ファンタシースターオンライン2~Stardust Dreams~ (ぶんぶく茶の間)
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序章 ~走り出す運命~
人物紹介と第一話
チーム小説上げるよりも先にこっちを挙げてしまうという暴挙お許しください……。すまぬ……すまぬ……ッ。
とまあ、こんな感じにテンションあげあげ↑↑かつまえがき・あとがきにて最近のPSO2内での出来事なども載せて参りたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!
『仲間が信じてくれるのなら、仲間の想いに応えなければなりません。それが今、私のすべきたった一つの事です』
三刀屋(上條) 祈(16)
血液型:A型
誕生日:6月10日
容姿
髪色:銀灰色/黒色
瞳の色:翡翠色
身長:158cm
W/B/H:教えませんっ!?
好きなもの・こと:家事全般・読書・音楽鑑賞(アニソン、ゲーソン大目※歌わない・鼻歌大目)
本作主人公の少女。
嫌いなもの・こと:罵詈雑言など
数週間前、家の事情により母方の実家のある神奈川へやってきた。
落ち着いた性格だが、親しい間柄の人間には明るい面も見せる。しかしその反面家族以外の人間関係には確立した自分の思想においての発言や行動で後悔してしまうなどとことんまで悩みやすい(憂人曰く“考えすぎ、超真面目なカタブツ”)。
しかし周囲からの信頼はとても厚いものの(本人は無自覚)、自身の評価がかなり低く常に劣等感を抱いている。
『自分を戒めてきたもの全部に、棘があるとは限らないんだよ』
上條 憂人(16)
血液型:B型
誕生日:10月6日
容姿
髪色:黒
瞳の色:黒
好きなもの・こと:カラオケ(バンド大目)など(多すぎるため省略)
嫌いなもの・こと:間違った事全般
本作の主人公の一人。祈とは従兄妹同士(憂人の方が早いため)。彼女の引っ越しと共に同居している。
豆腐メンタルの持ち主であり、平時はどうしようもないほど(祈いわく“介護”)だれているが、こと好きな事においては驚異的な集中力を見せる。
序章 走り出す運命
第一話 だらけている従兄はお嫌いですか?by憂人
春休みが始まって数日。特に予定もない私、
「憂人さーん? お昼は何にします?」
「ん~? なんでもいいぞ」
それが一番困るんだけどな、なんて苦笑交じりに呟きながらアイランド型のキッチンへ向き直って、底の深い鍋を足元の棚から取り出す。
「パスタだけでもいいですか?」
「あいよー。野菜の量は少し控え目で」
ソファからにょきっと手が生えてきて、ぷらぷらと振られる。その手にはタッチ式の携帯電話が握られていた。
私はわかった、と答えながら冷蔵庫の野菜室を開けると、丁度トマトが買ってあった。
(トマトでも使おうかな。麺も余っていたはずだし)
だとしたらパスタにしようと考えて、調理器具のハサミを手に私は憂人くんの後ろを通って庭へサンダルを履いて出る。
すぐ左手には、自分が育てているバジルのプランターがあり、六枚ほど摘む。
(ベビーリーフもまた摘めそうかなぁ)
数時間前に水をやったばかりなのでそうそう変化はないけれど、自分で育てたものを食べられるという楽しみはやってみると面白い。
閑話休題。サンダルを脱いで綺麗に並べると、ぺたぺたとキッチンへと戻り、先ほどのトマトなどの食材を取り出して調理を開始する。
先に麺を茹でるために深底の鍋へお水を入れて沸騰させるので、一緒にまな板や包丁も洗っておく。
玉ねぎと先ほど摘んだバジルをみじん切りにして、ブロックベーコンを短冊切りに。
フライパンを用意して先にベーコンを焼き、その間にトマトの皮をむいて(皮があると彼女が嫌がるので)ざく切りにして、お皿を用意。焼き色が十分ついたベーコンを一度お皿に取り出し、オリーブオイルを引いて玉ねぎと唐辛子をちょっとだけ入れてあめ色になるまで炒めた後、トマトとトマトジュースを投入。
煮立ってきたらベーコン、バター、みじん切りにしたバジル、調味料の塩こしょうを入れて弱火で十数分煮込む。
その間に麺を作ろうと沸騰加減を見ながらオリーブオイルとお塩を入れて、そのあと麺を入れる。……なんというか、小学生みたいな感想だけど綺麗に広がると嬉しい。
小さい笑みを浮かべながらゆで加減を調整して、アルデンテ? というのかは分からないけれど、ぷつぷつとした食感が楽しめる程度にまで茹でる。
トングで円状にお皿へ盛りつけて、その上に出来上がったソースをかければ完成!
クック○ッド先生いつもありがとうございますっ!
「憂人さん、お飲み物はどうします?」
「麦茶がいいなぁ」
「はーい」
プレートに二人分のパスタの盛られたお皿、二人分のグラスと飲み物を乗せて持って行く。もちろんフォークとスプーンも忘れずに。
テレビ前はカーペットが敷かれて座卓になっているので、お昼はそこで食べる事にする。
普段はキッチン横に据え付けているテーブル席で食べるのだけれど、移動させるのも可哀想だし、という彼への配慮からそう決めた。
座卓のテーブルにぐでーと突っ伏している彼に、私は「どうしました?」と配膳しながら訊ねる。
「あかん、俺だけじゃクリアできぬ……」
「何の話ですか?」
苦笑いを浮かべながら正座して「いただきます」と呟くと、手を付け始める。
「祈さぁ、《PSO2》って知ってる?」
「名前くらい……なら。テレビのCMとかでよく見るゲームですよね」
ぶっ飛ぼうぜ、超現実へ。とか、声優さんをたくさん使ったCMを色々やってたはず。
結構私としてもざっくり胸にくるCMだったので、覚えてる。
「そうそれ。結構人気のゲームなんだよ。ARとかVRもあるし」
「そうなの?
「まあな。幅広くやれるんだよ。ケータイの方が外伝で、ARとVRは原作で登場するキャラクターと遊ぶ事もできるんだ」
「携帯とは連動しないんですか?」
「するする。レベルとか武器の強化もできる」
「へえ……、そうなんですか」
くるくるとスプーンでパスタを纏めて一口食べながら相槌を打って行くと、どうしてか憂人くんが徐々に真顔になっていく。
「ど、どうかしました?」
反応が薄かったかな、なんて反省しながら伺うと、彼は唐突に「そうだよっ!」と何か閃いたようにいきなりばぁんっと座卓を叩きながら膝立ちになった。
その音にびっくりして、私は両肩を軽く竦めながら、麦茶が溢れかけたグラスを素早く押さえる。
「と、とりあえずご飯食べましょうよ……びっくりしました」
「ああ! 祈にはあとで話さないといけない事がある!!」
「そ、そうですか……。まずは落ち着いて食べてくださいね……」
私は再び苦笑いを浮かべながら彼を説得すると、憂人くんは軽く頬を膨らませながら「いっつもそうやってかわすんだよなぁ」とボヤきながらもフォークにまとめたパスタを頬張るのだった。
……一通り食器を片づけて洗っていると、憂人さんが近づいてきて、携帯電話を操作しながらシンクに身体を預ける。
私はそういえばさっきの話がまだだったな、なんて思いながら「そういえばさっきの話、何だったの?」と尋ねた。
「そうだよ、おまえもPSO2やれば解決じゃん」
「さっきのゲームのですか? 憂人さんからそういう話を聞くからには楽しそうだと思いますが……」
でも、私はゲームについては殆どやってこなかったし、興味はあったけれど手が出せない事が多かった。
そういった話は聞くだけに留めておいた方が、自分がやったあとの感覚のずれといった、“思ったのと違った”なんて失敗もないと幼いながらにそう考えていたのである。
だから結局家事にいそしむ中で片手間にできる読書や音楽(殆どがアニメ)を聴く事が多いのだ。
「祈もそろそろゲームやろうぜ~ほんとにつまんない大人になっちまうぞ?」
「かといって、私は住まわせて貰っている身ですからね……? 大人になってゲームに熱中するのも……」
これといった目標は見えていないので、公務員や銀行員でもいいと思っている反面、夢を持ってそれに邁進したいという子供のような気持ちもあった。
食器を拭きながら天井についている蛍光灯を眺め、ふよふよと未来の自分を想像していると、憂人くんが「そ・こ・で、PSO2だよ」と意味不明な締めくくりで携帯情報端末のエスカを見せてくる。
私は苦笑いを浮かべながらそのプロモーションビデオを見た。
ARでは色々な人達と協力してボスを倒すことを目的としたゲーム。VRはアークスと呼ばれる組織? に在籍して、色々な惑星を調査するRPGのようだった。
「これって、結局自分の欲しいキャラクターが当たるまで課金したりとかリセマラ? というやつをしなきゃいけないんじゃ……?」
一応平日の朝とお昼の食事は自分が担当しているので、余分なお金は一切入らない。今のところ唯一の収入源が週末にやらせて貰っている企業のアルバイトくらいだ。
「うぉ、お前夢もなんもないな……。ひょっとしてリアリストなのか?」
げんなりした様子で憂人くんが自分の眉間に皺をよせながらみあげてくる。
「とにかく、そう言うのはないない。ガチでやってる人もいるけど、遊び目的でやってる人も少なくないから。あと、ウチの学園ではむしろPSO2を強制されてるし、コミュニケーションツールとしても役立ってるんだよ」
「そうなんですか。アイテムなどを課金する必要は?」
「遊びでやるくらいなら全然必要ないよ。携帯の方で外伝のストーリーとか進めれば強化用の武器なんかも手に入るから、ずっとやってられる」
それから憂人くんに色々と力説されて、洗い物を終えた私はタオルで手を拭いて頷いた。
「そういう事でしたら、やってみようと思います」
軽い気持ちで言うと、その言葉を聞いた途端、憂人くんは飛び上がりそうな勢いで喜ぶ。
「よっしゃー! 仲間ゲット~っ!!」
ガッツポーズをしながら私の腕をとって、「んじゃっ、俺の部屋に来いよ! 渡したいものがあるんだ!」と興奮冷めやらぬ様子で二階にある彼の部屋まで通される。
いつも掃除の際に入るため、その行動に私はそれほど抵抗を感じる事はなく、すんなりその年頃の男の子らしい部屋へ入ると、彼はマンガなどがずらっと並んでいる棚の一番上にあった大きな箱をおろした。
「これ、お前のデバイスな」
「ああ~……最初からやらせるつもりだったんですねー……」
彼がお小遣い制なのは知っていたけれど、その使い道に私は苦笑いを零しながらそれを受け取ると、設定などについて訊ねてみる。
「
「はい、わかりました」
VRゲームについては初のダイブになる。私は申し訳なさの反面、ドキドキしながらそれを自分の部屋へ持ち帰って配線などをつなぎ、頭に装着しながらベッドに寝転がった。
そして目を閉じながらデバイスのスイッチを入れてダイブを試みる。
「えーっと……」
『起動音声コードをお願いします』
「わっ」
唐突に耳元から聞こえたデバイスの機械音声に私は飛び起きながら驚いて、激しく鼓動した心臓をなだめた。
呼吸を整えて再び寝転がり、その単語を呟く。
「えっと……リンク・スタート?」
『音声コードを認証しました』
瞬間、私の世界は一転した。
†
「……おっ、いらっしゃい」
「お、お邪魔します?」
私は小首をかしげながら、家のリビングに似た内装の部屋へと入る。
そこには鬼の角のようなものをつけた憂人くんがソファに座っていた。
彼は軽く手を振ってウィンドウを出すと、何やら操作し始め、恐る恐る私も彼の隣の一人掛けソファへと腰かけた。
「……これでよし、っと」
なにやら準備をしていたらしい憂人くんは私へそのウィンドウを投げてきて、窓を見ると「PSO2」のダウンロード画面になっており、それがそろそろ100%に成ろうとしていた。
「で、こっちが会員登録な。お前の携帯のアドレスでいいから登録しちゃえよ」
「携帯で良いんですか?」
「もち。セットアップにもうちょっとだけ時間がかかるから、キャラネームまで入力すればオッケー」
「りょうかいで、す」
それから彼に色々と教えてもらいながら会員登録を終えて、希望するキャラクター武器の選択画面まで進む。
「祈は武器、何を使いたいか決まってるのか?」
「えっと……これといって特には。どんなものがあるか分かりませんし。ただ軽くて扱いやすいのが望ましいかと思います」
包丁とか、と小さく呟くと憂人くんはやや呆れた様子で溜息をついてしまう。
「なら刀とか双剣でどうだ? リーチも選べるけど比較的扱いやすいぞ」
「刀や双剣、ですか……。こう、両腕を交互に動かすのは難しそうですが」
「慣れればいいんだよ。お前の場合は料理で両腕別々の事に使ったりするし、すぐ上手くなりそう」
そういうものですか? と小首をかしげながら、結局武器のカテゴリを選択する。
すると頭上から金色の角ばった結晶のような、後光が虹色に発光したものが出てきて、私はそれに小さく声を上げながら驚いてしまった。
「まじか!? レリック武器かっ!!」
「これが武器なんですか?」
「いや。これは会員登録を終えて、ダウンロードが完了した時にできる武器ガチャ。まさかそれでレリックウェポン出すとは思わなかったけど。都市伝説だと思ってた……」
つついてみな、と憂人くんに言われて私はウィンドウを操作する手を止めて、おそるおそるその結晶石に触れると、粉々に砕け散った。
すると、システムメッセージなのか承認ボタンを要求されて、私は恐る恐るそれをクリックする。
現れたのは、ナックルガードのついた双剣。柄の長いスレッジハンマー。スライドが銀色、グリップが黒という色合いの、フルオートが可能な二挺の拳銃という三種類の武器に目を丸くした。
「………あの、憂人さん……これで一つの武器なんでしょうか……?」
「いやあ……。詳しくはわからないけど……ひとつの武器、だと思う。その辺りについては追々調べていくからさ」
「よろしくお願いしますね」
こうして、私は憂人くんに相談に乗って貰いながら……。
――文字化けした武器を手に、その世界へと降り立つのだった。
◇
――風が吹いて、上を向いて瞳を開けば真っ青な空がある。
手を伸ばせば、すぐそこに届きそうなほど。
「――………」
すうっとひとつ深呼吸すると、風と土の香りがした。
さくさくと辺りを見回しながら前へと進んでいくと、
唐突にくいっと右腕がひかれる。
「へぁ?」
「よっ」
振り向けばなんだか気障ったらしいジェスチャーをしながら、黒髪に真っ白な騎士制服を着込んだ男性が立っていた。
目は金と藍色といったオッドアイで、その声を聞くまで私は彼が憂人くんだとは全く気付かなかった。
「ひょっとして憂人さんですか?」
「ああ。ま、お互いその名前はリアル以外じゃ禁止な。このゲームだと『カミト』で通ってるから」
そっか、ネチケット……と呟いた私は苦笑いを浮かべて「すみません。それでは、カミトさん、と」と頷く。
「頼むわ。……で、お前は」
「えーっと……」
私は自分のキャラクターネームを見ようと、ウィンドウを開いて自分のステータス情報を調べていると、カミトくんも同じようにウィンドウを操作していた。
「ルドガー、か。良い名前じゃないか」
そう言ってくれた彼は朗らかに苦笑いを零すと、背中に携えた自分の身長ほどはある大剣を片手で持つ。
「クラスはハンターか。無難なクラスだな」
「バランスがいいと仰っていましたので、その方が良いのかと思いまして」
ちょっと照れくさい。それにカミトくんのレベルはかなり高いみたいだし、ちょっとした劣等感も感じる。でも、自分を苛むほどのものではない。
そこで、私の後ろからどたんっという大きな音が聞こえた。
「っと……チュートリアルだもんな。俺らとは違ってマルチプレイの状態で入ってるから、システムアナウンスがないだったか」
カミトくんは私の隣へ寄りながら背中の大剣を抜き放つ。その先を見れば、猿のようなキャラクターが三匹ほど跳ねたり横飛びしながら私達を睨み見ていた。
「しすてむあなうんす?」
「ああ。ソロで作った時は必ずNPCとの会話があるんだけど……。俺が操作して二人で行けるようにしたんだ。――っと、来るぞ!」
「へぁっ!?」
すると猿っぽいキャラクター……ウーダンは私へと前のめりにダイブしてきて、カミトくんが私の袖をぐっと引きながら無理に回避させてカウンターの一撃を見舞う。
一発の攻撃でそのウーダンは倒れ、光の粒子となって消えていった。
「あれがエネミー……簡単に言うと俺達の敵ってとこだ。フォローはするから、自分なりに戦ってみな」
「わ、わかりました」
私は腰から一本の銃剣を取り出し、射撃モードにしながら、一番近い敵に攻撃していく。
一発目で私に目標が向いて、地を蹴りながら接近してきたところで剣モードに切り替えて、攻撃を避けながら脇腹に刺突を放つ。
二体目のウーダンが脇腹を突かれたことで地面を転がりながら再び距離を取ったので、もう一度射撃モードに切り替えて銃を撃っていると――ガンッ! という激しい金属音が右後ろで唐突に響いた。
そこにはカミトくんが三体目のウーダンの攻撃を大剣で防いでいる。
「敵は一体だけじゃないんだ。まずは周りを良く見て、回避してから攻撃、ってイメージでやらないと危ないぞ」
「っは、はい……!」
二体目のウーダンを射殺(すごい言い方だ。でも間違ってない……)し、すぐさまカミトくんが攻撃を防いでいた最後のウーダンへと彼の陰から剣モードにしてすれ違いざまに脇腹を切り裂く。
「ナイス!」
ウーダンが怯んだことで攻撃が止み、カミトくんはガードを解きながら袈裟切りにウーダンを切り裂く。
「最後のはいい感じだったな。影から攻撃すると相手もびっくりするから」
カミトくんは再び大剣を背中に背負うと、「さ、次へ行こう」と言って奥へ歩いていく。
私は彼を追うようにして足を速めると、浅い池が目立つ開けたところへ出る。
「――気を付けろ。本命だ」
彼の隣に立とうとしたところで彼がそれを腕で制し、再び大剣を抜く。
前を見れば黒い霧のようなものが突如出現して、そこからアメンボのようなエネミーが現れる。
それにしては、なんだか雰囲気にミスマッチしていて……なんというか、禍々しいというか。
「あれはダーカー。エネミーとは違って、アークスの本当の敵だ。惑星調査をすることが仕事のアークスは、その惑星を蝕んでいくダーカーを殲滅、その浸食具合を観測する事が主な仕事なんだよ」
「あ……では、どこにでも居る敵なんですね」
「そういうこと。攻撃はさっきのより素早いから気を付けろよ」
「はい」
カミトくんはそう言って、四体のうち一体へと斬りかかる。
私は彼の背後に迫ったダーカーを射撃モードで牽制しながら後ろへ割って入り、踏み込みながら剣モードで攻撃していく。
弱冠怯んだダーカーは鋭い一撃を左の前足を上げながら繰り出すけれど、左へ回り込んだ私はクモの本体へ刺突すると、黒い霧となって霧散していく。
(――次っ!)
振り返りながら背後から聞こえた音に警戒しつつ、バックステップを取ってその間の射撃モードへ切り替え、迫っていたダーカーの頭部へとまぐれでヒットさせると、一発で霧散した。
「お、ヘッドショット」
「なんといいますか、簡単に倒せました……?」
最後のダーカーを倒したカミトくんに言われて、ぼーっと私は自分の銃剣を見る。
「ヘッドショットだとか、弱点部位に攻撃を当てるとダメージが上がるんだよ。今回のヘッドショットはそれだな」
「おお……そうなんですか」
そして軽快な音が鳴り、転移装置のようなものが現れた。
「ミッションクリア。お疲れさん」
帰るか、と言ったカミトくんは少し嬉しそうで、私もそれにつられて頬を緩めるのだった。
それから少しだけクエストをやった後、記念すべきオンラインゲーム初日は終了となった。
お読みいただきありがとうございました! この後すぐに序章の第二話をあげさせていただきたいと思います!(まだ第一章までしかできてない)
いやあ、憂人くんはぶっちゃけツンデレという方向性で考えていたんですけれども、どうやらクーデレになりそうで……。
とりあえず主人公兼ヒロインの祈ちゃんから! この子最初はFGOのマシュちゃんみたいにシールダーというクラスでやっていこうと思っていたのですが……チムメンの意見から「シールダーとか(防衛でしか)あまり活躍できなくね?」というものがあり、結局ルドガーさん安定になりました(原作未プレイ・動画にて拝聴)!
これからは動きまわる祈ちゃんを前に出していきたいと思いますので、よろしくお願いします!
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第二話 登校初日で戦闘ってどこかのハーレムアニメみたいですよね by祈
第三話は24時以降にあげさせていただきます! また明日っ!
――ヒュッ! と風を切るような攻撃が飛んできた。
「ッ――!?」
その一瞬の行動に、私の意識は戻ってくる。
「何ぼーっとしてんだ。とっとと始めようぜ?」
拳を構えた城之内さん――フェザーさんはすでに闘争本能をむき出しにしていた。
折角私に興味を持って話しかけてくれたクラスメイトと、まさか肩を並べて戦う事になるだなんて、誰が想像しただろう?
私が、たった一太刀浴びせただけで壊れてしまうかもしれないほど、危うい関係だというのに。
「……っ……」
眉間に皺をよせながら目を細め、口元を一文字に結んだ。
†
「……これでよし、と」
服装チェックオーケー。
白地に青の入ったパーカーの中に白いワイシャツ、第二学年である事が分かる各学年色違いの赤いネクタイをしめると、腰まで伸びた銀灰色と、右の前髪から長くしたもみ上げにかけて黒い、その特徴的な髪を整えて、日本人らしからぬ翡翠の瞳を誤魔化すように赤いフレームの眼鏡をかける。
もちろん伊達だ。視力は小さい頃弱かったけれど、いつからか回復していたので、殆ど慣れでかけてしまっている事が多かった。
……ネクタイの方は、憂人くんのものを借りている。青いスカートと学園指定のパーカーだけしか届かなかったので、色々と借りているものが多いため、パーカーもぶかぶかだ。
黒いストッキングで防寒も完璧。スカートも以前の学校で穿いていたものより丈の長い物なのでよかった。
色々と問題点はあったけれど、そろそろ行かないと朝食の時間に遅れてしまう。
父のお古である黒い革鞄を手に、玄関で革靴を履いて
「行ってきます」
見慣れていない寮の自室から踵を返し、施錠をして出ていく。
そのまま廊下を歩き、憂人くんへエスカで連絡を取るけれど……反応がない。
30秒くらいコールしたけれど応答もなかったので通話を切り、女子棟から男子棟まで歩を進める。
途中で何人かの男子生徒とすれ違ったので挨拶をしながら、すたすたと目的の部屋の前へ立つ。
「……憂人さーん?」
こんこん、とノックを繰り返すけれど案の定反応もなく。
くすくすと恋人を迎えに来ていたのであろう女子生徒と、迎えられた男子生徒に小さく笑われるなか、寝落ち確定という単語が脳裏を過ぎり、彼から貰っていたスペアキーで入室。
そこには。
「……憂人さ――あぁ~っ……」
恐らくベッドから転げ落ちたのだろう、身体に毛布をぐるぐる巻いた状態で床で熟睡している憂人くんの姿があった。
その頭部にはコードがビンと貼られている状態でVRに接続するためのデバイスが被られていた。
彼の周辺も飲み干したマグカップが転がり、マンガの単行本や雑誌、エスカなどが転がっていて、見るからに足の踏み場もない空間が出来上がっていた。
私は腕時計で登校時間までまだ時間があることを確認すると、その場に革鞄を置いて散乱していた雑誌と単行本を種類別に分けて彼のまっさらな状態の机の上へ置く。
続いてマグカップとエスカ、彼の頭からデバイスをコードを抜いて取り外し、机にあげながら彼の肩をゆする。
「朝ですよー。起きてくださーい」
「…………んあ……?」
目が半開きになり、彼はゆっくりと開かれた目で私の顔を見ると、再び目を伏せて寝息を立ててしまう。
「ちょ、ちょっ! 寝ないでくださいっ! ご飯を食べずに学校へ行く気ですか!?」
流石に彼の朝の体調面を考慮すると食べさせないとまずいので、今度はがくがくとやや強めに肩を振った。ゆするだけじゃ再び眠りにつこうとしている彼を起こせないのは分かっているからだ。
「……祈の作った飯が食べたい………」
ぽつ、と眠気の抜けきらない憂人くんの声が聞こえて、私はほうっと胸を撫で下ろす。会話ができるならもう大丈夫だ。
「コーヒーなら準備できますから……。ご飯はその、食材がないので出せません……」
「……昼飯は作ってくれない?」
「お昼でしたら大丈夫です」
「なら、起きるか~……」
むくり、と左肘を視点に起き上がった憂人くん。ようやく起床だ。
「おはようございます、憂人さん。今日から二年生ですね」
「おはよう……」
くぁっと大きな欠伸を胡坐をかいた状態でかみしめた憂人くんはその場で伸びをし、私は立ちあがって閉じられていたカーテンを開く。
日が射しているからだろう、いつもは寒いと感じる朝の冷気が心地良い。
その眩しさを遮るように目を細めながら手の平で太陽の光を遮ると、踵を返して
「コーヒー、用意しますね」
「ああ……うん」
玄関から入って右手の扉からやや狭い台所へ入り、ポケットから朝食後に自分が飲む予定だったインスタントコーヒーの袋を切り、彼の台所に置いてあったスティックシュガーを2本入れてお湯を注ぐ。
……本当に綺麗な台所だ。清掃員さんがしっかりやってくれているのもあるのだろうけれど、自炊していない事が分かる。冷蔵庫もからっぽ。せっかくいいやつなのに、使わないなんてもったいない。
調理器具は食堂で借りる事が出来るので、必要なのは食材だけ。幸い近くに安いスーパーを見つけたので、今日買いに行こうと考えていた。
かちゃかちゃとスプーンでコーヒーをかき混ぜ、それを手に憂人くんのもとへ持って行く。
「はいどうぞ、コーヒーです」
「ありがとう」
ぼさぼさの髪で、洗面を終えて寝間着からジャージへ着替えを終えていた憂人くんは、肩にタオルをかけてベッド脇に腰掛けながらぼーっと外の景色を見ていた。
「いや悪い……。休み明けだから、ちょっと身体がきついな」
「ふふ、分かります……。私もいつもより30分ほど寝坊しました」
小さく照れ笑いを浮かべながら、床の座布団に座ると、マグカップを手にとってちびちびとコーヒーを飲む憂人くんを見守る。
「30分って……気になってたんだけど、いつも何時に起きてるんだ?」
「5時起きです」
「……うゎお……」
目を見開いた彼はマグカップから口を放してそんな声をあげた。
「……俺みたいにもうちょっと寝ててもいいんだぞ? 食堂空くのが7時なんだから」
「憂人さんが起きないと始まらないので」
「ぐっ……!?」
笑顔で彼に伝えると、彼はマグカップを置いてひとつ溜息を吐いた。
私の転校理由。それは彼に関する事だった。
もちろん面接の時に話したのは将来の事も考えての転校、というものだったのだけれど、あまりにも生活面でだらしのない彼の御世話をするよう、憂人くんの両親からお願いされたのである。
姓についてはこれまた家の事情というか。従兄の家に行くのなら名前も変えなさいという私の両親からの変わった指示で、母方の姓名――上條となった。
閑話休題。憂人くんはコーヒーを飲み干すと立ち上がり、「行こうか」と言って玄関まで歩いていく。
「はい」
私も彼の後を追って、部屋の施錠を確認すると、食堂まで向かうのだった。
朝の食堂にはおびただしい量の生徒で溢れていた。
流石都会の高校は違うと思い、私達もその列に並ぶ。
「いつもこんなに人がいるんですか?」
「ああ。まぁ殆どが部屋で料理しないからな。自炊してるなんてほんの一握りの生徒だけだ」
「そうなんですか……」
ちなみに寮の資料によれば一食200円前後。値段も大分安くなっているうえ栄養バランスもしっかり考えられているので、お得だ。
確か昼食は出なかったので、今後はお弁当にした方がいいだろう。この混雑具合を見るに購買などは大変な事になっているに違いない。
券売機で小銭を入れ、憂人くんがA定食を選んだので私もそれに合わせる。
パン食だったのでジャム付きのロールパン2つにコーンスープ、ベーコン入りのシーザーサラダと本当にバランスが良いし手間もあまりかからない。
食券を手にカウンターへと出すと、焦げ茶色の天然パーマといった髪型の食堂のおば……お姉さんが「あらっ」と声をあげた。
「憂人ちゃんが誰かと一緒にご飯なんて。見ない顔ねぇ、新入生?」
「い、いえ。転入で……」
「あらま、そうなの? この子朝のテンション低いから、しっかりフォローしてあげてね。憂人ちゃんも女の子連れてるならもっとしっかりしないと! ほら、今日は3つにしてあげるからっ! シャキッと!」
「うぉ、流石にそいつはきつい……」
「なーに言ってんのさ! 男の子ならがっつり行きなさい朝は! ねっ?!」
「あ、あぁ……ありがとう」
ばしばしとカウンター越しの腕を伸ばされて腕を叩かれる憂人くん。私は大丈夫かなとあたふたしながら見守るけれど、お姉さんも接し方は心得ているのだろう。彼が辛そうな表情をしない程度の絶妙な力加減で叩いているのが分かる。
憂人くんはげんなりした様子でパンが追加された定食を受け取ると、席を取りに向かう。
「それで、あなたお名前は?」
矛先が私へ向いたっ!?
「か、上條祈と言います……。これからお世話になります」
「上條……。ひょっとして妹さん?」
「あっいえ。一応、従妹です……」
「あらそうなの。あの子朝は本当に弱いみたいだから、この時間に来るなんて珍しいと思ったのよ~。これからこの調子でよろしくね?」
満面の笑みでそう言われてしまったら、断れそうにもない。むしろ断る気もさらさらないのだが。
私は引き笑いで「は、はい……」と答えた後、朝食を貰って彼の元へ向かう。
「(……お姉さん、凄い。強烈。朝から)」
そんな小学生並みの感想を呟きながら、憂人くんと合流して朝食をとるのだった。
◇
登校時間の8時となり、私と憂人くんは通学路を歩いていた。
「そういえば祈、クラスとかは伝えられてるのか?」
「いいえ? 昇降口に張りだされるなどではないんですか?」
「……えっ?」
「えっ……?」
並木路で、私達はお互い立ち止まって顔を見合わせる。
「そういう……ものでは?」
「い、いや……。うちの学園、基本的に1、2年は繰り上がりなんだけど……?」
「「…………」」
一緒になって厭な汗をだらだら流しながら、ぐっと脚に力を込める。
「急がないと!!」
「憂人さん大変です! 昇降口と職員室が分かりません!!」
「俺が案内するから! 急ごう!!」
「はいっ!!」
通学路を駆け抜け、昇降口で上履きのスニーカーへと履き替えて速攻で職員室へ。
「ひゅー……ひゅっ……こほっ」
「だ、大丈夫ですか憂人さん……?」
職員室脇の壁で息も切れ切れな憂人くんは、呼吸を整えようとその場でしゃがみこむ。そして彼は軽くむせていた。
「祈こそ……平気か?」
「はい……。私は大丈夫です……」
深呼吸をしながら酸素を取り入れる。……なんとか落ち着いてきた。
「それじゃあ、入ろうか……」
「そうですね」
お互いに溜息をついて職員室の扉をノックし、入室。
「失礼します。二年の上條です」
「同じく、二年の上條です」
そこでお互いの苗字が一緒な事に気付いて、私は少し照れくさくなった。きゅっと革鞄を握りしめる。
すると職員室の角にある喫煙スペースからひょこっと顔を出した黒髪を伸ばし切ったスーツ姿の男性教諭は、顎のおひげをさすりながら歩み寄った。
「よう、憂人。朝から同伴出勤とはやるねぇ」
「……先生が出てきたって事は、祈は俺のクラスって事だよな?」
「ま、そんなトコだ」
男性教諭は私へと視線を向けると、ほーう、と呟いてから名乗る。
「今日からお前のクラスの担任になる、雨宮遼太郎だ。よろしくな」
「上條祈です。今日からよろしくお願いします、雨宮先生」
「………」
ぽすぽす。
「なっ!? おい遼太郎!!」
「おーお、怖いねぇ」
がしっと唐突に私の頭を撫でた雨宮先生の手を憂人くんが掴み上げ、思い切りメンチ切った。
いきなりの出来事だったので現状についていけず、私はぼーっと憂人くんの怒った顔を見つめる。
「とりあえず俺はこの後会議があるから、応接室で待っていてくれ。クラスは2年C組な。憂人は先に行ってろ。遅れんなよ?」
「……先生は信用できないから俺も祈と待ってるわ」
「お、おいおい……」
「いけませんよ憂人さん」
がりがりと雨宮先生が頭を掻いていたところで、目の据わった憂人くんへけしかける。
「今回の責任は私にあります。ですから、憂人さんは所定のクラスへ行くべきです。このままでは折角早めに出たのに無駄になってしまいます」
「祈……でもそいつ」
「私は大丈夫です。それに、他の先生方の目がある中でそんな事をする方ではないと思います」
「(……オカンや……オカンがおる……)」
「何かおっしゃいましたか雨宮先生?」
「い、いやなにもっ?」
雨宮先生は苦笑いを浮かべながら両手を前に横へ振る。
「とにかく冗談が過ぎたな。悪いが憂人、本当に教室で待っててくれ。こっちは色々と書いてもらう書類があるだけだからよ」
「……まあ、そう言う事なら」
憂人くんはようやく納得した様子で溜息をつき、私へと振り返る。
「祈、とにかくそいつには気を付けろ」
そう言い残して職員室をあとにした。
「おぉーい。もうちっと大人を信用しろっつの」
ったく、と雨宮先生は苦笑いをそのままに、右手を襟足にあてた。
「ビックリさせちまって悪かったな」
「いえ。それで先生、先日郵送された書類の件なんですが――」
「お、もう書いてきたのか。そいつぁ話が早ぇや――」
私は入学時に提出を求められた書類を手渡し、今後の予定などを雨宮先生へと伺うのだった。
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第三話 俺(私)達の始まり by憂人&祈
始業のチャイムが鳴り響く。私はクラスメイトのみなさんの視線を背中で受けながら、電子ボードに名前を記入し、踵を返して振り返る。
見れば26人ほどの生徒達の中に、憂人くんが居た。
窓際で後ろから三番目の彼は、私と目が合うと小さく笑いながら軽く手を振ってくれる。
それにかなり安心して、私も微笑んでしまう。
「おし。上條、自己紹介だ」
「はい。――みなさん、初めまして。今日から皆さんと同じクラスで学ばせていただきます上條祈と申します。まだこちらに来て日も浅いので、色々と教えていただければ幸いです」
よろしくお願いします、と一礼しながら自己紹介を終えると、ぱちぱちと拍手が上がる。
するとガタッ! と金髪に癖っ毛が目立つ男の子が席から立ち上がり、その翡翠色の瞳を輝かせながら質問してきた。
「なぁ上條! 出身はどこなんだ?」
「ちょっ
翔、と呼ばれた金髪の男の子を、隣に居た白髪をポニーテールにまとめ、紅い瞳をした女の子がけしかける。
「あぁん!? 少しくらい良いじゃんかよ進堂!」
「いやよくねぇわ。座れ城之内」とけしかける雨宮先生。
「……ちぇー。でっ、出身はどこなんだ?」
「は、はい。千葉です」
「へえ。そうなんか~。東京からだと思ったわ! オレは城之内翔! よろしくな!」
「はい。お願いします」
快活に笑う城之内さんに笑顔で返すと、ぎろっと憂人くんが彼を睨みつけた。そんな視線を城之内さんは気付いていないのか机に肘をついて着席する。
「とりあえず質問タイムは後でな。上條の席は……あのうるさいヤツの後ろだ」
「わかりました」
廊下側の一番後ろの席、か。隣の席の人も今日はお休みみたいだし……えっ? お休み? 初日からっ!?
「う、うるさくねぇやい!」
「いや、翔は十分うっさい」
うんうんと進堂と呼ばれた女の子の言葉にクラスメイト及び雨宮先生が激しく同意していた。むむ……なんだか彼の立ち位置が一瞬で解ってしまったぞ。
私は改めて城之内さんの後ろの席へ歩いていくと、彼と挨拶を交わす。
「城之内さん、進堂さん、で大丈夫ですか? これからよろしくお願いします」
「おう! よろしくな!」
「うん。進堂亜理紗だよ、よろしくねー」
わ、二人の笑顔がまぶしい……。
「んじゃ、今日の日程からな。九時に体育館へ集合完了なんで、HRが終わったらすぐに移動だ。お前ら無駄話ばっかしてねぇで早いとこ並べよ?」
『うーっす』
「……んじゃ、HRは終わりな」
『はえーよホセ!?』
「もっと何かないのかよ!? こう、新年度の担任としての挨拶とか!」
「だってだーれも俺の話聞いてくれないじゃん?」
「いやだって……なぁ?」
「ぶっちゃけタローの話聞いても誰得って感じだし……」
「お前らがそういう反応だから言わないんだよっ察せ!」
おら並べ並べ! と雨宮先生は苦笑いを浮かべながら騒々しくHRを閉じるのだった。
……帰りのHRを終え、これから食材を買いに行こうと思ったとき。
雨宮先生に呼びとめられた。
「なんでしょう先生?」
「……お前は、俺の誇りだ……ッ」
「はい? って、本当にどうされたんですか!?」
がっしと私の両肩に手を置かれて一瞬で号泣してしまった先生に慌てる。
「そいつウチのクラスじゃ先生って呼んでもらえねぇんだよなー」
「ぶっちゃけハブなの」
「あ、あぁー……」
私は頭の後ろに両腕を組んだ城之内さんと、溜息をつきながら腰に手を当てる進堂さんの言葉に苦笑を浮かべた。
「それで、ご用があって呼ばれたのでは?」
「おう……。悪いがこの後時間あるか? 30分くらいでいいんだ」
私は腕時計で時刻を確認する。時刻は10時45分。ちょっとした用事でも大丈夫だろう。
その言葉に城之内さん達がどこか食いつきたそうな顔をしていたけれど、どこかこらえている様にも見えた。
「はい、大丈夫です」
「そいつぁ良かった。実はちょっとした体力テストをしてもらいたくてな……?」
目の周りが赤くなっている先生は、ずびっと鼻水をかみながらもとの姿勢に戻る。
「えっ、た、体力テストですか!? すみません……今日はちょっと、ジャージがなくて」
「あーいや、それなら心配ない。テストはARで行われっから、身体ひとつあれば十分だ」
「そうなんですか?」
「おう。どうだ、体調面で厳しいのならまた今度でもいいんだが」
「――ってことはタロー! 早速戦闘かよ!?」
「タロー呼ぶな単位さげんぞ」
ぱしっ! と両手で拳を撃ち合わせた城之内くんは嬉々として舌打ちをした雨宮先生へと尋ねた。
「お前らのテストじゃないんだが……。まぁいいだろ。上條、PSO2のアカウントは持ってるか?」
「はい。一応は」
それでも本当に申し訳程度でレベリングしたくらいなので、憂人くんと戦力レベルを比べられると雲泥の差だ。
雨宮先生はそいつぁ話が早いと言ってこくっと頷いた。
「……祈、どうした? またセクハラでもされたのか?」
と、ここで憂人くん登場。欠伸を噛み殺しながら再び雨宮先生へメンチ切った。
「お、おう……今日はぐいぐい来るな憂人」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「丁度いいや。4人揃ったわけだし、お前らも手伝え」
「「はぁ?」」
「おっしゃああああ!!」
三者二様の反応を見せると、雨宮先生はそそくさと先ほど始業式が行われた体育館へと移動を開始するのだった。
†
――そして、今に至る。
「――祈ッ!」
憂人くんの声がしてハッと顔を上げると、すぐそこには目の前にいたダーカー――ウォルガーダの拳があった。
「っ?!」
咄嗟に割って入ったカミトくんが大剣でウォルガーダの拳を弾いて逸らし、私達の横を過ぎった
「オラァァアアッ!!」
「シフタ、行くよ!」
連続の回転蹴りを繰り出し、そう言い放った瞬間上空からの蹴撃がウォルガーダを襲う。
瞬間、私達に攻撃力の上がるバフ、シフタが付与された。
ガードを解いたカミトくんは動揺しきっていた私へと振り返る。
「お前のテストなんだ、二人とも加減は――」
「うぉおおおおおっ!!」
「はぁあああああっ!!」
「……してる、と思う」
ウォルガーダを蹂躙している二人をちらっと見ると、それが苦笑いにかわり、軽く頬を掻く。
「俺は先に行くけど……お前も乗り遅れるなよ」
「……はいっ……!」
よし、と言ってカミトくんはひとつ頷くと、大剣を手にウォルガーダへと駆けていく。
そんな彼の背中がとても大きく見えて、普段の彼とはまったく違う印象を受ける。
いつもはだらけていて、のんびりしている。そんな彼を変えてしまうほど、このゲームは楽しいのだろう。
それなら。
(――私も、行かないと……!)
ぎゅっと手に持った銃剣のグリップを握りしめ、走った。
「おっ――」
視界の端で雨宮先生の驚きの声があがり、その口角が嬉しそうに持ちあがった。
射撃モードにして威嚇射撃を行いつつも走る、走る――。
その時、ウォルガーダが接近しながら射撃を行っていた私を見た。
右拳が肩まで思い切り引き付けられる。攻撃の予備動作!
――来る!
「ふっ!」
私は右拳のすれ違いざまに右方向へ前転しながらグレネードをウォルガーダの足元へ放り、起き上ってから射撃によって爆発させる。
途端にウォルガーダは身体のバランスを大きく崩して前のめりに転倒した。
「いいダウンだぜ!!」
「みんな一気に行くぞ!!」
「おうっ!!」「わかった!」「はいっ!」
カミトくんの掛け声とに私達は呼応し、全員がウォルガーダへ距離を詰め、思い思いの攻撃を放つ。
「この一撃で教えてやるぜ! ビリーフ――ブローッ!!」
「炎鳴流奥義――極炎紅脚ッ!!」
「ライジング……エッジ!!」
「これで――終わりですっ!」
フェザーさんの拳による攻撃(?)、アリーザさんの蹴撃、カミトくんの逆袈裟による連続斬りが決まり、ウォルガーダの巨体が浮く。
そして私の五連続で左右の連続斬りに加え、留めの銃撃によって、ウォルガーダは黒い霧となって消滅した。
「っしゃあ~っ!」
それを見届けたと同時に、フェザーさんがガッツポーズし、アリーザさんは「どうだ見たかーっ!」と言って脚部武装を解除し、カミトくんはふうっと息を吐いて大剣をくるくる回しながら背中に戻した。
そしてカミトくんが私へと振り返り、それぞれの反応に呆然としていた私の肩に手を置く。
「お疲れ。いいダウンだったな。狙ってたのか?」
「い、いえ……最初の挙動で足元が少し不安定そうに見えたので……。その、チャレンジしてみようと、思いました」
チャレンジ、という私としても少し浮ついた単語を聞いた彼は、小さく吹き出しながら笑った。
「それでいいんだよ。祈は憶病すぎなだけでさ。もっと……」
「……もっと?」
「いや……」
「カミトさん?」
カミトくんは軽く頬を赤らめて、私は小首を傾げながらゆっくり彼の言葉を待っていたけれど、やがて後ろ頭を掻いて「なんでもない」と笑う。
「よう、お疲れさーん。話中悪いな」
「あ、いや」
彼の後ろから雨宮先生がやってきて、私達へ労いの言葉をかけられる。カミトくんは少し曖昧な返事をした。
「とりあえずテストはこんなもんだろう。……にしても」
顎のおひげに触れながらニヤッと笑った雨宮先生は「お前ら過保護すぎんだろ」と笑い、三人がそれぞれ苦笑いを浮かべた。
AR空間が解除され、それぞれが本来の制服へ戻る。
「俺も入った方がよかったかねぇ」
「な~にいってんだよ先生! ウォルガーダなんかオレらの敵じゃないぜ!」とフェザーさん、もとい城之内さんは両腕を頭の後ろに回しながら笑う。
「ナハハ、そいつぁ悪かったな。上條……っと、憂人の方はどうだった?」
「なんで俺に振るんだよ」
カミトくんは仏頂面になって、右手を襟足にあてる。
「やっと従妹が来るーって一番喜んでたのお前だろうが」
「………ふぅーっ………」
ダッ!!
「あっ!?」
カミトくん――もとい憂人くんは額に手をあてて深いため息をはいたと思ったら、途端にどこかへ走って逃げてしまった。
私は声をあげて驚いてしまい、右往左往。口元をわぐわぐさせながら雨宮先生を見ると、彼はいやらしい笑みを浮かべたまま吹き出してしまった。
「ブフォッ……。まさかあいつがあそこまで恥ずかしがるとは思わなんだ」
悪かったな上條、と言って雨宮先生は合掌して私へ謝罪すると、そんなやり取りを近場で聞いていた城之内くんと進堂さんは目を点にして見ていた。
幸いそれほど大きな声じゃなかったし、ギャラリーの人達には聞こえていなかっただろうけれど……。
明日から憂人くんが不登校になっちゃったらどうしよう。
昔から彼は結構親しくしてくれていたけれど、まさか家の人以外にぽろっと口に出すほど懐かれていたとは思わなかった。
(ご機嫌とりに好きなもの作ってあげないと……)
なんて思っていたら、後ろからちょんちょんっと肩を指でつつかれ、振り返れば進堂さんが顔を真っ赤にしてすぐ近くまで寄せている。
「ち、ちちちちょ~っと聞いてもいい上條さんっ?」
「は、い……?」
「かみっ……憂人と従兄妹なのっ?!」
「は、はい……。言ってな……かった、ですよね」
すみません……と謝ると、進堂さんはぎゅっと私の両肩を掴んできた。ちょっと痛い。
「つまり……内縁?!」
「にゃぃっファッ!? ……こほっ。どうしてそんな話になるんですかっ。実家で同居していただけですっ。それに婚姻関係ではありません!」
確かに従兄妹同士での結婚は認められてはいるけれど……。それとこれとは話が別。
「そ、そっか……じゃあどうやって同棲するのうらやま……っじゃなくてふじゅんいせーこーゆーはダメ、絶対! オーケーっ?」
「ですからそんな目でお互い見てませんてばっ!?」
そこで進堂さんに窘められ、ようやく拘束の手が緩む。び、びっくりしたぁ……。結婚とか年齢的に無理に決まってるでしょう憂人くんまだ十六ちゃいですよ?!
そんな私達のやり取りを眺めていた城之内くんは、終始目を点にしながら頭上に「?」マークを浮かべ、雨宮先生は終始ニヤニヤしていた。
――って、それより早く憂人くんを追いかけないと!
「お、お先に失礼します! ありがとうございましたっ!」
そう思って、私はみなさんにお礼を言ってすぐさま体育館を飛び出すのだった。
◇
どうしてあんな事を言わせてしまったのだろう。
私が余所余所しかったから? 遠慮していたから? それとも――
罪悪感に、囚われていたから?
人気がすっかりなくなった廊下を走りながら、今日から通い始めた教室へ向けて足を動かし続ける。
――階段を上るのがここまで辛いだなんて思わなかった。彼がいるであろう
「はっ、はぁっ……はぁっ……」
三棟が連結している学校の廊下はなかなかきつい。体育館から教室のある普通棟は 正反対だから、余計に。
二階で廊下が繋がっているところを走りながら、普通棟三階にある教室前の廊下の窓を見ると、黒い髪がちらっと見える。
「(憂人くんっ……!)」
息を切らしながら、かすれた声で彼の名前を呟く。
いつもあの背中が大きく見えた。
ちいさいころから、ずっと。
何をしてもできてしまう彼。
人付き合いはもちろん、勉強だって、スポーツだって、なんでも。
そんな彼がとても眩しく見えて……私はいつからか、劣等感を抱き続けてきた。
冷たい態度もとってしまう事だってあった。時にはきついあたり方をした記憶だってある。
家も離れているから当然謝る機会なんてなくて、時間が経つことで忘れてくれることを祈っていた。
でも。
そんな自分勝手な願いは、通じなかった。
今の彼を見たら一目でわかる。
彼もずっと……私達なんかを負い目に感じていること。
やればできる人なのに、それをせずにただ……隠し続けていたこと。
もとは明るい性格なのに、それを封じ込めてああいう性格で通していることを。
ただひたすらに、過去を引き摺ってここまで来てしまっている。
それは私も同じだった。
でも――だけど。
彼は、待ち続けてくれていた……。
ずっと、そこで。あの頃のままで。
――教室の上の階にある、屋上へ出るための扉の取っ手を掴んで、ぱんっ! と勢いよく開くと、バッグを肩にかけながらフェンスに指をかけて外を眺める彼がいた。
流石の私は息も切れ切れで、呼吸を整えながら生唾を飲む。
彼が振り返る。そして驚いたように目を見開いた。
「祈――ごめ」「――憂人
お互いに名前を呼び合って。私も今までで一番大きな声で彼の名前を“くん”付けで呼んで。
彼の謝罪を、遮った。
私は肩で息をしながら彼へゆっくりと歩み寄った。彼はフェンスから一歩前へ出て、面と向き合う形でお互いの顔を見る。
そして――告げる。
三刀屋祈としての決意を。上條祈としてのこれからを。
「あの……謝罪はなしにしましょう。……私はあなたとの過去を無かったものにしたくありませんし、全部が大切なものなんですから……。それをあなたに赦されてしまったら、私は上條という苗字をいただけません。全部を背負っているから。昔のあなたも、今のあなたも、覚えているから……知っていますから。それだけは、忘れないでください」
「祈……」
まとまっていない言葉。ただ伝えたかった想いを乗せてばらばらに放った
彼は、ちゃんと正しく、受け取ってくれただろうか?
「……私は、昔とそんなに変わっていません。ただ……変わりたいです。あなたのようにとは言えませんが、しっかりと今と、そして過去と向き合って。前へ進んで行きたいと」
「……そうか」
憂人くんはふと目を伏せて、それから……笑った。
「ぁ」
彼の、本来の笑顔。私が見たかった、一番の表情。
純粋で、誰もがそんな笑顔を見たらつられて笑ってしまう、そんな魅力的な笑顔。
不安な時でも勇気をくれる。安心感をくれる。とても……とても、強い笑顔。
ここのやってきて、初めて見る事の出来たその笑顔に、私はつい、涙腺が緩んでしまう。
――でも、やらなければ。
この笑顔を、ずっと近くで見守るために。
彼へ、追いつくために。
「え?」
目を伏せた私はおもむろに両手を動かす。
左手で自分の後ろ髪を束ね、さらに右手で彼のバッグの中から、工作用のカッターナイフを取り出した。
「祈、なにを――!?」
憂人くんが驚いたように目を見開く。私は数歩後ずさりながらカチカチと程よい長さまで伸ばす。
「……すぐに信じて欲しいだなんて言いません。でも、これで――」
そして、束ねられた自分の髪をバッサリと切り裂く。
「――今までの
左手に握っている、切り裂いた髪を風に乗せて放す。灰色のそれは春の日差しによって、まるで銀色の軌跡のように宙へ舞って行った。
私と彼はその軌跡を見つめると、祈、と彼が私の名前を呼んだ。
「なんでしょう?」
「ずっと……ずっと言いたかったんだ。――おかえり、祈」
「……はい。ただいま、戻りました」
立ち止まり続けてきた彼に、私は今でも追いつけたとは思えない。
これからもそうだろう。もう一度歩みだした彼の背中を、私は追い続ける。
それは不安にもなるし、劣等感の種にもなる。
でも。それでも………。
ゆっくりと伸ばされた彼の両腕は、私を包み込む。
すぐそこに彼が居ることを教えてくれる。それを伝えてくれる、安心できる温かさがあった。
「その……祈は謙虚で、おしとやかで、頑張り屋で。言葉にすればキリがないくらい、俺にとって魅力的な人だ。けど――」
「へぁ……?」
ぽん、と頭を押さえられ、服の上からでも触れてみて分かるほど、逞しい胸板に乗せられる。
「俺のために命を張ってくれた人が苦しむような事は、絶対に許せないかな。たとえそれが、俺自身であってもさ」
「ご存じ……だったんですか?」
「もちろん。自分のことだから」
そっと私の左手に背中を抑えていた手が添えられて、優しく撫でられた。
それがなんだかとてもくすぐったくて、「ふゎぁぁああ……っ!?」と思わず変な声が出てしまう。
「だ、大丈夫か?」
「ひぇ、ひぇいきれす……」
「(手でダメか~……)」
ぽそっと憂人くんの呟きが聞こえてしまって、恥ずかしさで顔が熱くなってしまった私は顔を俯けた。
何も考えず切ったせいか、首のあたりの髪がちくちくとこそばゆい。
「その、俺も祈が来てくれて嬉しいのは本当なんだ。でも、それが苦になっているんじゃないかって」
「そ、そんなの当たり前じゃないですかっ」
はっとして顔をあげて否定しようとしたら思わず本音が出てしまった。
憂人くんはパッと私から離れて胸のあたりを抑える。
「うぐっ。……で、デスヨネー」
そんな姿が私の胸を締め付けて、彼と同じように胸を抑えてしまう。
「でも」
「――え?」
熱くなっていた顔はそのままだけれど、それでも小さく笑って。
改めて自分が、上條祈である事を伝えたいと願いながら、告げる。
「今は、そんな苦しさよりもずっと……あなたと一緒に居たいです」
「い、のり……」
「……憂人くん」
だから私は、
自分が上條憂人という男の子を忘れないために。上條祈である事を忘れないように。
これから共に未来を歩んでゆく、家族として。
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第一章 ~新しき日々~
第四話 それはある意味必然と呼べるもの
そろそろストックが尽きかけている・・・!(早い)
第一章が終わりましたら、一度期間を開けたいと思います、よろしくお願い致します!
ふぇぇ……テクターのレベルが上がらないよぉ……(現在67Lv)ヒーローしたいよお……(涙目)
ゲーム内でもフレンドやご意見、募集しておりますので、お気軽にお願いします!
――その碧眼には、己にとって大切な仲間を屠った妹の後ろ姿が映っていた。
嵐の前の静けさか。予想外の結末を迎えてしまったことへの静けさか。
未だ振り返らぬそんな彼女へと、ゆっくりとした口調で青年は語りかける。
『お前は……俺なんかのために、すべてを捨てたのか?』
彼女の銀色に黒色が混じった髪が風に揺れる。
彼女は依然として無言で立ち尽くしたまま。青年はその暗紫色の空を見上げた。
『全部……無駄だったか……』
上空にある濃度の濃い、暗紫色の球体は浮遊を続け、絶望に打ちひしがれるような声音で男性はその言葉を吐きだした。
†
「……………」
ゆっくりと目を開く。いつもの夢に自分なりのけじめを付けながら起き上がる。
夢の中の
ただ一人、彼らのためだけの盾になれればそれでいい。
依存、他力本願するヒト……それが私だ。
支えるのではなく支えて貰う人間が自分だった。
それを、忘れてはいけない。
忘れてはいけないし、変えなければならない。
――昨日あれからお買いものに行った際、床屋さんで髪を切りそろえて、揉み上げだけ長く保ってもらった前髪を持ち上げ、額を抑えながらベッド脇にあるサイドテーブルに乗った時計を見ると、時刻は五時。
カーテンを開け、登りかけの太陽を見つめながらんっと背伸びをして、気分を切り替える。
洗面などを済ませた後、すっきりした気分でキッチンで昨日買っておいた食材で二人分のお弁当を作り始める。
調理器具もこのまま借りた状態では申し訳ないので、明後日からの二連休で上條家へ取りに戻らないと、と考えながら、ハムとレタスを丸めて中に少量のマヨネーズを入れて爪楊枝を通す、という作業を六回ほど繰り返し、ブロックベーコンを細かく切った野菜炒めを小分けにしてシリコン製のカップへ詰める。
続いてミートソースで和えたウィンナーと玉ねぎを別のカップへつめて、もうひとつ空いたスペースへ、ニンジンとグリーンピース、シーチキンの入った卵焼きと、お砂糖の入った卵焼きを二切れずつ入れた後、白米を詰め込んで……完成。
学園内での憂人くんはお昼は結構がっつり行くことが昨日のお昼で分かったので(一人で1合も平らげた)、別の容器にご飯を入れておく。
ここで大体六時くらいになっていたので、お弁当袋へ包んでから、荷物と共にそれを手に持って憂人くんを迎えに行く。
男子寮へ入ると、昨日はすれ違いざまに笑われてしまったカップルと挨拶を交わす。ちょっとした変化に驚きながらも、少し嬉しく感じた。
こんこん、とノックすると、どたどたっ! という大きな音が聞こえる。どうやら中で何かをしているようだった。
「おは――憂人くっ大丈夫ですかっ? なんだかすごく大きな音がしましたけど……!?」
『あ、あぁおはよう大丈夫! もう入っていいぞ』
失礼します、と言いつつ鍵をあけて中へ入ると、憂人くんは肩にタオルをかけたジャージ姿で直立していた。
「ど、どうしたんですか……? この時間に起きているだなんて」
それにシャワーも浴びていたようだ。髪の毛も濡れているし、慌てて出た事が分かる。
「あ、いや……。そろそろ祈が来るころだと思ってさ」
ドアをしめて玄関に荷物を置きながらリビングへ入ると、私は小さく笑う。
「憂人くん、そのままだと風邪を引いちゃいますから、ちゃんと髪を乾かしてください。今コーヒー淹れますね」
「ありがとう」
憂人くんは再び洗面所へ入ると、ドライヤーのスイッチを入れたのか音が鳴り始める。私は私で台所へ入って二人分のインスタントコーヒーの粉をパーカーのポケットから出しマグカップを借りてスティックシュガー2本を入れてお湯を注ぐ。
私はお砂糖は要らないので、そのまま。
かちゃかちゃとスプーンでかきまわしていると、ドライヤーの音が止んで憂人くんが出てきた。
「ふふっ、本当にどうしたんです? 憂人くんが早起きなんて珍しいですね」
「お、俺だってたまには早く目を覚ますよ」
憂人くんは苦笑いを浮かべながら、はいっとマグカップを差し出した私にお礼を言って受け取る。
一緒になって台所のシンクに身体を預けながらコーヒー(といってもカフェラテなんですけど)を飲むと、ふぃーっとひと心地つく。
「確か今日は修学旅行についてだったか」
「六月の上旬、でしたよね? 場所はー……えっと」
「海外だよ。グアム」
「わぁ……。その季節だと大分暑そうですね」
「時期的にスコールも増える頃合いだって言うし、しっかり雨対策していかないとな」
気が早いと感じるだろうけれど、高校生と大人とでは時間の流れ方が違う。
私達にはまだまだ先の事であっても、雨宮先生はじめ教師の方々はすぐそこまで迫っている案件なのだろう。
「でも、私は海外が初めてなので楽しみです」
こくっとコーヒーをまた一口飲みながら先の行事への期待を話すと、憂人くんは嬉しそうに笑った。
「まあ、それまでに祈はうちの学園に早く慣れないとな」
「ふふ、そうですね。城之内さんや進堂さんにも、昨日のお礼をしないといけませんし」
ちら、と私はお弁当と鞄の他にもう一つ持ってきていた紙袋を見ると、憂人くんは小首を傾げる。
「あっ、そういえば憂人くん。お弁当作っておいたので、忘れずに持って行ってくださいね」
「お……まじか。嬉しいよ、ありがとう」
「いえいえ。簡単なもので申し訳ないんですけど、お口に合えば」
「なに言ってるんだよ。祈の作る物がまずいわけないだろ」
憂人くんはマグカップを片手に青い包みのお弁当箱を持ち上げてにんまりと笑うと、リビングに置いてあったバッグの隣に置く。
(あ……)
そこで気付く。いつもは早いペースでコーヒーを飲む憂人くんが、今日はまだ半分ほど残っていることに。
時刻を見れば食堂が開く20分ほど前を指していた。
どういった心境の変化なのかは分からないけれど、いつもより早起きして、いつもよりもゆっくりと朝のコーヒータイムを楽しむ彼。
なんだか時間がゆっくりと流れているような感覚がして、とても落ち着く。
昨晩とはうって違う優しい雰囲気に、私はほっと息を吐くほど安心してしまった。
†
――それは昨夜の晩のこと。
事件は唐突に起こった。
(――あった)
レベルキャップを40から75まで開放させるためのクライアントオーダー、『レベル制限解除試練・Ⅱ』の内容にあるドロップアイテム、『リリーパ観測素子d』。
ナベリウス、アムドゥスキアと三種類の観測素子を十個集めるクエストなのだけれど、これが大分難を極めた。
討伐する対象が殆どダーカーだったので、まったくと言っていいほどドロップしなかったのである。
とりあえず目的のものは手に入れることができたので、これ以上レベルを上げることができない状況で奥まで進むのも気が引けたため、やむなくクエストを破棄する。
ふわっと質感の異なった地面に足がつく感触がしたところで目を開くと、見慣れたロビー、ゲートエリアの光景が広がっていた。
(えっと……コフィーさんは)
そう思いながら左手のクエストカウンターの方へ歩き出す。
「……あれっ……?」
腰にいつもの重さがない事に気付く。
「ない……っないっ!?」
愛用していた新世武器のガンスラッシュゼロさんが無く、冷や汗が額と背中を伝う。
焦っていた私はアイテムストレージを開くのも忘れて、暫く自分の身なりを確認していた。
けれどそれも、自分が着ていたはずのコスチュームとは全く違うものになっている。
「えええ……っ!?」
青と白の配色でできあがったカットシャツの袖を肘辺りまで下り、胸元が開けた部分には緩められた黄色いネクタイ。その結び目や袖のボタン、穿かれている黒いパンツスーツをとめられた皮製のサスペンダーなど、色々な所に剣をモチーフにした装飾が施されていた。
右手には皮製の小さい腕時計がつけられ、靴は革靴のホールカットとなっており、暖色系のものが使われている。
……あまりにも唐突な出来事で、しばらく呆然としたところでようやくアイテムストレージを開いた。
「あ……あったぁ……」
愛用のガンスラッシュゼロ-NTさんもそこで発見し、私はその場で膝をついた。
はあぁぁ、と深い安堵の息を吐いたあと再び立ちあがり、カスタム画面を開いて私はガンスラッシュゼロさんを装備しようとしたけれど……できない。
「あ……あれ?」
何度かストレージ画面からガンスラッシュゼロさんのアイコンをタッチしてドラッグし、武器の設定がされていないおかしなカスタム画面へと持って行くけれど、それを受け付けなかった。
(ど、ど、どういうことっ? クエストを途中で切り上げちゃったから、とか……!?)
あわあわとしていたところで、近くを通りかかったプレイヤーさんに「どうした」と声を掛けられる。
私はびくっと肩を震わせながら、恐る恐る訊ねてみることにした。
「あ、あのっ……」
「やはりどうかしたのか。なにやら困っているようだな」
黒髪に黒い瞳、それに長身でやや浅黒い肌色のプレイヤーさんにこくこくと涙目で頷くと、彼(?)はまず私の肩に片手を置いた。
「まずは落ち着け。動揺をしていても、表に出しては敵の思うツボだ。そういった時こそ冷静になれ」
「は、はい」
すうっとひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、思考をまとめると、彼へと聞いてみる。
「わ、私がついさっきまで使っていたガンスラッシュが、クエストを破棄してしまったらどうしてか装備することができなくなってしまって……。あの、こういったペナルティなどはあるのでしょうか……?」
ふむ、とその男性は顔の顎あたりに手を添えて考えるそぶりを見せた。
「……それはおかしいな。クエスト破棄にペナルティはない。マグを外しているなど、装備条件はクリアしているか?」
「あっ……確認してみます!」
私は急いでステータス画面を見る。
「……あっ」
「……その様子では、どうやら条件が合っていなかったようだな。クエストを受ける前には準備を怠るな。戦場ではそれが命取りになる事もある」
「は、はい……ありがとう、ございました……」
ではな、と言ってその男性は去っていく。私は彼へとお辞儀をしながら見送ると、再び視線は自分のステータス画面へと向けられた。
(――サブクラスが、ない……?)
確かクエストを受ける前はファイターを選択していたはずで、メインクラスはハンターだったはずだ。
なのに、メインクラスも変わってる……?
「(……
ぽつりと、私の口から自分のクラスの名称がこぼれた。
殆どのクラスが使用することのできるガンスラッシュが装備できないというのは少しおかしい。
(カミトくんなら、何か知ってるのかな……)
なんて思いながら、現在緊急ミッション中ということもあり、声の掛けにくさを感じていた私は、とにかくレベルキャップの解放をしようと思考を切り替えてコフィーさんのもとへ向かう。
「オーダー、お疲れ様でした」
「はい。またよろしくお願いします」
蓄積した分の経験値が付与されて、いくつかレベルアップしたであろう私に、ふっと微笑んでくれたコフィーさんへ軽く会釈すると、新しい称号が入手できます、というシステムメッセージ通りに、トレジャーショップNPC、シロナさんの隣に居る、称号カウンターの係員NPC、ラケシスさんへと声をかけた。
「こんばんは」
「こんばんは。……おやルドガーさん、どうやら新しい称号を獲得されたようですね。報酬はお受け取りになられますか?」
「は、はい。お願いします」
そう言われて、ラケシスさんは本当のプレイヤーのようにパネルを操作して私へと報酬を渡してくれた。
先ほどのコフィーさんもそうだけれど、このゲームのNPCには高度な人工知能AIが搭載されているようで、本当に普通の会話もできるのだから凄い。
「――お疲れ様です。これからも頑張ってくださいね」
「ありがとうございました」
クラスカウンターNPCのビアさんの方へ向かいながらラケシスさんへ軽く手を振ると、彼女も手を振り返してくれる。
「ルドガーさん、こんばんは。レベルキャップを解放されたみたいですね、おめでとうございます。さ、本日はどうされますか?」
「こんばんは。本当に情報が早いですね」
「一応、管理職ですから」
彼は得意げに目を伏せながら小さく笑うと、私は「では、スキルツリーを見せてもらえますか?」と言いながら自分のステータス画面を再び開く。
スキルツリーとは、それぞれのクラスのレベルをあげることで入手できるポイントから、自分のステータスを向上させたり、スキルによってプレイングの幅を広げたりすることのできる、とても大切なものだ。
基本的にレベルが75となった時点でレベルキャップが再び発生し、上限値を越える事でクラスキューブと呼ばれるものが一つずつ貰う事ができ、19個ほど集めることでレベルキャップを80レベルまで解放することができる。
「かしこまりました。――こちらになります」
ビアさんがスキルツリーのウィンドウを出してくれるけれど、私の手が停まっていた事に彼は小首を傾げた。
「? どうかされましたか?」
「あ、は……いや、なんでもありません」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
私はぺこっと再び一礼して、ゲートエリアの中央にある椅子へ腰かける。
(落ち着けー……。落ち着け私……。きっと見間違い)
ふっと息を吐きながら再び自分のステータス画面を見ると。
『銃剣鎚士 Lv76』
という、常軌を逸した数値が出ていた。
何かの間違いでは? と思いながらスキルツリーを見れば、ちゃっかりクラスキューブによって増えるスキルポイント分、及びレベルキャップ解放後のスキルポイントが入っていたので柄にもなく吹き出してしまう。
(こ、これは夢だ……夢に違いない……)
何時の間に寝たんだろう私、なんて思いつつ一度ログアウトして、再びログインし直す。
「………」
おぅじーざす……どうやら夢ではなかったようです。
私はエクストラハード推奨ブロックのゲートエリアで、キャンプシップへ向かうためのゲート付近にあるソファでぽつんと座りながら床をぼうっと見続けていると、大剣を背中に背負ったカミトくんが帰ってきた。
「あれ、どうしたんだイノリ。そんなところで?」
「ゆうっ、かっ……ゆ……カミトく~ん……っ!」
「本当にどうしたっ!? なんで半泣きなんだ……?!」
がくがくとカミトくんに両肩を抑えられて揺すられていると、その後ろからフェザーさんとアリーザさんがひょこっと顔を出した。
「あれー? かみじょ……。ごほ、どうしたのそんなとこでー? 緊急いかなかったの?」
「おいおい勿体ねぇなー。今なら周回組のやつらが居るだろうし、行ってきたらどうだー?」
「いや、こいつは
「カミトくん、そのことなんですけど……」
ようやく頼みの綱に出会えたからか涙腺がゆるゆるになっていた私は、彼を見上げると状況をなんとなく察したのか真剣な顔つきになる。
「とりあえず、部屋いくか?」
「は、はい……」
「なんだなんだ、カミトの事待ってたのか」
「あちゃ~。借りてごめんねー? ごゆっくりー」
「いやいや、お前らも念のため来てくれよ」
「えー……」
「えっ、いいの? 二人の逢瀬に立ち合っちゃっていいの?!」
「まずアリーザ、お前は落ち着け」
興奮して手をわなわなとふるわせたアリーザさんはカミトくんに窘められ、軽く頬を膨らませるのだった。
◇
「……と、いうわけなんです」
カミトくんの和室チックなマイルームへ移動すると、私は座卓の上へこと、と人数分のお茶を置きながら、カミトくんの前にある座布団へと正座する。
「なるほどな……銃剣鎚士、か」
「それに40のレベルキャップが解放されたはずなのに、75通り越して76になっちゃう、っていうのもおかしな話だよね」
私の隣に座っていたアリーザさんがふむ、と唸る。
「フェザーはどう思う?」
そしてアリーザさんはカミトくんの横で寝そべりながらテレビを見ているフェザーさんへ訊ねた。
「オレは拳で語る派だからわっかんね!」
もくもくとみかんを食べ続けているフェザーさんは完全に興味なしのようだ。
「弱ったな……。俺達じゃ圧倒的に情報量が少なすぎる」
「会話からすると、銃剣鎚士と呼ばれるクラスは存在していないんですか?」
「ああ。今のところヒーローっていう特殊なクラスがあるんだけど、やってる人もあまり見かけないな。条件が厳しすぎなうえに、複雑なクラスだからできても慣れないんだよ。使いこなしたら強いんだけどさ」
「そうなんですか……」
ずず、と私はお茶を飲みながらカミトくんの言葉に頷くと、隣のアリーザさんは頭をがりがりと掻きむしりながら「あーっ!」といきなり声をあげる。
「とにかくっ、その銃剣鎚士ってクラスは今のとこルドガーにしか使えないってことでしょ? だったらユニークスキルみたいなものじゃないの?」
「ゆにーくすきる?」
ちら、とカミトくんを見ると、一瞬彼は気まずそうな顔をした。
「ああ……。まあ、なんというか。レベルキャップが80まで解放されたら教えるつもりだったんだけど、自分で想像した
「おっ、ユニークPAのことか!?」
がばっ! とフェザーさんは起き上がり、その勢いでみかんの皮があさっての方向へ飛んでいく。立ち上がりかけた私をカミトくんは手で制し、きっとフェザーさんを睨みつけた。
「後始末はしとけよ」
「お、おう……」
物凄い剣幕でカミトくんに言われたフェザーさんは頬をひきつらせながら立ち上がり、のそのそとみかんの皮の回収へ向かう。
「つまりアリーザが言いたいことは、恐らくルドガー専用のクラスかもしれない、ってことだ」
「私専用のクラス……ですか?」
「まあ、あくまであたしの推測だけど。世界にひとつしかないPAがあるんだったら、世界にひとつしかないクラスがあってもいいんじゃないかなー、なんて」
アリーザさんはぽり、と片頬を照れくさげに掻くと、カミトくんは何かを思い出したように「ああっ!」と声をあげ、座卓を支えに立ち上がる。
「ど、どうしたんですかカミトくんまで……?」
「そうだよお前! お前あのレリック武器!!」
「え……あ、ああーっ! あれですね!?」
私は急いでお部屋の出入り口脇に据え付けられているキャラクター倉庫へアクセスするための装置へ向かい、起動。そしてそこから会員登録をした時点で貰った武器を取りだした。
みなさんの位置へ戻り、その
ずしっという安心できる重量感が腰元と両足に感じられた。
「なにそれ……ひとつの武器?」
そしてみなさんを見れば、全員が呆然とした様子でそれを見つめていた。
「なんじゃそれ!? 一本じゃなくね!?」
「ハイブリットってわけじゃないし……なにその武器類?」
「ふぇ?」
そして私は変な声をあげながら、自分の武器の一本であるスレッジハンマーを腰元のドットボタンをはずして取り出し、軽く振ってみる。
「そう、ですか――?」
その時。
ざざ、というノイズが耳に響き渡り、立ちくらみにも似た揺れを感じる。
「……っ……」
私は咄嗟に自分の頭に手を当てながらふらついた。
きつく目をつむると、まるで目も開いていないと言うのに、『夢』の映像が流れた。
まるで、忘れてはいけないとでもいうかのように――。
ぐらり、と身体が傾く感覚がする。衝撃を覚悟していたけれど、その痛みはなく、背中にまわされた温かい腕によって抱きとめられている事に気付いた。
「――祈!」
ゆっくりと目を開けば、カミトくんの顔がすぐそこにあった。
「大丈夫か……?」
「っは……、はい……。すみません、ちょっと立ちくらみが……」
私は喉を鳴らしながら肺にいっぱいの酸素を吸い込み、カミトくんに支えられながら再び床へ座りこむ。
「……もう平気です。ありがとうございます」
しばらくして再び立ちあがり、座布団の方まで歩いていく。
そしてカスタム画面から武器を外す。
粒子化したそれはそのまま私のアイテムストレージへ格納された事を確認して、それぞれが息を吐く。
「とりあえず、そのクラスは今のおかしな武器がない、っていうのは良く分かった」
「はい……」
「問題は装備面だよな。レベル40のユニットから変わってないんだろ?」
「だとしてもさあ、その武器が打撃武器なのか法撃武器なのか、それとも射撃武器なのかが分からないじゃん」
ユニットと呼ばれるのは、他のゲームでいう防具のことであり、そのユニットにはオプションという特殊能力を追加する事のできるギミックがついている。
ステータスに影響するそのオプションは、攻撃力をあげたり、HPを増やしたり、防御力をあげたり。PAを多く出すために
攻撃力や防御力には打撃、射撃、法撃の三種類が存在し、それぞれ使用する武器に合ったものを付けなければ、攻撃力に反映されない。
恐らくアリーザさんの言っていることは、私の武器がその打、射、法のいずれかにカテゴライズされているのか分からない、ということだろう。
「まあ、見るからに打撃ではあるんだろうが……」
ふむ、と唸ったカミトくんは私を見つめると、それから溜息をひとつ吐いた。
「とにかく話してるだけじゃなんも始まらないぜ? クエストでも行けばすぐにわかるさ」
ぱしっとフェザーさんは拳を手の平に打ちつけて鳴らすと、その場から立ちあがる。
「え、ですが防具が――」
「そんなんカミトのお下がりがあるだろー? 貸してやるくらいしてやれよー」
「ん……まあ、そうだな」
ルドガー、とカミトくんに呼ばれて私は返事をする。
「とりあえず検証っていう名目で、これから四種類のユニットを渡すから。それぞれセットで装備してクエストへ行こう」
「わ、わかりました……?」
カミトくんはぶつぶつと何かを呟きながら倉庫へアクセスする装置へと向かうのだった。
†
そして今に至る。
あれから四回ほどクエストに連れて行ってもらったのだけれど、最終的な結果からすると。
シフタやデバンドといった補助系テクニックを除いたテクニックだけを使用することができるのに、打・射・法撃力のセット効果のいずれにも攻撃力は上昇し、それよって攻撃力が上昇したこと。
スキルツリーを確認したところ、他のクラスとは異なり、HPやPPを上昇するものではなく、純粋に攻撃力や防御力を主とした継戦能力を上昇させるスキルだったこと。
オートメイトと呼ばれる、HPが一定数値下回った際に発動するスキルや、ウォークライというエネミーやダーカーなど、敵の
それだけでも十分な情報が入手できたので、色々とお世話になったみなさんへちょっとしたプレゼントを用意しておいたのだ。
……コーヒーを飲み干し、二人分のマグカップを台所で洗っていると、後ろの冷蔵庫に寄りかかっていた憂人くんが口を開いた。
「なあ、祈?」
「はい、なんでしょう?」
「例のクラスの件なんだけど、基本的にクエストはソロか、俺達みたいにリアルで面識のある人と一緒に行ったほうがいいんじゃないかと思うんだ」
「えっと……つまり他のプレイヤーさんとはあまりクエストへ行かない方がいい、ということですか?」
「……酷な話なんだけど、そうなっちゃうな」
憂人くんは辛そうに眉間に皺をよせながら目を逸らした。
「私は平気です。憂人くんが気に病むことじゃありませんよ」
「いや、でもさ。「はじめまして」から始まるRPGなんだよあのゲームは? 人と人との関わりがあるからできるゲームなんだ。俺が言ってるのは、それとはまったく逆のことで……」
「――そこ、憂人くんの悪い癖です」
私は彼へ歩み寄り、優しく叱るようにちょんっと鼻を軽くつついた。彼は軽くうなる。
「憂人くんと一緒なら安心できますし、私の今置かれている状況を見れば正しい判断だと思います。それが最善だと思ったからこそ、憂人くんはそう言ったんでしょう?」
「……まあ、うん」
ぽり、と憂人くんは片頬を人差し指で掻きながら、さらに視線を逸らし、「それに」と続けた。
「祈のああいう格好は、あまり他人に見られてほしくないなあ――って何言ってんだ俺はっ!?」
その言葉に、あの格好を思い出した私は一気に顔が熱くなった。
そうなのだ……。いざ戦闘モードに切り替わると、いつも着ているコスチュームとは違って、例の姿に強制的に切り替わってしまうのである。
実際アリーザさんやフェザーさんも驚いて、クエスト中にフェザーさんはあさっての方向へ攻撃をしたり、カミトくんは武器を落としたり。アリーザさんは付与するバフを間違えたりすることがあった。
「いっ、祈そのっ、あれ、あれだよ! そう! 結構地味目だけど色々目立つ格好だからさ! 武器なんか特に!!」
「一応言っておきますけど、あれは決して私が好んで着ているわけじゃありませんからね……?」
ふっと今度は私が憂人くんから視線を逸らして遠い目をする。ああ、本当に思いだすだけで……。
「わ……分かってるよ。スカートだけでもぎりぎりなんだもんな」
「よくご存じで……」
とにかく短いスカートなんて穿くことすら躊躇われるので、この学園の制服はロングでよかったと本当にほっとしているくらいなのだ。
そのうえあのコスチュームは、正直言って本当に華美な服装が多いPSO2では特に目立つ。結び直せるからいいけれど、胸元が開けているのは正直いただけない。
「あのさ、祈。お前が良ければなんだけど」
「はい?」
「……いや、ごめん。今はなんでもない」
「? おかしな憂人くんです」
私は小首をかしげたあと、腕時計を見る。
そろそろ食堂が開く時間だ。私は紙袋を手に持ち、部屋を出る準備をする。
「とにかく憂人くん、今は朝食です。急ぎましょう」
「ああ……」
憂人くんは溜息をついたあと、玄関のドアを開けた私へと続いた。
はい、というわけで第四話お送り致しました。第一章開始ですね。
ここで憂人くんことカミトくん、フェザーくん、アリーザちゃん、ルドガーちゃんの装備を紹介していきたいと思います!(リング等はなし)
キャラクター名:カミト
クラス:ハンター/ファイター(80/80)
メイン武器
アカツキ(ソード・武器迷彩:龍鳴剣ヴァンデルホーン)
ユニット
リア:シャインレッド(打撃PP盛り)
アーム:デッドリオエスト(打撃HP盛り)
レッグ:クリファドレム(打撃PP盛り)
好きなPA:イグナイトパリング
キャラクター名:フェザー
クラス:ファイター/ハンター(80/80)
メイン武器
ギクスディザンガ(ナックル・武器迷彩:火竜の鉄拳-オリジナル仕様:白&蒼)
ユニット
リア:サーキュレイ(打撃HP盛り)
アーム:ギクスクード(打撃PP盛り)
レッグ:サークレイ(打撃HP盛り)
好きなPA:バックハンドブロウ
キャラクター名:アリーザ
クラス:バウンサー/ファイター(79/80)
メイン武器
クリシスセルベス(ジェットブーツ・武器迷彩:雷装イザネカヅチ-オリジナル仕様:ロングブーツVer.)
ユニット
リア:シャインレッド(法撃PP盛り)
アーム:ホワイティルピナ(法撃防御PP盛り)
レッグ:ホワイティルエア(法撃PP盛り)
好きなPA:ストライクガスト
キャラクター名:ルドガー
銃剣鎚士(76)
メイン武器
―――――――(武器迷彩なし)
ユニット
リア:ウェラボード(打射法HP盛り)
アーム:フィオガルズ(射撃PP盛り)
レッグ:サーキュユニオン(打撃PP盛り)
好きなPA:鳴時雨
以上です!
ううん、殆どの面子が12ユニットなのは時代が進んでビジフォンで入手が可能になったというのと、クリファドなどがないのは今後の御話に関係するので自粛! お楽しみに!
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第五話 踏み出す勇気
二人で朝食をとり、準備を終えて登校。そのまま教室へ入ると、すでにそこには城之内さんと進堂さんをはじめ、数人のクラスメイトがいた。
「あっ、二人ともおはよう。昨日はちゃんと休めた?」
「おーっす! なんだ二人揃って登校かよ」
「ああ」
憂人くんが私の席まで付いてきてくれて、そこで輪ができあがる。
私は革鞄を置いて、二人へ挨拶と共に一礼した。
「おはようございます。お二人とも昨日はありがとうございました」
「こっちこそありがと。おかげでレベルアップ間近まで来たしねー」
「まじか! んじゃ昼休みにでも行くか!?」
「あっはは、気が早すぎだよ城之内~。二人も緊急、一緒にどう?」
「お前らが良いなら付き合うけど」
早速お昼休みにプレイすることが決まり、私がみなさんの会話を聞きに徹していると、進堂さんが「祈も行くでしょ?」と誘ってくれた。
「いいんですか……?」
「なーに言ってんの。祈だけ誘わないなんてありえないじゃん」
「こういうのは勢いが大事なんだぜ? 勢いだ!!」
得意げに笑った二人につられて私も笑ってしまい、わかりましたと了承する。
すると城之内さんがガタッ! と大きな音を立てて席から立ちあがり、ぐっと右手を挙げた。
「よーっし、これで決まりな! ――おーいっ! 12時半の緊クエ行く人いないかー? あと8人なんだけど! 暇してるやつら手ぇ挙げろー!」
『あっ、わたし参加するー!』
『まじかよ30分開始? 飯食ってる暇ないだろ。――でもやる! はいはいっ!!』
「オーケー締め切り!! んじゃ昼休み弁当持ってオレん席集合な!」
『おーっ!!』
あっという間に面子が決まり、きょとんとしていた私に進堂さんは肩をつつきながら微笑んだ。
「城之内が募集するとあっという間に決まるんだよねー」
「なんといいますか……。本当にコミュニケーションツールなんですね」
――『仲間』だと、その一瞬で感じた。
そこには活気があって、笑顔があって……『人の輪』があった。私の知っていた高校と違うという事を思い知らされる。
少しでも上へ行くためにクラスメイトすら受け付けない、そんな
でも――それは違った。私の見識が狭かっただけで、本当はこんなにも眩しくて、尊い。
あまりの眩しさに、私はつい目を細めてしまった。
すると憂人くんが私の机に両手を置いて、私をみてくる。
「人と人との関わりがあるからできるゲームだって、さっきも言ったろ? ここの奴らなら気心も知れてるし、信用できるやつらばかりだ。だから、大丈夫」
「……はいっ」
「おー? なにその二人だけ通じ合ってるような会話? やっぱりリア充?」
「ちっ違いますよっ!?」
「お前の思ってるようなことはないからな?!」
「あ~やしぃ~」
にやにやと進堂さんは半眼で私達を見ながら口元に手をあてた。
ちら、と憂人くんと視線が合う。ちょっと気まずい。
私は口元をもごもごさせながら彼を見続けると、彼は困ったように眉間に皺を寄せて笑うのだ。
それが少し面白くて、彼の顔をもっと見ていたくなる。
と、そこでかさりと憂人くんの手が私の持ってきた紙袋に当たって音がなる。
(そうだった、早く渡さないと)
「あの、お話は変わるんですけど、これ……」
「んー? なになに?」
「なんだ、食いもんかっ?」
「ちょっと城之内ー。食べ物要求するのは失礼なんじゃない?」
「いやぁ~悪い! 小腹すいちまってさ!」
なはは、と城之内くんは進堂さんにけしかけられて笑う。
「一応卵を使っているので、できるだけ早く食べていただければ」
「ってことは……やっぱり食べ物なんだ?」
はい、と進堂さんの言葉に頷きながら、紙袋から白い箱を取り出し、蓋をあける。
「お口に合うかどうか……」
そこには牛乳瓶を小さくしたようなガラス製の容器にプリンが入っていた。
「プリンだとッ!?」とぎょっとする城之内さん。
「うわぁ凄い美味しそう! どこで買ったの!?」
進堂さんは悲鳴にも似た声をあげたあと、私の二の腕を掴んでがくがくとゆすってくる。
「材料は近所のスーパーで……。容器は使い回しですが」
「……ってことは自作!? 女子力高っ!?」
なんだなんだ、と進堂さんの大きな声にクラスメイトのみなさんが集まってくる。
「や、八つあるので残りは抽選で……あっ」
私が声をあげると同時に憂人くんがそのプリンが入った容器を左手に空いた右手を天井へ突き上げる。半眼でポーカーフェイスとなり、一見やる気はなさそうに見えるけれど、その瞳の奥は勝利に燃えていた。
「さーいしょーはぐー」
『じゃんけんだとっ!?』
サッと他のクラスメイトのみなさんがそれぞれ拳を構え、憂人くんの号令を待つ。
「じゃーんけーん」
『ぽんっ!!』
『いやぁあああっ!?』
『うおぁあああっ!!』
次瞬、悲鳴をあげる者と勝った喜びに震える者に二分された。
そんなやり取りを苦笑いを浮かべながら見守っていた私は、憂人くんの袖を引きながら言う。
「ゆ、憂人くんの分はありますよ……っ?」
「……だそうだ。悪いなみんな。このプリン四人用なんだ」
『はああぁぁぁぁぁっ!?』
全員大ブーイングだった。そこまで食べたい人がいたなんて……。
『ちょっと待てよ上條! お前一人でいくつ食べるつもりだ!?』
『ずるーい! わたしにも欲しい~っ!! 上條さぁ~んっ!』
「は、はい……。えっと、また作ってきますから……。別のものになってしまうかもしれませんが」
『それでもオッケー! もう二週間も甘い物食べてねぇやってられっかぃっ!』
「お前は一体何に金使ったんだよ……おっ、うまい」
「ありがとうございます」
いつの間にかプラスチック製の小さいスプーンを袋から取り出してプリンを食べていた憂人くんが、率直な感想を言ってくれた。
「なんだろ……膜みたいなものの間に生クリームが入ってて……その下に濃い目のプリンが入ってる……?」
「うぅぅぅぅううううんめぇぇぇぇいぃいいいいいぞぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
進堂さんはそれをしっかりと味わいながら食べ進め、城之内さんはなぜかヘッドバンキングして叫びながら食べてる……って、それ大丈夫ですか!?
「城之内はもう少し味わって食べなよ! これほんと美味しいよ祈!? お店出せるんじゃない!?」
「あ、いえ……。すでにお店に出ていたものを少し真似て作ってみたので……。本物はもっと美味しいですよ」
「まじか……まじか……!!」
一つ目を早々に食べきってしまった城之内さんは、きらきらとした目でそのカップを掲げて見つめていた。
「でもさ~上條さんの作ってくれたプリンも美味しいよ!? カラメルソースもあたし気に入った!」
「あっ、ありがとうございます……。お口に合ったみたいでよかったです」
――かたん、と無言で食べていた憂人くんがカップを置くと、「ご馳走様」と呟く。
「いえ。お粗末様でした」
「カラメルソース、結構焦がしたんだな」
「はい。嫌でしたか?」
「いや、凄くうまかったよ。プリンの甘さ加減を見たら、もうちょっと焦がしても良かった気がする」
「ふむふむ……。ありがとうございます」
憂人くんの感想をパーカーのポケットに入れておいた小さいメモに記入していると、進堂さんが憂人くんへ食ってっかかった。
「ちょっと上條! そういうコメントは失礼じゃない?」
「いいんです進堂さん。私が好きでやっていることですから、こうして身近な方からアドバイスをいただけるのはとても貴重なんですよ」
「えぇー……」
こんなに美味しいのに、と呟きながらスプーンをくわえる進堂さん。そう言って貰えるだけで本当に嬉しい。
「お二人からもご感想をいただければ嬉しいです。お好みの味などあれば、出来る限りご要望にお応えしますから」
「祈~……あんた健気すぎ……っ」
「ひゃっ? し、進堂さん!?」
がばぁっと進堂さんに抱きつかれてしまい、私は目を白黒させていると、城之内くんはそそくさと憂人くんのカップも持って教室から出て行ってしまう。どうしたんだろう?
「うちにお嫁に来ない!? 家政婦さんでもいいから!!」
一家に一人欲しい! と叫んだ進堂さんの頭に、憂人くんは軽く拳骨を落とす。
「いたっ」
「何言ってんだお前。祈はうちのだ」
「えっ……私いま、ナチュラルに所有物扱いされました!?」
「おーいお前ら集まってなにしてんだ?」
ぎょっとして憂人くんを見ると、視界の端で雨宮先生が教室へ入ってきた。
時計を見れば始業5分前だ。そろそろチャイムも鳴るだろう。
城之内くんも少し遅れて戻ってきて、綺麗になったカップ容器を私へ渡してくれた。
「あ……わざわざ洗ってくれたんですか。ありがとうございます」
「気にすんな! こっちも美味いもん食わせてもらったし、また頼むぜ!」
そしてぞろぞろとクラスメイトのみなさんは自分の席へ戻ってゆき、うち一人の女の子が雨宮先生へ何かをリーク。すると――
「なにぃっ!? 上條料理できるのか! 先生と結婚しないか!!」
バッ! と教壇から身を乗り出した雨宮先生はとんでもない事を言ってのける。
その言葉に一瞬で教室の空気は凍て付き、雨宮先生は男女双方から、
『死ねッ!!』
というドストレートな罵倒が一斉に注がれた。
「冗談なのに……なんでさっ」
ほろり、と雨宮先生は目じりに涙を浮かべながら悲しげに笑うのだった。
朝のHRが終わると、進堂さんと城之内くんはお互いに目配せをしたあと席から立ち上がり、雨宮先生の方へ向かう。
私はなんだろう? と小首を傾げながら二人の様子をうかがっていると、憂人くんが近づいてきた。
「祈、俺プリンが食べたい」
「……憂人くん、さっき食べたばかりでしょう?」
「俺は別に認知入ってないんだけど……」と苦笑いを浮かべる憂人くん。
「帰ったらまたなにか作りますから、残りはお昼休みに食べましょう」
「やる気出てきた」
踵を返した憂人くんはんっと伸びをして自分の席へ戻って行く。それがおかしくて笑ってしまう。
「あー、上條兄妹ちょっといいかー?」
「兄妹じゃねえ従兄妹だ」
「はい」
雨宮先生から呼び出しを受け、教壇へと歩いていく。
「先生、どうしたんですか?」
その場にいつものメンバー(この呼び方、なんだかちょっと嬉しい)が揃い、雨宮先生を見上げると、どこか感動したように目尻に涙を浮かべ、ずびっと鼻をすすった雨宮先生は、
「昼休みでもいいや。この四人で職員室へ来てくれないか?」
と言ってきた。物申したげなみなさんよりも早く、私は即答する。
「あの――それはできません」
「んっ、どうしたんだ? 用事でもあるのか」
「はい。とても大切な用事があります」
楽しみという気持ちがあって、それ以上にこうしてみなさんと集まれる機会があることに嬉しさを感じていた私は、表情に出ていたのだろう。小さく笑ったつもりが、満面の笑みで雨宮先生の呼び出しをお断りしていた。
私はみなさんを見ると、その場の全員が笑顔でいてくれた。
「へへっ」
「ふふっ……」
「……ああ。そうだな」
城之内さんは鼻を擦り、進堂さんははにかんで。憂人くんは口角をあげながら大きく頷く。
「――そう、か。んじゃ先生も用事があるし放課後でいいなー?」
どこか納得したように雨宮先生は目を伏せて微笑みながら頷いたあと、ニッと笑いながら襟足に手を当て、私達へ問いかけると、一斉に頷いた。
「はいっ」
「おう!」
「はいよー」
「わかった」
「決まり、だな。――おっし、んじゃ職員室戻るわー。お前ら、くれぐれも授業までには終わらせろよな?」
『わーってらーいっ!!』
教室の扉に手を掛けた雨宮先生は、クラスメイト全員にそう言って出て行く。
「いや~。まさか祈が真っ先に断るとはねぇ」
「ホントだよなぁ、びっくりしたぜ」
「う……。ちょっと罪悪感もあるので、よしてください……」
「それだけ楽しみだったんだろ? 募集したかいがあったってもんだ!」
「はいっ」
すると憂人くんがクラスのみなさんに告げる。
「あー、みんな聞いてくれ。祈は今回の緊急が初めての固定パーティになる。よろしくな」
「お、お手柔らかに……えと、よろしくお願いしますっ」
ぺこっとみなさんへ一礼すると、「ってなると上條さん初陣!?」「えーっ募集あったの!?」「まじかよ乗り遅れたー!!」という声もあって、城之内くんが苦笑い混じりに軽く謝罪するのだった。
†
お昼休みになり、それぞれが手に思い思いの昼食を持ちより、机を合わせ並べた後、エスカを取り出してPSO2を起動する。
なんというか、この光景は小学校の給食のときに作った班を12人規模にしたみたいで壮観だ。
「昼の緊急なんだっけー。マガツ?」
「だったはず。テクでいい?」
「やっべ光属性の武器持ってねぇじゃん! クラス変えよっ」
「あ、あうあう……」
みなさんの言っている単語が理解できず、エスカを持った手がかたかたと震える。
すると左隣にいた進堂さん――アリーザさんが私の様子を見てかずいっと近づいてきた。
「祈大丈夫だよ。昨日みたいな動きでいいからさ」
目の前に座ったフェザーさんがぐっと拳を握りしめる。
「もしもの時はオレらに任せとけ!!」
「祈は自分なりの動き方をすれば大丈夫だよ。間違った事なんてないしさ」
「は、はいっ……」
右隣りにいる憂人くんからもファイトを貰って、ふんす、と意気込んでフィールドへ入る。
みなさんもすでに準備を終えたみたいで、キャンプシップへ戻るワープ地点からぞろぞろと、惑星ハルコタンにある、和風の街並みである《白ノ大城塞》へと集結していく。
4人3組で構成されたそれぞれのパーティが役割を決め合うと、フェザーさんが開始ボタンを押す。
ごくっと生唾を飲み込んで、きゅっとエスカを握りしめた。
†
――ガガガッ!!
私の背後に、勢いよく屋根瓦を削りながら、多頭の巨人――マガツの腕が迫る。
高台に位置しているため、射撃職にとっては絶好の射撃ポイントになっているところへその腕が伸びてきたので、横に走りながらアサルトライフルを構えていた女性プレイヤー(クラスメイトなんだけど)は前方にある、背の低い別の屋根へと飛び移った。
「上條さんっ!!」
「っ!」
マガツの腕が迫り、私は身を翻しながら跳躍。いつでも追撃を防げるように身体を広げ風の抵抗を受けながらゆっくりと降下する。
視界の端では、マガツのいくつもある頭部には《ウィークバレット》と呼ばれるレンジャークラスの射撃箇所の防御力を下げるスキルが発動され、近接職はスクナヒメさんの加護によって強化された脚力によって足場へ飛び移り、さまざまなPAを発動して攻撃していた。
『みんな! 第二防衛ラインが近いぞ!』
カミトくんの声が聞こえ、二挺拳銃で牽制していた私ははっと後方を見れば、さきほど突破された巨大な城門に似た――第二防衛ラインがじりじりと迫っていた。
これを突破されてしまえば、残るは最後の第三防衛ラインまで後退せざるを得ない。
「……私も防衛に回ります! ここをよろしくお願いします!」
「おーけぇっ、任せて!」
レンジャークラスのクラスメイトさんへこの場を託し、彼女が牽制射撃を行っている間に着地、盾を持ちながら第二防衛ラインの数メートル手前へ立ち、正面から迫っているマガツを見上げた。
カミトくんから連絡が入る。
『拘束準備はっ!?』
『完了済みだよカミトっち!』
『よし――ルドガー頼む!』
「はい! ――いきますっ!」
マガツは私を見下ろし、拳を振り下ろす。そして私もスレッジハンマーで勝負に出た。
――思い切り、振り抜く……!
「マギカ・ブレーデっ!!」
身体の捻転を利用しながら鎚を振り回し、最後の一撃とマガツの拳とがぶつかり合う。
マガツから繰り出されたのは、とてつもない重量の攻撃。けれど。
「くっ……!? ううっ――!」
私は後ろへ数メートル押しこまれたあと、3秒、4秒と私の力とマガツの力が拮抗し始める。
「――ルドガ―――ッ!」
「アリーザさんっ!?」
後方からアリーザさんの声が聞こえた直後、私の右脇にアリーザさんの蹴りのラッシュ、《グランウェイブ》がマガツの拳に襲いかかり、
「オレも居るぜぇぇぇ―――!!」
左脇には拳に炎を纏わせたフェザーさんがやってきて、マガツの力が緩みだす。
「フェザーさっ……!?」
「安心して! 一人じゃムリでも――」
「オレ達ならどこまでだって行ける! そうだろ!?」
「――っ、はい……!」
二人の言葉に胸が熱くなって、勇気が湧いてくる。こんな状況だって、光が見える――!
『――拘束開始!!』
『撃て――――ッ!!』
カミトくんの声が響き渡り、拘束用の弾頭が背後の防衛ラインの城門から放たれ、ふわっとマガツに隙が生じ、私達に一瞬の余裕ができた。
「――お二人とも、お願いしますっ!」
「おうさっ!!」
「任せろッ!!」
アリーザさんが《ヴィントシーカー》のチャージへ入り、フェザーさんは三段ジャブを繰り出し、本命のPAを繰り出すべく一瞬身を翻す。
私は一歩後退しながら、鎚で地面をたたきながら振り抜いた。
「ファンドル・グランデ!!」
「バックハンド――ブロウッ!!」
「これで――決めるッ!!」
叩きつけられた所から、痛々しく尖った幾重もの氷が連なり、マガツの拳を凍らせ、フェザーさんの裏拳、アリーザさんの渾身の一蹴が凍った拳へと叩き込まれた。
拘束されたマガツは膝をついた状態から右肩を下に激しく転倒する。
その場にどよめきが走った。でも――!
「ラストアタックは任せたぜ!」
「ルドガー、行ってこーいっ!」
「はいっ!!」
アリーザさんの発動する攻撃力をアップさせるテクニック、《シフタ》を背中で受けた私はただ、カミトくん達のいる前線へ走る。
気を取り戻したみなさんは総攻撃を行い、私もそれに追いつく形で接近を終える。
「いいカウンターだ!」
「はいっ!」
カミトくんがソードPA、《イグナイトパリング》による最後の連撃を終えたあと、ジャストタイミングで他のPA、《オーバーエンド》を発動する。
私もそれに合わせ、双剣を抜いて縦横無尽に切り裂いた。
「オーバー……―――エンドッ!!」
「
二人の蒼フォトンの奔流と斬撃がマガツの頭頂部へ襲いかかり、粉々に砕かれる。
すると、クエストクリアのシステム音が鳴り響き、周りから歓声が沸き起こった。
周囲を見回せば、両腕を挙げて勝利に喜ぶ人や、目を伏せてほっと安堵の息を吐く人。さまざまな反応を見せていた。
私もつい嬉しくなって、小さく笑みを浮かべると、大剣を背負ったカミトくんが踵を返すと、目を見開いて驚いている。
「お疲れ様です」
「あ、ああ……お疲れ」
最後に武器や消耗品、防具などといったものが出る、大きな赤い結晶体のようなものが現れた。
「――なーいすルドガーっ!」
「よく耐えられたな、おまえ~!」
「わひゃっ……お、お二人もありがとうございましたっ」
アリーザさんは私の背中に抱きついて、フェザーさんはぐっと親指を立ててお互いの健闘を称える。
「なぁに良いってことよ! オレも久々に全力で暴れられたしな!」
「むしろルドガーが頑張ってくれたお陰で第二防衛ライン突破されずに済んだんだから! グッジョブっ!」
和気藹々としている中で、他のプレイヤーのみなさんが結晶体の前へ集合してゆく。
「っと、そんじゃあみんな、ブーストは良いな? 割るぞっ!」
『おおーっ!』
その結晶体をフェザーさんが拳で砕き、「レア出たーっ!!」と興奮する人や「キューブ集めがはかどるなぁ」とため息をつく人たちが居る中で、私達は拾いにかかるのだった。
†
――清雅学園・???――
「それで――どうだったラカム? あの少女は?」
カーテンが締め切られ、薄暗くなった室内。その中に言葉を投げられたラカム――雨宮遼太郎は立っていた。
「ん、あ~まあ……。悪くはないだろう。フォトン適正も高い、戦闘時にしっかりと状況判断と危機察知能力も備わってる。……これ以上ないほどのビギナールーキーだと思うぜ?」
彼は頭を掻きむしりながら“適当”という言葉が似合うような態度で目の前の執務机の席へ座っていたはしばみ色の髪に茶色い瞳を備えた、一人の女性教師へと答えた。
ふむ、と彼女は顔の前で手を組み唸る。
「そうか……。では生徒会長にも報告を行った上で判断をしてもらうとしよう」
「ま、そいつぁお前さんに任せるわ。俺ぁあいつにゃ嫌われてるみてぇだからな」
「ふふ、了解した。彼女については私に任せてくれていい。君は引き続き様子見を頼む」
「あいよ。んじゃ飯食ってくるわ~」
「なんだまだ食べていなかったのか……? 早く行け、授業に遅れるぞ」
雨宮は半身で振り返りながら笑うと、その女性も苦笑いを浮かべて送り出した。
「(ルドガー、か……)」
女性教師は背もたれに身体を預けつつ、薄暗い天井を見上げるのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
明日もがんばルドガー!!
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第六話 始動 ~決意の夜~
……それから放課後となり、私達は雨宮先生との約束通り、職員室へ行く事になった。
けれど私達はそこへ入室すること無く、廊下で待たされている。
中をのぞいてみれば、先生は一度ご自分の席へ戻られたあと、廊下へと戻って来た。
「わりぃな、書類忘れちまってたんだわ」
「書類、ですか?」
「ああ。まあ詳しい話は後でな」
後ろ頭を掻いた先生はにっと片頬の口角をあげつつ、私達は職員室の隣にある談話室へ通される。
「――さて、いきなり本題だ。上條」
「はい」
「あん?」
「………」
雨宮先生は苦笑いを浮かべながら後ろ頭を掻いた。
「えーと……。ここなら憂人と祈でいいか、な?」
「その方がよさそうですね」
「仕方ねぇな」
私はすんなり頷き、憂人くんは不承不承といった様子でため息混じりに了承する。
「んじゃ。祈、いきなりだがこいつらの部活に入ってみる気はないか?」
「部活動、ですか?」
「あぁ。活動内容はまぁ……そうだな、AR、VRを共通してPSO2をプレイすることなんだが、目標として例を挙げるならアークスコンバットだ」
「はあ……。とにかく、PSO2をプレイすることを目的とした部活動、ということですか?」
「まっ、今のうちはそんな捉え方でいいわ」
雨宮先生は談話室の窓際へ移動し、懐から煙草を取り出して火を点けた。憂人くんは眉間に皺を寄せたあと、私の名前を呼びながら雨宮先生が見えないように遮って、アークスコンバットと呼ばれるものについて説明してくれた。
「アークスコンバット、通称AC。AR空間で行われる一種のスポーツ競技だ。これにはいくつか種類があって、12対12のチームデスマッチ、12人のパーティでクリアタイムタイムを競いあう
「殆どが対人戦なんですね」
「そうだな。コンバットっていうのも元々闘争って意味だから、ある意味こういう種目になるのも仕方ないんだよ」
なるほど、と私は相槌を打つと、進堂さんが補足した。
「ちなみにあたし達が目指すのはバンクェット。なんせまだ同好会の状態だから、やろうにもあと二人足りないんだよねー」
「……あと二人?」
その場に居る学生は憂人くん、進堂さん、城之内さんと私を入れた四名。それであと二人とはどういうことだろう?
「ああ、今ちょいと休学してる奴入れて五人な。ちょうど上條の隣ん席のヤツだよ」
「あ……」
城之内さんの言葉にそこで納得がいった。昨日も今日も空席だったのはそれが理由だったんだ。
「祈が来てくれれば五人になって、来週の部活動紹介のときに胸張って登壇できるわけ!」
「もちろん誰でもいい、ってわけじゃないからな。従兄の憂人も居るわけだし、やりやすいと思ってよ」
ふーっと雨宮先生は煙草の煙を窓の外へ吐く。
「それにお前さん……あ、いやワリぃ。こいつはオフレコだったな?」
「へ?」
きょとんとした私は憂人くんの脇から雨宮先生の方を見ると、彼はそっぽを向いてしまう。
「とにかく祈、俺達と一緒に部活しないか?」
そこで憂人くんが私へともう一度訊ねてくる。
「……えっと……」
私は皆さんの顔を見回した。
……正直まだ本当に始めたばかりだし、装備面も、戦闘技術も全く安定していない。
けれど、彼らはそんな私を人数合わせとしてではなくて、ちゃんと
だったら――迷う必要なんてない。
「――こちらこそ、よろしくお願いします」
「――!」
目の前に居る憂人くんの目を見つめながら、私はそう宣言した。
彼は目を見開かせて、口を軽く開いた。
「……いいのか、そんな簡単に決めちまって?」
「はい。仲間が信じてくれるのなら、仲間の想いに応えなければなりません。それが今、私のすべきたった一つの事です」
雨宮先生はふっと笑いながら煙草の火を携帯灰皿でもみ消してそれを懐へ入れると、よし、と呟いた。
「おーし、んじゃ入部希望の書類はエスカで送っておくから、寮のプリンターで印刷して提出してくれ。詳しい連絡事項は明日伝える。集合は朝7時、寮前だ。外泊の準備をしておくように」
「……外泊、ですか?」
それぞれが疑問符を浮かべたところで雨宮先生はおう、と頷き、それ以上は何も聞けそうになかった。
「ひとつアドバイスしておくと、動きやすい格好かつジャージなんかは禁止だ。いいな?」
私達はその言葉に頷きつつ、本日は解散となった。
◇
……それから夕食は私の部屋でみなさんと一緒に食べて、提出書類を共有スペースで印刷し、記入を済ませたあと、PSO2へログインすると、すぐさま憂人くん――カミトくんと合流した。
今日は私のマイルームで集合となり、夕食を大量に食べたせいで腹痛を催したらしいフェザーさんは遅れてやってくるとアリーザさんから聞くことになった。
「もったいないことするよねぇ、あいつ」
「ンとだよ、もうちっと落ち着いて食えばいいものを」
私のマイルームは金銭的な都合で一部屋。本来なら三部屋にすることができるらしいけれど、どうしても家具にお金を掛けている暇もないので、部屋を広くして、最低限の家具を置く形でなんとか落ち着かせた。
デフォルトのマイルームに食器棚やアイランド型のキッチン、その前にテーブル席を置き、窓際にはカーペットを敷いて座卓、テレビ、ソファなどを置くと言った感じだ。
……正直、上條家のリビングに似せてレイアウトを考えたので、私とカミトくんにとってはあまり違和感のないものに仕上がったと思う。
カミトくんはソファへ腰かけ、アリーザさんはカーペットへ直に座りながら二人してテレビを見ている。
一方で、どうしてか私の部屋へやってきた雨宮先生――ラカムさんは、長い黒髪を掻きあげながらテーブル席の背もたれを抱く形でカミトくんたちと同じようにテレビを見ていた。
「みなさんお待たせしました、海底レモンのジェラートです」
「おっ、きたきた」
私は私でキッチンにて簡易的なお菓子をつくり、みなさんへと配膳する。
カミトくんは待ってましたというようにソファから立ち上がってそそくさとキッチンへとやってきた。
「というかイノリさ、どこにいても本当にブレないよねぇ……」
「? なんのことです?」
遅れてやってきたアリーザさんはジェラートのカップとデザート用のスプーンを手にひとくち食べたあと、キッチンの台に身体を預けながら私を見てくる。
「自覚がないってところがまた……」とついに溜息を吐かれてしまった。
「?」
小首をかしげながら洗い物を済ませた私は、水道の栓をしめてリンドウさんの斜め前の席へ座る。
「あ、そういえばラカムさん。先ほど送っていただいた入部希望の書類なのですが、提出は明日の朝でいいんでしょうか?」
「おう。それで構わん。仕事が早ぇなあお前さんは。従兄のお前も見習ったらどうだ」
「うっせ。つかこいつをお前呼ばわりすんな」
かたん、とカミトくんが私の隣に腰掛けて、対面のラカムさんを睨めつけたあと、もくもくとジェラートを食べてゆく。
……なんというか、二人を見ていると近所に居るお兄さんと、昔からお世話になっている男の子みたいな雰囲気だ。
ゲームの中だし、そういう事は横に置いているのかな?
「そういえば、先生もPSO2をされるんですね。驚きました」
「あ~……。ここでは先生はよさないか、こっ恥ずかしいんだよなこっちが」
「ふふ、はい。わかりました」
ラカムさんは苦笑いを浮かべながらスプーンでこめかみのあたりを照れくさげに掻き、私は小さく笑いながら頷く。
「ゆう……カミトくんとは元からお知り合いだったんですか?」
「知ってるもなにも、俺の実家とこいつの家、近所だからよ。付き合いが長いんだわ」
な、とラカムさんがカミトくんへ同意を求めると、彼は仏頂面になりながら「……………ああ」と長い沈黙の後に返事する。
「そうだったんですか……だからこんなに」
ウィイイ……がたっ!!
『――だから反抗期みたいな感じだったんだな!!』
『………』
ぜはーっ、ぜはーっ! と激しく息を切らしながら笑顔で私のマイルームへやってきたフェザーさんは汗だく状態で、カミトくん達は何もなかったように会話をつづけてしまう。
「えっ……えっ!? なんの反応もしてあげないんですかっ!?」
私はその場から立ち上がってみなさんを見ると、「いやだってフェザーだしなァ……」「まぁそういうヤツだし……」「遅刻する奴が悪い」という反応を見せる。
「と、とりあえずフェザーさんどうぞお席へ……」
「いいんだ……遅れるオレが悪い……ただ、あの飯は本ッ当に美味かったんだッ! それこそ走りだした箸が止まらないほどにっ! 後悔はしていない!!」
ぐっと何かに耐えるように目をつむりながら握り拳を作ったフェザーさんは、ジェラートを取り出した私を見てそそくさとラカムさんの隣の席へ腰かける。
「……なんか、今日一日でルドガーに餌付けされた気分。こんな生活いいかも……」
はむはむとジェラートを食べ続けるアリーザさんはほわぁと幸せそうな顔をしながらカミトくんを見た。
「ねぇカミトさあ、ほんとにこの子うちにくれない?」
「ダメだ」
即答だった。周りから「おお……」とどよめきが走り、こと、とフェザーさんの横にジェラートのカップを置いた私は苦笑する。
「アリーザがダメなら俺に――」
「死ね」
「………」
ああっ、だめだ今のカミトくんに何か言おうものならすぐ断られるに違いないっ。あの目は総てを否定する瞳だっ。
フェザーさんはフェザーさんで「いっただっきまーす!」と先ほどの夕食時にも聞いたテンションで合掌し食べ始めるという平常運転。
(本当にみなさん濃いなぁ。私なんか霞んで見える)
かくいう私も、アリーザさんの隣に立ってジェラートを食べ始めるのだった。
「さて、なんだかんだでこうして集まっちまったわけだし、連絡事項は口頭伝達でいいか」
デザートを食べ終えて、私は洗い物をしている中、ラカムさんが話を切り出した。
そして例のごとくフェザーさんはジェラートを5回もおかわりしたので現在進行形で状態異常。テーブルに顔をくっつけながら身体を震わせ、額に脂汗を滲ませつつラカムさんの方を向いている。
「……フェザーお前大丈夫か」
「ああ……問題ないぜ……さあ、もっとくれよ……デザートをよぉ……!!」
「もうやめとけお前」
ふーっとラカムさんはタバコの煙を吐きだすと、ぽんっとフェザーさんの頭に手を置いた。そしてフェザーさんは撃沈。
「明日の金曜日、朝七時に集合したあと、公用車でアースガイドの東京支部へ行く。んでもって、9時から草津へ移動。そこで所用を片付けたら各自自由時間だ。まっ、その時間はお前さんらの力量に掛かっちゃいるんだが」
「あの、それでは宿泊施設などは……?」
私は集合時間になった場合、どこへ集まればよいかを確認しようと思い、軽く挙手して訊ねる。
「あぁ、それならすでに俺が手配済みだ。旅費などはうちの学園で出るようになってる。ちなみにランクとかにはあまり期待すんなよ?」
「はあ……」
から返事をすると、アリーザさんも手を挙げる。
「はーい。じゃ次あたし。なんでいきなり草津? というかあたし達普通の運動部系って事になってるんだよね?」
「だーから用事があるんだっての。部活の件については運動部系なのは間違いない。まぁ新しくできた部活なうえちょいと特殊だからな、お前らの部は」
「……そりゃそうだよな」
ふむ、とカミトくんが唸り、アリーザさんは納得したように小さく頷いた。
VRゲームで公式的な大会があるとしても、結局はゲームだ。その点を踏まえると、顧問の雨宮先生も監督責任のようなものを含めて立ち場も危ういだろう。
彼は短くなったタバコを私の出した灰皿でもみ消すと、ふぃーっと息をつく。
「それじゃ最後は俺から。自由時間についてだ。……お前の所用、あと俺達の力量って言うのはどういうことだ?」
カミトくんが本題を切り出す。するとラカムさんは「おう……」と言って二本目のタバコを取り出して火を点けた。
雰囲気が一瞬で変わった。私達も気になっていた部分であろうその単語に、その場が静まり返る。
フェザーさんは伏せていた顔を上げ、カミトくんは腕を組んで背もたれに身体を預ける。
私とアリーザさんは、二人で静かに彼の言葉を待った。
「ふーっ……。こいつは移動時間に話しておくべきことだったんだが、こうなっちまった以上説明するしかねえなあ……」
彼はがりがりと後ろ頭を掻いたあと、ポップアップウィンドウを開いて誰かと連絡を取った。
「今一番説得力のあるやつを呼ぶ。その間にざっくりとした説明をさせてもらうとするか。――全員今から学園の中庭へ集合するように。服装は動きやすいものにしとけよ?」
ラカムさんはそう言い残して、そそくさとログアウトしてしまった。
◇
私達は寮の前で合流すると、出入り口にはすでに雨宮先生がタバコを吸いながら待っていた。
そのまま「行くぞ」と言われて続くと、先ほどの集合場所、清雅学園校内の中庭だった。
人気のないそこには一人の先客がおり、雨宮先生の顔を見るや早々に溜息をついてしまう。
「遅いぞ雨宮。呼びつけておいた自分が遅れるとはどういうことだ」
「いやぁすまんすまん。一服してたら遅れちまった」
雨宮先生も私服姿で、本日は当直だったということが分かる。けれど、彼をけしかけたはしばみ色の髪に茶色の髪をした女性はスーツ姿だった。恐らく、残業帰りなのだろう。両腕を組んで片眉を吊り上げ、怒っているそぶりを見せている。
「誰かと思ったら片桐先生じゃないですかー」
「あ、ああ……。生徒を連れてきていたのか。ならなぜ早く言わない」
「言わせてくれる雰囲気じゃなかったもんでな」
ふーっと雨宮先生はタバコをあさっての方向へ吹かしたあと、携帯灰皿でそれをもみ消した。
「すまない、早とちりだったな」
「別に気にしちゃいねーよ」
彼は両肩を竦めた後、彼女の謝罪を含めて険悪なムードは収まる。
「――さて、こんばんは四人とも。上條さんは……そうか、初見だったな。私の名前は片桐莉奈。
「昨日からお世話になっています、上條祈と申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
お互いに挨拶を終えた後、片桐先生は私達を見回してからふむ、と雨宮先生を見た。
「彼らの様子を見るからに、まだ説明はしていないようだな?」
「おう。明日の朝配っちまうより今の方がいいと思ってな」
ああ、そこで憂人くんを盾にしないあたり、本当にいい先生だなあ……。
なんて思っていると、片桐先生は「そうか」と言って中庭の中央にある噴水の淵へトランクを置き、それを開く。
そこには、四つの携帯できる機械のようなものが納められていた。
「先生、それなに?」
「ああ。これから説明する。そう急くな進堂」
進堂さんの質問に片桐先生は苦笑いを浮かべ窘めた後、そのトランクを私達のもとまで持ってきて、左から順に取って行くようにと指示されて各自受け取ってゆく。
やや丸型で、手の平にしっかりと収まるサイズ。
赤いカバーに黄金色の獅子の紋様が模られたそれはみなさん同じデザインで、両脇にある小さなボタンを押すとかしゃんと音が鳴り本体が開かれる。
「これは……がらけー、というものですか?」
「まぁ、通信機器ではあるんだけどな……」
そこらへんもしっかり説明する、と雨宮先生は言ったあと、こほんと片桐先生が小さく咳払いした。
「それは次世代型戦術
「……なるほど」
色々と気になる単語が混じっていたけれど、今は片桐先生の説明に納得した風を装わなければならないと判断した私は、恐らくこのあと貰える資料に目を通さなければと思った。
それに――私の《ARCUS》の適性が高かったことで、憂人くんと同じクラスになれたというのなら、どこか納得がいく。
そして雨宮先生が私達へ振り返り、一歩前へ出ると、こう告げた。
「こうして清雅学園は、この《ARCUS》適性者としてお前達5人を見出した。けどな、やる気のない者や気の進まない生徒に参加させるほど、予算的に余裕があるわけじゃない。それと、本来学ぶ事になるものよりも更にハードなカリキュラムになるはずだ。クラスも変わる。校舎含めて、全部だ。それを覚悟してもらった上で部活を始めるかどうか――改めて聞かせてもらうか?」
雨宮先生の言葉に、その場の全員が押し黙ってしまう。
きっと、それぞれが思い描いた未来があるだろう。ここは恐らく、人生の岐路でもある事はわかっているはず。
私は周りのみなさんと視線を交わし合う。
そんな中、片桐先生は「ああ」と声をあげた。
「ちなみに辞退しても、VR部は本来の形で発足され、カリキュラム、そしてクラスなども現状のままでいられる。どうか安心して欲しい」
……そうは言うけれど、それじゃあきっと雨宮先生達の立場も……。
それに――私も前へ踏み出す機会を失ってしまう。そんな気がした。
(だったら――)
私は今一度目を伏せながら、自分の過去を思い返す。
向き合わなければならない過去。真っ直ぐに進むと誓った未来。
……そしていつか、
――私は一歩、前へ出た。
「え――」
「――ああ」
左隣に居た進堂さんは驚きの声をあげ、右隣りに居た憂人くんは穏やかな声音で、まるで「そうだよな」と言うように呟いた。
「――上條祈。参加させていただきます」
「い、祈……!?」
進堂さんは驚いて私の名前を呼ぶ。私は半身で笑みを浮かべて振り返った。
「一番乗りは君か。なにか事情があるようだな?」
「いえ……我儘を言って行かせていただいている学園です。自分を高められるのであれば、どんなクラスでも構いません」
「ふむ、なるほど……随分男らしいな」
ふふっと片桐先生は初めて柔らかい笑みを浮かべる。そして左の方からパンッ! という拳を手の平に打ちつける音が響いた。
「ハハッ……そういう事なら、オレも参加させてもらうぜ! 元から強くなるためにこの学園に入ったんだしな! 臨むところだ!」
私の次に腹痛から回復していた城之内さんが一歩前へ出る。
「――俺も同じく。こういう事になってる以上、遣り甲斐のある道を選びたい」
そして憂人くんも。彼は穏やかな表情で私と視線を合わせると、お互いに小さく笑い合った。
するとつられたように進堂さんもバッと右手を上げて前へ出る。
「あ、あたしも参加する! これも縁だと思うし、みんなとなら上手いことやってけそうな気がするから……!」
「ふふっ……」
「まあ、な」
「おう!」
私はくすくすと笑い、進堂さんは頬を朱に染めて私の肩を掴んで揺する。憂人くんも同じように微笑みながら頷き、城之内さんは満面の笑みを浮かべた。
「決まり、だな。そんじゃあお前ら、これからビシバシしごいてやるから、楽しみにしてろよ――!!」
『はい!!』
雨宮先生達はいちど視線を合わせた後、お互いに私達を振り向く。視線を向けられた私達は、しっかりとした“意志”を持って大きく頷くのだった。
†
――同時刻・清雅学園・学園長室――
そんな彼らのやり取りを、一人の赤毛の青年と、体躯の良い初老の男性は見守っていた。
「やれやれ、まさかここまで異色の顔触れが集まるとはのう。これは、色々と大変かもしれぬな」
初老の男性は長く伸びた白い髭を撫で、赤毛の青年は笑いを押し殺す。
「クク、確かに。――だがこれも、
「ほう……?」
初老の男性は赤毛の青年を見ると、彼は優しい赤い瞳を浮かべながら、
「ひょっとしたら、コイツらこそが“光”になるかもしれねえ。動乱の足音が聞こえるこの世界に於いて、対立を乗り越えられる……唯一の光に――」
そう、言った。
第一章、完。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!
現在第二章執筆中のため、またお時間を頂いてしまいますが、どうかこれからの祈ちゃん達をよろしくお願いします!
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第二章 ~特科クラス《Ⅶ組》~
上條祈とその周辺
というわけでお待たせしました! 第二章開幕です!
――翌朝。
七時五分前に集合した私達は、片桐先生運転のもと、公用車で都内の某所へ向かっていた。
場所は――アースガイド日本支部。
この地球において古来から異星人関連を取り扱っているスペシャリストの集まりであり――そして、私のアルバイト先でもある。
一度内部での騒乱があったけれど、現在ではその火種は鎮火し、支部だけで街の象徴となっている『エスカタワー』と張り合えるほどの超高層ビル。その資産と実績から、世界に名を馳せる大企業として世に知らしめている。
そんな私達は、地下10階の特殊な控室に集められ、身体測定や運動能力の測定などを小一時間のなかでぎっちりとこなすことになっていた。
……なっていた、のだけれど。
「――どうだ、学校の方は?」
楽しいか、と――赤い髪に赤い瞳を備えた男性、八坂炎雅日本支部長に訊ねられた私は、彼からいただいたカフェラテをちびりと飲みながら答える
「そうですね……。まだ入って三日目ですが、楽しいです。進堂さん達のようなお友達もできましたし、憂人くんとも同じクラスになれましたから」
「そうか……そいつはよかった」
炎雅さんはそう言って安堵の息を吐くと、前かがみになった。
場所は測定室の外。マジックミラー越しで体力測定などを行っている様子を私と炎雅さんは壁に据え付けてあったクッションつきのベンチで見守っていた。
赤い髪をそれなりに伸ばし、おひげもほどほどに生やした炎雅さん。六年ぶりに再会したときは以前の雰囲気とギャップを感じてしまって驚いたけれど、性格や口調はあまり変わっていなかった。
「というか、私はいいんでしょうか? 彼らと同じメンバーですけど……」
「おまえはこの間の任務でメディカルチェック受けてたろ。結果は出てるから二度もやる必要なんかねえよ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。もっと気楽にやれよ……って、支部長としては言えないよなこいつは」
「まあ、ほどほどに息抜きはしていますから……」
「それならいいさ。おまえさんは生真面目だからな……もっと肩の力抜いとけ。な?」
ずず、とカフェオレを飲んでいた私の背中をぽんぽんと炎雅さんが叩く。
私は苦笑いを浮かべて頷いた。
「……毎週、見舞いに行くんだってな?」
唐突な炎雅さんの言葉にぴくっとその手が止まり、私は小さく頷きながら俯いた。
「……ええ。仕事の前に、ですが。……できるだけ、やりたいんです」
「ああ……きっとアイツも喜ぶ」
「だといいんですけど」
それから二人の会話は止まってしまった。
……私の兄、上條
私とは七歳も離れていて、正直容姿としては真逆。金髪に翡翠色の瞳の男性。――だった。
今は寝たきりで眠ったまま。そんな状態が、六年も続いている。
彼の療養先はこのアースガイド日本支部が提携している医療施設であり、なんとか個室を借りられている状態だ。
「中学の頃から土曜日になるとこっちに来て、面倒見てるんだろ?」
「………」
炎雅さんの言葉に、小さく頷く。
もちろん、テストの期間などは行けない事もあったけれど、それ以外の休日には必ず兄さんのいる医療施設へ足を運んでいた。
「家事も一人でこなして、何時間もかかる電車に揺られて兄貴の介護、か……。昔の俺じゃあ一切考えなかったな」
炎雅さんはそう言って笑い飛ばす。彼なりの気遣いだというのはわかっていた。だから、私も笑う。
「そういえば、妹さんはお元気ですか?」
「ん? 火継か……あいつはどうしてっかなぁ……」と後ろ頭を掻く炎雅さん。
「……ひょっとして喧嘩中ですか?」
仲直りした方が身のためですよ、と言うと、炎雅さんは大慌てで「ちげぇよ!?」と取り繕った。
「そんなんじゃねーよ。今ラスベガスに行っててな、現地でうちの嫁のダチと合流して支部の視察中なんだ」
「そうだったんですか……。え、ですが火継さんて確かマザークラスタの……」
「ああ。大幹部やってるよ。総裁だ」
「えっ……おじいちゃん引退されたんですか!?」
「違う違う。あっちは総帥。ヒツギは総裁だ……ん?」
「……へ?」
お互いに顔を見合わせて疑問符を浮かべていると、ダースベイダーの着信音が鳴り響いた。
その音に私と炎雅さんはびっくりしてその場から飛び上がり、元をたどれば炎雅さんの携帯電話。
私はどうぞ、というジェスチャーを出すと、炎雅さんは「悪いな」というように謝罪のジェスチャーを見せた後それに出た。
「な、なんだどうした。何かあったのか?」
『――おっそーい!! ワンコールで出るのが100%常識でしょ!』
……なんて大声が聞こえて、私はああ……と声をあげてしまう。
「ちょっと席外しますね」
「わ、悪いな。またあとで――」
『――誰かと会ってんの? まさか若い女じゃないでしょうね』
彼に背を向けて退室しようとした私は、電話越しの冷ややか声に背筋を凍らせるのだった。
声の主はオークゥ八坂さん。何を隠そう炎雅さんの奥様なのである。
正直に言ってしまえば、私は炎雅さんよりもくーさん達との付き合いの方が長い。なんだかんだで、物心がつく前から面倒を見て貰っていた気がする。
(最近、会ってないなぁ。電話しかしてないし……)
ずず、とドアの横で壁に寄りかかりながらカフェラテを飲みながら天井を見上げ、その人の愛称をぽつり、と零す。
「レグ
『――おや、私をお探しでしたか?』
「ひゃっ!?」
唐突に左横から声が掛かり、私はびくっと驚いた。
条件反射で動いた腕によって、手に持っていた紙カップの中身がこぼれ掛ける。
けれど一瞬で間合いを詰めて私の腕を優しく支えてくれたのもまた、たったいま呟いていた女性――レグ姉こと、ファレグ=アイヴズさんその人だった。
伸ばした金色の後ろ髪を三つ編みにして肩に掛けた女性は、「大丈夫でしたか?」と微笑みかけてくれる。
「相変わらず、落ち着きがありませんね」
「お、落ち着きがないとかそういうことではなく……びっくりしました」
咄嗟に起こった出来事でサァ……っと血の気が引いた私は彼女を見上げると、ファレグさんは微笑みを変えないまま私の頭を優しく撫でてくれた。
「ところで、ファレグさん? どうしてこんなところへ?」
「飛行中、懐かしい気配がしたので立ち寄りました。久し振りですね祈。元気そうでなによりです」
「ファレグさんこそ。御変わりなさそうで……」
ちび、とカフェラテを飲むと、ファレグさんは先ほど出てきた部屋の扉をちら、と見る。
「……お取り込み中のようですね?」
「ええ。奥さんです……」
「ふふっ……」
苦笑いを浮かべながらファレグさんに答え、二人で壁に寄りかかる。
「ところで祈。視力が落ちてしまったのですか?」
「あっ、いえ……。その、伊達です」
自分でもつけている事が当たり前になっていた眼鏡を指摘されて、少し恥ずかしくなったので眼鏡のつるを軽く持ち上げて外す。
「ちゃんと見えていますよ。安心してください」
「そうですか、よかった。貴女に何かあってしまっては、私もゆっくりと飛び回っていられませんからね」
「ふふ、ありがとうございます」
行き場のない眼鏡をどうしたものかと一瞬思案したあと、パーカーのポケットへ入れておくことにした。
私の服装は学園指定のパーカーの下に動きやすいもの、と言われたのでシンプルなシャツに黒いジーンズといったラフな格好だったのだけれど、みなさんは制服のブレザーを脱いでその上に私と同じパーカーを着込んでいたので、合わせればよかったと後悔してしまった。
「……ファレグさんは、今はどちらへ?」
「特に決まったところはありませんね。ご連絡さえいただければ、いつでも参上しますよ?」
「あはは……。何か困ったことがありましたら、いつでも私のところへいらっしゃってください」
「それは有り難い申し出ですが……ふむ、天星学院は何度か御手合わせに伺ったことはありましたが、清雅学園はありませんでしたね。私が入っても問題はないのでしょうか……」
いつも窓からいらっしゃるのに今更なにを……、と思った私はその言葉を飲み込んで、苦笑いを浮かべながら「保護者ですから大丈夫です」と答えると、ファレグさんは細目をかっと見開いた。
そしてどこかうっとりしたように片頬に手を当てて、私を見つめ……
「保護者……。なんという良い響きでしょう。かしこまりました。今後は定期的に訪問させていただきますね」
きゅ、と私の手を握った。
「美味しいものは作れるかはわかりませんが、頑張ります」
「くす……。祈の料理は安心感がありますから何を食べても美味しく感じます」
――でも、感想は憂人くん以上にシビアだ。中学生の頃にファレグさんに連れて行って貰った旅行先で、温泉饅頭の感想を長々としゃべっていたのを覚えている。
私が料理について一歩の譲歩もしなくなったのは、恐らく彼女の影響だと思う。
だって、私に家事を教えてくれたのは何を隠そうファレグさんなのだから……。
別にファレグさんが三刀屋家のベビーシッターをしていたとかそういう事はないのだけれど、本当に彼女には色々なことを教えてもらっている。
「そうです、祈。去年お渡しした書籍は読まれましたか?」
「阪急電車ですか? 有川先生ほんと好きですねファレグさん」
「あれは良いものです。ショートストーリーでありながら、様々な方の人間模様を描いている……御嫌いでしたか?」
「とんでもない、とても読みやすかったです。また教えてください」
しょんぼりしかけたファレグさんにややオーバー気味なリアクションを取ると、彼女は気を良くしたのか微笑んだ。
すると、電話が終わったのか炎雅さんが部屋から出てくる。
「祈、すまねぇな――って!」
「これは、エンガさん。ご無沙汰しております」
「ファレグ!? どうしてあんたが此処に!?」
地下10階だぞ、なんて言いながら炎雅さんは額に手を当て疲れたように「あ゙~……」と声をあげた。
「そこに祈が居るからです」
「……まぁ、そういう事ならいいか……」
「――それではエンガさん。私はこれにて御暇させていただきます」
「ん、もういいのか? 久々に会ったんだろう?」
「連絡はいつも取り合っていますから」
ファレグさんは得意げにそう言うと、懐から黒い携帯電話を取り出してにっこりと笑ったあと、私に優しい抱擁をくれる。
「祈。どうかお元気で。学校での生活も勉学もすべて、これからの貴女の可能性を芽生えさせるものです。総ては貴女次第。まだ見えぬ将来で、貴女の可能性を示すためにも、頑張ってください」
「ありがとうございます。ファレグさんも、お気を付けて」
私も彼女の背中に手を添えると、お互いにゆっくり離れ、ファレグさんは私達に軽く手を振って踵を返す。
炎雅さんと一緒に彼女の後姿を見守っていると、ふとファレグさんは何か思い出したように半身で振り返った。
「近々新刊が出るようです。その時は、一緒に買いに行きましょう」
「わかりました。是非!」
それで今度こそ最後、というように彼女は一瞬でその場から消えてしまった。
「……おまえ、よくあんなやつと付き合えるな」
「そうですか? 私にはとても御優しい方ですけど……」
時には優しく、時には厳しく。けれどその厳しさは理不尽なものではなく、そこに必ず愛情があることを私は知っている。
だから、あの人は本当に優しい人なんだ。
「あれを優しいっておまえ……。まぁいいか……」
炎雅さんはがりがりと頭を掻いたあと、大きなため息をつく。
――また楽しみがひとつ増えた。
さて、今日も頑張らないと――!
私は軽く袖をまくってしまいながらふんす、と意気込むのだった。
「――さて、こうして俺達《アースガイド》は今までの人類史以前から各国の神話、聖戦などと密接に関わっているわけだが」
場所はアースガイド日本支部、百十数階の小さなブリーフィングルームで、八坂炎雅日本支部長は私達へアースガイドの成り立ちからその軌跡について小一時間講義を行ってくれた。
私の隣に座った進堂さんは真剣にメモを取り、対面の席に腰かけている憂人くんは神妙な面持ちで腕を組みながら炎雅さんを見つめている。彼の隣に座る城之内さんは……案の定、船をこいでいた。
「今は専ら、都市内外問わず出現する《幻創種》の討伐に当たっている」
私はこの講義を数年前に聞いていたけれど、今更ながらあらゆる方面での疑問などが浮き上がる。当時も拙い解釈で後々炎雅さんを困らせてしまうような質問ばかりしていたけれど……こう考えると、私も少しは成長できたのだろうか。
「さて、俺からの講義は以上だ。真剣に聞いてくれなくても良かったんだが、何か最後に質問はあるか?」
「それじゃあ、俺から」
炎雅さんは私達を見回すと、今まで話を聞いていた憂人くんが手を挙げた。
「おう。答えられる範囲でなら、いくらでも答えられるぞ」
大きく頷いた炎雅さんに、憂人くんは鋭い視線を送った。
「その《幻創種》とやらは、通常の人間には何の危害もないんですか?」
「――原則的には、一般の人間に危害はない。だが、間接的な被害は起こり得る。例えば瓦礫の破損なんかが良くある話だ。……さっきも言ったようにアイツらは人々の『負の思念』から生み出される。その力は、人間の『負の感情』によって決められているんだ。だが、俺達アースガイドは出現位置の予測・特定や周辺区域の人払いなども出来る。つまり、こうして俺達の活動が世間に広まる前までは被害を最小限に留めつつ、隠密に、そして確実に処理してきたことだ。今は大々的に行う事が出来てはいるが、住民からの理解も希薄であり、活動するのは殆どが夜になっている」
「……日中は無視するんですか?」
「言ったろう? 隠密に、そして確実に処理してきたってな。やりようはいくらでもあるのさ。例えるなら《幻創種》を目的の位置へ転移する事なんかもできる。大体大型《幻創種》の場合は殆どがこの《転移術式》に頼り切りになっているけどな」
「なるほど……。ありがとうございました」
憂人くんは炎雅さんへ一礼すると、彼も「いや。抽象的な表現で悪いな」と答える。
「他には? 特に祈。これ聞くの二回目だろう。何か聞けよ」
「えっ」
唐突に指をさされた私はびくっと身体を震わせた後、わぐわぐと口元を歪めた。
「えっと、それじゃあ私からは一つ。――なぜ私達のような学生にこのような説明をされたのでしょうか?」
『………』
その場の全員が私へ目を向けた。城之内さんも知らないうちに起きていたのか、テーブルに顔を突っ伏したまま私を見ている。
「いきなり容赦ねえな、相変わらず……。雨宮先生、説明しても?」
「ん? あ、ええまぁ。昨日の内に承認は取れてるんで」
「そうですか、わかりました、っと……」
炎雅さんは一つ深呼吸すると、もう一度私達を見回した。その表情はとても真剣なもので、それでも瞳の奥には優しさがあった。
「これは、お前達が新しく配属されるクラスについて、とても重要な内容になる。そこ、寝てる余裕はないぞ?」
「あ、ああ……いや、はい」
城之内くんが炎雅さんに指摘されて、むくりと上体を起こした。
そしてそれぞれが炎雅さんに視線を向けると、彼はゆっくりと語りだす。
「まず、なぜ学生の自分達が、と思っているやつもいるだろう。その理由は一つ。この世界に流れている《エーテル》が原因だ」
「《エーテル》が……?」
進堂さんが声をあげ、炎雅さんが彼女を見た後小さく頷く。
「世間一般では情報通信のインフラとして使用されているものだ。一切の遅延なしで情報通信が可能となる素子。だが、その本質は異なってしまった」
「つまり、何か変化があった、ってことスか?」
「そうだ。本来は情報構成能力に優れた素子だったが……今現在に於いて、《エーテル》の本質が変わりつつある。それは……これだ」
シャッと窓に暗幕がかけられ、ブリーフィングルーム天井にあるプロジェクターからその暗幕に映像が映し出された。
「これは……」
「えっ――ちょ、これって……!?」
「……なるほどな」
「………」
四者四様の反応を見せる中、私は無言でその《敵》を見つめた。
それはバッタ型のような昆虫類のものを基本として、徐々に人型になりかけているもの――《ダーカー》だ。
「お前達が普段から慣れ親しんでいる《PSO2》で、良く見るものだとは思うが……これらは
炎雅さんはポケットからリモコンを取り出すと、次の写真を見せた。
先ほど教えられた《幻創種》に、どこか歪なものが混じり合った姿をしたもの。
「これを俺達は《エスカダーカー》と呼称している。倒し方は同じだが、お前らも知っての通り、この《エスカダーカー》を倒すためには様々なデメリットが生まれてくる」
「ダーカー因子の、侵食……」
進堂さんは目を見開き、口元に手を当てて悲鳴のようにその言葉を呟いた。
「……そう。現段階ではこいつらを倒す力のある人間はかなり限られている。一般の戦闘員は通常の《幻創種》なら対処することが可能だが、この《ダーカー》に侵食された《幻創種》……《エスカダーカー》だけは対処することができない。もし倒したとしても、侵食のリスクが付き纏う」
だが、と炎雅さんはもう一度リモコンを操作すると、今度はエーテル素子の波長と、恐らくフォトンであろう光子の波長とをグラフ化したものが現れる。
「今からおよそ六年前。《エーテル》はある種の進化を遂げた。ダーカー因子を浄化する能力を持つ、《フォトン》。それに限りなく近しい存在に。その
……炎雅さんはそう言うと、静かに息を吐いた。まるで一区切りというように。
「もちろん、この場に居ない一名を含めたお前達五人に戦って貰うわけじゃない。お前達を含め、《エスカダーカー》に対抗する子供達は、全世界で二百人確認されている」
その数字が多いのか、それとも少ないのか。彼らはわかってはいないだろう。
「戦闘に特化したもの、治癒に特化したもの。多岐にわたるフォトンへの適性を持つ若者を見出し、そして未来へ繋げてゆく。それが俺達大人の役割なんだ。この先の未来は、確実にフォトン適性者が増えて行くだろう。そして同じく、《ダーカー》とも密接にかかわって行く事になる。……お前達もまだまだ子供だ。今の若者達に世界の未来を託すということがどれだけ辛い事かは理解している。しかしどうか――俺達人類の未来のために、力を貸して欲しい」
炎雅さんは深々と私達へ頭を下げる。
それと同時に、なぜ私達が選ばれたのかを理解した。
「あたしはまだ、その《エスカダーカー》ってやつと会ったこともないし、よくわからないけど……」
「こういうすっげー大事なコト聞かされた身としちゃあ……なぁ?」
「ああ。こうなった以上、肚を括るしかないだろうな」
みなさんが頷き、私へと視線を向けた。
――私はみなさんの意思を汲み取り、目を伏せて大きく頷いてから静かに席を立った。
「――顔を上げてください、炎雅さん」
「祈……?」
炎雅さんはゆっくりと顔を上げ、私を見る。
「この場に居るみなさんは、あなたがその言葉を告げるよりも前に決断した方々です。ですが、若者の決断は必ずしも正しいとは限りません。間違える事も多い。時には、感情だけで動いてしまうこともある……。ですから、そんな私達をどうか正しく導いてください。私達も、何が正しいのか。それらを見極める努力と、そして経験が必要です。これが出来たなら、私達はきっと、貴方達の期待に応えられるはずです」
「……ああ………ありがとう……」
私の言葉を一言一句噛みしめるように受け止めてくれた炎雅さんは、何度も頷くのだった。
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