ゼロと魔剣とブレイズソウル (負け狐)
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ゼロと魔剣とブレイズソウル

何だか書きたくなったので書きました。


「なんじゃこりゃぁ……」

 

 ルイズ・フランソワーズは困惑した。自身の二つ名、ほぼ汚名である『ゼロ』を払拭するという決意のもとに挑んだ使い魔召喚の儀式、そこで盛大な爆発と共に喚び出されたそれを見たからだ。

 何だか分からない四角い物体。顔らしきものが彫り込んであるが、少なくとも自立するような存在ではないだろう。横についている腕らしきものは回すことが出来そうだが、それは動かせるだけであって、動くわけではない。ともあれ、まず間違いなく使い魔としては失格であろう。

 が、問題はそれだけではない。そんな物体の横である。

 

「ミス・ヴァリエール」

「は、はははははい!」

 

 教師コルベールの自身を呼ぶ声にルイズはそんな返事を述べる。落ち着きなさいという彼の言葉を聞いて深呼吸をした彼女は、改めてコルベールへと向き直った。どうしたものか、と苦笑しているその顔を見た。

 

「使い魔召喚は、成功した。と、みていいでしょう……」

「……あれで、ですか?」

 

 んなわけねぇだろ、という意味を込めてルイズはそう述べたが、コルベールは首を縦に振るのみ。あれがお前の使い魔なんだよ。そう言っているも同然のその動作に、ルイズの顔が明らかに曇る。

 いやだってしょうがないだろう。心の中で悪態をつきつつ、ルイズは再度視線を自身が呼び出したものへと向けた。何だから分からない四角い変な物体。そして、その横にある。

 

「マスター。お話は終わりましたか?」

「喋ったぁ!?」

 

 赤、というより桃色。自身の髪の色にも似た装飾を持ったその大剣は、ふよふよと浮きながらルイズにそんな言葉を投げかけた。使い魔召喚で喚び出したのが剣とか一体全体どんな冗談だ。そんなことを思っていたルイズにとって寝耳に水な光景である。

 だがしかし。いや待てよ、と彼女は少しだけ冷静になった。ただの剣ならばともかく、喋るということはインテリジェンスソード。そもそもなんか浮いてる時点で自立出来たりとかしそう。

 ひょっとして使い魔として問題ないのではないか。彼女の頭はそんな結論をはじき出した。

 

「……マスター、ってことは。アンタはわたしを主人と認めるのね?」

「当然です。このセイブザクイーン、マスターの剣となり数多の障害を排除してみせましょう」

「ふうん。中々言うじゃない」

「無論です。貴女に勝利を約束します」

「その言葉、忘れるんじゃないわよ」

 

 つかつかと歩き、大剣を手に取る。コントラクトサーヴァントの呪文を唱え、どこが口だか分からんと柄にそっと口付けを行い。

 剣と横の四角い物体にルーンが刻まれるのを確認したコルベールは、よし何とかなった、と心の中でガッツポーズを取っていた。

 

 

 

 

 

 

「マスター、朝です」

「んぁ?」

 

 寝ぼけ眼でルイズは声の方向を見る。ふよふよと浮いている桃色の大剣を視界に入れた彼女は、思い切り目を見開くと淑女らしからぬ声を上げた。

 具体的にはうぁひゃぁぁぁ、である。

 

「どうかされましたか? 私に何か不備が?」

「……あー、いや、その。……ごめんなさい、寝ぼけてたわ」

 

 それならいいのですが、と心なしかしょんぼりとしているような気がするセイブザクイーンを見て少しだけ申し訳ない気分になったルイズは、コホンと咳払いを一つ。まあそれはそれとして、と強引に話題を変えるような仕草を取ると、クローゼットから制服を取り出し着替え始めた。

 

「ねえ、セイブザクイーン」

「何でしょう、マスター」

「昨日は聞きそびれちゃったけど、アンタってインテリジェンスソードよね? 元の持ち主とか、製作者とか……そういうの放っておいてわたしの使い魔になっちゃってよかったの?」

 

 ふむ、とセイブザクイーンは少しだけ考えるような仕草を取る。別段手とかあるわけではないのでルイズにとってそんな気がしただけであるが、ともあれその状態になった彼女は別段問題ないと己が主人に言い放った。

 

「我々魔剣少女はブキダスか呪文によって召喚される時点で未契約、マスターとして認めたからこそ呼びかけに応えるのです。マスター、貴女は素晴らしい魔剣使いになる資質を持っています。そう自分を卑下なさらないでください」

「……別にそんなんじゃないわよ。でも、うん、ありがと」

 

 うし、と制服に着替えたルイズは気合を入れるために伸びをした。自分の杖を腰に仕舞い、行くわよ、とセイブザクイーンに声を掛ける。何故か少しだけ不満そうに、彼女は分かりましたとその言葉に従った。

 どうしたのよ、と部屋に鍵をかけながらルイズは問う。大したことではないのですが、と自らの失態を恥ずべきことのように、どこか歯切れの悪い調子でセイブザクイーンはそれに答えた。

 

「私は剣です。……マスターの最も近くにあるその杖が、少しだけ羨ましくて」

 

 キョトンとした顔をした。そして次の瞬間、ルイズは爆笑した。何よこいつ、騎士のように堅苦しく生真面目かと思ったら、以外に可愛いところあるじゃない。そんなことを考え、ルイズのその態度に少しだけ拗ねたような雰囲気を出している目の前の大剣を眺め。

 

「あらあら、ご機嫌ねぇ」

「げ、キュルケ」

 

 おはよう、と微笑む赤髪の少女を見てその顔を曇らせた。何の用よ、とあからさまに不機嫌ですといった口調のその質問に、ただの挨拶よと彼女は返す。ちらりと視線をルイズからセイブザクイーンに移すと、中々いい使い魔を喚んだんじゃない、と述べた。

 

「お世辞ならいらないわよ」

「何でヴァリエールにおべっか使う必要があるのよ。これは本心。自立出来るインテリジェンスソードとかそうそうないでしょ?」

 

 レア度ならそうそう負けてないけれど、と傍らのサラマンダーに目をやる。そうかな、と首を傾げる自身の使い魔を見て、もっと自信を持ちなさいなと頭を撫でた。

 さあ食堂に行きましょう。そんなキュルケの言葉を何でお前と一緒に行かなきゃいかんのだと一蹴したルイズは、しかし結局向かう場所は同じなので二人で歩く。その後ろではサラマンダーとふよふよ浮く大剣が。

 

「そういえばセイブザクイーン。アンタ何か食べたりするの?」

「基本的には空気中の魔力を吸収しますので問題ありません。ただ、戦闘を行うのであればマスターからの魔力補給が必要となります」

「ふーん」

 

 魔力ってなんだろう、そうは思ったが、まあ多分魔法を使う際の精神力とかその辺を向こうではそう呼ぶのだろうと結論付けた。自己紹介の際魔界出身だかなんだかとか言ってたし、きっと東方の果て辺りではそうなのだろう。うんうんと一人納得したルイズは、じゃあ食事の用意は必要ないのかと呟いた。ケチねぇ、と笑うキュルケは見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 予想以上に目立った。そのことに気付いたのは、朝食を食べた後であった。遠巻きに見られているのに気付き、そしてその視線が自分よりもその背後に集中していることを理解し。

 ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したのですね、という教師の言葉で確信を持った。

 

「……やっぱり、変わってますか?」

 

 ルイズのその言葉に、教師はそうですねと返す。それを嘲りと取った一部の生徒が彼女を囃し立てたが、静かにという教師の言葉でじきに収まった。

 理解出来ていないアホが多いのね、とそんな生徒を見てキュルケは小さく溜息を吐いた。

 

「キュルケ」

「ん? どうしたのタバサ」

「あの魔剣」

「へ? ああ、ヴァリエールのインテリジェンスソードのこと? 魔剣?」

 

 コクリとタバサと呼ばれた青髪で小柄な少女は頷く。曰く、どこか遠くの国で生まれた強大な力を持つインテリジェンスウェポンの総称で、その力を振るう選ばれし魔剣使いはスクウェアメイジをも超えるのだとか。

 

「胡散臭いわねぇ」

「噂と文献が殆どだから。でも」

 

 タバサの言葉と同じタイミングで、教師が生徒達を諌めるようにこんな話を知っていますかと話し始めた。内容は彼女が語ったものと大体同じ。その使い魔はひょっとしたら特別な存在なのかもしれない、というちょっとしたおとぎ話だ。

 違うのは、あくまで噂ですけれど、と続けた話。トリステインのアンリエッタ王女も、同じような使い魔を持っているという、そんなもので。

 そうなの、とキュルケがタバサに問う。今言いかけたのがそれ、と彼女は短く答えた。

 

「それで、あの魔剣とやらがどうしたのよ」

「興味深い」

「あら、珍しいわね。んー、いや、そうでもないか。あなたって案外そういう物語好きだものねぇ」

 

 ペシペシとタバサはキュルケの頭を叩く。はいはいごめんなさい、と笑いながら謝ったキュルケは、そのまま笑顔で言葉を続けた。気になるのなら話に行けばいいじゃない、と。

 それは盲点だったと言わんばかりの顔をしている親友を見て、彼女は更に笑みを強くさせる。こういうちょっと抜けているところが可愛いのだ。

 そんな会話をした辺りで、授業はそろそろ実践の時間となっていた。誰かにやってもらいましょうと教師は視線を巡らせ、先程話題にもなったことだし丁度いいとルイズを見やる。他の生徒はその時点でヤバイと退避の態勢に入った。

 失敗を恐れずに、という教師の言葉に、及び腰であったルイズも覚悟を決める。よし、と気合を入れると傍らに浮いている大剣を見た。

 

「ねえ、セイブザクイーン」

「何でしょう、マスター」

「……失望、しないでね」

 

 セイブザクイーンの答えを聞かずに、ルイズは呪文を唱え杖を振る。瞬間、対象物は爆発し、教室の備品が色々と吹き飛んだ。ああやっぱりと覚悟を決めていた生徒達は無事であったが、よく知らなかった教師は目を回して倒れる羽目となっている。

 これは授業は中止だな、とフリルの付いた制服を着た男子生徒が呟いた。そうだな、と同意するように他の生徒も荷物をまとめて教室から出ていく。少年のその言葉が素早かったからなのか、ルイズが何か言われることは殆どなかった。不幸中の幸い、というやつであろう。

 

「大丈夫ですか? マスター」

「……うん、まあね」

 

 煤だらけの制服を手で払う。ぐるりと辺りを見渡し、ボロボロの教室を見て。

 

「片付けしないといけないわねぇ」

「何の用よ」

 

 聞きたくもない相手の声が聞こえてルイズの表情は更に顰められた。まあ落ち着け、と笑顔のままキュルケはルイズの隣へと歩いていき、そしてその横にいた少女に視線を向ける。ちょっとこの娘があなたの使い魔に興味があるらしいの。そう言って、再度ルイズ達に目を向けた。

 

「勿論タダとは言わないわぁ。ここの片付け、手伝ったげる」

「いらないわ」

「でも、一人だと恐らく昼を過ぎる」

「う」

 

 それはそうだが、しかし。憎きキュルケ、ゲルマニアのツェルプストーにそういう借りを作るのは非常に癪なのだ。これはプライドの問題であり、損得は関係ない。

 ちらりと傍らの大剣を見た。剣なので勿論どんな表情をしているのかは分からないが、しかし主に目を向けられたことで察したのだろう。ふう、と息を吐くとルイズに向き直るようにその身を回転させた。

 

「マスター。嫌ならば断ればよろしいかと」

「……そうね」

「ですが……もし、多少なりとも受けてもいいと考えているのならば、私は提案を呑むべきだと思います」

 

 え、とルイズはその刀身をまじまじと眺めた。どうして、と目の前の剣に問い掛けた。

 セイブザクイーンは言葉を紡ぐ。これはあくまで私の考えですと前置きをして、語る。

 

「多少いがみ合っていても、ぶつかり合っていても。こういう時に手を貸してくれる相手こそ、仲間だと思っていますから」

 

 ルイズは見た。うっすらと、その刀身から、大剣から幻影のように浮かぶ桃色のドレスと白い鎧を纏った金髪の女性の姿を。どこかの誰かを思い出すように薄く笑みを浮かべている、美しい女性の姿を。

 アロンダイトは毎度毎度、と苦々しく呟く姿は、見なかったことにした方がいいなと彼女は思った。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、と少年は顎に手を当て考える。殆ど交流のない自分が彼女にあの魔剣を見せて欲しいと頼んだところで一笑に付されて終わりだろう。それだけならまだいい。ゼロと馬鹿にしていた一人のくせに、などと言われてあの魔剣でバッサリということもあり得る。

 

「……流石に彼女もそうでない者くらいは区別しているよな」

 

 基本女性をけなすことを良しとしない彼は、他の生徒がルイズをゼロとなじっている中我関せずを貫いた。そもそも可愛い女の子を集団でボロクソに言って泣かすとか控えめに言っても最低だ。何故モテないとか嘆く前にそういうところ考えろお前ら。無論口には出さない。何せ今ここで会話している面々の大半がそれだからだ。

 どうしたギーシュ、と生徒の一人が彼に問うた。何でもないよと返したギーシュは、視線で誰か同じような考え持っている奴はいないかと辺りを見渡した。

 ギムリは微妙。レイナールは割とありかな。マリコルヌは論外。そんなことを心中で行いながら、他の生徒の会話に適当に相槌を打っていき。

 

「ん? え?」

 

 それでお前の本命は一体誰だ、という話題になっていたことで我に返った。一体全体何がどうなってそういう流れになったのだろうか。そう思い口にもしたが、とぼけるなとニヤニヤ笑顔の級友達を見て、まあ話題がコロコロと変わった結果なのだろうと溜息を吐いた。

 仕方ない、とりあえず適当に流そう。そう結論付けギーシュはもったいぶった言い方で煙に巻く。ぶっちゃけ彼のそういう相手は幼馴染のモンモランシーなのだが、何でわざわざこんな場所でこんな連中に言わなければいかんのか、という彼なりの反抗であった。

 不幸なのは、それをたまたま当の本人であるモンモランシーが見ていたこと。そしてこの際だからぶっちゃけてくれても別にいいんだけどとちょっとしたツンデレを発動させていたこと。

 

「そんなわけだから――」

 

 話している途中に片付けの終わったルイズ達が食堂にやってきたことである。先程まで魔剣のことを考えていたギーシュは、彼女が来たことで思わずその傍らに浮いているセイブザクイーンに視線を移してしまい。あまつさえ、そこで一瞬言葉を止めてしまったのだ。

 生徒達はこう結論付けた。ああ、こいつの本命はヴァリエールなのだ、と。だからゼロと馬鹿にすることもなく、今日だってさりげないフォローをしたのだ、と。

 完全なる誤解である。

 

「嘘吐き……ギーシュの嘘吐き……」

「モンモランシー!? え? 何が!? 何がどういうこと!?」

「ヴァリエールがいいの……? そんなにあの娘がいいの? 言葉を止めちゃうくらい、夢中なの……?」

「は? いや誤解だよ! 僕が興味あったのは彼女じゃなくて彼女の――」

 

 ぱあん、と食堂に乾いた音が鳴り響いた。盛大にビンタを叩き込まれたギーシュは頬に真っ赤な跡を付け佇んでいる。そしてそれを行ったモンモランシーは涙目のままもう一度嘘吐きと呟いた。

 

「案外隅に置けないわねぇ、ルイズ」

「何がよ。……ホント、何がどうなってるのよ……」

「多分誤解に誤解が重なった」

 

 ギーシュの視線の先に感付いたタバサは静かにそう述べたが、だからといってそれでこの場が収まるはずもなし。モンモランシーは食堂を飛び出すし、ついでに凄い勢いでルイズは睨まれるし。

 ギーシュはギーシュでどうやったらこの場を切り抜けられるか必死で思考を巡らせているが、修羅場だ修羅場だと見世物でも見るような目で見ている周りのせいで考えもまとまらない。簡潔に言ってどうしようもない。

 ああもうなんでこんなことに。ガリガリと頭を掻きながら、ギーシュは彼女を追い掛けるべく食堂を飛び出していった。折角のチャンスが台無しだ。でもモンモランシーは悪くない、悪いのはあの野郎共だ。そう結論付けながら、ちらりとルイズ達に視線を向けつつ彼は走り去った。

 そういうところが誤解を生んでいるのだ、ということに、彼は気付かなかった。

 

「よろしいのですか? マスター」

「わたし関係ないし」

「先程の会話を聞く限り、どうやら飛び出していった少年の本命だと誤解されているようですが」

「モンモランシー追いかけて走ってったギーシュを見てもまだそんなこと言える奴はきっと頭腐ってるわ」

「敢えて囃し立てる輩がいないとも限りません」

 

 気にするな、と手をヒラヒラさせたルイズに、セイブザクイーンはそれでもと言葉を続ける。が、ルイズはルイズでそれはもうどうしようもない奴だから仕方ないと言い放った。どうせ自分を馬鹿にしていた連中だ。そんな有象無象など気にするに値しない。

 

「成程。流石はマスター、強き心をお持ちのようですね」

「そこ褒められるとちょっと照れくさいんだけど……」

 

 少し顔を赤くしながら、ルイズは食堂の席に着く。キュルケとタバサもそれに続き、少し遅めの昼食と相成った。

 そのまま何事もなく食事は終わり、デザートを楽しむ。これで横にツェルプストーがいなければよかったのに。そんなことを心の中でぼやいたが、使い魔の言っていた言葉を思い出しまあいいかと息を吐いた。

 

「魔核機関……」

「はい、そこに魔力を流し込むことで『アンロック』が行なえます。私が魔剣として十全に力を発揮するには、その工程を必要とするわけです」

「ふむふむ」

 

 楽しそうねぇ、とキュルケが笑う。そうね、と適当な返事をしながら、セイブザクイーンと話すタバサを見た。自身が許可を出したので問題はないが、何か自分の知らないことまで話してないかあいつ。そんなことを思いながらルイズは紅茶に口を付けた。聞かなかったから当然だろう、という己の心のツッコミは聞かなかったことにした。

 

「それで、貴女の力はどの程度なの?」

「魔剣はランクと属性、そして武器種で分類されています。私はそこそこのランクを持っていますので、必ずやマスターの手助けとなるはずです」

 

 へぇ、とルイズは少しだけ嬉しそうに呟く。メイジの実力を見るにはまず使い魔を見ろ、と言われるほどである。セイブザクイーンが、己の使い魔が高ランクの魔剣であるのならば自分自身もきっと。そう思ってしまうのも無理はあるまい。

 

「あ、そうだセイブザクイーン」

「何でしょうマスター」

「さっき属性でも分類されるって言ったわよね。貴女の属性って、何かしら。わたしの系統を知る手掛かりになるかも」

 

 魔法を失敗してばかりではあるが、諦めているわけではない。だからこそ、ちょっとしたヒントでいいから欲しい。そんなことを思った一言であった。

 だから、そうですね、と軽い調子で答えられたことに少しだけ目を丸くさせた。

 

「私は風の魔剣です。ですから、もしマスターの言う系統がどうということならば、恐らく風ではないかと」

「風!?」

 

 自身の母親と同じそれを聞いて、ルイズは思わず立ち上がった。たまたまなのだろうと彼女の冷静な部分は思うのだが、それでもその属性を言われてしまえばどこか運命を感じ得ない。風か、風なのか。小さく呟き、よし、と決意を込めたように拳を握る。

 

「セイブザクイーン」

「はい」

「特訓するわよ! ついてらっしゃい」

「イエス、マイマスター」

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで少しだけ魔剣の性質についてお話することがある。基本的にマスターに忠実であるというのは間違いないが、それが行き過ぎてしまうということも多々ある。マスターへの愛が重い、俗に言うヤンデレとかいう魔剣も存在するのである。幸いにしてセイブザクイーンはそれに分類されない魔剣であったので問題なかったが、しかしその性格はどちらかといえば堅物で、融通の利かないタイプである。

 

「……ちょ、っと待って……」

「どうされました? マスター」

「死ぬ……これ以上動いたら、死ぬ」

 

 つまりどういうことかというと、こういうわけである。魔法の特訓ということで色々と思い付くままやり続けた結果がこれであった。精神力はともかく体力はもう割とギリギリである。傍で見ているキュルケとタバサも、こりゃ酷いなと思わず呟くほどだ。最初からそういう訓練を受けた、それこそ幼い頃から騎士になろうとしていた者であれば問題なかったであろうが、生憎とルイズは貴族の子女である。多少お転婆であった程度の普通の少女なのだ。

 

「マスター」

「な、によ……」

「失礼ながら、少し体力が足りないのでは?」

「普通の女の子は午後の授業丸々サボってこんなことしてればこうなるの!」

 

 全力ツッコミで残っていた体力を使い果たしたらしい。うぐぅ、と少女らしからぬ唸り声を上げて、ルイズはそれきり動かなくなった。

 とりあえず死んではいないらしいということを確認した二人は安堵の溜息を吐き、流石にやり過ぎ、とセイブザクイーンを咎めるような声を出す。

 

「私はマスターに勝利を約束しました。そのための努力を惜しむつもりはありません」

「段階を踏みなさいなって話よぉ。勝利を掴む前に始祖の身元に旅立つわよ」

 

 ほれ、と動かないルイズを指さされると、彼女としても口を噤まざるを得ない。確かにそうです、と心なしかしょんぼりしながら、己の主を回復させるためにふよふよとルイズの周囲を漂った。

 ん、とタバサが視線を動かす。タイミングを見計らっていたのか、男女二人組がこちらに向かって歩いてくるところであった。見覚えはある、というか昼間になし崩し的に当事者として巻き込まれた。

 

「やあ……今、大丈夫かな?」

 

 それを分かっているのか、少年の方は少しだけぎこちなく挨拶をした。ちらりと倒れているルイズを見て顔を引き攣らせたのは、タバサやキュルケには検討もつかなかった。

 それはともあれ、一体全体何の用だとタバサは問い掛ける。その問い掛けに問答無用で追い払われることは無さそうだと安堵の溜息を吐いた少年――ギーシュは、実はちょっと頼みがあって来たのだと述べた。

 

「頼み?」

「ああ。正確には君達ではなく、そこの魔剣少女にだけどね」

 

 ピクリとセイブザクイーンが反応した。この少年は己を魔剣少女と称した。魔剣ではなく、魔剣少女と。話を聞く限りこちらは魔界ほど浸透しているわけではないその単語を述べるということは、まさか。

 ピリ、と空気が変わったのに気付いたのは倒れているルイズを除いた全員である。キュルケとタバサは何事だと眉を顰め、ギーシュはしまったと頬を掻き。

 

「ギーシュの馬鹿! だからもっと考えて喋りなさいっていつも言ってるじゃない!」

 

 なにしてくれてやがるこの野郎とモンモランシーが吠えた。ごめん僕が悪かった、と平謝りしたギーシュは、先程までの緊張を台無しにするような情けない顔をしながら再度一行に向き直る。

 

「……ねえ、セイブザクイーン」

「何でしょう、キュルケ」

「多分、大丈夫なんじゃないかしらぁ」

 

 そのようですね、と溜息を吐いたセイブザクイーンは、それで一体何の用だと再度問い掛けた。確か頼みがあると言っていたが。そう続けると、ギーシュはそうなんだと一歩踏み出す。

 

「君達魔剣少女は、他の魔剣を探知することもある程度出来るはずだろう?」

「そうですね。あくまである程度ですが」

「それは良かった、実は」

 

 いなくなった魔剣少女を探して欲しい。そう言ってギーシュは頭を下げた。そのことについて無反応ということはモンモランシーも当然知っているということであり。一気に蚊帳の外において行かれたのはキュルケとタバサである。勿論どういうことだと二人に詰め寄った。

 

「どういうことも何も。僕とモンモランシーには共通の友人がいるんだ、魔剣少女のね」

 

 マジかよ、という目に思わずなる。確かおとぎ話がどうとか言ってなかったっけと隣の親友を見ると、頭痛を堪えるような仕草を取っていた。今度イザベラぶん殴ろう、と小さく呟いているのは聞こえなかったことにした。

 

「それで、二日ほど前から行方不明になっていて……彼女、なんというか、致命的な方向音痴だから」

 

 西に向かって進みましょう、と北に全力ダッシュしたのを見た時こいつ駄目だと確信したらしい。そういうわけで、恐らくまだ遠くに行っていない彼女を見付けたいので手を貸して欲しい。そう言って彼は頭を下げた。モンモランシーもお願いとそれに続く。

 

「……マスター」

「あによ」

 

 聞いていましたか、と倒れたままのルイズに問う。聞いてたわよ、と短く返した彼女は、セイブザクイーンの言いたいことをとっくに察しているとばかりに鼻を鳴らした。好きにしなさい、と言い放った。

 ありがとう、とお礼を言うギーシュとモンモランシーにも、同じように鼻を鳴らすことで返答とした。

 

「では――ん?」

「どうしたの?」

 

 ふよふよと浮いたままダウジングでもするようにゆっくりと回転したセイブザクイーンは、しかしすぐさま動きを止めその刀身をある方向に向けた。その行動で察せないほど鈍い者はここにはいない。どうやらすぐに反応があったのだろう。そう判断した一行を代表してキュルケが問い掛けたが、しかし彼女は答えることなく真っ直ぐその方向を睨んでいるような素振りを見せる。

 そちらを見ても、あるのは木々ばかり。野生動物が出てきたとしたとしても、学院の敷地内な以上猛獣はありえない。

 

「キュルケ」

「どうしたの?」

「臨戦態勢」

 

 いつの間にかタバサが杖を構えていた。それに反応し、モンモランシーが木々から距離を取る。ギーシュはバラを模した杖を振るいゴーレムを生成していた。

 ガサリと音が鳴る。同時に、成人男性の倍はあろうかという体躯のイノシシが数頭飛び出してきた。

 

「これは!?」

 

 自身のゴーレム・ワルキューレで突進を受け止めつつ、ギーシュは何かを感付いたように目を見開いた。後ろのモンモランシーも同様である。

 ということは、とタバサは竜巻でイノシシを吹き飛ばしながら視線を動かした。セイブザクイーンが、ルイズを立ち上がらせているそこを見た。

 

「そこの彼が探している魔剣少女かは分かりません。ですが、間違いなくこの猛獣は魔剣の暴走に巻き込まれています」

 

 暴走、と彼女は述べた。それはつまり、一説によればスクウェアメイジを超える力を持つというそれが、こちらに襲い掛かってくるということで。

 ゴクリとタバサの喉が鳴った。一瞬だけたじろぎ、これを乗り越えられないようでは自身の願いなど果たせないとすぐさま気持ちを整える。隣では、ちょっと怖いわね、と軽口を叩きながらも真剣な表情をしている親友が見えて、彼女はもう少しだけ落ち着いた。

 

「――来ます」

 

 何が、とは誰も問わない。数頭の暴走イノシシ、それを伴うように巨大なそれが姿を現したのだ。その背中には、それがあるのが当たり前だと言わんばかりに一本の突撃槍が付いている。

 

「ナイトランス!」

 

 ギーシュが叫んだ。が、イノシシの背中の突撃槍は何も反応しない。暴走と先程セイブザクイーンが述べた通り、今の魔剣少女はそれに答える意識がないのだろう。

 

「ミス・セイブザクイーン!」

「何でしょう」

「どうすれば、ナイトランスを正気に戻せる!?」

「……ご心配なく。あれはマスター不在のために魔力枯渇で一時的に暴走状態に陥っているだけでしょう。引き剥がして魔力補充すれば問題ありません」

 

 とどのつまり。目の前の暴走したイノシシを倒せばそれでいいというわけだ。単純明快、分かりやすい。特に考える必要もない。

 よしきた、とキュルケはイノシシに呪文を放った。炎に包まれた猛獣は、しかし体を回転させて無理矢理火を消し再度突っ込んでくる。彼女らしからぬ悲鳴を上げ、慌ててそれを回避した。

 

「取り巻きでこれって、親玉どんだけなのよぉ!」

「ヤバイ」

「簡潔な一言ありがとタバサ。駄目じゃなぁい!」

 

 こんちくしょう、と火球を連発しイノシシを押し留めるキュルケと、同じく氷の竜巻でイノシシを吹き飛ばすタバサ。そのどちらもが、向こうに決定打を与えていない。

 いや違う、とギーシュはぼやいた。ダメージは確実に与えているが、親玉であるナイトランスを宿したイノシシを介して回復しているのだ。このままでは、確実にこちらが押し負ける。

 

「モンモランシー、何かアイデアは?」

「何か、って……この状況で考えられるのは、取り巻きを無視してナイトランスを引き剥がすのを優先するくらいじゃない」

「だよね」

 

 効果的だが、できれば苦労しない。そう思い肩を落としたギーシュは、いや待てよと顔を上げた。モンモランシー、と後ろの彼女の名を呼び、そしてちらりと向こう側を見る。

 了解、と頷いた彼女は、ギーシュから離れルイズの下へと走っていった。

 

「ヴァリエール」

「何よ」

「貴女、魔剣のアンロックは?」

「へ?」

 

 まだのようね、と溜息を吐いたモンモランシーは、彼女の傍らでふよふよと浮いているセイブザクイーンを見やる。少々不安ですが、仕方ありません。己が使い魔がそう呟くのを聞いたルイズは、何だか猛烈に嫌な予感がした。

 時間がないから手短に行くわよ。そう言ってモンモランシーはルイズにセイブザクイーンを握らせる。何が何だか分からないまま、しかし目の前の真剣な表情に文句を言えるはずもない。

 

「セイブザクイーンの魔核機関に、魔力を通して」

「ま、魔核機関とか魔力とか、いやまあ聞いたけど何が何だか」

「考えるんじゃない、感じるの!」

「いやいやいや!」

 

 そうは言いつつ、しかし言われた通りにセイブザクイーンを握り締め、そして魔核機関とやらを感じ取る。魔力が何だか分からないが、とりあえず魔法を唱える時のように精神力をそこに込めれば。

 そこで気付いた。あれ、ひょっとしてこれ爆発するんじゃないか、と。

 

「うぇ!?」

 

 そう思った刹那。セイブザクイーンは強烈な光を放ち始めた。剣を握り締めている感覚がだんだんと消え去り、それと同時に自分が自分でないような、魂が直接表層に現れるような、そんな感覚が生まれていく。

 そして。

 

「――アンロック完了。魔剣、セイブザクイーン。推して参ります!」

 

 ルイズは、あの時見た幻影の少女と一体化して立っていた。

 

 

 

 

 

 

「ど、どどどどどどどういうことよ!?」

「マスター、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるかぁ!」

 

 学院の制服を着たルイズ。桃色のドレスと白い鎧を纏ったセイブザクイーン。双方の姿が重なり合うようになっているその光景は、当の本人にとっては脳の許容範囲を超える状況だったらしい。

 とにかく今は、とセイブザクイーンは無理矢理視線を前に向かせる。自身の体が勝手に動かされる感覚で顔を顰めたルイズは、しかし苦戦しているキュルケ達を見てその表情を真剣なものに変えた。

 

「マスター」

「あによ」

「それでこそです。さあ、目の前の敵を打ち倒しましょう」

 

 ぐ、と手にしている大剣を構える。足に力を込めると、まるで烈風のごとく距離を詰めるため疾駆する。巨大なイノシシの牙を切り飛ばすと、返す刀でその胴体を横に薙いだ。血飛沫を上げながら盛大に吹き飛んだイノシシは、木を二・三本巻き込んで動かなくなった。

 

「次!」

「マスター、左です!」

 

 ぐりん、と体を回転させる。突進してくるイノシシを大剣で受け止め、そして押し返した。流石に少し無茶だったのかルイズ、セイブザクイーン双方共に息を吐き、気合を入れ直すように視線を上げる。

 

「セイブザクイーン」

「何でしょう」

「アンタ風の魔剣なんでしょ? 何か呪文は?」

「私自身はブレイズドライブ以外その手の呪文は持ち合わせていませんが、マスターの知識から引き出すことは可能です」

「あっそ。じゃあ――」

 

 剣を横に構えた。右手で柄を握り、左手は刀身に添えられたその体勢で、ルイズは思い浮かんだ呪文を口にする。系統は風、風といえば勿論母親の得意とする、烈風カリンの。

 

「『カッター・トルネード』ぉ!」

 

 暴風が吹き荒れた。対象を切り刻むその嵐は、再度突っ込んできた残りのイノシシを巻き込みあっという間にズタズタにする。舞い上げられ、切り刻まれ。ドサリと倒れたイノシシは、たとえ回復されても暫くは動けそうな状態ではなかった。

 よしじゃあ、と視線を動かす。煙のような鼻息をあげている巨大なイノシシを睨み付け、そしてその背の突撃槍を見る。少しだけ心配そうな表情になったのは、セイブザクイーンと一体化しているためか、はたまた。

 先手はルイズ。手にしている剣のセイブザクイーンを袈裟斬りに薙ぐと、もう一丁とそれを振り上げた。が、敵もさるもの。二撃目を牙で受け止めると、お返しとばかりに体全体でぐるりと回転、強靭な肉体を余すことなく使ったタックルでルイズを吹き飛ばす。

 

「ルイズ!?」

 

 キュルケが叫ぶ。あれは間違いなく、普通の人間が食らったら死ぬ。元々いがみ合う関係で、今日たまたまちょっとだけ仲良くし始めた程度だけれど。それでもあの娘がそんな死に方をするのは我慢ならない。そんな思いを込めた叫び。同じように心配していたタバサより、数段上のその声。

 それを聞いて、ああもう、とルイズはぼやいた。ツェルプストーのくせに何でこっちの心配してんだ。そんなことを思いながら、心配いらんとばかりに叫んだ。キュルケ、とまあ悪友ということにこれからしてやる相手の名前を呼んだ。

 

「マスター。私を使っている間、ダメージは私とソウルが肩代わりします。安心して、全力で戦ってください」

「……全力で戦うけど、アンタが肩代わりは安心出来ないわね」

 

 体勢を立て直して着地したルイズは、手にしていた大剣をひゅんと振るった。使い魔にそんな負担を掛けるようでは、主失格じゃないか。そんなことを思い、ならばどうすればいいかと考え。

 

「セイブザクイーン」

「はい」

「わたし、アンタに負担を掛けないくらい強くなるわ。素晴らしい魔剣使いってのに、なってあげる」

 

 だから、よろしく頼むわよ。そう言ってルイズは笑う。分かりました。そう言ってセイブザクイーンも微笑んだ。

 ふう、と息を吐く。追撃だと言わんばかりに、ナイトランスを宿したイノシシはこちらに猛スピードで突っ込んでくる。それを見ながら、ルイズは、セイブザクイーンは、ゆっくりと大剣を肩に担ぐような構えを取った。

 

「行くわよ」

「仰せのままに」

 

 思い切り振りかぶったその斬撃は、真っ直ぐイノシシの眉間に叩き込まれた。カウンターとなったそれを受け、巨体が一瞬ぐらつく。ここで追撃、と考えたルイズはしかし一歩後ろに下がった。タフネスに任せ再度こちらの体勢を崩そうとしていたイノシシは、あてが外れたことでたたらを踏む。

 今だ、とルイズは剣を握る手に力を込めた。お任せあれ、とセイブザクイーンはそれに応えるようにくるりと舞った。

 瞬間、剣は彼女の手から消え去り、まるで矢のごとく空中を飛び、イノシシに突き刺さる。片目を潰されたイノシシは血を撒き散らしながらがむしゃらに暴れたが、その攻撃範囲にルイズはいない。剣はそれを待っているとばかりに空中に浮かび、そして分かっているとばかりにセイブザクイーンと一体化しているルイズは跳び上がり、それを掴む。

 狙いは頭、勢いのまま、全力で。

 

「砕けろっ!」

 

 真っ直ぐに振り下ろされたその一撃は、見事にイノシシの頭を割り。事切れたそれから剥がれ落ちるように突撃槍は地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 翌日。ルイズの部屋で土下座するポニーテールの少女が一人。どうでもいいがそれは鎧として機能しているのか、といわんばかりの姿をした少女は、もうこれ以上ないとばかりに平謝りをしていた。

 そんな彼女に、ルイズはもういいからと述べる。皆無事だったんだから結果オーライよ。そう続け、だから気にするなと手をひらひらさせた。

 

「はぅぁ!」

 

 その動きで彼女の体は悲鳴を上げた。全身が余すことなくピキピキと鳴り始め、凡そ貴族の少女、しかも美少女、の上げるような悲鳴でない奇声が上がる。豚と鶏を同時に絞めたような、そんな感じのやつである。

 

「だ、大丈夫でありますか!?」

「だ、だいじようぶ」

 

 どう見ても大丈夫ではなかったが、とりあえずルイズは見栄を張った。というかここで大丈夫ではないと言ったら目の前の彼女が気に病む。そう判断しての行動である。

 

「ま、大丈夫だって言ってるんだから、気にしちゃだめよぉ」

「ん」

「お前らが言うなぁ! ――ぁう」

 

 叫んだ、と同時に再度体が悲鳴を上げてルイズはベッドで動かなくなった。衛生兵、と叫ぶ少女を、だから心配いらないとキュルケはなだめる。

 

「そうよ。こっちも全力で彼女を治療するし」

「モンモランシー殿!」

 

 ほれほれ、とモンモランシーは動かないルイズの体に何やら塗り薬をペタペタと付け、そして包帯のような何かを関節に巻いていった。即効性があるのかないのか、それによりルイズの表情が幾分かマシなものになる。

 

「元はといえば僕が彼女に頼んだからだしね。このくらいは」

「……申し訳ありません、マイロード」

 

 モンモランシーの手伝いをしているギーシュの言葉を聞き、ああやっぱり自分が悪いと少女はしょげた。そんな彼女を仕方ないと苦笑しつつギーシュは頭を撫でる。ならばその分、これから彼女に協力してやればいい。そう言って彼は微笑んだ。

 

「……はい! マイロード」

「そうそう。ナイトランスは笑っている方が素敵さ」

「ま、マイロード!? そんな、もったいないお言葉であります……」

 

 顔を赤くしてもじもじとするナイトランスは非常に可愛らしかった。ついでにあまりにも薄着過ぎる上着に隠されている双丘がたゆんと揺れた。

 モンモランシーは無言でギーシュをぶん殴った。

 

「……その辺にしておいてくれますか。マスターに迷惑がかかります」

 

 キュルケとタバサ。ギーシュとモンモランシーとナイトランス。そんな面々による賑やかな、というか騒がしいやり取りが続く中、部屋に戻ってきた桃色のドレスの女性は呆れたようにそう言い放った。ぐうの音も出ないので、すいませんと一行は素直に謝り適当な場所に腰を下ろす。

 その女性、セイブザクイーンは未だ動けないルイズに寄り添うと、大丈夫ですかと眉尻を下げた。

 

「……大丈夫よ。だって約束したもの。この程度で、へこたれてたまるもんですか」

「マスター……」

 

 ぎゅ、とセイブザクイーンは感極まったようにルイズの手を握る。と、同時に何だか色々砕けるような音が全身に鳴り響く感覚を味わい、ルイズは目を見開いたまま静かに意識を飛ばした。

 

「ま、マスター!? 大丈夫ですか!? マスター!」

「これは、前途多難ねぇ……」

「ん」

「筋肉痛の薬、もう少し調合しておこうかしらね……」

「手伝うよ、モンモランシー」

「私も手伝うであります!」

 

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ハルケギニアの誇る伝説の魔剣使いとして彼女が歴史にその名を残すのは、まだまだ先の話である。

 




多分続かない


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