Fate/ぐらんど おーだー (*****)
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マスター藤丸立香、その決断〈1〉
「そうだ、いい機会だから、一度日本へ帰らないかい?」
ダ・ヴィンチちゃんの唐突な一言から、物語は始まる。
「帰る?俺がですか?」
「そう、君。人類を救ったマスター君だよ。人理が修復されたとはいっても、経過してしまった時間は戻らないからね。カルデアにいた人たち以外はみんなキングク○ムゾン状態だよ。」
分かりやすい危険な喩をありがとうダ・ヴィンチちゃん。
彼女の言うとおり、経過した時間は経過したままでカルデア外の人々の感覚としては、気付かないうちに1年が過ぎていて尚且つその間の記憶がない、というのが正しいだろう。
「ついでに君の意思も確認しておきたいしね。」
「俺の意思、ですか?」
「カルデアから出て一般人として平和な暮らしを送るか、マスターとしてカルデアで働くか、君の意思を確認したい。」
「何故それが、日本へ帰るついでなんですか?」
「恐らく君は、ここで決断を要求すればカルデアに残ると言ってしまうだろう。それは正常な君の判断と言い切ることが難しい。一度、外の平穏な世界を見てきて、平和にどっぷりと浸かって正しい判断力を復活させてくるといい。」
「・・・分かりました。一度、日本へ帰ります。」
半ば強引だが、こうして人類を救ったマスターである藤丸立香は故郷である日本への帰国を決めた。
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「約1年ぶりか、ここに帰ってくるのも。」
日本の地方都市の一つである冬木市に藤丸立香はいた。ここが、彼がカルデアにくるまで日常を過ごしていた故郷である。
ここ冬木市は二つに分けることができる。デパートやレジャー施設などが並ぶ「新都」。住宅がならぶベッドタウンである「深山町」。立香の家も同じく深山町にある。
家は近代では珍しい武家屋敷といったようなもの。家族構成は父、母の3人暮らし。たまに母方の妹がやってくることがある。
「ただいま。帰ったよ。」
「お帰り、立香。心配したんだぞ、1年も連絡を寄越さないから。」
出迎えたのは白いTシャツに黒いエプロンをした赤髪で短髪の男性、藤丸立香の父だった。
「ごめん、寄越せないくらい忙しかったんだよ。」
ほんとは電話しても人類滅んでいて誰も出てられなかった、なんて口が裂けても言えないと飲み込む立香だった。
「おかえりなさい、立香。ちゃんと帰るときは連絡寄越しなさいって言ったわよね?」
立香の父の後ろから出てきたのは、赤い七分袖のブラウスを着た長い黒髪を横に纏めて垂らす、いわゆるサイドテールの髪型の女性、立香の母だった。
「ただいま、母さん。」
1年前、カルデアへと旅立つときと変わらない両親がいて、立香は少しホッとした。
「それで、カルデアではどうだったんだ?ちゃんとしていたか?」
「ちゃんとしていた。俺だってもう子供じゃないんだから」
「ハハッ、そうだな」
父からの問いに少しだけ拗ねながら答える。
「家具とか持っていかなかったけど、ほんとに大丈夫だったの?」
「うん、それぞれに個室が与えられていたし、必要な家具もそこにあった」
母の、生活に関しての心配を和らげるために細かい説明を付けたす。
立香はカルデアで過ごしたことを、人理修復に関わらないことだけを不自然な点がないように、多少の脚色を加えながらも両親に話した。後輩がいたこと。ドクターがいたこと。とある天才がいたこと。カルデアのスタッフが支えてくれたこと。他にも様々な人たちに助けてもらったこと。
そんなことを話していると
「それで、立香。お前はこれからどうするんだ?」
「え?」
父からの一言で本来の目的を思い出した。『正常な思考で今後カルデアに関わるか決断を下す』。それが今回日本に帰ってきた目的だ。
「そうね。このまま、そのカルデアにいるっていうのだったら、ある程度の準備をしなくちゃだし。」
「日本に残るんだったら、進学か就職か決めなきゃだしな」
それぞれの選択をした後に起こるものを、知ってか知らずか説明してくれる。
人理崩壊を阻止し、救った平和な日常。その世界に帰りたいと思う気持ちも少しあるが、
藤丸立香は決断した。
「・・・俺は、カルデアにいたい。カルデアで働いていくんだ」
この選択はカルデアのマスターとして魔術世界との関わりを続けていく、というものだ。この一般の世界とは乖離していくある意味では茨道ともいえる。
「そう、それなら何か必要なものを買いに行かなくちゃね」
「いや、特に新しく持っていくものはないよ。必要があれば、向こうでも調達できるし」
立香の決意を両親に聞かせたところで、ちょうどよく立香のもつスマホが鳴った。発信者はカルデア。通話料はアニムスフィア家持ち。(多分)
「ごめん、ちょっと電話に出てくる」
そういって、両親のいる居間から自分の部屋である屋根裏部屋へと移動した。
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「遠坂、そのカルデアは安全なのか?」
立香が去った居間では会話が続けられていた。
「そうね、安全かどうかはよく分からない。いつの間にか、カルデア所長兼天文学部のロードであるアニムスフィア家当主の『オルガマリー・アニムスフィア』は死んでるし、カルデアの技術局長の『レフ・ライノール』ってやつも死んでる。後者はともかく、ロードが死んだことが今まで全く話に上がらなかったのも違和感があるわね。隠す意味があったとしても、それはそれで危険な匂いしかしないし。」
「ロードって、それなりに偉いんだろ?早く跡継ぎを決めないとダメなんじゃないか?」
「学部によるけど、人によっちゃ権力的な意味で、人脈的な意味で大きな力を持っているわ。そして今、アニムスフィアには正当な跡継ぎは確認されていない。権力争いの開始ね。できれば立香には、時計塔で、いや、魔術世界で今一番危険な場所に行かせたくないんだけど・・・」
「本人の意思なら仕方ない、ってか?」
「そうね。士郎の子供なんだもの、相当な頑固に違いないわ」
「悪かったな、頑固で」
少しふくれながら立香の父、藤丸士郎が立香の母、遠坂凛を軽く睨む。
この二人は夫婦であるが、とある事情から姓は同じにしていない。そのため、昔からの慣れた名である「遠坂」と「士郎」で呼び合っている。
「私が一番心配なのは貴方なのよ、士郎」
「俺か?なんでさ」
「散々言ってるじゃない。貴方の魔術回路は普通の魔術師とは違うの。ここは協会の目が届きにくい日本だから良いけど、時計塔の腕の良い魔術師に魔術を見せたら、原因を突き止めるまではいかないけど違和感を感じて解析系の魔術師に調べられて、そこでアウト。あえなく封印指定・・・まではいかないか。可能性として要監視の部類に入るわね」
「それは困る。遠坂と立香と一緒にいれないのはすごく困る」
「・・・よくそんなこと臆面もなく言えるわね」
「なんか嫌なことだったか?」
「そうじゃないの、いつまでたっても士郎は士郎なんだなって思い知らされちゃった」
「なんだそれ・・・昔の分かりづらい遠坂が帰ってきたか?」
「分かりづらいって何よ!そこは士郎がちゃんと理解ってくれればいいの!」
「ハイハイ・・・」
夫婦漫才もそこまでにしていただきたいものだ。
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鳴ったスマホを持ってこの屋敷唯一の二階部分である屋根裏部屋へ続く階段を上る。両親の部屋は一階の客間付近。屋根裏部屋以外に誰も普段使わない部屋というものが無いのだ。何かと藤丸家はここ冬木、主に深山町で顔が広い。おおよそは父親が中学、高校時に作った交流関係なのだが。そのおかげで来客が多く、客間を使う機会がわりとあるのだ。
懐かしい階段を登り切り、襖を開けた先にあったのは、丁度1年前にカルデアへと旅立った際と何も変わらない自室だった。机も本棚もベッドも、何一つ変わっていなかった。当たり前である。変化を催す立香のいなかった1年間は文字通り空白だったのだ。全くの変化がないことが正常であり、何かが変わったという普通のことが異常なのである。
襖を閉め電話に出る。魔術的な盗聴を防ぐことはできないので、せめて物理方面はなんとか阻止しようという安易な考えでの行動である。
「もしもし、藤丸立香です」
『はいコチラ、出張ヘルスサービス『かるであ』でございます。本日はどの娘を』
「カルデアの固定電話からならアニスフィア家の人に聞かれている可能性があると思うんだけど・・・ダヴィンチちゃんでしょ?」
『おっとそれもそうだ・・・ふふっ、バレては仕方ない。そう!みんな大好き天才ダヴィンチちゃんさ!』
電話の主はダヴィンチちゃんこと、「天才」レオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネサンス期史上最高峰の技術と感性を持ち合わせ、多様な分野の学問を修めた「万能の天才」その人である。現在はサーヴァントとしてカルデアに現界し、カルデア所長代理を務めている。
『早速ですまないが、君の選択を聞かせてもらおう。カルデアに残るか、否か』
カルデア所長代理の問い。ここならまだ引き返せる。平穏に包まれたかつての日常に戻ることができる。魔術の世界という派閥闘争と血にまみれた世界と縁を切ることができる。普通に生きて、普通を謳歌して、普通に死ぬことができる。このままカルデアと共に生きれば、惨たらしい末路を迎える可能性だって十分にある。だが、迷う必要なんてない。十分平穏に浸り、一般人らしい感性は甦らせることはできたと思う。そして、その決断は既に行った。自分がどうするべきか、藤丸立香は何をするべきなのか。
「俺は、カルデアに残ります。カルデアのマスターとして、これからも居続けます」
『・・・そうか、そうしたか。うん、それはとても嬉しい/悲しい決断だ!その選択をしてくれたことに感謝しよう。』
「感謝だなんて、ただ俺は自分はどうするべきかを考えただけです」
『そうかそうか、ならコレは無駄にならなかったようだね』
「コレってなんですか?」
『いや何こっちの話サ!ところで立香君、今何時?』
「そうね大体ね♪じゃなくて、日本時間ですか?ならだいたい11時半くらいですけど」
『お、それなら丁度いい。そろそろ・・・日本なら呼び鈴、チャイムが鳴るだろう。出迎えてやってくれたまえ。今は大切なお客さんなんだから』
「どういうことですか・・・?あ、ちょっと・・・」
謎のヒントを与えられたところで電話は切れてしまった。そして電話が切れて数秒後、一階から立香を呼ぶ父の声が聞こえたので下に降りることにした。
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「立香、お客さんだ。母さんも知らないから、多分お前の知り合いだろう。今玄関に待たせてるから、早く行ってやれ」
父に急かされ玄関へと向かう。ダヴィンチちゃんの不思議なヒントが悪寒として駆け巡ったが、その悪感を振り払う。
「先輩!」
玄関にいたのは黄色いワンピースに青い半袖のパーカーを羽織り、メガネを掛け、短く切られた綺麗な銀髪で右目を隠した、1年間自分を先輩と慕い、サーヴァントとして助け合ってきた後輩であるマシュ・キリエライトだった。
人理修復後の世界への影響などは勝手な妄想設定です。
士郎について:第四次聖杯戦争が起こったが衛宮切嗣の不参加により結末が変わり、元の家族は無事。士郎は冬木大火災に巻き込まれたが、居合わせたセイバーの手によってアヴァロンが移植され一命を取り留める。その後高校生になるまで魔術とは一切関わりのない生活を過ごしてきたが、遠坂凛との交流で魔術に関する見識を深めた。士郎の住む屋敷は、父親が武家屋敷に憧れがあり大火災で焼失した家に代わって安価で購入した。桜に関しては本編と変わらず家に来て料理の手伝いに来ていた。本編士郎とまではいかないが、軽度のサバイバーズギルトである。
アヴァロンやらなんやら本編設定に近づけたのは世界の修正力として勘弁してください・・・所詮とある1人の妄想です・・・
え?士郎の家族はどうしてるか?士郎のために広い家を譲って別の場所に住んでるってことにして・・・
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