一ピクセルの恋 (狼々)
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プロローグ
逃亡者の幻想入り


どうも、初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。狼々です!

さて今回、ヒロインを文ちゃんで、甘く進めていきたいです。
ただ、タグにも書いてある通り、シリアス要素が入ります。ご注意を。

一応、東方Project何もわからん! という方にもある程度わかるような説明も加えています。
あるに越したことはない、という判断の元、これから書いていきます。

では、本編どうぞ!


 ――走った。

 ただひたすらに、無我夢中で走った。

 六月の終わりの、夏の揺らめく陽炎さえも振り切って。

 

 倦怠感に塗れた、鉛のように重い体の感覚も、意識の外へと追い出す。

 嘘だけを貼り付けた、ピエロの末路はなんて滑稽だろう。

 

 ――逃げ出した。

 ただひたすらに、自分の犯した事実から駆け出した。

 決して許されることのない『重さ』を背負って、逃げる。

 目的地なんて決めていない。ただただ、遥か遠くに行きたい。

 家を飛び出して数分が経った今でも、それは変わらないようだ。

 

 目を、背けるために。

 いつも通りに周りを、『欺く』ために。

 自分自身さえも欺き、騙し、目を背け、無理矢理に納得させるために。

 

 自我を殺す。他人を殺す。自他の人格を殺す。

 幾つもの屍の上に、俺は立っていたらしい。

 その醜悪極まりない、血塗られた玉座から、飛び降りる。

 

 気付けば、知らない山の付近にいた。

 来たことはおろか、見たことさえない。

 けれども、俺の足は止まることを知らなかった。

 

 見慣れない光景に臆することもせず、突っ走る。

 そして、その足が止まったときは。

 

 本当に見慣れない、別世界に来たような感覚を憶えたときだった。

 そう、まるで幻想のような、緑色の沢山の葉が映える山の中。

 残映の淡い橙色の光が、深く閉ざされた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「あ~やや~やや~、っと」

 

 意味不明な歌を歌いながら、空を駆け抜ける。

 目まぐるしい速度で風景は移り変わり、強い風を私に届ける。

 

 伊達に、幻想郷最速をやっていない。

 今日もいつもと同じように、文々。(ぶんぶんまる)新聞を配達に向かう。

 

「文~、おはよう」

「はたて? あぁ、おはようございます」

 

 営業口調で、丁寧に挨拶を返す。

 目の前には、私と同じ(からす)天狗(てんぐ)姫海棠(ひめかいどう) はたて。

 さらに私と同じく、手には折りたたみ式の携帯電話と、大量の新聞を抱えて飛んでいる。

 

 紫色のリボンでツインテールにくくられた、腰ほどの長さの茶髪が早朝の光に当てられた。

 ミニスカート、ブラウスと全体的に紫色で構成された服装だ。

 私の赤の天狗帽子とも、色違いの紫色をしている。

 その所々に、黒が目立つ配色だ。

 

「今から配りに行くのかしら?」

「えぇ、まあ。貴方の妄想新聞よりも売れる新聞を、ね」

「あ、あらそう。私は貴方のような最低な新聞は作らないから? 発行部数は上でしょうけどね!」

「はいはい、わかったからわかったから」

 

 営業口調も薄れ、半ば面倒になりながらも、はたてを追い払う。

 納得がいかない、どこか立腹気味な顔をして、彼女の花果子(かかし)念報(ねんぽう)をはためかせながら飛び去った。

 

 私とはたては、本当は今のように仲が悪いわけではない。

 ただ、同じ鴉天狗の新聞発行者として、負けられない・負けたくないという対抗意識を互いに燃やしているだけ。

 今のは、単に面倒だったのもあったのだが。

 

 彼女の能力、『念写をする程度の能力』で発行される新聞、花果子念報は、どこか新鮮味に欠ける。

 というのも、念写で取り上げられる写真が、どれも既視感を感じるものだからだ。

 独創性(オリジナリティ)に難あり、といったところだろうか。

 

 この場所からだと、一番近いのは……人里。

 

「じゃ、まずは人里から周ろうかな」

 

 風を切る音は、瞬時に高くなった。

 真っ向から強風を受け止めながら、人里へ。

 今日も今日とて、配達に勤しむ時間がやってきた。

 

 人里から衆が見えた辺りで、スピードを落とす。

 上空で浮遊しながら、静かに降りる途中に、大きく叫んだ。

 

「皆さ~ん! 文々。新聞ですよ~!」

 

 

 

 

 やはり、幻想郷最速とはいえ、幻想郷全土に新聞を配達するのは骨が折れる。

 もう日課なので、慣れてはいるのだが。

 移動にはそれほど時間はかからないが、配る時間はどうにも短くできない。

 

 それに加え、明日の新聞の取材もしなければならない。

 配達だけに時間が取られるわけではないのだ。

 

「……それにしても、今日はネタが集まらなかったなぁ~」

 

 記者としては、結構苦しい。

 西に沈んでいく太陽を見る限り、もう今日もあまり時間がない。

 夜に取材に行くとなると、取材を受ける側の事情も重なりやすく、昼間よりもネタの集まりは期待できないだろう。

 

 そうなると、今からでも取材に行くのがベストだ。

 けれども、さっきまで取材をしていて、今になってネタが見つかるとも考えられない。

 平和すぎるのも、私のような記者としては考えものだ。

 結構な爆弾発言も、どうかと思うが。

 

「あ~……どうしようかな~……」

 

 ふと、(とり)へと逃げていく陽を見た。

 

 静寂に包まれる中、遥か遠くにある地平線をくぐる太陽が、美しい。

 茜色の光を振りまきながら、辺りをそれに彩る。

 元気な葉色をした夏の山も、例外なくその色へと染まっていた。

 

「ん? この、匂い……?」

 

 鼻を刺すような、嫌な匂い。

 今まで何度も嗅ぐことはあったが、やはりこの匂いはいつまでも嗅ぎ慣れることはないらしい。

 私の鼻がおかしくなっていない限り、この匂いを間違える方が難しいだろう。

 

 鉄に塗れた匂い。

 赤黒いイメージを瞬時に彷彿とさせる。

 そう――()()()()

 

 そう不思議とも思わなかった。

 なにせ、この森は『妖怪の山』。

 不幸にも迷い込んだ者が、妖怪に襲われることがない、とは言い切れない。

 血を流す者がいることを、完全に否定はしきれないから。

 

 ともかく、私はこの刺激的な匂いを辿る必要があるのだろう。

 新聞に、お悔やみ欄として載せる必要がある。

 

 叶うことならば、死を迎える前に助けてやれるといいのだが。

 間に合わない可能性の方が高いだろう。

 ――私でなければ。

 

「今、助けに行きますよ!」

 

 全速力で、飛翔。

 向かうは、妖怪の山ただ一点。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……疲れた」

 

 俺はそれだけ呟いて、地面に音を立てながら倒れ込むように座った。

 尻もちをついたような格好で、空を見上げる。

 

 赤々とした夕刻の空を、見上げる。

 流れる()()()()が、視界を横行していた。

 俺はそれを、ただ無感動に眺めるのみ。

 

 その中で一つ、周りとは違った動きをするものがあった。

 横に動くのではなく、縦に……というよりも、奥行きの意味だ。

 こちらに、物凄い速度で向かってきて――

 

「はぁっ!?」

 

 疲弊しきったはずなのに、大声が反射的に出た。

 間もなくして、自分の目の前に、地震。

 途轍もない衝撃は地面に走り、轟音を響かせながら砂煙が舞い上がる。

 もくもくと炊き上がるそれの中に、朧気に人影が見えた。

 

「ごほっ、ごほっ……! な、何だよ、これ!」

「おっと、まだ生きていましたか。運が良いのですね。よかったよかった」

 

 そう言いながら、煙の中の人影はこちらに向かって歩きだす。

 完全に視界が良好となったときに、容姿が明らかに。

 

 白い半袖のシャツに、黒のフリルのミニスカート。いかにも夏の女の子の格好だ。

 頭に赤色の山伏(やまぶし)が被っていそうな帽子があるが、見たことがないので何とも言えない。

 同じく赤色の、高下駄。今どき高下駄を履く者は、あまり多くはないので、趣味なのだろう。

 

 端麗な顔立ちは、男なら誰でも魅了できそうだ。

 肩までの黒髪が、鮮やかに揺れていた。

 赤色の澄んだ瞳に、吸い込まれそうにもなる。

 

 そんな若干好意的とも思える印象は、一瞬で瓦解した。

 背中から生える、立派な黒翼。

 黒翼とは言うものの、蝙蝠(こうもり)のようなそれではなく、カラスに似ている。

 

 俺は理解した。

 今の落下、この翼。

 ――絶対に、人間じゃない。

 顔立ちこそ整った人間のそれだが、到底人間だとは思えない。

 

「……誰だよ。俺を食いにでも来たのか?」

「まっさかぁ! 生きていてよかった、って言ったばかりじゃないですか」

「生きたまま食うのが趣味なのかもしれないだろう?」

 

 疑わずにはいられなかった。

 あの高速落下が、翼を用いた飛行というのも考えられる。飛行であれば、人間の可能性は完全に否定される。

 最も、速すぎて落下なのか飛行なのか、判断はつけられなかったのだが。

 わからなくとも、あの衝撃を平気で受け止める時点で、もう人間ではないことはわかる。

 

「あっははは! 貴方、すっごく疑いますね! 取って食べることはないですから、安心してください」

「はぁ!? 信用できるわけねぇだろ! 考えてもみろ、突然ここに迷い込んだ矢先、目の前に人外が飛んでくるんだぞ!?」

「あ~……それは信じろという方が無理な話ですね」

「だろ? だから俺は――」

「じゃあ今からでもいいので信用してください」

「話聞いてた?」

 

 この少女、頭が悪いのか、底抜けの馬鹿なのか。

 いずれにせよ、話が通じない。

 

 今さっきのやり取りで、人外であることは向こうが認めたようなものだ。

 尚の事、コイツは信用に値しない。

 値したとして、いつかは本性を表すのだろう。

 

 ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女のように。

 安心させ、甘やかし、まるまると太るまで育て上げたその後に。

 無情に、ただ俺は為す術もなく、食べられてしまうかもしれない。

 人外に敵うはずもなく、抵抗虚しく食される可能性は十二分にある。

 

「えぇ、聞いてましたよ? ですので、等価交換です。これから寝床・食事その他諸々を保証します。ので、今日のネタを提供して――」

「断る」

「あら、つれないですねぇ」

 

 つれる、つれないの問題じゃない。

 その等価交換さえ、所詮は口約束。

 破ろうと思えばいつでも破れて、破った暁には、漏れなく俺に死のプレゼント。

 全く、寒気がする。

 

 ネタの提供、と言っていたが、小説家か漫画家か、あるいは雑誌や新聞の記者か。

 手には夕焼けを思わせる色の葉団扇(はうちわ)と、手帳。

 首からは、ごく普通のカメラがぶら下がっている。

 

 これらの持ち物(アイテム)。小説家や漫画家、というよりも……

 

「記者、か?」

「おぉ、正解です。鋭いですねぇ。今日はネタが集まらない。貴方はこれから住む環境が欲しい。互いに得があります。悪くない話なのでは?」

「…………」

 

 正直、否定はできない。

 怪しい好意の裏に本当に何もなければ、快く首を何度も縦に振りたいくらいだ。

 けれども、命の保証がないということに関して、異常な不安に駆られる。

 

 第一、俺が迷い込んだことに対して疑問を感じないのだろうか。

 

「あと、その血。早めにどうにかしたいでしょう?」

「……っ!」

 

 一時だけ忘れていた絶望感に、一気に苛まれる。

 自らの手を見ると、確かに血濡れているのだ。

 自分の服には、べっとりとその痕跡が、まるで忘れるな、というように深く残されている。

 

 目つきの悪い自分の目で、体を見回す。

 お腹の辺りに多く血が付着していて、他の場所にも細かくだが飛んでいる。

 きっとこの灰色がかった髪も、少しは血塗られているのだろう。

 

「貴方、傷はないようですね。妖怪に襲われたわけでもない。貴方が妖怪を返り討ちにするほどの能力や怪力を持っているとも思えない。つまり――いや、止めにしましょうか、こんな話」

 

 妖怪。その存在を、不思議に思いながらも、目の前の少女を見ると無自覚に信じている自分がいた。

 しかし、それよりも。

 

 鋭く光った、細められた彼女の瞳。

 一度は吸い込まれそう、とは考えたその眼に、恐怖にも似た別の何かを感じる。

 慧眼。恐らく、それに似ているのだろう。

 

「よ~し、じゃあ、行きましょう! 沈黙は肯定とも言いますし、善は急げとも言います。いやぁ、本当に助かりましたよ」

 

 俺にさらに近寄りながら、座ったままの俺の襟首を掴もうとする。

 ただ歩くだけなら、そんなことはしない。

 拘束したいのならば、すぐにそうすればいい。

 一番あり得るのは、俺を飛んで運ぶことだろう。

 

 そして、さっき感じた不可解な感覚が、消えた。

 ……なるほど。俺と、少し『似ている』のか。そう、思う。

 

 俺は思い切り、その伸ばされた手を払った。

 勢い良く、軽快な音が、この山に反響して消える。

 

「おい、その口調をやめろ。騙せるとでも思ったかよ? 頭悪そうなフリしているんだろうが、俺に『騙し』は通用しない」

「へぇ、すごいですね。確かに口調は合わせますが、今は素ですよ?」

 

 調子良く言う、目の前の人外。

 素だと言っているが、俺には妙な居心地の悪さが感じられた。

 こう、噛み合わない歯車を無理矢理に回しているような。そんな掴み辛い感覚だ。

 にも関わらず、錆びついた理由がわからないのだから、如何(いかん)ともし難い不快感がこみ上げた。

 

「それにその血。このままだと、獣型の妖怪が嗅ぎつけて、本当に襲われますよ?」

「……それならそれで構わない」

「そんな冷たいこと言わないでくださいよ~、ほら、行きますよ」

 

 再び伸ばされた腕を、もう一度払う。

 こんなにも、俺に固執する理由がわからない。

 ネタの提供なんて、精々今日限りのことだ。

 これからの安住と、割に合わないのは明白。となれば、それ以外に何かメリットが向こうにある。

 彼女曰く、『等価交換』。それが俺には、『等価』とは思えなかった。

 

 いつもの通り、信じない。

 疑って、疑って、隙あらば逆に騙せ。

 それだけが、俺の知りえる生きる方法だ。

 

「行かねぇって言ってるだろ」

「ったく、その目つき、不敬ですよ? 私以外にしたら――あっ、妖怪!」

 

 彼女の鋭い警戒の声が飛ぶ。

 目線の先は、俺の丁度真後ろ。

 自分の中で、かなりの音量で警鐘が鳴った。

 

 反射でそちらを振り向いた、その瞬間。

 さらにその後ろ。つまり、さっきまで向いていた方向から、空気を裂く音が小さく聞こえた。

 

 またさらにその直後、俺の後頸部に、衝撃が走った。

 意識は薄れ、強制の微睡みへと放り投げられる。

 それが彼女の異様な速さの手刀だと、遅れて気付いた。

 

「本当に……こういうときは、素直に甘えた方が得ですよ? 手荒になりましたが、特には何も危害は加えませんよ」

 

 瞼が、重くなってくる。

 視界全ての色は消え失せ、モノクロの世界に入ったみたいだ。

 

 モノトーンの世界の中、ついに俺の意識は闇へと堕ちた。




ありがとうございました!

色々と謎めいた要素を残しつつ、進めていきますぜ。

今まで、感想で「~はないんですか? とか、~の要素はどういうこと?」とか送られたことが多々ありました。
嬉しい限りなのですが、それが物語に関係したりしてわざと隠している要素かもしれません。
そういうときは、ネタバレの都合上、感想の返信でお答えできないので、予めご了承を。
ネタバレにならないなら、一つの疑問点に対する回答として返信しますので(*´ω`*)

長くなって申し訳ないのですが、最後に一つ。
有名な話ですが、手刀、意外と危険です。後遺症が残ったり、最悪の場合死に至ることもあります。
遊びでも、決して真似しないようにお願いします(´;ω;`)

ではでは!


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幻想郷

どうも、狼々です!

思いの外一話投稿から時間が経ってしまい、申し訳ありませんでした(´・ω・`)
本来の予定だと、二、三日後には投稿しようと思っていたのですが……
それができなかった要因もなくなり、これからは書けるぜ! やったぜ(`・ω・´)ゞ

では、本編どうぞ!


 ――悪夢。

 

 それは夢となり、幻想となり、自らの絶望(トラウマ)を深く掘り返す、悪魔の囁き。

 しかし、それは往々にして誤解される。

 

 自分に植え付けられたトラウマと、自分の過去の罪は一致しない、という固定観念。

 実際、一致するのだ。気付かないだけで、稀なだけで。

 自分の犯した出来事が、そのまま自分のトラウマに、なんて馬鹿らしいとも思われることが。

 

 宝くじと同じだろう。一等が当たる可能性は無いに等しいが、虚無(ゼロ)ではない。

 前例が少ない、反例で溢れ返っている。それだけでは、一つの可能性は否定しきれない。

 悪魔の証明と同じように、不可能なのだ。全世界のトラウマ保持者を探し出さない限りは。

 

 その特異な反例が――俺のことだった。

 自分の手は赤黒い粘着性のある液体に染まって、濡れている。

 がくがくと小刻みに震えるその手の中には、しっかりと握り締められた、銀色に光る研がれた包丁の柄。

 それさえも、俺の醜い手と同じドス黒の紅に色付いていた。

 

 戦慄、そして惨憺(さんたん)

 それが自分の成したことだと知って、さらに恐怖のボルテージはメーターを振り切る。

 手の震えが、一層と大きく、大きく。

 

 曖昧に揺れる刃先は、目の前に倒れ込んだ人を力なさ気に指す。

 間違えようがない、俺のよく見知った人物が、大量の赤に染色された液に浸っている。

 浸っている。その表現は決して間違いではないのだろう。

 一つ付け加えるならば、その液体の発生源は、その横たわった人物だということ。

 

 一時。たった一瞬の狂気的判断は、俺の後悔を呼び寄せた。

 手に持った包丁を、遠くへと放り投げる。

 

 放った場所から反響して耳に届く、軽快な金属音。

 共に、床に少しばかり付着する血液。

 

 ――俺は、走って逃げることしかできなかった。

 走って、走って、逃げて、逃げた。

 不思議と、涙は流れなかった。流すことさえも、許されないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「――おっ、起きましたか。ちょっと強くやり過ぎちゃったかと心配したじゃないですか~」

「は、ぁっ……?」

 

 不安定な自らの呼吸を耳にしたとき、目に入っていたのは、見慣れない天井とあの人外。

 悔しくも、可愛らしい笑顔。

 けれども、俺はそれに対して反応するような余裕は、到底なかった。

 

 乱れる心拍と息のリズム。

 呵責の念は、肥大化して俺を襲い始める。

 

「どうしました? 悪い夢でも?」

「何でもねぇよ」

 

 冷淡に、最大級の警戒をぶつけながら、一先ず周りを見渡す。

 音速の手刀を繰り出したのは人外で確定。心配した、などという軽々しい言葉で警戒を解くわけにもいかない。

 

 シンプルな家具に、台所に広げられた調理器具、内装を見る限りは、木造住宅だろうか。

 いずれにしても、俺が既視感を感じる物は一切なかった。

 

 鍋が火にかけられていて、料理のいい匂いが漂ってくる。

 

「火、かけてんだろ。止めろよ」

「全く、突然呻き声を上げだしたから様子を見にきてあげたというのに……お姉さん悲しいですよ?」

「うっせぇよ」

 

 一々言葉数が多い女だ。口数よりも、言葉数が多い。

 そも、これを女と言えるのだろうか。

 人外ならば、雄雌で分けるのが正解だろう。

 

 呆れた顔をしながら、もう一度料理に取り掛かる人外。

 普通に考えれば、この雌は家の主、か。

 

「出ていく。目が覚めるまで世話になったな」

「ちょっと、どこに行くんですか? 行く宛は? 生活は?」

「どこか適当に。行く宛とこれからの生活がないなら、野垂れ死ぬだけだ」

 

 寝かせられていたソファから飛び起きて、玄関を探す。

 ドアが沢山あるような家ではないので、すぐに廊下に続く玄関を見つけた。

 

 鍵を開けて、出ていこうとしたその時。

 俺の肩が掴まれ、動けなくなった。

 犯人はもうあの人外しかいないが、その力が異様だった。

 肩を抑えるだけで、俺の前進がすっぱりと止まってしまったのだ。

 

 勿論、そこまで力強く行進したわけでもない。

 が、完全に動けない。なのに、俺の肩自体は痛みがない。

 

「おい、やめろって――」

「いい加減にしましょうね? 私、そろそろ怒りますよ? 貴方なんて、殺そうと思えばいつだって殺せるんですからね?」

 

 振り返った先の人外は、恐怖そのものだった。

 顔も目も笑っているはずなのにも関わらず、狂逸的な威圧を全身から感じた。

 俺は瞬時に悟る。この生き物は、ヤバイと。

 

 語彙力の問題ではなく、ヤバイ。

 人の限界・人智を越えた、本物の化け物、人外。

 

「そ、そうかよ。だったらやればいいじゃねえかよ。お前にとって人の一人や二人、どうでもいいだろ。ましてやさっき会ったばかりだ」

 

 俺がやっとの思いで出した声は、震えに震えていた。

 玄関のノブを握っているから隠れているものの、手を離せば震えてしまっていることだろう。

 

 こいつこそが、曰く『妖怪』なのではないだろうか。

 そんな疑問が、すぐに頭をよぎった。

 

「貴方こそ話を聞いていました? 私はネタが欲しいんです。貴方に死んでほしいと心から願ってるわけではありません」

「じゃあそれこそ俺を殺せばいい。一日分のネタにはなるだろ」

「私が自首するような新聞配ってどうしろと言うんですか……」

 

 溜め息を吐いた人外は、すぐに顔色を変えた。

 何か、いい案を思いついた、というように。

 

「じゃあ、料理の味見担当してください! 今日限りでいいですから! ほら、さっき寝かせたでしょう?」

「いや、何で俺なんだよ」

「いいじゃないですか~!」

「ちょっ、揺らすな、揺らすなって!」

 

 こいつの力は、本当に規格外。

 そんな力で、俺の体を両手で揺さぶったら、どうなるか。

 答えは、視界のブレが半端ない。

 

 意識さえも飛びそうで、酔いにも似た感覚が回ってくる。

 人外の顔が、映ったりフェードアウトしたりを繰り返す。

 首から上が飛んでいきそうだ。シャレにならないかも、と思わせるので、さらに怖い。

 

「わ、わかったわかった! 取り敢えず手をどけろ!」

「やった! 私の勝ちですね」

「勝ち負けはないだろうが……あったとして、人外に勝てるわけねえだろ」

 

 俺がそう告げた瞬間、納得がいかない顔をした。

 両頬は膨らみ、明らかに自分の不満を体現している。

 恐怖は失せた今、不覚ながらも……可愛いと、思ってしまった。

 

 いくら人間じゃないとはいえ、顔は人間。

 それも、かなりの美形だ。

 今交流があった中でわかった性格だけでも、勿体無いと思うほどに。

 

「むぅ、その『人外』っていうの、やめてください。確かに人じゃないですが、化け物みたいじゃないですか」

「人外に人外と言って何が悪い。名前でもあると言うつもりか?」

「えぇ、立派に。射命丸(しゃめいまる) (あや)という名前が!」

 

 ……正直に、驚いた。

 心から、こいつに名前はないものだとばかり思っていた。

 まさか、名前が。しかも和名が出てくるとは。

 

「なんですか、その『意外だな』って顔は。で、そちらの名前は?」

「味見担当に名前は要らんだろ。人外に呼ばれるほど大層な名前でもねぇよ」

「あっ、また人外って言った! 射命丸です、しゃーめーいーまーるー! 文でもいいんですよ?」

「呼ぶわけねえだろ、それにうっさい」

 

 さっさと味見を済ませて、早めに出ていってしまおう。

 そう思いながら、玄関から台所へと引き返す。

 

 戻っていくにつれて、料理の匂いが強くなっていく。

 この匂いからして、味噌……だろうか。

 

 鍋蓋を開け、匙と小皿を取る。

 中を見る限りは、味噌汁。オーソドックスな見た目だが、人外が作った物。

 本当に人間の舌に合うのか、不安にもなってきた。

 

 一匙ばかりを掬い取り、一思いに口に運んだ。

 

 深みのある、しかしあっさりとした赤味噌の味。

 あご出汁がしっかりと効いていて、特有の旨味が口の中で広がって、味は濃すぎず、薄すぎず。

 喉を通り越していく液体が全身に染み渡り、僅かな暖かさを拡散させてゆく。

 

「……旨いな」

「ほうら、どうです? もっと褒めてもらってもいいんですよ?」

「あ~そうだな、旨い旨い。その性格さえなければもっと美味しく感じるんだろうな~」

「ひどい!」

 

 とはいえ、人間に食べられるもので本当によかった。

 人肉とか、不可思議な生命体の骨とかは入っておらず、安心だ。

 

 入っている具材を一瞥した限りでは、なのだが。

 大根、白菜、厚揚げに豆腐……ふむ、よくよく見ても、食べられそうな物だ。

 

「はい、じゃあ俺の役目終了。じゃあな」

「待ってくださいって! 何でもしますから!」

「ん? 今何でもって……」

 

 言ったからには、守ってもらわないとなぁ?

 そりゃあ、何でもっていったら何でもだろ。

 オール、全て、一から十まで、どんなものでも――というのは置いておいて。

 

「はぁ、わかったよ。疲れた。ネタだろ?」

 

 これ以上続けても、キリがない。

 諦めながら言うと、彼女の顔がぱあっと明るくなっていく。

 そう嬉しそうにされると、こちらとしても困る。

 そんなに期待できるほどの情報は、生憎だが持ち合わせていない。

 

「はいはい! では、貴方のお名前と年齢から聞かせてもらいます」

 

 どこからか、手帳と筆記具を取り出して、メモの準備をした彼女。

 これから、取材が始まるという状況の人外の顔は、真剣そのものだった。

 

「……片桐(かたぎり) 氷裏(ひょうり)。片方に植物の(きり)、氷と裏で氷裏。歳は十六」

「へえ、何だかかっこいいですね。由来は?」

「ただ冬産まれってだけ、特になし。生まれたときから、そんなに期待される人材でもなかったからな」

 

 すらすらと進むペンを動かす人外は、さながら記者だ。

 彼女曰く、本当に記者なようだが。

 

 この姿を見ると、妙に腑に落ちる感覚を呼ばれた。

 似合っているというか、慣れている雰囲気、貫禄がある。

 上手く説明できないのだが、優秀だと一目見てわかるような印象だ。

 

「『期待される人材でもなかった』、というのは具体的にどういうことで?」

「……言いたくない」

「わかりました。では、どうやってこの幻想郷に?」

 

 俺の答えたくない事柄には、すぐに退く。

 マスコミとは、一風違ったスタンス。

 とことん問い詰めるのではなく、得られる情報から得る。

 その佇まいは、少しだけ立派に思えた。

 

「ここ、幻想郷っていうのか。この幻想郷に来たのは……えっと、ただ走って山の中に入っただけだ。どの瞬間から入ったのかは、厳密には俺にもわからない」

「やはり、外来人でしたか」

「外来人、ってのは?」

 

 この場所。曰く、幻想郷。

 日本の県名・地名・町名・村名としても、他の単語としても聞いたことがない。

 となると、間違いなく俺がいた場所とは異次元の場所だ。

 異次元じゃないにしろ、公にならないような所であることは確かだろうか。

 

「貴方達が住む世界を外の世界としたとき、結界で隔離されたのがこの幻想郷。外の世界から幻想郷に迷い込んだ人間を、俗に外来人と呼んでいるのです」

 

 聞いた限りでは、ほぼ異世界と呼んで差し障りないに等しい。

 仮にそうでないとして、ここが俺の知る場所ではないという事実は確立された。

 ならば、俺としても情報が欲しいところだ。

 少しでも、有益となりそうな情報が。

 

 こいつは記者。家を建てて定住しているということは、この幻想郷の住人の一人だ。

 持っている情報を得るには、うってつけとも言える人物だろう。

 ここで無闇矢鱈に飛び出すのは、惜しい。

 俺の考えが、変わる瞬間だった。

 

「へぇ、じゃあどうやったら戻れる?」

「紫さんに頼めば大丈夫ですけど……することがあって間に合いませんよ? もう夜ですし」

「は……? よ、る……?」

「えぇ。貴方が寝ている間に、夕方はとっくに終了しています」

 

 慌てて窓を見た。

 満点の星空が、堂々と広がっている。

 外の世界では中々見ることが叶わないほどの、綺麗で多くの星々。

 

 ということは、この幻想郷は外の世界のように文明は進んでいないのだろうか。

 それとも、進んでいるが意図して自然環境を多く残し、結果として星が沢山見えているのか。

 どちらだとしても、俺には幻想郷が美しく、綺麗だと思えた。

 

「味噌汁は、晩御飯だった、と」

「えぇ。他にも作っていますが、味見します、担当さん? 夕食一緒に食べてもいいんですよ? あ、それともご飯要らないですかね? さっきまで出ていく~とか言ってましたし?」

「うっ……」

 

 美味しい味噌汁を味見させておいて、この口調。

 やはり、俺はこの女が苦手だ。調子を掌握されている気がしてならない。

 いくら情報収集に最適な人材だからとはいえ、馬が合う気がしない。

 

「あ、食べたいならどうぞ一緒に食べましょう? そんな無理にとは言いませんよ」

「……よろしくお願いします」

「では、条件付きで。私のこと、そろそろ人外呼ばわりを止めてもらえるとな~、と」

 

 この程度で、助かったと言うべきか否か。

 言うべきなのだろう。この女を調子に乗らせると、絶対に面倒だ。

 それだけはわかる。

 

「……射命丸」

「ん、合格です。いつかは文って呼んでもいいんですよ?」

「当分は射命丸だ。というか、ずっと射命丸だ」

「全く、冗談が通じませんね~」

 

 軽い冗談を受け流しながら、目を奪われた宵闇を見る。

 月が出ていない分、個々の星の輝きは、最高潮に達している。

 風情のある月を見るのもいいが、星だけでも違った魅力を感じた。

 

「いいところでしょう、幻想郷」

「まぁ、そうだな」

 

 今回ばかりは、この射命丸に同意だった。




ありがとうございました!

多少コメディ色も入れないと、ただのラブになってしまう。「コメディ」とはって言われちゃう(´・ω・`)
ちょっとずつ、入れていきたいでち!(*´ω`*)

名前に関してのセンスは、目を瞑ってほしい(´;ω;`)
タグにもある通り、戦闘の描写も一部入れる予定です。
スペカとか……うん。ぎょめんね(´・ω・`) 
謝るとは何なのだろう。

ちなみに紫さん、活動時間は夕方から夜中にかけてらしいですね。
前に書いたやつは、知らなくて設定全無視するという(´・ω・`)
ま、まあ勉強になったからいいかな(震え声)

ではでは!


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第1章 虚と嘘と
刹那を越えた飛翔


どうも、狼々です!

最近、筆の調子がよくなってきました。
これは書き溜めた分なのでまだ成果が出ていませんが、七、八話くらいになるかと。
だからといって、良くなるわけじゃないけども(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 射命丸の、どこか腑に落ちないながらも美味しいと言わざるを得ない夕食をいただいた。

 その後、歯を磨いたり、風呂に入ったり。

 

 彼女と入れ替わりになりながら、俺が風呂に入ろうとする。

 タオルは何枚か彼女の家にあったので、借りて使わせてもらうことに。

 この時点で、もう既にかなり世話になってしまっている。

 彼女のことなので、何かをせがまれたり、いじられたりすることを覚悟しながら、更衣室へ行こうとした時。

 

「ほうら、どうですか~?」

「おい人外。その格好で背中にくっつくな。不愉快だ」

 

 完全に、隔てているのはタオル一枚なんだが。

 顔だけでなく、彼女はスタイルも抜群にいい。

 胸は豊満な方ではないのだが、普通かそれよりもちょっとあって、くびれだとかが――ごほん。

 

「まぁた人外って言いましたね~? ほれほれ、普通くらいは胸があるんですよ~?」

「だから押し付けんなって!」

 

 柔らかい、まるでマシュマロのような感触のものが二つ、俺の背中で形を変えている。

 射命丸も、押さえつけるように若干横やら縦やらに動いているので、一層その変化の具合がわかってしまう。

 ってか、大きさの割りに柔らかい――ごほんごほん。

 

 仕方がない。俺だって健全な男だ。

 見た目だけとはいえ、美少女に胸を押さえつけられて、動じないわけがない。

 

「嫌なんですか? 男は色欲に弱いはずなんですがね……」

「弄ぶな。本当に不愉快だ」

 

 しかし、本当のところを言ってしまえば、半分は心から不愉快だった。

 役得ではあったが、はっきり言って鬱陶しいにも程がある。

 

 今となっては乾ききった血のついた服を脱ぎ、風呂場へ。

 夏場なので、湯は張らずにシャワーのみ。

 

 シャワーの口を捻ると、シャワーヘッドからお湯が出てくる。

 気になったのは、外の世界と幻想郷の文化の違い。

 人外が射命丸だけじゃないと仮定すると、当然文化やその他諸々、外の世界の常識を逸脱したものだと考えることもできる。

 

 しかし、思ったよりも常軌を逸したものではないように思える。

 人間も食べられる料理、木造の住宅、湯は張っていないが湯船とシャワー。

 和の文化を中心に、少しばかり洋が入っている。

 

 そんなことを考えていても、されど薄紅の液体は微量ながら流れ続ける。

 シャワーが先の方がよかっただとか、そんな小さなことを考えている余裕はなかった。

 自分が、紛うことなき☓☓☓であること。

 事実は冷淡に、しかし着実に、俺の心を蝕んでいく。それを半分()()()()()()()()()()自分が、またさらに恨めしい。

 

 残酷な風景は、目に、頭に、そして消えない傷として全身に焼きつけられている。

 たった数時間前のことだが、これから忘れることは、絶対にできないのだろう。そんな確信があった。

 

 いつの間にか体は洗い終わっていて、自分でも驚く。

 思案に囚われすぎだ、という自分への忠告と、これだけ思案して足りるはずがないだろう、という自分への脅迫が入り乱れた。

 タオルで体を拭いて、置いてあった着替えが目に入る。

 

 男物だが、果たしてこの家のものなのだろうか。

 彼女は勿論女だし、置いてあるとも思えない。置いてあるならあるで、それも中々だが。

 そうなると、用意したのは無意識の俺では絶対にないので、十中八九、射命丸だろう。

 さり気なく向けられる優しさのようなものに、ちょっぴり心で感謝しながら、更衣室を出る。

 

「……おっ、中々似合っていますね。我ながらいい服を選んだと思いますよ~?」

「やっぱり、お前が用意したのか」

「勿論。眠っている間に、ちゃちゃっと買ってきました。サイズも丁度良い感じですかね?」

 

 改めて、自分の着ている文の選定を受けた服を謁見。

 青と白のバーチカル・ストライプがかかった、ゆったりとした浴衣じみた服。

 いかにも和服、といった服で、俺としても動きやすく、少しだがいいなとは思う。

 

「まぁ、何だ? その、ありがたい」

「え? 何ですって? もう百回くらい言ってみましょうよ、ねえ?」

「だから調子に乗るなっての。感謝する気も失せるだろうが……だから言いたくなかったんだよ」

 

 この女の前で素直な感情を出すと、ろくなことがない。

 寸前まで感じていた恐怖を、自らの作った表情の奥へと追いやった。

 

 開いた窓から、鈴虫の上品な鳴き声が、涼しい風に運ばれて届く。

 夏にしては、想像以上に涼しい。

 新しい和服の広い隙間から、冷気を孕んだ風が忍び寄って気持ちがいい。

 

「で、俺はどこで寝たらいい?」

「あぁ、それなんですけどね~」

 

 そう言いながら、一つ隣の部屋を差した。

 仕切られた障子を開いて視界を確保すると、灯りのない薄暗の部屋。

 灯りを点けて確認する。が、どう考えても布団が一枚しかない

 

「……で、射命丸はどこで寝るんだよ」

「布団は一つです。これはもう添い寝しかありませんね!」

「ねぇよ! 俺は適当にどっかで寝とくから」

 

 背中から聞こえる射命丸の声を耳から引き剥がしながら、靴を履いて玄関を出る。

 星々の下、俺が外に出た先に広がった光景は、山。

 ここが妖怪の出る山だとしたら、今の俺が襲われると大変なことになる。

 今度は、俺の服が自身の血で染まる番に――

 

「――それも、いいか」

 

 自分の命を若干投げ打つように、森へと進む。

 耳に心地よい葉のざわめきや枝を踏み折る音が聞こえる中、それが俺には明確な恐怖の旋律にしか聞こえなくなっていった。

 

 やがて、高さの丁度良い木を見つけた。

 相手が相手だが、手間をかけて用意してもらったものだ。汚さないよう気を付けて、登る。

 それほど太くもないので、簡単に登ることはできた。

 木登りはやったことがなかったが、案外上手くいくものなんだな。

 

 幹を背にして、太めの折れそうにない枝に座り込んだ状態で眠る。

 規則的な自分の呼吸を子守唄に、静かに眠りにつく。

 何者かが俺の心臓を鷲掴みにしている緊迫に襲われながらも、必死になって意識の外へと追いやった。

 

 そして、声が聞こえた。絶対に幻聴だと、わかる声が。

 

 

 ――氷裏。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「もう、あの人は勝手なんだから……」

 

 ゆっくりと森を周りつつ、彼を探す。

 意外と彼の背は高いので、早くに見つかると思ったのだが、思いの外手間取っている。

 かれこれ、探し続けて五分は経った。幻想郷最速にとっての五分は、結構大きいものだ。

 

 何故彼にここまで固執するか。

 正直、彼でなくてもどうだっていい、というのが本音だ。

 では、どうしてわざわざ、新聞を作る時間を割いてまで彼を探すか。

 その答えは、これからのメリットにあった。

 

 まだ情報は持っていそうなので、使えるということ。

 なくなっていようといまいと、生活環境を提供し続けて、労働源にしてしまえること。

 新聞配達くらいは、飛べない人間なりにできることだろう。

 

「片桐さん、ねぇ……」

 

 これから、どうなるのだろうか。

 出会い方、性格、そして一番は大量の血液。

 ああなったのは、絶対に何かがある。個人的にも記者的にも、気になるところだ。

 それが、彼が答えなかった質問にある。都合が悪いという点では、共通点なのだろう。

 彼から血液については、全く触れられていない。触れることすら避けたいのだ。

 

「はぁ、こんなところにいましたか」

 

 木の上で、幹にもたれかかって座るように寝ている。

 あの体勢で寝ると、翌朝には背中が筋肉痛の嵐だろうに。

 

 どうして、あんなことをするのかが私にはわからなかった。

 辛辣な返事は性格として、こうも意地を張るようなことをするのかが、理解できない。

 彼の言動には、自分の命を顧みないものが目立つ。

 それが英雄的行動でもないので、また不思議なものではある。

 

 とはいえ、私は馬鹿ではない。

 あの血の付き方は、どう考えても――()()()()だ。

 何を思っているのかは知らないし、知るつもりもない。

 ネタになるのなら別だが、それも置いておいて。

 

 今ここで彼を失くすのは、少し惜しいものがある。

 ということで、片桐さんを担いでいくことに。

 さすがに担ぐのは女の子として厳しい。妖怪としては何ら問題ないのだが。

 運ぶ手段としては、やはり宙ぶらりんのまま空を飛ぶのが楽そうだ。

 

 片桐さんの襟首を両手でつまみ上げて、空へ。

 満点の星空をなぞって、来た道を戻っていく。

 ふと、手元にある表情を飛びながら眺めた。

 

 鋭い緑の目を透かした眼光は、今では瞼の奥で閉じ込められている。

 漆黒の短い髪は、触ったらちくちくしそうだ。生花ができるかもしれない。

 

 こうしていると、可愛い手頃な虎だ。

 天邪鬼かただ性格が悪いだけか、あの目つきとの相乗効果でさらなる怖さがある。

 

「……ずっと眠ってくれるなら、私としても楽なのになあ。新聞、急いで作らなきゃ」

 

 私の利益と不一致の呟きは、暗がりの空へと霧散した。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 不思議と、背中に鈍痛は迸らない。

 楽な姿勢で、むしろ快眠なまである。

 夏とはいえど、夜は寒い。その寒ささえも、俺の体からは逃げていた。

 

 ここで既に、俺の中で予想はできた。

 射命丸に、家まで運んでもらったのだと。

 

 目を開くと、赤みがかった綺麗な光が窓から差し込むのが見えた。

 窓越しに輝く陽光は澄んでいて、薄雲もその恩恵を全身に受けている。

 なるほど、ここの自然は外の世界とは一味違うのかもしれない。

 こんなにも綺麗で透明な朝焼けは、そうそう見られるものではない。

 

 俺の体を包んでいた掛け布団と敷布団を畳んで、茶の間へ。

 低めの机に突っ伏して寝ている、黒翼の持ち主。

 

「はぁっ、俺だけ布団で寝かせて、自分はこれかよ」

 

 文句、というよりも申し訳ない気持ちの方が大きい。

 俺はそこまで性格が曲がっているわけじゃあない。

 

 そして、隣に積み重なる灰色の紙束に気づく。

 ……新聞?

 

 彼女は、記者だと言っていた。

 記者は記者でも、雑誌などではなく新聞の記者みたいだ。

 

 内容は、昨日俺が取材を受けたもの。

 いつの間に取られていたのか、俺の写真。

 へぇ、意外と綺麗に映っているものだ。結構上手に撮れて――

 

「盗撮じゃねえかよ!? ってかマジいつ撮った!?」

「ん~、もう、うるさいですねぇ。人が遅くまで頑張ったんですから、もう少し優しく起こしてくださいよ~……」

「俺はいつからお前の子守になったんだ? あぁ?」

 

 本当に眠そうに、目をこすって上体を起こす射命丸。

 いつまでも眠っていれば、可愛いものなのだが。

 

「まぁ、お疲れさん。今から配りに行くんだろ、これ。朝刊だろ?」

「えぇ、まあ。それにしても、片桐さんがお疲れ様、なんて言うんですね。意外でした」

「お前は俺を何だと思っているんだよ……」

 

 正直、頭を抱えたくなってくる。

 そこまで悩むことでもないのかもしれないが、これで俺達が会って二日目ということを忘れてはいけない。

 時間的には、まだ丸一日も経っていない今で、この状態。

 このままでは、要らない誤解や印象の差異が激しくなりかねない。

 

「ちょっと、片桐さん。……ん!」

「いや、俺も配れってか?」

 

 思い切り、新聞の束の一部をこちらに突きつける射命丸。

 半ば強引に押し付けられ、つい受け取ってしまう。

 目の前で背伸びをしてくれやがる御蔭で、普通くらいの胸がやけに前へと強調されて、目のやり場に困る。

 

 朝からこの調子だと、一日が相当に大変そうだ。

 慣れていかなければならないのか、それとも逃げ出すべきなのか。

 いずれにせよ、受け取ってしまったからにはアイツに返すことはもう不可能だろう。

 できるとしても、さらにどっと疲れることには変わりなさそうだ。

 

「大丈夫です。一緒に連れて飛んでいきますから」

「あ~、わかったわかった。……その翼といい、飛んでいくといい、やっぱり鳥の妖怪なのか?」

「はい。正確には、鴉天狗といって、烏と天狗の混合種みたいなものですね」

 

 なるほど、だからこその紅の高下駄なのかと、自分の中で妙な納得が起こった。

 黒色の翼と形からして、烏だという予測もできていた。

 あながち、俺の予想は当たるようだ。

 

 外に出て、射命丸が玄関の鍵を閉める。

 

「はい。では、え~っと……はい」

「その手は何? 繋げってか? ちぎられるかもしれんだろ」

「そんなことはしないですって、何度言えばわかるんですかね? もしちぎったとして、落ちた新聞どうするんですか」

「俺の存在が新聞以下っていうことがよ~くわかったよビッチなカラス」

「なっ! ビッチじゃないですよ!」

 

 いや、胸を押し当てる時点でビッチな気しかしないんですねこれが。

 嫌味を漏らしながらも、射命丸の差し出した手を取る。

 想像以上に柔らかな手に驚きつつ、少し心拍が乱れた。

 

「はいは~い、じゃ、行きますよ、っと」

「あぁ、わかっ――はぁっ!?」

 

 俺の返事は、所詮刹那だった。

 刹那の先を、越えた。体感できるものではないに違いない。

 そう、人間だけの領域ならばの話ではあるのだが。

 

 周囲の景色は異様な速度で回転し始め、地平線の彼方さえも楽々と辿り着いてしまえそうだ。

 圧倒的な風圧に圧されながらも、新聞を強く抱えた。

 肩にかかるとんでもない力を捻じ伏せながら、手を強く握る。




ありがとうございました!

私の中では、文ちゃんは強引に迫ってくるお姉さんってイメージなんですよね。
押し倒されたい(直球)

ではでは!


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博麗神社にて

どうも、狼々です!

お久しぶりです。遅くなってしまい、申し訳ありません。
こちらは、テスト期間やら何やらで色々忙しかったです(´;ω;`)

早速書き溜めを消費しつつも、忙しさに四苦八苦。
言い訳は言っていられない! 遅くなったが投稿だ! これ以上はまずい! ということで。

では、本編どうぞ!


 異常なほどの加速度を受けながら、空を駆ける俺。

 具体的には射命丸が俺をぶら下げている状態だが、最早自分が飛んでいることと等しいだろう。

 決して優雅な飛行ではない。

 吹き飛ばされそうなくらいに吹き付ける逆風が、それをはっきりと示している。

 

「大丈夫ですか~? これ、かなり遅い方なんですよ?」

「えっ。嘘、だろ……?」

「あ~、ほら、はたてが追いつけるくらいですからね~」

「なになに? 私がどうしたって?」

 

 声が聞こえたのは、後ろから。

 かなり動かす制限が首にかかりながらも、振り返る。

 

 かなりイマドキな女子高生といった感じの、恐らく射命丸と同じ鴉天狗。

 背中には同じような、烏の翼を広げている。

 イマドキと言っても、流行に乗っているようなわけではなく、手に持っている携帯電話は、折りたたみ式のものだ。

 

「って、その子は? 見慣れない顔よねー」

「えぇ、見ての通り外来人です。名は片桐 氷裏さん。性格も目つきも悪いので気を付けてね」

「おい。羽をもいでやろうか」

「うわっ、本当に怖いわねー」

 

 初対面の人外に、怖いなどと言われたくない。

 こちらとしては、人外の化け物と会うことすら怖いを既に通り越すレベルなのだ。

 飛行能力を持っている時点で、俺を上空に連れ出して落とせば、抵抗なく殺せる。

 いつ殺されても、おかしくないのが事実。

 

 そんな人外が、二人に増えるこの状況。

 丁寧な対応を求められても、一方的に俺が困ってはい終了。

 冷静になったところで、それは片鱗さえも変わることはない。

 

「それはそうと、今日も新聞配達? 頑張るわね」

「この人が来たからね、号外を出さなきゃいけないのよ」

「射命丸は、どのくらいの頻度で新聞を出すんだ?」

「多いときには、号外を入れないで月に五回くらいですかね」

 

 この六月も、もう終わりに近づいている。

 ネタを探していた原因も、何となくだがわかる気がした。

 

 そうなると、俺は完全に利用されているわけで。

 こちらとしても、利用し返さないわけにもいかない。

 引っ張ることのできる情報は、残さず蓋を開けるつもりだ。

 

「ほら、人里ですよ。一旦降ろしますから、人里の範囲は貴方に一任します。私は、別の遠いところに配達に行ってきますからね」

「了解。適当にバラ撒いて来ればいいんだろ?」

「ちゃんと丁寧に頼みますよ?」

 

 着地直前に、一気に浮遊感が戻る。

 先程のまでは、浮遊というよりも、飛翔でなびかれる感覚が強かった。

 地に足が付いたとき、彼女の声が人里に反響する。

 

「文々。新聞、号外で~す!」

 

 

 

 思いの外、配達に時間がかかった。

 というのも、記事の内容が俺なので、質問攻めが避けられなかったのだ。

 昼は過ぎ、お腹も空いてきた頃合いで。

 

「迎えにきましたよ~、っと」

「なあ天狗。俺、腹減った」

「私も同じですから、文句言わないでください。今から行く場所があるので、それからです。あと、射命丸です」

 

 そう言うや否や、飛翔に入る。

 俺は、空が大好きだ。雄大に佇むところがたまらない。

 それの満足感すらも感じさせてくれない速度で、飛翔。

 

「はい、着きましたよ」

「はやっ!?」

「ふっふっふ、これでも私、この幻想郷では最速ですからね」

「……神社で、いいよな?」

 

 堂々とした赤鳥居。本殿に賽銭箱。

 この構造からして、神社の境内であることは確かだろう。

 

「えぇ、そうですよ。名は博麗神社。あっちの巫女服の方は博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)。通称、博麗の巫女です」

 

 射命丸の指差す先で、巫女が境内を掃除している。

 大きな赤いリボンを頭に付けた、赤白の巫女服。

 何より目につくのは、かなり肌の露出の激しさだ。脇などは、それが顕著に表れている。

 かなりの美系だが、まな板なのが玉に瑕だろうか。

 まぁ、そういうのが好きな趣味の奴もいるので、これだけの風貌なら男には困らないだろう。

 

「よぉ、博麗の巫女さん。可愛いな」

「あんた、今朝の新聞の奴ね。そう思うなら、私に賽銭貢ぎなさい。結界修復も手間だったのよ」

「性格可愛くねぇ~……」

 

 前言撤回。超困りそうだ。

 顔はいいけども、性格がアレという、モテない男がいかにも引っかかりそうだ。

 結婚したら、さぞ尻に敷かれることだろう。

 

「で、そこの天狗にあんたを連れさせたのは、言いたいことがあるからよ。今日の七時、ここに来なさい」

「いや何でだよ。俺、飛べねぇよ」

「同じように連れてきてもらいなさい。それについても、色々話すわ。紫と一緒に、ね」

 

 また、この名だ。『また』とはいえど、二回目だが。

 昨日の夜、射命丸が言っていたはずだ。『夜だけど、することがあって間に合わない』と。

 あの時は、夜であることに気を取られて、紫が誰なのかを聞いていなかった。

 間に合わないというのは、彼女の空いている時間か、俺達の就寝時間なのだろう。

 

「了解です。私が責任持って連れてきますよ」

「えぇ、そうしてもらえると助かるわ。後、そいつにはお賽銭も用意させると尚良し」

「はいはい、百円くらいは入れてやるよ。あっ、財布、外の世界の家にあるわ! いや~惜しかったな~、どうしても入れたかったんだがな~!」

「こ、こいつ……! まぁ、紫に持ってきてもらうから、別にいっか」

 

 どうやらその『紫』という人物。

 この幻想郷と外の世界を、本当に自由に行き来できるらしい。

 昨日の射命丸の口振りからするに、そいつに頼めば紫なる人物以外も行き来できるらしい。

 帰る手段があるのなら、すぐさま帰りたい。

 

 そう思うことは、なかった。

 

 俺が何を言う前に、再び全身は空気の圧でなびく。

 服だけでなく、足とかもう、すごくなびいている。

 身体の一部がなびくという稀有な体験をして、景色は一瞬にして切り替わる。

 

 照りつける夏の日差しさえも切り裂く様は、目を見張るどころではなく目が飛んでいきそうだ。

 実際俺から言わせてみれば、確かに驚きはするものの、目は乾くだけだ。

 

「ん~、もうお昼の二時ですかぁ。今から昼食、食べます?」

「相当に腹減った」

「ですが、今から食べて夕食、食べられますか?」

「量による」

「……それじゃあ、昼食は食べないで、夕食と兼用のブランチと洒落込みましょう!」

「ブランチだと、朝と昼だわ」

 

 ブランチは、breakfastとlunchの混成語だ。言葉のまま、朝食と昼食。

 しかしながら、ふと気付く。昼と夜の食事の兼用の名は、聞いたことがない。

 

 結局、俺は渇望した昼食を迎えることなく、夜になってしまった。

 この時ばかりは、射命丸を焼いて食おうかとも思っていたのだ。

 天狗とはいえ、鴉なのでセーフとも思ったが、そも鴉が食べられるのか知らなかったので断念。

 

「で、そんなこんなで何も食べずに午後七時。今は博麗神社に向かっていて? 夕食も抜きで用事なんですがいかかでしょうか射命丸さんよぉ」

「いかかでしょうか、と言われましても……今から、夕食を食べにいくんですよ」

 

 夜で辺りが暗いということもあり、ゆっくりと飛んでいる。

 朝や昼のように飛ばさず、俺でも景色を楽しめるほどの遊覧とも言える。

 となると、この鴉は遊覧鳥なのか。新種だな。

 

「博麗神社でか? 神への貢物根こそぎ奪って食べるとか、俺より性格悪いじゃないかよ」

「違いますよ、宴会です、え・ん・か・い。わかります?」

 

 宴会。人々が一箇所に集い、酒を仰ぎ、食べ物を貪り食う。

 そんな抽象的なイメージしか持たない俺には、少しばかりのわくわく感があった。

 ともあれ、食べられれば何でもいい。死ぬほど腹が減っているんだから。

 大人数が集まるとなれば、それなりに食事の量も用意されるはずだ。

 

 安全運転ならぬ安全飛行を暫く続けて、ようやく博麗神社が見えてくる。

 昼のように神社とその周りだけが明るく、人々の騒ぐ声が離れたここからでもはっきりと聞こえてくる。

 その煩さの中に、俺と射命丸が少し速度を上げて飛び込む。

 

 着地して、俺の大好きな空を見た。

 星々が煌めく夜空は、昼とはまるで表情が違う。

 もっと言うと、やはり外の世界の空とは全くの別物のようにも思えてくる。

 

 澄んだ空がどこまでも高く見える様子が、この幻想郷の自然の豊かさを体現しているようだ。

 幻想郷の殆どを知らない俺でも、ここが自然で溢れていることくらいはわかる。

 空を見れば、それこそ一発で。

 

「あら、来たのね。来なくてもよかったのよ?」

「うっせぇ、博麗の巫女。昼はあんだけ金せびっていた癖して、何を言う」

 

 俺が夜空に心を掴まれていると、博麗の巫女に話しかけられた。

 俺としては正直、あまり関わりたくない相手だ。

 射命丸と同じく、容姿だけはいいので、思考が一瞬揺らぎそうになってしまう。

 繰り返すようだが、俺も男だ。こればかりは仕方がない。

 

「はいはい、どうとでも言いなさいな。早いところ挨拶、済ませなさい」

「はぁ? いや挨拶って、何のだ。それに、何で俺なんだよ」

「聞いてないの? この宴会、あんたの幻想入り歓迎のために人数集めて用意したのよ。一応、主役のあんたが前に出て挨拶しないと、宴会も本格的に始められないわ。軽く一言二言でいいから」

 

 俺のために、これだけの人数が集まって用意を進めた。

 嘘かとも疑ったが、このタイミングでわざわざ宴会など起こさないだろう。

 

「で、あんたは何でこいつに教えてないのよ」

「いやぁ、サプライズの方が面白いじゃないですか。ほら、片桐さんも挨拶してください。観念するんです」

「誰が反抗するなんて言ったよ。最初から黙ってするつもりだ」

 

 そう告げるだけ告げて、集まりの先頭へと向かう。

 これ以上あの二人と話していると、無意識に下らない口論になりかねない。

 彼女らの言う通り、さっさと挨拶を済ませるのが吉と見た。

 それに、腹が減ってどうにかなりそうだ。挨拶をちゃっちゃと終えて、自分も食事を頂くとしよう。

 

 俺が皆の視界に入る目立つ位置に立つと、あれほど騒いでいた連中が、急に静まり返る。

 新聞で顔を知っているだけあってか、俺が挨拶をすることについてもわかっているらしい。

 突如にして出来上がる妙な緊張感に少し驚きつつも、公演を始める。

 自己紹介は、公演だ。自分をどれだけ良い人間のように見せるか。それが鍵だ。

 第一印象一つで、この幻想郷での待遇も天と地ほど差ができるだろう。

 

「え~っと、皆さん、こんばんは。今朝の新聞でご存知の方も多いと思いますが、一応。片桐 氷裏です。今日のこの宴会は、僕のためとのことで。非常にありがたい限りです。僕から言いたいことは、これからよろしく、ってことだけですかね。では、特に他にはありませんし、皆さんお手元のお飲み物をご用意ください」

 

 俺のかなり騙しの効いた挨拶を終えて、乾杯の挨拶まで済ませてしまおうという巧妙な手口。

 これによって、俺はできるだけ早くに料理にありつけるわけだ。

 

 と、今更になって気付く。

 自分がたった今乾杯の挨拶をしようとしながらも、俺自身がグラスを持っていない。

 どうしようものかと少し慌てていると、射命丸から飲み物を手渡された。それも、ウインク付きで。

 いまいちウインクの意味がわからない上に、オレンジジュースだ。子供っぽいと思われているのだろうか。

 加えて妙に可愛いので、一周回って呆れや苛つきがなくもない。

 

 しかしながら、この際飲み物の種類やウインクはどうでもいい。

 高々と右手のグラスを挙げて、この場全員の飲み物の準備ができたことを確認した。

 

「では、今夜は楽しみましょう。乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

 挨拶を済ませるや否や、皆が騒ぎ出す。

 俺が来たときよりも大きい声で、迫力すら感じてしまう。

 

 オレンジジュースを飲みながら、射命丸と霊夢の元へ戻る。

 果汁百パーセントだと思われる酸味が、喉に気持ちいい。

 

「貴方……いくらなんでも、性格が変わりすぎなのでは?」

「まぁな。心にもないことを言ったり、嘘を吐くのは、昔から得意なんだよ」

「じゃ、さっさと紫を呼びましょうか。紫~!」

 

 霊夢が何もない空間に、そいつの名を呼ぶ。

 が、そもそも本当に何もないので、出てくるはずもない。

 

 霊夢の呼び声には、静寂のみの反応が返ってくる。

 逆に言えば、静寂しか反応がない。

 

「あれ~? 何かあったのかしら。先に料理を食べましょ。話はその後、食べながらでも遅くはないわ」

 

 霊夢の言葉が終わって、三人で料理を取りに行く。

 和食を中心に、洋食に中華も少しながら揃っている。

 和漢洋が整然と並べられている様は、外の世界での宴会料理にかなり近い。 

 

 取り皿に大体の料理を取り分けて、少し離れたところで夜空を見上げながら、静かに食べる。

 騒がしいのも嫌いではないが、今は特にそんな気分でもなかった。

 

「どうして、こんなに外れているんです?」

「いいだろ、別に。俺には丁度いいさ」

 

 外の世界でも、振り返ってみれば同じようなものだ。

 幻想郷でもそれが変わらない。ただ、それだけ。

 俺は俺で、いつまでも俺だ。他人が成り代わることなどできない。

 

 ――ただ、俺は限りなく、他人に成り代わることが得意だった。

 いや、『成り代わる』は大きな語弊があるだろうか。正確には、『偽り』が得意だった。

 嘘の演説が得意な所以(ゆえん)も、それにある。

 

「……で、俺の唐揚げ取った奴出てこい。おい射命丸」

「私じゃないですよ。大体、焼き鳥・唐揚げその他諸々、鶏料理は食べられません」

 

 何というか、共食いの範疇なのだろうか。

 ともあれ、俺の唐揚げが犠牲になった代わりに、良いことを聞いた。

 何か困ったら、射命丸には鶏料理を口に突っ込めばいい、と。

 

 しかし、まだ問題は解決していない。

 俺の唐揚げ、本当にどこにいった。

 射命丸が取っていないとして、俺は皆の場所からは外れている。

 ついさっきまであったはずだ。誰かが取ったとは、到底思えない。

 かといって、俺が食べた覚えもない。

 

 ――と、思案をしていると。

 

「ん~、醤油の味付けが絶妙ね、この唐揚げ。美味しいわ」

「……で、誰だよおい。人の食い物勝手に食べて、被害者の眼前で料理の感想を口にした気分はいかがなものだよ。あ?」

「すっごく気持ちが良いわね」

 

 最低だ。俺が言うのもなんだが、最低だ。

 それも、とても輝かしい笑顔で言っているのだから、また(たち)が悪い。

 

 ごく自然に会話が成立している今の状況。

 それは全然、全く、一ミリたりとも、自然とは言い難かった。

 

 目の前の何もない空間から女性の上半身が伸びていて、そこに空間の裂け目のようなものができている。

 まるで次元を司るかのように、彼女はごくごく自然に、俺に話しかけているのだ。

 

 俺自身も、ある程度慣れたのだろう。驚きはしなかった。

 射命丸や姫海棠などの鴉天狗がいたならば、こういう変な種類がいてもおかしくない。

 外の世界の常識は、もうとっくに捨ててある。早めに適応することが吉と見た。

 と考えつつも、完全に手放しきれているかは、微妙なところだ。

 

「あ、そうそう。私は八雲(やくも) (ゆかり)。貴方達がさっき話していた『紫』っていうのが、私のことよ」

 

 上半身だけが見えている、金髪のかなり顔立ちの整った食べ物の窃盗犯は、俺の目の前で悠々と自己紹介をしていた。




ありがとうございました!

さてさて、言うのを忘れていた気がしますが。
主人公、能力持ちです、はい。
「オリ主能力持ち」が苦手な方は、Uターン推奨です。

次回は、口が悪い氷裏君の能力紹介になります。
次は……いつになるのかなぁ(´;ω;`)

ではでは!


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襲いかかる弾幕

どうも、狼々です!

テスト期間とは、中々に心苦しいものです。
こちらは、模試と期末が被り、ほぼ休みなしでテスト勉強に続くテスト勉強をしていました(´・ω・`)

そんなわけで、一ヶ月経ってしまった一ピクセル。
今度からは、これを略称にして呼んでいこうかな。個人的には。変えるかもしれんけど。
皆様、どうかお好きな略称でお呼びください。何かいい感じの略称が皆さんから飛び込んできたら、私自身も使うかもね。

では、本編どうぞ!


「あら、来ていたのね。移動に時間を割く必要がない貴方が、どうして遅れたのかしら?」

「その点に関しては、ちょっと気になったことがあってね。それに、この子についても……」

 

 八雲が現れてすぐに、博麗が何かに引かれるようにやってきた。

 露骨に気だるげに聞こえていた博麗の声も、今はどこかはきはきとしているようにも聞こえる。

 中心地と比べて静かなところなので、声が通りやすいのもあるのだろう。

 

「で、博麗。八雲。話ってのは、俺をここに呼び出さないといけないほどなのか?」

「えぇ、勿論。あと、私は霊夢でいいわ。そっちの方が慣れているもの」

「私も、紫でいいわよ。呼び出さないなら、私が行っていたくらいね」

 

 それほど大切なことなのだろうか。

 俺がたまたま幻想入りしたことが、それほどまでに。

 本当にたまたまな『だけ』ならば、俺を問答無用で外の世界に戻せばいい。

 

 そこで、何故俺をこの幻想郷に留めるのか。

 俺は勿論、幻想入りする前に、幻想郷のことについての一切を知らない。

 それが俺だけでなく、外の世界の人間全員に共通して言えるのなら、秘匿の存在ということになる。

 秘匿状態の維持が目的か。それとも、何かそれらしい他の理由があるのか。

 何にせよ、今の俺に予想できるのは、そこまでが限界だった。

 

「……じゃあ、霊夢に紫。改めて、どうしてだ?」

「簡潔に言うわ。霊夢も気付いているでしょうけど、貴方、()()()()()()()()わよ」

「は? のう、りょく……?」

 

 能力。ある物事をこなす力。

 人間の誰しもが必ず持っているものだ。

 腕が立つ奴のことを能力が高いだのと称する。

 

 ……取り敢えず、そんな一般論ではないことだけはわかる。

 一般論ならば、ここで引き止める理由がない。

 

「そう、能力。紫で言うところの、『境界を操る程度の能力』。私で言うところの、『空を飛ぶ程度の能力』ってところよ」

「霊夢は、読んで字の如く飛行。私は、あらゆる境界の操作よ。私がこうやって空間――『スキマ』から不自然に出ているのも能力の御蔭ってわけ」

 

 飛行能力は、まあさほど驚くものでもない。

 射命丸や姫海棠のように、鴉天狗のような種類ともなれば飛べるのだから。

 

 ただ、この紫の能力。聞いただけでも無敵級だ。

 意識の境界をいじれば、自分の体が思うようにコントロールできない、などもできそうだ。

 単なる移動手段としても、便利極まりない。

 

「ちなみに、朝に空で会ったはたては、『念写をする程度の能力』です。新聞作りに役立てているそうです」

「……で、どれも聞く限りではあり得ない事象ばかりなんだが?」

「あら、否定するの? 別にいいのだけれど、貴方に能力が備わっていることは事実だし、目の前の現実を否定できるの?」

 

 紫の言葉に、俺は特に反論の意を示さない。

 別に口論がやりたいわけでもなく、結局のところ、どうなのかが知りたいだけだ。

 

「じゃあ、その俺の能力ってのは?」

「多分、『()()()()()程度の能力』よ」

「……おい。随分とちっぽけじゃねぇかよ」

 

 いや、特別それほど期待していたわけではない。

 なんかこう、超能力が使えるだとか、思考を読み取れるだとか、一瞬で鶏料理を出せるだとか。

 少し便利だったりとか、かっこいい感じだったらな~とは思った。

 しかし……これ、どうよ。騙して何になるというのだろうか。

 

「じゃ、実験しましょ。文に向かって、笑ってみて」

 

 紫の指示に大人しく従って、笑いかける。

 

「うわぁ、これはまた嫌味な笑いですね」

「当たり前だろ。素直に笑うと思うか?」

「貴方も中々黒い性格ねぇ……じゃあ、同じ笑いを、無表情を意識して笑ってみなさい」

 

 同じく、笑いかける。

 先ほどと同じく意地悪な笑みを、射命丸へと向けた。

 そして、数秒後。

 

「え、えっと……どうして、()()()()んです? 指示ですよ?」

「あぁ~、なるほど。そういう(たぐい)のやつか」

 

 つまり、『騙す』と。

 自分の実体を、自らが意識した姿に書き換える、と。

 俺の体を確認するが、体自体が変わっているわけではない。

 ともなると、相手に錯覚を引き起こす、という種類らしい。

 

 そして俺は、一つの疑問点を持った。

 先程のように、自分が『欺く』姿をイメージする。

 

「……どうだ、射命丸」

「どうだ、と言われましても、また意地の悪い笑顔が浮かぶようになったくらいですかね」

「焼き鳥にしてやろうか」

 

 ふむ、どうやら失敗のようだ。

 どうやら限度や制限もあるらしい。

 こんなにも地味な能力に制限付きとは、何とも不遇だ。

 

「それで? あんたは何をしようとしたのよ」

「いや、射命丸の姿になれるかなって。意識したけど、結果はご覧の通り失敗なわけだ」

「へぇ……なるほど、そういう、だから……」

 

 霊夢の質問に答えていると、紫が隣で密かに呟いた。

 意味深な、重要そうな呟きを発したのだ。

 なるほど、と言ったあたり、何か腑に落ちた部分があったのだろう。

 

「で、何かわかったのか?」

「いいえ、何も? わからなさすぎて、私も困ってしまうほどよ」

 

 ――何故、嘘など吐く必要があるのだろうか。

 あんなにもバレバレなのに、どうして隠すのだろう。

 

「じゃあ、霊力の説明を霊夢からお願いするわね~」

 

 そしてこの、露骨な話題のすり替え。

 まるで話すことを避けているような、そんな意図が見える。

 実際、何かしら考えていることは確かだろう。

 

「あ~、はいはい。いい? 生き物には、魂を器としてエネルギーになる霊力や魔力、妖力があるの。漏れなく、ね。で、貴方の持つ霊力は常人の二倍近くあるわ」

「お、おぉ……! それってやっぱてんさ――」

「ま、常人が極小くらいだから、あんたは小に届くか届かないかくらいね」

「辛辣すぎだろ!」

 

 俺には徹底的に優遇させてくれないこの幻想郷。

 霊力自体が何かわからないが、多い方がいいことだけはわかる。わかってしまう。

 

「幻想郷には弾幕ごっこっていう、まぁ遊びのような決闘のようなってものがあるの。主に霊力はそれで使うわ」

「……物騒すぎじゃ、ないか?」

 

 決闘がその弾幕ごっこと決められている辺り、争いが想定されているということだ。

 そんな危険事を『遊び』と称するのだから、どこかの戦闘民族くらいに野蛮である。

 

 大袈裟に言えば、生き死にも関係するかもしれない。

 弾幕ごっこに使う霊力量は、多ければ多い程有利なことも察せる。

 もっと明確な例で例えると、銃の弾を十発分持った相手と、たった一発分のみを持った自分。

 銃の撃ち合いが始まると、果たしてどちらが殺しやすいかということだ。

 

 互いの銃の腕はそれなりだと考えると、そりゃあ当然相手。

 つまりは、そういうことだ。

 

「最悪死ななきゃいいでしょ。そもそも死ぬような弾幕ごっこは珍し……くない奴もいるけど――」

「おい、それは聞き捨てならない。俺に死ねってか?」

「違うわよ。そんな奴はほんの一部。最低でも大怪我で止まるし、未然に防ぐことも難しいわけじゃない」

 

 理不尽な死や怪我はなし、と。

 信じたいものだが、本当にそうなのかは、結局のところわからない。

 ただ、そうであることを祈るばかりだ。

 

「それに、うちにはさいっこうのヤブ医者がいるわ。死なないことと、大怪我の治療と引き換えに、試薬の実験台になることね」

「インフォームド・コンセントって言葉知ってるか?」

「助かるだけマシってもんでしょ?」

 

 この幻想郷は、外の世界とは逸脱したものだと理解した。その自覚もできている。

 そう思っていたのだが、まだまだ俺の中で外の世界の常識が、染み付いてしまっているらしい。

 

 ――と、錯覚できるほど俺は寛容でも察しが良くも、お人好しでもできた人間でもない。

 

「先に説明を済ませてしまいましょ。その霊力は、圧縮して玉や針の形にするの。それを沢山集めたものは、弾幕と呼ばれるわ。弾幕を張って、相手に当てる。または相手の持つスペルカード――必殺技みたいな弾幕を全部避けきったら、弾幕ごっこは勝ち」

 

 避けきっても勝ち、というのはミソになりそうだな。

 俺みたいに微量しか霊力を持たない種族には、避けることが最もと言っていい程確実な勝利手段だ。

 

「まぁ、飛べないと避けられないと言っても、過言ではないのだけれどね?」

「じゃあ、俺に唯一残された勝利の方程式である回避に必要な飛行は、どうやって覚えればいいんだ?」

「霊力で飛ぶのよ。結局、貴方は霊力量が少ないから……そうね。飛べて一メートルを十秒くらいってところかしら」

「…………」

 

 どうしようか。早速勝利の方程式が崩されたんだが。

 もしかすると、俺に勝つなという幻想郷からの暗示なのだろうか。

 俺にはずっと負け続けろ、と言うのだろうか。

 

「そんなに残念がらなくてもいいじゃない」

「いやあれだぞ。じゃんけんでチョキしか出せない蟹の気分を味わっている俺の気持ちがわかるか?」

「わかりませんね~。物理で勝てないなら……『ココ』を使えばいいじゃないですか」

 

 ニヤニヤと、意地の悪い笑顔を浮かべる射命丸が、指差した場所。

 彼女の、頭だった。

 俺に言えないくらい底知れない意地悪な笑顔で、告げられる勝利の手段。

 

「やってやるよ、わかった。やればいいんだろ、やれば」

 

 半ば諦めつつ、射命丸の煽りを躱す。

 とは口で言いつつも、そもそも俺に不利な戦いはしなければいい話だ。

 弾幕ごっこに勝てないのなら、弾幕ごっこをしなければいい。

 

 誰がこんなハンデ大ありの勝負を望んで受けてやるものだろうか。

 ハンデとは、強者と弱者の間で明確に力量の差があるときに、強者に与えられる制限だ。

 弱者である俺に、さらにハンデを課そうというのは大きな間違いであり、そんな勝負を受ける理由もない。

 

「じゃあ、霊夢に少しだけ教わればいいじゃない、弾幕」

「えぇ? 嫌よ、私こんな奴に時間を割く暇なんてないわ」

「はいはい、こんな奴で悪かったな。俺はお前に教わろうなんてこれっぽっちも考えてねぇから安心しろ、博麗」

「霊夢でいいって言ったじゃない」

「親しくもない相手に下の名前って変だろ? なぁ紫」

「えぇそうね、私も貴方に同意よ、氷裏」

 

 取り敢えず、博麗は俺の中の小さなブラックリストに登録だ。

 性格からして、俺が損することが半端じゃなく多そうなのだから。

 あまり関わりたくはない。無理に弾幕を習う必要もない。だったら答えは否に決まっている。

 

「あ~わかったわよ、教えるわ、教えればいいんでしょう?」

「いいや、俺が教わりたくない。どちらかと言うと、紫とか文に教わりたいな。むしろ、俺としては習わなくたって一向に構わない」

「残念ながら、こと弾幕に関してはこの中で彼女が一番ですよ。弾幕で妖怪退治を生業(なりわい)としているくらいですからね」

「ほら、どうするの? ものの五分も経たずに覚える最低限の護身術『弾幕』。欲しくない?」

 

 要らない、と即答しそうになった口を閉ざす。

 一矢報いると言うと変だが、何かあっと驚かせてやりたくなった。

 博麗さえも驚くような、何かを見せて。

 

「じゃあ、ありがたく御厚意に甘えて教えて頂きましょうかね、博麗」

「だから霊夢って言っているでしょう。変な感じがするのよ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、霊夢は右手を前に突き出した。

 開いた状態で前に出された手の平から、赤や白の不明瞭な球体が数個だけ飛び出す。

 飛び出すというよりも、手の平から這いずり出て浮遊している、という表現が近しいほどの遅さだ。

 

「自分の霊力を手の平に集めて、一つずつ形作って前に押し出すの。霊力の感覚が掴みづらくても、イメージだけでもいいからやってみて。数個出せればいい方よ」

 

 まぁ、先の彼女の話を聞けば当然か。

 霊力は極小なのだから、そうポンポンと出せるはずもない。

 

「……おう、了解」

 

 意地の悪い笑みが浮上するのが、自分でもわかる。

 ここで、俺の冷笑も頷けるほどの性格の悪さが滲み出ることだろう。

 

 手をゆっくり伸ばし、瞬間。

 上空へと高々に手を上げて、弾幕を出す。

 黒色の揺らめく陽炎玉が幾つも弾き出されて、霊夢の四方を一瞬で囲む。

 夜空と同じ色だが、不自然に揺れているため、すぐに位置はわかる。

 

「なっ……!?」

 

 ――だからこそ、瞬く間に彼女の周辺へと展開された弾幕に、驚きを覚えているのだろう。

 

「おら、よッ!」

 

 辺り一帯の自然を思い切りざわつかせながら、俺の手を振り下げる動作と連動して、霊夢へ弾幕が襲いかかった。




ありがとうございました!

というわけで、彼の能力はこんな感じでやっていきます。
これから、この能力をどう物語に関与させ、はたまた活用させようか。
早速以降の話を構想し始める私でした。

さて、これで5話目となりましたね。
現在、感想は25件。……25!?
いやあ、改めて自分がある程度愛されているのかなぁ、と希望を持ちました。
実際どうかは知らんよ?(´・ω・`)

気軽に感想送ってくれて、ええんやで?
気が付かない以外は、絶対に何かしら返信するって方針やで、私(*´ω`*)
読者が一番気軽に接することができる作者を目指しています(`・ω・´)ゞ
ツイッターの方も、何かリプとかDM送ってくれたら、反応するよん。

ではでは!


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普通の魔法使い

どうも、狼々です!

どうしてだろう、冬休みがきたのにペースが上がらない(´・ω・`)
補習とか課題とか、休みなのに休めないってどこかおかしい。

特に課題は、量が半端じゃない。
今配られている段階のやつは三分の二終わったけども。
もう少ししたら、本当に楽になれる……のかなぁ?(´;ω;`)

では、本編どうぞ!


 黒い炭は霊夢へ、無慈悲に集まっていく。

 一斉に、確実に、高速で。

 

「あんた……!? ――あぁ、なるほど」

 

 何を血迷ったのか、暗がりの中でさらに、目を閉ざした。

 ただでさえ視界が制限されているというのに、その上で目を瞑ったというのか。

 そうしてすぐに、俺は奇襲失敗を悟った。

 

 霊夢の体が、突然に動きだした。

 大量の弾幕を気にせず、幾つかの弾を蹴り、腕で弾き出す。

 そして、一つの弾が霊夢の胴体に直撃――と、思いきや。

 

 まるで幽霊の如く、光弾は細い体躯をすり抜けた。

 飲み込まれるように、しかし、貫通。

 それだというのに、霊夢は顔色一つ変えずにいる。

 やがて弾幕は自然と霧散し、辺りは無に帰す。

 

「どうだ、中々面白いだろ?」

「……最初は驚いたわよ。でも、あんたがあの量の弾幕を出せるなんて、絶対にあり得ないもの」

「いやぁまさか、『欺く』をああやって使うなんてねぇ。正直、私も一瞬騙されたわよ」

「言ったろ? 嘘を吐くのは得意中の得意だって」

 

 ――『対象を欺く程度の能力』。

 詳細はまだまだ不明だが、対象とする相手に、幻覚にも似たものを本来の姿と差し替えて見せる。

 先の表情の実験で、それがわかった。

 そして今の弾の嵐。これも、一種の俺の中での実験だった。

 

 自分の体の一部でなくとも、能力は使えるのか。

 結果、使えたのだ。

 それが、あの()()()漆黒弾幕。

 

 たった数個の弾を、あたかも数十や百にも渡っているかのように見せた。

 霊力に長けているらしい霊夢ですら、一瞬ではあるが気付くことはなかったのだ。

 相手が初見であると仮定するならば、必ずと言っていいほど有効な手段と成り得るだろう。

 

「あ~はいはい。実際の弾幕は数発だけど、出せたようで何よりだわ」

「そんなに適当にあしらわなくたっていいじゃねぇか、博麗」

「あのねぇ、私は暇じゃないの。あんたのあんな遊びに付き合っている時間もなければ、こうやって無駄な労力を割くことも――」

「お~い霊夢、紫。さっきの霊力、感じたことなかったけど何だったんだ――って、おぉ、こんなところに主役さんが」

「あぁ?」

 

 俺達四人以外の、聞いたことがない声。

 夜空の黒に紛れた凛と飛ぶ声は、俺達を振り向かせるには十分だった。

 

 夜に違和感なく溶け込む黒服に、それと対をなす白のエプロンを着ている、(ほうき)を持っている少女。

 膝までのばされたスカートから覗く細く、色白な足。

 何よりも目を引きつけるのは、同じく黒白のとんがり帽子から下がる、きめ細やかな長い金髪だ。

 夜中に悠然と輝く金色は、否応なしに視線を吸い込ませる。

 

「よっ、今夜の主人公さんよ! 私は霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)だ。魔理沙でいいよ、よろしく」

「おう、先の自己紹介の通り、片桐 氷裏だ。俺としてはよろしくしなくてもいいが、まぁ一応よろしく」

「……なぁ霊夢。こいつ、本当はこんな性格だったのか?」

「えぇ。あの挨拶の仕方が狂っているくらいおかしいだけよ。本性はこっち」

 

 俺から言わせてみれば、勝手に印象を付けられて、意外だったと思われるのはいい加減にしてほしい。

 俺にはどうしようもないことで失望や意外性を感じられたとして、勘違いもいいところだ。

 言う奴には、言わせておけばいいか。

 

「好きなだけ言ってろ、魔法使い」

「あ、わかる? わかっちゃうか? いやぁ、わかっちゃうかぁ、そうかそうか!」

 

 皮肉に対して満足そうに笑顔を浮かべる姿は、さながら活発な少女そのもの。

 何故魔法使いとわかったかと言われると、この服装の揃え方に、手に持っている箒。

 この二つの要素だけで、想像は容易だろう。

 

「本人曰く、『普通の魔法使い』です。ちなみに、意外と彼女、努力家だったりするんですよ?」

「へぇ、本当に意外だな」

「そうそう! 私、普通の魔法使いなんだよなぁ」

 

 射命丸からの耳打ちによる情報。伊達に文屋はやっていないらしい。

 「魔法使い」という種類の時点で、それが果たして「普通」にジャンル分けされるかどうか怪しいところだが。

 

 努力する魔法使い、というのも連想し難い。

 魔法という存在自体に靄がかかっているからか、それとも魔法には才能との結びつきが強いからなのか。

 そう考えると、魔法の研究者としても分類できるのかもしれない。

 

「さっきの霊力は、片桐さんの物ですよ。何でも、『対象を欺く程度の能力』も持っているんだとか」

「少数の弾幕を能力で増やしたように見せる、っていう意外とセンスのあることをしたばかりよ」

「へぇ、紫の話を聞く限りでは筋がいいじゃない。今度私と弾幕ごっこ、やってみない?」

「機会があって、俺の機嫌もそれに向いて、尚かつ俺が霧雨より弱くても構わないならな」

 

 恐らく、というかほぼ確実にこの魔法使いは魔法を使う。

 いや、魔法を使わない魔法使いなど、いてたまるか。

 魔法使用の弾幕、それか魔法そのものを用いて戦うスタイルだと予想される。

 

 ホーミング系統の魔法や弾幕なんて使われた日には、俺は格好の的と化すだろう。

 俺を倒す手段は、それこそ選り取りみどり。まるでレストランでメニュー表を眺めるように。

 

「いいさ、私にやられながら覚えることだな。それと、魔理沙で頼むよ」

「……何だ? ここの皆は下の名前で呼ばれるのが好きな人種なのか?」

「さぁ? 私にはわかりかねます。ですので私も文と呼んでも――」

「おかしいな。夜中なのに烏が変な鳴き声で鳴いているぞ」

「ひどい!」

 

 今のところ、面と向かって話した人物は全て女、かつ下の名前で呼ばれたがる。

 射命丸のそれは冗談だとして、霊夢達は何かと本気そうだ。

 

「あら、私は一応妖怪よ? 人種と言うと少し語弊があるわ。通称スキマ妖怪、ってね」

「……へぇ~」

「べ、別にそこまで身構えなくてもいいじゃない。何も取って食べようなんて思っていないわ」

 

 容姿を見る限りでは、完全に金髪の人間。それもかなりの美形。美しい。

 射命丸のように、羽が生えていたりとあからさまに人外な格好をしていなかっただけに、思わず身を引いてしまった。

 とはいえ、本当に取って食うつもりなら、既に俺は胃の中へ放り込まれていることだろう。

 

「私と魔理沙は人間よ。ただ、幻想郷にはいくらか妖怪だったり魔女だったり、はたまた吸血鬼だったりもいるわね」

「一体何だよ、その詰めに詰め込んだ世界は。西洋なのか東洋なのか、はっきりさせればいいだろうに」

「さぁ? 私にも、未だに謎で仕方がないわ」

 

 日本の風情を感じさせる自然の風景や神社。

 それに、魔女や吸血鬼が堂々参戦。最早意味がわからない。

 昔、幻想郷で東洋側と西洋側との戦争があって、その和解の意を込めたのだろうか。

 

 ……さすがに勘ぐりすぎか。

 第一、仮に戦争があったとするならば、その爪痕がどこかに残っているはずだ。

 痕跡というものは、隠すことはできても、逃げることはできないのだから。

 まだ幻想郷をよく知らない俺だが、武器が十分に揃うほどの文明とも思えない。

 

 そうなると、勝利国は自然と西洋側となり、幻想郷は被害を受ける。

 ここが戦争の惨禍となったことがある雰囲気とは、とても思えない。 

 

「あ~、あの吸血鬼幼女なら、姉と従者のメイドの方がここに来ているんじゃないかしら?」

 

 吸血鬼、という単語を聞くと、立派な洋館まで想像が膨らんだ。

 どう考えても、霊夢の言葉を聞いた上では、吸血鬼は幼女で、さらに妹がいて、加えて従者持ち。

 つまりは、ヴァンパイア幼女が、主ということになる。

 

 ……存外、想起し難い光景だ。

 メイドが幼女吸血鬼に紅茶を注ぐ。案外あり、というわけでもない。

 

「一度お目にかかりたいものだが、吸血されて死なないか?」

「わからないけど、大丈夫じゃないのか? 今日の主役が突然死んだら、色々と大変だし」

「その大変な事態になったらどうしてくれるんだよ」

 

 人目につきながら、幼女のヴァンプに吸血。

 否定しない魔理沙の反応を見ると、吸血された暁には天に召される模様。

 観衆の眼前で繰り広げる吸血行為よろしく、公開処刑や晒し首だ。

 

 無知への恐怖とは、思いの外馬鹿にならない。

 人間の怖いという感情は、痛み等の死へ対するもの。

 そしてもう一つ、予測外などの無知へ対するものと相場が決まっている。

 それでも人によっては、好奇心と恐怖が混在するのだから、不思議なものである。

 

「大丈夫ですよ。いざとなったら、私が守りますから!」

「これ以上に心配を煽る台詞を聞いたことは今までの人生で初めてだ」

「ねぇ、さっきから私に対して明らかに冷たくないですか? 冷たいですよね!?」

「気のせいだろ」

 

 そう、全て気のせいなのだ。

 後ろで他人事のようにケタケタと面白がって笑う紫も。

 見た目は完全にお姉さん系かと思えば、やけに笑顔が子供らしいことに気が付いた。

 無邪気な笑みと言ったら、それはもう少女そのものだ。

 

「行くなら行くで、その時は私が念を押すから、さっさと決めて頂戴」

「どうして俺にそこまでするんだ?」

「貴重な賽銭源よ。収入は簡単に絶やすべきでないわ」

「俺は銀行じゃねぇんだぞ」

 

 ATMと呼ばれる男の気持ちがわかった気がする。

 お金だけむしり取る女とは仲良くなれそうにない。

 そう考えると、対価として金を要求する霊夢は、まだマシな方だろうか。

 

「私はどうだっていいのよ?」

「いやぁ、話がわかりますねぇ霊夢さん。さすがっす」

「貴方、嘘は得意中の得意なんじゃなかったの? 声がのっぺりとしているわよ」

「それこそ気のせいだろ。ほら、早めがいいんだろ? 行こうぜ」

「あぁ、ここに来たときに見たぞ。こっちだ」

 

 魔理沙の先導に、俺と霊夢が続く。

 射命丸と紫も、さらに俺と霊夢の後に並んでいる。

 

 満天の星が、幻想郷の夜に映える。

 輻輳(ふくそう)する数多の煌めきは、宴会で明るいこの場にも届いた。

 

 鬱蒼と茂る雑草や木々の間を掻い潜り、魔理沙の背中を辿る。

 そして止まった場所には――噂の姿はなかった。

 強いて言うならば、泥酔した男達だけ。

 吸血鬼らしき幼女の姿も、メイドの姿さえも、どこにも映らない。

 

「なぁ、この辺りに幼い……えっと、これくらいの女の子とメイドを見なかったか?」

「えぇ? あ~、それなら確かそこに――あ、あぁ?」

 

 魔理沙が比較的理性がある男に問いかけた。

 が、その男は周りを二度三度と見渡すだけで、何も言葉を発しない。

 ようやく口を開いたかと思えば。

 

「い、いないな。おっかしいな、さっきまであっちにいたんだがな」

「そうか。サンキューな。……とのことだが、どうするよ」

「多分帰ったんでしょうね。氷裏、今回は諦めなさい。あと、護衛したんだから賽銭はもらうわよ」

「はいはい、百円や二百円くらいならな」

 

 同じ「円」でも、この世界の一円の価値は外の世界と違うかもしれない。

 昔の日本に準ずるのならば、百円でも十分すぎる程だろう。

 

 溜め息を吐きながら、黒空を一瞥。

 一瞬だけだが、星の光に陰りが見える。

 それはどこか、()()()()のように象られているようだった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 温かい、注がれたばかりの紅茶をすする。

 

「相変わらず、貴方の淹れる紅茶は最高ね」

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 毎日何杯飲んでも、飽きることを知らない。

 香り、味の深み、温度。どれをとっても逸品級だ。

 

 最高の紅茶のカップを傾けて、空を見た。

 

「あら、今夜は月が出ていたのね。それも満月。雲に隠れていてわからなかったわ」

「そのようですね。ところで、つかぬ話をお聞きしますが、あの少年にどこかお嬢様の興味をそそるものがおありでしょうか?」

「えぇ。あの目、あの顔、あの笑い方。色々と最高よ」

「……その、失礼ながら重ねてお聞きしますが、恋、でしょうか?」

「あぁ、違うわよ。面白くてたまらないわ。あんなに()()()()()()()みたいな人は初めてだからね」

 

 いつぞやの赤い霧を思い出して、飲んだ紅茶で体が暖かくなる。

 ……今度は、紅の月、というのも悪くないかもしれないわね。

 そう考えたが、同じく赤い巫女を思い出して、現実になりそうにないと悟る。

 

 ――月が、踊っていた。




ありがとうございました!

さて、いつか彼女たちは出します。
意外と彼女らが書けるときを楽しみにしていたり(*´ω`*)

もうすぐクリスマスですね。
彼氏彼女がいる皆さん、どうぞイチャイチャしてください。迷惑にならない程度にね。
彼氏彼女がいない皆さん、どうぞ私の小説でイチャイチャしたような気分になってください()

私も今は彼女がいないようなものなので、イチャイチャした気分になります。
案外、こういう時は書き手が一番効果あるのかもね。
妄想を文字という形で具現化する、って意味では。

ではでは!


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お猪口

どうも、狼々です!

あけましておめでとうございます!
ペースが上がると言いつつ、課題に追われて上がらなかった狼々です(´・ω・`)

ついこの間、投稿から一周年を迎えまして。
同日、私の作品「東方魂恋録」の二期も投稿を始めまして。
さらに同日、被お気に入りユーザーが100人に到達いたしました。
色々あったぜえ(*´ω`*)

ちょっとずつ、書いていきたい。
新作書くのが愚かしいペースだけど、一作品終わりそうだから入れ替わりみたいな感じになるかな。

では、本編どうぞ!


 結局、心のどこかで諦めきれず、幼女を探してみたものの、いなかったようだ。

 どんな容姿かもわからなかったが、皆曰く、「見ればわかる」とのこと。

 考えてみると、側近のメイドがいるのだ。この場所に黒白の格好など、嫌でも目に付くだろう。

 

 今は紫と魔理沙に会ったときと同じ場所で、ふと覗く満月に酔いしれ、飲み物を手に取って口にしている。

 

「――がはぁっ!? な、何だこれ!」

「お酒ですよ、お酒。アルコールです」

 

 どこかから現れた射命丸が、飲み物の正体をあっさりと告げる。

 喉が焼けるような感覚が迸り、刺激というよりも、そのまま痛みに似たものが駆け巡る。

 

「アルコールって、俺はまだ十八だぞ!」

「それは昨日聞きました。ここは飲酒に対して特に法が定まっているわけではないので、未成年でも飲酒できるんですよ」

「だからって、人の飲み物を勝手に酒にすり替える奴がいるのか?」

「いるじゃないですか、ここに」

「皮肉だよ、この雌烏が!」

 

 常識的に考えて、あり得ない。

 俺に飲酒の経験がないことは、容易に想像が付くだろうに。

 

「早めに経験しておくものですよ、何でも。慣れです、慣れ慣れ。そうそう」

「この生涯では飲まない予定だから結構。早く俺の飲み物返しやがれ」

「あのオレンジジュースですか? あぁ、私が飲んじゃいました」

「……本当に焼き鳥にして食ってやろうかと検討中だぞ」

 

 今回に限っては、そこまで大案件ではない。

 が、以降もこのようなふざけが仕掛けられるのならば、黙っておけない。

 

 真剣に、こいつは常識が欠落しているのでは、と感じ始める。

 大体、他人が飲んだ飲み物に口をつけるという行為に対して、嫌悪感や抵抗を覚えないのだろうか。

 というよりも、思いの外オレンジジュースが美味しかった。

 宴会料理に爽やかな酸味の効いた飲み物が、案外悪くなかったのだ。

 

「あ、ちゃんと飲んでくださいね。食べ物を粗末にするのはダメですよ?」

「酒が好きな奴にこの酒を注いでやるのが、一番粗末にならない方法なんだがどうだろうか」

「何のために注いだかわからなくなるじゃないですか。今更何を言っているんです?」

「てめぇが勝手に注いだんだろうが! 今更とか『俺から注いだ』みたいな言い方するな!」

 

 怒鳴ってから、グラスの中を覗き込む。

 色からして、日本酒。オレンジ色では決してない。

 こうして見ると、自分が何故、オレンジジュースと日本酒を間違えたのかが不思議に思えてくる。

 

 もう一度射命丸を見るが、わくわくした様子でこちらを見たままだ。

 正直言って、この酒をあの烏に容赦なくぶちまけてやりたいが、そんなことをしたら八百万の神々の何とかがどうのこうのなってしまう。

 

「おい。お前、酒飲めるか。まだ口をつけたわけじゃないぞ」

「いえいえ、ご心配には及びませんよ。こうして自分のお酒も用意していますから。それと、見え見えの嘘をありがとうございます」

「ちょっと待て。嘘どうこうより俺にもそのお猪口を寄越せ。このグラスで日本酒は量的にまずい」

 

 射命丸が傾けるのは、小手先で弄ばれる小さなお猪口。

 自分の手元のグラスは、よくある円筒形で、量もそこそこ。

 ただ、それは普通のジュースだとか、お茶だとかの「そこそこ」だ。

 日本酒となれば、話は別だ。

 

 誰が日本酒を、こんなにバカでかいグラスで飲むんだよ。

 砕けた氷が入る小さなやつだったらわかるが、それの軽く二、三倍の容積はある。

 

「既に注いだ後なんですから、器なんて関係ありませんよ」

「あぁ、まあそれもそうか――とでも言うと思ったかおい。誰が注いだんだよ、これ。おい、誰だと思うよ」

「さぁ? どこかの妖怪の仕業でしょうね」

「はいはい、記憶まですっからかんでガバガバの烏妖怪さんありがとう」

 

 ともあれ、飲まないと話が先に進まない。

 こういう時は、一思いに行動した方が最善かつ楽な道だ。

 

 さすがに一気飲みは危ないので、一口だけ仰ぐ。

 

「……美味しさは感じられないな」

「まぁ、最初ですからね。酔いの感覚は回ってきますか?」

「いや、まだこれだけだからな。気配もない」

「おっ、もう少し飲んでそれが続けば、思っている以上にお酒に強いのかもしれませんね。どうです? 私と一緒に飲みませんか?」

 

 控えめな笑顔で、彼女のお猪口をこちらに差し出す射命丸。

 こうしていれば、素直に可愛いものを。

 性格面の問題は霊夢ほどではないが、どうしても馬が合いそうにない。

 烏なのに馬が合うとは、これいかに。……はぁい!

 

「……まぁ、別に断る理由もないしな」

「あっ、デレた!」

「ごめんやっぱ断る理由がついさっきできたわ」

「あぁん、そんなあ、つれないですねぇ」

 

 と言いつつ、早速日本酒を飲み下す射命丸。

 一秒もせずに、小柄な盃が空になって、底が見えた。

 

「ほう、中々じゃないか」

「これくらい普通ですよ。飲めないなら、無理して飲まなくていいんですからね? まだまだ未成年のお子様ですからね」

「つくづく口数が多い烏だな。何なら試してみるかよ?」

「私としては、別に、どうだって」

 

 一方は悪戯に、また一方は意地が悪く、口角を釣り上げる。

 日本酒を取ってきて、席に着いた後に、器に唇が付けられた。

 

 

 

「その辺りにしておいた方がいいのではないですか?」

「あ~、まぁそうかな。俺としてはまだ大丈夫だが、初めてだしここらで切り上げるか」

 

 かれこれ、数杯に渡ってグラスを持ち上げた気がする。

 烏の持つ盃も、数え切れないほどに底を見せては満たされていた。

 

 透明なタンブラーグラスでも、日本酒は飲めるものらしい。

 見た目の量が精神的にキツいが、それさえ何とかなれば大した差はないものだ。

 

「貴方、本当に初めてなんですか? とてもではありませんが、そうは思えないですよ」

「未成年で飲酒しただろって言いたいのか? 残念、法は守っているんだな、これが」

 

 いくら性格や口が悪くとも、違法行為はしていない。

 未成年飲酒も、無免許運転も、法に触れることは一切、だ。

 

 ……いいや、そういえば。

 自分の中で反響する音に、耳を塞ぐことしかできなかった。

 嫌悪感から、自分のグラスを地面に叩きつけたくなる。

 

「……そういうお前も、結構な量を飲んでいるじゃないか。正直に言うが、驚いたぞ」

「ふふっ、中々でしょう? お酒の強さに関しては、自信があるんですよ?」

 

 若干頬が赤らんだ笑顔は、それはもう魅力的だった。

 どこか扇情的な自慢顔とは、男の心を揺らしてしまう。

 例え妖怪だとしても、可愛らしく美しいものは、そのまま可愛らしく美しいもののようだ。

 

「で、霊夢と魔理沙と紫の姿が見えないが、三人はどうしたんだ?」

「巫女は皆の方に連れられて、魔法使いさんは既に帰ったかと。紫さんも同じく見つからないので、帰ってしまったと思いますよ」

 

 一方的に捜索を手伝ってもらった挙句に、お礼の一つもできなかった。

 せめて一言くらい、言っておきたかったものだ。

 次に会うときがあれば、その時までの先回しとしようか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 有象無象の境界の先に葬られそうな光の跡を眺めながら、盃を傾ける。

 

「ねぇ……あの氷裏って男の子、どう思う?」

「どう思う、と言われてもねぇ」

 

 隣で私と夜酒を交わす紫からの質問に、答えあぐねていた。

 私の中で一番適切な答えが、中々出せずにいる。

 抽象的な物ばかりが思い浮かんでは、相応しくないと消えていくのがわかった。

 

「さぁ。強いて言うなら、面倒ってことくらいかしら」

「それはどうして?」

「どうして、ってまた言われても……性格が悪いから?」

「本当に、それだけ?」

 

 やけに語調が強く、回答の再確認を促される。

 

 共にした時間が少ないこともあるが、わからない。

 彼がどうして面倒だと思うのか、理由がわからないのだ。

 

「そう、わからない。わからないのよ」

「何よ、そっちもわかっているじゃない」

 

 「わかっていない」という事実がわかっている。

 無理解への理解は、執着するまでもなく。

 

 まるで思考を読んだかのような紫の発言に、呆れるしかなかった。

 読めていることをわざわざ聞くなど、酒飲みの時間だとはいえ、野暮だ。

 一応、神社の縁側で中心部から外れているが、宴会中。今日この時間くらいはゆっくりさせてほしい。

 

「えぇ。だって、わかるもの。貴方がわからないってことを。霊夢はああいう人種に会ったことがないでしょう?」

「まぁ、言われてみればそんな気もするわね。何となく全体像が掴みづらい、というか……」

「掴みづらいはずよ。あんな能力を持っているのだから」

 

 正直、紫の言葉の意味さえもわからない。

 『欺く』能力は、虚偽弾幕のように、オンオフを切り替えるタイプだ。

 ただ能力を持っていることと、効果を()()()()()ことには、明確に差異がある。

 

 私が怪訝そうな顔をしていたのか、紫の口が再び動く。

 

「霊夢は、気付かないわよね。私だって、本当は気付かなかったからね」

「紫、さっきから何が言いたいの? 言いたいことがあるのなら、はっきりと言えばいいじゃない」

 

 募るイライラに、思わず強く言葉を返してしまった。

 こうして勿体ぶる必要など、あるはずがない。

 何が好きで、こうも渋るのだろうか。

 

 意識して疑問する前に、口が先に動いてしまったのだ。

 

「ごめんなさいね。怒らせるつもりは全くないのよ。ただ、ここで話すことを口外しないなら、ね?」

「……そんなに重要なもの、なの?」

「えぇ。()()()()()()()()()()()()()()()、と言っても過言ではないわ」

 

 私は無気力に「それ」を眺めるが、見た上ではそこまで特別なものとは思えない。

 しかしながら、紫から私の手に渡った「それ」は、紫の話からか、妙な緊迫感をひしひしと感じさせる。

 とてもではないが、私に走るピアノ線のような緊張が、嘘だとは思えなかった。

 

 しばらく時間が経って。

 

「――なるほど、ねぇ。何となくだけどわかったわ」

「それであの子、どんな姿で幻想入りしたと思う? さっき文が氷裏と離れたときに聞いたんだけど、血塗れだったそうよ」

「…………」

 

 境遇、というものは時に残酷で、無慈悲だ。

 この時ほど、それを他人の言動で痛感したことはなかった。

 

 そも、自分の行いでさえ後悔することはあっても、痛感することは珍しい方だ。

 それを物を通して静観するだけで、これほどまでに。

 これほどまでに、知り得るものだったのだろうか。私は、知らなかった。

 

「……まぁ、私が下手に関与するのはおかしいわ。だって私は、本来知らないはずなんだもの。今まで通り接するわ」

「えぇ、ありがとう。そうしてもらえると、助かるわ」

「ただ、限度ってものは弁えなさいよ。時間は待ってくれないんだから、いつかは正面切って話さないといけない時がくるわ」

 

 弊害というものは、二種類の解決法がある。

 一つは、きっぱり向かい合って、その壁を乗り越える。または破壊する方法。

 一つは、辿った道をすっぱり諦めて、別の道を探して渡る方法。

 

 後者に至っては、最早「解決法」と言えるのかさえ怪しいところだ。

 結局それは逃げでしかなく、問題を先延ばししているに過ぎない。

 いつかは再び目の前に立ちはだかって、逃げた自分の過去を酷く恨む日が来てしまうのだから。

 

「わかっているわよ。その時は、手伝ってもらうわ」

「これを見て『はい見過ごします』、とはさすがに言えないわ、いくら私でも。できる限りは協力するわ」

 

 いつの間にか一杯を飲み干していたので、盃からはそれ以上滴が零れない。

 お猪口並々に日本酒を注ぐと、一思いに、一気に飲み下した。




ありがとうございました!

最終更新から一ヶ月経った気がしません。
書き溜めが五話くらいあるので、先に進んだ気分に(´・ω・`)

前書き長かったから、後書きは短くいこうかな。

ではでは!


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光学迷彩の隠れ家

どうも、狼々です!

二ヶ月経そうですね(白目)
ということで、書き溜めを一話分だけ解放したいと思います(´・ω・`)

ただいま、被お気に入りユーザー100人突破記念の短編を書いていまして。
アンケで二者択一をしていただき、集計して結果も出し、執筆の段階まで進んでおりまする。
以上、近況報告おわり。

では、本編どうぞ!


 騒然としていた空気は消え去り、宴は終わった。

 充満していた酒の匂いと騒ぎ声が、家へ帰った今でもまだ、鼻と耳に残っている。

 ああいう輻輳(ふくそう)としている環境は、どうにも合わない。

 

 慣れていないだけなのかもしれないが、慣れる見込みすら欠片も見つかりそうもない。

 

「あちゃー、この洗濯機も寿命ですかねぇ」

「どうした、射命丸」

「いえいえ、洗濯機の回る音がおかしいんですよね~。明日にでも行くべきですかね」

 

 と、平然と言う射命丸。

 家の中を見る限りは、洗濯機や冷蔵庫を始めとして、機械類――特に家電製品が幾つか目に付く。

 

 文化の進みが外の世界と比較して遅い幻想郷でも、電気機器がほんの僅かだがある。

 勿論、この家の内装しか見ていないわけで、全ての地域においてそうだとは言い切れない。

 あくまでも、射命丸の家では、という条件付きでだ。

 

「で、どこに行くんだよ」

「明日になればわかりますよ。さすがに重いので、手伝ってください」

「いやまあ、いいけども」

「え、随分素直ですね。何か良いことありましたか?」

「誰が素直だ。単純にどこに行くか気になっただけだ」

 

 幻想郷の地理は、早い内に把握した方がいい。

 いくら山の中を自由に駆け回ることができたとして、何もない。

 山の外の景色も、目に入れておくべきだろう。

 

「じゃ、決まりですね。明日は新聞を出す予定もありませんし、もう寝ましょうか」

「あいよ、おやすみ」

「ちょっと、どこ行くつもりなんです?」

「外だよ」

「あぁ、布団は買ってきましたから、大丈夫ですよ」

 

 ともあれ、野宿はなくなるらしい。

 木の上で寝るとなると、背中やら腰やらが痛くなりそうでたまらない。

 

 射命丸の用意した服で、射命丸の用意した布団で寝る。

 これだけ見ると、(たち)の悪い居候と何ら変わりない。

 

 ……いや、実際変わらないか。

 傍から見ても、主観から見ても、居候としか捉えようがない。

 

 自分の中で何か変えなければ、という謎の使命感に駆られながらも、静かに布団につく。

 柔らかな布団の感触に這いずる温度は、どこか暖かかい。

 夏だというのに、にじり寄る変な寒気を孕んだ外の空気を、変えてくれた。

 

 

 

 翌日。次の日。又の日。

 昨日に続いて晴天に恵まれ、空の蒼さは深みを帯びている。

 

 青とはいえ、色々な青の「表情」が存在する。

 澄んだ蒼、純度の高い蒼、透明な蒼、雲の白に更に拍車がかかった蒼。

 それは青だけに言える話ではない。

 無限に存在しえる色の数だけ、先へ先へと枝分かれするのだ。

 

「はい、朝ご飯ができましたよ」

「あいよ、今行く」

 

 三日目にして、早くも射命丸の存在に違和感を感じなくなった。

 あの調子に不慣れなのは変わらないが、「違和感を感じることに慣れた」とでも言うべきか。

 

 ついでに言うならば、この生活にも慣れ始めている。

 というのも、他人の家に泊まっている自覚が湧かないのだ。

 自覚と称するよりも、本当のところは緊張感の方が相応しいのだろうか。

 

 席に座り、優雅に味噌汁をすすりながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

「今向かっているのって、どこなんだよ」

「近いですよ。山の中から出ることもありません」

「結局山の中かよ……」

 

 朝食を取り終えて、速やかに準備を済ませ、外出。

 準備と仰々しく銘打っているものの、洗濯機をコンセントから外しただけだ。

 特に私物として持ち出せる物があるわけでもなく、持ち出す必要もない。

 

 現在、二人で巨大な白箱を、鬱蒼と茂る大自然の中を掻き分けて運搬中。

 空を伝うまでもないらしく、徒歩での移動となっている。

 どれほどの距離を歩くのかと考えた数分前の俺は、これ以上にないくらいに絶望に浸っていた。

 事実、今さっき、初めて知ったのだ。

 

「ほら、もう見えますよ」

「本当に早いな!」

 

 どうにも納得がいかないが、もうそろそろ到着の予定らしい。

 いや、早いに越したことはないのだ。しかしながら、果たして俺が必要だったのだろうか。

 

 妖怪の力に比べれば、人間の力など、たかが知れている。

 俺たった一人がいたところで、何が変わるというわけでもないのだ。

 

「えっと、ここですよ」

「いや嘘吐くなよ。目の前が滝じゃねぇか」

 

 山を下った麓側には、大きくはないが滝が流れていた。

 六角柱のスタンダードな柱状節理(ちゅうじょうせつり)が広がる、玄武岩質の岩石。

 沢山の洞穴、色々なところにこびりついた苔。

 

 ただ、そんな日当たりの悪い自然の景色が目に入るのみだ。

 建造物めいた物など、欠片すらも視認できない。

 凝視しても、見えるのはゴツゴツとした岩の表面だけ。

 

「えぇ。そりゃあ見えませんよ」

 

 進む射命丸に、洗濯機を落とさないように合わせて前進する。

 苔が靴に滑ったり、この状態が長く続くようならば危険も潜むだろう。

 白色の大箱に、手から滑り落ちた勢いのまま、無残にも下敷きにされるかもしれない。

 

 と、滝の裏へと向かう終わりの見えない歩行が、突然に途絶えた。

 不思議に思って懸命に前を見ると、何もない緑色に覆われた岩に指を触れさせていた。

 

 ――まるで、液晶パネルに数字を打つように。

 

 電卓と全く同じ指使いを眼前で見せられた数秒後、目の前の岩が消えた。

 否、消えたのではなく、突如として()()()()()()()()()()のだ。

 

 迷彩、それも光学迷彩……だろうか。

 そんな代物は初めて見たが、何かに紛れて消え、触れると元のように見える。

 俺の記憶を探って、一番それらしき物だった。

 

「お、おいおい。この世界は何でもありかよ」

「そうではありませんよ。あと、これは持っておいた方がいいですよ。中の人……というより、妖怪に会ったら渡してください」

「また妖怪かよ。で、俺を馬鹿にしているのか? やめるなら今の内だぞおい」

 

 俺が返せたのは、引きつった笑顔とこの言葉で精一杯だった。

 腕があまりの重さに震える中、差し出された物を受け取るために、片腕をフリーにしたというのに。

 

 胡瓜(きゅうり)。そう、きゅうり。キュウリ。キューカンバー。

 緑色の細々とした、表面が多少ゴツゴツしたあの野菜。しかも少し冷えている。

 

「今にわかりますよ」

「あぁ、いらっしゃい……えぇ!?」

 

 鉄塊を金槌で打つような音が聞こえてから、射命丸の動きに合わせて洗濯機を床に。

 しかしながら、鉄打ちの音楽はすぐに収まった。

 音の発生理由である彼女の腕が、驚きの声と共に止まったのだから。

 

 数珠で結ばれた青髪で、ツーサイドアップ。

 薄い緑のハンチング帽から溢れるそれらは、多少ウェーブがかかっているだろうか。

 

 瞳や全体の服の色まで青色で固められていて、水そのものを想起させそうだ。

 そんな彼女だが、からっている小さなリュックは緑色。

 リュックは小さめなはずなのだが、なにせ彼女は小柄な体型なもので、小さいとは一瞬思えない。

 体躯に合っている、というのが正しいだろう。

 

「きょ、今日はどうしたのさ」

「洗濯機の調子が悪くなったので、修理をお願いしたいんです。ほら、片桐さん、挨拶とそれをあげて」

「これを渡してか?」

 

 当然だ、と顔のみで語るように頷く射命丸。

 半信半疑のままに青髪の少女へと近付き、しゃがんで目線の高さを直線で結ぶ。

 ひっ、と空気を裂くような息を吸う音と、この張り詰めた表情。あからさまに警戒されている。

 

 そこで、さらに疑いながらも、手に持っていた胡瓜をちらつかせた。

 その瞬間に、少しだが警戒の色が薄れた気がする。

 

「よう。つい三日前に幻想入りした、片桐 氷裏だ。よろしく、お嬢ちゃん」

「う、うん。えっと、私は河城(かわしろ) にとり。よろしく……」

「そうだな、自己紹介くらいは目を合わせような」

 

 これ以上に怯えられても困るので大目に見るが、視線が胡瓜から動いていない。

 現に、左右に振る俺の胡瓜を握った手が、彼女の目から常に追われている。

 

 さて、仕返しだ。仕返しというほどでもないが、ずっと半分無視されるのは癪だった。

 胡瓜を目の前に差し出し、ぱぁっと笑顔になった瞬間に、手を上へと上げる。

 勿論、河城はそれを両手で追って、手を伸ばした。

 

 が、ギリギリ届かない位置まで上げてあるので、何度もジャンプしているようだが、無駄なのさ。

 なんだろうか、くすぐったいというか、途轍もなく楽しい。

 自分でも、口元に邪悪な笑みが広がっていくのが感じられる。

 

「ほれ、ほれほれ」

「ん~、ん~!」

「何をしているんですか……」

 

 後ろの天狗が頭を呆れ顔で抱えた辺りで、そろそろ自重。

 今度はしっかりと手の中に握らせて、手渡した。

 

「あ、ありがとう――えっと、盟友!」

「盟友? まぁ、どうでもいいけどさ」

 

 片桐とも、氷裏とも、盟友とも、勝手に呼んでくれていい。

 名前なんてものは、いくらでも変わる可能性があるものなのだから。

 その点、「盟友」で固定された方が、変わることも本人の意志以外は殆どない。

 

 それにしても、どうしてこうも胡瓜に拘るのだろうか。

 拘るという言い方もおかしいが、あの執着ぶりは、そう例えても不自然はないだろう。

 

 有名な話ではあるが、胡瓜は「世界一栄養のない野菜」としてギネス登録されているらしい。

 シャキシャキとしたみずみずしく、気持ちの良い食感はとても身近なものだが、逆に言えばそれだけしかない。

 ただ、さらに逆に言うならば、それは確かにあるのだ。

 

 胡瓜の原産地はインドであり、暑い地方では特徴である水分が重宝されたらしい。

 九十五%以上が水分となっていて、現在では国際的に食されている野菜の一種。

 

 という自由研究を、小学校だか中学校だかの夏にやった覚えがある。

 随分と前のことでも、思いの外覚えているらしい。

 

「あ~、なるほど。わかったかもしれん。お前、河童だろ」

「おっ、ふごいねぇ」

「はいはい、胡瓜食べながら喋る奴は初めて見たよ。飲み込んでから喋れ」

 

 よく食べ物を口に入れたまま話すキャラクターを見たりするが、胡瓜を口に入れるパターンは新種だ。

 大体、見た上では、ただ水で洗っただけの生の胡瓜。

 そのまま丸かじりしているようだが、本当に美味しいのか怪しいところではある。

 

 彼女からすごい、と称賛されるに値するわけでもなかったりする。

 妖怪、ひいては胡瓜好き。

 これだけでも、十分推測は可能なほどに稀有な特徴なのだから。

 

 そう考えると、河童のいる幻想郷に迷い込んだ俺は、さしずめ「第二十三号」だろうか。

 河童と聞くと大抵の人が、かの芥川龍之介を思い浮かべると思うのだが、どうだろう。

 

「言う通り、私は河童だよ。人呼んで、『超妖怪弾頭』ってね」

 

 弾頭。弾頭というのは、ミサイルや砲弾、魚雷等の先端部分のことだ。

 つまるところ、火薬の詰まっている、衝突して相手に加害を与える場所となる。

 

 今更なのだが、この家……というよりも研究所(ラボ)は、機械で覆われている。

 緑色や赤色に光るランプだったり、小さなエンジンの駆動音が、四方八方に。

 先程、鉄塊を叩いていたことも考えると、彼女はエンジニア的存在なのだろうか。

 

 そうでなくとも、射命丸がここに来た意味がない。

 もし仮に彼女がエンジニアでなくとも、この場所に技術者がいることは確定事項なのだ。

 

「何だか物騒な名前だな」

「妖怪っていう時点でそうなのかもね。で、今日はその洗濯機なんだろう?」

「はい、お願いしますね」

 

 ようやく射命丸が口を開くと、直後。

 河童の手近にあった巨大アームが、重量級の白色立方体を軽々と挟み、持ち上げていった。

 あまりにも自然かつ何気なく宙に浮かせている分、一瞬驚きが遅れてしまう。

 

「じゃ、すぐに調べてくるよ。待っていて」

「あ、あぁ、頼んだ」

 

 戸惑い混じりの返事をしてすぐに、それは彼女の持つ機械腕に担がれながら、別の部屋へと消えていく。

 無機的な機械音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。

 

「あの方、人間が好きなのに、人見知りなんですよ」

「だからって、胡瓜渡しただけで、なぁ」

 

 警戒心を解くには、随分と軽すぎる条件ではないだろうか。

 というよりも、どうしても餌付けをしている気がしてならない。

 その内に、修理の報酬として胡瓜を求め始めないだろうか。

 冗談のように聞こえるが、あの様子を見た今では、完璧な否定も不可能だった。

 

 ……人見知りの河童妖怪。

 そんな一風も二風も変わったエンジニアだって、幻想郷にはいるようで。




ありがとうございました!

今回、アンケで選ばれなかった方は、また次の機会の記念で出そうと思います。
いつになるのかはわかりませんが、流れ的に150人ですかね()
半水没都市のお盆の話、見たい方はお気に入りユーザーを登録するんだ!(`・ω・´)ゞ

露骨すぎるぜ。
今回は、病気で亡くなった彼女の遺した言葉の意味を探る話です。
探ると言っても、そこまでガッツリではないですが。
一万字……いくかなぁ(´・ω・`)

ではでは!


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月夜までは

どうも、狼々です!

二ヶ月経ちましたね(白目)
この流れどこかで見たな。前話か。

ただいま、テスト勉強とかいう問題じゃなくなってきてまして。
もうすぐ受験勉強なので、次を書けるのかどうかも不明なのです()

……え? 私、高3じゃなくて、高2ですがなにか?
夏から受験勉強とかマジかよ。まあそんくらいなのかな。

では、本編どうぞ!


「はい、お待たせ。モーターも洗濯機全体も、もう寿命みたいだったよ」

「あ~、やはりそうでしたか」

 

 今度は単身で、奥の部屋から現れる。

 作業開始から灯りが点いたため、ずっと暗いままではなかった。

 

 自分達がいる辺りを見回したが、どこを見ても部品が転がっている。

 棚に種類ごとで整理はされているものの、分解途中と思われる状態のままで放置されているものも。

 雑なのか、それとも几帳面なのか。はたまた、分解の最中に客が来ているのか。

 

「どうする? 今なら新しいのがあるけど、買っていくかい?」

「そうしますかね。無いと困りますし、早い内に準備することにしますよ」

「はい、そこでだねぇ~。最近開発したちょっと近代的な機能を付けると――」

 

 と、急に商売人の顔付きとなって機能紹介を始めた。

 自慢げに語りだす姿といったら、まるで本物のそれだ。

 

 射命丸の興味も、中々に惹きつけているご様子。

 本当に便利な要素から、少しユニークな要素までもが揃い、その全てが簡潔な説明を伴っていた。

 スムーズに段階を踏んだ説明を聞くに、慣れているとしか思えない。

 

「――って感じなんだけど、どうする?」

「そうですねぇ……音が静かなのと、節水効果が大きいのを付けてください」

「了解っ! 五分もしない内にできあがるから、もう少し待っていて」

 

 河童は勢い良く返して、小さな歩幅で多くの歩行音を立てながら、再び奥の部屋へ。

 やはり彼女自身がエンジニアなのだろうが、どうにもそうとは思えない。

 暗示的に唱えればどうにでもなるが、あの見た目と行動ともなると、そうとはいかない。

 

 小さく細い背の丈、子供っぽさが表れる言動。

 外側と内側の両方ともが、どこかひしひしと幼さを感じさせるのだ。

 とてもではないが、洗濯機にカスタム機能を提供するような、高レベル技術者とは思えないだろう。

 

「ん~、そうですなぁ……」

「何が『そうですなぁ』なんだよ?」

「いえ、このまま貴方には、人里で買い物をしてもらおうかと思いまして。ある程度時間が経ったら迎えに行きますから」

「良いも悪いも、洗濯機どうするんだよ」

「あれくらい私一人でも運べますよ。妖怪を舐めてもらっては困ります」

「俺が来た意味とは」

 

 あれだけ重たい思いをしたのに、要らなかったと。

 この両腕に残る鈍痛は、徒労の末の産物であると。

 つまりは、この眼前の鴉天狗は、そう言いたいのだろうか。

 あたかも当然だ、というような表情で、俺の積立を一気に塵とするのだろうか。

 

(ひとえ)に風の前の塵に同じ」とは、よく言ったものだ。

 一種の風神の前では、俺など塵同然というのだから。

 盛者必衰の比喩などではなく、そのままの意味でしたとさ。

 

「人間という生き物は、どうしても楽な道を進みたいのですよ」

「いや、じゃあ俺を楽させろよ、妖怪様」

 

 鴉天狗は、何を間違えても人間ではない。

 妖怪という自己紹介で、言質は取ってあるのだ。

 

 射命丸の理論だと、本来は俺が楽できるはず。

 どうして、妖怪が休んでいるのだろうか。

 平々凡々な人間よりも、確実かつ効率的な運びができるだろうに。

 

「ダメです。いい子にしていないと、輪廻転生の輪から外れてしまいますよ?」

「俺は子供かよ。お化けが出るとでも言いたいのか? 子供じゃないぞ」

 

 言うことを聞かない子供への常套句だ。

 お化けが出るだとか、呪いがかかるだとか、金縛りにあうだとかその他諸々。

 

 大人達が何をしたいのかは、単純明快。

 未知の物に対する恐怖を持たせ、深淵の底へと引きずり込まれないようにさせたいだけ。

 輪廻転生など、それに値しない。

 

 信教的に大いなる意味があるとしても、俺はそれを認知できそうにもない。

 残念ながら、俺には崇高な神様がいるとは思えない。

 ……いや、案外、幻想郷には本当にいるのかもしれないな、神は。

 

「いえいえ、私から見たら、そこらの人間なんて全員若造ですよ」

「……ババアかよ」

「何か言いましたか?」

「いいや全く何もこれっぽっちも」

 

 肩に手を添えられながら、心底な笑顔で言われた。

 何故だろうか、笑っているのにもかかわらず、底知れない恐怖を感じてしまう。

 つい二日前にも、同じような笑った顔を向けられただろうか。

 

 射命丸は、普段が温厚な分、怒らせると怖いのかもしれない。

 温厚、というと語弊があるだろう。ただ怒りにくいだけ。

 そう言ってしまった日には、あの鴉天狗が大人しいと形容されてしまう。

 

 柔らかいふざけた笑みで、何もかもを躱されるのだ。

 適当な返事で、肝心の話題をズラされる。

 独特な調子の掴みづらい感覚は、不快感や違和感を覚える人も少なくないように思えた。

 霊夢や紫はその反応が薄いが、初対面だと絶対と言っていい程、胸にせり上がる何かを感じる。

 

「では、お使いにいってらっしゃい――と、言いたかったですが、今度にしましょうか」

「は~い、完成したよっと」

 

 彼女がそう告げてすぐに、河城が戻ってきた。

 五分もしない、とは受けていたものの、いくらなんでも速すぎる。

 面白くない技術者ではない、と。

 

「見た目に大きな変化もなし、と。すげぇな」

「まぁね。伊達にエンジニア名乗ってないさ。お代は、今度胡瓜を五本くらい持ってきてもらえばそれでいいよ」

 

 本当に胡瓜を通貨にしやがった。

 河童の間では、胡瓜が金銭的価値を持って流通しているのだろうか。

 どの世界でも、「当然」の基準はズレるものだと思った方がいいらしい。

 

 それもそうだ。文化も、法律も、罪科や習慣さえも、蚊帳の外なのだから。

 外の世界と幻想郷は、本来何もかもが「隔離」されているのだ。

 

「了解しました。明日にでも持ってきます。ほら、運びますよ」

「何で俺が。先に帰るぞ」

「えぇ~!? 私だけで持つのは嫌ですよぉ」

「そっちの方がお前も俺も楽だろうが! あぁ、そうそう。河童、一つ聞きたいことが」

「にとりでいいさ、盟友」

 

 何だろうか、常識もズレるとはいえ、これだけは慣れない。

 女性を下の名で呼んだことは、今まで数回あったかなかったかくらいだ。

 出会って半日もしないで、下の名前を要求されるのは、どうしても驚きを挟んでしまう。

 

「……にとり。外のドア、光学迷彩で合っているか?」

「うん。岩に擬態させているんだよ。じゃあ最後に、一つ面白いものを見せてあげるよ」

 

 自慢げに、不敵とも思える笑顔。

 その笑顔が徐々に薄れ、やがて完全に空気に紛れ、消えた。

 凝視していたわけではないが、河童を視界の中央に入れていた俺は、遅れて焦る。

 

「あぁ……?」

「後ろだよ、後ろ」

 

 再びにとりの声がして、言われるがままに振り返る。

 そこには見事に、さっき消えたにとりの姿が。

 まるで瞬間移動、と形容せざるを得ない。

 

「この服も光学迷彩なの。カメレオンみたいだよね」

「あ~、なるほど」

 

 つまりは、にとりの通り、カメレオン。

 光学技術が用いられた、人工カメレオンスーツ的なポジション。

 

 俺、少しだが見たことあるぞ。

 潜入任務でダンボールを被りながら、ねぇ?

 

「あぁ~、あぁ、なるほど、そうだな」

「どうかしましたか?」

「いいや、何も? よし、帰るか。またな、にとり」

「は~い、じゃあね」

 

 今度こそ、河童へと背を向け、洗濯機を持ち上げる。

 結局持つことになるのだが、逆らったら後が怖い怖い。

 

 酷いことをされるとわかる恐怖より、何をされるかわからない恐怖の方が上だ。

 さすがに暴力的なことはないと信じたいが、精神的なものだと、それはそれでキツい。

 

 さて、先程の「どうしたのか」という彼女の質問。

 ……まぁ、嘘に決まっているんだよな。

 話さない方が、いざという時に役に立ちそうだ。

 

 

 

 洗濯機を運び終えて、家で迎える昼食の時間。

 陽が傾くほどでは全くないが、ランチにしては遅い時間だ。

 恐らく、午後二時前後、という具合だろうか。

 

「さて、何か昼食のメニューに希望はありますか?」

「今めちゃくちゃ鳥料理が食べたい。食べないと死ぬ」

「じゃあ死んでください」

 

 輝くようなスマイルが、実にわざとらしい。

 わざとらしいという観点では、俺の発言の方がよっぽどなのだが。

 

 ここで鳥料理をチョイスする辺り、俺の性悪さが云々。

 しかしながら、わりと鳥料理は好きだったりする。

 それこそ焼き鳥だとか、手羽先の唐揚げだったりとか。

 ちなみにだが、焼き鳥は塩派だったりもする。

 

「死なない方が都合が良さそうに言っていた射命丸さん、ついさっき真反対のことを言った感想をどうぞ」

「やはり、人の気持ちというものは移り変わるからこそ、美しいのですね」

「変わるのが早すぎて目を疑うんだが」

 

 確かに、人情や感性というものは常に、時が進むにつれて変化を伴う。

 とはいえ、ころころと感情を裏返し続けられれば、美も何もない。

 

「『早い』とか『速い』という点には、慣れた方がいいですよ。なんたって、これからは幻想郷最速を相手に生活するのですから」

「手のひら返しも清々しいくらいに速すぎる射命丸さんは、流石言うことが違う」

 

 本当に「流石」としか言いようがない。

 最早電動ドリル並に速い。見間違えるところだったぞ。

 ドライバー使用での手動なんて目じゃないな。

 

「はいはい、わかりましたから。宿を提供しているのは私なんですから、基本言うことは聞いてもらいますからね」

「まぁ、最低限は守るつもりだ」

 

 いくら俺とはいえど、そこまで失礼なわけではない。

 鳥料理食わせようとした奴が何を言うんだと思うだろうが、少し待ってほしい。

 

 別にそこに悪意があることは否定しない。

 しかしながら、俺が鳥料理をこよなくと言う程でもないが、好きなであることもまた事実。

 食べたい物を食べたいと言って、何が悪いというのだろうか。

 

 それにさっきは、射命丸は希望するメニューを聞いていたのだ。

 すなわち、食べたい物を言え、ということ。

 悪いどころか、むしろ当然の行いだと言えよう。

 

「なら、昼食のメニューくらい気を遣ってください。希望するのは一向に構いませんが、私が食べられません」

「この際何でもいい。人間が食べられる物なら」

 

 人でも食せるものでないと、問題外だ。

 好き嫌い以前を通り越して、人間から見たら食べ物ですらない。

 嫌悪感ならまだ比較的いいだろうが、食べた後に及ぶ作用が怖い。

 

「では……そうですね。麺類を適当に食べましょうか」

「はいよ」

「作るのも時間がかかりますし、外に食べに行きましょう」

「つまり面倒だと」

「その通りです。では、これ以上遅くならない内に行きましょうか」

 

 着ていた外出用の服装のまま、人里へ。

 鴉天狗のパラグライダーに揺られながら、亜音速の渦に巻かれる。

 それほど遠くはない人里へと着いたのは、僅か出発から数秒後のことだった。

 

 

 

 ――そして、楚々とした()()()とすれ違ったのも、数秒後のことだった。

 

「……あぁ? おい、ちょっと――」

 

 和を基調とする幻想郷に、そう何人もメイドはいないだろう。

 そんな思考を巡らせると、反射的に声を上げて振り返り、呼び止めようとした。

 

 が、そこには目立った人物が一人もいない。

 白黒のエプロンを着ているような、メイドという種の人物も、例に漏れず。

 

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない。さっさと食べに行くぞ」

 

 角ばった違和感を胸から無理矢理に胸から取り除き、歩き始める。

 ただ、形容し難い背筋をなぞるような感覚は、頭の中で焦げ跡を大きく残した。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「これはまた……お嬢様もまぁ、目の付け所がよろしいことで」

 

 私は懐中時計を取り出して、時刻を確認した。

 

 まだ、月夜は遠い。

 後何日経てば、訪れるのだろうか。




ありがとうございました!

ちなみにこれ、書いたのは10月です()
ほぼ一年前ですね(*´ω`*)

いや、なんでこんなことするかって、前書きにも書いた受験勉強なのよ。
この作品だけに限って言えば、書き溜めは現在4か5話分くらいあるのね。
それを、長い受験勉強の期間でちょっとずつ消化していこうかなってね。

だから、書き溜めあっても中々出せんのよ(´・ω・`)
ご理解のほどを、よろしくお願いします。

ではでは!


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第2章 紅魔の施し
悪寒、曰くそれは電撃である


どうも、狼々です!

今日誕生日でした。
ツイッターのフォロワーさん達からも、ゲーム仲間からもおめでとう言ってもらえて嬉しかった(*´ω`*)

では、本編どうぞ!




 射命丸と昼食を取った後、亜音速で帰宅。

 便利そうで聞こえは良いが、あくまでも聞こえだけだ。

 そこに利便性など感じる余裕もなく、ただただ身体にかかる非現実的な流風に気圧されるだけ。

 

 景色を楽しむ暇も、言葉を発する時間も、何もかもをショートカット。

 唯一切り落とされないのは、目に入る光が夏の太陽であるという視覚情報だけ。

 声を出そうとするならば、自分の喉奥に流れ込む空気で大変なことになってしまう。

 それを忌避する俺は、何度か経験をした亜音速飛行全てを、口を閉じて乗り越えていた。

 

 壁を越えた後の畳の感触は、何よりも尊い気がしてならない。

 こうしてあぐらで座る時が、幸せを感じずにはいられないのだ。

 

「……なあ、本当に飛ぶ速度、どうにかならないのか?」

「なりますけど、それだと速く帰れないじゃないですか」

「少しでいいから遅くしてくれ、頼む」

 

 そうでなければ、このままだと俺の寿命の縮む速度まで急加速してしまいそうだ。

 音速を超えて残りの寿命が減るなど、考えたくもない。

 妖怪の一年と、人間の一年では重みが違う。

 射命丸の寿命が一年消えることと、俺の寿命の一年が消えるのは、明らかな差が存在する。

 

 別に例えるならば、選挙だろうか。

 選挙区によって有権者数の差がある故に、「一票の格差」ができあがる。

 意味合いとしては掠りもしないが、一事象としては似通った部分もあるのではないだろうか。

 

「大丈夫ですよ、直に慣れますから」

「これに慣れるってのも複雑な心境なんだが?」

「そんなことを言っていては、急がない新聞配達者など、風上に置けないですよ」

「別に極めたいわけじゃないんだが」

 

 新聞配達が好きで好きでたまらない。

 新聞、と耳にしただけで興奮で手足が震えてくる、というのならばまだわかる。

 しかしながら、生憎俺は新聞狂信者でも活字中毒者でもない。

 

 速達の限りを尽くそうとも、そもそも手伝わなくともよいわけだ。

 楽ができるならそれに越したことはなく、わざわざ苦を経験する必要はなし。

 慣れる必要だって、義務だって全くもってないわけで。

 

「いいえ、私の右腕となってもらう以上、極めてもらわないと困ります」

「右腕どころか爪にすらなる気はないので、誠に勝手ながら貴方様のお誘いには首を縦に振りかねます」

「何を今更。将来を誓い合った仲じゃないですか」

「結婚みたいに言うな。誓った記憶すらないぞ」

 

 俺の記憶が正しければ、そんなことを仄めかすような発言は一切していない。

 射命丸から得られるものが何かないか、というものが狙いだ。

 そこに衣食住の保証の対価、という責任感がないわけではない。

 

 だが、本当にそれ以上でもそれ以下でもない。

 別に移住ができるなら考えるし、生計が立てられるなら一人暮らしでも一向に気にしない。

 射命丸の家と限定することさえ不要なわけだ。

 

「ちっ、ダメでしたか」

「お前は何がしたいんだよ」

「いやぁ、やっぱり新聞を一人で配るのは、中々骨が折れるのですよ。単純に人手不足です」

 

 まぁ、発行部数と釣り合わないのは、手に持ったあの重さと厚さですぐに察せる。

 どう考えても、五人は欲しいだろう。

 彼女の言うことは、あながち嘘でも笑いものにもならないのは事実。

 

「で、他に人を雇えばいいだろう? どうしてそうしない」

「人件費とか諸々かかるじゃないですか」

「ちょっと待てよ。それは俺に対して『給料要らない便利なゼロ円労働ロボット』って言いたいのか」

「……えへへ」

「えへへじゃねぇよ」

「で、でもでも、生活費とか生活費とかあるじゃないですか」

 

 確かに、そこを挙げられるとぐうの音も出ない。

 実際こうして生きながらえているのは、他ならない射命丸の手助けあってだ。

 感謝すべきところだが、素直に感謝をすると妙に癪に障る。

 

 胸を張り、得意気になったあの顔は、見ていて腹が立つ。

 いくら感謝しているとはいえ、あの表情を見ると思うと、礼の一つさえ躊躇われる。

 一種の魔法のような何かと勘違いしてしまいそうだ。

 

「それはその、間違っちゃいないな」

「でしょう? 私が養う側なのですから、せめてヒモではなくヒモ手前くらいにはなりましょうよ」

「一学生にヒモ卒業を要求するか」

 

 そう、幻想入り前までは、れっきとした高校生をやっていたのだ。

 何が楽しくてこの状況から仕事へ身を入れなければならない。

 俺としては不思議でならないのだが、その辺りはどうだろうか。

 

「いいじゃないですか。これ以上下がる成績なんてないでしょう?」

「あからさまに侮辱だよな? 俺の成績なんてゴミとでも言いたいのかよ」

「そこまで言っていないじゃないですか。せめて『ないも同然』ですよ」

 

 殆ど同じな気がするのですが気のせいですかね妖怪様。

 ゴミすら残らないという意味では、むしろ酷くなっていないだろうか。

 

「ところが残念! この前に受けた夏の全国模試の順位では、脅威の()()()なんだよなぁ!」

「えっ……?」

 

 そう、実は意外と優秀だったりしたり。

 自分で言うのも何だが、これでも勉強はしている方だ。

 遊びより勉強と、勉学に関しては努力を惜しんだ覚えはない。

 

「嘘……な、なん、で……?」

「ちょっと? 『何で』って聞こえた気がするんだけど? 空耳だよな?」

 

 何で、とは自分の固く決めた意志や不変の真理が揺らいだときに言うような言葉だ。

 まるで俺が頭悪いみたいなイメージが、根深く付いているように。

 空耳であると、聞き間違えであると思いたい。

 

「そりゃそうですよ。どうして貴方みたいな方が……」

「言い過ぎだろ。俺だって心を持った人間だぞ」

 

 俺が淡白な人形であるかのように、平然と罵倒を続ける射命丸。

 わざとなのか、無意識下での発言なのか。

 後者だとしたら、相当に性格と(たち)が悪いだろう。

 

「いや、何というべきなのでしょうか。向こうの世界ではずっと不良の一部かと」

「ここまで来ると、俺は本当はどんな印象を持たれているのか気になってくるわ」

 

 別に俺に対して、射命丸がどんな感想を抱こうとも、気にもならないし留めない、留まらない。

 そのはずだったが、最早突飛すぎて逆に聞きたくなってくる。

 

 少し口と性格が悪いだけだ。

 頭にきたらすぐに手を挙げるほど暴力的な性格ではない。

 

「ん~……利益だけきっちりもぎ取ろうとする、ヒモ予備軍?」

「あながち間違っちゃいないから困る」

「ヒモは否定してくださいよ」

 

 何か少しでも現実との差異があれば、せめて一言程度は指摘できたのだが。

 完全に不一致とも言えないので、首を縦に振らざるを得ない。

 ここで横に振ると、俺が働きたい症候群の社畜みたいになるので、しようにもしたくない。

 

「まぁ、なんやかんや言って、手伝ってくれるのでしょう?」

「手伝ってやる、もとい手伝わないと俺の生活が危ぶまれる」

 

 そう、忘れてはならない。

 俺がどれだけ態度が大きかろうとも、この家の一番の権力者は射命丸だ。

 

 元々俺が居候する形なので、どちらに主権があるのかは一目瞭然。

 泣こうが喚こうが、絶対的な権力差は埋まることはない。

 全ての決定は射命丸ただ一人に(ゆだ)ねられていて、俺の存在すらもどうにだってできる。

 

 外へ放ることも、奴隷まがいのことを強いることだって。

 それこそ、本当に俺を煮るなり焼くなり、殺すなり。

 最後は彼女自身が否定しているが、いつ何があってもおかしくない。

 妖怪という存在そのものが、そもそもの非現実なのだから。

 

 目前にしている物を非現実と称するのも、おかしな話ではある。

 が、「あやかし」という言葉は、あくまでもフィクション。設定でしかない。

 現実か非現実かと問われると、後者の方が間違いなく答えとしては適切だ。

 

「そうそう。私の言うことは全てそうやって聞いていればいいのですよ」

「はいはい、わかりましたよ射命丸様。ご要望はなんでしょうかねぇ」

 

 皮肉めいて、半ば自暴自棄とも思える忠誠の台詞。

 中身が空気であることには何も変わりがないが、後の射命丸への対応には。

 

 ――そうもいかない。

 

「では、まだ聞いていない貴方のことを教えてください。外の世界での生活、()()()()などを」

「…………」

 

 沈黙は、重りを引っさげて俺の全身へと容赦なく吊るされた。

 口を開こうにも、意識ではなく体が拒絶反応を起こしてしまう。

 冷や汗が、悪寒が、鋭利な痛覚が、まるで電撃のように駆け巡った。

 

 明らかな様子の変化に、射命丸さえも戸惑っている。

 それもそうだ。さっきまで威勢たっぷりだった俺が、いきなり顔を白くして黙り込むのだから。

 観察眼云々の話ではなく、誰にだって不具合、「バグ」には気付いてしまう。

 

「あ、あ~、いいんですよ。言いたくないことは言わなくても。人には秘密の一つや二つは当然ありますし、野暮なことを無理矢理聞くような真似は――」

「悪い、少し取り乱したな。何でも聞いてくれ」

 

 やはり、この能力は便利極まりない。

 自分の見せたくないもの、差し替えたいものを即座に引き出せる。

 それはもう、人間とは別種の何か。ピエロにでもなった気分だ。

 

 使った瞬間の浅い罪悪感と浮遊感、そして胸を抉られる鈍痛。

 思い出すだけでも吐き気がするのに、使わずにいられない。

 慣れというものは、確実に身体を蝕むという事実を、今更ながらに痛感した。

 

「……いえ、やはりそれは後にしましょう。まずは、幻想郷の生活に馴染まないと。貴方の能力も、まだ完璧に使いこなせるわけではないのですから」

 

『欺く』能力は、何も万能というわけではない。

「自分」という枠組みを越えることはなく、他者へと成り代わることはない、という制限。

 それは迷わせることなく、力を自分の物にできていない証だ。

 

「ただ、貴方が楽になった時でいいです。少しだけ気が向いて、心も落ち着いたら、話してくれると嬉しいです。報道者としてではなく、一個人として」

「……まぁ、気が向いたら、な」

 

 気が向く、なんてことはあるのだろうか。

 のしかかる罪から逃げるために、あるいは罰を軽くするために。

 (よこしま)で自己中心的な目的のために、告白する。

 その可能性だって、ないわけではないのに。むしろ、こちらの方が高いのに。

 

「では、夕食まで能力の考察といきましょうか! ほれほれ、その地味な能力を早く見せなさいよほらほら~」

 

 重苦しい雰囲気を打開したのは、彼女の小さく抑揚のついたいつもの声だった。

 今回は、助けられたというべきなのか。

 それとも、要らない配慮を押し付けられたと言うべきなのか。

 

「何が地味だよ。限りなく有用だろが。少なくとも、お前が持っているであろう能力よりも優秀だぞ」

 

 言葉にはできない分。

 せめて、態度で表すことにしようか。

 

「あれ? 私も能力があること、言ってましたっけ?」

「いや、推測だ。周りの奴ら皆持っているからな。妖怪様が持たない訳ないってな」

 

 幻想郷最速が、一般妖怪だとすると、聞いて呆れる。

 まず一般と妖怪が結び付くとも考えにくいが。

 

 恐らくだが、射命丸は妖怪のヒエラルキーの中でも上位に位置すると考えてよさそうだ。

 裏付ける確たる証拠はないが、低いカーストにいるとは考えにくい。

 彼女特有の態度の大きさや振る舞いは、下位の者が真似してできるようなものではない。

 

「えぇ、言う通り持っていますよ。『風を操る程度の能力』が」

「えっ何それ強そうかっこいい」

 

 前言撤回。射命丸の方が断然上だわ、これ。




ありがとうございました!

最近更新遅くなって本当に申し訳ない。
更新の程は、ツイッターで毎回告知しています。
ID載せときますね(*´ω`*)

→@rourou00726

狼々@ハーメルンってユーザー検索しても出てくると思います。

ではでは!


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弾幕人生に光あれ

お久しぶりです、狼々です。
ちょうど一年と八ヶ月ぶりくらいでしょうか。

受験終わりました。詳細は活動報告をご覧ください。
簡潔に申し上げると、国立受かりました。

一人暮らしが始まるので、更新ペースは不定期になると思います。

よかったら、これからもよろしくお願いします。


 射命丸の後に続いて、外へ。

 空は数え切れないほどの深緑に覆われ、昼下がりの陽光は姿を消していた。

 葉と葉が風で揺れ、擦れ合う音がどうにも耳に心地が良い。

 

「……先程はすみませんでした。私の不用意な詮索、本当に申し訳なく思ってます」

「どうした。やけにおとなしいというか、急に礼儀正しくなったな。俺としては助かる限りだ」

 

 神妙な面持ちで、少し俯いている彼女。

 元気がすっかり剥がれてしまったような、活力消失状態。

 俺とは決して目を合わせようとせず、ただ地面だけを虚ろに見つめていた。

 

「私にだってわかりますよ。聞いてよかったのか、悪かったのかくらいは。本当は、貴方へ最初に質問したときに察するべきだったんですから」

 

 最初、というと。

 ネタを目当てに取材をされたあの日だろうか。

 

 乾いた笑いを見せた彼女は、一層に空虚のオーラを漂わせている。

 物悲しい青を見せていた。

 今にも散っていきそうな脆い花を見ている気分だ。

 強風に吹かれ、根から地面と絶たれそうな花。

 それを見つめているにつれて、俺まで心が痛くなってくる。皮肉を言える雰囲気でもなくなってきた。

 

「……機会が来たら言うつもりだ。ただ、もう少し待ってほしい」

「わかりました。さて、切り替えましょう!」

 

 胸の前で手を叩き、自分へ戒めるように。

 ぱっと笑顔になった彼女は、やはりいつもの表情と変化がない。

 しかし俺には、一瞬だけ断罪に対し許しを()う処刑人に見えた。

 

「切り替えるって、具体的に何すんだよ」

「貴方を弾幕に慣れさせようかと。受ける意味でも、放つ意味でも」

 

 弾幕ごっこは、聞いた上では立場が二つに分かれる。

 一方が、相手のスペルカードを避ける側。

 一方は、自分のスペルカードを発動させる側。

 

 同時に二つの立場に立つことはあれど、どちらの側にも属さないというのは、棒立ち以外にはないはずだ。

 決闘の枠として採用されている以上、双方が立ち尽くすなどありえない。

 必ずどちらか、もしくは両方の境遇となる。

 

 弾幕ごっこで勝利を収めるには、その両方を平均的に鍛えた方が合理的だ。

 例え片方を鍛え抜いたとして、それを破る相手と対峙した際、為す術がない。

 作戦を選択できる権利は、持っておくに越したことはないだろう。

 

「まず、能力に頼らずに私に一発だけ弾を打ってください。精度と放出の鍛錬です」

 

 十メートルほど離れて、射命丸がこちらへ両手を振り始めた。

 能力に頼らず、ということは確実に射命丸を「的」として狙わなければならない。

 霊力量が極わずかである以上、数撃ちゃ当たる戦法は不可能。

 

「あいよ~……そらっ」

 

 心臓の血液を右手の平から押し出すような感覚で、霊力を放出。

 木漏れ日に照らされた一発の弾の色は、明確な黒。

 昨日のように暗黒に馴染むことなく、はっきりとした暗黒を誇張していた。

 

 速いとも遅いとも言えない速度で、射命丸との距離を着実に埋めている。

 数秒経って、もう少しで当たるだろうというところで。

 突風に吹かれたように、射命丸の体から大きく逸れて、森の奥深くへと消えていった。

 

「どうしました~? ちゃんと狙ってくださいよ?」

「わかってるよ、おらっ!」

 

 今度は左手も右肘の内から抑えて固定。

 落ち着いて標準を合わせ、霊力を吐き出すイメージを明瞭に。

 血流からエネルギーの塊が鼓動する鈍い刺激は、まるで腕の中に心臓があるようだ。

 

 満を持して、掌に溜めておいた霊力弾を射出した。

 今度は色も深い黒となっていて、密度が先程よりも高いことは一目瞭然。

 不規則に揺らめいていた輪郭も、気のせいかシャープな線が見えている。

 

 ──が、しかし。

 またも射命丸に触れる直前に、何かに引かれるように大きくブレた。

 

「──センスないなぁ」

「何か言ったか!」

「何も言ってませんよ、次いきましょ~」

 

 だんだんと射命丸の対応も適当になっている。

 つい数刻前の沈んでいた表情が嘘のようだ。

 しかし、本当に嘘かと言われると首を縦に振ることはできない。

 脳裏にちらつく、物悲しさを纏った()()()()笑みを完全に否定するのは、俺には不可能だった。

 

 頭を振って考えを振り切り、両の腕を構える。

 今度こそ手のひらを遠くの射命丸に重ね、弾を直進させようとしたとき。

 

「……おい。出なくなった」

「えぇっ、切れるのはやっ!?」

「『切れる』って、霊力がか?」

 

 俺の問いかけに、一切の躊躇いなく天狗は頷いた。

 その前に見せた驚き様は、今まで見た彼女の中で一番感情的だったのではないだろうか。

 

「ま、まさか()()()二発で終了だなんて思ってもみませんでしたよ」

「俺も自分の限界の圧倒的低さと、お前に対する苛立(いらだ)ちが全然隠しきれない」

「いや、でもこれはさすがに……」

 

 真剣な顔付きをしたと思えば、少し俯いて考え始めた。

 あの射命丸でさえ、こうして頭を抱えるほどの問題なのだろう。

 それはもう大問題だ。無視なんて到底できるはずもない。

 基準がわからない俺にできることは、基準を知ることのみ。

 

「普通はどのくらいなんだよ」

「まず普通の人は弾幕を出しませんが、そうですね……勝つことを視野に入れるなら、軽く数え切れないくらいは必要不可欠です」

「さようなら俺の弾幕人生」

 

 終わった、終了、解散。

 諦めるしかない。何が『常人よりも多い』だ。

 あの時の霊夢の言葉が、嘘だったのではないかと疑いを隠しきれない。

 

 勝つことは不可能。

 制限時間ずっと逃げ回るという手段もあるが、逃げられるかはさておき、そもそも時間制限があるのだろうか。

 ともかく、俺が自ら勝ちにいく戦法は潰えたわけだ。

 

「だ、大丈夫ですって、多分。恐らくきっと何とかなると思われますよ、ええ」

「推測だらけの意味がない励ましをどうも」

「未来のことを考えるのもいいですが、霊力切れじゃあ少なくとも今日は練習できませんよ」

 

 二発で霊力切れ。それがあと何日続くのだろうか。

 リロードできないFPS。弾の再装填さえも許されない一人称視点シューティング。

 

「……クソゲーかよ」

「まあまぁ、明日になれば霊力も戻ってるでしょうから、そう焦る必要はありませんよ」

「一日かけてやっとこさ二発の弾を込める銃なんて聞いたことないぞ」

 

 弾丸の製造にこだわり持ちすぎだろ。

 それか超低速リロードのリボルバー。

 威力が高い分有用性があるが、現実では威力どころか当てる技量もないときた。

 

「そこら辺の水鉄砲の方がまだ使えるな」

「ほらほら、そんなこと言わずに希望を持ってください」

 

 いいじゃないか、水鉄砲。

 水があれば汲み放題だ。弾が尽きることは、水溜りが源のときなど以外には殆どない。

 いきなり発射した水が横に逸れることもないので、大分当たりやすいことだろう。

 

「よし、避ける方をやってみましょう! ね?」

「……地上でなら」

 

 曰く、「避けるには飛行が必須」とのこと。

 どう考えてもフライングができるはずもなく。

 万が一できたと仮定して、それを持続させてさらには自在に動き回る必要まである。

 当然、経験がゼロの俺には到底不可能なわけだ。

 

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 飛行を諦め、意地でも地上のみで戦い続ける。

 空に地の利は殆どないので、そういう点では優位に立てるのだから。

 だから、決して自分に対して言い訳や口実を付けているのではない。

 

「じゃ、軽くいきますよ。それっ」

 

 射命丸が地に足を着けたまま、弾幕を発射。

 確かに数え切れないほどの弾の数。

 俺とは異なり、赤と青の二色に分かれた弾幕が、円状に形を保ったまま押し寄せてくる。

 速度は想像していた以上に遅く、人が歩行するほど。射命丸がコントロールしているのだろうが。

 

 ──しかし。

 

「い、意外と密度があるな」

「そうそう、弾の間を縫うように動くんですよ」

 

 どうやら本当に、『弾の幕』そのものだ。

 円状とはいえ、地面に対して平行に円状なのだ。

 一つの円につき、入るタイミングと出るタイミングの計二回を避けなければならない。

 

 それを、人ふたり分もない隙間を見つけ、くぐらないといけない。

 特に二回目が難しく、入った後すぐに出る場所を探さなければ、当たってしまう。

 

「ふうん、思ったより避ける方はできますね。では、スペルカードにいきましょうか」

「えっ、いやまだ地上だからマシなだけで──」

「岐符『(あめ)八衢(やちまた)』」

 

 唱えて一秒もしないで、灰色の弾幕が射命丸を中心に、同心円状に広がった。

 が、俺の前はこちらに広がった八の字型に空いている。

 それを認識した瞬間に、拡散した弾幕が青色に変わった。

 

 何かがある。そう覚悟をしたときには、既に思考は手遅れを飾っていた。

 弾幕が()()()()落下し始めたのだ。

 決して直線に落ちることもなく、ランダムに散らばった。

 

「……俺にどうしろと」

 

 せめて幸いなのは、速度がやや遅めなこと。

 出入り口を見つけやすい──が。

 難があるのは、やはりその弾の軌道。

 パターンがないので、どうしてもこういうことがある。

 

「あ~……こりゃ無理だ」

 

 避けた先に、()()()()()()()()()

 規則性がないことは、すなわちどのスペースにも弾が飛んでくる可能性があるということ。

 例えそれが、他の弾が進む先だとしても。

 その進行先が、俺の避けた方向。つまるところ、()()()()()()()わけだ。

 

 弾に当たって、多少の衝撃と共に後ろに突き飛ばされた。

 少し押し出されたくらいで、数メートルも宙を舞ったわけではない分、よかったと言えるだろうか。

 背中から陽光を溜めに溜めた地面に抵抗なく倒れ込み、空に浮かぶ青色のカーテンを仰ぐ。

 

「まだまだ、ですかね?」

「……ごもっともで」

 

 こちらを覗き込む射命丸に、陽光を遮断するように目を覆い隠して答えた。

 蒸し暑い。夏というものは、いつまで続くのだろうか。

 鋼鉄さえも凍りつく季節になれば、少しは成長できるのだろうか。

 

 根拠のない推測に、重い溜息を吐くばかりだ。




ありがとうございました。

実はこの前・後書きを書くのは三回目です。

一回目に上げる話を間違え削除、二回目は混乱して正しい話を上げているも、間違っていると思って削除。

いつまで経っても、私は私みたいです。

よろしければ、これからもよろしくお願いします。
今作品でも、別作品でも。


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赤ワイン

東方で赤ワイン、と言われたら僕にはあのキャラしか思いつきません。


 弾幕の練習を諦め、夕方になるまでずっと天を仰いでいた。

 とはいっても、外の空気と芝生に包まれて仰向けになっていたのではなく、縁側で寝そべっていただけだが。

 陽の光が朧げに届く時間は、心を穏やかにしてくれた。

 

「ず~っとそんなことやってて、暇じゃないんですか?」

「暇だからこれくらいしかやる事がないんだよ」

 

 事実、俺はこの上なく暇を持て余している。

 射命丸も思いの外退屈そうにのんびりとしていた。

 

「そっちこそ、新聞書かなくていいのかよ」

「最近出しましたからね、いいんですよ」

「あれ、確か俺の記事のやつ、号外だったろ」

「それでもいいんですよ」

「号外の意味がねぇ」

 

 定期的に発行される新聞には通常、号数が振られている。

 号外というのは、その号数に数えない特別な(くらい)に位置する新聞だ。

 それを考えると、号外だった俺の新聞は発行した分に含まないはず。

 

「号外って、何かわーっとしたときに配っときゃいいんですよ」

「こんな適当な記者、初めて見た」

 

 この天狗、彼女の見た目と俺の想像以上に几帳面だ。

 記事も簡潔に書けているし、置いてあったメモ帳を覗いたが、綺麗な字でわかりやすくまとめている。

 机周りや部屋全体の整理も行き届いていて、正直感心した。

 

 しかし、妙なところでガサツだ。

 ああいった()()()()な発言に、理由を伴わない行動。

 彼女にはどんな景色が見えているのか、俺にはイマイチよくわからない。

 

「適当なわけじゃないですよ。仕事をサボったような様子、見たことありますか?」

「付き合いが短いからわからんが……今まで見た限りでは、ないかな」

 

 再度述べよう。記事は簡潔に書けている。

 要点を抑えつつ、嘘偽りが入っていない。

 少なくとも、聞き込み内容と相違ある情報は見られない。

 

 メディア系は往々にして誇張表現を含む。

 一部を切り取り、本来とは異なる事実を仕立て上げる印象操作。

 嘘はないにしろ、その内容はリテラシーが要求される。

 

 しかしながら、現実世界のものと比類ないこの記事の内容。

 元来、報道はこうあるべきだという見本にもなりえるだろう。

 

「でしょう? ようするに、大事なのは中身なんです。部数とか号数とか、号外の定義を再認識しても新聞が映えるわけじゃないんですから」

「へえ……珍しいな」

「珍しい? どこがです?」

 

 外の世界では、腐るほど見てきた。

 最初に視界に入る外を繕いさえすれば、中身はある程度手を抜いてもいい。

 そんな自己ルールや暗黙の了解に流される人間を。

 

「中身を大事にする人間が珍しいってことだ」

「まあ私、妖怪ですし」

「はいはい」

 

 彼女は妖怪だ。非現実的ながら、現実。

 夢だ幻だ、そんな考えを巡らせていたのが懐かしく思えてくる。

 ほんの少しだけ前のことなのだが。

 

「……そうですね、いい機会です。一ついいことを教えてあげましょう」

 

 そう告げてから、俺が寝そべる縁側へと歩み寄ってきた。

 起き上がると、すぐに俺の横を詰めてくる。

 何を言うでもなく、詰められた距離と同じ分だけ遠ざかる。

 

「私が嫌いなんですか?」

「いつ取って喰われるかわからんからな。こう、大きな口でガブッと」

「私は巨大化しませんよ。まぁ、別に今はいいですけど」

 

 こほん、と軽く咳払いをしてから。

 射命丸 文は、座ったままに空を見上げた。

 

「結局、人間が勝負したり、重要視されるのは──ここと、ここです」

 

 すぐに俺の方に向き直って、自分の体の一部を指差す。

 示した場所は、瞳と胸。

 

「相手がどんな人間であるか、見極める目。相手がどんな人間であるか、受け入れる心です。見た目なんて、ただの飾りですよ」

「そんなもんかね」

 

 人間界には、上下関係がある。

 この幻想郷、もっと言うならば、特に天狗界にも然り。

 射命丸は、その中でも結構上位に属するらしいが。

 

 ただの上下関係なら、の話だ。

 人間界には、それに肩書きが加わる。

 

 それは紛れもなく外の分野であり、物事の判断材料には到底使えない。

 しかし、人はそれを好んで捻じ曲げる。

 俺にはそれが、どうしても理解できず、大嫌いだ。

 

「だから、貴方だってそんな見た目をしていますが、本当は優しい人間かもしれないんですよ。私が見落としているだけで」

「そりゃないな。俺が優しかったら、この世の住人の殆どが聖人か神のどっちかだ。それと、『そんな見た目』って侮辱だろ」

「知ってますか? 肩書きや称号が嫌いな人ほど、自分を語ろうとしないものですよ」

 

 ……どういうことだろうか。

 言葉にしてはいないが、射命丸が俺の疑問を察して、口を開いた。

 

「中身を見てもらうのは、自分で扉を開く時じゃなくて、相手に扉を開けてもらう時だとわかっているからです」

「もう少しはっきり言ったらどうだ?」

「自己PRじゃ、本質はわからないってことです」

 

 自分でさえも気付かない本質。

 それを、他人が気付いてくれるというのか。

 そんな夢のような世界があったならば、存外楽であり、だからこそ夢なのだろう。

 

「さてと、聞いたことだし、一つだけ言っておこう。記事の内容についてだ」

「はいはい! 私のすっばらし~い記事がどうかしました?」

「自信を持つことは大いに結構だが……真実であるのには変わりない。もっと言えば、信憑性のある記事と実りある記事ってのは全くの別物ってことだ」

 

 確かに、真実味どころか真実のみを書けば、信憑性で溢れるわけだ。

 だが、それと内容の充実度は、また別の話。

 つまるところ。

 

「記事内容がゴシップめいているんだが」

 

 そう、真実ではあるのだが、疑わしい。

 意味がまるで正反対だが、そうとしか言い様がない。

 解釈を歪めるまではいかないにしろ、他人の興味を引くように大袈裟に書きすぎだ。

 

「えへっ」

「笑えば許されるとでも思ってんのか」

「逆に聞きます。なぜ私が許しを請わなければ?」

「まぁ、それもそうだ」

「結局何が言いたいんですか……」

 

 射命丸にも呆れられるとは、俺も落ちたものだ。

 元々から地獄の釜の底くらいに落ちているので、これ以上落ちようもない。

 後は右肩上がりか平行線かしかないのだから、至って安全かつ将来有望だ。

 

「もう少し、何とかならないのか?」

「言ってしまいますが、天狗自体がそういう種族なんですよ。ゴシップ好きの、日常に刺激を求める種族」

「その割りには、弾幕ごっこを仕掛けないじゃないか」

 

 極論かつ横暴だが、ネタがないなら、作ってしまえばいい。

 報道すれば、そこに嘘なんてない。なにせ、当事者に自分がいるのだから。

 ありのままを書けば、信憑性のある刺激的な日常を報道できる。

 

「ん~、何と言えばいいのか……勝負は受け付けているどころか喧嘩を売ってもいますが、それを受ける相手がいないんですよ」

「つまり、天狗が圧倒的過ぎるから、皆が勝負を仕掛けないし受けない、と?」

「その通りですね」

 

 喧嘩を売っているが買われない理由は、大抵相手が強すぎるからであって。

 天狗という種族とわかった瞬間、勝負を降りるわけか。

 

「まあ、いつか俺が相手してやるよ。負け顔晒してもいいならな」

「あらら、それはお可哀そうに。勝負を挑んで負けるって、かなり恥ずかしいですよ?」

「聞こえなかったか? ()()()()()()()って言ったの」

「……もしや、勝つおつもりで?」

「勿論」

 

 正直、勝つ見込みなんて一欠片も存在しない。

 まぐれが起こるような相手ではないことは、過去の発言から大体想像もつく。

 

 なら。ならば。

()()()()()()()()()()()()

 

「あっはははは! 弾幕ごっこすらままならないのに、私に勝つ? さすがにそれは無理ですよ!」

 

 鴉天狗は腹を抱えて大笑い。

 童話のワンシーンでも見ているかのようだ。

 

 俺は静かに縁側を立ち上がり、射命丸を正面に捉える。

 未だに大声で笑い続けている射命丸に向かって。

 

 

 ──渾身の右ストレートを繰り出した。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 私は高らかに笑っている。

 笑わずにはいられない。

 だって、弾幕をろくに打てない彼が、私に勝つというのだ。

 

 絶対に、天地が裏返ろうとも、どんなハンデをつけても不可能だ。

 仮に弾幕も満足に打てて、自由自在に飛行ができたとしても、それは変わらないだろう。

 

 種族差、というものをどうやらわかっていないらしい。

 あれほど私のことを人外だとか、妖怪だとか言っていた割りに。

 到底超えられない壁、というものがある。

 

 突然、何の前触れもなく、片桐さんが立ち上がった。

 さすがに笑いすぎて、ご立腹だったろうか。

 そう心配した矢先のこと。

 

 容赦なしに、彼なりの全力の右拳が飛んできた。

 私は驚きつつも、受け流す。

 所詮は人族。たかが人間の全力が。

 妖怪、それも天狗、さらには私の速さに追いつくわけが──

 

「どこを向いている、天狗」

 

 ──彼は、()()()()()立っていた。

 本当は、拳に乗せた勢いのまま、地へ倒れ込んでいるはずだが。

 銃の形を指で作って、私の頭を悠々と捉えている。

 

「……そうでしたね、貴方には『欺く』能力がある」

 

 錯覚、幻術。

 現実を捻じ曲げてみせるが、されど術。

 そう侮っていたが、こういったことにも使えるらしい。

 

 攻撃したと見せかけ、本体が背後に回り込む。

 殴った方の彼は、()()()()()()となっていた。しかし。

 

「ですが、それでも私に勝つのは不可能です。そんな挑戦(まが)いなことは──」

「一ついいことを教えてやろう、たかが人間程度に騙される頭の回らない天狗様」

「……なんですって?」

 

 私も当然、怒らないわけではない。

 大抵のことは流すが、多少カチンと来るときくらいはある。

 口が悪いのは知っているが、少しばかり過ぎている。

 

「口を(つつし)め。たかが人間、そう自分で言えるのなら、立場を弁えたら──」

「教えてやるっつってんだよ。お前こそ早く言葉を覚えろ。脳まで鳥のヤツとは、会話もままならん」

「ええ、いいですとも。そこまで言うのなら、相当な自信があるのでしょう?」

 

 どうせハッタリか、過剰な自信か。

 どちらにせよ、根拠や要因がなければ、口先だって大きなことは叩けない。

 

「俺は、他人に自分の可能性を否定されんのが大嫌いなんだよ」

 

 表情と語調に、真に迫るものがあった。

 言葉こそ今までの彼だが、込もった熱がまるで違う。

 叫んではいないものの、彼も同じく怒りの感情を持っているようだ。

 

「自分で言うのもなんだが、あまり舐めない方がいい」

 

 そこまで告げらてから、銃口は頭を離れた。

 しかしながら、絶対的に覆せない序列と種族差というものは存在する。

 こちら側(げんそうきょう)に来て間もない彼には無理もないが、それを彼は理解していないのだ。

 

「口だけは達者なようですね」

「証明してやろうか?」

「どうやって? 弾幕ごっこはお世辞にも成り立つレベルでは──」

「勿論、弾幕ごっこだ。ここの掟なんだろ? 決闘はこれで行うってさ」

 

 正気の沙汰ではない。

 この男は、全てを見くびりすぎている。

 妖怪と人間の種族差だけでなく、弾幕ごっこの難しさも、私個人としての能力も。

 

 たったの一度も経験を積んでいない人間が、何を言う。

 ホラを吹くにも限度がある。

 

「いいでしょう、一週間あげます。一週間で準備やら特訓やら、悪あがきをすればいいじゃないですか。何をしても無駄ですが」

「いいのかよ、本当に。それだけあったら、本当に勝つかもよ」

「相変わらずの減らず口ですね。いいんですよ、勝った後で貴方のことを散々に取り上げた新聞作りますから。見出しを考えるのが楽しみです」

 

 これだけ言っても、彼の様子や言葉は一切揺るがない。

 嘘を吐いている様子も、能力を使った形跡もなし。

 私には到底信じられない話ではあるが、彼なりの勝ち筋が少なからず見出だせたらしい。

 

 指を突き当てられていた頭に、妙な重みが残っていた。

 これもまた錯覚だろう、と考えごと振り捨てる。

 が、どこまでもどこまでも、不可視の質量がそこで蠢いていて、違和感をが停滞してやまなかった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……とのことですが、お嬢様」

「へえ、面白い。次の満月で動く予定だったのだけれど、少し早めるわ」

 

 アップルティーを舌上で転がした後、喉へと通す。

 爽やかで、砂糖とは違う甘みが脳を巡る。

 一思いに飲み込んで、一拍。

 

「明日、一人になったところを狙って、ここに連れてきなさい」

「御意に。参考までに、何をなさるおつもりで?」

「運命を垣間見るだけよ。具体的には、本当に、彼を勝たせてやるわ。その前に、ちょっとしたテストもなきゃつまらないわよね」

 

 何をしてやろうか。

 どこまで化けの皮を外さないでいられるか、試してやろう。

 

「……殺すのですか?」

()()()()()()()()、ね。血くらいは吸ってあげなくもないわ」

 

 さて、明日の飲み物は紅茶になるのか。

 それとも、深紅のワインになるのか。

 

 想像しただけで、舌で唇をなぞってしまいそうだった。

 窓から覗く三日月は、私の笑顔を猟奇的に映してくれていた。




赤ワインが似合うのはレミリアしかいないと思うんですけど、気のせいですかね。


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掌握、悪魔はいとも簡単に

気付いたらこの作品は二ヶ月投稿されてませんでした。
申し訳ない。

書いてるけども、投稿忘れてました。

本編どうぞ。


 射命丸と夕食を食べながら、尋ねた。

 

「なあ、俺が今のままお前に勝つ確率って、大体どのくらいよ?」

「ゼロですね」

 

 はっきりと、断言されてしまう。

 

「そこまで言うか」

「そりゃそうですよ。その気になれば、いつだって貴方の首は飛ぶわけですから」

 

 おお、全く、怖い怖い。

 妖怪とは狂気的な存在としても知られるが、これはその一部らしい。

 前々から気付いてはいたが、やはり差異はなく。

 

「飛ばせないから飛んでない、の間違いだろ」

「……あのですね、今ここで頸動脈(けいどうみゃく)を掻き切ってもいいんですよ?」

 

 冗談半分に、射命丸は手元の味噌汁をすすりながら言った。

 現に、それ以降は何も告げず、ハンバーグを口に運んで会話は流している。

 てか、烏がハンバーグ食べるってどうなのよ。

 

「やれるもんならやってみろよ。見てみたいものだねぇ、妖怪様、鴉天狗様の御力ってヤツをさ」

 

 自分の味噌汁を一気に流し込んで、器をテーブルに打ち付けた。

 どうせ適当に返されるだろうと思っていた、が。

 

 射命丸は持っていた器と箸を置いて、右の人差し指を突き出した。

 そして何より彼女の表情は、最早()()のそれだ。

 獲物を捉え、いつ飛びかかるか見定めている。そんな雰囲気を滲ませている。

 

 彼女の右腕がそのまま右へ流れ、左へ薙がれた。

 指の延長線は、俺の首元を通過して――風の刃が動脈を切り裂いた。

 

 溢れ出る血液を、必死で止めるために両手で抑えた。

 が、それで収まるはずもなく。

 噴水のように吹き出す血が、俺のものとは到底信じられなかった。

 

 射命丸が青ざめて、座っていた椅子さえも思い切り倒して、立ち上がった。

 

「自分の能力の加減もわからないようじゃ、そりゃ俺を殺せないわな」

 

 数秒前から、()()()()()()()()()俺が言った。

 当然、血が吹き出した俺は演技を超えた演技、幻術。

 一瞬とはいえ、現実と何ら変わりないこれは、現実もとい()()とも呼べるのかもしれない。

 

「……はぁ、本当に厄介な能力ですね」

「お前の焦った顔を見るのは、中々に清々しいものだな」

「性格悪すぎですよ」

 

 どうせ、この性格は今に始まったことではない。

 直したところで、果たしてそれが本当に俺だと言えるのかは、怪しいところだ。

 

「もうわかってることだろ。俺の性格をさっきまでいいと思ってたなら、笑えないほどお前の言う『人を見る目』がなかったわけだ」

「本当に、意地も悪い人です」

 

 射命丸の言葉を後に、俺はすぐに布団に入った。

 明日は別にやるべきことがあるので、早めの就寝。

 目を閉じる前に、どこかで小さな、呆れたような溜息が聞こえた。

 

 

 

 翌日、射命丸が起きていない早朝に起床。

『昼食と夕食の買い出しに行ってくる』と書き置きを残して、外へ。

 

 まだ霧がかった山を進んで、人里と外れた方角へ。

 勿論、買い出しに行くつもりなど、さらさらない。

 自炊はできるが、今となってはわざわざしようとも思わない。

 

 既視感のある地形を見ながら、着実に目的地へと近付く。

 やがて岩の大群に出迎えられ、その中の一つに触れた。

 一瞬で迷彩がほころびた鉄の戸を、重い音と共に開いた。

 

「よっ、河童」

「おはよう、盟友。随分と早いね」

 

 現在、壁かけ時計によれば、卯の刻三つ時といったところ。

 恐らく、午前六時かその辺りだ。

 河童ラボに着いてこの時間なので、家を出たのは五時ほどか。

 我ながら、慣れてもいない早起きの成功に驚いてしまう。

 

「で、隣には記者もなし、と。何か秘密でやるつもりだね?」

「さっすがは超妖怪弾頭様、話が早い」

「はいはい、勿体ぶらないで、さっさと言っちゃいなよ」

 

 河童に促されて、素直に口を開く。

 何故知り合ったばかりの河童に、射命丸から抜け出す形で会いにいったのか。

 

「銃だ。銃を作ってほしい。マグナムが好ましいな。できれば、二丁」

 

 これを頼んだ俺の顔は、さぞ邪悪だったことだろう。

 

 

 

 朝食を買いに、結局は人里へ歩く羽目になった。

 空腹感が顔を出し始めてからというもの、里へ向かう足取りは早くなっている。

 せっかくなので、射命丸にも朝食を買ってやろう。

 ……雑食の烏とは、これいかに。

 

 俺は今、銃を二丁ぶら下げて人里を歩き回っているわけではない。

 制作時間に一日を要するらしいので、続きはまた明日、というわけだ。

 一週間で間に合うのかも心配だったが、河城は()()()とこう言っていた。

 

 ああ、それなら一日もあれば十分だよ、と。

 

 俺が頼んだ銃は、火薬や銃弾を詰め込むタイプの銃ではない。

 銃の定義が崩れそうになるが、それらの代替品として、()()()()()を込めるつもりだ。

 

 現状、俺は霊力の扱いが、無知の悪あがきにも等しいほどに下手だ。

 弾幕の数は片手で数えるほど、さらには大きさも小さく、当たりもしない。

 であれば、どうすれば相手に当たり、なおかつ威力を高めることができるだろうか。

 

 そう考え、俺の出した結論が、()()()を作ることだった。

 大口径のシリンダーに霊力を詰めて、威力を上げる。

 銃口に沿って自然と前に弾幕は飛ぶはずなので、コースが逸れる心配もない。

 火薬に変わる銃弾を飛ばすためのエネルギーは、自分の霊力を小さく破裂させる。

 針一本分ほどの霊力でも、エネルギーのかかる面積さえ小さければ、それほど霊力を浪費せずに済むはずだ。

 

 難点としては、通常よりも霊力を多く使ってしまうこと。

 シリンダーに詰め込むと、必要以上に詰め込み過ぎて、霊力が過密になる可能性も否めない。

 さらにエネルギー分の霊力も必須なので、尚更だ。

 ただ、掠りもしない弾幕を張るよりは、幾分もマシだろう。

 

 そう考えながら歩いていると、人とぶつかってしまった。

 

「ああ、申し訳ありません」

「っと、いやこちらこそ――!?」

 

 顔を見ようとして、はっとなった。

 宴であれだけ探していた、()()()

 

 白と黒で構成されたメイド服は、それはもう銀髪の彼女には似合いすぎている。

 痩身で美麗な、美女の中でも最高位に君臨するであろうほどに、綺麗な人だ。

 

「あぁ……すみません。道をお尋ねしたいのですが……」

 

 俺へ体を寄せて、獰猛な動物を懐柔するように、甘く囁かれる。

 全身に寒気が走るほどの魅力は、逆に恐怖を感じて止まない。

 

「あ、あはは……いやあ、僕はここに来たばかりで、辺りの地理にはまだ疎く――」

「少しだけでいいのです、お付き合いください。お礼は後ほど、たくさんしますから」

 

 さらに距離を詰めて、密着される。

 心臓が騒いで止まないが、思考だけは冷静だった。

 

 このメイド、何かがおかしい。

 初対面の相手に、このような劣情を煽るようなコミュニケーションを取るだろうか。

 元々俺はこのメイドとその主を探していたが、相手はそうではない。

 俺を訪ねる以外に目的があったとして、人里に来る時点で道がわからないはずがない。

 

「――わかりました」

 

 俺はこの誘いに乗った。

 お礼どうこうは、この際どうでもいい。

 純粋に、何を思ってこの女は動いたのか、気になった。

 

 あの一言以来、何も口にせず、彼女は歩き始める。

 後についていくのだが、人里からは離れるばかりで、人の目はどんどんと遠ざかる。

 そして、妖怪の山からも、遠ざかる。

 

 確定だ。射命丸のところから、俺を引き離している。

 人目のないところなら、森へ向かうのが一番のはずだ。

 それをしないということは、目的は、俺を孤立させること。

 

 平原のど真ん中に着いて、彼女は止まった。

 そろそろ、聞かないわけにもいかないだろう。

 

「あの、少しいいですか――」

「その話し方、失礼ですが似合いませんよ? もっと普段通りに話したらいかがですか? 宴会のときといい、違和感がないのは少々気になりますがね」

 

 やはり、何かある。

 確率の高い疑念が、確信に変わった。

 

「俺を射命丸から遠ざけて、何しようってんだろうな? 単刀直入に聞くが、お前、何がしたい?」

「……お嬢様から伺っておりましたが、少しは頭が回るようですね」

「うるせえよ、こっちは昼に男を誘うようなどっかのメイドみたいに暇じゃねえんだ。貴重な時間割いてやってるんだから、感謝の意くらい示せ」

「男は色欲で釣れると思ったのですが、予想外でした」

「話聞いてんのか、おい。何がしたいんだって聞いてんだよ」

「貴方を、お嬢様まで連れていこうかと」

 

 つまりは、誘拐、と。

 ここまで来ると、面白おかしくてつい笑ってしまう。

 

「貴方を誘って呼ぶ予定でしたが、どうですか? この際、自主的に連行を望まれませんか?」

「嫌だ、と言ったら?」

「力ずくで連れて行くだけです」

 

 時が、歪んだ。

 視界に捉えていたはずのメイドは、消え去っていた。

 反射的に能力を使って、全力で走りだす。

 

 直後にメイドは後ろから俺を抑え込んで、彼女の大腿(だいたい)から引き抜いたナイフを俺の首に押し当てていた。

 能力を使っていなかったら、今頃俺は彼女に組み付かれ、逃げられなかっただろう。

 安心し、再び前を向いて加速しようとしたときだった。

 

 前に出るはずの右脚が、置き去りになった。

 前進を続けようとする体は倒れ、平原の砂埃を巻き上げる。

 

「は、あぁ……?」

「貴方の能力、確かに素晴らしいです。けれど、絶対じゃない。能力を使う時に一瞬ですが、()()()()()()()()()()()んですよ」

 

 彼女は淡々と告げた。

 違和感を覚える右脚に目を向けると――太腿(ふともも)の裏に、深々とナイフが刺さっていた。

 メイドの右手からは、先程まで持っていたはずのナイフが影も形もない。

 走る寸前に投げた、というのか。

 俺自体には触れられていないので、直接刺されたはずはない。

 

 その思考に至ったのは、激痛を自覚して数秒後だった。

 

「あ、あぁっ……!」

 

 一面に広がる深紅は、地面の緑をあっという間に覆い尽くす。

 原因が自分の足から流れ出る血液だとは、到底信じたくもなかった。

 

「あまりの痛さに、まともに言葉も出ませんか」

「うっ、せえよ。こう、おしとやかなのがメイドってもんだろうが。ナイフなんて物騒な物、持つんじゃねえよ」

「あら、強がりでしたか。それにしても、叫び声も上げないとは、驚きました」

 

 倒れ込む俺に、ゆっくりと歩み寄るメイド。

 このままでは、何をされてもわからない。

 

 最悪、()()()()

 命の危機に、再び能力を使った。メイドからは、俺の姿が消えているはずだ。

 何かができるはずもないので、所詮は悪足掻き。

 

「後もう一つ、貴方の能力には決定的な弱点があるのですよ」

 

 メイドは、低く手を伸ばす。

 丁度それが俺の頬を撫でた時に、硝子が割れるような音がした。

 彼女の焦点が俺に合ってから、分かる。能力が、破られたのだと。

 

「貴方自身の存在を明確に知覚されること。こうして本体に触れられでもしたら、騙すも何も意識を逸らせませんからね」

 

 要するに、俺の能力はマジックと同じだ。

 当然の如く、マジシャンは魔法使いではないので、マジックのどこかには真実のタネがある。

 そのタネの仕込みに気付かれないために、視線と意識の誘導、俗に言うミスディレクションを行う。

 

 本物の俺をタネとして、ミスディレクションのために偽物の俺を用意する。

 相手の視線と意識が本物の俺から逸れるために、()実は成り立つのだ。

 

 ただ、マジックで事前にタネのある場所が知られては、元も子もない。

 視線も意識も存在も、その場所から動こうとしないのだからミスディレクションの意味がなくなる。

 それと同じく、本物の俺の存在を明確に知られては、幻実の意味がなくなる。

 つまるところ、能力自体が成立しないのだ。

 

「右脚、動きませんよね。ちなみに左脚、欲しいですか?」

 

 彼女の変わらない笑みは、狂気的、の一言に尽きる。

 歪みも、動揺もしない笑顔は、現実に起こっていることの事件性を何も気にしていない。

 

「やれるもんなら、やってみろよ」

「ええ、では」

 

 今度は逆の大腿から取り出されたナイフが、俺の左の太腿を抉る。

 声にならない痛さが込み上げて、逃げるどうこうを考える余裕はとうに失せていた。

 

「あぁ、くっそ……! 随分と、あっさりやるじゃないかよ」

「そういう貴方は、刃物が怖いんですね」

「何が、言いたい」

「いえいえ。ただ、人に刃物を刺したことのある方も、立場が逆転すると怖いものなのですね、と」

 

 絶句した。俺の存在が、見透かされている気分だ。

 記憶、過去、境遇、その全てを掌握されている、そんな気分。

 

 間違いない。こいつは、そしてその主も、俺の全てを知っている。

 

「痛そうですよね、包丁でお腹を一刺し」

「……うるさい」

「殺した後も、何度も包丁を屍に突き立てる感覚はどうでしたか?」

「……うっせえよ」

「うるさいのは貴方ですよ、()()()

 

 紛うことなき事実。

 目を背けたくなるような、夢であってほしい、苦すぎる現実。

 今でも吐き出したい、呪ってしまいたい運命。

 

 それらが一致する先は、俺が、他でもない()()()であることだ。

 

「うっせえって、言ってんだろうが!?」

「このことがあの新聞記者に知られたら、貴方はどう思われるんでしょうね?」

「あ、あ……」

 

 彼女の囁きは、俺の心と喉を凍てつかせるのには十分過ぎた。

 

 射命丸に知られたら、どう思われるのか。

 どんな顔で、どんな声色で、どんな目で、どんな言葉をかけられるのだろうか。

 呆れられるか、怯えられるか、罵倒されるか、見放されるか。

 

 どう想像しても、いい方向へと向かうはずがない。

 きっと彼女は、こんな俺とは違って誠実な人物であることだろう。

 糾弾するか、或いは。どう転んでも、甘い対応はされないに違いない。

 

 冷徹な目を向けられる。

 そして、空想の彼女の口がこう動く。人殺し、と。

 

「そんなの……関係ねえだろ」

「あら、意外ですね。貴方の弱点、彼女なんですか。てっきり、貴方は情が移らないお方と思っていたのですが」

「チッ、勝手に何とでも言えばいいだろ」

「いえいえ、そんな。私の今の最優先事項は、貴方を連れて行くことですから」

 

 彼女は変わらず笑みを浮かべながら、俺の腕を握った。

 エプロンに付着した返り血も気にしない様子は、本当に寒気がする。

 

 思考を巡らせてから、時空が歪んだ。

 歪んだというよりも、一度切り離され、再接続された感覚だろうか。

 記憶が丸々吹き飛んで丁寧に切端を繋いだような、非常に名状しがたい症状。

 

 実際、これは現実だ。

 ただただ、目の前の光景が紅の城に変わった、という非現実な現実だ。




これ書いたのはかなり前なんですけど、昔の自分の意図が汲み取れない時があります。
せめて簡単に後の展開をメモっておけばよかった、という話で終わります。


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正体不明の怒り

最近、書くペースが上がった気がします。
書き溜めを維持して最新話を書き続けている状況なのですが、本当に昔の自分の意図がわからない。

意外と忘れているものですね。


 ほんの短い時空の狭間で、過去に囚われた気がした。

 

 自分の血液を見た時に、恐怖を感じた。

 だが、異質だとは思えなかった。

 

 きっとそれは、数えるほどしか日付が経っていないからだ。

 言うまでもない、罪人となった日から。

 

 正当防衛と片付ければ聞こえはいい。

 過剰防衛とみなされても仕方がない。

 

 ただ、疑問に思うことさえも世界は、神は許してはくれないのだろうか。

 見慣れている()()()()転がる亡骸は。一人分は、果たして増える必要はあったのだろうか。

 

 ──どうして俺が、俺達ばかりが騙され、奪われるのだろうか。

 

 

 

「……酔いはお冷めになられましたか?」

 

 メイドは、城の入り口の前で指を鳴らす。

 再び時が繋がって、俺の服は和服から洋服へと変わり、完璧にメイキングがされた真っ白なベッドへ横たわっていた。

 両足に圧迫感を感じ、見ると白い包帯が巻き付けてあった。

 部屋の中も、一瞬だけ見えた城の外装と同じく、赤で揃えられている。

 

「おい、どういうつもりだ」

「本日はここで寝泊まりをお願い致します。何か御用がお有りでしたら、私、十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)の名をお呼び下さい」

 

 スカートの両端をつまみ上げ、品格のある礼を済ませたかと思うと、彼女は視界から消えた。

 文字通りに、跡形もなく。

 

「……なんなんだよ、全く」

 

 窓の外を横たわったまま覗くが、まだ陽は少しも傾いていない。

 あの十六夜、とかいうメイドに誘惑を施された時とほぼ同時刻と考えられる。

 だとすると、俺は今までの時間を跳躍したということになる。

 

 時が止まった、ということだろうか。それとも過去へのタイムリープか。

 何かあるとすれば、あのメイド以外には考えられない。

 少なくとも、十六夜かその主のどちらかだ。

 

「失礼致します。朝食をお持ち致しました」

 

 またマジックのように、十六夜は銀色のワゴンと共に姿を現した。

 否、タネがあるマジックとは格が違う。

 タネがないマジック。つまるところ、マジックを超越した何か。

 只者ではない、としか言い様がないのは事実だろう。

 

「あ……まだ食べてなかったか」

「毒などは入っておりませんので、ご自由にお食べ下さい。では」

 

 十六夜が消えると同時に、テーブルに食器まで丁寧に並べられた。

 手に取ると、銀の器からひんやりと冷気が伝わってくる。

 目前に展開されている料理の量も馬鹿にならない。

 一人分か、それより少し多いくらいだ。

 

 この量を事前に作るなど、不可能だ。

 となると、やはり作り終わった直後なのだろうが、十六夜が離れてから数秒しか経っていなかったのだ。

 

「時間を止める、ねぇ」

 

 一番可能性のある非現実は、口に運ぶ現実の味を明確に伝えた。

 

 ……めちゃくちゃ旨いし、本当に何なんだ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「彼を連れて参りました。現在、負傷している両足を治療中です」

「お疲れ様。無傷ではないけれど、仕方ないわ。一日、待ってあげましょう」

「……申し訳ございません」

「いいのよ。大したことじゃないわ」

 

 咲夜の頭を垂れる仕草は、これまでに何度も見てきた。

 従者という立場上、主人へ数え切れない程に頭を下げる彼女。

 不始末があったわけでもないのに、こうして謝られるのは実に何十回、何百回目だろうか。

 

「それより……変ね」

「どうかなさったのでしたら、何でも私めにお申し付け下さい」

「いえ。ただ、『変わった』のよ」

 

 本来、『辿るはずだった道筋』とズレている。

 昨日までなら、彼は無傷の()()だったのだ。

 なのに、何故。

 

「そういうことも、案外あるものなのね」

「この後はどう致しましょうか」

「さっき言った通り、一日待ちましょう。それで朝一番に、あの新聞記者に一声かけなさい。後は彼女が勝手に来るわ」

「仰せの通りに。では、失礼致します」

 

 それだけ言って、彼女は姿を消した。

 優秀なメイドというものは、いつでもこう忙しいものらしい。

 働かせているのは、他でもない私なのだけれど。

 

「……()()が、変わってる」

 

 ただ一つ、胸につっかえる疑問と問題を呟いた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ふわ、あぁ~。おはようございます~って、もう昼ですか……」

 

 私が布団から這い出たときには、既に(うま)の刻を回っていた。

 羊の刻とまではいかないものの、昼でない言い訳には使えそうにもない。

 

「すみません、今起きました~。ちょう──じゃなくて、昼食をとりましょう」

 

 同室で寝ているはずの、彼の姿はない。

 昼なので、彼がとっくに起きていてもおかしくはないか。

 

 ──だが、それにしても返事がない。

 

「片桐さ~ん、どこですか~?」

 

 部屋を次々に回るが、彼の姿はどこにも見当たらない。

 呼びかけても、返事すらなし。

 

 溜息を吐きながら元の部屋に戻ると、視界の端でテーブルの上に置いてある紙を捉えた。

 あんな場所に紙など、置いた覚えはない。

 手に取ると、綺麗な文字で走り書きされたメモであることがわかる。

 

「昼食の買い出しって……もう昼ですよ」

 

 昼食及び夕食の買い出しに行くという旨の内容だった。

 十中八九、あの片桐さんが自分から進んで買い出しに行くとは思えない。

 現に、財布は私の机の上にあって、片桐さんは今現在、無一文なわけで。

 少なくとも、このメモが本当である可能性はほぼゼロに近いわけだ。

 

 何をするのかは見当もつかないが、何かしら企んでいるのだろう。

 あの性格上、聞いても教えてはもらえまい。

 

 昼食を買いに行くため、財布を持って外へ出る。

 飛び始めてものの数分もせずに、人里へと着いた。

 

 彼に限って、幻想郷の地理を網羅しているということはまずない。

 となると、行ったことのある河童のところか、この人里くらい。

 博麗神社での宴もあったが飛行で向かうような距離なので、徒歩で移動したとは考えづらい。

 

 辺りを見回しても、やはり姿は見当たらない。

 意外と長身なのでその気になって探せばすぐに見つかると思ったのが、そう上手くはいかないらしい。

 

 手早く昼食を買って、夕食の分の食材も買い揃える。

 一時間ほどで買い物は終了し、家に戻るも、片桐さんは帰ってきていなかった。

 

 遅すぎる昼食を食べながら、使った食器を片付けながら、家事をしながら待ち続けた。

 陽は傾き、茜色へと空を染め上げる頃に、夕食を作り始める。

 くつくつと鍋の笑い声が聞こえる中、未だに玄関は開かない。

 

 顔を隠した太陽の代わりに、三日月が浮かび上がる。

 夕食もできあがり、私と私の前に、一人分ずつ準備も終わった。

 

「……いただきます」

 

 ──彼は、帰ってこなかった。

 こんなにも、一人で食事するのは寂しいものだっただろうか。

 ほんの数回しか食事を共にすることがなかったのに、おかしい。

 

 眼の前の料理の湯気が消えたとき、自然と私の口から吐息がこぼれ落ちた。

 

 

 

 随分と早くに布団についた私は、先日の朝が嘘のように早起きだった。

 まだ陽が上がって一刻もしていないどころか、今、陽が上がり始めている。

 

 結局、彼は夜の間も帰ってくることはなかった。

 起床後も、真っ先に部屋を探すが、姿形すら見当たることはなかった。

 多少心配になりながらも、縁側から庭へと出たときだった。

 

「おはようございます」

「うわあ!?」

 

 突然、目の前にお辞儀をしたメイドが現れた。

 こんなことをするのは、あの吸血鬼の付き人しかいない。

 

「……はあ、驚きましたよ。どうしたんですか」

「いえ、少しばかり尋ねたいことが。情報通の貴方なら、何か良い手をご存知ないか、と」

「ほう、これはまた珍しい。文屋名義にかけて、答えないわけにもいきませんね」

「ナイフにこびりついた、乾いてしまった血のことで。汚れを落とすライフハック、みたいなものを尋ねたいのです」

 

 そう言いながら、彼女は二本のナイフを取り出した。

 刃の部分はさることながら、持ち手の部分まで血液が付着している。

 

「ん~、お湯で流せばいいのではないですかね?」

「随分と適当ですね」

「そもそも、持ち手まで付いた血を洗うことなんてないですからねえ。それに、普通はすぐに洗いますし。一体何をしたんですか?」

 

 ここまで血が付くなど、あまり見たことがない。

 せめて刃の部分だけで留まるはずだが、柄まで広がっているのは尚更だ。

 

 彼女ならば、乾く前にすぐ洗い流すはず。

 それに気付いたときに、また一つ、気付く。

 

 このナイフをちらつかせたのは、()()()なのだと。

 

「人を刺しまして。名は確か片桐、でしたかね。そう、片桐」

「……はい?」

「ええ、そうです。片桐 氷裏、でしたね、ええ。さすがに自分からは名乗ってはくれませんでしたが。まあ、随分と痛そうでしたし、答えられなかったのも──」

 

 そこまで笑いながら彼女が口を開いて、私は胸倉を両手で掴んだ。

 今の私は、一体どんな顔をしているのだろうか。

 

 恐らく、自分でも見たことがないような怒りの色で満ちていることだろう。

 

「殺したんですか」

「さあ? 急所かもしれませんし、急所じゃないかもしれない。生きているかもしれませんし、死んでいるかもしれない」

「早く答えてください! 片桐さんが今、どこにいるのか!」

 

 大声で叫び、威嚇した。

 最後に怒号を飛ばしたのはいつだったろうか。こんなにも大きく声を張ったのは久々だ。

 

 それでも、メイドの薄ら笑いは消えることはない。

 私自身、どこか煮え切らない怒りを感じていた。

 

「あら、貴方も意外と情が深いんですね。あのお方、お気に入りなんですか?」

「いいから早く、答えて!」

「いいじゃないですか、別に。たった数日しか会話していない人間の一人や二人など」

「ふざけないでください! 貴方にとってはどうでもいいかもしれないですが、私はそうじゃないんです! 夢見が悪いどころの話じゃない!」

 

 私がそこまで言って、彼女は考える素振りを見せた。

 胸ぐらを掴まれたまま顎に手を添えると、ようやく口を開いた。

 

「殺してませんよ、私は。ただお嬢様が現在、彼をどうなさっているのかまでは──」

 

 会話の途中で、自分の体が勝手に動き、紅魔館の方角へと飛んでいた。

 吸血鬼は日光を嫌い、いつもはメイドに日傘を持たせるはずだ。

 ここに彼女がいるということ、即ち主の吸血鬼は建物の中。

 高確率で、紅魔館の中にいるはずだ。きっと、彼もまた。

 

 頭でそこまで理解する前に、紅魔館へと向かっていたらしい。

 自分自身、彼のことがそこまで大事かと言われると、そうではないのかもしれない。

 ただ、一度見知った相手に対して、冷たい態度を取ることができなかった。

 

 我ながら恐ろしい速さで紅魔館へ到達して、霊力を探る。

 十中八九、この建物の中で最も微弱な霊力の持ち主が探し人だろう。

 蜘蛛糸のように細い不可視の霊力を手繰り寄せて、一つの大きなドアを力任せに開いた。




ありがとうございました。

ここから本格的に紅魔館編に入ります。
貧弱な人間である主人公が、紅魔館の住人にどう対応するのか。どんな物語を繰り広げるのか。

お楽しみください。

追記:あらすじ変えました。なんか今見たら微妙だったので。


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Get down on your knees

なぜこんな時間なのかというと、CRカップ見てたからですね。

最近PCに移行したこともあり、APEXさらに楽しめてます。


「片桐さん!」

「うあぁ!?」

 

 突然開け放たれた扉から、見覚えのある鴉天狗が姿を現した。

 当然と言うべきか、驚かずにはいられない。

 御蔭様で、肩が跳ねた上に変な声を出す臆病者のできあがりだ。

 

「あ、あぁ……よかった……!」

 

 疲れ切ったような表情で近付いて、ベッドの俺を抱きしめた。

 

「は、はぁ!? ふざけんな、暑いんだよ!」

「心配させないでくださいよ。一日経っても帰ってこないんですから……」

「いや、そりゃ、まあ、悪かった」

 

 結局、誘拐された当日は何もなかった。

 言葉通りに一切のイベントなし。

 ただ夕食がメイドと現れ、主の顔すら見られないまま夜が明けて、現在に至る。

 半介護生活が始まるのかと思いきや、ほぼ放置状態なのだから、どちらかと言うと愛玩動物生活になりそうだった。

 

「貴方、怪我してるんでしょう? それも、結構大きな」

「いいや、かすり傷一つすら」

「嘘吐かないでください。血がべっとり付いたナイフを見せられて飛んできたんですから」

 

 あのメイド、どうやら余計なことにお節介らしい。

 それにしても、彼女の性格はだいぶ曲がっていそうだ。

 そんなことをしたら、心が余程歪んでいるかそいつが大嫌いでない限り、飛んでくるのは大体予想できる。

 

「……両足」

 

 ズボンを半ば脱いで、包帯に巻かれた足を表に出した。

 まだ少々血が滲む両足には、あまり力が入らない。

 

 本気で心配しているらしい射命丸は、足を優しくなで上げた。

 

「今すぐ病院に行きましょう。いい医者を知っていますから」

「残念だが、そりゃ無理だ。ここの主に、ちょっとはやり返さなきゃな」

「あら、その意気込み、大したものね」

 

 聞き慣れない声。メイドのそれではない。

 扉が軋みながら開いた先に、声の主と思わしき者がいた。

 

「……なるほど。吸血鬼幼女ったあ、こりゃ話に聞いた通りだ」

「貴方こそ、その性格の悪そうな笑い方は、まさに悪役の代名詞みたいね」

 

 ただ、彼女は静かに声を出す。

 何も威圧感はない、吸血鬼とはいえ大したことはない。

 後ろに蝙蝠(こうもり)の翼が仰々しく付いていて、容姿はむしろ可愛い。めちゃくちゃ。

 

「二つ質問するわ。怪我の具合は?」

「すこぶる悪くて立てやしないね、綺麗なお嬢ちゃん」

「じゃあもう一つ。私とゲームしましょう?」

 

 彼女の指がパチンと鳴って、間もなくメイドが隣に現れた。

 ベル代わりの指パッチンというのも、中々洒落ているものだ。

 

「ルーレット盤──いえ、トランプを用意しなさい」

「御意に」

 

 一瞬消えたかと思うと、また一秒もせずにテーブルとトランプ一ケース分が現れた。

 こんな芸当、目の前で見られるのは人生で一回もないはずなのに。

 現実では到底ありえない世界を垣間見てから、彼女は付け加えた。

 

「せっかくだから、賭けをしましょうよ」

「おお、いいじゃねえか。内容は?」

 

 賭け事に乗り気になった俺には、まだわからなかった。

 彼女の恐ろしさ、底知れぬ悪魔めいた手招きの真意を。

 

「──()()()()()。身も、心も、命さえも。文字通り、全て」

「……へぇ」

 

 椅子につき、テーブルで頬杖をつく主の表情は、大きく変わっていた。

 これから起こるゲームへの興奮、敗北への心配。

 無駄な感情を一切排除したような、冷たく、何もかもを見据えているような顔。

 悪魔、吸血鬼。なるほど、と今一度納得してしまった。

 目を合わせるだけで、内心恐怖を感じているのは事実だった。

 

「行きましょう。早く病院に行かないと」

 

 袖を無理矢理に引く射命丸の手を払った。

 

「まあ、見とけ……お前は何賭けるよ?」

「貴方が決めていいわよ。私が勝ったときの内容は私が決めたもの」

「そりゃどうも。じゃ、何でも言うこと一つ聞いてくれ」

「……ふざけているの?」

 

 彼女に疑念の表情が浮かぶのも無理はない。

 こちらは存在全てを差し出すにもかかわらず、俺の要求の軽さ。

 まるで子供の道楽で用いられる決まり文句。

 内容によるが、釣り合っていないことは誰が見てもわかる。

 

「大真面目さ。『何でも』って言葉の無限性に気付かないのか。で、ゲームの内容は? トランプ使って何すんだよ」

「ポーカー、七並べ、大富豪にババ抜き(オールドメイド)。貴方が選んで結構よ」

 

 余裕綽々と言わんばかりに、彼女は笑顔を見せた。

 勝利への確信か、はたまた俺の要求にリスクを感じなくなったのか。

 何でも言うこと聞け、と言うならば、死ねというのも可能ではある。

 そういう意味では、彼女と俺の提示間に差などないに等しい。

 ならば、この微笑は。明らかに前者によるもの。

 

「……そうだな、ポーカーでいこう」

「そうね、運が全てのゲームなら、貴方にも勝ち目があるかも」

「あぁ? 馬鹿にしてんのか?」

「いえ、何でもないわ。ジョーカーはありでいいかしら」

「お好きにどうぞ。同じ役の時は引き分けか?」

「五本先取の、同役の勝敗はスートが強い順で決めましょう」

「はいよ」

 

 十六夜にトランプを渡して、シャッフルを促した。

 見事なパーフェクトシャッフルは、さながらカジノディーラーのそれだ。

 

「吸血鬼ちゃん、あんたの名前は?」

「レミリア・スカーレット。貴方の主になる名前だから、今の内に覚えておくことね」

「……何言ってんだか」

「わからない? 貴方に勝って、私に仕えてもらうのよ。その言葉遣いも、少しは使用人らしくなるよう練習しておきなさい」

 

 ほう、なるほど。

 先程の態度といい、この発言といい、相当に自信に満ち溢れているようだ。

 お互いが自分の前に配られた五枚を確認しても、彼女の表情は揺るがない。

 自信に見合う手札か、それともブラフか。

 対する俺のカードは、特に光るものもなく、ダイヤのエースでのワンペア。

 

「三枚交換」

「私は交換なしで。貴方はワンペア、か。残念だったわね」

「まだ何も言ってないだろ」

「そういう問題じゃない上に、交換した後のことよ」

 

 三枚をメイドに預け、別の三枚が返却される。

 めくるが、元々の手札に合うカードはなし。

 つまるところ、ワンペア。

 軽くスカーレットを睨みつけた。恐らく、何かある。

 

「運命がそう言っているもの。オープン」

「……ま、三枚交換だし、そりゃバレるか。オープン」

 

 両者の手札が、各々の前に展開。

 彼女の役は、ツーペア。

 

「まずは一勝、ね」

「勝負はまだわからないだろ」

「あら、私は何も言ってないわ。それこそ、貴方が負けるとも、私が勝つとも」

 

 俺がレミリアの分も回収、八枚がメイドに返され、十六夜のパーフェクトシャッフル。

 ついさっき見たばかりだというのに、あまりの手際の良さに初見のような驚きを示してしまいそうだ。

 

「パーフェクトシャッフルって、八回繰り返すと元の並びに戻るって、知ってたかしら?」

「勿論。有名な話だよな」

「果たして八回もシャッフルされるかどうか、微妙なのだけどね」

「そうだな。このまま俺がストレートで五回勝てるかも」

 

 挑発を受け流しながら、目前に飛んできた五枚をめくった。

 ツーペア。が、正直不安要素が残る。

 手札を鑑みるに、スリーカードとフルハウスが狙えないわけでもないが、どうしようか。

 

「微妙よね、ツーペア。一枚交換でフルハウスを狙うか、それともワイルドカードも視野に入れて二枚交換で堅実にスリーカードを狙うか。私だったら、ワイルドカードを考えてフルハウスを狙うかしら」

「……おい、十六夜。俺の手札、事前に見せてるか決まったカードに変えただろ」

「無理よ。貴方、咲夜の能力にあらかた予想はつけているらしいけど、私がゲーム中に仕組んだり、工作したり、私の肩を持たないように言ってあるわ」

「その通りです。お嬢様の命令は絶対ですので。あくまでも、私はプレイヤーではなくディーラー。公平性は保っていますよ」

 

 やはり、何かある。

 一枚交換だけでツーペアと決めつけるには早計にも程がある。

 フラッシュ系や連番の可能性を無視して、ピンポイントで見抜く? あり得ない。

 

「私は四枚交換でいこうかしら」

「随分と強気だな。最初が悪かったか? 俺は一枚交換だ」

「いいえ、貴方に勝つには十分だからよ。オープン」

「そうかよ。オープン」

 

 交換したが、結局ツーペアのまま。

 対するスカーレットは、ジョーカーを含めたダイヤのクイーンでのスリーカード。

 

「ふざけんな。今、わざと()()()()()()だろ」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「残した一枚、位置から考えてジョーカーだった。なら、ワンペアは確実。なのに何故()()()()()()?」

 

 ワイルドカードのジョーカーは、いわば切り札。

 どのマークの、どの数字にも成り代わる最強の詐欺師。

 

 スカーレットが手札の位置を変えた様子は見られなかった。

 彼女から見て左端にあるジョーカーは、元々の段階で手中にあったはず。

 となれば、四枚以上を交換する理由がない。

 

 俺の役がツーペアだと筒抜けであるならば、スリーカード以上を出せばいい。

 なら、ジョーカーと軸のカード一枚を残して三枚交換で十分。

 フラッシュ系や連番も、同様に三枚交換で事足りる。

 三枚の内一枚をジョーカーとしたフルハウスが狙いだとしても、その役を目指す必要は全くない。

 四枚交換で二つのペアが巡ることが算段だった? リスキーだ。スリーカードが確実な一手であることに変わりはない。

 

 であるならば、今の四枚交換はわざとだ。

 わざと、勝つ確率を落とし、入るはずの役を落とした。

 

「気分よ、気分。それに、下手に小さく交換してワンペアだと、ツーペアには勝てないもの」

「わかった、わかったよ。さっさと次行こう」

 

 札を集め、八枚を返却した後に三戦目、札が配られた。

 扇子状にカードを持って、手で目を覆う。

 現在、交換なしでワンペア。どうするべきか。交換が得策であることに間違いはないのだが。

 対してスカーレットは、二枚の交換。

 

「あら、頭を抱えるほど運に恵まれなかったのかしら?」

「そうだな。負けが込んでただいま三連敗。その上ダメ押しと言わんばかりにこの初期構成(スターティングハンド)だ。頭の二つや三つくらい抱えたいものだな、二つ以上あればの話だが」

「面白いわね。貴方、そっちに向いてるかもしれないわよ?」

「悪いが、人を楽しませるんじゃなくて自分が楽しみたい側なんでね。なるにしろならないにしろ、これに勝たなきゃ始まらん」

 

 交換はなしに決め、無言でカードの開示を促す。

 彼女の持ち札はツーペア。ワンペアでは太刀打ちできない。

 恐らく、それは俺の手札が割れていてのこと。ならば。

 引けない賭けに出たのだ。手汗が滲みながら、さも余裕があるように札をオープン。

 

「……ふざけているのかしら?」

「はあ? 俺は至って大真面目だ。世界で五本の指に入る自信すらある」

「じゃあ、どうしてノーペア(ハイカード)なのかしら。交換もしないで」

 

 ノーペア。つまり、最弱の代名詞。

 それも手札交換なしで。愚かにも程がある。

 勝つためには、交換は必須だ。交換しない理由がない。なにせ、最弱の役なのだから。

 なのに、交換権利を放棄した。これを愚と言わず何というだろうか。

 

「おかしいわ。貴方の手札は確かに──」

「どうしてだ。ただ交換しなかった、それだけ。なんで『おかしい』になるんだよ」

「交換せずにノーペアなんて、負けにいっているようなものだわ」

「そうだな。それより、手札は確かに、って言葉が引っかかるけどまあ、すぐに決着もつく。さっさと次に移ろう」

 

 咲夜のシャッフルを交えて、再配布。

 さて、ここで負けるわけにもいかない。

 頭を抱えつつ、視界を手で塞いだ。

 

 手札はワンペア。微妙だが、今までの試合展開からして勝つことはできない。

 せめて、ツーペアはほしいところだ。

 

「わざと負けるつもりなの? ……そうね、二枚交換」

「なんでそう思うんだよ。三枚交換」

 

 交換した三枚を見て、思う。

 

 ──俺の運も、まだまだ廃れたものではないらしい。

 敗者は負けるべく負け、同様に勝者は勝つべくして勝っている。

 その言葉に準じたいものだ。

 

「悪いな」

 

 そして、どうしてだろうか。

 余裕だった彼女の表情に陰が差し込んだ。

 

「どうした、そんな顔して。さっきまでの勢いと口数はどうした?」

「……なんでもないわ。オープン」

 

 そうして、第五ラウンドの開示。

 彼女はワンペア。俺の手は──()()()()()

 

「どうだ、今のところ最高の役だ。ようやく一勝、って感じだわ~」

「そうね。まあ、一回くらいはくれてあげる。貴方が何をしたかは別として、ね」

「カード貰って交換しただけだ。強いて言えば、運が味方してくれたな」

 

 十五枚を束ね、十六夜の持つ山札へ。

 今回はやめておこうか。さすがに警戒されているであろう。

 

 流れ着くカードを手に取るが、生憎のハイカード。

 スカーレットは交換なしで終わるようだ。

 俺は三枚を交換するも、変わらずハイカード。

 

「なあ。一つ聞いときたいんだが、俺の能力ってバレてんの?」

「ええ、勿論。まだ使わないの?」

「使っても一緒だろ。どうせ目眩まし程度なんだから」

 

 観念して、札を卓上へ。

 彼女の役はワンペアだった。

 ワンペアだというのに、彼女は交換しようとする素振りすら見せなかった。

 

 やはり、このポーカーは何かがある。

 絶対に、彼女に有利となる部分があるはずだ。

 でなければ、自信満々にワンペアを提出などできるわけがない。

 

「さて、これで私は四勝。対して貴方は一勝。そろそろ、覚悟した方がいいんじゃない?」

「まっさか。ここで死ぬのはゴメンだね」

 

 その「何か」を探る必要がありそうだ。

 果たして、それが判明したところで、勝てるかどうかは全くの別問題ではあるのだが。




ありがとうございました。

気づいたら最終更新から一ヶ月過ぎてました。
申し訳ありません。


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運命操作

プロセカがサービス開始しましたね。
久々にスマホで音ゲーやってますが、思ってるよりできなかったです。
やはり親指勢には厳しいのか。

ここらあたりから、受験終わった後に書いた部分がでてきます。
いうて変わってなさそうな感じがしなくもないって感じてきました。感じが感じてきた。


 人間は未知の存在にすこぶる弱い。

 知能を持ったがために、その知識の及ばない領域に困惑し、混乱する。

 実際、今まさに俺が陥っている状況は、それに当てはまるのかもしれない。

 

「貴方。勝利宣言をしていたところ申し訳ないのだけど」

「なんだよ」

「貴方の負けは、既に決まっているのよ。そこの天狗が耳打ちするかと思ったけど、そう」

 

 俺という人間は、彼女という吸血鬼の存在に潜む不確定要素を無視できない。

 先程からの口ぶり。恐らく。いや間違いなく。

 

 ──()()()()()()()()()()()

 

 ポーカーというゲームの性質上、手持ちのカードがバレることで背負うディスアドバンテージは計り知れない。

 リスクを負うはずの手札交換だが、そのリスクを回避しえる手立てがあるわけなのだから。

 

「あまり焦らないことね。手遊びが増えているわ」

「俺の癖なんだ。暇があるとすぐこうだ」

「はいはい。咲夜、配りなさい」

 

 彼女の号令に従い、トランプが素早く両者の元へと滑る。

 滲む手汗ごと強く握り、意を決してカードをめくる。

 続行か、決着か。この手札次第では、どちらにも転ぶのだ。

 

 頼みの綱である五枚のカード。

 それは中途半端にもツーペア。可もなく不可もなし。平々凡々。

 極端に強弱がはっきりすれば良いものを。こんな微妙な組み合わせが一番困るというのに。

 思わず溜息を吐きながら、テーブル下へカードを持った手を追いやる。

 

「そんなことをしても無駄。貴方、ツーペアでしょう?」

「やっぱ見えてんのか。ペテンにも程があるだろ」

「いいえ。そういう運命になっているもの。当然のことよ。全ての事象は異なる道筋を辿りながらも、一つの事実へと収束するの」

 

 何を言っているのだろうか。

 俯瞰すると、ただカッコつける中二病の発言だ。

 だが彼女の風貌は、その片鱗すら見せない、もっともらしいものだった。

 

「聞きたければ、そこの天狗に聞くことね」

「……話していいんですか?」

「ええ勿論。私が言うのだから」

「彼女は──レミリアさんは、『運命を操る程度の能力』の持ち主です」

 

 コイツも能力持ちの一人。なんとはなしに予想はしていた。

 しかし、運命操作だと? 

 あっさりと告げられた真実とは、その語られる軽さ以上に深刻なものだった。

 

「ふざけんなよ。それじゃ俺の勝ち目は──」

「ない。万に一つ、虚数の彼方にすら存在しないわ」

 

 彼女の目は、冷徹をそのまま体現したようだった。

 嘲笑も、憐憫も、愉悦さえ含まない。

 ただ鋭く、冷たい双眸。アイスピックの形をした氷。

 削られる側が削る道具に似るだなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことが、どうやら現実化するらしい。

 

「だから、さっさとオープンしなさい。時間の無駄よ」

 

 互いに交換する時間も省略。俺は苦肉の策を投じ、カードを伏せる。

 ディーラーが開く吸血鬼の組は、スリーカード。

 俺の役をわかっていて、一つだけ強い役を揃える。大変に意地の悪い魔物だ。

 

「えっ……!?」

 

 驚嘆の声を上げたのは、射命丸だった。

 なにせ、吸血鬼の役はスリーカード。

 対するの俺の役は、ツーカードではなく、フルハウスなのだから。

 

「お嬢様、もういいでしょう?」

「ええそうね。この勝ちは譲ってあげる。その隠してあるカードを出せばね」

 

 観念して、卓上に四枚のカードを放る。

 

「抜き取っていたのはわかっていたわ。だいぶ手際は良かったけれどね。いっそのこと、貴方の能力を使ったらよかったのに」

「使っても使わなくても同じだからな」

「まあ、それが──」

「それが運命だから、だろ?」

 

 彼女の台詞を遮り、強引に言葉を繋ぐ。

 できる限り余裕綽々を装いつつ。

 

「この一勝、見逃したことを後悔させてやるよ」

「それは楽しみね」

 

 時間を稼ぎつつ、考える。

 あと一勝。あと一回分の勝ち筋さえ見出だせばいい。

 出来レースを狂わせるその一勝を、模索する。

 

 俺の心境が筒抜けなのか、メイドはさっさとカードを回収し、今までよりもずっと速くカードを混ぜる。

 ゲーム終了を()かすように、十枚の札が投げられた。

 

 吸血鬼が己が分の五枚を取る前に、能力を使った。

 彼女の視線が卓に落ちた瞬間を狙って。

 彼女に続いて俺もカードを見るも、ハイカード。

 どうやら俺に勝たせるつもりは毛頭ないらしく、容赦がない。

 

「…………」

「三枚交換だ」

 

 俺のカード交換が終わっても、役は変わらずハイカード。

 これもスカーレットの言う、『運命操作』というやつだ。

 予想はできていたが、この能力をフル活用されると、本当に勝ち目などないのだ。

 

「お嬢様、交換はいかかなさいますか?」

「……二枚、交換」

 

 スカーレットは訝しげな顔をして、交換を命令。

 メイドもなにやら不審そうに二枚を渡した。

 

 それもそうだ。

 能力を隠す必要はないため、自分の好きなカードを最初の五枚で揃えてしまえばいい。

 しかし、この二枚の交換。

 この行動が意味することは、能力の不発だ。

 

 合図もなしに、二人でカードを表に提示。

 結果は、互いにハイカード。

 だが、俺の方がランクが高かったため、この勝負は俺の勝ちとなった。

 

「運命が変わった、どうして……?」

「操るんじゃなかったのか? なんにせよ、こちらには好都合だ」

 

 未だ彼女の困惑顔は消えない。

 そんな中、次のゲームに用いる十枚が配られた八ゲーム目。

 また彼女が札を手に取る前に、能力を使用。

 一瞬こちらを見たが、俺の目を捉えられてはいなかった。

 

 俺も合わせて自分の役を見るが、またもハイカード。

 手札が五枚として、ハイカードになる確率は、50%と言われている。

 つまり、残り50%はワンペア以上となる確率なのだが、ワイルドカードの存在を加味するとその確率はもっと高くなる。

 こうもハイカードが出続けるものか、と運命とやらを嘆きそうになった。

 

「……三枚」

「俺は二枚で」

 

 たとえ交換しても意味がないことはわかっているが、それでもほんの少しの確率に縋ることに。

 すると、驚いたことに、ハイカードからワンペアへと役が昇格。

 彼女を見るも、まだ怪訝そうな顔をやめていない。

 

「どうした。さっきから浮かない顔して」

「貴方には関係ないでしょう」

「大アリさ。こちとら命賭けてんだから」

「……うるさい。さっさとオープンしろ」

 

 先程よりも高圧的な言動だ。

 ヴァンパイアという種類が元来こうあるのか、焦りによる不安からか。

 どちらにせよ、俺がゲームの流れを崩しつつあることに変わりはない。

 

 命令に従い、平然とカードを表にして出すことに。

 彼女も同じくカードを開くが、彼女の役はハイカード。

 俺はワンペアに昇華したため、このゲームも俺の勝ち。

 

 これで、戦績は四勝四敗となる。

 必然的に、次のゲームが最終戦だ。

 

「どうして……まさか、いや、でも……」

 

 彼女はそう呟いた途端、何かを決意したような顔つきになった。

 いや、何かからずっと目線を動かしていない。

 その「何か」こそ、俺の目に他ならない。

 

「もう能力を使おうなんて考えないことね。色が変わるまで、見続けるから」

「さっきまでも使ってないっつーの」

 

 白を切りながらも、メイドのシャッフルは止まることを知らない。

 手際良く配られた札を確認するまで、彼女は宣言通り、俺の双眸から目を離すことはなかった。

 

 だが、彼女は詰めが甘かったらしい。

 ずっと、この時が来るか、来ないかもしれない刹那を狙い続けた。

 彼女が手元の五枚を確認しようと、卓に置かれたカードを表にした瞬間。

 その一瞬だけ、絶対に視線は自らのカードへと向く。

 

 それを見逃すことなく、能力を発動。

 彼女の手札は既に視界に入っているため、彼女の札は変えられなかった。

 仕方がないが、勝負を左右する一戦のため、俺にできる最善がこれだろう。

 

「……ふん、やっぱり狂いはなかったわね」

「ああ。お前の言う通り、運命とやらは狂っちゃいない」

 

 事実、最後の二戦で、彼女は本来ならば俺の役よりも強い役を引いていた。

 だが結果として、俺の白星が上がっていることもまた事実。

 

「いいえ、おかしいわ。運命が狂うわけがない」

「能力を過信するなよ。運命はいくらでも変わるさ。バタフライ効果ってご存知?」

 

 バタフライ効果。有名な運命改変現象の名称だ。

 蝶の羽ばたきのような些細な出来事でさえ、後に続く未来系を大きく揺るがす種となりえるということだ。

 同列に並ぶバタフライ・エフェクト、という名は有名すぎるだろう。

 

「変わらない。変わらないために操作するんだから」

「じゃあ、そいつは運命を逸脱してる、つまり偶然の産物だな」

「貴方、能力を使ったでしょう? 隠さなくてもいいわ」

 

 当然、俺の能力が疑われるわけで。

 

「使ってないさ」

「これ以上は無駄な足掻きというものよ。あまり面倒なことはしたくないの」

「じゃあ、どうしてそう思う? そのカードの印刷が本物でないという確証があるのか? それを問い詰める方が野暮ってもんだ」

「それは……」

 

 彼女は口をつぐんだ。

 そう、できるわけがないのだ。

 

 俺の能力で化かしたのは、カードの絵柄だ。

 彼女の本当の役は、ワンペアではなくストレートだ。

 だが、今の彼女らには、それを証明する手立てはない。

 

 この能力がフルに発揮されるのは、同物体間の錯視だろう。

 ちょうどこのトランプのように、同形の何かに能力を使った場合、視覚以外での判別が難しい。

 

 三戦目と四戦目、頭を抱えて目を隠した際に、能力は発動していたのだ。

 俺の手札のうち、できあがる役に干渉しない一枚の絵柄だけを変更していた。

 彼女は「どうして」と口にはしたものの、忠言することはなかった。

 

 そして、彼女は密かに疑問を持つわけだ。

「運命」がいたずらに変わったのかも、と。

 一枚くらいなら、設定した運命からズレることも、ありえない話ではない、と。

 

 そうして自分の能力に疑心暗鬼になる。

 勝負の一戦や二戦程度なら、少しの疑いの心さえ持ってもらえればそれでいい。

 自分と相手の役を変えつつ、二勝をもぎ取った、というわけだ。

 

「今だけは寛大になってあげる。認めれば、貴方を殺さないでおいてあげる」

「冤罪だな。第一、お前は俺の目をずっと見てただろ。色は変わってない。それはお前が一番わかってるはずだ。だよな、ディーラーさん」

「そうでしょうね。能力使用の是非はともかくとして」

 

 あくまでも中立の立場を貫く十六夜。

 ここで暴露されたら逆にキツかったが、彼女はプレイヤーではないと自身で表明している。

 この一件に関しては、権限が及ぶことはない。

 

「……次で最後よ。絶対に負けない」

「そうか。勝とうが負けようが、次が最後なのに変わりはないさ」

 

 とはいえ、やはりまずい状況であることに変わりはない。

 次の一戦まで能力使用が疑われないようにいけば僥倖だったのだが、やはりそう上手くはいかなかった。

 あと一回で勝敗が決するとなれば、俺の能力に疑いをかけるのは自然なことなのだから。

 

 この一戦を勝ち取る(すべ)を、まだ俺は見出だせていない。

 しかもスカーレットは俺の目を見る解決策を取るため、彼女の手札は操れない。

 とにかくまずい。非常に厄介な事態となっている。

 こうなれば、俺の手札しかいじれない。できることが限られている。

 

 十枚が配り終えられ、同じような流れで能力を使う。

 俺のカードは、当然のようにハイカード。

 三枚の交換を申し出たが、その結果は変わらずハイカードのまま。

 対する彼女は、また交換する素振りすら見せない。

 

「思ったのよ。私の能力は絶対。自分の能力を疑う必要なんてなかったのよ」

「ああそうだな。お前の敗因は、自分の能力を信じなかったことだ。一瞬でも疑ったのが間違いなんだよ」

 

 考えられる限りの最善を尽くす。

 であれば、これしか取る手立てはない。

 

「では、お二人共、カードを表に」

 

 一斉に、カードを卓上へ。

 そこに整然と並ぶ風景は、その静けさとは裏腹に、到底実現しえないものだった。

 

「え、え……!?」

 

 驚嘆を隠しきれるはずもなく、射命丸は声で感情を(あらわ)にする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それも、()()()()

 

 ありえない。二人が同時にロイヤルストレートフラッシュなど。

 しかも同じスートとなれば、それは不可能の域となる。

 トランプの構成は、一つのスートに関して言えば、同じ数字のカードが出ることはない。

 なので、この状況ができあがる確率は極めて低いどころではなく、()()()()()()()()()の一言で十分だ。

 

「ええ、ええそうでしょうね。こうなると思ってたわ。私の手札は変えられないものね!」

「スートが強い順って言われたことを恨みそうになったさ。でも、あんたの札が正しいとは限らない」

「それはないわ。ずっと、貴方の目を見ていたもの。私が役を確認する直前までね」

「断言はできないだろ。その前に能力を使っていた可能性はないのか? 今度こそ、運命が曲がったのかもよ」

 

 俺に見えた唯一の勝ち筋が、このスペードのロイヤルストレートフラッシュ。

 別のスートでロイヤルストレートフラッシュを組んだとしても、スートが強い順で勝敗が決定するため、意味がない。

 彼女が自身の手札に干渉できないと理解したならば、スートの要素を含めて最強の役を揃えてくることはわかっていた。

 だから、こうせざるをえなかったのだ。

 

「どうする、もう一回やるか? 多分、またこうなると思うけど」

「これが最後の忠告よ。能力を解除したら、殺すのは勘弁してあげるわ。貴方の善戦に免じてね」

「御冗談を。あんたこそ、負けを認めるべきだと思うけどね。そっちが約束守るとも限らないし」

「そう。少し手荒にはなるけど……咲夜」

 

 吸血鬼が合図すると、十六夜がナイフを構えてこちらへとにじり寄る。

 あえて彼女が能力を使わないのは、こちらに歩いてくるまでの間に恐怖心を植え付けるためだろうか。

 

「貴方の能力は、誤認を引き起こすもの。貴方の意識が飛べば、それもなくなるはずよ」

 

 ヴァンパイアは、無慈悲にそう告げる。

 言い終わるのと、十六夜がナイフを振り下ろすのは、ほぼ同時だった。

 

 ──そして、後ろでずっと見ていた射命丸が十六夜の腕を掴んだのも、ほぼ同時だった。

 

「貴方が間に入るのは、いかんせん理解し難いですね」

「当たり前です。眼前で見知った人間が死ぬのを呆然と見るのは趣味じゃないので。止めるのが普通だと思いますが」

「あら、そう。咲夜と私が二人でかかれば、貴方といえど、死ぬわよ? 容赦をするつもりなんてないから」

「私が死ぬ死なないの問題ではないですから。死ぬとわかっていても、止めるべきかと。それに、こうやって殺し合いに発展しないための弾幕ごっこでしょう?」

 

 妖怪の殺気というものは、狂気的だった。

 咲夜からは、主人からの命令に過ぎないからか、そこまで感じることはない。

 だが、スカーレットと射命丸の間に走る稲妻は、この空間から酸素を奪っていくように、俺の息を詰まらせる。

 

 もしスカーレットの言葉が真実ならば、彼女は相当な強さだ。

 十六夜が強者であることは身をもって理解している。

 彼女に殺害の意思があるのならば、本当に射命丸は殺されるかもしれない。

 

 そして、ヴァンパイアの両目が示す答えは、イエスだった。

 人を喰らう目。あまりにも凶暴で、自ら進んで見ることさえ本能的に避けてしまいそうだ。

 

「わかった、降参だ。解くよ」

 

 両手を上げながら、能力を解いた。

 俺の五枚のカードがゆらめき、元のハイカードへと变化した。

 

「少しだけ驚いた。情は誰にでもわくものね」

「そんなんじゃねーよ。目の前で殺し合いされんのが不愉快極まりないだけだ」

 

 溜息を吐きながら、両手を力なく上げることにした。




ありがとうございました。

東方ロストワードのイベントはFGOみたく日次開放になってましたね。
サクサク進めたいって気持ちはあるし、ノーマルしか開放されてないのに課題はしっかり25回までのがあるってのはこれいかに。

せめてハードとかルナティックのステージも開放してほしかったところではあります。


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右手の目は本物なりや?

本文を書きながら、ツイキャスで雑談枠を取るようにしました。
いつもの数倍は捗る上に、来てくださる方と交流もできて楽しいです。
よかったら遊びにきてください。

https://twitter.com/rourou00726

作品更新のお知らせもこのアカウントで随時行ってます。


 肌を焦がす殺気は消え失せた。

 俺が両手を上げてから数秒後のことだ。

 

「ふむ……もうよいでしょう、お嬢様」

「ええ、十分すぎる。来なさい小僧」

 

 背くことなくスカーレットの前に、射命丸との間に割って入った。

 俺の鳩尾(みぞおち)ほどの高さしかない割に、彼女の視線は成人の数倍は大人びているのが不思議でならない。

 

「私、最初から貴方の命なんて取るつもりなかったの。願いは何かしら。聞くだけ聞いてあげるわ」

「嘘つけ。本気じゃなかったら、アレはなんだってんだ」

「あら、あまりにもひどい有様だったら、という前提を言い忘れてたわ」

 

 この蝙蝠が、と言いかけた口を閉じる。

 言った未来のことを考えると、おちおち悪態もつけない。それこそ殺されかねないだろう。

 

「人間が望む程度なら大抵は叶えてあげられると思うわよ? これは私の想像を超えた褒美よ。気が変わらない内に言うだけ言ってみるのも悪くないんじゃない?」

「じゃ、この屋敷とそこの便利なメイドくれよ」

「ふふっ、冗談が上手ね。気が変わらない内に、と言ったはずだけれど」

 

 恐ろしい。表情も目も変わっていないはずなのに、空気がピリつく感じがする。

 これ以上は軽口すら叩けなさそうだ。

 当初考えていた願いを口にすることにした。

 

「一週間、ここに置いてくれ。タダでとは言わない。馬車馬の如く働かせてもらうからさ」

「なんてこともないわ。それよりも、貴方はそのために命賭けてたの?」

「勿論。デスゲームも案外悪くないな。死ななきゃだけどな」

 

 雰囲気が緩んだのを感じて、いつもの軽口を挟む。

 スカーレットはそれに応じるほどの余裕はなかったらしく、ただただ呆れ返っていた

 

「まあ、取り敢えず。この子はここで面倒見るから、天狗は山に帰りなさい」

「え? いやいや、帰るわけないじゃないですか。何のためにここに来たかわかりません」

「困るわ。これは彼の望みであって、私の我儘じゃないもの」

「というわけだ。さ、帰った帰った」

「この人でなし……! 恩知らず!」

「助けを乞うた覚えもないし、恩を感じた覚えもないな」

 

 そう言うとすぐに、天狗は目にも留まらぬ速度で扉を跳ね開けた。

 恐らく相当怒って帰っていったのだろう。俺に返ってくる風圧がそれをひしひしと感じさせる。

 

「……それで? ここに転がり込んで何がしたいの?」

「さっすが予知能力者。話が早すぎて俺が置いてかれそうだ」

 

 射命丸が出ていったのを待っていたかのように、スカーレットは口を開く。

 実際、彼女は待っていた。俺が話す環境が整うまで。

 

「弾幕ってヤツのイロハを教えてくれ。一匹の鴉天狗にどうしても勝ちたいんだ」

「無理ね」

 

 吸血鬼の即答だった。

 射命丸の言うことを疑うつもりはなかったが、やはり覆らない種族差があるのだろう。

 

「俺はそうは思っちゃいない」

「でしょうね。あまりに差が歴然だと、比較すらままならないもの」

「正直、一週間死ぬ気で頑張ったとして、アイツにどれくらい近付ける?」

「五秒もったら御の字ね」

「マジか」

「大マジね」

 

 そう、驚かずにはいられない。

 なせなら──

 

「五秒()もつのか。最高だな」

「……ふふっ、あっははは!」

 

 幼い吸血鬼があどけなさを含んだ大笑いを見せた。

 沈着な印象のある十六夜ですら、少々意外そうな顔をしている。

 

「くくっ、面白い。やっぱり殺さなくて正解だったわ。その減らず口がたまらないわね」

「そりゃどうも」

「いい意味で私の気を変えるのが上手い男ね。特別よ。咲夜、フランを呼びなさい」

「……よろしいのでしょうか。恐らく彼は──」

「大丈夫。フランに勝つことは万に一つもないけれど、死ぬことも多分ないわ。死んだら……そうね、まあ、その時よ」

「御意に」

 

 丁寧にお辞儀を残したまま、まばたきの隙間を縫って存在を消した。

 とはいえ、一つ気がかりなことが聞こえた。

 

「おい。死ぬってなんだよ」

「言葉の通りよ。死ぬかもね、運が人並みなら」

「なら大丈夫だな。今まで俺は神に見放されたことはないんだ」

「へえ。貴方、()()()()()()?」

 

 横目に見たスカーレットの表情は、こちらを探る笑みを浮かべている。

 ちらと見てすぐに、部屋の大扉を意味なく見つめてこう言う。

 俺がこの手の質問をされたとき、どう返すかは決めている。

 

「愚問だな。()()()()()だな。神なんていない。いるとしたら、そいつは邪神か魔神か悪霊に違いない。最初から存在しないんだから、信頼も裏切りもありゃしない」

「奇遇ね、同感よ」

 

 彼女は未来を視ることができる。であるならば、この質問自体は無意味なものだ。

 返答が予めわかっている質問など、するだけ無駄というもの。

 この質問は彼女の疑問というよりも反語であり、「そんなわけないでしょう?」という確認に違いない。

 

 吸血鬼の同意を得てすぐのこと。

()()()()()()()()()()()()()

 

「──えっと、はい?」

 

 我ながらここまで間抜けな声が出るものか、と呆れたくなる。

 しかし無理もない。目前の扉が開かず、急速に飛んでくるなど一生に一度あってたまるか。

 

 扉が上下に二分して散り、その内上半分が俺の頬を掠めて壁に叩きつけられる。

 避けることなど到底及ばない、ただ反応すらできなかっただけだ。

 一歩立つ位置がズレていれば、この時点で俺は死んでいたか致命傷か。まず負傷は避けられていなかっただろう。

 

「申し訳ありません、お嬢様。後で修理しておきますので」

「構わないわ、直してくれれば。それより、今日は随分とご機嫌斜めなのね」

「当然。ドタバタとうるさいのなんの」

 

 ぼやいた声は俺の聞き覚えのない声だった。

 声の主は派手な改修工事が行われた箇所から、煙と共に咲夜に手を引かれてやってきた。

 

 羽と思わしきものは木の枝から七色の水晶のようなものがぶら下がっているようだ。

 赤と白を基調としたドレスとナイトキャップをした金髪赤眼の少女──いや幼女は、不機嫌を顔中に示している。眠りを邪魔された子供のように。

 

「こちら、私の妹のフランドール・スカーレットよ」

「へえ、妹か。俺は──」

 

 そこまで言って、吸血鬼の妹が右手をこちらに差し出した。

 握手かと思ったが、俺の方に手のひらを向けている。

 何をしようとしているか、と推測する前に、開かれていた手が閉じた。

 

 瞬間、俺の体が四散した。

 スカーレットの頬、服。咲夜の鼻、メイド服。スカーレット妹の手。カーペットに壁、天井。

 あらゆる箇所に血潮が飛び散り、俺の体がまるで最初からそこに存在しなかったかのように消失した。

 風船が穴を開けられていないのに内側から破裂した、そんな感じだ。

 

「おいおい、勘弁してくれ。血の気が多すぎる」

 

 俺は両手を上げ、降伏の意思を前面に出す。

 咲夜もレミリアも、驚いた顔をして俺を見ていた。

 

 扉が吹き飛んですぐに、能力を使った。

 元々立っていた場所に偽物(デコイ)を置き、本体は扉があったはずの所のすぐ横に。

 壁に背を預けながら、攻撃の意思がないことを明確にするしかあるまい。

 

「なに、あんた。()は掴んだはずだけど」

「知らねえよ。なんだよ『目』って。会って三秒で相手を爆発させる奴なんて信用の欠片も──」

 

 そこで会話が途切れた。いや、切られた。

 同じ所作で右手を握り、扉があった場所にいる俺の体が破裂。

 血液が飛び、以下略。

 

「ほんっとに勘弁して。これ最後なんですホントに。もう代えがないからさ」

 

 今度は両手を前で合わせ、懇願する。

 テーブルの上に座った俺が、その役割を担う。

 扉付近の俺も偽物。偽の偽。

 

 しかし願いも虚しく、次はスカーレット妹から何を言われることもなく破壊された。

 血液が飛ぶというものの、次の俺が現れた時点で飛んだ血は元からなかったように消えるのだが。

 

「なんて、言うと思ったか? 最後なわけねーだろ、馬鹿じゃあるまいし」

「……何、こいつ」

「失敬な。初対面から数秒で殺しにくる方が何こいつって感じだわ」

「変な人。殺す気も失せたし、飽きた」

 

 その言葉を聞いて、先程まで話していた俺は消え去る。

 レミリアの後ろへと退散していた俺があらわになった。

 

「マジで勘弁──」

 

 そう一つ息吐く間もなく、残虐な吸血鬼の破壊行動は再開。

 右手を軽く握るだけで体が吹き飛ぶというのだから、恐ろしいものだ。

 

「飽きたんじゃなかったのかよ」

「やっぱりそいつも違うのね。もういい。今度こそ飽きた。イライラも薄れたし」

 

 初対面の俺でもわかるほど目に見えてストレスが溜まっていた彼女。

 どうやらストレス解消という名目で四回も殺されたわけだ。

 

「コイツは本物だぜ。神に誓う」

 

 訝しげにこちらを見つつ、吸血鬼妹は掌を見せつける。

 力がこもった様子もないが、この世の全てを刈り取る不気味な気配があった。

 脅しのつもりだろう。俺はたかをくくっていた。

 しかし彼女の過去の言葉とは裏腹に、あえなく右手は閉じられた。

 

 ただ。

 これも裏腹に、五人目の俺が死ぬこともなかった。

 

「……なんてね」

「お見事。そいつは一本取られた」

 

 俺は()()()()()()()()()()()()拍手を始めた。

 レミリアとは反対方向であるため、結局一つ前の俺も本物ではなかったのだ。

 

「大嘘吐き」

「嘘なんて吐いちゃいない。俺は神を信じてないんだ。誓う神なんていないと信じてるね。つまり信じてることを信じてるのは信じてるってのに嘘をついていることには──まあいいか」

「ほんと、変な人」

「お褒めの言葉に与り、恐悦至極でございます」

「おにいさん、皮肉ってご存知?」

「ええご存知ですよ」

「敬語の使い方も学習した方がよさそうね」

「わざとだよ」

 

 吸血鬼妹は殺気を放つことをやめたらしい。

 代わりに僅かほどの興味も持ってくれたようで、思わずそっと胸を撫で下ろした。

 扉が破れる前の位置であるレミリアの隣に戻る。

 

「止めに入ろうか少し迷ったわ」

「入ってくれてよかったんだが。一日に命を賭けすぎな気がするし」

「貴方が煽るからでしょう?」

「ごもっとも」

 

 俺は幻想郷に来てから、ずっとこのキャラを貫いている。

 特段ペルソナを意識しているわけでもないが、饒舌でいた方が自分らしいとは思っている。

 お調子者は往々にして得をしやすい性格だと感じてしまう。

 

「さて、貴方を呼んだのは他でもないわ。この男が新しい()()()()よ」

「人間でしょう?」

「今までも人間だったでしょう?」

「待て。そのおもちゃ扱いされてるらしい人間から一言言わせてほしいんだが」

「説明は後ほど私から差し上げますので」

 

 吸血鬼姉妹で話が進んでいるようで、俺は蚊帳の外。

 人を勝手におもちゃ呼ばわりされて困惑も疑問も抱かない人間などいるはずがない。

 まして殺されかけた身だ。この状況の「おもちゃ」が含む意味によっては文字通りの地獄が待っていることになる。

 

「今日から一週間、貴方にはフランの遊び相手になってもらうわ」

「おままごとしてる時間はないんだが」

「余裕なんてないわよ。フランにとっては暇潰しでも、貴方にとっては被虐の極みだから」

「それ、どういうことだよ」

 

 被虐の極み。それこそ地獄だ。

 吸血鬼姉の方を考慮すると、妹の方も相当に強いと思われる。それこそ命の危機を感じるほどに。

 現に俺はその片鱗を味わいかけたわけだ。

 

「大丈夫。死なない程度に、と警告しておくわ」

「まあ手元が狂ったり、変なことしなかったら死なないと思うよ、おにいさん」

「おままごとで死ぬ自信はさすがの俺でもないけどな」

「おにいさんって恐れ知らずなのね。じゃあ、早速遊びましょう。いいでしょう、お姉様?」

「……まあ、いいでしょう。夕飯までには終わることよ」

 

 あっさりと許可を出した姉。

 夕飯までにと時間制限を設けていたようだが、現在午後二時を回って少し。

 午後五時に終了という希望的観測をしてみるものの、その間なんと三時間弱。

 洋屋敷の振り子時計の遠回りで無慈悲な死刑宣告だった。

 

「おいおい、マジかよ」

「好きなところに逃げていいよ。一発くらいなら、吹き飛んでも生きてるはずだから心配しないでね」

 

 それだけ投げかけられ、妹が掌をこちらに向けた。

 また先程の破裂攻撃かと身構えるも、もう能力は解除してしまっているし対処の時間もない。

 早くも命を諦めることになるのかと後悔するよりも先に、彼女の目的はそれではないことに気付いた。

 

 彼女の腕の周囲を蛍の光のように輝く鈍い光弾がうろつきはじめた。

 彼女の羽と思わしき水晶と同じく、七色に光っている。

 僅かに感じるこの感覚は、既に知っているもの。光弾、つまりは()()だ。

 

「あ~……これ、詰んだかもな。まあ、遊んでやるとするか」

「随分と強気ね」

「俺の性分でな」

 

 強がってみるものの、不利どころの話じゃない。

 俺は反撃に弾の一発もロクに出せない。畢竟(ひっきょう)、勝ち筋がないのだ。

 絶望的では済まない。「絶望的」とは限りなく望みが薄いときに使う言葉であり、望みがないときには使えない。

 姉の言う通り、被虐の限りとはこういうことを言うのだ。

 

 しかも、妹が弾を揃えるのに一秒もかかっていない。

 こちらは空の拳銃、向こうは迅速かつ無限に次弾装填が可能なフルオート銃。

 この戦争がどちらに分があるかなど議論の余地もない。

 

「で、いくら出すんだ?」

「コインいっこ」

「安すぎるぜ俺の命」

「あなたが、コンティニュー出来ないのさ!」

 

 (なめ)らかに空を浮遊した妹は、伸ばしていた腕を振り下ろす。

 加速度的に速度を増す霊弾は、俺の命乞いを待ってはくれないようだ。




最近寒くなってきました。
体調管理にはお気をつけて。


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コンティニュー不可

あけましておめでとうございます。
おまたせしました。
あいた期間を考えると胸が痛くてたまりません。


「はぁ、はぁっ……!」

「あはは! お兄さん、もっと頑張って!」

 

 いくら動悸が激しかろうが、足がフラつこうが空爆は止まない。

 吸血鬼妹が浮遊しながら容赦なく弾幕を打ち下ろす。

 上から打たれているため、こちらの位置は丸見えに近い。

 

「くそっ、なんでこんなに天井高いんだよ!」

「はいそれっ、どーん!」

「どわっ!?」

 

 吊るされているきらびやかなシャンデリアに弾幕が命中。

 ガラスの破片を広く撒き散らしながら、金属の塊は俺の真上から落ちてきた。

 飛び込んだことでなんとか避けられたものの、肌を抉るガラス片が痛い。

 唯一の救いは、多数の切り傷による痛みがアドレナリンで緩和されていることか。

 不幸中の幸いとはよく言ったものだが、運を司る神に不幸が占める割合の多さに苦言を呈したくなる。神様ってのはいつもこうだ。

 

 曰く、これは遊びであると。しかし、ここが地獄であることもまた事実。

 俺が足を止めることはすなわち死を意味する。

 手のひらにガラスの欠片が食い込む懸念もせずに、勢いをつけて立ち上がり、走り出す。

 

 もてあそばれているのだろうが、()()()()が始まってから一度も弾が直撃していない。

 先程のシャンデリアのように、弾幕に当たった物の破片が降りかかることはあっても(じか)に当たってはいないのだ。

 つまり、俺はあの弾が直撃したときの被害を知らない。

 本人の言葉通りならば死にはしないらしいが、当たりどころが悪ければありえない話ではなさそうなのがまた怖い。

 

 物を破壊していたところを見ていた限り、殴る蹴るというのが可愛らしくなるほどの威力だ。

 背中に当たったらそのまま背骨が折れる……かもしれない。

 

 唯一はっきりしているのは、このまま身を恐怖に晒すことは悪手であることだ。

 手身近な扉に飛び込んで、すぐさま後ろ手で閉める。

 背中を扉に預け、ほっと息を吐いた。

 

「あれ、明らかに遊びって度を越してるだろ……」

 

 子供が遊びの一環でシャンデリアを壊すなど聞いたこともない。

 後処理を任されるのはメイドの十六夜だろう。時を止められるとはいえ、大変そうだ。

 いや、今の俺が他のことを心配している余裕など到底ないのだが。

 

 取り敢えず、視線と射線は切れた。

 とはいえ、ここに逃げ込んだのは見られているため、蹴破られるのも時間の問題だろう。

 上がる息が落ち着く前に、この部屋が他の部屋とは内装が大きく異なることに気が付いた。

 

「……随分とまた本の虫なんだな、吸血鬼のくせに」

 

 視界いっぱいに広がる、棚の左右に隙間なく敷き詰められた本。

 見たこともない分厚い本から、背表紙の字が何語かわからない本まで。

 俺が外の世界で入り浸っていた図書館の数倍は所蔵されているに違いない。

 目に見える範囲でこの推測なので、部屋全部となるとさらにこの何倍かの蔵書があるだろう。

 

 ふと壁にかかった時計を見て、げんなりする。

 鬼ごっこが始まってから、まだ一時間と経っていない。

 厳しい現実に目の前が白くなって倒れそうだったが、あと少しのところで踏みとどまった。

 

「──聞きたいことが三つほどあるのだけれど」

「あ?」

 

 照明が点いていなかったため、この部屋の中に人はいないと思っていた。

 が、奥の方に窓から入る日光で照らされて本を読んでいる人がいた。

 いや、この館では人ならざる者も平気で暮らすため、安易に人とも断定できないが。

 

「一つ、貴方は誰?」

「片桐 氷裏。しがない人間をやらせてもらってる。どうやら俺は外来人ってやつに分類されるらしい」

「ああ、貴方が噂の」

「噂になってるのか? そりゃ光栄だ。俺みたいな目立ちたがり屋にはこれ以上ない幸福だな」

 

 ネグリジェに似た紫色の服に、赤と青のリボンで結われた同じく紫の髪。声と髪の長さから察するに女だろう。

 三日月が刺繍されたナイトキャップ。合わせてゆとりある大きな服が揃った格好は、さながらパジャマ姿だ。

 余裕のある服を着ているわりに、腕の細さや小柄な体で全体が細々して見える。

 見た目と様子から察するに、かなり大人しい性格というのが第一印象か。

 

「一つ、この図書室には何をしに来たのかしら?」

「答えにならなくて残念だが、俺が一番聞きたいな。聞くなら、誘拐犯である屋敷お付きの銀髪優秀メイドに聞くこった」

 

 溜め息混じりに、本から俺へと視線を向けられる。

 体中に散りばめられた玻璃(はり)のアクセサリーを見て、もう一度溜め息を吐かれた。

 同時に、こちらに興味をなくしたのか再び読書を再開した。

 あの溜め息はきっと、ガラスの装身具が似合う俺に見惚れた故のものだろう。

 

「一つ、なぜ貴方はドタバタと、それも全身に素敵なアクセサリーを付けて駆け込んだの? そちらの世界ではトレンドなのかしら」

「やっぱ似合うか? つっても、俺にはどんな装飾も似合うんだけどな。かっこいいのも考えものだな」

「……こういう人間、一番苦手なのよね」

「偏見は良くないぞ。俺も読書は好きだ、見たところ趣味は合いそうなんだが。セルマ・ラーゲルレーヴの『ニルスのふしぎな旅』ってのは読んだ方がいい」

「貴方みたいな薄っぺらい人間とは、どうも気が合わないのよ」

「だから偏見だって。スウェーデンの女性作家で、スウェーデン人初のノーベル文学賞受賞者。代表作はさっき言ったやつ」

「そういうことじゃないのよ」

 

 減らず口で返事していると、俺の背中がのけぞった。

 しまった時間をかけすぎた、と後悔しても今更もう遅い。

 断続的に扉が外から力任せに叩かれ、かなり強い衝撃が伝わってくる。

 

「ぐはっ! あいつ、マジで力強すぎる! 人外ってのは全員こうなのかよ!」

「……はあ。騒がしいったらありゃしない」

「や、やばっ──」

 

 人間の抵抗虚しく、即席の人間バリケードが無理やり突破された。

 この部屋の扉の作りがしっかりしていたため、扉が吹き飛ぶことはなかったが轟音と共に押し開けられる。

 姿勢を低くして、目についた手近な本棚の裏へと避難する。

 咄嗟(とっさ)に隠れてた場所がバレるかバレないか、分の悪い賭けを強いられていた。

 

「あれ、いない。おにーさん?」

「静かにしなさい。少し、いやとても騒がしいしホコリがたつから」

「ごめんなさい、気を付ける」

「聞き分けがいいわね──こほっ」

 

 俺の隣を通り過ぎて、少女の元へと向かう鬼。こんなにハラハラするかくれんぼは初めてだ。

 本棚の僅かな隙間から向こう側を覗き込む。

 咳き込む本の少女と対面して、鬼はそこに留まっていた。

 

「ねえ、ここに男の人が入ってきたと思うんだけど、どこに隠れたか知らない?」

「男なんて、この館には餌以外にいないでしょう?」

 

 相変わらず本を読んだまま吸血鬼妹の取り調べに受け答える。

 ほんの一瞬、少女の視線がこちらへと向いた。

 

 嫌な予感がした。そしてその予感は的中することになる。

 

「……そこにいるの?」

 

 鬼はその泳いだ視線を見逃さなかった。

 確認の一声で背筋が凍った。恐ろしくて仕方がない。

 俺の隠れた本棚へと近付かれる。一歩ずつ、ゆっくりとだが着実に。

 

 十秒もしないうちに、俺の隠れ場所が覗き込まれた。

 

「……なーんだ、気のせいか」

「一体何を感じ取ったのかは知らないけれど、私はきっと貴方が探している尋ね人は知らないと思うわ」

「そっか。あの能力、想像以上に厄介だなあ。外に出たのにも気付けないなんて」

 

 俺が見つからないことに不満を漏らしながら、吸血鬼妹は踵を返して扉の向こうへ出た。

 この部屋から脅威が去ったことで、今度はたまらず俺が溜め息を吐いた。

 もう大丈夫だろうと、隠れていた棚裏から出る。

 

「おい、今の絶対わざとだろ」

「さあ、否定はしない。それにしても、よく見つからなかったわね」

 

 俺は隠れた棚の向かい側の棚の後ろから彼女の元へと向かう。

 少女の視線がこちらに向けられた瞬間、吸血鬼妹が俺を捉えるまでに能力が発動できた。

 能力で反対側へ移動できたからよかったものの、もし捕まっていたら一生この少女を恨んでしまうところだった。

 

「かくれんぼは子供の頃から遊んでて極めたんだ。誰よりも上手かった自信がある」

「そう。ともかく、いち人間の貴方がこの本を見ても、学べることは何もないと思うのだけれど」

 

 能力を使って彼女の正面から後ろへと回り込んだのだが。

 俺が背後から本を覗き込んで一秒もせずに、能力の使用がバレた。

 ありえない。視線は本に吸い付いたままだったため、発動前に見られたことはないはずだ。

 

「貴方、結構面白いことができるのね。魔法じゃないのに」

「あんたも、相当面白いことができるんだな。そっちは魔法っぽいけどな」

「正真正銘の魔法使いだもの。手品のタネを見破るくらい訳ないわ」

 

 吸血鬼二人にメイドときたら、次は魔法使いか。

 随分とグローバルな館ときたものだ。

 

 彼女は何も口にすることなく、右手を空けた。

 天井を向く手のひらの上に、何かが吸い込まれて集まっていく。

 それは俺の体や俺が通った廊下に落ちた、白透明な破片だった。

 そのまま右手が閉じられて、次に開かれたときには既に破片はそこから消えていた。

 

「……すっげぇ」

「これも序の口よ。止血まで済ませたから、とっととここから出ることね」

「マジか、魔法使いすげえ。サンキューな」

「早く出ていってほしいだけ。これ以上騒がしいのはごめんよ」

「その前に一つ聞きたいんだが、廊下のシャンデリアってあれ一つでいくらぐらいなんだ?」

「あんたが一生働き倒して稼げるかどうか怪しいくらい、と言えばわかるかしら」

 

 そりゃ大層なものを壊しているものだ。

 吸血鬼姉にはメイドを雇うほどの資産はあるのだろうが、あれが毎日続くと考えると被害総額は計り知れない。

 

「立ち去る前にせめて、名前だけでもお聞かせ願いたいんだが」

「名乗るほどの魔法使いじゃないわ。早く出てった方が身のためよ。あの子、勘づいたのか戻ってきてる」

「げっ。名前を聞けなかったのはすごくとても最っ高に残念だが、今日はここらでおいとまさせて頂くとするわ」

「はあ、ようやくゆっくり本が読めるわ、こほっ」

 

 時間があまりないらしいので、小走りで扉まで戻る。

 名も知らぬ女の子の咳払いを最後に、図書室を後にした。

 

「うわ……明るいな」

 

 図書室は明かりと言えるものが日光以外になかったため、廊下の光が随分と明るく感じる。

 時間的余裕はあまり残されていないと踏んで、遠すぎない別の部屋に行くことにした。

 

 二つか三つほど扉を見送り、その次の扉を開けた。

 またも暗い部屋で、今度は日光すら差し込んでいない。

 一安心してすぐに、その部屋の天井から蝙蝠(こうもり)が降りてきた。

 

 鋭い羽ばたきに驚いて、一歩後ずさる。

 様子を見ていると、蝙蝠は一匹ではないらしく、徐々に数が多くなっていく。

 それらの行き着く先は、俺の目の前に絞られている。複数の蝙蝠が集まり、そのまま人の体を形成していった。

 

「どうかしら、ご感想のほどは」

「……レミリア」

 

 人を形作っていたものの、その正体は人ではなかった。

 つい一時間前に見た閻魔の顔だ。

 

「地獄にしてくれたのはお前でもあるんだぞ、と恨めしいな」

「そんなつもりはないわ。あの子、いつもよりはしゃいでいるのよ?」

「んなこと言われても嬉しかねーよ」

「もっともね。それと、パチュリーにはもう会ったようね」

「パチュリー?」

「魔法使いの本の虫、って言えば十分でしょう」

 

 なるほど、どうやらあの魔法使いがパチュリーという名前らしい。

 語感は可愛らしいが、実際は無愛想な性格に近いものだった。

 無愛想ながらも冷たかったり根暗な性格でない上に、まだ会ったばかりなので一概にそうとも言えないが。

 

「今後貴方はパチェを一番利用することになるでしょうから、あまり不用意に関係に傷を入れないことね」

「なんだそのパフェみたいな名前。似合わないから改名した方がいいって伝えといてくれ」

「あらかわいそう。忠告した途端にこれとは、先が思いやられるわね」

「それで、なんでそう言い切れるんだ」

「未来が告げているのよ」

 

 それだけ言って、吸血鬼は蝙蝠の姿に戻った。

 両扉を全開にして廊下へ飛び立つ様は、本物の蝙蝠の群れそのものを見ているようだった。

 

「お兄さん、みっけ!」

「はぁ!? おいふざけんな吸血鬼姉! 絶っ対お前のせいだ!」

 

 勢い良く蝙蝠が部屋から飛び出すのだから、そりゃ様子を見にくるに決まっている。

 彼女との雑談の時間を考えると、そろそろこの付近を通りかかってもおかしくない。

 

 偶然か、はたまた彼女による時間稼ぎか。

 真実は本人のみぞ知るところだが、今回ばかりは叫んでも許されるはずだ。

 

 舌打ちをしながら、身動きが取れなくなる前に廊下へ駆け出した。




ありがとうございました。

シャンデリアをドレスとして着ることがトレンドになる日はくるのでしょうか。


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幻想郷における妖怪とは人間に限りなく近い亜人らしい

めちゃくちゃ遅くなってすみません。
とあるゲームにハマりまくってました。

ウマ娘っていうんですけどね。


 全身の疲労に耐えられず、キングサイズのベッドに倒れ込む。

 

 吸血鬼妹との追いかけっこは、壮絶なものだった。

 能力、建物、さらには開けた外まで利用して、夕食が始まるまでの時間を稼ぎきった。

 終わった頃には足が棒になり、肺が潰れたかと錯覚するほど痛かったほどボロボロの状態だった。

 

「ああそうだ、河童のとこ……」

 

 予定では今日、できあがっているはずだ。

 取りにいかなければ。思考はまどろみ、意識がぼんやりと霞む。

 巨大な寝台の上。体の渇き。睡眠するのにうってつけの環境が揃った今、目を開け続けることは案の定不可能だった。

 

 

 

 瞼にぶら下がる倦怠感を振り払ったのは、爽やかな陽光──ではなかった。

 

「おはようございます」

 

 人の声がして飛び起きた。

 俺のすぐ隣で礼をする十六夜。それ以外に人はいない。

 気付かなかったのか、ドアの音も聞こえた覚えがない。驚きと寝起き不明瞭が混ざり、声も出せなかった。

 

「朝食の時間です。皆様が起床を済ませている中、一人寝坊助がいると思われたため迎えにあがりました」

「お、おう。そうか」

「ええ。準備を済ませ次第、ダイニングへ」

 

 最低限のみを言い渡し、影も残さず虚空へ消えた。

 時間が飛ぶといった感覚は、何度体験しても慣れない。

 いや、正確には彼女が飛んでいるのか。

 割り込まれた時間の意識が存在しないため、自分が時を跳躍したと錯覚してしまう。

 

 ダイニングにはメイドの言葉通り、全席が埋まっていた。

 吸血鬼曰く、「私は早寝早起きがモットーなの」とのこと。

 朝型な吸血鬼というのも存在否定に近いが、世の中には色々な吸血鬼がいるらしい。

 

 食事を終え、屋敷を秘密裏に抜け出す。

 一日遅れで研究所へと旅立った。

 到着する前に里で河童の好物を十五ほど購入。現在持ち合わせた(きん)いっぱい分だ。これだけあれば不足はないだろう。

 

 ──と、たかをくくっていたのだが。

 

「じゃあ、お代で十六本いただこうか」

「十六、っすか」

二八(にはち)で十六だよ。さあさ勘定だ」

 

 なんとラボの河童は狙ったように、一本多く胡瓜(きゅうり)を要求した。

 手元に控えるは十五。これだけ数があれば遠目に一本足りないことは悟られないものの、数えられたらすぐにバレる。

 となれば、この一本分を()()()しかない。

 

「じゃ、数えるから見ててくれ」

「あいよ」

「ひいふうみいよう、いつむうななやあ──なあ、今何時(なんどき)だ?」

「ん~、その数え方で言うと九つだね」

「とお、とお余りいち──」

 

 その勢いのままに、きっちりと十六までを数え上げる。

 しかし十五を数え終えても、俺の手にはまだ一本残っていた。

 

「とお余りむっつ。ほら丁度だ」

「うしし、まいどあり。こちらが研究商品さ」

 

 大量の胡瓜と交換に、望みの品を渡される。

 リボルバー式の拳銃が二丁。なるほど、一丁で八本というわけだ。

 一言ありがとさん、と礼を済ませてその場を去ろうとしたとき。

 

「なあな兄さん。ちなみになんだが、あんた(とき)うどんって知ってるかい?」

「さあな? 存じ上げないなあ」

 

 時うどん。有名が過ぎる(はなし)である。

 二人組の男達が一杯八(もん)、計十六文のうどんを食べたが、金を出しあっても一文足りない。

 そこで、兄貴分の方が勘定中に時刻を聞き、聞いた時刻の続きから数えを再開することで一文ちょろまかしたまま勘定を終えて帰る、といったものだ。

 

「残念。どうやったかは知らないけど、こりゃ十五本だよ」

「んなわけない。ちゃんと数えたろ?」

「もう一度数えた方がいいかい? あんたが面白いことしたのに免じて見逃そうと思ったんだがねえ」

 

 こう言われたらおしまいだ。

 俺が行ったのは、まさに時うどんの手法だ。

 九つを数えず、十から数えて一本分多く数えた。

 所詮は「ごまかし」なので、改めて数え直されたらどうしようもない。

 

「ちょっとした遊び心さ。丁度手元に十五。今は九つ。やれって言ってるようなもんだ」

「私も体験する日が来るとは思わなんだ。これだけあって面白いもん見れたし。一本くらいは、まけてやってもいい」

「さっすが。そこんとこ河童さん、わかってるねえ」

「その代わり、今度は四つで来るんだよ」

「粗悪品を高値で買えってか?」

 

 ちなみに、この時うどんには続きがある。

 

 

 ちょろまかした様を見た弟分の方が、今度は自分がやってみたくて仕方がなく、別のうどん屋で試みる。

 同じようにうどんを注文した。

 しかしながら、長いこと待たされる。だしは苦い。ぬるい。麺はのびている。

 とまあ、うどんの出来はお世辞にも良いとは言えないものだった。

 いよいよ勘定というときに、八つまで数えてついに。

「今何時(なんどき)や?」

 と口にする。

 

 すると思惑通り、店主は時刻を口にしたのだ。

「四つです」

「いつつ、むっつ──」

 と。せっかく八つまで数えたのに五つから数え直した結果、まずいうどんを食べさせられた挙げ句、余計に高い金を払って失敗するといったオチがつく。

 

 時うどんは西の噺で、東には時蕎麦という名前の噺もある。

 内容は似ているものの、兄貴分の成功を見た弟分が失敗する様が面白いとの評価。一般的には時うどんの方が面白いとされている。

 

 

 一悶着起こりそうだったが、回避できた。

 後はこの一週間、こいつを使い倒すだけだ。

 

 滝の隠れ家から紅魔館へと逆戻り。

 地味に遠い上に便利な鴉天狗タクシーも不在なため、移動に一時間弱程かかった。

 何食わぬ顔で館へと戻ったが、門の前で不審人物の女が居座っていた。

 

 中国風の格好、いわゆるチャイナドレスを着ているのだが、色は情熱的な赤ではなく緑色だ。

 これほど目立つ格好の人物を忘れることは不可能に近い。朝食の時間に見かけたばかりだった。

 食事を終えるとそそくさとどこかへ行ってしまったため、話しかける暇すらなかったため、俺と彼女の接点は限りなくゼロに等しい。

 

 これが屋敷の関係者であることに間違いはない。

 だが、こんな格好で()()()()()()()()()()()されると不審者として扱いたくもなるというものだ。

 

「また眠って……居眠り門番にとってはいつものことですよ」

「うわっ! マジ心臓に悪いからやめてくれ……」

「私にどうこうできる問題ではないので」

 

 虚空から出現したのは、時を止めるメイドだ。

 背中を預け、鼻に提灯までぶら下げて寝ているチャイナ女を見て、思わず溜め息を吐いていた。この様子と発言だと、どうも今に始まったことではないらしい。

 

「侵入者には強行突破される。居眠りが平常運転。穀潰しのいいところです」

 

 慣れた手付きで、チャイナ女の鼻提灯を割った。でこぴんであっさりと。

 

「ふあっ、敵襲!?」

「お目覚めかしら。気分はいかがかしら?」

「あはは、えっと……快眠でした!」

 

 顔を青ざめさせた後、ビシッと効果音が付きそうなほどに素早く敬礼の姿勢を取っている。

 現場は説教ムードになりそうだが、どう考えても本当に感想を聞いているわけではないだろうに。

 名前すら知らないが、俺まで呆れてくる。

 

「そう。次眠ったら夕食抜きよ」

「ええ~!?」

「当然よ。働かざる者食うべからず、そのまま次の日まで寝てなさい」

「そんな殺生な~」

「黙りなさい中国。とにかく、次様子を見にきたときに寝てたら、わかってるでしょうね?」

 

 細い目から放たれる眼光は丹念に研がれた包丁を思わせるほどの鋭さだ。他人事のはずなのに俺まで少し怖くなってきた。

 ってか、中国って。確かに中国っぽいことには変わりないけれども。

 カンフーポーズを取れば、ドラが後ろで鳴っていそうではある。想像したら今度は笑えてきた。

 

「っと、昨日からのお客さんですか。これはこれはお恥ずかしいところを」

「悪いがその言葉を否定する自信はない」

「ひどいなあ。ともあれ、自己紹介を」

 

 気を取り直すのが早すぎる。

 さっきまで叱られていたはずなのに、反省の色さえ見せずカンフーポーズを取っている。ドラが鳴ったに違いない。

 ここまで開き直っているのは逆に問題な気もするが、俺にとっては他人事なのであまり深く考えないようにしよう。

 

「私、(ホン) 美鈴(メイリン)と申します。『気を使う程度の能力』を持つ妖怪です。お見知り置きを」

 

 拱手(きょうしゅ)でお辞儀までされると、本格的に中華な音楽を流れていると錯覚しそうだ。

 そんな彼女も能力持ちの妖怪。ここには最早スタンダードな人間はいないんじゃないかと疑いたくなる。

 

「そうか。よろしく中国」

「話聞いてました?」

「もちろん。俺は片桐 氷裏だ。中国に造詣が深いわけじゃないから、多分気が合わないとは思う」

「本人の前で言いますか普通?」

 

 第一印象、とっつきやすいが進みにくい。

 どんな話題を振ればよいのか検討もつかない。

 先程告げたように、中国に深い理解があるわけでも知識を有しているわけでもないので、尚更だ。

 

「俺と話して職務怠慢になるよりマシだろ? 居眠り門番さん」

「痛いところを……時々ですよ、時々」

 

 警備が時々でも居眠りをしていいものかと聞かれると甚だ疑問である。

 とはいえ一端かもしれないが、彼女は門番らしい。ならば、俺が得られる経験値も眠っている可能性があるかもしれない。

 

「なあ。曲がりなりにも門番やってるってことは、肉弾戦は得意なんだろ?」

「色々鼻につく言い方ですが、否定はしませんね。時を止められる咲夜さんとか、そういう規格外な能力を除いた純粋な接近戦なら紅魔随一だと自負できるほどには。武術の達人と言われることもありますし」

 

 やはりそうだ。こいつは超接近型だ。遠距離でちまちまやるようなタイプに見えないとは思っていた。

 これが事実ならば、俺が最も技術を吸収できる寄生先は()()()()()()()()()()()

 遠距離型は弾幕を張ることが必須なため、俺には絶望的に向いていない。

 ならば、俺が学ぶべきは接近戦での立ち回りと技だ。射命丸に通用する云々はさておき、土俵に近づくためには必要であることには違いない。

 

「じゃあそんな接近戦のスペシャリストに聞きたいことがあるんだ」

「悪い気はしませんね。なんでしょうか?」

「格上の相手と戦うとき、一番の優先事項は何だ?」

 

 俺の問いに対し、中国は悩んでいるようだった。

「格上、格上……?」と漏らしているため、自分よりも強い相手を知らないのだろう。

 ますます信憑性がある情報が手に入りそうだ。

 

「強いていうなら、自分のレンジに持っていくことですかね」

「と言うと?」

「接近型は距離を詰めることが全てです。逃げ回られるより先に、自分が戦える敷地内に相手を入れるんです」

 

 つまるところ、速攻をかけるということだ。

 時間を与えることなく突撃。回避行動を取られる前に先手必勝の一撃を御見舞する。

 なるほど。

 

「つまりは脳筋ってことか」

「そうとも言いますね。力こそパワー!」

 

 ダメだ、これ以上は話しても無駄だろう。

 こいつは妖怪ということもあり、恐らく元からのポテンシャルが高いのだろう。

 駆け引きを挑むよりも、ゴリ押した方が勝率は高い。それもそうだ。納得がいく。

 だからこそ、俺は当たりの中の大ハズレを引いたということにもなってしまう。

 

「あーはいはい。参考になりましたー、あざす」

「失礼極まりない人間ですね。でも、真面目に考えてもこれが一番だと思いますよ」

「……一応、覚えとくよ」

「それがいいです。損があるわけじゃないですし」

 

 紅 美鈴は温厚な人間、もとい妖怪だ。

 物腰柔らかで、攻撃的とは真逆の存在に見えた。

 

 それを知覚して、俺は元の考えに戻る。

 彼女の言葉は事実であり、鍵となる可能性がある。

 往々にして、こういったタイプが戦うときは実力派だ。

 

 あまり長居をしていると時間がなくなってしまう。

 惜しいが、今日中国から吸収するのはここまでとした。

 

 二丁拳銃を弄びつつ、図書室へと向かう。




ありがとうございます。

ライスちゃんばっかり育成してます。
気になる方は「ライスシャワー ウマ娘」で検索かけてみてください。

めっちゃかわいいです。


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裏付け

遅くなってしまいすみません。

モンハンやウマ娘や、実験レポートや中間考査など色々とありました。


 大扉を開け放つ。

 朝の陽光が差す書房は、昨日よりもほんのりと明るい。

 とはいえ、その部屋で読書をする紫式部の目は悪くなる一方だろう。

 

「何かしら。用件があるなら手短にお願いね」

「追い出しはしないんだな」

「レミィに言われてるのよ。貴方が来るはずだから、願いを聞くようにって」

 

 レミィ。なんとなくでわかるが、レミリアから派生しているのだろう。

 随分と可愛い呼び名を持っているようで。からかいも込めて、今度呼んでやることにしよう。

 

「恐ろしいもんだ」

「そういうものとして捉えるべきよ。私が操る魔法・魔導よろしく」

 

 本を読む式部は、(おの)が右の(てのひら)を上に向けた。

 五指の先が穏やかに灯る。

 どの色が被ることもなく、五色が独立している。

 

「『魔法を使う程度の能力』。属性魔法に通ずる火水木金土日月(エレメント)。精霊術とも言えるかもね」

 

 五つの光は空間を浮遊し、遅れてもう二本から生まれた二色が同じ動きを合わせる。

 七色の玉が公転し、やがて気に溶けた。

 この淡く光る玉が精霊ということだろうか。

 

「貴方には精霊の力を借りられるほどの器量はない。でも、もっと根幹の基本技術は手に入る」

「と言うと?」

「霊力。霊弾。そしてスペルカード。それでも、恐らく貴方はスペルカードが使える程の霊力はない」

「スペルカード()、な」

 

 逆に言えば、霊弾を使う程度の霊力は持ち合わせているということだ。

 一発すらロクに出せない俺にも、潜在した能力はあることの裏付けだった。

 さらに魔法少女の言葉ということもあり、信憑性はかなり高い。

 

「ええ。貴方が入手したその拳銃は、霊弾の射出を補助する働きがあるわよ」

「本当に全部筒抜けなんだな」

「構造までは知らされてないから、実物を見せてちょうだい」

 

 未だに活字を追い続ける読書家をよそに、机上に銃を置く。

 ようやく本から目を離した彼女が銃を手に取る。

 グリップ、銃口、シリンダーと部品ひとつひとつを丁寧に確認している。

 

「霊力駆動回転式拳銃、面白い構造ね。球状のポケットが弾を収める場所でしょうけど、その後ろにあるもう一つのポケットは何かしら」

「多分燃料だ。霊力を火薬代わりに使って、破裂したエネルギーで弾を飛ばすんだとさ」

 

 河童に事前に聞かされた通りに話した。

 他ならぬ自分が脳内でしか理解していないが、知識溢れる本の虫にとっては簡易な内容だったようだ。

 

「へえ。正直、貴方にとって最高の武器と言っても過言じゃないわね」

「頼もしい限りだな」

「そうね……燃料含め、通常の霊弾一発に必要な霊力の大体二分の一で一発を打ち出せるってところかしら」

 

 狙いはさておいて、俺が霊弾として射出できたのは二発だったはず。

 魔女の計算通りならば、倍の四発は打てることが保証されたことになる。

 結局、雀の涙程度であることに変わりないが。

 

「よく言えば単純構造。悪く言えば()()()()ね」

 

 面白いと言っておきながら、つっぱねる。

 魔女からすれば、大層な代物ではないらしい。

 少なくとも、彼女のお眼鏡にかなう代物ではなかった。

 

「粗悪品か?」

「いいえ、確かに技術力は高い。でも妖怪相手に使うとなるとおもちゃ同然ね。特に鴉天狗とか」

「なんで射命丸とバトるっての知ってんだよ」

「レミィから全部聞いてるわよ。その上で言ってるの。相手は()()()()()、よくもまあ最高難易度に挑むものね」

「……は?」

 

 幻想郷最速? あの鴉天狗が? 

 無論、速いことは知っている。まさに目にも留まらぬという言葉を体現した速さだ。

 だが数多の怪物、妖怪。怪異を総集した|幻想郷()()()()()で最速を誇る? 

 冗談も休みやすみ言え、大概にしてほしい。現実から目を背けたくなる。

 

「知らなかったの? 文屋の()()してるから、驚くのはわかるけれど。てっきり伝えられた上で挑んでいるものとばかり」

「聞いてない、全く。新聞配達員が俊足って何の洒落だよ」

 

 頭を抱えざるを得なかった。

 俺にとっての唯一の攻撃手段が役立たずまっしぐら。

 それどころか難易度ルナティック級であることを告げられる。

 溜め息が出るを通り越して、気絶しそうだというのが正直な感想だ。控えめに言って最悪。

 

「霊弾一発としては何の問題もなし。速度は普通の霊弾よりも速いけれど、避けられるでしょうね。かといって人海戦術が成り立つ程の弾を同時に展開できるわけでもない。だから結局は良くも悪くも『それだけ』で、今回に限っては中途半端でしかないのよ」

 

 大量に散布できるからこそ、速度は必要ない。

 逆が成り立つのならまだ良かったが、射命丸には通用しない。

 直視を避けたくなる、現実的な批判だった。

 

「以上が総評よ。質問はあるかしら」

「質問じゃないけどな」

 

 机の上にある銃を回収して眺める。

 河童の技術力の高さは光学迷彩で十分過ぎるくらいに理解している。

 ならば、それを扱う側次第でいくらでも化ける可能性は秘めているはずだ。

 

「水鉄砲くらい、扱ってみせる自信はある」

「貴方がどう言おうと構わない。ただ、私はレミィから運命の結果を既に知らされてるわ」

「へえ。して、どんな風に勝つのか聞くことは?」

「随分と強情で虚勢を張るのが上手な人。それを教えたら未来が変わってしまう、それくらいわかるでしょう」

 

 正直、俺が勝てる未来がほぼ見えなくなったというのが本音だ。

 攻撃を当てるどころか目ですら捉えられない。そんな相手に勝つなど不可能に近い。

 どんな作戦も机上の空論と化すのだから。

 

「じゃあ未来どうこう抜きに、俺が勝つ確率はどれくらいだと思う?」

「貴方の言動全てが蛮勇に近い、と言えば飲み込めるかしら」

 

 蛮勇。つまり俺のやること成すことの一切が無謀だということだ。

 彼女の評価も俺の自己評価と同じようなものだった。だが、一つ気に入らなかった。

 

 自分の可能性を否定される。俺が一番嫌いなことだ。

 赤の他人から勝手に見限られ、勝手に切り捨てられる感覚が気持ち悪くて仕方がない。

 頑張っている自分が馬鹿だと錯覚してしまいそうになる。

 

 この戦いに勝機を見出すことさえ絶望的であると、そんな自分でも心底思う。

 負けると確信したり、勝てないと勝負を放り出した覚えはない。

 とはいえ、

 

「万に一つ、虚数の彼方に光芒(こうぼう)が見えれば僥倖(ぎょうこう)ってところでしょうね。過大評価すれば」

「現実的な過大評価だな」

「俯瞰した結果のものよ」

「間違いだとは思ってねーよ」

「でしょうね」

 

 ただの一般人が値踏みするのとは訳が違う。

 有識妖怪の言葉は、どれもが理屈に基づくものだった。

 

「万に一つを数千に一つ、虚数の彼方を実数の彼方何光年先にしてあげられる可能性があると言ったら?」

「どういうことだよ」

「力になってあげるよう、レミィに言われたのよ」

 

 紫の魔女は言った。勝利は絶望的であると。

 しかし、また彼女はこうも言った。少しの希望を与えることはできると。

 覆しようのない敗北を抜け出す渇望の手助けをすると。

 

 彼女は種族差、経験差、実力差、全ての「差」を加味している上で発言したのだ。

 

「俺にとってはありがたい限りだな」

 

 本心だ。彼女の魔女としての実力はわからない。

 けれども、彼女の助けが心強いものであろうことは容易に想像できる。

 

「でも、貴方は精霊魔法はおろか魔法も使えない」

 

 問題はそこだった。

 俺にとって、魔女から魔法を教わる意味はない。

 専門外の知識を土台から詰め込まれたところで、その有用性が疑われるものだ。

 

「だから、まずはその銃の使い方を完全習得することね。あくまでもそれは補助機に過ぎないわ」

「最低でも、補助でなんとかなるレベルには自力で使えなけりゃお話にならないと」

「そういうことね。でも、それだけでは足りない」

 

 確かに、俺がこの一週間をどれだけ有意義に過ごし、どれだけ上達しようとも収穫に期待はできない。

 最速の天狗に通用するとは到底思えない。

 

 ならば、それ以外の要素で差を埋めるしか方法はない。

 手元にある銃を除いて、俺が鴉天狗に対抗できる手段。

 

 ある程度習熟していて、かつ彼女の虚を突く可能性がある武器。

 成長の余地があり、彼女の想定を上回る可能性がある武器。

 

 俺に思いつく有効な材料は一つだけだった。

 

「……対象を騙す程度の能力」

「そんな名前だったの」

 

 これしかない。残された唯一の希望だった。

 俺自身ですら、この能力の全貌はわかっていない。

 何ができ、何ができないのか。わかっていることはほんの一部だ。

 

 現時点でわかっていることとして、弱点は「『幻実』を現実ではないと認識される」こと。

 しかしその欠点は今現在、咲夜にしか露見していない。

 あるとしても咲夜と同じ紅魔館の者であるレミリアやパチュリー達までで、射命丸に知られてはいないはずだ。

 

「貴方のその能力。とても有力──()()()()わよね」

「見える、ってことは……?」

一見(いっけん)そう見えるってだけよ」

 

 頼みの綱である能力をほぼ否定された。

 この間約一秒。希望はないのか。地獄でさえ蜘蛛の糸程度の希望は垂れるというのに。

 

「彼女が自分の周囲に風を巻き上げたとする。どうなると思う?」

「勝ち目ないっすね」

 

 俺は鴉天狗でもなければ鳥でもない。

 当然翼は持たず、両の手は空を掴むことを想定していない設計だ。

 

 対する射命丸にとって、大空は格好の舞台。

 地に足着かぬ人間をなぶるなど、お手玉同然だ。

 

「そうなる前に決着をつける必要がある。でしょう?」

 

 求められているのは、勝負のケリを一瞬でつける超短期決戦。

 相手の得意分野に持ち込まれる前に、強引に足を掴み、引きずり下ろす。

 

「言うも愚か。何十光年先の話なのよ、勝負になるのなんて」

「桁が一つ増えるほど絶望的なのか」

「そんな差でさえどうでもよくなるくらいよ」

 

 些事に興味はないと、魔術書から目を離さない。

 横から覗いてみるものの、日本語ではない何かの文字が羅列されていた。

 理解どころか見覚えすらない。それをスラスラと読んでページを繰っていく。

 

「魔術師志望なら諦めた方がいいわよ」

「その心は?」

「人間じゃ寿命が足りないもの」

「マジかよ」

「少なくとも一朝一夕で会得できるほど安くないのは確かね」

 

 魔法の教えを彼女に乞うことも考えたが、そちらも論外らしい。

 

 さて、残念ながら俺の打てる手はほとんどなくなってしまった。

 そんなことは最初からわかっていた。

 話を展開していて、ずっと疑問だったことを口にする。

 

「なあ魔女さん。お前はなんで俺に力を貸すんだ?」

「言ったでしょう。レミィに言われたから」

「不思議に思わないのか?」

「思ったけれど」

「けれど?」

「あの子、面白いことが好きだもの」

 

 友人の気が知れないとばかりに聞こえる溜め息。

 対照的に、俺は思わず笑いがこぼれた。

 

「くはっ」

「なにその個性的な笑い方。気持ち悪い」

「いやいや別に。今日のところはもう十分だ、さんきゅ」

「変なの」

 

 呆れの声を背に大図書館を去る。

 広い赤廊下を通りながら再び安心を得る。

 

 一方的に俺がなぶられる。そんなわかりきった未来を面白いと形容できるはずもない。

 魔女が言ったか吸血鬼が言ったか知らないが、もはや発言者などどうでもよい。

 無味乾燥な未来の否定。

 

 それは正に、遥か彼方にある希望が手に届いたも同然だった。




ありがとうございました。

僕はウマ娘ではタイシンが一番好きです。
今現在はメンテ中ですが、直近だとNGSが一番楽しみ。


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