ソードアート・オンライン ~短剣使いの薬品売り~ (斗穹 佳泉)
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彼女のお見舞い

前々から書きたかったSAO。
アカメが斬る!の方もありますが、追々やっていけたらと思います。

それではっ、どうぞ



キーンコーンカーンコーン

 

「起立、礼」

「ありがとうございました」

 

授業が終わり、教室がざわめきだす。

部活がある生徒がせっせとかばんに荷物をつめ、教室を出ていく。

あっというまに、人が教室から流れていく。

私も荷物をかばんにつめ、教室を出ようと、親友のお見舞いに行こうと席を立ったとき、

 

「ねぇ朝田ぁ、ちょっと金貸してくんない?」

「そうそ、これからカラオケ行くんだけどぉ、少し足らなくってさぁ」

「うちら友達じゃん?」

「ごめん、私今日用事あるから」

 

そう言いながら、いつも金を貸せと言ってくる“友達”をにらみつける。

すると、三人は笑って、

 

「あ、もしかして星宮のとこいくつもりなんだぁ」

「やめときなって。ゲームに入ったまま帰ってこれないとか、バカみたいだよねぇ」

「ほんとほんと。学校では優等生ぶってたのに実はゲーマーだったとかね」

「史菜を悪く言わないで!!」

 

史菜は、新川君のように私の過去を知っても、そばにいてくれた。

私の大事な、大切な、親友だ。

 

「おい朝田さぁ、そんな態度とっていいと思ってんの?」

 

史菜と親しくなる前にも、こんなことを言われたことがあった。

いつも通り、モデルガンをつきつけられて。

その頃の私は、まだPTSDを克服できておらず、すぐに発作を起こしてしまった。

そこに、史菜が現れたんだ。

 

「あなたたち、なにやってるの? 朝田さんが嫌がってるのわからない?」

 

史菜は彼女たちにそう言って、私を助けてくれた。

それから、私は史菜と仲良くなったんだ。

教室を出て廊下を走る。

後ろから声が聞こえるが、気にしない。

下駄箱で靴に履き替え、バス停につくと、タイミングよくバスが来る。

向かうのは、彼女が眠っている病院だ。

 

 

「朝田詩乃さんですね。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

受付で面会の許可をもらい、病室へ行く。

階段を上がり、少し進むと、星宮 史菜(ほしみや ふみな)と書かれた病室につく。

スライド式のドアをゆっくりと開け、中に入る。

 

「史菜、元気だった?」

 

彼女は寝たまま答えない。

もうすぐ2年がたつ。それでもまだ、彼女は寝ている。

髪は長く伸び、以前よりも細くなった腕や足。

頭にはヘルメットのような機械がかぶせられ、今もなお、その機械の電源は入ったままだ。

24時間、ずっと。

 

「史菜のおかげでね、だいぶ克服できたんだよ。ありがと。早く戻ってきてね。あ、そうそう、これ」

 

かばんから、あるプリントを取り出す。

それは、100点と書かれた答案で。

 

「じゃーん、すごいでしょ。史菜の点数越えたんだよ。はやく戻ってきて、また点数競おうね」

 

その後、花瓶の水の入れ替えや、また少し話をして、病室を出た。

 

 

 

 

 

私は、まぁまぁ裕福な家の生まれだ。

大きな企業にかなり投資していて、なかなかいろんなものが親戚や企業から送られてくる。

その中に、最新式のゲーム機、ナーヴギアがあった。もちろん、ソードアートオンラインのパッケージもである。

 

「え、ちょ……え!?」

 

私は包装を開けたとき、そんな素っ頓狂な声をあげてしまった。

もちろん私の部屋で開けているわけだけど、その部屋に並ぶのは、ラノベ、ラノベ、マンガ、マンガ、ゲーム、ゲーム。

なので、この最新式のVRゲームのことを知らないわけがない。

どこも予約がいっぱいで、ほんっとに朝早くから並ぶしかないと覚悟すらしていたところだった。

こんな形で手に入るなんて……。

なんてラッキーなんだろう。

それはともかく、学校では真面目キャラを通しているので、こんな部屋を見られたら、私のキャラが崩壊してしまうっ!

パソコンもまぁまぁ高級なゲーム専用パソコンで、入っているのはCSO3やAVA4とかとか。

PS6では、CODシリーズREMAKE、BF All of Warなどなど、もっぱら真面目系女子校生がやらないものばかりである。

というか、真面目系女子じゃなくても、女子ならやらないようなものばっかである。

 

さすがに、この部屋に詩乃を上がらせるわけにはいかないよね……。

いくらPTSDがだいぶ克服できてきたからって、こんな銃を使いまくるゲームがある部屋に通すわけにはいかないっ!

 

心ではそんなことを思いながらも、体は勝手に動き、ナーヴギアを開封していた。

そしてすぐに私は、ベッドに横たわり、剣の世界へ行くための、魔法の呪文を唱えた。

 

「リンクスタート!」

 

 

 

 

 

史菜が眠っている病院から帰ると、私は課題を済ませて、シャワーを浴びた。

そこから転がるようにベッドまでいくと、今尚親友が囚われているゲーム機、ナーヴギアの後継機である、アミュスフィアを装着する。

最初は忌々しい機械だった。

親友を連れ去り、今も帰さない、そんな機械だ。

嫌いじゃない方がおかしいだろう。

しかし私は史菜からもらった克服のチャンスを無駄にしないためにも、あるゲームを始めた。

エアコンの温度を設定し、今夜も私はGGO(ガンゲイルオンライン)最上位の狙撃手として、ターゲットを撃ち抜くために、魔法の呪文を唱えた。

 

 

「リンクスタート!」

 




短いですが、どうにかおもしろく読めるよう頑張りたいと思います。
しかし、やはり短いですね。

ではではっ、また次回


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私は薬品精製手

張り切って今日2ページ目です
やはり私は亀進行なので、さくさく進む方が珍しいです。
どうか飽きずに見てやってください。

ではではっ、どうぞ



チリリリーン。

液体の入った丸底フラスコを象った紋を持つドアが開かれる。

そこはこの店の店主がせっせこ集めたお金でやっと手に入れ、つい先日開店した、アインクラッド唯一の、ポーション屋。

チャイムは、誰かが来店したことを店主に告げていた。

その音を聞いた店主は、読み込んでいたスキル説明ウィンドウを閉じ、開いた扉に向かって声をかける。

 

「はーい、いらっしゃい」

「やっほーミナ、どうなのよ商売の調子は?」

 

お客かと思ったけど、こんな風に話してくるのは彼女しかいない。

彼女の勧めで、私はこの店を始めた。

店は最近開店したばかりで、まだ情報屋にも載ってない。

そんななかでもお客がちらほらと訪れるのは、リズや、ミナと縁がある攻略組の人がいるからだ。

ちなみに、攻略組の中でも、このポーション屋を知っているのは、ごくごくわずか。

 

「まぁまずまずってとこかな。リズの方は?」

「私は、ほら、閃光様と黒の剣士様からがっぽりもらえるからさっ」

 

リズは笑いながら店を見渡す。

あたりにはポーションが武具屋のように並べてあり、店内は明るく、まるで私の店のよう……

 

「って、私の店の内装パクってない?」

「え、えっへへ~、気にしないっ。パクったんじゃなくて、リスペクトしたの!」

「それ、あんま変わらなくない?」

 

チリリリーン。

と、そこで救いのベルが。

 

「あ、お客さんだ。いらっしゃい」

 

リズを蒸留装置が置いてある奥の部屋へ押し込み、お客に笑顔を向ける。

 

「よぉミナっち、どうよ店の調子は?」

「あ、クラインさん、お久しぶりですね。おかげさまで良好ですっ」

 

やってきたのはギルド「風林火山」のリーダー、クラインさん。

この人との付き合いは、第二十八層でモンスターに囲まれていたところを、私も加勢してなんとか抜け出したところから始まっている。

ソロでポーションの材料を集めて回っている私を、何度かパーティに入れてくれたりと、とても優しい人だと思う。

 

「しっかし、ミナっちは白衣似合うよなぁ、もしかして医者とかの娘さんとか? あ、いや、わりぃ。あっちの世界のことを口に出すのはマナー違反だな」

「いえいえ、私は気にしませんよ? それより、今日はどのポーションを?」

「そうか、サンキューな。そうだな、そろそろリジェネポーションが切れてきたから、メンバーの分も買っとこうかなって思ってよ」

 

リジェネポーションとは、私が持つスキルでのみ作ることができるポーション。

効果は、バトルヒーリングと似たようなもので、秒間50ポイントHPを回復させ、持続時間は5分。合計15000ポイント回復させることができる。

モンスターが大量に狩れる場所では、これを飲めばほぼHPを気にせずに狩り続けることができるそうだ。(私の店に買いに来るプレイヤー曰く)

 

「いくついります?」

「んーそうだな、30個ほどかな」

「じゃあ75000コルになります」

「相変わらず高いなぁ」

 

笑いながらクラインは言う。

ポーション30個で75000コル。

1個あたり2500コル。

参考までに、今尚始まりの街で暮らしている人の1日の消費量、30コルくらい。

このポーション1個で、83日生きていけるという計算だ。

 

「これでもだいぶまけてる方ですよ? ほら」

 

とミナは店内に飾ってあるポーションの値札を見せる。

“リジェネポーション 

効果 バトルヒーリングと同様/飲めば秒間50ポイント回復する/持続時間5分/1個4500コル……値段は、原材料が迷宮内にあり、採取に命の危険があるため”

 

「うへぇ、えげつねぇ値段だな」

「私だって命惜しいですもん。なかなか大変なんですよ」

 

それを聞いて、クラインは、そうか、そうだよなぁと独り言を言いながら、ハッと思いついたような顔になって

 

「ミ、ミナさん、お、俺がミナさんをまm――」

「ねぇミナ、そろそろ終わった?」

 

ガチャ、と蒸留装置が置いてある奥の部屋の扉が開き、リズが顔を出す。

 

「あれ、クラインじゃん。あんた知り合いだったの?」

「お、おま、なんちゅうタイミングで……」

「もー、お客の接待中は出てきちゃダメっていってたじゃない。クラインさん、さっきなんて言おうとしたんですか? リズのせいで聞き逃しちゃって」

 

ミナがそういうと、クラインは、

 

「あ、い、いや、いいんだ。ポーション、サンキューな」

 

といってそそくさと帰ってしまった。

さっきなんて言おうとしたんだろう。

なにはともあれ、今日も収入たくさん入ったから、よしとしよう。

店のドアに掛けているオープン・クローズの看板をひっくり返し、クローズにする。

店の中をちょこちょこっと片付けていると、ふと過去の事を思い出す。

 

私がこの店(ポーション店)をやろうと思ったきっかけは、始まりの街で、あるスキルを入手したからだった。

 

スキル名は「薬品精製手」。

“ポーションクリエイター”と読むこのスキルは、その名の通りポーションを作成するスキルだ。

SAOがデスゲームとなってから、私は少しの間、始まりの街に閉じこもった。

 

そりゃそうでしょ?

今まで、普通にゲームをしてきた。

FPSやTPS、ホラーやアクション、アドベンチャーまで、たくさんのジャンルのゲームをしてきたけど、命をかける、なんてことはなかった。

死んでも、リスポーンは当たり前。

とあるゲームでは、リス狩りすら当たり前だ。

とまぁ、それは置いといて、次勝つにはどうすればいいのか。それを考えるのが私の楽しみだった。

それが、私の日常だった。

 

突然日常が壊された。

私はただ怖くて、圏外にでるのすら怖くて、しかしすることも見つからず、ひたすら街を歩き回っていると、街の端っこに、寂れた道具屋を見つけた。

ドアを開けると、そこは割と大きな道具屋で、奥にはポーションを作る蒸留装置があるのがわかった。

 

小一時間ほど、ポーションが作られていく様を見ていると、道具屋の女主人に?マークが浮かび、

 

「あんた、ポーション作りに興味があるのかい?」

 

そこから先は、なにが私を動かしたのだろうか、さくさくとクエストをクリアし、蒸留装置と、白衣を報酬としてその女主人からもらった。

 

それから……

 

 

「で、これからどうするの?」

「ふぇ? なにかあるの?」

 

そこで黙々と片づけを見ていたリズに、現在に引き戻される。

 

「これから、私のフレンド主催のパーティーをするんだってば。来る?」

「え、う~ん……」

「あんた今日はこれからもう予定ないのよね?」

「え、まぁ、そうだけど」

「じゃあ問題なしね。私がレストランまで案内するから、ついてきて」

 

半ば強引に、パーティに参加することなった。

私、そのリズのフレンドがどんな人なのかまったく知らないんだけど……。

 

 

場所は最前線からはるか遠く、第二層。

人気のいない道を通り、案内されたレストランは……

 

「……あれ? 私、ここ知ってるよ?」

「え? ほんとに?」

「うん、第二層に着いてから割とすぐに来たよ」

「んー、じゃああいつがここ選んだのってなにか意味があるのかな?」

 

あいつ、とは誰のことだろう。

しかし聞く間はなく、リズは扉を開け入って行ってしまう。

 

「お、やっときたか、リズ」

「もお、遅いよリズったら」

「少しは遅れてる自覚を持って欲しいナ」

「うっさいわねえ、ちゃんと連れて来たでしょ。ほら、ミナも早く」

 

円形のテーブルに着いているのは、三人。

その三人は、まだ最前線が二層だったころ、私が命を助けてもらった三人だった。

 




作れるポーションについては、後々書いていこうと思っています。
この通り亀な上文字数も少ないですが、続けられるよう頑張りますっ。

感想等々、もしあればうれしいです。

ではではっ、また次回


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星空の下で

久しぶりの投稿です、もう一か月、時間が進むのははやいですね。
少しずつ書いていたらこんなに開いてしまいました。

ではではっ、どうぞ


「え、リズのフレンドって……」

「そうよ、黒の剣士様と閃光様と情報屋」

「やめてくれよ、リズ。久しぶり、でいいのかな、ミナ」

「もう、その名前で呼ばないでって言ってるでしょリズ。二層ってことは、もうずいぶん前よね」

「心外だナ、“アインクラッド最高の”が抜けてるゾ、リズっち。ミナっちの噂は聞いてるゾ。ポーション屋、始めたみたいだナ」

 

突然の、懐かしい声に、ミナは固まった。

 

え、あの、ごめんなさい。

ほんとに突然すぎて言葉が……。

ほろほろと涙が頬を伝わる。

私の心は、懐かしさと、驚きでいっぱいになった。

 

「え、あの、その、俺なんかした?」

「あ、またキリト君がミナを泣かしたー」

「さっすがキー坊、女の子を泣かせるそのスキルにはお姉さん、頭が上がらないヨ」

 

いや、俺はなんもしてない!

とキリトが二人に抗議する。

それには四人とも笑って、店内は賑やかになった。

 

「……あはは、そういえば、初めて会った時も、こんな感じだったね」

 

そしてミナは、涙をぬぐいながら、笑いながら言った。

 

そして昔話をしながら、例の大きなショートケーキを頼み、みんなで食べた。

私は、その昔話の出来事を、今も鮮明に覚えている。

忘れることなんてできないだろう。

他愛のない話をしていたら、ふとアスナが切り出した。

 

「そういえば、大事なこと忘れてたよね、その頃の私たち」

「え? なにを?」

 

ミナが首を傾げ問う。

しかし、キリトとアルゴは頷いて、同時にメニューウィンドウを操作し始める。

ピコン、ピコン、ピコン、と私のメニューウィンドウが通知を受け取り、開くと、それはフレンド申請の画面だった。

そう、私たちは、フレンド登録をしていなかったのだ。

あの後すぐに別れたため、そのことに気づいたのは、数日後だったりする。

それはともかく、フレンド申請をしておかなければ、メッセージを送ることはできないし、会って話す、ということもできないだろう。

だから、私は、この人たちに会うことを、諦めていたのだ。

キリトに会うことを、諦めていたのだ。

向こうから持ち掛けてきてくれたことがすごく嬉しくて、ミナはまた涙を浮かべた。

しかし、笑みも浮かべて、言った。

 

「ありがと、キリト、アスナ、ルーちゃん」

「ちょ、まだルーちゃんって呼ぶ気なのカ」

 

アルゴというのは女性名としてなんか呼びづらいため、昔私がつけたあだ名だ。

アスナと一緒にずっとルーちゃんと言っていじっていたことを思い出す。

アスナにアイコンタクトをすると、にこっと笑みを浮かべて、アスナは

 

「いいじゃない、アルゴより呼びやすいわ。ルーちゃん」

「ア、 アスナっちまで言うのカ!? やめてと言ってるじゃないカ!」

 

こうやってみてると、ルーちゃんって、ちょっといじりがいのある姉みたいな人だ。

年はあまり変わらなさそう。

私のイメージ的には、ルーちゃんは絶対、妹におもちゃにされる姉だ。

 

「今失礼なこと思ってなかったカ? ミナっち」

「え? ナンノコトカナー」

 

はぁ、とため息をつくルーちゃん……もといアルゴ。

いじられるアルゴを、キリトがなだめる。

これも、あの時と同じだ。

 

「まぁまぁ今に始まったことじゃないんだし、いいじゃないか。ル……アルゴも落ち着けって」

「キー坊。今なんて呼ぼうとしタ?」

 

そろそろ怒りそうなので、いじるのはこれくらいにしておこう。

アスナも同意見である。

ルーちゃんを敵に回したら、一体どんな情報が公開され、私が公開処刑されるかわからない。

風の噂に聞いたのだけど、私のスリーサイズもしっているらしい。

……ちょっとその情報網怖い。

 

リズはここに案内するだけだったようで、すぐに帰って行ってしまった。

気を使ってくれたのかもしれない。

まったく、リズはなんだかんだ言って、いつも私の手助けをしてくれる。

心の中でありがとう、とリズにお礼を言い、このチャンスを無駄にしないためにも、私は言葉を発した。

 

「ねぇ、キリト、この後少し時間空いてる?」

「ん? とくに用事もないからいいけど」

「ねぇ、ミナ。それ私もついて行っていいのかな?」

「アスナっち、“たち”が抜けてるゾ」

 

何かを探るような顔のアスナと、この情報は高く売れるナといった顔をしているルーちゃんに、ミナは苦笑して答えた。

 

「だめ、ちょっと二人で話させて」

「だそうだから、二人とも、自重しろよ」

「まぁ、キリト君がそういうなら」

「ミナっちがそういうなら仕方ないナー」

 

 

と、いうことで、私とキリトは今、四十七層のフラワーガーデンにいる。

カツカツ、コツコツと、ブーツと靴が奏でる一定のリズムが、私の心臓へさらに負担をかけていた。

キリトは、何も言わずについてきてくれている。

そしてようやくついたのは、安全圏を抜けた先にある、小さな丘。

圏外だが、モンスターのポップは無く、安全地帯と称してもいいくらいの場所。

右には、澄んだ、広い湖。

左にはお花畑が並んでいて、夢の中にきたような感じになる。

今の時間帯だと、湖が星たちの光を跳ね返し、より美しく、綺麗に見える。

ポーションの材料を取りに行くときに、ここで笑っているカップルを見て、羨ましいなと何度思ったことだろう。

私も、いつかキリトとあそこで笑えたらなって、何度思ったことだろう。

しかし、今は。

 

「へぇ、綺麗だな」

「うん、とても綺麗」

 

置かれているベンチに座って、景色を眺める。

キリトも隣に座ってくる。

この時間帯が一番綺麗に景色が見えるのだが、幸運にも人はいない。

ここは、「情報屋が薦めるデートスポットベスト10!」という本に載るほどの場所だ。

二人きりになれるなんて、本当に運がいい。

 

「キリトはこの場所、知ってた?」

 

私の問いに、首を横に振ってキリトは答えた。

 

「いや、知らなかった。この層はデートスポットが多いってことしか知らなかったからな」

「それだけ知ってるってことは、一緒に来たい人はいるの?」

 

ドクン、ドクン、と心臓が鳴る。

キリトに聞こえてるんじゃないかと思うほどに、大きく鳴る。

 

「さて、どうだろうね」

「むぅー、教えてくれてもいいじゃん」

 

からかうように笑うキリトに、ミナは抗議する。

相変わらず、キリトといると楽しくて、こんなにもドキドキしてしまう。

一つ深呼吸をし、ミナは言った。

 

「……私はね、いるよ」

「え、そうなの? 誰?」

 

びっくりした顔でキリトは反応する。

その反応速度は、中々目を見張るものだった。

その顔は、ちょっと子供っぽくて、それでもかっこよくて。

そのキリトの顔を見て、顔を赤くしながら、ミナはゆっくりと答える。

 

 

「あな――」

「そこにいるのは誰だ!」

 

よりもはやく、キリトが左後方の林に向かって叫ぶ。

私も振り向くが、なにも見えない。

キリトが右手に漆黒の剣を持ち、警戒する。

 

「キ、キリト?」

「ミナ、ちょっと下がってろ」

 

キリトは私にそういうと、今度は林に向かって警告を発する。

 

「出てこないなら、斬るぞ」

 

 

その声に反応し、ガサガサ、と茂みが揺れる。

さすがに私も愛用の、水色に透き通るダガー『レインフォール』を右手に持つ。

 

現れた人物は、襤褸衣を纏い、顔は仮面をかぶっているのか、アバター本来の顔ではないのがわかる。

しかし、両手には、武器を持っていない。

あれ、ていうか、この人。

 

「もしかして、Pohさん?」

「sit、なぜお前がいる『黒の剣士』」

「そりゃこっちのセリフだぞPoh。何の用だ」

「えと、お取込みのところ申し訳ないんだけど」

 

ミナが二人の威圧感におどおどしながら、Pohとキリトの間に出る。

キリトが止めようとするがその前に、ミナが言葉を発する。

その声は、おどおどしながら前に出たミナのものとは思えないほど、綺麗に紡がれた。

 

「Guten Abend, Poh. Obwohl ich in der Lage war, zwei Personen mit Kirito mit großen Schmerzen zu werden, würden Sie mich nicht stören?」

(こんばんは、Pohさん。せっかくキリトと二人になれたのに、邪魔しないでくれますか?)

 

「Ha, hörte, dass er von diesem Untergebenen zu diesem Ort kam, aber ich habe nicht gehört, dass es einen "schwarzen Schwertkämpfer" gibt」

(ハッ、部下からこの場所に来たと聞いたが、『黒の剣士』がいるとは聞いてないぞ)

 

ドイツ語を、キリトは知らない。故に、なにを話しているのかも不明。

ミナがドイツ語をしゃべったことに驚き、視線はミナとPohをいったりきたりする。

しかし、その話の内容がどうであれ、目の前にいるのが、レッドギルドのリーダーだということが、キリトの警戒心を解かさないでいた。

 

「Also, ist es einkaufen Es tut mir leid, dass ich es jetzt nicht verkaufen kann. Ich kann den Laden für 1 Minute um 0 Uhr heute Abend eröffnen」

(それで、買い物ですか?すみませんが今はお売りできません。今夜0時店を1分開けるので、その時にお願いします)

 

「Regeneration, Verdampfung, Oxidation, Gift, Lähmungsgift, Gesamttoleranz beträgt 100. 3 Millionen Colleges sind vorbereitet.」

(リジェネ、気化、酸化、毒、麻痺毒、全耐性を100ずつだ。300万コルは準備してある。)

 

Pohは言葉を発し終わると、消えるように茂みに入っていった。

ポーション屋という、プレイヤーにバフを与えるアイテムを扱っているため、こういった裏で生活しているプレイヤーが、ちょくちょく店にやってくる。

私がドイツ語を話せるのは、ただ外国語が好きだからだ。

……というのは冗談で、オンラインゲームでより多くの人と会話をするのが目的で覚えた。

あと英語とフランス語ならしゃべれる自信がある。

……たぶん。

 

そのままたっぷり十分、たっただろうか。

ふぅ、とキリトが剣を下ろし、緊張を解く。

しかし瞳に宿る光はそのまま、私を向き直った。

 

「ミナ、あいつはなんて言ったんだ?」

 




オリジナル展開が続いておりますが、もう少ししたら原作に戻す予定です。
ポーションについては作中で効果を書きたいと思っています。

感想等々、もしあれば嬉しいです。

ではではっ、また次回。


アルゴの喋り口調が本編と違うかもしれませんが、作者のアルゴに対するイメージです。本作中ではそういうもの、と思っていただければ幸いです。


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ミナの告白

一か月と半分くらいでしょうか
お久しぶりです。
受験生ともなるとなかなか時間作れなくて、ほんとまとまった時間がほしいです……


ではではっ、どうぞ



ミナは、キリトのその質問に、なんて答えようか迷った。

さっきのキリトの態度から、下手なことを言えば嫌われてしまう、と感情が叫ぶからだ。

しかしそれでも、彼女の理性、ゲーマーとしての心は折れなかった。

 

「ポーションの売買のことについて、だよ」

 

大方その返答を予想していたのか、尚もキリトはPohを睨んだ眼で、ミナを見る。

そして一瞬、Pohが消えた林を見て、言う。

 

「脅されてい――」

「脅されてないよ」

 

ミナはキリトの問いに食い気味に答えた。

キリトは一層、怒りを浮かべる

最近では、単独で行動していた攻略組の一人が、《笑う棺桶》の残党に襲われるという事件があった。

幸い、HPが尽きる前に仲間が駆け付け、大事には至らなかったそうだが……。

その話によると、《笑う棺桶》のメンバーは傷を負っていないのにポーションを飲み、“速さや力がそれまでと段違いに上がっていた”そうだ。

アルゴに聞いた話では、ステータスを一時的に上げるようなポーションを作れるのは、ミナしかいない。

 

「……、自分が何をしているのか、わかってるのか?」

 

キリトに冷たい声で言われ、ミナの感情は泣き出したが、理性が、ゲーマーとしての心がやはり上に立った。

 

「私は言ったよね、キリト。第一層攻略会議で。私はゲーマーだって。この世界は私たちが望んだ、ゲームの世界なんだって。私たちがリアルの時間の多くを費やしてきたゲームの世界なんだよって。私たちがパソコンの中で今までしてきたことと、何が違う?」

「この世界は、死んだら終わりなんだぞ」

「それはPohさん、《笑う棺桶》の人たちだって同じだよ」

 

ギリッと奥歯を噛みしめる音は、キリトが発したものだ。

《笑う棺桶》の討伐作戦は、まだ記憶に新しい。

ミナはより一層怒りを宿していくキリトの瞳には臆せずに、第一層攻略会議の時と同じような声音で言う。

 

「私は、ポーション屋。人にポーションを売るのが仕事なの。それに、私が取引を始めてから、《笑う棺桶》による殺人は減った」

 

それは、キリトも知っている。

ある日を境に、“《笑う棺桶》メンバーが毒を使用しなくなった”。

それはなぜなのか、アルゴでも知ることはできなかったが。

だからキリトは、ミナの発言にまた驚くこととなった。

 

「私は、彼と取引をしたの。ポーションを売ってあげるから、これから先“毒”を使わないことってね。ルーちゃんに情報をもらって、契約を結んだんだよ」

 

ミナはメニューウィンドウを開くと、一枚の羊皮紙―高価なものであるとわかる―を取り出す。

 

「これが契約書。最高ランクの羊皮紙に、最高ランクのインク、ペンを使って《教皇》に書いてもらったものだよ」

 

 

一つ、ポーション屋ミナは、ギルド《笑う棺桶》のリーダー、Pohにポーションを売ることを誓う。

二つ、ギルド《笑う棺桶》のメンバーは、この契約の執行日以降、プレイヤーに対する“毒”の使用を禁ずる。

三つ、Pohはギルド《笑う棺桶》に所属するプレイヤー以外のオレンジプレイヤーにポーションを転売してはならない。

四つ、当契約は、第五十層《大聖堂》管理者である《教皇》が作成し、両者が同意したものである。

五つ、当契約はアインクラッド全階層攻略まで破棄することのできないものとする。

六つ、当契約に違反した場合、第五十層《大聖堂》管理者である《教皇》の名のもとに、《異端者》の烙印を受ける。

七つ、以上、両者のサインを以て、契約の成立とする。

 

 

「……第五十層《大聖堂》管理者?」

 

聞き覚えのない単語に、キリトは?マークを浮かべた。

それもそのはずである。

というか、ミナすら情報屋のアルゴに聞くまで知らなかったのだから。

《大聖堂》とは、各階層主街区にある神殿を統括する《教皇》が住まい、業務を行う場所である。

アインクラッドでの売買その他の契約は、基本紙面ではなく口約束、もしくはシステムウィンドウを通して行われる。

現実世界でも、スーパーなどではお金と物を交換する契約を結んでいる。

ミナが持つ契約書は、大聖堂にて両者合意でのみ交わされ、作成されるものだ。

《異端者》とはどういうことか。

それはこの世界《ソードアート・オンライン》から異端の扱いを受けるということである。

つまり、「剣」の装備ができなくなる。

“剣”というのは武器すべてを指し、短剣や斧も例外ではい。

唯一エクストラスキルに「体術」があるが、攻撃力は武器を装備している時と比べ非常に少ない。

SAOがデスゲームと化したことにより、《異端者》の烙印を受けることは、事実上死の宣告ともとれる。

 

 

そこまで時間をかけてキリトに説明すると、これまで堂々とした喋り口調だったミナが、突然小さな声になり、ずっとキリトを捉えていた瞳を下に向けた。

 

 

「……ほんとはね、私は条件を『P.Kを禁ずる』にしようとしたんだ。でも、デュエルに負けちゃって、『“毒”の使用を禁ずる』としかできなかったの」

 

ここにきて感情がゲーマーとしての心より上に立ったと、ミナは自分で自覚しながら言った。

こんなことを言って、今泣いても、ただの言い訳にしかならない。

自分勝手な人だと、余計キリトに嫌われるだけだ。

そう頭ではわかっていても、どうしても瞳に涙がたまっていく。

 

 

私は、人殺しの手伝いをしている。

 

 

それは事実なのだから。

 

 

「…………」

 

 

下を向いて肩を震わせるミナに、キリトは無言で近づく。

どんな罵声を浴びせられるだろう、もしかしたらもう会わないって言われるかもしれない。

せっかくみんなと会えたのに。

せっかくキリトに会えたのに。

それも自分のゲーマーとしての心に従ったからだ。

それはそれで仕方ない、とは思いながらも、やっぱりどこかに、だったらゲーマーなんかになるんじゃなかったとも思う自分がいる。

しかしそれは、このゲームとの、キリトやみんなとの出会いを否定することになる。

それだけは嫌だ。

 

 

でも、私がポーションを売っていなければ、理不尽なステータス差で攻略組の人が襲われることもなかった。

《笑う棺桶》のメンバーの平均レベルが、短い期間にいくつも上がることはなかった。

攻略組の人が危ない思いをすることも、なかったんだ。

 

 

「ミナ」

 

キリトに名前を呼ばれて、まるでマンガのように体をビクッと震わせたミナは、涙の溜まる目を、視線を上にあげ、姿を捉えようとするが、ミナの瞳は彼を映せなかった。

 

 

ミナの視界の左端に映ったのは、黒い剣士の黒髪。

 

彼の両手はミナの背中で結ばれていた。

 

吐息が耳元で聞こえ、その音は優しい感じがした。

 

 

「え、な、う……? き、キリト?」

「……ごめん、ミナ」

 

いつもの、優しいキリトの声だった。

 

「一瞬でも勘違いしたこと、本当にごめん。ミナは、そんなことしない人だって、第一層攻略会議の時からわかってたのに」

「で、でも、私が売ったポーションのせいで、攻略組の人が、被害にあって……。私のせいで、頑張ってる人が、危ない目にあって……」

 

そこまで言うと、溜まった涙が溢れだした。

 

 

その涙は、果たして自分の不甲斐なさからなのか、キリトに嫌われなかったからなのか、ミナにはわからなかった。

 

 

「ミナはすごいよ。Pohと一人で戦ったんだ。俺なんか、なにもできなかった。それどころか、俺は、人を……人を殺したんだ。二人も」

 

ミナを抱きしめる腕に力が入る。

彼女は涙を頬に伝わらせながら、抱きしめられたまま背伸びして、手を伸ばしてまっ黒な髪をゆっくり撫でる。

そのまま少し経つと、今度は彼の背中に手を回して黒いコートに顔をうずめた。

キリトのコートは暖かくて、優しいにおいがした。

 

 

「……ありがと、キリト。私を信じてくれて。抱きしめてくれてありがとう。さっき話した、私が一緒にここに来たい人。それはあなただよ、キリト」

 

 

抱きしめた手を緩めて、ミナは彼の瞳をまっすぐ見て、まだ涙が残る笑顔で言った。

彼もうっすらと浮かべた涙を拭き、いつも通りとはいかない、少し慌てた感じで、返事を返してくれた。

 

 

「こっちこそありがとな。まぁ、えっと、その、なんていうか……奇遇だな、俺もミナとここに来たかった」

 

 

二人は笑いあって、少しずつ星たちが光を失い始めている空を見た。

 

 

それは、やはり、夢の中でしか見れないような景色で、今まで見てきた何よりも美しかったと、私は思う。

 

キリトにとっても、そうであってほしいと思う。

 

 

「さぁ、朝になる前に戻らなきゃな」

「うん、そうだね。まぁ私ならキリトとナニカあったって思われてもいいんだけど」

「な、ナニカって、俺はそんなやましいことは――」

「誰もやましいなんていってないよ?」

 

あはは、と笑ってミナは笑顔を見せる。

からかわれたと気づいたキリトは、お返しとばかりにデコピンを炸裂させる。

 

「い、痛い!? ひ、ひどいよう、キリトがいじめる~」

「み、ミナが先にやりだしたんだろ」

 

それは昔、ポーションの材料を取りに来た時に見たカップルと同じような会話だった。

それを見ていた自分を思い出しながら、二人は来た道を戻った。

 

この場所に来る時と違うのは、二人の顔が先ほどより明るい、ということと、二人の手が繋がれているというところだろうか。

 

 

きっと、アルゴのネタノートにはこう記されるだろう。

 

『黒の剣士と白衣の巫女が付き合った』と。

 




感想等々、もしあれば嬉しいです。

オリジナルな言葉が飛び交ってますね、契約書の案は最近ログホライズンを見返したので、それがあったかと思って使いましたが、おかしくなかったでしょうか。



ではではっ、また次回。


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第一層攻略会議

読んでくれてるみなさん、お久しぶりです。

新生活にも少し慣れてきたので、少し書く時間が出来てきました。
今後とも更新は遅いですがよろしくお願いしますっ!

それではっ、どうぞ


「はぁーい! それでは、始めさせてもらいます!」

 

 

 

場所は第一階層の《トールバーナ》という街の広場。

 

そこに、青い髪をした青年の声が響く。

 

今からここで始まるのは、フロアボスについての会議。

 

私が……いや、私たちが元の世界に戻るために必要な第一歩をどう踏み出すか、という会議だ。

 

 

 

集まった人数は45人、か。

 

フルの48人には届いてないなぁ。

 

つい先日やっと、最前線についたばかりの彼女は、ゲーマーとして、現状にため息を吐いた。

 

 

 

「俺はディアベル、職業は……気持ち的に、ナイトやってます!」

 

「「ジョブシステムなんてないだろう」」

 

何人かがそうつっこむ。

青い髪のナイト、ディアベルさんの一言で、あたりの重い空気が晴れる。

 

 

 

クラスにも一人はあんな人いるよねっ、彼女もクスリと笑う。

 

彼女の座っている位置からは、この攻略会議に参加しているプレイヤー1人1人がよく見えた。

 

片手剣使いの人、斧使いの人、槍斧使いの人、槍使いの人。

 

そしてその人たち全員が、仲良さげに話しているのを見て、呟いた。

 

 

 

「いいもんいいもん。私はソロでやっていくもん」

 

 

 

 

 

 

 

「今日、オレたちのパーティが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、明後日には、ついに第一層のボス部屋に辿り着くだろう」

 

 

 

どよどよ、とプレイヤーがざわめく。

 

かくいう私も、驚いていた。

 

もうそんなに進んでいたんだ……。

 

迷宮区はまだ半分しか上ったことがなかったからなぁ。

 

ポーション造りの素材は大体迷宮区外にあるからね。

 

 

 

ここに来るまでに《薬品精製手》のスキル熟練度は70を超えて、スプラッシュヒールポーション――投擲スキルを用いて地面、壁などに投げると破裂し、半径5メートル以内のプレイヤーにヒーリングポーションの効果を与える――を作れるようになったから、いざというときは大丈夫だろうけど。

 

 

 

「一か月、ここまで一か月もかかったけど……それでもオレたちは示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものからきっといつかクリアできるんだってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 

 

再びの喝采。

 

ディアベルさんの仲間さん以外にも多くの人が手を叩いていた。

私もつられて手を叩く。

私もゲーマーの一人として、その意見に大いに賛成。

だけど、この《薬品精製手》のスキルを公開するつもりはまだない。

これを狙って変な人が来たら困るからね。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

その喝采の中に、低い声が流れたのはその時だった。

歓声がぴたりと止まり、前方の人垣が二つに割れる。

そこに立っていたのは、男の人にしては少し小柄だけど、なんていうか、がっちりした人だった。

そしてなにより目を引くのは、茶色のトゲトゲ頭。

その人が言いたかったことは、つまりこういうことだった。

 

ベータテスターが新米参加者、ビギナーの面倒を見なかったから、二千人もの人が死んだ、と。

しかも今回のボス戦のために溜めたコルやアイテムを吐き出せ、と。

 

その言いようにさすがに腹が立った私は、トゲトゲ頭のせいでシンとした空間に、名乗りを上げることにした。

私は、数日前に情報屋からベータテスターの死亡率の情報を買っていたから、余計に腹が立ったんだ。

 

「ねぇ、私も発言していいかな?」

 

 

 

俺は再度思い出していた。

一週間ほど前にアルゴから買った情報を。

俺が依頼したのは、現段階でのベータテスターの死者数の推計だ。

二千人の中で三百人程がベータテスターだという。

割合に直すと、約四十パーセントにも昇る。

経験と知識が常に安全を生むわけではないことは、はじまりの街を出てすぐに受けたクエストでよく思い知らされたばかりだ。

そしてまた、外的な要因も--

 

「ねぇ、私も発言していいかな?」

 

澄んだ、少し高めのアルトが、静寂を切り裂いた。

物思いから我に返り、顔を上げると、着ている白衣をなびかせながら歩く、恐らく同い年くらいの女の子がステージに向かっていた。

名前は記憶にない。

彼女はトンガリ頭ことキバオウの前まで行くと、やはり女性プレイヤーだからか、トンガリ頭が少し大きく見える。

 

ベータテスターにいなかったかと脳内で検索をかけるが、白衣を装備したプレイヤーはヒットしなかった。

ではやはり、新規プレイヤーのはず……。

装備は白衣でわからず、短剣なのか外しているのかはわからない。

 

 

「私の名前はミナ。キバオウさん、あなたの言いたいことってつまり、ビギナーの面倒をベータテスターが見なかったせいで、たくさんの人が死んでしまった。その責任を取って、アイテムやお金をみんなのために出してってことでしょ?」

「そうや。あいつらが見捨てへんやったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで。ほとんど全部が他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスター連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら分け合うとったら、今頃この場所にはこの十倍の……、ちゃう、今頃は二層やら三層やら突破できとったんに違いないんや!」

 

……その二千人の内、三百人はあんたの言うベータテスターなんだぞ!

と叫びたい衝動を俺は必死に堪えた。

誰がベータテスターわからない今、そんなことを言えば、情報屋のアルゴにも危険が及ぶ可能性がある。

それに、吊し上げられるのが怖いという矮小な理由ももちろんある。

しかし彼女は、そんな理由を打ち砕くような発言をした。

 

「ほんとうにそうかな? ねぇキバオウさん、あなたはゲーマーかな?」

「それが今どないしたっちゅうんや」

「私はね、自分のことをゲーマーだと思ってる。他のMMOでトップだった人も、たぶん同じこと思ってる。だったら、ベータテスターに頼るまでもなく、自分で地図描いて、自分で色々な発見したりした方が、楽しいと分かりきってる。

デスゲームになってしまっても、私は攻略本を見ながら未プレイのRPGをプレイしようとは思わない!」

 

彼女の言葉には、この場に集まった人を惹きつける力があった。

 

「私は、自分の思うとおりに行動して、それでゲームオーバーになっても、後悔はない……とは言い切れないけど、この世界にこれたことは後悔しないと思う。だって、夢にまで見たゲームの世界なんだから。……みんなも、そう思わない?」

 

ゲームオーバー=死ということを除けば、その場にいる人はそう思っているのだろう。

かくいう俺も、そう思っている。

 

「だから、もうやめようよ。みんなもゲーマーなら、ベータテスターを責めるようなことはもうやめよう? 彼等はすぐにはじまりの街からいなくなったけど、それはつまり、はじまり街周辺の弱いモンスターを私達にくれたってことになるんだよ」

 

 

確かに……。

考えようによっちゃそうだよな。

 

そんな声があちこちから聞こえてくる。

ベータテスター本人からしてみれば、そんなことは考えずにポップの奪い合いになるのと、経験値効率からすぐに離れたが……。

 

それはさておき、彼女の演説は下手をしたら"お前がベータテスターなんだろ!"と責められるかもしれないものだった。

しかし、彼女の言葉は俺を、ゲーマー達の心を強く掴んだ。

 

小さなざわめきの中から、パンパン、パチパチと拍手が鳴り始める。

キリトも知らずの内に拍手を送っていた。

名前も知らない白衣のプレイヤーに対して。

そして、心のどこかにほっと安心している俺もいた。

そんな小さい自分を気にしつつも、改めてミナという白衣のプレイヤーに興味を向ける。

座っていた位置からしてソロプレイヤーだろう。

ベータテスターではないならば、ここまでソロで来れたのは、他のMMOでベテランのプレイヤーなのだろう。

 

 

「ちょ、ちょっとみんな! もうちょっと聞いて!」

 

彼女が言うと、場が静まる。

しかし、キバオウの時とは空気が全く違う。

 

 

 

「それにね、お金やアイテムはともかく、情報はちゃんとあったんだよ?」

 

 

そう言ってポーチから一冊の本を取り出す。

表紙には、丸い耳と左右三本ずつの髭を図案した《鼠マーク》。

はじまり街のどの道具屋にも置かれてあった、ガイドブックだ。

(ゲーマーとして手を出すのを少し躊躇ったが、モンスター図鑑やアイテム図鑑を埋める予定はないので、使わせて頂くことにした)

 

「このガイドブック、キバオウさんだって持ってるでしょ? 道具屋で無料配布してるからね」

「……貰たで。それがなんや」

 

キバオウさんの声に強さがなくなる。

さすがにもう、諦めてくれたかな。

 

「このガイドはね、私が新しい街や村に行くと、必ず置いてあったの。情報が早すぎると思わなかった?」

「せやから、早かったからなんやっちゅうんや」

「これに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋にあげたのは、ベータテスター以外にはありえないと思うんだよね。私はそう思ってる」

 

ものすごいゲーマーの可能性も捨てきれないけどね。

プレイヤー達がまたざわめきだす。多くの人がガイドブックについてあまり考えていなかったようだ。

頷いたのはほんの少数の人たちだけだった。

 

 

「情報は確かにあったの。それなのに、たくさんのプレイヤーが死んでしまった。それは、その人たちがベテランのMMOプレイヤーだったから、ゲーマーだったからだと私は考えてる。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで計って、もうちょっと行けるって、あと一体倒してから帰ろうって、引くところを見誤ったからだと思う。でも今は、それをベータテスターのせいにして責任を追及してる場合じゃないと思う。私たちが初めて足をそろえて、初めて一歩を踏み出すんだ。それで躓かないようにするだめに、今日、集まったんでしょ?」



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再燃

少々調子に乗って今月二ページ目。
どんな不定期更新だよ、とお思いになるかもしれません。
私の場合余裕ができたらなので、これからもよろしくお願いしますねっ

それではっ、どうぞ


その後の会議は、中々順調に進んだ。

私は今、元々いた場所に座っている(つまり後ろの方)のだけど、前からの視線の数がすごい。

話がどんどん進んで行くに連れて、そわそわしだす人が増えてくる。

合図は、ディアベルさんがこう言った時だった。

 

「じゃあみんな、いくつかのパーティを組んでみてくれ」

 

その瞬間、ものすごい勢いで私のところに人が飛んできた。

いや、あれ、私どうして囲まれてるの?

 

「是非、うちのパーティに!」

「なに抜け駆けしてんだ、俺らのパーティに来ないか!?」

「一人空きがあるんだけど、どうかな?」

 

「いや、あの、えっと……」

 

突然の押し掛けに対応できず、周りを見回して何か手はないかと探していると、一人ポツンと座っている剣士を発見。

 

なんとか言い訳を頭の中でまとめ上げ、逃げるように言う。

 

「ごめんなさい、私あの人と一緒にする約束してて。誘ってくれてありがとうございます」

 

それだけ言って、ダッシュでその人の所へ向かった。

 

 

「た、助けてくれませんか!?」

「お、おう。それにしてもすごい人気だな。さっきの演説もすごかった」

 

彼は少し面食らったかのような顔をした。

まぁ突然助けてくださいなんていわれたら、私でも驚くよ。

 

 

さっき突破した人垣からは、

「なんだ先客がいたのかよー」

「くぅー、ほしかった」

などなど、悔しがる声が聞こえる。

 

 

そそくさメニューを開き、パーティ申請を送る。

剣士にOKされ、たった2人のパーティが作られる。

 

これが既成事実ってやつだね!

ん、ちょっと違う?

 

パーティ登録をしたことで、私の視界に新しくHPバーが追加される。

名前の部分に《キリト》と書かれていた。

それが、私を(ある意味)救ってくれた剣士の名前だった。

 

 

キリトにもう一人パーティに入れたい人がいると言われ、その人の所に向かった。

フーデットケープで男か女かよくわからない。

しかし、声を聞いてわかった。

この人……女の子だっ!

SAOは女の子率が低いから嬉しい!

 

さらに新しく追加されたHPバーには、《アスナ》と名前が書かれていた。

あれ、もしかして…………本名?

 

 

 

 

これで大体の人がパーティを組み終わった。

今尚視線を向けてくるプレイヤーもいるけど、私は珍しいスキルを持っているから、あまり大人数のグループに所属するのは少し気が引ける。

 

会議はそこで一度お開きとなった。

後日もう一回開き、ディアベルさんが今のパーティ構成を見て、詳細な役割等を決めるみたいだ。

 

 

 

「さて、これからどうする?」

「俺としては、一度3人で戦闘を経験しときたいかな。スイッチのタイミングとかPOTローテの練習もしときたいし」

「あ、確かにそうだね。私は賛成」

 

そんなゲーマー2人の会話を、1人の新米参加者が遮った。

 

「スイッチ……? POT……?」

 

 

その後彼女らはフィールドへは行かず、街の中でずっと新米に対しての授業を行ったそうだ。

 

 

 

 

 

後日。

 

再び集まることになっていたため、この前と同じ時間に噴水広場に来た。

結局昨日は授業をして疲れ果ててしまった。

アスナは他のMMOをプレイしたことがないらしく、というか、ゲームすらしたことないようで、知識が全くなかった。

一から教えるのって、こんな大変なんだね。

学校の先生ってすごい。

 

途中でキリト、アスナと合流して噴水広場に向かった。

私たちが噴水広場についた時には、もうほとんど全てのパーティが集まっていて、私たち待ちだったみたい。

 

ディアベルさんが私たちを、私を見て、ステージへと上がった。

 

 

「よし、揃ったみたいだから、始めさせてもらうよ。まず昨日のパーティの話の前に、報告だ」

 

 

報告という単語で、がやがやした空気が静まる。

 

「一つ目は、今日、俺たちのパーティが、ボス部屋の扉を見つけた。消耗もあって中は見てないが、マッピングはもう終わっている」

 

 

おぉ、という声がそこらから聞こえる。

昨日階段が見つかったばかりなのに、もう発見されたんだ。

マッピングも終わってるってことは、相当頑張ったんだね、ディアベルさんのパーティ。

 

 

「そして二つ目。これは、例のガイドブックの話だ。先程最新版が売られているのを発見した。これの内容を踏まえて、今一度パーティを考えたい。もしかしたら、数人違うパーティに移動になってしまうかもしれないが、構わないか?」

 

 

問題ない、とみんながうなずき返す。

ディアベルさんが編成を考える間、私たちは道具屋へと直行し、鼠さんのガイドブックを購入してきた。

 

 

 

 

その後のディアベルさんの編成で、重装甲の壁部隊が二つ。高機動高火力の部隊が三つ。長モノ装備の支援部隊が二つ。そして残った私たちのパーティという風になった。

 

ディアベルさんは最後に私たちの所にやってきて、一瞬私を見た後、しばし考え込む様子を見せてから、こう言った。

 

 

「君たちには、E隊同様コボルトをお願いしてもいいかな?」

 

 

ディアベルさん、それ言い繕ってるけど、ボスには手を出すなってことだよね?

これは言い返さなきゃ、と息を吸い込んだが、キリトのせいでただのため息に変わってしまった。

 

「了解。重要な役目だな、任せておいてくれ」

「あぁ、頼んだよ」

 

まるでキラキラと演出効果がつきそうな程白い歯を光らせ、彼は噴水の方に戻っていってしまった。

 

私はため息となってしまった息をもう一度吸い込み、今度こそ声に出した。

 

「そこまで重要じゃないじゃん。ボスに攻撃できずに終わっちゃうんだよ?」

「し、仕方ないだろ。三人じゃPOTローテが間に合わなくなるかもしれないし」

「せっかく昨日色々教わったのに……」

 

新米は、昨日の講義のおかげで少し、ゲーマーとして目覚めつつあるようだった。

 

 

 

それからのボス攻略会議は、AからGまでのナンバリングされた各部隊のリーダーの短い挨拶があって、ボス戦でドロップしたコルやアイテムの分配方針を確認して終了した。

 

なぜか私がリーダーになってしまったわけだが、なぜか私の挨拶の時だけ拍手が大きかった。

 

 

そういえば、鼠さんはいない。

だけど、責める気持ちなんかない。

この攻略本のおかげで、偵察戦をしなくてすむんだから。

ドロップや分配方法は、コルは自動均等割り、アイテムはドロップした人の物ということになった。

 

午後五時半、昨日と同じく「頑張ろうぜ!」「オー!」のシメで解散となった。

 

 

 

その後カクカクシカジカあって、キリトが借りている家にあがることになったのだが、それを話してしまうとキリトが腐った牛乳一樽飲まねばならなくなるので、話さないことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スイッチ!」

 

私たちのパーティは、ものすごく順調にセンチネルを撃破していた。

サボ……キバオウさんのパーティに引けを取らないくらいに。

 

 

キリトがポールアックスを弾き、私とアスナが単発ソードスキルで確実に急所を斬り、突く。

彼女の動きは、素人とは思えないほど洗練されていて、剣の軌跡が見えないほどに速い。

 

 

メインでボス戦をしているディアベルさんのパーティも順調のようだ。

コボルト・ロードも今のところ攻略本通り。

なにもかも、順調だった。

 

最後の一本の半分に差し掛かったとき、ボスは装備を変更し、タルワールに持ち替える、はずだった。

 

「だめだ、全力で後ろに飛べ!!」

 

センチネルの相手をしながら、キリトが叫んだ。

彼の視線の先には、レイドリーダーの、騎士ディアベル。

 

……?

ここはみんなで囲むのがセオリーなんじゃなかった?

 

そこで、私にもようやくキリトが叫んだ意味がわかった。

ボスの持つ剣、タルワールよりももっと緩くカーブを描く、鉄の輝き。

我が国日本が誇る、刀と呼ばれる武器だ。

 

キリトはそれを見て、違和感を感じ取ったのだろう。

ボスの連撃が、ディアベルを襲った。

 

 

「キリト、アスナ、私援護行ってくる!」

「わかったわ!」

「こっちは任せとけ」

 

 

数十メートル飛ばされたディアベルの所へ、全速力で駆け寄る。

急いでポーチからオレンジ色の液体が入ったポーション瓶を取り出す。

 

「ミナさん、ボスを……んぐっ」

「死なせない! とにかく飲んで!」

 

私は他のMMOではヒーラー(回復役)を一手に引き受けていた。

だから人一倍、必死に彼を救う。

 

 

ディアベルに飲ませたのは、亜蘇生ポーション--最大HPの10%まで瞬時に回復する--というポーションだ。

 

鼠さんからの情報だけど、このSAOにはプレイヤーに対してオーバーキルが存在するらしい。

要は、最大HPもしくは現在HPを上回るダメージは、HPが0になるのではなく、システム上マイナスHPで表示されるということだ。

ポーションで回復する際は、HPは徐々にしか回復しないので、通常は間に合わない。

 

しかし、ミナがディアベルに使った亜蘇生ポーションは、瞬時に最大HPの10%まで回復することができる。

まさに、゙亜゙蘇生だ。

 

「なんだ、このポーションは……ベータ版にはなかったぞ」

「すぐ後方に下がって、クールタイムが終わったら普通のポーション飲んでね!」

 

ディアベルの呟きはミナには聞こえていないようだった。

彼女はすぐにキリトとアスナの所に戻ろうとするが、視界の端でまた、赤いエフェクトが見えた。

 

ボスが回転切りのようなことをしたのか、円形状に人が六人ほど倒れている。

 

「あぁーもう、結局お披露目じゃん!」

 

投剣スキルを発動させ、スプラッシュヒールポーションを投げつける。

六人の中心で炸裂し、中身がプレイヤーにかかる。

 

「キリト! ボスを少し引き受けて!」

「もとからそのつもりだ!」

 

未だに動けない六人を狙うボスを任せて、私はダメージを受けた人に走って行く。

 

全員に液体が付着しているのや確認してから、口早に説明する。

 

「少しの間水濡れ状態になるけど、この液体はポーションだから我慢してね。ディアベルさんが後方で回復してるから、彼から指示を受けて。その間私たちが支えるから、他にHP減ってる人がいたら、まとめて回復させておいてね」

 

 

呆然とした様子だったが、すぐに彼らは動き出してくれた。

口々に「女神だ……」と言っていたのは、……うん、聞かなかったことにしよう。

 

 

ヒーラーばっかりやりすぎて、《医聖》だの《聖母》だの、変なあだ名を私はちょいちょい頂いていた。

その中でも一番は、バーサクヒーラーをしたことによる《血塗れナイチンゲール》などという大変恥ずかしい名前を頂戴している。

あれは確か、BFシリーズの国内大会が原因だったな……。

 

 

ボスの方に目を向けると、キリトがほぼ完璧に打ち合い、弾いたところをアスナが、あの速すぎるリニアーを打ち込んでいる。

少しずつボスのHPは減ってきているが、レイピアではいまいち火力が出ない。

まぁ、それは私が装備する短剣にも言えたことだけど。

 

腰の鞘から相棒『レイン・ダガー』を引き抜き、ボスに向かって走りながら、声を発する。

 

「アスナ、次私も行くよ!」

「わかったわ!」

 

しかし、次は来なかった。

何回も打ち合ってきたキリトの集中力が、そこで切れたのだ。

読み違えたキリトが慌てて剣を戻すが、間に合わず後ろに控えていたアスナと共に後方へ吹っ飛ぶ。

 

 

「アスナ! キリト! 少し濡れるけど我慢してね! 私が三十秒持つから、回復を!」

 

 

スプラッシュヒールポーションを投剣スキルで2人に投げつけ、相棒を逆手に構える。

 

「上段斬り!」

 

キリトの声が響く。

その声に合わせ、頭上にダガーを持っていく。

 

ダガー、いわゆる短剣は、゙攻撃を受け止める゙ためには作られていない。

゙攻撃を流ずために、多くは使われる。

致命傷を与えるのではなく、無数の傷を作り相手を死に至らしめる、そんな武器だ。

私が短剣を選んだ理由は、自分が剣を振っている姿を想像できなかったからだ。

実際、短剣の方がなんかしっくりくる。

 

短剣は大抵の場合、軽く丈夫だ。

コボルト・ロードの太刀が振り下ろされるのに合わせ、ダガーを添えるように受けて、流す。

ズガン! と凄まじい音を立てながら私の真横に刀が振り下ろされる。

 

たぶん今、私笑ってる。

やっぱりフルダイブ、楽しい。

帰ったら、親戚のおじさんにありがとう言わなきゃ。

 

キリトのように先読みでないぶん、楽だ。後は私が間に合わせられるかどうか。

 

避けれるものはステップで避けながら、横薙だけには注意をして、たまには攻撃も入れたりと、集中力を切らしちゃいけない攻防が続く。

ソードスキルは硬直時間ができてしまうので、スイッチの援護がない今、使うのは躊躇われた。

 

十回ほど流すことに成功し、十一回目。

受け流す直前に、バリトンのよく響く声が私の耳に届いた。

 

「スイッチ!」

 

刀の勢いを殺ぎ、横に大きく弾く。

次の瞬間、緑色の輝きと共に、ボスが数メートルノックバックした。

 

「いつまでも女の子に壁役やらせるわけには行かないからな。あんたも後方で回復しな!」

 

確かB隊のリーダーのエギルさんだ。

ふと自分のHPを見ると、四割程減っていた。

完璧だと思っていたのだけど、受け流すためのスキルとかがあるのかな?

 

「ありがと! じゃあ任せるよ!」

 

 

 

ダッシュでキリトとアスナの所へ向かう。

二人のHPはまだ七割ほどだった。

 

私もヒーリングポーションを使って回復する。

 

ふぅ、と一息ついた時だった。

 

 

「だめだ! 囲むな!」

 

 

キリトが叫ぶ。

エギルさんのパーティメンバーが、ボスを囲むような位置に立っていた。

 

ボスが囲まれ状態を感知したのか、高く飛び上がる。

あれは、先程六人のHPを同時に

黄色イエローまで落とした技だ。

 

わかったとはいえ、短剣にはあそこまでのリーチのあるスキルは存在しない。

万が一のために、スプラッシュヒールポーションを手に持って待機する。

 

しかし、そのポーションが使われることは、今度はなかった。

 

キリトが立ち上がり駆けながら、ソードスキルを発動させる。

 

「届けぇ!!!」

 

空中を真っ直ぐ飛び、彼の剣戟はボスを空で捉えた。

そのままボスは転倒状態になったことにより、これは絶好のチャンスとなる。

 

思わず私も声を上げた。

 

 

「「全員フルアタック! 囲んでいい!!」」

 

 

 

回復したディアベルさんのパーティや、他の回復中のみんなが一斉にボスに殺到する。 

 

「ミナ、アスナ! 最後の一撃一緒に頼む!」

 

「「了解!」」

 

 

三色の光がボスの身体に走り、遂にポリゴンの欠片となって霧散した。

 

こうして、第一回層、SAO最初のボスは撃破された。

 

 

 

全員がその場に座り込み歓声をあげる中、最初声をあげたのは、あの時スイッチしてくれたエギルさんだった。

 

「congratulations。この勝利はあんたらのものだ」

 

エギルさんの言葉を皮切りに、拍手や口笛などが湧いた。

 

ちなみに戦闘のどさくさでケープがなくなって、アスナは私なんかよりも断然かわいいお顔を見せてしまっております。

 

その後仲間内で、やったな、次は二層だ! などと声があがる中、静寂を作ったのは、サボテンことキバオウさんだ。

 

「なんでや! なんで、ディアベルはんにあの連撃技のことを教えへんやったんや! その情報があれば、ディアベルはんは危険な目に合わずにすんだんやぞ!」

「きっとあいつ、元ベータテスターだ! 知ってて隠してたんだ!」

 

それは、キリトへの言葉だった。

確かに、初見では有り得ないほどボスの攻撃パターンについて知っていた。

違和感に最初に気づいたのも、キリトだった。

 

「確かに……」

「なんでボスの技を知ってたんだ?」

 

所々からそんな声があがる。

 

まずい、このままじゃ、せっかくベータテスターと仲良くしようってみんなを説得したのに、このままではベータテスターへの怒りが再燃してしまう。

それにベータテスターが攻略から外されるようなことになれば、戦力は大幅ダウンだ。

 

「ちょっとあなた--」

「おい、お前--」

「あなたは--」

 

アスナとエギル、私がキバオウさんを説得しようと近づく。

 

 

 

「ハハハハッ、元ベータテスターだって? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでほしいな」

 

突然の笑い声と、不満気に笑う顔。

その言葉と声と、表情で、彼がこれから何をするのか、わかってしまった。

 

「な、なんやて!?」

「いいか、よく思い出せよ。ベータテスター千人の中に、どれほど本物のゲーマーがいたと思う。ほとんどがレベリングのやり方も知らない初心者だった。だが、俺は違う。俺はあの一ヶ月で、他の誰も到達できなかった層に登った。ボスの刀スキルを知っていたのも、ずっと上の層で刀を使うモブとさんざん戦ったからだ。他にもいろんなことを知ってるぜ。情報屋なんかの比にならないくらいな」

 

「な、なんやそれ……そんなんテスターなんかやない、ただのチートやないか!」

「そうだ! チーターだ!」

「ベータのチーター、だからビーターだ!」

 

様々なプレイヤーの怒りがぶちまけられた。

会議では、私の作った流れで怒りを流したのだろうけど、今度はキバオウさんの作った流れで怒りがどんどん湧いてきている。

 

彼の目を見て、強く頷いた。

わかってるよ、と伝えるために。

彼は一瞬だけ優しい目をして、すぐに戻った。

 

「ビーター、いい名前だなそれ。そうだ、俺はビーターだ。これからは元テスターごときと一緒にしないでくれ。俺はこれから二層の門を起動しにいく。ついて来る奴は、初見のモブに殺される覚悟しとけよ」

 

バサッと音を立てて、キリトはボスからドロップしたであろう黒いコートを身につけた。

 

そのままボスが座っていた玉座の後ろに生成された階段を登っていく。

 

私はすぐに後を追った。アスナはエギルさんとディアベルさんに捕まっていた。おそらく伝言を頼まれているのだろう。

 

 

 

「待って」

「ミナか。ついてくるなって言わなかったっけ?」

「私を誰だと思ってるの? ゲーマーだよ。初見のモブに殺される覚悟? そんなのこのゲームが始まったときからできてるよ!」

「……君のそのスキルは、パーティ戦やレイド戦で役に立つ。どこか強いギルドやパーティに誘われたら、断るなよ。実力も相当のものだから、君ならやれるだろう」

「あなたは、これからどうするの?」

 

分かりきってる質問だった。

彼はこれからソロでやっていくしか道はない。

 

 

「俺は--」

「やっと追いついた。キリトにディアベルさんとエギルさんから伝言よ」

 

アスナは走って階段を登ってきたようだ。

この世界ではする必要がないのだが、肩が上下している。

 

「ディアベルさんからは、ありがとう。君に辛い役目を背負わせてしまった。それと剣の件、申し訳なかった。エギルさんからは、次も一緒にボス攻略しようぜ、だって」

 

「……そうか。君も、もし誰かに強いギルドやパーティに誘われたら断るなよ。ソロプレイには絶対的な限界があるから」

 

そう言ってキリトは第二層の扉を開けて、一人で行ってしまった。

 

 

 

いつのまにかパーティメンバーの中から、HPバーが一本、なくなっていた。




なぜか文字数が約7500字になってしまいました。

そりゃもちろん、会議ボス戦ボス戦後も書けばそうなっちゃいますよね。

感想等頂ければ嬉しいです!


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再会

みなさんこんばんわっ

最近調子に乗ってる作者です(悪い意味ではないです)
いつのまにかお気に入り数も50を越え、60に達しようとしています。
ふとページを開いて驚きました。
なるべく早くあげられるように頑張りますっ。


とはいうものの、あと少しお話を書いたら、その後どうするかまったく決まっておりません。

その時はまた、お待ちいただくことになるかもしれませんが、ご了承ください


それではっ、どうぞ


私は今、第二層の森林エリアにいる。

最前線はもう迷宮区の15階ほどに達しているけど、私はまだ登ったことはない。

出遅れちゃったのは、私のスキル《薬品精製手》のせいだ。

 

ポーションの素材となるアイテムは、このスキルを持つ者でなければただの雑草や花、普通の水にしか見えないため、自力で採る必要がある。

 

現在《麻痺耐性ポーション》を作るために、夜にしか咲かない『月見草』なるアイテムを探しているところだった。

 

これが中々見つからず、もう二層が開かれてから3日もかかっている。

 

「はぁ、夜にしか咲かないっていうのもあれだよね。ソロで女の子の私には辛いよ」

 

ぼやきながらも森の中を歩き回る。

アスナとは、ボス攻略戦以来会っていない。

たぶん一人でレベリングでもしてると思う。

 

ちなみに、非常に聞きたくなかった話なのだけれど、私に二つ名がついたそうです。

 

ついた二つ名は《白衣の巫女》

 

白衣を纏い、遠くから魔法の如くプレイヤーを回復させる。

他のMMOで言うところの、白魔導士系列の職の仕事だ。

最初は《白魔導士》や《神凪》などもあったらしいが、語呂の良さから《巫女》になったらしい。

 

ちなみにこれは情報屋からサービスとしてもらった情報だ。

 

……そんなサービスいらない!

 

 

「はぁ、早く見つかんないかなぁ」

 

 

ミナのその呟きは、月見草とは別のものを引き寄せていることに、彼女は気づいていなかった。

 

 

日が暮れ、月見草を探し始めてから一時間。

他のポーションの素材はホイホイ集まるのに、どうしても月見草だけが見つからない。

 

「ん~、なんでだろう。何か条件とかあるのかな? そういえば、師匠からある時間帯で、ある条件によってのみ咲く花があるって聞いたことがある」

 

師匠というのは、私が勝手にそう呼んでいるだけだ。

第一階層の始まりの街で道具屋の店主をしている人のことを、私は師匠と呼んでいる。

 

月見草でいうなら、時間帯は夜で、条件は…………月の光だ!

 

昨日一昨日の私の時間を返してくれ……少し考えればわかったじゃんか私のバカ!

 

そうと決まれば、森の中で光が差しているところをしらみつぶしに探して回る。

 

十分くらい探していたら、ようやく、月のある方に向かって咲く薄紫色の花を見つけた。

 

「やっと見つけた!」

 

思わず飛び上がり喜んでしまった。

我ながら少し恥ずかしい……。

 

採取し終わって、立ち上がろうとしたとき、後ろから声がかかった。

 

 

「よう《白衣の巫女》さん。よかったじゃねぇか、探し物見つかったみたいでよ」

 

反射で前に飛びながら後ろを向く。

既に右手にはダガーが装備されていた。

 

 

「……あなたたち、誰?」

 

 

1人の声しかしなかったが、実際は3人。

片手剣、手斧、短剣の組み合わせの、割とがたいがいいに入る男たち。

隠蔽スキルを上げているのか、私は気づくことができなかった。

FPSをやっていたから、耳には自信があったのだが、それは通用しないらしい。

 

 

「いやぁ、俺らはただあんたがほしいだけさ。もちろん、スキルのことについても、女としても、な」

 

 

あ~、もう、だから使いたくなかったのに。

ていうか、女としてもって、もしかして私、結構ピンチ!?

 

「女としてもって、いいの? ゲーム開始1ヶ月で牢獄に入ることになっても」

 

ハラスメントコード。

実際にそのような問題が生じた際、被害者がワンクリックすれば、加害者を強制的に始まりの街にある牢獄に転送できるという、被害者側の切り札だ。

 

しかし男は、私の言葉の返しに笑いを選んだ。

 

「ハハハハッ、この前黒ポンチョ被ったプレイヤーに聞いたんだけどよ、ハラスメントコードってのは解除できるんだぜ? 知ってたか?」

「例えできたとしても、私のウィンドウを見な…………そういうことね。なら私も、私を守るために全力で相手するけど?」

 

メニューウィンドウの可視化。

私を3人で押さえて、無理やり可視化させ、そのまま腕を無理やり動かしハラスメントコードを解除。

 

もしこんな情報が出回ってしまえば、アスナも、他の女性プレイヤーにも危険が及んでしまう。

 

「さっすが巫女様。勇敢だねぇ」

「安心しなよ、優しくしてあげるからさぁ」

「さくっと仲間になってくれるって言うなら、怖い目には合わないぜ?」

 

全員が武器を手にする。

第二階層にいるってことは、それなりにレベルも装備もあるってこと。

私の装備でどこまでやれるか……。

 

このゲームで……ていうか、私がこんなトラブルに巻き込まれるなんて思ってもなかったな。

 

先に仕掛けて来たのは、片手剣のリーダー格の人。

ボス戦と同じ要領で受け流し弾く。

間髪入れずに短剣の人が突っ込んで来るが、バックステップでかわす。

 

この人たち、一人一人はそこまで強くない。

気を抜かなければ、勝てる!

 

そう確信した時だった。

サクッと言う音と共に、私のHPが一割ほど減り、ノックバックが後ろから発生する。

 

そのせいで、手斧使いの一撃を受けてしまった。

 

さらに二割ほどダメージを受け、残りが七割になる。

 

「四人目!?」

 

「なんだ、やっぱり《索敵スキル》はとってなかったんだな。そりゃもう一人にも、俺たちにも気づけなかったわけだ」

 

……これで背後も警戒しなくてはならなくなった。

それにもしかしたら、まだ何人かいるのかもしれない。

 

背後からの一撃は、ミナの集中を分散させるには効果的だった。

パリィや流す際に、受けるダメージ量が増え、遂にイエローまで落ちる。

戦闘開始からまだ五分弱。

ポーションを飲む暇を、彼らは与えなかった。

 

 

くっ、このままじゃ……せっかく第一層突破できたのに、こんな形で終わりたくなんかない!

これはゲームなんだ。

私の好きな世界に、やっと行けたんだ。

 

 

私は、まだ負けない。

 

 

今一度、相棒の『レイン・ダガー』を握り直し、3人に目を向ける。

彼らの一番得意とする戦術は、片手剣と短剣で攻撃し、かわさせた後、後方から投剣による奇襲で動きを止めてからの、手斧だ。

 

次の打ち合いも、片手剣から来た。

ここを流し、次の短剣。

避けるのではなく、前に出る!

 

「うわっ! こいつ、まじかよ!」

 

彼らはソードスキルを使わない。

威力如何によっては死に至らしめてしまうからだ。

 

だけど私は、白状だけどこの人たちが死のうが関係ない。この人たちが望んでそうしているんだから。

 

水色の刀身が橙色の光を帯びて、短剣使いを切り裂く。

短剣用2連撃ソードスキル『スキップ・バイト』。

スキル欄を見ると、『ラピッド・バイト』の下位互換のようだ。

 

短剣の人の体力が、四割程削れる。

 

 

まだまだ! と思ったその瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

嫌な予感がする。

体全体がそう言っているような感覚になった。

 

耳をすますと、遠くからブブブ、ブブブという、何かの羽音がこちらに近づいてきていた。

 

その音は大きく、重い。

 

「なんだ……うわぁあ!!!!」

 

森の中から、おそらく投剣使いであろう人の悲鳴が響く。

その悲鳴のあと、シャララン、と森の中で光が輝き、消えていった

 

 

「な、何があったってんだ? お、おい。返事しろよ」

 

 

彼ら3人の目は、森の奥と左上の方とを行き来していた。

私には見えないが、きっとHPバーが消えたのだろう。

 

 

3人が動揺してる隙に、AGI全開でそこから逃げ出した。

 

 

五分くらい走って、一息つく。

あ、危なかった。

あの人たち、女を襲おうとして、仲間が死んでしまったのだから、もうあんなことはしないだろう。

別に私はPKじゃないから、そのまま逃げてきた。

 

それにあの羽音。

たぶん、常に空を飛んでいる虫のものだろう。

この辺で言えば、ウィンドワスプかな。

 

 

「ふぅ、なにはともあれ、本当によかった」

 

ふ、と体から力が抜けた。

そこに小さな羽音が近づく。

 

一瞬ビクッと体を振るわせたが、音の大きさで普通のウィンドワスプであることがわかり、相棒を鞘から引き抜き、構える。

 

しかしその時、小さな羽音なんか比にならないくらいの、大きな低い羽音が森に響いた。

 

 

体全身が再び震えるのがわかった。

おそらくポップしなおしたのだろう。

 

……どうする?

このまま逃げてしまえば、暴れ牛が跋扈するエリアだ。

この世界の牛たちは昼夜関係なく突進してくるから、視界が悪い夜にあのエリアに行くのは、高レベルプレイヤーでも自殺行為に近い。

 

しかも、街は反対側だ。

街へ森を避けて戻るには、なかなか遠回りをしなくちゃいけない。

行けなくはないが、その前に愛剣の耐久度がつきてしまう。

 

 

「……少し相手をして、隙を見て真っ直ぐ街まで戻ろう」

 

 

 

この決断が、後の彼女に大きな変化を与えることになった。

 

 

 

「よし、これで6匹目!」

 

大きな羽音は依然消えることなく森に響いている。

少しずつ音が大きくなってきているのは、向こうから近寄ってきている証拠だ。

恐らく大型モブだから、後々そいつ一体に専念できるように、ウィンドワスプ狩りをしていた。

 

その数も、少しずつ増えてきている。

音の正体は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

「…………え?」

 

 

視界の奥に微かに映った、とてつもなく大きな蜂。

それはウィンドワスプの三倍はあろうかという大きさだった。

 

『The Queen of WindWasp』

 

名前に『The』がつくのは、ボスモンスターの証。

 

「な、なによ、あれ」

 

大きさは約2メートル。

虫と呼ぶにはあまりに大きすぎる大きさだ。

 

鼠さんのガイドには載っていなかったモンスター。

あんなもの、連携の取れたパーティなら撃破可能かもしれないけど、ソロじゃ無理だ。

敵を表すカーソルは、血のように真っ赤に染まっていた。

 

《毒耐性ポーション》--毒によるダメージを40%低下させ、持続時間を50%低下させる。効果時間は60分。クールタイムは90分--を飲んでおく。

これでもしあの女王蜂ば毒攻撃をしてきても、多少は大丈夫。

 

少しでも情報を集めなきゃ。

これから第二階層にやってくる人たちのためにも、攻撃力や防御力、固有攻撃くらいの情報は持って帰らないと。

 

 

 

何か不足の事態が起きなければ、逃げることはできるだろうし。

 

 

 

相棒の耐久力を確認し、まだ使えるかを見る。

残り半分くらいだけど、撃破目的ではないから、大丈夫だね。

 

 

「さて、じゃあまず防御力からだね。HPバーは2本、か」

 

 

手短な所にいたウィンドワスプをポリゴンに変えた後、女王蜂に向かって駆け出した。

 

水色の刀身が再び橙色に輝きだし、『スキップ・バイト』を繰り出す。

 

女王蜂は体が大きいぶん、ウィンドワスプより飛んでいる場所が低い。

それでも腹にあるぶっとい針は、私の目の高さにある。

 

私の攻撃は、少しボスにダメージを与えた。

 

目に見える程減ったが、後何発打てば倒せるのか想像できないくらいの減りだ。

 

「これは、なかなか1パーティじゃ辛いかな?」

 

次に攻撃力。

モーションはウィンドワスプと同じで、少し飛び上がり急降下しての突き攻撃。

 

だけど、

 

「……! なに、これ! 重すぎる!」

 

両手でダガーを力いっぱい握り、全力で反らさないと、受けきれない。

 

「ぐ……きゃあ!」

 

訂正、受けきれない。

後方に大きく飛ばされるが、なんとか態勢を立て直す。

 

「……! もうHPが四割も削られたの……?」

 

いくら私が紙防御とはいえ、レベルはこの層の適正レベルを越えている。

これは、攻略するならタンク隊が必要かも。

 

 

ポーチから《ヒーリングポーション+》--通常のヒーリングポーションよりも1.3倍の速度で回復する--を取り出して咥える。

 

 

 

同じ用な攻防が数回続き、その度にポーションが必要になる。

 

もうすぐポーションがきれる……。

 

そう思った矢先、女王蜂が見たことないモーションを取った。

腹をブルブルと振るわせ、大きな針が震える。

 

ひとまず距離を取り、女王蜂の動きを注意して見る。

 

「なっ!?」

 

次の瞬間、その巨体からは考えられない程のスピードで女王蜂は迫ってきた。

 

なんとか反応してダガーで流そうとするが、力もタイミングも無理なものだった。

針が左腕に刺さり、鈍く痺れる。

 

 

「くっ、……まだ負けない!」

 

短剣用ソードスキル『コンバットサイン』を左腕にささる針に向けて放つ。

このスキルは、現実にあるの近接戦闘のナイフ術にを元に、システムアシストの下ソードスキルとして消化したもの。現実にない手順を踏むと、発動しないなどの条件があるけど、割と使いやすいスキル。

 

ピキ、と音を立てて、針が半ばから折れる。

モンハンでいう部位破壊って呼ばれるやつかな? 今ので女王蜂のHPが一本の半分消し飛んだ。

 

元々、蜂は針を抜かれると死んでしまうらしい。

だからそれを弱点としたのだろう。

 

 

さて、弱点もわかったことだし、かえろ……え?

 

 

逃げようと一歩を踏み出した瞬間、ミナは崩れ落ちた。

 

 

え、な、なに、これ。

どうして…………体が動かないの?

 

 

その答えを私は、HPバーの下に表示されているアイコンで知ってしまった。

雷のアイコンの点滅。

それは、このSAOで最も受けてはいけないバッドステータス、『麻痺』だった。

 

 

……あぁ~、なるほどね。

あの針は、私の目の高さくらいにあるから、攻撃は容易い。

なにかプレイヤーを殺す手段を持っていなければ、あれはボスとして成り立たない。

 

……考えてなかった。

情報屋からの情報で麻痺の存在については知っていたけど、まさか蜂に麻痺毒を盛られるとは考えてなかった。

 

 

ゆっくりと振り返ると、そこには針が元通りになった女王蜂がいた。

私のHPは3割を切り、レッドに陥っている。

ダガーは……女王蜂の向こう側だ。

 

 

まだ、負けたくなかった。

まだ、このゲームも1ヶ月と少ししか遊べてない。

もっと、ボス戦もしたかったし、ポーションのお店も開きたかった。

まだ、詩乃や新川君や、ゲームチームのみんなと一緒に遊びたかった。

 

 

《ベテランのMMOプレイヤーがたくさん死んじゃったのは、彼らがゲーマーだったからだと思う。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで計って、もうちょっと行けるって、あと一体倒してから帰ろうって、引くところを見誤ったからだと思う》

 

 

なんていうブーメランだろうか。

 

思わず笑いが込み上げ、それはすぐ涙に変わった。

こんなところで終わっちゃう自分が悔しくて。

そして、

 

 

「恋とか、してみたかったなぁ」

 

 

 

ゆっくりと目を閉じる。

 

 

羽音が少し遠くなり、空気を切り裂く音と共に近づいてくるのがわかった。

 

そしてその瞬間は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってこなかった。

 

 

ギギギ、と金属と金属が擦れる音が、私の耳に届く。

 

目を開けると、そこには。

 

 

「ミナ! 大丈夫か!? 少し待ってろ、こいつを片付ける!」

 

 

黒い剣士の背中があった。

 

彼は剣の腹で針を受け止めていた。

 

 

「あ……、キ……キ…ト?」

「ぐっ、こいつの攻撃中々重いな」

 

 

盾にしていた片手剣を振り上げ、針を弾く。

彼は青色の輝きを黒い刀身に纏い、片手剣用3連撃ソードスキル『シャープネイル』を放つ。

 

ミナはただ見ていることしか出来なかった。

頭の中はぐちゃぐちゃで、なにも考えられなかった。

 

女王蜂を大きくノックバックさせたキリトは、すかさずミナの愛剣を取りに行く。

すぐにミナに駆け寄り、解毒ポーションを飲ませた。

 

「キリト……? どうして、ここに……?」

「話しは後だ。とにかくここを生き抜くぞ」

 

彼が私の愛剣を差し出す。

私は頷き、再び剣を取った。

 

 

 

 

30分後。

 

なんとか街の入り口までたどり着くことができた。

ボスは、キリトと連携して、キリトがパリィして私がスイッチという方法で倒した。

そして、残りのモブに注意しながら真っ直ぐ街まで走った。

 

 

「わ、わ、私、生きてるんだね……」

「あぁ。危ないところだったけどな。間に合ってよかった」

 

 

圏内に入ったと通知が来て、ミナは力が抜けたように座り込んだ。

 

キリトはあたふたして、とにかくなにかせねばと、そっとミナの肩に手を置いた。

 

ビクッと体を震わせ、ミナはゲーマーから少女になった。

 

 

「こ、こわかった…………こわかったよぉ!!」

 

 

突然抱きつかれて泣かれ、耐性値0のキリトは、再びあたふたする。

そこに、助け舟がやってきた。

 

「もうキリト君、私との勝負放ってどこに……ミナ? どうしたのミナ!?」

 

アスナがウィンドワスプ狩りから帰ってきたのだ。

 

「あ、あしゅなぁ……私、襲われて、キリトがぁ……」

「……ふぅ~ん、キリト君? 私との勝負放っといて、しかも元パーティメンバーで顔見知りの女の子を襲ったって、どういうことかな?」

 

 

アスナに笑顔で睨まれ、キリトはなんとか弁明しようと言葉を発した。

……犯人がよく言いがちな言葉を。

 

 

 

「ご、誤解だ!! そのようなことは決してない!」

「でも、ミナがあなたに襲われたって言ってるわよ?」

「ご、か、い、だ! 会話ログ見直してみろ俺が襲ったとは言ってない! ミナもそろそろ泣き止んで状況説明を頼む! このままじゃ俺が社会的に死んじまう!」

「キー坊が、なんだっテ?」

 

 

 

背後からアルゴの声。

 

理不尽だぁ!!!!

 

と叫んでもいいだろうか……。

 

 

 

その後30分程、キリトは誤解が解けるまで、ゴミでも見てるような目でアスナとアルゴから睨まれ続けた。

誤解が解けた後は、

 

「ご、ごめんなさいキリト君」

「キー坊、ゴメン」

 

感情のこもってない謝罪でこの話は終わり、ミナが無事で良かったという話になった。

 

 

場所を移動し、路地裏を何回も通った後、ようやく見えてきたアルゴお薦めの店に入る。

 

そこで食べたケーキは、今まで食べたなによりもおいしかった。

 

ちなみにキリトが全額支払った。

2人でエリアボスを倒したから、まぁまぁお金があったんだ。

それでも、2つも買うとなれば、かなり大きな出費だったみたい。

 

アルゴ……ルーちゃんは、私とキリトからの情報を元に、女王蜂のことをガイドブックに載せるそうだ。

出現条件がわかりしだい、そのことについても載せると言っていた。

きっと今日も、みんなのためにこの世界を走り回るのだろう。

 

 

アスナは、ずっと私のこと心配してくれた。

話の中で、アスナがこの世界の知識を身につけつつあることを効いたときは、先生として生徒が育った喜びを感じられたよっ。

 

 

キリトは、場の流れで私が借りてる家まで送っていくことになった。

 

「今日は本当にありがとね、キリト」

「いや、助かってよかったよ」

「そういえば、どうしてあの時あんな場所にいたの? っていうか、アスナとの勝負って?」

「あぁ、アスナの細剣を強化するために、ウィンドワスプが落とす素材集めを手伝ってて、どっちが早く100匹倒せるかって勝負だったんだよ。ところが途中で、森の奥の方から低い羽音と微かに金属の音が聞こえたから、ダッシュで向かってみたら、あとはあそこであったとおりさ」

「うっ……さっきのケーキはそういうことだったのね。私、さっきの額の半分渡すよ」

 

さすがに申し訳ないので、これくらいはしなきゃ。

手早くウィンドウを出すために手を振り下ろそうとすると、パシッとキリトに手をつかまれた。

 

 

「え、キリト?」

「あぁ、すまん。わざわざいいよ。ソロプレイだからすぐにたまるし。持っててもただの宝の持ち腐れだからな」

 

 

そして家の前までついた。

寝泊まりしてるところにつくと、なぜかすごく安心する。

 

 

「じゃあ俺も帰るよ。またな」

「うん! 助けてくれてありがとね! キリト!」

 

 

 

 

その夜布団に入り目を瞑ると、あの時の、黒い剣士の姿を思い出した。

 

 

襲ってきた四人組の人よりも、背も低いし、がたいもよくはなかったけど、だけど。

 

 

 

 

 

 

 

とても、かっこよかった。

 

 

 

 




第二層ボス戦は、書く予定は……わかりません。

迷ってるとこです。


感想とかあったら嬉しいですっ!

それではまた次回っ


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