ワタクシ、龍で御座います。 (灯火011)
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龍()

ワタクシ、龍で御座います。

人を襲ったりも致しますが、基本的には雑食です。
主食は熊やら牛やら、時折山菜で御座います。

趣味は文庫あさり。最近はファンタジーがマイブーム。
交友関係はドワーフにエルフに精霊族、あとは同族の龍で御座います。

ワタクシ、龍で御座います。


 あ、お初にお目にかかります。ワタクシ、龍などやっております龍と申します。

 

 あ、いやいや、龍という種族でありまして龍という名前ではありません。強いて言えば人間で言うところの「火を吹き、空を飛ぶ羽を持ったドラゴン」といった龍です。

 

 更に申すなれば、私はその「ドラゴン」という種族の中でも珍しい人語を理解し、人語の読み書きができる龍です。

 ワタクシ、人語を理解する龍ではありますが、実のところ人間を襲ったりもします。あ、いやいや、常に襲っているわけではありません。皆様もご存知の通り世界は「弱肉強食」であります故、どうしても餌が見つからない飢餓の時、あとは家に攻め入られた時などは生きるために致し方なく人間を丸呑みしております。

 

 …人間が描いた文庫などを読んでおりますと、ワタクシタチ龍は人間を襲い、村を襲い、街を襲い、ひどいときには国を一つ潰すなどと描いてある文庫もあります。

 

 が!ワタクシ一つ声を大にしていいたいことがございます。「人間の街」襲うような同族はまずおりません!

 

 そもそもワタクシとまではいかぬとも、ワタクシタチ龍は「人語」をある程度理解しております。例えるなれば人間に対する猿、チンパンジーのような関係と思っていただければいいでしょうか。そんな意思疎通がある程度可能な種族を襲うということは人間と同様、基本的には致しません。もう一度言いますが、例外としてはこちらが飢餓の時や、我が家に人間が攻め込んだ時には人間を襲う場合がございますが!

 

 いやはや、ファンタジーという書物では本当に常に龍が悪者であったりするもので、ついつい熱くなってしまいました。ただ、完全に人間を襲わないわけではないのでそこら辺から、話しが大きくなったのかなと自らの行動を恥じていたりするところです。

 

 しかし、ファンタジーが描いてある文庫という書物、あれは良いものでありますね。先の悪の龍というのはお引き取り願いたいところでございま・す・が!―龍を従える人間、冒険する龍と人間、伝説上の龍などなど龍がかっこよく描かれておる作品も多々ありますで龍としては嬉しい限りです。

 

 さて、ちょっとばかり前置きが長くなってしまいましたが。ワタクシ、今、人間の街の城壁に来ております。そして、手紙を一つ携えております。

 

『改めまして、ワタクシ、龍で御座います。ワタクシが人外の化け物であるというのは重々に承知しておるのですが、こちらの街の図書館の利用を許可していただけないでしょうか。ワタクシもっと文庫を読み漁りたいのです』

 

 

「…りゅ…龍殿…その、この手紙は一体」

 

 おや?人間に差し出した手紙の意味が通じてないようだ。これは困った。私はただ単に文庫が読みたいだけなのだが。どこか驚くところでもあったであろうか?

 私は単純に、家で手紙を書き、私の家の近くで最も大きい人間の街へと赴き、城壁の人間へと手紙を渡して本を読むという計画を思いついただけなのだが。

 うむ、思い返してみても、思いつきで行動したにしてはPerfectな計画だ。街に近づいた時になにやら弓や巨大な石で撃たれたような気がしたがそんなことよりも文庫が大切なのである。

 

 それにしても人間がワタクシの手紙を持ったまま固まってしまっているわけで、このままでは埒が明かぬのは明白である。どうしたものか。

 

「いや…しかし…図書館とは…」

 

 ふむ、未だに人間は戸惑っておられる。なぜだ。やはり龍では駄目なのか?いやいやそんなわけはない。親戚のワイバーンは人間に仕えてそこそこ旨い牛を食らっているという話であるし、人間に化けれる親戚も旅人ともに身銭を稼ぎ今では人間の間でもトップクラスの金持ちと聞いた。この間はその金でジャガイモとやらを買ってきてくれていたし。うむ、じゃがバターをまた食べたくなってきた所存。いやいや脱線しすぎである。

 …む?つまり思い返してみれば普通の龍では人間との交流が出来ないということなのか?いやいやまてまて、私は『人間の言葉を理解できるちょっと変わった龍』だぞ。

 …それであれば一つ、もう一筆描くとしよう。といっても目前の人間と直接文字をやり取りするわけだから「筆談」と言った方が良いか。

 

 こんなこともあろうかとワタクシ、しっかりと紙とペンを持参しているのだ。用意周到とはこのことである。

 

 ドワーフに作って頂いたペンはワタクシの指というか爪で握っても潰れず、エルフに作って頂いた紙はワタクシの筆圧でも破けぬ優れもの。水精印のインクはどこまでも滑らかに描ける特級品である。代償としてワタクシのウロコを何枚か提供したが、はたして何に使うのかテンで見当がつかぬ。とと、いかん、また話がずれた。

 

 人間の目の前にペンと紙とインクを出そうとしたが、未だに弓が飛んできていることにワタクシ流石に苛立ちを感じております。これではまともに筆談など出来ぬ。少し黙ってていてくれという意思を込めて、城壁の人間へと一鳴きする。効果はテキメンのようで弓が飛んで来ることは二度と無い。

 

 さて、これで落ち着いて筆談ができるわけだ。ということで早速。

 

―ワタクシ、手紙でも書きましたが人間の言葉が読み書きできる龍で御座います。ワタクシのこのすがたに人間である貴方様が驚いたのも無理はございません。そこで一つ、筆談など如何でしょう―

 

 筆記時間わずか1分。書き順等々も合っているはずである。ワタクシ文字には非常に自身が御座います。さて、ということで相手にペンと紙を渡してみる所存。

 

「ひつ、筆談?」

 

 そうですワタクシと筆談致しましょう。と意味を込めて軽く唸りながら首を縦に振ったわけですが、果たしてどう転ぶことやら。と思いましたら人間、さらっと文字を書いて紙をワタクシに突き返してきたではありませんか。

 

―目的は?―

 

―図書館を利用したいのです。ワタクシ、文字は読めるのですが、あいにく龍には文庫という文化も図書館という文化もございませんので…―

 

―難しいかと思われます―

 

 はうっ!?難しい、難しいと返されましたかこの人間!

 

―ナゼでしょうか?ワタクシ、そちらになにか規則があれば守りますし、本をなくしたり燃やしたりはしないと誓う所存ですが―

 

 ワタクシは誠心誠意お願いする所存です。ルールがあれば守りますし、守らせるのが本を読むものの使命だと思っております故に。

 

―人間は龍がコワイのです。時折人間を食らう龍を城壁の中に入れることは出来ません―

 

 帰ってきた紙には丁寧にお断りの言葉が書いてありました。

 

 ………なんたること!時折ちょっといいかなーと思って人間を襲っていたツケがここでまわって来るとは!ワタクシ、若かりし自分を殴りたい気分。ですが、やはりだめ押してもう一度聞くしかあるまい!私は文庫を読みたいのだ!

 

―どうしても?―

―駄目です―

 

 にべもない、というやつですな…。文庫が読めぬか…どうしたものか。うーむ。この街の中に無理やり押し入るか?いやいやいや、それでは押し入り強盗と一緒ではないか。そうすると結局、更に更にと文庫が読みにくくなってしまうではないか。ううむ。力技はいかん。いかんぞ。水龍も言っていたじゃないか『馬鹿はやるな』と。

 

 いやしかし図書館が使えぬか、使えぬか!流石にワタクシも落ち込む。龍だって感情があります故に落ち込むのだ。

 んおや?人間がなにやらサラサラと紙に文字を書いておるな。なんぞ?

 

―龍殿、今まではどのように文庫を手に入れ、読んでいたのですか?もしや、人を襲ったりしたのですか?―

 

 ふむ。そんなの決まっているだろうに。

 

―人間が不要として捨てていたものを拾って読んでいたのです。紐で一括りにして村の外に置いてあるものなどは不要物なのでしょう?―

 

 ワタクシ、文庫のために人を襲ったことはありませぬ。むしろ朽ち果てそうな物を頂いて我が家でちまちまと読んでいただけに過ぎぬ。時折ドワーフらやエルフらに修復して頂いたり、それを彼らに貸出したりもしているが、所詮は細々と集めたものである。故に、ワタクシは街でのんびりと大量の文庫をあさりたいのだ!

 

 とはいえ、今、その夢、潰えたわけだが。実にしょんぼりである。思わずため息が出る。といっても致し方あるまい!断られて力づくで解決するのは蛮族のやることであるからして、ワタクシ誇り高き龍というヤツですのでここは潔くタイサンすることと致しましょう。

 

「おい、龍殿。ちょっとまて、こいつを持っていけ」

 

 自慢の我が巨大な羽を開き城壁を後にしようとした瞬間、先ほど筆談した人間が一冊の本を持って来ていた。………お?もしやこれをくれるというのか!?

 

「こいつは今、この街で1番流行っている文庫の第一巻だ。俺が読んだものであるが、それでいいなら持っていってくれ」

 

 おお!これは僥倖である!思わず雄叫びをあげてしまう!あ、いかん。前に氷龍から言われたのだった。『お前の雄叫びは煩い』と。いかんいかんと慌てて人間を見てみれば、耳をふさいでしゃがみこんでしまっていた。これは失礼。

 

「嬉しそうに雄叫び上げやがって…ああ、ただそいつは貸しだ」

 

 貸し、であるか。いやしかし、いつ返せというのか。冷静になってみれば未だに周りの人間は弓とやらをこっちに向けているわけであるし…。

 

「読み終わったらまたここにこい。城壁の中に入れることは無理だが…城壁の外であれば俺が本を渡せる」

 

 おお!そういうことであればワタクシの願ったり叶ったりである!雄叫び…を思いとどまり一礼し、ワタクシは城壁を後にしたのである。文庫は指の間にしっかりと挟み込んでいるので問題ナシなのだ!

 

 

「ふぅ…すげぇ龍だったな」

「あぁ。でかかったなぁ…。城壁ぐらいあったよな、あれ」

 

 龍が飛び去った空を見上げて、城壁を守っていた衛兵はため息をついていた。

 

「それにしてもだ。びっくりしたな、いきなり龍が城壁に現れるなんてな」

「あぁ、死んだかと思った」

「俺もだ」

 

 衛兵達は城壁に座り込むと、タバコへと火をつける。

 

「それにしても…本を、しかも文庫を読みたい、ねぇ?」

「ああ、嘘かと思ったけどよ。俺から本を受け取った時の喜びようったらなぁ。軽く小躍りして雄叫びまで上げやがって」

「今頃城内は大騒ぎだろうな」

「全くだ」

 

 ふぅ、と衛兵達がタバコの煙を吐き出したその時、ワイバーンに乗った竜騎士達が男たちの頭上を通る。そして、その最後尾にいた竜騎士が衛兵の目の前に降りていた。

 

「竜騎士殿。ご苦労様です」

「うむ。衛兵諸君、いつも見回りご苦労。さて、今ここに銀炎龍が来ていたと思うのだが、詳しい話をお聞かせ願えるか?」

「銀炎龍…でありますか?」

「ああ。名前だけであれば諸君らも識っているだろう。我ら共和国を縄張りとする古代龍であり、我が騎士団のエンブレムにもなっている」

「いまのがそう、なのですか?」

「それを確かめにここに来たのだよ。衛兵諸君。あいにく銀炎龍と思わしき龍は飛び去った後であったがね」

 

 竜騎士はそう言いながら、城壁を見渡してた。すると、何かに気づいたのか腰を落とし、地面から何かを拾っていた。

 

「竜騎士殿、それは?」

 

 衛兵の言葉に、竜騎士は拾ったものを衛兵へと見せていた。その手に持っていたのは、銀色に輝く美しい薄い何かであった。

 

「…こいつは、おそらく銀炎龍の鱗さ。これ一枚で金貨100枚は下らん」

「金…金貨百枚!?」

「あぁ、鉄より軽く、金剛石より固く、銅よりも加工しやすいというとびっきりの素材だ。そしてなによりも持ち主に幸運を宿すとも言われている」

 

 竜騎士は更に腰をかがめると、同じような鱗を更にもう2枚拾っていた。

 

「ふむ…鱗が3枚か。こちらとしては証拠として1枚だけ必要であるからな」

 

 竜騎士は持っていた鱗のうち2枚を衛兵の2人へと押し付ける。そして、笑みを浮かべて言葉を発していた。

 

「衛兵諸君が獰猛な銀火龍に遭遇し生きていたという幸運に免じて、諸君にこれをやろう。お守り代わりにするも良し、売って財を成すも良し。では、私はこれで失礼する」

 

 竜騎士はそう言うと、ワイバーンに跨り城内へと踵を返していた。衛兵はその姿をただ見守るだけであったが、衛兵の片割れが重要な事実に気づいて龍に本を渡した衛兵に声をかけていた。

 

「あ、まずいぞ。銀炎龍ってお前の本を返しにまたここに来るんじゃ…?」

「………あ!竜騎士殿ォー!」

 

 だがしかし、衛兵の声は竜騎士には届かない。

 

「…と、とりあえず上に報告すればなんとかなるんじゃないのか?」

「いや…本好きな龍が銀炎龍で銀炎龍は人間の言葉理解してますって報告したら、俺の頭がおかしいと思われると思うんだよ」

「…確かに。しかし、報告せんわけにもいくまいよ」

「まぁなー…」

 

 本を銀炎龍に渡した衛兵は頭を抱えるのであった。




◆銀炎龍:共和国制定以前より、共和国の土地を縄張りとする古代竜。通常兵器は聞かず、竜騎士率いるワイバーン部隊でも歯が立たない。そして人間の街を時折襲うこともあるため『獰猛』で識られている。
 しかしながらその鱗は特級品で、鎧にしても良し、装飾品として飾っても良し。そしてなにより薬として煎じればどんな種族であろうとも病が忽ち治るという万能薬である。
 現存する鱗は共和国騎士に伝わる銀炎龍の鎧と、共和国首都の宝物庫のみであると言われている。ただ、時折エルフ族やドワーフ族の街から発見されることもあると言われている。


◆龍:銀炎龍の中の人。口から火を吹く典型的な西洋龍。実際強い。弓とか攻城兵器などの飛び道具は跳ね返してしまうし、魔法も殆ど無効化する。叫び声で城壁を壊すなんてお手の物。
 自分の家に侵入し、龍のコレクションを奪おうとしてきた人間の街を壊滅したことはあるが、基本的に大人しく、時間があれば書物を読み漁っている。
 自身の鱗の効能は一切把握していない。むしろ抜け落ちて邪魔なので勝手に持っていけの精神であるが、ドワーフやエルフ、精霊族は献上品を持って龍の元を訪れ、鱗を「頂戴」している。


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鱗()

ワタクシ、龍で御座います。

ワタクシ、そこそこ年をとっておりまして、
それゆえにと申しますか、やはり、年の功というやつで
そこそこ、そこそこ交友関係が広いのです。

エルフ族、ドワーフ族、龍族、精霊族と多岐にわたる次第で御座います。

改めまして、ワタクシ、龍で御座います。


 またお目にかかりました。ワタクシ、龍と申します。

 

 いやはや、人間から貸して頂いた流行りの文庫を家に帰って熟読してみたところ、属に言う「別の世界に記憶を持ち越して生まれ変わる物語」、通称「神様転生」というジャンルの文庫でしたな!主人公は何やら死ぬと時間が巻き戻るという特異体質持ちであるとフムフム…。

 

 ハッ、いかんいかん。ついつい熱中してしまうのは悪い癖でありますな!ちなみにワタクシ的には「神様転生」というジャンルは非常に好みでございます。

 なぜかと申しますと、神様転生というジャンルにおきまして「龍」という種族が強弱は別として友好的に描かれている事が多いからでございます。

 

 あとは神様転生で『龍に転生』するという作品も読んだことがございますが…突っ込みどころ満載ながらも楽しませていただいた記憶が御座いますな!ただし龍的に人間の女性の胸部や男性の筋肉に魅力を感じる事はありませんので、そこだけは訂正させていただきたい所存。

 そもそもワタクシ的な意見を申しますと、大多数の龍は龍と子をなしますので人間と恋愛の挙句恋人関係などのラブコメディは突っ込みどころ満載なわけでありますな。少数派として人間に化けれる親戚は人間と子をなしたりしておりますが、あれはほんの一握りで御座います故に。

 

 ととと、話が逸れましたが「神様転生」はワタクシ的には好みのジャンルで御座います。

 ワタクシが言うの何なんですが龍は寿命がとてつもなく長く、ちょっとしたことでは傷すらつきませんし病気もしません。故に、『死んで転生する』という考え自体がワタクシタチ龍には無いのです。どちらかというと『長生きして好き勝手やって自然に帰る』という考え方が龍的一生の迎え方で御座います。

 ただ、ワタクシは文学に触れております故に、一度は転生をしてみたいなどと思う生臭龍でございます。

 

「龍神殿、おられますか!」

 

 ぬ?余計なことを考えていたら何やら来客の雰囲気。ワタクシの家に来る方々と言えば同族かエルフかドワーフか、はたまた精霊か。いずれにせよいつもお世話になっておりますので無下には出来ぬ。ということで「あいやまたれい!」という意味を込めて家の中から一鳴き。そしてペンと紙を持ち出して玄関まで急ぎ足で御座います。客人を待たせてはならぬ。

 

 ちなみにここに来る皆様、なぜかワタクシを『龍神殿』と呼びますが、ワタクシは神などとは恐れ多い只の『龍』で御座います故に勘違いなされぬように。

 

 

「龍神殿!また鱗を頂戴したく存じます。献上品は…その…申し訳ございません。また我が里特産品の紙ではあるのですが…」

 

 来客はエルフの族長であった。そして、なんと我が筆談の肝である紙を持ってきて頂けたとのこと!

 

「…なんとか、なんとか龍神殿の鱗を分けて頂きたい!疫病が村に蔓延してしまってどうにもならぬのです!」

 

 む、それは一大事。疫病によって人間の街が一晩で死の街になったという話も雷龍から聞いたことがある。今回の疫病がどの程度のものかは判らぬが、エルフの街が壊滅してしまえば、ワタクシの対話の生命線である紙が無くなる。それは御免被りたい所存。

 

 というかエルフ以外にワタクシの力で破けない紙が作れないところにも問題があるようなないような。いやいや、そもそもワタクシの力が強すぎるのであろうか、龍だけに。

 

 ともかくとして筆談である。

 

―疫病?―

 

「はい!里の半分が既に病に伏しております…。皆微熱が続き、動けなくなり、終いには血を吐き衰弱していってしまうのです。…幸いにして死人はまだ出ておりませんが、この状況では里が壊滅状態に…」

 

 それは一大事。

 

―少し待って頂きたい―

 

 さらりと紙に文字を描いてエルフへと手渡すとエルフはなんとも言えない顔でワタクシを見つめておりました。そんな顔しなさんな。ワタクシ、疫病に対する特効薬を所持しておるのです。

 

 確か名前は………ぺに…ぺにし…ぺにしり……………思い出せぬ。前に土精霊から頂いた魔法薬があるのだ。

 

 『お前には必要無いものだろうが珍しいから持っておけ』

 

 と言われればワタクシのコレクション魂がうずくというもの。効能はまさに『流行り病の治療』、つまり疫病の特効薬という話であったはずだ。ワタクシの鱗なんかよりもよっぽど役に立つはずである。

 

 えーとどこに仕舞ってあったか。そもそもあれは何年前に頂いたものだったか…。ううむ。お?これか?…違う、これはイナバの兎だかなんだかが持ってきた炎症止めとかの粉末ではないか。そういえばドワーフが生傷が絶えぬとか言っておった気がするので次に会ったら渡すとしよう。

 いやいやいやそうではなくて、魔法薬だ。ええと…これではなくて、これでもなくて…ええい、寿命が長いとどうも物が増えてしまうな!一度家をひっくり返して掃除せねば。

 …うーむ、どれであったかな?こいつか?いや、違うな。確かこれは精霊のアスラ族だかなんだかから頂いた酒のようなものであったはずだ。効能は忘れてしまったが確か万能薬的な物であったような…。だがこれでもない。

 

 んー、はて、ワタクシどこにしまったものか。む、こんな場所に剣がある。危ない危ない。あぁ、そういえばこの剣の持ち主である精霊のマーリンは元気であろうか。胡散臭い語り口が好きだったのだが。ワタクシに剣を渡してからテンで姿をを見せぬなぁ。

 いやいやいやいや、脱線しすぎである。………お?剣の下に何かあるぞい。…おお、確かこれだ、これである。この茶色の瓶。この中身を一粒飲めば疫病が治るという話であったはずだ。

 

 と、いうことでエルフ殿お待たせ致しました!こちらをお受け取り下さい。という意味を込めて軽く一鳴き。

 

―これを皆に飲ませると良い。以前に精霊から頂いた品物で、疫病に効く魔法薬とのことだ―

 

「…おお!これは、ありがたく頂戴致します!ですが…」

 

 エルフの顔は浮かない。んん?やはり、ワタクシの鱗が欲しいのか?

 

―ワタクシの鱗が欲しいと?―

 

「はい…駄目でしょうか」

 

 ふむ、まぁ、減るものではないし。寧ろ生え変わるので増えるものであるからして。

 

―では好きなだけ持っていけ―

 

 ワタクシ的には古い鱗を持って行ってくれるので願ったりかなったり。ということでその場でエルフに背中を見せて軽く一鳴き。毎度紙を持ってきて頂くのだ。エルフの頼みを断ることなどするわけがないのです。

 

「ありがとうございます!では、失礼致します」

 

 なお、ワタクシの鱗、案外簡単に剥がれるようで鱗が欲しいという方々には、ワタクシの体から必要な分を直接取って頂いております。これがまたなんとも心地よい。

 

 

「皆!龍神より霊薬を賜った!」

 

 龍神様の住処より戻ったエルフの族長は、エルフの里の入り口で大声を上げる。

 

「お…おお!長!やりましたな!」

「あぁ…これで里が救われる!」

 

 エルフの里の民はそう言いながら族長を囲む。それをみた族長は、袋一杯の龍の鱗を目の前に出していた。

 

「これだけあれば…疫病の者全員に霊薬を使用しても十分に事足りるであろう。さぁ、皆、疫病を里から追い出そうぞ!」

「「「おお!」」」

 

 疫病に悩まされていたエルフの里は、龍神の霊薬により、わずか1週間で元の活気を取り戻すに至る。ここは共和国辺境エルフ領。古の大樹「ユグドラシル」と、そこに住む龍神に見守られた奇跡の里である。




◆銀炎龍(龍神)の鱗:即効性万能薬。寿命以外なら何でも治る。

◆龍神:共和国の辺境にある大樹「ユグドラシル」を住処とする古代龍。エルフやドワーフからの龍の呼び名。

◆エルフ:龍神を崇める種族。エルフ紙という希少な魔法紙を生産することができる。数百年たっても劣化することがない事から、国の最重要書類や有名貴族の絵画、後世へ残す技術資料などに使用されることが多い。だが、絶対数が少なく非常に高価で非常に希少。人間との交流も行われており、主にエルフの行商が人間の街で商売を行っている。

◆龍:龍神、及び銀炎龍の中の人。古代から大樹『ユグドラシル』をマイホームとする龍。マイペースの極み。実はおとぎ話や伝承に出てくる品物のオリジナルを相当数所持している。

◆大樹『ユグドラシル』:宇宙にまで届く生命力あふれる巨大な魔法樹。近くには強力な魔物や化け物が生息しているため人間は近寄ることができない。
 樹液・樹皮・幹・葉・花・実といった大樹の各部位は貴重な高級素材として高値で取引されるため、ユグドラシルの近くに里を構えるエルフやドワーフの貴重な収入源の一つとなっている。
 龍はユグドラシルの下部に空いた孔に、自らの家を構えている。孔の大きさは東京ドーム2個分ぐらい。


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掃除()

ワタクシ、龍で御座います。

 以前読んだ文庫に「鶴は千年亀は万年」という言葉が御座いました。『鶴は千年生きる、亀は万年生きると言われていることから縁起の良い言葉』という諺で御座います。
 ワタクシ、万年を超えて生きておりますので、諺になぞらえれば「縁起の良い龍」という事で御座いましょうか。

 しかしながら、万年以上を生きますと、どうしても物が増えてしまうのです。

改めまして、ワタクシ、龍で御座います。



 またまた、お目にかかりました。ワタクシ、龍と申します。

 

 いやはや、エルフの来客以来こりゃいかんと思い立ちまして、我が家の整理整頓をしているわけで御座いますが、これがなかなか片付かないので途方に暮れている次第です。更に埋もれていた品物を掘り起こしていくと、懐かしい品が多数出てくるわけでございまして、思い出しながらあの方は何をしておるのか…などと物思いに耽ってしまうわけでありまして、更に整理整頓が遅れるわけで御座います。負の連鎖とはよく言った物。

 例えばで御座いますが、精霊のマーリンから頂いた数種類の剣はその筆頭で御座います。名前は確か…エクスカリバー、デュランダル、アロンダイト、クラレント…などなど多数の煌びやかな剣をいただいたので全部の名前は記憶してはおりませんが、すべてが懐かしい品でございます。そしてその時々にお会いしたアーサーやらモルドレッドといった人間は今頃何を…というか生きておられるのかもまた気になるところでございますな。ただ、間違いなくワタクシよりは短い生であります故、彼らが幸せに生きたことを祈るばかり。

 

 いかんいかん、こんな風に物思いにふけっていると時間を消費してしまうわけでありまして、…まぁまだまだワタクシには万年どころかそれ以上の時間はあるわけなのですが、それでも確実に寿命に向かってまっしぐらなわけで御座いますので時間は無駄にはしたくない所存でございます。改めていかんいかんと頭を振って思い出の品々を仕分けしているわけで御座います。

 

 ただ、ここで気をつけないといけない事が一つ御座います。俗にいう『曰くつき』という品物が世の中には御座いまして、人間やドワーフやエルフや精霊、はたまた同族の龍がどうにもこうにもならなくなった品物をワタクシに預けに来ることが御座います。実際、我が家はそこそこ広いわけでありまして、『預かるだけなら』ということで多数の『曰くつき』な品物が至る場所に置いてあるわけで御座います。

 

 例えば…エクスカリバーの下になっていたこの小さな箱。じっぽん…にほん…昔過ぎて思い出せぬわけでありますが、そんな国の人間が私のもとに来て置いて行った曰く付きで御座います。

 曰く『コトリバコ』という名前だそうで、呪いを封じ込めた箱、とのことでしたが、ワタクシこう見えても頑丈な龍であります故に、特に代り映えなく生活を営んでおります。ただ、以前ドワーフの子供がこれに触れた時は苦しんでおったので、それ以来はワタクシ以外に触らせないようにしております。

 

 あとはこちらのリョウメンスクナのみ…み…みい………なんていったか、思い出せぬ……近しいものでいえば、干物でございます。これも先のコトリバコと同じ国の人間から頂いたもので御座いますが、こちらはなかなかの曲者で御座いました。どの程度曲者かと申しますと、頂いてから数日、龍であるワタクシが動けなくなる程の曲者で御座いました。いやはや、曰くとはついて回るものです。

 実際、この干物は『国を滅ぼす呪い』というとんでもない曰くがついているそうで御座います。とはいえ、ワタクシは龍、つまりは頑丈でございますので、呪いに慣れてしまえばこちらの物。今では特になにも感じることはなく、現に『打ち出の小槌』の下になっていたのを救出した次第でございます。

 そういばこの『打ち出の小槌』もなかなかの曲者でございまして、ふればふるほどその者にとっての宝物、ワタクシの場合は文庫などがそれにあたるのですが、宝物を次々と出すことができる、一見すれば良いものに御座います。ですがこの『打ち出の小槌』で出たものは…こちらにあります鐘を鳴らしてしまうと幻へと姿を変えてしまうものでございます。一時の夢を見るには最適でございますが、夢を見すぎるというのもまた曲者でございます。

 

 ふむ。こう掃除を続けていますと改めて、ワタクシは持ち物が多いなと思う次第で御座います。これでも同族に『曰くが無い』様々なものを差し上げたり、エルフやドワーフに譲ったりと数を減らす努力をしているのでございますが、いかんせん集まる方の速度が上なのでございます。

 

 お、これは人化の薬。確か、月の姫とやらに頂いた逸品なのでございますが、ワタクシは普通の龍なので特に魅力を感じませぬ。ただ、同族の何名かに薬を譲った記憶があるのでございます。確か…土竜に渡した記憶がございますが、今では商人をやって人間でいうところの富豪になっているのだとか便りを頂戴したことも御座います。

 …いやまてよ、もしこれで人化すれば文庫を読み放題という奴ではないのか?しかしこの薬の副作用は龍に戻れぬという呪いのようなもの。いやいやいやそこまでして文庫を読みたいかというとそうでもなし。そもそも龍の姿で文庫を読むというのが夢。浪漫で御座いますな!

 

「おおい!龍神殿ぉ!ちょっと相談事があるんだが時間あるかねー!」

 

 聞こえてきたこの豪快なお声はドワーフ殿ではないか。なれば無下には出来ぬ。掃除は一旦止めにして出迎えなければ。

 

 あいやまたれいと一鳴きし、エルフ紙とドワーフペンをさっと取り出し…ぬ、はて、どこに仕舞ったか…。客人を待たせてはいかぬのは鉄則だが、意志が伝わらぬのは更にいかんわけでございます。片付けしているうちに何かの下に入ってしまったか?

 おっと、首筋に纏わりつくこの感じはリョウメンスクナ殿の呪いの感じ。どうされた?なになに?私の下に紙とペンがある?おお、これはリョウメンスクナ殿、感謝致す。…あぁ!そうでありますな!ミイラ、ミイラですな!確かに干物ではあまりにもと思ってはいたのですが、いやはやどうも物が多いと思い出せぬもので。ああ、これは申し訳ない。そうですな。客人を待たせてはなりませんな!

 

 

 

「久しいな龍神殿!壮健でなによりですわ!」

 

―ドワーフ殿も壮健で何より―

 

「それにしても後ろ散らかってますな!大丈夫ですかい?」

 

―物が多くなってきてて片づけをしていた。気にするな―

 

「ほー!いらねぇ物でもあったらまた頂けると助かりますや!龍神殿の持ってるもんは良い試金石になりますからな!」

 

―害のないものを見繕おう。して、相談事とは?―

 

「ああいけねぇ、いつもの癖で。実は鉱山で落盤事故がありましてな。幸い死人はおらなんだが」

 

―ふむ―

 

「腕と足を無くしちまった奴が多くてなぁ。我らドワーフは体が資本。何かこう、治せるもんをもってねぇかと思って足を運んだわけですわ」

 

―少々待たれよ。いいモノがあるやもしれぬ―

 

「おう。悪いな龍神殿」

 

―気にするな、ペンの礼がまだ返し切れて無いからな―

 

 

 さてさて。ドワーフ殿にはペンの他にも棚や寝床でお世話になっている分無下には出来ぬ。それにしても、腕や足を戻すものと来たか。以前からドワーフ殿に渡そうと思っていた因幡の妙薬は、生傷には効くと言われていたが流石に腕は生えぬだろう。しかし落盤事故ということであれば、生傷を負った者も多いであろうし、どちらにせよ渡すとして、うーむ、色々思い出してみてもなかなか腕や足を生やすものというのはてんで思いつかぬ。

 ううむ…これは行き詰まった。行き詰まった。龍的には腕を失おうが羽を失おうが勝手に生えてくるわけで、てんで気にしていないわけでございますが、龍以外にとってはそんなことはあり得ぬという事は当然の事。うーむ、うーむと頭をひねってみてもいいモノがてんで何も思いつかぬ。

 

 打ち出の小づち…では消えてしまうし、ペニシ・・・ペニシ・・・前にエルフに渡した薬は疫病には効くが傷に効くのかてんで判らぬ。アスラ族の酒は万病に効くとは言われるが、やはり…。

 

 ぬ?リョウメンスクナ殿。どうされた。今日はなかなかに絡んで参りますな。ワタクシがリョウメンスクナ殿を預かったあの日を思い出しますな!いやー!3日も動けぬようになるとは思いもしませんでしたな!ふむ…黒歴史?忘れてくれ?…あいわかった。して、どうされたのです?干物呼ばわりしてしまった事をまだ根にもっておられる?いやいや、本当に悪いと思っておるのですが…、そうじゃない?

 

 パラケルとかいう奴から貰ったエリクシルなら効くんじゃないか?

 

 …………ああ!ありましたな!ありましたな!曰く、手足欠損ですら直る万能薬と言っておられた!リョウメンスクナ殿、よく覚えておりましたな!いやいや、ともすればリョウメンスクナ殿を物置の片隅に置いておくなど畏れ多い。ぜひ入り口に…それは不要?ふむ。遠慮せずとも。…暗いところが好きと。あいわかった。であれば奥の部屋の棚など如何でしょうか。おぉ、ではればそこに!…コトリバコと一緒でございますか。構いませぬが…あぁ、同郷なのですね!それは失敬失敬。

 

 おっといけませぬ。ドワーフ殿を待たせておりますので一旦これで。

 

―待たせた。これらを持っていくといい―

 

「ほほお。これまた大量に。いいんですかい?」

 

―塗り薬は生傷に、飲み薬は手足を失ったものに飲ませるが良い―

 

「ありがとうございます。龍神殿。いやぁ!流石ですなー!」

 

―気にするな―

 

「ああ、それと、また龍神殿の鱗を頂けないですかい?溶かして鉄に混ぜると良い硬さになるんですわ!あと酒に浮かべてもいい味になるんですわ」

 

 ほほう、ワタクシの鱗にそんな効果があったとは!初耳でございますな。なんにしても、お世話になっているドワーフ殿です。

 

―構わん。好きなだけ持っていけ―

 

 意味を込めて一鳴き。いやはや、ワタクシにとって鱗とは生え変わるもの。いわば不要なものなのですが、エルフ殿やドワーフ殿には役に立っておるようで、何が役に立つのかわからんものですな。

 

 

 

「おおい!帰ったぞー!」

 

「族長!ご無事で!」

 

「ご無事ってお前龍神様んとこだぞ。あぶなかねぇよ」

 

「判ってはいるのですが、相手が龍神様となると…」

 

「あの人はそんな小さな器なモンか!!見やがれ!」

 

 ドワーフの族長が、大量の薬を掲げ、大音声を上げる。

 

「傷があるやつぁこいつを塗れ!手足無くなった奴はこいつを飲め!治るぞ!」

 

 そういって腕が無くなっているドワーフに、エリクシルを飲ませる。と、あっという間に腕がもとに戻っていた。驚くドワーフを尻目に、族長は更に言葉を続ける。

 

「治ったら龍神様から頂いたウロコで鍛冶仕事だ!やるぞテメェら!」

 

 そういって掲げた手には、龍の鱗が七色に輝いていた。それを見たドワーフたちの目の色が変わる。そして、声を合わせ、族長に負けぬ大音声で答えを返した。

 

「「「「応!」」」」

 

 ドワーフ族は龍神の薬により、落盤事故があったにもかからず、数日で元の活気を取り戻すに至る。ここは共和国辺境ドワーフ領。古の大樹「ユグドラシル」と、そこに住む龍神に見守られた奇跡の里である。

 




コトリバコ…女子供絶対呪い殺すマン
リョウメンスクナ…国滅ぼすマン。意識のようなものがあるらしい

龍…呪いなんて大概無効な万能龍。中身が俗物なのが玉に瑕

龍の鱗…即効性万能薬。死ななければ大体治る。コトリバコ程度の呪いなら即効である。実は体の欠損も治るのだが、誰もそのことを知らない

ドワーフ鋼:龍の鱗を溶け込ませた特殊鋼。龍のペンの材料でもある。硬度がダイヤモンドよりも固いのにも関わらず、しなやかさは竹以上のものがある。加工には技術が必要。ドワーフの里の特産であるが、ドワーフ鋼はエルフへしか取引されないため、人間の里で見ることは無い。


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