Tales of Barbartia 〜強力若本(の中の人)奮闘記〜 (最上川万能説)
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1話

バルバトスのセリフに長々とルビが振ってある場合、ルビが中の人の本来言いたかったこととなっております。
ルビ制限に引っかからずにバルバトスっぽいセリフ考えるの超キツかった。再現できてるんだろうか……できてないんだろうなぁ。


 ある時、この星を襲った災厄――特殊エネルギー反応を発する巨大彗星の落着。地は裂け大洪水に洗い流され、天は粉塵に覆われ、地軸は歪みに歪み、人は自らの絶滅のみならず、星の死すら覚悟した。

 しかし、この災厄は同時に希望をもこの地にもたらした。彗星に含まれる外宇宙由来物質の解析により新エネルギー源《レンズ》がもたらされ、その力は人々の熱意と勢いを加速させた。

 かくして、若き天才科学者ミクトランの発案による、太陽の熱と光を求めて始まった《空中都市計画》は、僅か一年で初号都市《ダイクロフト》を浮上させるに至り、人々は新たな楽土の勃興と、それをなした者たちへの惜しみない賞賛に沸いた。

 

 それはそれとして、光明が見えれば馬鹿なことをやらかすのもまた、度し難いことこの上ないが人の業である。いつしか選民思想をこじらせたミクトランが、空中都市に上がり建造と管理維持を任されたエリートたちを扇動。自らをして《天上王》と称し、選ばれし優良種たる《天上人》を率いて荒廃した地上を天空から支配せんとしたのだ。

 が、いくらなんでも「お前ら劣等種たる地上人は我ら天上人に従うがよいぞフゥーハハハァー」などといきなり言われて従うほど、荒廃した地上に残った者たちは被虐趣味ではない。そもそも空中都市の数も容量もまだ全人類を収容するに足るレベルでないのに、先に上がったから優良種とかバカか、という話である。

 そんなわけで地上人がキレて三行半を叩きつけるのも当然であり、増上慢を急速にこじらせた自称天上人がそれに逆ギレするのもまた必然だった。アホらしいこと極まりないが、世の中抗争の理由なんぞ大概そんなものである。

 かくして、汚染地殻破砕/再利用ユニット(ベルクラント)を戦略無差別射爆砲として改悪、制空権を頼りにバカスカ撃ちまくる天上軍と、それに歯噛みしつつ資源回収――と言えば聞こえはいいが、要するに労働奴隷や生体兵器製造資材としての地上人拉致(アブダクション)である――部隊に逆撃かまして追い払おうとする地上軍との抗争が幕を開けた。世に言う天地戦争である。

 

 先述したように、地上軍は絶対制空権を奪われっぱなしである。そもそも敵は粉塵の曇天の彼方にいて、さらに空中都市計画のために大型超高出力レンズは大半が敵側にあり、とどめにせっせと技術者たちを優先して空へ上げたため、技術力でも絶望的に劣勢というご覧の有様。なかったから良かったものの、ベルクラントに速射性能があった日には、地上軍は速攻で詰んでいた。なくても詰みかけてるのは言ってはならないお約束である。

 ベルクラント開発チームが亡命に成功し、マンパワーと彼らの空中都市屈指の知性で技術力を補える目処が立ちつつあるとは言え、戦力差が勝敗に決定的な差をもたらすわけではないのが悲しいところ。

 そこで、彼ら元空中都市のトップエリートたちと地上軍の誇る異才……ハロルド・ベルセリオスが局地決戦兵器《ソーディアン》の開発を完了するまでの時間を稼ぐべく、天上軍のアブダクション用地上拠点を強襲・撃滅する作戦が立案された。この作戦の要となる強襲コマンドの指揮官に選定された突撃馬鹿、もとい戦闘狂こそこの物語の主役であり、

 

雑魚が俺の獲物に手ェ出してんじゃぬぇぇぃ(敵大型機動兵器は俺が引き受ける)! 雑魚は雑魚らしく雑魚と戯れあってろ(その間に敵歩兵戦力を減殺しろ)!」

 

 この男、バルバトス・ゲーティア――の肉体に憑いてしまった“中の人”――である。

 

 このバルバトス(の本来の人格)であるが、英雄願望がやたら強く、同時に自分よりも交友関係に恵まれた男を敵視する傾向にあった。要するに「俺より弱いクセに女侍らすとかフザケてんのかゴルァ!」という童貞の僻みであり、そこに「ディムロスは英雄視されてるのに、何故奴より多くの敵を屠ってきた俺はそう見られないのだ!?」という彼なりに真面目な、しかし全力で斜め上な懊悩と戦闘/破壊衝動が悪魔合体し、英雄を憎悪するくせに英雄願望ガンギマリな困ったちゃんが爆誕したわけだ。

 つまり、色々こじらせた童貞が脳内麻薬たっぷりキメちゃった結果バーサーカーと化したわけだが、人類がそのポテンシャルを発揮するに大なる役割を果たす負の筆頭は僻みである。残念もクソもないがある意味必然と言えなくもない。

 

 

 さて、寝て起きたら水色ワカメヘアーの暴走きんに君に成り代わってしまった“中の人”であるが、彼は基本的に一般的日本人である。つまり割と事なかれ主義的であり、あまり人の上に立ちたがらず、程々の立場で満足する。良く言えば地に足の着いた堅実男、悪く言えば上昇志向のないヘタレである。

 戦闘時にバーサーカー的言動しか発せない難儀な言語中枢には苦戦したものの、そんな彼の良い意味での臆病さ――死にたくないがゆえの生存欲求と本来の人格が持つ戦術勘が超融合し、肉体に刻まれた英雄願望とフィジカルスペックゴリ押しでヤケクソ気味に突撃。崩されては困る部分に的確かつ迅速に吶喊し、友軍の危機を度々救う結果に繋がる――と言葉に出()ないところでの行き届いた気配りが功を奏し、強襲コマンドの指揮官として抜擢されたのである。

 決して「単独遊撃戦力としてしか使えそうにないからフォローミーさせとけ」という投げやりな理由ではない。ないったらない。

 

 

 ところ移って、地上軍総司令部・司令執務室。

 

「小官を強襲コマンドの指揮官にでありますか、リトラー総司令」

 

「う、うむ。貴官の単騎で増強中隊に匹敵する突撃・突破力を活かし、敵拠点を強襲。追随する隊員が出血を拡大することでこれを撃破し、我が軍の局地決戦兵器……既に貴官も聞き及んでいるかもしれんが、物言う剣(インテリジェンス・ソード)《ソーディアン》開発の時間を稼ぐための陽動とする。個人の戦闘力に依存する作戦なのは情けない限りだが、この作戦を実行できるか否かは貴官の働きにかかっているのだ。引き受けてくれるな?」

 

 あの戦闘狂以外に呼びようのないバルバトスが、ある日を境に戦闘時以外は比較的丸くなり、割と話せる性格へと突如変貌。しかも妙に世慣れた気配りを発揮しだし、新兵のケアから戦死者遺族への手紙を(したた)めるのまでばっちこい。お前何があった、と関係者全員が本気で首を捻る事態に陥った。

 そんなこんなで同じ戦場で戦う兵士からはともかく、それ以外の兵種から引かれることはあまり変わりない彼だが、かつての「突撃隣の敵陣地は死ぬがよい(ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)」なイカレっぷりを遠目に見ただけのメルクリウス・リトラーからすれば、彼の落ち着きっぷりには驚き桃の木どころではなかったようである。一瞬どもってしまったのも無理はあるまい。

 肉体の狂熱をある程度とは言え制御してのけたあたり、“中の人”の苦労も並大抵ではなかろう。それを察せる者は神の視点を持つ者(読者)以外いないのだが――

 

愚問でありますなぁ(総司令命令とあれば是非もありません)小官の命の糧は、戦場にしかありませんので(この体は、戦場以外の適性を失っています)戦って死ぬも良し、さらに身を焦がすも良し(戦って死ぬか、戦い続けるしかないのです)。本懐であります」

 

 ――訂正。肉体に引っ張られ、色々とダメな方向に覚悟ガンギマリであった。

 

「そ、そうか……貴官の熱意はよくわかった。貴官が率いるコマンド隊員は、第二会議室に集合させてある。貴官に窮地を救われ、志願してきた者たちから選抜した精兵だ、頼りにしてくれていい。以上だ」

 

 案の定引き気味なリトラーに敬礼し、退室するバルバトス。知らず肩に力を込めていた総司令は、嘆息しつつ肩をコキコキと鳴らし、遠い目で呟いた。

 ――あれが敵でなくてよかった。

 まったくである。

 

 

 第二会議室に集結したコマンド隊員たちは、大恩ある突撃馬鹿(バルバトス)の入来を今か今かと待っていた。待望する者たちの熱気は部屋を覆い尽くし、今少し某かの刺激が加わろうものなら、弾けて地上軍総司令部を覆わんとするばかりに軒昂であった。

 ゆえに、彼らの求める男が入室した瞬間、どんな精鋭師団にも勝る勢いで、一糸乱れぬ直立不動の敬礼をほぼ無音でやってのけたわけだが、“中の人”はその色んな意味でのキマりっぷりにガチビビりしていた。眉をかすかにヒクつかせるだけで堪えた、本体の鉄面皮に感謝しきりである。

 

 さて、バルバトスの配下への初訓示は、おおよそ部下に向けるものとは到底言い難い言い回しで始まった。

 

「率直に言う。貴様らは弱い、雑魚極まりない」

 

 いきなりこれである。が、パッと見生粋の戦争狂と、そいつにガチ惚れしている戦争狂予備軍どもは身動(みじろ)ぎもしない。戦争狂(中の人)は単に気圧されかけているだけだが、そこは肉体のイカれっぷりでカバーである。

 

「そしてもうひとつ。俺は雑魚が俺の前で無駄死にするのは好かん。雑魚は雑魚なりに、戦後に経済を回すための底辺に戻らねばならん。ゆえに貴様ら雑魚に、俺の目の前で死ぬことは許さん。

 貴様らは俺の後から緩々とついて来い。俺の突撃で敵の撃砕される所、俺が手を下すに値せんゴミどもの処理が貴様らの仕事だ。俺より前に出て英雄的に戦うなぞ俺が許さん。英雄的に戦う雑魚の末路は死のみ、誰も言祝ぐことない無駄死にのみだ。

 だが、俺の後ろで邪魔をせず雑魚なりの仕事をこなす限り、俺は貴様らに勝利と栄誉をくれてやる。最も過酷な戦場の、最も過激な突撃について来るだけの簡単な仕事だ。

 

 そしてあらかじめ言っておく。俺の求める戦場の血風は、貴様らを容赦なく死へ誘うだろう。恐れるか? その心理は正しい。死を恐れるがゆえに人は強くなる。死を恐れ、死を忘れず、死に呑まれない者こそ真の強者である。つまり、俺だ。

 だが、貴様らが俺の後に続く限り、貴様らは俺の骨肉も同然である。つまり死してなお、俺と貴様らはひとつである。そして、俺の勝利と闘争は俺の生きる限り永遠である。

 ゆえにッ! 貴様らも永遠である! 誇れ! 貴様らは永劫の闘争に足を踏み入れる、荒ぶる漢となる権利を得た!!

 貴様らが雑魚として死ぬか、雑魚として生き延びるか! 一端の戦士になるか、ならないか! 全ては貴様らの選択次第!!

 

 そしてもう一度言っておく。俺の生きる限り続く勝利と闘争の果て、貴様らが死のうが、生き残ろうが、脱落しようが、俺と貴様らは永遠であるッ!!

 選べ! そしてついて来られる者だけがついて来るが良いッッッ!!」

 

 ――――応ッッッッ!!

 

 うろ覚えの海兵隊(フルメタル・ジャケット)式演説と、“中の人”のなけなしの善意と、肉体の狂熱がもたらすバーサーカー的言動が合わさり最悪である。

 

 かくして、最強最悪の強襲コマンド小隊が結成された。されてしまった。敵拠点を完膚なきまでに撃砕し、リバースエンジニアリングすらさせない狂気の強襲小隊。リトラーに胃薬を処方させた元凶。立ち塞がるあらゆる障害を打ち砕き、敵将の喉元を躊躇なく抉り抜く地上軍の秘密兵器(秘密にしておきたかった秘密兵器)

 

 後の世に《殲滅兵団》の名で、戦慄と畏怖をもって鮮烈に刻み付けられた、戦馬鹿どもの始まりであった。




4,500字書くのにむちゃくちゃ脳みそ酷使しました。10,000字とか書いてる方マジリスペクト。パない。


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2話

 当作は一話あたり4,500〜5,500字前後を想定しています。
 サクサク読める文章、しっかり完結するのが目標。
 ……とか言ってたらいきなり想定上限越えかけた件。ハハッワロス。

 なお今回、天上軍の技術に関してオレ設定ドカ盛りでございます。天地戦争時代の設定とかほとんどないからね、しかたないね。

 初回投稿でいきなりお気に入り登録&感想がついてテンション爆上げ待ったなし、執筆速度が当社比33.4%加速したので連日投稿です。書き溜め? そんなものはない。


 ――――特殊強襲コマンド作戦記録(オペレーションログ)01

 

 ――――(機密指定)月(機密指定)日 0600 払暁 作戦開始

 

 天上軍の地上拠点からほど近く、センサー有効半径のギリギリ外にある丘陵地。粉塵で覆われたかつての蒼穹、核の冬で世界を覆った曇天を、僅かに赤みが彩り始める。古来より、夜襲を警戒しすぎて気の緩んだ敵を強襲する際に好まれた頃合いだ。

 その丘の上、しぶとい雑草が生い茂る中に、右肩に大戦斧《ディアボリックファング》を担ぎ、片膝ついてしゃがみ込む蒼衣の男あり。水色の無造作に伸ばした癖毛の中から、血風吹き荒ぶ戦場を希求する狂気と戦意を爛々と輝かせる眼。言わずと知れたバルバトス・ゲーティアである。

 そこから僅かに離れて、彼の旗下で戦場を駆けることを選んだ戦闘狂予備軍、その数たったの25人。彼の訓示という洗礼を受け、さらにバルバトス直々の実戦以上に苛烈な選別訓練を乗り越えて馳せ参じた、地上軍の誇る狂戦士ランキングのトップ26(バルバトスを含むが、当然彼が永世終身名誉一位)。この増強2個分隊程度の寡兵が、しかして地上軍最強にして最凶の強襲突撃部隊であった。

 しかし単体戦力最強は誰か、という話になると、決まってバルバトスは不機嫌になった。総合能力でディムロス・ティンバー中将一択、というのが地上軍のほぼ総意だったからだ。バーサーカーでなければバルバトスもいい勝負できたのに、という評価が、なおさら彼の肉体に残る本能を刺激した。リア充死すべし慈悲はない、的な意味で。ディムロス爆発しろ。いや爆発はヤツの力になるから凍結粉砕しろ。主にイチモツが。あと胤とタマも。

 

 閑話休題。

 

中佐(ボス)、お時間です」

 

 瞳をぎらつかせて総身を震わす戦闘狂に、副官のボールドウィン中尉が肩を叩いてささやく。クハ、とバルバトスの口が歪んだ三日月に吊り上がり、待ち受ける蹂躙と殲滅の喜悦に、改めて総身がぶるりと大きく震えた。突撃のお時間(パーティータイム)だ。

 

「要諦は変わらん。貴様らは緩々とついて来い。一番槍は俺だけのものだ」

 

 そう後ろに聞こえる程度にささやき、地上軍の誇りたくない殲滅マニアが身を起こす。僅かに前のめりの突撃姿勢から、ぐうっと上体を捻り、解放のカタルシスを求めてギリギリと全身の筋肉が戦慄(わなな)いた。それを確認した配下たちが、各々するすると己に見合った突撃姿勢をとる。その間僅かコンマ6秒。配下に支障なし。慢心なし。揺るぎなし。

 ――――今!

 

「号ぉ砲いっぱぁぁつ! ジェェノサイドぉ、ブゥレイバァァァァァァ!!!」

 

 斧頭から迸る滅殺の波動が、敵拠点のメインゲートを歩哨型無人機もろとも微塵に砕き、盛大なキノコ雲が立ち昇る。斧から波動をぶち撒けた反動をその場でぐるりと一廻りして殺し、その勢いのままに突進。丘を駆け下りた直後に余勢を駆って跳躍。砲撃の余波で大破、痙攣する無人機を盛大に着地で踏み砕き、ワラワラと這い出てきた生体兵器や無人兵器を睥睨、凶相が喜悦に歪んだ。

 

「悪いが今日の俺は少々テンション高めだ……運がなかったなぁ、ガラクタども――クカ、カ、カハッ、クァッハハハハハハァァァ!!」

 

 こういう場では体の赴くままに暴れた方がうまくいく。それをわかっている“中の人”も制御を率先して手放し、“暴斧のバルバトス”が肉体の求める蹂躙を存分に味わうべく、持てる力を解き放つ。

 

 ――微ぃぃ塵に砕いてやる、まずは小手調べに……這いつくばって貰おうかぁ!!

 

 蹂躙、開始。

 

 

 ――――同月同日同時刻、突撃するバルバトス・ゲーティア中佐後方、コマンド隊員

 

 ――号砲一発! ジェノサイドブレイバー!!!

 

「おいおい、あれが号砲かよ……どう見たって必殺技か何か、それも超が付くレベルじゃねぇか」

 

 バルバトスブートキャンプ(怒鬼ッ☆狂戦士短期集中教練過程)で鍛え上げられた狂戦士予備軍こと、強襲コマンド。その合格者の中でも実力こそ最下位でありながら、候補者唯一無二の特殊技能――天上軍通信機器への逆探・傍受。それを見初められ引き立てられたのが、このメルヴィル曹長である。もっとも、彼を推薦したのは禿頭のベテラン副官(ボールドウィン)であり、本来隊内人事を掌握して然るべきバルバトス(中の人)は「特殊技能持ちなら多少成績に色をつけるも吝かではないな、ついでに技能手当も割増で付けてやるか」程度で判を捺したのだが。

 

 ともあれ、戦場で救われ、次いで技能を的確に評価されたのだから、メルヴィルの忠誠心はストップ高である。高笑いしながら敵兵器群をスクラップと謎肉に変換する遊戯に勤しむ大将と、その後方からスルスルと展開し、彼の振り回す戦斧の加害範囲外の敵をサクサク横合いから叩きのめす同僚を横目に、彼は傍受した敵指令電波逆探のために背負った機器をフル稼働させた。

 幸い、この拠点に勤める天上人は勤務態度とモラルにいささか以上に欠けるらしい。まさか拠点の指令回線に公用回線を用いるなど、アホを通り越して白痴かお脳の病気認定待ったなしである。敵のバカさ加減とモラルハザードと所属部隊の精強ぶりに感謝しつつ、隊の目と耳を担う通信兵は一歩引いたところで隊を指揮するボールドウィンに駆け寄っていった。

 

「副長、ボールドウィン中尉! 敵指令系統及び傍受した指令電波について、ご報告が――」

 

 

 ――――同月同日 0630 バルバトス・ゲーティア中佐周辺(爆心地)

 

「弱ァい! 脆ォい! 骨がぬぁぁぁい!! 下らん、つまらん、飽きた!」

 

 当たるを幸いに愛斧を振り回し、スクラップと謎肉の製造業者として精勤していた“地上軍の思考する破壊衝動”ことバルバトスだが、こうも歯応えのない敵ばかりだと飽きが来る。まあ、この歯応えというのも彼の恵まれすぎた戦闘能力ゆえに評価が辛くなるものであり、彼が無造作に爆散させている無人兵器1機、あるいは適当な一振りで一山幾らな勢いで薙ぎ払われる生体兵器1体で、地上軍一般兵2人相当な戦力評価であることを鑑みれば、彼の撒き散らす破壊がデタラメすぎるだけ、ということはご理解いただけるだろう。

 そんなわけで、より乱雑かつ適当に破壊を撒き散らす我らが突撃殲滅型バーサーカーだが、こんな彼でも友軍誤射だけはしたことがなかった。

 

「誤射なんぞしでかして投獄されたら、俺の戦いでしか満たせん渇きを癒すどころか、渇ききって干からびてしまうではないか!!」

 

 という、全力で我欲&打算の純度100%な言い分であったが、さすがにその程度の分別もない無差別MAP兵器を軍に置けるわけがないから、一応理由としては妥当と言えなくもなかった。

 

 そんな天上軍における相対したくない地上軍将校(蛮族)ランキング永世終身名誉一位が、目に付く敵性体をあらかた斧の錆の素に変換し終えた頃、ボールドウィンが悠然と彼の下に歩み寄る。片手に持つ乱雑に走り書きされた紙片は、メルヴィル曹長から渡された敵通信の傍受結果だ。

 

「ボス、メルヴィルが敵指令電波逆探に成功。連中、間抜けにもほどがありますな……こりゃ敵さんの公用回線だ。探れって言ってるようなもんです。発信源はグリッドD、通信施設と思しきアンテナ群付属設備β」

 

 歯応えのある()ならともかく、雑魚な上に傀儡に頼り切り、自ら殴り掛かる度胸すらないドヘタレに対する評価などストップ安。ましてそれが回線の防諜すら理解していない白痴級の大間抜けなら、いっそ憐れみすら抱きそうになるのがこの狂戦士だった。

 敵が無能すぎて逆に笑いがこみ上げ、思わず鼻を鳴らす。

 

「フン、眼ぇ見開いたまま夢でも見てるんだろうよ。なら何も見ないで済むようにしてやろうじゃないか、今日の俺は少々慈悲深いからなぁ――――破滅のグランヴァニッシュ!!」

 

 駆けつけ一発上級晶術(グランヴァニッシュ)、周囲の施設もろとも当該施設が砕け散る。確かに、真正面から殴り込んで血煙にするよりは多少なりとも慈悲のある殺し方と言えなくも――言えない。当たり前である。

 それにしても、テンション上がって暴れまわったと思ったらつまらなさすぎてテンションガタ落ち、面倒臭がって上級晶術ぶちかまして鏖殺完了するあたり、やはり魂が違えどバルバトスはバルバトスであった。

 

「これ以上、気晴らしにぶち壊せるものもない。作戦終了、帰って風呂とメシだ! ボールドウィン!」

 

 つまらなさそうに斧を肩に担ぐバルバトスに敬礼し、ボールドウィンが吼える。

 

「イエス、ボス。オラ、野郎ども! 作戦終了、帰投準備! 40秒で支度しろ!」

 

 ――サー・イェッサー!

 

 狂戦士どもが唱和し、どやどやと隊列を整えて去っていくや否や、元拠点は静寂に包まれた。動体目標未検知(ネガティヴ)生命反応なし(ネガティヴ)敵性体完全殲滅(オールネガティヴ)

 完全な死と静寂に覆われたこの地が調査隊の喧騒で満たされるには、今しばらくの時を要した。

 

 

 ――――同月同日 0600 払暁 天上軍第三地上拠点

 

 天上人にとって、“資源回収”は左遷か、己の評価価値の低さの証でしかない。また、大量の無人兵器や地上人のクローン量産体を改造した生体兵器、言うなれば傀儡の軍勢に地上の戦線維持を委ねているため、自らが前線に出ることはまずないと言ってよかった。ゆえに士気は最低、モチベーションはド底辺、センサー類の監視もルーティンワークになりつつあった。

 その日も僅か10人の天上人が持ち回りで雑務と各種兵器群のささやかなオペレートをこなしつつ、任期満了で空中都市(うえ)に上がる日を待ち望んでいた。今日が最終日なのが2人おり、彼らは暇と無駄を持て余す同僚たちの中では比較的精力的だった。

 

 ――まさかそれが、己の死を招くとも思わず。

 まあ、どうあがいても絶望、もとい死神の鎌、あるいはバルバトスの斧は首筋に密着していたわけだが。

 

 任期満了を前に、少しはアピールできることを増やさんとしたか、いつもより三時間も早起きした天上人Aはメインゲートのメンテナンスハッチ前に屈み込んだ。ハッチを開けて個人端末と電送ソケットをコードで繋ぎ、ゲートの簡易自己診断プログラムと端末内の詳細点検用プログラムを同期させる。特に異常なし。センサーに反応なし。動体目標確認されず。ゲートの索敵ログもいつも通りの敵性反応確認されず(ネガティヴ)。さて、やることやったし早めの朝食と――

 

 ――何の光?

 

 閃光。炸裂。爆轟。滅却。立ち上がる間もなく、迸る閃光の奔流が視神経を焼き尽くし、閃光が身に纏う灼熱が眼球を煮え立たせた後蒸発させ、次いで上皮組織を焼き尽くす。幸運にも、この時点で天上人Aは即死――身体前面の上皮組織焼灼によるショック死――していた。続いてゲートそのものを微塵に砕く爆発が骨肉を細胞単位で飛散させ、天上人Aは文字通り地上からその痕跡を消失させた。

 

 その爆発がメインゲートを文字通り灰燼に帰したものと最初に知ったのは、任期満了ということで早朝勤務のオペレーターを押し付けられた天上人B。泡食ってタイプミスしながらも、どうにか拠点内の全兵器をスクランブルさせる。恐らく蛮族の工兵が爆破工作でもしたに違いない、全戦力でゲートに殺到する敵奇襲隊を逆撃、逆侵攻をかけて蛮族の拠点を落とせば凱旋帰国、俺は出世だ――

 そんな夢想に浸って30分少々現実逃避に勤しんでいた天上人Bは、当然屋外で敵首魁(スクランブル兵器群ほぼ制圧済)と副官が交わした言葉など、知る由もなかった。

 

 ――ボス、メルヴィルが敵指令電波逆探に成功。連中、間抜けにもほどがありますな……こりゃ敵さんの公用回線だ。探れって言ってるようなもんです。発信源はグリッドD、通信施設と思しきアンテナ群付属設備β。

 

 ――フン、眼ぇ見開いたまま夢でも見てるんだろうよ。なら何も見ないで済むようにしてやろうじゃないか、今日の俺は少々慈悲深いからなぁ――――破滅のグランヴァニッシュ!!

 

 瞬間、大地より沸き上がる破壊の暴流が地割れとなってオペレーションブース周囲を飲み込み、噛み砕き、咀嚼し、吐き出す。破壊エネルギーの余波が渦を巻いて周りを巻き込み、近隣にあった天上人宿舎を天上人C〜Jもろとも砕き散らした。あれではどんな頑強な兵士でも数秒持つまい。

 

 ――これ以上、気晴らしにぶち壊せるものもない。作戦終了、帰って風呂とメシだ! ボールドウィン!

 

 ――イエス、ボス。オラ、野郎ども! 作戦終了、帰投準備! 40秒で支度しろ!

 

 ――サー・イェッサー!

 

 

 

 ――――地上軍情報部 特殊強襲コマンド運用作戦における覚書草案

 

 ――かくして天上軍第三地上拠点はその基幹設備をことごとく破壊され、拠点機能を完全に喪失。灰燼に帰した天上軍機器からのリバースエンジニアリングは不可能、との報告あり。比較的主戦場から離れた場所での戦闘――と呼ぶのが躊躇されるレベルの殲滅戦ではあったが――であったため、即座に陽動ないし挑発と看破されはしたが、敵方からしてもわざわざ奪還するような重要拠点でもない。周辺にROE(交戦規定)をオミットされた無人兵器群が嫌がらせ的に撒かれた程度で、この戦闘に関わる諸事は終結を見た。

 総合的に見て、敵視点を主戦線及び総司令部から一時的に逸らすことには成功したものと思われるが、ソーディアン・プロジェクトと類似の発想に天上軍が至らないという保証はない。彼我の総合的技術の絶対格差と保有資源量を鑑みるに、敵がソーディアン類似兵器を投入した場合、製造可能な数的絶対差により、我が軍のソーディアン部隊は敗退する公算が大である。

 結論として、迅速にプロジェクトを完遂させ、ソーディアン・マスターとラディスロウ機動要塞化によるダイクロフト強襲制圧作戦を発令させるべきである。




 今回、中の人ご本人ノリノリにつき無慈悲なセリフ内ルビ消失。肉体に引っ張られすぎワロタ。

 実は短編扱いなのは“何時エタってもいいように切りよく投稿してるので”というクソすぎる姑息な理由だったり。
 逃げ道潰しきっちゃうとその場でしゃがみ込んじゃうドヘタレだからね、しかたないね。

 誤字報告を適用しました。株式たまご様、ありがとうございました。

 それはそれとして、バルバトスの肩書とか考えるのクッソ楽しい。でも正直、中の人が憑依しなくてもあんま変わらん気がする。


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3話

 なぜか妙に難産でした。解せぬ。後半お食事回。


 ある曇りの昼下がり、地上軍総司令部駐屯地、特殊強襲コマンド本部の執務室。

 

「ぬぅ……やはり書類仕事は好かん」

 

「そうは言いますがな中佐(ボス)、仮にも指揮官なんですから。好き嫌いで書類は減りませんぞ」

 

「そう言われても俺とて困るわ。万年兵士の俺に『これ以上手当を付けようがないから昇進させてもらう』と言ったくせして、士官教育ひとつしなかったのは上層部(うえ)のお歴々だぞ。俺が拒否したわけではない」

 

「ああ、戦果に見合う褒章のアテが昇進(それ)に付く手当しかなかったと。そりゃまた難儀ですなぁ」

 

 そう副官とボヤきあいながら、書類の担当士官署名欄にペンを走らせる蒼髪の男、バルバトス。彼の“中の人”とてかつては一応それなりの勤め人(サラリマン)、この手の書類仕事は不得意ではない。ないのだが、あくまで現代社会の高度に電子化されたそれに対してであって、電子化どころかコピー機の存在すら怪しいこの世界では、彼の書類処理スキルなど、そこらの兵士とさほど変わりない水準に等しいと言ってもそう過言ではないのだ。

 第一、特進に特進を重ねた中佐に書類仕事ができるかと言われれば、普通は“無理すんな”がオチである。指揮や手書きの書類作成スキルなど、本来この世界での指揮官に求められるスペックのほとんどを虚空の彼方に投げ捨てているバルバトスにとって、それらを外付けでそつなく代行してくれるスキンヘッドの副官(ボールドウィン中尉)は、コマンドの維持に絶対不可欠な存在だった。そもそも戦場の修羅に平時の仕事を期待するほうがおかしい、と言われればそれまでだし、それ以前に単身吶喊しかしてこなかった男に指揮スキルを求める、その発想自体が無謀である。

 もっと言えば、戦況がバルバトスに前線勤務を強いたというのも一因だった。うまいこと使えば単騎で戦術的劣勢を覆せ、さらには戦後も生きていてもらわなければ困る地上軍の英雄(ディムロス)と違い、戦死したとしても戦後に与える影響はない。どころか、その狂戦士ぶりを見るに、戦後は居場所絶無なのがほぼ確定しそうな男である。士官教育しなくとも問題あるまい、という結論もある意味妥当ではあった。

 

 が、それはそれとして、本来組織としてせねばならない教育を怠っているのも事実。戦後の再編でその辺苦労すんじゃねえかなぁ、などと内心リトラー以下総司令部に同情しつつ、署名マシンと化してひたすらペンを書類とインク壺に往復させるバルバトス。さしあたり提出期限の近い書類を処理し終えた頃には、曇天からうっすらとけぶる太陽は中天をとうに回っていた。

 椅子の上で野郎二人して背伸びし、肩や首をゴキゴキと鳴らす。朝も早よから書類と格闘していただけあって、だいぶ凝りが溜まっているようだった。特にそろそろ四十の大台が見えてくるボールドウィンは、ウンザリした顔である。

 

「うーむ、トシ食うと無理が利かなくなって駄目ですな。ボス、やはり事務屋を数人手配できませんかね?」

 

「事務処理ができる奴はどこも手放さんだろ。志願してくる雑魚どもは大概戦いたがるし、それ以前にここがどういう所か考えればな。目端の利くような奴がのこのこやってくる部署でもあるまい」

 

 バルバトスも渋い顔である。この基地で事務処理スキルを持つ者は、概ね総司令部直下の参謀本部、技術本部、輜重(しちょう)本部で独占されており、市井にいたとしても商会勤めがほとんどで、比較的総司令部に近いバルバトスのコマンドにさえ流れてこないのが実情だった。

 無理からぬ話ではあった。戦争初期に示威目的で行われた対都市射爆で、都市部にいた多くの市民が大地もろとも吹き飛ばされているのだ。奴隷階級としての人的資源回収(地上人拉致)に天上軍が移行した時点で、地上に残っていた高等教育受講層のかなりの割合が、大地と運命を共にしている。リトラーが若くして地上軍総司令官をやっているのも、彼自身の類稀なる軍略、ここまで難を逃れてきた強運も然ることながら、彼以上の軍歴を持ち、なおかつ総司令官を名乗るに値する人物が、軒並み初期時点で消し飛んでいたからだ。

 そんなわけで、どうあがいても配属されない者筆頭が事務要員というのは、各戦闘単位においては周知の事実でしかなかった。ボールドウィンもわかっているのだが、それでも愚痴のひとつは溢したくなるのが人情である。

 

「ですな。ま、若いのに少しずつ覚えさせるしかありませんか。先は長いですなぁ……」

 

 肩をすくめた副官が、ところでボス、と話題を変えた。当面の事務処理は終わり――バルバトスはひたすら署名していただけだが――隊が非番となれば、基地周辺の商業区で昼食と洒落込むこともできるのだ。食べに行くなら場所を早めに決めておいてもらわないと、出頭令を携えた伝令が無駄に走り回ることになってしまう。

 そう、商業区である。主要都市を消し飛ばされ、統治機構の大半を消し飛ばされた地上にあって、ほぼ唯一まともな統治機構であり、同時に巨大な消費機構でもある地上軍基地周辺の安全圏には、経済効果を狙う商会やその下請け、人夫に娼婦、その他諸々多くの人々が集い、一大経済区を形成していった。だいたい、軍という目に見える力の近くにいた方が安心するのが、世紀末なこの世界の一般人である。多少自衛できたとしても、天上軍の機械/生体兵器にはどうしても敵わないし、それでなくとも便利ではあるからだ。

 軍施設があるからこそ天上の標的にされるというデメリットもあるが、それを抜きにしても、人知れず殺されたり天上人の奴隷にされるくらいなら、地上軍基地攻防戦に巻き込まれて死ぬほうが幾らかマシ、というか納得がいく。それが地上の非戦闘員たちのほぼ総意だった。

 

 ともあれ、メシである。総司令部が存在する最重要拠点だけあり、ここの商業区はかつての都市部に匹敵する賑わいと規模を誇っている。非番の日はひたすら訓練と食べ歩きと武器の手入れに費やす我らが愛すべき狂戦士も、行きつけの飯屋を幾つか脳内にリストアップしていた。配下との訓練に備えて軽めで腹持ちするものにするか、はたまたガッツリいくか。今日はガッツリの気分だな、とバルバトスが訪問予定の定食屋の名を挙げようとしたところで、執務室にノックの音が響く。

 

「……入れ」

 

 あからさまに機嫌を損ねた隊長の地の底から響くような若本ヴォイスに、おっかなびっくり隊員が扉を開ける。片手に何事か書き付けたメモを携えていた。

 

「失礼します。技術本部からの出頭要請であります、サー。可能な限り速やかに出頭せよ、と」

 

「……予定変更だ、ボールドウィン。メシは食堂で済ませる」

 

 いっそ歯ぎしりしそうなほど不機嫌なバルバトスに、副官も苦笑い。この状況で苦笑できるこの辺の年の功というか、いい意味でこなれた図太さとでも言うべきものが、隊長と副隊長の円満な関係に一役買っていたのは確かである。普通は苛々を振り撒くバルバトス相手に、苦笑なんぞできる訳がない。いざ戦いとなればバルバトスの後ろからヒャッハー言いながら突撃する、勇猛果敢を通り越してアドレナリンガンギマリなこの不幸なコマンド隊員でさえ、頬の引き攣りを抑えきれないのだ。この男、何だかんだ言って結構なレベルで人外じみている。

 

「イエス、ボス。しかし、出頭要請はいかがします? 可及的速やかに、だそうですが」

 

「メシの間くらい待たせても罰は当たらん。可及的速やかに参上してやるとも、食い終えてからな」

 

 一瞬の激発こそ回避したものの、それでも不機嫌を隠そうとしないバルバトスが、むっすりとした顔で執務室を出る。げに恐ろしきは食い物の恨み、と言うべきか。一般的日本人な“中の人”にとって、日々の食事と風呂だけは疎かにすべからざるもの、それこそ神聖にして犯すべからざるレベルであった。美味いメシに舌鼓を打ち、ゆったりのんびり湯船で癒やされてこそ、生業たる任務(闘争)にも気合が入り、身が引き締まるというものだ。バカにされたらマジギレ待ったなしである。バルバトスボディでマジギレ。大惨事不可避、ディムロス出動待ったなしな超非常事態と言えよう。

 ともあれ、普段より眉間の皺が深く、普段よりやや目つきが剣呑で、おまけに「俺は不機嫌なんだ退いてろ雑魚ども」と全身で語っている地上軍最凶戦士が前から歩いてくれば、まともなメンタル持ちならモーゼの前の海が如きもの。飛び退(すさ)る勢いで道を譲り、通り過ぎてからくわばらくわばらと胸を撫で下ろしつつ、「はて、何であんなに不機嫌なんだ? 出撃禁止令でも出されたんだろうか?」などと顔を見合わせたりしていた。少なくとも、出撃禁止令なぞ出されたら若本反乱待ったなしである。最悪、総司令部が周辺ごと地図から消える。

 妙なところで噂を呼びつつ、蒼い戦闘狂が食堂の扉を押し開ける。既に食堂としての繁忙期は過ぎているとは言え、総司令部は年中ほぼ無休で不定期勤務なデスクワーカーの総本山である。中にはまだそれなりに人の姿があった。今から食事を注文する者、食後のコーヒーと洒落込む者、カップをすすりながら何事か書類に書き付ける者。

 そんなところにむっすりとした顔で、しかもめったに来ない男がやって来たのだから、視線がレーザーか赤外線シーカーめいて集中するのも無理からぬ事ではあった。が、今のこの男、なかなかに不機嫌である。片眉をヒクリと戦慄かせ、向けられた視線を逆に睥睨して鎮圧すると、トレーのもとまで足音高く歩み寄った。何はともあれ昼飯はよ。外で食えなかったんはもういいからはよ食わせろ。実際それくらいしか考えていないのだが、しかし強力若本な見た目ではただの不機嫌なバルバトスである。威圧感バリバリだった。

 が、トレー片手に威圧全開のバルバトスに相対しているにもかかわらず、食堂の主は平常そのものだった。やはり兵の胃袋を物理的に握るだけあって、肝っ玉の出来が違うらしい。あまつさえ気さくに話しかけるのだから剛毅である。

 

「ありゃ、バルバトスの大将! 随分とお見限りじゃないか。商業区に行きつけの店とかないのかい?」

 

「腹立たしいことに、食いに行こうとしたら出頭要請よ。ふん、メシの間くらい待たせても罰は当たらんだろうとも。問答はいい、とにかくメシだ。カレー特盛り、A.S.A.P.(なるべく早く)でな」

 

 ――あいよ、カレー特盛りね。

 器の半分にこれでもかと盛られたライスの横に、これまたこれでもかとカレーが注がれる。それをうずうずしながら見つめるバルバトス。特盛りともなれば、もはや並盛り二杯分強である。これだけ食べた上で激しい訓練に胃が悶えないのだから、狂戦士の肉体はやはり規格外であった。

 そのカレーの上に、ガッツリ一枚分のカツが乗せられる。これにはさすがにバルバトスも困惑の表情を見せた。

 

「おい、カツは頼んでないぞ」

 

 それに応える“おとっつぁん”の渾名を奉られた主は朗らかなものだ。

 

「なに、あたしからの個人的なお礼だよ。甥っ子が所属してる部隊が包囲された時、それを打通して退路を確保してくれたのが大将だって聞いたもんでね。甥っ子も無事帰ってきたし、これくらいじゃお礼にならないかもだけどさ」

 

 そういう事なら、ありがたくいただいておく。そう返したひとり増強中隊は、幾分不機嫌さを和らげていたようであった。

 ――カレー特盛り、お待ち。

 トレーに特盛りカレーと付け合わせのサラダを乗せ、足早なのは変わらないが、多少表情を和らげたバルバトスは窓際の席に陣取った。ピッチャーから冷水をコップに注ぎ、両手を合わせる。この世界の民からすれば少々異質な食前礼、しかし“中の人”には慣れ親しんだそれ。

 ――いただきます。口の中で小さく言葉を転がし、スプーン片手にカレーを崩しにかかる。よく煮込まれている。意外にもたっぷりゴロゴロしている具は、煮込んだ後からさらに追加されたものだろう。煮溶けた野菜の旨みと、程よい辛味が舌を刺激する。カレーを一口、二口。冷水を一口。カツを一切れ頬張り、またカレー。カレー、カレー、冷水、カレー、カツ、カレー、冷水、カレー、カレー、漬物、カレー、カレー、サラダ、カツ、カレー、カレー、冷水、冷水を注ぎ直し、カレー、カレー……。

 意外や意外、ときおり器とスプーンが擦れる音やコップの置かれる音以外、ほとんど無音の食事であった。瞬く間にカレーをたいらげ、最後に水を飲み干し、実にわかりやすく機嫌を直したバルバトスは、トレー返却口で機嫌よく「ごちそうさん」と挨拶まで披露し、呆気にとられる目撃者を後目に食堂を後にした。

 呆然と食事を見ていたとある士官が、ぼそりと呟いた。

 

「まさか、ゲーティア中佐があんな上品にお食事されるとは思わなかった……」

 

 間違いなく、その場にいた者たちの総意であった。




 狂戦士強力若本と一般的日本人の食への執着が合わさり最凶に見える。見るまでもなく最凶ですねわかりたくもありません。
 こいつの前で飯を愚弄すること、それは死を意味する。物理的(鉄拳で着弾箇所がパーン☆)にも精神的(憤怒の威圧で精神べキィ)にも。


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4話

 バーサーカーとマッド、出会ってはならないふたりが禁断の邂逅を果たす。果たしてその先に、どんな大惨事が待ち受けるのか? リトラーの胃の末路は!?
 今回、第4話! 若本スタンバイ!
 ウソです。たぶん、きっと、メイビー。




 それはそれとして、 気付けばUA5,500、お気に入り数250突破という想定外の事態に、私呆然としております。呆然としすぎて、思わず風呂場で喜びの舞を踊る程度にはラリっております。
 本当に、ありがとうございます……ッ!!(平身低頭覇)


 食堂を出て大股で技術本部へ向かう道中、バルバトス・ゲーティアのすっかり回復したかに見えた機嫌は再び緩降下しつつあった。実際に命を預け合う兵士たちはともかく、兵士よりもずっと多い銃後を守るそれぞれの要員が、彼を見るたびに密々コソコソともっともらしく囁きあっているのを耳にすれば、機嫌の下がり具合が緩降下で済んでいること自体が奇跡と言わざるをえないだろう。

 まあ、わからない話ではないのだ。地上軍兵士として勤務する間に、バルバトス・ゲーティア(オリジナル)の悪評は地上軍の隅々にまで知れ渡っていたし、それがある日突然まともな人格に矯正された、などと二年前の兵士たちに告げれば、それこそ“地上軍ジョーク”とみなされて一笑に付されていただろう。

 実際、「味方殺しをしないだけまだ理性がある」という評価を当の総司令部が下していたのだからお察しである。そういう周囲の機微を理解できるだけ、現在の“中の人”のバルバトスにもたらした影響は絶大なのだが、それをほぼ会うことのない後方要員に理解させろ、というのもどだい無理な話だった。

 が、それはそれ、これはこれ。己の憑依以前の人格がどれだけアレかということを知ってはいても、それを理由にしたり顔かつ聞こえよがしの密談をそこかしこでされれば、こめかみに青筋のひとつやふたつ浮き上がるのが人情というものである。実は別に聞えよがしではなく、絶え間なく続く闘争で鍛え上げられた彼の聴覚が敏感にそれを聞き取っていただけなのだが、聞こえて認識してしまえば変わらない。これが元来の人格であれば、(おど)しに背の大斧をブン回すくらいはしただろう。事実、背中に手が伸びるのを必死に堪えさせられたのだから。

 

 そうこうするうちに技術本部の座する技術本棟に着いた“地上軍の呼吸する闘争本能”ことバルバトスだが、そのエントランスで珍しくも懐かしい人物と再会することになった。彼の背負う超規格外大戦斧(ディアボリックファング)の設計者にして、技術本部の実務を一手に担う屋台骨――技術本部副部長である。彼は地上軍随一のバトルフリークスにすらにこやかかつ友好的に接してのける地上軍きっての聖人であり、彼がいなければ技術本部はただのマッドの巣窟でしかない、とまで謳われた人物だった。

 とは言え、「裏切りと味方殺し以外はなんでもやる」と前線以外で悪名高きバルバトス・ゲーティアに笑顔で話しかけるのだから、周囲がぎょっと目を剥くのは当然と言えた。

 

「おや、バルバトス君。君が技術本部(ここ)に来るのは、背中の大斧(それ)を作った時以来だね。出頭要請した側が言うのも悪いけど、規則で一応照会しなきゃならないから、もう少し待っててくれないかな」

 

 彼らの愛すべき副部長がいつ狂戦士の機嫌を損ねて縊り殺されるかわかったもんじゃない、とハラハラしながら見守っていた職員たちだったが、それに応えて穏やかに話すバルバトスの姿に、心臓を直接握られるような衝撃を受ける羽目になった。ありていに言ってSAN値直葬である。

 

「ああ、お手数をかける。しかし、俺がディアボリックファング(こいつ)を頼みに行ったのは、常時狂っていた頃の俺の最大の功績だな。折れず曲がらず(こぼ)れず、いつだって俺の闘争についてきてくれた。貴方のおかげだ」

 

 その場の技術本部職員が、第一印象的にありえない現状に白目を剥きかけてSAN値チェックする傍ら、二人の和やかな会話は、受付職員が我に返って職務を遂行するまで暫し続いた。

 

「ああ、照会も終わったみたいだね、待たせてすまない。ここから東の階段で地下一階に下り、第二兵装実験室に行ってくれ。そこで本件への説明がされることになってるんだ。

 実のところ、僕が説明してもいいんだが、それで先入観を与えるのもよくない。すまないが、何も聞かずに行ってくれないか?」

 

 申し訳なさそうな副部長に首肯を返し、最近丸くなったと有名な狂戦士は告げられた先へと向かった。足早に階段を下り、地下一階の廊下で視線を左右に向ける。左手に“第二兵装実験室”の室内札を見てとり、そちらに足を向けたバルバトスの前に、一人の少女(?)が立ち塞がった。

 少なくとも、見た目は非常に小柄な女性である。寝癖なのか少々乱雑に癖の付いた赤髪、袖口に黒のボンボン、肩に白い肩当ての付いた、色彩の自己主張の激しい衣装。バルバトスの好みからするとややアイラインが濃いような気がしないでもなかったが、もしかすると目元の隈を隠すためのものかと思い至り、それを口に出すのは自重した。そうでなくとも、女性のメイクに口出しするのは色々な意味で死亡フラグである。

 

「あんたがマジキチバーサーカーって噂のバルバトス・ゲーティア中佐? このハロルド・ベルセリオスを待たせるとはいい度胸じゃない」

 

 コレがハロルド・ベルセリオス(地上軍きっての超天才)!? どこからどう見ても女ではないか! 珍しく混乱したバルバトスは、思わず自称ハロルドの首根っこをつまみ上げてしまった。基本的に「今日の俺は紳士的だ(リアルガチ)」を地で行く、ノーマルモードの彼にしては珍しい醜態である。

 

「貴様がハロルド・ベルセリオスだぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇ、その背格好と面構えのどこが男に見えるってんだ。……しかし貴様軽いな、ちゃんとメシ食っとるか?」

 

 首根っこを掴んだまま、ジロジロと無遠慮な視線を女性のあちこちに向けるバルバトス。先述のように基本的には口調を除けばだいぶ真っ当に矯正された(ように見える)彼だが、こうして混乱すればかつてに近い言動をかますこともあった。極めて珍しく、よほど混乱してないと見られないことだが。

 こらー降ろせー。無遠慮にジロジロ見られてさすがに羞恥心が沸いたのか、それとも単に扱いが気に食わないだけなのか、ゲシゲシと脇腹から太腿に蹴りをくれる自称ハロルドに目もくれず、右手に女性をぶら下げた彼は第二兵装実験室扉のインターコムに手を当てた。

 

「バルバトス・ゲーティア中佐、出頭要請により罷り越した。入室許可を願いたい。それと、ハロルド・ベルセリオスを名乗る女性を捕獲したんだが、コイツは一体、……!?」

 

 最後まで言う間もなく、実験室の自動ドアが開き、赤毛の青年が飛び出してくる。バルバトスがつまみ上げていた女性の脇を支えるように抱き上げて引き離し――あまりの剣幕に珍しく一歩引いたバルバトスが、青年が体重を支えたと見た瞬間に手際よく手を放したというのもあったが――背後に庇うように立った。

 

「――失敬、確かに彼女は私の()、ハロルド・ベルセリオスだ。まあ、見ての通り偽名なんだけれどね。自己紹介が遅れたが、私はカーレル・ベルセリオス。地上軍軍師として、中将を拝命している」

 

 ――これは失礼した。即座に上官に対する礼をとるバルバトスに、カーレルの背後からハロルドが胡乱なものを見る目を向ける。あたしの時とは随分違うじゃない、と顔全体で語っているが、バルバトスからすれば当たり前だった。男性名、それも地上軍にあって天上軍の最高知性に勝るとも劣らない異才の名を名乗る、どこからどう見ても絶対に男に見えない女が軍施設内にいて、疑わない方が色々とおかしい。看過する者にはSAN値チェックを真剣にお勧めしたいところである。

 

 閑話休題。

 

「時間も押してることだし、手際よくいこう。ハロルド、中佐に説明を。中佐、話は中で」

 

 カーレルの音頭で三人して入室すると、そこはゴチャゴチャと機材の乱立するカオスの支配地だった。あちこちの機器に接続され、所狭しと床を這い回る晶力伝導ケーブルや、散らばったメモ書き、作業台の上に積み上げられた、試作品と思しき兵器群のモックアップと設計図、それにレーションや簡易栄養食のゴミ。まさに足の踏み場もない。

 そんなカオスのド真ん中にぽっかりと空いたまともな空間――どうやら、この空間をもって実験室と言い張っているらしい。実質的には設計室に実験スペースが付いただけ、としか見えないが、しかしその実は対爆を筆頭に各種防護処理を厳重に施した、極めつけに頑丈な場所だった――に、寄り添って立つ男女の姿があった。

 

「ディムロスか、久しいな……それに、ぬぅ……アトワイト、か」

 

 この男にしては妙に歯切れの悪さ、微妙にばつの悪そうな表情が目につくが、それも当然と言えよう。現行人格が憑依する前日まで機会あらばストーキング&口説きまくり――無論、童貞こじらせた脳筋バカの告白など、歯牙にもかけられないものだが――そして被瞬殺記録を更新し続けた相手に、どの面下げて接しろというのか。まともな羞恥心があるなら、三跪九叩頭して半径数百m圏内から離れるべき事案である。まして任務とは言え歩み寄る必要があろうとは、無茶振りもいいところだった。

 空きスペースに歩み寄るカーレル以下三人を視界に入れ、ディムロス・ティンバーはやや困った顔をし、アトワイト・エックスは露骨に顔をしかめた。ディムロスからすれば、ナチュラルボーンバーサーカーがリミッター付きバーサーカーに確変し、周囲との折り合いを付けられるようになった時点で、バルバトスに対してそう悪感情は持っていない。ディムロスにとってのバルバトスは、己を過剰にライバル視してくる狂戦士というだけで、恋人たるアトワイトへのストーキングを除けば、今まで特に実害らしい実害はなかったからだ。恋人と件の狂戦士の間で起きた問題と、彼女との関係でどう折り合いを付けるべきか、と悩んではいるが、それはどちらかと言えば彼と彼女の間の問題である。

 しかしアトワイトにとっては別だ。彼女からすれば、そこの青色暴走きんに君は自分に執着するガチムチ変態ストーカーであり、ディムロスの護衛なしに会おうなどとは欠片も思わない。同じ青系統でもディムロスとバルバトスではレンズ結晶とガラス玉くらいには価値が違う、というのがアトワイトの偽りない内心だった。残念だが当然である。

 

 己を徹底的に視界から排除しようとするアトワイトに黙礼し、中身超フツーな狂戦士は誰に問うでもなく口を開いた。

 

「それで? 俺はここで何を片付ければいいんだ? 全部か?」

 

 いきなりの先制口撃に思わずディムロスが吹き出し、カーレルが必死に頬の引き攣りを制御している横で、ハロルドがシレッと応える。

 

「人体実験に決まってんでしょ。あんた実験台、あたし実験者。兄さんが記録して、そこの青いバカップルは万が一実験台が暴れ出したら頭かち割って止める役」

 

「人体実験だぁ?」

 

「そ、人体実験。ソーディアンへの人格投射のね。高密度レンズ製コアクリスタルへの人格投射理論と機器のプロトタイプは完成してるんだけど、肝心のデータがないわけ。だからデータ採取のために、ソーディアン・マスター候補筆頭と同レベルの戦闘力持ちで、なおかつ使い捨ててもコラテラル・ダメージの少ないあんたに白羽の矢を立てたのよ。

 だいたい、ぶっつけ本番で大惨事になったら、あたしの才能が疑われるしね。それにしても、あんたみたいなのにソーディアン・マスターとしての能力がある可能性が高いなんて、世も末よね〜」

 

 もはや自称ではなくなったハロルドではなく、彼女が説明の補足として黒板に書き込んだイラスト混じりの概略に目を走らせつつ、今現在既に疑っとるしお前みたいなあからさまにマッドな女に才能がある方が世も末だわ、という当人からすれば当然な反論を飲み込み、バルバトスは呻いた。つまり何か? そのクソ怪しいコアクリスタルとやらに、俺の人格をコピーすると?

 冗談ではなかった。ただでさえ肉体に引っ張られ、人格的にはオリジナルのエミュレートどころか、リミッター付きのオリジナル相当にまで侵食されているのだ。かつてのような死にたくないがゆえに必死こいて本能の手綱を握るヘタレ(地上軍基準)ではなく、肉体を乗りこなし狂熱に指向性を持たせる、冷徹な意思のもとに暴威を振り撒く鉄血の破壊者が今の“中の人”である。突撃と破壊と蹂躙しか能のなかったオリジナルより、ある意味ではタチが悪い。

 これで下手に人格コピーなぞやって、まかり間違ってどこに消えたかも定かでないオリジナルが転写でもされたら、最悪プロトタイプ・ソーディアンと肉体の同時侵食で暴走不可避である。ソーディアンのもたらす圧倒的スペックアップと狂乱した等身大の突撃する地上要塞の相乗により、天も地も等しく鎮圧に代償を払うこととなるだろう。群を凌駕する個という絶対的暴威による、死と瓦礫の山という代償を。

 

 そんな嫌な未来予想図を胸に、内心狂戦士(ただし理性付き)が滂沱の汗を流すのをよそに、実験の準備は一分の遅滞もなく進みつつあった。何処からともなくどうやって運び込んだのか、二人がかりで押す大型台車に載った人格投射用試作チャンバーが搬入され、固定されたそれに晶力伝導ケーブルがメドゥーサの生え際のごとく、束になって接続されていく。チャンバーに接続されたケーブルのうち、前面のソケットに例外的に挿し込まれた数本には、ちょうど黒板に“実物大”と銘打たれて描かれたコアクリスタルを、恐らく露出した部分の周囲ごと固定し覆うサイズのカバーとも固定具ともつかない、珍妙な機材が接続された。エネルギー供給を受けてか、脈打つように光る晶力伝導ラインが実に不気味である。

 チャンバーを搬入し姿を消したと思われた助手一号と二号のうち、絵に描いたような厚底ビンめいた分厚いレンズの丸メガネをかけた一号の方が、今度は一人用の台車を押してそそくさと現れた。その台車に載せられた固定台上のそれ(・・)に目を向け、バルバトスは目を剥き、次いで慌てて背中に手をやった。引き抜かれた背中の得物は当然無事だったが、しかしそれならば眼前のアレは一体何なのだ!?

 

ディアボリックファング(あんたのそれ)はウチの副部長が設計したものよ? 寸分違わずコピーなんてできて当然っしょ。ま、プロトタイプ・ソーディアンとして機能を発揮できるように、コアクリスタルの接続やそれに伴う強度不足の解消、レンズエネルギー伝達のための回路構築とか色々弄ったから、細部は寸分違わずとは言えないけどね。目方増えてるし。

 でもアレよね、斧なのにもの言う剣(ソーディアン)ってのもつまんないジョークね」

 

 混乱する彼に親切にも説明を与えたのは、意外にもこの手の些事を嫌う人間筆頭のハロルドだった。まあ、彼女からすればさっさと人体実験に移りたかったし、些事を些事として丸投げる方が余計に予定が遅れると、渋々ながらも理解していたからなのだが。それにしても一言多いのは生来のサガだろうか。

 チャンバーとプロトタイプ・ソーディアン《ディアボリックファング改》が人格伝達ホルダーで固定されたのを視界の片隅で捉えたハロルド(地上軍のマッド筆頭)が、右親指を背後に向けつつ「はよ()け」と無言で催促する。さすがにディムロスならソーディアン付きの己でも殺し尽くしてくれるか、と変なところで納得した後天的狂戦士は、ままよ、とチャンバーに踏み入った。もっとも、当のディムロス自身はというと。

 

 ――――試作型ソーディアンを手にした上で暴走したバルバトスに、自分は勝てるのだろうか?

 

 と、突撃兵(トゥルーパー)の異名で名高い彼にしては珍しく、脳内でいささか過剰にパワーアップさせたバルバトスと己を戦わせつつ、あーでもないこーでもないと内心懊悩していたのだが。

 

 が、バルバトスの(本人にとっては)悲壮な決意とディムロスの躊躇とは裏腹に、人格投射実験はつつがなく始まった。問題は、人格投射前に行われるスキャニング工程がほぼ終わらんとした時に顕在化した。

 

「ぐ、ぬッ……!?」

 

 チャンバー越しにくぐもったバルバトスの呻きの直後、接続されたモニタリングデバイスを睨んでいたカーレルが戸惑った声を上げる。

 

「ハロルド、フラットラインを示していた各種パラメータが、急に乱れ出したぞ。まさかとは思うが、こういう事態は想定のうちなのか?」

 

 どうせ自分が一から十まで手がけた実験だし成功するだろう、と明後日の方向を向いていたところを呼びつけられ、ちょっと見せて、と横から首を突っ込んだハロルドが驚きに目を見張った。それを見たカーレルが「珍しく驚きに表情を乱すハロルド、尊い……」と内心シスコン丸出しにほっこりし、それを隠してやはり想定外の事態か、とディムロスに用意してくれと目を向けると同時、コンソールを壊さんとする勢いで操作しながら、今度はマッドが呻いた。

 

「何よ、この数値。人格、ひいては魂の疑似的数値化定義とパラメータ検出理論が間違ってないのはあたしだから当然としても、これじゃ人格が二つあるって言ってるようなものだわ。あいつ二重人格だったわけ!?」

 

 期せずしてある意味で正鵠を射たハロルドはさておき、チャンバー内の我らがぶるぁ魔人に視点を戻そう。彼が精神世界、ときおり熱く身を焦がす熱風の吹き荒れる廃墟の街において対峙していたものこそ、スキャニング時に発せられた晶力波導により活性化した、かつてのオリジナル――その残滓であった。

 

「返せぇ……それは俺の体だ、俺に返せぇぇぇぇ!!!」

 

 ディアボリックファングを振り回し、凶相もあらわに襲いかかるオリジナルに対し、“彼”もまた背の大戦斧を引き抜く。なるほどここは精神の座、己の望むことはある程度形になるらしい。試作型ソーディアンの代わりに台車に置いた愛斧が背中にあるのも、「それが己の背にあって当たり前」という認識が具現化したのだろう。

 ――ならば好都合、己ごときヘタレの異世界人に乗っ取られた挙句、残骸となり果てた分際でメソメソと精神の座にしがみつく間抜け(クソ童貞)を微塵に砕き散らし、二度と這い出してこれないように完全滅殺してくれる!

 

「ぃぃやかましいんだよこのクソ間抜け! 肉体ひとつ御しきれんゴミクズが、バルバトス・ゲーティアを名乗ろうなんざ片腹痛いわァ!!

 今日の俺は紳士的だからなぁ、念入りに擦り潰して、貴様ごときが二度と余計な口を開けぬようにしてくれる――ありがたく死ねぇぇぇいッ!!!」

 

 咆哮一喝、ふたりの狂戦士が激しく切り結ぶ。互いの得物がぶつかり、衝撃波が虚空を掻き乱し、あるいは瓦礫を砕き散らして消えていく中、姿を同じくする異なる魂のデスマッチはより激しさを増していった――。




 若本節もそうだけれど、ハロルド節がちゃんとできてるか超怖い私。いやほんとに、頑張って再現したつもりではあるんですが。

 そして己に課した字数制限がものの見事にぶっちされて白目不可避。筆のノリって怖いですね。厳密にはキーボードだけど。


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5話

 気がついたら(9/6)日間ランキング2位に拙作があったとか、なまらすげー勢いで赤評価になってたとか、目を疑う勢いで評価とお気に入り数とUAと感想が増えてたりとか、私現実を認識しきれておりません。リアルポルナレフ状態絶賛継続中。
 一つだけ言えることは、読者の皆様は神様です(三波春夫並感)


 ――――魔人深層領域・獄炎伽藍都市

 

「ぶるぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ぶるぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 吹きすさぶ熱風と伽藍の廃墟。他に見守るものとてない殺伐の死戦場で、激しく切り結ぶ二つの魂。鏡合わせの似姿に、限りなく相似するも決定的に異なる心。破壊衝動を全周囲に振り撒く狂乱の魔人と、冷徹な意志と手綱捌きでそれに指向性を付与する異端のマレビト。嫉妬と妄執の果てに裏切りと誅殺に沈んだ狂戦士と、侵食と同調の果てに桎梏を振りほどいた異界よりの魔人。闘争と狂気に身を焦がす生来の魔性と、それを受けてなお理性を保つ平和の国の潜在的アウトサイダー。なるほど、ある意味では姿と同じく、精神性も鏡合わせであるらしい。鏡写しのドッペルゲンガー、反転鏡像とはこのことか。

 

「たまたま迷い込んだだけのガキが、俺の体を乗っ取るとはいい度胸だ! ついでに啖呵も気に入った、念入りに擦り潰して取り込んでやるよ。ありがたく思うんだなぁ寄生虫がッ!」

 

「はッ、その寄生虫ごときに乗っ取られた挙句、メソメソとしがみついてるお方は言うことが違うじゃねぇか。だがな、晶力照射でようやく活性化できる程度の残骸風情が、ゴチャゴチャと吠えてんじゃねぇ!」

 

 寄生虫呼ばわりに額に青筋をうねらせ、大戦斧の叩き落としにかち上げで応えるバルバトス。拮抗する剛力の正面衝突に、得物を逆方に弾き返された相似形の魔人が揃って蹈鞴を踏む。軽くふらつき、構える機を逸し、それでも敵に害を与えんと互いに頭突きし合い、角突き合わせた態勢から、口撃はこちらのターンとばかりに魔人が吼えた。

 

「さっきからよくもまぁ口だけはペラペラと、滑らかに回るもんだな、あぁ!? その(さえず)りと同じくらいには貴様の強さに期待してもいいんだろうなぁ、ええ? 全方位に暴れるしか脳のない、剛力無能のオリジナル様よぉッ!!」

 

「…………よく言った。ブチ殺すッ!!」

 

 弾かれたように突き飛ばし合い、構え、飛び込む。互いの右眼に“必”、左眼に“滅”の字を浮かび上がらせんばかりに殺意を漲らせ、己が愛斧にさらなる力を注ぎ込む。魔獣の乱撃と魔人の迎撃がぶつかり合い、引き裂かれた大気が啼き叫ぶ。踏み込みと鍔迫り合いの度に陥没する大地が軋み、周囲に土石の散弾を撒き散らす。正しくここは血戦場。

 

「ジェノサイドォォォォ……」

「ジェノサイドォォォォ……」

 

 再度叩きつけあった斧頭が、まったくの正面衝突により逆方へと圧し出される。互いにその余勢で飛び離れた魔人どもは、この一撃を終焉の一発にせんと、抹殺の意志を波動に変え、限界を越えてチャージした。

 

『ブレイバァァァァァッッッ!!』

 

 必滅の意志を殺意の波動に託し、必殺の魔砲が解き放たれる。威力は互角、ゆえに衝突と均衡は必然であり、互いを越えんとする暴虐の希求は同様。

 ――しかし、極めて近く、限りなく遠い相似形であるがゆえに、均衡の崩壊は一瞬だった。

 

「バカな、ありえん……この俺が、バルバトス・ゲーティアが、こんな……こんな寄生虫ごときにッ!?」

 

 弾かれ宙を舞う大戦斧。呆然とそれを見上げる己と、過去最高の踏み込みで正しく吶喊してきた敵手。瞬間の忘我が致命的な隙を生み、それを逃すほどバルバトスも奇特ではない。結果として、オリジナルは左肩から袈裟懸けに必滅の一撃を受け、袈裟斬りされた下半分を爆砕させながら地に投げ出されることとなった。

 弱体化しきった残滓、それがたまさか晶力供給で復活しただけとは言え、腐ってもバルバトス・ゲーティアである。ならば、相応以上に強者である筈なのだ。だが、鏡像かドッペルゲンガーか何かのようにそっくりな見た目とは裏腹に、その内面の差は歴然としすぎていた。オリジナルの敗因はそこ以外になかった。

 

 ただひたすらに暴威を振り撒くことしか頭にない殺戮衝動の権化と、それに侵食され、同調してなお理性を保ち、乗りこなす者。全力全壊で薙ぎ払うしかできず、野生の勘でのみ戦場を解析する者と、荒れ狂う衝動を捌き、狂奔する肉体に思考という鞭をくれ、透徹した理性のもとに滅殺の暴威を制御する者。そもそも弱者を蹂躙することに悦を得る者と、闘争そのものを永劫に求めんとする者。死を恐れるがゆえに同等の強者を認められなかった者と、死を恐れ、正面からその意を受け止めたがゆえに“ならば死ぬまで闘争を享受すればいい、後事なぞ知ったことか”とアカン方向にキマってしまった者。長々と述べたが、端的に言えば成長過程で生まれた器の差である。

 

 

 

 元来、魔人は生まれながらの戦士であった。最強を名乗るに値する才があった。無敵を豪語するにふさわしいそれが。正しく振るわれれば、勇者として喝采を浴びるほどに輝いて。

 しかし、彼に比肩するだけの才が周りに居なかったこと、彼の増長を止められるだけの存在が居なかったことが、その運命を決定的に歪めた。肥大化する自我はフィジカルスペックを超える技量の研鑽を“弱者の手遊び”と嘲笑い、ただ本能のままに豪腕を振るう。なるほど、強力である。だが、所詮は獣のそれに等しいのであれば、制御された暴力こそが至高の軍においては、評価など望むべくもなかった。

 ゆえに、大いなる格下殺し。だからこそ、破壊衝動を抑制できぬ狂犬という屈辱の評価。いくら戦果を挙げようと、制御も統率も不可能なのであれば、それは評価するに足るものとはならない。いつしか鬱屈は傲慢に、純粋だった筈の闘争心は格下を殄勠(てんりく)する快楽にとって変わり、そして承認欲求は永遠に満たされぬ英雄願望へ。かくして性衝動と破壊本能と殺戮衝動の混濁した、図体ばかり大きい可哀相な童貞坊やは、裏切りの魔人への道を順調に進みつつあった。

 図体とは裏腹に脆い精神を対アトワイト被瞬殺(告白失敗)記録更新でズタズタにされ、代償行為をと願った出撃許可も与えられず、自棄酒呷って不貞寝という最悪(最高)のタイミングで、異界より飛来した魂に弾き飛ばされ、霊的衝撃で擦り潰されなければ。

 

 翻って、“彼”はどこまでも平凡な男だった。平和の国に生まれ、育ち、そして死ぬことが確定していた男にとって、己の成績を学歴という形で示す戦いはともかく、物理的な闘争など想像の埒外に過ぎなかった。

 だからこそ、わからない。なぜ、己は異国よりの紛争の報せに心躍らせるのか? なぜ、己はこんなにも言い知れぬ飢餓感を覚えるのか? なぜ、己の肉体はこんなにも脆いのか――なぜ? なぜ? なぜ?

 ゆえにこそ、天地戦争という驚天動地の異界戦争なしに、どこまでも平凡なスペックしか持ち得なかった“彼”唯一の異質は目覚めず、そして何の因果かこの地でそれを発揮する最良の肉体を得た。得てしまった。そして戦いの渦中で、肉体と意識の求めるものが真の意味で合一した時、“彼”の無意識の自覚は解き放たれたのだった。

 

嗚呼、こここそが俺の、俺のための――――

 

 言い知れぬ生来の飢餓を耐え抜いた強靭な自制。それをおくびにも出さず平凡を偽り通した自律。そしてそれらを完璧に統御してのけた意志と理性。その身に見合わぬ本能のみが生まれつき肥大化したがゆえに、その制御に全身全霊を捧げた、平和の国のアウトサイダー。それこそが“彼”の正体であり、その持つすべてがバルバトス・ゲーティアに本来なければならず、そして致命的に欠けていたものである。欠けたピースを埋めなかった者と埋めた者。勝敗は必然でしかなかった。

 

 

 

 唯一残った右腕で上体を支え、恨みがましく己を見るオリジナル。まさかここまで見苦しい男だとは思っていなかった“彼”は、二重の意味でとどめを刺すべく口を開く。

 

「寄生虫の一撃のお味はいかがかな、オリジナル? ま、所詮貴様は(アトワイト)の尻を追い回すので満足しているヘタレチェリー、女を抱く度胸もなければ金もないときた。そんなどこに出しても恥ずかしい童貞坊やに負ける道理なぞ、この俺が持つはずないわなぁ……ククッ、クハッ、クカカッ、クァッハハハハハハ!!

 じゃあな、可哀想なバルバトス坊や! 来世で呪いの装備を外せる(童貞卒業できる)ことを、老婆心ながら祈っておいてやるよ!」

 

 哄笑とともに振り下ろされた《ディアボリックファング》が、屈辱と憎悪に染まりきったオリジナルの残滓の顔面を完膚なきまでに撃砕する。残滓の残滓すら余さず爆散したのを見届けると、“彼”は鼻を鳴らし天を仰いだ。いつしか熱風は止み、業火に焼かれていた天に日が昇りつつある。もはや異物と化したかつての主を下したために、覚醒が始まったらしい。もはやこの場を訪れることもなかろう。

 

「あばよ、オリジナル――」

 

 吐き捨てた直後、中天より光が降り注ぐ。目覚めの光を総身に浴びつつ、バルバトスの意識は暫し途絶えた。

 

 

 

 

 

 一方、地上軍総司令部・技術本部第二兵装実験室。想定値を超える晶力を吸い込みつつも沈黙したチャンバーを前に、パーソナルパターンの乱れを解析したハロルドが真相に近づきつつあった。あくまで近づきつつあるだけで、“異界よりの憑依者”なるSAN値を銀の鍵の門の彼方に投げ捨てた結論は永遠に導き出せないにせよ、それ以外は概ね正しいと言っても過言ではないだろう。さすがは地上軍の誇……っていいのか甚だ疑問だが、とにかく超級のマッドサイエンティスト(天才と何とかは(中略)むしろ完全に向こう岸)だけはある。

 

「要するにね、こいつの人格はある時を境に入れ替わったのよ」

 

 ハロルドの出した結論とは、精神の奥底に封じられた人格の叛乱というものだった。彼女は語る。かつて封じられていた副人格が、何らかの理由で縛鎖の緩んだ隙に主人格を追い落としたのだ、と。かつて封じられていた副人格を、異界から飛来した憑依者に置き換えればだいたい合っている。

 そして、その追い落とされた旧主人格が反逆を試みたのが、あのパーソナルパターンの乱れなのだ、とも。数分間せめぎ合うようにそのパラメータを乱れさせていたふたつのパターンのうち、ある時を境に片方だけが消失した。これが意味するものは――――

 

「現行の主人格が勝ったのなら問題はないのよ。あいつは少なくとも話の通じるキチガイらしいし。でも、旧主人格は違うんでしょ?」

 

「ああ、色々と酷かった。だからこそ、今のバルバトスは信頼に足ると思えるんだが……仮にかつての状態に戻ったら、どうなることか」

 

 ディムロスの問いに、ハロルドはややズレた無情な答えを返した。

 

「人格のスキャニングとプロトタイプへの投射は既に終わってるわ。問題は、投射された方――つまりチャンバーから出て来たあいつがまともなキチガイかイカれたキチガイか、こっちじゃ判別できないってとこね」

 

「もしも制御できない方だったら?」

 

 カーレルの呟きに、ディムロスが顔色を微かに失いながら応えた。地上軍の全施設が地上から消えるだろうな。そして、その予想は恐らく正しい。

 “彼”が散々に扱き下ろしたとは言え、この世界において上から数えた方が確実に早い程度には強者だったのが、オリジナル・バルバトスである。そこにソーディアンのスペックブーストが加われば、それくらいはしてのけるだろう。ソーディアンを持った己をディムロスなら殺し尽くすと確信したバルバトス同様、ディムロスも彼に対し変な確信を持っていた。奴なら絶対に殺る、と。

 

 ここまで無言を貫いているバルバトス絡みの話題に絶対入らないウーマン・アトワイトを除く三人が、じっと視線をチャンバーに突き刺す。どちらが出て来る? 狂戦士(キチガイ)か、それとも狂戦士(リミッター付)か?

 静寂を破ったのは、チャンバー内被験者の意識覚醒を告げるコンソールからのシグナルだった。各種パラメータをチェックしたハロルドが、ディムロスと兄に視線を向け、頷きが返ったのを見計らって幾つかトグルスイッチを弾き、左端のレバーを手前に倒す。気の抜けるようなBEEP音とともにチャンバーのロックが外れ、スライドドアがチャンバー内にこもった熱気を外界に吐き出す。吐息とも呻きともつかぬものを漏らしながら、バルバトスがまろび出た。

 

「ぬ、ぐぅ……まったく、なかなかの熱烈歓迎じゃねぇか。まさかあんなもんに今さら出くわすとはなぁ」

 

 首をゴキゴキと鳴らし、片膝の態勢からわずかにふらつきつつ、左手で顔を覆った狂戦士が立ち上がる。三人を庇うように愛剣の柄にさりげなく手をかけたディムロスが、青い魔人に問いかけた。

 

 ――――バルバトス。お前は、どっちだ?

 

 左手を下ろし、ディムロスに視線を向けつつ、男はきょとんと両眼を瞬かせた。和やかに話す、混乱してマッドサイエンティストをつまみ上げるのに続き、狂戦士レア行動集第三弾である。

 が、己の危惧されているところを遅れながらに理解したのか、今度は右手で顔を覆いながら爆笑した。のけぞり過ぎて色々と愉快な体勢になっているが、些細なことか。

 

「くッ、くはッ、ぶふッ、ゲェハハハハハハハッ! わ、笑わせるんじゃねぇよディムロス、こちとら寝起きだってのに、くくく、ぶはッ、キヒッ、ヒィハハハハハハ!!

 くはッ、かはッ、ぜ、ハァ……ッ、どっちかだとぉ? 随分と情けねぇこと言ってくれるじゃねぇか、ディムロスよぉ? 俺があの、どこに出しても恥ずかしい、童貞こじらせたバルバトス坊やに負けるってかァ!? 寝起きにかますにゃ冗談キツいぜ、おい」

 

 盛大に爆笑されてきまり悪げに頬を掻きつつ、ディムロスは爆笑する強面筋肉魔人にドン引きする三人に振り返った。間違いなくまともな方(リミッター搭載仕様)だという確信があった。彼の知るブレーキ&知性撤去仕様(初期型バルバトス)に、こんなフレンドリーな応対は不可能だからだ。インテル入ってもブレーキ撤去は変わってないとか言ってはいけない。

 ――それはそれとして。

 

「お前、え、本当に!?」

 

 今度はディムロス(と後方のカーレル)が笑撃に悶える番だった。あの強面ガチムチバーサーカーの口から「誰が童貞坊やになんざ負けるか」などというパワーワードが飛び出してきたのだ、さもありなん。

 

「おうよ。我が愛すべきオリジナル様はな、童貞こじらせた挙句女神様(アトワイト)にしつこくコナかけて玉砕を繰り返し、自棄酒して不貞寝したところを俺に居場所を奪われた、何とも可哀想な男というわけだ。笑ってやれ、俺が愉しい」

 

 バルバトスの口から語られたのはなんとも言い難い、しかし彼を知る者からすれば腹筋にエクスプロード直撃不可避の、あまりに情けない内実だった。それを思い出し笑いに頬をヒクつかせながら赤裸々に語るバルバトスも、大概外道である。

 ――で、ベルセリオス妹が危惧してんのは、イカれた能なしのオリジナル様が再浮上するかどうかだろ? その問いに頷くハロルド以下三人――やはりアトワイトは話に参加する気がなかった――に、魔人は語る。

 

「まず俺が理解したのは、目が覚めたら、というかこの体で覚醒した時には、既にこの体を乗っ取っていた、ってことだ。それ以前に俺自身の記憶の連続性はない。奪った体の方の記憶はともかくな。

 で、だ。どうも覚醒前の寝ボケた俺が、浮上時に奴の精神だか魂だかに特攻かましたらしくてな? 哀れオリジナルの人格は砕け散って消失し、その破片とも呼べん残滓が精神の座にしがみついてたんだが、それがスキャニングの際に浴びた晶力を糧に活性化したわけよ。

 そいつと一戦交えて、完膚なきまでに爆発四散させてきた。ま、次は絶対にねぇよ」

 

「ふーん、それで二人分のパーソナルパターンが検出されてたわけか。でも、同じバーサーカーって割には、随分と波形に差があったわよ? 片方は荒れ狂う大波か見境なく暴れまわるモンスター、でももう片方には必要なときにだけ巨大な力を吐き出す、知性の片鱗があったわ。やっぱりあんたは後者ね、話が通じる時点で前者じゃありえないわ」

 

 ――童貞と破壊衝動と英雄願望こじらせた奴と一緒にされてもなぁ……

 バルバトスの内心はこの一文に尽きた。なお、“彼”自身も憑依前後ともに素人童貞なのは永遠の秘密である。風俗嬢と素人で性差あんのかよニューハーフかオラァ!? という一部の熱い主張は置いておく。

 

 ともあれ、彼にとって最優先すべきは武具の馴らしだ。重心の変位、晶術ブースターとしての増幅具合、武器そのものとしての破壊力等々、実戦投入前に確認せねばならないことは山のようにある。何より、大戦斧の二刀流を早くモノにしなければならなかった。片手で殴り合いつつ片手で晶術ぶっぱ。その有用性がわかるがゆえに、テンション爆上げ不可避である。説明や能書きはどうでもいい、そんなことより実働試験はよ。

 ソーディアン初回起動時の人格コンフリクトの危険性等について珍しく真剣に説明しているのをガン無視し、ハロルドに一瞥くれて試作兵装(ディアボリックファング改)をチャンバーから外した魔人は、それを片手に背に愛斧を戻し、さっさと退室するべく踵を返した。どう考えても、今の己の全力にこの部屋が耐えられるとは思えない。となれば、最速で外に出て演習場を貸し切り――当然先客がいるなら追い出す。死人が出ないようにするにはそれ以外あるまい、常識的に考えて――一切の後顧の憂いなく全力ぶっぱ三昧を堪能する必要がある。

 

「試し撃ちするからデータ採取したいならさっさと来い、俺は演習場の貸し切り申請を出してくる」

 

 ぶっきらぼうにそう告げて足音高く退室するバルバトスからは、新たに入手した武具の試しを行うときの武人特有の妖しくも猛々しいオーラめいたものが立ち上っていた。

 それを聞いて弾かれたように顔を上げた天災マッドも、そこらからメモパッドと筆記具やその他データ採取用のフィールドワークキットをひっ掴み、戦闘狂の後を追って飛び出す。その背中から、マッドに属する者が実験の際に漏らす、怪しい笑みとオーラのような何かがドップラー効果めいて尾を引いた。

 

「くくッ、くふッ、クククッ――クァッハハハハハハハハハ!!」

 

「にゅふ、にゅふっ、にゅふふふふふふふふ……」

 

 後世にて、半ば外典めいた扱いを受けた名もなき軍人の回顧録に曰く。その日、同時多発的に発生したバーサーカーとマッドの笑みにより、少なくない者、特にリトラー総司令が胃痛を訴え、閉め切られた演習場から幾度となく立ち上るド派手なきのこ雲に白目を剥いてSAN値チェックを余儀なくされたという。




 あまり長引かせても何なので、バルバトス対バルバトス戦は巻進行で行きました。やろうと思えばかなり長引かせそうだったんですが、週刊誌のバトル漫画じゃないし別にいいかな、と。
 そもそも、ぶるぁぶるぁ言いながらむさい男が二人して殴り合うので尺稼ぐとか誰得? ……俺得ではありますが、あまり一話を長引かせても、そもそも“サクサク読めてきっちり完結”が目標ですしね。コンセプト外れはいかんです。

 そして明かされた別に驚愕でもない中の人インシデント。だがちょっと待ってほしい、私は中の人を一般人とは言ったが逸般人でないとは言ってません(ゲス顔)
 メンタル面以外のスペックはマジド一般人です、そこは明言しておきたく。バルバトスの肉体に適合するために反射神経とか戦場勘とかその辺は強制レベルアップしてますが、それだけです。
 これも明言しますが、これ以上主人公にテコ入れはありません。あったらミクトラン合掌不可避じゃないですか、やだー。
 だいたい、バルバトスボディに憑依しといて制御しきってる時点で人外級のマジキチメンタルだと思いません? 書いてる作者が言うのも何だが私は思う。

 ちなみにソーディアン・マスター適性があるのは中の人の方です。オリジナルにはありません。あったら困る。

 なお、総合的には主人公よりさらに強い《ディムロス・ティンバーwithソーディアン・ディムロス完全同調状態》とかいうドチート魔法剣士がいる模様。地上軍マジ魔境(ただし最上位層に限る)。



 誤字報告を適用完了しました。ふまる様、焼きサーモン様、ありがとうございました。


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6話

 お気に入り数3,200超!? しかもUA55,000突破ぁ!?
 未だに現実に理解が追いついていない感がありますが、身に余るとはいえ高評価は高評価。驕ることなく精進する所存です。


 バルバトス・ゲーティアが試作型ソーディアンへの人格投射実験に参加してから、おおよそ二ヶ月が過ぎた。この二ヶ月という期間のうち、実に四十日もの期間がコアクリスタルの製造に費やされている。地上の設備が空中都市群にどうしようもなく劣るという要因もあるにはあったが、それを抜きにしても高密度レンズ集積結晶の精製には物資・時間を問わず、莫大なコストが要求されるのだ。

 その間、地上軍は総力を結集して支部組織を使い潰しながら陽動と牽制を続け、まさに蛸が己の足を喰って生き永らえるが如く、なんとか中枢戦力を維持しつつもソーディアン計画の秘匿と完遂に成功する。まさに組織的奇跡の親戚であった。

 この二ヶ月の間、バルバトスは単独での戦線維持やコマンドを率いての敵突出部隊への強襲などで戦場を駆け回り、プロトソーディアン・バルバトスとの連携練度を高めていった。今なら単身敵拠点を強襲殲滅できる気がする、割と本気で――とは本人の弁である。誰もそこまでやれとは言ってない、と胃を抑えつつそれに返したのは地上軍総司令――メルクリウス・リトラーだった。最強の戦略家を胃痛枠に貶める男、バルバトス。色々な意味で傍迷惑な奴であった。

 

 さて、ソーディアン計画の完遂がなったとは言え、その慣熟訓練は未だ終わっていない。人格投射してはい実戦、と言うわけにはいかないのだ。一心同体ならぬ剣身同心ではあるが、最低限連携できなければ宝の持ち腐れである。まあ、多少マスターとソーディアンの連携がまずかろうと、超級の局地戦術兵器であることに疑いの余地はないのだが。

 これまで言及されてきたソーディアン計画の要諦は、局地戦術級インテリジェンス・ウェポン《ソーディアン》の集中運用により敵中枢たる第一空中都市(ダイクロフト)を強襲、拠点奥深くに隠る自称天上王(ミクトラン)を撃破。その独裁に依拠する敵指揮系統を撃砕し、地上軍に有利な形での早期決着を図るというものだった。

 もとより技術力の絶対的格差や絶対制空権の喪失から、早期決着以外に地上軍に残された道はなかったわけだが、ソーディアン計画実行に伴う陽動と牽制がそれに拍車をかけた。当然の話だ、ただでさえマンパワー以外でほとんど劣る地上軍が、そのマンパワーを使い潰して陽動となしたのだから。もはや地上軍統合本部中枢兼超巨大輸送艦《ラディスロウ》の再浮上シークェンスを急ぎ、それをもって敵中枢へ殴り込むこと以外に地上軍の目は向いていなかった。

 話を戻そう。その慣熟訓練の仮想敵(アグレッサー)として、我らが青い狂戦士が抜擢されたわけである。敵も早晩ソーディアン類似兵器の発案と開発に取りかかるだろう、という情報部の提言に基き、《ソーディアン・チーム》の慣熟と戦術構築は焦眉の急とされた。ゆえにこそ、彼らを除けば地上軍最強にして問答無用に地上軍最凶なバルバトスをアグレッサーに、実戦よりも過酷な訓練を行う必要があったのである。

 

 一部からは「地上軍最強の単独遊撃破城槌を戦線離脱させて大丈夫か?」という懸念も出たが、これにはふたつの要因から問題なかろう、という結論が出された。

 ひとつは、天上軍の戦略目標のために戦略級無差別地殻破砕射爆砲(ベルクラント)の発動が制限されたこと。ただでさえ気候変動とベルクラント乱射で雪が降りやすい地方に身を潜める地上軍主力だったが、近年は拠点周囲に商業区を構え、さあ撃ってみろと言わんばかりの大胆な態度に出ていた。ラディスロウの主動力炉を周辺地域の発電プラント用スターターにすべく、艦体の下半分を埋設するほどであるから恐ろしい。ベルクラントが撃たれれば即試合終了、敵チーム不在によりコールドゲーム成立不可避といったところか。だが天上軍は撃つことを許されない。撃とうものなら短期的には地上軍主軸消滅で天上軍大勝利だが、中長期的には干上がって試合終了待ったなしなのだ。

 その理由こそ、“緒戦でベルクラント撃ち過ぎ問題”という身も蓋もない、そしてド阿呆極まる天上軍の悩み(自業自得)だった。何の事はない、地上都市を消し飛ばし過ぎて地上人が各大陸に逃げ散り、少数で隠れ潜むようになり、さらに空中都市群直下に立ち籠める暗雲が光学観測網をシャットアウトするため、天空からの捕捉能力が極度に悪化。戦後を見据えた下層労働階級従事者(労働奴隷)の確保スケジュールが不透明になってしまったのだ。これにはミクトランも、苦虫をグロス単位で噛み潰したような苦い顔をしたという。

 なるほど、拠点を晒して挑発する地上軍本部は鬱陶しいことこの上ない。しかしそこに緒戦のように思考停止してベルクラントぶっぱしてしまえば、余波で周辺商業区も軒並み消し飛び、地殻ごと粉砕されて外殻大地の糧となってしまう。かと言って無人機兵団で制圧をかけようにも、統合本部を守るのはディムロス・ティンバー率いる地上軍最精鋭と名高い第一師団を筆頭に、ゲリラ戦のエキスパートたるイクティノス・マイナード、齢二十三にして天才軍師の評価を確立させたカーレル・ベルセリオス、初期の地上軍最高幹部であり今なお最強格の術士として健在のラヴィル・クレメンテと、綺羅星の如き人材が揃っている。

 そしてとどめに戦場で絶対遭遇したくない蛮族(地上人)筆頭(天上軍広報調べ)こと我らの強力若本、プロトソーディアン装備後はひとり増強中隊からひとり二個増強中隊に倍増してパワー満点気力充実、高笑いしながら両斧から交互にジェノサイドブレイバーぶっぱして無人機一個師団を単独殲滅してのけたバルバトスと、その突撃について来れる愉快な配下たちである。これら数の暴力を狂った質の暴力で覆す変態どもの前では、数の多寡などほとんど誤差に過ぎない。これが地方支部程度の標準戦力ならともかく、ベルクラントも駄目、数の暴力で駐屯戦力を引き剥がして制圧も無理となれば、苦々しく思いながらも放置するしかなかったのだ。

 ちなみに天上軍がなぜベルクラントを撃てないかバルバトスが知った時、彼は文字通り腹筋が攣るほど爆笑して医務室に通うハメになった。確かにアホらし過ぎて爆笑不可避な案件ではある。

 

 そしてもうひとつは、当のバルバトスが生み出した戦況の一時的停滞だった。二ヶ月に渡って最小でも大隊規模の無人機部隊をダース単位で完全破壊し、そのついでに天上軍の無人機制御用小規模拠点も数ヶ所地図から消して回ったのだ。いくら天上軍が無人兵器のオペレーターや保守点検スタッフ程度しか地上に降ろしていないとは言えど、それが片っ端から拠点とともに塵ひとつ残さず消し飛び、そもそもそれ以前に地上勤務を左遷か処刑宣告程度にしか認識していない天上人である。士気がダダ下がりして、進撃だの補充要員降下だのとやる余裕すら消し飛んでいたのだ。

 恐るべし蛮族。まさに力こそパワー……なのだが、これだけやっても厭戦気運が空中都市に広がらないあたり、彼らに施されたアジと植え付けられた選民思想は大概洗脳の域だったようである。もっとも、彼ら天上人の忠誠というか信仰は、もっぱら彼らが生み出した空中都市群とその動力源たる6m級超々高密度レンズ集積結晶《神の眼》に向けられており、彼らの長たるミクトランには向けられていないのが皮肉と言うべきか、間抜けな傀儡の王と嗤うべきなのか。

 

 ともあれ、ソーディアン・チームの慣熟訓練である。バルバトスからしても、この地上軍きっての強者たちとの合法的な交戦機会は望外の幸運だった。無人機をひと山幾らのスクラップor謎肉に転職させる簡単なお仕事が続き過ぎて、いい加減モチベーションが萎えていたのだ。ここらで休暇でもとって美味いメシと広い風呂でリフレッシュを、と考えていたところにこれだから、天は彼を見捨てていなかったらしい。思わずガッツポーズも出ようというものだ。

 そんなわけでソーディアン・チームの近接戦闘連携演習に臨み、右手にプロトソーディアン、左手にディアボリックファング――もちろんソーディアン・チームのそれも含めて重量バランスや形状のみを完全再現、刃引きされた模擬戦用の低致死性仕様(殺傷力がないとは言ってない)だ――を握り、二刀流の手数とフィジカルスペックに物を言わせた暴風の如き乱撃でディムロスと互角の戦いを繰り広げていた――この場合、大戦斧二刀流と長剣一振りで互角に渡り合うディムロスの方がおかしい――我らが歩くMAP兵器だったが、

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 当然、ソーディアン・チームはディムロスのみのワンマンアーミーではない。正面戦力(ディムロス)に気を取られて周囲への警戒がやや散漫化したのを逆手に取り、地形の多少の取っ掛かりを捉えたアクロバティックな三次元機動で筋肉魔人の死角を取ったピエール・ド・シャルティエが、文字通り雷速と見紛う突進から惚れ惚れするような突きを放つ。彼にしても、高速戦闘特化片刃剣(シャルティエ)と同調を始めてから最も手応えのある一撃であり、有効打を与えたと信じて疑わない一刺だった。

 が、しかし。

 

「温いわ! 死角取ったくらいで浮かれてんじゃねぇッ!!」

 

 ディムロスに踏み込みながらローキック気味の回し蹴りを放って後退させたバルバトスが、余勢のままにシャルティエに向き直り、左手から強烈なかち上げを繰り出す。そもそも敵包囲陣ど真ん中に殴り込んで全周囲に敵しかいない状況から、幾度となくその包囲を打通・寸断し友軍を連れて生還した男である。死角に敵がいるのは日常であり、それへの対処は最早本能レベルで肉体に染み込んでいるわけで、死角から殴った程度で有効打になるはずがなかった。周囲に意識を向けて当然、それを悟られずして当然な状況下でほぼ無傷の生還が日常の男を舐めてはいけない。

 が、シャルティエもさるもの。伊達や酔狂でソーディアン・マスターになったわけではない。強烈な振り上げを風に揺れる柳の如くしなやかに躱しつつ、斧頭の刃のない箇所を的確に蹴り上げて宙を舞い、さらに斧の側面に回し蹴りをくれてバルバトスの体勢を崩しながら側面に回り込んでみせた。それに合わせて踏み込み斬りを繰り出すチームリーダーと鍔迫り合いに持ち込みつつ、狂戦士の咆哮が轟く。

 

「二手で駄目なら三方からってかァ? 甘い、温い、足りねぇんだよッ! 轟炎斬! 斬空断ッ!! からのぉッ! 灼熱のバァァンストライクッ!!」

 

 左脇腹めがけてするりと走った対多数撹乱邀撃特化重突剣(イクティノス)を爆炎を纏ったディアボリックファングで叩き落とし、間髪入れず踏み込みながら逆袈裟に斬り上げたプロトソーディアンが、同時に振り下ろされた多元万能迫撃長剣(ディムロス)と激しく火花を散らす。右後方から再度神速の突進突きを放とうとしたシャルティエに目もくれず、ソーディアンに詠唱待機させていた中級爆炎晶術をそちらに解き放つ。演習モードで起動中のコアクリスタル間リンケージによる晶術データ送受信で加害半径を知り、瞬時にバックステップからバック宙を切ってチーム最年少の天才剣士が跳び離れる。

 可及的速やかに全力で離れる。その選択はベターなものではあったが、バック宙は拙いと言わざるを得ない。最低限、本当に最低限、バルバトスから目を離すべきではなかった。

 

「戦場で強敵から目ぇ離すたぁ、舐めてんのか小僧ッ!!」

 

「しまっ……!?」

 

 強引にディムロスを押し切ったバルバトスが、咆哮とともにシャルティエに吶喊する。自身にのみ向けられた巨斧の破壊力に盛大に顔を引き攣らせ、青年は周囲に視線をさまよわせた。

 

 周囲に足場――なし。そもそも一番近い壁や岩はバルバトスの向こう。

 

 蹴り飛ばして方向転換できそうな飛散物――突進してくる狂戦士の後方にしかない!

 

 着地――するより先に追いつかれるに決まってる!!

 

 ああ、終わった。「諦めろ、試合終了だ」と脳内で囁くふくよかな白髪の老人を無視しつつ、せめても足掻いて味方の付け入る隙に繋げようと、防御姿勢をとるシャルティエ。しかしこの場合、相手が悪過ぎた。

 

「諦める暇があったら攻めの方向で足掻け! くよくよと縮こまってんじゃねぇぇぇッ!!」

 

 いっそ呆れるほどに躊躇呵責ない突撃で追い着き、その余勢を存分に活かして横殴りに振るわれた右の大戦斧が、健気なガードを一切の抵抗も許さず撃砕し、インパクト直前でくるりと手の中で回転した斧の背が左脇腹を痛打する。完璧に手加減されたとシャルティエが痛感する間もなく、そのまま横薙ぎに吹き飛ばされた青年剣士は、痺れる右手を軽く振りながら叩き落されたソーディアンをひっそり回収しようと身を屈めかけた、イクティノスのみぞおち付近に右肩から直撃。揃って昏倒という結果とあいなった。

 

「さあ、これで一対一だ。お互い存分に全力で戦えるわけだが、まさか事ここに至って否やはねぇだろうなぁ――ディムロォォォス!!」

 

 満面の笑みを浮かべ、両斧を翼の如く翻し、踏み込みごとに後方に土石を散弾めいて吹き飛ばしながら突撃するバルバトスに対し、地上軍最優にして最強の戦士も、戦意と闘志に溢れた笑みを浮かべ剣を構え直し、右脇にソーディアンを構えて吶喊姿勢をとった。

 

「ソーディアン・マスターとしての現状の経験差はともかく、今までの模擬戦績は俺の勝ち越しだぞ? まさか忘れたとは言わせん――バルバトスッ!!」

 

 突進、剛断、斬岩、激突。バルバトスは己の越えるべき壁を今こそ打ち破れるかもという可能性に猛り、ディムロスは己の全力を受け止めてなお、真っ向から殴り合える唯一の相手との久々のタイマンに心躍らせ。互いに全力で戦い合える喜びに哄笑しつつ、ふたりの危険過ぎるバトルワルツはその後二時間に渡って上演された。

 

 

 

 

 なお、バルバトスはこの演習で対ディムロス累計敗戦数をひとつ増やし、ノリノリで戦い過ぎてまたも演習場を更地にした咎でディムロスともども正座させられ、そろそろ胃薬が効きづらくなってきたリトラーに説教されるというオチがついた。

 

「だから! あれほど演習場を使う際には周囲への被害に気を配れと何度も言っただろう!? ディムロス、君もだ! 久々に全力で戦えるからって、君までノリノリで演習場を破壊してどうする!? 彼がプロトソーディアンの実働試験で更地にしてから、まだたったの二ヶ月だぞ!?

 こら! ゲーティア中佐! 足を崩すな! まだ私の話は終わっていないぞ! いい加減叱責パターンが108を越えそうなのだが、君はいつになったら自重というものをだな……!!

 次、そこ! ディムロス! 自分に怒りが向いてないからって指差して笑うんじゃない! 君にも言いたいことは山ほどあるぞ! だいたいだな、いい年と階級なんだからいい加減指揮官先頭突撃という無茶をやめろとあれほど前から言ってるのに君という奴はだな……!」

 

 日頃の胃痛と鬱憤を全力開放する剣幕のリトラーにはさすがに逆らえず、いい年こいたバトルマニアコンビは部下の手助けなしで、さながら月面のようにクレーターの海と化した演習場をふたりして均す罰を与えられることとなった。

 

「なあ、バルバトス……」

 

「ぁん? 喋ってる暇があったら手ぇ動かせ。まだ四割弱も終わってねぇぞ」

 

「……次からは、自重するか」

 

「次までにお互い覚えてたらな……」

 

「何だか、前にもこんな事を言ったような気がするんだが……」

 

「奇遇だな、俺もだ。まあ、覚えてたらこんな事にはならんわな」

 

「……まったくだ」

 

 ――ハァ……。揃ってため息を吐き、のろのろと手押し車にシャベルで土を放り込みながら、いい年こいた馬鹿ふたりの嘆きが夜天に消えた。

 

『どうしてこうなった……』

 

 この馬鹿どもはいい加減自重を覚えるべきである。




 ということで、ソーディアン計画実行中の天地両軍の状況とかちらっと開示してみたり、軽ーくさらっと巻進行で演習描写してみたり。

 ディムロスは超強い、という拙作での設定。いやもう、ソーディアン装備前に裏切ったバルバトスを単身処刑してる時点で、割と人外な強さだと思います。そこから逆算しつつ、チートにならない程度に盛っています。
 まあどんなにディムロスが強かろうが、さらにその上を行く変態三つ編みマッスル剣士ミクトランがいるので……お前その巨軀で科学者はねーよ。なんだよ身長2m体重100kgって。ジャイアント馬場か。

 誤字報告を適用完了。春花火様、ありがとうございました。

 誤字報告して頂いたyu-様、そこは「どうせ足掻くなら攻めの姿勢で足掻け」という意味合いですので、申し訳ありませんが誤字ではないです……。ですが、わかりにくい表現でしたので、わかりやすい表現に改変しました。
 これからもビシバシ誤字報告して頂ければ幸いです。


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7話

 ハローシャークネード(サメタルマンの人的挨拶)
 頭の中である程度形になっているストーリーを出力できないのが、ここまでストレスフルとは思いませんでした。なのでいったんスランプ入った諸々をリセットすべく、メタルマンの人のサメ映画レビューとかクソ映画レビューとか観てたら一月オーバー経過していたという罠。

 とりあえず、個人的にジョーズとディープ・ブルーの鉄板無敵超人コンビを除いたサメ映画のツートップはシャークトパスとシャークネードのシリーズです。異論は認める。


 高出力レンズ高圧縮集積結晶を核とする局地戦術決戦兵装(ソーディアン)開発計画が、地上軍統合本部からの最優先戦略として正式に発令されて二ヶ月。ソーディアン・チームとして召集された面々が人格投射をつつがなく終え、地上軍でトータルスペックが最も自称天上王(ミクトラン)に近い男を仮想敵(アグレッサー)に戦術連携演習を開始してからさらに一ヶ月。都合三ヶ月の間、関係者が胃壁とSAN値を削り、そして主にバルバトスとディムロスが物理的に地形を削りながら、ついにソーディアン・プロジェクトは最終局面を迎えた。

 演習の最終段階として、天上軍拠点で唯一天上人の戦闘部隊を有する基地を強襲・撃滅したことで、天上軍指導部にも地上軍の切り札の存在が露呈した可能性が高い。それそのものは許容されるべきリスクではあったし、敵が類似兵器を実用化・量産する前に速攻をかけるのは当初からの想定である。

 そういう意味では、ソーディアン・チームの演習完了とほぼ時を置かずして、巨大航空輸送艦《ラディスロウ》の船体発掘が完了したのは望外の幸運だった。周辺区画用発電プラントの発動機(スターター)としての役割を終えて埋設していた船体下半部を、想定をはるかに超える速度で風雨の下に戻した功労者こそ、これまで関係者の胃壁にヤスリがけしていた例のアレ(バルバトス)だった。戦装束を作業服に着替え、首もとにタオルを引っ掛け、大戦斧をシャベルやツルハシに持ち替えて豪腕を振るい、ときおりタオルでガシガシと首筋や顔の汗を拭う姿は、どこからどう見ても土方の親方にしか見えなかった。あまりに似合い過ぎて通りがかったディムロスが爆笑し、ツルハシとシャベルの二刀流を振りかぶった若本土方スペシャルにディムロスが追い回される事案が発生したくらいである。

 

 さて、本人としては極めてシリアスでありながら、ギャップと似合いっぷりで腹筋に三連殺をかます強力若本はさておき、ラディスロウの船体発掘と並行して進められていた強襲特装艦への改修計画策定も、概ね雛型の完成を見ようとしていた。元々のサイズゆえにタフネスという点では十分なものを持つとはいえ、第一空中都市(ダイクロフト)への吶喊を敢行するには不十分に過ぎる。輸送艦に戦闘艦ほどの装甲や損傷復旧/最小化設備(ダメージコントロール)は不要であり、戦闘艦の護衛を受けながら物資輸送を行うのが、そもそもの輸送艦の本分だからである。

 だが、地上軍に残された唯一の中規模以上航空艦がラディスロウのみであるとなると、話は変わってくる。これしかないのだから、これを目的に合うよう改修するしかないのだ。戦後の運用を考慮して輸送能力の減少を抑えつつ、速度と防御力を限界まで強化し、さらにダイクロフトの底部装甲を貫通せしめる突破力までも付与せねばならないのである。いくらハロルド・ベルセリオスと亡命科学者陣が人知の限界に挑む超天災と天才の群でも、さすがに取っ掛かりもなしにこれを解決するのは無理難題に過ぎた。

 動力炉の中核を担う大型レンズ集積出力機(クラスター・レンズ・ジェネレーター)の過半出力を用い、攻性晶力力場(フィールド)で艦体を防護。艦首に組み込んだ吶喊衝角(ラム)にフィールドを収束させ、ダイクロフトに突撃する……というところまではつつがなく進んだが、問題はそこからだった。どうあがいても、ダイクロフト底面を貫通し、有人稼働区画までの活路を拓くだけの突破力を見出だせなかったのだ。出力配分をフィールドにもっと回せば突撃力には太鼓判が押せるが、今度は成層圏への上昇力を失ってしまう。そうなってしまえば、ダイクロフトに辿り着くことすらできなくなる。

 

 この難題に“取っ掛かり”を与えた――つまりは発想のブレイクスルーをもたらしたのもまた、我らが筋肉魔人であった。たまたまプロト・ソーディアンの定期メンテナンスを受けに技術本部へ赴いたバルバトスと、“脳筋だしどうせ役に立つまいがストレス解消にはなるか”と軽い気持ちで意見交換することにしたハロルドにしても、まさか全身全霊を戦闘に特化した男に建設的な案が出せるとは思っていなかった。

 が、忘れてはならないのは、艦対都市とはいえ戦闘は戦闘であるし、こと戦闘という一種の破壊行為にかけて、人類でバルバトス・ゲーティアほど習熟している存在はまずいない。しかも、そこに異世界製の人格が組み込まれているとあれば尚更である。彼の戦闘に特化した頭脳と異界の思想・思考形式が結合した、極めて特異な神経電位の統合集積体は、この星に住まう人類であればまず思いつかない、ひどく奇抜な解決法を見出した。

 ただ突撃するだけでは足りないのなら、突撃の威力を高めるためのちょっとした()()()()を加えればいい。そしてこの星には、彼の知るそのスパイスの基となる機器が存在しなかった。厳密に言えばあるにはあったが、動力化される前に廃れてしまった。そんな非効率的で原始的なものより、収束光条体を用いた高熱溶融掘削――要するにレーザー掘削の方が、同じだけの出力を必要とするなら省スペースかつ高性能だからだ。ましてやレンズという、星海からの贈り物(超小型高出力エネルギー機関)があるのだ。機械式掘削が駆逐されたのも、ある意味では必然と言えよう。

 

 そんな理由で開発者達の脳裏を(よぎ)ることすらなかった、その忘れ去られた機器を用いた発想――すなわち、回転である。ラムで足りないのであれば、ラムを回転穿孔衝角(ドリル・ラム)にすればいいのだ。これがただのドリルであれば、ダイクロフトとの接触・穿孔開始からそう経たぬうちに接触摩擦により停止し、固定されたドリルユニットの代わりに船体が振り回される醜態を晒すだろう。

 しかし、ラディスロウに増設予定の艦首衝角は、攻性フィールドを纏う非接触型である。ドリルユニットの接触・摩擦干渉による穿孔停止と、その後の反作用で起こる船体の反動回転は起こり得ない。フィールドの流動をドリルの回転と同期させれば、力場のうねりが刃となり、さらに捻転作用で収束度を高めたエネルギーの渦が都市底面装甲に多大な損傷を与え、もって貫徹させるだけの威力をもたらすことは確実だ。

 これだけの閃きを超天災に与えた青い脳筋の放った言は、たった一言。

 

「衝角を回しゃ済むだろ?」

 

 たったこれだけだった。もっとも、語尾に“天才が雁首揃えて唸ってるかと思えば、ンなことも思いつかなかったのか”という、彼らしからぬ毒舌が付いていたのだが、この辺りは世界間の技術発展経緯、ひいてはレンズとの邂逅という絶対差異が存在するのだから、両世界の存在を知るバルバトスにしか思いつけない発想である。思いつけなかったのを貶すのはさすがに傲慢といえよう。

 

 この単純明快極まりない回答に対し、当初のハロルドの反応は緩慢極まりないものだった。鼓膜を震わせ脳に届いた言に対し、オウム返しに呟くのみであったのだから、どうやら彼女にとっては回答があったこと、それそのものが想定外であるらしかった。

 しかし、驚愕からひとたび復帰すれば、彼女の思考は正しく雷速で解決策を見出した。神経網の跳躍伝導機構と電気・化学の両シナプスが悲鳴をあげながら、神経電位とカルシウムイオンを人体の限界を超える速度と量で移動し思考を加速せしめ、爆発的に分泌された脳内麻薬が神経が悲鳴代わりに放つ痛みを抑え込みつつ、さらなる高みへと中枢神経を超過駆動させる。限界の限界を超えた超々超過駆動の代償として、いわゆる誤用であるところの知恵熱にも似た発熱を覚えつつも、彼女の正しく規格外な処理速度と発想を併せ持つ思考回路は、バルバトスが意図した以上の結果をマイクロ秒にも満たぬ超速で導き出してみせた。

 

 その結果。

 

「いやー、だめもとで話を向けてみるもんね! まさかあんたみたいなウルトラ級の脳筋から最善手が飛び込んでくるとか、思ってもみなかったわ! あっはっは!!」

 

 一見矮躯と見紛う、その実起伏の激しい女体(トランジスタグラマー)が強面と敵軍の残骸への転職勧告(強制)で名高い地獄から這い出た筋肉魔人(マッスルインフェルノ)に飛びつき、高笑いしながらヘッドロックをかましてつむじの辺りをバシバシとシバき倒す、という笑劇の光景がそこにあった。一部の人間(主にカーレル)からしたら衝撃を通り越してSAN値直葬ものの光景なのだが、それはさておき。

 

「えぇい、鬱陶しいッ。放さんかハロルド! 俺は貴様の玩具ではない!」

 

 色々な意味で限界を試されつつある自制心を総動員しつつ、できる限り紳士的に(手加減して)ハロルドをひっぺがしていつぞやのようにつまみ上げ、バルバトスは心底うんざりした体で盛大に溜息を吐いた。まったくこの女ときたら、自分の肢体が相応以上に()()()を持つことを知らないらしい。でなければ、あんな無頓着な格好や言動などするものか。目許の隈隠しの厚化粧や梳かすことすらしない寝癖をどうにかすれば――ついでに不規則過ぎる生活サイクルを正常化して隈を消せば、これで誰もが振り向く美女になるというのだから、世の中わからないものだ。少なくとも、人類に資質を与える担当の神は相当に不公平であるらしい。

 放せ下ろせとジタバタ暴れる小柄な超天才の、傍から見て下着を着けているのか不安になるレベルで揺れ動くふたつの瑞々しい果実に吸い寄せられそうになる、ともすれば己が内心感じている欲情を剥き出しにせんとする視線を鋼の如き自律心で強いて遠ざけながら、バルバトスは再度溜息を吐いた。もっとも、その意味合いは初めのそれとは違い、己のいろいろな意味での欲動の強さへの呆れだったのだが。色を知る年でもあるまいが、魔法使い(DT歴32年)の呪いから解き放たれたカタルシスは伊達ではないのだろう。たぶん、おそらく、きっと。

 ここにいつぞやのようにシスコン大軍師(カーレル)がいれば、韋駄天顔負けの速度と仁王もかくやの形相で突撃・特攻・吶喊しただろうが、あいにくここにはマッドと狂戦士のSAN値直葬コンビしかいない。被害者がほぼ出ないのが救いではある――今のところ、バルバトスの理性以外には。

 

 いきなり手近のデスクに下ろされ、手荷物か大猫よろしく扱われたこと――『今日(平時)の俺は(常に)紳士的だ』をモットーとする現在のバルバトスからすれば、少々紳士的とは言い難い――にぶーぶー不平をたれつつ、艦首増設衝角の再設計案を書き殴るハロルドもまた、己の知性でも評価・客観化しきれない奇妙な情動――要するにバルバトスへの執着に、内心首を傾げていた。

 その執着がどこから来るものなのか。あの男の何に対するものなのか。最初は単に、ディムロスと互角に殴り合える頭のおかしいバーサーカーとしか認識していなかったのが、どうしてこうも執着するのか?

 そもそも、彼女をして衝動的にアレ(筋肉魔人)を押し倒し、子を仕込めと迫らせる執着という時点で大概である。彼女は当人としては可能な限り、冷静かつ理性的に装って“地上軍最高の頭脳と最凶の武を融合させるという実験”という建前を強調したが、当の魔人若本が“戦争が終わるまでは子作りなんぞする気はないし、戦後に自分の居場所など存在しない。己の相手を寡婦や母子家庭にするなど俺の矜持が許さん”と拒み、互いの腹に収めたことでなかったことにはなった。その後数日奇妙にギクシャクしたので、一応、ではあるが。

 後付とはいえ、バルバトスとの間に生まれる子の資質に、生物学的、あるいは遺伝学的形質発現の面から見て興味をそそられたのは間違いなかったが、その発端が己にも制御できない衝動という点が、ハロルドにとってはそれなり以上に屈辱だった。彼女の突発的なMAD行動は、彼女なりの理論武装と自律によって制御されていたからだ。それが傍目にニトロチャージャー全開ブレーキ全壊にしか見えないのが、残念でもなんでもなく当然なのは事実としても。自分の持ち得ないものを持つ者への某かの感情が働いているのだろう、というところまではハロルドにも容易に理解できたが、しかしそれはそれとして、衝動のままに痴女い迫り方をするとか黒歴史よね、という反省とささやかな悔恨、ついでに特大の羞恥を覚える程度には彼女も女性(にょしょう)だった。

 

 そんなアレコレを思い出したか、微妙にピンクがかった気まずさを覚えつつあった両者だが、半刻ほど続いた無言と退出の機会を逸したのに辟易したか、とりあえずの雰囲気転換のきっかけを求めて視線を宙に彷徨わせていたバルバトスが、間を置いて数度鳴らされたインターコムの呼び出し音に再起動する。ここにハロルドがいる事を知るのは基本的に部下のみである以上、某か報告すべき事案があるのだろう。

 

「おい、ハロルド。貴様の部下が呼んどるぞ? ……おい。…………えぇい、こういうのは俺の仕事じゃねえだろうが!」

 

 半ば忘我の域に踏み込みつつ、ブツブツと何事か呟きながら一心不乱にラディスロウの三面図を埋め尽くさんとする勢いで殴り書きを続けるハロルドに、呆れた顔で最大限紳士的な手加減威力のデコピンかまして再起動を試みつつ、デスクのインターコムを操作しドアロックを解除する。スライド式自動ドアの開く音に続き、ゴム被膜の擦り切れたタイヤの転がる音とともに、失礼しまーす、とドアの向こうから聞こえてくるやや間の抜けた挨拶。自分の部下なら再ブートキャンプ不可避だな、と微かに工兵の訓練過程に呆れを覚えつつ、まあ前線に出ないのが大前提だししかたあるまいか、と思い直したところで、カートを押す金色のツンツン頭を先頭に入ってきた5人の志願兵が、何事か衝撃を受けたような体で急停止した。より正しくは、ツンツン頭が急停止したので後ろの4人もそうせざるを得なかったと言うべきだが。

 

「ば、」

 

「ば?」

 

 ぱくぱくと口を開閉しながら呆然とする金色ツンツン頭を、後頭部をはたいたり肩を叩いたりして再起動させようとする銀髪の軟派風な褐色男、その後ろで額に手を当てながらうんざりした風に首を振る仮面の少年を面白げに眺めつつ、バルバトスはとりあえずおうむ返ししてみることにした。芸人集団かな、という一瞬の気の迷いはあさってに放り投げておく。

 

「ば、ば、バルバトス・ゲーティア中佐ぁ!? 本物だぁ!」

 

「いきなり大声でタメ口きいてんじゃねぇよカイル! 色々と失礼だろうが! ……っと、失礼しました、中佐! 孤児院出のうえ、行儀作法を仕込まれる機会がなかったものでして」

 

 孤児院こそ行儀作法仕込むだろ卒院後の就職優位性的に考えて、という突っ込みを瞬時に脳内で破棄しつつ、青の魔人は気にするなという風に、ペコペコと頭を下げる褐色男に重々しく頷いた。どうにも突っ込みどころの多いメンツだが、褐色男は正規の教練を受けたと思しき体捌きだし、仮面の少年に至ってはどこぞで見覚えのあるような、しかしどうにも判断に迷う重心移動と運足をしている。やたらキラキラした目でこっちを見るツンツン頭も、体捌きや重心移動は素人のそれではない。

 残りの少女2人も後衛としては並の正規兵を余裕で超える力量を持つ、と瞬時に看破し、まあハロルドもなんだかんだ言って観察眼は卓越してるし天上軍のスパイではなかろう、スパイにしちゃ目立ちすぎるし、と自身の部下でもないし丸投げ上等を決め込んだバルバトスは、彼らの上司の簡単な扱い方だけ教えてさっさと帰ることにした。

 

「放っとくと延々研究に没頭し続けるから、適度に再起動させてメシなり風呂なり誘導しといてやれ。俺は帰る」

 

「あ、ゲーティア中佐! 帰る前にサインください!」

 

「おいコラカイルぅ!? 俺ついさっき失礼だろっつったよなぁ!? 人の話聞いてたか、このバカイル!」

 

「カイル、さすがにこの状況でそれはどうかと思うの……」

 

「こういう場合、あたしは何て言えばいいんだい?」

 

「……この馬鹿どもがッ」

 

「とりあえず、文面は“カイル君へ”で構わんか? サイン書くのは初めてだから、ようわからんのだが。それと何に書けばいいのかもな」

 

 実は旅芸人一座か何かじゃなかろうかと内心本気で悩みつつ、退室前に差し出された手帳に、律儀にサインを書いてやるバルバトスであった。

 なお、ハロルドは強制リブートの試みもむなしく改修案の書き殴りに戻った模様。




 オリバトス、土方のあんちゃんスタイルで土掘ったり、行間で色仕掛け食らってたり、カイル君御一行とさらっとエンカウントするの巻。そしてラディスロウ魔改造。
 いやね、ただの輸送艦がダイクロフトに凸して無事とかねーよ→じゃあラムとか付けんとあかんわな→でもただのラムで底部装甲抜けるか?→よし、ドリルだな――――って発想リレーなんですけどね。我ながらキマってるわ。

 そして色仕掛けの後遺症に悶々としつつハロルドに接するオリバトスと、自分の抱く感情を理解しきれず悶々とするハロルド。色を知るべき年に知らないとこうなりますよ、たぶん。私みたく。……おっと心は硝子だぞ。
 というか実際にくっつけたら9歳差カップルなんだが、こんな初々しいのか何なのかわからん状態で大丈夫かオリバトス。お前らトシ考えろ。いや、くっつきませんけど。くっつく前に話終わりますけど。

 カイルはあれです、英雄譚中の人物にリアル遭遇してテンションゲージぶっぱ状態。この頃の彼は本来もっとまともです。ソーディアン見たりしてちょっと戻りかけるけど。
 なんでソーディアン秘匿されてんのにプロトソーディアンのマスターが記録されてんの、は無しで。たまたまカイルの持ってたものの本がバルバトス関連の記述付だったってことでひとつ。

 ハロルドはなんだかんだ言って、外見込みの自分のスペックには無頓着じゃないと思う。隈隠しだけじゃなくて自衛入っててもおかしくないんですよね、彼女の化粧。ちなみに寝癖と化粧をどうにかしたら美人、というのは公式設定。ただし童顔ちゃん。
 というか彼女、ドット絵が正しければもろトランジスタグラマーなんですが。実際にはドッターの人の性癖が暴走しただけっぽいんですが、おっぱい星人の私大歓喜。童顔トランジスタグラマーとか大正義だろネロちゃまファン的に考えてッ!
 ということで、拙作のハロルドはマナイタックステートに喧嘩売ってます。つーかTOD2にガチの巨乳キャラっているんだろうか。設定画だとみんな胸薄いようnアバー


 後書きといいつつこれじゃ活動報告ですね、無駄に長くて申し訳ない。


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