昏迷を呼ぶ者 (飯妃旅立)
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草原で亡くした彼の遺骨を川へ流す。
適合試験だってさ。


再熱


『少しリラックスしたまえ。その方が良い結果が出やすい』

 

 それなりに広い空間……とはいえ密室であるその部屋で、威厳のある声が響く。

 部屋の上方にある強化ガラスからこちらを見下ろす極東支部支部長ヨハネス・フォン・シックザールの物だ。彼の横には幾人かの技術者と、白く扇情的にさえ見える露出度の高い服を着た女性……雨宮ツバキが佇んでいる。

 

 そんな彼らに見下ろされ、リラックスも何も緊張の欠片もしていなかった身体を前に進める。前――部屋の中央、ゴツい機械とそれにセットされた武器――神機の元へ。

 

 神機の取っ手部分に添う様に赤い腕輪が下半分埋まっており、機械の上部にはその上半分が取り付けられていた。これがガシャンと、さながらギロチンの様に落ちる事は説明されなくともわかることだ。

 確かに人間という生をここで完全に終わらせるのだから、断頭台という意味でギロチンという表現は間違っていないだろう。

 

「……キィ」

 

 意味も無く口にする。

 口癖というよりは、悪癖と言った方がいい。

 この身からはそんな音が鳴り得るはずもないのに、何かをするときや何かを始める時にこの音が聞こえないと調子が狂うのだ。

 

 機械に腕を入れ、神機の柄をしっかりと握る。ズシリと重い。

 瞬間、ガシャンと機械の上部が落ちて、腕にソレが刺さった事を感じた。

 

 自身の中にオラクル細胞を入れるための通路が出来る。そんなことをしなくとも、俺は受け入れる準備万端だというのに。

 

 機械が開く。

 腕にはしっかりと腕輪が嵌っていて、そして先程まであんなに重かった神機が軽くなっている。簡単に持ち上げる事が出来た。

 神機から触手が伸びる。先程開けられたオラクル細胞の通り道にそれが刺さった。

 

 入ってくるオラクル細胞。

 懐かしい。いや、あの身で終ぞ食すことは……あったけども味は感じなかったので、懐かしいとは少し違うのかもしれないが……それでも、懐かしいと言えるだろう。

 そして同時に、この身を食らわんと浸食してくる細胞の呻き――「お腹が減った」という欲求に、ようやくあの少女の想いを感じ取れたのだと実感する。

 

 全く、人使いが荒い。

 

 もう浮上する事の無いと思っていたこの意識。

 もう間違えないでくれと、もう犯さないでくれと願っていた。

 それは叶わなかったわけだ。

 

 だから地球は、俺をもう一度遣わした。

 身体に巣食う癌を、癌になって滅してもらうために。

 

『おめでとう、君がこの支部2番目の、【新型】ゴッドイーターだ』

 

 本当に人使いが――ん?

 2番目?

 

『適性試験はこれで終了だ。次は適合後のメディカルチェックが予定されている。始まるまで、悪いがその扉の向こうの部屋で待機してくれたまえ。気分が悪いなどの症状がある場合は、すぐに申し出る様に』

 

 待てよ、おい。

 俺がこの支部初じゃないのか?

 俺のポジションは、”神薙ユウ”と同一じゃないのか!?

 

「キィ……嘘だろ」

 

 “神薙ユウ”が、既にいるっていうのか!?

 

『期待しているよ』

 

 地球と同じこと言ってんじゃねーよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たか。やけに遅かったが、丁度いい、お前にもこれからの予定を話す。聞け」

 

 フェンリル極東支部――通称アナグラ。

 そこのエントランスと呼ばれる場所で、雨宮ツバキが2人の少年を立たせているところに遭遇した。正確に言うと、そこへ行けと命ぜられた。

 

「私の名前は雨宮ツバキ。お前たちの教練担当者だ。この後の予定はメディカルチェックを済ませたのち、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の取り扱いなどのカリキュラムをこなしてもらう」

 

 有無は言わさん、という口調で話しつづける雨宮ツバキ。

 まぁ神機使いになった時点で軍属、そして雨宮ツバキは上官なのだから当たり前なのだが。

 

「今までは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。つまらないことで死にたくなければ、私の命令には全て”YESで答えろ”。いいな?」

 

 今までは喰らう側でしたわ。一応守る側でもあったな。

 そしてその答えにはNO! 断固拒否である。

 

「わかったら返事をしろ!」

 

「はい!」

 

 少年2人の内のイエロー……藤木コウタが元気よく返事をした。

 

「はい」

「キ……はい」

 

 危ない危ない。

 基本あの少女やあの男からの言葉には全てこれで答えていたから、つい癖で。

 元気さの欠片もない胡散臭い瞳と胡散臭いマスクで金髪の方も答える。

 

「さっそくだがメディカルチェックを始めるぞ。まずは……お前だ」

 

 金髪を向く雨宮ツバキ。

 

「ペイラー・サカキ博士の部屋に、一五○○までに来るように。それまで施設を見回っておけ」

 

 ちなみに現在の時刻は14時30分である。

 

「今日からお前らが世話になる、フェンリル極東支部……通称「アナグラ」だ。メンバーに挨拶の一つもしておくように」

 

 その言葉の後、俺と藤木コウタにも予定時刻が告げられ、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

「改めて! 俺は藤木コウタっていうんだ。一瞬だけど、あんた達より先輩だからな!」

 

「ふふ……僕は神薙ユウ。よろしく、先輩。それで、君は?」

 

 こちらを貫く2対の瞳。

 内一つには殺意さえ湧くが、今は飲み込まなければ。

 

「俺は、夏江(なつえ)アオバ。ヨロシクする気はない」

 

 抑えきれなかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……予想よりも1800秒遅い。……寝ていたのかな? 『新型』ちゃん」

 

 これが世に聞く圧迫面接か。

 得体の知れないパイプの繋がった机に座る、胡散臭いという言葉を人の形に詰め込んだような男性と、その横に立つ気難しそうな……もっというと苦労人らしさ溢れる男性。

 

「私は『ペイラー・サカキ』。アラガミ技術開発の統括責任者だ。以後、君とはよく顔を合わせる事になると思うけどヨロシク頼むよ」

 

 嫌です。

 ……と言いたいところだが、ぜひともヨロシクしたい。

 この頭が道を踏み外せば、極東支部の神機使い全員が右往左往するわけで。

 コイツに取り入って情報操作するのが一番いいのだ。

 

「さてと……見ての通り、君が大遅刻したおかげで準備は万全も万全だ。けど、ヨハンの時間が押していてね。先にそっちを済ませてからメディカルチェックを受けてもらうよ」

 

「……軍属に置いて遅刻は厳禁だ。以降、気を付ける様に」

 

「……はい」

 

 そこから極東支部の目的やらエイジス計画やらを説明された。

 まぁ、俺にはあまり関係の無い話である。アーク計画が成功してくれるのならそれに越した事はないが、神薙ユウが居る時点で失敗する未来は見えているからな。

 それに、あの少女を使わせるつもりもないし。

 

「それではそこのベッドに横になってくれ。少し眠くなると思うが心配しなくていいよ。次に目が覚めた時には自分の部屋だ。予定では、10800秒になるよ」

 

 何の安心も出来ない言葉だが、今すぐに命の危険があると言うわけではないだろう。

 この身体になってから出来るようになった――しなければいけなくなった睡眠を、しっかりとらせてもらおう。

 しっかしなんでわざわざ秒で表現するんだろう。普通に3時間って言えよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう新入り共。俺は雨宮リンドウ。形式上、お前たちの上官にあたる」

 

 その言葉に、顔を上げた。

 久しぶりの再会だ。

 

「ん? ……お前さん、どっかで俺と会った事ないか?」

 

「……!」

 

 不味い、横に神薙ユウがいるってのに……!

 いや、しかしなんだ?

 何故覚えている?

 

「ちょっとリンドウ、新人をナンパしてるの?」

 

「あー……今厳しい規律を叩きこんでるんだから、あっち行ってなさいサクヤ君」

 

「承服しかねます、上官殿。女の子にそんなことするなんて、セクハラよセ・ク・ハ・ラ」

 

「キ……いえ、会った事は無いかと。今日神機使いになったばかりなので、神機使い方々に会うのは難しいかと思われます」

 

 少なくとも、今のお前と今の俺は。

 ……もし、本当に記憶があるのだとしたら。

 あの少女も俺の事を憶えているのだろうか。

 

 ……目下、それよりも俺の横でニコニコしているコイツの方が懸念事項なのだが。

 

「んー、そうだな。すまん、変な事を言った。……とまぁ、そんなワケで、だ。お前達には早速実践に出てもらう。緒戦は俺が同行するから、準備しろ。すぐに出るぞ」

 

 そうだな。

 初戦で、緒戦で――所詮、オウガテイル一匹だ。

 末端(あいつら)には地球の意志が届き辛いから普通に襲ってくるだろうけど……俺も普通に刈り取らせてもらう。

 

 さあ、再誕の日を迎えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神が喰らい尽くす再誕の日(GOD EATER RESURRECTION)を――。

 










1800秒=30分


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ちょっとそこ、邪魔

今回は前回と目的と手段が違います。


 

「来たね」

 

 オウガテイル一匹に苦戦するわけもない。

 こちとらあいつらの頭脳に値するところの――脳は無いのだが――AIさえも把握しているのだ、一挙足たりとも見逃すことなく完全に対応できる。

 ……これが初陣となるはずの神薙ユウが一切の動揺を見せなかったのはやはり恐ろしいと言う他無いのだが。

 

 さて、初陣から戻った俺達――俺、神薙ユウ、そして藤木コウタはペイラー・サカキのラボへと呼ばれていた。

 

「さて、君達は『アラガミ』ってどんな存在だと思う?」

 

 そして唐突にはじめられたのは、講義。

 アラガミとは何か。

 

「『人類の天敵』『絶対の捕食者』『世界を破壊するモノ』……これらは認識としては間違っていない、むしろ目の前にある事象を素直に捉えられていると言えるだろうね」

 

 別に人類の天敵という事は無い。

 全生物、全物質にとっての天敵だ。オラクル細胞を除いて、だが。

 絶対の捕食者というのも間違いだ。食さないアラガミも、いる。当事者であり経験者が言うのだから間違いない。

 そして一番間違っているのは、世界を破壊するモノ。

 それはお前達だろう、人間。

 

「じゃあ何故、いつ、どうやってアラガミは発生したのか……考えた事はあるかい?」

 

 答えは”初めからあった”だ。

 月の地表がノヴァとなったように、地球の地表もノヴァであっただけの話。

 それが土という堆積物によって覆われていただけで、不変の事実として初めからそこにあった。底にあったと言い換えてもいいかもしれない。

 

 この話に実は無い。

 眠くなってきたので、聞いているフリをしながら眠るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「講義、終わったよ。全く、いい度胸だよね。仮にも最高統括者の親友であり、技術開発部の最高責任者の前で惰眠を貪るなんて……サカキ博士、気付いていたようだけど?」

 

「……惰眠じゃない、英眠だ」

 

「あはは、字面ではまるで英気を養うかのようだけど、音にしてみればまるで死んだようだね?」

 

 屈辱とはコレの事か。

 まさか神薙ユウに起こされる、などという体験をするとは思わなかった。

 何度も殺し合った――謂わば眠らせあった敵を相手に、起こされる。

 無様だな、俺。

 

「……ねぇ、アオバ」

 

「なんだ、神薙ユウ」

 

 その金髪の、ニコニコとした瞳がうっすら開かれる。

 本当に別人なのかと疑う程に似ている。同じ名前のアイツに。

 いやまぁ、同じ名前の別人であるからこそ、ここまで俺が因縁を持つ言われも無いはずなのだが。

 

「あまり殺気を向けないで欲しいな……僕、君に何かした?」

 

「何もしていない――が、馴れ馴れしく呼び捨てにするな、神薙ユウ」

 

「君だって呼び捨てじゃないか。それも、フルネーム」

 

 それはアレだ。

 癖だよ。あの頃は全員フルネームで呼んでいたし。

 

「……自室に戻る。せいぜい、緒戦の段階で死なないようにするんだな」

 

「これが噂のツンデレかな?」

 

 違ぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……参ったなぁ……なんでこんなに憎まれているのやら……」

 

「いやホントだよ。ユウ、お前あの子になんかしたのか? 俺の存在ガン無視するレベルで険悪ムードだったけど、あそこまで恨まれるって早々ないぞ?」

 

「あ、コウタいたんだ」

 

「ええ……お前まで忘れてたのかよ……」

 

 欠伸をしながら出て行った同期――それも同じ新型の少女(・・)を見送りつつ、溜息を吐く。同じアラガミに立ち向かう仲間なのだ、仲良くしたい限りではあるのだが、どうにも相手さんがそうさせてくれないらしい。

 同じく同期でである藤木コウタの言う通り、あの少女は自身へ射殺さんばかりの憎悪の籠った視線と、同じくらいの恐怖を抱いている。あの子の両親を自分が手にかけていたのだとしたらあの視線も納得できなくもないが、少なくとも自分は人間を手に欠けた事は無い。

 

 浮世離れしている、なんて評される自分ではあるが、理不尽に恨まれる事に慣れているつもりはない。

 どうにかして原因の究明……もしくは仲直りをしたいところだ。

 

「それより、コウタ。そろそろ神機の扱いには慣れた?」

 

「それよりって……いやいやそろそろって! まだ1戦しかしてないよな!? 確かに訓練でダミーアラガミとは戦ってるけど……」

 

「初戦で慣れなくていつ慣れるのさ。僕としては、同期の……っと、先輩の君に死なれるのは嫌だからね。出来るだけ……出来る事なら、ずっと一緒に戦っていたいからさ」

 

「いや別に無理して先輩扱いしなくていいけど……へへ、嬉しい事言ってくれるじゃん?」

 

「目下、ベテランの先輩方の技術を盗むのと……アオバとの仲直りを図りたいかな。コウタ、協力してくれる?」

 

「おう! ……あの子、目つきがちょっと怖いけど……仲良くできるに越したことはないもんな!」

 

 夏江アオバ。

 どうしてか、初めて会った時から始めて会った気がしない、目つきの悪い少女。

 自身がショートバックラースナイパーなのに対し、彼女はスピアバックラーブラスト使いだ。自身の事を棚に上げて言えば、彼女はとても戦い慣れている。神機の扱いに長けているというよりは、アラガミの事を知り尽くしているようなそんな印象だった。

 彼女がアラガミであったのなら、どんなに楽しい戦いが出来ただろうかと不謹慎な事をを考える程度には、強い。

 

「……楽しみだ」

 

 あの少女が時折見せる、人間を……ひいては人類を見定めるようなその目。

 あの目をみたのは、いつだったか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、僕はエリック・デア=フォーゲルヴァイデ。一応、君の後方支援に関する教導担当という形になるかな。君も華麗な僕を見習って、せいぜいこの極東支部の……人類の為に、華麗に戦ってくれよ?」

 

「……うす」

 

「……反応が悪いな。まぁいい。ソーマ、君も自己紹介を」

 

「ソーマだ。別に覚えなくても良い」

 

「了解です」

 

「け、険悪なムードだね。これは華麗なる僕がしっかりしなくちゃ……」

 

「エリック=上田!!」

 

「キィ……」

 

 その台詞とともに、スピアを突き出す。

 刺さるオウガテイル。コア、貰うぞ。

 

「……た、助かった……」

 

「ぼーっとするな、エリック。……ようこそ、クソったれな職場へ」

 

 神機使いは出来るだけ助けて行かないとな。

 死なれれば死なれるだけ後が困る。そのための俺なのだから。

 

 正直な所、このポジションに神薙ユウがいたとして、オウガテイルに気付けないはずがないんだよな。余程ステルス性能がよかったのだろうか、このオウガテイル。

 聴覚が昔よりかなり落ちているせいで、意識的に繋げないと周囲が把握しづらいんだよなぁ。

 

「……ルーキー。お前、攻撃をする前に何か言ったか?」

 

「何も?」

 

「……なら、いい。いくぞ、時間だ」

 

 あぁ、もう。

 言葉に出さずとも――身体を振るうだけで、鳴ってくれたらいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……いっちょやりますか!」

 

「ウロヴォロス討伐。俺も混ぜてくれません?」

 

「ッ!?」

 

 あり得ない声に飛び退る。

 鈴を転がす様な、歯車が軋むような、可憐な少女の声。

 それだけに俺という一人称が異彩を放つが、その見た目もまた異色。

 

 真赤で長い髪。非常に悪い目つき。普段は閉じているが、笑うと裂ける様に伸びる口角。

 

 夏江アオバ。今回入ってきた新人――それも、新型の内の1人だ。

 

「……おーっと新入り。お前さん、こんな所で何してる? 確か今日はエリックの奴と戦術訓練だったと思ったんだが……」

 

「恩を笠に着て、少々抜け出させてもらいました。ウロヴォロスの素材、俺も欲しいんですよ。ね、いいでしょ?」

 

「……よく、今回の討伐目標がウロヴォロスだってわかったなァ」

 

「まぁ、分かりやすいですからね。これがコンゴウ(ざこ)とかクアドリガ(かたいざこ)だったらまだしも、ウロヴォロスとまでなればわかりやすいものです」

 

 震動と咆哮、何よりオラクル細胞の塊であるアイツは見やすい。

 

「新型がいると何かと便利ですよ。大丈夫、この任務の事は秘密にしておきますから」

 

「……ったく、仕方ねえな。いいか? 絶対に無理をするなよ? 大方は俺がやる。お前さんはバックアップに努めろ」

 

「いえっさー」

 

 本当に欲しいのはスサノオの素材だけど、ソレを狩るにあたって神属性の強いスピアが欲しいのだ。ヤクシャ(もろいザコ)という手段もあったけれど、奴らは群れるので面倒くさい。ほぼ確実に単一でいるウロヴォロスの方が楽なのだ。

 

「いたぞ……続け!」

 

「……キィ」

 

 あぁ、なんて食べやすい図体だろう。

 俺の中に溜まって行け、俺と同じ――同じだった、螺旋の果てのアラガミ。

 

 神機を構える。

 途端、柄から顔を出す……昔の俺と酷似したその顔。

 いや、それをさらに動物らしくしたその顔は、まるで獅子の頭。

 

 天ノ咢。

 

 一気に3lvまでバーストする。さらに受け渡し弾を雨宮リンドウへと渡し、受け渡しバースト化でバーストゲージも回復。バースト消費抑制がしっかり起動している事を確認しつつ、太刀牙によってウロヴォロスの触手を削り取る。狂戦士化+が発動。

 

「前へ出過ぎだ! がっつきすぎるな!」

 

 雨宮リンドウのその助言を無視し、銀爪で飛びあがりつつ捕食。一撃強化・バレット。

 瞬時にバックフリップで後方宙返りを決め、空中でパニッシャー起動。長い溜めだが背中側にいるので問題ない。弱点命中時威力強化起動。

 雨宮リンドウへ受け渡し弾を2発撃ちつつ、ドランクで抉るようにウロヴォロスに接触、後退。捕食弾撃ち切り強化起動。

 

「キィ……あの頃は出来なかった、超火力だ。いや、超過力か?」

 

 さぁ、プロモーションと行こう。

 

「スターライトコールだ!!」

 

 別に、叫ぶ必要はない。

 そんな、8の濃縮アラガミバレットをさらに濃縮したその弾丸が天に上がっていく。

 

 そして、天からの光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あでっ」

 

「命令は守れっつったろ! 今回は上手く行ったかもしれんが、一瞬の油断が命取りになるんだ! 次は無いぞ! いいな!」

 

「……へーい」

 

 プロモーションは大成功したらしい。

 この成果に、ヨハネス・フォン・シックザールは俺を特務へと誘うだろう。

 その事がわかっているからこそ、雨宮リンドウはここまで俺をしかりつけているのだろうが。

 

「ったく……しかし新入り、お前さん強いな。特にプレデターフォームの使い方が異様に上手い。あの数秒で何回捕食した?」

 

「5回ですけど」

 

「その間にしっかり受け渡し弾……だっけ? も撃ち出せている辺り、周りをよく見ているし……こりゃ、有望株だな。頼りにしてるぜ」

 

「うっす」

 

 他に新型が居れば天の咢なんて使わないが、今回は仕方がない。

 いやしかし、なるほど。

 美味いな、オラクル細胞。あの少女や目の前の男があれほどガツガツ食べていた気持ちがよくわかる。

 いやはや、早い所初恋ジュースとやらを飲んでみたい所だ。

 あれって確か、オラクル細胞の味なんだよな。

 

「うっし、じゃあ帰るぞー……次はついてくるなよ」

 

「さーいえっさー」

 

「……っとにわかってんのか?」

 

 もっと強い個体を食べたい、とか思ってませんよ。

 変化するつもりはないんだ、俺に課せられた任務を全うするだけ。

 だがまぁ、安心してほしい。

 

 あの少女とお前には、十二分に情が湧いている。

 殺したりはしないさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紹介するぞ、今日からお前たちの仲間となる『新型』の適合者だ」

 

「初めまして、アリサ・イリーニチナ・アミエーラといいます。本日一二○○付けで、ロシア支部からこちらの支部へ配属になりました。よろしくお願いします」

 

「女の子ならいつだって大歓迎だよ!」

 

 雨宮ツバキが連れてきた、新たなる新型。

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。雨宮リンドウをこちらへ引き込む、事の発端を担う女。

 あぁ、コウタではないが大歓迎だ。

 雨宮リンドウをハンニバルにしてくれる最大の立役者だからな。

 

「んじゃ、俺はここでさいなら。俺はアンタと仲良くする気ないんで、ヨロシク」

 

「ええ、私も仲良くなんてする気はありませんから、必要以上に関わらないでくれるのならそれに越したことはありません」

 

「……ユウ、この険悪ムードどうにかしてくれよ……結局アオバとも全然仲直り出来ないし……」

 

「それは難しい頼みだね、コウタ。アラガミをこの地域一帯から根絶やしにするくらい難しい頼みだ」

 

「お前の戦いっぷりを見てるとそれの方が簡単に見えてくるけどなぁ……」

 

 恐ろしい事を言うんじゃない。

 コイツなら本当に出来そうだから口に出すな、せめて。

 

「っと、まぁ待てよ。お前さんはこっち、だ」

 

「ぐぇ」

 

 あれれー、解散しろって言われたから解散したのに、なぜに俺は雨宮リンドウに首根を掴まれているのだろう。雨宮ツバキもノーコメントだし。

 掴まれたまま昇降機に乗せられた。

 

「なんスか」

 

「いや何、ちょっとした命令という物だ、夏江アオバ」

 

「命令」

 

 話を切り出したのは俺の首根をひっつかんだ雨宮リンドウではなく雨宮ツバキの方。

 美しき姉弟間のアイコンタクトでそう言うやり取りをしたのだろう。

 

「そう、命令だ。上官からの命令……嫌とは言うまいな?」

 

「それが命令であれば、仕方ありませんね」

 

「よろしい。お前に頼みたいのは、先程配属した新型神機使いアリサ・イリーニチナ・アミエーラについてだ」

 

「……はぁ」

 

 そう言えばこの人も三人称は基本フルネームだよな。

 俺のはどちらかといえば「アラガミ」という総称ではなく「オウガテイル」や「サリエル」という個体名で呼んでいる腹積もりのフルネームなのだが、この人はどういうつもりなのだろう。

 

「報告によれば、お前は既に教導の必要が無い程に卓越した戦術・戦闘技能を持っているようだな。そこで、お前への戦闘訓練を減らし、その分をアリサ・イリーニチナ・アミエーラのメンタルケアへと充ててもらう。彼女は演習での実力は十二分だが、その精神面に不安があるらしい。リンドウと共に、彼女を気遣ってやってほしい」

 

「……それが命令とあらば。けど、個人的に仲良くするつもりはありませんよ」

 

「別に肩を組み衣食を共にしてほしいと言っているわけではないさ。ただ、同性として、同じ新型として、男共では気付かない点などからフォローをしてやってほしい、という話だ」

 

「キ……それは中々難しいですね。見ての通り、俺は女らしさってのを持っていないので」

 

 ヴィーナスやアマテラスにサリエル種、プリティヴィ・マータやノーヴァ系を見てもらえばわかりやすいのだが、地球はどうも人形(ヒトガタ)を創り上げる・オラクル細胞が独自に変化する時は女性の形を取りやすいらしい。

 俺の身体も多分に漏れなかったようで、俺の意識は男性である自覚があるのに身体は女性のモノ。故に、女性らしい気遣いなど無理なのだ。

 もっとも、男性であった時の記憶などほぼ無いに等しいし、永い間アラガミだったので性別なんてあってないようなものなのだが。

 

「あー、まぁ、そりゃ確かに……」

 

「それは流石に礼節に欠けるというものだぞ、リンドウ。……まぁ、フォローは最低限で良い。夏江アオバ。お前と、そして神薙ユウ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラは人類の希望なのだ。出来うる限りの協力をしてくれ」

 

「……了解ッス」

 

 チーン、と昇降機がどこかの階へ着く。

 ドアが開けば、そこはベテラン区画。なるほど、よくわかっていらっしゃる。

 

「んじゃ、任務が来るまで眠らせてもらいますわ」

 

「おー、ゆっくり休めよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か用ですか」

 

「いんや? 自販機でジュース買いに来ただけだ。用があるとすれば、そこ邪魔だから退いてくれる?」

 

「……ふん」

 

 fcを入れて、ボタンを押す。

 ガコンと出てくる初恋ジュース。

 

「……それ、本当に飲む気ですか」

 

「ん? あぁ、ここにあるジュースの中じゃ、一番美味いからな」

 

「……絶望的な味覚をしているんですね。可哀想」

 

 地獄ボルシチのあんたにゃ言われたくないよ。

 ま、これを神機使いが不味いと思うのも仕方のない事……カシュッ。

 

「……んぐ、んぐ……ぷはっ。……薄いが、美味いな」

 

「……信じられない」

 

 見れば、近くのゴミ箱に初恋ジュースの缶が。

 あぁ、好奇心に負けて買ったのか。好奇心は猫をも殺すんだぞ。

 

「んじゃーな」

 

「……別に、挨拶する必要はありませんけど?」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次のミッションは俺とアリサとアオバで行く。準備しておけよー」

 

 もう1つのチームは、神薙ユウ、ソーマ・シックザール、橘サクヤ、藤木コウタ。

 蒼穹が、見える。

 











上田エリック生存ルート。 ←New!
他神機使いと険悪ムード。
オラクル細胞美味フード。 ←New!


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それが心の支え

アンチ・ヘイトタグが息をし続けています。


 

「俺達は中を、お前達は外を警戒してくれ」

 

 上官の命令と共に、教会の中へと入る。

 上位個体がいるのを感じる。あぁ、アレはどのような味がするのだろうか。

 地球の意志に即しつつ、様々な味が楽しめるこの身体は素晴らしい。

 

「アオバ、気を引き締めろ……いるぞ!」

 

「キィ……わかってますよ……!」

 

 割れたステンドグラス。そこへ、プリティヴィ・マータが姿を現した。

 よう、母猫。お前じゃまだ末端なんだな。

 

「ぁ……あぁ! パパ、ママ! 食べないで……嫌ァ!」

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラが錯乱を始める。刷り込まれた洗脳とPTSDは、彼女の照準をアラガミではない物へと定めはじめる。

 

「アリサ、どうした!」

 

「嫌、嫌! 嫌ァァ!!」

 

 嫌だ嫌だと叫び、そして、

 

Один(アジン)…… два(ドゥヴァ) три(トゥリー)……!」

 

 雨宮リンドウへと――撃ち果たさなかった。

 寸前で、アリサ・イリーニチナ・アミエーラは天井へとその銃口を向けたのだ。

 

 崩落する天井。

 孤立する。

 

「ちぃ……!」

 

 教会の狭い空間で、プリティヴィ・マータを相手取る。

 なるほど、確かに旧型一人と新入り一人を殺すには十分だろう……新入りが、ただの新入りならな。

 

「命令だ! アリサを連れてアナグラへ帰れ!」

 

 ハッハー、地球よ。わかっている。雨宮リンドウをここで殺すことは簡単だが、それでは意味が無い。それに、俺はそれをしたくない。

 俺には二つの記憶がある……終末捕食を完遂した記憶と、月で過ごした記憶が。

 既に俺の中で、雨宮リンドウは仲間だ。

 

 もっとも、アラガミとしての雨宮リンドウは、だが。

 

「アオバ、お前もどうにかして外にッ」

 

「キィ……そうスね、外に出ましょう……あの割れたステンドグラスの辺り、丁度いいんじゃないスか?」

 

「ああ、わかった援護するッ! 先に行け!」

 

 だがまぁ、待ってくれ。

 先にコイツヲ、食わせてくれよ。

 地球の意志に関係なく暴れ回るコイツ……父猫ともなれば意思が届くが、母猫はただ食欲のまま暴れ回るだけだ。

 

 こいつの味を、知りたい。

 

「キィ……」

 

 ヘイトが完全に雨宮リンドウへ向いている。太刀牙でマータの横っ腹を薙ぎ払い、バースト。続け様に胴体を連続して突く。すぐに結合崩壊する。脆いなぁ。

 マータが活性化する。その威嚇の隙を縫って、パニッシャー。がぶっと。

 

「何してる! 先に行けっつったろ!」

 

「倒せるなら倒せるに越した事ないでしょ……っと」

 

 ドーム状に展開された低温攻撃をジャストガードしつつ、ドランクて接敵。ついでに銀爪で捕食。顔面に向かって破砕弾を連続して打ち込み、結合崩壊させる。

 仰け反った所で壱式でがぶんちょ。

 

「馬鹿野郎、次は無いって言ったろ!」

 

「先程のは命令じゃありませんからぁ? ほら、受け取ってくだせぇ」

 

 屁理屈を捏ね繰り回しつつ、受け渡しバースト化でバーストゲージ充填。

 いやぁ同行者がいると楽だね、バースト管理が。

 

「クソッ!」

 

 敵体力視覚化により、マータの鼓動が風前の灯なのもわかっている。鼓動もくそも無いオラクル細胞だが。

 破砕弾を肩に着弾させる。敵に張り付く弾だ、存分に恐れ戦いてくれ。

 

 雨宮リンドウの上段袈裟斬りが決まり、大きく仰け反った所でBANG! 

 肩が結合崩壊する。

 そこへ、チャージし終わった神属性てんこもりな神蝕槍がグサり。

 

 マータは力なく倒れる事となった。

 

「……ふぅー……!」

 

「キィ……」

 

 壱式を展開し、ゆっくりと喰らう。 コアの摘出は勿論のこと、プリティヴィ・マータを構成していたオラクル細胞を隅々まで喰らっていく。あの少女や、月での雨宮リンドウから学んだ食事方法だ。

 ……さっぱりしていて、いい味だな。

 

「……お前さん、帰ったら軍法会議モノだぞ」

 

「死地に追いやられた上官を救った下士官に対する第一声がソレっすか」

 

「……言ってろ」

 

 疲れ果てた様に瓦礫へと背を預け、タバコを吸い始める雨宮リンドウ。

 だが、まだ終わりじゃないぞ。

 

「……立った方がよろしいかと?」

 

「何……?」

 

 そして現れる、絶望。

 ディアウス・ピター。父なる祖。

 

「……ったく、少しくらい休ませてくれよ……身体が持たないぜ……」

 

「まぁまぁ、なんなら休んでいてくれても構いませんよ? こいつ程度、俺一人でも十分ですから」

 

「そうは言ってられるかっての……いいか、やばくなったら俺を置いてでもいい、お前は逃げろ」

 

「キィ……了、解!」

 

 さぁ、あの少女が来るまでの間……しばし戯れよう、父猫!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそ……」

 

 茶番だ。

 ディアウス・ピターは俺が地球の端末であると気付いているし、俺もコイツを必要以上に傷つけるつもりが無い。必然、全てのヘイトは雨宮リンドウへと流れ、現在頭から血を流して倒れ伏している雨宮リンドウは悪態を吐いていた。

 

「……まぁ、アオバを逃がせただけ……上々、か」

 

 その言葉通り、頃合いを見て俺は教会を脱出している。銀爪で割れたステンドグラスを飛び越えただけだ。

 そして俺が脱出した数分後、その気配を察した。

 

「……なんだ……お前さん……」

 

「……」

 

 白い童女。

 無駄な争いをする事なく、ディアウス・ピターは撤退する。あとで良い餌を探してやるよ。

 ここからは想像通り、白い童女が雨宮リンドウを導いてくれるだろう。

 そもそも俺がここに残っていた理由は一刻も早く彼女を一目見たかったというだけで、他に意味は無い。元から帰るつもりだったのだから。

 

 だが、童女の口から放たれた言葉は想定外だった。

 

「……リンドウ?」

 

「……シオ、か……?」

 

 続く雨宮リンドウの言葉も。

 

 なんだ、この世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良く戻った。今はそれだけ伝えておく。メディカルチェックを受けた後、ゆっくり休め」

 

 輸送ヘリ無しの状態でアナグラに戻るのは中々骨が折れたが、一応昔はイギリスのスコットランドはグラスゴーまで突っ切った経験もあるのだ、フィーリングで行けた。行けてよかった。

 戻ってきた俺を迎えたのは、良かったという安堵と何故お前だけという失望。ま、俺より雨宮リンドウの方が慕われていただろうから当たり前なのだが。

 

 いつもより沈んだ、しかし優しさを感じられる雨宮ツバキの言葉にペイラー・サカキの元へ向かう。

 マータを食したせいか、いつもより体調はいい方だ。

 

「……まずはおかえり、と言っておこう……よく無事で戻ったね、アオバ君」

 

「あなたは『どうしてリンドウさんじゃなくお前が戻ってきたんだ』とは言わないんスね」

 

「……誰かにそんなことを言われたのかい?」

 

「いえ。けど、皆さんの目がそう物語ってたッスから」

 

 全く、一切、微塵にも堪えないのだが。

 一応、こういう反応をした方が人間らしいだろう。

 

「……そうだね。君には酷な話だけど……そういう意識があるのは確かだ。リンドウ君は、アナグラの神機使い……いや、職員全員に好かれていたからね」

 

 遠い目をするペイラー・サカキ。

 まるで雨宮リンドウが死んだかのような言い草だ。

 

「それで、メディカルチェックをお願いしたいんスけど」

 

「あぁ、任せてくれたまえ。最初の時と同じく、次に目覚めた時には君の部屋になるだろう。戦士の束の間の休息という奴だ、ゆっくり眠ってくれ」

 

「うっす」

 

 言う程、疲れてはいないけれど。

 移動中ずっとドランクだったのはちょっと疲れたかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっす、アオバ! お前が無事に戻ってきた事のお祝いプチパーティでも開こうかと思うんだけど、参加してくんない?」

 

「え、ヤだけど」

 

 ガクッと項垂れる藤木コウタ。

 だが、すぐに持ち直す。タフだなぁ。

 

「そ……そんなこと言わずにさ! ユウとかリッカちゃんとかも一緒にやるから」

 

「うわもっと嫌になったわ。特に神薙ユウが嫌だ。楠リッカは接点無いからどっちでもいいけど」

 

「……なんでそんなにユウの事嫌いなんだよ……」

 

 なんでわざわざ天敵と楽しく会食せにゃならんのだ。

 全ての物事の支障となる存在だぞ? 嫌いに決まってるだろ。

 1から10で言えば、8000くらい嫌いだ。

 

「気持ちだけ受け取っておくさ。どの道、今のアナグラの雰囲気で俺に関わるとお前達まで痛い目見るぞ」

 

「……え? なにそれ、もしかして気を遣ってくれてる? アオバが?」

 

「……親切心なんて出した俺が馬鹿だった。忘れろ、そんで詰め寄ってくんな喰らうぞ」

 

 時が来るまで神機使いを減らす気はない。

 だから、不仲を横行して無駄な死者を減らす魂胆だったが、やめた。

 勝手にやってくれ。

 

「ちょ、悪かったって! 謝る、謝るよ! な、頼むよ! 会話しなくていい、出るだけでいいからさ! この通り!」

 

「……キィ」

 

 何をそこまで必死になっているのだろうか。

 神薙ユウを置いておいたとしても、橘サクヤやその他アナグラの住民にとって俺の顔なんぞ見たくないだろうに。

 雨宮リンドウを出せと、言いたいだろうに。

 

「……初恋ジュース50本」

 

「へ?」

 

「それで手を打つ。いいか、険悪な空気になっても俺は知らんからな」

 

「お、おう! よかった、じゃあ後で正確な日時はメールするよ! 俺、みんなに知らせてくる!」

 

 本当に嬉しそうに走って行く藤木コウタ。

 ……わからんな。

 

 そこまでして、俺を誘いたいかね。

 

「キィ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事で! 夏江アオバ無事に帰ってきて良かったぷちパーティを開催しまっす! 主催は俺、藤木コウタと神薙ユウ! みんな、盛り上がってこー!」

 

「「おー」」

 

 疎らも疎ら。

 藤木コウタのテンションに付いていけないメンバーが、一応掛け声に合わせただけだ。

 

「……テンション低ぅ……。っと、まぁ理由づけてちょっと騒いでちょっとイイモン食べようってパーティだから、遠慮せずに食べてくれよな! で、アオバにはこれ!」

 

 そう言って渡された、ダンボール1つ。

 開封すると、ぎっしりしっかり50缶、初恋ジュースが入っていた。

 確かに受け取った。途中で帰る事はしないでやろう。

 

「んじゃ、改めて……乾杯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、案の定だな」

 

「……ごめん、想定はしていたつもりだったけど……俺も勢いだけで、何も考えてなかった」

 

「観測班もびっくりな想定の甘さだな」

 

 何がって、空気が、である。

 物珍しさか何か代償を払ったか、同期の2人と楠リッカだけでなく防衛班のメンバーがいたことには驚いたが、話しかけてくる素振りは無い。

 いや、正確に言えば大森タツミだけが何かを言いかけてはやめ、言いかけては止めを繰り返している。まぁ、雨宮リンドウをリスペクトしていたのだろう、思う所が大きいはずだ。

 ジーナ・ディキンソンとカレル・シュナイダーはほぼほぼ興味ないと言った顔で料理をつついているし、小川シュンに至っては嫌悪感を隠そうとしていない。突進で装甲割ってやろうか?

 ブレンダン・バーテルは何を考えているのかよくわからん。台場カノンは……おろおろしているな。

 

「いや、コウタは良くやったと思うよ。これだけの人を集めるのは中々できない。案外、隊長に向いているんじゃないかな?」

 

「……この空気の中でよくそういう事が言えるよなお前……。俺としては、ソーマが参加してくれた事が意外だったけど」

 

「……なんだ。迷惑だったのなら、帰るぞ」

 

「迷惑なんて言ってない言ってない! ほら、お前ってあんまり群れないからさ! 意外で……ってこれ何のフォローにもなってないな……」

 

 苦労人気質だなぁ。

 流石、騎士道とツンデレを統率する未来の隊長殿だ。

 

「……別に、コイツに聞きたい事があっただけで……他意があったわけじゃない」

 

「聞きたい事? アオバに?」

 

 なんだ。

 同族モドキが、俺に何の用だ?

 

「……お前の目的は何だ。お前にとって、アラガミはどういう存在だ。……人間を、何だと思っていやがる……!」

 

 殺気が突き刺さる。

 一瞬にして険悪な空気が緊迫した空気に早変わりした。

 

「キィ……1つ1つ答えてやるなら、目的はそうだな……食らい尽くす事だよ。アラガミはまぁ、食せる細胞だな。人間に特に思う所は無い。身の程を知れ、程度だよ」

 

 人類なら話は違うが。

 

「身の程を知れ、だと……? どういう意味だ……!」

 

「OK、言い方が悪かった。謝るよ。俺が言いたいのは、アラガミは人間の天敵じゃないって事さ、人モドキ君」

 

「なんだと……ッ!」

 

 場の空気は険悪と緊迫を通り越して劣悪だ。

 一触即発。神薙ユウと藤木コウタまでもが顔をしかめている。

 

「……チッ。俺は部屋に戻らせてもらう……」

 

「あ、ソーマ!」

 

 手を出しかけたのか、拳を思いっきり握って……しかしソーマ・シックザールは踵を返した。おや、これだけ煽ってもダメなのか。一度手を出してしまえばあとはなし崩しになると思ったんだがなぁ。

 ソーマ・シックザールに行く分の特務が、俺に流れてくればいいという魂胆だったのだが。

 

「頃合いだな。俺達も帰らせてもらう」

 

「あぁ、ここに居ても気分悪くなるだけだしなー」

 

「……すまない」

 

「そうねぇ……あの子、撃ったらどんな感触がするのかしらぁ……」

 

 ソーマ・シックザールが帰った事により、次々と防衛班のメンバーも帰って行く。

 元よりいる理由がわからないメンバーだったのだ、むしろ大森タツミと台場カノンが残っただけ凄い事だろう。

 

「んー……ねぇ、なんであんなこと言ったの? その……人モドキって、何?」

 

 楠リッカが躊躇いがちに聞いてくる。

 胆力の或る娘だ。この娘がいずれはブラッドレイジを解放すると言うのだから、底がしれない。

 

「そ……そうだよアオバ! 何も自分から嫌われるような事言わなくても……」

 

「――それが狙い、か」

 

 そうやってヒントを与えるから、コイツが気付くんだ。

 あーあ、これでまたツンデレとか言われるんだろう……面倒な。

 

「ユウ? どういう事?」

 

「アオバは自分から嫌われるようなことを言ったんだよ。リンドウさんが帰ってこないストレスを、自分にぶつけさせるために。それでアナグラの中にあった不平不満を全部自分の所に持ってこさせようとした……違うかな?」

 

「あぁ、全くそんな事実は無い。お前の妄想だ、神薙ユウ」

 

 即答で返す。

 確かにヘイト管理を行っているのは事実だが、そんな自己犠牲的な精神ではない。

 悪意がこちらを向いていた方がやりやすいというだけだ。

 

「……ごめん! 一瞬俺もアオバの事誤解した……! 自分から誘っておいて、本当にごめん!」

 

「……俺からも謝るよ、新入り……いや、アオバ。あいつらにも言っとくから、ああいやアオバの行動を省みるなら言わない方が良いのか……とにかく、何か困った事があったら俺に相談してくれよな!」

 

「あ、あの! 私も微力ながらお手伝いします!」

 

「……キィ」

 

 変なイメージを植え付けられた。

 俺がそんな高尚な奴に見えるのかね、本当。

 

「……何かいい感じにまとまりかけてるけど、人モドキって言葉は技術畑の人間として看過できないんだ。それだけは本人に謝ってほしいかな」

 

「断る。俺は事実しか言ってない。ま、俺も人モドキだがな」

 

 モドキどころじゃないが。

 

「……もしかして神機使いの事を人モドキって言ってたの? ……穿った見方だなぁ」

 

「勝手に考察してくれ。んじゃ藤木コウタ。初恋ジュース、貰ってくぜ」

 

「おう! 今日は来てくれてありがとな!」

 

 ……屈託のない笑みだことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ! 華麗なる僕が君の様子を見に来たよ」

 

「帰ってください」

 

「まぁ待ちたまえ! 折角無事の生還を果たしたと言うのに総アウェーなアナグラの面々に嫌気がさして神機使いをすらも辞めると言い出しかねない君を励ましに来たんだ!」

 

「この程度で嫌気は差さないし神機使いも辞めませんので帰ってください」

 

「まぁ待ってくれ! ほら、この華麗なる僕は一応君の教導担当だろう? という事で任務に誘いに来たわけだ! ミッション名はストラングテンプル! どうだい、一緒に来ないかい!」

 

「行きます。神機保管庫でお待ちしています」

 

「まぁ待ってくれ! このミッションには比較的新しい種であるヤクシャ・ラージャが……って本当かい!?」

 

 強化パーツ大吉……あると無いとで、歴然の差だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……ふん」

 

「さぁ、今日も華麗に人類に貢献しよう、ソーマ、アオバ!」

 

 嵌められた。

 そうだった、上田エリックは基本的に良い奴であるのだった。

 そんなのが親友のソーマと、仮にも命の恩人たる俺が不仲なのを見て行動しないはずがない。

 

「……エリック。行くぞ」

 

「あぁ! アオバ、君もだよ」

 

「……うっす」

 

 それが、ご命令とあらば。

 








キリル文字を半角にする方法を教えて欲しい。


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愛の為なら、飛びこめる

主人公の見た目
真赤な髪。
吊り目・瞳の色は金。
普段はだるそうだけど、笑うと裂けたんじゃないかと勘違いされるほど上がる口角。

口癖?が「キィ……」


 オオグルマ・ダイゴ。

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラの主治医で、精神面のケアなどを担当する腕毛がトレードマークの男。見るからに不清潔そうな、という冠がつくと誰もが納得する。

 医者だと言うのに患者の近くでタバコを吸う時点でコイツが真っ当な類いに位置する医者ではない事くらいわかりそうなものだが、神機使い(ゴッドイーター)はそれくらいで体調を悪くしない、なんて先入観があればわからなくなることもある……の、かもしれない。

 

 神薙ユウと藤木コウタがアリサ・イリーニチナ・アミエーラの見舞いへ行こうとした所、件のオオグルマに呼びとめられて病室に入れてもらえなかったそうだ。いくら規格外とされる神薙ユウであっても流石に医者の域じゃあない。主治医の判断に従うのは当然の事、とのこと。

 疑いしかない様だったが。

 

 それを何故俺が知っているのかと言えば、なんでも俺と雨宮リンドウは”あの時”のトラウマスイッチのような存在だから、俺に病室に近づいて欲しくない、という伝言を言い渡されたなのだそうな。オオグルマから。

 忌み恨みも無ければ見舞いに行くほど果報者でもないので元から行く気は無かったと伝えれば、案の定2人は微妙な顔をしていた。

 とりあえず伝えたからね、と2人は去って行ったが、入れ違いにまた人間が2人、入ってきた。

 

 雨宮ツバキと、橘サクヤである。

 

「失礼するぞ」

 

「……失礼するわ」

 

 2人は全く別々の顔をして現れた。

 雨宮ツバキの方は仕事モードな顔。橘サクヤの方は、完全にプライベートな顔である。

 

「……アリサ・イリーニチナ・アミエーラの件でお叱りスか」

 

「いいや、その件ではない。とはいえ、その件でもある」

 

「……?」

 

「要件は2つだ、夏江アオバ。1つは、お前とリンドウに任せていたアリサ・イリーニチナ・アミエーラの面倒を見てくれ、という命令。あれを解除する」

 

「はぁ」

 

 そりゃ、ありがたい事で。

 

「その上で、橘サクヤのメンタルケア及びフォローを頼みたい」

 

「……この人のフォロー? 俺が? 新人の俺が?」

 

「できるだろう?」

 

「……まぁ、戦闘面なら。というか、そういうのって本人のいない所で話すもんじゃないんスか?」

 

「先程ユウに頼みを行っている所をサクヤに見られてしまってな」

 

「そりゃ……危機管理のなっていないことで?」

 

「そういうな。で、引き受けてくれるのか?」

 

「ご命令とあらば」

 

 まぁ、近接に走らない分アリサ・イリーニチナ・アミエーラよりは管理しやすいし。

 そもそも命令を受けた翌日に”アレ”だからなぁ。任務遂行できたとは言い難い。

 

「もう1つの要件だが、シックザール支部長がお前を呼んでいる。サクヤの用件が済み次第、向かうように」

 

 それではな、と言って雨宮ツバキは去って行った。

 

 残された俺と橘サクヤ。

 ヨハネス・フォン・シックザールの要件と言えばアレしかないので、とっとと橘サクヤの要件とやらを済ませて向かいたいところではあるのだが、しかしまぁ雨宮リンドウ絡みだろうことは手に取るようにわかる。一筋縄じゃ行かない事も、な。

 

「……なぜ」

 

「キ……ん」

 

「なぜ……リンドウを見捨ててきたの?」

 

 それは幽鬼の様な瞳だった。

 恐らくアナグラにいる『雨宮リンドウを慕っていた者達』全員の心の代弁でもあったのだろう、その一言。

 あの時雨宮リンドウと共にいたのが神薙ユウや藤木コウタであれば、また違っただろう。

 ただ雨宮リンドウを嘆き、どうしてと想いを馳せたかもしれない。

 

 が、絶賛ヘイト稼ぎ中である俺であるとなれば話は別だ。

 元より旧型からは良い思いを抱かれていない上に口も悪く生意気、仲良くする気はないと平然と言い切って敬意も無い。

 ストレスと不安の捌け口にはこの上なく丁度いい。

 別に人間の悪性をああだこうだ言うつもりはない。そうなるように操作したのだから。

 

 だから、俺は平然とこう言おう。

 

「命令でしたので。逃げろ、と」

 

「……!」

 

 その右手が、高く上がる。

 同じ神機使いとして、何より仲間としての絆や情が無いのかと、俺の頬を――叩かない。

 

 俺の瞳を見て、気付いたのだろう。

 

 “こいつはそもそも人間を仲間だと思っていない”、と。

 

「あ……あなた、は……」

 

「まぁ、安心してください。これ以上の死人は出させませんから。――……あぁ、雨宮リンドウが死んだ、とも限らないですし、ね?」

 

 というか、十中八九生きているので。

 生存確認をするためにも、とりあえずのお帰りを願いたい。

 特務を――誰に咎められる事も無くソロで任務に行けるそれに、早く行きたいのだ。

 懐かしき我らが家族と、再会するために。

 

「……ごめんなさい。感情的になったわ……」

 

「いえいえ、誰だって好ましい男性が生死不明ともなれば、そういう反応を取るでしょうから……気になさらずに?」

 

「……そうね、ありがとう」

 

 表面上は、という冠を付けて、納得した様子で橘サクヤは去って行った。

 さて、俺も支部長室に向かいましょうかね。

 いやぁ、敬語は慣れない慣れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 役員区画の最奥、支部長室。

 この部屋の奥の扉はどうなっているのだろうかなんて勘繰りを入れたくなるが、それはもう見られたくない何かがあるのだろうなぁとも思う。ラボラトリのあの部屋がそうであったように。

 

「夏江アオバ君。今回君に来てもらったのは他でもない――君に、ある特別な任務を受けてもらいたいのだ」

 

「……特別な、任務」

 

「そう――現在このミッションを請け負っているのは2人……いや、請け負っていた、というべきか。1人は君も知っているだろう、ソーマ。そしてもう1人が、」

 

「雨宮リンドウ、ですね」

 

「っ、そうだ。だが、今回の不慮の事故により、雨宮少尉はMIA……いや、KIAと断定されてしまうのも時間の問題と言えるだろう。そこで、雨宮少尉の受けていた特別任務――特務を、君に任せたい」

 

 あぁ、長ったらしい回りくどい遠回りな説明、どうもありがとう。

 恐らくだが俺以外にも神薙ユウが請け負う事になるのだろうが、それはいい。わざわざ不穏分子を克ち合せるなんて事、ヨハネス・フォン・シックザールがするとは思えないしな。

 アラガミを単独で狩る、という行為になんの恐れも無いが、ディアウス・ピターのような上級端末の場合のみ断らせてもらうとしよう。やろうと思えばコアを無傷で摘出、なんてこともできてしまうわけだからな。

 そりゃ流石に怪しまれる。

 

「任務の詳細は追って伝える。他に、何か聞きたい事は?」

 

「ありません。あぁ、でも1つお願いが……」

 

「ふむ、聞こう。なんだね?」

 

「配給ビールを、少しばかりでいいので気持ち多目にいただけませんか?」

 

 俺のそのお願いに、ヨハネス・フォン・シックザールは一瞬目を瞠った。

 そういう俗物的な、もしくは即物的な物を欲しがるとは思っていなかったのだろう。

 当然、これは俺のための要求じゃあない。ビールを恋しがっているであろう奴のためだ。

 

「……いいだろう。君への配給ビールを、そうだな……特務ごとに5缶ほど追加するよう調整しておく」

 

「ありがとうございます」

 

 ケッ、シケてやがんな。

 とは思いませんとも。

 いつか見たビール工場だが、あの規模では到底全世界の神機使いに配給するビールなど賄えまい。現在でも相当カツカツだろうそこに、1特務5本は上等な報酬だ。

 

「それでは、失礼します」

 

「あぁ、期待しているよ」

 

 そりゃどーも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キィ……」

 

 さて、楠リッカに断りを入れて、やってきました神機保管庫。

 神機使いの神機が保管されているココは、神機使いの生命線。デッドライン。

 アラガミから摘出された無傷なオラクルCNCのみが神機本体へ加工できるという性質上、神機その物の数はそこまで多くそろえる事は出来ない。

 さらにはその神機と適合する人間の選別も難しいとくるのだから、大変だ。適合しない人間がその神機を持てば、たちどころに神機自体に捕食されてしまうというリスク付き。

 故に、神機は厳重に保管されている。万一盗まれたり破壊されたりしないよう、他の神機使いや清掃員、技術者が触れる事の無いように。

 

 勿論、俺の神機もここにある。

 ある一点を除いて特別変わった点の無い神機。スピアブラストバックラー構成のそれ。

 その一点というのは、捕食形態(プレデターフォーム)だ。

 

 純白。

 

 プレデタースタイルの一種に真珠鳥というのがあるが、それよりも更に白い。

 GOD EATER BURST後のソーマ・シックザールの神機やあの少女の捕食形態を思い出すこの色合いの神機は、出自もそれなりに特殊らしい。

 なんでも、地下に埋まっていたコア、なのだとか。

 

 現在嘆きの平原と呼ばれているあの鉄道地域がめくれ上がった(・・・・・・・)時に発見された物で、しかし長い間適合者がいなかったと。

 だが、近年開発された新型神機のコア――アリサ・イリーニチナ・アミエーラや神薙ユウ、防御一辺倒やドイツの青い縞々など――の構造と酷似している事から、ようやくソレが旧型のコアではなく新型のコアだと判明し、俺の手元に渡ったという経緯らしい。

 

「キィ……」

 

 恐らくは、というか十中八九地球が寄越したコアだろう。

 そこについてはノーコメントな地球が気になりもするが、そこはあまり気にする事ではない。

 問題は、というか恩恵は、この神機はプレデターフォームが自在である、という事だ。

 俺の意思が十全に伝わるというべきか。

 ゲームに準えて言うのならば、ミッション中にプレデタースタイルと制御パーツを変更する事が出来る、という素晴らしい仕様。しかも思考速度と同じ速さで変更可能。

 地球様様である。

 

 とはいえそもそも俺は地に足着いていればオラクル不足に陥る、なんてことは有りえないので、それほど頻繁に制御パーツを付けかけする事はなかったりするのだが。

 

「キィ……」

 

 さて、そろそろこの神機保管庫に来た理由を――要件を果たそう。

 俺の目の前にある、この神機。

 名を、ブラッドサージとイヴェイダー。

 

 そう、雨宮リンドウの神機だ。

 

 すでにこの時点で、雨宮リンドウの神機は回収されている。

 それは史実から見ればおかしなことだが、真実はとても簡単だ。

 認めるのは癪だが、ゲームの主人公より余程勘と頭の良い神薙ユウが、追憶の教会から雨宮リンドウの神機を取り出した、というだけの話。

 詳しい話は聞いていないが、太刀牙で柄を咥えてぶん回したらしい。ただ、腕輪は残されていなかったので未だ雨宮リンドウはMIA扱い、というわけだ。

 残されて居たら、問答無用でKIAだっただろうが。

 

「……おい、聞こえてんだろ」

 

 さっきからキィキィ鳴いてやっていたというのに、何故気付かないのか。

 雨宮リンドウの神機を見て感傷に浸るような奴に見えたのだろうか。

 そんなわけ、ないのに。

 

『……え? まさか……僕が見えているんですか?』

 

「見えているし、聞こえている。ついでに言うと触れる」

 

『そんな……直接触れた神薙ユウでもなければ、普通の神機使いには見えないはずなんですが……』

 

 普通の神機使いには。

 じゃあ普通じゃないんだろう。

 

『……赤い髪に、その瞳……どこかで見覚えがあるんですよね……。君、どこかで僕に触りました?』

 

「触ったし、咥えたな。具体的には3日くらい。一緒に宇宙旅行しただろ?」

 

『宇宙、旅行……? うーん……え? 待ってください、宇宙旅行? 地球から月へ(・・・・・・)?』

 

「ああ。その後、何億年か一緒にいただろ。雨宮リンドウと、あの少女と、一緒に」

 

 その瞳が見開かれる。瞠目する。

 最後の一押しに、普段は横に流している前髪を全て前に下ろした。

 そんでもって、裂けるほど笑う。

 

「キィ……ってな」

 

『……はは。僕も結構色々経験してきたけれど……これは流石に驚いたな』

 

「俺としちゃ、お前さんらが覚えている事自体が驚きだがね」

 

 最初は感応現象による俺の記憶の伝達――つまり、俺が覚えているからあいつらにもそれが伝わったのだと思っていた。

 だが、違う。

 明確に――こいつも、あいつらも、あの頃の記憶がある。

 曲がりなりにも”人間”になって得た感情を使って言わせてもらうのならば――嬉しい。

 

「また会えて、嬉しいぜ。――レン」

 

『僕も……ですよ。――サマエルさん』

 

 久しぶり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウ、お腹空いてるか?」

 

「……いや、大丈夫だ……昔に比べりゃ、落ち着いてる」

 

 雪降る廃寺。

 大きな青い月(・・・)が爛々と輝くその場所に、2人はいた。

 

 片方は白い童女。もう片方は、半身を黒く染めた男。

 男の手には碧色(・・)をしたコアのようなものが埋め込まれていた。

 

「……しかし……また、世話になるとはなぁ……シオ」

 

「リンドウは仲間で、家族! だから、な!」

 

 白い童女がにこにこと笑う。

 男もふ、と柔らかい笑みを浮かべるが、その心中はそれなりに複雑だった。

 

 白い童女――シオと出会った事で、リンドウが忘れていた(・・・・・)記憶は全て蘇った。

 極東支部における、一連の事件。そして、月における自分たちの創世記。

 それらがすべて本物である事はわかる。わかるが、割り切れるかと言われれば別だ。

 

 現在の雨宮リンドウは、まだ”人間”で。

 守るべき者が、沢山いるのだから。

 

「あとはレンと、サマエルだなー」

 

「……レンはまぁ、俺の神機にいるだろうが……サマエルは……」

 

 サマエル。

 アバドンと呼ばれるアラガミの、堕天種。もしくは接触禁忌種。

 赤黒い体色のアバドンを鮮血に染めたような見た目の、凄まじいまでの速力を持ったアラガミ。

 言葉は通じないまでも、その意志を通じ合うまでに至った自分たちの家族。

 レンのおかげで存外心配性だったり高い知能を持っていたりすることが分かった、もしかしたらあのメンバーの中で最も人間らしかったかもしれない、あのアラガミ。

 

 彼は見つけるのは至難の業と言えるだろう。

 

 何故なら。

 

「ピキィ……」

 

「……むぅ。ちーがーうーぞー? 白、じゃなくて、赤! なのにー」

 

「……確かに、アバドン……見てねぇなぁ」

 

 そう。

 何故か、この星に現れるアバドン種は純白――真っ白な、あのサマエルとは似ても似つかない体色をしているのだ。

 名前もアバドンやサマエルではなくアモルと、神格まで変わってしまっている。

 

「けど、どっかで見た気がするんだよな……」

 

「それ、ほんとかー!? サマエル、会いたいぞ!」

 

「あー……どこだったか……」

 

 リンドウは食欲と浸食に擱かされる頭で必死に記憶を探る。

 一度見たら忘れない、あの真赤な体色。こちらを嘲うかのような瞳。大きく裂けた口。

 丸い身体。

 

 はて。

 

「……ビールが恋しいなぁ……」

 

「ビール? また作るかー?」

 

「あー……それより、頭使ったら腹ァ減ってきた……狩り、行こうや」

 

「おー! 今日は象が食べたいぞ!」

 

「……こういう時アイツがいてくれると楽なんだがなぁ……」

 

 あの、超広範囲を感知できる上、自分達2人を咥えてその場に急行できたアイツがいれば。

 

「ない物ねだりしても、仕方ねェか……おっし」

 

「狩り、行くぞー!」

 

 禍根ややらなければいけない事は山積みで、いずれ来るだろう選ばなければいけない事も頭が痛い。

 だがまぁ、今日の所は。

 

「腹、減ったな……」

 

「ハラヘッター!」

 

 糧を得るために、狩りをしよう。

 











アンチ・ヘイトは結構多いのでお気を付け下さい。


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い、いや! 俺だってほら、捕食できるし!

ちょい短いです。


 

「……ひ」

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラは病室のベッドで膝を抱えていた。

 先程起きた不可解な現象――神薙ユウとの接触により、自身の記憶が流出した――は感応現象と呼ばれる物。

 それによってアリサは明確に思い出した。自身のトラウマ――両親がディアウス・ピターによって殺された事実を、その怨敵を、何故か雨宮リンドウであると誤認していた……させられていたことを。

 誰かが、自身に暗示をかけて、アレを引き起こしたのだと言う事を。

 

「……ひと」

 

 だが、それとは別に。

 アリサはもう1つ思い出していた。

 こちらに関しては、身に覚えのない記憶。

 何故こんなものを有しているのか、まるで記憶ではなく記録でも見せられているかのような、そんな映像(メモリー)

 

「ひ、と……ご……」

 

 鮮血に染まった身体。

 大きく裂けた口。

 こちらを嘲うかのような金の眼。

 

 そして、「キィ……」という耳障りな音。

 

「あの、女、人殺し……!」

 

 それは殺人犯に向けて言う人殺し、とはニュアンスが違った。

 人殺し。人を殺す者。

 アリサはそれに、殺された経験がある(・・・・・・・・・)

 

「うぶ……っ!」

 

 点滴以外の何も入っていない胃から、胃液が逆流する。

 あの女に、私はコロサレタ。

 

「そんなワケ……!」

 

 そう、そんなワケがない。

 何故なら、自分は今生きている。あの女……少女とも過去に会った事は無い。

 

 ならば――これも、暗示か。

 それならば辻褄が合う。

 何故なら、アリサは雨宮リンドウと一緒にあの少女まで殺そうとしていたのだから。

 

「……そうはさせない……」

 

 今度は間違えない。

 暗示にかけられていたとしても、何の恨みも無い雨宮リンドウを……リンドウさんを死地に追いやったのは事実、自分だ。

 それは変えられない。自身の罪だ。

 けど。

 

「アオバは、死なせない……!」

 

 それはせめてもの贖罪だろう。

 聞けば、閉じ込められて尚リンドウさんはアオバを逃がしきったという。

 リンドウさんに償う事はできないけれど、そのリンドウさんが生かした彼女を助ける事は出来る。

 誰かの勝手な策謀で殺されそうになっていた、あの気怠い顔をした少女を、今度は自分が生かすのだ。

 

「こうしちゃいられませんね……!」

 

 決めた。

 まずはあの少女と仲良くなろう。ここの神機使いたちにも今までの無礼を詫びよう。

 許してもらえるとは思っていないけれど、それでも。

 

 だから、動こう。

 

 そう決意したアリサの病室に、1人の人間が入ってきた。

 

「……アリサ」

 

 橘サクヤである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ブリーフィングは以上だ。各自作戦行動に移れ」

 

「はい」

 

「それとサクヤ。お前は少し残れ」

 

「……何か?」

 

 橘サクヤは急いていた。

 いや、焦っていた。

 想い人の神機は見つかったのに、腕輪が見つからない。

 MIA扱いとなった想い人の捜索が、つい先日打ち切られてしまった。

 ならば、自分だけでも……と。

 

「サクヤ、お前はしばらく休暇を取れ。これは上官命令だ」

 

「そんな……私は……!」

 

「足手まといなんでついてこないでくれって言ってるんすよー」

 

「……アオバ、お前はとっとと行け!」

 

「へーい」

 

 ユウの後ろをだるそうに歩いていたアオバが、肩を竦めて言った。

 足手纏い。

 

「サクヤ、最近鏡を見たか?」

 

「は?」

 

「ほとんど寝ていないんだろう……お前がアイツを想う気持ちは姉として嬉しく思う。だが、上官としては別だ。そのようなコンディションで戦場に向かえば、お前だけではなく班員まで死に誘うぞ」

 

「……すみません、軽率でした……」

 

 そう言うしかない。

 何よりも生存率の高かった、想い人――雨宮リンドウの班が、自身のせいで壊滅するなどあってはいけない。なにより、リンドウが決死の想いで逃がした自分達を殺すようなことがあれば、リンドウに合わせる顔がなかった。

 

「最後に忠告だ。お前はもう少し、周りを頼ることを覚えろ。いいな?」

 

「努力は、してみます」

 

 そう言う他、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。……ままならんな……」

 

「優しい上官サマですねぇ。きっぱり戦力外だ、って言えばいいのに」

 

「……アオバ。まだ行ってなかったのか」

 

 橘サクヤを見送った後、昇降機の中で普段は吐かない弱音を吐く。

 いや、普段なら弟がそこにいて……軽口で返してくるのだったか。

 すでにその日常が、遠い昔の様になっていた。

 

 代わりに、この弟とは別ベクトルで不真面目な新人がいるのだが。

 

「いえ? もう終わらせてきました。出番ほとんど無かったッスよ。神薙ユウ1人で十分な任務でしょ、あんなの」

 

 不真面目だが、有能な所は弟とよく似ている。

 あの神薙ユウもそうだが、この新人二人ははっきり言って異様な成長速度を見せている。どちらも、初めから強かったようにもみえるが。

 他の旧型神機使いが同行した時でも生存率は極めて高く、任務の失敗率は0。

 喜ぶべき事だが、神薙ユウと違ってこちらの新人――夏江アオバの評判は良いとは言えない。

 

「……お前達新型にとってみれば、旧型に不備を覚えるのもわかる。だが、」

 

「いや、不備不満不平何一つないスよ。防衛班は必要だろうし、人手の問題もある。ケド、俺達の任務に……狩りに同行させる分にゃいらないって事です。欲しくて1人スけど、わらわらいても誤射が増えるだけだし」

 

 評判の悪さはこの言い草、口ぶりが原因だ。

 歯に衣着せぬ……素直すぎるのだ。素直に、心からの悪口を本人の前で言う。

 対照的に神薙ユウの評価は鰻登りであり、少しだけサカキ博士に似て胡散臭い所がある、というマイナス点がつくものの概ね高評価。まるで図ったかのような二極化だ。

 

「……なぜ」

 

「何故こんな奴のためにアイツは命を……ですか?」

 

「穿ち過ぎだ。……お前、わざとやっていないか?」

 

「まっさか~」

 

 アオバと交流がある神機使いは先に出た神薙ユウ、藤木コウタ、大森タツミ、台場カノンの4名だけ。他とは基本的に険悪であり、リッカでさえも近づき難いと言っていた。

 ものの見事に、人の好い者だけがアオバと未だに交流を続けている。他の神機使いが悪性であるというつもりはないが、いわばこの三人はお人好しの類いだ。若干一名語弊があるかもしれないが。

 お人好しだが、勘も鋭い。

 その4人が笑顔でコイツと共にいる辺り、やはりコイツは……。

 

「んじゃ、俺は寝ますんで。雨宮上官もしっかり寝てくだせぇや」

 

「……やはりか」

 

「?」

 

 コイツも実は……お人好しだな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、サクヤさん……」

 

「そんなに怯えないで。別に、あなたを責めに来たわけではないわ」

 

 病室から出ようとした矢先の事ゆえに、出鼻をくじかれた。

 とはいえよくよく考えてみれば、患者1人の独断で病室を出て良いはずもない。

 結果的に良かったのだろう。

 

「聞きに来たのよ……あの日、何が起きたのかを。貴方の身に、何が起こったのかを。……私は、真実を知りたいの」

 

 そういうサクヤさんの声に、自身を責める色は入っていなかった。

 ただ確固たる意志で……知りたい、と。

 

 だから、話すことにした。

 

 自身の生い立ち。

 あの日、すり替えられた記憶の話を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そォだ。思い出した」

 

「んー? 何をだー?」

 

「サマエルだよ。どこで見かけたか思い出したんだ」

 

「ほんとか!? どこだー? そこ行きたいぞ!」

 

「アイツだよ……名前なんつったっけ、そう……アオバ。夏江アオバ……だったな」

 

「だれだー? それ。アラガミ、かー?」

 

「……すまん、普通に似てるだけだったわ」

 

「うー……サマエルー! でてこーい!」

 

「ピギィ……」

 

「お前じゃない、ぞ!!」

 

 未だ4つは、遭遇せず。

 

 








アオバちゃんの株爆上げ回(なお勘違い)


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どこかで見覚えのある、そのお顔

GERがメインなので、序盤はちょっと駆け足です。


 

「本日付で原隊復帰しました! これから、よろしくお願いします!」

 

「お、おう……実戦への復帰はいつなの?」

 

「それはまだ決まってませんが……新型として、一刻も早く皆さんのお力になれるよう精進します!」

 

 

 あっれ。

 なんでこんなにテンション高いんだ?

 

 覚えている限り、アリサ・イリーニチナ・アミエーラは他の神機使いに陰口叩かれてビクビクするくらい弱ってたはずなんだが……。

 

 

「あぁ、それと。アオバ」

 

「あん?」

 

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラはつかつかと俺の前に歩み寄る。

 俺を見るその目は――決意?

 

 

「これから、よろしくお願いします」

 

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラは俺の手を無理矢理取って握りしめながら言う。

 なんだろうこの気迫。何がこいつをそうさせた?

 オオグルマ・ダイゴが変な暗示でもかけたのか?

 

 雨宮リンドウに次いで――俺を排除するような暗示?

 

 

「ヨロシクするつもりはない」

 

「いえ、そんなこと言わずに。よろしくしましょう」

 

「……勝手にしてくれ」

 

 

 何の為に……?

 わからない。わからないが、まぁ気にする事でもないだろう。

 俺にヘイトが向きまくっているので、アリサ・イリーニチナ・アミエーラへ陰口を叩く神機使いはいない。

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラに必要以上の精神負担をかけないためのヘイト稼ぎでもあったが、無駄になったか。

 

 

「……おぉ、なぁユウ。ちょっとあの2人仲良くなってないか? っていうか、やっぱり可愛い女の子は仲良くしてる方がいいよなぁ」

 

「うん……それに、やっぱりアオバが必要以上に嫌われようとしてたのは、アリサのためだったんじゃないかなぁ」

 

「ああ、俺もそう思うよ。なんだかんだ言って、アイツも良い奴っぽいよな!」

 

 

 勘違いが加速する。

 

 見当はずれな予測を口にしないでほしい。お前達の、特に神薙ユウの見解は広がりやすいのだから。

 ま、悪意でも善意でも好意でも、とにかく感情が俺に集中してくれていればそれでいいんだけど。

 悪意が一番操りやすい、というだけの話だ。

 

 

「それで……なんですけど。アオバにお願いがあって……」

 

「キ……なんだよ」

 

「私に、改めて戦い方を教えて欲しいんです。その……アオバはもう、教導の必要が無いほどに卓越した戦闘技術を持っていると、ツバキさんから聞きました。……お願いしても、良いですか?」

 

 

 あー……。

 うん。

 

 

「神薙ユウ」

 

「うん? なんだい?」

 

「頼んだ」

 

 

 返事も聴かずに昇降機に乗る。

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラの面倒を見てくれ、という命令は解除されているので、俺が頷く言われも無い。

 特務を請け負う性質上アリサ・イリーニチナ・アミエーラに付きまとわれるのは面倒なので、断るのが吉だ。

 

 

「キィ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、やっぱり……私の印象って、悪い……ですよね」

 

「え? 俺はそんなことないけどなー。ユウは?」

 

「僕も、アリサのことは別段悪いようには見てないよ」

 

 

 そう言って朗らかに笑いかけてくるコウタと、胡散臭いながらもにこやかな笑みを向けてくるユウ。私が想像していたような悪意や敵意は欠片も無く、それがとてもありがたかった。

 それだけに、先程手を振り払われたあの少女の事が気がかりでならない。

 

 

「あー、もしかしなくても、アオバの事気にしてる……よな?」

 

「はい……。贖罪としての意味もありますけど、同期で同年代で同性で……今まで散々邪険にしてきたのに虫の良い話ですけど、仲良くしたいなって……。でもやっぱり、無理……ですよね」

 

「そ、そんなことないって! ほら、アイツかなり無愛想だししかめっ面だし口悪いけど、えっと……あれじゃん、戦闘中のフォローとか回復弾とか、かなり面倒見いい感じするし、そういうトコできっかけを作って行ったらいいんじゃないかな!」

 

「そうだね。僕が近接一辺倒なのに対してアオバは遠距離メインだから、戦線復帰したら最初はありがとうとか助かった、って言葉から段々話すようになっていけばいいと思う。アリサもどちらかというと遠距離メインでしょ?」

 

 

 この2人のことだって邪見にしていた。

 けれど、ここまで親身になって相談に乗ってくれる事に、心が温かくなる。

 

 話も有益だった。確かに、言われてみれば私とアオバの戦闘スタイルは似ている部分が少なくない。プライドを捨て、戦闘後などにアドバイスをもらうようすれば、少しずつでもあの少女と仲良くなれるかもしれない。

 

 

「2人とも……ありがとうございます。その、今までの事を水に流してほしいとはいいません。けど……2人とも、仲良くできたら、」

 

「俺は大歓迎! へへ、この極東支部で戦う仲間なんだし、もっと気楽……は、難しいか。でも、俺もユウも最初からアリサと仲良くしたいって思ってたし、こっちからもよろしくな!」

 

「うん。僕も同期として、同じ新型として、何より仲間として……君と仲良くできると、嬉しいよ。あと僕達に敬語はいらないから、ね?」

 

「……ありがとう。けど、コレはもう癖なので……」

 

「無理して外さなくてもいいけどね」

 

「……じゃあ、私は早速サカキ博士に戦線復帰の打診をしてきます!」

 

 

 バッとターンして、昇降機に向かう。

 

 

「いや流石にそれは許可降りないんじゃないかなー」

 

 

 ユウのその呟きが聞こえる前に、私は昇降機に乗っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

『上機嫌ですね。何かあったんですか?』

 

「キィ……いやなに、久しぶりに人目を気にしなくていい特務だからな……。それに、歌える喉があるんだ。あの別れの歌を歌うのも、悪い事じゃないのさ」

 

 

 煉獄の地下街を行く。

 

 ドロドロと流動するマグマが湧き出続けるココは、あらゆるものを捕食できるはずのオラクル細胞――アラガミがケロイド状に溶けているのが印象的だ。

 データベースには、マグマをも捕食しようとしたアラガミがその膨大なエネルギーに耐えきれず破裂した、なんて書いてあったか。核の炎さえも捕食したアラガミがいまさら何を、とは思うかもしれないが、嘆きの平原を食らい巻き上げたであろう蛇の様なアラガミがそれを行ったのではないかと俺は思っている。

 地球に聞いてもそこまでの記録はないみたいで、確認の仕様がないんだけどな。

 

 

『歌……ですか?』

 

「ん。神と人と……残酷な運命に抗う者と、残酷な運命に身を差し出す者の別れの歌。一見人間視点の歌にも思えるが……」

 

 

 青い月を見上げる。

 そして、この地上のどこかにいる少女を想う。

 

 

「……いや、なんでもないさ。人類は好まないが、この歌って文化は良いね。俺達の持つ感応現象も、歌と根本は同じなワケだし」

 

『前々からというか、”前”から思っていましたけど……サマエルさん、君は本当にアラガミですか? いえ、行動原理や思考回路は極めてアラガミらしい、地球の使徒であることがわかるのに……どうしてそこまで、「人間らしい」んですか?』

 

「んー……これを人間らしいって感じるのか。そりゃ意外だが……そうだな。いつかは、その疑問に答えてやるよ。おっと、こうやって『先延ばし』にしたり『保留』にするのも……人間らしい行動だよな」

 

 

 植物にしろ動物にしろ、覚えた”よりよい変化”はその場で実践する。実践後の成否は別として、後でやればいいとか後でしてやるとか、そういう思考はハナから無い。

 それはアラガミも同じだ。いや、アラガミがもっとも”そう”であると言えるだろう。

 

 そう言う意味では、おぉ、俺はアバドンの頃から『とても人間らしい』と言えるんじゃないか?

 何も嬉しかないが。

 

 

「っと、雑談はここまでだ。テスカトリポカ一匹とコンゴウ、コクーンメイデンね……レン、雑魚の掃除は任せるぞ」

 

『懐かしいですね。月でも僕は基本的に雑魚ばっかりで……まぁ、食いしん坊2人が突っ込んでいくからなんですけど』

 

「キィ……俺は全体のフォローでな。ま、全員が全員で狩りをしたのなんて数える程じゃないか?」

 

『はは……基本的に、あの2人が食べちゃいましたからね』

 

 

 あの頃を思い出してニヤりと笑えば、レンもつられて苦笑する。

 そう、そんな感じだった。喰いたがりの2人が最初に突っ込んで、俺とレンが撃ち漏らしの処理と回避、回復を担当する。なんだかんだいって連携のとれたパーティ。

 

 中でも雨宮リンドウの火力は凄まじく、同時に一番危なっかしくて――、

 

 

 

 

 

「リンドウ、馬いたぞ! バサシ! バサシたべたいぞ!」

 

「おいおいそういうビールが欲しくなるような事言うなよ……余計に喉が渇くじゃねぇか。ま、とっとと倒すぞ!」

 

「おー!」

 

 

 

 

 

 真赤な煉獄の地下街に、真っ白な童女が現れる。

 

 童女は肘から先を触腕として伸ばし、テスカトリポカへ絡み付く様に強襲した。

 その後ろから、両手に身の丈の3倍はあろうかという炎剣を迸らせた男が走って来くる。

 右目から右手にかけてを真っ黒に染めた男は、人間程度の身長であるにもかかわらず地下街の天井スレスレまで跳躍し、背中から螺旋状の炎を噴出させてテスカトリポカに突撃した。

 

 

「……」

 

『……』

 

 

 たまらずに雄叫びをあげるテスカトリポカ。

 無論そんなことに構う2人でもなく、ミサイルポッドへ執拗な攻撃を繰り返す童女によって結合崩壊、ザクザクと炎剣を前面装甲に刺しまくる男によってさらに結合崩壊を起こし、さらに男が地面に着いた数瞬後に出現した紫色の炎の渦によって、その場から一歩も動くことなく沈黙した。

 

 

 

「よっわいなぁ……歯ごたえ、あんま無さそうだ」

 

「むー、久しぶりにクビナガ食べたくなってきたぞ!」

 

「ん、まぁ美味ぇな。しっかし……ほんと、ビールが恋しいなぁ……」

 

 

 

 あぁ。

 

 そう、そのために常に持ち歩いていたんだ。

 

 

 

 捕食を行う2人に近づく。

 

 

 2人は食事に夢中で気が付かない。

 

 

 

 

 

 

「ほらよ」

 

 

 

 

 

 

 その2人に向かって、2缶。

 

 俺は配給ビールを投げた。

 

 

 

 咄嗟の事であってもしっかりと反応し、受け取る2人。

 

 

「んおっと……おぉ!? ビールじゃねぇか! 誰か知らんが、ありがとうよ! ……っく~、やっぱ美味ぇなぁ!」

 

「お? お? これ、どうやってあけるんだ?」

 

「ん、ここをこうやってだな……」

 

「お~! 出来た、ぞ!」

 

 

 ついでにテスカトリポカを捕食する。一応、特務に必要なコアだからな。

 これだけ近づいても飲み食う事に夢中な2人には呆れが出るが、そういえばそんな奴らだったと思い出して薄く嗤う。

 近くでレンもやれやれ、という感じで肩をすくめていた。

 

 

「っふぅ~……美味かった。つい一気に飲んじまったぜ。……っとぉ、スマン! 礼がまだだったな! 俺は――」

 

 

「……あれ? ニンゲン?」

 

 

「……はぁ。まだ気付かないか?」

 

 

『しょうがないですよ。見た目は完全に人間ですからね、君』

 

 

 

 ようやく振り返った雨宮リンドウがこちらを向いて固まる。同じように童女もこっちを向いた。

 

 

 

「あ、レンだ! ひさしぶり、だな!」

 

『はい、久しぶりです。リンドウ、君も久しぶり……だね?』

 

「――……あ、お……おう。レン――か。レン、だな。それで、こいつは……?」

 

 

 一度にたくさんの情報が入ってきてフリーズしていたらしい。

 雨宮リンドウは改めて俺達を見ると、まず初めに自分の神機であるレンを認識した。

 

 

「んー? 似てるー!」

 

「……確か……アオバ、っつったか……無事、逃げられたんだな……」

 

「おー、まだそこまで覚えてんのか。というか、かなり安定してんな。アーティフィシャルCNCも緑色だし……また地球に貰ったのか?」

 

 

「んん? んんー? あれ、おかしいぞー? 似てる、し……なんか、胸、痛くなってきた……」

 

 

 童女が疑問を浮かべ続ける。

 もう、仕方ないなぁ。

 

 

 レンの時と同じように、横に流している鮮血の様な髪を前に下ろす。

 

 

 少しだけ小首を傾げ、裂けるように嗤いながら、

 

 

 

 

 

「キィ……つってな」

 

 

 

 

 

 

「あー!!」

 

「ッ、お前……ッ!」

 

「サマエルー! 会いたかった、ぞー!」

 

 

 こちらに走り寄り、ジャンプして抱き着いてくる童女。

 あぁ、俺もだ。この身体は実に感情豊かで、心の底から湧きあがってくる――喜び。

 

 

「キィ……俺もだよ、シオ」

 

 

 しっかりと童女――シオを抱き留めて、頭を撫でる。

 あの頃は俺の方が小さかったが、この身体はシオより大きい。それに、抱きしめるための腕もある。

 

 

 やっと――会えた。

 

 

 凡そ人間の寄りつかない炎煮え滾る煉獄の底。

 

 ようやくココに、かつての3人と1匹――今では4人となった者達が再会(Reunion)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……道理で似てるワケだぜ……」

 

『リンドウ。君はどうするんだい?』

 

「……どうするも何も……どの道、どうしようもねぇだろ、これは」

 

 

 右目をなぞる雨宮リンドウ。

 シオをぎゅむっと抱きしめながら、その姿を見遣る。

 

 右半身はほぼハンニバルで、先程戦闘で使っていた通り背中の服が破れ、逆鱗のようなものが見えている。

 既にハンニバルとしての力を使い始めているのは、やはりもう――。

 

 

『……君の中にあるハンニバルを僕がねじ伏せれば、あるいは人間に戻れるかもしれないよ?』

 

「……そりゃ、お前さんを犠牲にしろって……そう言いてえのか?」

 

『あれ、わかっちゃうんだ……それでも人間に戻れるなら、やろうと思わないのかい?』

 

「……いいや。俺は、このままでいいさ。どうせ今回もエイジス島に……アレがあるんだろ? だったらソレに乗って、4人で月まで行こうや」

 

 

 レンが雨宮リンドウをハンニバルから人間へと戻す事が出来たのは、レンの偏食因子とハンニバルの偏食因子がぶつかり合い、神薙ユウの異常な感応現象のブーストを経て打ち克ったからなのだろう。

 とはいえ神機に残された偏食因子では、今まさに活動している偏食因子に克ち得るはずがない。それが出来るのなら神機の偏食因子をアラガミに直接投与する、というやり方でアラガミを駆逐できるからな。

 

 だが、雨宮リンドウの中に入って雨宮リンドウを傷付けず、さらにハンニバルのオラクル細胞と闘う事が出来るのは、雨宮リンドウの神機であったレンだけ。

 それはつまり、どうやっても雨宮リンドウが人間に戻るのならレンを殺す事になってしまう。

 

 

「んー、んむー! んむ、っぷは! レン、いなくなったら、シオイヤだぞー?」

 

「だ、そうだ。お姫様のお願いだ、諦めるしかねェさ」

 

『……全く。じゃあまた、4人で月に行こうか』

 

 

 と、話がまとまってきたところで悪いのだが。

 

 

「キィ……残念だが俺は月に行く気は無いぞ」

 

「えー!? なんでだー!?」

 

「お前さん……わざわざここでまで調和を乱すような事言わなくてもだな……」

 

『サマエルさん、もしかしてその身体……月では活動できない、とかですか?』

 

 

 あ、まぁそれもあったわ。

 確かにこの身体、酸素必要だな、うん。

 

 

「それもあるが……何、今回は色々と状況が違うのさ」

 

 

 色々と、違う。

 こんなにはっきりと地球の意志が聞こえるなんて事も前は無かったし、神機がここまで捕食に長けていると言う事も無かった。

 じゃあ何が変わったのか、という話。

 

 

「なぁ、覚えてるか? 俺達が死んだ時の事(・・・・・・・・・)

 

 

 そう、それが……一番の鍵である。

 










絵心が無いマン


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裏返ったり、ひっくり返ったり

ネタバレ回。



 

 月での生活は億単位で続いた。

 外敵らしい外敵は居らず、日々進化を続けるハイブリット生物たちと、変化を続けるアラガミたちを眺めたり捕食したりおちょくったりして、ジュラシックパークも真っ青な大恐竜時代を過ごし、更には文字を起こす知的生命体まで出現した。

 そいつらは人間より繁殖力が低く、そして縄張り意識が強かったために必要以上の範囲を侵略することなく、良い感じに発展していった。

 

 俺とシオとリンドウとレンの事も目撃されていて、ただそいつらは人間らしい形じゃあ無かったために同族とは思われず、アラガミの一種として……それも原初のなんたらっていう仰々しい名前までつけられて、それからも長い年月を生きていた。

 互いに不可侵。俺達もわざわざそいつらのテリトリーに行ってまで狩りをする事は無いし、そいつらもこっちをカミだのなんだのと崇めて近寄ろうとしない。

 

 まぁ何が言いたいかと言えば、知的生命体が出現してもなお、俺達は脅かされることなく生きていたんだ。

 

 

「けど、俺達は死んだ。だからここにいる」

 

「……うー? シオ、死んだのかー?」

 

「そういや俺……なんで死んだんだったかね……」

 

『僕も覚えていませんね……サマエルさんは覚えているんですか?』

 

 

 煉獄の地下街で話を続ける。

 ちなみにコンゴウ(ざこ)とコクーンメイデンはピターにあげた。この前の駄賃だ。雨宮リンドウは微妙な顔をしていたが。

 

 

「覚えてない。けど、それらしいものは見た覚えがある」

 

 

 思い出す。

 それは何の前兆も無い、いつもと変わらない狩りの時間。

 ゴッ、という大爆音と、一瞬で真っ暗になった視界。

 

 そこで記憶は途切れ、気付けばこの身体だ。

 

 

「えーと、えーと……むー、思い出せないぞー?」

 

『大きな音と突然の暗闇……それだけじゃ、なんとも言えませんね』

 

 

 あぁ。

 だが、アタリもついている。

 

 

「なんだよ、答え出てるんじゃねぇか……お前さん、つくづく人間らしくなったなぁ」

 

『あは、リンドウもそう思うかい? それで……アタリっていうのは?』

 

「キィ……あぁ、多分なんだが――」

 

 

 俺がそれを話そうとした、その時だった。

 

 突然、ビービッ! と腕輪が鳴ったのだ。

 

 

「……そういや特務中だったな。作戦行動制限時間5分前……だってさ」

 

『戻りますか?』

 

「あぁ。とにかく、だ。俺は月へ行くつもりはない。で、アーク計画も成功させる気はない。シオをコアに使うなんて言語道断だし、雨宮リンドウ、お前も使わせない。だからまぁ、適当に逃げててくれ。レンは俺と一緒だ。じゃないと、騒ぎになる」

 

 

 シオを離し、雨宮リンドウに向き直る。

 今のノヴァの母体は素材がほぼ集まっていない、スカスカの状態だ。

 俺達アバドンが文字通り血肉とならない限り、例え特異点のコアがあったとしてもノヴァ足り得ないだろう。

 

 流石にソレはヨハネス・フォン・シックザールもわかっている。

 だからこうして俺やソーマ・シックザールが特務に出ているのだし、神薙ユウが第一部隊のリーダーになれば奴も駆り出されるだろう。

 

 

「シオ、ノヴァの母体はお前を呼んでるか?」

 

「う? ううん、呼んでないぞ! アレ、いらないって!」

 

「雨宮リンドウ、お前さんはエイジス島になんか感じるか?」

 

「いや……感じねえ。ありゃハリボテも良いトコだろ……それよか、ちと腹が減ってきたな……」

 

「ん、探して――ってあぁ、今はそこまで耳良くないんだった……あー、じゃあ俺は退散するから、狩りに行ってきな。レン、行くぞ」

 

 

 地球はアレを欲していない。

 というより、消してほしいとさえ思っている。

 ノヴァの母体と、ヨハネス・フォン・シックザールさえも。

 

 

『はい。ではリンドウ、シオさん。また今度』

 

「おー! またなー!」

 

「あぁ……また、な」

 

 

 

 

 

 

 

 帰路に着く。

 ヘリは無い。歩いて帰る。

 段々、分かってきた。

 

 俺がやるべきことは最初からわかっているけれど、この世界がどういう場所であるのか――何故、GOD EATER BURSTやGOD EATER 2の世界からGOD EATER RESURRECTIONの世界へ移行したのか。

 前とここで、何が違うのか。

 

 

『……それで、アタリというのは?』

 

「ん? あぁ……簡単な話だよ。なんで俺達が過去の……というか、前の記憶を持っているのか。それは素材が記憶していたからだ。覚えあるだろ? お前さんは特に、さ」

 

『感応現象……ですか?』

 

 

 そう。

 人の想いを増幅して力にする現象――感応現象。

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラと神薙ユウの間に起こった記憶の再生や、レンが雨宮リンドウの中で起こした追憶の再生。

 これらはただの人間が起こし得る現象ではない。

 オラクル細胞あっての――”意志”に馴染んだオラクル細胞同士が触れあってこそ起こる現象だ。

 

 他、例えば世界を終える者の残滓であったり、世界を拓く者の残滓であったり、残滓という名の記録の再生もオラクル細胞あってのこと。

 そも、アラガミは考え、変化し続けると共に……形状を記憶している。

 よりよい形質を残し、さらに捕食に適した形へ変化するのがアラガミだ。

 記憶する、という点において、オラクル細胞は最も優れていると言えるだろう。

 

 

「感応現象による記憶の保管はオラクル細胞が起こす唯なる現象だ。つまり、前の記憶はオラクル細胞に保管されていたものなんだよ」

 

『……でも、それはおかしいんじゃないですか? だって僕達が死んだのは月で――ここは地球。月のオラクル細胞が、どうして地球に?』

 

「その前提が違うんだよ」

 

『? ……どういう』

 

 

 すっかり暗くなった空に浮かぶ青い星(・・・)を見上げる。

 そしてソレを指差し、

 

 

 

 

 

「あれが地球で、」

 

 

 

 地面を足で叩き、

 

 

 

「これが月だ」

 

 

 

 

 そう、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「些か時間がかかり過ぎではないかね?」

 

「すみません。何分、暑かったもので。それと、帰りの時間を考慮していませんでした」

 

「……そうか、ヘリを手配しないと伝えていなかったのはこちらのミスだな。以降は気を付けるとしよう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

 いやはや。

 ヨハネス・フォン・シックザールは、素晴らしい上官だな。

 積極的に自身の非を認めていくスタイルは、なるほど支部長に上り詰めるだけはある。

 そもそも雨宮リンドウの暗殺にしたって雨宮リンドウが勘繰りを入れたからだしな……ヨハネス・フォン・シックザール自身は人類の為だけに行動していた点を見ても、人間種族にとってヨハネス・フォン・シックザールはかなりの星なんじゃないかと思える。

 

 

『お疲れ様です。人間はやっぱり疲れますか?』

 

「ん。……まぁ、そうだな。睡眠が必要なのは不便だが……思ったよりいいものだぞ。微睡ってのは」

 

『それで、話の続きをお願いします。あはは、なんだかワクワクしているんですよ……不思議な感覚ですね。僕もリンドウやサマエルさんに毒されちゃったのかな?』

 

 

 アナグラへ到着してしまったので一度切っていた話。

 俺が仰向けに眠るベッドに馬乗りになって聞いてくるレンの瞳は、いつぞやのシオのように好奇心に満ち溢れていた。

 疑似”人”格とはよく言ったものである。

 

 

「続きって程話す事も無いけどな。ここは月で、あっちが地球。俺達を記憶していたオラクル細胞は惑星間を移動したんじゃなく、元からここに在ったんだ。やけに聞こえやすくなった地球の意志も、月の意志だったなら納得だ。月が乳幼児の頃から一緒に居るみたいなもんだからな」

 

 

 親和性はアッチより高いだろう。

 

 

『君が聞いた轟音と、突然の暗闇は?』

 

「それもオラクル細胞。地球のオラクル細胞だよ。俺達は気付いてなかったけど、月はかなり大きくなってた。超質量のオラクル細胞のおかげで引力も馬鹿にならない程に強くなってた。それこそ、地球を超えるくらいにな」

 

 

 そして、超えた後のサロス周期――月が地球に最も接近する周期のその日に、それが起こったんだ。

 

 

「地球の地表もまたオラクル細胞だ。それも、あれだけ大きい星を覆う程の。だが、度重なる終末捕食によって地中のオラクル細胞が噴出と埋没を繰り返した結果、結合が弱くなっていたとすれば」

 

 

 果物の皮を剥いた後に貼り付け、更に剥いて貼り付けていた所に超強力な掃除機登場。

 皮は物凄い勢いで果実から離れ、吸い込まれていきました。

 

 

『月の地表に、地球のオラクル細胞所以の地表が落ちてきた……と?』

 

「勿論全部じゃあないだろうけどな。だがここまで同じ文明、同じ歴史を繰り返すくらいだ。地球のオラクル細胞による記憶の保管が手助けしたとしか思えん。プレデターフォームの充実だって、地球の頃より豊満なオラクル細胞が可能としているんだろう。元地球のノヴァの母体と地球で起きた終末捕食の2つ分があるんだから」

 

 

 ラケル・クラウディウスが起こしただろう、ソレ。

 俺のもう一つの記憶にある神威ヒロが同じことをしていたのなら、もっと多いかもしれない。

 

 

『いや……それが本当なら、凄い話ですね』

 

「月からしてみりゃたまったもんじゃないだろうけどなぁ。折角楽園を築いたってのに、地球から厄介ごとを記録したオラクル細胞が落ちてきて、案の定世界が荒廃しちまったんだ。ハイブリット生物も月のアラガミも、あの知的生命体もぜーんぶ地面の下。台頭してきた人間とかいう生物が我が物顔で世界を荒らす……滅ぼしたくなる気持ちもわかるだろ?」

 

 

 だから俺が遣わされた。

 病巣になってくれと。癌になって、全体を滅ぼしてくれと。

 

 

『ということは……探せば、あのビール工場もあったりするのかな。僕の昔の身体とかも』

 

「さぁなぁ。ビールタンクの方は地面を掘りまくればあるいは……だが、お前さんの身体はもう分解されたんじゃないか? 神機なんて、オラクル細胞の塊だし」

 

『……そうだね。でも、同じ神機に僕の人格が宿ったのは……』

 

「月が手を回してくれたとしか思えんなぁ」

 

 

 月様様だ。

 だからこそ、今度は俺達が恩を返す番だ。

 

 恩返しの恩返しの恩返しだな。

 ウロヴォロスだ。

 

 

『月に行く気が無い、って言ってたのは、そういう事だったんですね』

 

「あぁ、あっちに戻って同じことをしたら、多分同じことが起きる。創世記を経て地表が落ちて、文明と歴史が繰り返す。それじゃあ意味が無い」

 

 

 だから、今度はここで潰す。

 人類を滅ぼし、月を楽園に戻す。

 

 

「キィ……そのためには、出来るだけ神機使いに生き残ってもらわないとな」

 

『あはは、悪い顔だ』

 

 

 

 そりゃ元からだよ。

 







はい。
元の地球            |地球の地表|地球|地球の地表|
現在見えている月              |地球|
現在居る地球   |地球の地表|地球ノヴァ母体|月|地球ノヴァ母体|地球の地表|

こんな感じです。


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足りぬ、足りぬ! 色々足りん!

ソーマ視点+ヨハネス視点



 

 いつだったかは覚えていない。

 俺がもっと幼い頃か、極最近か、それとも生まれた時か――。

 

 深い眠りに就こうとしていた俺に、あのクソ親父は語りかけていた。

 

『ソーマ。私は夢を見る。何か偉大な計画を打ち立て、実行し、そして潰える夢だ』

 

 俺の返事など期待していない。ただただ、自白の様に、懺悔の様に、クソ親父は呟いていた。

 重い目蓋がその表情を隠す。

 

『黒い竜のアラガミ。金の髪の男。……そして、人では無くなった私』

 

 口を開くのも億劫で、音を感じ取ることさえ気怠い。

 そんな中、親父の独白は続く。

 

『私は何度も原因を探した。あの夢が、何故潰える事になったのかを。なぜなら、その夢はまさに私が行おうとしていた事だからだ』

 

 これを俺に聴かせる意味はなんなのか。

 その問いの答えは、この夢が最後にならないとわからない。

 

『私は原因を2つに断定した。1つはあの金の髪の男だと。そしてもう1つが、コレだ』

 

 重い目蓋を持ち上げられる。

 眠ろうとしている俺を、無理矢理覚醒させたクソ親父の手の差す場所。 

 それはモニターに映る、1匹のアラガミ。生まれてからずっとアラガミを狩り続けている俺でも見た事の無い、鮮血の様な体色をしたアラガミ。

 

『ソーマ。このアラガミは私の夢だけではなく、人類種全ての天敵といえる。私は夢を見るのだ、ソーマ。アラガミとなった私は見た。地球で、人類を、神機使い(ゴッドイーター)を殺し尽くす鮮血を』

 

 血色のアラガミは嘲るような瞳と裂けるような笑みを浮かべている。

 まるで、人類(おれたち)の行いは全て無駄だとでも言うかのように。

 

『黒い竜と白い童女を従え、この星の覇者となる鮮血の姿を』

 

 あぁ、眠い。

 開いているはずの視界さえ、黒い泥に飲み込まれていく。

 

『ソーマ。彼の存在を見つけたのならば、どんな手段を以てしてでもその存在を滅してくれ。私達”人類”のために』

 

 人類の為という聞き飽きたフレーズ。

 だが、普段何を考えているかわからねぇクソ親父の、無理矢理開かされた視界に映ったその表情は、必死だった。俺に見せる事の無い感情の一端どころか、全てをして訴えかけていた。

 だから話を聞いてやるという事は無いが、記憶には残った。

 

『彼の存在の名は、サマエル。身体に返り血を浴びたような、鮮血の姿をしていて、歯車の軋むような音を立てる。……私の見つけた種は白く、彼の存在ではなかった。だからソーマ。お前が――』

 

 あぁ、眠い。

 眠い。眠い。眠い。

 何故俺はこんなにも眠いのか。ここまで疲れると言う事が今までにあったか。

 

『――そして、計画が成就した時には――私を殺してくれ、ソーマ』

 

 意識が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーマ? 聞いているのか、ソーマ」

 

「……あぁ、聞いている」

 

「……ならばいい。作戦は完了した。神薙ユウ、これからはお前がリーダーだ。よろしく頼むぞ」

 

 あれはいつだったのか。

 それすら覚えていない曖昧な記憶の中で、唯一鮮烈に覚えているアラガミ。

 サマエル。その名を思い出すと、妙に俺の中の化け物(アラガミ)までもが疼く。

 

 任務中、それとなく探してみたが、その存在は発見できなかった。

 クソ親父の言っていた白い違う種――アモルというアラガミはいたが、到底脅威になるとも思えない。

 

「そして」

 

 だからこそ、気が立ってしまった。

 アイツを見たその瞬間、その顔が、その姿が、その色が――余りにも似ていたから。

 あいつと対峙すると、俺の中の化け物が激しく騒ぎ立てるのだ。

 

「夏江アオバ。お前が、サブリーダーだ。しっかりやれよ?」

 

「うす」

 

 普段の気怠い表情ではわからないが、あの時俺が問うた「人類を何だと思っているのか」という言葉に見せた、あの顔は紛れもなくサマエルだった。

 馬鹿らしいと、アラガミと似ているだけで殺されなければいけないなどと馬鹿馬鹿しいと、俺も思う。

 だが、余りにも人類を同族として見ていない――俺よりも化け物に近いソイツが、目障りだった。

 

「アオバ、お前はユウのフォロー他、各員のフォローも任せる。……いいな、これは命令だぞ?」

 

「うげ……はぁ。それがご命令とあらば」

 

 だが同時に、コイツを殺させてはいけないと思う自分もいた。

 あの野郎を暗殺したがって無駄に高度な任務を回していたクソ親父が、あの任務に単なる数合わせでコイツを組み込んだとは思えない。一歩間違えば、そのまま2人とも帰還した可能性だってあるのだから。

 何故、そんな賭けをしたのか。

 

 どちらも殺せれば万々歳と考えたのか、あるいは――。

 

「ソーマ? おい、ソーマ?」

 

「……なんだ」

 

「『……なんだ』じゃなくてさ! どう? 今度ユウとアオバの就任祝いパーティやろうと思うんだけど……お前も来ない? さっきアオバからも承諾もらえたしさ!」

 

 ……思い切って、アイツ自身に聞くのも手か。

 サマエルというアラガミとの、関係の有無を。

 

「……あぁ、行く。日時は任せる」

 

「やっぱダメかー……ってうぇええ!? い、いいの!? なんだよ、アリサもだけど、ソーマまで付き合いよくなったな……なんかあった?」

 

「特には。あったとしても、あなたには話しませんけど」

 

「別に……来てほしくないなら、行かないが」

 

「……うぉぉぉぉおおおやっぱり俺には冷たい……! いや、来てほしい来てほしい! 日時はまたメールするから、よっしゃ、今度はあの空気を創らないようにしないと……!」

 

 騒がしい奴だ。

 奴……リーダーはサカキのおっさんと似た胡散臭い笑みで俺達を眺めているが、コウタを見る目線だけは母親のそれだ。

 ……騒がしいがまぁ、悪くは無いか。

 

「ふぁぁぁ……んじゃ初恋ジュース100本、しっかり調達しろよ~」

 

 アオバが眠そうに昇降機へ入って行く。

 

「初恋ジュース100本って……あなた、どうやって調達する気ですか?」

 

「え? いや、フツーに。……あれ、超不味いじゃん? だから在庫が山のようにあるんだよ。っていうか、誰も買わないのに誰かが大量生産・大量注文してるみたいで、倉庫整理の職員の人が愚痴ってたよ。むしろ消費してくれるなら大助かりだって、かなり安い値段で卸してくれたくらいだし」

 

「……サカキ博士でしょうね」

 

「あのおっさんだな」

 

「全く、アレは僕でも不味いと思うのに……」

 

 俺でさえ、不味いと思うんだがな。

 アイツの味覚はわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「期待通り、滞りなく任務を完遂してくれたようだね。まずは祝辞を述べさせてもらおう……リーダー就任、おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「よろしい。さて、ここに足を運んでもらったのは他でもない……リーダーの権限と義務について触れておこうと思ってね」

 

 ヨハネスは目の前の男を眺める。

 金の髪の優男。何度も見た夢に出てくる、計画の頓挫の原因であり、同時に全てのアラガミをたった1人で屠ることができる可能性のある男。

 自身の絶望であり、人類の希望である男。

 

「まず権限の強化だ。君にはリーダー専用の個室が与えられる。前リーダーの雨宮リンドウ大尉が使用していた個室だ。その際、ターミナルにアクセスして使用者権限を更新しておくように。一般隊員では閲覧不可だった情報などが開示されている。開示された、という意味を理解してくれたまえよ?」

 

「はい」

 

 ヨハネスの友であるペイラーにも似た、何を考えているのかわからない瞳。

 だが同時に、この男が人類の敵に回る事だけは絶対にないと断言できる。それは言わば、人間の細胞の根幹にある信頼だ。

 

「さて、義務の方だが……君には、雨宮大尉が受けていた通常とは異なる任務――特務を受けてもらう」

 

「特務」

 

 だからこそヨハネスはこの男を放置した。

 計画の障害となることはわかっているが、この男を失うのは余りにもの損失だから。

 なれば利用し、障害となるとわかった上で計画を練り直せばいい。

 

「細かい指示は追って伝える。今日は君も疲れているだろう、ゆっくり休みたまえ」

 

「発言の許可をいただけますか?」

 

「……いいだろう。なんだ?」

 

 あの白いアラガミにアモルと名付けたのは、何も求める心を失ったからだけではない。

 確かに求心を無くし、それを愛の神アモルに準えて名付けたのは確かだが、それだけではないのだ。

 

 嘆きの平原から掘り出された、純白のコア。

 コアの状態で掘り出されたそれは、素材が――何のアラガミのコアであるのか、判明しなかった。

 同時に、全てのアラガミのコアと低い値ではあるが近似する材質が見られたのだ。

 純白のアラガミと、純白のコア。

 あのアラガミを捕食した神機使いに言ってそのコアを調べさせてもらったが、なるほど。

 純白のコアと、値がほぼ同じだった。無論、大小の違いは大いにあったのだが。

 

「その特務……アオバも受けていますよね」

 

「……ああ、夏江アオバくんも、その卓越した戦闘能力からフェンリルより任が降りている」

 

 そして、その純白のコアと唯一適合した少女――夏江アオバ。

 鮮血を想わせる髪色に、キツく釣り上がった金の瞳。そして、裂けているかのような口。

 

 どれもが、あのアラガミを彷彿とさせる。

 

 あのアラガミがいない此度の現世において、あのアラガミと同じ神属だろう白いアラガミ。そのコアと唯一適合した少女が、あのアラガミの特徴を兼ね備えている。

 ここまで符号が一致して、関係が無い方が不自然だ。

 

「それが、どうかしたのかね」

 

「いえ……彼女は確かに戦闘技術に優れていますが、1人になった途端自身の命を省みずに突撃する傾向があります。可能であれば、出来る限り彼女の特務と僕の特務を合わせて頂けないか、と」

 

「……ふむ」

 

 夢の中で、ヨハネスは最後の最後まで特異点を手中に収める事が出来なかった。

 だが、わかったこともある。

 特異点となりうるアラガミは、より上位の個体を捕食し変化し続けた個体であると。

 で、あるのならば……あの白い童女にこだわる必要はない。

 

 他の神機使いの追随を許さない程に捕食行動を行い、さらに自身の怨敵たる姿をしていて、元から手元にある。

 

 遣わない手はない。

 

「……いいだろう。出来うる限り、彼女と君の特務を合わせるとしよう」

 

「ありがとうございます」

 

「ご苦労だった。戻りたまえ」

 

 あの少女の神機を、特異点に。

 それが、ヨハネスが表向きに行っている特異点の捜索の裏、密かに試行し続けている計画だった。

 












今回原作沿いのタグないですからお気を付け下さい


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この状況がフラッシュグレネード

ちょっと遅れました


 

「はぁ……」

 

「どうしたんだい、アオバ。溜息なんてついて」

 

「……」

 

 上目遣いで、しかし殺意の籠った睨みを向けてきたアオバ。

 アオバは何も言わずに昇降機へと入って行った。

 視線に込められた意味は恐らく、「お前のせいなんだがな」だろうね。

 

「うーん、上手く行かないなぁ」

 

「よっすユウ。どした? お前が溜息って、かなり珍しいんじゃない?」

 

「あなたと一緒にしないでください。リーダーはあなたと違って悩み事も沢山あるんです。あ、私で良ければ、その、相談に乗りますよ」

 

「ひでぇ……」

 

 コウタとアリサが話しかけてきた。

 この2人も随分と余裕が出てきたというか、しっかり実戦経験を積んでいっぱしの兵士になってきたなぁとしみじみ思う。僕と同期なんだけどね?

 アリサも、だいぶ落ち着いてきたし。

 

「うん……まぁ、アオバの事だよ。この前一緒に任務に行くことがあったんだけど、「そんなに僕の事嫌い?」って聞いたら「大嫌いだ」ってはっきり言われちゃってね……。リーダーとサブリーダーの関係と割り切るにしても、もう少し近づけなきゃ連携も取り辛いだろうし、なんとかできないかなぁって」

 

「あー……アオバかー……」

 

「私も、仲良くしたいんですけど……当の本人が……」

 

 そうなんだよねぇ。

 取りつく島もないというか、むしろねずみ返し張りに境界を引いているというか。

 こっちがどれほど頑張っても踏み込めそうにないというか。

 

「あ、でも俺リッカちゃんから聞いたんだけどさ……アオバが、神機保管庫近くで誰かと談笑してたらしいよ?」

 

「え……え? アオバが?」

 

「俺も聞いた時は聞き間違いじゃないかっておもったんだけど、間違いないらしくてさ。神機保管庫の出入りの記録は取ってあるからアオバなのは間違いないらしいんだけど……」

 

「だけど?」

 

「うん、その相手が誰なのかわからないんだって。記録に残ってないから、アオバが独りで笑ってたんでもなければ、神機相手に話しかけてたんじゃないかってリッカちゃんは言ってたけど」

 

 ――……。

 

「流石にそれはないかと……リーダー?」

 

「うわー……ユウがサカキ博士ばりの笑顔を浮かべてる……」

 

 なるほど、なるほどね。

 心当たりがあったよ。アオバ、君はあの子が見えるのか。

 

「ふふ……ちょっと、僕は行く場所が出来たから、行ってくるよ」

 

「お、おう……進展したら教えてくれよな!」

 

「リーダー、私も付いて行っていいですか?」

 

「ちょおっ!?」

 

「うーん、来ても何が起こってるかわからないんじゃないかなぁ。……まぁ、止めはしないけどね」

 

 まさかアリサにあの神機へ触ってもらうわけにもいかないしね。

 さて……話を聞きに行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、アオバ。こんな所で何をしていたんだい?」

 

「……楠リッカか」

 

 迂闊だった。

 考えればわかることを。馬鹿か、俺は。

 浮かれ過ぎだ。

 

「おっと、リッカちゃんは何もしてないよ。だからそんな怖い顔をしないでくれるかな」

 

「……別に、楠リッカをどうこうするつもりはないさ。自分の愚かさを嘆いてただけだよ」

 

 コイツが訪ねてくる、という時点で、コイツの中で結論は出ているのだろう。

 入隊してから短い間しか会話らしい会話はしていないが、それくらいはわかる。

 なら、誤魔化す方が無駄だ。

 

「……本当に見えているんだね」

 

「話が早くていいだろ? で? 見えてたから、なんだ?」

 

「事を早急に進め過ぎだよ、アオバ。別に見えているからって何もしないさ」

 

 そう言ってニコニコと笑う神薙ユウ。

 信用ならねぇ。

 

「本来は第一部隊の隊長として不審な所作のある隊員を支部長に報告する……くらいは、やるべきなんだろうね。けど――トップが最も不審ときたものだから、僕はこの事実を内に潜めておくことにするよ。これで納得してくれるかい?」

 

「……特務か。大方、ペイラー・サカキの遺したディスクでも見たか?」

 

「……驚いたな。流石にそこまで見通されるとは思ってなかった……うん、話が早くていいね。そこにいる子含めて――どうかな、共犯者(・・・)にならないかい?」

 

 これだから。

 これだから――こいつは、

 

「嫌いだな……」

 

「ひどいな」

 

「嫌いだが、良いだろう。俺としてもあの支部長は無益だと感じていたし、斬り捨てた方がメリットは大きい。俺の大切な物を狙った報復もしなけりゃならんしな」

 

「大切な物? ……アオバにそんなものあったんだ。意外だけど」

 

「意外だろうな。遥か(・・)少し前の俺には無かったものだが、案外これが心地いい。なるほど、自らの死を省みずとも守りたくなる気持ちというのはこういうものかと、ようやく理解できた気分だ」

 

「不思議な言い回しだね。まるで、アオバには人間じゃあ無かった時でもあるみたいだ」

 

「さてな。こんなものを振り回している時点で、俺達は真っ当な人間じゃあないのは確かだろうさ」

 

 こんなもの、と。

 雨宮リンドウの神機を手の甲で叩く。たとえこんな一瞬の接触であっても、本来ならば浸食が起きかねないソレ。

 それに対し神薙ユウが驚く前に、『こんなもの』と言われた事に不服がある存在が不満をあげた。

 

『酷いなぁ。こんなものって……これでも、神機たちはみんな神機使い(きみたち)の事を大事に思っているんですよ? たとえ投げられたり蹴られたりされようとも』

 

「すまんすまん。俺が言いたかったのはオラクル細胞を、ってトコだ。どうせ、ソーマ・シックザールのマーガナルム計画も見たんだろう? あれとは少し偏食傾向が違うとはいえ、似たようなモンが俺達にゃ詰め込まれてんだ。この神機と腕輪から、な。真っ当な人間とは言えないだろ」

 

『サ……アオバさんは結論が極論過ぎますよね。1か2……いや、0か100しかない』

 

「これでも丸くなった方なんだぜ?」

 

 昔は殺せない(0)殺す(100)かだったわけだしな。

 今はちょっと違う。

 

「……談笑していた、と聞いていたけれど……本当に仲が良いんだね。皮肉気味とはいえ、心から笑ったアオバなんて初めて見たよ」

 

「そりゃ、嫌いな奴らに囲まれてる状況で威嚇以外の目的で笑う奴なんかいないだろ」

 

「はは……所で、どうしてその子が見えているのかとか、なれ初めとかは……教えてくれるのかな?」

 

『それは……』

 

「俺がこの極東支部をぶらついてた時に、こいつが声をかけて来たんだよ。『少しいいですか? ちょっとお話良いですか?』ってな」

 

『ちょ……』

 

 昔でこそあの姿だが、今は曲がりなりにも少女の身。

 まるでナンパだな、こりゃ。無論、コイツに性別もへったくれもないだろうが。

 

「……余程その子に気を許しているんだね、アオバ。君……レンと言ったかな。参考までに、アオバに心を開かせる方法を伝授してくれないかい?」

 

『あなたには一生無理だと思いますけど……』

 

「その通りだな。ま、支部長の件は利害の一致で協力してやるが……俺はお前も、お前達も仲間だとは思っちゃいねぇ。それを念頭に置いて行動してくれや」

 

「……道は険しいなぁ」

 

 険しいんじゃなくて断崖絶壁なんだよ。

 道なんかないんだよ。

 

「監視の目は潰してあるが、楠リッカの件もある。事を起こすんならレンに託けしろ。そうすりゃ、誰にもバレずに俺に伝わるからな」

 

『僕は機密メール扱いですか? それならまだこんなもの、って言われた方がいいなぁ』

 

「見える奴がいないってな、それだけでアドバンテージだろ」

 

「……それについてなんだけどね?」

 

 神薙ユウが、珍しくばつの悪そうな顔で……神機保管庫の入り口を見る。

 そこには同じくばつの悪い顔をした存在が居た。

 

「……アリサ・イリーニチナ・アミエーラ」

 

「その……盗み聞きするつもりはなかったんですけど……」

 

「あはは、ここまで話が早いと思ってなくてね……アリサ、他言無用なのはわかっているよね?」

 

「は、はい! それは言いませんけど……リーダー、アオバ。そこにいる(・・・・・)のは何なんですか? 見えませんけど……何か、いますよね」

 

 その言葉に、俺も、レンも、そして神薙ユウも目を見開いた。

 神薙ユウはその身に雨宮リンドウの神機――つまり、レンの偏食因子を入れた。

 故に神薙ユウの側でレンは出現できるし、神薙ユウは声や姿を認識できる。俺はまぁ、言わずもがなだが。

 

 だが、アリサ・イリーニチナ・アミエーラは違う。

 何故……。

 

『僕は確かに僕の偏食因子を持っている人にしか認識できないけれど、物質界には存在しています。恐らく、彼女は僕が干渉する外界の変化を感じ取った……ということかな?』

 

「それが本当だとすれば、慧眼というより魔眼だな……。お前が外界に及ぼす影響を見抜く? は、流石は極東人ってところ……あぁいや、アリサ・イリーニチナ・アミエーラは極東出身じゃなかったな……」

 

「だってリーダーもアオバも虚空に向かって喋っているし……それに、先程リーダーが『君、レンって言ったかな?』と言っていた辺り、少なくともアオバとリーダー以外の誰かがいるのはわかりますから」

 

「キ……なんだ、そういうことか」

 

 なんだ……俺達のミスか。

 そうだよな。何もないトコに喋ってる奴が2人いたら、集団幻覚か集団妄想か、どちらでもなければそこに見えない何かがいるって考えた方が普通……か。

 普通か?

 

「それに、その……失礼ですけど、リーダーだけじゃアオバをああいう風に笑わせられると思えなかったので……」

 

「キ……正解だ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。それで? 他言無用にしてくれるならありがたいが、お前は何か思わないのか? 俺とコイツが叛逆を企てている事についてとか、俺がお前達を仲間と思っていない事に付いて、とか」

 

「……その、私も……支部長には、不信感を覚えていたんです」

 

「へぇ?」

 

「以前病室で……サクヤさんと話をしました。あの時、私が陥った病状……そして、あの日の任務記録が抹消されている事実。任務記録の抹消なんて、できる人は限られてくる……私に対する洗脳も、同じ。そしてロシア支部に問い合わせた所、私を呼びこんだのは他ならぬ支部長だとわかりました。私の主治医についてくるように言った人物も」

 

 ……正直、驚いた。

 行動が早すぎないか。俺の記憶に在る限り、この時期はまだヨハネス・フォン・シックザールはおろかオオグルマ・ダイゴにすら辿り着けていなかった気がするんだが……。

 まさか、こいつにもあるのか? 

 

「僕の方も、半ばサカキ博士に誘導される形だったけれど……支部長の隠してきた真実がどういうものなのか掴んでいるよ。あの計画については僕が思う所は無いけれど、それによって害される人々が多すぎるのは少し、ね。救命ボートに航海士がいるのは良いけれど、何も船に在る他のボートを潰す必要はないと思うんだ」

 

『そもそも僕達神機にとっては、あのやり方は裏切りに近い。ゴッドイーターも神機も切り離すなんて、僕は認められませんよ』

 

「それと、アオバが私達を仲間に思っていないというのは……私は、あなたにそれだけの事をしてきましたから。これから、取り戻していくつもりです」

 

「は?」

 

 ……あー。

 そういう。

 そういう勘違いイラナーイ。

 

「アリサ。アオバには何か、支部長に敵対してまで守りたい大切な物があるらしいんだ。多分攻略のカギはそこだと思うんだよね」

 

「先程の話ですね。アオバの口から『大切な物』って言葉が出てきた時には驚きましたけど……案外、家族なんじゃないかと思っています。あの時の声色は、普段からは考えられないくらい優しかったですから」

 

「家族。家族か。なるほどね……うん、やっぱりアリサがいてよかったかな」

 

 本人を前にしてそんなことを話し合う奴ら。

 まぁ、間違っちゃいない。確かに家族だ。

 

『……所で、いいんですか? 流石に2時間もここにいたら、怪しまれるんじゃ……』

 

「キ……マジか。もう2時間も経ったか……んじゃ、そろそろけーるわ。またな、レン」

 

「僕も戻ろうかな……アリサ、後で僕の部屋に来てくれるかい?」

 

「はい。……アオバ! ……その、あなたは、絶対に死なせませんから!」

 

「……?」

 

 え、なに?

 何の話?

 

「今度こそは……私の手で、あなたを守り抜いてみせます!」

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラは決意の瞳と共に宣言する。

 

 俺はアリサ・イリーニチナ・アミエーラと共にでて行こうとしていた神薙ユウの首根を掴み、引っ張った。

 引っ張って顔を近づけ、問いただす。

 

「……おい神薙ユウ。一体何を吹き込みやがった」

 

「それが僕もわからないんだよね……原隊復帰してから、ずっとあの調子で……。憶測だけど、リンドウさんを自分の手で殺してしまったと思っているから、同じく閉じ込めてしまった君を守りたい……って所じゃないかなぁ」

 

「本当に憶測かソレ。具体的過ぎるだろ」

 

「一応事情は聴いたからね。アリサの記憶に在る両親の仇のアラガミがリンドウさんにすり替わっていた事と……アリサが、君に似たアラガミに殺されたっていう記憶がある事。どっちも洗脳だとしたら、確かにリンドウさんと君は狙われていた事になるだろ?」

 

「――……!」

 

 やっぱり……あるのか、記憶が。

 前回の記憶……いや、そうか。確かにオラクル細胞が流転しているのだとしたら……同じ人間の僅かな、本当に僅かな偏食傾向の差異によって個を識別し、同じ奴に同じオラクル細胞が宿っても不思議じゃあない。

 

 シオやレンがはっきり覚えていたのは全身がオラクル細胞であるから……雨宮リンドウも、半身が、というかそろそろ全身が”そう”なるだろうから記憶の引継ぎが完全であってもおかしくはない。

 つまるところ、ゴッドイーターという種――身体に少しでもオラクル細胞を入れている存在は、前回を覚えている可能性がある、ってことだよな。

 

「君もリンドウさんを引き継ぐ形で特務を言い渡されたらしいじゃないか。狙われている可能性は、零じゃあないと思うよ?」

 

「……だが、俺を狙って何になる?」

 

 つまり……オラクル含有率が高い奴ほど覚えている可能性が高いってわけか。

 ゴッドイーターだと……台場カノンとソーマ・シックザールが危ないな。あぁ、ソーマ・シックザールの「お前は人間を何だと思っていやがる」って問いは……もしやそう言う事か?

 逆に、大森タツミはいいとして……引っ込み思案な台場カノンまでもが俺についたのも、何か洗脳を受けている、みたいな勘違いをしている可能性も出て来たな。

 

 いやはや……面倒な。

 

 

「――ほう。お前達、そこまで仲良くなっていたのか。隊長と副隊長の関係が劣悪だとコウタから相談を受けていたが……どうやら杞憂だったようだな」

 

「あ、ツバキさん」

 

 確かにアリサ・イリーニチナ・アミエーラに聞こえないよう物理的に急接近したのは事実だが、仲良くなってなんかいない。

 もっとも、雨宮ツバキもそれを見越してのからかいのようだが、存外面倒なからかいをしてくるものだ。

 

「あはは、そうだったら良かったんですけどね」

 

「なんだ違うのか。つまらんな。……まぁいい。夏江アオバ。サカキ博士がお前を呼んでいる。至急、ラボラトリに向かうように」

 

「……? はい」

 

 なんだ?

 何用だ?

 

「じゃあね、アオバ」

 

「アオバ、また」

 

「へいへい」

 

 ……なんだかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー! サマ……あおば! 久しぶり、だな!」

 

「よ、元気にしてたか? サマ……アオバ」

 

「酷いじゃないかアオバ君。人に近づいたアラガミの少女と、理性を取り戻したリンドウ君に出会っておいて……秘密にしておくなんて。それも、こんなに仲良くなっているなんて」

 

 扉を閉めたくなった。

 












もう皆さんお気づきかと思われますが、夏江アオバって名前は

夏=サマー+江(ル)
アオバ→"アバ"ド"オ"ン
です。


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兎は月見て面食らう

前話と打って変わって短いです。


 

「――数時間前の事でね。

 特務……あぁ、ヨハンが君達に課しているアレのことだけど、それに出撃していたソーマが、驚きの情報を私にくれたんだ。ヨハンを通さず、私に直接ね。

 それがこの少女……シオといったかな。彼女と、脳にまでオラクル細胞が達しているにも拘らず理性を完全に保っているリンドウ君を発見した、という情報だ。正直、この私でさえ耳を疑ったよ……アラガミ化した神機使いは、一部の例外も無く”アラガミ”として食欲だけに突き動かされる存在になるはずなのに、リンドウ君は冷静も冷静。会話までできるんだから。

 そして、2人が私を見た時……正確に言えばこのラボラトリに極秘で入ってきた時の開口一番が、「アオバはどこにいる?」だった事が、何よりの驚きだね。

 さて、夏江アオバ君。君はどうしてこんなに大事な事を黙っていたんだい?」

 

「あんたらより、こいつらの方が大事だったからだよ」

 

 包み隠さず言う。

 この身体は表情の抑えが効かないらしく、気付いていない内に笑っていたり、逆に顔をしかめていたりと感情の露出が激しい。

 故に、言葉でどう取り繕ったってコイツ相手には通用しない。

 

「おー! あおば、シオの事だいじか!」

 

「おう。お前と雨宮リンドウと、そんでアイツに関しちゃ俺の家族だと思ってる。あぁ、こいつもな」

 

 コイツ、と。

 足で地を叩く。一応、共に育ってきた仲間みたいなものだし。

 なぁ、月さんよ。

 

「それよりアオバ、腹が減ったんだが……狩りに行ってきていいか?」

 

「シオも腹へったー!」

 

「あー……ヨハネス・フォン・シックザールに見つかれば100%拉致られるだろうしなぁ。しゃーない、なんか狩ってきてやるよ。晩飯は何が良い?」

 

「やっぱビールには鳥肉だろぉ?」

 

「いいな! シオも鳥たべたいぞ!」

 

「シユウ……いや、セクメトか。OK、行ってくる」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれるかな?」

 

 ん?

 ……あぁ。

 いつもの感覚だったわ。

 

「話なら後で聞くよ。それより、こいつらの腹減りの方が問題だ。理性があってもアラガミだからな、食おうと思えばその辺の壁も食えるんだぜ?」

 

「壁は、不味いー!」

 

「わーってるって。たとえばだよたとえば」

 

「その食事の事だけどね……ソーマ、一緒にいってくれるかい?」

 

「……ああ」

 

 奥の部屋から出てくるソーマ・シックザール。

 コイツもコイツでなんか……いや、そうだった。

 覚えている可能性があるなら、早いのも驚く事じゃあないな。

 

「しかし、セクメトが欲しいと言っていたけれど……今から探すのかい? 観測班に頼むのは難しいということはわかっているだろうね?」

 

「そもそも人間に頼るつもりなんてないからな。ちょっと待ってろ」

 

 もう敬語を使うつもりはない。

 というか、シオと雨宮リンドウの前では素のままでいたいというのが本心だ。

 

 さて、と。

 俺はしゃがみこみ、床に手を付ける。

 

 月ー、サマエルさんが聞きたいんですけどー、セクメト種ってどっか近場にいませんかねー? 最悪シユウ堕天でもいいんですけどー。

 ほう、嘆きの平原にセクメト2体とシユウ堕天2体。

 うん、地球だと思っていた頃より意思疎通がしやすくていいな。

 

「……おい、なにをしている?」

 

「ん? セクメトがどこにいるかを、な。嘆きの平原に行くぞ」

 

「……何を言っている?」

 

 さーて、セクメト狩りだな。

 ついでに俺も捕食で味を確かめさせてもらおう。火属のダチョウ……焼き鳥か。

 なるほど、確かに美味そうだ。

 

 しかしセクメト含め、シユウ種って人型に近いのに……末端なんだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺はセクメト2匹やるから、ソーマ・シックザールはシユウ2匹な。逐一受け渡し弾と回復弾は撃ってやるからバーストやバイタルは気にするな。攻撃一辺倒でいけ」

 

「……ああ」

 

 何の説明も無しに『嘆きの平原にセクメトがいる』と言って出撃したアオバ。

 それを不審に思いつつも付いてきたソーマ・シックザールは、本当に嘆きの平原に4体のアラガミ……シユウ堕天2体とセクメト2体が居た事に驚いた。驚き、アオバに不信を募らせる。

 同時に、それが『狙われている原因』なのではないかとも考えた。

 自身の父親――ヨハネス・フォン・シックザールならば、どこにアラガミがいるのか直感でわかる、などという特殊能力の持ち主を目の上のたんこぶ扱いする可能性は少なくは無い。

 

「……」

 

「ん? なんだ、不満か?」

 

「いや……良い。先に行く」

 

 開始地点の千切られた鉄道上から降りる。

 シユウ種。人型のアラガミで、素早い動きが特徴的。アオバに言わせれば、ダチョウ。

 スタンは無効化してある。ならば、自身が気を付けるべきはセクメトの方へ合流させない事。

 

 なるほど、楽な任務だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……ちょっと話がある」

 

「おん? なんだ、撃ち渡し頻度の話か?」

 

「いや……お前と、サマエル、というアラガミについての話だ」

 

「――……」

 

 何の不都合も無くセクメト2体を屠った後、同じくシユウを屠り終えたソーマ・シックザールが話しかけてきての、コレ。セクメトは美味かった。

 しかし直球で来たな。どうやら、コイツも記憶があるようで。

 

「どうやら本当に知っているようだな……。クソ親父が、狙っていたアラガミだが……お前との関係を、聞きたい……」

 

「ヨハネス・フォン・シックザールが……?」

 

「ああ……サマエルというアラガミが、人類を殺し尽くすとも言っていた……。お前は、そのアラガミに、良く似ている……」

 

 ……そうか。

 ヨハネス・フォン・シックザールはアルダノーヴァとなる存在。恐らくその前準備として、体内に多少のオラクル細胞を入れていたという可能性は無きにしも非ずだろう。完全に憶測になってしまうが、完全に生身で人工とはいえアラガミに飲まれたとは考え難い。

 つまり、ヨハネス・フォン・シックザールも記憶持ちか。

 

 しかし……人類を殺し尽くす?

 セルピナやディアーナになった頃の記憶があって、人類が居ない事を勘違いしたのか?

 それとも……俺がルシフィルとなっている時の記憶がある?

 

「お前が人間なのは……間違いない。サカキのおっさんにお前のメディカルチェックのデータを見せてもらったが……俺みたいな化け物よりも、人間だった。だから、聞きたい」

 

「おいおいそういうのって他人に見せるもんじゃねーだろ……」

 

「お前は、俺達の……敵か?」

 

「……」

 

 ソーマ・シックザールのその問いは、俺に答えを詰まらせた。

 人類の敵か否か。

 そりゃあ勿論、敵だ。前回とは違うアプローチとはいえ、月にとって害となる人間を滅ぼしたいと言う気持ちは変わらない。人類という種を残すことを選択した地球と違い、月はもう割り切っている。人間は必要ないと。 

 だが、ここで正直に答えるメリットは無い。

 

「少なくとも仲間じゃあないな。それだけは間違いない」

 

「……あいつ……リンドウや、あの人型のアラガミはどうなんだ」

 

「仲間って言うか、家族だな。シオと雨宮リンドウともう1人は、紛れもない家族だよ」

 

「……アラガミだぞ」

 

「アラガミだな」

 

「チッ……」

 

 自身を化け物と蔑むソーマ・シックザールにとって、アラガミを家族であると言い切る俺の存在はさぞかし目障りな事だろう。

 と言ってもお前は違うけどな? アラガミにも個体があるんだって事を理解してもらわないと。

 

「ほら、食いしん坊たちが腹好かせて待ってる。とっとと帰るぞ」

 

「…………ああ」

 

 こりゃ全く納得してないねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ! よく帰ってきてくれた! アオバ君、早く彼らを抑えてくれたまえ! でないと、私の研究室が穴だらけに!」

 

「だーから言ったのに」

 











さて、誰がどの記憶を持っているのやら。


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Save tune yet a bow finale

せいぶちゅーんやぇっとあぼうふぃなーれ


 

「さて……改めて、話を聞かせてくれるかな。夏江アオバ君?」

 

 

 普段の胡散臭い笑みをさらに深め、有無を言わさぬという声色で俺に問いかけるペイラー・サカキ。シオと雨宮リンドウはラボラトリの奥の部屋――隔離部屋にいて、今このラボラトリにいるのは俺とペイラー・サカキ、そしてソーマ・シックザールの3人のみだ。

ソーマ・シックザールはもしものために備えているのか、隔離部屋の扉に背を預け、腕を組んで俯いている。

 

 

「別に、話す事なんかなんもないっすよ」

 

「そんなことはないだろう? アラガミの少女……シオ君と言ったか。彼女は明確にリンドウ君と君の事を『家族』として認識している。……これは凄い事なんだよ、アオバ君。なんせ、『考えて、喰らう細胞』の塊でしかなかったアラガミが、『家族』という”絆”を認識している、という事なのだから。”絆”を認識できる彼女と他のアラガミとの違いを明確なものにすれば……あるいは、アラガミという種との共存も夢ではないのだからね」

 

 

 残念ながらそれは叶わぬ夢だろう。

 何故なら他のアラガミとシオは元を同じくするオラクル細胞であり、他のアラガミは「そういったことを認識する機能」を必要ないと考えた結果、より捕食に特化した姿へと変化していったのだから。

 もしその「絆」とやらが捕食にとって最善手であるとオラクル細胞が断じていたのであれば、この世界はシオの近似種だらけになっていたことだろうがな。

 

 

「……くだらねぇ。奴らは化け物だ……共存なんか、出来るはずがねえ」

 

「ソーマ。そうは言うけれど、君も言葉を交わしただろう? アラガミでありながらヒトの形をしたシオ君と、ヒトからアラガミへと転じてしまったリンドウ君と」

 

「……ふん」

 

 

 そしてそもそも、この(ほし)の総意は「人類滅ぶべし」である。

 共存など、させるわけもない。むしろハイブリット生物に成功した実績がある分、月はアラガミ、ひいてはオラクル細胞自体は残す所存だ。

 ただ、現在この世界に遍くヒト種族だけを滅ぼす為に俺を遣わしたのだから。

 

 

「アラガミとの共存――それは私の命題と言っても良い話でね。そしてソレを確実視させてくれる何よりの証拠。それが、君だよ――夏江アオバ君」

 

「……俺?」

 

「そう――もしコレがリンドウ君とシオ君だけの発見であれば、シオ君がリンドウ君だけを家族と認識していたのであれば、”そういう習性”もしくは”そういう偏食傾向”であると切って捨てていたかもしれない。彼らは考えて喰らう細胞だからね、アラガミ化した神機使いと共に生きる事で効率の良い変化を見出す――そんな偏食傾向があっても、おかしくはないんだ」

 

「……」

 

「けど、君は違う。アオバ君。君は、人間だ。確かにオラクル細胞を取り込んだ神機使いという存在ではあるかもしれないけれど――君は歴とした人間で、アラガミを屠る存在(モノ)。だというのに、シオ君もリンドウ君も君を家族だと認識している。

もう一度言うけど、これはすごい事なんだ。単なる神機使いが、アラガミと家族になれる。君達という前例があるんだ、ここからソレが全世界に広がって、いずれは全ての人間とアラガミが共存する道も見えてくる――私はそう考えているよ」

 

 

 ああ――と独り言ちる。

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラやヨハネス・フォン・シックザールが記憶を引き継いでいたから勘違いしていたけれど……目の前の胡散臭いメガネは、本当にただの人間で。

 

 ペイラー・サカキには、俺がアラガミであった事など欠片たりとも記憶がないのだ。

 

 

「……残念ですけど、そう上手くは行かないと思いますよ」

 

「……どうしてだい?」

 

「例えば、そこの。ソーマ・シックザール」

 

 

 不躾に指を指す。

 すみませんね、躾なんかされちゃいないもので。

 

 

「……なんだ」

 

「ソーマ・シックザールは人間とアラガミのハーフっすけど、明確にシオや雨宮リンドウへ敵意を抱いている。本来人間とアラガミのハーフなんて存在は、アラガミと人間、両者の架け橋にでもなるべき存在でしょう? けれど、ソーマ・シックザールはアラガミというだけで2人に殺意すら覚えている。ハーフでこうなんすから、純人間がアラガミに対して親愛を抱くとは思えないっすね」

 

「……ふむ」

 

「……アオバの言う通りだ、おっさん。アラガミは化け物だ……俺が言うんだ、間違いはねぇ。共存? ……そんなもの、夢物語だ」

 

「他にも例を挙げると……そうっすね、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。アリサ・イリーニチナ・アミエーラはアラガミに対してトラウマがある……ま、トラウマの内容はあなたなら既に掴んでいる事だと思うっすけど、そんなアリサ・イリーニチナ・アミエーラにアラガミは”絆”が理解できるから、そんなに恨まないでくれ、なんて言えるッスか?」

 

 

 ソーマ・シックザールがアリサ・イリーニチナ・アミエーラのトラウマを現時点で知っているかはわからないが、まぁいいだろう。

 隠してやる義理も無い。

 

 

「既に全世界の人間はアラガミによって少なくない傷を受けているっすから……共存、なんて道を用意されたところで、好き好んで歩く奴はいないでしょ」

 

「……けれど、君は」

 

 

「キィ……俺は例外なんだよ。俺は、アンタラの事を仲間だなんて思っちゃいない。あいつらだけが俺の家族で、俺の仲間だ。俺を人類の代表のように扱うのはやめてくれ。虫唾が走る」

 

 

 エセ敬語をやめて、本気で嫌悪を現す。

 そのポジションは神薙ユウのもので、俺は人類種の敵だ。たとえこの場で計画や思想がバレたとしても、そこだけは絶対に曲げたくない。

 俺はあの原始生活やハイブリット生物たちをそれなりに気に入っていたんだ。

 アラガミになってから、植え付けられた終末捕食への執着以外にコレといった執着を見せなかった俺が、あの日々だけはかけがえのないものだと認識していたんだ。

 

 直接的ではないのはわかっている。

 けれど、それを潰して世界に蔓延する害獣――人間として扱われるのは、心底嫌だ。

 

 

「……君は、」

 

 

 ペイラー・サカキが何かを言いかけたその時だった。

 

 コンコンコン。ノック。

 

 

「サカキ博士、少しお話よろしいでしょうか?」

 

 

 神薙ユウだ。

 名乗りもせずに要件を伝えるのは一部隊の隊長としてどうなのか、などと思わないでもない。とはいえ癪ではあるものの面倒な空気が一瞬で弾けた事だけは感謝してやるよ。

 ……やっぱナシで。神薙ユウに感謝とかそういう感情一切湧いてこないわ。

 

 ペイラー・サカキが俺に伺う様に視線を向ける。

 頷く。

 

 

「はいりたまえ」

 

「失礼します……あれ、アオバ? もしかして取り込み中だった?」

 

「初恋ジュースの追加発注をしてただけだ。気にすんな」

 

「……君の嗜好だけは理解できないなぁ」

 

「他も理解されたいとは思っちゃいねぇよ」

 

 

 憎まれ口を叩きながら振り返り、ペイラー・サカキへと後ろ手を振る。

 かなりの素材を与えておいたから、とりあえず2人の食欲が暴走するということはないだろう。

 

 神薙ユウの横を通り過ぎて扉をくぐりぬける――直前。

 

 

 

「アオバ君! 君は――アレを、初恋ジュースを……美味しいと思うのかい?」

 

 

 

 そんな言葉が、製作者から飛んできた。

 そんなに急いで問いかける事か? 立ち上がってまで。

 

 

「キ――ああ、あれだけは美味いよ。この支部の食事の中で、唯一美味い」

 

 

 そんじゃ。

 そう言って手を振って、ラボラトリを出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 サカキ博士が、腰を抜かしたように自身の椅子へと座りこんだ。

 今の問いかけにどんな意味があったのかと考えてみる。

 

 アオバの好物――初恋ジュース。

 僕も飲んでみたけれど、苦いような甘いような、渋いような酸っぱいような、辛いような塩辛いような、そんな味覚の原点を凝縮したような味だった。

 ありていに言えば、非常に不味かった。食べ物の好き嫌いは一切無い僕だけれど、アレだけは本当に不味い。アリサのボルシチでもなんとか食べられたけど、アレは不味い。

 明確に自分だと言ったわけではないけれど、その初恋ジュースの製作者は現在僕の目の前で項垂れているサカキ博士、らしい。

 

 

「サカキ博士?」

 

「あ……あぁ、すまない。それで、要件はなんだったかな?」

 

 

 珍しい。

 常に胡散臭いサカキ博士だけれど、この目と声色は余裕の無い時のソレだ。

 ……僕がサカキ博士を胡散臭いと言うと、みんなから「お前が言うな」って目で見られるのはどうしてなんだろうね?

 

 

「はい、特異点の件なんですけど……その前に、何故そんなに驚いているのか……聴かせてもらっても構わないですか?」

 

「……」

 

 

 サカキ博士は思案顔になる。

 そういえばさっきから微動だにしないソーマの後ろの扉の床……埃が薄くなっているね。

 開ける事があったのかな?

 

 

「……君なら、情報の悪用はしないと……信じるよ?」

 

「え、はい。アオバに関する事、ですよね? 悪用なんかしませんよ」

 

「……俺は外した方がいいか?」

 

「……いや、ソーマも聞いてくれたまえ。――実は、あの初恋ジュースは……私が造ったモノなんだ」

 

「知っているが……」

 

「知ってますけど」

 

「……」

 

 

 え、それが驚いた理由?

 まさか、そこまで浅慮じゃないと思うけど。

 

「初恋ジュースの開発コンセプト……それは、ある味の再現にあるんだ。初恋の再現ではないよ? その味を再現した結果、苦いような甘酸っぱいようなソレが初恋に似ていたから初恋ジュースと名付けただけで……元々は違う味を目指していた。2人とも、あれを飲んだのだろう? 何の味か、考え付くかい?」

 

「いえ……今まで飲んだことの無い味でした。この上ない程に不味い、正直アオバの味覚が今でも信じられない程に不味い味でしたね。この世のモノとは思えない程です」

 

 

「この世の……モノとも思えない……? ――まさか」

 

 

 ソーマが何かに気づいたように、胸を抑える。

 胸……心臓?

 思い出されるのはあのディスク。マーガナルム計画と称された実験。

 

 

「ソーマも、ユウ君も気付いたみたいだね。……そう、初恋ジュースは……アラガミの味を再現した飲み物さ」

 

 

 思い出す。

 あの、全てが混じったような――全ての元になったような味を。

 あれが……アラガミの味?

 

 では、あれを美味しいと言うアオバは。

 

 

「アイツは……アラガミと、同じ味覚という事か……!」

 

「正確に言えばアラガミエキスの味覚成分を再現した飲料、になるね。……正直、人間が飲んで真っ先に『美味しい』という感想は出てこないと思っていたけれど……」

 

「アオバがあれだけは美味しい、って言ってましたね。博士、一応聞きますけど、アオバのメディカルチェックの結果に、そういうアラガミらしき部分は?」

 

「いいや……彼女は君達と同じ人間だよ。むしろ身体的特徴から言えば、君とアオバ君はとても良く似ている……性別が違うだけで、データだけ見れば同一人物かと思える程にね」

 

 

 それは初耳だった。

 だからこんなに親近感が湧くのか。

 前に殺し合いをした強敵同士みたいだ、なんて思ったけれど……言われてみれば、アオバの存在が自身の存在意義を脅かしかねないドッペルゲンガーのようなものにも思えてくる。

 

「お前は初恋ジュースを不味いと思う……んだったな?」

 

「うん。とてもじゃないけど飲めたものじゃないよね。補給なしにアラガミ1万匹を狩るのと初恋ジュース1本飲むのだったら、前者を選ぶよ」

 

「いや、製作者としてそこまで嫌われるのは不本意なんだけどね……?」

 

 

 いやいや、アラガミの味と聞いて余計に飲みたくなくなりましたよ。

 もし仮に、あの味に欠片でも旨味を感じようものなら、アラガミに共感してしまったみたいで嫌じゃないか。

 

 

「それより博士。僕の要件……終末捕食のコア、特異点に関する話なのですが、今の話を聞いて確信しましたよ」

 

「……どういうことかな? 聴かせてくれ」

 

 

 

 

「はい。――シックザール支部長の求める特異点。それは恐らく……アオバの神機のコア、だと思います」

 










野望は早めに打ち砕く系男子


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男のツンデレはいらん

 

「あ、あのっ、ちょっと!」

 

「あん?」

 

 ペイラー・サカキの研究室から出てエントランスに向かう途中、俺を呼び止める声があった。この甲高い声は、確か。

 

「……エリナ・デア=フォーゲルヴァイデか」

 

「え!? わ、私のこと知ってるの?」

 

「お前の兄貴が、アホみたいに反芻して自慢してくるからな。嫌でも覚えるさ」

 

「ぅ……エリックのばか……!」

 

 エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。

 過去、スピア使いとして藤木コウタの元にいた神機使い。RESURRECTIONの時点では神機使いでもなんでもない一般市民だが、何故かバックアップメンバーとしてサバイバルミッションなどに着いてくるよくわからない立ち位置の少女だ。

 エリック・デア=フォーゲルヴァイデが存命なので、特に神機使いになることへの使命感は持っていないはずだが、何の用なのか。

 

「何か用か? なんでもないのなら、俺はもう行くが」

 

「あ、ま、待って! その……夏江アオバさん、であってる……よね?」

 

「この極東支部に夏江アオバが2人以上いなければ、合ってるな」

 

「エリックから聞いた特徴も一致するし……うん! えと、その……お礼が言いたくて!」

 

 エリナ・デア=フォーゲルヴァイデは元気よくそんなことを宣った。

 

「……俺がお前に何かしたか?」

 

「あ、ううん。私に直接じゃなくて……エリックを助けてくれた、って聞いたから……」

 

「……あー」

 

 ……それか。

 まぁ、そうか。それは想定しておくべきだったな。

 

「必要ない。俺は俺の為に動いている。その過程で、エリック・デア=フォーゲルヴァイデの生存を必要としただけだ。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ個人を助けたかったわけじゃない」

 

「……? よくわかんないけど、あなたが必要なくても私が言わないと気が済まないから……。

 エリックを助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 ぺっこりん、と頭を下げるエリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。

 ……ありがとう、ねぇ。

 まぁ、ここは受け取っておくか。どうせあとで返上するのだし。

 

「んじゃ、見返りとしてエリック・デア=フォーゲルヴァイデに『妹の自慢話をするために部屋に押しかけてくるのをやめろ』って伝言頼むわ。それでチャラな」

 

「へ?」

 

 返事を待たずに歩き出す。

 本当に、あの先輩は俺が寝ていようが寝ていまいが関係なく訪問してきては、話す事は4割自分の華麗さ、5割妹の素晴らしさ、1割ソーマ・シックザールの素直じゃなさという割合なものだから、そろそろ鬱陶しいのだ。いや元から鬱陶しいのだが。

 妹の言葉なら効くと信じたいが、どうだかね……。

 

「え、エリック……女の人の部屋に無理矢理押しかけるなんて……うそ……」

 

 突発性難聴を発動し、その場を去ることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各種コンゴウとオウガテイル2種ねぇ……。別に任務は構わないんだが、なんでお前がついてくるんだよ。この程度のミッションに2人もいらねぇだろ」

 

「いいじゃないか。君と僕の仲だろう? ……冗談だよ。そんな親の仇を見るような目で睨まないでくれ。ちょっと、コンゴウ関係で欲しい素材があってね」

 

「……じゃあ、別行動でいいか。各個撃破のち、コアの摘出はお前がやればいいだろう」

 

「じゃあ、それでいこうか」

 

 相変わらず何を考えているかわからない、胡散臭い笑顔で笑いかけてくる神薙ユウ。

 コンゴウの素材が欲しい、ねぇ。支給されたナイフとファルコンと汎用バックラーを使い続けているコイツが、何を欲しがるんだか。制御パーツか?

 

「先に行く」

 

 なんにせよ、目新しい味のない今回の任務だ。

 シオと雨宮リンドウ用のオラクル細胞は他で適当に狩るとして、さっさと終わらせるとしようかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前。

 

「アオバ君の神機のコア……か。やはりというべきか、予想外というべきか……」

 

「あれ、サカキ博士も気付いていたんですか?」

 

「彼女のバイタルデータを比較していたら、偶然にね」

 

「どういうことだ……?」

 

 夏江アオバが去ったラボラトリで、その会話は行われていた。

 

「これを見てくれたまえ。こっちが彼女の入隊当初のバイタルデータで、こっちが直近のバイタルデータだよ」

 

「……特におかしなところは……いや、偏食因子への適合率が若干あがっている……か?」

 

「そうなんだよ。さっきも言ったように、ユウ君とアオバ君はほぼほぼ同じバイタルデータをしている。どちらも、カノン君を差し置いて歴代でもトップクラスの適合率を誇っているんだ。それが、若干でも上がっている……それがどういうことか、わかるかな」

 

「……神機からの偏食細胞の流入量が、僕よりも多い……ということですよね」

 

「ああ。偏食因子への適合率というのは、基本的には上がることのないものだ。簡単に言えば『オラクル細胞との相性の良さ』であって、こちらがどう努力した所で変わる物ではないはずなんだ。むしろ頻繁に変わるようであれば、戦闘中にその神機を扱えなくなる可能性だって出てくるわけだからね」

 

 それが何故、上がっているのか。

 

「アオバの……神機が、アオバの肉体を最適化している……ということか」

 

「ああ、私はそう睨んでいるよ。

 ……そうか、だから彼女は初恋ジュースを……」

 

「はい。僕もその考えに至りました。腕輪への偏食因子投与が切れた神機使いに起こる、アラガミ化……それに似た症状がアオバを蝕んでいるのではないかと。それが彼女の味覚を変えてしまったのではないかと」

 

「……だが、それで何故……アイツの神機のコアが、特異点になる?」

 

「ここからは推測でしかないけれど……。そもそも終末捕食というのは、アラガミ同士が喰らいあった挙句、地球そのものを食べるアラガミが現れる、という思想から生まれた言葉。アラガミが『より強く』なるには、より上位の個体を捕食する必要があるんだ。だが、現状アラガミだけでその行為を行うのは、途方もない時間がかかる。この支部周辺では、特にね」

 

「ああ……」

 

 納得、といった表情でユウを見るソーマ。

 

「なら、逆にこう考えてはどうだろう。より上位の個体を捕食し続けるコアが特異点になり得るというのなら、外に蔓延っているアラガミではなく……君達神機使いの使う神機でも、代用が出来るのではないかと。勿論君達の神機はコアの摘出を行うだけで、コアを取り込むわけではないからそのままでは無理だろうけれど、定期的に検査――それも、ヨハンが直々に検査できるコアなら?

 その際にコアに細工を……君達が特務で獲得してきた上位存在のコアを取り込ませることなど、造作もないことだろう。ヨハンだって研究者だからね」

 

「今なお変化し続けているコアは、既に僕達の使う普通の神機からは逸脱していて……だからアオバの身体にその余剰分が流れ込んでいるとしたら……」

 

「……そろそろ、アイツのアラガミ化が始まってもおかしくはない……ということか……クソったれ……」

 

「やけにシックザール支部長が落ち着いているなぁと思っていたけど、当たり前だったね。特異点が手中にあるんだから焦る必要はないし、僕やソーマ、そしてアオバが特務を熟せば熟すほど特異点の完成が近づくと来た」

 

「……ふむ。現状、ヨハンからの特務要請を断るわけにもいかないからね……。私達にできる抵抗といえば、アオバ君に出来るだけコアの捕食をさせないことだろうか。彼女は頻繁に捕食行動を行うようだし、ヨハンがコアの摘出の機能そのものを停止させていてもおかしくはないからね」

 

「ですね……。早いうちに終末捕食を起こすであろう母体となるものを破壊できれば、特務そのものを無くすことが出来ると思うんですけど……」

 

「アタリはついているのかい?」

 

「まぁ、はい。とりあえず僕はアオバの任務について行こうと思います。博士は、神機からのオラクル細胞流入量を制限する細工の改良を考えておいていただければ」

 

「簡単に言ってくれるね……。全く、リッカ君を呼ばなければ……」

 

「……俺も、任務に出てくるか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死屍累々のコンゴウの群れへ捕食を行いながら、神薙ユウは夏江アオバを見ていた。

 真赤な髪に、金の瞳。神機を壁に立てかけ、胡坐をかいている。

 その視線の向く先は――地面。

 

 終末捕食は星の意志であると、「終末捕食」という言葉を世に出したカルト集団は謳っていた。

 まさか彼女は、星と会話しているのだろうか。

 

「……終わったか。帰るぞ」

 

「ん」

 

 アオバが神機を担ぎ上げ、立ち上がる。

 真白の神機が太陽光で輝いていた。

 

「……なんだ、神薙ユウ。何かあったか?」

 

「……いや、その神機、改めて見ると綺麗だなぁ、って思っただけだよ」

 

「あっそ。おい、竹田ヒバリ。帰投準備は終わったか?」

 

『あと30秒ほどでヘリが到着します』

 

「……あぁ、聞こえた。ったく……聴力が低くなったのは不便極まりないな……」

 

 その言葉に、ドキっとする。

 アラガミは種族によって聴覚が一切使えないものも存在する。

 低くなった、ということは元は良かった、ということ。

 アオバのアラガミ化が進んだ挙句、聴覚をもっていかれているのなら――。

 

 ユウはヘリの中でも、アオバの観察にいそしんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……?」

 

「外部居住区の襲撃か……。まぁ防衛班が対処するだろ」

 

 神薙ユウとの任務の帰り、ヘリから見下ろした外部居住区の壁の周りに複数のアラガミが集っているのが見えた。

 一般人は俺の計画に必要ないので、死んでくれても一向に構わない。

 だから全くやる気を出さずにそう呟いたのだが、次の瞬間。

 

「あ、おい!」

 

 ガラッ! と、飛行中のヘリのドアを開き、神薙ユウが飛び出して行った。

 うわー、落ちながらスナイパーでザイゴート落とすとか、どういう動体視力してんだアイツ……。

 

 ヘリの操縦士も何を思ったのか、襲撃地点をぐるぐると旋回し始めたではないか。

 降りろって? やだよ、めんどくさい。

 

『アオバ! 防衛班の援護に向かえ! 命令だ!』

 

「あらら。命令、了解しましたーっと」

 

 インカムから大層怒り心頭そうな雨宮ツバキの叱咤が飛んできた。

 防衛班はまだか~、と思っていたのだが、どうやら向こうの方にも襲撃が起きているらしく、手が回らないようなのだ。

 まぁ、神機使いに死なれるのは困るからな。救援に向かってやるか。

 

「ってーことで、あっちにお願いしますわ」

 

 ヘリの操縦士に声をかけ、その現場上空にくる。

 あぁ、プリティヴィ・マータとヴァジュラとクアドリガ相手に台場カノンと小川シュンだけで対応してんのか。そりゃあ辛いだろうな。

 ヘリの操縦士にハンドサインで離脱を伝えてから、飛び降りる。

 

 クアドリガの頭頂付近でパニッシャーを起動。制御ユニットは、『捕食時味方バースト化』。

 ミサイルポッドを壊しながら空中でバースト化し、台場カノンと小川シュンも1段階のバースト。

 

「チッ、救援ってお前のことかよ……足引っ張んなよ!」

 

「わぁ……心強いです!」

 

「台場カノン! 誤射を気にせず撃て! クアドリガ、任せるぞ!」

 

 小川シュンは無視して台場カノンに指示を飛ばす。

 ヴェノム使いは有用だが、火力を求めるなら台場カノンがうってつけだ。

 破砕に弱いクアドリガを任せ、俺は相性のいいプリティヴィ・マータへ突撃する。

 

「了解です! ……アハハハハハハ! 肉片にしてあげる!」

 

「おまっ、なんてことを……」

 

 しかしまぁ、流石は防衛班というか。

 旧型2人だけで、この3匹を凌いでいたのはそれなりだな。

 

 小川シュンがちまちまと遊撃に徹しているおかげで、ガリガリと体力の削れるアラガミ三匹。やはりロングは多対一、それも乱戦時は有能だ。ヴェノムの使い方もよくわかっているようで、何より。

 

「ってぇ!?」

 

「射線上に入るなって、私言わなかったっけぇ……?」

 

「小川シュン! 有効部位に入れようとしなくていい、お前は状態異常の蓄積だけを考えていろ! 火力は台場カノンがなんとかする!」

 

「んなろぉ……わーったよ!」

 

 基本的に人格の変わった台場カノンは敵の正面……つまり頭や腹部といった、破砕が有効な場所に攻撃が当たるよう陣取りたがるので、正面以外から攻撃していれば意外と誤射されることはない。

 むしろしっかり仕事をこなしてくれる分、どこぞのスピア使いより有能だ。

 

 オォォオオオオ!!

 

 おお、倒したか。

 クアドリガがズシんと倒れた。やはり、適合率の高さも相俟って火力はピカイチだな。

 

「私もそちらへ!」

 

 台場カノンがバレットを切り替え、プリティヴィ・マータに放射弾を打ち込む。

 当然今の今まで台場カノンを考えていない位置取りをしていた俺にソレは命中するが、

 

「射線上に入るなって……あれ?」

 

 身体にバレットが触れる瞬間、回転しながら展開した捕食機構が正面のプリティヴィ・マータを削り取った。

 ディオネア。流石、ぶっ壊れ性能だな。制御ユニットは『捕食時味方攻撃力上昇』だ。

 

「ちッ! ヴェノムの入りが悪くなってきやがった……!」

 

「適度に切りつけてヘイト取ってくれてりゃいい! こっちもすぐ終わる!」

 

「このままだとあなた、穴だらけだよぉ!?」

 

 文字通り火を噴くブラスト。

 火力の底上げによって、超高威力となった放射弾がプリティヴィ・マータを灼き貫いた。

 

「アハハ! 残念だね、お別れの時が近いみたい」

 

「止めは任せる!」

 

 バックフリップで浮かび上がり、そのままヴァジュラと闘う小川シュンの元へ行く。

 尻尾と前足が結合崩壊……やるな。

 

 回復弾と受け渡し弾を3つ小川シュンに打ち込み、周囲に雷撃を放とうとしていたヴァジュラに向かって突っ込みながらディオネアを展開、切れかかっていた味方攻撃力上昇を継続させる。

 

「っしゃあ! やってやる!!」

 

「回復はする。バイタルに気にせず突っ込め!」

 

「おっしゃあ!!」

 

 小川シュンが猛攻を開始する。避け損ねて被弾したらすぐさま回復弾を撃ち込み、俺も攻撃を行う。

 ヴァジュラ程度、そこまで時間がかかる相手でもない。

 

「なんだ、もう終わりかよ!」

 

 顔面に入った斬撃と後ろ足に入った刺突を止めとして、ヴァジュラは地に伏せた。

 ほぼ同じタイミングでプリティヴィ・マータもその息の根を止める。

 

「っはぁ~~、終わった終わった……」

 

「……あれ? 終わり……ですか?」

 

「終わりだ。一応他の班に応援に行くか?」

 

『アラガミの反応消滅! お疲れ様でした!』

 

「……必要ないみたいだな。帰るぞ」

 

 竹田ヒバリの声に、帰投を促す。

 プリティヴィ・マータとヴァジュラのオラクル細胞をリザーブ出来たので、あとでアイツラにあげるかね。

 

「お前と一緒だと、楽だな! そこは認めてやるよ!」

 

「あん? あぁ、そりゃどうも」

 

 小川シュンが笑顔で言う。

 コイツは記憶持ってないのか? コイツとカレル・シュナイダーに関しては、俺の事を覚えていようものならトラウマにもなってそうだが……。

 適合率の問題、か?

 

 やけに馴れ馴れしくなった小川シュンに肩を叩かれながらずっと考えてみたが、答えはでなかった。

 



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Adjuchas

微勘違い(勘違いが有用とはいってない)


 

「う、そ……。なんで……ううん、本当に……本当に、リンドウ?」

 

「あー……、よぉ、サクヤ。元気かどうかは……聞くまでもねぇか」

 

「リンドウ……よかった、本当に……! あなたの腕輪が見つからなくて、特別任務の事とか、支部長の事とか、あなたは殺されてしまったのだと思って……」

 

「人間としちゃほぼほぼ死んでるようなモンだ。今の俺は、もうアラガミだからな」

 

「それでも……それでも、言わせてちょうだい。

 ……おかえりなさい、リンドウ」

 

「……ただいま、か……」

 

 

 

 

 

 

「おー? なんだ、コレー。食べてもいいのかー?」

 

「ちょおっ!? ダメダメ、これは食べちゃダメな奴だよ! ……こんなナリでも、やっぱりアラガミなんだな……」

 

「ふふ、いいじゃないですか。そのストールが美味しそうってことですし」

 

「何も良くないんだけど……というかその……いいの? アリサは……行かなくて」

 

「今はサクヤさんの時間ですから……私の贖罪なんかよりも、よっぽど大切です」

 

「そっか。

 じゃあ後で俺と一緒にってあででででっ! だーからダメだって!」

 

「うー? アリサ、いいっていったぞー?」

 

「俺がダメって言ってるのわああああ!?」

 

 

 

 

 

 

「お前は……どうなんだ。あいつらは紛れも無くアラガミだが……」

 

「うーん、どうって言われても……、ねぇ。リンドウさんは元人間だし、シオって子は人間に生態を近づけたアラガミ、か……。ちょっと複雑かな……。けどまぁ、人類の敵にならないのなら、割り切れるよ」

 

「……そうか……」

 

 

 

 

 

「これが混迷か……。なるほど、嫌われるわけだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 率直に今の状況を現すのならば、「第一部隊にシオと雨宮リンドウの存在がバレた」というものが精確かつ的確な言葉だろう。

 きっかけは屋内生活に飽きたシオと雨宮リンドウが出て行こうとした所に、タイミング悪く支部長室に(ノックもせずに)入ってきた藤木コウタとアリサ・イリーニチナ・アミエーラが鉢合わせた、というもの。

 驚きから叫ぼうとした藤木コウタをペイラー・サカキがギリギリで留め、説明をしなければ口封じは無理と判断、第一部隊を召集した次第である。

 楠サクヤは雨宮リンドウにべったりだし、藤木コウタとアリサ・イリーニチナ・アミエーラはシオにべったり。神薙ユウとソーマ・シックザールは部屋の隅で何やら話しているようで、どうせロクな話ではないだろう。

 

 

 

「――というワケなんだ。君達に黙っていたのは混乱を避けるためと、ヨハンに悟られないようにするため……わかってくれるかな」

 

「アラガミ化……ですか。ですけど博士、リンドウは普通に会話できるくらいの理性があります。本当にアラガミ化しているんですか?」

 

「あぁ、バイタルデータは完全にアラガミだよ。会話が出来るのは、リンドウ君の右手にあるアーティフィシャルCNC代わりのコアが、食欲を抑えているため、だろうね」

 

「そう、ですか……」

 

 重い沈黙が落ちる。

 帰ってきたのは嬉しいが、完全にアラガミとなっていると聞いて心の整理がつかないのだろう。何故なら、自分たちはアラガミを屠る神機使い(ゴッドイーター)なのだから。

 

「ね、ねぇ! さっきから気になってたんだけど……シオとアオバはどういう関係なの? この子の口からアオバの名前がよく出るんだけど……」

 

「家族だな。かけがえのない家族だ」

 

「おー! 家族、だな!」

 

「あ、アオバが笑った……?」

 

「そこまで驚く事では……ありますね」

 

 この身体は喜怒哀楽が激しい故に、笑顔になってしまうのは仕方がない。

 だが、こいつらに見せるモンじゃなかったかな。

 

「家族って……リンドウ、あなたは……」

 

「あー……その辺は複雑な事情があるんだがな。ま、一つ言える事があるとすれば……俺はもう人間(おまえたち)と一緒にゃいられないってことさ」

 

「……アオバとは、一緒にいられるのに……?」

 

「どー説明したもんかねぇ、こりゃ……」

 

 アラガミとして月で過ごした記憶と、人間として極東支部で過ごした記憶が鬩ぎ合っているのか……鬩ぎあうというよりは、どちらを割りきるべきか迷っているように見える。

 割り切る必要なんてないんだけどな。どっちも選ぶことが出来る様に動いているわけだし。

 

「さて、そろそろ俺は狩りに行ってくるわ。シオ、リンドウ。今日の晩飯のリクエストはあるか?」

 

「魚が良いー!」

 

「あー、んじゃ俺は熱い方の魚で頼む。すまんな、俺達もついていってやりたかったんだが……」

 

 その言葉に、ふふ、と笑う。

 俺を気遣う気持ちもあるのだろうが、それより狩りをしたいんだろ、雨宮リンドウもシオも。

 

「気にすんなよ。確かに前みたいに一緒に狩りが出来りゃそれに越したことはないが……お前らに飯を食わせるっていうのは俺の楽しみなんだ。それを奪わないでくれよ」

 

「……」

 

 母親の気持ち、とでもいうのかね。

 あいつらが俺の獲ってきた得物を美味そうに食ってる姿が、とても嬉しいのだ。昔とは違い、明確に家族として食を共にできるってのも大きいのかもしれないが。

 ヒラヒラと手を振って隔離部屋、ラボラトリを出る。

 

『……いいなぁ、楽しそうで』

 

「仕方ないだろ? 神薙ユウと雨宮リンドウ以外にゃ見えないんだ、話しかけるのも難しい」

 

『わかっていますけどね……。あれ? 誰か追いかけてきたみたいですよ』

 

 一瞬だけでてきたレンが消える。

 同時に、神機保管庫へ向かう俺に並ぶ影3つ。

 

「へへっ、水臭いじゃん? シオちゃん達の晩御飯を狩りに行くんだろ? 手伝わせてよ!」

 

「そうですよ。アオバ、私達も手伝います。お腹いっぱい食べさせてあげましょうね!」

 

「君の楽しみを奪うつもりはないけれど、アシストくらいはさせてほしいかな。僕はこの部隊の隊長なわけだし」

 

 藤木コウタ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ、神薙ユウの3人である。

 ……わけがわからん。

 原作のようにそれなりの時間を経てシオと絆を深めあった結果ならともかく、今日の、それもほんの2時間ほど前に会ったばかりのアラガミの童女に対して、どうしてそこまで献身的になれる?

 本来なら、ソーマ・シックザールの反応が正しいのだ。

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラだって両親をアラガミに殺されている。藤木コウタも外部居住区にいる家族がアラガミによって危険に晒されている。神薙ユウなんかはついさっきまでアラガミを見たら殺す、なんて雰囲気だったじゃないか。

 自らの内に秘めるアラガミによって周囲との関係を築けなかったソーマ・シックザールのように、アラガミと聞いただけで相手がどのような姿形であろうと化け物と罵るのが人間のあるべき姿じゃないのか?

 

 それとも、会話が出来れば良い、とでも?

 

「ほらほらアオバ! シオちゃん達がサカキ博士の研究室を食べちゃう前に狩らなきゃいけないんだろ? なら、パパっと終わらせようよ!」

 

『おー! いくぞ、サマエルー! 今度はあっちだー!』

 

「行きましょう、アオバ。……半分は私のためでも……あるんですけど、やっぱりアオバには笑っていて欲しいですから!」

 

『ん? どしたぁ、サマエル。とっとと行くぞ?』

 

「観念した方がいいよ、アオバ。僕達だって、君の仲間なんだからさ」

 

『サマエルさんって、なんだかんだいって面倒見いいですよね。ふふ、僕も見習わなきゃなぁ』

 

 副音声のように重なった思い出(きおく)

 ……計画が進行すればいずれ消える存在だ。最後に残るのは俺とシオと雨宮リンドウとレン、そして月だけ。新しい世界が始まりを告げる。

 俺が人類種の敵である事に何ら変化はない。こいつらの勝手な勘違いによって何故かイメージアップしているだけで、最後には斬り捨てる存在だ。

 

 何も似ている所なんか、ないはずだ。

 

「キィ……やだやだ、考えたくもない」

 

 小声で呟く。

 脳裏に一瞬でも浮かんだ――そんな可能性(みらい)は、あり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーっす! ちょっと今割のいいミッションが出てんだけどよ、一緒に行かねえか?」

 

「……別に構わないが」

 

「おっしゃ! んじゃ、行こうぜ!」

 

「……」

 

 カレル・シュナイダーは2人の神機使いを遠目に見ていた。

 夏江アオバと小川シュン。

 口には出さないが自身もそれなりに慕っていた雨宮リンドウのMIA事件に深く関わる女と、つい最近までその女の態度に嫌悪感を露わにしていた自身の(不本意ながら)コンビの片割れ。

 確かに死の影が常に付き纏うこの職場において、個人の死をいつまでも引き摺るのはプロとしてよくないことだとはわかっている。金の為ならなんだってするカレル自身、そう言う所は割り切れているつもりだ。

 それを差し引いても女……夏江アオバは口が悪い。無論自身だって相当な物だと言う自負はあるが、アオバは群を抜いている。旧型を馬鹿にするような態度に始まり、極東支部の誰に対しても軽薄で且つ暴言を吐くのだ。足手まといだの、邪魔だのと。

 それは夏江アオバ自身が自分達と仲良くする気の無いという姿勢の顕れ。故にカレルや同じ防衛班のジーナ・ディキンソン、小川シュンは距離を置いていたはずなのに。

 

「最近……やけに仲良いわよねぇ、あのコ」

 

「ああ……先日の外部居住区襲撃で色々あって認めてやった、と言っていたが……」

 

「実際、夏江は良く動けているな」

 

 小川シュンだけが一気に夏江アオバと距離を近づけ、今のようにミッションに誘う、なんて姿をみるようになったのだ。元の性格から人当たりの良い大森タツミや危険物……もとい普段は誰かを嫌う、なんて事が出来る性格じゃない台場カノンは夏江アオバとも交流があったようだが、そういう「お人好し」の奴らでなければ夏江アオバと関係を保てるとは思えない。

 それほどまでに態度が悪いのだ。

 

 だが実際の所、今の会話の流れからすれば見当はずれな天然発言をしたブレンダン・バーデルの言う事もまた、間違った物ではない。

 夏江アオバは受け渡し弾と回復弾を多用する。近接行動のほとんどはスピアによる攻撃ではなく捕食行動で、主なダメージソースは銃撃。また、仲間がいればサポートに徹して結果的な作戦行動時間を早める支援タイプだ。

 アサルトのカレル、スナイパーのジーナは旧型故に己だけでバーストする方法は薬剤に頼る以外ないし、捕食弾丸は受け渡してもらわなければ使えない。オラクルポイントの総量の問題から火力の或るバレットはショットガンかブラストに頼りがちなので、オラクルポイントを消費せずに超火力を撃てる濃縮アラガミバレットはとてもありがたいのだ。

 バスターを使うブレンダンにとっても受け渡しバーストは有用で、常にバーストlv3を保ってくれるアオバとの作戦行動中は、アラガミがダウンした時に捕食せずにチャージクラッシュを叩きこめる。一々鈍重なバスターで、しかも貼り付いての戦闘を得意とするブレンダンにとって少々やり難い捕食行動をしなくて済むのは、不謹慎な言い方をすれば「楽」であった。

 

「そもそも……あのコだって、被害者、だものねぇ?」

 

「ああ……同情する程優しくはないが、邪険にしている暇があればせいぜい利用させてもらう方が効率的だろうな」

 

「それに……あの少女はどこか、脳裏にチラつく」

 

「「……」」

 

 そろそろ自分達も認識と態度を改め、利用してやるか。

 そんな風にまとまった……かに思われた防衛班2人は、残る1人の発言に停止した。

 2人の心境は一致する。

 

 ――あの”堅物”に……春が?

 

「……ふふ、今度私もミッションに誘ってみようかしらぁ……? イロイロ、面白い話が聞けそうだし……ね?」

 

「適当に金払いの言い依頼を見繕っておくか……。態度なんてものは、仕事をしてくれるんならなんだっていい」

 

「ああ。俺も今度修行に誘ってみるとしよう」

 

 それは断るだろうな、という本音は抑えつつ。

 面白いネタをみつけたと、ジーナは微笑み、カレルは溜息を吐いた。

 当のブレンダン本人は、何を考えているのか分からない表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「あれ、ヒバリちゃん。溜息なんてついてどうしたの? 悩み事?」

 

「タツミさん……」

 

 オペレーター・竹田ヒバリは深いため息を吐いていた。

 オペレーターとて四六時中働いているわけではなく、むしろ神機使いより体力の無いただの人間である彼女は、普通に睡眠が必要だ。

 ただし夜間の襲撃もあるので定時上がり、などという言葉は夢のまた夢なのだが、現在の様な「休み時間」は体力回復の為に自室で眠るのが最適である。

 であるのだが。

 

「悩み事ならオレ、相談乗るけど?」

 

「……その、自分の力不足を……最近、ひしひしと感じてしまって」

 

「そんなことないって! ヒバリちゃんのおかげですっごい助かってるよ、俺達」

 

「でも……その、さっきも第一部隊のオペレートをしてきたんですけど……」

 

 そこまで言えば、「あー……」という表情になるタツミ。

 第一部隊。リンドウさんの抜けた、最前線を行く極東支部最強の部隊。極東支部で最強という事は、全世界でも最高峰にいるということになる。

 

「バースト情報もバイタル情報もお伝えする機会がなくて……侵入予測でさえ、ユウさんとアオバさんが私達よりも早く気付いてしまうので、その……」

 

「あー、うん。それはあいつらがおかしいだけというか……いやそんなこと言ったら不味いけど、でもヒバリちゃんは悪くないっていうか……。って、あいつら侵入予測までわかるのか……」

 

「結果作戦開始時間と帰還準備をお知らせするだけとなってしまって、もっとオペレーターとしてステップアップするにはどうしたらいいんだろうと悩んでいた次第です……」

 

 自分は要らないのではないか、とは思わない。

 オペレーターという存在が神機使いの命綱になっているというのは、目の前の大森タツミや雨宮ツバキから何度も聞かされているし、お役にたてた、と思う瞬間もあるのだ。

 だからこそ、第一部隊をサポートする時の歯痒さが如何ともし難い。

 

 神機使い達のバーストには制限時間が存在し、その情報は腕輪を通して自分達オペレーターに伝わる。バーストゲージという形で目に見えるようになったその情報を、逐一神機使い達に教える必要があるのだ。出来るだけバーストは継続した方が生存率も上がるので、この仕事はやりがいのあるものだった。

 だが、夏江アオバがいるとその仕事はなくなる。

 まるでバーストゲージが見えているのではないかとおもうくらい、適確にメンバーのバースト管理を行う。アラガミと接触している時間のほとんどを捕食行為に費やすアオバは捕食弾丸のストックがとても多く、例え受け渡し弾がアラガミや遮蔽物に阻害されて仲間のバーストが切れたとしても、一瞬でバーストLv3まで戻してしまう。

 自分が何かを言う前に、その一連の行動が行われるのだ。

 

 バイタルデータも同じ。

 ヒバリは第一部隊のオペレーターを、ひいては夏江アオバがメンバーにいる場合のオペレーターを担った時、「バイタル危険域です」という言葉を言った事が無い。無論それは良い事なのだが、良い事なのだが……。

 ヴェノムやリークなどといった状態異常ですら瞬時に治してしまうので、口を出す暇がないのだ。

 

「タツミさんは戦闘中、今の情報以外で何を得られたら戦いやすくなると思いますか?」

 

「……んー。ヒバリちゃんのスリー……っと、ごめんごめん。

 って言っても、新しい情報か……。アラガミごとの特徴とか、どこが結合崩壊しやすいかとか……かなぁ」

 

「それも、アオバさんが……。活性化情報まであの人が先に伝えてしまうんですよね」

 

「となると……悪い、お手上げだ。なんならアオバ本人に聞いてみたらいいんじゃないか? それだけオペレーターの業務を奪えるんだから、アイツができない事をしてあげたらいい」

 

「……! それもそうですね! ありがとうございます、タツミさん! 次の任務終了後、聞いてみますね!」

 

「お、元気になったな。やっぱヒバリちゃんは笑顔が一番だよ」

 

 となれば、こんな所で油を売っている場合ではない。

 早々に仮眠を取り、アオバの次の任務をオペレートできるよう、体力を養わなければ。

 

 ヒバリは再三タツミに頭を下げ、自室へ向かったのだった。

 

 オペレーターの自室がある区画に、何故大森タツミがいたのかは気にならなかった。

 











何故か上がって行く株


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Torvatus

物語は一つの節目へと


 

 これは言わずもがなである事なのだが、極東支部の第一部隊の面々というのは極度のお人好しの集まりだ。お人好しは転じてお節介焼きにもなるのだろうが、とにかくこいつらは他人に干渉したがる。そして助けたがる。

 彼らは精力的にシオと雨宮リンドウの餌を集めてきて、ついでとばかりに俺の狩りにも付いてきやがるのだ。

 特に神薙ユウが異様に付き纏ってくる。ストーカーか? とは思ったが、アリサ・イリーニチナ・アミエーラの件やソーマ・シックザールの件を考えるに、コイツにも過去の記憶があって、それがコイツのなんらかの懸念に繋がっているのだろうと考えつくのは容易かった。

 

 今回の愚者の空母でのミッションにも、神薙ユウとソーマ・シックザールが同行している。

 なんでも輸送ヘリがアラガミに撃墜され、空母付近に墜落したのだとか。

 どこかで聞いたことのあるような任務だが、下手人は勿論俺ではない。目の前で力なく倒れ伏したクアドリガによるものだ。

 ソーマ・シックザールはコンゴウを倒し、神薙ユウは有り得ないような速度で空母全域にいたコクーンメイデンを駆逐しきった。

 

「……ん?」

 

「アオバ?」

 

 さて、帰投準備を……と、インカムに手を掛ける寸前に、とある物が視界に入ってそちらへ視線を逸らす。

 それは、エイジス島だった。

 月がいらないものだと言っているノヴァの母体がある島。いらないものではあるが、起動し無いモノというわけではないようで、もしヨハネス・フォン・シックザールが特異点を手に入れようものなら、望まぬ終末捕食が起こされかねない。

 シオを特異点にさせる気はないし、そうなる前に潰す算段は出来ているのだが……。

 

「……おい、どうした」

 

 何故こんなにも、気になる?

 何か忘れているのか? それとも、何か別の要素がある?

 どこか、誰かに、呼びこまれているような――、

 

「アオバ!」

 

 右手首に痛み。

 ゆっくりと振り向けば、前やその前の生では終ぞ見る事の無かった、神薙ユウの心配顔がそこにあった。

 なんだ。

 

 今俺は、何を考えていた?

 今の思考……原作のシオのようではないか。呼ばれている、なんて。

 月に聞いてもわからない……あそこにあるノヴァは、前と何かが違うとでも言うのか?

 

「大丈夫かい?」

 

「……手を離せ。馴れ馴れしく肌に触れるな」

 

「……」

 

 慎重に手を離す神薙ユウ。

 見ればソーマ・シックザールもいつでも飛びかかれるような、そんな体勢だった。

 何をそんなに危ぶんでいるんだか。

 

「誰かに呼ばれた気がしただけだ。余計なお世話を焼かれるつもりはない」

 

「呼ばれた……ね」

 

 チラっとエイジス島の方を見る神薙ユウ。

 コイツ、まさかエイジスに何があるのかもう知っているのか? ……いや、コイツなら何も不思議ではないか。対アラガミの最終決戦兵器だからな……。

 

 改めてインカムから竹田ヒバリに帰投準備をさせる。

 その間、神薙ユウとソーマ・シックザールは監視でもするかのように俺を見張っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「呼ばれた、か……それは」

 

「ええ、確実に彼女の神機のコアが反応していると見るべきだと思います」

 

「参ったね……想像以上に、早い」

 

 ペイラー・榊の研究室に、夏江アオバを除いた第一部隊の面々が集結していた。

 夏江アオバは先程メディカルチェックを受け、麻酔によって眠りに就いたためにここにはいないのだ。

 隔離部屋の方へは音は漏れないつくりである。

 

「……隊長、サカキ博士。それは……アーク計画、という言葉に関係がある?」

 

「サクヤさん、それは……」

 

 ユウとサカキの意味深な会話にサクヤが反応する。サクヤはリンドウが遺した(すぐそこにいるが)ディスクから「特異点」や「アーク計画」といった支部長が秘密裏に進めていた計画を知ったのだ。

 それはアリサも聞き及んでいる事であり、同時に今はまだ隠しておこうとしていた事柄でもあった。

 

「話が早くて素晴らしいね。そう、ヨハンが推し進めているアーク計画……それに必要な特異点が、アオバ君の神機のコアであると私達は睨んでいる。その件で、ちょっと困ったことが起きていてね……」

 

「さっき終わらせてきた任務で、突然アオバの様子がおかしくなったんだ。焦点の合わない目で、『誰だ……?』って呟きながら、3歩ほどエイジス島の方へ歩いた。愚者の空母とエイジス島の間には海があるのに、構わずね。

 咄嗟に手を掴んで止めたけど、その時に振り向いたアオバの顔は……言い方は悪いけど、人間じゃあないみたいだった」

 

「そんな……」

 

 衝撃の事実とアオバの行動に戦慄が走る。

 どうにかしてアオバを助けないと。その手段をサカキに尋ねるアリサの横で、コウタは深刻な顔をして顔を伏せていた。

 

 つい先日の事だ。

 彼はヨハネス支部長に呼び出され、チケットを貰っていた。

 アーク計画。その存在を他の神機使いに先んじて知らされていた彼は、一時的な星外脱出用のロケットに搭乗するためのチケットをヨハネスから受け取っていたのだ。勿論自分用ではなく、家族用の。

 彼は喜び勇んでソレを母と妹に渡してきたばかりだったのだ。

 

 だが、研究室で現在仲間が話している内容は到底受け入れられる話ではなかった。

 アーク計画の全貌。チケットを持たぬものを見捨てるという話。そして何より、計画の要として必要なものがアオバの神機、もしくはアオバ自身であるという事。

 確かに日常面では神薙ユウ共々アオバから邪険にされているコウタだが、どういうわけか任務中のアオバはコウタへ受け渡し弾を渡す頻度が高く、しかも命中させると普通に褒めて来るのだ、彼女は。

 それが普段とのギャップというかなんというか、常にツンケンしているアオバからは考えられない行為であり、もしかしたらこっちが素なのではないか? と最近は思い始めていた。

 激しく動き回るアリサやソーマ、ユウと違ってコウタとサクヤは受け渡しバーストでバースト管理がしやすい、というだけであることはコウタには与り知らぬこと。だがこの勘違いは、彼の意志を揺らがせるに十分な材料だった。

 

 コウタは意を決し話す。自分に持ちかけられた支部長からの話。家族の事。

 そして、アオバを犠牲にはしたくないということ。

 

 その決意をユウもアリサもサクヤもソーマも黙って聞き、頷く。

 すでにアオバは仲間で、特異点のコアになんてさせるわけにはいかないという気持ちは同じだった。

 

「それで、サカキ博士。何か方法は……」

 

「ふむ。それなんだけど……一番簡単なのは、この惑星外へ一時的に脱出するためのロケットを使って、ヨハンが造っているだろう終末捕食のための巨大アラガミ……通称ノヴァの母体をどこかへ飛ばしてしまう事だろうね。

 母体が無ければ、アオバ君、もしくはアオバ君の神機をコアにすることはできない。これが彼女を救うに当たる、一番確実な方法と言えるだろう」

 

「なら……さっさと……行くぞ」

 

「それがそう簡単にも行かないんだよ、ソーマ。エイジス島はいわば支部長の庭だからね。どこに遠隔端末を隠し持っているかわからない状況であの島に乗りこむというのは流石に自殺行為だ。何を仕掛けているか、わかったものじゃない。

 支部長はサカキ博士と肩を並べる技術者だから、ロケットへの干渉も現時点では難しいだろう。どうにかして支部長を物理的にも電気的にも隔離しないことには、エイジス島へ乗り込む事は危険だよ」

 

 何より時期尚早なのだ。

 彼とサカキがおぼろげながらも画策していたアーク計画潰しの計画は、こんな早期にエイジスに踏み込むなどと考えられていない。だからサカキは参っていて、ユウは困っているのだ。

 

「とりあえずアオバにこの事を知らせませんか? そうすれば彼女も自分で気を付けられるかもしれませんし……」

 

「そうだね……今彼女は自室で眠っているはずだから、あと一時間ほどしたら彼女に私が呼んでいたと伝えてくれるかい?」

 

 サカキだけであればそこまででもないのだが、ユウが絡むとどこか秘密主義になる二人。

 こんな重大な事を当人に隠しておく意味が無い。アオバは理性的な人間なので、自分が特異点になりかねない存在だと知れば捕食行為も減らすだろう。だというのにアオバに何も言わなかったのは、ソーマとユウの第六感がその行為を留めていたからだった。

 それもまた、この面々に計画についてを話したことで消える。

 

「そういえば……博士、アオバは何故メディカルチェックを?」

 

「あぁ……今回のはただのデータ収集……新型神機使いの戦闘データを、取っただけ……まさか!?」

 

「ッ!」

 

 ふと気が付いたように問うユウ。そして大変な事態に驚く様に顔を上げるサカキ。

 その顔は完全なる緊急事態で、ユウは凄まじい速さで研究室を出て行った。

 

「ど、どうしたんだよ!」

 

「リーダー!?」

 

 コウタとアリサが驚く。

 その傍らで、「やられた……」とサカキが額に手を当てた。

 

「なんだ……どういう、ことだ……」

 

「これで彼女がいなかったら、私の失態だ。

……アリサ君とユウ君、そしてアオバ君たち新型神機使いの生体データはヨハンに必ず報告される……そう言ったらわかるかい?」

 

「え、えと……どういうこと?」

 

「まさか、もう?」

 

 まだ気付かないらしいコウタと、冷や汗を垂らすサクヤ。

 サクヤの呟きに、アリサも駆け出して行った。

 

「新型の……データ、だと……?」

 

「ああ。ヨハンの手元に行ったアオバ君の生体データ……。もしそれに、ヨハンの御眼鏡に適うだけのオラクル反応があったとしたら、ヨハンはどう行動すると思うかい?

 ノヴァの特異点に足る程の、ただの神機使いや神機としては異常なほどのオラクル反応があったら」

 

 気付いた。

 既に特異点として使える。そう判断されたのなら。

 彼女が連れて行かれる事など、容易に想像できるだろう。

 ましてや彼女は現在眠っていて、さらに言えばメディカルチェックから二時間もの間1人であったのだ。

 

 この支部を掌握しているヨハネスが彼女を攫う事くらい、赤子の手を捻るくらいには簡単だという事である。

 

「や、やばいじゃんそれ!」

 

「いや……アーク計画として必要な人員が……つまりコウタ君の家族のような人々はヨハンのアーク計画には必要不可欠だ。地球を一掃するだけでは意味が無いからね。それが十分量集まって、且つロケットに彼らを乗せるまではノヴァの母体に彼女を入れる事はしないはず……」

 

 あくまでアーク計画とは「選ばれた人類を地球外に脱出させ、地球を終末捕食によって再生させた上で選ばれた人類が戻ってくる」という計画だ。脱出させる前に全人類を終末捕食で滅ぼしてしまっては意味が無い。

 だが、特異点という起動キーを手に入れた時点でヨハネスの行動は爆発的に早まるだろう。もしかしたらもうチケットの話が各神機使いに行っているのかもしれない。何かと守るモノの多い彼らは、その提案に乗る者も少なくはないだろう。

 そうして十分量の人間が集まれば、アオバは使われてしまう。そこがタイムリミットだ。

 

「ッ、博士!」

 

 あの神薙ユウが息を切らして戻ってきた。

 任務中はスタミナ管理の鬼かと思う程に縦横無尽に走り回り、且つ息切れをしない彼が。

 その表情は、お世辞にもいいとは言えない。

 

 遅れて戻ってきたアリサも、沈んだ表情だった。

 

「……いませんでした」

 

 懸念事項が当たってしまった。

 夏江アオバは、自室にはいなかった。

 部屋に荒らされた痕跡はなく、眠っているところを連れて行かれたのだろうことは容易に想像できることだった。

 

「……私は急ぎヨハンに彼女の行方を問い合わせてみるけれど……あまり期待はしないでほしい」

 

 九割五分、さらったのはヨハネスだろう。

 そのヨハネスに問い合わせたところで、まともな答えが返ってくるとは思えなかった。

 

「いえ、博士。僕達が勘付いていると支部長に知らせるのは不味い。一応人目を気にして走ってきましたから、僕達が計画を知っている、ということはまだ支部長には知られていないはず。

 ここは何も知らないフリをしておきましょう」

 

「……」

 

 真剣な表情で言うユウ。

 そんなことを気にして走っていたのかと戦慄するアリサ。底が知れないにも程がある。

 

「……そうだね、すまない。少し気が逸っていたようだ。

 君達も、知らないフリをしておいてくれたまえ。多分だけど、すぐにでもアオバ君の捜索命令が出るはずだから」

 

「……わかりました」

 

 自分で暗殺命令を出しておいて、捜索任務を出す。そして見つからない事でMIA扱いにして、捜索を中断させる。

 リンドウの時と同じだと、サクヤは気付いた。

 恐らくアオバは単独任務に就いていた事になり、その途中で行方不明になったことにされるのだろうことは簡単に想像できる。

 その横暴極まるやり方に、ギリと歯を噛みしめた。

 

「とりあえず解散しよう。いいかい、顔に出してもダメだからね?」

 

「えーっと……そんなにオレ顔に出やすいかな」

 

「出やすいですね」

 

「出やすいね」

 

 何故かコウタにだけ念押しするように言うサカキに、頬を掻くコウタ。

 彼が嘘を吐くに向いていない性格であることなど、この場の誰もが知っているのだ。

 自覚していないコウタを見て、不安になる一同だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『御目覚めかね、夏江アオバ君』

 

「……なんか用スか、変態」

 

『いやなに、君には定められた期間そこで過ごしてもらおうというだけだ。安心したまえ、最短で五日、長くとも二週間で終わる』

 

「……チッ」

 

 起きたら、見た事の無い個室にいた。

 どうやら俺は攫われたらしい。

 

 見た感じ、作りはペイラー・榊の研究室奥、つまりシオとリンドウが隔離されている部屋に似ているが、置いてあるモノは人間用だ。まぁ、感知遮断の部屋という所だろう。

 一応は婦女である俺が寝ている間にここへ移動させたということでヨハネス・フォン・シックザールを変態呼ばわりしてみたが、スルー。余裕しかない声色にイラっと来る。

 

「あぁ、クソ……そういうことかよ」

 

 ここまでされれば誰だって気が付く。

 あの時の呼び声で気付くべきだった。迂闊だった。

 

 今回は俺が特異点なのか。

 

『言ってくれれば食事や配給ビールは出そう。君はあまり読まないと聞いているが、雑誌の類いもある。シャワーやトイレも備え付けてある。他、不備があれば言うといい』

 

「シャワー室やトイレにも監視カメラあんのか? ハッ、とんだ変態親父だな」

 

『……そこには付けていないが、扉の方にはセンサーがある。出入りは記録させてもらうよ』

 

「なるほど、中で工作でもしていようものならすぐにわかるってか。そんなに俺が怖いか、ヨハネス・フォン・シックザール?」

 

 部屋についている監視カメラに目線を向けつつ笑う。

 

『そうだ。私は君が恐ろしい。故に、そこにいてもらう』

 

「……つまらん。挑発に乗れよな」

 

『生憎そこまで暇ではないのでね。それでは、しばしの休暇を楽しみたまえ』

 

 響いていた音声が切れる。

 舌打ちを1つして、横になった。

 人間の作る雑誌やバガラリーなんてものは興味が無いし、別に腹が減っているわけでもない。眠る以外の選択肢が無い。

 

「……」

 

 だが、これでシオを心配しなくてよくなった。

 むざむざ特異点になるつもりはないが、それだけは安堵できる点だろう。

 

 あとは、どうやってアーク計画を潰すかだけだ。

 どうせ神薙ユウは気付いているだろう。アイツは必ず間に合うはずだと、敵ながら信頼はしている。であれば、それに合わせてどうにか特異点から外れればいい。

 まぁ、最低五日は考える時間があるのだ。

 サマエルであった頃も、ルシフィルであった頃も思考を止めた事は無かった。

 なら、アオバとしても現状を考え続けるだけだ。

 

「キィ……」

 

 混迷は昏迷になったのだと、教えてやる。

 



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Camaysar

オリジナル展開、かな?
もうすぐでエイジス計画に関する云々は終わりです。
なお、前々作「混迷を呼ぶ者」を読んでいないと分かり辛い表現がありますので、後書きに簡易説明をつけておきました。


「~♪」

 

 ヨハネス・フォン・シックザールによる監禁生活から一週間が過ぎた。

 腕輪へのオラクル細胞の供給は、三日毎に部屋に充満する催眠ガスによって俺が眠っている間に注入されているらしく、つくづくヨハネス・フォン・シックザールの効率(へんたい)性が窺えるという所だろう。もっとも、オオグルマ・ダイゴであれば何をされていたかわからないという点を考えれば、ヨハネス・フォン・シックザールが自ら行っているらしいこの行為は本当に単なる意味での「施術」でしかないのだろうが。

 

「~♪」

 

 外界との繋がりを物理的にもオラクル技術的にも隔離されているこの部屋は、月の声すらも届かない。あくまで月と俺達の繋がりは感応現象=オラクル反応によるものであるから、それを遮断されれば届かないのも道理だ。

 今悩んでいる、というか懸念事項として挙げているのは、月が「夏江アオバ(おれ)が死んだ」と誤認していないか、という事。完全に隔離された、月との意思疎通すら不可な空間を創り上げた事はヨハネス・フォン・シックザールを称賛するが、それはヨハネス・フォン・シックザールにとっても良い結果を招くとは思えない。

 早い所俺の存在を月に再認識させなければ、夏江アオバ(おれ)という自浄作用を失ったと勘違いした月が強行に出かねないのだ。具体的には、赤い雨を降らせる、などといった強行……いや、凶行に。

 

「~♪」

 

 地球と違って月は凄まじいまでの親しみがある。文字通り家族と言って差し支えの無い程に、俺のことを気にかけてくれていた。無論俺が月の端末で、来るべき時に()()()()使()()ことには変わりないのだが、それでも俺と雨宮リンドウ、シオ、レンの事を家族だと認識してくれているのだ。

 一度目は地球の外殻に、そして二度目が人間達によって俺達を失ったと誤認した場合、月がどういう行動に出るのか……人間になってから、痛いほどわかる。もし雨宮リンドウ、シオ、レンを殺されたのならば、俺は確実に復讐に走るだろう。それが感情というものだ。

 雨宮リンドウには元から、シオは雨宮リンドウに出会って育まれ、レンは雨宮リンドウによって感化された。オラクル細胞は「考えて、喰らう細胞」だ。その星で「最も強く生きた存在」が何かを「考え」、地球のオラクル細胞が降ってきた事で結果的にではあるが「感情を持った三存在」を「喰らった」。

 

 これによってこの星のオラクル細胞、そしてこの星自体も「感情を持つ事が最も強くなる生き方」だと認識した。だからこそ、新しく生み出された「俺」は「最初から感情を持つ人間」だった。果たして、俺の魂とやらに元から感情があったかどうかはわからないがな。

 つまり俺が復讐に走ると考えるということは、月もまた復讐に走ると考える事と同義なのだ。やけに感情が顔に出るこの身体はまさに月の感情そのものと言って差し支えないのだから。

 

「~♪」

 

 だから、ヨハネス・フォン・シックザールよ。

 

 全てが無に帰す前に、全てが水の泡になる前に、俺をノヴァの元へ連れて行けよ。

 もう、考えは決めたのだから。

 

『――……別れの歌か。いや……』

 

「走馬灯。死の間際に、その生の全てを祝福して手向けにする歌さ。俺を特異点にする準備は整ったか? ヨハネス・フォン・シックザール」

 

『……ああ。日が落ちてすぐに、始める。人類の夜明けとなる計画――アーク計画を』

 

「そうか――いや、良かったよ」

 

『……何が、と聞いて、答えてくれるのかね?』

 

「ああ……何、Noah’s ark……ノアの方舟がその機能を果たした期間は、40日とも7日とも言われているが……7日で済んで良かったな、って事さ」

 

『それが幾日かかるかは、私が制御する終末捕食によって決まることだ。7日で済むという保証はない』

 

「こっちの話さ、ヨハネス・フォン・シックザール。さぁ、眠らせろよ。連れて行くんだろ? 俺の神機と共に、ノヴァの母体の元へ」

 

『――ああ。それでは、眠りたまえ。君が目覚める事はもう、無いだろうが』

 

 しゅー、と空調に混じってガスが噴射される。

 

 抵抗する事無く、眠気に意識を預ける。ベッドに倒れ込み――喉にある異物(・・・・・・)へ細心の注意を払いながら、微睡へ旅立った。

 

 

 

 後は任せたぞ――神薙ユウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……』

 

「眠ったか……これで、全てが終わり、始まる……」

 

 エイジス島のとある一室で、ヨハネスは呟く。

 同じくエイジス島の一室、隔離部屋と仮称するそこで催眠ガスによって眠りに就いた少女の映像を見ながら。

 

「……走馬灯か。フッ、そうだな……私にとっても、今日が最期だ」

 

 アーク計画に、方舟に、元から自分の席は用意していない。

 今宵ヨハネスは人間としての生を捨て、荒ぶる神々の一席に加わる。新しい世界に、オラクル技術の知識を持つ者はいらないのだ。

 

「――始めよう。願わくば、この少女の犠牲が……荒ぶる神々を鎮める一手とならんことを」

 

 そして、全なる犠牲の終止符にならんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――みんな、準備は整っているかい?」

 

 アナグラからエイジスへと繋がる地下通路に、彼らはいた。

 神薙ユウ。藤木コウタ。アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。ソーマ・シックザール。橘サクヤ。

 極東支部第一部隊。最難の地における最強の部隊が、そこにいた。

 

「さっきサカキ博士から連絡があった。アオバの腕輪の反応を捉えた、ってね。この、エイジス島から」

 

「……じゃあ、アオバはもう?」

 

「うん。恐らくはもう、ノヴァの母体に取り込まれ始めている」

 

「そんな……ッ」

 

 探しても探しても見つからなかった。サカキとユウはすぐに可能性――アナグラにアオバはいないという結論に思い至った。

 ならばエイジス島しか他に場所は無いが、そこへ入る権限が無く、捜査は断念された。

 だが、今は違う。

 ヨハネスは不在――行方不明となり、全権限をサカキが担った。ツバキがここへのアクセスキーをユウに譲渡し、この決戦の地へ全員が集ったのだ。

 

「確かに危険な状況だ。だけど同時に、チャンスでもある。アオバを助け出す事とノヴァの母体を破壊する事、そのどちらもを同時に行える、ね」

 

「……アイツを……ノヴァの母体から、切り離す方法は……見当がついているのか?」

 

「残念だけど、ついていないよ。物理的に切り離して集中手術……それが一番現実的な手段だけど、確実とは言えない。

 だけど……なんだろうね、妙な確信めいたものがあるんだ」

 

「確信……?」

 

 ユウは手を握りしめる。

 初めて会った時から思っていた事。

 

「――アオバは、絶対に諦めない。僕と同じか、僕以上に不屈で……目的を必ず成し遂げる。

その意志、その意識こそが、アオバとノヴァの母体を切り離すにあたる最も重要なファクターであると思うんだ。

 だから、大丈夫。アオバを信じよう」

 

 彼女は何か、明確な目的を持って生きている。

 それがなんなのかはわからないけれど、ここでノヴァの母体に取り込まれる結果を良しとする事は無いはずだと、ユウは言う。

 

「彼女は多分、強力な睡眠薬か何かで眠らされているはずだ。だから、僕達がやるべき事はただ一つ。多少手荒くなっても良いから、彼女を起こす事だよ。

 サクヤさん、コウタ。恐らく支部長からの妨害があるだろうけど……そっちは僕らに任せて、アオバを起こす事だけに専念してほしい」

 

「……わかったわ。狙撃兵として……アオバを、必ず起こして見せる」

 

「お、俺も! アサルトは早さが売りだもんな……すぐに起こすさ!」

 

 意識さえ取り戻せば、彼女は自力で脱出するだろうとユウは言う。

 

「ソーマ、アリサ。聞いた通りだよ。僕達はアオバを起こす2人の護衛だ。2人がアオバを起こすまで、力の限りを以て支部長の妨害を退ける」

 

「はい! 任せて下さい!」

 

「ああ……やることは、いつも通りだ……」

 

 ガチャりと神機を担ぐソーマ。銃形態の神機を握りしめるアリサ。

 覚悟は決まった。やるべき事も確かめた。

 なら、あとはやるだけだ。

 

「行くよ! みんな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アオバ!」

 

 果たして、そこに彼女はいた。

 まるで船首に取り付けられた女神像のように、足と両腕をノヴァの母体の額に取り込まれている。その瞳は固く閉じ、意識が無い事を窺わせた。

 

「涙のたむけは、われが渇望する全てなり、か……」

 

 アオバの下腹部には白い光を放つコアが取り付けられ、それが彼女の神機のコアであると第一部隊の面々は理解する。オラクル細胞的な癒着こそしていないようだが、肌に直接コアが触れているなど危険以外の言葉は見つからない。

 

「ソーマ……それに、第一部隊の諸君。この少女と随分仲良くなっていたようだな」

 

「……何か、問題でも?」

 

「仲間ですから、仲良くするのは当たり前です!」

 

 振り向きざまに放たれたヨハネスの言葉に反応するユウとアリサ。

 彼らを見て、ヨハネスは仕方の無い者を見る様に溜息を吐く。

 

「それは愚かな選択というものだ。知っているかね、この少女の正体を」

 

「……それはてめえがいつか言っていた、アラガミの話か」

 

 

「そうだ。この少女は世界に混迷を齎し、人類を破滅させるアラガミの生まれ変わり! 諸君も覚えがあるだろう? この少女とよく似たアラガミに、全てを奪われたあの忌まわしき記憶が!」

 

 

 ドクン、と鼓動が鳴る。

 ノヴァに灯りが灯る。同時に、アリサが頭を抱えて崩れ落ちる。

 

 

「アリサ!?」

 

「……違う、あれは暗示……違う! 私は……私は、アオバに殺されてなんかいない……」

 

「アリサ、気をしっかりもって!」

 

 

 アリサの脳裏にフラッシュバックする。

 キィ……という耳障りな音と共に、腹を切り裂かれ、自身の頭蓋を砕かれたあの記憶が、感触が蘇る――。

 

「……そのアラガミと……アオバが、同じ存在だという証拠が……どこにある!」

 

「証拠は無い。だが、確信はある。私の計画を砕き、私という存在を討滅したかのアラガミが、この少女であるという確信がね。それは私の根幹の部分……細胞の1つ1つに刻まれた記憶だ」

 

「ッ、なんだよそれ! そんなの言い掛かりじゃんか! そんな、アラガミと似ているから、なんて理由でアオバを使うなんておかしいだろ!?」

 

 

 ソーマが、コウタが叫ぶ。

 だが、既に計画は為された。ノヴァの母体は起動し、ゴウンゴウンという音を立て始めている。おかしいと糾弾しても、止まらない事はコウタにもわかった。

 

「支部長……あなたは、自身の都合だけで……リンドウの命を狙って、今度はアオバの命まで奪おうというの!?」

 

「雨宮少尉か……彼も、私の計画にさえ気が付かなければ、その優秀さから最大限の優遇を測っていたのだがね。有能過ぎるのも考え物、という事だ」

 

 

 答えになっていない返し。それはもう、第一部隊を相手にしていないというヨハネスの態度の表れでもあった。

 

 

「長い……長く果てしなき道のりだった。秘密裡にノヴァの母体を育成し、世界中を駆けずり回って使用に耐え得る宇宙船を掻き集め、ありえるだろう障害を全て排除し、選ばれた千人を乗せた方舟は今、天に飛び立つ!」

 

 

 その言葉と共に、エイジス島の周囲からロケットが発射される。

 ドクンドクンと鼓動が大きく聞こえる。

 

 

 

「ここに計画は成就する――今度こそ、私の勝ちだよ、博士。そして――よ」

 

 

 ヨハネスがアオバに向かって小さく呟く。

 その言葉はユウたちに聞こえることはなかった。

 

 ヨハネスの横に、2つ(・・)の蕾のようなものが現れる。 

 そしてそれが開花した時、そこにあったものは奇妙な2つだった。

 

 

「……き、着ぐるみ……?」

 

「神機兵短剣型……模倣になるが、かつて私が宿っていた物だ。そして、その戦闘データは……神薙ユウ。君の物を取り入れている。生半可な相手とは思わない事だね」

 

 

 人面を持つアラガミへと飛び降り、そして食われるヨハネス。

 ショートブレードを取り出し、何処か見覚えのある構えを取る赤と青と白と黒の着ぐるみ。

 

 

「神機兵って……なんだ、それ!? アラガミなのか……?」

 

「わからないわ! ……けど、不味いわね……アリサがこの状態で、支部長とそっちの着ぐるみを相手にするのは骨が折れそう……!」

 

 

 ヨハネスだけであれば、まだなんとかなったかもしれない。

 ユウとソーマ。この2人がいれば、大抵のアラガミは相手にならないのだから。

 だが、敵が二手に分かれるとなるとそうもいかない。

 

 

「降り注ぐ雨を……溢れ出した贖罪の泉を止めることなど出来ん。その嵐の中、ただ1つの舟板を手にするのは――この私だ!」

 

「……」

 

 

 ヨハネスが叫び、着ぐるみ……キグルミは無言で殺気を放つ。

 神薙ユウの戦闘データ。それが眉唾物ではない……否、現在の(・・・)神薙ユウ以上の実力があると、その威圧感を以て思い知らされた。

 

 

「サクヤさんは手筈通りに! コウタ、君はアリサを安全地帯に逃がした後、僕達の援護をお願い!」

 

「あ、ああ! わかった!」

 

「ええ、了解よ!」

 

「ソーマ……僕はあのキグルミって奴を抑える。だから、君は支部長を頼めるかな」

 

「ああ……アレ(・・)は俺が倒すべきアラガミだ。任せろ。だから……背中は、任せたぞ」

 

 

 その言葉に、ニヤりと口角を上げるユウ。

 

 相手は格上。文字通りの格上だ。

 得物も戦闘スタイルも全く同一で、相手の方が上手。

 

 神機使いになってから、物足りなかった。

 強い敵を……もっと強い敵を。手応え(・・・)のある敵を。

 

 あぁ、と独り言ちる。

 不謹慎だけど――僕は恵まれている。

 

 

 

 また、この場所で、最大の敵と刃を交える事が出来るのだから――!

 








独自解釈TIPS
キグルミ : 神機兵短剣型。青い部分がアルダノーヴァの男神のオラクル細胞、赤い部分が女神のオラクル細胞。白い部分がノヴァの母体の欠片、黒い部分が元の神機兵という色々ごちゃ混ぜっ子。つなぎ目はもっとグロテスクだったのだがサカキとリッカが(今作はヨハネスが)縫い合わせた。何故今回もファンシーな見た目なのかは謎。
戦闘データや性格判断は神薙ユウのモノであり、過去にサカキらがこれを造った時期がGE2RBなので、今の神薙ユウより実力が数段上になっている、という事。



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Suclagus

佳境


 

 ほとんどの神機使いは「対人戦闘」という物を経験した事が無い。

 対人経験があるのは極僅か――フェンリルから逃げ、追手と対峙した・逃亡者を追ったことのある神機使いのみだろう。

 シユウやヤクシャと言った人型のアラガミとは違う、パターン性の無い本当の対人戦闘。

 それは神薙ユウにとって、酷く戦い辛いものだった。

 

「くっ!」

 

「……」

 

 ナイフ新とナイフ新が高音を立てて擦れ合う。

 全く同一の動き。だが、ユウの方が大きく弾かれた。

 ユウの戦闘データと、ユウ以上の身体能力持っているらしい神機兵短剣型(キグルミ)

 そんな見た目だからか足音はしないし、呼気もないので動きが読み難く、恐らくスタミナは無尽蔵にあるのだろう事は容易に想像できた。

 

「なにより……バーストできないのは、キツいね……!」

 

「……」

 

 相手がアラガミかどうかも分からぬ今、捕食行動はただただ隙を晒すだけになりかねない。アリサの恐慌状態はまだ治っていないようだし、かといってユウが支部長の元へ行けば乱戦は必至。今でさえサクヤが支部長に狙われ、それを必死にソーマとコウタが引き剥がそうとしているところなのだ。

 近づくのは無理だろう。

 

「せめて……君がアラガミかどうかわかれば、いいんだけど……」

 

「……!」

 

 悪寒を覚え、バックステップで後退する。その、先程までユウの顔があった場所をナイフ新が薙ぎ払った。この速さには覚えがある。ユウも良く使う、アドバンスドステップだ。

 むしろ今まで使っていなかった理由は何なのか……考えるまでも無い。相手の意表を突くためだ。自分なら、そう考える。それが自身より下の実力の相手なら、なおさらに。

 

「戦闘データだけじゃなく、性格まで僕ってことか……はぁ。僕ってそんなに悪辣なことしているかなぁ」

 

「……」

 

 答えは無い。無いが、キグルミもまた「そんなにじゃないよねぇ?」とでもいう様に肩をすくめた。どうやら人格の様な物もあるらしい。それも、自分とよく似た。

 ――と、そこへ。

 

『――アルファ1っ! アルファ1の対峙している敵はアラガミです! オラクル反応照合、シックザール支部長が融合したアラガミを仮称アルダノーヴァとし、アルダノーヴァと同じオラクル反応を検知しました!』

 

 インカムから、竹田ヒバリの声が響く。

 ニヤリとユウの口角が上がる。

 

「……それは良い事を聞いた。ありがとう、ヒバリちゃん。これで存分に、ッ!」

 

「……!」

 

 嫌な予感がして、後方へアドバンスドステップをした。

 バンッ! という空気を叩く音と共に、キグルミから散弾が吐き出された。

 ショットガンだ。自身が使用した事の無いソレ。極東支部でも使っている者がいないために、どのような挙動をするのかわからない。

 

「そう簡単にはいかない、って? ハハ……それはこっちのセリフだよ!」

 

 スナイパーへ神機を切り替え、狙いを付けずに狙撃弾を放った直後にまた切り替え、斬りかかる。神業としか言いようのないそのユウの速力に、しかしキグルミは悠々と対処する。スナイパーから放たれた狙撃弾をナイフ新で切り裂き、斬りかかってきたユウの攻撃はバックラーでジャストガード、弾かれたユウへアドバンスドステップで踏込み、ライジングエッジ。

 

「あぐっ!」

 

「……」

 

 戦闘が始まってからの初のダメージにユウが苦悶の声を上げる。

 浮き上がったその身体にショットガンを構えるキグルミ。視界外で行われたその動作に、ユウは条件反射(・・・・)の如くバックラーを展開し、それを防いだ。

 

「ッ、いまのは……!」

 

 どこか、夢のような現実のような場所で経験した事だ。

 意識外からのショットガンによる攻撃。予想外のそれに無様に沈んだあの時。

 憶えている。自身と同じくらいに強かった、あのショットガン使いの少女を!

 

「……はは……! いつの記憶かわからないけど……有効活用させてもらおうか!」

 

「……!」

 

 両者はまた、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ……! おい、避けろ!」

 

「キャッ!?」

 

「サクヤさん! くそ、こっち向けぇ!」

 

 ユウとキグルミが熾烈な戦いを極めている一方で、ソーマ・コウタ・サクヤ、そしてヨハネスの戦いは苛烈と称するべきものになっていた。

 先程インカムから流れてきたヒバリによれば、もうヨハネスと目の前のアラガミ・アルダノーヴァを切り離すことは不可能だという。

 

『アットウテキナチカラ!』

 

 確かにその動きは既にアラガミそのもの。その素早さに翻弄され、その攻撃力は今までのアラガミと一線を画した。だが、アオバを狙おうとするサクヤを見逃さずに妨害したり、コウタの攻撃に一切興味を示さなかったりと、ヨハネスであった頃の頭脳が消えたというわけではないらしいのだ。

 それが一層、サクヤとコウタの心を掻き立てる。相手をしているのが、人間に見えてしまう。

 

「おい……アレは、アラガミだ! あのクソ野郎じゃねえ!」

 

「わ、わかってる! おおおおおお!!」

 

「早くしないと……アオバが!」

 

 ドクンドクンという鼓動のような音は大きくなっている。

 これがノヴァの鼓動なのか、それとも他の何かなのかはわからないが、良いものだとは思えなかった。

 

『やはりそれが狙いか……無駄な事ヲ!!』

 

 男神を振りかぶったアルダノーヴァがサクヤに急接近する。

 避けられない。

 

 避けられ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻らなきゃ……いけないのに……ッ!」

 

 カチカチと歯が鳴る。

 肩がガクガクと震える。

 

 暗示だ。

 これはただの暗示だ。

 ハンマーのような神機を持つ男を助けられなかった事も、ジーナ・ディキンソンが目の前で殺された光景も、ブレンダン・バーデルの身体がくの字に折れた時の音も。

 全て全て、暗示だ。

 自身が殺された記憶なんか、あるわけがない。

 

「そう……だから、そう、私は生きているから……」

 

 任務中、あの少女は何度も自身を救ってくれた。回復弾や受け渡し弾に始まり、味方の防御力を上げたりバーストさせたり、あのアラガミ(・・・・・・)とは全く反対の……自分たちを助ける行動をしてきた。

 

 両親を殺したアラガミが雨宮リンドウにすり替わっていたように。

 あの少女の一挙手一投足が、真逆の行為であると暗示されているだけなのだ。

 よく考えろ。良く考えろ。もっと考えろ。

 今倒すべきは、今為すべきはなんだ。

 

 今、助けるべきは誰だ。

 

「――アオバを、助けないと!」

 

 

 

「――そんじゃ、いっちょやろうぜ、アリサ。一週間分のメシの借り、返させてもらうからよ」

 

「色んな味、美味しかったぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルダノーヴァの振りかぶり。

 それは、例え受け渡し弾によるバーストを貰ったとしても避けられるものではなかった。

 あの巨体に、あの速度で殴られたならばサクヤの身体は持たない。鈍重なバスターや位置的に反対側にいたコウタでは届かない。

 唯一可能性のあったユウは封じ込まれている。

 

 万事休すか。

 

 否。

 

『ム!?』

 

 その横殴りを、黒く燃え盛る炎の剣が止めた。

 アルダノーヴァの男神と同じくらいの大きさのソレ。

 

「ゥォオオオオオオオ!!」

 

『ナンダト!?』

 

 それは雄叫びと共に、アルダノーヴァを押し返す。

 さらにはアルダノーヴァの足元に黒い渦巻が現れ、アルダノーヴァが危機を悟って飛び退いた瞬間、轟ッ! と、黒い炎の竜巻が出現した。

 それは数秒で晴れて散らばり、消える。

消えた黒い炎の竜巻の向こうに、黒い炎剣を構える男の姿。

 右目から右手にかけてを真っ黒に染めた男。身の丈の三倍はあるだろう炎剣を両腕に携え、サクヤを守るかのような位置取りでアルダノーヴァと対峙する。

 

「よォ……久しぶりだなぁ、支部長さんよ」

 

『雨宮少尉……イヤ、ナンドモミタ……黒キ竜!!』

 

「おーおー、有名になったもんだなァ、俺も。

 ……サクヤ。命令は一つだ。……アオバを起こせ!」

 

「ぁ……」

 

 小声でそう言うリンドウに、驚きから固まっていたサクヤが目を見開く。

 見た目も、思考も、もう人間ではないのかもしれない。

 それでも……彼は雨宮リンドウだった。

 

「皆さん! ご迷惑をおかけしました! アリサ・イリーニチナ・アミエーラ、復帰します!」

 

 さらには、凛としたその声が響く。

 同時、各人に受け渡し弾が発射された。

 濃縮アラガミバレットは、ザイゴートのもの。

 

「その辺で狩ってきました!! 沢山あるので、バーストは任せてください!!」

 

 そのあまりにもな物言いに笑みをこぼす面々。

 依然としてキツい状況であるのは間違いないが、二人の救援は何よりもの心の支えになった。

 

 さぁ、再開だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは……」

 

「……!」

 

 アリサからの受け渡し弾でバーストLvを3まで引き上げたユウはキグルミを果敢に攻める。だが、キグルミもまたさることながらその一切合財を相殺してきた。今までが手加減されていたかのような動きに、流石に歯噛みするユウ。

 そこへ、

 

『フッ!』

 

「……!?」

 

 風圧に驚く様にしてアドバンスドステップによる回避行動をとるキグルミ。振り返るが、そこには誰もいない。

 

「おや……いいのかい? 君はリンドウさんと一緒にいたいんじゃなかったかな」

 

『もうリンドウに僕は必要ありませんから。既に僕とリンドウは対等だ。だからこそ、君の方へ援護に行っても問題はないんですよ』

 

「……?」

 

 誰もいない虚空へ向かって話しかけるユウ。

 だが、キグルミに刻まれたユウの性格と戦闘データはそこにナニカがいる、という事だけは気付いていた。

 

「君達は味方だと、そう考えて良いんだよね?」

 

『はい。少なくとも今は、そう考えてくれて構いませんよ。僕達もアオバさんが大切ですから』

 

「……」

 

 ガチャ……とショートをショットガンに切り替えるキグルミ。

 見えないのならば、面で制圧するまでだ……とでも考えたのだろうと、ユウはキグルミを分析する。一度でも被弾させてしまえば大まかの形や大きさを察するには十分だからだ。

 ユウは笑みを深める。

 

「今だけでも……十分!」

 

 自分一人で格上の自分に勝てなかったのは残念だが、今はアオバの救出が最優先だ。

 ショート三人、高速の世界で雌雄を決するとしよう。

 



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Tukiphat

独自解釈多め。
もうすぐでやっとリザレクションに入れる。


 

「セイッ!」

 

「オオラァッ!」

 

 エイジス。

 ヨハネス・フォン・シックザールの入ったアルダノーヴァと雨宮リンドウの戦いは、思う外拮抗していた。

 ヨハネスは人間であった頃、何千、何万と「アルダノーヴァ時の戦闘方法」をシミュレートしていて、その動きに一切の隙が無い。

 リンドウはハンニバルとしての全能力を、人間の冷静さとアラガミの躊躇いの無さを兼ね合わせた何億年もの間磨いてきた戦法で此れに立ち向かう。

 

 前者はその頭脳と研鑽の結果に、後者はそのポテンシャルと研鑽の結果に、戦いは拮抗しているのだ。

 否、リンドウには第一部隊の援護がある故に、単一の力ではヨハネスが勝っていると言えるのだろう。

 

「……ちぃと不味いか?」

 

「アットウテキナチカラヲ!」

 

 リンドウは劣勢を感じ取っていた。

 アルダノーヴァには一切の隙が無く、捕食をする瞬間が見出せない。今こそアリサがその辺で狩ってきたという濃縮アラガミバレットによる受け渡しでバーストを維持できているが、それが尽きた時に戦況は一気にひっくり返るだろう。

 

 ある意味でジョーカー的存在だった神薙ユウとレンも、「未来の神薙ユウの戦闘データ」などという物を相手にしていて手が離せない。リンドウもキグルミと共闘した記憶があるために、その強さはわかっている。ましてや、「未来の神薙ユウ」がどれほど恐ろしい存在なのかも。

 

「ハァ!」

 

「くっ、このままじゃ……ジリ貧ですね……」

 

「クソ親父が……」

 

 加えて、第一部隊の面々にも疲労が見え始めている。

 神機使いである彼らはまだ「人間」であり、一般市民のソレに比べれば圧倒的なスタミナを誇るとはいえ、無限とは言い難い。対してリンドウのように「アラガミ」になってしまえば、オラクル細胞さえ補充できれば半永久的に活動が出来る。

 無論「アラガミ化」を彼らに奨める程リンドウは堕ちていない故に、やはりリンドウがこの場を持たせ続けるしかないのだが。

 

「……ふぅ。そうだな、そうだ……俺はもう、アラガミか……」

 

 そう、自然に思えた。

 雨宮リンドウは「アラガミ」だ。

 人間には戻れない。人間として生活する事は出来ない。

 

 ピシ、ピシと……何かが割れていく。

 

「だってんなら……人間の俺の手向けに、最期の一仕事やりますか!」

 

 背中が割れる。

 そこから、黒い炎のようなオラクル細胞が螺旋を描いて噴出する。

 元極東支部第一部隊隊長の雨宮リンドウは、ここで終わりだ。

 

 今からは――ハンニバルとして、力を振るおう。

 

「リン……ドウ……」

 

 呼ばれて、だが、振り返らなかった。

 振り返るのは雨宮リンドウだ。

 ハンニバルは、後ろを省みたりはしない。

 

「オオオ!!」

 

「セァ!」

 

 あぁ、いつかの焼き増しだ。

 前もこうして対峙した。

 あの時より己は強くなっているけど、それは相手も同じこと。

 

 ならば、結末は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……はは、あはははは……!」

 

 笑いが止まらない。

 目の前の僕と斬り合っている内に、おかしくておかしくてたまらなくなってきた。

 早くアオバを助けなきゃいけないのに、早くみんなの元へ援護に向かわなきゃいけないのに、どうしてこんなに楽しいのか。

 

 キグルミと呼ばれた「未来の自分」は、恐ろしい程に強かった。

 隙の一切が無く、その攻撃は鋭く、速い。

 すでにレンの事も察し終えたようで、奇襲らしい奇襲はもう一切通用しなくなっている。

 僕の攻撃もほぼ全てが弾かれ、逆に僕の身体は傷が増えていく。

 

「……?」

 

「ふふふっ! ……あれ? わからないのかい? 僕なのに……」

 

 僕が笑っている事が理解できないのか、キグルミは首をかしげた。

 今だって高速戦闘中なのに、本当に余裕がある。

 

「楽しいだろう? バーストなんて無粋な強化の無い、純粋な身のままの戦いだよ。人間だとかアガラミだとか神機だとか、そんなことはどうだっていいんだ。ただただ、この場に僕がいて……戦っていられる事が何よりうれしい! いつか僕も、ギリギリの戦いをした事があった気がするんだ。

 けどそれはすぐに終わってしまっていた……こんなに長くギリギリなのは初めてだ!」

 

 相手が誰だったのかは思い出せないけど、あのヒリヒリとした感覚はずっと覚えている。

 だからこそ今、こうして戦い続けている感覚が心地よくて、達成感と悦楽が綯い交ぜになったようなこの瞬間が、心から愛おしい。

 

「覚えている……覚えているんだ。アイツとの戦いを、アイツとの勝負の末を!」

 

 今の僕には「アイツ」が誰なのかは思い出せないけど。

 「アイツ」がしたことは、覚えている。

 そう、心地よさだけじゃ、ないんだ。

 

「ふふふ……そうだ、それだけじゃあ、ない。

 ――守れなかった悔しさも、心の奥底から消えてない!」

 

 僕は「いつか」、「誰か」を喪った。

 僕の浅慮が、「アイツ」に裏を掻かれた。

 あそこまで自分を嫌いになった日は無い。

 あそこまで誰かを憎んだ記憶も無い。

 

 そして、もう絶対にあの気持ちを味わいたくないんだ。

 

「だから、僕の心地良さなんて……ふふ、無視できるんだ」

 

「……!?」

 

 タン、と狙撃音が鳴った。

 音のした方を振り向くキグルミ君。

 そこにはレンが、真横に向けてスナイパーを構えていて。

 

「残念」

 

 本命は、こっちだ。

 

 ドクンと、鼓動が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「特異点」足り得る存在は、「統率」が出来る存在である。

 シオはアラガミを、葦原ユノは人間を、ジュリウス・ヴィスコンティは人間とアラガミの双方を。方法は何でもいい。歌でも、血の力でも、存在そのものとしての力でも、それがオラクル細胞を介してのものであるならば、何でもいいのだ。

 何であれば雨宮リンドウや神薙ユウ、香月ナナや神威ヒロでもよいのだろう。

 

 必要な物は、「統率」――纏め上げるチカラ。

 

 ならば、成程。

 かつてサマエルとして、「アラガミから人間に近づいた者」と「人間からアラガミへ近づいた者」、そして「アラガミから作られた人間の兵器」を纏めていた俺もまた、「特異点」足り得る存在であったと言えるのかもしれない。

 

 「意思」と「記憶」を受け継いだオラクル細胞がこの身にあるのならば、それは今も同じと言えるだろう。

 

 だったら、出来るだろう?

 俺が、「アラガミに宿った人間の意思」であるとするならば、半端者を纏め上げる事に長けた「特異点」であるというのなら。

 

 

 この、「人間如きが作り出した望まれぬノヴァの母体」程度、「統率」できないはずがない。

 

 

 大丈夫。

 やり方は、彼女が教えてくれる。

 

「……ほんとに、大丈夫かー?」

 

 あぁ、大丈夫だ。

 そのために俺はここにいるのだから。

 

 この、膨大で巨大なるノヴァの母体を、「地球へ飛ばさずに、終末捕食を起こさせない方法」は、ずっと考えて来たんだ。

 月が終末捕食を望んでいない以上、これはどこまで行ってもハリボテでしかない。ハリボテでしかないが、ヨハネス・フォン・シックザールの元に終末捕食を行われれば、月の表面は洗われ、逃げ延びた人類の聖地となるだろう。それは阻止したい。

 だが同時に、これを飛ばしてしまえばまた同じことを繰り返すために、単純に放り出す事も出来ない。流石に地球ではない場所に飛ばして宇宙の漂流物になられるのは危険すぎる。

 

 なら、簡単だ。

 終末捕食を起こしてやればいい。

 

 ――ただし、俺の中で、だが。

 

「……ホントのホントに、大丈夫かー?」

 

 大丈夫さ。

 ずっと腹にあったからかな、気付いたんだ。

 俺の真っ白な神機のコアが、元々何だったのか。

 

「……うん。タブン、合ってる」

 

 このコアは、シオ。

 お前だったんだな。

 ……いや、あの時に死んだ俺と雨宮リンドウとレンとシオ、全員分のコアの集合体だ。

 コアとして形成するのに、シオのものの受容性が一番高かった故に、俺達はシオに抱かれるようにして眠ったのだろう。

 

「ん……よく、覚えてないぞ……」

 

 いいさ。

 死んだ時の事なんて、覚えている必要はない。

 

 さぁ、シオ。いや、前のシオのコアよ。

 俺に、教えてくれ。終末捕食の起こし方を。

 その、制御の方法を!

 

 シオ、お前は離れていろよ?

 何分、初めての事だ。上手く行かせるつもりだが、暴走して取り込まれでもしたら俺は後を追うぞ?

 

「……わかった」

 

 あぁ、偉い子だ。

 下でヤンチャしてる奴らも退かしておいてくれ。

 

 そして――。

 

「……ウン、伝える! だから、あおば……サマエル、……いなくなったら、寂しいから、な!」

 

 あぁ。

 元より、こんな所で果てるつもりなんてないんだ。

 

 さぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウ! アリサ、サクヤ、ソーマ、コウター! ユウとレンも! テッタイするぞー! ニゲロー!」

 






裏タイトルは「半端者の特異点」


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Rasphuia

GEB完!
次の話からリザレになります!
あっさりしてます!


 

 どくん、どくんと大きくなる鼓動。

 ヨハネス・フォン・シックザール……否、アルダノーヴァの辿った歴史の中で鼓動を聞いたという記憶はない。

 やれることはすべてやった。神薙ユウを抑え込むための兵器も開発したし、自身がアラガミと成り果てた時の戦闘訓練も秘密裡にずっと行っていた。障害となるであろう第一部隊の戦闘データや、未だ生まれ得ぬハンニバルの対策まで取っていた。

 

 だが、今……あの少女と、少女の神機のコアを特異点としたノヴァに何が起きているのかはわからなかった。ただわかるのは、只管なまでの――嫌悪。

 

 船首に取り付けられた女神像を彷彿とさせるその姿に、あのアラガミが重なる。

 直接対峙したのは遥か遠い月でのみだが、その色は強く記憶に焼き付いている。

 ノヴァの母体へと取り込まれ、山の裾野の様に広がった緋色の髪が、さらに濃く、深くなっていく。赤から緋へ、緋から朱へ。

 

 そしてそれは、ノヴァの母体にまで伝播していくではないか。

 

 朱く染まって行くノヴァの母体。

 ぐじゅり、ぐじゅりと……聞く者が聞けば、「アラガミの捕食音」と表現する他ない独特な音が響き渡り始めたかと思えば、大きくなっていた鼓動もまたその脈をいっそうに響かせ始めた。

 

 タン、と。

 銃声――スナイパーの発砲音。

 

 アルダノーヴァの死角、キグルミに相手をさせていた神薙ユウの方から、直上の少女へ向かってオラクル弾が放たれたのだと理解した。キグルミの失態を嘆く――よりも、神薙ユウの脅威に身構える――よりも先に。

 弾丸はノヴァの母体の額にて眠る少女の、さらにその額に直撃した。

 衝撃に、ゆっくりと目を開いた少女の、その裂けた笑顔に、最大限の嫌悪を感じ取ったのだ。

 

「キィ……よくやった、神薙ユウ」

 

 ニタァと笑うその顔は、記憶にあるサマエルそのもので。

 アルダノーヴァの視線に気づいたらしい少女は、その凄惨な笑みをアルダノーヴァに、ヨハネスに向ける。

 

「マタ……マタ、ジャマヲスルカ!」

 

「また? 記憶ごっちゃになってんな、前は助けてやったろーが」

 

 四肢をノヴァに取り込まれたまま、軽い口調で返す少女。

 その声に悲壮感はなく、あるのは溢れかえらんばかりの自信だけ。

 

 そしてそれは起こった。

 

 少女が何かをかみ砕いたかと思えば、その下腹部にあった純白のコアが輝きを放ち、ノヴァの母体へと浸食していた朱がいっそう速度を増して広がりを見せた後、その一切が少女の小さな躰へと収束を始めたのだ。

 まるで、ノヴァの栄養を喰らうかのように――ノヴァを、捕食するかのように。

 

「リンドウ! アリサ、サクヤ、ソーマ、コウター! ユウとレンも! テッタイするぞー! ニゲロー!」

 

 同時、今まで姿を見せていなかった白い童女が落ちてきた。

 ノヴァの母体の上部にいたのだろう彼女は、アルダノーヴァの記憶にあるよりも更に流暢な喋りでこの場にいるゴッドイーター達に呼びかける。今まで狂ったように暴れていた雨宮リンドウまでもが、その言葉に従って撤退を始めた。

 神薙ユウだけは少し躊躇いを見せたが、直後見えないナニカに手を引かれるようにして去っていく。

 

 残されたのは少女と、アルダノーヴァと、キグルミだけ。

 

「クッ!」

 

 彼らを追わなかったのは、それほどまでに少女に嫌悪を抱いていたからだ。

 すかさず光弾を打ち込もうとするが、曲がりなりにも少女がいるのはノヴァの母体の額。母体を傷付けてしまう事はアルダノーヴァの行動理念から外れてしまう。

 だから、その変容を、変貌をただただ見ている事しか出来なかった。

 

 一度はノヴァの母体の全域を覆うまでに広がった朱は、少女の躰へと収束を見せ、少女の身体を朱に染めていく。

顔や腹、肩など、露出している肌の全てが朱に染まりきると、今度はミチミチと音を立てながら手足を引き抜き始めた。

 大部分の母体を纏ったままの手足が下腹部に抱いたコアに肉を集め、覆い隠すように、その朱い身体に白いノヴァの母体がとりついていく。

 

 ノヴァを纏った少女はべちゃ、とエイジスの床に落ち、オオオと大きな産声を上げた。

 朱い顔。アラガミ化した人間に見られる黒い瞳。額に打ち込まれたオラクル弾は金色の輝きを見せ、その三色が神々しささえも感じさせる。

 あれほど巨大に建設したノヴァは普通のアラガミのサイズにまで縮小を見せ、しかし引き締まった肉がその密度を物語る。ノヴァの裾野は翼の骨組みのように形を変え、四肢には爪や棘、さらには尾までをも生やして、その姿は完全にアラガミだった。

 

 誕生――いや、再誕だ。

 人間として生まれた少女が、アラガミとしてもう一度生まれ直した。

 アルダノーヴァには、ヨハネスには、そう映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、これは凄い。

 中々の全能感だ。

 サマエルの頃にも、夏江アオバの頃にも行わなかった四足姿勢。

 

 行った事は極めて単純だ。

 神薙ユウのオラクル弾の衝撃で噛み砕いた強制解放剤でバーストを行い、前のシオのコアを活性化、俺の身体を神機に見立ててノヴァの母体を捕食した。 

 終末捕食を起こし得る母体と、終末捕食の引き金を引けるシオのコア。

 両者を食らい合わせ、俺という意識を一点に集中させて残した。ウロヴォロスをして、ヴィーナスをしたわけだな。

 

 その結果がこれだ。

 

 アリウスノーヴァ。

 第二のノヴァと称されるその姿になろうと思ってなったわけではないが、運命を感じざるを得ない結果とも言えるだろう。陳腐だな。

 

「ナンダ……オマエハ、ナンダ!」

 

「何って……ノヴァだよ。前のノヴァを食らって、その腹を食い破って生まれ落ちた第二のノヴァだ。特異点のコアも、終末捕食も、俺が制御した。ヨハネス・フォン・シックザール。お前の思い通りになるのはここまでだよ」

 

 この身体、声帯はそのままなのかな。

 普通に喋れる。あぁ、いや、そうか。

 喋ることが出来る雨宮リンドウとシオを取り込んだ結果、「捕食における最大の利点」に会話機能が記憶されている、ということかな。

 まぁ、目の前のアルダノーヴァより流暢に喋ることが出来るのはありがたい。

 この身体もすぐに手放すとはいえ、ね。

 

「お前の目的は終末捕食なんだろう? 俺も同じさ、俺も人類の全てを駆逐したい。全てを食らって、全てを零にして……また、楽園を築くのさ。この身体をくれた事は感謝しよう、ヨハネス・フォン・シックザール。

 だから、アイーシャ・ゴーシュ共々……俺に食われて、世の礎となってくれ」

 

 翼を広げる。

 黄泉の穢れをも包み込む冥王の翼が輝きを増し――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アオバ!」

 

 先程までエイジスの外部にまで響いていた戦闘音が静まり返り、様子を窺いに来た第一部隊はソレを発見する。

 倒れ伏すアルダノーヴァ。その身体のほとんどは食い千切られていて、絶命している事は誰の目にも明らかだった。

 近くにはキグルミもおり、吹き飛ばされたのだろうエイジスの外縁部に身体をめり込ませて沈黙している。

 

 そして、エイジスの中心。

 天井にあったノヴァの母体は塵一つ残さず消え去っており、しかしその中心に居た存在がノヴァであると、誰もが確信した。

 アルダノーヴァを喰らう、四足のアラガミ。

 

「ア……オ、バ……?」

 

 再度少女の名を呼ぶ第一部隊に、ゆっくりと向けた、その顔は。

 彼らが良く知る、夏江アオバのものだったのだから。

 

 オオオ、と周囲に響き渡る不思議な声色で鳴くその姿は、アラガミそのもの。

 骨格のような翼、強靭な四足、朱色に染まった顔。

 顔の面影以外の全てがアラガミだった。

 

「ッ、博士! アオバのバイタル反応は!?」

 

『……ヨハンに腕輪を外されたんだろうね、こっちでは捕捉できていない……それに、これは……』

 

『皆さんの目の前にいるのは、アラガミとしか……こちらでは……』

 

 アリサがサカキやヒバリに問いかけるも、返ってきた言葉は絶望的なものだった。

 ヨハネスのように理性を残しているわけでも、リンドウのように理性を取り戻した様子も無い。ソーマのように自身の中のアラガミを調伏したのならヒトの姿をしているだろうし、シオのようにアラガミから人になったわけでもない。

 

 アラガミに取り込まれ、アラガミとなった人間。

 それに対しての手段を、彼らは持ち得ていない。

 

 そうして、彼らが攻撃をしかけるにも躊躇いを見せている間に――朱顔のアラガミは、エイジスを去って行ってしまった。その速力は観測班が追い切れないもので、反応はすぐにロスト。

 

 彼らはまた、大切な仲間を一人失ったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー! アオバ、おかえり、だな!」

 

「あぁ、ただいま。シオ」

 

「え?」

 









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ネコは炬燵で物申す。
リバースカード・オープン!


トラップカード、リビングデッドの呼び声!



 

 極東支部、エントランスホール。

 そこに、数人の男女が向かい合う形で立っていた。

 

「今日から極東支部に配属された新人二人を紹介する。待望の新型神機使いだ」

 

 そう言い放つツバキの横には、歳の頃16か17くらいの少年少女。黄色を基調とした服装を身にまとい、ツバキと同じくらいの身長を持つ少年と、神機使いに露出が多い事は最早常識に成りつつあるが、それにしても下半身をほぼ丸出しと言っていいくらいの健康的な太腿が目立つ少女だ。

 

「本日付で第二部隊に配属となりました。アネット・ケーニッヒと申します!」

 

「同じく第三部隊に配属となりました、フェデリコ・カルーゾです!」

 

「新型神機の戦術は、私よりお前達の方が詳しいだろう……出来得る限り面倒を見てやれ、いいな?」

 

「よろしくお願いします!」

 

 二人がキラキラとした目を向けるのは、勿論極東支部第一部隊がリーダー・神薙ユウ。

 その目線に慣れないのか、少しだけ困り顔で彼は頷いた。

 

「……そして、原隊復帰と……異動の通告だ」

 

「……ふぅ」

 

 何か含みのある、感慨と叫び出したい程の喜色を鋼の精神で抑え込んだような声色に、アネットとフェデリコの隣に並んでいた二人が一歩、歩み出た。

 右目に仮面。右手に篭手。だが、それだけではとうに隠しきれない程に半身を黒に染めた――、

 

「本日付で原隊復帰する、雨宮リンドウだ。ユウ、お前さんにならリーダーも任せられる。よろしく頼む」

 

 雨宮リンドウ。

 腕輪を付けていない、元ゴッドイーター。そう、現アラガミである彼が、このアナグラの中に当然の如くいるその事実、その絵面に、第一部隊だけでない極東支部の全員が感動と驚き、そして心配を彼に向けていた。

 リンドウもまたそれに気が付いているようで、何度も後頭部を掻いては姉であるツバキやユウに目線を向けている。無論、助けなどくれる二人ではないので溜息に終わるのだが。

 

 そして。

 

「同じく、第三部隊に異動になる夏江アオバだ。新人の教育なんて面倒な事はやらないのでよろしく」

 

 雨宮リンドウにアラガミの痕跡が多々露出しているのに対比するかのように、いつもと変わらない――否、少しだけ幼くなったかのようにも見える――夏江アオバ。

 雨宮リンドウが復帰した事で、戦力の慣らしを行うために防衛班への異動となったのだ。

 その姿、その言動に懐かしさを覚える反面、どう対応していいのかわからない、といった動揺もまた広がっていた。

 

「お前は……。まぁいい。新人と夏江は榊博士のメディカルチェックを受けた後、任務や挨拶に着け。以上だ!」

 

 前よりも扱い辛くなった少女に眉間の彫を深めつつ、ツバキは場を解散させた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……やはり異常は見られないね。むしろ、前のコアよりもさらに適合率が高くなっている……オラクルの活性化も。

 全く、アオバ君。とことん君は研究者泣かせのようだね」

 

「確認するけど、君がノヴァに取り込まれた時、君の神機のコアがそのまま件のアラガミのコアになっていたんだよね?」

 

「ああ、間違いない。アリウスノーヴァのコアは、俺の神機のコアだ。この目で見た事も根拠の一部だが、後はまぁ感覚だな。アイツが俺の神機だってのは、遠くにいてもわかる」

 

 例えそこに彼女の意思がなくとも。

 あの純白のコアは、俺達を包んでいたものだから。

 

「じゃあ、これはどこで手に入れてきたコア……ううん、神機なのかな」

 

「さぁ? 気が付いたら掴んでいた神機だからな……俺がアリウスノーヴァから分離、いや排出と言った方がいいのか? まぁ、別たれた時にはもってなかったはずだ。その辺は良く覚えてないが、この支部の近辺を彷徨ってた時にゃ持ってたはずだぜ」

 

「うーん……どこか山奥に遺されてた神機だった、って事かなぁ。それがこんなにも都合よく、異常値にさえ思える適合率のあるコアだった……ううーん」

 

 まぁ、出来過ぎた話なのは認めよう。なんたって、真赤な嘘だしな。

 その真赤なコアは、何を隠そう俺のコアだ。

 正確に言うならば――元俺のコアだ。

 

 勿論月に在った方。地球に在った奴はコアとしての形は成していないからな。

 

 適合率が高いのなんて当たり前だ。俺と俺のコアの適合率が低かったら嘘だろう。アリウスノーヴァの身体は元シオのコアに任せてきた。第二のノヴァなんだ、特異点のコアを持っていても不思議じゃあないだろう。第二のノヴァの母体、ってんなら違うだろうけど。

 

「……ふぅ、うん。身体の方は特に異常なし、だよ。刀身はスピアからサイズに変わってるみたいだけど……元に戻しておく?」

 

「いや、このままでいい。ルクスティア……いやはや、素材集めは無駄だったな」

 

 神属のスピア造りに専念していたが、まさか直々に賜るとは思わなんだ。

 

「それで、アオバ君。君が取り込まれていた件のアラガミ……アリウスノーヴァの動向なんかに心当たりはあるかい? なんたってあのノヴァの母体が転化したアラガミだ。早急に討伐しなければ、どんな個体になるかわからない」

 

「残念だがN/Aだ。俺はその答えを持ち合わせていない。どの方角にいるか、くらいは感覚でなんとなくわかるが、座標指定までは難しい」

 

「いや、それで十分だよ。この後観測班の方へ寄って欲しい。あぁ、勿論これはお願いではなく命令だよ」

 

 ペイラー・サカキがその糸目をうっすら開けて言う。

 ワオ、すっぽかす事見抜かれてやんの。

 

「……命令とあらば」

 

 ……ああ、なんだかさらに喜怒哀楽が豊かになった気がする。

 新しい身体は何を元にしてんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カレル・シュナイダー。新型だからと優遇する事はない。仕事を熟せばそれでいい」

 

「ジーナ・ディキンソンよ……これから、よろしくねぇ?」

 

「俺は小川シュンだ。ま、よろしくなー」

 

「よろしくお願いします! 改めまして、フェデリコ・カルーゾです!」

 

「夏江アオバ。特にヨロシクする気は無い」

 

 観測班に適当な方角をお知らせした後、第三部隊の歓迎会……なんて雰囲気は無く、つまるところの新人含めた顔合わせ。アサルト、スナイパー、ロングに加えてロング・スナイパーとサイズ・ブラストが入ったワケだ。火力的には中々バランスも良い。

 ちなみに第二部隊はアネット・ケーニッヒ一人が加入しただけだが、元から大森タツミとブレンダン・バーデルという堅実且つ効率のいい二人組に、台場カノンという超高火力でバランスの保たれていた部隊だ。アネット・ケーニッヒという火力が加入しても、バランスが崩れる事はないだろう。

 

「ロングの扱いは小川シュンに聞け。スナイパーの扱いはジーナ・ディキンソンが熟知している。狩りの効率ならカレル・シュナイダーの右に出る者はいないだろ。金払いの良い依頼の見分け方もな」

 

「あら、案外ちゃんと見てくれているようだけど……それ、自分は何もしないって……そういうコト?」

 

「その通りだ、ジーナ・ディキンソン。新型という共通点はあれど、俺はサイズにブラスト。更にはバックラーだ。装備に一つ足りと共通点が存在しない。教えられる事なんてないのさ」

 

 強いて言えばバースト管理くらいだが、コイツは育てりゃ自ずと受け渡し弾を撃ちまくるようになるので必要ないだろう。

 アネット・ケーニッヒと比べ、生存力の面で言えばコイツはピカイチだ。むしろ余計な茶々は入れない方がいい。

 

「何、お前達にとっても悪い話じゃあない。コイツはオラクル活性化能力が非常に高いからな、新種遭遇時なんかには優秀な働きが出来るはずだ。お前達の技術を注ぎ込めば、それだけ良い依頼も回ってくる。特に新種の探索任務なんかがな」

 

 新種はそれだけで危険が付き纏う。故に、報酬金もケタが違う事が多い。

 素材だって良いモノが手に入るし、そう言う種は得てして強力な個体が多い。

 カレル・シュナイダーの行動理念にも、小川シュンの行動理念にも、ジーナ・ディキンソンの好むヒリつく戦いにも合致する。

 

「あぁ、勿論回復はするぞ。むしろ基本的に俺はそっちがメインだ」

 

 仕事をしないとは言っていない。ただ、教育はしないと言っている。

 その時間、俺は他の事に使うから。

 

「それじゃ、小川シュン」

 

「おう!」

 

 とりあえず、小川シュンに誘われたヤクシャ・ラージャ退治に行こう。

 サイズの手応えも確かめないといけないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! おかえりだな! アオバ!」

 

「おかえりなさい、アオバ」

 

「ただいま、シオ、リンドウ。……と、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ」

 

「よ、お疲れさん」

 

 隔離部屋――ペイラー榊のラボラトリはソーマ・シックザールが引き継いだが、この隔離部屋はそのままに残してあった。

 理由は簡単で、隠しようがない程にアラガミであるシオとリンドウがここにいるからだ。

 普段はジャミングを人工的に引き起こす装置で、アナグラ内部のアラガミを感知する装置を騙しているが、長時間使える類いの物ではない。 

 雨宮リンドウがほぼ完全なアラガミである、という事を知っているのは、第一部隊に加えてペイラー・サカキ、楠リッカ、竹田ヒバリ、雨宮ツバキの四名のみ。

 他の面々にはペイラー・サカキと楠リッカが共同開発した装置と、雨宮リンドウの強靭な肉体及び精神力により半アラガミ化、程度で済んでいる。そう説明されている。

 

 故に、捕食衝動含めて余計なトラブルが起きないようにこうして隔離部屋で過ごす”決まり”となっているのだ。

 シオも同じ理由。無論ソーマ・シックザールは嫌な顔を隠さなかったが、少しずつ和解し始めているようですよ? とはアリサ・イリーニチナ・アミエーラの談だ。真偽のほどは知らん。

 

「もう、部隊が変わったとはいえ仲間なんですから……フルネームじゃなくていいですよ?」

 

「相手をフルネームで呼ぶのは癖みたいなものだと思ってくれ。家族ともなれば別だが、何、面倒だと思った事はない」

 

 あぁでも、ディアウス・ピターやプリティヴィ・マータはそれぞれピター、マータと略すな。やっぱり意識の違いかね。

 シオとリンドウに視線を促せば、隔離部屋のさらに奥……訓練場とこの部屋の間に広がる設計図上の謎の空間――こと、捕食場に二人が向かう。名前の通り、アラガミたる二人が新鮮なオラクル細胞やアラガミ素材を捕食する場所で、隔離部屋と同じ材質の空間だ。

 

 新しい俺の神機のコアは、流石俺とでも言えばいいのか、食欲不振気味。否、前の神機が食欲旺盛過ぎたのだろうが、そこまで腹が空かないのが難点だな。とはいえしっかり味は感じるし、満たされることは満たされるんだが。

 

 意識が乗っていないとはいえ、彼女のコアを持つアリウスノーヴァがひもじい思いをしていなければいいんだが……。

 

「アオバ?」

 

「ん……なんだ?」

 

「いえ、ですから、よければこの後一緒にお食事に行きませんか? 帰ってきてすぐにここに来たみたいですし……まだ食べていないのなら、その……」

 

 断る、と言おうとして踏み止まる。

 

「……ああ、いいぞ」

 

「やっぱりなんでも……え」

 

「あぁ、いいならいいが」

 

 悪意を向けさせるのは存外難しい事は十二分に理解した。

 ならば、出来得る限り歩み寄って行こう。その分面倒事も増えるのだろうが、特に第一部隊とは仲良くしておいた方が今後の為だ。

 慌てるように言葉を訂正するアリサ・イリーニチナ・アミエーラを観察しながら、口を尖らせてこちらをジト目で見ていたレンに軽く目配せして、隔離部屋を出る。

 

「あ」

 

「げ」

 

 ばったり。

 神薙ユウに見つかってしまった。

 







説明するって言ったよなぁルルォ?!
ちょ、ちょっと触りは説明したから!


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ラーニング・スタート

気のせいでなければもう年末


 

「……」

 

「……」

 

 神薙ユウは、こちらをずっと、じぃと見つめている。

 まぁ、睨まれたら睨み返すよな。

 

 そうして、十五秒ほど、無言の時間が過ぎる。

 

「……あの、リーダー? アオバ?」

 

 静寂を破ったのは、アリサ・イリーニチナ・アミエーラだった。

 そのきっかけを得てか、神薙ユウが口を開く。

 

「……アオバ」

 

「なんだ」

 

「……おかえり」

 

「……ふん」

 

 ただいま、などと言ってやるものか。

 歩み寄るといっても、そこには明確な線引きかある。

 

 神機使いと、アラガミ。

 アナグラ(ここ)が、神機使い達(この場所)が家だなどと、口が裂けても言うものか。

 

「あ、リーダーもアオバ歓迎会に来ます?」

 

「へぇ、いいね。じゃあ、」

 

「私がボルシチをふるまわせてもらいますから!」

 

「遠慮しておくよ」

 

「えっ。あっ……」

 

 心の中で指を立てる。

 良い判断だ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。

 追い払えるものは追い払っておくに越したことはない。

 

 どうせ食堂だ。

 早めに歩き出す――その後ろを、慌てるようについてくるアリサ・イリーニチナ・アミエーラに鼻を鳴らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラの特に味を感じないボルシチを食した後、俺とアリサ・イリーニチナ・アミエーラ、加え第一部隊のメンバーがペイラー・サカキの前へと集結していた。

 支部長室――ヨハネス・フォン・シックザールの夢の跡でもある、この場所に。

 

「来てくれたようだね」

 

「サカキ博士、話ってなん……あ、ソーマ戻ってたんだ」

 

「ああ……」

 

 ソーマ・シックザールは胸騒ぎだとかで外に出ていたようで、多少、スタミナを消費しているようにも見える。

 第二のノヴァの位置からして、特に苦戦するような戦闘はないと思うんだがな。

 

「第二のノヴァについて、凡その見当がついたので報告しようと思ってね。

 まずは……」

 

「博士。俺から話す。

 結論から言う。第二のノヴァは、明確な意思を持って行動している可能性が高い」

 

「明確な意思?」

 

「ああ……知っていると思うが、俺はアーク計画以降、第二のノヴァの動向や性質を把握するための観測を行っていた。お前たちにも観測ミッションを発行してまでな……」

 

「あはは……観測班がいつもどうやって観測してるのかなんて、こういう機会がなかったら知らなかったから、いい経験になったけどね」

 

「そして……つい、先ほど。

 第二のノヴァの動向を予測できる証拠……及び、第二のノヴァがどういう性質を持っているのか掴むことが出来た」

 

 ……黙って聞いていたが、少々驚いている。

 気取られていないつもりではあったが、俺は生粋の研究者や観測手ではない。その道の職人には負ける。

 そういう線で追われたら、確かにあり得るのかもしれない。

 

「証拠って、どういうものなんだい?」

 

「……食い残しだ」

 

 何?

 食い残し?

 ……オラクル細胞で構成されたアラガミを食い残した所で、拡散するだけのはずだが……。

 

「アルダノーヴァ……その神属のアラガミが出現している事は、知っているな」

 

「ツクヨミとか、アルダノーヴァ堕天の事よね?」

 

「ああ……そいつらの一部に、オラクル細胞として拡散せずに残る個体がいくつかあった……弱い個体だが、そいつらのおかげで……第二のノヴァがどのようなルートを通って移動しているのか、観測できたんだ……」

 

「……弱い個体、ね。ソーマ・シックザール。そのアルダノーヴァ神属種……色合いはわかるか?」

 

「黒だが……何かわかるのか?」

 

 チ、と舌を打つのを我慢した。

 そうだ。

 ここは、月だったな。

 ならば――その種が、そちらの道を辿るのは、考えられない事ではなかったか。

 

「いや……なんでもない。続けてくれていいぞ」

 

「……ああ。

 そして……その間に生息していたアラガミから、第二のノヴァが何を目的に動いているのかも、見当がついた」

 

 あぁ、そうか。

 ヨハネス・フォン・シックザールが俺に尋常じゃない恐怖を抱いていたのは、そちらと混ざったからか……くそ、宇宙空間にでも放り出しておくべきだったな。

 

「第二のノヴァは……すべてのアラガミを、食すために動いている……おそらく、その全ての性質を取り込んで」

 

 あぁ、そうだ。

 第二のノヴァとしての力をつけるために、その神属に属するアラガミ、全てを食して取り込んでいる。無論一種ずつではない。コアの摘出をするために、食えるだけ食っている。

 月の意思が届かない末端はこうするしかないのだ。ディアウス・ピターくらいから、自ら差し出すようになるんだがな。

 

「まだノヴァの力は『幼生』と呼べる段階のはずだ。だがもしこれが『成体』の段階に到達すれば……第一部隊をもってしても、討伐するのは極めて困難となる。出来るだけ速やかにこれの排除をお願いしたい」

 

「俺からも頼む……これほど明確な意思と行動は危険だ……何より危険なのは……」

 

 こちらを見るソーマ・シックザール。

 ……なんだ? 

 

「――食べたアラガミの性質を取り込み、耐性を得るなら……僕たち神機使いはもう、耐性を持たれているかもしれないね」

 

「……あ!」

 

 藤木コウタが、アリサ・イリーニチナ・アミエーラも俺を向く。

 なんだ、その目は。

 

「……あぁ、そうか。お前さん、食われてたもんな」

 

「あぁ、そういう」

 

 ずっと黙っていた雨宮リンドウが、思い出したように言った。

 遅れて俺も気付く。

 

 そうだ、神薙ユウ達の視点では、俺は食われているも同然……最初に取り込まれたようなものなのだ。排出されたが。

 

 なるほど……で、あるならば、ソーマ・シックザールの懸念も理解できる。

 神機使いに耐性を持ってしまっているのなら、たとえ成体にならずとも殺すことのできる確率は低い。だから、出来得る限り可能性の高い幼生のうちに、って事ね。

 

 まぁ、食われちゃいないから耐性はついていないのだが。

 つけるはずもない。

 

「いや、二人とも忘れすぎだろ! 特にアオバは当人なのにさ!」

 

「別に、俺自身に記憶はないからな。食われたという実感もない」

 

「それで、ソーマ、博士。奴さんの次に行く場所はわかってんのか?」

 

「ああ……既にミッションを発行してある。だが、確実ではない……チームが二つ必要だ」

 

「二つに絞れたってだけでも凄い事だから、そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいよ、ソーマ」

 

 さて、と踵を返す。

 

「アオバくん?」

 

「なんですか」

 

「いや……これからチームを編成するというのに、どこに行くのかと思ってね」

 

「俺は防衛班ですからね。行く必要、無いでしょう」

 

「そ、そうですよ! それに、神機使いに耐性を持ってなくとも、アオバ個人に耐性を持っている可能性だってありますし……アオバには残ってもらったほうがいいと思います!」

 

 何故かアリサ・イリーニチナ・アミエーラからの助け舟。

 誰が好き好んで自分を傷つけるというのか。

あぁあと、ついでに。

 

「お前さん、行かないのか? あー、というか、」

 

「ああ、リンドウ君もおやすみだよ。道中にはハンニバルもいた……この意味がわかるね?」

 

「同一視されるのはちっと思う所がありますが、了解ですわ」

 

「リンドウ……」

 

 チームを分けなければいけないのに、出てはいけない人員がいる。

 それでも、藤木コウタですらも弱音を上げない。やはり、極東の第一部隊は面倒だな。

 

「それじゃあ、防衛班からエリック君とジーナ君を呼ぼうか。アオバ君がいれば、防衛に関しては問題ないだろうからね」

 

「うい」

 

 ジーナ・ディキンソンか……微妙に厄介だが、まぁなんとかなるだろう。

 エリック・デア=フォーゲルヴァイデは……どうでもいいか。

 逃げるかどうかは月に任せるが……多少、細工もしておくか。

 

「じゃあ任せたよ。ソーマ、君もね」

 

「ああ……」

 

 壁によりかかって、後頭部に手を組んで当てている雨宮リンドウを一瞬見る。伏せられる目。あぁ、理解してんな。

 

「それじゃ、解散だ。交戦しなかった部隊はすぐに連絡を入れてくれ。そのまま、第二のノヴァの方へ直行してもらうからね」

 

「うへぇ、ハードワークだ……」

 

 あぁ、そういう弱音は吐くのか。

 さすがだな藤木コウタ。期待を裏切らない。

 

 

 

 

 

『黒いアルダノーヴァ堕天種ですか……リンドウとサマエルさんは覚えがあるようですね?』

 

「シオもあるぞー」

 

『という事は、僕が来る前の話ですか?』

 

「あぁ、俺たちが月へ着弾してすぐの事だ。支部長の残滓……月で終末捕食を行おうとした、アルダノーヴァの成れの果て。

 セルピナとディアーナに間違いはないだろう」

 

「ったく……いつまで経っても俺達の妨害をするなぁ、あの人は」

 

 リンドウが手の甲を抑える。

 

 セルピナとディアーナ。

 これは正式な名前ではなく、俺が付けた名前だ。

 欠けた月の女神プロセルピナと、新月の女神ディアーナ。

 どちらも然したる強さは持っていなかったが……元がアルダノーヴァという”神機”だからな。食う事より保管することに長けている故に、元からオラクル細胞としてすべてが拡散してしまう設計ではなかったのだろう。

 月でも同じように残っていたし、今回バレたのも同じ理由。

 俺のミスが多いな。気を引き締めなければ。

 

『それで、どうするんですか? このまま彼らに協力して、アレを討つと?』

 

「そんなわけがない。だが、協力はするべきだろうな。出来るだけ神機使いを残さないと、意味がない。第二のノヴァも頃合いを見計らって逃がすさ」

 

「サマエルー、笑ってるなー」

 

「あぁ、お前さん、悪いカオしてるぜ」

 

「お前にとっても、橘サクヤを手にかけるのは避けたいんだろ?」

 

「……ああ」

 

 家族が嫌がる事を、わざわざやるはずもない。

 準備は着々と進んでいる。もうすぐに、とはいかないが、いずれ、必ず。

 

「……そろそろ昼時だな。シオ、今日は何がいい?」

 

「ワニ!」

 

「りょーかい、っと」

 

 願わくは――あの楽園を、取り戻さんことを。

 

 




いや年始


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