られている最中だろうな!俺が放っておいても、お前がやられるも時間の問題だ。だけどな、俺に赤ッ恥かかせたお前は俺が潰さねえと気が済まねえ!あの時の借り!後悔したくなるほど返してやるよ!」

 

 

 言い終えると同時に魔力を滾らせ、バスケットボールほどの魔力弾を次々に撃ち放つ。何発も何発も、これでもかと言うぐらい撃ち続ける。普通の人間なら、避けることも儘ならず、その身を四散させてるところだ。

 魔力を大幅に消費したことで疲労したのか、攻撃の手を止める。

 

 

「ハハハハッ!今更後悔したって遅いぜ!お前は俺を怒らせちまったからな!って、もう聞こえてねえか!」

 

 

 下品な笑い声をあげながら、勝利の余韻を噛み締めるゼファードル。目障りな人間を殺し、さらに上層部からの悪魔の評価は独り占め。そんな未来を思い描き、笑いをこらえきれない。

 唯一、サイラオーグだけは未だ戦闘態勢のまま、何時でも動き出せるように目を凝らしている。

 煙の中から雷が奔る。地面を抉りながら獲物を求める雷は、近場に居た悪魔の左腕を食いちぎる。

 

 

「あっ?」

 

 

 何が起きたのか、理解が追いつかない。

 突然光ったと思えば、四肢の一部が欠けている。

 それを知覚した。

 

 

「うわああぁぁぁ!?」

 

 

 途端、絶叫が響き渡る。

 焼け爛れた左肩。左腕は完全に失われた。切断されたのならまだ繋げ用はある。だが、完全に焼却された左腕を再生させる術はない。

 

 

「ゼファードルッ!」

 

 

 全身の身の毛がよだつ。

 頭の中で五月蠅い程の警鐘が鳴り響く。逃げろ、と。

 その警鐘と今までの経験に基づき、その場から身体を投げ出す。

 その行動をとった1秒後、クイーシャを屠ったIXAの刀身が地面から隆起する。後数コンマ何秒遅れていたら餌食となっていただろう。

 冷や汗が止まらない。心臓の鼓動が普段の何倍も早く打っていることが分かる。

 腕を一瞬で消し炭にする威力もさることながら、それよりも恐るべきことは、煙で視界を阻害されているにも拘らず、敵の位置を的確に把握する気配察知能力だ。五感をフル活用した有馬の索敵からは、何人たりとも逃れることはできない。死神と言われる所以の一つだ。

 

 

「ゼファードル、悪いが構ってやる暇はない。今すぐリタイアしろ」

 

 

 未だ且つて経験したことがない緊張感、目を逸らすことすら許されない。まばたき一つでもしようものなら次の瞬間死ぬかもしれない恐怖。それがサイラオーグの精神を削る。

 当然のことだが、若手悪魔はまだ本当の殺し合いと言うものをしたことが無い。やったことがある事と言えば、自身より格下である者を一方的に殺したことぐらいだ。そんなもので得られる物は優越感と無駄な重荷だけだ。だからこそ、この心境は当然だった。

 排斥する側から排斥される側へ。

 この時、彼らは初めて排斥される側の恐怖を知る。

 

 

「ッ!」

 

 

 有馬がゆっくりとした足取りでサイラオーグに向かって歩き出す。

 身体が恐怖で震える。

 落ち着け、震えよ止まれ。そう念じるが身体はその言葉に反するように震え続ける。

 一歩ずつ近づいてくる死神の足音。それが恐怖を助長させる。

 

 

「あ”あ”あ”あ”!」

 

 

 身体を縛り付ける恐怖を振り払うように叫び声をあげる。

 洗練さも何もない、愚直に突進する。

 全ては恐怖の元凶を消すために。

 力任せに振りぬかれた拳は空気を殴りつけ、強力な空気砲を生み出す。突風何て生易しいものでは無い。全てを押し潰し、破壊せんとする嵐だ。

 下手な魔力弾よりも威力は高い空気砲は、唸りをあげながら有馬に迫る。人間である彼がこの嵐に巻き込まれれば一溜りも無い。

 だが、それを苦もなく対処するのが有馬だ。

 飛来する空気の塊、その下に潜り込むように滑り込む。地面擦れ擦れ、少しでも姿勢が上がれば空気砲に巻き込まれる。少しでも姿勢制御が甘ければ大怪我待ったなし、正気とは思えない行動に思わず目を見開く。回避を終えるとともに有馬の動きが加速する。

 一拍を置かずして潰される距離、視界の端にはナルカミの切っ先がわずかに見える。狙いは己の首、回避は不可能、なまじ躱せたとしても首の動脈を確実に損傷する。

 窮地に立たされ思考が加速する中、ナルカミの刃が振りきられた。

 

 

「サイラオーグ!」

 

 

 ボトリと重たい物体が地面に落下する。それと同時にリアスと一誠がこの場に到着する。

 リアスは牽制として滅びの魔力を放つが、それは有馬に着弾すること無く空を切る。幸い、避けるために飛び退いたことで間合いが広がり、サイラオーグに駆け寄る時間が生まれる。

 

 

「り、リアスか」

「貴方、腕が…!」

 

 

 ナルカミの一線を受けて尚、サイラオーグの首は繋がっていた。

 回避不能のタイミング、避けることはできない一撃だった。加速する至高の中、サイラオーグは既に使い物にならなくなった左腕を盾に、ナルカミの軌道をわずかに逸らしたのだ。重傷は覚悟していたが、まさか容易く斬り落とされるとまでは予想できなかった。

 

 

「気にするな。これで済んだだけ、御の字だ」

 

 

 そうは言うものも、その表情は苦悶で満ちている。出血も酷く、脂汗も酷い。そう時間の経たないうちに強制的にリタイアさせられることは間違いない。最も、その時間まで死神の手から逃れることができたらの話だが。

 

 

「拙い! ゼファードル!逃げろ!?」

 

 

 サイラオーグは悲鳴にも似た叫び声をあげるが、今の彼にそんな声は届かない。

 再びナルカミの雷が牙を剥く。今度は外れる無い。確実に仕留める。

 過呼吸に陥りながらも、辛うじてリタイアしていないゼファードルに放たれた雷撃。それは寸分の狂いも無く、その身に降りかかる。

 雷と接触すると思われた刹那、その姿がかき消える。

 どうやら、審判が強制的にリタイアさせたようだ。その判断は正しい。Sレートのはぐれ悪魔を塵残さず消すナルカミの一撃、それを上級悪魔が受ければどうなるのか、結果はわかりきっていることだ。

 戦慄するサイラオーグ。それもそうだ、躊躇なく、躊躇いなく殺しにかかってくるのだ。コカビエルのような遊びではなく、息をするように命を刈り取る。

 ゼファードルが消えた、なら次は誰だ?考えなくてもわかる。自分達だ。

 

 

「……リアス、今すぐリタイアしろ」

 

 

 サイラオーグの言葉の意味、それを理解できない程、リアスは愚かではない。彼女の身の為を思っての勧告。あれは若手程度でどうにかなる相手ではない。それこそ一人で若手を殲滅することなど造作もない存在だ。

 だが、彼女は残念なことにその言葉で納得できるほどの器量は持ち合わせていなかった。

 

 

「嫌よ、まだ戦ってもいないのに逃げることなんてできるわけないでしょう!」

 

 

 だが、力量差の読めない彼女にその言葉は寝耳に水、聞き入れてもらえるはずがなかった。

 

 

「サイラオーグは下がってて。後は私とイッセーに任せて頂戴」

 

 

 蛮勇や愚かと言う言葉すら生ぬるい。無知は罪と言うが、その通りだろう。知っているのなら、こんな無謀な行動には出ない。魔力だけしか取り柄の無い上級悪魔と倍加しなければ並の下級悪魔より劣る赤龍帝、戦いとして成り立つとすら思えない。確かに倍加すれば有馬の動きに追随することも不可能ではないかもしれない。ならその倍加のチャージ時間はどうやって稼ぐ?仮にそれで勝てるとしてもどれだけの時間を要する?現実的に不可能だ。

 余りにも愚かな選択をするリアスを止めようとするが、出血による眩暈によってそれすらままならない。

 

 

「行くわよ、イッセー!」

「はい、部長!」

 

 

 いざ戦いを始めようとするが、此処で一つ違和感が生じた。

 今までのやり取りの中、仕掛けるタイミングはいくらでもあった。にもかかわらず、何故こちらを見るだけで何もしてこなかったのか。

 血の足りない頭を総動員させ考える。そして気づいた。IXAの刀身がない事に。

 

 

「遠隔起動」

 

 

 小さな呟き、此処からの距離では悪魔の聴力をもってしても聞こえない声量。だが、サイラオーグにはその言葉が鮮明に聞こえた。

 注意喚起を促すよりも早く、IXAの刀身が地面から現れる。

 当然のことだが地面にまで注意を向けている訳も無く、グチャリと言う音を奏でながら、リアスの腹部を貫いた。

 

 

 悪夢の始まりだ。

 



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戦略

 早目にこの話を終わらせようと思っていたのですが、長々と続き申し訳ないです。
 今度こそ次回で終わらせます!
 なので如何か慈悲をください!


「ぶ、ぶち―――――――――」

「目を離すな!」

 

 

 サイラオーグは重症の身体に鞭を打ち、一誠を抱え込むような形で身を投げ出す。

 

 

「離せよ、部長が!?」

「状況をよく見ろ!」

 

 

 喚く一誠を他所にサイラオーグは自分達が居たであろう場所に目を向ける。そこには先程まで遠くに居た有馬がナルカミを振り切った後が見える。

 初撃で態勢を崩し、二撃目で息の根を止める。今までの有馬の戦闘パターンを見たサイラオーグだからこそ、気がつけた情報。その気になれば一度の攻撃で全滅させることも可能なはず。にもかかわらず、その方法を取らず最も確実性の高い手段を常に選択してくる。多少欲を出し、荒の見える行動をとってもいいだろうに、そんな動きは一切取らない。

 常に確実に、合理的に行動してくる。言葉にするなら簡単だが、そんな事を実行できるものが果たしてどれだけいるのだろうか。どれだけ鋼鉄の精神力を持てばそれを実行し続けることができるのだろうか。

 

 

「兵藤一誠!五秒時間を稼げ!その間にリアスは俺がどうにかする!」

 

 

 サイラオーグが今回のレーティングゲームでもしもの為にと用意した保険、それはソーナが持っていた物と同じフェニックスの涙。本来なら自分の左腕を接合させるために使用を考えていた手段。しかし、有馬との戦闘ではそれを使用する暇などなく、使うことはないだろうと諦めていた。それを此処で使う。

 リアスは既に瀕死、血肉が多く四散し、このままではリタイア後の治療が間に合わず死ぬ可能性もある。流石のサイラオーグも、親族がこんな所で死ぬことは許容できない。

 

 

「でも」

「リアスが死ぬぞ!」

 

 

 サイラオーグは残った力を右腕に収束、右腕からミシミシと不快な音を上げながらも一度目より力を込めた一撃を放つ。今度は地面に逃れられないように範囲を広く。これなら数秒程度なら持つだろう。サイラオーグの予想通り有馬はIXAの防御壁を展開し、これを防ぐ。これで稼げる時間はせいぜい一,二秒。時間はない。

 そのわずかな間に、少年は決断した。

 

 

「ドライグ!右腕一本だ」

『あれを相手にするなら全部寄こせと言いたいところだが、仕方がない』

 

 

『Welsh Dragon Balance Breaker‼』

 

 

 一誠は右腕を対価に疑似的な禁手をその身に纏う。真紅に染まった赤い鎧は、見る者を震え上がらせるような荒々しい龍のオーラを放っている。

 これを見て無表情を貫いていた有馬の表情がわずかに動く。

 

 

「時間は!」

『今の相棒では一分も持たん。ましてや相手は奴だ。数秒持てばいいと考えろ』

 

 

 一誠はかつて左腕を対価に使用した時よりも短い時間に苛立ちを隠せないが、それは当然のことだ。いくら身体を鍛えたと言っても、それはたかが知れている。一般人が行っているであろうランニングや筋トレでを1,2ヵ月したくらいで劇的に強くなるのなら、人間はもっと恐ろしい人外を超越した生物となっているだろう。

 

 

「こうなったらやれるとこまでやってやる!」

 

 

 一誠は赤龍帝の鎧の専売特許、連続倍加を瞬時に十二回行う。本来なら120秒は掛かるであろう倍加を瞬時に完了させるこの性能、ヴァーリとは違い対象に触れる必要が無いこの力はやはり脅威的だ。

 

 

「ドラゴン…ショットォォォ!」

 

 

 山一つ吹き飛ばす一誠の必殺技。

 有馬はそれを目のあたりにしながらも、驚くことも躱そうとする様子もない。

 

 

「見たことあるな、その鎧」

 

 

 有馬は珍しく戦闘中に口を開く。

 それと同時にIXAの防御壁を展開する。

 山一つ吹き飛ばす攻撃を平然と受け止めようとする事に驚く一誠だが、その程度どうという事はない。疲弊し、全力だったとはお世辞にも言えないが、それでも覇龍状態のヴァーリの一撃を退けた有馬だ。山一つ飛ばすことが何だ。

 案の定、一誠の渾身の一撃は爆破することも無く、衝撃すら殺して受け止められた。

 それに目を開き言葉が出ない一誠。そんな相方を叱咤するように赤き龍は指示を飛ばす。

 

 

『惚けている場合か!来るぞ!』

 

 

 ドライグは且つての先代赤龍帝と共に有馬と闘ったことがある。その時の戦闘は忘れられない。戦闘と言ってもいいのか、蹂躙と言った方が適切な気もするような一方的な戦い。客観的に見るのなら無様と断じるところだが、そんな事は赤き龍の誇りが許さない。

 この距離からの反撃はIXAの遠隔攻撃かナルカミによる射撃。だが、IXAは防御形態に移行しているため選択から除外される。なら来るのは決まっている。

 

 

『雷だ!』

 

 

 ドライグの予想通り、有馬はナルカミによる反撃を選択した。

 ドライグは赤龍帝の鎧のブーストを限界まで稼働させ急激に加速する。急加速によって射線上から離れることができたが、それで安心することができないのは赤き龍が良く知っている。物理法則を無視した急転換、雷はそのまま一誠を追尾する。

 

 

「なっ!?俺を追ってきて」

『ガタガタ喚くな!それよりも奴から目を離すな!』

 

 

 一々大袈裟に反応する相棒に苛立ちを隠せず、思わず声を荒げる。普段なら軽い制御補助にしか回らないであろうドライグだが、今回は赤龍帝の鎧を介して全面的に一誠を援護する。赤龍帝の鎧は頑丈だが、疑似的な形態ではナルカミの一撃に耐えられない。先代の赤龍帝の鎧ですら容易くナルカミによって破壊されたのだ。疑似的な禁手では言わずもがな。鎧だけではなく生身も消える。せっかく面白そうな宿主に出会えたと言うのに、それを早々に失うのは御免こうむりたい。何より、アルビオンよりも先に世代交代するなどと言う醜態だけは晒したくない。

 ドライグの懸命な操作により、ナルカミの追尾を振り切ることができたがそれまでだ。すでに禁手の残り時間は数秒。開幕の瞬間的な倍加、それにナルカミの追撃を回避するための急激な負荷、宿主のスペックがスペックなだけに対価を払っても鎧を維持するだけで限界だ。

 

 

『相棒!今すぐリアス・グレモリーを連れてこの場から逃げろ!あと数秒で鎧が切れる!』

「嘘だろ!?」

 

 

 一度目の時は対価を払い10秒持った。今回は前回よりも短い5秒ほどだ。5秒で解けるなど右腕を対価にした甲斐が無い。余りにも短すぎる。だが、その密度は前回とは比べ物にならない。逆に有馬相手に正面切って5秒持ったのだ。誇ってもいい。

 

 

「兵藤一誠!」

 

 

 ここでようやくリアスの治療が完了する。

 対するサイラオ-グは顔面蒼白で今にも倒れそうだ。傷口の深さもあるが、出血も酷く、湧き水の様に血が溢れている。

 

 

「部長!」

「ごめんなさい、心配をかけたわね。サイラオーグもありがとう」

「礼は言い。今すぐリタイアしろ。お前らがリタイアするまで俺がどうにかする」

 

 

 サイラオーグは左腕を失い、バランスが取れずフラフラとした足取りをしているが、それでも有馬と対峙しようとする。

 

 

「無茶よ!左腕が無いのよ!」

「それが、どうした。ここは俺が食い止める。早くしろ」

「駄目よ!」

「行け!」

 

 

 話は平行線をたどるが、その時間を与えるほど死神は優しくない。無慈悲の閃光が三人を襲う。言い争っている間に一誠の禁手も解除された。リタイアする時間も回避する時間も無い。

 終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、突如現れた何匹もの水獣が彼らの前に立ち盾となる。水獣達はできる限り電撃をその身に吸収させながらその身を四散させ、残った雷撃を上空から舞い降りた二人の僧侶が障壁を展開し防ぎ切る。

 

 

「全く、奇襲をかけようと上空から隙を伺っていましたが、どうにも考え通りにはいかないようですね」

 

 

 上空から降りてきたのは若手の中で最も思慮深き悪魔

 

 

「ソーナ!」

「リアス、無謀も過ぎれば愚か者と称されますよ」

 

 

 この闘いのきっかけとなった少女、ソーナ・シトリーだった。

 彼女と眷属たちは戦いが始まると同時に上空へ上がり、戦闘から離れた場所を経由しながら有馬の元まで向かっていた。他の若手に有馬以外の敵を任せ、その有馬すら他の若手と戦闘が始まり隙ができるまで傍観することに徹していた。

 全ては来るべき時の為に。

 その作戦にはサイラオ-グの力が必要不可欠だった。

 開始早々、女王がやられ、サイラオーグも左腕を斬り飛ばされた時は肝を冷やしたが、それでも我慢して待っていた甲斐があった。お世辞にも情報が揃ったとはいえないが、今の情報だけでも辛うじてどうにかなる。

 

 

「一つ目」

 

 

 水獣が飛散したことによって散らばった水滴。それを氷結させ、広域にスケート場のような滑る足場が創られる。これによって有馬の機動力を奪う。

 

 

「上空へ!」

 

 

 先程まで慣れない氷の足場を確かめるように足踏みしていた有馬。最初はぎこちない動きをしていたが、それは僅か数秒、そこからは普段と何ら変わりない速度で再び動き出す。

 急ぎ上空へ退避しようとするも出遅れた二人の僧侶が餌食となる。

 

 

「奴は化物か!?」

 

 

 何度目かはわからない驚愕。高速移動どころか、姿勢制御ですら困難なフィールド。それを目の前に居る怪傑は既に適応している。

 有馬が動くと同時に地面に穴が空く。

 接地面における抵抗力。これは速さを求めれば誰もが必要とする要素の一つ。動き出しの始動、制止、回転、この全てにおいて必要となるのがこれだ。

 有馬は氷によって制御が困難な自身の速度をIXAやナルカミを地面に串刺し、接地面による抵抗力を上げ、その速度を完全に制御下に置いている。地を抉り、本来ならありえない急制動、急旋回を可能にしたその挙動。それは既に人間の動きでもましてや悪魔の動きでもない。

 

 

「二つ目を!」

 

 

 一つ目の策が想定を遥かに上回る速度で看破され、作戦のシークエンスを速める。

 王と女王を除いた三人の眷属が小型の結界を造りだす。その中で有馬とソーナ、その女王が対峙する。

 本来なら、魔力操作に長けている僧侶二人を加えた結界を構築したかったのだが、想像を上回る速度でこの状況に適応した有馬によってその目論見は崩れた。この程度の結界では捕えたなど到底言えない。だが、状況は最悪ではない。

 

 

「椿姫」

「はい」

 

 

 ソーナは今までとは比べ物にならないほど巨大な水獣を数体形成し、それを同時に襲わせる。それに対し有馬は目にも留まらぬ動きでその攻撃を躱し、襲い掛かった水獣に複数の斬撃を走らせる。形状維持できぬほど斬られた水獣達はただの水と化す。

 次に狙われたのはソーナだ。有馬はその尋常ならぬ挙動で氷の上を駆け回り、一刀のもと斬り捨てようとするが、それよりも早くに前方に障壁を展開される。このままでは攻撃の軌道を逸らされ、一度では仕留められないかもしれない。そうなると少しばかり面倒だ。目の前の少女は他の者よりも頭が回る。こういった手合いは最初に潰すに限る。

 結果、IXAを地面に突き刺し、方向転換、無防備な背後を強襲する。

 そこに割り込む形で女王が両手を突きだす。

 

 

追憶の鏡(ミラー・アリス)!」

 

 

 ここまでの流れはソーナが想定していた通りだ。有馬の動きを目視できないなんてことははなから承知の事。水獣が斬り裂かれた時から障壁を展開する準備は始めていた。有馬が水獣を無力化するのに要する時間は数秒程度。無力化したのち狙われる可能性が高いのは王である自分。それこそつけいることのできる隙だ。前方に障壁を展開されたことを確認できればそれを力技で破るのではなく、無防備となっている背後を狙うはず。そこに予め背後を守る様に指示を出していた椿姫の神器で迎撃。個人的にこの戦法は好かないが、勝つためには仕方ない。

 有馬は目の前に現れた鏡ごと椿姫を貫く。IXAに貫かれた痛みで激痛が身体を襲っているにも拘らず、その表情はしてやったと言う笑みでいっぱいだった。

 鏡が破壊されたことによって、神器、追憶の鏡の効果が発動する。その効果は鏡が破壊された時の衝撃を倍にして返すと言うカウンター能力だ。頑丈な悪魔でさえ容易く殺す有馬の一撃は並ではない。その威力を倍にして返されれば、耐久力の乏しい人間には必殺の一撃となる。

 有馬の一撃がそれ以上の威力に変わり衝撃波として襲い掛かる。当たれば瀕死は避けられない威力、避ける時間もない絶妙なタイミングで返された衝撃波。

 決まったと誰もが思った。

 だが、そんな戦略を戦術によって捻じ伏せるのが有馬だ。

 そもそも、有馬はこの闘いにおいて全力なんてものは一切出していない。むしろ過剰に力をセーブし、若干武器に依存した戦い方をしている。多くの観衆の眼もあるレーティングゲームで、自らの手の内を晒すことなど馬鹿げている。だからこそ、ジーク達にも本来の力で戦わないように指示を出し、自分自身も力を抑えて戦っていた。

 だが、ソーナの綿密に練られた戦略によって、不運にもその力の一端を開放させられた。

 襲い掛かる衝撃、それを避けようと言う素振りすら見せず、あろうことかそれに打って出る。驚くべき速度で引き戻したIXAを再び振るい、倍になって返された衝撃波を打ち消す。

 驚愕的な状況、全員が全員驚きで硬直する中、その中でも一人、冷静に現実を受け止めている者が一人いた。

 ソーナだ。彼女はこの戦闘に置いてあらゆる最悪の状況を想定していた。

 あの有馬貴将を、教会の最大戦力を相手にするのだ。どれだけの妙策を練りだしたとしても、それが通用する確証はない。第一、実力も経験も劣っている自分たちが相手になるなんて考えてもいない。失敗して当然、ならその失敗する可能性も考慮して更に作戦を練ることが、王たる彼女の役目だ。

 有馬は衝撃波を打ち消し、続けてソーナに斬り掛かる。神速の一撃、彼女の身のこなしでは躱しようのない一撃。だが、ナルカミの刃が首の皮に切り込みを入れた途端、ソーナの姿が消え、刃が空を斬った。

 突然姿が消えたことによって、今まで隙を見せなかった有馬の動きに一瞬の空白が生まれた。

 この時、初めて有馬の動きに空白が生まれた。

 

 

「チェック!」

 

 

 上空から落とされた雷。それは有馬にめがけて落ちることなく、地面に向かって落ちていく。

 

 

―――――――白い死神、有馬貴将。その通りの名如く、決して敵を逃がすことなく命を刈り取る死神。実力、経験、才能、その全てにおいて非の打ち所のない怪傑。……隙も無い怪物の様に見えるがそうではない。弱点はある。有馬の最大の弱点は、おそらくその耐久力の低さだ。驚異的と言う言葉すら生ぬい程高度な回避能力、それが有馬の耐久力の低さを現しているのだとしたら?そこにつけ入る隙があるかもしれない。

 

 

 刻一刻と変わっていく状況に処理が追いついていない有馬。それでも絶えず思考することを続ける。『雷』、『地面』、『水』、なら狙いは!

 

 

 地面に雷が堕ちた瞬間、電撃が水を通し走る。

 ソーナの作戦は単純だ。直接攻撃が当てられない、なら間接的に攻撃を仕掛ければいい。最初の水獣による防御、二度目の水獣による攻撃、これらによって自然に周囲に水を散らすことができた。結界を構築し逃げ場を失くし、更に女王を(サクリファイス)に使った位置誘導。意表を突いキャスリング。幾つもの伏線を張った大舞台。これで倒すことはできなくとも、一矢報いることはできる。そう確信できる作戦だった。

 

 

 目まぐるしく状況が変わる中、有馬貴将の中に宿る魂、それが防衛本能として身体を動かした。

 今までよりも数段速い速度で水面から飛び出し、結界を壁代わりに足場にする。そこから三角跳びの要領でさらに上空へ跳び上がる。狙いは勿論、自身の命を脅かす(ソーナ)だ。

 

 

「死ね」

 

 

 無表情、無感情が基本の有馬らしからぬ言葉。その眼、風貌は普段とはかけ離れた異質なものが噴き出している。並々ならぬ殺意と死を具現化したかのような強力な死と言う概念、今まで堰き止められていたものが溢れかえったような濁流に流石のソーナも恐怖に身を強張らせる。明確にイメージさせられる自らの死、今度はキャスリングによる回避はできない。予想していたものとはいえ、今までの人生で明確な死と言うものを感じたことがなかった少女にはそれは未知なる体験だ。このままではリタイアなどする間もなく殺されだろう。

 

 

 だが、これも想定内だ。

 

 

「有馬貴将ォォォ!」

 

 

 結界を破壊し、上空からサイラオーグが躍り出る。

 そう、ここまでがソーナの思惑だ。これまでの作戦は有馬を上空に誘い出すための布石、女王も消え、これ以上の援護はないだろうと言う思考の外から攻撃。更に一度腕を斬り飛ばされ、瀕死の重傷を負ったサイラオーグの奇襲。戦闘の続行は不可能だと誰もが断じる容態、完全に意識の外から外れる。そこでソーナの持っていたフェニックスの涙が役立った。

 若手の中で唯一有馬に届く可能性のある存在。それが万全の状態となり、完全に意表をついた形で奇襲をかける。一度瀕死の重傷を負ったからこそ手に入れることのできた一度限りの牙。それは魔王や神でさえ生み出すことのできない奇跡の瞬間。

 サイラオーグの右腕が未だ且つてないほど膨張する。その身体から溢れる闘気を右腕に、この一撃に込める。

 

 

「今度はチェックメイトです」

 

 

 その言葉を最後に

 正真正銘全力全開の一撃。

 それが有馬に振り下ろされた。 

 

 

 

 

 

 

 




 最近、お気に入り登録数が急激に増えてて驚いてますです。
 評価も最初に比べると多くの人がつけてくれますので、作者の更新速度も上がりますです。
 次回の更新速度、もしかしたらそれ次第で大きく変わるかもしれないです(気持ち)


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怨嗟

 評価がすごく増えててビックリです!
 皆さんありがとうです!
 急いで書いたので後で修正するかもですけど、書きました!
 やっぱ篝火に燃料を入れるのは大切だね!
 今回は短いですけど、勘弁してください!



 今度こそ決まった。

 誰もがそう思える一撃。

 いくつもの張り巡らされた伏線。

 各々できる限り、最大限のことをした。

 100%ではなく、120%噛み合った連携。

 並の相手なら五回は殺すことのできるほどの策略。

 だが、それでも

 

 

「―――――無念だ」

 

 

 これだけの奇跡をもってしても

 

 

「チェックメイトなのは、此方、でしたね」

 

 

 やはり、白い死神は遠い。

 

 

 四肢をもがれ、無様に地面に堕ちていくサイラオーグ。

 同じように、両腕と翼を斬られ堕ちていくソーナ。

 その二人を酷く冷めた、虫けらを見るような眼で見下ろす有馬。

 

 

―――――嗚呼、やはりこの人に敵う筈が無かった

 

 

 戦略とは、闘争に勝つために練られた物の事を指す。

 『有馬貴将と闘う』、この時点でソーナが苦心しながらも生み出した戦略は戦略にあらず。自分達と有馬貴将とでは到底闘争にはなりえない。前提が成立していない時点でこの戦略は破綻している。だからこそ、今回の敗北は必然であった。

 

 

 瀕死の重傷、ゼファードルの傷がマシに見えるほどの深手。

 二人はリタイアの合図である粒子に包まれ、その場から消え失せる。それと同時に王であるソーナがリタイアしたことによって、その眷属も強制的にリタイアさせられる。

 残ったのは、リアスと一誠のみ。

 二人の眼には、先程飛び散った生々しい鮮血の跡が鮮明に残っている。

 リアスはそれを思い出すと先程の一撃がフラッシュバックする。

 IXAの遠隔起動によって貫かれた腹部。悍ましい程の痛み、いっそのこと発狂できればどれだけ楽だったことか。身体から多くの血肉が飛び散り、声を出すこともできなかったあの恐怖。それが再び脳裏によみがえる。

 ガタガタと体が震える。ここでようやく理解した。あれには勝てない。傷一つ付けることもできない。あれと対峙すればあるのは死と言う結果のみだ。

 

 

「あれ、まだリタイアしてない悪魔が」

 

 

 この絶望的な状況、そこに止めを刺すかのように人が集まってくる。

 無表情に徹しているジーク、返り血が付いていない場所を探すのが困難なほど返り血を浴びたジャンヌ、気疲れしたと言うような表情をしているリント。

 この三人が有馬の元まで来た。今まで五月蠅くも感じた周囲の戦闘音、それも一切聞こえない。それがどう言う意味なのか、言うまでもないだろう。

 たった三人の人間を相手に50は居たであろう悪魔達が全滅。更に目に入るような傷跡も見えない。それは三人はほぼ無傷で若手悪魔を蹂躙したと言う事に他ならない。

 彼らも唯の悪魔払いではない。有馬を師事する三人だ。その実力は並の枠から大きく逸脱している。

 

 

「あ、あああああっ!?」

 

 

 

 認められない、認めたくない。このフィールドに残っているのは自分と一誠だけだという事を。

 だって、もしそうなら、次にその牙が向けられるのは誰か、それが決まってしまう。

 

 

「い、嫌よ……ま、まだ何もしていないのよ?サイラオーグみたいに、ソーナみたいなことは何もできていないの。それなのに、何で……」

 

 

 狼狽し、支離滅裂な言葉を吐きながら後ずさりするリアス。彼女は碌に策もたてず、これだけの数が居るのなら問題はないと勝手に思い込んでいた。一度有馬の戦闘を見たにもかかわらず、それでも大丈夫だと思い込んだ。そしてその考えは全否定されたのだ。だからこその結末。仕方のないと言えば仕方のない事だ。今まで有馬と相対した悪魔も少なからず、このような精神状況になった者もいた。

 

 

「大丈夫です!部長は俺が死んでも守ります!」

 

 

 それでも尚、自分の主を鼓舞し、奮い立たせようとするが

 

 

「無理よ……私達はもう………」

 

 

 立つ気力すら失せた。戦意はとうに枯れ果てた。終わりだ。

 

 

≪力が欲しいの?≫

 

 

 そんな八方塞がりの状況で一誠の頭に見知らぬ声が響く。空耳か、はたまた自分の相棒の声なのか、余裕のない今は確認する術がない。だが、今の自分にはどうすることもできない。一度対価を払った為、これ以上対価を払う事もできない。藁にも縋りたい気持ちでその声に頷く。

 

 

≪ふふっ、素直な子ね。いいわ、なら貸してあげる≫

『止せ!』

 

 

 ドライグの制止の声も空しく、一誠の身体に再び赤き龍の力を具現化した鎧が装着される。

 

 

『Welsh Dragon Balance Breaker‼』

 

 

≪さあ、殺しましょう≫

 

 

 この言葉を最後に、一誠の意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

 再び鎧を纏った一誠。だが、その姿は先程の荒々しさとは違い、禍々しい雰囲気を醸しだしている。

 鋭利に尖った爪、翼の代わりについている穴の開いた突起のような物体、今までのフルフェイスのような兜ではなく口元を覆うようなマスク、臀部からは赤い尻尾が見える。

 一言で言うなら異質だった。

 だが、その姿を有馬は知っていた。

 先代赤龍帝が使用していた禁手、異質な見た目に伴った異質な攻撃方法。あれには有馬も手を焼かされたものだ。

 

 

≪殺したい≫

 

 

 その言葉と同時に一誠は有馬に跳びかかる。その敏捷性は今までとは比べ物にならないほど高く、洗練されている。その動きも有馬の記憶にある。

 

 

「待機」

 

 

 有馬はジーク達に短くも簡潔な指示を下す。あれを相手にするに能力を制限された三人では少々荷が重い。

 鋭利な爪をIXAで受け止める。その威力はサイラオーグと同等かそれ以上。流石赤龍帝、火力だけなら他の者よりも格段に高い。

 不意打ちの一撃が対処されたと判断すると、そのまま勢いを乗せた頭突きを喰らわせようとする。それよりも早くに有馬の抉り込むような蹴りが鎧へ放たれる。防御をしながらの蹴撃、十分な威力が出るはずもない一撃だが、鎧に罅を入れる。

 咄嗟に後ろへ跳び威力を散らしたがそれでもこの威力。そのまま勢いに身を委ね有馬から距離を取る。一誠の尻尾がバラけるように4本に分かれる。分かれた尻尾はそれぞれ意思を持ったように襲いかかる。

 

 

『Boost!』

 

 

 その間に5度の倍加が完了する。有馬の近くに突き刺さった尻尾の一本を使い瞬間移動したようにその場に移動する。そのまま貫手でその柔らかそうな腹を突く破ろうとするが、ナルカミのナックルガードが割り込んだ事によって失敗する。そこに再び4本の尻尾が時間差で四方から迫る。その攻撃を一瞥もすることなく、左手のIXAで斬り飛ばす。

 攻撃手段が減らされたことで不利と感じたのか、間合いを取ろうとバックステップを踏む。そこに追撃とばかりナルカミが光る。避けきることは不可能と割り切り、両腕をクロスし衝撃に備える。雷撃は鎧を破壊し、皮膚を焦がす。被害はあったが、結果として間合いを取ることには成功した。

 一誠は嘆息したように大きく息を吐く。

 

 

≪ああ、痛い痛い。こんなに焼け爛れちゃって≫

 

 

 そう言いながら見せびらかす様に両腕を広げる。案の定、両腕は高熱に焼かれたように爛れ、色も変色している。

 目を背けたくなるような無残な両腕に顔面蒼白し、呆然と見ることしかできないリアス。

 しかし

 

 

『Transfer!』

 

 

 次の瞬間、瞬く間に両腕が回復していく。数秒後にはナルカミを受ける前と変わらない両腕がそこにある。

 一誠が行ったことは簡単だ。身体の治癒能力に力を譲渡、それによってフェニックスも驚愕する治癒能力を瞬間的に行使したのだ。

 

 

≪貴方に殺されてからずっと我慢してたの。もう我慢しなくていいわよ、ねえ?≫

 

 

 先程よりも一際素早くなった動き。四方八方から攻撃をしては離脱を繰り返す。流石の有馬も観衆の眼を気にしてリミッターをかけた状態でこれに反撃を加えるのは至難だ。

 なので、加減をするのを止めた。

 背後からの奇襲、鋭利な爪と四本の尻尾を使った同時攻撃。狙いは四肢と腹部、狙いは悪くない。それでも、その攻撃は安直過ぎた。

 一拍を置いて、両腕と四本の尻尾が飛んだ。

 なんてことはない。ただ一誠が攻撃を当てるよりも早く両手の得物を動かしただけだ。その数、9回。鎧も破壊され、その身体に深い傷を刻まれる。

 

 

≪ふふっ、流石死神。二回目じゃ見切れ、ないわ……―――――――――≫

 

 

 その言葉を最後に、一誠は糸の切れた人形のように倒れた。

 しばらくするとリタイアの粒子に包まれその場から消える。

 思わぬイレギュラーに手の内を少しばかり晒す羽目となったが、それでも構わない。全ては晒していないのだから。

 有馬は残ったリアスに視線を向ける。その視線に気づくとヒィッと短く悲鳴を上げながら後ずさりする。

 

 

「ジーク」

「はい」

 

 

 今まで待機していたジークが動く。それに恐怖するリアスは近ずけまいと魔力弾を放つ。だが、及び腰で放った攻撃などに当たるはずもなく、徐々に接近され、最後に引き絞られた身体から放たれた魔剣がその身を貫いた。

 

 

『リアス・グレモリー様、リタイア。若手悪魔の王が全員リタイアした為、この勝負、教会の皆様の勝利となります』

 

 

 実に呆気ない幕切れだが、これでレーティングゲームは終わった。

 若手にとっては天災と言っても過言ではない今回の出来事。

 ほとんどの者が予想していた結果を大きく裏切った試合の結果。

 有馬貴将とその仲間、その名は今回のレーティングゲームで悪魔達の胸に大きな畏怖を刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

 数日後

 

 

「よう、サーゼクス」

「ああ、アザゼルか」

 

 

 見るからに衰弱した表情をした二人の男。原因は先日に行われたレーティングゲーム。あれから事後処理が大変だった。

 今回のレーティングゲームで得た物は少なく、失ったモノは大きかった。

 試合中に重症で搬送された悪魔は数知れず、次々と送られてくる死ぬ一歩手前の悪魔達。その多くは命に別状のある者ばかりだった。中でもソーナやサイラオーグ、ゼファードルの傷は深く、フェニックスの涙を複数個使わねばならない程の重体だった。それ以外の者も涙を使わねば危険だったものが多く、その治療のために使わざるを得なかった。

 これから起きるであろう禍の団との戦いに備え、備蓄として用意していた物の半分以上を今回の試合で使わざるを得なかった。その出費は余りにもでかい。額で表すなら億は容易く超えている。

 次に若手の精神的状態だった。サイラオーグやソーナは入院こそしているが、精神的ダメージは比較的に浅く、『鍛錬が足りなかった。これからはもっと精進せねば』、『作戦に不備な点が多くありました。今後はあの時のような不測の事態に備えた作戦を考えないと』、などなど自分の未熟さを見直す良い切っ掛けとなったような発言をしている。

 だが、全ての悪魔がそうである訳ではない。

 ゼファードルを筆頭に、完全に心が折られた悪魔が何十名も現れた。教会の戦士とはもう戦いたくない。レーティングゲームなんてもう絶対に参加しない。悪魔になるんじゃなかった、と口々にしていた。

 若き芽が早々に摘まれた。

 これは組織の長として大変心の痛むことだった。本来なら、このまま悪魔の未来を支える支柱となる若手達。それが早々に折れてしまったのだ。仕方がないと思う反面、残念に思う気持ちは大きかった。できることなら、今回の出来事をバネに大きく成長してほしかった、と。

 三つ目に上層部の過激派が有馬を危険視する意見を挙げていた。今回のレーティングゲームを観戦していた者達もこの意見には大いに賛成し、有馬を排除する意見を出し始めている。

 これにはアザゼルやサーゼクスだけでなく、アジュカやファルビウム、セラフォルーも過激派を諫めていた。確かに実力も高く、悪魔払いとして恐れることは、この際仕方のないところもあるだろう。だが、同盟を結んだ直後にこの意見はいただけない。そんな事が決行されれば同盟が破棄され、再び戦争が勃発することは避けられない。付け加えるなら、有馬を相手に何人の刺客を差し向ければいいのか見当もつかない。上級悪魔では足手まとい、最低でも最上級悪魔が数人は出張る必要がある。それでも尚倒しきれるイメージがわかないところがさらに恐ろしい。そこに失敗した後の被害を考えるとそれはあまりにも軽率と言わざるを得ない。

 最後に

 

 

「アザゼル、イッセー君の容体は?」

「外傷は問題ないが、何故か眠りから覚めん。恐らく、あの時の禁手が原因のはずなんだが」

 

 

 グレモリー眷属である兵藤一誠。彼はあれから数日経っても未だ一度たりとも目を覚まさない。時折、魘される様に表情を歪めることはあっても起きるまでには至らない。原因を探ろうにも下手に干渉し、事態が悪化すれば目も当てられないことから手も出せずにいる。

 あの時の禁手、二人から見ても明らかに異質だと感じた。それに人が変わったかのような挙動、譲渡の力を使った自己再生能力、普段の一誠からは考えられない行動ばかりだ。

 

 

「で、今回の原因の死神様は今何してんだ?」

「何をするでもないよ。本来ならガブリエルの護衛として同行しに来た彼らだ。変わらず、護衛を行っているよ」

「それは何よりだよ。下手に単独で動かれたらこっちも気が気じゃねえ」

 

 

 アザゼルが前回に言った悪魔にとっての核弾頭、それが実現してしまった。今や有馬貴将の話は冥界の貴族たちには知れ渡っている。それこそ、是非眷属に欲しいとまでいう馬鹿もいる始末だ。あれは誰かに従うような奴じゃない。今は教会の指示に文句も言わず従っているようだが、あれほどの力を持ちながら今も尚野心の一つも見せないのは逆に恐ろしくも感じる。もう少し社交的なら腹の探りようもあるが、あれでは取り付く島もない。

 

 

「前回のヴァーリとの戦いを含め、あいつはついに底を見せなかった。その一端を垣間見ることができたが、それはヴァーリの時と然して変わんねえ。一体、あいつの限界はどこまであるんだろうな?」

「……さあ、それこそ神のみぞ知るところじゃないのかな?」

「けっ、居もしねえ神だけが知るってか?」

 

 

 異例の事態として発生した教会の戦士と若手の戦い。

 この傷跡は想像よりも深いものになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有馬貴将の弱点を見つけた」

 

 

 魔王や堕天使総督の預かりの無い場所、そこで密かに計画を進める悪魔達。

 彼らの行動によって物語は加速していくことをまだ誰も知らない。

 

 

 




 一誠の尻尾は金色のガッシュに登場するアシュロンをイメージしてます。
 表現が下手だったらごめんなさいです!
 一瞬赫子みたいに書こうかなって思いましたけど、それだと後々めんどくさくなるのでやめましたです。


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羽化

 長らくお持たせして申し訳ありません。
 手術予定が決まり、検査や書類などでリアルが忙しくこちらに手が回りませんでしたです。
 前回の削除した分と大してレベルが変わらない気がしますけど、それでも良ければどうぞです。
 それと突然話を消してすいませんでしたです!


 悪魔にとっての悲劇から数日が経ち、若手悪魔達が無事に五体満足で病院から退院したその日、魔王が気晴らしと言う形で若手悪魔を招いてパーティーを開いた。若手らは気乗りしないものの、魔王からの招待を断るわけにもいかず、渋々と言った感じでパーティーに参加した。その中には、ガブリエルとその護衛も見える。

 しかし、意外と言ってもいいのかはわからないが、その護衛の中に有馬の姿は見えなかった。

 替わりと言っては何だが、ジークとジャンヌ、リントがガブリエルの護衛としてその眼を光らせている。

 何故この場に有馬がいないのか、その理由は簡単だ。若手悪魔の気晴らしに開催したパーティーに、そのトラウマの元凶がいるとなってはおちおち気を抜けないだろうと言うのが主だった理由だ。

 もはや何のために有馬が冥界へ来たのかわからない。この対応には流石のジークも顔を顰めていた。護衛が護衛できないとはこれ如何に?

 そんな事もあり、有馬は一人暇を持て余すことになった。そして何を思ったのか、冥界をうろついていた。街中を歩いていると、心なしか、悪魔の眼から恐怖が滲み出ているように見える。おそらく、レーティングゲームの噂が一般人にも伝わっているのだろう。

 そんな視線を気に留めることなく、有馬は町を散策していた。何故思いついたように外に出たのかと言われれば、その目的は冥界に置かれている書籍。

 有馬は自他ともに認める読書好きだ。教会では任務以外の時間は読書している姿がよく見られている。その為、自室には本棚が幾つか置かれており、その中には今まで読破した書籍が山の様に並べられている。

 そんな有馬が人間界に置かれていない冥界の書籍に興味を抱くのは、自然な流れだった。冥界の文字が読める読めないは後にして、興味深そうな書籍は買って帰ろうと考えていた。文字の翻訳は後で誰かに頼めばいいと、完全に他力本願な考えをしていることを突っ込む人間はこの場にはいない。

 

 

 しばらく歩き続けると、古本屋を見つけた。

 建物自体も古く、それによって醸し出される雰囲気は有馬の興味を引いた。

 中に入ってみると、そこには気の良さそうな老婆が椅子に座りながら本を読んでいた。

 

 

「ん、いらっしゃい。おや、お前さんは人間かい?あたしも長い間店を開いているけど人間のお客さんは初めてだねえ。まあいい、欲しい本があれば持ってくるといいさ」

 

 老婆はそれだけ口にすると再び読書を再開する。

 有馬は会釈し、本棚に目を向けようとするが、ふとある本が目に入った。

 

 

「すまないが、少しいいか?」

 

 

 目に入ったのは、本棚の隣に乱雑に置かれている積まれた本の一冊。埃がかぶっていることから随分と昔の本だという事がわかる。

 

 

「あいよ。っと、その本が気になるのかい?こりゃ珍客もおったもんじゃ。それはあたしが若かった頃の話が元となっとる実話じゃ。確か題名は”王のビレイグ”だったかね?」

 

 

 その言葉に有馬の身体が固まった。

 比喩でもなんでもなく本当に固まった。それは見事なまでにカチコチと。

 そんな有馬に気づくことなく、老婆は話を続ける。

 

 

「昔にな、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が誕生したばかりの頃の話じゃわい。転生悪魔とハーフの悪魔が悪魔や天使、堕天使に戦いを挑んだ。その時の事は今も覚えておるよ。まさに悪鬼羅刹と呼ぶにふさわしい程の実力者、一手刺し違えておれば悪魔は滅びておったかもしれぬからな」

 

 

 カラカラとした笑い声が本屋に響き渡る。

 そんな笑い声の中、有馬の思考は大きな波を打っていた。

 過去に起きた?悪魔の駒が誕生してすぐの事?誰がそんな事を?結末はどうなった?老婆は一手刺し違えば悪魔が滅びていたと言った。つまり紙一重で悪魔は勝利したのだ。

 

 

「詳しく聞かせてもらえるか?」

 

 

 結果はともかく、今必要となるのはその結果に至るまでの顛末だ。

 有馬の問いかけに老婆は気分よく了承する。

 そして老婆から過去の出来事を話された。

 

 

 およそ数百年前、悪魔の駒が普及し始めた頃に起きた悲劇、それがこの本の内容だ。

 当時種族としての人口不足、戦力不足に頭を悩ませていた悪魔は、アジュカ・ベルゼブブの製作した悪魔の駒によって戦力の確保する術を確立した。これによって悪魔は大戦時に被った損害を急激に取り戻していった。

 当然、これを危険視した天使、堕天使は悪魔の戦力拡大を防ぐために転生悪魔狩りを始めた。聖書の神が死んだことによって純粋な天使が増えなくなった天使勢力、天使が堕天しなければ堕天使が増えない堕天使勢力。どちらも急速に勢力の拡大をしていく悪魔を危険視するのは当然だった。

 悪魔の転生対象に選ばれるのは主に神器を宿した人間。神器を宿し、その力に目覚めきっていない人間が特に狙われることになった。当然、人間にとって超常の生物である悪魔や天使、堕天使に命を狙われる人間が生き残ることは限りなく不可能に近い。

 次々と人間が死していく混沌の中、一人のハーフ悪魔が神器所有者を率い、悪魔や天使、堕天使を迎え討った。部下である人間たちを統率するそのカリスマ性もさることながら、その武力においても人間の群を抜いていた。ハーフ悪魔が所有していた神器は黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)、神器の頂点に位置し、神滅具(ロンギヌス)の始まりと言われている最強の神滅具。

 そんなハーフ悪魔の元には神滅具所持者も多く存在し、その力を十全に振るい三勢力から人間を守っていた。彼らは各地を転々と移動し、人間を保護する傍らゲリラ戦を繰り返し行い、三勢力を相手に優位を保っていた。

 しかし、一人の人間が転生悪魔になったことによってこの優位は崩された。

 白龍皇の光翼、その所持者が悪魔になったのだ。その転生悪魔の力もあり、徐々に人間は劣勢に追い込まれていった。敗戦に敗戦を重ね、これ以上は無為に命を散らすだけと悟ったハーフ悪魔は苦渋の末に一つの決断を下した。

 組織の解散。

 組織の人間を各地に逃がすために幹部たちと僅かの手勢を率いて三大勢力に最終決戦を挑んだ。最も、最終決戦とは名だけであり、本来の目的は多くの人間を三勢力の手の届かぬところに逃がすための苦渋の決断だった。十を救うために一を捨てる。幹部たちもどうしようもないこと情勢を理解していたのか、それに快く頷いてくれた。

 そして始まった最終決戦、一人一人が一騎当千の力を発揮し、三勢力をその場に押しとどめた。しかし、奮戦空しく、数の暴力によって一人、また一人と押し潰されていく。次第に幹部たちも力尽き、苦悶の表情でその命を終えていった。ハーフ悪魔は仲間が死んでいく中、最後の最後まで抗い続けるも、満身創痍になったうえ、白龍皇の光翼の所持者に捕えられた。

 

 

「と、まあこんなもんじゃ。続きもあるが、それを口にするのはつまらんじゃろう?続きが知りたければそれを買う事じゃな」

 

 

 老婆は本棚の奥、有馬が目を付けていたものでは無い本を差し出す。

 有馬は困惑しながらも本を受け取る。

 

 

「こっちはお前さんのような人間でもわかるように英語で綴られておる。買うのならこっちにしておきな」

 

 

 題名は『Bireigu of the king』、老婆の言う通りだ。

 有馬は老婆に硬貨を手渡し、その本を懐に入れる。

 

 

「一つ、お前さんに伝えておこう。その本は正式に書籍として売り出されておるもんじゃない。これはあたしの自作だ。勿論、魔王もこの本の存在を知らない」

 

 

 老婆の言葉に驚くと同時に納得した。

 最後まで内容を聞いたわけではないが、この話は三勢力の中でも指折りの事件だ。それにもかかわらず何故これほどの出来事が世に出回っていないのか、その理由も少し思案することによって解決する。

 だが、それでもわからない。何故これを自分に渡すのか。

 

 

「その本がどれだけの物か、お前さんが理解しているかは知らないけど、それがあたしにとって最後の仕事だ。初対面の人間に渡すのはお門違いかと思うけど、お前さんになら渡してもいい、そう思っただけさね」

 

 

 老婆はそれだけ言うとシッシと手を振り有馬を外に追いやる。

 半ば放心状態の有馬はなす術もなく店の外に追い出され、最後に一言だけ告げられた。

 

 

「生き恥を晒して生き残ったババアからの贈り物、頼んだぞい」

 

 

 それを最後に老婆は本屋の中に戻っていった。

 有馬はその姿を呆然と見ていることしかできず、老婆が立ち去ってから数秒後に再起動を果たした。

 状況の整理ができず、未だに思考が纏まらないが、だがそれを此処で考えていても仕方がない。

 

 

「読んでみるか」

 

 

 有馬はそのこんがらがった思考を纏めるべく、ホテルに戻り本を開いた。

 

 

 

□■□■

 

 

「………………」

 

 

 その後、有馬は時間の許す限り本を何度も読み続けた。何度も何度も。

 老婆の言葉通り、ハーフ悪魔が人間を率い、三勢力に戦いを挑んだ。そこまでの流れはどこかの英雄譚に出てくるような王道な流れだった。

 しかし、どこかでその流れが変わった。

 そこからはどこか釈然としない、何かが欠けているような違和感を感じた。老婆の話を聞いた時から感じた違和感、それが王のビレイグを読むことによって確固たるものに変わった。

 物語としては完結している。だが、その話の何処かが欠けているように感じて仕方がなかった。この物語の中でのキーパーソンとなる人物、それが足りないように感じた。

 何が足りない?

 何が不足していた?

 思考に没頭し続けること一時間、此処でようやくその正体を掴んだ。それと同時に知ったことを酷く後悔した。

 何故知ってしまったのか?何故余計なことを詮索してしまったのか?知らぬが仏とはよく言ったものだ。

 押し寄せてくる苦悩と共にこれから起きるであろうことを想起する。どうしようもない、抗いようのない現実が押し寄せてくる。有馬の予想が正しければ、この世界はこれから大きく荒れる。そして今度こそ、人間の種族としての存在意義は地に落ちるだろう。人として存在するのはなく、道具として扱われるようになる。

 この本を読んだことによって、有馬は一つの決断に迫られた。

 死にたくないという思いと同時に、今度こそ何かを残したいという思いも抱く。

 長い葛藤が続く中、有馬はこの世界で初めて、大きな決断をした。

 

 

「今まで、自分にとって心地いい夢を見ていた」

 

 

 有馬以外誰もいない一室。そこで誰に語り掛けるわけでもなく一人呟く。

 生きていいと、生きたいと傲慢にも願ってしまった。有馬にとってそれは大罪にも勝る大きな咎だという事を知っていながら。

 あれで償えたと思いたかった。

 今度は生きてもいいと思い込んでいた。

 欲しがってもいいって勘違いしていた。

 ●● ●●●は幸せな夢。

 長い夢の中から目を醒まし、そこから初めて”有馬貴将”として始まる。

 

 

夢は、もういい(おやすみ、●● ●●●)

 

 

 一つのものが終わり、新たに一つのものが生まれた。

 ここからが本当の始まり、もう誰にも止められない。

 そして止まらない。

 

 

 

 

 有馬が大きな決断に迫られていた同時刻、一人の男に異変が生じていた。

 

 

「血を、肉を、違う!臓物を斬り裂いて、そんなの可笑しい!俺はやりたくない!血飛沫が見たい、うるさい!出て行け!俺から離れてくれえ!?」

 

 

『落ち着け、相棒!』

 

 

 小さな病室の中で、一人の男が壁に頭を打ちつけ苦しんでいた。

 

 

 

 

 

 




 


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燻り

 遅れまして、新年あけましておめでとうございますです。
 今年もよろしくお願いしますです。
 大変遅れた投稿で申し訳ないと思いますが、何卒ご了承ください。
 現在作者は、オリジナル小説の執筆、及び世界観の構成に多くの時間を割いています。
 その為、こちらの投稿速度が著しく落ちていますことをお詫び申し上げます。
 内容も劣化していき、作者自身も満足いく作品を書けずにいることが歯がゆく感じます。
 そして、作者の手術日が今日という事で、暫くの間、休ませていただくことになります。
 読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、どうか次の投稿までお待ちして頂けましたら幸いです。
 さて、面倒な話はここまでにして、オリジナル小説もある程度のめどが立ちましたら投稿する予定ですので、よければそちらも読んで頂けると幸いです。

 


 冥界に有馬らが滞在して10日が経とうとしていた。そんな彼らにある一方が届いた。

 

 

――――――――――兵藤一誠が目覚めた

 

 

 悪魔にとっては喜ぶべき吉報なのだろうが、3人は報告に欠片も反応を見せない。

 冥界に滞在してから日に日に無表情が板についてきたジークは、眉一つ動かすことなく。

 ジャンヌはふーんと口にするだけ。

 リントは興味すらないと言った様子で珈琲を啜る。

 そんな3人とは対象的に、有馬は兵藤一誠の面会を申し出た。その申し出に、先程とは打って変わった驚きを見せる3人。

 あの有馬が、殺し合いを演じた相手の見舞いをすると言ったのだ。驚くなと言う方が無理がある。

 ガブリエルは有馬の申し出に、にっこりとした笑顔で応じる。それならと、我先と同行を立候補したジークらだったが、意外なことに提案は断られた。

 普段の有馬なら、部下の提案を無碍にしないのだが、やんわりと断られる。変わりに護衛を頼むと言い残し、有馬はホテルの一室を後にした。

 残ったのはガブリエルと内心納得できていない3人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

「一体全体どういった心境の変化だ?怪我人、しかも大して関わりの無い赤龍帝の見舞いなんざ。俺の見立てじゃ、お前さんが誰かの見舞いをするような気さくな奴には思えねえんだが」

「お前には関係ない」

 

 

 何時に増して辛辣な返答に顔を顰めるアザゼル。

 病人の見舞いに訪れる。これは何も不思議なことではない。それが有馬でなければ。

 アザゼルの言葉通り、有馬は誰かの見舞いに訪れるような男ではない。そんな暇があれば、仕事に取り組み、悪魔や異端者を駆逐する任務に赴くような人間なのだから。

 そんな有馬が世界に数少ない神滅具持ちとはいえ、見舞いに来たのだ。何かしら警戒を抱いても仕方のない事だ。

 

 

「まあいいさ、イッセーも記憶が混濁して、リタイア前の記憶が欠落している部分もある。そこら辺の話をしてやってくれると助かる。一応、俺から説明をしておいたが、当事者から聞いた方がいい事もある」

 

 

 話を聞いているのか聞いていないのかわからない鉄仮面のような無表情。それに諦めに近い溜息を吐く。まさか返事すら返ってこないとは、会談の時から思っていたが、不愛想にもほどがある。

 

 

「そら、ここがあいつの病室だ。目を醒ましたってことで、今日退院する予定になっていが、あまり時間をかけるなよ?」

「わかっている」

 

 

 短く了承の意を示し、入室する。アザゼルも続いて入室しようとするが、有馬に鋭く睨まれ、動きが止まる。その間に扉が閉められ、入るタイミングが失われる。

 辛辣を通り越えて失礼に値する行動をされたにもかかわらず、アザゼルは憤ることはなかった。いや、そんな些事など気にしていられない程、恐怖を感じていた。

 役職柄、多くの感情に触れる機会が多かったアザゼル。そんな彼がようやく触れることのできた有馬の一端、その感情に触れて、心底恐怖した。

 たった一睨み、その中に込められた有馬の感情、そこから感じられたのは圧倒的なほどの利己的感情。目的の為なら自身の身すら顧みることの無い、それでいて執念深く、もはや呪いと言っても過言ではない程の、圧倒的利己心。立場上、そう言った感情を抱く相手と接することもある。身近な人物で上げるとすればコカビエルなどがその筆頭だろう。彼も彼で自分が戦う事を常に考え、それ以外の事は眼もくれない自己中心的人物だった。それが霞んで見える程の圧倒的利己心、初めて触れるには些か重たすぎる問題だった。

 

 

「有馬、俺はお前が何をしようとしているのかわからねえぞ」

 

 

 現状、アザゼルが知りうる有馬の情報では、何を望んでいるのか知りようがない。

 金、名声、地位、支配、従属、娯楽、快楽、闘争、混沌、何れかを欲しているのならまだ予想のしようがある。だが、アザゼルの知る有馬はこの項目のどれにも当てはまらない。

 新たに得た有馬の情報、本来なら喜ばしいことのはずだが、それ以上に謎が多くできてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

「あ、有馬さん」

「久しぶりだな」

「レーティングゲーム以来ですかね?」

 

 

 一誠は病院着を着て横になった身体を起こし、小さく会釈しながら挨拶をする。有馬は丸椅子に腰かけ、足元にトアタッシュケースを下ろす。

 

 

「兵藤一誠」

「何ですか?」

「リゼの意識に触れたな」

 

 

 有馬の唐突な物言い、今まで寝込んでいた原因の核心を突いた一言に、無意識に顔を顰める一誠。その反応を見て内心納得する。

 

 

「あれはお前の一つ前の赤龍帝だ。歴代の中でも時間が経過していなかったからだろう、歴代の怨念に染まることなく、今も尚自我を持ち、お前の身体を乗っ取ろうとしたんだろう」

「俺の、身体を……」

「その様子だと、あの時の記憶はあるようだな」

「……はい、先生や部長には言ってませんけど、俺はあの時の記憶があります。でも……認めたくないんです。あれが……俺だったなんて。あの時、俺は本気で有馬さんを殺そうとしたんです……。殺意を持って、この手で殺そうとしたんです……。今までなんとなく使ってた赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が、初めて怖いと思いました」

 

 

 一誠は両手で自分の身体を抱きしめ、震えながら当時の想いを語る。

 

 

「内から溢れる殺意、本能を刺激する血への渇望、俺はその感情に身を委ねて、人を殺そうとしたんです。ぼんやりする意識の中、女の人が言ってたんです。血を浴びるように飲みたい、柔らかい肉を斬り裂きたい、臓物をアクセサリーのように飾りたい、って。怖くなりました。俺が今まで使ってきた力が、人を簡単に殺すことのできることに気づいて……。何より、その事を自覚せず、当たり前のように相手に使っていたことに、心の底から怖くなりました……」

 

 

 一誠が、震える声でガタガタと身体を震わせながら口にした言葉、それに対して有馬は口を挟むことなく、沈黙を保つ。

 

 

「人を殺す、今までそんなことまで考える余裕はなかったんですけど……、いざその事実と向き合ってみると、すごく怖かったんです……!俺がやってるのは遊びじゃなければ、特訓でもない、たった一つしかない命のやり取りだという事を改めて実感しました……。それを自覚したら、これから戦うのが怖くなってきたんです。もし戦った相手を殺したらどうしよう、逆に殺されたらどうしようって。俺はもし、仲間の誰かが殺されたら、絶対にそいつを許せないと思います。多分、怒りに任せて仲間を殺したやつを殺してしまう。そう考え出すと、怖くて震えが止まらないんです……!教えてください、有馬さん!?俺はどうすればいいんですか!?たとえ相手が部長の敵だったとしても、殺したくないんです!相手がどうしようもなく悪い奴だとしても、俺は相手を殺したくないんです!でも、馬鹿な俺じゃあ、如何すればいいかわからないんです!?教えてください!有馬さん!?」

 

 

 一誠は悲痛な面持ちで涙ながら有馬に懇願する。どうすればいいのか、何をすればいいのか全く分からない、と。

 それに対して、有馬は一誠の求める答えを持ちえない。

 殺したくない、それでも誰かが、仲間が傷つくのは耐えられない。有馬からしたら、それは酷く甘えているとしか言いようがない。だが、それは今まで生きてきた環境が違うからだということは理解している。元々平和に日常を過ごしてきた高校生と、幼少期から命のやり取りをしてきた大人、そんな両者が端から価値観など合う筈が無い。

 それでも、だからこそ、有馬は一誠に告げなければならない。

 有馬貴将として、背き続ける現実と向き合わせる、残酷な言葉を。

 

 

「兵藤一誠、最も失わない者とは、最も力を持つ者だ。奪われたくなければ、奪うしかない。酷だが、この世界は、そういう風にできているんだ」

「そんなの、そんなのって……!」

「選べ。選ぶことも無く、ただ失っていくか、何かを選び、奪いながら生きていくか」

「その二つしか……選択はないんですか……?」

 

 

 藁にも縋る思いで、涙交じりの表情で漏らすその言葉は、数日前の兵藤一誠からは感じることもできない程、弱り切っていた。

 精神的に弱り切っている状態で、このような残酷極まりない選択をしろと言うのは酷なことだろう。それでも、彼は選択をしなければならない。

 

 

「選べないのなら、そのまま無様に這い蹲っていろ。目の前にある選択すら怠るお前に、何もできることはない」

 

 

 もはや興味はなくなった、そう言うように有馬は立ち上がり、病室を後にしようと歩き出す。その瞳は、すでに一誠を映しておらず、どこか遠くを見ている。

 有馬がドアに手をかけ、立ち去ろうとした瞬間

 

 

「待ってください!」

 

 

 一誠はベッドから転げ落ちるように身を投げ出し、必死の形相で有馬のコートの裾を握る。

 その行動を煩わしそうな目で見下ろし、袖にしようとするが

 

 

「俺に、力を!誰にも負けない力をください!お願いします!」

 

 

 一誠は、額を地面に擦りつけながらも懇願する。

 有馬から告げられた言葉は、一誠の心に深く、強い楔を打ち込んだ。『最も失わない者とは、最も力を持つ者だ』、単純ながらも一つの真理であるその言葉に、ある種の強迫観念が生まれた。

 自分は赤龍帝だ。そして、赤き龍を宿すその身は、これからも数多の禍に巻き込まれるだろう。巻き込まれるのが自分だけならまだいい。だが、それが両親、仲間にも火の粉が飛びかかるのならそれは到底看過できることではない。

 ならどうすればいいか、決まっている。失いたくなければ、奪うしかない。

 

 

「俺は、誰も殺したくない!でも、それ以上に!仲間や家族が死ぬところを見たくないんです!お願いします!俺に、戦い方を教えてください!」」

 

 

 あそこまで追い込まれたにもかかわらず、殺したくない、でも奪われたくないなどと、酷く甘えた選択だと思うが、それでも彼にとっては大幅に妥協したことなんだろうと言うことは理解できる。

 有馬とて暇人ではない。むしろ教会で彼ほど働いている人間は居ないだろうと言うレベルで忙しい。ただでさえ無い時間を割いてまで、兵藤一誠に時間をかける意味はあるのか?

 今の兵藤一誠に期待できるものは唯の一つもない。あえて無い所から捻り出すとすれば、名門グレモリー家の眷属で、今代の赤龍帝、そして金木研と似ている所ぐらいだろう。それ以外は見所もなければ、才能も無く、目に留める価値すらないといえる。

 

 

「いいよ、戦い方を教えよう」

 

 

 それでも、有馬は少年の頼みを聞き入れた。

 この時の有馬が、何を考えて了承したのかは定かではないが、ただ一つ言えることがあるとすれば、この男が情で流される様な甘ちゃんではないという事だ。

 

 

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、退院できたら俺のところに来るといい」

「あ、ありがとうございます!」

「気にするな」

 

 

 一誠の礼を肩越しに返し、今度こそ病室から立ち去る。

 病室から出ると、そこには険しい表情を浮かべるアザゼルが立ち尽くしている。その姿を一瞥もすることなく、有馬は横を通り過ぎる。

 

 

「おい」

 

 

 唐突に投げられた制止の言葉。別段立ち止まる必要を感じなかったが、このまま無視して立ち去る必要もないため、立ち止まる。

 

 

「お前は……何がしたいんだ」

 

 

 呼び止めたにしては随分とあやふやな質問。だが、それが何をさしているのか察せない程、有馬も愚かではない。そしてその質問に対して答える必要性がない事も。

 暫くの間、静寂がその場を支配するが、コツコツと言う足音共にそれも破られる。 

 先程の質問に、どんな意図があったのかはおおよその予想がつく。恐らく、アザゼルは病室内での会話を盗み聞きしていたのだろう。今回だけではない。前回の一誠との会話も、部屋に施された盗聴の術式で話の内容を全て聞かれていた。

 だからこそだろう。何故今になって、こうも正反対の対応をするのか。有馬の意図と目的を理解できず、アザゼルは混乱を起こしているのだろう。

 その結果が、先程の曖昧な問いかけだった。

 これほど露骨な反応をされれば、話の内容を盗み聞きしたのがばれるという事が分からなかったのか。どんな意図があったにせよ、アザゼルは自らの手札の一枚を有馬に晒してしまったわけだ。これでより一層、有馬から情報を得ることは難しくなった。

 上司であるガブリエルやミカエルが問いかければ、幾分かマシな答えが帰ってくるかも知れないが、それでも本質からは程遠い答えだろう。

 この前までの有馬なら、特に危険と断定することはなかったが、今は違う。一瞬だけ触れた感情の一端、生存本能が警鐘を鳴らしていた。あれはテロリストなんかよりよっぽど危険なものだ、放っておいたらとんでもないことになるぞ、と。

 しかし、現状何かできるようなことがある訳も無く、教会の神父として立派に働いているのだから、難癖の付けようがない。下手に接しようものなら、三勢力の同盟に亀裂を入れかねない。

 結果、何もすることはできない。

 

 

「たくっ、なんで和平したのに、こんなに苦労しなきゃならんのだ」

 

 

 大きく吸い込み、吐き出した息は、鉛のように重かった。

 

 

 

 

 




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