転生死神と村娘の異世界冒険記 (緒方 ラキア)
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1話

自分の人生を振り返って見た。

 

これといった特別な思い出が思い出せない。

というより、自分が死んだ時の記憶が衝撃的過ぎて、そちらの記憶しか鮮明に思い出せないからだ。

 

杉下 薫(すぎした かおる) これが自分の名前だ。

 

どこにでもいるような普通の高校生だった。

自分で言うのもあれだが、平凡な日常を送っていた。

まあ、人並みに優れている事といえばオンラインゲームくらいだったかな。

 

僕が死んだ原因は確かナイフで刺された事による出血死であった。

刺したのは自分の隣に住んでいる幼馴染であった。

刺される前に理由を聞いたところ、

 

「他の女に取られるぐらいなら、あなたを殺して私も死ぬ。」

 

だそうだ。

 

僕は刺される2時間前に、学校1美人の先輩から告白されたのだ。

人生初めての告白に、僕は混乱してしまい返事を明日すると言い、そのまま逃げるように自宅に帰ったのだった。

その後、幼馴染が家に包丁を持って訪ねて来て刺された僕は、そのまま死んでしまったのである。

まさかあの子がヤンデレだったなんて。

 

そして現在、僕は真っ白で何もない空間にいた。

目の前には、今まで見たことのないほどの美しさを持つ女性が立っていた。

 

「あのー・・・。どちら様でしょうか?」

 

とりあえず、目の前の女性に質問した。

 

「この度は大変でしたね、杉下 薫様。とりあえず、私は女神です。」

 

・・・余計わからなくなった。

死んでから電波な人に出会うなんて。

 

「私はおかしい人ではないので、安心して下さい。」

 

今、考えていたことを読まれた?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

女神が言うには、今いるところは天界らしく、これから自分は元いた世界とは違う世界に転生させるらしい。

転生させる際、本人の希望を叶えるためここに僕を連れて来たそうだ。

 

「では、杉下様。転生において何かご希望がありますか?」

「もちろん今のままでも十分に強化を行いますが?いかがいたしましょうか?」

 

話を聞いたが疑問の方が増えた。

まあ、17歳で死んでまだやりたいこともいろいろあったしこのまま転生するのも悪くないか。

女神様は強化してくれると言うが、

 

「強化ってどんな感じになるのでしょうか?」

 

「はい。このようなステータスになります。」

 

そう言って僕の前に『ステータス』の書かれた紙を差しだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・杉下 薫 種族(人間) レベル50

 

≪ステータス≫

HP8500

攻撃5200

MP3700

防御1900

素早さ1100

 

≪スキル≫ 『未選択』

 

≪職業≫ 『未選択』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「スキルと職業はまだ選択されておりませんので、このようなことになっていますかが、今から好きなものを選んでいただくことになっています。」

 

・・・これ、僕の遊んでたオンラインゲームのステータス画面にそっくりだ。

 

「あの、このステータス画面見覚えがあるのですが。」

 

「はい。これから行く異世界では杉下様の遊んでいたゲームの世界と大変似たような世界になっているのです。」

 

なるほど、ゲームの世界と似ているのか・・・。

それにしても、ステータスが低い。

いや、スキルと職業を選べばそれなりに強くなるのだろうが、それでも僕のキャラクターより低い。

僕のキャラクターならいいのに・・・。

 

そう思って女神様に質問する。

 

「あの、このステータスをゲームのキャラクターにすることはできますか?」

 

「はい。可能です。」

 

ダメ元で聞いてみたができるようだ。

僕はそうして欲しいと言い、女神様は僕の望み通りにステータスを変えてくれた。

 

「それでは、杉下様。新しい世界での冒険頑張ってください。それと、私と連絡が取れるようにしておきましたので、何かあった場合に連絡してください。」

 

ステータスの調整が終わり、女神様は異世界へとつながる門を開く。

元いた世界ではあまりいいことはなかったが、これから行く異世界ではいいことがありますように。

と思いながら門をくぐり、目の前がまばゆい光に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 



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2話

「おお。」

 

目の前に広がる景色は見渡す限り、草原であった。

吹き抜ける風がとても心地よい。

 

そして、改めて自分の今の姿を見る。

 

虚無から取り出したような漆黒のローブ。常時闇属性の攻撃を半減する、お気に入りの装備である。

そして、自分の手を見る。

だが、そこには自分の見慣れた人の手ではなかった。

 

骨。そう、自分の手が骨になっているのだ。

そして、アイテムボックスから手鏡を取り出し自分を見る。

見事な頭蓋骨である。眼窩の中には青い光が揺らめいていた。

 

杉下のゲームキャラクターの種族は人間ではなく、アンデットの死神であったのだ。

 

「チェック」

 

手鏡をしまいステータスを確認する魔法を自分にかける。

すると、目の前に自分のステータスが浮かび上がってくる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・ラダマンティス 種族(アンデット) レベル100

 

《ステータス》

・HP86820

・攻撃49720

・MP98670

・防御13268

・素早さ52360

 

《スキル》

・闇渡り

・グラビティーワールド

・冥獄の門

安息の息(レストブレス)

     ・・・他

 

《職業》

・冥府の番人

・魂を狩るモノ

・死神

・料理人

・ティーマスター

     ・・・他

《寿命》なし

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

確かに自分のステータスだ。

だが、《寿命》という項目ははじめて見る。

アンデットだから寿命がないのはわかるが、これは必要なのか?

もしかすると、死神だということが関わっているのだろうか?

 

しかし、ステータスに問題はなさそうだ。

さすが、女神様。

すると、女神から着信が来た。

 

『無事に着いたようですね。』

 

「ええ、ありがとうございます。」

 

『この先に森林があります。その中に村がありますので、まずはそこに行ってはどうでしょうか。』

 

ふむ、確かにこの世界の人間に接触する方がいいか。

 

「そうします。ありがとうございます。」

 

女神様との連絡を切って歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

しばらくして、歩くと時間がかかりそうだと思い、飛行(フライ)の魔法を使って移動していた。

地面スレスレで飛ぶのは、結構面白い。

そして、飛びながら森林の中をかけまわる。

 

だが、急に目の前に子供くらいの黒い人陰が飛び出して来た。

 

ゴブリン。ゲームモンスターであった。しかも三匹。

 

うむ。これは自分の実力を試すチャンスだ。

そう思って、アイテムボックスから武器を取り出す。

 

出てきたのは、2メートルほどの死神の鎌であった。

 

『冥界神の鎌』(デスサイス・ハーデス)

 

ラダマンティスのメイン武器である。オンラインゲームの中でも、入手困難とされる伝説クラスの代物である。

 

「チェック」

 

先ほどと同じように、ゴブリンのステータスを確認するため魔法を使う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・ゴブリン 種族 (ゴブリン) レベル5

 

《ステータス》

・HP300

・攻撃450

・MP60

・防御23

・素早さ43

 

《スキル》なし

 

《職業》なし

 

《寿命》40年

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・・・・・。

・・・は?

 

思わず二度見した。

あまりにもステータスが低く過ぎる。ゲームでもここまで低くはなかった。

他の二匹も見るが、どちらも似たような数値であった。

異なることは、寿命の長さくらいか。

 

あまりのステータスの低さに、自分の魔法がおかしくなったのだろうかと固まっていると、一匹のゴブリンが襲いかかってきた。

 

だが、はっきり言って遅い。

 

まるで、スローモーションのように動いて見える。

そして、襲われたと思った瞬間、もう反射的に体が動いていた。

 

ラダマンティスの攻撃は目で捉えることはできないほどであった。

 

襲いかかったゴブリンは自分が斬られたことに気付かず、絶命した。

 

二匹のゴブリンは何が起こったのかわからず、その場で固まってしまった。

だが、追撃させないために、すでにラダマンティスは踏み込んでいた。

 

そして、残ったゴブリンは上半身と下半身が別れ、崩れ落ちた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「聞いてないですよ。あんなに弱いなんて。」

 

愚痴を言いながら歩く。

先ほど、女神様に連絡の魔法を使って話をしながら歩いていた。

 

『確かに大変似ている世界だと言いましたが、同じ世界だとは申して下りませんよ。』

 

くそ、ああ言えばこう言う。先ほどから言いくるめられていた。

 

なぜ、女神様があのステータスを用意したのかわかった。

この世界では、一般人もモンスターもレベルが低く、最強と言われる者でもレベル50らしい。

用意したステータスでもここで十分やっていけるだろう。

いやむしろ、その用意されたステータスの方が良かったのかもしれない。

今の自分は、この世界の低位モンスターならば、デコピンで倒せる。

もしも、自分が本気の力を使えば、厄介なことに巻き込まれるのは明白だ。

はっきり言って、面倒事に巻き込まれるのはいやだ。

・・・一人で旅を続けようか。

 

そう考えていると、周りのことを気にしていなかったのだろう。

 

彼は道に落ちていた石に盛大に躓いた。

 

だが、悲劇はそこで終わらなかった。

 

そのまま倒れた先は崖であり、体は重力に引かれていく。

 

「アアアアアア‼」

 

魔法で飛べることも忘れ、空中でもがきながら落下してゆく。

そしてそのまま木に突っ込んで行く。

 

木の枝に当たる。それもすごい当たる。

 

そして、一部の枝が当たり所が悪く、ラダマンティスの頭が外れた。

頭と体が離れたまま地面に落ちた。

 

・・・ヤバい。このままじゃ、ヤバい!

普通、死神が死ぬことはない。だが、意識が消えることはある。ゲームではアンデットは首を斬られた場合、一定時間動けなくなる。

時間内に首を繋げばいいけれど、出来なければそのまま死亡になる。そして、自分は動けないため誰か他の人にしてもらう必要がある。

 

しかし、ここには自分以外誰もいない。

5分以内に首を繋げなければ死ぬ。

女神様はここには来れない。状況はわかっているはずだが、基本女神様はこの世界にあまり関わらないとさっき言っていた。

つまり、女神様は助けてくれない。

なんとかしなければ!

 

・・・・・

 

あと1分しかない。

ああ、意識が遠退いてゆく。ここで第2の人生終了、ゲームオーバーか・・・。いや、すでに人じゃないか。

 

だが、ふと足音が聞こえた。

この際なりふりかまっていられない。

思念(テレパス)の魔法を使って話かける。

 

『そこに誰かいるのか?』

 

「え?頭の中に声が、誰?」

 

どうやらうまく繋がったようだ。

 

『すまないが、私の頭と首を繋いでくれないだろうか?』

 

「え?頭?・・・って骨~‼」

 

どうやら落ちていた(自分)に気付いたらしい。

まあ、端から見れば白骨遺体遺棄現場に遭遇したようなものだろう。さらにその頭蓋骨が話かける。もはやホラーでしかない。

だがそんな事を気にしている場合ではない。

 

『時間がない。とにかく、その頭蓋骨を首に近づけてくれ!頼む‼』

 

「ひっ!?わ、わかりました。」

 

どうやらうまくいった。相手は頭蓋骨を首に近づけてくれた。

体の感覚が戻ってきた。指を動かす、首を回す。問題なし。

意識もはっきりしてきた。

そして、自分の前に立っている者を見る。

 

そこにはいかにも村娘といった少女がいた。

 

うむ、可愛い。栗色の髪、整った顔立ち、歳は14か15ぐらいだろうか?

このまま成長すれば、誰よりも美しくなれるだろう。

おそらく、この子が助けてくれたに違いない。礼を言わなければ。

 

「ありがとう。おかげで助かった。」

 

・・・・・あれ?

反応がない。どうしたのだろうか?

 

ラダマンティスは少女に近づく。

すると、気付いた。

 

「立ったまま、気絶している‼」

 

これが二人の出会いであった。



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3話

その日は、薪を拾うため森の中にいた。

 

リオン・ムラサメ

 

この大森林の中にある『マルト村』に住む村娘だ。

この村で彼女は一人で暮らしている。

娘が一人暮らしでいるのには訳があった。

 

彼女の母は、優れた『魔法使い』であった。父はこの村一番の戦士であり、両親どちらとも村人達から慕われていた。

リオンが生まれ、それは幸せな生活であった。

だが、ある日母が亡くなった。

その後、父は王宮で騎士をするために村を離れることになった。

リオンは最後まで父に付いて行こうとしたが、迎えにきた騎士に阻まれ、行けなかった。

 

リオンには才能がなかった。

二人の娘でありながら、ステータスは一般人と変わらなかった。

そのため、彼女は一人村に残された。

 

もう父別れてから3年が経った。父はどうしているだろうか。ちゃんとご飯食べているだろうか。

村の人達が助けてくれるから私は大丈夫だが・・・。

 

そんな事を考えながら薪を探し、森の中を歩く。

だが今回は、いつもより深く森に入っていた。

それに気付いて帰ろうとしたその時。

 

『そこに誰かいるのか?』

 

頭の中に声が聞こえた。

だがどこにも人はいない。

 

『すまないが、私の頭と首を繋いでくれないだろうか?』

 

繋ぐ?どういうことだ?疑問を持ちながら、声のする方を見る。

そこには頭蓋骨が落ちていた。しかも、話かけてきた!

声を上げ、思わず逃げようとするが。

 

『時間がない。とにかく、その頭蓋骨を首に近づけてくれ!頼む‼』

 

相手は切羽詰まっているようだ。そして少し考える。もし、このまま逃げたらどうなるか。

確実に呪われる未来しかない。未来永劫祟られる。

彼女は返事をして、手を震わせながら頭蓋骨を持ち、恐る恐る首に近づける。

かなり近づけた時、相手の体が動き始めた。

すると相手からとてつもないオーラが吹き出してきた。まるで、逃れられない絶対的な死が具現化したような姿がそこにはあった。

 

闇色の真っ黒なローブ。頭蓋骨の眼窩から青い光がこちらを見ていた。

 

ああ、短い人生だった。

彼女は意識を手放した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とりあえず、彼女を放っておく訳にもいかず見つけた洞窟の中に寝かせた。

念のため回復薬(ポーション)を用意しておく。備えあれば憂いなしだ。

しかし、なぜ彼女は気絶したのか?

 

すると彼女が目を覚ました。

 

ラダマンティスは彼女に声をかけた。

 

「起きたようだな。どこか悪いところはないか?」

 

ラダマンティスは紳士的に優しく声をかける。

すると彼女はこちらを向き、ラダマンティスと目が合うと・・・

 

ものすごいスピードで後ずさった。

 

え?・・・何で?

 

「ああああああ、あなたどうして!!わたわた、わわわ、私をどうするつもり!!」

 

・・・おもいっきり警戒されている。

とにかく落ち着かせるため、再びこちらから声をかける。先程よりも優しい声と口調で。

 

「落ち着いてください。私は何もいたしません。」

 

「嘘おっしゃい!魔族が何もしないなんて。絶対何かする気でしょ‼」

 

魔族?何のことだ?

 

「とにかく安心してくれ、私はここから動かないから。」

 

「・・・本当に?」

 

ラダマンティスは頷く。

 

「まずは、助けてくれてありがとう。」

 

「ああ・・・。いえ・・・。」

 

「私はラダマンティスだ。君の名は?」

 

ラダマンティスの質問に彼女は小さな声で答えた。

 

「リオン・ムラサメ」

 

うむ、いい名前だ。しかし、『ムラサメ』か。

この子も同じプレイヤーなのか?それとも、プレイヤーと何か関係があるのだろうか?

 

「魔族じゃないなら、何なのよあなた。」

 

「ああ。私は・・・」

 

これを言えば納得してくれるだろうと答える。

 

「死神だ。」 

 

・・・あれ?また固まった?

彼女は気絶した時と同じ表情をして、

 

「やっぱり魔族じゃない!しかも、三魔将クラスのバケモノじゃない!!」

 

「エエエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

どうやら話を聞くと、この世界では人間と魔族は敵対関係らしい。

魔族とはアンデット・悪魔・その他もろもろなどの者達のことを指し、自分のやっていたゲームでいうところの属性が悪寄りなプレイヤーやモンスターのことだろう。

いやいや、私は魔族ではない。

ゲームではプレイヤーを狩りまくってレベルを上げ、自分の戦っていたモンスターを他のプレイヤーに押し付けたり、レアアイテムが手に入ると言って誘き寄せたプレイヤーを不意討ちで倒し、周りから非公式ボスとして恐れられていただけだ。

 

・・・あれ?魔族の要素しか感じられない。

 

ああ、さらに距離が。

仕方ない、なるべくアイテムは消費したくなかったが、致し方あるまい。

アイテムボックスに手を伸ばし、お目当ての物を探す。

そういえば、何なのためらいもなく力を使えている。アンデットになったから精神が変わってしまったのだろうか?

そう考えているうちに見つけた。

 

取り出したのはティーカップとティーポットであった。

 

どちらとも美しい金の模様が彫られ、見た目から高級感があふれ出る一品である。

目の前の彼女は何処からともなく、アイテムを出したことに驚いたようだが。

 

ラダマンティスは手際よく準備していく。

スキル補正によってうまく出来る。

 

あっという間に紅茶ができた。

ティーカップに紅茶を注ぐ。

そして、彼女に差し出す。

 

彼女は警戒して飲もうとしなかったが、紅茶の香りに誘われていた。

とどめにお手製のクッキーも出した。

うむ、我慢している顔も可愛い。癒される。

 

数分後、クッキーと紅茶を美味しく頂くリオンの姿がそこにはあった。

 



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4話

「それで?何を聞きたいの?」

 

あれからリオンと名乗った少女はクッキーと紅茶を完食した。あんなに美味しそうにしている姿は何とも可愛いらしかった。

ラダマンティスはこの世界についてリオンに聞くことにしたのだ。なるべく厄介事から逃れたい為、常識や情勢などを知っておきたかったからだ。

 

「まずはこの世界にどのような国家が存在するのか教えて欲しい。」

 

これから先に国々に行く場合、そこがどのようなところであるのか知りたい。まあ、先程のリオンのリアクションからすると、人に遭遇したら恐れられるのは間違いないが。

 

「ふぅん。まあわかったわ。」

 

「じゃあ説明するけど、私の知っていることだけよ。」

 

「まずリカルド王国。今いるこの森も私の住む村もリカルド王国の領土よ。領土が他国よりも広いけど、王国貴族はバカばかりで、未開拓な地域が多くてモンスターが住みかにしている場所だらけ。そういえば、王国騎士団にすごい人が入ったって聞いたわ。」

 

「次にヴァルナ帝国。王国と違って皇帝が優秀で国々の中では一番豊かだって噂されてる。王国と帝国は毎年戦争をしているけど、ここ最近は王国が劣勢みたい。でもこの前世代交代した帝国魔術師が言うこと聞いてくれなくて、皇帝が困っているらしいわ。」

 

「最後に魔王国。大魔王サターンが支配する異業種の国ね。世界征服を企んでいるらしいけど、最近派閥争いが起きてサターン派とベルゼビート派に分かれてそれどころじゃないみたい。」

 

なるほど、しかしまあどの国家も魅力はあったのだが、問題だらけだな。一番ましなのは帝国かなぁ?

しかし大魔王サターンか。ゲームでは最初のボスモンスターだったな。初期は最強キャラだったがアップデートで新キャラが出てきて初心者でも倒せるほど弱体化したキャラだったが、この世界では頂点に立っているのか。

ふふ。自分は初期からやっていたから懐かしい気分だ。しかし、ベルゼビートは聞いたことがない。この世界にしかいないモンスターだろうか?

 

「ありがとう。おかげでよくわかった。」

 

「へー。」

 

彼女は興味をなくしたような声で返事した。

 

しかし、ここに居ては始まらないな。とすると・・・

 

「すまないが、君の村に案内してくれないか?」

 

「はぁ⁉何であんたを!」

 

理由はごもっともだ。しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。

 

「この世界の人々がどのような暮らしをしているのか見てみたい。安心してくれ、村人達には何もしないことを約束しよう。」

 

その後、必死の説得によって彼女は渋々了承した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

草をかき分けながらリオンは歩く。想定外の出来事によって、長く森にいたためこの後の予定がだいぶ狂ってしまった。

さらにラダマンティスに運ばれた洞窟は村から歩いた道からかなり離れていたため、このような道無き道を歩く羽目になってしまった。

しかし、この場所はモンスターが出る。そんな場所を武器を持たずに歩くのは本来なら自殺行為である。

 

「本当に大丈夫なんでしょうね。」

 

「ああ。安心してくれ。」

 

ラダマンティスの声が響く。しかし、その姿は何処にもない。

今の彼はリオンの影の中にいた。

ラダマンティスの《スキル》『闇渡り』の能力である。影に出入りするだけの能力だが、これがとても便利なのだ。ゲームではプレイヤーの影に潜み情報収集を行ったり、敵プレイヤーに不意討ちを仕掛けたり(たまに味方の裏切りに使用)とラダマンティスには欠かせない《スキル》だ。

この《スキル》を使い、モンスターの気配を感じ取った時にモンスターの影に入りそのまま倒すという行為を繰り返していた。

 

「あなたは良いわね。強くて・・・」

 

何か含みのある言動だな。ふと、気になってリオンの《ステータス》を見る。そういえば、モンスター以外の《ステータス》を見るのは初めてだな。

《ステータス》が浮かび上がる。ふむ。どれどれ・・・

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・リオン・ムラサメ 種族 (人間) レベル7

 

《ステータス》

・HP40

・攻撃23

・MP90

・防御17

・素早さ37

 

《スキル》『未覚醒』

 

《職業》『村娘』

 

《寿命》70年

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うむ、《職業》が『村娘』とは。ゲームにはこんな《職業》はなかったな。

だがそれよりも気になるのは《スキル》の欄だ。これはゲームでも稀にある現象だった。本来《スキル》はレベルによって取得できるものが変わってくる。だが、レベルが足りなくても《スキル》は取得できるが、その代わり、《スキル》の能力は発動しないため『未覚醒』と表示される。

つまり、彼女は《スキル》がまだ発動していないのだ。決して弱い訳ではない。

これから誰よりも強くなれるのではないだろうか?

すると突然、彼女は走り出した。

 

「おい⁉急にどうした。」

 

影の中にいるラダマンティスが声をかけるが、彼女の返事はひどく切迫したものだった。

 

「村の方から煙が上がってるの。何かあったのかもしれない!」

 

それを聞き、ラダマンティスは気配を探る。

確かに彼女の示した方向には大勢の人間がいるようだ。祭りか何かじゃないのかと考えていたが、人間の気配が少しずつ減少していることに気付いた。

ただ事ではないと思い、ラダマンティスは気を引き締めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「何よ・・・、これ・・・」

 

リオンは目の前に広がる光景が信じられなかった。この村で家族のような人達が血を流して倒れているのだ。そして、全員事切れていた。

畑仕事を毎回手伝ってくれた、力自慢のモルガンさん。

同い年なのに村のお姉さん的存在だった、しっかり者のリーナ。

弟のようにいつも後ろをついてきた、村長の子アルト。

みんなさっきまで生きていた。元気に仕事だ仕事だって笑顔だった。

 

「嘘よ嘘よ嘘よ‼」

 

これは悪い夢だ。きっと自分はまだ寝ているんだ。ラダマンティスに会ったことも全部夢だ。

リオンは現実から目を背け始めた。その為、背後から迫る影に気が付かなかった。

気配を感じて振り返った時には、もう影はリオンを見下ろしていた。

そこにいたのは全身鎧(フルプレート)を身に纏い、右手に血で汚れた長剣(ロングソード)を持った騎士であった。胸に帝国の紋章がある。

(ヘルム)に開いたスリットからこちらを冷たい目で見下していた。

無謀にもリオンは騎士に飛びかかったが、腹部に騎士の蹴りが刺さり、その場に蹲る。

騎士は蹲るリオンの髪を掴み、そのまま引きずって行く。

 

「痛い!痛い!止めて!!」

 

リオンは叫ぶが騎士は気にせず引きずってゆく。

やがて村の広場まで連れて行かれると、無造作に投げられた。

周りには生き残った村人が集められていた。だが、人数が足りない。集められた村人は50人ほど、この村には200人が暮らしていたはずだ。

 

「よし。これで全員か。」

 

隊長のような騎士が声を上げる。

 

「ならば、数人だけ残して後は村を焼く準備を始めろ。」

 

隊長と見られる騎士をリオンは睨み付け叫ぶ。

 

「あなた。こんなことしていいと思っているの!」

 

するとこちらを見た隊長騎士は、リオンに近づいてゆき・・・

長剣(ロングソード)をリオンの左肩に突き刺した。

 

「あぁぁぁぁーーー!?」

 

左肩に感じたことのない激痛が走る。傷口から血が溢れ出す。押さえるものの血は止まらない。

 

「まずは、貴様からだ。」

 

隊長騎士は長剣(ロングソード)を振りかぶった。そしてそのまま全力で振り下ろされた長剣(ロングソード)はリオンに迫り・・・

 

反重力波(アンチグラビティー・ウェーブ)

 

突き刺さる前に隊長騎士は吹き飛ばされた。そして少し痙攣すると、そのまま動かなくなった。

他の騎士は何が起こったのか理解出来ずその場で固まった。村人達も先程の光景が信じられず、リオンの方を見ていた。

 

すると、リオンの影から何かが浮かび上がってくる。真っ黒な何かはやがて人の形になり・・・

 

死がそこにいた。

 

「さて、貴様らに死を与えよう。」

 

死神(ラダマンティス)は死を宣告する。

騎士達の結末は、もう決まっていた。




反重力波(アンチグラビティー・ウェーブ) レベル7魔法
・レベル3の衝撃波(ショック・ウェーブ)の強化版。相手を吹き飛ばすだけの衝撃波(ショック・ウェーブ)と違い、吹き飛ばした後、追加効果で相手の素早さを下げる。


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5話

その日は何事も順調に行われるはずだった。

副隊長のガルシア・ギル・ナダルは帝国騎士として3年皇帝陛下のために尽くしてきた、その思いはこれからも変わることはない。

この村は、これから起きる戦争の火種とするために襲撃した。

四方から囲み込んで、村人を中央の広場に集まるように駆り立てた。その後、集めた村人達は適当に間引き、残った者は逃がして終わる。

 

さらに、この襲撃には別の目的があった。

王国に新たに誕生した王国騎士の姿を見るためである。

王国貴族の一人を買収し、王国騎士団をこの村に誘き寄せた。王国貴族の一部は腐敗しているため買収は簡単だった。そして数人の団員が残り噂の新人の実力を見ようとしたのだ。

そう、村人を集めるところまでは全てが順調だった。隊長が吹き飛ぶ所を見るまでは。

隊長のザナックは帝国ではそこそこ名の通った資産家で、今回の襲撃には箔を付けるために参加した。正直あまりヤツが隊長で他の団員は乗り気ではなかった。

しかし、ザナックの本当の目的は単に子どもを殺しに参加したのだ。その証拠に村の子どものほとんどはザナックが殺害した。

そして、連れて来た村娘にザナックは剣を突き刺した。彼を止めることはできない。せめて魂は安息の地へと導かれるようにと心の中で祈りを捧げていた。

しかし、ザナックの剣は村娘に刺さることはなかった。

ザナックは何かに吹き飛ばされてそのまま動かなくなった。

その後、村娘の影から見たことのないモンスターが姿を現れた。

何もない眼窩には血のような赤い光が蠢き、辺りには目に見えない死のオーラで満ちていた。

 

「さて、貴様らに死を与えよう。」

 

ガルシアは神に祈りを捧げながらも死に剣を向けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

影の中にいたラダマンティスは全てを見ていた。

彼は戸惑っていた。以前の自分なら人が死ねば、何かしら感情が現れるはずだが、今の自分は何も思わない。

まるで、そこらにいる蟻見た時と同じような気分だった。

だが、沸き上がる不快感は押さえられなかった。この世界で初めて出会ったリオンの泣く姿を見ていると、さらに不快感が沸き出してきた。

そしてリオンが刺された時、ラダマンティスの何かが切れた。

気が付くとラダマンティスは攻撃魔法を発動していた。

ラダマンティスが使った魔法はレベル1~10まである内のレベル7に当たる高位の魔法であった。

魔法を放った騎士はそのまま動かなくなった。まだ足りない。リオンを悲しませた者達を許さない。

 

「さて、貴様らに死を与えよう。」

 

ラダマンティスは死を宣告する。しかし、騎士達は自分を囲み込んで剣を向けてきた。

 

「チェック」

 

騎士達のステータスを確認する。騎士達のレベルはほとんどが15であった。これといったスキルもなく、ステータスも低い。全く負ける要素がない。

興味を失ったラダマンティスはもうどうやって殺すかということしか考えていなかった。

無謀にも、それとも動かないラダマンティスに勝てると思ったのだろうか。一人の騎士が飛びかかってきたのだ。

しかし、ラダマンティスにとってはその攻撃はハエが止まったようであった。

ラダマンティスは騎士の頭を(ヘルム)ごと掴み・・・

 

そのまま握り潰した。

 

周りに血とザクロのように脳の破片がこぼれ落ちる。頭を果物のように握り潰された騎士はそのまま後ろに投げ捨てられた。

騎士達から絶望と恐怖が伝わってくる。今頃になって状況を理解してももう遅い。

こうなってしまったラダマンティスは止まらない。この騎士達を殺し尽くすまで。

 

「ひゃぁぁーーー‼」

 

騎士の一人が重圧に耐えられず、剣を捨てて逃げ出した。

それを見たラダマンティスはすぐさま鎌を取り出し、逃げた騎士の背後に回り、鎌を振り下ろした。

騎士は見事に分かれ、その場に崩れ落ちた。

 

「残り8人、さあ次はどいつだ?」

 

騎士達は、あまりの恐怖にその場を動くことができなかった。

しかし、かえってそれがラダマンティスをさらにイラつかせた。

 

「来ないというなら、こちらからいくぞ!」

 

神速のスピードで一番近くにいた騎士二人の間に入ると、目にも止まらぬ速さで鎌を振るう。

二人の騎士は体に線が入ったと思ったときには、人体一つ一つがサイコロぐらいになって、バラバラに崩れ落ちた。

次に目をつけた騎士は縦に寸断され、自分が真っ二つになるまで死んだことに気が付かなかった。

そのまま流れるように動き、騎士三人の首を切り飛ばす。首から噴水のように血が吹き出し、ラダマンティスを汚した。

すると、一番離れた所にいた騎士が逃げ出した。

ラダマンティスはそちらを向き、逃がさんとばかりに魔法を発動する。

 

石化(ハーデン)

 

すると、騎士の足が止まった。いや、足が石へと変わっていった。みるみる広がってゆき、騎士は一つの石像に変わった。

その石像に近づき、ラダマンティスは石像を叩いた。

 

「脆いな。」

 

そして、石像を殴り粉々にした。

残りはもうガルシアしかいなかった。ガルシアはラダマンティスに無駄と知りながらも剣を向けた。だが、剣先はガルシアの恐怖によってカチャカチャ音を立てる。

そんなガルシアにラダマンティスはゆっくり一歩ずつ近づいていく。

ゆっくりと死が迫ってくる。

ガルシアは恐怖で顔がしわくちゃになり、穴という穴から水分が抜け落ちるようであった。

そして、ラダマンティスが残り2メートルをきった時、ガルシアは耐えられなくなり。

 

「おおおおぉおお!」

 

ガルシアは声を上げ、ラダマンティスにめがけ、全力で剣を振るう。

極限の状況下の中で放ったその一撃は、誰もが驚愕するほどの最高の一撃だった。

剣は吸い込まれるようにラダマンティスの肩に当たり、

 

ガルシアの長剣(ロングソード)が折れた。

 

驚愕で固まるガルシアに、ラダマンティスは優しく告げる。

 

「惜しかったな。」

 

ガルシアが最後に見たのは、崩れ落ちる自らの体であった。

 

村の広場に死体が転がる。

先程まであった危機は呆気なく去った。しかし喜ぶことを村人達はできない。より一層'死'に近い存在がいるからだ。

村人達は身を寄せ合い少しでも恐怖から逃れようとする。

そんな中、馬に乗った騎士二人が近づいて来た。おそらく見張りの騎士が様子を見に来たのだろう。

騎士二人はラダマンティスを見ると真っ先に逃げ出した。正確には馬が恐怖のため勝手に走り出しただけであった。

しかし、ラダマンティスには関係無い。

新たな獲物を見つけたラダマンティスは一気に距離を詰め、そのまま騎士を切り裂いた。

騎士は上半身と下半身が分かれ、馬から落ちる。

そして、最後の一人に飛び掛かろうとしたその時。

 

「もう止めて!!」

 

リオンの悲しい声が響き渡る。

ラダマンティスはリオンを見る。その目からは涙が溢れ出していた。

リオンはラダマンティスに近づき、そのまま抱きしめた。

 

「もう止めて。さっきの優しいあなたに戻ってよ!」

 

ラダマンティスは気付いた。自分が何をしたのかを。

リオンを守ろうとしたことが、かえってリオンを悲しませた。

鎌が手から滑り落ち、その場に膝を付く。

 

「ごめん、ごめんなさい・・・」

 

ラダマンティスは涙を流せない。だが、その姿はまるで子供が泣いているようであった。

眼窩の中で蠢いていた血のような赤い光は、優しい青い光に変わっていた。




石化(ハーデン)レベル8魔法
・発動した相手を石にする魔法。しかし50%の確率で失敗する。それに、他のプレイヤーは対策しているためあまり効果はない。ラダマンティスは石像にしたモンスターを自分好みの彫刻にして、自分の拠点のインテリアとして飾っていた。


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6話

その後、ラダマンティスは一軒の家に運ばれた。

ここに住んでいた人間はもういないらしい。

村人からすると頼りないだろうが、この空き家にラダマンティスを閉じ込めた。

 

ラダマンティスはベッドに座り、先程の事を考えていた。

あの時の事は鮮明に覚えている。感情に流されるまま、自分は殺戮を心から楽しんでいた。

人間だった頃には血を見ただけで気絶するような自分が、血を浴びることに最上級の喜びを感じていた。まるで本物の死神の気分であった。

そう考えていると、女神から着信が来た。ラダマンティスは連絡を繋いだ。

 

『もしもし~?元気にしてる~?』

 

なんとも場違いな声で話しかけてきた。本当にこいつ女神なのだろうか?

 

『失礼な!ちゃんと転生を司る女神、セレスティア様とは私の事です。』

 

また心を読んだ。というより、女神様に名前あったんだ。

 

『ふふん。あなたの考えていることはすぐにわかるのです。そして、今抱え込んでいる悩みもお見通しなのです。さぁ、話してみなさい。』

 

鬱陶しいが、自分をわかってくれるのは今のところ女神様だけなので、全て話すことにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『うーん。それは大変でしたね~。となると、あれか~。』

 

どうやら、女神様は何か知っているようだ。すると女神様は語り出した。

 

『今のあなたは大変精神が安定していません。なぜかというと、現実世界の杉下 薫の精神とゲームキャラのラダマンティスの精神が共に存在しているからです。』

 

女神様曰く、怒りの感情が爆発して二人の精神のバランスが崩れた為、あのように暴走してしまったそうだ。

今ラダマンティスの精神は、戦いたいと思うゲームキャラの本能を杉下 薫の理性が無意識にブレーキをかけているのだ。

その為、先程は理性が怒りの感情によって安定せず、本能が爆発して本来のモンスターとして暴れてしまった。ということだ。

しかし、このままでは更なる被害が起こるのではないのだろうか?

 

「どうにかバランスを取ることはできないだろうか?」

 

『方法は有ります。』

 

『心の拠り所を作るのです。理性を安定させる為の心の拠り所を作ることで、本能を抑えたままバトルも日常生活も問題なく送れる筈です。』

 

やはり、すごい女神だったんだ。感心していると、女神様は答えた。

 

『その為、一番手っ取り早い方法を教えます。それは・・・、』

 

 

 

『あの村娘と結婚しちゃいなさいな♪』

 

 

 

・・・・・・。

・・・・・・?

・・・・・・はぁ⁉

 

『そうと決まればさっそく準備しなきゃ。バックアップは任せてちょうだい♪』

 

「ちょっと待てーーー!」

 

このままではいけないと思い、女神を止める。

 

「何でそうなるんですか‼」

 

『あら?もしかして気付いていないのですか?杉下様、あなたあの娘に一目惚れしているのですよ。』

 

「んな!?」

 

そんなはずは・・・、いや確かにリオンは可愛い。しかし、一目惚れなど・・・確かに暴走した時「元の優しいあなたに戻ってよ!」と言ってくれた時は凄く嬉しかった。いやいやいや⁉そんな訳。

 

『ほら。デレデレしちゃって。』

 

女神様の一言で、ハッ!としたラダマンティスは咳払いし、本来の冷静さを取り戻した。

他に何かないかと尋ねようとした時、急に女神は慌て出した。姿は見えないがとても尋常ではないことが起きたようであった。

 

『どうしましょう、もうこんな時間に!』

 

一体どうしたのだろうか。もしかして、女神様と話すことは本当は限られているのではないか。それとも何か起こったのだろうか。

 

『あぁ。早く地球に好きなBL本の新作販売が始まってしまう❗』

 

「どうでもいいわーーーーーー!!」

 

『じゃあ、一端切るわね♪後でまた連絡するから~♪』

 

「仕事しろ!腐女神ぃぃぃーーー!!」

 

一方的に通信は切れた。なんだか、先程までの悩みが吹き飛んだ。

しかし、ラダマンティスの中で女神の評価はワンランクダウンした。欲望に忠実すぎる女神であった。

すると、ドアの隙間から覗く視線に気付いた。振り返って見ると、そこにはリオンがいた。ラダマンティスのあげた回復薬(ポーション)を使ったのだろう、先程の刺された傷はもう何処にも見当たらなかった。

 

「ど、どうしたの?一人で大きな声出して。」

 

どうやら先程の女神との通信を聞かれていたようだ。女神との会話は他人には聞こえないため、一人で話しているように見える。

しかし、まさか先程話題にしていたリオンが来るとは。

女神との会話を思い出し、恥ずかしくて目が合わせられない。

 

「あぁ・・・、何でもない。」

 

・・・気まずい空気が流れる。この空気をどうにかしようと声をかける。

 

「「あの・・・」」

 

見事にリオンと被った。

 

「あっ、すまない。先に・・・」

 

「い、いえ・・・、そちらから・・・」

 

何だこの付き合いたての初恋カップルみたいなやり取りは。だが、少し嬉しかった。

そして、リオンから話すことになった。

 

「あなたこれからどうする気?ここにいてもいい事無いわよ。」

 

「その事なんだが。」

 

頭の中で女神の言葉が繰り返される。あぁまともに目を合わせられない。

 

「もし、あなたが良ければいいのですが・・・」

 

「私と契約しませんか?」

 

一体自分は何を言っているのか。そう疑問に思いながらラダマンティスは話を続ける。

 

「私と契約することであなたには多くのメリットがあります。まず、身の安全を保証します。勿論、この村の人間も例外ではございません。必ずお守りいたします。次に、短期間でのレベルアップが可能です。これには特殊なアイテムを使用しますが、全く問題ありません。それから・・・」

 

もはや、何処ぞの悪徳商法のように次々にメリットを言う。女神の言葉を真に受ける訳じゃないが、この世界に来て初めて会ったリオンとの繋がりは保って置きたかった。

そして話を続けること約5分、リオンは了承し、晴れて契約することになった。若干リオンが疲れた表情であったが。

 

その後、リオンが契約書にサインした直後、武装集団が近づいているとの知らせがラダマンティスとリオンに届いた。



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7話

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ラダマンティスが強いことは、(リオン)は理解しているつもりだった。

だが、私の予想よりもはるかにラダマンティスは強かった。

リオンはラダマンティスの強さに、魅了された。はっきりと動きを捉えることはできなかったが、ラダマンティスの超越した戦いを見ただけで、

 

自分もあんな強さを手に入れたい

 

と思っていた。

その為なら、リオンは全てを投げ出すつもりでいた。

父と母は英雄のような存在であり、リオンは二人に誰よりも憧れていた。

二人の娘でありながら、才能がない自分が嫌だった。

そんな中巡って来たまたとないチャンス。

そうと決まればリオンの行動は早かった。ラダマンティスを閉じ込めた民家へ向かった。

 

扉の前に立ち早速開けようとするが、ラダマンティスの声が聞こえる。扉に耳を当て聞こうとするが、ラダマンティスは急に叫び出し、それに驚いたリオンは扉を開けてしてしまった。

そしてラダマンティスと目があった。

盗み聞きしようとしていたことがバレたのではないかと、内心びくびくしているけども、声をかける。

 

「どうしたの、一人で大きな声出して?」

 

「ああ・・・、何でもない。」

 

あまり深く詮索しないでおこう。ラダマンティスをの機嫌を損ねて、その力を教えて欲しいと頼んでも、断られるのは嫌だ。

とにかく、頼みを聞いてくれるようにしなくては。

 

「「あの・・・。」」

 

ラダマンティスとかぶってしまったことに驚いたが、私に先に話を譲ってもらったので続ける。

 

「あなたこれからどうする気?ここにいてもいい事無いわよ。」

 

「その事なんだが・・・。」

 

続けようとするが、ラダマンティスは何かを言おうとしたため聞くことにした。しかし何故目を合わせないのだろうか。

 

「あなたが良ければいいのですが・・・」

 

「私と契約しませんか?」

 

まさに、向こうからきてくれるとは思わなかった。リオンの返事はすでに決まっている。

しかし、ラダマンティスの契約の説明が長く、答えは決まっているのになかなか喋らせてくれない。

その後、説明の半分ほど聞き流し、本契約に進んだ。

ラダマンティスは契約書を何処からともなく出し、リオンの前に置いた。

リオンは迷いなく、契約書にサインした。

 

「それでは、これを。」

 

ラダマンティスは指輪を差し出す。

この指輪は、契約した者のバトルで得る経験値を代わりに受け取る特殊な効果を持つアイテムである。

ゲームでもめったに使われることのないアイテムだが、これはでは全く別の用途で使われる。

 

結婚指輪である。

 

プレーヤーのレベル最大になると、結婚システムと共に指輪はアイテムボックスに送られる。

結婚システムを使用すると、この指輪はプレーヤーの二人の薬指に装備される。

ラダマンティスは使う事などなかったが、まさか異世界に来てから使うとは思わなかった。

リオンは躊躇いなく、薬指に着ける。

 

「それでは、これで本契約は終了です。」

 

ラダマンティスは契約書をしまう。

しかし、これでは契約書というより婚姻届だな。後でもう一度説明しておこう。

 

それにしても、先程から外が騒がしい。

ラダマンティスはリオンの影に入り外に出る。

 

「おお、リオンそこにいたか。」

 

話かけてきたのは、この村の村長であった。リオンは訪ねる。

 

「何かあったのですか?」

 

「実は、またこの村に近づいている集団がいるのだ。」

 

なるほど、無理もない。普通に考えれば先程の帝国騎士が、増援を連れて来たのかもしれないのだから。やはり、全滅させておくべきだったか。

 

『リオン、他の村民を一ヶ所に集めろ。私が守りの魔法をかける。急げ!』

 

「わかった。」

 

リオンは言われた通りにこなしていく。集め終わると、ラダマンティスは影から出て魔法をかける。

しかし、ラダマンティスに怯える者が多い。どこかで敵意がないことを証明しなくては。

 

「では、向かって来る者達を出迎えに行こうか。」

 

ラダマンティスはリオンと村長を連れて村の入り口に向かった。

 

再びリオンの影に潜みしばらくすると、馬に乗った武装集団が近づいて来た。

しかし、先程の騎士とは違っていた。

帝国騎士は全員が同じような長剣ロングソードしか装備していなかったのに対して、 武装にまとまりがない。

短剣、メイス、弓、片手槍、各員が各々の武装をしている。

傭兵集団かとも考えたが、胸に何処かの国の紋章が見えたためそうではないだろう。

やがて一行は見事に整列し、一人の屈強な男が馬から降り、リオンと村長の前に進み出た。

 

「私は、リカルド王国第一騎士団団長、ガルナーザ・ストレイフだ。村を荒らし回る帝国騎士の討伐のため王の勅命を受け、駆けつけた者である。」

 

深い声が響き、リオンと村長が息を飲む。

どうやら王国でそれなりの地位の人間らしく、このような所に来るような人ではないようだ。

 

「見たところ、すでに襲われた後のようだな。間に合わなくてすまない。」

 

「いえ!どうか頭をお上げください。」

 

高い地位に就く人物が、身分の低い二人に謝罪の意を示している。どうやら悪い人間ではないようだ。

 

「早速だが、何があったか教えて欲しい。」

 

『では、私とリオンが説明しましょう。』

 

ラダマンティスはリオンの影から浮かび上がる。

突然の現象に後ろで整列していた団員達は、それぞれの武器に手をかける。

 

「あ、アンデット!?」

 

さすがに驚かせてしまったか。まぁ、いきなり影から二メートルほどの死神が現れれば、当然の反応か。

 

「君は、一体?」

 

「ふむ、私は死神ラダマンティス。隣にいるリオンの契約者だ。」

 

「契約者?」

 

「しかし、話さねばならない事が多すぎるな。立ち話もなんなので、テーブルと紅茶を用意するから、しばらく待っててくれ。」

 

そう言うとラダマンティスはアイテムボックスからテーブル、テーブルクロス、椅子、ティーポット、ティーカップ、皿などを取り出し準備してゆく。

ラダマンティスの手際の良さと、見たことのない美しい家具と食器に、周りの人間はただただ驚くばかりだ。

そして3分後、テーブルは見事に設置された。

ラダマンティスは全員椅子に座らせ、テーブルに紅茶と手作りのマドレーヌをテーブルに運ぶ。

 

「紅茶はダージリンオータムナルのストレートティー、マドレーヌのバターの風味を楽しめる優しい香りと渋みを持つ紅茶です。どうぞお召し上がりください。」

 

団員達は、毒でも入っているのではないかと疑っていたが、団長のガルナーザが躊躇いなく頂く所を見て、飲み始めた。

 

「うまい‼」

 

「何だこれは!?」

 

「信じられない!!」

 

団員達は、あまりの美味しさに驚きを隠せず喉を潤す。

ラダマンティスはその光景に、とても満足していた。やはり、人が笑顔なことは良い。

 

「こんなに美味しい紅茶は、初めてだ。ありがとう、ラダマンティス殿。」

 

「いえいえ、お口に合って何よりです。」

 

ガルナーザはカップを置き、こちらを見る。

 

「では、何があったか教えて欲しい。」

 

「ええ、ではどこから話ましょうか?」

 

ラダマンティスは、長くなりそうだと思いながら話し始めた。



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8話

ラダマンティスは、ある程度の嘘を交え、説明した。

 

「そうか、ラダマンティス殿もなかなかの人生を歩んでいるようだ。」

 

そんな中、話をまとめて出来たカバーストーリーはと言うと、

 

元々自分は、平凡な人間であったがある悪魔のような存在(幼馴染み)に殺され、自分勝手な奴(腐女神セレスティア)に魔法によって死神に変えられてしまって家族に捨てられた。

魔界でそれなりの強さと地位を手に入れるが、精神は人間のままであった自分、悪人意外は殺す事が出来ず、魔族からも煙たがられ、魔界を追放された。

その後、誰も自分を受け入れてくれず、一人で森の中をさ迷っていたら、存在が消えかけている所をリオンに助けられ、村まで付いて行くと帝国騎士の殺戮現場に遭遇。

騎士に恩人のリオンが刺されたため、その場にいた帝国騎士を皆殺しにした。

暴れ狂う自分をリオンが止め、暴走させないために、自分と契約し、今はリオンが自分を制御している。

 

というものだった。

 

・・・嘘と真実がめちゃくちゃに混ざり合っている。どうしてこうなった?

しかも、何か団長だけでなく団員達も同情の眼差しを向けてくる。村長なんて目に涙を浮かべている。

こんなつもりなんてなかった。罪悪感で胸が締め付けられる。

 

「騎士達の装備品は、どうなったのだろうか?」

 

ガルナーザはそう尋ねてくる。

先程聞いた話から推測すると、今回の極秘作戦には貴族が裏で絡んでいる。そうでなければあまりにもタイミングが良すぎる。

おそらく襲ったのが帝国騎士だと言う証拠が欲しいのだろう。その証拠を手に口実を作り、帝国に戦争を仕掛けるつもりなのだろう。

騎士達の装備品は全てラダマンティスが回収している。

だが、ラダマンティスは渡すつもりなど毛頭ない。

戦争になれば、一番被害を受けるのは国民だ。リオンは戦争になると各地の男達を徴兵し、戦場に送り出すと言っていた。

そうなれば、男手を失った村はまず無事ではすまないだろう。

 

「貴様は、民を殺す気か。」

 

ラダマンティスは威圧感のこもった声で言う。

ガルナーザは目を見開く。図星か。

 

「民を守るための騎士団が聞いて呆れる。貴様の行為が民を殺していることに気付いていないのか?人間。」

 

ラダマンティスは高圧的な態度と口調で話す。

周りの団員は、武器に手をかけ始める。

団長はたいそう信頼されているようだ。

しかし、ラダマンティスは更に続ける。

 

「人間、貴様の今の地位は何で出来ている?民の屍か?やはり、王国を統べる者は無能だらけか。」

 

ラダマンティスの言動をリオンが止める前に、ラダマンティスの目の前に剣が向けられた。

 

「何だ?人間。」

 

「私の事はいくらでも侮辱されようとかまわない・・・、だが、いくら村の救世主であるラダマンティス殿であっても、王国陛下を侮辱するのは許しておけない!」

 

そこには、絶対な忠義を捧げる一人の戦士がいた。

 

「そうか・・・、ならば死ね。」

 

とてつもない殺気が吹き荒れ、ガルナーザが気付いた時にはラダマンティスの鎌が迫っていた。

咄嗟に後ろに飛ぶ、空気を切り裂く音が先程いた場所で響く。

体勢を整え、剣を構える。

 

「ほぉ。あれを避けたか。」

 

ゆっくり死が迫って来る感覚にガルナーザは襲われる。自分に戦い方を教えてくれた師匠より遥かに強い。

ラダマンティスに勝てるイメージが全く浮かび上がらない。

ラダマンティスはゆっくり歩き出す。その姿はまさに死神そのものだ。近づくだけで鼓動が速まり、冷や汗が溢れてくる。

団員達が自分の前に立とうと動き出すが、ガルナーザは止める。

 

「来るな!お前達は、そこで見ていろ!!」

 

「しかし・・・!」

 

「これは、俺の戦いだ!」

 

ガルナーザはラダマンティスを見据え、剣を持つ手に更に力を込める。

正直、ガルナーザは逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。だが、引くわけにはいかない。

 

「逃げない事は、誉めやろう。今から私は本気を出す、その攻撃を受け止められれば、先の無礼を取り消そう。だが、止められなければ待っているのは死だ。」

 

「望むところだ!」

 

ラダマンティスはゆっくり鎌を構える。

リオン、村長、団員達が固唾を飲みながら見守る。まるで時が止まったように二人は動かない。

ガルナーザの頬から汗が流れ、その滴が地面に落ちた。それが合図となった。

 

ゴゥ!と黒い影が動き、風が吹き荒れる。

 

ラダマンティスはガルナーザの目の前に瞬時に移動し、そのまま鎌を振り下ろす。

だが、そのわずかに速くガルナーザは動いていた。

 

「おおおぉぉぉーーーーーーー!!」

 

見事な横凪ぎがラダマンティスに迫る。

 

ガキン!

 

ラダマンティスの鎌はガルナーザの背中のわずか数センチのところで止まっおり、ガルナーザの剣はラダマンティスの頬骨に当たっていた。

ゆっくり鎌を下げる。同時にガルナーザも剣を引く。

 

「私の負けです。団長殿。」

 

うぉぉーーー!

団員達の歓声が爆発した。口々に団長を称える。

 

「しかし、ラダマンティス殿は硬いな。この剣が通らないとは。本当に私の勝ちで良いのだろうか。」

 

「いえ、頬骨に少し傷が入りました。十分ですよ。」

 

ラダマンティスは自分の左頬骨を指指す。そこには確かに二センチほどの傷とも言えぬ傷があった。

 

「自分よりも強い存在に会ったのは、これで三人目だ。」

 

ラダマンティスはその言葉が気になったが、それよりも先にしなければならないことがあった。

 

「ガルナーザ殿、先程の無礼を許して欲しい。あなたの忠義を捧げる王を侮辱した事は決して許されない事だ。もし、許せないと言うなら私を殺してもかまわない。」

 

ガルナーザは、黙ってラダマンティスの謝罪を聞く。そして、ガルナーザは言う。

 

「いや、ラダマンティス殿の言った事はだいたい当たっている。戦争となれば、まさにそのとうりになる事は、明白だ。私も、そうなる事は避けたい。だが、その手段がないのだ。」

 

ガルナーザは悔しげに呟く。団員達も暗くなる。

そこで、ラダマンティスは提案をする。

 

「ならば、こうしましょう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

騎士団は馬にまたがり、村長とリオン、ラダマンティスに別れの挨拶をする。

 

「それでは、失礼する。・・・ラダマンティス殿、本当にあれでよろしいのでしょうか?」

 

ラダマンティスは右手を上げ、かまわないと伝える。

ガルナーザは迷っていたようだが、迷いは一瞬、覚悟を決めたようだ。

 

「では。」

 

ガルナーザを先頭に、走り始めた。騎士団は見えなくなるまで、こちらに手を振っていた。

 

「本当に良かったの?」

 

リオンが隣で、そう尋ねる。

 

「かまわないよ。」

 

「そう。」

 

沈み始めた夕日を静かに二人で眺める。やがて、リオンは語り出す。

 

「私、冒険者になる。」

 

「あなた達の戦いを見てはっきりした、私もあなた達ように強くなりたい。」

 

リオンは決意の眼差しを向けて言う。

 

「だから、私と一緒に冒険者になって欲しいの。お願いします。」

 

リオンは頭を下げる。

ラダマンティスの答えなど、すでに決まっている。

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。」

 

ラダマンティスは右手を差し出す。リオンも右手を出し、握手をする。

ここから、二人の冒険は始まりを告げる。赤い夕日が二人を明るく照らしていた。




リオン「そういえば、あなた全然本気出してなかったじゃない。」

ラダマンティス「いえ、本気でしたよ。」

リオン「どこが?」

ラダマンティス「私はただ、本気で手加減する(・・・・・)と言っただけですよ。」

確かに、ラダマンティスは本気を出すとしか言っていない。
それを聞いたリオンは、ラダマンティスの底知れなさを感じるのだった。


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9話

遅くなってすいません。
今回は王国サイドの番外編みたいな話です。
それではどうぞ。


「ガルナーザ及び、第一騎士団帰還しました。」

 

ここはリカルド王国の王城の宮殿である。豪華な他の内装と違って、機能面を重視した内装となっている。

目の前の壇上の王座に座っているのは、リカルド王国現国王リカルド14世その人である。

わずか14歳で国王に即位し、50年間国のために尽くしてきた。そろそろ後継者に席を譲るべき頃合いだが、跡継ぎの王子はまだまだ未熟者であるためなかなか決心が付かない。

国王が声を発する。

 

「よくぞ、戻って来てくれた、第一騎士団。さっそくで悪いがガルナーザ、何があったのか報告してくれ。」

 

「畏まりました。」

 

ガルナーザは跪き村で起こったことを語ろうとすると、ふと横にいた貴族が口を挟んできた。

 

「私の報告通り、帝国騎士の襲撃があったのであろう。団長殿?」

 

彼の名はベルト。大貴族派閥のトップに立つ存在で国王の座を狙っていると噂される悪評の絶えない腐敗貴族である。

今回、帝国騎士の襲撃があるとの情報を入手し、第一騎士団を村へ送るように王に助言した張本人だ。

おそらく自分の優秀さを周りの王と貴族に知らしめたいのだろう。

しかし、ガルナーザは言う。

 

「お言葉ですが、今回帝国騎士がいた形跡は発見されませんでした。」

 

ベルトは驚き、周りの貴族達がざわめき出す。中にはガルナーザを無能と揶揄する声もあった。

 

「静粛に。」

 

王の言葉を聞き、周りの貴族達は静かになる。

 

「ガルナーザ、詳しく話してくれ。」

 

ガルナーザは語り出した。出立する前にラダマルティスが立てたカバーストーリーを。

 

村は確かに襲われるていた。しかし、それは帝国騎士ではなく一匹の魔族であった。魔族は異形国を追放されて血に餓えていた。

そんな中、一つの村を発見し襲いかかった。その魔族は無抵抗の村人達を次々に殺していった。

だが、その魔族は一人の村娘が使い魔と共に討伐した。残念ながら帝国騎士がいたという証拠もなく。

現在は、冒険者ギルドに詳しい調査を依頼したとのことであった。

 

「私からは以上になります。」

 

ガルナーザの報告が終わると同時に、再び貴族達が騒ぎ始める。中でもベルトは予想外の事態に困惑していた。

本来ならば帝国騎士の襲撃によって戦争の火蓋が落とされ、王国を裏切り国を乗っ取る計画だった。

計画を狂わせた、存在しない魔族にベルトは怒りを向ける。

せめて騎士がいた物的証拠でもあれば、無理やりにでも戦争に持ち込めたのだが、その証拠は全てラダマルティスが保持していること貴族達は知らない。

 

「ふむ、では被害に会った者達には見舞金を送ろう。では次の議題に・・・」

 

王の言葉は最後まで続かなかった。突如、部屋の扉が爆発したからだ。

何事かと騎士団はガルナーザの指示に従い、それぞれ武器を構え王と貴族を守る。

やがて煙の中から姿を現す。

純白の鎧を身に纏った美しい聖騎士であった。オレンジ色のショートカット、茶色の瞳は普段の落ち着いたものとは違って、殺気立っていた。

彼女の名は、エイミー・アルカデス。第一騎士団に配属された新たな団員である。

すると、彼女は徐に持っていたものを投げた。それは縄で縛られたぼこぼこにされた暗殺者であった。

 

「今日でトータル30人目、送り込んだ奴出てこい。」

 

高いソプラノボイスが怒気を孕んでいる。腰に携えた女神より受け取った魔剣に手を伸ばしていた。

彼女はガルナーザに腕を買われて騎士団に入団したものの、王への忠誠心など微塵もなく、ある条件を提示して代わりに使えている。

だが、突如現れた美しい彼女に言い寄る貴族が多く、彼女の王国への不満は爆発寸前だった。

あからさまに目が泳いでいるベルトがいるのだが、エイミーは気付いていない。

彼女は舌打ちすると、身を翻して言った。

 

「次何かしたら、出て行く。」

 

彼女は部屋から出て行く。ガルナーザは後を副長に任せて、彼女の後を追った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「待ってくれ、エイミー殿。」

 

ガルナーザの声に廊下を歩いていたエイミーは振り返った。

 

「何ですか団長?手掛かりでも見つかりましたか?」

 

「いや、まだだ。部下を使っているのだが・・・。」

 

彼女はそうと返事をするが、その声は何処か落ち込んでいた。

しかし、今はそうではない。ガルナーザはエイミーに頭を下げる。

 

「申し訳ない、エイミー殿。私がもっとしっかりしていれば!」

 

ガルナーザは先程の無礼を詫びる。暗殺者を送り放ったのはガルナーザではないのだが、彼は人一倍責任感が強く、今回の事態は自分の失態だと感じていた。

そんなガルナーザにエイミーは微笑み言う。

 

「あなたが謝る必要なんてありませんよ。私も先程はやり過ぎました。」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。」

 

「ではまた後で、今回のお話を聞かせください。」

 

「ああ、それでは私は失礼する。いつまでも陛下を待たせる訳にはいかんからな。」

 

ガルナーザは走り去ってゆく。エイミーは笑顔で送る。

ガルナーザが角を曲がった瞬間、エイミーは無表情になりため息をつく。

 

「愛想笑いも疲れるわね。」

 

なんとかこの王宮に入れたのは良いものの、想像よりも非常に疲れる。

やはり王国ではなく帝国に付くべきだったか。まあ、今は王国に付いていてやろう。ガルナーザは良い駒として動いているようだし。

利用できるものは使いものにならなくなるまで使わなくては。

エイミーは窓から空を見上げる。

この世界に来て17年の月日を過ごした。しかし、彼女には大きなものが欠けていた。それを手に入れなければ私は満たされない。

 

「何処にいるの?・・・・・薫・・・・・。」

 

彼女はエイミー・アルカデス。女神セレスティアによって転生された元人間、

 

清水(しみず) 向日葵(ひまわり)』。

 

彼女は必ず彼を見つけ出す。そのためには、たとえ私以外がどうなろうと関係ないのだ。全ては愛する彼と結ばれる為に。

 

その頃、村で復興作業を手伝うラダマルティスは寒さに耐性があるはずなのに、とてつもない悪寒を背筋に感じた。



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10話

番外編、帝国サイドのお話です。


「報告は以上です。」

 

「そうか。」

 

一際豪華なこの部屋にいる青髪の青年こそヴァルナ帝国皇帝、カリス・イルヴィド・ハート陛下である。非常に優れたカリスマ性で、帝国を発展させた張本人だ。

また、帝国きっての美形であり、平民からの支持も厚い(特に女性層)。王国の貴族達とは全く正反対である。

 

「報告書に書かれている事は、間違いないのか?」

 

「偽りはないとの事です。」

 

現在カリスは帰還した帝国騎士の報告書を専属メイドと共に読んでいた。

そこに書かれていた事はにわかに信じ難いものであった。

 

「まさか、村に魔族が現れるとは。」

 

今回の戦争は必ず勝てると踏んで、宣戦布告のために騎士送り出したのだが、魔族が出てくる事はさすがに想定外だった。

これでは、戦争の火種にはならない。村が襲われたのが帝国騎士ならば、王国は戦いを仕掛けてくるだろうが、魔族はモンスターとして扱われて、冒険者ギルドが対応する事になる。

こちらには、村から帰還した生き残りが居るが、買収した王国貴族から騎士の証拠は発見されなかったと伝わっている。

つまり、今回の作戦は完全に失敗に終わった。

 

「まあ良い、次の作戦を考えれば良い。」

 

「さすがです、陛下。」

 

失敗して嘆いていた所で次には進めない。ならば、失敗を次に生かして完璧にすれば良い。

カリスは次なる作戦を考える。今度はモンスターが出る事も想定した作戦を。

しかし、頭脳をフル回転しているカリスは、突如下の階から凄まじい爆発音が聞こえた事によって、思考が停止する。

 

「・・・またか?」

 

「・・・おそらく。」

 

カリスはこのような爆発音に覚えがある。というより、このような爆発音を起こすのは“彼女”しかあり得ない。

カリスは自分の装備を確認し、メイドと共に下の階へ向かう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

階段を下り、廊下をため息をつきながらカリスは歩く。

すると、一つの部屋の扉の隙間から煙が漏れ出している。扉の前に立ち、さらに深いため息をつきながらカリスは扉を勢い良く開ける。

 

「なんじゃこりゃーーーーーー!!!」

 

目の前に広がっている光景に、カリスはそう叫ばずにはいられなかった。

 

それもそのはず、部屋の中にいた執事や騎士達が頬を染めて抱き合う光景が広がっていたのだから。

簡単に言うと、腐女神セレスティアが涎を出しながら喜びそうな薔薇が咲きほこっていたのだ。

 

カリスは思わず吐き気をこらえ、隣のメイドは顔を手で覆う。しかし、指の隙間からチラチラと見ているが。

そんな部屋の中で、唯一中央のテーブルで紅茶を飲む人がいた。

 

「今度は何をしたんだ。クウィン!」

 

美しいエメラルドグリーンのロングヘアー、何処かミステリアスな雰囲気をかもし出す美女。

彼女は帝国宮廷魔術師、『クウィン・リンシーナ』。最近になって世代交代によって新たにその座についた女性である。

帝国で一番魔法に優れ、数々の奇跡を起こしており、宮廷内での人気も高い。

しかし、カリスは彼女の日々の行動に、いつも振り回されている。

 

「別に、ただ媚薬を使って惚れ薬を作ろうとして・・・『ホモ薬』が出来てしまっただけよ。」

 

「大問題だわ!!」

 

カリスは皇帝らしからぬ言葉で突っ込む。

クウィンは、宮廷魔術師の立場から様々なアイテムを制作している。だが、それらのアイテムは大抵が問題だらけなのだ。

つい先月も、媚薬から『ユリ薬』を開発し大問題になっていた。ちなみに、現在そのユリ薬は裏世界で高値で取引されているほどの一品らしい。

 

「陛下だ・・・。」

 

「今日も美しい・・・。」

 

「少し味見を・・・。」

 

すると、部屋にいた者達がカリスを見つけ、ゾンビのように近付いてくる。カリスは背筋がゾッとする。

このままでは喰われる・・・と。

 

「クウィン!どうにかしろ!」

 

「大丈夫よ。私あなたが食べられようが気にしないから。」

 

「くそがーーーーーー!!!」

 

カリスはその場をメイドを連れて逃げ出した。その後を部屋の人々はぞろぞろと追いかけてゆく。

静かになった部屋のテーブルで頬杖をつきながら、クウィンは物思いに更ける。

 

(また失敗ね。あなたに会えるまでに完成させたいわ。)

 

そして、彼女は小さく呟く。

 

「待っているわ、杉下君。」

 

彼女はクウィン・リンシーナ。元の生まれは日本、同じくセレスティアに転生させてもらい、この世界に“彼”を追いかけてきた、

 

雨宮 優歌(あまみや ゆうか)』。

 

杉下に告白した先輩である。

 

ちょうどその時、リオンと村を出る準備をしていたラダマンティスは、盛大なくしゃみをしたと言う。



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11話

最低でも10日以内に最新話は投稿します。


雲一つない晴天の中、歩き続ける人影が一つ。

リオンは町へと続く道を一人で歩いていた。いや、一人ではない。

いつもの如く、影の中にはラダマンティスが周囲を警戒しながら潜んでいる。

現在二人は、村から離れた町に向かっていた。目的はリオンが冒険者になる為だ。

 

「見えたわよ。」

 

リオンがそう言うとラダマンティスは、影から頭だけを出す。

見えてきたのは、壁に覆われた街、『要塞都市エルダ』だ。

全体が円型になっており、東西南北にそれぞれ門が存在する。王国と帝国の国境のど真ん中に存在するこの都市は両国の人々が暮らしている、大変珍しい都市である。

門の前に並ぶ人々や馬車の列にリオンとラダマンティスは並ぶ。これは内部に危険物を運ばせない為の検査の列である。

やがて、リオンの番が回ってくる。

検査と言っても、門兵が部屋で質問をすると言う簡単な者だ。ラダマンティスは門兵の質問に答えるリオンを見ながら、早く終わらないかと、人間だったらあくびが出るほど、影の中で退屈に待ち続けた。

 

やっと検査は終わり、リオンは門をくぐり抜けた。

 

「バレないのね、ラダマンティスは。」

 

影の中のラダマンティスに、リオンはこっそり話しかける。

 

「・・・検問が甘過ぎるぞ、普通なら気付くぞ。」

 

ラダマンティスのプレイしていたオンラインゲームは、街などの安全地帯(セーフティ・ポイント)では攻撃系のアイテムや武器は、ストレージから全て取り除かなければ、絶対に入れないシステムになっていた。

この世界の検問は、現実世界よりも甘いんじゃないかとラダマンティスは感じるが、魔法が存在するのでそう変わりはない。ただ、ラダマンティスのような存在を想定していないだけである。

せめて、壁には防御魔法を付与しておけよ。これ絶対人に化ければ入れるぞ。

 

「それよりも、早く行きましょ。」

 

現在ラダマンティスとリオンは、この街の『冒険者ギルド』に向かっていた。

この要塞都市エルダは、付近の森や村で発生するモンスターを退治する『冒険者』がよく集まる所なのだ。

リオンのように、冒険者になりたい者達はまずここに訪れる。

リオンはギルド目指して街中を歩く。その影の中からラダマンティスは辺りを見る。

客寄せをする店主、魚の活きの良さを見せつける魚屋、武器を高値で売り付けようとする武器屋、酒を飲み交わす人々、皆が生き生きとしていた。

騒がしいが、悪い気はしなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リオンはギルド建物の前にたどり着いて、躊躇いなく扉を開けた。

扉を開けると、中の冒険者達が一斉に目を向けてくるが、リオンは一切気にする事なくカウンターに向かってゆく。

これも村を出る前にラダマンティスに鍛えてもらったお陰であった。

カウンターにたどり着くと、受付嬢と対面する。

 

「いらっしゃいませ、本日はどのような要件でしょうか?」

 

「冒険者になりたいのだけど。」

 

「かしこまりました。では、こちらの用紙に記入をお願いします。」

 

リオンの言葉に受付嬢はしっかりと対応していく。リオンは項目を全て書き終え、受付嬢に差し出す。

 

「はい、大丈夫ですね。では、こちらはギルドからの支給品になります。」

 

渡されたのは、プレートとカードであった。

プレートは冒険者のランクを表示する物である。銅→青銅→銀→金→白金の順になっており、功績やモンスターを討伐する事などで階級は上がり、難度の高い依頼を受ける事が出来る。

カードは身分証明である。これは、他の都市などに入る際に提示したり、自分の討伐したモンスターや功績を、ギルドでまとめられたプロフィールを閲覧するなどに使う。

二つを受け取り、リオンはギルドを後にした。

 

説明の中で紹介された女性限定の宿屋にリオンは入る。

料金を払い鍵を受け取って、部屋に入るとリオンはベッドに飛び込む。

影からラダマンティスも出現し、首を回したり、伸びたりと、人間らしい行動をする。

 

「なんとか、冒険者にはなれたわね。」

 

「ですが、なっただけでは意味はない。これからどうするか。」

 

「とりあえず、今日はここまでにしましょう。」

 

「では、私はこの街を見て回るので、後はよろしくお願いします。」

 

「わかったわ。」

 

「とりあえず、このクローゼットにあなたの装備は置いてあります、それでは。」

 

「行ってらっしゃーい。」

 

ラダマンティスは再び影に入り、出掛けて行った。

そして、リオンはベッドで転がりながら、待つことにした。たぶん、夕飯までには必ず帰ってくるだろう。

 

(今日の晩御飯何かしら?)

 

彼女の胃袋は、ラダマンティスが完全に握っているのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

影から影を移動しながら、ラダマンティスは街を駆け回る。

やがてたどり着いたのは、この街の共同墓地であった。

昼間だと言うのに、やけに怪しい気配の漂う場所であったが、アンデットのラダマンティスにとっては、心地よく感じていた。

 

「ここなら、問題なさそうだな。」

 

そう言うと、ラダマンティスは魔法を詠唱し始めた。

ラダマンティスを中心に魔法陣が浮かび上がり、詠唱が終わると共に魔法陣は消えた。

 

「これでよし。」

 

満足げにそう言うと、ラダマンティスは墓地を後にした。

 

「5日後が楽しみだ。」

 

表情があれば、今世紀最大の邪悪な笑顔を浮かべているだろう。

迷惑プレイヤー『死神ラダマンティス』のイタズラは、この世界でも平常運転であった。




夕飯時

ラダマンティス「今日はハンバーグです。」

リオン「本当に美味しいわね、あなた良い嫁になれるわよ。」

ラダマンティス(・・・)


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12話

「うーん。」

 

リオンは掲示板に貼られている依頼票を見ているのだが、ランクが最底辺のこなせる依頼など限られており、ほとんどが報償金も低い。

まあ、初心者がいきなりドラゴンを倒せと言われても無理なように、地道にコツコツ経験を積んで初めて一流の冒険者になれる。

それよりも問題なのは、リオン()ではなくラダマンティスが納得するかどうかだ。

そのラダマンティスはというと・・・

 

『・・・読めない。』

 

この世界の文字が読めずにいた。

この世界に来て楽だと思った自分を殴りたかった。言語が通じるのに文字が読めないとは。

アイテムボックスをくまなく探したものの、文字解読のアイテムは持っていなかった。

ラダマンティスは転生した時、ゲームと同じ状態で転生した為、その時に装備していた物しか持っていなかったのだ。

となると、残りの装備はラダマンティスの拠点であった『夢想の箱庭(トロイメライ・ガルデン)』に全てあると言うことだ。

その中に、そういったアイテムもあったのだが・・・

 

『後で女神に問い合わせるか。』

 

正直関わるのも面倒だと思いながら、連絡を取ろうとする。

しかし、先程よりも冒険者ギルドが一層騒がしくなり連絡は中断された。

 

『さっきから、何事だ?』

 

「何でも、王国最上位の冒険者が来るらしいわよ。」

 

影にいるラダマンティスの疑問にリオンが答える。

つまり、先程からここに集まっている冒険者は、最高峰の存在を見ようとしている野次馬か。

しかし、ラダマンティスも最上位の冒険者が前から気になっていた。

まあ、女神が言っていた事が確かなら、レベルは50近くだろう。

他にも知っておきたいと思ったラダマンティスは、リオンにその冒険者達の事を受付嬢に尋ねるように頼む。

リオンも同じような考えであったので、受付に向かって話を聞く。

受付嬢は公開されている、情報を素直に話してくれた。

 

曰く、こちらに向かっている冒険者は4名のチームを組んでいる。

一人は『鉄壁』の二つ名を持つ、ガラン・ドロン。

強靭な肉体を持ち、モンスターの攻撃をしのぎ、足止めを得意とするガーディアン。

一人はかつての王国最強の魔法使いと並ぶと言われる、リナース・メルディン。

数多くの魔法を使いチームを支援し攻撃も行うウィッチ。

一人は王国騎士団上がりのイケメン剣士、イザーク・レイスター。

数年前には、第一騎士団に所属しており、ガルナーザに匹敵すると言われたチームの前衛。

一人はチーム最強の召喚師であり、龍に愛された存在、リューネ・ヴァルシオン。

人里離れた『龍の里』で育った彼女は、ドラゴンを召喚できるという特別な力を持っており、実質的にリーダーを務めている。

そしてこの4人全員が白金クラスの実力を持っている、王国切っての冒険者なのだ。

 

「そんな方々が、ここに何の用なんでしょうね~。」

 

受付嬢の言動からすると、ギルドには目的を伝えていないのだろうか。いや、これ程の事態ならば上層部はおそらく知っているだろう。パニックを恐れているのだろうか。

どちらかにしろ、只事ではないだろう。

 

「リオンさんも、もっと実力があれば、冒険に参加できるのにね~。」

 

『ん?どういう事だ?』

 

さらに詳しく聞くと、おそらく4人の目的は、大抵が達成困難な依頼の為に、参加メンバーを募りに来たのだろう。

各国にあるギルドの中の実力者を集めて、依頼を達成するのだそうだ。

これはつまり、実力をそいつらに示せばその依頼に同行できるという事だ。

そこで、ラダマンティスはある事を閃いた。

 

「あの・・・ラダー?何だかとてつもなく嫌な事考えていない?」

 

リオンはそう尋ねる。対するラダマンティスは否定もせず、リオンにその計画を告げる。

 

『ああ、たった今名案を思いついてな、そいつらを挑発した上で決闘に持ち込み、その冒険者どもが無名の新人に打ちのめしされたらどうなると思う?』

 

ラダマンティスの計画は、これから来るその冒険者達に喧嘩売って完全勝利し、威厳や名声を地に落とすような恐ろしい計画であった。

 

「止めなさいよ!そんな計画!!」

 

『何故?手っ取り早く実力を示す為には、この方法が最適かと。』

 

「第一、その喧嘩売るのは私になるでしょう!」

 

『私がいるので、決闘になったとしても勝てますが?』

 

「そうじゃなくて!!」

 

最上位冒険者を打ちのめす事しか考えていないラダマンティスを必死に止めようとするリオンだが、ラダマンティスはそんな事聞かずに、決闘の準備を始める。

ならばとリオンはギルドから出て行こうと歩き出そうとしたが、何故か足がピクリとも動こうとしない。

 

「どうして!?」

 

『ああ、さっき動けないように『影縫い』をしておいたので、しばらく動けませんよ。』

 

最早、ラダマンティスの計画は始まっており、今のリオンに止める手段も力もない。

完全にラダマンティスの計画通りに事は進んでいた。

すると、ギルドの前がやけに騒がしくなった。

 

「あら、どうやら到着したみたいね~。」

 

受付嬢の言葉に、リオンはこの世の終わりを見たような表情を浮かべ、一方のラダマンティスは顔に肉が付いていたら、とても邪悪な笑みを浮かべていただろう。

 

(さて、始めますか♪)

 

(逃げてーーーーーーーーーー!!)

 

しかし、無情にもギルドの扉は開かれるのだった。




影縫い レベル7魔法
・発動した相手の動きを一定時間止める魔法。
止めている内に攻撃したり回復などを行える。
但し、ラダマンティスは他プレイヤーに嫌がら
せする為に使用。


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13話

扉から入って来たのは、周りの冒険者と比べて全く雰囲気の違う冒険者の四人組であった。

 

「ほら、あの人達が先程言ってた最上位の冒険者チームですよ。」

 

ご丁寧に受付嬢は固まっているリオンと影に潜むラダマンティスに説明する。

確かに話の通り一級品と言われる装備を身に付けていた。

しかし、それはこの世界の基準でありラダマンティスからすると、何だあのゴミと言ったようであった。

 

『(少し期待したのは間違いだったな。)』

 

そう思いながらラダマンティスは、何処からともなく現れたギルド長が胡麻擂りしていて足止めをくらっている四人の装備とステータスを調べる為に魔法を唱えた。

ではまずは盾男から順番に・・・

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・ガラン・ドロン 種族《人間》 レベル31

 

《ステータス》

HP3569

攻撃2541

MP2799

防御4279

素早さ1374

 

《スキル》

・生命力上昇

・防御力上昇

・耐久力上昇

・シールドバッシュ

 

《職業》

守護者(ガーディアン)

防御する者(ディフェンダー)

 

《寿命》

あと80年

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・リナース・メルディン  種族《人間》レベル29

 

《ステータス》

HP2083

攻撃1952

MP6027

防御1400

素早さ2487

 

《スキル》

・魔法強化

・魔力上昇

・マジックブースト

 

《職業》

・ウィザード

・ハイ・ウィザード

 

《寿命》

あと69年

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・イザーク・レイスター 種族《人間》レベル34

 

《ステータス》

HP3402

攻撃5141

MP1483

防御2478

素早さ4611

 

《スキル》

・攻撃上昇

・命中率上昇

 

《職業》

・剣士

・切り込み係

 

《寿命》

あと50年

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・・・弱っ。ゲームならまだ始めて1ヶ月のステータスだぞ。

ラダマンティスは改めて、この世界の基準から逸脱している事を再確認した。

 

『(となると、アイツはどんなものかな?)』

 

ラダマンティスはまだ確認していない最後の一人を見る。

見ただけでもわかる、他の三人よりも彼女は実力が高い。彼女の装備雰囲気が相当の経験を積んでいると、ラダマンティスは見ていた。

他の三人がそれぞれ、全身鎧、魔女、剣士にぴったりの恰好であるのに比べ、彼女は異様な装備を身に纏っている。

何処かの民族衣装の恰好で、褐色の肌には謎の模様が付けられている。両腕には金色のリングのアイテムがじゃらじゃらと音を出している。そしてさらに目立つのが、誰もが振り返るほどの美貌と肩に乗っかっている小さなドラゴンであった。

では、彼女も調べるとするか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・リューネ・ヴァルシオン 種族 (クォータードラゴニュート)レベル48

 

《ステータス》

HP5629

攻撃6512

MP4124

防御1800

素早さ3567

 

《スキル》

・龍王の加護

龍の血族(ドラゴンブラッド)

・召喚龍強化

 

《職業》

・龍喚士

・龍契士

 

《寿命》

あと300年

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

驚いた事に、まさかの人外娘であった。クォーターだから龍人の特徴が現れていないようだが、よくよく観察すると目が人間とは違った感じだった。

それよりもラダマンティスが驚いたのは、彼女のレアだらけの職業とスキルであった。

レベルはまだまだだが、スキルと職業によってステータスをカバーしている。

もし、レベルが最高値だったならラダマンティスも苦戦するほどであった。

ラダマンティスはこの世界に来て始めて出会った強敵になりうる存在に、嬉しい気持ちが抑えきれなかった。

 

『面白い、それでは始めるとするか。』  

 

ラダマンティスの気配に気付いたリオンは逃げ出そうにも、魔法の拘束が未だに効果があるため動けない。

 

『じゃあ、手っ取り早くリオンには顔を覚えてもらう為に行動してもらいます。』

 

「・・・私が素直に従うと思っているの?」

 

『まあ、そうですね。ですからこうします。』

 

そう言うとラダマンティスは、不可視の魔法を自分にかけて、右手に毒々しい色の靄がかかる。

 

「それ何?」

 

精神操作(マインドコントロール)、これをかければリオンは私の命令に従わざるを得なくなる魔法です。』

 

リオンの血の気が恐怖で引いていく。

 

「止めなさいよ!無理やりそんな!」

 

『まあまあ、夫の事は素直に聞くものです。』

 

「当然の如く洗脳する夫が何処にいるのよ!あとまだ完全に結婚した訳じゃないから!!」

 

昨日の夕食の時に契約について全て話した。当然リオンはそんな話聞いていないとの一点ばりだがこれはリオンが悪い、ラダマンティスは契約書に全て記入していたし、確かめなかったリオンが悪い。

ラダマンティスには詐欺師の才能が備わっていた。

 

『時間がありませんのでさっさと済ませますね。』

 

「そんな魔法に、私は負けたりしない!」

 

結論だけを言うと、魔法には勝てませんでした。




精神操作(マインドコントロール)レベル9魔法
・相手を意のままに行動させる為の魔法。ゲームではたいしたペナルティはなかったが、この世界ではこの魔法が解けた後、操られた事を覚えている場合と覚えていない場合があるという追加効果がある。


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14話

私達はとある依頼を遂行する為に、問題の場所が近いエルダを訪れた。

この依頼、初めは新人の冒険者達が担当していたのだが、その依頼で出立したのを最後に行方不明となってしまった。

そしてその依頼を受ける冒険者全員が、依頼を受けたその日に行方不明になるという以上事態が起こっていた。

冒険者ギルドもこの異常事態の真相究明の為に、私達のチーム『シルバームーン』が対応する事となった。

 

「まぁいつもみたく、さくっと済ませましょうや。」

 

「ガロンは呑気。」

 

「今回の依頼は骨が折れそうですしね。」

 

他愛のないパーティーメンバーの会話を聞き流しながら受付へと足を進める。

 

「ギルド長を呼んでくれる?」

 

「はい、しばらくお待ち下さい。」

 

受付嬢は奥瘰へと消えてゆく。

リューネはギルド長が来るまでどうしようかと考えていると、自分に近づいてくる者に気付く。

振り向けば少女がこちらを見ていた。

 

「こんにちは。」

 

「?・・・こんにちは。」

 

そこにいたのは見るからに新人と思われる少女であるが、リューネが疑問に思ったのは少女の雰囲気である。

普通私達のような最上位の冒険者チームに近付いてくる者は、最上位という後ろ楯を欲する者や純粋に憧れを抱き一目見ようとする者達が多い。

 

だが目の前の少女は違う。

 

この少女からは何も感じられない。

明らかな異常な雰囲気にリューネは覚えがあった。

 

「(まさか洗脳されている?何でこのタイミングで?)」

 

腰に差してある短刀(ナイフ)に手を伸ばすが彼女の言葉で寸前のところで止める。

 

「良いのですか?そんなことして。」

 

「っ!?」

 

要するに目の前の彼女はメッセンジャーであると同時に人質でもあるということか。

 

「(厄介なことになったわね。)・・・要求は何かしら。」

 

彼女はニッコリと笑う。ただの笑みの筈なのに、今のリューネには酷く不気味に見える。

 

だがそれがどうした。

 

私は白金クラスの冒険者リューネ・ヴァルシオン。

こういった類いの脅迫には数えきれないほど経験してきた。

 

「(私は脅しになんて屈しな・・・)」

 

「私と試合してくれませんか?」

 

・・・ん?

 

「えっ?・・・試合?」

 

「では外でお待ちしていますね。」

 

そう言い残し、少女は外へ消えて言った。

 

「・・・一体なんなのよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギルドの裏には冒険者が利用できる大型の試合会場がある。

形状はスペインのコロッセオによく似ている。

会場はかつて『預言者クーリア』と呼ばれる放浪の魔術師によって建設されたもので、外部から内部に至るまで様々なギミックが存在する。

この施設がある為、このエルダでは冒険者を志す者が多く、質の高い冒険者が数多く育成される。

リューネもその中の一人だ。

 

かつての下積み時代を思い出しながら足を進めると、中央のリングには先程の少女が待ち構えている。

 

「さあ始めましょうか。」

 

「その前に一つ質問良いかしら?」

 

きょとんと首をかしげるリオンにリューネは続ける。

 

「どうしてこの施設の利用許可が取れたの?」

 

この施設はギルドの許可がなければ利用できない。新人はまず利用はできない筈なのだが。

 

「あぁ、さっきのお姉さんが快く(・・)利用許可を取ってくれましたよ。」

 

やはり何かしら受付嬢を操ったのだろう。

一応リューネは自分が脅迫を受けていることは他のメンバーにも話しておいた。リューネに何かあれば仲間が動く。

しかし、時間稼ぎもここまでか。

相手の情報を掴もうにも操られているであろう彼女は昨日訪れたばかりの新人。操っている存在は確認できない。

状況はハッキリ言って悪い。

 

「(だからといって逃げる訳にはいかない。龍族の誇りにかけて!)」

 

そうしてリューネもリングに上がる。

周りを見渡すが罠を仕掛けている気配はない。代わりに目に映るのは、リューネが試合をするとの情報を聞きつけた野次馬冒険者達だ。仲間もその中で目を凝らしている。

 

「人が随分集まって来ましたね。」

 

「そうみたいね・・・」

 

「では僭越ながら私が審判を努めさせていただきます。」

 

いつの間にかさっきの受付嬢が現れた。

なんというステルス性の高さだ。

 

そして互いに距離を取って向かい合う。

リューネは速攻で召喚魔法を使えるように己意識をMPに集中させる。

対するリオンの方は落ち着いている。というよりも何かをしている雰囲気もなく、ただその場に立っているだけである。

 

「それでは・・・始め!!」

 

開始の合図を聞き、直ぐ様両手を地面につけ魔方陣を展開させる。

 

召喚(サモン)!ホワイトコドラ!」

 

輝きが増した魔方陣の中央から体長4メートルほどのドラゴンが召喚され、ホワイトコドラと精神的な繋がりが感じられる。

レベル25のホワイトコドラはラダマンティスにとっては完全な雑魚モンスターであるが、この世界の人間にとっては敵に回れば厄介なモンスターであり、味方につけば非常に頼もしい存在である。

 

「行け!ホワイトコドラ!!」

 

命令を受けたホワイトコドラは真っ直ぐリオンに向かって突進してゆく。

 

そして対するリオンはというと・・・

 

「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!?」

 

突然身を翻し逃げ出した。

 

「・・・はぁ?」

 

予想外の出来事だらけで何度目のセリフだろうか。

呆気に取られる試合の始りだった。

 



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15話

ラダマンティスのかけていた魔法が解除されて最初に見えた光景は、突進してくる白い鱗のドラゴンであった。

当然リオンは逃げた。背を向けて全力で逃げ出した。

そして現在舞台の周りをぐるぐるとホワイトコドラに追いかけられている。

 

「(ラダー!?一体どうなってるのよ!!)」

 

「(ただ試合を申し込んだだけですよ。)」

 

リオンは思念で原因であるラダマンティスにを呼ぶ。だがいつものリオン影の中からではなく、リオンの真横からラダマンティスの声が聞こえた。

声がした方向を向けば、ラダマンティスが実体化しておりリオンに追従している。

 

「ちょ・・・!?何で実体化して・・・」

 

いくらラダマンティスが危害がないとはいえど、ラダマンティスは死神。アンデット族の最強クラスで見た目は凶悪過ぎる。

こんなの見ればパニックになりかねないと考えたのだが、何かおかしい事に気付く。

 

観客の冒険者達はラダマンティスに全く気付いていない。

 

まるでラダマンティスがリオンにしか見えていないかのように。

 

「レベル5魔法、透明化(インビジブル)。今私の姿はリオンにしか見えていません。」

 

ラダマンティスは流暢にカラクリを説明する。

 

「しかし、油断できませんね。この魔法は姿を見えなくするだけで気配は隠せませんし。」

 

その証拠にリューネの肩に乗っている小さなドラゴンは何かを感じるのかラダマンティスの方向を見ており、リューネ本人も違和感を感じつつある。

 

「リオン。このままでは埒が明かないのであと十秒で横に跳んで攻撃魔法を撃ち込んで下さい。」

 

「えっ?」

 

ラダマンティスの口から発せられた指示は信じられないものであった。

 

「何事も挑戦です。てかさっさとやれ。」

 

「ちょっ!?そんないきなり・・・」

 

躊躇うリオンをラダマンティスは容赦なく蹴飛ばす。その瞬間、リオンはラダマンティスの本当の人格が見えた気がした。

だが、お陰でドラゴンの突進から僅かに外れ、攻撃のチャンスがやってきた。

 

「あぁ!もうっ!」

 

リオンも半場やけくそであった。

母の形見である魔導書(スペルブック)を開き、魔法を発現させる。

ちなみにその魔導書はラダマンティスのゲームの中では一級品に分類される。それもラダマンティスが大枚叩いて手に入れたくなるほどの。

 

今はまだリオンのレベルが低いため、ほんの一部しか使えないが彼女は魔法を発動させた。

 

火球(ファイアボール)!」

 

バレーボールサイズの火球が真っ直ぐ進み、ホワイトコドラに着弾した。

 

だがレベルの差のせいか、ホワイトコドラの頬が少し焦げたくらいでほとんどダメージは与えられなかった。

それよりも、不完全な魔法のせいで完全にホワイトコドラはこちらを倒さんという目をしている。

 

「あぁぁぁぁーーーーーーーー!!」

 

そして再びホワイトコドラに追われる目になった。

観戦する冒険者達からはブーイングの嵐だが、つい最近冒険者になったド素人がドラゴンを相手するなんて無茶にも程がある。

 

「(全くダメじゃない。どうするのよ!)」

 

リオンにとっては最大のピンチ。

だが、ラダマンティスはどこか余裕な表情(と言っても骨だが)をしているように見えた。

 

「(問題ない。先程の火球(ファイアボール)でHPを1減らせることは確認できた。)」

 

ラダマンティスはアイテムボックスから全く切れ味のない大鎌を取りだす。

 

「(5秒後、何も言わず魔法を発動する仕草をしなさい。後は私がやります。)」

 

「(あぁもう!やってやるわよ!)」

 

そして命令通り、迫りくるホワイトコドラに向けて右手をかざす。

それと同時にラダマンティスがホワイトコドラのすぐ真下に回り、大鎌を振り上げた。

 

倒せないならば倒せるまでHPを削れば良いのだ。

ホワイトコドラはラダマンティスの大鎌によって真下から吹き飛ばされた。

そしてHPが一瞬で削られ、残りは1となった。これならリオンの魔法で止めを刺せる。

 

「(さあ、魔法を使って止めを刺してください。)」

 

「・・・っ!」

 

あまりの出来事にフリーズしていたリリーナだったが、ラダマンティスの声で気を取り直し、火球(ファイアボール)を放つ。

火球(ファイアボール)が命中したことで、ホワイトコドラのHPはゼロとなり、白い光の粒となった。

野生のゴブリンを倒した時は死体はその場に残っていたのだが、召喚モンスターはゲームと同じように消えてしまうらしい。

 

そして白い光の粒は消えて、青い光の粒はリリーナの身体に吸い込まれるように消えた。

この現象も見覚えがある。経験値の光だ。

通常、経験値は戦闘中や修行などで自動的に取得する。だが、一番大きい経験値取得は、モンスターに止めを刺すことで得る「ラストアタックボーナス」。

そのモンスターから得られる経験値の二倍の経験値を得ることのできるシステムだ。

実際、ゲームがリリースされて一週間でこのシステムを見つけて、多くのプレイヤーからラストアタックを横取・・・拝借したお陰で上位ランカーになれた事は事実だ。

 

そして、今回の経験値はかなり大きい。(ラダマンティスにとっては微々たる量ではあるが。)

見ただけでリオンのレベルとステータスが羽上がったことが分かる。このままラストアタックボーナスを取り続けていけば、数日でレベル25くらい余裕で到達できる。

 

「そこにいるのは誰?」

 

・・・どうやら気付かれたようだ。

会場が静まる中、リューネがまっすぐこちらに目を向けていた。

 

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この試合が始まってから感じられた妙な気配、なのにどうしても位置が掴めなかった。

だが、ホワイトコドラが吹き飛ばされる寸前、今までに感じたことのない殺気が濁流の如く吹き荒れた。

自分に向けられたものではないにも拘らず、足が震え出し嫌な汗が流れる。

そのお陰で場所は特定できた。相手は未知数だが、最高位の冒険者として逃げる事はできない。

 

「そこにいるのは誰?」

 

そう呟くと、少女は驚いた表情を浮かべる。

どうやら彼女は全て知っているらしい。

 

睡眠(スリープ)

 

不意に声が響いた。

すると、リューネの仲間以外の観客として来ていた冒険者とギルド職員が次々に倒れていく。

 

「な、何が起こっているの?」

 

「少々眠ってもらった。この姿を見られるとパニックになり兼ねないからな。」

 

声が聞こえた方に“それ”は存在した。

漆黒のローブを身に纏い、真っ白な頭蓋骨、眼窩に揺らめく青い光はこちらを捉えている。

今までに感じた事のない恐怖が身を包み、体が動くことを止めてしまった。

蛇に睨まれた蛙とはまさにこの状況のことを言うのだろう。

 

「お初にお目にかかる。私の名はラダマンティス、以後お見知りおきを。」

 

紳士のような丁寧な挨拶は貴族に仕える執事を彷彿させる。

 

「それではさっそく「リューネに触んなぁ!」」

 

観戦席からラダマンティスめがけてイザークが剣を降り下ろした。

だが、ラダマンティスは最小限の動きで避け、リオンを小脇に抱え距離をとる。

その隙にガロンとリナースがリューネを庇うように立ち塞がる。

 

「何だありゃ?」

 

「『グリムリッパー』?でも喋るなんて、聞いたことがないわ。」

 

「どうでも良いでしょ。まさか町にモンスターが侵入しているとは。」

 

三人はまだラダマンティスの実力を理解していないのか、完全にこちらを敵と見なしている。

リューネはあまりの実力差を目の当たりにして恐怖に囚われているようだ。

 

「はぁ、これでは話し合いになりませんね。甘い吐息(スイートブレス)。」

 

すると、ラダマンティスは大きく息を吸い込むそぶりをし、口から薄いピンク色の吐息(ブレス)を吐き出した。

吐息(ブレス)は前にいた三人を容易く包み込んだ。

そして吐息(ブレス)が晴れると三人にはそれぞれ症状が表れていた。

 

「体が動かん!?」とガロン、「ぐっ・・・視界が霞む!?」とイザーク、「なっ・・・何で、魔法が出せない!?」とリナース。

 

ラダマンティスの使用したのはスキル『安息の吐息(レストブレス)』の劣化版『甘い吐息(スイートブレス)』。ダメージを与えると共に状態異常、毒、麻痺、眠り、混乱、魔法沈黙、物理攻撃沈黙、を30%の確率でランダムで付加する凶悪なスキルだ。低レベルで取得できるため、ラダマンティスは好んで使っていた。

それぞれ、麻痺、毒、魔法沈黙と効果を発揮したようだ。そして、追撃として全員気絶させた。

 

「さて、残るは・・・」

 

再び不気味な視線がリューネに向けられる。

だが、今度はラダマンティスをしっかり睨み、立ち上がった。

 

「ムートいくよ。」

 

リューネは地面に手を置くと、大型の召喚陣が展開される。

そして彼女の肩に乗っていた小さなドラゴンが召喚陣の中央にちょこんと座ると、召喚陣の光が増して小さなドラゴンは召喚陣に吸い込まれていった。

 

「(何をしている?)」

 

その光景はラダマンティスですら見覚えがない。

普通ならばここで術者を攻撃し、召喚陣をキャンセルすることも可能であるのだが、ラダマンティスは敢えてしなかった。

理由は簡単、ただ気になっただけだ。

 

「古により伝わりし龍よ。ここに降臨せよ!」

 

召喚(サモン)、天界龍王バハムート!!』

 

召喚陣から龍がその姿を現す。

黄金に輝きを放つ鱗と翼、邪なものを切り裂く鋭い爪、頭上には光輪が神々しい光を放っている。

 

「ここであなたを倒す、いくよムート。」

 

グルォォォーーーーー!!

 

バハムートの咆哮が響き渡る。

 

「・・・素晴らしい、まさかこんなところでダンジョンボスクラスのモンスターと戦えるなんてな。」

 

ラダマンティスの感情は高まっていた。なんせこの世界に来てから始めて骨のある存在に出会えたのだから。

 

「その前に、ここでは狭すぎるな。空間転移(テレポート)

 

ラダマンティスが魔法唱えると、一瞬で真っ白な空間へと変わった。

 

「ここなら思いっきり戦える。離れて見ていろリオン。」

 

「そうね。ムート蹴散らせてやるわよ。」

 

激戦を予感させる火蓋が開かれた。

 

「いや、ちょっと待って!?あなた達私の空間で何やろうとしてんのよー!!」

 

この空間の主、女神セレスティナの絶叫を合図に。

 

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