元新選組の斬れない男 (えび^^)
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プロローグ1

「お前は死んだのじゃ。さっさと起きろ。」

 

 聞き慣れない爺さんの声で、眠りから覚めるように覚醒すると、僕は真っ白な空間に立っていた。そう、立っていたのだ。立ったまま寝ていたのだろうか?

 そして僕の目の前には、齢80を超えていそうな老人がいる。ここはどこだろう。

 

「ここはお前らの言うところの死後の世界じゃ。もう一度言うが、お前は死んだのじゃ。」

 

 そうか、死んだのか。死因はなんなのだろう。トラックにでも轢かれたか?理解が追い付かないが、この爺さんの言ったことに嘘を感じない。なんか神様っぽいし。

 

「理解が早くて助かるのぉ。そうじゃ、わしが神だ。早速だがおぬしにはある世界に転生してもらう。有名な漫画の世界だし、おぬしも知っておるじゃろう。」

 

 漫画の世界に転生?よくある神様転生というやつであろうか。まさか自分の身にそんなことが起こるとは思わなんだ。とりあえず、特典を頂けるかどうかで転生後の身の振り方が変わるであろう。

 

「特典はあるが、呪いもある。呪いのほうは原作に介入しないと寿命が縮まる呪いじゃ。この呪いを付けないと原作に介入しないまま人生を終えるやつが多くてのぉ。あと転生特典は3つまでじゃ。希望が何かあるかのぅ?」

 

 げっ、介入しないと死ぬのか?進撃の巨人みたいな命の軽い世界に飛ばされたら原作に関わらなくても直ぐに死にそうなんだけど。せめてどの漫画の世界に転生するのか教えてほしいところ。

 

「すまんが原作名は教えることができないのじゃ。」

 

 マジかよ。とりあえず、どんな漫画に転生しても生き残ることを考えて特典を考えなければ。まずは丈夫で強い体だよな。病気にも強い感じの。

 

「一つ目の特典はそれで決まりじゃの。」

 

 あとは原作知識を有効に生かしたい。前世での記憶を劣化せずに思い出せるようにしたい。

 

「妥当な選択じゃな。二つ目の特典はそれでええじゃろ。おまけで儂との会話も前世の記憶に入れておくぞ。」

 

 次は戦闘能力がほしい。『ドラクエ』の魔法とか特技とか全部使える感じにしてもらうか。もしもの時はルーラで逃走できそうだし、怪我すればベホマで傷が全部治せるしな。原作死亡キャラはザオリクで蘇生させちゃろ。

 

「最後の特典はそれで良いの。但し、魔法は使えないぞ。おぬしに魔法のない世界に転生するんじゃからな。それじゃあの。」

 

 えっ、待って、魔法が使えないなら考え直したいんだけど。そんなことを考えながら、僕の記憶はブラックアウトした。

 

 

 

 赤ん坊になり、物心がつくまで育った私は、ようやく自我というモノを手に入れた。それまではぼんやりと夢の中にいるような感覚であったが、日毎に夢が覚めていくように意識がはっきりとし、ようやく物事を考えられるようになったのだ。

 結論から言うと転生した場所は、江戸だった。転生といえば中世ヨーロッパの世界観が定番との思い込みがあり、多少ガッカリしたのだが、時代劇のセットのような街並みは、それはそれで面白くあった。

 

 生まれ変わった私の新しい名前は、浜口竜之介という。ちなみに竜之介の名前には、竜のように強い男になって欲しいとの父の願いが込められていると、母から聞いた。

 父は醤油の卸問屋を商いにしており、母との仲は良好。兄弟は、二人の兄と一人の姉がおり、皆私をかわいがってくれた。

 家業は好調なようで、かなり裕福な暮らしをすることができているように思う。少なくとも食べるモノには困ることはなかった。

 

 私が10歳になった頃に、父は私を近所の道場に連れて行った。父は武士に憧れている節があるようで、私に武士の真似事というか、剣術を学んで欲しいようであった。本当は兄上たちにも剣術をさせたかったようだが、大事な跡取りには怪我をされては困るとか、家業を継ぐための勉強の時間が必要だとか、様々理由で道場に連れてこれなかったのだと聞かされた。

 私が連れていかれた道場は、試衛館というところであった。

 

 私は試衛館に通うようになり、初めて友と呼べる存在ができた。厳しい稽古で苦楽を共にし、切磋琢磨しながら剣術を磨くことが何よりも喜びであった。

 特に同年代である沖田に対して、密かにライバル認定し何度も打ち合ったが勝ち越すことがなかなかできない。転生特典である身体能力だけではやはり無理があったか。ちなみにズルをしているような気がしてドラクエ特技は封印していたのだが。

 熱心に稽古を行う姿を、先生からも見どころがあると褒められ、父も機嫌を良くしてくれたため、剣術に打ち込むことを何も咎めずにいてくれた。

 

 

 そのまま、剣術を学び幾ばくかの時が流れた。私が15を過ぎたころ、道場の仲間に誘われて、将軍上洛の警護のため、京へ行くこととなった。母は最後まで反対したが、父は立派に勤めを果たしてこいと、応援してくれた。

 この頃確信したのだが、試衛館の仲良くしているメンバーは近藤先生、土方さん、沖田…。どう考えても新選組である。

 江戸時代だと何となく思っていたが、今の世は幕末であったようだ。黒船の騒ぎとかあったけど、黒船が江戸時代のどのくらいの時期の出来事か覚えてないし、西暦なんて調べようもなかったんで、気づくのが遅くなった。

 未だにこの世界が何の漫画原作であるのかわからないが、新選組関連の漫画とか多そうなんで、ついていけば少しでもヒントがあるのではないか期待を持ち京に向かった。

 

 

 新選組としての活動は地獄であった。平和な日本で過ごしていた私には、日常的に人が殺し殺される日常は辛かった。それ故に、私には人を殺す覚悟がなかったのである。

 初めての斬り合いになった際に、私は3人の敵を戦闘不能に追いやった。相手は所詮テロリストや犯罪者の類なのだから、殺しても構わないと自分に言い聞かせていたが、止めを刺すことができなかった。見かねた沖田が助太刀と称して、止めを刺してくれたのだが、死体を見てゲロをはいてしまった。

 

 その夜、土方さんに部屋に呼ばれると、ボコボコに殴られた。私が人を殺す覚悟ができていないと泣きながら謝ると、さらに10発程殴られた。その後、部屋に戻るように言われ、切腹させられるのではないかとドキドキしていたら、次の日の朝に副長直属の『捕縛方』という役職に命じられた。

 

 『捕縛方』とは攘夷志士を殺さずに捉える役職で、相手を殺すことを禁じる役目だと、隊士の前で説明された。試衛館組以外の隊士から白い目で見られたが、土方さんの殺さずに敵を捕らえる理を説き、殺さずに捕らえることがどれ程難しいのか説明してくれたため、その場は収まった。

 

 その日から刀の代わりに木刀を携え、京を歩き回ることになった。土方さんが周りの文句を抑え込むためにかなり頻繁に出撃命令を私に下し、私もそれに応えて志士を捕らえてくると周りからの白い目や揶揄も次第になくなっていった。私が捕縛した志士達の大半は、拷問か死罪となり、その結果を見て、あぁ私も人殺しの片棒を担いでいるんだなと思うことはあれど、直接自分の手を汚し、人を殺すことはできなかった。

 

 

 




17.08.17 誤字修正


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プロローグ2

 京での仕事を地獄の日々だと思っていたが、慣れてしまえばそれが日常となり、それなりの日々を過ごしていた。この頃よく耳にする『人斬り抜刀斎』の名が、どうも記憶に引っかかる。たしか、るろ剣の主人公がそんな感じで呼ばれていなかったっけ?土方さんに頼み『人斬り抜刀斎』に関する情報を収集するも、目撃者が極端に少ないため情報が全然集まらないし、街を見回っても遭遇できない。

 

 そうこうして手をこまねいているうちに、戦が始まった。戊辰戦争が始まったのだ。負け戦とわかっている戦争に参加するほどつらいものはないな。

 沖田の持病が悪化してもうこれ以上、連れていくのが難しいと思い、土方さんに相談すると、近藤先生の知り合いの家に療養のため、戦の前に江戸に後送すると言われた。ほっとしたのも束の間、人を斬れないお前は足手まといだからここで捨てていくと伝えられた。ぎょっとして土方さんを見ると、真剣なまなざしで沖田の護衛を頼むと言われた。

 仲間を見捨てるようで気が引けるが、このまま蝦夷の五稜郭までついていく決意もないため、黙っていたら、肯定と受け止められようで、土方さんは行ってしまった。

 

 

 その後、明治維新は無事に終わり、沖田は死んだ。沖田の死後、ずっと近藤先生の知人宅にいるのも気まずくなったため、ひょっこりと実家に顔を出してみることにした。

 自宅に帰ると、家族にひどく驚かれた。どうやら戦争で死んだと思われていたらしい。新選組の残党とかやっぱり迷惑かなと思い、すぐに出ていこうとも思っていたが、歓迎されたためそのまましばらく実家に厄介になることにした。

 父に京であったことを話すと、立派に勤めを果たしてきたなと泣いて喜ばれた。最後まで人を斬ることができなかったことを恥じており、決して武士らしいことができなかったと話すと、人を斬らない覚悟もりっぱな士道だと肯定してくれた。

 その言葉に目頭が熱くなってしまい、その晩は父と初めて酒を飲んだ。

 

 父は京に行った私のことをずっと気にかけており、いろいろと情報収集をしていたようだった。近藤先生が捕縛され死罪になったことや、土方さんが蝦夷で戦死されたことを教えてくれた。ちなみに、私が京で『木刀の竜』と呼ばれ志士達から恐れられていたことも教えてくれた。曰く、私と出会うと死なせてくれず、拷問に回されることが、逆に恐れられていたとか。

 京で恐れられることはあったが、それは新選組の隊服を着ているからであって、『木刀の竜』は刀を持たない私を馬鹿にした言葉であったのだが、江戸に噂が伝わるまでに尾ひれがついたのであろうか。

 

 ともかく、私は実家に受け入れられ、再び実家で暮らすこととなったのであった。

 

 

 実家で暮らし始めてから、手持無沙汰な私は、家業の手伝を行った。刀ばっかり振っていたくせに、やけに算術が得意だなとは長男の亀太郎兄さんの言葉ではあるが、前世で高等教育を受けた私にとって、この時代の事務仕事は内容さえ覚えれば、難しいことはなかったのだが、お給金に色を付けてもらっては身内びいきが過ぎるのではないかと思い、多少気恥ずかしくはあった。

 

 実家に帰ってから1年ほどたった頃、いつまでも実家のお手伝いでは迷惑がかかると思い、自分でも店を持つことを考えた。なんというか、独り立ちをしたいとの思いの方が強かったのかもしれないが。原作介入しないと寿命が縮まる呪いもあるし、家族の商いを手伝っていては必要な時に動けないなんてこともあるかもしれないしね。まぁとにかく、理由はいろいろだ。

 

 家族一同反対はされたが、必要なお金を貯めることと、お見合いをして身を固めることを条件に折れてくれた。

 どうも放っておくと危なっかしいとのことで、身を固めれば落ち着くと思われたらしい。

 

 幸い新選組時代にためたお金はほとんど手を付けておらず、かなりの金額が残っているので、実はお金の方は問題ない。隊士の面々は遊郭とかでかなり散財したようだが、病気が怖すぎて一度も行かなかったし、趣味もないためほとんど生活費にしか使っていなかったのだ。

 お見合いの方だが、恋愛など前世含めてほとんどしたことがない自分にとってはある意味ありがたい…のか?まぁ、なんとかなるだろう。

 

 

 お見合いをすることを了承してからしばらくすると、母よりお見合いの日程を告げられた。時間がかかったのはどうも、私の経歴を聞いて敬遠する女性が多かったからのようだ。元新選組と聞いて怖がる女性も多かったのだろうか。苦労させてしまった母には頭が下がる思いである。

 

 そしてお見合いを行った。結果から言うと、さよという女性と結婚することとなった。第一印象は物静かな雰囲気をもつ、かわいらしい女性と思っていたが、話をするうちに、商いに興味があり、自分でもお店を持ってみたいと考えていることが分かった。

 この時代の女性は、結婚したら子供を産んで家を守るのが普通のようで、さよのような女性は、この時代ではいわゆる『地雷』なのかもしれない。というか、それが理由で行き遅れていると本人も言っていた。行き遅れたといっても20にも満たない女の子なのだが。

 私としてはそのような考えは、問題と思っていないため、二つ返事で結婚の了承をしてしまった。

 

 

 その後、私はお店を出すお金を貯め、赤鼈甲(あかべっこう)という舶来品を取り扱う問屋と共同で、赤べこ亭という料理屋を開いた。時代的にも牛肉解禁の流れだろうし、流れに乗って牛肉料理のお店が流行るかもしれないと思い、情報収集していたところ、父の知り合いの赤鼈甲の店主を紹介されたのだ。

 牛肉なんて流通していないし、どうしたものかと思っていたところ、渡りに船の紹介であった。

 店主とも意気投合し、スムーズに話が進んだことはまさに僥倖といってもいいだろう。

 

 赤べこ亭は、夜は牛鍋を中心としたちょっと贅沢な料理や、モツ煮込みやら牛タン料理といった捨てる予定だった部位を使用した安価なつまみとお酒も出す、いわゆる居酒屋的なお店にした。

 そして、お昼に高級な牛鍋を食べる客は少ないだろうと思い、売れ残った牛肉や切り落としの部位を使用した、牛丼を安めの値段設定で販売することにした。もちろん、現在の牛丼みたいに牛肉と玉ねぎだけだと原価が高いため、豆腐やこんにゃく等も入れて量を調整してるが。

 どの料理も前世の記憶を参考に味付けを行ったが、材料の関係からあまり味を合わせることはできなかった。

 

 

 さよに補佐してもらいながらお店を始めると、すぐにお店は大人気になった。順調に利益を出し、売上が増えると二号店、三号店とお店が増えていき、人手が足りなくなってきた。足りなくなってきた人手を集めるために、新選組時代の人脈を頼り、お金に困っている士族を中心に声をかけて、なんとかうまく回せている。

 その関係でお店を留守にすることも多いのだが、お店を留守にしても、さよがお店を回してくれるため、ありがたいことに正直やることがなくなりつつある。

 これ幸いと、余った時間で人斬り抜刀斎に関する噂を調査しているが、実のある情報は集まらない。

 

 実は原作をあまり読んだことが無いのだが、まだ開始されないのか、それともここはるろうに剣心の世界ではないのか。何かの原作が開始されないか、情報収集し続けるしかなかったのであった。



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1

「ここが神谷活心流の道場か。」

 

 長かった。この世に転生してから30年と数年あまり。ようやく原作に介入できる。いや、まだ決めつけるには早いだろうか。

 

 ここしばらくの間、東京で『神谷活心流』の『人斬り抜刀斎』なる人物が辻斬りを行っており、既に10名を超える死傷者を出している。今までに『人斬り抜刀斎』を名乗る犯罪などは、たまに起こってはいたが、これほどまでに被害の規模が大きい事件は初めてである。

 

 ここ数日、横浜の方に仕事の用事で行くことがあり、調査が後手に回っていたが、情報が集まり、(くだん)の道場の場所も判明したため、ようやく今日、道場に来ることができたのだが…。

 

 

 道に迷い、道場にたどり着くのが予定より遅くなってしまった。スマホで位置情報を検索しながら道を歩くことが、なんと便利なことであったのだろうか。

 しかし、夕方だが構わないだろうか。門下生は皆辻斬りの一件でいなくなってしまったと聞いているため、稽古で忙しいということはないだろうが。

 せっかく来たのだし、断られたらまた出直せばいいだろう。そう思い、正門より道場にお邪魔させていただくことにする。

 

「すみませーん。誰かいらっしゃいませんかー。」

 

「はーい。」

 

 道場の中から元気な女性の声が聞こえてきた。

 

 

 

 迎えてくれた女性は、神谷薫と名乗った。こんな人物がるろ剣にいたような気もする。薫殿と呼ばれる人物はいたが、目の前の彼女がご本人かと問われれば、所詮漫画と現実。確信が持てない。たぶん、志々雄とかなら会って一発でわかるんだけどね。

 

 道場にあがらせてもらい、お茶を頂きながらお話を聞くと、彼女がこの道場の師範代とのこと。自分から、神谷活心流の『活人剣』の思想に感銘を受け、ぜひとも教えを請いたいと話すと、亡き父も喜んでいると大変喜んでくれた。剣術は好きだが人を殺めることに嫌悪感を持つ私としては、心からの本心だったため、喜んでいる様子を見ていると、こちらも心がほっこりしてくる。

 

 どうも話を聞くに、神谷さんの父は西南戦争にて戦死されたそうで、『人を活かす剣』という父の志を継ぎ、道場を存続させようとしていたが、例の辻斬り騒動のせいで十数人いた門下生は道場に来なくなってしまったらしい。

 念のために人斬りについても聞いてみたが、神谷活心流とは無関係の人物で、門下生にもあれほどの辻斬りをこなせる腕前を持つ人物はいないとのことである。ここまで調査した情報と齟齬はないが、なんともきな臭い話である。

 

 

 彼女の話が思いのほか長く、日も落ちてきたことなのでさすがにまずいと思い、そろそろ帰ることに。明日から稽古に来ることと、道場の再建に協力できることがあれば相談してほしい旨を伝えて帰ろうとすると、外から妙な気配がする。

 持参してきた木刀を左手に、外見は平静を装いつつ自然に玄関の方に警戒心を向けると、身なりのよさそうな爺さんが道場に入ってきた。神谷さんの祖父であろうか。

 

「どうもこんばんは、お邪魔しております。」

「おや珍しい。薫さんにお客さんですか。」

「ええっ、そうなのよ喜兵衛。浜口さんって言うんだけど、うちの新しい門下生よ!」

 

 喜兵衛と呼ばれた爺さんは少し訝しむような顔でこちらを見つめいている。こんな時期に門下生になりたいなんて、妙な奴と思われているのかもしれない。

 

「あぁ。そいつは残念だったね。この道場はもうたたんじまうんですよ。この通り書類もまとまっていましてね。」

 

 頭を下げて自己紹介しようと口を開きかけたところで、喜兵衛が妙なことを言いながら書類を取り出した。

 

「…喜兵衛?」

 

 神谷さんが混乱していると、道場の縁側より見るからにガラの悪い連中が乗り込んできた。これだけの人数がいたにもかかわらず、気配を感づけなかったとは、新選組を引退してから時間がたっているとはいえ、私も衰えたものだ。先頭にいるひげ面の大男だボスっぽいな。ニヤニヤ笑っていて気持ち悪い。

 

「よォ!」

「お前はっ!」

 

 ひげ男をみた瞬間神谷さんが、驚いたような顔をして、素早く道場に置いてあった木刀に手をかける。何やら因縁ありげだね。

 

「鬼兵館頭目、比留間伍兵衛。儂の弟だ。あぁ、浜口さんだったね。あんたも運が悪かった。何もこんな道場じゃなくても、道場はいくらでもあるだろうに。」

 

 喜兵衛の爺さんがしたり顔で話し出した。どうも話を聞くにこの爺さん、道場に潜り込んで乗っ取りを画策し、弟を利用して道場の名を貶めたり、いろいろとやっていたようだが、それもうまくいかず、強硬手段に出たようだ。

 喜兵衛の自分語りも終わり、道場にぞろぞろとチンピラが乗り込んできた。そもそも自分の悪事を語るとか、三下もいいところだよな。

 

「『人を活かす剣』てのがここの目標だとか。面白い。ここはひとつその『人を活かす剣』ってヤツで自分を救ってみたらどうだ。」

「くっ…。」

 

 ひげ男の挑発に神谷さんの顔が悔しさで歪む。ジッと見ていたが、そろそろいいだろう。左手に持った木刀を正眼に構え、神谷さんとひげ男の間に割って入る。

 

「…浜口さんっ!」

「神谷さん…、いえ神谷先生。ここは先生の出る幕ではありません。私に任せてください。」

「そんな、無茶よ!」

「ほぅ面白い、兄さんそんなにこの小娘が…。」

 

 ひげ男がしゃべり終わる前に、私は動き出していた。『さみだれぎり』だ。流れる水が如く、チンピラの間を駆け巡りながら最小の動きで敵を木刀で殴りつける。全員殴り終えたところであたりを見回すと、誰一人と立っているものはいなかった。まぁ、さすがにこの程度のチンピラに負けるほど弱くなっていない自信はあったが。弱いものいじめなような気がしてあまりいい気はしないな。

 

「すごい…。」

 

 神谷さんが驚きの表情でこちらを見ている。まずい。ドン引きされたかもしれない。その時、玄関に新たな気配がしたため、ふとそちらをみると、チンピラが一人立っていた。新手か?

 

「つっ、強え…。」

 

 そういってチンピラはどさりと倒れた。えっ?お前のこと殴った覚えないんだけど。

 まぁおそらくは、今倒れたチンピラの後ろにいる強そうな気配のヤツの仕業なのだろう。

 

 倒れた男の後ろには小柄な男が立っていた。髪は長髪で首の後ろで縛っており、赤い着物を着た頬に十字傷を持つ男。おっ?おっ?これはもしかして?

 

「流浪人…!」

「遅くなってすまない。話は全てこいつに聞いたが…。拙者がいなくても大丈夫だったようでござるな。」

 

 困ったような顔をしながらこちらに歩み寄ってくる男。私は構えを解き木刀を下すと、彼に話しかけた。

 

「えっと、すいません。神谷先生のお知り合いの方ですよね?警官さんを呼んできますので、先生と一緒にいていただけますか?神谷先生もそれでよろしいですよね?」

「えっ…。あ、うん…。」

 

 ドキドキして、頭が回らない。長年探し求めていた人物が目の前にいる。緊張している自覚はあるが、常識的に振舞わなければ悪印象を持たれてしまう。

 

「お主は…。」

「はいっ?」

「お主は、浜口竜之介ではござらぬか?」

 

 真剣な表情でこちらの目をみて名前を呼ぶものだから、ぎょっとしたよね。まさか主人公様に名前を知られてるとは思わなんだ。

 

「…はい。私は浜口竜之介と申します。申し訳ありませんが、この場はお願いします。では、私はちょっと行ってきますので、お願いしますね。」

 

 そう言い残すと、私はそうそうにその場を逃げ出し、警官を探しに夜の街へ駆け出して行ったのであった。




17.08.17憲兵を警官に変更。
17.08.17江戸を東京に変更。史実的に既に東京に名称変更済みのため


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2

「薫殿、大丈夫でござるか?」

「ええ…。浜口さんに助けてもらったから…。」

 

 浜口さんは警官を呼びに行ってしまったため、道場には倒れた気絶した鬼兵館のチンピラと比留間兄弟を除いては、流浪人だけしかいない。

 まさか喜兵衛が道場を乗っ取るために、『人斬り抜刀斎』に辻斬りをさせていたなんて…。浜口さんがいなければ、今頃私はどんな目にあっていたことか。きっと、道場を乗っ取られるだけでは済まなかっただろう。流浪人も駆けつけてくれたみたいだけど、この人数を相手にするのは難しいように思う。

 

「流浪人は…。浜口さんの知り合いなの…。」

 

 先ほどの会話から、流浪人は浜口さんの名前を知っていたようだ。

 

「浜口殿は、その、昔の商売敵でござるな…。」

 

 頬搔きながら、困ったように笑う流浪人。浜口さんとは今日知り合ったが、東京で『赤べこ亭』という料理屋を経営している聞いていた。先ほどの身のこなし、これだけの人数を一瞬で圧倒する剣術。とても、普通の町人には見えなかったけど…。

 

「そう…、なのね。流浪人さんは旅の剣客なのよね?」

「おろっ、人の過去にはこだわらないんじゃなかったでござるか?」

 

 思わずムッとしてしまう。人には誰にだって語りたくない過去がある。そう思い、道場の前に倒れていた喜兵衛を介抱し、素性を知らぬまま住み込みの奉公人をさせていたのが、今回のいざこざの遠因だったりする。

 

「ちょっと気になっただけじゃない!」

「うぅぅ…。」

 

 少し大きな声を出したら、比留間兄弟の弟、伍兵衛が目を覚ましたようだ。

 

「あいつのあの強さ…。あいつが本物の抜刀斎に違いねぇ。あいつさえいなければ…。うぅ…。」

 

 五兵衛は右足が折れているようであったが、持っていた大きな木刀を支えに立ち上がった。

 

「さっきは不意打を食らったが。…小娘とてめぇだけなら!」

 

 五兵衛が右足を庇いながら、こちらに襲い掛かってきた。

 

 

「浜口殿は抜刀斎などではござらんよ…。そんな汚れた名前で彼を呼ぶな!」

 

 一瞬、鈍い音が響いたと思うと五兵衛が道場の床に突き刺さっていた。流浪人が逆刃刀を抜き、目にもとまらぬ速さで五兵衛を打ったのだ。

 

「一つ言い忘れていた。人斬り抜刀斎の振るう剣は『神谷活心流』ではなく、戦国時代に端を発す一対多数の切り合いを得意とする古流剣術。流儀名『飛天御剣流』。逆刃刀(こんなかたな)でないかぎり確実に人を惨殺する神速の殺人剣でござるよ。」

 

「浜口殿の剣は、決して相手を殺さぬ不殺剣。拙者の剣術とは真逆の剣でござる。」

 

 流浪人が視線を喜兵衛に向けると、気絶しているはずの喜兵衛がガタガタと震え失禁している。流浪人の殺気にあてられたようだ。

 

「策を弄する者ほど、性根は臆病でござるな。」

 

 そう言いながら逆刃刀を納刀する流浪人。

 

「流浪人は…?本物の抜刀斎だったの…?」

「すまないでござる、薫殿。拙者だます気も隠す気もなかった…。ただできれば、語りたくなかったでござるよ…。」

 

 フッと、息をつくと申し訳なさそうな表情をしながら、流浪人は謝罪を口にした。その悲しそうな表情を見て、私が何も言えずにいると

 

「失敬。達者で…。」

 

 流浪人…、いや抜刀斎はその場を立ち去って行こうとした。

 

 

 

「ま…。ま…。待ちなさいよ!」

 

 何をしれっと立ち去ろうとしているのよ。この男は!

 

「私一人だけで浜口さんが戻ってくるのを待てっていうの!?」

「しかし、拙者は人斬り抜刀斎で…。」

「私は人の過去になんかこだわらないわよ!」

 

 私は思いっきり抜刀斎を睨みつけながら言ってやった。

 

「喜兵衛みたいなのもいるし、これからは多少はこだわったほうがいいでござるよ。」

 

 うっ、痛いところを突かれてしまった。

 

「なんにせよ拙者は去ったほうがいい。せっかく流儀の汚名も晴らせるというのに本物の抜刀斎がいては元も子もないでござる。」

 

 困ったように笑いながら抜刀斎は、子供を窘めるように言う。違う、私は…。

 

「警官さん、こっちでーす。」

 

 遠くから、浜口さんの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 




高杉晋作の奇兵(きへえ)隊から喜兵衛(きへえ)鬼兵(きへえ)館が名付けられたのかなと今更ながら思いました。『きへえ』がゲシュタルト崩壊しそう。

17.08.17憲兵を警官に変更
17.08.17江戸を東京に変更。史実的に既に東京に名称変更済みのため


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3

「警官さん、こっちでーす。」

 

 『人斬り抜刀斎』による辻斬り騒動で夜間警邏が強化されていたため、警官達はすぐに見つかった。事情を話すと訝しみながらも、道場まできててくれるとのことで、道案内がてら道場まで同行することになったのだ。

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

「急いでくださいよ!下手人は道場にいるんですよ。もうすぐそこですから。」

 

 しかし、鍛え方が足らないのではないか?軽めに走っただけなのに、警官達はついてくるのがやっとの体たらく。息も上がってしまい、なんともだらしない。まだ20そこそこ位の年齢だろうに、最近の若い者は鍛え方が足りないのではないだろうか。もどかしい気持ちを抑えながら、ようやく道場までたどり着いた。

 

 

 その後も応援の警官が続々と到着し、チンピラと比留間兄弟を連行して行った。私たちは再度簡単に事情を聴かれたが、詳しい事情説明が必要な場合は、日を改めて警察署まで呼び出しがかかるとのことで、あっさりと事後処理が終わり解放されたのであった。

 

 

 警官と連行された者たちがいなくなり、道場が広く感じるな。

 

()()さん、神谷先生と一緒にいていただいてありがとうございました。」

「おろっ?拙者浜口殿に名乗りましたかな?」

 

 しまった。一段落ついて油断してしていた。思わず、聞いてもいない()()さんの名前を呼んでしまったのだ。しかも、剣心さん、顔は笑っているが目は笑っていないというか、真剣なまなざしでこちらを見つめ返してきよる。

 

「しっ、失礼しました。えっと、人違いです!…昔の知り合いとあまりにも似ていたもので…。その…。」

 

 思わずしどろもどろになってしまう。よく考えれば人違いも何も、名前言い当てちゃってるんだよなぁ。京にいたころも『抜刀斎』の名は有名であった。江戸に轟くほどに。しかし、『剣心』の名はどうだろう。一度も聞いたことが無いし、『抜刀斎』の個人情報はトップシークレットであろうから、一部の攘夷志士しか知らないはずである。その名を知っている元新選組の私は、剣心さんにどう見えているのだろうか。

 そんな私をフッと鼻で笑う剣心さん。

 

「人違いではござらんよ。拙者、緋村剣心でござる。浜口殿のよく知っている剣心で、合っているでござるよ。」

 

 良かった。あまり、敵対的には思われていない?

 

「ちょっと!二人だけにしかわからない話はやめて!…浜口さん。嫌なら話さなくて良いわ。だけど、浜口さんと剣心さんのこと、少し教えてもらえないかしら。」

 

 おっと、神谷さんの存在を一瞬忘れかけてたわ。そりゃ気になるわな。思わず頭をポリポリ掻きながら、この場は誤魔化せないと思い、自分の過去を語ることにする。

 

「実は私、元新選組の隊士でして…。」

 

 どこから話せばよいのか迷ったが、思いつくままにポツポツと自分の来歴を語っていく。

 自分が新選組であったこと、京の町でどうしても人を斬れず木刀で戦っていたこと、戊辰戦争に参加できず江戸に帰ってきたこと、そして、『人斬り抜刀斎』である剣心さんを追っていたことなどを掻い摘んで話した。ここら辺を話しておかないと、剣心さんの名前を知っている理由にならないからね。いろんな伝手を使ってなんとか名前だけは知っていたんだと弁解というか、言い訳をしておく。

 

 

「拙者を追っていた理由は何でござるか?浜口殿の口振りから、仲間の仇討ちをしたいようにも思えないのでござるが…。」

 

 正直に、原作介入しないと寿命が縮むからなんて言えないしなぁ。少し言い訳を考えてから、口を開く。

 

「仇討ちは…しようと思ってもできないですからね、私は。それに明治維新は成ってしまったのですから、これ以上何かするつもりはありません。剣心さんに会いたかったのは…。うまく言えないですけど、興味があったというか、どんな人なのか会って話がしてみたかったってのが強いですかね。人を斬りたくてもどうしても切れなかった私とは、その、対極的な人だったんで…。」

 

 ははは…、と力なく笑いながら剣心さんを見ると真面目な顔をして私の話を聞いている。もう人斬りなんてしていないこと知っているんだけどね。

 

「人斬りの話が聞きたかったってこと?そんな人だったら、新選組にもたくさんいたんじゃないの?江戸にまで噂が届くくらい、強い集団だって聞いてるわよ。」

 

 口を尖らせている神谷さんに、ツッコみを入れられる。確かにその通りではある。うーん、新選組(うち)で『よく人を斬っていた人』といえば、斎藤さんは『悪・即・斬』とかいってて中二病っぽいし、鵜堂さんはサイコパスだし、土方さんは自分で斬るよりも切腹させたほうが多かったしなぁ。1回沖田にどうして人を斬れるのか聞いたことがあったけど、何言ってんだこいつみたいな顔されて取り合ってくれなかったし。

 

「あまり参考になるような話は聞けませんでしたね。みんなちょっと普通じゃないっていうか、頭がおかしいというか…。いやっ、別に人を斬れるようになりたかったわけじゃないんですけどね。ただ、剣心さんがどんな人で、どんな想いを持っていたのか、知りたかったんじゃないかな。」

 

 大きくため息をついて、剣心さんを見る。まっすぐとこちらを見つめる目に、自分の中が見透かされているような気持になり、怖い。

 

「私は、人を殺めてしまうことが…。誰かの人生を終わらせてしまう責任を負うことが、ただ怖かっただけなんです。臆病で卑怯なんですよ。自分だけ手を汚さず、今ものうのうと生きている自分がなんと惨めなことか。」

 

 あぁ、ダメだ。普段考えないようにしているのに、あの頃のことを思い出すと、生きているのが嫌になる。かといって、死ぬ勇気もなく、寿命を縮めるのも嫌で、こうしてこの場にいるのだが。

 

「なるほど。浜口殿の噂は京にいる頃によく聞いたでござるが、拙者が噂で聞いていた御人とえらくかけ離れているでござるな。」

「参考までに、どんな噂を聞いていたか教えていただいても?」

 

 この手の噂は意外と本人に伝わらないものなののようだ。『木刀の竜』と陰で呼ばれていたのは知っていたが、そもそも人を斬らない代償として土方さんに出撃回数を多く設定されていたため、隊舎では割と浮いていた。いわゆるボッチとまではいかないが、何分この手の噂に疎いのだ。

 

「新選組に刀を持たず、木刀を持ち一人で襲い掛かってくる狂人がいるとか。たとえ刀で木刀を折っても素手で襲い掛かり、狙われた志士達は一人も殺さず、必ず捕縛されるとか。無類の拷問好き故、捕縛した志士をなぶり殺しにすることを至上の喜びにしているとか。あとは…。」

「あー、ありがとうございます。もう結構です。噂ってのは尾鰭がつくものですねぇ!」

 

 聞いたのはこっちであるが、我慢できなくなり、話を遮る。

 一人で志士に突撃していたのは、ほかの隊士と一緒だと捕縛予定の志士を殺しかねないからで、木刀が折られて素手で戦っていたのはむしろ逃げたほうが危険な上に『ドラクエ』の特技で割と素手でも戦えたからである。

 狙った志士を必ず捕まえられたかというとそうでもないし、拷問に至っては一切関与していない。ここら辺は完全にねつ造だよ。

 

「でも、さっきの話だと木刀を持って戦っていたのは本当なんでしょ?木刀なんて普通の刀に比べて弱いんだから折れることもありそうだし…。ちょっと、どこからが尾鰭なのよ。」

 

 神谷さんにジト目で見られてしまう。うっ、思わず助けを求めて剣心さんに視線を向けると微笑んでいた。

 

「でも実際の浜口殿は、殺生の嫌いな優しい御人であった。それが真実でござったか。神谷活心流の活人剣は、きっとそんな浜口殿にピッタリな流派でござるよ。」

 

 優しいのとはちょっと違うと思うんだけどなぁ。今度は、私の方がジト目になり剣心さんを見つめてしまう。

 

「剣心さんだって、今は不殺を誓ってるんでしょ。神谷活心流は剣心さんの方にも向いているんじゃないの?」

 

 剣心さん、ちょっと驚いてるね。不殺の誓いだなんて、剣心さん一言も言ってないからね。残念ながら、こちらには原作知識があるんだよね。何か言われたら逆刃刀を持ってるからって言い返しちゃろ。

 

「そうよ!これから私と浜口さんの二人だけでどうやって盛り立てろっていうのよ!少しくらい力を貸してくれたっていいじゃない!」

「しかし、先ほども申したが、本物の抜刀斎の拙者が居座っては…。」

「抜刀斎に居て欲しいって言ってるんじゃなくて、私は流浪人のあなたに居て欲…。」

 

 そこまでいうと、ハッとした表情をした後、神谷さんは顔を赤くして大人しくなった。『居て欲しい』っていうのが恥ずかしかったみたいだ。若いねぇ。

 

「まぁまぁ、剣心さん。ずっと流浪人やるのも大変なんだからさ、少しぐらいこの町に居付いてもいいんじゃないの?」

 

 私からもここに居座るように進めてみる。というかこのままどこかに行かれたら、剣心さんが解決すべき様々な案件が未解決になり、確実に不幸な人が出るよな。

 困ったような笑い顔で考えるそぶりを見せる剣心さん。

 

「しばらく厄介になるでござるよ。」

 

 その言葉に、私と神谷さんは安堵の表情を浮かべるのであった。



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4

 その後、道場から帰るまでにかなり時間を食ってしまった。というのも、道場に居ついてくれると決心した剣心さんが、どこに逗留するのかで少し揉めたのだ。

 原作では道場に居候していたのだが、年頃の女の子と一つ屋根の下で大丈夫か不安になり相談したのがまずかった。

 宿代を出すので近場の宿に泊まることを進めると、神谷さん、剣心さんに悪いからと反対されるし、かといって、私の家に剣心さんを受け入れることもなかなかに難しく、剣心さんは野宿してくると言い出すがそれもどうかと思い引き留めた。

 最終的に、神谷さんの強い意向と、『剣心にわたしを襲うような度胸はないわよ!』という言葉に妙に納得してしまい、その場は収まったのだ。

 

 

 

「それでは私はここらへんで失礼します。」

 

 道場を出る頃には、当たり前であるが真っ暗で、提灯を借りて帰ることにした。酔っ払いも家に帰り、人っ子一人いない江戸の町を歩いて帰る。もう慣れたことであるが、この時代の夜は前世に比べて早く、暗い。

 家で待ち受ける苦難を想像し、私は重い足取りで帰路につくのであった。

 

 

 

「たっ、ただいまー…。ひっ!」

 

 そっと玄関を開けると、玄関にはさよが正座で座っていた。明かりもつけずに。

 

「おかえりなさい、竜さん。こんなに遅くまで帰ってこないなんて珍しいね。どこをほっつき歩いていたんだい?」

「ご、ごめん。ちょっといろいろあって。」

「ふーん。いろいろねぇ…。」

 

 じとーっとこちらを見つめられて思わず、視線をそらしたくなるが、ここは我慢だ。

 

「はぁ…。今日はもう遅いから、さっさと寝ようか。詳しい話は明日聞かせてよね。」

 

 さよは立ち上がり寝室の方に歩いて行った。とりあえず、許されたのか?さよにならい、私も寝室に向かって歩いていくと、突然さよが振り返り、私に抱き着いてきた。

 

「わっ!どうした。」

「…。女の匂いはしないね。てっきりお妾さんでも作ったのかと思ったんだけどなぁ。」

 

 すんすん鼻を鳴らしながら、どうやら私の体臭を嗅いでいたようだ。

 

「さよ、私は浮気なんてしないよ。」

 

 なるべく、優しい声を出すことを心掛けながら、さよの頭を撫でる。

 

「わかってる…。でも、いいんだよ。私じゃ子供を産めないんだから、お妾さんの一人や二人ぐらい囲ったって…。」

 

 震える声でそう言いながら、ぎゅっと私に抱きつくさよの手に力が入る。もしかして泣いているのかもしれない。

 さよと結婚してから10年近くたつが、子供には恵まれなかった。さよに原因があるのか、私に原因があるのかはわからない。こればっかりは授かりものだし仕方がないと、私は既に諦めていたが、さよはずっと気にしているようであった。私自身、子供を作るためだけにほかの女性と関係を持つ気はない、常日頃からさよに話しているのであるが…。

 この時代の子供を産めない女性は、肩身が狭いなんてものじゃない。なるべくフォローしてあげたいのだが、どうしてあげればよいのかわからない。いっそ、養子でももらってしまったほうが良いのだろうか。

 

「心配かけてすまんな。こんな遅くまで起きているから、気分が滅入ってるんだよ。さぁ、今日はもう寝よう。」

「…うん。ごめん。」

 

 そういって、さよを寝室に連れていき、床に就いた。

 

 

 

「…さん。竜さん。もう朝だよ。」

「んんん…。」

 

 どうやら寝坊したようだ。さよが布団を引っぺがし、起きるように促してくる。この時代に目覚まし時計なんて便利なものはないので、朝起きようとすると、気合しかない。しかしこの気合も、体調が悪かったり、疲れていたりすると通じず、起きれないなんてザラだ。昨日はまぁ、濃い一日を過ごしたし、夜も遅かったから寝坊しても仕方がないかな。

 

「たけさんがもうご飯の準備をしているから。ほら、早く起きて。」

 

 たけさんとはうちの女中だ。さよの結婚と同時に、さよの家からきた世話係のような人で、家事全般を彼女に任せている。

 のそのそと上半身を起こし、さよに声をかける。

 

「んぁー、今起きる。たけさんにはすぐに行くって言っておいて。」

「ん、わかった。」

 

 さよが部屋から出ていくと、寝間着を着替えて、居間に向かう。既に定位置に座っているさよの隣に座ると、たけさんがご飯をよそってくれる。

 

「悪いねたけさん。寝坊してしまったよ。」

「旦那様、昨日遅かったんでしょ。寝坊してもいいですけど、次からは早く帰ってきてくださいよ。さよさん心配して、大変だったんですから。」

「すまん、善処する。」

 

 居心地が悪くなり、頭をポリポリ掻きながら返事をする。

 

「ふーん、反省してないんだ。」

「いや、そんなことないって、昨日はいろいろあったんだって。」

 

 ジト目で見つめるさよに慌てつつも、昨日の顛末を説明する。

 

 

 

「…ってことがあってですね、大変だったんですよ。」

「旦那様が辻斬りをねぇ。あたしには、とても信じられないんですけど。」

「まぁまぁ、たけさん。こう見えても竜さんは元新選組だからね。荒事には慣れているんだよ。よく神社に木刀を持って行って素振りもしているし、それにほら、力だって、見た目以上に強いんだよ。」

「そうそう、割と強いんですよ、私は。能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?」

 

 ご飯を食べながら熱弁したもの、たけさんがなかなか信じてくれない。まぁ、普段は荒事とは無縁な放蕩旦那と思われているようだし、しかたないか。

 

「はぁ…、そんなもんですかねぇ。でも、旦那様。体に刀傷なんてないし、きれいな体じゃないですか。前に攘夷で活躍したっていう剣客さんを見たことがあるんですけど、体中に傷跡がすごかったんですよ。新選組だったとして、戦ったこととかあるんですか?」

「案外金勘定だけやってたのかもね。ほら、竜さんって算術得意でしょ?」

「あぁ、それだったらあたしも納得できますよ。」

 

 そう言いながら、二人でケラケラ笑っている。毎度毎度、この手のこととなると多勢に無勢で旗色が悪い。このままでは家長としての威厳がくずれてしまう。もうないのかもしれないが。

 わざとらしく、おほんと咳払いして二人を交互に見る。

 

「まぁ、とにかく。これからは道場に通うので、留守にすることが多いからよろしくね。帰りが遅くなることはないと思うけど、夜遅くなるときは事前に連絡するし、なるべく早く帰るようにするからね。」

 

 言いたいことは言ったので、ご馳走様をして、出かける準備をする。稽古初日だしね。道場には遅刻しないようにしなくては。



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5

 道場に通い始めてから1週間がたった。毎日道場に通うのも、世間体とか仕事との両立とか家庭内のヒエラルキー等の諸々の問題で憚られるため、隔日で稽古に行くようにしている。一応、さよにお店を任せているとはいえ、私の方にもいろいろと仕事はあるしね。

 道場での稽古は楽しいのだが、未だに門下生は私だけだ。例の辻斬り騒動が終結したにも関わらず、神谷活心流の門下生は誰も戻ってきていない。もはや侍は時代遅れで、剣術に魅力を感じられる人は少ないのだろうか。少々残念な気もする。原作通りといえばそれまでだが。

 門下生が戻らないことについては、私以上に神谷さんの方が焦りを感じているようで、大分フラストレーションが溜まっているようだ。

 

 

 

 本日は稽古の日なので、早起きして道場に来たのだが、何やら騒がしい。道場の表に人だかりができている。人並を縫って道場の入り口に辿り着くと、剣心さんと神谷さんがいた。

 

「おはようございます。どうしたんですか?もしかして入門希望者ですか?」

「おはよう。浜口さん。それがね、実は昨日…。」

 

 神谷さんの話によると、昨日剣心さんと神谷さんで町に買い出しに行った際に、横暴な警官といざこざがあったそうだ。庶民への横暴を見かねた剣心さんが警官隊を叩きのめしたところ、それを見ていた庶民から神谷活心流の名が人づてに広まり、朝から入門希望者が殺到したのだ。

 

「へぇー、それはなんとも。良かったですね。」

「いまいち反応が悪いわね。この場に来た人が全員入門すれば、あっという間に神谷活心流再興なのよ!」

 

 原作的に、こんなに門下生なんていなかったし、なんらかの理由でこのミーハーな入門希望者が去ると思うとぬか喜びできない。そんなやり取りをしていると、おもむろに剣心さんが口を開いた。

 

「こりゃあまずいなぁ。」

「えっ?」

「ちょいと皆の衆、拙者は元々この流儀の者ではないし、弟子を取る気もないから、昨日の騒動を見てここに来たのなら、悪いけどお引き取り願うでござるよ。」

 

 困ったような笑顔で剣心さんがそういうと、入門希望者はあっさりとはけてしまい、一人残らず帰ってしまった。こういうオチか。ちょっと、神谷さんがかわいそうだ。

 唖然として言葉も出ないのか、神谷さんは目を丸くして門下生が帰っていく様を見つめている。

 沈黙が気まずい。

 

「さて、拙者は風呂焚きでも…。」

「っのバカぁ!なんで帰しちゃうのよ!」

 

 しれっと逃げようとする剣心さんの頭をしないで引っぱたく神谷さん。いや、引っぱたくってレベルじゃないか。なんか鈍器で殴ったような音がしたし。気持ちはわかるが、そんなに強く叩いてダイジョブか?

 

「だから拙者元々…。」

「だからって帰ってもらうことはないでしょ!とりあえず入門させちゃえばこっちのモンだったのにィー!」

「そりゃサギでござる。」

 

 ボコボコにされる剣心さんを眺めて、こりゃちょっとまずいと思い止めに入る。

 

「先生、落ち着いてください。それ以上やったら、剣心さん、死んじゃいますから。」

「くっ、仕方ないわね!浜口さんに免じてここら辺にしといてあげるわ!」

 

 フンッ、と鼻息荒く、神谷さんは剣心さんの襟首を手放した。剣心さんの方に目立った外傷はないようだ。怪我する前に止めてよかったよ、ホント。

 

「浜口殿、かたじけない。」

「でも、いまのは剣心さんの方が悪いですよ。」

「そうよ剣心、ちゃんと反省しなさい!」

「おろっ?」

 

 なんでお前が不満そうなんだよってツッコみを我慢しつつ、道場の中に入り、荷物をまとめる。本日は出稽古のため、他の道場に足を運び、合同で稽古をする予定なのだ。

 

 

 

 

「ったくもう!」

「まだ怒っているでござるか。」

「とーぜんよ!15人もいたのに!」

 

 出稽古のために他流派の道場に向かっているのだが、神谷さんの怒りは収まらず、イライラをまき散らしながらのお出かけとなってしまった。怒っている女性ってホント苦手。精神的に疲れてしまう。

 

「まぁまぁ、先生。過ぎてしまったことは仕方がないんだから、諦めましょう。」

「浜口殿の言う通りでござるよ。それに、興味半分のにわか入門者ではまず半年ももたないでござるよ。それじゃ、意味なかろう。」

 

 剣心さんと私の言葉にうまく反論できないのか、神谷さんは黙ったのだけれどもムスッとした表情で歩いている。というか、剣心さん。全然反省してないでしょ。神谷さんの気持ちを少しは汲んで欲しいものなんだけど。

 

「にわか入門者でも、やり始めれば興味を持って長続きするかもしれませんし、始める前の門前払いするのはなんか違うと思いますけどねぇ。」

 

 実際、私が剣術を学び始めたのも、父に道場に連れていかれたのがきっかけであった。きっかけなんて人それぞれだろうし、まずはやってみることに意味があると思うのだけれど。

 

「そうよ剣心!私と浜口さんが稽古するにしたって、門下生が少ないから…。」

 

 

 タタタタタタ、ドン!

 

 神谷さんが剣心さんに再び文句を言い始めたところで、剣心さんの背後に少年がぶつかった。

 

「待ちなさい!」

 

 そのまま走りだそうとする少年に神谷さんがとびかかり、取り押さえた。いきなりの出来事に困惑していると、神谷さんは少年の手から財布を取り上げた。

 

「剣心この子スリよ!これ、あなたの財布よ!」

「ちくしょう!離せこのブス!」

 

 盗人猛々しいというか、スリの少年は神谷さんに噛みつかんばかりの勢いで怒鳴りつける。

 

「ブ…、失礼ね!これでも(ちまた)じゃ剣術小町って呼ばれてんのよ!」

「るっせえ!ブス!」

 

 まるで子供のケンカだ。どうしたものかと思案していたら、剣心さんが少年に近づき

 

「まあまあスられた物は仕方ないでござるよ。」

 

といいながら、薫さんの手から自分の財布を受け取り少年に渡したのだ。懐が深いとかそういうレベルじゃないよな。

 

(わっぱ)、次は捕まるなよ。さ、行くでござるよ。」

「えっ、剣心さん。いいんですか?」

 

 歩き出した剣心さんを追っかけながら思わず問いかけてしまう。もしかして、そもそも中身が入ってないとかそういうオチか?なんて考えていると、前を歩く剣心さんの頭に、先ほど手渡した財布が飛んでいき、見事命中した。ほんと、ストライクって感じで。

 

「おろ!」

 

「俺は(わっぱ)じゃねぇ!東京府 士族 明神弥彦!他人から憐れみを受ける程墜ちちゃいねぇ!」

 

 振り返ると先ほどの少年が仁王立ちしながら鬼のような形相でこちらに吠えていた。そうか、この少年が『弥彦』なのか。なんとも迫力のある少年だ。

 

「今のはてめぇが一丁前に刀を差してやがるからちょっとからかってやっただけだ。勘違いするな このタコ!」

 

 吠える弥彦をみて剣心さんはニコニコしている。

 

(わっぱ)ぁ」

(わっぱ)じゃねぇっていってんだろ!」

「お主は姿形(なり)はまだ子供だが性根は一人前でござるな。すまない、拙者みくびっていた。」

 

 剣心さんにそう言われると、弥彦は走り去っていった。

 本当にうれしそうに話すなぁと、まだ剣心さんを見やると、ニヤニヤしている。この人子供好きなんだっけ?

 

「なんとも肝の据わった少年でしたねぇ。」

「生意気っていうのよ、あれは。」

 

 走り去る弥彦の背中を見つめながら、私は素直な感想を口にする。

 

「意地っ張りと言うか、誇りが高いというか…。あの(わっぱ)…。世が世なら将来立派な侍になっていたでござろうな…。」

 




あまりに味気ないタイトルでしたので、小説のタイトルを変更しました。


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6

「んー、いい汗かいたぁ。」

「そうですね。今日の稽古、なかなか良かったですね。」

 

 出稽古も終わり、今は神谷さんと河原を歩きながら道場に帰る途中だ。ちなみに、剣心さんは洗濯物の取り込みと夕飯の準備があるからと先に帰っている。普段の剣心さんは、剣客というよりは家事手伝いみたいなんだよなぁ。

 

「浜口さんも、けっこう神谷活心流が板に付いてきたわね。もともと基礎ができていたのもあるかもしれないけど。」

「先生のご指導の賜物ですよ。」

 

 と言いつつも、自分の剣術を褒められて正直うれしい。試衛館で稽古を受けていた時には、怒られることは多かったが、褒められることは滅多になかった。なんだか、むず痒いというか、こそばゆい気持ちになってしまう。

 私が最初に学んだ剣術は天然理心流という流派で、実戦的な戦いを想定した流派であった。同じ剣術であるため、基本的な構えや打ち込みは神谷活心流と共通する部分も多いが、微妙に異なる点も多い。

 稽古初日は戸惑うこともあったが、ここ数日かなりモノにできている感覚はあった。うむ、神谷さんはいい先生だなと改めて思う。

 

「ん?」

 

 どうしたのだろう、神谷さんが対岸を見つめたまま立ち止まった。私もそちらに目を凝らすと、リーゼント風の妙な髪形のヤクザ風の男が、弥彦を担ぎ運んでいく姿があった。

 

 

 

 急いで道場に戻り剣心さんに事情を説明し、近所の人に話を聞いて回るとリーゼント頭の身元が分かった。あの特徴的な髪型のおかげで、すぐに特定できたのだ。男は『人斬り我助』という極道界でちょっと名の知れたヤクザであった。

 

 私と剣心さんは弥彦を助けるため、直ぐに組が根城にしている屋敷に向かった。

 

 

「すいませーん。」

「あぁ?」

 

 門の前にいる下っ端に声をかける。問答無用で殴りかかるのも気が引けるため、一応声をかけたのだが、やけに攻撃的だな。まぁヤクザなんてそんなもんか。

 

「ここに明神弥彦さんがいるって聞いたんですけど、会えますか?」

「んだとコラァ!がッ…。」

 

 急に襲い掛かってくるんものだから、反射的に殴ってしまった。

 

「急がないと弥彦が心配でござる。少々手荒ではあるが…。」

 

「そうですね。まぁ、仕方がないですよね。」

 

 玄関を蹴破り屋敷に侵入すると、ヤクザがわらわら沸いてきた。懐かしいなこの感覚、新選組時代を思いだす。

 『さみだれぎり』で湧き出るヤクザをぶっ飛ばしながら屋敷の奥へと進んでいく。剣心さんの手を煩わせるまでもないね。それにしても広い。弥彦がどこにいるのかわからないなぁと思いながらうろうろしていると、少し先の部屋から大声が。弥彦の声だ。

 声を聴くや否や、剣心さんが尋常ではない速さでその部屋に飛び込んでいった。

 

 剣心さんの後を追い、部屋に入ると、ボロボロの弥彦とヤクザたちが目に入る。子供を集団リンチとか、まじでコイツら許さんわ。

 

「流浪人の緋村剣心、(わっぱ)を引き渡してもらおうと参上(つかまつ)った。」

 

 剣心さんが名乗りを上げる。私は名乗らなくていいかなと黙っていたら、リーゼントの我助が襲い掛かってきた。

 

「何が(つかまつ)っただ!てめぇらも士族か!まとめてぶっ殺してや…ぐっ!?」

「うるさいですね。静かにしてください。」

 

 我助の喉に『しっぷうづき』を喰らわす。瞬速の突きに周囲のヤクザが息をのむのがわかる。ふふふ、怖くて声も出ないか。

 喉を両手で押さえながら転げまわる我助をみて、ちょっと溜飲が下がった。ちらりとこちらを一瞥すると、剣心さんは組長にメンチをきりながら語り掛ける。

 

「どうだろう組長さん。ここは器のでかい所を見せて快く、(わっぱ)を手放してはもらえないでござるか?組員総崩れの恥をさらすよりその方がずっといいと思うが…。」

「わ…、わかった。勝手に連れていきな。」

「ありがとう、無理言ってすまない。」

 

 剣心さんと組長のやり取りが終わった。組長は完全にビビってるし、今のうちにさっさと帰ろう。

 

「さっ、行こうか弥彦君。立てるかい?」

 

 そっと、弥彦君に手を差し伸ばしたところ…。

 

 パシッ!

 

 えっ?なんか差し出した手を叩かれたんだけど。

 

「助けろなんて誰が言ったよ。俺は独りでも闘えた!闘えたんだ!」

「…。そうか。拙者はまた(わっぱ)を見くびってしまったでござるか…。ならばせめて詫び代わりに傷の手当位させるでござるよ。」

 

 手を叩かれたショックでフリーズしていると、剣心さんが弥彦を担ぎ屋敷の玄関へと歩いて行った。慌てて後をついて行く私。なんとも情けない。

 その後、剣心さんの強い意向により、弥彦は道場に連れていかれた。私もついて行こうかと思ったが、帰宅が遅くなると問題なので、一言断り急いで帰宅した。

 

 

 

「ただいまー。」

 少し遅くなってしまったが、やましいことはないため堂々と家に入る。内心はドキドキだが。玄関をくぐるとさよが出向かてくれた。

 

「おかえり、竜さん。今日はいつもより遅かったみたいだね。」

「まぁ、ちょっとしたいざこざというか、事件があってね。」

「ふーん。まぁ、詳しくは夕飯を食べながら聞くよ。もうすぐ支度できるみたいだからね。」

 

 よかった、今日は怒ってないようだ。ホッとすると。腹の虫がなった。居間の方からの味噌汁の匂いにお腹が刺激されたのだろうか。

 

 

 

「…というわけで、その弥彦少年を無事に助けることができたんだ。あっ、たけさん。ごはんお替りお願いします。」

 

 夕飯を食べながら今日の出来事を話す。運動した後だと御飯がうまくていいね。

 

「はい、旦那様。多めに盛っといたよ。それにしてもやめてくださいね。ヤクザと揉め事だなんて。家にでも来られたらどうするんだい。余計なことに首をつっこむのも程々にしてくださいよ。」

「ぐっ。」

 

 まぁ名乗ってないから特定はされないだろうし、たぶん大丈夫なハズだ。

 

「たけさん。それは、心配には及ばないよ。竜さんがいればヤクザなんていくら来ても追い返してくれるさ。」

「そう、さよの言う通り、心配いらないよ。」

「はぁ、そうですか。」

 

 悪戯っぽく笑いながらこっちを見つめるさよ。まったく、うちの嫁は本当にかわいくて困る。

 

「だからさっ、竜さん。外で遊んでばっかいないで、もっと家にいて欲しいな。」

「むっ。…善処する。」

「あっはっは!これは旦那様、さよさんに一本取られたね。」

 

 




チラ裏でございますが、「さや」なのか「さよ」なのか「さえ」なのか書いていてよく間違えます。
あと、弥彦登場とのことで書いてみたのですが、この話と前話で竜之介の出番の少なさ。書く必要あったか、もう少し何とかならないのかと反省しております。


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7

 次の日、稽古はなかったが念のため道場に顔を出し、ことの顛末を改めて聞いた。

 弥彦の怪我は後遺症が残る重いものはなく、医者の見立てによると10日も経たずによくなるとのこと。今後弥彦は神谷道場に居候することになり、怪我の完治後は道場の門下生として修業するそうだ。

 

 そしてその後、弥彦の怪我は一週間でほぼ完治し、今日から稽古に参加することになったのだが…。

 

(ちが)ーう、持ち手はそうじゃない!」

「るっせぇ、こうかよブス!」

 

 怒鳴り合う弥彦と神谷さんに頭が痛くなる。

 

「はぁ、やっぱりこうなったか。」

「どっちも気丈でござるからな。」

 

 予想はしていたんだけど、これじゃあ稽古にならない。仕方がない、ここは年長者の威厳を見せなくては。

 

「弥彦君、ちょっといいかな。」

「なんだよ地味男!」

「ちょっとアンタ!浜口さんになんてこと言うのよ!」

 

 じっ、地味男か。どうなんだそれは。まぁ、この際それはいい。

 

「仮にも門下生になって教えを請う立場なんだから、口の利き方に注意しなさい。少なくとも、神谷さんのことは先生と呼びなさい。」

「うるせーな、そんなことして強くなれるのかよ!」

 

 今のはちょっとイラっとするね。

 

「弥彦君。」

 

 真面目な顔を作り、弥彦の目をジッと見つめる。ムスッとしてこちらを見る弥彦。流れる沈黙、にらめっこみたいだ。

 …。おっ、目線をそらせたな。

 

「ちっ、しょうがねーなー。さっさと教えてくれよ。ブスセンセー。」

「ブスってゆーなって言ってるでしょ!シめるわよ!」

 

 だめだこりゃ。

 

 

 

 

 弥彦が稽古に参加するようになって、しばらくたった。言葉遣いは相変わらずだが、稽古自体は真面目に取り組んでいるようなので、大目に見ている。

 

 変わったことといえば、先日私が稽古に行かなかった日にちょっとしたトラブルがあったらしい。道場の壁に穴が開いていたんでどうしたのかと聞いてみたところ、なんでも、『菱卍愚連隊』というヤンキー連中がきて、木砲を打ち込んでいったとのこと。剣心さんが追い払ったんで怪我人は出なかったそうだが。何それ怖い。

 話を聞いた後に、原作にそんな話が合ったか記憶も探るも思い出せず、原作介入できなかったのか少し悩んでしまった。が、まぁもう過ぎてしまったので気にしないことにした。

 

 

 

 そんなことがあったせいか、神谷道場はお金に困っている。門下生の中で月謝を払っているのは私だけであるし、居候が2人いるため生活費も単純計算で3倍だ。そこに道場の補修費もかさみ、当面の神谷道場予算は危機に瀕している。

 そういうわけで、本日は神谷さんは稽古をお休みし、押し入れの整理を行っている。珍しく弥彦と二人で稽古だ。

 

「はぁ、はぁ…。」

「そろそろ休憩にしよっか。今、水持ってくるからちょっと待っててね。」

「くそっ、まだまだ、俺は、動けるぜ。」

 

 根性はあるし、筋もいい。やはり弥彦は剣術の才能があるな。

 

「ダメだよ、無理しちゃ。休むのも稽古のうちなんだから。」

 

 やかんから湯飲みに水を汲みながら弥彦を窘める。湯飲みを渡すと、ぐびぐびと水を飲みほした。

 

「はー、生き返るぜ。…なぁ、竜之介ってなんでこの道場の門下生なんかやってるんだ?」

「んー?剣術が好きだからかなぁ。道場で稽古なんて長くやってなかったから…。」

「違ぇよ!そういうことじゃなくて…。あんた、薫より強いんだろ?一緒に稽古していりゃ、それくらい俺にもわかる。自分より弱い、しかも年下の女にヘコヘコして…。情けなくねーのかよ。」

 

 自分の水を湯飲みに入れながら弥彦の質問を聞く。さて、どう答えたものか。

 少し黙考したのち、私は口を開いた、

 

「私は神谷活心流を学びたい。流派としてその理念、思想に賛同したからだ。だから神谷活心流を教えてくださる神谷先生を敬っている。性別だとか相手の年齢だとかで教わる相手に態度を変えるほうが、私は情けないと思うからね。」

「ふーん、そんなもんかよ。」

「あぁ、そんなもんだよ。」

 

 いまいち納得できない顔をしているな。年頃の男の子には、少し理解しがたいかな。

 

「弥彦もそのうちわかるでござるよ。」

 

 うぉっ、気づいたら剣心さんが道場内にいた。さっきまで外で洗濯物干していたはずなんだけど。そんなことよりも、さっきの言葉を聞かれていたのか。ちょっと恥ずかしいぞ。

 

「剣心さん、いつからそこにいたんですか?」

「洗濯物が終わったので、今きたところでござるよ。」

 

 ぐぬぬ。ニコニコしてるのが、非常に腹立たしい。そんなやり取りをしていると、神谷さんが母屋からこちらに走ってきた。

 

 

 

 

 

「…だからぁ、当面の生活費の心配はないのよ。押し入れを整理していたら出てきたの。お祖父(おじい)ちゃんが描いた…。」

「おお!落書き。」

「水墨画!!」

 

 剣心さんの茶々が入ったが、要約すると神谷さんの祖父は水墨画家としてそれなりに有名だったそうで、押し入れから出てきた祖父の作品を売ることで当座のお金を手に入れられるとのことだ。

 ホクホク顔の神谷さんだが、それでいいのか?根本的な解決になってないぞ?

 

「と、言うわけで、お昼は牛鍋屋でパーッとやりましょう。」

 

 あぁ、これはダメな奴だ。

 

「ああ、でしたら赤べこ亭でどうでしょう。」

「そういえば浜口さん、赤べこ亭の経営者って言ってたわね。」

「ええ、そうですね。いつもお世話になっているので、お代の方は勉強させていただきますよ。」

 

 少しでも家計の足しになればと提案してみる。よし、今後定期的に連れて行くことにしよう。

 

 

 

 

「いらっしゃいま…。なんだ竜さんか。」

 

 赤べこ亭に入ると、さよが給仕として働いていた。珍しい。

 

「なんだとはなんだ。それにしても、何で給仕なんかしてるの?」

「経営者たるもの、現場を良く知るべしってね。竜さん、昔よく言ってたじゃないか。それで、そちらの方は?」

「あぁ、紹介するよ。神谷道場でお世話になっている人。」

 

 ちらりと3人に目を向けると、さよは得心が言ったようで

 

「いつもうちの旦那がご迷惑をおかけしております。」

 

 なんて言いながら最敬礼のお辞儀をした。そこは『お世話になっております』ぐらいでいいんじゃないの?

 

「こ、こちらこそ、浜口さんにはいつもお世話になってます!」

 

 神谷さんが慌ててお辞儀を返す。こういうの、あまり慣れてないようだ。

 

「そういうのいいからさ…。昼時でお店も混んでいるんだから、早く案内してよ。」

「はいはい、4名様ご案内いたします。」

 

 




多数の誤字報告ありがとうございます。
非常に助かっております。
一応、投稿前に全文読み直すようにしているのですが、なかなか減らなくて。。。

チラ裏ですが、気づいたら日刊ランキングで1位になっておりました。
ありがとうございます。


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8

 座敷席に座り、牛鍋が煮えるのを待つ。店内を見渡すと、牛丼を食べている客も多いが、牛鍋をつまみに昼間っから酒を飲んでいる客もいる。まぁまぁの盛況具合に満足だ。この調子であれば赤べこ亭は安泰だろう。

 

「なぁなぁ、竜之介。さっきの女給誰だよ。」

「誰って、うちの嫁だよ。私のこと旦那って言ってたでしょ。」

「浜口殿、結婚してたのでござるか。」

「あれ?言ってませんでしたっけ?」

 

 この二人、意外そうな顔してやがる。まったく失礼しちゃうね。

 

「それにしても浜口さんの奥さん、綺麗だったわねぇ。」

 

 神谷さんがしみじみと呟く。そう!そういう反応をして欲しいの!もっとウチの嫁を褒めて!なんて考えながらニヤける表情を抑えようと必死に努力していると…。

 

 

「なっちょらん!」

 

 薩摩弁の大声が響き渡る。ビックリした。

 ギョッとして声がしたほうを見ると、近くの席の酔っ払い三人組が大声で怒鳴り合っている。自由民権運動がどうだとか、板垣先生がああだとか。

 

「自由民権運動の壮士のようでござるな。」

 

 壮士だか何だか知らんが、静かにして欲しいもんだね。まったく。

 酔っ払いに眉をひそめていると、さよがこちらに近づいてきた。

 

豆茶(コーヒー)4つお待たせしました。」

「あれ、頼んでないよ?」

「これはおまけさ。いつもお世話になってる皆さんにこれくらいご奉仕したって、バチは当たらないだろ?わずかばかりのおもてなしさ。」

 

 ニコッと笑いながら豆茶(コーヒー)を配るさよさん。心づかいが憎いね。皆お礼を言いながら豆茶(コーヒー)に口を付ける。オイ弥彦!うちの嫁をみて顔を赤くするんじゃない。

 

「そこの人たち、たまにくる人達なんだけど、酔うといつもああなっちゃうみたいなんだ。他の席が空いたら席を移動させるから、もう少し我慢してね。」

 

 去り際にさよに、耳打ちされた。逆にそこまで気を使われると申し訳ない気持ちになってしまうね。うーむ。

 むむっ?背後から不穏な気配が…。

 

 

 ガシャーン。

 

「いてっ、おわっ!あちちちっ。」

 

 私の後頭部に何かが当たった。その拍子で飲みかけの豆茶(コーヒー)を零してしまった。

 

「浜口さんっ!」

「大丈夫でござるか?」

 

 感触からして陶器が当たったような気がするけど、なんなんだ一体。それにしても薩摩弁のケンカ声がやけに耳に入ってくる。だいぶヒートアップしてるようで、ホントうるさいなぁ。

 

「人に銚子投げつけておいて、何議論してんだ!んなコト後にして謝れコラ!」

 

 弥彦の怒鳴り声でだいたい理解した。あの自由民権運動の酔っ払い壮士。それにしても弥彦、私のために怒ってくれるなんていい奴だな。

 

「うるさい!ガキの分際で我々自由民権運動の壮士に意見するなど百年早いわ!」

 

 さっきまでケンカしてたくせに、あの酔っ払いども、こういう時だけ息が合いやがる。はぁ、どうしよ。弥彦も言い返すもんだから収拾がつかなくなってきたな。

 

「お客様、困ります。周りのお客様にご迷惑なのでやめていただけませんか。」

 

 慌ててさよがケンカの仲裁に入る。でも、ダメだ、危ないよ。

 

「黙れ!女の分際で貴様も盾つく気か!」

「ひっ!」

「おっと。」

 

 酔っ払いに突き飛ばされたさよを、背中に『惡』の一文字が入った服を着たトリ頭の男が受け止めた。

 

「おいおい自由民権運動ってのは弱い者のためにあるもんだろ。それを唱える壮士がこんな真似しちゃいけねえな。」

 

 トリ頭はニヒルに笑いながら言葉を続ける。

 

「それとも何だ。あんた達の言う自由民権運動ってえのは酔いに任せて暴れる自由のコトかい?」

「なんだと貴様!我々にケンカを売るのか?」

「はい、そこまで!」

 

 そういうと私は立ち上がり、トリ頭と酔っ払いの間に立ちふさがる。このまま放っておいてもトリ頭が丸く収めそうな気もするが、それでは癪だ。ケンカは結構だけど、流血沙汰になっても迷惑だし、何より私の気が収まらない。

 怒気が表に出ないように、ニコニコ笑った表情を意識しながら、酔っ払いに話しかける。

 

「お兄さんたち、ちょっと酔っぱらいすぎですね。」

「なっ、なんだよ。酒を出す店で酔っぱらっちゃ…。悪ぃかよ。」

 

 なんで、ちょっとビビってるんだよ。先ほどまでの威勢はどうしたよ。

 酔っ払い三人組の先頭にいる、一番体格のいい男の顔を平手で軽く叩く。パシッと小気味いい音が店内に響き渡る。

 

「いっ…。」

 

 ストンと体から力が抜け、男は倒れた。

 

「なっ、何をしたんだよ!」

 

 後ろの男がきょどりながら叫ぶが、お構いなく同じように意識を刈り取っていく。なんてことはない。ただの『ねむりこうげき』だ。店内の人たちは何が起こったのかよくわかっていないのか、みんなキョトンとしている。

 

「権兵衛さーん。酔っぱらった客が寝ちゃったから外に運び出すの手伝ってもらえませんかー。」

 

 厨房に向かって、応援を呼ぶ。一人で三往復して運ぶのめんどくさいからね。最初に眠らせたお客を店の外に運びつつ、心配だったさよに話しかける。

 

「怪我はない?大丈夫。」

「ああ。大丈夫さ。これぐらい何ともないよ。」

「そうかい?無茶はしないでよ。」

「…うん。竜さんこそ、危ない真似はあまりしないでおくれよ。」

「むむっ。」

 

 暗に先ほどの件を咎められてしまった。バツが悪いので黙って酔っ払い運搬作業を再開する。

 

「よぅ、俺の喧嘩かと思ったんだが、横から取られちまったな。どうやったかは知らんが、アンタ拳法家か?一瞬で相手を眠らせるなんてただもんじゃねぇな。」

 

 トリ頭の男は酔っ払いを運び出す作業を手伝いつつ、そう話しかけてきた。

 

「別に喧嘩じゃないですよ。酔っ払いが急に寝ちゃっただけです。」

「ふーん、じゃあそう言うことにしといてやるよ。それより、あんたどうだい。俺の喧嘩買わねぇか。面白い喧嘩になりそうだ。」

「喧嘩は嫌いなんで勘弁してくださいよ。」

 

 喧嘩狂かコイツは。ん?なんかこの特徴的な見た目、もしかして…。

 

 

 酔っ払いを片付け終わったので、確認がてらに自己紹介をしておく。

 

「お手伝いありがとうございました。私は浜口竜之介と申します。あの、お名前を伺っても?」

「俺か?俺は『喧嘩屋』斬左(ざんざ)。町外れの破落戸長屋(ごろつきながや)に居っからよ。喧嘩買いたくなったらいつでも来てくれや。」

 

 あれ?左之助とかそんな名前じゃなかったっけ?私の知ってる人と違う?

 混乱していると、斬左(ざんざ)は去って行ってしまった。

 

「あっ!」

「わっ、びっくりしたな。さよ、急にどうした?」

「竜さん、あの人お勘定払ってないよ!」 

 

 




急に眠る酔っ払いの下り、ちょっと無理があるかなと自覚はあります。
次回、竜之介大活躍(?)なので、ここで切らずもう一話だけ読んでいただけると嬉しいです。


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9

 赤べこ亭での騒動から2週間ほど経った。その間は大きなトラブルもなく、平和な日常が続いた。休日以外は隔日で稽古に行き、合間で仕事をちょこちょことこなし、充実した日々を過ごしていた。

 実は、仕事というのは赤べこ亭とは関係ない、新しい商いだ。ここ数か月横浜に足繁く通い、どこか倉庫を買い取れないかといろいろと当たっていたのだ。

 なぜ倉庫を買おうと思ったのか?それは、今後海運業が儲かるビジネスと睨んだからだ。ソースは前世で見た教科書に載っていた、札束に火を付け足元を照らすおっさんの風刺画。たしか、戦争がはじまり海運関係の成金が続出したとか、そんな話だったと思う。

 いきなり船を買うのはあまりにもノウハウがないため、関連事業の貸倉庫から着手しようとの目論見だ。手持ちのお金では少し足りないのか、結構な期間探しているのだがなかなかいい塩梅の物件が見つからない。

 

 

 

 本日は稽古の日、お昼ご飯を食べた後の休憩時間。することもないので、稽古が始まるまでの空き時間に木刀を振るう。

「フンッ、フン…。」

「オラッ!オラッ!」

 

 隣で弥彦が私に張り合い素振りをしているが、午前の稽古で体力を使い、だいぶバテているため、素振りの型も崩れてきている。弥彦に張り合われてしまった場合、私が先にやめないと倒れるまで素振りをやめないので、そろそろ折れてあげるか。

 

「ふぅ、そろそろ休憩するか。」

「おぅ、俺は、まだまだ、いけるけど、な…。」

 

 息も絶え絶えな癖に、意地を張って、少しほほえましい。縁側に座り冷めたお茶を飲む。ちょうどよいぬるさが、おいしく感じるな。

 んっ?

 

「来客でござる。」

「ちょっ、ちょっと剣心。なに?どうしたの?」

「気を感じたでござるよ。」

 

 混乱する神谷さんを置いてけぼりに、スタスタと玄関に向かう剣心さん。私も誰か来た感覚はあったのだが、これはわかる人にしかわからない感覚だよな。

 神谷さん、弥彦と一緒に剣心さんについて行くと、玄関にはあの男が立っていた。

 

 

「喧嘩、しに来たぜ。」

 

 

「この間の…?」

「やはりお主か。」

 

 『喧嘩屋』斬左(ざんざ)、いや、私には相楽左之助という名前の方がなじみ深い。前世的に考えて。

 ってかなんか、左之助こっちを見つめてるんだけど。

 

「えっ?私?」

「そうだ。浜口竜之介。俺はアンタと喧嘩しに来たんだぜ。」

 

 えー?

 

 

 

「元新選組 捕縛方 浜口竜之介。使う剣はあの試衛館仕込みの『天然理心流』。鬼の土方副長の懐刀として維新志士の捕縛を専門の任務とし、刀は使わず木刀一本で単身敵地に乗り込み、捕まえた維新志士の数は優に100を超える。そんでついたあだ名が『木刀の竜』。しかも木刀を折ったところで素手で刀に立ち向かい、最終的に捕まえちまうときたもんだ。

 狙った獲物は必ず捕えられ、天国にも地獄にも逃がさねぇ。拷問部屋行きの直行便。維新の志士達が木刀を見るたびに震え上がったってのは傑作だな。アンタ、見かけによらずたいした化物(ばけもの)じゃねぇか。

 まさか江戸に戻って牛鍋屋やってるなんて、誰も思わねぇだろうよ。

 わざわざ幕末動乱の中心地だった京都に出向いて調べたんだ。だいたい当たりだろ?」

 

 いや、大分話を盛られてる気がするんだけど。ってか、ストーカーか?移動が大変なこの時代に京都まで行って調べてくるなんて、なんだよコイツ。いい笑顔してるけど、やべぇよ。

 

「いろいろ言いたいことはありますけど、とりあえず喧嘩はお断りさせて下さい。()()()()()さん」

「そうはいかねぇんだ。これは喧嘩屋としての喧嘩。こっちも引くわけにいかねぇ。それよりも、俺はアンタに斬左(ざんざ)としか名乗ってなかったと思うんだけどな。」

 

 怪訝な表情の左之助にむかって、とりあえず、ハッタリでニヤリと笑っておく。実は、例の赤べこ亭での一件の後、『喧嘩屋』斬左(ざんざ)について調べてみた。だって、私の記憶ではコイツ、絶対左之助なんだもん。商いをやっているといろいろ顔が利くんで聞きまわっただけなのだけども、すぐに判明した。結果はお察しの通りである。

 

 

 さて、今のこの膠着状態を利用し、考える。喧嘩を断れるか?答えはNOだ。京都までストーキングするしつこさから考えて、断れるとめんどくさそうだ。あとは闘い方か…。

 

「わかりました。闘い方と場所についてこちらの提案を飲んでいただけるのであれば、その喧嘩買いましょう。」

 

 

 

 

 

「いいですか、お互い一発ずつ交互に相手を殴る。殴られるほうは防御はしていいけども、決して相手の攻撃を避けてはいけない。先に立てなくなったほうが負け。武器の使用は禁止。場所は広いところがいいんで、河原がいいですかね。どうでしょう?」

 

 ルールを聞くなり満面の笑みの左之助。神谷さんと弥彦はドン引きしている。

 

「ちょっ、大丈夫なのかよ!竜之介!」

「そうよ!やるならもうちょっと、ちゃんとしたやり方でやんなさいよ!」

「外野は黙ってろ!」

 

 左之助に一喝されて弥彦も神谷さんも口を噤んだ。

 

「薫殿、弥彦。二人の決めたことに口出ししてはいけないでござるよ。…それに浜口殿から仕合方法を提案したということは、きっとなにか考えがあるでござるよ。」

 

 不満げではあるが、剣心に諭され二人とも黙って見届けることにしてくれたようだ。

 

「みみっちぃコト言ったら問答無用でぶっ飛ばしてやろうかと思ってたんだが、アンタ、顔の割に漢じゃねぇか。せっかく持ってきたコイツは無駄になっちまうが。いいぜ、それでやろう。先行はどうする?」

 

 顔の割には余計だ、と思っても口には出さない。挑発にならない。私、大人だからね。折角持ってきた斬馬刀も無駄にしてしまったし、ここは我慢だ。

 

「こちらの条件を飲んで頂いたんで。先行はお譲りします。でもその前に…。」

「あぁ、そうだな。オイ出てこい。」

 

 近くの物陰に誰かがおり、視線と殺気を感じる。ろくでもないやつが潜んでいることは間違いないだろう。

 

「出て来いって言ってるんだ。」

 

 左之助がドスを聞かせた声を出すと、もぞもぞと二人組の男が出てきたのだった。あれ、こいつら、比留間兄弟?

 

 

 

 

 話を聞くと、そもそも左之助に喧嘩を依頼したのがこの比留間兄弟で、神谷道場でぶっ飛ばされた腹いせに、左之助をけしかけたとのこと。それで私に喧嘩を売りに来たのかと合点がいった。しかも、拳銃を隠し持っており、隙をみて狙撃しようとしていたんだから油断ならないね。

 それを聞いてキレた左之助が拳銃を破壊してくれたんで、一応これで一安心。これで心置きなく喧嘩(?)できるね。

 脱獄犯である比留間兄弟を放置できないため、仕方なく連行し、その場にいる全員で河原に向かった。

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ、おっぱじめるか。」

「えぇ、はじめましょうか。」

 

 河原に着くなり、すぐに喧嘩は始まった。いや、もはやこれは喧嘩じゃないな。一方的な『ハメ』だ。

 

 

「おりゃあぁぁ!」

 

 左之助のテレフォンパンチが来る前に、両手を目の前に交差させ『だいぼうぎょ』だ。

 

 ガっ!

 

 左之助のこぶしを、腕を交差させた中心点で受けると、鈍い音が響き渡る。じんわり痛むが、たいしたことないな。

 殴った左之助が驚いた顔をしている。

 

「案外頑丈じゃねぇか。こりゃあ、倒すのに骨が折れそうだ。まぁ、お前の拳で易々倒されるほど、ヤワな体してねぇがな!」

 

 威勢よく吠える左之助。

 

「それじゃあ、次行きますよ。」

「おう!こいや!」

 

 構える左之助に歩きながら近づき距離を測る。この辺だな。よし。

 

 りゅうのすけは こしを ふかく おとし まっすぐに あいてを ついた!

 

「ぬわーーーーっっ!」

 

 左之助は河原を転がりながら3m程吹っ飛んだ。残念ながら、地面には砂利が敷き詰まっているんで相当痛そう。

 

「うそっ!」

「なっ、なんなんだよアレ!剣心!どうなってんだよ!」

 

 神谷さんと弥彦がドン引きしているのは、まぁ予想の範疇だ。

 

「生身で刀と渡り合えると聞いていたが、まさかこれほどとは…。」

 

 だけど剣心さんまでなんか目を見開いて驚いている。アンタの方がもっとすごい技とかいっぱい使えるのに何驚いてるのさ!

 

 

「いっ、今のは効いたぜ…。いい拳じゃねぇか。あんた天然理心流ってのは嘘で、ホントは拳法家なんじゃねぇのか。油断したぜ。」

 

 ボロボロになった左之助が起き上がり、カっと目を見開き、構えをとる。

 

「次は俺の番だ!」

 

 

 

 

「参った。もう立てねぇ…。アンタの勝ちだ。」

 

 河原に大の字になり、寝転ぶ左之助。すがすがしい顔をしているが、こちらの気分はいまいち晴れない。

 13回だ。何がって?私が『せいけんづき』を放った回数だよ!さすがに3回目あたりから、ボロボロになった左之助を殴ることに罪悪感を感じはじめたが、目に宿る闘志に一切陰りが見えなかったため、手加減はしなかった。

 

「神谷先生!申し訳ないんですが荷車とお医者さん手配してもらっていいですか?」

「わっ、わかったわ。」

 

 こうなることは予想できたんだから、あらかじめ準備しておけばよかった。失敗したな。

 

「医者はいらねぇ。こんな怪我、唾つけときゃ治る!」

 

 強がりながら立ち上がろうとする左之助に冷たく言い放つ。

 

「敗者は勝者の言うことを聞くって、相場は決まってるでしょ。ジッとしててください。」

「へっ、優しんだな、アンタ。」

「優しかったらこんなバカな事、途中でやめてますよ。」

 

 なんとも後味の悪い勝利だな。やっぱり喧嘩なんてするもんじゃないね。

 

「アンタは勝ったんだ、シケた面すんなって。」

 

 左之助の気づかいに苦笑してしまう。敗者に気遣われてしまうとは、情けないなぁ。

 

 

 

「竜之介って、本当に強かったんだな。」

 

 弥彦が真顔で呟く。今回の強さはズルみたいなものなので、素直にうなずけない。

 

「どうだろうね。腕っぷしはあっても、私は心が弱いからね。」

「なんだよそれ…。」

 

 何なのだろうか。私にもよくわからない。




 チラ裏ですが、ドラクエ特技炸裂、せいけんづき、竜之介age(?)と作者がやりたいことを凝縮したような回でございました。
 作者はこのような二次創作が大好物です。類似品ありましたら教えてください。
 ここまで読み進めていただいた方は大丈夫かと思いますが、このような訳の分からない戦闘シーン(?)、原作の大事なシーン及び展開の破壊が嫌いな場合は、この小説があまり合わないかもしれません。
 鵜堂編、斎藤編も、こんな感じになる気がします。
 なにとぞご容赦ください。

 


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10

最下部にお知らせがありますので、ご一読ください。


 その後、比留間兄弟を警察に送り届け道場に戻った。医者に左之助をつれていった神谷さんはまだ戻っておらず、かといってこれ以上稽古する気にもなれない。ちょうど日も暮れ始め、中途半端な時間だったため、帰宅することに。帰りがけ、剣心さんからは

「今日は災難だったでござるな。」

 なんて労われてしまった。ほんとその通りである。

 

 

「ただいまー。」

「あら、おかえりなさい、旦那様。」

 

 帰宅時間はいつも通り、夕飯の少し前。今日は、たけさんがお出迎えだ。さよは書斎で仕事中かな?

 

「さよさんじゃなくて残念だったかい?」

「そんなことないよ。誰かが出迎えてくれるだけでありがたいよ。ありがとう、たけさん。」

 

 まぁ、本音を言うとさよが出てきてくれた方がうれしくはあるが。

 その後風呂に入り、さっぱりした後に夕餉を頂きに居間に向かう。

 

 

「おっ、今日は刺身かぁ。しかもトロ。」

 

 この時代、トロは赤身より安い。そもそもマグロが安い。たけさんに言って、鮪の刺身を買ってくる際は、トロを買ってきてもらうようにお願いしている。

 

「竜さん、よくそんな脂っこいモノ食べるね。私はこっちの方が好きだけどな。」

 

 さよの刺身は赤身だ。まぁ、その感覚の方がこちらでは一般的なんだよね。

 

「牛の臓物だとか、舌食べたり。旦那様はゲテモノが好きですからねぇ。」

「ちょ、ちょっと。そんなことないよ!それにモツ煮は二人ともおいしいって言って食べてたじゃない!?」

 

 赤べこ亭で出しているモツ煮は安いので、人を選ぶがそこそこ人気がある。店で出す前に試作品を何度も作った珠玉のレシピだ。試食したさよもたけさんも美味しいって言ってくれてたんだが…。

 

「あたしゃ嫌ですよ。いくらおいしくったって牛の内臓なんて気持ち悪い。」

「私も遠慮したいかな。そもそも竜さんはなんであんなモノ食べようと思ったんだい?」

 

 少し時代を先取りしすぎたか?材料を聞くと忌避する人も多い。二人ともサンマのハラワタは食べる癖に。ちなみに私はサンマのハラワタは残します。

 

「せっかく命を頂いているんだからさ、残さず活用した方が、牛も浮かばれるんじゃないかと思うんだよね。」

「ふーん。」

「だからって、旦那様ほど食い意地張る必要はないと思いますけどね。」

 

 うるさい、ほっとけ。

 

 

 

 翌日、昨日の会話から無性にモツ煮が食べたくなったので、神谷道場のメンバーを誘い、赤べこ亭へ行くことにした。

 赤べこ亭に向かって歩きながら、左之助の怪我の具合を神谷さんに聞いてみた。神谷さんに左之助を運んでもらい、そのままだったのでけがの程度が分からなかったのだ。

 

斬左(ざんざ)の怪我、すごかったらしいわよ。全身打撲に骨折もあって全治1か月。命に別状はないけれど、とても殴り合いの喧嘩でできた怪我に見えないって、医術の先生驚いていたわ。」

 

 先生も余計なこと言うね。

 

「やたら丈夫だったからね。早く終わらせたい気持ちもあったし、手加減しなかったんですよね。」

 

 あはは…。苦笑いしてみるんだけど、笑っているの私だけか。皆神妙な顔しちゃって。

 

 

 

 

 赤べこ亭に入ると、んー?どっかで見たトリ頭が…。

 

「左之助さん!」

「よう、昨日は世話になったな。」

 

 体中に包帯を巻いた左之助が牛鍋をつつきながら酒をのんでいた。こちらに気付くと箸を置き、片手をあげて挨拶してくる。

 

「お主、確か入院の筈では?」

「ケッ、俺の売りは打たれ強さだぜ、こんなもの屁でもねぇ。」

 

 そういうと立ち上がり、元気ですよってアピールし始めた。やせ我慢にしか見えないが、ツッコむのは野暮かな。

 

「まっ、また喧嘩しようや、浜口さんよ。」

 

 私の肩をポンポン叩きながら、いい雰囲気で店の入り口に向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 あかん、これはあかん奴や。

 

「待て!」

 

 うおっ、思ったよりでかい声がでちゃった。弥彦と神谷さんがビクッてなってる。

 

「なんだぁ?喧嘩ならまた今度…。」

「左之助さん食い逃げは勘弁してください。今日はこの前の食い逃げ代も含めてきっちり払ってもらいますよ。」

 

 お客様の前だったことを思い出し、ニコニコ顔を意識して左之助の肩を掴み向き直る。掴んだ瞬間ビクッてなったな。怪我してるところを掴んで申し訳ないが、それとこれとは話が別だ。

 

「ちっ、ちぃっとばかし、今持ち合わせがなくてよ。」

「お金を持っていないのに、注文したんですか?えっ、なに?払う気もなく食べていたってこと?左之助さん。ちょっとわかるように説明してもらえませんか?」

 

 ないわー。マジでないわー。

 

「ツケ…。そう、ツケてもらおうと思ってだな。」

「ウチはツケ、お断りなんですよ。」

「俺と浜口さんの仲だろ?」

 

 どんな仲じゃ!適当なこと言い追って。これはじっくりお話する必要があるな。表情が崩れないように、注意しながら左之助を見つめる。

 

「弥彦…。アンタ、浜口さんだけは怒らせるんじゃないわよ…。」

「おっ、おう。気を付ける…。」

 

 ひそひそ話聞こえてますよ。まったく、失礼しちゃうね。

 

「そういうことであれば、左之助さん。ちょっと店の奥でお話しましょうか。」

 

 

 

 

 じっくりとお話した結果、左之助からはお金を取ることが難しいと判断し、体で返してもらうこととした。といっても、赤べこ亭でできる仕事なんて大してないんで、神谷道場にて下働きとして働かせることに。原作知識的に、どうせ道場には呼ばんでも入りびたるだろうから、まぁいいかなって思いまして、そんな落としどころにしました。

 こうして神谷道場の5人目の仲間(?)として、左之助が仲加わることになった。




★お知らせ★
・この小説の更新は一時停止します、以降は『元新選組の斬れない男(再筆版)』を更新します。たぶん、作者名クリックすると当該の小説に到達できるはずです。
・『元新選組の斬れない男(再筆版)』は転生要素、ドラクエ要素がない小説です。但し、内容的にあまり変わっていません。現在この1話前分まで公開しております。
・当方のわがままでこのような事になり、申し訳ありません。中途半端な状態で再筆、あまり良いことではないと思っています。
・なお、作者は本日までが夏休みでした。悲しいことに、夏休みをこの小説を書くことだけに使用していたため、これから更新速度は遅くなります。ご了承ください。


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