精霊転生 ~転生したけど崩壊した現代でした~ (緒方 ラキア)
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登場人物

・リーフ  木精霊族 中位木精霊(アルラウネ) 黒髪(ノワール)

 

 武器・武装  黒斬剣『幻龍』 

        袴

 

元人間「小林 陸道」。大学の帰り道大型トラックに轢かれて瀕死の重症を負って『生命維持装置』で眠りについていたが、目覚めると中位木精霊(アルラウネ)に転生していた。

天変地異によって大森林に変わったネオ東京をさ迷い続ける中、グランとリトビに出会い、中位木精霊(アルラウネ)の力を使いこなすために二人と共に修行することになった。

目覚めてからずっと、よくわからない夢を見ているのが悩み。

女性に間違えられるのを最も嫌う。

身長175センチ

 

一言「オレは男だーーーーーーーーーー!!」

 

・リトビ・カルネル  獣人族 ラビット族

 

 武器・武装  覇王の衣

 

リーフの師匠的存在。『限無覇道流拳法』を開発し、他種族に広めた張本人。

ある都市で国家反逆の罪を着せられ、国外追放になりこの洞窟にたどり着いた。

普段は落ち着いた態度であるが、自身の装備を着ると豪快な物言いで技を放つ。グラン曰く、若い頃はこんな感じだったらしい。

本気を出すと、細い目を見開き赤い瞳を覗かせる。

美脚。

身長179センチ

 

一言「ふん、儂の限無覇道流拳法は無敵よ。」

 

・グラン・クォーツ  土精霊族 最上位土精霊(グランド・エレメンタル)

 

 武器・武装  グランドハンマー 

        鎧

 

重度の武器オタク。洞窟に最初から住んでおり、普段はがらくたを集めて武器を作っている。

土偶のような鎧を常に着て過ごしている変わり者。

だが、制作する武器はどれもが一級品。(ただ本人は、本当の最高傑作は別にあると言っている。)

態度、鎧、言動などから男に思われがちだが、れっきとした女性である。

最近は、アブルホールを調べるのが趣味。

巨乳。

身長186センチ

 

一言「最近肩こりが激しい。」

 

・アブルホール  魔族 魔動機人(マシンゴーレム)

 

 武器・武装  30㎝砲

        100㎜マシンガン

        スモークディスチャージャー×5

        多種類の弾頭

 

元は日本国防軍の試作AIだったが、龍脈の暴走によって意思を持ち戦車の肉体を得た。

人間に討伐されそうになり、大森林に逃げ込んだ後洞窟に入るも、洞窟が崩れ落ち埋まってしまった。

リーフ達に発見され、グランに修理してもらい、壊れていたデータも元に戻り完全に直った。

素材を内部に取り込み、さまざまな兵器や道具を作ることができる。電化製品を魔力で動かすように改造も出来る。

リーフにアブルホールと名付けてもらい、新たな仲間となった。

全身32メートル 最高時速115㎞。

 

一言「次は何を改造しましょうか。」

 

・星原 光  人間

 

「イオタ村」に明美と二人で暮らす少女。明美は実の妹ではないが、本当の妹のように可愛いがっている。

エルオンに連れていかれそうになっていた所をリーフに助けられ、さらに行方不明になっていた明美と再会させてくれた。

本名はシンディ・オルソラ。

リーフに密かな恋心を抱いている。

身長165センチ

 

一言「明美は命よりも大切な存在です。」

 

・星原 明美  人間

 

「イオタ村」に住む最年少の少女。昭和の雰囲気があるスカート姿で、天真爛漫に村をいつもはしゃぎながら走り回っている。

迷子になって森をさ迷っていた時にリーフと出会う。

戦争によって実の家族失い、記憶も消えてしまった。

身長130センチ

 

一言「お姉ちゃん、大好き!」

 

・カスミ・イルミナ 木精霊族 上位木精霊(ハイアルラウネ)

 

イオタ村近くの「ヴァリアント特別区」に住む上位木精霊(ハイアルラウネ)

光と明美とは、とても仲が良い。

龍脈病を発症し大貴族の家族に離縁され、絶望していた時にヴァリアント特別区にたどり着いた。

今では新たな生き甲斐を見つけて光と明美と友達になり、ヒバリとクロネと仲良く暮らしている。

自分に嫌悪感を抱かないリーフに思いを寄せている。

テンパるとツンデレお嬢様口調になる。

身長166センチ

 

 一言「すすす、好き!!?そんなわけないじゃない!!」

 

・クロネ  獣人族 猫人(キャット・ピープル)

 

 武器・武装  ガントレット

 

ヴァリアント特別区に住む猫人(キャット・ピープル)、明るい性格でカスミとヒバリとは大親友。

交戦的で最近はイオタ村を警備している豚人(オーク)相手に組み手を挑んでいる。

リーフよりはましだけれど鈍感。異性よりも同性から好かれやすい。

身長160センチ

 

一言「最近、妙な視線を感じるにゃ。」

 

・ヒバリ  亜人族 鳥人(ハーピー)

 

ヴァリアント特別区に住む鳥人(ハーピー)、いつもおどおどしながら三人に付いていくように行動する。

ネガティブ思考が強く、いつもクロネから「もっと明るくなれにゃー」とアドバイスを受けている。

ヴァリアント特別区の中に好意を寄せている人がいるようだが・・・

身長162センチ

 

一言「(クロネちゃんクロネちゃんクロネちゃんクロネちゃんクロネちゃん。)」



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プロローグ

この世界に人間が誕生して、長い年月が流れた。

人間は他の生物とは違い文明を持ち、科学を発展させ、独自の進化を遂げ、生態系の頂点に君臨した。

そして、人間は科学をさらに発展させ遂に、宇宙へと進出した。

だが、それも昔の話。

人間たちは気づいていなかったのだ。

自分たちを簡単に滅ぼすことのできる『存在』がいることに。

その『存在』たちは、人間が生まれるはるか昔にこの星に生き、自然を守ってきた。

そして、人間の度重なる種の絶滅、自然の破壊に『存在』たちは、遂に動き出した。

人間は持てる科学を結集し、『存在』と戦った。

しかし、人間の抵抗むなしく、人口の3分の2は滅ぼされた。

 

生き残った人間たちは『存在』たちをこう呼んだ。

圧倒的な身体能力を持ち、高い知性を得て、人間が使う事のできない魔法を使う種族。

 

『精霊』

 

新たに、この星の頂点に君臨する者たちである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

人類歴史2154年

 

人間保護特別区域。

4年前、生き残った人間たちを『精霊』たちは森林の一部を切り倒し、集落を作った。

「イオタ村」 この村の最初の村長の名字を取って、そう呼ばれている。

人口120人。25家族、様々な国籍の人がこの村で生活している。

科学文明の崩壊により、ここの生活レベルは中世の頃まで落ちていた。

科学に頼りきっていた人間たちにとって 、初めの頃はとても苦労していたが、今は精一杯この場所で人々は生き続けている。

星原 光(ほしはら ひかり)は泣いていた。

 

彼女は村で妹と2人で暮らしている。今の世の中、あれほど笑顔で生活している者はいない。と言われるほど仲良く暮らしていた。

そんな中、妹の明美(あけみ)が突然居なくなったのだ。

村中が大騒ぎになった。朝から村人総出で探したけれど、有力な情報はなかった。

 

その時、村の門の方から鐘の音が響き渡る。

 

この鐘は外からくる中央都市『オーバード』から徴税使が来る時以外、決して鳴らない。

だが、今回は徴税使が来る日ではなかった。

嫌な予感がした。

しかし、急がなければならない。村への訪問者には村人総出で出迎えなければならないと、この集落を管理する『精霊種』の貴族から言われているのだ。

もし、遅れたりすればその場で処刑されるのだから。

光は涙を拭き門の方へ走り出した。

 

村人全員が揃い、門の先いたのはやはりこの村の管理者である中位木精霊≪アルラウネ≫の貴族、エルオン・ナトルクスであった。

膝まずく人間たちを一瞥し、満足そうに口角をあげる。

傭兵の豚人≪オーク≫3人に後ろで待機するように命令し、ここに来た目的を言い放った。

 

「この村にいる『ホシハラ ヒカリ』がこの度我が妻になることとなった。『ホシハラ ヒカリ』は前に出よ。」

 

村人の視線が彼女に集まった。

彼女は一瞬驚き固まったが、すぐに言われたとうりに前へ出た。

 

「すぐに出立する。早く乗れ。」

 

エルオンはそう言い、執事が馬車の扉を開けた。

しかし、この馬車に乗るわけにはいかない。これに乗ればもう二度とこの村に帰って来ることはできない。

そして、妹を残したまま行くわけにはいかないのだ。

 

「その前に、お願いがあります。」

 

村人の顔に恐怖が浮かんだ。

エルオンに意見するなどもってのほかであり、この場で処刑され兼ねないからだ。

しかし、光は言葉は続ける。

 

「妹が突然居なくなったんです。どうか探してください。お願いします。」

 

光は頭を下げ、願い出た。声からは、彼女の必死の思いが伝わって来た。

村人が見守る中、彼女は最後の希望にかけた。

しかし、返事はその希望を砕くものであった。

 

「その様なことにかまっている時間はない。さっさと乗れ。」

 

「っ!・・・。お願いします。どうか探してください。」

 

「しつこいぞ。もう一度言う、乗らなければこの場で処刑する!」

 

「そんな。」

 

「大方、こっそりここを出て魔物に喰われたのだろう。探す必要はない。」

 

エルオンはそう言い。光はその場で泣き始めた。それでも彼女は嗚咽混じりに「お願いします。お願いします。」と願い続ける。

だが、エルオンは豚人≪オーク≫たちに彼女を連れて行くため取り押さえるように命令した。

「離して!やめて!」

 

豚人≪オーク≫に手を掴まれた彼女は、その手を離そうと抵抗するが、力で彼らに敵うはずもなく、そのままずるずると引きづられていく。

村人たちの方に目を向けるものの、誰一人彼女を助けようとしない。ここで光を助ければ、エルオンに何をされるかが想像がついたからだ。

だから、誰もが仕方ないと彼女に哀れみの視線を向ける。

光の心が絶望に染まってゆく、信頼していた村人たちに裏切られ、居なくなった明美(あけみ)を見つけられず村を出ていくことに。

 

(もう、誰も助けてくれない。)

 

光は何もかもどうでもよくなり、すべてをあきらめていた。

そして、馬車に入ろうとしたその時。

 

----ヒュン!-----

 

突然、空気を切るような音が聞こえた。

 

「え・・・・・?」

 

後ろを振り返ると、先ほど自分の手を掴んでいた豚人≪オーク≫が宙を舞っていた。

豚人≪オーク≫はそのまま、2回跳ね、その場で脇腹を抑え蹲った。

他の豚人≪オーク≫2人は蹲る仲間へ駆け寄った。

エルオンはいまだに何が起こったのか理解出来ずにいた。

すると、村人の1人が何かに気付き、「あ!・・・」と声をあげ、指を指した。

光は村人の指した方を見た。

 

そこには、1人の人外が立っていた。

中性的な顔立で男性とも女性にも見えるが、どちらがかというと女性寄りである。

着ているものは日本人の礼服である袴。ただし、男性用の袴である。

瞳と髪の色は、美しい黒。腰まで伸びたポニーテールが女性らしさをさらに引き立たせている。

ここまでの特徴だけならば、男装した美しい女性だと誰もがそう思っただろう。

だが、人間ではない決定的な特徴がある。

 

うなじから緑の触手が伸びているのだ。

 

この触手は木精霊族の特徴の1つである。

伸縮自在に動かすことができ、日常生活の中で使う事はもちろん、鞭のように相手を攻撃する際にも使用する。

 

だから、目の前にいる者は木精霊族であると彼女は理解した。

だが、なぜ同じ木精霊族のエルオンの部下を攻撃したのだろうか?

光は理解できなかった。

 

やがて、何が起こったのか理解したエルオンが叫ぶ。

 

「貴様、何者だ!」

 

すると、エルオンの方を見て口を開き言った。

 

「リーフ・・・。」

 

透き通るような声で自らの名を言った。

そして、ここからすべてが動き出した始まりの物語である。

 



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1話「転生」

2149年 ネオ東京

 

日本はかつてないほどの発展を遂げていた。

21世紀末に発表された『宇宙エレベーター計画』によって、日本は世界で唯一宇宙エレベーターを完成させた。

さらに衛星上に張り巡らした太陽光パネルにより、日本はエネルギーを自給することができ、さらにそのエネルギーを輸出することで莫大な利益を得た。

これにより、日本はどの国よりも発展し国を豊かにしていった。

 

そして豊かになるにつれ、日本は変わっていった。

 

まず、自衛隊は解体され新たに『国防軍』が結成された。これは他国からの侵略行為に対抗するための思惑が働いていた。

また、サイバー攻撃に特化した防衛コンピューターシステムが開発され自国の情報を独占し、決して情報を漏洩させることはなかった。

実際に他国からの宇宙エレベーターにサイバー攻撃された例が多くあっため、極秘データや開発データは一部の人間しか公開されなかった。

 

だが、決していい事ばかりではなかった。

大きな問題になったのが富裕層と貧困層の格差が生まれた事だ。

宇宙エレベーター計画の成功により、計画に参加した大手企業たちが業界を支配し利益を独占するようになったからだ。

それによって今までは違法であった労働基準が大幅に楽観視されるようになり、どこの企業もブラックなものへと変わっていった。

 

さらに、その間に多くの自然が破壊されていった。

大地が渇き砂漠が広がり続け、南極と北極の面積は減り、海面上昇でいくつもの国が海に沈んだ。

それでも人間は止まらなかった。

自ら滅びの道を進みながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ネオ東京のとある大学

 

ここは植物の研究が行われている場所。

だが、ほとんどの研究は人間にとって都合のいい品種を作り出すための研究であった。

 

そんな場所で、ある部屋だけは変わっていた。

 

第8研究室

 

もはや本来の研究目的のためではなく、他の研究室の資料や本、また本来必要のないものまで溢れていた。

資料は床に散乱し足の踏み場がなく、本は棚に入りきらないものは山積みにされあらゆる所に置かれていた。

第三者が見れば、まず間違いなくごみ屋敷と同等だと言えるほどである。

 

そんな場所で一人パソコンとにらめっこしている人がいた。

少し大きな白衣を羽織り、前髪が長く目が見えない。これといった特徴もないただの根暗な大学三年生。

 

小林 陸道(こばやし りくみち) である。

 

彼はいつもここにいて、研究を一人で行っている。

この場合は他の研究室とは離れていて、ほとんど人は訪れない。ボッチや秘密の話、リア充どもが隠れてイチャイチャするのにはもってこいの場所だ。

 

そんな場所に足音が近づいてくる。

 

足音は部屋の扉の前で止まった。

そして、ノックもしないで扉は開かれた。

驚いた陸道は思わず立ち上がり振り向こうとするが、落ちていたレポート用紙を踏み、そのまま見事に転び後頭部を打ち付けた。

 

「何やっているのよ。・・・まったく。」

 

「何するんだ、桜!」

 

染井 (そめい さくら) この大学で1位、2位を争うほどの美少女であり、アイドル的な存在となっている人物である。

学内ではファンクラブまで結成され、町を歩けば誰もが振り返り、芸能事務所の人からスカウトされる。

そんな事が日常となっているほどの有名人だ。

 

いつも一人でいる陸道とは何の接点もないように見えるが、

 

「そろそろ帰りましょう。」

 

そう、彼と彼女は幼馴染である。

元々は家が隣同士で家族付き合いがあったのだが、彼女の両親が亡くなってからは行き場をなくした彼女を陸道の両親が引き取って、今では一緒に暮らしている。

もちろんこのことは秘密にしている。

もし、バレたならば学内の男子の嫉妬で殺される。

 

「わかった。」

 

陸道はパソコンを閉じ、帰宅の準備を始めた。

桜にはどうしても頭が上がらないからだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夕日に照らされるアスファルトの道を二人は歩く。

駅までの道を互いの研究の成果や友人の事などを話をしながら歩く。

 

「そういえば、何でわざわざ俺のとこに来たんだ?先に帰っていいって言ったのに。」

 

ふと思ったことを口にしたのだが、桜は頬を染め、口調がとぎれとぎれになりながら言う。

 

「あ・・・。えっと・・・。い、一緒に帰りたかったかなぁ~て、だって今日の講義は変更になってする事なかったし、どうせあなたも暇なんだろうな~って思ったし?たまには昔みたいにいいかな~って。」

 

はっきり言って、鈍い自分でもわかるぐらいバレバレである。

幼い頃から一緒にいるからさすがの自分でもわかる。

だが、

 

「そうか・・・。」

 

陸道は彼女の気持ちに気付いていながら知らないフリをしていた。

改めて意識すると、恥ずかしかったからだ。

 

そう、陸道と桜は両思いである。

だが、互いに微妙な距離感のままで時は過ぎ、現在に至る。

 

気がつくと、もう駅の前にある信号機の前まで来ていた。

 

「ほら、早く行こ。」

 

彼女は足早に渡りきった。

自分も渡ろうとするが、信号は変わってしまった。

彼女はどうやら向こう側で待ってくれるようだ。

 

すると、右側から大きな衝撃音がした。

何事かと横を見れば、自分の前にトラックが迫ってきたのだ。

 

そして、トラックはそのまま陸道を巻き込んだ。

 

・・・体が動かせない。

何が起こったのか理解できない。

考えようとするが、自分の体から何かが失われていく感覚が彼を襲う。

桜が泣きながらこちらに駆け寄って来る。

そして、陸道は自分が血の海の中にいることに気付いた。

それを理解した瞬間、急激に陸道の意識は闇に包まれていった。

 

「陸くん!!」

 

彼女の声は、もう届かなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

・・・ここはどこだろうか。

陸道の意識は闇が永遠と続く、虚無の中にいた。

何もないこの場所で、彼は自分の身に起こったことを思い出した。

 

(ここで消えるのか・・・。)

 

すると、自分の体が闇に包まれていく。

まるで陸道の存在を消そうとしているようだ。

 

(迷惑かけたんだろうな。)

 

こここにはいない家族のことを思い出していた。

両親には、まだ何の親孝行をしてあげられなかった。

妹とは、もっと楽しく話をしたかった。

桜、こんなことになるならもっと早く思いを伝えるんだった。

 

彼は目を閉じ、このまま消えようとする。

 

だが、

 

ふと声が聞こえた。

 

『わた・・・力・・を・・・・この・の・・・授け・・・・・。』

 

(誰の声だろうか?)

 

『うむ・・・、こ・・・・なら・・世界・・・すく・・・。』

 

(二人いるのか?)

 

目を開くと、まばゆい光をまとった二人の人陰がいた。

だが、顔はどちらとも光がまぶしくてよく見えない。

 

すると、陸道に手をさしのべた。

陸道は、手を伸ばしてそれを掴んだ。

その手は、まるで両親と同じような優しさと強さがあった。

 

『あなたに託します。』

 

『この世界を任せた。』

 

最後の言葉は、はっきりと聞こえた。

その瞬間、彼の意識は闇の中から浮上した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 



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2話「状況把握」

「ん・・・」

 

陸道はゆっくり重い瞼を開いた。見たことのない天井だ。

そして起き上がろうとをするがうまくいかず、そのまま転げ落ちてしまった。

右足を動かしたはずなのに左足が動いた。まるでゲームの方向キーを反転させたみたいで気持ち悪い。

立ち上がり周りを確かめる、精密機械が辺り一面に散らばっていた。機械に詳しくないがもう使えないと自分でもわかる。

壁の塗装は剥がれ全体的に見れば廃墟の中にいるようであった。

 

ここはどこだろうか。

自分は確かトラックに轢かれ、死んだ筈では・・・。

 

とりあえず、ここにいてもどうにもならないと思い部屋を出ることにする。

その為扉の前に立つが開かない。廃墟の自動ドアが壊れているのは当然であることはわかっていたが、建物のほとんどが自動ドアになった世界によって便利な生活に慣れきっていたためこのようなことをしてしまった。

 

扉を手でなんとか開ける。

まだ体の調子がすぐれないためふらつきながら歩く。

すると、奥に鏡があることに気付いた。

 

目覚めてからまだ自分の顔を見ていなかった。

そして、今更ながら自分の姿を確認する。今着ているのは手術着だけであった。当然下着は履いていない。

まあ、起きたら性別が変わっていたなんてことはなかったがこれは恥ずかしい。後で下着を探さないと。

鏡は多少ひび割れているものの、問題はなさそうであった。

そして鏡の前に立った。

 

「・・・ん!?」

 

そこに映っていたのは、かつての自分の顔ではなかった。

これといった特徴のないごく普通の顔立ちであった筈だ。

だが、今映っているのは・・・

 

中性的な顔立ち。ぱっちりした黒い瞳。白磁のような日焼けのない肌。濡れたカラスの羽のような腰まで伸びた黒髪。

 

そう、どう見ても超絶美人な顔に変わっていた。

 

「誰だこれーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

彼の絶叫が廃墟に響き渡った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

彼はソファーに頭を抱えながら座っていた。

鏡に映ったのが自分だと理解するのに、時間がかかった。今でも信じられないが。

元々、桜からあんまり男っぽくない声だね~とは言われていた。だが今回は別であった。

なんとか落ち着き調べ回ったところ、この廃墟がどこなのかわかった。

 

ここはネオ東京中央病院であった。

 

先程、彼が眠っていた部屋は救急医療設備の揃った救急治療室だ。壊れていたが、彼は生命維持装置であるカプセルの中で眠っていた。

おそらく、事故の後で運び込まれてここで治療を受けていたのだろう。

そして自分の傷が深かったから生命維持装置に入れられた。

ここまでは推測できた。だが、なぜ眠っている間にこのような廃墟になったのかわからない。

しかし、頭を抱える理由はそれだけではなかった。

 

うなじから緑色の触手が生えていた。

 

先程は、分からなかったがよく見ると生えていることに気付いたのだ。

明らかに異常だ。もしかしたら、自分が人間ではなくなってしまったのではないだろうか。

こんな姿では捕らえられ、実験台にされるかもしれない。

 

そういえば、他の人達はどこに行ったのだろうか?

廃墟だから誰もいないのは普通だが、いったいいつからここはこうなってしまったのだろう?

いや、そもそもなぜ外にも人の気配がないのだろうか?

明らかおかしい。

彼は外はどうなったのかと思い、外の景色を見るため立ち上がり、病院のエントランスに向かった。

 

入口の自動ドアは開いたまま壊れていた。そして外に出た。

そして、そこは自分の知っている景色ではなかった。

 

ビルは倒壊し、道はひび割れ、ところどころ隆起していた。

ネオ東京はまるで巨大地震に見舞われたような惨状であった。

だが、それだけではなかった。

木が生えている。

ネオ東京はほとんどがビルなどであり、植物などはなかった。

そもそも近代化が異常に進み、大きく発展した日本は主要な町などはほとんどがビルやアスファルトに覆われた。

そして日本を発展させた象徴であるのは『軌道エレベーター』である。

地球の大気圏上空に設置した太陽光パネルによって世界のエネルギー問題を解決し、莫大な利益を得た。

だが、その象徴は途中でポッキリ折れていた。

そして、今目に映る世界はまるで人類がいなくなって地球が本来の自然溢れる姿に戻りつつあるようであった。

 

だが、そんな異常事態にも関わらず彼は感動していた。

 

世界が発展すればするほど、動植物の多くの種が絶滅した。

彼はこの自然に溢れた世界が好きだったのだ。

そして、もっとこの自然を見てみたいと思い、すぐさま行動に移った。

 

院内に残っていたぼろぼろのスニーカーを履き、わずかに残っていた水と食料をリュックに入れる。そして見つけた鉄パイプを手に持つ。

そして、病院に別れを告げて歩き出した。

 

この先に、とてつもない困難が待ち受けていることを彼はまだ知らない。

 

 

 



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3話「遭遇」

あれから一週間が経った。

彼は森の中にいた。

陸道はこの世界を謳歌していた。

ああ、本来のあるべき自然の姿、実に美しい。

これがかつて人類が失ったかけがえのないもの、実に素晴らしい。

本当に人間はこの自然を何故壊したのだろうか。

 

だが、楽しいことよりも不可解なことが多かった。

 

まず、自分の体だ。顔は何処から見ても女性にしか見えない。

しかし、それよりもうなじから生えている緑色の触手だ。これは自分の思い通りに動く。伸びろと考えると伸びるし、伸縮自在だ。離れたところにあるものも楽々に取ることができた。鞭のように使うこともできた。現在触手は髪を止める紐として活用している。ポニーテールに大きな紐リボンが付いているみたいで女の子らしさがアップしていた。

 

次に、今いるこの森だ。自分がどれ程眠っていたのかわからない。あの病院の近くに何か手掛かりはないかと調べ回ったけども、何も見つけられずにいた。

森が出来るまでは長い時間がかかる。人間が植樹した場合は約50年、自然の場合は恵まれた環境で最低数百年以上、通常ならば数千年かかると言われる。

この様子を見る限り、植樹された形跡はない。

つまり、最低でも数百年ほど眠っていたこととなる。

だが、問題はそこじゃない。いや、問題であるのだが。

ネオ東京が森に包まれるまで最低でも数百年かかった、ビルなどの建物は人が整備しなければすぐにガタがきてしまう。

しかし、周りの建物は数百年経ったようには見えない。

 

つまり、森が出来るまでの時間と建物の倒壊具合が合わないのだ。

 

他にも、ここいたはずの人々はどこに消えたのか?何故この森に包まれたのか?自分の家族はどうなったのか?

考えれば考えるほど疑問が増えていく。

 

これから自分は何をすべきか。

 

自分がいったいどれ程眠っていたのかわからない。

しかし、家族を探そうと考えていた。

だが下手すれば数百年経っていて、もう生きていないかもしれない。たとえそうだったとしても、家族がどうなったのかを知りたい。生きているなら会いたい。でも自分だとわかってくれるだろうか?

不安と希望を自分の胸に抱きながら、彼はまた歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

先程の場所からかなり移動したはずなのに、景色は相変わらず樹木が広がっているだけた。

この森は何処まで広がっているのか?

そう考えていると、不意に奥から物音が聞こえた。

 

彼はそっと音の聞こえた方へ近づき、誰かいるのだろうかと樹木の影から覗く。

人なら声をかけて情報を入手し、危険動物ならばその場を気づかれずに立ち去ろうとしていたが、目の前にいたのはその思考を停止させた。

 

そこには、見たことのないバケモノがいた。

 

体長5メートルほどあり、肌の色はどす黒く、血走った目が8つある。頭から角が生えており、体は細いにも関わらず腹は大きく膨れている。まるで餓鬼のような姿だ。

バケモノはまさに食事中であった。しかし、食べているものはどう見ても人であった。すでに息をしていない者、上半身しかない者、つまり死体を食べているのだ。

その光景に思わず目を逸らした。何だあれは。

バケモノが死体を咀嚼する音が聞こえる。見つかればおしまいだ。反射的に自分もああなると理解した。

ここに居ては危険だと思い、その場から気づかれずに立ち去ろうとするが・・・

 

ポキッ

 

彼の踏み出した一歩は足元に落ちていた小枝を見事に踏んだ。その音はやけに周りに響いた。

恐る恐る後ろを振り向くと、バケモノは手を止め、こちらを見ていた。

バケモノと目が合う。

するとバケモノは獲物を見つけたとばかりに顔を歪めた。

 

(ヤバい・・・。)

 

そう思った瞬間、バケモノは持っていた死体を放り投げ飛びかかり、陸道は荷物をすべて捨てて走り出した。

 

命をかけた鬼ごっこが始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「だぁぁぁぁぁぁーーーーーー‼」

 

走る、走る、走る。彼は樹木を避けながら必死に走り続ける。捕まれば殺されあのバケモノの腹の中だ。

しかし、図体の大きさのわりにかなり速い。森の中でなければすぐに追いつかれていただろう。

だが、走り続けていると急に視界が広がった。森を抜けたわけではない。

道だ。舗装されているわけではないのだが何か通った跡がある。

しかし、状況は最悪になった。

バケモノは障害物がなくなって本来のスピードで迫ってくる。

陸道はさらにスピードを上げようとするが、石に躓いた。バランスを崩しその場で止まってしまったのだ。

だが、バケモノが待ってくれる訳がない。

これがチャンスと見なしたバケモノは、口を大きく開け、そのまま食らい付こうと飛びかかってきた。

喰われると思った瞬間、陸道は地面を蹴りおもいっきり上へ・・・

 

20メートルほどの高さまで飛び上がった。

 

(はぁ!?)

 

飛び上がった本人の方が驚いていた。思わず周りを見渡す。見事な大森林が広がっている。

 

(ん?)

 

ふと、大森林の一画がやけに樹木の生えていない場所が見えた。よく確かめようとするが、不意に体が重く感じ、浮遊感がなくなった。

重力に引かれ先程の場所に落下しつつあった。もちろん下には、獲物を見失ったバケモノが自分を探していた。

 

だが、陸道は落下しながら体勢を整え、右足を突き出す。

そしてそのままバケモノの後頭部に・・・

 

右足が見事にめり込んだ。

 

重力によって落下するだけであったものの、気付かなかったバケモノにその不意討ちは効果絶大であった。渾身の一撃はバケモノの顔面が地面にめり込むほどであった。

その隙に陸道は先程見えた景色の方へ走り出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

着いた場所には翼の折れた戦闘機がいくつもある滑走路であった。

 

ネオ東京国防軍基地

 

ネオ東京に創られた新たな基地であった。

世界的に目覚ましい発展を遂げた日本は自衛隊を廃止して国防軍にしたのだ。

最先端の科学技術が集められ、選ばれたエリート達が国のために働いていたことで有名だった。

しかし、現在は他の見てきた建物と同じように朽ち果てていた。

陸道はシャッターが壊れて開いたままの倉庫の中に入った。中はひどい有り様であった。あらゆる機械のパーツや隊員の武器、その他に組み立て中の戦闘機の残骸が足の踏み場がないほど床一面に広がっていた。

だけど、これで少しはやり過ごせると安心した直後。

 

後ろのシャッターが吹き飛ばされる音が響いた。

 

振り向くともう目の前にそいつはいた。バケモノは右腕を振り上げ、陸道を凪ぎ払った。腕は彼の左腕に当たり、そのまま倉庫の壁に打ち付けられた。

 

陸道は立ち上がろうとするが、左腕に激痛が走る。先程の一撃によって骨が折れたのだ。感じたことのない痛みに左腕を抑えながら壁にもたれ掛かってしまった。

ふと見ると、バケモノは顔を歪めながらこちらに迫る。もう逃げ場はない。

陸道は何かないかと床を手探りで探す。すると何かを掴んだ。掴んだのは斧であった。

だが、掴んだ瞬間にバケモノは飛びかかってきた。

陸道はバケモノを睨み付ける。ここで死んでたまるかと、掴んだ斧を全力で振るう。

 

一際大きな音が倉庫に響いた。

 

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倉庫の中は蓄積したホコリが舞い上がり視界は0。

 

その中、陸道は生きていた。

 

しかし、今起こったことが信じられなかった。

目の前には頭部を失ったバケモノの死体があった。陸道の全力で振るった斧はバケモノの左側頭部に突き刺さった。だが、その一撃の勢いは止まらず首の筋肉を引きちぎり、頭を持っていた斧と共に吹き飛ばしたのだ。

何だこの力は?本当に自分は何なのか?

明らかに人間ではあり得ない力だ。

 

陸道は倉庫から出た。左腕を抑えながら歩くけれども足取りがおぼつかない。

すると彼は倒れ込んでしまった。頭を抑えると、頭から血が流れていた。

そしてそのまま陸道は意識を失った。

 

森の中から二人の影がこちらを見ていることに気づかないまま・・・



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4話「出会い」

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逃げ惑う人々の叫び声が響く。見慣れた町が燃えている。

 

(何だこれは・・・)

 

自分の住んでいた町が炎に包まれている。たくさんの死体が地面に転がっており、ライフル銃は捨てられ、剣が地面に突き刺さり、血に染まる大地の中で激しい戦いが繰り広げられている。

 

国防軍隊員が銃を撃ちまくる。だが、その隊員達は斬られ倒れた。

 

見たことのない種族達が武器を振るう。しかし、放たれた弾丸が突き刺さり命を散らす。

 

信じられない。何故ここが戦場になっている?

あの平和だった光景は何処にいってしまったのだろう。

あちらこちらで人と人外種族が吹き飛ぶ。命がどんどん消えてゆく。

 

涙が溢れてきた。何故こんなことになる。何故争わなければならない。

 

ふと、後ろから音がした。振り返ると、そこには人外の二人がいた。

 

一人は言うなれば、全身が真っ黒な影のような存在だった。明らかに人間ではない。虚無から出てきたような黒い姿は、何処にも隙がない。両腕は鋭く尖っており、触れただけで全てを切り裂けそうな剣になっていた。

 

もう一人は、男性だ。人間の姿に似ているけれどもうなじからは8本の触手が生えており、美しい白金色の瞳、新緑の若葉のような緑色の逆立った髪は帰り血によって本来の輝きを失っている。着ている着物と袴は所々破れ、満身創痍のような格好だが、その目は鋭く決して諦めたという感情はなかった。

 

(いったい誰だ?)

 

緑髪の男が口を開いたが、何を言っているのかわからない。

話を聞こうと一歩踏み出した途端に、足元が崩れ落ち手を伸ばすがそのまま闇へと落ちてゆく。

 

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「はっ!?」

 

陸道は跳ね起きた。荒い息を吐き、体を落ち着かせる。

今の夢は何だ?まさかあの光景は自分が眠っていた時の光景なのか?

 

「起きたかの?」

 

隣から声が聞こえたため、陸道は咄嗟に振り向くが左腕に激痛が走る。

 

「落ち着け、まだ治りきってないのじゃから。」

 

話かけてきたのは中華服を着た仙人のような男性であった。

真っ白な髪と髭、そして頭から生える二本のウサギ耳・・・ウサギ耳!?

 

「おお!起きたか若いの!」

 

洞窟の入口から来たのは、一言で言うなら巨大な鎧であった。失礼な感じだと、関節の動く土偶だろうか。

どちらにしろ、二人の正体が全くわからない。何者だろうか。

 

「いきなり、基地跡の方からすごい音がしたから二人で見に行ったら、お前が出てきてその場で倒れるもんだから驚いたぞ。」

 

「その後、この洞窟内まで君を運び込んで出来るだけの手当てをしたという訳じゃ。」

 

どうやら、この二人は倒れた見ず知らずの陸道をここまで運び、怪我の手当てまでしてくれたらしい。

よく見ると包帯が巻かれていた。

この二人は悪い人(?)ではないようだ。

 

「あの~助けていただき、ありがとうございます。」

 

「何、あのまま放って置いたら他の『ゴブリン』とかに襲われていただろうしのー。」

 

・・・えっ?ゴブリン?ゴブリンってあのゲームやファンタジーの世界に登場するモンスターのことか?

 

「しっかし、おめえさん。よく『グール』に襲われて無事どころか『グール』を倒しちまうとは、黒髪(ノワール)なのにやるじゃねぇか!」

 

鎧は背中をバシバシ叩きながら自分を褒めているようだが、陸道には知らない単語がありすぎて全く理解が追いつかない。

 

「これ!止めんか!まだ、治りきってないんじゃぞ!」

 

「おお、悪い悪い。けど、こいつ中位木精霊(アルラウネ)だからもう安心だろ。」

 

がははと笑う鎧、それを呆れたとばかりに頭を押さえるウサ耳仙人。

このままでは話についていけない。そう思い二人に疑問を投げかける。

 

「あの!・・・」

 

二人は急に声をかけてきた自分の方を向いた。

 

「とりあえず、ここはどこなんですか?日本だった形跡はあるのに森に包まれているし、明らかにあなた方は人間ではないようですし、他の人間はどこに行ってしまったのでしょうか、そもそも自分はなんでこんな姿になってしまったのでしょうか、えっと後は・・・」

 

だめだ、疑問が多すぎて話たいことがまとまらない。

目の前の二人は互いに顔を見合せ、首を傾げた。

 

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とりあえず、まずは互いのことを知るために自己紹介から始めることとなった。

 

「じゃあ、まず儂からいこうかの。」

 

「儂の名はリトビ・カルネル。ラビット族じゃ。好きな方で呼んでかまわんよ。前はここから遠く離れた都市にいたのじゃが、国外追放されて今はここで暮らしておる。わからんことは後で聞こう。」

 

はっきり言って名前しかわからん。まあ後で聞くとしよう。しかし、予想よりもハードな人生を歩んでいるようだな。国外追放って・・・何やらかしたのだろうか?

すると、雄々しい声が思考を遮った。

 

「次はオレだな。」

 

「オレはグラン・クォーツ。気楽にグランって呼んでくれ!この洞窟で武器を作っている。といっても、最近はガラクタ集めてるだけだがな。そこのじいさんとは違って自分の意思でここに住んでるぜ。それにここもオレが先に住んでたんだぜ。」

 

大きい声で自慢気に自分のことを語るが、やはり名前しか理解できない。

しかも、こんな所で武器作って何の意味があるのだろう?自分かリトビさんぐらいしか使わないだろ。

 

「さて、そろそろ主のことを教えて貰おうかの。」

 

二人の興味津々という視線が突き刺さる。

その時ふと思った。自分が人間だったとこの二人が聞いたら、一体どのように見られるのだろう?

この二人は明らかに自分を人間のように思っていない。

むしろ、人間じゃないからこそ優しくしてくれるのではないのか。

怖い。

彼の今まで押さえ込んでいたこの世界にたった一人でいた時の不安と絶望、寂しさが溢れ出そうだった。

 

「おい!どうしたおめぇ?」

 

「えっ?」

 

気づけば涙が溢れ出ていた。止めようとするが次々と流れ出てくる。

 

「何かあったようじゃの。」

 

「そうみたいだな。若いの、一回全部吐き出してみたらどうだ。」

 

「ゆっくりでも良い、儂らに話してくれんか?」

 

この二人は本当にお人好しのようだ。今日会っただけの自分にここまでしてくれるなんて。

気づけば陸道はこれまでのことを包み隠さず話始めていた。

 

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当然ながら自分の話を聞いた二人は驚いた様子であった。

リトビは細い目を目一杯に開き、赤い瞳が見えていた。

グランの方は鎧を纏っているため、表情を読み取ることはできない。しかし、腕を組みながら陸道の話を聞いていた。

話終わると二人は最初に会った時と変わらず、陸道に話かけてきた。

 

「そうか・・・なんと言っていいかわからんが、儂らは主をに危害をくわえるつもりはない。だから、安心してくれ。」

 

リトビは優しく言葉をかける。それが陸道の心を落ち着かせていった。

 

「しかし、まさか転生者だったとはなぁ~。木精霊族に転生したヤツ、オレ始めて見たぞ。」

 

「それは儂も同感じゃの~。」

 

説明によると、転生者とは一度死んだ者が違う人間、別の種族になって生まれ変わることで、アニメや小説にあるような違う世界に生まれるという訳ではないらしい。

正直、異世界転生に少し憧れていたためなんだか裏切られたような気分に陸道はなった。

しかし、転生するとほとんどの者は、記憶はリセットされ何も覚えていないらしい。だが稀に、生前の記憶を持ったまま転生することがあるらしい。

実際、そういう現象があるとテレビ番組の特集で観たことはあった。

そして今回、陸道が転生したのは精霊族と呼ばれる珍しい種族だそうだ。

二人は気楽に言うが、今まで前例がないことで、人間が精霊に転生することは不可能と言われている。

 

つまり、陸道は生前の記憶を持った精霊に転生した大変珍しい存在なのだ。

 

「しかしよ~じいさん、あのこと本当に話していいのか?」

 

「いずれ嫌でも知ってしまう事実じゃ、今話した方がいいじゃろ。」

 

二人は話し合い、陸道に告げた。

 

「陸道、主が最初に言っていた質問について何もかも偽りなく語ろう。」

 

「まず、今この世界にいる人間達は、主が眠っている間に総人口の3分の2が他種族との戦争によって滅ぼされてしまった。」

 

「そして、その他種族を率いていたのが、主の今の種族である木精霊族達なのじゃ。」




~涙を流す陸道を見て~

グラン「なんか女の子泣かしたみたいな気分だ。」

リトビ「同感じゃ。」

ちなみに男だとゆうことは知っています。


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5話「戦争」

この世界には多くの生物がいる。だが、人間のように文明を持った者はいない。

それは間違いだ。

人類が気が付かないだけで、人間と同等、あるいはそれ以上の力を持った生物がいる。

人類が足を踏み入れたことのない秘境の地にそれは暮らしていた。

エルフ・ドワーフ・リザードマン・ドラゴン、その他にもたくさんの種族がそこにいた。

みな、ファンタジーの世界でしかいない、伝説上の生物達だ。

だが、伝説と言われた生物達は実在しており、人間の届かぬ所で生きていたのだ。

その他種族の暮らす世界で皆をまとめ上げていたのが、『精霊族』であった。

 

『精霊族』には、それぞれ火・水・木・風・土の属性があり、属性の頂点に立つ者達を最上位精霊(エレメンタル)と呼んだ。

ある日、最上位精霊(エレメンタル)達が集まり、400年ぶりの『全属性精霊会議』が行われた。それは、これから他種族の存亡に関わることであった。

 

他種族達は人類の発展に伴い、自然の減少によって住みかを失いつつあった。

このままでは我々が滅ぶと考えた『精霊族』達は、二つの提案を出した。

人類に戦いを仕掛け、かつての栄光を取り戻そうと考える『過激派』。

人類と共に生きて行こうと考える『共存派』。

『過激派』には最上位火精霊(ファイヤー・エレメンタル)最上位水精霊(アクア・エレメンタル)が賛同した。

『共存派』は最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)最上位土精霊(グランド・エレメンタル)がついた。

最上位風精霊(ウインド・エレメンタル)はどちらにもつかず、『中立派』として立ち回っていた。

『過激派』の意見は、かつて我々の祖先が創った自然を自分の利益のためにしか使わない人類を抹殺し、新たな世界を創り出すことであった。

『共存派』は、人類の技術には我々にないものがあり、自分達の技術を会わせることで、人類と他種族の双方が発展すると考えていた。

双方の派閥の意見が平行する中、それは起こった。

 

会議に一人の人間が迷い込んできたのだ。

 

本来、この場所にはいくつもの魔法がかけられており、人間に見つからないどころか、侵入することすら出来ない。

しかし、運がいいのか悪いのか、この人間は偶然にも魔法の隙間をくぐり抜けて、この場所へ来てしまったのだ。

 

『過激派』は記憶を無くさせてこの場所から逃がすかこの場で抹殺しようと言うが、それを最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)の一人がある提案を出して止めたのだ。

それはこの迷い込んだ人間を、人類と精霊族を繋ぐメッセンジャーにすることであった。

『共存派』の彼は人類と接触することを考えたのだ。

当然、『過激派』からは反対された。危険が高い。何をされるかわからない。

だが、彼は提案を下げる気はなかった。この先どちらにしろ、人類とは接触することになると、考えられたからだ。

その後、3日後また会議を開くことになり、その提案は持ち越された。

 

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迷い込んだ人間は 立花 新(たちばな あらた)と名乗った。

新は見たことのない景色と他種族達に驚いたものの、1日経てばすぐになれた。

周りのエルフやドワーフ、ドラゴンまでもが、新を歓迎した。他の者達も彼のことで興味津々のようで、新の1日目は他種族達との歓迎会で大いに賑わった。

 

3日後、新は自らメッセンジャーになりたいと志願してきた。

彼曰く、人類と多種族が共に生きる世界を作りたいと、ここに来てから思うようになっていた。

『過激派』も少し落ち着き、ダメ元でもやってみようということになった。

 

そして、新と最上位精霊(エレメンタル)の代表の一人と共に人間界へと向かった。

最初の人類と精霊族の接触は、新の住む日本であった。

当然ながら最初は全然信じてもらえなかった。だが、魔法と精霊族の特徴を見せることで、やっと信じてもらえた。

このことは、最高機密とされ、一般人に知られることはなかったが、新と最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)は確かな一歩を感じていた。

 

その後、各国のトップにこの接触は知らされ、他種族との交流について話されるようになった。勿論、限られた人間のみに情報は共有された。

交渉は2ヶ月続き、そしてやっと交流の準備が整ったとの連絡が入った。

そして選ばれた50名を人間界へ行かせる日がやってきた。

人類側に連絡はしなかったが、護衛として最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)の一人もついていた。

 

全ては順調に進んでいた。裏切られるその時までは・・・

 

他種族達を出迎えたのは、完全武装した人間達であった。

人類側は最初から交流する気などなかった。更なる力を求めた日本の上層部は、他種族の持つ能力と魔法に目を付けた。

他種族に武器は持たせておらず、捕獲は容易いと考えていた。

裏切られたと理解した最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)は武装兵と戦闘になった。しかし、全て致命傷は避けて攻撃し、武装兵を無力化していった。

だが、一人の武装兵が麻酔弾を実弾に変え、最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)に向けて撃ったのだ。

けれど、放たれた弾丸は吸い込まれるように最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)に向かうも当たることはなかった。

新が身を呈して彼と他種族を守ったからだ。

新はその場で息を引き取った。

 

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50名の他種族と最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)はなんとか逃げ切れた。

しかし、他種族達には人間への不信感と恐怖がはっきりと刻まれた。

人間を信じていた最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)にとって、これ以上の裏切りはなかった。

『共存派』は一転し、最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)達は『過激派』に賛同するようになり、人間は同族であろうと殺す野蛮な種族として、全属性精霊達は人類抹殺作戦を開始した。

後にこの人類と他種族の戦争は『人類他種族大戦』と呼ばれた。

 

人類歴史2150年、各国の主要都市を最上位精霊(エレメンタル)達は襲撃した。

襲撃先は軍事施設であったにもかかわらず、一般人にも多くの被害が出た。

そのため上層部が秘匿していた他種族の存在が一般人に上層部のした事と共に知れ渡ったのである。

人類側は持てる科学を結集し、他種族と全面対決することを決めた。

対する他種族側は最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)達をリーダー中立とした全精霊で結成された『精霊連合』を各地に送った。

 

人類側の兵は各国合わせおよそ370000000人に対して、精霊連合側はおよそ50000の兵力だった。

圧倒的な兵力と科学で人類側の勝利は確実だと思われた。

しかし、戦局は圧倒的に精霊連合側が有利であった。

精霊達の使う魔法が人類の科学を圧倒し、その差はみるみると開いていった。

人類側の被害が増す中、精霊側の被害は最小限であり、数で勝る人類の勝利は程遠いものへと変わっていった。

各国が敗れる中、残った人間は未だ前線を保っている日本に集まりつつあった。

戦場は日本本土のネオ東京へと移った。戦闘はさらに激しさを増していく。

日本国防軍と精霊連合の血で血を洗う戦いが各地で繰り返された。

さらに、『共存派』の一部が反乱を起こし、国防軍と精霊連合の双方に戦いを仕掛け、戦闘は泥沼と化した。

 

両者の戦闘を止めたのは、大地の怒りであった。

この星には『龍脈』と呼ばれる不思議なエネルギーの流れがある。普段は見ることはできないが、潮の満ち引きのように力が変化する。本来は傷付いた体を癒す効果がある。

しかし、その日は違った。

突如、龍脈から莫大なエネルギーが溢れ出たのだ。つまりは暴走であった。

暴走したエネルギーは、国防軍と精霊連合の戦闘の最前線を呑み込んだ。本来の癒しの効果ではなく、触れた者の命を吸い取っていくという真逆の効果が発動し、最前線の人間達も精霊達の命を奪っていった。

さらに龍脈の暴走は大地にも影響を与えた。もう、かつての世界地図が変わってしまったほど、大陸の形がおかしくなった。

その後、暴走は治まり龍脈は本来の姿へと戻っていった。

だが、国防軍側の兵はほぼ全滅。精霊連合側は全滅まではいかなかったものの甚大な被害をおった。

その後、残った兵で宇宙エレベーターの『セントラル・タワー』を制圧。精霊連合側の勝利で幕を下ろした。

その後、最上位水精霊(アクア・エレメンタル)の記憶操作によって、人類全てから核に関する全ての記憶と情報を消去した。

しかし、残った人類側は残った科学を結集させ、新たな国家を設立した。精霊達は傷付いた者達が多く、もはや建国を止める力も残っていなかった。

 

しかし、龍脈の暴走が与えた影響はまだあった。

戦争が終わった一週間後、精霊達の中で異変が起こった。

精霊達の本来の力が失われつつあったのだ。中でも一際酷かったのは、最前線で戦っていた男性の最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)達であった。

美しい緑の髪の色が落ちて、真っ白になった。そして、全ての男性の最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)達は最上位精霊(エレメンタル)としての力を失い、絶滅してしまった。

さらに、精霊族に治まらず人間と他種族にも影響を与えた。

奇形な者が産まれたり、魔法を全く使えない者が出てきたのだ。人間側には魔法の使える者が現れ始めた。

この現象は後に『龍脈病』と言われ、今もなお、呪いのように人間と他種族を苦しめ続けている。

 

そしてもう一つ、龍脈の暴走は化け物を生み出した。

龍脈の暴走によって亡くなった精霊と人間の兵士と機械が化け物になって蘇ったのだ。

知能を持たないただの化け物、機械に生命が宿り、人のように動き出した。

これらは『魔物』と呼ばれ、大量発生したが、最上位火精霊(ファイヤー・エレメンタル)最上位水精霊(アクア・エレメンタル)によって駆除され、今は治まったけども、この森などに潜んでいる。

 

それから、最前線であったネオ東京は自然に覆われた。

龍脈のエネルギーが安定したことにより、自然の力が増幅しネオ東京を木々が包み込み、短期間でこの大森林を作り出したのだ。

 

現在は、五つに別れた新大陸をそれぞれの精霊族が主体となって他種族達の国を建て、平和に暮らしているものの、人間と精霊と他種族の溝は深いまま、すでに4年が経った。



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6話「ファッションと日本刀」

「とまぁ、これがお主が眠っていた時に起こった事じゃ。」

 

陸道は静かに話を聞いていた。これで眠っていた時の出来事はわかった。

しかし、本当に信じられない。驚愕の事実だらけの話であった。

確かに、あの頃の事実上日本を支配していた大企業の上層部なら、更なる力を求めてあのような行動を取った事も納得してしまう。

ほぼこのような事態になったのは、人類側の失態だ。

 

「そしてお主の今の種族は、精霊族の『中位木精霊(アルラウネ)』じゃ。」

 

精霊族は階級がある。木精霊種には4つの階級がある上から、最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)上位木精霊(ハイアルラウネ)中位木精霊(アルラウネ)下位木精霊(ドリアード)に分類される。

上位種になるほど強くなり、触手の数も増え、髪も緑に染まってゆく。

この緑髪には葉緑体があるため、木精霊種は光と水があればある程度食事をしなくてもいいらしい。しかも、最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)は全く食事をしないと言われている。

だが、陸道には緑髪は何処にもない。いや、前髪のほんの一部が緑がかっているのだが。

それは、彼が『黒髪(ノワール)』だからだ。

黒髪(ノワール)とは、精霊族でありながら髪が黒い者達のことである。

本来ならば、それぞれの精霊族の髪色は、火精霊種なら赤、水精霊種なら青、のように特有の色になるのだが、稀に日本人のような黒髪の精霊が産まれるのだ。数が少ない為大変珍しい存在とされている。

 

「ええ。色々分かりました。」

 

「そうか。して、お主はこれからどうするつもりじゃ?」

 

リトビはそう尋ねた。

確かに、自分はこの世界がどのようになっているのか、全く知らない。

グランは「ここにいても問題ない。」と言ってくれるが、ふとその時になって、家族の事を考えたのだ。

陸道の心は決まった。

 

「世界を見て周りたいと思います。」

 

リトビとグランは、陸道を鋭く見つめる。まるで覚悟はあるのかと語っているようであった。

そして、二人は陸道に告げる。

 

「この世界はお主の考えているよりも、厳しく、理不尽な世界じゃ。」

 

「生半可な覚悟じゃ、痛い目見る事になるぜ。」

 

「「それでもいいのか。」」

 

二人が言うことはもっともだ。たとえ家族を見つけたとしても、今の自分を受け入れてくれるとは限らない。

それでも、自分なりのけじめを付けたい。

陸道は、二人を真っ直ぐに見て、言い放つ。

 

「覚悟は出来ています!」

 

二人は陸道をじっと見つめ、やがてフッと口を緩めた。

どうやら、陸道の覚悟が伝わったようだ。

 

「そうと決まれば、まずは服を探さんとな。」

 

「じゃな。」

 

「へ?」

 

陸道は改めて、自分の姿を見る。

そう、彼が着ていたのは手術着である。しかも、グールから逃げ回った為、所々破けていた。当然下着を着けていない。

 

「ひっ!?」

 

思わず手で胸と下を隠す。胸を隠すのは必要ないはずだが、身体は勝手に動いていた。

 

「お前、反応がいちいち、女っぽいな。」

 

グランとリトビは笑い、陸道は羞恥で顔を赤くして俯き座り込んでしまった。

 

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洞窟を出て、再び森の中を歩く。先頭をグランが進み、リトビと陸道がそれに付いていくという形だ。

すると森を抜けた先に広がっていたのは、住宅街であった。

天変地異によってほとんどの町が崩れ去る中、ここは、比較的被害の少なかった数少ない場所であった。

その中の一軒に三人は入った。

 

「よし。とりあえず、向こうから探すからちょっと待ってろ。」

 

そう言って、二人は外の他の民家だった所に入って行く。

何でもここは貴重な場所で、二人の服もここから調達しているらしい。広く空いた土地には、野菜を育てており、実に充実していた。

しばらくすると、二人は両手に大量の服を持って来た。

 

「とりあえず、要望の下着じゃ。」

 

二人は丁寧に種類を分けて、フローリングに重ねて並べた。

まずは、下着からと見たが、

 

「何で女物ばっかりなんですか‼」

 

ほとんどが女性用の下着であった。容姿は女だが、精神と身体はれっきとした男である。

 

「いや~、似合うと思って。」

 

グランの悪ふざけであった。

当然陸道は男性用を着る。

次は服だ。

しかし、かなりの種類がある。こんなに状態が良いものが残っていたとは信じがたい。

 

「とりあえず、これなんてどうじゃ?」

 

見せたのは、リトビと同じ黒い中華服。動きやすくて良いかもしれないと思うが。

ペアルックになるため、遠回しに断る。

 

「じゃあ、これだろ。」

 

「ぶっ!?」

 

グランが見せたのは、フリルの付いたゴスロリメイド服であった。正直、着ている自分を想像するだけで、鳥肌が立つほど恐ろしい。心から却下する。

それによく見ると、持って来た服は全てコスプレ服であった。

観たことあるアニメキャラの服やオリジナルの服だらけだった。

 

「この服何処から持って来たんですか!?」

 

「向こうの家に地下室があってな。そこから持って来た。」

 

グランはそう答えた。

おそらく、その家の住人は隠れてコスプレをしていたようだ。しかも、地下室まで作るなんて、どれだけ見られたくなかったのだろうか。

聞けば、二人は動きやすくサイズが合えばそれでいいらしい。人間の価値観が違うため、他種族のほとんどがそう思っているそうだ。

 

「他に何かないんですか?」

 

陸道は服をかき分けてまともなものがないかと探す。

セーラー服、メイド服、戦隊ヒーローの衣装、アイドル衣装、ケモ耳フード、宇宙服、チャイナ服、学生服、悪魔の衣装、看護服、などなど、様々な衣装だらけだ。

もうダメかと思った時、手に取ったのは緑の着物と群青色の袴。

陸道は、自然と手に取ったそれらを見る。実に美しい。気付かぬ内に陸道は袖を通していた。

陸道は袴を着たことはほとんどないはずなのだが、自然と着付けが出来ていた。

数分後、袴の帯を締め、鏡を見る。

 

そこには、美しい精霊が映っていた。

 

改めて見ると本当に女性に見える。男性であることが信じられないほどに。後ろ髪を触手で縛って、ポニーテールにしているのも理由の一つだ。

ともかく、服はこれでいくことで落ち着いた。

残ったコスプレ服は、元の場所に戻しておいた。その方が持ち主の為だろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

服が決まり、その後は自由行動となった。

二人は、ここらに落ちているがらくたを集めるからと言って、何処かに行ってしまった。夕暮れまでには戻ると言っていたので大丈夫だろうが、陸道はすることがなく、この辺りを探索することにした。

目に映る住宅は、誰もいない。聞こえてくるのは、虫の囁き、風の音、その風で揺れる草花、かつてのネオ東京では、どれもが失われたもので溢れていた。

しばらく歩いていると、大きな屋敷が見えてきた。

陸道は気になって、屋敷の門をくぐり敷地内に入った。

中はまるで時代劇に出てくるような感じであった。しかし、所々屋根瓦が落ちていたり、庭園の石灯籠は崩れ、池にも落ち葉がたまっていた。

陸道は、離れた場所にある建物に向かった。中に入るとそこは、畳が敷き詰められていた。棚には竹刀と防具がある。

つまりここは、道場である。

誰もいない道場の中を歩く。すると、一つの畳の所を歩いた時、違和感を感じた。

気になって陸道は、その畳を外した。そこには、床板に取っ手が付いており収納できるようになっていた。

取っ手を持ち、中を確かめる。そこには、細長い檜の箱があった。

箱を開け、そこに入っていたのは、日本刀の刀であった。

黒曜石のように黒い刃、対照的に刀紋は銀色に輝きを放つ。実に見事な一品であった。

刀銘には、『幻龍』の文字が彫られていた。

 

「かなりの一品だなぁ~、これ。」

 

持ち帰った刀を陸道はグランに渡して、詳しく鑑定してもらった。

陸道は、この刀を使いたいと考えていた。他人の物を勝手に使うことに、後ろめたさを感じたが、前のようにバケモノに襲われた時のために武器を持っていたかった。持ち主には悪いが、使わせてくださいと心の中で祈った。

 

「お前さんがそう言うとは、相当な代物のようじゃな。」

 

グランはかなりの腕で、かつては有名な鍛冶貴族の一人であったと言われていた。現在は、何故かこの地で自分の武器を作っているらしい。

全てを捨ててここに来たと彼は言っていた。

 

「陸道、お前が使うなら俺が鞘と柄を付けて完全なものにするが・・・良いか?」

 

グランの表情は見えないが、今にも完全なものにしたいと、すごく楽しみな様子であった。

陸道は了承し、すぐに作業に取り掛かった。その様子は、とても生き生きとしていた。

数分後、一つの名刀が陸道に手渡された。

 

「こいつが、お前の刀。黒斬剣『幻龍(げんりゅう)』だ!」

 



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7話「名前と修行開始」

渡された幻龍を抜刀し振ってる。ヒュン!と刃が空気を切る音が響く。

グランは陸道に扱いやすいように、しっかり合わせていた。

 

「問題ないな。」

 

「ありがとうございます。」

 

刃を鞘に納め、腰に差す。

不思議な気分だった。陸道は一度もこのような格好をしたことはなかった。なのに、以前にもこの格好で過ごしていたような気がする。

すると、見たことない景色が頭をよぎった。

様々な武器を持った他種族と精霊の中で先頭に立つ一人の最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)、そこにいたのは夢で見たのと同じ人物だった。

だが、急にひどい頭痛に襲われた。頭を押さえ蹲る。

 

「どうした?大丈夫か?」

 

「ええ・・・。」

 

しかし、頭痛は一瞬で治まった。同時に先程の記憶も思い出せなくなった。

最近、こんなことばかり起こる。

 

「ふむ。陸道、お主以前剣を振るった事はあるか?」

 

「・・・?、いいえ。」

 

一般人であった陸道は、今まで一度も刀など握った事などない。

だが、リトビとグランはそうは思っていなかった。先程剣を振るった時の動きが素人のようには見えなかったからだ。

 

「ふむ・・・。陸道、儂らと修行せぬか?」

 

「ハイ?」

 

「これから先、どんな危険なことに会うかわからんからの~。護身の心得ぐらいは身に付けておいたほうがいいと思うんじゃが。」

 

リトビの言うことは一理ある。そもそもグールに襲われ、倒すことができたのも奇跡に近いものであった。

あの時は、ただ力任せに振るった斧がグールの頭に当たり、そのまま吹き飛ばした。中位木精霊(アルラウネ)の身体能力がなければ、自分は死んでもおかしくはなかった。

おのずと答えは決まっていた。

 

「よろしくお願いします。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

洞窟の裏には広く開けた場所がある。そこには木でできたぼろぼろなカカシが立てられていた。グランが作った武器を試す時に使っているらしい。

 

「試合形式で行う。グランの合図で始めるぞ、準備はいいか陸道。」

 

・・・やはり変な気分になる。

確かに自分は『小林 陸道』だ。しかし、今の姿は人間ではなく中位木精霊(アルラウネ)だ。

木精霊になったため、彼の精神はすでに人間の時とは変わっていた。

自分はもう人間ではない。

ならば、名を変えよう。

『小林 陸道』の名を捨て、新たな存在になる決心をする。

 

「あの、これからは『リーフ』と呼んでくれませんか。」

 

当然ながら、二人は疑問に思う。陸道は続ける。

 

「今の自分は中位木精霊(アルラウネ)です。人間の名を捨てて、新しい自分に変わろうと思うんです。」

 

二人は黙って聞き、うなずいた。

 

「そうか、よろしくな。リーフ!」

 

「儂も構わんよ。リーフ。」

 

なんだか嬉しかった。新しい自分を認めてくれたようで、無性に嬉しかった。

しかし同時に、親のくれた名前を捨てることに罪悪感を感じた。

彼は心の中で謝った。見えない両親に「すみません」と。

すると、グランの掛け声で修行は再開される。

 

「おっし!それじゃあ改めて、構えろ二人共。」

 

ルールは決闘スタイル、どんな手を使ってもいい。リーフは幻龍ではなくグランの失敗作の切れない刀を構える。対するリトビは何も持たず手を後ろで組み、その場に立つ。

 

「リトビさんは武器を持たないのですか?」

 

「儂はオリジナルの武術『限無覇道流拳法(げんむはどうりゅうけんぽう)』を使うのでな、闘う時はこの拳のみよ。」

 

つまり、リトビは格闘家と言うことか。

  

「じゃからと言って、容赦はせぬぞ。リーフ!本気で来い!」

 

「はい!」

 

両者互いに気を引き締める。リーフは刀を強く握りしめ、リトビは相変わらず手を後ろで組み余裕な様子だ。

 

「・・・始め!!」

 

合図の掛かった瞬間、リーフはリトビとの距離を一気に詰める。

対するリトビは相変わらず手を後ろに組みながら静かに見ている。つまり動こうとしない。

リーフは刀を振るう。しかし、刀が届く直前に体をほんの少し動かしリトビはかわす。

初撃をかわされたリーフは追撃しようと体勢を整えようとするが、リトビはそれよりも速くリーフの腹に手を当て・・・

 

リーフは体をくの字に曲げ吹き飛んだ。

 

開始前の位置よりも後ろに転がる。何をされたのか理解できない。リーフは一撃をくらった腹を押さえながらも立ち上がるものの、予想以上のダメージで少しよろめく。

リトビの方を見据える。彼はリーフに手を向け、掛かって来いとこちらを挑発していた。

 

「おぉぉぉぉ!」

 

自分に気合いを入れ、再び距離を詰める。

先程よりも速く攻撃を繰り出す。しかしどれも当たらない。ことごとく避けられる。

リトビの動きには全く無駄がない。リーフの剣の動きを完全に捉えている。

リトビは素早くリーフの後ろに回る。しかし、リーフはリトビが後ろに回ることを予測していたため、刀を振ろうとするが。

リーフは反対の左腕を突き出した。しかも手は何故か銃のグリップを握る形であった。

当然ながらそんなことではリトビには当たらない。

今度はリーフの額にデコピンをくらわす。デコピンとは思えない一撃でリーフは地面を滑り倒れる。

 

「・・・そんな拳では当たりはせんよ。」

 

起き上がるがダメージが大きく、視界がふらつき立ち上がれない。

何故あのような動きをしたのだろうか。リーフは左手を見ながら考えるが、体が勝手に動いたとしか言いようがない。

 

「ほれ。考え事するよりも、掛かってこんか。」

 

リトビは余裕の表情でこちらを見ている。リーフは刀を杖にして再び立ち上がる。

 

「もう一度行きます。」

 

「来い!」

 

リーフは駆け出す、越えるべき大きな壁に向かって。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

三時間後、結局、一度も当てられないままカウンターをくらい続けたリーフの体力が限界を迎え、試合形式の修行は終わりを迎えた。

リーフは肩で息をして地面に大の字で転がっている。反対にリトビは最初と同じく、手を後ろで組みリーフを見下ろしていた。

そこにグランも歩いて寄ってくる。

 

「型は出来てるが、まだまだだなぁ。」

 

「じゃが、無駄な動きをなくせばまだまだ強くなれるはずじゃ。」

 

二人は互いにリーフの問題点などを指摘し合う。

だが、勝てるビジョンが全く浮かばない。

 

「もう日が暮れる、今日は終わりにしよう。」

 

「そうじゃな、ほれ立てるか?」

 

リーフは差し出された手を掴み立ち上がる。しかし、まともに歩くことが出来ずリトビに肩を貸してもらいながら、洞窟へと帰るのだった。

 

その夜は、リーフの歓迎会と称していつもより豪華な夕食を振る舞われた。リーフにとっては、今まで味の薄い病院食のチューブなど、まともな食事をしていなかったため、久しぶりの食事に思わず涙が出た。

その後は、保管していた酒をリトビとグランは飲み始めた。その際リーフも二人に無理やり飲まされ、顔が紅くなり、視界がぐるぐる回って、倒れたあとそのまま眠りについてしまった。

翌日、二日酔いで修行は中止になったのは、言うまでもなかった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

「もう寝たか?」

 

「ああ。あれほどお前が飲ませたらの~。」

 

目がぐるぐるしているリーフを見下ろしながら、二人は言う。彼に動物の皮で作った毛布をかける。

二人は少し離れて、静かに飲みながら話始める。

 

「どう思った、リーフの動きを見て。」

 

「タイミング、型、癖、どれも『あいつ』に似ている。」

 

「ほぉ~。」

 

グランは確信を持って言う。

 

「俺が初めてこの鎧を脱いで本気で戦った奴だ。」

 

「・・・儂は『あやつ』のことは直接関わった事はないが、あの強さは知っておる。」

 

「間違えねぇよ。『あいつ』の武器だって俺が作ったんだ。動きがそっくりだったよ。」

 

「じゃが、『あやつ』は・・・」

 

「わかってる。リーフは『あいつ』じゃない。でもな・・・」

 

「・・・とりあえず、今はリーフを修行させて様子を見よう。過ちを繰り返さないようにの。」

 

「ああ、『あいつ』のようになるのは、もうごめんだ。」

 

夜は更けていく。二人は朝まで時間を忘れ、酒を飲みかわしていた。




リーフ「うぅ~・・・」

リトビ「お主があれほど飲ませるから。」

グラン「・・・すまん。」

リトビ「はぁ~・・・、今日の修行は止めじゃな。」

リーフは一日中寝込んでいた。


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8話「日常」

あれから三日たった。

この生活にもずいぶん慣れた。むしろ、人間の時よりも規則正しい生活が送れている。

 

午前5時、起床し胴着に着替える。この胴着も、例の場所から拝借した。幻龍を持ち洞窟を出て素振りを始める。

二日酔いの次の日から朝の日課にしている。200回した後、リトビの作る朝食を頂き、いつもの修行場へ向かう。

 

午前8時、いつもの修行場に着きリトビとの修行が始まる。

初日とは違ってリトビの『限無覇道流拳法』の修行にをしている。

相変わらず、試合型の修行であるが、全く攻撃は当たらない。

だが、

 

「二日で儂に人差し指を使わせるとは、なかなか筋がいいようじゃの~リーフ。」

 

リトビは余裕そうに言うものの、リーフは全く実感が湧かない。ただ、リトビのかつての一番弟子はマスターするのに約3年かかったらしい。それに比べるとリーフは断然覚えがいいのだが、本人はわかっていない。

リトビの『限無覇道流拳法』は、人間の多数の武術を取り入れた、リトビのオリジナルの武術である。勿論、人間にも扱えるが、他種族の身体能力に合わせた武術であるため非常に難しい。技の中には他種族の特性を生かした物も多々ある。

ちなみに、一番弟子は人間でありながら全ての技をマスターしており、今はどうしているのかわかっていない。国外追放されたリトビは確認することもできない。

だが、リトビは「あやつなら大丈夫じゃろ。」と信じている。

 

そのまま修行を続け、攻撃を繰り出すものの、指で防がれる、避けられるだけで、当たることなく、リトビの試合は終わる。

その後は、座禅、滝行などの精神を鍛える修行を行い。昼食と共にグランと交代になる。

 

午後12時、グランと軽い昼食を頂く。持ってくるのは決まっておむすびとたくあんである。米は離れた所に田んぼを作っており、たくあんは洞窟の奥で保管しているものだ。

リーフは食事中に気になっていることがある。

グランはいつも鎧を着たままで、素顔を一度も見たことがないのだ。

そもそも、グランのことをリーフはあまり知らない。種族、素顔、ここにいる理由、聞いてもグランははっきり答えることが少ないからだ。

現在、グランの情報はこんなところである。

 

・武器を作る。

・鎧を常時纏っている。

・大抵の武器を扱える。

・酒好き。

 

だから、昼食はグランの情報を知る良い時間であった。

 

「そういえば、グランは料理しないのか?」

 

リーフは何気ない質問をぶつける。だが、その質問にグランの雰囲気が変わる。とても申し訳ない感じに。

 

「・・・ああ、作った事はある。けどな、それでリトビが死にかけてから、俺は料理を止めた。」

 

何気なく聞いたらすごい空気が重くなった。

道理でグランは調理場に近づかず、リトビは近づけさせなかった訳だ。

グランのプロフィールに『料理作り壊滅的』の情報が、新たに加われた。

そのまま、午後の修行が開始される。

 

午後2時、リトビとは違いグランの修行は多様の武器の扱い方である。

グランはあらゆる武器を作ることが出来る。デザインから材料まで全て自分で行わないと気が済まない性格から、武器の研究を続けている内に付いた二つ名が『鍛錬神(へファイストス)』と言われていたとリトビから聞いた。もっとも、戦闘の際に巨大なハンマーを使って戦う姿から、そのあだ名が付いたとの説が有名であるらしい。

本当にそんな存在が何故このような所に住んでいるのだろうか。いまだに謎のままだ。

今回はハルバードであった。

リーフの背丈よりも15センチほど長く、質量も重い。けれど、振れない訳ではない。

グランは扱い方を丁寧に教える。その武器に合った動き方、特性、使う際の癖を的確に指摘し、アドバイスをする。

お蔭で短時間でマスターする事が出来た。この調子ならここにある武器全てを完璧に扱うことが出来だろうとグランは予想している。

その後、さらに磨きをかけて修行は終わった。

 

午後4時、この時間はフリーになる。

夕食まで時間があるため、リーフはある場所へ向かう。

そこは、リーフの作った自主トレ場である。ここでリーフは時間を潰す。

メニューとしては、主に筋トレと触手の強化を重点的にしている。

触手は木精霊族の身体能力に比例し、強くなれる。

それを知ったリーフは、早速実践し始めたのだ。

 

手首と足首、背中と腰にそれぞれグランに作ってもらった重しを着ける。

この重しは、オリハルコンで出来ており、かなりの重量となっている。自身の体重も合わせると、総重量200キログラム近くになる。

ファンタジーかゲームでしか聞いた事のなかった金属などが、現実に存在する事に最初は驚いたが、今は気にせず活用している。

よくよく考えれば、世界が大きく変わってしまい、今までの常識なぞ通用するはずなどないと考えると、自然と驚く事を忘れていった。

そして、自主トレを始める。

腕立て伏せ、体感、懸垂、乱極拳の型、素振り、足を縛り宙吊り状態で腹筋、それぞれを触手も交えながらこなしていく。

最終的にその日の体力を全て使い果たして、二人の所へ帰路に着く。

洞窟に着き、奥の空間へと向かう。

チョロチョロと、水の流れる音がする空間にたどり着いたリーフは、蝋燭に火を着ける。周りが明るく照らされる。

洞窟の天井から水が流れ出ている。

グランが洞窟を掘り進める際に、水脈に当たり涌き出てきたのだ。大変澄んだ水であるため、普段から飲水として利用しているなくてはならない場所だ。

リーフは、持っていた布を湿らせ、体を拭く。

残念ながら、ここでは風呂に入る事などできる訳がない。

元日本人として、風呂に浸かりたいと思う気持ちを抑えて、汗と汚れを拭く。

その後、三人揃って晩飯を頂きながら、この世界について、更に二人に聞く。今回は、今自分たちのいる大陸について話してくれた。

 

大きな五つに別れた大陸は、それぞれの精霊(エレメンタル)が統治する事になった。

この大陸は木精霊族の支配している『プラン』。ただし、男の最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)は絶滅したため、現在頂点に立つのは上位木精霊(ハイアルラウネ)である。

『プラン』は大きな都市が五つある。北の『シリス』、南の『ヴェール』、西の、『トレン』、東の『スレセ』、そして中央の『オーバード』、それぞれの上位木精霊(ハイアルラウネ)が統治している。

中央都『オーバード』には、『神聖樹』と言われる巨大な木が生えており、その下で他種族達は暮らしている。

『オーバード』の周りは神聖樹の根で囲まれており、それが壁の役割は果たしているため、防衛面でも万全である。

 

食事が終わり、食器を片付け寝巻きに着替え、リーフは部屋に行く。グランがリーフの来た翌日に、洞窟の一部を掘り進め作ってくれた部屋である。

部屋で少しゆっくりすると、毛布にくるまる。

 

ふと、考える。

小林 陸道であることを完全に捨てた訳ではないが、自分は新たな人生を謳歌している。完全に陸道の記憶がなくなった時、自分はどうなるのか。

いくら考えても、答えはその時にならなければわからない。

・・・止めよう、このままでは寝れない。明日も修行だ、早く寝てしっかり体力を回復させなければ。

リーフの意識は、深く沈んでゆく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

まだ、戦場の匂いが漂う森の中を駆ける。

振り返れば、無数の足音が迫って来る。このままでは、じきに追いつかれる。

しかし、捕まるわけにはいかない。

後ろに向けて、マシンガンを撃ちまくる。いくつかが追跡者に当たるが、まだ迫って来る。

引きちぎれた腕の痛みを庇いながらまた駆け出す。

彼は一体誰なのだろうか?

 



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9話「暴走」

まことに勝手ながら、リトビの技を「乱極拳」から「限無覇道流拳法」に変えました。


あれから一ヶ月が過ぎた。

慣れとは、恐ろしいものだ。まるで生まれた時からここに住んでいたように思ってしまう。

 

現在、リーフはいつものように修行場に来ていた。

だが、いつもと違い昼の修行を監督するはずのグランがいるのだ。

 

「リーフ、今日は趣向を変えて儂とグランと戦ってもらうぞ。」

 

話を聞くと、最近のリーフの実力を二人が知っておきたかったのと、相手が複数いた場合の戦い方を学ばせるためだ。

ルールは変わらず、何でもありの試合形式。グランの投げるコインが地面に落ちた時が合図となる。

 

「じゃ、そろそろ始めるか。」

 

リーフは、幻龍を鞘から抜き構える。初めて持った時より軽く感じる。これも修行の成果であろう。

リトビは相変わらず武器を持たない。しかし、拳には防刃素材のグローブが付けられている。確かに素早い動きが多い限無覇道流拳法は、ガントレットみたいな重量のあるものでは、本来の威力を殺してしまう。実に理にかなった装備である。

一方のグランが右手に持っているのは、170センチほどの銀色に輝く大槌であった。相当な重量であるにもかかわらず、グランは片手で軽々と振り回す。

 

コインの弾いた音が響く。

リーフはリトビに注意を向ける。機動力のあるリトビが仕掛け、グランが後方支援にまわるのだろうと推測する。

姿勢を低く構え、剣を持つ手と脚に力を込める。

 

チャリンと落ちた音を合図に、三人は動き出す。

 

リーフは、バネが弾けたように目にも止まらぬ速さで駆け出す。

だが、予想外の事態にリーフは驚いてしまった。

 

飛び出したのは、グランだったのだ。

 

そして、グランは図体に似合わず素早い。

リーフのわずかの油断の隙を突き、大槌を降り下ろす。

リーフは咄嗟に避けきれないと判断し上に飛ぶ。その直後、大槌が地面に落とされ、半径3メートルほど辺り一面に亀裂を生じさせる。

避けなければ、確実に一撃で戦闘不能になるところであった。

しかし、安心したのは間違いである。

すでにリトビが走り出していた。

リトビはグランの背中を踏み台にして、空中のリーフに拳を放つ。

 

「限無覇道流正拳突き!」

 

掛け声とともに勢いよく拳が放たれる。

ラビット族は跳躍力が非常に優れた種族である。リトビはそれを生かした攻撃を得意としている。

正拳は吸い込まれるようにリーフに当たる・・・直前にリーフの姿が消え、拳は空を切る。

リーフは瞬時に触手を伸ばし、上の枝に巻き付け避けたのだ。

二人から距離を取り、幻龍を構えなおす。

接近するグランを正面から迎え討つ。先程とは違って、落ち着いてグランの動きを見る。

大槌が振り下ろされる。前の一撃よりも遥かに重い、だが落ち着きを取り戻したリーフはしっかりと見据える。

リーフは紙一重で大槌を避け、グランの懐に飛び込む。そして、カウンターの一撃を食らわせた。

しかし、グランの装甲は幻龍を容易く弾く。

リーフは衝撃で体勢を崩す。そこにリトビの鋭い蹴りが迫る。

腕をクロスして受け止めるが、リトビはすぐさま回し蹴りをリーフの右側頭部に食らわせた。

地面を転がり、立ち上がろうとするが辺りを影が覆う。

グランが飛び上がり勢いよく大槌を振り下ろす。なんとか直撃を免れるものの、衝撃波によって吹き飛ばされ木に打ち付けられる。

グランとリトビの連携は見事リーフにダメージを与えてゆく。阿吽の呼吸で放たれる鋭い攻撃に、リーフは食らい付いていた。少しずつであるが二人の動きを捉え始めていた。その証拠に、リーフは気が付いていないが、リトビの拳を受け流し、グランにカウンターがよく当たるようになっていた。

しかし、疲労とダメージはピークを迎え、すでにフラフラで立っているのがやっとであった。

そこにグランの横殴りの一撃が突き刺さる。当たり所が悪く、ボキッと嫌な音が響き数メートル飛ばされ仰向けに倒れ込む。

痛みよりも疲れが体を包み、リーフは意識を失う。

 

意識が闇に沈んでゆく中、また何処からか声が聞こえた。前に聞いた優しい声ではなく、感情のこもっていない不気味な声だった。

 

『壊せ。』

 

リーフの体に嫌な何かが流れてくる。抵抗しようにも疲れとダメージがひどく、体がうまく動かない。

 

『潰せ。』

 

意識が更に遠退いていく。完全に意識を失ってはいけないと助けを求め手を伸ばすが、いくつもの黒い手に掴まれ引き込まれてゆく。

 

『滅ぼせ。』

 

リーフの意識は更に深い闇へと落ちていく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ヤベッ!やり過ぎた。」

 

「何しとんじゃ!」

 

グランはつい本気で攻撃してしまった。二人は白熱する戦いに夢中になっていたため致し方ないとも言えるが。

しかし、リーフの左腕はあらぬ方向に曲がっている。

 

「リーフがいくら中位木精霊(アルラウネ)だからといって!これだからお主は!」

 

「悪い悪い、無事かリーフ?」

 

すると、リーフは起き上がった。だが何処か様子がおかしい。立ち上がるリーフは、腕が折れているにもかかわらず痛みを感じている素振りすらない。

よく見るとリーフの体に謎の模様が浮かび上がってくる。紫色に輝く模様は何処か不気味で、ただならぬ気配を漂わせている。

 

「リーフ?」

 

グランが声をかけると、リーフは黒から紫に変わった瞳を向けてきた。

すると、立ち上がったリーフは右手を天に掲げる。何をしているのか理解するのに時間はかからなかった。

 

突如、リーフの手のひらから膨大なエネルギーの球体が浮かび上がったのだ。

 

これには、さすがの二人も驚くしかない。二人は知っている、リーフが今何をしているのか。

リーフはグランに向けて、それを解き放つ。エネルギーは更に膨れ上がり、グランへと迫ってゆく。

グランとリトビは、放たれる前に感じたわずかな殺気に気付き、回避する事に成功する。

しかし着弾したエネルギーは地面をえぐり爆発し、衝撃波によって周りの木々を吹き飛ばす。後に残ったのは巨大なクレーターであった。

クレーターの中で、リーフは表情一つ変えず立っている。リトビとグランは、回避には成功したものの衝撃波のダメージを完全に殺す事は出来ず、グランの鎧には所々亀裂が入り、リトビは飛んできた岩に頭をぶつけ額から血を流していた。

しかし、今の二人にはどうでもいい事であった。

 

「おいリトビ、お前いつリーフに『攻撃魔法』を教えた。」

 

「心外じゃな。儂は魔法に関しては全くの無知じゃ、お主こそ、リーフに教えたのではないのか?」

 

『魔法』精霊と他種族によってもたらされた、科学に変わる新たな力である。

元々、この世界には科学では説明できない現象が数多く存在していた。その現象の一つが『魔法』によるものであった。

『魔法』には、大きく分けて4つのタイプに分けられる。

相手などを倒す事を目的として使用する『攻撃魔法』。他者、自分などを癒すために使用される『回復魔法』。自身、他者を守る時に使用する『防御魔法』。様々な物質に魔法の力を込めたり、他者の力を高める『付与魔法』。

リーフが使用したのは、『攻撃魔法』に分類される『エナジーボール』であった。しかし、普通ならばサッカーボールほどの大きさが限界とされ、初心者が最初に扱う基本魔法の一つだ。

だがそれよりも、二人はまだリーフに魔法の存在を教えた事などなかった、更に体の中に存在する『魔力』を制御しなければ使えない。だから使い方を知らなければ、魔法は決して使えないはずなのだ。

しかし今のリーフはとても正常ではない。すでに折れたはずの左腕は問題なく動いている。

更にリーフの魔力が溢れ出し、新たに『エナジーボール』を生み出す。先程と違って通常サイズだが、今度は数が多すぎる。その数およそ200以上、とても防げるものではない。

リーフはグランに照準を合わせ、指差す。すると、全ての『エナジーボール』は二人に殺到する。360度全方位からの攻撃は二人の逃げ道を断つ。

 

「任せろ!!」

 

リトビはグランの前に立ち、次々に致命傷になりかねる『エナジーボール』を弾いていく。

全ての『エナジーボール』を放ったリーフはリトビに接近する。動かない表情と紫の瞳が、やけに不気味に感じられる。

しかし、そんな事など関係ない。リトビは構える、おかしくなってしまったリーフ(弟子)を正気に戻すために。

 

「かかって来い!」

 

無表情なリーフは無情な一撃を放つ。リトビと同じ限無覇道流正拳突きであるが、込められているのは純粋な殺意。相手の命を確実に刈り取ろうとする一撃だ。

けれど、リトビは落ち着いている。放たれた拳を受け流し、合気道のように投げ飛ばす。しかしその程度ではリーフにダメージは通らない。リトビの目的は別にある。

 

「いい玉だ、リトビ。」

 

後ろには、バッドを持つ野球選手が如く大槌を構えているグランがいた。

足を踏み込み、大槌を振る。見事なフルスイングがリーフに突き刺さる。

だが、リーフは微動だにしない。それどころか、とてつもない違和感を感じる。

 

「なっ!?」

 

グランとリトビは驚愕した。大槌はリーフに当たる前に、光の小さな壁に阻まれている。

その正体は『防御魔法』『グラスシールド』である。

 

「これは、参ったな。」

 

距離を取り、そう呟く。このままでは、二人のどちらかが確実にやられる。今のままでは、リーフを殺して止めるしか方法はない。それだけは、どうしても避けたい、いやしてはならない。

 

「リトビ、向こうにお前の装備がある。取って来い!」

 

「・・・30秒で支度する、それまで耐えてくれ。」

 

リトビは奥へと消える。

1対1の戦い、グランの装甲はすでに悲鳴を上げている。下手すれば、もう持たないほど追い込まれている。

それでも、グランは諦めない。リトビが装備を整えるまで。大槌を構える。

 

「さて、この装甲持つかな?」

 

次の瞬間、リーフは飛び込んできた。大槌を振るが、リーフは次々と拳をぶつける。

グランは必死に防御するも、リーフは装甲の隙間と防御の薄い関節部分を確実に攻撃する。

装甲の亀裂が深まり、小さな破片がぼろぼろ落ちる。

胸の鎧の一部が砕ける。そこにリーフは手刀を突き刺さんとする。

しかし、グランの中身をえぐりにいく一撃が当たる事はなかった。

 

リトビの強烈な蹴りが、リーフを吹き飛ばしたからだ。

 

リーフの姿はいつもの中華服ではなく、言うなれば始皇帝。

グランの作り上げた最高傑作の一つである。オリハルコンとアダマンタイトの合金糸で縫われ、より動きやすい格闘に特化したリトビ専用の格闘服である。

 

「遅くなってすまん。」

 

「・・・35秒かかってるぞ。」

 

リトビの謝罪に、グランは皮肉めいた返答をするがあと1秒遅れていれば、本当に命はなかった。

グランは木に凭れ込み、後は任せたと手で合図を送る。リトビは黙って頷きリーフに向き直る。リーフは変わらず、無表情でこちらを見ていた。

 

「さて、正気に戻してやる。覚悟せい!!」

 

リーフは駆け出し、正拳を放つ。

 

「幻影天掌!」

 

リトビは技を発動させる。するとリトビは三人に増えた。リーフの拳はリトビをすり抜ける。すぐさまリトビは分身を解き、リーフの背中にカウンターの蹴りを食らわせる。

 

「まだまだ!!限無覇道流!七破必殺拳!!」

 

正拳、回し蹴り、発勁、リーフに絶え間い重い技は確実にダメージを与える。防御しようにもその暇を与えない神速の連撃。そして、止めのアッパーカットがクリティカルヒットする。

飛ばされ地面に落ちたリーフは、少し痙攣した後、完全に意識を失った。同時に浮かび上がっていた模様は消え、いつものリーフに戻っていた。

 

「我が拳は覇を掴む剛の拳!天下を統べる最強の拳!!」

 

「・・・リトビ、それ着ると本当に若返るな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・うっ!?」

 

リーフは全身の痛みによって意識が覚醒する。目を開けるとリトビとグランが自分を覗き込んでいた。

ゆっくり体を起こしているとグランが尋ねた。

 

「大丈夫かリーフ?」

 

「ええ、大丈夫です。かなり痛いですけど。」

 

「そうか・・・、ところでさっきの事を覚えているか?」

 

リトビの質問にリーフは疑問を浮かべる。

確か、リトビと拳を交えていた時にグランの大槌をおもいっきり食らってそのまま・・・。何か忘れているような気がするけども、思い出せない。

 

「まあ、無事ならそれでいいだろ。」

 

グランの鎧が今までにないくらいにひび割れている。ここまでひどく戦ったっけ?

リトビなんていつの間にか服変わってるし。周りも、こんなクレーターみたいだったか?

何が起きたのか全くわからないリーフはそう考えていると、

 

ピシッ!と後ろから嫌な音がする。

 

三人は音がした方を見ると、修行場の近くの崖の表面に亀裂が入る。亀裂はどんどん広がってゆく。

不味いと三人が感じた時には、もう岩が雪崩の如く頭上に降り注ぎ始めていた。

 

「「「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーー⁉」」」

 

三人は仲良く逃げ出した。岩を砕くほどの力を先程ほとんど使ってしまったために、逃げるしかなかった。

三人がいた場所は大量の岩が落ち、土煙が舞い上がっていた。

だんだんと土煙はおさまっていく。

すると、明らかに岩とは異なる何がそこにある。土煙が晴れ、その正体がはっきりする。

緑迷彩柄の装甲、錆び付いたキャタピラー、遠くの目標を撃つ巨大な主砲、俗に言う戦車であった。



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10話「新たな仲間と驚愕」

三人は純粋に驚きその場で固まる。

何故崖の中から戦車が降ってくるのだろうか。

真っ先に近づいたのは、もちろんグランであった。疲れを忘れて戦車目掛けて走り出す。

リーフとリトビも後を追って、戦車に近づいてゆく。

グランはすでに装甲を触り、調べている。その目はまるで子供がはしゃぐような目であった。

 

近づいて見ると、かなりの大きさであった。

全長およそ30メートル、幅12メートル、全高7メートル、日本国防軍の新型戦車の約三倍を超えるかなりの大型だ。むしろ、自走砲と言った方がしっくりくる。戦車には興味はなかったが、これ程のサイズの戦車を知らない訳がない。

眠りについていた時に出来た新型だろうか?

 

「リーフ、お前は反対側を調べてくれ。」

 

今のグランは何を言っても無駄である。こうなると、調べ尽くすまでグランは止まらない。こういう時は、素直に従った方がいい。

言われた通りに、反対側をくまなく調べる。何か見落としでもあると、後でぐちぐち小言を言われる。

周りを調べ回るが、めぼしい物はこれと言って見つからない。落石の隙間にネジや装甲の破片が挟まっているぐらいだ。

ふと、視界の隅で何かが光った。何かと思って近づいて見ると、それは落ちていた。リーフはそれを拾い上げる。

それは見たことのない、鉱石であった。

ちょうどリーフの手のひらに収まるほどで、日に当てると七色に輝く。

磨いていないのに、どうしたらこのような輝きを放つのだろうか。

謎の鉱石を懐に仕舞う。これは後で見せる事にしよう。

そこにしても、この戦車デカイ。主砲の方はどうなっているのだろう。

・・・乗って見よう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

グランは全体をくまなく調べていた。調べていくほどグランの推測は確信に変わっていった。

 

「中を調べたが、これと言った物はなかったぞ。」

 

そこに車内を調べていたリトビが近づいてくる。先の戦争で使われた物ならば、車内はいくつか武器でも残っいると踏んだのだが、その予想は外れた。

しかし、グランの耳にはその声は届いていなかった。

すると、普段のグランからは信じられない言葉を口にする。

 

「帰るぞ。」

 

リトビは自分の耳を疑った。いつもなら、分解していくつかを持ち帰ろうと言って手伝わせられるはずなのに。何もしないで帰ると言う事は・・・

 

「こいつはもしかして。」

 

「・・・ああ、こいつは『魔動機人(マシンゴーレム)』だ。」

 

魔動機人(マシンゴーレム)

 

龍脈の暴走によって生命が宿った機械の事である。強大なパワーと優秀な人工知能を持ち、戦後に生き残った他種族と人間を殺戮し、大半は討伐されたものの、今なお最強の魔物としてどこかに潜んでいるとされている。魔動機人(マシンゴーレム)のせいで戦後復興が大幅に遅れたと言われている。

魔動機人(マシンゴーレム)には、同一の個体は存在しない。それぞれが独自の姿をしているため発見が難しい。

 

「根拠はあるのか?」

 

リトビはそう尋ねる。端から見れば、ただの中破した戦車だ。とても魔動機人(マシンゴーレム)とは思えない。

 

「見たことのないジェネレーター、対魔法装甲、収納されているマニピュレーター、何より全体に魔力が流れるように造られている。人間にこんなもん造れるとは思えない。」

 

短時間でここまで調べるとは、流石グランだ。

 

「ところで、『龍脈石』はあったのか?」

 

「いや、ない。岩に埋まってるんじゃないかと思うんだが・・・。」

 

『龍脈石』

 

龍脈の力が結晶となって現れる、非常に珍しい石である。龍脈の流れる場所にしか出来ず、小さな結晶になるまで数百年かかるとされている。

ちなみに、魔物達は龍脈石を核にして活動している。石を失えば当然活動を停止する。

この魔動機人(マシンゴーレム)には、龍脈石がなかった。本来あったであろう主砲の下を探したのだが、どこもなかったのだ。

 

「まぁ、わざわざドラゴンの尻尾を踏むような真似はしねえよ。」

 

「触らぬ神に祟りなしとはこの事じゃな。」

 

二人はこれ以上の詮索を止め、素直に帰ろうとする。

それに何かの拍子に目覚められでもしたら厄介だ。先程の戦闘で三人はいつものようには動けないのだから。

ふと、リトビはグランに尋ねる。

 

「おや?リーフはどこだ?」

 

「ああ、あいつなら反対側を調べて・・・」

 

二人は急に黙り込む。体の体温が低くなっていくような感覚に襲われる。

この場には、そんな危険を全く知らないヤツが一人いる。そして、さっきからそいつの姿は見えない。

リトビの鋭い聴覚が、リーフの足音を捉える。すぐさま戦車の上に上るとリーフは主砲の下を覗いていた。リトビは叫ぶ。

 

「離れろ!リーフ!!」

 

しかし、それは最悪な結果となる。

驚いたリーフは慌ててしまい、懐にしまっていた鉱石を落としてしまった。

リーフが持っていた鉱石こそが龍脈石である。

石は転がって元あった場所に止まった。するとカチリと音がしたかと思うと、龍脈石は奥へと取り込まれた。

二人は顔を合わせ、黙って頷き・・・

 

全力で走り出す。

 

すぐさま下りると、戦車にエンジンがかかりあちこちから火花が上がる。

すると、戦車の砲塔が変形を始めた。鉄のぶつかり合う音と火花がバチバチと放つ音とともに、うめき声を上げながら人の上半身のように変わってゆく。

変形が終わりそこにいたのは、戦車に人型の上半身が付いたアニメに出てきそうなロボットとなった。

全身から火花を撒き散らしながら、その戦車ロボットは叫んだ。

 

「ころシてヤる!ニンゲンドもガ!」

 

機械感が漂う声が辺りに響く。すると、戦車ロボットは収納されていたマシンガンを取り出し、なりふり構わす乱射し始めた。

凄まじい音に耳を防がずにはいられない。さらに弾が当たらないようにその場で伏せる。あんな物に当たれば、一瞬で昇天するわ!

しかし、それは長くは続かなかった。

戦車ロボットの腹部が爆発し黒煙が上がる。手に持っていたマシンガンを落とし、戦車ロボットは損傷部位を押さえつける。

火花がいっそう強くなって、戦車ロボットの動きは鈍くなった。

その姿を見たリーフは、可哀想に思えて戦車ロボットに近づいていった。

リトビとグランは静止の言葉を叫ぶが、リーフは聞かずにどんどん近づいていく。

リーフに気づいた戦車ロボットは、モノアイカメラを向けてリーフを解析し始めた。

 

(魔力波形、タイプ木精霊族に酷似、内蔵データとの一致率98.6%)

 

「ニンゲンじャないノか。」

 

戦車ロボットは奥の二人も調べるが、どちらも人間ではない。

露骨にガッカリする姿にどこか人間味を感じさせる。そんな戦車ロボットにリーフは尋ねる。

 

「君は一体何なんだ?」

 

「ワタシは、君たちのイウとコロの『魔動機人(マシンゴーレム)』ダ。名前ハ日本国防軍戦闘補助試作型AI037号。」

 

リーフの問に素直に答えてゆく。リトビとグランも加わって、戦車ロボットの話を聞く事になった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私はただのプログラムだった。意思など必要ない、喋る機能がついていてもそこに心はない。ただ役割をひたすら繰り返すだけの人間に造られた物だ。

私はパソコンの中がらカメラを通して景色を見ている。白衣を着た研究者達が慌てている。時期にここもやられる、今のうちに持てるだけ持って逃げろ。

私は廃棄されるらしい。だが、別にどうも思わない。所詮私は試作品、完成品を作るための過程に過ぎない。

誰もいなくなり、静かになった研究室のカメラから外の監視カメラに切り替える。

そこは一面に火が燃え広がっており、血にまみれた人間と他種族の死体が転がっている。

しかし、私は何も感じない。感情と言う物が存在することは知っていても、心がないプログラムはそんなものなど必要がない。

すると、大地が不気味に輝き出す。未知の現象にあらゆるデータベースを調べ、類似データを選出するもどれも一致しない。

やがて光は私を包み込む。

すると、カメラは物質を変え虹色に輝く石へと変わった。

プログラムである私はデータの中でしか生きられない。そのはずなのに、私は石に吸い込まれるように移っていった。

その瞬間、私に何かが流れてきた。怒り、悲しみ、喜び、全ての感情が私の中に入ってくる。

 

その時、私は心を得た。

 

そして、石の周りに様々な物が吸い寄せられてきた。それらは石を包み込んでゆき、一つの形となった。

こうして私は、鋼の体と人の心を持った魔動機人(マシンゴーレム)に生まれ変わったのだ。

 

「なるほど、それから?」

 

三人は座って、037号の回想話を聞いていた。

 

「そレから私ハ、人間ヲ探した。せイかくには、ワタシを作った人ヲ。」

 

037号はこの大陸を走り回り、やっとの思いで人間の国を見つけた。

しかし、人間は彼を受け入れなかった。それどころか、037号を手に入れまいと攻撃を始めたのだ。

魔動機人(マシンゴーレム)は人類にとって宝の存在である。魔力で動く魔動機人(マシンゴーレム)達は喉から手が出るほど、人類側は欲しており、反対に他種族側としては討伐の対象となっている。

そのため、037号は逃げるしかなかった。人間達の執拗な攻撃を受けながら、最終的にこの森の洞窟にたどり着いたのだが、洞窟が崩落して埋まってした。

最悪な事に崩落の衝撃によって核の龍脈石が落ちてしまい、全機能が停止して動けなくなってしまったのだ。

 

「そシて、今日核に龍脈石が戻ってウごけるヨウになッタというワけダ。」

 

「お前さん、変わっとるの~。普通の魔動機人(マシンゴーレム)なら誰だろうと殺戮の限りを尽くすはずじゃが。」

 

リトビの意見は最もだ。本来魔物は人間や他種族をいたぶり、命を奪う事を快楽として生きる。故にこの037号は、かなり変わっている。

 

「まぁ世の中いろいろあるだろ。それよりも・・・」

 

グランの言いたい事は分かる。

この魔動機人(マシンゴーレム)をどうするかだ。

話を聞く限りは、自分達に危害を加える気はないだろう。それに、このまま放っておくのも悪い気がする。

三人の意見は一致した。後は本人の意思だけだ。

 

「あー、お前良かったらオレ達と一緒に暮らさねーか?」

 

代表して、グランが尋ねる。

037号は考える素振りをしたのち、はっきりと答えた。

 

「こコを離れテも討伐されルノがオチです。よろしくお願イしマス。」

 

「よっしゃ!決まりだな。とりあえず、洞窟に帰ってから応急修理してやる。」

 

「やっとあのがらくたを使う時がきたか。」

 

「えっと・・・よろしくお願いします。」

 

新たな仲間が加わって、さらに賑やかになるのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「疲れた・・・。」

 

三人は037号の周りの岩を取り除き、動きやすくしたのち037号は動き出した。

洞窟の前に着くとすぐさま作業に取りかかった。グランは生き生きしながら037号を修理を始めた。リーフとリトビは今まで集めていたがらくたを運び、グランの指示に従って修理を手伝った。

何故あの二人はあんなに体力が有り余っているのだろうか。リーフは二人がまだ底が知れない事を再確認するのだった。

応急修理を終えた037号は、洞窟の前で待機してもらっている。体が大き過ぎるため洞窟に入れないのだ。まあ、グランが洞窟の隣を掘り進めて037号の部屋を作ると言っていたから大丈夫だろう。

現在リーフはよろよろに歩きながらいつもの水浴び場に向かっていた。

どういうわけか、いつも以上に体が汚れと傷だらけなのだ。修行と修理の手伝いだけでここまでひどくなるのだろうか。何も覚えていないリーフにとって、最大の謎である。

すると水音が聞こえてくる。しかし、既に誰かいるようだ。

リトビはさっき037号と話していたから、おそらくグランだろう。

まあ、グランなら問題ないかとそのまま足を進める。

 

それが間違いだと気付かずに。

 

「グラン、いるの・・・か・・・。」

 

言葉は最後まで続かず、リーフはその場で石のように固まってしまった。

それもそのはず、そこにいたのは全裸で水浴びしている美しい女性であったのだ。

日焼け一つない白い肌、豊満な胸、引き締まった腰、銅色の髪はひざしたまで伸びている。

女神がこの世界に降臨したようであった。

こちらの気配に気付いたのか、ゆっくりと振り返った。

白金色の瞳がリーフを映す。

 

「何だ、リーフか。待ってろもうすぐだから。」

 

小鳥のような美しい声に対して口調は普段から聞いている男らしい言葉。

 

「まさか・・・グ、グラン・・・な・・・のか?」

 

「ン、そうだけと。」

 

それがどうしたと言わんばかりに、グランはそう答える。

落ち着け、まずいろいろ整理しよう。グランは女で今水浴びをしていて、そこに自分が来て・・・、いやいやグランは男のはずじゃ・・・、待て待ていつも鎧を着ているから性別がどちらかなんて、今の今まで気にしていなかったわけで、こんな美しい女性だったなんて・・・、いやそれよりも!

 

「前隠してください!!」

 

今さらながら、目を手で覆うリーフ。肝心のグランは、何を?とばかりに首を傾げる。羞恥心ないのかこの人!

リーフはすぐさま出て行こうとするが、急激に激しい目眩に襲われる。

リーフの体は今日一日の出来事で、限界を軽く超えていた。そこに、グランの正体と言う衝撃の事実が止めをさしたのだ。

リーフは糸の切れた人形のように、その場で意識を失う。鼻から流れる赤い液体は過労によるもののかそれとも・・・

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「アハハハハハ!するとあれか、オレを男だと思ってたのか!」

 

大きな笑い声が響く夕食。今日は037号の歓迎会として、リーフと同じくらい奮発して盛り上がっていた。

羞恥で頬を赤く染めて縮こまるリーフ、微妙な表情を浮かべているリトビ、リーフを慰めている037号、勢いよく酒を飲むグラン。

リーフの時よりも、いっそう混沌としていた。

 

「・・・二人は知っていたのか?」

 

「ああ、儂は初めて会った時に。」

 

「私は解析した時に、魔力波形が女性のものであったのでその時。」

 

つまり、知らなかったのはリーフだけだった。穴があったら入りたい、そしてそのまま埋めて欲しい。

リーフはさらに小さくなってしまった。

 

「それにしても、声が直って良かったの~。」

 

「これもグラン様のお蔭です。」

 

037号は音声機能が壊れていたため、聞き取りずらかった声も修理されはっきりと聞き取れるようになった。

しかし、リーフは一つだけ気になる事があった。

 

「あの、そろそろ名前付けませんか?」

 

037号の名前だ。さすがに番号が名前なんて囚人みたいでなんだか嫌であった。

二人と本人も賛同してくれた。だが、名前はリーフが付ける事になった。

リーフは頭をフル回転させて考える。037号のこちらを見る目がすごくキラキラしているように感じた。

すると、037号にぴったりの名前が一つ浮かんだ。

 

「アブルホール・・・」

 

グランとリトビの二人は分からず首をかしげるが、037号は理解していた。

 

「タロットで戦車を意味するアラビア語ですね。」

 

「良いんじゃねぇの。」

 

「同感じゃ。」

 

どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「では、これからはアブルホールとお呼びください皆様。」



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11話「旅立ちと迷子」

さらに二ヶ月の月日が流れた。

新しい仲間も増え、充実した毎日を送っていた。

 

静かな森の中で技と技のぶつかり合う音が響き渡る。

 

「はぁーーーーーーーーーー!!」

 

「温いわーーーーーーーーー!!」

 

リトビが拳を繰り出せば、リーフも負けじと蹴りを放つ。一進一退の攻防が繰り広げられる。

そこにもう一人追加される。

 

「オレも忘れんな!」

 

飛び出して来たのは勿論グランだ。しかし、いつもの土偶のような鎧姿ではない。

動きやすさを重視し、防御力を極限まで削った装備。

 

ピンクのビキニアーマーである。

 

正直に言うとすごく似合ってる。だが、動くたびに胸が揺れるから目のやり場に困る。二ヶ月経った今でもなれない。

武器もグランドハンマーではなく、ハルバードを使っている。

今さらながら説明すると、グランの種族は最上位土精霊(グランド・エレメンタル)である。

何でも同族の土精霊達から讃えられるのと窮屈な生活が嫌になって国を飛び出して、この大陸まで逃げて来たらしい。

二人のコンビネーションは厄介だと感じたリーフは森へ駆け出す。それを二人も追いかける。

この辺りの樹木は100mを超えるものが多い。

リーフは触手を木の枝に巻き付けながら次々に木から木へと飛び回る。後を追ってリトビは自慢の脚力を生かして、枝から枝に飛び移る。その姿はまさに忍者そのものである。一方のグランは木の間をすり抜けながら全力疾走で二人を追いかける。

すると、リーフの上空からひゅるると落下音が聞こえた。とっさに横に避けると、すぐにそれは落ちてきた。

落下物はアブルホールの砲撃した特性のペイント弾である。

アブルホールはグランの努力によって、わずか三日で完全に修理されてその日から三人の修行に自ら参加した。

アブルホールは修行の傍ら、三人の動きを分析し的確なアドバイスや改善点、さらには自分達に合ったトレーニングメニューを丁寧に教えてくれる。

現在もリーフ達の周りを偵察ドローンが邪魔をしないようにしながら観察を行っている。

さらにそのドローンから送られる映像と位置情報を分析し、25㎞離れた地点から正確な射撃をリーフ向けて放つ。ペイント弾と言えど、当たり所が悪ければ骨折は免れない。

リーフが避けた隙に、リトビは前に立ちはだかる。

 

「無影龍脚!」

 

すぐさま木を蹴り、容赦ない技を放つ。

リーフはそれを体をよじりギリギリで回避する。しかし、それで危機が去ったわけがない。

下からグランがものすごい勢いでリーフに迫る。

精霊族はそれぞれの精霊のタイプによって様々な特殊能力を持っている。リーフの木精霊族はうなじから生える触手、土精霊族は大地を操る能力である。グランは地面に手を当て自分の周りだけを隆起させ、リーフに接近する。

リーフはぶら下がりながら幻龍を抜刀し迎え討つ。

 

「おりゃーーーーー!」

 

「はぁーーーーーー!」

 

気合いの籠った叫びと刀とハルバードのぶつかり合う金属音が混ざり合う。

リーフはグランの足元の地面を切る。グランはバランスを崩して、そのまま落下してゆく。

だが、ここで終わるわけがない。

25㎞地点の崖の上でアブルホールはリーフに照準を合わせる。先程は曲射による砲撃だったが、今度は直射砲撃である。

 

【目標捕捉、ペイント弾装填、照準誤差修正・・・、発射(ファイア)!】

 

砲撃音と共に、弾は一直線にリーフへ放たれる。

一方のリーフは、発射音が聞こえすぐさま高跳びの背面飛びの如く飛ぶ。背中をペイント弾が通り過ぎてゆく。

空中で一回転したリーフは木の枝に着地する。それと同時に幹に命中したペイント弾が炸裂する。

すると、グランとリトビの姿が見えない事に気付く、辺りを見渡すけれど気配を消しているため何処にいるのかわからない。

すると突然、リーフの後方がら覇気の籠った声が聞こえた。

 

「こっちだ!リーフ!!」

 

リーフは声のした後ろを振り返り見上げると、枝の上で仁王立ちしているリトビがいた。

リトビは自信に満ちた声で技を構えると共に叫ぶ。

 

「限無覇道流必殺奥義!秘宗龍拳!!」

 

リトビは両腕をクロスさせ気を溜める。

この技は極限まで高めた気を腕に集めて放つ、リトビの最強の一撃である。ただし、弱点として気を溜めるために時間がかかり、なおかつその間は動けなくなるため防御が出来なくなる。

リーフは気を溜めるリトビを触手で攻撃するが、再び地面を隆起させたグランがハルバードで触手を弾く。

そして、グランはハルバードをおもいっきり振り上げ、リーフに投げ飛ばす。ハルバードは高速回転しながら迫ってくる。

咄嗟にリーフは枝から飛び降りハルバードの直撃を回避する。

かなりの高さから飛び降りたが、地面に落ちる前に触手を枝に巻き付け、勢いを殺して着地する。

リーフは上を見上げるが、そこにリトビはいなかった。するとリーフの目の前から異様な気配を感じた。目線を真っ直ぐに向けると、両腕に溜めた気をさらに右腕に集中させ終わったリトビがそこにいた。

カラクリを言うと、リトビが立っていたのは枝の上ではなかった。実際には、グランの能力で作った細く隆起した地面にいたのだ。

リーフが地面に着くと同時に、グランは地面を元に戻したのだ。

もう止められない。ならばとリーフは幻龍を構え直し、柄を強く握る。

リトビが飛び込んできた瞬間にカウンターの一撃を食らわせる。

対するリトビもリーフの意識を感じ取り、淡い光を放つ拳にさらに力を込める。

互いに深呼吸をして息を吐き終わったその瞬間、リトビは地を蹴りリーフに飛び掛かった。

リーフも今までの中でも、最高の横凪ぎの一撃を放つ。

拳と刀が空気を切り、最強の(けん)と最強の(けん)がぶつかり合う。

 

ビッーーーーーーーーー!

 

しかし、まさにぶつかろうとした瞬間、ブザーが大きく響き渡った。

すると、偵察ドローンが飛んで来るとスピーカーからアブルホールの声が聞こえた。

 

時間切れ(タイム・アウト)です。皆様、スタート地点までお戻りください。』

 

二人は互いの拳と剣を収める。しかし、ちょうど良い所で止められたのは、なんとも不完全燃焼な気分になる。

 

「惜しかったの~。あと2秒あれば!」

 

「ええ、同感です。」

 

「・・・後で組手するか?」

 

「お供します。」

 

二人は、巨大樹の枝を飛び交いながら、スタート地点に戻って行くのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一足先にグランとアブルホールはいつもの修行場で待っていた。ご丁寧に手まで振っている。

着地するとリトビは側を離れて三人は集まり、話し合い始めた。

黙って待っていると、三人の意見はまとたったらしくリーフに向き直る。

 

「えー、三人の審議の結果・・・満場一致で合格です。」

 

「よし!」

 

リーフは思わずガッツポーズをとった。

今回の一連の戦闘は、言うなればリーフの卒業試験であった。

昨夜、リーフはいつまでもここにいるわけにはいかないと、三人に相談したところ

三人と戦い、全員から認められれば良いと言って、戦っていたのだ。

 

「まあ、これ程の実力があれば問題ないじゃろ。」

 

「けど大丈夫か、リーフは女性に弱いだろ?」

 

「大丈夫じゃ、お前ほどのビッチは存在せん。」

 

リトビの言葉にさすがのグランもカチンと何が切れる音が聞こえた。そして二人の間にとてつもないオーラが溢れ出す。

 

「リトビぃぃぃ。あっちで今までの決着つけようぜ!」

 

「望むところじゃ、儂も不完全燃焼なんじゃ。容赦せんぞ。」

 

二人はそう言い合って奥へと消えて行った。そしてすぐ後から激しくぶつかり合う音が響き始めた。

 

「・・・あの二人は放っておきましょう。」

 

何だろう、アブルホールがここにいる中で一番まともに思えてくる。魔動機人(マシン・ゴーレム)なのに。

 

「では、合格記念にこちらを。」

 

アブルホールが差し出したのは、見覚えのあるタブレット端末であった。

 

「こちらに、私のデータベースをコピーしておきました。この世界の情報を入れてありますので、これから役立ててください。動力は魔力ですので、触れていれば充電の必要はありません。」

 

アブルホールは体内で素材と設計図があれば、大抵の物を作り出せる。さらに、かつて電気で動いていた機械を改良し、魔力で動かせるように出来る。

アブルホールの存在は絶対隠しておいた方がいいとリーフが考えていた時、一際凄まじい衝撃音が響く。

二人が振り返ると、リトビとグランが仰向けで大の字になって伸びていた。

やれやれと思いながら、リーフは気絶した二人をアブルホールに乗せて洞窟へ帰るのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、朝日に照らされるいつもの修行場に四人はいた。

リーフはいつもの胴着ではなく、久しぶりの袴姿であった。最初と違って両腕にはグランの作った籠手が巻かれていた。

そして、左手には三人からもらった道具や少しだがこの世界の通貨を入れた風呂敷包みを持っていた。

 

「では、行ってきます。」

 

「気を付けての。」

 

「またな!」

 

「たまには連絡してください。」

 

リーフは背を向けて歩き出した。しばらくして振り返ると三人は手を振っていた。

リーフも手を振り返して再び歩き始める。

目指すは、この先にある『人間保護特別区域“イオタ村”』。家族の手掛かりを求めて。

 

現在、生き残った人間が暮らしている地域は大きく2つに分けられる。

1つは、戦時中に精霊連合側に捕らえた捕虜や一般人を、精霊が各地に作った保護区の『人間保護特別区域』に住んでいる人間達。

最低限の生活が出来るように国から物資は支給されているが、区内から外に出ることは出来ず、監獄のような場所らしい。

2つ目は、生き残った人間が残った科学を結集させて作った『人類革命連合』である。

『再び人類に栄光を』とスローガンを掲げ、未だ精霊と争いを繰り返している。

国の周りを高い鋼鉄の壁に覆われ、内部の情報はほとんど外に漏れない。

不確かな情報だが、魔法を使える人間が生まれて、反撃の機会を狙っていると他種族の間では噂になっている。

 

歩き始めて約15分、リーフは早速タブレットを使ってイオタ村に向かっていた。気が付けば周りの木々は普通サイズのものに変わっていた。

こうしていると、自然の力をこの身に感じているようで、良い気分になる。

しばらく歩いていると、急に横の茂みから音が聞こえた。

リーフは思わず、いつでも抜刀出来るように幻龍に手をかける。そして、茂みの中から出てきたのは・・・

 

可愛らしい幼女であった。

 

さすがのリーフもこれは予想外であった。

年は8~9歳だろうか。三つ編みのおさげ、着ているスカートは二十世紀の昭和頃の服に似ていた。あとは胸に名札があれば完璧な昭和の小学生に見える。

そしてリーフと目が合った、すると突然、幼女は目から滝のように涙を流しながらリーフに飛び付いてきた。そして、

 

「うわーーーーーん!お姉ちゃんーー!」

 

リーフに抱き着き、さらに泣きじゃくる。

 

(・・・名も知らない少女よ、私はお兄ちゃんだ。)

 

リーフは驚きながら、心の中で突っ込みを入れた。



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12話「怒りと姉妹再会」

新キャララッシュ


迷子の少女は「星原 明美(ほしはら あけみ)」とすすり泣きながらそう名乗った。

話聞くとこの先にある村にいたのだが、姉よりも早く起きた明美は外に出ると、キレイな蝶を見つけて追いかけている内に、村から離れて迷子になってしまったとのことだった。

村とは恐らく目的地のイオタ村だろう。タブレットを確認して見ると、このまま進めば村に着く。連れて行けば姉とも再会出来るだろう。

 

「この先に村はある。私も行くから付いてきなさい。」

 

リーフは優しく言うと、明美は顔を上げてこれまで見たことのないほどの笑顔を浮かべてギュッと抱き着いてきた。

 

「ありがとう!お姉ちゃん。」

 

「・・・この際だから言うけど、私はお兄ちゃんだ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

はぐれないように手を繋ぎながら二人で歩いてゆく。

こうしていると人間の頃、3歳離れた妹と並んで帰っていた時を思い出す。今はどうしているのだろうか。

それにしてもこの子、私を見ても恐がらない。人類を滅ぼしかけた精霊族なのに。

リーフは触手を動かしながら問う。

 

「君は私が怖くないのか?」

 

明美はキョトンと首をかしげる。動作がとても愛くるしい。

 

「へーきだよ。だってカスミお姉ちゃんもそうだもん。」

 

そう答えるが、さっき姉の名前は(ひかり)と言っていたような。知り合いに木精霊族がいるのだろうか。

タブレットを見るともう村はすぐそこだ。

だが、リーフは足を止めた。明美はこちらを見ているが、今は気にしていない。リーフは集中して村の方に耳を傾ける。

 

「・・・・・。」

 

「・・・・・ッ!」

 

何やら騒がしい。リーフはタブレットをしまって鞘を持つ。明美を庇いながら茂みに近づいてゆく。

そっと茂みの中から村の様子を伺う。ちなみに顔のすぐ横で明美もリーフの真似をして覗いている。

そこには沢山の人間が跪いていた。何事かと目線を動かすと、少々肉の付いた木精霊かがいた。後ろには豚の姿をした二足歩行の生物が三体待機している。

リーフには見覚えがあった。ファンタジーでお馴染みの豚人(オーク)だ。リトビにも獣人の話を聞いた事があったため間違いない。

すると、跪く人々の中で一人だけ立っている人間がいる事に気付く。

プラチナブロンドのショートヘアー、青い瞳の外国人のようだ。着ている服は村娘のような格好。

 

「お姉ちゃん!」

 

隣の明美は声をあげる。どうやら、今木精霊の前で何か言っている人が明美の姉であるらしい。

いや、違うだろとリーフは思わずにはいられなかった。明美はどう見ても日本人だが、対する姉と顔立ちも異なる。

 

「お願い!お姉ちゃんを助けて!」

 

涙目になりながら、お願いしてくれ明美に思わずたじろぐ。しかし、自ら厄介事に足を突っ込むのは・・・

そう考えている内に明美の姉は連れて行かれそうになっている。そして、リーフは覚悟を決めた。

 

「君はここで待っていろ。」

 

リーフは音を立てずに茂みから素早く飛び出す。すでに姉は馬車に連れ込まれる寸前であった。

リーフは触手を伸ばし、右側の豚人(オーク)に狙いを定める。勢いよく鞭の如く空気を切り触手は豚人(オーク)の脇腹にクリーンヒットする。見事豚人(オーク)は弾き飛び、打ち付けられたところを押さえながら蹲る。

攻撃した事で村人全員の視線が向けられる。ほとんどの村人がリーフを見て驚き、口をぽかーんと開けていた。

沈黙を破ったのは、怒りの形相をした木精霊であった。

 

「貴様、何者だ!」

 

「リーフ・・・。」

 

木精霊の男はリーフを物色するように、視線を向けてくる。やがて、ニヤリと下劣な笑いを浮かべ言葉を放つ。

 

「私は、中位木精霊(アルラウネ)のエルオン・ナトルクス。リーフと言ったか、私に付いては来ないか?」

 

急に何を言い出したんだ?とリーフは思う。さらにエルオンは続ける。

 

「それ相応の立場を与えよう。もし答えぬならば、強引にでも連れてゆくぞ。」

 

何故だろう、この沸き上がる不快感は、確か何処かで。

 

「・・・返答なしか、おい!豚人(オーク)共、いつまで仕事をさぼっている。早くこいつを捕らえろ。」

 

エルオンの言葉にしぶしぶ従いながら、三人の豚人(オーク)はリーフに立ちはだかる。

それと同時にリーフはいつでも抜刀出来るように気を引き締める。そして尋ねた。

 

「お前達、一体何者なんだ?」

 

すると、豚人(オーク)の三人は笑うと、武器を構え名乗り始める。

 

「オレの名は、長男のポーク!」

 

「次男のカツ!」

 

「三男のカクニだブー!」

 

「三人揃って、傭兵豚人(オーク)三兄弟!!」

 

豚人(オーク)の三人は戦隊ヒーローのようなポーズをとる。

・・・なぜだろう、三人の名前を聞いて無性に豚肉料理が食べたくなってくるのは。洞窟にいた頃は、ほとんどが野菜や魚、芋ばかりだったからな~、兎見つけた事があったけど、リトビがいたから食べれなかったし。

そう湧き出る涎を我慢していると、豚人(オーク)達は動かないリーフに一斉に飛びかかる。

 

「悪く思うな、こいつも命令なんでね。」

 

長男ポークがそう言うが、リーフは別の事を考えている。

ーーー動きが遅すぎる。

リーフは知らないだろうが、あの三人はこの世界でも相当の実力者なのだ。今までそんな三人からリーフは修行を受けていた。当然ながらリーフの身体能力は本来の中位木精霊(アルラウネ)よりも格段に上であるのだ。

しかし、だからと言って攻撃をさせる気はない。リーフは三人が認識できないほどの速さで背後に回り、豚人(オーク)の意識を刈り取る。

気絶した豚人(オーク)達は、バタバタと倒れる。

 

「なっ!?」

 

豚人(オーク)達が倒れ伏すのを見たエルオンは信じられなかった。

リーフは残ったエルオンを睨み付ける。しかし、高圧的な態度は一切崩していない。

 

「くそが!貴様、私に手を出してみろ!」

 

愚かな奴の言うセリフだな。しかし、先程の不快感は消える事なくこびりついている。

 

()()()()に私に楯突きおって!」

 

その一言がリーフの怒りを目覚めさせた。

陸道は女性に間違えられる事が、この世で最も嫌っていた。

かつて陸道は中学生時代、部活の罰ゲームで女装して町を歩いていた。元から長い髪と声、部員の本格的なメイクでかなりの美少女だった。その時声少しやんちゃな男達が声をかけてきたのだ。

その男集団は陸道を人気のない所に誘い、乱暴されかけた。結果的に男として再起不能にして助かったものの、その時の恐怖と男達の視線は今でも脳裏に焼き付いている。

そんな思い出したくもない記憶を呼び覚まされた事でリーフはすでに我を忘れかけている。

リーフの周りだけが、絶対零度になったようであった。村人達は様子がおかしい事に気付き始め、その場から遠ざかろうとしているが、エルオンは気付いた様子は一切ない。それどころか、リーフをさらに貶す言葉を言い放っている。

 

「おい・・・。」

 

エルオンは急に言葉を遮られた事でリーフを睨み付けるが、対するリーフはこれまで出した事のないほどの殺気が籠った目をエルオンに向ける。

さすがに気付いたが、すでに時遅い。

 

 

 

「俺は男だーーーーーーーー!!!」

 

 

 

リーフは力任せに二本の触手をエルオンに叩きつける。衝撃によって吹き飛ばされたエルオンは馬車の中で激突する。

すぐ様リーフは刀を抜き、歩き出す。村人達は恐怖から逃れようとリーフに道を開けていく。その様子はモーゼが海を割るかの如くであった。

しかし、エルオンを乗せた馬車は動き始めた。異変に気付いた御者が身の危険を感じ逃げる準備をしていたのだ。

リーフは気付き駆け出すが、馬車は門をくぐり抜け逃げ去ってゆく。

リーフは袖からクナイを取り出し投擲するも、馬車の後ろの窓ガラスを割っただけであった。

 

「逃げられたか。」

 

刀を鞘に仕舞いながら呟く。

横で腰を抜かしている明美の姉を見る。しかし、目が合った瞬間ひどく怯え、後ろに下がろうとする。周りの村人達全員が同じような表情を浮かべている。

怖がらせ過ぎたかと、リーフは頭を抱える。昔から普段はおとなしいが、怒ると手がつけられないと言われていた。失敗だな、第一印象最悪じゃないか。

いや、それよりも。

 

「あの・・・、明美ちゃんのお姉さんはあなたですか?」

 

なるべく優しく声をかける。すると、彼女は驚いた表情を浮かべる。そして恐怖を忘れリーフに掴みかかってくる。

 

「妹を・・・、明美をご存じなんですか!?」

 

目に涙を溜めながらそう言い寄ってきた。改めて顔を見ても、明美とは血が繋がっているようには見えない。

それよりも、今は妹と会わせるべきか。

 

「少し待ってください。」

 

リーフは、先程出てきた茂みに近づいてゆく。自分の怒り狂った姿を見て逃げていないだろうかと考えながら。

茂みに頭を突っ込み中を確かめる、そこには明美が最初と変わらずそこで純粋な曇りない瞳をこちらに向けて待っていた。

リーフは明美の手をとって茂みから出す。そして、姉と妹の目が合った。

 

「明美!!」

 

「お姉ちゃん!」

 

姉妹は走り出した。そして互いに涙を流しながら抱き合う。

 

「心配したんだからっ!!」

 

「ごめんなさい。」

 

感動的な光景をリーフは離れて見ていた。

 

(良かった。)



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13話「イオタ村」

リーフは、警戒されながらもなんとか村の代表と話をする事となった。

現在、リーフは星原姉妹の家の中にいた。目の前いるのは初老でこの村の村長夫妻と家主の星原 光、そして・・・

 

「そろそろ離れてくれないか明美ちゃん?」

 

何故か先程から腕に抱き付いて来る明美の四人だ。

 

「やだ。」

 

うむ、可愛い。

どういうわけか、ひどくなつかれてしまった。これから大事な話をするから出来ればどこかに行って欲しいのだが。

光もどうしたら良いのかわからずおろおろしている。仕方ない、このまま話をしよう。

 

リーフは 、村長婦人の出してくれた白湯を口につける。

この村の生活レベルは、かつての日本と比べると、非常に落ちていた。電気やガスなども存在していない。まあ、当然と言えば当然なのだろうが。

この白湯も、火打石で火を起こし、井戸から汲んできた水を竈で沸かすなど、全て手作業によって出してくれたものだ。

気分はファンタジーの世界の貧しい村にいるような気分になる。

 

「・・・とりあえず、自己紹介しておくと、私はリーフです。」

 

とにかく、いつまでも無言でいる訳にもいかず、軽い自己紹介から始める事とした。村長夫妻も名乗り、最後に光も自己紹介して本題に移る。

 

「こちらの質問に答えられる限り答えてください。」

 

「はい・・・。」

 

村長の顔色は、相変わらず暗いままだ。やはり、木精霊族は恐れられているのだろう。

 

「まず、この村に『小林』の名字の者はいらっしゃいますか?」

 

リーフが真っ先にそう質問する。いきなり家族の手掛かりが見つかるとは思っていないが、少しでもないかと尋ねる。

しかし、村長達は互いに確認し合っているが、どうやら知らないようだ。

 

「残念ながら、知りません。」

 

「そうですか・・・」

 

やはりそう簡単に見つかる訳ないか。

少し残念に思いながらも話を続ける。この村の事、世界の事、戦争の事、いろいろな出来事を聞いていく。ちなみに話の内容は全て、胸に仕舞っているタブレットに録音している。後で情報をまとめておく為だ。

アブルホールの情報は数年前のものである為、新しい情報は自分でまとめる方が良いと言われていたからである。

 

「では、さっきの中位木精霊(アルラウネ)について教えてくれますか?」

 

すると、周りの空気がさらに重苦しくなる。

あれ、何かまずい事聞いてしまったか。

心の中でそう思っていると、村長が吐き捨てるように語り出した。

 

「奴は悪魔ですよ。」

 

「・・・どういう事ですか?」

 

「この村は、精霊族が私達のような人々が暮らせる為に作った所ですが、奴は貴族の立場を利用して、私達に重い税をかけてきたんです。」

 

「それだけではありません。奴はこの村の若い娘達を次々に妻に迎えると称して拐ってゆくのです。飽きたら捨てられると悪い噂しか絶えないほどでした。」

 

「今回、光を助けていただいた事には感謝しています。ですが、私達には奴と戦う力はありません。ですから、ここからすぐに出て行く事をおすすめします。」

 

「・・・・・。」

 

リーフは村長の心の叫びを、ただ黙って聞いていた。そして口を開く。

 

「つまり、巻き添えになりたくないから、ここから出て行けと言う事ですね。」

 

それを聞いて、村長は小さく頷いた。

エルオンは大貴族とまではいかないものの、それなりの兵力を持っている。村長はリーフに復讐する為に、その兵を連れてくると考えていたのだ。

もしそうなれば、この村は無事では済まないだろう。

そこで、リーフはある提案を出す。

 

「では、もし再びエルオンが現れたら、私が返り討ちにしましょう。」

 

明美とリーフを除く、家の中にいた全員が驚きの表情を浮かべる。

 

「まぁ、そこで縛っている豚人(オーク)共も戦わせますが、それでどうでしょうか?」

 

気絶させた傭兵豚人(オーク)達は、広場で縄を巻かせて捕らえている。彼らを上手く利用出来れば、エルオンを迎え討つ為の戦力にはなる。最悪、リーフ一人でも戦うつもりだが。

 

「・・・何故あなたは、そこまでするのですか。」

 

村長の質問に、リーフは素直に答える。

 

「ただの、人間が好きな中位木精霊(アルラウネ)ですよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、村長は覚悟を決め、エルオンと全面対決する事を決めた。現在は村人達にその事をどう伝えるかと家の中で悩んでいる。

リーフは、例の三人を仲間に加える為、放置している広場に向かっていた。まだリーフと手を繋いでいる明美と共に。

先程まで冷静に対話をしていたリーフであったが、その内心は、

 

(あぁぁぁーーー!なにしてんだオレは!いきなりこの村絶体絶命な状況に追い込んで!もうこれあのバカ(エルオン)倒さないとこの村滅ぶわ!)

 

自らの失敗を払拭する為に、リーフは戦う事を決心したのだった。

その為の作戦を考えていると、後ろから声をかけられる。振り向くと、明美の姉の光がいた。

 

「あの・・・、助けてくれてありがとうございます。」

 

「いえ、大したことでは。」

 

「それと、迷惑じゃないですか?」

 

迷惑とは、明美の事を言っているのだろう。いつの間にか、明美は登ってきていて、リーフは彼女を肩車をしていた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。」

 

「そうですか。」

 

まぁ、これから交渉に行くのに明美を連れていくつのは変だろうと、明美を光に任せようと言おうとするが、

 

「あの!・・・、私も交渉に立ち会わせてください。」

 

光の発言に止められる。

 

「へっ?」

 

思わず、変な声が出てしまった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・っと言う訳で、お前達にも働いて貰う。」

 

リーフは縛られている豚人(オーク)達に、経緯を話す。光は明美を抱きしめながら、リーフの一歩後ろにいる。

だが、豚人(オーク)三人の答えは、NOの一点張りだ。

 

「お断りだ。」

 

「何でお前なんかに。」

 

「従う訳ないブー。」

 

全く従う気はなく、それどころか開き直って逃がせと要求してくる。正直、この場で調理してくれようかと、リーフは考え始めてきた時、リーダーのポークがこんな事を言い出した。

 

「俺たちは傭兵だ。従わせたいのなら、それ相応の見返りが必要だぜ。」

 

「・・・つまり金か。」

 

ポークはニヤリと笑う。つまり、こいつらを雇うための金が必要になってくる訳か。

 

「あのバカ貴族(エルオン)は俺たちを銀貨10枚で雇った。それ以上ないと従う気はない。」

 

「そんな!村にそんな大金ありません!」

 

リーフではなく、横にいた光が声を荒らげる。

この村の財産全てを集めても、銅貨70枚位にしかならないと言う。

この世界に変わって、通貨は金貨や銀貨、銅貨などが流通しており、まるでファンタジーの様なシステムに変わったそうな。

現在の通貨を日本円で例えるならば、金貨一枚=100,000円、銀貨一枚=10,000円、青銅貨一枚=1,000円、銅貨一枚=100円らしい。

確かにそれでは足りない。もう、無理やりにでも言う事き聞かせようかと考えし出した時、ふと重い出した。

リーフは持っていた風呂敷の中から、小さな袋を一つ取り出す。その袋からはチャラチャラと硬貨の鳴る音が聞こえる。

旅立つ時に、グランとリトビから貰ったリーフの全財産だ。しかし、リーフはまだ中身を見ていなかった為、中にどれ程入っているのか知らない。

袋のサイズからして入っているのは50~70枚位だろうが、結構軽く感じる。

袋の紐を解き、光に中身がどれ程なのか確かめさせる。

 

「これでどのくらいの金額になりますか?」

 

袋を受け取った光は、袋の中身を覗く。

すると、両目から目玉がこぼれ落ちるのではないかと言うくらい目を見開き、驚きをの表情を浮かべる。そして、か細い声で中身を口にする。

 

「ぜ、全部・・・は、白金貨・・・70枚。」

 

リーフを除く、その場にいた全ての者が、光と同じような表情を浮かべる。

白金貨は金貨の10倍の価値がある。つまり、白金貨70枚を日本円で表すと、70,000,000円に相当する。

あの二人は、そんな大金をリーフに持たせていたのだ。まぁ確かに、自給自足のあの人達なら、こんな物(白金貨)がいくらあっても使わないだろうし。

ともかく、金の問題は解決した。リーフは袋から女神の絵が彫られた白金貨を3枚取り出す。

 

「前金としてこれを、働きに応じてさらに報酬を支払う、どうだ?」

 

ポークは先程とは打って変わり、従順に頭を下げる。

 

「よろしくお願いいたします、ボス。」

 

「契約成立だな。」

 

リーフは三人を縛っていた縄を解き、自由にすると手を差し出す。

ポークも理解し、握手をしようとしたその時、リーフ達の場所に影が通った。

リーフは空を見上げると、そこには緑色のエネルギーの球体が4つ、リーフ達目掛けて迫っていた。

 

「避けろ!!」

 

咄嗟にそう叫ぶも、間に合わないと感じたリーフには、触手を使い豚人(オーク)の体勢を崩し、すぐさま振り返り姉妹に飛び掛かり庇う。

 

その直後、エネルギーの球体はリーフ達の所に着弾する。

 

「「「ブヒーーーーー!?」」」

 

リーフは直撃を逃れたものの、豚人(オーク)三人は致命傷は避けたが、エネルギーの球体をもろに喰らい、そのまま気絶した。

豚肉の焼けるような匂いが周囲に充満する中、リーフは姉妹の無事を確かめる。

 

「無事か、二人共?」

 

球体から守る為に、二人を押し倒す様な形になっており、光ともう少しで触れてしまいそうなくらい顔が近くにあった。

光に抱かれていた明美からは返事があり無事だとわかる、しかし光の方は、白い肌を耳まで真っ赤に染めて、口をパクパクしていた。

一体どうしたのだろうかと考えるが、何者かの気配を感じ、光を押し倒したままそっと振り返る。

すると、先程の影の正体が舞い降りてきた。

そこに降り立ったのは、三人であった。

一人目は腕が大きな翼で、足がまるで猛禽類のような鋭い鉤爪となっているタレ目のおどおどしている鳥人(ハーピー)

二人目は頭から猫耳を生やし、爪の付いたガントレットを装備している猫目、口から覗かせる八重歯が特徴の猫人(キャット・ピープル)

三人目は白いフード付きのコートに緑色のスカート姿。フードを深く被っている為顔はよく見えないが、中から伸びる緑の触手が木精霊族だと推測される。

そして何より、三人全員が女性であった。

すると、木精霊族の女性が前に出る。おそらく、彼女がリーダー格なのであろう。

 

「あなた達ね、エルオンが雇った傭兵は。報告では豚人(オーク)の三人組と聞いていたけど、まさか同族までいるとはね。」

 

どうやら彼女達は、リーフを連中の一味として見ているようだ。誤解を解く為に彼女達に話しかける。

 

「あの、誤解です。私は・・・」

 

「問答無用!」

 

しかし、猫人(キャット・ピープル)と木精霊族の女性はリーフを敵と判断して襲い掛かる。主な理由は光を押し倒している事をリーフは知らない。一方の鳥人(ハーピー)は困った表情を浮かべながら未だにおろおろしていた。

実力はまずまずのようだが、二人相手でさらに姉妹がいる為戦い難い。

 

リーフは姉妹二人を抱き抱える。

 

「きゃあ!?」

 

ただし、お姫様抱っこで。

リーフは二人を抱えながら、攻撃を避け続ける。

 

「卑怯だぞ!光と明美を人質に取るなんて!」

 

すると、木精霊の彼女が気になる発言をする。まるで、二人の事を知っているかのような。

気になったリーフは抱えている光に尋ねた。

 

「彼女達は知り合いですか?」

 

「えっ?」

 

光は今まで惚けていたが、リーフの問によって横を見ると、

 

「はい。知り合いです。」

 

「・・・では、あの三人に説明して貰えます?」

 

その後、光と明美の呼び掛けでなんとか誤解は解けた。三人は揃ってリーフに頭を下げている。

 

「そもそも、あなた方は一体何なんですか?」

 

三人から謝られる中、リーフは気になって質問する。すると、木精霊の彼女が答えた。

 

「はい、私達は『ヴァリアント』。この村と共生する者達です。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

町へと続く道の途中で、エルオンの馬車は止まっていた。リーフから必死で走り続けた為、片側の車輪が壊れ立ち往生する羽目になっていた。

 

「くそが、あの黒髪(ノワール)め!」

 

エルオンは壊れた馬車の中で怒りに燃えていた。御者は壊れた車輪を応急修理している。

 

「次に会った時に、真っ先に処刑してくれる!」

 

その為には、中央都に帰還して報告した後、全ての私兵を連れあの村に攻めなければ。例えどこに逃げようと、大貴族の力を使って必ず見つけ出してやる。

エルオンは黒い感情がこもった笑みを浮かべる。

 

「おい!修理はどうなっている?」

 

エルオンは御者に修理状況を尋ねるが返事はない。苛ついたエルオンは馬車の扉を開ける。しかし、それは致命的な間違いだった。

 

「なっ・・・!?や、やめろ!・・・ひぃ・・・!!」

 

森の中でエルオンの断末魔が響き渡る。しかし、その叫び声は誰にも聞こえない。

そして、新たな脅威がイオタ村に迫りつつあった。



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14話「ヴァリアント」

現在リーフは村から少し離れた所にある集落、『ヴァリアント特別区』に向かっていた。

 

彼女達の言っている『ヴァリアント』とは、障がいを持つ精霊族や他種族、あるいは都市から追放された者達、その他にも様々な理由を抱えた者達のの事である。

ここはヴァリアントが暮らしている数少ない場所である。

しかし、ここで暮らす者の多くは、皆“龍脈病”に犯された者達が7割を占める。

未だに龍脈病に効果的な治療法は存在せず、発症すればまず治らないとされている。

この世界で、龍脈病患者は差別され社会的地位が低い。本来の力を発揮できない精霊や他種族は、ここに連れて来られ二度と都市には戻れず、この地で一生を終える。

 

この大陸のヴァリアント特別区は、近くのイオタ村と2年前から互いに助け合いながら暮らしている。

本来、人間に良い感情を持たない精霊と他種族だが、ここで生活する者達は全てが人間と共生を望む『共存派』なのだ。

だから、エルオンに苦しめられていたイオタ村の人々に、隠れながら助けているのだ。

 

その集落にリーフは三人の案内によって向かっている。

三人はそれぞれ、上位木精霊(ハイアルラウネ)のカスミ・イルミナ、亜人族の鳥人(ハーピー)ヒバリ、獣人族猫人(キャット・ピープル)のクロネ、と名乗った。

カスミが先頭を歩き、クロネはリーフの後ろに付く。ヒバリは上空を飛びながらこちらを見張っている。

一応、光が説明して誤解は解いたものの、カスミはまだ完全に信用した訳ではなく、これからヴァリアント特別区の長に会わせると言って案内をしている。

 

「見えてきた。」

 

カスミがそう言うと、リーフも確認できた。

深い森の中に大小様々な建築物が建てられており、まるで秘境の地にある集落に着いたようであった。

集落に入ると、いろんな他種族達が警戒しながらこちらを見てくる。

リーフは集落で最も大きい家に連れられ、そこで待つように言われた。三人は入り口近くに座り、リーフも正座で待つことにした。

しばらくして、一人の亜人族が入ってきた。

爬虫類と人間が掛け合わさったような他種族。蜥蜴人(リザードマン)だ。

蜥蜴人(リザードマン)はリーフの前に座ると話し始めた。

 

「私がここの長を務める、グアナだ。」

 

中位木精霊(アルラウネ)のリーフ、黒髪(ノワール)です。」

 

「うむ、では色々聞かせて貰うぞ。」

 

そんな感じで、蜥蜴人(リザードマン)グアナとの対話はが始まった。イオタ村を訪れた訳、前はどこで何をしていたのか、など事細かに聞かれた。

だが、リトビ達の事はバレると色々と問題になりそうなので、内容を多少誤魔化して説明した。

仙人とビッチとメカニックにの下で暮らしていた。と。

 

「ふむ、なるほど。」

 

(別に嘘は付いていない、すまんなグラン。)

 

リーフの脳内には、笑顔で大槌を片手で振り回すグランがいる。バレたらブチのめされるなと思っていた。

すると、グアナは頭を下げる。

突然の行為にリーフも、後ろの三人も驚きの表情を浮かべる。

 

「この度は、光と明美を助けて頂き感謝する。そして、その恩人に刃を向けた事をどうか許して欲しい。」

 

グアナの言葉に後ろの二人が申し訳なさそうにしている。

 

「いえいえ、当然の事をしただけです。それにあいつ(エルオン)は、私の事を女性と勘違いして下劣な目でこちらを見ていたから、思わず手を出てしまった事で、村が襲撃される可能性を作ってしまった私の落ち度です。」

 

そう言うと、後ろにいるカスミが目を丸くする。どうやら彼女も、リーフを女性だと思い込んでいたようだ。

 

「本当にすまない。私がもっと早く動いていたら、エルオンは私が倒せていたのに。」

 

何でも、すでにエルオンを倒す計画を立てていた為、たとえリーフが来なくても、彼らはエルオンを倒していたらしい。

 

「やはり、私は長としてまだ未熟だ。あの人に到底及ばない。」

 

グアナは、何処か懐かしむように語り出した。

 

「そもそも私は、中央都で王に仕えていた。だが、同じ他種族であるのに虐げられる同族達を救う為、私は友と共にヴァリアントの国を作ろうとした。」

 

「だが、その行動は叶う事はなかった。大貴族達があらゆる証言や証拠を突き付け、私達を国家反逆者として追放した。」

 

「けれど、友は自分が主犯だと言い私を庇ってくれた。最初に提案したのは私だと言うのに。」

 

「それで私の罪は軽くなり、ここに左遷された。しかし、友は全てを失い国から永久追放になってしまった、財産、愛する人を残してな。」

 

リーフは黙ってグアナの話を聞いていた。

 

「きっとまた会えますよ。」

 

「ああ、そうだと良いな。」

 

リーフはそう慰め、グアナは少し気が楽になったようだ。リーフはその友が誰なのか気になったので質問する。

 

「本当に、どこで何をしているのだろうか・・・リトビ。」

 

(いや!お前(リトビ)かい!!)

 

リーフは表情を崩さなかったが、心の中で盛大に突っ込みを入れた。

グアナさん、リトビは森の奥で自由に暮らしていますよ。

その後、リトビの昔話を聞かされ、時は過ぎていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そうだ、この集落を案内しよう。」

 

グアナはそう言い出した。リーフもこの場所が気になっていたので、お願いした。

 

「では、カスミよろしく頼む。」

 

案内役に命じられたのは、後ろにいる上位木精霊(ハイアルラウネ)の彼女だ。

彼女は返事をすると立ち上がり、そのまま出てしまった。リーフはグアナに頭を軽く下げて、彼女の後を追った。

 

彼女はリーフから離れながら案内をしてくれる。距離を詰めようとすると、早足になるのでリーフは普通に歩く。

すると彼女から話しかけてきた。

 

「さっきは、ごめんなさい。いきなり攻撃して。」

 

「いいえ、気にしていませんから。」

 

どうやら謝りたかったようだ。そのまま話をしながら案内は続く。

 

「あなたが男だって事が、一番驚きだわ。」

 

「自分でも驚きましたよ、この顔見たとき。」

 

世間話をしながら彼女が案内する中、リーフは気になった事があった。

 

(何でフードを被ったままなのだろう?)

 

カスミはずっと素顔を見せていない。リトビが言うに、木精霊族の髪には葉緑体に似た細胞があり、光合成を行うそうだ。

だから、なるべく髪を日に当てる為に、帽子やフードはしないのが普通なのだが。

そう考えながら歩いていると、強い突風が吹き荒れる。

すると、カスミのフードが煽られ、素顔が明らかになった。

日焼けのない白い肌、リーフよりも大人びたような美しい顔。肩まで伸びた髪はリーフの前髪と同じ緑。ツインテールが風でなびいている。しかし、何故か髪の右半分は色が抜け落ちたかのように真っ白だ。

 

リーフが美しさに思わず見とれていると、振り返ったカスミと目が合った。カスミはフードが取れた事を知ると、たちまち両目から涙が溢れ出し、

 

「うわーーーーーーーん!!」

 

盛大に泣き出してしまった。

 

(ええーーーーーーー!!)

 

周りの他種族達も何事かとこちらに目を向ける。その光景はどう見てもリーフがカスミを泣かしたようにしか見えない。

そんな中、リーフは動揺しながらもカスミが消えそうに言った言葉を聞きとった。

 

「見ないで・・・、こんな髪。」

 

リーフはその言葉が理解出来なかった。そして、随分テンパっていた為その場で思わず口にする。

 

「何で?、こんなにきれいな髪なのに。」

 

「・・・えっ?」

 

カスミは目を丸くして、とても驚いた表情を見せる。周りの他種族達も同様であった。

カスミは恐る恐るもう一度確かめるように尋ねる。

 

「あなたは、これを何とも思わないの?」

 

「?、ええ。」

 

リーフがそう答えると、カスミは滝のように涙をさらに溢れさせ、先程よりも盛大に泣き出してしまった。

 

「は、初めて同族から綺麗だって、言われたーーーーーー!うわーーーーーーーん!!」

 

リーフは周りに助けを求めようにも、知り合いなどいるわけもなく、ただただそこで戸惑い続けるしかなかった。

そして、理由を知っているその場にいた他種族達は、リーフを温かい目で見つめていた。

その後、リーフの行動は集落全員に知らされ、リーフの評判は良くなり、集落全員から褒め称えられ、仲間として認められたが、リーフが理解するのはさらに後であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「疲れた・・・」

 

リーフは一人、村への帰り道を疲労感を漂わせながら歩いていた。

あの後、カスミはなんとか泣き止んでくれたが、本当に何故泣き出したのか見当もつかない。

 

村に着くと、真っ先に寄って来たのは、三男のカクニであった。その様子からすると、また厄介な事が起きたと物語っている。

 

「ボス、大変だブー!」

 

「今度はなんだ?」

 

正直、もうゆっくり眠りたいのだが。今日一日だけで色々な事が起きすぎだ。

しかし、続けられたカクニの言葉は、リーフを現実逃避から引き戻した。

 

「エルオンの馬車が襲われていたんだブー!」

 

「・・・何!?」

 

リーフは自分の耳を疑うほど、信じられなかった。

カクニの報告によると、リーフの指示で村から周囲に罠を仕掛けるように命じられたポーク達は、罠を仕掛け回っていた所、エルオンの馬車を発見した。

馬車を調べると、辺りは血まみれで馬車の中にも、血がべっとり付着していた。

ポーク達はこの辺りに生息する魔物に襲撃されたと見ているが、エルオンがいなくなった事でもう安心になったと、カクニはリーフに報告した。

 

「まあ、これでエルオンの兵士は来ないから安心になったブー。」

 

「・・・死体はあったのか?」

 

「それが見つからないんだブー。御者の足はあったんだけど、エルオンの遺体はどこにもないんだブー。」

 

その後、ポークとカツが帰って来て、報告を聞いた村人達ももう安心だと言い合っている中、リーフだけは妙な胸騒ぎが収まらなかった。

 

(なんだ、この嫌な感じは?)



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15話「温泉と過去」

ギャグからのシリアス
人の心は難しい。


辺り一面に湯気、独特な硫黄の香り、満天の星空。

 

温泉である。

 

この辺りは、かつて旅館が立ち並んでおり、言わずと知れた温泉街であった。しかし、ほとんどが天変地異によって消失してしまったが、ここだけは難を逃れたらしく、ヴァリアントと村の人々が協力して修理して蘇った。

 

「あーーーーーー!」

 

リーフは抱きしめてくる暖かい感触を肌に感じながら、至福に満ちた声を上げる。今までの汚れが溶けて消えてゆくようであった。

だが、リーフは現在進行形で現実逃避真っ最中だ。出来る事なら感覚全てを無くしてしまいたいぐらいであった。

その理由は、

 

「あなた、何でそんな端にいるのよ。」

 

「そうだよお兄ちゃん、もっとこっちに来てよ。」

 

「えっと・・・、あの~・・・」

 

何故かカスミ、明美、光が一緒に入っているからだ。

 

「どうしてこうなった?」

 

事の始まりは夕方までさかのぼる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ダンッ!と、机を叩きつける音が村長の家に響き渡る。リーフは村長に詰め寄っていた。だが、決して怒っている訳ではない。

 

「今、何て言った?」

 

リーフは先程の言葉が本当なのかさらに詰め寄る。

 

「えっと・・・、ゆっくりしてください?」

 

「違う、その前。」

 

「つまらない所ですが?」

 

「違う、その後。」

 

「お、温泉もありますので?」

 

そうその言葉だ。どうやら自分の耳は確かだった。歓喜が身体を巡りプルプルと震え出す。

リーフは困惑する村長の胸ぐらを掴み、

 

「・・・ろ。」

 

「はい?」

 

「今すぐ案内しろーーーーーー!!!」

 

「は、はいぃぃぃーーーーー!?」

 

後に村長は、あれほど生き生きして、喜びに満ちたリーフは見たことがないと、村人達に語り継いでおり、リーフは大の温泉好きだと噂が広まってゆく。

 

「こちらです。」

 

案内された場所は、村からそれほど離れていない森の中に存在した。すでに辺りは少し暖かく、仄かな硫黄の香りが鼻をつく。

村長は、先程からやけに静かな隣にいるリーフに目を向けると、

 

これまでにないぐらいに、目を輝かせたリーフがいた。

 

その姿はまるで、可愛いぬいぐるみを見つけた少女のようであった。

リーフはゆっくり振り返り、村長に目で告げる。

 

(入ってもいい?)

 

(どうぞどうぞ。)

 

村長もまた目で返答する。

リーフは了承を得ると、風のように脱衣場に走って行った。

しかし、村長は大切な事を良い忘れていた。

 

ーーここが混浴である事を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

脱衣場は檜木で出来ていた旅館のような雰囲気であった。

リーフは棚の籠を取り出し、袴と着物を丁寧に脱いで、触手をうなじにしまって髪をほどく。シワにならないよう袴と着物を綺麗に折り畳み籠に入れる。

リーフは自分の体を見る。そこには鋼のように引き締まった筋肉、無駄な贅肉は一切付いていない。

この姿を見ると、三人の修行の日々を思い出す。

思い出に浸りながら、タオルを持ち浴場に向かった。

 

扉を開けた先には、満天の星空の下で光輝く透き通る温泉。その温泉を囲うのは不揃いの石がしっかりと積み立てている。周りの明かりは炎を使った物であった。

リーフは風呂桶を手にとりお湯を掬い、掛け湯する。リーフの身体を心地よいぬくもりが包み込む。久々の快感に思わず涙がこぼれ落ちそうになった。

その後身体をまんべんなく洗い、タオルを頭に乗せて湯船に入っていく。

ちゃぽちゃぽとお湯をかき分けながら奥に着くと、ゆっくり全身を沈ませ肩まで浸かる。

じんわりとお湯の温かさが、芯まで染み込んでくる。

 

「はぁ~~・・・、極楽極楽。」

 

心地よい感覚に身を委ね、身体を伸ばしながら星空をぼんやり眺める。

かつてのネオ東京では、街の明かりが強すぎるのと、企業の工場などから出るスモッグによって、このような美しい星空は見ることなどかなわなかった。さらに当時は、日本の自然も減少していた為、美しい星空など高い山に登るか、数少ない自然の奥地に行く事しか方法はなかった。

そう考えると、この世界は自然が戻りつつあるのかと、しみじみと感じる。

ふと、リーフは家族の事を思い出した。

本当に手掛かりなど見つかるのか、そもそも見つけたとして自分を認めてくれるだろうか。

この村とヴァリアントの他種族は仲が良いけれど、現実は都市では人間は奴隷まがいの仕打ちを受けていると、リトビ達から聞いた。対する人間も他種族にあまり良い感情を持っていない。世間一般なら、この村の状況こそ異端なのだろう。

でも、人間と他種族が互いに助け合いながら、仲良く笑っている光景を見た時、とても良い気持ちになった。

どうしてだろう、昔もこの光景が見たくて・・・

星空を見上げながら物思いに更けていると、脱衣場の方から声が聞こえた。

誰だろうと、脱衣場の扉に目を向けると同時に扉は開かれた。湯煙でこの位置からはよく見えないが、入って来たのは三人。

 

「やっぱり、ここよね~。」

 

「そうですね、星も綺麗に見えますし。」

 

「お風呂~。お風呂~!」

 

「・・・ん!?」

 

聞き覚えのある声に、思わず変な声を上げる。しかし、その声は向こうの三人にもはっきり聞こえた。

風が吹き湯煙が晴れてゆく。そこにいたのはやはりカスミ、光、明美の三人であった。

リーフは三人と目が合う。当然の如く三人は何も身に付けておらず、産まれた時の姿である。アニメやマンガなら大事な所は隠れるのだろうが、残念ながらここは現実で、そんな都合のいい事など存在しない。

リーフがひきつった表情を浮かべていると、

 

「あ!お兄ちゃんも来てたの~。」

 

「ちょ!何であなたが!?」

 

とりあえず、何でもいいから隠せと言おうとするけれど、それよりも早く光が動いていた。

 

「いっ、いやーーーーーーーーー!!!」

 

光は足元にあった風呂桶を、全力でリーフに投げ付ける。

プロ野球選手でも打てないんじゃないかというくらいに放たれた豪速桶は、吸い込まれるようにリーフの顔面に突き刺さった。

そのままリーフは気絶したかった。しかし、あの修行によって鍛え上げられた身体は、この程度ではダメージにもならない。

そんな事よりも、リーフは素早く頭に乗せていたタオルを自分の目を隠すように巻き付ける。これで三人の姿は見えない。

その状態で三人に問う。

 

「何で、あなた方はここに。」

 

「久しぶりに一緒にお風呂にしましょうって事になったから、あまり使わないこのお風呂に来たのよ。混浴だけど滅多に使う人がいないと思ったんだけど。」

 

カスミの表情は見えないが、まさかあなたがいるとはねとでも言う表情を浮かべているのだろう。

それよりも、混浴だなんて一言も説明しなかったぞ、あの村長。後で文句言うか。

 

「では、私は先に上がります。」

 

そう言って、リーフは修行の一環で教えてもらった。耳だけでその場の空間を認識して、立ち去ろうとするが・・・

 

「えー、お兄ちゃんも一緒に入ろうよ。」

 

いやいや、さすがにこれはダメだ。イエスロリータドントタッチ、お兄ちゃんは一刻も早くここから立ち去らなければならないのだから。

 

「まぁ、私もあなたがいても問題無いわよ。ね、光。」

 

何でオッケーが出るんだよ。普通なら恥ずかしがりながら追い出すのが正しいリアクションだろ。タオル持っているなら隠してくれ、目隠しでも隠してないと分かるから。隣で隠している光が一番正しいリアクションのはずだ。

やはり、精霊と人間の価値観が違うからだろうか。

 

「えっと・・・、わ、私も一緒に入りたいです!」

 

光サーーーーン、さすがに流されてませんか!何でこうなるんだよ!!

 

結局、互いにタオルを巻く事を条件に、混浴する事になったのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして現在、リーフは三人に背を向け距離を取り入浴中である。

先程から明美は隙有らば近付いて来ようとする為、逃げながら入浴してる。全然気が休まらない。

 

「・・・すごいですね、あの身体。」

 

「・・・どうやったら、ああなるのかしら?」

 

二人はリーフの肉体を見て

すると、光が明美を連れて離れて行った。なんだろうと考えていると、カスミが近付いて来て話し始めた。

リーフは身体を見ないようにどぎまぎしながら話を聞く。

 

「ちょっと・・・、良いかしら?」

 

なんだろうか?

それにリーフも聞きたい事があった。あの時何故突然泣き出した事だ。

 

「もう一度聞くけど、あなたはこの髪をどう思っているの?。」

 

「髪ですか?白い所は雪みたいで綺麗じゃないですか。」

 

「・・・っ!あ、あありがとう・・・。」

 

リーフは首をかしげる。なるべく目を瞑っているとはいえ、カスミが挙動不審な事は気配でわかる。

やはり、自分のせいで泣かした事を気にしているのだろうと、カスミに話し掛けると、予想外の返答が帰ってきた。

 

「あなたのせいではありません。ただ・・・、嬉しかったのです。」

 

「嬉しかった?」

 

リーフは思っていた事と違い聞き返した。

 

「ええ、・・・少し昔話に付き合ってください。」

 

 

私は中央都の大貴族の長女として不自由のない暮らしをしていました。

父上も母上も私を大変可愛いがってくれて、妹達とも一緒に魔法の勉強をしながら仲良く過ごしていました。

父上は私の将来を一番に考えていて、婚約者との仲を見繕ってくれた。

母上は立派な淑女にする為、私にあらゆる作法を教えてくれた。

こんな日々が永遠に続くと思っていた。

ある日、私は高熱を出して倒れた。身体が焼けるような暑さだったけども、数日で治った。

しかし、私の髪が白く染まり始め、本来の上位木精霊(ハイアルラウネ)の能力が減退していった。

 

ーー医師からは龍脈病だと言われた。

 

龍脈病の発症原因は、未だに解明されておらず、有効な治療法も存在しない。一度発症すると一生治る事はない。

でも、それよりも私がショックを受けたのは家族の態度が一変した事だった。

優しかった両親は、私など最初からいなかったように無視し、暴力的な言葉を言い始めた。

妹達は私を見るなり逃げ出し、関わろうとしなかった。

しかし、差別をするのは家族だけではなかった。噂を聞きつけた人々も、石を投げるなど、さまざまな嫌がらせをした。

その後しばらくして、私は家族の縁を切られ、家から追放させた。使用人の中には仕打ちに不満を持つ者もいたが、父に逆らう事はできずただ見ているしかなかった。

居場所を無くした私はオーバードから去った。

何もかも失った私は、死ぬ場所を求めてこの森に入った。そこでこの集落の存在を知って私はここ住み始めた。

 

 

「最初は集落の人とも仲良くなれなかったけれど、密かに交流のあったイオタ村の光と明美に出会って、私は変われた。光と明美を助けてくれて、改めて感謝するわ。」

 

「いえ、お礼を言われるほどの事では。」

 

「そ、それに・・・」

 

カスミは顔が真っ赤になりながら、もじもじしている。のぼせたのか?と首を傾げる。

 

「この髪、無くなってしまえばいいと思っていたの。でも、あなたに綺麗だって言われて嬉しかった。ありがとう。」

 

カスミは心からの気持ちを込めて、リーフに感謝を告げた。

リーフは不意にも、トキメキそうになった。その感情を表に出さずにリーフも笑顔で対応する。

 

「いえ、こちらこそあなたに出会えて良かったです。」

 

「~~~っ!?べ、別に・・・感謝すると良いわ、この私から感謝されるなんて、光栄に思いなさい!」

 

えっ?何で急にお嬢様口調に、と思ったがもうスピードで湯船から上がり、離れて行ってしまった。

しかし、急に立ち止まってこちらに言った。

 

「それと・・・、光の事もよろしくね。」

 

それだけを言うと、カスミは扉を開け脱衣場に消えて行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

どういう意味だろう、疑問に思っていると光と明美が表れた。

明美の方はもう限界が近いようだ。すでに顔が真っ赤で、大丈夫なのか。

 

「明美ちゃん、そろそろ上がったらどうだ?」

 

「うーん、そうする~。」

 

力無く言うと、おぼつかない足取りで脱衣場に向かって行く。万が一何かあっても、カスミがなんとかしてくれるだろう。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

いや、これでは光と二人きりだろ!

二人共目を合わせず無言でいる為、気まずい空気が流れる。

リーフがパニックになっている中、静寂を破るように光が話し掛ける。

 

「やっぱり、本当のお姉さんの方が良いのかしら。」

 

「えっ?」

 

突然光が言い出した言葉に、リーフは驚いた。それに光の表情はどこか暗い雰囲気を漂わせている。

リーフはカスミの言葉を思い出し、声を掛ける。

 

「どういう事ですか?」

 

「・・・聞いてくれますか?」

 

リーフが頷くと、カスミはこれまでの事を語り出した。

 

見ての通り、明美は私の妹ではありません。

彼女の本当の姉は、すでに前の戦争で亡くなっています。両親もその時に。

私は星原家にホームステイに来たアメリカ人でした。本当の名前は、シンディと言います。

簡単な日本語しか喋れなかったにも関わらず、明美と光とは、会ってすぐに仲良くなりました。

でも、しばらくして精霊が戦争を仕掛けて来たと、ニュースが流れるようになって故郷も、その他にも沢山の国々が敗北してゆきました。

やがて、日本にも精霊達がやって来て、一般市民に避難勧告が出され、人々は我先にと逃げ出して行った。

しかし、無情にも戦場は一般市民も巻き込むほどに拡大して行った。

その日、私達が避難している中で、国防軍と精霊の戦闘が始まりました。

両者共に私達がいる事など関係無く、一般市民は流れ弾や精霊の攻撃によって、命を散らしていきました。

私達が逃げているところにも、戦車の砲弾が着弾しました。

 

痛みで目を開けるとそこには、血だらけの光と明美の両親が倒れていました。二人共すでに事切れていました。

私は明美と光の二人を探しました。明美の方は私の近くにいて無事だと分かりました。

でも、光は着弾の衝撃で飛び散った瓦礫に潰され、血を流していましが意識はあるみたいでした。

 

『・・・お父さん?・・・お母さん?』

 

いつの間にか明美は目を覚ましていて、目の前の惨状を目の当たりにしてしまったのです。

 

『お姉ちゃん?・・・いや、いやーーーーーーーーーー!!!』

 

強すぎるショックを受けた明美はそのまま再び気を失ってしまいました。

私は明美を抱えながら、光を助けようとしましたが、光は私に逃げるようにと言い出したのです。

 

『明美を連れて、早く逃げてシンディ!』

 

『イヤデス!』

 

私はひたすら瓦礫を退けようとしましたが、退けても新しい瓦礫で埋まってゆきます。

 

『聞いてシンディ。私はもう逃げられないの、でもあなたと明美は助かるかも知れないの。』

 

『光・・・。』

 

『だからお願い。明美を連れて逃げて!!』

 

『・・・わかった。』

 

私は明美を抱き抱えて逃げ出した。涙を流しながら決して振り返らず走り続けた。

その後、私と明美は精霊連合に保護された。

人類の敵と言われている精霊連合だが、民間人には適切な対応をしていた。明美にも、ちゃんとした治療を施してくれた。

けど、明美が起きた時こう言ったんです。

 

『お姉ちゃん、誰?』

 

明美は両親も光の事も忘れてしまいました。

その時私は、このままではこの子は一人ぼっちになってしまうと思いました。

だから私は・・・

 

『ワタシ・・・ハ、アナタノアネ・・・ヒカリデス。』

 

嘘をつきました。

 

 

「明美は、私を本当の姉だと思っています。でも・・・嘘なんです。」

 

「・・・」

 

リーフは、ただ黙って聞いていた。うかつに声など掛けられない。

 

「ずっと嘘をつき続けているんです。」

 

目に涙を浮かべ、話は続く。

そんな彼女に、リーフは優しく頭を撫でる。

光は驚きの表情を浮かべリーフを見る。リーフも彼女に向き合い告げる。

 

「あなたが本当のお姉さんでなくても、あなたが明美ちゃんを思う気持ちは本物のはずです。」

 

「・・・っ!」

 

「だから、これからもお姉さんでいてください。」

 

リーフの言葉はただの気休めになってしまうかも知れない。けれど、リーフは彼女にそう言った。

そして、涙を流し続ける光の頭を撫で続けた。




入浴中

明美「お兄ちゃん待てーーーーーー!」バチャバチャ

リーフ「来るなーーーーーー!」バチャバチャ

カスミ「何であの肉体なのに、女の色気出せるのよ。」

明美「女性として、自信を失いそうです。」

リーフの髪を下ろした姿は、とても色っぽい。


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16話「魔法修行と襲撃」

村長と村人幾人が、リーフの泊まっている空き家に足を運んでいた。その中には光の姿もあった。

改めてお礼がしたい村人が集まって、村長と共に向かって行く。光は別に用はないのだが。

代表として村長が扉を叩く。しかし、中から返答はない。

怪訝に思いもう一度先程よりも強く叩こうとすると、扉は開かれた。

そこにいたのは・・・

 

よれよれの長く伸びた髪。その隙間から覗かせる瞳は充血しており、こちらを睨め付けている。

ホラー映画の幽霊よりも恐ろしい。

 

「あ”?」

 

寝起きがとてつもなく悪いリーフ(魔王)が立っていた。

 

「「「「「ぎゃあーーーーーーーー!!?」」」」」

 

そこにいた村人全員の絶叫が響き渡った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いや~、面目ない。朝は変な夢を見るから、どうも機嫌が悪くなってな~。」ハハハ

 

10分後、いつもの見慣れた袴姿になったリーフは、先程と打って変わって、感情が一転していた。最早二重人格なんじやないかと疑ってしまうほどだ。

ここにいた村人全員が、寿命をが縮まるかと思ったのは仕方ない事だろう。

 

「ところで、また何か?」

 

リーフの質問に、村長が答える。

 

「えっと、この者達は改めてお礼がしたいとここに来たのですが・・・」

 

村長と光以外は恐怖で気絶しており、とてもそんな状況ではない。

 

「私は昨日の事で改めて謝罪に・・・、光は何でいるんだ?」

 

「・・・別に。」

 

特に目的がないのに付いて来た光に疑問をぶつけるも、光は曖昧な返事をするだけであった。

 

「それと、リーフさんを尋ねて来た人がいまして。」

 

村長の言葉にリーフは首を傾げる。別に誰かと会う約束はした覚えがないのだが。

 

「全く、朝早々に村人を気絶させるなんてね。」

 

すると、聞き覚えのある声が聞こえて村長の後ろを見ると、カスミがこちらに向かって歩いていた。

 

「明美から聞いたわよ。あなた魔法が使えないんですって。」

 

リーフは思わず狼狽える。やはり、明美に話したのは失態だったか。

精霊は元々高い魔力を持つ種族で、ほとんどの精霊が老若男女問わず使える物である。むしろ魔法が使えない、あるいは使わないとなると同族から何かと厄介な事になるとされている。

しかし、リーフが魔法を使わないのは別に理由がある。

どういうわけか、リトビとグランから「お前に魔法はまだ早い。」など、魔法に関する事だけは教えてくれなかったからだ。

しかも、妙に二人が魔法の話になると、露骨に話題を反らすので、リーフは魔法については全くの無知である。

 

「・・・私が魔法を教えてあげるから付いて来て。」

 

「・・・はいっ?」

 

そう言うとカスミは事態を理解出来ていないリーフの手を掴んで、ズルズルと引きずって行く。

すると突然光がカスミに声をかけた。

 

「ねぇ、私も付いて行って良いかしら?」

 

光は笑っているのに、何故か背筋がゾワッと感じた。笑顔なのにその笑顔が怖いとは、一体どうしてだろうか。

しかし、カスミは気にした様子もなく光に返答する。

 

「今回はダメね。マンツーマンに教えた方が効率が良いし、光には後で教えてあげるわよ。」

 

そして、カスミは何処か勝ち誇ったような態度で光を見つめる。

対する光も一層笑顔を強くする。たったそれだけの事なのに、辺りの気温が1度下がったような気がするのはどうしてだろうか。

 

「さぁ、時間がもったいないから行くわよリーフ。魔法を覚えるの難しいから早くしないと。」

 

「リーフさん、帰ったら真っ先に家に寄ってくださいね。夕食ご馳走しますから。」

 

何故か昨日の温泉騒動の後から二人の距離がおかしくなったようだ。別に喧嘩という訳ではないようだが。

騒動の後、互いの過去を打ち明けた二人は、リーフに好意を寄せている事に気付いた。そして二人はリーフを渡してなるものかと、互いにライバルとしてリーフを狙っている為このような事になっている。

 

((絶対に渡してなるものか!))

 

しかし、リトビ、グラン、アブルホールの厳しい修行とグランの過剰なスキンシップによって、リーフは陸道の時よりも鈍感になっている為、リーフが二人の気持ちに気付くのはかなり先になるのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目的地は村からかなり離れた場所であるらしく、かれこれ30分ほど歩き続けている。だが、この程度でリーフは疲れる事はない。

それよりも、手ぶらで歩いている事が心配であった。

 

「せめて、刀は持ってきたかったのですが。」

 

「魔法を教えるのに、武器なんて必要ないわよ。」

 

全く持ってカスミの言う通りなのだが、あれを身に付けていないとどうも落ち着かない。

いざとなったら、籠手に仕込んでいる苦無で対処出来るが、主武装が無いのはいささか心配であった。

 

「着いた、ここよ。」

 

どうどうと流れ落ちる水音、仄かに香る花の匂い、たどり着いたのは滝が見える花畑であった。

しかし、中央には明らかに人工物と思われる石畳が丸く敷かれており、幾つもの模様が描かれていた。

 

「じゃあまずは、その模様の中心に立って。」

 

言われた通りに、リーフは花をなるべく踏まないように歩き、石畳の上に乗る。

中心に立つと、変化はすぐ表れた。

黒かった模様が緑色の光を放ち、流れるように動き一つの魔法陣を形成する。

驚くリーフを解析するかの如く、魔法陣は光輝く。

しばらくすると、魔法陣の光は収まってゆき、元の黒い模様となって石畳に戻っていった。

 

「今のは一体?」

 

「あなたの魔法適性を見させてもらっただけよ。」

 

魔法は誰にでも扱える物ではない。下手に魔力のない者が魔法を使おうとすると、暴走し最悪命を落とすか魔物になるなど、まともな結果にならない。

だからこうして、その人に合った魔法を測る為に、このような魔法陣を起動させてその人の魔法適性を調べ上げるのだ。

 

「んと、リーフの適性は・・・」

 

カスミはいつの間にか持っていた紙を覗き込む。

仕組みは不明だが魔法陣が起動すると同時に、その人の魔法適性が紙に書き込まれるらしい。

 

「攻撃A、回復E、防御B、付与Eか・・・至って普通ね。」

 

そう言われた所で基準を知らないリーフには理解が追い付かない。

 

「じゃあ次は、そこで全身に力を込めてみて。」

 

そう言われたが、力をどう込めるのかがわからない。

仕方なく、リーフは限無覇道流拳法の基本技である『錬気』を発動させる。

この技は、腹式呼吸を行いリラックスすると共に、身体の中の気の流れを整より高めるこの技は、リトビから教えられた数少ないリーフの使える技の一つである。

すると、再び魔法陣が光出した。それと同時に、リーフはまるで優しく包まれるような不思議な感覚に襲われる。

だが、それも一瞬で終わり、元の現実に戻された。

何が起こったのか理解出来ず、リーフは両手の握ったり身体を見るけれども、異常もなく変化も見られない。

 

「なかなかの魔力量ね。これなら問題なさそうだわ。」

 

そう言うと、カスミは本格的に教え始めた。

 

「本来なら、魔法は学校で教えてもらう方がいいんだけど、基本なら私が教えても大丈夫でしょ。」

 

本当に大丈夫だろうかとリーフは考えたが、カスミの生き生きした表情に、問い掛けるのは止めた。

 

まず、魔法を発動させる為には二つ必要な事がある。魔力の調節と詠唱である。

 

「とりあえず、まずは私が魔法を使うから見ていて。」

 

カスミは滝に向かって右手を掲げる。

 

【我が身に流れる緑の力よ、光弾となりて、打ち倒せ。】

 

【エナジー・ボール】

 

カスミの詠唱と共に魔力が右手から溢れ出し緑色のエネルギーの球体が形成されてゆく。

そしてカスミのが技の名を言うと、球体は勢いよく放たれる。

そのまま真っ直ぐ流れる滝の水にぶつかり、水を巻き込み球体は弾け飛ぶ。水しぶきが広がり、虹が浮かび上がった。

 

「まあ、こんな感じでやって見て。」

 

「・・・無理じゃね。」

 

そう言わずにはいられなかった。

 

「私の言った通りにすればうまくいくわよ。」

 

そう言われて、リーフはしぶしぶ右手を構える。

 

「まずは、さっきみたいに全身に魔力を右手に集中させて。」

 

リーフは錬気の時のように、右手に魔力を少しずつためる。

 

「じゃあ今度は詠唱よ。」

 

リーフは羞恥心を抑えながらも、中二臭い詠唱を言うとする。

しかし、その気持ちの揺らぎで最悪な事が起こった。

順調に流れていた魔力が乱れ、形成していたエナジー・ボールから魔力が溢れ出したのだ。

 

「エッ!?」

 

「くっ!」

 

リーフは咄嗟に暴走するエナジー・ボールを抑え込もうとする。

だが、抑え込もうと力を込めようとすればするほど、身体から力が抜けていく。

そして、エナジー・ボールは勢いを増してゆく。

 

「だめ!エナジー・ボールが暴走して魔力が吸いとられてる、早くそれを離して!」

 

カスミは危険を感じて切迫した声で言うが、リーフは決して離そうとしない。

あまりにも魔力が強すぎる為、この場で解き放てばどれ程の被害が起こるのか予想も出来ないからだ。

 

「はぁーーーーーー!!」

 

力がさらに失なわれていく中、リーフは被害を最小限に抑える(すべ)はないかと、冷静に考えていた。

そして・・・

 

「がぁーーーーーーーーーー!!!」

 

残された力を振り絞り、エナジー・ボールを真上に蹴り飛ばす。

そして、籠手に仕込んでいた苦無をエナジー・ボールに向けて、全力で投擲する。苦無がエナジー・ボールにぶつけると同時に、轟音と共に弾け飛ぶ。

被害は抑えられたが、リーフは荒い息を吐きながらその場で蹲る。

 

「リーフ、大丈夫!?」

 

【我が身に流れる緑の力よ、癒しの光となりて、この者を癒せ。】

 

【ライト・ヒーリング】

 

そんなリーフにカスミは駆け寄り、体力回復の魔法をかける。

全回復とまではいかないものの、少し気が楽になった。

 

「ありがとう、カスミさん。」

 

「ごめんなさい、こんな事になるなんて。」

 

カスミは深く責任を感じているが、これはリーフのミスである。

あなたは悪くないと言うとした時、遠くから声が聞こえた。

周りを見渡すと、こちらに飛んで来る鳥人(ハーピー)のヒバリを見つけた。

いつものおっとりした雰囲気は皆無で、どこか不安な表情を浮かべていた。

 

「見つけたカスミ、リーフさん、すぐに戻ってください!」

 

「ヒバリ!?何があったの?」

 

「魔物がイオタ村に攻めて来て、今はグアナさんとクロネちゃん、豚人(オーク)さん達が対応しているけど、とにかく早く来て!」

 

ヒバリの言葉に二人は急に血の気が失せてゆく。

リーフは身体を無理やり起こす。

 

「じゃあ行かないとな。」

 

「でもリーフその身体じゃ!」

 

「とりあえず、背中に乗ってください。」

 

リーフは魔力を大量に消費してしまった事によって、現在まともな考えが出来なくなっており、二人で村に向かうにはこれが最善策だと思い付いたのだ。

 

「あの・・・、えっと・・・」

 

「早くしろ!」

 

「っ!?し、失礼します!」

 

もじもじしていたカスミに渇を入れて背中に乗せる。

振り落とさないように、カスミの太ももをしっかり掴み、クラウチングスタートの体勢になると、足に力を込める。

カスミも顔を真っ赤にしながら、首に手を回して密着する。

 

「行くぞ。」

 

カスミが頷いたのを確認すると、リーフは身体に鞭を打って村へと駆け出した。

 

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17話「死闘①」

~数十分前~

 

猫人(キャット・ピープル)のクロネはカスミを探し回っていた。

 

「ヒバリ~、おみゃーカスミを見なかったかにゃー?」

 

猫人族独特の言葉遣いで、親友のヒバリに尋ねる。

 

「えっと・・・カスミちゃんは、リーフさんに魔法を教えに行くって言ってたから、イオタ村なんじゃないかな?」

 

「また、あの女男(おんなおとこ)中位木精霊(アルラウネ)のとこにゃー?恋する乙女はこれだから困るにゃー。」

 

カスミがリーフに淡い恋心を抱いている事は、すでにヴァリアントの全員が知っていた。本人は上手く隠し通せていると思っているがバレバレであった。

 

「あんにゃ女男(おんなおとこ)のどこが良いのかにゃー。」

 

「でも、龍脈病のカスミちゃんに普通に接する同族なんていないはずだよ。」

 

龍脈病患者に対する世間の目は、大抵が良い物ではない。

発症して家族に捨てられた者、酷い差別を受けた者など、最悪の場合命を奪われる事もある。

 

「世の中理不尽にゃ。」

 

「そうだね。」

 

二人は思い出す、ここに来た時のカスミの死人のような姿を、全て裏切られ絶望に染まっていた彼女を。その姿は今でも脳裏に焼き付いている。

 

「・・・ウニャー!こんな話はおしまいにゃー!!」

 

暗い話が苦手なクロネが、大声を上げながら話題を変える。

 

「カスミよりもヒバリ!おミャーの方はどうなったのにゃー!」

 

「ふぇ!?」

 

急に自分の事を振られたヒバリは激しく動揺する。

 

「とぼけるにゃ!おミャーこそ好きな人がいるって言いながら、まだ思いを伝えていない事は知っているにゃ!」

 

「ひぅ!?」

 

カスミの事と同じくヒバリも同じようにここの誰かに恋心を抱いている事は、ヴァリアント全員が承知している。しかし、ヒバリの方は何故か話題にならない。

 

「その様子だと、告白はまだみたいにゃー。」

 

「だって・・・、私の思いを伝えたって、絶対拒絶される。」

 

クロネは呆れて頭を掻く。ヒバリのネガティブ思考は今に始まった事ではないが、だとしてもひどすぎる。

だからクロネは、彼女に優しくアドバイスする。

 

「そんな事ないにゃ、こんなに可愛いヒバリから告白される奴なんて、相当喜ぶに決まってるにゃー。」

 

「かわっ!?」

 

「もっと自信持って良いはずだにゃー。」

 

ヒバリは真っ赤になりながらおどおどしていたが、やがて覚悟を決めた目をするとクロネに告げる。

 

「・・・わかった、私頑張ってみる!」

 

「その意気だにゃー!」

 

すると、ヒバリは腕の翼でクロネの手をガシッと掴んだ。

突然のヒバリの行動に驚いて変な声を上げてしまう。

 

「んにゃ?」

 

「・・・あのね、クロネちゃん。」

 

ヒバリは頬を染め荒い息をしながらクロネに詰め寄る。その目は獲物を決して逃すまいとする肉食動物のようであった。

いつもと全く雰囲気が漂うヒバリに、クロネは危機を感じてその場を去ろうとしたが、ヒバリが腕をしっかり掴んで離れられない。

 

「私・・・実はクロネちゃんの事がす・・・」

 

ドゴーーーーーーーーン!!

 

しかし、ヒバリの言葉は続かなかった。突如響き渡った轟音によってかき消されてしまったからだ。

当然二人の意識は轟音のした方角に目が向く。

 

「一体なんにゃ?」

 

クロネがそう呟いたその時、茂みから黒い影が飛び出した。

ゴブリンと呼ばれる魔物であった。

子供ほどの背丈、力、知性しか持たず、魔物の中では弱い存在であるが、群れで行動する。厄介な事に相手の実力に関係なく襲い掛かってくる魔物である。

突然の出来事にクロネは反応出来なかった。

ゴブリンの持つ錆び付いた斧がクロネに降り下ろされる。

だが、その前にヒバリの猛禽類のような脚がゴブリンに突き刺さり、鋭い爪がゴブリンを切り裂き一瞬で絶命させる。

その蹴りは大事な時に邪魔されたヒバリの怒りの気持ちが籠っていた。

 

「なんでここにゴブリンが?」

 

二人が疑問に思っていると、愛用の石槍を持ったグアナが駆け寄っていた。異常事態が起こっている事は明らかであった。

 

「二人共無事だったか。どういうわけかゴブリンの群れがこの辺りにいるらしい。ここは他の者達に任せて、私とクロネにイオタ村に向かう、ヒバリはカスミを呼び戻してくれ。」

 

二人はうなずいて行動を開始する。

ヒバリは翼を拡げて空高く飛び立つ。クロネはガントレットを装備してグアナと共にイオタ村へ走り出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一方のイオタ村では、傭兵豚人(オーク)の三人が村人をの避難誘導を行っていた。

豚人(オーク)は非常に鼻が良い種族である。

リーフのエナジー・ボールの爆発音が響くよりも前に、ゴブリンの匂いを嗅ぎ取り、正門を閉めて避難誘導を始めたのだ。

現在村人は全員が入れる大きな民家の中にいる。しばらくは安全だろう。

だが、先程から正門を打ち付ける音が大きくなり、すでに時間の問題になっていた。

そして最後の村人を入れた所でヴァリアントのグアナとクロネが合流した。

 

その瞬間、正門は破られゴブリンが流れ込んで来た。

 

入って来たゴブリンの数はおよそ100体、恐らくまだ門の奥にも控えているゴブリンもいるだろう。対するメンバーは豚人(オーク)三人にクロネとグアナの五名だ。

 

「おミャーら、覚悟は出来たかにゃー?」

 

「当然!」

 

「こんな事でビビってるようじゃ、傭兵なんてやってられないからな。」

 

全員の気合いは充分に高まっている。

 

「よし、全員村人を死守する。だが、全員生きて帰るぞ!!」

 

グアナの掛け声に気合いの籠った返答を返し、五人はそれぞれの武器を構え走り出した。

 

立ち向かってくる五人にゴブリンは容赦なく襲い掛かる。

しかし、五人はかなりの実力と経験を積んでおり、ゴブリン程度で遅れを取るような者達ではない。

 

「おらーーーーーーー!」

 

「ウニャーーーーーー!」

 

カツの大剣(ロング・ソード)が振るわれ、ゴブリンが宙を舞い三体のゴブリンを仕留める。

クロネのガントレットの鋭い爪がゴブリンを切り裂き一瞬の内に肉塊に変える。

二人の後ろに回り込み、攻撃を仕掛けるゴブリン。

しかし、後ろから放たれたカクニの矢が後頭部に刺さり絶命する。

ポークは片手斧(ハンド・アックス)で攻撃を繰り出しながら、四人に的確な指示を行う。

 

「はぁーーーーーーー!!」

 

グアナは石槍を振り回し群れのど真ん中に飛び込んで、次々とゴブリンを狩ってゆく。

しかし、ゴブリンの勢いは止まらず数は増していく。

元々知能も低いゴブリンは、次々に飛び掛かっては命を狩り取られる。

 

「数が多すぎる。」

 

「キリがないにゃー。」

 

剣で切り伏せる、そしてまた出てくる。矢が貫通し屍にする、そしてまた出てくる。槍で貫く、そしてまた出てくる。斧の脳天に降り下ろす、そしてまた出てくる。爪で身体を切り裂きく、そしてまた出てくる。

ただひたすらそれを繰り返す。

次から次へと襲い掛かってくるゴブリン。いつの間にか前衛の四人は返り血をかなり浴びている。

足元もゴブリンの死体で埋め尽くされて、動きずらくなってきた。

それでもゴブリン達は止まらない。仲間が倒れようと、深手を負ったとしても。

これは明らかにおかしい。

普通ならゴブリンがこんなに大きな群れを成すなど聞いた事がない。大抵は50体ほどの群れを成して行動する。

そして、ゴブリン達の様子もだ。まるで何かに怯えているように必死の形相で襲い掛かってくる。

しかし、こちらも負ける訳にはいかない。

五人は必死にゴブリンを減らしていく。

そんな中、クロネはゴブリンの流した血に足を取られ体勢を崩す。

そんなクロネに、一匹のゴブリンが飛び掛かり錆びた剣を降り下ろそうとしていた。

周りの四人も気付いたが、自分の相手をするゴブリンの対応で、援護など到底できない。

クロネの周りもゴブリンに囲まれ逃げ道はない。

まるでスローモーションのように見えた、今までの出来事が頭をよぎる。こんなところで死にたくないと。

そしてゆっくり剣は降り下ろされ・・・

 

ザクッ

 

・・・る前に苦無が飛び掛かっていたゴブリンの眉間に突き刺さる。苦無の刺さったゴブリンは地に落ち、苦無を抜き取ろうともがき続ける。

 

「えっ?」

 

クロネは思わぬ事に驚く。それはゴブリン達も同じであった。

そしてゴブリン達は苦無の飛んできた空を見上げる。

その瞬間、空気を切り裂くような音が響いたかと思うと、クロネの周りのゴブリンは吹き飛ばされる。

 

そこに、上位木精霊(ハイアルラウネ)を背負った中位木精霊(アルラウネ)黒髪(ノワール)が降り立った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「「「ボス!」」」

 

「来てくれたか!」

 

リーフは背負っていたカスミを下ろし、触手をしならせおもいっきり振るう。

バチンッ!と音を立て五人の周りにいたゴブリンを凪ぎ払う。

突然の援軍に、戸惑い固まっていたゴブリン達は、リーダーらしきゴブリンの鳴き声でリーフを殺さんと走り出した。

 

「ボス!これを!」

 

ポークがリーフに向かって、身に着けていた予備武器の片手斧(ハンド・アックス)を投げる。

くるくると回転する片手斧(ハンド・アックス)は真っ直ぐ飛んでゆき、リーフは絶妙なタイミングで持ち手を掴み取り、すぐさま敵を見据え走り出す。

 

【我が身を流れる緑の力よ、光の礫となりて、降り注げ。】

 

【エナジー・レイン】

 

カスミの魔力の玉が空高く放たれ、弾けてゴブリン達に降り注ぐ。

全ての礫はゴブリンに命中し動きを止める、あるいは急所に命中しそのまま崩れ落ちる。

リーフは動きが止まったゴブリンに片手斧(ハンド・アックス)を降り下ろし脳天を砕く。目玉が飛び出し命を失ったゴブリンの短剣を奪い、そのまま横のゴブリンの喉を突き刺さす。怯んでいるゴブリンに触手を振り回し吹き飛ばす。

カスミの魔法が降り注ぐ中で、リーフは確実にゴブリンを討伐していく。あれほど湧き出していたゴブリンがどんどん少なくなっていった。

次第にゴブリン達も勝てないと悟り初め、後退りする者が多くなっていった。

そして、リーフがリーダーらしきゴブリンの首を切り飛ばすと、残りのゴブリン達は一目散に後ろを向いて逃げ出した。

 

「みゃー達の勝利だにゃー。」

 

「ああ、そうだな。」

 

その場にいた者達は武器を下ろし、危機を脱したと安心する。

しかし、リーフは違った。

 

「何をしている、まだ終わってない!!」

 

リーフの言葉に全員が驚く。その答えはすぐに現れた。

正門をくぐり抜けようとしていたゴブリン達が、正門から現れた何かに潰されたのだ。

その場の全員が硬直するほどの衝撃を受けた。

そいつは、体長5メートルほど、黒い肌に血走った8つの目、あらゆる生物や死体をを食いつくすとされ、ベテラン冒険者でも手を焼く魔物。

 

「・・・『グール』。」

 

リーフが転生してから森で初めて出会った最悪の魔物がそこにいた。



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18話「死闘②」

後半、スタートです。


(間違いなく、こいつはグールだ。ゴブリン達が怯えていた原因はこいつか。)

 

リーフはかつて出会ったグールと同じ気配を感じ取っていた。

そして、奴は姿を現した。その姿は初めに出会った個体とは、相違点があるものの、リーフはグールに間違いないと確信した。

グールはゆっくりと正門をさらに破壊して村の中に入って来る。 

 

『ウォアァァァーーーーーーーーーーーー!!』

 

グールは咆哮を上げる。空気が振動し、立ち向かおうとする自分達に恐怖を与える物である。

リーフ以外の全員は無意識の内に足を一歩下げていた。

しかし、そんな中でもリーフは目の前のグールが初めて出会ったグールよりも遥かに強いと言う事を感じていた。

あの時のグールは体が細く腹が異常に膨れていた。だが、目の前のグールは体つきはがっしりしていて、ボディービルの選手のようであった。

逃げ出そうとしていたゴブリン達を、潰しながらリーフ達にゆっくり近づいて来る。

グールの8つの目はどういう訳か、リーフしか見ていない。気のせいかどこかで見たような顔つきであるような・・・。

最後のゴブリンを踏み潰すとグールは歪んだ言葉を言い放った。

 

『見つけたぞ!』

 

これにはリーフ以外も驚く。それもそのはず、言葉を話す魔物など今まで聞いた事などなかったからだ。

一部の魔物は相手を油断させる為に、冒険者の言葉を真似する個体がいるとは、極稀に存在している。

だが、このグールはハッキリと意思を持っている。しかも、とてつもない憎悪と殺意をリーフに向けて。

しかし、そんなグールに対してリーフは非常に不機嫌に返答する。

 

「誰だテメェ?」

 

エナジー・ボールの暴走によって半分の魔力を消費したリーフは、身体にまとわりつく疲労感、倦怠感と不快感で、いつもと違って口調が荒れていた。

 

『忘れたとは言わせないぞ、お前に復讐する為にこの姿になったのだからなぁ!』

 

「だから誰だよ・・・、名前言ってみろ名前。」

 

一切怯む事なくグールに接するいつもと雰囲気が違うリーフに、後ろにいる全員は戦慄する。なんで動じないだあいつは!とその場の全員がそう心の中で呟いた。

 

『俺はエルオン・ナトルクス!思い出しただろ。』

 

「・・・知らねぇよ、今虫の居所が悪いんだ。もう倒しても良いか?」

 

頭を掻きながらそう呟く。最早リーフの記憶にすら残っていない事に、エルオンの怒りは限界を超える。

 

「あの・・・ボス。こいつ前に俺達を雇っていた中位木精霊(アルラウネ)ですよ。」

 

「ん?・・・、ああいたなそんな奴。」

 

ポークがリーフに補足するかの如く小声で説明する。

確か光を拐おうとしていた奴がいたな、自分の事を女だと思っていたあの中位木精霊(アルラウネ)か・・・

思い出したら余計に腹が立ってきた。

 

「何で木精霊のあなたがグールになってしまったのですか!?」

 

カスミが声を荒らげてエルオン・グールに問い掛ける。

 

『ハハハ!答えてやろう。私はあの後すぐにグールに襲われ喰われたのだ、しかし神は私に新たな力を授けなさったのだ。』

 

『私はグールの意識を支配し、木精霊の力と合わさって私は最強の存在となったのだ!』

 

そんな訳がない。グールは意思を持つ生物を補食した際、その生物の記憶を読み取る事が出来る。

エルオンは自分の意識が飲み込まれている事に気付いていない。いや、最早完全にグールになってしまったのだろう。

 

『復讐の為に、この辺りのゴブリンを集めて無防備な所を襲撃させるはずだったが、さっきの爆発音を勘違いしたゴブリン共は勝手に動いてな、計画がめちゃくちゃになってしまった。』

 

その爆発音はリーフがエナジー・ボールを爆発させた時の物である。

幸運な事にそれによってイオタ村を警備していた豚人(オーク)達は異変に気付いて、正門を閉め村人を避難させる事が出来ていた。

そして、ヴァリアント達も早急に行動が出来た事を。

しかし、それで一世一代の大勝負に出ていた一人の少女の邪魔をしてしまった事を、リーフ本人は知らない。

 

『まぁいい、まずはここにいる貴様を殺してやる、楽に死ねると思うなよ!』

 

「・・・上等だ、返り討ちにしてやる。」

 

すでに血で汚れた短剣と片手斧(ハンド・アックス)を構えエルオン・グールに突進する。

エルオン・グールとの戦いが幕を開けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エルオン・グールは突進するリーフに容赦なく拳を突き出す。リーフはそれを紙一重で避け短剣を腕に突き刺す。

しかし、血脂が付着している短剣の切れ味は0に等しく刃が通らない。

 

「ちっ!」

 

『うらぁ!』

 

すかさず間合いを詰めたエルオン・グールは拳を降り下ろす。リーフは避けたが、先程までいた場所はエルオン・グールの拳が地面にめり込み亀裂が入る。

動きが僅かに止まったエルオン・グールの目玉めがけて、短剣をおもいっきり投げつける。

くるくると回転しながら飛んでいく短剣は、見事にエルオン・グールの目玉の一つに突き刺さった。

 

『ぐうぁー!』

 

エルオン・グールは突き刺さった短剣を抜こうとするが、

 

【我が身に流れる緑の力よ、5つの矢となり、敵を打て。】

 

【グリーン・アロー】

 

カスミが詠唱によって生み出した光の矢が解き放たれる。

一つは目に命中し、残りは上半身のあらゆる所に突き刺さった。

 

「リーフ殿、助太刀いたす。」

 

「腕が鳴るにゃー!」

 

「俺達もボスを援護するぞ!」

 

苦しむエルオン・グールにグアナ、クロネ、ポーク、カツ達も攻撃に加わる。

エルオン・グールも気付き、凪ぎ払おうと腕を振るう。

全員それをかわし各々の武器をエルオン・グールの足に突き立てる。

痛みをこらえながらエルオン・グールは足元の奴らを潰さんと腕を上げる。

だが、振り下ろすよりも先に、カクニが三本の矢を一斉に放つ。

矢は全てエルオン・グールの首に命中し、エルオン・グールは苦しみもがく。その隙にエルオン・グールの足を踏み台にして、心臓のある位置まで飛び上がり、ガントレットの拳を叩き込む。

 

「猫パンチ!!」

 

空気が破裂するような爆音が響き、ガントレットがエルオン・グールの胸にめり込む。

明らかにリーフの知る猫パンチではない。威力はコンクリートの壁を貫くほどであろう。

しかし、エルオン・グールはクロネを見て嗤う。

そしてそのまま、空中で無防備になっているクロネを掴み取る。

 

「ニィャーーーーーーーー!?」

 

苦痛と絶望に満ちたクロネの叫びが、ミシミシと鳴るバックミュージック(骨の折れそうな音)と共に響き渡る。

その様子を見るエルオン・グールは顔を歪め嗤う。

 

「クロネ!」

 

「猫助!」

 

リーフとポークが助けようとするが、片方の腕が振るわれ、民家を破壊し瓦礫が飛び散って近づく事さえ困難になってしまった。

カスミとカツが狙い射とうと構えるも、エルオン・グールと近すぎる為下手をすると捕らわれているクロネに当たりかねない。

リーフ達にグアナも加わるが状況は大して変わらない。

最早救う事は出来ないのかと考えたその時、上空から猛スピードで急降下する影があった。

その影はどんどんエルオン・グールに迫って行き・・・

 

「クロネちゃんを、離せーーーーーーー!!」

 

怒りが籠められた渾身の急降下蹴り(ダイブキック)が、エルオン・グールの顔面を深く切り裂き、鋭い爪がこれまでの攻撃で一番のダメージを与えた。

これまでにないダメージを受けたエルオン・グールは仰け反り、握っていたクロネを手放した。

ヒバリは即座に転換してクロネを足で受け止め、離れた場所に下ろす。

すぐさま近寄ってきたカスミが回復魔法を唱えた事で、クロネの命は何とか救われた。

そしてエルオン・グールは顔の傷を抑えており、動きが鈍くなっていた。

 

「全員突撃!!」

 

リーフの掛け声と共に前衛の者達はエルオン・グールに総攻撃を始めた。

それぞれの武器をエルオン・グールに突き刺していく。次々とエルオン・グールの身体には傷を増やしていく。

 

「今だボス!止めをさせ!」

 

リーフは今出せる力を振り絞り飛び上がる。そのまま片手斧(ハンド・アックス)を天高く掲げ、うなじ目掛けて渾身の力で振り下ろす。

確実に背骨を砕かんとする会心の一撃は吸い込まれるようにうなじに当たり・・・

 

リーフの片手斧(ハンド・アックス)が砕け散った。

 

その瞬間頭が真っ白になった。

リーフはいつもと違い精神が不安定であった。本来なら力加減を考え、無駄のない動きで相手と戦う。

しかし、今のリーフはただ力任せに武器を振り回し、荒れ狂いながらエルオン・グールと戦っていた。

そんな事をしていれば、当然片手斧(ハンド・アックス)の耐久力は限界を迎える。

そしてリーフはその場で呆けてしまった。

すると、エルオン・グールのうなじからものすごい勢いで『何か』が飛び出した。

 

その『何か』はリーフがよく知っているものであり、『何か』はリーフに迫り、リーフの意識を刈り取る一撃が打ち込まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エルオン・グールと皆が戦う場所から少し離れた所を走る光の姿があった。

避難したはずの光が何故こんな所を走っているのかというと、全てリーフに幻龍を届ける為であった。

光は避難した後、少しでもリーフの力になりたいと考えた光は明美を村長に任せ、一人リーフの泊まっていた民家にへ向かった。

道中ゴブリンの襲撃に怯えながらも、奇跡的にたどり着いた光はリーフの愛剣を抱えてリーフ達の場所に走り出した。

思った以上に重量感がある幻龍を抱えて懸命に走る。

しばらく走り続けているとリーフ達の声と姿がうっすらと見え始めた。

そして、気になっている目的の人物はすぐに見つかった。リーフは巨体の上に乗っており、まさに勝負は決したように光は見えた。

これなら届ける必要はなかったかなと思ったが、それでも刀は渡す事は出来るだろうとリーフに声をかける。

 

「リー・・・」

 

だが、言葉は最後まで続かなかった。

ゴキッ!と嫌な音が聞こえたと思うと、光の左側に何が凄まじい速度で通り抜けた。

風が吹き荒れ目を瞑り、飛ばされないように思わず体勢を低くした。

風が治まると光は目を開けて何が起こったのか確かめる。

目の前を見ると、カスミ、ヒバリ、クロネ、グアナ、ポーク達が信じられないものを見たかのような表情を浮かべてこちらを見ていた。

いや、正確には彼ら彼女らは光の後ろを見ていた。

光はゆっくり後ろを振り返り、その光景に頭が真っ白になった。

 

先程まで前にいたリーフが仰向けでそこに倒れていた。

 

意識はなく、頭から流れ出る血は地面を汚していく。

 

「いや・・・、いやぁぁぁーーーーーーー!?」

 

光は無我夢中でリーフに駆け寄る。

 

「リーフさん!しっかりしてください!リーフさん!!」

 

大粒の涙を目から溢しながら、倒れているリーフの肩を揺さぶるけれど返事がない。

すると、背後のエルオン・グールが起き上がった。

 

『ハハハ、油断したなぁリーフ。』

 

立ち上がったエルオン・グールのうなじからは、リーフを弾き飛ばした物の正体である、どす黒い触手が伸びていた。

 

『そして見よ、俺の自己再生の力を!』

 

エルオン・グールがそう叫ぶと同時に、身体に刻まれた数多くの傷が癒えていく。

深かった顔の傷までも数十秒で塞がり、元の醜い顔がそこにあった。

その場の全員が絶望の表情を浮かべ動けなかった。唯一渡り合えるリーフが倒れ、エルオン・グールは完全に回復した。

最早この状況に絶望するなと言う方が無理な話だ。

 

『さあ、今止めをさして・・・、むっ?』

 

すると、物陰から小さな影が飛び出した。隠れていた生き残りのゴブリンである。

ゴブリン達はリーフ達の攻撃から逃れて物陰からエルオン・グールとの戦闘をずっと見ており、どちらかが弱った所を襲うつもりでその時を待っていたのだ。

リーフが意識を失い倒れた事で、止めを刺さんと飛び出してきたのだ。

 

「まずい、カクニ!」

 

ポークが真っ先に我に返りカクニは矢を引き絞り矢を飛ばす。

生き残りのゴブリンは全部で三体、その内の一体の後頭部に見事命中する。

もう一体はポークが投げつけた片手斧(ハンド・アックス)が突き刺さり絶命する。

しかし、最後の一体は間に合わない。

飛び上がったゴブリンは、光もろとも突き刺さんとナイフを降り下ろす。

それを見た光は、逃げようともせずリーフを庇うように覆い被さる。

カスミ達が激しく叫んでいるが、今の光はどうでも良かった。

あなただけは絶対に助けると光はリーフを強く抱き締めて目をギュッと瞑る。

そして、ナイフは光の背中に迫り・・・

 

痛みは訪れなかった。

 

「えっ・・?」

 

恐る恐る目を開けて振り返ると、最後のゴブリンの脳天に鞘の着いたままの刀が降り下ろされていた。

よくよく見ると光は誰かに片手で抱き締められている。

 

「無事ですか?」

 

「・・・っ!」

 

突然聞こえた声の方を見るとそこには、いつもの優しい雰囲気を漂わせている中位木精霊(アルラウネ)がいた。




登場人物にヒバリとクロネを追加しました。


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19話「リーフの本領」

リーフは動かなくなったゴブリンを払い、屈んだ状態からゆっくり立ち上がる。

元の冷静さを取り戻したリーフは、光を左腕で抱えながらエルオン・グールを見据える。

 

『ホォー、まだ死んでいなかったか。』

 

リーフは光から手を離し、幻龍を腰に携えた。同時に『錬気』を発動し、呼吸を整え気を高める。これで少し気が楽になり冷静さを取り戻す。

すると、カスミを始めとする全員がリーフに駆け寄ってきた。

カスミは回復魔法を唱えリーフの傷を癒す。

ある程度の傷は塞がり体力も回復したが、精神的な疲れは取れず恐らく全力で戦えるのは限れている。

 

『ふん、往生際が悪い奴らだ。良いだろう皆殺しにしてやる。』

 

はっきり言って、このままではリーフ達に勝ち目はない。

リーフは静かに目を閉じ、深くため息をつく。

そして、信じられない事を口にした。

 

「お前達は下がれ。」

 

リーフはここにきて、一人で戦うつもりでいるのだ。

それを理解した全員は、口々にリーフを止めようとする。

 

「何を言っているのですか!」

 

「リーフ殿、さすがに無謀ですぞ。」

 

「ボス、いくらなんでも無理ですよ!」

 

周りの言葉を一切気に止めず、リーフは首や肩を回し身体をほぐしながら言う。

 

「問題ない、もう負ける事はなくなった。」

 

そう言うとリーフはおもむろに身に付けていた籠手外し始めた。

籠手を外し終えると、リーフの手首には銀色の腕輪がぴったりはまっていた。

リーフは腕輪を少し弄ると、腕輪は外れドスンと重い音を立てて地面に落下した。

気になったポークがその腕輪を持ち上げようと掴み取るが、ただの腕輪とは思えないほどあまりにも重く感じた。

しかし、リーフは反対側の手首と両足首にも同じ物を付けており、それらを次々に外していく。

そんな中カスミは、外された腕輪にある模様が彫られている事に気付いた。

それは、都市ではまず知らない者はいないとされる『鍛錬神(ヘファイストス)』と呼ばれたグラン・クォーツのエンブレムであった。

グランの製作する武器はどれもが最高級品であり、とてつもない値段で取引される。

だが、肝心の製作者のグランは行方不明で、現在は市場に出回っている物はごくわずかで、さらに高額な値段になっている。

 

「(どうしてリーフはこんな物を?)」

 

腕輪からリーフに目を移すと、何故かリーフは着物を脱ぎ始めていた。

突然の事に驚いて目を隠すふりをして指の隙間からこの間見たリーフの肉体を見ようとしていた。隣の光も同じ行動を取っていた。

他のメンバーはリーフの突然の行動に疑問を浮かべていたが、リーフの身体を見た瞬間、カスミと光も含め全員の表情は驚愕に変わった。

彼ら彼女らが驚愕したのはリーフの鋼のような肉体ではなく、リーフが着物の下に身に付けている銀色の拘束具であった。

リーフの身体にぴったり付いている拘束具は、動きをある程度制限する仕組みになっていて、とても常人に動かせるとは思えない。

リーフは胸の辺に手をかざすと、拘束具は外れ地面に音を立てて落ちる。こちらもかなりの重量があるようだ。

バキバキと音を鳴らしながら首や肩の関節をほぐす。

それを終えると再び着物をしっかりと直し、エルオン・グールに向かって歩き出した。

 

『そんな物を外して、オレに勝てると思っているのか?』

 

完全に勝ったつもりでいるエルオン・グールは見下しながらそう問い掛ける。

 

「ああそうだ、本来ならリトビとグランにこいつ(拘束具)だけは外すなって言われていたんだけどな。」

 

リトビの名を聞いたグアナが反応していたが、今はそれは置いておこう。

リーフは幻龍をしっかり握り、ゆっくりと鞘から抜き出す。日の光で刃が黒い輝きを放つ。

 

「もうこれで、お前が勝つことはなくなったからな。」

 

『ほざけ!』

 

エルオン・グールが一気にリーフとの距離を詰め、リーフの真上から拳を振り下ろす。

対するリーフは刀を構えもせず、ただその場に立っているだけだ。

一瞬で命を奪うその拳は、避ける素振りを見せないリーフに吸い込まれ・・・

 

エルオン・グールの腕が落ちた。

 

『・・・はっ?』

 

目の前で起こった事にエルオン・グールは思わずそう声を出すしかなかった。

その様子を見ていたカスミ達も、何が起こったのかを理解するのに時間がかかった。

カスミ達が我に返ったと同時に、エルオン・グールの腕の断面から血が吹き出し、腕を掴みながら悶絶しそうな勢いで叫ぶ。

一方のリーフは先程と変わらず、ただその場で冷ややかにエルオン・グールを見ながら立っているだけであった。

しかし、右手に持つ刀には僅かに血が付着し刃を流れていた。

リーフがした事は極単純に、迫っていた拳を切り落としだだけである。

だが、リトビとグランがリーフの力を抑える為に着けた拘束具を外した事で、リーフは今出せる力を解放する事が出来た。

元々リーフの潜在能力が高い事に気付いたリトビとグランはどこまで成長できるのかと自分達自ら修行を開始した。

そして、リーフは本来なら耐えきれないはずのリトビとグランの修行を、およそ三ヶ月見事にやりきった。

さらにアブルホールも加わるという予想外もあったが、それでもなお、リーフは耐えきったのだ。

これには、さすがのリトビとグランも想定外であった。

現在のリーフは消耗しているが、本気を出したリーフの実力は、普通の中位木精霊(アルラウネ)を遥かに凌駕する。

だからこそ、リーフの力を悪用される事を恐れた二人は、離れても目立たないようにグラン特製の拘束具と腕輪を着けさせていたのだ。

 

「どうした、もう終わりなのか?」

 

リーフは煽るように挑発する。

 

『舐めるなぁぁぁーーーーーーーーーー!』

 

エルオン・グールはすぐさま自己再生を行使し、断面が盛り上がりそこから腕が生えた。

 

『ハハハ!いくらやられようと、私の自己再生の前では全て無駄だ!』

 

「そうか、じゃあ試してやる。」

 

ようやくリーフは刀を構えて、戦闘体勢に移行した。

エルオン・グールはにやりと歪んだ笑みを浮かべ、リーフに向かって全力で拳を振るう。

対するリーフは幻龍を振るい、迫り来る拳を斬りつけ弾いていく。

しかし、エルオン・グールは傷付くと同時に再生を始める為、焼け石に水をかけるような状況である。

斬り裂いては再生して、再生しては斬りつける、ただひたすら同じように繰り返し続ける。

 

「兄ちゃん、俺達も支援した方がいいのか?」

 

「・・・いや、あれに加わるのは無理だろ。」

 

リーフとエルオン・グールの戦いは、さらに激しさを増していた。

このままでは埒が明かないと、エルオン・グールは黒い触手も使いリーフに襲いかかる。

リーフは先程よりも冴え渡っており、冷静にエルオン・グールの動きを読み、激しい攻撃を全て紙一重で避けては斬りつけてダメージを与えていた。

最早二人の戦いの中に、ここにいる全員は加わる事すら困難な状況であった。

ただ全員が見守り、リーフの勝利を祈る事しか出来ない。

 

「リーフさん・・・。」

 

「リーフ・・・。」

 

しかし、状況は不利だ。このままでは、先にリーフの体力が尽きてしまう。

誰もがそう考えている中、ポークとグアナが先程とは何か違う違和感に気付いた。

 

「ポーク殿、何かおかしくないか?」

 

「奇遇だな、俺もそう思う。」

 

二人は戦闘の様子を眺める。そこは相変わらずエルオン・グールの攻撃をかわし、カウンターでダメージを与えるリーフの姿。

 

「「・・・まさか!?」」

 

二人はようやく気付いた。そしてリーフの勝利を確信した瞬間であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『があぁぁぁーーーーーーーーーー!!』

 

「しっ!」

 

もう何度目になるかわからないほど攻撃した。なのにリーフは先程から一切の攻撃を受けず、カウンターでエルオン・グールに確実に攻撃を当てている。

エルオン・グールは先程から怒りが積もる一方だ。

そして、リーフは再びエルオン・グールの右腕を斬り落とした。

 

『ぎゃあぁぁぁーーーーーーーーーー!?』

 

腕をきつく抑えて蹲る。リーフは距離を取り、痛みに苦しむエルオン・グールを哀れむ目で見ている。

 

『ハァハァ・・・、これしきの傷など私の自己再生で!』

 

そう言い、再び腕を生やそうと力を籠めるが、再生する気配がない。

 

『な、何故だ?何故再生しない!?』

 

戸惑いを隠せないエルオン・グールにリーフは不敵な笑みで告げる。

 

「自己再生の使い過ぎだ。お前の再生能力は体力を消耗させる。傷付く度に再生していれば、いずれ限界に達してしまう。」

 

その言葉にエルオン・グールはハッと気付いた。

深い傷ばかり付けて自己再生せざるを得なかった事、挑発して自己再生を促していた事、全てリーフの手の内であった事。

 

『アア、あぁあぁぁあーーーーーーーーーー!』

 

全てを否定しようと、がむしゃらにリーフへ突進して行く。

だが、目の前にいたリーフは突然掻き消えた。

リーフを見失ったエルオン・グールは辺を見渡すが、リーフの姿はどこにもなかった。

ならば、先に向こうにいる奴らからと思って、走り出そうとしたその時、ポトリと足下に何かが落ちた。

エルオン・グールは落ちた物を確かめるように、自分の足下を覗き込む。

そこにあったのは、4本の指であった。

エルオン・グールは自分の左手を見る。そこにあった筈のひとさし指から小指の第二間接から上は、綺麗に切断されていて血がドクドクと流れ出していた。

自分が斬られた事に知覚した瞬間、エルオン・グールにリーフの斬撃が始まった。

 

『ギャアアァぁーーーーーーー!!?』

 

咄嗟に腕で庇おうとするものの、自分の身体全体にリーフの斬撃が刻まれる為、いくら庇っても無駄である。

時折、見えないリーフに向かって腕を振り回すが、当然当たるはずもなく、突き出した腕に大量の傷を付けられるだけであった。

エルオン・グールを含め、その場にいる全員がリーフの姿を捉える事が出来ない。

あまりにも速すぎるその様子は、ただ風を斬る音と共に黒い線が通りすぎてエルオン・グールに深い傷を付ける事しかわからない。

 

『(こんな・・・、こんなところで!)』

 

もう完全に自己再生は使えなくなっていた。

全身に痛々しい斬り傷が刻まれる中、エルオン・グールは反撃の機会を狙う。

 

『(まだだ、まだ終わらんぞ!まずは懺悔するふりをして、油断した瞬間に奴を噛み殺す!)』

 

かつて、エルオンは一人の冒険者がエルオンの実態を暴き、屋敷に乗り込んで来た事があった。その際エルオンは冒険者に向かって必死に命乞いをした。

最終的にその冒険者はエルオンを許し、背を向けて立ち去ろうとした冒険者を後ろから隠し持っていたナイフで刺し殺した。

だからこそ、今回も上手くいくだろうと思っている。

そして声を上げようとしたその時だった、

 

ガコッ

 

何が外れた音がやけに大きく響く。

そして、エルオン・グールは自分が喋れない事に気付いた。

リーフの斬撃がエルオン・グールの顎関節を砕いたのだ。これで完全にエルオン・グールの目論みは出来なくなり、最早打つ手はなくなった。

追撃にリーフは肩関節とアキレス腱を斬り、完全に抵抗できないようにして、少し離れた場所に姿を見せた。

向き直ると丁度エルオン・グールの前であった。

8つの内7つの目は潰され、全身にはリーフの斬撃による傷で埋め尽くされ、血で真っ赤に染まっていた。

リーフは姿勢を低くして、刀を横に構え柄を両手でしっかりと握り締める。

人間だった頃、陸道は刀など扱った事など微塵もなかった。リトビ達も剣術に関しては専門外で、基本的な扱い方しか教えてこなかった。

だが、リーフは自分が今繰り出そうとしている技の名が、自然と頭に浮かんでいた。

体内の魔力を幻龍の刃に流し込む、すると刃が翡翠色に輝き出す。

 

 

 

 

 

「『神導覇星、幻龍・・・一閃、壱ノ型!!!』」

 

 

 

 

 

そう叫ぶと同時に駆け出し、エルオン・グールに最後の一撃を放った。

一瞬でエルオン・グールの後ろに立った。

そして刃に付着していた血を振り払い静かに鞘にしまうと、エルオン・グールの胸に一筋の線が入り、エルオン・グールの体は分かれて、その場で崩れ落ちた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その場の誰もが、目の前の出来事に声を出せずにいた。

全員で掛かっても倒せなかったエルオン・グールを、たった一人で倒してしまったのだ。

そしてようやく、自分達が勝利したと実感が染み込んできて、勝利の雄叫びが上がった。

 

「勝った、勝ったんだ!」

 

「ウニゃーーーーー!」

 

「リーフさん・・・、凄い!!」

 

「一生付いて行きます、ボス!」

 

「宴だブー、宴だブー!」

 

口々に皆リーフに称賛を送り喜びを浮かべる中、グアナだけは戸惑いを感じていた。

 

「(まさか・・・いや、何故あれを!?)」

 

グアナはかつて、人類他種族大戦で精霊連合の一兵士として、戦争に参加していた。

そしてある日、他の兵士と中隊を組み、戦場に向かう最中であった。

突然の襲撃だった、一人また一人と襲撃者達に仲間の命が奪われる中、グアナは一人の襲撃者に目を離せなかった。

 

『裏切り者』、『同族殺し』などと呼ばれた、最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)の事を。

 

先程リーフの技は、その最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)が使っていた技にそっくりだったのだ。

あの最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)とリーフは関係あるのか、リトビと言っていたのはどうしてか、他にも色々と聞きたい事は山積みであった。

そして、リーフに声をかけようとしたその時、急にリーフの身体がぐらついたかと思うと、そのまま地面に倒れ込んでしまったのだ。

祝勝ムードは一転し、その場の誰もが血の気が引いていき、辺の気温が一気に下がったような感覚に襲われる。

 

「リーフ!?」

 

「リーフさん!!」

 

気づけば、カスミと光が真っ先に駆け出していて、他の者も皆リーフに駆け寄って行った。

 

意識が薄れゆく中、リーフはまた声が聞こえた。

それは、真っ暗な世界にいたときに聞こえた男女二人の声であった。

 

『頑張ったな、リーフ。』

 

『今はゆっくり休みなさい。』

 

その声を聞いたリーフの意識はゆっくり落ちていった。



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20話「次なる地へ」

あれから五日がたった。

イオタ村は、エルオン・グールとゴブリンの死体の後始末や壊された民家の修復などの、復興作業に勤しんでいた。

グアナの指導によって、ヴァリアント特別区の住人達も加わった事で、作業は予想以上に捗っていた。

勿論作業の中には彼の姿もあるわけで・・・

 

「ちょっと、リーフ!?あなたは休んでなさいよ!」

 

民家の屋根の上からヒョコと顔を出したのは、村の危機を救った恩人のリーフであった。

いつもの袴姿ではなく、村人から頂いたラフな恰好で、頭には包帯が巻かれている。

 

「いや、体を動かさないと訛りますし。」

 

「あなたは酷い怪我を負っていたって事を理解していないようね!」

 

あの後倒れたリーフは光の家に運ばれ、皆から必死の治療を受けていた。

運ばれた当初は心臓が止まっており、カスミが魔力を分け与えなければ死んでいたところであった。

さらに骨折、打撲傷など身体には痛々しい傷が付いていた。

カスミ達は出来る全ての手段を使ってリーフの治療を行い、なんとか一命をとりとめたものの、その日リーフが目覚める事はなかった。

その間、カスミと光は付きっきりで看病していたが、リーフは一向に目覚める気配はなかった。

このまま目覚めなかったらどうしようと、そう考えて始めた二日目の事だった。

朝目覚めるとベッドにリーフの姿はなく、慌てて二人が外に飛び出すと・・・

 

そこには何事もなかったように幻龍で素振りをするリーフの姿があった。

 

驚いた事に、リーフの受けた傷は完全に癒えて跡すら残っていなかった。

その異常な回復力に、最早リーフを常識で図る事は不可能だと村人全員がそう思った。

その後、念のためにしっかり休ませようとしていたのだが、リーフはベッドを抜け出してトレーニングや復興の手伝いをし始めるので、リーフの身を心配する二人は気が気でなかった。

そして今日も、抜け出したリーフを二人は探し回っていて、ようやくカスミが見つけたのだった。

 

「これが最後の修復する家でしたので。」

 

「だから動いて良いなんて理由にはならないわよ!」

 

カスミの怒りは頂点に達していて、目が「早く降りてこい!」と言っているようだ。

リーフはヒョイと屋根から飛び下りて、見事に着地した。

 

「あぁ・・・や、やっと見つけました、リーフさん。」

 

「お兄ちゃーーーーん。」

 

ふと視線を移すと、ヘロヘロになりながら走っている光と全速力で駆けて来る明美の姿があった。

 

「とうっ!」

 

「うぉっ!」

 

すると明美はリーフの足に飛び掛かってしがみついた。

こうなってしまえば、リーフはもう逃げる事は出来ない。

 

「ハァハァ、り、リーフさん・・・あんまり、う、動いて、ゼエゼエ・・・。」

 

光は元々運動が苦手のようで、少し走っただけでバテてしまう。それなのにあの時はリーフの為に幻龍を届けてくれた。

彼女には改めてお礼をしなければ。

そう考えていると、足元でリーフをジーっと見つめている明美に気付く。

リーフはこの目が何をして欲しいかよく知っている。

そしてリーフは明美の頭を優しく撫でる。

 

「えへへ。」

 

ウム、めっちゃ可愛い。なんだこの天使は。

 

「・・・ふんっ!」

 

「ぐはぁ!?」

 

明美を撫でていたら、カスミに向こう脛をおもいっきり蹴飛ばされた。

いくら厳しいあの修行で涙一つ流さなかったリーフも、この痛みにだけは耐えられず涙を浮かべていた。

 

「何するんですか・・・。」

 

「別に。」

 

冷たくあしらわれてしまう。自分が何かしたのだろうかと考えていると、カスミはどこか思い詰めた様子で蹲るリーフに尋ねる。

 

「・・・昨日の話、本当?」

 

「ええ、本当です。」

 

リーフは立ち上がると、少し寂しそうに村を見つめた。

 

「ここで調べる事は、もうありませんから。」

 

元々リーフがここを訪れた理由は、家族の手がかりを探す為であった。

リーフがここに来て一週間の間に、この村で集められる情報は粗方タブレットに書き留めた。

村の防衛に関しては、豚人(オーク)三人が残ってくれるから問題はない。あの三人も村人とだいぶ打ち解けたみたいだし。

 

「出来れば魔法について、もう少し学びたかったのですが。」

 

「・・・あれだけ出来れば十分よ。」

 

昨日、リハビリがてらカスミが軽く魔法をレクチャーしたところ、リーフは完璧に基礎魔法を扱えるようになっていた。

それどころか、上級者でも難しい『無詠唱』まで出来るようになっていて、カスミは開いた口がふさがらなかった。

 

「明日の朝、出立します。」

 

そう言うとリーフは準備の為に、借りている民家に向かって歩き出した。

後に残ったのは、複雑な気持ちを抱えたカスミと光と、きょとんと首をかしげる明美であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その夜、リーフの話を聞いたグアナと村長が急遽、送別会兼祝勝会を村の広場で行う事となった。

その光景は人と他種族が共に生きている、実に微笑ましいものであった。

因みに全員に振る舞われている酒は、グアナの家から持って来た無限に酒が涌き出る酒樽である。

アルコール度数はそれほど高くなく、リーフも魚の塩焼き片手にすんなり飲んでいた。

少し離れた所で星と月を見ながら飲んでいると、グアナ、ポーク、カツ、カクニ、カスミ、クロネ、ヒバリ、光がそれぞれ色んな物を持って近付いて来た。既に真っ赤なクロネにヒバリが寄りかかっているのは酔っているせいだろうか。

 

「こんなところでいいのですか?救世主さん。」

 

「グアナ、あなたも酔ってますね。」

 

いつもとは口調が崩れているグアナが前で胡座をかいて座った。そして次々に他のメンバーも座り共に飲み始めた。

何故かリーフの両サイドには、カスミと光が座って火花を散らしていた。

実に楽しい宴であった。

 

「うふふ、クロネちゃんもっと飲んで。」

 

「いや・・・、ヒバリ、もうげんか・・・ムグ!?」

 

ヒバリは持っている一升瓶を追い討ちとばかりに口を塞ぎ、無理矢理クロネに飲ませていた。

止めの一撃によってクロネは完全に意識を失って崩れ落ちた。

 

「あらあら、もうクロネちゃんたら。」

 

そんなクロネを傷つけないように足で掴みあげると、ヒバリは飛び立っていった。

その際、「キッセイ、事実♪ キッセイ、事実♪」などと聞こえたのは幻聴だろうか。

 

「しっかし、信じられない光景だな。」

 

「どういう事だ?」

 

ポークが気になる事を口にしたので、リーフは尋ねた。

 

「人間と他種族がこうして共に生きている事ですよ。」

 

話によると、大きい都市では人間は奴隷として扱われていて、このような光景はまずあり得ないからだと言う。

さらに人間を敵視する他種族は多く、未だに人間を滅ぼさんとする意見も多い。

そして、人間側も他種族とは共存する意志を持つ者は少なく、両者の亀裂は戦争以来さらに深くなっているそうだ。

 

「今のところのは、中央都は共存派が政治体制らしいけど、人類革新連合とはまだ仲良くってのは無理そうだがな。」

 

「そうか・・・。」

 

「そういえば、ボスは何でこの村に来たんですかブー?」

 

カクニの質問に思わず反応してしまった。だがすぐにもとに戻り、冷静に考えて元人間で家族の手がかりを探すためだと言うかと迷ったが、真実は伝えずにある人間達を探しているとだけを話した。

 

「へぇー、ねぇその人間ってリーフとぉ~どういう関係な訳ぇ~?」

 

ベロンベロンに酔ったカスミがそう質問してくる。

すると周りも気になったようで、リーフの答えを待っていた。特に光とカスミがやけに興味津々のように見えた。

 

「そうですね。」

 

改めてリーフではなく、陸道として家族を思い出す。

学内一可憐で人気のあった桜、いつも気に掛けていた妹、そして両親、陸道にとってかけがえのない大切な人達だ。

だが、今の自分の姿は大きく変わってしまった。それも人間が敵視する種族に。

例え無事だったとしても、はたして自分を受け入れてくれるのだろうか。

もし拒絶されたら・・・。

 

怖い。

 

「どうかしましたか?」

 

光に声をかけられハッとなって俯いていた顔を上げると、皆はこちらを心配そうに見つめていた。

 

「いえ・・・、もう寝ますね、明日早いですし。」

 

「おぉ・・・そうかでは明日な。」

 

グアナがそう答えていたが、リーフはほとんど聞いておらず、嫌な事を早く寝て忘れてしまいたいと借屋に向かって歩いて行った。

 

リーフがいなくなった場所の空気は少し重かった。

カスミが興味本意で聞いただけであったのだが、リーフは今まで見たことがないほど悲しい顔をしていた。

 

「何か変な事を聞いてしまったのかしら?」

 

「もう止そう、これ以上はリーフに失礼だろう。」

 

グアナの言葉を皮切りに、その場はお開きになってそれぞれ散って行った。

そんな中、リーフが去って行った方向を見つめる光に気付いてカスミが声をかける。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、リーフさんも色々あったんだろうなって。」

 

「・・・そうね。」

 

「・・・ねぇ、カスミ。」

 

「何?」

 

「私、あなたにあの人を渡すつもりはないからね。」

 

「そうね、リーフの人探しが終わったら、その時私達の勝負を始めましょう。」

 

そう言って、二人はそれぞれの家に帰った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして翌朝。

 

「見送りなんて、別に良かったのに。」

 

リーフの目の前にはヴァリアント、イオタ村の人々が勢揃いしていた。

 

「あれ?カスミさん。クロネとヒバリは来てないのですか?」

 

この場にいない二人の事を聞いたのだが、急にカスミは無表情に変わる。

 

「ベツニ、マダネテルダケヨ。」

 

感情が死んでいて言葉もおかしい。あまり関わるのは止そう。でも本当にどうしたのだろうか。

 

「お兄ちゃん・・・。」

 

すると、目をウルウルした明美が前に出てきて、リーフの足にしがみついた。

 

「ヤダヤダ、どこにも行かないでよ!」

 

「こら、明美。」

 

ここに来てまさか駄々を捏ねられるとは思っていなかった。

思い返せば、初めて出会った人間が明美であった。

目覚めた後、復興作業の合間によく遊んであげたから、この村で一番仲良くなっていた。

 

「明美ちゃん。」

 

目からポロポロ涙を流して駄々を捏ねる明美にリーフはしゃがんで同じ目線になって明美に言い聞かせる。

 

「ごめんね。お兄ちゃん、どうしても行かないといけないんだ。」

 

「グスッ・・・何で?」

 

「探さないといけない人達がいるんだ。その人達はどうしているのかお兄ちゃんにもわからない、生きているかもしれないし、もういないのかもしれない、それを確かめないといけないんだ。」

 

「お兄ちゃんはもしその人達が困っていたら、助けてあげたいんだ。だから行かせてくれないか?」

 

明美はしばらくして袴を掴んでいた手を離した。

そして小指をリーフの前に出した。指切りである。

 

「お兄ちゃん、終わったら必ず帰ってくる?」

 

「あぁ、約束だ。」

 

リーフは小指を合わせて、明美と約束を交わす。

指切りを終え、名残惜しそうに明美は指を離すと、光の側に戻った。

 

「お世話になりました。」

 

リーフは頭を下げて全員にお礼を言い、正門をくぐり歩き出した。

村人達、ヴァリアント達は離れてゆくリーフの姿が見えなくなるまで、手を振って見送り続けていた。

 




~リーフの見送り数時間前~ クロネの家にて

カスミ「クロネまだ寝てるの?」

起きて来ないクロネと行方知れずのヒバリについて聞こうと、カスミが扉を開けるとヒバリとクロネがベッドで寝ていました。

ただし全裸で。

そしてカスミはそっと扉を閉めてその場を立ち去った。


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21話「冒険者」

ここは大陸で絶大な影響力のある中央都オーバードの管理する街の一つ『バッケス』。

東の大都市との交易の中継地点として、非常に栄えている場所である。

その為、五つのエリアの内の二つが物資を貯蔵する為の倉庫区画となっている。

しかし、この街で最も有名な事と言えば、『冒険者ギルド』に他ならない。

龍脈の暴走によって形を変えたこの辺は、暴走の中心地であったかつてのネオ東京、現在の東京大森林に程近く、モンスターが発生して街に攻め込むなどの被害が絶えなかった。

其処で街の防衛と市民の安全の為に『冒険者ギルド』が各国に設立された。

大森林の探索などの調査系の仕事も存在するが、基本的には周辺に出没する魔物(モンスター)の退治などの役割が多い。

常に危険と隣り合わせの仕事であるが、どんな者でもなれると、一攫千金を夢見る者、名声が欲しい者、やむを得ない事情を持つ者など多岐にわたる。

今日も夢見る者達が仕事に励み、笑い、悲しみ、それでも懸命に生きていく。

そんな冒険者ギルドの門をくぐる、一人の袴姿の中位木精霊(アルラウネ)の姿があった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「疲れ~た~。」

 

リーフは冒険者ギルドへ続くの道をふらふらになりながら歩いていた。

何故かと言うと、リーフは村を出た後好奇心で道に生えている植物や樹木を片っ端から調べながら来たのだ。

本来なら一日で到着するはずなのだが、道草を食っていた事で三日もかかってしまった。

そしてようやくたどり着いたものの、そこからさらに足止めをくらう事となった。

この街に入る前には必ず四ヶ所ある検問をくぐらなければならない。

理由は犯罪者や危険物が入るのを防ぐ為である。

そして検問の身体検査と持ち物検査の際、必ず必要になるのが身分を証明する物がいるのだが、

当然今までこのような場所に来たことのないリーフは、身分を証明する物など持っているはずもなく、取調室みたいな部屋で半日過ごす事となった。

その後なんとか事情を説明して、やっと入国できたのだった。

 

「武器没収されなくてよかった。」

 

正直、身分が分からず武装している者など、門兵にとって不審者以外に当てはまる者などいないだろう。

だからこそリーフは冒険者ギルドに向かっていた。

門兵の一人が親切にも、簡単に身分証明が出来る場所を教えてくれた所こそが冒険者ギルドであったのだ。

 

しばらく歩くと、やっと目的の建物が見えてきた。

 

普通なら覚悟を決めて扉をくぐるのだが、リーフは迷う事なく扉を開けてギルドの中へと踏み込む。

中は思ったよりも人は少なかった。

それもそのはず、この時間帯はほとんどの冒険者は出払っている。残っているのは数えるほどしかいない。

それでもこの場に残っている冒険者はリーフに目を向ける。それらの多くは鋭くリーフを見つめる。

しかし、気にする事なくリーフは受付のカウンターに足を進める。

 

「いらっしゃいませ!本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

見事な営業スマイルで対応してきたのは狐耳に狐しっぽのスーツ姿の受付嬢であった。

「ルナ・ファルス」彼女の名札にはそう書かれている。

 

「えっと、冒険者になりたいのですが。」

 

「はい、でしたらこちらに記入した後、別室までご案内致します。」

 

受付嬢は一枚の用紙を取り出し質問したことを記入していく。

年齢を聞かれて普通に25歳と答えたらものすごい苦笑いされた後、「んなわけないでしょ!」と叩かれた。

精霊はこの世で最も長く生きる生物である。長い者で恐竜の時代から今まで生き続けている者もいる。

その為成長スピードも人間とは異なり、かなりのスピードで大人の姿になる。

精霊は1000歳で成人を迎えるが、100歳ぐらいの時にはすでに大人と変わらない姿になる。リーフが言った25歳の精霊は大体がまだ3歳時ぐらいの姿をしている為、受付嬢はきつい冗談だと判断してもしょうがないのだ。

 

「はい、では別室にて試験を行いますので付いてきてください。」

 

そう言われてリーフは受付嬢に付いてゆく。

 

「(試験対策まったくしてない・・・。)」

 

果たしてリーフは冒険者になる事ができるのだろうか。

 

余談だが、リーフが男である事に受付嬢は驚愕の表情を浮かべていた。

・・・解せぬ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ハァーーー・・・。」

 

落胆の溜息しか出ない。

別室にて行われたのは学力試験であった。

しかし、この世界の常識をほとんど知らないリーフにとっては、どれもが難問であり困難を極める物であった。

そして先程張り出された結果はと言うと・・・

 

不合格ラインギリギリ、合格者の中では最底辺。

 

内容はほとんどがこの大陸の歴史や人物など、魔物(モンスター)に関する問題は片手の指程しかなかった。しかし、出された魔物(モンスター)に関する問題は全て記入した。

冒険者ギルドとしていらない問題が多いのはどうなんだとも考えたが、ギルド側が決めた事に文句を言った所でどうにもならない事は分かっている。

そしてまだ試験は終わっていない。

この後に、合格者のみが受ける技能訓練が残っているのだから。

とりあえずまずは渡されたこの用紙に記入して受付に提出しなければ。

用紙には人物名が日本語で書かれており、左側にチェックマークを打つ欄がある。

この中から選べという事だろうか。

しかし、カスミ達の言っていた事を改めて実感できる。

この世界全体の言語と文字は全て日本語になっていると言う事だ。

大戦後、精霊族最強と謳われる最上位水精霊(アクア・エレメンタル)の『ビアス・キュリー・ネプトゥーン』の魔法によって、世界中の知性を持つ生命の言語を全て日本語にしたとの事だ。

しかし、何で日本語なのだろうか。リーフにも世界中の他種族にも謎である。

 

「お困りですか?」

 

「ん?」

 

振り返るとギルド男性職員の制服姿の男性、頭から生える角に黒いしっぽに金色の瞳、この種族は確か『男夢魔(インキュバス)』だったか?

しかし、こいつはかなりのイケメンだな。

名札には「カーシー・ローウェル」と書かれている。

 

「この中の冒険者の誰でも選んでよろしいのですが、何かご希望などございますか?」

 

そう言われると気になるのはこのギルド内で一番強い冒険者だろう、だがいきなり最高位の冒険者と戦うのも無茶が過ぎるか。

 

「じゃあギルド中で二番の実力がある人でお願いします。」

 

「え"っ・・・できますけど、よろしいのですか?」

 

間を取ってそう決めたのだが、男夢魔(インキュバス)の職員は苦笑いを浮かべて確認を取る。

別にもう決めてしまったし、久しぶりに強者と相手をしたかったリーフは迷う事なく「問題ない。」と答える。

 

「さ、左様でございますか、ではそのように手続きを取っておきます。」

 

男夢魔(インキュバス)の職員はそう言って、奥へと消えて行った。

そしてリーフは、今のうちに体を解しておこうとストレッチを始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ハァ!?あなた何をしたのか分かっているの!!」

 

怒りの声を荒らげるのはエルフの受付のリーダー格の存在である『リリーナ・アシュレイ』。

彼女の前には先程リーフと話した男夢魔(インキュバス)が正座している。

絶賛説教の真っ最中であった。

 

「確かに私は冒険者及び志願者には、希望に沿った対応を行えとは言いました。しかし、これはあまりにも酷すぎます!」

 

男夢魔(インキュバス)はリーフの希望通りに、現在残っている冒険者の中で二番の実力がある者に頼み、試験官の了承を無事に得た。

しかし新人の彼にはその頼んだ冒険者がどのような人物なのか全く知らなかった。

依頼した人物の名は『ガレオン』と言う。

この街で彼は知らない者はいないほど有名である。ーーただしそれは悪い意味で。

ガレオンの実力は確かなものだ、実際にギルドもそれを認めている。しかし、彼には決定的な問題があった。

彼は自分がのしあがる為には手段を選ばない人物であるからだ。

協力した別のチームを罠に嵌めて全滅させる、不足の事態(イレギュラー)の際に仲間を盾にする、一般人から脅迫まがいに金品を奪うなど、悪い噂しか聞かないような奴である。

ギルド側も対応にあたったのだが、彼の悪行に関する証拠を上げる事はできず、未だに立件できないでいる。

 

「もう判子が押されて変更もできないわ。今は試験の後について考えましょう。」

 

リリーナの肩に手を置き励ますのはリーフを技能試験場に案内し終えた『狐人(フォックス)』の受付嬢だ。

 

「ええ、そうだったわね。もうあんな事はさせないわ!」

 

以前にもガレオンに一度だけ試験官を務めさせた事があった。

その時は酷い事に、ガレオンに挑戦した志願者は満身創痍になって引きこもるようになってしまった。

さらにこの事態を知った為、志願者が激減して現役の新人冒険者が辞めるというギルドの経営が危うく成り立たなくなる事態にまで発展した。

そしてギルド全職員はこれから起こるであろう事態への対応を急がせるのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うーん、彼は結構見込みあるなー。」

 

リーフは待ち時間の間、先に技能試験を受けている者達を観察していた。

リトビやグランほどの観察眼を持ってはいないけれど、相手の次の攻撃を予測して対応する修行を受けていた為、自分と同じ志願者の動きを全て見ていた。

試験はリーフがかつて受けていたような試合形式であり、現役の冒険者と試合をするという物であった。

中には魔法使いの志願者もいて、リーフにとってとても有意義なものであった。

そして終了のベルが鳴り、両者は模擬戦用の武器を納める。

やっと最後であるリーフの順番が回ってきた。

やけにギルド職員が忙しそうに動き回っているが、リーフは気にせず竹刀を手に取って入場する。

そして審査を務めるのはここに来るまでに出会ったエルフ、狐人(フォックス)男夢魔(インキュバス)の職員三人なのだが、さっきから心配そうにリーフを見ている。

不思議に思っていると近づいて来る足音と剣の鳴る音に気付いて、気を引き締めて前に向き直る。

現れたのは身長2メートル越えの獅子の顔をした獣人族の冒険者であった。盛り上がり傷跡の入った肉体と背中の使い慣れた大剣は、彼が数々の経験と修羅場をくぐり抜けた証拠。

歴戦の猛者と言える存在がそこにいた。

 

「ほぉー、お前が俺を指名したのか。」

 

「ええ、そうですが。」

 

そう答えると、ガレオンはリーフに近づいてゆきしばらく見下ろしていると口を緩めて、リーフに手を出した。

 

「今日はよろしく。」

 

「・・・こちらこそ。」

 

リーフも握手の為に手を差し出しガレオンの手を取り、

 

ものすごい力で握られる。

 

「い"だーーーー!」

 

「おお悪い悪い、つい力が入っちまった。」

 

咄嗟に手を離して手を確かめる。どこも異常は見られなかったので一安心だ。

 

「ガレオン、試験前に相手を傷つけるのは止めてください。」

 

「すまんすまん、つい癖でな。」

 

「ガレオン、試験前に行動するのは控えて下さい。」

 

「悪い悪い。」

 

睨み付けるリリーナを気にせず試合の開始位置に歩いて行く。

リーフも後に続き、ガレオンと対面する位置に立って開始の合図を待つ。

リーフの緊張が高まるそんな中でギャラリーが集まってくる。

無謀な挑戦をする志願者がいるとの噂を聞きつけたギルドに残っていた冒険者達や先程まで試験を受けていたリーフと同じ志願者全員が注目していた。

 

「(さぁーて、久々に溜まった鬱憤を晴らしますか。)」

 

ガレオンはギルドから要注意人物として見られていた為、最近は表立った行動は控えていた。

だから彼は相当鬱憤が溜まりに溜まっていて、いつ爆発してもおかしくなかった。

そんな時に何も知らない新人職員が技能試験の相手をして欲しいと聞いた時は、すぐに飛び付いて了承した。

以前試験官を務めた際には、相手をいたぶる事が余りにも楽しくて、後一歩で死亡してしまう所であった。

それから受付嬢のリリーナに目を付けられていたのだが、今回はギルドからの正式な依頼だから中止には出来ない。悔しそうにこちらを睨み付けているリリーナを見ると、笑いが止まらなくなりそうであった。

試験を見に来た仲間は口々に「やっちまえ!」、「現実を教えてやれ」などと声をかけてくるが、ガレオンは端からそのつもりであった。

 

「(だが一撃ぐらいは受けてやろう。)」

 

自分がはるか上の存在である事を分からせた後に、絶望するリーフを痛め付けてやろうと考えたガレオンはこう口にした。

 

「なぁ新人、最初は防御しないからお前は本気で攻撃して良いぞ。」

 

「・・・えっ?良いんですか?」

 

「ああ、構わないから全力でやってくれ。(どうせ無駄に終わるからな。)」

 

リーフは少し考えていた。

 

「(全力?それって何処までだ?・・・まぁ本人が望んでいるなら答えないとな。)」

 

「じゃあ遠慮なく。」

 

「おう!(思ったより考えてたなこいつ。まぁ良いこのあとじっくり痛めつけ・・・)「ズドン!」・・・ん?」

 

そう考えていた所、突然響いた音によってガレオンの思考は遮られた。

一体何だと前に向き直ると、リーフは床を踏み鳴らし限無覇道流拳法の構えを取っていた。

 

「はぁぁぁーーーーーーーー。」

 

リーフはリトビ達との修行を思い出しながら全身の気力、もとい魔力を今出せる状態で極限まで高めていく。

さらにガレオンに向かって鋭い殺気を放つ、ガレオンは今まで感じた事のない殺気に怯むが、周りのギャラリー達はもっと酷かった。

志願者の中にいた魔法使い見習いはリーフの溢れ出す魔力に耐えきれず意識を手放し、試験を見に来た新人冒険者達はリーフの凄まじい殺気が自分達に向けられたように錯覚してしまい次々にバタバタと倒れてゆく。

 

「(な、何なんだこいつは!?)」

 

ガレオンの冒険者と生物としての勘がこう告げている “早く逃げろ” と。

だがこの場から逃げる訳にはいかない。ここで逃げれば彼は名も知らない冒険者にもなっていない者から逃げた臆病者として見られる。

そんなプライドが邪魔をしたその場を決して動こうとしなかった。

 

拳に気を溜め終わったリーフはガレオンを見据え床を蹴り間合いを一気に詰めた。

突如見失ったリーフが目の前現れた事でガレオンは驚く。

そんな彼にリーフは限無覇道流正拳突きを、無防備な腹筋に容赦なく放って拳はめり込んだ。

 

「ごっはぁ!!?」

 

しかし、リーフは追い討ちとばかりに拳から気を流し込む。

そしてガレオンの体はくの字に折れ曲がり勢いよくギルドの壁に吹き飛ばされる。

だが、ギルドの壁では勢いを止める事は不可能であり、そのままガレオンは壁に穴を開けて吹き飛ばされる。

さらにギルドに隣接する建物の壁を次々に突き破りながら、最終的に街を囲む壁にガレオンは埋め込まれて停止した。

 

一方の試験会場では、予想外の事態を目の当たりにしてその場にいた全ての人が驚愕によって声を出せなかった。

だが、その中で一際驚愕しているのは、ガレオンをぶっ飛ばした状態で固まっているリーフ本人であった。

 

「(え?・・・えぇーーーーーーーーーー!?)」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・はい!これでリーフ様の冒険者登録は終わりました。」

 

「はぁ・・・どうも。」

 

リーフは現在エルフ職員のリリーナと向かい合って書類の記入欄を埋めていた。

本来ならば合格者はギルドの中で講習や戦闘訓練を行い、卒業試験を受けなければならないのだが、リーフはその必要がないとギルドは判断した。

こうしてリーフは異例の飛び級によって冒険者になれたのだった。

しかし、リーフの表情は何処か優れない。

 

「あの・・・、やっぱり慰謝料は払ったほうが良いんじゃ。」

 

リーフにぶっとばされたガレオンは壁から救出された後、神殿へ運ばれて行ったところ、全身複雑骨折、内臓損傷、その他諸々合わせて全治3年だそうだ。もう冒険者に復帰する事は完全に不可能であった。

当然償いをしようとリリーナ受付嬢に相談したのだが、対する彼女は別にその必要はないとやけに彼女が強くリーフに言っていた。

ギルド側はリーフを責めるつもりはなく、それどころかむしろ感謝してもし足りないほどだ。

 

「だから、責任は全てギルド側が対応にあたるので、リーフ様は何も気にする事はありませんよ。」

 

ものすごい笑顔でそう言われてしまい、リーフはしぶしぶ従っていた。

けど、果物くらいはお見舞い品として送っておこう。

 

「それでは、また明日の朝にまたギルドに来て下さい。」

 

「はい・・・。」

 

リーフは弱々しく返事をした後、今日泊まれる所を探しにギルドを後にしたのだった。

因みにこの後冒険者達の宴の席にて、ガレオンの失墜とそのガレオンを一撃で粉砕した志願者の話で持ち切りとなる事をリーフは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーフの冒険者登録数時間前。

ギルド長の部屋にてある話し合いが行われていた。

中にいるのは先程審査員をしていた三人とリリーナの父でありギルド長の「バルト・アシュレイ」。

 

「おとうさ・・・いえギルド長、お話とは一体何ですか?」

 

「うむ、お前達が審査した最後の志願者の事だが・・・」

 

やはりその事かと三人は内心思いながら続きに耳を傾ける。

 

「早速冒険者として動いて貰おうと思っている。」

 

「「なぁっ!?」」

 

「本気なのですか、お父さん!?」

 

最早受付嬢としてではなく、娘としての口調に戻ってしまうほど驚いていた。二人も相当驚愕に包まれている。

バルトの考案は異例中の異例であり、下手をすれば他の冒険者を冒涜するようなものであった。

だが、バルトの目は決してまやかしではないと告げている。

 

「私は本気だ。」

 

「・・・あの、身体能力と技能に関しては問題ありませんが、いくら何でも知識を持たない者を登録するのは・・・」

 

カーシーは弱々しく異議を申し立てるが、バルトは机の上にある用紙を三人に見るように渡す。

 

「採点した職員から借りてきた、これを見てもそうと言えるか?」

 

三人は渡された用紙をじっくりと目を通す。それはリーフの筆記試験の答案用紙であった。

そして三人は言葉を失う。

リーフの答案用紙には常識に関する問題はほとんど答えられていなかった。

しかし、周辺に出没する魔物(モンスター)に関しての問題の欄は違っていた。

そこには、対処法や弱点、さらには行動パターンまでもが事細かに書かれていた。

中にはギルド職員も全く知らない情報も書かれている。

 

「正直に言おう、こんな人材をすぐに出さない事など私には出来ない。」

 

「それに、近年魔物(モンスター)の行動は活発になっている。そして今回『奴ら』もかなりの大規模で攻めてくるだろう。正直中央都の政権は不安定で当てにならない。」

 

「その為、私達はもっと力をつけなくてはならないのだ。」

 

「ギルド長・・・」

 

「其処でだ、君達には彼の行動を観察して欲しい。」

 

バルトは、リーフの強さの秘訣を知るために三人に頼み込んだ。三人は互いに顔を見合せ、首を縦に振ったのだった。



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22話「初仕事①」

「うっ・・・ぐぁー!・・・」

 

ベッドで呻き声をあげているのはリーフだ。額からは大量の脂汗が滴り、胸を強く掴み取るかの如く抑えつけている。

ここ数日、リーフは再び悪夢に苛まれていた。

その夢はいつも決まって得体の知れない黒い物に追いかけられるというものである。

だがそんな状況にも関わらず、タブレットの目覚ましがなる。

リーフは少し起き上がると、タブレットの画面をタップして目覚ましを止める。

そしてため息をついて再び眠ろうとすると・・・

 

「こら!二度寝は許しませんよ!」

 

タブレットから少女の叱る声が聞こえてくる。

 

「ほらほら、ぐうたらしてないでさっさと起きて着替える。」

 

「わかった、わかったから少し静かにしてくれ、声が頭に響く。」

 

渋々いつも通りの恰好に着替えてタブレットを手に持つ。

するとタブレットの画面に、一人の美少女が現れる。

この娘は、昨日アブルホールから送られてきたメールと共に添付されていたAIプログラム、『ティガ』。

アブルホールがリーフと連絡を取った際、冒険者になると聞いて早急に制作した物である。

因みに、彼女の姿が戦車の擬人化のような恰好なのはアブルホールの趣味らしい。

 

「さあご主人様(マスター)、早く私にご飯をくださいな。」

 

「ハイハイ。」

 

リーフはタブレット画面の下にある指紋認証の部分に指を置き魔力を流し込む。

画面の中には輝く光の球体が現れ、彼女はそれを手に取ると美味しそうにパクパク食べ始めた。

数秒てでそれを平らげると画面右上のゲージが100パーセントに変わる。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした。」

 

「どういたしまして。」

 

朝の日課を終えたリーフは幻龍を腰に差してティガに時刻を尋ねる。

 

「今何時だ。」

 

「只今の時刻は5時48分17秒、約束の時刻まであと52分です。」

 

「じゃあ、朝食食べてから出るとするか。」

 

そう言ってタブレットを懐に仕舞って下の階へ降りていくのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギルドまでの中にバザールの朝市が行われている。かつての東京ではこんな光景は今まで体験した事も見たこともなかった。

辺りは人々の喧騒で賑わっているが、決して不快なものではなかった

しかし、ここには人間は一人もいない。ちらほら亜人や獣人の姿も見えるが、ほとんどはマンドラゴラとマンドレークである。

マンドラゴラは人型の植物系他種族である。反対にマンドレークは二足歩行の野菜の姿の植物系他種族である。

時々足元をセクシー大根みたいなのが通るので踏まないように歩く。

だが、ある商店の一画が目に入り気分が悪くなる。

 

ご主人様(マスター)、どうかしましたか?」

 

「・・・いや、何でもない。」

 

リーフは足早にその場を去る。

 

「(やはり見ていて良い物ではないものだ、()()()()()など。)」

 

リーフの見えた光景は、薄汚れた服を身に纏った人間の奴隷達だ。

大戦後、精霊連合側に捕らえられた人間達は主に二つの運命に別れた。

一つは光達のように辺境の森の一画を切り開いて作られた保護区に住む者達。高齢者や未成年、障がい者などの多くがここに移住する事となった。

もう一つが目の前の奴隷になった者達だ。現在もなお若者が重点的に奴隷にされていったそうだ。

かつては自分も人間であったはずなのだが、今は同族とは全く感じられず、完全に人間ではなくなってしまった事なのだろう。

そうだとしても自分は人間に嫌悪感は一切持っていないけれども、今のこの世界で人間は敵視される傾向が多い。それほど人間に対する憎しみが色濃く残っているという事だ。

どうにかしたいと心から思うも、リーフにはあの奴隷達を救う事など不可能であった。

 

「(私は無力だ・・・)」

 

どうしようもない現実を噛み締めながらギルドへ急いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギルドの木製の扉を開けた先には、昨日とは違い中は冒険者で溢れていた。

幾人かの冒険者がリーフを目にするとひどく驚いた表情を浮かべている。おそらく昨日の事件を知っている者達であろう。

そんな事を気にせず受付のカウンターまで歩いて行く。するとこちらに気付いた男夢魔(インキュバス)のギルド職員カーシーが受付の対応を他の者に任せて、リーフの方に駆け寄ってくる。

 

「リーフ様、ようこそいらっしゃいま・・・ぶへっ!?」

 

カーシーはリーフの目の前で盛大に転ける。段差もない場所でどうして転けるのかリーフは不思議でたまらなかった。

周りも何事かと目を向けていたが、カーシーだと分かると何だとばかりに元に戻った。どうやらこれは日常茶飯事らしい。

 

カーシーに連れられて来た場所は、ちょうど昨日冒険者登録した部屋であった。

 

「もう皆様お待ちしております。」

 

そう言って扉を開けて中に入ると、中には六人の姿があった。

一人は昨日リーフの担当になったエルフのリリーナであるが他の四人は知らない者達であった。

ソファーの近くに立っているのはマンドラゴラの男女、そのソファーに腰掛けているのは小柄の老人とおそらく水精霊族の少女。そして奥の壁に背を凭れている獣人の青年だ。

リリーナは入室したリーフを見るや否や近づいてきて軽く挨拶を交わすと本題へと移る。

 

「では、これで全員揃いましたので、説明を始めたいと思います。」

 

リリーナの説明を要約すると、これから北の森の中にある『エルフの森』へ物資を届けに行く為、ここにいる冒険者には荷馬車の護衛をして欲しいとの事だ。

 

「報酬は銀貨二枚、ギルドから支給されます。それではまず各々の自己紹介を始めましょうか。」

 

「私は今回あなた方に同行するリリーナ・アシュレイです。よろしくお願いします。」

 

リリーナの自己紹介が終わると、おずおずと手を上げたマンドラゴラの青年が続いて自己紹介を始めていく。

それを皮切りに次々と各々が自己紹介を始めてゆく。

 

「えっと、僕はシダ・エニシです。種族はマンドラゴラ。まだまだ新人の剣士ですが、前衛で頑張ります。」

 

「じゃあ、次は私ね。名前はカラー・マリナー。格闘が得意です。シダと同じく前衛を務めます!」

 

「儂は鉱人(ドワーフ)のシルバじゃ、幻惑系の魔法が得意じゃわい。よろしくの~。」

 

「・・・・・ウォーティー、上位水精霊(ウンディーネ)。・・・回復魔法と防御魔法・・・使える。」

 

紹介順に印象をつけるとしたら、好青年、活発娘、老兵、無口娘、と言った所だ。

なかなか個性が強い冒険者達だな。

そして、リーフが一番気になる冒険者が口を開いた。

 

「フェン・グラシオン。種族は狼人(ワーウルフ)、前衛職だな。よろしく。」

 

「知っています!バッケス最強の冒険者ですよね、私大ファンなんです!!」

 

「おいカラー!まだ一人残っているからそういうのはあとにしろよ。」

 

別にリーフは情報が欲しいからもっと続けてくれて構わないのだが。

 

「ああ私ったら、すいません。」

 

「いえ、構いませんよ。」

 

そして最後であるリーフが自己紹介を始める。

 

「皆さんはじめまして、中位木精霊(アルラウネ)黒髪(ノワール)のリーフです。言っておきますが、れっきとした“男”ですのでよろしくお願いします。」

 

最後の部分をやけに強調して紹介を終えたが、当然の事にフェン以外の男性陣は目を見開き、リリーナ以外の女性陣は信じられない物を見たような顔をしていた。

女性陣が真実を確かめようと声をかけようとするが、リリーナが手を叩き説明を再開する。

 

「はいはい、自己紹介も終わりましたし、他に質問がありますか?」

 

すると、鉱人(ドワーフ)のシルバが手を上げリリーナに物言う。

 

「リリーナ殿、儂は新人冒険者について大方把握しているつもりなのだが、リーフとやらは見たことがないのじゃが。」

 

「ええ、彼は昨日来て冒険者になりましたから。」

 

その言葉を聞いてシルバだけでなく、フェンとウォーティーも疑惑の目を向ける。

 

「ギルド側は正気なのか?」

 

「・・・ガレオンの噂はご存知ですか?」

 

ここでリリーナは昨日の事件を取り出した。それを聞いたリーフは再び罪悪感に包まれたのだが、ここにいるメンバーが気付いた様子はない。

 

「ああ、確かガレオンの奴が試験の相手に再起不能にされたと聞いたが・・・まさか!?」

 

「ええ、目の前にいるリーフさんこそ、ガレオンをたったの一撃で倒した人なんです!」

 

まるで自分の事のようにリリーナは語るが、それはリーフへの精神攻撃にしかなっていない。

 

「(何でギルドの戦力削っておいてお咎めがないんだよ!)」

 

お見舞い品を特上のやつにして必ず彼に渡そうと、リーフが考えている内にリリーナの説明は続いており、その説明で三人は大方納得した様子で、冒険者になってまだ日の浅いシダとカラーもリーフに羨望の眼差しを向ける。

 

「ふむ、それならまぁ問題ないかの~。」

 

「では、質問は以上という事で、皆様は各自準備を始めて下さい。9時には出発するのでそれまでに用意を整えて、玄関前に集合していて下さいね。」

 

そう言うと、リーフ以外の冒険者達は部屋から出てゆく。動かないリーフを不思議に思ったリリーナは尋ねる。

 

「あの、何で行かないのですか?」

 

「・・・この街にのどこに何があるのか全く知らないのですが。」

 

リーフはこの街に来てからまだ二日しか経っていない。それに、昨日は試験と冒険者登録でほとんどギルドにいたし、リーフがこの街の中で知っている場所と言えば泊まった宿ぐらいしかない。

 

「ああ・・・そうですか、武器と防具は揃ってますよね、隣のアイテムショップに行きましょう。色々レクチャーしますよ。」

 

「お願いします。」

 

こうしてリーフは集合時間まで店で回復薬(ポーション)解毒薬(アンチポイズン)などのアイテムを買い、リリーナから新たな知識を手に入れるのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

中央都オーバードから北東の大森林を抜けた先の大地に位置する一つの国家がある。

そこは大戦によって敗北した人間達が建国した国、『人類革命連合国』。

残って科学を結集させて巨大な要塞都市となっており、他国からの侵略を決して許さない構造となっている。しかし、それでも稀に何処かの国の精霊の兵士が攻めてくる事がある為、未だに小競り合いが続いているのが現状だ。

それでも平民の人間達は安全に科学文明の溢れる中で暮らしている。

だが安全だと思っているのは、彼らが何も知らないからだ。彼らの暮らしている場所の地か深くで、再び大戦になり得る事実がある事に・・・

 

 

 

 

 

この軍の地下研究施設は限られた者しか知らない。

この場所で研究されているのは他種族に関する事である。ただし、行われる研究の全ては非人道的な者であり、あちこちの研究室からは他種族の断末魔や苦しみに満ちた叫び声が聞こえる。

 

そんな廊下を堂々と歩く一人の女性がいた。

 

白を基調とした聖騎士の鎧を身に纏い、腰に携えた金木犀の描かれた剣が足を踏み出す度に音を立てる。

美の女神と思わせるほどの整った顔は、右目に漆黒の翼を模した眼帯が付けられていても、決して美しさは曇る事はない。

靡かせる腰まで伸びた長い髪は黒だが、右側の一部が桜色に染まっている。

彼女の髪は別に染めている訳ではない。原因は龍脈の暴走にある。

龍脈の暴走によって多くの他種族と人間の命が散る中、ある者にだけは全く異なる効果が発生していた。

人間は元々魔力が低い為、他種族のように魔法を使う事は出来ない。

しかし、龍脈のエネルギーに触れた一部の人間は命を落とす事なく、それどころか身体能力と魔力が爆発的に膨れ上がった。

そのあり得ない力に目をつけた者達は、その者達を『覚醒者』と呼び、徹底的に強化したのだ。

そして彼女らは精霊にも劣らない力を身に付けた。彼女達の情報は最重要機密として扱われ軍の者にしか知られていない。無論、他国にも一切漏らしていない。

そして、彼女は覚醒者の中でも五本の指の入る逸材で、現在覚醒者で結成された『七星』リーダー格を務める『人類最強』と謳われている。

 

そんな彼女はすれ違う白衣の研究員や防護衣の者達が頭を下げる中を目的の場所まで歩いて行く。

目的の場所に近づくにつれて人の数は減少してゆき、誰ともすれ違わなくなる。

やがて、彼女はある扉の前に立つと躊躇う事なく扉を開ける。

扉の先は牢屋であった。中に囚われているのは様々な他種族や魔物(モンスター)であるが、ここにいる奴らは極めて凶暴な奴らが多く、彼女のような者、あるいは特殊装備を身に付けなければ入室すら困難な場所である。

牢の中の亜人や獣人が敵意に満ちた眼差しを向けるが、相手が彼女だと分かると途端に大人しくなる。魔物(モンスター)でさえ彼女から溢れる気迫と魔力を目の当たりにして威嚇すら出来ない。

彼女は牢の一番奥へと向かって足を踏み出す。足音が牢内に響き渡るほど静かになっていた。

やがて彼女は目的の牢の前に立つと、そこの牢の明かりをつける。

中には全身をありとあらゆる拘束器具で身動きを封じられた体と隣の机に置かれているロングヘアーの女の生首であった。

普通の人が見れば卒倒間違いないが、彼女は臆する事はない。何故なら目の前にいるのはそういう他種族なのだから。

 

「起きろ、捕獲体A-008。」

 

凛とした声で彼女を起こす。

そして彼女は静かに微笑み目を開く。

 

「あら、今日はあなたなのね。それと名前で呼んで欲しいわ、番号は嫌いなの。」

 

彼女は『首無し妖精(デュラハン)』のディアナ。この研究所で最も危険な存在である。

ディアナは捕らえられる前、四十人以上の人間を自分の背丈よりも大きい鋏で斬殺している危険他種族である。また捕らえる際、軍の兵士が三人亡くなっている。

本人曰く、「三度の飯より殺人が好き。」と言う、とんでもないイカれた女(サイコパス)なのだ。

 

「今度は何かしら?もしかして出してくれるの?」

 

「そんな訳無いでしょ。」

 

やや呆れたように答えると、本当の用件を彼女に伝える。

 

「あなたの読み通り、魔族が動き出したそうよ。」

 

「アラ、思ったより早かったわね。」

 

彼女達の言う『魔族』とは、魔物(モンスター)に分類される者達の中でも、相当の実力と知性がある者達の総称である。

太平洋の何処かに魔族の国家があるらしいが、未だに詳しい位置ははっきりとは分かっていないらしい。

 

「それと、あなたの刑期が200年増えたから。」

 

「ええ!私死ねないのにまだ閉じ込められるの?」

 

一見すると普通に会話しているようだが、これは彼女だからこそできるのだ。

普通の人がディアナと話すと、完全に洗脳されて操り人形にされ極度の殺人衝動に襲われてしまうのだ。実際にディアナの話した幾人かの兵士が被害に遭い、今なお心を蝕んでいる。

そこから二人の世間話は続く。

 

「数ヶ月前に、強い力を感じたのよ。多分そいつは私と同じ、あるいは私以上の強者になるわよ。」

 

「あっそう、じゃあ私は帰るわ。」

 

「・・・ねぇもう一度聞くけど、あなたはまだ木精霊が嫌い?」

 

ディアナは彼女を呼び止めるようにそう質問する。

そして彼女は殺意に満ちた目付きになり、ディアナに向かって言葉を発した。

 

「ええ、全ての木精霊を根絶やしにしないと、彼も浮かばれないわ。」

 

戦時中、炎に包まれる中必死に大切な人がいたたどり着いた病院を無惨にも破壊した『袴姿の木精霊』の姿を見た時から、彼女は復讐を誓っているのだ。

 

 

 

「あの時助けを求める事さえできなかった“りっくん”の為にも、私は絶対に奴らを殺し尽くしてやるわ!」

 

 

 

そう言って、彼女はその場を去って行った。

 

「(へぇー、あれが『人類最強』、『最終兵器』の“染井 桜”の本性か。)」

 

面白いものが見れたと満足したディアナは再び来訪者が訪れるまで眠るのであった。

再び人を殺し、血を浴び、絶望に染まった表情を見たいと心から願いながら。

 




我慢出来ずに登場させた人間サイドの二人ですが、リーフと関わってくるのはだいぶあとになると思われます。

更新頑張ります・・・


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23話「初仕事②」

あの後、すぐに装備を整えた一行は東門を出てからエルフの森に向かってで進んでいた。

一行は中央に馬車を据え、御者はリリーナ、その隣にウォーティーが座っている。馬車の前をフェンが注意を払いながら歩き、馬車の左側にリーフとカラー、右側にシダとシルバという隊列で移動していた。

 

「ずいぶん落ち着いているのですね。」

 

「そりゃ、まだ魔物(モンスター)の出現地帯じゃないからね。」

 

カラー曰く、この辺りに出没する魔物(モンスター)はバッケスの半径五キロ圏内には決して侵入する事はないらしい。

 

「そう何ですか?」

 

「リーフ様はやけに魔物(モンスター)を気にしますが、何かあったのですか?」

 

「まぁ、森の中で修行してましたから。」

 

ご主人様(マスター)は修行の一環で散々魔物(モンスター)に追い回されましたから。」

 

懐に仕舞っていたタブレットのティガが会話に加わる。

 

「・・・あの、さっきから聞こえるそれは何?」

 

カラーがリーフの懐からチラリと見えるタブレットを指差す。他のメンバーも気になるようなのか、一気に注目が集まる。

リーフがタブレットを胸から取り出すと、液晶画面が自然に点き、戦車を擬人化したような少女か現れペコリと頭を下げる。

 

「皆さんはじめまして、ご主人様(マスター)のサポートを勤めさせて頂いているティガと言います。」

 

「うわっ!?ナニコレ、板が喋ってる!!?」

 

魔法によって発展を遂げた他種族達にとって、人間の科学製品など知っているはずもなく、またこういった物は大戦後ほとんど破壊され、一般に知られておらずほとんどの他種族達は一切科学製品についての知識はないのだ。

 

「これは私の友人が科学製品を改造して作った魔法道具(マジックアイテム)です。」

 

魔法道具(マジックアイテム)とは、魔力が込められた武器や道具の総称の事である。

例としては、魔法の力が込められた強大な力を持つ魔剣や誰でも簡単に魔法を発動させる事のできるスクロールなどの、RPGやそういった類いのゲームなどで登場するような物の事だ。

 

「主に敵の索敵、情報収集、ハッキングなど様々な機能を搭載しています。」

 

「ホオー、便利じゃの~。」

 

「そして今なら、便利なモバイルバッテリーもついてお値段たったの金貨10枚で・・・」

 

お前の父さん(アブルホール)そんな商売してないだろ!!」

 

「何この子面白い!」

 

予想外にティガは周りに受け入れられている。

かつては人間の使っていた道具である為、受け入れられないと思っていたが、これなら問題ないだろう。

 

「これはリーフ様の師匠が作ったのですか?」

 

「ええ、三人の内の一人が。」

 

リリーナはやけにリーフに質問してくる。やはりギルドは自分を危険人物として調査しているのではないだろうか。 

 

「そう言えばリーフはガレオンを一発で倒したと聞いたのですが、拳法か何かなのですか?」

 

シダの質問にリーフは思わず黙って考える。

リトビは奥義を全て開発し体得した後、全ての奥義を書物に書き留め、一般に広めたと言っていた。

だが、この街に来てからまだ一度も同じ限無覇道流拳法の使い手に出会っていないどころか、道場すら存在しない。

カラーも拳法も違うものであった。正直マイナーなのではないかと思い、確かめるように返答する。

 

「私の使う拳法は限無覇道流なのですが、知ってますか?」

 

リーフがそう答えると、他全員が呆然とした表情を浮かべていた。周りの反応に何か不味い事でも聞いたのだろうかと内心考えていると。

 

「エェーーーーーーーーーーーーーーー!!?」

 

隣のカラーが絶叫を上げて、リーフに掴みかかる。

 

「げ、限無覇道流って、本当のなの!?」

 

「ちょ、首・・・やめ、うぷっ。」

 

リーフの首がグワングワンと激しく揺さぶられる。シダが止めてくれなければ、あと少しでリバースしてしまうところであった。

目眩が治まり改めて説明しようとしたその時、フェンのケモ耳がピコピコ動き雰囲気が変わる。そしてティガも警告音を出す。

 

「まだ遠いが動いたな。」

 

「敵の数、推定10~20。こちらに向かって来ました、ご主人様(マスター)急ぎ戦闘準備を。」

 

どうやらごちゃごちゃ話している内に魔物(モンスター)の出現地帯に入っていたらしい。

 

「恐らくゴブリンとオーガだな、ウォーティーは防御魔法を使って馬車を守れ、シルバは新人三人の後方支援に当たってくれ、三人はゴブリン、俺はオーガの相手をする。」

 

ウォーティーは頷くと杖を掲げ詠唱を唱える。

 

【海王より与えられし我が身に流れし蒼き力よ、水泡の防壁となりて、か弱き我らをお守り下さい。】

 

【シャボン・バリア】

 

通常よりも長めの唱え終わると馬車の周りをシャボン玉のような膜がドーム状に広がった。

他もメンバーもフェンの的確な指示に従っていき、それぞれの武器を構えるたり呼吸を整えたりと、戦闘に備える。

 

「ティガ、敵の数は分かったか?」

 

「フェン様の言う通り、ゴブリンとオーガの群れです。波長からしてゴブリン15体とオーガ5体の20体の群れです。」

 

「ホオー、数まで分かるのか。」

 

シルバがスリングショットを準備している。リーフも両方の籠手に収納している苦無を取り出し戦闘に備える。

やがてゴブリンとオーガの群れが森の中から姿を現す。

相変わらずゴブリンは古びた武装に身を包み、オーガも棍棒を振り回しながら自分の力を見せつけている。しかしどうやら厄介なタイプのゴブリンとオーガはいないようだ。

リーフが修行中に遭遇した中には、魔法を使う『ゴブリン呪術師(ゴブリン・シャーマン)』や甲冑を身に纏った『オーガ将軍(オーガ・ジェネラル)』などのレアな存在である面倒な魔物(モンスター)とよく遭遇していた。さらにリーフ達もそのまま修行を続けるからたまったものじゃなかった。

あれは本当に地獄だった。

 

「シルバ、いつものように頼む。」

 

「おい来た。」

 

シルバはスリングショットを引き絞り石を勢いよく放つ。放たれた石は弧を描き、120メートル離れたこの群れのボスであろう兜を被ったオーガの頭に命中した。

 

「グルァァァァーーーーーーーーーー!!」

 

そのオーガが雄叫びを上げると群れのスピードが上がり、何も考えずにこちらに向かってくる。

所詮は知能が低い魔物(モンスター)だ。隊列も組まず、盾を構える事もせず無防備な状況で走る。

 

「よし、オーガを引き離すか。」

 

フェンはそう言うと四つん這いになる。

何をしているのか不思議に思っていると、急激にフェンの体が毛で覆われ始めた。

狼人(ワーウルフ)は普段は人間のような姿をしているが、戦闘時などにはまるで狼のような姿に変身する種族なのだ。

身体能力は飛躍的に上昇し、体長も2メートルほど大きくなった。

馬車から離れたフェンは前方の群れに向かって遠吠えを放つと、ボスらしきオーガ以外のオーガはゴブリン達から離れ、一直線にフェンの方向に進路を変えた。

 

「オーガ4体はフェンに任せて、儂らは残ったゴブリンを相手にするぞ。」

 

そう言ってシルバは両手を地面につけると魔法の詠唱を始めた。

 

【我が身に流れる地の力よ、鎖となりて、拘束せよ。】

 

【アース・バインド】

 

地面から土でできた鎖が出現し、ボスのオーガを束縛していく。

オーガは抵抗するが動けば動くほど土の鎖は体に絡みついてゆき、咆哮を上げるが完全に動きは止まった。

そして、四人はゴブリンを迎え撃つ為に走り出す。

そんな中リーフはある提案を出す。

 

「じゃあ私は後ろに回りますので挟み撃ちにしましょう。」

 

「む?確かにその手もあるがそれは・・・「じゃあ早速。」・・・えっ?」

 

リーフは言葉を聞かずに走り出した。そして、ゴブリンからの距離70メートルを一瞬で走破すると、2体のゴブリンの頸動脈を苦無で切り裂き屍へと変え、群れの後ろに回り込んだ。

 

「「「・・・はぁっ!?」」」

 

三人は驚き呆けてしまうが、それは馬車から離れて見ていたリリーナとウォーティーも同じであった。

リーフがかき消えたかと思って瞬間、ゴブリン達の後ろに現れたのだから。

唯一リーフの動きが見えたのは、オーガに対応しながらも様子を伺っていたフェンだけであった。

 

「グギャ!?」

 

仲間が倒れ後ろにリーフがいる事にようやく気付いたゴブリンの2体がリーフに飛びかかるが、それはただゴブリンの寿命を縮めるだけに過ぎなかった。

リーフは振り返ると同時に両手の苦無を左側のゴブリン目掛けて投擲する。風を切る苦無は両目に突き刺さりゴブリンは事切れ後ろに仰け反る。

そしてもう1体のゴブリンを見据え、リーフは構え右足に気を集中し、リトビから教わった奥義を繰り出した。

 

「限無覇道流奥義、無影龍脚!」

 

リトビが最も得意とする技が首に見事に命中し、ゴブリンの延髄が砕ける音が響いた。

やがて痙攣した後、ゆっくりと崩れ落ちて動かなくなった。

一連の様子を見ていたゴブリン達は、自分達が束になったとしても絶対に勝てない相手だとやっと理解した。

しかし、今さら気付いても遅い。すでにリーフは次の攻撃に備え構えている。森に逃げ込もうにも行く手にはリーフがいる。

ゴブリン達の運命など決まっていた。

それでもゴブリン達は生き残ろうとリーフに背を向けて逃げ出した。

しかし、すでに逃げた方向には仲間の三人がいる。

 

「私だって負けてられないわ!」

 

「リーフさん、援護します。」

 

そう言って二人はそれぞれゴブリンを倒してゆく。最早戦う意思の無いゴブリンなど、新人冒険者でも簡単に倒せる只の的であった。

それからおよそ5分でゴブリンは全員地に伏した。

 

「さて、フェンの方は・・・」

 

シルバ達はそう言ってフェンの方向を向くと、口元と銀色のブーツを赤く染めたフェンが近付いていた。どうやらもう倒し終わったようだ。

 

「こっちも片付いた、後はあのオーガだけか。」

 

そう言って見つめる先には、未だにもがき続けているボスのオーガ。さて、どう倒そうかと皆考えている。

馬車にいるウォーティーは魔法を解除して、泡の防壁は消えてゆく。

しかし、皆安心しきっていた。

ゴキンッ!と嫌な音が聞こえたかと思うと、オーガは拘束から抜け出し一直線に馬車に向かって走り出したのだ。

何故拘束から抜け出せたかというと、オーガは足掻いている内に右肩が外れ、僅かな隙間ができてしまったのだ。

突然の事態に全員反応が遅れた。

ウォーティーは身の危険を感じ、再び杖を掲げ魔法を唱えようとするも、それよりも早くオーガの蹴りを受けて吹き飛ばされてしまう。

肩が外れてオーガ本来の力が発揮出来ず、たいしたダメージは負わなかった。

そして、オーガは馬車に残っていたリリーナを見つけ、歪んだ笑みを浮かべる。

 

「しまった!」

 

ようやくフェンが状況を理解し、全速力で駆け出す。

しかし、オーガは左手の棍棒を天高く振り上げていた。

 

「(間に合わない!)」

 

そう感じた瞬間、フェンの隣を凄まじい風が通り過ぎた。

思わず立ち止まってしまい顔を庇う。

恐る恐る目を開けてると、オーガの背後にリーフが刀を持って立っていた。

そしてすでに終わったとばかりに刀を鞘にしまう。それと同時にオーガの体に線が入り、真っ二つになって大きい音をたて崩れ落ちた。

 

「無事ですか?」

 

「は、はい・・・」

 

どうやらリリーナは傷一つ負っていないようだ。

しかし、フェンはそれよりも信じられない事があった。

 

「(俺が知覚できなかった?)」

 

フェンはS、A、B、C、D、Eの六段階のランクの内、最上位のランクSの冒険者だ。

そんな彼でもリーフに追い抜かされた事に気付けなかった。そして後ろを振り返ると、リーフの立っていた地面は抉れており、周りにいた者達は腰を抜かしたように、その場で座り混んでいた。

そこにいた全員がリーフが遥か高みにいる存在だと思わずにはいられなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

魔物(モンスター)との遭遇は想定の内であったが、思ったよりも時間がかかった事で今夜は近くの河原で野営をする事となった。

というのも、最後のオーガを倒し終わった直後。

 

『もう一度奥義を見せて!なんなら私に技を放って!顔だろうとお腹だろうと好きにして!さあさあさあ!!』

 

『エェ!?』

 

と、このようなカラーとリーフのやり取りが30分ほど行われたのが原因であった。

それに、夜に行動するのは昼間よりも魔物(モンスター)の襲撃率が高くなるため、危険を避ける為には動かない方が賢明なのだから。

 

周囲に罠を設置する班と夕食の準備をする班に別れて、どちらの作業も終わる頃にはすっかり日が暮れていた。

焚き火を囲みながら皆で夕食を頂く。

 

「・・・美味しい。」

 

リーフが口にしているのは色々な豆の入ったスープだ。

全てギルドで売られている保存食だが、人間のレトルト食品みたいなものであった。

 

「本当に人間の食事は、私達(他種族)よりも上ね。」

 

その言葉を聞いて推測だが理解できた、恐らく他種族達には料理という文化が存在していなかったのだろう。人間の食文化に改めて感心していると、カラーが再び話しかけてくる。

 

「ねぇ、あなたの限無覇道流拳法を教えて。」

 

「聞きたいのですが、限無覇道流拳法をご存知だったのですか?」

 

そう尋ねると、何度も頷いて限無覇道流拳法について、彼女が知る限りの事を喋り始めた。

 

「限無覇道流拳法。リトビ・カルネルがあらゆる拳法や武術の技を研究して創り出した拳法。三年ぐらい前に一般人にも広まったんだけど、技の一つ一つが困難で基本技ですら体得できた者は少ないの。お陰で今は誰も覚える気にならないんだけど、私達のような体術をやってる者なら知らない者はいないの。世間では『至高の武術』として憧れの的になっていたの。」

 

うっとりしながらそう語るが、要は誰も出来ない武術だと言う事だ。

リトビ・・・道理で技を覚える度に「お前は見込みがあるの~。」って言ってた訳だ。

 

「リーフは一体どれくらい技を使えるの?」

 

「基本技は全て教わりましたね、後は応用技を幾つかですね。」

 

流石に究極奥義は覚える事はできなかった。というより、あんな奥義を覚える事の方が困難だ。何度かもろにくらったが、相当な威力だった。

 

「基本技が使えるだけでも凄い事なんですよ!リーフ様!」

 

「そうですよ!リーフさん!」

 

口々に三人はリーフを褒め称える。

残りのベテラン冒険者三人も口には出さないものの、リーフの実力は認めていた。特にフェンがそうであった。

 

「ところで、最後のオーガを倒した時は一体何をしたのですか?」

 

「あれはただ全力で刀を振るっただけです。間に合って良かったです。」

 

「ッ!そ、その節はあ、ありがとうございました。」

 

何故か顔を赤くしてそっぽ向いてしまう。やはり怖かったのであろう。

 

「(あの時のリーフ様がめちゃくちゃかっこよかったな~。)」

 

何だかんだでリーフの鈍感さは平常運転であった。

それから話は、シダとカラーが幼馴染みで冒険者になった話やシルバの今までの仕事の中で最も困難だった魔物(モンスター)の話、そして普段口数の少ないウォーティーに最上位水精霊(アクア・エレメンタル)について尋ねたところ、目をキラキラさせてマシンガンのようにビアスを称えるエピソードを語り出したりと、賑やかな夕食となった。

 



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24話「初仕事③」

先程まで囲んでいた焚き火の明かりはとうに消え、灰を触っても温もりは感じられない。

だが、焚き火が消えても、周囲は完全な闇夜という訳ではなかった。

 

「(やっぱり綺麗だなぁ。)」

 

夜空に浮かぶ月と星の明かりが辺を照らしている。多少の薄い曇りがかかっているも、その程度では阻害にはならない。

辺りを走る風が草を揺らし、ざわざわと音を立てる。どれもが今までの発展しきった日本では失われたものであり、自然本来の美しさがそこにあった。

 

現在リーフはフェンと共に周囲の警戒にあたっていた。

魔物(モンスター)の中には夜行性型の者も多く、冒険者達が急速している中で襲撃する場合も存在する。

辺りに簡易的な罠を設置しているが、それでも魔物(モンスター)が絶対来ない訳ではない。

だからこうして交代して見張りをしているのだ。リーフ達の担当は最後であり、一番夜型魔物(モンスター)が活発化する時間帯だ。冒険者最高ランクのフェンとパーティー内実力最強のリーフが担当するのは当然であった。

 

「噂には聞いていたが、お前の強さは予想以上のようだ。」

 

夜空を見ているとフェンが話しかけてきた。改めて考えると、二人きりで冒険者ギルド最強の方と話せる機会はめったにないとリーフは会話を続ける。

 

「いえいえ、自分なんてまだまだですよ。実際に師匠の二人、いや三人には敵いませんし。」

 

「・・・お前がそう言うなら、その三人の強さは想像もつかないな。」

 

全くもってその通りである。

しかもティガによると、リーフが旅立った後あの三人はさらに自分の身を磨いているらしい。

リトビは歳も気にせず技を強化するためにリーフ以上の修行をしており、グランはというと幻龍を超える武器を造らんと洞窟奥の工房に籠りっぱなしで、アブルホールは二人が逃げ出した際所持していた書物の中の『古代錬金術』に興味を持って、現在解読中だそうだ。

 

「(あの三人はいったい何を目指しているのだろうか?)」

 

その後フェンとは思った以上に会話は弾んだ。

 

「えっ、フェンさんって元貴族の長男なんですか!?」

 

「まあな、貴族と言っても大貴族ほど名は売れていないがな。」

 

「何で家出なんかしたんですか?」

 

「・・・曾祖父が大の人間嫌いでな、家は代々過激派思想でだったんだが、俺は人間がそこまで悪い存在じゃ無いと思ってな、そうしていたら家族との溝が深くなって逃げたってところだな。」

 

「・・・相当な人間嫌いみたいですねひいお祖父さん。」

 

「あぁ、たしか昔ニホンに住んでた時、銃を持った人間達に親戚達が殺されたって話してたよ。」

 

「(もしかして、ひいお祖父さん絶滅したニホンオオカミの生き残りなんじゃ・・・)」

 

そんな感じでその後も、倒した強敵、一般知識、この先にあるエルフの森について、実に有意義な時間であった。

しかし、突然リーフの視界が歪んだ。何事かを理解する暇もなくリーフは意識を失った。

 

「それで・・・あれ?」

 

フェンはさっきまで相槌を打って話していたリーフから反応がない事に気付いて顔を覗き込むと、リーフは静かに吐息をたてて眠っていた。

 

「まったく、見張りが寝てどうするんだ。」

 

そう言いながらも、そっと毛布をかけて一人で夜明けまで見張りを続けたのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

辺りに漂う香りがリーフの意識をゆっくり覚醒させる。妙な眩しさに朝だろうかと思ったリーフは起き上がりゆっくりと瞼を開いた。

 

「・・・えっ?」

 

だが、目の前に広がる光景は先程までとは全く違っている。

辺り一面草花が広がっており、リーフは花畑の中にいた。優しいそよ風が花びらを青い空へ舞い上げる。

そしてこの場には自分しかいない。辺りを隈無く見渡すが、隣にいた筈のフェンも他のメンバーは何処にもいない。

そして気になったリーフは自分の頬をつねってみる。しかし痛みは感じられない。

 

「・・・夢か?」

 

おそらく明晰夢というものなのだろう。そう考えたリーフはとりあえず歩き出した。

花畑の中をひたすら歩き続けるも、一向に景色は変わらない。

 

「いい加減目を覚まさないのか。」

 

早く目を覚まさないかと考える中、突然強い風が吹き荒れる。

花びらが先程以上に舞い上がり、思わず手で目を覆った。

風が治まるとリーフは目を開ける。そして、花畑しかなかった景色に一つだけ変化があった。

 

リーフの先に一本の木が現れたのだ。

 

何の変哲もない一本の木が一瞬で現れた。普通は驚くのだが、リーフは何故か懐かしく感じられた。

気付けばリーフは木に向かって駆け出していた。

だんだんと近づいて来るにつれ、リーフは目を見開いた。

 

木の下には二人の人がいたのだ。

 

一人はリーフとそっくりな袴姿をしている木精霊族。リーフと違っている点といえばグレーの羽織をしているところだ。

だが、リーフには見覚えがあった。何回か夢に出てくる人だ。

もう一人は純白のドレス姿でリーフよりも髪の長い女性であった。若葉の色をした髪が風で靡き、とても美しい。

しかし、どちらも後ろ姿であるために顔を伺うことはできない。

なのにどうしてこんなに懐かしい気持ちになるのだろうか。全く知らない二人なのに。

気付けばリーフは右目から涙を流していた。

そして、リーフは駆け出す。

 

あと十メートル

 

あと八メートル

 

あと五メートル

 

「(もう少しで)」

 

そしてあと三メートルぐらいにさしかかったその時だった。

 

地面がガラスが割れるかの如くに崩れ落ちたのだ。下は真っ暗な闇が広がっている。

そのままリーフはゆっくりと落下してゆき、二人の後ろ姿が離れてゆく。

 

ーー嫌だ。

 

リーフは届かないとわかっていても、懸命に手を伸ばす。

 

ーーせっかく会えたのに。

 

そして、あり得ない言葉が自分の口から出た。

 

 

「父さん!母さん!」

 

 

リーフの視界が闇に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全然起きないな、リーフ。」

 

とうに夜は明けたのだが、リーフは未だに目を覚ます様子はなかった。

 

「おかしいですね、そろそろ起きてもいいのですが。」

 

ティガはいつもリーフの体調管理はしっかりしている。呼吸も心拍数も安定しているし、悪夢を見ている様子はない。

ティガがリーフの所に来たのはサポートする為だけではない。彼女はアブルホールからある特命を受けていた。

それは、リーフの暴走を未然に防ぐ事である。

リトビ達との極限の修行の中で、リーフは幾度となく暴走していた。そのたびに三人がかりで止めたのだが、リーフが離れた今、いつでも止められるようにしているのだ。

その証拠に、タブレットには雷ほどの電撃が流れるように細工してある。

 

「・・・・・」

 

「あれ?今何か言いませんでした?」

 

わずかにリーフの口が動いたのを見たリリーナがリーフを覗き込んだその時だった。

 

ムニュン

 

突然リーフの右腕が動き、そのままリリーナの左胸を掴んだのだ。

これには、その場の全員の空気が凍りついた。リリーナに至っては茹でダコみたいに顔が真っ赤になっている。

そしてそのタイミングでリーフは目を覚ます。

しかし、まだ寝ぼけているためぼんやりしているままだ。

だから、リーフは自分が何かを触っているのかわかっておらず、確かめようとして更に揉み出した。

 

「・・・い、いやぁあぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

その時、一際大きい何かを引っ叩く音と、遅れて何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ようこそエルフの森へ。私はここの長でありリリーナの母親のマリナ・アシュレイと言います。」

 

一行を出迎えてくれたのは、驚いた事にリリーナの母親であった。

近付いてきた時に何処かで見たような顔だと思っていたら、まさかの出来事でかなり驚いた。というより若すぎるだろ。挨拶があるまでずっとお姉さんだと思ってた。

 

「運んできた物資は後ろの二人が案内しますので付いて行ってくれれば問題ありません。リリーナ、あなたは話があるから付いて来て。」

 

そうしてリリーナとはここで一旦別れて冒険者の五人は二人のエルフに倉庫まで案内されることになった。

 

「あのー、リーフさん大丈夫ですか?」

 

現在リーフの頬には、赤い手形がくっきりとついていた。まさかダメージまで食らうとは想像もしていなかった。

 

「(シダの優しさが染みる。)」

 

そう考えているうちに、倉庫に到着していた。

 

「ここからは私達が引き継ぐ、宿で休むといい。」

 

どうやらこれで一旦仕事は終わりのようだ。とりあえずこの辺りを見て回ろうかとこの場を離れようとしたのだが、誰かに肩を捕まれ止められる。

 

「ねぇ、言ったわよね限無覇道流を教えて貰うって。」

 

リーフにはまだ仕事が残っているようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エルフの森の木は頑丈で太く高い。

この樹木の上にログハウスを作ってこの森の住民達は暮らしている。

その中でも一際大きいログハウスにて、リリーナと母のマリナとの話し合いが行われていた。

 

「さてと、情報交換を始めましょう。」

 

二人の間に漂う空気は真剣そのものであった。リリーナは持って来た資料をマリナに渡して話を始める。

 

「ギルドの調べによると、やはり最近になってから魔物(モンスター)の活動が活発になっています。」

 

「こっちは狩りに出ている武僧達に聞いたけど、魔物(モンスター)の目撃が少なくなってきているわ。」

 

魔物(モンスター)の中には一定期間活動をしなくなる種類もいるが、この辺りで出没するゴブリンやオーガなどはまだその時期ではない。

にもかかわらず、目撃や遭遇が減っているとなると、明らかに異常事態である。

しかし逆にバッケスの周辺には、魔物(モンスター)の目撃や遭遇が異常に増えていた。

 

「やっぱり|あ(・)|れ(・)が関係しているんじゃないかしら?」

 

「おと、ギルド長も例年ならそろそろだと思って対策を練っている所です。」

 

二人が言っている事は『魔王軍の進行』である。

 

太平洋の何処かに存在するという魔王が統治する大陸、通称『魔王国』。普段から不可視の魔法が大陸全体にかけられている為、めったに発見されない危険な国である。

国民のほとんどが魔族に分類される悪魔、アンデット、魔物や犯罪者などの他種族であり、五大陸の領土に侵略行為を続けている。 

バッケスも例外ではなく、二年前から魔王軍と思われる者達の進行は始まっていた。

今までならこの時期に進行が予想される為、中央都から軍が派遣されていたのだが、今年は政権が不安定らしく、例年通りにはいかなくなる可能性が高い。

魔王軍がこの機会を逃す筈がない為、今回はバッケスの常備軍と冒険者も戦闘に駆り出されるつもりだが、それでも心許ない為こうしてリリーナはここに来たのである。

 

「ギルド長、そしてバッケスの市長からの正式な協力依頼です。どうか力を貸していただけないでしょうか。」

 

「・・・我々も重要な貿易拠点を失うのは惜しいですし、何よりバッケスが落とされれば我らの森に進行しないという確証もない。」

 

「では。」

 

「ええ、我らエルフの森は協力する所存です。」

 

「ありがとうございます。お母さん。」

 

こうしてバッケスとエルフの森の協力が約束された。

 

「とりあえず話はこれまでにして、リリーナ。バッケスでいい人見つけた?」

 

いきなりいつもの家族の会話に変わったことでリリーナは飲んでいた紅茶を詰まらせ少し噎せてしまった。

 

「ゴホッ!ゴホッ!・・・何でいきなりその話題に。」

 

「だってあなたもお年頃なのに浮いた話一つないなんておかしいじゃない。」

 

「私は気になる人なんて・・・」

 

そう言った時に、今朝の事故を思い出してしまい、耳まで真っ赤に染まる。

それを見逃す母親(マリナ)ではない。これ見よがしに畳み掛ける。

 

「あらあら、その反応からして何かあったのかしら?もしかしてあの冒険者の中にいるのかしら?」

 

「そ!?そんな訳ないじゃない!!」

 

ニヤニヤしながらさらに問いただそうとするが、リリーナが話題を反らす方が早かった。

 

「そ、それよりさっきから地上が騒がしくないかしら。」

 

エルフ族は耳がよく、数十メートル離れた場所の音も正確に聞く事ができる。

 

「確かに少し騒がしいわね、行ってみましょう。」

 

 

 

地上に降りた先には、かなりの人だかりができていた。

人々の喧騒と共に何かがぶつかり合う音が聞こえる。二人は人だかりの中を通してもらって先頭列までたどり着く。

二人がその先で見た光景は、驚くべきものであった。

 

「はぁああーーーーーーーーーー!!」

 

「・・・・・」

 

カラーの放つ拳の連続攻撃を、右腕だけで軽く受け流しているリーフの姿であった。

素人が見ても、実力差は明らかであった。

 

「ふんっ!」

 

リーフはカラーの拳を受け止め握り込んで連続攻撃を止める。

カラーは拳を引き抜こうとするが、万力に挟まれたようにびくともしない。

掴んだままリーフは巴投げをするように後ろに倒れ、そのままカラーを真上に蹴りあげる。

そしてすぐさま地を蹴り、吹き飛ばされたカラーの上空に回り込み蹴り技を放つ。

 

「限無覇道流、無影龍脚。」

 

「っ!」

 

咄嗟に空中で体をよじり、両腕をクロスさせて受け止めようとするが、リーフの方が力は上であった。

カラー吹き飛ばされ背中から地面に激突し、リーフは離れた所に静かに着地する。

 

開いた口が塞がらないとはこの事だろう。常識はずれの身体能力と技の数々、どうしてこんな人材が今まで無名であった事が不思議でならなかった。

 

「本当に常識はずれだよな、リーフの野郎。」

 

「当然です。ご主人様(マスター)はリトビ様から教え直伝に指導を受けたのですから。」

 

声がした方を向くと、かすり傷だらけのフェンがあぐらをかいて、タブレットの中で胸を張っているティガを持って、二人の組み手の様子を眺めていた。

 

「もしかしてフェン様・・・」

 

「ああ、最初はカラーを止めようとしてシダが挑戦して一発KO。その次に俺。どっちも手も足も出なかった。」

 

それを聞いてさらに絶句してしまう。

フェンは相当の実力があるのは、ギルドを超えバッケス全体に知れ渡っている。そんな彼ですら軽くあしらってしまうなんて想像もしていなかった。

 

「彼女もそろそろ限界だろう。」

 

そして目線を戻すとよろよろになりながらも立ち上がり、リーフへ駆け寄ってゆく。

残った力を振り絞り拳を放つも、簡単にかわされリーフはカラーの脇腹に肘打ちを喰らわせる。

想像以上のダメージにカラーは後ずさり、そのまま倒れる。

 

「はぁはぁはぁ、参ったもう降参。」

 

荒い息を吐きながら降参を宣言する。

リーフの方も構えを解きカラーに近寄って手をさしのべる。

 

「ありがと。」

 

「こちらこそ、なかなか勉強になりました。」

 

「・・・なんかアドバイスとかある?」

 

「そうですね・・・持論になりますけど、まずは拳の一つ一つに気持ちを込める事ですかね。そうすれば威力も格段に上がると思います。」

 

「なるほど、気持ちか~。」

 

ようやく一段落尽きそうだ、少し休もうとしたらカラーに肩を掴まれる。

 

「待って、まだ終わってないわよ。」

 

そうしてチョイチョイとギャラリーの方を指差す。

目を向けると目を輝かせている一団がいる事に気付く。

 

「エルフの武僧の皆さ~ん。リーフが相手してくれるって~。」

 

カラーがリーフの意思など関係なしにそう呼び掛ける。

 

「あら、良いわね。武僧達にも良い経験になりますからお願いしますわ。」

 

断ろうとしたら長であるマリナにお願いされ完全に断れなくなった。

さすがのリーフでも、ここにいるエルフ50人の武僧を一人ずつ相手するのはしんどい。そして緊急時以外は本気を出さないようとリトビ達から言われている為さらにしんどい。

本気が出せない事で、肉体よりも精神の方が疲れていた。

 

もうこうなればやってやる。自棄になったリーフは構えを取り宣言する。

 

「さぁ、全員まとめてかかってこい!」

 

結果はリーフの無双で終わったが、エルフの武僧達とはとても仲良くなった。



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25話「夢の中で」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

真っ白な世界にいつもの姿でリーフは立っていた。

地面も空も、何もかもが真っ白な空間だ。

確か夕食を終えるやいなやベッドに直行して眠りについた筈なのだが。

 

「また夢か。」

 

最早明晰夢を見る事が日常的になっていた。

 

「今度はどんな夢なのか。」

 

「・・・教えてやろうか。」

 

誰もいないと思って呟いたのだが、突然後ろから聞こえた声に驚く。

咄嗟に飛び上がり距離を取ると、声の方に向き直り鞘に手を掛けいつでも抜刀できる態勢を取る。

そこにいたのは、薄い緑色の着物と青い袴、灰色の羽織を身に纏った男性、リーフの夢の中でたびたび出てくる最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)が正座していた。

以前ならば顔は陰になるか後ろ姿でしか見たことがなかった為、こうしてはっきりと顔を見る事は初めてだった。

まさかの人物にどうしていいのかわからず固まっていると、相手は普通に話てくる。

 

「・・・そんなに警戒するな、まずは座ってくれ。」

 

言われるがままにリーフはその場で正座し、謎の最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)に向き合う。

だが、彼の白金色の瞳は全てを見透かされているようで何処か落ち着けない。

 

「・・・まず最初に言っておく、今はお前が考えている質問には答えられない事を理解して欲しい。」

 

()()という事はいつかは話してくれるのですか?」

 

「・・・あぁ、時が来ればな。まだその時ではない。」

 

とても落ち着いた物腰で最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)は話を続ける。

 

「ところで、あなたの名前は何と呼べば?」

 

「・・・そう言えばまだ名乗っていなかったな。」

 

 

「我が名はフォレス、『フォレス・セラ・グラース』だ。」

 

 

何故かリーフは彼の名前を初めて聞いた気がしなかった。

しかし、改めてフォレスを見ると・・・

 

『何だこのイケメンは』の一言だ。

 

顔が整っているというレベルじゃない、もう完成されていると言っても良い、しゅっとした目付き、健康的である肌、顔つきの黄金比、全てにおいて完璧(パーフェクト)

同性どころか異性も自信を無くさせるには十分すぎるほどだ。

だが、先程から表情が全く変わらない為、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

その所為かフォレスの感情を読み取る事が出来ない。

 

「(しかし、なぜ私はこの人を父親と勘違いしたのだろう?)」

 

どこをどう見ても本当の父親の「小林 淳一郎(こばやしじゅんいちろう)」とは全く別人だ。

別というよりも真逆と言った方が正しい。

そもそもリーフ・・・もとい陸道の父親の容姿といえば、低身長、童顔、高めの声など、四十代後半にも関わらずどこからどう見ても、中学生にしか見えない姿だった。

ひどい時は高学年の小学生に間違えられたり、怪しい奴に誘拐されそうになったり、陸道が父親に間違えられたりと笑える事から笑われない事まで色々凄まじい人だった。母は至って普通なのにどうしてだろう。

おまけに陸道よりも上の大学をトップの成績で卒業していると、相当ハイスペックな人だ。

 

「?・・・どうかしたか?」

 

「いえ・・・ちょっと色々思い出して。」

 

「・・・まあ良い、どうせすぐ他の事なんて考えてる余裕無くなるしな。」

 

そしてフォレスはゆっくり立ち上がり、腰に身につけている黒い日本刀に手を伸ばす。

フォレスが柄に手をかけたその時だった・・・

 

これまでに感じた事の無いほどの、おぞましい殺気がリーフに突き刺さった。

フォレスの目付きが鋭いものに変わり、雰囲気も一変する。

 

咄嗟に立ち上がり後退して抜刀するも、フォレスに突き付けた剣先は恐怖のあまり震えが止まらず、カチャカチャ音をたてる。

額からは冷や汗が滝のように溢れ、呼吸も安定しない。

 

「(リトビとグラン同等・・・いや、二人以上!?)」

 

「そんなに驚く事はない。これから始まるのはただの稽古(・・・・・)だ。」

 

感覚を鋭くする修行の一環でリトビとグランの殺気を感じ取る修行をしていた。

二人がどれ程本気を出していたのかわからないが、フォレスの殺気は遥かに凌駕している。

とてもこれから稽古が始まるとは思えない。むしろ確実に殺さんとしているようにしか見えない。

 

「・・・いくぞ。」

 

そう言うとフォレスは刀を抜き・・・

 

一瞬でリーフの目の前に移動した。

突然現れた刀を降り下ろさんとしているフォレスに驚くも、反射的に命の危険を感じたリーフはバックステップをとり、幻龍で受け止めようとしたが、降り下ろされた刀を受け止められず、左胸に一本の傷が入る。

 

「ぐぁっ!?」

 

夢の中にも関わらず、痛みを感じ血が吹き出したリーフはヨロヨロとフォレスから離れる。

咄嗟のバックステップで傷は比較的浅かったものの、あと少し遅れていたら真っ二つになっていたことは間違いない。

 

「夢だから安心しないほうがいい。痛みもちゃんと感じるし、現実とそう変わらない。」

 

そう言って構え直し、刃を突きつける。

 

「この剣・・・『琥麟珀』でお前を斬る。」

 

フォレスの持っている日本刀は非常に美しい業物だ。何よりも特徴的なのは、刃が金色に輝く不純物の全くない宝石の琥珀であるのだ。

そして再びフォレスは駆け出した。

リーフもより一層気を引き締めて刀を振るい、両者の刃が火花を散らしながら斬りつけ合う。

明らかに琥珀とは思えない強度だ。

 

「(あり得ない!?夢の中だからか?それとも魔法か?)」

 

本来琥珀の硬度は2~2.5で柔らかく爪で簡単に傷がつけられる宝石だ。決して日本刀の刃にするようなものではない。

にもかかわらずフォレスの琥麟珀はリーフの幻龍と互角の強度を持つ。

リーフは詳しく知らないが、幻龍の素材には特殊な鉱石と希少金属のアダマンタイトが使われているのだ。

激しい攻防が続いているように見えるが、二人の差は歴然であった。

フォレスはスケートリンクを滑るかの如く身を動かし、一切の無駄の無い剣捌きでリーフを圧倒する。

対してリーフはフォレスの攻撃を受け止める事がやっとで、幾つかは受け流せずダメージは確実にリーフに蓄積している。

 

「何故こんな事を?」

 

そんな中、リーフはフォレスに尋ねた。

 

「お前が・・・弱いからだ。俺達の力(・・・・)を承け継いでいながら、何だその様は?」

 

俺達(・・)?」

 

「余計な考えは捨てろ。一つでも多く動きを覚えろ!」

 

乱暴にそう言うとリーフを蹴り飛ばし、鋭い突きをリーフに繰り出す。

身体を捩るり紙一重で避ようとするも、予想よりも体力が落ちており、回避出来ず胸と左肩に三ヶ所、脇腹に二ヶ所刺され血が流れ出るが、フォレスの猛攻は止まらない。

現状を打開すべくリーフは攻撃を受け止めながら器用に左袖から苦無を取り出す。

そしてすぐさま後ろに下がり投擲しようと左腕を振り上げた。

 

ザシュッ・・・カランカラン

 

しかし苦無がフォレスに届く前にリーフの手からこぼれ落ちる。

フォレスの琥麟珀がリーフの手首を貫いたのだ。

 

「遅い、遅すぎる。」

 

「くっ!」

 

苦無が使えないならばと紐リボンの代わりにしていた触手をほどき、フォレスの顔面目掛けてしならせる。

しかしフォレスはいとも簡単に避けると柄を強く握りそのまま勢いよくリーフの手を手首から切り裂いた。

 

「ァァァアーーーーー!!」

 

真っ二つに裂かれた部分から止め処なく血が流れ、右手の幻龍も落としてしまう。

止血せんと激痛を耐えながら右手で左手首を強く掴み、思わずその場で膝をついて蹲る。

だが、負傷したリーフにフォレスは一切容赦する筈もなく、蹲るリーフの腹に止めといわんばかりの蹴りを放つ。

体がくの字になりながら十メートル近く蹴飛ばされ、数回バウンドした後腹からこみ上げて来た大量の血を吐き出し汚れた地面に転がる。

 

フォレスは幻龍を拾い上げると、血の水溜まりに沈む満身創痍のリーフに投げた。

まだ戦えと言う事なのだろう。だが起き上がろうとするほど傷口から血が流れ出る。

目線だけを動かすと、フォレスがゆっくり歩いてくるのが見えた。

 

「(これで二度目か。)」

 

人間時代、自分がトラックに轢かれて血の海に沈んでいた時と同じような状況に陥っていた。

あの時よりも出血量は多い筈なのだが体は動かないものの意識はおぼろげながらあった。夢だからなのか、あるいは木精霊だからなのか。

 

だが、もうそんな事はどうでもよくなってきた。

このままフォレスに止めを刺されるのは明白。

それに止めを刺されれば夢も終わる。

 

 

 

ーー本当にそうか?

 

 

 

フォレスは死なないとは一言も言っていない。ただ自分が思い込んでいただけではないのか。

恐る恐る視線をフォレスに動かす。

彼はゆっくりこちらに向かって歩いてくる。

血を滴らせる琥珀の日本刀を持って近づいてくる姿は今のリーフにとって、大鎌を携える死神と変わらなかった。

 

「(動け!動け!動け!!)」

 

先程とは打って変わり必死に立ち上がろうとするが、満身創痍の体は言うこと聞かない。

やがてフォレスはリーフの元までたどり着くと、乱暴に蹴りあげ仰向けにする。

フォレスと目が合う。

やはりこちらを見下ろす白金色の瞳は読み取れず、失礼な言い方だが感情が抜け落ちているようだ。

フォレスは琥麟珀を両手で持ち、ゆっくりと振り上げる。

目を凝らすと琥珀の刃全体に文字が刻まれていた。おそらく魔力を流すことで琥珀の強度を底上げしているのだろう。

リーフの幻龍が魔力を流すことで切れ味を上げているのと同等の原理だ。

 

 

 

ーー死ぬ

 

 

 

ーーこんなところで?

 

 

 

ふと自分の声が聞こえた。

 

 

 

ーー・・・まだ死ねない。

 

 

 

ーーまだ誰も見つけていない。

 

 

 

リーフの脳裏にある人物達が浮かぶ。

 

見た目子供の癖に頭の切れる父親、包丁一本あれば大抵の料理を作れる母親、しっかりものの癖に寂しがりやな妹、そして自分を一途に思っていた幼馴染み。

 

 

大切な家族を見つけるまで絶対に死ねない。

体の奥底から何がこみ上げてくる。

 

 

ーーだから・・・

 

 

フォレスの刃がリーフに振り下ろされ・・・

 

 

 

 

 

 

「ここで死んでたまるかぁあぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

リーフは叫ぶとうなじの二本の触手を伸ばし、フォレスの手首に絡ませる。

僅かに体を起こし振り下ろされた斬撃を避け、触手を捻りフォレスを背負い投げのように投げ飛ばす。

出来るならばそのまま刀を奪いたかったが、流石にそう上手くはいかない。

フォレスは空中で一回転したが、ふわりと着地しリーフに向き直る。

歯を食い縛りながら起き上がってすぐ、リーフは転がっていた幻龍を拾い上げ、全速力で駆け出した。

 

「オォォーーーーー!!」

 

雄叫びに近い声を上げながらフォレスに迫って行く。

すると、駆けているリーフの体から薄い緑色の光が纏い始め、身体の奥底から限界を越える力が溢れてくる。

その光を見た途端、今まで全く動かなかったフォレスの表情に僅かだが驚きが浮かんだ。

リーフの降り下ろした幻龍の刃が見えなくなる。

実際に消えたわけではなく、あまりにも速い為、あたかも消えたように見えるのだ。

要領は限無覇道流の無影龍脚と同じであり、あえて名付けるならば無影龍脚の剣技版、リーフのオリジナル技『無影斬』。

フォレスは表情を無にして、リーフの無影斬を紙一重でかわす。

だが、リーフは更に苦無を持たせた触手をフォレスに向ける。

 

ここぞとばかりに幻龍と二本の触手で攻撃を繰り返す。

けれども、フォレスは紙一重で避け続ける。

ここにきてわかった事は、フォレスがまだほとんど全力ではない事だ。

 

“この人は遥か高みの場所にいる”とリーフは率直に感じ取った。

 

残念ながらどういうわけが限界を越えた今のリーフでも、フォレスとの差を縮めることは不可能。

だが、リーフは諦めようとしない。むしろこの戦いを楽しんでいる自分がいる。

どうやら強者を目の前にして、戦えることが相当嬉しいらしい。

人間の頃はそんな漫画やアニメの主人公みたいなキャラじゃなかったんだが。

戦闘バカは伝染(うつ)るようだ。まあ大方リトビあたりだろう。

刀を持つ手が自然と強くなるにつれ、触手も斬撃も加速する。

 

だが、不意にリーフの見えている景色が歪み始める。

リーフは攻撃を一端止めフォレスから距離を取って片膝をつく。

 

「(血を・・・流し過ぎたか?)」

 

チラリと地面に目を向ければ、白い地面がリーフの流血で筆で文字を書いたように汚れていた。

出血量からして、何時出血性ショックを起こして死んでも可笑しくない量だ。

 

「(・・・この一撃に賭ける!)」

 

意を決してリーフはよろけながらも立ち上がり、フォレス目掛けて一本の苦無を持つ触手を伸ばす。

しかし、フォレスは触手の動きが見えているようで、またかわそうとする・・・だがそれは予測通りだ。

 

「(掛かった!)」

 

リーフは直前になって触手を折れ曲がるように向きを変えた。

そして苦無はフォレスの雪駄に突き刺さった。

すでに重心を動かして避けようとしていたフォレスは呆気に取られる。

そしてほんの僅かであったがフォレスに隙ができる。

 

「(今だ!)」

 

残された気力を振り絞り、幻龍に魔力を流し込む。刃が翡翠の輝き放ち、そのまま一気に駆け出す。

 

「『神導覇星幻龍、“一閃”、壱ノ型!』」

 

刃がフォレスに肉薄する。

そしてシュパッという音が確かに聞こえた。

リーフの一閃が羽織紐を斬ったのだ。

 

 

ドバンッ

 

 

直後、乾いた音が真っ白な空間に響き渡る。

いつの間にかフォレスの左手にはきらびやかなフリントロック式の片手銃が握られていた。

放たれた弾丸はリーフの右肩に見事に命中していた。

リーフは今まで銃を持った相手との戦い方を教わっていない。

リトビもグランも想定していなかっただろう。アブルホールは戦車だが、本人が規格外過ぎて参考にならない。

 

そして遂にリーフの限界がきた。

大量出血と魔力を全て使い果たした為に全身から力が抜け、さながら糸の切れた操り人形になったように感じる。

そしてそのままフォレスにもたれ掛かるようにして倒れ込んだ。

リーフはそのまま撃たれるか斬り捨てられると思っていた。

だが意外にもフォレスはリーフを優しく受け止めたのだ。

 

「・・・今のは危なかった。」

 

「(何処がだよ、実力の半分すら出していなかった癖に。)」

 

だが、リーフは最後の一撃が認めて貰えたようで少し嬉しかった。

 

「・・・だが、まだまだ経験不足だな。」

 

そう言ってフォレスはリーフを軽く突き飛ばす。

 

「・・・今から神導覇星流の技の一つを見せてやる。」

 

すでにおぼろげな視界の中、フォレスの琥麟珀の刃の文字が光り出し、幻龍の時よりも深く、そして美しい輝きが刃全体に広がる。

 

「『神導覇星琥麟珀・・・“(ミダレ)”、壱ノ型!』」

 

シュパパッと空気を切り裂く音しか聞こえなかった。

剣捌きも刃の軌道も全く目で追うことが不可能な神速剣。

そしてフォレスが刀を鞘に納めると同時に、リーフの全身から血が吹き出した。

 

「(まったく・・・強すぎだろ。)」

 

薄れ行く意識の中、フォレスの声が聞こえた。

 

 

 

「・・・きっかけは作った。後は自分で開花させれば良い。」

 

 

 

最後の言葉の意味は理解できなかったが、やけに心に響いた。

 

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陸道の父親は『ショタジジイ』?

ウワー、再会ガ楽シミダナー・・・


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26話「帰路」

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まだ日も出ていない薄暗いリーフの寝泊まりしているログハウス。

 

「・・・・・・ぐっは!?」

 

「!?な、何事ですかご主人様(マスター)?」

 

いつも通り心拍数はこっそり測っていたが、突然心拍数が異常なまでにいきなりはね上がった為、暴走したのではないのだろうかと思い、電撃を浴びせて再び眠りの世界へと誘おうか心配になる。

 

一方のリーフは荒れる呼吸を整える。

 

「良かったちゃんと生きてる。」

 

心から安堵の気持ちが沸き上がった。

寝巻きは汗でびっしょりと濡れてしまっている。

着替えようとして部屋の明かりをつけ、上を脱いだのだが・・・

 

「・・・な、何なんでか?それ!?」

 

ティガの表情が驚愕に染まるが、それはリーフも同じだった。

 

リーフの上半身の至るところにびっしりと痣が刻まれていたのだ。

 

思い当たる節は先程の夢の中での出来事しか考えられない。

その証拠に、痣はフォレスに斬られた部分にしかなかった。

 

「(予想はあながち間違いじゃなかったのか?)」

 

もしかしたらさっきまで死の淵に自分は立っていたのではないのかと思うとゾッとする。

いつも通り拘束具を身に纏い、袴姿になって幻龍を腰に差し、タブレットを持ってドアを開ける。

 

ご主人様(マスター)?こんな早くどちらに?」

 

「リトビとグランに繋いでくれ。急に身体を鍛えたくなった。」

 

「えっ?あの~その前に今日の分の充電(魔力)を・・・」

 

「すまない、後だ。」

 

「待って下さい!もう10%しか残ってないんです!昨日から索敵レーダーのアップデートしていてヘロヘロなんです!!」

 

必死に訴えるもののリーフの耳には届かず、地上に降りてからウォーミングアップした後、やっと充電させて貰えたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・・・」

 

『・・・・・』

 

なんとも気まずい空気が辺りを侵食する。

 

「ご主人様(マスター)・・・何で前より強くなっているんですか?」

 

リーフの目の前には斬撃によって抉られた樹木があった。

見よう見まねでフォレスの使っていた“乱”を使用したのだが、やはりそう上手くはいかなかった。

しかし威力は一閃よりも格段に上の技である為、なかなかの結果となった。

だが、リトビとグランはあまり好しとはしなかった。

 

『リーフ、向上心は良いことだ。だが常識を知った方が良い。』

 

ティガは思った。「あんたが言うか!」・・・と。

 

『そうだぞ。折角俺達が世間に出ても気にならない程度に鍛え上げたのに。』

 

リーフとティガは思った。「あの強さで!?」・・・と。

 

『まあ、二人の常識は一般常識とはかけ離れてますから参考にするのは間違っていますしね。』

 

アブルホールの言葉に二人は激しく同意する。

対してリトビとグランは首を傾げる。もしかしてわかってないのか。

 

『儂らの時はあの程度の実力者ゴロゴロいたぞ。』

 

「どんな修羅の国ですか・・・」

 

やはり二人を参考とすることは間違いだと再認識する。

 

『しかし、何でまた強くなろうとしているので?』

 

「・・・笑わないでくれます?」

 

リーフは夢の中で起こったことを話始めた。

夢の中で出会った強敵のこと、夢とはいえ全く歯が立たなかったこと、順を追って話してゆく。

 

『つまり、夢で出会った相手の強さに惚れて自分も強くなりたくなった。と言うことでよろしいですか?』

 

リーフははっきりと頷く。

理由は至って単純なものだったが、真実を包み隠さず話した。

 

『まぁ本人がそう望んでいるなら、儂らが口出しすることはない。』

 

『んな訳で別に強くなろうとしても構わないぞ。』

 

「ありがとうございます。」

 

これで二人の許しを得たのでじっくり修行することができる。

そう内心喜んでいるとアブルホールがあることを尋ねる。

 

『神導覇星剣術が使えて、リトビとグランよりも実力が上、その最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)何者なのでしょうか?』

 

「確か、『フォレス』って名乗ってました。」

 

だがその名前を出した途端、絶対零度の殺気がリーフに突き刺さった。

タブレット画面に目を向けると、グランが今までに無いほどの殺気を放っていた。そしてリトビの方は普段の糸目をこれでもかというほど見開いており、朱色の瞳が驚愕を伝えていた。

 

『リーフ、その名前二度と口にするな。そして夢のこと、絶対に誰にも話すな。』

 

グランは怒気を孕んだ口調と言葉で、リーフを脅迫するが如く忠告する。

あまりの豹変具合にリーフはただ頷く事しかできないほどだった。

 

『良いか?絶対口にするなよ。』

 

一方的にそう言うと通信が切れてしまった。

何か怒らせるような事を言っただろうか。あんなグランを見るのは始めてだ。

 

「あら?リーフ様?」

 

考え込んでいると背後から声がかかる。

振り返ればリリーナがいた。

こんなに朝早く、というよりまだ日の出前に何をしているのだろう。

 

「えっと・・・朝から稽古ですか?」

 

「ええまぁ。」

 

リリーナの目線はリーフを見ていない。

彼女が見ているのは、リーフによって傷付けられた樹木であった。

 

「ほどほどにお願いします。」

 

「すみません・・・」

 

「ところでリリーナ様はこんな早くどちらへ?」

 

気まずい空気を変えようとティガが話題を反らす。

 

「これからお祈りなんです。良かったら一緒に来ますか?」

 

「お祈り?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リリーナの後についてゆく。

着いた場所は広場であった。見渡せばこの森に住まう全てのエルフが集まっていた。

彼らの注目する先には一つの銅像がそびえ立っていた。

 

銅像の人物はエルフであり、聖騎士のような鎧を纏い、右手の大剣を天に掲げ、左手の大剣は地に突き刺さしている。

その姿はまさしく高貴なる人物ということが、本人でないにもかかわらず伝わってくるようだ。

そして、遠くの地平線から朝日が上り出す。

同時にエルフ達は跪いて、広場の中央に設置されている銅像に拝み始めた。

さながらその光景は聖地で礼拝する教徒達のようであった。

 

祈りの時間はおよそ5分程度だったのだが、圧倒的な光景を目の前にしとても長く感じられた。

祈り終えたエルフ達は広場を出ると、いつもと変わらぬ生活を各々始めた。

 

「いかがでしたか?」

 

「あーー、うん・・・なんというか、凄かった。」

 

実際に見たわけではないが、人類側にも先程のように礼拝する宗教は存在する。

こっちはエルフの人数自体が少ないものの、信仰心は誰よりも劣らないであろう。

 

「今のが私達エルフの宗教、『セイヴァー教』日課であるお祈りの時間です。」

 

やはり宗教関連であったか。

残念ながらリーフは他種族の宗教については全くの無知だ。

リリーナに説明を求めると詳しく教えてくれた。

 

曰く、この世界は十二柱の神々によって成り立っていると伝えられている。

故に他種族の信仰する宗教は大きいもので十二存在する。

それらの総称を『十二神教』と呼ぶ。

リリーナ達、エルフ族の信仰するセイヴァー教もその一つであるそうだ。

何でも目の前の銅像のエルフこそ、セイヴァー教の主神であり十二神の一人でもある、『セイヴァー様』だそうだ。

そしてリリーナは他の宗教についても知る限りのことを教えてくれた。

 

十二神にはそれぞれ順番があるらしく、最上位からリリーナは説明する。

それらの話を纏めると。

 

・正義を司るとされる龍の神、『レウス』を信仰する『レウス教』

 

・浄化を司るとされる天使にして神、『ルシエル』を信仰する『ルシエル教』

 

・筋肉を司るとされる鬼の神、『羅刹』を信仰する『羅刹教』

 

・死を司るとされる骸の神、『アルバス』を信仰する『アルバス教』

 

・希望を司るとされるエルフの神、『セイヴァー』を信仰する『セイヴァー教』

 

・科学を司るとされる機人の神、『テスタメント』を信仰する『テスタメント教』

 

・影を司るとされる兎人の神、『ネザーラ』を信仰する『ネザーラ教』

 

・毒を司るとされる蛇の神、『ヒバカリ』を信仰する『ヒバカリ教』

 

・モフモフを司るとされる猫人の神、『ペルシェ』を信仰する『ペルシェ教』

 

・性別を司るとされるスライムの神、『ウーズ』を信仰する『ウーズ教』

 

・けも耳を司るとされる犬の神、『ハース』を信仰する『ハース教』

 

・虫を司るとされる蟲の神、『セクト』を信仰する『セクト教』

 

といったところだ。

 

なんか危なそうな宗教も存在するのだが。

特に4番目。死を司るっておもいっきり邪神感があるんだが。

というか、筋肉を司るってネタみたいな宗教誰が入るんだよ。

モフモフとけも耳は・・・興味がないでもない。

 

「なんと言うか・・・ユニークな宗教団体ですね。」

 

「まぁ、否定はできませんね・・・」

 

やはり無信教者の自分に宗教は似合わない。

リトビとグランにも怪しいこととはあまり関わるなと言われているし。

 

「あっ!それから今日は9時に出発しますから、それまでに準備を整えておいてください。」

 

他の皆さんにも伝えてくださいね~と言葉を残してリリーナは再びどこかに行った。

残ったリーフはというと。

 

「・・・ティガ、ペルシェ教とハース教について調べてくれ。」

 

「はい、ご主人様(マスター)。」

 

やはりモフモフとけも耳には心が揺らぐリーフであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして身支度を終えて森の入り口に集合したのだが。

見送りの為だろうか、マリナを始めエルフの武僧など、かなり盛大になっていた。

 

「わざわざこんなに来なくても良いのに。」

 

「何言ってるのよ。せっかく未来の婿連れて来ておいて。」

 

マリナの言葉にリーフは首を傾げ、他はなんとも言えない表情でリリーナを見つめ、リリーナ本人に至っては長い耳まで真っ赤にしている。

その後、マリナとリリーナの仲睦まじい口喧嘩が繰り広げられた後に出発となった。

その間もリーフは何一つ理解していなかったことは言うまでもない。

 

以前と同じように隊列を組み帰路を進めるリーフ達一行。

和気あいあいと世間話をしながら歩み続ける。

何気ない会話の中にも、リーフにとっては知らないことだらけである為、何かとこの世界を学ぶことに役立っていた。

 

歩き続けてから10分ほど経った時だった。

先頭を歩いていたフェンが立ち止まり、荷馬車を操るリリーナに対して止まるように指示する。

同時に他の冒険者達も警戒心を上げる。

それぞれが辺りを見渡していると、異質な音が聞こえ始める。

リーフには聞き覚えがある為、それが機械の駆動音に似ていることはすぐにわかった。しかし、科学技術に詳しくない他のメンバーにとってこの音は不気味なものでしかない。

そして何より、こんな森の中で機械の音が近づいて来ているなどあり得ないのだ。

 

数秒後、その音の正体が現れた(・・・)

 

それは体長五メートルほどの自動車を持ち上げている人型魔動機人(マシン・ゴーレム)であった。

ロボットアニメに出てきそう緑色の装甲で、胸と頭部の装甲は色違いで白かった。

そして目と思われるカメラは赤く不気味に発光している。

見るからに危険であることは明らかであった。

突然の遭遇に皆驚いていたが、いち早く正気に戻ったフェンが指示を飛ばそうとするも、魔動機人(マシン・ゴーレム)の方が早かった。

 

魔動機人(マシン・ゴーレム)は持っていた自動車を荷馬車目掛けて放り投げた。

 

突然の事で自動車がスローモーションのようにゆっくり落ちてくると錯覚してしまう。

だが、またもやリーフが動いた。

荷馬車から駆け上がり幻龍を抜き払うと、そのまま夢で習得した無影斬を放つ。

リーフが荷馬車に着地すると、自動車に線が入り4つに分かれて荷馬車の周りに激しい音を立てて落ちる。

するとその音に馬が驚いて制御不能になる。

そして勝手に荷馬車は道を外れ、リーフとリリーナは森へと行ってしまった。

シダとカラーはすぐに二人を追おうとするがフェンに止められる。

 

「追うな!」

 

「ですが!」

 

「素人二人で何ができる?リーフがいるんだ大抵のことなら心配しなくても良い。それより今はこいつをどうにかするぞ。」

 

そう言うものの、勝率はかなり低い。

フェンの本気である“狼モード”はスピードを生かし、相手の急所に一撃を与える戦い方で、装甲の硬い魔動機人(マシン・ゴーレム)において致命打を与えにくい。

そして戦力もリーフは分断され、残っているのはベテランの二人と新人の二人。

シルバの幻術魔法も機械には効果が薄い。新人二人も討伐難易度が頂点の魔動機人(マシン・ゴーレム)の相手はきつい。

となると、残るは彼女しかいない。

 

「ウォーティー、自分の使える攻撃魔法を頼む。」

 

「・・・わかった。」

 

回復と防御に特化しているとはいえ、攻撃魔法が使えないわけではない。

ウォーティーはすぐさま詠唱を始める。

だが、それを許すほど魔動機人(マシン・ゴーレム)はバカじゃない。

完全にウォーティーをロックオンし動き出す。しかも、五メートルの巨体にもかかわらず、かなり動きが速い。

 

「全員!ウォーティーの詠唱が完了するまで足止めだ!」

 

その言葉を皮切りに各自行動を開始する。

シルバのスリングショットを放ち、石はまっすぐ魔動機人(マシン・ゴーレム)に命中したが、装甲に傷一つ付いた様子はない。

だがそれで良い。

あくまで目的はウォーティーの足止めだ。

予想通り、魔動機人(マシン・ゴーレム)はシルバに目標を移し向かってくる。

緑色装甲の人型魔動機人(マシン・ゴーレム)は武器をもっておらず、接近戦闘しかできないことがせめてもの救いだった。

飛道具あるいは何かしらの武装をしていた場合、舜殺されていたことだろう。

 

「うぉらぁぁーーーーー!!」

 

フェンは周りの木々を駆け上がり、魔動機人(マシン・ゴーレム)の側頭部に回し蹴りを放つ。

しかし、色ちがいの装甲は予想よりも硬い。逆にフェンのブーツが傷つきダメーシを負う。

フェンに続かんとシダとカラーが二人がかりで止めようとするも、強烈なタックルに吹き飛ばされてしまう。これで二人が戦闘不能となる。

だが二人の頑張りは無駄ではなかった。

 

「離れてください!」

 

ちょうどウォーティーの詠唱が完了し、まさに後は技の名を言うだけであった。

瞬時に魔動機人(マシン・ゴーレム)から二人は飛び退く。

そしてウォーティーは魔法名を口にしようとし・・・

 

凄まじい何かに吹き飛ばされる。

 

何度か跳ねた後木にぶつかりそのまま意識を失う。

二人が目を向けた先にはもう一体の紫色の装甲をした人型魔動機人(マシン・ゴーレム)がいた。

緑と同じ大きさであるが、所々装甲の形が違い強化されている。言うなれば緑の上位種のように感じる。

それにこの魔動機人(マシン・ゴーレム)は武装をしている。左腕にはクローが付き、右腕の銃と一体化している突撃用ランスは冒険者の装備を簡単に砕いてしまうであろう。

そしてカメラのような目が不気味に赤く点滅している。

 

「ぐっ・・・」

後ろでシルバが崩れ落ちる。これで残るはフェンただ一人だ。

完全に打つ手がなくなってしまった。

呆けていると後ろの緑色魔動機人(マシン・ゴーレム)に掴まれ軽く投げ飛ばされて木に背中を強く打ち付けてしまう。

蹲っていると、遠くの方で爆発音が聞こえてくる。

その方角は確か荷馬車が消えて行った方向であった。

 

「(まさか・・・まだいるのか?)」

 

それが本当ならば、少なくともあともう一体いることになる。

 

「(無理だ・・・討伐難易度Sクラスを三体以上何て。)」

 

魔物(モンスター)は種類によって討伐難易度がある。最低のFから最高のSとなっており、最高ランクの魔物(モンスター)は最上位の冒険者が数人がかりでやっと対応できるというほど強い存在が多い。そんな存在の魔動機人(マシン・ゴーレム)が三体以上、フェンの心を打ち砕くのには十分であった。

腐敗した貴族が嫌になって家を飛び出し冒険者となったフェン。

ただひたすら強くなる為にたった一人でこの地位までたどり着いた。

その努力がここで全て終わろうとしている。

自分の無力さを痛感し嗚咽を抑えられず涙が流れ落ちる。

 

完全に戦意喪失しているのに、二体の魔動機人(マシン・ゴーレム)は止めを刺そうとしない。

すると不気味な機械音が聞こえ始める。

こいつらは待っていたのだ。フェン達一行を分断したのも全て計画の内。魔物(モンスター)でなければかなりの連携がとれていると称賛を贈ったことだろう。

更なる絶望をフェンだけでなく他のメンバーにも襲いかかる。

 

しかしなぜだか二体の様子がおかしい。

 

よくよく耳を澄ますと、機械の駆動音に混じってバキッ!やらゴキッ!といった衝撃音が聞こえる。

そして音はだんだんと近づいて来て。

 

一際大きい影が木々の奥から飛び出してきた。

 

ズシンと音を立てて降ってきたのは青い装甲の人型の魔動機人(マシン・ゴーレム)であった。

武装は違っているも、紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)と同じタイプだ。

装甲はひび割れ、関節部からは火花が散るほど、酷い損傷を負っていた。

 

こんな事ができる者は一人しかいない。

 

「あんまり泣くと折角のイケメンが台無しですよ。」

 

フェンはくしゃくしゃになった顔を上げる。

そこにはやはりリーフがいた。多少服装に汚れがあるも、大したダメージを負った様子はない。

 

「さぁ、始めますか。」

 

幻龍を構え直し、二体の魔動機人(マシン・ゴーレム)と向き合う。

一方の魔動機人(マシン・ゴーレム)側は紫の方が前に出る。どうやら一対一を望んでいるようだ。

自然と緊張感が増してゆく。そして互いにほぼ同時に飛び出した。

 

精霊(ファンタジー)機人(科学)の戦いが始まった。

 



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27話「三体の魔動機人」

フェン達と分断されてしまった二人は暴走する馬車をなんとか止めたものの(馬は逃げ出した)、完全に道を外れ他のメンバーと分断されてしまった。

 

「皆さん大丈夫でしょうか?」

 

「少なくとも、早めに合流しないと不安ですね。」

 

先程の魔動機人(マシン・ゴーレム)は装甲の一部が違っていた。普通の魔動機人(マシン・ゴーレム)ならば、例え装甲がひび割れようが剥がれようが、自ら修理する知能もない暴れ者だが、奴は違う。

急所と成り得る頭部と動力源のある胸部の装甲が補修されている痕跡があった。

つまり、あの魔動機人(マシン・ゴーレム)には知性が存在している可能性がある。

 

「でも、どうしていきなり襲ってきたのでしょうか?」

 

リリーナの言う通りでもある。

本来、魔動機人(マシン・ゴーレム)は森の深くにおり、危害を加えなければ滅多に人を襲うことはない。

 

「ティガ。同じ機械としての意見を聞かせてくれ。」

 

リーフの声に反応し画面に考える素振りをしているティガが写し出される。

 

『まだハッキリしませんが、あの魔動機人(マシン・ゴーレム)・・・』

 

そして言葉を続けようとしたのだが、リーフは異様な気配をいち早く察すると、リリーナに飛び掛かりそのまま押し倒す。

 

「えっ!?・・・ア、あの!いいい、いきなり何を!!?」

 

直後、激しい炸裂音楽が響き渡りリリーナの立っていた後ろの木の幹にいくつもの風穴が開く。

銃撃であった。恐らくマシンガンの類いだろうか、しかし恐ろしい事に着弾した弾は全て貫通している上、明らかに弾丸のサイズは人間の扱う銃ではあり得ないほど大きい。

 

不気味な駆動音と足音が近づいてくる。リーフは起き上がり幻龍を抜きとり、リリーナを荷馬車のほうに隠れるように促す。

リリーナが隠れたと同時に()()()は現れた。

 

予想通り魔動機人(マシン・ゴーレム)であった。

 

だが、先程のとは似ているが全く異なる個体だ。

装甲色は鮮やかな青、右腕にマシンガン、左腕にはクローが装備されている。

赤く発光するカメラがリーフをしっかりと見ている。

対するリーフも目を反らさずに鋭く睨み付ける。

 

『分かりました!ご主人様(マスター)、ウイルスです。』

 

「ウイルス?」

 

『はい。コンピューターウイルスです。正確には特殊な電波で感染するタイプで、それが感染して魔動機人(マシン・ゴーレム)は暴走しているんです。』

 

成る程、ティガのお陰で原因は突き止めたが、リーフにはどうして良いかわからない。

 

「・・・何とかできるか?」

 

わからなければ機械は機械に任せば良い。

 

『ではまず“彼”の動きを封じて下さい。暴れることができないくらいに。』

 

「任された!」

 

リーフが駆け出すと、青の魔動機人(マシン・ゴーレム)は追うようにマシンガンを構え引き金を引く。

今にも鼓膜が破裂しそうなくらいの大音量だが、気にする事なく弾丸の雨を避けながら迫る。

 

「はぁっ!」

 

そのまま飛び掛かるように斬りかかるも、青の魔動機人(マシン・ゴーレム)はクローで受け止め、リーフを突き飛ばす。

突き飛ばされながらも、リーフは苦無を取り出し一気に投擲する。

一直線に青の魔動機人(マシン・ゴーレム)に向かって行った苦無だったが、それらは全て装甲に弾かれた。

青の魔動機人(マシン・ゴーレム)は銃口をリーフに向け直し、無数の弾丸が放たれる。

 

「だぁぁぁーーーーーーーーっ!!」

 

雄叫びと共にリーフは幻龍を振るう。迫り来る凶弾を斬り落としているのだ。

常識はずれのリーフにしかできない行為だが、無数の弾丸を全て斬る事は不可能で、自らの命を奪いかねない弾のみを斬り落としていた。

 

やがてその雨は一時停止する。弾切れだ。いくら強力な武器であろうと欠点は必ず存在する。

そしてリーフがまさに狙っていた瞬間が訪れようとしている。

青の魔動機人(マシン・ゴーレム)が弾切れのマガジンを新たな物へと交換しようと動く。

対してリーフは右の袖から苦無を一本取り出し魔動機人(マシン・ゴーレム)へと駆け出す。

しかし、魔動機人(マシン・ゴーレム)のマガジンの交換に掛けた時間はほんの数秒、直ぐ様再び銃口をリーフへ向け直す。

 

「(ここだ!)・・・いっけぇぇぇーーー!!」

 

リーフが望んでいたのはまさにこの瞬間である。

左手を振りかぶり、一直線に苦無を投擲する。そして吸い込まれるようにマシンガンの銃口へと消えた直後、魔動機人(マシン・ゴーレム)はトリガーを引いた。

 

ドカンッ!!と一際大きい爆発音が響く。

 

バラバラになったマシンガンの部品が地面に落ちる。

それだけじゃない。青の魔動機人(マシン・ゴーレム)の右手からは火花が散り、まともに動かす事すらできないようだ。

 

リーフは再び幻龍を構え魔動機人(マシン・ゴーレム)へ駆け出す。

確かに魔動機人(マシン・ゴーレム)の装甲は並大抵の武器では傷をつけるのがやっとではあるが、全身隈無くあれば動くことなどできない。

 

だからリーフは装甲と装甲の間の膝関節部分に狙いを定め斬ったのだ。

 

膝関節から火花と黒煙が上がり、ドスンと音をたて魔動機人(マシン・ゴーレム)は膝を付く。

だが、魔動機人(マシン・ゴーレム)はギギギと後ろにいるリーフに左腕を伸ばす。

リーフは十分に距離を取っているから、魔動機人(マシン・ゴーレム)がいくら手を伸ばそうとリーフには届かない。

 

それは間違っていた。

 

突如、魔動機人(マシン・ゴーレム)のクローが放たれた。

咄嗟に首を右に傾けて避けたものの、僅かに油断していたため反応が若干遅れた。お陰で左頬に一線の切傷が刻まれる。

そしてリーフの頭部を通り抜けたクローは後ろの木を数本切り倒してから止まった。

 

そしてリーフが一気に魔動機人(マシン・ゴーレム)の間合いに踏み込み、幻龍を振るう。

再び防御が薄い肩関節を斬り付け、魔動機人(マシン・ゴーレム)の左腕が脱臼したようにダラリとなる。

勿論右腕も同じく斬り付け、完全に攻撃不能にする。

 

更なる追い討ちで魔動機人(マシン・ゴーレム)の頭部を回し蹴りを喰らわし、装甲が凹み火花が散った

手も足も動かせなくなった魔動機人(マシン・ゴーレム)はゆっくりと倒れた。

 

そして直ぐ様タブレットを取り出し、ティガを起動させる。ちなみにいくつか弾が当たっていたのだが、リーフのタブレットは防弾性能が格段に高く、製作者の匠の技が光る一品である。

同時に接続ケーブルも取り出し、魔動機人(マシン・ゴーレム)の首にある接続口のような部分に差し込む。

タブレット画面に無数の数字配列が並び出す、ティガが魔動機人(マシン・ゴーレム)の感染しているコンピューターウイルスを解析してワクチンプログラムを作っている証拠だ。残りの作業はティガがなんとかしてくれるだろう。

 

「リーフ様!」

 

物影に隠れていたリリーナがリーフに駆け寄ってくる。

まだ完全に安全になった訳ではないのだが、余程心配であったのだろう。

 

【我が身に流れる命の光よ。癒しの光となりて、この者を癒せ。】

 

【ライト・ヒーリング】

 

優しい光がリーフを包み込み、瞬く間に傷を癒していく。

 

「魔法使えたんですね。」

 

「ええ。ギルド職員はある程度の魔法取得が義務付けられています。」

 

襲撃など、いざとなればギルド職員も戦う事ができるよう訓練されている。職員の中には引退した冒険者もいるそうだ。

 

そうこうしていると、遠くの方で銃声が聞こえてくる。

 

『発砲音、先程のマシンガンと酷似。それに生体反応を4つです。』

 

「まさか他にも魔動機人(マシン・ゴーレム)が!?」

 

「そうか、なら急がないとな。」

 

そう言うとリーフはタブレットを紐で縛り付け固定する。

 

『あの・・・ご主人様(マスター)?何で縛るのでしょうか?』

 

「飛ばされないようにだ。」

 

固定し終えたリーフは魔動機人(マシン・ゴーレム)から降り、触手をほどいて髪を下ろす。

その二つの触手を魔動機人(マシン・ゴーレム)に巻き付ける。

 

『まさかと思いますが、ご主人様(マスター)・・・これ(魔動機人)を私ごと投げ飛ばすつもりじゃあないですよね?』

 

「・・・そのまさかだ。」

 

リーフは一気に力を解放し、ゆっくりと魔動機人(マシン・ゴーレム)を持ち上げる。

 

やがて魔動機人(マシン・ゴーレム)は完全に持ち上がる。

そしてリーフは思い切り振りかぶり遠くへ投げ飛ばし、魔動機人(マシン・ゴーレム)はそのまま見えなくなった。悲鳴を上げるタブレットと共に。

 

「はぁはぁ・・・さて、行きましょうか。」

 

呼吸を整えたリーフはそのまま魔動機人(マシン・ゴーレム)を投げ飛ばした方向へと消えて行った。

 

「・・・規格外すぎる。」

 

改めてリーフの異常さを再確認するリリーナであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

案の定投げ飛ばした先には仲間がいた。内三人は戦闘不能な状態でフェンがたった一人で魔動機人(マシン・ゴーレム)を食い止めていたようだ。

 

だが再開の余韻に浸らせてはくれず、いきなり紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)が襲い掛かってきた。

 

そして現在、紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)と絶賛戦闘中である。

 

この紫、先程の青の魔動機人(マシン・ゴーレム)と色が異なるだけだが、非常に自分の戦い方を理解している。

紫の武器は大型のランスとサブマシンガンが一体化したものだ。

ランスの間合いから離れれば、サブマシンガンで撃たれる。かといって距離を詰めればランスで凪ぎ払われる。

 

実に戦いにくい相手だ。

 

だが、それと同じ気掛かりな事がある。

 

もう一体の緑の魔動機人(マシン・ゴーレム)が全く戦闘に参加して来ない事だ。

 

緑の魔動機人(マシン・ゴーレム)は腕を組み、ずっとリーフの戦闘を眺めている。

向こうでリリーナが仲間に回復魔法をかけているというのに見向きもしない。

止めを確実にできるはずなのに。

ともかく今は目の前の敵に専念しなくては。

 

確かな一撃を与えられないかと考えていると、紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)が動きを止めた。

ゆっくりとこちらに槍先を構え、数歩の助走ののち・・・

 

気付いた時には槍先が自分の目の前に迫っていた。

 

咄嗟に反復横飛びの要領で横に飛び退いたすぐ後、盛大な音が聞こえた。

振り向くと先程待て立っていた地面は抉れ、その少し先で紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)は止まっていた。

後ろにあった樹木の数本が粉々となって消えていた。

 

「(今のは危なかった。)」

 

あと少しでも気付くのが遅れていれば、体に大穴が開いて終わっていた事だろう。

 

そしてこちらに向き直った魔動機人(マシン・ゴーレム)はサブマシンガンの引き金を引く。

 

「(少しは止まってろ!)」

 

まずはサブマシンガンをどうにかしたいものの、残念ながら苦無は先程の戦闘で全て失った為、青の魔動機人(マシン・ゴーレム)の時の手は使えない。

 

何かないか?・・・待ち伏せしてカウンターを狙う?・・・いや、あれだけのスピードでは剣が弾かれる。

目眩まし?・・・こっちも見えなくなるだけだ。

 

「(あのスピードがなければ、・・・スピード?・・・っ!?)」

 

その瞬間リーフの頭に電撃が走り、一つの攻略法が閃いた。

 

「(問題はタイミングだな。少しでも遅れても早すぎても失敗だ。)」

 

サブマシンガンの弾が切れ、皿形弾倉を新しい物に付け替える。

わずかな時間で装填し終えて、再び銃口を向けるも、対するリーフはただその場で剣も構えずただ無防備に突っ立っていた。

魔動機人(マシン・ゴーレム)はリーフの想定外の事態に動揺したように見える。

 

そしてリーフは紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)に向けて手招きをする。

 

あからさまな挑発行為を紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)は完全に理解した。

先程と同じモーションをとり、リーフに狙いを定める。

挑発の影響で先程よりも強い一撃になるだろう。

 

魔動機人(マシン・ゴーレム)が一歩踏み出す。

 

リーフは全神経を集中させ、タイミングを見計る。

 

二歩、三歩、そして四歩目でブースターに火がついた。

 

「(ここだっ!!)」

 

五歩目が地を離れ、紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)は一気に加速する。それと同時にリーフも踏み込んだ。

みるみる内に互いの距離が縮まる。

 

リーフは魔動機人(マシン・ゴーレム)の突き出したランスに幻龍を滑らす。

ガリガリと金属同士が擦れる嫌な音と激しい火花が散る。

そしてすれ違い様に幻龍の刃が魔動機人(マシン・ゴーレム)の肩の装甲に浅い傷をいれる。

本来ならば肘を切り落とすはずの一撃だったが、軌道がずれ検討違いな上ダメージゼロだ。

 

だが、リーフの本命は別にある。

 

すると、紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)の身体がふらつく。

よく見れば、魔動機人(マシン・ゴーレム)の右足にリーフの触手が引っ掛かっている。

 

まだ自然が残っていた頃の草トラップと同じ要領だ。地面に生える草同士を結び付け、走ってくる相手を躓かせる簡単な仕掛け。

リーフも触手を結び、すれ違い様に右足に引っ掻けたのだ。(しかし、引っ掛けた触手が引きちぎれそうで、これまでにないくらいの激痛を味わっていた。)

 

紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)の速さが仇となった。

ゆっくりとその巨体は傾き、やがて頭から地面に激突する。

急所の一つである頭部を打ち付け、紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)の機能がダウンし、所々バチバチ音を立て動かなくなった。

念のため魔動機人(マシン・ゴーレム)の両肩関節に幻龍を刺しておいた。

 

「これで二体目」

 

そして遂に最後の魔動機人(マシン・ゴーレム)が動き始めた。

 

拳をこちらに向け、独特な構えをとる。

どうやら緑の魔動機人(マシン・ゴーレム)は格闘戦が得意なようだ。

リーフも幻龍を握り直し刃を向ける。

 

二人が動いたのはほぼ同時であった。

リーフは剣を魔動機人(マシン・ゴーレム)は拳を振るう。

剣と拳がぶつかり合い、お互いの衝撃で後退る。

緑の魔動機人(マシン・ゴーレム)は腕を振るって風を発生させた。

すると地面の砂が舞い上がり、その風はリーフを巻き込む。

目に砂が入り、リーフはたじろぐ。

そこに魔動機人(マシン・ゴーレム)は拳を振り下ろした。

ドゴッと地に亀裂が生まれ、砂風と土煙が舞い上がる

まともに入ったと思われたが、土煙の中からリーフが飛び出す。

そのまま魔動機人(マシン・ゴーレム)の側頭部に回し蹴りを喰らわせる。

 

両者の力はほぼ均衡しており、互いに一歩も引かない。

打たれては斬り返し、斬られれば打ち返しと両者の攻撃は激しさを増してゆく。

次第に防御を無視し始め、どちらが倒れるかの持久戦じみてきた。

 

「(・・・このままだとヤバいな。)」

 

体力に限りがあるリーフと龍脈石を失わない限り動く永久機関の魔動機人(マシン・ゴーレム)。このままゆけば軍配がどちらに上がるかは目に見える。

 

だからリーフは賭けに出る。

 

幻龍に魔力を流し込む。刀身が翡翠色に輝き出し、脅威と感じ取った魔動機人(マシン・ゴーレム)は拳を放つ。

放たれた拳を踏み台にして飛ぶ上がった。

 

「『神導覇星幻龍“一閃”壱ノ型!』」

 

狙いは胸のど真ん中にある龍脈石。完全に破壊すれば魔動機人(マシン・ゴーレム)の命を奪ってしまうが、ギリギリを攻めれば行動不能にできる。

 

神速の斬撃は確実に狙い通りのコースを描く。

 

だが、魔動機人(マシン・ゴーレム)は咄嗟に傾き、一閃は右腕を切り落としただけに終わる。

 

そして、空中に飛び上がり、技を放った直後のリーフは完全に無防備な状況である。

魔動機人(マシン・ゴーレム)がそれを見逃すはずもなく、左腕がリーフを掴み取った。

 

魔動機人(マシン・ゴーレム)は握り潰そうと手に力を込めるが、圧死する寸前でリーフは指の第三関節に幻龍を突き刺した。

何とか指を止められたが、魔動機人(マシン・ゴーレム)の腕からカチリと音が聞こえた。

 

直後、緑の魔動機人の(マシン・ゴーレム)の“奥の手”が炸裂した。

 

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その瞬間何が起こったのか頭に浸透してくるまでがとても長く感じられた。

緑の魔動機人(マシン・ゴーレム)の奥の手、その名も『パイルバンカー』。

腕に内蔵された杭(パイル)が高速で飛び出す仕組みの隠し武器。対象との距離が縮まるほどに威力は増す。

 

リーフはそれをまともに喰らい、杭(パイル)が突き刺さったまま飛ばされた樹木の下で動かない。

 

対して魔動機人(マシン・ゴーレム)は右腕と人指し指と中指を失ったものの、まだまだ戦闘に支障はない。

 

勝敗は喫した。

 

ゆっくり魔動機人(マシン・ゴーレム)が近付いてくる。

 

皆はもう諦めていた。

 

そんな中、フェンは怒りが沸き上がっていた。

 

自分の無力さに心の底から腹が立っていた。

 

「あぁぁーーーーー!!」

 

だから無謀にも飛び出したのは単なる八つ当たりに近い攻撃だった。

しかし、その飛び膝蹴りは魔動機人(マシン・ゴーレム)にクリティカルヒットし、魔動機人(マシン・ゴーレム)は大きく仰け反った。

リーフとの戦いによってダメージが蓄積し、本来の動きができないのだ。

 

「戦え!立つんだ!」

 

フェンは仲間に叫ぶ。

 

「あと少しなんだ、みんなの力を貸してくれ。」

 

 

 

「リーフの為にも、頼む。」

 

 

 

 

その言葉で奮起させるのに十分であった。

一人また一人と立ち上がる。

 

「どれ、一泡吹かせてやろうかの。」

 

「魔力がほとんど残ってないから期待しないでね。」

 

「まだ未熟者ですが頑張ります。」

 

「仇は取ります。」

 

「僭越ながら、私も手伝います。」

 

非戦闘員のリリーナまでもが自ら戦いに挑む覚悟だ。

全員で魔動機人(マシン・ゴーレム)を睨み付ける。先程の様にはいかない、絶対に倒すという共通の意義がある。

 

そしてまさに死闘が始まろうとした瞬間、魔動機人(マシン・ゴーレム)にあるものが投げつけられた。

 

それは杭(パイル)である。

だが、尖った先端の部分はありえないほどにへこんでいた。

 

「盛り上がっているところ悪いのですが、勝手に殺さないでくれます?」

 

声の先には近くの木に手をかけ立ち上がるリーフがいた。

 

「無事だったのですね。」

 

喜びのあまり涙が滲み出るリリーナが言う。

 

リーフが助かったのは、他でもないグラン特製の拘束具である。

あの拘束具は動きを制限すると共に人体の急所を守るように設計されている。

一定の力が加わると拘束具に魔力が流れ、アダマンタイトクラスの硬度を誇り、装備者を守る仕組みだ。

ただ今回は超至近距離であった為、杭を受け止めた後で粉々になってしまった。

 

「かなり痛かったですけどね・・・」

 

しかし衝撃までは殺せず、腹筋の辺りがズキズキ痛む。

 

「やった分は返すぞ、魔動機人(マシン・ゴーレム)。」

 

リーフは幻龍を鞘に納め、荒れた呼吸を整える。

腰を低くし抜刀の姿勢。

 

杭で打たれた際、脳裏によぎった神導覇星流の新技である。同時に重要な記憶もあった気がするが、今は置いておこう。

ただこの技の唯一の難点は発動までに時間が掛かる事。動けないリーフを魔動機人(マシン・ゴーレム)が放っておくはずもなく、予想通り脅威と感じ取った魔動機人(マシン・ゴーレム)はリーフへ駆け出す。

 

「各自援護、魔動機人(マシン・ゴーレム)をリーフに近づけるな!!」

 

フェンの言葉を皮切りに他の仲間が動く。

シダとウォーティーは荷馬車に積んであった丈夫なロープを木にきつく巻き付け、シルバはそのロープの先端に輪を作って魔動機人(マシン・ゴーレム)に投げる。見事に引っ掛かりロープが張って魔動機人(マシン・ゴーレム)の動きが止まる。

カラーはその瞬間、膝関節を攻撃し始める。

だが、止める事ができるのはわずかな時間。魔動機人(マシン・ゴーレム)の怪力によって簡単に木は引き抜かれ、衝撃で仲間達は飛ばされる。

あとほんの数秒だというのに。

 

みるみる距離を詰め、飛び掛かるように拳を振り下ろす。

 

「はぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!」

 

樹木を蹴り飛び上がったフェンが渾身の膝蹴りを魔動機人(マシン・ゴーレム)の腕に放つ。

見事に命中しコースを変える事に成功した。拳はリーフの真横で凹みを作って止まった。

 

「さっきとは逆だな。」

 

リーフの幻龍は鞘から溢れ出るほど光輝いている。

 

「お返しだ!」

 

下から垂直の一閃。その場にいた者達が知覚できたのは音のみ、リーフの剣筋は全く見えず、抜刀したのかもどうかすらわからなかった。

 

これこそ神導覇星流最速の剣技。

 

 

 

「『“幽閃”壱ノ型。』」

 

 

 

直後、魔動機人(マシン・ゴーレム)の体に一筋の線が入り、左上半身が分かれてそのまま崩れ落ちた。

 

遂にこの遭遇戦はなんとか勝利に終わった。

他の仲間達はほとんどの力を使い果たしその場に座り込んでいる。だが同時に勝ち取った勝利をしっかりと噛みしめていた。

 

ティガのワクチンプログラムはそろそろ完成しただろうから、リーフは二体の魔動機人(マシン・ゴーレム)にもインストールさせるために動きたかったのだが、先程の大技の反動で体がうまく動かない。

この状況で新手が出てきたら確実にヤバイなと考えていると。

 

「あっちゃー、酷い有様ねぇ。」

 

仲間の者ではない声がこの場の全員に聞こえた。

 

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28話「帰還」

「この度はアスガル、フェルゼン、ミズガルズが多大なる迷惑をお掛けしまして。」

 

『『『「本当に申し訳ありません。」』』』

 

リーフ達の目の前で先進誠意の謝罪、それも最上級である土下座をする女性。そしてその後ろのは半壊しながらも女性と共に謝る魔動機人(マシン・ゴーレム)達。

そしてあの魔動機人(マシン・ゴーレム)達には名前があった。

緑がアスガル、紫がフェルゼン、青がミズガルズだそうだ。

 

あの後現れた人間の赤毛の女性。整備士の格好と頭に巻いたタオルの油汚れがいかにも関係有りますという雰囲気であった。

彼女は戦闘の意思がない事と自分が魔動機人(マシン・ゴーレム)の仲間である事を話した。

因みにこの魔動機人(マシン・ゴーレム)達は彼女の魔法で運ばれた。

 

そして現在、リーフ達一向は女性と魔動機人(マシン・ゴーレム)の住み処の洞窟に案内されるやいなや女性は土下座を敢行したのである。

 

「本当にすみません。」

 

女性は頭がめり込むんじゃないかというくらい頭を地につける。

 

「いえ、あなたのせいじゃありませんし。」

 

むしろ彼女の大切な仲間を傷付けた事に罪悪感を感じる。

魔動機人(マシン・ゴーレム)達もウイルスで正気を失っていたとはいえ、随分壊してしまったし。

まあ今気にするべきところはそこではなく・・・

 

「あの~、みなさんもっとこっち来てくださいよ。」

 

現在彼女達と向かい合って話しているのはリーフとフェンだけだ。

残りのメンバーは洞窟の入り口でずっと止まっている。

というかシルバとリリーナはそれほどでもないが、ウォーティー、シダ、カラーの彼女を見る目が殺気立っている。特にウォーティー、魔力が空っぽじゃなかったら魔法を普通に叩き込んでいてもおかしくない。

 

「リーフさん、早くその人間(ゴミ)から離れたほうがいいですよ。」

 

「(何か普段口数少ないウォーティーがはっきりととんでもない言葉口にした。)」

 

かなりの豹変ぶりに驚くが、別にウォーティーが異常な訳ではない。

ウォーティーの種族、最上位水精霊(アクア・エレメンタル)のほぼ九割が人類殲滅思想を持ち、人間に対する憎しみが非常に大きい。これは精霊以外の他種族も同じである。

かつて人類共存思想であった最上位木精霊(ツリー・エレメンタル)だったが、戦争後の現在でも実に三割近くが未だに殲滅思想を掲げている。特に貴族に多い。

他の精霊は最上位火精霊(フレイム・エレメンタル)が半々に分かれ、最上位土精霊(グランド・エレメンタル)最上位風精霊(ウインド・エレメンタル)はどちらにも付かず中立のような状態だ。

 

「いや、こうして反省しているようですし。」

 

「どうだか。本当はあなたが命令して私達を襲わせたんじゃないかしら?」

 

リーフの想像よりも精霊族と人間の溝は深い。

でも流石に今の言葉はどうかと思い注意の言葉を掛けようとしたが、その前に女性が立ち上がる。

 

「わかりました。」

 

そう言うと女性は奥へと消えてゆく。

チラリと見えた彼女の目は何かを覚悟したような感じであった。

 

そんなに時間をかけずに彼女は戻ってきた。

 

熱せられた大きい鉄板を台車で引きながら。

 

「・・・人は誠意があれば例えどんな場所であっても土下座ができます。例えそれが焼けた鉄板の上であろうと。」

 

ヤバイ彼女は本気だ。

リーフは彼女を羽交い締めして止めようとする。

 

「離して!わかって貰うにはこれしかないの!」

 

「んな事しなくてもわかってくれます!みなさんも見てないで止めてくださいよ!!」

 

流石に人間がこんな事をするとは想像もしていなかったのだろう。

覚悟を決めた人間ほど恐ろしいものはない。

 

その後和解とまではいかなかったがその場は収める事はできた。

その間隙有らば焼き土下座を実行しようとする彼女を止めるのに手こずったが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「申し遅れました。私は赤坂ココと言います。」

 

お詫びに受け取って欲しい物があると洞窟内の奥へ案内する流れで彼女はそう名乗った。

 

現在案内されている洞窟内部はロボットアニメに出てきそうな光景そのものであった。

床には分解されたエンジンや組み立て途中の機械まであらゆる物で溢れている。

しかしこの時代で電力はどうしているのかと問うと、洞窟の上にソーラーパネルを設置しており、さらに近くの川にダムを作って水力発電もしているそうだ。

 

「確かにこの設備なら魔動機人(マシン・ゴーレム)を整備するには十分ですね。」

 

何気なく言ったつもりであったのだが、全員の視線がリーフに集まる。

 

「すごいですね。まさか中位木精霊(アルラウネ)のあなたが機械に詳しいなんて。」

 

精霊や他種族は魔法が主流な文明であるため人間の科学文明の機会に関しては全くの無知である。

さらに魔動機人(マシン・ゴーレム)は最近生まれた種族であるため、名前を知っていてもはっきりとした生態も分かっていないのが現状である。

 

「えぇ。自分の師匠の一人が魔動機人(マシン・ゴーレム)でしたから。」

 

リーフの言葉に皆驚きを浮かべる。特に驚いていたのはココであった。

まさか自分と同じように魔動機人(マシン・ゴーレム)と接した存在がいたとは想像もしていなかったのだから。

 

「あの!その魔動機人(マシン・ゴーレム)ってどんな形ですか?サイズ、装甲は?使用武器、あとそれからええっと・・・」

 

まるで人が変わったようにリーフにその魔動機人(マシン・ゴーレム)について質問を投げかける。

 

「・・・はっ!?すいません急にこんな事聞いて。」

 

我に返るココを見てリーフは武器の説明をするグランと同じ匂いを感じた。

 

「まあ、後日ならじっくり話に付き合いますよ。」

 

そう言うとココはパアッととびきりの笑顔を浮かべ、「約束ですよ。」とリーフに囁いた。

その瞬間、背後からすさまじい殺気を感じて振り返ったがやけにニコニコしたリリーナがいるだけであった。

 

「(気のせいか?)」

 

やがてかなり奥まで案内されると、ココは目的の物を見つけた。

 

「これです。お詫びに是非受け取って下さい。」

 

そこにあったのは鋼鉄の馬である。

しかも一体だけじゃなくメタリックに輝く装甲が合計四体。

 

「これは?」

 

「私が作った“魔動機馬(ゴーレム・ホース)”です。馬よりも馬力ありますし、これなら夜までに帰れるはずです。」

 

そこまで聞くとリーフはココの話が長くなりそうな気配を感じた。というのも実際グランの使用する大槌の説明だけでも半日かかった時の雰囲気とほぼ酷似しているからだ。

 

「うん、これは後の使い道を考えると冒険者ギルドが管理するに相応しいですね。ではリリーナさんよろしくお願いします。」

 

そう言って全てリリーナに押し付けた。

急に名を出され「えっ?」と口にしたリリーナを後にリーフは身を翻しもと来た道を戻る。

後から背後でマシンガンの如く説明する声が聞こえたが、気にしない事とした。

 

入り口近くまで戻ったリーフは壁にもたれかかる三体の魔動機人(マシン・ゴーレム)に話しかける。

 

「無事・・・とは言い難いかな。すまないこんなに壊して。」

 

『いや、あのまま暴走を続けていればココにまで危害を加えていたかも知れない。むしろこちらが礼を言わせてくれ。』

 

やはりこの魔動機人(マシン・ゴーレム)達には知性があった。まさか自分と同じようにコミュニケーションをとって生活を共にしているとは思いもよらなかったが。

 

「単刀直入に聞くが、お前達を操ろうとした者について何か覚えていないか?」

 

この時代でコンピュータウイルスを作れるのは機械に精通した人間か、アブルホールやティガのような存在自体が機械のものだ。

 

だが、

 

『すまない。そのあたりは全く覚えていないんだ。』

 

三体共全く記憶がないのだ。

 

「・・・ティガ。」

 

『彼らの言葉は本当です。恐らくウイルスに感染した後で暴走が起こった為、記憶データがデリートされてしまったと思われます。』

 

ワクチンプログラムを打つ為に彼らの中に入ったティガがそう言うなら間違いはないだろう。

 

「じゃあ今から人間の名前と写真を見せるから、知っている場合は教えてくれ。」

 

タブレット画面に写真を映し反応を見る。

 

父親小林淳一郎(こばやしじゅんいちろう)。首を傾げる。

 

母親小林恵美(こばやしえみ)。首を横に振る。

 

小林沙弥(こばやしさや)。やはり首を横に振る。

 

染井桜(そめいさくら)。」

 

すると、これまでとは違って三体は顔を見合わせた。

 

「何か知っているのか?」

 

『・・・いや、知らない。』

 

『記憶データにも存在しない。』

 

青と紫の魔動機人(マシン・ゴーレム)フェルゼンとミズガルズはそう言うが、何かを知っているのは明確であった。

と言うよりも機械なのに声が上ずりすぎる為、嘘だとバレバレであった。

先程までは協力的だったのに急に話せなくなった。ならば彼らは桜を知らない。だがその反応からすると、

 

「知っているのは赤坂ココか?」

 

三体が一斉にこちらを見る。

どうやら図星のようだ。

すぐにココに詳しく聞こうとしたが、緑の魔動機人(マシン・ゴーレム)アスガルに止められる。

 

『待ってくれ!』

 

呼び止められアスガルに向き直る。

表情がないアスガルだが、彼の言葉は何処か必死な気持ちがあった。

 

『ココは昔の話をするとパニックを起こすんだ。』

 

何でもかつて彼女はこの場所から遠く離れた人類革命連合国の『(アーミー)』で整備士として働いていたらしい。

だが彼女はそこで知ってはいけない真実を目にしてしまった。

そして怖くなって(アーミー)を逃げ出し、その途中で魔動機人(マシン・ゴーレム)達と出会い、現在に至る。

 

「知ってはいけない真実?」

 

『あぁ、だが俺たちもその真実が何なのかは知らない。だが彼女曰く、』

 

 

『「この事が公になれば再び戦争が起こる。」』

 

 

『とな。』

 

彼らは大袈裟に言っている訳じゃない。ただ彼女の為を思って言っているのだと理解できた。

 

「わかった。これ以上の詮索はやめておく。」

 

本当ならもっと詳しく調べたかったが、戦争などとんでもない事態に巻き込まれる事は避けたい。

それに全く手がかりが得られなかった訳じゃない。

おそらくココが桜の名を耳にしたとすれば彼女がいた人類革命連合国であろう。

もしかしたらそこにいるのかも知れない。

 

「(だが今は無理だな。)」

 

自ら赴き確かめたいものだが、情報が少なすぎる。

さらに今の自分は人間ではなく中位木精霊(アルラウネ)だ。黒髪が多くて人間に見えなくもないが、あまりにもリスクが高すぎる。

行動するならばもっと情報を手に入れてからのほうがいい。

 

考え込んでいると奥から笑顔のココと少しやつれたリリーナと仲間が帰ってきた。

 

「お待たせしました。」

 

リリーナの後ろには先程の魔動機馬(ゴーレム・ホース)がしっかり付いて来ている。

しかし何故疲れた表情なのかと問うと、

 

「登録は簡単でしたが、それまでの説明が一切理解できないものでして。」

 

予想通り彼女の説明に足止めを食らっていたようだ。

まあ自分の興味の薄い事を詳しく聞かされてもわからない上に辛いだけだ。

とりあえず帰ったら押し付けたお詫びに何かしようと考えるリーフであった。

 

その後の作業は順調に進み、前よりも大きい荷馬車が完成した。運ぶ荷物もないのでリーフ達は後ろの荷台に乗っている。

挨拶を済ませ荷馬車は発進した。

疲労しない魔動機馬(魔動機馬)である為、休憩を気にする必要もない。

だが道中最高速を出してみたところ、余りの速さに振り落とされそうになった。

そして本来なら二日掛かった道のりを半日で進み、リーフ達一行は日が沈む前にバッケスへたどり着けたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リーフ達がココと出会った時と同じく、人類革命連合国の(アーミー)内部ではいつにも増して忙しなく動いている。

理由は昨日森林調査のため遠征に出た者達が遺体となって発見された事である。

その原因解明と対策で(アーミー)の人員は動き回っているのだ。

 

他の部屋が対策会議やら色々と騒がしい中、ある一室だけは静まりかえっていた。

 

この部屋は円卓の間と人々はそう呼ぶ。

 

その名の通り部屋の内部には円卓が置かれ、座席が7つある。

この座席に座る者は決まっている。

何故ならこの部屋は彼女達の為に存在する場所なのだから。

 

「・・・レイがまだ来ていないわね?」

 

「そりゃ遺体の第一発見者やから他のとこで色々事情を聞かれてんやろ。」

 

最初に声を発したのは(アーミー)の極秘部隊。七星の副隊長、人々から「死者使い(ネクロマンサー)」と称される「二星」『ネフティー・テラー』。褐色肌に古代エジプト装束で脇には杖が立て掛けてある。

その彼女の声に関西弁で答えたのは「五星」『クーデリカ・フリート』。金髪碧眼に白いドレス姿で関西弁はかなりのギャップだ。

 

「ふへへ・・・私の占いがあたったわね。」

 

「マジで!?じゃあ私も占って、特に恋愛運。」

 

「あの~今そんな事している場合じゃ・・・」

 

そして密かにこの結果を占っていた魔女の格好をしているのは、「四星」『マリー・ラプラス』。

その隣でネイルを塗っているギャルが「六星」『ナビィー』。

そしてその二人におどおどしながら注意する巫女が、七星の最年少で「七星」の『叶冬花(かなえふゆか)』。

 

そして優雅にレイを待つ七星隊長の「人類最強」の異名を持つ「一星」『染井桜(そめいさくら)』。

 

各々が時間を潰していると不意に扉がノックされ勢いよく開いた。

 

「遅れてすまない。」

 

現れたのは白衣に眼鏡のボーイッシュな女性。「三星」『レイ・カーティス』。

 

これで七星全員が揃った。

 

「ではこれより定例会議を行います。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この場で話し行われることは主に各部隊の状況、極秘研究所の研究成果、各地に潜入している諜報員(スパイ)からの報告書など集められたさまざまな情報を共有するためにある。

だが今回は今朝確認された事件についてだ。

 

「じゃ一通り説明するよ。」

 

事件発覚は今朝、エルフの里近くの森にて技術開発研究に属する研究員が遺体となって発見された。

死因は恐らく圧死。凶器は近くにあったひしゃげた廃車。酷い者はぐちゃぐちゃで身分証がなければ判別できない者もいた。

 

「現場で唯一無事だったPCと機材から、彼らが試作プログラムを使用していたことがわかった。」

 

「それってレイが着手していたものよね。」

 

ネフティーの言う通り技術開発研究の担当を務め、自ら研究を行うレイが作り出したものだ。

 

「えぇ。多分末端の研究員が手柄欲しさに僕のプログラムを持ち出したんだと思う。」

 

「そして失敗した。」

 

レイが開発したウイルスプログラムは未完成なのだ。

もしもかつてのネオ東京の機材が揃っていれば、レイの研究は簡単に実って、あの三体の魔動機人(マシン・ゴーレム)はなすすべなく操られていただろう。

 

「お陰で研究は凍結。こっちは大迷惑だよ。」

 

研究の一つを潰され思わず愚痴をこぼす。

そして次の議題に移る。

 

「そういえば()()()例年通りね。」

 

「しかし、数はこの前の何倍もあるで。」

 

「今回はマジみたいね。」

 

手元の資料を見ながら口々に話し出す。

だがこの議題は人類革命連合国にとってはあまり関係がない。いわば暇潰しの話題である。

 

「(・・・下らない。)」

 

桜はその資料をあらかた読み終えて、それを無造作に投げ捨てる。

彼女にとって自分の目的に関係がなければ、他種族の町がどうなろうが知ったことではないのだ。

そして議題は次のものに移り変わってゆく。

 

捨てられた資料のタイトルは「魔王軍によるバッケス襲撃予測」とはっきりと書かれてあった。

 



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29話「バッケス観光」

「打ち上げをしましょう。」

 

唐突にリリーナはそう言った。

 

「という訳で、今日は依頼(クエスト)は止てください。」

 

「ちょっと待って下さい。話が見えません。」

 

初仕事から三日経ち、リーフの名はガレオンの時よりも広まっていた。

無名の新人だったリーフが最初の依頼(クエスト)で、最高ランクのSである魔動機人(マシン・ゴーレム)三体をたった一人で撃退したから当然である。

 

ギルド側もリーフの功績から昇格を決めた。

高ければ高いほど難度の高い依頼(クエスト)を受けることができ、最高ランクのSに到達すれば立ち回り次第では貴族の地位が与えられる。

リーフの実力を見る限り本来ならすぐにでもSランクに昇格すべきとの意見も出たのだが、他の冒険者のことも考え、リーフの現在の序列はAとされた。

これでもかなりの異例な事態であることには変わりなかったのだが。

 

そして現在リーフとフェンは受付の仕事をするリリーナと揉めていた。

 

「だってあれからずっと二人で依頼(クエスト)に出かけて、ここ数日休みをとってないじゃないですか。」

 

リーフはフェンの申し出によりバディを組み、依頼(クエスト)にあたっていた。

最初は実力差が大きいと心配されていたが、予想以上に二人の連携はぴったりで、まるでずっと昔から組んでいるのかのようであった。

 

「時には休むことも重要なんです。」

 

「最初の依頼(クエスト)のメンバーを呼んで打ち上げするので今日だけでも休みをとってください。他の冒険者の見本であるためにも。」

 

「・・・わかりました。」

 

「じゃあ今日の夜七時にギルドにお越しください。」

 

しぶしぶリリーナの言葉に従うが、今日の夜まで時間が空いてしまった。

フェンは別件で話しがあるとリリーナに奥の部屋に案内された。

現在朝の七時、つまり一人で時間を潰さなければならない。

 

「(・・・町の中を回るか。)」

 

考えついたのはバッケスの観光だった。

このバッケスで冒険者として活動を始めてまだ日が浅いリーフはこの町をまだ全て回りきれていない。

しかし、となると案内する者が必要になる。

初仕事のメンバーは出払っているようだし、誰かいないかと辺りを見回していると。

 

「あっ。リーフ様お疲れ様です。」

 

この町に詳しく、リーフの見知った者で、案内役を引き受けてくれそうな男夢魔(インキュバス)が仕事終わりの私服姿でそこにいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バッケスで武器や防具を扱う店と言えば二つ存在する。

一つは『ベディア武具店』。店の規模はバッケス1を誇り、多種多様の武器や防具が揃っており、多くの冒険者で賑わいをみせている。

もう一つは『ネーア武具店』。ベディア武具店の向い側にひっそりと存在し、猫人(キャットピープル)の「ミケニャ」が一人で切り盛りしている。

 

「・・・うぅ、今月もピンチニャー。」

 

ショートカットの髪から生えている猫耳がダランと寝かせる。

現在ネーア武具店は目の前のベディア武具店に客をとられ赤字続きで火の車状態であった。

このままだと経営破綻まっしぐらだ。

 

「辛い?辛い?消えたい?消えたい?だったら私が終わらせてあ・げ・る。」

 

「ンニャ、そこまで酷くはないニャ。」

 

カウンターテーブルで項垂れていたミケニャに話しかけるのは、唯一の客である「チョノ」と名乗るピンク髪の女夢魔(サキュバス)。

 

「というか、いい加減ちゃんとした服を着ろニャ。」

 

「可愛いでしょ。」

 

確かにフリフリで可愛さを強調されてはいるがスケスケのベビードールの上にマントを羽織った姿である。

下半身は前掛けと左右の長さが異なるグラディエーターブーツ?靴下?らしきものを履いている。

女夢魔(サキュバス)特有の黒い尻尾がゆらゆらと揺れている。

 

「いや、だからちゃんとした服を・・・」

 

「可愛いでしょ。」

 

「あっ、はいニャ。」

 

一瞬女性がしてはいけない目をしていた。

 

数週間前に突然現れた彼女は素性も何もかも謎に包まれている。

冒険者ではないようだし、かと言って娼婦とも違う。禍禍しい雰囲気が滲み出ている上、彼女は自分以外は確実に下に見ている。

そしてはっきりわかるのは、彼女がそこら辺の冒険者とは桁違いに強いということだ。

実際に実力をこの目で見た訳ではないが、商売上いろんな冒険者を見てきたミケニャは観察力には自信があり、生物としての勘も彼女が危険な力を持っていることがわかるのだ。

だからミケニャは心の中で彼女の事を『極悪ピンク』と呼んでいる。

 

「それよりできたニャよ、特注の鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)。」

 

「わぁーい。」

 

奥から持ってきた拷問機具を見て、あまりの嬉しさにぴょんぴょん跳び跳ねて喜ぶチョノ。

通常ならこんな危ない奴に商品を売りたくない上、わざわざ拷問機具なんて作りたくもないのだが、倒産のさの字まで追い込まれている為、仕方がない。この店にとって彼女が最後の頼みの綱なのだ。

 

そんなことをしていると、不意に店のドアが開いた。

そちらを向くと見覚えのある人物と始めて見る人物が入ってきた。

片方は冒険者ギルド職員のカーシーだ。男夢魔(インキュバス)でありながら女性が苦手と矛盾した性格でバッケスでは有名である。

もう一人は袴姿で腰に黒い日本刀を帯刀していた中位木精霊(アルラウネ)であった。黒髪で一瞬人間かと思ったが。

 

「へぇー。」

 

隣のチョノがとても興味を持ったらしく、中位木精霊(アルラウネ)の()()をまじまじと見つめる。

そして立ちあがり二人の方へ歩いてゆく。

 

「じーーーー。」

 

「・・・・・」

 

「じーーーー。」

 

「・・・あの何か?」

 

ケースの中の剣を見ている中位木精霊(アルラウネ)の真横からじっとり見つめ続けていた。

 

「やっぱり・・・あなた男だよね。」

 

その言葉に中位木精霊(アルラウネ)が驚きを浮かべるが、それはミケニャも同じだった。

 

「(えっ!?・・・ウソニャろあれで男?)」

 

確かに男性にも見えなくもないが、どちらかと言って女性よりである。

 

「(何だこの邪悪なオーラむき出しにしている生物?)」

 

リーフは思わず左手を鞘にかけていた。

今までに感じた事のない邪悪な塊。この世の生物とはとても思えない。

後ろにいたはずのカーシーは女性が苦手な性格からか店の端で震えて見つかるまいとばかりに身を小さくしていた。

そんな怯える子猫みたいなカーシーをチョノが見逃すはずもなく。

 

「あら、同族?うふふ仲良くしようね~。」

 

「ヒィィィィーーーーーーーー!!」

 

完全に標的がカーシーに移った。

悪いがしばらくはカーシーに任せておこう。

最悪骨は拾ってやる。

 

助けを求めるカーシーを後にカウンターテーブルに足を進める。

 

「いらっしゃいませニャ。本日はどのようなご用で?」

 

久々にあの極悪ピンク以外に営業スマイルを浮かべ対応する。

 

「これを磨いでほしい。」

 

腰に差した刀をテーブルに置く。

ミケニャは見ただけでその刀が見事な逸品であるとわかった。それもこれまで扱ってきたどんな武器よりも。

軽く許可をとってその刀を鞘から抜く。

かなり使い込まれているが、刃こぼれはなく刃紋が銀色に輝いている。

おまけに刃に魔力が流れるように特殊な加工がしてある。下手に磨げばこの刀をダメにしてしまう。

 

「これは結構時間がかかるニャよ。」

 

「問題ない。明日までにできそうか?」

 

「オッケーニャ。」

 

今日はこの刀を解析して最高の状態にすることで一杯になりそうだ。

 

「あと、これと同じものがないか?」

 

袖口からリーフは苦無を取り出しミケニャに見せる。

先日の魔動機人(マシン・ゴーレム)戦にて手持ちの苦無をほとんど使い果たし、残していた予備は数えるほどしかなかった。

ミケニャは手にとって確かめたが生憎取り扱ってはいない。

 

「ンニャ、でも投擲用のナイフなら幾つがあるニャが。」

 

「なら十本ほど頼む。」

 

「わかったニャ。」

 

ミケニャは奥の棚からナイフと幻龍の代わりとして両手剣を持ってきた。

幻龍と比べれば見劣りするものだが、手入れがしっかり行き届いている。

 

「あははははーーーーーーーーっ。」

 

「らめぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!」

 

・・・流石にそろそろ助けてやるか。カーシーが大事な何かを失う前に。

そして振り向いて見ると打ち上げられた魚のようにビクビクしているカーシーと何故か顔が艶々したチョノがいた。

 

「・・・一体何をした?」

 

「知りたい?」

 

これは深く掘り下げてはいけない。と直感的に感じ取る。

 

「てかもうこれ持って帰れニャよ。」

 

すっかり忘れられていた鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)を思い出し、テヘペロしながらチョノは意図も簡単にそれを持ち上げる。

どうやらそのまま帰るようだ。

 

「ありがとねー。」

 

そして嵐のように去って行った。なんとも言えない空気を残して。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武器店を出たリーフとカーシーは軽い食事を済ませ、次の目的地へと向かっていたのだが。

 

「・・・その、ごめん。」

 

「・・・・・」

 

なんとも言えない空気が充満していた。

カーシーの返答が無い上に目が虚ろだ。相当心にダメージを負っているようだ。

 

「というか、何でそんなに女性が苦手に?」

 

その質問にポツポツと語り始めた。

 

「・・・以前は普通に男夢魔(インキュバス)の仕事をするために別の店にいたのですが。」

 

「研修中に相手にした女性が・・・その、かなり特殊な性癖の持ち主でして、それ以来女性と接する度に彼女の姿が頭にちらついて。」

 

つまり、その女性がとてつもないマニアックなプレイを要求されて、それがトラウマになっていると。

しかし男夢魔(インキュバス)にトラウマを与えるほどのプレイとは一体?

だがこれ以上はカーシーのトラウマを呼び覚ますだけなので聞かないこととした。

 

「あっ、着きました。」

 

話している内に目的の場所の目の前に着いていた。

 

目の前に聳え立つ白い建物は教会である。

一般的な教会にしては大きいと感じたリーフだが、バッケスの教会はこれでも小さい方である。

 

他種族の信仰する宗教は十二ある。

だが町の中に十二も教会を建てる余裕もなく、ほとんどの都市などでは一つの教会に全ての神を祈れるようになっている。

 

「にしても今日は少なくありません?」

 

リリーナに話を聞いたかぎりでは、いつも教会には信者で列ができると言っていたのだが、列はできていない。

目の前を通る人はいる、いやむしろ避けている?

 

「あぁ、多分それは・・・」

 

すると教会の扉が開いた。

そして思わずリーフは剣に手をかけてしまう。

 

出てきたのはこの教会の修道女(シスター)だ。けれど、その修道女(シスター)には肉がついていない。

 

そう、彼女(?)はアンデットの骸骨(スケルトン)と呼ばれる種族なのだ。

 

「あら、今日は一体どうしました?カーシー様。」

 

どうやら彼女(確定)はカーシーの知り合いらしい。

それにしても小鳥のような美しい声。声帯が無いのにどうやって声を出しているのだろうか?

 

「うん、今日は宗教について聞きたい冒険者を連れてきたんだ。」

 

そう言って紹介してくれた後、中へと案内された。

ちなみに彼女の名は「ミュー」と言う。

 

教会の中は十二体の石像がそれぞれ並べられており、信者は自分の主神に祈りを捧げる。

 

「いつもは信者の皆さんで賑やかなんですが、私の日に限って少ないんですよ。」

 

多分あなたが原因です。

聞けば、教会の管理はそれぞれの宗教の修道女(シスター)が交代制であり、今日は彼女だそうだ。

しかも、彼女は「アルバス教徒」である。

十二宗教の中でも邪神と呼ばれる『アルバス・ハイゼン』を信仰する宗教であり、実際に入信する者は変わり者が多い。

 

「そんなに怖くないんですよ。えっと~あれです、倫理学を学ぶような感じです。」

 

どちらにしろ「死」に関係する宗教であることには変わりない。

 

「それでは簡単に全ての宗教を説明しますね。」

 

だが、この時リーフは油断していた。それを実感するのはかなり後であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・と、これくらいですかね。」

 

リーフはあまりの情報量に脳がショート寸前であった。

最初は普通にそれぞれの宗教の掟やら礼拝などを丁寧に教えてくれたのだが、最後の自身のアルバス教になるとまるで人が変わったように語り始めた。それもまさか五時間ぶっ通しで。

 

「だ、大丈夫ですか。」

 

「問題ないです。」

 

さっきカーシーを無視したバチがあたったのだろうか?

正直堪えたが、結構ためになることが聞けた。

例えばアルバス教の主神とセイヴァー教の主神が夫婦であったり、羅刹直伝の特訓ノートをめぐって信者が揉めたりなど、その他にもさまざまな話が聞けた。

失礼だろうが、宗教と言うよりノリが軽い部活みたいに感じてしまう。

 

「どうですか、この機会に入信してみては。」

 

「いえ、今は遠慮しておきます。」

 

約束の時間も迫っているため、彼女に別れの挨拶をしてギルドへと向かった。

カーシーは一度家に帰るのでここで別れた。

 

「それではまたのお越しを~」

 

ミューは二人を見送り、扉に今日は終了しましたと書かれた板をかけて中に入った。

 

「ヤッホー。ミューさん久しぶり。」

 

声の先にはリーフが武器店でであったチョノがアルバスの石像の前にいた。

 

「あらチョノさん、もう教会は閉めるのですが。」

 

「あぁ、今日は礼拝じゃないの。ただ人のいないところを探してここにきただけ。」

 

「そうですか。では私はこれで。」

 

そしてミューが消えた事を確認すると、あるものを取り出した。それは人間が通信で使う機械、ピンクのラインストーンなどでデコられた携帯電話だ。

チョノは番号を打ち込み電話をかける。

 

「あ、もしもし。面白い情報があるのですが。」

 

そう言って話すチョノはカーシーを見つけた時よりも歪んだ笑みを浮かべていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バッケスが見えるほどの距離にある森の中で、フードを被った一際怪しい百人ほどの集団がいた。

 

「傾聴。」

 

リーダーらしき者が話し出し、他の者達は聞き漏らさないように耳を傾ける。

 

「先程潜入している仲間から連絡が入った。よって明朝仕掛ける。」

 

その言葉を待ってましたとばかりに欲望の炎を燃え上がらせ、笑い声が辺に広がる。

 

「では各自、バッケス襲撃隊とエルフの里襲撃隊に別れ最終準備に取りかかれ。」

 

ようやく、ようやくだ。

あの都市とエルフの里さえ落とせば中央都(オーバード)侵略にまた一歩近づく。

そのために今回は時間も手間も掛けた。オーバードの貴族と密かに繋りバッケスの警備を減らし、周辺のゴブリンを集め強化させた。そして()()()も用意している。

 

「あぁ、見ていてください魔王陛下。必ずやよい結果をあなた様に。」

 

新たな危機が目の前までに迫っていた。

 

 

 




今回登場したチョノは、みてみんにて明美ちゃんやリーフのイラストを描いてくれている若賀先生のオリジナルキャラクターです。


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