魔法少女ユエ~異世界探険記~ (遁甲法)
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ゼロの旅

ネギまの夕映が主役のSSって少ないのです。
あっても途中で終わってて不完全燃焼なのです。

つまり自分で書くしかない!
なんて無謀な思いで書いてみました。
ちゃんと終わるかは妄想次第ですが、頑張ります


 

 私、綾瀬夕映は麻帆良学園を卒業し、留学するためにメガロメセンブリアより飛行鯨に乗ってアリアドネーに向かっているです。のんびりとした小旅行といった状況で、乗り込んでからかれこれ半日が経過したです。

 アリアドネーまでもう2日程かかる予定で、娯楽の少ない飛行鯨の中では日本から持ってきた本を読んで暇をつぶすくらいしかやることがありません。

 

 「やはり、ケチケチせずに高速艇をチャーターすべきでした」

 

 これから最低3年はこちらに居る事になるので、出来るだけ無駄遣いは避けようと安い旅客飛行鯨を選んだのが間違いでした。安いせいか娯楽施設に乏しいこの飛行鯨では、1日をつぶすのにも苦労するです。ぶっちゃけ暇なのです。

 亜空間倉庫には日本から持ってきた本が大量に入っているのであと2日くらいどうと言うこともありませんが、さすがにそれもどうかと思うです。

 まぁ、電車で言うなれば各駅停車の普通電車であるこの飛行鯨で世界を半周しようとしている自分が悪いので暇なのは我慢するしかないですが。

 個室を取ってはいますがそれほど広い訳でもなく身体を動かすには向きません。このあたりはジャングル地帯なので、地球では見られない広大なジャングルを見ているのも良いのですが、それも何時間と続けばやはり飽きてくるです。麻帆良に居る間は、何時間でも読んでいたいと思っていましたが、実際にそれが実行出来る状態になると今まで以上に読もうと言う気が起きないという謎の現象に襲われます。

 

 「少し、外の空気を吸ってきますか」

 

 パタンと読んでいた本を閉じ、亜空間倉庫に放り込んでから部屋を出ます。この亜空間倉庫、いろいろな物が入る上に、瞬時に取り出せるのでものすごく便利です。魔法使い達が武器や道具などを取り出したりするときに使う魔法で、容量は技量次第。小さい物は指輪などから、大きい物では身の丈以上はある大剣などをしまっておけるです。なので、私は持ち運ぶ必要のないトランク代わりに使っています。魔法・・・便利です。

 

 アリアドネー騎士団で候補生として訓練をしていた時は剣や動甲冑を入れていただけでしたが、日本に帰ってからはその便利さ故に自分の持ち物の大半を放り込んでしまいました。何せキーワードを唱えるだけで瞬時に取り出せるのです。ほしい物が見あたらず、部屋中を探し回る必要が無いとはこれだけで魔法使いになった甲斐があったと言う物です。

 いえ、魔法使いになったのはあくまでネギ先生の力になりたかったからなのですが、まぁ、うれしい誤算という奴ですね。

 

 そんな事を考えながら甲板に出て景色を眺めつつ空気を吸っていると、ぬいぐるみを抱えた小さな女の子が走ってきたです。

 あのくらいの子供は移動の大半を走って行うですが、どうしてなのでしょう?自分の小さい頃の事を思い出しても、必要のない所で走っている記憶があるですが、何故走ったのか理由は思い出せません。多分、特に意味はないのでしょう。もしくは大人のスピードに合わせようとした結果なのかもしれません。ですがそういう場合大抵・・・

 

 「ひゃあっ」ドテッ

 

 転ぶです。頭の重さと身体のバランスが悪いので子供は転びやすいのです。身体が柔らかいので、よほど変なところで転ばない限り大怪我することはないので大丈夫ですが。

 

 「ふぇぇ……」

 

 むぅ。さすがに目の前で泣かれるのは困るですね。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 私は泣いている子供を起こすとさっと治癒呪文を唱えます。騎士団で教わった治癒呪文なら私程度の魔力でも大怪我を直せるですし、軽い擦り傷程度、数秒で直ります。

 

 「もう痛くないですか?」

 

 そう確認しながら、ハンカチで涙を拭いてあげるです。

 

 「うん!お姉ちゃんありがとう!」

 

 「どういたしまして」

 

 にっこり笑うその子を見て私も笑みがこぼれます。去年までと違い表情がわかりやすくなったとハルナは言っていましたが、それほど変わったのでしょうか?自分としてはあまり実感はないですが、あれだけいろいろあればいくら私でも変わりはするのですね。

 

 「今度は転ばないようにするですよ?」

 

 「うんっ!」

 

 そういって手を振りながらその子はまた走って行きました。また転ばなければいいのですが……

 

 「魔法を知り、魔法使いとなって早一年。私も魔法使いっぽくなってきたですね」

 

 先ほどのごくごく自然な魔法の使用。ほぼ意識せずに行った奇跡は一年前では考えられない事でした。

本の中でしか存在しなかったそれらを今自分がごく当たり前に使っている事実は感慨深いものがあるです。

 

 「たった一年でこれほどいろいろあったです。これからの3年で一体何があるのか……

  今からとても楽しみですね」

 

 平和だが退屈な日常から、刺激的だが危険な非日常へと踏み出した自分の選択はきっと間違っては居なかったです。

少なくともそうしていなければ、コレット達に会えていなかったわけですし。これからも沢山の出会いがあるでしょう。お爺様が亡くなり色あせて見えた世界が、のどかのおかげで色づき、ネギ先生のおかげで大きく広がり、コレット達のおかげで目標が出来た。次の出会いは、私に何をくれるのでしょうか。いえ、違うですね。もらってばっかりでは悪いです。次の出会いでは、私が何かをあげられる。そんな出会いにしたいものです。

 

 「そのためにはもっと勉強する必要があるですね」

 

 もっと勉強………こんな事を考えるのも、この一年で変わった所ですね。

一年前はとにかく勉強が嫌いでしたし。

やっても意味がないとまで思ってたです。それが今や学校の成績で上位に入る程になるとは。ネギ先生がきた当初は想いもしなかったです。今の私を見たらお爺様も喜んでくれるでしょう。

 これから先、私はもっともっと成長するです。なのでお爺様、どうか見守っていて下さい。

夕方になり、うっすらと見え始めた2つの月を見ながらこれまでの事、そしてこれからの事に思いをはせるです。

 

 

 

 

 

 夕食を戴いていると、なにやら船員があわただしく走って行きました。

 

 「何かあったのでしょうか?」

 

 アリアドネー騎士団で訓練をしていた時には有事の際、ケーキを食べていたら委員長にすごい剣幕で怒られたですし、なにやら気になります。今の私は装備を特別に所持したままですが騎士団を除隊してるです。つまりタダの一般人。なので、何か起こったとしても私が動かなければいけない理由は無いのですが、これから留学し、もう一度アリアドネー騎士団に入ろうとしているのに、何もしないと言う訳にはいきません。

 

 残っていた夕食を詰め込み、船員が走っていった方向へ向かおうとしたとき、大きく地面、もとい、飛行鯨が揺れたです。突風などが吹いた時揺れることはあるですが、今の揺れ方は風にあおられての揺れ方ではなかったです。私は船員を追わず、そのまま甲板まで走りました。自身で直接確認した方が早いですからね。

 

 甲板に出た私の上を、大きな黒い影が横切りました。

 

 「あれは………っ黒竜!?」

 

 黒い巨体をその大きな翼を使い舞い上がらせ、飛行鯨の周りを飛び回っています。数は5体。通常黒竜は群れたりはしないはず。一体何故……?

 周りを飛んでいた1体が飛行鯨に体当たりを仕掛けてきました。大きく飛行鯨が揺れ、私は思わず転んでしまったです。

 体当たりをされた所を見れば、たった一回で大きくひしゃげた船体が見えるです。

 

 「先ほどの船員はこれを知らせに?」

 

 ほどなく、飛行鯨に搭載されていた威嚇用の大砲が撃ち出されますが、そもそも威嚇用なので威力それほどなく、竜種でも最強と言われる黒竜です。全く意に介さずまた体当たりを仕掛けてきました。

 

 ドォオオオオオォン!

 先ほどより大きな音がして船尾、鯨の尻尾の部分が壊されました。

 

 「このままでは撃墜されるです!」

 

  [ 装剣 !!](メー・アルメット)

 私はすぐさま剣を装備し、騎士団の機動箒に跨り飛び出したです。どうして黒竜が飛行鯨を攻撃しているのかは不明ですが、このまま落とされてしまえば多数の怪我人、そして死者が出る可能性があるです。

それを見過ごすというのは、マギステルマギを目指す者として、そしてネギ・スプリングフィールドのミニステルマギとして許されないものです!

 

 [魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・光の29矢!!]

 

 今にも飛行鯨に体当たりをしようとしていた黒竜に[魔法の射手](サギタ・マギカ)を打ち込みます。

 左頭部に命中し、そのおかげでこちらを敵と認識したようです。

 

 「さぁ黒トカゲ!私が相手です!!」

 

 相手より小回りが効く事を利用し黒竜の背中に回り込みます。真正面から戦うのはいくら何でも無謀というものです。たとえ忙しいネギ先生の替わりにとエヴァンジェリンさんがこの半年稽古を付けてくれたとはいえ、一般魔法使いレベルでしか無い私がそうそう勝てる相手ではないです。

 

 [魔法の射手(サギタ・マギカ) 集束・光の29矢!!]

 

 私は黒竜の背中に手を叩き付け、ネギ先生お得意の桜華崩拳を繰り出します。いえ、拳ではなく手のひらなので桜華崩掌でしょうか?

 

 「まず一匹!」

 

 1体が命中の勢いに押され落ちていくのを確認しながら、次の相手を見定めます。1体が落とされた事で他の黒竜も私に向かってきているです。このまま飛行鯨から引き離してしまえば、とりあえず撃墜される事も無くなるです。

 

 「このまま黒竜を引き離します!その間に全速でこの空域から離脱してください!!」

 

 甲板に出てきた船員の方にそう指示を出し、私に食いつこうと近づいてきた1体の牙をすれすれで避けながら、飛行鯨の航路と直角になるようにおびき寄せます。連続で攻撃を仕掛けながら森へと降り、木々を盾にしながらさらに距離をとっていくです。

 

 「……うまい具合に黒竜達を引きはがせたですね」

 

 自分を追ってくる黒竜は全部で5体。先ほど落としたものも、もう復活して追ってきているです。

 

 「かなりヤバイ状況のはずですが、それほど怖くはないですね。

  きっと、トカゲなんかよりよっぽど怖い相手と訓練していたおかげなのでしょう」

 

 5つの巨体に追いかけられるより、自分と変わらない背丈の女王の高笑いの方がよっぽど怖いです。

 こんな感覚を持った事は運がいいのか悪いのか。少なくとも、こういう状況でパニックにならないようになった事だけは感謝ですね。

 

 「そうそう何度もやりたくはないですがっ!!」

 

 私に食らいつこうとする黒竜を避け、その角目掛け[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を打ち込みます。

 

「 ガァッ!!?」

 

 さすがに一撃で折ることは出来ませんでしたが、ヒビを入れ怯ませるとこは出来たです。

このままある程度引き付けてから一気に離脱します。もうかなりの距離を飛んできたですし、飛行鯨も十分逃げられたはずです。

 

 [加速!!!](アクケレレット)

 

 このまま加速して一気に引きはがしたのち、[扉](ゲート)を使って飛行鯨に戻れば任務終了です。追いづらくするため森の中を曲芸まがいの飛び方をして突き進みます。右に左に、時には上に。さらにはひねりながら回転することで枝を避け、黒竜との距離を稼ぎます。[扉](ゲート)はまだ習得して間もなく、発動に時間がかかるので、その時間を稼ぐためにも一定以上の距離を……!?

 

 「ガァアアアォン!!」

 バキバキバキドシャァンッ!!

 

 「きゃっ!」

 

 真上から突進してきた黒竜の尻尾に私は盛大に吹き飛ばされたです。障壁の御陰で致命傷には至りませんでしたが、勢いのまま大木に叩き付けられました。

 

 「ぐ、くぅぅ……っ」

 

 かなり痛いですが立ち止まっていてはその先は死が待っているです。痛みでふるえる身体に鞭打って、もう一度飛び立ちます。しかし、今の一瞬で引き離した黒竜達にも追いつかれてしまいました。もう一度引き離して[扉](ゲート)を使うだけの時間を稼がねばならないです。

 

 「少し……慢心してたですね。

  くっ………エヴァンジェリンさんの修行をクリアしてきたからと調子に乗った結果がこれです」

 

 エヴァンジェリンさん相手に10分なんとか持ち、これくらいなら十分やっていけると太鼓判をもらったからと調子に乗っていました。

 

 「くっ」

 

 木々を避けながらかみついてくる黒竜を避けどうにか引き離そうとしますが、同時に何体もかかってこられると魔法を撃つのも難しくなってくるです。

 

 [白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)

 

 遅延魔法(ディレイスペル)でストックしておいた魔法も残りわずか。本格的にマズイです!

 

 「しまっ!!」

 

 黒竜に気を取られすぎたせいか、張り出した枝に気づかず衝突してしまいました。

 

 ズザァアアアアッ!

 「いたたっ!」

 

 盛大に地面に転げ落ち、10メートルほど滑って止まりました。

 

 ズンッ!

 「ぐるるるるるるるるぅっ!」

 

 どうにか立ち上がった所に黒竜が立ちはだかります。こうして地面に立って見上げると、いつぞやの図書館島でのことを思い出します。あのときは茶々丸さんの御陰で事なきを得ましたが、今回ばかりは助けは無しです。剣も箒も手元にありますが、飛び立つ暇はくれないでしょう。そのままガブリとやられるのがオチです。

[扉](ゲート)の魔法を使うことを考えると、あと何発も魔法を撃つことはできないです。

 

 「………絶体絶命と言ったとこですね」

 

 のんびりとした退屈な小旅行から一変、大変なスペクタクルに変わるとは……

 

 「これだから非日常は楽しいです」

 

 こんな命の危機を前にしているのにおかしな事ですが、どうにも楽しくなってきたです。

きっとランナーズハイというか、そんな感じの心理状態なのでしょう。

魔力も残りわずかですが、これでも「白き翼」(アラアルバ)のメンバーです。このくらいの危機、笑って乗り越えねば仲間に笑われてしまうです。

 

 「でわ、やりますかっ!!」

 

 魔力で身体強化をし、瞬動で一気に距離を詰めます。虚をつかれ驚く黒竜の角に、遅延魔法(ディレイスペル)でストックしてあった[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)をゼロ距離で打ち込みます。

 

 バキキィィィンッ!!

 「グルアァァァンッ!!?」

 

 角が折れ、その衝撃で気絶してくれました。ゼロ距離で打ち込めば、私程度の魔法でもどうにか折ることが出来るです。

 

 「もっとも、何度もやられてくれるほど甘い相手では無いですがね」

 

 1体がやられた事で、更に気が立った3体が一気に飛びかかってきたです。巨体同士がぶつかって出来たわずかな隙間に身体をねじ込む様にしてどうにか初手を避けました。

 

 [魔法の射手](サギタ・マギカ)連弾・光の34矢!!]

 

 残った1体に牽制の魔法を放ち、急いで距離を取るです。残り少ない魔力で、あと4体を倒すのは無理。ならば取るべき手段はただ一つ。この一瞬の隙を使って!

 

 「逃げるのみ![扉](ゲート)ぉぉぉおっ!?」

 

 [扉](ゲート)の魔法を発動しようとした瞬間、私の真横で魔力が渦巻き出したです。みるみる大きくなる魔力の奔流は、ものすごい風を伴って周りの物を吸い込み出したです!

 

 「な!なんです、これはっ!?」

 

 答えが返ってくるはずもないですが、言わずには居られません。[扉](ゲート)の魔法も中断させられ、吸い込まれない様に踏ん張るしか無くなりました。

 

 「ぐるるるるっ!?」

 

 黒竜達もこの突然の突風に戸惑っているのか、離した距離をそのままに様子をうかがってるです。

 

 「ど、どうにか脱出を……!」

 

 ずるずると魔力渦の方へと引きずられながら[扉]の呪文を唱えるです。吸い込まれたらどうなるか等、興味はあれど、試したくはないです。

 

 「くっ! こ、これはっ……!」

 

 魔力渦の吸引力がさらに上がって、私はとうとう踏ん張れなくなってしまいました。

 

 「ひゃぁああああああああっ!!」

 

 思わず悲鳴を上げながら、私は魔力渦に吸い込まれていったです。吸い込まれた瞬間、視界ま真っ暗になると同時に私は意識をなくしました。

 

 

 

 

 

 「んっ、うぅ?」

 

 顔に当たる日の光で私は目を覚ましたです。

少しひんやりして爽やかな空気がとても心地よいです。

ある意味、理想の目覚めですね。森の中で地面に寝ているなんて状態でなければ、ですが・・・

 

 「一体どうしたのでしょう……? 黒トカゲも居ないです」

 

 周りを見渡しても、私を取り囲んでいた黒竜達が見あたりません。そもそも黒竜に囲まれてた場所とは全く違う景色をしてるです。あのとき出現した魔力渦。アレに吸い込まれた所までは覚えてるですが、何故こんな場所に……?

 

 「吸い込まれた先、と言うことですかね」

 

 つまり、アレは天然の[扉](ゲート)と言った感じなのでしょうか?そういえば初めて魔法世界に行く際、いろいろな伝承を調べた時に神隠しの記述を多く見たですね。あのときの魔力渦が神隠しの正体と言うわけですか。

 今の魔法世界は明日菜さんが管理しているので以前よりも安定してるそうですが、それでもまだあのときの影響が残っているのでしょうか?

 いえ、それでしたら森の中ではなく、空気もない荒野に投げ出されていたはず。やはり別口?しかし、それにしても………

 

 「とりあえず、移動ですね。どこか人里に出て飛行鯨がどうなったか等を調べませんと」

 

 ついでに行方不明扱いされているであろう私の事も知らせなければ。そのまま放って置いたら委員長達が騒ぎ出すかもしれません。迎えに行ってみれば来るはずの飛行鯨は来ず、調べてみれば私が行方不明。まぁ、長いお説教は必至ですね。

 

 「森を歩くより、空を行った方が早いですね」 [装箒!]

 

 機動箒に跨り空に飛び出すです。半年前の夏休みまでは、自分で空を飛べるとは夢にも思ってなかったですが、今や歩く、走る、と同じ感覚で出来るようになったです。人間進歩するのですね。

 

 「さて、飛んだはいいですが、町はどちらでしょう?」

 

 木の上まで飛んできましたが、見渡す限りの森です。地平線の向こうまで森では現在地がまったく解らないです。

 

 「もう少し上に上がって、地図と合わせてみますか」

 

 魔法世界の地図を空中に映し出しながら、更に100mほど上昇します。

川の流れや山の形を見ながら、地図と重なる場所を探すです。

 緩やかにカーブする川や、遠くに見える高い山など、目印になるものが多い地形ですが、一向に該当する地域がないです。あの[扉]に吸い込まれたせいで、メガロメセンブリアからの航路からかなりはずれた位置に居ると見て間違いはないのですが、地図全体を見ても近い地形がないです。

 

 「おかしいですね。どこにも該当する地域がないです」

 

 まさか、旧世界のどこかに出たですか? いえ、すべてを知っている訳ではないですが、それでもあんな高い山は地球のどこを探してもないはずです。それに……

 

 「ギャアッ!ギャアッ!」

 

 「よっと!」

 

 突然飛びかかってきたワイバーンを素早くかわして[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を打ち込みます。

 

 「ギャイィンッ!!」

 

 しっかり命中したワイバーンはそのまま下に落ちていくです。まぁ、威力は低くしてありますし、しばらく気絶してるだけでしょう。下位とはいえ竜種です。この高さから落ちでも死にはしないでしょう。

 ワイバーンが居ると言うことは、確実に旧世界ではありません。もし仮に居るとしても、こんなすぐに出てくるなら、まず真っ先にテレビで大騒ぎになったはずです。

 認識阻害の魔法を使って隠蔽しているならわかりませんが。

 

 「つまり、ここは魔法世界であるはずです。しかし……」

 

 特徴的な地形に見渡す限りのジャングルです。地図でもそれなりの大きさで載るはずです。

それでも載っていないとはどういう……?

 

 くぅぅ~~~ぅ

 

 ………一度下に降りて、食事にするです。昨日の夕方から食べていないわけですから、お腹が空くのも当然です。えぇ、恥ずかしくないです。誰も聞いてないわけですしっ!!

 

 「と、とりあえず川辺に降りて食料を探すとしますか」

 

 私はそんなことを呟きつつ川辺まで降りるです。割と澄んでいる川で、魚の影も見えるですし食糧には困らないでしょう。

 

 [魔法の射手](サギタ・マギカ) 連弾・雷の3矢!]

 

 川の中でかすかに揺れる魚に向かって[魔法の射手](サギタ・マギカ)を打ち込むです。

見事命中した魚は電撃によってしびれ、水面へと浮いてきてあとはそれを捕まえるだけです。

 釣竿などを使わずとも魚をゲット出来るのはとても便利です。釣り好きの方などが見たらきっと激怒するでしょうが、サバイバルの基本は生き残ることである。そんな哲学をエヴァンジェリンさんのサバイバル訓練で叩き込まれましたからね。食糧調達で手段にこだわってはいられません。

 雪山、砂漠、ジャングル、火山といろいろな環境に放り込まれ、1週間生き延びろなんて修行を何度もやらされましたからね。何かにこだわっていたら死んでるです。

 人間、死にそうな時はプライドなどかけらも役に立たないです。必要なのはただ一つ。泥にまみれても生き抜こうとする根性のみなのです。

 

 「というわけで魚はもういいですね。次は山菜でも探すですか」

 

 死にかけまくった地獄のサバイバル訓練を思い出しつつ5匹の魚をゲットした私は、次に山菜を探すことにしました。栄養のバランスは大事なのです。極限状態じゃないときは極力バランスよく摂取しなければいざと言う時へんな病気になったりしかねないですからね。

 

 「あの辺りにありそうですね」

 

 ささっと周りを見渡し、以前楓さんに教わった山菜の見つけ方を実践して手早く集めていくです。

食べられる種類を探すのはアーティファクトを使えばすぐに見つかりますが、山菜が群生している所を探すのは無理ですからね。ジャングルでのサバイバル訓練を終わらせた後、探すのに手間取るという話をした所、楓さんにかなり詳しく教えてもらえました。さすがは忍者です。伊達に週末いつも山で修行してないです。

 

 「さて、これくらいにして早く魚を焼くです。考え事しながらだったので、結構時間をくったです」

 

 まったく知らない場所に飛ばされても、基本困らないとは素晴らしい訓練ですね。アリアドネーの軍事訓練にも取り入れるように言ってみるですか……。

 いえ……死人が出たらまずいですね。

エヴァ式サバイバル訓練を実施して、アリアドネーの正規軍壊滅とかいう話になったら目も当てられないです。エヴァンジェリンさんの悪名がさらに増えることになるでしょう。

 

 私がそんな馬鹿な事を考えつつ魚を置いておいた場所まで戻って行くと、そこには青い鱗を持った1匹のドラゴンがいたです。

 

 「きゅい?」

 

 何やらやたらとかわいく鳴いていますが、置いてあったはずの魚が1匹もいないのは何故ですか?その口をもぐもぐしてるのは何故ですか?

 

 「けぷっ」

 

 ドラゴンでもゲップするんですね………とか、どうでもいいです!喰いやがりましたね?この青トカゲ!!

 

 [魔法の射手](サギタ・マギカ) 集束・光の39矢!!!]

 

 とりあえず全力で青トカゲめがけて[魔法の射手](サギタ・マギカ)を打ち込むです!今の私は空腹のため、余裕も容赦もないのです!

 

 「きゅい!?」

 

 驚いた様子の青トカゲがその巨体に似合わずやたらと素早い動きで避けたです。なんと生意気な。

私はそんな生意気な青トカゲに更なる追い討ちをかけるべく詠唱を開始。身体強化し、一気に接近するです。

 魔法を撃ちながら近づく私から、青トカゲはあわてて逃げていくです。しかし、私は逃がす気はありません。とっ捕まえて尻尾でも切り落とし、私の空腹を満たしてもらうです!

 

 [魔法の射手](サギタ・マギカ) 連弾・雷の29矢!]

 

 追いかけながら、魔法をばらまいて動きを限定させるです。その巨体の目の前に、右横に、壁になるよう[魔法の射手](サギタ・マギカ)を撃ち込んで方向をコントロールしていくです。徐々に差を詰めてきて、あと少しでその背を捕えそうになった時

 

 「きゅい?」

 

 急に戸惑うような鳴き声を上げ、急停止したです!?

 

 「へぶっ!?」

 

 車は急には止まれません。高速で走っている人間もやっぱり急には止まれません。

私は急停止した青トカゲの背中にしたたか顔を打ち付け、その痛みに身悶えます。

 

 「ぐぬぬ!いたたたた。 この青トカゲめ、急に止まるとはどういうつもりですか!」

 

 追いかけて捕まえようとしてたことは棚に上げ、私は文句を言いつつその背を叩くです。

ペチペチとおとなしく叩かれている青トカゲですが、どうもこちらを気にしてもいないようです。

 

 「無視するとはなんて生意気なトカゲですか。全力の[魔法の射手](サギタ・マギカ)を撃ち込んでやるです!」

 

 ペチペチ叩いていたその手を止め詠唱を始めようとした時、ふと青トカゲの目の前になにやら光る鏡のようなものが浮いているのが見えたです。

 

 「私を無視して鏡で何してるですか? その前にトカゲに鏡が必要なのでしょうか?」

 

 鏡を覗き込んで微動だにしない青トカゲ。6mほどの巨体のおかげで私も背に乗るのは苦労しないです。

ちょこちょこと青トカゲの首元まで行き、私もその不思議な鏡を見てみるです。鏡面が光っていてこちら側は映っていないですが、大きさは縦2m、横1mの楕円形をしてるです。地面から少し浮いている所を見ると魔法のアイテムか何かでしょうか?しかし、何故私から逃げている最中にいきなり鏡を見出したのでしょうか?

 

 「きゅい………きゅい!」

 

 何やらまた鳴き出し、鏡に向かって歩き出したです。すぐに鏡までたどり着いた青トカゲは、そのままさらに近づいていくです。

 

 「そんなに近づくとぶつかるですよ?」

 

 ペチペチと首元を叩きながら言いますが、気にせず鏡に顔を突っ込みます!?

 

 「なっ!?鏡に!?」

 

 そのままスルスルと鏡に吸い込まれていく青トカゲを見て、このままでは自分までも吸い込まれると思い、すぐさま飛び降りようとしましたが、それより早くその鏡が私ごと青トカゲを飲み込んだです。

 

 「なっ!!」

 

 一瞬で飲み込まれた私は、目の前が暗くなり、この短時間でまたしても気絶する羽目になったです。

頭の中をかき回されるような不快感を感じながら、私は意識をなくしました。

 

 

 

 

 

 抜けるような青空をバックに、青い髪をした少女が身長より長い杖をかまえていた。

「使い魔召喚の儀」にて、自身の相棒となる使い魔を召喚した所だ。

涼しげな無表情でぼんやりと目の前に現れたドラゴンを眺めている。

 

 「風竜じゃないか!」

 

 「風竜を使い魔にするなんてすごいな!」

 

 その少女の周りでは現れたドラゴンを見て騒いでいる。

 

 「タバサ、早く契約しちゃいなさいよ」

 

 

 ぼんやり眺めている少女に燃えるような赤い髪の少女が声をかけた。

タバサと呼ばれた青髪の少女はそちらをちらりと見てから、ドラゴンに向かって手を伸ばした。

 ドラゴンは、周りで騒いでいる者たちに向かって口を開こうとしていたが、少女の手にこたえるように身を屈めた。少女がドラゴンにキスをして、使い魔の契約をなしたところで、

 

 「ミス・タバサ。無事契約できたようですね」

 

 禿げ上がった頭の男がそう言って近寄ってきた。

 その言葉にタバサはうなずき歩き出そうとした時、

 

 「ねぇ、タバサ?あなたのドラゴンの背中に誰か乗っているわよ?」

 

 先ほど契約をせかした少女が声を上げた。

それを聞いて、禿頭の男とタバサはそろってドラゴンの背中を覗き込む。

 

 「おや!本当だ。少女が乗っている!」

 

 ドラゴンの背にうつ伏せになって乗っている少女を見て、禿男が声を上げた。

周りのものもそれに気づき覗き込む。

 

 「まさかすでに使い魔になっている風竜をよんだのか?」

 

 「まさか、そんなことあり得るわけないだろ?」

 

 次々に自分たちの考えを口にし、一気にうるさくなる

 

 「みんな静かに!まだ召喚の儀が済んでない者もいるのですよ! 

  では、次の人。召喚を行ってください」

 

 禿男がそう言ってだまらせ、召喚の儀を続けさせる。

 

 「ミス・タバサ。ルーンの確認をさせてもらいますよ?」

 

 そういって許可を取ってからドラゴンの体を見渡す禿男。足の裏にあるルーンを見つけ、スケッチをした。

 

 「ルーンは一つ。ミス・タバサ。使い魔とのつながりはちゃんと感じますか?」

 

 そう言う禿男にタバサは少し首をかしげてからうなずき返した。

 

 「ふむ。2重召喚というわけではないのですか。 だとしたら、召喚の時に偶然巻き込まれたということでしょうか?」

 

 そういいながら考え込む禿男。タバサはそんな男を無視して、ドラゴンの背中にいる少女を見ていた。

 肩口でそろえられた少し紫がかった髪に、学院の制服にも似た服を着ている。

そしてなぜか額が赤くなっているが、怪我などはしてないようだ。

 よく見ると着ている服の仕立てはとても上等な物。貴族の子女なのだろうか。

 そんなことを考えながら見ていると、先ほどの赤髪の少女がよってきて、

 

 「この子、一体誰なのかしらねぇ?」

 

 そんなことを言いながら、頬をつついたり、スカートをめくったりしていた。

 

 「あら、見た目よりすごいの履いてるわね。ヒモが……いたっ!」

 

 スカートの中を覗き込んでフムフム言っているその少女をタバサは杖で叩いてやめさせた。

 

 「もう、叩くことないじゃない」

 

 「失礼」

 

 同性でもさすがにどうかと思われる行動だったが、赤髪の少女は気にしていないようだ。

 

 「ミスタ・コルベール。彼女はどうすれば?」

 

 タバサはいまだに何やら考え込んでいる禿男、コルベール教諭に少女の処遇を訪ねた。

 

 「はっ!すまない。つい考え込んでしまった。 そうですな……目を覚まさないことには話も聞けれませんし、ミス・タバサは先に学院に戻り、彼女を救護室に運んでください」

 

 声をかけられ思考の海より帰還したコルベール教諭はタバサにそう指示を出した。

召喚が終わったことだし、ここにそのままいても意味がないと判断したのだ。

 

 「わかりました」

 

 コルベールの指示にあっさりうなずき、タバサはスルリとドラゴンの背の乗った。そのままドラゴンで飛んで行こうというのだろう。

 

 「まって、タバサ。私ものっけて」

 

 そう言って赤髪の少女もよじ登ってきた。そばには大きく赤いトカゲが付き添っている。

そのトカゲを見て、そののち赤髪の少女を見つめる。どうやらそのトカゲの説明を求めているようが。

 

 「いいでしょう?あなたの風竜にはかなわないけど、とっても立派なサラマンダーよ」

 

 そう言ってサラマンダーに抱き着く少女。タバサはちらりとサラマンダーを見て、コクリとうなずく。

どうやらこの赤髪の少女が召喚した使い魔だと分かったようだ。

 

 「あそこに見える建物に飛んで」

 

 自分の召喚した青い鱗のドラゴンにそう指示をだし、タバサは本を開いた。

 

 「………あなた、もう少しはしゃいだらどう?風竜なんてすごい使い魔を呼び出したのに、まったくいつもと変わらないなんて…………あら?」

 

 めったに出ない風竜という当たりの使い魔を呼び出したというのに、いつもと変わらないタバサを見て小言を言う少女だが、タバサの持っている本を見てにやりと笑った。

 その本のタイトルがいろいろな名称が乗っている「名前辞典」だったからである。

 

 「喜んでないわけじゃなかったのね。さっそく名前を考えるなんて、むしろうれしいのかし……いたっ!」

 

 ニヤイヤしつつそんなことを言う少女を杖で叩き、タバサ達を乗せたドラゴンは一路学院に向かっていった。

 

 その頃先ほどまでいた草原では、ある少女がある少年を殴りつけていた。

 

 

 

 

 白を基調とした清潔感のある部屋で私は目を覚ましたです。

白いベットに清潔なシーツ、保健室のような印象で棚には大小さまざまな瓶が並んでいるです。

 窓の外には広い庭があり、手入れの行き届いた植木が森のように広がっているです。

 

 「一体ここはどこなのでしょう?」

 

 体を起こして部屋を見渡していますと、やたらと豪華なドアがノックされました。

 

 「はい」

 

 私が返事をすると静かにドアが開けられます。

入って来たのは少し頭が寂しい男性でした。身なりはしっかりしてますし、一体どういう人物なのでしょうか。とりあえずは情報収集です。

 

 「ミス、御加減はいかがですかな?」

 

 そう言いながら男性は私のいるベットまでやってきます。

 

 「はい、どこも悪くないです。 あの、ここはどこなのですか?」

 

 まず現在地を確認するです。

 森の中に居た筈なのにいつの間にか保健室です、わけが分かりません。

確か食料泥棒な青トカゲを追いかけていて……

 

 「ここはトリステイン魔法学院だよ」

 

 「……トリステイン魔法学院、ですか?」

 

 聞いた事ない学校です。まぁ、全ての魔法学校を知っている訳ではないので仕方ないですが。

 

 「えぇ、トリステイン王国が誇る由緒正しい学院ですぞ」

 

 さらに知らない国名が出て来ました。トリステイン王国ですか……そんな国、魔法世界にあったでしょうか?

 頭の中で、魔法世界の地図を思い描きながらトリステインなる国を探しますが、やはり分からないです。

 

 「あの、トリステインと言う国を私は知らないのですが、メガロメセンブリアからどちらの方向にあるですか?」

 

 魔法世界の中心であるメガロを基準に位置を聞いてみるです。あの変な天然[扉](ゲート)のおかげでどこか分からない森の中に放り出されて、さらに変な鏡にトカゲごと飲み込まれ、もう自分の位置は一切分からないです。

 

 「メガロメ・・・センブリア・・・ですか? それは一体何ですか?」

 

 「本国のメガロメセンブリアですよ?この世界での中心的な国です。知らない筈はないのですが……」

 

 「世界の中心ですと? 待ちなさい、世界の中心はここトリステイン、とまでは言わないが、それでもそのメガなんたらとやらではないはずですぞ?

  一体何を言っているのかね?」

 

 どう言う事ですか?メガロメセンブリアを知らない?

確かにいろいろと問題も多いメガロですが、それでも中心的な役割りを果たしている事は間違いないです。気に入らない国とは言え事実は事実。ほぼ全員が世界の中心はメガロと答えるです。それなのにこの言いよう・・・

 もう少し聞いてみるですか。

 

 「アリアドネーはわかるですか?世界でも有名な学術国家なのですが」

 

 「学術国家ですと!? 何とも魅力的な響きの国ですな!

  ふむ、しかしその国名もやはり知りませんな。一体どこに在るのですか?」

 

 やはり知らないようですね。アリアドネーもメガロメセンブリアも知らないとは魔法世界の住人とは思えないです。とてつもない田舎で外の世界を知らないが故の反応なのでしょうか。しかし、いくら田舎でもメガロくらいは知っていないとおかしいです。まさか・・・いえ、可能性はあるです。あの魔力渦はかなり不自然でした。そして目が覚めたのは地図上に存在しない地形のジャングル。このことからある仮説が立てられるです。あり得ないとは思いますが、そもそもあり得ないと思っていた魔法があったのです。そう言う可能性がないとは言い切れません。あり得ない事なんてあり得ない。誰が言った言葉かは忘れましたが、まさにその通りだと思います。だが、このあり得ない仮説、裏付ける事は簡単です。あの人の事を聞けばいいだけです。あの人の事を知らないなど、魔法世界ではあり得ないのですから。

 

 「あー、ミス? どうしました?そのメガロセブンブリアと言う国やアリアドナーと言う国を私は知らないのですが。ゲルマニアかガリアの方にある街の事だったりするのですかな?」

 

 私が考え込んでいると頭の寂しい男性が何やら聞いてくるです。

 

 「いえ、メガロメセンブリアとアリアドネーです。そしてどちらもそれなりの大きさを持つ一国家です」

 

 「しかし、このハルケギニアにそのような国はありませぬぞ?」

 

 「それなのですが、最後に一つ質問してもいいですか? それで結論が出るです」

 

 ハルケギニア。これも知らない名称です。でわ、止めを刺して貰いましょう。

 

 「結論? よく分かりませんが、いいでしょう。一体なんですか?」

 

 「ネギ・スプリングフィールドと言う人物を知っていますか?」

 

 魔法世界でネギ先生の事を知らない者は居ないです。世界を救った英雄ですし、その父親も世界的に英雄として知られているナギ・スプリングフィールドで、親子2代に渡る有名人です。

 もし、この名前を知らないのならそれは………

 

 「ネギ・・・スプリングフィールドですか。 聞いた事のない名前ですな。

  一体どこの貴族ですかな? あまりトリステインでは聞かない家名ですが」

 

 決定……ですね。ネギ先生を知らず、しかも貴族かと聞いてきたです。

何故貴族と思ったのかは分かりませんが、それほど間違ってないのも事実ですね。ネギ先生は失われたオスティアの最後の王子ですから、貴族ではなく王族なわけですが。

 知らない振りをしてる様には見えないですし、する必要もありません。

 つまりここは………

 

 「いえ、ネギ先生は、ネギ・スプリングフィールドは私の居た国の英雄です。歴史上ではなく現在進行形での」

 

 「ほほぅ、英雄ですか。ふぅむ………やはり聞いた事がないですなぁ」

 

 「私もこの国名を知りませんでした。どうやら相当遠い所に来てしまったようですね」

 

 どうやらいわゆる異世界といった所のようですね。

 

 「私がここにくる前、先程言ったアリアドネーと言う国の魔法学校、正確にはその国の騎士団に入るために候補生が勉強する学校なのですが、そこに留学する為に飛行鯨、旅客船に乗っていたのです。

 ですが、途中ドラゴンの群れに船が襲われ、そのままでは撃墜されてしまうと思い、私が迎撃に出て船から引き剥がすことにしたです。それなりに船から遠ざける事には成功したものの、私は船に戻る事が出来ませんでした。気が付けばそこは私の知る地図には無い地形をしたジャングルでした。一応のサバイバル訓練は積んでいたのでその事は問題ありませんでした。

 しかし、せっかく集めた食糧を目を離した隙にドラゴンが全部食べてしまいまして。空腹のせいで苛立っていたもので少しムキになって追いかけていたら、光る不思議な鏡に吸い込まれて行くドラゴンに巻き込まれ次に目を覚ましたらここで寝ていました」

 

 私はここで目を覚ますまでの事を大まかに話しました。あまり細かく話すのは大変ですし意味がないです。異世界から来たかも、と言う事は言わない事にしたです。

 正直、異世界から来ましたーと言っても笑われるか頭の心配されるだけです。私なら病院に連れていきます。

 

 「あの不思議な鏡によってここ、トリステイン魔法学院に来てしまったと考えられるです。ドラゴンを追い払うのに夢中で船の航路から大きく外れ、その時点で自分の居る場所も分からない状態でした。トリステインと言う国を私が知らないのも、私の勉強不足ではなく、私の居た所では存在して居なかった国名なので当然と言えるでしょう」

 

 「ふむ、なるほど……。その光る鏡と言うのは恐らく[サモン・サーヴァント]の物でしょうな。君はある生徒の[サモン・サーヴァント]に巻き込まれたのです。

 現に君はその生徒が呼び出した青い鱗を持つ風竜の背に乗っていたのですから」

 

 「青い鱗。確かに私が追いかけていたドラゴンも青い鱗でした」

 

 「うむ、間違いなさそうですな。そうなるとどこから来たのかはちょっと分かりませんな。先程君の言っていた国名は聞いた事もありませんでした。

 これでも一応教師です。このハルケギニアの事は多少は知っているつもりです。それでも知らないと言う事は、交流の殆ど無いロバ・アル・カリイエから来たのかもしれませんな。[サモン・サーヴァント]はハルケギニアに居る幻獣を無作為に呼び出す物で、どこの誰をと指定して呼び出す物ではないのです。

 なので、それが遠い所に居る幻獣でも呼び出されるのです。つまり………」

 

 「つまり、私はかなり遠い距離を飛んだということですね」

 

 「そういうことです。申し訳ない」

 

 「いえ、これは仕方ないです。そちらが狙ってやったものではないのですから。

しかし、こちらではロバ・アル・カリイエと呼ばれているのですか」

 

 「ここハルケギニアより東の方はエルフが住む砂漠地帯があり、その先にあるのがロバ・アル・カリイエです。あることは分かっているのですが、エルフの砂漠が邪魔をしてほとんど交流出来ない状態なのです。ごく一部の商人が行き来しているので、時折向こうの物が少量流通したりするのですが」

 

 つまりここよりさらに東に国があるですか。しかし、そこが魔法世界という事はあり得ないですね。

魔法世界は火星を丸々使った異世界です。西と東で完全に別れているわけでは無いです。

 

 「私は今まで自分の国からあまり出た事がなかったのでそのロバ・アル・カリイエと言う場所が私のいた所とは言えるかは分からないです」

 

 「そうですな。使い魔召喚に巻き込まれたせいでもありますし、君、ここの責任者、学院長のオールド・オスマンに会って頂けますか?

 これからの事を話合わなければならないですし」

 

 学院長ですか。確かに一介の教師より扱える情報は多いかもしれないです。

ここが本当に異世界なら、私の生活基盤を確保しなければなりません。のどかのようにトレジャーハンターとして生活するのもいいですが、その手の遺跡があるかも分からないですし下手に荒らして追われる身になったら帰る方法を探すのも苦労しかねません。

 それにこの世界の事を調べるなら学校というのは都合がいいです。

なにせ、それを教える所なのですから。図書室などがあるならば、そこを使わせて貰えば手間が大幅に減らせるです。

 

 「学院長ですか。分かりました早速行くとしましょう」

 

 私がそう言って立ち上がろうとした時、

 

 くぅぅーーーぅ

 

 私のお腹が盛大に音を立てたです!

何という失態。思わず俯いてしまいます。きっと顔はとんでもなく赤くなっているでしょう。

 

 「そういえばもう夕食時でしたな。ミスは先程の話からして、もう丸一日何も食べてないことになりますし、仕方ない事ですぞ」

 

 頭の寂しいこの男性は、必死にフォローしてくれますが、余計恥ずかしいです。

 

 「すみませんです」

 

 「いや、謝る必要はないですぞ!? そ、そうだ!今から厨房に行って何か作ってもらって来ましょう!今からでは賄いのような物しか出来ないでしょうから、そこは容赦願いたいですが」

 

 「いえ、用意してもらうのに文句などありません。ご迷惑でなかったら、お願い出来ますでしょうか?」

 

 私は赤い顔を隠しながら夕食の準備をお願いするです。

くぅ!何という失態!それもこれも、あの食意地の張った青トカゲのせいです!

今度見かけたら全力の[雷の暴風]をお見舞いしてやるです!!

 

 「では、私は厨房へ行ってきますぞ。君はここで待っていて下さい。出来上がったらメイドに持ってくるよう言っておきますので」

 

 「何から何まですみませんです」

 

 「構いませんよ。では、私はこれで」

 

 「はいです。ありがとうございました」

 

 彼はそういうとドアを開けて、

 

 「そうだ、ミス。まだ自己紹介をしていませんでしたな。 私はジャン・コルベールと申します。よろしければお名前を伺っても?」

 

 そう言われて未だに名乗っていない事に気づきました。これは何という失態!こんなに続けて失敗するとは、猛省せねば。

 

 「し、失礼したです!私はユエ。ユエ・ファランドールと言います。どうぞよろしくです!」

 

 私は数々の失態に顔を赤くしながら、ベットの上で勢いよく頭を下げたです。

 

 

 

 

 




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  あとがき

 勢いで妄想を頼りに投稿しました。
正直いろいろ見切り発車なので、この先どうなるか自分でも解りません。
でも、どうにかして終りまで行けたらと思いますので、どうかよろしくお願いします。

ちょろっと修正しました。えぇ、エルフってば森じゃなく砂漠に住んでるんでした。
エルフなのにね。


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ゼロの旅2

さっそく感想を書いて下さった方、ありがとうございます。
感想貰うのって嬉しいものですね。

ラカン式強さ表でどの辺りになるか、自分の妄想力をフル回転させ、原作を両方読み返して
形にしてみますので、しばらくお待ち下さい。

そんなこんなで第二話です。よろしくお願いします


 ここが何処なのか等はあまり考える必要はないですね。状況証拠で既に答えは出ているです。

魔法世界の地図にも旧世界の地図にもない地形、地名、国名。魔法世界に行った時は事前にある程度調べてましたし、記憶喪失になったおかげで向こうの人間だと思い込んでいたので、まるで違和感を感じませんでした。しかし今回は一切の情報もなしで、広い異世界に放り出されたです。

 知り合いもなく、帰るアテもない。

あるのは魔王に仕込まれた戦闘技術とサバイバル技術。

麻帆良で鍛えたダンジョン踏破技術。・・・おや?これは使いますかね?

 持ち物は全て亜空間倉庫に入っているので問題はなし。着替えから武器、暇潰し用の本、魔法の教本や麻帆良の珍妙ジュース等、しばらくは何不自由なく生活できます。

 そういえば出発の際、のどか達から餞別だと言って渡された荷物をまだ開けてませんでした。

アリアドネーに着き、落ち着いたら開けるように言われてそのままにしてたです。

 何が入っているかは分かりませんが、落ち着いたら開けてみましょう。

中身次第で次の手が変えられるです。

 そうやって、これからどうするか等を考えているとドアがノックされたです。

 

 「はい、どうぞです」

 

 「失礼します。ミスタ・コルベールに頼まれた御夕食をお持ち致しました」

 

 そう言って黒髪のメイドさんが入って来たです。秋葉原の喫茶店で使われているような物とは違い、落ち着いていて無駄な飾りがなく、作業の邪魔をしない本来のメイド服です。

 メイド服自体は茶々丸さんも着て居たですが、あれはエヴァンジェリンさんの趣味のせいか結構可愛いデザインでしたので、本格的なメイド服を見るのは初めてです。

 

 「どうぞ」

 

 「わざわざありがとうございます」

 

 私が忙しいらしいこの時間にわざわざ持って来てくれたメイドさんにお礼を言うと、とても驚いた顔をしたです。

 

 「えっと・・・何をそんなに驚いているです?」

 

 不思議に思ったので聞いてみると、

 

 「ハッ!? す、すいません!これ位で貴族の方にお礼を言われるとは思ってなかったもので、つい。失礼しました!」

 

 そんな事を言いながら頭を下げて来たです。

お礼を言ってそこまで驚かれるとは思いませんでした。

 

 「いえ、構いませんよ。それと私は貴族ではないですから、かしこまる必要はないです」

 

 「え!そ、そうなのですか?」

 

 「えぇ。そもそも何故貴族と間違われたのかと言う方が不思議です」

 

 私は一般家庭の出ですからね。いいんちょや千鶴さんならともかく、普通私を見てそうは思わないでしょう。

 

 「い、いえ、そのぅ、メイジだとミスタ・コルベールが仰っていましたし、お召し物の仕立てがとても立派でしたから。そのようなもの私達平民では手が出せませんので」

 

 メイジ。魔法使いの事ですね。

 それと平民に貴族ですか。そんな身分制度がまだある世界なのですね・・・。

 

 「この服はある学校の制服なんです。学ぶ意識のあるものはたとえ死神であろうと受け入れると言う方針を持った国にある学校でして」

 

 「平民でも・・・ですか?」

 

 「えぇ。と言うか私達の所では平民やら貴族やらと言った身分がないのです。

かなり昔に廃止されました。今はまぁ、居ない訳ではないですし私の友人には王族の方も居ますが、普通にクラスメイトとして接していたですね」

 

 「お、王族のご友人がいらっしゃるんですかっ!?」

 

 王族と言っても明日菜さんですし、きっと彼女が考えている人物像は的外れです。

なんですってーー!?なんて声が聴こえてきそうですが、それは置いておくです

 

 「まぁ、ともかく私は貴族ではありませんから、普通にしててください」

 

 「は、はい。分かりました」

 

 そう言って彼女はニッコリと笑いました。

黒髪におっとりした雰囲気。なんだかのどかを思い出すですね。あ・・・

 

 「そうです、忘れてました。私はユエ。ユエ・ファランドールと言います。どうぞ、よろしくです」

 

 先程は言われるまで忘れてましたが、今度は大丈夫です。

 

 「こちらこそよろしくお願いします!私、シエスタと言いまして、ここトリステイン魔法学院でご奉公させて頂いております」

 

 そう言って上品にお辞儀をするシエスタさん。こういう所は流石にしっかりとした教育がされているですね。お辞儀だけでとても綺麗です。ハルナに連れられて行った秋葉原のメイド喫茶のメイドとは一線を画してるです。

 いえ、本職とウェイトレスを比べるのは間違いですね。

 

 「それでは戴きます」

 

 「どうぞ、お召し上がりください」

 

 持ってきてもらったシチューを一口食べて、その美味しさに驚いたです。

 

 「むっ。これは美味しいですね」

 

 賄いくらいしか出来ないとコルベール先生は言っていましたが、これはもう一流レストランのメインメニューだと言われても違和感がないです。

 

 「お口に合ったようで何よりです」

 

 そう言って、少し誇らしげにするシエスタさん。

自分達が作った自慢の料理が美味しいと言われ嬉しいのでしょう。

 

 「えぇ。これほど美味しいシチューは早々食べられません。

 事故でここにきた時はどうしようかと思いましたが、こんなシチューが食べられたのならむしろ運が良かったですね」

 

 「事故、ですか?」

 

 キョトンとした感じで聞いてくるシエスタさんに私はここに来る事になった経緯を話しました。

 

 「ドラゴンの群れに襲われたのですか・・・

 それは大変でしたねぇ。 しかし、それを追い払うなんてすごいです!

 ミス・ファランドールはとても優秀なメイジなんですね!」

 

 なにやらとても高評価されてるです。私は一般的な魔法使いでしかないのですが。

 

 「追い払うくらいならどうにかなるです。本来ならしっかり船に戻るはずだったですが、失敗したです」

 

 「それでもです!

 でもロバ・アル・カリイエでは平民でも魔法が使えるんですね」

 

 「こちらでは使えないのですか?」

 

 「はい。メイジになれるのは貴族様だけです。なので最初貴族なのだと思ったんです」

 

 魔法は誰でも使えると思って居たのですが、どうやらここでは違うのですね。

世界が違うとこういう所も違ってくるのですね。なかなか興味深いです。

 

 「メイジとは貴族の別名みたいな感じですか?」

 

 「いえ、メイジとは魔法を使える人達の事で、貴族様は皆メイジですが、メイジが皆貴族と言う訳ではありません」

 

 んむ?どう言う事ですかね?

 

 「あまり大きな声では言えないのですが、家を勘当されたり捨てたりした方が身をやつして傭兵になったりするので、貴族ではないメイジもいらっしゃるんです」

 

 貴族として生活するより自由にしていたい人とかも居そうですしね。

あれで身分の高い人というのは大変らしいですし。明日菜さんがボヤいてました。

 お姫様って椅子に座ってボーッとしてるのが仕事だと思ってたら酷く忙しくて嫌になるとか。

 明日菜さんは立場から言って特殊ですから仕方ない気もしますが。

 

 「ご馳走様でした」

 

 シエスタさんからこの世界の触り部分を聞きながら美味しい夕食を平らげます。

これ、レストランで出て来たら幾らぐらいなのでしょうね?千円超えるのではないでしょうか。そう考えるとなんとなく贅沢した気分になるです。

 

 食べ終わり、満足げに「抹茶コーラ」を飲んでいると、

 

 「そうだ。食事が終わりましたら学院長室に案内する様言われてるんです。

 すぐに向かいますか?って・・・・あの、それどこから?」

 

 そういえば、学院長室に行こうとしたらお腹が鳴ったのでした。

先程の恥ずかしさがぶり返してきたです。

 

 「これですか?これは私の亜空間倉庫、えっと、魔法で出し入れ自由な倉庫があるのですが、そこから出したです。

 飲んでみるですか?」

 

 そう言って私は飲んでいた「抹茶コーラ」を手渡します。

ふっふっふっふっ。異世界にも珍妙ジュースを流行らせてやるです。

 

 「え?あ、はい。頂きます。

 魔法ってそんな事も出来るんですね、すごく便利そむぐっ!?」

 

 シエスタさんが一口飲んで吹き出したです。

 

 「ゴホッゴホッ!な、なんですかこれ!?なんか苦くてトロッとしてて口の中に何か刺さりましたよっ!?」

 

 やはり炭酸はまだ無かったですか。石作りの建物から言って中世の文明レベルみたいですし、飲み物も確かもっぱらワインとかだったでしょうか。お酒には詳しくないので解りませんがビールとかが出来るのはもっと後な気がしたです。

 それならコーラはまだ早かったですかね。

 

 「抹茶コーラという私の国の飲み物で、わりと一般的な飲み物なのですが、こちらの人には口に合わないようですね」

 

 「これ、一般的に飲まれてるんですか・・・

 私、東方に行ったらなるべくその土地の物は飲まないようにします」

 

 さらりと混ぜた嘘を信じ彼女は一つ可能性を減らしてしまいました。

 布教失敗です。

 

 「まぁ、普通に水やらワインやらもありますから、もし行ったとしても大丈夫ですよ」

 

 「あ、そうなのですか。よ、よかったです」

 

 ものすごい安堵の表情です。そこまでですか?

 

 「でもお水は高いので、やはり私はワインだけでいいです」

 

 水が高い?

 そう言えば中世のヨーロッパ当たりは衛生面がまだ拙く、水などもそのまま飲むことが出来ないほど汚れていたと聞いた事があるです。

 まき絵さんがエヴァンジェリンさんは中世の生まれだと知っていろいろ聞いてた時、私もそれとなく聞いていたですが、今では考えられないですね。

 

 そう考えると日本は恵まれてるですね。拘らなければ蛇口をひねるだけでいつでも水を飲むことが出来るのですから。

 

 そんな無駄話をしている間にシエスタさんは片付けを完了してました。

流石本職のメイドさん。手際がいいです。

 

 「では、ミス・ファランドール。学院長室までご案内いたします」

 

 「よろしくです」

 

 シエスタさんは片付けた食器を台車に乗せ、ドアから出て行きます。

私もそれに続き、目覚めてから初めてこの部屋の外に出るです。

 

 異世界だと結論付けはしましたが、よく考えるとまだ森とこの保健室しか見てないのですよね。一体どんな所か楽しみです。

 

 「あ、シエスタさん」

 

 「はい?なんでしょう?」

 

 「私の事はユエで結構ですよ?

 ミス・ファランドールとかしこまって言われるとむず痒くなるです」

 

 「そうなのですか?では、これからはユエさんとお呼びしますね」

 

 「えぇ、よろしくです。

 なにせ私の国ではミス・なんちゃらなんて呼び方はしなかったものですから、なれなくて」

 

 日本どころかアリアドネーでもそんな呼ばれ方しませんでしたしね。

しかも、ファランドールはコレットから借りた名前です。

魔法世界での公式な書類は全てファランドールで通してましたので、私のもう一つの名前と言っても間違いではないですが、やはり自分の名前で呼ばれたいです。

 

 むむむ・・・

それはそれとして、

 

 「シエスタさん。」

 

 「は、はい?なんでしょう?」

 

 緊急事態のせいで私から溢れる緊張感にシエスタさんも戸惑い気味に振り返ります。

しかし、そこは気にしてはいられません。何故なら・・・

 

 「シエスタさん、緊急事態です。私の質問に速やかに答えてください」

 

 「え?え?な、なんでしょうか?ユエさん」

 

 顔を強張らせて緊張するシエスタさん。

しかし、かまっていられません。もうすぐ玄関なのです!

 

 「お手洗いはどこですか?」

 

 きっと私の顔はとても真剣な表情をしてるでしょう。

それはそうです。この歳でお漏らしなど!できますか!!

 

 「あ、あぁなんだ。それでしたら次の角を左に曲がった先、右手側にありますよ」

 

 「わかったです!ありがとうございます!」

 

 シエスタさんは何故か微妙に傾きながら、お手洗いの場所を教えてくれました。緊急事態と言ったから何かまずい事が起こったと思ったのでしょうが、お手洗いに行きたいだけと分かって苦笑いしてます。

 いいんです、呆れられても。それでも私は行きたいのです。

 お手洗いにっ!!

 

 「そ、そんなに我慢してたんですか・・・?」

 

 微かに戸惑ったようなシエスタさんの声が聞こえましたが、

私は教えられた場所にダッシュで飛び込みました。

 

 

 

 

 用を済ませて改めて学院長室に連れて行ってもらいます。

ヨーロッパにある古い建物のような石作りの壁や、所々ある細かい細工がなされた燭台など、何かタイムスリップしてきた感じがします。

 

 異世界じゃなく、魔法世界の過去とかだったりするのですかね。

魔法技術ばかり勉強していて、魔法世界の歴史は適当にやっていたのが悔やまれるです。あとで歴史教本を見直してみるとしましょう。

 

 「ここが学院長室ですよ、ユエさん」

 

 そう言って豪奢なドアの前に連れてこられました。

ここもかなり豪華な細工が成されてます。聞けばここは貴族の子女が通う学校で、

教師も全員貴族なのだとか。なので、それ相応にお金がかけられているそうです。

 

 コンコン

 「オールド・オスマン、ミス・ファランドールをお連れ致しました」

 

 「うむ、ご苦労。入りなさい」

 

 低く、威厳のある声で入室の許可が降りたです。今のが学院長ですか。

 

 「失礼します」

 「失礼するです」

 

 私はシエスタさんに続いて部屋に入りました。

高い塔の最上階にあるこの部屋は煌びやかな贅沢さはないものの、知識の乏しい私から見ても上等な代物と分かる調度品が並んでいます。

 

 入って正面の重厚な作りの机に白く長いヒゲを生やした老人が座っています。

 むぅ、見ただけでわかるです。この人は相当強いですね。どことなく麻帆良の学園長を彷彿とさせる雰囲気を漂わせているです。

 さすがにあんなひょうきんな性格はしてないでしょうが。

 

 「わざわざすまんの。私がこのトリステイン魔法学院の学院長をしているオスマンというものじゃ。君が、今日行なわれた使い魔召喚の儀に巻き込まれてこの地に来てしまった東方のメイジじゃな?」

 

 「はいです。ユエ・ファランドールといいます」

 

 「うむ。ミス・ファランドール、だいたいの事はミスタ・コルタールから聞いておる」

 

 「オールド・オスマン、ミスタ・コルベールです」

 

 部屋の隅に置かれた机に座っていた女性がそう訂正しました。

今、ナチュラルに名前を間違えたですね、この老人。

 私も一瞬間違えて覚えたのかと焦ったです。

 

 「おおぅ、そうじゃった。まぁ、それはおいといて、ミス・ファランドールとこれからどうするかを話さなければならない。君、紅茶を用意してくれんかね?

 紅茶でも飲みながらゆっくりと話そう」

 

 シエスタさんが軽くお辞儀をして部屋から出て行きました。

私は手振りで薦められた椅子に座り、何を話すか考えます。

何せ全くの異世界。何の後ろだてもない今の状態では生活するのも大変そうです。

持っている荷物も有限です。そう長くは持ちません、つまりなるべく使わずに生活できるようにしなければならないのです。

 アリアドネーに入っていた時は奨学金という形で生活費が出ていたので問題ありませんでしたが、今回はそうできるはずがないです。つまり、これから生活費を稼ぎつつここで勉強させてもらえるようにしなければならないわけです。

 いえ、この老人が帰り方を知っている可能性もゼロではないですが、あまり現実的ではないです。知っていれば全て解決なのですが。

 

 まずは帰り方。次にここでの生活基盤の交渉。少なくとも、ここの図書館などの調べる事が出来る施設の使用許可を勝ち取らねばなりません。

 

 「さて、ミス・ファランドール。まずは済まなかった、うちの行事に巻き込んでしまって」

 

 そう言っていきなりオスマンさんは頭を下げてきました。

これには面食らったです。ここにいる教師は皆貴族と聞いていたですし、その一番偉い方が簡単に頭を下げるとは。

 もっと尊大な感じでくると思っていたです。

 

 「い、いえ。聞けば召喚者は呼び出す物を選べないと言うですし、完全に事故なのですから謝らないで欲しいです」

 

 「そう言って頂けるとありがたい」

 

 そう言ってオスマンさんは頭を上げ、上品な笑顔を見せたです。

 

 うぅ、なんだかお爺様を思い出させる佇まいです。懐かしくて、少し嬉しくなるです。

 

 「しかし、まずは謝ろうと思っておったのじゃ。何せ君を元いた場所に帰す方法が分からないのだから」

 

 ここの最責任者でもわかりませんか。

予想通りですが、流石にちょっとへこむですね。

 

 「いえ、コルベール先生も言っていました。使い魔を召喚する魔法、サモンサーバントは一方通行で送り返す術はないと」

 

 「うむ。何せ使い魔召喚の儀は神聖な物。やり直しなど出来んし、一度呼び出した物は一生共に過ごすパートナーになるんじゃ。送り返す事などそもそも想定してないのじゃよ」

 

 一度結んだ契約は一生ですか。

 

 「使い魔は何体も召喚できるのですか?」

 

 「まさか!一人一体じゃ。苦楽を共にする大切な家族となるもの、人生でたった一度しか呼び出す事は出来ん」

 

 一人一体ですか。何人ともチュパチュパやってるネギ先生とかこっちの人にとっては信じられないでしょうね。

 

 「つまり気に入らないと言ってやり直すとかは出来ないのですね。

 そして、何が呼び出されるかはやって見るまで分からないと」

 

 「うむ、そのとおりじゃ」

 

 「そう考えると、私は運が良かったですね」

 

 「ほぅ?一体何故そう思うのじゃ?」

 

 何やら不思議そうにしているオスマンさんに、私は何故そう思うのか教えるです。

 

 「私はどことも知れない森の中で彷徨っていたです。

 その召喚の儀がなければ未だに森の中でウロウロしてたでしょう」

 

 「ほっほっほっ!なるほどのぅ、そう言う考えも出来るのぅ!」

 

 破顔して笑うオスマンさんに遠い昔のお爺様が重なります。

優しそうな笑顔、落ち着いた居心地の良い雰囲気。あの頃に戻った気分です。

 

 コンコン

 「失礼します。紅茶をお持ち致しました」

 

 そうして話しているとシエスタさんが紅茶を持って戻って来ました。

 

 「ご苦労様。あとは私がやりますので、あなたはもう下がっていいですよ」

 

 そう言って壁際に座っていた女性が声を掛けました。

 

 「あ、ミス・ロングビル。分かりました、それでは私はこれで失礼します」

 

 シエスタさんは紅茶を入れ終わると私に軽く会釈をして、部屋を出て行きました。

 

 「さ、冷めないうちに飲みなさい」

 

 オスマンさんが薦めてくれ、一口飲んでみます。

 

 「美味しいですね。香りがとてもいいです」

 

 中世の文化レベルという事を考えても高級品であるのがわかるです。

素人の私でも分かるのですから、そうとういい葉なのでしょうね。

 

 「気に入って貰えてなによりじゃ。では、そろそろ本題に入ろうかのぅ」

 

 そう言ってオスマンさんは居住まいを正しました。

私も座り直し、話す体勢を整えます。

 

 「先程言った通り、君を元いた場所に戻す方法はない。もしかしたらあるかもしれんが、私達は知らない事じゃ。とりあえず調べてみるが、余り期待しないで貰いたい」

 

 「いえ、そこはお任せします。とはいえ、任せっきりでは悪いです。

 ここは学校と聞きました。もし、図書館などの施設があるのなら、使用許可を頂ければ自分でも調べてみたいです」

 

 「ふむ、図書館とな。確かにここにはそれなりの蔵書数を誇る図書館がある。

 一部区間、フェニアのライブラリは教師しか閲覧する事が出来ないので、そこ以外でいいのなら許可しよう」

 

 少し迷って居ましたが条件付きで許可を頂きました。

 

 「そのフェニアのライブラリとやらはダメなのですか?」

 

 「うむ。どんなに優秀な生徒でも許可は出しておらんのでな。教師でないものに許可を出す前例を作るわけにはいかんのじゃ」

 

 まぁ、当然ですね。生徒ですらない私に閲覧許可を出す事は出来ないですね。

 

 「まぁ、そこはべルベール君にでも頼んで探してもらうとしよう」

 

 「オールド・オスマン、ミスタ・コルベールですわ」

 

 先程シエスタさんがミス・ロングビルと呼んでいた女性が訂正します。

 

 「名前は置いておいて、帰る方法が見つかるまで君はどうするつもりかね?」

 

 来たですね。

 

 「そうですね。ここの図書館を使わせて貰うのですから、ここの近くに住む必要があるです。この近くに安宿でもありませんか?」

 

 まずはジャブです。いきなり本命を言っても断られる可能性があるです。

 

 「宿はここから馬で3時間ほど行った所にあるトリステインの城下町くらいしかないぞぃ。さすがに毎日通う事は難しいじゃろう」

 

 思いの外遠いですね。まぁ、箒に乗れば3分の1くらいの時間で済みますしそれでもいいですが。

 

 「そ、そうですか。では、ここに生徒として置いては貰えないでしょうか?」

 

 「なぬ?生徒とな?」

 

 「はいです。私は元々留学する為に国を出て来たのです。それが事故により、

 予定していた所に行くことが出来なくなりました。

 しかし、着いた先は異国の魔法学校。自分達の国では学べない事も多いはず。

 それは私が自分の国を出た理由でもあります。自分の国では学べない事を学び、もっと上を目指したい。そう思って留学を決意したのです。

 

 なので、もし全くの異国で学べるならば、それは願ってもないことです。

 何故なら今までとは違う方向から魔法を学べる機会は早々ないからです。

 今までとは違う方向から学べばもっと色々な物事が見えるはず。

 そうすれば私は今よりきっと強くなれる。

 なのでぜひ、ここで学ばせてほしいのです」

 

 私は途中から熱が入り、自分の思いを全て垂れ流します。

ネギ先生達の側にいると自分の平凡さに嫌気が指すです。

 私は一般家庭の出です。そもそも魔法とは無縁でしたのでそれは仕方の無い事です。しかし、それでも私は仲間と、あの人と同じ場所を歩きたいのです。

 エヴァンジェリンさんに無理を言って訓練してもらい、アリアドネーに留学する事を決めたのも全ては、そのためなのですから。

 

 「ふむ・・・」

 

 私の吐露を全て聞き終えたオスマンさんは、ヒゲをしごきながら天井を見上げて何かを考えています。

 

 2分、3分と時間が過ぎますが、私はじっと待ち続けます。

 

 「一つだけ質問じゃ、ミス・ファランドール」

 

 真剣な顔でそう言うオスマンさんに私も真剣に聞きます。

 

 「はい、なんでしょう?」

 

 「何故強くなりたいんじゃ?」

 

 「・・・私は仲間と同じ場所を歩きたいんです。今の私はあの人達と歩く事も出来ないほど弱いです。平々凡々とした私は、歩こうにもただの足手まといでしかありません。ですからせめて、あの人達の隣を歩けるだけの力がほしいのです」

 

 もっと知識を。もっと力を。願わくば、あの人の隣を歩けるだけの強さを。

 

 あの夏、麻帆良に帰って来てからずっと思っていた事を全てぶつけました。

のどかにも言ってない私の心の底からの願いですが、このお爺様を彷彿とさせるオスマンさんにはスラスラと言葉が出て来るです。

 

 私が答えた後、またオスマンさんは上を見上げて考え始めました。

どうかこの偶然をチャンスに変える機会を下さい。

 そう願いながらオスマンさんを見ていると、

 

 「うぅ・・・っ!」

 

 な、泣いてるぅぅーーーーっ!?

 

 「お、オスマンさん!?一体どうしたです!?」

 「お、オールド・オスマン!?」

 

 私と部屋の隅に居たロングビルさんが慌てて近寄ります。

一体どうしたと言うのですか。何故に号泣してるです!?

 

 「オールド・オスマン、一体どうしたのですか!?」

 

 ロングビルさんがオスマンの隣まで来て尋ねるです。

 

 「カーーーーッ!!これが泣かずにいられるか!

 仲間と共に居たい一心で自らに試練を課すとは!最近の子供達にはないこの向上心!このオスマン、心から感動した!」

 

 か、感動の涙だったですか。そんな正面から言われると恥ずかしいのですが。

 

 「ミス・ファランドール!君のトリステイン魔法学院への留学、私が許可する!!存分に勉強したまえ!!!」

 

 「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 「何かまわんよ。君のその決意に教師として応えてやりたいと思ったから許可するんじゃ。君はこの学院で学べるだけ学べばいいんじゃ」

 

 「はい!」

 

 これであとは頑張るだけです。この幸運、絶対にモノにして見せます。

 

 




と言う第二話でした。
ゆえっちってば、魔法世界に行った時も学校に入ったし、きっと入るだろうとか思ったんです。
ちょい無理やりな展開な気がしますが、勢いと妄想力で書かれているので、
大目に見てくださると幸いです。


一部修正しました。報告下さった方ありがとうです


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ゼロの旅3

感想と誤字脱字報告ありがとうございます。

勢いで書いているので、見直してから投稿してるのですが、見逃すことも。

またあったらお願いします。

そんなこんなで第三話いきまーす


 

 

 あーびっくりした。

年取ると涙もろくなるって言うけど、あそこまで泣かなくてもいいじゃない。

まぁ、確かに最近の子供にしてはやる気があるのは確かだけどねぇ。

 しかしこの子、ユエとか言ったわね?

少し生き急ぎすぎじゃないかしら。まだ10歳くらいに見えるのにこの焦りよう。

あと5年はのんびりしててもいい気がするけどねぇ。

 

 「オールド・オスマン、よろしいのですか?貴族ではない者を学院に入学させて」

 

 「かまわん。何か言ってきても儂が一喝して黙らせてやるわい。

 ミス・ファランドールは魔法が使えるそうじゃし、儂が見つけてきた東方の貴族の子女という事にすればいい。

 生活費なども儂が出してやるわい。儂はこう言う生徒が欲しかったんじゃ!」

 

 「あの、生活費まで出して貰う訳には・・・。

 それくらい自分でどうにか稼ぐです」

 

 「いやいや、私は君のその目標を応援したいんじゃ。生活費を稼ぐのに手間取って勉学を疎かにしてしまっては、ここで学ぶ意味が無くなってしまうわい。

 それに、私くらいになるとそれなりに蓄えもある。勉学に励む少女の一人くらい養うなど訳ないわ」

 

 おー、おー、言うわねぇ。貴族の小娘の生活費が小金で済む訳じゃないだろうに。

 あ、この子は貴族じゃないのか。

 まぁ、この爺さんなら相当溜め込んでそうだし、問題ないんでしょうね。

羨ましい限りだわ。

 

 「そうと決まったらいろいろ考えねばのぅ。

 東方の貴族の娘で、このトリステインに留学して来たとすれば問題ないだろうが、何か聞かれても大丈夫な様に、細かい事を決めて行こうかの」

 

 そんな事を言って爺さんはどんどん色々な設定を考えて行く。

何でこんな張り切ってるのかしらねぇ。よほどこの子が気に入ったのかしら?

 はっ!? まさか、いいところを見せてあとで美味しくいただくつもりなの?

こんな小さい子を?・・・って、いくらエロジジイでもそれはないか。

 

 「そうじゃ、ミス・ロングビル。彼女の部屋も用意せねばならん。

 どこか空いている所はあったかの?」

 

 「少々お待ち下さい。今調べてみます」

 

 部屋割りが書かれている書類を捲り、空き部屋ですぐ使えそうな所を探していると、

 

 「おぉ、そうじゃ!東方に行っていた儂の孫が帰って来たという事にすれば万事解決じゃ!」

 

「えぇーー!?」

 

 あ、なんか言い出したよ、この爺さん。

 

 「うむ。そうすればいろいろ手続きも省略出来るし、生活費を儂が出していても不思議に思われん!なかなかいい考えじゃ!」

 

 やたらといい笑顔を浮かべる爺さん。

書類作成の手間を減らすにはいいかもしれないけど。

 

 「しかし、オールド・オスマン?

貴方が独身なのは皆が知っている事ですので、実の孫と言うのは些か無理があるのでは?」

 

 「む。そ、そうだのう。儂の遺産を狙ったカタリだとか言われたら面倒じゃ。

どうするか・・・」

 

 「普通に留学して来たじゃダメなのですか?」

 

 「聞いての通り、東方とはほとんど交流がないでのぅ。

なので、最初から留学が目的と言うのはちと不自然かと思うての」

 

 いきなり孫が帰って来たというのも、同じくらい不自然な気がするけど?

 

 「では、彼女がここに来た経緯に少し着色しますか?」

 

 「ほぅ?どういうことじゃ?」

 

 「彼女が召喚されたドラゴンに乗っていたのは、あの時側にいた生徒達が見ています。なので、どの道彼女が自力でここまで来たと言う話はすぐ嘘とばれてしまいます。

そこで、家族と共にこちらに来ようとして事故に遭い、偶然召喚の儀に巻き込まれ助かったが天涯孤独の身になってしまった。その彼女をオールド・オスマンが不憫に思い養女にしたと言う筋書きでどうでしょう?」

 

 血の繋がらない子供なんて貴族の間ではそこまで珍しくないし、これなら不自然ではあるけどあり得なくは無いでしょ。

 

 「ふむ、なるほどの。それなら養女にしても不思議ではないし、妙な勘ぐりをするものも少ないだろう」

 

 時間も時間だし、そろそろ寝たい。話し合いも終わったみたいだし、この辺りでお開きにしてもらおう。

 

 「さて、空き部屋ですが、書類上寮の4階に一つ、5階に一つ、最上階に二つとありますが、内最上階の二つは現在倉庫となっていて今すぐ使う事は出来ません。

片付けるのに半日以上掛かるかと」

 

 「ふむ、4、5階はどうじゃ?」

 

 「どちらも家具は一通り揃っています。定期的に清掃もしてますので、寝具を整えれば今すぐにでも」

 

 「ならばそのふた部屋のどちらかにしようかの。そうじゃなぁ・・・、ミス、今幾つじゃね?」

 

 いきなり歳なんて聞いてどうするのかしら?

 

 「私ですか?16ですが」

 

 ブフッ!?え、16!?

もっと下だと思ってたわっ!高く見ても12、3あたりにしか見えないわよ!?

 

 「ほう、16か。では、4階の部屋にしようかの」

 

 「こほっ、オールド・オスマン、何故4階なのですか?」

 

 「ん?何、4階なら同世代が多くて馴染み易いだろうと思っただけじゃ」

 

 確かに4、5階は今年の2年が使っているから顔合わせも簡単だわ。

あら?これは・・・

 

 「オールド・オスマン、どうやら5階には彼女が乗っていたドラゴンを召喚した生徒の部屋があるようです」

 

 空き部屋の隣に入っている生徒の名前に気づき報告する。

 

 「ほう、それは偶然じゃのぅ。だったら5階の方にするか。

ドラゴンと言う共通の話題があれば、仲良くなるのも早いじゃろうて」

 

 そのドラゴンに魚取られてキレたとか言ってなかったかしら?

まぁ、こうして話していると大人しい良い子だし、その時は特別気が立ってたんでしょうね。空腹の時に食べ物取られたら、そりゃ怒るわよねぇ。

 

 「では、5階の部屋に案内いたします。私はそのまま休む事にしますが、オールド・オスマンはどうなさいますか?」

 

 「私もこの書類を仕上げたら休むとするよ。明日朝一番で処理したいからの。

それと、ミス・ファランドール。いや、書類上とはいえ親子になったのじゃから、こんな他人行儀ではいかんな。これからはユエ君と呼んでもいいじゃろうか?」

 

 「は、はい、かまいません。私はなんと呼べばいいですか?」

 

 いけない。また、長くなりそうだ。早く寝たいのに。

 

 「ふむ。一応親子なのだから、お父様なのじゃろうか?」

 

 「見た目からしていいところお爺様ですわ。」

 

 さっさと答えを出させて終わらせないと。優秀な秘書は寝たいのよ。

 

 「見た目って・・・。そんな身も蓋もないぞぃ」

 

 「あ、あはは」

 

 「まぁ、確かに祖父と孫にしか見えないのにお父様じゃおかしいかのぅ。

では、ユエ君。これからはお爺様と呼んでおくれ」

 

 「はぁ、わかったです」

 

 釈然としないながらも素直に頷く彼女。

 

 「では、ユエ君。これがこの魔法学院の見取り図じゃ。

これから暮らす場所で迷うのもなんじゃしの。よく見て覚えるように」

 

 「はい。何から何までありがとうです」

 

 「よいよい。その丸が付けてある所が主な教室じゃ。明日最初の授業は、その本塔3階にある左の教室じゃ。担当の教師には伝えておくから、遅刻せん様にの」

 

 「わかりました。でわ、お休みなさいです。オス、いえ、お爺様」

 

 「うむ、お休み。

 ほっほっ。昔なじみ達が息子や孫の自慢をする気持ちが少し分かったわい。

 これはいいもんじゃのう」

 

 お爺様と呼ばれてなんとも上機嫌で笑う爺さん。

義理、というか書類上の偽装孫に言われただけでこれなら、実の孫に言われたらもう溶けるかもしれないわね。

 みっともないくらいデレデレだもの。

 

 「さぁ、ミス・ファランドール、部屋に案内しますね?」

 

 「はい。よろしくです」

 

 あとは部屋に案内すれば終わり。

今日は疲れたわ。早く頂くもの頂かないと身が持たない。

早く気楽な怪盗家業に戻りたいわ。

 

 

 

 

 

 案内された部屋のベットに腰掛けて、今日の事を思い返すです。

と言っても、夕方に起きてまだ5時間ほどしか立ってないですが。

 

 「ここの月も2つなのですね。やたらと大きいですが」

 

 魔法世界の月と比べると約二倍の大きさです。向こうの月は数は同じでもここまで大きくはありませんでしたから、なんとも不思議な感じですね。旧世界の月と比べたら余計です。

 こちらの月に名前はあるのでしょうか。って、いえいえ、月の事はどうでもいいですね。後で調べれば済むですし。

それよりもこれからの事を考えなければ。

 

 いろいろ予想外な事もありましたがしばらくはここの生徒として過ごすのですから、大いに勉強させて貰います。

 

 そうして勉強していれば帰る方法も思いつくでしょう。

今はないですが、こちらの魔法と私達の魔法、両方を合わせれば帰る為の魔法を作り出せるかもしれません。

 もちろん、帰らないと言う選択肢は有りません。必ずや帰って、もう一度ネギ先生やのどか。委員長達に会うです。

 

 「何はともあれ、明日に備えてもう寝るです。せっかくなのでここの魔法を極めるつもりでいきましょう」

 

 バフッとベットに倒れ込みます。スプリングは入って無いですが、分厚いマットのおかげでフカフカです。

 

 清潔なシーツが気持ちいい2日ぶりのベットです、ぐっすり眠れるでしょう。

そしてゆっくりと目を閉じ、眠気に身を任せようと・・・、

 

 「・・・その前にお手洗いです」

 

 睡魔より先に来た尿意に気づき、急いで起き上がります。寝ている最中に来るよりマシですが、なんとも間が悪いです。

 見取り図のお蔭で迷わず行けた私は、今度こそぐっすり眠りました。

 

 

 

 

 わーんとーちゅーぅとーにゃっとな!あよいしょっ!わんとちゅーぅとにゃっとなっ!あっそれっ!ざんねんですけどあさですよー!わーんとちゅーぅとにゃピッ!

 

 寝過ごしてはいけないとセットした目覚ましでしたが、なんとも気が抜けるです。買う時はのどかとこれはいいと絶賛したですが、いざ使ってみるとここまで起きる気を無くすとは。起きれた自分を褒めて上げたいです。

 

 実用品を買う時は仲のいい友人と出かけてはいけませんね。

楽しくて買い物の内容が二の次になってしまうです。

 

 ベットから降り、窓に掛かっているカーテンを開けるとまだ明け方と言った頃合いです。

こちらの時間感覚が分からないので早めにセットしたですが、少々早過ぎたようです。

 

 「軽く散歩でもして来るですか」

 

 このまま二度寝をしたら確実に遅刻します。

ご好意で通わせてもらうのに、初日からそれは許されません。

 

 まず服を着替え、顔を洗おうとしたですが、洗面所などは見当たりません。部屋の隅にバケツと言うか桶が2つほど置いてあるです。

よくよく考えたら水道設備が整うのは、かなり後の時代でしたね。

建物の作りなどを見ても、大体中世辺りの文化レベルですから、まだないのでしょう。という事は、井戸から水を汲んで来なければならないのですか。

 

 「散歩ついで、という事で行きますか」

 

 備え付けのテーブルの上に置いてあった見取り図を取り、部屋を出ます。

鍵は要らないですね。そもそも盗られる物がないですし。

 

 ふぅ、朝の空気は気持ちがいいですね。

日本の季節で言うと春と言ったところでしょうか?

まだ少し冷たい空気に暖かい日差し。体の隅々まで活力が漲ってくるような爽やかな感じがいいですね。春は曙、よく言ったものです。

 

 そうやって朝の散歩を楽しんでいると、少し先にシエスタさんを発見したです。

カゴに多分洗濯物だと思われる衣服を満載して歩いています。

きっと井戸か何かに行くはず。一緒に連れて行ってもらうとするです。

 

 「おはようございます、シエスタさん」

 

 「ぅわっひゃっ!?」

 

 声をかけたらつまづいたです。洗濯物をぶちまける前に魔法で浮かせ、一緒にシエスタさんも転ばないよう浮かせます。

 

 「うわっ!?へっ?えぇ!?」

 

 「おはようです、シエスタさん」

 

 私は慌てているシエスタさんの目に映る様移動し、もう一度挨拶しました。

 

 「え?あっ!ユエさん!おはようございます。

 って、これはユエさんが?」

 

 「えぇ、声をかけたら転びかけるものですから咄嗟に。

 今下ろしますね」

 

 浮かせていたシエスタさんをゆっくりと下ろし、しっかりと立ったのを確認してから洗濯籠を彼女の前まで移動させます。

 

 「どうぞです」

 

 「あ、ありがとうございます。助かりました」

 

 洗濯籠を受け取りようやく落ち着いたシエスタさんがお礼を言ってきます。

 

 「私が声を掛けたせいですから、別にいいですよ。

それより、顔を洗おうと思って出て来たですが、一緒に行ってもいいですか?」

 

 「はい!これから洗濯するために井戸へ行く所だったんです。案内しますね?」

 

 井戸の場所が分からないと察して案内を申し出てくれました。気の利くメイドさんです。

 

 「お願いするです。水の用意をしてなかったもので」

 

 「昨日来たばかりでしたものね。明日からは私がご用意しましょうか?」

 

 「さすがにそれは申し訳ないですから。水場さえ分かればこうして散歩がてら出てこればいいですし、大丈夫ですよ」

 

 いくらなんでもそこまでして貰う訳にはいかないです。

 

 「そうですか?でわ、お洗濯があったら任せて下さい。部屋にある籠の中に洗濯物を入れて廊下に出して下されば、私達使用人が洗濯してまた部屋の前に戻しておきますので」

 

 うぅ、あまり家事が得意ではないのでそれは助かるですけど。

麻帆良に居た時ものどかに半分以上やってもらってました。私も何度か教えてもらい、ある程度は出来る様になったですが、それでも得意とは言えません。

 ましてや現代の文明機器を使ってそれです、籠に挿さっているあの有名ですが現代人はとんと見たことのない洗濯板でなんて無理でしょう。汚れは落ちないで服がボロボロになるだけなんて事になるのが目に見えてるです。

 

 

 「すいません。あまり家事は得意ではないので、洗濯は任せる事にするです」

 

 「ふふっ。お任せ下さい。

それにしてもユエさんって、貴族ではないって言ってましたが、やっぱり貴族みたいですよね。

平民で家事が出来ない人って、そうは居ないですよ?」

 

 世界的に見ても恵まれた環境で育った日本人ですからね。文明の利器が無ければ生活もまま成らないのです。

 

 「そう言えば、ユエさん朝食はどうするんですか?

よかったらまたご用意しますけど」

 

 「いえ、食事はアルヴィーズの食堂とやらで取るように言われてますが」

 

 「アルヴィーズの食堂ですか?あそこは貴族の方々しか入る事を許されていない所ですよ?」

 

 「そうなのですか?

きっと対外的にですが貴族という事になったですからそこで取るよう言ったですね」

 

 「貴族という事に、ってどういう事ですか?」

 

 そう言えばシエスタさんにはまだ教えてなかったですね。

井戸へ向かいながら、ここの生徒になった経緯をざっと説明します。

 

 「つまりユエさんは貴族になったという事ですか?」

 

 「一時的に、ですがね」

 

 話し終えるとシエスタさんはどこかショボンとしてるです。

 

 「どうしたです?」

 

 「い、いえ。やっぱり貴族って所に反応してしまって。すいません」

 

 平民と貴族の間にある溝は相当深いのですね。

 

 「普通に友人として接してくれていいですよ」

 

 「そうですか?」

 

 「えぇ、ですが学院に入る為に養女にして貰ったと言うのはあまり口外しないようにしてほしいです。

 オスマンさんを騙して悪さしようとしてる、などと勘繰られたらめんどうです」

 

 へんないざこざに巻き込まれたりして、学ぶ時間が取られたら困るですからね。

 

 「はい、分かりました。普段は貴族として接すればいいんですね」

 

 「人目のある所では、ですね。

こういう他に人が居なかったり、事情を知っている人だけの時は普通にして構いません。と言うか、普通に接してほしいですね」

 

 せっかく出来た友人です。簡単に無くしたくはないです。

 

 

 

 

 洗濯が終わるまで待ってからアルヴィーズの食堂とやらに行ってみると、すでに結構な人が席についていました。

 

 座っている人が着けているマントの色が揃っているという事は、何かの基準があるのですね。しかし、一体なんでしょう?

 魔法使いとしてのランク?学校なのですし学年?これが一番可能性がありますが。

この辺り、ちゃんと聞いておくべきでしたね。

 

 食堂に入って来た私を、既にテーブルについていた他の人達がジロジロ見てきます。

まぁ、普段自分達しか居ない所に見慣れない服を着た、見慣れない人物が入って来たら、そりゃあ怪しむですね。

 

 そんな不躾な視線に耐えながらどこに座るべきか見回していると、赤い髪の女性がこちらを見ながら手を振っているです。

自分の横や後ろを見ても誰も居らず、私を見ながらウインクまでしています。

 

 恐る恐る近づくと、その女性は自分の隣の席を指差して、

 

 「ほら、貴方。ここに座りなさいな」

 

 座る場所を探していた私に席を勧めてくれました。

 

 「ありがとうです」

 

 「どういたしまして」

 

 礼を言う私にニコリと、しかし何処と無く妖艶な笑みで返してきます。

 

 「あなた、昨日風竜に乗ってた子でしょう?

私も昨日あの場所に居たからすぐ分かったわ。救護室に運んだのも私達なのよ?」

 

 そう言って自分の左隣りの席に座っている青い髪の少女の肩に手を置く女性。

私が保健室、いえ救護室で寝てたのは彼女達のおかげだったですね。

 

 「そうだったですか、有難うございます。

サモンサーヴァントの鏡にドラゴンと飲み込まれて気を失っていたようでして。

 お手数おかけしたです」

 

 「いいのよ。その貴方が乗っていた風竜を召喚したのは私の友達だったのよ。

ほら、この子。タバサって言うのよ。あ、私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。よろしくね?」

 

 「私はユエです。ユエ・ファランドール。こちらこそよろしくです。

今日からこちらの学院で勉強することになったです」

 

 長い名前ですね。ここの生徒は皆貴族だと言う話ですが、身分の高い人は名前が長くないといけないのですかね?

明日菜さんの本名も長かったですし、へんな縛りでもあるんでしょうか。

 

 「タバサさん、でしたね?貴方もよろしくです」

 

 「ん。」

 

 こちらをちらりと見てからコクリと頷き、また前を向いてしまいました。

 

 「気を悪くしないでね?この子無口なのよ。

でも、すごくいい子よ?自慢の友達だから仲良くしてね?」

 

 なんか母親のようなセリフを言いながらタバサさんの頭をその豊満な胸に押し付けるように抱くキュルケさん。仲良いですね。

 

 「はい、もちろんです」

 

 どうにか抜け出そうとするタバサさんの抵抗を無視して抱きしめ続けるキュルケさんを見ていると皆が居住まいを正したです。キュルケさんとタバサさんもじゃれ合いをやめ、正面を向いて座り直します。

 

 「偉大なる始祖ブリミルよ・・・」

 

 何やら祈りの言葉っぽい物が唱和され始めました。キリスト教での食事前の祈りと同じ位置づけのものでしょう。郷に入れば郷に従えと言いますし、私も手を合わせ、神妙に唱和の声を聴き続けます。

 

 私は加わりません。文面わかりませんし。

 

 朝食のくせにやたらと量のある食事が始まります。ヨーロッパ近辺の人は朝沢山食べて、昼は軽く済ませ、夜またしっかり食べると言う食事スタイルだと聞いた事があります。ここの人達もそんな食文化なのでしょうか。

 

 「貴方、さっき変わった仕草をしてたわね?こう、手を合わせて・・・」

 

 「私の国では食事の時、手を合わせて祈るです。

こうする事でより感謝の気持ちを示す意味合いがあるです」

 

 「へぇ、そんな風習があるの。聞いた事ないわ」

 

 キュルケさんは不思議そうにしていますが、私にとっては生まれた頃からの習慣です。タバサさんもモグモグと咀嚼しながら珍しげな目で見てきます。

 

 「実は私は東方、ロバ・アル・カリイエから来たです。

だから、聞いた事がなくても不思議ではないです」

 

 「ヘェ〜、東方から。私、東方の人に会った事なかったのよ!

いろいろ聞いていいかしら!?」

 

 東方、ロバ・アル・カリイエとはほとんど交流がないと言っていましたね。

あまり喋りすぎるとボロが出そうですが。

 

 「構いませんよ?私も全てを知っている訳では無いので、答えられることだけでいいのなら」

 

 キュルケさんの質問に答えながら食事を進めます。ハルナも食事中に良く喋りますが、どうして食べながら喋れるんでしょうね?しかも、それでこぼしたりもせず、上品に食べています。貴族と言う身分だからでしょうか?見ていても全体的に洗練された仕草で食べています。こういう所は見習って自分に活かしたですね。

 

 おっと、話にかまけてサラダを食べ忘れてました。

 

 「ちょっとまった!それは食べない方がいいわ」

 

 急にキュルケさんが私の手を止めさせました。一体どうしたんでしょう?

 

 「食べない方がいいとは、どういうことですか?」

 

 毒でも入っているとか、はたまたただの彩りで食べる物ではないのか。

こちらのテーブルマナーを知りませんから、何も知らずフィンガーボールの水を飲んでしまうと言うレベルの失態をしたのでしょうか。それは恥ずかしいかもです。

 

 「それ、ハシバミ草って言うんだけど、ものすっっっっっごい苦いのよ。

それこそ悶絶するくらい。だから、食べない方がいいわ」

 

 マナーや毒物などじゃなく、純粋に味の問題でした。

 

 「そこまでですか?」

 

 「えぇ。それを美味しそうに食べられるのは、このタバサくらいよ」

 

 そう言って自分の隣に座っているタバサさんを指差します。

確かに顔色を変えずモシャモシャとサラダを食べてます。この人は全然表情を変えませんね。人のことは言えませんが。

 

 「美味しいですか?」

 

 「美味。」

 

 味を聞くと簡潔に答えが帰ってきます。うーむ、これは・・・

 

 「忠告はしたわよ?」

 

 おもむろにフォークを伸ばす私にキュルケさんが諦めたようにつぶやきます。

そして、ゆっくり口に運び・・・

 

 「む、むぐっ!?」

 

 「ちょ!大丈夫!?ほらもう、だから言ったじゃない!ほらここにぺっしなさい、ぺっ!

それともワイン飲む!?」

 

 やたらと慌てるキュルケさんですが、しかし、これは、

 

 「お、美味しいです」

 

 「へっ?」

 

 この深い深い苦味、その中にある味覚をかき回す渋さ。そして、その奥の奥に隠れたちょっとした甘み。これはまた。

 

 「なんともおもしろ美味しい。新しい味ですね、気に入りました」

 

 オスティアで食べたあの珍妙アイスにも負けてないです。

これほどの物に出会えるとは!

 

 「タバサくらいしかこんなの食べないと思ってたのに、完食しちゃったわ」

 

 サラダを一気に食べ終えた私を見て、何やら呆れているキュルケさん。

こんなに美味しいのに、へんですね。

 

 「とても美味しかったですよ?」

 

 「舌大丈夫?」

 

 失礼ですね。

あ、タバサさんは満足げに頷いてるです。

私とタバサさんはキュルケさんごしに熱く握手をして同志の出会いを喜びます。

 

 「まぁ、いいけどね」

 

 そんな私達をキュルケさんは呆れ半分、喜び半分な微笑みを浮かべて見つめてます。やはりなんか母親みたいな立ち位置なのですね。

 

 すっかり仲良くなった私達は、食事が終わると一緒に食堂を出て、教室に連れて行ってもらいました。

 

 食堂を出る時ちらっと見えたですが、あの人は何故わざわざ床に座っていたのでしょう。

 

 




 というわけで、第三話でした。
2、3日で1話書けるかなとか思ってたけど、甘かったですね。
もっと速く書けるようになりたい。文才のある人が羨ましい。

でわ、次回もよろしくお願いします。

早速誤字修正。報告ありがとうです。


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ゼロの旅4

皆さん、感想、誤字報告などありがとうございます。

よく見ると、感想欄も上のとこに返信って言うものがある。
これ何だろうと思ってたけど、他の人の感想欄を気まぐれに見たら感想に答えを書いてた。
あぁ、返信ってこれか。と思った今日この頃。

 これからは新しく知ったこの機能を使って直接お礼が言えそうです。
でわ、第四話いきまーす


 

 この世界で初めての授業です。

教室は石作りで、大学等の講義室のような見た目です。どこの世界も教室の作りはあまり変わらないのですね。

違う所と言えば、色々なモンスターが一緒と言う所ですね。全てここの生徒の使い魔なのだそうです。うん、カモさんとは違って優秀そうです。

 

 そりゃないぜゆえっちー!?なんて幻聴を無視して椅子の下にいるキュルケさんの使い魔であるサラマンダーのフレイムさんを見ます。

見た目は虎ほどもある大きな赤いトカゲです。尻尾が炎で出来ていてなかなか熱そうですが、触ってもほんのりあったかいだけで火傷もしません。

 半分精霊なのでしょうね、温度は気分次第という事ですか。

 

 「タバサさんの使い魔は何処に?」

 

 「窓の外」

 

 言われて見てみると、あの青い鱗の魚泥棒が窓からチラチラ見えます。

あの時は空腹のせいで喧嘩を吹っかけてしまいましたから、あとで謝らせてもらいましょう。尻尾は残念ですが、せっかく出来た同志の使い魔を食べる訳にはいかないですしね。

 残念ですが!

 

 そうしてキョロキョロ見回して時間を潰していると、皆が急に入口の方を振り向きました。

 

 私も見てみるとピンク色の髪をしたとても綺麗な女性と、青い服を着た黒髪の男性がいました。何処と無く日本人を思い起こさせる風貌をしています。

 

 何故か教室にいる他の生徒達が彼女達を見てクスクス笑っています。一体どうしたんでしょう?

何やらバカにしている感じが嫌ですね。この雰囲気、麻帆良はもとよりアリアドネーにもなかったです。なんとも気分の悪い感じです。

 

 「あの、一体これは?」

 

 「彼女は、昨日の使い魔召喚で平民を呼び出した」

 

 「それが一体?」

 

 「普通は平民を呼び出したりしない。だから皆バカにしてる」

 

 私の質問にタバサさんが簡単に答えてくれましたけど、

 確か使い魔の召喚は何を呼び出すかはその時まで分からず、指定も出来なかったはず。

偶然人を呼び出しただけでこうもバカにするのですか。むぅ、やはり何か気分悪いですね。

 

 見ていると男性の方が椅子に座ろうとしましたが、何か言われたのか渋々と言った感じで床に座りました。あ、また立って椅子に座り直しましたね。

 何がしたかったのか。よく見れば、先程食堂で床に座っていた人ですね。

床に座るのが好きなのでしょうか。

 

 「皆さん、使い魔召喚の儀お疲れ様でした。大成功のようで良かったです。このシュヴルーズ、春の新学期にこうやって様々な使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」

 

 紫色のローブに身を包んだ中年の女性が入ってきました。

彼女が今回授業をする教師なのでしょう。

 

 「おやおや、変わった使い魔が出ましたね。ミス・ヴァリエール」

 

 シュヴルーズ先生が先程のピンク髪の女性、ヴァリエールさん?の方を見て声をかけます。

その途端、教室中が笑いに包まれました。

 

 「ゼロのルイズ!召喚出来なかったからって、平民を連れてくるなよ!」

 

 「違うわよ!ちゃんと召喚したわよ!こいつが来ちゃっただけよ!」

 

 ヴァリエールさんが澄んだ綺麗な声で怒鳴ります。

見た目だけじゃなく、声も綺麗ですね。怒鳴り声ですが。

 

 「嘘をつくな!どうせサモン・サーヴァントが出来なかったんだろう!?」

 

 「ミセス・シュヴルーズ!風っぴきのマリコルヌが侮辱しました!」

 

 怒鳴り合い、罵り合いが始まります。明日菜さんといいんちょうの喧嘩も結構激しかったですが、この喧嘩には本気の嫌悪感が混じってます。

 

 「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論は辞めなさい。

新しく来た留学生が呆れますよ?」

 

 シュヴルーズ先生がそう言って諌めると、他の皆さんも私の方を振り向きます。

 

 「さぁ。ミス、こちらに来て皆さんに自己紹介して下さい。これから貴方と勉強して行く仲間ですよ」

 

 ご指名です。言われた通り、シュブルーズ先生の隣まで行きます。

 

 「はいです。皆さん、これから一緒に勉強する事になりました、ユエ・ファランドールです。どうかよろしくお願いするです」

 

 無難な挨拶をしてお辞儀をします。

殆どの人が興味深げに見てきます。この感じは慣れませんね。

 

 「はい、こちらこそよろしくお願いします。

では、席に戻ってください。授業を始めましょう」

 

 シュヴルーズ先生は、杖を振り机の上に石ころを幾つか出しながら話を始めます。

 

「私の二つ名は赤土、赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法をこれから一年間講義していきます。さて、ミス・ファランドール。魔法の四大系統はご存知ですか?」

 

 四大系統ですか。四大属性の事でいいですかね。

 

 「火、水、風、土の四つです」

 

 「はい、そうです。それと今は失われた系統魔法である虚無を合わせた五つの系統があります。その中で土はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは私が土系統だから言っている訳ではありませんよ?」

 

 虚無と言う属性は知りませんが、大体は私達の魔法と変わらない様ですね。

 

 「土系統は万物の組成を司る重要な魔法であるのです。

この魔法がなければ重要な金属を作り出す事も出来ないし、加工も出来ません。

石を切り出し建物を建てる事も出来ないですし、農作物の収穫なども今ほど簡単には行かないでしょう。この様に土系統の魔法は皆さんの生活と密接に関わっているのです」

 

 ここでは、魔法技術ばかりで、科学技術などは発達していないようですね。

井戸には桶を上げる為の滑車がありましたし、多少は物理学の知識があるみたいですからこれからなのでしょう。魔法世界の様に、魔法も科学もとなるのは何百年掛かるでしょうか。

 

 「今から皆さんに土系統の基本である、錬金の魔法を覚えて貰います。

1年生の時に覚えた人もいるでしょうが、基本は大事ですから、復習もかねてやって行きましょう」

 

 そう言ってシュヴルーズ先生は机の上の石ころに向かって杖を振りました。

そして短い呪文を唱えると石が光だしました。今の呪文、聞いた事がありませんでした。あれがこの世界の呪文ですか。

 ラテン語ではありませんでしたし、これは覚えるのも難しそうですね。

 

 「ゴゴゴ、ゴールドですか!?ミセス・シュヴルーズ!」

 

 光が収まると、光り輝く金属に変わった石ころを見て、キュルケさんが驚き身を乗り出します。

 

 今のは・・・、物質変換ですか?

錬金と言う名前も気になっていたですが、まさか非金属を貴金属に変えると言う錬金術の奥義を呪文一つでやってのけるとは。

 この世界の魔法は、想像以上にデタラメですね。まさに魔法です。

土以外の魔法もこれほどの物なのでしょうか。

 

 「違います。これはただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのはスクウェアクラスのメイジだけです。私はただのトライアングルですから」

 

 ゴールド、金も作れるのですか。

スクウェアと言うのは魔法使いの力量レベルの事ですかね。トライアングルにスクウェア。だけ、という言い方とトライアングルを下に言う事からスクウェアと言うクラスが魔法使いの最上位と見て間違いないでしょう。私の知っているトライアングルの意味とその名称が示す物が同じ三角形を意味するならば、そのクラスは3番目という事になるでしょうか?

 つまり、まだ前に二つあると考えられるですね。魔法使いの順位が少なくとも4つはあるわけですか。まだ情報が少ないです。もう少し話を聞いて見なければいけないですね。

 

 「ミス・ヴァリエール!授業中に私語は慎みなさい!」

 

 「すみません・・・」

 

 考え事をしていたら先程のヴァリエールさんが注意されてました。

こういう所はどこの学校も変わりませんね。

 

 「お喋りする暇があるのなら貴方にやって貰いましょうか?」

 

 「え?わ、私ですか?」

 

 「そうです。ここにある石を好きな金属に変えてみなさい」

 

 どうやら実践させるつもりのようです。

なにやら戸惑っていますが、これはチャンスです。

 

 えーっと、呼び方は・・・、

 

 「ミセス・シュヴルーズ」

 

 私が手を上げつつシュヴルーズ先生に声を掛けると、少し驚きながら私の方に向き直ります。

 

 「どうしました、ミス・ファランドール?」

 

 「錬金の魔法をもう一度やるのでしたら、近くで見てもいいでしょうか?

これまで私の周囲には土系統が得意なメイジが居ませんでしたので、あまり見たことがないのです」

 

 こちら風の言い方は難しいですね。魔法使いはメイジ。人を呼ぶ時はミス、ミスタ、等を付ける。慣れるまでは大変そうです。

 

 「なるほど、構いませんよ?勉強熱心なのはいいことです。

そうだ。ミス・ファランドールもやってみますか?何事も経験ですよ」

 

 ふむ、確かに実践は何時間もの訓練に勝ると言います。

 

 「しかし、まだ呪文が完璧ではありません」

 

 「大丈夫、私が唱える様に唱えればいいのです。さぁ、こちらへ。

ミス・ヴァリエールは次にやってもらいますよ」

 

 私は杖を取り出しながらシュブルーズ先生の隣まで行きます。皆の前でと言うのは少し緊張するですね。

 

 「では、杖を構えて下さい」

 

 「はいです」

 

 言われるままに杖を構え、魔力を集中させます。

 

 「可愛い杖ですね?」

 

 私の月が先に付いた杖を見て、シュヴルーズ先生がそう呟きます。

 

 「この杖は、私が魔法を習おうという時に親友一人に貰った大切なものでして。

新しい魔法を習う時はこの杖を使うと決めてるです。少し位雑なコントロールでもちゃんと発動するので、練習には丁度いいのです」

 

 初めてアリアドネーに行った時、コレットに貰ったお古ですが、使い込まれてるお陰で凄く馴染むです。

 

 「そうだったのですか、良い友人ですね。

では私の唱える呪文をよく聞いて、一緒に唱えて下さいね」

 

 そう言ってシュヴルーズ先生は杖を振り上げ呪文を唱えます。

やはり聞いたことのない呪文です。あとで図書館に行って基礎本を漁って見ますか。

 

 「さぁ、もう大丈夫ですね? やって見て下さい」

 

 聞いた呪文を頭で反芻して、意識を集中させます。

周囲の魔力を取り込み、杖に流しながら呪文を唱えます。

 

 「[錬金]」

 

 何も起こりません。杖まで魔力が流れたのは感じましたが、呪文にまったく反応しませんでした。呪文を唱えた際に起こる全身に廻る高揚感もなかったです。

 つまり完全な失敗。久しく感じなかったこの虚しい感じ、懐かしくも恥ずかしいです。

失敗した私を堪えきれないと言った感じの笑い声が包みます。

 

 「おや、失敗ですか。まぁ、何事も最初から上手く行ったりしませんから、気を落とさない様に」

 

 「はいです」

 

 「では、ミス・ヴァリエール。こちらへ来てやって見て下さい」

 

 声を掛けられたヴァリエールさんは困った様にモジモジしています。

皆の前に出て何かすると言うのは確かに恥ずかしいものですからね。

しかも、今まさに失敗して恥をかくと言う前例を見たばかりです。

 

 「ミス・ヴァリエール、どうしました?さぁ、こちらに来て下さい」

 

 「先生、止めておいた方がいいと思いますけど」

 

 「どうしてです?」

 

 キュルケさん、一体どうしたんでしょう?

 

 「危険なんです。ルイズを教えるのは初めてでしたよね?

だから知らないでしょうけど、本当に危険なんです」

 

 「錬金で金属を作る事のどこが危険なんですか。

ミス・ヴァリエール、さぁ、気にせずやってください。

貴方が努力家なのは他の先生方からも聞いてます。失敗しても気にせず努力すれば大丈夫ですよ。さぁ、こちらへ来て」

 

 「ルイズ、お願い止めて」

 

 キュルケさんが必死に止めようとしてますが、何をそこまで止めたがる事があるんでしょうか。

 

 「やります!」

 

 勢いよく立ち上がり緊張した表情で前にでてきます。

 

 「さぁ、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属をしっかり想い描いて、呪文を唱えるんですよ」

 

 こくっと頷き真剣な表情で石ころを見つめます。

綺麗な人の真剣な表情は芸術品のように見えますね。部屋に飾って置いても全然おかしく・・・・いえ、人を飾って置くとかどんな狂気ですか。

 

 「もう少し近くで見ても大丈夫ですか?」

 

 「えぇ、構いませんよ。しっかり見て参考にして下さいね」

 

 机のすぐ横まで移動して、これから錬金される石を真横から覗き込みます。

 

 「ミス・ヴァリエール。さぁ、いつでもいいですよ」

 

 先生が促しヴァリエールさんが呪文を唱え始めます。

魔力の流れなどを見逃さない様に意識を集中して観察します。なんでも看取り稽古は有効なのです。

 

 人の少ない教室の教壇で目を瞑って呪文を唱えるヴァリエールさんの横に陣取って見ていると、杖を振り下ろした瞬間物凄い魔力が彼女から溢れ出し杖から石に向かって迸りました。先程の先生の時と比べても五倍近い魔力を感じます!?

 

 「ちょ、強すぎでは!?」

 

 「え?」

 

 一瞬で魔力が溢れ机ごと石が吹き飛びました。

その爆風を受け、ヴァリエールさんとシュヴルーズ先生が黒板まで吹き飛び、私も壁際まで吹き飛ばされました。常時展開してある障壁も一瞬で抜かれて顔が煤だらけになってしまいました。

 

 ふらつく頭で教室を見回すと、中にいた使い魔の幻獣達が大暴れしていました。フレイムさんが天井に向けて火を吹き上げ、ライオンの亜種みたいに見えるマンティコアが窓を破りながら飛び出して行き、そこから大蛇が入って来て飛んでいたカラスをパクっと飲み込みました。

 そんな感じに阿鼻叫喚の大騒ぎが巻き起こっています。

そんな中からキュルケさんが立ち上がりヴァリエールさんを指差し声を張り上げます。

 

 「だから言ったのに!止めてって!」

 

 だからあんなに必死だったですね。こうなると分かっていたから。

しかしキュルケさん、抜け目なく机の下に隠れてたですね。そう言えば、先程教室が無人に見えたのは、皆が危険だからと隠れていたからなのですね。

 

 「もうヴァリエールを退学にしてくれ!」

 

 「俺のラッキーが食われた!ラッキーがぁーーっ!」

 

 大パニックです。シュヴルーズ先生は倒れたまま動かないですし、幻獣達は上へ下へと飛び回り、生徒達は自分の使い魔を宥めようと必死です。

 

 私と同じく煤だらけになったヴァリエールさんがムクリと起き上がり、大騒ぎの教室を見回しながら頬に付いた煤をハンカチで拭いています。

ブラウスが破けて白い肩が見えてしまってますし、スカートも破け白いショーツが見えてしまっています。

 そんな状態でも堂々としています。少しは隠した方がいいですよ。

まぁ、街中で全裸を晒した事もある身ですから、人の事は言いづらいですが。

 

 「ちょっと失敗したみたいね」

 

 いい性格です。

 

 「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!!」

 

 「いつだって成功しない、成功確率ゼロじゃないかよ!」

 

 最初、皆が彼女をバカにした様に笑っていたのは、魔法が使えないからだった訳ですね。あの爆発は相当威力が強かったです、攻撃呪文でさえないのにです。

 中級呪文と同等くらいの破壊力を軽く出し、あの魔力量。彼女は相当強力な魔法使いになるでしょう。

 

 

 

 

 

 めちゃくちゃになった教室を片付け終わったらもうお昼休み前だった。

魔法を使う事を禁止されてしまったけど、私はどうせ使えないから意味のない決まりよね。この平民に手伝わせたからまだ少しマシだったけど、それでも大変だったわ。机拭いてただけだけど。

 

 しかし、この平民。さっきからなんて無礼なのかしら。

こここの私に向かってゼロゼロと。私の周りを回りながらボカーンボカーンと手を振り上げ爆発を表しながらからかってくる。

 

 さらになにやら恭しく頭を下げて歌を歌うと言い出した。

って、こいつはまた・・・・!

 

 「歌ってみなさい?」

 

 ごごごご主人様に向かってダメルイズっですって?しかも自分で言って自分で笑ってる。ななんてダメな奴なのかしら!

 こここんの無礼な使い魔にどうお仕置きしてやろうかしら?

 

 私は無礼な平民へのお仕置き方法を考えながら食堂へ移動する。

それと同時に、先程の授業中に自分の魔法を見学すると言って物凄く近くから見ていた新しい留学生の事を思い返していた。

 

 真近で見ていたはずなのに私と同じように煤だらけとは言え無事だったのは驚いたわ。何故か自分は無事で、周りは吹き飛ぶなんてことばかりだったし。

 そして、あの爆発する寸前、強すぎると言ってた。

 何が強すぎるのか、分からない。

 でも、何故か失敗する私の魔法、その何かに気付いたのかも知れない。今まで誰にも分からず、努力が足りないだの、練習不足なのだの言われたから沢山努力してきたけど、一切無駄だった。

 

 でも、あの子は何かに気付いた。そして、咄嗟に注意までしてきた。

あの子と話をしてみたい。何に気付いたのか、何を知っているのか、今まで誰も分からなかった爆発する原因、それが分かるかもしれない、もし知っているなら教えてほしい。

 

 食堂について、料理を爆発させるなとか言っている無礼者のエサを取り上げながらあの留学生を捜すと、あのキュルケと一緒に座っているのが見えた。

 何でよりにもよってキュルケなのよ。

他の奴ならまだマシなのに、あんな奴と一緒なんて。

 

 でも、もしちゃんと魔法が使えるようになら、私は・・・。

 

 「ごめん。謝るから俺のエサ返して」

 

 ようやく自分の立場を思い出したのか、バカ使い魔が謝ってくるけど許してやんない。

 

 「ダメ。ぜーーったいダメ!ゼロと言った分だけご飯抜き!!」

 

 お仕置きを言い渡してから食事を始めるけど、味は全然分からない。

私の目は、キュルケと隣の青い髪の子と喋っているあの子から離れない。

 ずっと、紫がかった髪のあの子の事ばかり考えて居たら、いつの間にか食事も終わっていた。

 

  ちょっと食べ過ぎた。けぷっ。

 

 

 

 はぁ、腹減ったなぁ。

こんなことならあんなにからかうんじゃなかった。

 

 まぁ、怒らせた自分が悪い・・・・、いや、高慢ちきで、威張り散らして、自分を犬扱いするあいつが悪いんだ。あれくらいやってもバチはあたらないよな。

いや、当たったから飯抜きなのか?いや、違うはずっ!

 

 「どうしました?」

 

 腹を抱えて壁にもたれていると、大きなトレイを持った素朴な感じのメイドさんが心配そうに見ていた。

 

 黒髪をカチューシャで纏めた、ソバカスが可愛らしい女の子だ。

 

 「いや、なんでもないよ」

 

 手を振って何でもないとアピールしてみる。

可愛い子に飯抜かれてへこんでる所を見られるのはキツイ。

 

 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になった・・・」

 

 俺の手に刻まれたルーンとやらに気付いたようだ。

 

 「俺の事知ってるの?」

 

 「えぇ、なんでも召喚の魔法で平民を召喚してしまったって、噂になってましたわ」

 

 「君も魔法使いなの?」

 

 こんな可愛い、優しそうな子に犬扱いされたらもう生きていけない。

 

 「いえ、私はあなたと同じ平民ですわ。この学院でご奉仕させて頂いてるシエスタって言います」

 

 平民じゃなくて、地球人なんだけどなぁ。

まぁ、言っても分からないか。

 

 「俺の名前は平賀才人。よろしく」

 

 「変わったお名前ですね。余り聞いた事ない家名ですよね。サイトって」

 

 「いや、才人は名前の方。名字は平賀」

 

 こっちは外国人みたいに名字と名前が逆になるんだな。

  あ・・・・

 

 「お腹空いてるんですね」

 

 俺の腹から鳴り響いた音を聞いて困ったように言った。

朝は質素なパンとスープだけだったし、仕方ないんだよ。うぅ・・・。

 

 「こちらにいらして下さいな」

 

 シエスタはそう言って俺を何処かに連れて行こうとするので、素直について行った。

 

 ついて行った先は食堂の裏にある厨房だった。鍋やら何やらが並んでいて、それだけ見ると、地球にあるレストランのキッチンようだ。一切電気機器がないけど。

 

 「ちょっと待ってて下さいね?」

 

 そう言ってシエスタは片隅に置いてあった椅子に俺を座らせると、厨房の奥に小走りで入って行った。

 

 こう言う所に居ると場違いな気がして居心地が悪いな。

こう、邪魔してる感じがして。

 

 「どうぞ。余り物で作ったシチューですけど、良かったら食べてください」

 

 そう言って湯気の上がるシチューの入った皿を持って来てくれた。

滅茶苦茶美味しそう。フランス料理店とかで出て来そうなシチューだ。あるのかは知らんけど。行ったことないし。

 

 「た、食べていいの?」

 

 「えぇ。賄い食ですが、昨日もある人にお出ししたら絶賛してくださいましたから、味の方は保証しますよ?」

 

 うぅ、なんて優しい子だ。ルイズと大違い。

シチューを一口食べてその美味しさに感動した。

 うーまーいーぞーーっ!!

 

 「美味しいよ、これ。こんな美味しいシチュー食べた事ない!」

 

 「ふふっ、ありがとうございます。お代わりもありますから、沢山食べて下さいね?」

 

 おいしいよぅ。シチューの温かさと人情の暖かさが身体にしみるよぅ。

こっちに連れて来られてから人扱いして貰えなかったから、余計に嬉しい。

 

 あ、ちょっと泣けて来た。

 

 「ご飯貰えなかったんですか?」

 

 「ゼロゼロってからかってたら、皿を取り上げられた」

 

 「まぁ!勇気がありますのね。貴族にそんな事言ったら、大変な目に遭わされますわ!」

 

 「何が貴族だ。ちょっと魔法が使えるからって威張り散らして!」

 

 「本当に勇気がありますわね。

でも、威張らない貴族も居ますから、皆がそうって思わないで下さいね?」

 

 「そうなの?」

 

 全部ルイズみたいに威張り散らしてるんだと思ってた。あのキュルケとかいうおっぱい星人も俺が人間だったからって大笑いしてたし。

 

 「はい。と言ってもその人も元々平民だったんですけどね」

 

 同じ立場だったから威張らないのか。一度話してみたいな。

ルイズの愚痴を聴いてもらいたい。

 

 「ご馳走様。本当に美味しかったよ、ありがとう」

 

 「どういたしまして。お腹が空いたらまた来て下さい。私達が食べるような物ならいつでもお出ししますから」

 

 にっこりとそう言う、優しげなシエスタの笑顔を見ていたらつい泣けて来た。

 

 「うぅ、ありがとう」

 

 「ど、どうしたんです?」

 

 いきなり泣き始めた俺の背中をさすってくれるけど、その優しさに余計泣けてくる。

 

 「いやぁ、俺、ここに来てから初めて優しくされたもんだから、つい感極まって」

 

 「そんな大げさな」

 

 大げさじゃないよ。人として見てくれて、ちゃんとしたご飯までくれるのが、こんなに嬉しい事だったなんて。母さん、いつもご飯作ってくれてありがとう。

 

 「俺に出来る事があったら言ってくれ。なんでもするよ」

 

 「え?えっと、じゃあ、デザートを運ぶのを手伝ってくれますか?」

 

 「もちろん。お安い御用だ!」

 

 力仕事でもなんでもやるぞ!ルイズのパンツを洗うより、よっぽどやる気になる。まぁ、女の子のパンツを見れるのはそれはそれでいいんだけど、はいてなきゃタダの布だし、それにルイズのだしな。

 もっと、性格が可愛かったら喜んで洗うのに。

 

 俺の持つ大きなトレイに、びっしり載せられたケーキをシエスタがなんか挟むやつで一個一個貴族達に配って行く。あ、珍しくお礼を言う貴族がいた。

 シエスタも何だか親しげに会話してる。もしかしてこの子がさっき言ってた威張らない貴族なのかな?ちょっと見た目小さいけど、可愛い子だなぁ。

あれ、この子、そういやさっきルイズの魔法に巻き込まれてた子じゃないか。

 

 さっきはうちのゼロがご迷惑お掛けしました。

とりあえずそんな気持ちを込めて会釈しておくと、向こうも会釈を返してくれた。

こんな普通の事が嬉しいとは!この感動は二回目だけど、それでもやっぱり感動した!

 

 「今の子が、さっき言ってた威張らない貴族の人?」

 

 「はい。ユエさんっていうんですが、東方から来そうで、私の事も友人と言ってくれるんです」

 

 「へぇー」

 

 東方ってのが何かに知らないけど、良い子なんだろうな。

どうせ召喚されるなら、あーゆー子が良かったな。犬扱いして、床で寝ろとか言わないだろうし。

 

 そうして自分の不幸を嘆きつつケーキを配っていくと、なんか変なのがいた。

胸元にバラを挿していて、妙に仕草が気障ったらしい。

周りの連中になにやら恋人は誰だとか聞かれているみたいだけど、バラは人を楽しませる為に咲くのだとか言って、また変なポーズを取ってる。

 

 あぁ、アホなんだな。なんであんな奴がモテるんだろう。顔か?所詮顔なのか?

 

 配りながらそんな事を考えていると、そいつのポケットから何かが落ちた。

瓶みたいだけど何の瓶だ、これ?割れなくてよかったな。

 

 関わりたくないやつだけど、教えてやるか。親切が日本人の美徳ですってね。

 

 「何か落としたぞ?」

 

 声をかけたけど、こっちを見もしない。教えてやったのに無視しやがって。

 

 「ほれ、これ落としたぞ」

 

 ちょっとムッとしたが仕方ない。瓶を拾って渡してやろうとしたが、顔をしかめて瓶を押し返してきた。

 

 「僕のじゃない。何を言ってるんだね?」

 

 いや、確かにあんたのポケットから落ちたぞ?あんたこそ何言ってるんだ。

 

 「ほらよ、ここに置いておくぞ?」

 

 瓶を机に置いてやると、周りに集まっていた奴らがその瓶を見て騒ぎ出した。

 

 「お?その香水瓶はモンモランシーのものじゃないか?」

 

 「そうだ!この鮮やかな紫色は、確かモンモランシーが自分の為だけに調合している香水だ!」

 

 あれは香水瓶だったのか。男が何で香水なんて持ってるんだ?

あぁ、確か外国人は男でも香水使う人が多いって聞いた事あるし、そんな事もあるのか?

 

 「そいつがお前のポケットから落ちたって事は、今お前はモンモランシーと付き合っているって事だな?」

 

 「違う!いいか、彼女の名誉の為に言っておくがね・・・」

 

 「ギーシュ様・・・。」

 

 栗色の髪の可愛い女の子が、俯いたまま近付いてきた。

そしてキザ男の前まで来ると、ボロボロと泣き始めた。

うぅ、女の子の泣き顔は苦手だ。

 

 「やっぱり、ミス・モンモランシーと付き合って居たんですね」

 

 「違う。彼等は誤解しているんだ、ケティ。

いいかい、僕の心に住んでいるのは君だけで・・・っ」

 

 そう言い訳っぽい事を言っているキザ男をその子は思いっきりビンタした。

バチン!といい音が鳴ったけど、あれは痛いぞ。もう音からして。

 

 「その香水を貴方が持っていたのが何よりの証拠です!さようなら!」

 

 泣いて怒っているけど、ドスドスとか足音が出ないのは流石だな。

クラスの女子なんて、普通の時でもドッスンドッスンさせるからな。

 

 今度は遠くの席から金髪の巻き髪が見事な女の子がやって来た。

さ、さすがファンタジー世界。お嬢さまヘヤーが実在するとは!

 

 「モンモランシー、誤解なんだ。彼女とは一緒にラ・ロシェールの森まで遠乗りしただけで・・・っ」

 

 おいおい、さっきは君だけが住んでいるとか言ってたのに。

それに遠乗りが何か分からんけど、つまりデートしたって事だよな。言い訳にならないんじゃね?

 

 「やっぱりあの一年生に手を出してたのね?」

 

 「お願いだ、香水のモンモランシー。咲き誇るバラのような顔をそんな風に怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないかっ!」

 

 つまり、この二人が付き合っていて、さっきの子と浮気してたと。

怒るなとか、自分が悪いんじゃないか、何言ってるんだか。

 

 「うそつき!!」

 

 お嬢さまは、テーブルにあった瓶を掴むと、中身をドバドバとキザ男の頭にかけて出て行った。文句の出ない見事な修羅場だ、ドラマ並みの展開だったな。

 

 「あのレディ達は、バラの意味を理解していないようだね」

 

 ハンカチで顔を拭きながらそんな事をのたまうキザ男。

アホの上にバカだった。付き合いきれん。

 

 「待ちたまえ」

 

 もう仕事に戻ろうと思ったのにキザ男が呼び止めてきた。

無視してやろうとも思ったけど、聞いてやるか。

 

 「君の軽率な行動のせいで、二人のレディの名誉が傷付いた。どうしてくれるんだね?」

 

 いや、傷付けたのは二股かけてたあんたじゃないか。

 

 「二股かけなきゃそんな事にはならなかっただろうが。あんたが悪い、人のせいにするな」

 

 「その通りだ!ギーシュ、お前が悪い!」

 

 周りにいた奴らもそうやって賛同してくれる。

そうだろうそうだろう。モテる奴は敵だ。

 

 「いいかね、給仕君。僕は香水瓶を渡された時、知らないフリをしただろう?

咄嗟に話を合わせるくらいの機転があって当然だろう?」

 

 なんとも身勝手な理論で文句を言ってきやがった。

 

 「どんな当然だ。どっちにしても二股なんてすぐバレるんだよ。

それと、俺は手伝いであって、給仕じゃねーよ」

 

 そう言い返してやったら、バカにするように鼻を鳴らして来た。

 

 「あぁ、君はあのゼロのルイズが呼び出した平民か。

だったら貴族の機転を期待した僕の間違いだな。もう行きたまえ」

 

 「あぁ、そうするよキザ野郎。一生バラでもしゃぶってやがれ」

 

 おっとやたらとムカついたから思わず言い返しちまった。

向こうもどうやらお怒りだ。

 

 「どうやら貴族に対する礼儀を知らないようだね」

 

 「あいにく貴族なんて居ない世界の出身なんでね」

 

 向こうの売り言葉にしっかり答えてやった。ポーズも全く同じにしたから、さぞムカついたろう。

 

 「いいだろう、君に礼儀を教えてやる。いい腹ごなしになる」

 

 「おもしれぇ、相手になってやるよ」

 

 立ち上がってそう言ってくるキザ男に、こっちも睨みつけながら答える。

見た所そんなに強そうには見えないし、楽勝だ。

 

 「ここでやるのか?」

 

 軽く身構えながらそう言って確認する。そうだと言った瞬間殴りかかってやろう。ここに来てから散々バカにされて来た憂さ晴らしだ。

 ほとんどはルイズだけどな。あいつはあれでも女の子だし。

 

 「ふん!」

 

 始めると思ったら、鼻を鳴らして後ろを向いたぞ。

 

 「おい、逃げる気か?」

 

 「ふざけるな。貴族の食卓を平民の血で汚せるものか。ヴェストリの広場で待っている。仕事を終えてから来たまえ」

 

 うーむ、最後までキザな奴。いいだろう、ささっと終わらせて殴りに行ってやる。

 

 急いで仕事をと思ってシエスタの方を向いたら、ぶるぶる震えながらこちらを見ていた。あー、女の子には喧嘩の場面は怖かったかな。

 

 「大丈夫、あんなひょろいのに負けやしないから。さっと終わらせよう」

 

 「あ、あなた殺されちゃうわ」

 

 「はぁ?」

 

 青い顔でそんな事を言うシエスタは、ふるふる顔を振りながら後ずさる。

 

 「貴族を本気で怒らせたら大変なのに・・・」

 

 そう言って、厨房の方にだーっと走っていっちまった。

ケーキ一つ落とさない。やるな。

 

 「なんなんだよ、あんなのに負けやしないっての」

 

 「あんた!何やってるのよ!見てたわよ!?」

 

 今度はワガママご主人様が来た。

 

 「よぉ、ルイズ。もう食い終わったのか?」

 

 「何を呑気に!人が悩んでる隙に何勝手に決闘の約束なんかしてるのよ!?」

 

 場所を指定して、待ち合わせの上喧嘩。確かに決闘だ。夕方の川沿いでやらなきゃな。

 

 「謝ってきなさいよ」

 

 「なんでよ?」

 

 いきなり謝れとか言ってきた。

 

 「怪我したくなかったら謝っちゃいなさい。今ならまだ許してくれるかもしれないわ」

 

 「なんで俺が謝らなきゃいけないんだ。向こうからバカにしてきたんだぞ!?」

 

 「いいから!」

 

 「いやだね」

 

 強い口調でルイズは言ってくるけど、謝る気にはならない。もう意地だ。

 

 「分からず屋ね!いい?絶対に勝てないし、怪我するわよ!?

いいえ、怪我で済んだら運がいいわ。下手すれば死ぬんだからねっ!?」

 

 「そんなのやってみなきゃ分からねぇだろうが」

 

 「よく聞いて!平民じゃメイジには絶対勝てないの!」

 

 もういいや。さっさと行って始めちゃおう。

 

 「ヴェストリの広場ってのはどっちだ?」

 

 横に居たキザ男の友人らしい一人に聞いてみる。

 

 「こっちだ平民。ついてきな」

 

 なんだか横柄だけど、案内してくれるらしい。なら、文句言わずについて行くか。

 

 「あーもう!使い魔のくせに勝手なことばかりしてぇ!ほんとにもう!」

 

 後ろからルイズの悪態が聞こえてくるけど、気にしない。

番長じゃないけど、堂々と行くぜ。

 

 




と、第四話でしたぁ。

原作そのまま書くわけにもいかないから、どう夕映を放り込んでいくかが難しいですな。
あと、本当は才人を影だけで、一切台詞無しとかにしたかったけど、無理でした。残念。

そんなこんなで、次も頑張りますのでお願いします。


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ゼロの旅5

お気に入りが400越えてきた!

皆さん、応援ありがとうございます!

前回の才人視点はちょっと不評だったですが、ちゃんと意味があるものだったと、思えるよう書いて行きます。
気付かれないよう、いつの間にか違う人の視点に変わっているとかやってもいいかもとか思ってたりもしますが!

でわ、第五話いきます


 ふぅ、さっきの爆発は凄かったですね。

授業自体は大爆発の大パニックで教室が使えなくなったので、別の教室を使ってやりました。

シュヴルーズ先生はあの後すぐ目を覚ましたですが、その後一度も錬金の魔法を使う事はありませんでした。トラウマにでもなってしまったのでしょうか。

 麻帆良の教師と違って軟弱ですね。彼らなら、あれくらい参った参ったなんて言うだけですぐ授業を通常通りに行うでしょう。

 

 「ユエ、災難だったわね?怪我はしてないみたいだけど」

 

 「えぇ、障壁で大体防げましたから。

もっとも、それは飛んで来た石つぶてだけで、爆風はほぼ素通りレベルでしたが」

 

 吹っ飛んだ机の破片は止まりましたが、あの爆風は一瞬で障壁の耐久力を押し切りました。私の魔力でも、早々突破されるようなヤワな物じゃないはずですが。

 威力のほどが伺えるです。

 

 「障壁?」

 

 隣のタバサさんが不思議そうに首をかしげて聞いてくるです。

動きが小動物みたいで、少し可愛いですね。

 

 「えぇ、魔法障壁です。常時二枚張っているですが、それを一瞬で抜かれました。

物凄い威力です。あれを攻撃に使われたら大変ですね」

 

 錬金と言う魔法の失敗による余波であれです。攻撃に使われたらたまったものではないです。

 

 「魔法障壁・・・って、何?聞いた事ないけど」

 

 キュルケさんがそんな事を言い出しました。

こちらでは魔法障壁は無いのですか?いつも生身、というか無防備に魔法を使っていると?それはまた危険ですね。

 

 「魔法障壁は攻撃等を受け止めて、威力を減少させるものです。

強力な魔法使いだと、障壁だけで全ての攻撃を無効化させる事も出来るです」

 

 フェイトさんの障壁は相当の物でしたしね。私も参考にさせてもらって障壁の配置等をいじってみました。ですが、私の魔力容量ではあの曼荼羅の如き障壁を再現する事は出来ませんでした。

 まぁ、その代わり最大五枚の障壁を一枚一枚単独で動かし、攻撃等を"さばく"事ができるようになったです。まだまだですが、そのうち障壁を使って柔術の様に受け流し、その隙に魔法を撃ち込む何て事も出来るのでは。と、思ったりしてるですが、障壁を操作しながら魔法を使うのは難しく、まだまだ実用性に欠けるです。

 

 「そんなの聞いた事ない」

 

 タバサさんが胡散臭そうな目で見てきます。しかし、その目の奥に貪欲に知識を求める光が灯っているです。

 いつぞやの私と同じ、いえ、今もですね。何かの為に力が欲しいと言う欲求が強く見られるです。

いいでしょう。私が説明出来るだけ説明するです。一緒に強くなりましょう。

 

 私は障壁の事を出来るだけ細かく説明しました。

しかし、やはりこちらでは存在しない技術のようで、理解し切れていないようです。

張ってある障壁を触らせてみたりして、どんなものかを教えていくです。

 

 「これ、私でも出来る?」

 

 タバサさんが障壁をペタペタ触りながら聞いてきます。

多分出来るのではと思うですが、如何せんこちらの魔法技術をまだしっかり理解していないですから、障壁の術式をこちらの魔法に合うように加工する事が出来ないです。

 

 「多分出来るとは思うですが、今すぐ出来るかは分からないです」

 

 「今度教えて」

 

 そう言ってタバサさんは歩きを再開します。

それに従い私達も歩き始めます。授業が終わって昼食に向かう途中でずっと立ち話してたです。歩きながら障壁を触ったりとかは難しいですから仕方ないですが、肉眼で見えない障壁を触っている所は、女同士でイチャついているように見えるのか、通り過ぎる人達の目線がとても痛かったです。障壁もその視線は防いでくれません。うぅ、なにかヒソヒソ聞こえるです。

 

 「うぅ、私には正直難しすぎたわ。私には使えそうにないわね、頭がこんがらがるもの」

 

 キュルケさんがそんな事を呟きつつ頭を振っています。

言葉だけで説明してると確かに分からなくなるですね。

 

 「でも・・・」

 

 少し真剣な顔でキュルケさんがこちらを見るです。

 

 「でも、なんです?」

 

 「あなたの魔法が私達から見て異質だと言う事は分かったわ。

あまりおおっぴらに使わない方がいいかもね」

 

 「どういう事です?」

 

 「ここ、ハルケギニアにはブリミル教って言うのがあってね?」

 

 そう言ってキュルケさんは詳しく異質と言った事の意味を教えてくれたです。

 

 宗教ですか。査問委員会とか、厄介ですね。

ここハルケギニアはブリミル教によって成り立っていると言う訳ですね。

その他は全て異教として排除されると。まんま昔のキr、おっと、言うべきではないですね。

 

 「つまり、私の魔法はこちらの宗教理念だと罪とされるのですか」

 

 始祖ブリミルなる人が作り伝えたこの世界の魔法。系統魔法が全てで、その他一切は邪教、または邪悪な技術として、使う者を厳しく罰しているそうです。

 

 「東方独自の魔法ということで見逃してもらえませんかね」

 

 「そんなに頭が柔らかかったら、今まで何百人の人が助かったでしょうね」

 

 そ、そこまでですか。これはまずいです。

 

 「教えてくれてありがとうです。この事は内密にお願いするです」

 

 「当然よ。そんな簡単に友人を売ったりしないわ。

たとえそれが今日出来たばかりの友人だとしてもね」

 

 ウインクしながらそうキュルケさんが言います。

 

 「いい友人に出会えたことをブリミルに感謝するですよ」

 

 「どういたしまして」

 

 そう言い合ってから、私はキュルケさんに手を引かれて食堂に入って行きました。

 

 

 

 

 「ジュースにするのはありきたりですかね?」

 

 「これだけでサンドウィッチも捨てがたい」

 

 「やめてよ、ほんと」

 

 食堂でタバサさんとハシバミ草の新しい食べ方を話し合っていると、シエスタさんがケーキを持って来てくれました。

 お盆自体を、あのヴァリエールさんが呼び出したと言う平民の男性に持たせて大量のケーキを配っていたです。

 

 「シエスタさん、ご苦労様。ありがとうです」

 

 「いえいえ、これが私の仕事ですから」

 

 「そうですね。洗濯物を放り投げるのが仕事の訳ないですね」

 

 「ユエさん、ヒドイですっ」

 

 そんな感じにからかい半分の会話をしていると使い魔だと言う男性が会釈してきたです。

 よく分からないですが、反射的に会釈を返してしまいます。日本人の習性ですね。

 

 そのまましばらく話をしてから、シエスタさんはまた仕事に戻って行きました。あの男性と仲良く話しながらケーキを配って行くですが、楽しそうで何よりです。

 

 「さっきのメイドと随分親しげだったわね?」

 

 「こっちに来て最初の友達と言った所です」

 

 基本庶民の私には、こんな豪勢な食事は合わないです。あの時のシチューとかで十分なのですが、どうにかなりませんかね。

 

 「ふふぅーん。昨日来たばかりでもう一人引っ掛けた訳ね。なかなかやるじゃない」

 

 「引っ掛けたって、私は同性愛者ではないですよ?」

 

 ハルナもコレットや委員長(エイミー)の事で似たような事を言ってたですが、私はそんなに同性愛者に見えるですか?

 私はネギ先生一筋ですよ。って、振られたと言うのにまだ吹っ切れてないようです。

 情けない、髪まで切ったというのに。

 

 「そう?あのメイドを見る時の目は、なかなか熱かったわよ?」

 

 この人はどうもハルナと同じ人種のようです。人をからかうのが好きと言うはた迷惑な習性を持ってるですね。

 

 「まったく、キュルケさんにはこれをあげるです」

 

 私は亜空間倉庫から出した麻帆良ドリンクの一つ、黒酢トマトを渡します。

珍妙ジュースを異世界へ。珍妙ジュースを知らしめて異世界の珍妙ジュースを誕生させるです。

 

 「ん?なによこれ?」

 

 紙パックは見た事ないですね。一旦受け取ってストローを刺してあげます。

倉庫にはそれこそ商売出来るほど珍妙ジュースを確保してあるです。アリアドネーにも、珍妙ジュースに分類されるものはありますし、ミキサーを使って自分で作る事もしますが、麻帆良にある珍妙ジュースはやはり別格です。

 

 首をかしげてジュースを見ているキュルケさんに先に飲み方をみせます。

一口飲んでみて、やっぱり麻帆良ジュースはいいですね。

 飲み方が分かったのか、ジュースを再度受け取りストローを咥えます。

キュルケさんが飲もうとしてる時と、タバサさんも興味があるようなので彼女にはアボカドマキアートを渡します。気に入ってくれるですかね。

 

 ぶほっ!!

 

 「キュルケさん、汚いですよ」

 

 いきなり吹き出したキュルケさんにハンカチを渡すです。もったいない。

 

 「な、なによこれ!?すっぱ生臭い、変な味したわよ!?」

 

 黒酢とトマトのコラボです。健康にも良い優良ジュースですよ。

 

 「聞いていい?東方の人は皆こんなの飲んでるの?」

 

 「えぇ。こちらでワインを飲むのと同じくらいの頻度で飲むですよ」

 

 さらっと嘘をつき、そう言うものと思わせて受け入れやすくするです。

何事もそれが普通だと思えば普通になるのです。

 

 「東方に行く時は、自前で飲み物を持って行く必要があるわね」

 

 そんな事を言いながらジュースを返されたです。残念。

返されたジュースを飲んでいると、タバサさんも持ってる事に気付いたキュルケさんが、

 

 「タバサも貰ったの?ダメよ?死んじゃうわよ?」

 

 何て事言うですか。

 

 「ん。おいしい」

 

 「うそん!?」

 

 流石同士です。無表情ですが、美味しそうに飲んでいるタバサさんを見て、キュルケさんが興味を持ったのか、タバサさんからジュースを貰って一口飲みました。

 

 ぶほぁっ!!

 

 「キュルケ、汚い」

 

 吹き出したキュルケさんに冷たく言い放ち、彼女の持っているジュースを取り返すタバサさん。すかさず飲み出す所を見ると気に入って貰えたようです。

 

 「ジュースにするのは有効」

 

 こういう飲み物があると知ったタバサさんは、ハシバミ草の新しい可能性を見い出します。自分の好物をジュースにして持ち歩く事を夢想して、目を輝かせているです。

 

 「タバサ、ダメよ。そっちは悪魔の道よ?」

 

 何て事言うですか。

 

 あとでハシバミ草を分けて貰って作ってみようと話していると、食堂の一角が騒がしくなって来ました。

 

 「んむ?何やら騒がしいですね?」

 

 騒がしさの中心には、胸元に薔薇を差した男性がポーズを取りつつ周りの人と話しているとのがみえます。

 

 「なんです?あれ」

 

 思わずあれ呼ばわりしてしまいましたが、妙なポーズを取りながら話す人物です。問題ないでしょう。

 

 「ん?あぁ、あれはギーシュね。また変な自慢でもしてるんじゃない?」

 

 自分がモテると思ってるナルシストで、時々あーやって自慢話をするんだとか。

こちらではあーゆー人がモテるのですか。

 

 「やめてよ。あれを好きになるのは、大抵顔しか見ないバカな女だけよ。

一応女には優しいからそれに騙されるのもいるけど、私に言わせれば中身のない宝箱よ」

 

 開けてがっかり。そう言いたいようです。

 

 声が大きいので、彼らの会話は丸聞こえです。

 

 「あれは本気で言っているですか?」

 

 「純度100%の本気よ、残念ながらね」

 

 自分を薔薇に例えて女性を楽しませる為に存在するとか言ってるです。

 

 「私の友人が言うには、薔薇とは男性同士での恋愛を例える言葉だそうです。

彼は今、自分が同性愛者だと公言してると言う事に気付いているですかね」

 

 ハルナのおかげでそんな知識も身についてしまったです。女性同士なら百合だそうです。どうして百合なんでしょうね?

 

 「ブフっ!そ、それはまた面白いわね!こっちでは言わないけど、東方ではそう言うの?」

 

 「こちらでも一部の人達のみですが」

 

 おや、さっきの使い魔さんが声をかけてるです。

そういえば彼の名前を知りませんね。シエスタさんと髪色が同じですし、出身地が同じなのでしょう。まぁ、機会があったら聞いて見ますか。

 

 どうも何かを拾ったから渡そうとしているようです。しかし、受け取りを拒否されているみたいですね。

 

 「んー?あれは、もしかして香水かしら?」

 

 「分かるですか?」

 

 目を細めて見ているキュルケさんがそう言うですが、香水を受け取らないのは何故ですかね。

 

 「まぁ、そんな形に見えるわね。ギーシュならカッコつける為に香水を使う事もあるかしら?・・・って、ユエなにしてるの?」

 

 指で輪を作って覗き込んでいる私の行動に疑問を持ったようです。

 

 「望遠の魔法です。離れた所を見るには最適だったもので」

 

 指で作った輪の中が、望遠鏡で見るように拡大されて見られる魔法です。

簡単な物なので、魔法をかじっただけのまき絵さんにも使えて、しかも便利という優れものです。

 

 「不用意に使うなって言ったばかりなのに、この子は。

ちょっと私にもみせて?」

 

 そう言って顔を寄せてくるキュルケさん。

指の輪を彼女の前まで持って行きますが、肩に彼女の胸が乗ってきます。

重いです。こんなものを常時装備してるですか。女としては羨ましいですが、少し考えものですね。身体強化をしてれば大丈夫ですかね?

 

 「へぇー。これは面白いわねぇ。あ、やっぱり香水だったわね。

あの色は、確かモンモランシーが自分用に作ってる奴のはずよ。彼女の香水って前に作ってもらったけど、いい出来なのよ。ユエも一つ作ってもらう?いい女は香りも良くないといけないわ」

 

 香水なんて使った事ないですが、あまりイメージは良くないです。

電車の中のオバ様達は凶悪です。

 

 急に近くに座っていた女性が立ち上がり、ギーシュさん?の所まで歩いていくです。

 

 「あーらら。これは修羅場になるかもね」

 

 キュルケさんがその女性に気付いたのか、そんな事を言い出します。

 

 「修羅場ですか?」

 

 「あんなんだからね。いろんな女の子に手を出しててね?

何人かと同時に付き合う何て事もあるのよ。その度にあーやって・・・」

 

 バチンと大きな音を立ててギーシュさんが殴られたです。

 

 「振られるわけよ。それでも引っかかる子が居るのはどうしてかしらね?」

 

 それは私には分からないです。しかし、

 

 「あれくらいで済んで良かったですね」

 

 「ん?どういう事?」

 

 「私の国には、パンチ一つで岩を粉砕したり、飛び蹴りで十数メートル吹き飛ばす、なんて事を軽くやってのける女性も居るです。もし、先程の彼女がそうだったら、彼は今頃血塗れでしたね」

 

 「それ、本当に人間?」

 

 「えぇ。貴方より華奢ですよ。見た目は」

 

 明日菜さんとかクーフェさんとか。まぁ、存在が規格外な人達ですが。

 

 「私、東方が怖くなってきたわ」

 

 何か変な想像してそうですがほっとくです。

あ、また別の女性が近づいて行くですね。金髪を縦巻にした絵に描いたようなお嬢様です。あんな髪型、毎朝大変でしょうね。

 

 「彼女がさっきの香水の製作者のモンモランシーよ。二つ名はそのまま香水。

どうやら彼女も当事者のようね」

 

 見てるとまた変な事を言ってるです。

 

 「怒らせたのは自分なのに、怒るなとはなに言ってるですかね」

 

 「言い訳にもなってないわ。流石ね」

 

 彼女は、ギーシュさんにワインを頭からかけて出て行ってしまいました。

 

 「あのまま殴っちゃえばよかったのに」

 

 「大怪我するですよ、瓶は思いの外硬いのですから」

 

 火サスのような展開が目の前で起こるのは勘弁です。

 

 

 さて、突然の修羅場ですっかり静まった食堂の中、ワインをかけられた方はと言うと、ハンカチである程度拭いたのち、また妙なポーズをしながらおかしな事を言っています。

 

 「まったく反省の色がないです」

 

 「一種の才能ね。女をアクセサリーか何かだと思ってるのかしら?

二人はあーゆーのに引っかかっちゃダメよ?」

 

 「私は今の所興味無いので大丈夫です」

 

 ネギ先生の姿がチラッと浮かんで来たです。我ながら未練がましいですね。

 

 「ん。同じく興味ない」

 

 ケーキを頬張っていたタバサさんも答えます。まだ色気より食い気ですか?

 

 「タバサはいつも通りだけど、ユエもなの?女なら恋しなきゃダメよ?」

 

 「破れたばっかりなので、今は無理です」

 

 私は望遠の魔法の解除に気を取られポロっと本音を漏らしてしまいます。

 

 「あら、そうだったの!どんな相手だったの?」

 

 しまったです。食い付かれたです。

 

 「あなたもタバサと同じで、興味ないって言うからまだ初恋もしてないと思ったら!うふふ、楽しくなってきたわ!さぁさっ、簡単にでいいから教えなさいよ」

 

 肘でうりうりしてくるキュルケさんにどう答えるべきか悩んでいると、向こうではあの使い魔さんが喧嘩をふっかけ出したです。

 それをいいことに話題変換を試みるです。

 

 「メイジ相手になかなか強気ですね」

 

 「ん?あらほんと。ギーシュとは言え、メイジに平民が勝てる訳ないのに」

 

 まぁ、真正面からでは難しいでしょうね。彼が気や魔力を使えると言うのなら分かりませんが。

 

 「ギーシュさんの腕前はどの程度なのですか?」

 

 「彼はドットだもの、そんなに強くないわ。でも、平民が勝てるほど簡単な相手でもないわね」

 

 ドット、ですか。いい機会です。この辺りの事を詳しく聞いてみるです。

 

 「私はこちらのランク付けをよく知らないです。聞いてもいいですか?」

 

 「あぁ、そうだったわね。いいわよ、詳しく教えてあげる。

でも、その前にケーキを食べながらあなたの恋のお話をしましょ。って、あら?ケーキはどこ行って・・・」

 

 キュルケさんがケーキの皿を捜すと、未だにケーキを食べているタバサさんが居るだけで、ケーキが見当たりません。

 

 ん?まだ食べてるですか?

 

 「あ!タバサ?あなたのお皿が二枚重なっているのは何故かしら?」

 

 あ、ほんとです。いつの間にか二枚になっているです。

 

 「あなた、私のケーキ食べたわねぇ?」

 

 「早く食べないと悪くなる」

 

 「そんなに早く悪くなったりしないわよ!もう、この子はっ!」

 

 そう言ってタバサさんの頬を左右に引っ張るキュルケさん。仲いいですね。

そんな二人のじゃれ合いを見ていたら、厨房の奥へと走って行くシエスタさんが見えたです。かなりの速度で走って行ったのに、持っているお盆のケーキを一つ足りとも落としません。なかなかのプロ魂です。

 

 「どうもあの二人が決闘するようですよ?」

 

 ふと見たら使い魔さんに食ってかかっているヴァリエールさんが見えました。

勝手に決闘の約束をした事を怒っているようです。

使い魔さんは気にも止めず決闘会場のヴェストリの広場とやらの場所を聞き、そのまま出て行ってしまいました。

 

 「うりうりうり・・・って、そうなの?でも、そんなの結果が見えてるじゃない」

 

 「十分と持たないと思う」

 

 二人はそう評価します。私もそう思いますが、魔法使いでもない少女が魔法使い以上の戦闘力を発揮する事もあると知っているです。

 彼もあの自信です。何かしらの能力か、魔法使いに対抗出来るアイテム、もしくは作戦があるのでしょう。

 

 「あれだけ自信たっぷりなのです。何かしら特別な力でも持っているかもしれないですよ。偶然とはいえ、使い魔として呼び出されるくらいなので、もしかしたらメイジを圧倒する何かを持ってるかもです」

 

 「うーん、確かにね。何かのマジックアイテムとか持っているなら、見てみたいわ。

今から行って見る?」

 

 「ケーキも無くなったし、行ってもいい」

 

 二人がそう言って立ち上がりました。タバサさんは結局二個食べたですか。

 

 「ほら、口。付いてるわよ?」

 

 キュルケさんが口に付いてるクリームを拭いてあげてるです。

同級生と言うより親子です。見た目もギリギリそう言っても不思議に見えないですしね。

 

 「今不穏な事考えた」

 

 「何かいけない事考えたわね?」

 

 おっと、察知されたです。やるですね。

 

 「なんの事です?さぁ、早く行かないと終わってしまうかも知れないですよ?」

 

 そう言ってさっさと先に進むです。場所は見取り図で分かるですし、何より他の生徒達も向かってるので、その波に乗れば簡単に辿り着けるです。

 

 「あ、忘れてたけど、あなたの恋、後でちゃーんと話してもらうからね?」

 

 自分でも忘れてた話題を蒸し返してきたです。

どうにか逃げなければ。

 

 「置いてくですよー?」

 

 話題を切り上げる為に、すったか広場へ向かいます。キュルケさん達も後ろからやいのやいの言いながらついて来るです。

 広場での決闘騒ぎが終わる頃には忘れてくれるといいですが。

 

 

 

 

 会場であるヴェストリの広場には大勢の生徒達が集まっていた。

ユエとキュルケの三人できた時にはかなりの人数になっていて、中央に陣取るギーシュを指差しながら話をしたり、止めに来た教師を追い払ったりしている。

 

 ギーシュが決闘開始を宣言すると、集まった生徒達が歓声を上げた。

彼と対峙するのは、あのルイズが呼び出した平民。なかなか堂々とギーシュの前に立っているけど、どう考えても平民が勝てるわけが無い。

 

 「賭けでもしますか?」

 

 不意にユエがそんな事を言い出した。

 

 「ギーシュが勝つに決まっているのに、賭けにならないじゃない」

 

 私もそう思う。平民がメイジに勝てないのは決まってる事。

 

 「私の所ではこういう時、適当な賭けをよくしてたです。

儲けが狙いではなく、盛り上がり重視で賭けるです」

 

 なるほど。

 

 「ただ見てるだけよりは盛り上がるですよ?」

 

 そう言うものなのかな。いつもは余り興味無いから関わらなかったけど、ここまで来たし少し乗ってもいいか。

 

 「じゃあ、平民に賭ける」

 

 「タバサ、平民にするの?」

 

 「皆ギーシュに賭けたら、成立しなくなる」

 

 特に損をする訳でもないから、どっちでも構わないと思う。

 

 「では、私も使い魔さんに賭けますか。キュルケさんはギーシュさんに?」

 

 ユエも平民に賭けてきた。

 

 「まぁ、そうなるわね。因みに何を賭けるの?」

 

 「そうですね。では、私はこの抹茶コーラを三つ賭けましょう」

 

 またユエが何処からともなく四角い見た事ない物を取り出した。

あれが飲み物だと言うのはさっき知ったけど、どこから取り出しているのか。

あれも東方の魔法?何でも出せるのか、どれだけ出せるのか、凄く気になる。

 

 「まっちゃこーら?また変な味の飲み物?え?罰ゲーム?」

 

 「何故罰ゲームですか。」

 

 さっきのは美味しかった。あれも美味しいのかな?ギーシュに賭けて勝ち取る方が良かったかな?

 

 「私はどうしようかしら?

そうだ、今度トリスタニアで甘い物でも奢るわ。二、三個くらいで我慢してね?」

 

 先に個数を決めて来た。残念、奢りで沢山食べられると思ったのに。

 

 「タバサはどうする?」

 

 「私も何か奢る。渡せる物がないから」

 

 本とか貰っても困るだろうし、元々あまり物は持ってないし。

 

 「じゃあ、これで決まりね。って、話してる間に平民ボロボロじゃない」

 

 目を向けるとギーシュが作り出したゴーレムに殴られて這いつくばっていた。

 

 「あれがこちらの魔法ですか。金属製の人形を操作して戦うのですね。

動きは遅いですが、一般人にはなかなか脅威です」

 

 ユエがゴーレムを見てそう評価している。

普通の人間と比べて随分速いと思うけど。

 

 「あれで遅いの?私にはかなり速いと思うけど。あれは避けるのも大変よ?」

 

 「いえ、私の国では軽く避けられます。むしろただの案山子扱いされるです」

 

 驚いた。東方は一体どうなっているのか。岩を砕き、十数メイル吹き飛ばし、ギーシュのゴーレムを案山子扱い。

 

 もし戦争になったら、相当苦戦するだろう。

 

 「もう私、東方の事で驚くのをやめるわ。キリがないもの」

 

 本当に。でも、一度行って見たい。

それでその強さを身に付けられたら、私の目的にも少しは近づけるはず。

 

 そんな風に東方の事を考えていたら、ルイズが平民の前に立って庇い出した。

確かにもう勝てるようには見えないし、ここで終わりでいいと思う。

 庇われても平民は引こうとしない。ルイズを押しのけギーシュに向かっていく。殴られても殴られても立ち上がって向かって行くのを見るのは少し心苦しい。

 

 「真正面からばかりでは勝てません。体のダメージも酷いですし、作戦を変えなければこのまま嬲り殺しです」

 

 ユエがそう冷静に評価している。この子、やけに冷静。

キュルケは怪我の酷さに息を飲んでいるけど、ユエは怪我の具合よりも全体的な状況を見ている。あれくらいの怪我は見慣れてると言った様子。

 

 「ひっ!今何か変な音がしたわ!」

 

 「ふむ、折れましたね。まぁ、金属製のパンチを無造作に受けてはそうなるです」

 

 「折れ!?ちょ、もしかしてヤバイんじゃないの!?」

 

 もうボロボロだし、これ以上は危険。もうやめさせるべき。

 

 「まだまだやる気のようですね。いい根性です」

 

 平民はもう立てなくなっていて、それでもギーシュを睨みつけ立ち上がろうと頑張っている。

 

 「まだやる気なの!?だってもうあんなに!」

 

 キュルケはそれでも立とうとしてる事に驚いている。

ユエはそこまで取り乱していない。でも、さっきより目が鋭くなっている。やはり思う所はあるらしい。

 

 「もうやめて!」

 

 ゴーレムが平民を更に殴ろうとするとルイズが飛び出して平民に覆い被さった。

 

 危ない!あれに殴られたら、怪我では済まない!

 

 「ルイズ!?」

 

 キュルケがその光景に声を上げる。いつもは仲が悪いけどそれでも心配なんだろう。いや、もしかしたら本当は仲よくしたいのかも。

 

 って、それよりも今はあれを止めなければ!

殴りかかっている所に飛び出して来たから止めるのが間に合わないようで、ギーシュも顔を強張らせている。もう、魔法も間に合わない!

 

 ガキィィン!!

 

 物凄い音が広場に響いた。まるで金属同士がぶつかったような大きな音だった。

見ればいつの間にかユエが大きな剣を片手に持って、ゴーレムの拳を受け止めていた。

 いつの間に!?

 

 「な!いつの間に!?」

 

 ギーシュもいつの間にか現れたユエに驚きの声を上げる。

キュルケや庇われたルイズも目を見開いて驚いていた。私もついさっきまで自分の隣に居たはずのユエが十数メイル離れた所にいる事に驚いている。あと、あの身の丈よりも大きな剣を何処から出したのか。ジュースから剣までなんでも出すね、ユエは。

 

 「ハッ!」

 

 気合いの声を上げると、その大剣でゴーレムを吹き飛ばした。

あの大剣を軽々振り回すのも驚く事だけど、金属製のゴーレムを数メイル吹き飛ばしたのにも驚いた。東方の人は皆あんな事出来るのだろうか。

 

 「ふぅ。危なかったですね、ヴァリエールさん?

気持ちは分かりますが、少し無謀ですよ?」

 

 何事も無かったかのように軽い調子で無事を確認するユエ。聞かれたルイズは未だにポカンとしてて答えられないよう。

 

 「み、ミス・ファランドール?決闘の邪魔はしないで貰いたいのだが?」

 

 驚き、戸惑いながらユエに抗議するギーシュ。

一瞬で自分のゴーレムを吹き飛ばされて動揺してるのだろう。少し声が震えている。

 

 「貴方と使い魔さんだけだったら、手を出しませんでしたよ。

しかし、ヴァリエールさんが巻き込まれたならば手を出さざる得ません」

 

 そう言ってギーシュの方に目を向けるユエ。その姿はかなり堂にいっていて隙がなかった。あの姿だけで彼女の実力の一端が伺える。

 

 「咄嗟に止める事が出来ない様なら、力を人に向けるべきではないですね?」

 

 そう冷ややかに言うユエ。

確かに力を制御出来ないのはいただけないと思うけど、さっきのは仕方ない気もする。

 

 「さて、使い魔さん?まだ戦う気ですか?どう見てもボロボロですが」

 

 「当然だ。こんなの擦り傷さ」

 

 強がるけど、手も足も震えていてもう戦えそうには見えない。

早く治療しなければ危ないかもしれない。

 

 「おや?あなた・・・」

 

 何かに気付いたようにピクリと眉を上げるユエ。基本私と同じように表情が出ないユエだけど、パーツが所々で動くからそこで判断出来る。

 

 「いえ、今はいいです。まだやると言うのならこの剣をお貸ししましょう。

大切な剣ですから、本来は人に貸したくはないのですが、今回に限り貸しましょう」

 

 そう言ってユエは平民の前に剣を突き立てた。

 

 「さぁ、どうぞ。日本人の意地、見せてやるといいです」

 

 「日本人って、あんた!」

 

 「今はそんな事は気にせず、さぁ」

 

 どうも何かを知っているみたいだけど、なんだろう?

ユエは剣をそのままにルイズの手を引いて後ろに下がる。ユエは喰ってかかるルイズに何かを言っているみたいだけど、流石に聞こえない。

 言われたルイズは次第に大人しくなってきて顔から怒りの表情を消して行く。

 

 そして一つ頷くと一歩前に出て、腰に手を当てて胸を張り、平民に向かって大声を張り上げる。

 

 「サイト、命令よ!勝ちなさい!」

 

 「いわれなくても!!」

 

 ユエの剣を手にして、ルイズに答える平民。

ニヤリと笑いながら剣を構える平民に、ギーシュも杖を構える。

 

 「剣を取ったか。武器を持ったのなら、手加減はしないよ?」

 

 そう言ってゴーレムを二体作り出すギーシュ。今度のゴーレムは剣を持っている。ここからは、本当の決闘だ。

 

 「いくぞ!」

 

 動き出したゴーレムに向かって、先程とは比べ物にならない速さの動きで斬りかかって行く。

 一瞬で二体を切り倒した平民に驚いたギーシュは、さらに四体のゴーレムを出した。それぞれが同時、もしくは少し遅れて斬りかかって行く。普通に相手にすると苦戦する難しいタイミングの攻撃だが、平民はそれをも軽々斬り裂き、一瞬でギーシュに近付き、杖を弾き飛ばして、更に足を払って転ばせてから首に剣を突き付ける。

 

 「まだやるか?」

 

 「いやまいった、降参だ。僕の負けだ」

 

 ギーシュの敗北宣言が広場に響くと、見物していた生徒達も声を歓声を上げた。

 

 ゆっくりと剣を下げ、ユエ達の所に歩きだし、あ、倒れた。

 

 「サイト!」

 

 ルイズが声を上げ平民に駆け寄っていく。

ユエはそれを見ながら倒れた際に放り出された剣を拾い上げこちらに歩いてくる。

剣を見て首をひねっているけど、それよりも聞かないといけない事がある。

 

 「ユエ、その剣にはどんな魔法がかかっているの?」

 

 急に速くなった平民の動きは普通じゃなかった。何らかの魔法が使われたのではと考えられる。是非その魔法を教えて貰わないと。

 

 「それは僕も聞きたいね。言い訳はしないけど、魔法剣のお陰で負けたと言うのは納得し辛いからね」

 

 「いえ、それなのですが。この剣は確かに杖としても使える魔法剣ですが、使用者の動きを速くするような機能はないはずなのです。正直、急にあんな動きが出来る様になった事に驚いているです」

 

 それで剣を見て首をひねっていたのか。でも、

 

 「さっき、ユエも目で追えない速さで動いてゴーレムの攻撃を止めてた。あれは剣にかかっている魔法じゃなかったの?」

 

 「えぇ、あれは魔法じゃなく技術。体術の一つですので、剣は関係ないですよ」

 

 あれは魔法じゃなかったのか。体術、って事は私も出来る様になるのかな。

あれが使えれば、色々な状況で優位に立てる。目標を達成する事も容易になるかも知れない。

 

 「ユエ、良かったらそれ教えてほしい」

 

 「それ?瞬動を、ですか?」

 

 瞬動って言うんだ。あれほどの物だし、東方の秘技とかだったりで断られるかもしれない。その時にはどうにか説得しなくては。あんな魔法でも早々出来ない移動法を学べる機会滅多にない。ロマリアとかが邪法とか言ってくるかもしれないけど、ただの技術なら文句も言えないはず。剣を振るのと同じ事だし。

 

 「まぁ、構いませんが」

 

 「ありがとう。近いうちにお願いする」

 

 「えぇ、いつでもどうぞ。そういえばキュルケさんは何処に?」

 

 辺りを見回し、キュルケがいない事に気付いたユエが聞いてくる。

 

 「ミス・ツェルプストーなら、さっき小躍りしながら帰って行ったよ?

何故踊ってたかはわからないけど」

 

 小躍り?またキュルケの病気が出たのかな?

 

 「何故に小躍りですか?」

 

 「多分、キュルケの病気」

 

 「病気ですか?一体どこが悪いのです?」

 

 「そう病気。彼女は惚れっぽい」

 

 キュルケはよく色々な人を好きになる。一度に五人とか、よくある事で女版ギーシュと呼んでも間違いじゃないと思う。

 

 「私達も行きましょうか、タバサさん」

 

 促すユエの言葉に頷き、一緒に帰る事にする。

 

 「えっと、ミス・ファランドール!」

 

 その前にルイズに呼び止められた。誰かがかけたらしいレビテーションで浮いた平民を押しながら、ユエに向かって頭を下げる。

 

 「さっきは助けてくれてありがとう。あと、サイトに剣を貸してくれた事もお礼を言っておくわ」

 

 いつもは素直じゃない彼女だけど、今日は割と素直にお礼を言ってくる。

大怪我しかねない状況を救ってくれた訳だから、いつもの威張る様な態度を取る事は出来ないようだ。彼女は公爵の令嬢なのだし、そう言う礼儀は他のコッパ貴族とは一線を画している。

 

 「いいえ。少々出しゃばり過ぎたかと心配してたですが、結果良かったようで何よりです。それにどうも彼とは同郷のようですし、今度話を伺ってもいいですか?」

 

 「え?えぇ、全然構わないわ!そそそうだ、私の事はルイズでいいわ!

わ私も、その、ユエって呼んでもいいかしら?」

 

 少し顔を俯かせながら、少々赤い顔で名前で呼んでもいいか聞いている。

そんなに恥ずかしいだろうか。

 

「えぇ、構いませんよルイズ。近いうちにお茶でもご一緒しましょう。

東方の飲み物をご馳走しますよ」

 

 東方のって事は、またあの四角いのを出すのかな?私も一緒にお願いしたい。

 

 「えぇ、お願いするわ!じじゃあ、サイトを看病しないといけないから失礼するわ!」

 

 そう言ってルイズはサイトというらしいあの平民を押して帰って行った。

倒されても倒されても立ち向かう姿に少し心が揺れた。一度話をしてみたい。

 

 「さぁ、タバサさん。私達も行きましょう」

 

 思いも掛けない体験をした決闘騒ぎも終わり、そういえば、と賭けの結果がどうなるのか気になった。平民が勝ったけど、ユエが手を出したから無効なのかな?

 

 「結果は使い魔さんが勝ったんですから、賭けは私達の勝ちですよ」

 

 勝ちで押し切る気らしい。キュルケには悪いけど、何を食べるか考えておこう。

 

 楽しみ。

 

 




なんかまとまりが悪い気がする第五話でした。

もうちょっと考えて書くべきかもしれないですねぇ。
どうにかうまく妄想を変換して、辻褄が合う話にできるようがんばります。

では、次回をお楽しみに。
どこから書こう…?



こっそり誤字などを修正。ばれないようにこそっとね。


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ゼロの旅6

誤字脱字が多い今日この頃、いかがお過ごしですか?

前回の恥ずかしい誤字を受け、慎重に読み直しての投稿です。

 もう、もうあんな事はさせないっ!という気分で見直しました。

きっとない、多分ない、そう思いながら第六話れっつごー


 決闘騒ぎの翌日、日が出て間も無い学院を散策します。

顔を洗いに井戸まで行き、その後遠回りしながら部屋まで帰るです。麻帆良もそんなに車が通りませんが、ここは車自体がないので空気がとても綺麗です。

 まぁ、魔法世界にも車はないですが。

 

 アリアドネーに居た時はこんな事している余裕などなかったので、こうやって排気ガスを浴びた事のない空気を満喫する事もなかったです。あの時は、自分が誰だか分からず、更に魔法を覚えるのに必死だったので気にもしてませんでした。魔法世界の人間だと思っていたのも、こんな散歩をしなかった理由の一つかもしれないですね。とても勿体無かったと今にして思うです。

 そうやって朝を満喫しながら部屋に戻る途中お盆を持ったシエスタさんをみつけました。

 

 「シエっ」

 

 っと、いけません。急に声をかけてまた持ってる物を放り投げられたら困るです。今は杖を持ってないのでフォローも出来ません。

 

 「あ、ユエさん。おはようございます」

 

 「おはようです、シエスタさん」

 

 声をかけるのを躊躇してたら向こうも気づきました。実用的なメイド服で身を固めた彼女の隣まで行き、持っているお盆を何気なしに覗き込みます。

 

 「これは、朝食ですか?何故こんなものを持ってるです?」

 

 「昨日、ミス・ヴァリエールに頼まれたんです。看病するから朝食にいけないので部屋まで持ってくるようにって」

 

 なるほど。

朝食摂る時間くらい離れても問題無いと思いますが、結構義理堅いのですね。昨日あれから治癒魔法が使える教師に頼んで治して貰ったそうですが、それも応急処置くらいの出来でしかなかったようで、今日またかけて貰う予定だそうです。

 治癒魔法を使うには水の秘薬と言う魔法薬が必要で、それがとても高価なんだそうです。平民のシエスタさんにはまず出せない金額だそうで、貴族の中でも位が上らしいルイズでも、完治させるまで秘薬を買うと懐が寒くなるほどなんだとか。

 

 「ミス・ヴァリエールも、ちゃんとサイトさんを大事にしてるみたいでよかったです」

 

 貴族と平民なので、死にかけていてもそのまま放って置かれるのではと心配してたそうです。いえ、流石にそんな非人道的な事しないでしょう。

 そういうと、とんでもないと言ってどれだけ貴族と平民の立場が違うか、一般の貴族がどう平民を扱うかをこんこんと説明されました。身分がどうのと言う物が殆ど無い日本で生きてきた私には今ひとつピンと来ないですが、この身分の違いによるものは相当のようです。この分野で話を合わせられるのは刹那さんくらいですかね。いつもこのかさんと明日菜さんとの身分の差がと嘆いていましたし。身分さえなければ二人とも自分が!と、教室で叫び出して皆にからかわれていました。刹那さんはどこに向かっているですかね。

 

 「では、私はこの階ですから。失礼しますね」

 

 「えぇ、分かったです。

あぁ、そうです。どうせなら私もルイズの部屋にお邪魔するとしますか」

 

 「え?どうしてですか?」

 

 「昨日、私も焚き付けたですからね。治療薬の節約に一役買うです」

 

 あの時剣を貸さず、すぐに治療をすればそこまで酷くならなかったかもしれません。あの怪我であれだけ動いたので、折れた骨などが内臓を傷つけた可能性もあるです。私の治癒魔法でも細かく診察したのち、ピンポイントで治して行けばそれほど時間もかからず治せるでしょう。

 

 「ユエさんは水のメイジなんですか?」

 

 「いいえ?」

 

 治癒魔法が使えるのは水のメイジだけなんだそうです。

こちらでは自分に合う属性以外の魔法は使えないらしいですから、そう思ったそうです。不得意な属性では発動し難いのは私達の魔法も同じですが、完全に発動しないと言う事は無いですね。威力がかなり落ちるくらいで。

 練習しないと確かに使えなかったりしますが、それはどんな魔法でも同じですし。

 

 んむ?治癒魔法は属性魔法なんですかね?

 

 「私はどちらかと言うと、風ですね。雷や光も得意です。ここ最近訓練してくれていた師匠とも言うべき人が氷だったお陰か、少しですが氷も使える様になったです。その人と比べたら、いえ、比べる事すらおこがましいレベルでしかないですが」

 

 ちょっと氷属性の[魔法の射手](サギタ・マギカ)が撃てる程度ですからね。使えると言うのも少し恥ずかしいくらいです。

 せめて [氷爆](ニウィス・カースス)[氷神の戦鎚](マレウス・アクイローニス)とかが使えれば胸を張って言えるですが。多分使ってみても本来の威力には程遠い物しか出ないでしょう。

 

 「とりあえず杖をとって来るですから、先行ってて下さい。

あぁ、ルイズに後で行くと伝言をお願いするです」

 

 「分かりました。ミス・ヴァリエールのお部屋はここから四番目の扉ですから」

 

 「分かったです。それでは後で」

 

 シエスタさんと別れて私は自分の部屋に戻ります。

五階にある部屋へ戻って来た時にちょうどタバサさんが出て来ました。

何やらフラフラしてますが、大丈夫でしょうか?いえ、あの感じはただの寝不足ですね。私にも身に覚えがあるです。遅くまでスタンドの光で本を読んでいて、気付けば外が明るくなっていたり。あと一ページ、あと二ページ、なんてやっている間に時間が過ぎているのです。なんともおそろしいです。

 こちらではスタンドが無いのでそう言う事にはならないでしょう。いえ、[光よ](ルークス)を使って明かりを確保すればそうでもないです。魔力効率アップの修行にもなっていいかもしれません。今度やってみるです。

 

 「おはようです、タバサさん。眠そうですがどうしたです?」

 

 「んん、おはよう。遅くまで本を読んでた。なかなか止められなくて、つい夜更かしした」

 

 おぉ、夜更かしの理由がまさかのかぶりです。

 

 「本ですか。私もよく読むです。次のページでやめようと思ってても、なかなか止められないのですよね」

 

 「うん。出来れば一日中読みたい」

 

 よもやこんな異世界で同じ趣味の人に会えるとは。

こうして世界は違えど趣味の話が出来るのは楽しいです。今度、持って来た本を貸してみましょうか。厳選した哲学書、思想書、小説などそれだけで部屋が一つ埋まる程持って来てますから、きっと気に入るものがあるはずです。

 

 「おっと、そうです。ルイズの部屋に行く約束をしてたんでした」

 

 このままずっと本の話をしていたい所ですが、予定があるのを思い出しました。

非常に残念ですが、一旦話を切り上げなければならないです。

 

 「ルイズの部屋?」

 

 「えぇ。昨日、使い魔さんを焚き付けましたからね。怪我が酷いらしいので、少し治療の手助けをしようと思いまして」

 

 「治癒魔法が出来るの?」

 

 「えぇ、少しですが」

 

 「ついて行ってもいい?」

 

 「構いませんが」

 

 まぁ、ついて来るぐらい構わないでしょう。ルイズが嫌がったらダメでしょうが、それでもと言う程タバサさんも非常識ではないはずです。このまま話していると朝食の時間が無くなってしまうので、急いで部屋から杖を取ってきて、タバサさんと一緒にルイズの部屋に向かうです。

 1フロア降りて、先程シエスタさんが言っていた四番目の扉の前まで行きます。表札などがないので自信がないですが、タバサさんは全く平然としているので、多分合っているのでしょう。その扉をノックするとすぐ返事があり扉が開けられます。

 

 「あぁ、ユエさん。待ってたんですよ」

 

 「すいません、少々話し込んでしまっていて。

実はタバサさんも一緒に来たですが、入っても大丈夫ですか?」

 

 「少々お待ち下さい。……はい、大丈夫だそうです。どうぞ」

 

 そう言ってシエスタさんが扉を開いて招いてくれ、私とタバサさんはそのままルイズの部屋に入ります。部屋の作りは私の部屋とほぼ同じです。しかし、置いてある家具は雲泥の差です。12畳ほどの広さの部屋に置いてある家具はアンティークなのでしょうか、かなりの高級感です。全部揃えるのだけで普通の人は一生働かなければならないでしょうね。ちなみに私の部屋は備え付けのベットと、テーブルが一つだけです。他ものは全部亜空間倉庫に入っているので必要無いのです。オスマンさん、お爺様が揃えてくれると言ってくれるですが、丁重にお断りしたです。そんな家具の一つ、大きなベットの上で使い魔さんが寝ています。包帯でぐるぐる巻きになってなんとも重傷そうです。

 

 「どうも、ルイズ。おはようございます」

 

 「お、おはよう。ゆゆゆユエっ」

 

 なにやらスクラッチしてますが大丈夫ですか?

そんなに慌てて挨拶しないといけないほど、私は短気ではないですよ?

手で軽く髪を梳き、居住まいを正すルイズ。なんともアンティーク人形を思わせる可愛らしい見た目ですね。知り合いに同じく見た目だけは綺麗な人形を思わせるエヴァンジェリンさんが居るですが、纏う雰囲気は全然違います。例えるなら、子猫と戦車です。勿論前者がルイズで、後者がエヴァンジェリンさんです。

 

 「おぉう!?急に寒気が!」

 

 「え!ユエさん、大丈夫ですか!?」

 

 急に来た寒気に身を震わせるとルイズ達が驚いて目を白黒させます。

 

 「いえ、大丈夫です。それよりもルイズ、すぐ来るつもりが遅れました。すいません」

 

 遅れたのは無駄話してたからですからね、ちゃんと謝っておかないといけません。

 

 「べ別に構わないわ。朝食はここで食べたし、今日は授業を休むつもりだったからのんびりしてられるしね」

 

 「おや?そんなに悪いのですか?この使い魔さんは」

 

 「まぁ、まだ応急処置した程度でしかないからね。せめて目が覚めるまでは見てないと」

 

 まったく、とでも言いそうな目で使い魔さんを見るルイズは、それでも優しげな雰囲気を醸し出しています。良いパートナーとなりそうですね。

 

 「こっちのメイドが代わりに見てるって言うけど、自分の使い魔を他人任せにはしたくないのよ。怪我した使い魔の面倒を見るのも主人の仕事だからね。主人のいう事を聞かない生意気な使い魔だとしてもね」

 

 むん。と胸を張ってそう言うルイズ。シエスタさんは少し物足りなそうです。そんなに世話したいのですか?メイドですから、世話出来ないのが物足りないのでしょう。職業病というやつですね、きっと。

 それとも、この使い魔さんに?ほほぅ?

 

 それから少し世間話をして行きます。治療の具合や、秘薬の代金がやはり懐を圧迫する事など迷惑そうに言っていますが、惜しみ無く買い揃える所を見ると言う程嫌ってはいないようです。嫌っているなら、そもそも治療なんてしないでしょうし。

 

 「やはり秘薬は高いのですか?」

 

 「まぁ、ね。一つだけなら兎も角、今のこいつを完治させる程の数を揃えるとなると、少なくても平民では手が出ないでしょうね。私も今までそんなに使ってなかったから余ってたお小遣いが、今回のこれでほぼ飛んでっちゃうわ。しばらく不自由するわね、これは」

 

 聞いた通りでした。そんなに高価な魔法薬とは一体どんなものなのでしょう。

ルイズにそう聞くとまだ手に入れただけで使ってない秘薬を見せてくれました。

見た目は水薬そのままですね。ちょっと青みがかった液体で、中で時々青い光がうねるです。その光るものが、混ぜ込まれている魔法なのだとか。

 治癒の魔法を混ぜ込み、飲むだけでも効果を表すこの秘薬、もう少し詳しく知りたいですね。魔法薬と言うのは私達の所にもあるですが、大体が媒体としての役割りしかないものです。飲むだけでも効果が出るよう魔法を混ぜる。つまり、薬に遅延魔法(ディレイスペル)を仕込むという事ですか?

 この術式を解明すれば、いろいろな事に応用出来そうです。後で、これを作れる人に教えてもらうとしましょう。もしかしたら遅延魔法(ディレイスペル)を飲むだけで補充出来るようになるかもしれないです。そんなことが出来れば、詠唱時間を節約出来るですし、使い切ってもすぐ補充出来るです。これはなんとしても覚える価値があるです。補充のための呪文詠唱は時間がかかるですし、戦闘中に使い切ってしまうと私の戦闘力は激減しますからね。それで反応が遅れて、何度氷漬けにされたか分かりません。

 

 「そういえば、何しに来たの?話するだけなら、こんな朝早くからくる必要ないわよね?って、そこの青いの!サイトの怪我を突つくんじゃないわよ!」

 

 タバサさんが包帯の上から杖の先端で怪我を突ついてます。

まだ完治どころか応急処置だけだと言ってたので、余り触ると傷口が開く可能性があるです。

 

 「タバサさん、何してるですか。怪我人をオモチャにしてはいけませんよ?」

 

 「あの動きがどうして出来たのかと思って。この左手にあるルーンが怪しい」

 

 突いて遊んでいるわけではなく、昨日のあの素早い動きの秘密を探っていたようです。突つく必要はない気もするですが。

 

 「昨日のあれはユエの剣のおかげじゃなかったの?」

 

 ルイズには説明してなかったですから、そう思ってしまっていたようです。

私が一から説明しますと、ふんふんと頷きながら聞いているルイズとシエスタさん。

この二人、結構気が合うのではないですか?身分の違いなどを度外視すれば、度外視出来れば良い友人になる気がするです。

 

 「今朝来た理由は、昨日焚き付けたお詫びに、魔法薬の節約に役立とうと思いまして」

 

 今回何度目かの説明をルイズにします。治癒魔法が使える事から高くて懐がピンチと聞いた事まで全部喋ります。

 

 「いや、確かに懐がピンチなのは認めるけど。誰よ、そんな事漏らしたのは」

 

 横でシエスタさんが目をそらしてソワソワしてるです。

そんなリアクションしてたらすぐバレるですよ。って、ほらルイズがじとっとした目で見てるです。

 

 「まったくこのメイドは口の軽い。普通なら手打ちにしてる所よ」

 

 「す、すいません!」

 

 こう聞いていた身分違いのアレコレがあまり感じられないのは、ルイズのせいですかね。普通に友達と接するような軽いノリで心地良いです。シエスタさんの方は本気で恐縮してるようですが、それは仕方ないのでしょうね。

 

 「余りゆっくりしてると、私達の朝食の時間がなくなる」

 

 くいっと服を引っ張るタバサさんにそう言われ、かなり時間を食っている事に気付いたです。

話し込んでばかりだったので、予想外に時間が立ってました。豪華な食事は困りますが、全く食べないのもお昼まで持たないくて困ります。授業中にお腹が鳴ったら恥ずかしいですからね。

 さっそく治療にかかりましょう。

 

 「じゃあ、さっそく治療して、私達も朝食に向かうです」

 

 「ユエは水のメイジだったのね。この秘薬使うなら渡すわよ?」

 

 そう言って先程見せてくれた魔法薬を取り出すルイズですが、私の治癒魔法に魔法薬は使わないのです。使うようならわざわざ私がやる必要がないですし。しかし、使わない治癒魔法ではあまり治らないとルイズとタバサさんに言われます。こちらの治癒魔法はどんなものなのか、今度見せてもらいたいですね。

 それより今は治療に専念です。

 

 「では、始めるです。少し下がってて下さい」

 

 まずは怪我の具合はどんなものかを見てみます。

魔法を使って全身をスキャンし、どこが怪我しているのか、どのような状態なのかを見て行きます。使う魔法は以前アリアドネーの保険医の先生が私の頭の怪我の具合を見る時に使った魔法です。出る結果を判断するのには、多少の知識が必要ですが、怪我の具合を見るだけですからそこまで難しくないです。

 

 検査中だよー(エクサミナームス)! 検査中ですわー(エクサミナームス)

 

 小さい人型の精霊が、使い魔さんの周りを廻って細かく検索していきます。

骨折箇所、裂傷箇所、その他打撲等、数十項目の結果が出てきます。保険医の先生は結果を紙媒体で出力してましたが、処分に困りますしカルテをつける必要もないので、アーティファクトを経由して結果を空中に投影します。

 ちなみにこの精霊、見た目はコレットと委員長(エイミー)が小さくなった感じです。どんな見た目でもいいのですが、試しにやって見たらなんかしっくりきたので、そのまま使ってます。委員長(エイミー)は顔を赤くして怒ってましたが。

 

 「ふむふむ、本当に酷い怪我ですね。特に右手は粉砕骨折してるです。

金属の塊をそのまま受けた訳ですから、そうなっても不思議ではないですが」

 

 「ちょちょちょ、なによそれーー!?」

 

 「わぁ、可愛いです!メイジってやっぱり凄いですねぇ!」

 

 「な、なんです皆さん?」

 

 出た結果をスクロールさせて読んでいたら、ルイズ達が一斉に私に詰め寄ってきました。あ、シエスタさんは、精霊の方に行き委員長(エイミー)形の方を頬ずりしてます。手をパタパタさせて嫌がるチビ委員長(エイミー)は、何だか可愛いですね。

 

 「ユエ!なによこれ!? こんな魔法見た事ないわよ!?」

 

 「これが東方の魔法?一体どんな効果が?」

 

 「え!?東方の魔法なの!?なんでそんなの使えるの?っていうかこれって一体・・・!」

 

 何やらルイズ達が騒ぎますが、なぜでしょう?って、そうです。そう言えばこちらではこの手の魔法は宗教上タブーになるのではなかったでしょうか?それでルイズ達は騒いでいるのですね。誤魔化すのもいいですが面倒です、普通に話して口止めするにとどめましょう。

 

 「落ち着くですよ、二人とも。これは私の国で使われている治癒魔法の一種です。体の怪我等の状態を調べるのに使ったです。今怪我の状態を見たので次は治療に入るです。もう少し待って下さい、終わったらちゃんと質問に答えるですから」

 

 「これ、東方の治癒魔法なの?なんか凄そうね」

 

 ルイズがコレット型を興味深そうに突きながら聞いてきます。

 

 「えぇ。体の状態を見るだけの物ですが、かなり細かく見れるです。

知識さえあればどんな病気や怪我でも見つけられます。原因が分かれば、あとは治す魔法を探すか作ればいいので、診察によく使われるです」

 

 まぁ、呪文を作る何て事はそうそうしませんが。大抵の呪文はアーティファクトですぐ見つけられる私にはとても便利な魔法です。そんなに治癒魔法使いませんが。

 

 「え?どんな病気でも分かるの?」

 

 「完全に分かる、とは言えませんがどこが悪いのかくらいは分かるです。悪い場所が分かったらあとはそこを注意深く検査して治して行けばいいので手間がかなり省けるのですよ」

 

 説明すると、ルイズは何やらブツブツいいながら考え込み出したです。

一体どうしたのでしょう。まぁ、私もよく考え込むので人の事は言えないですね。自分で再起動するまで放って置きましょう。

 

 「ユエ、この魔法は病気の原因とかも分かる?」

 

 「まぁ、大体の物は分かるですよ?」

 

 「なら例えば、何かの魔法薬を飲まされておかしくなっても治せる?」

 

 何か具体的ですが惚れ薬などの効果がかかってるかとかも調べる事が出来るですから、大丈夫じゃないですかね。他にも、ネギ先生の故郷の人達を助ける為に、このかさんとアーティファクトでいろいろな解呪や解毒の呪文を調べていたので、大半のものは治せる自信があるです。

 私自身にも、遅延魔法(ディレイスペル)を使い、常に20種類近くの解呪解毒呪文を埋め込んでいますから、ちょっとした状態異常は即座に解除出来るです。

 

 そう言うと、今度はタバサさんまで止まってしまいました。

まぁ、きっと込み入った事情があるのでしょう。無理に聞くのも野暮ですし、さっさと治療に戻るです。

 怪我の箇所はほぼ分かったので、あとはそこを治すだけです。このかさんの様に全身一気に出来るほど魔力がないので、まずは右手から行くです。

 

  [治癒](クーラ)

 

 呪文に反応して、右手の怪我が光出します。治り切るまでゆっくり魔力を流し込みながら制御を続けるです。下手に大量の魔力を流し込むと、その魔力が体の中で暴れて熱が出たりするので慎重にやらねばなりません。

 

 「ふぅ、次です」

 

 何箇所もある怪我を同じ要領で治していきます。いつの間にか復活したルイズとタバサさんも何か食い入るように見てくるです。ちょっと緊張するですね。

 一人、まだ解除してなかった精霊達を胸に抱いてクネクネしてるシエスタさんはどうしたらいいでしょう。まぁ、それも後にするです。

 

 三十分ほどで、大体の怪我を治して息をつきます。こういう怪我は、いつもこのかさんが治すので、余り手際良くとは行きませんでした。もっと精進しなければならないです。

 

 「えっと・・・、治ったの?」

 

 「大体は、ですね。まだ寝てますが、しばらくすれば起きるのではないですか?」

 

 呆然とした様子で尋ねてくるルイズにそう返して、凝り固まった背中を伸ばすです。こんな大物を治す機会そうそうないですから、いい勉強になったです。

 人の不幸を教材代わりにしたようで少し心苦しいですが、そこは諦めてもらうととするです。

 

 「わぁ!凄いです、ユエさん!もう、全然怪我が無くなってます!」

 

 シエスタさんが、未だに精霊を抱きしめながらそう褒めてくれます。

なんか精霊がぐったりしてるですが、何したですか?

 

 「私でもどうにか治せて良かったです。思ったより時間がかかったので、急いで朝食に向かいましょうタバサさん」

 

 まだ再起動してなかったタバサさんにそう声をかけ、精霊達を解除します。

 

 「あぁ!もっと撫でたかったのにっ」

 

 シエスタさん、また今度出して上げますから我慢して下さい。

 

まだボーッとしているタバサさんの手を引いて扉まで行きます。本格的に時間が無くなってきたので、ちょっと[扉](ゲート)で飛んでしまいましょう。

 

 「それでは、後はよろしくです、シエスタさん。私達は朝食に行くです」

 

 「あ、はい。分かりました。サイトさんの事はお任せください」

 

 「ッハ!?ユ、ユエ!!」

 

 急にルイズが振り向いて叫びました。そんな大声出さなくても大丈夫です、一体なんでしょう。

 

 「えっと、あの、治してくれてありがとう。これだけ治れば、水の秘薬ももう使わないで大丈夫そうよ。お礼を言うわ」

 

 「お役に立てたようでなによりです」

 

 「そ、その、もしよかったらでいいんだけど、いつか私の姉様も見てもらえないかしら?姉様は病気でずっとベットから出られないでいるの。治そうといろんな水のメイジに見せたけど、誰にも原因すら掴めなかったのよ。今の東方の魔法ならもしかしたら分かるかも知れないの、だからお願い。一度でいいから、頼まれてくれない?」

 

 さっき考え込んでいたのはそれですか。私は治癒を専門とする魔法使いではないので、治せない可能性もあるのですが、それでも良いと言うのならそのうち試してみましょう。

 

 「ありがとう!こ、今度時間があったら、ついて来てもらえるかしら!?

ここからはちょっと遠いけど、馬車や旅費は全部私が出すから!」

 

 「えぇ、いいですよ。では、その時は教えて下さい。できる限りの事はするです」

 

 治せるかは分かりませんが、ルイズの頼みを了承すると、彼女は満面の笑みを浮かべてお礼を言いました。整った顔の人の笑みは強力ですね。同性とはいえ、くらっと来たです。

 輝く笑顔で手を降るルイズに挨拶して、私はタバサさんを連れ、食堂まで飛びました。一瞬で食堂に着いた事にタバサさんが目を白黒させているですが、構わず手を引いて入ります。かなり遅刻してますからね、急がないと食べられなくなるです。

 

 「あんた達遅いわよ?二人して何してたの?」

 

 キュルケさんがようやくやってきた私達に文句を言います。

確保してくれていた隣の席に着き、出された豪華な朝食を食べ始めると、先程までの事をキュルケさんに話します。

 

 「そんな事してたの。酷いわ!私を除け者にして二人で楽しんでたのね!?」

 

 「なんのノリですか、それは」

 

 わざわざハンカチを出して噛み締めながら妙な演技をするキュルケさんにツッコミしながらパクついていると、横からタバサさんがなんとも言えない目で見てくるです。

 

 「えーっと、タバサさん?どうしたですか?」

 

 「ん、なんでもない。いつか頼み事をするかも知れないから、その時に言う」

 

 「はぁ・・・?」

 

 何かあるんでしょうが、今はいう気がないようです。

すでに朝食しか見ていないタバサさんですが、その目の奥に見覚えのある光があるのに気付きました。見覚えはあるのですが、一体どこで見たのでしょうか?

 喉の奥に小骨が引っかかっているような、妙な違和感が拭えません。いつも見ていた気がするその光の正体を考えていると、いつの間にか殆どの人が居なくなっていました。

 

 「もう皆行っちゃったわよ。もうすぐ授業だし、急がないと遅れるわよ?」

 

 来るのが遅すぎたですね。折角早く起きたと言うのにその殆どを世間話で使ったからでしょう。後悔するつもりはないですが、次からは気をつけるです。

 遅れたとしても走って行く必要はないですから、まだマシですね。麻帆良では、寮から学校まで遠いのでかなり走らないといけないですが、ここはすぐ隣の塔で授業をするのでそこまで急ぐ必要はありません。まぁ、だからと言ってゆっくりもしていられない時間ですが。

 

 「タバサももう行くわよ?」

 

 「あとこれだけ」

 

 最後に食べる為に残していたらしいハシバミ草のサラダを一気に頬張り、ようやく彼女も食べ終わりました。いえ、まだモグモグとやってるですね。ハムスターの様に頬が膨らんでいるです。そのままキュルケさんに手を引かれて食堂を出て行きます。

 後ろからついていく私は、その後姿を見ながら先程の光の正体に思いを馳せます。

彼女の私より小さい身体と、それに似合わぬ大きな杖。メガネの奥で輝く・・・あぁ、思い出したです。どうしてすぐ思い出せなかったのですか。あれほど見ていたはずなのに、忘れるとは。

 

 「どうしたのユエ?早く行かないと遅刻するわよ?」

 

 「さっきの奴を使えばすぐ」

 

 「さっきのって?」

 

 「ルイズの部屋から、一瞬で食堂に来た」

 

 さっきの[扉](ゲート)の事をキュルケさんに教えるタバサさんを見てると、やはり少し似てる気がするですね。低い背丈とその背以上の杖。年齢と反比例するその落ち着き。そんな所が少しネギ先生に似てるです。あの光も、先生が故郷の人達を思い出している時に見せる光と同じでした。七年立った今でも、あの雪の日から抜け出せないネギ先生。強くなり、世界を一時的にでも救うほどの力を手にしても、未だ消えることのない探求の光。彼と同じ光を灯す彼女は、一体何を失ったのでしょう。もし私で役に立つなら、是非頼って欲しいです。

 

 「ユエ、不用意に使うなって言ってるのに、もう。

でも、私も体験したいわ。教室まで行ってくれる?」

 

 キュルケさんがそう言って私の手を握ります。反対側からはタバサさんが杖を振れるように、手ではなく服の裾を握って準備します。まぁ、そう言うなら行きますか。

 

 「分かったです。しっかり掴まっていて下さい。行きますよ?」

 

 [扉](ゲート)を発動させて、一気に教室まで飛びます。初めての魔法に興奮気味のキュルケさんに振り回されているタバサさんを見ていると、不意に目が合いました。

 

 "私程度で良かったら、いつでも力になるです。遠慮なく言って下さいね?"

 

 こんな私でも白き翼(アラアルバ)の一員です。少しくらいの助けにはなるでしょう。

 

 突然頭に響いた私の念話に驚くタバサさんを尻目に、教室に入るです。

入った瞬間、ザワっと皆が騒ぐですが、気にせず席に着きます。

 

 さぁ、この世界の魔法をいち早く覚えて、誰かの力になれる魔法使いになるです。そう、ネギ先生のような立派な魔法使い(マギステル・マギ)に。

 

 

 




と、いうわけで第六話でした。
なんともいろいろ強引な感じになっちゃいました。
もう少しキャラの落とし込みをしないと、自然に動かせないようです。
両方の原作を読み直して、キャラのイメージを固める作業をしなければ。

でわ、次回頑張ります


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ゼロの旅7

誤字脱字が止まらない。
もっと慎重に更新していかねば。

誤字脱字の報告をくださる方、ありがとうございます。
即座に気づかれないよう修正しています。
あ、気付いてますか、そうですか。

さぁ、今度は無いと思いつつ第七話れっつごぉ


 何やら視線が痛いです。

 

 授業を受けている私を、周りの生徒達がジロジロと見て来ます。ただでさえ、今まで女子校ばかりで教室に男子生徒が居る事に慣れないと言うのに、この客寄せパンダ状態。一体なんなのですか。

 

 「うふふふふ。ユエ、人気者ね?」

 

 「一体なんなのです、この注目度は?」

 

 「昨日の決闘で、あの使い魔君と一緒にあなたも注目されてるのよ。あの剣さばきは見事だったものね。んふふ。あなたが男の子だったら、私のベットに招待してる所よ?」

 

 「タバサさん、貴方の友人が変態です。どうにかしてください」

 

 「無理」

 

 「ちょっと!?男の子だったらって言ったでしょう!?」

 

 即座に答えるタバサさんと、慌てるキュルケさんを尻目に教室をぐるりと見回します。誰もが興味深げに見てくるこの状況は少々予想外です。

 そこまでの事はしてないはずなのですが、あれぐらい誰でも出来るはずです。

 

 「いや、普通出来ないわよ?」

 

 キュルケさんが何やら引き気味に言って来ますが、身体強化すれば簡単なはずです。何故そんなおかしな事の様に言うのでしょう。

 

 「身体強化って、何?」

 

 タバサさんがグリっと顔を向けて聞いてきました。またしても目が光ってます。どうにもタバサさんは強くなる事に貪欲です。それこそ、あの夏休み前の先生のように。じーっと真剣な、それでいて追い詰められている人の様な鬼気迫る、気迫のこもった目で凝視してきます。

 

 「身体強化と言うのは、魔力を使って身体能力を強化する事です。10メートル、20メートルを垂直飛びするくらいは、簡単に出来るようになるです」

 

 [戦いの歌](カントゥス・ベラークス)は使い出すと、結構便利なので事あるごとに使ってしまいます。日常生活でも、結構重いものを持つ事が多いですが、この魔法はそんな時にも役立つ物なのです。図書館探検部などでもちょっと遠い所に行く時や、本を移動させる時などで使い倒しました。使い過ぎてすっかり特別な物と言う感覚が無くなっていたです。

 よく考えたらこちらには身体強化の術式がないのですね。魔法使いは皆使える物と思っていましたから気付きませんでした。迂闊でしたね。

 

 「あー、君達。一応授業中なので、ちゃんと聞いてて欲しいのですが?」

 

 教壇に立っていたコルベール先生が、困った様子で注意して来ました。

いけません、もう授業は始まっていたのでした。折角オスマンさんが機会をくれたのですからしっかり勉強しなければ。

 

 「ミス・ファランドール。折角なので貴方にやって貰いましょう。

火を灯して、それを大きな火の玉にしてみて下さい」

 

 「はいです」

 

 火を起こす魔法は、私達の魔法では初心者用の基本魔法ですが、こちらでは火の魔法の基本というだけで、魔法全般の基本ではないそうです。

 この世界の魔法は、属性を足して行く事で威力を上げる仕組みで、個人での最大は4つまでだそうです。魔力のボールを一つ、二つと持って魔法を使うイメージでしょうか。今から実践する魔法は、一つのボールで作った火にもう一つ足して火を大きくすると言うやり方です。出来るかどうかで、ドットかラインかが分かる訳です。

 この時点で私達の魔法とはかなり違うですね。その辺りを把握した上で実践しなければなりません。

 

 「では、行くです」

 

 気合いを入れて呪文を唱えます。先に聞いていた呪文をゆっくりと、一言ずつ魔力の動きを確認しながら唱えますが、唱え終わっても魔力は流れず、魔法は発動しませんでした。錬金の魔法の時と同じで完全な失敗です。

 

 「ふむ、何も起こりませんね。呪文は間違ってないですが」

 

 どうも魔力の流れがおかしいです。呪文に伴うはずの魔力が、まるで動きません。呪文を唱えて、呼吸などで取り込んだ魔力を杖に向かって流して行くのですが、魔力のボールを作る事も出来ず、完全な素通りです。少しだけ反応するのは私自身が持っている魔力のみです。

 

 世界に満ちている魔力を引き寄せて制御するのに使うのが自身に内包している魔力の使い道で、その魔力が多ければ多いほど集められる魔力が多く、威力の高い魔法が使えるです。しかし、ここの呪文はその制御用の魔力にしか反応しません。おかげで発動に必要な魔力量が得られず、魔法が発動しないようです。

 ふむ、まだ確証はないですが、もしかしたらこちらの魔法は私達の魔法とはもっと根本的なシステムが違うかもしれないです。

 

 「ミスタ・コルベール。次は私がやりますわ」

 

 キュルケさんが自信たっぷりに手をあげます。彼女は火のトライアングルと言っていたですし、これくらいなら簡単でしょう。

 

 「では、ミス・ツェルプストーに見本を見せて貰いましょう。ミス・ファランドールはしっかり見てて下さいね?」

 

 「えぇ、もちろんです」

 

 前まで出てきたキュルケさんが杖を構えます。すぐそばに陣取って、何も見逃さないよう神経を研ぎ澄ますです。キュルケさんは爆発しないでしょうから、障壁のお世話にはならないですね。

 

 「じゃあいくわよ、ユエ?」

 

 「えぇ、いつでもどうぞです」

 

 キュルケさんが呪文を唱えます。やはり彼女の呪文と共に動くと思われた周囲の魔力は一切動きを見せません。そして、代わりに彼女の中からかなりの量の魔力が流れて来ました。今のはどういうことでしょう?

 思ったとおり周囲にある魔力は一切使わなかったですが、発動した時の魔力は周囲の魔力を使った物と遜色無い量でした。つまり彼女は世界の魔力を借りるのと同じ位の魔力を宿しているという事ですか?

 

 キュルケさんはそのまま火を大きくして行くですが、やはり周囲の魔力を使っていませんでした。全て自分が持っている魔力だけで魔法を発現しているようです。

 発現している魔法はそれなりの威力になるです。これだけの威力を出すのが自力の魔力のみとは、内包魔力がネギ先生並にあるという事ですか?

 

 「ふむ。ミス・ツェルプストー、もういいですよ」

 

 「分かりましたわ。どうユエ、参考になった?・・・ユエ?」

 

 「ッハ!は、はい。ありがとうございました」

 

 考え込みすぎました。

 しかし、どうやら魔法を使う際の魔力の出処が私達と違うようです。全て自分の魔力のみで魔法を発現させるのが、こちらの魔法のやり方みたいです。私がこちらの呪文で魔法を発動出来ないのは、その辺りが原因のようです。

 

 「もう一度やってみるかい?ミス・ファランドール」

 

 「いえ、今回はやめておくです」

 

 もう少し検証が必要です。私の予想通りなら、どんなに頑張っても私にはここの魔法が使えないという事になるです。

 全てを自分の魔力のみでしか魔法が使えないのなら、内包魔力量が一般魔法使い程しかない私ではまず無理ですね。知り合いの中でも、ネギ先生やこのかさん、エヴァンジェリンさん達なら使えそうですが、他の人は無理でしょう。

 

 ふぅむ、こちらの魔法を極めようと言うのは無理かもしれませんね。残念です。

しかし、自力のみだけだと、それほど魔法が使えないのではないでしょうか?

すぐ魔力切れを起こしそうな気がします。その辺りも検証していかなければいけませんね。

 

 

 

 

 授業が終わりお昼休みになりました。

皆でドヤドヤ食堂にやって来て席に着きます。食事は豪華過ぎて食べ切れないほどの量で、毎度残してしまうので心苦しいです。

 

 「ユエ、ここに居たのね」

 

 「おや、ルイズ。もう看病はいいのですか?」

 

 いつの間にかルイズが隣に座っていました。

 

 「貴方のおかげで、もうほとんど治ったからね。食事に出てる間だけ、あのメイドに任せてきたのよ」

 

 ずっと付いてるのも大変ですからね、少しぐらい休憩するのも悪くないです。

 

 「あら、ルイズ。授業サボっちゃだめじゃない?」

 

 「サボってないわよ!バカな使い魔の看病してただけなんだから!」

 

 私の隣に座っていたキュルケさんが席に着いたルイズをからかい出しました。

それにすぐ噛み付くルイズ、その感じが明日菜さんと委員長さんとの言い合いを思い起こさせるです。他の生徒達がルイズをからかう時はもっと剣呑な雰囲気を漂わせるですが、この二人だと仲良くケンカする猫とネズミのように見ていてもハラハラしません。

 

 「くくくくぬぉ、ツェルプストーめ!」

 

 「なーにかしら、ヴァリエール?」

 

 まぁ、本人達は結構本気でやってるようですが。

 

 食事が運ばれて来て祈りの時間になったので、二人のじゃれ合いも中断です。

まだ覚えきれてないお祈りを誤魔化し、昼食にかかります。

人が多いので、西洋のコース料理の様に一皿ずつではなく、テーブルに一人分一気に置かれます。前菜、スープ、メイン、そしてデザート。

 今日のデザートはクックベリーパイとか言うもので、なかなか美味しそうです。

 

 「んふふー♪このクックベリーパイは私の大好物なのよー♪」

 

 パイを頬張るルイズは、とても幸せそうな笑顔を浮かべています。相当好きなんですね。確かに美味しいですね、このパイ。クックベリーと言う木苺に似た果物の酸味と、間に挟んだクリームの甘みがなんとも美味しいです。もしや、これを食べるために看病を代わってきたのではないですか?

 

 「それでルイズ、アンタがわざわざ私の近くに座ったのには何か理由があるんでしょ?一体何企んでるのよ?」

 

 「企むってなによ。私はユエに話があったのよ」

 

 「そう言えば、前にお茶に誘った事があったですね。どうせなら食後にお茶でも飲みながら話しますか?」

 

 「あ、う、うん。お願いするわ」

 

 少し顔を赤くしながら頷くルイズ、それをニヤニヤしながらキュルケさんが見ています。その視線を感じたのか、ジロリと睨みつけ、

 

 「なによ、気持ち悪いわね?」

 

 「なんでもないわよぉ。そうだ、私もお茶会にお呼ばれしようかしら」

 

 「な!?あ、あんたなんかお呼びじゃないのよ!」

 

 また始まりました。こう言うのはほっとくのが一番ですね。その間にキュルケさんの横に居るタバサさんはどうするか聞いてみるです。

 

 「タバサさんはどうします?」

 

 「行く」

 

 彼女はいつも簡潔です。こんなしゃべり方をする人が麻帆良にも居たですね。

キャンキャンとケンカしながらもデザートを片付けて行くルイズ達に遅れないよう、手のスピードを早めます。

 うん、美味しいです。

 

 

 

 昼食後、中庭のカフェのようにテーブルが並べてある所までやって来ました。周りにはいろいろな幻獣と戯れる生徒達が沢山います。なんでも、呼び出した使い魔とのコミュニケーションを図るのがここ数日半日で授業が終わる理由なのだそうです。確かに折角呼び出したのに、授業でまったく会えなかったら呼んだ意味が無いかもしれないです。

 

 「それで話ってなんなのよ?」

 

 「なんであんたが仕切ってるのよ!?というか、あんたに用はないんだから、どっか行きなさいよ!」

 

 「ユエの友人としてヴァリエールが変な事しないように見てないといけないのよ」

 

 「変な事ってなによ!?」

 

 「言わせるの?ルイズのエッチ!」

 

 「キュルケさんは何を想像したですか」

 

 「もう手遅れ」

 「どういう意味よ!?」

 

 席に着いてお茶が運ばれてくるのを待ってる間にまた二人のじゃれ合いが始まりました。キュルケさんがからかい、それにルイズが噛み付く。見た目は全然違いますが、麻帆良の教室に居るような錯覚を起こしそうな光景です。

 

 「まったく、何をアホな事言ってるです。それでルイズ、話とはなんですか?」

 

 放っておくといつまでもやってそうなので、自ら水を向けます。午後に授業がないとはいえ、そんなにのんびりもしてられません。

 そんな所でお茶が運ばれてきました。このお茶は見た感じ普通の紅茶です。ここは貴族の嫡子やら子女やらが通う学校なので、お茶も高級品なのだそうです。それでも、最高級品である東方からの輸入品には届かないとか。世界中のどこからでも輸入できる現代とは、こんな所にも違いが出るですね。

 

 「あ、うん。えーっとね…」

 

 「その前にユエ」

 

 ルイズがしゃべり出そうとした所にキュルケさんが割り込んできました。

出だしを邪魔されて、ルイズの機嫌も急降下して行きます。

 

 「ちょっとツェルプストー、邪魔しないでもらえるかしら?」

 

 「悪いわね、ヴァリエール。すぐだから、ちょっと待ってくれるかしら?」

 

 先程の様に噛みつき返さず、私に向き直るキュルケさん。そのいつもと違う反応に、ルイズが呆気に取られています。割と真剣な顔でこちらを向きながら、

 

 「ユエ、私達友達よね?」

 

 いきなり何を言い出すのですか。確かに知り合って二日ですが、こちらで出来た大事な友人です。確認するまでもないです。

 

 「えぇ、そうですが、改まってどうしたです?」

 

 「ユエ・・・、なんで私達はさん付けで、ルイズは呼び捨てなのよ?

私達の方が早く友達になったのに、他人行儀なのは酷いじゃない!」

 

 なんですか、それは。

まぁ、確かにキュルケさん達はさん付けでしたが、他人行儀にしてるつもりはないですよ。

 

 「ねぇ、タバサ。ユエってば酷いわよね?」

 

 「どっちでも」

 「酷いわよね!?」

 

 「うん、酷い」

 

 タバサさんも面倒なのかキュルケさんに言われるままになってます。

 

 「キュルケ、そんな事はあとでいいでしょう?」

 

 「ダメよ!こういうのは早目にしないとずっと続くんだから!」

 

 タイミングを外すとなかなか呼び方と言うのは変えられないですからね。

言いたい事はわかるです。

 

 「えーと、キュルケ。これでいいですか?」

 

 「えぇ、そうよ。タバサもちゃんと呼んであげてね?」

 

 「・・・わかったです。タバサもいいですか?」

 

 「ん。」

 

 キュルケさん、いえ、キュルケに抱えられながらも本を手放さないタバサも頷きます。そんな彼女達を微妙に呆れた様子でルイズが眺めてます。

 

 「えーっと、キュルケ。もう私の話に入っていい?」

 

 じとっとした目をしたままルイズがキュルケに確認します。

 

 「えぇ、もういいわよ。ずずいっと話始めちゃって?」

 

 「はぁ・・・。どうもありがと」

 

 疲れた感じでため息をつくルイズ。まぁ、気持ちはわかるです。

出鼻を挫かれぐったりしたルイズは、うまく切り替えられないようで、そのまま話を始めます。

 

 「とりあえず、サイトの治療のお礼を言うわ。ありがとう、おかげで水の秘薬も予定の半分以下で済んだわ」

 

 「それはなによりです。それで、それだけではないのでしょう?

それだったらこうやって改まる必要もないですからね」

 

 今朝もお礼は言われたですしね。

彼女の様子はもうちょっと込み入った話があると語っているです。

 

 「えぇ。実はユエが最初私の魔法を見学した時の事を聞きたいのよ」

 

 「あぁ、あのユエを巻き込んだアレねっ!真っ黒にされて災難だったわね」

 

 「もう!キュルケは黙ってて!」

 

 ルイズの魔法で吹き飛ばされたのも、まだ一日しか立ってないんですね。

もっと時間が立ってる様な気がするです。一日が濃いせいでしょうか。

 

 「それでね?あの時ユエ、私が失敗する直前何か言ってたでしょう?

その時の事を聞きたいのよ」

 

 あの爆発する直前の事ですか?

 

 「何か言いましたかね?」

 

 「えぇ、言ったわ。強すぎる。って」

 

 そう言えば言ったですね。シュヴルーズ先生の見本の時と比べて五倍以上の魔力が流れてたので、思わずそう言ったんでした。

 

 「そういえば言ったですね。それがどうしたのですか?」

 

 「まさか、ルイズ。ユエが余計な事を言ったから失敗したんだっていちゃもん付ける気じゃないでしょうね?」

 

 「そんな恥知らずな事する訳ないでしょう!?

言って好い事と悪い事があるわよキュルケ!」

 

 「じゃあ、一体なんなのよ?」

 

 「それをこれから話そうってしてるんでしょう!少し黙ってなさいよ。ほらそこの青いのでもいじって時間潰してなさいよ!」

 

 ちょくちょく邪魔されてルイズが文句を言います。黙らせるためにタバサを生贄にするとは、やりますね。何をかは知りませんが。

 

 「タバサよ?覚えておきなさい。まぁ、しばらく黙っててあげる。

タバサぁ〜、イチャイチャしましょぉ〜?」

 

 「衛兵を呼ばなきゃ」

 

 「冗談よ!?本気で嫌がらないでよ!」

 

 二人がじゃれ合って邪魔されない間にルイズの話を聞くとしますか。

 

 「それで、私に聞きたい事とは?」

 

 「うん。あの時貴方は強すぎると言ったわ。一体何が強すぎたと言うの?私は知っての通り、今まで魔法が成功した事は一切なかったわ。そして、誰に聞いてもその原因は分からなかった。私の両親もかなりの腕前を持つメイジなんだけど、それでも何一つ分からなかったわ。結局私の努力不足って事になったけど」

 

 そう言ってルイズは今までの事をポツポツと語り始めました。

一度も成功せず、すべて爆発する。ついた二つ名はゼロのルイズ。

 ちゃんと使いたいけど、どんなに練習しても、どんなに魔道書を読んでも、失敗しかしない。誰に聞いても答えは出ず、失敗の原因も分からないので、どうにもならなかったのだとか。

 

 チラチラと気まずげにキュルケの方を見ながら、それでも自分の事を話し続けるルイズ。そんなルイズを気にせず聞いてないフリをしながら、タバサとイチャつくキュルケ。そして、とても迷惑そうなタバサ。

 

 「そんな中、貴方が、ユエが言ったのよ。爆発する寸前、いつもの失敗する直前に強すぎる、って。初めて具体的な注意が出来た人なのよ、貴方は。だからどうしても聞きたかったのよ。一体貴方は何に気が付いたのか、何を知っているのか。本当は、今朝聞けば良かったんだけど・・・」

 

 「今朝は急いでたですしね。タイミングがなかった訳ですね」

 

 「えっと、それもあるけど、単にユエの治癒魔法の印象が強すぎて忘れてただけよ。

気付いたのは、ずっと後だったものだから、一日付いてる予定だったのをメイドに任せてこうやって出て来たのよ」

 

 顔を赤くしながら目をそらし、気まずげにそう呟きます。

あー、そんなに衝撃的でしたか。まぁ、私も初めて魔法を見た時は他の事を気にしてる余裕はなかったですしね。初めて見る時はそんなものなのでしょう。

 

 「ユエ、お願い。貴方が何に気付いたのか教えて?私の魔法はどうして失敗するのか、何で爆発しかしないのか、貴方の知っている事を教えて下さい。お願い・・・」

 

 深刻な、そして真剣な顔で私に教えをこうルイズを見て、一瞬キュルケが止まったですが、すぐ再起動してタバサ弄りに戻ります。

 

 「ルイズ、私はまだこちらの魔法もよく分からないですし、使う事もできない未熟者です。東方の魔法は使えますが、そちらもまだまだ半人前。貴方の悩みを一切合切解決出来るほどではありません。それでもいいのなら、私の知識で分かる範囲で良いのならお答えします」

 

 「それでいいわ!それだけでも誰も教えてくれなかったんだもの。東方の知識でなら少しは糸口が掴めるかも知れないわ。お願い、お金でもなんでも欲しい物ならなんでもあげるから、お願い!」

 

 「ルイズ、貴方が欲しいとか言われたらどうするの?」

 

 「む、無論構わないわ!」

 「構ってください。キュルケも真剣な所でチャチャ入れないで下さい」

 

 今まで我関せずを貫いていたはずのキュルケがまたチャチャを入れてきました。今はそんな時でないですのに、まったく。

 

 「ごめんごめん。つい耐えられなくなって。もう終わりまで黙ってるから。ほらタバサ、チューしましょ〜?」

 

 「衛兵ー」

 「そこはツッコミが欲しかったわ!!」

 

 どうやら思いの外重く、真剣な話だったので耐え切れなくなったようです。いつもからかっている相手の真剣な話がどうにも聞いていられなかったのですね。しかも、自分からここに座ったものだから、今更立ち去る事も出来なかったようです。

 

 「ふぅ・・・、話の腰が折れたですが、欲しい物は今の所ないですから、別にいいです。無論、ルイズが欲しいなんて事も言いませんから、安心して下さい」

 

 「じゃ、じゃあ、教えてくれるの?」

 

 「えぇ、私に分かる範囲でなら」

 

 「ありがとう!」

 

 本当に嬉しそうにお礼を言うルイズ。これは全力で行かねばなりません。アーティファクトも使って、必ず原因を見つけて見せるです。

 

 「話終わった?」

 

 「聞いてたでしょ?終わったわよ。だからあんたもそろそろその変態行為やめなさいよ」

 

 「変態行為ってなによ。友達通しのスキンシップじゃない」

 

 「汚された」

 「そこまでしてないわよ!?」

 

 手持ち無沙汰だからと、タバサを弄りすぎです。まぁ、殆どは頬ずりやらなんやらしてただけですが。

 

 「キュルケ、スカートに手を出すのはやり過ぎですよ」

 

 「ほら、タバサって余り表情変えないじゃない?こうして恥ずかしそうにするのがなんか楽しくて」

 

 「・・・迷惑な奴ね」

 

 ルイズも呆れています。本当にハルナのような性格してるですね。

 

 「さて、ルイズの質問に答えるには、ここではいろいろと問題です。どこか人目の無い所に行きましょう」

 

 「ここじゃダメなの?」

 

 ルイズが不思議そうに聞きますが、もうここでは無理でしょう。

お茶に手を付けずに真剣に話し合うルイズと、その横には普段は仲の悪いキュルケが居て、しかもタバサにセクハラしてる訳ですからね。実はとても注目されていたです。カフェに居る生徒達は皆チラチラと興味深げにこちらを見ているです。

 

 それに気付いたルイズも移動に賛成した。すっかり冷めたお茶を一気に飲み干し席を立ちます。

 

 「まったく、キュルケのせいでとんだ手間だわ」

 

 「ちょっとやりすぎたかしらね」

 

 全然反省してないですね、キュルケ。

悪びれもせず口笛を吹いてるです。それをジト目で見るルイズとタバサ。

 

 「とりあえず移動です。どこか人目の無い所を知りませんか?」

 

 私が聞くとキュルケとルイズが空を見ながら考え込みます。

ここに来て間もない私は考えても出てこないので、結果が出るまで待つだけです。

 

 「この時間なら演習場に行けばいい」

 

 タバサがそう言い、二人もそうかと納得したように手を打ちます。

 

 「演習場ですか?」

 

 「えぇ。攻撃魔法の練習をする所よ。三年生になると簡単な攻撃魔法を教えられるのよ。で、その場所が演習場」

 

 「なるほど」

 

 訓練場なのですね。魔法を撃ち放つのでそれなりに広く、授業以外で訪れる生徒はそう居ないそうです。

 

 「ならばそこに行きますか。ちょっと確かめたい事もあるですし」

 

 「確かめたい事?」

 

 「えぇ。私では、ここの魔法が使えない可能性があるです。その理由を確かめる必要があるので、ついでに確かめさせて貰おうと思うです」

 

 キュルケが魔法を使った時の魔力量、他の人の物も一緒に細かく調べて見るべきです。それによっては、ここの魔法習得に影響が出るです。

 理由さえ分かれば、そこを改善すれば習得出来る可能性が出て来るです。

 

 「じゃあ、行きましょう?時間は有限よ、急がなくちゃ」

 

 「そこまでじゃないでしょーが。ま、ユエこっちよ。ここからちょっと歩けば着くわ」

 

 確かにこのまま話していたらすぐ暗くなってしまうです。

キュルケを先頭に演習場まで歩きます。生徒達の視線を気にしながら学院から出て、少し歩いた所にある林を抜けると広い場所に出たです。草原が広がり、少し向こうには、魔法の的になりそうな崖があります。ここが演習場らしいですね。

 

 「着いたわ。予想通り人は居ないわね。ここなら大丈夫でしょ?」

 

 「えぇ、そうですね。ここなら多少私の魔法を使っても見咎められないでしょう」

 

 「あぁ、ちゃんと分かってたのね。もう言った事すっかり忘れてるんだと思ってたわ」

 

 キュルケがそう皮肉を言います。まぁ、使うなと言われているのにバンバン使う私が悪いのですが。

 

 「で、どうするの?」

 

 「そうですね。まずは、ルイズに魔法を使って貰いますか」

 

 「ルイズに使わせると、また吹っ飛ぶわよ?」

 

 キュルケがそう止めて来ますが、やらなければ話が進みません。

 

 「そうしないと話が進まないのです。ではルイズ、一発あの崖に向かって撃ってください。貴方の魔法を私は一回しか見てないので、あの時の感覚が勘違いである可能性もあるですから、もう一度見てみる必要があるです」

 

 私が魔法を使わせる理由を説明すると、ルイズも戸惑いつつも一歩前に出て杖を構えます。

 おっと、忘れてました。

 

 [調べるデスー](エクサミナームス)

 

 検査用の精霊を召喚して、ルイズの周りに配置します。今度の精霊は私を小さくしたヴァージョンです。以前に墓守り人の宮殿で使ったような有線ではないので、フヨフヨと自由に飛び回っています。

 

 「わ!わ!なにそれかわいいじゃない!?」

 

 「また出た」

 

 この中ではキュルケだけが初見なので、大いに騒ぎます。

浮かんでいる私型の精霊を前後左右から眺めてわーわーとはしゃぐキュルケ。

 

 「あ、やっぱり紐なのね」

 「何してるですか!」

 

 アーティファクトを出して準備してると、いきなりチビゆえのスカートをめくり出すキュルケにすぐさまツッコミをするハメになったです。

 

 「ユエと初めて会った時もめくってた」

 

 「何してくれるですか」

 

 初めて会った時とは、気絶していた時ですかね。

人の気絶中に何してるですか、まったく。

 

 「ユエ、こんなの出してどうするの?私、どこも怪我してないわよ?」

 

 「今回のこれは、怪我などではなく、魔力、こちら風に言うと精神力の流れを見るのに特化させたものです。魔法を使う時、精神力を使うのは分かるですね?その魔法を使う時に精神力がどう動くのかをしっかり見れば、何かしら分かるかと思いまして」

 

 この魔力探査に特化させたチビゆえで、くまなくルイズの魔法を調べます。魔力の出処から、集まり方、流れ方と全てを観察すれば、大体の事が分かるはずです。その上で、ルイズが魔法を失敗する理由を考えていく予定です。

 

 「まぁ、全部ユエの好きにしていいわ。私じゃ何も分からないしね。

それで、もう撃っていいのね?」

 

 「ちょっと待って下さい、これの準備が終わったら合図するです」

 

 チビゆえから送られてくる情報を私のアーティファクト、[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)で出力、空中に投影していきます。半透明なウィンドウにルイズの全身写真とその周りに魔力、筋力等の色々なデータがグラフで表示されて行きます。

 

 「うわぁ、なにこれ?ルイズ?」

 

 「字が書いてあるけど、読めない」

 

 そのウィンドウを興味深げにキュルケとタバサが覗き込みます。

字はラテン語が中心ですから、読むのは難しいでしょうね。私も最初は苦労しました。今でも時々辞書を片手にしないといけない事もあるくらいです。

 ピピっと音がなり、計測が完了した事を知らせてくれます。

ここからどう変わるかを見て判断するです。

 

 「いいですよ、ルイズ。まずは一発お願いします」

 

 私がそう促すと、ルイズは頷き崖の方を向きます。

杖を構え、ゆっくりと呪文を唱えて行くルイズを、チビゆえが周りを回りながら細かく計測していきます。

 

 「なんかいっぱい動いてるわ」

 

 「何かを測ってるみたい」

 

 覗き込んでるキュルケ達も、数値やグラフが動く様子に興味津々のようです。

 

 [ファイヤーボール!]

 

 ルイズの呪文が完成し、一気に魔力が解き放たれます。

杖を向けた状態で止まっているルイズですが、そこから何かが飛び出す気配はありません。しかし、計測画面を見ていると魔力は既に解き放たれ、何らかの現象を引き起こそうとしています。私の感覚も、膨大な量の魔力が練られ、飛び出していった事を感じていました。しかし、一体どこに・・・。

 

 ドオォォォォォンッ!!

 

 狙っていたはずの崖の真ん中辺りではなく、その右上の方で一拍遅れて大爆発が起こりました。威力は凄まじく、崖の右上は巨人がかじったようになくなっています。

 

 「やっぱり失敗したわね。あれのどこがファイヤーボールなのよ」

 

 「うるさいわね!どうしてかこうなるから、調べて貰ってるんじゃない!それで、ユエ。どうなの?理由分かった?」

 

 キュルケに怒鳴り返してから、こちらを不安げに見つめながらルイズが聞いてきます。しかし、それよりも、

 

 「タバサ、今の魔法、いつ発射されたか見てましたか?」

 

 「気付いたら爆発してた」

 

 やはり私が見逃した訳ではないようです。なんともデタラメな魔法ですね。計測結果を見てみますが、発動直前から魔力量はネギ先生の[雷の暴風](ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)並の魔力が篭っていると出てきました。こんなに大量の魔力を込めなければならない魔法なのですか。比較になるものが必要ですね、折角いるのですから、協力してもらうです。

 

 「キュルケ、貴方にもファイヤーボールを撃って貰いたいのですが、いいですか?」

 

 「ええ、良いわよ。本物のファイヤーボールを見せてあげる」

 

 火のトライアングルだと言う彼女なら、普通のファイヤーボールも撃てるでしょう。ルイズの魔法との比較にはもってこいです。

 ルイズの計測画面をそのままにして、今度はキュルケのものを出します。ルイズの時と同じ要領で計測していって、数秒で結果が出ました。

あとは、彼女に魔法を使ってもらうだけです。

 

 「では、キュルケ。チビゆえにセクハラしてないで魔法をお願いします」

 

 「はいはい、じゃあ、いくわよ?」

 

 周りを回りながら計測していたチビ夕映を捕まえて、またスカートをめくって下着を見ていたキュルケに魔法を撃つようお願いします。

 まったく、何でわざわざチビゆえの下着を見たがるですか。ハルナが、買ってきたフィギュアの下着を見ようと一生懸命覗き込んでいるのを何度か見ましたが、理由を聞くと下着まで細かく作り込んでいる物ほど、出来のいいフィギュアなのだと力説されました。だからと言って、そんなに真剣にスカートを覗く事はない気がするです。

 まぁ、キュルケもそのハルナのように、小さく作ってあるこのチビゆえの出来を見たかったのでしょう、モデルの私としては断固やめて欲しいですが。

 

 [ファイヤーボール!!]

 

 杖を向けたその先から、ハンドボール大の火の玉が飛び出し、崖にぶつかり爆発を起こしました。

 なるほど、あれが本当のファイヤーボールですか。ゲームとかである魔法そのままですね。

 

 「どう、ユエ?ちゃんと見てたかしら?」

 

 髪をかきあげながら、ルイズの方流し目を送るキュルケ。悔しそうな表情でそのキュルケをルイズは睨みつけます。

 ぐぬぬとか効果音が聞こえてきそうな見事な睨みです。

 

 「さて、二人の魔法を計測した結果が出たです。これを見ると、二人の魔法には明らかに違う所があるです」

 

 「い一体どこよ!?」

 

 「さっきの魔法を見る限り相当違ったじゃない。まだ何かあるの?」

 

 「二人の違い。それは魔法を発動させる時の魔力量、いえ、精神力量がルイズはキュルケの五倍程あったと言う事です」

 

 計測結果、並びに私の感覚もその差はかなりの物があると感じました。その差が、先程の魔法現象の違いなのかもしれません。

 

 「五倍って、つまり私の方が魔法が強いって事?」

 

 「込められた精神力が強かったと言うだけです。同じ現象が起きていないので、一概にどちらが強いか、とはいえないですね」

 

 「うっ。そ、そう」

 

 ルイズがしょんぼりしてしまいましたが、そこは仕方ないです。しかし、これだけではなんとも言えないですね。

 

 「次はタバサ、何か撃ってくれますか?適当なのでいいです」

 

 「わかった」

 

 小さく頷き、タバサがルイズ達より前に出ます。その大きな杖を掲げて呪文を唱え、自身の魔力を魔法に変換していきます。

 

 私の手元にある彼女の計測画面には、他の二人よりかなり洗練された魔力行使をしていると表示されます。変換率に無駄が殆ど無いですね。これだけでも、かなりの腕であると分かるです。

 

 [ジャベリン]

 

 タバサの呪文が完成し、氷で出来た槍が崖に突き刺さったです。

なかなか強力な魔法ですね。委員長(エミリィ)[氷槍弾雨](ヤクラーティオー・グランディニス)なんて魔法を使った事がありますが、あんな感じに複数で一気に撃たれたら、かなり手強いです。しかし、あれは熟練しないと上から下にしか撃てないので、[氷槍弾雨](ヤクラーティオー・グランディニス)よりは使い勝手がいいかもしれないですね。単発なので、接近して避ける余裕を奪った上で発動させる必要があるですが。

 

 「さて、次はルイズ。同じ魔法を撃ってみて下さい。貴方がどの属性にあったメイジなのかはまだ分かりませんが、もう少しサンプルが欲しいです」

 

 「う、うん。分かったわ」

 

 タバサと入れ替わり、ルイズが詠唱を開始します。

こうして三人を計測していると、三人共保有魔力が私の世界の基準でもトップクラスですね。特にルイズはこのかにも匹敵するほどです。

 

 [ジャベリン!!]

 

 ルイズの魔法が打ち出されます。しかし、先程と同様杖の先からは、何も出て来ません。そして、

 

 ドカァァァァンッ!!

 

 一拍置いて爆発が起こりました。これも先程と同じですね。

一切の軌道を見せずに着弾するとか、これでコントロールが良かったら防ぎようがないです。気付けば当たってる訳ですから、どう避けろというのでしょう。

 

 爆発した所を見ると、崖のかなり手前の地面にクレーターが出来ています。その深さで威力のほどがよく分かります。

 

 「ふむ。さっきと同じく爆発だけですか。魔法の軌道も見せず突然着弾する所も同じですね。ふむふむ」

 

 三人の計測画面と、ついでに録画していた詠唱場面の映像を並べてどこに違いがあるか検証していきます。

 

 「え?こっちの何?私?」

 

 「私のもあるわ。なにこれ、どういう事?」

 

 三人、いえ、二人が録画映像を見て騒いでます。

そこは放置して、ルイズの検証に入るです。詠唱まではほぼ同じですね。魔力の流れを見ると、キュルケは普段の態度とは違い、その扱いは繊細です。そしてルイズはというと、魔力の扱い自体はちゃんと出来ているようですが、その量が尋常ではありません。数値もキュルケのが二桁なのに対し、ルイズのは三桁に達してるです。

 ここの魔法は魔力を込めれば込めるほど強くなる、というほど単純ではないようですが、これでちゃんと発動してれば物凄い大きさの炎が出たでしょうね。

 

 「こっちはタバサのよ。うわぁ、不思議」

 

 「一体どんな仕組みなのかしら?」

 

 タバサの物も見て行きますが、こちらも魔力の扱いは繊細です。しかし、その中にも力強さがあり戦闘にも耐えられる素早い魔力行使をしてるです。

多分、彼女は戦闘経験があるでしょう、それも一度や二度ではなさそうです。

 さて、ルイズの方はと言うと、やはり魔力量は半端ないですね。魔力の扱い方もさっきと同じく問題ないようですが、その量だけ大雑把と言うかやたらと豪快です。多分、ここに秘密があると思います。

 

 「答えは出た?」

 

 タバサが画面から目を離さずに結論を聞いてきます。まだ検証が不十分な気もしますが、この時点でもある程度答えは出せるです。

 

 「えぇ。完全ではないですが、それなりの答えは出せるです」

 

 「ほ、ほんと!?私はどうしたら魔法を使えるの!?」

 

 私の答えにルイズが詰め寄ってきて肩を揺さぶりだしたです。

あ、あまり揺らさないで下さい、喋れません。

 

 「お、落ち着くですよルイズ。ちゃんと答えますから、とりあえず揺すらないで下さい」

 

 まだ微妙に興奮しているルイズから一歩離れ、私は計測画面を三人分、大きくして皆の前に配置します。

 

 「さて、まずこれを見てください。これは三人の魔法を使う所を計測した結果です。これを見るとルイズの物だけ数字が大きいのが分かると思うです。これはルイズが、尋常じゃないほどの精神力を魔法を使う際に込めている事を示しています」

 

 「・・・強いのはいい事じゃないの?」

 

 ルイズがこてっと首を傾げて何がおかしいのかと聞いてきます。

 

 「強すぎるのが問題なのですよ。わかりやすく言うと、グラスを持つ時、軽く持つのか、割れる程ギュッと持つかです。キュルケ達は持ち上げる事が出来るだけの力でグラスを持つですが、ルイズはグラスが砕け散って、手に破片が突き刺さる程の力でグラスを握っているのです」

 

 つまりは全く力加減が出来ていないのです。

しかし、ただそれだけでは無いようです。それだけなら、誰かが気付いたでしょう。問題はここからです。

 

 「さて、問題はこれだけではないです。ここの魔法は属性を足して行く事で威力が上がって行く訳ですが、ここにもルイズが魔法を使えない理由があると、私は見るです」

 

 「どういう事?私がうまく足せてないって事?」

 

 「いえ、まず足す物が問題なのでしょう」

 

 計測結果と私の感覚によって感じたそれを考えると、この答えが一番近いのではと思うです。

 

 「まず、魔法を使う為に呪文を唱える訳ですが、この時貴方達は自分の中に持っている精神力をボールのような状態にしてから、呪文で使いたい魔法に合う形に加工し、それを杖に通して魔法として発動させる訳ですが、ルイズの場合、どうもこの部分に問題がありそうです」

 

 私が説明していると、三人共真剣な顔で聞いています。ちょっと得意な気分でさらに説明を続けます。ふむ、指し棒とメガネを持った方がいいですかね。

 

 「仮に、杖の先にはその属性に合わせた筒があると思って下さい。この筒の形によって火のメイジや水のメイジ等の分類が出来るという具合に。それで、その筒に合うよう精神力のボールを加工し、杖の先の筒に通して魔法として発動させる訳です。

 ちなみに使えない属性があるのは、その属性用の筒を持っていないからだと思って下さい。

 キュルケの場合杖の先には、そうですね、三角形の筒があると思って下さい。呪文により精神力のボールをその筒に合うよう三角形に加工して、その加工したボールをしっかりと筒に通す事で魔法として発現させるのですが、ルイズはこの部分がうまく出来ていない訳です」

 

 杖が銃身で、銃口の形は属性毎に違います。そして持っている魔力ボールと言う銃弾を、銃口に合わせて加工しなければ銃口を通れずに発射出来ない、つまり魔法が発動しないか、暴発すると言うイメージです。

 

 「ははぁ、そこまで考えた事なかったわ。つまりルイズは、その加工が下手くそって訳ね」

 

 「なんですってーっ!?」

 

 とうとうルイズをからかうネタが見つかったのか、生き生きとからかい出すキュルケと、元気に噛み付くルイズ。どうやら真剣な話が続いたので限界値に達したようです。まぁ、放って置いて次行きます。

 

 「ルイズの場合、このボールがキュルケ達の五倍近くあり、加工をしても、杖の先の筒に合わないと言う感じですかね。先程説明したようにその筒の形は属性によって決まっていますが、大きさは多少上下するのでしょう。しかし余り小さいと、つまり精神力が少ないと魔法が使えず、ある程度までの大きさなら威力が上がるですが、大きすぎるルイズのボールは、その筒からはみ出るので、そのはみ出た部分が暴走して爆発を起こすのではと私は考えたです」

 

 検証結果と想像とでどんどん説明していきますが、本当にそうなのかは分かりません。でも、今の所はこれ以上の答えは出せないです。

 

 「つまり、私が魔法を成功させるには、その加工をうまくやって、杖の筒に合う精神力の大きさで使わないといけないって事ね」

 

 「まぁ、今の所はそういう結論になったです。

他には、ルイズの精神力に合った呪文を作るか、見つけるか、ですね」

 

 「呪文を作るなんて無理よ、アカデミーでも早々出来ないのに。

うーん、その加工をうまくやるのはどうすればいいのかしら?」

 

 んーっと空を見つつ考えてたルイズが不意にそう聞いてきました。

さて、どうなんでしょう?

 

 「呪文は間違ってなかったようですし、魔力の流し方もおかしくは無かったです。なので・・・・」

 

 「なので!?」

 

 「どうすればいいのでしょう?」

 

 私が答えた途端、キュルケとルイズがずっこけました。タバサも転びはしなかったですが、少し斜めになってるです。そこまでボケたつもりはないですが。

 

 「私が聞いてるのよ!」

 

 「まぁ、ユエはこっち来たばっかりだし、まだそこまで分からないって事ね。それでも、あれだけ分かるんだから凄いわね」

 

 起き上がって二人が口々に感想と文句を言います。まだここの魔法を発動させた事もないですから、細かい事までは分からないです。でも、基本は私達の魔法と変わらない訳ですから、もう少し調べて行けば分かるかもしれないですね。

 

 「まぁ、とりあえず・・・・」

 ドカァァァァンッ!!

 

 急にルイズが魔法を撃ち始めました。

 

 「ちょっとルイズ、いきなり何してるのよ?」

 

 「今言われた通りに精神力を少なめにして、丁寧に呪文を唱えてみたのよ。また爆発したけど」

 

 なるほど、早速実践してみた訳ですね。今度の魔法はしっかり崖に当たりましたが、やっぱり爆発するだけでした。

 

 「ふぅむ。少しだけ狙った所に行くようになったけど、やっぱり爆発しかしないわね」

 

 ほぼ杖の向けた先で爆発するようになったようですが、どんな呪文でも爆発しかしませんね。魔力は強いのですから、ちゃんと使えるようになったら、凄い魔法使いになれそうですが。

 

 「精神力は強いのですから、きっと強いメイジになれるですよ。

私で分かる事は教えるですから、一緒に頑張りましょう」

 

 「うん。お願い」

 

 少し希望が見えて来て嬉しそうな顔で頷くルイズを見ていると、私も頑張って強くなろうと改めて思うです。

 

 「ユエ、折角だから貴方の所の魔法が見てみたいわ。

治療と検索の魔法しか見てないから、どうせなら攻撃魔法とか見たいわ」

 

 「私も見たい」

 

 ルイズとタバサがそう言って魔法を見せて欲しいと強請ってきます。

まぁ、見せるのは一向に構いません。ここには他には人は居ませんから、人目を気にする必要ないですしね。

 

 「分かったです。では、いくつかやって見ましょう」

 

 そう答え、皆より前に出て崖に向かって杖を構えます。

しかし、何を撃ちましょうか。とりあえず[魔法の射手](サギタ・マギカ)でも撃つとしましょう。

 

 [魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・光の29矢!!]

 

 呪文と共に魔法の矢が崖に向かって撃ち出されます。

29本が着弾し、ズガガガガガっと大きな音を立てます。うん、いい出来です。

 

 「おぉぉ!マジックアローね!」

 

 「なんか綺麗な魔法ね!」

 

 「威力もかなりある」

 

 三人が今の魔法を見て色々と感想を述べていきます。

私も初めてこの魔法を見た時はその煌びやかさに心を奪われたです。もう、随分前に思えるですが、一年も立ってないのですよね。

 

 「では、次行くですよ」

 

 次は何にしましょうか。そうです、あの鷹トカゲを倒した時の魔法にしましょう。

 

 [白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)

 ズガガァァン!!

 

 雷鳴と共に、崖に白い色の雷が突き刺さりました。

あの時は、儀式用の短剣を的にしなければ狙った所にちゃんと飛ばなかったですが、今ではそのままでもしっかり命中します。あれからことある毎に使ってきたですからね、もう扱いは完璧です。

 

 「おぉ、今度はライトニングね?狙った所になかなか飛ばない扱いの難しい魔法なのに、よく使えるわね」

 

 「色が白かったわよ?東方の呪文だからかしら?」

 

 タバサはじっと着弾点を睨み、今の魔法を解析しようとしているようです。

 

 「ユエ、ユエ!次は?次はどんなの!?」

 

 ルイズが更に要求してきます。

次はそうですねぇ、何にしましょう?

 

 「どんなのがいいですか?今の二つが私がよく使う魔法ですが」

 

 「氷はない?私の魔法の参考にしたい」

 

 リクエストを聞けば、タバサが氷属性を希望してきました。

氷ですか。使えなくはないですが、威力が低いのですよね。

 

 「出来なくはないですが、威力が低すぎて参考にならないと思うです」

 

 「構わない、どんなのがあるか見たいだけだから」

 

 「そうですか、ではやって見るです」

 

 そこまで言うならやって見るですか。少し時間をかけて魔力を集中すれば、少しは見れた物が出来るでしょう。

 

 「では、いくですよ!」

 

 丁寧に呪文を唱え、全力で魔力を集中していきます。

完成した魔法のイメージは、氷の女王とも言うべきエヴァンジェリンさんが使っている所です。最強を自他共に認める彼女の魔法に届くはずはないですが、完成系としては最高の物。それをイメージしながら呪文を紡いで発動させます。

 

 フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ

 [氷神の戦鎚](マレウス・アクイローニス)!!

 

 呪文が完成し、飛び上がって魔法を発動させます。

出てきた氷塊はエヴァンジェリンさんの物とは比べものにならない1メートルほどでしかありませんでした。そのまま崖に向かって打ち出し、三人の近くに着地します。

 

 バキャァァン!

 

 氷塊が崖に激突し、大きな音を立てます。その音もまだまだ彼女のそれとは比べものにならない軽いものでした。

 氷自体は得意とは言えない属性ですが、それでもどうせならちゃんと使えるようになりたいですね。

 

 「おぉぉ!凄いじゃない!これは見た事ないわ!」

 

 「大きい氷を出して押し潰すって使い方なのかしらね。

今のジャンプも凄かったし、東方って凄いわね」

 

 「あれでも本来の大きさの三分の一も出てないです。あれを得意とする人は10メートルクラスを軽く作り出してくるですから、この程度ではまだまだです」

 

 上を知っている事は練習する上ではプラスですが、その反面目標までが遠過ぎて心折れる事もあるです。私もそんな時期がありましたが、それが当然で気にしても仕方が無いと思うようになってからは、純粋に目標に向かって努力出来るようになったです。

 

 「あれでまだまだなの?一体どんなメイジが居るのよ、東方は」

 

 「東方って、皆お母様みたいな人ばかりなのかしら?」

 

 キュルケとルイズが脱力して呟きます。一部の人だけですよ、そんな非常識な強さを持っているのは。

 そうです、[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)にいつぞや研究の為に録画した先生達の訓練風景の映像が有ったはずです。それを見せてみましょう。私が実践するより分かりやすいはずです。

 

 「どうでしょう、私の先生達の訓練風景を撮影したものがあるのですが、見てみますか?」

 

 「・・・撮影、ってなに?」

 

 あぁ、こちらはビデオカメラとかは無かったですね。この説明では分からないですか。

 

 「さっきルイズ達のを見たでしょう?あんな感じで私の先生達の訓練風景が観れるです。どうです、見てみますか?」

 

 「見たい」

 

 タバサが物凄い勢いで食いついてきました。

強さに貪欲らしい彼女なら多分そうなるとは思っていましたが、思っていた以上の食い付き加減です。今のデモンストレーションで、火が着いたですかね。

 

 「私も見たいわ。貴方がこれほど多才なんだから、その先生がどんな人物なのか興味があるわ」

 

 「私も見せて。似てるけど、見た事無い魔法ばかりで凄く面白いもの!

私もこういう魔法を使ってみたいわ!」

 

 キュルケとルイズも見せて欲しいと詰め寄ってきました。そんなに必死にならなくても大丈夫ですよ、だから、もう少し離れて下さい。

 

 「では、一度部屋に帰るですか。もうすぐ日も暮れるですし」

 

 「あら、ほんと。いつの間にか結構時間が立ってたのね」

 

 「あぁ、昼食の間だけって言って代わって貰ってたのに、悪い事したわね。あとで謝っておかないと」

 

 あぁ、シエスタさんに看病を代わって貰って話に来てたんでしたね。

あの後、すぐここに移動してきたですから、連絡もせずにずっと任せていた事になるですね。

 

 「まぁ、一度帰ってからですね。夕食の事もあるですし、早く行きましょう」

 

 「そうね。暗くなると戻るのも大変だし、急ぎましょう」

 

 キュルケがそう結論してタバサの手を取り学院に向けて歩き出します。もうそのまま家路につく親子です、微笑ましいと言うのはおかしいですかね。

 

 「私達も手を繋ぐですか?」

 

 「あっちは親子だけど、こっちは何になるのかしら?」

 

 どうやらルイズも親子の様だと感じたみたいですね。

 

 「うーん。姉妹ですかね、お姉様?」

 

 「うん、出来の良い妹か。複雑ね」

 

 そんな事を言いながら私達も手を繋いでキュルケ達を追いました。

今日でここに来てから二日が立ったわけですが、その二日で友人が4人も出来たです。私よりほんの少し背の高いルイズを見つつ、これからどうなるのかと思いを馳せます。

 とりあえずは、私の魔法はあまり使わないようにして、ここを追われる事のないようにしなければ。折角出来た友人と離れないといけない事態にならないよう、注意しましょう。

 

 「こうして友達と歩くのは子供の頃以来よ」

 

 私の視線に気付いたルイズがそう呟くです。

 

 「今はないのですか?」

 

 「今は皆ゼロってバカにするだけで、近付かないからね」

 

 なるほど、そういうことですか。あの教室の状態を見れば頷かざる得ないですね。

 

 「私で良ければこれからも手を繋ぐですよ?」

 

 言った瞬間ビクッとなったルイズですが、すぐ再起動して少し顔を赤くしながら、

 

 「手は、恥ずかしいからいいわ。一緒に歩くだけで」

 

 そう言うルイズを見ると、更に赤くなって行くです。

微笑ましい彼女の手をもう少し強く握って、私達はキュルケ達からはぐれないように、足を早めました。

 

 私の世界を色付けてくれたのどかのように、彼女にとって掛け替えのない友人になれたらいいと、その赤い、それでいて嬉しそうな顔を見ていると、強くそう思ったです。

 

 

 

 

 




説明の無理やり感が酷い第七話でしたぁ。
最初ルイズ達にネギま魔法を教える展開もいいなぁ、と書いてたんですが、これから先おかしな事になりそうなんで、結局やめました。

そんな事すると、ゼロ魔の世界が侵食されそうなので、これからもしないでしょう。
楽しそうなんだけどねぇ。ゼロ魔が食われないようにバランスを考えていこうと思います。

でわ、また次回〜


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ゼロの旅8

一週間に一話と言う目標が早くも崩れた。無念。

気付けばお気に入り登録数が900を越えている。
つまり、なんですか?この駄文が少なくても900人に読まれているという事?

ひぃぃぃぃっ!下手な事書けねぇ!

 恐れおののきつつ第八話れっつごー


 

 

 手を繋いだまま、寮の私の部屋まで帰ってきちゃったわ。

 

 一回繋ぐと今度は手を放す事が出来なくって、結局ここまで繋ぎっぱなしだった。だってねぇ、ずっと繋いでるのもおかしいかなと思いはしたけど、だからってぱっと放すと嫌がってるように見えるし。

 友達と手を繋いだ事があまり無いから自然に手を放すタイミングが分からないのよね。

 

 

 「あ、ミス・ヴァリエール、お帰りなさい」

 

 扉を開けると看病を任せていたメイドが出迎えてくれた。

長い事任せっきりで悪い事したわ。

 

 「シエスタさん、こんばんは」

 

 「あ、ユエさん。こんばんは。一体どうしたんですか?こんなに大勢で」

 

 私とユエ、キュルケとタバサ。

まぁ、大勢と言えなくはないかしら?四人もこの部屋に来ることなんてそうそうないし。

 

 「とりあえず、貴方達は適当な所に座ってて」

 

 ユエ達を適当な所に座らせて、先にサイトの様子を見てみるとしましょう。こいつってば、一体いつまで寝てるのかしら?

 

 「それで貴方、シエスタ、だったわね?

サイトの様子はどうだった?一回ぐらい目を覚ましたかしら」

 

 「いえ、ずっと眠っています。怪我はもう包帯も必要ないほど治ってるようですが」

 

 怪我もないのにまだ寝てるなんて。

本当にダメな奴ねこいつは、叩いたら起きるかしら?

 

 「ちょっとルイズ、もうすぐ夕食の時間よ?

今からユエの先生観てたら食べそこなるわよ?」

 

 キュルケがそう聞いてくるけど、どうしようかしらね。

早く見たいけど、夕食を食べそこなうのも困るし。

 

 「あの、ユエさんの先生を見るって、どういう事ですか?」

 

 「あぁ、じつはですね……」

 

 ユエがシエスタにここに集まった理由を説明し始めた。私の事情とかは伏せたまま、昼食の辺りから順に話していく。

 

 

 「それでしたら、朝食の時のように人数分運んできましょうか?」

 

 そうやってこれまでの事を話し終わると、シエスタがそう申し出てくれた。

確かにそれなら今から観られるし、夕食も食べられる。

 案外いい考えかも。キュルケはもう椅子にへたっていて、立つ気がまったくない。ユエとタバサは平気そうね、あんなに歩いたのに。

 

 「ユエ達、どうする?正直、もう歩きたくないけど」

 

 「早く観たい。けど、ご飯も食べたい」

 

 タバサが知識欲と食欲の間で右往左往してる。いつも大人しいだけなのに妙にソワソワしてるのは、それだけユエの先生が気になるのね。

 いや、私も気になるけどね?マジックアローもライトニングも、かなりの腕前だったし、その上あの氷塊の魔法。あれも相当強い魔法だと思うけど、そんな魔法を使えるユエより、もっと凄い人が居ると言うんだから気になるに決まってるわ。

 

 「では、四人分お持ちしますね?しばらくお待ちください」

 

 シエスタはそう言って一礼してから部屋を出て行った。

あの子が申し出てくれたおかげで、時間を気にする必要がなくなったわ。あとでお礼を言っておこうかしらね。

 

 「じゃあ、夕食もここで摂れるし、早速観ましょうよ」

 

 キュルケが椅子にだらしなくもたれながら、映像を観ようと急かして来る。

人の部屋でどれだけ寛いでるのよ、こいつは。

 タバサもちょこんと細い足の椅子に座って、キュルケの言葉に物凄く頷いてるわ。いつもは開いている本も、今日は膝の上。それだけ楽しみなんでしょうね。

 

 ……ん?

 

 「タバサ、その椅子どこにあったの?見た事ないんだけど」

 

 「ユエが出した」

 

 ユエが出した?

錬金の魔法で作ったのかしら。治療も出来て、攻撃魔法も使えて、錬金も出来るなんて。本当に姉妹だったら今以上に惨めな気分になったわね。

 もしくは、誇りに思って溺愛したか。

 

 あれ?でも前にユエ、錬金の授業で失敗してなかったかしら?

 

 「ユエ、貴方錬金が使えるようになったの?」

 

 「いいえ?」

 

 「え?だって、あの椅子ユエが出したって」

 

 今タバサが座っている金属製っぽい脚の細い椅子は、私の部屋にはなかったはず。そこは間違いないわ。

 どういうこと?

 

 「あぁ、あれは私の亜空間倉庫に入ってた物です。どこかで使うかもと放り込んであった奴でして、椅子が足りなかったので、それならと」

 

 あくうかんそうこー?

何それ、どんな倉庫よ。

 

 「魔法で作った倉庫です。キーワードを唱えるだけで入ってる物を取り出せるので、結構便利なんです」

 

 「便利すぎるわ!東方の魔法技術はどうなってるのよっ!」

 

 本当に、東方ってとんでもないわ。

 

 「ルイズー、東方の事でいちいち驚いてたらキリがないわよ?」

 

 キュルケがダレながらもそう忠告して来る。

いつもは聞く気にもならないキュルケの言葉だけど、今回ばかりはスッと納得出来たわ。なんかくやしいけど。

 

 「まぁ、折角時間が出来たんだし、早速見ましょうか」

 

 シエスタが夕食を持って来てくれるまでにも、少し位見てられるでしょ。

 

 「分かりました。では、行くですよ」

 [来たれ](アデアット)

 

 ユエが呪文を唱えると、その手からさっき使ってた大きな本が飛び出てきた。いつの間にか持ってないと思ったら、魔法でしまってたのね。本当に便利な魔法ね、私にも使えないかしら?

 

 「さて、何から見ましょうか?色々規格外な人が多いですから、誰を見てもそれなりに得るものがあるですよ」

 

 私から見たらユエだって十分規格外なのに、そのユエが規格外って言うなんて、一体どんな人が居るのよ。

 

 「さっき言ってた大きな氷塊を出す人がいい」

 

 どんな人が居るか分からないからか、それとも自分の属性だから興味が出たのか、タバサがそう希望を出した。

 

 「エヴァンジェリンさんですね。最初から彼女を観ると価値観崩れるですよ」

 

 そう言ってユエは準備に入った。

価値観崩れるって、何よ、そんなすごいの?

 

 「エヴァ……って、どんな人なの?」

 

 キュルケがユエにどんな人か聞いてるけど、確かに気になるわ。

名前だけ聞けば身分の高そうな感じだけど。

 

 「エヴァンジェリンさんですか?

フルネームは、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルと言いまして、自他ともに認める世界最強の魔法使いです。かつては世界を股にかけた賞金首でしたが、ある魔法使いに魔力を封じられてしまい、今は私が通っていた学校でのんびり生徒をしてるです。

 たまにクラスメイトに頼まれてやんちゃするんですが、封じられたとは言え、その魔法の手腕は凄まじいので、彼女が軽くはしゃぐだけで学校全体を巻き込む大騒ぎになるです」

 

 なにそれ?

聞いたら余計分からなくなったわ。魔法を封じられたからって、なんで学校に通うようになるの?クラスメイトは何で賞金首に頼み事をするの?そして何ではしゃぐだけで学校規模で大騒ぎになるのよ。

 

 「では、エヴァンジェリンさんで行きますよ?覚悟して下さいね?」

 

 ユエが更に念を押してきたわ、そんなに凄いの?

 

 そして、またあの半透明の鏡みたいなのが出て来て、その真ん中に金髪の背の低い女の子が映った。腕組みして、威風堂々とした感じで立っているわ。ん〜、確かに位が高い人特有の威厳みたいなのを感じるわね。でも、賞金首になるような悪い子に見えないわ。どうして賞金首になったのかしら?

 

 「ねぇ、ユエ。何でこの子は賞金首になったの?いくら魔法が強いって言っても私たちより歳下でしょ?この子」

 

 子供が魔法を封じられる程の賞金首になるなんて、普通考えられないもの。なのに何でユエはそんな驚いてるのよ?そんなおかしな事言ったかしら?

 

 「ユエ?」

 

 「ハッ!す、すいません。

そうですね、知らない人が見ればただの子供と思うのも不思議ではないですね」

 

 額の汗を拭う仕草をしながらユエがそうつぶやく。

 

 「彼女は600年の時を生きた吸血鬼です。それも真祖と呼ばれる吸血鬼の最上位に位置する存在なのです。その存在が許せないと言って教会の人間が討伐しようと命を狙ってみたり、彼女を打ち倒し名を上げようと賞金稼ぎが挑んで行ったりで、それを返り討ちにしてる間に賞金がどんどん上がって行ったそうです。

 今は呪いのせいで学校から出られなくなったので、仕方なく生徒の立場に甘んじてるのだと言ってるんですが、私から見たら結構楽しんでいる様な気がするです」

 

 「きゅ、吸血鬼!?」

 

 「最悪の妖魔じゃないの!そんなのが学校に通ってるの!?」

 

 何となしに聞いていたらしいキュルケも流石に慌ててるわ。

真祖とか言う吸血鬼で、600年も暴れ回ったなら賞金首になるのも分かるわね。でも、そんなのにクラスメイトは何を頼んだのよ。

 

 「……ちなみに、その吸血鬼にクラスメイトとやらは何を頼んだのよ?」

 

 キュルケも気になったのかぐったりしたままユエに質問する。

 

 「ある先生の本命は誰か暴くために手を貸してくれだったり、スケートがしたいからと言われて、ケーキ数個の報酬で湖を全面スケートリンクに変えたりと、結構いろいろです」

 

 スケートリンクが何か分からないけど、私の知ってる吸血鬼から、何百メイルも離れてる気がするわ。それ本当に吸血鬼なの?吸血鬼って、人の生き血をすする怪物だと思ってたんだけど、なんかやたらと良い人な感じね。東方の事だし、直接関係ないから平然と聞いていられるけど、なんて心臓に悪いのかしら。東方の話は。

 

 「まぁ、学校に居るのは呪いのせいですが、それを解くメドが立ったので、はしゃぐ度合いが大きくなってたのではないですかね」

 

 その時の事を思い出したのか、少し苦笑いをしてる。

多分ユエも巻き込まれたのね。

 

 「さっ、続きを行くですよ」

 

 今まで止まってた映像がまた動き出した。

彼女の前に立っている相手は、ここトリステイン学院の物とは違う制服を着たユエだった。決闘の時に貸してくれた大きな剣を持って身構えてる。

 

 「ユエが戦うのね。吸血鬼相手に勝てるの?」

 

 「勝てる訳ないですよ。先程言ったように彼女は世界的に見ても最強クラス。ひよっこの私では逃げ回るだけでも至難の技です」

 

 そうよね。相手は最悪の妖魔吸血鬼。普通の人間が敵う相手じゃないわ。

ユエが普通か、は議論の余地があると思うけど。

 

 「この訓練はエヴァンジェリンさんからの攻撃を15分間凌ぐのが目的です。私ではまともに戦えないので、逃げ回って生き残る事に専念する訳です」

 

 「に、逃げるのが目的なの?」

 

 貴族にとって、戦いの場から逃げるなんて名誉に傷がつく行為は絶対やってはならない事よ。それが目的の訓練なんておかしいわ。

 

 「立ち向かわないの?」

 

 ずっと画面の前で待ってたタバサが、くいっと首を傾けて聞く。そうよね、いくら相手が吸血鬼でも逃げるだけなんて臆病者のする事よ。

 

 「相手との実力差がありすぎますからね。立ち向かっても一蹴されるだけです。それでは訓練にならないので、まずは相手の攻撃を避けてこちらが攻撃出来る隙を探さねばなりません。その為の訓練です」

 

 「でもなんか釈然としないわね、逃げるのが訓練なんて」

 

 やっぱり貴族たるもの正々堂々と戦わないと。

 

 「まぁ、そう思うのも無理はないですが、ドラゴンにアリが挑む様なものですから。まずは相手の攻撃を避けれるようになって、戦えるだけの実力を付けなければ何も出来ずに終わってしまうです」

 

 ドラゴンとアリなんだ。このちっちゃい子がねぇ。

いくら吸血鬼でも、そんなに差があるの?

 

 「ではスタートです」

 

 そうして訓練風景ってのが始まった。

始まってすぐ、エヴァンジェリンが一瞬でユエの後ろに現れて、ユエの頭に爪を振るう。髪の毛数本を切られながら、なんとか避けるユエだけど、すぐに相手の蹴りで吹き飛ばされた。

 って、どんな威力よ!?30メイル以上吹き飛んでるわ。地面を滑りながらなんとか起きたユエだけど、いつの間にか空を飛んでいるエヴァンジェリンの手に大きな氷塊が……って、大きすぎるから!!何メイルあるのよ、あの氷!

 ユエは叩きつけられる氷塊から凄い速さで逃げたけど、氷塊がぶつかったせいでもうもうと上がる砂埃の向こうから撃たれたすごい数のマジックアローに足を止めてしまう。辺り一帯を埋め尽くすマジックアローを手の先に出した多分エアシールドだろうけど、それで受け止めていくユエ。

 ドラゴンって言ったのも納得だわ。あんなのこの国の軍隊でも耐えられないかも。どうにかマジックアローを凌いだユエだけど、着弾で上がった砂埃で何も見えなくなっているわ。

 

 あ、ユエ後ろー!!

 

 「終了ですね。まだ始めたばかりの頃の映像ですが、持った方ではないでしょうか」

 

 「って!ユエ大丈夫なのあれ!?なんか氷の中に閉じ込められてるんだけど!?」

 

 大きな氷の中で、ギャーって感じの表情で固まっているユエ。あれはもう死んじゃうんじゃないの?

 

 「これは半年近く前のものですよ。大丈夫じゃなかったら、ここには居ません。

ちゃんとこの後、友人が氷を消して出してくれました」

 

 なんかタフね。ギーシュのゴーレムをポーンと吹き飛ばせるくらい強いのも当然よ。文字通り鍛え方が違うんだから。

 

 「半年この訓練をやって、どうにか10分持つようになったので、これならどこに行ってもそれなりにやって行けると太鼓判を貰ったので、留学する事が出来たです。まぁ、結局目標の15分には一度も届かなかったので、オマケの合格ですが」

 

 「あれを10分、それでも凄い」

 

 タバサが予想以上の訓練だったからか、ボーっとしながら呟いてる。私も同じ気分よ。

 

 「逃げるなんて臆病者のする事よとか最初は思ってたけど、むしろ臆病者には出来ない訓練ね、これは。向き合う事すらそこらのメイジじゃ真似できないわよ。東方のメイジは皆こんな訓練してるの?」

 

 正々堂々なんて言ってられないわ、あれは。

私だったら最初の一撃で、首が飛んで終わりね。

 

 「まさか。他の人はもっと普通ですよ。

ただ私は、目標としてる人達に少しでも近づく為にと、少し無茶をしただけです」

 

 少しなんだー。

こんな訓練しないと追いつかない人達って、一体どんな人達なんだろう。

 

 

 

 

 「皆さん、お待たせしました。お夕食をお持ちしました。

……って、あの、皆さんどうしたんですか?なんだか、ぐったりしてますけど」

 

 「いえ、大丈夫よ。ただ単に、ちょっと疲れただけだから」

 

 「はぁ……」

 

 納得したような、してないような、微妙な表情で返事をしてシエスタが夕食をテーブルに並べていく。

 

 「ふぅ。それにしてもユエって結構無茶な訓練してたのね。そりゃあ、強くなるわけよ。

他にはどんな訓練してたの?流石にあれだけって事はないでしょう?」

 

 キュルケが他の訓練方法に興味を持ったみたい。難易度はすこぶる高いとは言え、流石に逃げる訓練だけしてた訳ではないでしょうし、他にどんな事してたのか気にならない訳ではないから、私も聞き耳を立てる事にする。

 

 「他にですか?

後は、雪山に杖だけを持たされて一週間生き延びろというのをやりましたね。魔法で寒さ対策するのですが、余力の配分を間違えるとすぐ凍死へ一直線と言う、かなり過酷なサバイバル訓練でした。いやぁ、気付いたら手足の感覚がなくて、身動きも取れない状態になってた事がありましたが、あの時は本気で死ぬかと思ったですね」

 

 雪山に杖だけって、食糧とか、寝る所とかはどうするのよ!?

あと、それ凍死寸前じゃない!もう訓練じゃないわ!自殺行為よ!?

 

 「その雪山の要領で、他に砂漠や火山、ジャングルなんかにも放り込まれたです。意外とジャングルより、砂漠の方が過ごしやすかったですね。砂漠には、ジャングルのように毒虫が影から刺してくる事が少ないですし」

 

 恐ろしい事を平然と言うユエ。

聞かなきゃ良かった。そりゃあ、タフになる訳よ。

 

 「ジャングルは動物が居るから食糧の問題はないですが、あの虫には参ったです。油断して、猛毒を持つ虫に刺され、腕や足が面白い程痙攣した事がありました」

 

 「「面白くないわよっ!?」」

 

 またも恐ろしい事を言いながら手をブルブル震わせるユエに、キュルケと二人で思わず突っ込んでしまった。毒虫に刺されて手足が痙攣するって、もう本気で危ない状態よ?よく死ななかったわね。

 

 「森は油断出来ないから、危険」

 

 タバサがぼそっと呟いた。

なんだか妙に実感がこもってたけど、タバサも経験があるとか言わないでしょうね?

 

 「タバサ?あなたも同じ事をやった事があるなんて言わないわよね?」

 

 「訓練で行った訳じゃない」

 

 森に遊びに行って、大変な目にあったって事かしら?

 

 「まぁ、ユエみたいな訓練してるメイジなんて、ハルケギニアには居ないでしょうよ」

 

 呆れた風にキュルケが言うけど、私もそう思う。

探せば居るかも知れないけど、もっとマシな訓練に違いないわ。少なくても吸血鬼を相手取ってみたり、雪山で凍死しかかるなんて事を何度もやる人は居ないわ、うん。

 

 「やむを得ない事情で森に行っただけ。二度はしたくない」

 

 タバサがいつも以上に表情を固めてそう言って断った。

まぁ、聞くだけで過酷な訓練だもの。わーい、私やるー!……なんて言う奴居ないわよ。思い出したのか、いつもより暗い雰囲気を出すタバサの頭を、キュルケがよしよしと撫でている。今まで小憎らしいだけだったキュルケが、今日はどうも優しそうな雰囲気を出してる気がする。

 

 うあ、鳥肌が。

 

 「その訓練は、何度もやったの?」

 

 タバサがキュルケの手から逃げてから、またぼそっと聞いた。聞きたくないけど、興味が出ちゃって仕方なく聞く感じかしら?こうなったら私も徹底的に聞いてやろうじゃない。何か私が魔法を使う為のヒントがあるかも知れないし

 頭では分かってるわよ?そんなものないって。

でも、少しでも身になる事柄があれば、ここまで疲れた事にも意味があったんだと諦められるものね。

 

 「えぇ、割と。最初は一週間、次は二週間と言った感じでどんどん期間を伸ばしていました。

 ただ期間を伸ばすだけでなく、いろいろ課題を出される事もあったです」

 

 一週間でも死にかけたって言ってたのに、それを更に伸ばしてなんて、正気の沙汰じゃないわね。

 

 「課題ってどんなの出されたの?」

 

 「いろいろです。用意されたモンスターを期間内に討伐しろだったり、仲間内の誰かを侵入させておくから見つけ出せだったり、ある時は杖も取り上げられたですし、現地でどうにかしろと服すら取られて放り込まれた事もあったです」

 

 「服すらって、裸でって事!?」

 

 「流石に下着だけは許してもらいました。恥ずかしかったですが、周りに人が居ないのですぐ気にならなくなったですね。気にしてる暇もなかったですし。知ってますか?木の皮って、意外と暖かいんですよ?」

 

 知らないわよ。

やっぱり半端じゃないわね、東方の訓練。そして、そんな訓練を難なくこなしてるユエも普通じゃないわ。メイジとして強くなりたいとは思うけど、私はそんな訓練受けて生き残れる気がしないわね。

 

 まったく、聞いた所でヒントにもならなかったわ。

 

 「あの、皆様。お食事の用意が出来ましたのでお召し上がりください」

 

 食事の用意をしていたシエスタがそう声をかけてきたので、一旦話をやめてテーブルにつく。食堂のテーブルほど広くはないけど、四人で着くなら問題ない。このテーブルで誰かと食事をするなんて、思いもしなかったわ。

 

 さっと始祖への祈りを唱えて食事を始める。ユエの祈り方は変わった感じだけど、東方特有のなのかしら?

よく考えたら、この部屋でトリステイン出身なのって私だけじゃない。キュルケはゲルマニアだし、タバサは確かガリアって言ってたわね。そして、東方のユエ。あとはロマリアが居れば世界が集まったようなものになるわ。それはちょっと面白いわね。部屋の中だけで、世界が廻れるんだから。

 

 「あのエヴァンジェリンってのも凄かったわね。吸血鬼って、皆あんな感じなのかしら?最悪の妖魔なんて言われるのも当然よねぇ」

 

 あの魔法は凄まじいの一言だったものね。あんなのが襲ってくるなんて、考えただけで震えがくるわ。

 

 「吸血鬼はもっと普通。人と見分けがつかなくて襲われるまで分からないから、最悪の妖魔と言われるだけ」

 

 タバサが手を止めずに吸血鬼の言われを説明する。

この子はいろいろ知ってるわねぇ。私も本は読むけど、大体魔法に関する教本ばっかりだから、こういう雑学的なものはよく分からないのよね。

 

 「私も吸血鬼は、エヴァンジェリンさんしか見た事ないので、他の吸血鬼の人との違いが分からないです」

 

 唯一知ってる吸血鬼が超規格外な存在なんて、いいのか悪いのか。

短い映像だったけど、その強さは十分伝わってきた。私にはそんな強さはいらないし、ただ魔法が使えればいいのよ。他の皆にバカにされない程度に使えれば文句はないけど………そうだ。

 

 「ねぇ、ユエ。私に東方の魔法って使えないかしら?」

 

 むぐむぐとサラダを頬張っているユエに聞いてみる。

出来るかどうか分からないけど、試してみても損はないでしょう。

 

 「ルイズが、ですか?どうでしょう?理論をしっかり把握すれば出来なくはないはずですが」

 

 「ルイズ、やめといた方がいいわよ?あなたは気付いてるか分からないけど、東方の魔法は確実に異端になるわ」

 

 キュルケがそう止めてくるけど、その可能性は私も気付いてるわよ。

ほんの数種の魔法を見ただけだけど、そもそも呪文が違うし、発動する魔法もかなり違う。これで気付かないのは、よっぽど節穴な目をしてる奴だけよ。

 

 「少しくらいなら大丈夫よ。もしかして東方の魔法なら爆発しないかもしれないじゃない。一回でもまともに使えれば、普通に使えるようになるかもしれないし」

 

 誰も見てない所で練習して、系統魔法が使えるようになったらやめればいいでしょう。一回でも使えれば、感覚が掴めて使えるようになるかもしれない。やってみる価値はあるでしょう。もしかしたらあのエヴァンジェリンみたいな凄いメイジになれるかも。使えるだけでいいとは思うけど、どうせなら、ねぇ?うふふふふ!

 

 「ルイズが変な顔をしてるわ。きっといやらしい事を考えてるのね」

 「そんな訳ないでしょ!!」

 

 キュルケじゃあるまいし、いいいやらしい事なんて考える訳ないじゃない、まったく。

 

 「東方の魔法って、そんな簡単に教えていいものなの?」

 

 「えぇ、体系付けて学校で教えるくらいですから、全然問題ないですよ。私も元々魔法とは縁のなかった人間ですが、今はこれこの通りですし」

 

 ポンっと小気味良い音を鳴らして、何か小さな四角い箱みたいなのを出すユエ。その箱についていた棒をプスっと刺して、そのまま口に咥える。あれって飲み物だったのね。

 

 「もっとも、ルイズ達ハルケギニアの人達がちゃんと使えるかどうか疑問ですが」

 

 ちゅーっと四角いのから何か飲んでるユエが気になること事を言ってるわ。私達に使えるか分からないって?

 

 「魔法が使えないルイズじゃなくて、私達が使えるか分からないって、どういう事なの?」

 

 「魔法が使えないは余計よ!

ユエ、それは属性が合わないかもしれないって事?」

 

 使えないと断定する訳じゃないのはそう言う事だと思ったけど、どうもユエの様子では違うっぽいわね。

 

 「いえ、属性はいろいろあるですし、どうとでもなります。

問題は、私達の魔法とルイズ達の系統魔法では、使い方のシステム、理論がまったく違うので、系統魔法に慣れ親しんだ貴方達にその感覚を理解しきれるかという所です」

 

 理論が違う?呪文を唱えて魔法を使うだけじゃないのかしら?

 

 「説明してくれる?私には良く分からないわ」

 

 キュルケも分からないか。良かった、私が分からないのにキュルケが分かってたら悔しいもの。

 

 「私達の魔法は、世界に満ちている力を自分の魔力、精神力で集めて魔法とするですが、この世界に満ちている力を認識出来るかが問題なのです。ルイズ達の系統魔法は、自分の力だけで発動させるので、内側への感覚は鋭いですが、外の力へは鈍いようです。なのでもし使うなら、先にこの外の力を認識できるようにならなくてはなりません」

 

 あー、説明してくれたけど、イマイチわかんないわ。

キュルケも頭をひねってる。自分の精神力を使って魔法を使うのが、系統魔法で、ユエ達のは外にある精神力で魔法を使うって事なのかしら?

 どっかで聞いたような?

 

 「先住魔法に似てる」

 

 「あぁ!」

 

 引っかかってた事がタバサの言葉でようやく分かったわ。確か先住魔法は、その場にある自然の力を利用する魔法だったはず。外の力を使うユエの魔法と確かにそっくりだわ。

 

 「ん?つまりユエの魔法は、先住魔法って事?」

 

 あれ?それってめちゃくちゃマズイんじゃ?

 

 「先住魔法が何か分かりませんが、私達の魔法は精霊魔法と言われる種類のものです。世界に満ちる力を使い、精霊の力を呼び出すわけです。個人的な力だけより大きな力を使えるのですよ」

 

 まんま先住魔法じゃないの!こここれ知られたらすっごくマズイわ。審議とか無しですぐ処刑とかになるかも。

 

 「ユエ、せっかくだけど教えてもらうのはやめにするわ。ヴァリエールの人間が、先住魔法を習ったなんて事が知られたら、お母様に殺されてしまうわ」

 

 怒った母様の姿が浮かんできて、思わず身震いしてしまった。

物凄く残念だけど、諦めるしかないわね。

 

 「習っただけで、ですか。ここの宗教観念は恐ろしいですね」

 

 ちょっと引き気味にユエが呟くのを聞きながら、どうにか頭の中の母様の姿を消し去る。怒った母様は暴れるドラゴンより怖いのよ。

 

 「ユエ、これからはもっと気を付けて隠すのよ?今までみたいにやってると、すぐ足がつくわ」

 

 「そうですね。そうそう捕まる気はないですが、皆に迷惑がかかるでしょうし、使わなければ命が危ない。なんて時以外使わないようにするです」

 

 「学校に居るだけならそんな危険はそうそうないだろうし、気を付けていれば大丈夫でしょ」

 

 ふぅ、先住魔法じゃなかったら絶対習う所だったのに、残念ね。

でも、先住魔法ならあの強さも頷けるわ。あのエヴァンジェリンって吸血鬼が強いのも、そのおかげなのね。……そうだ、ちょっと確認しておこう。

 

 「ユエ?貴方は吸血鬼じゃないわよね?」

 

 エヴァンジェリンと同じ魔法を使えるユエも、もしかしたらそうかも知れないと思ってちょっと聞いてみる。もし、吸血鬼だったら、強くて当然だもの。さっき言ってた危険な訓練が平気なのもそのせいかも知れないわ。

 

 「私は普通の人間ですよ。手間賃として、血を吸われた事もありましたが、余り美味しくないと言ってその一回切りで終わりになりましたが」

 

 「そう。吸血鬼だから、あの訓練をしてても平気なんだと思ったのに」

 

 本当に人間なんだ。あそこまで人間は強くなれるのね。母様だけが特別だと思ってたわ。私も習えば強いメイジになれるのかな?でもでも、お母様は怖いし!いっそ吸血鬼だって言ってくれれば種族が違うせいだと諦められたのに!

 あぁ、でもそれだと血を吸われちゃうのか。ユエなら別にいいけど、それもどうだろう!うぅ!

 

 「吸血鬼は清らかな乙女の血を好むって聞いたけど、美味しくないって事は、……もう!ユエのエッチ!!」

 

 「いきなり何を言ってるですか、キュルケ」

 

 「え〜?つまりそういう事でしょう?

一体誰と、いつシたのかしら?ほらお姉さんに教えなさいなっ♪」

 

 「放すです!美味しくないのは、もっと美味しい血を知っていたせいです!貴方の考えてるような事は一切ないです!」

 

 ん〜?あぁ!そそそういうことね!

まままったく、きゅキュルケは、まったくっ!

 

 「ちぇ〜。ねぇ、あなた?ワインをもう一本持ってきてくれない?」

 

 思ってた事と違ったからか、やたらと残念そうなキュルケが、控えていたシエスタにワインを注文する。こいつ、いつの間に全部飲んだのよ。こっちはまだ半分くらいしか飲んでないのに。

 ユエは自分で出した四角い奴を飲んでるし、タバサは……っ!?

 

 「ちょちょちょっと、タバサ!?なんであんたは私の分まで食べてるのよ!?」

 

 いつの間にか目の前にあったお皿がなくなっていて、タバサの横で重ねられていた。さっきからずっと食べてるのに減ってなかったタバサの料理は、私の所から取ったからなのね!

 

 「食べないと悪くなる」

 「そんなに早く悪くなる訳ないでしょう!?」

 

 なんて食い意地の張った奴なのかしら!

更に残っていたサラダを悪びれもせず持っていくタバサを見ながら、残っていたワインを一気に飲み干す。

 

 「シエスタ、私の分も持ってきて。銘柄は適当でいいわ」

 

 「は、はい。分かりました。ミス・ツェルプストーは、どんな銘柄にいたしましょうか?」

 

 まったく、飲まなきゃやってられないわ。

そんなに大食いじゃないけど、まだちょっと足りてなかったのに。

 

 「あればでいいんだけど、タルブの奴を。年代はなんでもいいわ」

 

 「はい、分かりました。少々お待ち下さい」

 

 注文を受けて、急いで部屋を出て行くシエスタ。

 

 「ワインの銘柄まで指定するなんて、そんなに好きなの?」

 

 「タルブのって、私好みの味なのよ。

それに、タルブのは、飲んでるとここが大きくなるのよ?」

 

 そう言って自分の胸を軽く持ち上げるキュルケ。

ワインにそんな効果があるわけないじゃない。きっとまたからかう気ね。

 

 「ほら、ルイズも飲めばきっと大きくなるんじゃない?

うぷぷ。もう無駄かもしれないけど」

 

 「ぬぁんですってぇー!?この乳お化けが!

ワインで大きくなるわけないでしょっ!?」

 

 「でも、ほら。子供の頃から飲んでる私は、こんなになったわよぉ?何よりの証拠じゃない?」

 

 胸を寄せて左右に揺らすキュルケ。そんな訳ないって分かってるのに、言い返せないわ。本当にそんな効果があるように思えて来ちゃった。でも、キュルケのいう事だし、絶対嘘に決まってるわ!

 

 「お待たせしました、ミス・ツェルプストー。ミス・ヴァリエール」

 

 言い返せず、その大きな胸を睨みつけるしか出来ないでいたら、シエスタがワインを持って帰って来た。

 

 「あら?随分速かったわね。急がなくても良かったのに」

 

 「いえ、ワインだけですから。では、どうぞ」

 

 そう言ってキュルケのグラスにワインを注ぐシエスタ。あの子もかなり大きいわね。ほほ本当にワインで大きくなるのかしら?

 

 「ねぇ、シエスタ。貴方は普段ワインを飲む時は、なんの銘柄を選ぶの?」

 

 「ふぇっ!?私ですか?」

 

 私のグラスに注ぎにきたシエスタにさりげなく聞いてみる。

 

 「あ、あの。私は平民ですし、そんな銘柄を気にする事なんて出来ません。いつもは実家で作ってる物を飲むくらいで、その…」

 

 あ、いけないいけない。気にし過ぎて聞く相手を間違えたわ。平民のこの子にそんな事聞いても困らせるだけじゃない。

 

 「あぁ、困らせるつもりはなかったの。ただちょっと気になる事があったから聞いてみたくなったのよ」

 

 「気になること、ですか?」

 

 どうにか落ち着いてくれたわ。まったく貴族だって言うのに、使用人を虐めるような真似をしちゃうなんて、これもキュルケのせいよ。

 

 「えぇ、気にしないでいいわ。……因みに、その実家ってどこなの?」

 

 ちょろっと話をつないで行こう。急にやめると変に思われるし。まぁ、既に変な事を聞いたから今更だけど、軽い世間話でもしてごまかそう。

 

 「私の実家はタルブにありますが、それが……」

 ガチャン!!

 

 「えぇぇ!?み、ミス・ヴァリエール!?どうしたのですか!?」

 

 思わずテーブルに頭を打ちつけちゃったじゃない!なんて偶然なの!?やっぱり本当にワインでむむねが大きくなるというの?

 

 「だだ大丈夫ですか!?ミス・ヴァリエール?」

 

 「えぇ、だ大丈夫よ?ありがとう」

 

 心配してくれるシエスタに答えながら頭を上げると、堪えきれないといった感じで大笑いしてるキュルケが目に入った。

 

 「あははははっ!いいわ、ルイズ!最高!」

 

 「何笑ってるのよ!ツェルプストー!?」

 

 ぐぬぬ、こいつはまったくぅ!!

 

 「ルイズ、全部キュルケの嘘ですよ?」

 「やっぱりそうだったのね!?」

 

 シエスタがタルブ出身だって聞いて、一瞬本気にしたのに!やっぱり嘘なんじゃない。どうしてくれよう!

 

 「騙される方がおかしいのよ、ヴァリエール。

でも、そこのメイドがタルブ出身だったなんて、偶然って面白いわ!」

 

 「あ、あの、私何か?」

 

 「気にしなくていいですよ。単なる偶然のせいです」

 

 くうぅぅぅ!悔しい!からかおうとしてるのは分かってたのに、まんまと騙されたわ!ケラケラお腹を抱えて笑ってるキュルケを火が出そうなほど睨んでやるけど、全然堪えない。こここのツェルプストーめぇっ!

 

 

 「うっ。あ、あれ?ここは………?」

 

 飛びかかろうと思ったその時に、ベットの方から声がした。

はて、何故にベットから?

 

 「あ、サイトさん。目が覚めたんですね」

 

 あ、サイト。すっかり忘れてたわ。

 

 オロオロしてたシエスタが、目を覚ましたサイトに気付き、駆け寄って行く。ただでさえずっと任せていたし、目が覚めた時にご主人様が知らん降りするわけにもいかないから、私も行こうかしらね。

 

 グイッと残ってたワインを飲み干して、慌てず余裕を持ってベットに近づいて行く。シエスタと少し話してるサイトの様子は、もうどこにも問題がなさそうに元気ね。

 

 「やっと起きたみたいね」

 

 「あぁ、ルイズ。心配かけてごめん」

 

 「私のいう事聞かないから、そうなるのよ。次からはちゃんと聞きなさいよね」

 

 起きた事は嬉しいけど、ここは毅然とした態度でいかないと、ご主人様としての威厳がなくなるわ。病み上がりでちょっと気が引けなくはないけど、ここは譲れないわ。ビシッといかなきゃ。

 

 「あぁ、悪かったよ」

 

 「まったく。ほらちゃっちゃと出なさい。いつまで貴族の、それも乙女のベットを独占してるつもり?」

 

 起きたのなら、さっさと出てもらわないと。昨日は椅子で寝たから、寝不足なのよね。平民で使い魔のくせに、貴族のベットを使わせてもらえただけありがたく思いなさいよ?

 

 「あ、あぁ。っと……凄いな。あれだけの怪我がすっかり治ってる」

 

 「ミス・ヴァリエールが私達平民では10年働いても一本買えるか分からないほど高価な魔法薬を何本も集めてくださったんですよ?」

 

 こ、このメイドはまた勝手にペラペラとぉ!

でも、それを聞いたサイトは感激したって風な表情でこっちを見てくる。ふふん、ご主人様の偉大さを少しは理解したようね。これからは誠心誠意私に仕えなさい。

 

 「ルイズ、そのありがとう。そんな高い物を」

 

 「あんたは私の使い魔なのよ?それに必要なお金をかけるのは当然じゃない。感謝するなら、これからはしっかり仕えなさい」

 

 む?なんか微妙な目でこっちを見てる。ここは感謝して、はいルイズ様!って言う所でしょ?

 

 「無事起きたみたいですね?」

 

 いつの間にかユエが私の後ろに立っていた。

妙な目で見てたのはユエの事だったのね。ぽけっとユエを見ているサイトだけど、もしかしてユエを覚えてないのかしら?まぁ、ボロボロになってたし、すぐ気絶したから無理もないかもしれないけど。

 

 「えーっと、あんたは……?」

 

 「自己紹介がまだでしたね。私は綾瀬夕映、どうぞよろしくです」

 

 あやせー?

 

 

 

 

   <夕映>

 

 ようやく起きたらしい使い魔さんに自己紹介をしたですが、ルイズが不思議そうな顔で首を傾げています。そういえば、こちらでは日本名を名乗った事なかったですね。まぁ、今は置いておくです。

 

 「えーっと、平賀才人だ。よろしく?」

 

 平賀さんですか。本当に日本人なのですね。

あの時、彼の言葉にだけ違和感を感じませんでした。いつもは誰の言葉にもほんの少しだけ違和感が出るです。いつ翻訳魔法がかけられたのかは分かりませんが、ここに来てすぐは日本語で話してるのかと思ったほど、スムーズな変換がなされてるです。魔法世界でたまに使われる翻訳魔法より術式が複雑なんだと思うですが、頭の中で変換される際のタイムラグがほとんど無いのです。あちらもほぼ気にならないほどのラグですが、こちらの物は耳から頭に届くまでの間に変換されている感じですね。残る違和感は、日本語にない表現を無理に変換したと思われる時の文法的なものなどくらいです。

 しかし彼の場合、ほんの少ししか言葉を聞きませんでしたが、一切の違和感がなかったです。つまり、彼の言葉は翻訳魔法で翻訳していないという事。つまり日本人、もしくは日本語が話せる地球人と言う事です。そして見た目から日本人と判断したですが、どうやら正解だったようですね。

 

 「平賀さん、ですね?多分同郷同士よろしくです」

 

 「ど、同郷って、やっぱりあんたも日本人なのか?」

 

 驚いたように確認してくる平賀さん。

知らない異世界で同じ日本人に会うと言うのはかなりレアな状況ですからね、驚くのも無理はないです。

 

 「はい。日本の埼玉から来たです。もっとも、経緯はかなり複雑ですが」

 

 「埼玉……。ほ、本当に日本人なんだな」

 

 唖然とした表情で埼玉、埼玉と呟く平賀さん。

やたらと衝撃を受けてるですね。多分、彼は一般人なのでしょう。少しでも魔法に関わっていた人間なら、異世界に来ても、そこまで戸惑わないでしょうし、同じ日本人にあったとしても、海外であった位のテンションで、やぁ、なんて挨拶するくらいでしょう。

 言い過ぎですかね。

しかし、麻帆良の生徒達ならきっとそんな感じの反応をするでしょう。

現に、まき絵さんたちは魔法世界に放り出された時、かなりたくましく生活してたらしいですし。予備知識もなく言葉の通じない異世界に放り出されて、何故バイトして生活費その他を稼げるのか。麻帆良生のバイタリティーは凄まじいの一言です。

 まぁ、私もその麻帆良生の一人だったので、余り言えませんが。

 

 「なぁ、あんたもここの連中に召喚されたのか?」

 

 「そうと言えなくもないですが、ちょっと違いますね。でも、それがどうしたのです?」

 

 なんでも彼はルイズに使い魔として召喚された時、日本の秋葉原に居たそうです。つまり、あのサモンサーヴァントと言う魔法は世界の垣根も越えるのですか。しっかり調べれば、帰る方法も分かりそうですね。

 

 「私はこの世界のどこかの森で彷徨っていた所に、タバサの、そこに座ってる彼女ですが、彼女の召喚魔法で呼ばれようとしているドラゴンに巻き込まれる形で、ここトリステイン魔法学院にやって来たです。森の中から、偶然人の居る所に出られたので、これ幸いとここの生徒にしてもらったです」

 

 「えっと、つまり召喚されて、この世界に来た訳じゃないのか」

 

 「えぇ。この世界に来たのは完全な事故でしたし」

 

 「そうか、じゃあ帰り方なんて分からないよな。

因みに、どんな事故でここに来たんだ?」

 

 「簡単に言えば、正体不明のワープトンネルに吸い込まれたです。

気付けば、さっき言ったようにこの世界のどこかの森の中に居ました。来た方法がそもそも事故なので、帰り方はちょっとわかりませんね」

 

 「そうか。まぁ、仕方ないよな。

でも、同じ境遇の奴が居て少しホッとしたよ。違う世界で一人ってのは寂しいからな。これからよろしくな、一緒に頑張っていこうぜ?」

 

 右手を出して握手を求める彼に、とりあえず握り返すです。

やっぱり心細かったのでしょう、異世界で一人と言う状況は。一般人のようですし、錯乱しないだけマシではないですかね。

 

 「ちょっとサイト?ユエとあんたが同じ境遇な訳ないでしょう?馴れ馴れしくするんじゃないわよ」

 

 「な、なんだよ急に。同じ地球から来た者同士、立場は同じだろう?」

 

 「全然違うわよ!あんたは平民で使い魔、ユエは貴族でメイジ。全然違うの。いい?あんたは仕える立場なの!そこを間違えないで!」

 

 ルイズが急に怒りだしたです。

身分とかの関係はこの世界ではかなり厳格なようで、使い魔の彼が仮とはいえ、貴族の位にある私に馴れ馴れしい態度を取る事が許せなかったのでしょう。

 

 「ルイズ、落ち着くですよ。知らない土地に一人で来てしまい不安だったのでしょう。大目に見てあげるです」

 

 「そうは言ってもね?こう言うのはしっかり躾けなきゃいけないのよ」

 

 彼が他の貴族に何かしたら、ルイズの責任になる事もあるので、確かに心配でしょう。ですが、身分制度が無くなって久しい今の日本から来た平賀さんに、すぐ完璧な貴族への礼儀を示せと言っても無理と言うものです。私だって、一般的な礼儀作法しか知らないですから、そのうちボロが出るでしょう。なのでどうしてもと言うなら、時間をかけて教えていくしかないのです。

 

 「どんな事でもすぐに結果を出すことは出来ないです。とりあえず今この部屋の中だけは大目に見て上げるです。一歩外に出たらそれなりにやって貰うという事で。じゃないと話が進まないです」

 

 「うぅ、しょうがないわね。今だけだからね!」

 

 平賀さんにビシッと指を突きつけて念を押すルイズ。なんだか明日菜さんを思い出させる仕草ですね。性格も少し似てますし、会わせたら面白い事になりそうです。

 

 「いつまでも立ち話も変ですし、こっちに座って続きと行きましょう。平賀さんも、まだ聞きたい事があるでしょうし」

 

 彼らを促し、さっきまで座っていた席に戻ります。下手するとずっと立ったまま会話が進みそうですしね。井戸端会議してる訳では無いので、そんな疲れる事はごめんです。

 

 「さって、では平賀さんはどこか空いてる………おや?タバサ、キュルケはどうしたです?」

 

 いつのまにかキュルケが居なくなっているです。せっかく頼んだワインも半分残ってるようですし、トイレでしょうか?

 

 「ユエ達が話を始めた辺りで、部屋を出て行った」

 

 平賀さんが起きたからって遠慮するような性格じゃないのは、もう分かってるです。しかし、何故なのか皆目検討がつきません。

 

 「いいじゃない、ほっといて。早く座って続きを始めましょう。

私も聞きたいことが出来たし」

 

 まぁ、そうですね。ハルナの様な性格ですし、何かロクでもない事を考えてるのかもしれません。本当に遠慮してたのなら、まぁ、その時は心で謝りましょう。

 

 「では、平賀さんはそこの空いてる席にでもどうぞ」

 

 「あぁ。……ん?ちょっとそれ、何でパイプ椅子なんだ?」

 

 平賀さんがタバサの座っている椅子を見て驚いているです。

見た感じ中世ヨーロッパなこの世界では違和感が酷いですね。折り畳んで何個も入るからと選んだだけで、異世界に合うかどうかでは選んでないので、そこは気にしないで貰いたいです。

 

 「それはユエが出した物よ。パイプ椅子って名前なの?変な名前ね」

 

 「これは俺の世界の椅子の一つだ。あんたこんなの持って飛ばされて来たのか?」

 

 「他にもいろいろ持ってますよ。それも数ある持ち物の一つと言うだけです」

 

 やっぱり、キャンプ用品とかの椅子の方が良かったですかね?放り込んだ時はそこまで深く考えてなかったですが、余り普段使いしませんものね、パイプ椅子。

 

 「数あるって、どんだけ持ってきてるんだよ。俺はノートパソコンだけだったのに。引越しの途中だったのか?」

 

 「おや、鋭いですね。正確には、留学する為に日本を出たあと、ここに飛ばされたです。おかげで、生活には一切困らないですね。ここの学院長のはからいで、学院の生徒にして貰えたので、何も気にせず魔法の勉強が出来るです。不幸中の幸いとはこの事ですね」

 

 もっとも、移動中じゃなかったとしても、全部持っている状態な訳ですからタイミングはいつでも同じだった訳ですが。

 

 「まじで引越し中だったのかよ。

あ、そういやさっき生徒にしてもらったって言ったけど、どういう事だ?ルイズは俺たちには魔法が使えないって言われたけど、さっきあんた、魔法を勉強するとか言ったよな?勉強すれば、魔法が使えるようになるのか?」

 

 そう言えば、同年代の男子と会話するのは久しぶりですね。図書館探検部で少し話すくらいで、後は女子ばかりでしたし。まぁ、女子校だったので当然ですね。ネギ先生は、年下なので除外です。

 

 「あのねぇ、平民がいくら勉強したって魔法が使えるようになるわけないでしょう?ユエはメイジだから勉強する意味があるのよ」

 

 ルイズが口を尖らせて平賀さんに訂正をします。現代日本で、魔法の勉強とか言うと、ある年代の病気のように聞こえていけませんね。

 あぁ、魔法を知ったのはその頃ですし、問題ないのでは?いえいえ、そういう問題ではなく!

 

 「夕映は、っと、そうだ。名前で呼んでいいか?俺も才人でいいからさ」

 

 「まぁ、構いませんが」

 

 「じゃあ、夕映って呼ばせて貰うぜ。夕映も俺の事、才人って呼んでくれ」

 

 「分かったです、才人さん」

 

 ネギ先生以外の男の人を名前で呼ぶとは、少し恥ずかしいですね。

 

 「改めてっと、夕映は俺と同じ世界から来たんだぜ?俺の世界には魔法なんて漫画やアニメの中にしかないんだよ。それなのに、夕映がメイジなんておかしいだろ?」

 

 「魔法が無いなんてあり得ないわよ!現に私は、ユエが魔法を使う所を何度も見てるのよ?あんたの怪我だって、ほとんどユエが治してくれたんだから!」

 

 どんどん言い合いが激しくなって行くです。どうしましょう?

一般常識では、才人さんの言ってる事が正しいのですが、今回ばかりはルイズの方が正解ですし。

 

 「なんだ?夕映も看病してくれたのか。それはありがとうな。

魔法と勘違いするほど、手当てがうまかったって事か」

 

 「なんでそうなるのよ!本当に魔法で治したんだって言ってるでしょ!?こう、ちっちゃいのがフヨフヨーって出てきて、クルクルーってやって、そして、ピカカーって治したのよ!ハルケギニアでは見たことない魔法だったんだから!」

 

 ルイズが興奮しすぎて、説明が幼児化しだしたです。

このままじゃ埒が明きませんし、仕方が無いので、私が間に入るとしましょう。私の事でケンカしてる訳ですし。

 

 「二人共落ち着くです」

 

 「だって、サイトが」

 「ルイズの奴が」

 

 「まぁまぁ、これでも飲んで一旦落ち着くです。ルイズ、才人さんには私が説明するです。実際に見せた方が早いですし」

 

 ルイズと才人さんにジュースを渡して座らせます。何か飲めば少しは落ち着いて話が出来るでしょう。

 しかし、どうしましょう。才人さんは一般人ですが、すでに魔法に巻き込まれているので、教えても問題ないでしょう。むしろ私が魔法使いの対処方法をしっかり教えなければ、また無謀な事をしかねません。今回はたいした事なかったですが、次もそうとは限りません。

 死んでしまったら、元も子もないですし、きっとその時はルイズが泣く事になるでしょう。せっかくの友人ですし、平賀さんは同じ日本人同士、そんな状況にならないようにしたいものです。

 

 「なぁ、夕映?こ、この微炭酸ラストエリクサーって、なんだ?こんなのどこで売ってるんだよ…」

 

 「私の所では普通に売ってたですよ。まぁ、とりあえず飲みながら聞いてください。まずここは私達の地球とはまったく違う異世界だと言うのはもう分かっているですね?」

 

 「あぁ、月が二つもあるし、そこは間違いないだろうな」

 

 「そして、魔法使い、ここで言うメイジが存在しています。実は地球にも同じように……」

 

 「なんかスプライトっぽ…ぐはっ!?なんだこれ!なんで、最初と最後で味が全然違うんだ!?

甘いと思ったら辛くなって苦くなって最終的に酸っぱくなったぞ!?どうやって作ってるんだ?」

 

 「あの、聞いてますか?」

 

 美味しさに感動している所悪いですが、これからいろいろ話すんで、聞いてほしいのですが。

 

 「ユエー、これってどうやるの?」

 

 今度はルイズが開け方が分からずパックをクルクル回してます。

 

 「あぁ、すいません。貸してください、開けますんで」

 

 パックを受け取ってストローを刺し、ルイズに渡します。飲み方は分かっているようで、そのままストローを咥えて飲み出します。

 ふぅ、では話を戻すとしますか。

 

 「さて、ここが異世界と言うのは確実です。そして、この世界と同じ様に地球にも魔法使いが……」

 「ぶふぅーーっ!」

 

 「ぎゃぁぁ!?何でこっち向いて吹くんだよ!?」

 

 「う、うるさいわね!

ちょっとユエ、なにこれ!?なんかまろ苦くてすっぱ甘かったわ!だ、大丈夫なの、これ!?」

 

 「どんな味だよ。……って、なんだ抹茶オレンジって!何混ぜちゃってるのっ!?」

 

 ……話が進まないです。

お互いの飲んだジュースの味を論評し、更にジュースを交換して飲んでみて更に騒ぐ二人。まぁ、ケンカを忘れて盛り上がってるからもういいです。

 

 「タバサも飲むですか?」

 

 「ありがとう………シュワシュワする」

 

 抹茶コーラを飲んで目を見開き驚いているタバサ。シエスタさんは驚きすぎて吹き出したですが、さすが同士。すでに慣れたのか二口三口と飲んでいくです。小さくけぷっとやりつつ初めての炭酸を楽しんでいきます。

 

 「シエスタさんも飲むですか?」

 

 ルイズ達のそばでオロオロしているシエスタさんにも勧めるですが、

 

 「いえいえいえ!大丈夫です!

私はそろそろ食器を片付けて、上がらせていただきますね」

 

 この間飲ませたのがトラウマにでもなったのでしょうか、物凄い勢いで拒否して、食器を片し始めました。美味しいですのに、もったいない。今度また違う種類のを勧めてみましょう。

 

 

 「ダーーリン!」

 

 バタン!と、大きな音を立てて扉を開けて、扇情的なベビードールに身を包んだキュルケが飛び込んできた。紫色の生地に、赤色の糸で細かく花の刺繍がされているです。そして普通のベビードールより、胸元が開けられていて、彼女の豊満な胸が半分ほどこぼれているです。本来可愛らしさを出すたぐいの服だと思っていたですが、彼女のような体型の人が着ると可愛らしさよりも色気が強くなるようです。

 しかし、隣の部屋とはいえ、この格好で廊下に出たその度胸に感服するです。真似はしませんが。

 う、よく考えたらほぼ全裸を街中で晒す事よりはマシでした。

キュルケには知られないようにしましょう。きっと良い笑顔でからんでくるでしょうから。

 

 「ダーリン。私、微熱のキュルケと言います。よろしくね?」

 

 「あ、あぁ。知ってる、けど?」

 

 「あぁ!覚えていてくれたなんて、このキュルケ感激ですわ!」

 

 さささっと部屋に入って来たかと思ったら、才人さんの腕に絡みつきその胸を押し付けているキュルケ。ダーリンって、実際に言っている場面を見たのは初めてです。古い漫画か、外国の映画の中でしか聞いた事ないですよ。

 

 「ちょ、ちょっとキュルケ!何してるのよ!?」

 

 「あら、ルイズ居たの?愛し合う二人の邪魔をするなんてヤボな子ね」

 

 「誰と誰が、いつ、愛し合ったのよ!!」

 

 「私とダーリンが、こ・れ・か・ら・よ♪」

 

 才人さんに抱きつき胸を押し付けるキュルケに、ルイズが激しく噛み付いた。まさかさっき居なくなったのは、あの服に着替えるためだったのですね。うっすら化粧もしてるようですが、ルイズをからかう為にそこまでするのですか?

 

 「タバサ、これはどういう事か分かるですか?」

 

 「いつもの事。キュルケは熱しやすい。多分決闘を見て好きになったんだと思う」

 

 ははぁ〜、そういう事ですか。あの何度倒れても立ち上がり向かって行く姿に一目惚れしたと。それでいきなりアレはちょっと積極的すぎないですかね?相手が引いてしまうんじゃ………にやけてますね。

 キュルケの胸は大きいですからね、それをほぼ下着姿で押し付けられて鼻の下を伸ばしてるです。私ももっと胸があって、勇気があれば、あんな格好でネギ先生に抱きついたり……はっ!?私はなにを考えてるです!?

 

 「ふぅ、タバサ。残念ながら今日はもうお開きです。あの状態から元には戻らないでしょう。巻き込まれる前に退散するのがいいです」

 

 「残念」

 

 タバサが心底残念そうに呟いたです。

まぁ、時間はたっぷりあるですし、またの機会にしましょう。

 

 「シエスタさんも退散しましょう。手伝うですよ」

 

 「いえ!そんな何度も手伝って貰ったら、怒られてしまいます。

お気持ちだけで十分ですよ、ユエさん」

 

 上げ膳据え膳が少し心苦しく思ったですが、彼女の仕事を取るわけにもいかないですね。ここは頼るとしましょう。

 先に出たタバサを追って私とシエスタさんも部屋を出ます。

いつまでも部屋に居たらきっと巻き込まれるです。それは凄くめんどくさい事になるでしょう。さっさと逃げるが勝ちです。

 

 「さて、私はお風呂に行ってから寝るですが、タバサはどうします?」

 

 「私は、明日から数日用事で出掛ける。その用意もあるからもう寝る事にする」

 

 巻き込まれないように部屋を出た所で聞いたら、そんな答えが帰ってきました。仕方ありません、お風呂は一人で入るとしますか。平民貴族という区別がなければシエスタさんを誘う所ですが、貴族用のお風呂に平民が入る事は許されないそうです。そして、平民用のお風呂は、ただのサウナだそうで。小さくてもお風呂くらい作ってもいいでしょうに。あぁ、でも水は貴重品なんでしたっけ?日本人的には、お風呂にも入れないのは困るですし、オスマンさんには感謝ですね。

 シエスタさんが扉を閉めても聞こえてくる喧騒にどうしたものかと思っていたら、タバサが杖を一振りしたです。するとさっきまでの喧騒がピタリと止まりました。

 

 「タバサ?」

 

 「サイレントの魔法を使った。近所迷惑」

 

 「いい判断です」

 

 防音の魔法ですか、便利ですね。

私達の魔法にもないでしょうか?音を消すだけですし、作ろう思えば作れそうですね。今度試してみましょう。

 

 「では、シエスタさん、お休みです」

 

 「はい、ユエさんもお休みなさいませ。

あ、出来れば呼び捨てで呼んで下さい。その、貴族の方にさん付けで呼ばれてるようで落ち着かないので」

 

 そういうものですかね?私はここに通うためにオスマンさんが養女にしてくれたおかげでそういう身分という事になっただけの一般人なのですが。まぁ、周りはその事を知りませんし、そのせいで彼女に害が及ぶのも望むところではないです。

 

 「貴方がそういうなら、これからはシエスタと呼ばせてもらうです」

 

 「はい!よろしくお願いします。では、お休みなさいませ」

 

 ペコっと頭を下げて階段に向かうシエスタ。慣れた様子で台車を持ち上げ、楽々降りて行きます。お皿の当たる音も出さないとは、あれがメイドのプロなのですね。見くびってました。

 

 「さて、私はお風呂です。タバサ、お休みなさい」

 

 「ユエ、私は二、三日で帰ってくる予定。帰ってきたら……貴方が決闘の時にやった、あの消える移動法と、昼間に言ってた身体強化という奴を教えてほしい」

 

 「瞬動術と、身体強化をですか?

貴方達にとって、かなり危険な物だったのでは?」

 

 「その二つなら、どうにでも誤魔化せる。他の魔法も出来れば教えてほしいけど、今はまだその二つだけでいい。でも……いつか必要になったら頼むから、その時に教えて」

 

 階段を一段上がった所から、じっとこちらの答えを待つタバサ。

彼女達にとって、先住魔法と言う分類になる私達の魔法は、使えると知られたらすぐ処刑されるかも知れない危険な物らしいです。それでも知りたいと言うのは何か相当な理由があるのでしょう。知り合ってから度々見る追い詰められた様な雰囲気を今も纏って見えるです。

 何に追い詰められているかは知りません。でも、その覚悟だけは伝わって来ました。今はそれだけで充分です。

 

 「分かりました。帰ってきたら貴方が望む限り教えましょう」

 

 「……ありがとう」

 

 真剣な顔でペコリと頭を下げ、彼女は部屋へと戻って行きました。

まだまだ半人前の私が一時的とはいえ、弟子を取る事になるとは。人生は分からないですね。エヴァンジェリンさんに知られたら、十年早いと怒られそうです。

 さて、これから忙しくなりそうです。手始めに[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)を開いて、解りやすい瞬動と身体強化の方法を探すとしましょうか。以前の恩師に似た雰囲気を持つ、異世界の友人の為に。

 

 

 

 






第八話でしたぁ。
かなり難産だったので、せっかくの目標、一週間に一話が見事失敗に終わりました。
次からはどうにかやれるようがんばります。


さて、多分大丈夫だろうと思うんですが、変な所や誤字脱字があったら教えて下さい。
直せる所は速攻で直していきますので。

でわ、次回をお楽しみにぃー。



デルフ、いつ出せるんだろう?
ちょっと誤字修正、まだありそう……


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ゼロの旅9

クオリティーを落とさず、週一で投稿すると言う目標。
達成するのは難しいですね。

今回ちゃんとした内容になったかは分からないけど、どうにか投稿です。

でわ、第九話れっつごー


 

 

 今日でここに来て四日ですね。

そろそろ予定日になっても来ない私の事を怒っているであろう委員長(エミリィ)達に、飛行鯨の事故の事が伝わる頃合いでしょう。

 あの魔力渦がなんだったのか分かりませんが、アリアドネーが調査に入ればその正体も掴めるのではないでしょうか。まぁ、分かった所で私一人のために軍が動くとは思えませんが。

 あぁ、そもそもアリアドネーの活動域じゃなかったです。

 

 システムの違うここ、ハルケギニアの魔法はまだ使えませんし、恐らく今後も使えないでしょう。自身が持つ魔力容量のみで行使されるここの魔法は、私の少ない魔力容量では発動しません。これからの方針は、ここの魔法の術式を理解して、私達の魔法、精霊魔法の術式に応用し、魔法のレベルアップを図ることです。

 錬金の魔法のように、私達の所にはない魔法もかなりあるようですし、参考になる物は多いはず。

 自力の低い私が先生達の場所まで行くのに、一発の威力を追求するのは愚の骨頂です。すぐ壁に突き当たるのが目に見えてます。ならば、威力の高さより、魔力消費を限りなく抑え、攻撃を止める事なく長期間の戦闘が行える様になる方がまだ可能性があるでしょう。

 その為に魔力の効率化を図る修行方法を中心にやって来たのですから。

 今の私では、[雷の暴風](ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)を二、三回連続で撃ったら、それだけで息切れしてしまいますので、目標は10分間[魔法の射手](サギタ・マギカ)を絶やさず撃ち続けられるようになる事です。それくらい出来るようになって、初めて彼らの足元に立てるのではないでしょうか。

 

 まぁ、そんな事を考えてすぐ出来るなら苦労はないですが。あくまで目標です。

 

 「おぉ〜、これ英語か?こんなスラスラ書けるなんて、夕映頭いいんだな」

 

 ルイズの隣の床に座らされた才人さんが、私の手元を覗き込んでそう呟きます。

何でも、椅子に座れるのは貴族のみで、使い魔は座ってはいけないのだそうです。それで度々床に座っていたんですね。好きで座ってるんだと思ってたです。

 

 「これはラテン語です。英語も使ってますが」

 

 「ラテン語……?なんだっけ、それ」

 

 「英語の出来る前の言葉だと思って下さい。ラテン語から英語が出来たです」

 

 かなりはしょりましたが、概ね間違ってないですし、問題ないでしょう。これがテストに出るわけでもないですし。

 

 「へぇ〜。俺は学校の勉強苦手だったから、尊敬するよ」

 

 「私も学校ではバカレンジャーと呼ばれる程の成績でしたよ」

 

 魔法を知るまでは、勉強なんてと一切やらなかったですしね。まぁ、そのせいで魔法を覚える時、魔道書を読む時などとても苦労したです。今は、勉強と言うのはやりたい事が出来た時の為の保険なのだと思うようになったです。

 あの頃の私なら笑うでしょうが。

 

 「なんでバカレンジャー?」

 

 「学年で断トツの最下位五人組、その一人が私でした。通称バカブラック、赤点の常連ですよ」

 

 「バカの五人組でバカレンジャーか、酷い言われようだな。こんなスラスラ英語を書いてて、それなのか。夕映の学校って、もしかして物凄い進学校か?」

 

 「普通とは言い難いですが、進学校ではなかったですよ。バカレンジャーと呼ばれていた時は勉強を一切しなかったですから」

 

 しかし、この翻訳魔法は凄いですね。

教師の話を聞きながら教科書を見ていると、少しずつですが文字が読めるようになって行くです。文字を追うとそのまま翻訳してくれます。なんて言うか、語学を勉強する気にならなくなる魔法ですね。

 読めるだけで、字を知らなければ書けないのでテストには向かないですが、図書館探検部としては、読めるだけで充分です。古文から何から興味があるものを片っ端から読んでいける訳ですから、こんな便利な事はありません。問題は、その文字を読める人に最初は読んで貰わないといけないことでしょうか?しかし、それでも十分便利です。

 いつかけられたのか分からないのが不気味ですが、今は有難く恩恵を受けておきましょう。解こうとしても解けませんでしたし。

 

 「それなのに、今はこれか。実は天才だったんだな」

 

 「そうではないです。好きこそ物の上手なれ、という奴です。

魔法を勉強する為に必死に勉強したですよ。魔道書の類いは全て英語かラテン語で、たまにギリシャ語とかがありますが、日本語はほぼ無いですからね」

 

 「ふぅーん…」

 

 「ちょっと、サイト。ユエの邪魔してんじゃないわよ」

 

 小声で話していたら、ルイズが邪魔してると思ったようで、才人さんに注意しました。日本の学校では、これくらいどうって事ないですが、貴族と呼ばれる人達が通うこの学校では、褒められた事じゃなかったのでしょう。

 いえ、日本でもそうですけど、まぁ、気にしませんし。

 

 「邪魔してねぇよ。いろいろ聞いてるだけだ」

 

 「それが邪魔してるって言うのよ。あんたが聞いても仕方ないでしょ、使い魔なのに」

 

 「使い魔言うな。俺は夕映の事を聞いてたんだ。同じ国出身だし、仲良くなろうとして何が悪い」

 

 「何もかもよ!あんたとユエじゃ身分が違うのよ、分をわきまえなさい!」

 

 ヒートアップしてる所悪いですが、教壇で[偏在]と言う魔法の事を説明していたギトー先生が睨んでますよ、二人とも。

 

 「なんだその言い方!俺の所は身分なんてないって言ったろーが!俺と夕映が仲良くしちゃいけない道理はないんだよ!」

 

 「道理ならあるわよ!ユエは貴族でメイジなの!平民で使い魔のあんたとじゃ釣り合わないのよ!平民で使い魔なんて、下の下の下なのに!」

 

 「誰が下の下の下だ!お前は何でも貴族貴族って、だいたいだな……」

 「貴様ら、黙らんかーーーっ!!」

 

 とうとうギトー先生の堪忍袋の緒が切れたです。

授業中に激しくケンカしてれば、そりゃあ、怒られるですよ。私達も、よくそれで新田先生に怒られたものです。ちょっとした事で明日菜さんといいんちょさんがケンカをして、それを皆が煽ったり賭けをしたりと騒いでいると、新田先生が飛んで来て全員怒られる。まだそんなに立ってないのに、懐かしいですね。

 

 ギトー先生がルイズの所まで来て、ガミガミ怒ってます。才人さんの方には見向きもしません。彼は、皆にルイズの使い魔として扱われているので、何かして怒られるのは全て主人のルイズなのです。

 流石に可哀想なので、助け舟を出しましょう。

 

 「ミスタ・ギトー」

 

 「使い魔の躾ぐらい………なんだ?ミス…」

 

 「ユエ・ファランドールです、ミスタ・ギトー」

 

 「あぁ、オールド・オスマンが養女にしたという東方の娘か。なんの用か知らんが後にしろ」

 

 なかなか傲慢な態度ですね。まぁ、身分の高い人のイメージそのまんまですが。

 

 「ミスタ・ギトー、先程のスクウェアスペル、[偏在]の魔法について聞きたいのです」

 

 「む?一体何を聞こうというのだ?」

 

 「偏在は各々意識を持っているそうですが、それはどう統括されているのか?また、本体、自分自身には、その意識などがどう伝わってくるのか?周りに[偏在]が使える風のスクウェアが先生しか居ませんので、ぜひ教わりたいです」

 

 助け舟と言いましたが、どうせなら実のある話がほしいです。聞けば[偏在]と言う魔法は、呪文で分身を作るものだとか。[精霊召喚](サモン・エレメンタル)と言う魔法もありますが、あれはそこまで自由度は高くありません。この魔法を使えば、楓さんが使うような分身を作り出す事が出来るようです。しかも、分身でも魔法が使用出来るとか。

 どういう仕組みか分かりませんが、とても興味深い事には違いないです。

 私がそのまま[偏在]を使う事は出来ませんが、仕組みを理解すれば、[精霊召喚](サモン・エレメンタル)に応用出来るかも知れないです。

 

 「ふむ、いいだろう。

[偏在]を使う時、その意識を全て自身で把握している訳ではない。いいかね……」

 

 ギトー先生が[偏在]について講義を始めます。[偏在]で作られる分身は限りなく本人と同じ思考を持つらしく、わざわざ意識を伝える必要はなく、統括するのも簡単な念話で伝えるだけで出来るみたいです。楓さんの分身もわざわざ会話してる所を見た事ないですし、そういうものなのでしょう。まぁ、してたらちょっと間抜けに見えるですね。

 

 「[偏在]が本体から離れられる距離は、術者の精神力の強さに比例して長く遠くなる。なので……」

 

 聞けば聞くほど便利な魔法ですね、[偏在]というものは。ぜひ解析したい所ですが、ギトー先生に使ってもらっても、彼の前で精霊魔法を使う訳にもいかないですし、どうした物ですか。

 

 カラーン  カラーン

 

 「む、もう時間か。では、これで講義を終了する。解散」

 

 むむ、いいところで終わってしまいました。

だいぶ字も読めるようになったですし、あとで図書館にでも行って[偏在]について書かれている本を探すとしましょう。

 

 

 「ふぅ……。サイトのせいで酷い目にあったわ」

 

 「なんで俺のせいなんだよ。俺はただ質問してただけだぜ?」

 

 「あんたは黙って座ってればいいの!質問なんてする必要なし!」

 

 「なんでだよ!いいじゃないか、せっかく友達になったんだし、いろいろ知ろうとするのは当然だろ。なぁ、夕映?」

 

 才人さん的には普通の事でしょうが、ルイズにとっては我慢ならない事のようです。彼女は貴族ですから基本育ちが良いので、普通の学生である私達とは許容量が違うのでしょう。私は、授業中に話したりするのも慣れてますからそんなに気にしませんですが、

 

 「まぁ、そうですが。授業中にすることじゃないですね」

 

 「うっ……。ま、まぁそうだけど」

 

 「授業中じゃなくても聞かなくていいのよ」

 

 「それに、才人さんは今ルイズの使い魔なので、才人さんが何かすれば全ての責任をルイズが負わなくてはならないのです。先程の様に、騒げば怒られるのはルイズです。なので口うるさく言うのですよ。そこら辺も分かって上げて下さい」

 

 言い方は悪いですが、ペットのした事は飼い主が責任を取るのと一緒ですね。

ここの使い魔は、ペットにしては大きかったり、特殊な能力を持ってたりしますが。

 

 「あぁ、分かったよ」

 

 「なんでユエの言う事は素直に聞くのよ」

 

 「少なくてもルイズよりは筋が通ってるからな」

 

 「私も同じ事言ってるでしょうがっ!」

 

 「どこがだっ!」

 

 この二人はケンカしないと会話が出来ないのでしょうか?

明日菜さんといいんちょさんもよくケンカしてたですが、基本仲が良かったです。

 ケンカするほど仲が良いの見本のような二人でしたが、この二人はどうですかね。才人さんとしては、日本から無理やり連れて来られ、ルイズはその実行犯。ルイズにとっては、幻獣の使い魔を呼び出すはずが、何故か来た平民の男性。しかも、言う事をぜんぜん聞かない。どっちも言い分があり、そのどちらも言われて仕方が無い事な訳です。

 その内仲良くなるんでしょうか?

 

 「二人とも、急がないと食べる時間が無くなるですよ?」

 

 昼食の時間は決まってますからね。遅れて行くと、もう下げられた後なんて事になりかねません。ケンカは後回しにしてもらいます。

 

 「そうね。サイト、あんたはご飯抜きよ。ご主人様に恥をかかせる悪い使い魔に始祖と姫様が授けて下さる糧を与える訳にはいかないわ」

 

 「な、なんでだよ!俺にも食わせてくれよ!」

 

 「だめよ!そこで反省してなさい!ユエ、行くわよっ」

 

 私の手を取り、引っ張って行くルイズ。流石にご飯抜きは可哀想ですよ?

 

 「いいのですか、ルイズ?流石に可哀想だと思うですが」

 

 「いいのよ。悪い事をすれば罰を与えるのは当然よ。

いい、ユエ?余りサイトを甘やかしちゃダメよ?調子に乗って、またこの間のような騒ぎを起こされたら困るんだから」

 

 ルイズなりにいろいろ考えた上での言動だったのですね。

そう何度も決闘騒ぎを起こされたら確かに困ります、そのうち死にかねませんし。

 

 「分かったです、口出ししませんよ。

でも、彼も自分の意識で来た訳ではないのですから、素直になれないのでしょう。そこも覚えておいて上げて下さい」

 

 「むぅ、分かってるわよ。……でも、イヤに肩を持つわね?」

 

 「まぁ、同じ国出身のよしみですよ。私も来た当初は混乱したものです。彼は魔法も知らなかったようですし、錯乱しないだけマシでしょう」

 

 「魔法を知らないなんて、あり得ないわ。サイトはよっぽど田舎者って事?メイジもいない程の」

 

 「私達の所は、メイジが余り居ないのですよ。少なくともここハルケギニア程は。だから、話には聞いていても実際に見たことはなかったのでしょう」

 

 本当は魔法を秘匿してるせいで、一般人が知りようもないと言うだけなのですが、そんなことを説明しても分からないでしょう。魔法が一般的な物であるというのが普通のハルケギニア人達の感覚なのですから混乱するだけです。

 

 私達の世界の常識を無理やり持ち込んでも意味が無いです。聞かれたら答える程度で構わないでしょう。

 

 「数少ないメイジが、あのエヴァンジェリンやユエみたいな凄腕ばかりな訳ね」

 

 「いえ、私を彼女達と同等みたいに言うのはやめてほしいですが」

 

 「私としては、どっちも変わらないわよ」

 

 ひよっこの私としては恐れ多いです。

いえ、ルイズは最高峰のエヴァンジェリンさんと私しか知らないので、そう思うのでしょう。私レベルなど、それこそ掃いて捨てるほどいるのですから。

 

 「私も凄いメイジになれるよう頑張らなくちゃ。

昨日、ユエのおかげで少しコントロールが上手くなったみたいだし、そのうちちゃんと使える様になるかも」

 

 ニコニコしながら私の手を引き、食堂に向かうルイズ。

ほんの少し測ってアドバイスしただけなのに、もう手応えを覚えるとは、才能はあるのですね。魔力容量はこのか並にあるですし、コツさえ分かればすぐ強くなるでしょう。

 一つ気になっている事はあるですが、それはその内に、ですね。

 

 「昼食が終わったら、ユエはどうする?」

 

 「とりあえず一息吐いてから、図書館で調べ物です。

ちょっと[偏在]について詳しく調べたいので」

 

 「[偏在]を?風のスクウェアスペルじゃない。そんなの調べてどうする……まさか、ユエ使えるの?」

 

 「使えないですよ。だから調べるです。似た魔法はあるですが、作り出した分身が魔法を使えないと言う違いがありまして、解析すれば使えるものが作れるかもと思いまして」

 

 自分一人でも時差で魔法攻撃が出来たり、分身が戦っている間に自身が罠の準備をしたり、いろいろ活用法はあるです。夢が広がるです。

 

 

 

 「ミス・ファランドール、話がある。少し良いかね?」

 

 昼食を食べ終え図書館へと向かう途中、ギトー先生に呼ばれました。

 

 「なんでしょう?ミスタ・ギトー」

 

 「うむ。君は[偏在]に興味があるようなのでな、この本を読んでしっかり勉強するといいだろう」

 

 そう言って持っていた古びた本を渡されます。

かなりの年代物のようですが、どこも傷んでいないです。図書館島にある本も、水に触れていても傷まないように魔法がかけられていたようですし、これもその類の魔法がかかっているのでしょう。

 

 「これは?」

 

 「[偏在]について書かれたものだ。今、巷で出回っている物、そして図書館にある物では省かれた記述も載っている。最初に読むなら、この本にした方がいいだろう」

 

 添削されたがとても重要な記述なんてものはよくあるです。そして、この本は図書館にあるものより詳しく書かれていると言う事ですか。

 

 「それは、貴重な物なのでは?」

 

 「ふん、構わん。私は既に隅々まで頭に入っているし、他の生徒達は、ここを社交の場としてしか見ていない。勉学は二の次だ。そんな者達に渡すよりずっと有意義だろう」

 

 「ありがとうございます!これから図書館へ行って、[偏在]について調べようと思っていた所なので、助かるです」

 

 「ふむ。では、渡したぞ?固定化の魔法がかけてあるが、使い潰すつもりで勉強しろ。ではな」

 

 「はい!ありがとうございます」

 

 思わぬ収穫。本の方からやって来たです。

これで探す手間が省けたですね。さっそく読み込むです。部屋に帰ったら[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)にも、入力しましょう。手作業でしなければならないですが、本をいちいち開く手間も無くなるですし、検索も出来るようになるです。

 

 「入力作業は後回しにして、さっそく中庭でお茶を飲みながら読むとするです」

 

 新しい本を開く時のわくわくは、いつでもどこでも気持ちいいですね。それがたとえ異世界だとしても。

 

 中庭にカフェのようにテーブルが並べられている場所があります。ここは何と呼ばれているか分かりませんが、まぁ便宜上カフェとでも呼びましょう。そんなカフェの一角に陣取って、先程ギトー先生から戴いた[偏在]について書かれているらしい本を開きます。まだ聞いてない単語も多く、半分くらいしか読めないのが悔やまれるです。

 

 「よっ、夕映。読書か?」

 

 「む、才人さんですか。何をしてるです?」

 

 何やらお盆を持って現れた才人さん。この間も食堂で給仕を手伝ってたですが、

 

 「ルイズに飯抜かれて腹空かせてたらシエスタに厨房で飯を貰ってな。お礼にってこうして給仕を手伝ってるのさ」

 

 なるほど、食事代がわりと言う訳ですか。食事を抜かれても何にも気にしてないですね。

 

 「ルイズには内緒な?知ったら絶対シエスタに貰うのも禁止するだろうから」

 

 「でしょうね。彼女は、貴方がまた無茶をしない様に手綱を握りたいみたいですが、どうもその様子では無理そうですね」

 

 「手綱って……俺は暴れ馬じゃねーぞ?」

 

 「また決闘騒ぎを起こされたら困るのですよ、ルイズは。治療薬で所持金のほとんどを飛ばしたそうですし」

 

 「うっ、それは悪かったって思ってるよ。俺も平民平民って馬鹿にしてくるここの貴族とか言う連中にイラついてて、ついケンカ売っちまったんだし」

 

 何も分からず馬鹿にされれば怒りはするですね。

 

 「まぁ、次からはメイジ、魔法使いにケンカを売らないようにするですね。どうしてもって時は、ちゃんと作戦立てて上手く立ち回るようにして下さい。じゃなければ次は死ぬですよ?」

 

 今回は運良く大事に至りませんでしたが、折れた骨が内臓を傷つけて取り返しがつかなくなってたかもしれないです。

 

 「せめて、杖を奪う努力をすれば良い物を、魔法で作られた人形に向かって行くなんて、無意味な事をしてたですし」

 

 「しょ、しょうがないだろ、魔法使いとケンカなんてした事無かったし、ギーシュの奴見た目はナヨナヨして弱そうだったし」

 

 見た目で判断出来るなら苦労しないです。10歳児に見える人が、山を吹き飛ばしたり、辺り一帯を氷の世界に変えたりする世界ですからね、魔法使いの世界は。

 

 「見た目だけで判断出来る世界ではないので、これからは気を付けるですよ」

 

 「なんか詳しいな、夕映」

 

 「私も魔法使いですからね。貴方よりは詳しいですよ」

 

 「ほ、本当に魔法使いなのか?」

 

 「まぁ、この通りです」

 

 杖を取り出し、その先に火を灯します。

簡単なこの魔法なら人目があるこんな場所でも使えるです。なんとでも誤魔化せるでしょう。

 

 「うわぁ、それライターじゃないよな?ほんとに魔法使いなんだな。ルイズの戯言じゃなかったんだ」

 

 「戯言とは言い過ぎですよ、この魔法使いの居る世界で」

 

 信じられないのは分かるですが言い過ぎです。

まぁ、普通は何か仕掛けがあるのではと思うですよね。

 

 「じ、じゃあ、箒で空飛んだり出来るのか!?」

 

 「えぇ、車の法定速度くらいは楽に出ますよ?」

 

 「おぉぉぉ、自動車いらず……」

 

 そこですか?

 

 「なぁ、魔法使いならここから帰る方法も知ってるのか?」

 

 「いいえ、知りません」

 

 「魔法でパパッと、テレポート出来ないのか?」

 

 「転移の魔法は高等呪文なんですよ?私も使えなくはないですが、最長100m程しか飛べません。分かりやすく言うなら……」

 

 一般人に分かりやすい魔法使いの説明と言うと、ゲーム的にするのがいいですかね。

 

 「私は魔法使いになったばかりのレベル1。貴方が言う世界を越えるほどのテレポートが使えるのはレベル99の最強魔法使いです。逆立ちしたって使えないですよ」

 

 「そ、そうか。はぁ、しばらくルイズの使い魔してるしかないか」

 

 可哀想ですが、私ではどうしようもないですからね。

いつかそんな魔法を使えるようになったら、帰るのに協力するですよ。

 

 「しかし、夕映もここから帰れないのに余裕だな。帰りたくないのか?」

 

 「私は自分の意識でここに居るのです。異世界で魔法が学べる機会など、早々ないですからね」

 

 「いや、まぁ、そうなんだろうけど………。

まぁ、魔法が使えるならどうとでも出来るし、落ち着いてて当然か」

 

 「それはあるですね。並大抵の事ではどうともならない自信はあるですよ。それだけの訓練をして来たですから。むしろ、異世界に来てしまった程度でどうにかなったら、私の師匠とも言うべき人にお仕置きされるです」

 

 そんな柔に鍛えた覚えはないぞと言って、厳しい修行を課せられるでしょう。吹き飛ばされるか、凍らされるか、はたまたどこかの苛酷な環境の地に放り込まれるか。何にしてもタダでは済まないです。自分が鍛えるからには、超一流になって貰うと、訓練をお願いした時に言われたですしね。

 時間の都合で超一流にまでは届きませんでしたが、それでも、異世界とはいえ普通の環境下にあるこの場所でどうにかなる訳がないです。油断したら手足が凍る訳でもなく、毒虫に刺される訳でもないのですから。

 

 「魔法使いって、結構スパルタだったんだな」

 

 私も最初は呪文を覚えるだけで魔法が使えるようになると思ってたです。そこがゲームとは違う所ですね。

 

 「人間にヒットポイントはないですからね。当たりどころが悪ければ、小さな石でも人は一撃で死んでしまうです。なので、そうならない様に訓練するんですよ。才人さんも充分注意して下さいね」

 

 「あぁ、肝に命じておくよ」

 

 「では、そろそろ仕事に戻ってもらうですよ、バイトさん。

お茶のおかわりをお願いします」

 

 話してる間に紅茶が無くなってしまいました。この青空の下で、読書しながらお茶を飲むとは、なんとも優雅な気分ですね。気候も丁度いいですし、ビーチチェアとパラソルでもあれば、昼寝でもしたい所です。しかし、本も読みたい。悩ましいですね。

 

 「そうだな、ちょっとサボりすぎた。では、お嬢様。少々お待ちください」

 

 そう才人さんがかしこまった調子で一礼して厨房に向かって行きます。

シエスタ達とは違い、完全にバイトレベルですが。

 

 「来るまでもう少し読み進めるとしますか」

 

 ついでに、亜空間倉庫にビーチチェアがないか見てみましょう。どこか、人の居ない場所でなら、使ってても見咎められる事もないでしょうし、せっかくいい天気ですから読みながら昼寝を楽しむです。

 

 

 

 「お待たせしました」

 

 集中して読んでたら聞き覚えのない声が聞こえました。

その声に目線をあげると、お盆に紅茶を乗せたメイドさんが立ってたです。

 

 「あぁ、ありがとうです。

しかし、才人さんが持ってくると思ったですが、彼はどこに?」

 

 「あの人なら、ミス・ヴァリエールに追いかけられて行きました。これをユエ様に持って行ってくれと頼んで……」

 

 なるほど、昼食が終わっても戻ってこない才人さんを探してて、呑気に給仕のバイトをしてるのを見つけたと言う事でしょう。そして、怒られると思って才人さんは逃げ出したと。

 

 「なるほど、ご苦労様です」

 

 紅茶を置くメイドさんに声をかけたら、ビクッとして驚いてます。

そういえば、ここの生徒は余りお礼を言わないのでしたね。日本人はお店の店員にさえお礼を言うので、外国人には驚かれるそうです。礼儀正しい国民だと。

 それも全ての人ではないのですが、そう言われると誇らしく、そして自分もそうなろうと思うのですよね。

 

 「あぅ、えっと、失礼します」

 

 慌てながらも、完璧なお辞儀をして素早く戻って行く、いえ、感覚的には逃げて行くメイドさん。そこまで慌てる事ないというのに。

 

 「お茶に詳しい訳ではないので銘柄まではわかりませんが、美味しいですね。いつぞや、クウネルさんに入れてもらった物にも負けてません」

 

 美味しいお茶に興味深い本、そして知らない魔法。この世界、最高です。いつかは帰らなければいけませんが、それまではこののんびりとした世界を満喫しましょう。

 

 ドォーーーン……

 

 遠くで爆発音がしましたが、今の魔力の感じはルイズですね。

さっそく練習でもしてるのでしょうか。

 

 「お茶を飲み終わったら見に行くとしましょうか」

 

 遠くで響く魔法らしい爆発音を聞きながら、私はのんびりカップを傾けるのです。

 

 ふぅ、平和ですね。

 

 

 

 

 <ルイズ>

 

 このバカ犬わっ!

ご主人様を無視して他の女ばかりに尻尾振りまくって!なんでこう言う事を聞かないのかしら!

 

 「俺はただ、手伝いをしてただけなのに……」

 

 「ご主人様をほったらかしてやる事じゃないわよ!」

 

 「何がご主人様だ!ただ暴力振ってるだけじゃないかっ!

ご主人様だって言うなら、それらしくしやがれ!」

 

 こぉぉんぬぉぉぉおバカ犬がぁぁぁっ!

なんて、なんて生意気なのかしら!初日から思ってた事だけど、なんでこんなのが来ちゃったのかしら。そりゃあ、剣の腕は凄かったわよ?ギーシュのゴーレムをやすやす倒しちゃったし。でも、他は全然ダメじゃない。言う事聞かないし、馬鹿だし、生意気だし!

 

 「どうせだったら夕映に召喚されたかったな。きっと理不尽に殴ったりしないし」

 

 「む!私だって、どうせ人間が来るならユエが良かったわよ。少なくともあんたみたいに言う事聞かないで勝手する事はないだろうし」

 

 「魔法が使えないゼロのルイズが、夕映を従える?無理だろ」

 

 「なぁ!? くぅっ、……分かってるわよそんな事!ユエは私どころか、この学院にいる生徒達全員合わせたって敵わないほどの優秀なメイジなんだから。もし、ユエを使い魔として呼んでいたら、きっと私、何も出来なくなってたわ」

 

 「…へ? どういうことだ?」

 

 「全部任せて、ただユエにくっついてるしか出来なくなるって事よ。それだけ優秀なんだからユエは。治療魔法も攻撃魔法も出来るし、私の魔法が失敗する原因みたいなのもすぐ見つけちゃうし。私はただ後ろで彼女がやることを見てればいい。そんな感じになったと思うわ」

 

 ダメ元と言うつもりで頼んだら、簡単に原因を突き止めたユエの凄さは一番分かってるつもり。精神力の強さの事とか、属性に相性が出るのは何故かとか、アカデミーでしっかり研究しないと分からないような事をちゃちゃっと分かっちゃうなんて凄すぎる。力を入れすぎてグラスを割っているって言うのは分かり易かったわ。今まで誰もそんな事言わなかったけど、凄くしっくり来たもの。

 そんな彼女を使い魔になんて、私の実力じゃ無理よ。まかり間違って出来たとしたら、一生私はユエ無しじゃ生きられなくなってたわ。今でさえ、ただの友達だと言うのに頼りたくなるもの。

 

 「全部ユエに任せて、私はおんぶに抱っこ。服着るのも、食事をするのも、寝るのも全部一緒。………あれ?とても魅力的ね?」

 

 私はただユエの手を握って過ごすの。いいかも……うふふふふ。

 

 「ルイズ、戻れ!それ以上はいけない!!」

 

 はっ!?

危なかったわ。魅力的な想像すぎて他の事が考えられなくなってたわ。さすがユエ。優秀すぎる友達も考えものね!

 

 「…サイト、お礼を言うわ。危うくやばい物に目覚める所だった」

 

 「いいけど、目がヤバかったぞ?もう手遅れか?」

 

 「うるさいわね。

だけど、先住の魔法が使えて、剣も凄い。他にもいろいろ出来るあの子と友達になれたのは嬉しいけど、釣り合ってる気がしないわ。このままじゃタダの取り巻きよ」

 

 それは私のプライドが許さないわ。上は無理だけど、せめて少し下くらいまでは近づきたい。タダ横でピーピー喚いてるだけの取り巻きに成り下がるのは断固拒否よ。

 

 「別にお互いに友達だと思ってればそれでいいじゃないか。釣り合う、合わないでなるものじゃねーだろ、友達ってのは」

 

 「ふんっ!知った様な口聞かないでよ。それだと私が我慢ならないのよ。タダの取り巻きなんかで満足出来ますかっての。ちゃんと対等にならないと胸張って友達だと言えないじゃない」

 

 「何でだよ?別にいいだろ?」

 

 「良くないわ。今のままじゃ、魔法の使えるユエに、使えない私が擦り寄ってるだけにしか見えないわ。むしろバカにする材料にしかならないわよ」

 

 魔法が使えないと、家名にさえ傷が付くかもしれないし。

 

 「……だったらよぉ。練習するしかないんじゃねーか?」

 

 「なんですって?」

 

 「だから、練習して、練習して、練習しまくって、お前が納得出来るくらい強い魔法使いなればいいじゃねーか。そして、胸張って夕映の友達だって言えばいいんだよ」

 

 私がこの10年近く練習してきて、一度も成功してないと分かってて言ってるのかしら?

 でも、そうよね。

今はユエのおかげで原因みたいなのも分かってるし、それを意識して重点的にやって行けばもしかしたら出来るようになるかも?

 

 ユエに原因を教えて貰った今、これまでみたいに自分だけでやるよりよっぽど上手く行くかもしれないわ。

 

 「うん、そうね。やって見るしかないわね!」

 

 「おう、その通りだ!何事も練習が大事だ。出来るようになるまで、繰り返し練習するのが、成功への近道だって、誰かが言ってた」

 

 「誰かって、誰よ……。

肝心な所が曖昧で信用出来なくなってるじゃない。でも、あんたもそうやって訓練してたから、あんなに剣が使えたのね?」

 

 「いや、俺練習した事なんて一度もないぞ?」

 

 だぁあああっ!って、

 「言ってる事が違うじゃない!!」

 

 「俺だって知らねーよ!あの時剣を持ったらこの左手のが光って力が湧いてきたんだよなぁ。もしかしたらこれが原因かも」

 

 サイトの左手にあるルーン。

これが光ったら強くなったって言うけど、どういう事かしらね?

 

 「使い魔になった者は、時々特別な能力を手に入れるらしいから、それかしらね?」

 

 「そうなのか?まぁ、よく分からねぇけど、便利って事だな」

 

 なんか適当すぎるわよ。

まぁ、ユエが言うには魔法は聞いた事しかないって言ってたし、仕方ないのかしら?

 

 とりあえず練習しましょっ。ユエに頼ってばっかりじゃダメだものね。

頼るにしても、いつまでも無償でってのもいけないわ。何かお礼を考えなくちゃ。

 

 「ふぅ、ユエが男の子だったら、結婚相手に選ぶとこなんだけどなぁ」

 

 「へ!?ルイズ、そういう趣味が!?

いや、俺は否定しないぞ?可愛い女の子同士なら見てても苦しくないからな!」

 

 「何言ってるのよ!男の子だったらって、言ったでしょ!?女の子同士なんて………っばっかじゃないの!?」

 

 「今一瞬考えただろ?」

 

 「考えてないわよ!!」

 

 キュルケじゃあるまいし、そんなハレンチな事考えないわよ!

まったく、この使い魔は馬鹿な事しか考えないんだから!

 ほんとに、ほんとにもう!!

 

 「変な事言ってないで練習するわよ!」

 

 「え?俺も何かやるのか?」

 

 「あんたは的になりなさい!」

 「無茶言うな!!」

 

 仕方ない、昨日の演習場に行こう。あそこならどれだけ魔法を撃っても困らないでしょ。

 

 「サイト、ついて来なさい。魔法の練習をしに演習場に行くわよ」

 

 「へいへい。了解しましたお嬢様」

 

 「あんたがそういうとイラっとするのはなんでかしらね?」

 「悪かったなっ」

 

 まぁ、いいや。

さぁ、ユエの友達に相応しいメイジになるわよ!

 

 

 







第九話でしたぁ。
全然話が進みません。次は少し時間を進めるべきか。

デルフとフーケはいつ出れるんだろう。


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ゼロの旅10


もっと早く書かねば、終わりまで一年近くかかるんじゃないの、これ?
なんて思う今日この頃、お気に入り登録数が1100を越えました。学校の生徒数くらいの人が見ている訳ですか!これはもう、自信持ってもいいんじゃないですか?あ、ダメ?

まぁ、何はともあれ第十話れっつごぉ


 

 

 

 

 ここの暮らしにも随分慣れてきました。

 

 使い魔ふれあい週間(私命名)が終わり、授業もしっかり一日やっています。ルイズとキュルケがケンカをしたり、ルイズと才人さんがケンカをしたりと、賑やかですが。

 今日もまた一部だけ賑やかな授業が始まるです。

授業の内容は違えど、その風景はどんな学校でも同じです。教師が教科書などを使って物事を教えて行き、生徒はそんな教師の話を聞きながらノートに覚えるべき事柄を書き留めて行く。

 ここではシャーペンなどは無いので、アリアドネーでも使っていた羽ペンとインクでノートに写して行くです。羊皮紙が主なので、シャープペンでは書けないと言うのも理由の一つですね。間違えても消せないのが少し不便ですが、ようは慣れです。日本の学校と違って、ノートの提出などはないので、最終的に自分が分かればいいですから、軽く斜線を引いて書き直せば問題ありません。

 

 教室でペンなどの準備をしていると、ルイズがやって来たです。

 

 「ルイズ、おはよ……うです?」

 

 「おはよう、ユエ。……どうしたの?」

 

 何ということでしょう。ルイズの陶磁器のように白く整った顔に、黒い線が縦横無尽に引かれています。白と黒のコントラストがお互いに引きたて合い、なんとも言えない雰囲気を醸し出しています。その姿はまさに先住民族のある部族のように………って、アホな事言ってる場合ではないですね。

 教室の皆も気付いたようで、クスクスと堪えきれず笑っています。珍しく畏まった様子でルイズの後ろに控えている才人さんも、やたらとニヤニヤしてます。

 どうやら才人さんのイタズラのようですね。いつ、どうやったかは知りませんが、いつも怒られている事への仕返しでしょう。怒られる原因の半分は自業自得なのですけどね。

 

 「またこいつら、人をゼロゼロとバカにしてるのね。ほんとムカツク」

 

 「仰る通りで、お嬢様」

 

 「あんた、やっぱり何か企んでるでしょ」

 

 「あー、ルイズ?」

 

 もう手遅れですが、やはり教えるべきですね。このままにしておくのは気の毒です。まぁ、もしかしたらハルケギニア特有の理由があるのかもしれませんが、それだったら他の皆が笑ったりはしないですし。

 

 「皆さん、席に着いて下さい。授業を始めますぞ」

 

 コルベール先生がやって来て着席を促します。

ルイズもその言葉でさっさと席に着いてしまいました。私の隣で顔に施されたどこかの部族の戦化粧にまるで気付かず、ペンの用意をしてるです。

 生徒の笑い声も少しずつ大きくなり、コルベール先生もとうとうルイズの惨状に気付きました。

 

 「あー……ミス・ヴァリエール?」

 

 「はい?なんでしょう?」

 

 戦化粧のまま真顔で聞き返すルイズ。その姿に生徒達の我慢は限界を越えました。

 

 「あはっ!あははははっ!!いいわルイズ!最高に綺麗よ!?私じゃ、足元にも及ばないわ!」

 

 「わははははっ!ゼロのルイズ!今日はやけにめかし込んでるじゃないかっ!!」

 

 「ブフッ!くくっ!息ができなっ……!!」

 

 教室中が一斉に笑い出し、それに驚き目を丸くしながらキョロキョロと見回すルイズに、更に笑いを誘われると言う悪循環が完成です。

 

 「え?な、なんなの?」

 

 「あー、ミス・ヴァリエール。そのぉ〜、顔に……」

 

 「顔?」

 

 軽く首を傾げて手でペタペタやってるルイズに取り出した手鏡を渡します。渡された鏡を不思議そうに覗き込むルイズですが、その表情がだんだんと険しくなって行くです。

 

 「こ、ここここれは一体、どどどーゆう事かしら?ねぇ、サイト?」

 

 大笑いしていた才人さんもようやくルイズの怒りに気付いて顔を青くさせます。気付くのが遅いですよ。ルイズは、戦化粧のような落書きのせいで物凄い迫力を出してます。言っては何ですが、物凄く似合ってますね。

 

 「い、いえ、えっと……似合ってるぜ?」

 

 机の下に避難です。

防災訓練の要領で潜り込み、ついでに障壁を全開にします。いつもは二枚しか張ってないですが、それでは防げないのは実証済み。最大枚数の五枚を全力展開です。

 

 「こここんのぉぉぉっ、バカ犬がぁぁああああっ!!」

 チュドォオオオオンッ!!

 

 ルイズの絶叫と共に大爆発が起こりました。いやはやいつ見ても恐ろしい威力ですね。余波だけで、障壁三枚が抜かれました。正面からは絶対喰らわないようにしませんとですね。

 

 

 そんな授業の後、夕方からはタバサへの瞬動、身体強化の授業です。まだ理論を教えただけで使えませんが、彼女は魔力の扱いも上手なので、すぐに上達するでしょう。

 

 「キュルケ達を巻くのが面倒ですね」

 

 私達の魔法は、この世界でのタブーに触れるので、おおっぴらに使う事が出来ないです。故に、教えるのもこっそりとやらねばなりません。

 

 「キュルケ達くらいは知ってても構わないのでは?」

 

 タバサはキュルケやルイズに、瞬動を教わっている事を隠すつもりだそうです。二人は私の魔法の事を知っている訳ですから、隠さなくてもいいと思うですが。

 

 「ダメ。心配する」

 

 積極的にタブーを犯してる訳ですから、それは心配するでしょうね。今教えてる物なら誤魔化すのも簡単ではあるですが、どこからバレるか分かりませんから、用心するに越した事ないと言う訳ですね。

 

 「では、タバサ。この円を片足ずつで踏みながら、向こう側に渡るです」

 

 「ん。」

 

 今タバサにやって貰っているのは、子供なら一度はやった事のある遊び、ケンケンパを元に考えた瞬動の練習法です。

 瞬動はその速さ故に、一度足を取られると盛大にすっ転ぶです。そうならないよう、足運びをこの円を踏みながら進む事で覚えようと言う訳です。ネギ先生達のように武術の歩法を習得していれば楽なのですが、私もタバサも武術を習っていないので、むしろ時間がかかってしまうです。何度転んでも構わず練習、なんて事をしてもいいですが女の子ですし、傷は極力無くしたいものです。今はゆっくりケンケンパっとやっていますが、そのうちこれを超スピードでやれるようになれば完成です。一度出来る様になれば、多少足運びが崩れてもなんとかなるので、問題無いでしょう。

 

 「んっ、ふっ、とっ」

 

 一生懸命ケンパしてる姿は同年代とは思えない愛らしさです。

私がやってもこうはならないですよ。背丈などは私とほぼ一緒なのに、どこからこの差が出るのやら。

 

 「あと一回やったら帰りましょう。夕食に遅れるです」

 

 すでに十数回繰り返して息が上がってきたタバサにそう声をかけると、小さく頷きもう一度スタート位置につきます。杖を片手に持ち、精神と魔力を集中させて行くです。どうやら一度試してみるつもりのようですね。杖を起点にゆっくりと魔力が全身に行き渡っていくです。まさか、教えて数日でここまで見事に制御出来るとは思いませんでした。今まで杖からしか魔力を流してこなかった人が、これ程早く違う制御法を身に付けるとは。

 

 これも才能ですかね。

いえ、この言い方は失礼ですね。タバサはかなり努力してるです。ただ、その努力が身になる速度が、普通の人より数倍早いと言うだけで。

 

 「………っ!!」

 

 気合いと共に弾かれるように飛び出すタバサ。瞬動にはなりませんでしたが、身体強化の初歩がすでに出来ています。だだだっと激しい音を立てて円を踏み抜いていくのを見ているとすぐに瞬動も物に出来るだろうと思えるです。私もうかうかしてたら、すぐ追い抜かれるです。更なる精進をしなければいけません。まずは虚空瞬動を習得したいですね。

 

 「いつもより速く動けた気がする」

 

 「えぇ。すでに身体強化の初歩に届いてます。この調子で行けば、すぐに瞬動も出来るようになるですよ」

 

 「がんばる」

 

 そう気合いを入れる彼女と共に、私はゆっくり寮へと帰ります。まだまだ荒いですが、数日でこれならもう二、三週間もすれば完璧と言える出来になるでしょう。

 

 負けてられません。

 

 

 

 

 

 「そろそろ部屋の整理をするですか」

 

 机とベットしかない部屋を見渡し、その殺風景さに少し思う所が無くもないです。確かにいつまでもベットと机だけと言うのも味気ないですし、倉庫に入っている生活に必要な道具の幾つかは出しておくとしましょう。自分の世界に帰るにしても、今日明日とはいかないですし、いわゆる自分の部屋、を作るべきですね。

 と言っても、下手なものを置けば色々面倒な事になるこの世界。私だけでは、部屋に入った瞬間連行しますとか言われるような部屋になりそうです。

 

 「明日にでも、キュルケ達に頼んで監修してもらうとしましょう」

 

 ネギ先生との仮契約の証、アーティファクト[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)をしまい、背伸びをします。だいぶ長い間入力作業をしてたので、肩が凝ったです。

 ギトー先生から貰った[偏在]の本も、読めない部分をタバサに手伝ってもらい全て読めるようになったので、さっそく[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)に入力してたですが、一冊丸々と言うのは時間がかかったです。夕方から始めて、もうかなりの時間のはず。

余り遅いと、明日の授業に影響が出るですし、そろそろ止めるべきですか。

 

 「ふぅ、今何時ですかね?」

 

 「「「朝だよ!!」」」

 

 「マジですか!?」

 

 思わず時計を自分の所まで魔法で引き寄せて確認するですが、まだ12時をすぎた辺りでした。なんとも紛らわしい。というか、

 

 「今の声は誰です?」

 

 この部屋には誰も居ませんし、一体どこから?

壁も隣の人の声が聞こえてくるほど薄くはないですし。さよさんのような幽霊でもいるのでしょうか?

 む?今、外が少し明るくなった気がするですが、何でしょう?

 

 「……何も見えないですね」

 

 窓の外に目を凝らすですが、暗くて良く分からないです。

夜は暗く街灯もないこの世界では、月明かりだけが頼りと言う風情ある環境です。流石にこの状況では何も見えないですね。

 

 まぁ、気にしない事にしましょう。死ぬ訳じゃないですし。

ポフっとベットに飛び込み布団をかぶります。いつからか枕が変わっても普通に寝られるようになったですが、やはりいつも使っていた物が一番リラックス出来るです。日本から持ってきておいて正解でした。

 

 目覚ましをセットして明日の為に寝るとします。せっかくのチャンスなのに、授業中に寝てしまったら勿体無いです。文字もほぼ読めるようになったですし、更なる勉強が可能です。いつか帰ったら、のどか達にこの世界で考えついた魔法を見せるのです。

 

 「そういえば、のどか達に貰った餞別を開けて無かったです」

 

 落ち着いたら開けるよう言われていた餞別をすっかり忘れてました。新しい生活に夢中でだったせいですが、これではせっかく用意してくれたのどか達に怒られるですね。

 

 「それも全ては明日です。今は寝るとしましょう」

 

 お休みです、のどか、ネギ先生。あとついでにハルナとか。

暗闇の中から、ついでかよ!と言う幻聴が聞こえるですが、私はゆっくり睡魔に身を任せるです。むにゃむにゃ……

 

 

 

 

 「ユエさん、今日の授業はお休みですよ、どうしたんですか?」

 

 教室に向かう途中で会ったシエスタが不思議そうな表情で聞いてきます。なるほど、今日は日曜日だったですか。どうりで人が居ない訳です。いつも通りの時間に起きて食堂に向かうと、いつもより人数が少ないです。食べ終わり、教室へ向かう途中では誰とも会いません。おかしいとは思っていたですが、シエスタのおかげでようやく分かったです。異世界でもやっぱりあるのですね、日曜日。いえ、ここでは虚無の曜日と言うですか。と言うか、誰か教えてくれてもいいじゃないですか。

 

 あぁ、普通そんな当たり前な事をいちいち言わないですね。

 

 「単に休みと知らなかったのですよ。知っていれば、もう少し寝てる所です」

 

 「あ、そうなんですか。そういえばユエさんは東方から来たばかりですし、知らなかったのも無理ないですね。今日は皆さんお休みですから、王都に出かけたり、部屋にこもったりと、思い思いの過ごし方をするものですよ。ユエさんはどうしますか?」

 

 「どうしましょうか。図書館で調べ物でもしてますかね」

 

 急ぐ事はないですが、知りたい事はまだまだ多いです。図書館に篭って本を漁るのも悪くないでしょう。

 

 「そんな、せっかくのお休みですのに。

そうだ!ユエさん、トリスタニアにはまだ行ってないのでは?一度行ってみるのもいいですよ?」

 

 首都トリスタニア、でしたか。確かここから馬で2時間か、3時間か行った所でしたね。首都と言うからにはそれなりに大きいでしょうし、いろいろな情報も集まるでしょう。帰る手段を調べるにも役立つかもしれないですね。

 

 「今からだと、お昼頃になってしまうので、そんなに見られないかもしれませんが」

 

 「大丈夫ですよ、1時間ほどで行けるですから。予定もないですし、そのトリスタニアに行ってみるです」

 

 「い、1時間?あぁ、魔法で行くんですね?便利ですねぇ、魔法」

 

 車や電車があれば簡単に行ける距離でしょうが、この世界では歩くか馬かしか無いみたいですし、余計にそう思うのでしょうね。

 

 「シエスタも行きますか?ついでに連れて行くですよ?」

 

 「え!? あぁ、残念ですが、私は仕事があるので無理ですね」

 

 「そうですか、それは残念。では私だけで行くとします」

 

 「はい、誘っていただいてありがとうございます」

 

 シエスタと別れて、一度部屋に戻ります。何かを買う気はないですが、一応お金を持っておくとしましょう。オスマンさんに渡された分がまるまる残っているので、多少の買い物は出来るですし、お昼を向こうで済ますのもいいですね。オスティアのような賑わいの街を一人で歩くのは寂しくもあるですが、それもまた味と言う物です。

 服も制服のままでいいでしょう、私服で行けばかなり目立つでしょうし。

 

 そうです、タバサやキュルケ達にも声をかけるとしますか。手早く準備をして、まずは隣のタバサを呼びに行くです。

 

 

 

 

 「誰も居ませんね」

 

 隣のタバサも、一つ下のキュルケやルイズも居ませんでした。皆どこかに出かけたのでしょう。

 

 「仕方ないです。一人で行きますか」

 

 軽く服を整えて寮の外に出ます。空は澄み切った青空で、所々綿飴のような雲が浮かんでます。こう言う空を見ると昔は自由に飛んでみたいと思ったですが、今はそれが実行できる訳です。魔法使い万歳ですね。

 

 [飛行](ウォラーティオー)[浮遊](レウォターティオー)[箒よ飛べ](スコパエウォレント)!!

 

 機動箒を取り出し、いつもは省略する箒で飛ぶための呪文を唱えます。必要ないですが、単に気分です。アリアドネーではこのままひっくり返ったり、あらぬ方向に飛んで行ったりしましたが、それももう過去の事。今では自転車に乗るのと同じくらい気楽に乗れるです。必要とあらば、曲芸のような乗り方をする事も出来るです。エヴァンジェリンさんが放った無数の[魔法の射手](サギタ・マギカ)を避けようとやった時は、エヴァンジェリンさんすら驚いていました。

 直後、サーカスにでも入るのか!と、ツッコミと共に吹き飛ばされたですが。

 

 高い建物の無いこのハルケギニアでは、二百メートルも上がればかなり向こうまで見渡せます。所々に家が立っていますが殆ど草原で、なんとものどかな景色です。こう言う所もヨーロッパの田舎風景に似てますね。写真でしか見た事ないですが。

 

 「どこにあるか聞いてませんでしたが、おそらくあの大きな街がそうでしょうね」

 

 周りをぐるりと見渡すと、少し遠い所にヨーロッパ調の街並みがありました。立派なお城もあるですし、おそらくあれが首都トリスタニアでしょう。

 予想より少し小さいですが、魔法があるとは言え、ここの文化レベルではあの位が普通ですね。

 

 せっかくですから、この綺麗な景色を眺めながら行くとするです。一時間少々の道のりですが、優雅な空の散歩です。誰かに見咎められる事を考える必要もなく、いきなり襲われる心配も恐らくない気楽なドライブといきます。

 いえ、サイクリングでしょうか?でも、自転車ではないですし………ホーキング?

 

 

 そんな益体もない事を考えながらの小一時間、ようやく目的地のトリスタニアに到着です。やはり見た感じは中世ヨーロッパの城下町ですね。通路が狭かったりするのは、敵の進軍を阻害する目的なのでしょう。狭い道に人が溢れ、なかなか活気があるです。

 

 どこか目立たない裏路地にでも降りるとします。認識阻害もかけておけば、まず見つからないはずです。

 

 「あの辺りにするです」

 

 メインストリートと思われる道から横にそれた所の細い道に降りる事にします。人の行き来もまばらですし、問題ないでしょう。

 

 「よっと」

 

 パッと箒から飛び降り、風で勢いを殺しながら軽い音を立てて着地します。こういうのは楓さん達の専売特許だったですが、今や私でもこれ位出来るようになったです。この調子で少しずつでも、彼女達に追いつけるよう頑張るです。

 

 「まずは何をしましょうか」

 

 首都とはいえ、歩き回れば一、二時間で周りきれる広さですし、とりあえずブラブラと見て回るとしますか。裏路地からメインと思われる通りに出てお城の方向に歩いて行きます。五メートルほどの道幅に人がごった返していて、かなり歩きにくいです。人にぶつからないように避けながら左右にあるお店を眺めます。瓶の形の看板は酒場ですかね、酒と書いてありますし。あのバッテンのは……兵士の詰め所のようです。壁に手配書などが貼られていて、剣を下げた兵士が入口でビシッと立ってます。

 

 [森の奥にある遺跡の調査協力 報酬金貨10枚]

 

 [土くれのフーケの情報求む 報酬金貨100枚 内容次第で報酬も上下します]

 

 壁に貼られた手配書を見ると、結構いろいろあるですね。この顔にピンと来たら、なんてのもあるですが、写真じゃなく絵なのがまた味があるです。なんかその手のテーマパークに見えて来ました。

 

 「こう言う物で稼ぐのも有りですね。まんま賞金稼ぎですが」

 

 「お嬢様、貴族のお嬢様。何か見た顔でもありましたか?」

 

 手配書の前に立ち止まって眺めていたら、入口で立っていた兵士に声をかけられたです。しかし、お嬢様とはなんだか気恥ずかしいですね。

 

 「いいえ。こう言うのは、見かけたらどこに言えばいいのですか?」

 

 「私共で構いません。報酬のあるものは、その際に証明書を発行いたしますので、それを持って宮殿近くにある本部にお越し頂ければ、報酬が支払われます」

 

 「なるほど。では、見かけたら報告に来ますね」

 

 「よろしくお願いします」

 

 最後まで直立不動のままだった兵士と別れて散策を再開します。なかなかの練度ですね。会話しながらでも、ちゃんと周囲に注意を払ってました。

 まぁ、それでも治安はそんなに良くはないですが。

 

 スリなんかも多いでしょうね。さっきからつけて来ているのもいますし、余り油断していると面倒事に巻き込まれるかもです。まぁ、それでも魔法世界の辺境よりはマシですか。いきなり建物が崩壊するようなケンカが始まったりしませんし。

 

 「あ、夕映だ。おーい!」

 

 「あらほんと。偶然ね」

 

 つけて来るスリか何かに注意を向けていると、向こうから才人さんとルイズがやって来たです。部屋に居ないと思ったらここに来てたですね。

才人さんとルイズが手を振りながら近付いて来ると、つけていた人物は諦めたのかどこかに行ってしまいました。

 

 「どうしたのユエ?」

 

 気配が消えた先に注意を向けているとルイズが不思議そうに聞いてきます。

 

 「いえ、さっきまで誰かがつけて来てたんです。二人が来たら居なくなったですが」

 

 「えぇ!?」

 

 驚いて私の後ろを見渡す二人。もう気配も無くなっているですし、見つからないでしょう。

 

 「もう居ないですよ。私が一人で居たので狙ってたんでしょう」

 

 「危ない………とは言えないわね。ユエだし」

 

 どう言う意味ですか。

 

 「いや、夕映だって危ないだろ。女の子なんだぞ?」

 

 「あんたはユエの強さを知らないからそんな事言えるのよ。コソコソしないといけないような奴じゃ、どうにも出来ないわ」

 

 才人さんが女の子なんだからと心配してくれますが、ルイズはそんな心配無用と突っぱねます。いえ、私はそんな強くない普通の女学生ですよ?確かに少々特殊だと言う自覚はあるですが。

 

 「信じられんけど、まぁいいや。ユエはここで何してるんだ?」

 

 良くはないんですが。まぁ、話が進まないので置いておく事にします。

 

 「今日は休みらしいので、まだ見てない首都を観光に来たですよ」

 

 「私達が出る時ユエ見なかったけど、どうやって来たの?」

 

 「え?飛んでですけど?」

 

 「あの距離飛んできたの!?」

 

 確かに結構な距離ですが、そこまで大変でもないです。

箒レースではもっと長い距離を飛んだですし、そもそもこの程度で疲れるほど柔な鍛え方はしてないです。

 

 「それほど大変ではなかったですよ。

それで、二人は何しに?デートなら退散するですが」

 

 「な!なんで使い魔とデートしなきゃならないのよ!?私はこいつに剣を買ってやろうとここに来たの!」

 

 昨日の事をかいつまんで聞かされました。キュルケが才人さんにアプローチしてたのは知ってたですが、部屋にまで連れ込んでたですか。平民である才人さんがキュルケの恋人になったなんて噂が広まると、何人も居た彼氏達が才人さんに逆恨みでちょっかいを出してきかねないので、そんな時の為に武器を持たせようと思ったそうです。

 

 「あのスピードは才人さんの能力だったですか。私の剣にそんな機能はないので、おかしいと思ったです」

 

 「そんな訳で剣を持たせようと思ってね。一緒に来る?」

 

 当てもなくぶらつくのも飽きてきましたし、付いて行きますか。

 

 「ほらサイト!キョロキョロしない!行くわよ!?」

 

 「へいへい」

 

 そうしてルイズ、才人さんに付いて細い路地に入って行きます。一歩裏路地に入ると、途端に人通りは少なくなり、道の隅にはゴミや汚物が捨てられています。中世の頃はヨーロッパ辺りもこんな感じだったそうです。日傘やハイヒールも、上から捨てられる汚物がかからないように、道に捨てられている汚物で汚れないようにと開発されたとか。本当かどうかは興味なかったので知りませんが、そんな話が真しやかに流れた理由が分かる光景ですね。

 

 「汚ねぇなぁ」

 

 「文句言わない。これだから余り来たく無かったのよ」

 

 現代人である私には少しキツイです。さっき降りた所は比較的綺麗だったですが、ここは酷いですね。長くいると病気になりそうです。

 

 「秘薬屋の近くだったはず………あった、ここよ」

 

 剣の形をした看板が下げられた店の前でルイズが立ち止まりました。木の扉がある石作りの店舗ですが、看板以外になんの店か分かるものがないです。ショーウィンドゥくらいあっても良さそうなんですが。

 

 ルイズはお構い無しに入って行くので、私と才人さんも慌ててそれに続きます。

 中は武器屋と言う通り剣や槍、短剣などの武器が所狭しと並べられています。武器だけじゃなく、防具なんかも置いてあるです。どう見ても飾りにしかならないものから、実用的な物まで一通り揃ってます。

 

 「貴族の旦那、うちはまっとうな商売をしてますぜ。お上の御厄介になるような事は一切ないですぜ」

 

 「客よ。剣を買いにきたの」

 

 「へぇー!貴族様が剣を?こりゃぁ、おったまげた!」

 

 そんなに剣を買う貴族と言うのは珍しいのでしょうか?

 

 「何をそんなに驚くのよ?」

 

 「いえね、奥様。杖を振るのが貴族で、剣を振るのは兵士だと相場が決まっておりますので」

 

 貴族のほぼ全員がメイジだと言うので、そんなイメージが定着するのも仕方ない事なのでしょう。魔法だけで対処出来ない事などいくらでもあるですから、メイジでも武器くらい買いそうなのですが。

 

 「使うのは私じゃないわ。使い魔のほうよ」

 

 「忘れていました。昨今は使い魔も剣を振るようで」

 

 さっさと調子を合わせてくる店主。普通にお客と分かって、機嫌を取る事にしたみたいですね。

 

 「うわぁ、すげー。夕映見てみろよ、これ本物かなっ」

 

 「全部本物ですよ。あ、素手で刀身を触ってはダメですよ?手の脂で錆びてしまいます」

 

 「わかった。すげーなぁ、これなんか格好いい!」

 

 男の子はこういうのが好きらしいですが、本当なのですね。店に入ってからずっとこんな感じで興奮しっぱなしです。

 

 「剣を使うのはあちらの方で?どのような物をお捜しで?」

 

 「私は剣なんてよく分からないし。ユエ、選ぶの手伝ってくてる?」

 

 興奮してウロウロしてる才人さんに付いて剣を眺めていたら、ルイズに呼ばれたです。

 

 「私も別に詳しい訳ではないですが」

 

 「いいのよ。少なくとも私よりは分かるでしょ」

 

 武器の選び方なんてよく分からないですが、確かに触った事もないだろうルイズよりは適任でしょう。

 

 「これなんてどうでしょう。最近貴族の間で下僕に剣を持たせるのが流行ってまして。その際に選ばれるのがこの剣でさぁ」

 

 店主が店の奥の倉庫から一本の剣を持って来ました。片手剣ですね、レイピアって言うんでしたっけ?

細身で柄にハンドガードが付いていて、長さは一メートルほどですか。盾などを持ちながらでも使えるタイプですが、しっかり訓練しないと、支えきれずに体が泳いでしまいますね。

 

 「下僕に剣を持たせるのが流行ってるって、どういうこと?」

 

 「へぇ、なんでも最近この城下町で、土くれのフーケとかいうメイジの盗賊が荒らし回ってるらしくてですね。貴族の方々はそれを恐れて下僕にまで剣を持たせてるそうでして」

 

 土くれの……さっき詰め所に貼られてたですね。魔法を使う泥棒に、剣一本持たせても余り意味ない気がするですが。

 

 「他にもトリスタニア近くの森で、オーク鬼の群れを見たなんて噂もありまして、そのおかげでこちらも儲けさせて貰ってます、へぇ」

 

 ルイズはもう興味がないのか剣をジロジロ見つめてます。

私も選ぶのを手伝うと言った手前、しっかり見てみないといけないですね。

 

 「持ってみてもいいですか?」

 

 「へ?お嬢様が、ですか?」

 

 私が持ってみると言うとやたらと驚く店主から剣を受け取り、誰も居ない方向に向けて振り下ろします。ビッと言う音を立てさせ真横で止めます。

 バランスは悪くありませんね。重さも片手で十分振れる範囲でしょう。あぁ、身体強化を使ってる私じゃ重さの事は参考になりませんね。

 

 「う〜ん、綺麗な剣だけど、もっと太くて大きいのがいいわ」

 

 綺麗で見栄えはいいですが、実戦に耐えられるかまでは分からないです。

 

 「お言葉ですが、剣と人には相性と言うものがありまして。見た所奥様の使い魔とやらには、これくらいが丁度いいかと。いえ、こちらのお嬢様は見た目と違って、よく使われるようですが」

 

 見た目と違って力があると言いたいようですが、私はズルしてるので、一般的な感覚は当てになりませんよ。

 

 「もっと太くて大きいのがいいの!」

 

 「「ブフッ!?」」

 

 なんか不穏な事を大声で言うルイズに、才人さんと店主が吹き出しました。

 

 「ルイズ、いきなり何を言い出すんだ!?」

 

 「なによ。この前はもっと太くて大きいのを使ったじゃない。こんな細いのじゃ満足出来ないわ」

 

 「いやいやいや。多分剣の事を言ってるのは分かるが、ちょっと言い方を考えろよ」

 

 「何がよ?」

 

 よく分からない事で慌てる才人さんに、ルイズが首を傾げてどうして慌ててるのか聞いています。店主は微妙にニヤニヤしてそんな二人のやり取りを見ています。

 

 「ルイズったら、こんな昼間から何を言っちゃっちゃってるのかしら、もう!」

 

 キュルケはそんなルイズをクネクネしながら突っつきます。って!

 

 「な!キュルケ!?何であんたがここにいるのよ!」

 

 「あんたとダーリンが出掛けたのを見つけて、慌ててタバサに追いかけて貰ったのよ。驚かす為に隠れてたのに、昼間っからヴァリエールがエッチにおねだりする声が聞こえたもんだから、思わず出て来ちゃったわ!」

 

 いきなり現れたキュルケに唖然としていたら、いつの間にか隣にタバサも居ました。居ないと思ったら、キュルケに連れられてここまで来てたのですね。

 

 「もしかして、さっき私の後をつけてました?」

 

 「キュルケが驚かそうって言って。ルイズ達が来たから、一旦離れた」

 

 さっきの気配はスリ等ではなく、イタズラしようとしたキュルケ達だったですか。変に警戒して損しました。

 

 「もう!あんた達は訳の分からない事言って邪魔しないの!剣を選べないじゃない!!」

 

 才人さんとキュルケに邪魔されてとうとうルイズがキレました。魔法をぶっ放さないだけマシですが、むきーっと両手を振り回し、纏わり付く二人を追い払います。

 

 「しっし!あっち行ってなさい、まったく!」

 

 「なんだよ、ルイズが変な事言うから悪いのに……」

 

 犬のように追い払われた才人さんがブツブツ文句を言ってます。同じく追い払われたキュルケは、ニヤニヤした表情のままルイズを見ています。何をそんなに喜んでるんだか。

 

 「キュルケ達も城下町に来てたんですね。道理で部屋に居ない訳です」

 

 「ダーリン達をすぐ追いかけなきゃって慌ててたから、ユエの事を忘れてたわ。ごめんなさいね?」

 

 「まぁ、構いませんが」

 

 きゅっと頭に抱きついてくるキュルケをやんわり押しのけ拘束から逃れます。あの凶悪な胸に挟まれたら窒息するです。

 

 「とりあえず、もっと大きいのを出してちょうだい」

 

 やはりレイピアは気に入らないのか、他の剣を出すよう指示するルイズ。まぁ、幾つか見て決めるのも一つの手ですね。店主は、店の奥に引っ込み次の剣を持って来ました。

 

 「それでしたらこれなんてどうでしょう?うち一番の業物でさ。ゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛えた一品で。魔法もかけられていて、鉄だって斬り裂きまさぁ」

 

 1、5メートルほどの見事な大剣です。金色に輝き、至る所に宝石が散りばめられています。どうも余り実用品には見えないですね。確かに頑丈そうですし、刀身も両刃で斬れ味も良さそうです。しかし、実用品のはずの剣にこんなに宝石を付けてどうするんでしょう?その全てが魔法処理を施した魔法石だと言うのなら分かりますが。

 

 「すっげぇ。これすげーなっ!なっ、夕映!これがいいんじゃないか!?」

 

 剣を一目見た才人さんがこれに決めようと言ってきます。キラキラ光る剣が相当気に入ったようですね。しかし、こと武器に関しては見た目だけでは決まらないものです。

 

 「持ってみても?」

 

 「へぇ、どうぞ」

 

 今度はすんなり渡されました。さっきと同じように手に持って一振りしてみます。ブンと振り下ろし肩の高さで止めます。こうして持つとどうもバランスが悪いですね。いい物は柄辺りに重心が来るので、手に吸い付くように持てて、刀身がないかのように感じられるそうです。しかし、これは剣の先の方が重く、柄が浮いてしまうです。これを振り回すと剣先に引っ張られて体が泳いでしまいますね。実戦では少しのミスも命取りになるですし、こういう隙になりそうな原因は極力無くす必要があります。

 

 「ユエ、そんな大剣を片手で振るのはどうかと思うんだけど?」

 

 「店主が引いてるわ」

 

 キュルケとルイズが何か文句言ってますが、気にしないで行きましょう。次に魔力を流してみます。才人さんは魔力も気も使えないですが、ちゃんと先まで魔力が通るものは、魔力等を使わなくても剣先まで意識を集中出来るので、自分の手と変わらない感覚で使えるです。

 

 「んん?」

 

 おかしいですね、ちゃんと流れて行きません。

どんな粗悪品でも、それなりに流れるはずですが、これは途中で止まってしまうです。刀身の半分も行かない所で堰き止められる感じがします。

 

 「どうしたの、ユエ?」

 

 私が剣を持ったまま首を傾げているので、ルイズが不審に思ったのか聞いてきます。どう説明すればいいか、この感覚は知ってる人にしか分からないですし。

 

 「どうも、途中から繋ぎ合わせている感じがするですね。幾つかのパーツに分けて作ったものを一つにした感じです。多分すぐにこの辺りから折れるですね」

 

 私は柄から10センチほどの魔力が堰き止められる所を指差しながら説明します。魔力を流して分かった事は、幾つかの所で繋がりがなく、分断されているということ。多分これは壁などに飾る置物なのでしょう。見栄えはいいですし、飾るには持ってこいです。

 

 「お嬢様、そいつぁ聞き捨てなりませんな。これはさっきも言った通り、シュペー卿が作った業物ですぜ。ここに銘もある。それをナマクラのように言われちゃぁ、こっちも黙っていられやせんぜ」

 

 別にナマクラとは言ってませんが、自分の店一番の一品をすぐ折れると言われて店主は憤慨してます。

 

 「夕映、これダメなのか?」

 

 才人さんが物欲しそうな目をして私を見てくるです。そんなウサギみたいな目をされても困るんですが。

 

 「これは多分飾りですよ?いわば模型です。壁などに飾る為ならいいですが、実用品としては使えないと思うです」

 

 「お嬢様、貴方様は貴族で剣の事が分からないから仕方ないかもしれやせんが、こちとら何年もコレでおまんま食ってるんでさ。飾りと真剣の違いくらい見りゃわかりまさぁ」

 

 自信満々で言う店主ですが、魔法処理されているので見た目だけは完璧です。なので、魔法が分からないとまず見分けられないでしょう。

 

 「使える様に見えるのは表面だけです。芯の部分がツギハギなので、耐久力は皆無ですね。魔法がかけられてるのは実用品としてのものではなく、この煌びやかさを保つ為のようですね。他にも……」

 

 店主に事細かに説明していくと、どんどん顔色が悪くなっていきます。結構な額をはたいて仕入れたものが実は模造品だったと知って落ち込んでしまったようです。こればっかりは魔法が使えないと分からないので、落ち込まなくてもいいと思うですが、商売の事を考えると落ち込まずにはいられないでしょうね。

 

 「けっけっけっ!親父ざまぁねーな!」

 

 落ち込む店主にどう声をかけようかと思っていたら、どこからか彼をからかう声が聞こえました。

 

 「今のは……?」

 

 声がした方向を見ても誰も居らず、剣などが飾られた壁しかありません。

 

 「ふむ。腹話術が上手いですね、ルイズ」

 

 「いや、私じゃないわよ?」

 

 「じゃあ、タバサ?」

 

 キュルケが隣のタバサの顔を覗き込みながら聞きますが、彼女は軽く首を振って否定します。まぁ、タバサだったら、それはそれで驚きですが。

 

 「てめーらの目は節穴か!俺様が言ったんだよ!」

 

 再び声がしますが、やはりどこにもいませんね。窓の外に居るのかとも思ったですが、人影すら見えません。

 

 「ふ〜む………幽霊でも居るですかね?」

 

 姿を消して、いえ、見えないほど希薄な幽霊が喋ってるのかもしれません。普通ならあり得ない可能性ですが、ここは魔法が横行する異世界。さよさんみたいな例もありますし、ないとは言い切れないと思うです。

 

 「なにぃ、幽霊!?」

 

 「どこどこ!?」

 

 才人さんが更にキョロキョロしだし、ルイズ達も周囲を見回し探し始めます。まぁ、それで見つかるとは思えないですが。

 そうして皆がキョロキョロする中、タバサだけが微動だにしません。どうしたんでしょう?

 

 「タバサ?」

 

 声をかけたらビクッと震えて、横に居たキュルケの腰に抱きつきました。顔をお腹に押し付けてふるふると震えています。

 

 「あー、もしかして幽霊が怖いとか?」

 

 抱き付いたままコクリと頷くタバサ。キュルケの服を力一杯握り締めて離そうとしません。そんなに怖いですか。

 私も初めて幽霊を見た時は驚いたものですが。その後、その幽霊と普通に友達付き合いをするとは、その時は夢にも思わなかったですね。

 

 「タバサ。幽霊はそんなに怖いものではないですよ?まぁ、確かにいきなり目の前に出てこられるとビックリしますが」

 

 壁とかから、すり抜けて来られた時は本気でビビります。何もない壁に突如顔が浮かんでくるんですから、驚かない方がおかしいです。

 

 「あ〜、夕映。もしかして幽霊見たことあるのか?」

 

 「えぇ。クラスメイトに一人いました。目を凝らさないと見えないくらい薄い子でしたが」

 

 「あーそう」

 

 ついでに少しさよさんのエピソードを話して行きますが、話し終わると才人さん達はなんだかゲンナリしました。幽霊クラスメイトとのドタバタ劇は、どうもイメージが違ったようです。しかし、タバサは更に怖くなったようで、キュルケのマントに潜り込んで彼女の背中側に張り付いています。マントから彼女の足だけ見えて、二人羽織してるみたいです。

 あぁ、握り締めすぎてシャツのボタンが千切れそうです。引っ張られて、キュルケの色黒の肌が隙間から覗いています。

 

 「タバサ?くっついてるのはいいから、服を引っ張るのはやめて?ほら、破れて脱げちゃうから、ね?」

 

 そう言われて力を抜いたのか、服の隙間が小さくなりました。肌が見えなくなり、才人さんと店主が露骨にがっかりします。

 

 「ふん!」

 

 「いてぇぇっ!!」

 

 それに気付いたルイズが、才人さんの足を踏み抜きました。だらしない顔して見てるからですよ。

 

 「けけけけけっ!」

 

 先ほどの声がまた聞こえて来ました。一体どこから?

 

 「ひっ!」

 ビビビッ!!

 

 「やあん!ボタンがっ!タバサ!?大丈夫だから引っ張らないで!?胸出ちゃうから!ね!?」

 

 声に驚きまたもタバサがパニックを起こしたようです。とうとう耐えきれずにボタンが弾けました。そのまま更に後ろに居るタバサが引っ張るので、前面がはだけてしまってます。どうにか胸がこぼれないようキュルケが頑張って押さえてますが、タバサが落ち着かない限りセミヌードを晒すことになるのは時間の問題です。

 

 「これだけ怖がられると、なかなか楽しいもんだな」

 

 なんとも迷惑な事で喜んでいる謎の声。いい加減見つけないとタバサが落ち着いてくれません。そして、キュルケがはれて痴女の称号を得ることになるです。

 

 「お。この剣から聞こえたぞ?」

 

 剣、ですか?

才人さんが持っているのは片刃の少し古めかしい大剣です。あれから聞こえたとは一体?

 

 「かっかっかっ!おうよ、俺様が喋ってたのさ!」

 

 才人さんの持つ大剣は鍔の部分をカチカチ鳴らして喋り始めました。

 

 「それ、インテリジェンスソード?」

 

 ルイズが喋る剣を見てそんな名前を口にします。インテリジェンス……知性がある剣という事ですか?

 

 「おうよ。デルフリンガー様だ、娘ッ子」

 

 喋る剣ですか。

なんとも珍妙な代物ですね。才人さんが持つ大剣がカチカチ鍔を鳴らしながらルイズと喋っています。なんか才人さんが腹話術してるみたいで面白いです。

 

 「やいデル公、客を驚かすたぁなんて事しやがる!貴族に頼んで溶かしちまうぞ!?」

 

 「はん。鼻の下伸ばして娘ッ子の乳見てた奴が偉そうに。と言うか、俺様と話してるってーのに、いつまで乳見てやがんでぃ!!」

 

 デルフリンガーと名乗る大剣と会話してるはずの店主の目は、さっきからキュルケの胸から外れません。彼女は既にお腹から胸までをほとんど晒していて、隠れているのは手で押さえてる胸の真ん中辺りのみと言う状態です。才人さんも足の痛みを堪えながらキュルケを見ています。まったく、胸は大きければいいって物ではないという事を知らないのですか。

 

 「ちょっと主人!ダーリンならともかく貴方に見ていいなんて誰が言ったのよ!後ろでも向いてなさい!!」

 

 見られてる事に気付いたキュルケに怒鳴られて、店主はしぶしぶ大剣の方に目を向けました。

 

 「さっきからの声は全部こいつの仕業でさぁ。ほんと性格の悪い奴でして、へぇ」

 

 知ってたならもっと早く言って欲しかったんですが。キュルケの胸見たさに放ったらかしにするとは、職務怠慢です。

 

 「へぇ〜、剣が喋るなんて面白いなぁ」

 

 才人さんはデルフリンガーを目の高さまで持ち上げて、いろんな角度から見回しています。スピーカーでも探してるですかね。

 剣が喋るのを見るのは初めてですが、オコジョが喋るくらいですし、剣だって喋るでしょう。カモさんと会わせたらオコジョと剣だけで会話する場面が見られる訳ですね、それはなんともシュールな光景です。

 

 「インテリジェンスソードなんて珍しいわね。でもサビサビ。どうせならもっと綺麗なのがいいわ」

 

 ルイズも才人さんが持っているその大剣をマジマジ見てますが、お気に召さないようです。まぁ、確かに錆びだらけですし、中古もいいとこです。新しく買おうと言うのにこれは余り選ばれないでしょう、普通は。

 

 「えー?いいじゃん、喋る剣なんて面白いし。なぁ、夕映、俺これにするぜ」

 

 ルイズと違って、才人さんは大いに気に入ったようです。

剣を掲げたまま上機嫌に自己紹介してます。無邪気ですねぇ。

 

 「結局それにするの?もっといい物がいっぱいありそうなのに」

 

 タバサが幽霊ではないと分かってようやく落ち着いたのか、キュルケがこっちにやって来ました。ボタンがなくなって前を止められなくなったからか、シャツを胸の下の辺りで縛ってブラジャーのようにしています。露出度は高くなりましたが、前面をはだけたままよりはマシでしょう。タバサは落ち着きはしましたがまだ怖いようで、キュルケのスカートを握り締めたままです。いつもの落ち着きようからは考えられないですね。なんか可愛いです。

 

 「もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ。ほら、そこにもっと綺麗で大きいのがあるじゃない」

 

 「バカか、娘ッ子。その大剣は、馬の上から振るう馬上剣だぜ?相棒なら使いこなせるが、広い場所じゃなきゃぁ、振り回したらすぐ引っかかっちまうぞ」

 

 いつの間にか才人さんを相棒呼ばわりです。どう言う心境の変化があったのやら。

 

 「む!剣のくせに貴族をバカ呼ばわりなんて、生意気な剣ね!」

 

 「剣は見た目じゃねぇんだよ。物を知らなすぎだ」

 

 「むぅぅぅ!サイト、やっぱ他のにしなさいよ!」

 

 剣にバカにされて怒るルイズ。剣が喋るのを見るのが初めてなら、その剣とケンカする人を見るのも初めてです。

 

 「喋らない剣は山ほどあるけど、喋る剣はこれしか無いんだぜ?ちょーお買い得じゃん」

 

 お買い得ではない気もするのですが。

まぁ、本人が気に入ったのならいいんですかね?サビサビですが。

 

 「え〜?ユエー、これどう?やめといた方がいいんじゃない?」

 

 ルイズが私に意見を求めてきます。先ほどのように、悪い所を上げて貰って諦めさせようと思ったのでしょう。じゃあ、ちょっと確かめてみますか。

 

 「では才人さん、ちょっと貸して下さい」

 

 「ん、ほらよ。気を付けろよ?」

 

 柄の方を向けて渡されたデルフリンガーとやらを持ってみます。

重さのバランスも丁度いいですね、取り回し易い感じです。私では、背中の背負ったら地面についてしまうくらいの大剣ですが、その大きさが気にならないほど持ちやすいです。

 

 「おいおいおい、おでれーた。この嬢ちゃん、ちっこい体で俺様を軽々振りやがる!」

 

 「ちっこいは余計です。作りはかなりしっかりしてますね。思い通りに振り回せます」

 

 金属の塊なのに、まるで棒を振っているかのように負担がないです。これならどんな方向からの攻撃にも瞬時に合わせられそうです。サビと口の悪さ以外は完璧ですね。ちょっと魔力も流してみましょう。いい出来ですし、この確認は必要ないかもですが、念の為です。

 

 「よっと………!?」

  ガシャン!

 「あだっ!」

 

 今の感覚は一体?

おかしな感覚に驚いて思わず投げてしまいました。

 

 「おいおい嬢ちゃん!いきなり投げるとは、どういうりょーけんでぃ!!」

 

 「ちょっと夕映、どうしたんだ?」

 

 「いえ、それが……魔力を流そうとしたんですが、どうもおかしくて」

 

 「魔力?」

 

 デルフリンガーに魔力を流した瞬間、その魔力がかき消え、いえ、あれは吸い込まれると言った感覚でした。思わず剣を放り投げてしまうほど、急速に吸われたので驚きました。

 

 「あん?なんだ、俺様はなにもしてねーぞ?」

 

 「もう一度やってみます」

 

 再度剣を受け取り、魔力を流してみます。手から流れた魔力が柄に渡り、刀身に向かった所でまた急に吸い取られました。例えるなら、掃除機で手を吸われる感じですかね。シュコっと吸われてまた思わず投げてしまいました。

 

 「だから投げるなよ嬢ちゃん!おりゃぁ、振るものであって、投げるものじゃねーんだから!」

 

 「あぁ、すいません。吸われる感触に驚いておもわず……」

 

 どうも魔力を吸い取る機能が備わってるようですね。

明日菜さんの[破魔の剣]とは違い、消す訳ではないようで問答無用で無くなる感じではなかったです。

 

 「今度は投げないので、もう一度やらせて下さい」

 

 「一体なんなんだってんだ」

 

 ブツブツ文句を言ってるデルフリンガーをもう一度受け取り、掲げるようにして構えます。今度は少しくらい吸われても気にせずやってみましょう。

 

 「では、いきます」

 

 気合いを入れて魔力を流します。ズズズっと流れて行く魔力が柄から刀身に進んでいくと、やはり刀身に届いた辺りからどんどん魔力が吸われていきます。

 

 「んっ」

 

 この吸われる感触、慣れませんね。くすぐったいような、痛いような、微妙な感触です。そんな感触を我慢しながら、どんどん魔力を流していきます。

 

 「なんか、夕映の手とかが光だしたんだけど!?」

 

 「なんか変な圧力を感じるわね」

 

 流しても流しても吸われていくですが、それ以上の勢いで流していきます。しかし、やはり刀身に入った辺りで魔力は吸われてしまい、剣先の方までは一切届きません。かなり強力な魔力吸収能力ですね。魔法攻撃も楽々吸い込めるでしょう。

 

 「お?おぉ?こりゃぁ……」

 

 魔力を流し続けると何やらデルフリンガーが騒ぎ出したので、一旦やめる事にしました。

 

 「どうしたの、ユエ?」

 

 「いえ、この剣が騒ぐので」

 

 「あぁ、まっ、気にすんな!もういいだろう?俺を買えよ、損はさせないぜ?」

 

 よく分かりませんけど、まぁ、いいです。

 

 「ユエ、どう?もっと綺麗な方がいいわよね?」

 

 ルイズはどうしても綺麗な見た目の剣がいいようですが、これはこれで掘り出し物です。魔法に対抗出来るなら、魔法も気も使えない才人さんにはピッタリな装備です。剣でガードするだけで魔法が防げるなら、こんな便利な事はありません。

 

 「ルイズ、どうもこの剣、掘り出し物ですよ?今は錆びてますが、綺麗に研いで貰えば見栄えもよくなるですし」

 

 「そ、そうなの?」

 

 こそっと耳元でこの剣は価値があるかもと囁いてルイズを説得します。交渉次第では魔法吸収機能を持つ魔法剣を安く買えるかもしれません。

 

 「ユエがいいって言うならこれでもいいか。主人、これはおいくら?」

 

 「へ、へぇ。それでしたら200で」

 

 「ちょっと高いですね。これだけ錆びてて、売りは喋るだけなのに200ですか?50がいいとこです」

 

 「嬢ちゃん!俺様が50たぁー、どういうこった!?」

 

 剣が騒いでるですが、無視です。レアな機能が付いた剣を安く手に入れる為に、値切らなければならないので、相手なんてしてられません。

 

 「へぇ、一応これでもそれなりの品ですし、口は悪いがインテリジェンスソード自体、価値のあるものでして、へぇ」

 

 「それでも200は高すぎるですね。これだけ錆びてて中古とも言えないほどの物をそんな値段で売り付けるつもりです?」

 

 「へぇ、しかし……では、150で」

 「50です」

 

 「いえ、しかし、相場ではこのサイズの剣は200くらいなんで、これでも安いくらいで……」

 「50です。そうですね、オマケであの飾り剣を高く売る方法を教えましょう。あれの仕入れで赤字ではないですか?むしろ儲けられるようにして見せますよ?」

 

 少しオマケを付けて相場以下の値段になるよう交渉します。こちらには損が出ない物を付ける必要があるですが、今回はいいダシがあるですし、利用させてもらうです。

 

 「あ、あれを?それは願ったり叶ったりですが……」

 「決まりですね。あの飾り剣の売り方と金貨30で成立です」

 

 「あ、あれ?50じゃ……」

 「決まり、ですね?」

 

 「へ、へぇ、30と売り方で」

 

 ふっ、勝ちました。冷静になれば簡単に突っぱねられる内容ですが、仕入れ失敗で落ち込んでましたし、それを帳消しに出来るかもと言う期待のせいで、しっかり考えられなくなってたお陰でいい買い物が出来ました。

 

 「やるわね、ユエ。勢いだけで相場の四分の一以下にしちゃったわ」

 

 「俺様、30……」

 

 「げ、元気だせよデルフ。な?」

 

 「もっと綺麗なのにすればいいのに」

 

 外野がうるさいですね。こういうものは言った者勝ちなのです。

 

「じゃあ、とりあえず30ね?持って来た分が結構余ったわ。どうしようかしら?」

 

 ルイズが少し呆然としてる店主にお金を払いましたが、まだまだ重い財布を見て、どうするか考えてます。

 

 「俺、30……」

 

 「ま、まぁまぁ。これからよろしくな、デルフ?」

 

 剣を必死に励ます才人さん、なんだかおかしな光景ですね。しかし、才人さんって意外に順応性高いですよね?異世界に連れて来られても平気っぽいですし、剣が喋っても面白いで済ませますし、麻帆良の生徒だったりするですかね?あそこの生徒達は、たとえ魔法のゴタゴタに巻き込まれても平然と対応するくらい順応性が高いですし、ただの一般人とは少し違うのかも。今度聞いて見ましょう。

 

 「あと250はあるわ。どうせなら綺麗な奴も買おうかしら?」

 

 「あら、ルイズ。魔法を諦めて剣士にでもなるの?あなたの細腕じゃ、ナイフくらいしか持てないんじゃない?」

 

 「なんで私が持たなきゃいけないのよ!自分の使い魔がサビ剣しか持ってないなんてみっともないから、ちゃんとした奴も買おうと思っただけよ」

 

 ルイズがまだ綺麗な剣を諦めてなかったようで、何かないかと探している所にキュルケがチャチャを入れます。確かにルイズが剣を持つのは難しそうですね。身体強化の魔法を使えばまったく問題ないですが、今のままではよほど鍛えないと、まともに振ることさえ出来ないでしょう。

 

 「ルイズなら、この細身のショートソードまでですね。これ以上は、よほど鍛えないとすぐ腕を痛めるです」

 

 棚に並んでいた刀身が50センチほどの剣を見せて、目安を教えます。大きければいいと言うものでもないですし、かと言って小さすぎると使う場面が限られるです。彼女の体格から言ってもこの辺りが妥当でしょう。

 そう思って勧めたですが、

 

 「ゆ、ユエまで魔法を諦めろって言うの?」

 

 涙目になって、なにやら誤解してるルイズが目の前にいるです。

 

 「やっぱり私に魔法の才能がないから、ユエにまでメイジをやめろって言われたんだ。ユエだけは応援してくれると思ってたのに………ふぇぇっ」

 

 「ちょ!?違うですよ!?ルイズが買うなら、です!別にメイジをやめろとは言ってませんよ!?それにメイジでも、剣を持つ事は有効です」

 

 「うぅ…?どういうこと?」

 

 思わぬ所で泣き始めたルイズをどうにか説明するです。剣を買うかどうかで、いきなり魔法使いをやめる話にまでなるとは。私が思ってる以上に魔法が使えない事にコンプレックスを感じてたようです。少しミスりました。

 

 「説明するですよ。まずルイズ、杖を貸して下さい?」

 

 「ぐすっ、はい…」

 

 涙を拭いながらポケットに入れられていた杖を渡すルイズ。そのまま涙を堪えながらこちらの話を待ってます。まずは誤解をとき、私があっさり剣を勧めた理由も話していきます。こちらの魔法使い達はどうも魔法至高主義といいますか、魔法が全てみたいな考えがあるようで、魔法使いが魔法以外の手段を持つのはおかしいと思ってるようです。今は学校に通っているだけなので問題はないですが、ひとたび事件に巻き込まれた時、そして杖を奪われた時、何も出来ない子供に成り下がってしまうのが、私達魔法使いです。この辺りをしっかり理解して貰わねばなりません。たとえこの世界では、あの激動の夏休みのような事件が起きたりしないと言われても、大なり小なり何かしらの事件は起きるはず。そんな時、魔法が使えない状態になり怪我をしたり、下手したら死んでしまうかもしれない。そんな目にせっかく出来た友人を会わせる訳にはいかないです。

 

 「ルイズは、この杖でいろいろな事が出来ます」

 「出来ないわよ?爆発しか」

 

 「うぅ……ぐすっ……」

 

 「キュルケはこれでも飲んで黙ってて下さい」

 

 早速茶化してくるキュルケに、炭酸豆乳のパックを渡して黙らせます。飲んでればその美味しさに喋る余裕もなくなるでしょう。説明が飲み終わるまでに終わるか微妙ですが、なんとかなるです。

 

 「改めて。ルイズはこの杖でさまざまな事が出来るです。しかし、ルイズ。今の貴方には何か出来ますか?貴方の杖がここにある今」

 

 「すん……無理ね。何も出来ないわ」

 

 「そう、杖に飛び掛かって奪おうとするくらいですね。つまり、私達メイジは杖が無ければただの人です。貴方も私もタバサも、そこで倒れてるキュルケも………って、なんで倒れてるです?」

 

 いつの間にかパックを片手にキュルケが倒れてるです。余りの美味しさに気絶でもしたですかね?まぁ、邪魔される事はなさそうですし、このまま行きましょう。

 

 「まぁ、何で倒れてるかは置いといて、です。このキュルケも杖が無ければただのえっちぃ同級生です。相手が武器を持っていたら、何かしようとしても返り討ちに合うのが関の山です」

 

 ルイズはまだ涙目ですが、心持ち真剣な顔になって私の話に耳を傾けます。私達の世界では、ただ魔法を撃つだけで満足してる者は二流以下です。私の知る限り、一流、もしくは本物と言われる人達は等しく魔法以外の接近戦用の手段を持っています。エヴァさんの合気柔術、ネギ先生やフェイトさんの中国武術、他にも凄腕の人達は何かしらの手段を用意しています。なのにここの人達は魔法さえ使えればいいと思っているのか、まったく接近戦への備えをしてないです。才人さんが戦ったギーシュさんもゴーレムを出すだけで、接近されたら棒立ち、剣を突き付けられたらすぐ降参してました。少しでも接近戦への備えをしていたら、多分才人さんが負けてたはずです。

 

 「ルイズ、貴方も例外ではありません。杖を取られた今の貴方は、ただ人形のように愛らしいだけの女の子です。いつもは従えている才人さんでも、襲われたらなす術もなく組み伏せられてしまうでしょう」

 

 「いや、いきなりルイズ押し倒したりはしねーぞ?」

 

 外野は無視です。

あとルイズ、顔を赤くしないで下さい。褒めましたが、そう反応されるとこっちも恥ずかしいです。

 

 「そんな時、剣の一つでも持っていたら話が変わってきます。その剣で倒すもよし、適当に振り回して杖を奪う隙を作るもよし、やりようは無手の状態より多くなります。

 メイジだからと言って魔法だけに頼っていては二流止りです。一流に、いえ、超一流と言えるメイジになりたいのなら、魔法以外の手段も持っておくべきです」

 

 純粋に魔法技術を磨き上げるのも一つの手ですが、時間が掛かり過ぎるでしょう。仲間や前衛を揃えられればいいのですが、四六時中一緒にいるわけでもないですし、どちらにしても接近戦の技術は必要でしょう。

 

 「何かあって、魔法が使えない状況と言うのも良くある事です。だから、貴方が剣を買うと言うのを聞いても何の疑問を持たなかったのです。決して、魔法を諦めろと言いたかった訳ではないんですよ、ルイズ?」

 

 「う、うん。分かったわ。ごめんね、ユエにまでメイジは無理って言われたと思って、悲しくなって……」

 

 「いえ、私もすいません。貴方の気持ちを考えてませんでした」

 

 彼女が魔法を使えない事をかなり気にしてる事は知っていたはずなのに、私とした事がとんだ失態です。

 

 「タバサ、それ何飲んでんだ?」

 

 「キュルケが持ってた。もう飲まないみたいだし貰ったの。あげない」

 

 「炭酸豆乳……?また夕映のだな?豆乳に炭酸いれるなよ」

 

 どうにかルイズと仲直りして振り向けば、キュルケはまだ寝てますし、タバサはさっきのジュースを飲んでいます。店主は倒れてるキュルケのそそり立つ胸をにやけた顔で見つめてますし、才人さんもキュルケの方をチラチラ見つつ、タバサの持つジュースに興味を示しています。

 

 「ルイズ、どうです?剣を一つ持ってみませんか?貴方が魔法にこだわりがあるのは分かってますが、魔法だけではどうにもならない事も沢山あります。そんな事に出逢った時、剣の一本もなかったせいで貴方が怪我をしたりするのは我慢なりません。未熟ですが、剣の使い方も少しは知ってるですから、教える事も出来るです」

 

 向こうはまだ放っておいてもいいようですし、ルイズにサブ手段を勧めましょう。剣に杖を仕込めば、魔法を使いつつ剣で斬るなんて方法も取れるですし、いい考えでしょう。

 

 「でも、魔法が……」

 

 「魔法も剣も、どっちも出来るようになればいいんです。私も魔法だけじゃなく、接近戦の訓練もしてるですし、一緒に頑張りましょう?」

 

 うつむくルイズの手を取って私は説得します。彼女は小柄ですが、可愛らしい容姿をしてますし、相手が下衆な人物なら杖を取られれば無力な彼女に何をするか分かった物じゃありません。対抗手段は多い方がいいでしょう。

 

 「う、うん。分かったわ。……ユエ、私の剣を選んでくれる?」

 

 「もちろん、任せるですよ」

 

 さぁ、それではルイズの剣を探しますか。この広くはないですが狭くもない店から、彼女に合った剣を見つけてみせるです。余り重たいのはダメですね、短すぎるのも相手の懐に入っていかねばならないので、体重の軽いルイズでは抱きかかえられたら何も出来なくなります。丁度いいのを選ばなければ。

 

 「うぅ……30……せめて100……」

 

 「夕映ー?こっちのフォローもしてくれよ」

 

 「はふっ、美味しい」

 

 「うぅーん……」

 

 「おぉぅ、いい揺れしやがる……」

 

 さて、どんなのが似合いますかね。

 

 

 

 








 第十話でしたぁ。

展開が強引なのはいつもの事。どうにか自然に話が作れるようになりたいものです。

ようやくデルフ登場です。一体いつになったら原作一巻が終わるのか。

いつ終われるか分かりませんが、頑張るのでよろしくお願いします


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ゼロの旅11

 またしても目標を達成出来なかった。無念。

いつもiPadのメモ帳アプリで書いているんですが、2時間かけて書いてた奴がまるまる消えてしまって、それを書き直すのに時間がかかり、こんなに遅くなった次第です。もっとこまめにセーブしておけばよかった………;;

と、とりあえず第11話れっつごーです


 やはり初めて剣を持つんですから、使いやすいものがいいですね。

と、いうわけでルイズの剣は少し短めのレイピアにしましょう。

 

 わりと軽めですし、杖を左手に、剣を右手にと持てますし、腰に吊るしていても抜きやすい。目的には十分通用するです。

 

 「どうです?これなら充分実戦にも耐えられるですよ」

 

 「綺麗な外見は気に入ったけど………やっぱり重いわね」

 

 今まで運動もそこそこ、鍛えるなんてもっての外な所謂箱入り娘であったルイズには、金属の塊である剣はどうしても重すぎる代物のようです。私も前はそんなに鍛えてなかったですが、それでも部活のお陰でそこそこ重いものを持てたので、その感覚で選んでしまったです。これは、もう一度考えて直す必要があるですね。

 

 「これでは重すぎるですか。ではこちらはどうです?」

 

 もっと軽そうなショートソードを渡します。感じとしては、少し長めのナイフといった所ですか。握りの部分が、ナイフより長くて剣として振りやすくなってます。

 

 「あら、本気で剣を買うつもりなの?ルイズ」

 

 剣を渡した所でキュルケが声をかけて来ました。何だか微妙に顔色が悪いです。

 

 「やっと起きたのね、キュルケ」

 

 「えぇ、酷い目に会ったわ。まだちょっと気持ち悪いし」

 

 胸焼けでもしたですかね?後で気分のスッキリするジュースをあげましょう。

 

 「それで?本気で買う気なの?あなたじゃ、ナイフだって微妙だと思うけど」

 

 「むっ!私だってこれ位持てるわよ!ほらっ!」

 

 そう言って持ってた剣を振って見せるルイズ。型などがある訳もなくただ勢い良く振り回しているだけですが、それなりに振れるようですね。

 

 「あっ」

 「「「うっひゃぁっ!!」」」

 

 ブンブン振っていたと思ったら、いきなり手を滑らせて剣を放り投げたです。ルイズの手から飛び出した剣はそのまま私達を掠めて棚のそばに立っていたタバサの方へと飛んでいき、彼女の頭の横に音を立てて突き刺さりました。

 タバサは軽く首を傾け剣を避けた状態のまま、ちらりと他人事のように剣を見て、

 

 「危険」

 

 多分、店の中で振り回すのは危険だと言いたいのでしょうが、こちらとしては貴方の今の状況の方がよっぽど危険です。あの一瞬で剣の軌道を見切り、首を曲げるだけで避けて見せたその度胸や観察眼は凄いですが。

 

 「た、タバサ大丈夫!?ちょっとルイズ!危ないじゃない!!」

 

 「わ、わざとじゃないわよ!タバサ、ごめんねっ?怪我してない?」

 

 「大丈夫」

 

 「こえー……心臓が止まるかと思ったぜ」

 

 私もです。

突然すぎて反応できませんでしたが、もしあれで当たっていたらと思うと、冷や汗が止まりません。まぁ、今のタバサを見ていると、仮に当たる軌道だったとしてもどうにかしてたかもしれないですが、どちらにしても心臓に悪い事には変わりがないです。

 

 「ルイズは、剣なんて持っちゃダメだと思うわ」

 

 タバサを抱き寄せ頭を撫でてたキュルケが、しみじみとそう言ったです。気持ちはよく分かるですが、なんでも初めは上手くいかないものです。最初の一回で、しかも試しに持ってみただけなのに判断するのは、ちょっと早計です。

 

 「私もそう思うわ……」

 

 しかし、ルイズも今の失敗で完全に心が折れてしまってるです。まぁ、さすがに仕方ないとは思うですが。私は突き刺さった剣を回収しルイズの元に戻りました。

 

 「まぁ、最初は誰でも失敗するものです。そう気を落とさなくてもいいですよ」

 

 回収した剣を鞘に戻しながらルイズにそう声をかけますが、やはりすぐに立ち直りはしないようです。まぁ、仕方ありません。友人の頭を割りかけた訳ですし、麻帆良の皆みたいに笑って流すのは無理ですね。

 

 「でも……」

 

 先ほどの事で持つ事自体に萎縮してしまったようです。何か起こった時の為に魔法以外での戦闘手段を持っておくべきなのですが。困りましたね。

 

 「そういえば、何でルイズの分の剣まで買う事になったんだ?」

 

 才人さんが今更な事を聞いてきます。さっき説明してた時、すぐそばに居たはずなのに聞いてなかったですか?

 

 「……あんた聞いてなかったの?私が杖を取られても対抗出来るように、何か武器を持とうって、さっき話してたでしょ?」

 

 「あ〜、さっきはデルフを慰めるのに必死で聞いてなかったんだ」

 

 慰める、ですか?剣を……?

 

 「あの、なんでそんな事を?」

 

 「さっき夕映に買い叩かれたのが相当ショックだったみたいでな」

 

 良い物を安く手に入れようとした結果なのですが、何が気に入らないんですか。

200を30に出来たのは我ながら上出来だと思うです。魔法吸収機能のある魔法剣がこの値段で手に入ったのは幸運でした。店主が仕入れを失敗してなかったらあの値切りは成功しなかったですからね。

 

 「剣なのに落ち込むって、変な剣ね」

 

 「まったくです」

 

 どうして武器に意思を持たせたのかは分かりませんが、値切られて落ち込む為の機能ではないでしょう。もしそうだったら、作った人の正気を疑うですよ。

 

 「そっちは置いといて、ルイズは杖が無ければ脅威に対抗する術がないので、とりあえず剣でも。と思って選んでたですよ」

 

 「ふ〜ん……杖を何本も持つとかじゃ、ダメなのか?」

 

 才人さんが尤もな事を聞きます。確かにそれも考えたですが、呪文を唱える余裕がないとか、そもそも魔法が使えない状況の時などに対応出来るようにという理由なので杖を複数持つと言うのは、今回の目的とは合致しないです。

 

 「ダメに決まってるじゃない。いい?杖は貴族の誇りなの。身分を示す物でもあるわ。だから、何本も持つなんて事は、どんな貴族でも絶対にしないの。それはつまり身分を偽る気ですって言ってるような物だから」

 

 なるほど、身分証の役目もあったですか。私達とはやはり魔法使いとしての役割と言うか、考え方が違うですね。私達にとって杖とは魔法を使う為の道具としてしか意味を持ちません。状況によって、杖だったり指輪だったりと持ち替えるですし、場合によっては買い替える事も良くする物です。

 しかしルイズ達にとっては唯一の物で、おいそれと変えたり増やしたり出来る物ではないようです。

 

 「めんどくせぇんだな、貴族って。まぁ、何本も持てないから剣をってのは分かったけど、ルイズに持てるのか?箸より重いものは持った事がないって言いたげな腕してるけど」

 

 「見ての通り、支え切れずに放り投げてしまったです。これは持てるくらいに鍛えるか、もっと軽い物にするかしないといけませんね」

 

 鍛えるのも一朝一夕で出来る物ではないですし、余り軽い物では効果がない気がします。

 

 「箸が何かは分からないけど、バカにされてるのは分かったわ」

 

 ルイズがこめかみをピクピクさせながら才人さんににじり寄って行くです。バカにした訳ではないですが、日本以外では微妙に通じない表現なのでしょう。どっから出したのか、乗馬用の鞭でペシペシ才人さんを叩いてるルイズにどう説明すればいいのか。

 

 「ちょ!痛っ!バカにした訳じゃないって!いいとこのお嬢様の事を言う時の表現で、イタっ!ゆ、夕映!説明してやってくれ!」

 

 狭い店内を鞭片手に走り回るルイズを見ていると、体力は充分あるようですね。無いのは剣を振れるだけの腕力ですか。つまり、腕力に頼らない方法を取る必要があるのですね。ふぅむ……

 

 「夕映ーっ!ヘルプーーッ!」

 

 「待ちなさいサイト!ご主人様をバカにするなんて、許されると思ってるの!?」

 

 「だからバカになんてしてなっ!いたっ!ごめんゆるして!」

 

 いつの間にか馬乗りになって、ペシペシやってます。腕力うんぬんは身体強化が使えれば全て解決なのですが、彼女は私達の魔法を覚える訳にはいかないと言うですし、うーむ、どうしたものか。

 

 「ルイズ、昼間っから殿方に馬乗りになるのは、ちょっとはしたないと思うわ」

 

 「何よ、キュルケ。邪魔しないで」

 

 「余りダーリンを虐めないで欲しいのよねぇ。あと、今の自分の格好を良く見なさいな。公衆の面前でしていい格好じゃないわよ?

 まぁ、私はダーリンが見られる方がいいって言うなら、恥ずかしくても我慢するんだけどっ」

 

 両手で頬を押さえて何やら口走るキュルケ。見ればルイズは才人さんを叩く事に夢中だったせいか、スカートがめくれ上がり下着が見えてしまっていますし、上着も着崩れてます。確かに人前でしていい格好じゃないですね。

 

 「んー?あ………なななっ!何してんのよっ!?」

 ドガッ!

 「ぷるりゅむっ!」

 

 自分の格好を自覚して恥ずかしさのあまりか、思いっきり才人さんを蹴り飛ばしたです。才人さんはそのまま店舗の端まで、なかなか愉快な悲鳴を上げながら転がって行きました。

 

 「ルイズ、今のは流石に理不尽だと思うわ」

 

 「叩かれてただけですしね」

 

 「う、うるさいわねっ!いいのよサイトだし!」

 

 棚の影に隠れて服を直しているルイズが、妙な理由で怒鳴り返します。

 

 「もしや、才人さんは殴られるのが好きな人なのですか?それだったら仕方ないですね」

 

 「え!?そうなのダーリン!?わ、私、上手く叩けるかしら!?」

 

 「ちげーよっ!!」

 

 その割には無抵抗でしたが。

ルイズが女の子なので手を出さないようにしてるのでしょうか?それだったら納得です。理不尽に殴られても手を出さないとはいい所もあるですね。

 

 「ふぅ。これで直ったわね。まったく、サイトのせいで酷い目にあったわ」

 

 「いや、主に自業自得だろ」

 

 どうも私には、このやり取りを二人が楽しんでいるように見えて仕方が無いです。きゃんきゃんと言い合いを続ける二人を見ていると、わざとやってるように見えるから不思議ですね。ある意味息があっていると言えるです。

 

 ルイズ達のじゃれ合いを見ていてら、タバサが寄ってきて店の一角を指差します。そこは短剣などが置かれているスペースで、刃渡り30センチ以下の物が沢山並んでいます。

 

 「あれなら大丈夫」

 

 つまりタバサは、重たい長剣などを諦めて軽い短剣などにするべきと言いたいのですね。確かに今のルイズでは、持てるようになるだけで2、3ヶ月はかかりそうですし、それではモチベーションも保てませんね。

 

 ルイズ達は三人でワイワイじゃれ合いを続けているので、タバサと二人で短剣コーナーに向かいます。そこには手の平サイズの小さなナイフや、長めですが形が珍妙な短剣などがありました。両刃片刃、針のように尖っているものといろいろな種類があるです。これならルイズでも持つ事が出来るでしょう。少しばかりリーチに不安があるですが、投げる事も視野に入れて数本持てばいいでしょう。

 

 「しかし、どれが一番使いやすいですかね?」

 

 私が使う武器はだいたいアリアドネーの支給品ですし、ナイフなどは儀式用の物しか持ってないので、ナイフや短剣を主武器とする為の選び方など分かりません。このサイズを使う楓さんの装備を参考に選ぶしかないですか。

 

 「お嬢様、ご案内しやしょうか?」

 

 難しい顔をしてたのか、店主が寄ってきて短剣の説明をして行きます。突き刺すのを目的にする物と、切る事を目的にする物では手入れの方法から使用法までかなり違ってくるようで、目的に応じていろいろな種類を持つのがいいそうです。どんな物を持つのかはルイズに決めて貰うとして、もう少し棚に飾られている短剣を見ていきましょう。

 

 店主の説明を聴きながら短剣を眺めていると、じゃれ合いを終えたルイズ達がやって来ました。

 

 「これって、ナイフ?ルイズはこれも怪しい気がするわ」

 

 「む!流石にこれ位なら持てるわよ」

 

 「また投げないでくれよ…?」

 

 いくら鍛えた事のないルイズでも、包丁程度の大きさしかない短剣が持てないと言う事はないでしょう。

 

 「これなんか、一番使われているタイプの物になりやす。両刃で肉厚、柄も握りやすいように加工してあるんで、すっぽ抜けることはないはずです、へぇ」

 

 さっきのを見てたからですかね、ちゃんと握っていられる物を勧めてきました。持ってきた短剣は、握りの中央が太くなっていて、握った時の手の形が自然な感じになるので力が入れやすくなってます。刃も頑丈そうですし、突く切る両方に使えそうです。

 

 「はぁ〜〜、なんか短剣って感じだな。イメージ通りの」

 

 漫画なんかに出てくる短剣は、だいたいこんな感じですしね。一番有名なタイプと言ってもいいでしょう。

 

 「どうですルイズ?」

 

 「うーん、確かに持ちやすいわ。けど、ちょっと地味じゃない?」

 

 「いや、ルイズ。武器に華やかさを求めてどうするのよ……」

 

 軽く振って使い易さを見ているルイズですが、少し見た目が気に入らないようです。自分で使う物ですから、一番気に入った物を選ぶのがベストですね。ちょっとでも気に入らない物だと扱いも雑になるですし、何より信頼しきれないので、戦闘時に命を預ける事が出来なくなります。どんな道具でも気に入ればその扱いも丁寧になるですし、使いこなしたいと言う気持ちも強くなるです。そうして訓練すれば、いざという時はその武器に全てを預ける事が出来る訳です。

 

 「ルイズルイズ、これなんかどうだー?」

 

 ウロウロしてた才人さんが何かを持って来ました。見れば何やらやたらと突起のついたナイフのような物を持ってます。握る所以外から、四方八方に切先が飛び出ていて、どこをどう使えばいいか分からないです。

 

 「なによそれ、絶対使いづらいわよ」

 

 「そうかー?恰好いいけどなぁ」

 

 「コレクションを探してる訳じゃないのよ?使える物を持ってきなさいよ」

 

 ちぇー、と言いながら戻しに行く才人さんですが、こればっかりはルイズの言う通りです。初めて持つのもがあんな複雑な短剣では、まず間違いなく自分を傷つけるですよ。シンプルイズベストとは良く言った物です。

 

 しかし、こうして見ていくと短剣だけでも選ぶのが大変ですね。種類的にはそこまで多くないですが、使い易く、ルイズの好みに合う物を見つけるのは難しいです。

 

 「んー?これも武器なの……?」

 

 短剣コーナーの一番端まで来たら、そこにはルイズが才人さんを折檻する時に使っていた乗馬用の鞭が置いてありました。長さや先端の大きさは違うですが、確かに乗馬用の鞭、馬上鞭と呼ばれる物が並んでました。

 

 「それも一応武器になりまさぁ。先端に棘を付けていたり、金属の部品を多用して威力を上げてあります。まぁ、これで叩かれたら肉が一瞬で抉り取られまさぁな」

 

 先端の四角くなっている部分に、五寸釘の先ぐらいの太さの棘がついていたり、鉄板と言ってもいいような物がついていたりと、もう確かに武器と言える程です。

 

 「うあぁ……ルイズ、これで俺を叩かないでくれよ。これでやられたら一発で死んじまうぞ」

 

 「さすがにこんなので叩かないわよ。あんたには、これで充分なんだから」

 

 そう言って、さっきも使っていたルイズ愛用の馬上鞭を取り出して見せます。良く使い込まれて、革も滑らかで艶やかな色合いをしています。まさか才人さんを叩く事だけで、これだけ使い込んだ訳ではないですよね?

 

 「奥様、鞭がお気に召したんで?」

 

 傍に避けていた店主が揉み手をしながら戻って来て鞭の説明を始めます。

 

 「この辺りは酒場で知り合った女からどうしてもと言われて仕入れたんですが、武器屋に来る連中は見向きもしませんで売れ残っとるんでさぁ」

 

 「その女は何でまたこんなの売りにきたのかしら?」

 

 キュルケも鞭を一つ手にとって眺めながらそんな疑問を口にします。

確かに武器屋に売る物じゃないですね。いくら武器として使えるような改造がされていてもです。

 

 「へぇ。あっしも不思議に思って聞いてみたんですがね、なんでも趣味で鞭を作ってるそうでして。しかし、材料の革は森で採れるけども金属部品は木になってる訳ではないんで、それを買う資金にするため泣く泣く売りに出す事にしたんだそうで、へぇ」

 

 「変な趣味ね。確かに馬上鞭にこんなの付けてたら馬具屋じゃ引き取ってくれないわよね」

 

 馬に使ったらすぐ死んでしまうです。一撃するだけで馬のお尻が無くなってしまいますからね。

 

 「へぇ。なんでも鞭の出す音が好きなんだそうで。普通の鞭は馬具屋に引き取って貰ったらしいんですが、こっちは見向きもされなかったそうで全然金にならなかったと言って落ち込んでましてね、なかなかの美人だったもんで、つい全部買うと言ってしまいまして。おかげで武器みたいな鞭が店の一角に並ぶ事になったしだいでさぁ」

 

 いやぁまいった。なんて言いたげな表情で頭を掻く店主ですが、もしやこの店主、商才がないんじゃないですか?飾りの剣を仕入れてみたり、売り込みに来た人が美人だったからって自分の店に合わない物を仕入れてしまうなど、余り責任者のする事じゃないです。この商売が趣味だったりするならば、まだ分かりますが。

 

 「……今までで、これ一つでも売れたの?」

 

 「一月程前に一番普通のでしたが、一つ売れまして。その後は見向きもされませんで、へぇ」

 

 「まぁ、そうよね。これ使うくらいなら剣使うものね」

 

 ですよね。でも、斬られるよりはダメージ大きそうですし、案外使えるのでは?何より剣程重くないのがいいです。剣を何本も待つ事が出来ない人が、保険として持てる程度の重さです。剣を持てないルイズにはいいかもしれません。鞭を使い慣れてるようですし。

 

 「でも軽いですよルイズ?」

 

 「まぁ、軽くて持ちやすいけど………なんか下品よ?このトゲトゲとか」

 

 なんか豚肉を叩くハンマーみたいですしね。持ち歩くのはちょっと遠慮したい見た目です。威圧感は半端ないですが。

 

 「皆そう言って買ってくれませんでさ。これを腰に下げるなら、木の棒下げてるほうがまだマシだと」

 

 「木の棒よりは使える気もするですが。確かにこれを持ってると趣味を疑われる気がするです」

 

 一般の物より禍々しいこの鞭達は、戦場で見たならばその姿のおかげで敵が逃げて行くでしょう。その位見た目が怖いです。

 

 「そうだ、奥様。実はその女から引き取った物がもう一つありまして。ご覧になりますか?ここの物よりは見た目もいいですし、武器として使えそうな代物でして」

 

 そう言って店の奥に引っ込んで行く店主。まだ見るとも言ってないですが、どうもこのまま押せば何か買うかもと思われたようです。でも、武器を買うつもりではあるですが、この手の鞭を買うつもりはないです。これを買うなら、ルイズ愛用の馬上鞭を常に持たせるほうが何倍もいいです。見た目的にも。

 

 「何持ってくる気かしら?これ以上禍々しいのだったら、ナイフとかでいいからさっさと買って帰りましょう?」

 

 「いや、買わなきゃいいじゃねーか」

 

 「そうね、流石にそろそろ出なきゃ帰るのが遅くなるわ」

 

 電車もバスもなく、馬だけが移動手段ですからね。片道三時間とかかかるようですし、確かにそろそろ帰らないと学院に着くのが夜になってしまうです。馬をどうにか出来るならば、私が箒に乗せて行けばいいのですが。

 

 「奥様方、これでございます。これも鞭の一つですが、乗馬用ではなく、しっかりとした武器として作ったと言っとりました。元の用途は家畜を追い立てるのに使われてた物だそうですが、そこから改造して武器になるようにしたらしく、上手く使えるようになれば、剣にだって負けない………と、女はいっとりました」

 

 店主は半信半疑みたいです。

そうとうその女性に入れ込んでたんですね。確信も無しにこれだけ仕入れてしまうくらいですし、かなり美人だったんでしょう。この店主、そのうち女性で失敗しそうです。主に貢いだりする方向で。

 

 「これはなんとミノタウロスの革を使って作られた物だそうで、細く切った革を編み込んで一本の紐のようにして作ってありやす。確か……ブルウィップとか言ってやしたっけ。ミノタウロスの革で出来てますんで、下手な剣では斬る事も出来ず逆に折られるほどだとか」

 

 店主がそう言いながら箱から取り出したのは、革で作られた蛇のような物でした。持つ場所らしき2,30センチくらいの真っ直ぐな部分から、2メートル程の長さの紐部分が伸びていて、先の部分には幅1,2センチの革紐が付いてます。更にそこから細い、ワイヤーのようなものが20センチほど伸びてます。その姿は鞭と言われてイメージされるそのままの形です。

 

 「この握り部分がハンドル、そこから徐々に細くなっていく紐部分がトング、そこから伸びている革紐の部分がフォール、そしてこの一番先の金属紐部分がクラッカーと言うそうです。確か」

 

 「なんで自信なさげなのよ」

 

 ルイズの疑問も最もです。商品の紹介が曖昧とか店の店主としては失格な気がするです。

 

 「へぇ、1,2回ほどしか説明を聞いてなかったんで、へぇ。一応間違えてないと思いますが」

 

 その回数ならむしろいい方でした。良く覚えてましたね、1,2回で。その鞭をルイズに差し出しながら更に説明を続けて行く店主。持ち方や振り方などを丁寧に話していくです。

 

 「なぁ、夕映。あれってサーカスとかで猛獣使いがペシーンってやってる奴だよな?あと女王様とか」

 

 「多分才人さんの思い描いている物で間違いないと思うですよ」

 

 「あれって武器だったんだな。サーカスの演出用だと思ってた。あと女王様とかの威厳と言うか、威張り用」

 

 「何でそんなに女王様を推すですか。才人さん、やっぱりそっちの趣味があるんですね。あれでルイズに叩いて貰いますか?」

 

 「そんな趣味ないよ!変な事言わないでくれ!」

 

 でも、女王様を推し過ぎです。もしかして心の奥ではそれを望んでいるのでは?いつものイタズラも、ルイズに叩かれる為にやっているとしたら辻褄が合うです。本人は違うと言ってますが、それは隠したいのか、それとも自分で気付いていないのかで、今後の付き合い方を変えなければいけません。下手にツッコミなどで手を出して、ハマられたら困りますからね。

 

 「………今、変な事考えてただろ?」

 

 「何の事です?」

 

 ジト目で見てくる才人さんに、しらっと返しルイズの方に向き直ります。さっきの説明ではハンドルと言ったですか、そこを持って軽く振っているルイズですが、失敗して自分を叩かないか心配です。

 

 「夕映、これ凄いわ。ただ紐を振り回してる訳じゃなくて、ちゃんと自分の思い通りに動かせるわ」

 

 この狭い店内であれだけ長い物を振り回してるのに、まったく余計な所に当たりません。ヒュンヒュンと音を立てながら空気を切り裂いて行く鞭を操るルイズは、まるで欲しかったオモチャを買ってもらえた子供のように目を輝かせています。もしや、気に入ったですか?改造されているとはいえ、元は家畜を追い立てる為の道具で、武器ではないのですよ?確かに気に入った物ならば……等と言いましたが、そんな色物でいいんですか?

 

 「ルイズ、それにする気なの?」

 

 「私、これ気に入ったわ。見なさいよ、こんなに思い通りに動くのよ?なんか、凄く楽しいわ!」

 

 ヒュンヒュンと言っていた物が更に鋭くなっていき、ギリギリ肉眼で見えると言う程の速さで鞭が飛び回ってます。何か表現がおかしいですが、実際見ているとそう見えるから不思議です。

 

 「うふふふふ。こんな狭い所でも、存分に振れるし、結構射程も長い。先端の方は物凄く速い!これで相手の杖を叩き落とすなんて事も出来るかも!」

 

 ルイズは振るのを止めて、両手で持った鞭をビッビッと引っ張りながらとても楽しそうな笑顔を見せます。鞭を持ってニッコリ笑う美人は得体のしれない迫力があるです。

 

 「ルイズがヤバイ顔してる」

 

 「まさか、目覚めたですか?」

 

 もしそうなら友人として、どうにか一般人の位置まで戻して上げないといけないです。せっかくの友人が、道を踏み外すのを黙って見てる訳にはいきません。

 まぁ、ルイズが望むなら否定はしませんが。でも、出来ればそっちの道には行って欲しくないです。

 

 「ユエ!私、これにするわ!使ってて楽しいし、多分他に使ってる人が居ないだろうってのがいいわ!」

 

 胸の辺りに抱き寄せ満面の笑みで、この鞭に決めたと言うルイズ。持ってるのが鞭じゃなかったらとても可愛らしい仕草なんですが、持ってる物だけでこうも恐ろしいプレッシャーを感じさせるとは………

 

 「る、ルイズが気に入ったのならそれでいいですよ」

 

 「やった。ご主人、これはおいくら?」

 

 ルイズのような美人の全力の笑顔に、良い歳したおじさんが顔を赤らめているです。笑顔だけなら、その反応も仕方ないでしょうが、持ってる物が凄まじい違和感を感じさせます。

 

 「へぇ。250で構いやせん。どうせ、他では売れねぇんで、へぇ」

 

 「良かった、ちょうどあるわね。じゃあ、これで」

 

 「ちょ、待つですルイズ!250は高すぎるです。もう少し安くなるよう交渉すべきです!」

 

 あれが剣より高いのはどう考えてもおかしいです。確かに材料が普通じゃないので、それなりに高くなるでしょうが、それでも剣より高くなるとは考えにくいです。せめてあと100は落とさないと……

 

 「いいの。私は貴族なのよ?確かに安く買えればお得だけど、貴族が値切り倒してばかりなんてみっともないわ。もうサイトの剣をこれでもかってくらい安くしちゃったし、こっちは言い値で買う事にするわ。材料的にはむしろ安いくらいだし」

 

 庶民の私からすると安く出来るものは安くしたい所ですが、貴族としてのプライドなのでしょうか。まぁ、お金持ちが値切ってる所はなかなか見ないですし、そういう物なのでしょう。

 

 「ありがとうごぜぇます奥様。そうだ、手入れ用の道具をサービスいたしやす。使った後はこの脂を塗り込んで乾いた布で拭いてくだせぃ」

 

 「手入れ方法は普通の革製品と変わらないのね」

 

 「へぇ。この脂もミノタウロスから取ったもんですので、しっかり馴染みまさぁ」

 

 「あれが250………俺様30……」

 「あぁ!またっ!?」

 

 ポンとお金を払ったルイズに感激したのか、手入れ用の脂や、メンテナンスのやり方を上機嫌で説明していく店主。ふむ、なんでも値切れば良いと言うものではないのですね。正直値切り方はコレットの受け売りでしたし、私自身も安くなればそれでいいと思ってたですから余り深く考えてなかったですが、人間関係を円滑にする為にあえて相手の言い分を聴く事も大事なのですね。自分の事ばかりではなく、時には相手を優先する事で利益を得る場合もあると。情けは人の為ならずと言う奴ですか。この考えをさっと出来る辺り、ルイズも人の上に立つ立場の人間なのだと思わされるですね。

 

 「あと、これが腰に下げる為のベルトでさぁ。締め方で、腰の横に固定する事も、太腿辺りに固定する事もできやす。オススメは太腿に固定する方法ですな」

 

 「なんで?」

 

 「手を下ろして見てくだせぇ。ちょうど太腿辺りに手がきやすでしょう?伸びた状態で持つ事が出来るんで、引き抜くのも簡単で、速く出来るんでさぁ」

 

 西部劇のガンマンが、銃を着けるやり方と同じですね。腰辺りだと、曲げた腕を更に曲げないと抜けないので、遅くなるし、ホルスターに引っ掛かったりするらしいですから。前に祐奈さんが、龍宮さんに銃のレッスンをして貰っていた時にそんな話をしていたのを思い出したです。

 

 「なるほどねぇ」

 

 ルイズはスカートを軽く上げてささっとホルスターを太腿に巻きつけていくです。彼女の細い足に巻きつけられたホルスターに買ったばかりの鞭を取り付け、スカートの中に仕舞います。つけた後、スカートを捲って位置を確認したり、鞭に手を掛けて抜き易いかを確かめたりしていますが、そのせいでさっきから下着が見えまくってます。その事に気付いていないのかまったく気にしてません。ちょっと無防備すぎる気がするです。

 

 「うん、いい買い物させてもらったわ。この脂が無くなる頃にまた来るから、仕入れといてね?」

 

 「へぇ。お待ちしておりやす」

 

 そう挨拶してルイズは店の出口に向かいます。余程気に入ったのか、ルンルンと上機嫌に鼻歌を歌う彼女を呆れながらも面白そうに見ながらキュルケ達も付いて行きます。

 私もそれに続こうとしたですが、あの剣の事を思い出して足を止めました。

 

 「ルイズ、私は少し店主に話があるので先に行ってて下さい」

 

 「ん?ユエも何か買うの?」

 

 「いえ、あの装飾剣の事を話さないといけないので」

 

 あぁ、という感じでルイズが頷きますが、店主は今思い出したみたいなリアクションしたです。このまま忘れて帰っても良かったかもしれないですね。

 

 「じゃあ、私達も待ってるわよ。サイトの剣の代金みたいなものなんだし」

 

 「でも、時間が掛かるですよ?」

 

 いろいろ説明しなければいけないですし、多分1時間くらい掛かるでしょう。

 

 「いいのよ。支払いを人任せにして自分は帰るなんて出来ないわ」

 

 憮然とした表情でそう言うルイズ。まぁ、そうまで言うなら余り強く帰れとは言えないですね。

 

 「では、早目に終わらせるので、待ってて下さいね?」

 

 「えぇ、分かったわ」

 

 「キュルケにケーキを奢って貰うから、ゆっくりでいい」

 「えぇ!?何でそうなるの!?」

 

 タバサがいきなり奢り宣言をするので、キュルケが大いに驚いてます。

 

 「この間の決闘の賭けに負けた分」

 

 そうでした。あの賭けに負けたら甘い物を奢ってくれると言ってたですね。せっかくですし、ここで取り立てておきましょう。次、いつ来るか分かりませんし。

 

 「あれって、ユエが手を出したから無効じゃないの!?」

 

 「ユエはルイズを守っただけ。だから有効」

 

 ショックを受けたような顔でタバサを見つめるキュルケ。少し気の毒ではありますが、負けは負けです。勝負の世界は非情なのですよ、キュルケ。

 

 「では、店主さん、駆け足で説明するですよ?」

 

 「へぃ、お嬢様。では、奥へどうぞ」

 

 「ちょっと、決闘の賭けってどういう事よ?」

 

 「ユエ、大通りを宮殿の方に行くと噴水があるから、その傍にあるお店で待ってるわ」

 

 ルイズの質問を無視しながら、仕方なさそうな顔でキュルケがそう言って、タバサの手を引きながら出て行きました。その潔さに感心しながら店主と共に奥へと進みます。

 さぁ、ケーキの為に急いで説明するです。

簡単にこの店の客層や貴族の嗜好を聞いたのち、30分掛けて説明していきました。少し駆け足すぎたかもしれませんが、充分理解したみたいですし、大丈夫でしょう。

 

 私は大きく頭を下げて感謝している店主を残して、キュルケ達が待っているというお店に急ぎました。

 

 

 

 

 「このままだと確実に夕食には間に合わないわね」

 

 空を見上げて太陽の位置を確認したルイズがそう呟いたです。

この街は学院から馬で3時間ほど掛かる距離にあるので、帰り着く頃には確実に暗くなっているでしょう。

 

 「ルイズ達は馬で来たんだったわね。それで、ユエは?ユエも馬で来たの?」

 

 「いいえ。私は普通に飛んできたです」

 

 「あの距離を飛んで来たの!?そんな疲れる事をよくやるわね」

 

 ここの魔法には、フライと言う浮遊術はあるですが、箒で飛ぶと言う魔法がないらしくかなり驚かれています。浮遊術的に飛ぶより、箒で飛ぶ方が簡単なはずなのですが、時々チグハグですよね、ここの魔法は。

 

 「箒で来たのでそんなに大変では無かったですよ」

 

 「ほ、箒で?」

 

 「おぉ、さすが魔法使い。今度俺も乗せてくれよ」

 

 私達の世界では、魔法使いは箒で飛ぶものと言う認識があるので、才人さんはすぐに理解しました。しかし、ルイズ達には箒とは使用人が掃除に使う道具と言うだけで、それで飛ぶと言う発想は出て来ないようです。

 

 「また東方の魔法ね?気をつけなさいって言ってるのに」

 

 「見つからないように高い所を飛んで来たですし、認識阻害の魔法を掛けていたですから、大丈夫ですよ」

 

 「認識阻害?なにそれ?」

 

 「人が見ても、それを何でもない事のように感じさせる魔法です。おかしな事が起きていてもそれが普通だと思わせる事が出来るです」

 

 認識阻害の魔法が使われると、千雨さんのような体質でもないとまったく気付けないので、一般人にはまず分かりません。しかもこの魔法は、これまで魔法を隠す為に常に進化させて来た物なので、そういう物があると知った上で見ようとしないと見ることが出来ないのです。いえ、見ても気づかない、ですね。私の魔法を隠さないといけない今、日本にいる時より重宝します。

 

 まさか、魔法のある世界でこの魔法を使う事になるとは思いませんでした。

 

 「さすが、便利ね」

 

 何か呆れてます。

 

 「じゃあ、早く帰るとするわ。夕食を食べそこなうのは困るし」

 

 ルイズが残っていたケーキを口に放り込みそう言って立ち上がりました。電車やバスがないとこう言う所が不便ですね。馬は生き物ですから、ずっと走らせる事が出来ないので、時折休ませないといけませんから、どうしても時間がかかるです。

 

 「シルフィードに乗せてあげる」

 

 もくもくとケーキを食べていたタバサがボソっと提案します。シルフィードと言うのは、彼女の使い魔、あの青い鱗のドラゴンの事だそうで、かなりの速さで飛ぶことが出来るそうです。風の精霊の名前をつけるとは、なかなか豪気ですね。

 

 「いいの?」

 

 残ったケーキを一気に頬張りながらタバサは頷きます。馬よりは断然速いでしょうし、暗くなる前に充分帰る事が出来るでしょう。

 

 「ありがとう、タバサ」

 

 「構わない」

 

 微笑ましいその光景をキュルケがニヤニヤしながら見てます。今まで孤立していたルイズが、顔を赤くしながらお礼を言ってる所が楽しいようです。

 

 「趣味悪いですよ、キュルケ」

 

 「いいのよ。ヴァリエールをからかうのが、私の趣味なんだから」

 

 ほんとに悪い趣味でした。ルイズも災難ですね。

 

 「ドラゴンに乗れる………異世界に来てよかった……っ!」

 

 才人さんがやたらと感激しています。

一般人だった才人さんには、ドラゴンと言うのはファンタジーの代表格ですし、それに乗ると言うのはまさに夢のような事なのでしょう。私にとってドラゴンとは、ヨダレをかけてくるわ、服を切り刻んでくるわ、と碌な事をしない生き物と言う認識です。おかげでドラゴンを見るとやたらと攻撃的になるようになってしまいました。そうしないと次は何されるか分かったものではないですからね。

 

 「夕映はドラゴン見た事あるのか?」

 

 才人さんがそんな事を聞いてきます。魔法使いと言うファンタジー側の人間ですから、見た事があるかもと思ったのでしょう。

 

 「えぇ、あるですよ」

 

 ご期待通り私はまだ片足を突っ込んだだけの一般人だった時から見ています。なにせ、日本にも居る所には居るのですから。とある図書館の最下層とかに。

 

 「どんなのだったんだ?」

 

 「羽を広げると、30メートルはあるワイバーンと言う種類のドラゴンでした。不意に現れて私の頭にヌルヌルドロドロのヨダレをぶっかけてくれやがりました」

 

 今の私でもまだアレには勝てないでしょう。もっと強くなった時、その時には必ずや打ち倒し、この恨みを晴らしてくれるです!

 

 「白いヌルヌルドロドロの液体をかけられたなんて、もう!ユエってば、もうっ!」

 

 「いや白いとは言ってないだろ!?」

 

 ルイズとタバサはキュルケが何に喜んでいるのか分からずキョトンとしてます。私も分からない訳ではありませんが、ハルナ的な性格の彼女です。下手に構えば面倒なテンションで絡んでくるに違いありません。なので知らないふりをして話を続けます。

 

 「いつか目にもの見せてやるです」

 

 「それって、こっち来てからだよな。いつ頃の話?」

 

 「いえ、日本でですよ」

 

 「はぁっ!?いやいやいや!日本には居ないだろ、ドラゴンは!」

 

 「居る所には居るのですよ。私が通ってた学校にある図書館の最下層で、更に奥に行くための扉を守る門番をしてたです」

 

 「それ、絶対俺の知ってる日本じゃねー」

 

 気持ちは分かるですよ、私も最初は信じられず思考停止したくらいですからね。あの時今ほどの力があれば、勝てないまでも一矢報いるくらいは出来たでしょうに、残念です。

 

 ケーキを食べ終わった私達は、街の外にある駐車場ならぬ駐馬場とでも言える所に移動して来ました。シルフィードに乗って帰ると、馬達を放置する事になるので学院に届けて貰えるよう手続きをするそうです。

 ルイズが才人さんの分と一緒に手続きしてる間に、私はタバサの使い魔、あの魚泥棒ドラゴンのシルフィードと対面する事になったです。青い鱗で目は大きく、微妙に長い手足で身体を支えている西洋竜です。人が4,5人乗れる大きさですが、まだ幼生、つまり子供なのだとか。大人になったらどれだけ大きくなるのか見ものですね。

 

 「きゅい?」

 

 首を傾げて小さく鳴き声をあげるシルフィード。あの時もこんな感じでしたねぇ……

 

 「てい!」

 ビシッ!

 

 「きゅい!?」

 

 「ちょ!?いきなり何してるのユエ!?」

 

 おっといけません、思わず手が出てしまったです。

 

 「すいません、ドラゴンを見るとつい攻撃したくなってしまって……」

 

 この大きさのトカゲの顔を見てるとふつふつと攻撃したい衝動が湧いてきます。私が会ったドラゴンで何もしてこなかったのは、あの帝国の守護聖獣、古龍(エンシェントドラゴン)龍樹(ヴリクショ・ナーガシャ)だけですから、そう思うのも仕方ないのです、えぇ。

 

 「何でそんな事になるのよ?」

 

 「私が会った事のあるドラゴンは皆碌な事をしなかったので、つい…」

 

 「こいつはまだ何もしてないんだろ?だったら攻撃したら可哀想じゃないか」

 

 シルフィードの頭を撫でている才人さんがそう言ってくるですが、

 

 「いえ、このドラゴンも、私がここトリスタニアに来る前に彷徨っていた森で、食べようと獲った魚を横取りして行ったです」

 

 「……なんか、ご愁傷様って感じだな」

 

 なんか可哀想な人を見る目でこっちを見る才人さん。余計なお世話です。

 

 「おまたせー………どうしたの?」

 

 微妙な空気を漂わせていたら、ルイズが戻ってきたです。どうやら手続きが終わったようです。

 

 「いえ、ただドラゴンと相性が悪いと言う話をしてただけです」

 

 「………何の相性よ?」

 

 ルイズにはあとで話すとして、そろそろ帰るとしましょう。

 

 「じゃあ、帰るとしましょう。タバサ達はシルフィードで、私はこれで」

 

 私はポンと機動箒を取り出して準備します。この箒はアリアドネーの正式な装備で、全力で飛べば時速100kmは出せると言う物です。魔法世界での任務で、普通の箒では追いつけない相手を相手取る事などよく出てくるので、そんな時にはこの箒のような特別な装備が役立つのです。

 

 「そ、それで飛べるの?」

 

 やはりルイズ達にはこの箒の凄さは分からないですか。

 

 「これはある騎士団の正式装備でして、そこらのドラゴン程度には負けない速さで飛ぶことが出来るのですよ」

 

 しかもこの箒、いろいろな機能がついてるですし、飛行性能も魔法世界でトップクラスなのです。同じ性能の箒を買おうとすると平均年収の三倍にはなると聞いた事があります。軍の機密も関わるので、払い下げ品すら出回らないですが、それほど高価な代物なのです。こうして私が私物として持っていられるのは、ひとえにセラス総長のご厚意に寄る物で、普通はあり得ない事なのです。ですが、そのおかげで機動力は格段に上がったですし、浮遊術や虚空瞬動が出来ない今の私には、無くてはならない移動手段となりました。

 

 「ドラゴンよりねぇ………シルフィードとどっちが速いかしら?」

 

 キュルケが私の箒を見ながらそんな事を言ってきます。シルフィード、タバサの使い魔は空を飛ぶ為に進化してきたドラゴンです。力も強いでしょうから、その翼で生み出す推進力も並の強さでは無いでしょう。しかし、こちらも速く飛ぶ為に改造されてきたアリアドネーの戦乙女旅団御用達の最新軍用箒なのです。たかがトカゲに後れを取る訳にはいきません。

 

 「では、勝負してみますか?ここから学院まで、どちらが速く帰れるか」

 

 「えぇー?ユエ、流石に風竜には敵わないわよ。疲れて落っこちる事になるわ」

 

 「いい機会です。ドラゴンと出会うたびに碌な目に会ってこなかったですし、少しは恨みを晴らしてやるです」

 

 「その恨みの相手はこいつじゃないだろ……?」

 

 同じドラゴンですし、このシルフィードにもちょっとした恨みがあるので問題無いのです。友人の使い魔ですから、攻撃する訳にはいかないので、レースで決着をつけるとしましょう。

 

 「どうですタバサ。私とレースしませんか?」

 

 「やる。けど、シルフィードが勝つ」

 

 もう勝利宣言ですか。

いいでしょう、ぶっちぎってやるです。

 

 「決まりですね。ルールは妨害はなし、自身への補助魔法ありです。勝敗は先に学院に着いたら勝ち。いいですね?」

 

 コクリと頷き、さっとシルフィードの背に飛び乗るタバサ。キュルケ達も急いで後に続きます。タバサは彼女達が乗ったのを確認してから、こちらに目を向けてスタートの合図を待ちます。

 

 「では、用意はいいですね?3,2,1,スタート、で開始です。分かりましたか?」

 

 「ん。いつでもいい」

 

 タバサはシルフィードの首を軽く叩きながら了承の返事をします。向こうもやる気十分のようですね、負けませんよ?

 

 私も箒に跨り準備をしていると、シルフィードがチラリとこちらを見て、フンと鼻で笑いました。

 ほ、ほほぅ。トカゲの癖に人間様をバカにしますか。いいでしょう、空を飛ぶ生物のプライド、へし折ってくれるです。

 

 「準備はいいですか?」

 

 「ちょっとサイト!私じゃなくて、背ビレを持ちなさいよ」

 

 「いや、座りが悪くて転びかけたんだ、悪い」

 

 「ちゃんと掴まってないと、振り落とされるわよー?」

 

 才人さん達の準備も整ったようですし、さっそく始めましょう。

 

 「では、いくですよ?

 ……3、2、1、スタート!!」

 

 合図と共に一斉に飛び立ちます。私はスピードを出すことに専念する為一気に高度を上げ、障害物が一切ない上空へと向かいました。空高く上がった後は、遠くに見える学院に向かって下降しながら全力で飛ぶだけです。

 

 [加速!!!](アクケレレット)

 

 飛ぶ推進力と重力の引っ張る力、両方を使う事で通常よりも速い速度が出せるようになるのです。

 

 「うおぉっ!はえぇー!?」

 

 「ほんとにあれで飛べるのね。あの魔法だけは覚えたいかも」

 

 しかし、相手もさる者。最初こそその巨体のせいで遅れましたが、すぐにスピードを上げてきて、もう私の後ろに付けてきました。こちらと同じく障害物のない高度を保ち、グングン追い上げてくるシルフィード。乗っているタバサは涼しい顔をしてますが既に速度は時速70kmは出てます。その風圧を物ともしてないのは、一体……!?

 

 ブオォンッ!

 

 くっ!後ろを向いて考えてる隙に抜かされました。

 

 「あ!?サイト!目を閉じてなさい!」

 

 「な、なんでだよ!?せっかく空飛んでるんだから、俺だって見たいんだぞ!?」

 

 「だったらせめて左だけ見てなさい!ユエの方見ちゃダメ!」

 

 巨体の生み出す風圧で押し出されてバランスを崩しましたが、そのおかげで理由が分かったです。

 どうやら風の結界を身に纏っているおかげでまともに目を開けていられない程の風圧を受けても平気だったようです。タバサもなかなか器用な魔法の使い方をするですね。既にシルフィード一体分の間を開けられてしまったです。グングン離されて行くですが、こちらもこの程度で負けるつもりはないです。自力では飛ぶ事の出来ない私は、道具の性能を最大限に活かす為にいろいろな方法を試してきたのです。そして[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)を使い、古今東西の飛行魔法を調べ上げ、この箒の推進力を最大限に活かす方法を組み上げました。

 

 [三重障壁展開!]

 

 自分の前に三枚の障壁を作り出し、それで前方を頂点とする三角錐を作るように配置、こうする事によって、空気の壁に穴を開け抵抗を極端に減らす事が出来るようになるのです。格段に飛びやすくなってジリジリとシルフィードに近づいていきますが、まだこれでは弱いです。スタミナ的にこのままでは向こうが有利。もう一押しして、一気に距離を開けなければ最終的に抜き返される可能性があるです。

 

 「おぉ!?夕映が追い上げてきたぞ!?」

 

 「風竜に追いついて来るなんて、ほんとデタラメね、ユエは」

 

 「デタラメなのは今に始まった事じゃないけどね」

 

 外野がうるさいです。

 

 シルフィードがチラリとこちらを見て、更にスピードを上げました。まだ余力を残しているとはやりますね。しかし、それはこちらも同じ事。障壁を五枚に増やし、更に回転させる事によってドリルの様に空気を切り裂いていくことで、抵抗を更に減らします。これで箒の性能は、ほぼ100%発揮出来る計算です。あとは私の操縦技術と魔力がついてくるかの勝負です。

 

 「もう半分来たわ!ほんとに箒でこんな速く飛べるのね」

 

 「すっげぇ……お、あっちの山もきれ………黒か、意外だな」

 

 「見るなっていったでしょ!!」

 バシ!!

 

 「いてぇ!……って、お、落ちる落ちる!!」

 「ちょ!ちょっとどこ触ってるのよ!?」

 

 「え?あ……わ、悪い!」

 

 風で捲れたせいで、スカートの中が見えてたようです。うぅ、恥ずかしい……って、いけません!気にしてたらスピードが落ちていました。急いで立て直すです!

 

 全力を振り絞り箒を飛ばしていると、ようやくシルフィードに並びました。器用に驚いた表情を見せるシルフィードに軽く視線を送り、あとはようやく見え出した学院のみを視界に入れます。

 

 「お、学院が見えてきたぞ?もう少しだ!」

 

 「今の所互角よ。どっちが勝つかしらね?」

 

 「きゅいぃぃぃるるるるるっ!」

 

 並んで飛んでいたらシルフィードが吠え始めたです。何か節のような抑揚のある鳴き声を出した途端、シルフィードの速度が急激に上がったです。まだ余力を残してたですか!?

 

 「きゃ!いきなり速くなったわよ!?」

 

 「更にスピードアップするのか、すげぇ!」

 

 「くぅぅっ!」

 

 このままでは負けてしまうです。こちらも最後の力を振り絞ってラストスパートに入るです!

 

 こちらは全力で飛んでいるですが、少しずつシルフィードが前に出て行きます。先程の様に翼を羽ばたくのではなく、少しの上下だけで飛んでいくです。トンビが風を捉えて上空をくるくる回ってる時のように静かに、それでいてこちらの全力を上回る速さで飛ぶとは、一体どういう仕組みですか!

 

 「きゅいきゅい!」

 

 「くぬぬぬぬっ!」

 

 「二人とも、あと少しだ!ガンバレ!!」

 

 またしても引き離し始めたシルフィードが、こちらを見てニヤリと笑いました。トカゲの顔がそんな器用ではないはずですが、私には分かったです。なんて忌々しい!

 

 「こ、このままではいけません。何か手を打たねばっ!」

 

 少しずつ引き離されているこの状況をどうにか覆さねば、あの生意気トカゲに負けてしまうです!しかし、箒の推進力はすでに100%出しているはず。ここから更に加速するには、別の力が必要になるです。どうすれば…………そうです!

 

  [ 装剣 !!](メー・アルメット)

 

 このまま後ろに向けて魔法を撃てば、その勢いで加速出来るはず!

所謂ブーストと言う奴ですね。風の魔法を打ち出して、その勢いで一気に加速を図るです!

 

 フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ

 ………[風よ](ウェンテ)!!

 

 腕と体を使って剣を固定し、真後ろに風を打ち出します。

ジェット噴射のように風を起こし、一気に体が押し出されます。

 

 「くっ!はぁぁああっ!!」

 

 加速し始めたのを感じて更に魔力を込めて行きます。少しずつ距離を縮めていき、どうにか首の辺りまで来たです!あと頭三つ分進めば逆転出来ます。

 

 「くぅぅぅっ!」

 「きゅるるるるっ!」

 

 学院まで、あとほんの少し!あと頭一つ分!

もう城壁とも言える学院の塀が見えて来ました。このまま門を先に抜けた方がかちですが、まだ少し負けてます。あと、あとほんの少しなのですが!

 

 もう一度風を起こして最後の一押しです!

 

 「もう一度![風よ](ウェンテ)!……って、まずっ!?」

 

 更に魔法を使って加速しようとした瞬間、バランスを崩して姿勢を保てなくなりました!正面のドリル式障壁と限界速度を出している機動箒、そしてブースト用の[風よ](ウェンテ)の制御でギリギリだったですが、勝利を目指す余り、更に魔法を使おうとして前方の障壁の制御を誤りました。おかしな方向に風を受けてしまい、高速で飛んでいる為に物凄い力で揺さぶられます。

 

 「ユエ!?」

 「危ない!!」

 

 揺さぶられたせいで、真後ろに吹かせていた風も上下左右に揺さぶられ、姿勢がまるで保てません。これは………まずいです!

 

 「わっ、とっ、ひゃっ!」

 

 どうにか体勢を直そうとしてますが、風が暴れて上手くいきませ……

 

 ガクンッ!

 「なっ!あっ、あぁ〜〜〜〜〜ぁ」

 

 姿勢を戻す事が出来ずあたふたしていると、障壁が消えてしまい一気にバランスは崩れてしまったのであえなく墜落してしまいました。

 

 「くっ! 戦いの歌(カントゥス・ベラークス) 出力全開!および対物理障壁全力展開!!」

 

 ドガッ!!ガン!ズシャァァァッ!!

 

 きりもみ回転しながら迫っていた学院の塀の上部をぶち抜き、更に中庭に激突。その勢いのまま中庭を滑って行き……

 

 ドガァァァンッ!!

 

 五つある学院の塔を結ぶ渡り廊下の壁に激突して、ようやく止まりました。

 

 「「「ユエーーーーっ!?」」」

 

 石造りのこの廊下、壁もついてる上に妙に硬いおかげでどうにかこうにか止まりました。戦いの歌(カントゥス・ベラークス)と障壁のおかげで死にはしませんでしたが、流石に痛いです。

 

 「ちょ!ユエー!生きてる!?」

 「いやいやいや!絶対大怪我してるって!きゅーきゅーしゃーーっ!!」

 「タバサ!近くに降りて!すぐ助けなきゃ!」

 「わかってる!」

 

 皆も降りて来ましたね。早くここから抜け出ないと、必要以上に心配をかけてしまうです。

 

 「よいしょっと」

 

 強化された力で体に乗っている石を退けていると、タバサ達がすぐ近くに着地しました。

 

 ズシン!

 グラッ………ガララララッ!

 

 「あーー!残りが崩れたぁっ!!」

 

 崩れず残っていた壁がシルフィードの着地の振動により、全部上に落ちてきました。

 

 「ぎゃー!?ユエー!!」

 「生き埋めーー!?」

 

 いくら身体強化してても痛いんですよ、このトカゲめ!

更に乗ってきた石に挟まれて身動きが取れなくなってしまったです。杖を取り出す余裕もないですし、助けを待つしかないですね、これは。

 

 「ユエ!すぐ助けるからね!?」

 「いや待ちなさい!!ルイズは魔法使わないの!ユエが爆発するでしょ!!」

 「そうだ!爆発は芸術だけでいいんだ!!」

 

 「意味分からないわよ!?」

 「シルフィード、少し下がって」

 

 「きゅい」

 ズシン

 

 ゴン!

 「だっ!」

 ギリギリ落ちて来なかった石が、シルフィードの移動による振動で頭に落ちて来たです。このトカゲめ………これだからドラゴンは………!

 

 

 

   うぅ……いたひです……

 

 








 展開の強引さMAXな11話でしたぁ。
ルイズの武器は自分の趣味です、仕方なかったんです。

次回はちゃんと週一に出来るよう頑張りますよー。

見直しが十分じゃないかもなので、誤字脱字があったら教えてくだせぃ


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ゼロの旅12


 遅くなりましてすいません。ようやくの投稿です。

一度崩れるとなかなかペースが戻りませんね。次はもっと早く出来るよう頑張ります


でわ、第12話れっつごぉ


 

 

 

    <ルイズ>

 

 

 ユエ・ファランドールは、私にとってここ数日で仲良くなった大切な友達。魔法が使えないからといつもバカにされて来た私と仲良くしてくれて、長年の悩みを解決する糸口をくれた恩人。魔法もそこらのメイジでは歯が立たないだろう腕前で、剣を振れば金属製のゴーレムが宙を舞う。容姿も結構整っていて育ちの良さが見て取れるわ。紫がかったその髪は、とってもサラサラしていてお手入れが行き届いている事が分かるし、爪なんかも綺麗に整えられている。詳しく聞いた訳じゃないけど、かなり身分の高い家の生まれなんだろうと思うわ。

 

 そんな大切な友達の彼女が今……足を片方突き出した状態で瓦礫に埋まっている。

 

 「はっ、早く助けなきゃ!ユエが潰れちゃうっ!」

 「とりあえず杖はしまえ!発破は人命救助には使えない!」

 

 「レビテーションで瓦礫をどかして行くしかないわね」

 

 「慎重にやらないと崩れる」

 

 キュルケとタバサがレビテーションの魔法でゆっくり瓦礫をどかして行く。廊下の壁になっていた部分はほぼ崩れて山のように積み上がっていて、そんな山から白い足がちょこんと出ているのが、切迫した状況なのになんとも微妙な気分にさせてくれるわ。瓦礫となった石壁は、一つ一つが結構な大きさで重さも相当あると思う。一個だけなら耐えられるかも知れないけど、あんなに沢山乗っていたらその重さで潰れてしまうわ。私も手伝いたいけど、私の魔法は爆発しかしないから使えばユエまで巻き込んじゃうし、指を咥えて見てるしかない。

 

 「ユエだけ避けて石を爆発させられたらいいんだけど……」

 

 「そんな器用な事出来るのか?」

 

 「んー………余波でユエまで吹っ飛ぶかも」

 

 「はい却下」

 

 やはり重いせいかポンポンとはいかないみたいで、一個降ろすのにも結構時間がかかってる。私も何かしたいけど今何かやっても邪魔にしかならなそうね。キュルケに頼らないといけないなんて屈辱だけど、ユエの為に我慢して大人しくしてよう。

 

 「おーい、さっきの凄い音はなんだったんだい?」

 

 「ちょっと、芝生が凄い抉れてるじゃない。何があったのよ?」

 

 さっき衝突した時の音を聞きつけてきたのか、ギーシュの奴とモンモランシーがやってきたわ。ちょうどいいから、手伝わせよう。

 

 「ギーシュ、モンモランシー!ちょうどいいわ!手伝って!」

 

 「ちょ、ちょっと一体なんなんだい?」

 

 「何よ、これ。またルイズの仕業?」

 

 む!この洪水め、失礼な事を言って!でも、今はそれよりもユエよ。文句は助けたあとでいくらでも言えるわ!

 

 「なんでもいいから、この瓦礫をどけるの手伝って!ユエが埋まってるの!」

 

 「ユエ?ミス・ファランドールが埋まってるって………この瓦礫にかい!?」

 

 「どうやったらこうなるのよ!?」

 

 「そういうのは後でいいでしょ!」

 

 驚く暇があったら手伝いなさいよ、もう!

もう埋まって結構立ってるし、酷い怪我もしてるだろうし、急がないとほんとに危ないかも。

 

 「ほら!早く!」

 

 「分かったから、放してくれ。魔法が使えないじゃないか」

 

 「ちょっとルイズ、落ち着きなさいよ!」

 

 「なんでもいいから、手伝うなら早くして欲しいんだけど!?」

 

 一個一個瓦礫をどけていたキュルケが、揉めてる私達に早くするよう急かしてくる。下手にどかして崩れたら、更にユエを押し潰すかもしれないから慎重にやらないといけない。そのせいで全然作業が進まなくて苛立ってるみたい。

 

 「ほら、早く早く!ユエが死んじゃうじゃない!」

 

 「一体なんでこんな事になったのか分からないけど、瓦礫をどかしてミス・ファランドールを助ければいいんだね?」

 

 「えぇ、そうよ!」

 

 「まぁ、任せたまえ。[錬金](ワルキューレ)!!」

 

 ギーシュがいつもの気取ったポーズを取って錬金の魔法を使った。

ユエの上の瓦礫が次々いつもの女騎士の形をしたゴーレムになって上からどいた後、そのまま更に別の瓦礫を持って離れて行く。そのままテキパキと瓦礫をどけて行くから、すぐに山のほとんどが無くなったわ。一個一個どけてたのがバカみたいに思えるくらい簡単に片付いたわね。

 むぅ、ユエが助かったのはいいんだけど、なんか納得出来ない。

 

 「へぇ、ギーシュやるじゃない?」

 

 「ミス・ツェルプストー、君にそう言って貰えて光栄だよ」

 

 「うーむ、ギーシュってただのナルシストじゃなかったんだな。見直したぜ」

 

 「……君、ちょっと酷くないかい?」

 

 「はっはっはっ!まぁ、気にするな」

 

 「ふん、まぁいい。仕上げだ、ワルキューレ!」

 

 ギーシュがもう一度バラの杖を振ると、ユエを横抱きにした状態でゴーレムがせり上がって来た。多分ユエの下にあった瓦礫を錬金したのね。砂埃で薄汚れちゃってるけど、そこまで酷い怪我はしてないみたい、よかったぁ……

 

 「ユエっ!大丈夫!?」

 

 「えぇ、大丈夫です。助かりました」

 

 声もしっかりしてるし、本当に大丈夫そう。

 

 「まったく一時はどうなる事かと思ったわ」

 

 キュルケ達もユエが無事と分かってホッとしてるみたいね。あんな風に埋まって無事ってのも凄いけど。

 

 「すいません。手足が挟まってしまって杖が取り出せなかったもので」

 

 それで動かなかったのね。魔法が使えたらユエならすぐ出てこられるはずだもの、おかしいと思ったわ。ゴーレムから降ろしてもらったユエは、しっかりとした足取りで立ち、私達に向かってペコリと頭を下げた。

 

 「心配を掛けまして、すいません」

 

 「まぁ、気にするな。怪我が無くて良かったぜ」

 

 「ギーシュさんもありがとうございました。助かったです」

 

 「なぁに、これくらい僕にとっては簡単な事さ。それに女性を助けるのは僕の使命だからね」

 

 ユエにお礼を言われて、前髪をかき上げながらポーズを決めるギーシュ。今回はほんとに役に立ったから感謝はしてるけど、なんか釈然としないわ。

 

 「それでなんでこんな事になったのよ?」

 

 ユエといい感じになってるのが気に入らなかったのか、モンモランシーがギーシュを押しのけて原因を問いただしてくる。この二人、この間喧嘩別れしてたのに、もうよりを戻したのかしら?モンモランシーも、一体どこがそんなにいいって言うの?

 

 「実はタバサの使い魔と競争してまして、それで……」

 「タバサのって、あの風竜!?なんて無謀な事を」

 

 いやぁ、確かに驚くわよね。ドラゴンの中でも最速と言われる風竜と勝負なんて普通は考えないし、出来ない。だって勝負にならないもの。スタートと同時に置いていかれて、ゴールまで姿が見えないなんて事になるのが普通なのに、ユエってばもう少しで勝てる所まで行ったんだから。

 

 「一体どうやってあんなのと競争出来るのよ?貴方、えっと名前でいいかしら?」

 

 「えぇ、構いません。私もモンモランシーと呼ばせてもらうです」

 

 「えぇ、いいわ。で、ユエって授業でよく前に出てまで実践するけど、一回も成功しなかったわよね?おかげで一部の男子どもが、第二のゼロ。ゼロツーとか呼んでるのよ?」

 

 ゼロツーって、0なのか2なのかはっきりしなさいよ。

まったく知らないって怖いわね。ユエはそこらのメイジでは歯が立たないほど強力なメイジなのに、私と同じだと思ってるなんて。もし、本当のユエを知ったら腰を抜かすでしょうね。ちょっと見てみたいかも。

 

 「ゼロツー、ですか?」

 

 「なんかありきたりだな。捻りがないぜ」

 

 「バカが考えそうな名前ね」

 

 「3点」

 

 タバサ、なんの点数よ。

だいたい点数付けるにしても私だったら0点にする所よ?

 

 「何点満点での点数なの?タバサ」

 

 キュルケが不思議そうにタバサを見て聞いてるわ。私としては3点も入ってる事の方が不思議なんだけど。

 

 「10点中3点」

 

 「なんでよ?」

 

 「ちょっとかっこいい」

 

 ……この子の感性が分からないわ。

 

 「で、そんな貴方がどうやって競争するのよ?勝負にならないんじゃない?」

 

 まぁ、普通そう思うわよねー。

でも、箒に乗ったユエは物凄く速かったのよね。ユエの魔法で飛んでた訳だけど、むしろ見た目的にもそう言うマジックアイテムだって言われた方がしっくり来るわ。あんなの直接見ないと風竜と互角に飛べるなんて思いもしないでしょうね。

 

 「まぁ、簡単に言えば、飛ぶ為のマジックアイテムがありまして、その性能は風竜にも負けないと言う触れ込みだったので試してみたんです」

 

 「で、墜落して壁にぶつかったと」

 

 「そういうことです」

 

 ユエはあの箒をマジックアイテムって事で通す事にしたみたい。正直に説明しようとするとユエの魔法が先住魔法だって事がバレちゃうものね。

 

 「失敗すると学院が壊れるのはルイズの専売特許だと思ってたけど、ここにもいたのね」

 

 「悪かったわね!?」

 

 まったく洪水は失礼な事しか言わないわね!あっと……

 

 「まったく洪水は失礼な事しか言わないわね!」

 

 「香水よ!間を開けといて間違えないでよ!!」

 

 やっぱ声に出して言った方がいいわ。溜め込むのは性に合わないもの。

 

 「君達、先程の大きな音はなんだったのですか!?」

 

 モンモランシーと睨み合ってたら、慌てた様子でミスタ・コルベールが走って来たわ。彼一人しか来てないけど、あの音は学院中に響いただろうし、他にも人が集まってくるかも知れないわね。早目に退散しなくちゃ面倒な事になるかも。

 壊れた原因がユエの魔法だから、説明したら彼女の魔法が先住魔法だってバレちゃうし、そしたらユエが異端審問にかけられてしまうかも!あの速さで飛べるユエなら軍隊が出てきても逃げ切れそうだけど、それじゃあもう私達が会えないし、ここは一つ私が一肌脱いで誤魔化すしかないわね。ちょっと形は違うけど、お礼しないとって思ってたしちょうどいいわ。

 

 「すいません、私が魔法を失敗しまして、それで渡り廊下が壊れてしまって……」

 

 って、考えてたらもうユエが話し始めちゃったわ!ここから私一人のせいにするには不自然よね?という事は、ユエの話を踏まえて原因は私という事になるよう話さないといけないわね。

 

 「魔法を失敗してこうなるのですか?しかし、これでは……」

 「ミスタ・コルベール!私が説明します!」

 

 「おぉっと!あ、あぁ、任せますよ?」

 

 素直に説明すると、ユエの先住魔法の事まで話さないといけなくなるし、私がやったとなればそれはいつもの事。少しのお叱りとここの片付けを言い渡されてお終い、ってなるはずよ。

 何か言いたそうなユエやキュルケ達に目配せしてからミスタ・コルベールに事情を説明する。

 

 「ユエが授業で魔法を失敗してたのは覚えてますでしょうか?使えないのが悔しいと、今も練習してたのですが、私達で見本を見せようと言う話になりまして。キュルケやタバサと一緒に見せていたのですが、私が魔法を使ったらこうなってしまいまして……」

 

 「あぁ、なるほど。ミス・ヴァリエールの失敗魔法の仕業だったのですか。勉強熱心なのはいいですが、余り学院を壊さないで貰いたいですな」

 

 「すいません」

 

 ミスタ・コルベールは他の教師と違って失敗に関しては余り文句は言わないわ。前に叱られた時聞いたけど、何事も失敗しなければ分からない事は多い、だから失敗することは悪い事ではないから怒る必要がないのだ。なんて言ってた。まぁ、失敗を繰り返すのは悪い事だとも言ってたけど。

 

 「さっきユエの魔法でっていってなかもがっ!」

 

 後ろで余計な事を言おうとしたモンモランシーの口をキュルケが塞いでる。人が誤魔化そうとしてるのに邪魔しないで貰いたいわね。

 

 「事情は分かった。まぁ、学生の本分を全うした結果であるし、ここの片付けをちゃんとやれば不問にしましょう」

 

 「ありがとうございます!」

 

 ミスタ・コルベールが話の分かる人で良かったわ。ミスタ・ギトーとかだったらきっとネチネチ言って来たに違いないわ。

 

 「それでは学院長には私から言っておくので、ちゃんと片付けておくのですよ?」

 

 「「「はーい」」」

 

 教室吹っ飛ばすより規模が大きいから結構怒られるかもと思ったけど、なんとかなったわ。早目に片付けて他の教師が来る前に退散しましょ。

 

 「ルイズ、すいません。私のせいですのに」

 

 「いいのよ。私ならいつもの事で済むし、ユエの魔法を説明するのはまずいでしょ?」

 

 しかも教師にしたら大騒ぎになるわ。ミスタ・コルベールだけならまだ大丈夫かも知れないけど、他の教師は絶対騒ぐわ。それならちょっと前科が増えるくらいなんでもないわ。それだけ借りも多いしね。

 

 「まぁ、ルイズの仕業にすれば皆納得するし、いい手かもね」

 

 「いつもの事で悪かったわね」

 

 「褒めてるのよ?よくすぐ思い付いたわねって」

 

 なんか嫌味ったらしいのよ、キュルケの言い方は。

 

 そんな言い合いをしながら片付けを始めようと瓦礫の山に向き直ったら、そこにはほぼ片付け終わって、廊下も殆ど直っていた。

 

 「あ、あれ?なんでもう直ってるの?」

 

 「あんた達が先生と話したりキュルケとイチャついたりしてる間に全部ギーシュがやっちゃったわよ」

 

 「誰がイチャついたのよ!やめてよ、ほんと!鳥肌が立つじゃない!」

 

 「そうよ。ルイズとイチャ付くくらいなら、ユエとイチャ付くわよ」

 

 「やめて下さい」

 

 まったくこの洪水は気持ち悪い事を言って!

洪水は置いておいて、すっかり片付いた廊下を見てみる。そこらに転がってた瓦礫はすっかり無くなっていて、緑色の芝生がしっかり見えるようになっている。廊下も崩れた所がほぼ直っていて、あとは屋根の方が少し開いているだけでそれ以外はだいたい元通りになってる。

 

 「ギーシュがこれ全部やったの?」

 

 「あぁ、まぁね。僕の錬金を使えば簡単だし、ミス・ファランドールの為だって言うからね。少々張り切らせて貰ったよ」

 

 「本当にありがとうです、ギーシュさん。あと、私の事はユエでいいですよ?」

 

 「本当かね!?いやぁ、光栄だな。ではこれからは名前で呼ばせてもらうよ」

 

 むむむ、なんかユエとギーシュが仲良くなってる。ユエを助け出すのだけ協力してもらうつもりが、片付けまでやって貰っちゃったから、余り文句も言えないけど、なんかモンモランシーが睨んでるわよ?お二人、と言うかギーシュ?

 

 「しかし、よくこれだけ壊したものだね?しっかり固定化も掛けてあったから、並の衝撃では壊れないはずだよ?」

 

 そうよね、もう粉砕って感じだったもの。確か学院の固定化ってスクウェアクラスのメイジが掛けてるって聞いてるし、そう簡単には壊れないはずなのよね。そんなのを壊して擦り傷だけって、ユエはほんと規格外ね。

 

 「貴方、本当に大丈夫なの?……って、ここ変に色が変わってるわよ?」

 ツン。

 「うひゃぁっ!?」

 

 モンモランシーが触った瞬間、ユエが大声を上げて飛び上がった。

 

 「え!?一体何事!?」

 

 「モンモランシー、昼間っからどこ触ってるの?スケベねぇ」

 

 「腕触っただけよ!!ほら!この色が凄い事になってるとこ!」

 

 そう言ってモンモランシーが指差したユエの腕は、赤黒く変色してかなり腫れているのが分かった。え!?なにこれ!?

 

 「ちょっと!なにこれ!?なんか酷い事になってるじゃない!?」

 

 「うあ、なんか痛そう。夕映、大丈夫なのか?これ……」

 

 「え?あぁ、大丈夫ですよ。ただ折れてるだけですから」

 

 「なぁんだ、折れてるだけか。それならよ………くないわよ!?」

 

 ことも無げに言うから流しかけたけど、折れてるって、骨がってこと!?

 

 「全然大丈夫じゃないじゃないの!!なんで言わない、と言うか平気そうにしてるのよ!?」

 

 「そうよ!おかげで私が変な事したと思われたじゃない!」

 

 モンモランシー、今それどうでもいいわ。

 

 ユエは赤黒く変色した腕を見ながら、なんか平気そうにしてるけど、絶対あれ痛いわよね?だって骨が折れてるんでしょ?なんで涙の一つも見せないでいられるのよ!?

 

 「これくらい訓練ではよくやったですし、もう慣れたです。治せば治るレベルの怪我ですから、わざわざ騒ぐほどでは……」

 「こんなの慣れるはずないでしょ!?こっち来なさい!救護室で手当てするわよ!」

 

 モンモランシーがもう片方の手を握ってさっさと救護室に連れて行く。彼女自身も水のメイジだし、ユエの怪我は任せましょう。

 

 「まったくユエは………骨が折れても気にならないなんて」

 

 「俺なら痛くて転げ回るぜ?凄いな、夕映は」

 

 「我慢強いんだね、彼女は」

 

 ギーシュ、そう言う問題じゃないと思うわ。普通は我慢がどうのって話じゃ済まないのよ?

 

 「私達も救護室に行きましょう。ここはギーシュが全部やってくれたし、もう大丈夫でしょ」

 

 もうすっかり綺麗になった渡り廊下を見て、キュルケが自分達も行こうと提案する。あとは固定化の魔法を掛ければ完全に元通り。爆発しかしない私の魔法よりよっぽど役に立つわ。ギーシュなのに……

 

 「それで、どうやって壊したんだい?ミス・タバサの風竜と競争してぶつかったとか言ってたが、それでどうして廊下が壊れるのかさっぱり解らないんだ」

 

 「そ、それはまぁ……それだけ勢い良くぶつかったのよ。それより私達もユエの様子を見に行きましょ」

 

 マジックアイテムって事にしたけど、流石に箒に乗って飛んでたら落ちたなんて説明じゃ信じないだろうし、そもそも先住魔法だから知られたらまずいし、どうにか誤魔化さなきゃ。

 

 「さっさと行くわよ、サイト。って、あれ?いない……?」

 

 どこ行ったのかと辺りを見回してたら、向こうの方に腕を組んで歩くサイトとキュルケを見つけた。人が話してる間に何してるのよツェルプストーはぁっ!

 

 「こらー!あんた達何してるのよ!?離れなさい!!」

 

 「あら、別にいいじゃない。腕組むくらい。ねぇ、ダーリン?」

 

 「え?……あぁ、そうだな」

 

 腕を組んで密着し、サイトにむむむ胸を押し付けるキュルケに、サイトは鼻の下を伸ばしてニヤついてる。ユエが怪我してるって言うのに、これはとりあえずお仕置きね。

 

 「うふふふふ、まさかこんなに早くこれの出番が来るとはねぇ………」

 

 「え?ちょっとルイズ?それって剣も折れるって言ってなかったっけ?」

 

 「うふふ、大丈夫よ?この先の金属紐の部分は外してあげるから。これでタダの鞭になったわ。頑丈なだけの、ね」

 

 シュルルっと太腿のホルスターから今日買ったばかりのブルウィップと言ってた鞭を抜き、一発ピシンと打ち鳴らして伸ばす。この持っただけで、自分の腕が延長されるような感じが物凄く気に入ったのよね。振り回すだけでも楽しいこの鞭を、実際に使ったらどれほど楽しいのか、サイトで試させてもらうとしましょうか!

 

 「感謝なさい、サイト?初めての相手にあんたを選んであげた、私の慈悲に」

 

 「いやいやいや!落ち着けルイズ!俺はただ救護室に行こうとしてただけで!だいたいそんな剣も折るようなので叩かれたら死んじまうよっ!」

 

 手を振りながら後ずさるサイトだけど、逃がしてあげないんだから。

 

 「ちゃぁーんと手加減してあげるわよ。死んじゃったらお仕置きにならないものね?」

 

 きゅっとハンドルを握り込み、もう一度鞭を打ち鳴らす。腕が届く範囲が意識しないでも分かるように、この鞭の届く範囲もすぐに分かったわ。あと二歩前に出るだけでサイトは逃げられない。

 

 「さぁ、サイト。映えある一発目を喰らいなさい!」

 「断る!!」

 

 そう言ってくるりと振り返り全力疾走していくサイト。ふふふふふ、逃がさないわよ。二度とキュルケなんかに尻尾を振らないように躾てやるんだから!

 

 「まちなさぁ〜いっ!逃げても無駄よ!!」

 「待てと言われて待つ奴がいるかっ!そんなので叩かれるなんてゴメンだねっ!!」

 

 「素直に叩かれて、ありがとうございますと言いなさい!!」

 「言うか!バカタレ!!」

 

 「誰がバカだぁーーーっ!?」

 「うわぁっ!?アブねぇ!?」

 

 くっ!この無駄にすばしっこい犬め!ご主人様をバカ呼ばわりとは、許せないわ!素直に謝るまで、一晩中だって叩いてやるぅぅっ!!

 

 「まーーてーーーっ!!」

 「またなぁーーーいっ!!」

 

 絶対、ぜーーったい逃がさないわよっ!!

 

 

 

 

   <夕映>

 

 

 「何かルイズが絶叫してる気がしますが、どうしたんでしょう?」

 

 「知らないわよ。いいから大人しく治療を受けなさいよ」

 

 モンモランシーに救護室に連れこまれて、添え木と包帯で腕をグルグル巻きにされたです。来た時、救護室には誰もおらず、とりあえず応急処置をと言う事で包帯を巻かれたですが、そうそう怪我をしないお嬢様に包帯の巻き方が分かる訳も無く、かなり雑な巻き方になってます。

 

 「ほら、動かないの。ヒーリング掛けるわよ?」

 

 まぁ、魔法で治すにしても、このかさんのようにどんな状態からでも元通りに出来るほどの治癒魔法は使えないので、どの道包帯は巻かないといけなかったので良しとしましょう。漫画のように包帯で団子が出来てる訳でもないですし、気にしないでもいいですね。

 

 イル・ウォータル・デル

 [ヒーリング]

 

 モンモランシーが呪文を唱えると共に魔力が集まってきて私の怪我を包み込みます。魔力の出処は違いますが、効果の出方には余り違いがないように見えるですね。私達の魔法では治癒の仕方や効果を設定する魔法陣を出してそれを操作しながら治すですが、こちらの魔法はその設定を全て魔力のさじ加減でやって行くので結構難しそうです。簡単な治癒なら魔法陣は要りませんが、骨折を治すならそれでは不十分です。おそらく、その魔法陣の役割が水の秘薬なのでしょう。

 

 「まったく何でこんな怪我して平気そうな顔が出来るのよ」

 

 「さっきも言った通り、これ位の怪我はいつもしてたので余り気にならなかったんです」

 

 「気にしなさい!何で貴族の娘が頻繁に骨折するのよ!?」

 

 「訓練中ヘマをした時なんかで、ちょくちょくと」

 

 エヴァンジェリンさんの攻撃を受け損ねたり躱し切れずに直撃を貰った時なんかでよくやりました。おかげで骨折程度では狼狽える事なく次の行動に移れるようになったです。女の子としてはどうかと思うですが。

 

 「一体何の訓練してるのよ。女は軍に入れないし、必要ないでしょ?」

 

 「いえ、私の所は女性でも軍に入れるですよ?それに以前候補生として所属していた部隊は、女性のみで構成されている部隊でして、むしろ男性では入る事が出来ないです」

 

 名前からして戦乙女旅団ですしね。男性が入るとしたら女装でもしないといけないです。いえ、女装したからと言って入れる物ではないですが。

 

 「なにそれ?そんな部隊聞いた事……って、そう言えば貴方東方から来たんだったわね。見た目ちっさいのに軍隊に入ってたの?意外ね」

 

 「ちっさいは余計です」

 

 三角巾で腕を吊って処置完了です。部屋に帰ったら治癒魔法でさっさと治しましょう、片手ではいろいろ不便ですからね。

 

 「ユエー?どう治った?」

 

 救護室のドアを開けながら、キュルケが怪我の具合を聞いてきます。

 

 「あのねぇ、キュルケ?骨折がそう簡単に治る訳ないじゃないの」

 

 「魔法で治せばいいじゃない。あなただって水のメイジでしょう?」

 

 「これを治すなら水の秘薬が必要になるわ。わざわざ買うと高いのよ?あれ」

 

 ルイズも水の秘薬を何個の買ってたら懐が寒くなると言ってたですし、相当高いのでしょう。

 

 「なぁに?ヒーリングだけじゃ治らないの?」

 

 「結構酷いからね。私のレベルじゃ無理」

 

 これくらいなら私の魔法でも十分治せるので構わないのですが。

こう言う怪我をしてもこのかさんがすぐ治してくれるので、正直酷い怪我とは思えなくなってたですが、よく考えたら大怪我と言ってもいいレベルなんですね。

 

 「それなら教師はどうなのよ?」

 

 「どっちにしても秘薬がいるわよ。わざわざ買わなくても、時間をかければヒーリングで十分完治するし、問題ないでしょ?」

 

 余り自由に出来るお金がないのでその方が都合がいいです。水の秘薬を使う所を見たいとは思うですが、その為に高いお金を出す余裕が無いです。また次の機会と言う事にしましょう。

 

 「後で自分でも治癒魔法を掛けますから大丈夫ですよ。それよりタバサはどうしたんです?一緒だったのでは?」

 

 ここに来た時から、いつもキュルケの隣にいるタバサが見当たりません。もう、いつも練習してる時間になってるですし、先に行ったんですかね?

 

 「ん?あぁ、タバサだったらあなたが墜落した時にばら撒いた剣とあの箒を回収するって行って中庭の方に行ったわよ?」

 

 なるほど、そう言えば救護室に連行されたせいで回収しにいけなかったです。剣はともかく、箒の方はいろいろ付いてて少々メカニックですし、ただの箒には見えないので騒がれたらマズイですね。早めに回収しなければ困る事になります。

 

 「そうですか。なくなると確かに困るですし、回収はタバサに任せましょう」

 

 「見つけたらここに持ってくるって言ってたし、来るまで待ってましょう?動いて行き違いになったら面倒だもの」

 

 確かにお互い探し回る事になりそうですし、タバサには悪いですがここでゆっくりさせて貰いましょう。

 

 「剣って、ルイズの使い魔が決闘した時のあれよね?じゃあ、箒って何?」

 

 「さっき言ってた空を飛ぶマジックアイテムですよ。私が入ってた軍の正規装備なんですよ」

 

 あの箒と動甲冑、そして大剣のセットが標準装備で、それを着込み編隊を組んで飛ぶ姿は魔法世界の女学生憧れの的なのです。と、会ったばかりの頃のコレットが騒いでました。

 

 「変な軍隊ね、箒が正規装備なんて。メイド服でも着て戦うの?」

 

 多分彼女は掃除に使う箒を思い描いているんでしょう。

メイド服を着てなんてちょっと面白いですが、当事者としては心外です。

 

 「なぁに、軍隊って?」

 

 「あぁ、キュルケには言ってなかったですね。私が前に所属していた騎士団の事です」

 

 「ユエ騎士団に入ってたの!?」

 

 キュルケが大袈裟に驚いてるですが、候補生としてで正規の隊員ではないのですよね。なのでちょっと頑張ればどうにかなるものです。

 

 「ちょっとの間だけですよ」

 

 「でも女の身で騎士団なんて東方ってなんか凄いわね。こっちでは女が軍に入るのも許されないのよ?」

 

 法令でそう決まっているそうです。戦うのは男の仕事で女は家を守れと言う事ですかね。その辺りの事も調べておかないと、知らず知らずの内に違反を犯して身柄を拘束されるなんて事になりかねません。気を付けましょう。

 

 「結構凄い訓練してるのは見たけど、そんなユエが入る騎士団ってどんな凄腕集団なのよ?」

 

 「凄い訓練?さっきも骨が折れるのも当たり前とか言ってたけど、そんな凄いのしてるの?」

 

 「少なくてもこの学院に居る人間で、あの訓練が出来るのは居ないわね。教師こみで」

 

 キュルケがこの間見せた訓練の様子を思い出して語りますが、余り詳しく話すといろいろ秘密にしてるのがバレるですよ。

 

 「ユエって、魔法使えなかったわよね?アイテム頼りで騎士団に入ったの?」

 

 魔法の種類が違うだけで使えない訳では無いのですが、知らないのでそう思うのも仕方ないですね。

 

 「あー………どう言えばいいか……」

 

 さて、どう言ったものか。魔法の事を教えてしまえば全部説明出来るですが、それはいろいろマズイ訳で。まぁ、モンモランシーがそう簡単に言いふらすとは思えないので、言っても問題無いと思うですが。

 

 

 「ユエ君、怪我はどうだい?」

 

 どう言うべきか悩んでいたらギーシュさんがタバサと共に入って来ました。機動箒と剣も回収出来たようでよかったです。

 

 「怪我はもう処置しましたし、問題無いですよ。タバサも回収ご苦労様です」

 

 タバサが軽く頷きながら差し出す機動箒を受け取ります。

 

 「それがさっき言ってたマジックアイテム?」

 

 私が受け取った機動箒を見ながらモンモランシーが聞いてきます。掃除用の箒を想像していたら全然違う物が出て来て戸惑っているようです。

 

 「あとユエ君、この剣も君のだろう?受け取ってくれたまえ」

 

 そう言ってギーシュさんが浮かべている剣を私の前に移動させました。何故わざわざ浮かべてるのでしょう?

 

 「ギーシュ、なんでレビテーション掛けてるの?」

 

 「モンモランシー、実はこの剣かなり重たいんだ。持てはするんだが、ここまで持ってくるのは大変でね。こうして魔法で浮かせて来たのさ」

 

 結構大きい剣ですからね、重量もかなりあります。

普段持つ時は身体強化して持つので、重さを意識する事も少ないですが、素の力だけで持とうとすると、流石に振り回すまでは出来ません。

 まぁ、持って歩くくらいは私でも出来ますが。

 

 「そんなに重いの?ユエ、ちょっと持たせてくれる?」

 

 「構いませんが……」

 

 魔法の事はもういいみたいです。興味が移り忘れてくれるなら、それはそれで助かるのでいいのですが。

 

 「どうぞです。気を付けてください」

 

 「大丈夫よ。これでも、そこらの娘よりは鍛えられてるもの。薬草を取りに森に行ったりしてね」

 

 「薬草ですか?」

 

 「えぇ。買うより自分で採って来ればタダじゃない。あんまりお金がないから節約出来る所は節約しないとね………って、何これ!めちゃくちゃ重いじゃない!」

 

 話しながら受け取ったモンモランシーが、剣の重さに耐えきれず床に叩きつけてしまいました。その程度では刃こぼれ一つしないので問題ないですが、彼女はその衝撃で手がしびれたようで、手を離してプラプラ振ってます。

 

 「重いと言っても10kgほどですし、そこまでではないはずですが」

 

 「10kgもあれば十分重いわよ。普通剣は4,5キロくらいしかないはずよ?」

 

 どんな状況にも耐えられるように丈夫に作ってあるので重量もそれなりにあるのです。そのまま振り回すには相当鍛えないといけないでしょう。

 

 「騎士団に入ってたって言うのは伊達ではないわね。こんなの振り回せるんだもの」

 

 「ユエの事でいちいち驚いてたら身が持たないわよ?モンモランシー」

 

 キュルケ、失礼です。

 

 「……そういえばルイズがいないですね。どこに行ったんでしょう?」

 

 「ルイズならサイト君を追いかけて行ったよ。鞭を嬉しそうに振りながらね」

 

 「嬉しそうに……ですか?」

 

 やはり変な趣味に目覚めてしまったのでしょうか?

二人がそれで幸せなら私がとやかく言う事でもないですが、どうか真っ当になってください。

 

 「治療も終わったし、私は部屋に帰るわ」

 

 「えぇ、治療ありがとうございました」

 

 「これからはもう少し気を付けるのよ?女の子なんだから」

 

 「……善処します」

 

 ひらひら手を振りながらモンモランシーが帰って行きます。

 

 「僕が送るよ、モンモランシー」

 

 「いいわよ、すぐそこなんだから」

 

 「あぁ、待ってくれよ。ミス・モンモランシー!」

 

 そんな彼女をギーシュさんが追いかけ行きました。仲が良いのはいい事ですね。

剣と機動箒を亜空間倉庫にしまい、杖を取り出します。このままでは不便ですからさっさと治してしまいましょう。

 

 フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ

 汝が為に(トゥイ・グラーティアー)ユピテル王の(ヨウイス・グラーティア)恩寵あれ(シット)

     [治癒](クーラ)

 

 魔法陣も出して怪我を一気に治して行きます。治癒魔法は今まで機会が少なかったので、練習する事が出来なかった魔法の一つです。治癒魔法のエキスパートになりつつあるこのかさんが居ないこの地では、こんな軽い怪我でもいい教材になるです。

 

 「へぇ……なんか凄いわね、それ。それが東方の治癒魔法?」

 

 「えぇ。私では瀕死から一瞬で回復させるなんて事は出来ないですが、だいたいの怪我は治せるです」

 

 「瀕死から一瞬でなんて、誰も出来ないわよ……」

 

 このかさんのアーティファクトなら出来るですが、あれを呪文だけで再現出来たら便利でしょうねぇ。でもあの威力はこのかさんの魔力による所が大きいので、私では難しそうです。

 

 「よし、これでOKです」

 

 「もう治ったの?ヒーリングも出来るなんてほんと規格外ね、あなたは」

 

 「一通り出来るよう訓練しただけです。専門の人には何一つ勝てません」

 

 戦闘ではネギ先生達の足元にも及びませんし、治療もこのかさんとレベルが二つ三つ離されてます。ダンジョンの攻略はのどかに軍配が上がるでしょう。こうして考えると何一つ優っている所が無い気がするです。

 

 「帰る頃には誰にも負けないと自信を持って言える何かを手に入れたいですね」

 

 ただ強くなるだけでは、彼らの仲間である意味がありません。それでは私である必要がないですからね。

 

 「そんなに焦らなくてもいいわよ。留学がいつまでかは知らないけど、一月二月で帰る訳でもないでしょう?ゆっくり探せばいいのよ」

 

 「えぇ、そうですね」

 

 キュルケの言う通り、留学は三年の予定でしたし、帰る方法も無い今焦っても仕方が無いですね。

 

 「さ、私達も部屋に帰りましょ」

 

 「ルイズ達はどうします?」

 

 確か鞭を振り回しながら才人さんを追いかけ回してるそうですし、回収しておかないと近所迷惑です。

 

 「ルイズはともかくダーリンは捕まえないとね。部屋に呼べないもの」

 

 「それで何か騒動になったと聞いたですが?」

 

 「いいのよ。魅力が無いのが悪いんだから」

 

 そういうものですか。

 

 私達は救護室を出て中庭へと移動します。

追いかけられているらしい才人さんが逃げ回るには、寮の中か中庭にある林の中のどちらかだろうと予想します。しかし、寮内では人が多いので、何処かに隠れてもすぐ見つかってしまう可能性があります。その点林では隠れる所は少ないですが、誰かに見咎められる事も無く隠れていられるでしょう。未だ見つかっていないのなら林の中に居るのではと判断しました。もっとも、既に仲直りして部屋に帰っている可能性は否めませんが。

 

 「さぁって、ダーリンはどこかしらー?」

 

 「居ない」

 

 日も落ちて暗くなった林の中で、人一人探すのはかなり難しいです。何かしら見つけやすい目印などがあれば話は別ですが。

 

 シュッパァンッ!!

 

 「いまのは……?」

 

 林の奥で何かの破裂音がしたです。

暗い林の奥で鳴り響く破裂音。怪しいです。自然界でこんな音、早々出ませんし、誰かしら人間が居ると思って間違いありません。

 

 「行ってみましょう。もしかしたらルイズ達かもしれないです」

 

 ヒュンッ ヒュンッ

 

 何かで空気を切り裂く音が聞こえてきます。これは確かルイズが武器屋で鞭を振り回していた時に聞こえた音に似てるですね。つまり、この先にルイズが居るのでしょう。暗い中探し続けるのは大変ですし、早めに見つかってよかったです。

 

 

 「んふふふふっ。あぁ、才人?ご主人様以外に尻尾を振る浅ましいバカ犬よ。もうご主人様以外には尻尾を振るのは禁止よ?分かったなら返事をしなさい?」

 

 「……わん」

 

 ………見つかりはしたですが、どうやら取り込み中のようです。

木の根に腰掛けて足を組んでいるルイズが、正座している才人さんと向き合いながら鞭を振っています。左右に振る毎にヒュンヒュンと音を立てる鞭にビクビクする才人さんと、それをにっこり笑いながら眺めるルイズ。二人は確実にステップを上がっているようで、もはや後戻りは出来ない所に行ってしまっています。

 

 「……ん?あ!ユ、ユエ!?キュルケ達も!?」

 

 「ヴァリエール……あなた、もうそんなプレイまで……」

 

 「ルイズ……その……」

 

 「変態?」

 

 彼女達の今の状況を見ると、そう言う趣味の人達にしか見えないです。

 

 「へん!?ち、違うわよ!!誰が変態なのよ!?」

 「……わん」

 

 才人さんが何も考えてなさそうな顔で犬の鳴き真似をしてます。順調に変態の道を歩いてますね。前からそうだと思ってました。

 

 「ユエ!違うわよ!?これはサイトがすぐ他の女に媚びを売るから、躾けてただけなんだからっ!」

 

 「ヴァリエール、その台詞だけでも十分ダメって分かるわよ」

 

 「超変態」

 「うるさいのよ青いの!!」

 

 あぁ、ルイズ。

 

 「私が武器を勧めたりしたからこんな事に……」

 「違うったら!!」

 

 「……わん」

 

 もうどうすればいいのか。さすがのキュルケも微妙に引いてますし、ルイズは自分のしていた事を自覚して大慌て。……才人さんは未だ戻って来ません。

 

 「ユエ、違うのよ?サイトが悪いんだからね?」

 

 私の肩に手を置いて必死に言い繕うルイズですが、その言葉に説得力がないです。先程の情景を見る限りそう言う趣味の人にしか見えないです。私が武器を勧めずにそのまま帰るようにしていればこんな事にはならなかったかも知れないというのに。私のせいで大事な友人が一人、道を踏み外してしまいました。

 

 「大丈夫です、ルイズ」

 

 「え?」

 

 「貴女がどんな性癖を持っていても、私は貴女の友人である事には変わりません。だから安心して下さい」

 「いやだから違うって…」

 

 「……わん」

 「あんたはいつまで鳴いてるのよ!?」

 ズガンッ!!

 

 犬の鳴き真似をしていた才人さんが誤解に拍車をかけていると感じてか、素早く杖を抜き魔法を打ち出すルイズ。ツッコミに魔法を使うのは危ないのでやめたほうがいいですよ?

 

 打ち出された魔法は才人さんに当たる事はなかったですが、杖の向きからだいぶずれた学院の壁が爆発しました。ツッコミする為だったからか、詠唱を適当にやったからか、まるで見当違いの所が爆発したです。まぁ、狙い通り才人さんに当たっていたら、彼が木っ端微塵になってたですし今回はそれでいいのですが、狙い通りにいかないのは何故なのでしょう。何かしらの理由があるのか、単に彼女のセンスが悪いのか、その理由いかんによっては、今後の練習の仕方を変えていかなければいけないですね。

 

 「ルイズ、落ち着くです。私はちゃんと分かっています。貴女の趣味はちゃんと理解してますから。でも、叩かれる事を喜ぶ事が出来ないので、一緒に楽しむなんて事は出来ませんが、それは許して下さい。貴女がどうしてもと言うなら一回くらいなら付き合いますが、しかし……」

 「だから違うって言ってるでしょ!?ユエ!」

 

 ズドンッ!!

 

 ルイズとそんなやりとりをしていたら何か巨大な物が地面を踏みしめる音が聞こえました。以前聞いた鬼神兵の足音にも似た重量感ある音でした。

 

 「今のなに!?」

 

 「学院の方から聞こえたわね」

 

 「行ってみるです」

 

 私達は音の正体を知るべく林を抜け学院まで急ぎました。

中央にある本塔が見えてくると、そこには巨大な人影が立っていました。

 

 「ゴーレム!?」

 

 「なんて大きさ!あんなのトライアングルクラスのメイジじゃないと作れないわ!」

 

 鬼神兵ほど大きくはないですが、それでもかなりの大きさを持つゴーレムが、本塔の上部に向かってパンチを繰り出しました。大きな音を立てて壊れた壁に黒いローブを着た何物かが入っていくのが見えたです。

 

 「今誰かが入って行ったです」

 

 「あそこ宝物庫」

 

 「え!?じゃあ、泥棒!?」

 

 巨大なゴーレムで壁を壊し物を盗んでいくとは大胆な泥棒ですね。普通もっとこっそりやるものじゃないですか?壁から出てきた泥棒らしき人影は、巨大ゴーレムの肩に乗り、そのまま学院の壁を跨いで出て行こうとしています。

 

 「このままじゃ逃げられちゃうわ!」

 

 「私が追います!」

 

 身体強化して一気に中庭を走り抜けます。距離を詰めて行く間にゴーレムは倒れこむように崩れ、姿を消しました。どうやら目立つゴーレムを隠すつもりで解除したのでしょう。壁を飛び越えてゴーレムの居た辺りを見てみると、こんもりと土が盛ってあるだけで、他には特に何もないです。既に泥棒は逃げたあとと言う事ですか。目の前に居たのに逃げられるとは。

 

 このまま土山を見ていても仕方ないので一旦戻り、ルイズ達と相談することにしました。

 

 「とりあえず教師に報告ね。今追いかけても見つからないだろうし」

 

 「一体何を盗んでいったのかしら?」

 

 何を盗んだか知らないですが、あんな大胆な方法で盗んでいくとはよほど自信があったのでしょう。盗める自信と、それだけの価値がある物があると言う自信が。

 

 騒がしくなり始めた学院に戻り、慌てている教師達に報告をすると、明日全員揃った所でもう一度話をするよう言われ、今日は解散となりました。

 

 

 の、呑気ですね………

 

 

 

 







 っと、第12話でしたぁ。
本当はフーケやら舞踏会やらが終わるまで書こうと思ったんですが、1話で3万文字とか書きすぎだと言われそうなので半分残しました。
 次でようやく原作一巻分が終わるのかな?
このペースで行くと、原作全部が終わるのに5年かかる計算に………


もっと早く書けるよう精進しよう。でわ次回もよろしくです


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ゼロの旅13

 皆様お待ちどう様です。
週1で出すなんて言って置いて、大いに遅れてしまいすいませんでした。

 最近仕事が忙し過ぎて書く時間が余り取れなかったのが原因でして、はい。

でわ、どうにかこうにか第13話れっつごぉ


 

 

 

 

 

 朝早く、と言っても朝食を食べた後なのでそこまで早くないですが、昨日の大胆泥棒を見た私達は、侵入された宝物庫の中に呼び出されて、何故か教師達の責任のなすり合いを眺めてます。

 

 「土くれのフーケめ!魔法学院にまで手を出してくるとは、随分とナメてくれる!」

 

 「衛兵は何をやっていた!?」

 

 「衛兵など所詮平民、あてにならん!それより当直は誰だったんだね!?」

 

 当直として詰めていればこんな事にならなかった等と言って、昨日の当直だったはずのシュヴルーズ先生を責めています。

 そんな事してる間にあの泥棒がどこかに逃げてしまったら、捕まえる事も出来なくなるです。あの泥棒が今まで逃げ切れていたのは、腕がいいのもあるですが、皆こんな感じで時間を食っていたからではないでしょうか。

 そんな不毛な事をしている彼らから目線をずらすと盗まれた物があった所の壁に書かれた泥棒の犯行声明が見えます。

 

 [破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ]

 

 なかなか粋ですね。これがカードとかだったらとある大泥棒みたいです。やり口はかなり強引ですが。土くれのフーケ、衛兵の詰所にも手配書があるほど貴族達の財宝を盗んで回っているメイジの泥棒、ルイズの話ではトライアングルクラスのメイジらしいですが、魔法使いならもっとスマートに出来たのではないでしょうか。ここの扉の鍵を魔法で開けるとか中に直接転移するとか。あぁ、ここの魔法に転移は無かったですね。

 

 

 「なぁ、夕映。あれってなんだと思う?」

 

 一晩立ってようやく復帰した才人さんが、退屈なのか宝物庫に展示されている物を指差し一体どんなものか等と聞いてきます。なかなか話が進みませんし、暇つぶしに付き合うとします。

 

 「んむ、見たところ兜みたいですが、変なトサカが付いてますね」

 

 「あっちのあれって絶対ガラクタだぜ?なんで宝物庫に?」

 

 「お爺様の、オスマンさんの趣味で集めた物なのでは?」

 

 「あんた達、なんでそんな緊張感がないの?」

 

 キュルケが宝物庫の奥を見ながら談笑している私達に声を掛けて来ます。

 

 「あれを見てても意味ないでしょう?」

 

 「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 

 なすり合いが、シュヴルーズ先生への責め合いに変わってしばらくすると、お爺様がやって来ました。

 

 「これこれ、そんな風に女性を責めるもんじゃない」

 

 「しかしですな!オールド・オスマン!彼女は当直をサボって部屋で寝ていたのですぞ!」

 

 「ミスタ・バトー、君は怒りっぽくていかんな」

 

 「ギトーです!オールド・オスマン!!お忘れですかっ!?」

 

 お爺様、前もコルベール先生の名前を間違えてたですね。持ちネタなのか、ボケ始めているのかで今後の接し方を変えないといけないです。

 

 「おぉ、そうじゃったそうじゃった。ギトー君、君は怒りっぽくていかん。この中でまともに当直をした事のある者は何人おられるかな?」

 

 聞かれると教師達は一様に目線をそらしたです。真っ直ぐ見ているのはコルベール先生くらいで、他の教師は頬をかいたり、下を向いたりして誤魔化そうとしてます。

 コルベール先生が信じられないと言った感じで周りを見回してます。彼は他の教師と違って真面目なようですね。

 

 「さて、これが現実じゃ。儂等の誰もがこの魔法学院に賊が入るなど考えもしなかった。言うなれば今回の事は慢心していた儂等全員の責任と言う他ない」

 

 魔法が使えるのは自分達だけじゃないと言う事を忘れていたのが、今回こうも簡単に盗まれた原因と言えるです。お爺様もそう認識しているから全員の責任と言ったのでしょう。

 

 「さて、それで犯行現場を見ていた者たちがおるそうじゃな?一体誰じゃね?」

 

 「この4人です」

 

 コルベール先生の声に才人さんと宝物庫の鑑賞をしていた私は、お爺様の方へ向き直ります。才人さんが数に入っていないのは彼が平民で使い魔だからでしょう。ここでは平民と言うだけで軽く見られるのに更に使い魔ですからね。数に入らないのも仕方が無いようです。

 

 「ふむ、君達かね」

 

 お爺様が興味深そうに私、そして何より才人さんを見ています。彼に何かあるのでしょうか?

 

 「詳しく説明してくれんかの?」

 

 その声にルイズが一歩前に出て説明を始めます。

 

 「大きなゴーレムが現れてここの壁を壊したんです。そして、肩に乗っていた人物が中に入って行って、出てきた時は何かを抱えてました。多分あれが破壊の杖だったんだと思います。そしてそのままゴーレムの肩に乗り外壁を越えて逃げて行きました。ユエがすぐに追ったのですが、追い付いた時にはすでにゴーレムは崩れ去り、乗っていたメイジも姿が無かったそうです」

 

 追い付いた時、周りに隠れる所も無かったと言うのに犯人を見つける事が出来ませんでした。もしかしたらゴーレムが逃げて行く時、既に犯人はいなかったのかもしれないです。手品で何でもない方の手を大きく動かし注目させておいて、隠したもう片方の手でタネを仕込むと言う事をやりますが、そんな風にゴーレムに注目させておいて自分は逆方向に逃げると言う手段を取っていたとしたら、私はただの間抜けですね。

 

 「間違いないかね?ユエ君」

 

 「はいです、お爺様。追い付いた時、そこにはゴーレムの残骸だけが残り、犯人の姿はどこにもありませんでした」

 

 「なるほどのぅ………」

 

 お爺様がふむふむ言いながら考えている時、チョコチョコとルイズ達が寄ってきて、

 

 「ね、ねぇ?なんでオールド・オスマンの事をお爺様って呼んでるの?」

 

 「ルイズ達には言ってなかったですか?私に身寄りが無いのは不憫だと言って、お爺様が養女にしてくださったんです。だから、こうしてここの生徒をしていられるんですよ」

 

 「えぇ!?ちょ、聞いてないわよ!?」

 

 よく考えたらルイズ達には言って無かった気もしますね。あとでここに来た経緯を詳しく話すとしますか。彼女達なら構わないでしょう。

 

 「ふぅむ、後を追おうにも手掛かり無しか。困ったのぅ……」

 

 遺留品の一つでもあればそこから何かしらの手掛かりを探せるかもしれないですが、あるとしてもゴーレムの材料だった土くらいで、しかもそれは学院の周囲にあったもの。なんの役にも立たないです。

 

 「む?コルセット君、ミス・ロングビルはどうしたんだね?」

 

 「コルベールです。ミス・ロングビルは朝から姿が見えませんで」

 

 そう言えば、教師の全員が集まっているのにロングビルさんだけ姿が見えませんね。仕事ぶりは真面目と言える彼女が、無意味とはいえこうやって皆が集まっているのに自分だけ来ないというのは変ですね。

 

 「この非常時にどこ行ったのじゃ」

 

 「さぁ?どこなんでしょう?」

 

 見渡してもあのメガネの知的美人の姿はないです。彼女が常にお爺様の側にいなければならない理由はないですが、これだけ集まっているのですから何か他に仕事があっても何事かとこちらに来てもいいと思うですが。

 あぁ、そう言えばここは電話などがない世界ですから、衛兵などに通報するのも自分で出向かなければいけないですし、そう言う事で席を外しているのかもしれませんね。

 

 「ただいま戻りました」

 

 噂をすれば影が差すです。

集まった教師達の間を縫ってロングビルさんがやって来ました。

 

 「ミス・ロングビル!一体どこに行っていたのですか!大変ですぞ!事件ですぞ!大事件ですぞ!!」

 

 コルベール先生がようやく現れたロングビルさんにまくし立てるようにそう言ったです。事件なのは見れば分かりますが、そんなにまくし立てる事もないでしょうに。

 

 「申し訳ありません。朝から急いで調査してたもので、来るのが遅れました」

 

 「調査、ですと?」

 

 「えぇ、そうですわ。今朝起きてみたらこの騒ぎではないですか。宝物庫もこの通りですし、壁にあるサインで、今国中を騒がせている盗賊の仕業と分かり、直ぐに調査を開始したのです」

 

 起き抜けでそこまで動くですか。

 

 「仕事が早いのぅ、ミス・ロングビル」

 

 「そ、それで結果は?」

 

 「はい。フーケの居場所が分かりました」

 

 「な、なんですと!?」

 

 コルベール先生が驚きの声をあげます。他の教師達も驚きでざわつき出しました。

それはそうです。仮にも国中を騒がす大泥棒だというのに、個人がちょっと捜査しただけで見つかったなどと言われれば、誰でも驚くです。

 

 「一体どう捜査したんだね?ミス・ロングビル」

 

 「近在の農民達に聞き込んだ所、近くの森の廃屋に入っていく黒いローブを着た人物を見たそうです。おそらくですが、その人物がフーケで、廃屋はフーケの隠れ家の一つではないかと」

 

 「黒いローブ…?それはフーケです!間違いありません!!」

 

 服装だけで決めつけるにはどうかと思うですが、手掛かりの無い今の状況では少しの情報も無駄に出来ません。近所に住んでいる農民が怪しいと言うのなら、少なくても彼らが知っている人物では無いと言う事でしょう。ふむ………

 

 「お一人で捜査したですか?」

 

 「えぇ。皆さんなにやらお忙しいようでしたので。聞き込みくらいなら、私一人でも出来ますしね」

 

 にっこりと笑って答えるロングビルさん。

確かに聞き込みは一人でも出来るでしょうが、それで国が追っているほどの泥棒の居場所が分かるなんて、本当ならどれほど衛兵が無能なんだと言う話になります。

 

 「その廃屋は近いのかね?」

 

 「はい。徒歩で半日、馬で4時間といった所です」

 

 「直ぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼み、兵隊を差し向けましょう!」

 

 コルベール先生は直ぐに通報しようと言いますが、今の話、少しおかしくないですか?

歩いて半日、馬で4時間なんて行って帰ってくるだけで一日潰すほどの距離です。彼女も魔法使いですし、魔法でどうにか出来るでしょうが、それでも聞き込みの時間は短縮出来ないはず。朝動き出して、この時間に全てを終わらせて戻ってくるなんて出来るはずがないです。協力者が居るならそれも可能かと思ったですが、一人でやったと言うですし。………ふむ。

 

 「ばっかもん!王室なんぞに知らせてる間にフーケは逃げてしまうわい!その上、自分達に降りかかった火の粉を自分で払えぬようでは魔法学院の恥じゃ!盗まれた物は魔法学院の宝、当然儂等自身で解決するのじゃ!衛士隊なぞ必要ない!」

 

 お爺様が高齢とは思えない迫力でそう叫びます。

一喝された教師達が黙り、皆居住まいを正します。その様子をニッコリ笑ってロングビルさんが見ています 。満足そうなその表情から見るに、この展開は予想していたようですね。

 

 お爺様は咳払いをしてから教師達の前で更に声を張り上げます。

 

 「では、捜索隊を編成する!我はと思う物は杖を掲げよ!」

 

 そう言って隊員を募りますが、困った様に顔を見合わせるだけで誰も杖を上げません。

 

 「どうした、誰も居らんのか!?フーケを捕まえて名をあげようと言う貴族は!」

 

 こうまで言っても誰も動きません。先ほどまでの勢いはどうしたのか、皆沈黙しています。

誰もが動きを見せない中、スッと私の隣に居たルイズが杖を上げました。

 

 「ミス・ヴァリエール!?何をしているのです!貴女は生徒ではありませんか!ここは教師に任せていれば……」

 「誰も掲げないじゃないですか。ならば貴族として、私がやります!」

 

 確かに、誰もが尻込みしている教師達を見てれば、自分で動こうと思うのも当然です。ルイズは特に貴族としての誇りを大切にしているようですし、動かない教師達にあきれてしまったのでしょう。きゅっと唇を結び、真剣な顔でコルベール先生に言い返します。

 その姿はとても凛々しく、整った容姿も相まって、一枚の絵画のようです。隣にいる才人さんも彼女に見惚れているようでポカンとしています。

 

 「ミス・ツェルプストー!?君まで何を!?」

 

 「ヴァリエールが行こうって言うのに、私が行かないなんて家名に傷が付きますわ」

 

 更にキュルケまで杖を上げました。ライバル視しているルイズが行くのに、自分は行かないと言うのは、つまり自分の方が劣っていると言うことになる。そんな風に考えて居るのでしょう。誰もそこまでは思わないでしょうが、それでも彼女には行く理由としては十分のようです。

 

 そんなキュルケ達を見て、タバサも杖を上げます。

 

 「タバサ?あなたは別にいいのよ?」

 

 「心配」

 

 彼女達が心配と言いたいようですね。短い言葉の中にも、彼女達を思いやる気持ちがこもってるです。キュルケも感動したのか、そんなタバサを抱きしめてます。

 

 「……タバサ、ありがとう」

 

 ルイズも友達思いの彼女にお礼を言います。しかし言われたタバサはと言うと、キュルケが抱きしめ頬ズリしながら振り回すせいで答える余裕がなさそうです。まぁ多分、気にしなくていいとか、そんな事を言うでしょう。

 

 お爺様がうんうんと微笑ましそうに彼女達を見て、その目がついっと私に向きました。

みんなが行くのに、一人だけ残る訳にはいかないでしょう。私もその視線を見つめ返しながら、月の付いたいつもの杖を掲げます。

 

 「ミス・ファランドール!君まで行こうと言うのですか!?」

 

 「ミスタ・コルベール。みんなが行くのに、私だけ行かない理由は無いです。それに……」

 

 「それに……何だね?」

 

 「この程度の困難から逃げているようでは、私の仲間達に笑われてしまいます」

 

 国を騒がせるほどとはいえ、たかが泥棒相手に、世界を滅ぼそうとする秘密結社と全面衝突した白き翼(アラアルバ)のメンバーの一人としては逃げる理由がありません。

 

 「オールド・オスマンよろしいのですか!?生徒達をそんな危険に晒すなど!私は反対です!」

 

 「ふむ。では、君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ」

 

 「い、いえ……。私は体調が優れませんので、ちょっと……」

 

 正義感あふれる麻帆良の教師とはまるで違うですね。彼らはむしろ自分が自分がと言って、結局全員で任務に当たろうとする位ですからね。

 

 「彼女達は敵を見て居る。それにミス・タバサはこの若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いて居るが?」

 

 シュヴァリエ、騎士ですか。彼女には戦闘経験があるだろうとは思ってたですが、騎士とまで呼ばれるほどなら納得です。むしろ、彼女の技量でただの生徒だったらその方が驚きでしょう。

 

 「本当なの、タバサ?」

 

 キュルケも驚いて顔を覗き込んでます。親しい友人である彼女にも言ってなかったとは。隠していたのか、ただ言う必要の無いことだったからなのか。

 

 「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を多く排出している家系の出で、彼女自身もかなり強力な炎の魔法を使うと聞くが?」

 

 タバサの顔を覗き込んでいたキュルケがその声に顔を上げ、得意げに髪をかき上げ周りを見回します。今まで火を使う魔法使いはアーニャさんやカッツェ達くらいなものでしたから余り詳しくはないですが、戦闘で非常に有効な属性である事は知っています。彼女の魔法も十分戦闘に耐えられるものですし、荒事になっても接近さえされなければ問題にはならないでしょう。

 

 「そして、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを排出するヴァリエール公爵家の息女で、彼女自身も将来有望なメイジであり……えー、更に!彼女の使い魔は平民でありながら、グラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンと決闘をし、勝ってしまう程の剣の使い手である!」

 

 ルイズの魔法は、爆発しかしないせいで軽く見られがちですが、その威力は半端ではないです。簡単な障壁とは言え軽く越えてくるその威力は、命中さえすればだいたいの相手を一撃で倒せるほどの物です。この三人がパーティを組めば、そこらの野盗程度ならかすり傷すら負わずに倒せるでしょう。

 

 「最後にユエ君。ミス・ファランドールは、東方から留学してくる際、ドラゴンの群れに襲われるも、船を守るために単身飛び出し見事救ってみせる程のメイジじゃ。この4人が揃っているなら、いかにフーケと言えども手も足も出まい。この中でこの4人に勝てると言う者が居るならば、一歩前に出たまえ」

 

 もう誰も文句を言いませんでした。私の紹介はおまけみたいな物でしたが、キュルケ達3人の肩書きは教師達をうならせるには十分な代物だったようです。

 

 「魔法学院は、君たちの努力と貴族の義務に期待する。任せたぞぃ」

 

 お爺様が威厳ある声でそういうと、ルイズ達は真顔で直立し、「杖にかけて!」と唱和しました。そういうのがあるなら事前に教えてほしいです。才人さんも慌てた様子で、スカートをつまんで礼をする彼女達に合わせ、服の裾をつまんでお辞儀をします。いえ、それはどうかと思いますよ、才人さん。

 私も少し遅れてですがアリアドネー式の敬礼をします。

本来は剣を持ってやるものですが、ここで剣を出す訳にもいかないので、杖を持って行います。もうちょっと長い物ならそれでも格好が付いたのですが、このサイズの杖ではちょっと締まりませんね。

 

 ほら、ルイズ達の視線がちょっと変です。やっぱり剣を出してやるべきでしたか。

 

 「では、馬車を用意するのでそれで向かうのじゃ。魔法は目的地まで温存して置きたまえ、何かあったとき魔法が使えんじゃマズイからの」

 

 「オールド・オスマン、私が案内致しますわ」

 

 「おぉ、そうしてくれるか、ミス・ロングビル。実力は問題ないが、やはり生徒じゃしな。彼女達を手伝ってやってくれ」

 

 「元より、そのつもりでしたわ。オールド・オスマン」

 

 ニコリと笑って礼をする彼女。その美貌の裏で何を考えているのでしょうか。

 

 

 

 

 私たちはロングビルさんの運転する馬車に乗って早速出発しました。

馬車と言っても、馬で引く荷車です。何かがあって飛び出さないといけない時に、出入り口が一つでは都合が悪いですから、全方位が開いているこの馬車になったです。

 

 「ミス・ロングビル、御者なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」

 

 黙々と手綱を握るロングビルさんにキュルケがそう声をかけました。

 

 「いいのです。私は貴族の名を無くした者ですから。これくらい自分でやらないと」

 

 そう微笑みながらロングビルさんはキュルケに返します。

貴族の名を無くしたとはどういう事なのでしょう。そういえば家を捨てたりなんたりで貴族じゃなくなる人も居ると言ってたですね。彼女の性格が見た目通りではない可能性もありますが、勘当されたとは考えにくいですし、何か別の理由があるのでしょう。

 

 「でも、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?それなのに、ですか?」

 

 「えぇ。でも、オールド・オスマンはそういう事に拘らない方ですから」

 

 確かに、身分じゃなく人柄や能力を重視しそうですね。貴族平民と言う身分を気にせず、仕事がこなせる能力があれば構わない。現代にも通じる考え方です。さすがお爺様。

 

 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

 どうして貴族の名を無くしたのか気になったらしいキュルケがそう聞きますが、ロングビルさんは軽く笑うだけで答える事はありませんでした。余り言いたくはないのでしょう。

 

 「いいじゃないですの、教えて下さいな」

 

 それでも興味が尽きないのか、キュルケは彼女ににじり寄りながら再度問います。一度興味を持つと、全部知らないと気が済まないと言う人種も居る事は知ってましたが、キュルケもそうなのですね。ハルナ的性格な上に、朝倉さん要素も持っているとは、忙しい人ですね、キュルケ。

 

 「ちょっとよしなさいよ、昔の事を根掘り葉掘り聞くなんて」

 

 「何よ、ヴァリエール。暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃない」

 

 「あんたのお国じゃどうか知らないけど、トリステインじゃ聞かれたくない事を無理矢理聞き出そうとするのは恥ずべき事なのよ」

 

 犯罪者でも黙秘権なんてものがあるですしね。今回のはキュルケが悪いと言えるでしょう。キュルケも自分の行いが悪い事と分かっているからか、ぶすっとした表情で足を組んで荷台にもたれ掛かりました。

 

 「ふぅ、じゃあ、どう暇をつぶそうか。タバサも本を読んでて相手してくれないし、ルイズでもからかってようかしら」

 

 「あのね……、そういうことは本人に言う事じゃないわよ?」

 

 今からからかいますと言ってからかう人なんて居ないですしね。

 

 「そうだ、ユエ。さっき学院長室でやってたアレってなんなの?こう、杖を立てて、左手をこうしてやってた奴」

 

 「あぁ、あれは私が入っていた騎士団の敬礼です。本当は剣を持ってやる物なので、少し不格好になってしまいました」

 

 「あぁ、昨日言ってた奴ね」

 

 納得と言った様子で頷くキュルケ。やはり 装剣(メー・アルメット)してからやった方が良かったですかね。アレで見栄えが良くなるようにと、委員長(エイミー)達と結構練習したので自信があったのですが。

 

 「んん?ユエって、騎士団に入ってたの?」

 

 「そうらしいわ。なんでも女だけが入団出来る部隊なんだとか」

 

 「へぇ……。あんな訓練してるユエが入る騎士団って、どれだけ強いのかしら?」

 

 「どうでしょう?私が入っていた時は、訓練兵としてだったので警備の仕事しかしませんでしたし、実際に戦っている所を見た事はないです」

 

 訓練兵として入ったばかりだった上に、世界の行く末を決める大決戦が始まったものだから、結局中途半端な感じで帰ってきてしまいましたからね。本来、どれほどの物なのかと言うのは、結局知らずじまいでした。まぁ、一国の正規騎士団です。弱いはずはないでしょう。

 

 カッポカッポと馬の蹄の音を聴きながら、所属していた当時の事を話します。

初仕事だと張り切って出撃してみれば、暴れていたのは知り合いだったとか、見たい拳闘試合がある時に警備の仕事が入って見れなくてガッカリしたなどと、他愛ない話をして退屈な移動時間を楽しみます。

 

 「これから泥棒退治をしようって時に緊張感がないなぁ」

 

 「まぁ、そうですが。暇なのはどうしようもないです。なんなら本でも読みますか?」

 

 私は日本から持ってきた本の幾つかを取り出し才人さんに渡します。相当数持って来たので、いくらでも貸せるです。

 

 「なになに……、[存在の意味 存在を証明する為の計算式]。……なにこれ?」

 

 「存在とは何か。存在を証明する為には何が必要なのか。などを計算式を使って説明している本です。中々興味深い内容なので、時間を忘れて読めますよ?」

 

 「………ごめん。勘弁して。」

 

 パラパラっと数ページめくっただけで拒否反応が出たのか、げんなりした表情で返して来ました。まぁ、この手の本は人を選ぶので仕方ないとは思うですが、もう少し頑張って欲しかったです。

 

 「漫画とかない?」

 

 「漫画は余り読まないので。文学書や哲学書、あとは魔法書くらいですね」

 「魔法書読みたい」

 

 荷台の端に座って本を読んでいたタバサが、一瞬で数センチほどまで詰め寄って来ました。目を輝かせて魔法書への期待を募らせています。

 

 「か、構いませんが、私の国の本なので字が読めないかも知れないですよ?」

 

 「大丈夫」

 

 まぁ、そうまで言うならお貸しするです。私は軽く手を振って本を取り出し彼女に渡しました。受け取ったタバサは、大事そうに抱えて端まで戻り読み始めました。小さく呪文を唱えているようですが、なんの呪文でしょう?

 

 「あれはリードランゲージっいうコモンマジックよ。文字の意味が分かる様になる効果があるわ。まぁ、読めるだけで書ける様になる訳じゃないけどね」

 

 私が不思議そうに見てたからか、ルイズがそう解説してくれました。つまり、翻訳魔法の文字ヴァージョンと言う訳ですか。私がここの文字が読めるようになったのも、その魔法が掛かっているからでしょう。文字まで翻訳出来ると言うのは、結構凄い事だと思うのですが。

 

 「あ~あ、これで読み終わるまで何してもタバサは本から目を離さないわ」

 

 「何しても、ですか?」

 

 「そうよ。前に凄く探してやっと見つけたって言う本を読んでた時は、服を全部脱がしても全く気付かなかったわよ?」

 

 「キュルケ、あんたそれ犯罪よ?」

 

 「お風呂に入れる為にやったのよ。ずっと読んでて、入ろうともしなかったから」

 

 「そこまでですか。早まったですかね?」

 

 「まぁ、この子も今の状況は分かってるはずだし、着いたら動くでしょ」

 

 キュルケはそう言いながらタバサの頭を撫でてます。確かに、読書に夢中で泥棒退治出来ませんでした。なんて笑い話にしかならないですしね。

 

 「……あら、ダーリン?私の下着、お気に召して?」

 

 「うぇえっ!?」

 

 組んだ足の隙間から少しだけ下着が見えていたようで、だらしない表情を浮かべて覗いてた才人さんに、シナを作りながら笑いかけるキュルケ。余り同世代の男性と関わらなったので分かりませんが、皆こうもスケベだったでしょうか。それとも才人さんが特別スケベなのか。ルイズも事態に気付き、才人さんを鞭で殴りに掛かります。

 

 「何考えてるのよ!下着を覗くなんて、このスケベ!しかも、よりによってツェルプストーのなんかを!!せめてユエにしなさい!」

 

 「ち、違うぞ!?見ようとしたんじゃなくて、たまたまだな……っ!え!?夕映ならいいの!?」

 

 いい訳ないです。

 

 不穏な事を言いながら、常備していた乗馬用の鞭で才人さんの頭を何度も叩くルイズ。状況に応じて使い分けるとは。怒りながらも、嬉しそうな表情がとても気になります。

 

 「いいじゃない、別に。私は見られても平気よ?そりゃあ、恥ずかしくはあるけど、ダーリンが見たいって言うなら構わないわ」

 

 そういって才人さんを見ながら足を組み替え、腕で胸を押し上げるキュルケ。その大きな胸が更に強調されるのと比例して、才人さんの鼻の下が更に伸びます。

 

 「え~い!やめなさい、このおっぱいお化け!サイトも何鼻の下のばしてるのよ!!」

 

 「いた!痛いって、ルイズ!でも、普通の痛みで少し安心……」

 

 才人さん………、もう手遅れですか?

 

 「……やっぱり、私も鞭を一本手に入れた方がいいかしら?ダーリンの趣味に合わせるためにも」

 

 叩かれて安心したように笑う才人さんを見て、キュルケが真剣に考え込んでます。

 

 「イヤ、俺叩かれるのが趣味じゃないからなっ!?」

 

 まるで説得力のない才人さんの叫びが聞こえます。きっと空耳でしょう。

 

 「ねぇ、ユエ。やっぱり鞭持った方がいいかし………、そうだ!忘れてたわ!」

 

 私に鞭を持つべきか否かを聞こうとしてたっぽいキュルケがいきなりそう叫びだしたです。

 

 「な、何よキュルケ。いきなり大声出して……」

 

 「ふっふーんっ、すっかり忘れてたけど、暇つぶし出来る話題を思い出したのよ。さぁ、ユエ………」

 

 ニヤリと笑って私の肩を抱き、キュルケがすり寄ってきたです。

 

 「あなたの恋のお話、今こそ聞かせてもらうわよ!!」

 

 いつぞや食堂で口を滑らせたアレを今持ち出してきたですか!

もうすっかり忘れてくれて居たと思ったら、逃げ場のないこんな所で思い出すとは!

 

 「え?なになに?ユエの恋の話?それどんな話なの?」

 

 むむむ。ルイズもやはりお年頃だからなのか、やたらと興味津々で聞いてきます。

これはピンチです。一体どうやって逃げ切れば………

 

 「い、いえ私の話なんてつまらない物です。目的地に着くまで昼寝でもしてましょう。ほら、せっかくこんなにも良い天気なのですから!」

 

 「ふっふっふっ、そんなことでは誤魔化されないわよユエ?」

 

 キュルケが私にぴったりとくっつき、頬を突きながら笑います。

 

 「ユエの恋かぁ………。ちょっと興味あるわねぇ。一体どんな相手だったのかしら?」

 

 ルイズまで私の隣に移動してきて聞き出しにかかります。味方は、味方は居ないのですか!

 タバサは未だに本を読んでますし、才人さんはあてになりません。

 

 「み、ミス・ロングビル。疲れたでしょう、御者を代わるですよ!」

 

 このまま荷台に居たらずっと質問攻めになることはすぐ予想出来ます。少しでも距離を稼がなければ、根掘り葉掘りネギ先生との事を聞かれる事になるでしょう。これで実っているならともかく、振られた事を話すなどむなしいだけです。

 

 「いえ、大丈夫ですので、着くまで楽しくおしゃべりをしてて構いませんよ?」

 

 にっこり笑う彼女は、私が逃げようとしてる事に気づいてるようですね。その上で逃げ道を取り上げるとは、この馬車に味方は居ないようです。

 

 「ほーら、ユエ。言わないとスカートめくっちゃうわよ?」

 

 「やめるです!私に露出趣味はありません!タバサ、助けて下さい!」

 

 「がんば」

 

 巻き込まれるのを恐れてか、弟子にも見捨てられました!

本格的に味方が居ないです。才人さんは相変わらずポケッとしてますし、ロングビルさんは我関せずを貫く姿勢。こうなったら………

 

 「さぁさ、時間はたっぷりあるのよユ………」

             パチンッ パタッ

 

 指を鳴らして発動させた無詠唱の眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーティカ)でキュルケを眠らせた私は、更にルイズの方にも魔法を発動させました。

 

 「え?ちょっ……スゥ…」

 

 「ふぅ………、これで良し……」

 

 ぐたっと倒れて眠る二人を脇に押しのけて一息つきます。

初めからこうしておけば良かったです。まったく、無駄に疲れました。

 

 「ちょ、夕映?……二人は一体どうしたんだ?」

 

 「さぁ、疲れて眠ってしまったのでしょう。気にする事はありません」

 

 「いや、今あきらかにおかしかったぞ?魔法でも使ったんじゃない……」

                               パタッ

 要らない追求をしてくる才人さんも夢の世界へご案内です。

これで一安心です。タバサは変な事をいちいち聞いてきませんし、ロングビルさんは御者に専念してるようですし?

 

 「そろそろ半分くらいは来たですかね?ロングビルさん」

 

 「え、えぇ。そうですね。ちょうど後半分と言った所でしょう」

 

 魔法を使って強硬手段に出た私に若干引いてる様な態度で返してきましたが、見捨てた仕返しなんてしませんので安心して下さい。

 

 「もう全員寝てしまいましたし、私も昼寝でもしましょうか。あ、疲れたのなら言って下さい。御者代わりますよ?」

 

 「えぇ、大丈夫ですわ。着いたら起こしますので、それまでお休みになっていてもいいですよ?」

 

 ちらりとこちらを振り返り、ロングビルさんがそう言います。良い天気ですし、風も穏やか。景色は草原が広がりとてものどかで、昼寝にはぴったりのロケーションです。しかし、その前に少し確認しておきましょうか………

 

 「ところで盗まれた破壊の杖とは一体どんな物なのですか?」

 

 「破壊の杖、ですか?私は良く知らないのですが、昔オールド・オスマンが旅先で見つけた宝杖だそうですよ?」

 

 「よく知らない、ですか。見た目とかも分かりませんか?」

 

 こちらに軽く目を向けながら彼女は質問に答えてくれます。

 

 「以前、宝物庫の目録を作ろうと中に入った時に見たのですが、ずんぐりとしていて、くすんだ緑色の太い杖だったと記憶してます。普段持って振り回すには、少し重そうな見た目でしたわ」

 

 緑で太い杖ですか。

一体どんな代物なのでしょう。破壊の、と言うくらいですから相当な威力を発揮するのでしょうが、それはどう発揮されるのか。魔法が増幅されるのか、はたまたその杖自体が何かの魔法を発動させるのか。

 

 「しかし、何故そんな良く分からない物をわざわざ盗み出したのですか?朝ちらっと見ただけでも、それなりの価値があると素人目にも分かる物が多数あったと言うのに、破壊の杖だけを盗み出すとは。その杖がどういう物か知っていたとか?」

 

 「……泥棒の考える事は分かりかねます。おおかた、どこかの好事家に売りつけようと思ったのかも知れませんわ。そういう物好きは、ほしい物には糸目を付けないそうですし」

 

 コレクターとは確かにそんな感じですね。

ハルナが見ていたサイトではどう考えても高すぎると思える値段で同人誌が売り買いされてましたし、フィギュアも何万なんて値段が付いている物もあって、しかもそれが当然だと言ってたですし、そういう人達はほしい物はどんな事をしても手に入れようとするのでしょう。ちょっと無理にバイトしてみたり、盗品と分かっていても手を出してみたり。

 

 「そういえば、フーケとやらの性別はどちらなのですか?男性?女性?はたまた両方?」

 

 「りょ、両方ってなんですか……。一般的には男だと言われていますが、それが一体?」

 

 「いえ、男性と女性では考え方が違ってきますので、フーケの次の行動を予測するには性別などの情報も知っておいた方がいいと思いまして」

 

 私は前を見たまま手綱を操る彼女を見ながらいろいろな質問をしていきます。

巷に流れているフーケの特徴やどんな犯行をしてきているのか等、考えつく限りの質問をしました。そのどれもに淀みなくさらりと返してくる彼女。優秀な秘書を越えて、もはやフーケマニアと言えそうなほど詳しいですね。

 

 「あの………、何故そんなに詳しく聞くのですか?」

 

 あまりにいろいろ聞いたせいか、困惑した様子でそう聞いてきます。

 

 「私は、フーケに関して余り知りませんので。知っての通り、このトリステインに来たのもつい先日ですからね。衛兵の詰め所にフーケの手配書が張ってあったのを見た程度でしかありません」

 

 後は昨日見た人影と巨大なゴーレムくらいです。

暗かったので顔も見れませんでしたが、少なくとの細身の体型だというのは分かりました。まぁ、ハルケギニアでは太っている方が珍しいようですが。

 

 「それにしても、随分詳しいですね。フーケマニアですか?」

 

 「ブフッ!な、なんです?マニアって。聞き込みをする為に調べたのですよ。これから聞こうと言うのに、何を聞けばいいか分からないようじゃダメですからね」

 

 まぁ、そうですね。リンゴを知らない人が、リンゴの事を聞こうとしてもどう聞いたらいいか分からないですし、理にかなってます。

 

 「……森が見えて来たですね」

 

 「あの森の中にある廃屋がそうです。もうじきつきますよ」

 

 なかなか深そうな森です。地元の人間でも早々入って行きはしないのではないでしょうか。道はどうにかありますが、余り手の入って居ないようでかなり鬱蒼としています。

 

 「竜種などが住んでいない事を祈るです」

 

 「こんな人里近くに竜はいませんよ」

 

 「油断大敵です。いきなり現れて、服を全部吹き飛ばしたりしますからね」

 「どんな変態ドラゴンですか」

 

 カマイタチブレスで服を吹き飛ばされた恨みはまだ忘れていません。角を折って一応借りは返したですが、まだまだ足りないです。またいつか出会ったら、今度は一人で倒して見せるです。

 

 「そろそろ皆さんを起こした方がいいのでは?」

 

 「そうですね。フーケに寝ている所を襲われたらマズイですし。……結局昼寝は出来ませんでしたね」

 

 パチンと指を鳴らし、ルイズ達に掛かっている魔法を解除します。そろそろ木の根などのせいで馬車も進みづらくなってきたですし、降りて歩いて行ったほうが良さそうです。

 

 「んあ………、あれぇ……?」

 

 「ルイズ起きるです。そろそろ目的地ですよ」

 

 寝ぼけ気味に目をこすっているルイズに声を掛けていると、他の二人も起き出しました。

 

 「ん………?何で私寝て……?」

 

 「……目が覚めたら森の中かよ」

 

 三人が、状況が分からずぼーっとしている間に、馬車は森の中へと続いている小道の前で止まりました。昼間だと言うのに薄暗く、かなり不気味な雰囲気です。夜には来たくないですね。何か出そうです。

 

 「ここからは歩いて行きましょう。馬車では通れません」

 

 ロングビルさんの言葉に私とタバサはさっと降りますが、起き抜けの三人は動けないでいます。

 

 「ほら、三人とも。目を覚ますです。いつ出てくるか分からないんですから」

 

 「何で急に寝ちゃったのかと思ったけど、ユエの仕業ね?魔法で眠らせるなんてヒドイじゃない」

 

 「はてさて、なんの事にゃら」

 

 誤魔化そうとしてたら頬を引っ張られたです。加減してくれているので痛くはないですが、ちゃんとしゃべれません。

 

 「はぁ、まったく。また今度、絶対聞かせてもらうわよ」

 

 次もこの手で行きましょう。

 

 私たちはそのまま森の小道を進みます。細い獣道と言った感じですね。光もかすかにしか入ってこない森の中はやはり不気味です。得体の知れない物がいきなり飛び出してきたりしそうですね。幽霊程度ならまだいいですが、見ただけで怖気が走るような奇妙な生き物が出てきた時には、取り乱さない自信が無いです。変なエンカウントをしない事を祈ります。

 

 「お、開けてきたぞ?」

 

 細い小道を抜けると開けた場所に出ました。

学院の中庭ほどもある広場で中央に小屋が建ってますが、結構ボロボロですね。いくつか薪が残ってるものの、使わなくなってずいぶん立つのでしょう。

 

 「私の聞いた所では、あの建物の事だったはずです」

 

 「なによ、ただの炭焼き小屋じゃない。アジトって言うからもっと要塞みたいなのを想像してたわ」

 

 あれがフーケの隠れ家ですか。実際に使っているかは知りませんが、隠れる事を目的とするなら十分でしょう。どうやら他に人の気配はありませんし、共犯が潜んでいる可能性は考えなくて良さそうです。

 

 「中を確かめてみましょう。フーケ自身は居ないでしょうが、何か手がかりになる物があるかも知れません」

 

 朽ち果てた炭焼き用の釜や壁板の外れた物置などを見ても、普段誰かがここに住んでいるという事はないですね。今回の為に急遽探してきた物件なのでしょう。特に警戒することなく近づく私に、キュルケ達も慌てて付いてきます。

 

 「ちょっと、そんな無防備に近づいて、罠でもあったらどうするのよ?」

 

 「私なら、罠を仕掛けてここを使っている事を教えるなんてマネはしません。国中でメイジ相手に暴れ回り、未だに捕まらない様な相手です。そんなマヌケな真似はしないでしょう」

 

 罠を仕掛けるという事は、そこに誰か居たと教えるようなものですからね。これだけボロボロなのに、近所の農民が出入りしてるという事はないでしょうし、農民が家に罠を仕掛けるのはおかしいです。仕掛けるなら、せめて森の中にするでしょう。それに小屋を守るために仕掛けたと言うのもあり得ません。それだったらまず小屋の修理をするはずですから。つまり罠があったのなら、それは農民以外の誰かがここに来たと言う事の証明になるです。

 

 「一応魔法で罠がないか調べてみましょう?タバサお願い」

 

 ルイズがそういうと、タバサは小さく頷き小屋に向かって杖を振りました。

タバサは、魔法の効果を2,3回頷きながら確認して、

 

 「罠はないみたい」

 

 と、報告しました。

それを聞いて私達も小屋に近付きます。周囲や小屋の中に人の気配はないですが、一応杖を構えてから扉を開けます。

 

 中はホコリだからで、歩いた所がすぐ解るほどです。廃屋になるくらいですし、相当長い事使ってなかったのでしょう。何故ここを選んだのか。

 

 「うっはぁ、ほんと埃だらけだな。何年掃除してないんだろう」

 

 「何かありましたか?」

 

 「いんや、何にも。そっちはどうだ?」

 

 「こっちも何もないわ。本当にフーケのアジトなのかしら?」

 

 そんなに広くない小屋の中ですから、探すところはそれほど多くありません。動き出すのを待つしかないですね。

 

 「私は外を見張ってるわ」

 

 「では私は周辺を見て来ます。ここ以外に何かあるかも知れませんから」

 

 そう言って、ルイズは小屋の外に、ロングビルさんは森の方へと歩いて行きました。

私がそれをじっと見ているとタバサが近寄ってきて、

 

 「見つけた」

 

 「へっ?」

 

 見れば緑色でタバサの足と同じくらいの長さの箱を持ってます。

 

 「これが破壊の杖ですか?」

 「え!?見つけたの!?」

 「まじかっ!?」

 

 キュルケと才人さんも慌てて近寄ってきます。フーケを探していたら、いきなり本命の盗品を見つけました。なんて運の良い。

 

 「確認してみましょう」

 

 私はタバサから受け取った箱を床に置き、開けてみました。

中に入っていた物は、確かにロングビルさんが言っていた通りにくすんだ緑色をした太い一本の………

 

 「って、ロケットランチャーじゃねーかっ!?」

 

 実物は見た事ないですが、映画とかでたまに出てくるあのロケットランチャーでした。何故にこんな物が破壊の杖なんて名前を付けられてここにあるのか。私の様に飛ばされて来たのか、あるいは外見が似てるだけの別物なのか。

 

 「これが破壊の杖ですか………?」

 

 「ええ、そうよ。私見た事あるもの。結構前だけど、宝物庫を見学したときにあったわ」

 

 どうやら間違いないようです。なんでまたこんな物が。

 

 「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 私がロケットランチャーを見て首をひねっていると、外からルイズの悲鳴が聞こえて来ました。その声に驚いてドアの方を振り向くと、大きな音を立てて屋根が吹き飛びました。

 

 「な!屋根が!?」

 

 「ゴーレム………フーケだわ!」

 

 屋根が無くなって外が良く見えるようになると、そこには巨大なゴーレムが立っていました。どうやらその大きな手を振り回し小屋を吹き飛ばしたようですね。

 ふむ、早速動き出しましたか。

 

 「ルイズ大丈夫かっ!?」

 

 才人さんがルイズの安否を確認している間にタバサが魔法を放ちました。

杖の先から放たれた竜巻はゴーレムに命中しましたが、軽く弾かれました。かなり強力な魔法のはずですがビクともしません。

更にキュルケが胸の谷間から杖を抜き呪文を唱えます。というか、どこにしまってるですか。

 

 ドォン!

 キュルケの魔法がゴーレムに命中しましたが、まるで効かないです。火に包まれても意に介さず、軽く腕を振るだけで掻き消してしまいました。

 

 「無理よこんなの!」

 

 キュルケがそれを見て叫びます。確かにこれは厳しいかもです。

 

 「退却」

 

 タバサがそう呟き、キュルケと揃って下がります。

タバサが指笛を吹き、シルフィードを呼び出しました。一拍置いてやって来たシルフィードにキュルケとタバサが乗って飛び立ちます。ゴーレムの周りを周回しながら魔法を撃ちますが、崩された部分が勝手に再生されていき、まるで効果がありません。

 

 「逃げろルイズ!」

 

 ゴーレムの背後から魔法を撃っていたルイズを才人さんが逃がそうとしますが、ルイズは聞き入れません。

 

 「イヤよ!ここで逃げたら何の為に来たのか分からないじゃない!それにあいつを捕まえれば、もう誰もゼロのルイズとは呼ばないでしょ!?」

 

 ルイズがとても真剣な目でそう怒鳴りました。

ゴーレムの近くに立ち、杖を構えながらルイズはなおも逃げずに居ます。ゴーレムがキュルケ達に向いてる間に逃げて貰わないと、動き出したら踏まれてしまうかもしれないです。

 

 フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ

 光の精霊(セブテントリーギンタ)37柱(スピーリトゥス・ルーキス)集い来たりて(コエウンテース)敵を射て(サギテント・イニミクム)

    [魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の37矢](ルーキス)!!

 

 ゴーレムの頭を狙って[魔法の射手](サギタ・マギカ)を撃ち込みますが、これもすぐ再生してしまいます。

[雷の暴風](ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)なら一気に吹き飛ばせるかも知れないですが、この手の敵は核を潰さないと、例え一気に吹き飛ばしても再生してしまうのがパターンです。せめて核を見極めてからにしなければ。

 

 「ルイズ!あの大きさじゃどうやっても勝てねぇって!一旦逃げるぞ!」

 

 「いやって言ってるでしょ!?私はね!あいつを倒して胸張ってユエの友達だって言いたいのよ!ただ横にいるだけの取り巻きじゃなく、対等の友達だって!それに、ここで逃げたらまたゼロだから逃げたんだって言われるわ。そんなの我慢出来ない!」

 

 ……ルイズ。

何度も魔法を放ちながら、自分の気持ちを曝け出す彼女は、過去の、そして今ここに居る自分と重なります。やはり自分も対等に仲間だと言いたい、言えるだけの実力が欲しい。私が仲間と居る時に思っていた事を、今ルイズは私と居てそれを感じていたのですね。

 

 「そんなの言わせて置けばいいし、夕映はそんな事で友達やめるような奴じゃないだろ!?」

 

 「そう言う問題じゃないのよ。これは私のプライドの問題なの。誰がなんと言おうと、私が納得出来なきゃ意味は無いのよ」

 

 分かります。皆が仲間だと言ってくれて、私もそうだと思っていますが、それでも一緒に居ていいのか不安になるんです。それだけの価値が自分にあるのか、分不相応ではないのか、そんな事ばかり考えてしまいます。仲間が信じられないと言う訳では決してありません。ですが、出来得るなら、仲間達とちゃんと肩を並べて居たい。私が留学を決意した理由の一つです。留学する所がないルイズにとってはこれはチャンスなのでしょう。自分が納得出来るだけの事をしないと、前に進めないから。

 

 「ルイズ!一旦離れるです!そこでは近すぎます!距離を取らないと踏み潰されますよ!?」

 

 飛び回るキュルケ達からすぐ近くに居るルイズにゴーレムが標的を変えました。

一歩で近づき、その大きな足で踏み潰そうと足を振り上げてます。

 

 「危ねえ!」

 「きゃ」

 

 踏み潰される寸前に、デルフさんを握った才人さんがルイズを抱きかかえて飛びすさりました。

今のは間一髪ですね。間に合わなければ二人揃って死んでいたです。このままではマズイです。急いで倒さなければ、魔力切れを起こしてやられてるしまいます。

 

 ゴーレムは更にルイズ達を踏み潰そうとしていますっ!

 

 フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ!

 光の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・ルーキス)集い来たりて(コエウンテース)敵を射て(サギテント・イニミクム)

    [魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の29矢](ルーキス)!!

 

 振り上げた足を撃ち砕き、一瞬動きが止まりました。しかし、それもすぐに再生して今度はルイズ達に向けて拳を振り下ろします。これでは切りがありません。やはり先にフーケを捕らえた方が早いかも知れないですね。

 

 「これでどうよ!」[ファイヤーボール!!]

 

 ルイズが迫り来るゴーレムに向かって魔法を放ちますが、相手が大きすぎるせいか、威力が強いはずの彼女の魔法でもイマイチ効果があがりません。そのまま拳で潰しに掛かるゴーレムの前に飛び出しルイズ達が逃げられるように盾になります。

 

 全力で対物理障壁を展開してゴーレムを押し返すです!

  [風花(フランス)風障壁](バリエース・アエリアーリス)!!

 

 くぬっ、流石にこのサイズはキツイですか。

 

 「ユエ!?」

 

 「今のうちに急いで!ぐっ!?」

 

 どうにか右手を抑えたですが、連続で使えないと言う弱点のおかげですぐに来た左手での攻撃をモロに食らってしまったです。私は小屋を薙ぎ倒し、森の中にまで吹き飛ばされてしまいました。

 

 やってくれますね。

しかし、好都合な事に少し離れた所に木に隠れてルイズ達を見ながら杖を振るロングビルさん、いえ、土くれのフーケを見つけたです。再生するゴーレムを倒すには、1に核を潰す事。2に術者を倒す事。ルイズ達相手にゴーレムを操作するのに集中していてこちらの事に気付いていない今なら簡単に倒せます。

 

 私は気配を消してゆっくりと彼女の背後に移動します。障壁のないこの世界の人間では、至近距離で放たれた捕縛魔法を凌ぐ事は出来ないはずです。

 

  [装剣](メー・アルメット)

 

 静かに剣を装備して、捕縛結界弾を装填します。どんな奥の手を持ってるか分かりませんし、念には念を入れて行きます。

 

 

 ドーンと言う爆発音が響いたと同時に、一気に距離を詰めて剣を突き付け、

 「そこまでです」

 

 軽く剣を背中に当ててから声を掛けると、彼女は驚いた様子でこちらに目を向けました。

 

 「……一体何の真似ですか?」

 

 「杖を捨てて下さい。とぼけても無駄ですよ。土くれのフーケさん?」

 

 そう言うと観念したのか、ぽいっと杖を投げ両手を上げました。

 

 「どうして分かったのかしら?」

 

 「貴女の行動が不自然でしたからね。何かあると疑っていたのです」

 

 「……気を付けていたつもりだったのだけどね」

 

 上げていた手でメガネを取り、髪を下ろすフーケ。ゆっくりと振り返った彼女の顔はいつもの優しげな秘書ではなく、裏で生きる盗賊として相応しい鋭さを持っています。

 

 「行動云々だけで私がフーケだって分かった訳じゃあないでしょ?」

 

 「そうですね。秘書の仕事では無いはずの捜査、しかも衛兵が見つけ切れないフーケの足取りを掴んでしまう。いつ調べたのか、かなり詳細な情報。一個人には出来過ぎです。最初は協力者がいるのかと思いましたが、それは最初に否定されましたし。

 一つ一つなら疑問にも思わない事ですが、全て揃うと最早怪しいですと言いふらしてる様にしか思えません」

 

 それが全てではないですが、彼女を疑う様になったのはそんな理由からです。フーケは、私の話を興味深げに聞きながら左右に目を動かしています。多分、この状況からどう逃げ出すか考えているのでしょう。私は注意深く彼女の挙動を観察しながら、いつでも捕縛結界弾を撃てる様に構えます。そう簡単に逃がすつもりはありません。

 

 その時、逃げようと隙を伺っていたらしいフーケがビクリと体を揺らし、目を見開いて私の背後を凝視し始めました。なんて古典的な手を出して来るですか。

 

 「なんです?そんな古典的な手に引っかかるほど私は間抜けでは…………っ!?」

 

 突然背後から殺気が叩き付けられ、私は考えるより早く飛びすさりました。

 

 ドゴンッ!

 

 巨大な棍棒がついさっきまで私が居た所に叩きつけられ、大きく地面を陥没させました。

木の葉が舞う中、棍棒の持ち主を見ると、身長2メートルはある二足歩行の豚でした。醜く太り、ブヨブヨなお腹を揺らしながら棍棒を持ち直すその姿は、少し鳥肌が立ちました。ここまで接近されるまで気づかなかったとは、フーケに集中しすぎたですか。

 

 「お、オーク鬼………。なんで、こんな所に……?」

 

 「これがオーク鬼ですか。この森が住処だったのでしょうか?」

 

 「そんな訳ないでしょ?こんな首都近くにオーク鬼が居たら、城の衛士隊が退治に来るはずだし」

 

 確かにこんな獰猛そうなモンスターが街の近くをウロウロしてたら気になって仕方ないですね。馬で何時間も掛かる所が"近く"と言っていいのか疑問ですが。

 

 「1体くらいなら倒してしまいま………」

 

 剣を構え直し、踏み込もうとしたら、更に後ろからゾロゾロとオーク鬼が出て来ました。二足歩行する豚さん、キャラクターとしてならば可愛く思える物ですが、実際に見ると、なんて言ったらいいか、その、気持ち悪いです。

 私はいろんな亜人の方と出会い、何人も友人になって来ましたが、この人達とは仲良くなれる自信が無いです。いえ、話してみたらいい人だったりするかもしれませんが。

 

 「あ、あのぅ、お邪魔してます……?」

 

 「ぷぎぃ、ブヒィィッ!!」

 

 声を掛けたら更にいきり立って、棍棒を一斉に振り上げたです!

私は急いで剣をしまい、フーケを横抱きにして、森から飛び出しました。あんな木が密集してる所では戦いづらいです。

 ゴーレムの残骸らしき土の山の側で嬉しそうに手を振っているルイズ達の所まで、全力疾走します。

背後の気配は更に増えてる気がしますが、今は合流し、この事を伝える方が先決です。

 

 

 目の前で揺れる大きな山を羨ましく思いながら、更に足に力を入れました。

 

 

 

 







 こんな感じの第13話でしたぁ。
本当はもっと論理的に夕映が気付くはずだと思うのですが、自分の頭ではこれが精一杯。すいませんです。

 最近誤字などより、ちゃんと書けたかの方がすこぶる気になるです。
もうちょっと自信を持って投稿できるように精進したいと思います。

 でわ、また次回頑張りますのでよろしくお願いします。


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ゼロの旅14

 皆様お待たせしました。無駄に長いと定評のあるこのSS、お気に入り登録が1400を越えました。皆さん、ありがとうございます!!

 でわ、第14話れっつごぉ


 

 

 

 ルイズ達の所までの、大体数十メートルを身体強化も使って一気に走り抜けます。

先ほどのオーク鬼達は、大きな体のせいで木々をすぐには抜けて来れないはずです。森を抜けるのに手間取ってる間にルイズ達に説明してここから離れなければいけません。咄嗟に抱えて来たフーケの事もありますし、余りのんびりとはしてられません。

 

 「あ、ユエ!良かった。無事だったのね!?ミス・ロングビルも大丈夫だったみたいねっ」

 

 フーケを抱えたまま駆け寄ってきた私に、ルイズがとてもいい笑顔で声をかけて来ました。

 

 「そうだ、ユエ!フーケがいないの!ゴーレムが居たんだから、それを操作してるはずのフーケも近くに居るはずなのよ!」

 

 キョロキョロしながらフーケを探しているルイズ達ですが、今はそんな事より優先しなければならない事があるです。

 

 「皆さん、今はそれは後回しです!急いでシルフィードに乗ってください。すぐここから離脱します!」

 

 「ど、どうしたのよユエ?そんな急いで。フーケを捕まえなきゃ意味が無いのよ?」

 

 説明は安全を確保してからにしたかったのですが、もう後ろからオーク鬼の鳴き声が聞こえてきました。

 

 「ぶひぃぃっ!ぷぎぃぃーっ!!」

 

 「げ!?なんだあれ!?」

 

 「お、オーク鬼!?なんでこんな所にいるのよ!?」

 

 全力で走っても、そんなに距離を稼げなかったようですね。

振り返れば、森の中からオーク鬼の群れがゾロゾロとやって来ていました。その数は十数匹くらいでしょうか。さっき見た時より更に増えてる気がするです。手に手に棍棒や、簡単に作られた斧を持ってプギプギ言っているオーク鬼の群れにルイズ達も震え上がります。

 

 「あれは貴女の仕込みですか?」

 

 私はまだ抱えたままのフーケに、彼女の手の一つかと聞いてみます。

 

 「そんな事が出来るなら、最初からゴーレムなんて出さないでアレをけしかけてるよ」

 

 「ミス・ロングビル?一体何がどうなってるの?」

 

 いつもと雰囲気の違う彼女に、ルイズ達は困惑気味です。

今までの優しげな雰囲気が、気付けば鋭く冷たい物に変わっていれば、戸惑いもするです。

 

 「彼女がフーケ」

 「えぇ!?」

 

 タバサはフーケの正体が分かったようです。

ルイズ達は信じられないと言った様子で、私が抱いている彼女を見ています。

 

 「……ふん。……それで、いつまで私は抱かれていればいいのかしら?」

 

 「そう言えば、いつまでも抱えてる必要は無かったですね」

 

 「きゃ!?」

 ドシン!

 

 ついつい降ろすのを忘れていた私は、パッと手を離して彼女を降ろします。

少々荒っぽいですが、丁寧に降ろしてあげる関係でもないですし、そもそも敵が迫っている状況です。その辺りは目をつむってもらいましょう。

 

 「いたたたた……。もうちょっと丁寧に降ろして欲しかったわね」

 

 「状況が許すならそうしましたが、そろそろ遊んでもいられなくなって来ましたので」

 

 オーク鬼との距離は、既に20メートルを切っているでしょう。目を離せば、一瞬で距離を詰められる間合いです。

 

 ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ

    [ジャベリン]

 

 「ぷぎぃぃっ!」

 

 タバサが冷静に魔法を放ち、一番近づいていた一体を撃ち抜きます。

それを見てオーク鬼達は、こちらがただのエサではないと分かったようで、進むのを止め、私達を囲むように広がり始めました。

 

 「ちょっとちょっと!どうするのよ!何か一杯いるんだけどっ!?」

 

 「ふぅむ……。お得意のゴーレムで蹴散らすなんて出来ませんか?」

 

 私は、立ち上がってぶつけたお尻を撫でていたフーケに、ゴーレムでどうにか出来ないかと聞いてみますが、

 

 「杖はあんたが捨てさせたじゃない。あたしは今丸腰なのよ?」

 

 「予備の杖くらい、持ってないのですか?」

 

 「メイジの杖は、一人一本って決まってるのよ。持ってる訳ないじゃない」

 

 そう言えば、前にルイズもそんな事言ってたですね。しかし、

 

 「怪盗なんてやってる人が、そんな常識守らないで下さい」

 

 なんで怪盗やってる人がそんな決まりだけ素直に守るんですか、まったく。

 

 「仕方ないでしょ!今まで秘書とはいえ、教師してたんだから。その辺り守ってないと怪しまれるじゃない!」

 

 カモフラージュの為の職業だったとはいえ、その手の決まりは守ってないと要らぬ誤解やら、追求やらがあるかも知れないですし、仕方ない……のでしょうか?

 

 「ほ、本当にミス・ロングビルがフーケなんですか?」

 

 「ルイズ、その話は後にしましょう。皆さん、オーク鬼が近付かないよう牽制の魔法を撃って下さい。一気に来られたら面倒です」

 

 私がそう言うと、皆真剣な表情をして魔法を唱えます。

しかし、相手は既にこちらを囲み切っていて、いつ襲いかかってくるか分からない状態です。

 

 「このオーク鬼という種族とは、意思の疎通は出来ますか?出来れば話し合いで、解決したい所なんですが……」

 

 「無理ね。こいつらは人間の子供が大好物なんていう連中よ?こんにちは~なんて言って近付いたら、頂きま~すって頭からかじられるのが落ちよ。そもそももう一匹倒しちゃったし、話し合いなんて出来ないわよ」

 

 それもそうですね。しかし、人間が食料なのですか、私など食べても美味しくないですよ?

 

 「数が多い。一斉に来られたら、呪文を唱える暇が無くなる」

 

 神経を集中させないと呪文が唱えられないのは、どこの世界も変わらないのです。

動き回りながら唱える訓練や無詠唱などが出来れば別ですが、ここの魔法使い達はそこまで想定していないようですし、そもそも彼女達はまだ学生。そう言う手段を勉強する過程はまだ先の話です。フーケなら逃げる為にも、そう言う技術を習得してるでしょうが、今は杖のない状態で、ただの女教師です。乱戦になれば、直ぐにやられてるしまうでしょう。

 

 そう、訓練ではないこの状況でのそれは、つまり死を意味します。

 

 「オーク鬼というのは、他にどんな特徴がありますか?」

 

 「言葉が喋れない亜人で、簡単な武器を持って村を襲う害獣よ。男は食べ、子供も食べ、女は食べられるより巣に連れていかれる事が多いらしいわ」

 

 ルイズが緊張した面持ちで周囲を睨みながら教えてくれます。魔法による牽制と、シルフィードの威嚇のおかげでまだ襲っては来ませんが、時間の問題でしょう。

 

 「……連れてかれた女の人って、どうなるんだ?」

 

 デルフさんを構えながら、恐る恐ると言った感じで才人さんが聞きますが、ルイズは答えません。知らないのでは無く、言いたくないといった表情です。よほど悲惨な目に会うのでしょう。

 

 「……ルイズ?」

 

 「ダーリン、それは女の私達からは説明出来ないわ。まぁ、つまりそう言う事よ」

 

 「あ、うん、わりぃ」

 

 キュルケが珍しく助け舟を出して話を終えました。キュルケがルイズを助けるなんて珍しい事が起こる程の目に会うのですか。

 

 「えーと、つまり、今ここにはあいつらにとって大好物が3つに、連れ帰れるのが2つ居るとしか見てない訳だ」

 

 私、ルイズ、タバサは好物枠ですか?

意味の分かったルイズ達も鋭い視線を才人さんに向けます。自分の失言に気付いたのか、気まずげに視線を逸らし、誤魔化すように剣を構え直しました。

 

 「呑気だね、あんた達。向こうは今にもヨダレを垂らして襲い掛かってこようっていうのに」

 

 フーケが呆れた様子でそう言ってきます。確かに今はそんな状況じゃ無かったですね。

 

 「ふぅ。才人さんのお仕置きは後回しです、ルイズ、タバサ。シルフィードに乗ってここから逃げないと、物理的に食べられる事になってしまいます」

 

 自分達は牛や豚を食べますが、自分がそうなるのは流石に勘弁してほしいです。

 

 「だ、ダメよ逃げるなんて!」

 

 私が逃げる提案をすると、ルイズが慌てた様にそう言います。

 

 「ルイズ何言ってるんだ!?」

 

 「あいつらは人を襲うの!今までいなかったはずの所にいるって事は、この近くの村か街を襲うつもりなのよ!ここで倒しておかないと、大勢の人間が襲われる事になるわ!」

 

 「だからって、このままじゃやられちまうぞ!?学院に戻って、応援を呼ばないと!」

 

 「それで見失ったらどうするのよ!次見つけた時、大勢殺された後じゃ意味ないのよ!?」

 

 確かにここで倒さずにいて、近くの村などが壊滅したら目覚めが悪いどころではないでしょう。私もそんなのはごめんです。

 

 「だけどよぉ」

 

 「いい、才人。私達は貴族よ?私達がなんでそう呼ばれるのか分かる?」

 

 ルイズがオーク鬼達から目を離さずに、才人さん問いかけます。

問いかけられた才人さんは、ルイズの方を振り向きながら、

 

 「どうしてって、魔法が使えるからだろ?そう言ってたじゃねーか」

 

 「ううん、それは正確じゃないわ。私達は常に人の上に立つ責任があるの。それはただ威張るのが仕事じゃないわ。何かあった時、率先して敵に立ち向かい、命を懸けて領民を守るから私達は貴族と呼ばれるのよ。魔法が使えるからじゃない、敵に背を見せず戦うから私達はそう呼ばれるのよ」

 

 そう言ったルイズの横顔は、同性である私ですら見惚れるほど美しく堂々としてました。

これが、幼い頃から人の上に立つ事が義務付けられてきた貴族の覚悟の現れなのでしょう。魔法を覚えただけの庶民で、成り行きで貴族になった私では真似できない事です。

 

 「ふふっ、魔法も使えないヴァリエールのくせに威勢がいいじゃない?」

 

 「何よツェルプストー?怖いなら逃げてもいいのよ?」

 

 「冗談。あなたこそ、隠れてていいのよ?私が全部魔法で倒してあげるから、指をしゃぶって見てなさいな」

 

 「咥えるでしょ!?赤ちゃんか私はっ!!」

 

 こんな時に、いえ、こんな時だからこそいつものやり取りをして緊張をほぐしているのでしょう。いつもの様な怒り顔ではなく、ニヤリと笑っているのがその証拠です。

 

 「そろそろ焦れてきたみたいよ?あなた達。じゃれ合ってる場合じゃないと思うけど?」

 

 「ミス・ロングビル、いえ、フーケ!貴女に言われなくても分かってるわよ!」

 

 まだ戸惑いはあるようですが、フーケにそう言い返したルイズは、キッと前を向いて杖を構えました。キュルケ達も杖と剣を構え、いつでも攻撃出来るようにとオーク鬼を睨みつけます。

 

 「皆さん、一斉に魔法を撃ったら、急いでシルフィードに乗って下さい。彼らは私が引き受けます」

 

 「何言ってるのよユエ!?わたしも戦えるわよ!?」

 

 「そうよ!あなた一人に任せる訳にはいかないわ」

 

 私の言葉に皆が驚いてそう抗議してきます。

 

 「いえ、貴女達が足手まといと言ってる訳ではありません。しかし、乱戦になるのは必至なこの状況では、地上に留まるのは下策でしょう」

 

 囲まれているこの状況で呪文を唱えている間に攻撃されてしまったら、障壁もない彼女達では大怪我は避けられません。だったら、乱戦でも十分戦える私が残り、彼女達を安全な空へ逃がした方がよっぽどいいでしょう。

 

 「でも!」

 

 「シルフィードで飛んで、空から魔法を撃つ」

 

 タバサはすぐに理解してくれました。

ここに留まっていたら、勝てる相手にも勝てなくなるです。一般的な魔法使いは言わば砲台。パートナーが守っている間に高威力魔法を撃ち込むのが主な役割りです。今回パートナーの役割りを私がやって、ルイズ達には魔法を撃つのに専念して貰いたいです。

 

 「私なら乱戦になってもどうにか出来ますが、貴女達は呪文を唱えている間無防備になってしまいます。魔法が間に合っても、すぐ次が来てやられてしまうでしょう。ならば、安全な空から魔法を撃てば詠唱に集中出来ると言う訳です」

 

 私がそう言いますが、まだ納得しきれない様子のルイズ。やはり自分達だけ逃げる格好になるのが納得出来ないようです。

 

 「ルイズ、これは貴女達をないがしろにしたい訳では無く適材適所と言うものです。私なら、あの程度の敵に負けはしません。それに……」

 

 「それに……なに?」

 

 ここに来て2週間くらいでしょうか。新しい魔法を習う機会に恵まれて夢中でしたが、理論ばかりでは実力アップは図れません。つまり………、

 

 「最近机に向かうばかりで少々身体がなまってきてる気がするです。いい機会なので、存分に暴れさせて貰おうかと」

 

 私がにっこりと笑いながら言うと、皆一様に引いたように体を揺らします。

なんだか誤解を招いたような気もするですが、今は置いておきましょう。話をしてる間に、包囲の輪が狭まって来てます。そろそろ一斉に襲ってくるでしょうし、急がなければ。

 

 「さぁ、議論は終わりです。行きますよ?」

 

 「ユエ、本当に大丈夫なの?」

 

 ルイズが心配そうに言いますが、正直、負ける気はしません。

 

 「えぇ、大丈夫です。久々に本気で行きます。一斉に連中の足元に魔法を撃ったら、すぐシルフィードで飛んで下さい。あとは、私がどうにかします」

 

 「ユエ、怪我したら承知しないわよ?」

 

 「分かってるです。まぁ、もし何かあったら、罰としてなんでもしますよ」

 

 「なんでも、ね。覚悟しておきなさい」

 

 ニヤっと笑うキュルケの顔を見て、早まったかもと後悔しましたが怪我しなければいいのですから、気にしない事にしましょう。

 

 「では、行くですよ?………3、……2、……1、今!!」

 

 シュパッ!! ドゴォォォン!!

 「プギィィィ!?」

 

 私、キュルケ、タバサ、そしてルイズの魔法が一斉に撃ち出され、オーク鬼の前方に炸裂しました。オーク鬼が突然の爆発に驚き動きを止めた隙に、急いでシルフィードに乗り込みます。全部で五人もいる訳ですが、その巨体はなんなく乗せきり空へと飛び立ちます。私はそれを[風よ](ウェンテ)で後押ししながらゆっくりと周りを見渡すと、土煙りが晴れ、獲物が減っている事に憤るオーク鬼の姿が見えます。

 

 やがて、シルフィードが安全高度に到達したのを確認してから、私は戦闘用に思考を変化させます。今までの様な少し気を抜いていた物から、命を懸ける戦いに挑むための思考回路に書き換え、ゆっくりと手を上げます。オーク鬼が、とりあえず私だけでも確保しようと思ったのか一気に走って来るのを視界に納めながら、この世界に来て初めての全力戦闘の準備をします。

 

   [ 装剣 ](メー・アルメット)!!

 着装!!アリアドネー戦乙女騎士団動甲冑!!  [戦いの歌](カントゥス・ベラークス)!!

 

  更に!

 

  [雷撃武器強化](コンフィルマーティオー・フルミナーンス)!!

 

 動甲冑のシステムはオールグリーン………いえ、通信系が全滅してますか。世界が違うですし相手もいないので仕方ないですね。そして遅延魔法(ディレイスペル)のストックは完璧です。ここに来る時にしっかり補充して来ましたし。これなら相手が黒龍でも十分渡り合えます。

 

 さぁ、白き翼(アラアルバ)綾瀬夕映、出撃するです!!

 

 

 

 「ハァッ!!」

 

 準備してる間に間合いに入ってきたオーク数匹を、一回転しながら強化した剣で吹き飛ばします。五、六匹くらいまとめて飛ばせたですかね。そうやって最初の一団を凌いだあとは、すぐその後ろに来ていたオークを、すれ違うように踏み込みながら斬り付けるです。

 

 「さらに!!」

 

 そうして剣の勢いで体が回転するのを利用し、無詠唱の[魔法の射手](サギタ・マギカ)を纏わせた回し蹴りを次に来ていたオークに浴びせ撃ち抜きます。大きく吹き飛んで行くオークを無視し次の相手に向き合います。

 

 「おっと!!」ガキンッ!!

 

 振り下ろされた大きな棍棒の一撃を受け止めはじき返し、腕が上がりガラ空きになった胴体を袈裟斬りにし、その間に後ろから来たオークを、瞬動で更にその背後へと移動する事で回避して、そのまま背中に剣を振り下ろします。

 

 これで半分は倒したですか。

 

 私を巻き込まない為か、オーク鬼の輪の外側にルイズ達の魔法が撃ち込まれます。私に注目しているオーク鬼は、いきなり空から撃たれ為す術もなく倒されていくです。

 

 私は遅延魔法(ディレイスペル)と無詠唱の魔法を撃ちながら、更に詠唱呪文も使い手数を増やしてオーク鬼達を倒していきます。多数を相手に戦うのはあの決戦の時にも経験してますが、あちらよりは断然容易い相手です。何せ障壁が無いので攻撃は全て通りますし、魔力などが込められている訳でも無いのでその攻撃はとても軽いです。咸卦法を使った明日菜さんの方がよっぽど手強いでしょう。これでは体の大きいだけの野生動物ですね。武器も持っているだけで、使いこなすと言う程では無いですし、連携などあって無い様なものです。近付く相手をちぎっては投げ………って、投げては無いですね。駆け引きなどはそこそこに、近付く相手のみに集中していればいいのでとても楽です。

 

 おっと、油断は禁物です。それで失敗したからここに来る羽目になったんでした。後悔はしてませんが、同じ轍を踏む真似はしてはいけません。

 

 飛び上がり数匹まとめて[魔法の射手](サギタ・マギカ)で仕留め、着地と同時に近くのオークを斬り伏せます。剣からのみでは無く、手から足から魔法を撃ち出し、全方向に対応していくです。連携してこないので多数を相手にしてると言うより、1対1を複数回やっていると言う感覚ですね。

 

 気付けばあと5匹ですか。あれだけ居た割りには早かったですね。

1匹を[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)で倒している間に、勝てないと分かったのか他の4匹が逃げていってしまいました。まぁ、もう戦う気が無いのなら見逃してもいいでしょう。

 

 そう思って剣を降ろそうとした時に、空からルイズの大声が響きました。

 

 「ユエ!逃がしちゃダメ!群れが崩れたオーク鬼は、今まで以上に人を襲う様になるの!」

 

 理由は分かりませんが、それはマズイです。逃げる相手を撃つのは心苦しいですが、仕方ありません。せめて一撃で終わらせましょう。

 見れば逃げたオーク鬼はもうすぐ森の中に入ってしまいそうですし、[魔法の射手](サギタ・マギカ)では、木などで防がれてしまうかもしれません。こうなったら、丸ごと行きますか。

 

     フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ!

   来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス)風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)  雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ)吹きすさべ(フレット・テンペスタース) 南洋の嵐(アウストリーナ)

        [雷の暴風](ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!

 

 逃げたオーク鬼が入って行った所目掛けて思いっきり撃ち込みます。

雷を纏った竜巻が激しく渦巻きながら伸びて行き、地面を削りつつオーク鬼が逃げ込んだ森に突き刺さりました。

 

    ズッガァァアアアアアッン!!

 

 突き刺さった[雷の暴風](ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)が大爆発し、逃げ込んだオーク鬼ごと森が吹き飛びました。って!?

木々と共にオーク鬼も吹き飛んだ様ですが、森の一部が消えてしまいましたね。や、やり過ぎたです?

 

 「ユエーーッ!!」

 

 空に逃げていたルイズ達が降りてきました。

シルフィードから飛び降りて一目散に駆け寄ってきます。

 

 「「「今の怪我し夕魔あれ森でっかす全然なんごいの教なの風に貰うさいよだ!!」」」

 

 一斉に喋られても聞き取れませんよ、聖徳太子じゃないんですから。

ルイズは興奮気味に[雷の暴風](ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)が通った跡を指差して何かをまくし立ててますし、才人さんは私の剣や甲冑を眺めながらデルフさんに話しかけているような感じです。キュルケは私の周りをグルグル回りながら眺めてますが、何してるんでしょう?って!

 

 「キュルケ!服を捲らないで下さい!」

 

 「ッハ!?ゴメンゴメン。このスリットが気になったもんだから」

 

 確かにこの甲冑の足の部分は結構大胆なスリットがありますが、だからと言って捲る事はないじゃないですか。

 

 「キュルケはそろそろ捕まって見るべきね。……それより、ユエ!強すぎよ貴女!!あの群れを一人で討伐するなんて、スクウェアクラスだって出来ないわよ!?」

 

 「そうそう!特に最後の魔法は凄かったわねっ!森の1部が吹き飛んでるじゃない!!」

 

 「ちょっとやり過ぎたですね」

 

 「まぁ、森が吹っ飛んだからな。いやぁ、すげぇなっ!」

 

 着弾点を見ればそれなりの大きさのクレーターになってました。

大きく抉られ木々が投げ出され、森がそこだけ無くなっていました。あー、完全な自然破壊ですね。

 

 「まぁ、何はともあれオーク鬼も退治出来たし、フーケも捕まえたし、今回の任務完了ね!」

 

 盗まれた品物も取り返せたですし、成功と言ってもいいで………

 

 「……フーケはどこに行ったですか?」

 

 「「「え!?」」」

 

 見ればあの知的美人がどこにも居ません。大方降りた時にこっそり逃げ出したのでしょう。

 

 「ほんとだ!どこにも居ない!!」

 「に、逃げたー!?」

 

 慌てて周りを見渡しますが、もはや遅いですね。こんな深く暗い森ですし、木々に隠れてしまえば人一人などまず見つからないでしょう。

 

 「むーーーっきーーっ!!悔しいぃぃぃっ!!」

 

 完全に逃げられたのが分かってルイズが爆発しました。魔法も感情も爆発好きですね。

キュルケ達も残念そうな悔しそうな顔をしてます。変わってないのはタバサくらいですね。いつもの涼しげな無表情で、周りを見渡してます。

 辺りには事切れたオーク鬼が散乱してますが、それを余り視界に入れない様にして会話を続けます。

 

 「逃げられたのは仕方ありません。破壊の杖はあるようですし、それを回収して任務完了としましょう。この森の中からたった一人を見つけるのは、些か無理があるです」

 

 「むぅ、悔しいわね。捕まえたも同然だったのに!」

 

 「逃げられない様に縛っておくべきだったな」

 

 油断しすぎでしたね。杖が無くて何も出来ないと思い込んだのがいけませんでした。

自分で杖を無くした時の対策をなどと言っておいて、相手もそう言う事をしていると考え無かったです。いえ、こちらの世界の魔法使いを知らず知らずの内に侮っていたのかもしれません。自分も未熟者のくせに、なんて傲慢な。反省しなければいけません。

 

 「帰る」

 

 タバサがここにはもう用はないと帰る事を勧めます。

私達は煮え切らない気分のまま馬車を停めてあった所まで戻る事にしました。破壊の杖は取り返せましたが、犯人逃げられたのでどうにも締まりません。私は全装備をしまって、皆の後に続きます。

 

 「…ぶ、ヒィィ!!」

 「なっ!?」

 

 皆に続いて歩いていたら、まだ息があったらしいオーク鬼が最後の力を振り絞って立ち上がり棍棒を振り下ろしてきました!完全に気を抜いていたので、まるで気付かなかったです!ま、まずっ!?

 

 「ユエ!?」

 「くっ!デルフ!」「おうよ相棒!」

 

 急いで迎撃をしなければさすがにマズイです!

私は杖を引き抜き遅延魔法(ディレイスペル)でストックしておいた[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を撃とうとオーク鬼に向かい……

 

 ズガンッ!!

 

 あと少しで私に当たると言う所で、地面から石槍が数本伸びて来てオーク鬼をその場に縫い止めました。腕や足だけでなく関節部分や棍棒自体も撃ち抜いていて、体を完全に縫い止めてます。これほどの精度で魔法を使えるとはかなりの腕ですね。おかげで完全にオーク鬼は事切れたようです。しかし、この石槍は一体誰が?

 

 「ユエ!大丈夫!?」

 

 「怪我してない!?」

 

 「えぇ、助かりました。完全に油断してたです」

 

油断禁物などと言っておいてあっさり不意をつかれるなど、エヴァンジェリンさんに知られたらどれほど厳しいお仕置きがあるか分かったものじゃありません。

 

 「この魔法もユエがやったの?」

 

 「結構強力な魔法ね」

 

 この反応により、ルイズ達が助けてくれたのでは無いと分かったです。そもそも彼女達では属性が合わないです。そして、その条件に合うのは、

 

 「フーケ」

 

 「え?フーケ居たの!?」

 「どこどこ!?」

 

 タバサがポツリと呟き、ルイズ達が騒ぎ始めますが、タバサの言いたい事はそうではないでしょう。彼女が言いたいのは、

 

 「いえ、タバサはこの魔法がフーケの仕業だと言いたいのでしょう。確かに彼女ならこの精度の魔法が使えても不思議ではありませんが………」

 

 「なんで助けたのか、って事ね?」

 

 助かりましたが、真意が分からないです。

軽く見渡しますがやはり彼女の姿は見当たらないです。これほどの精度で魔法を使うには、少なくても目に見える距離に居るはずですけど………ダメですね。魔力の残滓しか見つかりません。

 

 「まぁ、助かったんですし感謝しましょう。助けられて文句を言うのも失礼ですし」

 

 「うーん、まぁ、そうね。そろそろ帰らないと暗くなっちゃうし、帰ろうか」

 

 そう言ってルイズ達は入り口の方に歩いて行きます。

私もそれに続きますが、ふと先ほどのオークを見直します。これほどの魔法が使えるなら、怪盗などしなくても働き口はいくらでもあるでしょうに、一体何故わざわざリスクの高い犯罪者などをやっているのか。もし次に出会ったなら、その時にでも聞いてみたいですね。

 

 1部私の魔法のせいで明るくなったあぜ道を通り、馬車を停めてある所まで戻ります。

既にオーク鬼なんてものが出てきたので、この暗い森の中を歩くのも少し緊張しますね。木の陰からまた出て来ないか多少警戒しつつ歩いて行くと、ようやく広い道まで戻って来れました。しかし、見渡しても馬車とは名ばかりの荷車が見当たりません。

 

 「あ、あれ?馬車ってこの辺りに停めてたわよね?」

 

 「そのはずだけど………ないわね?」

 

 いくらなんでもあの大きさの馬車を見失う訳ないのですが。

 

 「ん……?あっ!!ちょ、ちょっと皆来てくれ!ここに何か書いてある!」

 

 少し先まで行って探していた才人さんが大声で呼ぶので、私達は顔を見合わせたのち才人さんの所に行きました。

手を振って呼ぶ才人さんの足下には、なにやら文字の様な物が書かれています。こちらの文字なのでスッとは読めないですね。流石の文字翻訳魔法でも、逆さになっている文字を簡単に読ませる事は出来ないみたいです。

 

 「……な、なぁぁーーーっ!?」

 

 「やられたわね」

 

 ルイズとキュルケが物凄く悔しそうに顔を歪ませ、タバサも珍しく不機嫌そうな雰囲気を滲ませてますが、これは………

 

 「一体どうしたんだ……?」

 

 「なになに……[学院の馬車、確かに領収致しました。土くれのフーケ] だそうです。やられましたね」

 

 「え?って、馬車取られたってことかっ!?」

 

 まぁ、確かにここから徒歩で逃げるのも難しいですし、持っていかれるのも仕方ないですね。

 

 「ふふふふフーケェーーーッ!!次会ったら覚えておきなさいよぉーっ!!」

 

 ルイズが大噴火です。

空に向かって手を振り上げ大声で吠えてます。なかなか強かですね、フーケ。

 

 私達は、最後までフーケにしてやられた今回の任務を悔やみながら、結局シルフィードに乗って帰る事になりました。トカゲの乗り心地もそこそこ良いですね。まぁ、箒の方が私は好きですがね。先生の杖に乗った時を思い出しますし。

 

 「あーあ、フーケは逃がすし、オーク鬼は出てくるし、散々だったわね」

 

 「まぁ、俺らはゴーレム倒しただけで、オーク鬼は殆どユエが倒したんだけどな」

 

 「魔法で援護するはずだったのに、全然手が出せなかったわ」

 

 「ユエ一人で、軍隊を相手出来るんじゃないの?」

 

 「いえ、流石に軍隊は無理ですよ。まぁ、私の友人達には軍隊相手に楽々勝つ人もいますが」

 

 「「あ~~、やっぱり」」

 

 私達はのんびり他愛ない会話をしながら、帰路につきました。

 

 

 

 

 学院長室にて今回の事をお爺様に報告します。

私達を代表してルイズが、フーケの正体に始まり、オーク鬼の事まで話ていくです。お爺様はその話を髭を扱きながら聞いてます。

 

 「ふぅむ。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはのぅ。美人じゃったものでなんの疑いもせずに採用してしまったわい」

 

 「いったいどこで採用されたんです?」

 

 私は少し疑問に思ってお爺様に聞いてみます。

 

 「ん、んんー……とじゃな……」

 

 「学院長?」

 

 コルベール先生が促しますが、お爺様は何かためらっています。何故でしょう?

 

 「あー……、街の居酒屋じゃ。儂は客での、彼女は給仕をしておったのじゃ」

 

 「それだけで秘書にしたのですか?」

 

 コルベール先生が不思議そうに聞きますが、私も疑問ですね。給仕をいきなり秘書にする理由が分からないです。

 

 「ん、んん!いやの。彼女美人じゃし、酔っていたもので、ついついお尻に手が伸びてしまっての。それでも怒らないので、秘書にならんかと言ったら、なると言うんでの……」

 

 「なんでそれだけで?」

 

 「秘書の仕事は割とストレスが溜まるのでの。少しくらい触られても動じないくらいがいいんじゃ。それに魔法も使えると言うのでの」

 

 セクハラしても怒らないからなんて理由で採用したのですか。

よもや、麻帆良の学園長ヨリの性格だったとは。お爺様のイメージが崩れていくです……。

 

 「思えばあれも魔法学院に潜り込む為のフーケの手じゃったのかも知れんの。居酒屋で寛いでいると儂の所に何度も来て愛想良く酒を勧め、魔法学院学院長は男前で痺れますぅ、なんて言われたら気分も良くなるし、あんな美人が自分に惚れてるんじゃと思ってつい秘書にならないかと言ってしまうのも分かるじゃろ?」

 

 ちょっと何言ってるか分かりません。

しかし、横で聞いていたコルベール先生は、何故か目を泳がせてつつ感心した様子で頷いてます。

 

 「そ、そうですな!美人はそれだけでいけない魔法使いですなっ!!」

 

 「その通りじゃ!うまい事言うな、コルベール君!!」

 

 なにやらいい笑顔で固く握手する二人に、私達は白い視線を送ります。

学校の責任者と言うのは皆こんな性格じゃないといけないのでしょうか………?

 

 「……オホンッ。さて君達、よくぞフーケから破壊の杖を取り戻してくれた。逃げられたのは惜しかったが、杖もまた宝物庫に収まったし一件落着じゃ」

 

 お爺様は誇らしげに礼をする私達の頭を優しく撫でながら更に言葉を続けます。

 

 「宮廷に、君達の[シュヴァリエ]の爵位申請を出しておいた。追って連絡があるじゃろう。と言っても、ミス・タバサは既にシュヴァリエの爵位を持っておるので、君には精霊勲章の授与を申請しておいたぞぃ」

 

 ルイズ達は顔を輝かせて喜んだ。タバサも珍しく分かり易い喜びの雰囲気を漂わせています。顔はいつも通りですが。私には、それがどれほどの物なのか良く分からないのですが、ルイズ達の反応からすると、相当名誉な事なのでしょう。ただの庶民な私としては、表彰状くらいで十分な気分ですが。

 

 「本当ですか?オールド・オスマン」

 

 「うむ、本当じゃ。君達はそれ位の事をしたのじゃ。フーケから杖を取り返し、偶然発見したオーク鬼の群れを準備無しで討伐するなど、衛士隊でもそうは出来んぞぃ」

 

 キュルケの確認に、うむうむ言いながらお爺様がそう返し褒めてくれます。

その言葉にキュルケは飛び上がって喜びました。タバサを抱き締めクルクル回ってます。タバサを抱き締めるの好きですねキュルケは。ルイズはと言うと、才人さんの様子を気にしているようです。今の説明では彼への恩賞が無い様でしたから、それを気にしているのでしょう。

 

 「オールド・オスマン、サイトには何も無いのですか?」

 

 「残念ながら、彼は貴族ではないのでの」

 

 申し訳無さそうな表情で言うお爺様ですが、才人さんは気にしてない様です。

 

 「何もいらないですよ、俺は」

 

 「すまんのぅ。一応儂の自腹でいくらか出させて貰うから、それで勘弁しておくれ」

 

 お爺様がそう言うと、ルイズも少しホッとした様子で胸を撫で下ろします。

私は見てないですが、才人さんも頑張った訳ですし、何も無いのは可哀想ですからね。

 

 「さぁ、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。破壊の杖も戻ってきたし、予定通り執り行えるぞぃ」

 

 キュルケの顔が更に輝きました。かなり眩しい笑顔です。

 

 「あ!フーケのせいで、すっかり忘れてましたわ!」

 

 「今日の舞踏会の主役は間違い無く君達じゃ。存分に着飾るのじゃぞ?」

 

 ルイズ達は綺麗な礼をしてドアに向かいました。

私もそれに続こうと歩き出した所で、才人さんが動かない事に気付いて立ち止まります。ルイズも動かない才人さんを見てどうしたのかと言うように立ち止まり、彼の顔を見つめています。

 

 「先に行ってていいよ。すぐ追い付くから。あ、夕映は残ってくれ、話を聞きたいし」

 

 「へ?えぇ、分かったです」

 

 「何よ?ユエが残るんなら、私も残るわよ?」

 

 怪訝そうな顔をするルイズは、小首を傾げてそう言いますが、才人さんは首を横に振って断ります。

 

 「いや、聞きたい事があるだけだからすぐ済むよ。ルイズは準備もあるんだろ?早く行かないと遅れるぞ?」

 

 「………まぁ、いいわ。ユエだって仕度があるんだから、余り時間かけるんじゃないわよ?」

 

 そう言った後、ルイズは何故か心配そうな表情で私の方を見て、軽く手を振ったのち学院長室を出て行きました。

才人さんはそれを見送った後珍しく、と言ってもそこまで長い付き合いでは無いので本当に珍しいのかは分かりませんが、とても真剣な顔をしてお爺様と向き合います。

 

 「何か聞きたい事があるようじゃな。言ってごらんなさい、君に爵位を授ける事は出来ないが、せめてものお礼じゃ。出来るかぎり力になろう」

 

 お爺様は、久しぶりに会った孫を見るような優しい表情を浮かべて才人さんを促します。

 

 「では、オスマンさん。あの破壊の杖を一体どこで手に入れたんですか?」

 

 「ふむ?……あれは昔、森を散策していた時、突然ワイバーンに襲われての。まだ若かった儂では倒す事が出来んかった。そして、もうダメかと思った時、あの破壊の杖を持った男が現れてワイバーンを一撃で吹き飛ばしたのじゃ。礼を言おうと近付くと、彼はパタリと倒れてしまった。見れば酷い怪我をしているのではないか。儂は急いで連れ帰り、手厚く看護したのじゃが、何分かなりの重傷での。ヒーリングだけでは追い付かん、水の秘薬を取り寄せて治療に当たろうと思ったのじゃが、秘薬が届く前に………」

 

 「亡くなったんですか?」

 

 「……うむ。儂は彼がワイバーンを倒す時に使った一本を彼と共に墓に埋め、もう一本を破壊の杖と名付けて宝物庫に納めた。恩人の形見として、大切にな。それがあの破壊の杖じゃ」

 

 きっと今、お爺様の脳裏には、その恩人の事が浮かび上がっているのでしょう。懐かしそうに、それでいて悔しそうな、そんな表情をしているです。

 

 「そうですか。手掛かりが見つかったと思ったのに……」

 

 「ふむ。手掛かりとは、何のじゃ?」

 

 お爺様が思い出に耽るのを辞め、才人さんを見つめます。

 

 「実は、俺は、いや、俺と夕映はこの世界の人間ではありません。こことは違う世界から来たんです」

 

 あー、やはり言ってしまいましたか。

異世界から来たなんて、頭の病気を疑われる様な事は極力言いたく無かったです。しかし、お爺様の話に出てきた人物は、おそらく地球からここへ飛ばされて来たのでしょう。私と同じ様な天然の[扉](ゲート)で来たのか、はたまた別の手段で来たのかは分かりませんが、あんな武器、魔法使いは使いませんし、きっとどこかの国の兵隊だったのでしょう。

 彼の事を詳しく聞けば、帰る為の方法を探る手掛かりになるかも知れないですね。

 

 「多分、いや確実にその破壊の杖の持ち主は、俺達と同じ世界から来た人間です。あの破壊の杖は、俺達の世界の武器で、M72対戦車ロケットランチャー、とか言う名前だったかな?とにかく、その人がどうやってコッチに来たのか分れば帰る方法も分かるかと思ったんですが……」

 

 才人さんは何の予備知識も無しに、いきなりここに呼び出されたんでしたね。

帰れるなら帰りたいと思うのも当然です。友人や両親ともお別れをしてないでしょうし、きっと向こうでは大騒ぎしてるでしょう。私も、留学途中でいきなり消息不明になった形ですし、のどかや委員長(エミリィ)達はきっと大騒ぎしてるですね。してなかったらちょっと寂しいですが。

 

 「ふむ、それで合点がいった。彼は最後までうわごとの様にこう繰り返しておった。『ここはどこだ?元の世界に帰りたい』とな。この元の世界と言うのが、君が居た世界と言う訳じゃな」

 

 「えぇ、そうです。その人がどうやってここに来たのか分かりませんか?俺自身は、ルイズの召喚魔法でここに来ました。だけど、夕映は事故でここに来たそうです。その人がどうやってこの世界に来たのか分れば、帰る手掛かりになると思うんです」

 

 「……ふむ、そうか。しかしすまんのぅ。儂はついぞ、彼とまともに会話する事が出来んかったんじゃ。じゃで、どうやって来たのか、どこの誰なのかは結局分からず終いじゃった」

 

 ふむ、手掛かりなしと言う事ですか。

 

 しかし、この世界は一体どう言う位置付けなのか。才人さんは日本の秋葉原から直接ここに召喚され、私は魔法世界の森から吸い込まれてこの世界の森に放り出され、その恩人さんは多分日本以外のどこかから来た。つまり、この世界は新世界と旧世界の両方と繋がっていると言う訳です。地図を見ると、ここの地形はヨーロッパ近辺にとても良く似ています。もしかしたら、このハルケギニアはヨーロッパを基盤にした異界空間なのかも知れません。魔法世界も火星を基盤にしたもので、その地形は元の火星と同じですし、この仮説は十分可能性があるですね。

 

 「……そうですか。またふりだしに戻っちゃったな」

 

 「力になれんですまんの。こちらでも君を送り返す方法を調べて見るので待っててくれんか?まぁ、見つからんかったとしても今後の生活は保証するぞぃ。住めば都と言うし、ここでの生活も悪くないじゃろうて。それにちゃんと嫁さんも見つけてやるしの。なんじゃったら儂の孫なんてどうじゃ?このユエ君なんじゃが、なかなか器量は良いぞ?まぁ、全体的にちょっと小さめじゃが……っ!?」ピコンッ!!

 

 「小さめで悪かったですね」

 

 失礼な事を言うお爺様にピコピコハンマーでお仕置きしつつ、私はこれからの事を考えます。

帰る事は急いでいませんが、一筋縄では行かなそうだと言うのはヒシヒシと感じます。まず、この世界がどう成り立っているのか調べないと行けませんね。完全な平行世界であるならば、小手先の方法ではまず帰れないでしょう。何せ世界を越えなければいけないんです、ただ長距離を跳ぶのとは訳が違いますから、魔法を勉強するだけではどうしようもないかもしれません。

 

 「すまんすまん。いや、ユエ君は十分魅力的じゃぞ?お人形の様な可愛らしさじゃ!」

 

 「いえ、いいんですが………」

 

 「夕映ってオスマンさんの孫だったのかっ!?」

 

 「まぁ、いろいろと事情があってそう言う事になってるです」

 

 才人さんにはちゃんと事情を説明出来なかったんでしたね。まぁ、重要な事ではないですし、また今度でいいでしょう。

 

 「っとそうだ、オスマンさん。このルーンの事も聞きたいんですが」

 

 才人さんが左手に刻まれたルーン文字を見せつつお爺様に聞きます。

 

 「これが光ると何故か武器を自在に使える様になるんです。剣だけじゃなくて、俺の世界の武器まで」

 

 剣を持つと素早く動ける様になるのが能力だと思ったですが、武器を操るのが能力だったんですね。

 

 「……これなら知っておるよ。これはガンダールブと言う伝説の使い魔の印じゃ」

 

 「ほほう。伝説ですか」

 

 「うむ、その通りじゃ。その伝説では、ありとあらゆる武器を使いこなしたと言われておる。破壊の杖を使えたのもそのおかげじゃろう」

 

 使い魔には、時折特別な能力を宿すものがいるそうですが、才人さんもそう言った理由で能力を得たのでしょうか?才人さんが特別だったのか、召喚主であるルイズが特別なのか分かりませんが、大層な能力を手に入れましたね。

 

 「なんで俺がそんな使い魔に……?」

 

 「分からん」

 

 「分からない事ばかりだ。……そうだ、夕映は何か分からないか?」

 

 才人さんがそう聞きますが、流石に情報が少なすぎて推測もままならないです。

 

 「いえ、そう言われてもですね。今言えるのは、私達の世界に帰るのは容易ではないだろうと言う事くらいですね」

 

 「そんなにか?」

 

 「えぇ。何せ、ここがどう言う世界かも分からないのですから。単純に隣の国に来たのとは訳が違うのです」

 

 帰るには、まずこの世界が平行世界なのか、地球のどこかを基準とした異界であるかを見極めなければいけません。その上でそれを飛び越える為の魔法を構築する必要があるのですが、私ではまだそこまでは無理です。

 

 「ふむ。そう言えばユエ君も才人君と同じ世界から来たのだったね」

 

 「はいです。嘘をついていてごめんなさいです」

 

 「構わんよ。いきなり儂は異世界から来たのじゃー、なんて言われても信じないと思ったのじゃろぅ?」

 

 「はい。私なら正気を疑いますから」

 

 本当はもっと後にしたかったですが、いい機会ですし言ってしまうのも良いでしょう。いつまでもお世話になっているお爺様に嘘をついているのもイヤですし。

 

 「くぅぅぅっ!異世界とは!心が踊るようですなっ!」

 

 「おぉぅ、コルベール君、君も居たのじゃったな」

 

 「最初から居ましたとも!!」

 

 名前じゃなく存在を忘れるとは、流石に可哀想ですよお爺様。

 

 「コルベール君、今の事は他言無用じゃ。良いな?」

 

 「分かりました。確かに騒がれたら面倒ですしね」

 

 異世界があると知られたら、いろいろ聞かれそうですしね。好奇心旺盛な人に捕まったら大変そうです。

 

 「あ、ミス・ファランドール。君が授業で魔法を失敗するのも、そのせいなのですかな?異世界と言うくらいですし、魔法もこちらとは違う可能性がありますし」

 

 コルベール先生は、授業中に何度試しても魔法を失敗する私に疑問を持っていたようです。う〜ん、もう隠している必要はないですね。

今まではルイズ達が大騒ぎになると言うので隠して来ましたが、魔法が使えない者が、今回の様な任務を成功させられるはずは無いと騒がれるかも知れません。そんな時に私の魔法がバレたら、それこそ大騒ぎです。今の内に打ち明けておいて対策を練っておくべきですね。

 お爺様はこの学院のトップですし、何か良い考えが浮かぶかも知れません。

 

 「えぇ、コルベール先生。今まで誤魔化して来ましたが、実は私は系統魔法は使えません。しかし、魔法は使えます」

 

 「ふむ。それはどう言う事じゃ?」

 

 お爺様も不思議そうに私の方を見ます。

お爺様は、仕事の関係や時間が合わないせいで余り話す機会がなかったですが、ちょくちょく私の事を教師達に聞いていたそうです。そのおかげで、私が魔法を使えない事も知っていたようです。しかし、出会った時に魔法を使えると言っていたので、どう言う事か聴こうと思っていたとか。一時的とはいえ、祖父と孫だと言うのに、余りに会話がなさすぎでしたね。これからはちょくちょく話をしに行くとしましょう。

 

 「ここからは他言無用でお願いします。知られれば、私はここに居られなくなるです」

 

 「……ふむ。よかろう。コルベール君も分かったかね?」

 

 「はい、勿論です!」

 

 先程から少年のように目を輝かせているコルベール先生が、これでもかと言うほど元気に返事をします。

 

 「……ルイズ達が言うには、私の魔法はこちらでは先住魔法に分類されるそうです。世界に満ちる力を呪文で制御する私の魔法は、こちらの人達にとってタブー視される邪法で、知られると異端審問にかけられるのだと」

 

 「…………先住魔法とな。なるほど、これは大変な問題じゃ」

 

 「系統魔法は使えないのですかな?使えるなら、そちらだけを使っていれば問題無いと思うのですが」

 

 確かに使えるならそれだけを使っていれば気にする事も無いのですが、それは既に無理だと分かってしまっています。

 

 「いえ、私では系統魔法は使えません。これは私達の資質が関係しているです。こちらでは貴族しか魔法が使えないですが、それが何故か分かりますか?コルベール先生」

 

 「む?メイジになれるのは貴族のみなのは当然だと思っていましたが、その理由まで考えた事はなかったですな。……はて、一体何故なのか……」

 

 コルベール先生がアゴに手を当てウンウン唸ってます。今まで疑問にも思ってなかった事も、いざ理由を考えるとなるとなかなか思い付かないものです。

 

 「思い付かないですなぁ。正解はなんですかな?」

 

 「いえ、私も完璧に分かっている訳ではないですが、貴族の方と平民の方では魔力、こちらでは精神力と言いますが、それの総量がかなり違うのです。平民が1とすると、貴族は50から100はあるでしょうか。そして魔法を使うには、一番弱いドットランクの魔法でも精神力を10使うとすると、何故貴族だけが魔法を使えるのか分かるでしょう」

 

 魔力が足りなければ魔法が使えないのは当然で、これが平民が魔法を使えない理由と思うです。何故貴族の方はそれだけ魔力があるのかと言うのは、長い時間を掛けて魔力量が多い血筋を守って来たからでしょう。

 

 「なるほどのぅ。精神力が1しかない平民が魔法を使えないのは当然じゃな」

 

 「はい。貴族はその精神力の多さを長い時間血筋を守ることで維持して来たので、メイジになる事が出来るのでしょう。そして、私が系統魔法が使えない理由もそれです。私はお爺様の養女にしてもらったおかげで貴族と言う位を得ましたが、血筋は平民です。なので精神力が足らず系統魔法が発動しないのです」

 

 私の家は完全に一般家庭ですしね。

逆立ちしたって系統魔法は使えないでしょう。どうにかして自力の魔力量を増やす方法を見つけるか、精霊魔法の使い方で系統魔法が使える様に術式を組み替えるとかしなければいけないです。まぁ、そこまでするくらいなら似たような魔法を使って誤魔化す方が早いでしょう。

 

 「ふむ、つまりユエ君は系統魔法を使えるほど精神力が無いと言う事か。その代わり先住魔法が使えると」

 

 「ふぅむ。しかし、先住魔法か。確かに知られればロマリアの神官どもが騒ぐじゃろうな。どうしたものか……」

 

 お爺様達は事の難しさに頭を抱えてしまいます。

宗教関係はどんな世界でも難しいのでしょう。なにせ、それを絶対の物と信じている所に違う物が来るんです。よほど頭が柔軟じゃないと、それを受け入れられず排除しようとします。しかもこの世界の根底に関わる魔法技術についてです。そう簡単に解決出来ないでしょう。

 

 「これは難しい問題じゃのぅ。ユエ君の魔法を公表するとロマリアの連中が騒ぐ。公表しないと、彼女がメイジだと証明出来ず成績に影響が出る。うーむ………」

 

 「そんなに考えるものですか?出身が違うから魔法も違う、でいいと思うんですけど」

 

 才人さんが不思議そうにそう言いますが、やはり理解は難しいでしょうね。

なにせそう言う差別と言うか、宗教上のタブーなどが無い日本から来たのですから仕方ないです。

 

 「いや、それほど単純な問題では無いのだよ。系統魔法は始祖ブリミルが伝えた物でね?……」

 

 コルベール先生が才人さんに何故先住魔法が問題なのかと説明しますが、宗教にこだわりの少ない日本人である才人さんには余り理解出来ないようです。私も実はそれほどちゃんと理解してる訳では無いので、人の事をとやかく言えませんが。

 

 「とりあえず、ユエ君の魔法の事は今は隠しておいた方がいいじゃろうな。いつまでもとは行かないじゃろうし、近い内にどうするか決めないといかんがの」

 

 お爺様もこの難しい問題を解決する方法が思い付かないようです。日本のように、世界中の宗教から自分達に都合の良い所だけを吸収していく柔軟性があればいいのですが、そんな節操の無い国はそうそう無いですし、いきなり解決は無理でしょうね。

 

 「しばらくは現状維持ですね」

 

 「うむ。窮屈な思いをさせるじゃろうが、我慢してほしい。なるべく早くどうにかするのでの」

 

 「いえ、構いません。これが難しい問題なのは分かっているです」

 

 宗教問題を一人で解決出来る訳がないので、帰る時まで隠してる事になっても仕方ないですね。才人さんにいろいろ教えていたコルベール先生も、文化の違いで一向に理解し切れない様子の彼に困り果てているです。

 

 「……ふぅ、これが世界の違いですか」

 

 「すいません、頭が悪いもんで」

 

 「ほっほっ。まぁ、今は知られるとマズイとだけ分かっておればいいじゃろうて。まだ実害は無いし、ゆっくり覚えていけばいい」

 

 お爺様がそう結論付けて、才人さんへの教育はお開きとなりました。この問題の解説はおいおいやって行くとするです。

 

 「だいぶ話し込んでしまったの。そろそろ行かないと舞踏会に遅れてしまうぞぃ。才人君も、ミス・ヴァリエールのエスコートをせねばならんじゃろ?もう行くといい」

 

 「はい。いろいろありがとうございました」

 

 「なんのなんの。余り役に立てずに申し訳ないのぅ。嫁さんが欲しくなったらいつでも行ってきなさい。綺麗どころを選んでおくでのぅ」

 

 「ははは。まぁ、その時はお願いします」

 

 才人さんは軽く笑って誤魔化し、そそくさと部屋を後にしました。今の歳で結婚なんて、余り考えられないのでしょう。私も今誰かと結婚してる所など、想像も出来ないですし。

 

 「ではお爺様、私も行くとするです」

 

 「おぉ、待ってくれんかユエ君。異世界のメイジである君に、見て貰いたい物があるんじゃが、少しだけいいかね?」

 

 私も部屋を出ようと思ったら、見せたい物があると言ってお爺様が引き止めて来ました。余り舞踏会には興味が無いのでいいのですが、一体なんでしょう?

 

 「見て貰いたい物とはなんですか?」

 

 「うむ、こっちじゃ。……コルベール君ももう行きたまえ。ここから先は、儂とユエ君だけの秘密じゃ」

 

 目を輝かせてついてこようとしたコルベール先生を、お爺様がしっしと追い払います。

 

 「そんな!?ここまで来てそれはないですぞ!オールド・オスマン!」

 

 「いいから行くのじゃ!舞踏会にでも出て、嫁さんでも探して来なさい!」

 

 グイグイとコルベール先生を部屋の外に押し出そうとするお爺様と、必死に抵抗するコルベール先生。何を見せるつもりなのか、強引に人払いまですると言う事はよほどの物なのでしょう。少し楽しみです。

 

 お爺様は、コルベール先生を押し出してバタンと扉を閉めました。軽く息をつき、書類などが入っている棚の前まで歩いて行きます。

 

 「ふぃぃ、まったくコルベール君はしつこいのぅ」

 

 「一体なんなのですか?」

 

 「うむ、少し待ってておくれ。随分昔なのじゃが、他国を旅していた時にとある洞窟を見つけたての」

 

 ゴソゴソと棚を漁りながらお爺様が昔話を始めました。

書類や本を取り出し、空にした棚の奥に手を入れて何かをしています。

 

 「若かった儂はその洞窟を探検しようと一人で入って見たのじゃ。なかなか複雑な洞窟での、曲がりくねっておって先を見通せないし、所々細い横穴があるしで、全てを探るにはかなり時間がかかりそうな、そんな洞窟じゃ。……おっと、あったあった」

 

 棚の中をゴソゴソやっていたお爺様が、何かを押し込む様に手を動かすと、棚の下半分が左右に開いていきました。

どうやら棚の中に細工がされていて、隠し通路への扉が開く様になっていたみたいです。お爺様は私を手招きして通路に入って行きました。私も急いで後を追い、魔法で明かりが付けられた狭い通路を進んで行きます。

 

 「儂はその洞窟を3日掛けて探検した。何かお宝でも眠ってはいないかと思っての。まぁ、ほとんど何も見つからなかったがな。じゃが、遂に洞窟の一番奥に何かあるのを発見した。儂は慌てて明かりをかざしたんじゃ。ようやく見つけたお宝がどんな物か、ワクワクしながら目を凝らすと、そこには不思議な瓶が数個あった」

 

 「瓶、ですか?」

 

 お宝と言うからてっきり何かの財宝的なものかと思ったですが、瓶ですか。

 

 「そう、瓶じゃ。じゃが、普通の瓶ではなかった。一抱えもあるその大きな瓶の中には、山や川、そしてそれは見事な城が入っておったんじゃ。儂は一目見て気に入ってしまってのぅ。しかし、それら全てを持って帰るには、些か大き過ぎたし道は狭過ぎた。儂は泣く泣く何個かある瓶の中から、一番綺麗なものを選んで持ち帰ったんじゃ。っと、着いたぞぃ。お入りなさい」

 

 そう言ってお爺様が通してくれた場所は、少し天井が低い20畳ほどの部屋でした。

本や絵画、妙な形の甲冑などが所狭しと並べられているです。私が部屋を見回している間に、お爺様は部屋の隅にあった木箱を持って来ました。部屋の中央にその箱を置き、私を手招きするのでソロソロと近づいて行くと、お爺様はにっこり笑ってその箱を開けました。

 

 「これが見て貰いたい物じゃ。この様なもん、儂等メイジでも作る事は不可能じゃ。最初はエルフが作った物だろうと思っておったんじゃが、ユエ君達の話を聞いてもしやと思っての。一度確かめて貰おうと思ったんじゃ」

 

 そう言って箱から出した物を見て、私は目を疑いました。

大きな瓶の中に塔が立っていて、周りには海らしきものがあり、そして瓶の表面に書かれた[EVANGELINE'S RESORT]と言う文字。間違いありません、これはエヴァンジェリンさんの別荘のダイオラマ魔法球です!

 

 「お、お爺様!?これは一体、どうしてここに!?」

 

 「ほっほ、やはり知っておったか。どうしても何も、さっき話した持ち帰った一番綺麗な瓶がこれじゃ。その様子じゃと、これが何か知っておるのじゃろ?教えてくれんか、これがなんなのか」

 

 い、一体何故これがここに?これは今もエヴァンジェリンさんのログハウスの地下室に安置されているはず。私が留学する前日にも使わせて貰いましたから、それは間違いないです。それなのに、お爺様の話ではかなり昔にこれを手に入れている訳で。時間軸がおかしいです。まるで、このダイオラマ魔法球が時間を越えて来たかのようです。しかし、そんな事があり得るのでしょうか?いえ、確かに私も時間移動をした経験があるです。しかしそれは超さんの作ったタイムマシン、カシオペアがあっての事。この別荘にそんな機能が付いている訳もなく、更に異世界に来るはずがないです。いえ、そう言えば超さんが卒業式の前に戻って来た時、平行世界へと行ける機械を作ったとか何とか言ってたですね。詳しく聞く事は出来なかったですが、そう言う事が出来ると言う事はこれがここにあるのもおかしく……いえ、やはりおかしいです!そもそもエヴァンジェリンさんが、これを手放すはずもないですし、過去の異世界に送る理由が見当たりません。しかし、それなら何故これが……

 

 「あー………、ユエ君や。大丈夫かの?」

 

 「ッハ!!……すいません。つい考えこんでしまいました」

 

 何かあるとつい考え込むのが私の悪い癖です。

 

 「うむ、構わんよ。して、これは一体なんなのじゃ?まるで瓶の中に一つの世界が入っておるように見えるんじゃが」

 

 「概ねその認識で間違っていないです。これはダイオラマ魔法球と言って、瓶の中に仮想世界を作り出すマジックアイテムなのです。中に入る事ができ、体感時間まで操作する事が出来ます。例えば外の1時間を瓶の中では1日に伸ばすと言う具合です。私達はこれを別荘と呼んで、短い時間を伸ばす事で通常より長く修行が出来るようにしてました」

 

 「な、なんと。時間までもいじれるのか!?この瓶の中に入る事が出来るなんぞ、信じられんのぅ」

 

 私も初めてこれに入った時は驚きました。流石魔法だと喜びつつも、そのスケールの大きさに圧倒されたものです。お爺様は、なまじ魔法と言うものを知っているので、余計信じられないのでしょう。自分の常識ではあり得ないものですから。

 

 「えぇ、しかしこれがここにあると言うのがおかしいのです。お爺様、これを手に入れたのはいつ位なのですか?」

 

 「ふむ、なにぶん昔の事じゃで、細かくは覚えておらんが、少なくとも40年は昔のはずじゃ」

 

 「40年前ですか。やはりおかしいです。私は、この世界来る二日前にこの別荘に入って訓練の総仕上げをやっていたです。つまり、これは2週間ほど前にはまだ、私の世界にあったと言う事です。なのに実際には40年も昔にお爺様がここにしまっていた」

 

 「ふむ、確かにそれはおかしいのぅ。儂は確かに若い頃にこれを手に入れた。さすがにボケているとは思いたくはないし、これは確実じゃろう。そうすると、このダイオ……なんじゃったかな?」

 

 「ダイオラマ魔法球です、お爺様。単に別荘でも構いませんが」

 

 ちょっとすぐには覚えられない名前ですし、仕方ないと言えなくもない、ですかね?

 

 「おおう、そうか。で、その別荘は時を越えて来たと言う訳じゃな」

 

 「そうとしか思えませんが、この別荘にそんな機能は無いはずですし」

 

 私の知らない間に超さんが追加したと言う可能性も無くは無いですが、エヴァンジェリンさんが勝手に弄る事を許すとは思えないですし、彼女自身も時間感覚が普通の人間とは違うので時間移動に興味を持つとは少し考えにくいです。

 

 「まぁ、考えても仕方がないじゃろう。既に異世界からここに来た人間が何人も居るくらいじゃ。時を越えるくらい不思議でもあるまい」

 

 「……そんな大雑把でいいのですか?」

 

 「それくらいじゃなければ、長生き出来んぞぃ」

 

 お爺様はそう言って私の頭を撫でてくれました。

懐かしいその感触に思わず目を細めてしまいます。昔、我儘を言った私を諭す時や、褒めてくれる時によく撫でられたですが、その時の事が鮮明に思い出されるです。

 

 「うむ、そうじゃ。ユエ君、これを貰ってくれるかの?」

 

 「え!?いいのですか?」

 

 「あぁ、勿論。老い先短い儂がこのまま隠し持っていても仕方がないし、これが何か知っている君が持っていた方がいいじゃろうて」

 

 お爺様は私の頭をもう一撫でしてから、ダイオラマ魔法球を箱に戻して手渡して下さいました。

 

 「ありがとうございます、お爺様」

 

 「うむうむ。孫に贈り物をするのは、ちょっと憧れておったのじゃ。昔馴染み達が子供や孫の話をする度に、羨ましく思っていたのでの。むしろ儂がお礼を言いたいくらいじゃ」

 

 言葉通りに、とても幸せそうな顔をするお爺様を見てると、私も嬉しくなります。

私達は本当の祖父と孫のように顔を見合わせ笑い合ってから、この隠し部屋を後にします。狭い通路を抜け学院長室まで戻ってくると、お爺様はまた棚の細工を戻し、通路を隠します。

 

 「この通路は、何故わざわざ隠してるのです?」

 

 「ここは儂の個人的な宝物庫と言った所での。王宮にも見せたくないと言う特に気に入った物をしまっておるんじゃ。あの破壊の杖も、本来はここにしまっておきたかったんじゃが、あれは王宮に知られてしまったでの。王宮に取られてしまうそうになったので、せめてと学院の宝物庫にしまったんじゃ」

 

 恩人さんの形見ですからね。

ひっそりとしまって置きたかったと言うのに、フーケに盗られかける羽目になったとは災難でしたね。

 

 「さぁ、随分遅くなってしまったがユエ君も舞踏会に行くと良い。しっかり着飾って、君の可愛らしさを見せつけるのじゃぞ?」

 

 ポフポフと頭を撫でて、お爺様は笑います。私は子供に戻ったつもりで返事をして、学院長室を後にしました。手の中の木箱の中身がどうしてここにあるのか、話に出てきた他のダイオラマ魔法球は、割れたり欠けたりしていたと言っていましたし、一体どうしてそうなったのでしょう。一度ちゃんと調べないと気になって仕方ありません。舞踏会に出るように言われましたが、その前にちょっとだけ中に入ってみるとしましょう。もしかしたら中に何かの手掛かりがあるかも知れません。

 

 「……時間設定はリセットされてますね。いつも1時間が1日の設定だったので、少し違和感があるです」

 

 私はとりあえず机の上に別荘を安置して、入り口となる魔法陣を[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)から引っ張り出して床に描いて行きます。そう言えばこのチョークも、無くなれば次が無いのですよね。近い内に代わりになる物を見つけておかないと。

 

 「さて、出来ました。一体どうしてこれがあるのか、分かればいいのですが……」

 

 起動させた魔法陣に乗り、久しぶりの別荘に入ります。こんな異世界で別荘に入るとは思っても見なかったですね。この世界にこれがあるのは何故かしっかり調べましょう。

 

 

 





 はいー、そんな第14話でした。

いやぁ、戦闘シーンって、どう書けばいいんでしょうね?頑張ったけど、おかしいぞ、って言う人は、脳内で補完して読んで下さい。そのうち、上手くなってみせますので………

 今回で原作1巻が終わる予定だったのに、長くなりすぎたの途中で切るはめに。そんな訳で次回もよろしくです!


 三人称って、どう書くんだろうか………


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ゼロの旅15

最近自分のボキャブラリーの無さに愕然としてます。
言葉を探すのに時間がかかるかかる。もっと精進せねば。

でわ、第15話おまちどぉ


 

 

 

 

    <ルイズ>

 

 

 せっかくの舞踏会なんだしと、踊れないと言うサイトに簡単に教えながら踊った後、タバサが料理をかき込んでいるテーブルに移動してきた。

あの小さい体にどうしてあそこまで沢山入るのか不思議でならないわ。周りでも、そんな彼女の食べっぷりを見学する生徒達が結構いる。もう、完全に見世物になってるわね。

 

 「タバサ、貴女よくそれだけ入るわね?」

 

 「うん、美味しい」

 

 「そんな事聞いてないわよ……」

 

 大食いなのに、なんでこんなに小さいのかしら?

背も胸も小さくって、本当にまだ子供みたい。

 

 「そういや、夕映はいないんだな」

 

 「あらほんと、居ないわね。まだ支度してるのかしら?」

 

 キュルケは男子達に囲まれて何か自慢っぽい事を話してる。タバサはここで大皿に盛った料理をどんどん口に運んでいる。いつもはここにユエも居てなんか妙な飲み物を飲んでるのに、今日はどこにも居ないわね。学院長室で何かあったのかしら?

 

 「サイト、あんた何か知らないの?」

 

 「いや、なんにも?」

 

 「あんた、ユエだけ学院長室に残るように言ったじゃない。その後どうしたのよ?」

 

 「俺も話の後はさっさとこっちに来ちまったからな。その後の事はわからん」

 

 役に立たない使い魔ね。

サイトが違う世界から来たって事を信じる事にしたんだけど、それってつまり、同郷だって言ってたユエもそうだって事よね?

 確かに、あのオーク鬼相手に戦ってたユエの強さを見ても、違う世界から来たからだと思えば、苦しいけど納得は出来るし。サイトだけじゃ無くてユエからも違う世界の事を色々聞きたかったんだけどなぁ。サイト、説明下手だし。

 

 「一回ユエの部屋でも見に行ってみようかしら?」

 

 「入れ違いになるんじゃないか?」

 

 むぅ、確かにその可能性もあるわね。

 

 「うーん、そうねぇ。もう少し待って見て、来なかったら迎えに行くとしましょう」

 

 結局無難に来るのを待つ事にしたわ。ユエがどんなドレスを着るのか楽しみにしつつ、私も軽く食べる事にしよう。まだワインしか口にしてないからお腹が空いちゃったし。

 

 「サイトも適当に食べてなさい。平民が、こんな料理食べられるなんて滅多に無いわよ?」

 

 「まぁ、確かにこんな豪勢なのは結婚式で出てくるくらいだしな。よっし!じゃあ、遠慮無く食わせて貰うとするかっ!」

 

 あのバカ、許可を出したらテーブルにすっ飛んで行っちゃったわ。余り恥ずかしい真似するんじゃないわよ。

 それにしてもあいつの所では平民でも結婚式だとこれくらいの料理が並ぶって言うの?もしかして、サイトって平民の中でも裕福な家の出なのかしら?また聞かなきゃいけない事が増えたわ。まったくサイトの癖に生意気な。

 

 「ミス・ヴァリエール、ちょっといいかな?」

 

 「んむ?」

 

 私が生意気なサイトをどうお仕置きしようか考えながら料理を食べていると、珍しく男子が1人私に声を掛けて来た。いつもはバカにして来る癖に、着飾った途端手の平を返した様に群がって来たバカ共を一蹴してからは静かだったのに、何の用かしら?

 

 「何の用よ?踊りなら間に合ってるわよ?」

 

 「いや、ダンスの申し込みじゃなくて、少し聞きたい事があってね」

 

 「聞きたい事?一体何を聞こうって言うの?レ、レー……レイザーラモン?」

 

 「誰だよ!?そんな名前どこから出てくるんだっ!」

 

 「冗談よ、冗談。ちょっとボケただけよ、レイストーム」

 

 「ちょっとかっこいいなぁっ!!けど!僕の名前はそんなのじゃないよ!?」

 

 あ、あれー?違ったの?じゃあ、えぇーっと、なんだったかしら?

 

 「あら?珍しくルイズが男連れてるわね?なんて酔狂な」

 「なんか頭がやわっこい!!……って、キュルケ!?何するのよ!!」

 

 私が頭を捻って名前を思い出そうとしていたら、キュルケの奴が私の頭にその無駄にでかい胸を乗せてきた。その柔い感触に振り返ってみれば、キュルケが肩と、胸の半分くらいが出ちゃってる頭の悪そうなドレスを着てワインを片手に立っていた。胸の所だけでも出し過ぎだって言うのに、そのスカートの部分が大きく縦に切り込まれていて、太腿の付け根あたりまで見えちゃってる。

 

 「な、なんて物着てるのよあんた!」

 

 「いいでしょう?このスリット、ユエの甲冑姿からヒントを貰って、急遽仕立て直したのよ?」

 

 そう言ってスカートを引っ張り上げるキュルケ。確かにユエの甲冑には結構きわどいスリットとも言える切れ込みがあって素足が覗く構造になってたのは確かだけど、あれは甲冑なのに入ってるって言うギャップが格好良いんだけど、キュルケのはもうタダ露出したいだけに見えるわね。スリットから艶のある褐色の太腿を覗かせてポーズを決めていると、周りでそれを見ていた男共が、歓声を上げて下着でも覗き見ようと頭を下げた。キュルケはそれに気付いてるけど慌てて隠すような事はせず、余裕を持ってスカートを戻し、覗こうとしていた男共に流し目を送って微笑んでやる。それを見た男共は顔を真っ赤にして明後日の方向に向き直った。多分、誤魔化そうとしたつもりだろうけど、端から見てもまったく誤魔化せてない。これだから男は………って、サイトまで何してるのよ!?

 

 ベシンッ!!

 「痛!!無言で叩くなよ!」

 「うるさい!!」

 

 鼻の下を伸ばしていた使い魔に軽くお仕置きしてから、キュルケの前に戻って話を続ける事にした。

 

 「急に走って行くから何かと思ったら。いいじゃない、少しくらい見てたって。ダーリンだって男の子なのよ?」

 

 「見てたのがあんた以外の誰かだったら怒りゃしないわよ。この露出狂が」

 

 「いい女は見られてなんぼよ?もっとも、見せられる物が無い人には無理だけどね?」

 

 うぷぷっと口を手で隠して笑いながら、キュルケは私の胸を指で突つく。この変態はっ!小さくって悪かったわね!?

 

 「な、何よ!そんな下品に膨らんでる方がみっともないんだからっ!」

 

 私は手で胸を隠しながら反論するけど、自分でも負け惜しみにしか聞こえないのが悔しい。

 

 「みっともなく大きくてごめんなさいね?あぁ、肩が凝って仕方が無いわ。ヴァリエールに分けてあげたい」

 

 む、ムキィィィィッ!!

キュルケは、私に見せつける様に腕で押し上げて胸を強調する。大きな丸い胸が形を変えつつ盛り上がり、今にもこぼれ落ちそうになっている。こんのぉぉ………ッ

 

 「あ~~、喧嘩は後にしてもらいたいんだけど……?」

 

 私がキュルケの大きな丸い脂肪に噛み付いてやろうと、カチカチと歯を鳴らしていたら、隣で置いてけぼりを食らってた男子が遠慮がちに声をかけて来た。そういえば居たんだったわね、すっかり忘れてたわ。

 

 「そういえば何の用だったの?レイモンド」

 

 「レイナールだよっ!!君、覚える気無いだろ?」

 

 「今までほとんど喋った事無いのに、隣のクラスの人間まで覚えてる訳無いじゃない」

 

 学院に居る全ての人を覚えてる訳じゃないんだし、そもそも人をバカにするような連中の名前なんて覚える訳ないんだから仕方ないじゃない。でも覚えてなかった割りには近い名前が出たわね。さすが私。

 

 「それで、レイナールは何の用だったの?ルイズみたいなちっさいのが好み?」

 

 「誰の何がちっさいって言うのかしら?ツェルプストー……」

 「あぁもう!喧嘩は僕の質問に答えてからにしてくれ!!」

 

 もう一度キュルケと睨み合いをしようとしたらレイナールが間に入ってきて私達を引き剥がした。

 

 「まったく、聞きたい事があっただけなのに、何でこんなに苦労しないといけないんだ」

 

 「全部キュルケの胸が悪いのよ。文句ならキュルケの胸に言って」

 

 「嫉妬深いルイズが悪いんじゃないのぉ?」

 

 また私の頭に何かフカって言うか、フニャって言うか、そんな感触がしたと思ったら、キュルケの胸が上に乗ってた。私の後ろでわざわざ胸を持ち上げてプヨっと乗っけたらしいキュルケは、私の文句を無視してレイナールと話をし出した。おのれツェルプストー……

 

 「聞きたい事って何なのかしら?わざわざルイズに聞く事なの?」

 

 「いや、君でもいいんだけどね」

 

 「なぁに?私はルイズの代わり?」

 

 「そう言う意味じゃないよ。その、君達は良く一緒にいるから知ってるかも、と思って聞いたんだ。全然聞けてないけど……」

 

 なんか歯切れが悪いわね。

私やキュルケに聞きたい事って何なのかしら?私達どちらに聞いても分かる話題なんて、お互いの悪口くらいだと思うんだけど。

 

 「えっと、その……ミス・ファランドールはまだ来てないのかな?そ、その出来れば一曲お願いしようと思ったんだけど、見当たらなくて……」

 

 「へ?ユエ?」

 「……へぇ~、なるほどね」

 

 わざわざ探してまでお願いしようとするなんて、よっぽどよねぇ。

うわぁ……、ちょっと横を見てみたら、キュルケが凄い顔してニヤついてる。私も疎い方だと思うけど、流石にレイナールが何を思ってユエを探しているかくらい分かったわ。つまりそう言う事よねぇ。あぁ、いけない。顔がニヤけちゃうっ!

 

 「な、なんだよ!?そんな顔で見ないでよ!」

 

 「だって、ねぇ?」

 「そうよねぇ……ウフフフフ」

 

 ニヤニヤが抑えられないまま、キュルケと二人でレイナールを見てると、その顔がどんどん赤くなっていくわ。自分の想い人がばれたと気付いたレイナールは、どんどん落ち着きを無くしてキョロキョロと周りを見回して助けを求めるけど、近くに居るのは未だに食べ続けるタバサだけ。サイトはいつの間にか別のテーブルに行ってフルーツを齧ってる。

 

 「い、いないならいいんだ。じ、じゃあ、失礼するよ?」

 

 味方を見つけらなかったレイナールは、少しずつ後ずさりながら別れの挨拶をするけど、そう簡単には逃がさないわよ?キュルケの方を見ると、彼女もこっちを見てニヤリと笑った。キュルケも逃がす気はないらしい。こっちも笑い返すと私の考えが分かったみたいで一層笑みを深くした。お互い同時に頷きレイナールの方を向くと、彼はビクッと震えてからクルっと背を向けて逃げようとする。

 

 「さぁ、レイナール?こっちへいらっしゃぁい……」

 「ほらほら、ワインついであげるわね?それとも、何か食べる?」

 

 「あああああ、いや、結構です!結構ですから、離してっ!!」

 

 私達は、レイナールを捕まえてイロイロ話を聞こうとしたんだけど、思いの外素早い動きで逃げて行っちゃったわ。ちぇー、せっかく面白い話を聞けるかと思ったのに。

 

 「あぁん、逃げちゃった。恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

 「しっかし、ユエを、ねぇ」

 

 「何よ、ルイズ?ユエがモテるのがそんなに不思議?」

 

 私がレイナールの走って行った方向を見ながら呟くと、キュルケが首を傾げて聞いてくる。いつの間にかワインが赤から白になってるけど、いつもらったのかしら?

 

 「ユエに男子が話し掛けてる所見た事ないもの。いつ好きになったのかしら?」

 

 「別に四六時中一緒って訳じゃないし、どっかで話してたのかもよ?それに一目惚れって線もあるし」

 

 まぁ、確かにユエにベッタリくっ付いてる訳じゃないし、どっかで仲良くお喋りしてても分からないけど、イマイチ想像が付かないわねぇ。

 

 「一目惚れねぇ………」

 

 「ユエは見た目小さいけど結構整った容姿してるから、十分可能性はあるわよ?」

 

 んー………、そうかも。背は私よりちょっと低いけど、顔は結構綺麗だし、眠そうな目をしてるけどその瞳は不思議な輝きを持ってるのよね。特に魔法の勉強してる時なんかもうキラキラしてるもの。表情は全然変わらないけど。

 

 「ほっほ、楽しんでいるかね?」

 

 「あ、オールド・オスマン」

 

 ユエのどこを好きになったかを考えてたら、少しめかし込んだオールド・オスマンがやって来た。いつもよりローブに刺繍があったり、おヒゲにリボンが付いてたりとパーティー用にオシャレしてる。

 

 「今夜の主役なのじゃ、しっかり楽しむんじゃぞ?」

 

 「「はい」」

 

 「ところで、もう一人の主役はまだ来てないのかの?」

 

 顎髭を撫でながらキョロキョロと見渡して誰かを探してる。もう一人って事は、ユエの事かしら?

 

 「ユエならまだ来てませんわ。準備に手間取ってるんでしょうか?」

 

 「キュルケと違って変に着飾るイメージが無いんだけど、案外凄く決めてくるのかしら?」

 

 ユエがキュルケみたいなドレスを着ている所を想像してみたけど、意外と悪くないわね。チラッとキュルケを見て、そのドレスをユエに当てはめる。ボリュームに関しては私とほぼ同じだから、キュルケみたいにこぼれそうになる事はないかもだけど、なんか艶っぽいわ。なんでかしら?

 

 「ふぅむ。部屋に置きに戻っておるのかもな。大きい物じゃし」

 

 「え?何を置きに戻ったのです?」

 

 「実はちょっとプレゼントをの。大きい物なので、持ったままでは来れんかったのじゃろう」

 

 「えぇー?オールド・オスマン、ユエにだけプレゼントなんて、どうしてですかーっ?」

 

 キュルケがプレゼントと聞いてブータレてる。

 

 「いや、今回の任務の褒美とは関係なくての。ちょっと爺から孫へのと言う奴じゃ。せっかく出来た孫じゃしの」

 

 「はぁー……。でも、どうしてユエが孫に?」

 

 「おや?ユエ君は話してなかったのかね?」

 

 「あー……、なんかそう言う話をする機会が無かったんです」

 

 ユエの訓練の事とか、魔法の事とかばっかりで、留学してきた理由とかそう言うは全然だったわ。いやぁ、訓練のとか衝撃的過ぎたもの仕方無いわよね………?

 

 「ふむ、ではちょっと話をしようかの」

 

 そう言ってオールド・オスマンはユエを孫にした理由を話して下さったわ。タバサの召喚に巻き込まれてこの学院に来てせっかくだから生徒にしてくれって、本当に勉強が好きなのね。

 

 「とまぁ、もっと詳しく知りたいならユエ君に直接聞いておくれ」

 

 本人に断りなく色々聞くのも失礼な話だものね。今度じっくり聞かせて貰おう。

 

 「しかし、ユエ君は来んのぅ。頼みたい事があったんじゃが……」

 

 「頼みたい事って、どんな事ですか?」

 

 「んむ?ちょっと個人的な事でな」

 

 なんだろう?学院長なんてやってる人が頼みたいなんて、よっぽどの事よね。でも、ユエならなんでも出来る気がするし、頼みたくなる気持ちもわかるわ。

 

 

   [ ユエ・ファランドール様のおなぁーりぃーーっ!! ]

 「なんです!?その掛け声!?」

 

 あ、ユエが来たみたい。

ああやって呼ばれるのは慣れてないのか、変に戸惑ってるわね。あたふたとしてるユエが着てるのは黒を基調にした落ち着いたデザインのワンピース。ドレスと言うには余り派手ではないけど、ユエに似合っててすっごく素敵。靴は余り見た事のないデザインの物で、ちょっと光ってるのは宝石かしら?靴にまで宝石を飾るなんて凄く贅沢な作りね。首元には何も飾らず白い首筋を黒の服で強調させてる。髪は軽く上げてバレッタで留めているけど、その色合いも綺麗だし、それ自体に絵が描かれていてとても精巧な作りをしている。ユエの持ってる物はどれも凄く作りが細かくて、手間が掛かってるのよね。やっぱり物凄く位の高い家柄なんだろうな。

 

 「おーおー、男共が群がってるわ」

 

 「今まで話し掛けもしなかったのに、ホント男ってバカね」

 

 「ほっほっ、そう言ってやるな。美しい女性に男は惹かれるものなのじゃから」

 

 オールド・オスマンは、男共に囲まれてアワアワ言ってるユエを嬉しそうに見ながらそんな事を宣う。その目は正に孫を見る祖父の物だった。

 

 「はぁはぁ……。み、皆さんお待たせしたです」

 

 「あはは、災難だったわねユエ。ちょっとくらい踊ってからでもよかったのに」

 

 「いえ、私ダンスはやった事がないもので」

 

 ふぅーっと息を吐いて落ち着きを取り戻したユエがダンスは出来ないと言い出した。何でも出来るイメージだったけど、出来ないものもあるのね。

 

 「うむうむ。ユエ君、実に美しいぞぃ。その髪飾りなども実に良く似合っておる」

 

 「あ、ありがとうです、お爺様」

 

 オールド・オスマンに褒められて顔を赤くして俯くユエ。照れてる所は可愛いわね。ずっと見てられるわ。

 

 「………何ですか、ルイズ。ニヤニヤして」

 

 「なんでもないわよ。えぇ、なんでもありませんとも」

 

 また顔がニヤけてたみたいね。気を付けなきゃ。

ユエがジトーッて見てくるけど、そっぽを向いてどうにか誤魔化してみる。まぁ、誤魔化せてないだろうけど。

 

 「んふふー。ユエはまた可愛いわね。ユエの持ってる物はどれも仕立てがいいわね。よほど腕の良い職人に作らせてるのね」

 

 キュルケがユエのドレスに興味を持ったのか、ぐるぐるとユエの周りを回りながら、服の仕立てを確認している。襟を見たり、裾を見たりと忙しそう。あ、何を思ったのかユエのお尻を撫で回し始めたわ。

 

 「ぅひゃあっ!?キュルケ、お尻を撫でないで下さい!!」

 

 「あはは、ごめんごめん。いや、不思議は感触の生地だったからついね。でも、いい手触りよ?自信を持ちなさいな」

 

 「そんな自信、要りませんっ!」

 

 ユエはお尻を隠しながら飛び退いて文句を言うけど、キュルケはまるで反省してないわ。キュルケの奴、よくユエを触るわよね?もしかして男だけじゃなくて、ユエも狙ってるのかしら?

 

 「ほっほっほっ。眼福眼福。若い娘達の戯れる姿は、実に生き返る光景じゃのぅ」

 

 オールド・オスマン、発言が完全にスケベ爺になってるわ。ユエを見る目は目尻を下げてなんだかいやらしいわね。もしこれがオールド・オスマンじゃなかったら、ユエの貞操の為にも捕まえるべきかも。

 

 「……ミス・ヴァリエール?なんじゃな、その微妙な目は?」

 

 「いいえ。何でもありませんわ、えぇ」

 

 ジトっと見てたらオールド・オスマンが怯んだ様子で聞いてきた。そんな変な目してたかしら?キュルケのユエ観賞もひと段落したのか、二人ともこちらに戻って来た。

 

 「まったくキュルケは。一度捕まるべきです」

 

 「大丈夫よ。ユエやタバサくらいしかやらないから」

 「私にもやらないで下さい!」

 

 ほんとに反省してないわ。

 

 「まぁまぁ、ユエ君が綺麗に着飾っているから我慢出来んかったんじゃろ。儂も酒場で会ったのなら声を掛けるぞぃ」

 

 ホクホク顔でユエにそう言うオールド・オスマンだけど、フォローになってるのかしら?

 

 でも、ユエが来てようやくいつもの4人になったわ。

 

 ちょっと前まではいつも一人でいたのに、今はだいたいこの四人で居る事が多くなった。ユエとは何か波長が合う感じがして良く一緒に居るんだけど、そうするとタバサがチョコチョコっと寄ってくるし、それにくっついてキュルケも来る。結果学院ではいつも四人で行動する事になるんだけど、今まで喧嘩ばっかりしてた私とキュルケが一緒に居るから、結構他の子達が騒ぐのよね。時々私が一人で居る時に、仲直りしたのかと聞かれたりするし。実は最初から仲が良かったのかとか。

 

 まったく迷惑な誤解よ。

私はユエと二人の方がいいんだけど、まぁ、四人でも別にいいかと最近は思う様になった。前とは考えられない程賑やかな毎日は、ちょっと気に入ってるわ。ツェルプストーだけが微妙だけど。

 

 「そういえば、ユエ結構遅かったわね?何してたの?」

 

 「あぁ。実はパーティドレスなんて持って無かったものですから、それっぽくなる服の選定に手間取りまして」

 

 「へぇ〜。じゃあ、それは普段着なの?」

 

 キュルケが袖を触りながら聞く。どうしても触りたいみたいね、キュルケ。あんた女で良かったわね。男だったら、確実に蹴られてるわよ?

 

 「えぇ、そうです。いくつかある中で、一番近いかなと思いまして選んだんですが、どうですか?」

 

 そう言って軽く回るユエ。高い位置が基準になっているスカートがふんわり広がって、なんとも可愛らしい。いいわねぇ、これ。私も着てみたいわ。

 

 「ユエの所は、こんな上等な服を普段着にしてるの?」

 

 「大量生産品ですよ?これ」

 

 ユエが言うには、わざわざ合わせて作ってもらうんじゃなくて、一定の寸法で大量に作られたものなんだとか。このレベルのものを大量になんて、それだけで凄い労力よ。

 

 「おおっと、儂はまた挨拶回りをしてくるんで、これで失礼するぞぃ」

 

 「あ、はい。オールド・オスマン」

 

 「では、お爺様。また」

 

 私達はこの場を離れると言うオールド・オスマンにお辞儀をして見送る事にした。

彼は軽くグラスを掲げてそれに応えると、他のテーブルに移動して行き、と思ったら戻って来た。

 

 「いやはや忘れる所じゃった」

 

 「どうしたです?お爺様」

 

 立ち去ったと思ったら急に向きを変えて戻って来たオールド・オスマンに、何事かと聞いてみるユエだけど、そういえばさっき頼みがあるとか言ってたっけ。それの事かしら。

 

 「いや、実はユエ君に頼みがあっての。その、あれの事なんじゃが……」

 

 オールド・オスマンはそう言ってユエの耳元でコソコソっと何かを呟いた。ユエは最初不思議そうな顔をしてたけど、すぐに納得の行ったと言う顔をして大きく頷いた。

 

 「えぇ、構いません。むしろ私からお誘いするつもりだったです」

 

 「おぉ、そうかね。では今度頼むぞぃ」

 

 「えぇ。しかし、さっき見た時、かなり内部は荒れてましたので、整備をしてから招待するです」

 

 「ならば、楽しみに待っておこう。では、皆のもの邪魔したの」

 

 そう言って今度こそ他のテーブルで談笑してる教師などに声を掛けながらこの場を後にした。

 

 「何の話だったの?」

 

 「お爺様が下さった物の話でちょっと。使える様になったら、お爺様にお見せすると約束したんですよ」

 

 さっき言ってたプレゼントの事かしら?

一体何をもらったのかしらね。ユエに聞くと、ここは人目があるからまた後でって話になった。つまり、ユエの魔法が関係してくるのね。あれ?オールド・オスマンはユエの魔法の事を知ってるのかしら?

 

 「ねぇ、ユエ……」

 「み、ミス・ファランドール。あ、あの、僕と一曲お願い出来ますか?」

 

 私が質問をしようとしたら、さっき逃げて行ったはずのレイナールがユエをダンスに誘ってきた。ユエが入場した時は、他の男子のせいで輪の外に弾かれて近づけてなかったから、今がチャンスと思って寄ってきたのね。ちゃんと誘えたのはいいけど、私を遮るんじゃないわよ、まったく。

 

 「あ、あの嬉しいのですが、私はダンスが出来ませんで」

 

 「あ、あう。そうですか……」

 「ユエ、レイナールがリードしてくれるから大丈夫よ。せっかくなんだから、一回だけでも踊ってらっしゃいな。ねぇ?」

 

 キュルケがユエの手をレイナールと繋がせながらそう言って、私の方に目配せをしてきた。どうやらすぐ諦めそうになったレイナールのフォローをする気らしい。珍しくいい事するわねキュルケ。私も手伝って上げるとしますか。

 

 「これから先ダンスをする機会は多いんだから、今のうちに覚えた方がいいわ。ほら、次の曲から行きなさいな。レイナール、しっかりリードするのよ?」

 

 キュルケと二人で強引にだけどペアを組ませて、会場に押しやってやる。レイナールに任せてたら最後まで誘えなそうだし。

 

 「え、あ、あの、お二人共?」

 

 「ほら、次の曲が始まるわよ。レイナール、ほら、行きなさいって」

 

 レイナールはユエの手を握ったまま戸惑ってたけど、キュルケに促されて覚悟を決めたのか大きく一回頷いてユエに向き直った。

 

 「僕と一曲お願い出来ますか?レディ」

 

 「う、え、あ、はいです」

 

 手を握りユエの目を見つめながらダンスに誘うレイナールに、ユエは顔を赤くしながら了承した。レイナールって、顔はそれなりにいいから、真剣な表情をするとなかなか見れる顔になるわね。おかげでユエもイチコロみたい。

 

 「ユエって、意外と面喰いなのね……」

 

 「そうねぇ。顔を真っ赤にして、可愛いわ」

 

 キュルケがなんかいい笑顔しながらユエとレイナールのダンスを見ている。なんか子供の門出を見てるみたい。タバサとユエの二人がキュルケの子供枠って事かしら?

 

 「なぁに、ルイズ?」

 

 「なんでもないわ。おぉ、しっかりリードしてるわね、レイナール。ユエもちゃんと踊れてるし。ほら、お母様、ちゃんと見てないとダメですよ?」

 

 「んん?誰がお母様なのかしら?誰のお母様なのかしら?」

 

 キュルケがニコーっとしながら私の顔を覗き込んでくる。

キュルケは怒るけど、やってる事はどう見ても母親のそれだから、謝る気はない。ないのよ。

 

 「最近私に子供が居るなんて噂が流れてるんだけど、あなたの仕業?」

 「ぶふっ!!本当に!?私以外にもそう思う人がいたのね。プフーッ!」

 

 「笑うんじゃないわよっ!」

 「ぷふふーーっ!ほや、ひゃんひょみふぇないひょふぁめひょ?」

 

 キュルケに頬を引っ張られても笑うのは止められない。

他の同級生からもそう見られてるんだと思ったら、もう、プフフーッ!

 

 

 

    <夕映>

 

 何か良く分からないうちにレイナールさんとやらとダンスを踊る事になってしまい、ステップを教わりながら一曲踊りました。何度も足を踏んでしまい、申し訳なさで一杯になりながらも、なんとか踊り切りキュルケ達の所に戻って来たですが、キュルケとルイズは二人で頬を引っ張り合いながらじゃれてました。人がテンパってる間に何を仲良くやってるですか。いえ、仲が良いのはいい事ですが、何の説明も無しに送り出しておいてそれもどうかと思うです。

 

 どうもあの二人が悪乗りしてレイナールさんと私をペアにしようと画策したみたいですね。別にそこまでしなくてもと思うですが、何を思ってこんな事を企んだのでしょうか。レイナールさんにはいい迷惑でしょう。

 

 「で、どうだったユエ?レイナールと踊ってみて」

 

 「初めて踊ったので、沢山足を踏んでしまったです。レイナールさんには申し訳ない事をしたです」

 

 「いいのいいの。レイナールにはご褒美よ!」

 

 「どんなですか……」

 

 こうして寮の部屋へ向かう途中でもキュルケは何かテンションが高くておかしいです。ルイズも何かニヤニヤしてるし、一体なんなのでしょう。

 

 「二人の様子がおかしいのですが、何か知りませんか?」

 

 「さぁ?俺はいろいろ食べるのに夢中だったから」

 

 「知らない」

 

 二人の知らない間に何かあった訳ですか。

 

 「まぁ、いいじゃないの。今日は疲れたし、早く寝ましょう」

 

 「まぁ、フーケとの対決にオーク鬼討伐、そして舞踏会。イベント目白押しだったのは確かですね」

 

 なかなか濃い一日でした。

こんな濃い一日はそうは無いです。大変な一日と言うのは麻帆良で慣れたつもりだったですが、ここ最近のんびりとした生活だったおかげか、随分なまってるようですね。

 

 「じゃあ、おやすみユエ、タバサ。ついでにキュルケ」

 

 「えぇ、おやすみです」

 「おぉっと。ユエはこっちよー?寝るまでお話しましょっ?」

 

 挨拶をして、自分の部屋がある階へと上がろうとしたら、キュルケが私の肩を抱き寄せそう言ったです。

 

 「ちょっとキュルケ、何企んでるのよ?」

 

 「別に何も企んで無いわよ。ただユエとお喋りしたいだけ。タバサも来る?」

 

 「もう寝る」

 

 タバサは一言呟いて階段を上がって行きました。それを仕方ないと言った表情でキュルケは見送って、ルイズ達の方に向き直ります。

 

 「仕方ないわねぇ、あなたも来る?」

 

 「誰がツェルプストーの部屋になんか行くものですか。ユエも止めておいた方がいいわよ?何されるか分かったもんじゃないわ」

 

 そう言ってルイズは自分の部屋に入っていったです。

あー……もしやヤバイのでしょうか?チラリとキュルケの顔を見ると、それに気付いた彼女はにっこりと笑いキュっと抱きついてきたです。

 

 「じ、じゃあ、俺はこっちに……」

 「あんたはこっちよ!!」

 

 ベチンとサイトさんの頭を叩いて引きずって行くルイズ。部屋から出て来るのが見えませんでした、やりますね。

 

 「で、では私もこれで。おやすみです、キュルケ」

 

 「ユエはこっちぃ。いろいろ話し足りないんだから」

 

 ヒョイっと私を抱き上げて部屋へと連れ込もうとするキュルケ。しかし、確信も無く拒否するのも失礼ですし、しかしもし万が一そうだったら困るわけで。

 

 「あー……キュルケ?」

 「大丈夫大丈夫ぅ」

 「いえ、何がですか。ちょ、離すです」

 「テリーを信じてぇ」

 「誰です!?テリーって!!」

 

 乱暴にする訳にもいかないので、そのまま抵抗も出来ず部屋に連れ込まれてしまったです。まぁ、普通はそんな事を警戒する必要もないのですが、キュルケは面白がってちゃんと否定してくれないので、もしやと言う思いが募るばかりです。これはそう、委員長(エミリィ)が時折出すあの雰囲気に近いです。彼女も時折妙に会いたがり電話口でブツブツ文句を言うんですが、その時の伝わってくる雰囲気に酷似してます。

 

 「ほぉら、時間は有限よ。さっさと着替えてお喋りしましょ」

 

 そう言ってキュルケは言葉通りさっさとドレスを脱ぎ去り、タンスから以前サイトさんに迫った時に着ていた物より大人しめのベビードールに着替えてしまいました。出る所は出て、引っ込む所は引っ込む、見事なプロポーションです。彼女は18だと言ってたですが、自分が二年後にああなっている所が想像出来ません。のどかも最近どんどん大きくなってきたと言うのに、私の成長は微々たる物でした。むぅ、一体何が違うのでしょうか。って!

 

 「キュルケ!服ぐらい自分で着替えられます!!」

 

 「ユエがぼーっとしてるんだもの。着替えさせてくれって言ってるのかと思ったわ」

 

 「いえ、普通そんな人はいないです」

 

 まぁ、何かあったら魔法で眠らせてしまえばいいです。

私もさっさと服を脱ぎ、倉庫からパジャマを取り出しました。この一年愛用しているパジャマに着替えて、私服を倉庫に放り込むとキュルケが不思議そうに私を見ています。

 

 「なんです、キュルケ?」

 

 「いやぁ、剣から妙な飲み物から、なんでも出すわね。ところでそれでいつも寝てるの?」

 

 私のパジャマが珍しいのか、ジロジロ眺めて観察するですが、こちらでは寝巻きと言えば今キュルケが着ている様なベビードールだったり、下着だけだったりするのが普通らしいです。まぁ、パジャマはインドから来たものですし、ヨーロッパの文化圏に酷似していて、しかも他所との交流が一切ないハルケギニアではない文化ですね。

 

 「着心地はいいので、良く寝れるですよ」

 

 「へぇ〜、これまた仕立てもいいし、生地も凄いわ。エキュー金貨で2、30枚って所かしら?」

 

 日本の量産品も、中世レベルの文化圏では高級品に見えるようです。キュルケ達が事あるごとに私の服や持ち物で騒ぐのはそう言う理由だったですか。

 

 「これもいいわねぇ。今度実家に頼んで作って貰おうかしら?でも、ちょっと野暮ったいかも」

 

 「……キュルケ、脱がさないで下さい」

 

 縫い目などを細かく観察したかったらしいキュルケは、それに夢中になる余り、どんどんパジャマを脱がしていくです。こうじっくり見られながら人に脱がされるなんておかしな気分がするので、速攻止めて貰いたいです。

 

 「あはは、ごめんなさい。でも、もうちょっと見たいわ。いいでしょ?」

 

 「それで半裸にされたらたまったものじゃありません。もう一枚出すので、そっちでお願いします」

 

 ポンと倉庫から予備のパジャマを出してキュルケに渡すと、喜んでベットに飛び乗り渡されたパジャマを裏返して作りを観察していきます。

 

 「私の服を見たいから部屋に呼んだですか?」

 

 「んー、それもあるけど、あなたの事が知りたかったのよ」

 

 「私の事、ですか?」

 

 キュルケはパジャマの縫い目を確認しながら、話を続けます。

 

 「舞踏会で、ユエが来る前にオールド・オスマンからちょこっとあなたの事を聞いたのよ。それで、そう言えばあなたの事を全然聞いた事なかったわねって思ってね。ほら、この学院に来た時の事は聞いたし、来る前の事も見せてもらったけど、どうして留学する事にしたのかとか、あなた自身の事を聞いて無かったわねぇって、気付いてね?じゃあ、せっかくだしとこうして部屋に呼んだのよ」

 

 折を見て話そうとおもってたですが、意外とタイミングがなくてズルズルきてしまったのが原因ですね。

 

 「そう言えばキュルケ達には話してなかったですね。機会があれば、と思ってたですが、そう言う時間が全然なかったですし」

 

 「そうよ、まったく。だからこうして連れてきたのよぅ。ベットの中なら時間はたっぷりあるんだから、いくらでも話せるわ」

 

 キュルケはそう言いながら私に抱き付いてベットに引き摺り込んだです。抱き付いたまま頬ずりしてくるキュルケのせいで、息ができないです!

ジタバタと足掻いて、どうにか拘束を緩め一息つきます。

 

 「危うくキュルケの胸で窒息する所でした」

 

 「あはは、ごめんなさいねぇ。殿方は喜ぶんだけどねぇ」

 

 「私は女なので、喜びません!」

 

 キュルケのスキンシップは男女両方に同じベクトルで行うのでなかなか困りものです。

今度は軽く抱き寄せられ頭を撫でられます。グズる子供にやるように優しく撫でるですが、私は子供じゃないんですが?

 

 「ユエ、あなたずっと手が震えていた事に、自分で気付いてた?」

 

 「へ?手、ですか?」

 

 私は確認する為に自分の手を眺めてみます。天井に向けて伸ばした手は、確かに少し震えてました。

 

 「あのオーク鬼を退治した後くらいから、ずっと震えているわ。タバサもルイズも気付いてたわよ?」

 

 そう言って伸ばしてた手に自分の手を絡めて抱き寄せるキュルケ。フニュンとした感触を感じながら今日の自分を振り返るですが、震えている自覚がまるでありませんでした。唯一踊った後にワインを受け取った時、取り落としそうになったくらいです。

 

 「やっぱり怖かったのかしらね?あの時フーケの魔法が無かったらあなた大怪我してたかもしれないもの」

 

 「怖かった、ですか」

 

 そうなのでしょうか?いえ、怪我をするのは慣れてるです。訓練中エヴァンジェリンさんは死なない程度にしか手加減をしません。それは私が頼んだ事ですが、それくらいじゃないと先生達に追いつけないと思ったからです。なので大怪我くらいで怖がるはずはないです。では、何故手が震え………

 

 「ユエ?」

 

 「いえ、怖くて震えてる訳では無いかもです」

 

 「どう言う事?」

 

 キュルケは促しながらも優しく撫で続けてくれます。その感触を心地よく感じながら、私は自分でも気付かなかった感情を告白します。

 

 「私は今までいろいろな訓練をしてきたです。強力な魔法を使い、接近戦もこなすエヴァンジェリンさんに、それこそ全身を砕かれるような攻撃を受けた事もあるですし、剣の訓練でヘマをして腕一本切り落とされた事もあるです。なので、怪我自体にそれほど恐る事はありません。ただ……」

 

 「ただ?」

 

 「私は今まで訓練しかして来なかったんです。相手は自分の遥か先に居る格上相手ばかり。実戦も経験してますが、その相手は召喚されたゴーレムとかでしたし。今日のように、生きた相手を斬る事など一度も無かったんです。何かの命を戦いで奪う事などただの一度も無かったんです」

 

 いろいろな相手と戦ってきました。鷹トカゲ(グリフィン・ドラゴン)だったり黒トカゲ(ブラック・ドラゴン)だったり、[完全なる世界](コズモエンテレケイア)が召喚したゴーレム軍だったり。ドラゴンなどは気絶させただけですし、ゴーレムに至っては消えるだけで、命を奪う事はありませんでした。今回初めて自分が手に入れた戦う力で何かの命を奪ったのです。おそらくそれが原因でしょう。魔法は夢の力ではなく、武器と同じだと分かっていたはずなのに。あの学園祭でネギ先生に偉そうに言ってたと言うのに、なんと未熟な。

 

 「んふふー」

 「うぷっ!?な、なんですキュルケ?」

 

 私が自分の弱さを猛省していると、キュルケが急に抱き付いてきたです。またしてもその凶悪な胸に顔を埋めて息が止まりかけたです。

 

 「ユエって、なんでも出来ちゃう凄腕メイジってイメージがあったから、なんか嬉しくてね。あなたにも弱い所があるんだって」

 

 キュルケはそう言って、また子供をあやすように頭を撫でて来ます。今度は更に優しく、私を慰める様に丁寧に。

 

 「さっ、ユエ。お話しましょ?いっぱい話してぐっすり眠れば、きっと大丈夫よ。初めての経験を思い出して怖くなったとしても、今日は私が抱いててあげるから」

 

 キュルケがそう言ってしっかり抱きしめてくれたからか、手の震えはもうありませんでした。

私はキュルケを抱き返し、いろいろ話す事にしました。まずは自分が異世界人である事から。

 

 「やっぱり東方の出身じゃなかったのね」

 

 「はい。もっとまったく違う所です」

 

 そこには学校があり、こことは違う事を教え、私が魔法をどうして習う事にしたかなど、二人が寝てしまうまで話続けました。心のままに話して聞かれた事も隠さず話して、ここ最近でもっとも長く話をしたです。修行ばかりでのどか達ともここまで長く話さなかったというのに。

 

 

 「そう言えば、キュルケの言動は逐一いかがわしいですね」

 

 「悪かったわね!」

 

 エヴァンジェリンさんの言っていた「泥に塗れても前に進む者であれ」と言う言葉を、しっかり頭に刻みながら、私は意識を沈めました。

 

 

 

 






 ふぅ、これで原作1巻がやっと終わった第15話でしたぁ。

このペースじゃ終わるまでどれだけ時間がかかる事やら。
自分はファッションの事は詳しくないので、その手の描写が適当ですが、勘弁してくだせぇ。あと文章が強引なのも。

さぁ、次からは髭子爵だ、ルネッサーーンス!どうしてくれようっ!


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ゼロの旅16

 夕映のSS、全然増えないですねぇ。誰か書いてくれないかなぁ………

 このSSを読んで、これくらいなら書けるぜぃ。と思って書いてくれないかなぁ。

 では、第十六話れっつごぉ


 

 

 

 

 「ふっ、ん~~~っ!! はぁ~、疲れたです」

 

 優先的に整備清掃した大浴場で手足を大きく伸ばして疲れを取ります。

今まで維持管理されていた別荘しか知らなかったので、大いに荒れてしまった別荘に衝撃を受けたです。それでも、廃墟と言う程にはなってなかったのが流石はエヴァンジェリンさんの持ち物だと思うです。

 

 お爺様の話からして、少なくとも40年は放置されて来たはずですが、草木が奔放に育っていたり、プールにゴミが沈んでいるくらいで、建物自体は修繕する必要がなかったのは助かったです。

 

 流石に修繕までは自力では出来ないですからね。

 

 掃除をしながら別荘を見て回ったですが、これが何故時間と次元を越えて、ここハルケギニアに来たのかは一切分かりませんでした。ただ、妙に片付いていて、埃が積もっている以外はモデルルームのように綺麗でした。

 

 そして更に不可解なのが、エヴァンジェリンさん秘蔵のスクロールなどが納められた書庫の壁の一部が焼けていた事ですね。何を焼いたのか、何故そこでなのか分かりませんが、天井まで煤が届くほどの火の手が上がっていたようです。この別荘が、そこ以外片付いている事と何か関係があるのでしょうか。

 私の覚えている別荘の様子とほぼ変わらないはずですが、どこか引っ掛かるです。留学の為、魔法世界に向かう前日にも訪れた別荘と何かが違う。そんな気がするのですが、それが何なのかが分からないです。

 

 ……はふぅ。

考え事をしてたせいか、少しのぼせて来たです。掃除中に被った埃も流せたですし、そろそろ上がるとしましょう。

 

 「タオルをどうぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 掃除中に見つけたエヴァンジェリンさんの魔導人形の一体からタオルを受け取り体を拭きます。地下の方を見に行った際、待機室にいた彼女達を見つけられたのは僥倖でした。彼女達がいなかったら、たった三日で別荘を掃除しきるのは不可能でしたからね。

 

 発見した三体の魔道人形は、どうも契約が解除されたせいで魔力が空になり、終には機能を停止させるに至ったようです。私は、アーティファクトからドール契約の項目を呼び出してみて、自分でも契約出来ないか調べてみたです。その結果、三体なら私の魔力でも十分契約可能と分かり、早速契約する事にしました。起動の際に魔力をギリギリまで吸われたですが、その後は別荘に満ちた魔力だけで十分動けるようなので、実質ほぼ負担無しで彼女達を動かす事が出来たです。もっとも、戦闘機動を行うには少し足りないので、3体同時にやると私自身が全く動けなくなりますし、別荘の外では多分1体が限度でしょう。ここは要訓練ですね。

 

 とにかく私は起動させた彼女達を伴い、手分けして掃除する事にしました。一人でやるには広過ぎるですからね、この別荘は。彼女達と共に居住区や大浴場の掃除を終わらせると、次に上から地下までを順に綺麗にして行くのですが、流石に箒とちりとりだけでは時間が掛かり過ぎると言う事で、魔法で風を起こし、それを竜巻状にしてチリを吸い寄せ集めて行くサイクロン掃除機方式を採用してみた所、かなりの時間短縮が出来ました。魔力効率化の訓練にもなって一石二鳥です。我ながらいい事を思い付いたものです。

 そうやって修業を織り交ぜつつ、別荘内の時間で一週間、ようやく私の知る綺麗な別荘になったきたです。ここで一旦外に出て日常生活に戻る事にするです。余り別荘を使い続けると一人だけ余計に歳を取ってしまうですし、外ではもう夜も明ける時間のはすです。授業の為にも外に出なければいけません。

 

 「マスター、ゲート開放まであと二時間です」

 

 「分かったです。時間まで上で休憩するとします」

 

 ゲート開放、1日が終わり外へ出られるようになるまで二時間ですか。せっかく汚れを落としたので掃除の続きをするのもなんですし、時間までダラっとしてましょう。

 

 「お飲物は必要ですか?」

 

 「……ん? 何かあるのですか?」

 

 まだそこまで沢山持ち込んだ訳ではないので食糧はもう空だと思ったのですが、まだ残っていたのですかね。

 もしや、こちらに来る前に貯蔵していた物ではないでしょうね? お爺様が拾って40年、缶詰だって消費期限切れになるです。飲み物など、開けるのも憚られる腐海の毒と化しているでしょう。

 

 「ワインセラーが生きていました。確認した所、十分お飲み頂けると判断いたしました」

 

 ワインはそんなに日持ちするんですねぇ。お酒には詳しくないので、本当にそうなのか分かりませんが、彼女が言うのですから大丈夫なのでしょう。

 

 「……なるほど。では、適当な物を一本お願いするです」

 

 「かしこまりました、マスター」

 

 私を主としてドール契約したせいで、マスターと呼ばれるようになってしまいました。呼ばれる度にむず痒くなるので名前で呼んでくれと頼んだのですが、私達の御主人様なので名前で呼ぶなど畏れ多い、などと言って聞き入れてくれませんでした。

 

 私にとってマスターとはエヴァンジェリンさんを指す言葉だったので、なんとも妙な気持ちです。

 

 

 いつも修業の合間に皆で食事をしたり、お喋りに興じたりする闘技場横のテラスにて、潮風を感じながらワインを一口飲んでみます。

 

 「おぉ、これは美味しいです」

 

 「気に入って頂けたようで何よりです」

 

 こちらに来てからワインを飲む機会が多くなったですが、その中でも上位に入る美味しさです。まぁ、素人ですのでどう違うのかなどは分からないのですがね。

 

 そうしてのんびりとワインを飲みながら、私は餞別として渡された封印箱を手に取り眺めます。これは魔法世界のゲートポートで武器などを持ち込む際にも使われている物で、小さいながら容量は大きく、重量なども気にならない便利な代物です。今回の様に餞別を贈るのに使われるとは思わなかったですが。

 

 「色々あって開ける暇も無かったですが、一体何が入っているのでしょう?」

 

 私はテーブルから離れ、何が出てきても良いように闘技場で開ける事にしました。はてさて、一体何が出て来るやら。

 

 開封するとポンッと小気味いい破裂音を響かせて、封印箱は中身を吐き出します。そうして、まず目に入ったのは私でした。

 

 「な!? 私!? 」

 

 それは私の姿を模して作られた銅像でした。

何やら妙なポーズを決めた姿で佇む私の姿を見て、思わず頭を抱えます。このポーズ、ハルナが描く同人誌に時折出て来たものですね。ということは、これは確実にハルナの仕業です。しかも銅像になっていると言う事は、これを作ったのはいいんちょさんに違いないです。よもやあの二人が手を組んで来るとは思わなかったですね。本来の予定通りアリアドネーで開けていたらどうなっていた事か、考えたくもないです。

 

 とりあえず銅像はおいておくとして、他にも沢山あるのでそっちを確認しましょう。

どうやら他のは割とまともな物ばかりで助かったです。お菓子の詰め合わせセットにデコピンロケットのセカンドCD、バンドエイドのセットに猫の写真集。バスケットボールにリボン。この辺りはチア部の三人と運動部の四人ですね。

 

 新体操用のリボンを手に取ってちょっと回して見るですが、すぐ絡まってしまったです。よくまき絵さんはこんな物で色々出来るですね。これだけで十分魔法使いを名乗れるです。

 

 さて、次はこのやたらと高級そうな箱を開けてみましょう。私の身長ほどの長さがある箱で、とても重厚な造りになっています。もしかして、のどかの餞別はこれですか? 箱の造りを見ただけでも相当高い物ではと予想出来るですが、こんなのを本当に貰ってもいいのでしょうか?

 とりあえずその蓋を開けて中を確かめると、一本の見事な杖と指輪が入ってました。先端に三日月が付いていて、黒塗りのすらっとした杖と、細かい装飾がなされたこれまた見事な指輪のセットです。まず杖は、手に取ってみると見た目に反してズッシリと重く、それでいてとても手に馴染む肌触りです。かなりバランスよく作られているようで、軽く回したり振ったりしてみても、余計な力を入れないで取り回せます。そしてこの指輪も、しっかり私のサイズで作られたようで、中指にピッタリ収まったです。表面の細かい装飾は、素人目にも熟練の職人が手間暇かけて彫り込んだ物と分かる見事な細工で、これだけでも相当な価値があると思われます。

 

 これ、本当に貰っていいのですか?

 

 とりあえず箱の中に杖を戻すと、蓋の内側に貼られた手紙を見つけました。「ゆえへ」と書かれたそれを開き再生ボタンを押すと、手紙にのどかの姿が映し出されます。

 

 [ゆえ。 無事アリアドネーには着いたかな? ゆえが留学するって言った時はほんとに驚いたよ。でも、好きな事はとことん頑張るゆえだから、多分そうなるんじゃないかなとは思ってた。ほんとは一緒の高校に通いたかったけど、ゆえの夢の為だし我慢して応援する事にするね。アリアドネーでも頑張って。ゆえならきっと大丈夫だから。

 この杖と指輪は私達皆で材料を集めて、エヴァンジェリンさんに頼んで作ってもらった特別製のものなの。多少荒っぽく使ったとしても一生使えるくらいとっても頑丈に出来ていて、発動体としては最高レベルの出来なんだって。えへへ。気に入ってもらえたかな? もしそうなら皆で頑張って集めた甲斐があったかな。

 じゃあ、無理はしないで、体に気を付けてね。夏休みになったら皆で遊びに行くから、その時はアリアドネーを案内してね? のどかより。]

 

 のどか………。

こんな凄いものを作れる材料なんて、そう簡単に手に入らないはずですし、相当苦労したでしょうね。皆さん、私の為に本当にありがとうございます。絶対大事に使わせてもらうです。

 

 私はもう一度杖を手に取り、早速契約の呪文を唱えます。

契約する事で自分と杖との間に魔力のパイプラインが出来上がり、市販品をそのまま使うより魔力効率などが大幅に上昇するのです。杖などを失くしても、意識を集中させれば、そのパイプラインを通してどこにあるか分かるうえ、自分の所まで引っ張ってこれるようになるです。まぁ、余り離れすぎると出来ないですが。

 

 契約し終わった杖を亜空間倉庫に仕舞い、指輪は左の中指に嵌めます。うん、とてもしっくり来るです。一体どんな素材で作ったのでしょう? それともエヴァンジェリンさんの技術の高さ故でしょうか? どちらにしても、のどか。私は大いに気に入りました。もし貴女が目の前に居たら、感謝の余り抱き締めたうえでキスでもしてる所ですよ。って、なんだかキュルケに毒されてる気がするです。

 

 「マスター。そろそろお時間です」

 

 「んあっと、そうですか。では、私は一旦外に出るです。あとは任せましたよ?」

 

 頭の中でのどかに感謝の念を示していたら、もう出る時間になってしまいました。

私は散らばっていた細かい餞別をささっと倉庫にしまい、銅像をテラスの入り口脇に安置しました。自分の像を飾っているみたいで、かなり恥ずかしいです。いいんちょさんとハルナには文句を言ってやりたい所ですね。

 

 「ハッ。お任せ下さい」

 

 「お気を付けて」

 

 「行ってらっしゃいませ、マスター」

 

 私が契約した三人の魔道人形がそれぞれ挨拶してくれます。

せっかくですし、別荘の掃除が終わったら外に出して一緒に過ごすのもいいですね。まぁ、いきなり三人もメイドが現れると驚かれるでしょうから、その辺りを考えてからですがね。お爺様に私付きのメイドであるとでも説明して貰えば大丈夫でしょうか?

 

 そうです、それなら名前が無いと不便ですね。

 

 「そうそう。貴女達の名前を教えてくれませんか? いつまでも貴女や、貴女達では不便ですし」

 

 そう言うと、彼女達は一様に動きを止めました。はて、どうしたのでしょう?

 

 「マスター。私達には個別の名前はありません」

 

 どうやら彼女達は人形でしかないので、ナンバリングはされていても個人名に当たるものは無いのだとか。エヴァンジェリンさんなら、喜々として茶々なんたらと付けていると思ったのですが。仕方ないです、名前がないのは不便ですし、こうなったら私が勝手に付けさせて貰いましょう。

 

 「ふむ………。では、貴女はミリィと。そして貴女にはユメミと。そして貴女はイツミと名付けましょう。これからはそう名乗って下さいです。いいですね?」

 

 私は左に居る黒髪の彼女をミリィと、真ん中の金髪の彼女をユメミと、そして右の茶髪の彼女をイツミと名付ける事にしました。やはり番号などで呼ぶより、名前があった方がいいですからね。これから長い付き合いになるでしょうし。

 

 「「「は、ハッ!! 了解しました!!」」」

 

 いきなり名前を付けられて戸惑ったようですが、すぐに嬉しそうな雰囲気で了承してくれました。表情は無いですがそれでも分かるのは、契約主故でしょうか。私はそんな三人に見送られながら魔法陣に乗り、別荘を後にしました。

 

 

 

 外は予想通り夜明け間近と言った時間でした。

窓から見える景色はまだ真っ暗ですが、東の方は少し明るくなってきてます。

 

 「せっかくですし、ちょっと御来光でもお拝みますか」

 

 私は貰ったばかりの杖を取り出し横座りで乗ると、窓から飛び出して明け方の空を登っていきます。だんだん白くなって行く空をのんびり飛びながら、眼下のハルケギニアを眺めです。この辺りは民家が殆どないので、一面草原と言ってもいい風景が広がっているです。壮大とも言えるこの景色だけでも、ハルケギニアに来た甲斐があったと思えるです。

 こうして明け方の空を飛んでいると初めて空を飛んだあの日を思い出すです。

ネギ先生に乗せてもらって飛んだあの時の感動は今でも忘れません。あの時はネギ先生に掴まるしか出来ませんでしたが、今では自力で飛べる様になったと思うと人間進歩するものですね。

 

 1時間ほどの遊覧飛行を終え、朝食に間に合うようにと戻ってきた所、いつも洗濯をしてるシエスタが居らず、金髪が眩しいメイドさん、ローラが居たです。

 

 「あっ!ユ、ユエ様、おはようございます!」

 

 「おはようです、ローラ。貴女がこの時間に洗濯とは珍しいですね?」

 

 いつもこの時間はシエスタの仕事だったと思ったですが、シフトでも変わったのでしょうか?

 

 「あ、はい。実はシエスタの奴、あのサイトさん? って人の朝食を作りたいって言い出しまして。可愛い妹分の為に一肌脱いでやりますかと、朝の仕事を代わってあげたんです」

 

 「ほへぇ〜〜、才人さんの、ですか」

 

 仕事を代わって貰ってまでも作りたいとは、結構才人さんの事は本気だったのですね。

 

 「えぇ、だからしばらくは私が朝の洗濯当番です。いやぁ、あの人の事を考えてるシエスタは可愛くてですね。つい応援したくなっちゃいまして」

 

 クスクス笑うローラを見てると、シエスタの良い友達なのだと分かるです。シエスタより二歳程年上らしく、同室の彼女を妹の様に可愛がっているとか。

 

 「ふふっ。シエスタも良い友人を持って幸せでしょう。お礼を言うと逃げて行くですが」

 

 「ああん! ユエ様! もう忘れて下さいよぅ!」

 

 バイトの真似事をしてた才人さんが追われていったからと、代わりにお茶を持って来た彼女にお礼を言ったら、物凄く慌てて逃げて行ったです。あの時の慌てようは、中々見ものでした。まぁ、彼女としては早く忘れて貰いたい事のようですが。

 

 「いやはや、中々の慌てようだったので早々忘れられないです」

 

 「あ、あの時は、貴族様にお礼を言われるなんてって、凄くビックリしたせいなんですよぅ。しかも、お茶を持って来ただけで普通言わないですもの」

 

 しどろもどろで釈明する彼女を見てると、からかうのが楽しくなってくるです。

………からかうのが楽しいとか、最近キュルケに毒され過ぎかも知れません。少し自重しませんと。

 

 その後、シエスタが夜遅くまで料理の研究をしてる事などを聞きながら顔を洗い、私は朝食の為に食堂に向かいました。いつもは床に座らせて食べさせられて居た才人さんですが、時折ルイズにイタズラをしては罰として食事抜きにされ、食堂に来ない事もあります。その頻度は2,3日に一回の割合で、よくもまぁ懲りないものだと、逆に感心するくらいです。

 

 「ユエ、おはよう」

 

 「おはようです、ルイズ。……今日も才人さんはいませんね?」

 

 食堂で席に着き、隣のルイズに挨拶しますが、また才人さんの姿が見えません。今日もイタズラをして食事抜きにでもされたのでしょう。

 

 「あいつはしばらく食事抜きよ」

 

 「今度は何をしたんですか?」

 

 「歩いてる時にパンツのゴムが切れたわ。おかげで階段を転げ落ちたわよ。見て、このタンコブ!」

 

 そう言って頭を見せるルイズ。

確かにプックリとしたタンコブが出来てますね。中々痛そうです。私は彼女の頭を撫でるようにして、無詠唱で治癒魔法を掛けます。ルイズは、突然撫でられた事に驚いたようですが、すぐ痛みが無くなったので治療していると分かったらしく、頭を差し出したまま大人しくしてます。

 

 「ありがとう、ユエ。でも、こんな所で使って大丈夫なの?」

 

 「見ても分からないようにしましたので。端から見たら私がルイズを撫でてるだけにしか見え無いはずです。しかも、ルイズは撫でられてうっとりしてる可哀想な子に見えるだけで、治療してるとは思えないでしょう」

 

 「なっ! それはそれで何かヤダ!」

 

 バッと辺りを見回すルイズ。それに合わせて顔を背け肩を震わせている人数名。見られてた事に気付いたルイズは、顔を赤くしながら恨めしそうに睨んで来ます。頬を膨らませて睨むルイズは、怖いと言うより可愛いと言えるですね。思わずもう一度頭を撫でてしまいます。

 

 「もう! 撫でないの!」

 

 「あはは。すいません、つい」

 

 プリプリ怒るルイズにデザートを渡す事で許して貰い、本を持ったままのタバサを抱えてきたキュルケも合流して朝食になりました。

 いつも通り豪勢な食事を、1部タバサに分けながら食べ切り、その後は教室で授業です。こちらの魔法理論はだいたい分かって来たですが、まだ精霊魔法に応用するには至ってません。別荘も使えるようになってきたですし、これまでより人目を気にせず練習が出来るです。早い所、[偏在]の魔法をものにしたいですね。戦術のヴァリエーションが広がりますし。

 

 午前の授業が終われば軽い昼食を摂り、午後の授業までは食休みとしてのんびりカフェで読書しながらお茶を飲むです。なんとも優雅ですが、こちらの人達にしたらこれが普通らしく、今も中庭のカフェはほぼ満席です。さて、どこに座ろうかと見回していると、

 

 「おや、ユエ君じゃないか。良かったら一緒にお茶でもどうだい?」

 

 そう言って少し先のテーブルに座るギーシュさんが声を掛けてくれました。一緒に座っているモンモランシーは少し呆れ顔でしたが、仕方無いと言う風に手を振ってくれました。

 

 「お邪魔してすいません」

 

 「なぁに、構わないさ。女性を助けるのが僕の使命だからね!」

 

 いつぞや聞いたセリフと共に、彼が椅子を引いてくれたのでそこに腰を下ろします。

 

 「ほんと、すいません」

 

 「まぁ、こう言う奴だからね。もう諦めたわ」

 

 デートの邪魔をする形になってしまい、モンモランシーには本当に申し訳ないです。

 

 「貴女いつも本を読んでるけど、何読んでるの?」

 

 「今日のは水の秘薬に関しての物です。この魔法を混ぜ込む技術に興味がありまして」

 

 そう言って本をモンモランシーに見せます。こちらの技術で習得したいものの上位に入るものなので、ここ数日はずっと秘薬に関係する本を漁ってます。中々難しいですが、これは覚えたらすぐに応用出来そうなので、優先する事にしたです。

 

 「水の秘薬に関してなら、私もいい本を持ってるから、あとで貸してあげようか?」

 

 「え、本当ですか? それは助かるです」

 

 「これでも水のメイジとしては名門なのよ、うち。だから、その手の本はいっぱいあってね。きっと参考になるわ」

 

 なんでも王家が水の精霊と古い盟約で結ばれているらしく、その交渉役を彼女の実家、『水』のモンモランシ家が代々務めている関係もあり、水の魔法に関しては詳しいのだそうです。その手の本も、他所よりは沢山あり勉強する為に実家から沢山持ってきているのだとか。モンモランシーは、その持ってきた本の中から水の秘薬の事が詳しく書いてある本をいくつか貸してくれると言ってくれました。

 

 「本当にありがとうです。モンモランシー」

 

 「いいわよ、それくらい。私はもう読んじゃったものだし」

 

 こちらの人達には感謝のしようが無いですね。いつ本を取りに行くか話していると、

 

 「ギーシュ! ちょ、ちょっと!!」

 

 「な、なんだね? ちょ、引っ張らないでくれないかっ!?」

 

 なんか慌ててやって来たレイナールさんがギーシュさんを引っ張って行きました。あんなに慌ててどうしたんでしょうね。

 

 「なんか連れて行かれましたよ?」

 

 「………まぁ、いいわ。女同士で楽しみましょう」

 

 注文していたケーキが来たので、それを突きながら二人でお喋りです。

まぁ、内容は水の秘薬やそれに関係する魔法の事だったので、なんとも色気の無い話ではありますが。

 

 

 

 夜、タバサの訓練を終えて夕食を済ませた後、私はまた別荘に入りました。

早く完璧に仕上げて、お爺様やキュルケ達を招待したいものです。

 

 「「「おかえりなさいませ、マスター」」」

 

 中に入るとドール達、ミリィ、ユメミ、イツミの三人が出迎えてくれました。

一列に並んでお辞儀をしつつ言われて、ちょっと気圧されたです。いつもこんな出迎えを受けて平気でいるいいんちょさんの精神の強さが羨ましいです。早い所慣れないといけないのですが、ちょっと自信がないです。

 

 「マスター。別荘の清掃はほぼ完了致しました」

 

 「別荘内の設備、全て使用可能です」

 

 そう言ってミリィとイツミが報告してくれました。

別荘内では15日程経っているので、彼女達3人でも十分終わらせる事が出来たそうです。殆ど押し付けてしまったようで申し訳ないですね。

 私はユメミにマントを預け、闘技場のテラスに向かいながら更なる報告を聞きます。

 

 「浴場、プールなどはいつでも使用出来ます。ベットルームは、マスターのお部屋以外はその都度寝具を整える必要がありますが問題はありません」

 

 「地下のプラントにて、夏野菜の生産が可能です。ただ、今まで手付かずだったので、一度整える必要があります」

 

 地下のプラント?

聞いた事の無い設備ですね。

 

 「そのプラントとはどう言う物です?」

 

 「ハッ。この別荘内の気候や魔法による室温調節などを利用して野菜を育てる事が可能です。ただ、ここ何年も手付かずだったおかげで、野菜のジャングルと化してます。一度伐採して、新しく畑を作り直す事が必要です」

 

 この別荘にそんな設備があったんですねぇ。

確かに使わせて貰う時に、色々食事もさせて貰ったですが、どこから食料を調達してるかなど気にしてなかったです。多分外で買ってくるのだろうくらいの認識でしたが、まさか別荘内で作っているとは。

 

 「その畑の整備にどれくらい掛かるですか?」

 

 「伐採は1日もあれば。収穫までならば、一番早い作物でも数ヶ月掛かります」

 

 魔法の設備でもそう簡単には作物は作れませんか。

まぁ、1時間で1日進む別荘内なら、実際にはそれほど時間が掛かるものではないですね。一週間で168時間、だいたい5ヶ月強になります。それだけあればいくつかの野菜は作れるでしょう。いえ、実際に手を加える人にとっては大変でしょうが。

 

 「こちらは私達にお任せ下さい」

 

 「すいません。私では知識が足りませんし、お任せするです」

 

 優秀なメイドさん達で助かります。農業関係の本など見た事ないので、どう手を出せばいいかすら分からないです。

 

 

 この別荘内で一番重宝しているのが、この大きな浴場でしょう。

学院の寮にも浴場はあるですが、水が貴重なので毎日入る事は出来ません。だいたい3日に1度くらいですか。毎日入るのが当たり前だった日本人の私にしては、それはかなり耐え難いものでした。この別荘のおかげで毎日入る事が出来て感謝のしようが無いです。浄水システムなど、どうなっているのか分かりませんが、何か魔法的な手段がなされているのでしょう。常に熱いお湯で満たされていて、掃除前でも湯垢さえどうにかすれば、すぐ使えるほどでした。これが大魔法使いエヴァンジェリンさんの別荘じゃなかったら、こうは行かなかったでしょう。

 

 1日の疲れを流した私は、先程聞かされた生産プラントとやらを見に行く事にしたです。

この別荘も、それなりに長く訪れていますがそんなプラントは見た事無かったですからね。調理を人任せにして来たせいかもしれないですが。

 

 イツミの案内で塔の下層にある一つのフロアで私が見たのは、確かに野菜のジャングルと言える光景でした。さまざまな蔓が絡まり合い、さまざまな作物が実っているこの光景は、中々凄まじい物があります。長らく放ってあったので伸びに伸びて、収穫されずに腐り、それが土や肥料となって更に伸びる。そんな工程を経て、このジャングルが出来たのでしょう。しかし、これは40年ではきかない情景です。人の手が入らなくなってどれだけの時間が経ったんでしょうか。

 

 「なんとも凄いですね」

 

 「はい。幸いこの状態でも育っている作物も多いので、そこから新たな種や苗を用意出来ます」

 

 植物の生命力に思わず脱帽です。

 

 入り口付近から中に入れないので、近くにあったトマトとキュウリを採ってプラントを後にします。1度伐採して耕し、もう一度畑にするのはかなりの重労働ですね。これは私も手伝わなければ。そう思ったのですが、手伝いを申し出るとお願いだから自分達にやらせてほしいと言われたです。何かこだわりのやり方があるのでしょう。まぁ、1度任せると言ったんですから、任せましょう。

 

 水が外に流れて行く水路がある食堂にて、ワインを飲みながら野菜ジャングルで採って来たトマトとキュウリをかじって見ますが、手が入っていないにも関わらず中々美味しいです。これほどの味なら、伐採しないで通路を確保するだけでもいいかもですね。

 

 「マスター。ワインの在庫は余り多くありません。1度仕入れる事を提案します」

 

 保存されていた物の中で、飲めるものも多かったようですがやはり飲めなくなっていた物もあるようで、それを処分したら半分以上が無くなったそうです。他にも野菜以外の食糧は無いので、その辺りの仕入れも必要とか。

 どうしましょうかねぇ。お金は平民の人が半年暮らせるだけの金額を渡されているので、それを仕入れに使えばいいのですが、私は授業があるですし、ドール達だけでは買い物に行けないでしょう。また厨房に言ってその分を多く仕入れて貰うしか無いですかね。

 

 「私達だけで仕入れに行く事も出来ますが?」

 

 「街はここから歩いて半日は掛かるです。馬車などの運転は出来るですか?」

 

 「はい。問題ありません」

 

 そう言えばエヴァンジェリンさんは中世の生まれ。その頃に作られた彼女達も、馬車などの運転は出来て当然ですね。むしろ、私なんかよりこの世界に馴染むんじゃないでしょうか。

 

 「ならば、今度知り合いに頼んで貴方達を連れて行って貰いましょう。流石に道までは分からないですしね」

 

 「はい、マスター」

 

 この前街まで行った時は、飛んで行ったので陸の道は分からないです。しかも彼女達は初めて外に出るのですから、街まで一人で行ける訳がないです。1度行けば覚えるでしょうし、最初は道案内を誰かに頼むとしましょう。

 

 これからの方針が決まったので、この日はもう休む事にしました。

次の日、起きて野菜だけのある意味健康的な朝食を摂ってからは、出られる時間まで魔法の訓練です。気絶寸前まで魔法を撃ち込み、効率化を意識しながら呪文構成や魔力運用を確認して、また撃ち込みをします。別荘の掃除はドール達がほとんどやってくれたので、もう私が手を出す事が無くなりました。ちょっとの掃除くらいならやってもいいのですが、マスターが自分達の仕事を取らないでくれと言われたら、大人しく魔法の訓練でもしてる他ありません。こう、傅かれる人生を送ってこなかったので、すこぶる居心地が悪いです。しかし、彼女達のマスターになったのですから、こう言う感覚にも慣れないといけないのですよね。

 

 魔力が空になったのでテラスで休む事にします。

休みながらも、モンモランシーに借りた水の秘薬について書かれた本を読みこむです。やはりこの技術は有効ですね。1度作ってみたいですが、材料も設備も無いので試せないです。今は術式などを覚えるだけにしましょう。アーティファクトにも写してあるので、いつでも試せますし。

 

 「マスター。魔法薬を製造する設備ならございますが?」

 

 「なんですと?」

 

 どうやらエヴァンジェリンさんが魔力を封じられている時に使う魔法薬を作る設備があるそうです。なんとも都合がいいですが、せっかくですから使わせて貰いましょう。材料は今度買いに行けばいいですし、別荘のおかげで時間も気にせず出来ますし、これなら色々好きに試せるです。私の仲間達に追いつくと言う、無謀とも言える目標の達成の実現も近いかもしれません。

 

 試しに見てみた魔法薬の製造設備は、かなり充実してました。

流石に材料の大半は使えない物になってましたが、ビーカーやフラスコはヒビ一つないですし、このまま十分使用可能です。棚という棚を開けまくり、使える物と使えない物を分別してたら時間になったので、今日はこれで終わりです。

 ドール達に見送られながら別荘を出て、服を着替えてベットに入ります。

中々に1日が忙しくなってきたですが、これはこれで楽しいです。やはり私は魔法が好きなのですね。これまでの人生で、これほどのめり込めた物は無かったです。ネギ先生の役に立ちたいと言う想いはまだあるですが、それ以上に魔法使いとして上を目指したいと言う想いが強くなって来たです。私のようなヒヨッコが生意気ではあるですが、いつかはネギ先生のような、エヴァンジェリンさんのような、そんな凄腕の魔法使いになりたいです。このハルケギニアに来てしまったのは、きっと私の糧となるでしょう。いえ、確実に糧にして見せます。

 

 とりあえず、明日はお爺様にドール達を紹介して、自由に学院内を歩く事や、買い出しに行く際に馬車の使用を認めてくれるように頼まなければ。

 

 そう予定を立てながら目を閉じるです。

 

 

 なんか、下の階から人の悲鳴が聞こえるですが、また才人さんでしょうか?

 

 

 






 てな具合に、第十六話でしたぁ。

 別荘にプラントがあったり人形があったりワインセラーがあったりは、全部この小説独自の設定です。まぁ、言われなくても分かるわいと言われそうですが。

 第二巻に突入する予定だったのに、突入出来なかったです。残念。

次は第二巻に入ります。皆大好きアンリエッタの登場です。


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ゼロの旅17

 いやはやお待たせです。

なかなか出だしが書けなくて予定から遅れてしまいました。

さぁ、第17話いってみよぅ


 

 

 

 

 

 「うむ、ダメじゃ」

 

 「いえ、あの、お爺様?」

 

 「結婚など許さん!!」

 「そんな話はしてません!!」

 スパァーン!!

 

 学院長室に居たお爺様に、「紹介したい者が居る」。そう言ったらいきなり結婚は許さんと言われたです。あまりのボケに、思わずハリセンで叩いてしまいました。

 

 「ほっほっほっ。すまんすまん。いつか言ってみたいと思っておったセリフでの。紹介したいとか言うから、今がその時か! と思ってつい言ってしもうた」

 

 「なんでそう思うですか……。だいたいそんな重要な話なら、こんな時間がない時にわざわざ話さず、どこかちゃんとした場を設けて話すはずです」

 

 そんな予定はまったく無いですが、私ならこんな朝食と授業とのわずかな時間で話したりはしないです。

 

 「若い内はむしろそれくらい思い切った生き方をした方がいいと思うがのぅ」

 

 「それは思い切りとは違う気がするです。それに……私は割と思い切った生き方をしてると思うです」

 

 魔法の世界に飛び込むのはよほど思い切った行動でしょう。なにせ、今までの常識を全て捨て去るようなものなのですから。

 

 「ほっほっ! 確かにの。……それで、そんなユエ君が誰を紹介してくれるんじゃな?」

 

 「あ、はい。では、入って下さい」

 

 「「「失礼します」」」

 

 私は扉の前に待機させていたドール達に部屋に入るよう促し、私の隣に並ばせました。

 

 「ほぅ? その子達は?」

 

 「彼女達はあの別荘内で発見した魔導人形でして、右からミリィ、ユメミ、イツミと言います。紹介したいと言うのは彼女達の事でして」

 

 「なんと、魔導……人形とな? どう見ても普通の人間にしか見えんのじゃが……」

 

 お爺様がドール達を信じられないと言った様子で見つめてます。確かに、知らなければ人間と見間違えるほど精巧に作られているので仕方ないでしょう。なにせ彼女達を作り出したのは、あの[人形使い](ドールマスター)と言われるエヴァンジェリンさんです。そこら辺の人形とは格が違うです。

 

 「彼女達を作り出したのは、私の世界でも有名な人形使いでしたからむしろ当然です。その人は、全盛期に約300体ほどの人形を操り、軍隊すら一蹴したそうです」

 

 「それは凄いのぅ。この出来、ガリアのガーゴイルすらオモチャに見えるわい」

 

 お爺様はとても興味深そうにドール達を眺めています。

ガーゴイルと言うのは土系統の魔法で作られた魔法人形の事で、擬似的な意思を持っていて、魔力を供給すれば自律行動も出来るそうです。ガリアの方では、このガーゴイルに関する技術が高いそうで宮廷の衛兵として使ったりもするそうです。

 

 「近づいても、違いが分からんわい………どれ……モミモミっと」

 「何してるですかっ!?」スパンッ!!

 

 近くでドール達を見ていたお爺様が、いきなりユメミの胸を揉み出したです。私は本日二度目のハリセンを繰り出し、その痴漢行為をやめさせます。

 

 「いや、見た目人間にしか見えんから触り心地も似てるのかと思っての。いやはや、ちゃんと柔らかいとは思わなんだ」

 

 「だからっていきなり胸を揉まないで下さい!!」

 

 このドール達は、人形と言っても肌の感触なども柔らかく見た目はほぼ人間です。多分茶々丸さんのようにハカセさんが改造でもしたのでしょう。魔力による発熱で、体温があるかのように思えるですし、自らの意思もあるので人間だと言って紹介してもすぐにはバレないでしょう。でも、だからと言ってセクハラして良い訳ではないですが。

 

 「まったく、初めて会った時の威厳あるお爺様はどこへ行ったのやら」

 

 「ほっほっ。この歳じゃからの。いつもいつでも張り詰めておっては、すぐにガタが来てしまうんじゃ。そこは諦めておくれ」

 

 「………せめて、セクハラするのだけは自重して下さい」

 

 悪びれもせず笑うお爺様からそれとなくドール達を離し、続きを話す事にします。

 

 「ふぅ、それでですねお爺様。彼女達に学院内外で活動する許可を頂きたいのです。これから彼女達も出歩く機会が増えるので、いきなり知らないメイドが学院を歩いていたら要らない騒動が起こるでしょうし」

 

 「ふぅむ。 確かに不審者と間違えられると面倒じゃの。ここには重要人物も多いし、身元不明の使用人がいるのは問題じゃ」

 

 「はい。彼女達は別荘の維持管理が主な仕事なので、基本別荘から出て来ません。しかし、これからは諸事情により外に出る事もあるでしょうし、無用な混乱を避ける為にもこうして早めにお爺様の許可をお願いに来たのです」

 

 お爺様は考え込むように唸りながらドール達を見ています。何か難しい問題でもあるのでしょうか?

 

 「お爺様、何か問題でも?」

 

 「うむ……。いや、いいじゃろう。本来は個人的に使用人を連れて来るのは禁止しとるのじゃが、この子達は魔法人形な訳じゃし問題ないじゃろう」

 

 なるほど。確かに変な前例を作ってしまうと色々問題ですから、慎重になるのも分かるです。生徒達全員がメイドを連れて来たら、すぐ学院が人で溢れてしまうですからね。

 でも、どうにか許可が貰えたので良かったです。これで、別荘の整備に必要な道具や、皆を招待する時に使う食材などを仕入れる事も出来るようになるです。

 

 「ありがとうございます、お爺様」

 

 「うむ、構わんよ。しかし、こんなめんこい娘達があの中に居たとはのぅ。あれを見つけて数十年、眺めるだけだったのが悔やまれるわい」

 

 あれは入場に使う魔法陣が無ければ綺麗なボトルシップでしかないですから、何か分からなければ眺める以外出来ないので、無理は無いですね。

 

 「もうすぐ整備も終え招待出来るようになるですから、楽しみにしてて下さい」

 

 「おぉ、とうとうか! 何か必要な物があったら言うんじゃぞ? なんでも手に入れてやるからの」

 

 長年お気に入りだったダイオラマ魔法球に入れると聞いて、子供の様に喜ぶお爺様。こう言う所だけでいいのに、時折スケベ心を出すのが玉に瑕です。

 

 「欲しい物は今の所ないですが、馬車の使用許可をお願い出来ますか? 彼女達がトリスタニアまで買い出しに行く時に使いたいのですが」

 

 「それは構わんよ。馬番に言えば誰でも使える物じゃしの」

 

 そうだったですか。すっかり色々許可や手続きが必要なんだと思ってたです。

 

 「そうだったですか。では、使う時はそうするです」

 

 「うむ。さ、そろそろ授業が始まるぞぃ? 急いで行くといいじゃろ」

 

 思いの外時間が掛かってしまったです。せっかくの授業ですし、遅刻する訳にはいきません。

私は急いで教室に向かう為、そそくさと学院長室を後にしようとしたですが、

 

 「おっと、ユエ君。彼女達は置いていっておくれ。少し用事があるのでの」

 

 「………何するつもりです?」

 

 「いや、待つのじゃ。そう言うおちゃらけた用事じゃないぞぃ? 一応他の使用人達と顔合わせなどをせんと混乱するじゃろ?」

 

 あ、あぁ。なるほど、確かに1番接する機会があるのは彼等ですし、それは必要ですね。

すぐにそっちの事を考えてしまって申し訳ないです。

 

 「すいません、お爺様。てっきりドール達にイタズラしようとしてるのかと思ったです」

 

 「ぐふっ! い、いや、そう思われる事をしたこちらも悪かったし、それはいいんじゃよ、うん」

 

 ほんとすいませんです。久しぶりに赤面物のミスです。

 

 「では、儂は彼女達を他の者たちに紹介しに行くので、君は授業に急ぎなさい。しっかり勉強するんじゃぞ?」

 

 「はい、行ってきます。貴女達はお爺様の指示に従って下さい」

 

 「「「了解しました」」」

 

 ドール達の顔合わせはお爺様にお任せして、私は教室に向かいます。一応セクハラしたら怪我しない程度に迎撃するよう念話をしておきます。時折出るスケベ心さえ無ければ良いお爺様なのですが。歳に反して気持ちは若いのが原因ですかね。まぁ、いつもいつも、と言う訳でもないですし、信じて任せましょう。

 

 

 思った以上に時間が掛かったので、学院長室から階段を飛ばし飛ばしで降りて行き、ものの数分でいつもの教室までやって来ました。この重厚な扉を開けるようになってはや数週間、結構慣れてきましたね。タダの一般人だった私が、今は貴族と混じって魔法の勉強。人生なんて分からないものです。

 

 また新たな魔法知識が得られる事を期待しつつ、ガラッと扉を開けて、

 

 「いたい? 『わん』でしょ? 『わん』でしょーがっ! ほら、『わん』と言いなさい!!」

 「キャインキャイン!」

 

 ピシャン

 

 ネギ先生、のどか……ついでにハルナ。

異世界で出来た級友が、公衆の面前で鞭を振り上げイケナイ遊びに耽っていた場合、私はどうすればいいのでしょう?

 こんな事態は今まで読んだ本の中にも無かったですし、色々おかしな事が起こる麻帆良でも遭遇した事はありませんでした。おかげで、波乱万丈な人生を生きている自負のある私でも、どう対処すればいいのかわかりません。

 

 しばらく扉に手を掛けたままどうしようか考えてましたが、意を決してもう一度扉を開けます。

 

 「ほら、ほらほら、『わん』って言いなさい!」

 「…………うぅ……わん」

 

 「そうそう、バカ犬は『わん』と言うだけで………ハッ! ユエ!?」

 

 そこにはやはり見間違いじゃなかったようで、ルイズが才人さんを鎖で引っ張りながら鞭で叩いてました。興奮して顔を上気させたルイズが、犬耳と尻尾を着けた才人さんを叩きながら笑っています。これは、杖を失くしても大丈夫な様にと武器を持たせた私の責任でしょうか?

 私が薦めなければきっとこうはならなかったはずですし。

 

 二度目でも衝撃的なその光景を見ていたら、ルイズこちらに気付いたようで、ポイっと才人さんを放り投げて居住まいを正しました。

 

 「し、しつけはここまで!」

 

 どうやらさっきまでのはルイズの性癖によるイケナイ遊びではなく、何か才人さんがイタズラをしたので、そのお仕置きをしてたと言いたいようです。しかし、周りの人達は皆微妙な表情でルイズを見ています。まぁ、ちょっと見ただけでもそう言う人のそう言う遊びにしか見えなかったですからね。

 

 「ルイズ………きっと皆さんが言いたいと思ってるでしょうから言いますが、そう言う遊びは自分の部屋だけにして下さいね?」

 

 「違うわよ!? こ、これは才人が悪いんだからねっ!!」

 

 「隠さなくても大丈夫です。もう、皆知ってますから。ね?」

 「そう言う事じゃないのよ!!」

 

 どうにか誤魔化そうとしてるルイズを宥めていると、もう授業の時間のようでギトー先生がやって来てしまいました。

 

 「いつまで喋っているんだ! 授業を始めるぞ! 早く席につけ!」

 

 ガラッと扉を開けそう言う彼の言葉に急かされて席に着きますが、ルイズはまだ小声で「さっきのは理由が…」などと言ってます。

 

 「ほらルイズ、ちゃんと聞いてないと怒られるですよ?」

 

 「聞いてよぅ。あれは才人が私のベットに忍び込んできたから、お仕置きしてただけなのよ」

 

 なんでも寝てる所にベットに入って来て抱き着き、胸に顔を擦り付けていたんだそうです。それであの剣幕だったのですね。寝てる所を襲われたらそりゃぁ怒るです。むしろ、女性に夜這いを掛けておいてよく命がありましたね。

 

 「そこ! 静かにしろ!」

 

 おっとっと、喋りすぎたです。

ギトー先生は教室の前にある教壇に立ち、私達を見回し静かになった事を確認して満足そうに頷きます。

 

 「では授業を始める。知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

 

 ピンと張り詰めた雰囲気の声でそう自己紹介して、今日の授業を始めます。

 

 「さて、最強の系統は何か知ってるかね? ミス・ツェルプストー」

 

 「『虚無』じゃないんですか?」

 

 『虚無』とは、今は失われた系統で、どんな魔法があったのかまったく知られていない伝説の系統だそうです。

 

 「伝説の話をしてるのでは無い。現実的な話をしてるんだ」

 

 「ならば『火』に決まってますわ、ミスタ・ギトー」

 

 キュルケがその大きな胸を突き出して、自信満々でそう答えたです。ここの魔法使い達は自分の属性に相当の自信を持つようで、その例に洩れずキュルケも己の『火』に自信を持ってるようです。

 

 「ほほぅ。どうしてそう思うんだね?」

 

 「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱。そうじゃございませんこと?」

 

 キュルケが髪をかきあげながらそう言いますが、ギトー先生は首を軽く横に振り杖を引き抜きました。

 

 「残念ながらそうではない。試しに君の得意な『火』の魔法を私に撃ってみたまえ」

 

 ザワッと教室中がざわめく中、ギトー先生が戸惑うキュルケにもう1度声を掛けます。

 

 「どうしたのかね? 君は確か『火』系統が得意だったのではなかったのかね?」

 

 キュルケを挑発するように言うギトー先生に、キュルケも目を細めて言い返すです。

 

 「火傷じゃすみませんわよ?」

 

 「構わん、本気で来たまえ。有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないならな」

 

 その言葉にカチンと来たらしいキュルケは、珍しくいつも浮かべている笑みを消しました。

スルっと性懲りも無く胸の谷間から杖を引き抜き、魔力を高めます。その圧力で彼女の赤い髪が燃え盛る炎のように逆立ちました。

 これは、中々の練り具合ですね。どうやら自分の自慢の赤毛を貶された事が相当頭にきたのでしょう。

 

 彼女は杖を振り、小さな火の玉を作り出した。

更に呪文を唱えて火の玉を大きくしていき、その大きさは直径で1メートルほどになったです。

 

 呪文が完成したのを見て他の生徒達は机の下などに避難して行きます。キュルケは手首を回転させた後右手を胸元に引きつけ火の玉を押し出しました。呪文としてはファイヤーボールですが、以前訓練場で見せてもらった時より大きいです。それだけ怒り心頭だったのですね。

 

 ギトー先生は、自分に向かって飛んで来る魔法を避けようともせず、落ち着いた様子で杖を振り魔法を発動させるです。烈風が吹き上がり、キュルケの撃った火の玉が掻き消されて、そのままキュルケも吹き飛ばされました。

 中々の威力の魔法ですね。呪文が短かったと言うのに撃ち出された魔法の威力はキュルケの魔法を軽く凌駕していました。これだけで、彼の実力は相当高いと分かりますね。以前トライアングルとスクウェアとの差について色々聞いた事があるですが、その差は相当なものだそうです。例えるならば、そうですね………何の力も無かった時の私。まだ魔法を知らなかった中等部2年の時の私と、未熟者とは言え魔法が使える今の私くらいの差があるそうです。

 

 っとと、壁にぶつかる前にキュルケを受け止めなければ。

私は瞬動で飛んで行ったキュルケの所まで行き受け止めます。まぁ、この程度の距離と高さなら怪我もしないですが、一応友人ですし助けられるなら助けるべきですね。

 

 「あ、ありがとうユエ」

 

 「いえ」

 

 キュルケを下ろし席に戻りますが、なんか皆の視線が集まってますね?

 

 「えーっと、ユエ? 今の………どうやったの?」

 

 席に戻る途中にモンモランシーがそう聞いてきたので、ようやく何に注目してたのか分かりました。

 

 「ただ速く動いただけですよ。私の国の武術の一つでして」

 

 「へ、へぇ……?」

 

 モンモランシーはなんだか分からないと言った表情で首を傾げてますが、構わず席についてギトー先生に続きを促します。

 

 「先生、続きをお願いします」

 

 「う、うむ。 諸君。私は『風』こそが最強の系統であると考える。何故ならば、『風』は全てを薙ぎ払うからだ。『火』も『土』も『水』も。残念ながら試す事が出来ないが、『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。それが『風』だ」

 

 キュルケは両手を広げてて不満そうにしてますね。まぁ、どの属性が最強かなどと言うのは状況次第で変わってくるのでどう議論しても答えは出ないものです。興味はあるですが、今はその時ではないですし、黙って授業を受けるです。

 

 「目に見えぬ『風』は見えずとも諸君らを守る盾となり、必要ならば敵を吹き飛ばす矛となる。そしてもう一つ『風』が最強たる所以は……」

 

 彼は杖をもう1度振り上げ呪文を唱え出しました。

あ、この呪文は[偏在]のものですね? スクウェアであるギトー先生もやはり[偏在]が使えるようです。これはしっかり見ていなければ………

 

 ガラッ

 「あやややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」

 

 ギトー先生が呪文を唱え切る前に扉を開けてコルベール先生が妙な格好をして入って来ました。ロールさせた金髪のカツラを頭に乗せて、ローブはレースや刺繍で飾られていてやたらとめかし込んでいます。せっかく[偏在]を見られそうだったと言うのに、邪魔されたです。

 

 「授業中ですぞ?」

 

 ギトー先生が、授業の邪魔をされたからか機嫌が悪そうに眉をひそめて注意します。

 

 「おっほん! 今日の授業は全て中止であります!」

 

 ギトー先生のジトっとした視線を無視してコルベール先生が重々しく告げると、教室中で歓声が上がりました。どの世界でも授業が詰まらないのは同じようです。私は非常に残念ですが。

 

 「えー、皆さんにお知らせですぞっ」

 

 勿体ぶった調子で胸を張った拍子に、彼の頭に乗っていたカツラがズルっと滑って床に落ちて行きました。ただ乗っけていただけだったせいでしょう、中々のタイミングで滑り落ちたその場面を見た生徒達がクスクス笑ってます。

 

 「滑りやすい」

 

 1番前に座っていたタバサが、コルベール先生の頭を指差しながら小さく呟くと、先生の言葉を聞くために静かにしていた教室が一気に笑いに包まれました。

 

 タバサ、ダメですよそんなこと言っては………プフッ。

 

 「黙りなさい! ええいっ、黙りなさい小童どもがっ! 大口開けて下品に笑うとは貴族にあるまじき行い! 貴族は可笑しい時には下を向いてこっそり笑うものですぞ!?」

 

 怒るポイントが違う気がするですが?

 

 「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって良き日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶほどのめでたい日です!」

 

 コルベール先生は横を向いて手を後ろで組み更に胸を張って言葉を続けます。

 

 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 

 アンリエッタ姫殿下、ですか。

この国のお姫様とはどんな人でしょうね?

 

 「従って、粗相があってはいけません。急な事ですが、今から全力で歓迎式典の準備を行います。その為に本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること!」

 

 教室の皆は緊張した面持ちで一斉に頷きます。

王女様と言うのは結構慕われているようで、皆さん授業の時より真剣そうです。そんな彼らの姿に、満足そうに頷くコルベール先生は、更に声を張り上げます。

 

 「諸君らが立派な貴族に成長した事を、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるようにしっっかりと杖を磨いておきなさい。よろしいですな!?」

 

 結局カツラは手に持ったまま、コルベール先生はすったか教室を出て行きました。生徒達がざわつく中、少しため息をついてギトー先生も教室出て行きます。せっかくの[偏在]でしたが残念です。今度ちゃんと見せて貰いましょう。

 

 

 

 皆と一緒に正門に並び、やって来た王女様の一行に向かって杖を掲げます。

私は、のどか達に貰った新しい杖をアリアドネー式で掲げて、馬車が止まりメイドさん達が絨毯を敷き詰めるのをぼんやりと眺めるです。こう言うのは候補生の時、オスティアでもやったですが同じ体勢で居るのは結構大変なんですよね。

 

 「ユエのそれって、見た事ない杖ね? いつ変えたの?」

 

 隣に居たキュルケが、私の持っている杖が違う事に気付いて話し掛けてきます。彼女自身は、杖を軽く顔の前にあげるだけで、他の人達ほど気合いを入れてはいません。

 

 「これは親友が留学の餞別にとくれたものでして。材料集めから自分でやって作ってくれた代物なんです」

 

 「へぇ〜……。綺麗な杖ね。何を素材に作ったのかしら?」

 

 「それが何も言わなかったので分からないです。凄く丈夫な材料を使ったとだけで」

 

 魔法処理されているこの漆黒の杖は、今まで見た事無いものです。重さから、タダの木ではなさそうですが石材と言うほど重くはないです。まぁ、気に入っているので材料とかはどうでもいいですがね。

 

 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなぁーーーりぃーーーっ!!」

 

 そんな掛け声と共に停められた豪華な馬車から出てきたのは、手足も痩せ細った、しかし、背筋はピシッとしている老人でした。

 

 「まさか、王女と言っておいてお爺さんだったとは。あれですか? 心は乙女と言う意味ですか?」

 

 「ブフッ!? あっはははっ! 違うわよユエ。あれは枢機卿のマザリーニ、通称『鳥の骨』。今のトリステインでは実質最高権力者になるわね」

 

 「おぉ、そうでしたか。いや、世界が違うとお姫様まで変わるのかとヒヤヒヤしたです」

 

 そうこう言ってる内に、一層大きな歓声が上がったので目を向けてみると、そこには馬車から出て来た綺麗な女性が、歓声を上げる生徒達に向かって手を振っていたです。

 

 「あっちがアンリエッタ王女様ね。王女は初めて見るけど、私の方が美人じゃない?」

 

 そうキュルケが言うので王女様とキュルケを交互に見ますが、清楚可憐な王女様と豪気妖艶なキュルケ。タイプが違い過ぎて比べられないですね。

 

 「方向性が違い過ぎて比べる事が出来ないですよ、キュルケ。胸の大きさでは勝ってそうですが」

 

 「むぅ……。ねぇ、ダーリンはどっちが美人だと思う?」

 

 地面に転がって、鎖に繋がれたままで居る才人さんにキュルケがそんな質問をします。というか、才人さんはいつまで鎖で繋がれたままで居る気なのでしょうか? やっぱりそう言う趣味が……?

 

 「わん」

 

 「わんじゃ分からないわよ。ほら、どっち?」

 

 キュルケは腕で胸を挟み、谷間を強調させるポーズを取りながら才人さんの下顎を撫でます。そんな事をされた才人さんはデレっとした表情を浮かべてなすがままでいます。なんて言うか、人はこうまで落ちるのですね。

 見ていられないのでルイズの方を見ますが、彼女はどこかを見てポーーっとしてます。ネギ先生を見る時ののどかのようなその表情に、はて何を見ているのやらと視線をたどると、そこには羽飾りのついた帽子を被り、グリフォンに乗った立派な髭を蓄えた貴族がいました。どうやらあの髭の人に見惚れているようですね。私にはそこまで格好良く見えないですが、見ればキュルケもぽけーっと見惚れてます。こちらの人は、ああ言う人が好みなのでしょうか?

 

 お姫様が正面玄関で待っていたお爺様と挨拶して、そのまま学院内に入って行きます。

そして、何人かの従者が付いて行ったのを確認したのち、生徒達に解散の礼が掛けられましたが、ほとんどの人がその号令に従わず、王女様の護衛としてついてきた衛士隊面々に憧れの眼差しを向けているです。候補生として勉強してた時、他の生徒が騎士団員を見てた時と同じ目をしてるですね。きっと、頭の中では衛士になった自分を想像してるのでしょう。コレット達もそんな感じでしたし。

 

 「ユエとタバサは相変わらずだな」

 

 「何の話です?」

 

 足元に転がったままの才人さんが唐突にそんな事を言うので、視線を向けて聞いてみると、才人さんは指でルイズやキュルケを指して、その後向こうに見えるあの髭の貴族を指差します。

 

 「ルイズ達はあの貴族に見惚れてるのに、二人はいつも通りじゃんか」

 

 「はぁ、まぁそうですね」

 

 何処か不貞腐れた感じの才人さん。はてさて、どうしたのでしょう?

よく分からず、一緒に相変わらず呼ばわりされたタバサを見やると、彼女はルイズ、キュルケ、と視線を動かし、やがて才人さんを見つめるとポツリとこう言ったです。

 

 「三日天下」

 

 今まで構ってくれてた人が自分を見てくれないので落ち込んでたのですね。まぁ、わんわん言ってる人がモテるとも思わないですが。

 

 タバサの言葉にガクっと項垂れてる才人さんを放っておき、私はタバサに向き直り小声で呼びかけます。

 

 「タバサ、授業がないならこれから訓練でもしますか?」

 

 「行く。もうすこしで掴めそう」

 

 身体強化もまずまずの出来になってきたタバサは、私の囁きに張り切って返事をします。

授業が無くなったのは残念ですが、いつも以上に訓練に時間を掛けられるのは感謝です。本当は、タバサを別荘に連れて行き訓練する方がいいのですが、今日は夜までは無理そうです。

 

 何故かお爺様の後ろに控えて、お姫様達に対応してるドール達が見えたので、しばらく返して貰えなそうですし。居ないと食事もままならないので、別荘には入れません。私は今だに見惚れて動かないルイズ達と、地面に崩れ落ちている才人さんを放って、タバサと訓練場に向かいました。夕食までの時間は約8時間。タップリ出来るです。

 

 

 

 「んっ、やっ、とっ」

 

 タバサはいつもの様に地面に描かれた円をケンパしながら飛んでいきます。

始めた当初に比べるとその円の間隔はかなり広がっています。既に身体強化は完璧と言えるほど出来るタバサは、ここからスピードを上げていき瞬動の特徴である瞬間移動と見紛う速度を目指して行くのですが、未だに私も完璧には出来ないのでここからは一緒に頑張って行く必要があります。

 目指すは楓さんの縮地です。目指すのは高い方がいいとは言え、その目標に出来る人達が全て自分と同じ歳か下ばかりだと言うのは恵まれているのかいないのか。あの人達と自分ではこれまで生きてきた時間の使い方がまるで違ったので仕方ないのですが、時々嫉妬してしまいます。

 

 普通の中学生だった私がそんな事を思うようになるとは、思えば遠くに来たものです。

 

 「ユエ、どう?」

 

 練習していたタバサがその出来を聞いてきますが、練習を始めてまだひと月も経ってないと言うのにその出来はかなりの物です。才能もセンスもあるので、その伸びは目を見張るものがあるです。半年で最強レベルに達したネギ先生に匹敵するでしょう。このまま私が教えていて大丈夫か、そっちの方が心配ですね。

 

 「もう完璧ですね、タバサ。身体強化も十分出来ているですし、あとはスピードを上げて行く事ですね。……ちなみに瞬動の完成形、縮地はこんな感じです」

 

 私はアーティファクトに録画されていた楓さんの縮地を見せてみます。

あまりレベルの高い物を見せて心が折れてしまうと困るですが、彼女はそんな柔な精神はしてません。食い入るように楓さんの映像を見て、イメージを自分の中に落とし込むタバサ。そのうちネギ先生の様に最強と言われる人達の領域に行くのでしょうか。

 

 「この人はどんな人?」

 

 「私と同じ歳の楓さんと言う人です。こちらで言う[偏在]のような技術を使う、私の友人の中でも最強クラスの人です」

 

 白き翼(アラアルバ)の中でもトップクラスの実力者、そのスピードも雷天大壮を使ったネギ先生を除けば仲間内では最速でしょう。目指す目標にするならば彼女以外いません。

 

 「このレベルまで行くのは相当大変ですが、一歩ずつ進んでいけば、いつかは辿り着けるはずです」

 

 「うん。頑張る」

 

 楓さんの映像に触発されたタバサは、1度目を閉じて集中したのちスタート位置に着きました。そして、深呼吸して気持ちを落ち着かせ………

 

 ザッ   ザシッ! ズッ ズシャーッ!!

 

 一瞬消えてゴール付近に現れたタバサは、着地を失敗したのかそのまま転んでしまい、勢いのまま飛んで行ってしまったです。入りは上手く行ったですが、抜きで足が滑ったようですね。瞬動の難しい所です。

 

 「タバサ、大丈夫ですか?」

 

 「うん、平気」

 

 「でも、だいぶ出来てます。あとはメリハリをつける事ですね」

 

 この辺りからはもう慣れが必要な所なので、何度も練習するだけです。

私も曲がりなりにも瞬動を会得出来たのも、皆に教えて貰いながらやり続けた結果ですからね。

 

 「タバサ。瞬動の練習を兼ねて、鬼ごっこをしましょう」

 

 「……鬼ごっこ?」

 

 「そうです。私の世界でもやっている子供の遊びではあるですが、それを瞬動を使ってやるです。片方が逃げ回り、もう片方がそれを追い掛けて相手に触れたら勝ち。触れられた方が負け。負けた方は、今度は追い掛ける側になり、勝った方を追い掛ける。そんな遊びです」

 

 これは楓さんに教えて貰っている時にやったもので、実戦中に盛り込んで練習するより瞬動自体に集中でき、鬼ごっこの性質上長時間瞬動を繰り返す必要があるので練習にはもってこいです。ただ黙々と瞬動するよりは集中出来ますから、上達も早くなるです。

 

 「やってみる」

 

 ルールを理解したタバサと10メートルほど距離を置いて向かい合います。

 

 「では、行くですよタバサ。制限時間は15分間です。最初は私が追いかけますので、身体強化と瞬動を使って逃げ切って下さい。私に捕まったら負けですよ?」

 

 「わかった」

 

 「では………始めです!」

 

 合図と共に私とタバサは鬼ごっこを始めました。

瞬動で彼女の後ろを取ろうとしたら、すぐに瞬動を使って逃げられてしまいました。入りは上手く行くようですが、やはり抜きが出来なかったようで、ピタッと止まらずに転ばないように踏ん張りながら滑って行きます。私はそれを見ながら、止まる寸前でまた後ろを取りに行きます。

 まだ上手く出来ないタバサに最初から本気でやるのもどうかと思うので、初めのうちは逃げやすいように少しだけ遅れて追い掛けるようにして行きます。

 

 しかし彼女も飲み込みが早く、5分ほど追い回すと抜きも上手く出来るようになり、どんどん瞬動の精度も上がって行きました。二人して身体強化した状態で訓練場を走り回り、子供の遊びだったはずの鬼ごっこを超スピードで繰り広げます。

 

 そろそろ時間ですか。

 

 「………今っ!」

 「!?」

 

 着地した時に出来た一瞬の隙を突いてタバサを捉えました。最後の方はかなり本気にならないと追いつけない位、タバサの瞬動は洗練されてました。こんなに一足飛びに上達するとは、少し悔しいですね。

 

 「ふぅ、どうにか捕まえられたです」

 

 「残念」

 

 いつもは表情の変わらないタバサも、少しだけ悔しそうな顔を見せています。

 

 「たった一回やっただけで、随分上手くなったですね」

 

 「本当?」

 

 「えぇ。最後の方は本気を出してたですし」

 

 今度は嬉しそうな顔です。

 

 「さぁ、次はタバサが追い掛ける番ですよ? 手加減はしませんので、覚悟して下さいね?」

 

 「望む所」

 

 私達はその後、延々鬼ごっこをして過ごす事になりました。

最初のうちはタバサの訓練としてやっていたので、少し力を抜いてやってたですが、いつの間にか彼女の瞬動も私と遜色ないレベルになって来たのでかなり白熱したものになったです。才能もセンスもある人が本気になると凄まじいですね。おかげで私も瞬動の精度がかなり引っ張り上げられたです。なにせ、虚空瞬動が何度か成功しましたから。

 タバサが強請るので虚空瞬動についても教えてあげ、暗くなるまで鬼ごっこを続けました。

まさか16にもなって、時間を忘れて鬼ごっこをするとは思わなかったです。

 

 「あー……、多分もう食堂も閉まってるですね」

 

 「32戦10勝22敗。負け越した」

 

 暗くなった道を学院まで二人で歩きながら今日の訓練の成果などを話します。

これは最近の恒例となっています。こうしてあれは良かった、これはこうした方が良かった等と話をして、反省や次への意欲を高めるです。ただ疲れた、と言って終わってしまっては身に付くのも遅くなるですから。

 それにしても、どうにか勝ち越せたですが、この調子ならすぐに負けてしまうかもしれないですね。もっと精進しないといけません。一応タバサの師匠なのですから、そう簡単に負けるようでは沽券に関わるです。吹けば飛ぶような頼りない物ですが。

 

 「私はシルフィードを見に行ってから帰るから、先に行ってて」

 

 タバサがそう言い、部屋に入れる事の出来ない大きな使い魔達を置いておける獣舎へと向かいました。今日一日会ってなかったですから、顔を見に行ったのでしょう。

 

 私はそれを見送ってから自分の部屋へと向かいます。

部屋は高い塔の5階。エレベーターなどないので、自分の足でえっちらおっちら登って行かなければいけないのが、少し不便ですね。

 

 「おや……?」

 

 寮塔の入り口付近に何やら人影が見えるです。

晴れているおかげか月明かりだけでも結構見えるので、目を凝らしてみるとそれは確かに人でした。黒いローブを纏って顔を隠し、コソコソと寮塔に入ろうとしている人影。もしや、また泥棒でしょうか? ついこの間フーケが学院で暴れたと言うのに、なんでこんなに簡単に不審者を侵入させられるんですか。まったく反省してないですね、ここの警備は。

 

 私は瞬動で寮塔に入ろうとしていた人影の前に飛び出しました。相手には急に私が現れたように見えたのでしょう。驚き、慌てた様に数歩下がりました。

 

 「さて、夜の女子寮に忍び込もうとしている不審者さん。大人しく帰るか、捕まるか、選んで下さい」

 

 私は指にハマった発動体を撫でて確かめたのち、魔法の準備をします。相手が何かしようとしたら瞬時に魔法が撃てる様に魔力を集め、相手の次の動作を待ちます。顔を隠しているだけで不審者確定なのですから、このまま攻撃しても構わないかもしれないですが、まだ何もしてない訳ですし、このまま逃げるなら見逃しすのも構わないと思うです。さて、どうしましょ……!?

 

 相手がローブの中に手を入れて何かを出そうとしてるです。

杖でも出してくるつもりでしょうか? しかし、そんな挙動を見逃してあげる理由はないです。

 

 先手必勝と行きます。

 

 詠唱省略! [風花・武装解除](フランス・エクサルマティオー)!!

 

 無詠唱で繰り出した武装解除によって杖を吹き飛ばして反撃出来ないようにして、取り押さえるつもりです。

 

 「………あれ?」

 

 杖だけ吹き飛ばすつもりだったですが、何故かローブから何から全部吹き飛んだです。

杖は飛んで行っただけですが、ローブや着ていただろう服は全部花弁のような形で粉々になって飛んで行きました。服を飛ばされた不審者さんは、何が起きたのか分からないようでキョトンと自身の体を見下ろしています。白い肌に二つの大きな山……おや、女性でしたか。

 

 しかし、服まで飛ばすつもりは無かったですが、何故こうなったのでしょう?

ネギ先生のように魔力が知らない間に増えたと言う訳でもないですし、制御もきちんと出来ていたはずです。一体何故………?

 

 「あぁ、そうです。こちらの人は障壁がないんでした」

 

 障壁を抜いて杖を飛ばすつもりで魔法を撃ったので、その分威力が上がっていたのでしょう。おかげでこんな所でストリップさせてしまいました。まぁ、不審者ですし、構わないですね。

 

 「へ? きゃあぁっ!? な、なんで服がっ!?」

 

 「さて、不審者さん。ちょっと予定とは違う展開になってしまいましたが、杖も失くした状態で抵抗は無駄です。大人しく捕まってもらうですよ?」

 

 ようやく自分が裸になっている事を認識した不審者さんが必死に手で要所要所を隠そうとしています。意外とボリュームがあるせいで、隠しきれずにこぼれてますね。なんとも羨ましいものです。透けるような白い肌で、出る所と出ない所とのメリハリが素晴らしく、理想的なスタイルをしています。私があーなるには何年かかるか、もしくはいつまでもこのままか。……いえ、考えるのはやめましょう。

 

 「あっ、あのっ! 私はですね、」

 

 「女性と言う事は、女子寮で不埒な真似を、と言うつもりでは無かったと言う事でしょうか? やはり女子寮に住む生徒達が持つ装飾品などを狙ったのですか?」

 

 「ち、違います! 私はその、ルイズに会いに来ただけで……」

 

 「ルイズに?」

 

 この不審者さんはルイズの知り合いなのでしょうか?

しかし、それなら何故コソコソとする必要があるのです? 暗くて顔がしっかり確認出来ませんが、この学院に通っている生徒ではないようですし、彼女は一体誰なのでしょう?

 

 よく顔を見ようとしたら、月に雲が掛かり辺りが暗くなってきてしまいました。仕方が無いので[光よ](ルークス)を使って明かりを確保するとしますか。

 

 [光よ](ルークス)

 

 左手を上げて光を生み出し、辺りを明るく照らします。おかげで不審者さんの顔もしっかり見えるようになりました。

 

 往来で素肌を晒してしまい、顔を真っ赤にしながら体を隠している不審者さんの顔を良く見ると、どこかで見た事があるような………?

 

 「……えー、貴女は?」

 

 体を隠すのに必死だった不審者さんは、こちらの問い掛けに体を隠しながらもまっすぐに私を見て名乗りました。

 

 「私はアンリエッタ。アンリエッタ・ド・トリステインです」

 

 不審者だと思っていた女性は、昼間仰々しいパレードで学院にやって来たこの国の王女様、アンリエッタ王女でした。

 

 

 

   王女様が何でコソコソしてるですか………

 

 

 

 







と言う訳で第17話でしたぁ。
アンリエッタはほんのちょこっとになっちゃったw
ネギまの代表的魔法の最初の犠牲者に選ばれたアンリエッタ、これからの活躍にご期待下さい。


 タグを増やしました。
そろそろ原作とは変わってきているので、独自設定と、魔改造のタグが増えました。

こんなん違うとか言われる前にねw


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ゼロの旅18


お待ちどうさまでしたっ!
いやぁ、もう一個の方で躓いたせいで、こっちの書き出しが遅れてこんなに投稿が遅れました、すいません。

では、第18話スタートです。


 

 

 

 

 

 

 

 さて、どうしましょう……?

 

不審者だと思って武装解除させてみたら、勢い余って全裸にしてしまった上、相手はこの国の王女様でした。なんて、笑い話でも無いですよ。

 

「あー……、とりあえずこのローブを羽織って下さい。色々こぼれて危険ですから」

 

「へっ!? あ、ありがとうございます」

 

アーティファクトのローブを取り出し王女様に羽織らせると、どうにか直視可能なまでに露出度が減ったので何故ここに居るのか聞く事にします。

 

「それで、その、王女様は何故こんな所で不審者の如くウロウロしてたのです?」

 

「ふ、不審者……。いえ、自分でもちょっと挙動不審だったかもとは思いますが」

 

 何やら落ち込んでしまいましたが、それは置いておいて、飛んで行った杖とか散らばったものを集めるとします。

1番目に付きやすかった杖を回収し、すぐ側に落ちていた何やら高そうな指輪も一緒に拾います。青く大きな石がとても綺麗で、かなりの値打ち物であると分かります。いやぁ、これが粉々になってたら弁償じゃ済まなかったでしょうね。

 

「どうぞ。衣服以外は全部無事だったので、回収出来ました。服は……まぁ、すいません。下着まで全て粉々になってしまいまして」

 

「いえ、これらが無事だっただけで。……でも、どうやって服だけ粉々に?」

 

「そう言う魔法でして。装備を吹き飛ばして隙を作るです」

 

「器用な魔法ですね………。肌に傷一つ付けないとは」

 

 ローブの前を開いて自分の胸やお腹を見ている王女様ですが、結構その姿は際どいです。同性とは言えドキドキします……

 

「王女様、とりあえず移動しましょう。替えの服を用意しませんと。一国の王女様にいつまでも素っ裸で外を出歩かせる訳にも行きませんし」

 

「ハッ!? そ、そうですね、お願いしますわ」

 

 ジーっと自分の体を眺めていた王女様が、慌てて顔を上げました。自身でも見惚れる体と言う事ですかね。羨ましい限りです。

 

 立ち上がる王女様に手を貸し、私達は寮塔に向かいました。

長い階段を歩きながら、王女様なんて人が一体なんの用か考えるです。ルイズに会いに来たと言っていたですし、知り合いなのでしょう。つまり、学院に来たついでに普段会えない友人に会いに来たと言う事ですかね。

 

「王女様、すいませんね。すぐに服を用意しますので」

 

「はい。あ、いえ、そんなに急がなくてもいいですよ?」

 

「いえ、急ぎます。ローブの丈が短いせいで、全裸よりエッチくなってますから」

 

「はうっ!」

 

 私用のローブですから結構小さく、王女様の背丈とメリハリのおかげで要所すら隠しきれないでチラチラと見えてしまっています。どうにか隠そうと引っ張るのですが、歩く度に白いお尻が見え隠れしてかなりヤバイです。街中ならすぐに捕まるですね。

 

「ちょっと待ってて下さい。私のでは小さいですし、サイズの合う人から借りて来ますので」

 

「は、はい……」

 

 私は王女様を伴ってキュルケの部屋に突入します。メリハリが効いてる王女様の体に合うサイズの服を持っているのは、私の知る中ではキュルケくらいしか持ってないです。部屋に入って行くと既にキュルケは寝る体勢に入っていました。

 

「キュルケ? もう寝てますか?」

 

「んー……? ユエー? どうしたの?」

 

 声を掛けると少し寝ぼけ気味にですが、返事がありました。

 

「実は服を一式貸してほしいのですが」

 

「なぁに? セクシーなのが要るような事するの?」

 

「ちがいます。サイズ的にキュルケのしか無理なのです」

 

 何でセクシーな服が要ると思ったのかは定かではないですが、気にせずタンスを漁ります。

 

「シャツとスカートを借りて行くですよ?」

 

「んー……。ベタベタのまま返さないでねー……」

 

「ベタ……? まぁ、了解です。お休みなさい」

 

 既に寝ぼけ気味だったキュルケはそんな事を言ってまた眠ってしまいました。なんか、パジャマ替わりだろうベビードールも捲れて、ほとんど全裸状態です。もし、男性がここに入って来たらどうなるか。私はススっとキュルケに近寄り、胸まで出てるベビードールを下ろし、シーツを掛け直します。それでもかなり際どく見えるのは、キュルケのスタイルのせいでしょうね。まったく。

 

 私は入り口で待たせていた王女様を招き寄せ、今借りたばかりの服を着せます。思った通り、キュルケの服は王女様のスタイルに十分対応してくれました。

 

「ふぅ、サイズが合ったようで何よりです」

 

「お手数お掛けしましたね」

 

「いえ、私のせいですし。あとはルイズの部屋に案内するですよ。と言ってもここの隣ですが」

 

 ほぼ全裸の状態からようやくマトモな状態になった王女様は、頭のティアラさえ無ければ普通の学生と言っても良さそうな見た目になりました。まぁ、『普通の』と言うには少しオーラが出過ぎているので、すぐに身分の高い人と分かってしまいますが。と、何故か私のローブをもう一度頭に被せてます。

 

「あの……? 何故にまたローブを?」

 

「あ、あぁ。その、私は今お忍びで来てるので、見つかると困るのです」

 

「はぁ……?」

 

 だからと言って被らなくても。

余計目立つですよ?

 

「あ、場所が分かれば大丈夫ですから。もうお部屋に戻っても構いませんよ」

 

「そうですか? まぁ、そう言うなら退散しましょう。せっかくの友人との水入らずを邪魔する程野暮ではないです」

 

 せっかく会いに来たと言うのに余り親しく無い人が居ては寛げないでしょうしね。邪魔をしないように部屋に帰りましょう。

 

「あ、邪魔と言う訳ではありませんわ! ただ、その……っ」

 

「分かっているです。だから気にしないで下さい。では、私はこれで……」

 

「はい。それでは………。あ、そうだ。貴女のお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 部屋に戻ろうとした所、王女様に名前を聞かれてしまいました。あとで手打ちにされたりしないか心配ですが、ここで名乗らないのも失礼ですね。

 

「おっと、すいません。まだ名乗っていなかったですね。私はユエ・ファランドールと言います。以後お見知り置きを」

 

「ミス・ファランドール……ですか。フーケの一件の報告書にあった名ですね」

 

「報告書、ですか?」

 

 フーケの一件とは、この間の『破壊の杖』が盗まれて、取り返しに言った件の事ですかね。

 

「王女様が、ああ言う事件の報告書を読むのですか?」

 

「えぇ、勿論。と言っても読むだけで、その処理に私は関与出来ませんが」

 

 上に立つ者としては、そういうものも把握しておかねばならないのでしょうね。王女様はもう一度ローブの位置を整えてから私の目を見つめます。

 

「私が今日、ここに来た事は秘密にしておいて下さい。本当は出歩いてはいけないものですから」

 

 なるほど。

コソコソしてたのは、言い付けを守らずに出歩いてたからですか。意外とおてんばなお姫様なのですかね。

 

「了解です。杖に誓いましょう。……そうです。お姫様をひん剥いたお詫びに、何か私に出来る事があれば仰って下さい。出来る限り協力致しますので」

 

 本来なら極刑ものの罪を、頼みを聞く事でどうにか許して貰おうと思います。麻帆良だったら笑って終わりになる事でも、身分制度も厳しいこの世界では、流石にスルーとはいきませんでしょうし。

 

「ひ、ひんむ……。いえ、そうですね。何かあればお願いするでしょうから、その時は宜しくお願いしますね?」

 

「えぇ。ドラゴンくらいなら退治出来ますので、安心して悪のドラゴンとかに攫われて下さい」

 

「それ、安心出来ません……」

 

 ゲーム的なネタは、こちらでは本当に起こり得る事なので洒落にならなかったようです。失礼しました。

 

「………でも、ドラゴンくらいならって、貴女はそれほど腕が立つのですか?」

 

「いえ、まだまだ未熟者ですが。まぁ、そこらの竜種程度なら勝てるですよ」

 

「そうですか……」

 

 私がドラゴンくらいなら勝てると言うと、王女様は何かを考え始めました。もしかして、近々攫われる予定でもあるんでしょうか? ドラゴンとか、トゲ付きの亀とかに。

 

「あの、先ほどのお願い、今からしてもいいですか?」

 

「はい? いえ、全然構いませんが。何でしょう? 夜の相手とかは勘弁願いますよ?」

 

「そ、そんな事頼みませんっ! ……これからルイズにあるお願いをしに行くのですが、かなり過酷な旅になるはずです。良ければ貴女に付いて行って貰いたいのです」

 

 ルイズにお願い、ですか。

彼女に何を頼むのか知りませんが、過酷な旅と言うのは聞き捨てなりませんね。

 

「過酷な旅とは、どれほどの?」

 

「それは……今は言えません。余り人に知られる訳にはいかないのです。ですが、ドラゴン相手に、『くらい』なんて平然と言えるほどの貴女なら、きっとルイズの助けになれるはず。どうか引き受けてくれませんか?」

 

 ふぅむ……

これはつまり、ルイズに何かを頼むのでその護衛をやってくれと言う事ですかね。過酷な、と言うからにはそれなりに危険があるのでしょう。魔法が余り使えないルイズだけで行かせて、大怪我しました。なんて言われたら目覚めが悪いですし、ルイズは私の友人の1人です。護衛くらいやってもいいでしょう。

 

「ふむ、いいでしょう。つまり、ルイズに危険な任務を与えるので、その護衛を。と言う訳ですね。それならむしろこちらからお願いするです。私の友人が知らない間に死んでました。なんて言われたら、泣くに泣けないので」

 

「………お願いします。本当に危険な任務ですが、私が信頼出来る人はもうルイズくらいしか残っていないので」

 

 何かよっぽど切羽詰まっているみたいですね。今日会ったばかりの私にそんな任務の護衛を任せるくらいですし。いいでしょう。その信頼、大いに答えて見せます。

 

「任せて下さい。白き翼(アラアルバ)、ユエ・ファランドール。その任務を引き受けます」

 

 黒い杖でアリアドネー式の敬礼で構え、王女様に敬意を表します。

王女に仕える騎士と言う感じで、動甲冑でも着てやれば格好もついたでしょうが、流石に王女様相手にあれを見せると面倒な事になりそうですし、このままで勘弁して貰いましょう。

 

「『白き翼(アラアルバ)』のユエ。…………その名、しかと覚えましたわ。このアンリエッタ・ド・トリステイン。貴女の忠誠を一生誇りましょう」

 

 何か芝居がかった仕草でそう言う王女様。

名前を覚えて貰えた事は、普通なら喜ぶ所なのでしょうが、先程ストリップさせたばかりなのを考えると素直に喜べないです。王女様はとても魅力的な笑顔を浮かべているのを見ると、もう気にしてないという事でしょうか? 自分を素っ裸にした相手に浮かべる顔じゃないです。流石は王女様と言った所ですね。その慈悲深さに感謝です。なので、頭にローブを被ったままなのは気にしないでおくです。

 

「それでは王女様、ルイズの部屋に行きますか」

 

「えぇ………ところで、先程の敬礼、見た事の無いものでしたが、どこの国のものですか?」

 

「あれは私の国の騎士団で使われている敬礼です。こちらでは東方、と言われる地域にあります」

 

「東方の……。それで見た事がなかったのですね。とても綺麗な礼でしたわ」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして褒められると、皆で練習した甲斐があったと言うものです。杖も長いおかげで見栄えも良くなっていますし、本当にのどかには感謝です。

 

 キュルケの部屋から横に一つ移動すると、そこは王女様の目的地ルイズの部屋です。いきなり開けて2人でイケナイ遊びをしてたら気まずいので、ちゃんとノックをしましょう。えぇ、巻き込まれたら困るので!

 

「あ、まって」

 

「どうしました?」

 

 扉をノックしようとしたら王女様に待ったを掛けられたです。あれですか? いきなり開けて驚かそうって言うつもりですか? 確かに、久し振りに会う友人を驚かすのはよくある事ですが、ルイズの場合、ノックせずに開けるとイケナイ場面に出くわしかねないので、オススメ出来ません。

 

「実は、私とルイズだけが知っている秘密の合図があるんです。これならきっと私だって分かってくれますわ。扉が開いたらすぐ中に入って下さい。人に見られると困りますから」

 

 秘密の合図ですか。

おそらく、昔からよくこうやって部屋を行き来してたのでしょうね。じゃないとそんな合図考えないでしょうし。

 王女様は扉に向き直り、長めに2回、短く3回ノックしました。今のが秘密の合図なのでしょう。一拍おいて慌ただしく開けられた扉に王女様が飛び込んだのを見て、私もすぐに駆け込みました。そして私が入ってすぐに扉を閉めた王女様は、杖を構えて何かの呪文を唱えたです。

 

 青い光が部屋の隅々まで行き渡ると、王女様は安心したかのように軽く息をつきました。

 

「ディテクトマジック……?」

 

 部屋に入ってすぐに使われた魔法を、ルイズは見ただけで看破しました。流石は座学トップクラスなだけはあるです。

 

「えぇ。どこにどんな目があるか分かりませんからね」

 

 そう言って王女様はようやく頭に被っていたローブを取りました。

露わになった彼女の顔を見て、ルイズが驚きの声を上げさっと膝をついたです。あぁ、普通はあーやるのですね。私はその前に色々あったので、そう言う事をするタイミングを逃してしまっていましたが、普通は敬意を表して頭を下げた姿勢になるものでした。所謂『ハハァー』の状態ですね。

 

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 

「姫殿下……」

 

 ルイズが膝をついた姿勢のまま、急に自分の部屋に現れた王女様を茫然と見つめています。しかし、王女様はそんな事はお構い無しで、ルイズを正面から抱きしめ頬ずりしています。

 

「あぁルイズ ルイズ、懐かしいルイズ! 貴女ったら全然会いに来てくれないんだもの、とてもさみしかったわ!」

 

「むぐぐっ! ぷはっ!! ひ、姫殿下、いけませんこんな下賤な場所へお越しになられては………」

 

 ルイズが、抱きしめられた拍子に挟まれた谷間から顔を引き抜き、いつもより畏まった声でそう言ったです。

 

「ああー! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ!! そんな堅苦しい行儀はやめて頂戴! 貴女とわたくしはお友達じゃないのっ!」

 

「むーー! むーー!!」

 

 感極まった様子の王女様は更にルイズを抱きしめるですが、おかげでルイズは今にも胸で溺れそうです。大きな胸は、それだけで凶器なのですね。才人さんが羨ましそうに見てますが、窒息は、当たり前ですが苦しいのですよ? 羨ましがってる場合じゃないと思うです。

 

「王女様王女様? そのままではルイズが息出来ないですよ?」

 

「へ? あぁ!! ごめんなさいルイズ! 大丈夫かしら!?」

 

「ぷはぁーっ! だ、大丈夫です姫殿下……」

 

 息が止まってたせいか、顔を赤くしながらも健気に言うルイズ。ハルナが前言ってたですが、大きな胸で窒息死するのは男性の憧れる死因の上位に入るそうですが、本当ですかね? どう考えても、窒息死なんて憧れないと思うですが。

 

「またそんな! ルイズ、ここには枢機卿も、母上も、あの友達面して寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族も居ないのですよ!? わたくしが心を許せるお友達は、昔馴染みのルイズ・フランソワーズだけだと言うのに! 貴女にまでそんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!!」

 

 そう言って再度ルイズを抱きしめる王女様。

そのままだと貴女より先にその心許せるお友達とやらが死んでしまいそうですよ? 王女様。

 

「幼い頃、一緒に泥だらけになりながら、宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないのっ!」

 

「……えぇ。お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルト様に叱られましたね」

 

 子供の頃は、お姫様でもお嬢様でもやることは変わらないようです。私はお爺様にべったりだった思い出の方が強いですが、やはり友達と走り回った記憶もあります。きっと彼女達も、同じように無邪気に走り回っていたのでしょう。

 

「ふわふわのクリームが乗ったお菓子を取り合って、掴み合いになった事もあるわ。ケンカになるといつも負かされてたわね。貴女に髪を掴まれてよく泣いてたわ」

 

 ルイズ、王女様相手でも容赦無いですね。まぁ、子供が喧嘩する時に相手の立場まで気を使うはずが無いですが。

 

「姫さまが勝利をお収めになった事も1度ならずともございました」

 

「あぁ、思い出したわ! 私達が、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一戦ね!」

 

 何と呼んでいるですと?

 

「姫さまの寝室で、ドレスの取り合いをした時ですね」

 

「そうそう! 『宮廷ごっこ』の最中に、どっちがお姫様役をやるかで揉めて取っ組み合いになったのよね。私の一発がうまい具合にルイズ、貴女のお腹に決まって!」

 

「私が、姫さまの御前で気絶したんでしたね」

 

 なんと言う武闘派。

予想以上にお転婆だったのですね、王女様。お姫様と言うのは、うふふあははと笑いながらお淑やかに遊んだりするイメージだったですが、なかなかのヤンチャぶりです。

ルイズ達はなおも昔話に花を咲かせていますが、どのエピソードもお姫様達の話と言うより普通に近所の子供達の話のようです。

 私がイメージとのギャップについて考えていると、何やら才人さんが打ち拉がれています。

 

「どうしたんですか?」

 

「え? あぁ、いや。王女様ってお淑やかに見えて、凄いお転婆だったんだなってな。なんかイメージと違い過ぎてビックリというか……」

 

 才人さんは、抱き合うルイズ達をボケーっと見つめながらそんな事言っています。

 

「あー……、言いたい事は分かります。でも、子供の頃なんて、みんなそんな物ではないですか?」

 

「まぁ、そうなんだけどな。ほら、お姫様なんて物語でしか見ないから、そう言うイメージで見てたもんで余計にな」

 

「……確かにそうですね。けど、私の知っているお姫様も飛び蹴りで人を十数メートル吹き飛ばしますし、案外お姫様なんてそんな物かも知れないですよ?」

 

「いや、それは絶対特殊な例だ」

 

 才人さんがジトっとした目で見てきます。まぁ、確かに彼女は特殊な例かもしれないですね。何せ、つい最近まで一般人として過ごして来た訳ですし。

 

「でも、ハルナ……。あぁ、私の親友の1人なのですが。彼女が言うには、王女様と言うのはお城の壁を蹴破って脱走するのが嗜みらしいですよ?」

 

 前にハルナが、同人誌を描きながらそんな事を言ってたのを思い出したです。その時はそんな嗜みがある訳が無いと思ってましたが、こうして生粋のお姫様が、結構武闘派だったと知り、あり得なくは無いのではと思ってしまったです。

 

「いや、それゲームの話だし」

 

「そうなのですか?」

 

「うん。有名なゲームのヒロインの話だよ」

 

「ふーむ。それは知らなかったです」

 

 ハルナがしたり顔で言ってたのはそう言う事だったですね。

 

「そういや、あの2人はどう言う関係なんだ?」

 

「話からして幼馴染と言った所では? ルイズの実家は公爵の位にある訳ですし、面識があってもおかしくは無いかと」

 

「そういうもん?」

 

「さぁ? しかし、幼い頃からの知り合いと言うのは確かみたいですね」

 

 未だに思い出話を続けている2人ですが、王女様は何か用があったんじゃなかったですかね?

 

「王女様? 盛り上がってる所ですが、何かルイズに頼みがあったんじゃなかったですか?」

 

 私がそう声を掛けると、王女様は一旦頭を左右に揺らし、そしてあっと言う表情をしました。忘れてたですね?

 

「私に頼み? 一体なんでしょうか? 姫様」

 

 王女様は可愛らしく首を傾げるルイズの顔をジッと見つめ、やがて大きく頭を横に振りました。

 

「いえ、やめておきます。そのつもりでしたが、大事なお友達を巻き込むなんて、やはり出来ません」

 

「巻き込む……? 姫様、巻き込むとは何なのですか? おっしゃって下さい。こんな所にまで来なければならない程、お困りなのでしょう? 」

 

 どうして心変わりしたのかはなんとなく分かるですが、王女様はルイズに与えようとしていた任務の事を黙っている事にしたようです。おそらく、直接会い、思い出話をした事で、ルイズに危険が及ぶだろう任務を与えるのが怖くなったのでしょう。

 

「いえ、なんでもないの。いやだわ私ったら。どうして貴女を巻き込もうなんて思ったのかしら。自分が恥ずかしいわ……」

 

「姫様、おっしゃって下さい。昔は何でも話し合ったではないですか。私をお友達と呼んで下さるなら、どうか」

 

 ルイズの真剣な訴えに感動したらしい王女様は、ルイズの両手を取って目を潤ませます。

 

「ルイズ………ありがとう。……実は私、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったの」

 

「げ、ゲルマニアですって!? あんな野蛮な成り上がりの元に!?」

 

 ゲルマニアー……、確かキュルケの出身国と言ってたですね。ルイズの家とは国境を挟んで隣同士だから、戦争になると真っ先にぶつかる間柄だとか。ルイズはそれもあってキュルケに噛み付くようですが、キュルケはどちらかと言うと、そんなルイズをからかう方が楽しいようで、ちょっと温度差があるです。

 まぁ、それはともかく。王女様は危険な任務と言ってたですが、それと結婚がどう関係してるのでしょう?

 

「仕方が無いの。同盟を結ぶ為なんだもの。私はトリステインの姫。籠に飼われた鳥も同然。飼い主の都合であっちに行ったりこっちに行ったり、必要なら別の飼い主の元に」

 

 所謂政略結婚と言う奴ですね。今の地球では滅多に無いようですがその昔はよくあった事です。ハルナが聴いてたCDの何かで、「女は政治の道具じゃないわっ」と言う歌詞があったですが、当人達にとってはまさにそう言う心境なのでしょう。恋愛の自由が割と尊重されてる現代出身の私には、その気持ちを正しく理解出来ないでしょうが、それでも好きでも無い人と結婚しなければならない辛さは想像出来ます。

 

「今、アルビオンで反乱が起きています。そのせいで王室は間も無く倒れるでしょう。そうなれば、次は立地的な理由からもトリステインに侵攻してくる事は簡単に想像出来ます。しかし、今のトリステインでは単独での対抗は難しい。よって、ゲルマニアとの同盟を結ぶ事になったのです」

 

 戦争など、本当はしない方がいいのですが、それが出来るなら苦労はないですね。ファンタジーの代名詞とも言える魔法世界でも、永らく世界を2分する大戦があったですし。

 

「そう……だったんですか……」

 

「いいのよルイズ。好きな相手と結婚出来るなんて、物心ついた時から諦めてました」

 

「姫さま……」

 

 ルイズは悲壮な表情で王女様の手を握ります。手を握り少しでも慰めになればと思っての行動でしょう。そんなルイズの心遣いに王女様は少しだけ笑みを浮かべて……ふと、部屋の隅に座る才人さんを見ました。

というか、才人さんは何故に藁束に座ってるですか?

 

「……ルイズはちゃんと好きな人と結婚出来そうですね」

 

「へ? 何を?」

 

 ルイズは本気で分からないと言った表情で王女様の顔を見つめています。

きっと、王女様は、才人さんがルイズの恋人か何かと思ったのでしょう。この時間に男女が一緒の部屋に居たら、そんな勘違いをするのも当然です。

 

「そこの彼は、貴女の恋人なのでしょう? 羨ましいですが、せめて、貴女だけでも幸せになってくれるなら、私が嫁ぐ事にも意味が出てきます」

 

 うんうんと頷く王女様に、ルイズは慌てて誤解を解きにかかります。

 

「ひ、姫さま!? この生き物が私の恋人な訳ないではありませんか!」

「生き物言うな」

 

「違うのですか?」

 

 えー? と言う表情をしながら私に聞いてくる王女様に、しっかり真実をお伝えするべく、私は口を開いたです。

 

「2人は公衆の面前でイケナイ遊びをしてしまう程の仲です」

「まぁ!」

 

「ちょっとユエ!?」

 

 ルイズが顔を真っ赤にして怒ってますが事実ですので、怒られても困るです。

 

「もう! 変な事を言わないで! 姫さま! これはただの使い魔です! こんなのがこここ恋人だなんて、じじじょじょ冗談じゃありません!!」

 

 ルイズが必死に否定しています。普段を見ていると、特殊なカップルぽく見えるですが、ルイズにとってはあり得ない事らしいです。あんまり激しく否定するので、才人さんが落ち込んでますが、どうやら王女様もこれは違うらしいと分かったようです。

 

 不思議そうに才人さんを見つめる王女様。

 

「使い魔……? 私には人にしか見えませんが………」

 

「うぅ……人です、姫さま」

 

 少し傷付いたっぽい才人さんが、ワザとらしく一礼してみせます。こちらでは使い魔と言うのは幻獣に限られているそうですし、人が使い魔だと言われても驚くでしょうね。

 

「そうよね。私の見る目がない訳じゃないのね。……はぁ。ルイズ・フランソワーズ、貴女は昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずのようね」

 

「好きでアレを使い魔にした訳じゃありません」

 

 ルイズが憮然とした面持ちで息をつきます。ルイズにとっては普通の使い魔が出て欲しかったそうですし、仕方ないですね。でも、伝説の使い魔らしいですし、ある意味当たりではないですかね?

 

 王女様はそんなルイズを微笑みながら見つめ、脱線していた話を戻します。

 

「ふぅ……。話を戻しますね? あの礼儀知らずのアルビオン貴族達は、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、一本ずつなら簡単に折れますからね」

 

 一国相手ならともかく、同盟を組まれ二国を相手にしなければならないですから、それは何としても阻止したいでしょう。

 

「……同盟をさせない為には、私と皇帝の結婚を阻止するのが1番早い。従って、婚姻の妨げになる材料を血眼になって探しています」

 

「もしも、そんな物が見つかったら……」

 

 これ幸いとその証拠か何かを公表して、王女様の結婚の阻止を企むでしょう。そして、同盟がなされないトリステインは、一国で反乱軍と戦う事になる訳です。こちらが反乱軍を蹴散らせるだけの強さがあればいいですが、そもそもそんな物がないと判断したから、王女様と引き換えに同盟を結ぼうとした訳です。同盟されぬまま戦争になれば、この国は負け、その後どうなるかは分かりません。しかし、確実に悲惨な事になるでしょう。そんな事にならないよう、細心の注意をしなければならないのですが………

 

 ルイズは王女様の様子などから、そんな材料がある事に気付いたようです。

 

「…………あるのですか? その、妨げになりうる物が」

 

 王女様はその問い掛けに目を伏せる事で答えます。

 

「一体何が……? 姫さま! 一体姫さまの婚姻を妨げる材料とはなんですか?」

 

 王女様は暗い顔のまま苦しげに呟いたです。

 

「……以前私がしたためた一通の手紙です」

 

「手紙?」

 

 手紙一つで、結婚が妨害出来るのですか?

 

「王女様、それはどんな内容のものなのです?」

 

「……それは言えません。でも、それを読んだらゲルマニアの皇室は、この私を赦しはしないでしょう。婚姻は潰れ、同盟は反故となり、トリステインは一国であの強力なアルビオンに立ち向かわなければならないでしょう」

 

 一体どんな事を書けば、それ程の効果を出すと言うのでしょう? いえ、平時ではなんて事の無い内容でも、今の状況においてはマズイ、そんな内容かも知れないですね。

 

「一体その手紙はどこにあるのですか? トリステインに危機を齎すその手紙は!」

 

「それが……手元には無く、アルビオンにあるのです」

 

「あ、アルビオンですって!? では、既に敵の手中にあるのですか!?」

 

 それが本当なら、既に詰みの状態では無いですか。あるとしたら、敵地に潜入して、その手紙を奪取する他無いです。………まさか、ルイズに頼もうとしていた任務とはそれですか?

 

「いえ………、持っているのはアルビオンの反乱勢ではありません。その反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子です」

 

「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しい王子様が、ですか?」

 

 ウェールズ……皇太子? なんかどっかで聞いた事のある気がする名前ですね。

 

「遅かれ早かれ、ウェールズ皇太子は反乱勢に捕らえられてしまうでしょう。そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう。そうなったら破滅なのです! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!!」

 

 おぉ……、王女様に余裕が無いです。しかし、これはかなり厳しいですね。戦争真っ只中の、それも敗北寸前の勢力まで出向き手紙を回収して無事に戻ってくるなど、普通の学生には出来ない事です。あぁ……楓さんなら簡単に出来そうですね。頼めば2,3日で取って来るでしょう。ほんと、私の周りは規格外な人が多くて困るです。

 

「姫さまが、私に頼みたい事と言うのはもしや……?」

 

「無理よ! 考えてみれば、争いの真っ只中にあるアルビオンに赴くなんて危険な事! 頼める訳がありませんわ! 何故私はそんな事にも気付かずにここまで来てしまったのでしょう!」

 

 余程切羽詰まってたのか、はたまた今まで忘れてたのか。どちらにしても動きだしが遅過ぎたですね。もっと早く回収するか、そもそもそんな手紙を書かなければ良かった訳ですし。

 

「何を仰います! 姫さまの御為とあらば、例え地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、何処なりとも向かいますわ!」

 

「ダメよ、ダメよ、ダメなのよぅ! 大切な貴女を死地に向かえなどと、どうして言えますか!」

 

「姫さま! 『土くれ』のフーケから『破壊の杖』を取り戻し、何十匹もいるオーク鬼を退治して見せたこのラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズにその一件、是非ともお任せ下さい!」

 

「………ルイズっ」

 

 片膝をつき恭しく頭を下げ、王女様に是非にと言うルイズを、王女様は感激した面持ちで見つめています。

 

「いや、『土くれ』から取り戻したの俺だし、オーク鬼倒したのは主に夕映じゃねーか」

 

 才人さんがツッコミを入れてますが、ルイズ達2人はまるで気にせず話を続けます。

 

「この私の力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 私の大事なお友達!」

 

「もちろんですわ姫さま!!」

 

 ルイズが王女様の手を握りながら熱い口調でそう言うと、王女様はポロポロと泣き出しルイズを抱き締めました。

 

「あぁルイズ! ありがとう!」

 

「姫さま! このルイズ、いつまでも姫さまのお友達であり、まったき理解者でございます! 永久に誓った忠誠を忘れたりはしませんわ!」

 

「あぁ忠誠! これが誠の友情と忠誠! 感動しました! 私、貴女の友情と忠誠を一生忘れませんわ、ルイズ・フランソワーズ!」

 

 何かのお芝居を見ているような流れる展開に、私と才人さんはただ見ているしか出来ませんでした。才人さんがどうしようと言う感じの目を向けてきますが、私に言われても困ります。2人が落ち着くまで待つしかないと思うです。

 

「アルビオンに赴き、ウェールズ皇太子を探し出して手紙を取り戻してくればいいのですね? 姫さま」

 

「えぇ、その通りです。『土くれ』のフーケを出し抜き、オーク鬼をも退治して見せた貴女達なら、必ずやこの困難な任務をやり遂げてくれるでしょう!」

 

「………達?」

 

 ルイズが何かに引っ掛かったようで、クイっと首を傾げます。

 

「えぇ。世間知らずの私でも、この任務が困難なのは分かっています。なので、彼女を護衛をつける事にしたのです」

 

 そう言って私を手で示す王女様。

ルイズは私の方を見て驚いています。

 

「ユエが護衛ってどう言う事ですか?」

 

「彼女の事は報告書で知っていました。それに先ほど彼女の魔法も図らずとも見る事になりましたし、その腕前はかなりの物でした。それに、ドラゴン『くらい』等と平然と言える彼女なら、きっと貴女の助けになるはずです」

 

「まぁ、確かにユエならドラゴンくらい倒せるでしょうし、十分護衛も務まると思いますが。どうして魔法を見る事になったのですか?」

 

 王女様と私はついっとルイズから目を逸らします。

不審者の如くコソコソしてた王女様と、そんな彼女を素っ裸にした私。そんなちょっとルイズには言えない経緯がありますからね。この話題は早く終わらせるべきでしょう。

 

「まぁ、それは置いといて、いつ出発するかが問題です。急がないとアルビオンに着いた時には手遅れになっていた。なんて事になりかねません」

 

「ちょっと、どうしてそうなったか教えてよ?」

 

「えぇそうですね。アルビオンの貴族達は、王党派を国の隅っこまで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間の問題でしょう。ゆっくりしていて着いたら全て終わっていたなんて、目も当てられません。……しかし、夜に出歩くのは危険です。出るとしたら早朝にするべきですね」

 

「あの? 姫さま? 何故そうなったのか教えて下さい」

 

「ならば早速明日の朝にでも出発しましょう」

 

「ウーーーッ! ニャーーーッ!!」

「「うひゃぁっ!」」

 

 私と王女様がルイズを無視して話を進めていたら、ルイズが爆発しました。

その勢いに驚いた私と王女様が少し後ずさるほどの爆発です。魔法だけじゃなく、感情でも爆発させる事が出来るとは、やりますねルイズ。

 

 私は一歩下がっただけですが、王女様はすぐ後ろにベットがあったのでそこに躓き、ポフっと腰を下ろしました。

 

「もう! ちゃんと教え………へ? ひ、姫さま!?」

 

 そんな王女様を見たルイズが何かに気付いたようで、王女様を見ながら固まってしまいました。あー……もしかして、腰を下ろした時見えた……ですか?

 

「え?え? あれ? ひ、姫さま?」

 

 ルイズが戸惑いながら王女様のスカートをチラチラ見ています。これは確実に気付いてますね。

 

「あ、あの! これには事情があるのです!」

 

「どんな事情ですか! な、なんではいてムグッ!!」

「ルイズ! それ以上は言わなくてもいいのです!」

 

 ルイズが言おうとしていた事に気付いた王女様が、ルイズの口を塞ぎます。ムグムグ言って暴れるルイズを抑え込みながら王女様は必死に説得しています。どうにかルイズにスカートの中の事を忘れて貰おうとしていますが、2人で暴れてるせいでスカートがヒラヒラしてとても危ないです。

 

「2人共、そこまでです。このままでは話が進みません」

 

 2人は争うのをやめて、仲良くベットに腰掛けました。王女様はぴっちりとスカートを抑えて中が見えないようにしていて、ルイズはチラチラとそんな王女様を見ていますが、とりあえず置いといて話を続けましょう。

 

「とりあえず出発は明日早朝でいいですね? アルビオンまではどう行けばいいか、分かりますか?」

 

「えぇ、それは前に行った事があるし、私が分かるわ」

 

 ルイズが軽く手を上げてそう言ってくれます。視線は相変わらず王女様のスカートに釘付けですが。

 

「では、案内はルイズに頼むとしましょう。他に何かありますか?」

 

「私は無いわ」

 

 ルイズは即首を振り、王女様も特に何もないようです。彼女はふと才人さんの方を見て、おもむろに彼の方へと歩いて行きます。

 

「頼もしい使い魔さん、私の大事なお友達をこれからもよろしくお願いしますね?」

 

 そう言って王女様は才人さんに左手を差し出した。握手でもするのかと思ったですが、手の甲が上に向いているのは一体?

 

「なっ! いけません姫さま! 使い魔にお手を許すなんて!」

 

「いいのですよ。この方は私や私の大切なお友達の為に働いてくださるのです。忠義には報いるところがなければいけません」

 

 もしや、これがお芝居や漫画などでよくあるシュチュエーションの一つ。騎士がお姫様の手にキスをすると言うアレですか。ふーむ、まさか本当にこう言う場面が見られるとは思わなかったですね。

 

「お手? 俺、ここでも犬扱いなのかワン?」

 

 才人さんがよくわからない落ち込み方をしてるです。朝は喜んで犬のマネをしていたと言うのに。

 

「違うわよ。まったく、これだから犬は……。お手を許すって事は、簡単に言えばキスしていいって事よ」

 

「そんな豪気な……」

 

 ポカンと口を開けて王女様を見上げる才人さん。彼も物語で出てくるシュチュエーションに遭遇して驚いているようですね。王女様はそんな才人さんにニッコリと笑いかけます。その笑顔を見て才人さんは妙に嬉しそうにルイズの方を見てから、もう一度王女様の方を見ます。やたらと喜んでいますが、そんなにこのシュチュエーションに憧れてたのでしょうか?

 

 そして、才人さんは王女様の手を取り、そのままぐいっと自分の方へ引き寄せキスをしました。

………唇に。

 

「あれ? 気絶? なんで……?」

「こ、この犬! 姫殿下に何してるにょぉぉおおおーーっ!!!」

「プゲラッ!!」

 

いきなり暴挙に出た才人さんに、ルイズはそれは見事な飛び蹴りを繰り出しました。ゴリゴリ床に擦れながら飛んでいく才人さんを横目に、私は気絶して倒れかけた王女様を支えます。倒れこんでスカート全開になろうものなら、取り返しがつきませんからね。

 

「この!この!この!バカ犬がっ!! お手を許すって言うのは、手の甲にするのっ! 手の甲にキスすんのよっ!! 唇にするバカがどこにいるっていうのよっ!!」

 

「だっ! いたっ! いや、だってお前らのルールとか知らねぇもん。そうならそうと先に言ってくれないと」

 

「才人さん、漫画とかで見た事ないですか? こう、片膝ついて手の甲にキスしてる場面とか」

 

「あー………、なんか見た事あるかも?グエ」

 

 ルイズのお仕置きが止まりません。

靴のままゲシゲシ蹴りつけ続けてますけど、王女様にキスしてそれで済むなら安いものでしょう。私は腕の中の王女様が目を覚ますまで、ルイズ達のプレイを見続ける羽目になったです。こうしてみると、踏む時靴を脱いでいたエヴァンジェリンさんは、優しかったのでしょうかね。私自身はされたくないですが。

 

「うぅ……?」

 

「あ、起きましたか? 王女様」

 

 目覚めた王女様はまだフラフラしてるので、自身で立てるように支えてあげます。ようやく目をパッチリと開いた王女様の前に、ルイズが才人さんを引っ張って来ました。

 

「申し訳ありません姫さま、使い魔がとんだ粗相を! 全て私の不始末です! ほら! あんたも謝りなさい!!」

 

「ぐえっ! す、すいません。でも、キスしていいって言うから、てっきり」

 

「唇にする奴がどこに居るっていうのよ!」

「ここ」

「ふんっ!」

 

 ルイズの体重が乗ったとても良いゲンコツが才人さんの頭に落とされたです。ゴンと言う良い音がしました。

 

「忘れてたわ。誰が人間の言葉を喋っていいって言ったの? ワンだろこらっ! ねぇ犬?ワンって言え!わんわんわんっ!!」

「キャインキャイン!!」

 

 部屋の中だからか、いつもの蛇のような鞭ではなく、乗馬用の鞭を使ってワンワン言いながら才人さんを叩き続けるルイズ。そして床を転げ回りながら逃げる才人さんの2人を、王女様は目を丸くして見ています。

 

「……これがさっき言ってたイケナイ遊びですか?」

 

「今は遊びと言うよりお仕置きですが。まぁ、似たようなものですね」

 

「叩いたり叩かれたりって言うのは、そんなに良いのですか?」

 

「少なくとも、私にそんな趣味はありません」

 

 妙に熱心に見つめる王女様に、そこはかとない不安感を覚えながら、どうルイズ達を止めるか考えるのでした。

 

 

 

 







はいぃ、第18話でしたぁ。

今回はいつもより妄想成分が多めで、そうはならないだろうとか思われそうな展開でした。でも、いいの。妄想小説だから。所々強引に進むのは、いつもの事。もっとスムーズに話を繋げれるようにならないとねぇ。

さぁ、次はもっと早く書くぞぅ。では、次回にまた!


途中で姫さんに「どげんかせにゃいかん」と言わせようとしたんですが、なんか合わなかったので見送りしました。でもいつかどこかで!


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ゼロの旅19


どうにか日曜までに書き上がったなぁ。がんばった、うん。

というわけでようやく19話です。もう少しオリジナル要素を入れて行きたいけど、それはもう少しあとになってから。

それでは第19話いってみよー


 

 

 

 

 

「私達はどうすればいいのでしょうか?」

 

「混ざるですか?」

「遠慮しておきます」

 

 ルイズが才人さんにお仕置きしてるのをどうしたのものかと眺めていたら、急に部屋の扉が開いてギーシュさんが飛び出てきました。

 

「きーさーまーっ!! 姫殿下にぃーっ! 何をしとるかーーっ!」

 

 いつも持っている薔薇を才人さんに突き付けながら凄い剣幕で捲し立てます。

 

「薔薇のように見目麗しい姫様がこんな所に入っていくのを見つけたからドアの鍵穴から見ていれば! 平民のバカがキス……! うらやま許さーんっ!!」

 

「ギーシュ!? あんた立ち聞きしてたのっ!? と言うかこんな所で悪かったわね!!」

 

 どうやら私達がルイズの部屋に入る所を見られていたようです。なんで女子寮塔に居たのかは置いておいて、その前の王女様のストリップが見られてなかったのは幸いでした。

 

「決闘だっ! こんのバカちんがぁ!」

 

「やかましいっ!」

 

 どっかの先生みたいな事を言いながら薔薇を才人さんの顔の前に突きつけるギーシュさんに、ルイズに踏まれた状態のまま才人さんが怒鳴り返します。

 

「とうっ!」

「あだっ!」

 

 ルイズに踏まれたまま、足でギーシュさんを挟み込んで引き倒し、そのまま4の字固め、でしたか? そんな技を掛け始めました。

 

「いたっ!いたたたたっ!! なんだねこれはっ!!」

「ふははははっ! プロレス技の一つ、4の字固めだっ! こちとら腕を折られた事忘れてねぇぞっ!!」

 

 決闘の時に腕を折られた事を根に持ってたようですね。あれは受け方が悪かっただけだと思うですが、まぁ普通の高校生だった才人さんにそんな事言っても仕方ないですね。

 ギーシュさんに変な固め技を繰り出しながらフハハハと笑っている才人さんと、その技に苦しむギーシュさん。まぁ、仲の良いことです。

 

「姫さま、どうしましょう!? ギーシュに聞かれてたようですけどっ!」

 

「そうね………、今の話を聞かれたのはマズイわね……」

 

 極秘の任務のはずだったのに、すぐに人に知られたなんて言うのは確かに困るですね。

 

「ユエ、どうしよう?」

 

「記憶でも消すですか?」

 

「え!? それってギアスの魔法を使うって事? あれは禁呪よ?」

 

 むむ、そうだったですか。と言う事は認識阻害とかもダメなんでしょうか? これは余り迂闊に使う訳には行かなそうです。ハルケギニアと地球との違いは難しいですね。あちらではまず記憶消去の魔法を習得して、それから他の魔法を覚えるのが通例なのですが。

 

「姫殿下っ! その困難な任務! ぜひぃぃぃっ! 痛いっ! やめないかこの平民! 是非ともこのギーシュ・ド・グラモンにぃぃっ! 仰せつけますよぉぉっ!!」

 

 ギーシュさんが痛みに耐えながら王女様に売り込んでます。なかなか根性はあるですが、うるさいです。私はちょこちょこっと彼らに近寄り、

 

「ん? 夕映? どうしたんだ?」

 

「えい」

 

「ちょ! ひっくり返しちゃダメだっ!あぁぁあっ!!」

「お? 痛く無くなった。なるほど、こうすると逆に痛いのか」

 

 4の字固めをしてる人をひっくり返すと、掛けてる側が痛くなると聞いた事があったので才人さん達をひっくり返したですが、実際に効果あるんですね。

 

「どうかお願いします姫様! このギーシュ・ド・グラモンに、貴女のお役に立てる栄誉をお願いします!!」

 

「グラモン? あのグラモン元帥の、ですか?」

 

「息子でございます。姫殿下……ええぃ! 動くなっ!」

「痛い痛い痛い! 真面目な話したいなら、放せこらっ!」

 

 ギーシュさんは才人さんを痛めつけつつ会話を続けます。

 

「貴方も私の力になってくれると言うの?」

 

「はい! 姫殿下の為ならば、たとえ火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの子のスカートの中! どこへなりとも馳せ参じます!!」

 

 スカートの中には来るなです。

 

 しかし、足の方は才人さんを攻めつつ、頭の方は神妙に土下座のポーズ。こうして横から見ていると変な格好ですね。

 

「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。ならばギーシュさん。この不幸な姫をお助けください」

 

「姫殿下がぼくの名前を呼んで下さったっ! 姫殿下が! トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君が! このぼくに微笑んでくださった!」

「痛い!痛いからっ! いちいち力を入れるなギーシュっ!!」

 

 ギーシュさんが感激する度に足に力を入れるので、才人さんが物凄く痛がっています。いやぁ、見てる方は面白いですね、これ。ふむ………

 

「あ、ちょっとユエ君なにを!?」

 

「よっと」

「よっしゃぁっ!! 覚悟しろギーシュっ!!」

「イタタタタタッ!! ユエ君何故ぇぇえっ!!あだだだだっ!おれっ折れるからっ!!」

 

 再度ひっくり返し形勢を逆転させ、私は王女様に向き合います。

 

「いいのですか? 余り人数を増やすと不味いのでは?」

 

「いえ、あのグラモン元帥の息子さんなら、きっと役に立ってくれますわ」

 

 蛙の子は蛙と言うのを期待しているのでしょうが、大丈夫でしょうかねぇ。未だに才人さんの固め技で騒いでいるギーシュさんを見やり、少し不安になりました。グラモン元帥と言う方は知りませんが、元帥と言うくらいですしその実力も折り紙付きと見ていいでしょう。ギーシュさんを見ているとイマイチ想像出来ないですが、親の力をこれでもかと受け継いだ例を知っていますし、様子を見るとしますか。

 

「では姫さま、明日の朝アルビオンに向かって出発するとします。ユエもそれでいいわよね?」

 

「えぇ、構いません」

 

「ウェールズ皇太子は、聞く所によるとアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えているとの事です」

 

「了解しました。以前姉達とアルビオンを旅した事がございますゆえ、地理には明るいかと存じます」

 

 ルイズの言葉に一つ頷いた王女様は、机の上にあったペンと紙を取り、サラサラと何かを書いています。そして、一旦手を止めて悲しげな表情で首を振りました。一体何を想っていたのか分かりませんが、少ししてから決意したように一回頷いてまた書き始めました。

 

「始祖ブリミルよ……」

 

 書き終わった物を手に取り何かを祈っている王女様に、私とルイズは何も言えずにその様子を見守ります。しばらくして満足したらしい王女様は、杖を振り、その書類に封蝋をして花押を押しました。そうやって作られた密書をルイズに渡し、王女様は更に自分の指に填められたあの大きな宝石のついた指輪を外し、ルイズに手渡したです。

 

「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りに持って行って下さい。きっとアルビオンに吹く猛き風から貴女達を守ってくれるでしょう」

 

 そんな大切な物だったですか! はぁ、武装解除で粉々にならなくて本当に良かったです。

王女様から指輪を受け取ったルイズは、神妙に頭を下げて感謝の意を示します。

 

「この任務にはトリステインの未来が掛かっています。何も出来ない愚かな姫ですが、任務の成功と貴女達の安全を祈っています」

 

私とルイズの手を取ってそう言った王女様に、私達は1度視線を合わせてから声を揃えました。

 

「「お任せ下さい」」

 

 今までやった事のあるものとはレベルの違う任務に武者震いがします。どれだけ困難な物になるかは分かりませんが、困難であればある程私は成長出来る気がするのでむしろ望むところです。必ずや達成して見せましょう。

 

「はっはっはっはっ! どうだっ!? 自力で返してやったぞ!!」

「くうぅぅぅ!! ギーシュめ! ちょこざいなぁっ!!」

 

 あの2人はまだやってたですか、緊張感の無い………

 

 

 明日の早朝に出発する為、私は自分の部屋に戻る事にしました。才人さん達はルイズに任せます。面倒ですし。

 

 ルイズの部屋を出て廊下を歩く私の後ろには、またもローブを被った王女様がいます。用意された部屋に戻るまで見つかる訳にはいかないので貸しておいてくれと言われたので、そのまま貸してあるですが、やはりローブを被っている方が目立つ気がするです。

 

「では王女様。私はこの上なので、ここで失礼するです」

 

「あ、はい。ご迷惑をお掛けしました」

 

「いえ。こちらこそ。ローブやシャツ等は誰か適当なメイドに渡して下さい」

 

 ここのメイドさん達ならすぐに分かるでしょうし、わざわざ誰のか等と言わなくてもいいでしょう。どうやって見分けているのか知りませんが、きっとメイドさん特有の技でもあるのでしょう。

 

「はい、分かりました。あっ! ミス・ファランドール……いえ、ユエさんとお呼びしても?」

 

「えぇ、構いません。むしろ光栄です」

 

 本気のお姫様から名前を呼ばれると言うのは一般人出身の私には勿体無いくらいです。明日菜さん? あの人は似非ですし……。

 

「えっと、ユエさん……」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「…………いえ、今はやめておきます」

 

「はぁ………?」

 

「ルイズを頼みますね? ユエさん」

 

 そう言って王女様は階段を下りていきました。

一体何を言いかけたのでしょうか? よく分かりませんが、そこはかとなく嫌な予感がするです。変な事にならなければいいのですが。

 

 

 

 翌朝、朝靄が漂う中、私達は学院から借りた馬に乗る為の鞍をつけています。しっかり調教されているので私のぎこちない動きでも、暴れ出したりはしません。初心者の私にはありがたいものです。

 

「夕映は乗馬ってやった事あるのか?」

 

「いえ。どんな物かは知ってるですが、実際に乗った事はないです」

 

 鞍をつけ終えた才人さんが聞いてきますが、現代日本で育った私は馬を実際に見るのもこれが初めてです。クラスのいいんちょさんが馬術部に所属してたですが、そう言うものに入っていたりしなければ、現代人が馬に乗る機会などないでしょう。

 

「それなら私と一緒に乗った方がいいかしら? 初心者で長距離は大変だろうし」

 

「………俺はいきなり3時間ほど乗せられたんだけど?」

 

「あんたとユエを同じ扱いする訳ないでしょ」

 

「さいで……」

 

 最初は馬車でと思ってたですが、あれはのんびり進むのが基本で、今回の様に急がなければいけない旅には不向きだと言われ、馬単体での駆け足旅を余儀無くされました。

 

「乗り方さえ分かればなんとかなるですよ?」

 

「アルビオンの玄関口である港町まで早馬で2日掛かるのよ? 馴れない内からそんな距離乗ったら、お尻がバカになっちゃうわ」

 

 2日ですか。それはちょっと大変ですが一緒に乗っても時間的には変わらないですし、どうせならここで乗馬技術を習得するのもありですね。

 

「これから何度も馬に乗る機会があるでしょうし、その度にルイズを連れ出す訳にもいかないでしょう。ここで乗馬に馴れる方が今後の為だと思うです」

 

「んー……、まぁそうだけど。無理しないようにね?」

 

「えぇ。辛くなったら休憩させてもらうですよ」

 

「そうして頂戴」

 

 私は鞍をつけ終わった馬を軽く見やります。私の背丈の倍近くあるその体躯はしっかりとしていて、私が乗ってもびくともしないでしょう。

 

「夕映なら箒で飛ぶ方が早いんじゃないか?」

 

「あれは目立ちすぎるです。私の魔法はこちらではおいそれと使ってはいけないようですし、馬の乗り方くらい覚えておいて損は無いでしょう」

 

「そんなもんか。俺には魔法なんて全部同じにしか見えないけどな」

 

 系統魔法も精霊魔法も発動後の見た目は変わらないので、魔力を感知したり出来なければ区別付かないでしょう。ただ、私達の精霊魔法は、発動させれば物質のようになりますが詳しく調べれば魔力が固まっただけで実際の物質になった訳ではないです。しかし、こちらの系統魔法は発動すると呪文に応じた物質を作り出します。『火』なら周囲の酸素を消費しながら燃え上がるですし、『水』や『氷』の魔法を使えば空気中の水分を消費して発動します。変わりに周囲の水分が無くなれば魔法が使えなくなると言う弊害があるようですが。

 

 つまり系統魔法には科学的な条件が必要だという事です。魔力さえ掴めれば使える精霊魔法とは違い、魔法を使う時の周囲の環境もしっかり把握しなければいけない訳です。この事から、どうやら二つの魔法の違いは呪文だけではないと言う事が分かります。これはもっと細かく調べなければいけないようですね。

 

「……少しお願いがあるんだが」

 

「どうしたです?」

 

 ギーシュさんが神妙な顔をしてやって来たです。お願いとはなんでしょうかね?

 

「ぼくの使い魔も連れて行きたいんだ」

 

「使い魔ですか?」

 

「お前使い魔なんて居たのか」

 

「いや居るよ、当然だろ?」

 

 使い魔を召喚するのは2年生に進級する条件なのでギーシュさんに使い魔がいるのは当然でしょう。

 

 ………そういえば、私も2年生という事になっているですが、それはつまり使い魔を召喚しなければいけないのではないでしょうか? ふむ、1度お爺様に相談してみないといけないですね。

 

「連れて行けばいいじゃねーか。って言うかどこに居るんだ?」

 

「ここ」

 

 ギーシュさんが地面を指差して言いました。見ればそこには何の変哲もない地面があるです。はて? 私には見えないですが、どこに居るのでしょう。見えない程小さいのでしょうか?

 

「居ないですね」

「居ないわね」

 

 ギーシュさんがニヤリと笑って足で地面を叩きました。するとモコモコっと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出したです。

 

「僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデだ。あぁ! 可愛い! 可愛いよ、僕のヴェルダンデ!!」

 

 ギーシュさんがでっかいモグラに抱きついて可愛い可愛いと連呼してるです。人の趣味をとやかく言いたくはないですが、なんとも珍しい好みですね。いえ、目だけは可愛いと言えるほど円らな目をしてるですが。

 

「なんだこれ」

 

「でっかいモグラですね」

 

 こんな大きなモグラは初めてみたです。いえ、モグラ自体今まで見た事無かったですが。

 

「あぁ、ヴェルダンデ! 君はどうしてヴェルダンデなんだい!? まったく、君はいつ見ても可愛いね」

 

 モグモグ言ってるヴェルダンデ?さんをギーシュさんがかいぐりしているです。その可愛がりようは、テレビで見た動物王国の王様のようです。

 

「ギーシュ、ダメよ。その生き物は地面の中を進んで行くんでしょう?」

 

「そりゃあ、なにせモグラだからね」

 

「モグラが空を飛んだら、面白いですがね」

 

 空飛ぶモグラとは、見てみたい気もするですが。

 

「私達は馬で行くのよ? そんなの連れて行けないわよ」

 

 のんびり行くならいいですが、今回は急ぎの旅ですしモグラがモグモグ掘り進んでいるのを待っている訳にもいかないですね。確かに。

 

「地面を掘り進むの結構速いんだぜ?」

 

「私達これからアルビオンに行くのよ? 空の上の。地面を掘って進む生き物なんて、やっぱり連れて行けないわ」

 

 そりゃそうです。飛べるならまだしも、ずっと地面を行くモグラじゃどうあっても浮遊大陸のアルビオンには行けないです。

 

 しかし、アルビオンとは一体どんな所ですかね。私の知る浮遊大陸はオスティアだけですが、あんな感じなのでしょうか?

 

「うぅ……っ! お別れなんて辛すぎる! ヴェルダンデェ……っ!」

 

 泣きながらヴェルダンデに抱きつこうとしたギーシュさんを避け、ヴェルダンデさんはちょこちょこっとルイズの方に擦り寄って来ました。

 

「なによ、このモグラ! ちょっとどこ触ってんのよぅっ!!」

 

「主人に似て女好きなんかな」

 

 モグラに押し倒されて身体中をまさぐられているルイズを見ながら才人さんが呑気にそんな事を言ってるです。主人を守る使い魔としてそれでいいんですか?

 

「やっ! きゃっ! ちょっとやめ……ひゃんっ!」

 

「いやぁ、巨大モグラと戯れる美少女ってのは、なんかいいなぁ」

「まったくだな。可愛いヴェルダンデと美少女との絡みのなんと官能的な事か」

 

 この2人、いろいろダメかもしれないです。まったく。

 

「アホな事言ってないで助けなさいよぉっ!!やぁんっ!!」

 

「あぁ……、ルイズ。今助けるです」

 

 身体中まさぐられたせいでシャツやスカートがめくれ上がり色々危険な状態になっているルイズからヴェルダンデさんを引き剥がしにかかります。

 

「この! 無礼なモグラね! 姫さまから頂いた指輪に鼻をくっつけるんじゃないわよっ!」

 

「ほら! 離れるですっ!」

 

 首根っこを掴んで一気に引っ張るですが、爪を地面に立てて抵抗します。中々生意気なモグラです。よいしょぉっと!

 

「ふぅむ、なるほど指輪か。ヴェルダンデは宝石が好きだから、その大きな指輪が気に入ったのだろう」

 

「イヤなモグラだな。まぁ、この光景を見せてくれた事は褒めてやるが」

 

「イヤとか言わないでくれたまえ。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕の為に見つけて来てくれるんだ。『土』のメイジである僕にとってこの上ないパートナーさ」

 

 地面を掘って行って、埋まっている原石などを採ってくるんですか。確かにそれは便利………でもそんなの関係ねぇ、です!

 

「ほら、離れるです! ルイズにイタズラするのは帰ってきてからにするです!」

 

「いや!帰って来てからでもダメよ!?」

 

 どうにか持ち上げてルイズからどかしていたら、急にヴェルダンデさんが飛び退いたです。おかげでバランスを崩しかけたですが、そこにいきなり突風がやって来て盛大にスカートがめくれ上がってしまったです。この風、魔力が籠ってるです! 誰のイタズラですかっ!!

 

「な、なんですこの風!?」

「むむっ!? 見ろギーシュ!」

「やや! 黒の紐パンとは意外なっ!」

 

「何見てるのよ!」

 

 勝手に人の下着を見た才人さん達はルイズがお仕置きしてくれましたのでそっちは任せて、人のスカートを捲った突風を起こした犯人を探します!

 

「誰ですか、人のスカートを捲ったハレンチカンカンはっ!!」

 

「す、すまない。モグラを狙ったのだが、思いがけない速さで飛びのかれたもので、君を巻き込んでしまった!」

 

 そんな事を言って朝靄の中から現れた羽帽子をかぶった長身のメイジ。この人がさっきのハレンチな風の犯人ですか!

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵だ。姫殿下より君たちに同行するよう命じられてね。学生だけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務ゆえ1部隊をつける訳にもいかない。そこで僕が指名されたと言う訳だ」

 

「それで挨拶がわりのスカート捲りですか? 私の下着はお気にめしたですか?」

 

 私は杖を持って[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を待機状態でバチバチさせながらハレンチ子爵に文句を言います。

 

「いや、改めて謝らせてほしい。婚約者がモグラに襲われているのを見て咄嗟に風を飛ばしたんだが、まさかモグラが避けるとは。本当にすまない」

 

 婚約者ですと? モグラに襲われてたのはルイズですし、もしやそのルイズが?

 

「ワルドさま」

 

「おぉ、久しぶりだなルイズ! 僕のルイズ!」

 

 僕のルイズー……? ルイズに駆け寄り抱き上げるヒゲのハレンチ子爵。見た感じ親と子ぐらいに離れて見えるですが、一体いくつなんでしょう、このハレンチ子爵は。

 

「お、お久しぶりでございます」

 

「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだ!」

 

「……お恥ずかしいですわ」

 

 ルイズが顔を赤らめて恥じらっているです。その様子は愛らしいですが、相手がハレンチ子爵だと、素直に見れないですね。

 

「さぁ、彼らを紹介してくれないか?」

 

 ルイズを下ろし、帽子を被り直したハレンチ子爵が私達の方に向き直ってそう言ったです。

 

「は、はい……まずはギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のサイトです」

 

 紹介されてギーシュさんは深々と、才人さんはなにやら不貞腐れたような表情で頭を下げたです。

 

「君がルイズの使い魔かい? まさか人間とは思わなかったな。僕の婚約者が世話になってるよ」

 

 彼は才人さんにも気さくな態度で挨拶しています。あまり貴族としての権力をひけらかさない人のようですね。だからと言ってスカート捲りをしていいとは言いませんが。

 

「そして友人のユエ・ファランドールです」

 

「どうもです」

 

 私もハレンチ子爵に軽く頭を下げて挨拶します。

 

「そうか、君が姫殿下が直々にルイズの護衛にしたと言っていたメイジだったんだね。なんでもかなりの腕を持つ『風』のメイジだとか。先ほど杖に纏わせていたのはライトニングかい? 色が白かったが」

 

「かなりの……それは少し持ち上げすぎです。先ほどのは確かにライトニングですよ、何故か私のは白くなるもので」

 

 『ライトニング』は普通の雷の色、黄色をしているので、私の[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)はそれだけで目立ってしまうです。なので、理由は分からないが色が白くなると嘘つく事にした訳ですが、信じて貰えたでしょうかね。

 

「そうか、それは珍しい。君に二つ名をつけるとしたら『白雷(びゃくらい)』になるのかな?」

 

「そんな仰々しい二つ名は私には似合わないです」

 

 まぁ、『ゼロツー』よりはマシでしょうが。

とりあえず怪しまれなかったのは僥倖です。こちらには魔力を調べると言う技術は無いようですから、よほどヘマをしなければバレないはずです。

 

「そう思うなら、胸を張って言えるようなメイジになればいいのさ」

 

「………確かに」

 

 ハレンチ子爵の癖に良い事言うです。なるほど、[立派な魔法使い](マギステル・マギ)を目指すんです、確かにそれくらいで怯んでいてはダメですね。

 

「流石に良い事言いますね、魔法衛士隊隊長。お礼にさっきの暴挙は忘れましょう。ですが、2度目は無いですよ?」

 

「肝に銘じよう。ミ・レィディ」

 

 そう言って片膝をつくハレンチ子爵、いえ、ワルド子爵。これは、どうすれば……?

ルイズの方を見れば手の甲を指差しながら、手を上げる仕草をしてるです。もしかして、あの手の甲にすると言うアレですか?

 ルイズの指示のまま手を持ち上げると、ワルド子爵が私の手を取り軽く触れるかどうかと言うキスをしました。才人さんように引っ張って口になんて事をせずに、物語の騎士のようになんとも優雅なものでした。………私なんぞにそんな事しないでもいいのですが、きっとお詫びの意図もあるのでしょう。本来は高貴な人にしかしないものらしいですし。

 

 その後ワルド子爵が口笛を吹くと、朝靄の中からグリフォンがのっそのっそと歩いて来たです。上半分が鷲で、下半分が獅子、つまりライオンですが、そんな体を持つ幻獣です。鷲の頭を見るとモヤモヤするんですが。以前に脱がされた影響でしょうか。

 

「おいでルイズ」

 

 ワルド子爵がグリフォンに跨ってルイズを手招きするです。どうやら一緒に乗って行こうと言う事ですかね。それなりの大きさのあるグリフォンですから、体の小さいルイズなら十分タンデム出来るでしょう。

 ルイズは躊躇うように恥じらうように俯いてモジモジしてるです。ふむむ、いつものルイズと違って恋する乙女みたいです。なかなか動かないルイズをワルド子爵はヒョイと抱き上げてグリフォンに乗せました。

 

 私もさっと馬に乗ろうとした所でヒョイっと持ち上げられ才人さんが乗る馬に乗せられてしまったです。

 

「あ、あの? 才人さん?」

 

 後ろに跨る才人さんの顔を見ると、なんともむすっとした表情をしてるです。彼の視線は仲良くグリフォンに乗るルイズとワルド子爵に向いています。なるほど……

 

「………ヤキモチですか? 才人さん」

 

「………そんなんじゃねーよ」

 

 言葉では否定するですが、表情は完全に嫉妬してるです。私の腰に片手を回して抱え、手綱を握る才人さんからは不機嫌な雰囲気がしっかり出ています。

 

「背丈は同じでも私はルイズの代わりになどならないですよ? 好きならちゃんと言わないと、後で必ず後悔するですよ」

 

 自分の時はあぁも大騒ぎしたと言うのに、何を偉そうな事をと自分でも思いますが。

 

 私は才人さんの手をすり抜けて自分で鞍をつけた馬に跨りました。せっかくの機会に人に乗せてもらっては練習にならないですし、何より痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんです。

 鐙の具合を確かめたり、ギーシュさんから簡単に乗り方、手綱の手繰り方をレクチャーして貰いながら、出発の時を待ちます。

 

「諸君、準備はいいか? では、出発だ!」

 

 ワルド子爵が杖を掲げて合図してからグリフォンを走らせました。私達もそれに続き馬を走らせます。こ、これは結構揺れるですね。ルイズの言っていたお尻がバカになると言う意味がもう分かってきたです。アルビオンの玄関口だと言う港町まで持つでしょうか、私のお尻………

 

 

 

 途中の駅で2回馬を替え、それ以外は休みなく走って来ましたがワルド子爵のグリフォンは全くペースを変えずに走っています。流石は幻獣、普通の動物とはポテンシャルが違うです。

 

「もう半日以上走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か」

 

「相手はグリフォンですからね。普通の馬と同じに見てはいけないです」

 

「そういうユエ君も、結構大丈夫そうだね?」

 

「いえ、結構お尻が痛いですよ。初めての乗馬でこんなに走る羽目になるとは思わなかったです」

 

「宿に着いたら痛みが引くようにさすってあげるよ」

 

「遠慮するです」

 

 そんな感じでギーシュさんと軽口を叩きながらグリフォンに追いすがって行くですが、ちょっと急ぎ過ぎではないでしょうか? どうにかついて行けてますが、このままでは引き剥がされてしまうかもしれないです。いつもは全員がグリフォンに乗ってる部隊を率いているそうですから機動力の違いを把握出来てないのでしょうか? でも、そんな人が隊長格になれるとは思いにくいです。何か私達がいるといけない理由があるとでも?

 

「才人君の様子がおかしいんだが、あれはそれかな? ワルド子爵に嫉妬してるのかな?」

 

「おそらくそうでしょうね。憎からず思っていた相手に婚約者が居たんです。しかもやたらとくっついてますから気が気でないのでしょう」

 

「そっ! そんなんじゃねーよ!!」

 

 馬の首にもたれていた才人さんがガバッと身を起こして否定してきました。完全に図星を刺されて慌ててるです。

 

「ぷ、ぷぷぷ。ご主人様に適わぬ恋を抱いたのかい? いやはや悪い事は言わないよ。身分違いの恋は不幸の元だよ?」

 

「うるせぇ。あんなやつ好きでもなんでもねぇや。ま、確かに? 顔はちょっと可愛いかもしれないけど、性格最悪じゃねーか。それなら夕映と付き合う方がいいやい」

 

 ルイズの代わりとは失礼な。いえ、本命にしろと言ってるのではなく、誰かの予備と言う扱いが女として許せないです。少し懲らしめてやりましょう。

 

「あ、キスしてますね。お熱いこと」

 

「なぬっ!?」

 

 才人さんが大慌てで前を向きました。そして目を凝らしてルイズ達を見てるですが、もちろん2人がキスしてる場面なぞ見えないです。なにせ私のついた嘘ですから。

 

「ぷぷぷっ。騙されてるです」

「素直じゃないね、才人君。ぷぷぷっ」

 

「ぐぬぬぬぬ!」

 

 才人さんが悔しそうにこちらを睨んでいるですが気にしません。人を代わりにしようとするのが悪いんです。

 

「素直になった方がいいんじゃないかい?」

 

「うるせぇよ」

 

 あらら、拗ねてしまいました。

前を向いて黙々と馬を走らせる才人さんを見て、私っとギーシュさんは顔を見合わせて肩を竦めました。私が言う資格は無いですが、素直になった方が後悔しないですよ?

 

 

 

 馬を何度も替え、ほとんど休みなく走って来たので出発したその日の夜には港町ラ・ロシェールの入り口までやって来れました。はぁ〜、疲れたです。

 

 港町と言ってもここは岩がゴロゴロしてる険しい岩山の只中にあります。最初は普通の海にある港町かと思ったですが、聞いた所によると飛行鯨の港みたいな物のようですね。

 

「なんで港町なのに山の中なんだよ?」

 

「あれです。空に浮かぶ船の港なんだそうですよ」

 

「まじで?」

 

 もうすぐ休めると言う安心感から私も才人さんも饒舌になってきました。1日乗ってたですから物凄く疲れたです。初乗馬の人間にスパルタ過ぎやしませんか? 魔法を習い始めたばかりの人に、魔法でラカンさんに向かっていけと言ってるくらいスパルタじゃないですか?

 

 ………いえ、それは難易度が違いすぎたですね。

 

「才人君はアルビオンを知らないのかい?」

 

「知らん。」

 

「ははっ! まさか、常識だよ?」

 

「お前らの常識を俺の常識と思ってもらっちゃー困る」

 

 まぁ、そりゃそうです。

私も魔法を知らず、魔法世界で飛行鯨などの港を見ていなければ、海にあると思い込んでいたでしょう。でもこちらの船は魔法世界ほど発達していないようで、『風石』と呼ばれる風の力が固まった鉱石の力で空を飛ぶらしいです。しかも進むためには帆を張り、風を受けて進むと言う普通の船と同じ方法をとっているそうです。魔法技術まで昔のものなんですね。

 

 そうして話ながら峡谷を進んでいたら、突然崖の上から火の着いた松明が私達めがけて投げ込まれました!

 

「な、なんだぁっ!?」

「奇襲だっ!」

 

 突然投げ込まれた火に驚いて馬が暴れ出し、私達は地面に放り出されたです。私はなんとか着地しましたが、才人さん達は地面に転げ落ちたです。

 松明の飛んできた方を見ると、今度は何本もの矢が飛んで来ました。才人さん達はまだ痛みで動けそうにないですし、ここは私が障壁で止めるしかないですね。

 

  風花(フランス)………

 ビョオッ!!

「おとと……?」

 

 私が風の障壁を展開しようとした時に、横合いから突風が吹いてきて全ての矢を吹き飛ばしたです。

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい!助かりました!」

 

 風の吹いてきた方を見れば杖を構えたワルド子爵がいました。今の風はやはり彼だったですか。今度はスカートに一切の影響を与えず矢だけ吹き飛ばしたですね。やはり隊長格、腕は確かなようです。

 

「野盗や山賊の類か?」

 

「メイジをわざわざ狙うとは、気合い入ってますね」

 

 矢が飛んできた方を目を凝らして見てみるですが、暗くてよく見えないです。

そうして警戒している所に、バッサバッサと何かが羽ばたく音が聞こえて来たです。ワルド子爵のグリフォンはここにいますし、この音の主は一体……?

 

 その時崖の上から男性の悲鳴が複数聞こえて来たです。何事かと見てみると、崖の上に小型の竜巻が巻き起こり、おそらく矢を撃ってきた人達でしょう、数人の男性が崖を転がり落ちて来ました。

 

「『風』の呪文だな。なかなかの腕のようだが」

 

「仲間割れなどではなさそうですね」

 

 そのまま崖の上を眺めていたら、月をバックに見覚えのあるドラゴンが降りてきました。

 

「シルフィード!?」

 

 そんなドラゴンの背中には私達の級友である、タバサとキュルケが乗っていたです。地面に降りたシルフィードからキュルケが飛び降りてきてさっと手を挙げて挨拶してきました。

 

「ごめーん、まったぁ〜? キュルケお姉さんよぉ〜?」

「待ったぁー? じゃないわよ! 何がキュルケお姉さんよ! なんでここにいるのよ、キュルケ!」

 

 待ち合わせしてた訳でもないのに、待ったー? などと言うキュルケにルイズが噛み付いたです。

 

「昨日、ユエとお姫様の話を少し聞いちゃってね。気になって朝窓から見てたらあなた達が出掛けるのが見えて、すぐタバサに追っかけて貰ったのよ」

 

「あんた、盗み聞きしてたの!?」

 

「失礼ねぇ。盗み聞きもなにも、私の部屋で話してたのよ? 寝てたとしても起きちゃうわ」

 

 ……あー……、服を借りにいった時ですね。1度起こしてしまい、そのまま話してたからキュルケにも聞こえてたのでしょう。これは私と王女様のミスですね。

 

「な、なんでキュルケの部屋で!?」

 

「なんか服を借りに来たのよ、ユエが」

 

 バッとこちらを向くルイズからさり気なく目を逸らします。服を借りなければならなくなった原因を話したらきっと怒るでしょうし、どうにか話を逸らさねば……

 

「ユエ、どう言う事なの?」

 

「ルイズ、気にしたら負けですよ?」

「何によ!」

 

 どうにか誤魔化したいですが、どう誤魔化せば………

実は王女様には露出癖が。なんて言ったら今度は本当に罰せられそうですし。むむむ……

 

「そういえば、昨日もユエと姫さまは何か隠してたわね。今日こそきっちり喋って貰うわよ!」

 

 

 もう怒ってるですし、こっそり教えて黙ってて貰うとしましょう。コソコソしてた人が悪いんです。私は悪くないです。

 

 

 

       ……………よね?

 

 

 





はいー、第19話でした。
次はアルビオン行きです。いったいどうしようかなぁ。

ほら、回復魔法使えば、王子様死なないかもしれないし?


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ゼロの旅20

どうにか更新が出来たかな……?
アルビオンに潜入まで書くつもりだったんですが、直前で文字数がいい感じに。

人数が多くなると、どうしてもセリフばっかりになっちゃうなぁ。どうしたもんか。

では、第20話いってみよう


 

 

 

 ラ・ロシェールにある『女神の杵』亭。

街で1番上等だと言うこの宿の一階にある酒場で、私達は一日中馬に乗っていて溜まった疲れを癒していたです。本当はお風呂にでも入りたい所なのですが、時間的にもう沸かしてないそうですし我慢するしかないです。

 

「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」

 

「急ぎの任務なのにぃ………」

 

 ルイズがここまで来ての足止めにブーたれてますが、正直助かったです。まだお尻がジンジンしてますし、もう少し休んでいたいと言うのが私の本音です。

 

「私はアルビオンに行った事がないから分からないんだけど、どうして明日は船が出ないの?」

 

 キュルケの質問に、私もそう言えばどうしてかと考えました。痛みの方に気が散っていて気付きませんでしたが、それなりに交易のある国に定期便がない訳がないですし、戦争中だから毎日出せないといった所でしょうか?

 

「明日の夜は月が重なる『スヴェル』の月夜だ。その翌朝がもっともアルビオンが近づく時なんだ。風石もタダではないからね。そうやって飛ぶ距離を減らして風石を節約するんだ」

 

 なるほど。燃料節約の為だったですか。

相手が動いているからこそ、タイミングを見計らって行かないと無駄に燃料を使ってしまう訳ですね。急ぎの身としては困りますが、流石に仕方ないでしょう。体調的にも休憩が取れるのは嬉しいですし、明日1日ノンビリさせて貰いましょう。

 

「さぁ、とりあえず今日は寝よう。しっかり疲れを取ってくれ」

 

 ワルドさんはそう言って鍵束をテーブルの上に並べました。

 

「二人部屋しかなくてね、誰かが1人で使って貰う事になるが、どうする?」

 

 ふぅむ。私は特に拘りはないですし、皆に任せましょう。あぁ、才人さんやギーシュさんと同室だけはやめて貰わねば。別に何かされるのを心配してる訳ではないですが、乙女としては譲れません。

 

「じゃあ、私はユエと一緒」

 

 そう言って鍵を取るタバサ。

 

「あら、ユエとがいいの?」

 

「キュルケと一緒だと、イタズラされる」

 

 ザワっとざわめき、私達は一斉にキュルケに注目します。

 

「きゅきゅキュルケ!? あんた見境ってものがないの!?」

 

「キュルケ、それはダメです」

 

「ちょ、ちょっとタバサ! 誤解を招く言い方しないで!」

 

 キュルケが慌てていますがとりあえず拘束しないといけませんか?

 

「前に一緒に寝てた時、服を脱がされた」

「キュルケ!?」

 

「あぁ、タバサにベビードールを着せようとしてた時ね」

 

 寝てる所に勝手に着せ替えようとしたのなら警戒もされるです。

 

「キュルケ、ちょっと自重した方がいいわよ?」

 

「でもね、ヴァリエール? 見てよ、このタバサのパジャマ。色気もへったくれもないじゃない。思わずセクシーなの着せたくなるでしょう?」

 

 実はタバサは何故かパジャマ姿です。なんでもキュルケが寝ている所を起こして連れてきたせいで着替える暇も無かったらしいです。しかし、ハルケギニアにもパジャマはあったのですね。キュルケしか寝姿を知らなかったので誤解してたです。ナイトキャップまであって、完璧なパジャマ姿です。

 

「だからって寝てる所でこっそり脱がすなんて変態みたいよ?」

 

「別に変な所は触ってないわよ?」

「触ってたら衛兵を呼ぶわ」

 

 とりあえずタバサは私と一緒の部屋ですね。タバサの貞操的にもその方がいいです。

 

「じゃあ、私はルイズと一緒? 大丈夫かしら?」

 

「私のセリフよ! 何かしたら承知しないわよ!?」

 

 なんとも不安になるコンビです。きっと言い争いで体力を使い果たすでしょう。

 

「いや、ルイズは僕と一緒の部屋だ。婚約者だからな。同然だろう?」

「いえ、却下です」

 

 なにかアホな事を言ってるハレンチ子爵をバッサリ却下します。

 

「しかし……」

「却下です。だいたいそれではキュルケが才人さんかギーシュさんと同室になってしまうです」

 

「私はダーリンと一緒でいいわよ?」

 

 キュルケは放っておいて話は進めます。

 

「ルイズとキュルケは同室にしますが、ケンカしないようにお願いしますね。才人さんとギーシュさんを同室にしましょう。知り合いですし、疲れを取らないといけない時に初対面の人と同室では逆に疲れてしまうかもしれませんし」

 

 そんな訳で部屋割りは私とタバサ、キュルケとルイズ、才人さんとギーシュさん、そしてワルドさんが1人部屋です。

 

「いや、ルイズと大事な話があるんだが……」

 

「同室じゃなくても出来るです。じゃあ、皆さん移動しましょう。私はもう疲れたです」

 

 

 こうして私達は自分に割り当てられた部屋に移動します。1日中馬に乗るなんて初心者にはキツイ事をやったせいで身体中ガタガタです。

 ここ『女神の杵』亭は貴族専用の宿らしいので、普通の部屋でも内装から何からかなり上等です。ベットも大きくて、なかなか寝心地が良さそうです。

 

「あー………疲れたです」

 

 ゴロンとベットに横になってみましたが、予想通りなかなか寝心地いいですね。でも、この学院の制服のままではその寝心地も半減してしまうです。お風呂に入れないのは仕方ないとして、せめてパジャマに着替えるとしましょう。

 

 私はポンと着替えを取り出しモソモソと着替えます。

乗馬はかなり激しいスポーツなので汗も酷いです。明日はお風呂を使えるそうですし、それまで我慢するしかないですね。

 

「タバサ、明日もパジャマのままでいるですか?」

 

「着替え無い」

 

 まぁ、荷物を持ってなかったですし、着替えも無いですね。ふむ……

 

「じゃあ、私の服を貸すですよ」

 

 タバサが本から顔を上げてこちらを見たので、倉庫からポンと服を1着取り出します。卒業してもなんとなく持ってきてしまっていた麻帆良女子中等部の制服。私の人生のターニングポイントを共に疾走した制服です。

 

「明日はこれを着るといいです」

 

「……ありがとう」

 

 タバサは渡された制服をマジマジ見ています。気に入って貰えたでしょうか。

彼女とはサイズもほとんど同じですから、ちゃんと入るでしょう。

 

「それではタバサ、おやすみです。寝る時には灯りを消すですよ」

 

「うん。おやすみ」

 

 あー……電車やバスと言う文明のありがたみが分かった1日でした。移動方法はどうにかしないと体が持たないかもしれないです。ふわぁ〜ぅ………明日1日休んで、翌日は空中都市アルビオンに出発します。しっかり休んで英気を養っておかねば。目的地は戦場の真っ只中。あの魔法世界で体験した決戦のような光景が広がっているのでしょう。何が起こるか分からないですが、何が起こっても対処出来るようにしておかねば。もう二度と、目の前で友達が消える所は見たくないですから。

 

 私はタバサのページをめくる音を子守唄に、ゆっくり夢の世界に落ちて行きました。

外からルイズと才人さん、そしてキュルケの声が聞こえて来るですが、何してるんでしょうね?

 

 

 

 翌朝、疲れていたからか、いつもより長く寝ていたようです。

外を見るといつもより日が高くなってます。とりあえず顔を洗いに行ったですが、その帰りに何処かに出かけるルイズと出会ったです。

 

「おはようです、ルイズ」

 

「お、おはようユエ」

 

 ちょっと戸惑っているようですが、どうしたんでしょう?

 

「どこに行くですか?」

 

「や、あの、ワルドに中庭に来いって言われたから今から行く所なの」

 

「ほう?」

 

 こんな朝早くからどんな用なんでしょうね?

少し興味があるです。愛の語らいとかでないならついて行きたい所ですね。

 

「私も行っていいですか?」

 

「え! ユエも? 1人で、とは言われてないから良いとは思うけど……」

 

 私は、ルイズについて中庭に向かいました。

昨日は分かりませんでしたが、結構な広さで樽や箱が沢山置かれていて、端の方には何に使ったのか分からないですが苔生した台が佇んでいるです。そんな中庭の中央に、10メートルほど離れて才人さんとワルドさんが向かい合って立ってます。才人さんはデルフさんを抜いていますが、何をしてるんでしょう。

 

「来たかい、ルイズ。……おや、君も一緒だったのか」

 

「すいません。顔を洗いに出たらルイズに会いましてね。興味があったのでついて来たですが、お邪魔なら退散するですよ?」

 

「いや、構わない。君にも見ていて欲しいとは思っていたからね」

 

 見ていて欲しい? 何をする……いえ、この雰囲気、稽古と称して嬲ろうとするエヴァンジェリンさんに似た雰囲気を出しています。剣を抜かせている所から、才人さんと手合わせでもするつもりなのでしょう。

 

「ワルド……。来いって言うから来て見たけど、何をするつもりなの?」

 

「彼の実力が気になってね。試したくなったのだよ」

 

 予想通りでした。才人さんはデルフさんを持っていればかなりの速さで動けるですから、どれくらい戦えるのか気になってはいたです。これはいい機会ですね。

 

「もう! そんなバカな事はやめて。今はそんな事してる場合じゃないでしょう?」

 

「そうだね。でも貴族と言うのは厄介な性分をしていてね。強いか弱いか、それが気になるとどうしようも無くなってしまうのさ」

 

 エヴァンジェリンさんも、相手の実力を図るのが好きな人でしたね。この手の人達特有の性質なんでしょうか?

 

「私も興味あるです。才人さんの速さはかなりのもの。ワルドさんの実力なら、彼の全力を見られるかもしれないです」

 

「ユエまで何を言ってるの!? サイト! やめなさい。これは命令よ?」

 

 言われた才人さんは何も答えず、ただワルドさんに向かってデルフさんを構えています。

 

「何なのよ、もう!」

 

 才人さんの構え見て、ワルドさんも杖を抜いてフェンシングの様に前方に突き出す構えを取ったです。

 

「では介添人も来た事だし、始めるとしようか?」

 

「俺、不器用ですから、手加減とか出来ませんよ?」

 

「構わん。全力で来たまえ」

 

 才人さんの言葉にワルドさんは薄く笑って答えるです。彼の実力なら大半の相手を下せるでしょうし、その自信も分かるです。思えば才人さんは魔法使い相手の実戦はこれで2度目。これから戦場に行くと言う時に、実戦形式での訓練が出来るのは儲け物ですね。才人さんはここに来るまでは普通の一般人で、格闘技などもやっていなかったそうですし、闘い、と言う物に慣れていないのでこう言う訓練は今後の為になるはずです。

 

 そして、手合わせが始まりました。

気合いを込めて才人さんが斬りかかるです。10メートルと言う距離を一足飛びに詰めて、ワルドさんに肉薄しますが、ワルドさんは軽々と杖で受け止めました。細身の杖ですが、恐ろしく頑丈ですね。おそらく固定化の魔法が掛かっているのでしょう。ワルドさんは少し後ろに下がったかと思うと、驚く速さの突きを繰り出してきました。

 

 ふぅむ、なかなか速いですね。まだ手加減してるようですが。

 

 才人さんが突きを払い、ワルドさんはその勢いに逆らわないように飛びすさり構え直しました。距離は先ほどとほぼ同じです。1度仕切り直しですか。

 

「す、すごい。サイトもワルドも……」

 

「速さは互角と言えるですね。しかし、才人さんには隙が多過ぎるです」

 

「す、隙?」

 

「攻撃されたら反応出来ない弱点とでも言いますかね。才人さんは速さ以外は素人です。長年訓練した軍人相手に、速さだけで勝てると思う方がおかしいんです」

 

 まぁ、その速さも雷の速度を出すとか人外レベルなら、同じ人外以外には対処出来ないでしょうが。才人さんの速さは普通の人間相手なら十分超人と言えるですが、しっかり訓練した人間なら対処出来ない速度ではないです。つまり、後はどれだけ戦う技術があるかで勝敗が決まるですが……

 

 才人さんが風車のようにデルフさんを振り回したり、素早い突きを放ちますが、ワルドさんは難なく避け、受け流し、隙の出来た後頭部に杖で強打しました。その威力に堪らず倒れこむ才人さんを見てルイズが飛び出そうとしたので腕を掴んで止めます。

 

「ユエ離して!」

 

「まだ終わってないですよ。気絶した訳でも、降参した訳でもないですし。こういう物は勝負がつくまで手を出してはいけないです。堪えて待って、終わったら抱きついて下さい。でも、今飛び出すのはダメです」

 

「だだ抱き付いたりはしないけどっ!」

 

 才人さんは弾けるように立ち上がり、ワルドさんに斬りかかります。薙ぎ払い、切り上げ、突き、がむしゃらに剣撃を繰り出しますが、ワルドさんはヒョイヒョイと軽々避けてしまっています。予備動作も大きいですし、攻撃は単純ですから速さに気を取られず落ち着いて見れば、簡単に避けられる攻撃です。このままでは絶対に勝てないですね。

 

 ワルドさんがとうとう攻撃に転じました。

常人には分からないだろう速度で繰り出される突きを、才人さんはどうにか凌いでいますが、そんな攻撃をしながらワルドさんは魔力を練っていきます。どうやら魔法を使うつもりのようですね。

 一定のリズムを刻みながら繰り出されて行く突きを必死で凌いでいく才人さんですが、魔法に対応する暇がなさそうです。そして、ワルドさんの呪文が完成しました。

 

 ボンッ!!

「ぐぅっ!?」

 

 才人さんの横で爆ぜた風に吹き飛ばされ、10メートル以上離れた樽の山に突っ込みました。その勢いでデルフさんが飛ばされてしまい、拾おうとした所で、デルフさんを踏みつけ拾えない様にしたワルドさんに杖を突きつけられたです。

 

「ふむ。勝負あり、ですね」

 

 才人さんは剣を奪われ、杖を突き付けられて完全に詰んでます。崩れ落ちた樽を避けながら彼らに近付くと、ワルドさんから声が掛かりました。

 

「勝敗はどうだい?」

 

「ワルドさんの圧勝ですね。まだ半分も実力を残した上での」

 

 ルイズと才人さんが驚いてこちらを見ますが、私の見立てでは3分の1も出してないと思うです。

 

「そこまで読まれてたか。君とも手合わせしてみたくなったな」

 

「女に杖を向けるのが貴族の嗜みと言うのならお受けしますが?」

 

「まさか」

 

 そう言ってワルドさんは杖をしまい、ルイズに向き直りました。

 

「分かったろう、ルイズ? いくら伝説の使い魔でも、彼では君を守れない」

 

 ………おや? 何故才人さんが伝説の使い魔だと知ってるのでしょう?

 

「だって……だってあなたは、あの魔法衛士隊の隊長じゃない! 陛下を守る護衛隊。強くて当然じゃない!」

 

「あぁ、そうだよ。でも、アルビオンに行ったら敵なんて選べない。強力な敵に囲まれた時、君はそいつらにこう言うのかい? 私達は弱いです。だから杖を収めて下さい、と」

 

 まぁ、まず通らないでしょうね。エヴァンジェリンさんなら、情けない、とか言って捨て置くくらいするでしょうが、普通はそのまま殺されるか、捕らえられるかです。

 

 ルイズは何も答えられず才人さんの方をじっと見つめます。そして、ハンカチを取り出し彼の額から流れる血を拭う為近付こうとすると、ワルドさんに腕を掴まれました。

 

「さぁ、行こうルイズ」

 

「で、でも………」

 

「とりあえず1人にしておこう。それに彼女も居る」

 

 ワルドさんがチラリと私見て、それからルイズの背を押してこの場を去ろうとします。ルイズは才人さんを見ながら唇を噛み締め、しかし何も言えず彼に促されるまま去って行きました。後に残ったのは、膝をつき項垂れる才人さんと、転がるデルフさん。そして私だけです。

 

「いやぁ、負けちまったな」

 

「見事に負けましたね」

 

 少し明るめに言うデルフさんに合わせて、私も軽い調子で話しかけるです。

 

「しっかし、あの貴族は強いな。気にすんな相棒。あいつは相当の使い手だよ。スクウェアクラスかもしれねぇ。負けるのは恥じゃねぇよ」

 

「そうですね。かなりの実力者です。昨日今日剣を握ったばかりでは勝てなくてもおかしくありません」

 

「惚れてる女の前で負けちまったのは、そりゃあ、悔しいだろうが、あんまり落ち込むなよ。俺まで悲しくなりゃぁ」

 

 どうにか慰めようするデルフさんを拾い、才人さんに近寄り手渡そうとしますが、彼は動きません。とりあえず軽く治療の魔法を掛けて額の傷を治し、ついでに他の擦り傷なども癒していきます。

 

「おーおー、嬢ちゃんもなかなかの使い手だな。まるで先住魔法じゃねーか」

 

「分類的には先住魔法に入るようですよ、私の魔法は。本当は精霊魔法なのですが」

 

「ほほぉ、言い方はエルフみたいだな」

 

「エルフの皆さんは、先住、とは言わないのですか?」

 

「あぁ。あいつらは無粋な呼び方だって嫌ってるからな」

 

 無粋、ですか。

まぁ、せっかく名前があるのに一緒くたにされたら嫌がりますよね。

 

 そんな感じでデルフさんと話していたら、才人さんがのそっと起き上がり、トボトボと歩いて行ってしまいました。デルフさんを置いて。

 

「ちょ! 相棒! 忘れてる。俺っちを忘れてるぞ!」

 

 聞こえてないのか、聞く元気がないのか、そのまま行ってしまう才人さん。ルイズの前で負けたのが相当ショックだったみたいですね。今回は実力の差があり過ぎたですし、負けて当然だと思うですが。

 

「ありゃあ、相当堪えてるな」

 

「ボロ負けでしたからね」

 

「嬢ちゃんなら勝てたか?」

 

 デルフさんの問い掛けにしばし考えてみます。そして、そのまま軽くデルフさんを振り、想像のワルドさんと一戦してみるです。

 

 ビュッ! ザッ! ババッ!

 

 振り上げ、払い、そして蹴りを放ち、一通りやってみましたが、彼のほんの一部分しか見ていないので、何が繰り出されるか分からずシミュレーションが上手くいきません。

 

「いやぁ、そのちっこい体のどこにこれだけ振り回せる力があるんだ」

 

「ちっこいは余計です。……ふぅ、しかし……」

 

「勝てなかったか?」

 

「まだまだ隠している実力があるでしょうから、今の段階ではなんとも言えませんね」

 

 彼の動きは十分対応出来る速さでしたが、魔法の腕はかなりの物。それに対応出来なければ負けてしまうでしょう。無詠唱の技術がないと言うのがせめてもの救いですね。

 

「とりあえず、才人さんの所に行きますか。抜き身のまま剣を持ってると不審者みたいですし」

 

「はっはっはっ! 確かになっ!」

 

 私はデルフさんを抱えて、才人さんが歩いて行った方向を目指します。さーて、どこ行ったですかね。ギーシュさんに、フーケのゴーレム。回数は少ないですが連勝していたおかげで付いていた自信が木っ端微塵になってしまったですからね。少しフォローしてあげないといけないです。

 

 才人さんにあてがわれた部屋をノックしてみますが、反応はありません。どこか他所にでも行ってるのか、街に出てるのか分かりませんが。鍵も掛かってるです。

 

 パチン ガチャ

「よし、開いたです」

 

「いや、嬢ちゃん。『開けた』の間違いだろ」

 

「些細な事ですよ」

 

 魔法で鍵を開けて中に入ると、才人さんはベットに転がってじっと天井を見つめていました。なんです、やっぱり居るじゃないですか。

 

「才人さん。デルフさんをお忘れですよ?」

 

「ひでぇぜ相棒。俺様を忘れるなんて」

 

 私は壁に立て掛けてあった鞘を取り、デルフさんが喋れるように少し出した状態で納めました。

しかし、才人さんは一切反応せず、天井を見たままです。私はデルフさんを抱えたまま近付き、彼の顔を覗き込みます。

 

「何か考え事ですか?」

 

 ゴロンと寝返りを打って、私から顔を背ける才人さん。相当いじけてますね。

 

「貴方が勝てなかったのは当然ですよ?」

 

「……なんでだよ?」

 

 顔を背けたまま、才人さんは私の言葉にそう返してきました。

 

「彼は。ワルド子爵は魔法衛士隊の隊長。軍人なんです。何年も訓練して来て、いろんな手柄を立てて、ようやくなれる地位に居る人です。昨日今日剣を握ったばかりで、今まで訓練なんてした事の無い一般人であった貴方が、どうして勝てると言うんですか。軍隊と言うのはそんな甘い所ではないです」

 

「………伝説の使い魔なのに、か?」

 

「当然です。私はやったことは無いですが、才人さんならあるでしょう? スイッチを入れて、始まったばかりのゲームで、勇者はいきなり魔王の所に行けますか? 下手をすれば最初に出会ったスライムにやられてゲームオーバーです。まぁ実際のスライムは結構強いんですが、そこは置いておくです」

 

 才人さんは今だ動かず寝転がったままです。

 

「今回の事はいい訓練になったです。能力のおかげで並の相手なら負けない才人さんは、本当の実力者相手でなければ全力も出せないですし、弱点も分からない。そのまま戦場に行って、ワルドさんのような相手と出会っていたら……」

 

「俺は死んでいた……って、言いたいのか?」

 

 むくりと起き上がり、胡座をかいて座る才人さんの質問に、私は無慈悲に答えます。

 

「えぇ。手も足も出ないまま、貴方も、ルイズも殺されてしまったでしょう。いえ、ルイズは私の友人にして護衛対象。守ってみせますが」

 

 私のセリフを聞いて、また才人さんは黙ってしまいました。しばらく待っていても喋ってくれないので、デルフさんをベットの上に置いて、私は部屋を出る事にしました。

 

「……夕映なら、……あいつに勝てたか?」

 

 出ようと扉に手を掛けた所で、才人さんからそんな質問をされました。私はさっきやって見たシミュレーションを思い出しつつ、どうせならと少し誇張して答えます。

 

「あれ以上隠し球がなければ、勝てます」

 

「そうか………いいな。夕映は強くて。俺は伝説の使い魔とか言う奴なのに、こんなにも……弱い!」

 

 ガキン!

 

 才人さんがいきなり斬りかかって来たので、私は素早く杖を取り出し受け止めます。

 

「こんな簡単に受け止められるのかよ……!」

 

「女の子にいきなり襲いかかるのは、いかがなものでしょう?」

 

 ギン! と言う音を響かせて才人さんを押し返し、彼の出方を見るとします。

 

「夕映はどうしてそんなに強いんだ? この前もオーク鬼とか言う化け物を1人で退治しちまったし、ルイズはあんな事出来るメイジは、軍隊にも居ないって言ってたぜ!?」

 

 セリフが終わったと同時に踏み込んで来た彼を素早く避けて、部屋の真ん中まで移動します。そのまま更に向かってくる才人さんの剣撃を、時に受け止め、払い、避け、そして受け流して凌いでいきます。しかし、なかなか速いですね。身体強化が出来なかったら対応しきれなかったかもしれないです。

 

「や! はぁっ!! このっ!!」

 

 速度自体はかなりのもの。しかし、力は一般人レベルですし、動きは先ほどのワルド戦同様素人の域です。使い魔としての能力以外はまったく普通の人ですね。

 

「才人さん、貴方の攻撃は動きが読みやすいんです。だから避けられ受け止められ……反撃されるです!」

 

 上段から振り下ろされた剣を避けながら彼の後ろに周り、軸足を払って引き倒します。ダン! と言う大きな音を立てて倒れこんだ才人さんに杖を突き付けて勝負ありと言った所ですかね。

 

「それと、私はそれほど強くないですよ?」

 

「嘘つけ。こんなあっさり勝っちまったくせに」

 

 大きく息を吐いて才人さんがボヤきます。

 

「当然です。私はこの半年を血の滲む、いえ、血反吐を吐くような修行に明け暮れて来たんです。昨日今日剣を持ったばかりの貴方に負けたら、師匠に殺されます」

 

 杖をしまい、才人さんが起きるのを待ちますが、彼は寝転がったままで起き上がりません。そんなに強く投げてはいないと思ったですが。

 

「あー……才人さん? もしかして強く投げ過ぎました? 治癒魔法掛けます?」

 

「いや、ちょっと頭冷やしてるだけだ。悪い、いきなり斬りかかって」

 

 良かった、脳震盪とか起こしてる訳では無かったようです。

 

「次からはせめて言ってからにして下さいね?」

 

「そうする……」

 

 そう言ってのそっと起き上がった才人さんは、そのままベットに倒れ込んでしまいました。

 

「なぁ、夕映……」

 

 うつ伏せのまま、才人さんが呼び掛けて来ます。

 

「なんです?」

 

「さっき凄い修行をしたって言ってたけど、どうしてそんな事をしようと思ったんだ? しかも、魔法使いになんてなって」

 

 どうして……。うーむ、難しい質問ですね。いくつか答えはあるですが、1番の理由はこれですね。

 

「初恋の男の子の役に立ちたい。ただそれだけです」

 

 私の答えが予想外だったのか、ガバっと起き上がりこちらを見る才人さん。いろいろな理由の中でも1番大きなものですし、私の原点です。ネギ先生の手助けが出来ればと思って杖を取ったですが、結局戦力になれずにここまで来てしまいました。私のこの目標が達成出来るのは、いつになる事やら。

 

「そ、そんな事で血を吐く様な修行をしたって言うのか?」

 

「えぇ。私にとってはとても重要かつ絶対の理由ですよ」

 

 何か呆れ顔で見てくる才人さんに、私は誇りを持って答えます。才人さんはしばらく私を微妙な顔で見てましたが、その後また、ポフっと倒れ込みました。

 

「…………ちょっと寝るわ」

 

「はぁ……おやすみです」

 

 やはりまだ落ち込んでいるのか、テンションが低いまま才人さんが寝に入ったので、私は部屋を出て行く事にします。扉を閉め、1度ため息をついてから、とりあえず自分の部屋に向かうです。歩きながら肩をトントンと叩いていると、角からワルドさんが出て来ました。

 

「なかなか手厳しいね? 僕はてっきり抱き締めたりして慰めるんだと思ってたんだが」

 

「それは私の役目ではないので。しかし、隊長さんは覗きが趣味とは思いませんでした」

 

「言いがかりはやめてくれ。あんな音を立てて暴れてたら誰でも気付く。迷惑にならないよう、『サイレント』を掛けてたんだ」

 

 割と大暴れしてたんですね。あれだけやって誰も来なかったのは、そう言う訳でしたか。

 

「彼をどう思う?」

 

「才人さんですか? 速さだけは1人前で、技術は拙過ぎます。ついこの間まで、剣を持った事すらなかったんですから仕方ないでしょうが、戦場に放り出すのは危険かもですね」

 

 私の評価に、ワルドさんは腕を組んで唸っています。この人の目的はなんなのでしょう? 最初は、ルイズと才人さんを引き離すつもりかと思ったですが、なんだか才人さんの評価が低いのが気に入らない様子ですし。

 

「ふむ、良く分析出来ているね。先ほどの戦い方といい、実に素晴らしい」

 

「はぁ…、ありがとうです」

 

「許されるなら、是非とも君が欲しい所だ」

 

 思わず立ち止まってワルドさんを凝視します。この人はルイズの婚約者だと言うのに、私にまでコナを掛けて来たですよ? あれですか? 女性なら何人でも、ってタイプの人ですか? しかも、ルイズや私を、と言うのは……

 

「小さい女が好みなのですか?」

「ブフォッ!! ち、違う! 衛士隊に欲しいと言う意味だ! ま、まぁ、軍は女人禁制なので実現はしないだろうが、君の強さは、我が隊の中でも上位に入りそうだ。それに魔法の腕も良さそうだし、十分軍でもやって行けるだろうと思ったんだ」

 

 なんだ、ただの勧誘だったですか。ビックリしたです。もしや小さい子が好みの変態さんかと思ったです。

 

「言葉に気を付けないと、誤解されるですよ?」

 

「まさか、そう取られるとは思わなかったがね……」

 

 まさかも何も、誰でも誤解するセリフだったです。まったく、ハレンチ子爵は困りますね。それから、私が自分の部屋についたので扉を開けようとしても、ワルドさんが後ろについたままです。はて、何か用でしょうか?

 

「何か用ですか? 私はこれから、部屋で昼寝でもするつもりなのですが?」

 

「あぁ、いや。何でもないよ。一応極秘任務なので、宿からは出ないようにしててくれ。目立ってバレたら意味がないのでね」

 

 そう言ってワルドさんも部屋に戻る為か引き返して行きました。それだけを言う為にわざわざここまでついて来たですか? よく分からない人です。とりあえずワルドさんの事は放っておいて、部屋の中に入ります。中ではタバサが昨日貸した麻帆良の制服を着て本を読んでます。思った通り似合うですね。サイズもピッタリなようですし、貸して正解でした。青い髪と麻帆良の制服のおかげで、ちょっと亜子さんを思い出したです。

 

 私は自分のベットに寝転がり、伸びをしてから目を閉じます。明日には戦場に立ってるかもしれないですから、しっかり寝て体力を回復させねば。

 

 

 




ふぅー……とうとう第20話まで来たか。いきなり才人が斬りかかるとか変じゃねと思ったでしょうが、弟子入りフラグの前段階なんで、こんなになりました。

そうそう、まだ本決まりとはいかないんですが、夕映の強さをラカン式で出して見ました。ゼロ魔勢の強さがイマイチ分からないので、こいつはここじゃね? って思ったら教えて下さい。


クラス 数値 該当者・該当物
     
SA   12000 ラカン(自称)
   
    10000  ネギ(最強モード)  フェイト(覚醒後)
     8000   リョウメンスクナノカミ
     
     
AAA 3200 フェイト・アーウェルンクス(数値は数倍の可能性有)
     3000    カゲタロウ
     2800   鬼神兵(大戦期)
     2200  闇の魔法・術式兵装のネギ
    2000   高畑・T・タカミチ(本気か怪しい)
    2000? フェイト・パーティの魔道師
    1500    イージス艦
    1500? 月詠
     1100 闇モードのネギ
     
AA 700 新ネギの基礎体力
   650 竜種(非魔法)
   500 魔法世界に来た頃のネギ  才人(デルフ+ガンダールブMAXハート)
A 400 夕映
  300 麻帆良学園 魔法先生(平均)
     本国魔法騎士団団員(平均)
     高位と呼ばれる魔法使い
B      スクウェアクラス
C 280 サイト(ガンダールブ有り)  タバサ
  250 トライアングルクラス
D 200
  100 戦車
     魔法学校卒業生
  30~50 旧世界達人(気未使用) ラインクラス
  10~20 ドットクラス
  2 魔法使い(平均的魔法世界人)
  1、5 才人(ガンダールブ無し)
   1 長谷川千雨
  0.5 ネコ
  0  
 
一応こんな感じですかねぇ。夕映はそのうちもっと強くなる予定ですが、ゼロ魔勢の強さが上手く想像出来なかったです。これからちょくちょく変更して行こうと思ってます。

では、次回に続くっ

誤字脱字を修正。報告感謝です


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ゼロの旅21

いやぁ、人のを読むのにかまけて自分の投稿が遅れてしまいました、すいません。

まぁ、遅れた理由はそれだけじゃなくて、上手く文章が作れなかったからですがね。2000文字近くを書いては消し、書いては消しとやってたら一週間も遅れてしまった……

まだ、変な所があるけど、とりあえずごーなのです。


 

 

 

 

 キュルケが大暴れです。

 

 才人さんの部屋から戻って二度寝していたのですが、突如現れたキュルケに起こされた上、今は目の前でタバサがいじり倒されている所を見せ付けられているです。

 

「んん~~~っ!! タバサ可愛いわっ! もう!もうっ!」

 

 麻帆良の制服を着たタバサを、キュルケが抱き締め頬ずりしたり、頬にキスしたりしながら身体中を撫で回しているです。タバサも杖で応戦するですが、今日のキュルケは一味違うようで、ヒョイヒョイと避けてはタバサを堪能しています。

 

「んっふっふぅ~~っ! さぁ、タバサ。大人しくしなさい。大丈夫、怖くないわよぉ……」

 

「た、たすけ……」

 

 杖を躱してタバサを押し倒したキュルケが、そろそろ犯罪者になりそうなので止めに入るとしますか。

 

「キュルケ、 マテ! マテです!」

 

「あーっ! ユエ放して! もっとタバサを味わうのっ!」

 

 キュルケを羽交い締めにしてタバサから引き離します。

腕を伸ばして、どうにかタバサを触ろうとするキュルケ。いつもは無表情のタバサが怯えの表情を見せる程、今のキュルケは言動全てが完全なる変態です。

 

「キュルケ、やり過ぎです。タバサが怯えるなんてどれほどですか」

 

「だって、こんなに可愛いのよ!? 誰でも我慢出来なくなるわっ!」

 

 話している間にもグイグイとタバサに向かって行こうとするので、抑えるのが大変です。身体強化しないと抑えられないとか、どれだけですか。

 

「ダメです。お触り禁止です。見るだけです。それ以上は許可しません」

 

「えー……!? ちょっとだけ! ちょっとだけならいいでしょ!?」

 

「ダメです。1メイル以上近付いてはいけません」

 

 タバサの前に立ち、手を突き出してキュルケが近付かないようにします。いやぁ、着替えがないからと私のを貸したらこんな事になるとは、想像も出来ませんでした。

 

「うー……。じゃ、じゃあ、これ位からならいい!?」

 

 ベットの上に避難しているタバサを、ベットの縁から肉食動物のような目で見ているキュルケ。なんだか息も荒いですし、仕草が変質者のソレです。タバサも端まで寄ってプルプルと震えています。彼女の苦手な物に、幽霊に次いでキュルケがノミネートされるのも近いですね。

 

「それ以上近付いてはいけませんよ? もし近付いたら[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を撃ちますからね?」

 

「え!? それはやり過ぎじゃないの!?」

 

「タバサの貞操の為です。仕方ありません」

 

 放って置いたらタバサを凌辱しかねない勢いだったので、この対応は仕方ないのです。

 

「ちぇー……。だけどほんと可愛いわねぇ。ねぇねぇタバサ? もうちょっとスカート捲ってくれない?」

「やだ」

 

 キュルケは多数の彼氏が居るそうですしノーマルだと思っていたですが、やはりりょうと……

「ユエー? 何か変な事考えてない?」

「とんでもない」

 

 タバサを愛でていたと思ったらグリンとこちらを向いて注意してきたです。なかなか鋭いですね、キュルケ。ベットの端から近寄って来ないのが分かって、ようやくタバサも落ち着いてきたです。チラチラとキュルケの方を見ながらも、いつもの様に本を広げました。落ち着いて読んでいる様に見えますが、キュルケが場所を移動する度にチラッとその位置を確認するほどには警戒しているようです。

 

「キュルケ、何をウロウロしてるですか? 大人しくしてて下さい」

 

「いや、こっちからなら下着が見えるかなって……っ!」

                     スパン!!

 

 この人は本当に女性ですか? いえ、一部分は完璧に女性ですが、もしかしたら魔法で誤魔化しているかもしれません。私が懐疑的な視線でキュルケを見ていると、彼女はずっとタバサの動き目で追っています。本捲る動作や、足を動かした時にズレるスカートなどを食い入る様に見つめているです。

 

「キュルケ……目付きが犯罪者のようです」

「酷いわねっ!?」

 

 自覚してなかったのか心底驚くキュルケですが、私としては驚いてる事にこそ驚くです。

 

「あんまりやってるとタバサに嫌われるですよ?」

 

「うぅ……それはイヤね。仕方が無い。タバサ鑑賞はやめるとするわ」

 

 そう言って立ち上がったキュルケは、逆側にある私が使っているベットに腰掛けました。

 

「はぁ~……、でも可愛いわねぇ。あれってユエの服なの?」

 

「えぇ。私が前に通っていた学校の制服です」

 

「あぁ。この間言っていた異世界の……。んふふっ、いつか行って見たいわね」

 

「……その時は首輪と鎖がいるですかね」

「酷いわねっ!?」

 

 今さっきのキュルケの行動を麻帆良でやられたら、確実に魔法先生が出張ってくるです。高畑先生の居合拳で吹き飛ばされるキュルケが目に浮かぶですね。

 

「さって、そろそろお昼を食べに行くわよ2人とも」

 

「あぁー……、もうそんな時間ですか」

 

「ほら、タバサも行くわよ? 本は置いて……いや、どうせ放さないか。持ったままでいいから行くわよー?」

 

 手招くキュルケの言葉にタバサもチョコチョコっと寄ってきました。いつもは本以外に余り興味を示さないタバサは、食べる事には貪欲です。いつもどこに入るのかと思う程の量を、私と変わらない小さな体詰め込むです。何故太らないのか不思議です……

 

 

「ルイズ達を呼んでくるです」

 

 私達だけで行くのもどうかと思うので呼びに行く事にしたのですが、ルイズは何か考え事をしているのか、こちらの呼びかけにも生返事しか返してきません。キュルケが面白がってスカートを捲りますが、ルイズは一切反応しないのでキュルケもつまらなそうです。

 

「……キュルケ、それは?」

 

「ヴァリエールのパンツ。全然気付かないから簡単だったわ」

「変態」

 

「酷い! 酷いわっ!」

 

 言われても仕方ないです。

ルイズのパンツは部屋のドアノブに引っ掛けておき扉を閉めました。開けようとした時にルイズが気付き驚くと言うドッキリがしたいようですが、なんとも迷惑なドッキリです。

 

 続いて才人さんも呼びに行きますが、彼は未だに寝てました。まぁ、不貞寝ですね。

同室のギーシュさんが、起こそうとしても起きなくて退屈だと泣きついて来たので、彼を伴って一階の酒場で昼食を摂る事になりました。

 

「んっんっ……ぷはぁ。……しかし才人君はまだ元気がないようだね」

 

「何よ、ギーシュ。サイトが元気ない理由を知ってるの?」

 

「彼はどうもルイズに恋をしているみたいだからね。婚約者が居たと知って落ち込んでいるのさ」

 

「まぁっ! まぁまぁまぁっ! なら、私が慰めてあげないとっ!」

 

 ガタッと立ち上がるキュルケの腕を掴み、もう1度座らせます。今はそれだけで不貞寝してる訳ではないので、今やったら逆効果でしょう。

 

「今はそっとしておくですよ。単なる不貞寝ですから」

 

「そうなのかい?」

 

「えぇ。今朝少しワルドさんに稽古を付けて貰ったようでして。実力の差に落ち込んでいるみたいです」

 

 ギーシュさんとキュルケが目を丸くして驚いてます。魔法衛士隊の隊長に稽古を付けてもらうと言うのは大変な事ですしね。私にすると、セラス総長(グランドマスター)から直々に訓練をしてもらう様なものですかね。

 

「コテンパンにされて落ち込んでいるって訳か。でも、いくら彼が平民にしては強いと言っても、相手は衛士隊の隊長。負けるなんて当然じゃないか」

 

「……ははぁーん、分かったわ。その場面をルイズが見てたのね?」

 

 顎に手をやり、キュルケがニヤリと笑いながらズバリ真相を突いて来ました。1度もルイズの事なんて言ってないのに、どうして分かったんでしょう?

 

「なるほど……。つまり惚れている相手にボロ負けする所を見られたから落ち込んでいるのか。それなら仕方ないな」

 

「もしかして、サイトったらルイズに本気になっちゃったのかしら? 彼ってやっぱりそうなの? ルイズみたいに叩いてくれる人がいいの?」

 

 キュルケがまた変な事で悩み出したです。まぁ、あの2人は端から見てると叩き叩かれのそう言う関係に見えなくもない……いえ、ほぼその通りですね。趣味かどうかはさておいて、やってる事は完全にそれですし、キュルケの勘違いも仕方がないです。

 

「………さて、食べたらどうします? 外には出るなって事なので、観光などは出来ませんが」

 

「お忍びってのは面倒ね。私はまた部屋でタバサを味わうとするわ」

 

「きゅ、 キュルケにタバサ! 君達はそう言う関係だったのかっ!? 是非僕に見学させてくれ!」

 

「違う」

 

 見学してどうするつもりですか、あなたは。

さて、キュルケの冗談はおいといて、本当にどうしましょう。[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)に入れておいた[偏在]の本を読みながら精霊魔法に転用出来るように呪文をいじってみますか。時間はたっぷりあるので、少しずつ呪文を作っていくです。

 

 結局外に出られないのなら部屋にいるしかないと言う事で、各々自分の部屋に戻って昼寝するなり、本を読むなりして過ごす事になりました。キュルケも、本を読んでいるタバサを眺める為に私達の部屋までやって来てベットの端に陣取りました。本当にずっと眺めているつもりなんでしょうか?

 

 

 

 夜になり、夕食ついでに飲み会が始まりました。明日にはアルビオンに向かうので、少しでも意欲を高めようとキュルケが言い出し、ギーシュさんがさっさとお酒などを注文してしまったので、なし崩し的に始まったです。まぁ、麻帆良での宴会ほど騒がしくなく、いつもより多少羽目を外したくらいの盛り上がりです。お酒もなしにアレほど盛り上がれるのは麻帆良生くらいでしょう。

 

「んもう……サイトもこればいいのに……」

 

 キュルケが才人さんも呼びに行ったですが断られたそうで膨れています。

 

「まだ落ち込んでたですか?」

 

「何か、考え事したいって言って断られたわ」

 

 お昼も食べてないですし、空腹のままで大丈夫ですかね? そうです……

 

「どこいくの?」

 

 急に私が席を立ったので、キュルケが気になったのかそう聞いてきました。

 

「今度は私が何か摘める物を持って誘ってきます。来ないにしても、何も食べないのは体に悪いですし」

 

「そうね……。そのまま変な事を始めちゃダメよ?」

 

「はっはっはっ。そんな、キュルケじゃあるまいし……」

「どう言う意味よぅっ!」

 

 私はまず厨房に行きコンロを借ります。コンロと言っても全部薪でやるものなので、スイッチを捻るだけで着く様な簡単なものではありません。しかし、そこはエヴァンジェリンさん印のサバイバル訓練をしてきた私です。魔法を使えば炊事も簡単なものなら出来るです。鍋を借りてお湯を沸かし、その上に四葉さんの餞別である肉まん入り蒸籠を乗せ蒸しあげます。

 

「……未だに負けた事を気にしているのでしょうか?」

 

 たった一回、それも実力差のある相手に負けただけで落ち込みすぎだと思うです。それとも、男の子と言うのはそう言うものなのでしょうか? 今まで私の周りに居た男の子と言うとネギ先生しかいなかったですし、彼は多分特殊な例でしょうし……

 

 

 

 蒸かし終わった蒸籠を持って、才人さんの部屋までやって来ました。落とさない様に片手で支えながらノックをしようとすると、

 

「今は邪魔しない方が良い。彼らはとても大事な話をしてるはずだからね」

 

 いつの間にか現れたワルドさんが、そんな事を言って私が部屋に入るのを邪魔します。

 

「おや、ワルドさん。大事な話……とは?」

 

「実は、僕とルイズは結婚する事になってね。今ルイズはその事をサイト君に告げに行ってるのだよ」

 

「け………」

 

 婚約者とは言ってましたが、まさかもう結婚しようとするとは……。やっぱり小さい子が好きなんですね? ルイズが成長する前に手を出すつもりと。

 

「君が何を考えているかだいたい分かるが、違うぞ?」

 

「分かってます。小さければ小さいほど良いと言いたいんですね」

「違う!!」

 

 全力でワルドさんが否定してますが、やってる事はそう言う事です。ルイズは私とほぼ同じ体型ですし、胸の大きさもほぼ同じ……いえ、ルイズの方が少し大きいでしょうか? まぁ、そんな子供体型のルイズと今すぐ結婚しようとする時点でそう言われても仕方ないものです。まぁ、余り人の事をとやかく言える体をしてないので、これ以上は言わないでおきますが。

 

「しかし、何故今なのですか? 今は戦場を駆け抜ける必要のある危険な任務の最中ですよ?」

 

「だからだよ。何かあってからでは遅いのさ」

 

「全て終わらせてからではダメだと?」

 

「あぁ。今まで誰も彼女に近付かなかったが、今は彼がいる。モタモタしてると奪われてしまいそうだしね」

 

 ルイズが才人さんに惹かれ始めていると気付いて急ぐ事にした、と。

 

「だから今は邪魔しないで欲しいのさ。彼らの話が終わるまでこっちの部屋で待ってるといい。君と話もしたいしね」

 

 そう言ってワルドさんは私の背を押して隣にある自分が使っている部屋に入るよう促してきました。エスコートするかのように背中に手を当て案内されたワルドさんの部屋は、この宿の中で1番上等な物らしく、調度品から何から全部豪華です。誰の趣味か、ベットに天蓋までついてるです。

 

 部屋に入った私は、引いてくれた椅子に座り、備え付けらしいワインを開けているワルドさんを見やりました。何歳かは知らないですが、精悍な顔に立派な髭を蓄え、鷹の様に鋭い目付きをしています。私としてはそれほど好みではないですが、顔の造形はかなり整っているので、キュルケ達も見惚れてたですね。ワルドさんは私の前にグラスを置き、慣れた手付きでワインを注ぎました。そのグラスを手に取った私は、対面に座ったワルドさんに軽く掲げるように乾杯の仕草をしてからワインを一口飲み、話したいと言う内容を聞く事にしました。

 

「……それで、何を話すつもりです? 昨日出会ったばかりで碌に話題も無いですが」

 

「ふむ、そうだな。……まずは君のことでも聞こうか。得意な系統とかな」

 

「はぁ……」

 

 まぁ、会ってから碌に会話してないですし、暇潰し的な話題としては普通ですかね?

 

「私は[風]ですね。得意なのは知っての通り[ライトニング]です」

 

「あの白い[ライトニング]だね。系統は僕と同じだな。僕は風のスクウェアだからな」

 

「スクウェアですか、流石は魔法衛士隊の隊長ですね。あ、なら[偏在]も使えるですね?」

 

 結局ギトー先生の[偏在]を見る機会が無かったので、1度実物を見てみたいですが、これから戦場に行くのだからと、精神力温存の為、実践するのは断られたです。残念。

 その代わり、質問にはいろいろ答えて下さいました。[風は偏在する]が合言葉らしく、答えを聞いてる間に全部で13回も登場しました。そこまで押すほどの事なのですか。もしくはそれくらい意識しないと[偏在]は使えないと言う事でしょうか。ギトー先生に貰った本にはそんな事書いてなかったですが、一応頭の隅にでも覚えておきますか。

 

「いやはら、中々有意義な講義でした。ありがとうです」

 

「なんの。優秀な後輩の為ならお安い御用さ」

 

 ワインで喉を潤しながらそれなりに長く喋ってた気がするです。そろそろ才人さんの所に行かないといけないですね。

 

「さて、そろそろ才人さん達話は終わったでしょうし、2人の所に行くとします」

 

「……いや、まだだ。君に聞きたい事がある」

 

 席を立とうとしたら、ワルドさんが真剣な表情でそう言い出したです。今まで私の質問に答えてくれましたので別に構わないですが、なんでしょう?

 

「君はアルビオンに仕える気はないか?」

 

「アルビオン、ですか?」

 

 アルビオンとは、明日行く戦争中の王国の事ですよね? そこに仕えるとはどう言う事でしょうか。負けそうで戦力が足りない為の勧誘だとしても、それをワルドさんがする理由が分かりません。

 

「あぁ……。だが、アルビオンの王家に仕えろと言っているのではない。あの王家は直に倒れる。今、アルビオンで起こっている戦いは革命なのさ。無能な王家は潰れ、我々有能な貴族が政を行うのだ」

 

「……我々ですと?」

 

 アルビオンの革命と、トリステインの貴族であるワルドさんに一体どんな関係が……いえ、我々、と言う事は、ワルドさんはその革命軍の一員と言う事ですね? 無能な王家、と言うのは何もアルビオンの王家と言う意味ではないかもです。アルビオンの王家が潰れたとしても、違う国の貴族である彼には余り意味が無いはずなのにわざわざ革命軍などに入り、『我々』等という言い方をするのは、おそらく彼等革命軍が、アルビオンだけでなくトリステインも標的にしていると言う事でしょう。もしかしたら他の国にも攻め込む予定があるのかもしれないです。

 

「あぁ。我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々には国境がない。ハルケギニアを我々の手で一つにして、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのが最終目的だ」

 

 始祖ブリミル……革命のお題目にまで出て来るですか。

 

「しかし、それと打倒王家と何の関係が………いえ、確か過去何百年もさまざまな国が『聖地』を取り戻そうとして失敗してるのでしたね。それで王家は手出しする気が無くなっている。おかげで貴方達がどんなに言っても動かない王家に嫌気が差し、革命に走ったと言う事ですね?」

 

 自分達の要求が通らないので、邪魔な王家を倒し自分達の好きにやろうと思ったのでは無いでしょうか。そして、この予想はだいたい正解だったようです。

 

「うむ、だいたい正解だ。今まで数多の国が兵を送ったがその度に無残な敗北に終わった。しかし、それは一国ずつだったからだ。ハルケギニア全体で当たれば必ずやエルフ共を聖地より追い出せるはずだ! 君も我々に協力して欲しい。我々は少しでも多くのメイジが必要なのだ。それもなるべく優秀な。君はまだ学生だが、その資格は十分にあると僕は判断した。ガンダールブの動きに難なく対応し、倒して見せたその実力なら問題ないだろうとな」

 

 宗教がかなりの力を持っているハルケギニアならではの革命理由ですね。しかし、その聖地とやらは一体どんな所なのでしょう? 図書館にはその事について言及している本がまったく無かったです。どんな本にも、ブリミル教に纏わる大事な場所としか書かれていなかったですし、例えば何かの遺跡でもあるとか、コレコレこう言う土地でとか、普通は書くものではないですか。それが一切無いにも関わらずただ聖地として崇められるとは、何だが歪んだ信仰ですね。

 

「……? そう言えば、ワルドさんは何故ガンダールブの事を知ってるですか?」

 

 ガンダールブの事を教えられたのは、私と才人さんだけだったはずです。あの後、面倒事になるだろうから他言無用と言われたですし、才人さんもホイホイ言いふらす事はないはずですが。

 

「僕はよく始祖ブリミルの事を調べていたんだ。その中には、ブリミルが使役した使い魔達の記述もあった。そこには、『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』と記されていた。そして、その本に乗っていたルーンが才人君の手に書かれていたんだ。それで分かったのさ」

 

 なるほど、調べた結果行き着いたのですか。割と勉強家なのですね、衛士隊隊長。

 

「それで、君の答えはどうなんだい? 我々に協力してくれるのか、それとも……」

 

「う〜ん………私をそれだけ買ってくれると言うのは嬉しいのですが、生憎私はやることがたくさんあるです。その為、革命に手を貸している暇がないです。それに……私程度が加わったとしても、それほど戦力にはならないでしょう。私などてんで弱いメイジですから」

 

 ネギ先生レベルが入れば、劣勢でも逆転出来るですから勧誘する価値はあるですが、私などどこにでも居る魔法使い。いちいち取り込む価値はないです。

 

「いや、今は並でもこれから成長すればいいんだ。君にはそれだけの地力があると見た。どうだい? 同じ風のメイジだから、君が満足出来るだけの手助けが出来る。僕と一緒に来ないか?」

 

 物凄く熱心に勧誘してくるですね。そこまで私を買う理由が分かりません。しかし、凄腕の魔法使いに教えて貰えると言うのは確かに魅力的なので、少し迷うです。魔法を勉強すると言う目的にも合致するのが困るですね。ポンと断れないです。

 

 そうやって迷っているとベランダの方から誰かが入って来ました。疑問に思って視線を向ければ、仮面を着けたいかにも怪しい人物が2人、杖を抜いた状態で立ってたです。私は直ぐに杖を出し立ち上がろうとしたら、ガシっと肩を掴まれました。

 

「ワルドさん、何を!?」

「決めてくれ、ユエ。我々に協力するか……」

 

 トン、と私の背中に杖の先端を当てられました。この2人、どうやらワルドさんの仲間のようですね。そして、発動体を突きつけると言う事は、この後の台詞など簡単に想像出来るです。つまり……

 

「……ここで死ぬか、ですか?」

 

「そうだ。我々の事を余り知られる訳にもいかないのでね」

 

「自分で話しておいて、勝手な人ですね」

 

「すまないな。それで、君の返事はどうだ? 協力するか、死ぬか……」

 

 背中の杖に魔力が集まりつつあるです。それに意識を向けていると私の杖をワルドさんに盗られてしまいました。杖が無ければ魔法が使えないと言うにがハルケギニアの常識なので、普通ならこれで詰み。従うしかないですが、セットで貰った指輪がある私には、せっかくのどかがプレゼントしてくれた杖に勝手に触らないで欲しいと言う気持ちにしかならないです。

 

「……女の子を脅さないと迫れないと言うのは、貴族として正しいのですか? 有能な貴族さん?」

 

「この状態で、そんな口が利けるとはな。殺すのが惜しいくらいだ。是非とも利口な答えが欲しいのだが?」

 

 くいっと手で私のアゴを持ち上げて目線を合わせてくるですが、そんな脅しで勧誘するような人について行く訳がないです。キッと睨み付けてやりますが、ワルドさんは余裕の笑みで返して来ました。

 

「やはり答えは『否』です。貴方に風を教わるのは魅力的ですが、こんな手に出てくる人について行く気はないですし、革命にも興味ありません」

 

「くっ……! この小娘が」

 

 アゴに添えられた手に力が入ったのが分かったですが、そのまま何もせず私の杖を持ったまま扉に向かいました。と言うか返せです。

 

「……ふぅ、もっと利口だと思ったのだがな。では君はここで死ぬといい。あぁ、君の友人達に断末魔を聞かせるのも偲びないので、部屋にはサイレントを掛けておいてやろう。せいぜい泣き叫ぶんだな」

 

「女の子の泣き声が好きとは変態ですね」

 

「………いい度胸だ。十分嬲ってから殺してやる」

 

 そう言ってバタンと力強く扉を閉めて出て行きました。殺してやると言いながら出て行くとは何を考えているのでしょう。いえ、後ろの連中の気配が少し分かってきたです。攻撃に移る為に動いた彼らの気配が少し薄い感じがします。楓さんの不完全な分身を前にした時のような。

 

 ブワッっと背中に当てられた杖に魔力が集まってきて、これから攻撃が来ると分かった私は椅子を跳ねあげて今まさに杖を突き立てようとしていた1人にぶつけてから、部屋の隅に飛び退きました。多分扉はもう鍵でも掛けてすぐには出られないようにしてあるでしょう。開けようと一瞬止まった時に、やられる可能性があるです。とりあえず優位な状況に持ち込む為に距離を取って、この2人の出方を見る事にします。

 

「……もしや、貴方達はワルドさんの[偏在]ですか?」

 

「………ふっ。良くわかったな。その通りだ」

 

 そう言って、2人の内1人が仮面を取って見せたです。そこにあるのは、先ほど出て行ったはずのワルドさん。仮面を懐にしまって残忍な笑みを浮かべます。

 

「これから自分の運命を分かっているのか? 手足を落とされて、のたうち回るんだぞ?」

 

「そう簡単に行くでしょうかね? 私はしぶといですよ」

 

 私も負けじと笑みを浮かべて構えます。私の体術はアリアドネーの軍式格闘術が少しと、エヴァンジェリンさんに仕込まれた柔術が基本です。アリアドネーの格闘術は、時間が余り取れなかったのと、魔法の習得に重きを置いていたので、それほどちゃんと訓練していないので付け焼き刃でしかなかったですが、柔術の方はかなり丁寧に仕込まれました。理論とかはそこそこに、ポンポン投げられて覚えさせるやり方だったので、体がボロボロになる事もしばしばあったです。いいんちょさんに基本を教わりながらエヴァンジェリンさんの特訓を受けたですが、まだまだ合格点には至っていません。しかし、それでも十分いけるはずです。

 

「脅しに掛からず、風の講義だけで勧誘していたら、私はついて行ったと思うですよ? 実力者に教わるのは、それだけでかなり魅力的ですからね」

 

「ふむ……そうか。少し間違えたな。今度誰かを勧誘する時はそうするよ」

 

 杖を構えた2人がジリジリと間合いを詰めて来ます。私も彼らの隙を探りながら少しずつ移動していきます。

 

「私の杖はどうしました? あれは友人からの贈り物なので、丁重に扱って欲しいのですが」

 

「それはすまないね。そうだ、ルイズにでも君の形見として渡しておくよ」

 

「ルイズなら大事にしてくれそうですね。頼みますよ?」

 

 チラリとベランダまでの距離と、ワルドさん達の隙を見定めて次の行動を取る準備を開始します。気付かれないように[戦いの歌(カントゥス・ベラークス)を掛け、遅延魔法(ディレイスペル)のストックを確認。こう言う人に私の魔法を知られると面倒なので、倒す時は一瞬でやらなければいけないです。

 

「さぁ、まずは動けないように足を射抜いてあげよう……」

 

「わざわざ狙いを教えてくれてありがとうです。ですが、私が椅子に座っている間にやっておかなかった事を後悔するといいです」

 

 彼らの杖に渦巻く風は、レイピアのように鋭い切っ先を作り出しているです。あれでフェンシングのように突いて攻撃する気なのでしょう。

 

「はぁっ!!」

 

 ヒュっと言う風切り音を響かせて一気に間合いを詰めて、私の肩を突いて来ました。おぉ、足と言いながら肩を狙って来るとは、なかなか汚い。いえ、駆け引きの範囲でしょうか?

 

 私はその突きを捌きながら懐に入り込み、ワルドさんの腕を左手で掴んで下に引っ張りつつ肩を鳩尾付近に押し付け軸にして、クルリと回転させて投げてやります。受身を取らせないようにそのまま手を離して壁に叩きつけるです。

 

「ぐっ!?」

 

 間髪入れずに突進してきたもう1人は、才人さんにも見せた独特のリズムを刻む連続突きで攻撃してきました。当たらないように体の外に弾きながらタイミングを計り、腕が伸びきった所で掴んで関節を極め、軸足を払って投げ飛ばします。その際ゴキンと言う折れた音がしましたが気にせずベランダの窓を突き破って外に飛び出ました。狭い部屋では剣が出せないですし、大きな魔法も使えない。戦い易い場所に移動したい所ですね。幸い[偏在]のワルドさん達も付いてきたですし、どこか広い所に誘導して迎え撃つです。

 

「待て! 小娘がっ!!」

 

「待てと言われて待つバカがいますか。乙女を手篭めにしようとする輩の言う事なら余計に聞けません」

 

 一気に引き離さないように手加減して走ってどこか良い所を探すですが、余り良い所が無いですね。ちょっと広めの屋上でもいいんですがねぇ……

 

「この『閃光』のワルドから逃げられると思うなっ!」

 

 飛び掛かって来たワルドさんを右に飛ぶ事で避けた時、私が飛び出してきた宿の方からドカンと言う大きな音が聞こえました。

 

「……今のは!?」

 

 魔力の感じがルイズの物でしたが、まさかルイズにも手を……?

 

「さすがルイズだ。私の[偏在]が一体消されてしまった」

 

 驚いて足を止めてしまった私を挟むようにワルドさんが立ち道を塞ぎます。いけません、驚いたからと足を止めるなど、エヴァンジェリンさんからきついお叱りがあるミスですよ。今は自分の戦いに集中しましょう。向こうには才人さんも、タバサやキュルケも居るのですから大丈夫なはずです。

 

「杖なしで、よくこれだけ粘ったものだ。ますます欲しくなった。僕の物になると言うのなら命だけは助けてやるぞ?」

 

「……あいにく、ヒゲ面の男は好みじゃないです。寝言は寝て言うですね」

 

 僕の物とかふざけた事を言うワルドさんを一蹴して構えを取るです。もうここで倒してしまいましょう。

 

「では、いくですよ? 末席とはいえ、白き翼(アラアルバ)の一員を、そう簡単に打ち取れるとは思わない事です!」

 

 2人同時に飛び掛かって来るワルドさんを瞬動で躱し、1人の背中目掛けて剣を出現させます。

 

   [ 装剣 ](メー・アルメット)!!

 

 ドンっと突き立った剣に驚いているワルドさんを尻目に、柄にあるトリガーを押して剣に込められた魔法を発動させます。完全なる世界(コズモエンテレケイア)のゴーレムも一撃で倒せたこのコンボで[偏在]の1人を倒せました。向こうが立ち直る前にもう1人も倒さねば。

 

「き、貴様! そんな剣をどこから!?」

 

「言う必要はないです!」

 

 大剣を振り回しワルドさんをどんどん追い詰めていきます。速さと共に[戦いの歌(カントゥス・ベラークス)で力も上がっているので、捌くのが精一杯と言った様子ですね。

 

 このまま畳み掛けるです!

 

「やぁっ!!」

「ぐあっ!!」

 

 ズガン! と建物を壊しつつ全力で振り下ろすと、ワルドさんは受けきれず吹き飛ばされ、下の通りに叩きつけられました。私は動けないで居るうちに剣を投げ付け地面に縫い止めると、ストックしてあった[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を剣に向けて撃ち込みました。ネギ先生の雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)千の雷(キーリプル・アストラペー)コンボの簡易版と言った所です。

 

 ポヒュンと気の抜ける音がしてワルドさんの[偏在]が消え、残ったのはまだパリパリ言っている私の剣だけです。杖を取っただけで油断するから私程度に負けるですよ。

 

「さて、戻りますか」

 

 通りに降りた私は剣を抜いて担ぎ上げ、元来た道を走って戻ります。まだ向こうには本体がいるはずですし、[偏在]があの2体とは限りません。急いで戻ってルイズ達に加勢しなければ。

 

 ボンッ! と言う音と共に明るい炎が見えたので、私は更に速度を上げ跳んでいきます。

 

 

 皆さん、無事だといいのですが……

 

 

 

 





ふぅ……ワルドさんに勧誘させるのは前から決めてた事だけど、変な感じになっちゃった。おかしいなぁ。文章が上手く出来てない所があるけど、思い付かなかったんです……オリジナル要素を入れていくって難しいね。

では、次回。またーー……


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ゼロの旅22

1日遅れでどうにか投稿。残す所あと1日で、今年も終わりです。

年内にどうにか投稿できて良かったです。

クオリティ? なんです、それ? オイシイの?

では、22話レッツゴー


 

 

   <ルイズ>

 

 

 朝から落ち込んでるサイトをしし心配して見に来たんだけど………

 

「あんた、なんで部屋の中で剣なんて振ってるのよ?」

 

 お昼頃はずっと寝てて起きないってギーシュが言ってたから時間を置いてみたのに、来てみればなんかハァハァ言いながら剣を振って辛そうにしてる。何してるんだか……

 

「ハァハァ……。あぁ、ルイズか。なんでと言われてもさぁ。俺って、ワルドに手も足も出なかったじゃん? 俺って弱いんだなぁ……って思って落ち込んでたんだけど、夕映がさ……」

 

 え? なんでそこでユエが出て来るの?

 

「負けて当然だって言うんだよ。悔しくてさぁ、でも、夕映はあんな多勢のオーク鬼を1人で倒しちゃうくらい強い訳じゃん? 言われて当然かなぁ、でも悔しいなぁ、って思ってたら気付いたらデルフで斬り掛かってた」

 

「ブッ!! 何してんのよあんたはっ!!」

 

 こいつは、どうしたらユエに斬りかかるなんて事になるのかしら!

 

「い、いや、気付いたらやってたんだよ! でも、流石だな。簡単に受け止められた上に、どんなに斬りかかっても全部避けられたよ。終いにはポーンと投げられてハイ終了、ってね。その時に聞いたんだ。なんでそんなに強くなれたんだってね」

 

 なんだか凄くスッキリした顔をしてサイトは剣を立て掛ける。そのままベランダに行くサイトについて行くと、サイトは一つになった月を見上げてため息をついてる。

 

「聞いたらなんだったのよ?」

 

「聞いて驚け。初恋の男の役に立ちたかったから、だとよ」

「ふぇ?」

 

 クックックッと笑うサイトに、私は思わず呆けたわ。いや、なんて言うか意外って感じ? ユエって、どちらかと言うとそういうのから遠いと思ってたから、まさか男の為に強くなろうとしたなんて。

 

「俺も最初聞いた時は驚いたぜ。男の為に、なんて乙女チックな理由でなんで強くなる必要があるんだとも思ったけどな。だけど、そんな理由だけであれだけ強くなるなんて、どれだけその男が好きだったんだろうな」

 

 確かに、それは気になるわね。

オーク鬼を十数匹退治するなんて、何人ものメイジで編成した部隊が数日がかりでやる大仕事なのに、準備もなしに討伐しちゃう程強くなった理由が、好きな男の為だなんて。どちらかと言うとキュルケとかに似合う理由よね。ユエはもっとクールなイメージだったけど、意外と熱い性格してたのね。でも、そんなユエがそこまで好きになった男って、どんな人なんだろう……?

 

「気になるわねぇ。どんな人だったのかしら?」

 

「だなぁ。あの夕映がそこまで惚れるんだ。きっとすげぇいい男なんだろうな」

 

「あのユエが、キュルケみたいにぽや〜っとしてる所が想像つかないけどね」

 

 ちょっと想像してみるわ。ユエがキュルケみたいに『イヤーン、好き好き』ってやってる所を……。

 

 うん、悪いけど、似合わない。

 

「それで、なんで剣の素振りなんてしてるのよ?」

 

「夕映が言ってたんだ。その好きな男の為に血反吐吐きながら頑張ったって。すげぇよなぁ。言うほど簡単じゃないぜ? 俺なんて体育の授業でマラソンさせられただけで死ぬ死ぬ言ってたくらいだし」

 

 マラ……ソンが何か分からないけど、なんだか楽しそうにユエの話をするサイトを見てると、なんだかこう………イライラするっ!

 

「………で? 平民で使い魔のあんたは無駄な努力をしてみようと思った訳ね?」

 

 なんだかすっごくイライラしてきて、思わずキツイ言い方になっちゃった。案の定サイトはムッとしたみたいで、しかめっ面で私を見てくる。

 

「無駄な努力ってなんだよ……。俺はお前の為に頑張ろうと思ってやってるのに」

 

 うぅ……私の為? い、いや、そうよね。使い魔だもん。ご主人様の為に頑張るのは当然よ!うん。

 

「ふ、ふん! 努力すればユエみたいになれると思ってるの? ただの平民が、ちょっと訓練したからって強くなれる訳ないじゃない」

 

「な、なんだよ。やって見なきゃ分からないだろ!?」

 

「分かるわよ! 確かにあんたは凄い速さで動けるけど、それだけじゃない! いい!? 平民は平民らしくしてればいいの! 変に訓練したってメイジには勝てないんだから!」

 

 むしろ、多少強くなって貴族に目を付けられたらすぐに殺されちゃうんだから。貴族は誇り高いし、平民を見下してるのも多いわ。それなのに、下に見ていた平民が自分よりずっと強くて目立ってたら、きっと変な理由をつけて捕らえに来るわ。いえ、そのまま無礼打ちとか言って殺されるわね。ギーシュみたいに、負けた後普通に付き合っていられる貴族なんて居ないんだから。

 

「あんたは私の使い魔だけど、平民なんだから、変な事しなくていいの! ただでさえ平民が使い魔で目立ってるのに、それがユエみたく強くなってみなさい。生意気だって言って嫌がらせしてくるわよ? もしくは適当な理由をつけて無礼打ちね」

 

「………あれ? お前、もしかして心配してる? 目立って生意気だってイチャモンつけられるかもだから?」

 

「なっ! ななな! ち、違うわよ!!へへへ変な事言わないでよね! 使い魔の癖に調子に乗るなって言ってるのよ!!」

 

 ここここいつ、何ニヤニヤしてるのよ! だだ誰が心配なんてしてやるものですかっ!!

 

「ふ、ふふん! いいわよ、あんたがどこで無礼打ちされても助けてあげないんだから! ワルドと結婚したら、あんたなんて必要なくなるしねっ!」

 

 あ、なんか凄い傷付いたって顔した! あ、あれ? なんか失敗したような……?

 

「……あぁ、そうかよ」

 

「ぅ……えぇ、そうよ! あの人、頼りがいもあるし、きっと安心よ。あんたが分不相応に強くなろうとしても無駄なんだから!」

 

 あぁ……自分の口なのに、勝手に動くわ! 落ち込んでたから慰めに来たつもりだったのに……いやいや! なんで使い魔にそんな気を使わないといけないのよ! で、でも前にユエがギーシュとの決闘の時に、『パートナーを思いやり、信じてやるのが、偉大なメイジとしての仕事』って言ってたし、それで慰めようと思ったのは間違いじゃないはず。ででで、でもなんか怒ってるわ! キツイ訓練なんてしなくていいって言っただけなのに!

 

「……!? ルイズ!!」

「へっ!?」

 

 いきなり飛び掛かって来たサイトに抱えられて、そのままベットに押し倒されたわ! ちちちょっと! 何を急に! へへへ平民の分際で! 使い魔の癖に!! ごごごご主人様をおお押し倒すなんて、何考えてるのよ!?

 

「ななな! 何するのよ! こ、この変態! ご主人様をおおお、押し倒すなんて、無礼にも程があるわ! ここ心の準備とか要るのよ、女にはっ!」

   ッズガァアアアアッンッ!!

「ひぇ?」

 

 押し倒して来た無礼者に文句を言ってたら、さっきまで居たベランダに雷が突き刺さって粉々に壊された。い、今のは[ライトニング・クラウド]? もしくは[ライトニング]? どっちにしても魔法攻撃、メイジの仕業ね? ………って、事は………

 

「襲撃!?」

「みたいだな」

 

 見れば辛うじて残っていたベランダの所に、仮面をつけたメイジが杖を抜いて立っていたわ。今の魔法はどうやらこいつの仕業ね? あのまま居たら、雷の直撃で真っ黒焦げになってたかも。

 

……サイト、助けてくれた?

 

「何もんだ、あんた!?」

 

 サイトが怒鳴るけど、仮面のメイジは何も言わずにスッと杖を上げて小さく呪文を呟く。微かに聞こえたこの呪文は……

 

「さ、サイト![ エア・ニードル]よ! 剣みたいに突き刺す為の魔法!気を付けて!」

 

「おう! 分かった!」

 

 いつの間にか剣を抜いていたサイトが、仮面のメイジに向かって構える。まるで待ってたかの様に構え終わったサイトに向かって、物凄い速さで杖を突き出すメイジ。サイトも、それをどうにか凌ぎながら斬り掛かるけどヒラリヒラリと簡単に避けられちゃってる。あのメイジ、かなり強いみたい!

 

「サイト!?」

「危ないから、ドアの方に行ってろ!!」

 

 私を守ろうとしてるのは分かるけど、このままじゃサイトが危ないわ! でも、私じゃ何も出来ないし。ユエみたいに強かったら一緒に戦えるのに……。いえ、このまま指を咥えたままで良い訳がないわ! ラ・ヴァリエールの女はそんな腰抜けじゃないんだからっ!

 

 私は静かに、敵に気付かれないよう慎重に呪文を唱えて、サイト達がバッと離れた瞬間に魔法を撃ち込む準備を始める。サイトは相手の突きをどうにか避け切って、大きく剣で横薙ぎに斬り掛かる。仮面のメイジは大きく飛び退いて、最初に入って来た窓際まで後退した。……うん、今ね!

 

「サイト! 下がって!!」

 [ファイヤー・ボール]!!

 

 私の声を聞いたサイトがバッと壁際まで下がったと同時に、私は全力の[ファイヤー・ボール]を仮面のメイジに撃ち込んでやった。しっかり丁寧に詠唱したおかげか、きっちり命中して、

 

  ッドガァアアンッ!!

 

「………あ、あれー?」

 

 命中したっぽいけど、仮面のメイジごと、窓際全体が吹き飛んじゃった。ち、力入れ過ぎたのかしら?

 

「るるる、ルイズさま? 部屋ごと吹き飛ばすのは、やり過ぎだと思うんですが……? いや、敵だし、いいんだけどね? いいんだけどね?」

 

「わ、ワザとじゃないもん! い、いいのよ刺客だし! それより、みんなと合流しましょ! 他も騒がしいし、皆の所も襲撃されてるのかも!」

 

「ま、まぁいいか。よし、下に行くぞ!」

 

 そう言って私の手を握って引っ張って行くサイトに、少し胸がうるさくなった。

 

 

 

 サイトに引っ張られて一階に降りたけど、そこには傭兵がわんさかやって来ていてキュルケ達に矢を放っていたわ。ギーシュとキュルケと、何かどこかで見た事ある服を着たタバサが魔法で応戦してるけど、街中の傭兵が集まっているのかってくらい沢山居るせいで手に負えないみたい。しかも、向こうはメイジとの戦いに慣れているみたいで、魔法射程を見極めて、その射程外から矢を放ってくるので、こちらも手が出せなくなっている。

 

「キュルケ! 俺達も上でメイジに襲われた!」

 

「こっちは急に傭兵達が襲って来たわ。やっぱり昨日の連中はただの物盗りじゃなかったみたいね」

 

 そろーっと顔を出して連中の様子を見てみるけど、すぐに矢が飛んで来て顔を引っ込める事になった。

 

「いやはや、参ったねこれは」

 

「魔法を使おうと立ち上がったらすぐ矢が来るから、上手く撃てないのよね」

 

 傭兵は、数人なら簡単に蹴散らせる平民なんだけど、あれだけ沢山居ると精神力が持たないわ。今出来ることは、向こうに私達を襲ったメイジみたいなのが他に居ない事祈るくらいね

 

「さっき、大きな音がした」

 

 タバサが私の方を見てボソリと呟く。この子が長く話している所を見た事ないけど、長く話すと死んじゃうとかあるのかしら?

 

「あぁ、俺達の所に仮面をつけたメイジが襲って来たんだ。それで、ルイズが魔法をぶっ放したんだけど」

 

「それであんな音がしたのね。ビックリしたわ」

 

「ベランダ側が殆ど吹き飛んだからな。襲撃者ごと」

 

 キュルケ達がこっちに振り向くけど、私は悪くないもん。うん。

 

「ヴァリエール。力加減くらいはしなさいよ」

 

「う、うるさいわね。いいのよ、敵なんだから」

 

「まぁ、そうでしょうけど……」

 

 むぅ……! キュルケが呆れたって顔で見てくる。むかつくわ!

 

「それで、ワルド子爵とユエ君はどうしたんだい?」

 

 ギーシュに言われて気付いたけど、ここにはまだワルドとユエが来てない。他のテーブルにでも居るのかと思って見渡してみても、フロアには誰もいないし、カウンターの所に数人の貴族達が震えてうずくまっている。他には、うちの店に何するんだと言って立ち上がったら店主が、矢を腕に受けて転げ回ってるくらいで、ユエ達の姿が見えない。

 

「居ないわね」

 

「ま、まさか!?」

 

 いきなり声を上げたキュルケが、キッと天井を見上げる。

 

「まさか何よ?」

 

「まさか、あの2人。部屋でオカシナ事をしてて気付いてないんじゃないかしら? ないかしら!?」

 

 キュルケがいきなり変な事を言い出したわ。

あの2人がそんな事する訳ないじゃない。もう少し考えて物を言って欲しいわね。これだからゲルマニアの女は困るのよ。

 

「オカシナ事?」

 

「そうよ、タバサ! きっと部屋に[サイレント]でも掛けてオカシナ事をしてるに違いないわ!」

 

 矢が飛び交っているこんな所で、いつものような妄想が出来るキュルケが、不覚にも羨ましくなったわ。全然この状況が堪えてない。

 

「それは何?」

 

「うふふ……それはそれはオカシナ事よ? あなたもそのうち分かるわ」

 

 ニコニコしながら子供に言い聞かせるように言ったキュルケは、優しげにタバサの頭を撫でる。やっぱりこの2人は親子みたいよね。

 

「キュルケ。多分それはないぜ。夕映には好きな人が居るみたいだからな。あの強さも、その人の役に立ちたいから身に付けたものらしいぜ?」

 

「まぁ! まぁまぁまぁ!! そうなの!? ユエって、そんな情熱的だったの!?」

 

 この非常時にキュルケはなんだか楽しそうね。矢が飛び交っているって言うのにいつもの調子ではしゃいでるわ。

 

 私が呆れてはしゃぐキュルケを見てると、階段の方から風のようにワルドが走って来た。

 

「………君たち、なんだか楽しそうだな?」

 

 襲撃の中、サイトが楽しそうにユエの話しをして、キュルケがそれをはしゃぎながら聞いているなんて状況に、合流したワルドが呆れながら呟く。気持ちは分かるわ。

 

「んふふっ! もう最高よ!」

 

「………襲撃されているって言うのに、頼もしい事だな」

 

 ヒュコッ。なんて音を立てて、矢が近くの壁に突き刺さった。こんな状況ではしゃげるキュルケの方がおかしいのよ。私達全員がそんな変な性格してると思われてないかしら? っと、私達と言えば、ユエが居ないわ。

 

「ねぇ、ワルド。ユエを見なか………って、その杖!! ワルド、それ貸して!」

 

 私が声を上げ、身振りも加えて杖を渡すように伝えて、ワルドが持っていた黒くて月の付いた杖を渡してもらった。その杖をマジマジ見て確認すると、やっぱりユエが使ってた杖だった。私が騒いでいると、キュルケ達も私が持っている杖に気付いた。

 

「それって……ユエの杖よね? そんな見事な杖、そうそう無いもの」

 

「ワルド、どうしてこれを持ってたの?」

 

 私達がワルドに注目すると、彼は私が持っていた黒くて大きい杖を見やりながら答える。

 

「それは廊下に落ちていたんだ。何故落ちてたかは分からない。いや、もしかしたらこの襲撃は彼女が指揮しているのかもしれないな」

 

「な! 何言ってるのよワルド!? そんな訳ないじゃない!」

「そうよ! ユエがそんな事する理由がないわっ!」

 

 私がワルドの言葉に驚き怒鳴ると、キュルケも同じように怒鳴る。今回ばかりは同じ意見でも文句はないわ。ユエが襲撃者のボスなんてあり得ないもの。

 

「落ち着け、可能性があると言うだけだ。だが、可能性はゼロではない。どんな事でもな。杖が落ちていた廊下はかなり荒れていた。だから彼女が襲撃者と争った時に落としたと言う事も考えられる」

 

「なるほど。ユエ君が襲撃者にやられてしまい、杖を落としたと言う可能性もあるんだね」

 

 ギーシュがそう言うけど、それこそあり得ない。だって、オーク鬼数十匹をいっぺんに相手出来るほどの腕を持つユエが、そう簡単にやられる訳わ。

 

「それはない……」

 

 さっきから傭兵達が放つ矢を魔法で弾きつつ、たまに攻撃したりと牽制していたタバサがボソリと反論した。タバサも私と同じ意見だったみたいね。やけに鋭い目をしてるけど、なんでかしら?

 

「と、とにかく夕映を探さないとヤバイんじゃないか!? 大事な杖を落としたままでいるって事は、怪我して動けないでいるかもしれねぇし!」

 

「確かに、すぐ処置しなければいけない状況だったらマズイね」

 

 私達は頷き合って誰が上に向かうか話し合い始める。ユエの強さを私やキュルケ達は知ってるけど、それでも万が一って事があるもの。でも、それにワルドが待ったをかける。

 

「いや、今は彼女を探しに行っている場合ではない。この場を切り抜けて任務を遂行しなくては」

 

「なんで!? ユエを見捨てろって言うの? ワルド!」

 

「ルイズ、これは遊びじゃない。姫殿下勅令の任務だ。こうして襲撃が激しくなった今、急がなければ船にも乗れなくなるかもしれない。アルビオンは空の上だ。船を押えられたら手も足も出なくなる」

 

「でも……」

 

 ワルドの言葉に、私は何も言えなくなった。確かに姫さま直々に与えられたこの任務を遂行出来なくなるのは困るけど……

 

……私はどうすればいいか分からず手の中の杖を撫でる。こうして持つと、ユエの杖はずっしりと重くてとても頑丈そうに見える。何で出来てるか分からないけど、これだけの杖はそうそうない。エキュー金貨にすると、千枚二千枚とかするかもしれない。

 

「諸君、こう言う任務では、部隊の半分が辿り着けば成功と言われている」

 

 っと、私がいろいろ考えている間に話が進んで、任務の成功条件の話になっていた。

タバサが、ユエの杖を見つめながら私とサイト、そしてワルドを指差して、

 

「桟橋へ」

 

 と、ポツリと言って、今度は自分とキュルケ、ギーシュを指差して、

 

「囮」

 

 なんて呟く。この子は簡潔に言い過ぎて何が言いたいのか微妙に分からないわ。

でもワルドは意味が分かったのか1度頷いてからタバサに向き直る。

 

「時間は?」

 

「今すぐ」

 

 そんな短い受け答えでワルド達は話し合いを終えたみたいで、私達を見渡して指示を出してくる。

 

「聞いての通りだ。裏口に回るぞ」

 

「え? え? どう言う事? ユエは?」

 

 余りにポンポン話が進むからついて行けなくなって、私は慌てて聞き返す。

 

「ユエは私達が探す」

 

「そう言う事だルイズ。今から彼女達が敵を引き付ける。その隙に僕らは裏口から出て桟橋に向かう」

 

 矢継ぎ早に言われた言葉に、私は慌てて皆を見渡した。

 

「まぁ、仕方ないわね。私達はアルビオンに行って何すればいいか分からないし。ユエも探さないといけないしね」

 

「で、でも……」

 

 キュルケ達はもう覚悟を決めたようで、杖を片手にやる気を見せてる。ユエも心配だけど、このまま囮として置いて行くのも心配だわ。いえ! ツェルプストーの事じゃないわよ!?

 

「うーむ……。ここで死ぬのかな? どうなのかな? 死んだら姫殿下やモンモランシーに会えないなぁ。無礼打ちにされてもいいから、あの時姫殿下に抱き付いておけば良かったかなぁ。あの豊満なお胸に顔を埋めたかったなぁ」

 

 ………こっちも別にいいか。

頭の中で姫さまに抱き付く妄想をしているらしいギーシュを、一発叩いて目を覚まさせてから、私はタバサの方を見る。

 

「行って」

 

「大丈夫なの?」

 

「私はユエに訓練して貰ってる」

「「え!?」」

 

 タバサの答えに、聞いてた私とキュルケは驚きの声をあげた。一体いつの間にとか、どんな訓練をとか、いろいろ聞きたいけど残念ながら時間がないみたいでワルドに急かされる。

 

「……む、むぅ〜〜……。あ、あんた達! 怪我でもしたら承知しないわよ!!」

 

 素直に心配する事の出来ない自分の性格にヤキモキしながら、私はキュルケ達に怒鳴ってから一回頭を下げてから、ワルド達と一緒に酒場から厨房に向かう。スカートを翻し、隠れていたテーブルの影から出ようとすると、

 

「え!? ちょ! ルイズ!?」

 

「ふぇっ!? な、何よキュルケ? やっぱり怖い?」

 

「い、いや、そうじゃなくて……。その……あなたの部屋から出る時、何かなかった?」

 

 こんな時になにを言い出すのかしらキュルケは。

 

「別に何もなかったわよ。ああなた、変な事気にして、しし死んだりするんじゃないわよ!?」

 

 もう一度無事でいるよう注意してから、私は物陰から飛び出し、ワルドとサイトがいる厨房に滑り込む。そのまま3人で通用口まで来た時、酒場の方から大きな爆発音が聞こえてきた。

 

「………始まった、みたいね」

 

 ワルドがそれを確認したあと、ドアを少し開けて外を見渡す。

 

「うむ、上手く引き付けられているみたいだな。誰も居ない」

 

 私達はそのまま夜の街に飛び出した。

 

「桟橋はこっちだ。遅れるな」

 

 断続的に聞こえる爆発音を背に、私達は桟橋を目指して走る。手の中でズッシリとした重さを伝えて来るユエの大きな杖に勇気を貰って、私は力いっぱい足を動かした。

 

 

 

 

    <タバサ>

 

「…………今回はやり過ぎたかしら?」

 

「気付かないのもおかしい」

 

 キュルケが杖を構えながら言う反省の言葉に、私は少し擁護の言葉を並べる。さっき飛び出そうとしたルイズのスカートの中が見えた時、すっかり忘れていたお昼のイタズラを思い出した。

 

 キュルケがビックリさせる為に下着を脱がせてドアノブにかけた。合流した時、キュルケに怒らなかったからおかしいと思ったら、どうやら気付いて無かったみたい。さっきスカートが捲れた時に見えたルイズのお尻はとっても白かった。それは下着の白さじゃなくて、ルイズの透き通るような肌の色。そう、ルイズは下着を着けていなかった。

 

「ルイズ、あのまま行っちゃったわ。大丈夫かしら?」

 

「見られて減る物じゃない」

 

 私は大きな杖を振って、飛んで来る矢を吹き飛ばしながら簡潔に答える。そろそろルイズ達が裏口に辿り着く頃だろう。私は目でキュルケに作戦開始を伝える。いつも一緒に居るからか、喋らなくても大体の意思が伝わるから彼女と一緒にいるのは楽。まぁ、一緒に居るのはそれだけじゃなくて、近くにいるとなんだかあったかいからでもあるけど。

 

「まぁ、減りはしないでしょうけど……。まぁ、いいか。新しい扉が開けるかも知れないけど、あの子の場合、趣味が増えるだけだし」

 

 そう言ってキュルケは、気を取り直したような顔でギーシュに指示を出した。

 

「さって、ギーシュ! 厨房から油の入った鍋を取ってきて欲しいんだけど………ギーシュ?」

 

「………はっ!? あ、あぁ、揚げ物の鍋の事かい?」

 

「そうよ。ゴーレムを使えば安全に取ってこれるでしょ?」

 

 ギーシュはルイズが走って行った方向をボーっと見ていたけど、キュルケの呼び掛けに気付き、慌てて返事をして、指示通りにゴーレムを向かわせる。

 

 その間にキュルケは手鏡を覗き込んでお化粧をし始めた。いつ何時でも綺麗にしているキュルケだけど、こんな時にまでしなくてもいいのに。

 私がお化粧をしてるキュルケを眺めている間に、ギーシュのゴーレムが油入りの鍋を持って来た。

 

「こんな時に化粧かい? それよりこれをどうするか教えてくれないか?」

 

「これから歌劇の始まりなのよ? 主演女優達がすっぴんじゃ締まらないじゃない」

 

 そう言って自分の化粧が終わったキュルケは、今度は私の顔に手を添えて少し上を向かせてから化粧を始めた。

 

「ミス・タバサにもするのかい?」

 

「当然。ここにいる花は私とタバサよ? 連中も美女に倒される方が嬉しいでしょ」

 

 キュルケはスイスイ化粧をしていって、最後にチュっと私の頬にキスをしてから手を離した。

 

「さ! 準備完了。ギーシュ、その鍋を入り口に向かって投げて頂戴」

 

「なるほど……。了解だ。いくぞ?」

 

 ギーシュが一つ頷き、ゴーレムに指示を飛ばす。振りかぶるゴーレムに合わせてキュルケが呪文を唱えて、完成と同時にゴーレムが鍋を投げた。

 

 突撃しようとしている傭兵に[ウインド・ブレイク]や[エア・カッター]で牽制していた私は、一旦魔法を使うのをやめて、キュルケ達の作戦を見守る。油を撒き散らしながら飛ぶ鍋にキュルケの魔法が当たり、大きな炎を上げた。その炎にたたらを踏んだ傭兵達に向けて、立ち上がったキュルケは更に魔法を重ねて大きくした炎をぶつけていく。炎に巻かれた傭兵達が転げ回る。

 

 何本もキュルケに向かって矢が飛んで来るけど、それは私の魔法で逸らしたり、弾いたりしてキュルケに当たらないようにする。

 

「さぁ、名も無き傭兵の皆様方。あなた方がどうしてわたし達を襲うのか、まったく存じませんけど。この『微熱』のキュルケ、謹んでお相手致しますわ」

 

 嵐のように降りしきる矢を前に、キュルケは優雅に一礼して、杖を振り上げた。今も広がる炎がキュルケの魔法で更に広がり、転がって消そうとしていた傭兵達を包み込んだ。これであの傭兵達に気を配る必要はなくなる。

 

「おーーーっほっほっほっほっほっ! この『微熱』のキュルケに、これだけの人数で勝てると思っているのかしら!?」

 

 大きな胸を反らして、更に大きく見せながらテーブルの上でキュルケが高笑いをしてる。傭兵達がプルプル震える胸を鼻の下を伸ばしながら眺めているのに気付いて、腕で胸を挟んで谷間を強調しながら前屈みになる。私では絶対出来ないほど深い谷を作り出すと、矢と一緒に口笛も飛んで来た。引き付けるって言う目的は達成出来ているけど、なんか思ってたのと違う。

 

「よし、ここらで僕のゴーレムの出番だな! 行け、ワルキューレ! 体当たりだ!」

 

 一気に5体ほどのゴーレムを作り出し、キュルケの胸を凝視していた傭兵達に剣を向けたまま突進させる。スカートをスルスルと上げ始めたキュルケばかり見ていたせいで避けられず、数人の傭兵が青銅の剣に貫かれた。深く刺さった剣が抜けなくてアタフタしてるゴーレムを見て、傭兵達は体制を立て直して斬りかかる。

 

「あぁ! 僕のワルキューレがっ!」

 

「ちょっとギーシュ! 真面目にやりなさいよ!」

 

「やっている! 色気を振り撒いてるだけの君よりはね! もう少しスカートを上げたまえ!」

 

 ギーシュが目を皿のようにしてキュルケの太腿を凝視してる。帰ったらモンモランシーに教えてあげよう。

 

「何であなたに見せないといけないのよ!いいから、もう一回ゴーレムを突撃させなさいよ!」

 

「あと1体しか作れないけど……。まぁ、行け! ワルキューレ!」

 

 ギーシュが作り出したゴーレムが突撃して行くけど、傭兵達にはもう通用しないのか、スイっとよけられてしまう。そして、傭兵達に囲まれてギーシュがどうしようかと戸惑っている所に、ゴーレム目掛けて雷が落とされた。

 

 ズガァァンッ!!

「うわっ!?」

 

「何だ!?」

 

 予定外だったのか、傭兵達まで驚いてる。雷の直撃でゴーレムはボロボロと崩れ去り、土の山だけが残ったその場所に、スタっと仮面をつけたメイジが着地した。今の雷はあのメイジがやったみたい。

 

「あのメイジが今のをやったのかしら?」

 

「多分。腕利き」

 

「ギーシュ、精神力は残ってる?」

 

「もう剣1本作るくらいしか出来ないよ」

 

 肩で息をしながらギーシュがそう答えると、キュルケはふぅ……とため息をついて、今度は私に向かって同じ事を聞いてくる。

 

「タバサはどう?」

 

「あと少し」

 

「あれに勝てると思う?」

 

 私は傭兵達の真ん中で佇むメイジをしばらく眺めて観察してみる。いろいろ過酷な任務をこなして来たからか、相手の力量もそれなりに分か。今の精神力がなくなった私達では多分勝てない。

 

「多分無理」

 

「私もそう思うわ」

 

「ええい! 諸君行くぞ! 突撃だ! トリステイン貴族の意地を今こそ見せる時である! 父上、ギーシュはこれから男になります! 本音は違う意味でこの言葉を使いたかった!」

 

 馬鹿な事を言って飛び出したギーシュの足を杖で引っ掛けて転ばして、ついでに物陰に引きずってやる。

 

「何をするんだね!? 僕は姫殿下の名誉の為に薔薇のように散るんだ! 男になろうとするのを邪魔しないでくれ! それとも、君が違う意味で男にしてくれるのかい!?」

 

 ガシっと肩を掴んでくるギーシュの頭に杖を振り下ろし黙らせる。

 

「何を馬鹿言ってるのよあんた。タバサはわたしのよ。勝手に触らないでくれる?」

 

「違う」

 

 とりあえずキュルケにも杖を振り下ろしてから、私は仮面のメイジをもう一度見てみる。相手は傭兵達の真ん中から動いてなくて、杖を抜いてはいるけど呪文を唱えるそぶりは見せない。試しに[エア・カッター]を撃ってみたら、素早く杖を向けて、同じ[エア・カッター]で迎撃してきた。相殺じゃなく、撃ち抜いてこっちに飛んで来たのでキュルケを引っ張り込んで避ける。体格差のせいで下敷きになったけど、2人とも怪我しなくてすんだ。

 

「タバサ、ありがとう。最後になるかもだし、このままキスしていい?」

 

「ダメ」

 

 ニッコリと笑いながら言うキュルケを押し返して起き上がる。傭兵達は少しずつ詰め寄って来ていて、このままじゃやられるのも時間の問題かも。

 

「さ、逃げるわよ。十分時間は稼げたはずだしね」

 

「何!? 僕は逃げない! 逃げないぞ!? どうしてもって言うならその胸を揉ませたまえ!」

 

「お断りよ!」

 

 白い目でギーシュを見るキュルケ。これもあとでモンモランシーに教えてあげよう。

 

「2人は行って」

 

 私がそう言うと、キュルケがビックリした顔で私の振り向く。

 

「私がやる」

 

「あなた1人に任せて生き延びるくらいなら、一緒に死ぬわ」

 

 強い目で私を見るキュルケを見てると、どうしても助けたく思えてきた。全部捨てて、ただ目的の為だけに生きようとしてるのに、キュルケはいつも寄ってきて邪魔してくれる。それがイヤじゃないからまた困る。

 私はよくキュルケがするように、そっと彼女の頬にキスをしてから、ユエに教えて貰った身体強化の魔法を使って飛び出した。まだちゃんと出来なくて不完全だけど、平民の傭兵くらいならどうとでも出来る。進路上に居る傭兵を蹴散らして一気に仮面のメイジに肉迫して残り少ない精神力で[ジャベリン]を唱える。

 

 ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……

 

 一瞬で詰められ驚いているメイジの前から、更に背後に廻って唱え終わった魔法を解き放つ。これは並のメイジでは対応出来ないはずの間合いだったのだけど、このメイジはギリギリで躱して私に[エア・ハンマー]を撃ち込んできた。

 

 一撃で致命傷になるような魔法じゃなかったおかげで、隣の建物に叩きつけられるだけで済んだ。身体強化してなかったら、これだけで全身の骨が折れて死んでいたかもしれないけど。

 

「タバサ!? くっ! このぉ……[ファイヤー・ボール]!!」

 

 物陰から飛び出したキュルケが、メイジに向かって[ファイヤー・ボール]を撃ち込む。まだ逃げて無かったの……。キュルケが撃った魔法は、メイジより前に居た傭兵に当たり爆発。大きな炎を撒き散らして周囲の傭兵を巻き込んだ。一瞬キュルケに目が行った隙に立ち上がって、今度は[エア・カッター]をばら撒きながらキュルケの所まで戻る。

 

「ちゃんと逃げて」

 

「タバサ、私は親友を見捨てて行けるほど冷えた女じゃないのよ? しかも、その親友から熱い口付けを貰ったばかりなら尚更ね」

 

 お別れの挨拶としてもよく本に出て来るからやったけど、相手によっては逆効果だと言う事が分かった。キュルケみたいな人は逆について来ちゃうみたい。

 

 ジャリっと足音を響かせて詰め寄る傭兵とメイジに、私達は手を繋いだ状態で杖を向ける。もう、精神力も残り少なくて、魔法1発分くらいしか残ってないと思う。けど、このままやられる訳にもいかない。ここを切り抜けてユエを探しに行かないといけないし。

 

「ぐぬぬぬぬ……。やっぱり死ぬのは怖いな……。男になるのは、もう一つの意味でだけでいいや」

 

「帰れたらモンモランシーに頼みなさいな」

 

「その前に謝って許して貰わないと……」

 

「あんた、また怒らせたの? いくらあの子でも愛想尽かされるわよ?」

 

 命の危機でもいつも通りのキュルケはとても心強い。私は最後の力を使って魔法を唱えようとした時、仮面のメイジが急に上を見上げた。

 

 ズンッ!!

「ガハッ!」

 

 メイジが上を見た瞬間、メイジの胸に大きな剣が突き刺さり、そのまま地面まで貫通した。あまりの事に、私達だけじゃなく、傭兵達も口を開けてその光景を見ていると、その剣に白い雷が落ちて来た。

 

 ズガアアアァァァァンッ!!

 

「「「うわぁぁっ!!」」」

「なんだぁっ!?」

 

 雷が落ちた衝撃で転がった傭兵達の前に、小さな影が上から降りてきて、地面に突き立った剣を抜き、そのまま地面を削るように振り回した。

 

 ドガァンッ!!

「「「ぎゃーっ!」」」

 

 その勢いで、剣を向けられた傭兵達が一気に吹き飛んで行く。もうここまで来ると、現れた人は誰かはすぐに分かる。私の知る限り、剣一本で人を吹き飛ばすなんて事が出来るのはユエだけ。

 

「ユエ!!」

 

 キュルケも気付いたみたいで大声で呼ぶと、ユエはこちらを見て1度頷き、呪文を唱え始めた。まだ衝撃から立ち直ってない傭兵達は、それを見てどうにか立ち上がろうとしているけど、ユエの呪文が完成する方が早い。

 

 風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)!!

 

 呪文の完成と共に傭兵達を襲った風は、何故か彼らの剣や鎧を全て花弁に変えて粉々にしてしまった。残ったのは、何も持っていない手を振り上げた状態や、魔法から逃げようとした状態で、裸になっている傭兵達だけだった。

 

「な、なーーっ!?」「ぅおいっ!俺の鎧はどこ行った!?」「うわっ!何で鎧が無くなるんだ!?」

 

「………あれって、ユエの魔法よね?」

「多分」

 

 強制的に武器防具を消してしまう魔法なんて、ハルケギニアにはない。系統先住どっちをみても。ユエは武器や防具が消し飛ばされてアタフタしてる傭兵達の真ん中で剣を空に掲げた。

 

  [拡散・白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)]!

 ズバアアアァァァンッ!!

「「「「ぎゃぁーーっ!!」」」」

 

 周辺くまなく雷が走り回って、傭兵達を襲う。どうやってか死なないように手加減した雷が傭兵達を痺れさせて気絶させていく。雷が治まった時、通りにいた傭兵で立てる者は誰も居なかった。

 

 

「ユエ! 無事だったのね!?」

 

「キュルケ達も無事で何よりです」

 

 剣を虚空に消して歩いて来るユエに、私とキュルケは駆け寄る。キュルケはそのままユエに抱き付いて頬にキスをして無事を喜んでいる。でも、私にもそれをやらせようとするのはやめて欲しい。ユエを持ち上げて私の方にグイグイと押して来るけど、私は首を振って断る。ユエがイヤと言う訳じゃない。単に恥ずかしいだけ。

 

「ユエ君は無事だったのか。杖だけが廊下に落ちていたと聞いたから、もしかしてやられてしまったのではと皆で心配したよ」

 

「………なんですそれ?」

 

 ユエが何故か意味が分からないと言う様に首を傾げるから、私達は代わる代わるこれまでの事を話して聞かせると、ユエはふむ……と唸って考え込む。

 

「……やってくれますね。杖はルイズが持っているですね?」

 

「えぇ、そうだけど……。どうしたの?」

 

 それから聞かされた話に、私達は大いに驚く事になった。

 

「そんな……ワルドが敵だったなんて」

 

「僕らは騙されていたのか」

 

 ユエの杖を持っていたのは、ワルドが襲って奪ったからだったらしい。その後、ワルドの[偏在]に追われて街を飛び回っていたせいで、戻って来るのに時間が掛かったとか。

 

「よく無事だったわね。[偏在]って、魔法も本人と同じように使えるんでしょ?」

 

「えぇ。ですが、杖を奪って油断してましたからね。隙を突けばどうとでも出来るです」

 

 ……多分ユエだけだと思う。

 

「とりあえず、私達も桟橋に行ってみましょう。合流出来るかもしれないですし」

 

 ユエがそう言って桟橋がある方を向く。薄く目を細めて遠くを見ようとしてる。

 

「そうだ! 何と言ってもこれは姫殿下の名誉が掛かっているからね! 一刻も早く合流して、裏切り者を倒し、任務を遂行しなくてはっ!!」

 

 ギーシュがそう息を巻いて今にも走り出そうとしているのを杖を使って押える。1人で飛び出しても、船で行っただろうルイズ達に追いつける訳が無い。

 

「名誉とかも大事だろうけど、ルイズにアレを届けて上げないといけないのよね。タバサ、シルフィードで飛んでくれる?」

 

 キュルケの頼みに私はすぐに頷いてシルフィードを呼ぶ為に口笛を吹いた。少し時間を空けて響いて来た羽音に空を見ると、暗い空から私の使い魔であるシルフィードが降りてきた。時折勝手に喋り出す困った使い魔だけど、こういう時には頼りになる。直接言うと調子に乗るから、絶対に言わないけど。

 

「あ、ちょっと待って! アレ取って来ないと!」

 

 そう言ってキュルケは2階に走って行った。

 

「アレってなんです?」

「パンツ」

「はい?」

 

 目を丸くするユエに事と次第を教える。全部を聴き終えたユエは、ハハハと乾いた笑い声を上げた。

 

「いいわ! みんな、出発よ!」

 

 そこにルイズの下着を取りに行ったキュルケが戻って来て出発する事になった。シルフィードに全員乗り込み、暗くなった空に飛び出した。

 

「まずは桟橋に行きましょう。まだ居れば儲け物です」

 

 私はユエの言葉に頷いてシルフィードに指示を出す。一際大きく羽ばたいたシルフィードが、グンと前に飛び出し、一気に桟橋に向けて飛んで行く。

 

 

 




ふぅ、年内にアルビオン編が終わらせられなかったのが心残りね。
瞬動とかが使えるようになったタバサが、こんなに苦戦する訳が無いとお思いの方、まだタバサは瞬動で移動しつつ魔法を使うという事に慣れていないので仕方ないのです。その前のグダグダをフォローしてる間に魔力使いまくってたしね。

今思ったけど、主役の夕映がちょっとしか出て来なかったなぁ。次は全編夕映になるからいいかー。

では、皆さん良いお年を〜〜っ!


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ゼロの旅23

お正月休み中に投稿するはずが、こんな時間まで……

遅れてすいませんです。

オリジナル要素を入れようとしてると、構成が難しくなっていきます。さぁ、妄想よ。もっと話を作り出すんだぁーーっ!!


なんて、ではどうぞ〜


 

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のように2つあった月が重なり、旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)……いえ、現実世界と同じように一つの青白い月だけが浮かぶ空を、私達はシルフィードに乗ってスイスイ飛んで行くです。ワルドさんの[偏在]と傭兵部隊を倒した私達は、念の為にとルイズ達が向かった桟橋に行ってみたのですが、やはり彼女達はすでに出発してしまっていたです。

 

 夜に動いてもアルビオンに着けるか微妙なので、1度宿に戻ると言う意見を出したですが、ギーシュさんがしきりに姫殿下の名誉の為にも今すぐ追うべきだと、駄々っ子のように主張するので、仕方なくそのまま飛び出して来た訳です。

 

 まぁ、星があるので方角を間違う事はないのが救いですが、シルフィードの体力が尽きるまでにアルビオンへ到着出来るといいのですが。

 

「いっざっ、すっすっめーやぁードラゴン! めっざすはーっアールービーオンっ!!」

 

「うるさいわよギーシュ! 静かにしなさい!」

 

「いいじゃないか。ここは空の上。誰にも迷惑は掛からないよ」

「私達に掛かってるでしょうが!」

 

 私を挟んで喧嘩しないで欲しいです。

 

 シルフィードの背は私達にはそれなりに広く、縦一列になれば4人くらい簡単に乗れるです。席順は、前からタバサ、キュルケ、私、ギーシュさんです。

 

 タバサはシルフィードの主人で指示もしないといけませんから1番頭に近い所に座り、そうしたら自然にキュルケがタバサを抱えるようにその後ろに座ったです。タバサはシルフィードの背ビレに掴まり、キュルケの胸を枕にしてゆったりと座っています。まぁ、クッションにするにはいい大きさですね……。

 

「しっかし、まったく船が見えないな。方角間違ってはないだろうね?」

 

「間違いない」

 

「星の位置で方角は確認してるからちゃんと向かってるって。すぐ追い付けるかと思ったけど、船って結構速いのね」

 

 キュルケは暖房代りにタバサを抱き締めながら、暗い空に目を凝らしているです。彼女の使い魔であるフレイムさんの尻尾の炎を灯りにして船を見つけようとしてるですが、綺麗な星と暗闇しか目に入りません。因みにギーシュさんの使い魔はシルフィードが手で持ってます。最初は口に入れようとしたですが、シルフィードのヨダレが凄い事になり、ヴェルダンデさんが怯えまくったので手で持つだけになりました。シルフィードがとても残念そうでしたが。

 

「追い付くのは無理でも、目的地に先回りくらいしたいですね」

 

「それにはどこに向かったか分からない事には無理よ。手紙でも飛ばせればいいのに」

 

「手紙ですか。………念話が届けば楽なんですがね」

 

「念話ってなんだい?」

 

 私の独り言に、後ろのギーシュさんが反応したです。このメンバーではギーシュさんだけ私の魔法の事を知らないんでした。

 

「あぁ、いえ……」

 

 どうしましょう? 教えて口止めしておけばいいでしょうか? いえ、そうやってなし崩しに知る人を増やして周りに広まっても困るですし……

 

「ユエ君?」

 

「まぁ、いいですか。念話とは、遠く離れた人と話す事の出来る魔法です。簡単に言うと遠見の魔法の会話版です」

 

 携帯を使わなくても離れた人と会話出来るので便利ですが、余りに離れると届かないのが不便です。そういう時は携帯を媒体にして届かせる方法もありますが、普通にアンテナがある現実世界では使う事のない魔法です。こちらでは使う事もないだろうと思ってたですが、今はルイズ達にワルドさんの危険性を伝えなければいけないのでどうにか届けたいですが、媒体になる携帯を私しか持ってない現状では上手く出来るか分からないですね。

 

「ほぉー、そんな便利な魔法が東方にはあるのか。戦時中はさぞ活躍するんだろうな」

 

「いえ、それを妨害する魔法もあるのでそれほどではないですよ」

 

「まぁ、そうだろうな。で、その魔法でサイト君達と連絡を取るのかい?」

 

「そうしたかったのですが、ちょっと遠過ぎるです。才人さんも媒体を持っていればどうにかなるですが」

 

 私は倉庫から携帯を取り出して電源を入れてみます。

才人さんも持っていれば念話の術式を使ってかける事が出来るのですが、私だけじゃ意味がないです。あ、電池が切れかかってるです。

 

「それが媒体かい? 面白いマジックアイテムだね?」

 

「へぇ〜……。ユエ、私にも見せてくれる?」

 

「えぇ、どうぞです」

 

 キュルケに携帯を渡し、私はダメ元で念話の術式を起動してみます。届けばよし、届かないのなら仕方なし。と言う気持ちで呼び掛けますが、才人さんは元より、ルイズにも届かなかったです。

 

「ほら、タバサ。なんか光ってて綺麗よ?」

 

「ん」

 

 タバサの前まで腕を伸ばして、携帯を眺めているキュルケ。相手が居なければただの光る板ですから、眺めるしかないですね。

 

「それで、ユエ君。あれでどう離れた人と会話するんだい?」

 

「あれを耳に当てると相手の声が聞こえるので、そのまま喋ると相手に自分の声が聞こえるです」

 

「へぇ、便利だねぇ」

 

 携帯をマジックアイテムと言う事にして説明したですが、ギーシュさんの感想はかなり簡潔でした。もしかしたら私の魔法の事を言ってもそれほど驚かないかもしれないです。深く考えない人ですし。今度教えてもいいかもです。

 

 『チャララ チャッチャチャーラチャーララララッ♪ チャラッラチャーラチャーラララーッ♫ チャラーーラチャチャラッチャッチャッチャーラーラーーッ♬』

「うひゃあっ!? なによいきなり!?」

 

「……え?」

 

 軽快なリズムで鳴り出した携帯の音とキュルケが驚いて上げた声に、考え事をしていた私は動けなくなりました。着信音が鳴っているという事は誰かから電話がかかってきたという事で、しかしここは電波など届かない異世界。アンテナも無いのでかかって来るはずが………

 

「ちょっとユエ! これどうすればいいのっ!?」

 

「何だ、楽器だったのかい?」

 

「い、いえ……。キュルケ! 貸して下さい!!」

 

 私は慌ててキュルケから携帯を受け取り、画面を見つめました。誰からかは分かりませんが、連絡出来ないはずの異世界にかかって来たこの電話には、なにかしらのヒントがあるはずです。

 

 私は通話ボタンを恐る恐る押して、ゆっくりと耳元に持っていきました。

 

「も……もしもし? どなたです?」

『ユエさん!!』

 

 いきなり響いた大声に思わず携帯を遠ざけてしまったです。

 

『ユエさん! あなたユエさんですわねっ!? 一体どこに居るんですの! 予定日になっても来ないわ、ニュースであなたが乗ってるはずの飛行鯨がボロボロで寄港したとか言い出すわ、インタビューであなたらしき人が黒龍(ブラックドラゴン)を追い立てて飛行鯨を逃がしたとか言うわ、一体何してるんですのっ!!』

 

 耳元から離しても響いてくる大声に、私のみならずキュルケやギーシュさんも耳を押さえてしまいます。

 

「え、委員長(エミリィー)ですか!? どうやって電話を!」

 

『どうやってじゃありません! 以前の様に軍の回線に割り込んであなたに繋がるまで掛けまくったんですわ! だと言うのにあなたは何を呑気な………ちょ! コレット! カッツェ! まだ話は終わって……』

『はいはーい。ユエと話せて嬉しいのは分かったから、ちょっと後にしようねぇ』

『そうニャ。委員長じゃ話が進まないニャ』

 

 何やら向こうでドタバタやってる間に、今度はビーさんが電話口に出ました。

 

『ユエさん……』

 

「ビーさん、ご無沙汰です」

 

『ユエさんも元気そうで何よりです。それでユエさんは今どこに居るのですか?』

 

「私が今居るのはハルケギニアと言う所で、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とは違う異世界に居るです」

 

『異世界、ですか。それは……』

『ユエさん! それはどういう事ですか!? アリアドネーに来ないで、そんなどことも分からない所にっ!……ええい! 2人共放しなさい!』

 

『もう委員長! 私達だって話したいんだからねっ!!』

『そうニャ。こう言うのは順番ニャ』

 

 電話の向こうでまたしても争う音が聞こえて来るです。委員長(エミリィ)の声が響いて来るですが、少し懐かしいです。

 

「あー……、ビーさん。とりあえず話しを続けるですよ」

 

『はい。それで、ユエさんは何故戻って来ないのですか?』

 

「それが、ここはまったく違う世界のようで、こちらから戻る手段がないのです」

 

 私がそう話すと、向こうでガタガタと騒音が響いて来たです。しばらく待っているとまた委員長(エミリィ)が出て来ました。

 

『ユエさん! 戻れないとはどう言う事ですか!! そちらは旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)じゃないのですかっ!?』

 

 委員長(エミリィ)の声はよく通るですね。周りに人が居ないおかげで迷惑を掛けずに済んだですが、耳がキーンと耳鳴りしたです。

 

委員長(エミリィ)、もう少しトーンを落として下さい……」

『なんですか! あなたがちゃんとこっちに来ないのが悪いんでしょう!? それより、どうしても帰る事は出来ないのですかっ!?』

 

 一つ言うと更に高いトーンで返って来たです。おかげで私の耳は限界寸前です……

 

「ここは旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)とは違う異世界です。帰ろうにも飛んで行けば帰れると言う物でもないですし、転移しようにも私の実力では世界を越える[扉](ゲート)を作る事は出来ないです」

 

『一体どうやったらそんな所に行けるんですか!』

 

 それは私も聞きたいです。あの魔力渦がなんだったのか分かればもう少しなんとかなるですが。

 

黒龍(ブラック・ドラゴン)の群れを引き付けて[扉](ゲート)で跳ぼうしたら、謎の魔力渦に吸い込まれて、出た所がここだったです。おそらく天然の[扉](ゲート)ではないかと思うですが」

 

『魔力渦ですって? 天然の[扉](ゲート)など聞いた事無い現象ですが。それでユエさん………って、このピーピー言ってるのはなんですの?』

 

 あ……、バッテリーが無くなったです。このままではせっかくの手掛かりが無くなってしまうです!

 

「キュルケ! ちょっと持ってて下さい!!」

「え!? ちょっと、何の話をしてるのユエ!?」

『ユエさん!? 誰ですの! そのキュルケとか言うのは!! また貴女はヨソで女を作って!!』

『委員長、本音が出てるニャ』『素直になればいいのに』

 

 何やら騒がしいですが、気にして居られないです。急いで充電しなくては!

この携帯は電気が自由に使えない魔法世界(ムンドゥス・マギクス)でも充電出来るようにハカセさんに改造して貰った特別製。茶々丸さんにも搭載されている魔力式充電器で、魔力を籠めてネジを巻けば充電出来るです。急いで巻けばまだ間に合う……ですが!

 

「ネジ……、ネジはどこに……? ネギ先生の写真? 委員長(エミリィ)がリクエストしたお土産のですか。キュルケ、持ってて下さい。ネジですネジ………これはコレットがくれたナギコップ! 欲しいのはネジです!……ネジ……ね……って、ヤカン? 何故ヤカン? キュルケ、持ってて下さい!」

 

 キーワードを唱えればすぐ出て来るはずの亜空間倉庫なのに、出て来るのは関係ない物ばかり。微妙に違う物やまったく関係ない物が出て、欲しい物が出て来ないです!

 

「ちょ! ユエ! もう持てないから! ……あ、いい男。ユエ、この人だれー?」

『ユエさん! ちょっとユエさん!? 返事なさい!!」

 

 ネジネジ………あったです! 何故すぐ出て来ないですか、まったく!

 

「キュルケ、携帯を下さい!」

 

「え? ケイタイって、どれ?」

 

「最初に渡した光ってるやつです!」

 

 キュルケから携帯を受け取りネジを一気に巻いて行きます。ギギギっと音を立てて魔力を籠めていき、充電を終えた携帯を耳に当てると、ツーツーと言う音が聞こえるだけで委員長(エミリィ)のキンキン声は聞こえて来ません。

 

「…………切れてるです」

 

 画面を見ると通話終了と出てました。ネジを探している間に切れてしまったようですね。私はもう1度委員長(エミリィ)に電話を掛けようとしたですが、まったく繋がる気配はないです。遠距離念話の術式でも反応無しとは、もう委員長(エミリィ)達に繋げる事は出来ないみたいですね。

 

 念の為にのどか達にも掛けてみますが繋がりそうもないです。いつも充電しておけば良かったですが、失敗したです。

 

「ユエ君、どうしたんだい? 今の声は一体……。どこの言葉か分からなかったんだが」

 

「ユエー……、これはいつまで持っていればいいのかしら?」

 

 私が携帯を睨みながら猛省しているとギーシュさんとキュルケに声を掛けられ、ハッと目を覚ましたです。慌ててキュルケから渡した物を受け取り倉庫に放り込みます。

 

「それで最後ですね。………キュルケ?」

 

「ユエ、これくれない? このカップに描いてある絵の人が気に入っちゃったわ」

 

 そう言ってナギカップに印刷されているナギさんの顔にキスをするキュルケ。ナギさんは、面食いのキュルケのお眼鏡に適ったようですね。異世界にも通用するとはナギさんの威光は凄まじいですね。って、それはおいといて……

 

「まぁ、何個かあるのでいいですよ」

 

「ありがと! いい男ねぇ。ユエはこう言う男が好みなの?」

 

「いえ。それは私の世界の有名人です。私の友人がその人が好きでそう言うグッズを大量に持ってまして、何個もある物を私にくれたんです。そのカップだけで4つあるんで、一個くらい構いません」

 

 コレット曰く、使用用、保存用、布教用、予備用との事ですし、布教用のカップを渡したとすればコレットに義理も立つですしいいでしょう。沢山あっても困るですし。それより問題は、どうして念話が繋がったのか検証しないといけないです。

 

 私は携帯に探査の魔法を掛けて繋がった原因を探ろうとしますが、普通に携帯としての結果しか出て来ないです。

 

「ユエ君、さっきの声は何だったんだい?」

 

「あぁ、さっきのは私の故郷にいる友人です。どうしてか故郷と繋がった所だったですが、今はもう繋がらないようです」

 

「なるほど。さっきの言葉は君の故郷の言葉だったんだね」

 

 ウンウンと頷いているギーシュさん。そんなに言葉が気になったんでしょうか?

 

「なかなか綺麗な声だったね。おそらく僕らくらいの年頃の女性だろう。少し気が強そうだが、人の心配が出来る優しい性格をしているに違いない。スタイルも良さそうだな」

 

「こ、声だけでそこまで分かるですかっ!?」

 

「僕ほどになればこれくらい簡単さ。言葉が分かればもっと詳しく分かるんだが、残念だ」

 

 ギーシュさん、侮り難しです。声だけで委員長(エミリィ)の年齢と性格を大体当てたです。なんとも使い所の少ない特技でしょう。

 

「今のって、ユエのお友達?」

 

「えぇ。私が留学しようとしていた学校に通ってるです」

 

「へぇ〜〜……、今のが異世界の言葉ね。なんだか興奮するわ」

 

 しかし、どうして繋がったのでしょう……?

時間的な物でしょうか? それとも土地? 空の上だから? どれも仮説にもならないです。これが分かれば委員長(エミリィ)達に連絡も取れるというのに。

 

 私はしばらく携帯を弄りながらこの謎を解き明かすべく深く考え込んでいました。キュルケやギーシュさんの会話を聞きながらいろいろ仮説を立てて行くですが、どれも決め手に欠け、これだと言うものが出てきませんでした。青白い月を見上げて、私は久し振りに自分の世界の事を懐かしんでいました。

 

 

 

 

 日も上がり、辺りが明るくなった頃にはようやく遠目でアルビオンとやらが視界に入りました。大きな島が宙に浮かび、流れ落ちる水が白い雲を作り出していて、なんとも壮観な眺めです。オスティアとはまた違った美しさですね。規模はこちらの方が大きいでしょうか? いえ、オスティアも全ての浮島を併せれば同じくらいになるですかね。

 

「いやぁ、絶景だねぇ。流石は『白の国』。素晴らしい」

 

「『白の国』とは何ですか?」

 

「アルビオンの別名さ。目の前で見て分かるように、一年中下半分が霧に包まれているから、通称『白の国』と呼ばれているのさ」

 

「ほほぉ、なるほどです」

 

 確かに雲に浮かぶかのようなアルビオンの姿は、『白の国』と言う別名も似合うです。

 

「それでー、どこに降りる? 下手な所に降りたら革命軍に捕まるだろうし、あの子達がどこにいるか知らないけど、近い所がいいでしょう?」

 

「むぅー……、そうですねぇ……」

 

 こちらは別に革命軍とも王家とも敵対する気はないのですが、ワルドさんが革命軍に所属してるようですし、おそらく向こうは私達を敵と見てるでしょうね。下手に見つかって追われでもしたら面倒です。そんな事になればルイズ達と合流するのも大変ですし、ヘマをして捕まろうものなら口封じに殺される可能性もあるです。まぁ、それは極端な例ですが、なるべく目立たないようにした方が良いですね。

 

「あの森辺りがいいかもです。シルフィードの巨体を隠すにも便利ですし」

 

「確かに、風竜を連れて歩いたら目立って仕方ないだろうね」

 

「じゃあ、とりあえず森に降りましょう。ね、タバサ?」

「ん。」

 

 キュルケがまとめてタバサにそう提案し、タバサはキュルケの言葉に一つ頷いてシルフィードに指示を出しました。シルフィードはキュイと一声鳴いて指示通りに森に向かって飛んで行きます。

 

「森に降りたらどうするんだい?」

 

「街に行って、王党派がどこにいるか情報を集めるです。出発前はニューカッスル辺りに陣を構えていると聞いたですが、そこがどこかも分からないですし、1度地理に詳しい人に話を聞いた方がいいでしょう」

 

「なるほどな。じゃあ、降りたら街に向かうとして、どの街に行くつもりだい? 大きな街だけでも結構あるよ?」

 

 そうですねぇ……

それなりに大きな街の方が見つかって逃げないといけない時も人に紛れて逃げられるですし、情報も集めやすいでしょうし……。

 

 考えている間にシルフィードは森にある川の近くに降り立ちました。

 

「ん〜〜〜っ!! 長い事座ってたから体が痛いわ」

 

「一晩中風竜に乗ってたんだからね。僕も首がゴキって言ったよ」

 

 皆さんようやく辿り着いた地面に座り、疲れを取ってます。流石に一晩中ドラゴンに乗ってたら疲れるですね。乗るための鞍がある訳でもないですし、掴まる所は背びれだけですし。

 

 私も地面に座って固まった体をほぐします。普通に自分で飛ぶより疲れたです。ただ乗ってるだけですが、ちゃんと掴まっていないと落ちてしまうので足で挟み込みながら手は背びれを掴み続けるのですから疲れて当然ですね。

 

「それで、街に行くのはいいけど、どっちに行くの?」

 

「向こうです。少し歩くですが大きめの街があったです」

 

 私は北東を指差して向かう先を教えます。距離的に半日も歩けば街に入れるでしょう。

 

「では、出発です。早く街に入って休みましょう」

 

 私が声を掛けるとタバサはスッと寄ってきて準備をしますが、キュルケとギーシュさんは動きません。

 

「ユエ、ちょっと待ってー……。まだ腰が痛いのよ」

 

「すまない……。僕もまだ疲れがとれなくて。あと数分待ってくれ……」

 

 ぐたーっとしたままキュルケとギーシュさんがそう言ってくるので、私とタバサは顔を見合わせて仕方ないとため息をつきました。慣れていたり、鍛えていないと長時間の飛行は消耗するです。鍛えているはずの私も結構疲れているですし。

 

「先に朝食にしますか。何か食べれば元気も出るでしょう」

 

「ん。」

 

 私の提案にタバサも頷いて賛同してくれたので一緒に準備を始めます。

まずは薪を集める所からです。幸い森の中なので薪になる小枝には困りません。多少湿っていても魔法を使えば簡単に乾かせるので、すぐにそれなりの量が集まったです。

 

「フレイムさん、これに火を点けてくれますか?」

 

 私の呼びかけに、フレイムさんはのっそのっそとやって来て組んだ薪に炎を1吹きして火を点けてくれました。魔法でやってもいいですが、せっかくのサラマンダーですしね。吹くだけで点くならそっちの方が速いです。

 

「さって、次は魚です」

 

「どうやって?」

 

 横でコテンと首を傾げて聞くタバサに、実際にやりながら説明します。

 

「今回は人間4人と使い魔3匹分の数を獲らないといけないですから、ちょっと横着しましょう………[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)!」

 

 私は川の少し上流に向かって[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を撃ちました。着弾して、ドン! と言う音が響きキュルケ達が驚いて飛び起きるですが、気にせず川面に注目していると、魔法の着弾で気絶した魚が何匹も流れて来ました。

 

「タバサ、魔法で今流れて来た魚を全部獲るですよ」

 

「分かった」

 

 2人で協力して流れて来る魚を陸に上げ、それが終わるともう1度[白き雷](フルグラティオー・アルビカンス)を上流に向かって撃ちます。少しずつ上流に移動しながら同じ方法で魚を捕まえていき、5回ほどで30匹ほど獲れました。

 

「さて、次は山菜を採るです。やはり食事はバランスが大事ですからね。キュルケ、シルフィードが魚をつまみ食いしないよう見張ってて下さいね」

 

「え? んーー、わかったー」

 

 木の根に座り込んでいるキュルケがそう言って手を振るのを確認して、私は森の中に入りました。学院に来る前につまみ食いされてますからね。用心するに越したことないです。

 

 私はタバサと森の中を歩き回ります。流石にすぐには見つからないですが、一緒に来たタバサのおかげで食べられる物と食べられない物の区別は簡単に出来たので、1時間ほどでそれなりに山菜も集まりました。

 

 採って来た山菜を、倉庫から出した鍋で湯がき、魚は枝をそのまま串にして焼いて行きます。サバイバル用に塩などの調味料も持っているので、十分美味しい朝食が作れたです。

 

「うわぁ……、こんなシンプルな朝食初めてよ」

 

「私はこう言うのの方がいいですね。学院の朝食は多過ぎるです」

 

「魚をそのまま焼くだけで結構美味しいものなんだね。初めて知ったよ」

 

 貴族として豪勢な食事が普通だったキュルケやギーシュさんにも好評のようです。タバサはどうも慣れているようで、もくもくと美味しそうに食べてます。

 

「……でも、ユエってば結構手際良かったわね。簡単に魚も獲っちゃったし」

 

「これくらいは、サバイバル訓練をしていたらすぐ身に付くです。と言うより身に付かなきゃ食事にあり付けないです」

 

「あぁ………なるほど」

 

 キュルケが納得したと言うように頷きました。私の訓練内容を思い出しているのでしょう、微妙に暗い顔をしながら魚を齧ってます。

 

 その後は他愛ない会話をしながら食事をしていたですが、みんな食べ終わり火の始末をしようと言う段階でまずはシルフィードとフレイムさんが。次に私とタバサが、森の方から来る人の気配に気付きました。

 

「ん? どうしたの2人共」

 

「誰か居る」

 

「え?」

 

 キュルケが慌てて森の方を見ますが、上手く隠れているせいか見付からないようです。私も気配感じたから見ているだけで、まだどこに居るかは分かりません。

 

「タバサ、分かるですか?」

 

「ん。正面少し左の木に隠れてる」

 

 タバサの言葉を聞いて良く確かめてみると、何かの影が少し動いているのが分かりました。

 

「良く分かったですね」

 

「風のメイジは耳が良い。足音が聴こえた」

 

 無意識に風を操り音を拾っているようです。私も風属性の魔法を得意とする魔法使いですが、そう言う技はないですね。これは見習うべき所です。っと、それは後回しにするとして……

 

「そこの人、誰です? 何かご用でしょうか?」

 

 私が声を掛けると、その影の持ち主はビクッと震えて出ようかどうか迷っているかのように左右に揺れました。

 私は杖を構えようとするキュルケ達を手で制し、こちらに害意がない事を伝えます。

 

「私達は貴方に危害を加える気はありません。ここらが貴方の土地で、私達が勝手に入っている事にお怒りだと言うのならすぐに立ち去るつもりです」

 

 一応敵では無いと分かってくれたのか、そっと木の影から顔を出したその人はとても綺麗な女性でした。長くサラサラの金髪を靡かせて耳まで覆う大きな帽子を被ったその人は、木の影からおずおずと出てきたその女性を見た瞬間、キュルケが崩れ落ちました。

 

「………くっ! ま、負けたわ……っ」

 

 いつもは自信に溢れているキュルケも、彼女の圧倒的な戦力に絶望したようです。なにせ彼女の胸は、素人目にもキュルケより大きいと分かるほどです。おそらくですが、那波さんよりも大きいでしょう。私は自分より大きい人など見慣れているのでなんとも思いません。えぇ、なんとも!

 

「ユ………ユエ君。僕を殴ってくれないか? これが夢かどうか確かめたいんだ」

 

「………自分でやって下さい」

 

 アホな事を言うギーシュさんを無視して、私はこの胸爆弾を装備した女性に近付きます。私が動き出したのを見て少し怯えたようですが、やがておずおずとこちらに歩いて来ました。

 

「初めまして。ユエ・ファランドールと言います」

 

「あ、あの……はっ、初めましてっ!」

 

 私が挨拶して握手をしようと手を伸ばすと、彼女は緊張気味にですが挨拶を返してくれ、オドオドと言った表現がピッタリの仕草で私の手を握りました。

 

「わ、わた私は、その……」

 

「落ち着いて下さい。私達は貴女に危害を加える気はありません。まずはゆっくり深呼吸して心を落ち着かせるです」

 

「は、はい! え……えーと……。ひっひっふー……ひっひっふぅー……」

 

 何か産む気ですか、この人は。

そうやって何度か微妙に違う深呼吸をしている彼女は、私がこれまで会って来た人の中でも群を抜いて綺麗な容姿をしていました。蒼い目に透き通りそうな白い肌。ただ整っているだけでは出ない愛らしさも持ち合わせていて、どんな名工でも彼女の美しさを写し取る事は出来ないだろうと思わせる神々しいまでの美貌です。こちらの人は大概綺麗ですが、その中でももう1段上の美しさです。

 

 そして、この大きな胸……。

これだけ大きいと言うのにまったく垂れてません。普通多少は重力によって下を向くはずなのに、ツンと上を向いて形を保ってます。目を凝らしてもこの大きさを支えられるほど頑丈な下着は見えないですし、天然でこの形を保っているようです。

 

 チラリと視線を下に向けると、私の慎み深い膨らみがそこにありました。地面までしっかり見える程控えめなこの胸と比べるのが間違いだとは思うですが、この目の前で深呼吸と共にプルプルと震える凶悪とも言える膨らみは、私のとは次元が違うです。もう大きいからどうこうとひがめるレベルではないです。

 

 思わず手を伸ばしてその感触を確かめてみたくなりましたが、流石に自重です。

 

「ふぅ……えっと……」

 

 どうやら落ち着いたようですね。とりあえず名前でも聞いてみますか。

 

「名前を聞いてもいいですか?」

 

「は、はい。私、ティファニアって言います……」

 

「ティファニアさんですか。それで、私達に何か用があったですか?」

 

 私が問い掛けると彼女、ティファニアさんはモジモジしながら何やら言い淀んでいます。その度にフルフルと揺れる大隆起。あれを枕にしたら、さぞ良く眠れそうです。

 

「その……特には……その」

「君! その大きな胸を触ってみてもいいかい!?」

「アホですかっ!!」

「アポロッ!?」

 

 急に寄ってきてティファニアさんの胸を触ろうとしたギーシュさんを殴り飛ばしてセクハラを阻止します。なんとストレートに痴漢行為をしようとするですか、まったく。ほら、余りに突然なセクハラ宣言にティファニアさんも怯えてしまったじゃないですか。

 

「大丈夫ですよ? 指一本触らせませんから」

 

「ひゃ!! は、はゃい!!」

 

 ギーシュさんのせいでやたらとビクついてしまったです。ビクビクしているティファニアさんの手を引いて焚き火の近くまで引っ張って行きます。そこには今だに項垂れているキュルケと、無表情のまま自分の胸をさするタバサがいます。

 

「どうぞ、ここにでも座って下さい」

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

 さっきまでギーシュさんが座っていた平石に座らせて、私も自分の席に戻るです。

 

「それで、ティファニアさんはどうしてここに?」

 

「い、いえ、あの……。ただ大きな音がたくさんしたので、また兵隊さんが来たのかなって思って、様子を見に来ただけで……」

 

 大きな音ですか。

あぁ、魚を獲る時に撃ち込んだ魔法の音ですね。結構大きな音が出たですし、かなり響いたのでしょう。

 

「その音は私が魚を獲る時に使った魔法の着弾音ですね。必要数が多かったので、発破電気漁をしてたです」

 

「はっぱでんきりょう……ですか?」

 

「爆発の衝撃で魚を気絶させて獲る漁法と、雷で魚を痺れさせて獲る漁法を魔法で一緒にやってたです。そこにいる魚を粗方獲ってしまうので継続してやると魚がいなくなってしまいますが、今日限りなので許して欲しいです」

 

「はぁ……」

 

 イマイチ理解しきれていないようですが、まぁいいでしょう。

 

「先ほど兵隊が来たと思ったと言ってたですが、そんなにこの辺りには兵隊が多いんですか?」

 

「あ、はい。少し前から戦争が始まったせいか、時々兵隊さんが来るんです。道に迷っただけならいいんですが、家を荒らしたり、住んでる人に乱暴したりするんで注意しないといけないんです」

 

 戦争中には、モラルの低下で兵隊が山賊まがいの事をやったりするらしいです。なまじ装備が整っているので、ただの山賊より厄介です。民間人では抗い難いですね。

 

「そんな注意しないといけない兵隊かもしれないのに、何故見に来たですか?」

 

「本当にそうだったら隠れないといけないので。子供達もいますから、乱暴されたら困るんです」

 

「あら? あなた子供がいるの? 同い年くらいだと思ってたのに」

 

 ティファニアさんが子供の事を話していたら、意気消沈していたキュルケが復活したです。どうやら年上だから大きくても仕方が無いと納得したようです。暗い雰囲気で自分の胸を揉んでいたタバサも立ち直ったようでこちらに顔を向けました。

 

「……いえ、私の子供と言う訳じゃないですよ? その、戦争で両親を亡くした孤児達を預かっているんです。私の姉さんがアルビオン中で見付けてきた孤児を連れてくるんで、どんどん増えてきてしまって。今では子供達だけで一つの村みたいになっちゃってます」

 

 どんだけ居るですか。

まぁ、若く見えて子沢山と言うのでは無かったようです。おかげでキュルケがまた意気消沈してしまったです。

 

「そんなに沢山子供がいると、食費だけでも大変そうですね」

 

「確かにそうですけど、狩りをしたり、自分達で野菜などを栽培してますから大丈夫なんです。姉さんも出稼ぎに出てくれて、お金を稼いで来てくれるのでなんとかなってます」

 

 わざわざ出稼ぎしてまで孤児達を育てるとは、なかなか立派な人なのですね。

 

「いいお姉さんなのですね」

 

「はい! 小さい頃からずっと可愛がってくれて本当に大好きなんです! 最近はお仕事が一段落したからって家に帰って来てくれたので、一緒に過ごせて本当に嬉しくて……」

 

 先ほどまでのオドオドしてた態度から一変、とても生き生きとした表情でお姉さんの事を語るティファニアさんは、とても魅力的で思わず見惚れてしまいました。その後も、ティファニアさんは子供の頃にお姉さんと一緒に遊んだエピソードや、たまに帰ってきた時の甘えたがりなお姉さんの様子などを身振り手振りで話していきました。目を覚ましたギーシュさんが話す度に震える胸を凝視している事も、何か折り合いをつけたらしく復活したキュルケが、フレイムさんを枕にしながら彼女の話を聞こうとして堪えきれずウトウトしている事も、タバサが話に飽きてきたのかずっと焚き火をイジって遊んでいたりするのにも気付かずに、2時間近く話し続けていました。

 

「それでですね………はっ!! す、すいません。私、つい話し込んでしまって……」

 

「いいえ……。貴女がどれだけお姉さんが好きかと言うのがよく分かったです」

 

「うっ……はうぅ……。恥ずかしいです……」

 

 ティファニアさんはそう言って真っ赤な顔を帽子で隠す様に引っ張り俯いてしまいました。おっと、そうです。せっかくなので彼女にも

 

「そうです、ティファニアさん。一つ聞きたい事があるのですが……」

 

「な、なんでしょう?」

 

 未だに顔は赤いティファニアさん。恥ずかしがりながらも顔をこちらに向けて聞く姿勢を取りました。

 

「貴女も知っての通り、最近王党派と貴族派との戦争が起こってるのですが、どちらがどこに陣を張っているとか聞いたことありませんか? もしくはその手の情報が手に入りそうな場所に心当たりはないですか?」

 

「え、えーっと、どうでしょう? 私、余りこの森から出ないものですから。お買い物をしに近くの街まで行く事はありますが、余りそういう話をしたりしないもので……」

 

「そうですか……」

 

 テレビがある訳でもなし、自分から積極的に情報を集めないと知る事は出来ないですね。やはり大きな街に出る方が早そうです。

 

「……あっ。姉さんなら何か知ってるかもしれません。私と違って街にも良く行きますし、この間まで出稼ぎに出てましたから、外の様子も詳しいはずです」

 

 ティファニアさん自慢のお姉さんですか。森から余り出ないと言うティファニアさんよりは期待出来るですね。それに街に出て目立つリスクを背負う必要がないのもいいです。

 

「もしよかったらお姉さんに話を聞いてみたいのですが、いいですか?」

 

「はい! 姉さんは家で子供達に勉強を教えているはずですから案内しますね」

 

 ニッコリと笑い立ち上がるティファニアさんに従って私も立ち上がります。

 

「キュルケ、起きて下さい。移動するですよ?」

 

「んーー……?」

 

 結局寝てしまっていたキュルケを起こし、寝ぼけ気味の彼女をタバサが手を引き、目を酷使しすぎて目が開かなくなったギーシュさんを私が引っ張りながら、私達はティファニアさんについて彼女が暮らす家に向かいました。

 

 

 




 乳神様、ティファニアが登場です。
これで無から爆まで揃いました。貧代表の夕映は彼女達爆乳部隊に勝てるのだろうか!?
まぁ、そんな戦いにはなりませんがねぇー。

 では次回、あの巨乳怪盗が登場! ……させてもいいけど、どう動かそうかなぁ。まぁ、お楽しみにー

歌詞ってソックリそのままは危険らしい……1部分だけ変えてみた。これで誤魔化せるかな?

・・・っと思ってたけど、ダメらしいので擬音に変えました。さーせん。




  <番外  愛しいあの子の手掛かりを探せ>



 ツーーっ ツーーっ ツーーっ

「もし? もしもしもしもし!? ……ん~~~~~っ!! 切れましたわっ!!」

 聞こえなくなった念話に、エミリィは怒りのまま机を力一杯叩いた。

「んもーー、委員長ズルイよぉ。ほとんど委員長だけ話してるんじゃん」

「そうニャ。愛しいユエと話したいからってルールはちゃんと守って欲しいニャ」

「なっ! 誰が愛しいですか!! ユエさんとはライバルです! 変な事言わないで下さい!!」

 ブーブー文句を言うコレットとカッツェにエミリィは大きな声で怒鳴り返す。

「すいません、お嬢様。軍のセキュリティに引っ掛かりそうだったので、予定より早く切断する事になってしまいました」

「はぁ………いえ、捕まっては面倒です。いい判断ですわ、ビー」

 申し訳なさそうに言うベアトリクスだが、エミリィは問題ないと言って許した。そのままセキュリティに引っ掛かり捕まってしまったら全てがダメになってしまうのだ。それが分かっているからエミリィは最初から危ないと思ったら独断で回線を切れと指示していたのだ。

「でー、どうすんのエミリィ? 一応繋がったんなら、またタイミングを見てハッキングしてみる?」

 デュ・シャの言葉に、エミリィは真剣な表情で考え始める。これまで何十、何百と試して来てようやく繋がったのだが、それも向こうのトラブルで途中から話が出来なくなってしまった。つまり、もう1度やってもすぐには繋がらない可能性が高い。

「デュ・シャ、ユエさんの話はちゃんと記録してましたね?」

「一字一句しっかり録れてるよ。ほら」

 デュ・シャから受け取ったログを睨み付け考え込むエミリィ。そんな彼女を見て、コレット達は考えるのは任せたと言わんばかりに雑談を始めるのだった。


「でも、ユエ元気そうで良かったニャ」

「ねー。でも異世界とかに行っちゃったなんて思わなかったよぉ」

「流石は世界の英雄チーム、白き翼(アラアルバ)の一員だよね。あたしらとはスケールが違うわ」

 コレット達がユエの無事を知り雑談をしていると、

「ビー! もう1度セキュリティの状態を確かめなさい! 今度はユエさんのお仲間の方に念話を飛ばしますわよ!」

「お仲間、ですか?」

 ログから顔を上げたエミリィが、ベアトリクスにそう指示を出した。言われたベアトリクスやコレット達は一体何をするつもりかと首を傾げる。

「お仲間にって、どうするつもりニャ?」

「ユエさんは魔法世界でも旧世界でもない異世界にいると言ってましたが、自由に動けない私達では満足に調べる事が出来ません。それに手がかりが旧世界にあったとしたら手が出せなくなりますわ。ならば、新旧どちらの世界でも活動出来る彼女達に協力してもらうのが1番でしょう」

 ふふん、と胸を張って答えるエミリィ。

「で、誰に繋げるつもり?」

「決まっていますわ! ネギ様です! ………と言いたい所ですが、あの方はお忙しい身の上。私などがおいそれと邪魔をする訳にもいきませんわ。なので、ユエさんのご学友の方達の誰かに念話を繋ぎます」

「でも、大丈夫なのー? ユエにだって苦労したってゆーのに」

「彼女達は旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)で学生をしていると言ってましたでしょ。旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)には何度か繋げていますから、今ユエさんに繋げるよりよっぽど簡単ですわ」

「それはいいけど、誰にかけるニャ? あと番号が分からないとかからないんじゃなかったかニャ?」

「ふっ! それくらい分かってますわ! コレット! 貴女、確か何人かとアドレス交換とか言うのをしてたわね? 誰でもいいから、一つ寄越しなさい」

 言われたコレットは、なるほどと頷いてポケットから手帳を取り出した。

「はいはい、この手帳に全部書いてあるよぉ。誰にする?」

 ペラペラと手帳をめくりながら聞くコレットに、エミリィは胸を張って答えた。

「あの触角女以外の誰かですわ!!」

「触角………って、パルナさん? 委員長ってば、なんであの人の事を目の敵にするのさー?」

 コレットが訝しんで聞いてみると、エミリィはプイっと顔を逸らした。

「あんな私のライバルに馴れ馴れしく話し掛ける人、知りません」

 そんなエミリィの態度に、見ていたコレット達は苦笑する。

「ユエと仲がいいから嫉妬してるニャ」
「恋のライバルはパルナさんって訳ね。……ぷぷっ」
「ぱる……? ハルナじゃなかったっけ? まぁ、どっちでもいいか。今までは離れていたからヤキモキしてたけど、これからは一緒に居られるって喜んでた矢先に行方不明だから、エミリィも気が気じゃないんだろうね。ライバルに協力を持ちかけるくらいだし」
「お嬢様、頑張って下さい」

「誰が嫉妬してますか! 誰が恋のライバルですか!! ユエさんも私も女ですわよ!? あなた達、頭おかしいんじゃありませんの!?」

 勝手な事を言うコレット達に鬼の形相で怒鳴るエミリィだが、コレット達には照れ隠しにしか見えず、こみ上げる笑いを必死になって堪えていた。

「まったく………。さぁ、ビー。準備なさい。このコレットの手帳に書いてある人物に、片っ端からかけるわよ!」

「は、はい。お嬢様」

 ベアトリクスが手帳を見ると、アドレスの一つがペンで消されていた。おそらくここがハルナのアドレスが書いてあった所なのだろう。一瞬で塗り潰してしまうエミリィの嫉妬深さに、流石のベアトリクスも苦笑を漏らした。

「ではまず、のどかさんから行きますがよろしいですか?」

「えぇ、どんどんやって頂戴」

「では………ミンティル・ミンティス・フリージア………」

 まず軍の回線にアクセスしてセキュリティ状況を確認する。機密を守る為にその都度パスワードなどが変わるので、さっき出来たからと同じ様にやっていたらすぐにセキュリティに引っ掛かってしまう。割と気軽にやっているようで、捕まればかなりマズイ重罪を犯しているので、この辺りの下準備は慎重にやらなければならないのだ。

「………回線、繋がりました!」

「よくやったわ、ビー! すぐこちらに回して!」

「はい」

 すぐにエミリィが話そうとしたが、そこにコレット達が待ったをかけた。

「あ、ズルイよ委員長! 今度は私達に話させてよぉ!」
「そうニャそうニャ! 自分ばっかりズルイニャ!」

「これは遊びではないのですよ!!」

 騒ぐコレット達をたしなめてから、エミリィは親指と小指を伸ばして受話器の形を作り、念話の術式を発動させた。

「……聞こえてますか? 私はアリアドネーのエミリィですわ。のどかさん、で合ってますか?」

『はいはーい? のどかはちょっと出られないけど、何か用なら聞いとくよー?』

「んなっ!? 触角女!!」

 エミリィの想像していたちょっとトロそうな声ではなく、聞きたくなかった呑気な声が聞こえてきて、思わず念話を切ろうとしたが、コレット達が慌てて止めに入った。

「ちょ、委員長! 繋げるの大変なんだから、そんなポンポン切らないで!」
「そうニャ! 結構リスク背負ってるんニャから、我慢するニャ!」
「な、なんですか!? ちょ!やめっ!」

 しばらくドタバタやってどうにかエミリィを取り押さえたコレット達は、今度は邪魔されない様にと芸術的な縛り方でエミリィを縛り上げ、猿轡で口を塞いで喋れなくした。更にコレットは縛り上げたエミリィをベットの柱に引っ掛けて吊るしてしまった。

「ふぅ……これでよし」
「むー! むーっ!」

『ちょっとー、何ー?』

 暴れる振動でユラユラ揺れるエミリィを見ながら汗を拭く仕草をするコレットの耳に、念話の向こうから呼び掛けるハルナの声が響いた。そこでコレットは念話を放ったままだったのを思い出し、慌てて念話の術式を自分の手に繋げた。

「あははー。ごめんねー。ちょっとトラブルがあったもんで。どうも、パルナさん。コレットです、お久しぶりー」

『おぉ、コレットちゃんか。久しぶりー。んー? じゃあさっきのはあのツンデレ委員長だったのかな?』

「あはは、ごめんねー? 委員長ってば、パルナさんがユエと仲良しなもんだから嫉妬してるみたいでー」

『ははぁ~ん。いやぁ、ゆえ吉ってばモテモテだねぇ。今度夕映の写真使って抱き枕カバーでも作って送ったげようかね』

「うわぁ、それは喜ぶよぉ。もしくは悦ぶよぉ」

『替えも合わせて、3、4枚はいるかもねー』

 あははー、と笑い合うコレットとハルナの会話に反応してエミリィがビチビチと跳ねて抗議した。猿轡をされ手足をがっしり縛られている上、吊るされてしまってはそれくらいしかできないのだ。だが後先考えずに暴れたせいで紐が食い込み、ちょっと大変な事態になってしまっていた。

「これはカバーに喜んでいるのか、縛られて喜んでいるのか、どっちだと思う?」

「怒ってるって選択肢はないのニャ? と言うか、コレットはどこでこんなエロイ縛り方を覚えて来たのか、そっちの方が気になるニャ」

 カッツェとデュ・シャは、プルプル震えているエミリィに施された芸術的な縛り方について話し合う事に夢中でエミリィの紐を解こうとはしない。痛みに耐えながらそんな2人に視線で文句を言ってみるエミリィだったが、痛みのせいかその顔は赤く、目には涙がたまっていた。

「それでね、パルナさん。今日念話したのはユエの事でちょっとね……」

『え? 夕映?」

「そうー。もう知ってるかもしれないけど、ユエってばアリアドネーに来る途中で事故って行方不明になってるんだよぉ」

『あー、うん。ネギ君経由で聞いたわ。なんでもドラゴン追っ払おうとして飛行鯨から飛び出して戻って来なかったんでしょ? それ聞いてのどかが飛び出して行っちゃったんだよねー』

「えー!? 飛び出してって、どこ行ったの!? あ、こっちに来てるって事?」

『そうそう。のどかが飛び出して行って少ししたら麻帆良のゲートが開いて大騒ぎしてたし。あの子ってば最近やたらとアグレッシブでねぇ。多分、もう現場に到着してる頃かも』

「のどかさん、前見た時は大人しそうな人だったのに……」

 以前会った時ののどかの姿を思い出したコレットは、そのイメージの違いに戸惑うのだった。

『それで、夕映がどうしたの? もしかして見つかった?』

「あ、見つかってはいないけど、偶然連絡が取れてね?」

『うわ! マジで!? あの子ってばどこに居たの!?』

「いやぁ、念話が偶然繋がっただけだから、詳しくは……。でも、ユエ本人の話では、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)でも旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)でもないまったく別の世界に居るんだって」

『はぁー? あの子って、いつからそんな主人公体質になったのよ? もしかして異世界で世界を掛けた冒険でもしてるとか?』

「世界を掛けて戦った白き翼(アラアルバ)のメンバーだし、可能性はあるかもねー。でね、私達は余り自由に動けないし、手掛かりが旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)にあったら手出し出来ないから、パルナさん達に動いて貰おうと思って連絡したんだよ」

『なるほどー。おけおけ、こっちも何人かで魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行って調べようって話になってたし、情報貰えるなら助かるわ。で、あの子は他に何か言ってた? ……っと、メモメモ……』

 ゴソゴソとやってる音が聞こえる中、ベアトリクスがコレットに注意を促した。

「コレットさん、電子精霊を誤魔化すのもそろそろ限界に近いので、急いで下さい」

「あ、了解ー。あとどれくらい持つ?」

「まだ数分は大丈夫なはずですが、いつ引っ掛かってもおかしくは無いです」

「オッケー」

そこでメモの準備が終わったらしいハルナが話し掛けて来た。

『準備いいよ。出来るだけ細かくちょうだい』

「あ、うん。でもこっちもそれ程分かってないんだよね。なんせ途中で念話切れちゃったから。ユエが今居るのはハルケギニアって言う所らしくて、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とは違う世界なんだって。黒龍を引っ張って行った先で天然の[扉](ゲート)みたいなのに吸い込まれて出た先がそこだったみたい」

『ふむふむ……。あの子も変なトラブルに巻き込まれたわね。でも、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)以外の異世界か。面白そうね』

「あははっ、確かにね。じゃあ、そろそろ電子精霊騙すのも限界みたいだから切るね?」

『うん、サンキューね。何かあったら連絡するわ』

「はーい。じゃあ、よろしくねー! ばあーい」

『ばーぁい』

  念話が切れた事を確認したコレットは、一つため息をついてベアトリクスの方へと振り返った。

「ビーさん終わったよー。大丈夫だった?」

「はい。ギリギリでしたが捕まらずに行けました」

「そっかー、良かった」

 危ない所だったようだが、なんとか無事に連絡も取れたし、後はハルナ達に任せておけばいいだろう。コレットは安心した様に大きく息を吐いた。

「コレットー? そろそろこっちもどうにかしないと、後が怖いよー?」

「へ?」

 デュ・シャの声に振り向くと、そこには顔を真っ赤にしたエミリィが目をトロンとさせ、妙に荒い息遣いでユラユラと揺れていた。

「お、お嬢様ーーーっ!?」
「あー……、忘れてた」

 どうやら上級レベルの縛りだったせいで、開けてはいけない扉に手をかけてしまっているようだ。

「お嬢様! い、いま助けますから! ……っと。こ、こっちはどうやって解けば……こっ、このっ!!」

「んっ! はうんっ! び、ビー……そんなに揺らさないで……ふぁっ!」

 猿轡はすぐに取れたが、身体を縛り上げている紐がまるで解けず、どうにかしようと四苦八苦しているベアトリクスのおかげで右に左にと振られてしまい、キッチリ食い込んだ紐がイロイロと擦れて大変な事になっている。

「あー……、ヤバイかなぁ、あれ」

「目覚めてもビーさんが頑張るニャ、きっと。それよりあんなエロ縛り、どこで覚えたニャ? あーゆーのが趣味ニャ?」

「ち、違うよぉ。ちょっと前の外出日にね、街で迷子の空飛ぶ猫ちゃんを拾ったんだけど、その子の飼い主さんを探して届けてあげたらお礼にって、この本をくれたの」

 そう言って胸の谷間から古風な表装がなされた一冊の本を取り出してみせた。

「これに書いてある通りに練習したら、2時間くらいで出来るようになったんだよぉ」

「いやその前に、空飛ぶ猫って何よ……?」

「こう耳をパタパターってやって飛んでたんだよー。猫が。すっごく可愛かったんだから」

 コレットが自分の手を頭の上でパタパタとやりながら説明するが、デュ・シャとカッツェは可哀想な物を見るようにコレットを眺めていた。

「コレットって、結構ヤバイニャ?」
「前から頭がお花畑だった気がするけど?」
「失礼だよーーっ!?」

 コソコソっと囁きあっているデュ・シャ達にコレットは手を振り上げて抗議した。確かに呑気な性格ではあるが、お花畑とまで言われるほどではないと本人は思っている。

「にゃはは、冗談だニャ。で、その本を読んであんなの覚えたニャ?」
「えーっと……『浦島流捕縛術指南書』か。……なにこれ?」

「私がアリアドネーの魔法騎士団候補生だって言ったら、警備の仕事に役立つだろうって」

 デュ・シャがパラパラと本を開いてみると、細かく絵で縄の縛り方が説明されていてたとえ字が読めなくてもある程度把握出来るようになっていた。

「ふぅーん……。絵入りだからコレットでもすぐ読めたのか。………結構いろんな縛り方が描いてあるのね」
「どれもエロ難易度が高い奴ばかりニャ。これ描いた人は変態かもしれニャいニャ」

 本を覗き込み、失礼な事を言う2人に、コレットはプリプリ怒っていた。

「もう! せっかくくれたのに失礼だよっ! これを覚えたら手配犯を捕まえる時凄い楽なんだよ!? 上手くなれば一瞬で縛れるんだってっ!」

「捕まえる度に亀甲縛りする気か、あんたは」
「そんなハレンチな騎士団いやニャ」

 誰かを捕まえる度に上級な縛り方をする騎士団なぞ、逆に捕まりそうである。コレット達は本に書かれている瞬間捕縛術について話し合い始めた。1ページずつ捲りながらワイワイやっている後ろでは、ベアトリクスが自分の大剣を取り出して大きく振りかぶっていた。

「お嬢様、待ってて下さい! 今、紐を斬って助けますから!!」
「ハァハァ……ま、待ちなさいビー……。そんな制剣を振りかぶる……んっ! んじゃありません……っ!」

「えーーいっ!!」
「きゃぁあーーっ!!」


 今日もアリアドネー組は平和そうであった………



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ゼロの旅24


 前回の投稿から半年経ってる……?!? 俺はいつのまにタイムトラベルを実現したんだ!?

……なんてバカな事を思いつつ、みなさん大変お待たせしました。

第24話の投稿です。どぞー


 

 

 

 ティファニアさんに連れられてやって来たその村は、森の中に作られたわずか十数軒の家が建つだけの小さな村でした。ティファニアさんと子供達は、その中の数軒を使って慎ましく暮らしているそうです。

 

「あの真ん中の家が私の家です。比較的自分でなんでも出来る子達はその左右にある家で寝起きしてるので、あの家に居るのは私とまだ小さい子達だけですね。あっ! 今はマチルダ姉さんも一緒でしたっ!」

 

 マチルダと言うのはティファニアさんが敬愛しているお姉さんの名前で、聞く所によると実際には血の繋がりはなく、子供の頃お世話してくれた親戚のお姉さんなんだそうです。

 

「ただいまぁー。さぁ、どうぞ」

 

「お邪魔するです」

 

 私達は招かれるままにティファニアさんの家に上がり込み、薦められるままに椅子に座りました。

 

「今姉さんを呼んで来ますから、ちょっと待ってて下さいね?」

 

 同年代の人を自分の家に招くのは初めてだと言って張り切っているティファニアさんは、私達を部屋に通した後、鼻歌を歌いながら家の奥に入って行きました。

 

「……さて、後は話を聞いて王党派がどこに居るか分かればすぐに動けるですが………ギーシュさん、いい加減起きるです」

 

「んあ…?」

 

 ティファニアさんに会ったばかりの時に瞬きもせずに凝視してたせいで目が乾き、痛くて開かなくなったとか言って動かないので仕方なく襟首を持って引きずってきたですが、この人自分で歩く必要が無いからといって引き摺られたまま寝てたです。起こすのも面倒だったのでそのまま連れて来たですが、人の家で眠りっぱなしは失礼ですし、お姉さんが来る前に起こしてちゃんと座らせなくては。

 

「ふわぁ~……、 まだ眠いんだが……」

 

「しっかりして下さい。人と会う時に寝てるなんて失礼ですよ」

 

 こちらも徹夜明けで眠いのを我慢してるというのに気楽な事です。ギーシュさんがすぐ追う事を主張したからこうなっているんですから、少しはしっかりして欲しいです。これなら途中の森に置いて来るべきでした。

 

「うぅ……、グラモン家の四男としてそんな無礼を働く訳にはいかない……んだが、この眠さは堪え切れないのだぁ……」

 

 礼儀を重んじる貴族の意地でどうにか目を覚まそうとしてるですが、その目は一向に開こうとしません。このままでも静かでいいですが、やっぱり初対面なのに寝てるのは失礼ですね。

 

私は椅子でグッタリしているギーシュさんの後ろに回り、グイッと顔を上に向かせます。

 

「ぅおっ!? 何するんだいユエ君?」

 

「まぁ、じっとしてるです」

 

 上に向かせたギーシュさんの目を指で押し開け、亜空間倉庫から取り出した目薬をささっと挿してやりました。

 

「わっ!? 何だ何だい何なんだい!?」

 

「目覚まし用の薬です。何度か瞬きして下さい」

 

「こ、こうかい? ……って、うわっ!! し、滲みる!!」

 

 疲れ目に良く効く強力な目薬です。目への刺激がとても強く、疲れた時に挿すとその刺激により一気に疲れが吹き飛ぶというお気に入りの一品です。ついでに眠気も吹き飛ぶので重宝しています。

 

「ユエ君!? なんか目が凄く痛いんだがっ!?」

 

「しばらくすれば治まるですよ」

 

 初めての刺激にパニックになりかけるギーシュさんを適当に相手にしつつ、これからの事を考えます。ここに来る前に地理を確認しなかったのが痛いですね。ルイズが知ってるから案内は任せろと言うので任せるつもりだったのですが、ワルドさんのおかげで完全に迷子です。森へ降りる時になんとなく見たのでアルビオンのどこに居るかくらいは分かるですが、ニューカッスルとやらがどこかまでは分かりません。せめて地図くらいは見ておくべきでした。

 

「ユエ君? ユエ君!? これ、目が溶けてたりしないだろうね!?」

 

「する訳がないです。そろそろ治まるので安心して下さい」

 

「いや、そうは言ってもっ……うわっ!!」

 

 ギーシュさんが痛みに慌て過ぎて椅子から転げ落ちたです。目薬一つで中々やりますね。日本に来ればリアクション芸人としてやって行けるかもしれないです。

 

「いたたたた……。目を溶かされ、椅子から転げ落ちて、もう散々だ」

 

「大袈裟ですね」

 

「ユエ君が冷たい……。……ん? おぉ、なんだか目がスッキリしてきたぞ?」

 

 転んだおかげでパニックが治まったらしいギーシュさんは、目の痛みが無くなった事に気付いて感嘆の声をあげました。目薬の効果でスッキリした視界に驚き転んだまま辺りを見回しています。

 

「皆さん、お待たせしまし「ヘブッ!!」……きゃっ!?」

 

 帰って来たティファニアさんが、寝転がっていたギーシュさんを思いっきり踏ん付けました。彼女は慌てて足をどけましたが、家の中で靴を脱ぐ習慣が無いおかげでギーシュさんの顔の真ん中にくっきりと足跡が着いたです。うぷぷっ、なんとも愉快な見た目になったです。

 

自分のした事に慌てるティファニアさんを余所にギーシュさんは彼女を見上げながら何やら嬉しげに頷いています。もしや踏まれたのが良かったのでしょうか? もしそうならモンモランシーにも付き合い方を考えるように言っておかないといけませんね。

 

「あ、あの? 大丈夫ですか?」

 

「あぁ、大丈夫さ。君の白さが痛みを和らげてくれブッ!?」

 

 全てを言い切る前にティファニアさんの後ろに居た女性がギーシュさんの顔を踏み付けました。寝転がった状態で見上げていたので、ティファニアさんのスカートの中がしっかり見えていたようです。せめて目を逸らすくらいしろです。

 

まぁ、ギーシュさんがスケベなのは今に始まった事ではないので捨て置きましょう。あとでモンモランシーに告げ口しておけばいいですし。問題は今ギーシュさんを踏み付けながら冷ややかな目で見下ろしている彼女です。

 

ティファニアさんがお待たせと言った事から、彼女がティファニアさんが言っていたお姉さんなのでしょう。よもやこんな所でこの人と再会するとは思わなかったです。巨大なゴーレムを操り、ハルケギニアの貴族達を嘲笑いながら窃盗を繰り返す怪盗、『土くれ』のフーケ。偶然道を聞いた人の身内が彼女とは、なんとも世間は狭いですね。

 

「ティファニア、私の後ろにいな」

 

「え? え?」

 

「こっちはピンぐわっ!!」

 

 私が思わぬ再会にボケっとしてる間に、ギーシュさんが更に何かを言おうとしてフーケに思い切り蹴り飛ばされてました。大方フーケの下着が見えて思わず色でも口走ったのでしょう。言わなければ良いものを、無駄に素直な性格が仇となったようです。

 

「ったく、ティファニアに言われて来てみれば、よもやあんたらだったとはねぇ」

 

 蹴り飛ばしたギーシュさんの事は全く気にせず、フーケは油断なく私達を睨み付けます。向こうからしたら、自分の正体を知っている私達が家まで押しかけて来た訳ですから警戒しない筈がないですね。さすがに自分の家の中で魔法を使う気はないようですが、利き手と思われる右手がいつでも動けるようにしている所を見ると、下手な動きをすればすぐに杖を抜いて来るでしょう。

 

「ピンク頭と使い魔君は居ないみたいね? まぁ、アンタが1番手強いんだけど……」

 

「私達は別に戦いに来た訳ではないのですが」

 

「ふん、ティファニアから聞いてるよ。王党派の陣がどこにあるか知りたいとか、一体何のつもりだい?」

 

「なんの、とは?」

 

「こんな時期に王家と接触しようなんて正気とは思えないからね。また何かやらかす気なのかとね」

 

「……またとはなんですか。所用で王党派のいる所に行かなくてはならなくなっただけです」

 

「ふぅん?」

 

 フーケを捕まえようと出張った事を言ってるのでしょうが、その原因が何を言ってるですか。ジトっとした目で見てくるフーケを私も見返します。そんな微かに緊張感が漂う中、今まで大人しかったキュルケがなんとも呑気な調子で声をかけて来ました。

 

「ユエッ、ユエッ!」

 

「なんです? キュルケ」

 

「見て見てっ! タバサが増えちゃったわ! 私はどのタバサを抱きしめればいいのかしら?」

 

「はい?」

 

 私が思わずキュルケの方を見ると、見た事のない少女を2人を両手で抱えているキュルケが居ました。どちらの少女も金髪で、背は多分私より数センチ程度低いでしょう。背丈的にはタバサに近いですが、どう見てもタバサには見えません。ついっと視線をずらすと呆れ気味な雰囲気でキュルケを見るタバサが普通に座ってます。キュルケは一体何を言ってるんで…………あ、……微妙に焦点が合ってないです。

 

つまりキュルケは寝ぼけて誰とも知らない少女をタバサと思ってる訳ですか。

 

「ねぇねぇ、ユエ! タバサがいっぱいいるわ! 私どうすればいいかしら!?」

 

「……とりあえず顔でも洗ってシャキッとして来るです」

 

 タバサと他人を間違えるとはどれだけ寝ぼけてるんですか、まったく。キュルケは未だに見知らぬ少女2人を抱えたままです。抱えてる2人の内、片方は割とはしゃいでますがもう片方の子はどうにか逃げようともがいてます。嫌がってるなら早めに離すですよ? 泣かれても知りませんからね。

 

この子達はおそらく、と言うか確実に国中からお姉さんが集めて来たとティファニアさんが言っていた戦争孤児の子達なのでしょう。気付けばキュルケが抱えている子達以外に何人もの子供達が部屋の中をウロウロしてました。

 

ある数人はタバサの大きな杖を興味津々で見てますし、またある数人は顔に靴跡を付けたまま堂々と寝てるギーシュさんを突ついて遊んでます。ざっと見ただけでも十数人いますがよく集めて来たと言うべきか、それだけ孤児が出てしまう戦争を憂うべきか、私には判断付きません。

 

私がそんな事を考えているとクイクイと服を引っ張られる感触がありました。そっとそちらを見ると年の頃は5,6歳くらいの女の子が私を見上げていました。

 

「お姉ちゃんは、マチルダおねーちゃんのお友達?」

 

「ブフッ!?」

 

 女の子の質問にフーケが思い切り吹き出しました。気持ちは分かるですが汚いですよ? そして咳き込むフーケに気付かぬまま女の子が更に質問をぶつけて来ます。

 

「それともテファおねーちゃんのお友達?」

 

「……うーん……、そのマチルダお姉さん……とはまだお友達になってないです。テファ……ティファニアお姉さんとは、是非お友達になりたいと思ってます。……が、どうでしょう?」

 

 その質問をする度に首を横に倒す仕草が可愛らしい女の子にそう言ってからクイっとティファニアさんの方を見ると、彼女は嬉しそうに頷いてくれました。

 

「はい! 喜んでっ!」

 

 何か何処かの居酒屋みたいな返事でしたが、これでまた異世界人の友人が出来ました。

 

「ではこれからよろしくです。……という事でティファニアさんとはお友達ですよ」

 

「マチルダおねーちゃんはー?」

 

 さて、どう答えましょう。

私は別になっても構わないとは思うです。泥棒だろうが私に実害が無ければただの人ですし、クラスメイトに吸血鬼な大魔王もいた身です。悪い事なのでやめるべきですが、それだけで友人関係お断りと言うほど心は狭くないつもりです。私が答えあぐねているとその子がヒョイと抱き上げられてしまいました。

 

「はいはい、あんたらは向こうでご飯だよ。ティファニア、この子らの飯作ってやりな。このままじゃ話も出来やしない」

 

「え? あぁ、うん」

 

「うーーっ、おねーちゃんはぁーっ!?」

 

 フーケは抱えられてパタパタと足をバタつかせる少女をティファニアさんに押し付けます。渡されたティファニアさんも危なげなく抱きかかえる所を見るに、相当手慣れているみたいです。少女は不満そうに顔を膨れさせますが、フーケはポンポンと頭を軽く叩いてあしらいます。

 

「はいはいお友達お友達。いいからあんたは向こうでテファにおっぱい貰ってな」

 

「えぇー? 出るかなぁ?」

「フィー、赤ちゃんじゃないーーっ」

 

「はいはい、だったら大人しく向こう行ってな。あたしはこれからお話があるからね」

 

 意外でしたが駄々っ子の扱いに慣れた様子を見ると、しっかり世話をしてるようですね。学院で秘書をしてる時もメイドさん達から慕われていたみたいですし、基本的に面倒見が良いんでしょう。子供達の為にも真っ当な職に就いた方がいいと思うですが、就職にも身分が関係してくるハルケギニアではいろいろと難しいんでしょうね。

 

 フーケは先ほどの女の子をティファニアさんに預けたまま部屋から追い出すと、パンパンと手を叩きながら部屋に居た他の子達も外、先ほどの会話から推測するにダイニングに相当する部屋へ誘導します。

 

「ほらほら、あんたらも行きな。食いっぱぐれるよ!」

 

「あーーっ! まってぇーっ!!」

「おねーさんバイバーイ!」

 

「あぁっ! タバサが行っちゃうわっ! 追い掛けないと!」

 

「タバサは横にいるですよキュルケ。いい加減起きるです」

 

 寝ぼけたまま追い掛けようとするキュルケを椅子に押し戻します。普段徹夜などそうはしないキュルケやギーシュさんは一晩でもつらいみたいです。ギーシュさんなんて蹴られて転がった後本格的に寝始めてますし。グラモン家がどうのとかはどうしたです。

 

「……ふぅ……、タバサ。すいませんがキュルケを……それとそこで堂々と寝てるギーシュさんを外にあった井戸で顔を洗わせて来てくれませんか?」

 

「わかった……… フル・ソル・ウィンデ……[レビテーション]」

 

 タバサは私の頼みを快く引き受けてくれました。魔法を使ってキュルケとギーシュさんを浮かせ、そのまま外へ向かって行きました。なんか風船を持って歩く子供のような愛らしさを醸し出しているです。

 

「あらら~、浮いてるわぁ」

 

「タバサ、私も話が終わったらそっちに行くのでしばらく休んでて下さい」

 

「ん。」

 

 あららーとか言っているキュルケ達が出て行くと、部屋はすっかり静かになりました。子供達が襲来してからの騒がしさに気付けば最初の緊張感がゴッソリ抜き取られ、私は思わずため息をついたです。

 

「はぁ……すっかりやる気がなくなったわ」

 

 フーケも同じような疲れを感じたようです。彼女は立ったままでいるのも億劫らしく、椅子にどっかりと腰を下ろし、先程までより随分とやる気の無くなった目を向けて来ます。

 

 

「……で? あんたら王家側に加担でもする気? もう連中はすっかり囲まれてるし、戦力差も馬鹿馬鹿しいほど開いてる。正直アンタら……いや、アンタがいくら強くても、アルビオン王家が潰れるのはもう変えられないよ?」

 

「いえ……私達は単なるお使いで行くだけなので、戦争を手伝ったりしませんよ? そんな義理もありませんし。ただ、すでにルイズが王党派の所に行ってる筈ですから、早目に迎えに行きたい所ではあるです」

 

 もともと私達の目的は王党派のウェールズ王子から手紙を受け取る事で、戦争に参加してどちらかの陣営を勝利させる事ではありませんし。それに、私が参加したからといって戦局が覆るはずもありませんし。まぁ、ネギ先生や刹那さん、楓さんやクーフェイさんが参加したら一気にそちらに傾くでしょうが、一般的な魔法使い程度の実力しかない私ではその他大勢が1人増えるだけです。

 

「お使いねぇ……。ただの……じゃないけど学生を戦場のど真ん中に送り込む必要があるお使いなんて碌なもんじゃなさそうだね。あたしやティファニアを巻き込まないでおくれよ?」

 

「ここで貴女に会ったのは偶然です。王党派の陣地を教えてもらえればさっさと出て行くですよ」

 

「そーしておくれ」

 

フーケは軽く息をつくと立ち上がり、隣の部屋から幾つかの紙束を持って来ました。

 

「これはアルビオンの全土を描いた地図だよ。以前没落した貴族が持っていたものでね、市販の物よりかなり細かく描かれている」

 

 そう言って広げられた地図は、現代の地図にも劣らない緻密さで描かれていました。山や川の形も丁寧に描いてあり、地図と言うより絵画と言ってもおかしくないほどの出来です。端の方に書かれているサウスゴーダというサインはこれを描いた人のものでしょうか? それともフーケが言っている前の持ち主のもの? 私がもっと良く見ようと身を乗り出したら、ヒョイと地図を取り上げられてしまいました。

 

「何不思議そうな顔してんのよ。アンタ私が誰だか忘れたのかい? 頼まれたからって親切にホイホイ教えるようじゃ怪盗とは言えないんだよ」

 

 そ、そう言うものでしょうか?

かなり疑問に感じましたが、フーケはフフンと得意げに笑うだけで自身の発言を撤回する気はなさそうです。

 

「さて、本来なら金貨を何十枚と要求する所なんだけどぉ~……」

 

 しばらく楽しげに地図の束を振りふり鼻歌を歌っていたフーケですが、私がどう反応すれば良いか考えている間に我に返ったようで、顔を赤くして咳払いをしました。ツッコミも待たずにやめるなら最初からやらなければいいですのに。

 

「んんっ!! ほ、本当なら金貨十枚は最低でも欲しい所なんだけど、ティファニアに頼まれちまったからね。特別にタダで答えてやるよ」

 

「………だったら最初から教えてくれれば余計な恥を掻かなくて済んだですのに」

 

「喧しいよ! イヤならいいんだよ!?」

 

 逆ギレされたです。

 

「分かりました、もう言いませんから教えて下さい」

 

「フンッ! もう知らないね。テキトーに歩いてれば見つかるんじゃないの?」

 

 ついでにヘソも曲げられたです。

 

 その後、ヘソを曲げてしまったフーケをどうにか宥めすかして話をしてもらおうとするですが、なかなか機嫌が治りません。

まったく、良い歳して拗ねないで欲しいです。拗ねる大人なんて可愛くもなんともないというのに。……おっと、睨まれたです。

 

「そうです、情報料代わりにこれを差し上げます。私の所で売られている魔法薬なんですが、食べるだけで年齢を変えられる代物なんです」

 

 言葉でダメなら物で釣る作戦です。場合によっては変装もするだろう怪盗ならきっと興味を持つはずです。

 

「………年齢を……? どういう事だい?」

 

 ……ヒットです。いえ、もしや乗せられたですかね? まぁ、どっちでも構いません。

 

「そのままの意味です。魔法薬の効果で食べた人に魔法が掛かり、大人の姿になったり子供の姿になったり出来るです。その名も『年齢詐称薬』、顔を知られている人やお尋ね者が、周りを誤魔化すのによく使われます。私の友人達も全世界指名手配をされていた時によく使っていたと言ってました」

 

 オスティアのお祭を堪能する為に使い、そのままあのナギラカン戦の観戦をしてたらしいです。あの時私はその上空で警備してたのですが、当時は記憶喪失だったですし、きっと会っても分からなかったでしょう。

 

「……今なんか指名手配がどうのとか聞こえたけど?」

 

「気にする事ありません。ちょっと世界転覆を図る秘密組織に嵌められて濡れ衣を着せられただけですから」

 

「いや、秘密組織って……」

 

 アレはフェイトさんがネギ先生達の動きを封じる為に行った作戦だったそうです。私はそんな事も知らずに呑気に学生やってたのでどれだけ大変だったかは分かりませんが、のどかは賞金稼ぎに剥かれて貞操の危機に陥ったとか言ってたです。いつかその賞金稼ぎに出会ったら一発殴ってやろうと思います。

 

「そんな事よりコレの説明ですが………、実際に使った方が分かり易いですね。一つ使ってみるです」

 

「どう使うのさ」

 

「食べるだけです。慣れてくると変化する年齢を変える事も出来るようになるですが、今は難しく考える必要はないですよ。ささっ、口を開けるです。あーーっと」

 

 詐称薬を一つ手に持ちフーケに差し出します。そして口を開けるよう示唆しますが、彼女は微妙な顔をして私の手を避けました。

 

「いや、食うだけなら自分で出来るから」

 

「遠慮する必要はありません。あーーー」

 

「ちょ、いいって言ってるでしょ!?」

 

 私が更に手を伸ばして食べさせようとすると、彼女はさっと立ち上がり逃げて行ったです。というか、何故逃げるですか。

 

「別に毒ではないですよ? さぁ、口を開けるです」

 

「だから自分で食えるってっ!? もががっ!」

 

 変に遠慮するフーケに食べさせる為、彼女の後ろに回り込んで詐称薬を突きつけます。なかなか口に入れないので少々強引にねじ込むと、ようやく観念して口に含みました。

 

数瞬後ポンという軽い音と共に煙りが上がり、それが晴れると中から緑色の髪を靡かせた12,3歳くらいの少女が現れました。うーむ、今も美人ですが子供の頃から美人だったんですね。吊り目気味で大きな目は猫のような愛嬌がありますし、細いながらも要所要所が豊かに膨らんでいるその肢体は、この歳にして既にある種の色香を漂わせているです。

……む、今の私より大きいです。いえ、これは世界が違うせいですきっと。なので悔しくありません。えぇ!

 

「この、無理矢理すんじゃないよっ!」

 

「素直に食べないのが悪いんです。それよりどうです? 感想は」

 

 私は手鏡を取り出して少女となったフーケの前に突き出します。突然出された鏡に驚く彼女は、そこに映る自分の顔を見てさらに驚きました。

 

「な、何よこれは……っ!? ガキの頃のまんまじゃない!!」

 

「10歳くらい若返ったようですね。大抵そのままでは一粒で5歳ほどしか変化しないんですが、薬との相性が良かったんでしょうか」

 

「はっ………はぁ~~、本当に子供になっちまったよ、ははっ」

 

 化粧乗りを確認するかのように丹念に鏡を見て、そこに映る子供の自分にフーケは微妙に引きつった笑顔を浮かべてます。

 

「体もちゃんと小さくなってる……。服はブカブカ、いつもは重いここも凄く軽いし……」

 

 そういって片手で胸を触るフーケ。フニフニと柔らかそうに形を変えるソレは私の倍近い質量を持ってました。ぐぬぬ……一体どこでこんなに差がつくのですか。食事? 生活環境? この謎をどうにか解明できないものでしょうか。

 

「………フーケ、半脱ぎ状態で胸を揉みしだくのはどうかと思うです。ヤルなら夜1人でやって下さい」

 

「なっ!? そ、そーゆーんじゃないよ!! ちょっと確かめてただけだろう!?」

 

 ブカブカのシャツと完全にずれ落ちたスカートをそのままに、座り込んで熱心に胸を弄る姿は側から見れば人様には見せられない一人遊びのようです。ちょっと目のやり場に困るので指摘すると、フーケも自分の行動の危うさに気付き顔を真っ赤にして誤魔化すように怒鳴りました。

 

「さて、それは良いとして。この薬の効果は今体験した通りです。これを赤青それぞれ3つずつ情報料として差し上げます」

 

「色の違いはなにさ?」

 

「赤で大人に、青で子供になれるです。あまりかけ離れた年齢にはなれませんので、歳を重ねすぎた人は使っても効果が実感出来ないという欠点があるですが、使い道は多いと思うですよ?」

 

 そういう意味ではフーケはギリギリだったかもですね。まだ変化が分かり易い年齢でしたから。この手の幻術を専門に習って詐称薬なしでも使えるようになれば老人から幼児まで変化出来るでしょうが、市販品の薬なので多少の年齢制限があるです。

 

「……ふぅむ……。顔を変える魔法はあるけど、歳を変える魔法なんて聴いたこともないね。しかも食べるだけでなんて、便利すぎるわ。アンタんとこは犯罪者に優しい国なんだねぇ」

 

「そんな訳ないです。買う時にまず身分証明書が必要になりますし、これを使って犯罪を犯せば刑罰が倍増するです。まぁ、首都以外の所では必要な手続きをせずに買える違法店があって、犯罪者はそう言う所で買うので余り意味をなさない制度ではあるですが」

 

 マホネットのサイトでも簡単に手に入るので、基本ザル制度なんですよね。

 

「まぁいいわ。もともと知ってる情報でこんな物を貰えるなら儲けだよ。じゃあ、早速話そうかね。……よっと」

 

 先程までヘソを曲げていた筈のフーケは上機嫌で立ち上がり椅子へと戻ります。そんな彼女を見るとやはり乗せられてたかもしれません。少し思慮が足りなかったですね。私がそんな感じで反省しながら椅子に戻るフーケを見ていると、彼女はずり落ちたパンツに足を取られて盛大にずっこけました。

 

「ヘブッ!?」

 

 転ぶとは一切思ってなかったようで、受け身も取らずに顔から行きましたよ。い、痛そうです。

 

「い、いたたたた。なんなのよ、もう!」

 

「下着がずり落ちてるのに気付かずに足を引っ掛けたんですよ。……おぉ、なかなか刺激的なのを履いてますね」

 

 転んだ拍子に飛んで来たパンツを顔の前で広げるとフーケは慌てて取り返そうと飛び掛かって来ました。

 

「こら、返しな! わざわざ広げるんじゃないよっ!!」

 

「おっとっと。そんなに慌てなくても盗りはしませんよ」

 

 ピンクのスケスケ、しかも局部を隠す所までもうっすら透けているパンツなど欲しくありません。サイズ合いませんし。

 

「ったく。このままじゃ落ち着かないし、そろそろこの魔法解いてくれるかい?」

 

 私の手からパンツをひったくったフーケは、悪態を付きながら脱げた服を体に巻きつけて肌を隠し、次いで取り返したパンツを履こうとしましたが体が小さくなったせいですぐ落ちてくる事が分かると、忌々しそうに睨みつけてからポケットにしまいました。

 

「急がなくても数時間ほど放っておけば解けるですよ? 別に困りはしないでしょうし、しばらく束の間の子供時代を楽しむといいです」

 

「冗談じゃない、こんな格好いつまでもやってられるかい」

 

「おや、気に入りませんでしたか?」

 

「いや、薬自体はいいんだよ。使い方は簡単だし、効果も普通のメイジには出来ないものだ。ただここではマズイ。もしティファニアに見つかったら……」

 

「ティファニアさん?」

 

 彼女に見つかったからと言って何があるのでしょう?

知り合って数時間しか経ってませんが、彼女が乱暴な事をするようには見えませんでしたし、子供達もかなり懐いているようでした。そんな彼女を何故警戒するのでしょう。

 

「彼女に何かあるんですか?」

 

「うぅ……、いいから早くしなっ! 見つからない内に戻らないと殺されちまうっ!!」

 

 こ、殺されるとは穏やかではないですね。事情はよく分かりませんがここまで言うのですから何かあるのでしょう。目の前で殺人事件が起こるのも困りますし、とりあえず解いてから話を聞くとしますか。

 

「分かったです。本当は良く分かってませんが、とりあえず早く元に戻らないとマズイと言うのは分かりました」

 

「あぁ、それだけ分かれば十分だよ。さぁ、早く戻してくれ。……ティファニアが来る前に」

 

「は、はい。では早速……」

「あのー……ユエさん達も一緒にお昼ご飯食べませんか? その……せっかくお友達になったんだし、もっとお話ししたいなって……あれ?」

 

 今まさに魔法を解こうとした所で件のティファニアさんがやって来ました。どうやら昼食のお誘いをするつもりだったようです。

 

「お、遅かった………。いや、今ならまだ逃げられる」

 

 咄嗟に私の背に隠れたフーケが何かブツブツ言ってるです。あの人数の食事を用意するのだけでも大変でしょうに、急に来た私達の分まで用意してくれるほど人の良いティファニアさんのどこにそこまで危険視する必要があるのでしょう?

 

「あの、姉さんは? それに……」

「くっ!?」

 

 ダッと走り出すフーケですが、子供の足ではそれほど速度も出ず、てててっという擬音がピッタリな感じになってます。

 

「あだっ!?」

 

 ついでにコケたです。無理に巻きつけていたスカートの裾を踏んづけたみたいですね。

 

「あらあら、大丈夫?」

 

 転んだフーケを心配してティファニアさんが駆け寄りますが、それより早くフーケは起き上がり再度逃走を図ります。

 

「い、いやっ! 大丈夫だから来るんじゃないっ!」

 

「……っ!」

 

 その言葉に固まるティファニアさんを置き去りにして、フーケは部屋を飛び出し………

 

「へぶっ!!」

 

 飛び出そうとして、今度は先ほど踏んだスカートがずれ落ちて足に絡まったみたいです。見事なコンビネーションズッコケです。コケ芸レベルが高いですね、フーケ。きっと彼女なら伝説のコケ芸、バナナ式を成功させてくれるに違いないです。手元にバナナが無いのが悔やまれます。

 

私がそんな事を考えている間にティファニアさんが転んだミニフーケに近付き、逃げ出さないようにしっかりと抱き付きます。

 

「げっ!? しまっ!」

 

「大丈夫よ。ここにあなたを虐める人はいないわ」

 

「へっ?」

 

「きっとまたマチルダ姉さんが連れてきたのね? 大変だったでしょうけどもう大丈夫よ」

 

「いや、違うかムグ!?」

 

「いいの。何も言わなくて大丈夫だから。だから安心してね?」

 

「むー! ムーッ!!」

 

 何やら感極まっているティファニアさんがミニフーケを抱き締め、安心させるように頭を撫でています。当のフーケはティファニアさんが持つ巨大な胸に顔を埋められそれどころではなさそうです。

 

息が出来ずにもがくフーケを、ティファニアさんは怖がっていると判断したようで抱き締める力を更に強くしました。平均サイズなら上か下を向ければ顔を出す事も出来たのですが、不幸にもティファニアさんの胸は小さくなったフーケの顔よりもずっと大きく、上を向いても下を向いても、もちろん左右に首を振っても顔を出す事が出来ません。どうにか逃れようと暴れますが、体格差もあってビクともせず、次第にフーケの動きが鈍くなっていきました。

 

「……あら? 安心して寝ちゃったみたいです」

 

 動かなくなったフーケを見て優し気に微笑むティファニアさんに、私は乾いた笑みを返す事しか出来ませんでした。フーケが恐れていたのはこういう事でしたか。なんだか悪い事をしました。詐称薬以外にも何かオマケを付けて上げる事にします……。

 

 

 

 







第24話でしたぁ。仕事が忙しくてなかなか書く時間が無い中、チマチマ書いては書き直すを繰り返していたら半年も経ってるとは………。おかげで展開が二転三転したりしてまるで収集つかなくなって全部消したりなんかもしちゃいました。時間掛かり過ぎるとダメですねぇ。忙しい状況に慣れ始めたので、また少しずつ投稿して行きますのでどうぞよろしくです。



展開が強引なのは時間があきすぎた訳じゃなく自分の力量の所為です。なんでスムーズにいかないんかねぇ……


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ゼロの旅25


 このSSは夕映が主役なので夕映が居ないところは原作どおりに進むって事にしよう。なんて思ってたけど、すでに原作に無いところがたんまりあったりするので、スルーは出来なかったのだ。

そんな訳で履いてないルイズが何してるかってのを書いてみた。なんかやっつけっぽくなっちゃったけど、気にしないで下さい。

それではどうぞぉ~







 

 

 

 

 

 あぁ、始祖ブリミル様。

 

私はこの地に生まれ出でて以来、ずっと貴方様の教示に従って生きてきました。

 

病める時も、健やかなる時も、常に貴方様のお言葉を胸に日々を過ごしてきました。

 

それは、他のどんな敬虔な教徒にも負けないと胸を張って言えるほどです。

 

私は貴方の忠実な使徒。私は貴方の敬虔な僕。これまでの人生の中で、何度と無く訪れた苦難も、貴方様が私の為に与えて下さった試練なのだと思って、どんな辛い日々にも耐えて来ました。

 

確かに、私は貴方が授けて下さったはずの魔法を扱う事が出来ません。ですが、それは私が未熟だから。貴方の期待に応える事の出来ない私が悪いのです。

 

だから、そのことについての罰は如何様にもして下さって結構です。私は喜んでその罰を受け、罪を償います。ですが………

 

私は初めて貴方様のお導きに異を唱えます。それがどれほど恐れ多い事かは分かっております。ただ、どうしても言わなければならないのです。

 

何故………

 

何故この様な試練をお与えになったのですか!?

 

 

 

「ルイズ! 急ぐんだっ! さぁ、僕が付いてる!」

 

「いや、ワルド!? 大丈夫だから! 手を引っ張らなくてもついていけるからっ!! 手を離してっ!」

 

「大丈夫だ、遠慮はするな。君は僕が守ってやる」

 

「い、いや、だから……」

 

 そうじゃなくて、手を掴まれたらスカートが押さえられないでしょーーーっ!?

 

なんで?なんで、私パ、パ、パンツを履いてないのよ!? 履き忘れた? いつ? 昨日はお風呂の時間が終わってて入れなかったから着替える時に忘れた訳じゃないし、お手洗いに行った時にはちゃんと履いてたわ! だから履き忘れて来たなんてあり得ないのっ! もしそうだったとしても、ここに来るまでに絶対気付くわ。パンツも履かずにグリフォンなんかに乗ったら、鞍は冷たいだろうし、風でめくれて見えちゃうだろうから絶対気付くもの!

 

私は『女神の杵』亭で賊に襲われてからサイトとワルドの2人に連れられてアルビオンに向かう船に乗るために桟橋まで走って来たわ。途中宿の方から凄い音がいっぱいして、残してきたタバサやギーシュ、それとまぁオマケでキュルケが心配になったけど、危険を承知で囮になってくれたみんなの為にも止まる訳にはいかないからと前だけ向いてここまで来たの。

 

私が持つユエの杖。黒くて先にクッキーを囓った様な形の月が付いているとても立派な物を両手で抱えながらだからとても大変だった。何度かワルドが持とうかと聞いてくれたけど、私の大事な友達の杖はやっぱり自分で持っていたい。杖だけ置いて居なくなったのは凄く心配だけど、あの子がとても強い事は良く知ってるからきっと大丈夫なんだって自分に言い聞かせて必死になって走って来た。

 

ようやく桟橋に到着して、アルビオン行きの船が停泊している所に行こうと階段を登り始めた時、強い風が吹いてきて私のスカートを捲ってきたの。ワルドは前を走ってるから見えないだろうけど後ろにはサイトがいるから、私はとっさに片手でお尻を押さえたわ。よく考えたら、使い魔に見られた所でなんともないじゃない? 何でそんな事をしたのかよく分からなくて、なんとなくお尻をさすったの。別に痒かった訳じゃないんだけど。

 

 そしたら何故かいつもは感じる布一枚分の感触が無かったのよ!

 

なんでよ!? ここに走ってくる間に脱げたとでも言うの!? またサイトが変なイタズラでもしてたの!? でももしかしたら勘違いかもしれないと思って、走りながらそーっと手をスカートの中に入れてみたら………

 

やっぱりないのよ! それなりに上質の布を使ったパンツのスベスベした感触がなくて、私の肌の感触があったの! ついでに触れられた感触もあったわ。つまり、私はパンツを履いてないって事なのよ!!

 

あぁ、ブリミル様! 私になんて試練をお与えになるのですか!? 今でなければまだマシだった。学院に居る時ならこそっと部屋に戻って履き直す事も出来たし、ラ・ロシェールでのんびりしてる間なら、街で適当なのを買ってくる事も出来たのに。ここからはアルビオンまで一直線で行く予定なのよ! 今さら「パンツ履いて無かったから、一回戻るわね」なんて言えないじゃないの。

 

しかも、しかもよ? 船の上ってものすごく風が強いのよ。学院の制服はスカートも短いし、布も上等だから軽いしで、ちょっとした風でも捲れちゃうのよ。それなのに、これから船に乗るのよ! パンツが見えるくらいならまだいいけど、今は履いてないの! 直接見えちゃうのよ。

 

 どうすればいいのよぉーーっ!!

 

「ルイズ!!」

 

 サイトに呼ばれて振り向いたら、いきなり誰かに抱き付かれたわ。そしてそのまま私ごと階段から飛び降りた。ちょ、ちょっと! そんな事してスカートの中が見えたらどうしてくれるのよ!?

 

私はポケットから杖を取り出して、呪文も唱えずそのまま私を抱えてる誰かの脇腹に杖の先を突き刺してやったわ。そいつは痛みで私を抱えていられなくなったみたいで、少し手が緩んだ所に、上から風の塊がそいつにぶつかって来たの。おかげで私は空中に放り出されたけど、間髪入れずにワルドが飛んできて、私を抱えて元の階段まで戻って来た。

 

 あーーっ、危なかった!

今の、ちょっと間違えたら中身全開になってたわよ!? まったくどこのどいつよ、危ない真似をしてくれる奴はっ!

 

 私がそいつが居る方を見ると、剣を構えたサイトに向かって杖を構えている仮面を付けた変人が居たわ。さっきのはおそらくあいつね!

 

私は素早くスカートの中に隠してあったミノタウロス製の鞭を引き抜いて、手首を捻るようにして振って一動作で相手の杖に鞭をぶち当ててやったわ。鞭なんてものが来るとは思ってなかったそいつは、私の一撃で杖を取り落としかけて呪文を完成させる事が出来なかったみたい。

 

むぅ、本当は杖を吹き飛ばすかへし折るかしたかったんだけど、スカートが必要以上に捲れないようにと加減したのがいけなかったみたいね。

 

サイトはその隙にボロ剣で斬りかかるけど、そいつはそれを素早く避けてもう一度呪文を唱えだした。かすかに聞こえる呪文の内容からなんの魔法が来るか分かった私は、急いでサイトにそれを教えてやる。

 

「サイト! 【ライトニング・クラウド】! 雷が飛んで来るわっ!」

 

「何っ!?」

 

 しまった。魔法の内容じゃなくてすぐ逃げる様に言うべきだったわ。サイトが次に来る魔法に動揺して動きが止まっちゃった。このままだと直撃する!

 

「相棒! 俺を掲げなっ!」

 

「デルフ? なんか分からんが分かった!」

 

 サイトがボロ剣に何か言われたみたいで、逃げようともせずにボロ剣を相手に向かって構え始めた。

 

「ちょっと、逃げなさい! 剣で雷をどうこう出来る訳ないでしょっ!?」

 

「任せとけ娘っ子。デルフリンガー様はちゃちな魔法は効かねぇんだ」

 

 そんな事を言ってるボロ剣に向かって、相手の呪文が炸裂したわ。

 

 バチンッ!!

 

「うおっ!?」

「へっ! 効きゃあしねーよっ!!」

 

 その時、確かに魔法は直撃したはずなのにサイトは全くの無傷で不思議そうにボロ剣を見てた。私が見たのが本当なら、ボロ剣にライトニング・クラウドが直撃した瞬間ボロ剣が光って、そのまま魔法が吸い込まれるように消えていったの。何よあれは。

 

「おいおいデルフ、どうなってるんだ?」

 

「へっ! 俺様はどんな魔法でも吸収する力があるのさ。これくらいの魔法屁でもないぜ」

 

「マジかよ、すげーじゃねーかデルフ!」

 

「わははははっ! そうだろ?そうだろ!? 何たって相棒の剣だからなっ! これくらい出来ねぇと相応しくないってもんさ! 金貨を千枚積んでも俺様は買えねぇぜ!」

 

「おぉ、いいぞデルフ! これならあんなの怖くないぜ!」

 

 えぇー………、値切りに値切ったボロ剣に、そんな能力があるなんてどれだけついてるのよ。と言うかあのボロ剣、まだ値切り倒された事根に持ってたのね。

 

サイトが構え直すと、賊も魔法を消された事の衝撃から回復したみたいでまた杖を構えてきたわ。次の魔法は………ブレイドね!

 

「ワルド、サイトに注意が行ってるうちに魔法で」

 

「うむ、任せろ」

 

 斬りかかるサイトを避けてブレイドを突きだしてくる賊に向かって、ワルドが素早くそして力強く呪文を唱える。

 

「サイト下がって!」

 

「お、おう!」

 

「ワルド、今っ!」

 

「よし! 【エア・ハンマー】!」

 

 ズン! って重い音と共に賊は吹き飛んで、そのまま下に向かって落ちていった。

 

「あれ放っといていいのか?」

 

「いや、あれを仕留めるより先に船に乗り込んだ方がいいだろう。船を押さえられない様に急いできたんだからな」

 

 ワルドはそう言うとまた私の手を取って走り始めた。確かにあれを倒す為にまた階段降りるのは大変だものね。それは分かるんだけど、手を繋ぐ必要はないのよワルド。むしろそれだとスカートがぁっ!

 

「ワルド、放して。階段じゃ手を繋いでると走りにくいわ」

 

「む、そうか。すまない」

 

 今度は素直に放してくれたわ。おかげで持っていた鞭をしまって空いた手でスカートを押さえていられるようになった。私は杖を正面から抱える様にして、長さを利用して足の間に杖の先がくるよう持つ事でスカートの前を押さえ、もう片方の手で後ろを押さえる形で階段を駆け上がった。杖を足で挟むようにしてるから擦れて少し変な感じだけど、贅沢は言ってられないわ。

 

なんとかスカートが捲れないように走ってたからいつもより足が遅くなっちゃったけど、なんとか上まで登り切る事が出来た。枝の先に1艘の船が停泊しているのを見て、ワルドは迷わず乗り込んでいく。私たちもそれに続くと、甲板で寝ていたらしい船員が起きてきてお酒を飲みながらこちらに向かって怒鳴り散らす。

 

「だ、だれだおめぇら!?」

 

「船長はいるか?」

 

「寝てるぜ。用があるんなら、明日の朝にでももう一度来るんだな」

 

 貴族になんて口の利き方をするのかしら。ワルドはスラリと杖を抜いてもう一度同じ質問をした。

 

「船長は、いるか?」

 

「き、貴族!?」

 

 酔っぱらい船員は慌てて甲板を駆けて行った。まったく、服装を見ればだいたい分かるでしょうに。私が船員の間抜け加減に苛立っていると、急に強い風が吹いてまたスカートを持ち上げようとした。

 

「っ!?」

 

「ん? どうしたんだ? ルイズ」

 

「な、なんでもないわよ!」

 

「……別にパンツくらい見えてもいいだろうに。いつも誰が用意してると思ってるんだ。お前が今日、どんなパンツ履いてるかなんて俺は全部知ってるんだぞ? 何せ毎日洗濯して、その日に履くパンツを選んでるのは俺なんだからな」

 

 私がスカートを押さえてることで、サイトはパンツが見えそうになって慌ててると思ったみたい。でも本当はもっと深刻なのよ! 確かにサイトは使い魔だし、見られたってどってことないけど。船員だってどうせ平民だし構わないわ。ただ、ここにはワルドが居るのよ。親が決めた婚約者とはいえ、一応あこがれてた相手に履いてない所を見られたら、私生きていけないわ。

 

………あ、まずい。これからウェールズ皇太子にも謁見しなきゃいけないんじゃないの! え? えぇ!? 私、パンツ履かずに謁見するの!? ラ・ヴァリエールの三女ともあろう私が、凛々しき王子様にパンツも履かずに謁見するの? あわわわわっ! そんな事知られたらお母様に殺される………

 

「野郎ども、出港だ! もやいを放て! 帆を上げろ!」

 

 あわわわわ。まずい、考えてる間に船が動き始めちゃったわ! でも、ここで飛び出して1人で残るなんてあり得ない。この任務は姫様直々に私が承ったんだもの。せっかくの機会を不意にする訳にはいかないわ。

 

あぁ、でも、その名誉な任務を履いてない状態でこなさないといけないなんて………

 

「ど、どうすれば………」

 

「ルイズ、大丈夫か? 高い所が苦手とか?」

 

「ん!? ううん、大丈夫よ!? そ、その……走ってきたから、疲れちゃったのよ」

 

「あぁ、そうか。そりゃああの距離をずっと走ってりゃ疲れるよな。俺は途中からデルフ握ってたおかげで、そこまで疲れてないけど」

 

 適当に言った割にはうまく誤魔化せたわね。サイトはそのまま遠ざかる桟橋を眺めているから、今のうちに作戦を考えなくちゃ。

 

まず、ワルド達の会話を聞くとアルビオンに到着するのが明日のお昼ごろらしいから、それまではこの船の中に居ればスカートを気にする必要はないわね。気を付けないといけないのはアルビオンに着いた後。反乱軍は私達の事を知ってる訳じゃないからそっちはどうとでもなると思う。ただ、そんな中で別行動出来るかどうかね。2人に「ちょっとパンツ履いてないからパンツ買ってくる」なんて言えないし、かと言って理由も無く別行動出来る状況じゃない。絶対2人とも危ないからとか言って着いてこようとするか、そもそもそんな暇はないって言って行かせてくれないかのどっちかじゃないかしら。

 

 えーと……つまり…………どうしようもないじゃない! この船の中で手に入ればいいんだけど…………うん、無理ね! 積荷は硫黄だけみたいだから荷物から分けて貰う事は出来ないし、船員の下着を分けて貰うなんて絶対イヤだし! か、覚悟を決めてこのまま行かないといけないのかしら……? 首尾よくウェールズ皇太子に謁見出来て姫様の手紙を渡す事が出来たとしてもよ? その時スカートが何かの拍子に捲れでもしたら、私の大事な所がその場にいた全員に見えちゃうじゃない。そんな事になったら末代までの恥よ! ヴァリエールの娘は、アルビオン王家の前で大事な所を曝け出した変態だと噂されちゃうっ! うわわわわわっ! 絶望の余りお腹の奥がキュンキュンして来たわ!!

 

私がこの絶望的な状況に頭を抱えていると、船長と話し終わったワルドが戻ってきた。

 

「2人とも、船長の話ではニューカッスル付近に陣を置いた王軍は、完全包囲されて苦戦中らしい」

 

 えー……どうやったら完全包囲なんて事になるのよ。よっぽど司令官が下手か戦力差がものすごーくあるかじゃないとそうはならないわよ?

 

「………あ、ウェールズ皇太子は?」

 

「わからん。生きてはいるようだが」

 

 むーん。パンツも気になるけど、そっちも結構深刻かも。

私はしばらくワルドとアルビオンに着いてからどうするかを話し合っていた。頭の半分はパンツをどうするかを考えていたせいなのか、結局いい案は出なかった。そして気付いたらサイトが呑気に寝てた。こっちはいろいろと大変なのに、なんて奴なのかしら。それでも使い魔? 私が八つ当たり気味に寝ているサイトを蹴飛ばしてやると、サイトは勢いよく甲板に頭をぶつけて思いっきり痛がっていた。私が蹴ったと気付かなかったみたいで、首を捻りながらまた寝る体勢に入るサイトを見て軽く笑うと船の一室を借りて寝る事にした。寝ている間にスカートが捲れないように体勢を整えてユエの杖を抱き抱えるようにして目を閉じた。

 

 

 

「アルビオンが見えたぞーっ!」

 

 んあ?

んーーっ!……っと、どうやら着いたっぽいわね。私は1度大きく伸びをしてから甲板に上がった。

 

「お、ルイズおはよう」

 

「んー、おはよう。さっきからキョロキョロして何してんのよ?」

 

「アルビオンが見えたって言うのに、どこにも見えないんだよ」

 

「どこ見てんのよ。あっちよ、あっち」

 

 微妙に下を見てるサイトにアルビオンのある方を教えてやると目を見開いて動きを止めた。相当驚いたみたいね。

 

「驚いたみたいね?」

 

「あぁ、こんなの見た事ねぇ」

 

「そう? 浮遊大陸アルビオン。あーやって空に浮かんで主に海の上を彷徨っているわ。通称『白の国』、だいたいトリステインと同じくらいの国土があるわ」

 

「なんで『白の国』?」

 

「あーやってアルビオンから流れて来た水が霧になって下を白く覆っているでしょ? 見た目白いから白の国」

 

「意外と単純な理由なんだな」

 

「単純とか言わない! 歴史ある国なんだから」

 

「へーい」

 

 こいつってば分かってるのかしら? まぁ、いいわ。それより問題はこれからどうするか、よね。今もさり気なく押さえているんだけど、結構際どい所まで捲れてるのよこのスカート。早く港に着いてくれないと気になって満足に歩く事も出来ないわ。

 

「右舷上方の雲中より船が接近してきやす!」

 

 その声の示す方を見ると、私達が乗っている船より一回り大きい船が近づいて来てた。舷側に空いた穴から沢山の大砲が突き出している。もしかして貴族派の軍艦かしら? い、いやだわ。こんな所であんなのに捕まってる暇はないのに。

 

そうこうしている内に私達が乗っている船の針路に大砲が撃ち込まれた。お腹に響く大きな音を立てて撃ち出された砲弾が、船先を掠めて雲の中に消えていくのを見てあの船が貴族派の軍艦じゃなく空賊だって事に気付いた。むーん………貴族派に捕まるのも面倒だけど空賊に捕まるのも同じくらい面倒だわ。なんでこんな時に来るのかしら? これも始祖ブリミルの試練だとでも言うの? くぅ……っ! 文句を言う訳じゃないけど、せめて学院に帰ってからにして欲しかったわ!

 

船にロープを渡して乗り移ってくる空賊達を見てとりあえず杖を抜こうとしたんだけど、今杖を持つ為に手を放すとお尻か前のどちらかが丸見えになっちゃう事に気付いて思わず手が止まっちゃった。ただでさえ風の強い空の上だから気を抜くとすぐ捲れちゃうって言うのに、これじゃあ満足に戦う事も出来やしないじゃない。

 

「船長はどこでぇ」

 

 他の空賊に比べて派手な格好をした一人の男が船長を呼びつけて話しを始めた。どうもあの男がこいつらの頭みたいね。どうにか出来ないかと周りを見るけど、連中はぐるりと私たちを囲んで武器を構えてるし、連中の船からも弓や銃でもってこちらを狙ってるから下手に動けない。まぁ、私はスカートを押さえてないといけないからどっちにしても動けないんだけどね。

 

ふと見ると、船長と話してた空賊の頭がこっちを見てきた。

 

「へぇ、こりゃあ別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねぇか?」

 

 そう言って私の顎を手で持ち上げてニヤリと笑ってきた。むかっ……

 

 ヒュッパンッ!!

「っ!!!?」ドサッ

 

 私は思わず鞭を振りぬいていたわ。最低限の動きで鞭を抜いて、上に振り上げる動作を利用してぶち当ててやったわ。ざまぁみなさい。

 

え? 何にって? そんな事貴族の乙女に言わせないでよ。

 

「お、お頭ーーっ!?」

「だ、だいじょぶっすかお頭ーっ!?」

「ぐ、ぐおぉぉおおお……」

 

 あははははーーっ! この私に無礼にも汚い手で触るからそーなるのよっ!

 

 

「る、るるる、ルイズ!? ルイズさん!? ルイズ様!? ななな何してくれちゃってますんですか!?」

 

 なんだか物凄く慌ててるサイトが私に詰め寄ってきた。

 

「ふん。私の顔に汚い手で触るのが悪いのよ」

 

「うん、とてもお嬢様っぽい台詞で感激です! でも、今はやっちゃダメだろ!? 俺、今さっきワルドに冷静になれって言われてしぶしぶ大人しくしようかなって思ってた所なんだぞ!?」

 

「だって、触ってきたのよ? あの油とか煤とかいろいろ着いてる手で。無礼にも程があるわ」

 

「いや、言いたい事は分かるけど、俺ら今武器突きつけられてる所なんだよ!? なんでそんな平常運転なんだよ!」

 

 言いたい事は分かるけど、仕方ないのよ。だって汚かったんだもん。油の変な臭いもしたし。

 

 

「て、てめーら、よくも頭を!!」

「ただで済むと思うなよ!?」

 

 ガチャって音を立てながら武器を構えだした空賊達を見て、さすがにちょっとまずいかなぁとか思い始めた。

 

「ぐっ……やってくれるな、貴族のお嬢ちゃん。こ、こんな真似されたのは生まれて初めてだぜ……」

 

 空賊の頭がなんとかかっこつけようとしてるけど、手で打たれた所を押さえたまま脂汗を流してうずくまっている。まだ喋れたのね。やっぱしっかり振れなかったからそんなに効いてなかったみたい。

 

「頭ぁ! 無理しないでくだせぇ!」

「大丈夫っすか!? 今、腰を叩きやすねっ!?」

 

 部下に労われつつこっちをすごい形相で見てくる頭に、私は一度鞭を床に向かって振ってやる。

 

 シュパンッ!

 

 ビックゥッ!?

 

 鞭が床を打って鋭い音を立てると、サイトや船員も含めて船の上の男達全員が跳ね上がった。

 

あはっ。これはちょっと面白いわ。

 

「次は………誰の番なのかしら?」

 

 私がそう言うと空賊達は一斉に一歩後ろに下がった。ふふふふふ………あんた達、覚悟なさい。パンツが無くて余裕の無い私に妙な真似するのがわる………そこっ! 魔法は使わせないわよ!?

 

シュパンッ!! パンッ!   カララン……「ぎゃ!」

 

円を描くように飛んだ鞭が空賊の1人の杖を飛ばし、そのあと手首を跳ねさせて地面を這うように流した鞭の先がさっきの頭と同じ運命を辿らせる。

 

「トリステインの貴族を馬鹿にするんじゃないわよ空賊風情が。私はこれからアルビオン王家のウェールズ様の所まで行かなきゃならないんだから、あんた達に構ってる暇はないのよ! 邪魔だからさっさと他所行きなさい!!」

 

 睨み付けてやると全員青い顔をして未だに苦しんでいる頭の方を見る。多分どうすればいいか指示を仰いでるんだろうけど、頭は青い顔をしてうなるだけで指示なんて出せる状態じゃなさそう。

 

「さぁ、この狭い船の上なら、私は貴方達が魔法を使うより先にそこのお頭さんと同じ目に会わせる事が出来るわ。そうなりたくなかったら即刻立ち去るのね!」

 

 ヒュパンッ!

もう一度鞭を打ち鳴らして言ってやると、空賊の一人がなんとも言えない表情で手を上げてきた。

 

「あー、お嬢さん? 一ついいかい?」

 

「何よ?」

 

「あんたらは何で、その、ウェールズ王子のところに行こうとしてるんだ?」

 

「それを貴方に言う必要があるのかしら? まぁいいわ。私達は王党派への大使なのよ。トリステイン王家からアルビオン王家への正当な、ね。分かったならさっさとどっか行って頂戴。今ならまだ無かった事にしてあげるわ」

 

 そう言うと、その空賊は他の仲間と何か目配せしてから頭の方を見た。きっと何か企んでるのね。私も誰かが呪文を唱えないか警戒しておく方がいいわね。

 

私がスカートと空賊の呪文を気にしていると、頭を介抱していた子分の一人がなんか驚きだしてキョロキョロと辺りを見回し始めた。ふふん、やっぱり何かするつもりなのね? 分かってるんだから。私が鞭を握り直していつ動き始めてもいいように準備をしていると、子分に肩を借りて頭が立ち上がった。

 

もしかしてこのまま引いてくれるのかな。そう思っていると、さらにもう一人の子分が寄ってきて頭の髪を掴んで引っ張り始めた。

 

え? 何を始めるの? そう思って見ているとスルリと髪が抜けて下から鮮やかな金髪が現れた。

 

「「は?」」

 

 私達が驚いていると、さらに子分は眼帯を取り、ヒゲを端からビビビッと音を立てながら抜いて、いえ取っていく。そうしてすべて剥ぎ取られて出てきたのは、多少青い顔をしているけど、とても凛々しい顔立ちをした男性で……

 

「はぁはぁ……私に一体何のようがあってこんな所まで来たのか教えて貰えるかい?」

 

「え? え? あれ?」

 

「ル、ルイズ? どういう事だ、これ?」

 

「わ、私が分かる訳ないでしょ…?」

 

 私達が戸惑っていると、頭は自分だけで立って私に向かってこう言ったわ。

 

「………こんな情けない名乗りをするのは初めてだ。……私はアルビオン王立……いや、簡潔に行こう。私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。改めて聞こう勇ましきお嬢さん、私に一体なんの御用なんだい?」

 

 え、えぇ? この人がウェールズ皇太子? え、何で? 空賊の頭じゃ、え? 王子様なの? ちょ、だって、私………

 

 

「う、ウェールズ皇太子……なの? いえ、なのですか?」

 

「ああ。こう胸を張って名乗れないのが情けないが、ね。君が嵌めているその指輪は、アンリエッタが嵌めていた水のルビーだね?」

 

「は、はい。そうです。え?」

 

 ウェールズ皇太子って名乗った頭はヒョコヒョコと私に寄ってきて、私の手に嵌めている姫様から預かった指輪に自分が嵌めている指輪をかざした。そしたら指輪から虹色の光が溢れてきて辺りを淡く照らしだした。あれ?

 

 

「水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹色の橋だ。……っと、だいぶ楽になってきた。さて、大使殿。お名前を伺ってもよろしいかな?」

 

「あ、え、へ、えぇ……?」

 

 

 え? 本物、なの? ちょ、え、え?

 

ぎぎぎっと首を回してサイトとワルドの方を見ると、2人ともやっぱり驚いたように目を見開いていた。ぎぎぎっと元に戻して頭、いえウェールズ皇太子を見ると、まだ若干青い顔をしてるけど、私の戸惑った顔に苦笑していた。

 

「ほ、本物の……ウェールズ様?」

 

「あぁ、そうだ。始祖に誓おう」

 

 

 

 ブ………ブリミルゥゥゥゥゥゥッ!!!

 

 

 

 







やっべー、やっちゃったよぅ。これからどうしようw


王女を脱がす夕映と、王子をヤっちゃったルイズ。この不敬コンビめっ!w

次は誰が誰に不敬な真似をするのかしら?かしら?


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ゼロの旅26

仕事が忙しくなって更新が止まってはや1年。ようやく完成いたしました!

長期間に渡ってチマチマチマチマ書いてたので、途中で何を書こうと思ってたのか忘れてしまい話はまったく進んでいません。ついでに内容も微妙な気がする!残念!


でも、とりあえずどうぞー


 

 

「はい、姉さん。あーーん」

 

「あむ。ムグムグ………いやえっと、ティファニア?」

 

「はいはい、次はこっちね? あーーん」

 

「いや、あのね?」

 

「あ、こっちの方がいい?」

 

「そーじゃなくって! なんであたしを膝の上に乗せるんだい!」

 

 なんとなく大人しくティファニアさんの膝の上に乗せられていたフーケですが、そのおかしさに気付き暴れ始めました。

 

「だって、姉さんこんなに小さくなっちゃったんだもの。膝に座らないとテーブルに届かないでしょう?」

 

「届くよ!? 普通に届くからね!? というか、あたしより小さいジャリ達も普通に座ってるでしょうがっ!!」

 

「じゃあもっと小さければ膝に乗せてもいいのね? ユエさん、もう一個お願い出来ますか?」

 

「するんじゃない!」

 

 気絶したフーケをベットに寝かせている間に私がティファニアさんに事情を説明すると、彼女は少し考えるそぶりを見せた後自分にも一つ欲しいと言って来ました。特に断る理由もなかったので一粒彼女の手に乗せると、ティファニアさんはしげしげと詐称薬を眺めた後おもむろに寝ているフーケの口に放り込んだです。急に異物が口の中に入って来た事に驚き飛び起きたフーケが煙に包まれ、出てきた時は更に幼い5,6歳の姿になってました。それからティファニアさんは嬉しげにフーケを抱き上げると、その後1度も下ろそうとはしませんでした。

 

そして、昼食の準備が終わり食事を始めた今もフーケが離れるのを許さず終始膝の上に乗せているです。

 

「というか、何であたしは更に小さくなってるんだい!? このままドンドン小さくなっていくんじゃないだろうね!?」

 

「大丈夫ですよ。その姿はもう一つ薬を飲んだからそうなっただけで、そのまま変化し続けるなんて事にはならないです」

 

「なんで更に飲ませたんだい!! 戻せっていったろ!?」

 

「いえ、ティファニアさんがどうしても欲しいというので一つ差し上げた所、なんの躊躇もなしに貴女の口に放り込みまして」

 

「ティファニア!?」

 

「えへーー。だってユエさんが、飲めば小さくなるって言うからつい」

 

「つい、じゃないでしょうがっ! ついじゃ!!」

 

 膝の上で暴れるフーケを危なげなく支えながらティファニアさんはとても楽しそうに彼女の頭を撫でています。今のフーケは本当にただ小さいだけの少女なので多少暴れたとしても日々ヤンチャな子供達の相手をしているティファニアさんにとっては可愛い抵抗でしかないのでした。

 

「さっさ、そんな事よりお食事を続けましょーねー?」

 

「食事なんてどーでもいいんだよ! いいから元に戻しな!!」

 

「まぁ、ダメよ? 姉さん。食べ物があるのがどんなに幸せな事か姉さんが知らない訳じゃないでしょう?」

 

「そーゆー事を言ってるんじゃないんだよ!もーーーっ!!」

 

 とうとうフーケが頭を抱えてしまいました。今のティファニアさんはまさにワガママな子供に対応する母親のような態度で、何を言っても暖簾に腕押し状態です。自分の意見が何一つ通らない状況に八つ当たり気味に私を睨んでくるです。

 

いえ、確かに詐称薬を渡したのは私ですが、そんなに睨まれても困るです。

 

 今私達はティファニアさんのご好意により少し遅めのお昼ご飯をご馳走になってます。フーケにニューカッスルの位置を聞いたらすぐに出るつもりだったのですが、話をする前にティファニアさんの胸で落とされてしまったのでどうしようもなく、まだ本調子でないキュルケや、食べ物にものすごく執着心を見せるタバサの無言の訴えもあってそのままお呼ばれする事にしたのでした。

 

急に人が増えて大変でしたでしょうが、年長の子供達と一緒にささっと作ってしまったのは流石という他ありません。

 

「んふふー。こっちも負けずにいくわよー? あーーん」

 

「あーー……んむ。ムグムグムグ」

 

 ティファニアさん達に刺激されたのか、キュルケもタバサを膝に乗せて甲斐甲斐しく食べさせています。まるで確認もしないのにタバサが食べ切ったのを見越して次を口に運ぶのは流石です。

 

「どう、おいしい? タバサ」

 

「おいしい。けど、邪魔」

 

「まぁ! なんて事言うのかしら。もう、悪い子ねっ! お仕置き代わりにサラダばっか食べさせちゃうんだからっ! あーーん」

 

「あーー……モグモグ」

 

 自分の分を食べながら更にキュルケから差し出される分も食べるから口が常にいっぱいになってます。なんかハムスターを見てるみたいで和みますね。

 

 このままキュルケたちを眺めていても仕方がないので私も食事を再開します。学院の食事と違って質素なものですが私にはこれ位がむしろちょうどいいです。野菜の入ったポトフの様なスープとパン、それに干し肉とサラダ。これだけでも十分な量があります。

 

「ユエ君ユエ君」

 

「……んむ? なんです? ギーシュさん」

 

「キュルケにタバサ、ミス・ティファニアにあの少女。これは僕らも対抗するべきではないかい?」

 

 私がのんびり食べていると、隣からギーシュさんがそんな事を言いながら自分の膝を叩きました。つまり乗れと?

 

「遠慮するです。私は子供じゃありません」

 

「あたしだって子供じゃないわーーーっ!!」

 

 私がギーシュさんのアホな提案を蹴ると聞いていたらしいフーケがまたしても暴れ始めました。そのままティファニアさんの膝から飛び降り、テテテッという擬音と共に私の所まで走って来ます。

 

「早くあたしを元に戻しな! こんな格好、もう耐えられないんだよっ!!」

 

「しかし、ティファニアさんが……」

 

 フーケが魔法を解けと言う度に、ティファニアさんがものすごく悲しそうな顔をして訴えてくるんです。よほど小さいフーケが気に入っているんでしょう。

 

「ほっときな! 珍しく我儘言ってるけど、もうお終いだよ! 良い歳して膝の上で世話されるなんて、どんなイヤがらせだい!」

 

 まぁ、良い大人が膝の上に乗ってるだけで恥ずかしいものですね。今までは可愛い妹分の我儘に付き合っていたみたいですが、流石に羞恥心が耐えられなくなったようです。

 

「イヤがらせなんて酷いわ姉さん! 私はただ今までお世話になってばかりだった姉さんのお世話がしたかっただけなのに!!」

 

「わざわざ小さくしてやらなくてもいいでしょうがっ!!」

 

「大きかったらお世話させてくれないんでしょ?」

 

「当然でしょうがっ!」

 

「じゃあやっぱり小さくしないと」

 

「すんなって言ってんのよ!!」

 

「でも、せっかく今までお世話になっていた恩を返すチャンスなのに」

 

「あんたは恩を返すとか考えないでいいんだよ!」

 

「でも、私が今日までこれたのはマチルダ姉さんのおかげなのに、姉さんには苦労ばかりかけて………」

 

「あたしは今のまま、あんた達とこうして暮らしてるだけで十分幸せだよ。だからあんたは何も気にせず甘えてればいいんだ」

 

フーケがとても優しい顔でティファニアさんの手を取り語りかけます。本当に大切に思っているというのが側で見ていても伝わってくるです。

 

ティファニアさんも感激したという表情でフーケの手を握り返しています。

 

「そんな姉さん、今のままでなんて………つまりこれからも小さいままで居てくれるのね!?」

 

「今は不幸だよ!! どういう解釈してるんだい!?」

 

 ふぅ、結局どっちもお互いが大切という訳ですね。姉妹喧嘩はオコジョも食わないです。

 

もうキャンキャンやっているフーケ達は放っておくことにして、私は子供達が一生懸命食器を片付けているのを眺めつつ先ほど場所を聞く代わりに貰ったアルビオンの地図を広げてみます。本当は子供達の手伝いでもしようかと思ったのですが、お客様にそんな事させる訳にはいかないと言われてしまうと無理に手伝う訳にもいきません。

 

まぁ、確かに招待された側の私がいろいろ手伝うのは失礼と言えるですし、ここは大人しくしてるとしましょう。年長組の子供達は意外と手際が良いですし、心配いらなそうです。

 

 

私は広げた地図から現在地を探し出し、次いで事前情報として聞いていたニューカッスルという地名を探します。

 

「ここに降りる前に見た感じでは、現在地はこの辺りでしょうか? そしてニューカッスルは………ありました、ここですね」

 

 地図がとても細かく描かれているおかげで知りたい情報がすぐに手に入りました。

 

「ユーエ、何してるの?」

 

かまいすぎてタバサが逃げたせいで暇になったキュルケが私のところまでやってきました。軽く地図を持ち上げてみせ、何をしているのか説明します。

 

「目的地の確認です。早いとこ行かなければ戦争に巻き込まれてしまいますからね。余りのんびりしてられないです」

 

「あー……、また移動? 流石にちょっと疲れちゃったんだけど」

 

「ここに居てもいいですよ? 全部終わってから迎えに来てあげるです」

 

「それじゃ、ここまで来た意味がないじゃないの! 私も連れていってよね!」

 

 キュルケが我儘を言うです。

ドラゴンの背に一晩中座っていた事を考えると分からなくはないですが。

 

「まぁ、日が暮れるまでは動きませんからそれまでしっかり休んでて下さい。暗くなってからシルフィードで飛べば目立ちませんし、この距離ならすぐ着くです」

 

 生意気にもシルフィードの飛行速度は電車並、悔しいですが私が機動箒で飛ぶより幾分かは速いうえに4,5人乗せても大丈夫だというのですから移動手段として使わない手はありません。

 

「ふぅん」

 

 ストンと隣に座ったキュルケはひじをつきながら私の顔を覗き込みます。

 

「それにしても、ユエは全然疲れてなさそうね」

 

「私も疲れてますよ」

 

「そうは見えないけどー?」

 

「私は徹夜にも慣れてますからね。そのせいでしょう」

 

 それでも本を読むとかではなくドラゴンに乗っての徹夜など初めてなので、いつもよりずっと疲れてます。こういう時栄養ドリンクがあるといいのですが、ハルケギニアにはありませんからね。我慢するしかないです。

 

「キュルケも随分疲れて見えるですよ? 一旦寝た方が良いです」

 

「そう? まぁ、確かにちょっと頭が重いかもとは思うけど」

 

「目の下にクマが出来てるです」

 

「えっ!? やだ、どうしよう!」

 

「目元を温めて寝るといいですよ。血行が良くなってクマも消えるはずですから」

 

「……そうね。どこか部屋を借りて寝る事にするわ」

 

「ええ、おやすみです」

 

 いつも美容に気を使っているキュルケとしてはクマが出来た事は随分ショックだったみたいですね。ふらふらと部屋を出て行く彼女を見ていたら、私にも眠気が襲ってきました。これは私も一旦寝るべきですか。何かあった時、寝不足で不覚を取るなんて無様な真似はしたくありませんし。

 

私は使われていない家がどれかギーシュさんを突いて遊んでいた子供達に教えてもらい、その一室を借りて眠る事にしました。寝袋を亜空間倉庫から取り出して潜り込みます。いろいろ持って来ていて良かったです。

 

 

 

 そうして1時間半ほどで目を覚ました私は、気怠い身体を強引に動かして井戸に向かいます。水道の無い世界はめんどいです。フラフラしながら歩いていくと、木陰に座って本を読んでいるタバサを発見しました。

 

「タバサ、おはようです」

 

「……おはよう?」

 

「少し仮眠を取ってまして。その本はどこから?」

 

「そこの家に置いてあった」

 

 ツイっと手を上げて近くにあった家をタバサは指差したです。近寄って窓から中を覗き込むと、奥の方に置いてある本棚にはビッシリと本が並べられていました。

 

「結構な数ありますね」

 

「歴史やエルフの本が多かった」

 

「ほほう、エルフの事が書かれた本というのは珍しいですね」

 

「学院の図書館にも少ない。とても興味深い……」

 

 ハルケギニアでは、エルフは恐怖の対象であり不倶戴天の敵という認識らしいのですがエルフについて書かれた本と言うのは驚くほど少ないです。少し興味を覚えた私は、急いで顔を洗い本棚のある家にとって返しました。鍵のかかっていない扉を開けて中に入ると、微かな埃と紙の匂いが漂って来ました。

 

「使われていない様に見えて結構手入れされてるですね」

 

 部屋の隅に目を向けてみても綺麗に掃除されていて、ここがキチンと管理されているのが見て取れます。私はそのまま歩を進め、先ほど窓から見た本棚のある部屋に向かいました。それほど広くない家なのですぐに目的の部屋まで来れたのですが、壁一面に並ぶ重厚な背表紙に圧倒されました。

 

「これはまた………、随分と立派な本達ですね」

 

 一冊手に取って見てみると、装丁がしっかりしていて随分手の込んだ仕上げがなされていました。街の本屋にあるような簡素な物ではなく、立派な図書館などに並んでいそうな本達がこんな民家に並んでいるなんて、かなり違和感を覚えるです。

 

「これらもフーケとして盗んできた物なのでしょうか?」

 

 ずらりと並んだ本を一つずつ指でなぞりながらタイトルを確認して行くと、タバサの言っていた通り歴史書が多いようですね。パッと見たかぎりではエルフ関連の本と分かる物は無いですが、開いてみれば『砂漠の民』という文字がチラホラありました。ストレートにエルフと書くのは抵抗があったのでしょうか?

 

何冊か抜き出し斜め読みして内容を確認していると、本を抱えたタバサがやって来ました。

 

「おやタバサ。もうそれは読み終わったのですか?」

 

「そう。次を探す」

 

「ふむ、私も何冊か読んでみますか。日が沈むまでもうしばらく時間がありますし」

 

 そう呟いて本の物色を始めると、隣に来たタバサがフワリと浮き上がって棚の上の方に持っていた本を戻しました。そのまま見ていると、タバサは戻した本とは別の本を手に取りパラパラとページを捲って次に読む本を選びだしたです。

 

やはりこの【 フライ 】という魔法は便利ですね。こうして本を物色するには持ってこいな魔法だと言えるです。箒だと狭い部屋の中で飛ぶのは難しいですし、私もそろそろ本格的に浮遊術の練習をしてみますか。

 

フワフワ浮かぶタバサを見ながら今後の修行法を考えていると、本を選びながら横に流れてきたタバサがほぼ真上にやって来ました。なかなか夢中で選んでいますが下にいる私からシルクの下着が丸見えですよ?

 

「おや……?」

 

 タバサの揺れるお尻の少し横、分厚い背表紙が並ぶ本棚の中に何故か薄い背表紙が見えるです。

 

……あの薄さ、ハルナの本棚に入っていた少しページ数の多い同人誌によく似ているです。まさか、こんな立派な本棚にハルナが持っているようないかがわしい本が入っているとでも言うのでしょうか?

 

「むむむ………」

 

 背表紙にタイトルが書かれていないせいで、ここからでは何の本か分からないです。ですが、もしハルナの本みたいないかがわしい内容なら、このままタバサに見せるのは教育上よろしく無いのではないでしょうか? 1度ハルナに読まされた事があるですが、あの衝撃はなかなか忘れられるものではありません。耐性がないであろうタバサがアレを見れば精神をやられてしまうのは確実。もし耐え切り覚醒しようものなら、大切な友人が冥府魔道に堕ちてしまうです。そうなったら私はどうすればいいのでしょうか!?

 

「ユエもキュルケ?」

 

「……はい?」

 

 私がハルナっぽくグフグフ笑ながら本を読んでいるタバサなんてものを想像していたら、上からタバサの少し戸惑ったような声が聞こえてきました。我に帰りタバサの方を見ると、彼女はジッと私を見ながらスカートを押さえてパンツを隠していました。

 

「ユエもパンツ見るの?」

 

どうやら私が上を見ながら唸っているのを、キュルケの様に下着を覗いていると勘違いしたようですね。失敬な。

 

「いえ、私が見てるのはそこにある薄い背表紙の本です。断じてキュルケの様な真似はしていません。」

 

「そう」

 

 タバサは安心したように一つ頷きスカートから手を放しました。フワリとスカートが広がりまたタバサの白いパンツが見えるようになった訳ですが、乙女としては見えないように気を配ることをお勧めするです。

 

「ですがタバサ、見せていい訳ではないですよ?」

 

「ユエならいい」

 

「いえ、私相手でもちゃんと隠して下さい。そんな無防備でいると、またキュルケが暴走するですよ?」

 

 本を取ろうとしていたタバサがピクッと震え、スカートを押さえながら素早く降りて来て軽く辺りを見回しました。

 

どうやらキュルケが飛びかかって来ないか警戒しているようですね。よほど『女神の杵』亭で襲われたのが怖かったのでしょう。無表情ながらキョトキョトと見回すさまは猫のようです。

 

 私はその隙に件の薄い本を本棚から抜き出します。何の革を使ったのか分かりませんが、深い緑色をした落ち着いた装丁で綴じられたその本は、ぱっと見おかしな所はどこにもありませんでした。しかし、そういう風にカモフラージュしているだけかもしれないので油断は禁物です。話の展開に関係無く、いきなりそういった描写が始まるのはその手の本には良くある事で、表紙が普通だからといって中身まで普通とは限りません。

 

私は覚悟を決めてその本をゆっくりと開きました。もし私が心配した通りの本だったら、タバサに気付かれない内にどこかに隠してしまわねば………

 

「……ん?」

 

 開いたページには実に見事な筆致で描かれた挿絵がありました。左上に数行の文章が書かれていて、挿絵の補足がされてます。何ページか捲ってみても心配していたような絵は出てきません。これはつまり、

 

「絵本?」

 

「の、ようですね。……っと、タバサいつの間に」

 

「ユエが眉を寄せながらその本を見てる間に」

 

「気配に気付かないとは私もまだまだですね」

 

 一つの事に集中し過ぎる癖は早めに直さなければいけないですね。これでタバサが敵だったら私は簡単にやられてしまっていたでしょう。

 

まぁ、それはともかく私の心配は杞憂だったようで安心したです。よく考えたらハルナの同人誌みたいな物が中世に近い文化であるハルケギニアにある訳ないのですが、どんな事にも例外は付き物ですからね。用心するに越した事はないです。アレはそれ程危険な物なのですから。

 

「それ」

 

 以前見たハルナの本を思い出してゲンナリとしていると、タバサが私の持っている本に興味を抱いたらしく、ちょこちょこと寄って来てページを覗き込んできました。

 

「あぁ、単に他の本に比べて極端に薄いので一体どんな本かと思っただけですよ」

 

「違う」

 

「ん? これを取った理由が聞きたかった訳ではないのですか?」

 

 タバサは開いたページを物凄く熱心に見つめています。何か興味が湧くような事が書かれていたのでしょうか?

 

私もタバサと同じように絵本に目を落とします。絵だけでも十分に話が分かるよう構成されていて、まだ文字が読めないような子供用に作られた物のようです。

 

「こんな本、見た事ない」

 

「絵本を……ではないですね。一体なにがです?」

 

「話の内容。……最初の方は見た事ある。けど、途中から全く違う展開になってる」

 

 タバサがいつもより興奮したように目を見開いて絵本のページを捲っていきます。話としては始祖ブリミルが邪悪なモンスターを退治するという内容なのですが、タバサがいうには巷で出回っている物と内容が異なっているとか。

 

「……ここから」

 

 本のちょうど真ん中あたりまで来た所でタバサはページを捲るのを止めました。

 

「ここから違う話になってる。私が見た本では、始祖ブリミルが攻めて来たエルフを退治するという話だったのに、この本では退治するどころか協力して巨大なドラゴンと戦ってる。エルフと協力するなんて話、普通はありえないのに」

 

 タバサは更にペラペラとページを捲っていきます。その目は短い付き合いの中で見たことないほど輝いているです。

 

「私には普通の事のように思えるですが、それほど変なのですか?」

 

「変。エルフは敵、これは絶対。こんな風に人と協力するなんてあり得ない。そしてそんな話が書かれた本は今まで見たことがない」

 

「エルフを敵対視していることは知ってるですが、そこまでですか」

 

「もし書いたら、その作者はすぐに粛清される。関わった人もその本も全部」

 

「こうして本が残っている事もおかしい訳ですね」

 

「そう」

 

 そのままタバサが本格的に読み始めたので、その本を彼女の手に持たせてあげました。彼女の言う通りならまず目にする事のできないものなのですから、同じ本好きとして夢中になってしまう気持ちはよく分かるです。彼女が満足したら私も後学の為に読ませて貰うとしましょう。ハルケギニアの文化を理解するにも有効でしょうし。

 

 

 さて、当初の心配事も杞憂に終わった訳ですし、私も何か読むとしましょう。タバサの横から顔を出して一緒に絵本を読むのもいいですが、流石に読みにくいので素直に別の本を探すことにするです。

 

私は本棚に並ぶタイトルを端から順に眺めて行きます。

ざっと見た所、3分の1がエルフ関係の本で、残りがハルケギニアの歴史書のようですね。何冊か開いて見るも、歴史書の内容は学院の図書館でも見られる物ばかりでした。

 

「ふぅむ………どうせならここでしか読めない物がいいのですが」

 

 私が本格的に物色を始めてしばらくすると、外をバタバタと走る足音が聞こえて来たです。次いでバン! と窓が叩かれる音がしたので振り向きますが、窓の外には誰も居ません。不思議に思い窓に近づこうと足を一歩踏み出した所でこの家のドアがけたたましい音を立てて開かれたです。

 

「こんな所に居たのかい紫チビ!!」

 

 人の事を妙な呼び方をしながら飛び込んで来たフーケことマチルダさんは、どこから持ってきたのかやたらとフリフリな服を着ていました。少々荒いですがスタイル的には甘ロリというんでしたっけ? エヴァンジェリンさんがたまに着ているものに似てるです。おそらくパーティドレスに手を加えて作ったものなのでしょうが、小さくなって少女特有の可憐さを持ったフーケにとてもよく似合ってるです。エヴァンジェリンさんもそうですが白人系の顔立ちを持つ人はフリフリが似合うですね。

 

「………紫チビというのは私の事ですか?」

 

「いい加減このチビ化を直しな! テファがもう面倒くさくて仕方がないんだよ!!」

 

「直せと言われましても………」

 

パカリと携帯を開いて時間を確認すると、最後にフーケが詐称薬を飲んでから3時間は経ってました。薬の効果は手を加えなければ2時間ほどで切れるはずなのですが。

 

「普通ならとっくに効果が切れてる時間なのですが。……よっぽど薬との相性が良いんですね」

 

「どうにか出来ないのかい!?」

 

「薬の効果を消すのは簡単ですが。このまま消すとその服が破れてしまいますよ?」

 

「ぐっ!? ……だったら着替えれば問題ないんだね? さっさと行くよ!」

 

 フーケは私の手を取り強引に連れて行こうとしますが、いくら小柄な私といえども5歳児サイズになった彼女には少々分が悪かったようで、進めなかったフーケが引っ張った反動でつんのめり、ポテンと尻餅をついてしまいました。

 

そして私をキッ!と睨み付けてきたです。

 

「そんな睨まれましても……」

 

「あーーっ!! もう! さっさと来なよ! テファが来ちゃうじゃないかっ」

 

「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですか。小さい子を構いたくなるのは分からなくないですよ」

 

「限度ってもんがあんだろうが。昔の服を引っ張り出して来たり、バラして新しく仕立て直したりまでして着せ替えされるんだよ。あたしゃ人形にでもなった気分さ」

 

 フーケが自分のスカートを引っ張りながら不満気に頬を膨らませています。

 

「すこぶる似合ってるですよ?」

 

「喧しいっ!」

 

 20代女性という事を忘れてしまうほど自然な仕草に思わず褒めたですが、フーケは気に入らなかったようで思い切り怒鳴られてしまったです。

 

『あら? こっちから姉さんの声が………』

 

「げっ!? まずい、テファが来ちまう! ずらかるよ!!」

 

 フーケは衛兵にでも追われてるようなテンションで私の手を掴むと、全身の力を使ってグイグイ引っ張っていきます。抵抗せず為すがままになっていると、部屋の奥まで連れて行かれ床に開けられた穴に放り込まれたです。

 

「な、なんです? ここは……」

 

 そこは大人が立って歩ける程広い通路でした。おそらく魔法で掘削したであろう滑らかな手触りの壁がずっと向こうまで続いており、どこからか入ってくる風が、か細い音を立てて流れていました。

 

「よっと。ここは万一の時の為に作った脱出路さ。職業柄逃げ道は常に用意してあるんだよ」

 

小さい身体に苦戦しながら壁に掛けてあった梯子を降りてきたフーケが自慢気に説明してきました。

 

「なるほど、『錬金』の魔法で掘ったのですね」

 

「まーね。私に掛かれば簡単なもんよ。それより逸れないようにしっかり付いてきなよ? 迷子になって泣く事になるからね」

 

置いてあったランプに魔法で光を灯し、フーケはズンズンと奥に向かって進んで行きます。私も仕方なく付いていくと、数十秒程で出口に到着しました。フーケがランプ片手に壁の一部を弄ると、カコッという軽い音と共にロックが外れ、人ひとりが通れるくらいの隙間が出来たです。

 

スルリと中に入って行くフーケに続くと、そこは誰かの寝室らしい質素な雰囲気の部屋の……タンスの中でした。

 

「何故タンスなのですか……」

 

「そのままドンと抜け道があったら意味ないだろ? 寝室にあっても不自然じゃない、とっさに入れて扉を閉めれば時間も稼げる。これほどいい場所は他にないんだよ」

 

そんな事を言いながらフーケはストンとタンスを降りると、ゴソゴソと下の引き出しを漁り始めました。

 

「まぁ、とりあえずこれでいいか」

 

 お目当ての服をベットに放り出したフーケは、サッサと自分が着ているティファニアさん特製のドレスと下着を一気に脱ぎ捨てました。5歳児サイズとはいえ、恐ろしいほどの脱ぎっぷりです。

 

「ほら、これで服は破れないだろ? 早く直しておくれ」

 

「はぁ………。まぁ、良いですが……」

 

 素っ裸でどうしてここまで堂々と出来るんでしょう? 5歳児サイズとはいえ、人に見られて恥ずかしいとは思わないのでしょうか。……そういえばエヴァンジェリンさんも堂々と裸でウロついてましたし、中世産まれの人はみんなそういうものなのかもです。

 

「じゃあ、やりますよ?」

 

「あぁ、さっさとな」

 

このままでも別に良い気もするのですが、まぁこれ以上文句言われても面倒なのでサッサと直しますか。ベットの前に立っているフーケ目掛けて魔方陣を発動させます。

 

「ぅおっ!? なんだい? これはっ」

 

騒ぐフーケを無視して魔方陣の設定を変えていきます。呪文を唱えつつ円になっている部分に文字を打ち込んで、更に別の魔方陣を重ねていき魔法薬を打ち消す効果が出るように組み立てて解除の魔方を完成させました。

 

「行くです」

 

「う、うん」

 

魔法を発動させると、魔方陣に手を伸ばして不思議がってたフーケはビクリと跳ね光り始めた魔方陣から一歩離れます。そして魔方陣から出た光を浴びたフーケがポンと煙を出して元の姿に戻ると、自分の姿を見渡して大きくため息を吐いたです。

 

「おぉ……、やっと戻ったかぁ」

 

「………早く服着て下さい。流石にその姿で全裸はおかしいです」

 

「へいへい。ジャリに見られて恥じるような身体はしてないっての」

 

「……もしや、人に見られる事を恥ずかしいとは思わない人ですか?」

 

「そんな訳ないだろ? ここは自分の家で、見ているのは年下の同性、隠す必要がないだけさ。ジャリ共を風呂に入れるのと変わらないよ」

 

子育て的な思考を私に適用しないで欲しいです。かといって変に意識されるのもイヤですが。

 

フーケは出してあった服をテキパキと着ているのですがそれを見ているのも変なので、私は今いる部屋の中を観察します。ベットが一つにタンスが二つ、あとはランプがあるだけで余り飾り気がないですね。服を出していた事からフーケの部屋なのでしょうが、国を騒がす怪盗の自室にしては何もありませんね。

 

「……おや?」

 

飾り気のない部屋に鮮やかな色が見えたです。ベットに座ってタイツを履いてるフーケの少し後ろにあるタンスの上に、ピンク色の何かがあります。

 

「あの……タンスの上にあるアレはなんですか?」

 

「……ん? あぁ、あれはテファが昔遊んでたブタの人形だよ。子供の頃は私とテファだけだったからね。森の中で人形使って良く遊んだもんだよ」

 

 異世界でもおままごとってあるんですね。さっきのミニフーケと小さいティファニアさんが森の中でおままごとしている所はなんとも微笑ましいです。なんとなく切り株をテーブルにしてるイメージが浮かんできました。

 

「ちなみに名前はフランソワーズだよ」

 

「ブフッ!」

 

ピンク色でフランソワーズ。………キュルケとルイズには教えない方がいいですね。キュルケは必ずからかいのネタにするでしょうし。

 

「あともう一個人形があったはずだけど………。テファかジャリ共が持って行ったのかね?」

 

服を着終わったフーケがタンスの上を覗き込みながらそんな事を呟きます。

 

「もう一つ人形があったのですか?」

 

「あぁ。メイドみたいな服を着た奴がね。スヴェルの夜の機嫌が良い時だけ喋る変な奴さ。テファはやたらと気に入ってたけど、あたしはどうもソリが合わなくてね」

 

「そうですか……」

 

 人形(ゴーレム)を操るフーケがソリが合わないと言うとは、よほど変な人形なのでしょうね。まぁ、喋るだけでも普通の感覚から行くと変なのですが。

 

タンスの上やら裏やらを覗き込んでいたフーケが、不意にドアの向こうへ顔を向けると、顔色を変えてすぐさまタンスの中に飛び込もうとしました。

 

「な、どうしたですか?」

 

「……っと、そうだった。もう逃げる必要はないんだっけ」

 

 誤魔化すように頭を掻きながらタンスから身体を引っ張り出すフーケ。耳をすますと、パタパタと走る足音がこの部屋に近付いてくるのが分かりました。どうやらティファニアさんが来るのを察知して、先ほどまでと同様に逃げようとしたみたいですね。

 

「姉さん、ここに…………あぁっ!!」

 

予想通りカチャっと扉を開けた入って来たティファニアさんが、大人の姿に戻ったフーケを見てそのままパタリと倒れこみました。

 

「も、元に戻っちゃってる。これから一緒にお風呂に入ろうと思ってたのにぃぃぃ」

 

「はっはっはっ、残念だったねテファ。私の代わりにジャリ達を入れてやりな」

 

「私は姉さんと入りたかったのっ! 身体を洗って、肩まで浸かって10数えましょうねーってしようと思ったのに……」

 

「あたしゃ肩まで浸かるのは好きじゃないんだけどね。まぁ諦めな。ほら、この服もジャリ達の誰かに着せてやりな。可愛いカッコしたい奴もいるだろうし」

 

 フーケはそう言ってさっきまで自分が着てたフリフリの服をティファニアさんに渡しました。落ち込み気味な表情のティファニアさんがそれを受け取りつつ小さく唇を尖らせます。

 

「みんな可愛いのイヤがるから姉さんに着せたのに」

 

「あたしもフリフリは似合わないからイヤなんだけど?」

 

「似合ってましたよ?」

 

「やかましいっ」

 

 素直に褒めたのに怒られたです。なんと理不尽な。

 

 

 

 








 誤字とか大丈夫かなぁ。一応見直したけど、それでもあるのが自分だし・・・


最近「本好きの下克上」という小説を見つけてはまっております。「なろう」で毎日結構な文字数で更新されていて、そのうえ面白いという凄い作品です。

自分もあれくらい書けたらいいんだけどなぁ。



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