Fate×Dark Souls (ばばばばば)
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1話

 FateとダクソのSSは結構ありますがどの作品もダクソ主人公が強くてかっこ良すぎだと思います。自分が見たいのはネズミやモブにたかられてすぐ死んだり、ビビって遠くから弓を撃って即逃げしたり、糞団子を常に懐に仕舞っているようなクソ雑魚ナメクジ系頭おかしいダクソ主人公です。誰か書いてくれませんかね。基本ギャグです。





 騎士は敗者であった。

 

 その騎士を見ればひどく小汚い。

 

 騎士の身には上質であったであろう鎧はすでに金属特有の輝きはとうに失せ灰色にくすみ、あるいは群青色であったであろうサーコートは摩耗してくたびれている。

 

 姿をみた誰もが思うであろう。

 

 

 あれはすでに燃え尽きてしまっている。

 

 

 微動だにせず篝火の灰を被る騎士はもう何もなすことはない。

 

 

 彼はもう動けない、彼に関わる存在もなかった。

 

 

 彼も考えてはいたのだ。

 

 繰り返す世界の中で、自分よりも多くの数で襲いかかる兵に勝つ方法

 

 自分が動くより素早く動ける獣に勝つ方法

 

 自分の膂力を優に超える化物に勝つ方法

 

 自分より巨大な、自分より技量の高い、自分より、自分より、自分より……

 

 

 そして今、心折れようとしていた。

 

 

 今、長い長い時の中で思考さえも放棄しようとしていた。自分には無理だ、もう疲れた。いい加減休んでもいいだろうと

 

 しかし、その諦めの直前で騎士は気づく。

 

 別次元に存在する者たちの標である光を放つ刻まれた紋様。

 

 敵対の赤、協力の白、太陽の黄、そのどれにも当てはまらない輝きを放つ奇妙なサインが浮かんでいるのだ。

 

 その不思議な光景を見て久方ぶりに思考が戻る鎧の騎士、サインは全てが歪んだこの世界で、ひたすらまっすぐで力強い光を発している。

 

 

 彼はその光に眩しさからか手をかざした。

 

 

 

 その瞬間

 

 

 

 ──別世界に召喚されています──

 

 

 ──別世界に召喚されています──

 

 

 ──あなたは英霊、バーサーカーとして、別世界に召喚されます──

 

 

 

 ──主人 Rin の世界に召喚されました──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠坂凛はたった一つの欠点を除けば優秀な魔術師である。

 

 

 若くして冬木の土地の管理者として遠坂の六代目継承者を務めながらも、知識、体力、美貌を兼ね備えた人物である。

 

 凡人なら増長しておかしくない才能であるが、彼女はそれに驕らず備えを怠らない周到さも持ち得ていた。

 

 そのような正に完璧と言った人物が遠坂凛という少女である。

 

 

 その稀有な才能は、彼女の宿願でもある聖杯戦争でも発揮された。

 

 入念な下準備、魔術工房の改造、宝石魔術の用意

 

 そして、戦いの趨勢を決めると言っていい、サーヴァント召喚の段取りも如才なく、完璧に行われた。

 

 万全な体調、理想的な月の満ち欠け、霊地よりかき集めた十分な魔力、綻びなく描かれた召喚陣

 

 英霊を召喚する上で重要となる縁にちなんだ触媒こそ用意できなかったが、それは落ち度ではなく、彼女があえて選ばなかったからである。

 

 

 召喚した英霊が自分の性格上の相性がいいかは運しだい、触媒を用いない召喚は、召喚者と最も相性がいいサーヴァントが選ばれることを考えれば、彼女は触媒には拘らなかった。

 

 使用する触媒は、父から譲り受けた強力な魔力を有している赤宝石。

 

 父から受け継がれたこの力で召喚に挑む。

 

 才能あふれる彼女はそれを使うことで最優のサーヴァントであるセイバーを呼ぶ自信が彼女にはあった。

 

 

 

 そうして訪れる、召喚実行の日

 

 

 彼女は召喚までの準備をすでに済ませ待機している。

 

 その姿は今後の命運を左右する重要な場でありながら優雅であった。

 

 

 

 ここで、急ではあるが、彼女のたった一つの欠点について話そう。

 

 

 

 天に二物も三物も与えられた彼女のほんの小さな瑕疵。

 

 

 

 それは、ここ一番というところでうっかりをやらかす家系であることである。

 

 

 

 具体的に言うなら彼女が余裕をこきながら優雅にティーカップを傾けながら確認している時計、実は遅れている。

 

 

 

 あるいは正史ならこのまま彼女の召喚は十分な力を発揮することはできずにイレギュラーを呼んでいたかもしれない

 

 しかし、幸運なことに彼女はカップを片付ける時にそれに気づくことができた。

 

 彼女の見た正確な時間から算出された時間を理解するや、急ぎ召喚陣のもとへ向かう。

 

 そうしてその長い脚を急がせすぎた彼女は雑多にモノが積まれた地下室に置いてあった香皿を踏んでしまう。

 

 盛大に転び取り落とす触媒と散らばる灰、すぐに灰にまみれたペンダントを拾い直し唱えた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 明らかに空気が変わり、密室であるはずの地下室に風が吹き込むと同時に灰が浮き出す。

 

 

「────Anfang」

 

 

 そして空気の流れが魔法陣の一点に渦巻き、発火する。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 

 不測の事態でありながら彼女は召喚の儀式に確かな手ごたえを感じ、うまくやり切った自分を彼女はほめた。

 

 彼女は自身の召喚した英雄は紛れもなく当たりだと確信し、そのまま召喚陣を注視する。

 

 

 陣の中に炎が立ち上りその中から明らかな人形が次第に形をなしていく……

 

 それはうずくまった姿勢から立ち上がる。

 

 次第に炎の中から表れたシルエットは騎士であった。

 

 

 ならばクラスは三騎士であろうかと凛はあたりを付ける。

 

 しかし、徐々に視界が晴れ、その細部が見えるうちにその予想が揺らぐ。

 

 ボロボロな鎧と全体的に薄汚れた姿から、その騎士の英霊が華々しい英雄譚を持つような人物ではないと直感したからである。

 

 

 騎士はひどく驚いているようでこちらを見ると声を発した。

 

 

「なんだここは、喋れるぞ……、貴公がこの世界の主か」

 

 

 内心の動揺を抑えながら凛は毅然とした態度を取った。

 

「そうよ、私があなたのマスター遠坂凛よ」

 

「マスター? ……まぁよろしく頼む、私は何をすればいい?」

 

「やってもらいたいことはあるけど、私は名乗ったわよ、それには返してくれないのかしら」

 

「いや失礼した。確かに会話ができるなら互いについて紹介すべきだ。……改めて、私は騎士だ。見た目通り私は魔術も奇跡もあまり使わない、筋力と生命力は高めのいわゆる脳筋だな」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 互いに沈黙。

 

 騎士は自己紹介を終えたと思っている様子で、彼女の出方をうかがっており、話す気はないようだ。

 

 

「……それだけ?」

 

「……指輪は生命、寵愛、鉄加護、メバチだ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 二回目の沈黙

 

 騎士は彼女が何かに苛立ってきていることに気付く、そこで何を伝えるべきかを考えて口を開いた。

 

 

「そうだな、主に使うのは直剣だが対人なら特大剣もやぶさかでは……」

 

「違うでしょうがッ!! 真名とクラスよ!」

 

 

 彼女の怒りが爆発する。

 

 

「なぜそこまで名にこだわる? 名など覚えている方が少ないだろうに……、私たちには珍しいことでも無いだろう」

 

「めずらしいわよ! そんなホイホイ自分のことがわからなくなるわけないわよ! ましてあんたは英霊、歴史に名を残したからここにいるんでしょうが!」

 

 困惑する騎士と、激高する少女、彼らの理解は平行線をたどる。

 

「英霊? 私はそのようにだいそれたことをした覚えはないが、通り名のようなものならある。私は火のない灰と呼ばれていた」

 

 ようやくこの騎士の正体が分かるようなキーワードが出てきた。火と灰、に関わるような英霊なら探せばいるかもしれない、彼女はそのように考え、更に条件を絞り込むために質問を重ねる。

 

「火のない灰? あなた何時どこの英霊よ」

 

「私がいた場所と時代は色々混じって一概には言えないがおそらく別世界だろう。あとさっきからなんだ、英霊? 私はただの霊体だぞ」

 

 

 別世界? 英霊でない? この騎士、実はバーサーカーで頭が狂っているのではないかと彼女は本気で考えかける。

 

 

「ちょっと待って、頭が痛くなってきたわ、まずはお互いの認識について確認をしましょう」

 

「あぁ……」

 

 

 あまりにも会話が噛み合わない、一度互いの認識を確認する時間が必要であると彼女は思った。

 

 それは騎士も同じようで互いの認識について話し合いの時間を設ける。

 

 そうして、互いの身の上話をするほどに、彼女の機嫌と表情が恐ろしくなっていき、最後にはどういった心情か微動だにしない笑顔を見せるに至っている。

 

 

「つまりこういうことか、貴公はこの世界の魔術師で全ての願いを叶えるという聖杯をほしいために協力者を呼び、私が来たと」

 

「つまりこういうことね、あなたは別世界から来た英霊でも何でもない不死身の騎士様で、この世界のことはもちろん聖杯戦争も一切知らないと」

 

 

「その通りだ」

 

「信じられるかぁぁぁぁッ!!」

 

 

 彼女の怒声は鎧越しで騎士の体を揺らすほどの声だ。

 

「あんたがバーサーカーの英霊で狂っているって考えたほうがまだ信じられるわ!」

 

「あぁ、私は確かにバーサーカーだ」

 

「やっぱり狂っているんじゃない……って、本当にバーサーカーだったの!?」

 

「私は亡者や紫霊のように狂ってなどはいない」

 

「狂人はみんなそう言うんだから、不死身ってのも眉唾ものよ!!」

 

「事実だ。不死人はいくら死んでも蘇るぞ」

 

「完璧な不死なんてないわ、まともに蘇れるかも怪しいもんよ!」

 

「たしかに、私は死にはしないが、この世界で死んだら私は元の世界に戻ってしまうしな」

 

「……待ちなさいよ、それってつまり今回の聖杯戦争でどうその不死身が役に立つの?」

 

「……まぁ役にはたたないな」

 

「」

 

 

 絶句、怒りを超えた彼女の感情の波はここにきて逆に凪となる。

 

 

「……宝具は?」

 

「宝具? 宝物の類などは使い道もないから、あまり持っていないぞ、……いや宝具を入れる(ミミック)なら持っているのだが」

 

 そう言いながら、どこからか輝く金貨を孫に与えるお小遣いのように凜へ見せる。

 

 それを見て、彼女は英霊としてのまともな知識すらないと知り、凜は絶望する。

 

「宝具っていうのはサーヴァントが生前に築き上げた伝説の象徴、いわば物質化した奇跡のことよ、英霊なら必ず一つは持っているわ、逆に言えばそれを持ってない奴は英霊じゃないわ」

 

「……伝説の象徴?」

 

「……まさかないの?」

 

「……たとえば、急にあなたの人生の象徴はなんですか、といわれたら貴公は答えられるか」

 

「つまりないの?」

 

 彼女の絶対零度の圧に押され、男は言い訳のように記憶を振り絞った。

 

「まて、私とて巨人や竜と戦ったことがある。そういったことは伝説と言えなくもないのではないか」

 

「えッ!? あなたドラゴン殺しや巨人殺しの逸話を持ってるの!?」

 

「あぁ、それなりの腕は持っている。長く苦しい戦いであったが私は幾つもの敗北の果てで最後には勝利してきた」

 

「それが本当なら、実力はあるわけね! まぁあなたは一応バーサーカーとして現界してるわけだし、ステータスの向上もあるのだろうけ……どっ!?」

 

 

 彼女は自身のサーヴァントとのファーストインプレッションが強烈すぎてステータスを確認することを忘れていた。

 

 なのでたった今確認を行ったのだ……。

 

 

【ステータス】 筋力E+ 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運E 宝具なし 

 

 

「あはは、……嘘でしょ?」

 

「貴公、どうした?」

 

 再度の放心、もはや何も考えられないほどの衝撃

 

 このステータスでドラゴン殺しや巨人殺しをしたとのたまう妄言を彼女の脳は処理しきれていない

 

 

「貴公、本当に大丈夫か? 具合がすぐれないなら話し合いは時間をあけよう」

 

「ねぇ」

 

「なんだ?」

 

「あなたの真名ってもしかして、ドン・キホーテだったりしない?」

 

「わからんが私の世界でそのような響きの名前は聞いたことがない」

 

「……そう、かなり自信があったのだけど」

 

「私からも質問があるのだが良いだろうか」

 

「……何」

 

 

「先ほど気づいたのだが、貴公は怒っているように見えるがなにかそうせねばならない理由があるのだろうか?」

 

 

「」

 

「蹲ってどうした?」

 

 騎士は心配からか彼女に手を伸ばそうとする。

 

 その瞬間、彼女が騎士の手を払う

 

 

「フンッ!」ブンッ! ドウゥゥゥゥゥゥゥン……

 

 

 その鋭く、同時に重い受け流しをあえて音で表現するならそうなるであろう。

 

 彼女はがら空きとなる胴に滑り込み同時に腕を引く、その動作は全て円、放たれる八極拳(致命の一撃)は加速の動作を余さず腕に伝えた。

 

 

「──────Anfang(セット)

 

 

 自然の動きではない、明らかに不自然な加速、魔術により、その拳は破滅的な速度で騎士の胸に突き刺さる。

 

 

「覇あぁぁぁぁッ!」

 

 

 単なる拳であればこの鎧は受け止めてみせただろう。

 

 しかしこの一撃は違う、固い外側でなく、やわい肉の内側をずたずたにかき回す一撃、胸へと伝わり背中に抜けるはずの衝撃は跳ね返り、心臓を多方向から同時に殴りつけた。

 

 

 

 哀れ心臓は破裂する。

 

 

 

 YOU DIED

 

 

 

 騎士は膝から崩れ落ち末期の叫びを上げながら霊核を砕かれて死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 




YOU DIED ウワァァァァァッァァァァァー


次回 ランサーにヘチマたわしの如く穴だらけにされるダクソ主人公


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2話

 

「嘘……、死んじゃった……」

 

 過去、未来で聖杯戦争が始まる前にサーヴァントがマスターを殺すという事例は数あるが、その逆を成し遂げたのは彼女が初めてだろう。

 

「どうすんのよこれ……」

 

 まさかあの程度で本当に消えると思っていなかった彼女は動揺を隠し切れない。

 

 聖杯戦争をサーヴァントもなしに勝ち抜くのは難しい、サーヴァントがいなければ彼女の聖杯戦争は残念ながらここで終わりということになる。

 

 

「貴公、狂っているのか……、急に襲いかかるなど」

 

「うぇっ、生きてる!」

 

「先ほどの攻撃は、じゃれあって死ぬことぐらいよくある話と思って事故としておこう、だがそう何度もやるのはやめて欲しいぞ……」

 

 

 しかし、騎士は生きていた。

 

 

「私は不死だと言っただろう」

 

「本当だったのね……」

 

「嘘など初めからついてない」

 

「……それにしてもどういう仕組みなのかしら、あなた完全に消滅したわよね」

 

「それはだな……、あれを見ろ」

 

 だが、男は殺されたばかりというのに別段背中を気にした様子もなく、すたすたと歩いていくと、立ち止まる。

 

「あれ?」

 

 騎士が指差す先には焚き木があった。しかも室内のカーペットの上に

 

「あれは篝火、不死人はあそこから蘇る。どうやら死んでも私は元の世界には帰らないようだ」

 

「ならあなたは何回死んでもペナルティは無いってこと?」

 

「いやある。一度死んだ私の生命力は落ちる。しかしこれ以上は死んでも下がらない、安心してくれ」

 

 

 彼女が見た所、耐久がEからE-へと下がっている。

 

 

「……安心ね」

 

 こいつは何を安心してほしいのか、ただでさえ低いステータスが更に下がったのだぞと、騎士殺しの張本人である彼女は考える。

 

「先ほどから私への態度が悪いが、もしかして貴公は私を間違えて呼んでしまったのか?」

 

「……そういうわけじゃないわよ」

 

「そうか」

 

 触媒を用いない召喚は狙った英霊を呼ぶことはできないが、呼び出した召喚主に性質の近い、つまり相性の良い英霊が呼び出される。

 

 そこまで彼女が考え、つまりこの英霊が自分との相性が良いと、聖杯に判断されたと気づいてしまい、つい口が開いてしまう。

 

「ありえないわね」

 

「どっちなのだ? やはり、呼ぶつもりはなかったのか……」

 

「……呼んだのは私よ」

 

「そうか」

 

 こんなボケボケの英霊が自分と似たようなやつとは考えたくない、彼女は思わず今後への不安からか父の形見のペンダントを見てしまった。

 

「あ……」

 

 しかし見てみるとそれは父の形見ではない。

 

「そのろう石のペンダント……、その白いろう石で私を呼んだのか」

 

 そのペンダントは彼女が使う宝石魔術の触媒、しかも怪しい老婆から上質な滑石と騙されて買ってしまった、ただのろう石のペンダントである。

 

 すぐさま彼女はペンダントを落とした場所を見る。底にちょうど転がっている灰を被った赤い宝石。

 

「間違えたッ……」

 

「やはり間違えて呼んだのか」

 

「だから違うわよ!」

 

「えぇ……」

 

 

 取り返しのつかないこととは、かくも些細なミスでおこるものであろうか

 

 つまりは儀式の失敗、なんでもないようなチョークの代わりにしかならない脆いクズ石を彼女は触媒にした結果、このボロボロな騎士を召喚したのだ。

 

 その事実に気づいた彼女は思わず脱力してしまう。 

 

「……もう今日は寝るわ」

 

「私はどうすればいい」

 

「…………あなた、まだ私に従うつもり? 私、あなたを少し邪険に扱ってたわよ」

 

 酷いことどころか一度殺した事実を捻じ曲げて少しだけ邪険と表現する彼女、しかし当の騎士は全く気にした様子はない。

 

「別に構わない、私は協力者で、貴公はこの世界の主だ、貴公の勝利が結果として私の勝利となる」

 

 その滅私の一言に彼女は思わず言葉に詰まる。思えばこの騎士の言動はふざけているとしか思えなかったがその態度は真摯だったと凛は気付く。

 

「……貴公じゃないわ、私はあなたのマスター」

 

「では私は貴公をマスターと呼ぼう、私のことは好きに呼んでくれていい」

 

「じゃあ貴方はバーサーカーよ」

 

「あぁ、よろしく頼む、マスターよ」

 

 ここに契約はなった。どんなに弱いサーヴァントでも使い所はある。過去は変えられないのならこれからを考えなければいけない。

 

 そう考え直して彼女が指示を出すのは素早い。

 

「死なないなら、どんどん外の敵の情報を集めるわよ、最悪、戦闘してもらってもかまわないわ」

 

「しかし、先程聞いたが、この時代の人々は鎧など着ないのだろう? 下手に注目を集めてしまうのは下策では?」

 

「そんなの霊体化して透明になればいいじゃない」

 

「霊体化とやらで透明にはなれない、方法がないわけでもないが私には完全な霊体での移動とやらはできない」

 

「そう……、もうあなたが何をできなくても驚くこともなくなったわ……、じゃあ服貸すからそれ使って」

 

 もともとここは古い物置部屋である。すぐに凜が埃を被った棚から適当な男物のシャツとズボンを取り出した。

 

「感謝する」

 

 騎士の装備が瞬間的に平服へと切り替わる。

 

 瞬間騎士の素顔があらわになる。

 

 その顔は一言で言えばミイラであった。

 

 全くの精気を含まず干からびた皮膚は骨の上に貼られただけ、その目はすでになく、虚ろな穴が開いている。この顔で外に出たら町中パニックは必至だろう。

 

「これで、目立たずに探索ができるな」

 

「そんなわけ無いでしょうが! なんで鎧が目立つことが分かって、その顔で外にでようと思えるのよ!」

 

「あぁ、そうだったな、しかしこれは指輪をつければ見た目だけは生者に見せかけられる。そもそも貴公が私を殺したからこの見た目になったのだぞ」

 

 そう言うと騎士の指の指輪が瞬時に切り替わり、おどろおどろしい顔も普通の人間のようになる。

 

 良くも悪くも特徴のない顔立ち、何か偉大なことをなしたとは思えない村人顔であった。

 

「それは……、悪かったわ、でもそれはあんたがあまりにもフザケたことを言うからでしょ」

 

「そうかここではフザケたことを言うと殺される世界なのか……じゃあ気をつけて行ってくる」

 

 間違ったこの世界の知識の訂正をする前に騎士は部屋を出ていってしまう。

 

 本当ならサーヴァントだけを危険な場所に行かせて自分だけ安全地帯にいることは彼女の哲学に反するが、バーサーカーが不死なこと、そもそも弱すぎてサーヴァントがマスターを守れないことを考えて一人で行かせる作戦を彼女はとる。

 

 

 

 ……なにより、もし二人同時に死んで、あのトボけた男だけが何食わぬ顔で蘇ることを想像したら、無性に腹が立つと考えたからという理由も彼女にとっては少なくない。

 

 

 

 

 

 こうしてバーサーカーによる探索が始まった。

 

 

 そして外に出たはいいがバーサーカーはふと疑問を持つ。

 

(そも、どうやって他のサーヴァントとやらを探すのだろうか……)

 

 考えてもしょうがないことに気づき、彼はとりあえずこの人里離れた屋敷から、光ある町へと降りていく。

 

 道は整備されており、襲いかかる獣はいない、次第にバーサーカーは町の中へと入っていった。

 

 町は常に街灯に照らされ、見たこともないような同じようで少し違う形の家屋が密集している。

 

(なんと奇妙な場所なのだ……)

 

 そんな風にあたりを見回しながら歩いていくと、前方から次第に人が近づいてくる。暗い夜に紛れる上下に漆黒の装い、怪しげな人物がこちらにゆっくりと近づきそして視線が交わった。

 

(くるか?)

 

 そして通り過ぎる謎の男、その正体であるスーツを着た会社員をバーサーカーは見えなくなるまで監視する。

 

(あの上下そろえた黒装束……、アサシンとやらではなかったのか……、いや、格式めいたものを感じる、儀礼用の服装にも見えたな)

 

 そうして続けて歩くうちに前方から強烈な光と唸り声とともに高速で近づいてくる物体。この狭い道では避けるのは難しい。

 

(あの速度…………当たってしまえば体がバラバラだ)

 

 ならばどうするか、彼は一瞬の内に判断を下す。

 

 彼の経験則では瞬間の判断で生き残れた確率はそう多くはなかった。

 

 しかし何もせずにいて生き残ったことは一度とない。

 

 そう考えた彼は相手を引き寄せてから一気に避けようと、道端に身体を寄せていつでも動けるように体に力を入れる。

 

(こい!)

 

 そしてそのまま通り過ぎる謎の物体、正式名称、普通乗用車は彼に当たるどころか大回りして避けて行く

 

(中に人が見えた、あれこそがライダーではなかったのか)

 

 そうして、ポストを警戒し、電車から身を隠し、警察から逃亡し、見るもの全てを疑い続けた彼は一つの結論に至る。

 

 

 

(平和だ……)

 

 

 物陰に隠れて命を狙ってくる敵も、こちらを殺さんとする悪辣な罠もない、久方ぶりの人々の営みの光、活気溢れる街、どれも彼の世界が失ってしまったものである。

 

 彼は過度の警戒をとき、目的のものを探す。

 

 彼は何も闇雲に歩いているわけでは無い、彼は街に散らばるメッセージを探していたのだ。

 

「またあったな」

 

「頑張れよ」 「心が折れそうだ……」 「この先、毒ガスあり」 「俺はやった!」 「この先、強敵注意」 「この先、金持ち注意 だから 仲間が有効だ」 「太陽万歳!」 意味の分からぬ言葉からつぶやきまで地面に文字が浮かんでいる。

 

 これらはねじ曲がった時と場所にいる不死者たちが協力するために作り出した手段、決まった定型文をつなぎ合わせ、次元を超えた意思疎通する技術である。

 

 なおこのことを後に主人に伝えた時、彼は何故早く伝えなかったのかと、主人に再度殺されかけてしまうことになる。

 

(フム、毒ガスはなんとなく分かるが、金持ち? これはわからんが評価が一番多いな、私は今一人であるし……、一番わかり易いのは強敵注意か……)

 

 ジェスチャーが付いているメッセージは街の外れを示している。それに従って歩いて行くバーサーカー、

 

 

 しばらくしてついたのは薄気味悪い広場であった。

 

 

 何が薄気味悪いのかと聞かれたら、何よりその場所の空気があまりにも死んでいることだろう。

 

 木などはそれなりにあるのにまるで生き物の気配がしない、そしてこれはバーサーカーのみが気づいたことであるが、この広場には多くの血痕が残されていた。

 

 血痕と言ってもそれはただの血ではない、それは不死人同士にしか見えぬ、別次元の彼らの死の証拠であり、これに触れることで他人の死に様を追体験できる。

 

 このおびただしい血痕の量はここで多くの不死人が死んだことが分かる。

 

 つまりここにはいるのだ。不死人の多くを血祭りにあげることのできる何か(バケモノ)が、

 

 騎士はあたりのメッセージを見る。

 

「心が折れそうだ……」  「この先、すばやい奴に注意しろ」「刺突に注意」 「この先ダッシュ攻撃に注意しろ」 「引き返せ」  「立ち止まるな」「この先、刺突があるぞ」

 

 バーサーカーはすぐさま注意深く、数ある中の一つの血痕に触れて確認する。

 

 ある血痕の主は大盾を持ち片手には槍を持った不死人である。

 

 不死人の顔に油断はなく盾を構え、距離を詰めようと動き出そうとした……その真剣な顔のままに胸に穴が空き男は即死した。

 

 

 ある血痕の主は怯えの表情が張り付いている。

 

 彼は恥も外聞も無く転げ回る。一度目を避け、二度目も避ける、そして三度目に避けようとし、身体があり得ない折れ曲がり方をして死んだ。

 

 

 ある血痕は二度転げた後、敵に斬りかかる。

 

 一度目を振り抜き、二回目を斬りかかろうとした瞬間、喉がパックリ割れてもがきながら死んだ。

 

 

 バーサーカーは四人目の血痕に触れようとする。その時。

 

 

「よぉ」

 

 

 まるで旧友にでも会ったようなきやすさで声をかけられた。

 

 騎士の前方にはいつの間にか青い男がいた。よく見ればその肩には赤い槍をかけているのがうかがえる。

 

「町中でそんな堂々と歩いて、誘ってるんだろう? 乗ってやるぜ」

 

 バーサーカーは瞬時に気付く、こいつこそが英霊(サーヴァント)であると……、例えるなら存在の密度が違う。

 

 たとえ凡百の存在の中にいたとしても、青い槍兵は埋もれることなく一目見れば分かる威圧感を放っていた。

 

 

 バーサーカーは本来ならすぐさま戦闘体制に入り、敵と喋ることなどはないが、今回は情報収集のためにあえて軽口に付き合うことにする。

 

 

「ただ散歩をしていただけだ。まさかこんな大物に声をかけていただくなんて光栄だ。その獲物、貴公はランサーとお見受け致す」

 

「おいおい、槍を持っているだけでランサーなんて早計だぜ」

 

「私は信じるべきこの剣がある。私はセイバーのサーヴァント、真名はドン・キホーテだ」

 

 

 バーサーカーは嘘をつくことに一切の迷いはない

 

 

「へぇ……、俺はランサーさ、貴様に答えて真名を明かしたいのだがマスターがうるさくてな」

 

「おや、貴公もマスターと共にいないのか」

 

「俺のマスターはいろいろあってね、本当にフザケた野郎さ、今も耳の側でがなりたててやがる」

 

「そうかでは……」

 

 

 問いかけの途中、青い男は鋭く声を挟む。

 

 

「お互いの腹の探り合いなんざ面倒なだけだ、さっさとコイツで語り合おうぜ」

 

 青の男が肩に担いだ禍々しい槍を巧みに回して構えると同時に空気が切り替わる。

 

「同感だな」

 

 

 これ以上の会話の引き伸ばしは困難だろう。心臓が握られたような気持ち悪さに、バーサーカーは盾を構えようとしたが先程の血痕を思い出し、回避行動に移ろうと横に移動する。

 

 瞬間、先程の空間にすでにランサーが槍を突き出していた。

 

(早いッ!)

 

 ランサーはすでに追撃に移っていたが、バーサーカーはその一撃を更に転がり回避する。

 

 その無様な姿にランサーは大ぶりの一撃を当てようとしているが、それを待っていたかのように、打って変わってバーサーカーは逆に踏み込んだ。

 

(今ッ!)

 

 バーサーカーの一撃が入り、ランサーの体勢崩れる。

 

 またとない好機

 

 追撃したくなる気持ちを抑えバーサーカーはその場より後ろに下がる。

 

 すると先程まで居たバーサーカーの喉に槍の穂先がかすめる、崩れたままのとは思えないほどの鋭い一撃が通りすぎたのだ。

 

「ん? 今のを避けたか」

 

 ランサーは今の一撃を避けたのが意外だったのか、距離を取りこちらに不審そうな目を向けてくる。

 

「妙だな、セイバー、貴様、動きは大したことがないのに目がいいのか……、いいや違うな貴様の回避は見ていないのにまるで予測しているようだった。未来予知かあるいは高ランクの千里眼で俺の動きを見ているな?」

 

 未来というよりは別次元の記録ではあるがランサーの指摘はおおむね当たっている。

 

 いきなり、正解のど真ん中を突かれ内心の焦りが止まらないバーサーカーは軽口で応酬した。

 

「私は実力で避けて、貴公は切られた。ただそれだけだろう、貴公も本気では無いはずだ」

 

 もちろん口から出まかせである。

 

 今までの回避は全て運であるし、今までの猛攻が本気でなかったとするなら、もはや手に負うことは無理であろうことが、バーサーカーにはうすうす感じていた。

 

「ほぅ、そのとおりだ、今までのは小手調べ、次は本気で行かせてもらう……、と言いたいところだが、上からの命令でね、ここはお開きとしてもいい」

 

(軽口のつもりだったのだが、まだ底があるのか……)

 

 

「どうする?」

 

「無論、戦う」

 

 

 バーサーカーとしては情報を集めるという使命があった。

 

 その実力の一端に触れるため彼は戦うことを覚悟する。

 

 

 

「そうかい」

 

 次の攻撃にバーサーカーは一切反応できなかった。

 

 

 

 目の前に青が飛び込んできたと思えば、次の瞬間には身体に無数の穴が空いていた。

 

 彼の連撃に対応できず、もはや息をすることも困難となり地面に這いつくばる。

 

「いくら未来が予測できたとしても、貴様が対応できなければ意味は無いだろう? まっ、弱かったが、正面でぶつかる気風は嫌いじゃなかったぜ」

 

 バーサーカーは地面に倒れ込む、致命傷であるのは誰が見ても分かる。

 

 だがバーサーカーの仕事はまだ終わってない、彼は最後に気力を振り絞り問う。

 

「私を殺した……、誉れ高き貴公の……、名が……、聞きたい、貴公はいかなる英霊であろうか……?」

 

「冥土の土産に教えてやる。我が名は、うるせぇ黙ってろクソ神父! 俺の名はクーフーリンだ。誇るといいぜ」

 

「あぁ……,本当に……,ありが………とう」

 

 

 YOU DIED

 

 

 彼は微笑みながら満足そうに死んでいった。




次回、再度出会うランサーに正体を見破られブチ切れられ、士郎少年と仲良死


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3話

 遠坂凛は夢を見る。

 

 その夢には音はなく誰かの目線から見た世界であるようだ。

 

 見える景色からは岩肌が後ろへと素早く流れていく

 

 その動きからどうやらこの景色の主はなにやら走っているらしいと凛は思い至った。

 

 しかしよく見ればその景色はひどく揺れており、どこか必死さを感じ、それを疑問に思っていると目線の主が走りながらに後ろを向くことで景色が変わる。

 

 そこにはぼろきれのようなローブをまとい、手には小刀を持つ者たちが数人が映っていた。

 

 ここで凛はこれがただ走っているのではなく逃走であると気付く

 

 追いすがる者たちの顔は皺だらけで歪み切った顔であるが、その中で殺意を持つ目線だけがまっすぐにこちらを見ている。

 

 視界の主は必死に逃げているなかで目線の先に切り立った斜面が見えた。

 

 どうやらそこから飛び出して追っ手を撒こうとしているのだろうか、なけなしの体力を振り絞って加速を試みようとしているが視界の主は走ることに集中しているのだろう。

 

 右の岩、その人影が見えていない

 

(あっ……)

 

 瞬間、目の前の物陰から急に男が飛び出した。

 

 男から鉈が素早く振り下ろされ、騎士は男から一撃をもらう、しかしローブの男の一撃は軽く、鎧の最も厚い肩の部分に阻まれてケガらしいケガにもならない。

 

 

 だがそれは確かに騎士の命を奪う一撃だった。

 

 

 その一撃で立ち止まったところで後ろから敵が追いすがる。

 

 

 その後の展開はあまりにも順当なもので、男たちは直ぐに逃亡者を引き倒し、めいめいの獲物を突き立てる。飛び出す血しぶき、あざ笑う男たち

 

 視界が小刻みに震えているのは痛みの絶叫からだろうか、目の前には錆びた板のようなナイフをこちらの顔に振りかぶる敵の姿が見える。

 

 そのこぶしをおろしたナイフの切っ先を見つめ続け、左の視界が消失し、視界が全く動かなくなった。

 

 視界の主は死んだのだろう、滑稽なほど哀れな死にざまとしか言いようがない

 

 視界はゆっくりとぼやけていき、今まで見た何よりも深い暗黒が視界を包んでいくのであった。

 

 

 そこで遠坂凛は夢から目覚める。

 

 

「……」

 

 

 おおよそ最悪の目覚め、体は冷や汗で冷え切って、気分はすこぶる悪い、彼女の萎える気力の中で何とか部屋から這い出るとドアの前には原因と思われる奴がいた。

 

「目覚められたかマスター、昨日の探索の報告がしたい」

 

 サーヴァントとの契約ではマスターとサーヴァント相互に魔術的なつながりができる。おそらく先ほどの悪夢はこの騎士の過去だろうと彼女はあたりを付ける。

 

「どうされたのだマスター?」

 

 しかしこの男、部屋の前で微動だにせずにいつから待っていたのだろうか

 

「まだ寝起きで本調子ではないようだが重要な話だ。敵と遭遇し交戦、私は負けたが敵の情報は得た」

 

 思いがけない言葉に凛の意識は直ぐに覚醒する。

 

「詳しく話して」

 

 そして語られる情報は彼女の想像よりも価値のあるものであった。

 

 

 

 

「なるほど、クー・フーリン……、ケルト神話の半神半人の英雄ね……」

 

 彼女は敵ランサーについて考察する。

 

 アイルランドの大英雄、バーサーカーから聞いた戦闘の情報からも間違いなくランサーのクラスで現界しているだろうと彼女は考える。

 

 戦いにおける情報の優位、ここで敵の真名が割れたのは凜にとって大きなアドバンテージであった。

 

 彼女が思考を巡らせているとバーサーカーがふいに声をかける。

 

「そのことだが一つ質問してもいいだろうかマスター」

 

「なに?」

 

 今までの彼の質問は現状の確認かトンチンカンなものだけなので思わず身構える。

 

「何というか……、私とランサーは霊体、……つまりは同じサーヴァントなわけだな?」

 

「そうね」

 

「なぜ、同じサーヴァントでこちらは凡百の不死人、あちらは神人なのだ?」

 

 至極真っ当な質問であるがその疑問は彼女がはるか昨日ぶりに怒りとともに飲み込んだものである。

 

「どうしてもよ、聖杯の選ぶ英霊だってピンキリなの、言っておくけどあなたをサーヴァントとして能力を五段階で評価して、その能力は一番下よ」

 

「うむぅ……しかし私も筋力なら自信が……」

 

 筋力E+が何を言っているのだろうか、小さくついた+を自信と表現するのは大胆すぎると凜は心で毒を吐く。

 

 このどうしようもない状況からか、つい彼女は愚痴を呟いた。

 

「あなたの敵対する全ての敵が貴方の能力の全てを超えているわ、そもそも宝具もないし、霊体化だって……、英霊としてできることの方が少ないんじゃない……」

 

 

 思わずきつい言い方になってしまったと彼女は気づく、相手は自分の命令をくみ取り、最大限その命令を完遂した。

 

 それに対しての自分の言動が礼を失しているのではないかと彼女は少し思ったのだ。

 

(いいすぎたかしら……)

 

「……」

 

 思わず話を止めて顔色を窺う

 

「どうした? マスター」

 

 バーサーカーは全く気にした様子もなく、凛の罵倒にも近い分析をまるで何でもないという顔で聞いていた。

 

「……あんたこんなに言われっぱなしで怒らないの?」

 

 英霊と呼ばれる存在ならプライドの一つぐらい持っているものだろうと続けて彼女は問いかける。

 

「なに、私は間違いなく弱者だ。事実ならば怒ることもないだろう」

 

 帰ってきた言葉はさっぱりとしたもので、彼女にとっては普通に言い返されるより心にきいたのだろう、彼女はごまかすように話を続けた。

 

「……そうね、でも助かったわ、あなたが持ってきた情報の価値は大きいもの」

 

 事実を事実のまま受け入れられる人間は少ない。

 

 事実とはそれだけで直視し難く耳に痛い、それをできる人間はただの阿呆か、それとも……

 

 

「まぁ私は強敵との勝ち負けを勝ち数で競うなら、まだ誰一人として勝ったためしはないからな」

 

「……そう」

 

 

 どうやらこれはただの阿呆であると彼女の冷静な思考は判断を思いなおした。

 

「しかし今後、私は何をすればいい? 引き続きの囮か?」

 

「そうね、本当だったら霊体化して私についてきて欲しかったのだけど……あなたできないでしょ」

 

「いや待て、それについては昨日から考えていたことがある。つまり周りから見えずに行動を共に出来ればいいのだろう?」

 

 

 ―――私にいい考えがある。

 

 

 などと全くいい予感を微塵も感じさせない一言を放ち、そのまま騎士は何やら準備をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肌寒い空気が痛いくらいの冬の朝、遠坂凛は、学び舎までの道を赤いコートに身を包みながら歩いている。

 

 

 彼女の通学はいつも一人、もちろん今日も連れなどはいない

 

 見かけには……

 

 彼女が庭付きの家、その前に飼われている凶悪な顔をした番犬の前を歩くとき、番犬は狂ったように彼女の方を吠え出した。

 

「グゥルルルゥ……ワンッ‼ ワンワンッ‼」

 

 しかし、よく見るなら犬が吠えているところは彼女ではなくその後ろに向かって吠えていることがわかるだろう。

 

「ワンッ‼ワンッ‼ワンッ‼」

 

 とうとう彼女が通り過ぎても番犬は誰もいないところを吠え続け、よだれを振りまいている。

 

 誰も気づくことは無かったが、飛び散ったよだれが不思議なことに空中にとどまっていることに注意深い人間なら気づけただろう。

 

 次の瞬間、砂袋をたたいたかのような低くそして鈍い音が番犬に向かう

 

「キャンッ‼ ……キャウ~ン……」

 

(ちょっと!?、人の家の犬に何してるのよ!!)

 

 殴った数瞬に姿を現したのは甲冑の騎士、バーサーカーであった。

 

 「静かに眠る竜印の指輪」で音を消し、「幻肢の指輪」と奇跡「見えない体」の併用で存在を薄め、隠密状態で凛に同行していたのだ。

 

(よだれを付けたな……、絶対に許さんぞ犬カスども!!! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!! )

 

(ちょっ!? 急にどうしたのよ、ただの犬でしょ……?)

 

(この汚らわしい四足糞犬畜生め……)

 

(どうしちゃったのよバーサーカー?)

 

(マスターはこの糞足糞犬畜生をどうみるのかね)

 

(えっ……、犬は犬でしょ、人の家のペットよ)

 

(いいかマスター、この糞足犬糞糞が人類の隣人たり得ると本当におもっているのか)

 

 なぜ彼がここまで犬を嫌うのか彼女は一切わからない、一切わからないが彼女の明晰な頭脳はこの件に関わらない方がいいと判断する。

 

(このような糞糞糞糞糞なぞ死に絶えればいい……そう思わんか?)

 

(はぁ……)

 

(犬畜生め……、冒涜的殺戮者……、貪欲な血狂い共め……、奴らに報いを……、不死人の怒りを……、ギイッ!ギイイッ……)

 

(なんでこんなサーヴァントが来たんだろう……)

 

 

 

 

 彼女はバーサーカーなのだから狂化ぐらいするだろうと決め込み、道を急ぐ、しばらくしてバーサーカーが落ちつくころにはすでに学校の校門前だった。

 

さすがに人がひしめく教室までついていくことはできないため放課後までバーサーカーは学校という施設を一回りする。

 

 学校探索では敷地内にいくつものメッセージや血痕が残されていることにバーサーカーは気づいた。

 

(この場所はなにやらきな臭い、流石はマスターの学院だ……)

 

 

 

 そうしてバーサーカーが『危険=マスター=学校』という図式が出来上がり始めるころ、凛からの呼びかけがかかる。

 

 

 

(もう放課後よこっちにきて)

 

 バーサーカーは彼女のもとにすぐさまたどり着き、この学校の印象を話しだす。

 

「しかし、この学び舎なにやら不吉だな……」

 

「意外ね、あんたも結界に気づいてはいたのね」

 

 もちろん結界などそんなことは知らないバーサーカー

 

「結界だと? どんなものだ?」

 

「仕掛けたやつは分からないけど、もしもこの結界が発動したら恐らく魔術師でもない人間は死ぬわね」

 

「ならばここはすでに、敵の内、わざわざ来なくてもいいのでは」

 

「それは逃げよバーサーカー、誰が、どうしてこんなところに仕掛けたのかは知らないわ、でも私が管理するこの冬木の土地にこんな勝手をしたの……、報復はする、絶対よ」

 

 彼女の表情は変わらないものの言葉の端から強い怒りを感じる。

 

「結界自体の解除は難しいけど、こんな大きな結界よ。どこかに結界を維持するためにいくつか起点があるはずよ、それを探すわ」

 

「起点?具体的に何を探せばいい?」

 

「おそらくは何かの印が学校のどこかしらにあるからそれを解除するわ……、私も大体の場所しかわからないけど二人がかりならまだ楽よ」

 

 そうして起点を探し始めた二人

 おそらく時間がかかると凛は踏んでいたが彼女の予想はいい意味で裏切られた。

 

「見つけたぞ」

 

 バーサーカーが乱雑に散らかった物置からすぐにポスターの裏にある印を見つける。

 

「やるわねバーサーカー、あんたにそんな繊細な魔力探知の才能があるなんて」

 

「いや、私にそんな才能は無い、マスターが勉学に励む間、あからさまに怪しい場所にあたりを付けておいたのだ」

 

「謙遜しなくてもいいのよ、さっきから迷わずに見つけているじゃない」

 

 バーサーカーのおかげですぐに済むかもしれないそう考えていると

 

「これは別次元の不死人が残したメッセージを見ているだけだから、そう大したことじゃない」

 

「ん?」

 

 バーサーカーが何やら意味の分からぬことを言い出した。別世界への干渉など、第二魔法の領域なのだが言い間違いだろうかと彼女は聞き流そうとする。

 

「これのおかげで前もランサーに会えた。別次元でもおおよその道筋は同じらしいな」

 

「ん?」

 

 ―――こいつは何を言っているのか……

 

「あぁ……、つまりだな別次元だからといって基本のマスターは貴公なのだろう、おおくの先達の知恵を使えるのはかなり有利に……「ねぇ……」ん?」

 

「私、そんなこと初めて聞いたのよ……」

 

「不死人たちは次元のねじれた世界でお互いを助け合うために定型文でのメッセージを送りあうことができる。言ってなかったか」

 

「こっちの世界にはホウレンソウってのがあるのよ……Anfang(セット)

 

「急になんだ、ホウレン槍?」

 

なにやら言葉の響きに不吉な語感をバーサーカーは感じる。

 

「報告ッ!」

 

 彼女は騎士の胴に滑り込み肉薄する。

 

(この技は! 以前の!!)

 

 バーサーカーはすかさず凛と自分の間に腕の壁を作る。

 

「連絡ッ!!」

 

 その動作は全て円、流れるように腕を引く。

 

「相談よッ!!!」

 

 肉体の加速と魔術により、その拳は破滅的な速度で騎士の胸に置いた腕の上からも突き刺さる。

 

 一見すれば打撃、しかしその衝撃は鎧貫きの一撃より鋭くバーサーカーの胸を突き抜けていく、まさに強力な槍の一突きといえるだろう、ホウレン槍とはつまり奥義であったとバーサーカーは得心した。

 

 

「ホウレン槍……みごとな戦技だ」

 

 バーサーカーは膝をつきながら喀血して、凛への畏怖の念を強めた。

 

「ちがうわよ!!」

 

 その後、彼女の説教は続き、正しいホウレンソウの意味をバーサーカーは知って、ようやく情報の共有がなされていないことに怒っていたと彼は気付く

 

「あんたができること、知っていることをすべてと私に伝えなさい! 互いに情報を共有することが報連相よ!!」

 

「分かった。これからはホウレンソウは必ず守る……」

 

 バーサーカーが口から血を流しながら、震える手で何やら瓶のような物を取りだす。

 

「だがまず、これを飲ませてくれ……」

 

 その瓶はなにやらあたたかな色に満たされているが、バーサーカーはそれを傾け一口飲み込みこんだ。

 

「何それ」

 

「これはエスト瓶、これこそ不死人にとっての宝具といえるかもしれんな、分かりやすく言うとこれを飲めば不死人は手足が取れても内臓がこぼれていようと回復する」

 

「ちょっとまって、飲めば体が治るなんてどんな理屈かしら」

 

「その説明には不死人……、ダークソウル……、ソウル……とにかく長い話になるから時間があるときでいいだろう、大事なことは不死人が真に回復する方法は基本的に篝火か、このエスト瓶が主だと覚えてくれ」

 

「まぁ、今のところはいいわ」

 

「伝えるべきこととして、防具や武器については本当にいろいろあるが、何より重要なのは……」

 

 装備や武器と聞いて凛は思わず口を挟む

 

「その限界に近い鎧と剣以外を持ってたの?」

 

 言外にバーサーカーの持ち物がぼろだと言っていることに気づいたのだろう、彼は少しムッとしたようだ。

 

「まて……この長剣は見た目こそボロだが私の中の装備では一等級の性能だ」

 

 見た目は古いがその機能は強力、確かに古今東西そういう逸話をもつ道具もないわけではない、それに魔術的には古さと内包する神秘は比例する。

 

 バーサーカーの持つ剣や鎧もそういったものなのだろうと凜はあたりを付けた。

 

「見た目の古さぐらいに由緒ある剣だってことかしら」

 

「ちがう、そうではないんだ。この剣はもともと本当にただの剣だった。それに古いから何かを秘めてるわけでもない、ついでに言えば私自身の身体能力も、もとは人から外れてはいなかった」

 

 しかしその予想を裏切って、この剣はただの剣だったとバーサーカーは語る。

 

「どういうことかしら」

 

「さっきの話の続きだ、重要なのは私たち不死人はソウルの業を扱う、全ての生命はソウルを持っている。今は出来ないが、不死人はそのソウルを業によって武器、装備、自分の肉体さえも強化できる。他に道具の取り出しも物体をソウル化してやっているな、以前もらった服もあるぞ」

 

 バーサーカーは一瞬で以前渡した服に早着替えをして、さらに一瞬で甲冑姿に戻る。

 

「自分の強化や器具の強化……、つまりその鎧にも強化が施されているの?」

 

 魂の強化? もしそれが真実ならそれは第三魔法の領域では? いやまさかそんなわけがないだろうと凛は訝しむ、つまり自分たち魔術師とは違う魔術体系により強化された品々が彼の装備ということなのだろうと結論付けた。

 

「この剣と甲冑は昔から身に着けていた…………、気がする…………、とにかくこれが落ち着くんだ。立派な鎧だって本当にあるんだぞ」 

 

 どうやらボロの鎧は彼の趣味らしい

 

「……そう」

 

「ホントだぞ? まぁ、道具については、投擲武器、敵にも味方にも使う薬品、武器にあわせて使う物、特殊な物、持ってはいるが大半は使う機会は多くないと思うがな……」

 

「本格的には落ち着ける場所で話すべきでしょうけど、できるだけ説明してもらっていいかしら」

 

「ふむ……道具をいくつか説明するか」

 

 そういうと彼は古く脆くなった骨を出す。

 

「これは……骨?」

 

「篝火は遺骨によって燃えている……この骨片を使うことで不死者は篝火にいつでも帰ることができる」

 

「いわゆる転移ね、それは不死者にしか効果はないの?」

 

「ないな、使えるのは不死者である自分だけだ」

 

「まぁでも使いどころはありそうね」

 

 バーサーカーは骨をしまい次に白い枝を取り出す。

 

「確かにそうだな、次はこれだ。幼い白枝という、使えば場所にふさわしい何かに変身する。よく待ち伏せなどに使われていたな、恐らくこれはマスターも使えるぞ」

 

「変身術は珍しいわね、あとで使ってみてもいいのかしら」

 

「マスターになら道具の融通などしてもかまわない、大して使わないものも多いからな」

 

このような調子でバーサーカーは次々と見たことのない品々を紹介する。それは魔術師にとって興味深くあった凛は途中まで魔術師然として聞いていたのだが、最後に今回の聖杯戦争にまず使わないだろう鉱石の説明をすると凛の話の食いつき具合がひどく、バーサーカーは若干引いていた。

 

 

「いやもう石の話はいいだろうマスター……」

 

「いい!? あの光る鉱石を正しくカットして売り出せば、いくら儲かると思ってるの!? もっと石ないの!? 石!!」

 

「次は何にするか……、珍しいものだと、あっ……」

 

 バーサーカーが取り出したものは奇妙な模様が付いたこぶし大の石である。凛は魔術的な視点からこの石が今まで見た鉱石とは一線を画すものだと理解する。

 

「これも見たこともない鉱石だわ、すごい……しかも並外れた魔力を感じる……、これはなにかしらバーサーカー!」

 

「あぁ……、これはだな、輝く竜体石……、だったかな」

 

「竜体石ね、どんなものなの?」

 

「読んで字のごとく竜の体の中にあった石だ。使うと、力が上がる。あと……、まぁ素早くはなるな……」

 

 どうやら見た目通りの力を秘めているらしいがバーサーカーの歯切れはなぜか悪い

 

「すごいじゃない! これって私も使えるの?」

 

「やめてくれマスター!!」

 

「えっ……」

 

「ウム、竜の力は死ぬまで解けない、覚悟がなければ使うべきでないものなんだ」

 

「死ぬまで……、確かにそれは危険ね」

 

「あぁ、そうだ、そろそろ結界の印を探そう」

 

「あっ! ねぇ、バーサーカーなら何度死んでも大丈夫だから竜体石を使ってもいんじゃないかしら」

 

「それに気づいてしまったか……、君は頭がいいな……、いいかマスター、私はこの石はよほど切羽詰まった時しか使わない」

 

「そんなに強くいうならいいけど……、おそらく最後の起点は屋上よ」

 

 

 

 

 何もない屋上、しばらく探せばすぐに印は見つかった。そしてちょうど凛が印を消し終わるとき、空から何者かの声がかかる。

 

「消しちまうのかい、嬢ちゃん? もったいない」

 

 赤い槍を肩に担ぎ、こちらをフェンスの上から見下ろす青い槍兵。

 

「そこに姿を消して隠れてるあんたもそう思うだろ?」

 

 すぐさま距離を取り、入れ替わりに影が凛の前に踊り出る。だが目の前にいるのは全く知らない、生き物だった。

 

(えっ、バーサーカー?)

 

 硬化して干からびた黒い肌、鋭い爪の手には棘だらけの直剣を握っている、そして何よりトカゲのような顔に大きくねじれた角、まるで山羊頭の悪魔がそこにはいた。

 

 

「ウバシャァァァァァ」

 

 

 発する声にも一切の理性が感じられないまさに怪物

 

 

「そいつはバーサーカーかい、わかりやすいねぇ、なかなかに悪趣味な顔だ」

 

「グルルルルルル」

 

(うわ、キモッ……)

 

(聞こえているぞマスター、ここは危険だ早く距離を取ってくれ、奴は俺が引き付ける)

 

(やっぱりバーサーカーなのね……)

 

(私だ。こっちの面は割れているからな、どう見ても同一人物に思われないように竜体石を使うことになった……、くそッ!)

 

「おいおい、そんな顔で睨むなよ、俺はちょっとあいさ……」

 

 ランサーの言葉が言い終わらないうちにバーサーカーはフェンスに近づき「咆哮」を使う、音は空気を揺らす波となり周りの敵をよろめかせた。

 

 バーサーカーはバランスを崩したランサーにさらに切りかかり、フェンスの向こう側に落としにかかる。

 

「はっ……、結局は化け物か」

 

 落ちながらに余裕すら見せるランサーは軽々と着地し、続けてバーサーカーが落下しながら切りかかるがランサーは素早く避けた。

 

 剣を地面に突き刺して不気味に蠢くバーサーカーに不吉なものを感じてランサーは距離を取る。

 

「グルルルル」(落下の衝撃でダメージが……)

 

 実際、その震えは膝にダメージが来ているだけなのだが

 

 

 仕切り直しとなり、お互いに睨みあう中で先に動いたのはランサー、様子見の素早い突きが繰り出される。

 

 しかしこれはバーサーカーにとって初見ではない、勝手にランサーがこちらの実力を測っているうちがチャンスと考え、逆に前に飛び込み切り、仕留める勢いで切りかかる。

 

「おっと!」

 

 バーサーカーは剣を振りぬくが剣先は空をかすめるのみ、ランサーは突きの姿勢のままバーサーカーからの攻撃をそのまま避けたのだ。

 

(なんてむちゃくちゃな奴、化け物じみた動きだ……)

 

 体勢は崩れているならさらに畳みかけようと接近するとこちらに急所に正確に槍が振るわれ、それをよける形となり再びお互いに距離をとる。

 

(この戦いの勝利はランサーを倒すことではない、私が不死人であるという情報的優位のために私の存在が見破られないことが勝利条件だ。このまま時間を稼いでマスターが離脱すればあとは逃げるなりどうとでもなる)

 

 ランサーは対峙したまま口を開く

 

「おかしいな……貴様の剣は臆病とまで言える慎重な剣筋だ。バーサーカーなどにはとてもじゃないが似合わんな」

 

「グギャギャ……」

(バーサーカーではあるのだがな)

 

「さらに言うなら、つい昨日、同じような戦い方をする奴にあった」

 

「ギシャァ……」

(この流れは……、非常によくない……)

 

「おまえ……、昨日のサーヴァントだろ」

 

「……ウギャシャァァ!!」

(カマをかけているんだろ!……剣筋も何もまだ数回しか剣なんぞ振っていないんだぞ!?)

 

「おかしいな、お前は確かに昨日殺したはずだが、どうして死人が歩いているんだ?」

 

(糞……、私だと確信している)

 

 まさかこの短い間でバーサーカーの戦略が破綻するとは思っていなかったのだろう、内心の動揺を悟られないためにわざと大物ぶった態度で答える。

 

「大したものだな……この姿を見て私だと気付くとは、早速の敗北というやつだ」

 

 時間を稼ぐためには、話をするべきだとバーサーカーは必死に頭を巡らす。

 

「なぜ生きてる?」

 

「貴公が殺し損ねたからに決まっているだろう、クー・フーリン殿、……逆に聞きたい、ここの結界は貴公らの仕業か」

 

「はっ……、こんな陰気なもん俺のじゃねーよ」

 

「ならば、ここは敵の術中、あえて今、ここで戦わねばならぬ理由もあるまい」

 

 あわよくば手打ちにならないかとバーサーカーは期待しないものの聞いてみる。

 

「まぁ確かにそうなんだが……お前、俺を騙しただろ、お前の言った真名もクラスも嘘っぱちってわけだ」

 

「……さぁ、しかし、まさか嘘をついたから卑怯だとでも?」

 

「俺が勝手に騙されたことさ、恨みはないさ。だがな、テメーは騎士として名乗りその最後の時に自分を殺した敵の名を求め、俺が返した」

 

「それがどうした?」

 

「わかるか?テメーは戦士達の死の矜持を汚したってことさ」

 

 どうやらランサーはバーサーカーの死に際の振る舞いが戦士とやらを侮辱したと考えているらしいと気付いた。

 

 同時に死に方などにこだわるという行為にバーサーカーは思わず肺から息が漏れてしまう

 

「フフっ……、死の矜持か……、死が一度しか訪れないなら、それはさぞ尊いことだろうよ」

 

 バーサーカーはただおかしいから笑ったのだが、ランサーは嘲弄と受け取ったのか殺気を飛ばす。

 

「英霊としての誇りはないのか?」

 

「誇りなんてものだけは持たないという誇りならあるがね」

 

「貴様……」

 

 どうやらこれ以上の会話の引き延ばしは不可能だとバーサーカーは悟る。

 

 会話がなくなり、あたりは静寂包まれる。

 

 怒りからだろうか先に動いたのはランサー、槍の利点を最大限生かした間合いの外から連続した突き、それをバーサーカーは無様に転げまわりながらよける。

 

 反撃どころか剣を合わせようとせずに回避に全力を傾ける敵にランサーはさらに不機嫌になる。

 

「戦う気があるのか貴様!」

 

 もちろん、バーサーカーにそんな気はない、己の命でマスターが逃げるための時間稼ぎを作る以外の目的はないからだ。

 

「こんな戦いしてたら日が明けちまう、もうしまいにしようや」

 

 

 一度大きく距離を取り、槍をかまえたる。

 

 

 ランサーのまとう空気が変わる。

 

 

 バーサーカーに背筋に悪寒が走る。

 

 今までの経験から、次に来る攻撃が相手にとって、こちらを一撃で葬り去る何かをするつもりだと瞬時に理解する。

 

 

 不死人の常識としてこの場合、取れる方法は二つ、一つは妨害で行動を止めさせる。

 

 そしてもちろん彼は、迷わずもう一方の手段を取った。

 

 その気配に気づき、もはや回避というよりは逃走といっていいほどの速度で距離を取り出す。

 

「無駄なこと……」

 

 ランサーの疾走、それは距離があればあるだけその最高速度を更新し続け、あっという間にバーサーカーの前へと飛び出した。

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)

 

 

 バーサーカーは必死に回避は出来ないと、せめて急所だけは避けようと身を捩るがそれも無駄に終わる。

 

「あ?」

 

 バーサーカーはその一撃を心臓のど真ん中に受けていた。バーサーカーは膝から崩れ落ち、ぼんやりとランサーを見ることしかできない。

 

「霊核を砕いた。今度は迷わずあの世に行けよ」

 

 ランサーはバーサーカーを無表情に眺めていたが急にどこかに目を向けた。

 

「誰だ――――!」

 

 ランサーの体が沈み込み何者かを追う、その遠くの小さい人影を見ながら、バーサーカーの体は消滅した。

 

 

 

 




凛がバーサーカーを呼ぶということは本来バーサーカを呼ぶべき陣営がアーチャーを呼びます。

次回、究極完全体ラスボス・アチャクレスにボロカスにされるダクソ主人公



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4話

 バーサーカーは槍に心臓を貫かれ意識が闇に落ちる。

 

 バーサーカーが次に気づいた時には遠坂邸の篝火の前にいた。死ぬのには慣れたものでそのまま先ほどの戦闘を分析していく。

 

(最後の槍による一撃、急所を避けたのにいつの間にか心臓に刺さっていた。追尾?いや違う、確かに私は避けた……、避けた先の心臓に槍を刺したのではない、心臓を刺した槍が避けた先にあった……? ありえないがそうとしか考えられない……、必中する槍……、どうする……)

 

 バーサーカーはいつものようにこのまま、自身の死因とその対策について考え始めようとするが、今回はマスターの安否を確かめなければいけないことに気付く

 

 いくら時間を稼いだとはいえ凛が無事かは分からない、急いで学び舎に行かなければならないとバーサーカーは走る準備を整えてすぐ駆け出した。

 

 バーサーカーの心配とは裏腹に凛はすぐに見つかった。

 

 凛も学校から遠坂邸に戻ってきていたのだろう、バーサーカーが凛を見つけたのは目的地の道すがらであった。しかしその様子はどうも不自然だ。

 

「無事だったかマスター」

 

「その声バーサーカー?こっちは無事よ……」

 

 なにやら凛は疲れた顔をして下を向いている。さらに言えばその表情はどこか苦々しい。バーサーカーへの返事もそのままに歩き出してしまう。

 

 凛が落ち込んだ原因とは聖杯戦争の争いに巻き込まれた哀れな少年についてなのだがバーサーカーはそんなことは知る由もないので凛の態度を不思議に思った。

 

「どうかしたのか?」

 

「ちょっと問題があってね……」

 

「問題というと?」

 

「もう終わったことよ、ただ自分の魔術師としての未熟さに呆れてるの」

 

 話は終わりだと黙り込む凛に、いかにバーサーカーといえどもマスターが何やら落ち込んでいることだけは奇跡的に気付いた。

 

 彼なりに元気づけようとしたのか、凛の後ろをしばらく歩き何と声かけようか、たっぷり悩みこんだ後、凛を呼び止める。

 

 

「そんなに下を向いていると上から奴隷が降ってくるぞ」

 

 

 どうして人を元気づけるのにこのような言葉を選んでしまったのか

 

 

「……は?」

 

 凛は急に声をかけてきたバーサーカーとその内容の脈絡のなさに困惑する。

 

「……下を向いているとだな……、上や物陰からの奇襲や遠くからの攻撃に気付けない」

 

 その後も宝箱は一度殴れだの曲がり角には敵がいると思えだの不意打ちの危険性をバーサーカーは長々と説明しだした。それを聞いた凛はしばらくあっけにとられながらも当然の疑問を問う

 

「急に何言ってんのアンタ?」

 

 

「うむ……、いや……、つまりだな……、マスターには不意打ちを警戒してもらうためにも是非に顔を上げて過ごしてもらいたいというかだな……」

 

「えっ……、もしかしてソレ、私を励ましてるつもりなの?」

 

「そうだが?」

 

 凛がこの迂遠な言葉をこのサーヴァントの気遣いだと気付けるのはひとえに彼女の優秀さゆえで、常人ならバーサーカーはただ延々と不意打ちの危険性を述べ続ける謎の男となるだろう。

 

 バーサーカーのいつも通りの頓珍漢ぶりに呆れてしまったが、そのおかげで少し調子が戻ったのか、凛が顔を上げ一応の礼を言う。

 

「まぁでも、バーサーカーも人に対してちゃんと気を使える奴だったのね」

 

 どうして人に礼を言うのにこのような言葉を選んでしまったのか、彼女もバーサーカーのことは言えない

 

「何を言う、私はもともと気遣いの人だ」

 

凛は後ろに振り返りながらバーサーカーに話しかける。

 

 ちょうどバーサーカーが陰密を解いてこちらの方を向いていたので目が合った。

 

「まぁ、気遣いには感謝するわ…………、でもね……」

 

 凛はそこで言葉を切りバーサーカーと見つめ合うとふいに口を開いた。

 

「バーサーカー……、あなたに聞きたいことがあるの」

 

「なんだ?」

 

「ねぇ……、バーサーカー?」

 

「どうしたマスター」

 

 

 

「何故そんな格好してるの?」

 

 バーサーカーは下ばき、いわゆるパンツ以外何も身に着けていなかった。

 

 

 

「鎧は重いので外している。マスターを探しに急いできたんだ」

 

 理由は分かる。だがうら若き乙女を男が後ろから裸でついていくことの免罪符にはならない、そんな奴に気を使われて感謝してしまった私が哀れではないかという怒気をこめて凛はバーサーカーを睨む。

 

「なぜ怒っているんだ?」

 

 どうやら伝わっていないようである

 

「今すぐ着替えて」

 

「こちらの世界では……」

 

「着替えて」

 

「……そうか」

 

 彼は素直に以前マスターにもらった服に着替え、しばらく無言で歩く

 

この時、こちらでは全裸は不死人達にある種の様式美をもって親しまれており、そう珍しい恰好ではなく、指輪などを併用することでその有用性はあると説いて反論しようとしたが、凛を怒らせる可能性が強いこと、すでに彼女の右のこぶしが強く握りこまれていることから黙っておいた。

 

「マスターは結局、何に落ち込んでいたんだ?」

 

「その話はもういいわよ、話題に出さないで」

 

 先ほどまで落ち込んでいると思ったら、今度は(バーサーカーの視点では)急に怒り出した凛、バーサーカーはその怒りの火をそらすために適当な話題を探す。

 

「そういえば話は変わるが、私が最後に死んだ時、ランサーが何やら人を追いかけていたな」

 

「同じ話題よ!!!」

 

 彼女はバーサーカーに襲い掛かる。悲しいかな、バーサーカーもそらした火の先に油壷が置いてあるとは思わなかっただろう、バーサーカーは思えば運もなければ気づかいもできない男だった。

 

 怒りに任せてまくしたてるように話す凛の話によると、どうやらあの追いかけられた人影は凛と関係のある少年であり、残念ながらランサーによって致命傷の傷を負ったので、凛は少年を自らの魔術で命を助けたという経緯があったとバーサーカーは知った。

 

 バーサーカーも話は分かった。だが、なぜそのことで凛が落ち込んでいるのかが分からなかった。

 

「少年を救ったのだろう、なぜ落ち込んでいるんだ?」

 

 バーサーカーは頭蓋骨が陥没して視界が歪み、強烈な吐き気を覚えながらも凛に問う

 

「私たちがあそこで戦っていなきゃ巻き込まれることもなかったわ……、それに魔術は一般人には見られてはいけないの、最初は私も見殺しにするつもりだったわ、でも見られた上で私の都合で彼を助けた。本当に自分が嫌になるわ……」

 

 魔術の秘匿という概念は凛から聞いていたが今の説明でようやくなぜ彼女が落ち込んでいるのか理解した。

 

 それは凛の甘さではあるがバーサーカーはむしろそれを好ましいと感じる。

 

 しかしそれとは別にバーサーカーは一つの疑問が浮かんでいたので凛に問う。

 

 

「マスターは彼を助けたがランサーの方は魔術の秘匿やらのためにもう少年を狙わないのか?」

 

 

「あっ……」

 

 凛は自身の間抜けさを叱責する。彼女は自分がその発想に気付かないことに怒りながらもすぐさま行動を開始した。

 

「その通りだわ、バーサーカーすぐにあいつのところに行くわ、わざわざ助けたんだもの、殺されてたまるかってのよ」

 

 バーサーカーも神妙な顔で凛に問う。

 

 

「急がねばなるまい、遠くまで走るなら脱いでもいいか?」

 

「駄目に決まってるでしょ……」 

 

 

 バーサーカーは彼女の自分についての認識が気遣いの男から気違いな男になりかけていることを知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎にとって今日という一日はあまりに色々なことがありすぎた。いうなれば運命の夜といってもよい。

 

 放課後に弓道場の掃除をした後に黒いヤギのような化け物と青い槍兵が殺しあっているのを見てしまい、化け物を殺した槍兵に心臓を突き刺されたのがつい一刻

 

 さらにその槍兵がまた表れてこちらにいやそうな顔で

 

「どいつもこいつも死んだら蘇る……、どうなってんだ全く、どうして同じやつをこうも日に何度も殺さないといけないんだ」

 

 なんてわけのわからないことを言いながら殺しに来たのが少し前。

 

 そして極めつけは物置の中、急に現れた。金髪でドレスのような鎧を身に着けた可憐な少女、その少女が獣じみた速度の槍兵と互角以上の戦いを繰り広げ、ついには相手を退けたのがついさっき。

 

 ようやく会話らしい会話をすれば彼女はセイバーというらしい、聖杯戦争だのマスターだの聞いたことのない単語の羅列にもう彼の頭はパンク寸前の状態である。

 

 そして今現在、槍兵とのケガも癒えぬまま

 

「外の敵は二名、この程度の重圧なら一瞬で倒しうる相手です」

 

 などといって軽やかに跳躍してどこかに行ってしまった。

 

「おいおい……ケガしてただろッ!」

 

 ケガをした女の子が戦う。それを理解した士郎は後先考えずに飛び出していく、音のする方を頼りに彼女を追いかけ、そこでみたものに彼は驚愕する。

 

 まだ暗闇に慣れていない中、何やらいくつかの人影がうごめいているのがかろうじて見える。

 

 相手は士郎が想像もできないような高度な魔術を一瞬で発動してセイバーに打ち込んでいる。

 

 しかしその攻撃がセイバーには微塵も効いている様子はない、そのまま突進するセイバーから、かばうように誰かが魔術師の前に出る。

 

 闇に目が慣れた士郎は今まさにセイバーが人を切り殺そうとしていることに気付いた。

 

 誰かが誰かの命を奪おうとしている。それに気づいた士郎は後先も考えずに叫ぶ

 

「止まれセイバーーーーーーーー!!!」

 

 瞬間に手の甲に軽い痛みが走り、そしてその痛みに反応するようにセイバーの動きが瞬間的に硬直する。

 

「なっ!?」

 

 セイバーの剣は止まった。しかし、それは攻撃された者が助かったことにはならない

 

 

 ちょうど雲間からでた月の光が照らすその光景は凄惨だった。

 

 

 男の仕立ての良かったのだろうワイシャツは血まみれで、両腕は力なくぶら下がっており、執念だけで手に剣と盾を握る。

 

 動きを止めたセイバーの剣は男の首の中ほどまで食い込んでおり、のどに突き刺さった剣が膝に力の入らない男の自重を支えていた。

 

 いっそそのまま振りぬいてしまえば楽に死ねただろうに男は苦悶の表情を浮かべ、口の端からは赤い泡を吹き出している。

 

 あの男はもう助からない、士郎はそう思った。

 

 しかしその残酷を超えておぞましいというべき光景を士郎は見てしまう。

 

 何と男は無理やりにのどに生えた剣を自力で動いて引き抜こうとしているのだ。にちゃにちゃと肉がこすれる音、男は片手で傷を押さえて剣を体から抜き取ると、そのまま平然と片手で持っている剣をセイバーに向けた。

 

「止めろ!」

 

 思わず声に出してしまうが今度は動きを止めることなくそのまま剣をセイバーの悔し気な顔に振りかぶりっている。

 

「待ちなさい、バーサーカー」

 

 しかし剣が今まさに振り下ろされる正にその時、男は急にその動きを止める。

 

 士郎はその目線の先を追うと、魔術師と思われる人影がいた。そして何やらしばらく見つめあうと、納得したような顔をしてセイバーから離れていく

 

 が、その男は取り返しのつかない無理をしすぎていたのだろう、剣という栓が外れた首から、血をあたり一面に吹き散らしてしまう。

 

 血を喉から吹き出しながら叫ぶ男の断末魔は喉から空気と一緒に抜けてしまい滑稽な風切り音を鳴らし、男は空気に溶けるように消滅した。

 

 その男の最期に士郎は気を取られ、呆然としてしまう。

 

「ごほんッ!」

 

 そしてわざとらしい咳払いと足音に意識を戻した。

 

 士郎はセイバーと戦っていた魔術師がこちらに歩いてくることに気付く、……そして、士郎はその魔術師の姿に見覚えがあった。

 

 

 

「こんばんは、衛宮君」

 

「おっ……おまえ!遠坂!?」

 

 

 彼女のあまりも場違いで完璧な笑顔にとうとう彼の頭はパンクしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカーが遠坂邸で目覚めた時、すぐに彼女の元へ向かう。

 

 バーサーカーがセイバーを殺そうとした時、凛からの念話でセイバーを殺すのを止めるように指示があった。

 

 バーサーカーも自分が死ぬ間際でチャンスは今しかないことを伝えたが死んだら姿を隠してついてくるように言われるだけである。

 

 バーサーカーも彼女の意図は不明だが従わない理由はないので先ほどの屋敷のあたりで待機した。

 

 すると凛からの念話がバーサーカーに届く、その内容を列挙する。

 

 どうやらあの殺し合いの場でなぜか話の主導権は彼女が握ったらしく、そして今は聖杯戦争に巻き込まれた例の少年に状況を説明をしている最中であること

 

 そして凛の聖杯戦争の説明のさなかどうやら少年、衛宮士郎は魔術師の中でも素人であり、魔術は強化の魔術しか使えず、聖杯戦争なんてものも知らないほぼ一般人に近い魔術師もどきであること

 

 あまりの素人ぶりに少年のサーヴァントであるセイバーもおかれている現状を理解させた方がいいだろうと凛の提案に乗り、聖杯戦争に最も詳しい監督者のもとに士郎を連れていく運びとなっていること。

 

 

 そのことを知ったバーサーカーは命令通り、凛たちのもとへ向かった。

 

 そうしてなんとかたどり着くと、セイバーが士郎に自分を女の子扱いするのをやめるよう言ってそれを士郎が拒み、凛がそれをからかうなど、先ほどの殺し合いが嘘のように多くの雑談をしながら歩いている姿を見かけ、奇妙に思いながらもバーサーカーは追跡を始める。

 

 道中セイバーがこちらの方に目を向けることが何度かあったがそのたびに凛のフォローで何事もなく、彼は目的地の丘の上の教会に到着した。

 

 いざ中に入ろうという時セイバーが教会内でなく外で待っていると話したため、士郎たちは何やら話し込んでいるようだが、バーサーカーは教会付近に書かれたメッセージに気を取られる。

 

「この先、嘘つきがあるぞ」 「悪い奴の予感……」「卑怯者」「やっちまえ!」「この先、敵に注意しろ」「危険地帯」「この先、用心深さが必要だ」

 

 聖職者は屑ばかりだと言ったのは誰の言葉だったか、バーサーカーはこの先の教会にいかなる曲者が待っているのか想像しながら、今回はメッセ―ジを凛に伝えた。

 

(一応は教会内で襲われることはないと思うわ、警戒すべき奴は恐らくアイツね、バーサーカーもここで待ってて、あのクソ神父は食わせ物だから、下手に自分のサーヴァントの情報を見せたら敵に売られかねないわ)

 

(わかった)

 

 バーサーカーは凛にとってこの戦争の監督者が兄弟子であり師匠であり後見人でもある存在ときいていた。だからであろうかクソ神父と言いながらもその響きにはどこか親しみを感じさせたのだが今の会話で違和感を覚える。

 

(しかし、クソ神父か……、クソ神父という言葉を最近どこかで聞いた気がするのだが……何か重要な……)

 

 その疑問はついぞ分からずにマスターたちがそれぞれ帰ってくる。

 

 そのまま士郎の元にセイバーが駆け寄る。士郎がどのような選択をしたかでセイバーの今後は大きく変化するのであるから彼女の目にも不安が見える

 

 しかし少年の目には強い決意が浮かんでいた。セイバーを見据えると真摯な態度で自分の決意を伝えた。

 

 

「俺に務まるかどうかは判らない、けど戦うって決めた。俺がマスターってことで納得してくれるかセイバー」

 

 そういって少年は右手を差し出す。

 

 セイバーはその右手をまじまじと見て握り返すと

 

「納得も何も……、私のマスターは初めからあなたです。再度誓いましょう。私はあなたの剣になると」

 

 

 バーサーカーの感性は既に干乾びてはいたがこの光景はなんとなく美しいものであるとは感じた。

 

 同時にバーサーカーは自身の境遇を振り返り、意味はないのだが凛を見る。

 

(……なによ)

 

 姿を見せていないのだから視線など分かるはずもないのだが恐ろしいほどの正確さで睨んでくる凛

 

(なんでもない)

 

(嘘ね、気配があったわ)

 

 気配とは衣擦れの音や些細な足音のような感知できない情報を無意識的に認識することであって、それをすべて断っている自分の視線に気付ける彼女は何者であろうかと凛に畏怖したバーサーカーは大人しく考えていたことを話す。

 

(ただ私が初めてマスターに手を伸ばしたときのことを思いだしていた)

 

(もう一度したいのかしら?)

 

(貴公とのそれは美しい思い出だ。どんなに尊い物も繰り返せば醜悪になってしまうと思わんかね)

 

(気付いたけど、あなたって追い込まれると饒舌になるわよね)

 

 

 そうして凛が握手をし続ける二人に茶化すように声をかけ、家路へ着くことになる。

 

 なんにせよこれで七つのクラスが揃った。バーサーカーはまだセイバーとランサーしか会っていないが自分を除けばあと四人のサーヴァントがいる。先は長い、バーサーカーは今後のどのように行動すべきかを今までのことを含めて考えた。

 

 この時、敵のことについて考えていたからかバーサーカーは凛に伝え忘れていることを思い出した。

 

 (二回目の接触でランサーに私の不死性がバレたかもしれないと話していないな……)

 

 凛の方へと意識を向けるとちょうど士郎と何やら話しているようだ

 

「だからあのクソ神父の胡散臭さはね……」

 

 どうやら先ほどの教会の監督者について少年と話をしているらしい、クソ神父と連呼する彼女の話の切れ目を待って、ランサーへの今後の対応を考えているとふとバーサーカーの脳内に電流が走る。

 

(ランサー……、クソ神父……、どこかで……、あっ……)

 

 この時ランサーとの初戦、バーサーカーの死に間際にランサーが言っていたことを思い出す。

 

 

 

冥土の土産に教えてやる。我が名は、うるせぇ黙ってろクソ神父! ……俺の名はクーフリンだ。誇るといいぜ

 

 

 この時、バーサーカーはランサーのマスターが神父という立場である可能性に気付く

 

(迂闊だった……。もしやマスターの師匠なら魔術師でもあるはずだ、ランサーとつながっている可能性はある)

 

 そしてその可能性をすぐさま凛に報告する。

 

 凛はこちらの話を一通り聞くと

 

(もし神父という立場の人物がマスターならあいつがそうである可能性は高いわ……)

 

(奴なら監督者でありながら聖杯戦争に参加するなんてこともやりかねない腹黒さよ)

 

(そうか……、それなら先ほどのメッセージも納得する……)

 

(でもねそれは置いといて……、いいかしらバーサーカー?)

 

 バーサーカーは凛の話し方に不吉の予兆を感じる。

 

(……なんだマスター)

 

(このこと、バーサーカーが報告してくれればすぐにわかったことだと思わないかしら)

 

 念話越しであるはずなのに彼女の満面の笑みをバーサーカーは幻視する。

 

(……不死人は死ぬと少し記憶の摩耗が……)

 

(ホウレンソウっていったわよね)

 

(ランサーの話はホウレンソウの約束以前のできごとだった……。それに結局、気付くことができた、これは誰もあずかり知らぬノーカウントな事象というものだと思わないか?)

 

(い っ た わ よ ね)

 

(……)

 

(今はあなたに罰を与えないわ………………、私の罰であなたの不死性がセイバー達にバレるといけないものね……)

 

 つまりそれは私を殺すという意味だろうかとはバーサーカーは恐ろしくて聞けなかった。

 

(心が折れそうだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いた帰り道、凛と士郎、二人の家の分かれ道につく、凛は明日から敵になるのだと士郎を突き放すが、士郎は出来れば敵にはなりたくないと凛の言葉も暖簾に腕押しで、二人の会話は夫婦漫才じみていて明日から殺しあう仲になる者同士になるとは思えない。

 

 バーサーカーから見れば凛は完全に士郎に情が移ったように見える。そのことを念話で伝えれば凛が強く怒り、士郎に八つ当たりをする。さらにはセイバーも士郎に聖杯戦争の心構えについて説教を始め、会話に収拾がつかなくなる。

 

 そんな時に

 

 

「――ねぇ、お話は終わりそう?」

 

 コロリと鈴のような声が通る。その声に全員が坂道の上に目をやる。

 

 そこには月を背にした巌のような巨人とその傍に立つ少女がいた。

 

 銀の髪を持つ妖精のような少女と鍛え上げたでは足りないほどの体の厚さと太さを持つ大男

 

 そのアンバランスな組み合わせを除いてもそこに立つ男はあまりにも強烈だった。英霊というものは只人のなかにいて埋もれない存在であるが、彼はその英霊の中にいても際立つ存在感であろうことが本能で理解させられる

 

 一目見たその雰囲気だけで彼が物語の主人公じみた英雄だと理解させられ、まるでこちらが退治されるべき悪ではないかという妄想をしてしまい、受ける圧力は背骨と氷柱を取り換えられたような怖気をこちらに植え付ける。

 

「うそ……、あいつ桁違いだわ……」 

 

 つい口からでた凛の言葉はポロリとこぼれた何の力もないつぶやきだった。それは明らかな絶望を前にした人間が話す悟りと諦めを含んだ声と似ていると感じられた。

 

 銀色の少女が口を開く

 

「こんばんは、お兄ちゃんは二回目だよね、リンは初めまして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていえば分かるかな」

 

 凛はその言葉に聞き覚えがあるようで、反応を示す。幼い少女はそれをみてうれしそうにしてこちらを見ると

 

 

「じゃあ殺すね、やっちゃえ、アーチャー」

 

 歌うように逃れえぬ死刑宣告を読み上げる。

 

 瞬間、巨体が坂から落ちるようにしてこちらに迫る。

 

 反応できたのはセイバーしか居なかった。セイバーが坂を駆け上がり敵とこちらの中間地点で接敵し小爆発がおきる。

 

 そのままアーチャーとセイバーによる暴風にもにた剣戟が繰り広げられる。

 

 すぐさま凛の元へと行き、バーサーカーは凛に提言する。

 

(敵のサーヴァントは強く、マスターは躊躇いがない、セイバーもランサーと戦って本調子でない、共闘するにしても勝ちの目は薄い。マスターは逃げたほうがいい)

 

 バーサーカーが見るに凛と士郎はアーチャーを見た時から冷や汗が止まっていない、それは恐怖か怯えか、彼我の戦闘力との差が優秀な彼女なら良く分かっているはず、状況から考えて凛は提案をすぐに飲むと思っていた。

 

(戦うわ)

 

 しかし返答はシンプル。顔をしかめながらもバーサーカーへ向けた煌々と光る凛の目はまぶしいほどまっすぐにこちらを射抜いていた。

 

(敵は強い、なぜ戦う?)

 

 バーサーカーはなぜと問いながらも一つの答えしか望んでいなかった

 

(相手が強いことが諦める理由にはならないわ)

 

(まさしく、その通りだマスター)

 

 怯えて恐怖し、それでも強敵に立ち向かおうと決意したのだろう。その在り方はどこかバーサーカーを強く共感させた。

 

(リン、ここで全滅してもし私がまだこの世界で甦ることがあったなら我が名にかけて必ず仇を討とう、必ずだ)

 

(縁起悪いわね……、そもそもあんた自分の名前覚えてないでしょう)

 

(では私のソウルにかけようか)

 

(はぁ……)

 

 どうやらバーサーカーなりの覚悟は凛に伝わらなかったようだが彼は気にせずに動き出す。

 

 彼はアーチャーを見た時から途方もない強敵と位置づけていた。したがって彼のとる選択は一つ

 

 彼は姿を隠したまま武器の一つである大弓を取り出し。敵を狙いやすい位置取りをする。

 

 バーサーカーは常人を超えた膂力でなければ扱えない大弓を構えて大きく引き絞ると狙いを付け始めた。

 

 見えない場所から強力な一撃を加える。いかなる強者といえど不意をつく一撃を避けることは困難、二対一ならなおさらである。

 

 隠れた姿で敵を射撃する。バーサーカーの行う戦法は王道を好むものにとっては卑劣ではあるがその合理性ゆえに不死人達の常套手段でもあった。

 

 しかしその卑劣に輪をかけて卑怯な意図を持って矢をさらに絞る。

 

 バーサーカーは幼い少女の顔面にためらいなく矢を放った。

 

 協力者(サーヴァント)ではなく世界の主(マスター)を消す。幼い少女の顔を吹き飛ばすなど全うな英霊たちならば顔をしかめるが不死人には関係ない、不死人にとっては当たり前の行動理論により矢は直進する。

 

 不意はついた。

 

 矢は弓を離れて敵のマスターに向かう、バーサーカーは攻撃が通ったと考え視界の端でとらえていたアーチャーの方を見る。

 

 アーチャーは先ほどからバーサーカーに一目もくれずに棍棒を片手にセイバーと戦っていてこちらに注意を向けてはいない

 

 セイバーとアーチャーの戦いはアーチャーが優勢で進んでいるようだ。

 

 弓兵がなぜか棍棒でセイバーと武器を交えて、そしてあまつさえ圧倒している。

 

 バーサーカーの矢が弓から離れた時にアーチャーはセイバーの体を弾き、その一瞬の間に弓矢をとりだし見当違いのところに構えようとしていた。

 

 バーサーカーの視界の端ではアーチャーが弓を構えようとして次の瞬間その手先がブレて見えなくなる。

 

 全く同時にバーサーカーは腹部に強力な衝撃を感じて地面に転がっていた、

 

 気配を断ったのになぜあんな適当な射撃で正確にこちらを撃ち抜いたのかは分からない、わからないが当ててきたのだから相手はこちらの場所が分かると認めるしかないだろう、しかしそんなことよりもバーサーカーにはもっとわからないことがあった

 

(なぜ矢があたってないッ!)

 

 大矢は少女にあたる前に消し飛んだ。事実だけ並べるなら、アーチャーが射った矢がバーサーカーの大矢とバーサーカーの腹部を吹き飛ばしたという結果である。

 

(ありえないほどの速度だ、あの一瞬で二射したのか?……、飛んでる矢に別の矢をぶつけるなどインチキも大概にしろ)

 

 しかし思考は弓矢の衝撃以外の要因としか考えられない内臓の酷い苦痛で遮られる。

 

(クソッ、弓矢に毒か!)

 

 バーサーカーは酷い激痛を感じながら矢を抜いてエスト瓶をあおり苔玉を飲み込むが少し収まったと感じた瞬間、毒がぶり返してきた。毒消しが効いていないのは明らかでこのままではジリ貧で消滅する。バーサーカーは指輪を変え必死に回復と解毒を繰り返す。

 

 時を同じくして、アーチャーと相対していたセイバーも鮮血を流し剣を杖に何とか立っているほど追い込まれていた。

 

 その姿では相手の攻撃を避けることもままならない

 

 それに対してアーチャーは全くの無傷、難なく叩き伏せたセイバーから距離を取りそのまま命令を待っている。

 

 あまりに一方的な展開を見ているイリヤは心底どうでもよさそうに声をかけてくる

 

「なんだか他にもネズミがいたみたいだけど、まぁ勝てるわけがないよね、アーチャーはギリシャ最大の英雄なんだから」

 

 その言葉に凛が反応する。

 

「ギリシャ最大の英雄ってまさか……」

 

「そうよ?私のサーヴァントはヘラクレスなの、あなたたちとは違う、私の最強の英霊よ、どう、お兄ちゃん絶望しちゃった?」

 

 その名はヘラクレス、ギリシア神話に登場する半神半人の英雄だ。彼は多くの英雄の中で……いや、おおよそ全ての英雄譚の中でも有名な英雄といってもいいだろう、英霊としての格は上の上、最強のサーヴァントといってもそれは全くの自惚れではない

 

 その場にいる誰もが息をのみ言葉を出せない、このまま少女が命令を下せばそこにある命がすべて刈り取られるだろうと皆が確信している。

 

「じゃあもうセイバーは邪魔だから……」

 

 士郎はその一声を聞く前に駆け出しセイバーの前にかばうように立つ、あるいは彼が身を犠牲にすることでイリヤが引くという活路もどこかの世界ではあったのかもしれない、しかし高い技量を持つアーチャーは士郎を無視し、少女の命令通りに不要な他人を傷つけないでセイバーのみを撲殺できるだろう。

 

 イリヤが続きの言葉を口に出そうとする。

 

 

 

 

 

 

「マスター、ヘラクレスとはどのような奴なのだ?」

 

 

 

 

 

 

 だからこんな場面で口を開け、こんなことを聞くことができる奴というのは間違いなく狂人の類(バーサーカー)だろう

 

 バーサーカーはいつの間にか距離を置いた場所から姿を表していた。

 

 

「――――は」

 

 あまりにも場違いな質問を真剣な声色で話すバーサーカーを見て、誰かの引き攣るような息の音が聞こえる。

 

 バーサーカーの存在を認識し、それを聞いたイリヤは目を丸くして、一拍おいて破顔する。

 

「ふっ……、うふふ……、あーはっはっはっは、 嘘でしょリン、あなたいったいどんな田舎サーヴァントを召喚したの!弱すぎて冗談でも面白すぎるわ!!」

 

 英霊は現世の知識を与えられる。英霊でヘラクレスを知らない英霊など相手の顔も分からないほど狂っているかモグリでしかありえないので、これは高度な冗句か実力差を考えられない身の程知らずの挑発だろうと真っ青な凛以外全員は考えるだろう。

 

「ふふ……」

 

 イリヤはまだ笑いを止められないようでゆっくり息を整えてから見下すように話す

 

「いい?ヘラクレスの偉業を知りたければ、今すぐ夜空を見上げればいいわ、その空に浮かんでいる星々がヘラクレスの偉業を示しているわ」

 

 ヘラクレスはネメアーの獅子を絞め殺してしし座に、猛毒と切ってもすぐ生え変わる9つの頭を持つヒュドラーを岩の下に埋めてうみへび座に、他にも3つの頭を持つ犬の化け物ケルベロス、ディオメーデースの人喰い馬、そのほかにもヘラクレスの倒した怪物はもっといる。

 

 イリヤは彼の功績を次々と歌うように語る。

 

 ヘラクレスは一体でも打ち取れば英雄として名を遺す偉業を幾度となく成した男、正真正銘、英雄の中の選りすぐり、それに敬意を払うことをしない英霊などいないだろう

 

「なんと……、それはすごい……」

 

「分かった?あなたみたいな木っ端のサーヴァントとは違う本物の……」

 

 バーサーカーはイリヤの方に体を向け、アーチャーに顔だけを向けると

 

「つまり貴公は倒した敵を星にしてしまう力を持つ英霊ということか?」

 

「……は?」

 

「違うのか?ずいぶん煌びやかで豪壮な力だと思ったのだが 」

 

 あまりの頓珍漢な回答に誰もがバーサーカーを見る、凛たちは今度は息を飲むこともできずにバーサーカーの正気を疑うという益体の無いことをして、イリヤは一気に殺気立ちバーサーカーを睨みつける。

 

 アーチャーは初めから今に至るまで無言、しかし今まで目も向けなかったバーサーカーを初めて観察している。

 

「道化も過ぎると不快よ……、あなた」

 

「……んく」

 

 バーサーカーはイリヤの話をよそに何やら先ほどから瓶を口に傾けて合間に紫色の塊をむしゃむしゃと食べている。その態度にイリヤの我慢は既に限界だった。

 

「もしかして私達、あなたに馬鹿にされているのかしら……」

 

「こっちは真面目だ」

 

 そもそも彼は英霊という意識もなければ異次元の星辰がやれヘビに見えるだの獅子に見えるなど知るわけがないので心からの疑問を聞いただけなのだが

 

「アーチャー、こいつ殺して、ただ殺すだけじゃだめ、粉々に叩き潰して」

 

「それは無理だな」

 

「……あなた自分が何言ってるか分かっているの?」

 

 イリヤの怒りはもはやこの礼儀知らずの死でしか贖われない、そうイリヤは考える。

 

 

「いや毒でもう死ぬ、神経毒と出血毒……、これはヘビ毒か?」

 

 

 だというのに当の本人が簡単に死ぬと言って死ねばイリヤの立場はないだろう

 

 何やら独り言を言い始めるとバーサーカーは鎧の隙間から血を流し始める。もしも兜がなければそこには目と口の粘膜から多量に出血しているバーサーカーが見えただろう

 

 そしてそのまま頭から地面に倒れこむと同時に空気に溶けて消えてしまう

 

 消滅してしまったバーサーカーのいた場所をイリヤは唖然とした顔で見ていたが不機嫌そうな顔になると凛の方を向いた。

 

「御三家であんな英霊でもないような雑魚を出すなんて、没落具合は間桐もそうだけど遠坂家はもっと酷いわね、もう場所だけ貸してればいいわ、私たちの聖杯戦争に関わらないで欲しいわ、リン」

 

 その言葉は苛立ちからの侮蔑でなく魔術師としての本心から、迷惑だからやめてほしいという真剣さが含まれていた。

 

 だから凛も何も言い返せなかった。自分のサーヴァントが異世界から来た不死身の騎士様だとは

 

「まぁもともと挨拶ぐらいのつもりだったんだけどね、いまお兄ちゃんをすぐ殺しても楽しくないから取っておくわ、他の人に殺されちゃだめだよ」

 

 私が殺すから、そう少女は言い残すと去っていった。

 

 残ったのはボロボロになったセイバーとそれに手を貸す士郎、それと凛

 

 凛は少し前から考えていたことを士郎に伝える。

 

 

 

「衛宮君、私達手を組まない?」

 

 

 

 

 

 

 その声は震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、竜牙兵達に殺されかけるダクソ主人公
何にせよ各話一回は死ぬ


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5話

 遠坂凛、彼女はプライドが非常に高い

 

 それは遠坂家という魔術師の名家に生まれたこともあるが生来の気質に合わせて彼女の生い立ちによるところも大きいだろう

 

 早くに家族を失い、頼るべきものの無いまま過ごした幼少期は彼女が他人より早く大人になることを強いた。

 

 そうして成長した彼女は、自分こそが遠坂家の六代目当主の魔術師であるという強い信念を持つ

 

 そんな彼女にとって聖杯戦争とは遠坂家の悲願であり、亡くした父への弔いであり、そしてなにより己の魔術師としての力を示すものであったのだ。

 

 

 彼女はこの聖杯戦争に並々ならぬ思いを抱いて挑んだのだ。

 

 

 

 

 ……そしてその少女の願いは一人のサーヴァントに打ち砕かれることになる。

 

 

 しかも敵ではなく、味方の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮君、私達手を組まない?」

 

 

 彼女の一言より、現実に引き戻された士郎少年は困惑した。

 

 いきなり現れたアーチャーとそのマスターである銀色の少女、ボロボロに傷ついたセイバー、先ほど殺されたはずである凛のサーヴァントとは別の甲冑を着たサーヴァント、そしてその彼の死、ここにきての同盟の提案

 

 受ける受けないはともかく、あまりの多くのことが起きて処理できていない彼は

 

 

「とりあえず、落ち着いて家で話さないか」

 

 

 その一言で精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカーは驚いた。

 

 

「今すぐ、衛宮君の家に来て」

 

「マスター、生きてたのか」

 

 

 凛からの念話でその声を聞き、バーサーカーはマスターの無事を確認したからだ。

 

 あの巌のような男、ヘラクレスと名乗る英霊から生きられるとは流石マスターだ。どのような手で生き残ったのかぜひ聞かねば、彼はそう考えていた。

 

「彼らに私の姿を見せていいのか?」

 

「見せていいわ、詳しい話は後でするからいいから来て。来たら黙って突っ立ってなさい、アホなことは絶対に言わないでね」

 

 

 だが、なにやら不機嫌そうな声でセイバーのマスターである少年の家に来いといったきり、魔力の繋がりを断たれてしまったため、バーサーカーはそれ以上は追及できなかった。

 

 士郎少年の家に着くバーサーカー、凛の家とは違う見慣れない家の作りにあたりを見まわしながら凛がいるであろう場所に向かう。

 

 バーサーカーは本来であれば裸になり、すぐにでも駆けつけたかったが、彼女は裸が嫌いなことを思い出し装備は凛からもらった服を身に着けた。

 

 

「遅れてすまない、マスター」

 

 すでにそこには凛に加え士郎とセイバーがいた。

 

 セイバーから測られるような視線、士郎からの驚愕の目線、そしてなぜか仲間である凛からも不機嫌そうな目を向けられ、バーサーカーでも居心地の悪さを感じた。

 

 

「詳しいことは省くけど、これが私のサーヴァント、バーサーカーよ、強力な奴ではないけど使いようはある。サーヴァントが強くてもマスターが足を引っ張る半人前な衛宮くんとサーヴァントにちょっと問題がある私、足してちょうどいいと思わない?」

 

 いきなり来て罵倒されるという状況に悲しみを持ちつつも自分より恐ろしいマスターに逆らう度胸はバーサーカーにはない、命令通り、謎の男というような立ち振る舞いで腕を組み背中の柱に体重を預けた。

 

「むっ俺はそこまで半人前じゃないぞ」

 

「私が知る限り、一日で三回も死にそうになった人間なんて初めて見たけど?」

 

「ぐっ……」

 

 バーサーカーはそれなら一日で三回死んでる私は半人前以下だな、なんて軽口をはさみそうになるが凛が何よりも素早く察知して一にらみで封じた。

 

 バーサーカーはもしや自分の思考が漏れてるのではと、マスターに対する畏怖を深めた。

 

「いい? 条件を確認するわね、私があなたにマスターの知識を教える。何だったら魔術の手ほどきをしてあげてもいい、だからあなたはセイバーの力を貸しなさい。期間はアーチャーを倒すまで、それまでは互いに手出しは無用、私とバーサーカーは貴方たちを攻撃しないし、セイバーと衛宮君も私たちに攻撃しない、これでどうかしら」

 

「……」 

 

「衛宮君、返事を聞かせてほしいんだけど」

 

 

「……分かった手を組もう」  

 

 

 ここに同盟は結ばれた。

 

 

 バーサーカーの頭に意思が流れ込む

 

 

 

 ―――誓約を交わしますか(古い誓約は破棄されます)―――

 

 

 バーサーカーが凛の意向に逆らうことはなく、迷いなく肯定の意思を持った。

 

 

「誓約を交わす」

 

 バーサーカーは膝をつき、右手を士郎たちに伸ばす

 

 

 ここにきて何も喋らなかった男が急に動いたことにセイバーと士郎が警戒をするがバーサーカーの動きは止まらない

 

 

 まるで敬虔な信徒のように伸ばした手を開く

 

 彼にとって誓約とは、比喩でなく付け替えできる指輪のようなものでしかないので信仰心などさほどないのだが

 

 

 そして手のひらに生じた光を握りしめる。

 

 

 

 ――誓約を交わしました――

 

 

 

 光が収束したバーサーカーの手のひらに何かが生じるのと、いつの間にか各々の指に見たことも無い指輪があると気付くのは同時だった。

 

 

 ――『鞘剣の誓約指輪』――

 

 

 その指輪の名をバーサーカーは本能で直感し、周りの者はバーサーカーの言動から『セイヤク』が成立したことを悟る。

 

 

 何よりここにいる全員がバーサーカーの行動により、何らかの魔術的な繋がりがたった今発生したことがそのことを裏付けていた。

 

 

 高い対魔力を持つセイバーに強制的に魔術的な繋がりを開かせたバーサーカー

 

 セイバーは当然最大限の警戒を払う

 

 

「『制約(せいやく)』と言いましたか?」

 

 セイバーはいつの間にか士郎を己の背中に隠し、冷たい目を凛とバーサーカーに向ける。

 

「あぁ。『誓約(せいやく)』を交わさせてもらった」

 

 

 

 

 

 ここで明言しておこう、凛たちの世界にとっての『制約(せいやく)』とは破れば魔術的な強制力が発生するいわば呪い

 

 

 一方でバーサーカーの世界の『誓約(せいやく)』とはただの装備、ありていにいうなら自分の都合で付け替えるものでしかない

 

 もちろんそれでも本当の信仰をささげる狂信者もいるが、善人面で白霊となり他人を救った後に刺激が欲しいと闇霊として他者を食い潰す不死人も数多くいる。

 

 同じことを繰り返す不死たちにはそのような戯れも、崩れゆく自己をとどめるためと思えばしかたがないのか……

 

 話がそれたが音を同じにするこの言葉、彼ら不死人と凛たちには大きな違いがある。

 

 

 軽々しくするようなものでないそれをバーサーカーが一方的に契約したとすると、周りから見ればそれは呪いに類する攻撃である。

 

 実際にはそんな強制力など欠片もないとしてもだ。

 

 

 

 

 結果として両者に深い溝が生まれる。

 

 

 

 

「あの口約束だけで私たちの間に制約を成立させたと、私の対魔力をすり抜けて」

 

「……? なにをいまさら、互いの同意の上だったのでは」

 

 このやり取りに凛は心胆を凍らせ、士郎は訳も分からぬままにバーサーカーを見た。

 

「ただの口約束で制約を成立させるとは、悪魔に類する者か、なるほど、凛のサーヴァントにしてはあまりにも弱すぎる。何か切り札は持っているのだと踏んでいましたがとんでもない食わせ者だ」

 

「どういうことだセイバー」

 

「今先ほどかわした口約束、シロウにマスターの知識や魔術の手ほどきを与える、そして私たちは力を貸す。その言葉を制約として成立させたのです」

 

 知識の提供と戦力の提供、それは互いに拒否権があれば対等な関係であるがそれが互いに絶対の契約となったとしたらどうだろうか

 

 凛側から求められたならセイバーはどんな目的であっても力を貸さなければいけない

 

 例えばそれがセイバーの望まぬ物であったとしてもだ。

 

 そこまで考えてセイバーは凛が契約をするときの言葉の真意に気付く。

 

『互いに手出しは無用、私とバーサーカーは貴方たちを攻撃しないし、セイバーと士郎も私たちに攻撃しないこれでどうかしら』

 

 

 過去に第四次聖杯戦争でセイバーのマスターであった衛宮切嗣も似た様な手をランサーのマスターに仕掛けていた。

 

 

 お互いは攻撃しない

 

 そう自己強制証明(セルフギアス・スクロール)に誓ったケイネス・エルメロイ・アーチボルトは制約の穴を突かれ無残に殺された。

 

 

 もし凛がセイバーに、例えばであるがセイバーに士郎を殺せと命令したらどうなるであろうかとセイバーは思い至る。

 

 

「卑怯な! この制約、初めからこちらを強制させるための罠だったというわけですね」

 

「俺たちをはめたのか、遠坂……」

 

 

 警戒を超えて敵意を隠そうともしないセイバーと悲しそうに顔をゆがめる士郎少年を見ながら凛は考える。

 

 なぜ私の隣にいるこの男は私の邪魔をするのだろうかと

 

 ようやく話がまとまりかけていたというのにこの男が現れた瞬間にこれだ。

 

 こいつは実は私の敵なのではないのだろうかと真剣に考えてしまう

 

 

「バーサーカー、制約を破棄しなさい、すぐにしないなら令呪を使うわ」

 

 

 セイバーが考えつくような制約の活用は凛もすぐさま考えついた。実際活用すればこの聖杯戦争を勝ち抜く算段も出てくる。

 

 だが、凛は同盟を組むと宣言したのだ。

 

 約束を破ること、それは彼女の誇りにかけて許されない物であったのだ。

 

 

 

「……いいのか? せっかくの同盟なんだが」

 

「三回は言わないわ、あなたが立てた制約を破棄しなさい」

 

「分かった」

 

 バーサーカーは己の指にはめた指輪を見つめる。すると指輪は虚空に溶けるように消えて別の指輪と入れ替わった。

 

 だが凛達の中に出来た。魔術的な繋がりは消えない。

 

「どういうことかしらバーサーカー、私たちの制約がまだ無くなってないわ」

 

「……? 指輪を取ればいいではないか」

 

 そう言って凛の指輪を抜き取ると凛の中に流れていた正体不明の繋がりはあっけなく消失した。

 

「別に貴殿らも誓約が気に入らないのならその指輪を取ればいい、しかし、強制とは言い過ぎだ。誓約にそのような力などありはしない」 

 

 

 その言葉に士郎とセイバーは指にはめられた指輪を外す。何の抵抗もなく取れたそれは制約というには軽すぎた。 

 

 

「………………ねぇバーサーカー、あなたの言う制約とやらについて話しなさい」

 

「誓約は他世界と繋がる時に結ばれる縁とでもいえばいいのか……、一つだけしか習得できず、新しい誓約を習得したければ古い誓約は破棄しなくてはならない。だが破棄しても何度でも誓約できるから気軽に選べばいいぞ」

 

「ありがとう、もう喋らなくていいわ」

 

 

 凛は死んだような目をしながら改めてバーサーカーを紹介する。

 

 

「こいつはバーサーカー、今まで殺されたサーヴァントはみんなこいつ一人、異世界からきた不死身の騎士さまで真名は忘れたし宝具は使えないとかほざく愉快な奴なの」

 

 バーサーカーは褒められていると勘違いしているのか少し嬉しそうにしながら凛のもう喋るなという命令を律儀に守っている。

 

「このように嫌味がきかない並外れた神経を持つ男よ」

 

 

 同盟と言えどもバーサーカーの情報は漏らしたくはない凛であったが今回の経験から考えを改めた。

 

 マスターである自分ですら理解しきれないこいつを外様である同盟者が信じることは不可能であると

 

 実際セイバーは、全くこちらの言葉を信じておらず、士郎は先ほど凛から受けたサーヴァントという存在の説明からかけ離れたバーサーカーにただただ困惑していた。

 

 しかし、ただ一言

 

 

「……こっちの勘違いだったんだ同盟は受けるよ」

 

 

 完全なる同情の目であるそれは凛の精神を著しく傷つけた。

 

 

 同盟が成立したと知ってバーサーカーはこっそり指輪をつけようとする。

 

 

「バーサーカー、その指輪を私の前でもう二度と出さないで」

 

「……分かった」

 

 

 士郎はその不毛なやり取りを見て考える。

 

 アーチャーと戦っているときも思ったが、もしやこの騎士のサーヴァントはバーサーカーの名に恥じない気狂いでは?

 

 が、この男も偉業を成し遂げた英霊であると一瞬でその考えを否定する。

 

 

 

「……あとすまないんだがバーサーカー、一つお願いがあるんだけど」

 

 

 

 黙っていたバーサーカーではあるが問いかけに答えないと非礼だろうとなるべく短く会話を終わらせようと努めた。

 

「なんだ」

 

 なるべく威厳を込めてしゃべる。

 

 士郎にとってバーサーカーとは凄惨な死にざまとセイバーに剣を向けた恐ろしい形相、色々な意味で正体不明の存在であった。

 

 士郎は思わずしなくてもいい緊張しながらバーサーカーに話しかける。

 

「すまない、外国の人だから分からないのかも知れないけど日本の家じゃ靴で家の中を歩かないんだ」

 

「……そうか」

 

 言われてみれば自分以外だれも靴を履いていないことに気付いたバーサーカーは下手に反発することも無く、そのままの姿勢で一瞬の内に靴を脱いだ。

 

 

 場に満ちる静寂、士郎は難しそうな顔をしながら、意を決して言葉をひり出す。

 

 

「……なんでズボンまで脱いだんだバーサーカー」

 

「あぁすまん、つい癖で」

 

 

 下半身のパンツを露出したバーサーカーは下半身の装備を装着しなおし、今度は手動で靴だけを脱ぐと士郎に靴をどこに置けばいいか聞いた。

 

 士郎は癖で下半身の着物を全て脱ぐとは何なのだろうかと思いつつも裸足で踏みしめる畳を不思議がる様子のバーサーカーを見てそんなに怖い奴ではないのかもしれないと苦笑いを浮かべた。

 

「ね、愉快なやつでしょ」

 

 そうして凛が青筋が立った笑顔を浮かべるのをみて、バーサーカーは自分がまた何か失敗したということを悟るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同盟のやり取りが終わると凛とバーサーカーは遠坂邸から衛宮邸に滞在するために荷物を取りにマスターと外に向かう

 

 しかし、衛宮邸を出ようと歩きながら、まとめるべき荷物を考える凛にバーサーカーが急に声をかけてくる。

 

「待て、マスター」

「なによ」

 

 恥をかかされてばかりの凛はあえて粗雑な対応をとる。

 

「あれを見てくれ、篝火だ」

 

 凛がバーサーカーの示す場所を見ると衛宮邸の庭にポツンと剣が刺さり、その周りに白い小枝のような骨が乱雑に積まれている。

 

 バーサーカーはそれに近づくと手をかざした。

 

 骨から遺灰が舞い上がり瞬時に燃え上がる。それと同時にバーサーカーはゆっくりと篝火の前に腰かけた。

 

 炎の幕のような揺らめきにバーサーカーの存在が吹けば消える残り火のように曖昧になった。

 

 その一連の動作があまりにも流れるような動きのため一種の儀式めいた神聖さすら感じさせ、凛に声をかけさせることをためらわせた。

 

 しばらくしてバーサーカーが立ち上がり凛に体を向ける。

 

「まさか篝火が現れるとはな」

 

「これってうちにある奴よね、アンタが復活する場所の、なんでここにあるのかしら?」

 

「別に篝火は一つしかない訳じゃない、むしろ不死人の集まるところには必ず篝火があった」

 

「別次元のアンタみたいなやつらがここにウヨウヨいるってこと」

 

 凛は大量にいるバーサーカーを想像して眩暈を起こしかける。

 

「あぁそうだ。同盟を組んでここが一つの拠点となったからなのか分からんが助かった。私は篝火の間なら瞬時に移動できる。これは戦略的にも大きいぞ」

 

 この篝火というものが遠坂邸のリビングの中心という生活のど真ん中に現れてから凛はもちろん篝火について調査した。

 

 分かったことがもはやバーサーカーは篝火のオマケなのではと疑うほど篝火は濃密な魔力のような力の塊で壊すことは不可能だということ、だからと言ってそれを凛が活用することは研究でもして長い時間をかけなければいけないだろうということ、部屋の中を横切るときに邪魔ということだけである。

 

「そう篝火の間を行き来できるのね、じゃあ、今からメモ渡すから家から荷物持ってきなさい」

 

「分かった」

 

 

 バーサーカーをあえて、体のいい雑用に使うがまったく堪えていないので凛の不満はさらにたまるだけだった。

 

 

 

 時間にして三十分後、バーサーカーは荷物をもって衛宮邸に舞い戻る。

 

 凛はバーサーカーに多量の荷物を担がせたまま自分の後を追わせ、士郎がいる離れに向かった。

 

 

「何しに来たんだ遠坂?」

 

「何って荷物を取ってきたのよ、今日からこの家に住むんだから当然でしょ」

 

 荷物を取ってきたのはバーサーカーであるがバーサーカー自身が気にしていないのでこの発言に問題はない

 

 一方、いきなり学園一のアイドルと同じところに住むという現実に追いつけない士郎少年はしどろもどろになりながらもこれに反発した。

 

「あっ、ついでにセイバーの部屋は用意したの? まぁ一緒に寝るっていうならいいけど」

 

「するかバカッ!? セイバーは女の子じゃないか!!」

 

「それは困りますシロウ、あなたは無防備すぎる、同じ部屋じゃなければ守れない」

 

「士郎、何度も言うけどサーヴァントはサーヴァント、人間扱いをする必要はないわ」

 

「いやそれは……というかちょっと待て、いつの間に遠坂は俺のことを呼び捨てにしているんだ?」

 

 

 三者三様、嵐のように過ぎる会話にバーサーカーは入ることができないために傍観する。

 

 なるほど、サーヴァントは同室でマスターを守るものなのか

 

 不調法と思って女性の寝室には入らなかったバーサーカーはこれからは寝室に入って彼女を守ろうと考えを改めた。

 

 そうして目が覚めた凛にバーサーカーが殴り殺されるのは明日のできごとである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして凛は士郎から在留資格を勝ち取り、部屋の一室を自分色に染め上げた。

 

 ちなみに物の移動は全てバーサーカーが行った。

 

 的確な指示を送ればバーサーカーは迷いも躊躇もなく凛の指示をこなした。

 

「……命令されて動く分には便利なんだけどね」

 

 この素直さだけは認めてやらないことも無い凛である。

 

 今現在、バーサーカーは電源のつかないエアコンと格闘している。

 

 凛が苦手とする機械類の配線などはなぜか機械文明などは持たないはずのバーサーカーが説明書の図を見ながら喜々として取り組んだ。

 

「それ楽しい? こっちの世界の知識を与えられていないアンタじゃ字も読めないんでしょ」

 

「楽しいな、未知とは危険でもあるが変化を失った私たち不死人にとっては得難いものだ」

 

「なによ、やっぱり不老不死の敵は退屈だったりするわけ?」

 

「間違ってはいない、同じことの繰り返しに気が狂って亡者になった奴など数えきれないからな、よく言われているのが不死人の死とは目的の喪失、生きることを辞めた時に死ねない不死者は亡者となるらしい」

 

「へぇ、趣味があれば長生きできるってこと」

 

「不死人の暇つぶしは色々あるぞ、収集癖は不死人なら皆そうだ、武器は折れた直剣から聖剣、装備は襤褸の外套から王のマント、道具は糞の塊から古の秘薬まで集めるんだがこれはまだ一般的な趣味だな、あえて全裸で敵に挑んだり、逆に重すぎる装備を着てみたり、殺した奴の装備を着てそいつになり切って遊ぶ奴もいたな」

 

「あなたの世界どうかしてるわ」

 

 凛は正気などとっくに失っているだろう世界を想像して顔をゆがめた。

 

「実際どうかしているのだろう」

 

 バーサーカーはなんともなさそうに呟く

 

「私が知る限り世界とは悲劇だった。己の人間性をささげ自分を燃やしつくした、それで燃え残った絶望さえも焚べた先には何もなかった、私達に玉座なんて初めから用意されてなどなかったのかもしれない」

 

 突然脈絡もなく、意味の分からない単語を吐き出すバーサーカーは心ここにあらずといった様子で、ぼんやりとここではないどこか遠くを見つめていた。

 

 凛はバーサーカーに疲れ切った老人のような雰囲気を感じ取る。

 

「バーサーカー、話が散らかりすぎよ、意味わかんないわ」

 

 指摘されて初めて気付いた様子のバーサーカーは考え込むように答えた。

 

「……うむ、どうだったのかな、私も意味を忘れた……、おっ、エアコンとやらが動いたぞ、なるほど、エアコンを動かす動力を伝えるこの線の先に着いた突起、これをその穴に繋げれば動き出すみたいだな」

 

 凛は呆れたように魔術の品を整頓する作業に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして衛宮邸での一日は過ぎた。アーチャーの襲撃から数時間も経っていない、誰もが疲れ切っていた。

 

 特に生身であるマスターたちの疲労はピークに達しすぐに休息を必要としている。

 

 

 

 そんな中で凛は夢を見た。

 

 

 

 それは強大な敵と戦う騎士の夢であった。

 

 

 

 とにかく敵は強かった。

 

 巨大で小柄、素早くて鈍重、一騎当千で群体、人かと思えば神であり怪物のような獣でもあった。

 

 矛盾する様ではあるがとにかく強い敵であったのだ。

 

 対して騎士は弱かった。

 

 ありとあらゆる方法で命を奪われた。

 

 どう考えても勝てない、敵は強大でこちらは矮小

 

 

 だというのに騎士は諦めない、ただ敵と戦い続ける。

 

 自分の持つすべてを使い、装備で、道具で、罠で、策略で徐々に敵を追い詰める。

 

 彼は自分の持つすべてを出し切って戦っていた。

 

 

 次第に凛は騎士に期待した。

 

 小さきものが大きな敵を打倒す。英雄譚にも似た何かを

 

 敵の行動を分析しつくして動く騎士はとうとう敵を追い詰めた。

 

 思わず拳を握りこむ凛はその勝負の行方を見る。

 

 

 

 

 

 そして騎士は瞬殺された。

 

 

 

 

 

 今までは敵が本気を出していないだけだった。

 

 本気を出した敵に何もできずに惨めに殺された。

 

 当たり前と言えば当たり前、そもそも彼は敵と認知もされずいたぶられていただけ

 

 それを少しこらえたからといっても勝てないことは分かり切っていた。

 

 

 

 何度見たか分からない篝火の前で男は甦る。

 

 

 

 折れた。

 

 

 凛はそう思った。

 

 全てをかけた敗北なら、それは仕方のないことではないかとすら凛は考える。

 

 男は篝火に腰を掛け、そして……

 

 

 

 

 

 また敵に挑んだ。

 

 

 

 

 

 凛には分からなかった。

 

 この男が何を考えているのか、どうして挑むのか、いっそ只の狂人だと思えばいいのだろうか

 

 だがそう決めつけるには彼の目にはあまりにも強い意思が浮かんでいる。

 

 

 彼が何を考えているのか凛には分からなかった。

 

 

 

 

 凛は目覚める。

 

 

 

 

「おはようマスター」

 

 萎びた顔をした男がそこにはいた。

 

 何を考えているか本当に分からないそいつに凛は全力で右手を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




竜牙兵などいなかった。



次回予告が終了、場転の整合性・プロットは投げ捨てるもの



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6話

 

 

 

 寝起きの凛に撲殺され、すぐさま衛宮邸の篝火から復活したバーサーカーを待っていたのは説教だった。

 

 乙女の寝室に上がり込む罪深さを叩き込まれた(比喩ではない)バーサーカーは二度とこのような勝手なことをしないと誓い、解放された後の彼は命令通りに玄関口の屋根に上がり、見張りとして大人しくしている。

 

 

 そうしてしばらく監視を続けていればこの屋敷に近づく人影を発見した。

 

 

(マスター、この屋敷に近づくものがいる。見た目は若い女、マスターと同じ学院の服を着ている)

 

(あー……、通して構わないわ)

 

(監視は必要か)

 

(必要ない)

 

 凛に通して構わないと言われてはバーサーカーは何もできない、なので衛宮邸に近づく少女を観察する。

 

 おとなしそうな少女だ。しかし、どこか儚げな雰囲気もある。その見た目からは敵ではないと誰もが考えるだろう。

 

 だがバーサーカーは警戒を解かない、仲間のような敵もいるし、敵のような仲間のような敵もいると、本気でそう考えていた。

 

 

 

 衛宮邸の玄関へと足を踏み入れる少女を待ち構えていたように凛が出迎える。

 

 

 

「おはよう間桐さん、こんなところで顔を合わせるなんて意外だった?」

 

「――――遠坂、先輩」

 

 明らかに少女と凛の間にはただならぬ雰囲気があった。

 

 鉄火場めいた空気を感じたバーサーカーは再度凛に確認を取る。

 

(マスター、ただの知り合いに見えないが相手は敵か?)

 

(……違うわ、敵どころか赤の他人よ、いいから監視に戻って)

 

(分かった) 

 

 マスターの命令に忠実に動くバーサーカーはそれ以上の追及は行わなかった。しかし、屋根の上に立っているので目と鼻の先にある玄関の言い争いがどうしても聞こえてしまう。

 

「先輩、これはどういう……、なんで遠坂先輩が……」

 

「私、昨日からここに下宿することになったの、家主の許可でね、この意味わかるでしょ?」

 

「……ッ」

 

「だから、今まで士郎の世話をしてたみたいだけど、しばらく必要ないわ、来られても迷惑だし貴方のためでもあるの、だから……」

 

「……分かりません」

 

「――はい?」

 

「私は遠坂先輩の言うことが分からないと言いました!」

 

「ちょっと! 桜!」

 

「台所をお借りしますね、先輩」

 

「あっ、あぁ……」

 

 凛は彼女をいつ聖杯戦争に巻き込まれてもおかしくない衛宮邸から遠ざけたい、少女は自分の場所を奪われるような感覚からそれを頑なに拒否、間に挟まれた士郎は体験したことのない女の闘いに口をはさむことができない

 

 このやり取りは事情を知る者が見れば凛の妹への思いやり、少女の姉への妬心と怯え、士郎との三角関係など多くのものが見えてくるだろう。

 

 そしてこの場で唯一冷静に三人のやり取りを俯瞰的に見ていたバーサーカーは考える。

 

(他人と言いつつ名前まで記憶しているとはさすがマスター、記憶力がいい、記憶力次第で同時に扱える魔法の数は変わる。やはりマスターは優秀な魔術師ということだな)

 

 

 だがバーサーカーにはこの程度の事しか考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 そのやり取りからしばらく経ちバーサーカーは監視を続ける。

 

 

 

 

 

 するとさらに新しい人物が近づいてきた。

 

(凛、また人が来た。若い女だがさっきの少女よりは年上、町でよく見る二つの車輪がついた乗り物に乗ってきている)

 

(バーサーカー、いちいち報告しないでも普通の人間なら通して問題ないわ、それに士郎の家って一見無防備だけど悪意に反応する結界が上手く張られているのよね、だから結界の外にいるような普通じゃない奴だけ報告してくれない?)

 

(その普通が私には分からないのだが……、それに見た目はどうにもでも欺ける。全てを疑わなければ足元がすくわれるかも知れないぞマスター)

 

(……融通が利かないわね、慎重も過ぎるとただの間抜け『石橋を叩いて壊す』って皮肉がこっちにはあるの)

 

(奇遇だな、多分こちらも同じような意味の『目の前の壁は全て叩け』という言葉がある)

 

(それ、絶対違う意味よ)

 

(なに? なら『つり橋を壊せば梯子になる』の方か?)

 

(もうこの話題は話さなくていいわよバーサーカー)

 

 

 凛は家に近づく郵便バイク、折り込みチラシの配達、セールスマンなどが来るたびに報告を上げるバーサーカーに頭を悩ませることになると確信に近い予想があった。

 

(私たちがいる時はサーヴァントとか明らかな凶器を持った奴以外は報告しなくていいの、バーサーカー)

 

(では私は警戒しているだけでいいのか)

 

(そうね、あなたの裁量でしてくれればいいわ、報告しなくていいとは言ったけど、さぼらないでね)

 

(マスターの命令ならどんなものだろうと全力を尽くそう)

 

(そんなところは騎士らしいのね)

 

 

 

 こうして衛宮士郎、遠坂凛、間桐桜、藤村大河の4人の賑やかな食卓を横目にしながらバーサーカーは弓を片手に命令通り見張りと巡回を続けた。

 

 

 余談ではあるが、バーサーカーに警戒をさせた結果、衛宮邸に近づく鳥や獣、挙句の果てに虫や飛来した草花の種なども偏執的に殺しまわっていると後で知り凛は閉口することになる。

 

 

 

 

 

 食事を終えた凛たちは当然学校へと向かうことになるのだがここで誰が彼らを警護するかという話になる。

 

 戦闘力的にはセイバーではあるが、彼女は霊体化が行えない

 

 必然的にバーサーカーが護衛を行うことになった。

 

 

 自分の存在を薄めるため、装備を整え、魔術の準備をするバーサーカー、そこにセイバーが声をかけてくる。

 

 

「バーサーカー、少し話があります」

 

「あぁ……」

 

 バーサーカーは目の前の女騎士に目を向ける。

 

 思い出すのは戦闘時の甲冑、彼女も自分と同じ騎士だというが磨き抜かれた白銀の鎧にその内側に着込んだ上質な作りの青い衣、細かいところまで凝った装備は同じ騎士でもかなり上の身分だと分かる。

 

 比べてバーサーカーはボロの剣にボロの鎧、身分すら本当に騎士であるかすら覚えていない、何も知らぬ人にいわせるなら戦場で打ち破れた悪霊の類だと言われてもおかしくない

 

 目の前にいる明らかな貴人に対して、さてどう返事をしたらいいものなのかと珍しくバーサーカーという名の奇人は考え込むがそれは持ち前の図々しさで相手と同じような態度でいいだろうと数瞬で思考を打ち切った。

 

「私に何か用だろうかセイバー」

 

「私の代わりにシロウをお願いしたいと思いまして」

 

「自分に出来ることは尽くそう」

 

 バーサーカーは話をしながら準備を続けるがセイバーは依然としてこちらを探るような目で見ている。

 

 このようなところだけ鋭いバーサーカーは、セイバーの姿から自分が信用されていないのだと気付く

 

「バーサーカー、あなたはいったい何者ですか」

 

「知らんな」

 

 このあしらうような態度にセイバーはその目を細めた。

 

 本当に自分が何者かなど忘れているから彼はそう答えただけなのだが

 

「あなたのその姿、騎士…… なのですか?」

 

 バーサーカーがセイバーを観察していたように、セイバーもバーサーカーについてその姿から考えを巡らせていたようだ。その煤けた甲冑を見てセイバーの知る騎士と照らし合わせている。

 

「……セイバー、私についてなにか聞きたいのならマスターに聞いてほしい、マスターが許可したことなら何であれ貴公に話そう、だがそうでなければ私は何も話すことはない」

 

「なら、凛はあなたのことを異世界から来た不死身の騎士だと言ってましたがあれはどこまで本気ですか?」

 

「同じことの繰り返しになるが真偽を聞きたいならマスターに聞いてほしい、彼女が許可したこと以外私は喋らない」

 

「マスターのいいなりですか?」

 

「騎士とは主の命あるまでは木偶で良い、そういうものだ」

 

「忠誠と盲信は違いますバーサーカー、良き従者とは時に主をいさめることができる者だ」

 

「そうかもしれない、だが俺はこの世界の主に呼ばれた協力者だ。主が望むなら協力者は応えなければならない」

 

「それが自分の誇りや、何の罪もない他者を傷つける命令であってもですか」

 

「私の誇りなどはどうでもいい、それに私のマスターは善人というには正確ではないが芯がある。仕えがいのある主人だ」

 

 バーサーカーは同盟者としては一見冷ややかな態度ではある。だがセイバーはあまり気にした様子はない、セイバー自身も煽るような言葉でバーサーカーの腹を探ろうとして引け目を感じたこともそうだがバーサーカーの態度を好ましいと思ったからだ。

 

 セイバーはこの堅物のような態度を懐かしいと感じていた。

 

 彼女が騎士たちの王であった時もこのような忠誠を自分に捧げる騎士も珍しくなかったことがセイバーの警戒心を一段階引き下げてしまったのだ。

 

 セイバーはこの融通の利かない頑固さと、何においてもマスターを優先させる忠誠から、この正体不明の存在が騎士であることに不自然さはないと分析する。

 

 

(ここ最近は勝手をしすぎてマスターに殺されてしまったからな、不用意なことを言うのはやめよう、私としては命令にはしっかりと従っているつもりなのだが……)

 

 高い忠誠心を持ち主人の命令のみを信じる騎士のように見えるのは、バーサーカーがこちらに召喚されてから何をするにも凛に折檻されるからそうしているだけでただの勘違いである。

 

 実際に自分は命令通りにやっているとバーサーカーが凛に言おうものなら彼女は高い確率で憤死するだろう。

 

 不死人というものはどいつもこいつも人にやるなと言われたことを全てやる。

 

 そういう全くもって忌々しい存在だということをバーサーカーを理解し始めた凛を除きまだ誰も知らない

  

 

「……あなたの考え方は少しわかりました。答えにくい質問をしてしまいましたバーサーカー」

 

「別に構わない、こちらこそ礼を失した対応だった」

 

 会話が終わるころにはバーサーカーの準備も終わっていた。

 

「それではシロウを頼みます」

 

「マスターの命令でもある。全力を尽くそう」

 

 幸運なことにセイバーから最低限の信用を得たバーサーカー、もしここで下手に疑われでもしていたら彼女が護衛を許すことはなかっただろう

 

 

 

 こうしてバーサーカーは凛たちと学校へ行くこととなる。

 

 

 

 士郎を中心として凛それに桜を加えて三人を後ろから追う騎士は、学校へ近づくにつれ人が増え護衛対象である彼らに注目が集まっていることに気付き、凛に報告する。

 

 三人の登校風景は衆目を集めた。

 

 普段誰とも深くかかわらない高嶺の花である遠坂凛が、誰かと一緒に登校している。しかもそれが男であるという事実に周りの目は好奇とやっかみの目を向けてきていたのだ。

 

(マスター、先ほどからこちらをうかがう視線が五つ、うち二つには良くないものも感じる)

 

 だがそんなことはバーサーカーには分かるはずがなかった。

 

(全員一般人よバーサーカー、手は出さないで、でもなんで注目されてるのかしら、何か私おかしなところでもある?)

 

(嫌なら誘い頭蓋でも撒いてみるか)

 

(……あなたは頭蓋骨が置かれた中心にいる私が本当に目立たないと思うの?)

 

 結局その理由を士郎と桜に解説されるまで二人がその理由に気付くことはなかった。

 

「遠坂先輩はいつも通り綺麗ですよ、だって先輩、いつも一人で登校しているじゃないですか」

 

 凛も自分の容姿が優れていることは自覚していても、そこから引き起こされる人間模様には鈍い女だった。

 

「えっ? なにその程度のことでこんな扱い受ける訳? 十年も通えば学校なんてマスターした気でいたけど謎は残っているわけね」

 

 肝心なところで人の気持ちがわからない点がこの主従の共通点である。

 

 

(マスターが男に人気だと!? ……いや考え方によってはあり得るのか?)

 

 バーサーカーは武装した男達に囲まれながらもそれを真っ向から粉砕し、魔王のように堂々と高笑いをする凛とそれにひれ伏す男達を想像した。

 

(なんか失礼ねその言い方、何を考えてたの?)

 

(すまない、だがマスターの周りに男の影などないから、そのように見えなかったのだ。よく考えれば確かに貴公は可憐だ別に男に思慕されても何らおかしくなかったな)

 

 バーサーカーはスラスラと嘘をついた。

 

(そういう風にふるまってるの。学校じゃ私結構モテるのよ、それはさておき良く口が回るわね、あんた他にも私に対して失礼なことを考えてない?)

 

 バーサーカーの嘘はすぐにばれた。

 

(むしろ私はマスターの横にいる少年の方が大した色男ぶりだと思うがな)

 

(士郎が?)

 

 男は卑怯にも同盟者を売った。そこには先ほど交わした士郎を守って欲しいというセイバーとの約束などはかけらも思い浮かんでいない

 

(そこにいる少女は毎朝彼の家に通っているのだろ、しかも別の女も家に上げている。相当なやり手ではないのか?)

 

 事実を切り抜くと確かに相当なモテ男である衛宮士郎

 

 彼の性格上、二股などするはずもないが桜の身を案じてか凛は少し棘のある目線を士郎に向ける。

 

 理不尽に睨まれる士郎は困惑することしかできなかった。

 

 

 

 

 そうして学校へと向かい、一行は校門に着く、あまり人の多い所では隠れきれないバーサーカーは人が少なくなるまで遠目で様子を伺った。

 

 

 そしてバーサーカーはまっすぐこちらに近づく人影に気付く

 

(マスター、学院のほうから男が一人そちらに向かってる。気を付けろ)

 

 その言葉で凛は顔を向ける。 

 

「桜!!」

 

 びくりと肩を震わせる桜に制服姿の少年は大股に一直線で歩いてきた。

 

「どうして道場に来ないんだ! 僕に断りもなく休むなんて何様なわけ!?」

 

 彼はそのまま手をあげる。それを

 

「よう慎二、朝練ご苦労様だな」

 

 士郎が間に割って手を掴んだ。

 

「……そうか、また衛宮の家にいたのか桜」

 

 少年、間桐桜の兄である間桐慎二は士郎を見るとすぐさま嫌味を言う

 

「こんな勝手にケガした奴に構うことなんて無いんだよ、そもそもさぁ、衛宮はそこまでうちの弓道部を邪魔して楽しいの? 無理やり朝練をサボらせないでくれないか」

 

「―――む」

 

 痛い所を突かれたのか士郎は口をつぐんでしまう

 

「そ、それは私の意思で先輩の家に行っているんです。無理やりなんて… 言い過ぎです」

 

「なに? 僕に逆らうってのかい、桜、そもそも衛宮が親なしだからってなんだ。別に一人で良いってんだから一人にさせとけばいいんだよ、衛宮はそっちの方が居心地がいいんだからさ」

 

「やだ……、兄さん、今のはひどいよ……」

 

「……ふん、とにかく衛宮の家に行くのはやめるんだ桜」

 

 そう言って桜の腕をつかんで連れて行こうとする慎二の前に影が差す。

 

「おはよう間桐君、ずいぶん面白そうな話をしてるじゃない」

 

「え、遠…坂…? なんでお前が桜といるんだよ」

 

「そんなにおかしいかしら、桜さんは衛宮君と知り合い、衛宮君は私と知り合い、三人が一緒に登校しているのは別に変じゃないわ」

 

「なっ……、衛宮と知り合い……!?」

 

「えぇ、私たち結構仲いいのよ」

 

「衛宮とだって……!?」

 

 明らかな敵意をもって士郎を睨みつける慎二

 

「はっ……、冗談がきついな遠坂は、君が衛宮と付き合うわけないじゃないか、あぁそうか勘違いしてるのか、確かに前まで僕と衛宮は友達だけど今は違うんだぜ、知り合うメリットなんてあまり無いよ」

 

「それはよかった。安心したわ、私あなたなんかにこれっぽちも興味なんてなかったから」

 

 固まる慎二、それを見て先ほどの心情とは一転して慎二に同情した目を向ける士郎

 

「―――くっ! 分かった今朝の件は許してやる。けど桜、次はないからな」

 

 最後に士郎と桜をにらみつけて慎二はその場から消えた。 

 

 向かう敵を口によってねじ伏せる凛はまさに先ほどバーサーカーが想像していた凛のイメージと一致した。

 

(確かにマスターは大人気だな、きっとこのようなことが今まで何度も繰り返されてきたのだろう)

 

(その一言であなたが私をどう思っているかが分かったわ、バーサーカー)

 

 

 その魔王のような笑顔にバーサーカーはやはり自分の考えが正しいと確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして凛と士郎が登校してしまえばバーサーカーは学校の敷地内で待つしかないのだが、教室までついていくことは難しいため、人気のない屋上で昼休みを待った。

 

 手持無沙汰なバーサーカーは意味もなくその授業風景を覗きながら時間を潰す。

 

 こんなに多人数の同輩者が集まり同じことを学ぶ場所がここだけでなく、この国中にあるという話を凛から告げられた彼はいまだにその事実を信じられていない

 

(なぜあの店主は頑なに商品の値段を教えない…… なぜ本を書いた奴の考えが分かるんだ?)

 

 目の前で行われている授業風景は物珍しく、耳を側立て眺めるだけで時間が過ぎていった。

 

 そうしていれば時間は彼にとってすぐに経ち、凛と士郎が屋上に登ってくる。

 

 待ち合わせた二人は情報共有を兼ね、聖杯戦争の今後について話し合う

 

 学校に張られた結界の存在に驚く士郎とその犯人像を考察する凛、その話の流れでこの冬木の地には遠坂家とは別の魔術師の家系がもう一つあり、その者が学校にいるという事実が話された時、バーサーカーにとってもそれが初耳だったので思わず二人の会話に口を挟む。

 

「普通に考えればその家の者がこの結界の犯人ではないのか?」

 

「もちろん最初に疑ったわ、でもそいつからマスターの気配は感じなかった、よっぽどうまく隠しているなら別だけど、まずないわ」

 

「しかしマスター、よっぽどうまく隠している可能性は全くないのか?」

 

「その家は先代でもう枯渇しているの、何があろうともうその子供に魔術回路はつかないわ」

 

「そういうものなのか、ではそいつはどのような奴だマスター?」

 

「この辺の古い名家って言ったら士郎は分かるんじゃない、バーサーカーも知ってる奴よ、今日も校門でみたアイツ」

 

「おい、まさかそれって慎二のことか」

 

 突然の事実に驚愕する士郎、だが別に知り合いでもないバーサーカーはさらに問う

 

 

「ならその妹であるあの少女もマスターである可能性がないのか?」

 

 

 バーサーカーの一言に思考を打ち切られ目を張る士郎に対し、無表情を装った凛は逆に違和感を感じるほど平坦な声で説明した。

 

「魔術師っていうのは代々その成果を一人に集約し受け継いでいくものよ、魔術刻印が受け継がれるのはその家の長子、それ以外は精々が保険よ、普通は魔術に触れさせることも無いまま生きて行くわ」

 

 そのことに安心した様子を見せる士郎だがこの世界の魔術をあまり知らないバーサーカー、彼は物さえあれば簡単な魔法なら大抵の者が使える世界からきたので魔術刻印だの回路というものがあまり実感できなかった。

 

「知識自体が伝わっているなら、あの少年や少女が魔術を使えないと考えるのは早計ではないだろうか、魔術が少しでも使えればマスターになれることはそこの彼が……、そういえばなんと貴公を呼んだらいい?」

 

「えっ、いやどうとでも呼んでくれればいいぞ」

 

「では士郎と……、魔術を少しでも扱えれば士郎のようにマスターになれるのではないのか」

 

 凛はしばし考え込む

 

 確かにバーサーカーの言うことは正しい、知識自体あるなら魔術回路のない者に魔術の真似事位させられる。ましてやあの家の間桐のご老公が力を貸せばどうだろうか

 

 そう考えれば慎二については軽く見すぎていたし、桜については自分でも心の中の死角だったことは否定できないと彼女は考える。

 

 だがその答えを凛は意図的に飲み込んだ

 

「……可能性はなくはないわ、それでも慎二ごときじゃどうにでもなるし、桜は……、桜は違うわ、あの子は間桐家の魔術師としてあの家に居る訳じゃないから」

 

 凛の桜に対する物言いに引っかかった表情をする士郎であったがバーサーカーは敵の可能性がある慎二を軽視する凛の態度の方が気になった。 

 

「リン、聞いてくれ」

 

「……何よ」

 

「君はもう少し小人の妬心というものを知るべきだ。敵を侮るべきではない、たとえそれが自分にとって矮小な虫の類であっても」

 

 いつになく真剣に話すバーサーカーに凛は気圧される。

 

「実際、蛆のような小虫に体を貪られたことがあるがあれは本当に辛い」

 

「そんな経験が一度でもあるのはアンタぐらいよ」

 

「一度じゃない、卵を頭に産み付けられたこともある……ような気がする。いやなかったか」

 

「一度も二度も常人にはないわ」

 

 だがその真剣さが続かないのがバーサーカーである。

 

 結果として今後はこの学校にいる結界を張ったマスターに注意すると同時に慎二にも気をかけるということに同意した。

 

 

 

 

 

 凛たちの学校が終わり、同じクラスでもない士郎と凛はそれぞれ学校から帰ろうとする。

 

 当然のように二人別々に帰ろうとする凛と士郎にバーサーカーはどちらについていくべきか困惑した。

 

「魔術はその存在を秘匿しなければいけない、そもそも昼間に戦わないのがこの聖杯戦争の暗黙のルールなのよ、真昼間にサーヴァントを連れてきてたらすぐにマスターだってバレるでしょうね」

 

 そのことが事実なら自分の護衛の意味がなくなるのではないかと考えるバーサーカーだった。 

 

「まぁ、私はここの土地のオーナー、どう考えてもこの聖杯戦争の参加者の第一候補だし隠す意味もないのよね」

 

「そうか、それで私はどちらについていけばいい?」

 

「どっちでもいいわよ」

 

「ならセイバーには悪いがマスターについていこう」

 

「へぇ、私を優先してくれるのね、でもなんでセイバーがそこで出てくるの?」

 

「士郎を頼むと言われた」

 

「なるほどね、だったら士郎について行きなさい、私がこれから行くところは人が多いからアンタは隠れにくいしね」

 

 凛がどこに行くのかバーサーカーが問うと、今日の夕ご飯は彼女が腕によりをかけて作るらしい

 

「今日の食事当番は私よ、士郎にぎゃふんと言わしてやるんだから」

 

 

 凛が何と戦っているのかは分からなかったが命令通りバーサーカーは士郎の護衛に向かうのだった。

 

 

 

 一人道を歩く士郎とそれを追うバーサーカー

 

 見えないとはいえ人に後ろからつけられるという体験は士郎の精神を削った。

 

「……なぁ、バーサーカー、そこにいるのか」

 

「いるぞ」

 

「うわっ」 

 

 いきなり横から話しかけられた士郎は思わず声を出してしまう。

 

「どうせ周りに人がいないんだから姿を見せてもいいんじゃないか? というか俺の心臓に悪い」

 

 そうか、と呟いたバーサーカーはいつぞやのシャツ姿を見せて士郎の二歩ほど斜め後ろについて歩いた。

 

「……警護のためだとは思うけど、それだと不自然じゃないか?」

 

 何より自分が落ち着かない、そう考える士郎はバーサーカーに隣にくるように促す。

 

「……」

 

「……」

 

 そして再び歩き出すわけであるが当然のようにこの二人の間に会話はない、当たり前である。

 

 バーサーカーも士郎も口の多い方ではない

 

 バーサーカーは護衛として特に必要なければ話す必要を感じない

 

 士郎としても他人のサーヴァントという存在をどう扱えばいいか考えあぐねていた。身の上話を振ろうにも真名につながる詮索はご法度だと聞けば躊躇われる。士郎はわざわざ気を利かせて姿を消していたバーサーカーを隣に連れてきたことを若干後悔していた。

 

「……なぁ、護衛なら遠坂の方についていかなくて良かったのか?」

 

 結果、ここは二人の共通の知人である凛の話題となるのは当然の流れである。

 

「マスターは夕餉の食材を買いに行った。士郎にギャフンという言葉を言わせたいらしい」

 

「何と戦っているんだ遠坂は……」

 

 こうして凛のおかげで二人の会話は軌道に乗り始める。

 

「しかし料理か……、この世界の料理というのはどれも珍しいな、士郎が朝に作ったものを見たがどれも見たことがない」

 

「そっか、バーサーカーは西の方の人っぽいもんな、東の端のこっちとは食文化も違うだろ」

 

「あぁ、特に何か茶色いソースをかけていたあの糸を引いた豆、あれの味は想像できんな」

 

「納豆か、やっぱり外の人には変に見えるか、腐った豆といわれればそうなんだけど」

 

「やはりあれは腐っていたのか……」

 

「腐ってない発酵だ。あれはあれで美味しいけど醤油をかけて食べるんだ」

 

「ショウユは何でできてるんだ?」

 

「醤油は豆を発酵させて絞った汁だよ」

 

「……つまり腐った豆の汁を腐った豆にかけて食べるのか?」

 

「まて、それは曲解だ。日本料理はそれだけじゃない」

 

「じゃあ、あの白くて四角いのは何でできてるんだ」

 

「豆腐は豆をすり潰して絞った汁を固めた料理だな」

 

「……この国は豆に何か強烈な憎しみでも持っているのか?」

 

「違う! バーサーカーは日本食を誤解しないでほしい」

 

「じゃああのスープは?」

 

「味噌汁か? あれは味噌とダシを使ったスープだ」

 

「ミソとは」

 

「……味噌は豆を砕いて発酵したものだ」

 

「……そうか」

 

「待て!!」

 

『日本食=豆に憎しみを持った民族によってつくられた料理』という考えがバーサーカーにインプットされた。

 

「だったらそっちはどんな料理があったんだよ」

 

 バーサーカーは故郷の料理などは忘れているし、さらに言えば故郷自体覚えていない、必然的に旅の中での食事を思い出そうとしたが不死人なのでまともに料理と言えるような物は何も食べていないことに気付く。

 

「……野菜的なものとかだ」

 

「野菜? どんなのだ」

 

「こう……草とか、苔とか……、あとは薬だ」

 

「……それは、料理なのか?」

 

 

 

 彼らの異文化交流はつつがなく進んだ。

 

 

 

 こうして無事に士郎を護衛したバーサーカー

 

 しばらくすると買い物袋を担いだ凛と桜が戻ってきた。

 

 凛の作る中華料理の腕前はなかなかで衛宮邸の住人を喜ばせた。

 

 しかしそこにセイバーの姿はない、サーヴァントである彼女は飲食を必要としないうえに、一般人にその姿をさらすのはデメリットしかないので当然ではある。

 

 だが士郎は大勢で食事をとっている中で一人のけものにするのが気に食わないといった様子で彼女の手を取ると皆の前に連れてくる。

 

「この子はセイバー、しばらく家で面倒をみることになった」

 

 この爆弾発言で凛以外の女性陣が猛反発をするという一幕もあったが士郎が何とか抑え込んだ。

 

 まさに士郎少年の男気を表すエピソードであろう

 

 

 

(私もこの世界の料理に興味があるのだが……)

 

(他所は他所、家は家よ)

 

(あのシューマイなる料理、どのような味だったのだろうか)

 

(あんたって結構食い意地張ってたのね)

 

(私の世界で料理とは草と苔と薬だけだと気づいたんだ)

 

(……胃に優しそうね)

 

 

 そのような仲睦まじいやり取りを背に、バーサーカーは敵の探索のため、一人で夜の街へ繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

(それで? あんたのそのメッセージ? それを使って今日はどこを探すつもりなのよバーサーカー)

 

(メッセージを使わなくとも今日行きたい場所は決まってる)

 

(もう目星がついてるの?)

 

(いや、そうではないがどうしても確認したい場所がある)

 

(どこよ)

 

 

 

 

 

(間桐の屋敷だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話

あらすじ

凛「学校に結界を張ったマスターがいるから探すわ、たまたまこの学校の生徒で聖杯戦争を作った御三家でもあり、サーヴァントの召喚システムおよび令呪を担当した間桐って家があるけどたぶん違うし……、一体誰がマスターなのかしら……」

バーサーカー「いやどう考えても間桐が怪しいだろ」


 バーサーカーとしては間桐家を探ること、これは決定事項だった。

 

 

 

 

 

この聖杯戦争を作った御三家の一つであり、長年続いている魔術師の家系でもある。しかも聖杯戦争ではサーヴァントの召喚システムおよび令呪を担当していた。

 

 だがしかし、聖杯を手に入れることが悲願と言っていいはずの間桐の家はなぜかその戦いに出ないと言っている。次の聖杯戦争が何時とも知れないというのにだ。

 

 

 あまりにもキナ臭い

 

 

 何か隠されているのでは?(疑惑)

 

 何か隠されているに違いない(確信)

 

 秘匿されたモノを気のすむまで暴いてやる(結論)

 

 

 バーサーカーが間桐を疑い結論に至るまでの速度は反射神経のそれと同等だった。

 

 

 パラノイア染みた思考ではあるが、不死人であるバーサーカーの習性を抜きにしても間桐は怪しすぎるのは事実

 

 これだけの理由があればマスターである凛の理解も得られるだろうとバーサーカーは思っていた。

 

 

 

 

 

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 だが予想は裏切られた。

 

 

 

 マスターの命令ならば拒否する理由もない、しかし今日は絶対に間桐を探すものと意気込んでいたバーサーカーは梯子を外された形となり、次の探索場所を相談するために一度、帰還の骨片で衛宮邸に戻った。

 

 

 バーサーカーは命令なら仕方がないと思いながらも、その理由がわからなかったので凛にその疑問をぶつける。

 

 

「何故、間桐の家を調べないんだマスター」

 

「バーサーカーは間桐の家をまだ疑っていたのね」

 

「まだ? 逆に聞くが凛は間桐にマスターがいないと考えているのか?」

 

「……可能性は低いわ」

 

 いつもの打てば響く彼女は珍しく答えに詰まって目をそらす。

 

「この聖杯戦争を作った魔術師の家系なのにか?」

 

「……遠坂と間桐は同盟を組んでいる。いきなり攻め込むなんてできないわ」

 

「殺し合いをするわけではない、少し家探しをさせて欲しいだけだ」

 

「あんた分かってる? それ事実上の敵対行為よ、疑わしいだけで完全な黒ではない、お互いを不干渉でいるこの関係を崩すリスクを考えたら実行はできないわ」

 

 バーサーカーはその同盟とやらがどのようなものかは知らなかったが、ただ成り行きを座して待つといった凛の考え方に違和感を感じる。

 

 今までの凛の選択は素早く、それが結果的に功を奏してきたのでバーサーカーも感心していた。

 

 バーサーカーは今までの凛の行動を振り返る。

 

 なぜセイバーを殺す唯一のチャンスを棒に振ったのか

 

 不死人である自分は捨て駒的に斥候を行い情報を集めることができるが戦闘では心許ない、その足りない力をセイバーとの同盟で補うためだ。

 

 なぜわざわざ敵である士郎に聖杯戦争の手助けをして仲を深めるのか

 

 セイバーのマスターである士郎は争いを好まず、聖杯戦争の知識がないため凛にとって情で縛って御しやすいことも同盟者としては理想的だからだ。

 

 凛の即断がこの状況を手繰り寄せたと評価しているバーサーカーだからこそ、間桐に対することだけに凛が煮え切らない態度を持つことを不思議に思っていた。

 

 この聖杯戦争を戦う上で敵がだれかを判断することの重要性を考えれば、敵であるか分からない厄介な不確定要素を潰さない凛の考えが分からなかった。

 

「つまりマスターも怪しいとは薄々思っているわけだろう。同盟者なら適当な理由をつけて調べに行けばいい」

 

「……ずいぶん拘るじゃない」

 

「むしろ、拘っているのはマスターの方ではないか?」

 

「どういうことよ」

 

 凛は不機嫌そうに声を固くして、バーサーカーを睨む。

 

 バーサーカーは今までの凛の言動から生まれた違和感の正体を聞くことにした。

 

 

「なぜ、間桐の家を避ける?」

 

「避けてないわ、同盟で相互不可侵を結んでいるからそう見える。それだけよ……」

 

 凛は目をそらさず見返すが、それが虚勢だとバーサーカーは瞬時に見破る。

 

「そうか、ならなぜそのことを教えてくれなかったのだ? マスターは報連相といったがこの話は本来なら真っ先に私と共有すべき情報ではないのか」

 

「……伝え忘れたのよ、あそこの家は魔力が枯渇した家だから魔術師は生まれない、魔術師がいないからマスターになれない、マスターがいないなら敵にならないから警戒もしてなかったし忘れてた。これで満足かしら」

 

 凛の不機嫌そうな態度はこれ以上話をする気はないという裏の気持ちを雄弁に語っている。

 

 しかし、一般人なら通じるであろうそれはバーサーカーには通じない、ただ無感情に疑問を指摘し続ける。

 

「敵が弱いから伝え忘れた。それなら尚更家探しが楽に済みそうだがな……、マスターはなぜ間桐を調べることを避ける。それほど益のある同盟なのか、それとも間桐の家には触れてはいけない何かがあるのか?」

 

「……間桐家の当主は大昔から生きている妖怪なの、間桐の家の実質的な支配者、そいつと敵対するのは不味いのよ」

 

 そのような化け物なら確かに何十年後かになるかもわからない聖杯戦争を大局的に考えて参加しないということもありえないことではないとバーサーカーは考える。だがさらに疑問が出てきた。

 

「ふむ、それも初めて聞いたな。どう考えても警戒すべき人物でとても印象的だがこれも伝え忘れか?」

 

 バーサーカーは確認のつもりで言ったのだがこれは傍から見れば凛に対する煽りや嫌味以外の何物でもない

 

「マスターは間桐の家は魔力が枯れたからマスターがいないと説明した。しかしそんな人物がいるならそいつがマスターであっても不思議ではないのでは?」

 

「…………そうね」

 

 ただ自分の気になることだけを聞き続けているバーサーカーに凛は苛立ってくる。

 

「いくら同盟といえど潜在的な敵を探らない理由はないと思うのだがマスターの方に何か理由があるのか?」

 

 その一言を言われたとき、凛の脳内に衛宮邸で笑顔を見せた少女の顔がよぎった。

 

 それを引き金に凛は爆発する。

 

「ッ!! いい加減にしてバーサーカー!! 間桐家とは直接ぶつかるまでは関わらない、これはマスターの決定よ」

 

「マスターの決定には当然従う、だがマスターは報連相をしろと私に命じた。互いに情報を共有することを命じられた。だからそれを守っているだけなのだがマスターにとって間桐のことを話すのは不都合なのか?」

 

 凛が与えた命令と違うと言われればその通りだ。

 

 それは自分で言ったことを自分で破っていることに凛は気付き言葉を詰まらせる。

 

「私は全ての情報を伝え、マスター自身からの情報共有は必要な時のみしか行わないならそれはそれで構わない、マスターが望むならそうしよう」

 

 その不平等すらまったく気にしないバーサーカー、この言葉すら彼にとってはただの確認に過ぎないのだろう

 

 凛はこの男が今後口答えをするなと言えば本当に何も言わない奴だと理解してしまっていた。

 

 

 だからこそ折れる。

 

 

「分かった……、それを言い出したのは私だったわね」

 

 

 凛は遠坂と間桐にある密約をバーサーカーには話していない、そもそも聖杯戦争には直接は関係ないのでいう必要もない、凛はそう考えていた。

 

 しかし、その秘密が聖杯戦争における自分の判断を歪めていたことに業腹であるがバーサーカーに気付かされた時、凛は観念する。

 

 

「約束は守るわよ」

 

 

 投げやりに答えた凛は自分が間桐家を避ける理由、かつての妹の話を語り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、あの少女はマスターの妹だったのか……」

 

「えぇそう、似てないでしょ、というか見た目も中身も正反対よ」

 

「そうか、私は君たちが姉妹らしいと思うが」

 

「……そうかしら」

 

「私が見た兄弟は見た目なら身の丈が三倍ほど違うし、中身でいうなら一人は騎士でもう一方は魔術師だったぞ」

 

「は?」

 

「ある姉妹は下半身が巨大な蜘蛛だったり、下半身が膿んだ卵だったり、下半身が師匠だったり……」

 

「下半身が師匠って何よ」

 

「師匠? 師匠とは誰だ……、 どのような方だったか、……うーむ忘れた」

 

 時々このように呆けてしまうバーサーカーを凛は白い目で見る。

 

「あんた馬鹿にしてるの?」

 

「そんなつもりはない」

 

「あんたのビックリ世界の兄弟姉妹に比べれば私たちは目も耳も足も同じ二つだからそっくりとでもいうつもり?」

 

 バーサーカーは『いや違う』そう言って言葉を続けた。

 

「俺の知る同胞とは皆、誰もが似ていない、だというのに余人には分からん繋がりがあった。凛たちも同じく似ていない、だが他人には良く分からない心のやり取りがあるように思えた。だから姉妹と聞いてもそれほど不思議には思わなかった」

 

「なによそれ」

 

「全く違う生き物が、なぜか通じ合う、それを家族と呼ぶのではないかと思っただけだ」

 

「……そう、そういう考え方もあるのかもね」

 

 

 バーサーカーとの会話を通して考えを言葉にすることで、心が楽になったと感じている自分に凛が気付くと思わず自嘲しながら口を開く。

 

 

「案外、私も誰かに話したかったのかもね」

 

 

 

 一連の悲しき姉妹の話を聞いたバーサーカーは神妙に口を開く

 

 

 

「……先ほどから不思議なのだが、マスターが間桐を避ける理由は分かった。だがその妹がリンを避ける理由はなんだ?」

 

 

 凛は絶句した。

 

 

 常人なら見過ごしていただろう凛の押し殺した感情を分解したこいつは、今まで語った妹との別れにたいする後ろめたさや悲しみを一切理解していなかったのだ。

 

 

「なんでそこまで分析できてソレが分かんないのよ!!!!!!!」

 

「いやそれはマス……」

 

「フンッ!!!!!」

 

 それは自分の主であるマスターの事だから……

 

 そう話す前にバーサーカーは衛宮邸の壁にたたきつけられ、赤いシミを残して霧散した。

 

 

 

 

 

 彼が高度な分析力を発揮するのは引くも進むも過酷なマップ達と異類異形の者達に関連する事象だけであり、自身もその中に入っていると凛が気付き憤慨するのはまだ先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして自分がどこで間違えたのか分からず甦ったバーサーカーは恐る恐る凛の前に顔を出す。

 

 

「アンタに話すくらいなら壁のシミに話しかけた方が断然よかったわね」

 

「そこに私がシミになった壁があるわけだが……」

 

「黙りなさい」

 

 バーサーカーとしては間桐家は調べておきたいところではあるがマスターが否というならそれに従うしかない

 

 次の探索はどこにしようかとバーサーカーが思案していると凛が口を開く

 

「じゃあ今日は間桐のところに行きなさいバーサーカー」

 

「……いいのか?」

 

 凛の言葉にバーサーカーは驚く

 

「アンタが言ったんでしょ、いくら同盟といえど潜在的な敵を探らない理由はない、その通りよ、私は衛宮邸でアンタの視界と聴覚を共有して見てるから」

 

「会うにあたって遠坂の名を出していいのか」

 

「初めは同盟の挨拶ってことでいいわ、……そうね、監視役の神父がマスターかもしれないって警告ついでに行きなさい、そこで攻撃を喰らうようなら間桐は敵よ」

 

「妹はいいのか」

 

「あの子には悪いけど聖杯戦争が終わるまで衛宮の家からは距離を取ってもらった方が互いのためね、あなたが間桐の家に行ってる間に話しておくわ」

 

「わかった」

 

 

 

 こうして騎士は一人、間桐の館へと挑みに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカーがしばらく歩けば間桐の屋敷は見えてきた。

 

 見た目には立派な屋敷で、手入れも行き届いている。客観的に見て美しい洋館と言えるだろう。

 

 だがバーサーカーはそこに今まで探索してきた暗く湿った洞窟などの陰鬱さを連想していた。

 

 ちらりと横目で、門に固まったメッセージを見る

 

『この先、虫に注意しろ』『虫の予感… だから 炎万歳!』『ここじゃない!』『この先、敵に注意しろ 卑怯者』『弱点は本体 つまり かわいい奴』

 

 

「陰鬱な場所だ」

 

(同感、おそらく表の屋敷は擬態よ、本丸の工房はおそらく隠されているわね、どこかに隠し通路でもあるんじゃないかしら)

 

(よし、なら探索をするときは屋敷からだな、ふふっ、隅から隅まで探索と行こうじゃないか)

 

(急にテンション上げてきたわね……、というかアンタに間桐が黒かどうかを引き出すなんて腹芸できるのかしら)

 

(任せてくれ、私だってやればできる)

 

(心配だわ……)

 

 

 

 

 

 

 不安な様子を隠せない凛の弱弱しい声とは対照的にバーサーカーは間桐家の門の前に力強く門戸を叩いた

 

 そのいかめかしい門はその重々しい見た目に相違ない重厚な音を響かせながらひとりでに開いた。

 

(誘われているわね)

 

 バーサーカーは返事をせずにそのまま屋敷入り口前の広場に進み、ふいに立ち止まる。

 

 

 

「こんな夜分遅くに何用かの」

 

 

 闇が浮き上がるように形を取り、人型をなす。

 

 それは小さな老人となり目の前に現れた。

 

 

 薄暗い物陰から不意に現れた存在を見てバ-サーカーは経験から理解する。

 

 

 こいつは敵だ

 

 

 バーサーカーは怪物や敵の類に対してならその思考を十二分に発揮できる。むしろそのことにしか特化していない、彼は目の前の老爺の形をした怪物に対して英雄における心眼や直感に近い確信を得ていた。

 

(ソウルを求め貪る亡者だな)

 

 この男は命に嫉妬する亡者の類だと理解した。

 

 

 しかし、バーサーカーはそのような感情をおくびにも出さず、敬意を持った声音で極めて友好的に話しかける。

 

「私は遠坂凛のサーヴァントのバーサーカー、同じこの地で根をはる魔術師としてご忠告をさせていただきたく参上した」 

 

「これはご丁寧に、儂は間桐臓硯、同じ根を張る魔術師とは嬉しいことを言ってくれる。所詮間桐は枯れた家、そんなこの家に忠告とは何事かの」

 

 相手も同じように遠いところから来てくれた旧友をねぎらうように返答する。

 

 だがバーサーカーはその目の奥に潜む虫のようにがらんどうな目玉を見つめる。

 

 臓硯の目からナメクジのようにねばりついた己を測ろうとする意図をバーサーカーは敏感に感じた。

 

 この敵対者に対する観察眼を爪の垢ほどでも他者に対する意思疎通にさけば、彼と凛との確執はなくなるというのに残念ながらこの男にそのような機能はない

 

(凛、聞いてくれ)

 

(なによ)

 

(この男、私を探っているようだ)

 

(この状況で何を当たり前なことを言ってるのよ)

 

 臓硯に対する。まるでその道の研究者が多量の情報をもとに出した結論を口にして伝える段階で小学生の感想文のような質に落とすのがこの男である。

 

 

(私なりの分析だ)

 

 

 心なしか面の下にしたり顔を想像させるバーサーカーに対し、凛は苛立ちを越して呆れかえる。

 

 

 そもそも考えて欲しい

 

 貴方はこれから殺し合う予定の人へ挨拶に行く、そこで向こうが笑顔で挨拶を返してきた。

 

 ここで『これで私たちは友達だな』このような考えをする人間がいたらぜひ教えていただきたいものだと

 

 常人ならばそもそも目の奥がどうのこうの考える前に、相手がこちらを探ってくるなど前提条件で理解しているものであり、バーサーカーの思考は1ケタの足し算を演算機にかけるような無意味さである。

 

 それに気づかないバーサーカーはそのまま話を続ける。

 

「今回の聖杯戦争、その監督役に不審なところがある」

 

「神父殿の事じゃな?」

 

「あぁ、監督役自らがサーヴァントを率いて参加している可能性がある」

 

「なんと、それが本当なら 憂慮すべき事態だのう」

 

(こいつはもともと知っていたな)

 

 わざとらしく驚いたように声を上げる老爺を見て、バーサーカーの内心は冷えていた。

 

「まったくだ。ルールを布く者がルールを破るなど、もはやまともな戦いではないな」

 

「監督役など所詮は教会を納得させるための形式に過ぎぬよ、聖杯戦争とは元々そういうものじゃ、今までに一度としてまともであったことなどありはせん」

 

 バーサーカーはここで会話に乗った。

 

「そこだ、本来なら異なっていたらしいな、もとは聖杯戦争は御三家のもので、我らサーヴァントなどただの燃料(まき)に過ぎない、殺し合いをする必要などなかったと聞いた」

 

「それを聞いて怒るか英霊よ」

 

「フフ、いや、全くもって合理的だ。古の英雄を燃料(まき)にして願い(火継ぎ)を叶える。なるほど理をつき詰めればどこも同じ形になるものだと感心したよ」

 

 一人、良く分からぬ笑いのツボにはまるバーサーカーを見て初めて臓硯の顔の表情が変わる。

 

「……それをサーヴァントであるお主がいうとはの、貴様本当にバーサーカーか?」

 

「主の望みをかなえるためならば命など惜しむ必要もない」

 

「騎士道は死に狂いとでもいいそうじゃな」

 

「その例えは良く分からんが、聖杯を手にすることこそが御三家の悲願、ならばどう転ぶにしても手を取り合う余地はあるのではないか」

 

「手を組めというのかの、この老骨に何ができるというわけもあるまいに、ぬしらはもう衛宮の倅がいるじゃろう?」

 

(こちらの同盟はすでにバレているか……)

 

 動揺を隠し、バーサーカーは意識してそれを聞き流す。

 

サーヴァント(手駒)がいるのだろう。今回の聖杯戦争のアーチャー、あれを倒すにはどうしても頭数が必要だ」

 

 

 言い切るように語気を強めるバーサーカーを臓硯は一瞥する間に頭を巡らす。

 

 

 こちらの手札にライダーがいると本当に気づいているか、あるいはハッタリか

 

 ここでこの目の前の薄汚れた騎士の同盟に乗るか乗らないかを口に出せば言外にこちらがサーヴァントを保有していることを認めてしまう、それは面白くない

 

 

 舌戦による一瞬の場の膠着が生まれたとき、その場に上ずったような声が響く。

 

 

「へぇ! つまりは遠坂から同盟の誘いってことかい」

 

 

 臓硯が渋い顔をして何かを言いかける前に、現れた人物にバーサーカーは先んじて声をかけた。

 

 

「そういうことだ。貴殿がマスターか」

 

「あぁそうだ。僕が間桐のマスターだ」

 

 

 自信に満ち溢れた態度で宣言する少年。

 

 間桐慎二はバーサーカーがほしがっていた情報を見事に見せてくれた。

 

 

「慎二、お前は家に戻っておれ」

 

 臓硯の表情からは既に感情のおこりは読み取れない、バーサーカーはさらなる情報を引き出すために畳みかける。

 

「いや、慎二殿がマスターなら、まずを彼に通さなければいけないだろう、私はバーサーカー、遠坂凛のサーヴァントだ」

 

 バーサーカーは敬意を込めた礼を取りながら挨拶をする。

 

「あぁ、僕が間桐の魔術師、おい、でてこい、それでこいつがライ……」

 

 慎二の傍らに人影が浮かび上がる。彼はその礼に答えようとするが流石に臓硯の横やりが入った。

 

「慎二、みだりに手の内を相手に見せるな」

 

 

 

 目の前に現れた。長髪長躯の女

 

 

 その姿は黒に統一され、見えているのか両目を隠す眼帯を着けていた。

 

 

(怪物か)

 

 

 バーサーカーは相手が正道に立つ者ではなく化生の類であると直感した。

 

 すらりとした肢体、隠者のような身のこなし、隠れているはずの顔から感じるねめつける様な目線。

 

 バーサーカーは目の前の女を蛇のようだと分析する。

 

 

 

 

(リン、あの蛇女、どうやらとんでもない化け物らしいぞ)

 

(あなたから見たら他のサーヴァントは皆そうでしょうね、変なことを考えず情報収集だけに専心しなさい)

 

 例のごとくバーサーカーの深い分析は彼の稚拙な表現によって凛には伝わらない。

 

 

「見事なサーヴァントだ。もしやあの緻密な結界は彼女が?」

 

「あぁ、アレ、まぁちょっとした保険でかけておいた…」

 

「慎二、3度は言わん、家に戻れ」

 

「でも、おじいさま」

 

「…………」

 

「……はい、おじいさま」

 

 臓硯がにらむと慎二は一瞬、悔し気に顔をゆがめるがこちらに顔を向ける時にはにやりと笑っていた。

 

「遠坂に伝えておけ! 同盟の話はまた今度、君の家で話し合おうじゃないか!!」

 

 最後にそう伝えると軽やかな足取りで慎二は館の中へと消えていこうとする。

 

「待て、今私たちは衛宮士郎の家に逗留している。来るならそちらのほうに来てくれ」

 

「は!? なんで遠坂が衛宮の家に!?」

 

(……臓硯の知っていることは少年に伝わっていないのか、しまった、不用意だったな……)

 

 

 誤魔化そうにも、何かを話そうとする間もなく、館の扉が勝手に締まる。

 

 

「見苦しいところを見せてしまったわい、今日はここでお開きとしていただきたいがよろしいかな」

 

「えぇ、わかりました。こちらから伝えたいことは伝えましたので」

 

 

 

 

 バーサーカーは情報的に大きな収穫を伴って帰還することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの道すがら、凛は念話越しにため息をつく。

 

(……呆れた。あいつマスターの自覚あるの? こっちの欲しい情報がほとんど手に入っちゃったわ)

 

(リン、油断するな、前も言ったが……)

 

(敵を甘く見るなでしょ、でもアレは酷すぎるわ、ただの間抜けよ)

 

(あれが演技だったら私たちが間抜けになる。それに真贋はどうであれ、あぁいう自信があって熱くなりやすい男は決して自分を曲げない、往々にして受けた恨みは決して忘れない気質もある。気をつけろよ)

 

(つまり、しつこい男ってことでしょ。安心して私はそういうのばっさり切り捨てられる女だから)

 

(そうか)

 

 そういうところが心配だと思ったバーサーカーだったが、彼の経験から生み出した対凛の戦法によれば彼女の性格を指摘することは下策なのであいまいな返事をするにとどめる。

 

 

(それでどうする。口から出まかせとはいえ向こうは同盟に乗り気だったぞ)

 

(そうね、士郎にも許可は取ってないし、正直に言うと士郎以上の足手まといになる予感しかしないわ)

 

(士郎は反対しなさそうではあるがな)

 

(……どうしたものかしら、確かにアーチャーを倒すには囮だろうといてもらったほうがいいんでしょうけど、アイツ、士郎と違って信用できないのよね)

 

(そうか? 向こうはマスターのことにかなり興味をもっているようだが)

 

(ないない、どうしてそんなこと思うのよ?)

 

(最後の別れ際、すぐにでもまた会いに来そうな勢いじゃなかったか)

 

(まさか、私のことが好きじゃあるまいし、人の機微なんてアンタみたいな朴念仁にわからないでしょうけど)

 

(む……、まぁ確かに……)

 

 逆に言えばバーサーカーでもわかるほど慎二の好意はわかり易いものであったが、当の本人が違うというなら違うのだろうと言い訳できぬほど心の機微に疎い彼は納得した。

 

(しかし、同盟うんぬんよりも問題はあの老爺だ)

 

(臓硯のこと?)

 

(あれは滅しておいたほうがいい、あの時あの場で殺しておいてもよかったぐらいだ)

 

 普段のぼんやりとした会話とちがい、確信をもって話すバーサーカーの冷たい声に凛はひるむ

 

(殺すって……、場合によっては敵対することもあるでしょうけど相手は御三家よ、それに慎二と同盟を結ぶならそれはできないでしょう)

 

(同盟は結局結ぶのか?)

 

(士郎にも話を通さなきゃだし、あぁもう……、受けるにしても断るにしても桜にもどう説明すればいいのよ)

 

 

 

 あぁだこうだと意見を交わしながら、衛宮家の玄関につく。

 

 

 

 しかしそこにはすでに人影があった。

 

 

 

「やぁ、バーサーカー、僕もちょうどここに来たところなんだ。さっきはそっちが急に来たんだ案内してくれよ」

 

 

 

 何か感情を押し殺したように震えた声を出す間桐慎二がそこにいた。

 

 

(……やはりマスターとなにか因縁があるんじゃないか?)

 

(あっ……、そういえば私アイツに告白されたことあったんだった……)

 

 バーサーカーは少し恨みがましく凛に言う。

 

 

 

(朴念仁でもそれは忘れないんじゃないか……?)

 

(うっ……)

 

(あれほど自信に満ち溢れていたんだ。リンには心の機微をぜひ教えてもらいたかったのだが……)

 

(うっ、うるさい、アンタも恨みを忘れないしつこい男ね!?)

 

 

「さぁ、同盟について早く話し合おうじゃないか」

 

 

 さてはてどうしたものか

 

 目の前の少年を見下ろしながらバーサーカーは、おそらく自分の思考の遠く及ばぬ惚れた腫れただの遠い事象に対して、思索を広げた。

 

 

 

 




次回、唐突な修羅場に突入する衛宮家

すれ違う人間模様を家政婦(エミヤ)(家主)は見た。


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