楓さんと男子大学生 (ブロンズスモー)
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昆虫採集、大雨洪水警報、出会い、一泊。

ある日、俺は一人で山の間の道を歩いていた。現在、カブトムシ取りに来ている。小学生の時によく取ってたので、ついつい思い出して懐かしくなり、暇なので取りに行きたくなって、いい歳した大学生が一人で電車に乗って山奥に行ってカブトムシを追いかけ回し、一匹も取れなくて帰ろうとした所で雨に降られ、たまたま持ってた折りたたみ傘をさして帰宅を開始し、現在に至る。

道が分からないことはない。だが、歩くのが非常に面倒臭い。雨降ってるし虫かご持ってて恥ずかしいし、斜めに降ってるから脚には雨が当たるしで最悪だ。

で、こんなビショビショな状態で電車に乗って周りの客から迷惑そうな目で見られるんだろ?知ってるよ俺?

ま、傘があるだけマシと思うしかないか。そう思いながら歩いてると、ボロボロのバス停で一人の女性が空を見上げてるのが見えた。不安そうな表情で、大きな荷物を横に置いたまま、スマホをいじっている。

………そのバス停、もう使われてないんだけどな。うーん、どうしよう。地元の人?だったら多分、雨宿りしてるだけだし……いやでもこの雨そんな簡単に止まないだろうし、あのままいたら風邪引くでしょ……。でも見ず知らずの俺が声を掛けて良いのか………?

 

「……………」

 

………でも見過ごせないなぁ‼︎気になるなぁ!一度見ちゃうと!

なるべく恩着せがましくならないように、さりげなく傘だけでも置いてこよう。

とりあえず、バス停の下まで歩いて大人しくなった。傘を畳み、バサバサと水を払うと柱に立て掛けた。

 

「……………」

 

こういう時はバスの時刻表確認するのが自然だよな……。使われてないバス停の時刻を確認する事ほど間抜けな事はないが、まぁこの際仕方ない。

時刻表を確認すると、コホンと咳払いしてから呟いた。

 

「こ、このバス停止まってんじゃんー(棒読み)」

 

………俺に演技の才能はなかった。

だが、言っちまったもんは仕方ない。傘は置いてあるし、さっさと下山しよう。

そう決めてさっさと屋根の下から出た直後「あ、待って」と声を掛けられた。

 

「えっ」

 

あ、俺のバカ。なんで足止めてんだよ。

 

「傘、忘れてますよ?」

 

やっぱそうなるよね。どうしよう、なんて返そうかな。

 

「あ、いやそれ俺のじゃないんで。捨てられてるものなら使っても大丈夫じゃないでしゅか?」

 

バレバレにも程がある嘘をついた。しかも噛んだし。

すると、キョトンとした真顔になる女性。まぁ、そうなるわな。と、思った矢先、女性はクスっと小さく笑った。

 

「ありがとうございます。でも、貴方が風邪を引いてしまいますから、この傘は使ってください」

 

「え、でも………」

 

「私はもうすぐ迎えが来るはずなので大丈夫です」

 

その直後だった。ピシャアァァァンッとすごい雷の音が聞こえた。俺は慌てて傘を捨てて屋根の下に入った。

 

「っぶねぇ……雷………」

 

「………雨、強くなって来ましたね。よろしければ、これから来る迎えの車に乗って行きますか?」

 

「え、いやそんな……」

 

「傘も使えないんでしょう?それくらい大丈夫ですよ」

 

「………すみません」

 

「いえいえ、これも何かの縁ですから。()()()()()()待ちましょう?」

 

「はい。………はい?」

 

この人今すごいオッさん臭いギャグ言わなかった?いや、偶然か。偶然だよね?こんな残念美人がリアルにいてたまるか。

すると、ピリリリッとおそらく着信音が鳴り響いた。俺のスマホではない、常にマナーモードだし。となると、お姉さんの方か。予想通り、お姉さんの方だった。

 

「もしもし?……あ、プロデューサーさんですか?」

 

プロデューサー?もしかしてこの人、何かの芸能人の人なのか?確かに美人だし、なんかモデルかアナウンサーって感じのオーラは出てるけど……や、でもプロデューサーという言葉だけでそう判断するのは軽率かな。とりあえず何も聞かないでおこう。

しばらく隣の女性は何か話した後、電話を切った。で、俺に申し訳なさそうに言った。

 

「………あー、その……」

 

「なんですか?」

 

「………大雨洪水警報で迎えにこれないみたい……」

 

「えっ」

 

何それ。え、これどうすんの?詰んでね?

 

「それで、この近くに古い宿屋があるみたいでして、そこになんとか泊めてもらえるよう頼んでくれてるみたいなの。とりあえず、そこに行ってみましょう?」

 

「古い宿屋、ですか?でも俺、金ないですよ」

 

帰りの電車賃の分しかない。

 

「大丈夫です、経費で落としますから」

 

「経費って……やっぱり、社会人の方なんですか?」

 

「ええ、そんなところです。それでよろしいですか?」

 

「は、はい。まぁ、この状況が打破出来るなら。………でも、そこまでどうやって行くんですか?」

 

「それは……走るしかありません」

 

「はっ?」

 

「行きますよ!」

 

「いやちょっと⁉︎」

 

女性の方は走り出したので、俺は慌ててその背中を追った。大人しそうな外見して意外とやんちゃな人なのか?

 

 

 

 

宿に到着した。前持って連絡していたからか、宿の女将さんはタオルと風呂の準備を済ませておいてくれた。荷物を女将さんに預け、風呂に入った。風呂に入る前、女性はなんか心なしか震えていた。多分、寒かったんだろうな。風邪引かないことを祈るばかりだ。

風呂を終えた頃には、既に夜の8時を回っている。この時間じゃ、もう晩飯は出ないかな?

とりあえず、自分の部屋に向かった。確か、102号室だっけ?正直、風呂は狭いし、窓には蜘蛛の巣あるし、というか風呂の窓開けっ放しだし、風呂場のトイレにカマドウマがいるしで宿としては最悪だが、贅沢は言えない。こんな急で泊めてくれたのだから、感謝するべきだろう。

部屋に戻ったらとりあえず服を干そうと心に決めて部屋の中に入ると、さっきの女の人がビールを飲んでいた。

 

「………はっ?」

 

「あら、おかえりなさい」

 

おかえりなさい、じゃねぇよ⁉︎あれ、もしかして部屋間違えた?なんだ恥ずかしい。

扉に下がってる番号を確認すると、102と書かれている。

 

「部屋は間違っていませんよ?」

 

呑気な口調で返され、ブハッと噴き出した。

 

「ど、どういうっ……⁉︎」

 

「急だったもので、この部屋しか空いていなかったみたいですよ」

 

「ま、マジかよ……」

 

で、出会ったばかりの女性と一つ屋根の下とか……どうかしてるぜ、神様。とりあえず、感謝しておくけど、俺が死んだら一発殴る。

 

「とりあえず、 入って来て下さい。廊下で寝ていただくわけにはいきませんし、事こうなった以上は仕方ありませんから」

 

「………失礼します」

 

自分の部屋に入るのに「失礼します」っていうのも変な気もするけど。

部屋に入り、自分の荷物を見た。まぁ、虫かごとスマホと財布とSuicaだけなんだけどね。中身も無事だ、問題ない。別に疑っていたわけではないけど。

さて、先に寝ちまおう。布団を敷いて、横になった。

 

「では、おやすみなさい」

 

「………まだ夕ご飯食べてないですよね?」

 

うっ、痛い所を………。

 

「そ、そうですけど……でも、大丈夫です。一日くらい」

 

「………そう気を使わないで下さい。そこまで避けられると、少し傷付きます」

 

「……………」

 

ふむ、少し失礼だったか。それは申し訳ない。まぁ、晩飯くらい一緒に食うか。

 

「………すみません」

 

「はい」

 

素直に謝ると、微笑みながら返事をしてくれた。その笑顔が余りにも綺麗だったので、少し照れて顔を背けてしまった。

とりあえず、女性の座ってる座布団の前の机を挟んで向かい合うように座った。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。高垣楓です」

 

「………は、はぁ」

 

「……えっと、ごめんなさい。自分で言っておいてなんだけど、自己紹介はあまり得意じゃないんです」

 

「あ、そ、そうでしたか。えっと……俺は二宮慎二です。大学生」

 

「やっぱり歳下だったのね」

 

やっぱりってどういう意味だよ。ガキっぽく見えたって事ですか?

 

「歳はいくつ?」

 

「20です」

 

「もう飲めるんじゃない。ビール飲む?」

 

「………ていうか、それどうしたんですか?」

 

それ、というのは高垣さんが手に持ってるビールの缶だ。机の上には摘みが広げられている。

 

「女将さんにいただいたんです」

 

何やってんだよあんた……。それに、俺はついこの前、20歳になったばかりだぞ。

 

「いただきます」

 

飲むに決まってんだろ。

 

「それより、晩飯はどうなるんですかね。やっぱり、夕方にギリギリだったんで出してはもらえないんでしょうか」

 

「いえ、残り物で良いなら作っていただけるようでしたので、もうすぐ持って来ていただけると思いますよ」

 

残り物かぁ……。ま、仕方ないよなぁ。今日は本当ついてないや。いや、こんな美人さんと同じ屋根の下で慣れるってのはアホほどついてるけど。

すると、料理が運ばれて来て、ようやく晩飯。残り物にしてはすごい美味そうだ。この宿の女将さんは飯作るのは上手いみたいだ。

 

「さて、ではいただきましょうか」

 

俺に缶ビールを一本手渡すと、高垣さんは缶ビールを持って言った。

 

「いただきます」

 

「乾杯」

 

「え?あ、か、乾杯」

 

乾杯すんのかよ。まぁ、酒飲む人にとっては当たり前の儀式なのかもしれない。

缶と缶を軽くぶつけて、飲み物を飲むと、早速料理に手をつけた。正直、すごく腹減ってます。

 

「美味っ」

 

美味い。なんだこれ。想像していた50倍くらい美味いな。伝えてくれ、美味であったと!

 

「あらほんと。美味しいわね。ビールにも合うし」

 

高垣さんも気に入ったようで、パクパクと飯を食べていく。理由がオッさん臭いが、実際に合うので仕方ない。

 

「特にこの、丁寧に()()()()()がとても美味しいわ」

 

「……………」

 

………気の所為だよな?気の所為だと言ってくれ頼むから。仮に気の所為だったとして、笑うべきなのか?俺、演技下手くそだし、乾いた笑いしか出来ないと思うんだけど。

そんな事思ってると、ピシャアンッとまた雷が鳴った。

 

「っ」

 

「雨、全然止む気配が無いですね」

 

「っ、え、ええ、そうですね」

 

「明日までに止んでくれりゃ良いんだけど……」

 

懸念はそこだ。経費とやらで俺の分の宿代も落としてくれているから今晩の分は平気だが、明日以降もこの強い雨だとすると、経費で落ちない可能性も出て来る。どこの会社だか知らないが、会社の金だって無尽蔵ではないだろうし。

 

「雨の事なら大丈夫のはずですよ。天気予報だと、明日の午前中には晴れているそうですから」

 

問題なかった。俺の不安を返せ。

 

「それはよかったです」

 

一応、返事をしておいた。すると、今度は高垣さんが質問してきた。

 

「所で、二宮くんはこんな所で何をしていたの?」

 

「へっ?」

 

「いや、大学生が一人でこんな山奥で虫かごを持って何してたのかなーと思って……」

 

ああ、うん……怪しいよね。知ってた。まぁ、その質問はいつか来るんじゃないかと予想はしていたさ。

 

「その……カブトムシ採りを」

 

「へっ?」

 

「いや、本当何と無くなんですよ。最近、カブトムシ見てねーなーと思って。そうだ、カブト狩りに行こう!ってなって、気が付いたらこんな山奥に来てて……ほんと何してんだ俺」

 

「じゃあ、地元はどこなの?」

 

「東京ですよ。今は妹と二人暮らし」

 

「……あら、妹さんいるの」

 

「はい。つっても、厨二病満開のアホな妹ですけどね」

 

そう返しながら、食べ物を口に運んだ直後、またゴロゴロと雷が鳴り響いた。山の中なだけあって、迫力は凄まじい。どっかでサスケとイタチが戦ってるんじゃないか?

そんな事を思って、また魚を口に運ぶと、机の上に水溜りがある事に気付いた。その近くにはビールの缶が転がっている。

 

「って、高垣さん!ビールビール!」

 

「へっ?……あっ」

 

やっべ、この宿基本はボロくて虫たくさんいるから、ビール溢すだけで何が寄ってくるか分かんねえぞ。

俺は慌ててタオルを持って来て、机の上を拭いた。幸い、高垣さんには掛かっていない。何とか拭き終えて、タオルを干すと食事に戻った。

 

「……す、すいません、二宮くん」

 

「い、いえ」

 

申し訳なさそうに高垣さんは呟いた。意外とドジな人なのかな……?

 

「ついでに、私はタバコも()()()()()

 

気の所為だった。あんま気にしてなかった。

多少のトラブルはあったものの、食事を終えて歯磨きをし、睡眠の時間。元々初対面なわけだし、特に話すことがあるわけでもなかったので、10時半といういつもより早い時間に布団に入る事にした。

大きな宿ではないので、当然部屋も広くない。男女別に仕切りを作るスペースも無く、二枚布団を並べるしかなかった。

 

「おやすみなさい」

 

さっさと挨拶して、俺は寝る事にした。ビール飲んだ後で少し酔ってるだろうから、変な気を起こす前にさっさと寝ないと。

 

「……あ、はい。おやすみなさい」

 

高垣さんは1テンポ遅れて挨拶した。俺は高垣さんに背中を向けて目を閉じた。

 

「……………」

 

ねっ、眠れるかあああああああ‼︎健全な大学生がこんな状況で眠れるわけねぇだろ‼︎バカにしてんのか⁉︎

そもそもなんだ?なんでこうなった?なんか流れとかテンパりでこうなったけど、もっと回避する方法はいくらでもあったんじゃないのか?しかも、高垣さんの方は何らかの仕事中だぞ?

ああ、どうしようほんとに。まぁ、別に何か起こるわけでもないんだし、別に良いんだけどさ。高垣さんだって、たまにボケた事を言うだけの良い人だし、変な気を起こす可能性なんてゼロだ。

 

「……………」

 

寝よう寝よう。俺はそう思って目を閉じた。その直後、ピシャアァアアアアンッと雷のすごい音が響いた。

 

「っ!」

 

直後、床からビクッという振動が俺の身体に伝わって来た。地震ではない、という事は何処かから振動が伝ってきたという事だ。雷から?いや、それはない。確かにあの音はどっかに落ちたかもしれんけど。

それはともかく、じゃあ今の振動は何処から?それは恐らく、俺の後ろからだろう。雷の音にビックリして、高垣さんが震えたのかもしれない。

まぁ、今の雷の音は確かに大きかったし、仕方ないと言えば仕方ないだろう。

一応、気になったので後ろを見ようとした。その前に、後ろから腰の辺りの服を掴まれた。

 

「っ?」

 

「………二宮くん、起きてる?」

 

「は、はいっ?」

 

「…………ごめんなさい。その、良いかしら?」

 

「なんですか?」

 

ちょうど眠れなかったし、眠れるまでの暇潰しなら大歓迎です。とりあえず、後ろを振り向くと、高垣さんは頬を赤らめて俺を上目遣いで見ていた。

浴衣の隙間から見える浅い胸の谷間や息遣いが妙に色っぽく、思わず俺も少し興奮してしまった。………おいおいおい、まさかとは思うけど………。

思わずつられて、俺まで顔を赤くした直後、高垣さんはポツリポツリと口を開いた。

 

「……その、私……雷が苦手なの」

 

「はいっ?」

 

「…………ほら、大きな音がすごいじゃない?だから、その……苦手で」

 

自分の短絡的思考回路、甚だ恥じたい。

………いや、冷静に考えたら、結構思い当たる節はあるな。もしかして、バス停から走り出したのも怖さを紛らわせるためか?

 

「だから、その……初対面の人にこんなこと頼むのは、アレだけど……一緒に寝て欲しい、なんて……」

 

………いや、一緒に寝てるじゃん。これ以上どうしろと……。と、普段の俺なら思っただろう。

だが、この日の俺はビールで少し酔っていた。いや、もしかしたら高垣さんも酔っていたのかもしれないな。とにかく、後から考えたら死にたくなる答えを出した。

 

「…………手を繋げば、怖くなくなるかもしれませんよ」

 

「………………」

 

すると、高垣さんは無言で俺の手を取った。お互いに肘を折り曲げて、お互いの胸前で手を繋ぐと、二人で向き合って目を閉じた。

 

 



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起床、後悔、挨拶、乗車、妹と通話、別れ。

 

 

翌朝、目を覚ますと、目の前の高垣さんはいなくなっていた。今更になって、昨日言った台詞を思い出し、恥ずかしくなる。何だよ、手を繋ぐって……アホか。つい、昔妹にやったようにしちまったけどよ……。

 

「………死にたい」

 

そう呟きながら、とりあえず立ち上がった。眠ぃーわ。さて、帰るか………。

欠伸をしながら伸びをすると、隣からオッさんの声が聞こえた。

 

「おはようございます」

 

「っ?」

 

ビックリした……。え?ていうか誰かなこの人。も、もしかして高垣さん⁉︎まさか、昨日ビール飲みすぎて酔ってて、高垣さんを見間違えてたのか⁉︎あんな美人な女性は幻想だったってことか………⁉︎

………てことはさ、昨日俺はこのおっさんと手を繋いで寝たってことか⁉︎

 

「あああああああああ‼︎嘘だああああああああ‼︎⁉︎」

 

「っ? ど、どうしたんですかっ?」

 

「死ねええええええ‼︎くたばれ俺えええええええええ‼︎」

 

「ちよっ……楓さん、この人はどうかしたんですか?」

 

「二宮くん、落ち着いて?」

 

高垣さんが入って来た。えーっと……じゃあその人誰なの?

………ああ、もしかして昨日言ってたプロデューサーさんかな?

 

「初めまして。うちの高垣がお世話になりました。346事務所プロデューサーです」

 

言いながら男の人は名刺を差し出してきた。正解かよ。

 

「あ、えっと、二宮慎二です」

 

「これから、あなたをお送り致します」

 

「え?マジすか?」

 

「マジです。二宮さんの服はとても着られる状態ではなかったので、こちらでご用意しました」

 

「マジすか⁉︎」

 

「マジです」

 

おいおいおい、マジでか!なんだよ、何の事務所だか知らんけどメチャクチャ良いとこじゃん!神様かよ。

プロデューサーさん……長いな、Pさんでいいや。Pさんは紙袋を差し出してくれたので、俺はありがたくそれを受け取った。

どんな服だろう、と思って広げてみると、「346」と黒い文字で真ん中に書いてあるだけの白いTシャツと真っ青の半ズボンだった。

 

「………………」

 

なんか、ポケモンの虫取り少年みたいだな。いや、贅沢は言わないけど。

とりあえずさっさと着替えて、荷物を持って部屋を出た。高垣さんと挨拶して、宿の方に挨拶して宿を出た。

車に乗り込み、高垣さんの隣に座って言った。

 

「いやーなんか申し訳ないです。服まで用意してもらって(スゲェダサいけど)」

 

「ふふ、まぁ別に何か私がお世話してもらったわけじゃないから、ここまですること無いかもしれないけれどね?」

 

「いやいや、高垣さんには色々とお世話したでしょう。夜中に雷が怖いとかむぐっ」

 

口を押さえられた。

 

「………他の人の前でそれは言わないで」

 

「っ、っ」

 

頷くと、手を離してくれた。なんだこの人、すごく怖い。

 

「それに、どちらかと言うと私の方がお世話したのよね?宿の手配とか」

 

「いや、それはプロデューサーさんがやってくれた事ですし」

 

間違った事は言ってない。高垣さんは「それもそうね」と微笑んだ。

 

「そういえば、結局カブトムシは取れたの?」

 

「昨日ですか?取れませんでしたよ?」

 

「あら、そうなの」

 

「はい。何度かこの山には来てるんですけど、大体いそうな木っていうのは覚えてるんです。………でも、今年はスズメバチとカナブンしかいなくて………」

 

「えっ……す、スズメバチ?」

 

「宿の方が珍しい虫多かったくらいですよ」

 

「………む、虫なんていたの?」

 

「え?女子風呂にはいなかったんですか?こっちには蜘蛛とかカマドウマとかいましたけど。写メ撮りましたけど見ます?」

 

「見ないわよ。ていうか、カマ……なんとかって何なの?」

 

「虫です。脚が異様にデカいコオロギみたいなの」

 

「その虫、絶対に見せないでね。普通に気持ち悪いから」

 

「分かりました。それはそうと、ライン交換しませんか?」

 

「送る気満々じゃない。……二宮くんって、意外と意地悪なのね」

 

いやそんなつもりはないんだけど、昨日の夜の一件以来、なんかすごい親近感というか……なんか、こう……なんか、なんか絡みやすくなった。まぁ、ナンパするつもりはないけど。

 

「でも、ラインの交換くらい良いわよ」

 

「え?良いんですか?」

 

「………楓さん」

 

運転してるPさんが口を挟んで来た。すると、高垣さんは前屈みになって後ろから耳元でボソボソと呟いた。

 

「………大丈夫ですよ、彼は悪い人ではありませんし、私の事も知らないみたいですし」

 

「………まぁ、楓さんのプライベートの友達という事でしたら」

 

「………ありがとうございます」

 

何をボソボソ話してるのか聞こえないが、まぁ何か事情があるんだろう。

高垣さんはPさんから離れると、スマホを取り出した。

 

「はい、私のQRコード」

 

「あ、本当にくれるんだ。どうも」

 

ラインを交換した。まさか、俺のスマホの連絡先に歳上でなんの接点もない人の連絡先が増えるなんて。本当、人生何が起こるか分かったものではないな。

そう思ってスマホの画面を見ると、着信が57件あった。しかも、一人の人物から。

 

「………すみません、高垣さん。プロデューサーさん。妹から着信が57件来てて……」

 

「ご、57………?」

 

「ちょっと良いですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

Pさんに許可をもらってかけ直した。

 

『もしもし⁉︎お兄ちゃ……兄貴⁉︎』

 

相変わらずノーコールで出やがった。こいつ暇なのか?

 

『何処で何してたんだよ!泊まり掛けで⁉︎』

 

二宮飛鳥、俺の妹で厨二病だ。まぁ、もっともその厨二キャラは俺には隠してる。バレバレだが。

 

「あー……悪い、カブトムシ取りに来たら雨降ってきて帰れなくなってて……」

 

『そ、そうならそうと言ってよ!心配したんだから!』

 

「悪かったよ。てか、今車の中だから。後で掛け直す」

 

『く、車⁉︎誰の車に……!』

 

「ねぇ、二宮くん。私も妹さんとお話ししてみたいんだけど」

 

『っ⁉︎ 今女の人の声が………‼︎』

 

「すみません、妹はちょっとアレな子なんで。なるべく、妹が高校に上がって自分を省みる機会が出来てからにして欲しいです」

 

『アレってどういう意味だよ!ていうか全体的にどういう意味だよ⁉︎』

 

「じゃ、駅着いたらまた連絡するから、じゃあな」

 

『あっ、ちょっと待っ』

 

通話と電源を切った。

 

「すみません、車内で」

 

「いや、良いのよ。でも、代わってくれても良かったじゃない」

 

「いや、マジうちの妹はイタい子なんで。まぁ、そこが可愛いとこでもあるんですけどね」

 

「あら、妹さんの事好きなの?」

 

「それはもう。あんなイタ可愛い妹この世にいませんよ」

 

「そ、そう……」

 

あれ、今軽く引かれた?そんな引かれるような要素あったか?

そんな話をしてるうちに駅に到着した。ここからなら、電車一本で帰れる。

 

「着きましたよ」

 

Pさんはそう言うと、ドアを開けてくれた。なんかリムジンに乗ってる気分だった。

 

「すみません、わざわざ送ってもらっちゃって」

 

「いえ。それではまた」

 

「またね、二宮くん」

 

「あ、はい」

 

Pさんと高垣さんと挨拶して、車から降りた。車を見送った後、俺はとりあえずスマホを取り出した。

………さて、愛しき妹に電話しなきゃ。電話をかけると、ずっと罵られた。

 

 



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メール、デート、水着選び、お誘い。

 

 

俺に妙な知り合いが増えた。キッカケは、数日前に気まぐれでカブトムシ取りに行った事で、雨に降られ、なんやかんやで一つ屋根の下、一泊したからだった。

それ以来、高垣さんとは良くラインをする仲になった。まぁ、大体向こうから一方的に来るんだけど。なんて考えてる間も、俺のスマホは震えていた。

 

【楓:このいくら、いくら?】

 

【楓が写真を送信しました】

 

どうやら、寿司を食べているようだ。写真を見なくても分かる。なんて反応すれば良いのか分からないが、とりあえず反応しておかないと失礼だろう。

 

【慎二:うまそうですね】

 

【楓:今、同僚とお寿司屋さん】

 

だろうな。

 

【慎二:そういえば、ねぎトロの名前の由来ってネギとトロじゃなくて、マグロの骨の隙間のトロの部分をネギ取るって意味があるらしいですよ】

 

【楓:……なんで食事中の人にそういう事言うの?】

 

えっ?なんかマズかった?謝ったほうが良いかな……。でも、理由もわかってないのに謝るのって煽ってる事に……。

 

「何してるんだよ」

 

悩んでると、後ろから声が聞こえた。我が愛しきラブリーマイエンジェル飛鳥たそだ。最近、アイドルを始めたメチャクチャ可愛い天使の化身とも言える妹だ。

 

「んー、ライン」

 

「また?ここの所毎日じゃん。この前知り合ったっていう女の人とでしょ?」

 

「うん」

 

「………エロ兄貴」

 

「なんでだよ」

 

「泊りがけで出掛けて彼女作って来るなんて本当あり得ない」

 

「いや、それとエロは関係なくね。つーか、彼女じゃないし」

 

言っても、飛鳥は「ふーん」と全く信じてない顔で呟いた。なんで飛鳥は、高垣さんの事を話題に出すと機嫌が悪くなるんだろうか……。

 

「まぁ、なんでも良いけど。それより、暇なんだけど」

 

飛鳥の「暇なんだけど」は「遊んでよ」という意味になる。中学に入ってから反抗期なのか、素直に遊んでとは言わなくなった。まぁ、可愛いから良いけど。

 

「ていうか、お前JCでしょ?事務所の友達とかと遊びに行かないの?」

 

「………事務所の友達はみんな仕事なんだよ」

 

飛鳥がアイドルをするにあたって、俺には色々な不安がある。まず、うちの妹がファンに追い掛け回されるなんて考えただけで発狂し、そのファンを全員火山のマグマの中に突き落としたくなるが、飛鳥自身は楽しんでるそうなので、そこは何も言えない。

だが、それ以外にも心配な点は多い。この妹は厨二病なだけあって友達が中々出来ないのだ。だからすごく心配。

 

「おい、本当に?学校はともかく事務所にも友達出来ないのはキツイでしょ?」

 

「平気だよ」

 

「ちゃんと友達いるんだな?ハブられてないんだな?」

 

「ないよ。本当に今日は僕だけオフなだけなの」

 

「それなら良いけど……何かあったら言えよ?虐められてたりしたら、俺がこの世を終わらせてやるから」

 

「うるさい気持ち悪い。良いから暇なら付き合ってよ」

 

「お、おおう…………」

 

気持ち悪いは効いたぜ………。死にたくなった。まぁ、飛鳥の嘘は全面的に看破する自信があるし、大丈夫か。

それより、妹とデートだ。そうだ、高垣さんにも言っとこう。

 

【慎二:妹とデートして来ます】

 

【楓:そう、いってらっしゃい】

 

返事が来て満足してスマホの画面を落とし、立ち上がった。

 

「で、どうすりゃいいの?」

 

「とりあえず、出掛けるの」

 

「まぁ、良いけどよ」

 

「早く着替えてよ」

 

「はいはい……」

 

仕方ないので着替え始めた。さて、妹とのお出掛けだ。全力でエスコートしてやるぜ。

 

 

 

 

着替え終わり、玄関を出た。俺は車の鍵を開けて運転席に乗り込んだ。

 

「? なんで車に乗るの?」

 

その俺に飛鳥が不思議そうな顔で聞いた。なんでって、そりゃお前、車の方が楽だからだろ。

 

「え、なんで?出掛けるなら車でしょ」

 

「歩きで行きたい」

 

「えー。外暑いじゃん。まぁ、別に俺は構わんけど」

 

「じゃあ歩き」

 

仕方ないので、車の鍵を家に戻してから出掛けた。流石、夏休みの頭なだけあって外はバカみたいに暑い。こんな中を歩いて行くなんてうちの妹はマゾなの?

 

「で、何処に行くの?」

 

「AE○N」

 

「は?何しに?」

 

「………水着を買いに」

 

「ふーん……はっ?水着?」

 

「そう」

 

「おい待てどう言うことだ」

 

「えっ?」

 

偉い剣幕で聞くと、飛鳥はビクッと肩を震わせた。だが、この件ばかりは飛鳥がどんなに泣きそうでも聞き出さなければならない。

 

「え、何?海かプールでも行くの?誰と?彼氏か?彼氏じゃないよな?」

 

「ち、違うっ!怒るぞ!」

 

「なんだ、違うのか」

 

ついうっかりアサシンになる所だったぜ……。

 

「じゃあ、なんで水着を?」

 

「………いや、その……今度、悠貴と……事務所の友達と海に行くから、その時のために」

 

「おい待てどう言うことだ」

 

「またっ?」

 

またっ?じゃないから、聞き捨てならないから。

 

「悠貴って誰だ。男か?男だよな?」

 

「違う!悠貴は女の子だ!」

 

「嘘だ!悠貴だぞ⁉︎」

 

「名前くらい知ってるだろ⁉︎乙倉悠貴!」

 

「………ああ、あの子」

 

「知ってるんじゃないか!」

 

「一回だけ飛鳥とユニット組んでた子だよね。マハロ♪マハロ♪で」

 

あの飛鳥より大きい子か。あの子も可愛いよなぁ。すらっとしてて身長高いし。多分、高校生くらいか?この子、可愛いし友達と出掛けるの慣れてそうだから大丈夫か。

 

「あの子と?なら、ちゃんと言うこと聞くんだぞ?」

 

「は?」

 

「歳上の言う事はちゃんと聞いて、逸れないようにしなさい。良いな?」

 

「ぼ、僕の方が歳上だ!」

 

「はっ?」

 

嘘でしょ?この子大丈夫?

 

「え、何言ってんの?大丈夫?」

 

「本当だよ。……悠貴はあの身長で中一なんだ」

 

「……………」

 

えっ、てことは何?この子達、中学生二人で海に行くつもりなの?待て待て待て、そんなのお兄ちゃん許さない。

 

「おい待て。まさかとは思うが、二人だけで行く気?」

 

「? そうだけど?」

 

「アホか!そんな事させられるか!」

 

「な、なんでだよ⁉︎」

 

「まだ中学生じゃん!そんなので田舎の海に行ったら、ブヒブヒしたモラルもヘッタクレもない奴らにブチ犯されるぞ⁉︎」

 

「田舎に対してどんなイメージ持ってんの⁉︎ていうか、そういう事大声で叫ばないでよ!」

 

顔を赤くして怒鳴り返して来る飛鳥可愛い嫁にしたいが、それとこれとは話が別だ。

 

「とにかくダメだって。危ないし、海の波の引き潮ってバカにならないからな?大人だって流される事あるんだから。保護者がいないと……!」

 

「で、でももう約束しちゃったし………!」

 

「えぇ……」

 

せっかくの友達との約束をアレするのは気が引ける……。

 

「向こうの親は?」

 

「悠貴の実家は岡山だよ」

 

「中学生に東京で一人暮らしさせんなよ……」

 

「いや、うちの事務所って寮あるから」

 

そうなんだ……。しかし、どうしようか。向こうの親は期待出来ないし………。事務所で保護者になれる人はいないのかなぁ。勿論、女の人で。

 

「………じゃあ、さ」

 

悩んでると、飛鳥が恐る恐るといった感じでポツリと呟いた。

 

「………兄貴が来てよ」

 

「はっ?」

 

「兄貴も、一緒に来れば良いじゃん。車の免許もあるんでしょ?」

 

「あー……まぁ、確かにそうだけど……」

 

俺が保護者か……。まぁ、それなら問題無いか。何より、飛鳥が水着で波と戯れる姿が見れるのか……悪くないな。

 

「良いよ。行こう」

 

「っ……!」

 

うわっ、すっごい嬉しそうな顔。うちの妹ほんとかわいい。

 

「や、やった!じゃあ、早く水着買いに行くぞ!」

 

「はいはい……」

 

目の前ではしゃぐ妹を見ながら、俺も内心はしゃいでいた。ビデオ、フル充電させて行こう。

 

 

 

 

デパートに到着した。中にある水着屋に入り、飛鳥は元気良く中を見回る。その後ろを俺はついて行った。幸運にも、俺と飛鳥は良く似ていると言われるので、通報される事はなかった。

 

「………ふむ、セカイが選択せし水着、か…………」

 

おい、聞こえてんぞ飛鳥。小声で言っても聞こえてる。まぁ、俺の厨二はそんなもんじゃなかったから、そういう意味でも可愛いもんだ。はははっ……今思い出しただけでも死にたくなるぜ……。何だよ、Death日記って……完全にデスノートと未来日記足して2で割っただけじゃねぇか……。

………あ、ダメだ。これ以上考えるな死にたくなって来た。

 

「なぁ、飛鳥。俺、外に出てても良い?」

 

とりあえず、一人になりたかった。だが飛鳥はジト目で俺を睨んだ。

 

「ダメ。一緒に選んで」

 

「いや……別に良いだろそんな……。自分の好きな水着を選んだ方が良いでしょ?」

 

「………じゃあ、兄貴のタイプを教えてよ」

 

「はぁ?なんで」

 

聞き返すと、飛鳥は頬を赤く染めてポツリと呟いた。

 

「そっ………それがっ、僕の……タイプだから………」

 

「はっ?大丈夫かお前」

 

「………いらり」

 

え?れんちょん?

 

「………意地でも選ばせるから。早く選んで」

 

「えっ、じゃあ……」

 

「テキトーに選んだら張り倒すから」

 

「むしろ張り倒して下さい!」

 

「あ?」

 

「や、なんでもないです」

 

飛鳥って怒るとすごく怖いわ。今「あ?」って言ったよ「あ?」って。

しかし、飛鳥に似合う水着か……。なるべく厨二チック且つ厨二病に見えない奴が良いよなぁ……。飛鳥的には色は暗めの方が好きだろうし……多分、赤黒が好き。だけど、それじゃ面白くない。

 

「……あ、兄貴。なんか周りの人が見てるよ………?」

 

あと、俺としては露出度高い方が良い。他の男に見られるリスクもあるが、俺が見れるリターンもある。

よしビキニ決定。どうせ、俺が選んだってバレるのは精々、飛鳥と乙倉さんだけなんだ。俺への直接被害は皆無に等しい。

とりあえずビキニで……色だな。飛鳥が好きそうな厨二っぽくて赤黒じゃないの……。思い出せ、俺の錆び付いた厨二魂を極限まで高めろ!

 

思い出したくない思い出(封印されし記憶)・解放‼︎」

 

「っ⁉︎」

 

ビクッとする飛鳥を他所に、俺は思考回路を巡り巡らせた。厨二病にとって外せない色は黒、それなら黒に合う色を探せ。飛鳥は髪の色が明るいから、服装は多少暗くてもバランスは取れる。黒に合う中で俺の厨二心をくすぐらせる組み合わせを思い出せ。

 

「あ、兄貴……店員さんの注目集めてるよ………?」

 

来た………!黒紫だ!クールなイメージがあり、尚且つ混沌と闇を連想させる完璧な配色!

そのビキニを探し出せ。俺はビキニコーナーに向かい、紫と黒の水着を掘り出した。

 

「飛鳥!これでどうだ⁉︎」

 

「お客様、ちょっとよろしいですか?」

 

「えっ?」

 

店員さんが目の前にいた。飛鳥はいつの間にか店の外で待機していた。

とにかく、謝り倒した。

 

 

 

 

水着を買って、飛鳥はトイレに行った。アイドルだってトイレはするんだ。飛鳥が用足したトイレの残り香だって嗅いだことある。そんなファンにブッ殺されそうな事を考えながらスマホをいじってると、何となくふと思った。

考えてみれば、当日の保護者は俺であり、他所の家のお子さんも俺が見なきゃいけないわけだ。つまり、その子に何かあったら俺の責任になるって事だよな。

 

「……………」

 

あ、ヤバイ。なんか嫌な汗が………。そう思うとすごく緊張して来た。飛鳥だけならまだ良い。何度か二人で出掛けてるし。だが、他所のお子さんともなれば話は別だ。つーか、アイドル二人にもし何かあった時の損害もやばそう。飛鳥は大丈夫だと思うけど、乙倉さんはどういう子なのかも分からないし、万が一ヤンチャな子だったらどうしよう……。

 

「……………」

 

………もう一人、せめてもう一人保護者が欲しいな……。でも、俺の大学の知り合いは無理だし……。

あ、でも一人だけ良い人がいるかも。俺はスマホを取り出した。

 

「もしもし、高垣さん?」

 

『二宮くん?どうしたの?』

 

「次の土日、暇ですか?」

 

『ちょっと待ってね。………うん、空いてるわよ』

 

よし、なら頼むか。

 

「海行きませんか?」

 

 



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出発、自己紹介、ツボ、着替え、荷物持ち。

 

土曜日の朝、なんやかんやで日帰りで行く事になった海水浴。俺は準備完了すると、未だに部屋でドタバタしてる飛鳥に声を掛けた。

 

「おーい、もう行くぞ」

 

「ま、待って!もう少し………!」

 

「だーから、昨日早く寝ろって言ったろ」

 

「ね、眠れなかったんだよ!」

 

「楽しみで?」

 

「そうそう、楽しみで……って、ち、違うから!普通だから!」

 

いや別に楽しみでも良いと思うけど。まぁ、飛鳥の準備は俺が済ませておいたし、着替えと歯磨きさえ完了すれば大丈夫だろう。

 

「……あれ⁉︎僕、今日の準備したっけ⁉︎」

 

「してただろ。廊下にお前のボストンバッグ落ちてるぞ」

 

「本当に⁉︎良かっ……!」

 

そこまで言って飛鳥のドタバタは止んだ。なんだ?準備完了したのか?と、思ったら、扉から出て来てすごい形相で俺を睨んでいた。

 

「………昨日は僕、悠貴と電話で話してたから準備完了してるはずがないんだけど」

 

「え?そ、そう?」

 

「中、見させてもらうぞ」

 

「へっ?」

 

飛鳥は俺の手からボストンバッグを奪うと、中を確認した。中には水着、バスタオル、日焼け止め、パーカー、肩掛けタオル、水筒、予備の服、予備の下着が入っている。

下着を見つけた直後、飛鳥は怒りと羞恥の混ざった真っ赤な顔で俺を睨んだ。

 

「…………何か言い残す事は?」

 

「黒の下着は早過」

 

ビルドナックルばりの威力のボディブローが見事にレバーを捉えた。偽物語なら、俺は壁を突き抜けて後ろにぶっ飛んでいたであろう威力の。

とりあえず、良い旅立ちになりそうだと俺は悟った。

 

 

 

 

車に乗って、俺は待ち合わせ場所の駅に向かった。飛鳥はすごく怒ってたので、土下座して朝飯代わりに朝○ックで許してもらった。我が妹ながらチョロい奴だ。

 

「あむっ……んぐっ……ごくっ、ふぅ……。そういえば、もう一人保護者連れて行くって話だったけど、誰なんだ?」

 

助手席の飛鳥がナントカバーガーに噛り付きながら聞いて来た。口元にソースかついてたので、俺は左手を伸ばした。

 

「ソース付いてるぞ」

 

「んっ……ありがと」

 

「ペロッ」

 

「い、今舐めたな⁉︎」

 

「舐めてない」

 

「舐めただろ!」

 

「舐めちった☆」

 

「や、やめろよ!恥ずかしいな!」

 

「ごめんごめん」

 

「も、も〜……バカ兄貴………」

 

顔を赤くしながら、ハッシュポテトを齧る。ああああ可愛い撫でくりまわしたいんじゃ〜。

 

「それで、誰なんだよ」

 

「え?」

 

「もう一人呼んだって人」

 

「この前、虫取りでお世話になった人だよ」

 

「…………ふーん」

 

「え、何怒ってんの?」

 

「怒ってないし」

 

えぇ〜……。でもなぁ、俺一人で子供二人の面倒を見切る自信はないし、仕方なかったんだよ………。

しかし、冷静に考えりゃすごいよなぁ。女の子二人と女性一人と海に行く事になっちまった。あの時はテンパってて現状をなんとかしようと、つい高垣さんを誘っちゃったけど、迷惑じゃなかったかな。ていうか、出会って1回目でお泊まり、2回目で海ってチャラ男かよ……。

少し反省しながら運転してると、ようやく駅に到着した。駅前では、見覚えのあるグレーの髪の女の子が待機してるのが見えた。

 

「ふぅ、着いた。飛鳥、乙倉さん呼んで来て」

 

「自分で呼んでくれば」

 

「いやいや、俺は乙倉さんと面識ないから。どう見ても不審者になるから」

 

「……………」

 

「分かった。今度、鎖鎌のオモチャ買ってやるから」

 

「行ってくる」

 

厨二病は扱いやすい。

しばらく車の中で待ってると、飛鳥は何か話した後に乙倉さんを連れて来た。それに合わせて、俺は車から降りた。

 

「あ、お兄さんですかっ?乙倉悠貴ですっ、今日はよろしくお願いしますっ」

 

「あ、うん。そこの奴の兄の慎二。荷物ちょうだい、トランクに乗せるから」

 

「はーいっ」

 

素直な子だ。というか可愛い。流石アイドル。

乙倉さんの荷物を預かり、車のトランクに入れた。ああ、この保護者感がたまらねぇぜ……!一回で良いからやってみたかった……!

乙倉さんは後ろの席に乗り込み、飛鳥も助手席から乙倉さんの隣に移動した。

さて、後一人だ。約束の時間まであと五分、まぁ高垣さんの事だし、すぐに来るでしょ。そう思っていた通り、すぐに来た。って、服装スゲェな。モデルさんみたいだ。

 

「お待たせ、二宮くん」

 

「あ、どうも。おはようございます」

 

「おはよう」

 

「荷物もらいますよ」

 

「あら、お願い。匂いとか嗅いじゃダメよ?」

 

「かっ、嗅ぎませんよ!」

 

荷物を受け取り、トランクに乗せ、俺は一番前の運転席に向かおうとしたが、高垣さんが助手席の前で固まってるのに気付いたので、助手席の方に歩いた。

 

「どうかしました?」

 

「………ねぇ?」

 

「えっ?」

 

あ、その笑顔やめて。目が笑ってない怖い。

 

「………中ではしゃいでる子達はなんなの?」

 

「え?ああ、妹です。それとその友達」

 

「…………えっ、なんで?」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ?妹が友達と海に行くって言ってたんですけど、JC二人じゃ危ないじゃないですか。それで、保護者役ってことでお願いしたんですけど……」

 

「聞いてないわよ」

 

「あーすみません……ついうっかり」

 

あ、怒ってる。あー、なんで説明忘れたんだ俺。とにかく、なんか理由言わないと………。

 

「……や、まぁ、でも俺も海行きたいとは思ってましたし。大学には友達ほとんどいないし、高垣さんしか頼れる人がいなかったんです………」

 

何とかそう説明すると、高垣さんはため息をついてから言った。

 

「……そういうことなら良いけど、今度からそういう事はちゃんと事前に言う事。良いわね?」

 

「………はい。すみません、言葉足らずで」

 

「私だって今日、二宮くんと海デートだーって、楽しみだったのよ?」

 

「で、デート⁉︎」

 

「冗談よ」

 

くっ……!からかわれた………!相変わらず、この大人な感じがたまんねぇぜ………!

 

「それより、妹さん達を紹介してくれる?」

 

「あ、はい」

 

言われるがまま、後ろの席の扉を開けた。お喋りしていたJC二人がピタッと止まってこっちを見た。

 

「二人とも、ちょっと良い?」

 

「はい、なんですかっ?」

 

「今日の保護者二人目の人が来たから、今のうちに紹介しとくわ」

 

「セカイに選ばれた方か」

 

「え、いや選んだのは俺だけど。あ、俺の意見がセカイの意思なの?何それカッコ良い」

 

「良いから紹介してよ」

 

「お、おう……」

 

怒られたので、高垣さんに手招きしてこっちに来てもらった。

 

「高垣楓です」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「よろしくお願……えっ?」

 

三人が顔を合わせた直後、何故かフリーズした。えっ、なんなの?蛇、カエル、ナメクジなの?

 

「「「……………」」」

 

………やべっ、なんかすごいやらかした雰囲気が……。大丈夫かな、今回の海水浴。

 

 

 

 

しかし、車を走らせてから俺の心配は杞憂に終わった。三人は知り合いだが、別に仲が悪いわけではなかった。今も三人でお話ししている。高垣さんは助手席だが。

むしろ、別の心配が発覚した。………飛鳥と乙倉さんと知り合いって事はさ、間違いなく高垣さんもアイドルじゃん………。虫取りの時、「プロデューサー」の単語で気付くべきだった……。

俺、アイドルと一泊二日の虫取り旅行に行き、アイドルを保護者代わりに海に行こうと誘ったのか………。ていうか、保護者が増えたどころか子供が増えた気分だ。

 

「それで、兄者はセカイに阻まれた僕に手を差し伸べてくれたんだ。……興奮して猿山に落ちそうになった僕に」

 

「へぇー!お兄さん、力持ちなんだっ」

 

()()()()()()()()()良かったわね」

 

………や、本当に子供が増えたみたいでもう……。ていうか、飛鳥。恥ずかしいから昔の思いで語るのやめろ。

まぁ、この三人が綱手自来也大蛇丸的な関係じゃなくて良かった。あんな一触即発だったら俺の胃が保たなかったな。

しかし、昔はよく家族旅行は親父に車で連れて行ってもらっていたが、こんな気分だったのか。何というか……会話に混ざれなくて寂しい。四人しかいないのに一人と三人に別れるとかマジでどうなってんの……?いや、まぁ運転に集中しなくちゃいけないから、話し掛けられてもパッと返事できるか分からないけどさ。

すると、後ろから「ぐぅっ……」と可愛らしい音が鳴った。ふとバックミラーを見ると、乙倉さんが頬を染めて俯いてるのが見えた。

 

「……悠貴、お腹空いたのか?」

 

「う、うん。まだ、朝ご飯食べてなくて……」

 

「そうだったのか」

 

飛鳥と乙倉さんの話を聞きながら、飛鳥に声を掛けた。

 

「飛鳥、俺の鞄におにぎり入ってるからあげて良いよ」

 

「だって、悠貴」

 

「すみません、ありがとうございますっ」

 

「中身、昆布とシャケと梅あるから」

 

「は、はいっ」

 

そんな話をしてると、隣の高垣さんが声を掛けてきた。

 

「準備良いのね」

 

「まぁ、今日は保護者なんで。過去の家族旅行を振り返って、必要そうな物は全部持って来ましたから」

 

「例えば?」

 

「ビデオカメラ、水鉄砲、弁当、浮き輪、空気で膨らませるイルカ、空気で膨らませるボート、ビーチボール、かき氷作る奴、氷、スプーン、器、飲み物、キンキンに凍らせた飲み物、スイカ、子供用木製バット、ビニールシート、ビーチパラソル、ネット、ゴーグル」

 

「本気出し過ぎよ……」

 

そう?パパちょっと張り切り過ぎちゃったかなー?

 

「ネットって……ビーチバレーの?」

 

「はい。高かったんですよ?アマ○ンで一番安いの買いました」

 

「いやそれでもいくらしたの?」

 

「四千円くらい」

 

「……………」

 

「え、なんで呆れるんですか」

 

「何でもないわ。それより、ネットでネット買ったの?」

 

「そうですけど………んっ?」

 

え、今の確認……偶然だと思いたいけど、この人の場合多分わざとだよな……。

 

「ふふっ……♪」

 

おい、なんだよそのドヤ顔……なんでそんな満足そうなんだよ。途中まで気付かなかったし。

 

「………ぷふっ」

 

「「えっ?」」

 

突然、吹き出した飛鳥の声に、俺と乙倉さんは思わず声を漏らした。えっ、あいつ今笑った?

 

「そ、そうだ。高垣さんも食べますか?おにぎり」

 

「えぇ、いただきます」

 

「昆布とシャケと梅がありますけど」

 

「美味ぇ梅でお願いします」

 

「…………あ、飛鳥。梅のおにぎり一番左にまとまってる奴だから取ってあげて」

 

「ぷふふっ……梅が、美味ぇ……!」

 

「…………」

 

………笑いのツボが割と浅い飛鳥も可愛いなぁ。それ以外は何も思わないことにしよう。

 

 

 

 

海に到着した。車のカーナビを見ながら駐車を完了させると、後ろの二人に声をかけた。

 

「おーい、着い……なんだこれ」

 

声をかけながら後ろを見ると、前の席と後ろの席の間をバスタオルで塞がれていた。なんだ、秘密基地ごっこか?昔、よく飛鳥とやったわー。

けど、着いたなら声を掛けなければならない。

 

「おい、何してんだよ」

 

タオルを払って後ろの席を見ると、二人は思いっきり着替え中だった。ピタッと動きを止めて二人は俺を見た。徐々に赤くなっていく顔。徐々に、なのに真っ赤になるのが早かった。赤い彗星かよ。

 

「こんのっ……!エロ兄貴ぃいいいい‼︎」

 

飛鳥の足刀が俺の頬に減り込み、顔面からハンドルに突っ込んだ。後ろからのバスタオルの防壁を作る音を聞きながら、鼻血の垂れた顔を上げた。

 

「………なんで飛鳥が蹴るんだよ……。お前は兄妹じゃん」

 

「………鼻血なんて垂らして、いやらしい」

 

隣の高垣さんからも冷たい声が投げかけられた。いや、わざとじゃないのはあなたも分かってるはずなんだが……。

 

「少しは心配して下さいよ、高垣さん……」

 

「それより、車から出て行ったらどうですか?」

 

「そこまで言いますか……」

 

「いや、そうじゃなくて。私も後ろで着替えますから」

 

あ、なるほど。まぁ、後ろの窓は外から見えないようになってるし、大丈夫だと思うけど。でも人の車でよく着替えられんな……。

高垣さんは足元の日除けのシートをフロントガラスの前に置くと、バスタオルを取った。俺は慌てて目を背け、車から降りた。

 

「…………暑い」

 

とりあえず、乙倉さんが大人なのは身長だけで、オッパイはそうでもない事が分かった。

数分後、着替え終わったのか女子達が出て来て、俺も着替えて、ようやく海に向かった。駐車場から海まで、3分ほど歩かなければならない。それなのに、張り切り過ぎた上にやらかした俺は、飛鳥と乙倉さんの荷物も持つという、「筋トレでもしてんの?」みたいな荷物の量を抱えて、高垣さんの隣で歩いていた。

 

「………大丈夫?持ちましょうか?」

 

「………平気です」

 

女性に持たせられるか。こんな重い荷物を。

前では、JC二人が元気に先を走っている。って、ちょっと先に行き過ぎかな。

 

「おーい、先に行くなー」

 

「良いじゃない、元気なのは良い事よ?」

 

隣の高垣さんが口を挟んで来た。いや、まぁその通りだけどさ……。

 

「いやいや、子供が三人に増えた保護者の身としては、もう少し大人しくしてもらいたいものですよ」

 

「あら、三人目は誰のことかしら?」

 

「数え間違えてました」

 

「もうっ……そういう事言うと、私も前の二人に混ざっちゃうわよ?」

 

「あっはっはっ、その絵は流石に一人浮きすぎて高垣さんが恥ずかしいんじゃないですか?」

 

「二宮くん?」

 

「こめんなさい、調子乗ってました」

 

「もう知りませんっ。私も二人の所に行っちゃうから」

 

「えっ、ちょっ……」

 

俺を捨て置いて、高垣さんは先に歩いてしまった。

 

「………暑いのに冷たい」

 

目尻に溜まった涙を拭い、俺は三人の後を追った。

 

 



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見学(盗撮)、戻す、兄妹喧嘩、昼飯。

「飛鳥さんっ、行きますよーっ!」

 

「来な……!セカイから弾圧された僕は……ちょっ、台詞の途ちゅ…冷たっ」

 

乙倉さんと飛鳥が波打ち際で水を掛け合っている。黄緑色の水着がキラキラと眩しい。飛鳥は飛鳥で、俺の選んだ水着を着て、下半身の水着の腰に水鉄砲を挿してキャアキャアとはしゃいでいる。その様子を、俺は荷物番しながら眺めていた。

いやー、眩しい。まだまだJCだとバカに出来ないな。流石、アイドルなだけあって、スタイルは抜群だ。胸はないけど。

特に、乙倉さんの方は背が高いから、未発達な中学生というより、貧相な高校生という感じだ。はしゃぎ方は背の高い小学生だが。のんびりと、輝かしいJC二人を見つつ、隣の高垣さんに声を掛けた。

 

「高垣さんは混ざらないんですか?」

 

「私は良いわ。年齢的に」

 

「いやいや、俺が荷物見てますから」

 

「良いです。おばさんはここで待ってます」

 

………あれ、もしかしてこれ。

 

「………拗ねてます?」

 

「拗ねてません」

 

拗ねてる……ちょっと年齢的な事は言うべきじゃなかったか……。

とにかく、謝らないと。今回は俺が悪いし。

 

「大丈夫ですよ。あの二人と並んでても実際は年の離れた姉とかに見えますから」

 

「………結局、浮いてるんじゃない」

 

「浮いてても不自然じゃないって事です。さっきの事は謝りますから、楽しんで来て下さい」

 

何とか誠心誠意謝ると、高垣さんはフッと微笑んだ。

 

「………わかったわ。私もごめんなさい」

 

「いえそんな。じゃあ、いってらっしゃい」

 

「二宮くんは行かないの?」

 

「俺は荷物番してないといけませんから」

 

「でも、飛鳥ちゃんとか二宮くんと遊びたいんじゃないかしら」

 

「あいつとはいつでも遊んでやれますし」

 

「じゃあ、やっぱり私もここにいるわ。二宮くん一人じゃつまらないでしょ?」

 

「いえ、飛鳥の事見てれば退屈ってことはないですよ」

 

「……………」

 

今も高垣さんからは死角になってる俺の足の下から、ビデオカメラを回してる。これはうちの家宝にする。

 

「………二宮くんってさ、シスコンなの?」

 

「は?」

 

この人、いきなり何言ってんの?

 

「違いますよ。ただ、妹を愛してるだけです」

 

「………それを堂々と言っちゃってる時点で重度のシスコンだと思うけど」

 

「いやいやいや、じゃあ仮に高垣さんに弟か妹がいたとして、その人の事を愛せませんか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 

「つまり、俺は普通です」

 

「ああそう、もうなんでも良いけれど………」

 

そのどうしょうもない人を見たときのため息やめてくれません?なんか恥ずかしいから。

 

「でも、二宮くんが行かないなら私もここにいるわ」

 

「や、それはちょっと意味わからないです」

 

「あのね、二宮くん、あなたはそれで良くても遊んでる側はやっぱり気にしちゃうものなのよ」

 

「そう、ですか?」

 

「そうよ。大体、見張る荷物が多いからここにいなきゃいけなくなるのよ。いくつか戻して来たら?正直、ビーチバレーのネットとかイルカとかボートとか使わないと思うし」

 

「そ、そうですか……」

 

そ、そっか……やっぱり張り切り過ぎていたか……。いや、俺もそんな気はしてたんだよな。今なんて、あいつら何も遊び道具使ってないんだぜ?せっかく持って来たのに。

 

「………車に戻して来ます」

 

「いってらっしゃーい」

 

俺はトボトボと荷物を抱えて車に戻った。ついでに、貴重品も持って。

トランクを開け、中に荷物を捩じ込む。はぁ……まぁ、良いか。来年使えれば。でも、イルカに跨った飛鳥見たかったなぁ……。あと、ボートに乗った飛鳥をひっくり返したかった。

若干、後悔しながら荷物を車に戻し、元の場所に戻った。見覚えのあるビーチパラソルに向かった。

 

「すみません、戻って来」

 

直後、水が俺の体の三箇所に直撃した。顔、右肩、左腕の三箇所。

ポタポタと水が垂れる中、俺は水が飛んで来た三方向を見た。飛鳥、高垣さん、乙倉さんの三人が水鉄砲を構えている。

 

「…………ねぇ、何してんの?高垣さんまで」

 

「飛鳥ちゃんに誘われちゃって」

 

「兄上、いつまで自らの空間に閉じこもってるつもりだ?」

 

「遊びましょうよっ、お兄さんっ!」

 

えぇ………ていうか自らの空間って、ここビーチなんですけど。外に出てるのに引きこもりみたいに言われたんですが。

 

「………遊ぶってお前らなぁ……まぁ、良いけど。何したいの?」

 

「何でも良いじゃない。この()()()()()()()()()作る?」

 

「あの、すっごいわかりづらいんで日常会話で挟むのやめてくれませんか?」

 

この人本当に25?かいけつゾ○リでも読み過ぎたのか?

 

「兄上が異世界より借りて来た神器があるんだし、これ使おうよ」

 

「お前も恥ずかしい言い回しするな。家帰ったらマジでいじってやるからな」

 

「っ? い、いじるってどういう事だよ!たっ、頼むから母さ……母上……母さん達に言わないでくれ!」

 

身内にそのキャラバレるの怖いならやめろよ。ていうか素に戻ってるぞ。母親の呼び方で悩んでる時点でキャラブレブレだからな。……待てよ?呼び方?

 

「じゃあ、せめて俺の事はいつも通り『お兄ちゃん』って呼んでくれ」

 

「そんな呼び方した事ないだろ!」

 

「いやいや、いつもは『お兄ちゃん』か『お兄たん』か『お婿さん』って呼んでるじゃん」

 

「呼んでない‼︎昔は『お兄ちゃん』ならあったかもだけど……!てっ、ていうか真ん中は絶対あり得ない‼︎」

 

「あ、最後のはあり得るんだ」

 

「………〜〜ッ‼︎このっ……変態バカエロアホドジクソ間抜け変態兄貴ィ〜‼︎」

 

「なんで変態二回言ったよ」

 

両手を振り回しながら、飛鳥は俺に向かって来たが、頭を抑えて動きを封じた。

 

「変態だろ!妹の下着を勝手に漁」

 

「うおおい待て待て待て!他所の人がいる前でそれを言うのはやめろ‼︎」

 

頭だけじゃなく口も塞ぐと、飛鳥は足も振り回し、俺の腹を思いっきり蹴り上げた。見事に溝に入り、俺はその場で倒れて悶えた。

 

「うごっ……!し、死ぬ………!て、テメェ………‼︎」

 

「ふんっ、兄ちゃんが悪い」

 

そんなやり取りをしてると、クスッと笑い声が聞こえた。ふと横を見ると、乙倉さんと高垣さんがクスクスと笑っていた。

 

「ぷっ、あはははっ!飛鳥さん、お兄さんと二人の時だと、普段の詩的な台詞とか全然出て来ませんねっ!」

 

「っ………!」

 

顔を真っ赤にして俯く飛鳥。へっ、歳下にまでいじられやがって、ザマーミロ。

 

「二宮くんも。妹に変態扱いされるなんて、家では何してるのかしら?下着漁るとか聞こえたけど?」

 

「……………」

 

高垣さんに言われ、今度は俺が顔を赤くして俯いた。二人してその場で俯いてる間も、二人はすごい爆笑していた。お前ら笑い過ぎだから。

 

「ああもうっ、笑うなよ。それより、遊ぶんでしょ?何すんの?」

 

立ち上がって聞くと、乙倉さんがビーチボールを拾い上げた。

 

「とりあえず、ビーチバレーでどうですか?」

 

「俺は良いけど」

 

「僕も良いよ」

 

「私も」

 

「やったっ!じゃあ、行きましょう!」

 

乙倉さんは楽しそうに海へ向かい、飛鳥もその後を追った。

荷物番は……大丈夫か。貴重品はさっき車の中に置いて来たし、大丈夫だろう。

 

「………冷たっ」

 

乙倉さんが定位置を決め、それに合わせて何となく距離を測って立つと、足に海水が当たった。そういえば、海なんて随分来てなかったけど、こんなに冷たかったけか。

 

「いきますよー!」

 

乙倉さんがサーブを放ち、それを高垣さんが拾いに行った。

ま、たまにはこんな日があっても悪くないか。そんな事を思いながら、高校時代に呼ばれていた「バレーのミーヤ」の実力を見せてやるとしようか。

 

 

 

 

昼飯の時間になった。持って来た弁当はおにぎりだけ、というのも車の中で小腹が空いた時用の弁当だったから、中は空だ。つまり、海の家で食べなければならない。

と、いうわけで、海の家に来た。昼飯の時間、といっても13時半過ぎとかになっているので、少し遅めの昼飯だ。

それでも夏休みなだけあって混んでいる。よって、

 

「申し訳有りません、ただいま混雑しておりまして……。二人ずつでしたらすぐに座れるのですが……」

 

との事だ。非常に大反対だったが、飛鳥は乙倉さんと食べたいようなので、乙倉さん飛鳥と、高垣さん俺というペアで別れた。

 

「さて、なに食べましょうか?」

 

高垣さんが聞いて来たが、正直それどころじゃない。周りの野郎ども、もし飛鳥に声をかけてみろ?必殺Open the Dream Night(海パン下ろし)で警察に突き出してやるからな。

 

「………二宮くん?」

 

いや、それかウルトラハイパードロップキックを顔面にお見舞いして、二度とナンパどころか女と顔を合わせる事すら出来ない顔面にしてやろうか。うん、それも悪くない。むしろその方が良い。

 

「二宮くん、聞いてる?」

 

あっ、おい今の男。テメェ、少し飛鳥の背中に肘当たったぞ。セクハラだな?よし、殺そう。エキセントリックオメガキャノン TYPE-2ndをお見舞いしてやる。

 

「くたばりやがれ……!エキセントリックいだだだだだだ‼︎な、なんですか⁉︎」

 

耳を引っ張られ、ふと前を見ると高垣さんが俺を睨んでいた。

 

「もうっ、なんで()()()()()()()()()()追ってたの?」

 

「あの、怒る時くらいそれやめません?」

 

怒られてる感じがしねぇんだよ。

 

「ていうか、無視って?」

 

「ずーっと声掛けてたのに、全然反応しないんだもん」

 

「………あ、す、すみません……。でも、妹が心配でもう……」

 

「大丈夫よ。あの子ももう芸能界にいるんだし、ある意味二宮くん本人よりも社会人としては上なのよ?」

 

「いや、まぁそうかもしれませんが……」

 

「目の届く範囲にいるんだし、大丈夫よ」

 

「そ、そうですよね………」

 

「もう、飛鳥ちゃんのことになるとすぐにムキになるんだから」

 

だ、だってなぁ……もし飛鳥に何かあったら、それはもうその時点で戦争だろ。相手が滅びるまで殴るのをやめないよ?

 

「それで、何を食べるの?」

 

「ラーメン」

 

「即答?」

 

「ラーメンなら安パイですからね。過去最大に不味いラーメンを食べたことありますから、どんなラーメンでもあれより不味くなければ食べれます」

 

そう、あのラーメンは一言で表すなら「お湯ラーメン」だった。スープは濁ってるのに味が一切ない。一瞬、味覚障害になったのかと思った程だ。

 

「私はー……カレーにしましょう」

 

まぁ、オーソドックスだな。海の家のカレーって馬鹿に出来ないし。具体的には、レトルトカレーと同じくらい美味い。つまり、良くも悪くも普通。

店員さんに料理を注文すると、高垣さんが声をかけて来た。

 

「ふー、まだお昼も食べてないのに、疲れたわね」

 

「もう昼ですけどね。時間的に昼飯は少し遅いくらいですよ」

 

「二宮くんがおにぎりをくれたお陰で、お昼を過ぎる辺りまでお腹空かなかったもの」

 

「そうですか?」

 

「二宮くん、お母さんみたいに準備良いから」

 

「お母さん、ですか?」

 

「ええ。………あ、でも変に張り切り過ぎる所はお父さん見たいかも」

 

「今度から気を付けます……」

 

いや、マジで。冷静に考えれば、浮き輪、イルカ、ボート三つ揃えるのは明らかにやり過ぎた。ネットも今日のためにわざわざ買ったからな。夏場しか出番がないのに。

 

「ふふ、でもそれだけ今日、私達を楽しませようとしてくれてたのよね?」

 

「…………まぁ、そうですね」

 

いや、あなたは本来は保護者役のつもりだったから、メインで楽しんでもらうのは飛鳥と乙倉さんのつもりだったけど……。まぁ、高垣さんにも楽しんでもらいたいなーとは思ってたけどね。

 

「今日は保護者役として来てるんで、俺の仕事はあの二人に何かないように目を光らせる事と、めいいっぱい楽しんでもらう事ですから」

 

「面倒見が良いんですね」

 

いや、それとはちょっと違うと思う。ただ、問題が起こるのと飛鳥が目の前からいなくなるのに恐れているだけだ。

後は、まぁ、せっかくだから楽しんで欲しいなーと思って。

 

「でも、保護者役だからと言って、そこまで気負う必要ないと思うわよ」

 

高垣さんがお冷やを飲みながら言った。

 

「………いや、他所の家のお子さんを預かってるわけだから……」

 

「でも、悠貴ちゃんももう中学生なんだし、少しくらい目を離しても大丈夫だと思うわよ。さっきも言ったけど、芸能界にいて普通の中学生とはわけが違うんだし。それに、あまり二宮くんが気負ってると、むしろ楽しめないんじゃないかしら?」

 

………ふむ、そういうものなのだろうか。確かに、俺も中学上がった時から親が過保護でウザく感じた時もあったが。

 

「………それに、二宮くんだってせっかく来たんだから、帰った時に『疲れた』より『楽しかった』って言いたいでしょう?」

 

「……………」

 

それは、確かにそうだ。せっかく飛鳥と海に来れたんだし、俺も楽しんだ方が良かったかもしれない。

 

「………そう、ですね」

 

「そうじゃないと、飛鳥ちゃんに『兄貴にずっと()()()()』って言われちゃうわよ?」

 

「いや、あの、すごく台無しです」

 

ていうか、憑かれたってどういう意味。俺をストーカーみたいに言うなよ。

まぁ、言いたい事は伝わった。要するに、飛鳥や乙倉さんを100%楽しませるには、あの二人だけでなく俺自身も楽しむ必要があるんだろう。そういう事なら、俺も少しはエンジョイさせてもらうか。

 

「………まぁ、分かりました。昼飯終わった後からは、俺も少しは参加しますよ」

 

「うん、よろしい」

 

結論を言うと、高垣さんは微笑みながらそう答え、その笑みに思わずドキッとした。たまにアホなこと言われ過ぎて忘れてたけど、この人アイドルだった。笑顔がすごい綺麗で可愛い。

少し赤くなった顔を欠伸で誤魔化すと、ちょうど良いタイミングで料理が運ばれて来た。

 

「お待たせ致しました」

 

「来たわ。華麗なカレーが」

 

「はい?」

 

「あ、ラーメン俺です」

 

店員さんが何かを考える前に、俺は料理を受け取った。「ごゆっくり」と店員さんが言葉を残して去って行くと、俺はラーメンを啜り始めた。

 

「ゾボッ、ゾボボッ……。うん、予想通りの味」

 

あの、スーパーでよく売ってる、中にスープの素と麺の入ったラーメンの味だ。これで600円とかマジで終わってる。

一方、高垣さんはカレーを美味そうに頬張っていた。美味そうな割に、表情は少し硬い。

 

「んー……」

 

「どうしました?」

 

「大したことじゃないのよ。ただ、辛くないのよねぇ……」

 

「この時期なら別に辛くなくても良くないですか?」

 

「カレーが辛ぇって言えないの……」

「………本当に大したことじゃなかった……」

 

この人本当に何なんだよ………。歳いくつだっけマジで?職場でもこんな感じなのか?

あまりのブレ無ささに半ば呆れながら、カレーを食べる高垣さんを見ると、頬にお米が付いていた。

 

「………お米付いてますよ」

 

いつも妹にやってる感じで、つい米を取ってしまった。しかも、それを口に入れてしまった。

 

「へっ?」

 

「えっ?………あっ」

 

高垣さんにキョトンとした声を出されて、思わず俺も意識してしまった。あー、ヤバイ。妹ですら恥ずかしがる行為を、知り合いの異性にしてしまった。

高垣さんは一瞬だけ頬を赤らめた後、すぐにいつもの笑みに戻った。

 

「も、もう。私は気にしませんけど、女性にそういうことしたらダメですよ?」

 

「す、すみません。つい癖で………」

 

「癖って、もしかして二宮くん、女の子と良く遊んだりしてるんですか?」

 

「し、してませんよ……。過去に彼女なんて出来た事もありませんし」

 

シスコン過ぎて引かれて。

 

「ま、まぁ、次から気を付けます」

 

「はい」

 

高垣さんは黙々とカレーを食べ始めた。気にしませんけど、と言った割に耳を赤くしてたり、何故か敬語になってた事はツッコマないほうが良い奴だよな。

俺も、さっさとラーメンを食べ始めた。

 

 



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浮輪、睡眠、帰宅準備、トイレタイム、約束。

 

昼飯が終わった後も遊んだ。まずはかき氷を作って食べた後、スイカ割りをした。流石に食べ過ぎて食休みしてる間に、俺はお腹いっぱいなのを我慢してスイカのゴミとカキ氷セットを片付けた。

戻って来て、しばらく食休みした後、ようやくみんなで海にゆっくり浸かった。女子三人が魚を探すだのなんだの言ってる中、一人でのんびり浮き輪に乗って漂っていた。

 

「……………」

 

空が青い。もくもくと入道雲が水平線の向こうから上がっている。これが、アニメでよく見る海か……。東京湾からは絶対見えない風景だなぁ。

ヤッベ……なんか、眠くなって来た。寝ちゃうか……。帰りも、運転だし………。

そう思って目を閉じかけた直後、グルンッと視界が回ったと思ったら、俺の身体は水中に叩きつけられた。

 

「がっ⁉︎ガボボッ………!」

 

うおっ、水が大量に口の中にっ………!溺れるっ、とりあえず海面から出ないと……!

 

「っはぁ!ェホッ、エホッ………‼︎」

 

「浮輪取りぃ〜♪」

 

キャラ作りをすっかりやめた飛鳥が、嬉しそうに浮輪を取った。

 

「て、テメェ……!」

 

「何、カッコつけて海の上で漂ってんのさ」

 

「お前にカッコつけてとか言われたくねーんだよ。セカイの選択はどうした」

 

「う、うるさいな!もう悠貴にも楓さんにも素を見せちゃったんだから良いんだよ」

 

「ああそう……。ていうか、少し休ませてくれ。帰りも運転しなくちゃいけねーんだから」

 

「飛鳥さんっ、お兄さんっ!ヒトデ!ヒトデ落ちてましたっ!」

 

「嘘⁉︎どこに⁉︎」

 

「こっちこっちっ!」

 

聞けよ、と思ったが、乙倉さんは飛鳥の手を引いて泳ぎ去ってしまった。

浮輪返せよ。まぁ、でもこの際休めるから良いか。パラソルの下に移動し、俺はビニールシートの上で寝転がった。

 

「あら、お疲れなの?」

 

高垣さんが俺の隣に腰を下ろした。

 

「いや、これから疲れるんですよ……」

 

「ああ、帰りの運転ね」

 

「はい……。これ以上遊ぶと、何というか……帰りたくなくなる気がするんです」

 

「あら、そんなに楽しかった?」

 

「いや、運転したくなくて」

 

「……………」

 

高垣さんはふと目を逸らした。まあ、大人になれば引率の大変さとか分かるよな。察してくれて助かるわ。

 

「………それなら、寝る?」

 

「はいっ?」

 

「私がここにいて、あの子達を見ててあげるから、寝ても良いわよ?」

 

「え、いやでもそれは………」

 

「良いのよ。元々、保護者役をもう一人頼む為に私を呼んだんでしょう?」

 

「………でも、さすがに悪いですし」

 

「じゃあ、こうしましょう。今度、私のお願いを聞いてもらうから、今は寝てくれる?ほら、運転に集中してくれないとこっちが危ないから」

 

「………じゃあ、お言葉に甘えます」

 

「ふふ、おやすみなさい」

 

ああ、その「ふふ」っていう笑いがもう母性の塊。今更だけど、この人の水着もビキニで、飛鳥とは違うタイプの黒と形ですごい似合っている。

っと、ジロジロ見てないで寝ないと。俺はその場で寝転がって、ビーチボールを枕にして寝転がった。

 

 

 

 

翌目を覚ますと、後頭部にすべすべもちもちした柔らかい感覚があった。そういや、ビーチボールを枕にしてたっけか……。

 

「ん………?」

 

あれ?でも、なんで目の前に黒い影が見えるな。なんだこれ。

 

「あっ、お兄さん起きましたよっ」

 

「結局、ずっと深遠なる闇に呑まれていたか……」

 

「おはよう、二宮くん」

 

女子三人の声がした。どうやら、なんかみんなパラソルの下に集まっているようだった。

で、不思議なのはアレだね。まずは飛鳥が不機嫌そうな顔をしている事、そしてもう一つは高垣さんの姿が見えない事だ。声は聞こえてのに。

 

「………んっ」

 

とりあえず頭を上げた。

 

「おはよ」

 

「おはよう、兄貴」

 

「高垣さんは?さっき返したよね」

 

「後ろ」

 

「後ろ?」

 

振り向くと、高垣さんが正座していた。でも、思ったより距離近いな……。ていうか、俺の枕のビーチボールは……あれ?まさか……。

不機嫌な飛鳥、ニコニコしてる高垣さん、目を輝かせてる乙倉さん。あれ?おい、これもしかして………。

 

「………もしかして、膝枕とかしてました?」

 

「してたわよ?」

 

「っ………!」

 

してたわよ?じゃねぇよ!ビックリするじゃん!二十歳超えた男子大学生が膝枕って………!

 

「ふふっ、二宮くん。顔赤いわよ?」

 

「だ、誰の所為だと………‼︎」

 

「おおー、兄貴が照れてる……。楓さんすごいな………」

 

「おい、殺すぞ飛鳥」

 

小っ恥ずかしくなって、頬を掻いた。で、誤魔化すように俺は三人に聞いた。

 

「そ、そもそも、みんななんでここにいんの?遊んでなかったの?」

 

「いや、その……楓さんの膝の上で寝てるお兄さんを見て、飛鳥さんが怒って……」

 

「わーわーわー!わっ、ワールドエンド!」

 

「むぐっ⁉︎」

 

乙倉さんに飛鳥は口を塞がれた。何それ可愛い。けど、からかえば高垣さんに何か言われるのが目に見えていたから黙った。

ていうか、なんかもう夕方じゃん。海水浴に来てた人達も減って来てるし。

 

「………さて、じゃあそろそろ帰りますか」

 

「そうね。もう遅いし」

 

「すみません、高垣さん。2人の事シャワーまでお願いします」

 

「ええ」

 

高垣さんが二人を連れて行き、俺はその間に片付けを始めた。ビーチボールと浮輪の空気を抜き、水鉄砲とかを水道で洗い、ビニールシートやパラソルを畳み、というか、とにかく片付けて車に運んだ。

すると、車に女子達がやって来た。

 

「お待たせ」

 

「あ、どうも。じゃ、多少車の中を濡らしても良いんで、身体拭いて着替え済ませておいて下さい」

 

「はーいっ」

 

………あれだな。父親って大変だわ。昔、親父がやってた通りな感じでやってみたが、大変だなこれ。忙しいというかなんというか、昔はよく親に迷惑かけたものだ。今回は最年少でも中一だったから良いけど、これが小学生とかだと、もっと大変なんだろうなぁ。

片付けとかそういうの全部が面倒。でも、やらなければならないから仕方ない。今から結婚するのが嫌になって来たぜ……。

心の中で愚痴りながら、俺はシャワーで海水や土を流し、海パンの中も洗い流して、バスタオルで体を拭きながら車に戻った。すでに着替え終わっていた女子達が車の前で待っていた。

 

「お待たせ。すぐ着替えるから待ってて」

 

それだけ声をかけると、車の中でさっさと着替えて、出て来た。

 

「じゃ、帰りますか。乗って下さい」

 

運転席に移動しながらそう言うと、他の三人は行きと同じ席に座った。

エンジンを掛けて、車を走らせた。せっかくなので、海沿いを走る事にした。多分、アイドル業が忙しくて、今年は海を見る事も出来ないだろうしな。

 

「……あら、海に沈む夕日も綺麗ね」

 

高垣さんが窓の外を見ながら呟いた。

 

「そうですねー」

 

「ええ」

 

「……………」

 

「……………」

 

あれ、なんか静かだな。後ろの二人は?もしかして、後ろの二人もうっとりと夕日を見てるのか?

ちょうど良いタイミングで赤信号になったので、車を止めて後ろを見た。二人とも爆睡していた。

 

「……………」

 

「たくさん遊んだから、疲れたんでしょう」

 

「………ま、いっか」

 

とりあえず、写メった。考えりゃ、アイドル二人の寝顔とかこれ高く売れるな……。まぁ、妹とその友達の寝顔だし絶対売らないけど。

信号が青になったので再発進した。車を走らせてると、隣からくあっと子猫のような欠伸の声が聞こえた。

 

「高垣さんも眠かったら寝てて良いですよ」

 

「えっ?」

 

「東京に入ったら起こしますから」

 

「え?で、でも助手席の人が寝ちゃったら………」

 

「大丈夫です。俺はさっき寝ましたから。明日、仕事あるなら今のうちに疲れ取った方が良いでしょうし、眠かったら寝て下さい」

 

「いえ、明日は仕事ありませんが…………あっ」

 

何か思いついたようで、意味深な声を漏らした。で、ニヤニヤと微笑みながら目を閉じた。

 

「では、お言葉に甘えますね。おやすみなさい」

 

「え?あ、はい。おやすみなさい」

 

高垣さんはそのまま目を閉じた。なんなんだ一体?

 

 

 

 

寝て下さい、と俺は軽い気持ちで言ってしまったが、それを俺は全力で後悔していた。

一人で運転する寂しさではない。というか、今は運転すらしていない。1時間くらい運転した辺りで、トイレ行きたくなって、コンビニに車を止めた。車から降りてトイレを借りて、ついでにテキトーに食べ物や飲み物を四人分購入して、車に戻って来た。

運転席に乗り込んだとき、高垣さんの寝顔を見た。見てしまった。その寝顔はもう、なんというか……激烈に綺麗だった。アイドルにしても綺麗だ。むしろ、アイドルというより女優と言った方がしっくり来る。

 

「……………」

 

それから、車を動かせない。隙あらば、寝顔を見ようとして前から目を離しそうだったので、コンビニから車を動かせないでいた。

写メを撮れば、これからいつでも見れるわけだし、何とか車を走らせる事はできるだろう。だが、飛鳥と違って大人の、それも歳上の女性だし、無断で寝顔を撮るのは失礼だろう。下手したらセクハラなまである。

必死に自分の中で「後1分経ったら出発する」とかけじめをつけようとしていたが、それがもう20回ほど続いている。

 

「……………」

 

………もう少し近くで見ても平気かな。いやいやいや、下心とかじゃなくて、近くで見たいだけだから。

…………ていうか、よく見たら頬に蚊が付いてる……。俺は右手を構えて近付いた。高垣さんが起きないように静かに殺す。そう、これは蚊を殺す為だ。決して、柔らかそうな頬を触るためではない。

 

「……………」

 

ふと後ろの席を見ると、ものっそい顔で睨んでる飛鳥と目をキラキラと輝かせてる乙倉さんがすごい見ていた。

 

「お、お前ら起きてたのか⁉︎」

 

「私達の事は気にせずに続きをどうぞっ」

 

「兄貴、今何するつもりだったんだよ!」

 

おい、二人の意見が真逆なんだが。どうすりゃ良いんだよ結局。

すると、飛鳥がジト目で睨みながら言った。

 

「………まさか、楓さんが寝てる間に襲うつもりだったのか?」

 

「…………違うよ?(裏声)」

 

「おい、そうなのか⁉︎」

 

「や、だから違うって!頬に蚊が止まってたから仕留めようと思って………!」

 

「何処にいるんだよ、蚊なんて」

 

「だから頬!見てみろってマジで!」

 

「………嘘だったら承知しないからな」

 

言いながら、飛鳥は後ろの席から高垣さんの頬を覗き込んだ。蚊はいなくなっていた。

 

「いないじゃないか!」

 

「さっきはいたんだってマジで!」

 

「このっ……変態スケベエロ兄貴‼︎」

 

「待て待て待て待ってお願い待って!運転席で暴れないで危ないから!」

 

エンジンは切ってあるけど。すると、騒がしかったのか高垣さんがくあっと欠伸をして目を覚ました。

 

「ふわあ………もう着いたの?」

 

「あ、すみません。起こしちゃいまし」

 

「楓さん!そいつ、高垣さんを襲おうとしてた!」

 

「はっ⁉︎ち、違いますから!テンメ飛鳥お前その口が俺の悪評を広めんのか⁉︎」

 

「だってそうだよ⁉︎顔に手を伸ばして顔近付けてた癖に!」

 

「間違ってない!間違ってないけど、ただ単に蚊を潰そうとしただけで………!」

 

「あら、私は別に二宮くんとそういう事をしても良いけど?」

 

「良くない‼︎」

 

「なんでお前が答えた飛鳥」

 

「冗談だから、飛鳥ちゃん怒らないで?」

 

畜生………なんかもう恥ずかしい思いをしてばかりだ。さっさと発進し……いや、せっかくコンビニに止まってる時にみんな起きたんだし、一応聞いとくか。

 

「トイレ行きたい人とかいます?いたら行っておいで。お菓子とか飲み物は買っておいたから」

 

「あ、じゃあ私行ってきますっ」

 

「僕も行く」

 

「私は海で済ませて来たし、しばらくは大丈夫」

 

飛鳥と乙倉さんは車から降りた。とりあえず、俺は猛反省した。もう二度と変な気は起こさない。いや、本当に蚊を潰そうとしただけだけどね?

 

「ねぇ、二宮くん」

 

「…………あい」

 

反省してる中で声をかけられたので、返事なのかわからない返事をしてしまった。

 

「今日は楽しかった?」

 

「ええ、まぁ楽しかったですよ」

 

飛鳥が同年代くらいの子とキャーキャーはしゃぐ所も見れたし、最高だったわ。撮ったビデオは今日のうちにDVDに焼いておこう。

 

「私も楽しかったわ。誘ってくれてありがとう」

 

「いえいえ。まぁ、楽しんでくれて何よりです」

 

まぁ、保護者がもう一人欲しくて頼んだだけなんだけどな。

すると、高垣さんは改めて、と言った感じで話を変えた。

 

「明日、暇?」

 

「………え、なんでですか?」

 

「んー、ほら。なんでも言うこと聞くって話だったじゃない。お昼に寝る条件としては」

 

「え?そ、そうでしたっけ」

 

「そうよ。寝てもらう代わりに何かお願いを聞いてもらうって」

 

今にして思えばすごい条件だな。向こうが寝てくれって言って来た上に俺がお願いを聞いてあげることになるのか……。高垣さんの一人win-winじゃん。

 

「で、それがなんですか?」

 

「だから、明日言う事聞いてもらおうかなーって」

 

「………明日、ですか?」

 

「ええ。明日、二人で出掛けましょう?」

 

「良いですけど。明日の予定なんて寝る以外に無いし」

 

「よし、じゃあ決まり」

 

………だからその笑顔は反則だってば……。照れくさくなって目を逸らした。

すると、飛鳥と乙倉さんが戻って来た。

 

「ただいまー」

 

「よーし、じゃあ行くぞ。ちょっと遅くなっちゃったから、高速使うわ」

 

「おおー!高速!」

 

飛鳥は何故か高速道路好きなんだよな。まあ、俺も昔はテンション上がったが。

車を走らせた直後、高垣さんが小声で俺の耳元で言った。

 

「………明日のことは、また後で連絡するわね」

 

「は、はい」

 

と、いうわけで、何の間違いか高垣さんとデートする事になった。

 

 



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遅刻、謝罪、全奢りゲーセン、音ゲー。

 

 

翌日、俺は一人家でゲームをしていた。今日は高垣さんと出掛けるのだが、まだ時間があるため一人でボンヤリとゲームしていた。

ていうか、高垣さんが俺なんかに何の用があるのだろうか。もしかして、今日は俺が保護者役だったりするのかな。

しばらくボンヤリしながらドラクエ11をやってると、スマホがヴヴッと震えた。

 

【楓:まだ?】

 

あれ、どうしたんだこの人。待ち合わせは13時だろ?あと50分以上あるけど。

 

【慎二:え、13時集合ですよね】

 

【慎二:あと50分ありますけど】

 

【楓:12時集合よ】

 

…………えっ?

俺は慌ててラインのログを振り返った。12時集合だった。サァーッと顔色が悪くなるのを感じた。

 

【慎二:ごめんなさい今行きます】

 

玄関を出て、親父の原チャリを(無断で)借りて家を飛び出した。

 

 

 

 

昨日と同じ駅前に到着し、高垣さんの前に滑り込んだ。

 

「すみません遅れました‼︎」

 

「…………」

 

高垣さんはツーンとした表情のまま動かない。頬を膨らませてそっぽを向いていた。その表情はメチャクチャ可愛かったが、そんな場合ではない。

 

「ほんと、すみません。12と13見間違えてて……!てっきり……!」

 

「……………」

 

うっ……無視されるのって意外と心に来るな……。いや、完全に俺の落ち度だが。

必死に頭を下げてると、高垣さんはジロリと俺を見下ろした。

 

「あら、いたの?」

 

「うぐっ………」

 

「ごめんなさい、私ここで30分は待ってたから気付かなかったわ」

 

その論理はわけわかめだが、怒ってるという事だけは伝わってきた。

 

「………いや、その……本当にすみませんでした……」

 

「まぁ、特別に許してあげます。今日奢りで」

 

「えっ………お、奢り?」

 

「何か?」

 

「いえ、奢らせていただきます」

 

「じゃ、行きましょう」

 

ぐっ……昨日今日で金がすごい飛んでいく………!ただでさえ金がないってのに………!

 

「ち、ちなみに、どこに行くんですか?」

 

「本当は見たい映画があったんだけど、どこかの誰かさんが遅刻して来ちゃったから、それまで時間が空いちゃったのよね……」

 

「あの、本当謝るので許して下さい……」

 

「慎二くんが選んで良いわよ」

 

「えっ俺が?………えっ?」

 

な、なんで急に名前呼び……と、思ったが余りにも自然に呼ばれたのでタイミングを逃してしまった。仕方ないので、スルーして話を進めた。でも、一応後で聞いてみるか。

しかし、俺が選ぶのか………。

 

「映画って何時からですか?」

 

「次だとー……15時からね」

 

割と空くな……。ていうか何を見るつもりなんだ?まぁそれより先に予定を決めなきゃいけないけど……。でも、高垣さんが好きそうな場所なんて分からないし……。

 

「そんなに悩まなくて良いわよ。いつも慎二くんが行ってる場所で良いのよ?」

 

「………ゲーセンとか?」

 

「それでも良いわよ」

 

良いのかよ……。でもまぁ、良いと言うなら良いかな。

 

「じゃ、行きましょう。あ、でもその前に原チャリ止めてきて良いですか?」

 

「良いわよ」

 

駐輪場代でさらに金が……いや、もう仕方ないか。

二人で駐輪場に向かいながら、俺はどうしようか迷ったが、どうしても気になったので質問した。

 

「………なんで急に下の名前で呼んだんですか?」

 

「…………呼んでないわよ、二宮くん」

 

「え?いやさっき……」

 

「行きましょう二宮くん」

 

………なんかまた怒らせてしまったようだ。謝らないと。

 

 

 

 

ゲーセンに入った。高垣さんにとっては珍しいのか、辺りをキョロキョロと見回している。

 

「ゲームセンターかぁ……学生時代以来ね……」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。だから、しっかりとエスコートしてよね?」

 

「ま、まぁ、努力しますけど……」

 

ゲーセンでエスコートとか言われてもな………。つまり、なるべく女性受けするゲームってことか?あ、アイドルなんだし音ゲーとかどうよ。

 

「じゃ、太達とかどうですか?」

 

「やったことないけど大丈夫?」

 

「難易度低いのもありますから」

 

「そう?じゃあ、やってみようかしら」

 

太達が置いてある筐体の前に移動した。太達やんの久々だなー。今日はマイバチ持ってきてないし、明日の筋肉痛は覚悟しておいたほうが良さそうだ。

俺は2人分のお金を払って、バチを持った。

 

「あら、払ってくれるの?」

 

「………今日の俺は高垣さんのお財布なんで」

 

「………そこまで卑屈にならなくても……」

 

いや、でも実際それくらいしないとなぁ。目上の方を待たせた上に、その理由が時間の間違いとかふざけてる。せめて、飛鳥が可愛すぎて愛でてた、とかなら許されるだろうに……。

 

「二宮くん?目が濁ってるわよ?今、飛鳥ちゃんのことを考えていたでしょう?」

 

「え?いや、なんでわかんの」

 

「まったく……すぐに分かるわよそのくらい」

 

マジか……俺、分かり易過ぎるか……。もう少し表情とかから考えてる事を悟られないようにしないと。

 

「さ、やりましょう?」

 

「はいはい……」

 

俺はア○ミーカードを置いた。

 

「? それは?」

 

「ICカードみたいな奴です。なんかポイント貯めて自分の赤い太鼓をカスタムしたり出来ます」

 

「へぇ〜……それどこにあるの?」

 

「………え、買うんですか?」

 

「えぇ。今日買えば私がお金払うわけじゃないし」

 

………そう言うことは口に出すなよ。

 

「それに、二宮くんの好きな事は、私も興味あるもの」

 

「えっ………」

 

それどういう意味なんですかね……。ちょっと心臓に悪いからやめろよ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………」

 

だから台無しだっつの。つーか分かりにくいし。とりあえず、ちょっとドキッとした俺の純情を返せ。

 

「で、どこで買えば良いの?」

 

「今はゲーム始めちゃったんで、また後で……」

 

「はーい」

 

楽しそうに返事したな。年相応じゃない返事が、また少し可愛かった。

そうこうしてるうちに、ゲーム開始。とりあえず、高垣さんに曲を選んでもらうことにした。

 

「どうぞ、なにか選んでください」

 

「え?私が?」

 

「はい。結構、良い曲ありますよ。飛鳥の曲もいくつか」

 

「そ、そう?じゃあ……」

 

カッカッカッと曲を選ぶ高垣さん。やがて、一つ何かを見つけたのか、ピタッと止まった。

 

「これ……」

 

「…………えっ、これ?」

 

ハルヒのED……アイドル事務所と全然関係ないの選びやがった……。まぁ、個人の自由だし好きにしたら良いけど。

 

「あ、もしかしてハルヒ好きなんですか?」

 

「? 何それ?」

 

知らずに選んだのかよ……。

 

「ただ、なんか面白そうな曲だったから」

 

まぁ、確かにタイトルだけ見れば面白そうな曲だよな。ユカイって言ってるし。

そんなわけで、演奏開始。俺はいつも通り鬼を選び、高垣さんは普通を選んだ。まぁ、妥当だろう。

 

『さぁ、始まるドン!』

 

ゲーム開始だ。

 

 

 

 

ゲームが終わった。驚いたわ、高垣さん超上手いのな。流石、アイドルってだけのことはある。三曲目にはフルコンしてたわ。怖っ。

 

「ふぅ、面白かったわ。ね、このカードどこに売ってるの?」

 

「えーっと、こっちです」

 

自販機まで案内した。こういうカードはカード販売機があるからな。バ○パスとか、ド○ゴンボールヒーローズICカードとかトライエイジICカードとかと一緒に。

 

「へぇー、これ?」

 

「そうですよ。………あ、俺が払うのか」

 

簡単に奢りだなんて言うんじゃなかったな……。明日からはマジで金使えないや。

カードを購入して渡すと、高垣さんは嬉しそうに微笑んだ。まぁ、俺なんかがこんな美人を喜ばせられたなら何よりだ。

 

「さて、次は何する?」

 

「んーじゃあ次は洗濯機でもやりますか」

 

「え、何それ」

 

「こっちです」

 

そう言って、とりあえずゲーセン内で音ゲーを巡り巡って、俺の小銭は消え失せた。

 

 



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映画、飲み、野菜、獺祭、連絡。

 

 

映画館に到着した。そういえば、結局俺はなんで連れて来られたんだろう。別に仲良い人だって周りにいるだろうし……。

俺も悪い気はしないけど。むしろ、こんな綺麗なアイドルとデートしてると思えば、これ以上ない程の至福だ。あ、いやでも飛鳥とのデートと比べたら………いや、高垣さんの場合は飛鳥とのデートと同等かも。

 

「………それで高垣さん、何見るんですか?」

 

「んー……何見たい?」

 

「えっ、見たい映画があったから誘ってくれたんじゃ……」

 

「うん。今度見に行く時は、二宮くんの見たい映画にしようかなって思って」

 

「いや、俺は映画は基本的に飛鳥と見に行きますから。今年は爆音でスパイダーマン見に行って、ビクってなる飛鳥がそれはまた可愛くて………」

 

「………二宮くん。女性といる時に他の女性の名前を出すのはダメよ?」

 

「え?いや飛鳥は妹ですし……」

 

「二宮くんにとっては一人の女性でしょう?」

 

「いや、まぁそうですけど……」

 

ん?待てよ?一人の女性と同じ屋根の下で生活しているということは、これもう同棲と言っても過言ではないのではないだろうか。

つまり、俺と飛鳥はもう結婚している……?

 

「二宮くん、顔」

 

「はっ、いっけね」

 

怒られたので、慌てて口元のヨダレを拭った。

 

「………二宮くんってあれよね。人を不機嫌にさせる天才よね」

 

「へっ?そ、そうですか?」

 

「そうよ」

 

………あ、なんか怒ってる。またなんかやらかしたか……。

 

「まぁ良いわ。それより銀魂観るから、行きましょう」

 

「えっ、ぎ、銀魂?」

 

意外だ………。

チケットをもちろん二人分買って高垣さんと入場し、とりあえず席に座った。

 

「銀魂ですか……。もしかして、高垣さんって漫画とか好きなんですか?」

 

「そうでもないわよ?ただ、面白いって聞いたから」

 

「ふーん……。あ、でもうちに銀魂の単行本全部ありますよ」

 

「へぇー。二宮くんは銀魂好きなの?」

 

「はい」

 

「じゃ、今度貸してもらおうかしら」

 

超面白いしな。キャラはカッコ良いし可愛いし、ギャグは笑えるし、戦闘は熱いし……何この完璧な漫画。

すると、予告が始まった。そういえば、新しいマ○ティソーやるんだな。見に行かなきゃ。

 

 

 

 

映画が終わった。高垣さんは伸びをしながら出て来た。

 

「んーっ、面白かった!」

 

「そうですか、よかったです」

 

まぁ、確かに面白かったかな。最後以外。

 

「すごいわね……まさか、あんなのが出て来るなんて………」

 

「そうですね。実写でもちゃんと銀魂してたので、まぁ面白かったと思います」

 

でも、まさか実写であそこまでやるとはなー……。源外の爺さんが他所の世界からゲストを二人も呼んでくるなんて………。

 

「この後、時間大丈夫?」

 

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 

「なら、飲んで行かない?少し」

 

「良いですね」

 

この人と飲むのは二度目だ。ま、あの時は高垣さん、雷にビビってて超しおらしかったから、まともに飲むのは初めてだけど。

 

「この辺に良い飲み屋があるから、そこでも良い?」

 

「良いですよ。別にどこでも」

 

正直、飲まなくても落ち着いて二人で飯食えればファミレスで良いとさえ思う。別に酒は嫌いではないけど。

………あ、その前に飛鳥に連絡しないと。

 

「すみません、飛鳥にだけ連絡して良いですか?」

 

「どうぞ」

 

電話すると絶対文句言われるので、ラインでメッセージを残した。

 

【慎二:高垣さんと飲んで帰るから、帰るの遅くなる】

 

それだけ言うと、スマホの電源を切った。だってスタンプ爆撃とか無料通話とか絶対来るもん。

 

「よし、大丈夫です」

 

「じゃ、行きましょうか」

 

「はい」

 

高垣さんの案内で、居酒屋に到着した。

しかし、高垣さんの家ってどこにあるんだろうな。割とうちの近くなのかな。待ち合わせの時とか、普通に俺ん家の最寄駅にしちゃってるけど、もしかしてこの辺?後でちょっと聞いてみよう。

居酒屋に入り、二人席に案内された。よくよく考えたら、俺今アイドルと二人で飲んでるんだよなぁ。なんか、こう……距離感が違くて実感ないや。

店員さんが注文を取りに来ると、高垣さんが聞いて来た。

 

「二宮くん、何飲む?」

 

「とりあえず生で」

 

「良いわねぇ、私も生。あと野菜炒めと夕採レタスと……あとはキャベツの塩揉み」

 

………なんで野菜ばかり……もしかしてアレか?アンチエイジングか?

 

「………二宮くんは何にする?ソース?」

 

「えっ、なんで調味料………」

 

「それとも塩?」

 

「いやなんでですか。俺は……とりあえず味噌きゅうりと焼き鳥で」

 

店員さんは「かしこまりました」と言うと店の奥に戻って行った。

………なんで調味料を勧められたんだろう。そんな事を考えてるのが顔に出ていたのか、高垣さんは俺をジト目で見ながら言った。

 

「………別に、現状維持で野菜を頼んだわけじゃないから」

 

ば、バレテルー⁉︎

 

「ただ、ここの居酒屋は野菜が美味しいってだけだから」

 

「そ、そうだったんですか……。いや、でも別にアンチエイジングなんて思ってないですよ」

 

「あら、なんでわざわざ英訳したの?」

 

「…………すみませんでした」

 

ヤバい………ここも俺の奢りだし、多分ガンガン注文されてしまうパターンでは………?あ、なんかそう思うと嫌な汗がドッと浮かんで………。

 

「まったく……二宮くんは本当に女性を怒らせるのが上手いわね」

 

「いやそんなつもりは………!」

 

「無意識なのが尚更よ。少し、気をつけた方が良いわよ」

 

「………は、はぁ」

 

まぁ、今まで女の人は飛鳥としか話して来なかったからなぁ。で、飛鳥との会話は褒めるか、或いはからかうだけだったし……。

………そうだ、褒めれば良いんだ。高垣さんをまだ褒めたりしてない。

 

「………あの、二宮くん?何か変な勘違いしてない?」

 

よし、早速褒めよう。褒めればさっきまでのやらかしのうちのいくつかは無かった事になるかもしれない。

よし、褒めよう(2回目)。

 

「高垣さん、今日は何というか……私服がとても綺麗ですねっ」

 

「………………」

 

すると、高垣さんは俯いた。あれ、これはまた何かやらかしたのかな。飛鳥の時は、褒めたら同じように俯くことはあるけど、そういう時は大抵、照れて赤くなった顔を隠してるんだよなぁ。

でも、高垣さんが照れる所は想像出来ない。余裕な感じのする大人だし。となると、やっぱりやらかしたか………。

 

「………あの、高垣さん?」

 

「………………」

 

「……す、すみません。なんか怒らせてばっかだからって言われたので………」

 

すると、キッと高垣さんは俺を睨んだ。おそらく怒りによって顔を真っ赤に染めている。

 

「………二宮くんは本当に怒らせるのがお上手ですね」

 

「ほ、褒めたのにダメでしたか?」

 

「………()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「あ、少し機嫌直ってます?」

 

「はっ?」

 

「いえ、ナンデモ」

 

全然直ってなかった。別に駄洒落を言っても機嫌が直ってるってわけじゃなかった。代わりに、敬語になると怒ってるということが分かった。

すると、飲み物と料理が運ばれて来た。

 

「………の、飲みましょうか」

 

「………えぇ。飲みましょう」

 

乾杯した。二人で酒を飲み、料理に手を付ける。

………どうしよう。なんか怒られたしなぁ。声かけづらい……。

野菜炒めを咀嚼しながらドギマギしてると、高垣さんが声をかけて来た。

 

「………どう?ここの野菜美味しいでしょ」

 

この人………怒った相手によく平気で声掛けられるな……。まぁ、今はここに二人しかいないから、どちらかが切り出せば空気は戻るんだけどさ。

とにかく、俺も何も話せないのはキツイから返事をしよう。

 

「はい。美味しいです」

 

「ふふ、良かった。特に、このレタスが美味しいのよ」

 

「あ、ほんとだ………。ビールとも合いますね」

 

「あら、あなたビールとおつまみの相性がわかるの?」

 

「………昔から俺、趣味嗜好が歳相応じゃないんですよ。特に食べ物に関しては。ガキの頃にタコワサを喜んで食べてたらしくて」

 

あの時の親父たちのドン引きした顔は今でも忘れられない……。ラーメンだってこってりした豚骨よりもあっさりした醤油の方が好きだし、焼肉行っても野菜ばかり好んで食べるし……。

 

「あら、良いじゃない。お肉ばかり食べて太るより全然マシだと思うわよ?」

 

「高垣さんはどっち派ですか?」

 

「どっちに見える?」

 

「………野菜?」

 

「あら、正解だけど意外ね。さっき、アンチエイジングとか言ってたくせに」

 

「…………いえ、別に」

 

胸を見ればわかります、なんて言ったらまた怒られるから黙っていよう。っていう表情も読まれる前に何か言おう。

 

「あ、キャベツも美味いですね。このシャキシャキ感が特に」

 

「そうなの?それは私、初めて頼んだから。前々から食べてみたいと思ってたのよ」

 

言いながら、高垣さんはキャベツを摘んだ。

 

「あら、ほんと。美味しいわね」

 

「でしょ?」

 

俺は相槌を打ちながら、運ばれて来た焼き鳥の肉を串から外した。皿の上に肉を盛り、机の中央に置いた。

 

「どうぞ、高垣さん」

 

「あら、ありがとう」

 

「何か飲みます?」

 

「んー……じゃあ、日本酒」

 

「あ、良いですね。獺祭とか?」

 

「良いわね。それでお願い」

 

「すみませーん」

 

お店の人に獺祭を頼んだ。日本酒かー、前に親父に飲まされてからハマったなー。………親父には「え?その歳で?」ってドン引きされたけど。

しばらく料理を摘んでると、日本酒がやって来た。早速、高垣さんのお猪口に注いだ。

 

「………ほぅ、美味し」

 

高垣さんは一口飲むと、ホッと息をついた。その様子を眺めながら、俺も一口飲んだ。

 

「………そういえば、高垣さん」

 

「何?」

 

「結局、今日はなんで俺のこと誘ってくれたんですか?」

 

「……………」

 

どうしても気になったので聞いてみた。流石に、これ聞いちゃダメってことはないだろうし………。

すると、高垣さんは何も隠す事なく言った。

 

「んー特に理由はないのよね。強いて言うなら、二宮くんと飲んでみたかったからかな?」

 

「俺と?」

 

「ええ。初めて会った時から、なんとなく面白そうな子だなって思ってたから」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。ま、実際は少しイライラさせられることも多かったけどね」

 

「……………」

 

酷いなぁ。少しなのか多かったのかどっちなんだよ。

 

「………本当、変な人ね、二宮くんって」

 

「………いや、そこまで言われると流石に傷付くんですけど」

 

「悪い意味じゃないわよ。初対面の女性と突然、一つ屋根の下になっても襲って来ないし、ラインにもちゃんと反応してくれるし、でもシスコンだし、変に責任感も強いし、無神経だし……良い人なのかそうでもないのか分からないわね」

 

「そ、そうですか……?」

 

そ、そう言われると何か悪い気がしないのは……いや、シスコンとか無神経とか言われてんぞ。喜ぶな、俺。

 

「さ、飲みましょう。変な二宮くん」

 

「変な二宮くんって……いや、もういいか」

 

飲み始めた。

 

 

 

 

約2時間後。

 

「ありあとざっしたー」

 

俺は居酒屋を出た。酔い潰れた高垣さんを背負って。

 

「………………」

 

とりあえず、スマホの電源をつけた。飛鳥から58件のラインが来ていたが、読むことはせずに電話を掛けた。

 

「………あ、もしもし飛鳥?お風呂沸かして、お袋の寝間着引っ張り出しといてくれる?」

 

 



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帰宅、解放、炸裂、ボディプレス、殺伐。

短めです、すみません。


 

 

「で、どういう事だい?」

 

楓さんを連れ帰って、とりあえず飛鳥に風呂に突っ込んでもらい、その間に俺は飛鳥の晩飯を作り始めた。食ってないって言うから。

高垣さんをソファーに寝かせてひと段落した所で、飛鳥がジト目で聞いて来た。

 

「なんで、楓さんをここに連れて来たのさ」

 

「潰れたからだよ。なんか俺って酒強いみたいでさ。同じように飲んでたはずなのにな」

 

同じペースで飲んでると、途中から対抗心持たれたのか強いのばっか頼まれたけど。

飛鳥は炒飯を食べながら言った。

 

「まったく、いきなりアイドルをおんぶして『ちょっとこれ頼む』なんて言われた妹の身にもなって欲しいな」

 

「バッカお前飛鳥だから頼めたんだろ。お前、将来は自分で家事出来るようになるために、俺の家事スキルとか見てメモってるみたいだし」

 

「は、はぁ⁉︎なんでそれをっ……!ていうか、全然そんなことしてないし!」

 

「ほらこれ。Death日記パート4はこれカモフラージュで、中身はちゃんとメモってある」

 

ノートを取り出すと、飛鳥は席から立って俺からノートを奪おうとした。俺はひらりと躱し、頭上にノートを逃した。ピョンピョンと飛び跳ねる飛鳥、乳揺れは一切ない。はああああ飛鳥のちっぱい可愛いいいい‼︎

 

「っ!か、返せよ!バカ兄貴!意地悪するな!」

 

い、意地悪するな‼︎かっ、かわいぃいいいいいいい‼︎

ニヤニヤしながら避けてると、マジギレしたのか飛鳥は大人しくなった。

 

「良い加減に、しろッ‼︎」

 

そして、フリーキックを蹴るかの如く足を思いっきり振り上げ、俺の股間にジャストミートさせた。

俺は股間を抑えて無言で倒れた。

 

「て、テメェ……それは反則だろ………!」

 

「自業自得だ!」

 

飛鳥はノートを取り上げると、自分の部屋にノートをしまいに行った。

俺はしばらく動けなくなり、しばらくほっとかれた。

 

 

 

 

翌日、ボディプレスを喰らう感触で目を覚ました。また飛鳥か?昨日は勝手にノートを見てしまったし、キレるのも無理はない。飛鳥は喧嘩したまま一日を終えると、翌日にバイオレンスで俺の事を起こして来るからな。で、「これで許してやるからな」とか、いつの間にか俺が悪いことになってる台詞を吐く。まぁ、だいたいは俺が悪いんだけどな。

と、いうわけで目を開けて「何してくれてんの?」といつも通りの台詞を言おうとしたが、目の前には飛鳥じゃない人物が俺の上に乗っていた。

この家には飛鳥と俺以外に一人しかいない。

 

「おはよう、二宮くん」

 

「………何してんですか、高垣さん」

 

「ん、飛鳥ちゃんがよく飛び乗って起こすって言うから」

 

「歳を考えて下さいよ……。いい大人が何してんですか」

 

()()()()()()()()()()()……」

 

「はいはい面白いです……。ていうか、飛鳥と違って重いから早く退」

 

「今、何か言った?」

 

「イエ、ナニモ」

 

怖っ。今、マジな殺気放った?

 

「………あの、とりあえず退いて下さい。朝飯作るんで」

 

「ええ」

 

「…………」

 

あれ、ていうかおかしいな。

 

「………あの、なんで自分がここにいるのか、とか聞かないんですか?」

 

「ええ。飛鳥ちゃんに聞いたもの」

 

「はぁ、そうですか?」

 

「………ごめんなさいね。私、迷惑かけちゃったみたいで」

 

「いえいえ。妹が一人いるも二人いるも変わりませんから」

 

「………私、二宮くんより年上のはずなんだけど」

 

「じゃ、朝飯にしましょう」

 

「…………この前、悠貴ちゃんが一人増えただけでテンパって保護者頼んだくせに」

 

聞こえなかったことにして、一階に降りた。

朝飯はー……高垣さんいるし、少し凝ってみるか。朝飯にー……んーアレだ。食戟のソーマでも参考にするか。城一郎こってりラーメン。

少し時間をかけてラーメンを完成させた。

 

「はい」

 

ラーメンを置くと、二人は「おおっ……」と感嘆の息を漏らした。

 

「すごいわね……。朝からラーメンなのは置いておいて、毎朝こんなのを食べてるの?」

 

「いや、いつもはテキトーに焼いた肉と野菜とパンだよ。兄貴、どうしたんだ?今日はなんか本格的じゃん」

 

「気まぐれだよ」

 

「…………」

 

飛鳥はジトっと俺を睨んだ。おい、なんだよその目。

 

「………楓さんがいるから張り切ったのか。バカ兄貴」

 

「………はっ?」

 

「図星かよ」

 

何怒ったんだよ……。いや、気持ちは分かるけど。俺だって飛鳥が別の男連れて来て張り切っていつも以上の厨二出されたらキレるだろうし。

 

「ふふ、私のために張り切ってくれたんだ?」

 

高垣さんはニコリと俺を見て微笑んだ。それを見て、俺は照れ臭くなり目を逸らした。

それを見て、飛鳥が俺と高垣さんを交互に睨んだ。それは余りにも可愛かったので見ていたくなったが、嫌われたくなかったので目を逸らした。高垣さんはニコニコ微笑んだまま目を逸らす事はなかった。

 

「……………」

 

えーっと、何この食卓。なんかギスってない?

居心地が悪くて、俺は俯いてラーメンを啜った。んー、美味しいなぁ、ラーメン。

 

 



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祭り、厨二病、逸れてデート、金髪ツーサイドアップ、間接。

 

夏ももうすぐ終わり。まぁ、大学生だから9月過ぎても夏休みはあるわけだが。

だが、飛鳥はそうではない。9月1日から学校がある。1日は金曜で土曜はまた休みなんだから、休みにすりゃ良いのにな。

そんな事を考えながら、ソファーに寝転がって漫画を読んでいた。すると、そんな俺の上に飛鳥が飛び乗った。

 

「ふぉぐっ」

 

「兄貴!お祭り!お祭り行こう!」

 

「っ……な、なんだ急に」

 

「お祭り!暇だろう?友達と駅前で待ち合わせしてるから!」

 

「え、それでなんで俺を誘うの」

 

「だって出掛けるときは保護者が必要なんだろ」

 

「それは海とか遠出するときの話で、別に祭りくらいなら……」

 

「なんだよ、僕とお祭りに行くのは嫌か?」

 

「嫌なわけないだろ。百万円もらうより価値あるわ」

 

「っ、じ、じゃあ行くぞ」

 

「ああああ!自分で言っといて照れてる飛鳥キャワイィイいい‼︎」

 

「や、やめろ!抱き着くな……!いい加減にしろ‼︎」

 

「ゴフッ……み、見事なボディブロー……」

 

「準備して来る!」

 

はっ……相変わらず元気な妹よ………!そして、あの拳の威力も徐々に上がりつつあるな……。

しばらく悶えながらも何とか立ち上がり、俺も準備した。この前の高垣さんとのお出かけでただでさえ金がないってのに……。

まぁ、今日の祭りの費用なんてこの前に比べたら安いもんか。

 

「よし、兄貴行くぞ」

 

飛鳥が楽しそうに言って、俺は仕方なく後に続いた。

二人で外に出て、駅前に向かった。しかし、友達ってまたアイドルかなぁ。こんな、友達の友達感覚でアイドルの知り合いを増やして行っても良いのだろうか。世界中のファンに殺される気がする。

駅前に到着した。駅前には、すごく目立つ女の子がいた。このクソ暑い真夏にゴスロリ着た女の子、それと何故か高垣さんがいた。高垣さんは眼鏡を掛けて帽子を被って変装している。

 

「闇に飲まれよ、飛鳥!」

 

「おい、テメェ俺の飛鳥をブラックホールの深淵につき落とそうってのかコラ」

 

「兄貴、落ち着いて。あれは挨拶だから」

 

え?そ、そうなの?いい年こいて女の子に喧嘩売るとこだった。

ていうか、テメェとか言っちゃったし下手したら泣かしてしまったかも………。

 

「ブラックホールの、深淵………?」

 

全然泣いてなかった。目を輝かせてた。何この子、厨二病?

 

「あ、飛鳥!彼が⁉︎」

 

「そうさ、蘭子。彼が我が兄上であり、僕のセカイを支配しうる者」

 

「え?俺、飛鳥のこと支配してたの?」

 

「二宮くん、飛鳥ちゃんに何をしたの?」

 

「いやいや何もしてないですよ。ていうかなんでいるんですか?」

 

「蘭子ちゃんが飛鳥ちゃんとお兄さんとお祭りに行くって言うから、私も行きたくなったのよ」

 

つまり、飛鳥は俺に予定を聞く前から俺を連れて行く予定だったんだな。黒いなぁ、うちの妹。服装も。

しかし、少し残念だ。全員の浴衣姿が見たかった。みんな可愛いし。

 

「………あれ、保護者いるし、もう俺いらなくね?」

 

「あら、私は子供と同じなんでしょ?」

 

高垣さんがサラリと切り返した。それは確かに前に言ったが………。

 

「で、兄貴。彼女が僕の同志であり運命共同体の神崎蘭子」

 

「え、飛鳥の運命共同体って俺じゃなかったんだ………」

 

「ショック受けるとこそこ?」

 

いつの間にか隣に立っていた高垣さんがツッコミを入れて来たが、ショックのあまり反応できなかった。

 

「ま、まぁまぁ、二宮くん」

 

………慰めてくれるのか、高垣さん。相変わらず良い人だなぁ。まだ出会って数週間の人とは思えない。

 

「これを機に、()()()()()()()()()()()()()()、他の人にも目を向けて見たら?」

 

慰められてなかった。というか、アドバイスするにしても真面目な話する時くらいギャグを抑えられないんですかね……。

 

「………行きましょう」

 

俺は三人の子供を連れて祭りに向かった。なんか、今日も理不尽に疲れそうな気がして来たぜ………。

祭りの会場に到着し、祭りに入った。しかし、何というかアレだな。祭りってのはどこでも景色は変わらない。人がたくさんいて蒸し暑くて屋台の灯りと月光だけで夜を照らしている。

まぁ、今回は祭りだし、ぶっちゃけ保護者も必要ないだろう。スマホもあるし、逸れても大丈夫だろう。

だから、あまり気を入れる必要もないか。そう思ってふと前を見ると、飛鳥と神崎さんはいなくなっていた。

 

「………あれ?」

 

「二人なら、さっさと遊びに行っちゃったわよ」

 

「…………あの二人、仲良いんですか?」

 

「私の知る限りだと、飛鳥ちゃんと一番仲良いのは蘭子ちゃんなんじゃないかしら?」

 

「………つまり、好敵手というわけか」

 

「歳下の女の子を目の敵にしないの……情けない。それより、せっかく二人きりになったんだから、私達は私達で楽しみましょう?」

 

「じゃあ、サイゼでも行きますか?お酒も飲めるし飯も食えるしクーラー効いてるし」

 

「………本気で言ってるの?」

 

「ごめんなさい、冗談です」

 

「ほら、行きましょう」

 

「うん」

 

高垣さんは俺の手を握った。

 

「えっ……」

 

「私達まで逸れたら困るでしょ?」

 

「いやそしたら帰るだけなんで……ちょっ、痛い痛い手の骨砕ける力抜いてちょっ高垣さん?謝るから冗談ですから万力並みの力で握り締めないで」

 

精一杯謝ると、何とか力を緩めてくれた。あーでも、なんだこの状況、心臓がうるさい。心不全になる勢いで胸がバクバク言ってる。

何この人、恋人かっつの。

 

「なんか食べたいものある?」

 

向こうから声をかけてきた。食べたいものと言われてもなぁ。特にない、強いていうなら駅前の豚骨ラーメン。でもこれ言ったら怒られるし、無難な返しをしよう。

 

「いえ、特には。高垣さんの食べたいもので良いですよ」

 

「私はー……」

 

高垣さんは近くの屋台を見回した。焼きそばの屋台が見えた。

 

「焼きそばで」

 

「分かりました」

 

二人で焼きそばの屋台に並んだ。

 

「………あれ、屋台の焼きそばって食べたことないんですよね」

 

「あら、そうなんですか?」

 

「自分で作った方が美味いから」

 

「あ、う、うん。でも、こういうところで食べるのも美味しいのよ?」

 

そういうもんなのかね。外のクソ暑くて蚊が飛び交う中、素人の焼いた焼きそばを食べるんでしょ?絶対美味しくないわ。

そんなこんなで、順番になった。焼きそばを二人分買った。

 

「どっかベンチ探します?」

 

「食べながら歩きましょう」

 

「えぇ、食べ歩きってお行儀悪いし……」

 

「いいのよ、今日くらい」

 

お祭りってそういうもんなのか?まぁ、高垣さんがそう言うなら良いかな。

そんなわけで、焼きそばを啜りながら歩いた。………あっ、思ったより美味い。そんな感想が顔に出ていたのか、高垣さんはニヤリと微笑んだ。

 

「美味しいでしょ?」

 

「っ、は、はい。思ったより、青海苔が効いてて……」

 

青海苔の味が濃いがな……。まぉ、青海苔好きだから良いけど。

 

「あーなんか、ビール飲みたいわね」

 

「……祭りにビールなんてあるんですか?」

 

「さぁ?あるんじゃない?無かったらコンビニで買いましょう?」

 

「いや、ていうか高垣さん酒弱いんだから飲まないで下さいよ」

 

「………二宮くんが強過ぎるのよ」

 

この前、高垣さんをおぶって帰ったことを思い出してしまった。人の背中でグースカ寝やがったからなぁ。まぁ、悪い気はしないが。

 

「ていうか、俺って酒強かったんですね。この前、初めてあんなたくさん飲んだんで知らなかったです」

 

「あら、そうなの?」

 

「はい。大学ではあんま友達いませんから。一人だけいますけど」

 

「ふーん、意外」

 

「? 何がですか?」

 

「二宮くん、飛鳥ちゃんと似てカッコ良いし……」

 

「飛鳥がカッコ良いって言ってるんですか」

 

「あの子はカッコ可愛いでしょ」

 

「あ、そっか」

 

「だから、モテそうだけど」

 

「いやー、最初のうちは声かけられたり遊びに誘われたりしたんですけどね。『妹とデートしないと行けない』って断ったらなんかみんなさざ波のように引いて行って……」

 

「そりゃ引くわよ」

 

なんだよ、みんな自分の兄弟を愛せないのか?薄情な連中だな。

 

「まぁ、でも高垣さんは良い人ですよね。俺が妹好きでも全然引かないし。いや、引いてるかもしんないけど、なんやかんや話してくれるし」

 

「っ…!そ、そんな事ないわよ」

 

「あっ、ビール売ってる。飲みます?」

 

「…………飲む」

 

あれ、なんか怒った?気の所為だと思いたいが………。

 

「び、ビール買ってきますね」

 

なんか怖くて一瞬離れようとしたが、ギュッと手に力が入った。え、なんで高垣さん強く握るの。

 

「私も行くわよ」

 

「え、あ、そ、そうですか………」

 

な、なんだよ………。冷やしきゅうりの店にビールが売ってたので、焼きそばの蓋を閉じて、そこの前に移動して、オッさんに声を掛けた。

 

「すいません」

 

「おう。いらっしゃい。綺麗な彼女だな、男の方はお代倍な」

 

何言ってんだこいつ。ていうか料金倍冗談でしょ?

 

「………彼女?どこに?」

 

「あれ、カップルじゃないのかい?お二人さん」

 

「違いますよ。だからお代通常料金でお願いします」

 

「倍ってのは冗談だったんだが………」

 

と、思ったら、隣の高垣さんが俺の腕にしがみ付いた。ちょっ、控えめな胸が当たってる当たってる柔らかい良い匂い。

 

「いえ、私達カップルですので。冷やしきゅうり2本とビール二杯お願いします。彼の方は料金倍で構いませんので」

 

「えっ、ちょっ、高垣さん?何抜かしてんの?」

 

「ふふ、()()()()()()()()()……」

 

「え、ダジャレで誤魔化そうとしてません?」

 

「はっはっはっ、姉ちゃん面白ぇなぁ。よし、姉ちゃんの分はタダだ!彼氏の方は倍だけどな!」

 

「いやそれ俺が奢っただけですよね」

 

「はいよ」

 

うん、問答無用ね。もう良いや。金を払って店から離れた。高垣さんは何故か俺の前を悠々と歩いている。

 

「………ちょっ、何言ってんですか。てか、高垣さん良いんですか?アイドルなのに………」

 

「変装してるから平気よ」

 

平気なら良いけど………。でもなんで彼女とか言っちゃうかな。お陰でちょっとドキッとしちゃったじゃん……。

 

「………あの、とりあえず座りましょう。両手にきゅうりにビールに焼きそばなんで、流石に座らないと……」

 

「………そうね」

 

会場は大きめの公園なので、遊具の置いてある方に屋台はない。座れて空いてそうな場所はそこしかないので、二人でそっちに向かった。

しかし、さっき彼女のフリされた事が未だに頭から離れない。そうか、俺と高垣さんって恋人同士に見えるのか………。

 

「っ………」

 

意識するとなんか恥ずかしいな。もしかしたら、俺の顔は赤くなっているかもしれない。

その時だった。ドンッと腰の辺りに小学生くらいの女の子がぶつかった。

 

「っ?」

 

「ひゃっ、ご、ごめんなさいっ」

 

俺の手元からビールが落ちた。バシャッと完全に溢れ、女の子の服にも掛かってしまった。

 

「あ、悪い」

 

「う〜……濡れちゃったぁ〜……」

 

金髪でツーサイドアップの女の子。俺はポケットからハンカチを取り出した。

 

「これで体拭きな。あげるから」

 

「えっ、良いの?」

 

「ああ」

 

すると、遠くから「莉嘉〜!」という声が聞こえた。それに女の子は「はぁ〜い!」と答えると、ハンカチで体を拭きながら言った。

 

「ありがと!お兄ちゃん!」

 

「俺を兄と呼んでいいのは飛鳥だけだから」

 

「じゃあね!」

 

女の子は声のする方に走り去った。さて、とりあえずビールは諦めるか。

 

「二宮くん、何してるの?」

 

先を歩いていた高垣さんが戻ってきた。

 

「あ、いえ」

 

「女の子でもナンパしてたの?」

 

「そんなわけないでしょ。とりあえず、空いてるとこ行きましょう」

 

遊具の方に向かった。

ようやく人混みを抜けて、ブランコに座った。食い掛けの焼きそばの蓋を開いて、割り箸を割った。

 

「じゃ、食べましょうか」

 

高垣さんが言うと、俺は頷いてきゅうりを飾った。

 

「んっ、まだ割と冷たいなきゅうり……」

 

()()()()()()()()()()……ふふっ」

 

「………あ、あははっ。どこに詰めるんですか」

 

「口でしょう」

 

それは詰めるって言うのか………?いや、まぁ大きく捉えれば詰める、なんだろうけど………。いや、気にしたら負けだ。

続いて、焼きそばを啜った。うん、やっぱ青海苔美味い。ていうか、焼きそば自体は普通だわ。青海苔が美味い。

 

「………それにしても、お祭りねぇ」

 

「あーうん。祭りですね」

 

「お祭りで飲むお酒も美味しいわね」

 

「ほんとに好きですね、酒」

 

「あら、二宮くんは好きじゃないの?」

 

「んー……普通ですね。正直、飲もうって誘われないと飲まないです」

 

「私が大学生の頃は、よく飲み歩いてたけどなぁ」

 

「よく変わり者って言われますからね。他の人と価値観が違うみたいで………」

 

「それはそうね」

 

そこは否定しろよ………。

 

「別に人と変わってる事が、間違った事じゃないでしょう?」

 

「いや、社会で必要なのは協調性ですからね……。出る杭は打たれるって言いますし」

 

「でも、私は二宮くんの変わってる部分、好きですよ?」

 

「ーっ」

 

この人はなんでそう言うことを平気で………!ただでさえ、さっきカップルとか言われて心臓がうるさいってのに………!

 

「ま、たまにムカつくけど」

 

ああ、まだその方が良いわ。心臓に良い。ただし、心に悪い。

そんな事を思ってると、「あれっ?」と高垣さんが声を漏らした。

 

「? なんですか?」

 

「二宮くん、ビールは?」

 

「あー、さっき落としました」

 

「落としたの?」

 

「はい。女の子とぶつかって」

 

「ふーん……。女の子と?」

 

「はい。多分、小学生くらい?飛鳥よりも歳下の」

 

「あら、大丈夫だったのその子?」

 

「はい。ビール服に掛かったからハンカチあげました」

 

「あ、あげちゃったの?」

 

「だってあの子、誰かに呼ばれたから早く行かせてあげないとって思って」

 

本当は高垣さんが先に行っちゃってたからだけど、それ悪く捉えれば高垣さんの所為って事になる。

 

「じゃ、私のあげる」

 

「………へっ?」

 

「いいでしょ?これ、二宮くんのお金だし」

 

「や、でも………」

 

「何?」

 

くっ、いい歳して間接キスで照れてる場合か!童貞の弊害が大きいが……いや、高垣さんは全然気にしてないっぽいし、いっか。

 

「ありがとうございます……」

 

いただいて、ビールを飲んだ。おお、ドルルルァ〜イの味がする。美味っ。

 

「あ、今の間接キスね」

 

「ボッフォ‼︎」

 

噴き出した。こ、この女は本当に………‼︎

 

「ふふ、照れてるの?」

 

ニヤニヤ笑いながら、俺の手からビールをとって飲み始めた。

心底ムカついたが、俺は優しいので、この人の耳が赤くなってる事は黙っておこう。

 

 

ちなみに、飛鳥の事を完全に忘れていて、後で怒られたのは言うまでもない。

 

 



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9月、コンビニ、スーパー、福引、お宝本。

 

 

 九月になった。3週間後から高校や中学なら文化祭、体育祭、一部の学年なら修学旅行があるが、残念ながら大学生だと学祭くらいしかない。人生を妹に捧げた俺は参加するサークルを持たないので、もはや無縁である。まぁ、それまでは俺は暇になる。飛鳥も学校始まっちゃったし。なので、少し出掛ける事にした。

 とりあえずジャンプでも買おうとコンビニに向かうと、一つの雑誌に見覚えのある人が表紙になってるのが見えた。

 

「…………」

 

 高垣楓、カブトムシ取りに行った時に仲良くなった女の人だ。中々に綺麗な服装をまとっている。というか、服装どころか本人も超綺麗だった。

 ………まぁ、中身は小学生なんだが。第一印象がいい奴にロクな奴はいないとはこの事か。

 それを知ってるのは事務所の人以外でどれくらいいるのだろう。高垣さんのそんな一面を知ってるのを一般人の中で俺だけだと思うと少し嬉しいが、知らなくて良い部分だとも思うので少し複雑だ。

 

「……………」

 

 でも、逆説的に考えれば俺って高垣さんの仕事の事は何も知らねーんだよなぁ。一般人とは真逆である。

 ………気になるな、少し。アホな25歳のイメージしかない高垣さんが真面目に仕事してる姿が見れるかもしれない。この手の雑誌を買うのは初めてだけど、まぁ良いか。

 表紙には高垣楓特集と書かれてるし、表紙詐欺なんて事はないだろう。その雑誌とジャンプを持ってレジに差し出した。………まぁ、なんかこの雑誌外で読むのは恥ずかしいから家で読むんですけどね。

 公園のベンチに座ってジャンプを開いた。一応、お金がもったいないので全部読んでいる。好きな漫画はしっかりと、どーでも良いのはパラパラと読んでると、食戟のソーマが目に止まった。

 

「…………ふーむ」

 

 そういや、時間もあるしたまにはこの手の料理に挑戦してみても面白いかもなぁ。自分でレシピを考えるっての?うん、暇だしやるか。

 そう決めると、スーパーに向かった。3千円分くらい、テキトーに肉だの米だの香辛料だのを籠にぶち込んでレジに置いた。

 

「4700円になります」

 

 3千円じゃ済まなかった。まぁ、別に親に食材費とか渡されてるから、俺の金じゃないし良いけど。

 

「5200円で」

 

「お預かりいたします。500円のお返しです」

 

「どうも」

 

「こちらのレシートで2千円で1回、福引を引けますので、ぜひお立ち寄り下さい」

 

「おお、マジすか。すみませんね」

 

 やったぜ。俺、福引きのガラガラ回す奴大好きなんだよね。白が出ても楽しいし。残念だけど。

 そんなことを思いながら、福引きの場所に並んだ。景品を見ると、上から温泉旅行、掃除機、たこ焼き機、などなど。

 ………たこ焼き機欲しいなぁ。ていうか、晩飯今日たこ焼きが良いや。料理は明日でいいかな。

 そうと決まれば、たこ焼きの食材買わないと……あ、大丈夫かな?必要以上に食材買ったし。

 福引きの出番がやって来て、ガラガラを回した。金色の玉が出た。

 

「一等賞〜‼︎」

 

 ガランガランと景気の良い音が鳴り響く中、俺は真顔で愕然とした。

 

「…………マジで?」

 

 …………マジか。喜んで良いのか悪いのか………いや、喜ぶべきだろう。だって飛鳥と行くしかねぇもんこれ。混浴だとなお良し。今度の土日にでも誘ってみるか。

 そんなことを考えながらチケットをポケットにしまい、帰ることにした。気が付けば両手いっぱいの荷物だ。

 ………最新のたこ焼き機でたこ焼き食いたかったなぁ。うちにある奴古いけどまだ使えるかなぁ。

 

「あら、慎二くん?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。ふとそっちを見ると、高垣さんが立っていた。

 

「あら、どうも」

 

「買い物?」

 

「はい。たこ焼きの材料買いに」

 

 少し違うけど。

 

「私も買い物してたのよ。あなたの後に福引を引こうとしてたの。気付かなかった?」

 

「あ、すみません。たこ焼き機のことで頭いっぱいだったんで」

 

「ふぅん、あなたたこ焼き機狙ってたんだ?」

 

「? そうですけど?」

 

「ふぅん」

 

 ………あっ、そっか。俺目の前で温泉旅行当てちまったのか……。それなのにたこ焼き機狙いって煽ってんなこれ………。

 

「す、すみません……。ちなみに、高垣さんは何が当たったんですか?」

 

 謝りながら、早めに話題を逸らした。

 すると、高垣さんは笑顔で胸前に景品を持ち上げた。たこ焼き機である。

 

「マジ⁉︎いいなー!」

 

 マジかよ!ズルイ!

 

「差し上げても良いのよ?」

 

「マジすか⁉︎」

 

「ただし、条件があります」

 

「っ!」

 

 それはつまり、温泉旅行だろう。俺はポケットからチケットを取り出した。こいつは飛鳥と二人で行く予定だったものだ。

 クッ……飛鳥との温泉とたこ焼き………!ぐぬぬっ、どうする……!

 

「その温泉旅行、私も連れて行ってくれる?」

 

「………はいっ?」

 

「どうせ一緒に行く相手は決まってないんでしょう?」

 

「いや、飛鳥と………」

 

「決まっていないんでしょう?」

 

「アッハイ」

 

 妹は決まってるとは言わないんですね。しかし、なんでそんな俺と温泉になんて行きたがるのか………。あ、いや別に俺は関係ないのか?

 

「あ、もしかして温泉好きなんですか?」

 

「ええ。()()()()()()()()に入るの好きなのよ」

 

ツッコまねぇからな。

 

「いいじゃない、たまには」

 

「……………」

 

いいのかな。いや、ポジティブに考えろ。アイドルと一緒に温泉旅行、それも高垣さんとだぞ?行かなくてどうすんだよそれ。

 

「そうですね、じゃあそれで」

 

「ええ、決まりね。それじゃあこのたこ焼き機……」

 

「あ、せっかくなんでうちでたこ焼き食べていきます?飛鳥帰って来てからになりますけど」

 

「! 良いの?」

 

「はい。飛鳥も喜ぶと思いますし」

 

「……………」

 

あれ、なんか虫を見る目に………。

 

「相変わらず上げて落とす天才ね?」

 

「え、打ち上げ花火?」

 

「違うわよ。今から行っても平気?」

 

「良いですよ、全然」

 

よし、じゃあ一緒に帰るか。との事で、自宅に向かった。

 

 

 

 

家に到着し、俺は冷蔵庫に食材をしまい、高垣さんには寛いでてもらった。卵を専用の場所にしまいながら、俺は切実に思った。

…………なんで、ナチュラルにアイドルで歳上のお姉さんを普通に家に上げたんだ俺?

なんか、高垣さんだから普通になってたけど、冷静に考えりゃすごいことしたよなこれ。あ、やばい。意識するとドキドキして来た。

 

「……………」

 

いやいや、考えるな。卵割るぞ。続いて、牛乳を冷蔵庫にしまい始めた。

現在、2時頃。飛鳥が帰って来るまでまだまだ時間がある。ていうか高垣さん仕事は?気になるけど、あまりアイドルの事とか聞かない方が良いのかな。

モヤモヤしてる間に食材をしまい終えた。………高垣さんいるし、少し何か作ろうかな。

 

「………………」

 

高垣さんがぼんやりしてる間にクッキーを作り始めた。生地を作って型を取ってオーブンにブチ込んだ。

それまで待ってる間に紅茶を淹れてソファーの前の机の上に置いた。

 

「どうぞ」

 

「あら、ありがとう」

 

高垣さんはあまり俺の事なんか意識してないのか、平気な顔で紅茶を飲み始めた。

………なんか、悔しい。こっちは割とドギマギしてんのに。俺、一応ハタチ超えてんだけどな。

 

「……………」

 

少し、からかってみるか。ちょうど良いもんあるし。

てなわけで、俺は高垣さんの隣で高垣楓特集の雑誌を読み始めた。どうだ?少しは意識………。

 

「あら、慎二くんそれ私の雑誌?」

 

「え?は、はい」

 

「どう?綺麗に撮れてる?」

 

「は、はい。綺麗ですよ」

 

「まぁ、私はカメラマンの方の指示に従ってただけなんだけどね」

 

「……………」

 

まったく無反応かよ。まぁ、俺如きが高垣さんに男として見られよう、なんて考える方がおこがましいか。

諦めよう、こんな下らないこと。そう思って雑誌を部屋に置いてこようと立ち上がると、高垣さんはフッと顔を逸らした。

 

「?どうしたんすか?」

 

「えっ?い、いやっ……」

 

気になって下から顔を覗き込むと、嬉しさと羞恥が混ざり合ったような複雑な表情で俯いていた。

…………照れてるじゃんこの人。俺は何故か申し訳なくなり、小さく会釈して雑誌をしまいに行った。

本棚に雑誌を挿し、部屋に戻ろうとすると高垣さんが何故か一緒に来ていた。

 

「あら、ここが慎二くんの部屋?」

 

おい、耳だけ赤くなってんのバレてるぞ。いや、別に可愛いから良いけど。

 

「そうですよ。てか前に来たことあるでしょ」

 

「そうだったわね」

 

動揺してるの丸分かりだわ。まぁ、俺は優しいしドS趣味もないのでツッコまないが。

 

「………前も思ったけど、意外と綺麗なのね」

 

「自分の事もキチッと出来ない奴が家事なんて出来るわけありませんから」

 

「それもそうね」

 

そんな事を言いながら、高垣さんは本棚を見上げた。ジャンプコミックが並んでいる。まぁ、そんなガッツリ買ってるわけじゃない。ナルトとワンピースと銀魂とドラゴンボールと黒バスとワールドトリガーとスラムダンクと暗殺教室とH×Hくらいだ。

 

「………たくさんあるのね」

 

「そんな事ないですよ。部屋にいてもあんま楽しくないんで下降りましょう」

 

「……………」

 

あんま見られたくないものもあるので、なるべく自然に促すと高垣さんはワンピースの列の単行本を手に取った。

 

「あっそこっ……」

 

後ろからエロ本が出て来た。貧乳もの。高垣さんは微笑みながら俺を見た。

 

「…………慎二くん?」

 

「……………はい」

 

「これなぁに?」

 

「………………」

 

とりあえず、本気で自殺を考えた。

 

 



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