Fate/Grand order 番外・六乗魔王王国シガ (NoN)
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prologue
駆ける。
駆ける。
駆ける。
荒廃した、緑のない大地を駆ける。
敵の炎や雷撃によって生じたやけど、熱を持ち身体を蝕む痛みを発するそれを無視し、自らが見たことを伝えるために都市へと駆ける。
一刻も早く伝えなければ、残り少ない人類の都市が堕ちるかもしれないのだから。
全魔力を身体強化の魔法に費やして、一歩踏み出す度に噴き出す激痛から目を逸らしながら駆ける。
すべてが終わった時に歩くことすらできなくなるかもしれないが、今は言葉を発する口さえあればよかったので関係なかった。
──見えた。
視線の先にあるのは、堅牢なる巨大な壁。目的地の都市をぐるりと囲む石の城壁。
目的地まであと少し、このまま進めば1時間もかからずにたどり着けるだろう。あと少しの辛抱だ。
「止まれ」
そんな時、ふいに背後から声がかけられた。
同時に、声のかけられた方向から甲冑の音がする。おそらく犯罪などに使用される消音系の魔法で音を消していたのだろう。
故に──足を止めることも、振り返ることもしない。
この状況で、音を消して忍び寄り、止まれと口にする存在など味方であるはずもない。どう考えても敵だ。足を止めれば、切り捨てられる未来しか見えない。
背後の気配に、懐から出した火燕杖で炎を放ちながら限界を超えてさらに加速する。相手がどのような存在であるかはわからないが、言葉を話したことを考えれば、敵は最低でも下級魔族以上の存在であることは間違いないだろう。
下級魔族は、万全でようやく互角以上の戦いができる強さを持っている。万全には程遠いこの状況では、勝率は無きに等しい。もし中級魔族以上の存在であれば……逃げ切ることも難しいだろう。
「止まれと言っている」
刹那、放たれる斬撃。
何らかの魔法と推測される黒い光の斬撃が、頬を掠めるようにして放たれた。
頬を掠めるような距離、そんな場所を魔法が通過すれば、当然のことながら片腕はその被害を受ける。実際、光の斬撃は塵一つ残さず右腕を消し飛ばしていた。
腕があった場所から大量の血が溢れ、バランスが崩れた身体は地面に転がる様にして倒れ込んだ。
「止まれと言った筈だが……貴様には聞こえなかったか?」
仰向けに倒れたために、声の主が視界に入る。
「……魔王」
「ふん」
その存在は、正に人の形をした魔であった。
ドレスと甲冑を合わせたかのような黒い鎧に、靄の様に発される黒い霧。
鎧の表面には血管の様な血の線が敷かれており、顔を隠すバイザー越しでもそれが冷たい視線をこちらに向けているのがわかる。
──無理だ、逃げ切れない。
鎧に一切の焼け跡がないことから、先程火弾の杖で放った炎は、相手に傷一つ付けることなく無力化されたのだろう。音から考えるに、回避や魔法によって防がれたわけではなく、何らかの固有の能力によって消された可能性が高い。
魔法使いである自分にとって、魔法を無効化してくる相手など鬼門もいいところだ。剣も使えるが、この見るからに騎士の様な見た目の魔王相手に勝てる程、高い腕前はもっていない。
──仕方がない、か。
「ほう、立つのか」
何故かこちらに襲い掛かってこない魔王を見つつ、胸にしまっていたとある薬品を取り出す。取り出したそれを、振るえそうになる手で一気に飲み干した。
魔人薬、人を魔物へと変える禁制の薬。
少し前まで所持しているだけで犯罪者として捕まる薬品であったそれを、残った片手で勢いよく飲み干す。
「舐めるるなよ、魔王。なんとしてでも、私はお前から逃げ切って見せる」
「ほう、ならば少しは耐えて見せろ」
魔人薬によってもたらされた万能感が思考を埋め、即座に目の前の現実に勢いを削がれる。
余りにもちっぽけな自分、そんな自分にため息が出そうになる。
「──行くぞ」
視線の先から魔王の姿が消え、同時に目の前に魔王が出現する。
踏み込んだだけ、それだけで格の差を思い知らされる。
自分は既に、魔王の剣の間合い。
得意の魔法も、今かは詠唱を始めていては、この距離では発動前に切り捨てられるだろう。
──故に、踏み込む前に既に詠唱は始めていた。
「■■■──っ!」
懐の火燕杖から放たれる火の弾。
相手の踏み込みを予測した、完璧にタイミングの合った一撃。
こんな一撃で倒し切れるはずがないが、それでも何かしら手傷を負わせることができるだろう。
その隙に逃げる。もとよりこの身は勇者の器ではない。
自分の目的はこの魔王の存在を伝えること、この魔王を倒すことではないのだ。
だが、そんな目論見は瞬時に消し飛ばされる。
「甘い」
火の玉は発生と同時にかき消され、魔王に触れることすらかなわず消失した。
「なっ!? 火燕杖が」
「消えるがいい」
一閃。
肩から腹に両断され、下半身が吹き飛ぶ。
そして、痛みすら感じることができずに地面に転がされた。
「ふん、所詮は口はでかいだけの雑魚か」
痛みで意識が飛びそうになり、即座に痛みで呼び起こされる。
連続する激痛、狂いたくなる痛みの連鎖。
それでも──
「■■■」
もはや単独で十分な火力を得られるほどの詠唱を、魔法が発動できるだけの精度で口ずさむことができる自信はない。
放つ魔法は火燕杖による一撃。先ほどの魔王の一撃で火燕杖が破損していないことを祈りつつ、詠唱を口にする。
「……む?」
火は、ついた。
放たれた炎の弾丸は、魔王からは大きく逸れ、彼女に命中することなく上空で炸裂する。
「ほう、息はあったか。だが……もはや満足に狙いも付けられんか」
「ふ、ふふ、お前にはそう見えるか」
「何?」
振り向く魔王に、自身の頬が笑みでつり上がる。
「あれは、狼煙だ。これで、少なくとも強大な敵の存在だけは都市に伝わっただろう。私一人ではこの様だったが、人間たちが力を合わせれば……きっと、きっと貴様を倒せる」
たとえ自分が死んでも、必ず誰かが魔王を討ってくれる。
どんな逆境でも、人間が手を取り合えば魔王相手でもどうにかなる。
人間は、絶対に負けない。そう信じている。
「ふん、ならば祈るがいい。もっとも、貴様が狼煙を上げようと、神に祈ろうと、結末は変わることは無いがな」
魔王が足を振り上げ、その頭蓋を踏み砕く。
肉塊となったそれから血が飛び散り、辺りに散乱して大地を地に染めた。
「無様だな、助けもしない神に祈る貴様も……そうあってほしいと祈る私も」
魔王、アルトリア・ペンドラゴンは返り血に濡れた顔を上げる。
彼女の視線の先には、城壁によって守られたとある都市の姿があった。
立香は目を覚ました。
「おはようございます、先輩」
意識が浮上する。
ぼやけた視界が像を取り戻し、起き出した脳が自分の顔を覗き込む一人の人物を認識した。
「おはよう、マシュ」
横になっていた身体を起こして、彼女──マシュ・キリエライトに挨拶を返す。
お腹の上に違和感を感じたので見れば、普段マシュとよく一緒にいる謎の生物──フォウさんの姿もそこにはあった。
一人と一匹のいつもの様子に夢とは違う暖かさを感じながら、立香は小さくため息を吐いた。
「顔色が悪いようですが、また悪い夢でも見たのですか?」
心配そうに顔を覗き込む過保護な後輩に、立香は心配させないように笑顔を返す。
「少しだけね。夢の中で特異点Fのアーサー王が出てきてびっくりしちゃって」
「アーサー王、ですか」
「うん、あの黒いセイバー。この間のロンドンで彼女を見たからかな。無意識に思い出しっちゃったのかも」
第四特異点、霧の街ロンドン。
産業革命時代のロンドンに生まれた特異点で、立香とマシュは槍を手にしたアーサー王を打倒した。
彼女が立香の夢に出てきたのは、その時のアーサー王の威圧感を立香がまだ克服できていないからだろうか。
「まあ、そのうち良くなるよ。今までもそうだったしね」
「わかりました。……でも、無理はしないでくださいね」
はいはーい、と軽く返事をして体を起こす。
身支度を整えて向かうのは、疑似地球環境モデル『カルデアス』が置かれた大広間。立香の中の不思議な何かが、そこに
「二人ともおはよう。よかった、ちょうど君たちを呼ぼうとしていたところだったんだ」
レイシフトの際に見かけるいつもの広間に出た二人を待っていたのは、このカルデアの現時点における最高責任者、ロマニ・アーキマンだった。
ロマニは、カルデアスの傍で何か作業する作業員たちに指示を出すと、立香たちに向き直って神妙な顔をする。
「もしかして、次の特異点が特定できたんですか」
立香は、僅かに期待を滲ませながらロマニに問いかける。
そんな立香に、ロマニは肩を竦めて残念そうに応えた。
「いや、悪いけどそうじゃないんだ。たぶん、次の特異点の正確な捕捉にはもう少し時間がかかると思う」
「では、どうして私と先輩を呼ぼうと?」
マシュの問いかけに、ロマニは作ったような真剣な表情で応える。
「君達にはついさっき計測された小さな特異点の調査をお願いしたい」
ロマニの言葉に、立香たち二人は戸惑いを抱いた。
次の特異点が見つかっていないのに、別の特異点だかなんだと言い出したからだ。
立香の脳裏に、果たしてそんな暇があるのだろうかという疑問が浮かぶ。
「小さな特異点、ですか」
「うん。つい二時間前、二十一世紀の日本の都市部で少し変な特異点が観測されてね。今は大きな特異点の方に人員を裂いてるから、そっちまで調べてる余裕がないんだよ」
「なるほど、それで私と先輩に」
「特異点の時代と、それから最低限の事前調査から、そこまで危険性の高い特異点ではないって分析は出てる。まあ、ロンドンではあんなこともあったから、気分転換ついでに行ってきなよ。ここまで時代が近いと、レイシフトの観測もそんなに難しくないしね」
ここまで聞いて、立香は今回の任務の目的に気が付く。
たぶんこれは、魔術王と直接相対して大きく疲弊した、自分とマシュに対する息抜きの方が本命なのだろう。特異点が観測されたことも嘘ではないだろうが、時代を考えればそこまで人理に影響のある特異点であるとは考えにくい。わざわざレイシフトを行ってまで、直接調べるべき特異点ではないだろう。
「わかったよ、ロマン。マシュもいい?」
「はい、先輩」
立香たちが了承すると、ロマニは力強く頷いて立香たちに指示を出した。
「今回の特異点は現代で、一般人も普通にいるみたいだ。服装も多少考慮しないといけないから、ダ・ヴィンチちゃんに頼んでおいた。彼女から現代に合う服装を受け取っておいてくれ」
「了解です、ドクター」
「わかりました、ドクター」
カルデアに召喚された英霊、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
彼、改め彼女から、礼装化された現代で通用する服装を受け取り、お互いに自分の私室で着替えてから合流する。
「へえ、いっつも甲冑か制服しか見ないから、この格好は新鮮だね」
自分の部屋の前でマシュと合流した立香は、思わず目を見開いて足を止める。
「そう、でしょうか」
立香に自分の姿を見せるためか、まるでアニメのワンシーンの様にマシュはその場でくるりと一回転した。
黒のミニスカートと明るめの紺色のチェックシャツがふわりと揺れ、その下の白いシャツがすっきりとした清潔感を与えてくれる。
目立つ銀髪を隠すためか、深めに被っている僅かに大きめのキャスケットに若干違和感を感じなくもないが、素材であるマシュそのものが可愛いので全然気にならないレベルだ。
「うん、似合ってる」
「着こなせている自信はありませんが、先輩にそう言っていただけると安心できます」
微笑むマシュ。その可愛らしさに、女性としてのプライドをボコボコにされた立香は、自分の服装を見てそっとため息を吐いた。
新しい礼装、カジュアル・スタイル。魔術協会礼装の予備を現代の服装に合うように改造して作られたそれは、何というか全身ユニシロでコーディネートしたかのような印象を受ける服装で、全体的に誰が着ても無難な印象を感じる魔術礼装だ。別にユニシロが悪いブランドであるというわけではが、一人で歩くならともかく、マシュの隣を歩くとなると気後れする。
「先輩?」
「え? あ、うん、なに?」
「いえ、どこか意識が遠くなっている様だったので……もしかして、まだ──」
心配そうな声を上げるマシュに目を合わせて、立香は首を横に振った。
ロンドンで魔術王に会って以来、少しマシュが過保護になった気がする。
「ううん、ちょっとぼーっとしてただけ。大丈夫だよ、心配しないで」
「ですが……」
「それよりほら、ロマンも待ってるし、早くレイシフトに行こっ!」
心配してくれているのは嬉しいが、そこまで心配をかけたくない。
不安そうなマシュの手を引いて、立香はロマンの下へと向かった。
アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1、……
全行程
グランドオーダー 実証を 開始 します。
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一幕 見知らぬ世界
レイシフトによる霊子変換から復帰して、立香がまず見た光景は地平線の彼方まで続く荒野だった。
「……あれ?」
「ここは……先輩、ここは本当に日本ですか?」
マシュの問いかけに、立香は首を傾げる。
日本、と言いたいところだが、ちょっと断言できない。日本の都心部でこんな光景がみられるとは思えないので、立香には何とも答えようがなかったからだ。
「うん、どうだろう。日本でもこういった平地はあるはずだけど、ロマンは特異点は都市部だって言ってたよね」
「はい、ドクターからはそう聞いています」
「そうなると、ここが日本には見えないよね。どう考えても都市部じゃないし。ビル一つない景色っていうのは流石に変だよ」
都心部は決まって地価が高いので、効率よく土地を活用するためにある程度高さがある建物が建てられるのが普通だ。立香は日本全国の都心部を訪れたわけではないので断言はできないが、どうにもここが目的の場所であるとは思えなかった。
「フォウ、フォーウ」
「フォウさん!」
いつもの如くマシュの盾から出てくる謎の生物、フォウさん。
その姿に不思議と安心感を抱きながら、立香は通信機に目をやった。
「……カルデアに連絡はつかない」
普段ならすぐさまロマニの声が届くそこからは、何故か声が聞こえない。
通信が届かないという事は稀によくあることなのだが、今回はこんな異常が起こっていることもあって少し不安になる。
それにしても、ここはホントに何処なんだろうか。
「魔術王によってレイシフトに介入されたのかな。それにしては何かが変だけど……」
「変、ですか?」
「そう、おかしい。だって、仮に魔術王がレイシフトに介入して私たちをここに連れてきたのなら、わざわざこんな所に置き去りにする必要はないでしょ。魔神柱を複数召喚して、こっちが私とマシュしかいないうちにぶつければ、私たちはそれで終わりだよ」
「なるほど、確かにそうですね」
いや、この状況で犯人がわかっても意味はない。
今重要なのは、場所の把握と安全の確保、そして召喚サークルの設置だ。
召喚サークルを設置しなければ、現地でサーヴァントに遭遇しない限りマシュと立香の二人旅になってしまう。
仮に人理が焼却されていなければ、むしろそれは歓迎したい事態だが、この旅が危険な人理修復の旅である以上、そういうわけにもいかない。
「とりあえず、まずは辺りを探索しよっか。動かなきゃ結果も出なさそうだし」
「はい、マスター!」
ひとまずは、状況の把握。
マシュと立香は、周囲の探索を行うために適当な方向へと歩き出した。
ブーツを履いてこなくて良かった。
見渡す限り続く地平線を見ながら、立香は心の中で安堵の息を零した。
立香が今はいているのは、ごくごく普通のスニーカーを安易な礼装として作り替えたもの。魔術によって丈夫になっているだけで、とくに普通のスニーカーと変わらない。
ダヴィンチちゃんにスニーカーと多少ヒールの付いたブーツのどちらかを選ぶように言われたのだが、スニーカーを選んで正解だった。もしブーツを選んでいれば、ふくらはぎがぱんぱんになってしまっていただろう。
しばらくの間、マシュと立香は荒野を歩き続けた。
そして日が少し傾き始めた頃、ようやく地平の向こうにうっすらと何かが映り始める。
城壁、だろうか? 遠くて良く見えないが、立香にはそれが何か人工物であるように感じられた。
──と、急にマシュが立ち止まった。
「マシュ?」
「っ!! 先輩、何か来ます」
「何かって?」
「わかりません、魔力は感じますがかなり小さいので、おそらく動物か何かだと思いますが……」
マシュの見ている方向を見ると、そこには何か土煙が立ち上ってる。
一般人程度の視力しか持たない立香にはその程度のことしかわからなかったが、デミ・サーヴァントであるマシュには立香よりも多少鮮明に見えるようだ。
マシュの服装が、さっきまで来ていた清楚な感じのものから、見慣れた甲冑姿に切り替わる。
「キメラとかじゃない普通の動物なら、何とかなるよね。一旦、それを片付けてからにしよっか」
生態系次第では、場所をある程度絞り込めるかもしれない。
フランスの時の様にワイバーンの様な幻想種が出てきていた場合はわからないが、シカやバッファローの様な普通の動物であれば、そこから現在地を絞り込める可能性は十分にある。
立香とマシュは、真剣な面持ちで土煙に相対した。
「気付いた、ここ絶対に現代の日本じゃない」
「先輩もそう思いますか」
戦闘が終わり、近くに危険な存在がいないことを確認してから、ようやく肩の力を抜く。
立香たちの周囲には、頭部の陥没した狼や、バラバラになった巨大な甲虫が数多く転がっている。
「だっておかしいでしょ! あんな生き物が現代の日本にいるわけないじゃん!」
立香が言うように、それらの生物は明らかに日本にいるとは思えない生き物ばかりだった。
まるでロケットの様な速さで弾丸の様に跳んでくる大きな狼。
どう考えても自重を支えきれないであろう巨大なカマキリ。
軽自動車ぐらいはありそうかというカナブンの様な何か。
こんなのが大量にいたら、絶対にニュースになっているだろう。
「とりあえず、早いとこ召喚サークルを設置してカルデアからサーヴァントを呼ぼう。カルデアへの通信は、まだ繋がらないの?」
「ダメです。マスターから十分な魔力供給が行われていることを考えると、カルデアとの接続が絶たれたわけではないのはわかるのですが……」
「なら、繋がるまで後回しね」
そうなると、向かう先はやっぱり……
──おーい。
ふと、どこか遠くから声が聞こえたような気がした。
「マシュ、いま声が聞こえなかった?」
「はい、あっちから男性の叫び声の様な物が聞き取れました」
立香の気のせいではなかったらしい。
声の聞こえた方を見て目を凝らせば、人がこちらに走ってきているのが見えた。
「先輩、見えました。鎧、でしょうか。金属製の鎧を身に纏った男性が複数、あちらから走ってきています」
少しすれば、立香にも細かな様子が見えてくる。
男たちは、腰に剣を差し金属の鎧を身に纏った五人の男と、白のローブ姿の男の六人の集団だった。
「──おーい、無事かー! 生きてるかー!」
「はーい、大丈夫ですー!」
急いでこちらに向かう男たちに、立香は無事だと答える。
すると男たちは走る速度を落とし、それでも小走りでこちらに走って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、良かった。どうやら無事の様だな」
「ええ、大丈夫でしたけど……」
立香は、男の服装を見つめる。
彼の服はどう考えても化学繊維で作られたものではなかった。所々見覚えのない素材が使われているが、なんとなくフランスの時に出会った兵士が着ていた鎧に近い印象を受ける。
立香のその視線を、不審者を見る目線と勘違いしたのか、男は額の汗をぬぐうと背筋を正して立香に目を泡えた。
「ああ、なるほど失礼した。私は、グルリアン市に所属する兵士のカーターだ。一昨日の大規模侵攻における生存者を探している最中、魔物に襲われている諸君らを発見した」
「立香です、彼女はマシュ」
グルリアン市?
マシュに視線でその名前を知っているか問いかけるが、マシュは小さく首を横に振って立香に応えるだけだった。
まあ、流石に何処かわからない国の都市の名前から、現在地を割り出すのは難しいか。
「ふむ、見かけぬ服装だが、諸君らは冒険者か? いくら冒険者でも、流石に君たち二人で都市の外を歩くのは危険だろう。もしよければグルリアン市まで案内するが、必要か」
冒険者、つまりは冒険家。
つまり、ここは何処かを開拓しようとしている時代で、グルリアン市というのは開拓村か何かの名前かな。
「罠、には見えないよね」
さて、彼らについていくかどうか。流石にこれは立香一人で決めるわけにはいかない。
個人的には少しでも情報が欲しいのでついていきたいが、マシュはどう考えるだろうか。
「はい、とりあえず同行しますか?」
「うん、まずはここが何処なのか、何時の時代なのかを把握したい」
どうやらマシュもついて行こうと考えていた様で、すんなりと立香たちの行動指針は固まった。
「はい、できればよろしくお願いします」
「あいわかった、リッカとマシュだな。短い間だがよろしく頼む」
グルリアン市、そう呼ばれる年に行きついた二人は、軽く都市の様子を眺めてから、都市に入るための門の近くにあった広場の隅で、あずき色のお菓子を片手に座り込んでいた。
「とりあえず、状況を整理しようか」
「はい、先輩。助言を与えてくれるドクターもいませんし、右も左もわからないもの状況では、きちんとした現状の分析を行う先輩の行動は理にかなったものであると賛成します」
「ロマンの助言? まあいいや」
ロマンが、助言役として役に立ったことなんてそんなにあっただろうか。
そんな疑問がふと浮かんだが、今はそんなことを考えている場合ではないのでその考えを飲み込んだ。
「こほん。まず、ここは現代じゃない」
まず、大前提となる認識の共有。
立香が見る限り、ここグルリアン市の風景は、どう考えても現代に存在する風景だとは思えなかった。
何故か? それは周囲の建造物の様子にある。
「はい、それは間違いないと思われます。馬車が移動手段として現役で活用されていること、また建物の建築様式から考えると、場所はヨーロッパ近辺の国、時代はおそらく10世紀前後、中世に近い時代です。ただ……」
「うん、そうなるとこれがおかしいよね」
二人は、手に持ったあずき色のお菓子を見つめる。
このお菓子は、グルリアン市に到着したときに、ここグルリアン市を訪れたのなら一度は食べたほうがいいと言われて購入したこの都市の特産品、銘菓グルリアンだ。
銘菓グルリアン、その外見と食感、味は、立香にある食べ物を思い出させた。
「銘菓グルリアン、これってどう考えてもおはぎだよね」
そう、おはぎである。
「はい、当時のヨーロッパには豆を使ったお菓子はありましたが、少なくともおはぎは存在しませんでした。小倉餡はおよそ12世紀ごろの日本で開発されたものであるため、中世のヨーロッパに存在する都市の名産品として売り出されているものとしてはあまりに不適格です。独自に小倉餡を発明した可能性もありますが、おはぎの形状と名称との関連性を考えるに、この名前を付けたのは日本人であると考えるのが自然なので、その可能性は極めて低いと思われます」
「ぐるりと覆う餡子、完全に日本語のダジャレだもんね」
なんという安直なネーミングだろうか。これなら、最初からおはぎと言い切ってもいい気がする。
「あ、あと先輩に言い忘れていましたが、黄金糖という名前で栗キントンが販売されていました」
「栗キントン!? なおさら、ここが中世ヨーロッパには見えなくなったなあ」
あとで食べよう。
先ほどマシュと倒した動物たちの死体を売って得たお金を手に、立香はそんなことを考えそうになり、慌てて頭を振って意識を戻した。
「先輩?」
「ううん、何でもない」
「そうですか……あと気になったのは、魔術に対する呼称でしょうか」
「ん、呼び方が何か変なの?」
「はい。先ほど、カーターさんが火の玉を撃つ魔術のことを魔法と呼んでいました。先輩は一般人なので知らないかもしれませんが、魔術師の世界では、魔術と魔法は別のものです」
野生動物たちと戦った場所からグルリアン市に当客するまでの間、二度ほど野生動物たちと戦う機会があった。
その時、カーターが火の魔術で野生動物を焼き殺す機械があったのだが、その時に彼はその魔術を火燕杖を使って発動した
「あ、それはアーチャーから聞いたことがあるよ。たしか……魔術でなくても可能なものが魔術で、魔術でないとできないのが魔法なんだっけ」
「はい、概ねその認識で問題ありません。科学技術の発展度合いによって魔術の基準が異なるので何とも言い難い部分はありますが、人間が火と共に文明を築いてきたことを考えると、少なくとも火を起こす魔術が魔法であると呼称されるのはありえません。なので、この都市には魔術協会の影響が及んでいないと考えられます」
魔術に対する呼称も、時代や場所を推測するヒントになる。
魔術が魔法と呼ばれているという事は、ここは魔術協会の力がまだ世界中には及んでいない時代であると考えられるだろう。
「えっと、つまりここは、中世ヨーロッパに近い文化で、どこか日本の雰囲気を残していて、魔術が魔法と呼ばれている時代の都市だってことだよね……そんな場所ある?」
正直なところ、立香としてはこんな時代に覚えはない。
文化と魔術に対する呼称はまだ理由付けができなくもないのだが、日本の影を感じさせる歪な何かという要素が存在するだけで、時代の推測が一気に困難になるのだ。
そこまで考えたところで、立香の脳裏にちょっとした思い付きが思い浮かんだ。
「……ここって、もしかして地球ですらないんじゃないかな」
「地球ですらない、ですか」
どこか日本らしさがある名前。
中世を感じさせる文化。
魔術ではなく、魔法と言う呼称。
それは──
「そう、よくある日本人作家が書いたファンタジー世界ってこんな感じじゃない?」
エルフやドワーフ、ドラゴンなどが飛び交う純ファンタジーの世界。
それを日本人の作家が描けば、こんな世界になるのではないだろうか。
「……たしかに、言われてみればそうかもしれません。ドクターの紹介で読んだファンタジー小説などは、こういった世界観のものが多かった気がします」
立香の言葉に、少し考え込んでマシュも頷く。
マシュ個人としては少し疑問の残る推測ではあったが、それを否定できないだけの可能性があるとも内心で感じていたためだ。
「とりあえず、ここが地球じゃない可能性があるとして仮定しよっか」
「もしそうなら、ドクターたちに通信がつながらない理由も納得できます。特異点にいる私たちを観測する近未来観測レンズ『シバ』は、本来地球を観測するためのもの。仮にここが全く別の異世界だった場合、例えドクターたちが私たちの存在を捕捉できていたとしても、こちらとの明確なつながりを作り上げるには多少の時間がかかるかもしれません」
「そっか、ならひとまずロマンとの連絡が取れるまで──」
立香がその先を口にしようとしたその時、街の中央から街全体に鐘の音の様な物が響き渡った。
「何の音?」
グルリアンを口の中に頬り込んで立香が辺りを見渡すと、武器を持った男たちが街の外へ続く門の前へ、近くで屋台をやっていた女性や子供たちが悲鳴を上げながら街の中央へと向かって走っていくのがわかる。
普通ではないその様子に、マシュも食べかけだったグルリアンの残りを素早く食べると盾を出現させて警戒し始める。
立香は、とりあえず近くの人に、これが何なのか話を聞くことにした。
「あのすみません、これって何の音ですか」
声をかけたのは、ちょうど目の前を通過しようとしていた傭兵風の男性。
綺麗にそり上げられた頭部が、太陽を反射して眩しく光っている。
「おい嬢ちゃん達、危ないからここから離れな!」
「何かあったんですか」
声をかけられた男性は、まるで焦ったかのように立香たちに言った。
まあ、周囲の様子から、今のこの状況が尋常じゃない事態なのはわかるが、一体何が起こっているというのだろうか。
「知らないのか!? これは魔族が攻めてきたって合図だよ! いくら都市の中とはいえ、万が一がある。できるだけ都市の中心に逃げろ!」
魔族。
その言葉を聞いて、ここは地球ではないのではないかという立香の疑念がますます深まった。
立香がマシュに視線を向けると、立香の視線に応えるようにマシュが頷く。
「私たちも戦います!」
「止めときな、女子供を守ってるほど……その服装、もしかして冒険者か」
「いいえ、でも、私もマシュも戦えます」
冒険者、彼の口ぶりからして、どうやら冒険家の様な職業ではないらしい。
どちらかというと、ファンタジー世界の冒険者に近い職業なのだろう。
男性は立香をじっと見て、それからマシュの装いを見ると、その言葉に嘘がないのを確信したのか大きく頷いた。
「なら好きにしな! ただ、相方が死んでも後悔するんじゃねえぞ!」
そう言って、彼は門へと走っていく。
そして他の戦士たちに呑まれ、あっという間に人混みの中に消えていった。
「行こう、マシュ!」
「はい、マスター!」
立香たちも、周囲の人波に呑まれないように気を付けつつ、門へと向かって駆けだした。
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二幕 魔王
人混みを越え、門の向こうへと飛び出した立香たちが見たのは真っ黒な大地だった。
──否、そう錯覚しそうなほどに大量の"何か"が蠢く大地だった。
先ほどまで二人が歩いてきたとは思えないほど、真っ黒に染まった荒野。
空を見れば、ぽつぽつと野生動物とは思えない何かも宙を飛んでいる。
まるで濁流の様な軍勢は、街を丸ごと飲み込むほどの勢いで迫っており、剣や槍などを持った戦士たちが辛うじて押しとどめているのが現状だった。
まずい。そう、すぐさま立香は直感する。
「これは……マシュ!」
「マシュ・キリエライト、突貫します!」
身の丈ほどの十字の盾を手にマシュが軍勢へと突貫する。
本来は防御が得意なマシュを攻撃に回すのはあまりよくないことだったが、そんなことを言っていられる状態ではなかった。
軍勢に突撃したサーヴァントの身体能力で盾を振り回し、突き進む軍勢を蹴散らしてゆく。
それを確認した立香は、パスを通じて軍勢に踏み込み過ぎて孤立しないよう彼女に注意してから、右手をまっすぐに伸ばして人差し指を軍勢へと向けた。
立香の着ている新しい魔術礼装、カジュアル・スタイル。
その礼装には、立香が着る他の魔術礼装と同じように、いくつかの魔術が発動できるような仕組みが施されている。
立香は、その一つである魔術を発動させようとしていた。
それは、北欧神話の魔術。一説には、人差し指を相手に向けてはいけない、という習慣の原因の一つともされる呪い。
「ガンド・フィンの一撃!」
カルデアから供給される大量の魔力、それが物理的な呪いの弾丸となって、立香の指先から高速で射出される。
呪いの弾丸は戦士たちに迫る軍勢の前列へと着弾すると、まるで爆弾の様に炸裂し軍勢を吹き飛ばした。
魔術礼装カジュアル・スタイルが持つ第一の魔術にして、切り札ともぴえる一撃『ガンド・フィンの一撃』。
別の魔術礼装カルデア戦闘服に備えられたガンドの魔術とは異なり、この『ガンド・フィンの一撃』は物理攻撃に特化したガンドとなっている。
場合によっては防御系宝具を持つサーヴァントすら不調にさせるカルデア戦闘服のガンドを、物理的な衝撃を与えることに特化させたものがこのカジュアル・スタイルのガンドだ。連射すると礼装そのものが崩壊するために連射できないという弱点こそあるものの、その一撃はサーヴァントにすら通用するものとなっている。
マシュに指示を出しながら、立香は礼装を休ませつつガンドを軍勢へと放つ。
休んでいる暇はない。敵は、地平さんを埋め尽くすほどにいるのだから。
二時間。
軍勢との戦いが始まってから、二時間を過ぎた。
それでも、まだ戦闘が終わる気配がなかった。
戦士の人達と協力して、どうにか軍勢を押しとどめ続けるものの、一時間を越えて、二時間を越えてもまだ、軍勢には終わりが見えなかった。
「くっ、きりがない」
倒しても倒しても、まるで減った気がしない。
いや、減ってはいるのだろう。減ってはいるが、それが感じられないほどに敵の軍勢の規模が大きいと言うだけだ。
多少疲れはあるが、立香もマシュもまだまだ戦える。
問題は……
「カーターさん!」
「ぐっ!」
軍勢に吹き飛ばされたカーターが、傷だらけで地面を転がる。
咄嗟に立香はカーターを吹き飛ばした軍勢のうちの一体──翼を生やした人型の魔族にガンドを撃ち込み、その周囲にいる軍勢ごと吹き飛ばす。
「■■■
「■■■
ガンドで開けた空間を広げるように、周囲の魔族目掛けて多数の魔術が放たれる。
それらのほとんどは、魔族に命中する直前に闇色の波紋に逸らされたが、いくつかは魔族を吹き飛ばして軍勢を押しとどめた。
「待ってろカーター、すぐ治す。■■■■■■ ■■■ ──」
カーターに近づいた黒いローブを羽織った男が、何か呪文を唱え始める。
おそらくは治癒の魔術を使おうとしているんだろう。
そうなると、カーターが治るまでは誰かが軍勢を抑える必要がある。
「マシュ!」
「了解です、マスター!」
軍勢の向こう側、単身軍勢の中で戦っていたマシュが、魔族たちを飛び越えて戻って来る。
そしてガンドと魔術の連打によって開けた空間に陣取り、盾を振り回して軍勢を吹き飛ばした。
「──■■■■■■ ■■■
「ありがとう、十分だ」
ある程度怪我を癒したカーターが、立ち上がって戦うために剣を取った。
「リッカ、マシュ、ありがとう。代わろう」
「わかった。マシュ、一旦戻ってきて──」
──ほう、面白いのが混ざっているな。
軍勢の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。
忘れもしない、あの背筋が凍るような声──!
軍勢の奥で、黒い光が立ち上った。
「この光は……」
「先輩、来ますっ!」
軍勢を巻き込んで放たれる斬撃。
宝具、ではない。あのすべてを飲み込む様な極光ではない。
斬撃の先にいたマシュがとっさに盾を構えたが、斬撃の圧力に耐えきれず吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ。
うまく受けたのか怪我はなさそうだけど……。
数多の軍勢を緩衝材にしたうえで、それでもマシュが耐えきれない斬撃。
間違いなく、あの時よりも強くなってる。
「その表情……貴様、どこかで私にあったことがあるようだな」
斬り裂かれた軍勢の向こうから、黒いドレスアーマーの女性がゆっくりと歩いて来る。
その姿は、まるで魔王。放たれる冷徹な気配は、そこにいるだけで凍り付きそうな寒気を帯びていた。
「──アーサー王っ!」
「盾? いや……なるほど、あの世界のサーヴァントとマスターか。この世界にも抑止力が存在するという事だな」
あの世界、そしてこの世界。
グルリアン市内でマシュと話し合った内容が、立香の頭をよぎった。
「この世界ってことは、やっぱりここは地球じゃないのね」
「気が付いていなかったのか? ヤマト石で気が付くと思ったが……いや、もう人類にそんな余裕はないのだな。まあいい、ここで終わる貴様らには関係のない話だ」
騎士王が二歩前に進んで、上段に剣を振り上げる。
同時に高まる魔力と圧力。剣に黒い光が束ねられ、余波で暴風のような風をまき散らした。
「先輩っ! 真名、偽装登録──」
「マシュっ! 『跳んで』!」
立香の手から、令呪が一角消費される。
瞬間、マシュの身体が加速し、騎士王の目の前にまで迫った。
普通に防ぐだけなら、その場で踏み止まって防いでもいい。
でも、都市に近い場所で宝具を防げば、宝具の余波が背後の都市を吹き飛ばすかもしれない。
できるだけ近く、可能であれば目の前で、騎士王の宝具を防ぐ必要がある。
「ふ、
「宝具
「──
騎士王の剣から放たれた黒い光が、マシュの盾に弾かれて周囲にまき散らされる。
マシュの宝具、
数秒ほど放たれた光は、盾を貫くことなくマシュの宝具に押し込められた。
「ほう、盾越しに吹き飛ばせると思ったが……」
「はああぁ!」
宝具発動直後、一時的な大量の魔力の喪失により、十分な力が出せない一瞬をついてマシュが盾を押し込む。
けれども、魔力を消費しているのは彼女も同じ。盾は難なく受け止められ、黒い聖剣によって弾かれる。
「だが、まだ足りん」
剣と盾。
重量の差で盾の方が威力は出るが、その分どうしても大振りになる。
そのため、上手く受け流されてしまえば、大きな隙が生まれてしまう。
もっとも、立香もマシュもそのことは自覚していたが。
盾を受け流した騎士王が、剣を両手で握って振る──直前に盾の様に構える。
騎士王の視線の先にあるのは、人差し指を伸ばした立香の姿。
「ガンド・フィンの一撃!」
呪いの弾丸が、騎士王の顔面目掛けて放たれる。
ガンドは、騎士王が盾代わりに構えた剣に着弾すると同時に炸裂、騎士王のバイザーを吹き飛ばした。
「ちっ」
「マシュ、張り付いて宝具を撃たせないで!」
「了解、押し切ります」
よろける騎士王を、マシュは追撃する。
初めて出会った時ならともかく、四つの特異点で経験を積んだ今のマシュは盾を使った戦闘に慣れている。
一度攻勢に傾けば、簡単には反撃を許さない程度には盾を使いこなしていた。
「ガンドで私の対魔力を超えるか、ならっ!」
騎士王の身体から、紫色の光が微かに放たれる。
直後、騎士王とマシュの間に薄い半透明の板が現れ、マシュの盾を受け止めた。
「これは……!」
マシュは何度も盾を叩きつけるが、まるでびくともしない。
盾の向こう側にいる騎士王は涼しい顔をしており、衝撃がまるで伝わっていないようだった。
宝具?
いや、騎士王を知ると言っていたあのサーヴァントは、こんな宝具があるとは言っていなかった。
アーサー王はあらゆる攻撃を遮断する鞘の宝具を持っているとは言っていたが、鞘をを手に取った素振りはない。そもそも宝具の神明も聞こえなかった。能動的に発動させるタイプの宝具はに真名開放をしなければ宝具としての力を発動できなかったはず、だから宝具を発動したはずがない。
あの盾はいったい……。
「この薄い盾は、
「物理攻撃の、完全無効化!?」
ユニークスキルが何だかは知らないが、物理攻撃の完全無効化はあまりにも脅威だ。
騎士王の言葉が間違っていないのなら、攻撃手段が物理攻撃しかないマシュでは、騎士王は絶対に倒せないという事になる。
「そら、絶望するにはまだ早いぞ。少しばかりあがいてみせろ」
振るわれる黒い聖剣。
マシュはそれを受け止めて反撃するも、先ほどと同じく半透明の盾に阻まれる。
その隙に放たれる斬撃。マシュは、なんとかそれを受け止めたが、再び盾を弾き上げられることになった。
次は、立香のフォローはない。
「っ、シールドエフェクト!」
マシュがとっさに行ったのは、魔力防御スキルによる防御力引き上げ。
魔力によってマシュの防御力が強化され、鎧で剣を受け止める。
「なるほど、守るだけならそれなりか」
僅かに鎧が斬り裂かれているが、皮膚までは至っていない。
腹部の剣をそのままに、マシュは盾を叩きつける。
「やあっ!」
「ふん、遅い」
それを阻むのは、空間に浮かんだ盾。
マシュの全力の一撃を、その盾はまるで小石の様に受け止めた。
マシュは、盾の一撃に僅かに遅れて盾の陰から蹴りを一発放つ。
「ふっ!」
「足掻くな」
盾が貼られないために、意識の外からの一撃を目指して放たれたそれは、騎士王の持つ剣に見ることもなく受け止められた。
直感スキル。
本来の予知の様な直感こそないが、それでも十分な直感として機能する。
視界にその姿を映しているのであれば、盾に隠れて隠された程度の一撃ならば十分に察知できる。
蹴りを受け止められ、十分な踏ん張りができなくなったマシュ。
そんな彼女に、騎士王の剣が迫る。
「マシュっ!」
「はい! シールドエフェクト、発揮します」
再びの魔力防御。
マシュの体表面に魔力の鎧が生成され、マシュの防御力が引き上げられる。
「二度も通じると思ったか!」
だが、騎士王はそれすらも読み切っていた。
聖剣に大量の魔力が充填される。その魔力は、先ほどの一撃の倍以上。マシュの魔力防御を貫通するにふさわしい魔力が込められている。
──だが、ここでも騎士王は剣を止めねばならなかった。
マシュのはるか後方。騎士王が斬撃により切り開くことでできた道の、その中間。
そこに、人差し指を騎士王に向けて走る立香の姿があったのだ。
このまま騎士王がマシュを切れば、その隙に超級のガンドが彼女に撃ち込まれる。
立香の放つガンドは、対魔力による減衰を加味しても、それでも当たる場所次第では致命傷になりうるガンド。
それは、ユニークスキルでは物理的な攻撃しか防げない騎士王にとっては、この場では最も警戒しなければならない魔術だった。
マシュを斬り裂かないように一歩下がりながら、騎士王は剣を振り上げる。
そこから放たれるのは斬撃──ではなく、魔力の噴流。
聖剣に籠められた黒い魔力は、まるで間欠泉の様に地面から吹き上がり傍にいたマシュを吹き飛ばした。
この吹き上がる魔力は、ガンドに対する盾だった。
いくら対魔力を貫通するほどのガンドであっても、これほど大量の魔力を吹き飛ばして騎士王を打ち抜くには僅かに遅れが生じる。
騎士王であれば、その一瞬で剣を切り返し、ガンドを切り払うことなど造作もないことだった。
「来るがいいっ!」
けれども、ガンドが撃ち込まれることは無い。
騎士王がガンドを警戒している間にマシュは体勢を立て直し、吹き上がる魔力が収まる頃には、マシュは騎士王に盾を構えていた。
「ちっ……ブラフか」
舌打ちをする騎士王に、立香はほっと胸をなでおろす。
同時に、魔術礼装がガンドの再発射が可能になったことを立香に伝えた。
そう、立香の人差し指は完全にブラフ。そもそも、最初からガンドなんて撃てない。
過去の対戦経験、そしてカルデアにいるあるサーヴァントから以前聞き出した情報から判断した、中途半端なものに劣化した騎士王の直感スキルを利用したブラフだった。
そして、立香のブラフは撃てないと錯覚させるための行動でもある。
「いくよ、ガンド・フィンの一撃!」
ガンド撃ちはブラフ、そう思ってマシュに斬りかかった騎士王に、立香はガンドを放つ。
同時にマシュは聖剣を受け流し、その場から飛び退いた。
ガンドの狙いは、顔面。
眼球などの弱点となりうる部位が集中した顔なら、立香のガンドでも十分な効果が期待できる。
うまく目にでも入れば、戦闘不能にすることも不可能ではない。
けれども、ガンドを見た騎士王は、避けるそぶりも見せず不敵に笑った。
「甘いな、
次の瞬間、顔面に当たったガンドが、まるでラケットで撃ち返されたテニスボールの様に、立香に対してそのまま跳ね返った。
「え?」
「先輩っ!」
マシュが立香の前に割り込み、盾でガンドを受け止める。
「ぐっ!」
「マシュ!」
「大丈夫です、先輩! はあああ!」
マシュは、魔力防御によって防御力を引き上げ、気合を込めて盾を支える。
盾の上でガンドが破裂するが、彼女は後方に一切の被害を洩らすことなくその一撃を耐え抜いた。
「マシュ! 大丈夫!?」
「大丈夫です、マスター。ですが……」
マシュは、立香への返事の言葉を途中で濁して騎士王に視線を向ける。
そこには、莫大な漆黒の光を剣に束ねた騎士王の姿があった。
「終わりだ、
宝具の真名開放。もう一度、あの極光を放つつもりだろう。
マシュなら、もう一度あの聖剣を防ぐことができるかもしれない。いや、できる。けれども……。
立香は、背後にならぶ城壁を見つめる。
聖剣の余波は、あの城壁を巻き込んで街を蹂躙するだろう。
聖剣を撃たれた時点で、グルリアンの都市は終わる。消滅は流石にしないだろうが、都市として成り立たない様な傷を負ってもおかしくない。
どうする、ガンドを撃って妨害する?
いや、それしかない。礼装が壊れるかもしれないけれど、人が一杯死ぬのを見過ごすわけにはいかない。
指先に、魔力を──!
礼装が悲鳴を上げて紫電が走る。
袖が裂け、右手の指先から広がる様に魔力が暴走する。
──させないよ!
瞬間、魔力でできた大量の槍が、騎士王へと降り注いだ。
「──
「
空の上から槍と共に女性が一人降り立ち、同時に先ほどと同じ魔力の槍がその人から放たれた。
騎士王はその槍を切り払い、躱し、どうにか切り抜けようとするが、あまりの量の多さに数本対処しきれず鎧を打ちのめされる。
貫通こそしなかったものの、その衝撃は強烈なものだったのか、騎士王の唇から僅かに血が零れた。
「貴様!」
「まだまだいくよー!
「っ、
三つの槌。
そのすぐ後に騎士王の体を覆った紫の光。
一つ目の衝撃は反射されて二つ目の衝撃を打ち消したものの、三つ目の衝撃は反射されずに騎士王の鎧にめり込んだ。
あれ、反射されなかった?
「ちぃ、目障りな!」
「その反射系ユニークスキル、一回ごとにかけなおす必要があるタイプでしょ。なら、飽和攻撃は対処できないよね。それにしても危機が悪いなあ……魔法軽減系のスキル持ちは相手にしたくないんだけど」
彼女がそう口にしている間も、絶え間なく魔力の衝撃が降り注ぐ。
流石の騎士王もこれには防戦一方で、謎の反射と聖剣から放つ魔力の斬撃でどうにか対処している様だった。
どう見ても、一方的な戦いだ。
このままいけば、いずれ騎士王は倒されるだろう。
「すごい、高い対魔力を持っているはずのアーサー王を、あんな簡単に……!」
マシュが、隣で興奮気味に呟く。
だが、はっと何かに気が付いたように息を呑んで、マシュはその表情を険しいものに変えた。
「先輩、あの人」
「マシュ?」
「あの人は、おそらくすごい無理をしています」
「え?」
そう言われて彼女の顔をよく見れば、その頬には滝の様な汗が流れ出ていた。
「アーサー王をあそこまで追い込むには、その一挙手一投足を把握して、そこから動きを予測して魔術を撃たなければなりません。経験で予想しているのか、それとも何らかの魔術を用いているのか、どちらにしてもかなりの集中が必要になります。魔術の行使とそれを両立するあの人には、かなりの負担がかかっているはずです」
よく見ていれば、少しずつだが魔術が外れ始めているのがわかる。
あれだけの魔術を放っているのだから何発かは外れても当然だと思って気にしていなかったが、もしマシュの言う通りなのだとすれば、これは少し不味いかもしれない。
「マシュ」
「了解です」
マシュが、ゆっくりと魔力を練り上げ始める。
立香は魔術に関してそこまで詳しくないので何となくでしか察知できていないが、マシュが立香の意図を読み取ってあるスキルを使用しようとしているのが伝わって来た。
立香とマシュは、戦う二人をじっと見つめ続ける。
そして、その時が来た。
「舐めるなよ、小娘!」
「やばっ」
魔力放出によって加速し魔術の連打をすり抜けた騎士王が、女性目掛けて突貫する。
即座に女性が魔術で障壁を生み出すも、それを軽々と斬り裂いて駆け抜けた。
防御を抜けられ無防備になった女性に、騎士王の剣が振るわれる。
「マシュ!」
「了解、シールドエフェクト……発揮します!」
立香の声にマシュが応え、マシュが一気に魔力を消費する。
直後、女性の肌の上に魔力の光が灯り、女性を両断しようとしていた聖剣の勢いを大きく削いだ。
それは、自陣防御のスキルによって生じた、味方に対するダメージ削減。
「何っ!」
「隙あり!
女性の鎧を引き裂いた聖剣が、彼女の肉を少し斬り裂いたところで止まる。
その事実に驚く騎士王に、騎士王の目の前で発動した女性の魔術が直撃した。
騎士王は、土壇場で身体を捻り急所への一撃は何とか回避したようだが、右腕に魔術が命中してしまう。
その衝撃で間接でも外れたのか、それとも骨が折れたのか、騎士王は腕をだらりと下げて騎士王は女性から離れた。
「ふふん、これで片腕は使えないでしょ。両手ならともかく、片腕ならなんとか凌げるわ」
得意げに笑う女性に、騎士王は何も言わず剣を地面に突き刺し、左手を右肩に翳した。
「
騎士王にまた紫の光が灯り、すぐに消える。
するとまるで傷なんてなかったかのように、騎士王の右腕が動き出した。
「げっ、回復系のユニークスキルまで持ってるのかー」
「ふん、使う気はなかったのダがな……ちっ」
急に騎士王の言葉が不気味に乱れる。
何だろうか、今のは。
何か不穏な、絶対に壊れてはいけないものが壊れてしまいそうな、どこか危険を感じる声。
立香は、ぞっと背筋が凍り付きそうな気分に陥っていた。
「先輩?」
「……いや、大丈夫」
心配そうな声をするマシュに、立香は心配させないように言葉を返す。
マシュは不安そうな表情をするが、今はそれどころではないので後回しにして騎士王の方へ視線を戻した。
「安心するがいい。私は一旦引く。貴様のせいで、少し霊核に負担をかけすぎた」
「へえ、弱ってるなんてそんな簡単に言ってもいいのかなー?」
「ぬかせ、貴様こそ魔力はほとんど残っていナイだろう?」
「うぐぅ」
騎士王の言葉に、まるで棒読みの様に女性が呻く。
本当に魔力が切れているのか、立香はその作ったような呻き声からは読み取ることはできなかった。
「……まあいい、そこのマスターとサーヴァント、その連携はそこまで悪クない。次ぎ合う時までに、もう少し歯ごたえのある強さまで鍛えておけ」
騎士王は立香たちを睨みつけると、まるで転移したかのようにその場から姿を消した。
気が付けば、周りにいた軍勢も誰一人いない。倒されたのか、それとも転移か何かで逃げたのか。
「君達、周りに敵の気配はあるかい?」
「え? あ……感じる、マシュ」
「いえ、私には特に感じられませんが……」
「そう。なら、君達を信じるよ」
そう言いうと、女性がばたりと音を立てて地面に倒れ込んだ。
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三幕 オークの幻蛍窟
戦いの翌日、立香とマシュの姿は船の上にあった。
彼女たちの乗る船の上には、グルリアン市で戦ったあの女性と戦士たち。
それと、グルリアン市に住んでいた一般人の人達がいた。
立香たちの戦いは、辛うじて勝利という形で終わった。
あの軍勢は都市の中に入り込むことは無く、いくらか魔法が都市の外壁に撃ち込まれたものの、全て都市の外壁に展開されていた障壁によって受け止められたためにグルリアン市内部に大きな被害はなかった。
けれども、何一つ問題なく終わったというわけではなかったらしい。
この世界に来たばかりの立香たちは詳しく知らないが、なんでも都市機能を維持する魔術的な核とでも言うべきものに対し戦闘中のごたごたの中で細工をされたらしく、都市を維持できなくなったらしい。
すぐに都市が維持できなくなるわけではないが、もって1週間というところだそうだ。
そのため、グルリアン市に存在する船に移動の準備ができた市民を可能な限り乗せて、近くの大都市である公都へと移動している。残りは、船が公都から戻り次第順次送り出すそうだ。
夜中の内にグルリアン市を出て、船は一直線に公都へと向かっていた。
船に乗った二人は、騎士王との戦闘との最中で現れた女性に声をかける。
「あの、ありがとうございました」
「いいよいいよ~、むしろこっちがお礼を言いたいくらいだしね~」
手を振って、女性は軽い様子でそう応える。
その時、女性はそこでふと何かを思い出したかのような表情を受けべて立香たちを見た。
「さてと、念のため確認するけど、君達は日本人ってことであってる?」
「はい、私は藤丸立香。日本人です」
「マシュ・キリエライトです」
「そういえば、自己紹介もまだしてなかったわね。私は、ミト。君と同じ日本人よ」
日本人、そう言われてみれば、彼女の顔立ちは日本人に見えなくもない。
光りを跳ね返す様な黒い髪、吸い込まれそうになる黒い瞳、どちらも日本以外ではあまり見ない特徴だ。
ミトという名前が少し女性らしくないので気になったが、まあそんな名前の人もいるだろう。
「ところで、君たちはどこに召喚されたの? サガ帝国? それともシガ王国? 位置的にイタチ帝国とかパリオン神国ではないと思うんだけど」
「召喚、ですか? いえ、私たちは誰かに召喚されたりはしてないですけど」
「え、召喚魔法で呼ばれたわけじゃないの?」
「いえ、その……」
立香は、ミトにカルデアとレイシフトに関して簡単に説明することにした。
一通りレイシフトについて聞いたミトは、何か疲れたような顔をして頭を掻く。
「つまり、そのレイシフトっていうタイムマシンみたいなので特異点? っていうのに行こうとしたらここに来ちゃったってこと?」
「はい、その通りです」
「……魔術と科学でできたタイムマシンって、え~と、いやでも神様がいたんだからあり得ない話じゃないか」
「やっぱり、魔術とか信じられないですか」
「いや、そういうわけじゃないだけど……なんというか、異世界に来て元いた世界の隠された秘密を知るって何とも言えない気分になったんだよ。いまさらそんなこと知ってもなあ~て感じで、ちょっと微妙な気持ちにね」
あはは、と苦笑するミト。
一年前まで一般人だった立香には、なんとなく気持ちがわからなくもなかった。
立香も、魔術に関して詳しく知る前に、人理焼却という未曾有の事態に放り込まれたのだ。ミトの立場を立香に置き換えてみれば、カルデア以外が滅んだあの世界で、魔術協会の権力の凄さを説かれたようなものだろう。
「ま、いいや。つまり君たちは、この世界について何も知らないってことでいいのよね」
「はい、魔法と言う魔術とは異なる技術で文明が維持されているのは理解していますが、あのグルリアン市を攻めた軍勢が何なのか、ユニークスキルとは何なのか、そういった部分に関してはよくわかっていません」
「それぐらいのことはわかってるのか。なら、この世界に関して少しと、あとは魔王と魔族に関して説明すればいいかな」
じゃ、この世界について簡単に説明するよ。
基本的に、歴史にそこまで詳しくない人が想像する中世のユーロッパに近い世界だと思ってくれていいよ。
細かく言えば中世とは違うんだけど、貴族という特権階級の人達が存在しているってところは同じかな。
この世界と、私たちが暮らしていた世界との違いは三つ。
一つは、勇者と魔王の存在。
この世界には、およそ600年ごとに魔王の季節っていうのが起こって、世界のどこかで魔王が出現するわ。
この世界の人達は、その魔王に対するカウンターとして神様に選ばれた勇者を地球から召喚して、その勇者を全力でバックアップして魔王を倒してもらうの。
まあ、どう考えても拉致だから、色々と問題はあるんだけれど……その辺は今は関係ないから後にしよっか。
さっき言った魔族っていうのは、その魔王の従者的な存在のことだよ。下級、中級、上級の三種類の魔族が存在していて、上級の魔族だと勇者すら苦戦する力を持ってることが多いよ。
で、二つ目は魔物の存在ね。
ごく一般的な普通の野生動物以外にも、この世界には人間を害する動物が存在するんだ。
それが魔物。普通では考えられない身体能力や身体的特徴を持つ生物のことだよ。ほとんどが鍛えた普通の人でも倒せるぐらいの強さしかないけれど、中には空中要塞とまで呼ばれる大怪魚みたいな、勇者でも倒せないぐらい強いのもいるから注意してね。
そして、最後に最も大きな違いとしてあるのが魔法の存在。
この世界は、科学の代わりに魔法が文明を支えているんだ。
魔法が使えるかどうかは個人差があるから、科学みたいにその恩恵を大多数の人に均等に近い形で与えるみたいなことはできないけれど、一部には科学では実現できないようなことが実現できる魔法とかもあるから、見た目ほど文明が劣っているわけではないよ。
例えば、さっきいたグルリアン市。道端に汚物が捨てられているとか、そんなことはほとんどなかったでしょ。あれは魔法によって上下水道が整備されていて、きちんと廃棄物を処理できる環境が整っているからなんだ。
それに解析板、今はヤマト石って呼ばれてるんだっけ。ヤマト石っていう特殊な……なんて言えばいいかな、縦横それぞれ30センチ前後の長方形の液晶みたいなのがあるんだけれど、それに触れると触れた人物の名前や所属、犯罪履歴とかを洗い出すことができる。
そういうのもあるから、部分的には科学文明を追い越してるところもあるんだよ。
あとは、レベルとか神様の存在とか細かな違いはあるけれど、この世界で生きていればおいおいわかってくると思う。
あ、ちなみにだけど、この世界にはファンタジー世界でよく描かれる、ドワーフとかエルフみたいなのもいるよ。獣の耳が生えたり、そもそも顔が動物のものだったりするみたいな、もっとファンタジーな人たちとかもね。
「──ま、この世界についてはそんな感じだね」
「基本的には、おとぎ話のファンタジーな世界という認識で大丈夫ですか?」
「うん、どちらかというとファンタジー系RPGの世界という方が近いんだけど、まあその認識で特に問題ないと思う」
「なるほど……」
いまいち違いがよくわからないが、とりあえず頷いておく。
ゲームシステムの様な物があるかどうか以外に、おとぎ話の世界とRPGの世界の違いが判らなかった立香には、いまいちその二つの違いがよくわからなかった。
だが、わざわざ言及したことを考えると、ミトにとってはその二つの違いは重要なものなのだろう。日本ではゲームのプログラマーでもやっていたのかな。
「グルリアン市で戦ったあの騎士も、たぶん魔王だね」
「彼女が、ですか」
「そう、ユニークスキルも使ってたし、間違いないと思うよ」
ユニークスキル。
騎士王も言っていた、いや、使っていた特殊な力。
その口ぶりからして、宝具とは違うようだけど……。
「ああ、そういえばユニークスキルに関しての説明はしてなかったね」
ユニークスキルという表現に不思議そうな顔をしていた二人に気が付いたミトは、そのことについて教えていなかったことに気が付き、さっきの説明に付け足すように口を開いた。
「ユニークスキルっていうには、勇者みたいな異世界出身の存在か、もしくは魔王しかもっていない特殊な能力のこと。彼女が使ってた物理攻撃の無効化や反射、回復以外にも、物理攻撃や魔法の強化、相手の能力値の解析、変わりものなのだと、相手と仲良くなりやすくなるみたいなのもあるわ」
「なんだか、いろいろと凄そうなものばかりですね」
「そー、ユニークスキルはその名に恥じないような唯一無二の力を持ってるのが多いの。あの手ごたえからして、さっきの魔王は魔法軽減系のユニークスキルとかも持ってたんじゃないかな。
つまり、ユニークスキルは宝具に近いものであるという事なんだろう。
物理攻撃を完全に無効する障壁、瞬時に肉体を再生させる能力、受けた攻撃を跳ね返す力、どれも宝具級の力ばかりだ。
「ところで、君たちは公都に着いたらどうするの?」
ミトの問いかけに、立香が口を開く。
「まずは、本拠地であるカルデアと連絡が取れるようにしようかと」
「魔術には、霊脈という特殊な大地の力の流れを表す概念が存在しています。私たちは、その場所に召喚サークルという特殊な魔術を設置することで、カルデアとの霊的な繋がりを太くすることができるんです」
公都にたどり着ければ、ある程度周囲の環境が落ち着くだろう。
そうなると、その次に必要なのはカルデアとの通信状態の確立だ。
ただでさえ騎士王の様な強力なサーヴァントが強化されているこの世界、マシュと立香だけで戦うのはあまりにも厳しい。
さっきはミトがいたために立香たちは生き残れたが、次にユニークスキル持ちのサーヴァントを相手にしたときに生き残れる保証はない。そもそも、ミトが二人について来てくれると決まったわけでもない。
「霊脈……もしかしたら、それは少し難しいかもしれない」
「どうしてですか?」
「この世界には、竜脈っていう竜神様が世界中の地脈を改変して作った特殊な魔素、魔力の流れが存在しているんだ。この竜脈をそのまま代用できるなら特に問題はないんだけど、もしできなかったら……」
「霊脈が全て竜脈に作り替えられているから、召喚サークルが設置できないかもしれない、と」
立香の言葉に、ミトは「ええ」と小さく頷く。
たしかに、もしそうなら問題だ。一部の地域限定で加工された地脈、つまりその土地の魔術師が使いやすいように整えられた程度の干渉しかされていない地脈なら問題ないとは思うけれど、世界規模で加工された地脈が召喚サークルの仕様に適した地脈であるとは限らない。
いや、今から失敗した時のことを考えてもしょうがない。とりあえずはやってからだ。
「わかりました、念頭に置いておきます」
「一応、いくつか竜脈に干渉できる魔法はもってるから、もし問題があったら私に言ってね。内容次第では、どうにかできるかもしれないから」
「ありがとうございます、ミトさん」
ミトの申し出に、立香は頭を下げる。
色々と不安が多いこの状況で、ミトの存在は立香たちにとって助けになるものだった。
立香とマシュ、二人がミトと談笑していると、船員たちが甲板に座席を並べ始めた。
周囲の人が何事かとそれを見ていると、船員の一人が魔法の詠唱を始めた。
何の魔法を使おうとしているのか立香は少し気になったが、魔法使いと立香の間にはそれなりに距離があったので聞き取れなかった。
「皆さん、そろそろオークの幻蛍窟を通過します。こんな時にと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、こんな時であるからこそ、皆さん幻蛍窟をご覧になりませんか」
聞こえない筈の場所にいる魔法使いの声が、立香の耳に届く。
クリアに聞こえるその声に、立香はさっきの魔法が声をとぽくに伝える魔法だと気が付いた。
「オークの幻蛍窟?」
「幻蛍窟、ミトさんは知ってますか?」
「オークの幻蛍窟……ああ、うん知ってるわよ。観光名所として有名だしね」
ミト曰く、まるでプラネタリウムの様な風景が見れる洞窟らしい。
名の知れた観光名所で、これを見るために船に乗る人間もそこそこいるそうだ。
魔法使いの言葉を聞いたのか、船の中から何人かグルリアン市の住民が出てくる。
出てきたのは、船に乗っている人たちのおよそ半数。残った人たちは、そんな気分にはなれなかったそうだ。
「二人はどうするの?」
「興味はあります。ですが、護衛の仕事もあるので」
「先輩が見に行かないのであれば、私だけが見に行くわけにはいきません」
見たくないと言えば嘘になる。
けれども、立香たちはこの船に護衛も兼ねて乗っているのだ。周囲の警戒を怠るわけにはいかない。
「つまり、二人とも興味はあるんだね。なら──」
ミトが指を弾く。
すると、ドーム状の結界が船を覆うように形作られ、次いで順々に周囲の船にも結界が展開された。
急に発生した結界に、甲板にいた人たちが騒ぎ始める。
周囲の戦士たちも、武器に手をかけて眼つきを鋭いものに変えた。
「すみませーん! 念のため結界を張りました!」
ミトが、慌てて周囲の人達に自分が結界を張ったと説明する。
それを聞いた人たちは、騒ぎそうになった自分を落ち着かせたり、小さくため息を吐いて武器から手を離したりと、各々元の様子に戻っていった。
ミトは、やっちゃったとでも言いそうな顔で苦笑すると、二人に向き直る。
「上級の結界だから、魔王でも一瞬で破られるなんてことは無いと思うわ。探索用に別の魔法も使ってるから、二人とも見に行っていいわよ」
「え、でも」
「二人ともまだ子供でしょ。少しくらい大人に頼りなさい」
そう言われると、何とも言えなくなる。
立香としても、オークの幻蛍窟には興味があったし、なによりそういったものをマシュに見せたいと思っていた。
結局、立香たちはミトの厚意に甘え、オークの幻蛍窟を見るために甲板の座席に付いた。
戦士たちの分は用意されていなかったようだが、グルリアン市の住民が思ったよりも幻蛍窟を見に来なかったために、席が空いており座ることができたのだ。
「それでは、ここから船長に変わりまして蝙蝠人族のメロウが、本船の操舵を行わせていただきます」
蝙蝠の頭部を持つ人が現れ、アナウンスを引き継ぐ。
メロウがオークの幻蛍窟の歴史について話し始めると、周囲の人は椅子に身体を預けながら、その言葉に耳を傾けた。
一通り話し終え、メロウは船の先を確認する。
船の先には暗い洞窟が一つ。近付くにつれ、生暖かい空気が洞窟から流れ込んできた。
「では、目を閉じていただきますようお願いいたします」
彼の指示に従い、立香とマシュは目を閉じる。
しばらくして、瞼から太陽の光が切れたちょうどその頃に、メロウの声が立香の耳を叩いた。
「ではみなさん、目をゆっくりと、ゆっくりと開けてください」
目を開ける。
「──っ!」
立香の隣にいたマシュが、息を呑んだのが感じられた。
「……綺麗」
立香の口から、思わず言葉が零れる。
オークの幻蛍窟、それはまさに絶景としか言えないほどに、美しい景色だった。
天井に張り付いた様々な種類の光苔が、淡い色で洞窟全体を照らしている。光苔一つ一つの色が異なるために、まるで世界中の夜空をかき集めたかのような光を放っていた。そしてその光苔の夜空を、壁面から所々に顔を出した水晶が乱反射させ、美しい夜空をさらに幻想的なものに変えていた。その上、それらをさらに彩る様に、辺りにはかすかに光を発する何かが宙を舞い、ゆっくりと洞窟を跳び回っていた。
「先輩」
声を聞いた立香が振り向けば、そっと立香の手の上にマシュの手が乗せられる。
立香は、そうして差し出された手を、ぎゅっと握り返した。
二人は、洞窟を出るまでの間、ただただ無言で夜空を見上げていた。
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