東方東奔西走録 (練武)
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序章 初めまして、幻想郷
1話 7日目の朝


午前...何時だろうか?とりあえず日が昇る前くらいに起床。

数少ない衣服のジャージにすぐ様着替えて布団を畳む。

それが終わると棚に押し込んでから襖を開けて隣の部屋に。

 

「射命丸さん、朝ですよ」

 

「うへぇ....」

 

今の上司、射命丸文さんを起こす。

これが僕の朝の仕事だ、こうして僕の1日が始まる。大学時代の生活に比べると生活リズムが整っていてありがたい。あの頃は平気でオールしていたから昼に爆睡なんて珍しくもなかったな。

 

さて、幻想郷にきて早く一週間。あまりに早すぎる一週間だ。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。

 

「四条くん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

眠たい目をこすって朝の挨拶をする射命丸さん。彼女には感謝している。ここにきて途方にくれていた僕に衣食住を提供してくれたんだから。しかし、どうしてまたここでも下っ端新聞記者をやっているのか。

大学時代も新聞を作っていたがどうも人の下で動くのがお似合いのようだ。確かに先頭に立って指示するようなタイプではないが。

今僕は、射命丸さんの発行する新聞の手伝いを条件に居候させてもらっている。主に人里の小さな事件なんかを聞きまわったりしているが割と楽しいものである。毎日が発見と驚きの連続である。

 

蝉の鳴く7月手前、今日はこの幻想郷で何を観れるのか。

 

 

 

 

 

 

〜1週間前〜

 

 

 

「四条くん、今すぐにこの奔放山の調査に行ってきて!」

 

大学のとある部屋、そこは大学新聞社のオフィスである。部員達が慌ただしくその部屋を駆け回っているのはこの大学近くの山が原因である。

奔放山、それが名前だ。登山で登って達成感を得られるのは小学生までだろうと思えるほど低い山で道もそれなりに整備されているため登りやすい。

そんな山でここ1ヶ月前に本校学生の失踪事件が起きた。何故登山したかわからない。失踪した学生が俺の知り合いだったなので今も心配だが、それより気になるのは失踪したこと。あの山で失踪なんてしたくてもできない気がする。故意に見つからないように隠れたなら可能だがどうにも腑に落ちない。

そんな事件を、なにより自分の大学の生徒が渦中の人物となれば大学新聞社が見逃す手はない、ということで今調査を行っている。

正直なところ警察も動いているのでこちらが出来ることに限度があるがそれでも出来る範囲で調べていこうとしている。その人の人脈、生活態度、授業態度、素行。もうプライバシーもへったくれもないがそれを根掘り葉掘り聞き漁っている。昨日も数人カラオケ仲間に聞きに行ったようだ。

 

俺も新聞部員として聞き込みなど行っているが成果はない、頭を抱えている時、うちの女部長が俺に声をかけてきた。

奔放山の調査?

それなら何度もやっている。そもそも警察でさえ捜査が難航している現在、僕ら素人でわかるはずなんてない。そう心の中で毒づいたが、部長の命令は絶対。また蚊がブンブン飛んでいる山に入ることになった。

 

「わかりましたけど、前にもしましたよ」

 

すると部長は得意げになりながら1つの本を差し出す。文庫本サイズの小さな本で内容もそんなにあるものじゃなさそうだ。少し黄ばんでいてかなり古いものだと思う。表紙の縦文字が達筆すぎて読めない。

 

「なんですか?これ」

 

「これは、全国の神隠しの伝承をまとめたものよ」

 

神隠し?急に消えてしまう現象だっけ?

まさか説明がつかないからってこんなオカルトだと思っているのか?

 

「神隠し...ですか?」

 

「そう!それによればこの奔放山で50年前忽然と姿を消した1人の女性がいたそうよ!今回も奔放山で起きた失踪事件。偶然とは思えないじゃない!」

 

「いや、それ本当なんですか?」

 

「本当かどうかを今から調べるんじゃない!頼んだわよ」

 

そんな無茶苦茶な....僕の抗議の声をよそに本をぼくに手渡して去っていった。しょうがない、とりあえずオカルトの内容を確かめてみるか。調査の準備のため、一旦寮に戻ることにした。

 

 

 

大学から少し離れた場所にある大学寮「奔放」

奔放山から取られた名前だがそのまますぎているためヤンチャな寮に思う。その寮の2号棟の2-4が僕の部屋だ。4は本来避けられるはずなんだが何故かしっかりと存在している。別にそうゆう類は気にしてないからいいんだけど。部屋の鍵を差し込んで開錠、そのまま入っていく。お風呂があるのが一番良かった点、銭湯に通わずに済む。

部屋自体は実家の自分の部屋と大して変わらない。ベットと机とテレビを置くと一気に狭く感じる。

肩掛けカバンをベットに放り投げて自分もベットに腰を下ろす。時刻は2時を過ぎた頃。調査に行くならさっさといかないとな。

とりあえず差し出された古い本の中身を確認するか、カバンを探って本を手に取って開けてみる。すると嗅いだことのない嫌な臭いが鼻を襲う。一体これをどこから持ってきたのか。異臭が気になるが中に目を通す。中身は表紙と同じように筆で達筆に書かれていて全く読めなかった。どうしたあの人は読めたんだと疑問が湧く。

とりあえず最後までパラパラとページをめくってみる、すると最後のページに四つ折りされた白い紙が挟まっていた。取り出して開けてみるとそこにはその50年前の奔放山失踪事件の件について書かれたものだった。

 

「1967年、村娘が1人奔放山へお詣りに行ったきり帰ってこなくなった。村民総出で捜索をしたが見つからず結局行方不明者となった。娘の両親はたいそう悲しみ毎日山へ向かい娘の名前を叫んだ。また

村のものはこの失踪事件を神隠しと呼び以降この山を恐れるようになったようだ」

 

内容としてはよくある話というか、特段変わった所が見当たらない。....いや、待て。

1つ浮いた言葉がある。お詣りだ。この言葉を使うということは神社のような参拝できる建物があったということか?

しかしそんな建物あの山に存在していた記憶がない。中途半端に整備された道を延々歩いて到着する山頂にも何もない山なんだ。

しかし万が一、なんてこともある。本と紙を脇に置いてカバンからスマホを取り出す。ロックを解除してすぐさまネットを開ける。

奔放山

そう打ち込むと色々なサイトが出てくる。市の観光PRの1つに使われていたり、それをとある掲示板に『何もないのにPRの1つにするとか、必死すぎww』と馬鹿にした内容がまとめサイトで紹介されていたりと。少し興味をそそられたが欲しい情報ではなかった。

そんな時ふと思い出す。そういえば大学図書館に地元の歴史を載せた分厚い辞典のような本があると。さっそくカバンに本やスマホを入れて図書館へと向かった。

 

 

 

静かな大学図書館はテスト勉強するのに最適だ。テスト間際になると普段本を読まない奴もここに足を運ぶ、かく言う自分もその1人だ。

図書館へ入り目的の本を探す。確かあの本は隅の方に置かれていた気がする。入って右側のいかにも年季ものの本が並んだ棚が目に入ったのでそこから探してみることにした。

日本全国の市町村の名前、日本全国の駅の名前。これが人生で役に立つ日が来るのか怪しんでいると歴史系のジャンルが目立つようになってきた。日本歴史大全。日本と中国大全。そして◯◯市 歴史。

まさかこの流れでくるとは、あっさり見つかったので少し拍子抜けだが多分これに乗っているんだろう。

近くの椅子に座って目次を見る。目で追っていると下の方に奔放山と書かれた項目が見つかる。

急いでページをそこに合わせて中を見る。第二次世界大戦前から20年前の奔放山周辺の歴史がびっしりと細やかに書かれていた。こんなに奔放山って書くことあったんだと驚いていると、僕の知りたかった答えをとうとう見つけることができた。

奔放神社、それはかつて山の中腹あたりに存在していたようだ。

そしてこの神社、50年前を境に参拝客が途絶えて、消えてしまったそうだ。50年前、それは失踪事件が起きた時と一致する。

ということは50年前に失踪した女性はこの奔放神社にお詣りしたことになる。その道中で失踪事件が起きた。

頭で浮かんでいた点達は今確かに線で結ばれ確信となった。

僕は幽霊や妖怪を信じてはいない。だけど今回だけは、少し信じてみようと思う。

本の最後のページに載っていた50年前の地図をスマホに収めて、図書館を後にした。

 

 

寮に一度戻り装備を整える。山に入るならまず長袖長ズボン。それにデジカメ、携帯、財布、あとコンパス、ソーラーチャージャー充電器、愛用のメモ帳とペン。

長袖長ズボンはジャージでいいとして、他も不具合無しだな。

時間は夕方前。すぐに終わらせるつもりだ。もし長引いても夜になるまでは頑張ってみよう。

肩にカバンを掛けて部屋を出る。目指すは奔放神社。

 

 

 

 

 

 

「あややや?何してるんですか?四条くん」

 

「な、なんでもありません」

 

少しぼーっとしていたようだ。お腹も空いているのでまずは朝ごはんだ。



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2話 山で

「「ごちそうさまでした」」

 

2人で手を合わせて食材への感謝をする。ふぅ、美味しかった。

お皿を両手で持って台所へ運んでいく。

 

「やはり朝のご飯味噌汁は最高ですね。そう思いませんか?」

 

並んで台所へと運ぶ射命丸さんが満足そうに尋ねてくる。

 

「そうですね、美味しいですね」

 

台所の流しでお皿と箸を手で洗う。寮生活をしてから食洗機とはおさらばしたので手洗いなのだが、やはり無くなってから便利さがわかるものだ。入れてピッと押せばいいだけなんだし。

2人分で朝食ということもあり量自体は少なかった。5分もかからず洗って脇に乾かすために置いておいた。

 

「ご苦労様。というわけで仕事しますね」

 

そう告げると寝室の隣の部屋、仕事室に入っていった。あれ?僕はどうなるんだ?追って部屋に入る。そこは机と椅子が部屋の奥に置かれていて和室の部屋にミスマッチなプリンター、それと小さな丸い窓しかない殺風景な部屋だった。その部屋で椅子に座って何かを書いている射命丸さんの姿があった。

 

「あの、僕はどうすれば」

 

「今日は私が原稿を書くだけなので。午前中には終わらせるつもりです。....そうだ」

 

何か思いついたのか椅子から立ち上がり僕の元へ寄る。

 

「午後から、幻想郷を散歩しませんか?」

 

「散歩、ですか?」

 

「そういえばここに来てから仕事ばかり押し付けてましたからね。たまには休暇ということで羽を伸ばしてもらうのもいいかと思いまして」

 

そう言えば僕が仕事で行った人里以外どこにも行っていない。幻想郷が一体どんなところなのかもっと知りたいと思っていたところだ。

その提案に僕は強く頷いて肯定した。すると射命丸さんはそれではしばしお待ちを、と言い残し襖を閉めた。

 

幻想郷、僕が神隠しにあった先は自分が否定していたオカルトだらけの世界だった。

 

 

 

 

 

 

奔放神社は山頂への道から外れた場所に存在していた。スマホの地図を確認しながら山頂への道を進んでいく。太陽は次第にオレンジ色の日差しへと変わり人が夕方かな、と認識を始める頃、僕はやっと神社への直線ルートとなる場所までついた。道の脇には草木が生い茂り光が届いていないのかやや薄暗く感じる。意を決して脇の木々へと入っていく。雑草だらけの地を踏みしめて進んでいく。目印となるものがないため、ここからコンパスを頼りにひたすら東へと進んでいくだけだ。地図の尺度を考えるに距離は約500mほど。しかしこうも木や草が多いと見つけるのも一苦労だ、神社についても神社がまだ残っている可能性は保証されていない。しかし点が繋がったがまた奇妙な点が浮かび上がる。神社で神隠しが起こったなら、どうして失踪した知り合いはそこに行ったのだろう。僕のように神隠しの事を知って興味本位できたのか?それか失踪したかったのか?

今考えたって仕方ない。日も沈んできたので足を速める。距離的にはそろそろじゃないかな。すると自分の身長以上の縦に伸びた草が進行方向に生えていた。掻き分けながら進んでいくしかない。草を踏み倒して手で前を確保しながらゆっくり進んでいく。10歩くらいそうして進むと、何か足元に石畳的なものが見え、それが見え始めると草の長さも短くなっていく。

とうとう腰くらいまでになりかき分ける必要がなくなると何かぼんやりと建物が見えてくる。石畳はその建物へとまっすぐ伸びていて、その建物の脇には左右1つずつ棒のようなものが立っている。そして奇妙だが建物の後ろから鳥居のようなものが建てられている。

あれが神社か?走って近づいてみる。近づけばそれが確信へと変わる。廃墟の神社だ。

建物全体は茶緑色で賽銭箱なんて苔だらけだ。灯篭も僕から見て右側が先の方が欠けている。

神社をぐるっと一周してみる。鳥居にも苔がひっしり張り付いていた以外特に目ぼしい発見はなかった。

こうなれば拝殿を除くしかないが、これは法律的に大丈夫なのだろうか。廃墟とはいえ無断で忍び込むのは罪悪感がするというか。

と考えたがもうここまで来たんだし、誰も見てないし大丈夫だろ、と、すぐさま納得する理由を作った、いざ拝殿。

賽銭箱の後ろにある階段に足をつけると、聞きたくない軋む音が響く。慎重に一歩ずつ登っていき、なんとか扉前まで来ることができた。

襖の取っ手に手をかけて少し横にずらしてみる。どうやら鍵が閉まったりはしていないようだ。深呼吸して、取っ手を横に引っ張る。

そこからの記憶はない。そこで何を見たのかはわからない。だけど気付いた時には僕は見知らぬ地にいたことだ。

そこは人里の人たちから、妖怪の山と言われている。

 

 

 

「お待たせしましたー!早く終わりましたよ!さぁ、行きましょうか!」

 

寝転がってウトウトしていると射命丸さんが飛び込んできた。文字通り。起き上がろうとしている僕の手を引っ張って強引に立たせた。

 

「さあ、幻想郷へ!」

 

射命丸さんは万遍の笑み、僕が教えてもらう側だよね。その温度差にちょっと引いてしまうが。僕も実際楽しみだ。

一体、どこに連れて行かれるのか。楽しみである。



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3話 空を飛ぼう

射命丸さんは美人だ、これは断言できる。艶やかな黒髪、整った顔立ち、親しみやすい砕けた性格。あちらの世界なら原宿を歩けばスカウトは間違いないだろう。こんな美人と屋根の下同棲しているなんて男冥利に尽きるものだが、特に意識することはない。

童貞だから意識するものかと思うが、なぜかそんな気分にはならない。自然と会話できるし、無防備に寝ていても何の感情も湧いてこない。

何でだろうか?と考えていくとどうも1つ思い当たる節があった。

新聞部の頃の女部長にそっくりなのだ、性格的に。

部長はメガネでややロングヘアーの茶髪なのだが顔はそれなりに美人の部類である。なにより体つきもいい。そんな部長だが彼氏が出来たことがない。きっとその砕けすぎた性格のせいだろう、ロマンチックな夜景を見るより近くの運動場で走り回ってる方が好きなんだから。

流石に射命丸さんがここまでではないが部長と似ているなと思うと落ち着いて話せる。

部長は女である前に鬼の編集長だったからかもしれない。

 

 

 

「いやー最近飛び回ってばっかりでしたから、こうやってゆっくりと歩くのもいいですね」

 

引っ張られて連れてこられたのは家の外、約束通り散歩をすることになった。夏前で蝉が喧しくなく中、射命丸さんの透き通った声が僕の元にも届く。今妖怪の山をゆっくりと下っているところだ。この山かなり高いのだが、一体何mあるのだろうか。

 

「僕は逆に空飛んでみたいんですけどね。」

 

射命丸さんが当たり前のように空を飛んでいたのを腰を抜かして見ていたのが既に懐かしい。どうやら僕の常識がどんどんと塗り替えられていっている。

目の前の人が妖怪、なんて信じられなかったけどこの世界を知るにつれ僕の否定するオカルトそのものの世界だった。妖怪、神、魔法使い、妖精が存在する和でも洋でもないこのファンタジーワールド。

もう何があっても驚かないで受け入れるつもりだ。驚いていたらきりがない。

 

「いつか飛べるようになるといいですねー」

 

「いえ、僕人間ですし」

 

すると足を止めて不思議そうにこちらを覗いてきた。

 

「人間でも飛べますよ」

 

「飛べる人間は人間じゃないような...いや、もう何も言うまい。」

 

「博麗神社の巫女は普通に飛びますよ」

 

巫女が空を飛ぶのか。というか神社もあるんだこの世界。

あらゆる物が詰め込まれている。もう魔王なんて出てきてもおかしくない。

 

「そうだ、四条くんが飛べるようになったら人里以外の場所も取材できますね!一旦戻って飛ぶ練習しませんか?」

 

空を飛ぶ練習、まるで漫画の世界の話だ。どうやって練習するのか、想像ができなくて怖い。だけど空を飛ぶのか、きっと気持ちいいんだろうな。

ダメ元でやってみるのも1つの手かもしれない。

 

「出来るかどうかわからないですけど。空を飛びたいです。」

 

「その言葉、待ってました。では戻りましょう」

 

Uターンしてきた道を戻っていく。空を飛べるようになったら、幻想郷を駆け巡ってみよう。空への期待を胸に、きた道を一歩一歩踏みしめた。

 

 

 

 

「まずは気を探ることから始めましょう」

 

気を探る?ますます僕の好きな漫画地味だ展開になってきた。

家のすぐ横のスペースで、僕らは空を飛ぶ練習を始めた。

 

「まず、深呼吸して心を落ち着かせてください。」

 

促された通り、直立のまま目を瞑って深呼吸する。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー

 

「ではそのまま力を抜いた状態でお願いします。次に私が3カウント数えますので0になったと同時に全力で全身に力を入れてみて下さい。いきますよ〜」

 

「3」

全身に力を入れる?とりあえず脱力状態から抜け出せばいいんだな

「2」

なんか、緊張してきた、力が勝手に入りそう。

「1」

次だ、次で力を入れればいいんだ、慌てるなよ。

「0」

膝を落として踏ん張る体制になる。無理に力を入れているので腕や足がピクピクと震える。とにかく全身がきつい。

 

「はい、お疲れ様です。周りをみて下さい」

 

しばらくピクピクしていると声をかけられる。

周り?顔を上げてみると、そこには白い玉のようなものがフワフワと僕の周囲を浮かんでいた。野球ボールサイズからバスケットボールサイズまで様々存在する。手を伸ばしてみても触った感触がない、雲に手を伸ばしているかのようだ。

 

「これが四条くんの気、です。」

 

「これが気...」

 

こんなにはっきり見えるものなのか。

 

「白なので霊気、人間が持つ一般的な気ですね。人間の中には稀に別の気を持つタイプもいるようです。人と別種の間の子とかなんらかの形で輸血したり移植したり。四条くんは人間だと分かっていましたが一応確かめてみたんですけど......確かめて良かったですね、あれを見てください」

 

射命丸さんが指を指す方向、それは僕のちょうど後ろだ。振り返って確認すると、それは見たこともない赤色をしていた。1つだけじゃない、後ろのほとんどが赤に染まっていた。

 

「赤.....?」

 

「妖気。私達妖怪が持つ気のことです。これはちょっと興味が湧きましたね。この数なら相当の妖気を保有しています。」

 

妖気?僕が妖怪だというのか、幻想郷で何も驚かないと言ったがこればかりは驚くしかない。オカルトを否定していた歩くオカルトだったということか!?

 

「まぁでも人間の中でも妖気を持っているなんて珍しい話ですが不可思議なことでもありません。現に数人見ていますし。」

 

「じゃあ僕は少し変わっている人間、ということですか?」

 

「そうなりますね。妖気を持っていれば妖怪とは限りませんし」

 

びっくりしたが僕は人間らしい、安堵する。人外になりかけたがギリギリのところで踏みとどまっていたようだ。

 

「妖気があるなら話早いですよ、すぐ飛べると思います。」

 

「本当ですか?」

 

「はい、私もこうして飛んでいるわけですし。さっそく飛びましょうか」

 

 

その後射命丸さんに気の使い方を教わった。身体から出る力を使いこなすにはそれほど時間はかからなかった。15分もすれば数m浮くことに成功した。

 

「うおおお。浮いてる!」

 

下で手を振る射命丸さん、こうなると身長が一気に伸びた気分だ

 

「だいぶ基本はできましたね。あとは自由に飛べるようになれば完成です」

 

「わかりました。頑張ります」

 

しばらくは射命丸さんとのマンツーマンが続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

今日偶々近くを通りかかったので挨拶に伺ったわけだが、どうも家の近くで何かしているようだ。ゆっくり忍び足で近づいてその様子を確認すると、文さんと見知らぬ男が立っていた。仲睦まじく話す姿に、思わず舌打ちをした。

 

「誰ですかあの冴えない男は?」

 

あんなに楽しく話す文さんの姿は久しぶりだ。あの男、きっと狙ってるに違いない。あんな冴えない男が文さんの相手なんて釣り合っていない、妖怪ならまだしも人間とは、生意気にもほどがある。

 

「これは、話を聞くしかないですね。」

 

私、犬走椛は2人の元へと駆け寄る。誰かは知らないが人間、お前のくる場所じゃないことを教えてやる。

 

 



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4話 後輩天狗さん

「あやや、椛じゃないですか!どうしたんですか?」

 

「近くに来たので挨拶に伺いました。」

 

射命丸さんに声をかけて挨拶する彼女。年老いた髪ではない透き通った白髪で腰には刀。射命丸さんのように頭に頭襟をしている。

 

「ところで、隣の子の方は」

 

「彼は四条 周くん。うちで新聞記者として働いてもらってるんです」

 

「あ、で彼女は犬走椛。妖怪の山の哨戒を仕事にしている天狗です」

 

ご紹介に預かったのでよろしくお願いします、と一言。犬走さんもニコッと微笑んだ。

 

「立ち話もなんですし、家で話しませんか?」

 

射命丸さんの提案に乗って家に入っていく。犬走椛、仲良くしていけたらいいが....

 

 

「お二人とも座っててください。お茶入れてくるので。居間まで案内されると僕ら2人を残して射命丸さんは台所へと向かった。今机を挟んで僕と犬走さんは対面している状況だ。初対面なのに、気まずい。顔を見ないように机の模様を目で追う。

 

「四条 周、あなたは人間?」

 

その沈黙を切り裂いて犬走さんは話しかけてきた。顔を上げるとそこには先ほど射命丸さんに見せた顔とは別の落ち着いた表情を見せていた。

 

「はい」

 

「それにしては、妖気が多い」

 

「そうゆう人間もいると射命丸さんに教えてもらったので」

 

そう、犬走さんが話を区切ると、また沈黙が僕らの間に生まれる。なんだろうこの人、淡々と聞いてくる姿勢に、僕と仲良くなりたいという好意を微塵も感じない。ただ他人でいたいとは思わないのか話しかけてきた。探られている感じだ、なにを考えているんだろうか?

不安になりつつも平静を装う。勿論目線は落としたままで。

 

「ねぇ、文さんとはどうゆう関係」

 

一瞬、反応できなかった。恐る恐る顔を上げるとそこには僕の目をじっと見据える犬走さんがいた、僕の答えをただ待ち続けているのかなにも発さずただ僕だけを見ていた。

 

「どうゆう関係、とは?」

 

「ここで働きかけたきっかけとか、あと」

 

一呼吸置いて、彼女は言い放った。

 

「男女の仲とは」

 

男女の仲?この人なにを聞いてるんだ?

固まった僕を見て犬走さんが少しずつ感情をあらわにしていく。

 

「この屋根の下男女が同棲してるんですよ。そう考えたっておかしくないじゃないですか?」

 

「そうだね、だけど僕は別に射命丸さんのことをそんな風に見た覚えはないよ」

 

これだけは嘘偽りない真実だ。そもそも僕があの人と釣り合うはずがない、高嶺の花、あくまで上司と部下だ。

 

「嘘です。絶対狙っています。」

 

机に上半身を乗り出して顔を近づけてきた、ぐいっと迫ってきたので思わず手をついて体をのけぞらせたが、近い近いです、と言って落ち着かせる。

 

「本当ですよ、射命丸さんをそんな風に見ていません」

 

「嘘!」

 

すると声を荒げて、急に机を叩いて立ち上がった。あまりに急なことだったのであっけに取られただその姿を見ることしかできなかった。僕を見下ろしている犬走さんは腰に手を当てて感情をあ露わにする。えっと、何か怒らせたかな?

 

「射命丸さんは確かにどこか適当で振り回されることもありますが!仕事への情熱と誰にでも優しく接する態度となにより、あのナイス身体!男が好意を抱かない理由がないじゃないですか!?それも人間の男!人間の男といえばそもそも「はいはい。椛」

 

身体全部を使って感情のまま話す犬走さんの話を遮って射命丸さんが今に入ってきた。両手で盆を持ちその上には冷たいお茶が入った入れ物が3つ置いている。

 

「椛は静かにね、座って」

 

テレビの一時停止の様に射命丸さんを見て固まっている犬走さん。それを他所に盆のお茶を机に置いておく。射命丸が自分の前お茶を置いて座っていた頃には、犬走さんはいつの間にか顔を伏せて座っていた。とりあえず、また落ち着いて話ができる様になったかな?

 

「聞いてましたか....」

 

今にも消え入りそうな声だ。伏せているから尚更聞こえづらい。

射命丸さんはお茶に口をつけてから

 

「ばっちり」

 

と一言。すると何かうめき声が低い声が犬走さんから漏れ出してきた。

 

「椛は普段は優秀なんだけどね。時々暴走しちゃうことあるから、ごめんね四条くん」

 

「いえ、大丈夫です」

 

誹謗中傷暴力が飛んできたわけじゃないし。ただ少しだが親近感が湧いた。こうやって恥ずかしがることがあるんだと分かったことで人間とはやはり近いんだなと感じた。

 

「確かに屋根の下男と女だから、考えちゃうのも仕方ないね。椛なら尚更。」

 

「う、うう」

 

「椛は全てはやとちりしすぎなんです。とゆうか私のこと適当とかって「嘘ですよ...」

 

肘をついて犬走さんへとゆっくり口撃を始める。発言の中身を指摘され慌てて否定する犬走さん、それをからかう射命丸さん。

楽しそうだな、傍で見て強く感じる。長いこと一緒だったんだろう。

 

「そんなに私と四条くんの間が気になりますか?」

 

「それは、もちろん!」

 

はぁー、と小さくため息を漏らしたあと、僕に話を振った。

 

「では、私との出会いを話してもらいますか?」

 

「出会い、一週間前ですか?」

 

それを話して納得してもらえるのだろうか?

 

「わかりました。とりあえず聞いてみましょう、ただし変な脚色はやめてくださいね」

 

聞いてはもらえる様だ。変な脚色もなにも僕は無様な姿はどうやっても隠しきれない。なら話すかな。

 

「僕が幻想入りして、目覚めたのがこの妖怪の山周辺だったんだ。」

 

それから話し始める。僕らの始まりの物語を

 



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5話 僕と幻想郷-1

どこか、梟の鳴き声。彼らは夜にネズミなどの獲物を狙い佇む。

どこか、虫の鳴き声。彼らは夜にメスを求めただ音色を響かせる。

おとなしい風が木々を揺らして通り過ぎる。夜の森はただ不気味すぎるほどに静かで、厳かだ。隣に何かいる、そう思わせるほどにあたり一面生きた気配を感じる。

一歩一歩慎重に進まなければ何かに気づかれてしまう。

うっすら月と星が辺りを照らしてくれてはいるものの一寸先は闇。

闇は、人を不安にさせる。その一歩が命取りになるかもしれないから。

 

「コンパスは大丈夫。携帯は...なんで圏外なんだ。」

 

暗い森の中で、一筋の光の中を確認するが、その画面には残酷にも圏外の二文字が写し出されていた。

時計は午後2時を過ぎた頃合いだ。あたりを見渡しても木、木、木。

ここはどこなんだ?理解できていない中でただ1つわかることがある。ここは、奔放山でないということ。

あの扉を開けてからの記憶からここまでの記憶がない。目が醒めるとそこは暗い森の中だった。

何が起こったのかさっぱりだ。理由はわからないが気を失って、それで寝ていたことになるのか?

でもそれならあの廃神社で寝ていないと理由がつかない。

考えに考え、1つの結論に至る。それは僕が普段なら毛頭至らない結論だ。

かみかくし

失踪した男子大学生、50年前に忽然と姿を消した村娘

2人と同じように、僕もあの山から消えてしまったのか?

じゃああの噂は本当なのか?

そんなこと、今わかるはずがない。これは夢か幻だ。こんなこと起こるはずがない。頭を振って否定しようとする、が

じゃあ僕がこの目で見ている鮮明な景色はなんだ?吸っているいつもと違う透き通った空気はなんだ?ひっそりと聞こえてくる小さな音はなんだ?

1つ1つ克明に脳に脳へ伝えられる情報、そのリアルさが僕に問いかける。

これは、幻か?夢か?

 

「もうわけわかんねぇよ、本当に神隠しかよ...」

 

少し涙目になりながら吐き捨てる。もうさっぱりだ。

途方に暮れてその場で立ち尽くしていた時、聞こえた

低い、低いうなり声が。人の声じゃない、獣の声だ。

空気がビリビリと震えるのを感じる。

声の方向は真後ろか、だんだんと大きくなっている。

何かいる、だけどそれがなんなのか

声が大きくなるにつれ、どこか嫌な臭いが漂う。獣独特のクセのある臭い。自然を生き抜いてきた臭いだ。

足音だろうか?唸り声とは別に地に落ちる音が聞こえる。

ずしん、ずしん。かなり大きい、そして何より恐ろしかったのは、

その獣は立っている。二足歩行だ。

二足歩行の獣?一体なんだ?

恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは理解を超えた、何か

だった。

大きさは2m、全身が茶色で筋肉質。猫背で腕を垂らして歩くその化け物は、口の異様に尖った歯を見せながらゆっくりと近づいてくる。

僕は全体を認識した途端、走り出した。目に見えた物を理解する前に、考える前に、そこから逃げ出した。

あれはきっと知ってはいけないもので、僕が見てはいけないものなんんだ。きっとそうだ、そうに決まっている。

だけど、それがいけなかったのか

化け物は急にスピードを上げた。足音の間隔が早くなり地を蹴って追ってくる。もしかして、今までばれていなかったのか?

僕が走ってやっと気づいたのか?

そんなこと考えている暇なんてない、後ろを振り向く余裕なんてない。ただ、走り続けるだけだった。

 

 

 

気が遠くなりそうなほど走った。僕の人生20年、割と走った記憶があるがここまで死ぬ思いをしたのは初めてだ。

汗は滝のように全身から流れ、肺の空気を何度も総入れ替えしている気分だ。足もおぼつかなく視点が左右に何度も揺れる。

それでも、足を止めることなんてできない。後ろはずっと追いかけてきている。

奴の足は思ったよりも早くはなかった、しかし体力勝負となるとジリジリと追い上げられている。足音と息遣いがだんだんと大きくなっている。

『死』

昨日まで微塵も感じてなかった恐怖がヒシヒシと迫ってきている、実際どうなるかわからないが、ただ怖かった。

あの時の僕は何も考えていない。体力の限界も、水分を取らないといけないことも、ここがどこだなんてのはもう吹き飛んだ。

ただ後ろの恐怖から逃げることしか頭になかった。身体も精神も疲れていたのだから尚更だろう。

ゴールがないマラソン。そんなマラソン続けてたら、いつか限界はやってくる。

 

「あれ....」

 

突然、足がきかなくなった。足が地面に磁石のように引っ付いた。そして意思とは関係なく、ただただ震えている。疲労からなのか、恐怖からなのか。

ダメじゃないか、こんなところで立ち止まっちゃ。

肩で息をしながら膝小僧を何度も叩く。

 

「なんで!なんで!」

 

膝が真っ赤になるまで何度も叩くが、それでも震えは止まらない。寧ろ震えが大きくなる。

ついに足に力が入らなくなり、そのまま座り込んでしまった。立とうと足に力を入れても足がいうことを聞かない。

そして、視界もだんだんとぼやけてくる。ぐにゃぐにゃと辺りが歪み、真っ直ぐ座っているのかわからない。

足音も遠くなってきた。臭いはきつくなってきているのに、不思議だ。汗が目に入ってももうそれを拭き取る余力さえない。

ついには重力に負けて地面に横たわる。もう遠近感さえ狂ってきた。

遠くなる意識の中で、最後の力を振り絞って声に出す。

 

「やめろぉ!やめてくれ!」

 

「嫌だ!なんなんだよ!死にたくない!」

 

どれくらい叫んだか。僕には時間がなかった。遠くなる意識の中で、あいつの臭いだけが僕に改めて現実を突きつけた。

死ぬんだな、と。

 

 

 

 

「死んだんですか?」

 

「死んでたらここいないから」

 

素っ気ない一言に思わず突っ込んでしまう。

でもあそこはどう考えても死んでいたんだよね。まさかこうして生きているとはあの時の僕は思わなかっただろう。走馬灯が頭でうっすらとロードショーを開始したのを覚えてる。

 

「そこで、私が現れたんですよ!」

 

あぁ、そうだった。そこで射命丸さんが助けてくれたんだ。だけどその間気を失ってたから詳細はわからない。

 

「それじゃあ続き話すね、と言っても僕は気を失っていたんです。なので目を覚ましてからになります。」

 

 

 

 

 



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6話 僕と幻想郷-2

「起きてください」

 

水面に浮かび上がるようにゆっくりと意識が浮上しつつある微睡みの中で、その声だけは聞き取れた。

 

「大丈夫ですか?」

 

女の声?僕を心配しているのか?

だんだんと会う焦点、声の主を確認する。

 

「あややや、意識はあるみたいですね」

 

あやややや?何を言っているのかこの人は。

両目を擦って視界をクリアにすると、最初に見えたのは黒髪の女性だった。

 

「こんばんわ」

 

美人だならというのが第一印象。そしてその顔を崩した笑顔が可愛い。いや、今は美貌の方は置いておいて。

 

「え、こんばんわ」

 

口もなんともない。身体に鉛のような疲労はあるが痛みはない。

どうやら助かったみたい。

 

「早速ですけど、質問いいですか?」

 

黒髪の女性は表情を変えて問いかけてきた。その顔つきはどこか厳しいものだった。警戒されているのか?

それもそうか、道の真ん中に倒れていたんだから....待て

あの怪物はどうした?

ここはどこなんだ?

見知らぬ地で会ったこの人は何者だ?

質問したいことは山ほどあるのだ、今すぐにでも聞きたい。

 

「あの、すいません!茶色の二足歩行の化け物って」

 

「何言ってるんですか、妖怪の山に来たら妖怪がいるに決まってるじゃないですか」

 

妖怪...妖怪の山?

この人はさも当然であるがごとく話す。こんな子供騙しな嘘をつかれて普段なら笑ってあげる所だが。現状が、僕の考えうる範囲を超えている。神隠しも化け物にも会ったのだから、妖怪という単語に疑念を抱くのは今の僕にはすべきことではない。

今の僕に必要なのは、受け入れて知ることだ。

 

「妖怪の山、ですか」

 

「え、知らないわけないでしょう。里の人ですよね?」

 

里の人?どこか集落の人間と勘違いされているのか?

すると黒髪の人は立ち上がり、何か気づいたように木にもたれていた僕を上から下までじっくりと観察し出した。

急に無言になって見出すものだから困惑する。集中しているようで声もかけづらい。

そして

 

「なるほど、見たことのない服。外来人ですか。」

 

一言漏らす。外来人?外から来る人で、外来人か?

もう、自分の知らない言葉にはお手上げだ。

 

「あの、もう何がなんだが」

 

僕の言葉を遮るように、黒髪の女性は手を差し伸べる。陶器のように白い肌は、異様に光を放つ月明かりの元その影と合わさり強く濃淡を描いていた。

 

「長くなると思います。なので来ていただけませんか?」

 

今の僕に選択肢はない。流されるだけでいい。

その手をとってゆっくりと立ち上がると、彼女は歩き出す。その背中を少し距離をとってついていく。

暗い森の中、彼女はどこに向かうのか?

僕の心中は、不安で溢れそうだった。

 

 

 

 

「ここが家です。どうぞ中へ。」

 

そこは和式の家だった。森にひっそりと建てられた家は蝋燭の灯りでぼんやりと闇の中に現れている。ドアに呼び鈴らしきものも無い。日曜夕方の大家族の家のようだ。

女性はそのドアを開けて中に入る、お邪魔します一言呟いて玄関をくぐる。

くぐった先は、廊下で左横には襖で仕切られている。奥の突き当たりには物が置いてある。外観からもわかっていたが平屋か。

となると部屋は襖の先か、恐る恐る襖の先へ進む。

その中はシンプルにまとめられていてゴチャゴチャしていなかった。僕の部屋とは大違いだ。箪笥がちょこんと壁際に置いてあり、真ん中にはやや大きいちゃぶ台、箪笥の反対側の壁はまた襖で隣にも部屋がありそうだった。

 

「座ってください。」

 

彼女はちゃぶ台の下に置いていた座布団を引っ張り出すとそれをちゃぶ台を挟んで対になるように敷いてくれた。

促されるまま、僕は座布団に腰を落とした。

お互い向かい合う形になって、ようやく彼女をじっくりと見ることができた。

黒神でぱっちりとした目、可愛いとも言えるし美しいとも言える容姿。少女から大人へ変わる中間の若者の顔、というのが見て取れた。

 

「まず、名前を聞いてもいいですか」

 

そんな美人がにこりとも笑わず尋ねてくる。真っ直ぐ僕を見据える目は何を考えてるのか、僕にはわからない。

だけど今の僕に選択肢はない。聞かれるまま答えるほかない。

 

「四条 周です。」

 

「四条さん、ね。これから言うことは外来人にとってはあまりに奇想天外な話ですけれども、大丈夫ですか?」

 

「もう現状も頭の理解を超えているので、今更大丈夫ですよ」

 

「わかりました。私は射命丸 文です。種族は....

 

天狗です。」

 

 

 

 

 

幻想郷、それは忘れ去られた者たちの楽園。

人、妖怪、魔法使い、神、その他etc....

 

様々な種族が、この地で共に生活をしている。

妖怪だの神だの僕にとってはあまりに信じられないが

そんなまさしくフィクション作家が作ったような幻想的な世界、だが

1つ変わったごっこがある。弾幕ごっこと呼ばれるものだ。

これは人がほかの種族に対抗できるように考案されたもので弾幕、言わばシューティングゲームのように弾を打ちあうものらしい。

聞けば聞くほど奇妙なのだが、それは置いておいて。

更に幻想郷には「異変」と呼ばれる事件が起こるらしい。

これは個人でも起せるようで、時に幻想郷全土に影響を与えるものからわずかに影響を与えるものまで様々。

それを解決する手段にも弾幕ごっこがあるらしいが。

そんな幻想郷に住む目の前の黒髪美人の射命丸さん

天狗でもあり新聞記者でもある。妖怪の新聞ねぇ。

僕は変な星の下で生まれたのか、どこか新聞とは切っても切れない関係だ。

話が逸れた。まとめると

僕が今いるのは幻想郷。そしてあの茶色の化け物は妖怪。

今目の前にいるのは射命丸さん。

 

今更ながら夢だろうな、これ。

 

 

 

 

「以上です」

 

「は、はぁ」

 

射命丸さんの話にただただ首を縦に動かすしかなかった。こんな特産品が東北の方にあったような。

ただ話の内容は理解はしていた、理解はしていたけれども。

 

「なんというか、その」

 

言葉に詰まる。それが本当であったとしても、今僕が出来ることはなんだろうか?

僕は、帰れるのだろうか?

その時、ふと思い出す。50年前の失踪事件を。

彼女は失踪して以降、元の世界に戻っていない。もし僕と同じように幻想郷に来たのなら、僕はどうなるんだ?

嫌な汗が流れる。自然と握っていた手を開けると、手汗でぐっしょりと濡れていた。

先ほどまで感じなかった悪寒に嫌という程に震える。

 

「僕は、どうすれば?」

 

「外の世界への帰り方ですか?それなら心配はありません」

 

そう言ってにっこりと微笑む。本当ですか、と思わず聞き返してしまったが、射命丸さんは笑みを崩さず首を縦に振る。

その微笑みは今の僕にとって唯一の希望でもある。救いはある、なら悲観するのは早い。

 

「どうすれば帰れるんですか!」

 

「今すぐに、とは無理ですが。明日に博麗神社に行けば帰れます。」

 

「博麗、神社?」

 

「この幻想郷と外の世界は博麗神社の結界で隔てています。言わば門ですね、なので門の管理者である博麗の巫女が住む博麗神社に行けばその結界を通して外の世界に戻る事が可能です」

 

原理は置いておいて、僕は帰れるようだ。

安堵すると、全身の疲労がどっと押し寄せてきた。全身の力が抜けてあちらこちらから痛みが走る。

博麗神社、そこに行けば帰れるんだ。確かに夜に訪れるのは失礼、明日に行くとしよう。

 

「そうですか、お話ありがとうございます。明日、博麗神社に向かいます」

 

「流石にそれではさよなら、というのも可哀想ですし、今夜くらい寝床を貸してあげましょうか」

 

ありがたい、正直この話を聞いてからどうしようかと悩んでいたのだ。泊めてくれ、と頼むのも何か申し訳ないし。

 

射命丸さんが立ち上がると座布団と机を隅に置いて、入れ替わりに隅に畳まれた布団を敷いた。

 

「しばらく使ってませんが、これでよければ」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

知らない匂いに包まれた布団で寝るのは、いつ以来か....

 

 

 

 

 

「帰ったんですか?」

 

「帰ったら、ここいないから」

 

まさかの二度目パターンに同じように素早く突っ込む。

しかし不思議に思うのも無理はないか。僕がこうしてここにいる事と僕の話は噛み合ってないからだ。

だけど、僕が帰りたかったのはまぎれもない、僕の意思だった。

 

「それで、どうして残る事に」

 

最初の方は肘をついて面倒くさそうに聞いていたが、今となっては食い入るように質問してくる。そんなに面白いかな?

疑問に思いつつも、その質問には答える。

 

「翌日、僕が博麗神社に射命丸さんと一緒に行って、巫女さんに頼んで、元の世界に返してくれる事になったんだけど....ある人がそれを許さなかった」

 

「許さなかった?」

 

「八雲 紫ですよ」

 

あの時の一言を僕は忘れない。

本当にわかるのだろうか?

 

「あなたの全てが、ここにあります」



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