海にて【ぐだマシュ】 (ネアの箱)
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海にて【ぐだマシュ】
ざざーん、ざざーんと音を立てて波が揺れている。俺とマシュは砂浜の岩部に腰掛けて夜の海を見ていた。
「…綺麗ですね、先輩」
「うん」
水着にパーカーを羽織った清楚な姿で、マシュが空に手を伸ばす。その先には満天の星空。輝く星を掬うように手を伸ばしたマシュは、そのまま虚空を掴んだ。
「私、こんなに綺麗な星空は初めてです」
動いた目線の先には黒々とした海があって、その上にも星は浮いていた。
まるで世界の全てが星になったようで、星に包まれているような、不思議な気分だった。
「今なら、星が掴めちゃいそうですね」
「海の中に手を入れたら、掴めそうだ」
試してみますか、とマシュが岩を降りた。続いて俺も降りる。砂の上にぺたんと座ったマシュは押し寄せる波に手を伸ばし、そっと水を掬った。
「ふふ、やっぱり掴めないです」
「けどほら、マシュ。見て」
手の中の水に、星が浮いている。まるで星を掴んでいるみたいに。
「星、掴めてる」
「掴めちゃいましたね」
顔を見合わせて笑う。俺も砂浜に座って海水を掬い上げると、手の中に小さな宇宙ができた。
「俺も掴んだよ」
「先輩の空の方が、大きいです」
俺の手を覗き込んだマシュがそっと笑う。そのまま向き合って、静かに口付けた。
「先輩……」
「マシュ、好きだ」
「私もですよ、先輩」
星空を海へ還して、立ち上がった。互いに濡れた手を繋ぎあって静かに浜辺を歩く。ざざーん、ざざーんと引いては寄せてを繰り返す波の音だけが、辺りを支配していた。
「……このまま、二人で星空に溶けちゃいそうだ」
「死んだ人の魂は、星になるそうですね」
星を見上げながら呟く。俺みたいな平凡な男でも、死んだらマシュと釣り合うような立派な星になれるだろうか。
「先輩も、ドクターも、…私も、いつか星になって、そしてみんなで永遠に一緒にいられるんですね」
「だとしたら、みんないつまでも一緒にいられるんだ」
俺たちの不謹慎な呟きも、今なら誰にも咎められない。ただ、一緒にいられる奇跡だけを称えて笑いあった。
「俺はきっと、ずっとマシュのことが好きだよ」
「絶対、って言ってくれないんですか」
「マシュのこと忘れちゃったら、好きでいられないかもしれないから」
それでも、何度でも恋に落ちると約束できる。何度出会っても、忘れても、俺はずっとマシュと恋に落ちるんだって。
「それならいいです」
「嘘はつけないでしょ」
「嘘をついたら、清姫さんに怒られちゃいますから 」
「それもそうだ」
言うと、マシュが小さく水面を蹴った。ぱしゃりと音を立てて水が飛ぶ。真似して蹴ってみると、バランスが崩れて海の中に倒れた。
「うわっ!」
「せんぱ、わっ!」
手を繋いでいたせいでマシュも一緒に倒れ込む。二人して海水まみれになって、思わず笑ってしまった。
「もう、またお風呂に入らなきゃいけないです!」
「一緒に入ろうか、そしたら二人で暖まれる」
立ち上がって、また手を繋いだ。拠点の方まで歩いていく。そっと手を離してスカサハさんに事情を話すと、「若いとはいいものだな」と言われた。
「な、」
「まあいい、風呂を入れておいてやろう。人払いもしておいてやる」
「あの、スカサハさん、私たちはそういうのでは…」
「照れずともよい。私は分かっているからな 」
明日、誤解を解いておかなければいけないと心に刻みつつ、二人で盛大なため息をつくのであった。
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