元新選組の斬れない男(再筆版) (えび^^)
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プロローグ1

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 赤ん坊になり、物心がつくまで育った私は、ようやく自我というモノを手に入れた。それまではぼんやりと夢の中にいるような感覚であったが、日毎に夢が覚めていくように意識がはっきりとし、ようやく物事を考えられるようになったのだ。

 初めて感じたのは違和感。それは、前世の記憶であった。

 

 前世で私は、平成という元号の時代に生きていた。成人は超えていたと思うが、何歳まで生きていたのか、どのような知り合いがいたのか、何が好きだったのか、どうも記憶がはっきりしない。死んだ記憶もない。

 ただ一つはっきりしていることは、どうやら私は転生したようだということだけだ。

 私が知ることのできる範囲の、生活様式、文化レベル、暮らす人々の情報から、どうも江戸時代に転生したようだった。

 

 

 生まれ変わった私の新しい名前は、浜口竜之介という。ちなみに竜之介の名前には、竜のように強い男になって欲しいとの父の願いが込められていると、母から聞いた。

 父は醤油の卸問屋を商いにしており、母との仲は良好。兄弟は、二人の兄と一人の姉がおり、皆私をかわいがってくれた。

 家業は好調なようで、かなり裕福な暮らしをすることができているように思う。少なくとも食べるモノには困ることはなかった。

 

 私が10歳になった頃に、父は私を近所の道場に連れて行った。父は武士に憧れている節があるようで、私に武士の真似事というか、剣術を学んで欲しいようであった。本当は兄上たちにも剣術をさせたかったようだが、大事な跡取りには怪我をされては困るとか、家業を継ぐための勉強の時間が必要だとか、様々理由で道場に連れてこれなかったのだと聞かされた。

 私が連れていかれた道場は、試衛館というところであった。

 

 私は試衛館に通うようになり、初めて友と呼べる存在ができた。厳しい稽古で苦楽を共にし、切磋琢磨しながら剣術を磨くことが、何よりも喜びであった。

 特に同年代である沖田に対して、密かにライバルと認定し、何度も勝負を持ち掛けていたのだが、なかなか勝つことができない。体型は私の方が恵まれ、背丈も彼より一回り大きく、膂力も上回っていた。なのに勝てない。

 

 私はその時、『技』というものを体で理解した。どんなに強い体でも、『技』がなければ強くなれない。自分よりも力の小さなものにすら負ける可能性がある。

 それからひたすら、同門の仲間を観察し、『技』を鍛えた。どうすれば力が弱くても剣が振るえるのか、どうすれば体が弱くても打ち込みに耐えられるのか。わからないところは聞き、

教えてもらえないことは目で盗む。

 剣術だけでは足りないと思い、一見、関係のなさそうな棒術、槍術、柔術などの『技』も盗み剣術に落とし込んでいく。そういった工夫を稽古で見せるたびに、仲間が驚き、私を褒め、認めてくれる。

 私は剣術が、他のどんなことよりも楽しかった。

 

 そうして熱心に稽古を行う姿を、先生からも見どころがあると褒められ、父も機嫌を良くしてくれた。ありがたいことに、周囲の理解もあり、誰もが剣術に打ち込むことを何も咎めずにいてくれた。

 私は幸せだった。

 

 

 そのまま、剣術を学び幾ばくかの時が流れた。私が15を過ぎたころ、道場の仲間に誘われて、将軍上洛の警護のため、京へ行くこととなった。母は最後まで反対したが、父は立派に務めを果たしてこいと、応援してくれた。

 この頃確信したのだが、試衛館の仲良くしているメンバーは近藤先生、土方さん、沖田…。どう考えても新選組である。

 京での活動は、おそらく危険が伴うであろう。史実での新選組の活動内容についてはよく知らないが、その後の歴史の流れを鑑みると、命の危険もあるだろう。しかしこの時、私には自分の剣に対する確かな自信があった。名だたる新選組メンバーの中にいて、恥ずかしくない剣術の腕を持ち、もしかすると、私の愛すべき友人たちの未来を、より良い方向に変えることができるのではないのだろうかと。

 

 それは私の思い上がりであった。

 

 

 京都での活動は地獄であった。平和な場所で過ごしていた私には、日常的に人が殺し殺される世界は耐え難いものがあった。その世界に染まりきることを良しとしない心の弱さ故に、私には人を殺す覚悟を最後まで持つことができなかった。

 

 

 初めての斬り合いになった際の私の相手は、平山といった。私が所属していた壬生浪士組の、同じ仲間だった男だ。

 

 壬生浪士組として活動していた私たちは、激しい内部抗争を行っていた。近藤先生を担ぎたい試衛館の陣営、芹沢鴨を筆頭とする水戸派の陣営。

 試衛館に所属していたため、私は近藤先生の陣営に所属していたが、維新志士を前に仲間割れなどするべきではないと思っていた。近藤先生も同じ思いであった。

 確かに、芹沢は傲慢なところもあり、気に食わない男とは思っていたが、人間気に食わないからと人と合わせられないのは器量が小さいと思い、私は水戸派の人間とも分け隔てなく人付き合いをしていた。土方さんはあまりいい顔をしなかったが。

 

 平山は、少々短慮なところが目立ち粗暴ではあるが、根は悪人ではなく、むしろ不器用といった方がしっくりくる人間であった。剣の腕は立ち(無論、私の方が強かったのだが)、稽古もよく一緒にした。

 

 

 ある日、深夜に土方さんに呼ばれ、芹沢暗殺の計画を話された。土方さんはこのままでは芹沢が組織の棟梁になり、我々の志と全く違う組織になるのではないかと危惧していた。私は反対した。同志を殺すなど、士道に反すると。しかし、芹沢の暗殺はもう決まっていたことだったようで、思うところはあるようであるが、私の意見に表立って賛成してくれる人はいなかった。

 そして土方さんは私に言うのだ。この困難を乗り越える覚悟こそが、我々に必要な士道だと。

 

 それは血まみれの道であった。

 

 私たちは夜遅くに就寝中の芹沢達を奇襲した。芹沢を斬ったのは、近藤先生であったらしい。私は見ていない。

 私はというと、芹沢を守るための障害になるであろう平山を抑えるため、沖田ともに平山の部屋に向かった。部屋に踏み込んだ際は、気配に気づかれており、平山は刀を構えていた。

 暗殺すべきは芹沢のみ。そう考えていた私は、平山の腕を斬り戦闘不能にすると、沖田を芹沢の方に送り出し、その場で待機した。

 芹沢暗殺の報を待つ間、平山に恨み言を言われ、泣き言を言われ、命乞いをされた、ように思う。正直にいうと、初めて人を斬った感触に震えており、それどころではなかった。外の音が遠くなり、ただぼんやりと窓の外の月を眺めていた。あの日は三日月だったと思う。

 

 

 しばらくすると、土方さんたちが戻ってきた。平山の手当の許可を取ろうと口を開きかけると、禍根を残すから殺せと言った。目の前の、戦うことのできない侍を。私がなんとか助命を願い出ようと、二言三言話すと、沖田が助太刀と称して平山の首を刎ねた。

 私は人が人を殺す様子を、初めて見た。

 

 

 それからしばらくして、壬生浪士組は新選組と名前を変え大きくなっていった。私も『副長助勤』という大層な肩書を拝命し、部下を率いるようになった。

 戦闘になると、止めは人に任せ、敵を戦闘不能にすることだけを考えた。私が学んだ『技』の中に、人間の弱点というものがあったので、それを応用した。人の弱点を微妙にずらして切れば、出血は少なく、死なさずにいさせることができる。

 部下からは手柄を譲ってくださる気前のいい上司と思われていたと、後に聞いた。そんなもの、欲しければいくらでもくれてやるのに。

 

 しかし、止めを刺すのが自分ではないだけで、私の部下に殺させている、いや、その前に動けないように相手を斬っているのだから、私が殺したことと同じだ。

 『副長助勤』として三度目の出撃の後、私がしていることは、あの日土方さんが動けない平山を斬れといったことと同じなのだと気づいてしまった。

 

 

 その夜、土方さんに部屋に行き、人を斬りたくないと相談した。私はボコボコに殴られた。私が人を殺す覚悟ができていないと、士道不覚語であるから切腹させてくれと泣きつくと、さらに10発程殴られた。

 その後、部屋に戻るように言われ、布団に入った。目を閉じると自分が『殺した』人の顔が浮かんでは消え眠れなかった。

 次の日の朝、幹部の隊士の目の前で副長直属の『捕縛方』という役職に命じられた。

 

 『捕縛方』とは攘夷志士を殺さずに捕らえる役職で、相手を殺すことを禁じる役目だと、隊士の前で説明された。試衛館組以外の隊士から白い目で見られたが、土方さんの殺さずに敵を捕らえる理を説き、殺さずに捕らえることがどれ程難しいのか説明してくれたため、その場は収まった。

 隊士への説明が終わると、土方さんは私に近づきこっそり耳打ちしたのだ。

「切腹は許さん。生きることがお前の士道だ」

 と。

 

 その日から刀の代わりに木刀を携え、京を歩き回ることになった。土方さんが周りの文句を抑え込むためにかなり頻繁に出撃命令を私に下し、私もそれに応えて志士を捕らえてくると周りからの白い目や揶揄も次第になくなっていった。

 私が捕縛した志士達の大半は、拷問か死罪となり、その結果を見て、あぁ私も人殺しの片棒を担いでいるんだなと思うことはあれど、直接自分の手を汚し、人を殺すことはできなかった。

 

 

 




再筆に伴い人を斬れない話や新選組関連のお話を追加しています。


17.08.23修正箇所
・転生設定の追加に伴い、冒頭に転生したことを示す描写を追加。
・それに伴い、一部文章をドラクエ版(旧版)に戻しました。
・新選組に行き、京へ行く動機を追加。


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プロローグ2

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 京での仕事を地獄の日々だと思っていたが、慣れてしまえばそれが日常となり、それなりの日々を過ごしていた。

 ただ、眠ると夢によく平山が出てくるようになり、夢を見ないようにしたくなった私は、非番の間は稽古のみを行うことした。隊内には様々な武術の使い手がおり、『技』の修練には困らなかった。

 剣術の稽古を行う間は、辛いことを忘れられる、幸せな時間であった。

 この頃の私は、目の下に隈を作り、常にくたびれた様子であったので、沖田によく、幽霊みたいだと馬鹿にされた。

 

 

 そのころの京では『木刀の竜』と『人斬り抜刀斎』の噂がそこら中から聞こえてきていた。人を殺す剣と殺さない剣。なんとも正反対な二人の噂。どうしても人を斬れない私は、抜刀斎に会ってみたいという欲求が芽生え、土方さんに頼み、『人斬り抜刀斎』の捕縛の任務を命令してくれと頼んだが、お前には他にやることがあるだろうと、断られた。

 抜刀斎と直接刀を交えたことのある斎藤さんに、抜刀斎について聞いてみると見た目やどのような剣術の使い手であるとか、いろいろなことを教えてくれた。続けて一度抜刀斎と会ってみたいと相談してみたが、『阿呆が』と一蹴されてしまい取り合ってくれなかった。

 

 

 そうこうして手をこまねいているうちに、戦が始まった。そう、戊辰戦争が始まったのだ。

 沖田の持病が悪化してもうこれ以上、連れていくのが難しいと思い、土方さんに相談すると、近藤先生の知り合いの家に療養のため、戦の前に江戸に後送すると言われた。ほっとしたのも束の間、人を斬れないお前は足手まといだからここで捨てていくと伝えられた。ぎょっとして土方さんを見ると、真剣なまなざしで沖田の護衛を頼むと言われた。

 仲間を見捨てるようで気が引けるが、土方さんに直接言われてしまっては逆らえない。黙っていたら、肯定と受け止められようで、土方さんは行ってしまった。

 

 

 その後、明治維新は無事に終わり、沖田は死んだ。沖田の死後、ずっと近藤先生の知人宅にいるのも気まずくなったため、ひょっこりと実家に顔を出してみることにした。

 自宅に帰ると、家族にひどく驚かれた。どうやら戦争で死んだと思われていたらしい。新選組の残党とかやっぱり迷惑かなと思い、すぐに出ていこうとも思っていたが、歓迎されたためそのまましばらく実家に厄介になることにした。

 

 父に京であったことを話すと、立派に務めを果たしてきたなと泣いて喜ばれた。最後まで人を斬ることができなかったことを恥じており、決して武士らしいことができなかったと話すと、人を斬らない覚悟も立派な士道だと肯定してくれた。

 その言葉に目頭が熱くなり、その晩は父と初めて酒を飲んだ。

 

 父は京に行った私のことをずっと気にかけており、いろいろと情報収集をしていたようだった。近藤先生が捕縛され死罪になったことや、土方さんが蝦夷で戦死されたことを教えてくれた。

 ちなみに、私が京で『木刀の竜』と呼ばれ志士達から恐れられていたことも知っていた。碌な噂じゃないと渋い顔をしたのだが、恐れられるのはお前が立派に活躍していたからだなんていいだすんで、再び泣いてしまった。

 

 ともかく、私は実家に受け入れられ、再び実家で暮らすこととなったのであった。

 平山が夢に出てこなくなったのも、このころからであったように思う。

 

 

 実家で暮らすことを決めた私は、まず試衛館に報告に向かった。近藤先生が、土方さんが、試衛館の皆がいかに立派に闘っていたのか、余すところなく伝えた。新選組は最後まで侍であろうとしたというと、近藤先生の父上は泣いていた。

 話を終え、去ろうとすると、天然理心流の印可を渡すのでと試衛館を継いでくれないかと打診を受けた。近藤先生も沖田もいない今、試衛館を継げるのはお前だけだと口説かれたが、実戦を主眼とした流派の当主が、実戦で誰も殺せなかったのでは示しがつかないと、固辞した。

 

 

 

 実家で暮らし始めてから、手持無沙汰な私は、家業の手伝を行った。刀ばっかり振っていたくせに、やけに算術が得意だなとは長男の亀太郎兄さんの言葉ではあるが、前世で高等教育を受けた私にとって、この時代の事務仕事は内容さえ覚えれば、難しいことはなかったのだが、お給金に色を付けてもらっては身内びいきが過ぎるのではないかと思い、多少気恥ずかしくはあった。

 

 実家に帰ってから1年ほどたった頃、いつまでも実家のお手伝いでは迷惑がかかると思い、自分でも店を持つことを考えた。なんというか、独り立ちをしたいとの思いの方が強かったのかもしれないが。実家は兄が継ぐし私がいつまでも店に居座っていても、やりづらいであろうとの思いもあった。まぁとにかく、理由は色々だ。

 

 家族一同反対はされたが、必要なお金を貯めることと、お見合いをして身を固めることを条件に折れてくれた。

 どうも放っておくと危なっかしいと思われている節があり、身を固めれば落ち着くと思われたようだ。

 

 幸い新選組時代にためたお金はほとんど手を付けておらず、かなりの金額が残っているので、実はお金の方は問題ない。隊士の面々は遊郭とかでかなり散財したようだが、病気が怖すぎて一度も行かなかったし、趣味もないためほとんど生活費にしか使っていなかったのだ。いや、趣味は剣術があったか。

 問題はお見合いの方だが、女子との会話など姉や母としかほとんどしたことがない自分に、夫婦としてやっていけるのか疑問ではあったが、まぁ、なんとかなるだろうと楽観的に考えていた。

 

 

 お見合いをすることを了承してからしばらくすると、母よりお見合いの日程を告げられた。時間がかかったのはどうも、私の経歴を聞いて敬遠する女性が多かったからのようだ。元新選組と聞いて怖がる女性も多かったのだろうか。苦労させてしまった母には頭が下がる思いである。

 

 そしてお見合いを行った。結果から言うと、さよという女性と結婚することとなった。第一印象は物静かな雰囲気をもつ、かわいらしい女性と思っていたが、話をするうちに、商いに興味があり、自分でもお店を持ってみたいと考えていることが分かった。

 この時代の女性は、結婚したら子供を産んで家を守るのが普通のようで、さよのような女性は、この時代ではいわゆる『地雷』なのかもしれない。というか、それが理由で行き遅れていると本人も言っていた。行き遅れたといっても20にも満たない女の子なのだが。

 前世の記憶のせいか、私はどうもそのあたりの感覚が疎く、問題と思っていないため、二つ返事で結婚の了承をしてしまった。

 

 今では人生で一番の英断だったと間違いなく断言できるのだが。

 

 

 その後、私はお店を出すお金を貯め、赤鼈甲(あかべっこう)という舶来品を取り扱う問屋と共同で、赤べこという料理屋を開いた。時代的にも牛肉解禁の流れだろうし、流れに乗って牛肉料理のお店が流行るかもしれないと思い、情報収集していたところ、父の知り合いの赤鼈甲の店主を紹介されたのだ。

 牛肉なんて流通していないし、どうしたものかと思っていたところ、渡りに船の紹介であった。

 店主とも意気投合し、特に何の問題もなく話が進んだことはまさに僥倖といってもいいだろう。

 

 赤べこは、夜は牛鍋を中心としたちょっと贅沢な料理や、モツ煮込みやら牛タン料理といった捨てる予定だった部位を使用した安価なつまみとお酒も出す、いわゆる居酒屋的なお店にした。

 そして、お昼に高級な牛鍋を食べる客は少ないだろうと思い、売れ残った牛肉や切り落としの部位を使用した、牛丼も安めの値段設定で販売することにした。もちろん、前世の記憶の牛丼みたいに牛肉と玉ねぎだけだと原価が高いため、豆腐やこんにゃく等も入れて量を調整してるが。

 どの料理も前世の記憶を参考に味付けを行ったが、材料の関係からあまり味を合わせることはできなかった。

 

 

 さよに補佐してもらいながらお店を始めると、すぐにお店は大人気になった。順調に利益を出し、人手が足りなくなってきた。足りなくなってきた人手を集めるために、新選組時代の人脈を頼り、お金に困っている士族を中心に声をかけて、なんとかうまく回せている。

 その関係でお店を留守にすることも多いのだが、お店を留守にしても、さよがお店を回してくれるため、ありがたいことに正直やることがなくなりつつある。

 これ幸いと、余った時間で趣味の剣術(といっても近所の神社の片隅で素振りをするだけだが)や人斬り抜刀斎に関する噂を調査しているが、実のある情報は集まらない。

 わかったのは、人斬り抜刀斎の名前が『緋村剣心』であるということだけで、他に得られた情報に、新選組時代に聞いていた噂以上のことはなかった。

 

 さよとの仲も良好で、食い扶持にも困らず、幸せな時間がただ過ぎていった。




再筆に伴い江戸に戻ってきてからのエピソードをちょっと追加

17.08.23修正箇所
・転生設定に伴い一部文章をドラクエ版(旧版)に戻しました。

17.08.24追記
誤字報告が複数届いておりますので、ここでお知らせします。
「後送」は「護送」の誤字ではありません。
「後送」は「こうそう」と読み、戦場などの前線から後方に何かを送ることとの意味です。「負傷兵を後送する」とか、そういう使い方をします。特にどちらでも良いのかもしれませんが。。。


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比留間兄弟編
1


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「ここが神谷活心流の道場か」

 

 ここしばらくの間、東京で『神谷活心流』の『人斬り抜刀斎』なる人物が辻斬りを行っており、既に10名を超える死傷者を出している。今までに『人斬り抜刀斎』を名乗る犯罪などは、たまに起こってはいたが、これほどまでに被害の規模が大きい事件は初めてである。

 何か胸騒ぎを感じ、この事件について個人的に調べたいと思い、道場を訪ねたのだ。

 

 

 ここ数日、赤べこが繁盛している関係で、お店で出す牛肉の確保が難しくなり、方々(ほうぼう)を駆け回り牛肉の確保に努めていた。

 『神谷活心流』の道場の場所は知っていたのだが、そんな事情もあり、ようやく今日、道場に来ることができたのだが…。

 

 

 所用で予定が押してしまい、道場にたどり着くのが予定より遅くなってしまった。

 しかし、夕方だが構わないだろうか。門下生は皆辻斬りの一件でいなくなってしまったと聞いているため、稽古で忙しいということはないだろうが。

 せっかく来たのだし、断られたらまた出直せばいいだろう。そう思い、正門より道場にお邪魔させていただくことにする。

 

「すみませーん。誰かいらっしゃいませんかー」

 

「はーい」

 

 道場の中から元気な女性の声が聞こえてきた。

 

 迎えてくれた女性は、神谷薫と名乗り、道場について話を聞きたいので、少しお時間を頂けないかとお願いをすると、このような時間に訪問したにも関わらず、嫌な顔一つせず中に通してくれた。

 

 道場にあがらせてもらい、お茶を頂きながらお話を聞くと、彼女がこの道場の師範代とのこと。若いのに立派だと思い、『人斬り抜刀斎』の話ではなく、ついつい神谷活心流について質問してしまった。

 神谷さんのお話によると、神谷活心流とは、幕末の動乱を生き抜いてきた神谷さんの父上が明治になって開いた新しい流儀である。神谷さんの父上は殺人剣を良しとせず『人を活かす剣』を志に、十年間道場を開き、『神谷活心流』の普及に努めていた。

 しかし、そんな父上も西南戦争にて戦死されたそうで、『人を活かす剣』という父の志を継ぎ、道場を存続させようとしていたが、例の辻斬り騒動のせいで十数人いた門下生は道場に来なくなってしまったらしい。

 

 剣とは人を殺す道具であり、剣術とは人を殺めるための効率的な方法。心のどこかでそのような認識を持っていた私には、『神谷活心流』の『活人剣』の思想は、まさに目から鱗であった。

 試衛館が潰れて久しく、今更ほかの道場に入門することも不義理な気がしていた私は、その想いを曲げてでも神谷活心流を学びたいと思った。

 

 

 私は神谷さんに、神谷活心流の『活人剣』の思想に感銘を受け、ぜひとも教えを請いたいと話すと、亡き父も喜んでいると大変喜んでくれた。剣術は好きだが人を殺めることに極度の忌避感を持つ私としては、心からの本心だったため、喜んでいる様子を見ていると、こちらも心がほっこりしてくる。

 

 

 念のために人斬りについても聞いてみたが、神谷活心流とは無関係の人物で、門下生にもあれほどの辻斬りをこなせる腕前を持つ人物はいないとのことである。下手人の目的はわからないが、なんともきな臭い話だ。

 

 

 彼女との話が思いのほか長くなり日も落ちてきたので、さすがにこれ以上長居してはまずいと思い、そろそろ帰ることにした。明日から稽古に来ることと、道場の再建に協力できることがあれば相談してほしい旨を伝えて帰ろうとすると、外から妙な気配がする。

 持参してきた木刀を左手に、外見は平静を装いつつ自然に玄関の方に警戒心を向けると、身なりのよさそうな爺さんが道場に入ってきた。神谷さんの祖父であろうか。それにしても『嫌』な雰囲気を持つご老人であるが。

 

「どうもこんばんは、お邪魔しております」

「おや珍しい。薫さんにお客さんですか」

「ええっ、そうなのよ喜兵衛。浜口さんっていうんだけど、うちの新しい門下生よ!」

 

 喜兵衛と呼ばれた爺さんは少し訝しむような顔でこちらを見つめいている。こんな時期に門下生になりたいなんて、妙な奴と思われているのかもしれない。

 

「あぁ。そいつは残念だったね。この道場はもうたたんじまうんですよ。この通り書類もまとまっていましてね」

 

 頭を下げて自己紹介しようと口を開きかけたところで、喜兵衛が妙なことを言いながら書類を取り出した。

 

「…喜兵衛?」

 

 神谷さんが混乱していると、道場の縁側より見るからにガラの悪い連中が乗り込んできた。これだけの人数がいたにもかかわらず、気配を感づけなかったとは、新選組を引退してから時間がたっているとはいえ、私も衰えたものだ。先頭にいるひげ面の大男だボスっぽいな。ニヤニヤ笑っていて気持ち悪い。

 

「よォ!」

「お前はっ!」

 

 ひげ男をみた瞬間神谷さんが、驚いたような顔をして、素早く道場に置いてあった木刀に手をかける。何やら因縁ありげだね。

 

「鬼兵館頭目、比留間伍兵衛。儂の弟だ。あぁ、浜口さんだったね。あんたも運が悪かった。剣術がやりたきゃ道場はいくらでもあるだろうに。」

 

 喜兵衛の爺さんがしたり顔で話し出した。どうも話を聞くにこの爺さん、道場に潜り込んで乗っ取りを画策し、弟を利用して道場の名を貶めたり、いろいろとやっていたようだが、それもうまくいかず、強硬手段に出たようだ。

 喜兵衛の自分語りも終わり、道場にぞろぞろとチンピラが乗り込んできた。そもそも自分の悪事を語るとか、三下もいいところだよな。

 

「『人を活かす剣』てのがここの目標だとか。面白い。ここはひとつその『人を活かす剣』ってヤツで自分を救ってみたらどうだ」

「くっ…」

 

 ひげ男の挑発に神谷さんの顔が悔しさで歪む。ジッと見ていたが、そろそろいいだろう。左手に持った木刀を正眼に構え、神谷さんとひげ男の間に割って入る。

 

「…浜口さんっ!」

「神谷さん…、いえ神谷先生。ここは先生の出る幕ではありません。私に任せてください」

「そんな、無茶よ!」

「ほぅ面白い、兄さんそんなにこの小娘が…」

 

 ひげ男がしゃべり終わる前に、私は動き出していた。

 

 

 流れる水が如く、チンピラの間を駆け巡りながら最小の動きで敵を木刀で殴りつける。様々な武術の歩法を組み合わせ、最適な場所に最短の距離で移動し、最小の動きで敵を殴る『我流』の技だ。

 

 私はこれを『流水剣』と名付けた。

 

 捕縛方になってから、常に一人でカチコミをかけさせられることになり、毎度多数の人数を相手にさせられていた為に必要性に迫られて編み出した技だ。

 他の隊士には、常に複数で敵に当たれとの教えだったのに、なぜか私だけ常に複数の敵に対して当たれとか、常識的に考えておかしいよな。

 

 

 とりあえず全員殴り終えたところであたりを見回すと、誰一人と立っているものはいなかった。まぁ、さすがにこの程度のチンピラに負けるほど弱くなっていない自信はあったが。弱いものいじめなような気がしてあまりいい気はしないな。

 

「すごい…」

 

 神谷さんが驚きの表情でこちらを見ている。まずい。ドン引きされたかもしれない。その時、玄関に新たな気配がしたため、ふとそちらをみると、チンピラが一人立っていた。新手か?

 

「つっ、強え…」

 

 そういってチンピラはどさりと倒れた。えっ?お前のこと殴った覚えないんだけど。

 まぁおそらくは、今倒れたチンピラの後ろにいる強そうな気配のヤツの仕業なのだろう。

 

 倒れた男の後ろには小柄な男が立っていた。特徴的な赤髪は長髪で首の後ろで縛っており、赤い着物を着た頬に十字傷を持つ男。これはもしかして?

 

「流浪人…!」

「遅くなってすまない。話は全てこいつに聞いたが…。拙者がいなくても大丈夫だったようでござるな」

 

 困ったような顔をしながらこちらに歩み寄ってくる男。私は構えを解き木刀を下ろすと、彼に話しかけた。

 

「えっと、すいません。神谷先生のお知り合いの方ですよね?警官さんを呼んできますので、先生と一緒にいていただけますか?神谷先生もそれでよろしいですよね?」

「えっ…。あ、うん…」

 

 隙の無い人物だ。こちらを警戒する様子が、見え隠れする。やはり、私の思い当たる人物なのであろうか。期待と不安感から多弁になってしまった。恋する乙女かよ、私は…。

 

「お主は…」

「はいっ?」

「お主は、浜口竜之介ではござらぬか?」

 

 真剣な表情でこちらの目をみて名前を呼ぶものだから、ぎょっとしたよね。でもその時、確信した。あぁこの人は、人斬り抜刀斎。()()()()さんなんだと。

 

「…はい。私は浜口竜之介と申します。申し訳ありませんが、この場はお願いします。では、私はちょっと行ってきますので、お願いしますね」

 

 そう言い残すと、私はそうそうにその場を逃げ出し、警官を探しに夜の街へ駆け出して行ったのであった。




再筆に伴いさみだれぎりを流水剣にし、技の説明を追加

17.08.23修正箇所
・原作知識なく、道場を訪れた理由を追加。
・神谷活心流に入門する動機を説明。道場で神谷活心流の思想理念に賛同したためとしました。
・ドラクエ版(旧版)と同様の横文字表現に一部戻しました。
・剣心と初対面時の、竜之介の内情が原作知識ありでないとおかしな内容だったため、修正。


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2

「薫殿、大丈夫でござるか?」

「ええ…。浜口さんに助けてもらったから…」

 

 浜口さんは警官を呼びに行ってしまったため、道場には倒れている気絶した鬼兵館のチンピラと比留間兄弟を除いては、流浪人だけしかいない。

 まさか喜兵衛が道場を乗っ取るために、『人斬り抜刀斎』に辻斬りをさせていたなんて…。浜口さんがいなければ、今頃私はどんな目にあっていたことか。きっと、道場を乗っ取られるだけでは済まなかっただろう。流浪人も駆けつけてくれたみたいだけど、この人数を相手にするのは難しいように思う。

 

「流浪人は…。浜口さんの知り合いなの…」

 

 先ほどの会話から、流浪人は浜口さんの名前を知っていたようだ。

 

「浜口殿は、その、昔の商売敵でござるな…」

 

 頬搔きながら、困ったように笑う流浪人。浜口さんとは今日知り合ったが、東京で『赤べこ亭』という料理屋を経営していると聞いていた。先ほどの身のこなし、これだけの人数を一瞬で圧倒する剣術。とても、普通の町人には見えなかったけど…。

 

「そう…、なのね。流浪人さんは旅の剣客なのよね?」

「おろっ、人の過去にはこだわらないんじゃなかったでござるか?」

 

 思わずムッとしてしまう。人には誰にだって語りたくない過去がある。そう思い、道場の前に倒れていた喜兵衛を介抱し、素性を知らぬまま住み込みの奉公人をさせていたのが、今回のいざこざの遠因だったりする。

 

「ちょっと気になっただけじゃない!」

「うぅぅ…」

 

 少し大きな声を出したら、比留間兄弟の弟、伍兵衛が目を覚ましたようだ。

 

「あいつのあの強さ…。あいつが本物の抜刀斎に違いねぇ。あいつさえいなければ…。うぅ…」

 

 五兵衛は右足が折れているようであったが、持っていた大きな木刀を支えに立ち上がった。

 

「さっきは不意打ちを食らったが。…小娘とてめぇだけなら!」

 

 五兵衛が右足を庇いながら、こちらに襲い掛かってきた。

 

 

「浜口殿は抜刀斎などではござらんよ…。そんな汚れた名前で彼を呼ぶな!」

 

 一瞬、鈍い音が響いたと思うと五兵衛が道場の床に突き刺さっていた。流浪人が逆刃刀を抜き、目にもとまらぬ速さで五兵衛を打ったのだ。

 

「一つ言い忘れていた。人斬り抜刀斎の振るう剣は『神谷活心流』ではなく、戦国時代に端を発す一対多数の切り合いを得意とする古流剣術。流儀名『飛天御剣流』。逆刃刀(こんなかたな)でないかぎり確実に人を斬殺する神速の殺人剣でござるよ」

 

「浜口殿の剣は、決して相手を殺さぬ不殺剣。拙者の剣術とは真逆の剣でござる」

 

 流浪人が視線を喜兵衛に向けると、気絶しているはずの喜兵衛がガタガタと震え失禁している。流浪人の殺気にあてられたようだ。

 

「策を弄する者ほど、性根は臆病でござるな」

 

 そう言いながら逆刃刀を納刀する流浪人。

 

「流浪人は…? 本物の抜刀斎だったの…?」

「すまないでござる、薫殿。拙者だます気も隠す気もなかった…。ただできれば、語りたくなかったでござるよ…」

 

 フッと、息をつくと申し訳なさそうな表情をしながら、流浪人は謝罪を口にした。その悲しそうな表情を見て、私が何も言えずにいると

 

「失敬。達者で…」

 

 流浪人…、いや抜刀斎はその場を立ち去って行こうとした。

 

 

 

「ま…。ま…。待ちなさいよ!」

 

 何をしれっと立ち去ろうとしているんだよ。この男は!

 

「私一人だけで浜口さんが戻ってくるのを待てっていうの!?」

「しかし、拙者は人斬り抜刀斎で…」

「私は人の過去になんかこだわらないわよ!」

 

 私は思いっきり抜刀斎を睨みつけながら言ってやった。

 

「喜兵衛みたいなのもいるし、これからは多少はこだわったほうがいいでござるよ」

 

 うっ、痛いところを突かれてしまった。

 

「なんにせよ拙者は去ったほうがいい。せっかく流儀の汚名も晴らせるというのに本物の抜刀斎がいては元も子もないでござる」

 

 困ったように笑いながら抜刀斎は、子供を窘めるように言う。違う、私は…。

 

「警官さん、こっちでーす」

 

 遠くから、浜口さんの声が聞こえてきた。




この話だけ、ドラクエ版(旧版)と全く同じ文章です。


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3

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「警官さん、こっちでーす」

 

 『人斬り抜刀斎』による辻斬り騒動で夜間警邏が強化されていたため、警官達はすぐに見つかった。事情を話すと訝しみながらも、道場まできててくれるとのことで、道案内がてら道場まで同行することになったのだ。

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

「急いでくださいよ! 下手人は道場にいるんですよ。もうすぐそこですから」

 

 しかし、鍛え方が足らないのではないか?軽めに走っただけなのに、警官達はついてくるのがやっとの体たらく。息も上がってしまい、なんともだらしない。まだ20そこそこ位の年齢だろうに、最近の若い者は鍛え方が足りないのではないだろうか。もどかしい気持ちを抑えながら、ようやく道場までたどり着いた。

 

 

 その後も応援の警官が続々と到着し、チンピラと比留間兄弟を連行して行った。私たちは再度簡単に事情を聴かれたが、詳しい事情説明が必要な場合は、日を改めて警察署まで呼び出しがかかるとのことで、あっさりと事後処理が終わり解放されたのであった。

 

 

 警官と連行された者たちがいなくなり、道場が広く感じるな。

 

()()さん、神谷先生と一緒にいていただいてありがとうございました」

「おろっ? 拙者浜口殿に名乗ったでござるかな?」

 

 しまった。一段落ついて油断してしていた。思わず、名乗ってもいない()()さんの名前を呼んでしまったのだ。いや、もしかしたら人違いかもしれない。しかし、斎藤さんに聞いていた抜刀斎の外見的特徴と、目の前の男性の特徴があまりにも一致している。私には、この男が剣心さんであるという確信がある。

 しかも、剣心さん(仮)、顔は笑っているが目は笑っていないというか、真剣なまなざしでこちらを見つめ返してきよる。

 

「しっ、失礼しました。えっと、人違いです! …昔の知り合いとあまりにも似ていたもので…。その…」

 

 思わずしどろもどろになってしまう。いや、人違いも何も、もしかしたら名前言い当てちゃってるかも知れないんだよなぁ。もし剣心さん本人だとして、宿敵である元新選組の私に名前を呼ばれ、どう思っているのだろうか。彼の瞳には、今の私がどのように映っているのだろうか。

 そんな私をフッと鼻で笑う剣心さん。

 

「人違いではござらんよ。拙者、緋村剣心でござる。浜口殿のよく知っている剣心で、合っているでござるよ」

 

 良かった。あまり、敵対的には思われていない?というか、やっぱり剣心さんだったか。

 

「ちょっと! 二人だけにしかわからない話はやめて! …浜口さん。嫌なら話さなくて良いわ。だけど、浜口さんと剣心さんのこと、少し教えてもらえないかしら」

 

 おっと、神谷さんの存在を一瞬忘れかけてたわ。そりゃ気になるわな。思わず頭をポリポリ掻きながら、この場は誤魔化せないと思い、自分の過去を語ることにする。

 

「実は私、元新選組の隊士でして…」

 

 どこから話せばよいのか迷ったが、思いつくままにポツポツと自分の来歴を語っていく。

 自分が新選組であったこと、京の町でどうしても人を斬れず木刀で戦っていたこと、戊辰戦争に参加できず江戸に帰ってきたこと、そして、『人斬り抜刀斎』である剣心さんとの関係を話した。

 初対面で剣心さんと気づいた理由については、素直に仲間の隊士に剣心さんの容姿について聞いていたことを話しておく。

 剣心さんの名前を知っていたことについては、東京に戻ってきてから剣心さんの噂を調べており、いろんな伝手を使ってなんとか名前だけは知っていたと、こちらも素直に白状した。

 

 

「拙者を調べていた理由は何でござるか? 浜口殿の口振りから、仲間の仇討ちをしたいようにも思えないのでござるが…」

 

 真正面から聞かれると、なかなか答えに詰まる。自分でも自分の気持ちがうまくつかめない。その形のないモヤモヤをなんとかこたえようと、私は口を開いた。

 

「仇討ちは…しようと思ってもできないですからね、私は。それに明治維新は成ってしまったのですから、これ以上何かするつもりはありません。剣心さんに会いたかったのは…。うまく言えないですけど、興味があったというか、どんな人なのか会って話がしてみたかったってのが強いですかね。人を斬りたくてもどうしても斬れなかった私とは、その、対極的な人だったんで…」

 

 ははは…、と力なく笑いながら剣心さんを見ると真面目な顔をして私の話を聞いている。ただ一つ気付いたことは、もうこの人は人斬りなんてしていないということだ。人斬り特有の、血の匂いというか、刺々しさというか、そういったものが非常に弱い。

 

「でも、その様子ですと、もう人を斬るのは辞めているみたいですね」

 

 私が剣心さんに問いかけると、小さくうなずいた。その目の奥に何か、強い意志のようなモノを感じる。

 

 

「人斬りの話が聞きたかってこと?そんな人だったら、新選組にもたくさんいたんじゃないの?江戸にまで噂が届くくらい、強い集団だって聞いてるわよ」

 

 口を尖らせている神谷さんに、ツッコみを入れられる。確かにその通りではある。うーん、新選組(うち)で『よく人を斬っていた人』といえば、斎藤さんは『悪・即・斬』とかいってて思想が宗教染みていて理解できなかったし、鵜堂さんは精神に異常をきたしていたし、土方さんは自分で斬るよりも切腹させたほうが多かったしなぁ。1回沖田にどうして人を斬れるのか聞いたことがあったけど、何言ってんだこいつみたいな顔されて取り合ってくれなかったし。

 

「あまり参考になるような話は聞けませんでしたね。みんなちょっと普通じゃないっていうか、頭がおかしいというか…。いやっ、別に人を斬れるようになりたかったわけじゃないんですけどね。ただ、剣心さんがどんな人で、どんな想いを持っていたのか、知りたかったんじゃないかな」

 

 大きくため息をついて、剣心さんを見る。まっすぐとこちらを見つめる目に、自分の中が見透かされているような気持になり、怖い。

 

「私は、人を殺めてしまうことが…。誰かの人生を終わらせてしまう責任を負うことが、ただ怖かっただけなんです。臆病で卑怯なんですよ。自分だけ手を汚さず、今ものうのうと生きている自分がなんと惨めなことか」

 

 あぁ、ダメだ。普段考えないようにしているのに、あの頃のことを思い出すと、生きているのが嫌になる。かといって、死ぬ勇気もなく、こうしてこの場にいるのだが。

 土方さんの、『生きることがお前の士道だ』との言葉が心に重くのしかかる。

 

「なるほど。浜口殿の噂は京にいる頃によく聞いたでござるが、拙者が噂で聞いていた御人とえらくかけ離れているでござるな」

「参考までに、どんな噂を聞いていたか教えていただいても?」

 

 この手の噂は意外と本人に伝わらないもののようだ。『木刀の竜』と呼ばれていたのは知っていたが、あまり聞いて気持ちの良い評判ではなかったため、意図的にあまり噂の中身は聞かないようにしていた。剣心さんに、私はどんな人物だと伝えられていたのだろうか。

 

「新選組に刀を持たず、木刀を持ち一人で襲い掛かってくる狂人がいるとか。たとえ刀で木刀を折っても素手で襲い掛かり、狙われた志士達は一人も殺さず、必ず捕縛されるとか。無類の拷問好き故、捕縛した志士をなぶり殺しにすることを至上の喜びにしているとか。あとは…。」

「あー、ありがとうございます。もう結構です。噂ってのは尾鰭がつくものですねぇ!」

 

 聞いたのはこっちであるが、我慢できなくなり、話を遮る。

 一人で志士に突撃していたのは、ほかの隊士と一緒だと捕縛予定の志士を殺しかねないからで、木刀が折られて素手で戦っていたのはよく木刀を折られたからだ。

 だって、当たり前でしょ?木刀と日本刀で数度打ち合えば木刀が折れる。丸腰でも闘えるように、無手での格闘術も鍛えに鍛えた。

 狙った志士を必ず捕まえられたかというとそうでもないし、拷問に至っては一切関与していない。ここら辺は完全にねつ造だよ。

 

「でも、さっきの話だと木刀を持って戦っていたのは本当なんでしょ?木刀なんて普通の刀に比べて弱いんだから折れることもありそうだし…。ちょっと、どこからが尾鰭なのよ」

 

 神谷さんにジト目で見られてしまう。うっ、思わず助けを求めて剣心さんに視線を向けると微笑んでいた。

 

「でも実際の浜口殿は、殺生の嫌いな優しい御人であった。それが真実でござったか。神谷活心流の活人剣は、きっとそんな浜口殿にピッタリな流派でござるよ」

 

 優しいのとはちょっと違うと思うんだけどなぁ。今度は、私の方がジト目になり剣心さんを見つめてしまう。

 

「剣心さんだって、今は人斬りをやめたんでしょ。折角だし、一緒にどうです? 意外と剣心さんも神谷活心流は合っているかもしれないですよ」

 

 剣心さん、ちょっと驚いてるね。先ほど流浪人と呼ばれていたし、帰る場所もないのであろう。このまま放っておくとどこか行ってしまいどうだし、思いつきで道場に誘ってみた。

 

「そうよ! これから私と浜口さんの二人だけでどうやって盛り立てろっていうのよ! 少しくらい力を貸してくれたっていいじゃない!」

「しかし、先ほども申したが、本物の抜刀斎の拙者が居座っては…」

「抜刀斎に居て欲しいって言ってるんじゃなくて、私は流浪人のあなたに居て欲…」

 

 そこまでいうと、ハッとした表情をした後、神谷さんは顔を赤くして大人しくなった。『居て欲しい』っていうのが恥ずかしかったみたいだ。若いねぇ。

 

「まぁまぁ、剣心さん。ずっと流浪人やるのも大変なんだからさ、少しぐらいこの町に居付いてもいいんじゃないの?」

 

 私からもここに居座るように進めてみる。もう少しだけ、剣心さんと一緒にいてみたい、どんな人なのか知りたいなんていう、私欲も混じってのだけど。あっ、私衆道は好まないので、ほんと、そういうのじゃないよ。

 困ったような笑い顔で考えるそぶりを見せる剣心さん。

 

「しばらく厄介になるでござるよ」

 

 その言葉に、私と神谷さんは安堵の表情を浮かべるのであった。




再筆に伴い素手での戦闘が強い理由付けを追加

17.08.23修正箇所
・竜之介が剣心の名を呼んでしまう際の描写を変更。
・原作知識に基づく描写を変更。


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4

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 その後、道場から帰るまでにかなり時間を食ってしまった。というのも、道場に居ついてくれると決心した剣心さんが、どこに逗留するのかで少し揉めたのだ。

 最初、道場に居候することになりそうだったのだが、年頃の女の子と一つ屋根の下で大丈夫か不安になり相談したのがまずかった。

 宿代を出すので近場の宿に泊まることを進めると、神谷さん、剣心さんに悪いからと反対されるし、かといって、私の家に剣心さんを受け入れることも、同居人への説明という点でなかなかに難しく、剣心さんは野宿してくると言い出すがそれもどうかと思い引き留めた。

 最終的に、神谷さんの強い意向と、『剣心にわたしを襲うような度胸はないわよ!』という言葉に妙に納得してしまい、その場は収まったのだ。

 

 

 

「それでは私はここらへんで失礼します」

 

 道場を出る頃には、当たり前であるが真っ暗で、提灯を借りて帰ることにした。酔っ払いも家に帰り、人っ子一人いない東京の町を歩いて帰る。

 雲の隙間から月が顔を出していたので、比較的明るくはあったのだけれど、家で待ち受ける苦難を想像し、私は重い足取りで帰路につくのであった。

 

 

 

「たっ、ただいまー…。ひっ!」

 

 そっと玄関を開けると、玄関にはさよが正座で座っていた。明かりもつけずに。

 

「おかえりなさい、竜さん。こんなに遅くまで帰ってこないなんて珍しいね。どこをほっつき歩いていたんだい?」

「ご、ごめん。ちょっといろいろあって」

「ふーん。いろいろねぇ…」

 

 じとーっとこちらを見つめられて思わず、視線をそらしたくなるが、ここは我慢だ。

 

「はぁ…。今日はもう遅いから、さっさと寝ようか。詳しい話は明日聞かせてよね」

 

 さよは立ち上がり寝室の方に歩いて行った。とりあえず、許されたのか?さよにならい、私も寝室に向かって歩いていくと、突然さよが振り返り、私に抱き着いてきた。

 

「わっ! どうした。」

「…。女の匂いはしないね。てっきりお妾さんでも作ったのかと思ったんだけどなぁ」

 

 すんすん鼻を鳴らしながら、どうやら私の体臭を嗅いでいたようだ。

 

「さよ、私は浮気なんてしないよ」

 

 なるべく、優しい声を出すことを心掛けながら、さよの頭を撫でる。

 

「わかってる…。でも、いいんだよ。私じゃ子供を産めないんだから、お妾さんの一人や二人ぐらい囲ったって…」

 

 震える声でそう言いながら、ぎゅっと私に抱きつくさよの手に力が入る。もしかして泣いているのかもしれない。

さよと結婚してから10年近くたつが、子供には恵まれなかった。さよに原因があるのか、私に原因があるのかはわからない。こればっかりは授かりものだし仕方がないと、私は既に諦めていたが、さよはずっと気にしているようであった。私自身、子供を作るためだけにほかの女性と関係を持つ気はない、常日頃からさよに話しているのであるが…。

 

 この時代の子供を産めない女性は、肩身が狭いなんてものじゃない。なるべくフォローしてあげたいのだが、どうしてあげればよいのかわからない。いっそ、養子でももらってしまったほうが良いのだろうか。

 

「心配かけてすまんな。こんな遅くまで起きているから、気分が滅入ってるんだよ。さぁ、今日はもう寝よう」

「…うん。ごめん」

 

 そういって、さよを寝室に連れていき、床に就いた。

 

 

 

「…さん。竜さん。もう朝だよ」

「んんん…」

 

 どうやら寝坊したようだ。さよが布団を引っぺがし、起きるように促してくる。久しぶりの寝坊だな。昨日はまぁ、濃い一日を過ごしたし、夜も遅かったから寝坊しても仕方がないかな。

 

「たけさんがもうご飯の準備をしているから。ほら、早く起きて」

 

 たけさんとはうちの女中だ。さよの結婚と同時に、さよの家からきた世話係のような人で、家事全般を彼女に任せている。

 のそのそと上半身を起こし、さよに声をかける。

 

「んぁー、今起きる。たけさんにはすぐに行くって言っておいて」

「ん、わかった」

 

 さよが部屋から出ていくと、寝間着を着替えて、居間に向かう。既に定位置に座っているさよの隣に座ると、たけさんがご飯をよそってくれる。

 

「悪いねたけさん。寝坊してしまったよ」

「旦那様、昨日遅かったんでしょ。寝坊してもいいですけど、次からは早く帰ってきてくださいよ。さよさん心配して、大変だったんですから」

「すまん、善処する」

 

 居心地が悪くなり、頭をポリポリ掻きながら返事をする。

 

「ふーん、反省してないんだ」

「いや、そんなことないって、昨日はいろいろあったんだって」

 

 ジト目で見つめるさよに慌てつつも、昨日の顛末を説明する。

 

 

 

「…ってことがあってですね、大変だったんですよ」

「旦那様が辻斬りをねぇ。あたしには、とても信じられないんですけど」

「まぁまぁ、たけさん。こう見えても竜さんは元新選組だからね。荒事には慣れているんだよ。よく神社に木刀を持って行って素振りもしているし、それにほら、力だって、見た目以上に強いんだよ」

「そうそう、割と強いんですよ、私は。能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?」

 

 ご飯を食べながら熱弁したものの、たけさんがなかなか信じてくれない。まぁ、普段は荒事とは無縁な昼行燈と思われているようだし、しかたないか。

 

「はぁ…、そんなもんですかねぇ。でも、旦那様。体に刀傷なんてないし、きれいな体じゃないですか。前に攘夷で活躍したっていう剣客さんを見たことがあるんですけど、体中に傷跡がすごかったんですよ。新選組だったとして、戦ったこととかあるんですか?」

「案外金勘定だけやってたのかもね。ほら、竜さんって算術得意でしょ?」

「あぁ、それだったらあたしも納得できますよ」

 

 そう言いながら、二人でケラケラ笑っている。毎度毎度、この手のこととなると多勢に無勢で旗色が悪い。このままでは家長としての威厳がくずれてしまう。もうないのかもしれないが。

 わざとらしく、おほんと咳払いして二人を交互に見る。

 

「まぁ、とにかく。これからは道場に通うので、留守にすることが多いからよろしくね。帰りが遅くなることはないと思うけど、夜遅くなるときは事前に連絡するし、なるべく早く帰るようにするからね」

 

 言いたいことは言ったので、ご馳走様をして、出かける準備をする。稽古初日だしね。道場には遅刻しないようにしなくては。




17.08.23修正点
・子供がいない理由をドラクエ版(旧版)と同じ身体的理由としました。


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弥彦編
5


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 道場に通い始めてから1週間がたった。毎日道場に通うのも、世間体とか仕事との両立とか家庭内のヒエラルキー等の諸々の問題で憚られるため、隔日で稽古に行くようにしている。一応、さよにお店を任せているとはいえ、私の方にもいろいろと仕事はあるしね。

 道場での稽古は楽しいのだが、未だに門下生は私だけだ。例の辻斬り騒動が終結したにも関わらず、神谷活心流の門下生は誰も戻ってきていない。もはや侍は時代遅れで、剣術に魅力を感じられる人は少ないのだろうか。少々残念な気もする。

 門下生が戻らないことについては、私以上に神谷さんの方が焦りを感じているようで、大分鬱憤が溜まっているようだ。

 

 

 

 本日は稽古の日なので、早起きして道場に来たのだが、何やら騒がしい。道場の表に人だかりができている。人並を縫って道場の入り口に辿り着くと、剣心さんと神谷さんがいた。

 

「おはようございます。どうしたんですか? もしかして入門希望者ですか?」

「おはよう。浜口さん。それがね、実は昨日…」

 

 神谷さんの話によると、昨日剣心さんと神谷さんで町に買い出しに行った際に、横暴な警官といざこざがあったそうだ。庶民への横暴を見かねた剣心さんが警官隊を叩きのめしたところ、それを見ていた庶民から神谷活心流の名が人づてに広まり、朝から入門希望者が殺到したのだ。

 

「へぇー、それはなんとも。良かったですね」

「いまいち反応が悪いわね。この場に来た人が全員入門すれば、あっという間に神谷活心流再興なのよ!」

 

 数えると15人ほどいるが、そんな理由で入門しても長続きしなさそうだ。あまり期待できないと思いぬか喜びはやめておく。まぁ、富くじを15回買うようなものか。

 そんなことを考えていると、おもむろに剣心さんが口を開いた。

 

「こりゃあまずいなぁ」

「えっ?」

「ちょいと皆の衆、拙者は元々この流儀の者ではないし、弟子を取る気もないから、昨日の騒動を見てここに来たのなら、悪いけどお引き取り願うでござるよ」

 

 困ったような笑顔で剣心さんがそういうと、入門希望者はあっさりとはけてしまい、一人残らず帰ってしまった。こういうオチか。ちょっと、神谷さんがかわいそうだ。

 唖然として言葉も出ないのか、神谷さんは目を丸くして門下生が帰っていく様を見つめている。

 沈黙が気まずい。

 

「さて、拙者は風呂焚きでも…」

「っのバカぁ! なんで帰しちゃうのよ!」

 

 しれっと逃げようとする剣心さんの頭をしないで引っぱたく神谷さん。いや、引っぱたくってレベルじゃないか。なんか鈍器で殴ったような音がしたし。気持ちはわかるが、そんなに強く叩いてダイジョブか?

 

「だから拙者元々…」

「だからって帰ってもらうことはないでしょ! とりあえず入門させちゃえばこっちのモンだったのにィー!」

「そりゃサギでござる」

 

 ボコボコにされる剣心さんを眺めて、こりゃちょっとまずいと思い止めに入る。

 

「先生、落ち着いてください。それ以上やったら、剣心さん、死んじゃいますから」

「くっ、仕方ないわね! 浜口さんに免じてここら辺にしといてあげるわ!」

 

 フンッ、と鼻息荒く、神谷さんは剣心さんの襟首を手放した。剣心さんの方に目立った外傷はないようだ。怪我する前に止めてよかったよ、ホント。

 

「浜口殿、かたじけない」

「でも、いまのは剣心さんの方が悪いですよ」

「そうよ剣心、ちゃんと反省しなさい!」

「おろっ?」

 

 なんでお前が不満そうなんだよってツッコみを我慢しつつ、道場の中に入り、荷物をまとめる。本日は出稽古のため、他の道場に足を運び、合同で稽古をする予定なのだ。

 

 

 

 

「ったくもう!」

「まだ怒っているでござるか」

「とーぜんよ! 15人もいたのに!」

 

 出稽古のために他流派の道場に向かっているのだが、神谷さんの怒りは収まらず、イライラをまき散らしながらのお出かけとなってしまった。怒っている女性ってホント苦手。精神的に疲れてしまう。

 

「まぁまぁ、先生。過ぎてしまったことは仕方がないんだから、諦めましょう」

「浜口殿の言う通りでござるよ。それに、興味半分のにわか入門者ではまず半年ももたないでござるよ。それじゃ、意味なかろう」

 

 剣心さんと私の言葉にうまく反論できないのか、神谷さんは黙ったのだけれどもムスッとした表情で歩いている。というか、剣心さん。全然反省してないでしょ。神谷さんの気持ちを少しは汲んで欲しいものなんだけど。

 

「にわか入門者でも、やり始めれば興味を持って長続きするかもしれませんし、始める前に門前払いするのはなんか違うと思いますけどねぇ」

 

 実際、私が剣術を学び始めたのも、父に道場に連れていかれたのがきっかけであった。きっかけなんて人それぞれだろうし、まずはやってみることに意味があると思うのだけれど。

 

「そうよ剣心! 私と浜口さんが稽古するにしたって、門下生が少ないから…」

 

 

 タタタタタタ、ドン!

 

 神谷さんが剣心さんに再び文句を言い始めたところで、剣心さんの背後に少年がぶつかった。

 

「待ちなさい!」

 

 そのまま走りだそうとする少年に神谷さんがとびかかり、取り押さえた。いきなりの出来事に困惑していると、神谷さんは少年の手から財布を取り上げた。

 

「剣心この子スリよ! これ、あなたの財布よ!」

「ちくしょう! 離せこのブス!」

 

 盗人猛々しいというか、スリの少年は神谷さんに噛みつかんばかりの勢いで怒鳴りつける。

 

「ブ…、失礼ね! これでも(ちまた)じゃ剣術小町って呼ばれてんのよ!」

「るっせえ! ブス!」

 

 まるで子供のケンカだ。どうしたものかと思案していたら、剣心さんが少年に近づき

 

「まあまあスられた物は仕方ないでござるよ」

 

といいながら、薫さんの手から自分の財布を受け取り少年に渡したのだ。懐が深いとかそういうレベルじゃないよな。

 

(わっぱ)、次は捕まるなよ。さ、行くでござるよ。」

「えっ、剣心さん。いいんですか?」

 

 歩き出した剣心さんを追っかけながら思わず問いかけてしまう。もしかして、そもそも中身が入ってないとかそういうオチか?なんて考えていると、前を歩く剣心さんの頭に、先ほど手渡した財布が飛んでいき、見事命中した。ほんと、ストライクって感じで。

 

「おろ!」

 

「俺は(わっぱ)じゃねぇ! 東京府 士族 明神弥彦! 他人から憐れみを受ける程堕ちちゃいねぇ!」

 

 振り返ると先ほどの少年が仁王立ちしながら鬼のような形相でこちらに吠えていた。なんとも迫力のある少年だ。

 

「今のはてめぇが一丁前に刀を差してやがるからちょっとからかってやっただけだ。勘違いするな このタコ!」

 

 吠える弥彦をみて剣心さんはニコニコしている。

 

(わっぱ)ぁ」

(わっぱ)じゃねぇっていってんだろ!」

「お主は姿形(なり)はまだ子供だが性根は一人前でござるな。すまない、拙者みくびっていた」

 

 剣心さんにそう言われると、弥彦は走り去っていった。

 本当にうれしそうに話すなぁと、まだ剣心さんを見やると、ニヤニヤしている。この人子供好きなんだろうか?

 

「なんとも肝の据わった少年でしたねぇ」

「生意気っていうのよ、あれは」

 

 走り去る弥彦の背中を見つめながら、私は素直な感想を口にする。

 

「意地っ張りと言うか、誇りが高いというか…。あの(わっぱ)…。世が世なら将来立派な侍になっていたでござろうな…」

 




17.08.23修正箇所
・一部表現をドラクエ版(旧版)に戻しました。主に地の文(?)の横文字使用の復活です。


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6

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「んー、いい汗かいたぁ」

「そうですね。今日の稽古、なかなか良かったですね」

 

 出稽古も終わり、今は神谷さんと河原を歩きながら道場に帰る途中だ。ちなみに、剣心さんは洗濯物の取り込みと夕飯の準備があるからと先に帰っている。普段の剣心さんは、剣客というよりは家事手伝いみたいなんだよなぁ。

 

「浜口さんも、けっこう神谷活心流が板に付いてきたわね。もともと基礎ができていたのもあるかもしれないけど」

「先生のご指導の賜物ですよ」

 

 と言いつつも、自分の剣術を褒められて正直うれしい。試衛館で稽古を受けていた時には、怒られることは多かったが、褒められることは滅多になかった。なんだか、むず痒いというか、こそばゆい気持ちになってしまう。

 私は一応、様々な流派の剣術を学んでいるのだが、どれも『殺すため』の剣術であった。同じ剣術であるため、基本的な構えや打ち込みは神谷活心流と共通する部分も多いが、やはり活人剣と比べると微妙に異なる点も多い。

 稽古初日は戸惑うこともあったが、ここ数日かなりモノにできている感覚はあった。うむ、神谷さんはいい先生だなと改めて思う。

 

「ん?」

 

 どうしたのだろう、神谷さんが対岸を見つめたまま立ち止まった。私もそちらに目を凝らすと、リーゼント風の妙な髪形のヤクザ風の男が、弥彦を担ぎ運んでいく姿があった。

 

 

 

 急いで道場に戻り剣心さんに事情を説明し、近所の人に話を聞いて回るとリーゼント頭の身元が分かった。あの特徴的な髪型のおかげで、すぐに特定できたのだ。男は『人斬り我助』という極道界でちょっと名の知れたヤクザであった。

 

 

 私と剣心さんは弥彦を助けるため、直ぐに組が根城にしている屋敷に向かった。

 

 

「すいませーん」

「あぁ?」

 

 門の前にいる下っ端に声をかける。問答無用で殴りかかるのも気が引けるため、一応声をかけたのだが、やけに攻撃的だな。まぁヤクザなんてそんなもんか。

 

「ここに明神弥彦さんがいるって聞いたんですけど、会えますか?」

「んだとコラァ!がッ…」

 

 急に襲い掛かってくるんものだから、反射的に殴ってしまった。

 

「急がないと弥彦が心配でござる。少々手荒ではあるが…」

 

「そうですね。まぁ、仕方がないですよね」

 

 玄関を蹴破り屋敷に侵入すると、ヤクザがわらわら沸いてきた。懐かしいなこの感覚、新選組時代を思いだす。

 『流水剣』で湧き出るヤクザをぶっ飛ばしながら屋敷の奥へと進んでいく。剣心さんの手を煩わせるまでもないね。それにしても広い。弥彦がどこにいるのかわからないなぁと思いながらうろうろしていると、少し先の部屋から大声が。弥彦の声だ。

 声を聴くや否や、剣心さんが尋常ではない速さでその部屋に飛び込んでいった。

 

 剣心さんの後を追い、部屋に入ると、ボロボロの弥彦とヤクザたちが目に入る。子供を集団リンチとか、まじでコイツら許さんわ。

 

「流浪人の緋村剣心、(わっぱ)を引き渡してもらおうと参上(つかまつ)った」

 

 剣心さんが名乗りを上げる。私は名乗らなくていいかなと黙っていたら、我助が襲い掛かってきた。

 

「何が(つかまつ)っただ! てめぇらも士族か! まとめてぶっ殺してや…ぐっ!?」

「うるさいですね。静かにしてください」

 

 我助の喉に突きを喰らわす。瞬速の突きに周囲のヤクザが息をのむのがわかる。

 喉を両手で押さえながら転げまわる我助をみて、ちょっと溜飲が下がった。ちらりとこちらを一瞥すると、剣心さんは組長にメンチをきりながら語り掛ける。

 

「どうだろう組長さん。ここは器のでかい所を見せて快く、(わっぱ)を手放してはもらえないでござるか? 組員総崩れの恥をさらすよりその方がずっといいと思うが…」

「わ…、わかった。勝手に連れていきな」

「ありがとう、無理言ってすまない」

 

 剣心さんと組長のやり取りが終わった。組長は完全にビビってるし、今のうちにさっさと帰ろう。

 

「さっ、行こうか弥彦君。立てるかい?」

 

 そっと、弥彦君に手を差し伸ばしたところ…。

 

 パシッ!

 

 えっ?なんか差し出した手を叩かれたんだけど。

 

「助けろなんて誰が言ったよ。俺は独りでも闘えた! 闘えたんだ!」

「…。そうか。拙者はまた(わっぱ)を見くびってしまったでござるか…。ならばせめて詫び代わりに傷の手当位させるでござるよ」

 

 手を叩かれたショックでフリーズしていると、剣心さんが弥彦を担ぎ屋敷の玄関へと歩いて行った。慌てて後をついて行く私。なんとも情けない。

 その後、剣心さんの強い意向により、弥彦は道場に連れていかれた。私もついて行こうかと思ったが、帰宅が遅くなると問題なので、一言断り急いで帰宅した。

 

 

 

「ただいまー」

 少し遅くなってしまったが、やましいことはないため堂々と家に入る。内心はドキドキだが。玄関をくぐるとさよが出向かてくれた。

 

「おかえり、竜さん。今日はいつもより遅かったみたいだね」

「まぁ、ちょっとしたいざこざというか、事件があってね」

「ふーん。まぁ、詳しくは夕飯を食べながら聞くよ。もうすぐ支度できるみたいだからね」

 

 よかった、今日は怒ってないようだ。ホッとすると。腹の虫がなった。居間の方からの味噌汁の匂いにお腹が刺激されたのだろうか。

 

 

 

「…というわけで、その弥彦少年を無事に助けることができたんだ。あっ、たけさん。ごはんお替りお願いします」

 

 夕飯を食べながら今日の出来事を話す。運動した後だと御飯がうまくていいね。

 

「はい、旦那様。多めに盛っといたよ。それにしてもやめてくださいね。ヤクザと揉め事だなんて。家にでも来られたらどうするんだい。余計なことに首をつっこむのも程々にしてくださいよ」

「ぐっ」

 

 まぁ名乗ってないから特定はされないだろうし、たぶん大丈夫なハズだ。

 

「たけさん。それは、心配には及ばないよ。竜さんがいればヤクザなんていくら来ても追い返してくれるさ」

「そう、さよの言う通り、心配いらないよ」

「はぁ、そうですか」

 

 悪戯っぽく笑いながらこっちを見つめるさよ。まったく、うちの嫁は本当にかわいくて困る。

 

「だからさっ、竜さん。外で遊んでばっかいないで、もっと家にいて欲しいな」

「むっ。…善処する」

「あっはっは!これは旦那様、さよさんに一本取られたね」

 




再筆に伴い『しっぷうづき』をただの突きにしました。

17.08.23変更点
・一部表現をドラクエ版(旧版)に戻しました。主に地の文(?)の横文字使用の復活です。


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佐之助編
7


17.08.23変更点
・細部を修正、大きな変更はないハズです。


 次の日、稽古はなかったが念のため道場に顔を出し、ことの顛末を改めて聞いた。

 弥彦の怪我は後遺症が残る重いものはなく、医者の見立てによると10日も経たずによくなるとのこと。今後弥彦は神谷道場に居候することになり、怪我の完治後は道場の門下生として修業するそうだ。

 

 そしてその後、弥彦の怪我は一週間でほぼ完治し、今日から稽古に参加することになったのだが…。

 

(ちが)ーう、持ち手はそうじゃない!」

「るっせぇ、こうかよブス!」

 

 怒鳴り合う弥彦と神谷さんに頭が痛くなる。

 

「はぁ、やっぱりこうなったか」

「どっちも気丈でござるからな」

 

 予想はしていたんだけど、これじゃあ稽古にならない。仕方がない、ここは年長者の威厳を見せなくては。

 

「弥彦君、ちょっといいかな」

「なんだよ地味男!」

「ちょっとアンタ! 浜口さんになんてこと言うのよ!」

 

 じっ、地味男か。どうなんだそれは。まぁ、この際それはいい。

 

「仮にも門下生になって教えを請う立場なんだから、口の利き方に注意しなさい。少なくとも、神谷さんのことは先生と呼びなさい」

「うるせーな、そんなことして強くなれるのかよ!」

 

 今のはちょっとイラっとするね。

 

「弥彦君」

 

 真面目な顔を作り、弥彦の目をジッと見つめる。ムスッとしてこちらを見る弥彦。流れる沈黙、にらめっこみたいだ。

 …。おっ、目線をそらせたな。

 

「ちっ、しょうがねーなー。さっさと教えてくれよ。ブスセンセー」

「ブスってゆーなって言ってるでしょ! シめるわよ!」

 

 だめだこりゃ。

 

 

 

 

 弥彦が稽古に参加するようになって、しばらくたった。言葉遣いは相変わらずだが、稽古自体は真面目に取り組んでいるようなので、大目に見ている。

 

 変わったことといえば、先日私が稽古に行かなかった日にちょっとしたトラブルがあったらしい。道場の壁に穴が開いていたんでどうしたのかと聞いてみたところ、なんでも、『菱卍愚連隊』という碌でもない連中がきて、木砲を打ち込んでいったとのこと。剣心さんが追い払ったんで怪我人は出なかったそうだが。何それ怖い。東京の治安はどうなっているんだよ。

 

 

 

 そんなことがあったせいか、神谷道場はお金に困っている。門下生の中で月謝を払っているのは私だけであるし、居候が2人いるため生活費も単純計算で3倍だ。そこに道場の補修費もかさみ、当面の神谷道場予算は危機に瀕している。

 そういうわけで、本日は神谷さんは稽古をお休みし、押し入れの整理を行っている。珍しく弥彦と二人で稽古だ。

 

「はぁ、はぁ…」

「そろそろ休憩にしよっか。今、水持ってくるからちょっと待っててね」

「くそっ、まだまだ、俺は、動けるぜ」

 

 根性はあるし、筋もいい。やはり弥彦は剣術の才能があるな。

 

「ダメだよ、無理しちゃ。休むのも稽古のうちなんだから」

 

 やかんから湯飲みに水を汲みながら弥彦を窘める。湯飲みを渡すと、ぐびぐびと水を飲みほした。

 

「はー、生き返るぜ。…なぁ、竜之介ってなんでこの道場の門下生なんかやってるんだ?」

「んー? 剣術が好きだからかなぁ。道場で稽古なんて長くやってなかったから…」

「違ぇよ! そういうことじゃなくて…。あんた、薫より強いんだろ? 一緒に稽古していりゃ、それくらい俺にもわかる。自分より弱い、しかも年下の女にヘコヘコして…。情けなくねーのかよ」

 

 自分の水を湯飲みに入れながら弥彦の質問を聞く。さて、どう答えたものか。

 少し黙考したのち、私は口を開いた、

 

「私は神谷活心流を学びたい。流派としてその理念、思想に賛同したからだ。だから神谷活心流を教えてくださる神谷先生を敬っている。性別だとか相手の年齢だとかで教わる相手に態度を変えるほうが、私は情けないと思うからね」

「ふーん、そんなもんかよ」

「あぁ、そんなもんだよ」

 

 いまいち納得できない顔をしているな。年頃の男の子には、少し理解しがたいかな。

 

「弥彦もそのうちわかるでござるよ」

 

 うぉっ、気づいたら剣心さんが道場内にいた。さっきまで外で洗濯物干していたはずなんだけど。そんなことよりも、さっきの言葉を聞かれていたのか。ちょっと恥ずかしいぞ。

 

「剣心さん、いつからそこにいたんですか?」

「洗濯物が終わったので、今きたところでござるよ」

 

 ぐぬぬ。ニコニコしてるのが、非常に腹立たしい。そんなやり取りをしていると、神谷さんが母屋からこちらに走ってきた。

 

 

 

 

 

「…だからぁ、当面の生活費の心配はないのよ。押し入れを整理していたら出てきたの。お祖父(おじい)ちゃんが描いた…」

「おお! 落書き。」

「水墨画!!」

 

 剣心さんの茶々が入ったが、要約すると神谷さんの祖父は水墨画家としてそれなりに有名だったそうで、押し入れから出てきた祖父の作品を売ることで当座のお金を手に入れられるとのことだ。

 ホクホク顔の神谷さんだが、それでいいのか?根本的な解決になってないぞ?

 

「と、言うわけで、お昼は牛鍋屋でパーッとやりましょう」

 

 あぁ、これはダメな奴だ。

 

「ああ、でしたら赤べこでどうでしょう」

「そういえば浜口さん、赤べこの経営者って言ってたわね」

「ええ、そうですね。いつもお世話になっているので、お代の方は勉強させていただきますよ」

 

 少しでも家計の足しになればと提案してみる。よし、今後定期的に連れて行くことにしよう。

 

 

 

 

「いらっしゃいま…。なんだ竜さんか」

 

 赤べこに入ると、さよが給仕として働いていた。珍しい。

 

「なんだとはなんだ。それにしても、何で給仕なんかしてるの?」

「経営者たるもの、現場を良く知るべしってね。竜さん、昔よく言ってたじゃないか。それで、そちらの方は?」

「あぁ、紹介するよ。神谷道場でお世話になっている人」

 

 ちらりと3人に目を向けると、さよは得心が言ったようで

 

「いつもうちの旦那がご迷惑をおかけしております」

 

 なんて言いながら深々と最敬礼のお辞儀をした。そこは『お世話になっております』ぐらいでいいんじゃないの?

 

「こ、こちらこそ、浜口さんにはいつもお世話になってます!」

 

 神谷さんが慌ててお辞儀を返す。こういうの、あまり慣れてないようだ。

 

「そういうのいいからさ…。昼時でお店も混んでいるんだから、早く案内してよ」

「はいはい、4名様ご案内いたします」



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8

最下部に変更点を記載しております。
読み直される方で変更点を確認したい方は、ご確認をお願いいたします。


 座敷席に座り、牛鍋が煮えるのを待つ。店内を見渡すと、家族で牛鍋を食べている客も多いが、牛鍋をつまみに昼間っから酒を飲んでいる客もいる。まぁまぁの盛況具合に満足だ。この調子であれば赤べこ亭は安泰だろう。

 

「なぁなぁ、竜之介。さっきの女給誰だよ」

「誰って、うちの嫁だよ。私のこと旦那って言ってたでしょ」

「浜口殿、結婚してたのでござるか」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

 

 この二人、意外そうな顔してやがる。まったく失礼しちゃうね。

 

「それにしても浜口さんの奥さん、綺麗だったわねぇ」

 

 神谷さんがしみじみと呟く。そう!そういう反応をして欲しいの!もっとウチの嫁を褒めて!なんて考えながらニヤける表情を抑えようと必死に努力していると…。

 

 

「なっちょらん!」

 

 薩摩弁の大声が響き渡る。ビックリした。

 ギョッとして声がしたほうを見ると、近くの席の酔っ払い三人組が大声で怒鳴り合っている。自由民権運動がどうだとか、板垣先生がああだとか。

 

「自由民権運動の壮士のようでござるな」

 

 壮士だか何だか知らんが、静かにして欲しいもんだね。まったく。

 酔っ払いに眉をひそめていると、さよがこちらに近づいてきた。

 

豆茶(コーヒー)4つお待たせしました」

「あれ、頼んでないよ?」

「これはおまけさ。いつもお世話になってる皆さんにこれくらいご奉仕したって、バチは当たらないだろ?わずかばかりのおもてなしさ」

 

 ニコッと笑いながら豆茶(コーヒー)を配るさよさん。心づかいが憎いね。皆お礼を言いながら豆茶(コーヒー)に口を付ける。オイ弥彦!うちの嫁をみて顔を赤くするんじゃない。

 

「妙さんに聞いたんだけどさ、そこの人たち、たまにくる人達なんだけど、酔うといつもああなっちゃうみたいなんだ。他の席が空いたら席を移動させるから、もう少し我慢してね」

 

 去り際にさよに、耳打ちされた。逆にそこまで気を使われると申し訳ない気持ちになってしまうね。うーむ。

 むむっ?背後から不穏な気配が…。

 

 

 ガシャーン。

 

「いてっ、おわっ! あちちちっ」

 

 私の後頭部に何かが当たった。その拍子で飲みかけの豆茶(コーヒー)を零してしまった。

 

「浜口さんっ!」

「大丈夫でござるか?」

 

 感触からして陶器が当たったような気がするけど、なんなんだ一体。それにしても薩摩弁のケンカ声がやけに耳に入ってくる。だいぶ白熱してるようで、ホントうるさいなぁ。

 

「人に銚子投げつけておいて、何議論してんだ! んなコト後にして謝れコラ!」

 

 弥彦の怒鳴り声でだいたい理解した。あの自由民権運動の酔っ払い壮士が原因か。それにしても弥彦、私のために怒ってくれるなんていい奴だな。

 

「うるさい! ガキの分際で我々自由民権運動の壮士に意見するなど百年早いわ!」

 

 さっきまでケンカしてたくせに、あの酔っ払いども、こういう時だけ息が合いやがる。はぁ、どうしよ。弥彦も言い返すもんだから収拾がつかなくなってきたな。

 

「お客様、困ります。周りのお客様にご迷惑なのでやめていただけませんか」

 

 慌ててさよがケンカの仲裁に入る。でも、ダメだ、危ないよ。

 

「黙れ! 女の分際で貴様も盾つく気か!」

「ひっ!」

「おっと」

 

 酔っ払いに突き飛ばされたさよを、背中に『惡』の一文字が入った服を着たトリ頭の男が受け止めた。

 

「おいおい自由民権運動ってのは弱い者のためにあるもんだろ。それを唱える壮士がこんな真似しちゃいけねえな」

 

 トリ頭はニヤリと笑いながら言葉を続ける。

 

「それとも何だ。あんた達の言う自由民権運動ってえのは酔いに任せて暴れる自由のコトかい?」

「なんだと貴様!我々にケンカを売るのか?」

「はい、そこまで!」

 

 そういうと私は立ち上がり、トリ頭と酔っ払いの間に立ちふさがる。このまま放っておいてもトリ頭が丸く収めそうな気もするが、それでは癪だ。ケンカは結構だけど、流血沙汰になっても迷惑だし、何より私の気が収まらない。

 怒気が表に出ないように、ニコニコ笑った表情を意識しながら、酔っ払いに話しかける。

 

「お兄さんたち、ちょっと酔っぱらいすぎですね」

「なっ、なんだよ。酒を出す店で酔っぱらっちゃ…。悪ぃかよ」

 

 なんで、ちょっとビビってるんだよ。先ほどまでの威勢はどうしたよ。

 酔っ払い三人組の先頭にいる、一番体格のいい男の顔を平手で軽く叩く。パシッと小気味いい音が店内に響き渡る。

 

「いっ…」

 

 ストンと体から力が抜け、男は倒れた。

 

「なっ、何をしたんだよ!」

 

 後ろの男がきょどりながら叫ぶが、お構いなく同じように意識を刈り取っていく。カラクリは簡単だ。顎を叩いて脳みそを揺さぶり、意識を失わせているだけのことである。最も、弱っている相手や格下の相手にしか使えないため、それほど万能ではないのだが。

 

 私はこの技を『脳振打(のうしんだ)』と名付けた。

 

 人を殺さずに動きを止めるため、前世のボクシングの知識を参考に思いついた技だ。気合がある志士達は腕の骨を折っても足の骨を折っても抵抗してくるもんだから、安全に捕縛するために必要に迫られて編み出した技だ。

 

 酔っ払いが意識を失うと、店内の人たちは何が起こったのかよくわかっていないのか、みんなキョトンとしている。

 

「権兵衛さーん。酔っぱらった客が寝ちゃったから外に運び出すの手伝ってもらえませんかー」

 

 厨房に向かって、応援を呼ぶ。一人で三往復して運ぶのめんどくさいからね。最初に眠らせたお客を店の外に運びつつ、心配だったさよに話しかける。

 

「怪我はない? 大丈夫」

「ああ。大丈夫さ。これぐらい何ともないよ」

「そうかい? 無茶はしないでよ」

「…うん。竜さんこそ、危ない真似はあまりしないでおくれよ」

「むむっ」

 

 暗に先ほどの件を咎められてしまった。バツが悪いので黙って酔っ払い運搬作業を再開する。

 

「よぅ、俺の喧嘩かと思ったんだが、横から取られちまったな。どうやったかは知らんが、アンタ拳法家か? 一瞬で相手を眠らせるなんてただもんじゃねぇな」

 

 トリ頭の男は酔っ払いを運び出す作業を手伝いつつ、そう話しかけてきた。

 

「別に喧嘩じゃないですよ。酔っ払いが急に寝ちゃっただけです」

「ふーん、じゃあそう言うことにしといてやるよ。それより、あんたどうだい。俺の喧嘩買わねぇか。面白い喧嘩になりそうだ」

「喧嘩は嫌いなんで勘弁してくださいよ」

 

 喧嘩狂かコイツは。危ない奴だ。

 

 

 酔っ払いを片付け終わったので、お礼とともに自己紹介をしておく。ちょっと危ない感じがする人だけど、悪い人ではなさそうだし、礼節って大事よね。

 

「お手伝いありがとうございました。私は浜口竜之介と申します。あの、お名前を伺っても?」

「俺か?俺は『喧嘩屋』斬左(ざんざ)。町外れの破落戸長屋(ごろつきながや)に居っからよ。喧嘩買いたくなったらいつでも来てくれや」

 

 手をひらひらさせながら、斬左(ざんざ)は人ごみに紛れて去っていった。風のような人だなぁ…。

 

「あっ!」

「わっ、びっくりしたな。さよ、急にどうした?」

「竜さん、あの人お勘定払ってないよ!」 




再筆に伴い『ねむりこうげき』を『脳振打(のうしんだ)』に変更し、技の説明を追加。
脳振打(のうしんだ)』のアイデアは、転生版の感想より勝手に拝借しました。問題ありましたら、ご連絡ください。


17.08.23変更点
・一部表現を変更しました。


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9

最下部に変更点を記載しております。
読み直される方で変更点を確認したい方は、ご確認をお願いいたします。


 赤べこ亭での騒動から2週間ほど経った。その間は特筆すべき出来事もなく、平和な日常が続いた。休日以外は隔日で稽古に行き、合間で仕事をちょこちょことこなし、充実した日々を過ごしていた。

 

 

 本日は稽古の日、お昼ご飯を食べた後の休憩時間。することもないので、稽古が始まるまでの空き時間に木刀を振るう。

「フンッ、フン…」

「オラッ! オラッ!」

 

 隣で弥彦が私に張り合い素振りをしているが、午前の稽古で体力を使い、だいぶバテているため、素振りの型も崩れてきている。弥彦に張り合われてしまった場合、私が先にやめないと倒れるまで素振りを続けるので、そろそろ折れてあげるか。

 

「ふぅ、そろそろ休憩するか」

「おぅ、俺は、まだまだ、いけるけど、な…」

 

 息も絶え絶えな癖に、意地を張って、少しほほえましい。縁側に座り冷めたお茶を飲む。ちょうどよいぬるさが、おいしく感じるな。

 んっ?

 

「来客でござる」

「ちょっ、ちょっと剣心。なに? どうしたの?」

「気を感じたでござるよ」

 

 混乱する神谷さんを置いてけぼりに、スタスタと玄関に向かう剣心さん。私も誰か来た感覚はあったのだが、これはわかる人にしかわからない感覚だよな。

 神谷さん、弥彦と一緒に剣心さんについて行くと、玄関にはあの男が立っていた。

 

 

「喧嘩、しに来たぜ」

 

 

「この間の…?」

「やはりお主か」

 

 『喧嘩屋』斬左(ざんざ)、いや、本名である左之助と呼んだ方がよいだろうか。斬左(ざんざ)ってそもそも自称なのか?

 ってかなんか、左之助こっちを見つめてるんだけど。

 

「えっ? 私?」

「そうだ。浜口竜之介。俺はアンタと喧嘩しに来たんだぜ」

 

 えー?

 

 

 

「元新選組 捕縛方 浜口竜之介。使う剣はあの試衛館仕込みの『天然理心流』。鬼の土方副長の懐刀として維新志士の捕縛を専門の任務とし、刀は使わず木刀一本で単身敵地に乗り込み、捕まえた維新志士の数は優に100を超える。そんでついたあだ名が『木刀の竜』。しかも木刀を折ったところで素手で刀に立ち向かい、最終的に捕まえちまうときたもんだ。

 狙った獲物は必ず捕えられ、天国にも地獄にも逃がさねぇ。拷問部屋行きの直行便。維新の志士達が木刀を見るたびに震え上がったってのは傑作だな。アンタ、見かけによらずたいした化物(ばけもの)じゃねぇか。

 まさか江戸に戻って牛鍋屋やってるなんて、誰も思わねぇだろうよ。

 わざわざ幕末動乱の中心地だった京都に出向いて調べたんだ。だいたい当たりだろ?」

 

 いや、大分話を盛られてる気がするんだけど。ってか、わざわざ京都まで行って調べてくるとは、なんだよコイツ。いい笑顔してるけど、やべぇよ。

 

「いろいろ言いたいことはありますけど、とりあえず喧嘩はお断りさせて下さい。()()()()()さん」

「そうはいかねぇんだ。これは喧嘩屋としての喧嘩。こっちも引くわけにいかねぇ。それよりも、俺はアンタに斬左(ざんざ)としか名乗ってなかったと思うんだけどな」

 

 怪訝な表情の左之助にむかって、とりあえず、ハッタリでニヤリと笑っておく。実は、例の赤べこ亭での一件の後、『喧嘩屋』斬左(ざんざ)について調べてみた。だって、目の前で食い逃げされたしね。悔しいじゃない。

 

 

 さて、今のこの膠着状態を利用し、考える。喧嘩を断れるか?答えは否だ。京都までストーキングするしつこさから考えて、断れるとめんどくさそうだ。あとは闘い方か…。

 

「わかりました。闘い方と場所についてこちらの提案を呑んでいただけるのであれば、その喧嘩買いましょう」

 

 

 

 

「いいですか、お互い一発ずつ交互に相手を殴る。殴られるほうは防御はしていいけども、決して相手の攻撃を避けてはいけない。先に立てなくなったほうが負け。武器の使用は禁止。場所は広いところがいいんで、河原がいいですかね。どうでしょう?」

 

 ルールを聞くなり満面の笑みの左之助。神谷さんと弥彦はドン引きしている。

 

「ちょっ、大丈夫なのかよ! 竜之介!」

「そうよ! やるならもうちょっと、ちゃんとしたやり方でやんなさいよ!」

「外野は黙ってろ!」

 

 左之助に一喝されて弥彦も神谷さんも口を噤んだ。

 

「薫殿、弥彦。二人の決めたことに口出ししてはいけないでござるよ。…浜口殿から仕合方法を提案したということは、きっとなにか考えがあるでござるよ」

 

 不満げではあるが、剣心に諭され二人とも黙って見届けることにしてくれたようだ。

 

「みみっちぃコト言ったら問答無用でぶっ飛ばしてやろうかと思ってたんだが、アンタ、顔の割に漢じゃねぇか。せっかく持ってきたコイツは無駄になっちまうが。いいぜ、それでやろう。先行はどうする?」

 

 顔の割には余計だ、と思っても口には出さない。挑発に乗らない。私、大人だからね。左之助も折角持ってきたやたらとデカい包み(おそらく彼の得物の斬馬刀であろう)も無駄にしてしまったし、ここは我慢だ。

 

「こちらの条件を呑んで頂いたんで。先行はお譲りします。でもその前に…」

「あぁ、そうだな。オイ出てこい」

 

 近くの物陰に誰かがおり、視線と殺気を感じる。ろくでもないやつが潜んでいることは間違いないだろう。

 

「出て来いって言ってるんだ」

 

 左之助がドスを利かせた声を出すと、もぞもぞと二人組の男が出てきたのだった。あれ、こいつら、比留間兄弟?

 

 

 

 話を聞くと、そもそも左之助に喧嘩を依頼したのがこの比留間兄弟で、神谷道場でぶっ飛ばされた腹いせに、左之助をけしかけたとのこと。それで私に喧嘩を売りに来たのかと合点がいった。しかも、拳銃を隠し持っており、隙をみて狙撃しようとしていたんだから油断ならないね。

 それを聞いてキレた左之助が拳銃を破壊してくれたんで、一応これで一安心。これで心置きなく喧嘩(?)できるね。

 脱獄犯である比留間兄弟を放置できないため、仕方なく連行し、その場にいる全員で河原に向かった。

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ、おっぱじめるか」

「えぇ、はじめましょうか」

 

 河原に着くなり、すぐに喧嘩は始まった。いや、もはやこれは喧嘩じゃないな。一方的な『ハメ』だ。

 

 

「おりゃあぁぁ!」

 

 左之助の大振りの拳が飛んで来る前に、両手を目の前に交差させ受け止める。

 

 ガっ!

 

 左之助のこぶしを、腕を交差させた中心点で受けると、鈍い音が響き渡る。1mほど後ろに跳んだ後、着地する。じんわり痛むが、たいしたことないな。

 殴った左之助が驚いた顔をしている。

 

 フフフ…。

 以前に柔術家の打撃を受ける修行、要は殴られる練習を見学した際に、あれはいったい何を行っているのかと聞いたことがあった。打撃を受ける際に、その打撃を受ける箇所に一番近い丹田に気を籠めることで、打撃の威力を軽減できると説明を受け、私も練習した。

 最終的に、一番近い丹田と言わず、上丹田、中丹田、下丹田の3か所同時に気を籠めることで、攻撃が来ることが分かっていればあらゆる方向の攻撃に耐えられる、万能の受けにまで昇華させたのだ。

 

 私はこれを『金剛受け』と名付けた。

 

 実はコレ、土方さんの痛みに耐える訓練という、ただ竹刀で殴られる訓練に耐えるため、必要に迫られて編み出した技だ。使用中は動けないが、実使用上問題なかった。ただ、一度使ったら土方さんに訓練の意味がないと言われ、使用を禁じられた。今回日の目を見る機会があって、本当によかったよ…。

 

 

「案外頑丈じゃねぇか。こりゃあ、倒すのに骨が折れそうだ。まぁ、お前の拳で易々倒されるほど、ヤワな体してねぇがな!」

 

 威勢よく吠える左之助。

 

「それじゃあ、次行きますよ。」

「おう! こいや!」

 

 構える左之助に歩きながら近づき距離を測る。この辺だな。よし。

 

 私は深呼吸すると、腰を深く落とし、拳をまっすぐ突き出した。

 

「ぐわーーーーっっ!」

 

 左之助は河原を転がりながら3m程吹っ飛んだ。残念ながら、地面には砂利が敷き詰まっているんで相当痛そう。

 

「うそっ!」

「なっ、なんなんだよアレ! 剣心! どうなってんだよ!」

 

 神谷さんと弥彦がドン引きしているのは、まぁ予想の範疇だ。

 

「生身で刀と渡り合えると聞いていたが、まさかこれほどとは…」

 

 だけど剣心さんまでなんか目を見開いて驚いている。アンタの方がもっとすごい技とかいっぱい使えそうなんだけど何驚いてるのさ!

 

 

 まぁいい。技の説明だ。

 どうすれば威力の高い突きが素手で繰り出せるのか、真面目に考えたことがあった。結論は、突きとは全身で打つということであった。構え、振りかぶり、拳を突き出す。この3つの動作を、全身を最適に動かすことで、力を余すことなく伝えた拳を正面に突き出す。

 

 私はこれを『鐘鳴拳( しょうみょうけん)』と名付けた。

 

 この技、名前の由来に深い理由があるのだ…。

 それはある大晦日の晩、酔っぱらった土方さんから除夜の鐘を拳でついて鳴らせとの要望があり、それに応えるため、必要に迫られて編み出したのがこの技だ。1回殴ったら音が小さいだとか文句を言われ、108回目までにいい音が出せなかったら元旦から士道不覚語で切腹な、なんて言われたもんだから、ホントに焦った。1発鳴らすたびに頭を使い、最適化、効率化されていく様は、自分で自分を褒めても文句はないだろう。

 ちなみに次の日、土方さんは全てを忘れていた。

 

「いっ、今のは効いたぜ…。いい拳じゃねぇか。あんた天然理心流ってのは嘘で、ホントは拳法家なんじゃねぇのか。油断したぜ」

 

 ボロボロになった左之助が起き上がり、カっと目を見開き、構えをとる。

 

「次は俺の番だ!」

 

 

 

 

「参った。もう立てねぇ…。アンタの勝ちだ」

 

 河原に大の字になり、寝転ぶ左之助。すがすがしい顔をしているが、こちらの気分はいまいち晴れない。

 13回だ。何がって?私が『鐘鳴拳( しょうみょうけん)』を放った回数だよ!さすがに3回目あたりから、ボロボロになった左之助を殴ることに罪悪感を感じはじめたが、目に宿る闘志に一切陰りが見えなかったため、手加減はしなかった。

 

「神谷先生! 申し訳ないんですが荷車とお医者さん手配してもらっていいですか?」

「わっ、わかったわ」

 

 こうなることは予想できたんだから、あらかじめ準備しておけばよかった。失敗したな。

 

「医者はいらねぇ。こんな怪我、唾つけときゃ治る!」

 

 強がりながら立ち上がろうとする左之助に冷たく言い放つ。

 

「敗者は勝者の言うことを聞くって、相場は決まってるでしょ。ジッとしててください。」

「へっ、優しんだな、アンタ」

「優しかったらこんなバカな事、途中でやめてますよ」

 

 なんとも後味の悪い勝利だな。やっぱり喧嘩なんてするもんじゃないね。

 

「アンタは勝ったんだ、シケた面すんなって」

 

 左之助の気づかいに苦笑してしまう。敗者に気遣われてしまうとは、情けないなぁ。

 

 

 

「竜之介って、本当に強かったんだな」

 

 弥彦が真顔で呟く。今回の強さはズルみたいなものなので、素直にうなずけない。

 

「どうだろうね。腕っぷしはあっても、私は心が弱いからね」

「なんだよそれ…」

 

 何なのだろうか。私にもよくわからない。




たぶん、これ以降に新しい技がでてきたら、8割くらいが土方さんのせいになりそうな予感。

再筆に伴い下記修正。
『だいぼうぎょ』を『金剛受け』に変更。
『せいけんづき』を『正拳突き』に変更といっていいのか。

それぞれの技の説明を追加。

17.08.20 技名を変更。『正拳突き』を『鐘鳴拳( しょうみょうけん)』にしました。

17.08.23変更点
・細部を修正、大きな変更はないハズです。


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10

17.08.23変更点
・細部を修正、大きな変更はないハズです。


 その後、比留間兄弟を警察に送り届け道場に戻った。医者に左之助をつれていった神谷さんはまだ戻っておらず、かといってこれ以上稽古する気にもなれない。ちょうど日も暮れ始め、中途半端な時間だったため、帰宅することに。帰りがけ、剣心さんからは

「今日は災難だったでござるな」

 なんて労われてしまった。ほんとその通りである。

 

 

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい、旦那様」

 

 帰宅時間はいつも通り、夕飯の少し前。今日は、たけさんがお出迎えだ。さよは書斎で仕事中かな?

 

「さよさんじゃなくて残念だったかい?」

「そんなことないよ。誰かが出迎えてくれるだけでありがたいよ。ありがとう、たけさん」

 

 まぁ、本音を言うとさよが出てきてくれた方がうれしくはあるが。

 その後風呂に入り、さっぱりした後に夕餉を頂きに居間に向かう。

 

 

「おっ、今日は刺身かぁ」

 

 魚はやっぱり刺身がうまいね。ごはんがモリモリ食べれるね。

 

「ずいぶんおいしそうに食べるね、竜さん。今日は稽古の日だったからお腹がすいているのかい?」

 

 あまりにもがっつくもんだから、さよに笑われてしまった。恥ずかしい。 

 

「いやいや、それがね。今日もいろいろあって…」

 

 私は今日の左之助との騒動を掻い摘んで話した。

 

 

 

「嫌ですよ、旦那様。河原でケンカだなんて恥ずかしい。もういい年してるんだからやめてくださいよ」

「あれはしょうがなかったんだって。私のこと、京都まで調べに行ってるんだよ? 断って家まで来られた方が危ないじゃないか」

「そんなもん、その場で一度殴られて、負けましたって言えばおしまいじゃないですか。別に負けたってなにも取られるわけじゃないんだろうし…」

 

 ムッとしてたけさんに言い返すと、すぐに言い返されてしまった。わざと殴られろって言われてもねぇ。 

 

「お金…」

「ん…? どうしたんだ。さよ」

 

 ずっと黙っていたさよが、何か呟いたがよく聞こえない。

 

「お金は払ってもらったのかい? 竜さん」

「えっ?」

 

 お金ってなんのことだろう。慰謝料かなんか?なんかさよの様子が変だな。

 

「その人、この前うちの店で食い逃げした人でしょ? お金はちゃんと払ってもらえたのかって聞いているんだよ」

「あっ、忘れてたわ…」

 

 あー、そういえばそんなこともあったわ。

 

「はぁ。あきれたよ、竜さん。いいかい、食い逃げってのはね…」

 

 私は胡坐から正座に座り替え、そのままさよに説教されたのであった。

 

 

 

 翌日、左之助から代金を徴収するため、左之助に会いに行った。たぶん、あの怪我であれば入院しているかなと思い、道場に行き神谷さんと合流し、左之助の療養している場所に向かった。暇をしていた弥彦と剣心さんも一緒だ。

 なぜ神谷さんと合流したかというと、昨日は神谷さんと弥彦に左之助を運んでもらい、そのまま帰ってしまったため、左之助をどこの医者に運んだのか、分からなかったのだ。

 左之助に会いに行く道すがら、怪我の具合を神谷さんに聞いてみた。

 

斬左(ざんざ)の怪我、すごかったらしいわよ。全身打撲に骨折もあって全治1か月。命に別状はないけれど、とても殴り合いの喧嘩でできた怪我に見えないって、先生驚いていたわ」

 

 先生も余計なこと言うね。

 

「やたら丈夫だったからね。早く終わらせたい気持ちもあったし、手加減しなかったんですよね」

 

 あはは…。苦笑いしてみるんだけど、笑っているの私だけか。皆神妙な顔しちゃって。

 

 

 結論から言うと、左之助に会えなかった。牛鍋が食べたいと言い残し、療養所を抜け出していったとのコトであった。牛鍋というと、やはり赤べこか。無駄足のお詫びに、神谷さん、剣心さん、弥彦に牛鍋をごちそうすると約束し、赤べこへと移動した。

 

 

 

 赤べこに入り中を見渡すと…、あーいたいた、特徴的なトリ頭のおかげで見つけやすくていいね。

 

「左之助さん!」

「よう、昨日は世話になったな」

 

 体中に包帯を巻いた左之助が牛鍋をつつきながら酒をのんでいた。こちらに気付くと箸を置き、片手をあげて挨拶してくる。

 

「お主、確か入院の筈では?」

「ケッ、俺の売りは打たれ強さだぜ、こんなもの屁でもねぇ」

 

 そういうと立ち上がり、元気ですよってアピールし始めた。やせ我慢にしか見えないが、ツッコむのは野暮かな。

 

「まっ、また喧嘩しようや、浜口さんよ」

 

 私の肩をポンポン叩きながら、いい雰囲気で店の入り口に向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 あかん、これはあかん奴や。

 

「待て!」

 

 うおっ、思ったよりでかい声がでちゃった。弥彦と神谷さんがビクッてなってる。

 

「なんだぁ? 喧嘩ならまた今度…。」

「左之助さん食い逃げは勘弁してください。今日はこの前の食い逃げ代も含めてきっちり払ってもらいますよ」

 

 お客様の前だったことを思い出し、ニコニコ顔を意識して左之助の肩を掴み向き直る。掴んだ瞬間ビクッてなったな。怪我してるところを掴んで申し訳ないが、それとこれとは話が別だ。

 

「ちっ、ちぃっとばかし、今持ち合わせがなくてよ」

「お金を持っていないのに、注文したんですか? えっ、なに? 払う気もなく食べていたってこと? 左之助さん。ちょっとわかるように説明してもらえませんか?」

 

 ないわー。マジでないわー。

 

「ツケ…。そう、ツケてもらおうと思ってだな」

「ウチはツケ、お断りなんですよ」

「俺と浜口さんの仲だろ?」

 

 どんな仲じゃ!適当なこと言いおって。これはじっくりお話する必要があるな。表情が崩れないように、注意しながら左之助を見つめる。

 

「弥彦…。アンタ、浜口さんだけは怒らせるんじゃないわよ…」

「おっ、おう。気を付ける…」

 

 ひそひそ話聞こえてますよ。まったく、失礼しちゃうね。

 

「そういうことであれば、左之助さん。ちょっと店の奥でお話しましょうか」

 

 

 

 

 じっくりとお話した結果、左之助からはお金を取ることが難しいと判断し、体で返してもらうこととした。といっても、赤べこ亭でできる仕事なんて大してないしなぁ。

 仕方がないので神谷道場にて下働きや稽古の手伝いをしてもらうことで、お代とすることにした。

 どうせ定職にもつかず、暇しているんだから少し労働をした方がいい。神谷さんに許可を取り、左之助も渋々承知した。なぜ渋るのか、そうできる立場ではないのに。そう思うと、こちらの説教も長くなってしまうけど、仕方ないよね。



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鵜堂刃衛編
11


 この話を投稿後、順次過去の文章を改訂します。おそらく10分以内に終わるとは思いますが。
 細かい変更箇所は、改定後活動報告に記載しますが、主な変更点は下記のとおりです。

・主人公は転生者であるが、原作知識はない。
 →地の文(?)の現代人風の感覚の違和感の緩和。また、当時の人が知らない横文字の使用
・プロローグ1に転生者である描写を追加
 →設定の変更に伴うものです。
・剣心と主人公が初めて出会った際の描写を変更。
 →原作知識目線をもとに書いたドラクエ版の内容を引きづっていた為です。
・子供がいない理由を身体的理由に変更。
 →内容の改悪であったため。


また、変更後は各話の冒頭に、変更点を記入いたします。

 今後はコメントの影響ですでに投稿した内容変更を大幅に変えぬよう、進めていきたいと思います。不快な思いをしている方もいるようで、大変申し訳ありません。
 なお、感想返しは明日以降に行います。もう少々お待ちください。


 左之助が道場に出入りするようになってからしばらくたった。怪我の治りは医者の見立て以上に早く、ピンピンしていたのでいろいろと仕事をさせている。

 左之助はあまり真面目ではないが、薪割りだとか水くみだとかの労働をそれなりに手伝ってくれている。一番恩恵を受けているのは、たぶん剣心さんだな。

 変わったことと言えば、この前左之助がまたしても大怪我をしたことだ。どうやら喧嘩に負けたらしい。どんな喧嘩だったのか詳しくは話してくれなかったが、相手はどうやら剣心さんだったようだ。

 道場内に揉め事を持ち込むことはやめて欲しいのだが、左之助は妙に清々しい顔をしているし、剣心さんと左之助の仲は、むしろ以前より良くなったようなので、静観することとした。

 二人の問題だし、二人の間で解決できていれば、まぁこれ以上の口出しはいらないだろう。

 

 

 それから数日後、私はいつものように道場に稽古に来ていた。午前中の稽古が終わり、お昼ご飯を食べたのちの小休憩中、縁側でくつろいでいると弥彦が素朴な疑問を口にした。

 

「なあ、ずっと気になっていたんだけどよ、竜之介と剣心ってどっちが強ぇーんだ?」

 

 場に流れる沈黙。弥彦め、あまり考えないようにしていたことを…。割とそれ、デリケートな問題よ。

 

「少なくとも、弥彦よりは強いわよ。そんなくだらないこと考えている暇があったら稽古しなさいよ。け・い・こ!」

「茶々入れんなよブス!」

「なによっ!」

 

 空気を読んだ神谷さんが弥彦の質問を有耶無耶にしようとしてくれる。

 

「しかし『人斬り抜刀斎』と『木刀の竜』といやぁ、ともに幕末最強の剣客候補、好事家垂涎の組み合わせだ。実際のとこどうなんだ?」

 

 左之助が適当なことをいいながら話を蒸し返して聞いてくる。弥彦も私と剣心さんの顔を見ながら、答えを待っている。さてどうしようか。

 

 

 思い返してみると剣心さんと会ってから、数度剣心さんが剣を振るう場面を見たことはあったが、すべて本気ではなかった。並の相手には負ける気はないが、剣心さんの真の実力が分からない以上、勝てるかと問われればわからない。ここは無難に…。

 

「剣心さんの方が強いよ。」

「浜口殿の方が強いでござる」

 

 見事にハモったな。お互い苦笑しながら顔を見合わせる。

 

「いやいや、私なんてそんな。隊の中でも剣心さんと戦うことは止められていましたから、実力は剣心さんの方が上ということだと思いますよ。そいうことでいいですよね、剣心さん?」

「しかし、拙者も本気の浜口殿とやりあって勝てるかと言われると分からないでござるよ?」

 

 剣心さんが困ったような顔で答える。

 

「じゃあ引き分けってことで」

 

 ニヤリと笑いながら弥彦に向き直る。

 

「なんだよ、つまんねーな」

 

ちゃんと答えてあげたのに不満げだな。

 

「だって、見世物じゃないもん」

 

 むくれる弥彦を煙に巻き、したり顔で見返してやる。

 

「はいはいそこまで。いつまでも油売ってないで午後の稽古始めるわよ。」

 

 神谷さんが話を打ち切ってくれたので、これ幸いと稽古の準備をしようとしたところ、道場に不意の来客があった。

 

「お取り込み中申し訳ありません。緋村さんは御在宅でしょうか」

 

 

 

 道場にいらっしゃったのは、近所の警察署の署長、浦村署長であった。

 

 剣心さんに会いに来た浦村署長は、まず、先日の剣客警官隊の件について謝罪を行った。あー、そんなこともあったなぁと思い聞いているが、謝罪は本題ではないようであった。

 剣心さんが本題を話すように促すと、浦村署長は本題である、剣心さんへの頼みごとについて話し始めた。

 

 話は簡単で『黒笠』と呼ばれる剣客を『倒して』欲しいとの依頼であった。黒笠は、政、財、官界で活躍する元維新志士を狙う殺人鬼で、斬奸状(ざんかんじょう)という犯行予告を送り付けてから狙った獲物及びその護衛を斬り殺すことを繰り返しているらしい。この10年で数十回を超える犯行を繰り返し、未だ仕損じることはなく、被害者は100人を下らないとのことだ。

 そんな大量殺人者が、なぜ無名であるのかというと、警察の威信にかかわる機密であり、新聞社にも緘口令を敷いていると浦村署長は語った。

 なぜ今になりそんなお願いをするのかと聞くと、実は、浦村(うらむら)署長が斬奸状(ざんかんじょう)を送り付けられた要人の警護を頼まれ、剣心さんにその助っ人として、警護に協力して欲しいとのことであった。

 

 黒笠についてもっと詳しい情報を教えて欲しいとお願いすると、襲撃され、奇跡的に一命をとりとめた者の証言を教えてくれた。その生存者によると、黒笠と相対すると金縛りにあったように体が動かなくなり、その間に護衛及び標的とされた者たちが、次々と切り殺されていったとのこと。

 

「二階堂平法、『心の一方』か」

 

 浦村署長がそこまで話すと、剣心さんがぽつりと呟いた。話を聞いていた私も、同じ結論に辿り着いていた。無論、そこから推測される下手人についても、心当たりはある。

 剣心さんも下手人についての心当たりも、ある程度ついているのであろう。ふと、彼の凶悪な笑みを思い出す。昔の仲間の不始末だ。助力してもバチは当たらないだろう。

 

「えっと、その警護なんですけども、私も参加させてもらっていいですか?」

 

 

 戸惑う浦村署長に

「浜口殿の腕は拙者が保証する」

と剣心さんがフォローしてくれたため、警護への参加が認められた。

 途中左之助が『木刀の竜』の名前を出さなければ、余計な警戒もされず、もっとスムーズに話が進んだのだが…。

 

 後で浦村署長に聞いたのだが、一部薩摩出身の警官達より『黒笠』の正体は『木刀の竜』ではないかとの噂が立っているようであった。…ひどい風評被害を聞いた気がする。

 落ち込んでいると、浦村(うらむら)署長から

「噂で聞いていた人柄、見た目とずいぶん違いますね」

と慰められた。その言葉に私は肩を落とすのであった。

 

 

 

 数日後、斬奸状(ざんかんじょう)の犯行予告日、私と剣心さんと左之助は浦村署長に連れられて、今回の黒笠の標的である陸軍省の要人、谷十三郎の邸宅に来ていた。

 外には多数の警官隊が警戒に当たり、ピリピリとした物々しい雰囲気である。

 

 谷氏の部屋の前まで来ると、浦村署長に話を通してくると言われたため、三人で部屋の前で待機することに。

 壁が薄いのか、はたまた二人の声が大きいのか、廊下には谷氏と浦村署長の声が聞こえてくる。

 

 

「護衛の助っ人? いらんいらん、相手はたかが兇族(きょうぞく)一匹。助っ人どころか警察の警護もいらんわさ」

「甘すぎますよ。谷殿、相手はあの黒笠ですぞ!」

 

 黒笠に狙われているというのに、谷氏の方はだいぶ余裕がありそうだ。

 

「口を慎め! 剣林弾雨(けんりんだんう)を駆け抜け『木刀の竜』から逃げ切り維新まで生き抜いたこの俺に、一介の署長ごときが意見する気か!」

「ならばこそおわかりでしょう。達人の振う殺人剣がいかに恐ろしいかを」

「フン、わかっておるからこうして選りすぐりの最強護衛団を組んでおるのよ! 陸軍省にその人ありといわれる谷十三郎に心酔している猛者ばかりのな!」

 

 中から聞こえる会話に、剣心さんも小さな溜息をついている。これは余裕というより慢心だ。まったく、だんだんと浦村署長がかわいそうになってきた。

 

「そもそも外部のどこぞの馬の骨を助っ人に頼もうとするなぞ、なんと誇りのない! その助っ人がお前の配下全員合わせたより強いとでもいうのか!?恥知らずめが!」

「…面目ありませんが、その通りです」

 

 もうここまでだな。剣心さんと目が合い小さく頷くと、室内にゆっくりとした足取りで踏み込んでいく。

 

「聞いていれば谷さんも随分()()()になりましたね。背中を貸して剣林弾雨(けんりんだんう)から しょっ中守っていた幕末()の頃とはまるで別人のようですよ」

「ゲッ!」

 

 ポカンとした谷氏の表情が、剣心さんの言葉により驚愕の色に染まる。その滑稽な様子を見てしまい、思わず吹き出しそうになる。

 

「おいおい、どこが選りすぐりの最強だよ。どいつもこいつも一度はブッ飛ばした覚えがあるぜ」

「ゲゲッ!」

 

 左之助が入るや否や、谷氏の後ろに控えていた『護衛団』の面々の顔が青く染まる。

 

「お久しぶりですね、谷さん。元気にしていましたか?」

「…?おっ、お前はもしかして…」

 バタッ!

 

 私の顔しばらく見つめていた谷氏であったが、何かに気付いた表情をするなり絶叫し、泡を吹いて倒れてしまった。

 先ほどの会話で、私の名前を出していた為、茶目っ気をだして話しかけてみたのだが、失敗だったようだ。実は名前も浦村署長に聞くまで知らなかったし。泡を吹く谷氏の顔をまじまじと見つめてみるのだが、どうも見覚えはない。

 

 

 

 混乱を収束するために、しばらく時間がかかった。私に怯える谷氏を、剣心さんが何とか説得し、ようやく警備をはじめられる状況になったのだ。斬奸状(ざんかんじょう)に書かれている犯行予告時間よりも幾分か早く現場に来ていたことが幸いしたな。

 どうも谷氏、以前に私が取り逃した維新志士らしい(本人の弁による)のだが、記憶にない。当時は多くの維新志士と相対し、そのすべてを覚えているのかといわれると、そんなわけもなく。そもそも狙った対象以外の維新志士が逃げた場合、あとを追って捕縛に行くこともなかったので、そういった有象無象のなかの一人だったのだろうと、自分の中で結論付けた。

 実際に会ったことがあったとして、何か変わるだけでもないし、さっさと忘れよう。

 

 ともかく、余計な確執(?)は片付いたので、警護に取り掛かかることにするか。



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12

「さてと、それじゃあ準備しようかな」

 

 私は持ってきた風呂敷を広げると、手甲と鉢金を取り出した。新選組時代に使用していた代物であるが、骨董品と呼ぶにはまだ早い。普段は蔵の中に死蔵されているのだが、たまに手入れをしており、保管状態は悪くない。相手が相手なので、さすがに『コレ』無しでは厳しいかと思い、引っ張り出してきたのだ。

 

 あの頃を思い出しながら、まずは手甲を装着する。これを使うのは10年振りか、いやそれ以上だな。

 この手甲は、手首から前腕部にかけて厚めの鉄板が仕込まれている特注品で、生半可な斬撃をはじく防御力を持っている。木刀で相手の刀を受け止めることができない問題を解決するための苦肉の策で、せめて避けられないときは手甲で受けれるようにと改良したものだ。重い分、多少剣が扱いづらくはなるが、軽い木刀を使う分には、あまり気にならない。

 

 …うん。付け心地は悪くない。少しあの頃より重く感じるが、手を開いたり握ったりしても違和感はないな。

 

 そして次に鉢金だ。これはまぁ気休めというかお守りみたいなものだ。つやのない黒い鉄板の、額に当たる位置には、あまり目立たないが『誠』の文字が彫られている。付けるたびに心が引き締まる。

 今までに何百回と繰り返してきたいつもの儀式を終え、今夜現れる相手の顔を想像し、しばし瞑目する。…よし。

 

「へぇ、随分と気合が入ってるじゃねぇか。似合ってるぜ」

 

 目を開けると、ニヤリと笑いながらこちらを見つめる左之助が立っていた。

 

「えぇ、私の大切な一張羅です。格好いいでしょ?」

 

 こちらもニヤリと笑いながら、軽口をたたく。程よく力が抜け、心地が良い。少し気を張りすぎていたかな。

 犯行予告時間までは、まだまだ先が長い。さて、どう過ごしたものか。

 

 

 警備を始めたものの、黒笠が現れる気配はなく、暇なまま時間が過ぎていく。初めのうちは部屋の中をうろついてみたり、窓から外を覗いてみたりして暇をつぶしていたのだが何も起こらない。

 過去の事件から、犯人は時間に厳しく、遅刻もなければ早出もないことがわかっている。予想通りといえば予想通りであるのだが…。襲撃する方が能動的で楽だな。

 剣心さんと左之助はどこから持ってきたのか、将棋を指し始めた。することもない私は、壁にもたれかかり、木刀を抱き、二人の将棋を眺めながら待つこととした。

 

 

 

「うぎゃああああああ!」

 

 犯行予告時刻の5分前が過ぎたころ、外から叫び声がした。室内の護衛団達がにわかにざわつき出す。急いで窓を開けて外を見ると、庭で警護していた警官が血まみれで倒れている。ついに来たか。

 

「来るぞ! 最前列は拙者達で固める! 他の者は後ろに続け!」

 

 剣心さんの指示に従い護衛団が室内をドタドタと駆け回る。そんな中、状況を呑み込めずオロオロする谷氏。先ほどの悪いイメージを払拭する意味でもフォローするか。

 

「大丈夫ですよ。谷さん。私たちが守りますので真ん中にいてください」

 

 相手を安心させることを意識して、ニコッと笑いかけるが。谷氏は狂ったように首を上下に振るばかりだ。…命が狙われているのだ。平静ではいられないのだろう。

 

「オイッ、竜之介。谷十三郎(ブタまんじゅう)で遊んでる場合じゃねえぞ!」

 

 左之助に怒られてしまった。こういった場合、護衛対象の気持ちに配慮することも、必要だと思うんだけどなぁ。

 

 

 ボーン、ボーン…。

 

 

 柱時計の鐘が鳴り響き、室内に緊張感が走る。犯行予定時刻だ。皆、部屋からの唯一の出入り口である扉に注目している。近くから尋常ならざる気配を感じる。

 来たか…。

 

 

 

 柱時計の鐘が鳴りやみ、数秒。

 

「けっ、何だ脅しかよ」

 

 ザシュッ!

 

 油断した護衛団の一人が背後から斬り付けられた。窓だ。黒笠は屋敷の壁をよじ登ってきたのか、窓から室内へと侵入してきた。

 白の着流しに『黒笠』を被った長身の男。彼が『黒笠』か。笠の隙間から見える瞳には狂気が窺える。

 

「うふふ…。いるいる。命知らずの蟲共(むしども)が…」

 

 私は笠の隙間から見えた彼の顔を見て、小さくため息をつく。やはりあなたでしたか…。

 

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…。14、5匹か。思ったよりは少ないな」

 

 こちらの人数を数えながらニヤニヤと笑う『黒笠』。その異様な雰囲気にのまれた護衛団の面々は皆一様に固まっている。

 

「あれが兇賊『黒笠』か。成程、あの目は危険すぎるな」

「わかるでござるか左之。奴は拙者が相手をする。お主と浜口殿は谷殿を…」

「申し訳ないですが、ここは私に譲ってください」

 

 二人の間を通り抜け、『黒笠』の前に立ちふさがる。

 

「アレは新選組(うち)の不始末ですので」

 

 さて、どうしたものか。正眼に木刀を構え、いつでも動けるように臨戦態勢を整える。この距離であれば有効距離範囲内だ。

 

 

 

「何ボケっとしとるかお前達! さっさとかからんか! 高い給金を払っているんだ! きちっと働け!」

 

 真っ青な顔の谷氏が護衛団の面々に煽りを入れる。

 

「奴を倒した者には五倍払ってやる。陸軍省士官も世話してやる!」

 

 まったく、余計なことを…。谷氏の発破に欲を見せた数人が、『黒笠』に殺到する。

 

「よっしゃあ士官はもらったァ!」

「いや、某がいただく!」

「やめろ!」

 

 必死に叫び制止するが、彼らを止めることはできない。

 

「うふっ、うふふっ。うふわはは!」

 

 不気味に笑いながら、自らに殺到した護衛団達を切り捨てる『黒笠』。

 まずいな。呑まれる。

 

 

「うわぁ!」

「ひぃぃぃ…」

 

 目の前で味方を斬り殺され、護衛団達が浮足立っている。

 

「下がれ! てめぇら雑魚助共が相手じゃ相手にならねぇ!」

 

 左之助の必死の叫びにも統制を取り戻せず、このままでは烏合の衆になり果ててしまう…!

 

「逃がさんよ!」

 

 『黒笠』が、カッと目を見開くと、我先にと逃げ出そうとしていた護衛団達の動きが止まる。

 使ったな。『心の一方』を。

 

 

 このタイミングだ。

 

 

 私は距離を一気に詰めると、『黒笠』の右腕を狙い突きを繰り出す。瞬間、気づいた『黒笠』が横なぎに剣を払い、私の木刀を払い落とす未来が見えた。剣先を思い切り下げ、強引に足を止める。私の見た未来の通り、『黒笠』の剣が横へ振るわれる。その剣を躱し、再び『黒笠』に向かい『縮地』。『黒笠』のつま先を指す木刀の切っ先を、手首の力で強引に持ち上げる。狙うは顎。意識を刈り取る。

 

 バッ!

 

 外したか。ぎりぎりのタイミングで後ろに逃げられ、捕らえられたのは『黒笠』のみ。笠を飛ばされ、素顔を晒した彼の顔は、先ほどとは打って変わって苦々しい。

 

 

「お久しぶりですね。『鵜堂』さん。また、人様に迷惑をかけて。意味も無く人を殺すのはいい加減にやめたらどうです?」

 

 ニコニコ笑顔で鵜堂さんを見つめて煽る。相手の心を乱すことも立派な兵法だ。

 

「竜之介!コイツのこと知っているのか!?」

「えぇ、まぁそうですね。昔の同僚です」

 

 私は淡々と鵜堂さんのことを語った。

 

 『二階堂平法』という凄腕の剣術の使い手、鵜堂刃衛(うどうじんえ)。新選組に所属し、多くの維新志士を斬ったが、それ以上に不要な殺人を繰り返した異常殺人者。その異常性に危うさを感じた土方さんの命令で粛清部隊が差し向けられるも、返り討ちにし逃走。

 その後はどの藩にも属さず、金で雇われ人を斬り続けた。…幕府側も維新志士側も関係なくだ。

 そうして付いたあだ名が『浮浪人斬り(はぐれひときり)』。

 

 

 

「誰かと思えば人を斬れぬ『出来損ない』か…! いや、それよりも貴様。なぜ『心の一方』が効かぬ!」

 

 自慢の技を破られてご立腹か。自分より格下と思っていた私に技を破られたことが、彼のプライドを傷つけたのだろう。笑みを深めながら、私は口を開く。

 

「簡単なことですよ。『心の一方』とは相手の恐れに付け入る『技』。あなたのことなんかちっとも怖くない私には、一切効きません」

 

 納得できない鵜堂さんは、なんどもこちらに『心の一方』をかけるべくガンを飛ばしてくるが、なんともない。顔は斎藤さんの方が怖いし、雰囲気は土方さんの方が上だ。土方さんの場合、怖いというより、手も出るから痛みもあるしね。

 今回の犯行でも、外の警護を切り殺した際にわざと大きな悲鳴をあげさせ、室内に侵入した瞬間も、時計の鐘が鳴りやみ空気が弛緩した瞬間、そこで奇襲してきた。不気味な笑いも、奇妙な喋り方も、すべて『心の一方』を効果的に使うための『演出』だ。

 『狂気』の裏に隠された『合理』。この人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「チッ、興が削がれた。斬奸状(ざんかんじょう)の予告を果たし…、さっさと帰らせて貰う!」

 

 私を無視し、谷氏の方へと襲い掛かる鵜堂さん。谷氏は『心の一方』の影響で動けないようだ。まずい…!

 

「谷殿! 気合を入れて術を解け!」

「あひっー!」

 

 剣心さんのアドバイスも谷殿の耳に届かず、このままでは…。

 

「うっらぁ!王手にゃあ…、まだ早ェぜ!」

 

 気合一閃。『心の一方』を破った左之助が、近場にあった等身大の洋風の石像を、谷氏に襲い掛からんとする鵜堂さんに叩きつけた。

 

「どうだ!」

「うふふ」

 

 なんとか谷氏は守られたようだ。ファインプレーだよ左之助。しかし、再びニヤニヤと笑う鵜堂さんに、いやな予感が…。

 

「うぐっ!」

「うふわははははははははは!!」

 

 左之助の右腕が折れた刀に刺された。先ほどの石像の一撃により刀が折れたのだろうか。

 

 

「刃衛ェー!」

 

 鬼のような形相の剣心さんが鵜堂さんに襲い掛かり激しく打ち合う。激しすぎて手助けしようがないな。あれは。

 その様子を見守りながら、自分の心に引っかかったことを必死に考える。なんだ、この違和感は。

 

 

 私を障害と見るや否や、鵜堂さんは予告を成立させるために谷氏に襲い掛かかった。斬奸状(ざんかんじょう)に何故こだわる?そこに『合理』はない。殺すことが『目的』だとするならば、その『合理』的な理由とは…。

 あぁそうか。この人は、昔っから何にも変わっちゃいなかった。

 

 ゴギャァァァ。

 

 剣心さんが逆刃刀で鵜堂さんの右側頭部を強打する。ヤベェ音がした。

 鵜堂さんは体勢を立て直し剣心さんをにらみつけている。ちょうど良いので話しかけるか。

 

 

「鵜堂さん、今回は誰に頼まれたんですか?」

 

 そう、この人は昔と何も変わっちゃいない。今もまた、誰かに頼まれて金をもらい、人を斬り続けていただけだ。そうであれば、警察が躍起になって探しても『黒笠』を見つけられなかった理由もわかる。良く見れば着ているものは清潔、飢餓の様子もなく健康そうに見える。いくら強かろうと、単独で警察から逃走しつつ衣食住を整えることはできない。

 協力者、というよりは依頼人だな。それも人を囲い殺人を依頼できるだけの財力と、容易に警察が手出しできないような権力を持った人物。鵜堂さんは、おそらくソイツに囲われている。

 鵜堂さんは無差別に殺しすぎた。恨みを買いすぎた。敵を作りすぎた。居場所がなくなった。だからこそ、その依頼人の庇護が無ければ、誰かの道具に成り下がらなければまともに生きていくことができなくなってしまったのではないか。

 …いや、これ以上はやめよう。今は目の前の鵜堂さんに集中しなくては。

 

 

 鵜堂さんの顔つきが変わる。先ほどのような殺しを楽しんでいた『フリ』をやめ、激昂し、『鬼』のような表情だ。入口であった窓に飛び退き、こちらを指差し喚きたてる。

 

 

「『出来損ない』風情が小賢しい! 標的変更、まずはお前からだ、『出来損ない』! 近いうちに再びお前の前に現れよう。その時はその木刀をへし折ってやる! 覚えてろ!」

 




 独自解釈とアンチ・ヘイトに該当しそうなのでタグ追加しました。

 「心の一方」は一種の催眠術であると作中で開設されていましたが、相手の心理状態にたぶんに影響するであろうから、『ビビっているとかかりやすくなる。』と解釈しました。

17.08.26 更新
 竜之介が『縮地』を使う描写を削除しました。普遍的な技術として『縮地』を出そうと思っていたのですが、瀬田宗次郎と同等のことができるとの解釈になってしまい、また瀬田宗次郎未登場の現段階では、その描写ができないためです。設定ミスでした。
 たとえるのであれば、竜之介も瀬田も『カーブ』を投げれるのだけれど、瀬田の方がすごい『カーブ』を投げられる。
 だけど瀬田未登場の段階だと、竜之介が『カーブ』を投げれるけれど瀬田と比較しようがないので、竜之介も瀬田と同じ『カーブ』が投げられるように見えてしまう。というような感じです。
 わかりにくくてすいません。


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13

 捨て台詞を吐くと、鵜堂さんは窓から飛び降り逃走を図る。…逃がさない!

 

「待て!」

 

 私も窓から飛び降り鵜堂さんを追いかける。

 

「竜之介ぇ!」

「浜口殿!」

 

 後ろから剣心さんと左之助の、私の名を叫ぶ声が聞こえてくる。申し訳ないが、ここで取り逃すと厄介なので立ち止まらない。それよりも左之助には早く腕の治療をして欲しいところだ。鵜堂さんがいなくなり、そちらは安全なのだから。

 

 暗闇の中、鵜堂さんの後を追う。白い着流しが仇となったな。星明りに照らされて良く目立ち、追いかけることに造作も無い。

 

 

 

 しばらく追いかけると、鵜堂さんは町外れの鎮守の森に入っていった。これは誘っているな。そのまま追いかけると、森の奥の祠の前で立ち止まり振り返る。

 

「チッ、しつこい奴だ。そんなに早く斬られたいか」

 

 睨みつけてくる鵜堂さんを観察する。息は上がっていないな。私も足を止め、木刀を正眼に構えて相対(あいたい)する。

 

「知らなかったんですか、『木刀の竜』からは逃げられないんですよ」

 

 ここからが正念場か。余裕を見せるために、ニヤリと笑って見せるが、彼の殺気がさっきとは大違いだ。

 

 しばしの沈黙の後、先に動いたのは鵜堂さん。

 

 

 平突きを繰り出す。体をわずかに横にズラし躱す。そのまま剣を横に薙ぐので、バックステップで距離をとる。

 鵜堂さんの連撃は続き、私との距離を詰め唐竹割を繰り出そうと剣を振りかぶる。

 ここだ!攻撃と攻撃の合間のわずかな隙を突き、相手の胸に突きを喰らわす。

 

「グッ!」

 

 浅いな、後ろに下がりながらだったため、踏み込みが甘く、手だけで打ってしまったか。再度距離をとり、仕切りなおす。

 たたらを踏む鵜堂さんであったが、すぐさまを体勢を整え、右手で刀を担ぐ、というか背に回す。妙な動きだ。

 そのままの体勢でこちらに突進してくる。なんだ、隙だらけに見える。あの体勢じゃあ刀を振り切るのに時間がかかる。意図は?

 

「くぅ!」

 

 なにか得たいの知れない殺気を感じ取り、とっさに左側に回避する。鵜堂さんが()()一本で持った刀で斬撃を繰り出す。体勢を崩し片膝立ちになるが、相手から決して目を離さない。片手で持った木刀を相手に向けるが、返す刀で弾き飛ばされてしまった。

 

 いつの間に持ち替えた?先ほどまでは、確かに右手に刀を持っていた。背中に刀を回したのは、持ち手を変えるためか。そうかあれが…。

 

「『背車刀(はいしゃとう)』ですか。初めて見ました」

「フン…。次はお前の首を斬り落としてやる」

 

 ニヤニヤ笑いやがって。素早く立ち上がり、無手の構えをとり、再び対峙する。

 

 

 そこから、激しい打ち合いとなった。刀を手甲で受け、蹴りを躱され、拳を受け止められ…。手数はこちらが多いのだが、刀の一撃をもらえば一撃で勝負がつく。

 しびれを切らした鵜堂さんが、大振りの斬撃を繰り出す。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ガキィィィィィン。

 

 振り下ろされる刀に向かい前進し、頭上で交差させた腕で刀を受ける。(いった)いなぁ!鉄板を仕込んでいるとはいえ、かなりの衝撃だ。けど、捕まえた…!

 受け止めた刀を腕で挟み、思いっきり体を右にひねる。

 

 バキィ!

 

「何ィィ!?」

 

 

 刀を折ってやった。そのまま体を回転させた勢いで回し蹴りを鵜堂さんの脇腹に叩きこむ。

 

「ぐはっ!」

 

 いい感じに吹っ飛んだが、まだ折れた刀を握っており闘志は衰えていないようだ。しかし、今の一撃で肋骨が何本か折れた感触がある。もうこれまでの様に動けまい。これまでだな。

 

 

「勝負はつきましたね。鵜堂さん、大人しくお縄についてください」

 

 警戒しながら、ゆっくりと倒れている鵜堂さんに近づいていく。

 

「よりによって貴様なんぞに…。貴様なんぞに捕まってたまるかぁ!」

 

 そう叫ぶと、鵜堂さんは折れた刀を自分の左胸に突きさす。

 

「鵜堂さん!」

 

 急いで近寄ると、鵜堂さんの顔は満面の笑みでこちらの顔を見つめてくる。

 

「うふふふ…。浜口、随分といい顔だナァ…」

「何を言っている! 死ぬ必要なんてないじゃないか! おいっ!」

「どうせ捕まったところで殺されることはわかりきっている。いつ死ぬかぐらい自分で決めさせろ…。それに…。ごふっ」

 

 少し溜めて、再び口を開く。

 

「…いや、何でもない。うふふふ…」

 

 それ以上、私は何も言えなかった。

 

 

 しばらくぼうっとしていたが、このままではいけない。しばしどうしようか迷ったが、鵜堂さんをそのままにして、谷氏の屋敷へ向けて歩き出す。とりあえず人を呼ばなくては。

 

 森を出て街を歩いていると、すぐに警官と遭遇した。

 警官は、谷氏の屋敷を飛び出し行方が分からなくなっていた私と鵜堂さんを探しており、事情を話すと警察署に連れていかれた。

 警察署に着くなり、私は署長室に通され、浦村署長と再会した。無事でよかったと安堵してくれたようだが、私のせいで仕事を増やしてしまい、なんともバツが悪い。

 夜が明け、空が白み始めていたが、事が事なので、そのまま何が起こったのか説明をした。

 

 必要な説明を終える頃には、すっかり朝になっていた。話を終え、お互いに何度目かの欠伸を噛み殺すと、本日はこれで終わりにしましょうと浦村さんが言い、この場はお開きとなった。

 退室しようと立ち上がると、寝不足の影響か、少しふらついてしまった。昔であればこの程度はなんともなかったのに、私も老いたというか、衰えたというか。

 その様子を見ていた浦村さんが、家まで警官に送らせると申し出てくれた。申し訳ないので辞退したのだが、天下の往来で倒れられてしまっても困ると言われると何も言い返せない。これ以上は酔払いが酔っていないと主張することと同じだと思い、素直に申し出を受けることとした。

 私は警官に送られ、帰宅した。もちろん、足取りはしっかりしていましたよ?

 

 

 玄関を開けるや否や、部屋の奥からさよがスッ飛んできた。一応昨晩は、遅くなるし何時に帰れるかわからないから、先に寝ててくれと言い残し出かけたんだけどね。いやっ、そういう問題じゃないか。

 

 さよは何か言いたそうではあるが、家まで送ってくれた警官を見て、戸惑っている。昨晩は警察署内でお世話になって、送ってもらったのだというと、彼女は平身低頭して警官に謝罪した。

 私が、『犯罪』になるようなことは何もしていないから安心して欲しいと言い、警官もその言葉に同調すると、さよはホッとしたような表情をし、その後私はしこたま怒られた。その様子を見ていた警官が、苦笑していたが、まぁ甘んじて受け入れよう。

 

 警官が帰り、ようやく敷居を跨がせてもらうと、さよが真剣な言葉で聞いてくる。

 

「竜さん、昨日はいったい何があったんだい? 心配してるんだよ?」

「いやぁ、道場の何人かとね、ちょっと出かけていたんだけど、その後で昔の知り合いと会って盛り上がっちゃってさ…」

 

 嘘は言ってないぞ。信用って大事だからね。嘘は極力つかないのが私のポリシーだ。

 

「ふーん。その格好で?」

 

 ん…?

 

 やべぇ、手甲と鉢金付けっぱなしだわ。おまけに着物に血もついている。眠気と疲れでそこまで頭が回らなかったか。さよの言葉に冷や汗をダラダラ垂らしながら、眠気が一気にぶっ飛んだ頭脳をフル回転させ、言い訳を考えるのであった。




 鵜堂さんの独自設定というか解釈があり、悪役として鵜堂さんに魅力を感じている人には大変申し訳ない内容でした。作者の力量不足が如実にでております。

 また、今回と前話で戦闘シーンが長く冗長になってしまったと反省しております。今後はさっくりと戦闘を終わらせるように工夫しようと思います。
 読み直しましたが、こういった戦闘シーンは求められてないなぁ、と思いましたが、瞬殺させてもなぁとも思いまして、迷いました。結局書き直すのももったいないため、そのまま投稿しましたが。

 また活動報告にチラ裏ではございますが、鵜堂編の後書きを書きました。ご興味がありましたら読んでみてください。

 当方は二次創作の小説を書くのが、今回初めてでした。オリジナルで書くより楽な部分と難しい部分があり、現在も四苦八苦しております。こんなものでよければ、今後とも書きますので、読んで頂ければ幸いです。


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14

今回は閑話的な話です。


 現在、私はさよに連れられて居間に来ている。もちろん正座だ。鉢金と籠手はとりあえず外して脇に置いてある。

 今のところ何も言われていないのは、おそらく行動として正解なのであろう。言葉を交わさずとも何をすればよいのか自然に伝わる。以心伝心。夫婦の絆を感じずにはいられない。

 

「竜さん。いつまで黙ってるの?」

 

 いかんいかん、余計なことを考えすぎた。 さて、なんと言い訳をしようか…。

 

「えっとですね、その…。実は警察署の浦村さんに頼まれてですね…」

「嘘はダメ」

「いやっ、嘘はついていな…」

「誤魔化すのも禁止」

 

 しばしの沈黙の後、私は正直に昨日の出来事をさよに話した。いや、もともと正直に話すつもりだったんですよ。決して彼女の圧力に屈したわけではないのです。

 

 

 

「…それで、警察署から家まで送ってもらったんだ。この通り、ピンピンしているから、心配はいらないよ」

 

 黙って聞いてくれているさよに一抹の不安を感じながら、話を終えた。今度は誤魔化しのないバージョンだが、むしろこっちの方が信じてもらえないような内容なんだけど。

 さよさん、反応ないし、なんか俯いてプルプルしてるんですけど。これはあれですかね?切れてますかね?

 

「あの…。だいじょうぶ、ですか?」

 

 恐る恐る声をかけると、顔を上げてキッと睨むさよ。

 

「大丈夫なわけあるかい! そんな危ないことして! 斬られたら…、死んだり怪我したらどうするつもりだったんだい!」

 

 怒鳴られて怯む私。彼女の目には涙が浮かんでいる。

 

「ごっ、ごめん。…今の話信じてくれたの?」

「信じたよ! それともまた嘘をついたのかい!?」

「いやっ、ホント! ホントのコトです…」

 

 どう説明したら信じてもらえるかと考えていたところに、予想外の返答。頭の中が真っ白だ。

 

「しばらく剣術禁止! そんなことしてるから、危ないことするんだよ! 道場も休んでもらうからね!」

「ええっ!?」

「口答えも禁止だよ!」

「むぅ…」

 

 さよを泣かせてしまったのだ。甘んじて受け入れよう。

 

「言いたくないことは無理に言わなくていいけど、危ないことするなら、せめて相談して欲しいよ…。私じゃ役に立たないかもしれないけれど…。信じてもらえないみたいで、私、嫌だよ…」

 

 もう少し、うまくやるべきだったか。それとも正直に話すべきだったか。悲しむさよの顔を見て、私は後悔するほかなかった。

 

 

 

 さよとの話しも終わり、自室で休むように言われた。こんなに怒られたのは初めてかもしれないな。さよは最後にはいつものさよに戻っていたのだが、最後に「言い過ぎたよ。ごめん」と謝られてしまった。その言葉が一番堪えた。

 頭は冴えているが、徹夜明けだしすぐにでも眠りたい。でもその前に、水浴びして汗を流すか。

 井戸水を汲みに庭に向かう。

 

 

 

 

 褌一丁になり、頭から水を浴びる。

 ふぅ、体はさっぱりするが心はどんより曇り空。快晴の空に浮かぶ太陽がなんとも憎々しい。

 

「旦那様、ちょっといいかい?」

「うぉっ!」

 

 びっくりした。背後にたけさんが立っている。

 

「たけさんか。どうかしました?」

「『どうしましたか?』じゃないよ、全く…。さよさん泣かして」

「…面目ない」

 

 手拭いをとり、濡れた体をふきながら苦笑して答える。

 どうやら先ほどの会話は聞かれていたようだ。帰ってきてから見当たらなかったので、買い物にでも行っていると思っていたんだけどなぁ。

 

「まっ、言いたいことはさよさんに言われちまったんで、言うことは特にないんだけどねぇ…。」

 

 バシッ!

 

(いって)ぇ!」

 

 背中に衝撃。たけさんの張り手。前触れのない痛みに思わず驚く。

 

「シャキッとしなよ、シャキッと。シケた(ツラ)してても、さよさん喜ばないよ?」

 

 ガハハと笑うたけさんを見ていると、なんだか気が抜けてしまう。

 

「台所におにぎりと漬物置いといたから、寝る前に食べとくんだよ」

 

 言いたいことだけ言うと、たけさんは去っていった。そういえば昨日の夜から何も食べてなかったな。なんだかお腹が減ってきた。

 

 その後私は台所でおにぎりを食べ、長い昼寝をした。おにぎりは塩が効いていて、ちょっとしょっぱかった。

 

 

 

 

 目を覚ますと既に夕方で、なんだか損した気分。体がだるい。もう少し寝ていたい気もするが、夜に眠れなくなってしまうからね。

 体を起こして家の中をウロウロする。おっ、今夜は焼き魚か。匂いにつられて台所に顔を出す。

 

「ようやく起きたかい」

「えぇ、おかげさまでよく眠れました」

 

 たけさんは夕飯の準備をしているので、邪魔をしないようにそっと立ち去る。

 

「さよさんが帰ってきたら夕飯にしますんで、あんまりフラフラしないでくださいね。旦那様」

「はーい」

 

 手をヒラヒラ振りながら台所を後にし、縁側に座ってボーっとして時間を潰す。せめて夕餉の準備でも手伝わせてくれればいいんだけど、手を出そうとするとたけさん怒るからなぁ。

 

 

「はぁ…」

 

 昨夜は、久しぶりにあの頃の知り合いに会った。どうしても、暇になると思考があの頃の仲間のことに向かってしまう。

 新選組の皆が散り散りになり、今となっては誰が生き残っているのかはわからない。今更誰が生き残っているのかなんて調べる気もないが、士族の中には今の時代に適応できずに苦しむ人も多い。

 皆元気にしているだろうか。鵜堂さんみたいなのは、ちょっと元気がありすぎて困るが。生活に困っているのであれば仕事の世話ぐらいならしてやれるかもしれない。実際に赤べこ亭で働いている何人かは、あの頃の縁がきっかけだったりする。

 

 私は今、幸せだ。仕事にも困らず、できた嫁を貰い、頼れる同居人もいる。こんなに幸せで良いのだろうか。この幸せを手放す気はないが、なんとも申し訳ない気もする。

 

 

 いかんいかん。顔をバシッと叩き、気合を入れなおす。心が弱いのは私の良くないところだ。たけさんにも言われたようにシャキッとせんと。

 

 

 座ったまま伸びをして、体を倒す。天井を見つめても、なんにも面白くない。なんだか無性にさよの顔が見たくなってきたな。

 しばらくそのままの体勢で、縁側の外に飛びだした足をバタバタさせる。独身だったら、もっとつまらない人生だったんだろうなぁ…。

 

 

 しばらくそうしていると、ふと気配を感じた。これは…。 

 私は素早く立ち上がると、足音を立てぬように玄関に急ぐ。

 

 ガラッ。

 

「ただい…、わっ、竜さん。びっくりした」

「おかえり、さよ。今日の夕飯は焼き魚だよ」

 

 いつも出迎えてもらえているんだから、たまにはね。間に合ってよかった。さよの顔を見ていると、心底そう思う。

 

「随分と嬉しそうな顔をしているね。なんかいいことでもあったのかい?」

「まぁね」

 

 たった今、大変よきことがあったのだが、残念ながら何があったのかは教えられない。だって、恥ずかしいじゃない。

 

「竜さん、そんなに焼き魚好きだったっけ?」

「うーん、そんなこともないんだけどね」

「ふーん、変なの」

 

 食事はやはり、何を食べるかよりも誰と食べるかだと思うんですよね。私は。

 

 その日の夕飯は大変美味しかった。終始上機嫌な私に、さよもたけさんも「気持ち悪い。」なんて言うんだけど、失礼しちゃうよね。まぁ、そんな風に言われることすら今は気にならないんだけど。

 昼寝をして眠れないんじゃないかと少し心配していたのだけれども、その日はぐっすり眠れた。

 

 

 

 次の日に私は、この幸せな気持ちを何か形にしたくなり、かんざしを買った。華美でなく、高価でもないが、丁寧な仕事を感じたその一品には、三日月があしらわれていた。

 その日の夜に彼女にかんざしを渡すと、大層喜んでくれた。かんざしを付けた彼女は美しかったが、似合っていると聞かれても、私は何も答えなかった。

 だって、恥ずかしいじゃない。




オリキャラしか登場しない話となってしまいました。
こんな話を書く予定ではなかったのですが…、たまにこんな話もありかなと思って書いてみました。

 次回から武田観柳編です。今週末ぐらいにそれを終わらせて、来週ぐらいに石動雷十太編が始まって、9月末ごろには斎藤編を投稿する見込みです。順調にいけばですが。
 特に何もなければ、斎藤編終了後で京都に向かいエンディングを考えております。斎藤編以降は蛇足になりそうですので…。


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武田観柳編
15


 話は前後するが、鵜堂さんとの一件から二日後、要は徹夜明けの次の日にであるが、神谷道場に顔を出し、しばらく道場を休むことを伝えた。一昨日の件に関しての説明というか、釈明も兼ねてではあるが。

 

 粗方の事情を警察の方より聞いていたようで、簡単な説明で済んだのだが、皆さまから心配かけるなとのお叱りを受けた。大変ありがたいことである。

 心配していた左之助の怪我も、私との喧嘩の時の怪我よりも軽いと言われてしまうと微妙な表情しかできない。

 

 

 道場を休んでいる間は、仕事に勤しんでいた。いや、もともと仕事は真面目にやっていたし、問題も起こしてないんですけどね。

 剣術の道場に行く予定だった日は、赤べこ亭に行き、厨房で仕事をすることにした。なんだか体を動かしたくてね。

 久しぶりの料理業ではあるが、メニューの大半はさよと一緒に試作して考えたものであるので、作ることは造作もない。

 たまに来る常連さんに、手持無沙汰で作ったおまけをこっそり出したりしていると、お店を始めた頃を思い出してほっこりしてしまう。

 

 健全に生活していたのだが、なんとなく木刀を握っていないと物足りない。私も随分と贅沢になってしまったものだ。

 

 1週間後、剣術をついに解禁されて久しぶりの道場。ワクワクする気持ちと、少しばかりさよに対する罪悪感もあるけれども、やはり稽古は楽しい。

 笑顔で迎えてくれた神谷先生、弥彦とともに、基本的な型の確認から行う。それから、素振り、打ち込みといつもの練習メニューをこなし、午前の稽古はここで終了。

 

「午前の稽古はこれで終わり! そろそろ休憩にしましょ!」

「おぅ!」

 

 弥彦はいつも元気があっていいね。

 

 

 さてお昼ご飯の時間だ。

 実は本日、この前鵜堂さんの件でご心配をおかけしたお詫びに、自宅からみんなの分のおにぎりを持ってきている。

 具は梅干しと、私がお店のお肉を失敬して作った牛肉のしぐれ煮だ。テイクアウト商品を作ってみてはどうかと思い、日持ちしそうで赤べこっぽいものを、たけさんとさよと協力して考えてみた。

 まだこの時代では聞いたことが無いのだけれど、そのうち駅弁として売り出してみたいなんて、柄にもなく商売っ気を出してみたのだ。

 梅干しの『赤』と、牛肉の『べこ』。洒落が効いているでしょ。しぐれ煮はしょうがを効かせた濃いめの味付け。具が少なくても御飯が進むぞ。

 

 持ってきたお弁当箱を開けるなり、弥彦はおもむろに手を伸ばしおにぎりを食べ始めた。まだ左之助と剣心さんが来ていないんだけど…。

 

「んぐっ、けっこう、うめえじゃねか」

「ちょっと弥彦!食べながらしゃべるんじゃないわよ!」

 

 両手におにぎりを持ち、ガツガツ食べる弥彦。食べ盛りか!もうちょっと味わって食べて欲しい気もするけれど、気に入ってくれたみたいでちょっとうれしい。

 

「弥彦君、剣心さんと左之助の分は残しておいてくださいよ。」

 

 先ほどから二人が見当たらないのだが、さすがに全部食べてしまうのはかわいそうだ。お昼ご飯はこちらで用意していることを伝えているし、もうお昼時であるのでそろそろ来ると思うのだが。

 

「そういえば剣心達はどこ行ったの?」

「どっかの料亭。そこで今日、賭場が開かれるんだとさ」

「とっ、賭場ぁー?」

 

 神谷さんが目を丸くして大声をあげる。左之助はともかく、剣心さんはあんまりそういう遊びが好きそうなイメージないしね。それに博打は御法度だ。良くない事だ。

 帰ってきたら、二人には小言をくれてやろう。決して誘われなかったことが悔しいからではない。ホントに。

 

 

 

 夕方になり、本日の稽古ももう終わりになる時刻。二人ともまだ道場に戻らない。

 強い西日の中、手ぬぐいで汗を拭きながら、私は帰り支度をしていた。

 

「遅いわねぇ。剣心達」

 

 ポツリと神谷さんが呟く。私も少し心配だ、身の危険はないと思うけど、銭的な意味でどうだろう。下手なイカサマに引っかかることはないと思うんだけどね。

 

「私の方で様子を見てきましょうか? もしかして、持ち合わせがなくなって、帰れなくなっているのかもしれません」

「大負けだったら身ぐるみはがされてふんどし一丁だな」

 

 弥彦がくだらないことを言っているが、そこはもうちょっと、同居人なんだから心配してあげて欲しいな。

 

 

「ただいま。遅くなってすまないでござるよ」

 

 噂をすればなんとやら、剣心さんが帰ってきたようだ。

 

「剣心!おかえり…な…」

 

 玄関に立つ、剣心さん達を見て、私と神谷さんは固まってしまった。なぜかって?剣心さんと左之助が知らない女性を連れて帰ってきたからですね。経緯はわからないけれど、めんどくさいことが起きる予感がして、なんだか頭が痛い。

 

 

 女性の名前は高荷(たかに)(めぐみ)というらしい。左之助曰く、賭場で勝ち分を払えなくなった相手より、借金のカタとしてもらってきたとのことだ。

 そのことを聞いた神谷さんが「見損なったわ!」と叫んで剣心さんを殴りつけていたが、この高荷さんという人、どう見ても訳アリの匂いがする。借金のカタとして連れてこられたにしては妙に落ち着いているんだよなぁ。

 

 彼女の第一印象は冷たい美人って感じだったのだが、案外お茶目というか、悪戯っぽいところがあるようで、剣心さんに抱き着いたり誘惑して神谷さんを挑発。

 その後の左之助が、神谷さんは単純だからあまりからかうなだなんて余計な一言を言うものだから、神谷さんがブチ切れてしまい、私以外の面々は道場から叩き出されてしまった。

 

 私はその様子をひっそりと目立たぬよう、少し離れて静観していた。だって、めんどくさそうなんだもん。君子危うきには近寄らずとはよく言ったものだ。おかげさまで虎児のいない虎穴の中で虎と対面中って感じだけど。

 

「まったく、なによあいつら…」

 

 目を吊り上げて怒り冷めやらぬ神谷さんを前にして、冷や汗が一筋私の頬を伝う。

 ここは自然にさらりと行こう。

 

「神谷先生、それでは私もお暇させていただきます」

 

 ぺこりと頭を下げて、こっそりまとめておいた荷物を持ち、さわやかに挨拶させていただく。急ぎにならぬように注意しながら、ささっと玄関に向かう。

 

「あらやだ浜口さん。まだいたの?」

 

 今さら恥じらって頬を赤くしても遅いと思うんですよね。

 道場の外で、先ほど追いやられた皆さんが立ち話をしていたが、夕飯に遅れては困るので、一礼だけして、私はそそくさと帰宅した。

 

 

 

 それから二日後、神谷道場での稽古の日、私は神谷道場の前で愕然としていた。外構の壁が破壊され、道場の敷地内も戦闘跡のようなものがチラホラ見え隠れしている。

 またトラブルか。おそらく高荷さん関係なのだろう。まったく『活人剣』の道場の割に、荒事に巻き込まれる機会が多いことで。もっと平和的な場所だと思っていたんだけどなぁ。

 

 道場の中に入ると、いつものメンバーと高荷さんがおり、事情を話してくれた。

 高荷さんは薬学に詳しく、その腕に目を付けた武田観柳という青年実業家に軟禁されながら、依存性の強い新型阿片を製造させられていた。そこから逃げ出した高荷さんを剣心さんと左之助が保護し、神谷道場に連れてきていたのだが、武田からの追っ手が来たそうだ。

 

 その追手との戦闘で左之助は火傷(どうもその追手、口から火を噴くらしい。ホントに人間か?)を負い、弥彦は毒に侵され現在安静にしている。

 弥彦の容体について心配したが、高荷さんが適切な処置をしてくれたため、大事には至らなかったそうだ。

 左之助の怪我?別にいつものコトなんであまり心配してないです。

 

 話を聞き、私が弥彦の治療の件についてお礼を言うと、高荷さんはちょっと困った顔をしながら

「元はと言えば私のせいだし…、当然のことをしたまでよ」

なんて言ってソッポを向いてしまった。この人、お礼とかあまり言われなれてないのかな。

 

 武田の追っ手を撃退したため、これでようやく安心できるかというとそうでもなく、まだまだ武田の手勢は多く残っている。中でも、『御庭番衆』という元幕府お抱えの隠密集団が脅威で、昨日の襲撃もその『御庭番衆』が行ったそうだ。

 『隠密』と聞き、左之助を火傷させた『火を噴く男』に妙に納得というか、やはり忍者たるもの火遁ぐらい使えるのかと感心してしまった。

 

 いつまた武田の追っ手が来るかわからないため、高荷さんはしばらく神谷道場で過ごすそうだ。剣心さんと左之助がいれば、大概の相手から守ってくれそうな気がするが、なんせ相手は忍者の類だからね。

 正面切った戦闘ではこちらに分があっても、それをひっくり返すような搦手は向こうの方が一枚も二枚も上手だ。よくよく注意してもらうようにしないと。

 

 一応警戒はしておこうということになったのだが、特に具体的にできることもなく、稽古には弥彦も参加できないこともあり、その日の稽古は軽めのメニューで済ませることとした。

 

 

 

 家に帰り夕飯を食べながら、家族で一日の出来事を話す、そんな時間。さよから本日の赤べこの話を聞いたのだが、特に然したる問題もなく順調そのもの。話題は私の方に移り、本日の報告を行う。

 

「…そういうわけで、赤べこの方は問題ないよ。竜さんは今日どうだったの?稽古は楽しかったかい?」

「んー、それがね。何ともきな臭い話になってしまってね」

 

 私は高荷さんが抱えるトラブルと、神谷道場が襲撃された件を掻い摘んで話した。

 

「武田観柳ね…。ここ数年で物凄く儲けているみたいなんだけど、何で儲けているのかいまいちわかりづらい人でね。裏で悪いことしてるんじゃないかって、噂を聞いたことあるよ」

「あー、あたしも聞いたことあるよ。金をバラまいて屋敷にガタイのいい男集めてるって。ありゃ、相当な男色家に違いないってもっぱらの噂さ」

「へぇー。さよもたけさんも良く知っているねぇ」

 

 味噌汁を啜りながら聞いていたのだが、思わず感心してしまう。けど、男色の話は食事中には不適切だと思うのですが。

 

「商工会の集会で聞いたんだよ。ほらっ、この前言ってたでしょ。竜さん、めんどくさがって出ないから、あたしが代わりに出たんだよ」

 

 口を尖らすさよを見て、しまったと思うがもう遅い。

 

「ごめんごめん。次は私が出るよ」

「いつもそう調子よく言うけどさ、その時になるとフラッと居なくなるんだから」

「そうですよ旦那様。もういい年なんだから、さよさんに押し付けちゃダメですよ」

 

 だって、ねぇ。わさわさと集まって、何を話せというのか。絶対につまらないと思うんですよねぇ。思わず渋い顔をしてしまう。

 

「それはそうと、竜さん。また危ないことに巻き込まれちゃったね」

「うーん、なんだか厄介事から近づいてくるみたいで…。できれば勘弁して欲しいんだけどね」

 

 神谷道場に通いだしてから、巻き込まれてばかり。今度厄払いに行った方が良いのだろうか。

 

「怪我にだけは気を付けておくれよ」

「あぁ、それだけは心配ないから、ほら私…」

「はいはい、旦那様は強いですからね」

 

 たけさんの茶々に、一瞬ムッとするが、クスクス笑うさよにつられてこちらも笑ってしまう。

 毎度毎度、笑顔の絶えない夕飯でいいね。私が出汁にされなければもっといいんだけど。




火男(ひょっとこ)癋見(べしみ)の登場シーンをカットしてせいか、全体的に説明ばかりしている回になってしまいました。

 以前書いておりましたドラクエ特技版では、火男(ひょっとこ)の『火炎吐息』を『冷たい息』で相殺するというシーンを考えておりました。
 今思うと『火炎吐息』と違い、タネも仕掛けもない『冷たい息』に周囲がドン引きし、収拾がつかなくなりそうです。

なお、本日中にもう一話。明日にもう一話ぐらい投下できそうです。


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16

 それからまたあくる日、また本日も稽古のため道場に来ている。武田の動きもとくになく、今のところ平和だ。いや、逆に警戒すべきなのかもしれないのだが。

 稽古の合間に縁側に座っていつものメンバーの談笑を聞いていると、なんというか、剣術だとか稽古を抜きにしても居心地がよくて、時間の経過が早く感じられる。

 

「随分と上機嫌でござるな、浜口殿」

 

 となりに剣心さんが座る。十数年前はお互い敵同士だったというのに、今では友人だからね。この人とは。いや、我々が変わっているだけなのかもしれないが。

 

「いやね、ここはいい道場だなぁと思いまして」

「…そうでござるな」

 

 しみじみと言葉を交わしていると、なんだか爺臭い雰囲気だ。ここは温かい緑茶と甘いものでも頂きたいところ。

 

 

 そんなことを考えていると、高荷さんが奥の部屋から大きなお皿を持ってこちらへやってきた。お皿の上には…、大量のおはぎだ。

 

「おはぎなんて作るの何年ぶりかしらね…」

 

 ポツリと高荷さんの呟きが聞こえる。視線を誰とも合わせないように逸らせているのは照れ隠しだろうか。

 

「おひとつ頂きますね」

 

 素手でおはぎを掴み、ぱくりとかじりつく。うん、あんこの甘さともち米のモチモチ感がいい感じですよ、これは。

 

「うん、おいしいですね」

「浜口殿の言う通り、美味(うま)いでござる」

 

 私と剣心さんがおはぎの感想を述べる中、弥彦と神谷さんは無言でバクバクとおはぎを貪っている。この二人、結構似た者同士なところあるよね。

 

「でも、おはぎなんて誰だっておいしく作れるわよ」

 

 謙遜しているが、どことなくうれしそうだな、高荷さん。

 おはぎが、美味しいのは丁寧な調理をされているからだと思うのだけれども、それを指摘するのは無粋か。 

 

「いやいや、以前に薫殿が作った時はまるで泥まんじゅうのようで…」

「よけーな事は喋るな」

 

 本当に余計なことだよ、全く。おはぎを食べながらもしっかり聞いていた神谷さんの拳骨が剣心さんに直撃する。

 

「いまのは剣心さんが悪いですよ。ホント…」

 

 どうしてこの人は、こう、残念なのだろうか。気づかいとかできない人ではないと思うんだけど。

 

「全く困った暴力娘ねぇ」

「高荷さんも煽らないで下さい。ね?」

「あら浜口さん。細かいことを気にしていたらハゲるわよ」

「はっ、ハゲって…」

 

 思わず頭に手を持っていき、残存毛量をチェックする。大丈夫、まだ結構残っている。でも、鏡で見たりすると意外と地肌が目立ったりしているかも…。

 

「やだっ、大丈夫よ浜口さん」

「そうだぜ竜之介。気にすると余計ハゲるぞ」

 

 弥彦と神谷さんがフォローしてくれているんだけれども、目が笑ってるんだよなぁ。…絶対馬鹿にしてるでしょ、アンタら。

 

「あのね、30過ぎると、気になるんですよ。こういうことは冗談でもやめてください」

 

 ムスッとしながら、それ以上は何も語らずおはぎを食べ続ける。なんだかちょっと惨めな気持ちだ。

 

 

「なに頓珍漢(とんちんかん)滑稽劇(こっけいげき)してんでぇ」

 

 どことなく不機嫌そうな左之助が乱入してきた。そういえばさっきまで見かけなかったが、どこに行っていたのだろう。

 話を聞くと、高荷さんの持っていた阿片を鑑定してもらいに医者にの元へ行っており、今戻ったとのこと。鑑定してもらった阿片は、新型の阿片であることが分かったそうだ。

 

「そうでござるか…。ところで、左之助もおはぎどうでござるか?」

「いらねぇよ。()()女の作った料理なんて、薫の作った料理以上に喰いたかねぇ」

 

 ギロリとにらみを利かせると、言いたいことはもう言ったとばかりに去っていく左之助。場の空気が凍り付く。

 

「ちょっと待ちなさい! 今のせりふは聞き捨てならないわ!」

 

 神谷さんが物凄い剣幕で左之助に食って掛かろうとするが、剣心さんにまぁまぁと言いながら抑えられている。怒っているのはもちろん高荷さんのことでですよね?

 

 私も今の発言には思うところがあり、左之助に文句を言おうと口を開きかけたが、剣心さんに止められてしまった。

 どうも訳ありな空気を察知したので、剣心さんに話を聞いてみると、左之助の友人が新型阿片の中毒で亡くなっていることを聞かされた。そのため、新型阿片の製造者に憎しみを持っていたのだが、高荷さんが無理やり阿片を作らされていることを知り、胸中複雑であるとのこと。

 高荷さんのことを責めるに責められなくなり、やり場のない怒りを感じてあの不機嫌な状態になったというわけか。なんにせよ、やるせない話である。

 

 おはぎを食べ終えて、再び稽古に戻る。どことなく気まずい雰囲気があったが、下手な慰めはかえって逆効果だと思うと、私は何もできなかった。

 

 

 

 それから数日後、その日は仕事をする日だったので売り上げの計算を行うために帳簿とにらめっこをしたり、来月分の仕入れ計画を確認したり、要は家でずっと事務仕事をしていた。

 

「これで終わりっと。んー、疲れた」

 

 眉間を指でモミモミしながら背筋を伸ばす。空が橙色に染まり、キリも良いので本日の業務はここまでだな。

 

「竜さん、ちょっといいかい」

「仕事なら終わったから、大丈夫だよ」

 

 襖の向こう側からの問いかけに応えると、お茶とおはぎを乗せたお盆をもったさよが、部屋に入ってきた。

 

「おはぎ作ったんだ。夕飯前だけど少し味見してみないかい?」

「おっ、いいね。少し片づけるからちょっと待ってて」

 

 帳簿や文房具を簡単に片付け、おはぎを頂く準備をする。高荷さんが先日作ったモノは粒餡だったが、さよの作ったおはぎはこし餡だ。

 

「頂きます」

 

 小さめのおはぎを一口食べてみると、うん美味しい。普通のあんこに比べてコクがあるというか、匂いが違うというか…、中華を感じるね。

 

「ごま油が効いていていいね。このあんこ」

「そうでしょ? 前に竜さんがあんこにごま油を混ぜると美味しいって言っていたから、試してみたんだ」

 

 あー、そういえば前にそんな話をしたかも。たけさんとさよに猛反発された覚えがある。邪道だとかなんだとか、結構ひどいこと言われた気がするんだけどなぁ。

 おはぎを食べ終え、お茶を啜り、ほっと息をつく。

 

「うん、すごくおいしかったよ。ご馳走様」

「それはどうも、お粗末さま」

 

 にこりと微笑み満足そうにするさよに癒されて、仕事の疲れが吹っ飛んだ。今日もいい一日だなぁ、なんて思っていると…。

 

「旦那様。お楽しみのところ悪いけど、お客さんだよ」

 

 ぬっと部屋に入ってきたたけさんから、来客を告げられる。妖怪みたいな登場の仕方しおって。はてさて誰だろう、もう少しこの幸せの余韻を楽しみたかったのだけれど。

 

 

 玄関へ向かうと、剣心さん、左之助、弥彦が立っていた。みんな真剣な顔をしているってことは、何かあったのかな。…十中八九高荷さんのコトなのだろうけれど。

 なんとなくお互い黙っていると、おもむろに弥彦が口を開いた。

 

「行くぞ、竜之介」

「いや、全然わかんないんですけど」

 

 

 手短に話してくれた剣心さんの説明によると、高荷さんが武田のところに連れ戻されたようだ。正確に言うと、脅されて、自分の意志で戻っていったようで、今から三人で連れ戻しにいくとのこと。

 お誘いはありがたいし、助けるのはやぶさかではないが、家人との調整が必要な事案だよな、やっぱり。

 

「すいません、ちょっと待っててください」

 

 断りを入れ、さよに事情を話そうと、家の中に戻る。どうするかなぁ。できれば力になりたいんだけれど…。

 

「竜さん。行くのかい?」

「うぉっ! …さよか。今の話、もしかして聞いていたのかい?」

 

 どうやら隠れて会話を聞いていた様だ。こくりと頷いてこちらを見つめる視線に、ちょっと目をそらせてしまいそうになる。

 

「…ちょっと行ってくるよ。大丈夫、危なくなったら逃げてくるから。心配かけて悪いけどさ…。」

 

 ちょっと気まずくて、頭をポリポリ掻いてしまう。それでも彼女の視線から逃げぬよう、目を合わせ続ける。

 

「…わかったよ。その代わり、絶対に怪我しないでね」

「うん、気を付けるよ」

 

 さよの頭をポンポンと撫でる。

 部屋に戻り、まだ蔵に仕舞い込んでいなかった手甲と鉢金をつけると、私は玄関へと急いだ。

 

 

「すいません、お待たせしました」

 

 玄関を出て皆と合流し、いざ行こうしたその時…、

 

「待って!」

 

 さよが家の中から飛び出し、パタパタと駆け寄ってきた。

 

「おまじない!」

 

 そういうと、手に持った火打石をカチカチ鳴らし、私に向かって火花を散らした。

 

「これで大丈夫。竜さん、無事に帰って来てね…」

「ありがとう、それじゃあ行ってくる」

 

 じんわりと心が温かくなり、気合が入るね。ちょっと恥ずかしさもあるけれど。

 武田の屋敷へ向かう途中、ひんやりとした夜の風が私の頬を撫でる。その冷たさが、火照った頬に気持ち良かった。




 今回の話は、作者が出立前の竜之介にさよが火打石を打たせる描写を書きたいだけの話でございました。
 微妙な速度で進んでますが、次話か次々話で武田観柳編完了予定です。

 なお、作者はおはぎを食べたことがありませんので、作中の表現がおかしいかもしれません。


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17

「ここが武田さんのお屋敷か。大きいなぁ」

「ああ、何度見てもデカすぎて嫌な屋敷だぜ」

 

 東京の郊外にある武田の屋敷に辿り着いた私達は、その大きさに圧倒されていた。敷地だけでいえば江戸城の何倍もありそうなサイズ感。弥彦の言う通り、私もデカすぎだと思う。大きすぎて逆に不便でしょ。

 

「で、コイツをどうやって攻める?」

「少数での奇襲は迅速(はや)さが物を言う。門を破ったら全力で玄関まで駆け抜けるでござるよ」

「つまり正面突破か。よっしゃあ」

 

 剣心さんと左之助の打ち合わせで、作戦方針が決まる。行き当たりばったりの出たとこ勝負ですか。事前情報が何もないんで仕方がないのだけれど。

 

「左之助」

 

 弥彦に声を掛けられて左之助が振り返る。今更怖気づいたわけでもあるまい。どうしたのだろう。

 

「遅れをとるんじゃねーぞ」

 

 思わずズッコケそうになる。カチンときた左之助が手を出すものだから小競り合いに発展。ここまで来て身内争いとか勘弁してくれ…。

 

「二人とも真面目にお願いしますね。遊びじゃないんですから」

 

 拳骨を一発ずつ喰らわせるとようやく大人しくなった。手加減しているとはいえ、手甲付けてるから結構痛いでしょ。剣心さんも苦笑してないで止めるの手伝って下さいよ…。

 さて、仕切り直しだ。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「おう!」

「おう!」

 

 弥彦と左之助の声が同時に返ってくる。ま、息が合うのはいい方向と考えよう。

 新選組時代はほとんど一人で行動していたので忘れていたが、団体行動って大変だよね。

 

 

 馬車が通れそうな大きな扉を破壊して敷地内に侵入すると、武装したゴロツキがそこら中にたむろしていた。たけさんが言っていた男色疑惑ってこのゴロツキが原因なんだろうなぁと、妙に納得しながら『流水剣』で敵を打ち倒していく。

 先頭は剣心さん、右翼は私、左翼が左之助という隊列で敵を蹴散らしながら屋敷に向かう。

 弥彦はついてくるので精一杯のようだけど、むしろその年でこの速度についてこれるのはすごいのではないだろうか。後ろから「遅れをとるんじゃーねーぞ!!」と叫んでいる意図はわからないが。

 

「銃士隊! 撃ち方用意!」

 

 ようやく屋敷の門が見えてきたというその時、10人程の集団が隊列を組み、拳銃でこちらに狙いを定めていた。これは危ないですね。

 

「かあぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」

 

 即座に私は、自分の出せる最大声量を、その銃士隊とやらに向ける。示現流の猿叫(えんきょう)モドキだ。本家は「チェストォ!」とか「キエェェェイ!」みたいな叫びだったので、そのまま真似るのもどうかと思い、せりふを変えてみた。

 私の叫び声に怯み、銃の狙いがあらぬ方向を向けている。よしよし。

 

 猿叫(えんきょう)といえば、以前に土方さんに新選組隊内でを取り入れてみてはどうかと進言したことがある。ほら、人数で圧倒された挙句、四方から猿叫(えんきょう)浴びせられたら、さすがの維新志士と言えども、士気が落ちるでしょ。

 進言した後に、急遽平隊士全員でろうそくを声で消す訓練が始まったのはいい思い出だ。皆の叫び声の種類が豊富で、こういうところで育った環境や(くに)の違いが出るのだなと、いらない知識がまた一つ増えた覚えがある。

 言い出しっぺの責任ということで、なぜか私も平隊士と一緒に訓練させられたことは納得いかなかったのだけれど。

 訓練自体は、当時屯所として利用させていただいたお屋敷の方からの騒音に対する抗議で、30分も経たないうちに中止となったのだが。 

 

 思い出に浸っているうちに、怯んでいる銃士隊に剣心さんが飛び込み全員ブッ飛ばした。しかし、いつみても見事な刀捌きだな。

 

 

 外にいた手勢を片付け終わり、ようやく屋敷の入り口に辿り着いた。ふと上を見上げると、二階の窓からこちらを見下ろす武田の顔が見える。どことなく顔色が悪そうに見えるが、室内の明かりが逆光になりわかりづらいな。

 

「観柳!!」

 

 剣心さんも武田に気付いたようで、すごい形相で睨みつけている。名前を呼ばれてビクッとなる武田に、思わず苦笑いをしてしまう。

 

「…年貢の納め時だ。武田観柳。恵殿を連れて降りてこい」

 

 ドスが利いているにも関わらず、良く響く声だな。このまま武田の心が折れてくれれば楽なのだけれど。かなりビビっているし、もう一押しかな?

 

「…ククククククククク! 素晴らしい! 私兵団五十人余りを息もつかぬ間に倒すとは、流石伝説の人斬り緋村抜刀斎! そして木刀の竜こと浜口竜之介!」

 

 御庭番衆を使って調べたのかな。まさか名前までバレているとは思わなかった。しかし、精神的に追い詰められているこのような状態から、こういう切り返しができるあたり、商人として優秀なのであろう。私も少し見習った方がいいのかもしれないな。

 

「私兵団五十人分の報酬を払いましょう。どうです是非とも私の用心棒に!!」

「降りてくるのか来ないのか。どっちなんだ?」

 

 引きつった笑顔を浮かべながら交渉に持ち込もうとするも、剣心さんにすげなく無視される。その後も報酬を引き上げてなんとか懐柔しようとするも、剣心さんは全く意に介していない。むしろ、より一層怒りが増している気がする。

 …もしこの誘いにのったら、私は武田の愛人って噂が流れるんだろうな。世間体的に考えていくらお金を積まれてもないわ。そう考えると用心棒の『棒』が意味深すぎて怖いんだけど。

 

ドゴァォォォォ!

 

「あひぃ!!」

 

 余計なことを考えていたら、剣心さんが自分の身長の3倍以上あるガス灯を斬り飛ばし、屋敷にぶつけていた。

 

「一時間以内にそこへ行く! 心して待ってろ観柳!!」

 

 こんなに怒った剣心さんは初めてだな。…一応、私も武田に声を掛けられていたみたいなので、なにか一言言っておくか。

 

「武田さーん」

「はっ、はひ!」

「安心してください、私も剣心さんも殺す気はないんで。最悪は半殺しで済ませますよ。今すぐ降参して阿片の件も自首してもらえるなら、私からは手出ししませんよ。まぁどちらにしろ、逮捕は覚悟しておいてください」

 

 できるだけ安心してもらえるような優しい声色とニコニコ顔を心掛けて降参を呼びかける。こちとら、商人の端くれ、交渉の基本は飴と鞭よ。

 ところがぎっちょん、武田は顔色を益々悪くさせると奥に引っ込んでしまった。首をかしげていると、呆れ顔の左之助から解説が入る。

 

「浜口サン。あんた知らねーのか?阿片の密売は斬首刑だぜ。『逮捕させる』ってことは殺すって宣言することと変わらねーぞ」

 

 いやいや、阿片に関する刑罰だなんて、私知りませんもん。頭をポリポリ掻きながら、剣心さんの後をついて屋敷へと入っていくのであった。

 

 

 

 

「江戸城 御庭番衆 密偵方 『般若』。御頭の命によりこの場を死守する!」

 

 屋敷の中に入ると、般若の面をつけた全身黒ずくめの男が、仁王立ちで待ち構えていた。名は体を表すと言うか、わかりやすい名前だ。聞いた話によると、確か拳法の達人だったはずだな。

 

「…不要の闘争はできれば避けたいでござる。そこをどいてはくれぬか?」

「御頭の命は絶対だ」

 

 剣心さんの説得は失敗に終わった。まぁ、元から引いてくれるような奴ではなかろう。

 

「ここは私が引き受けます。剣心さんたちは先に行ってください」

「話を聞いていたのか? 私は誰も通さんといったはずだ」

 

 両の拳をガチガチと叩きつけ合い威嚇する般若。皮手袋の下に手甲を付けているな。

 

「般若さん、逆に考えてください。今から私と剣心さんを同時に相手にするよりも、ここで分断した方が得策じゃないですか?まだこの先には何人か御庭番衆が待ち構えていると見ました。私以外を通したところで、直ぐにそちらの負けとなるわけでもでないのでしょう?」

 

 目で合図すると、剣心さんと左之助は散会しながら般若の脇をすり抜けて屋敷の奥へと向かう。

 

「くッ、待て!」

「隙ありっ!」

 

 ボキッ!

 

 般若が慌てている隙に脳天に一撃喰らわせようと木刀を振り下ろしたのだが、手甲で迎撃され、無残にも木刀は折られてしまった。

 

木刀(コレ)新品だったんですよ?何も折ることはないでしょうに」

「…卑怯な真似を!」

 

 怒り心頭といった様子でこちらに向き直る般若。こちらに気が向き剣心さんを追う様子はないようだ。

 

「卑怯で結構。目的の達成と関係のないところで手段を選んでいるうちは、二流以下です。まっ、元上司の受け売りなんですけどね」




次話で終わらせられないかもしれません。予想外に長引きそう。
本日中に、あと一話か二話ぐらい投稿を予定しています。
来週はまとまった空き時間が取れないため、今週程更新できない予定です。


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18

 折れた木刀を投げ捨て、無手の構えを取りつつ般若を観察する。自然体で隙が無く、修練を重ねた者独特の雰囲気というか、匂いというか、一筋縄ではいかない相手だということだけは、良く伝わってくる。無手の相手は経験があまりなくて正直やりづらい。

 

「…まあいい。お前を倒して直ぐに後を追えばいいだけのこと。いくぞ」

 

 般若が構えを取り、飛び掛かってくる。

 

「キエェェェェ!」

 

 懐に入りこみ、拳を放つ般若に私も迎撃のため拳を繰りだす。

 

 ガキィ! 

 

 手甲同士がぶつかり合い、鈍い音が響く。…いい白打だ。

 再度般若が私の顔面に繰り出す拳を、今度は顔を逸らして避けようとする。が…。

 

 ゴンッ!

 

「ぐぅ!」

 

 顔面にクリーンヒットをもらい、慌てて後ろに逃げる。痛たた…。目測を誤った、というよりかは想像以上に『伸びた』な。

 距離を詰め再度繰り出される般若の攻撃は、避けずにすべて受けることにする。『速い』わけではなく『伸びる』のであれば、『伸びる』前に受けることで、当面は耐えれるはずだ。

 怒涛の攻撃に、捌ききれるかひやひやしたが、ある程度攻撃を受けきると般若は距離を取った。

 

「どうした浜口。お前の力はこんなものでは無いはず。私の術すら破れないようでは『木刀の竜』の名が泣くぞ」

「別にその名前はどうでもいいんですけどね。それに今、木刀ないですし…。術ですか。術ということはタネも仕掛けもあるってことですか…」

 

 関節を外して腕を伸ばしているのか、はたまた皮手袋に仕掛けがあるのか。タネはわからないが、とりあえず受け止められるのであればやりようはある。

 再び構え、般若を観察してみるがタネはさっぱりわからない。

 

「タネが分かるまで勉強させてもらいますよ」

「開き直ったところで私は倒せんぞ!」

 

 再びこちらに飛び掛かりながら、こちらに左手からの正拳を繰り出してくる般若。私は体を少し右にズラすと、その拳を右手で捕まえ、体を反転させつつ左手でも般若の左腕を掴み、そのまま一本背負いの要領で地面に叩きつける。

 

「ぐはぁ!」

 

 タネが分かるまで勉強させてくれって言ったが、あれは嘘だ。伸びて避けれぬ拳ではあるが受けることはできる。であれば、捕まえて投げ飛ばしてしまえばよい。

 床に倒れた般若だが、これしきで終わる奴ではあるまい。私は素早く倒れる般若に駆け寄ると、額に当たる部分にめがけて思いきり踏みつける。お面越しだし、たぶん大丈夫だよね。

 

「フンッ!」

「ガァ!」

 

 二回目の踏みつけは素早く転がり逃げる般若に躱されたが、相当な痛手を与えられた筈だ。

 

「『木刀の竜』…。得物無しでも強いと聞いていたが、まさかこれほどまでとは…」

 

 素早く立ち上がるも、ちょっとよろけつつ、頭を押さえている。おまけにお面の額部分もヘコみ(ひび)が入っている。

 

「天然理心流とは剣だけの武術にあらず。柔術、棒術、その他諸々も含んだ総合武術です。木刀が無いぐらいで弱くなるわけがないんですよ」

 

 したり顔でハッタリをかます。本当にそうであれば、木刀なんか最初から使ってないし。ちなみに天然理心流が総合武術だというのは本当だ。

 試衛館での稽古も、剣術以外の練習が重視されていない。剣術以外の稽古をする私のような人間が稀ではあるのだが、剣術で強くなるヒントになるのではないかと思い、学んだのだ。さらに私の場合、いろいろな流派を取り込んでいるので、もはや天然理心流と名乗ると、詐欺っぽい気もする。柔術については関口流柔術に一番近いかな。

 

 なんてことを考えていると、般若の面のヒビが(ひび)お面全体に広がっていき、お面はバラバラになり砕け散っていた。

 どんな素顔なのかなと思い、お面の下の顔を見てみると、異様な顔が…。鼻は潰れたというか、切り落とされており、顔全体が火傷のような跡があったり、なんというか、一言では表せないようなすごい顔だ。

 

「その顔は…」

「フフ…、驚いたか? いかなる顔にも変装出来る様、自分で唇を焼き、耳を落として、鼻を削いで、頬骨を砕いた」

 

 そう言いながら般若は、自分の生い立ちを語りだした。貧しい村に生まれ、養えないからと捨てられた後に、御庭番衆の頭領である、蒼紫(あおし)に拾われ、隠密のいろはを叩きこまれたそうだ。自分に居場所と仲間を与えてくれた蒼紫に心酔しているらしい。

 

 

「元新選組、浜口竜之介! 相手にとって不足無し! 蒼紫(あおし)様のためにここで死んでもらう! 本気で行かせてもらうぞ!」

「あなたの覚悟や想いは尊敬に値します。でも悪徳商人の手先となって、女を攫っているようじゃダメでしょ。その蒼紫(あおし)さんが間違った方向に進むのであれば、それを止めるのは忠臣としてのあなたの役割のはずだ」

「最早言葉なぞ不要!」

 

 失敗したな、今の会話は体力を回復するための時間稼ぎと見た。先ほどはこちらを卑怯呼ばわりした癖に、(したた)かではないか。

 般若の皮手袋からは、いつの間にか刃渡り50㎝ぐらいの鉤爪が飛び出し、こちらを殺す気満々だ。おそらく、先ほど拳を掴まれた対策も兼ねているのだろう。

 

「キエェェェェ!」

 

 こちらに駆け寄ると両手を開きつつ、抱きしめるように両手の鉤爪を振り下ろしてくる。

 

「オオァ!」

 

 両手を開き、大の字のような体勢をとりつつ手甲で両方から迫りくる鉤爪を弾き飛ばす。

 般若の両手が弾かれ、バンザイしているように大きく開いており、体は無防備だ。踏み込み相手の懐でしゃがみ、相手の体と密着しそうになった瞬間、私は思いっきり真上に向かって跳ねた。

 

 ゴォン!

 

 頭で般若の顎をかちあげた。鉢金越しに嫌な感触が伝わってくる。顎の骨折れてるかもしれない。舌だけは噛まないでいて欲しい。

 真上に吹っ飛んだ般若は地面に落下し、そのままダウン。

 

 念のため、先ほど投げ捨てた折れた木刀でつついてみたのだが、反応はない。

 

「ふぅ…。強かったなぁ。」

 

 少し疲れたので、壁にもたれかかり、座り込む。少し休憩したら、高荷さんを連れ戻しに行かなくては。

 

 

 

 2、3分休憩し、立ち上がり移動を開始する。般若の意識はまだ戻っていないようだが、息をしているので死んではいない。最後の一撃がきれいに決まりすぎたためちょっと焦ったが、問題ないようで何よりだ。

 

 先に進もうと思ったのだが、考え直し屋敷の外に出る。先ほど倒したゴロツキの何人かが、意識を取り戻し歩き回っている。また戦うのは面倒だなぁと思ってゴロツキを見つめていると、目が合ったゴロツキから皆どこかに逃げて行ってしまった。まぁ、楽で良いのだけれど。

 

 玄関から数歩進み振り返り、屋敷を見上げながら顎に手を当てて考える。…よし、行けそうだな。

 そう判断し、私は窓や外壁の突起を利用し、屋敷の壁をよじ登っていくのであった。

 

 新選組時代に、馬鹿正直にいつも真正面から突撃していると、待ち伏せに会ったり、罠が仕掛けてあったり、入口の扉の破壊に手間取っている間に逃げられそうになったり…。いろいろと対策されたので、泥棒の真似事の練習をしたのだ。

 真上から入って入口から出る方が、敵も混乱するし、一番仕事がやりやすい。大抵一番奥の部屋に狙いの人物がいるので、目的地も決めやすいし結構いいんですよね。あと、対象を追いかける際にも役立った。

 

 洋風の屋敷に侵入というか、よじ登ることは初めてであるが、どうせ中に行っても御庭番衆が待ち受けている可能性が高いため、近道させてもらおう。

 帰りは入口に向かって進むことになるけれど、武田か高荷さんを先に確保する意味は大きいと思う。

 

 屋根の上に上ると、屋敷の中央に、塔のようなものがある。人質を幽閉したり、偉い人が待ち構えている場所というのは、一番高い場所と相場が決まっている。その塔を目標に定め、コソコソと武田邸の屋根を移動していく。

 

 

 

 塔をよじ登り、窓からそっと室内を覗き込む。室内には高荷さんしかいないようだ。おっ、高荷さんと目が合った。驚いているようなので手を振って安心してくれとの合図を送る。が、効果なし。なんか、すごい目でこっちを見続けている。

 中にはめぼしい敵もいないようなので、滑り出しの窓を開けて室内に侵入する。

 

「よっと。夜分に遅く失礼します。変なところから入ってきてすいませんね」




 唐突なスニーキングミッションというか、バルクール(?)な展開に、多数のツッコミが予測されますが、ご勘弁ください。
 書いていて、いろいろと思いつつ、悩んでもあまりいい展開が思いつかなかったことと書き直す気力がないため、このまま突き進みます。
 次話を書きつつ悪戦苦闘してみたのですが、いかんともできませんでした。次話の方がひどいので、少し投稿が遅くなるかもしれませんが、どうしようもないので直ぐに上げるかもしれません。

武田編が予想以上に終わりません。
次話で終えて、次々話でエピローグからの長岡編かな。


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19

「だいじょうぶですか、高荷さん」

「浜口さん…! どうして!?」

「いやぁ、どうしてって言われても…。高荷さんを助けたいからですかね?」

 

 頭をポリポリ掻きながら答える。何故来たのかなんて聞かれても、答えづらいな。

 

「ごめんなさいね…。私のせいで危険な目に遭わせて…」

「そういうことを気にするのは、無事に帰ってからにしましょ。剣心さんも左之助もまだ戦っているみたいなので、さっさと合流して逃げますよ。…神谷さんも道場で待ってます」

 

 なにか悩んでいるようだったので、捲し立てて高荷さんを黙らせてしまう。今は逃げることだけを考えてもらわないと。

 

「それに、助けに来た相手には『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言うもんです」

「…ありがとう、浜口さん」

 

 面と向かって言われるとちょっと恥ずかしい。

 なんとか高荷さんは落ち着いたようだ。自己嫌悪で逃げることを渋られても誰も得しないし、前向きになってもらった方が助けがいがあるってもんだ。さてと、それでは逃げる算段を立てるか。

 

 外から帰るわけにもいかないので、扉を蹴破り室内を脱出する。結構大きな音を立てたのだけれど、誰かが近寄ってくる様子はない。そのまま螺旋階段を下りていくと、刀と刀がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 刀同士での戦闘ということは、剣心さんが戦っているのだろう。

 

 そっと手で高荷さんに止まるように合図し、そろりそろりと階段を降りていく。どうやら大広間の中二階に出るようだ。そっと下を覗くと、剣心さんと白い外套を着た男が戦っている。

 剣心さんに引けを取らないあの戦闘力は、般若に御頭と呼ばれていた蒼紫なのであろう。よく見ると弥彦もいる。

 

 よくよく剣心さんを観察してみると、怪我を負っているようで、ところどころ切り傷を負っているようだ。劣勢なのか?

 下へと忍び足で急いで降りて援護に向かおうとすると、大声が聞こえてくる。

 

「終わりだ緋村抜刀斎!!」

「剣心!!」

 

 危ない!と思ったが、剣心さんが蒼紫の刀を白刃取りで受け止め危機一髪、助かったようだ。ホッと胸を撫でおろす間もなく、剣心さんはその掴んだ刀を押し込み、蒼紫の喉に叩きつけた。

 うわぁ…、結構エグイ。あまりの威力に蒼紫が口から血を吐いているのがこの距離からでもわかった。

 

「まだだァ!」

 

 反撃として剣心を蒼紫が殴り飛ばすも、体力の限界が来たのか、蒼紫はそのまま倒れてしまった。

 殴り飛ばされた剣心さんの方は…、どうやら無事のようだ。

 

 どうやら戦闘は終了し、安全になったようだ。高荷さんを手招きし、コッソリ下に降りていこうとしたら、蒼紫が立ち上がったため、急いでしゃがみ、身を潜める。頑丈さは左之助並みか?

 

 

 

 どうやら蒼紫は敗北を受け入れているようで、これ以上戦うつもりはないようだ。剣心さんに何故武田みたいな奴に雇われたのか聞かれると、蒼紫は淡々と、幕府亡き後に御庭番衆が辿った道を話し始めた。

 

 一人、また一人と新しい生活をスタートさせていく御庭番衆の面々の中で、行き場のなかった4人、般若、式尉(しきじょう)火男(ひょっとこ)癋見(べしみ)。闘うことしか知らず、新しい時代に馴染むこともできないその4人を差し置いて、自分だけ仕官することを良しとせず、最強という『華』を添えるために今回の騒動に加担したと。

 

 時代の波に飲み込まれた被害者、というにはあまりにも身勝手ではあるが、同情の余地はあるな。一歩間違えれば新選組も、ああなっていたのかもしれない…。

 そんなことを考え感傷に浸っていると、その湿っぽい空気をぶち壊す男が大広間に乱入してきた。

 

 

「ハーハッハ! あれ程大口を叩いておきながら敗北とは情けないですね! 四乃森(しのもり)蒼紫(あおし)!」

 

 屋敷突入前とは打って変わって、上機嫌な武田観柳が乱入してきた。この短時間になにがあったのか。恐怖に駆られておかしくなったのか?

 

「あんまりあなた達がダラダラ話し込んでいるから、待ち切れなくて出て来てしまいましたよ」

「丁度いい。探す手間が省けたでござる」

 

 いや、高荷さん確保しているから別に会わなくてもいいんですけどね。

 

「大した自信ですねェ。だが! これを目の当たりにしてもその自信が保てますかねェ!!」

 

 彼の脇にはあった『何か』にかけられている白い布を勢いよくとると、そこにあったのは回転式機関砲(ガトリングガン)!!

 さすがに生身でこの武器の相手はできない。私は駆け出すと、中二階から飛び降り、武田に飛び蹴りを喰らわす。

 

「ゲフっ!」

 

 顔面に綺麗に決まった。倒れる武田を取り押さえると、ズボンのベルトを無理矢理引きはがし、腕ごと体に縛り付ける。これで回転式機関砲(ガトリングガン)は使えないだろう。

 

「浜口殿!」

「竜之介!」

 

「剣心さん、弥彦君。…すいません、出てくる機会がなかなかなくて…。高荷さんなら無事です」

 

 中二階にいる高荷さんを目線で示すと、剣心さんも弥彦も安心したようだ。

 

「なぁ、竜之介。どうして上の階にいたんだ?」

 

 弥彦が疑問を口にする。

 

「…秘密」

「なんだよそれ、気になるじゃねーか!」

 

 弥彦と目線を合わせられない。壁をよじ登った件は、正直に話したらなんだか馬鹿にされそうな気がするため、内緒にしておこう。

 

「弥彦、それより今は恵殿でござるよ」

「それもそうだな」

 

 話題がうまい具合に逸れてよかった。剣心さんの視線の先には、階段を降りこちらに向かってくる高荷さんがいた。無事合流で、あとは警察に武田を引き渡して帰るだけかな。

 

 

 

「お前が浜口か」

 

 無事を喜ぶ剣心さん一行を、ちょっと離れたところで見守っていると、蒼紫に話しかけられた。

 

「ええそうです。そういうあなたは四乃森(しのもり)蒼紫(あおし)さんで合っていますか?」

「…ああ」

 

 今更襲い掛かってくるとは思えないけれど、少し身構えてしまう。

 

「警戒するな。これ以上何かするつもりはない」

「…そうですか。これからどうするんです?」

「…さあな」

 

 大人しく逮捕されるつもりはないのだろう。牢にぶち込まれても、すぐに脱走できそうだし。この人を警察に突き出すのは、ちょっと諦めよう。

 

 マジマジと顔を見ると、結構若い。戊辰戦争当時に15歳くらいで御庭番衆の頭領だと聞いていたので、まだ20代のはずだ。

 この人とは、戊辰戦争で共闘するかもしれなかったと思うと、運命に数奇なものを感じる。あの頃は、剣心さんとは敵同士で、蒼紫とは味方同士だった。

 

「もし私が、御庭番衆を雇いたいって言ったらどうします?」

 

 蒼紫の返事はない。ただ、こちらを見る蒼紫の目は先を促しているように感じた。

 

「自首してください。そうして頂けるなら、罪を償った後に赤べこ(うち)で雇う余裕くらいはあります。今の時代、人を斬るより牛肉を斬っていた方が食いっぱぐれないですよ?」

「…酔狂な奴だ。だがあいつらがそれを望まん」

 

 すげなく断られてしまった。平穏な生活は望んでいないのであろうか。蒼紫の顔を見つめてみても、相変わらず無表情だ。

 

「最強の『華』ってのもいいかも知れませんけどね、せめて部下が後ろ指さされないように狙う相手は選んでくださいよ。悪党よりも義賊の方が、名誉があっていいと思いますけどね。…まっ、年上からのちょっとした小言です」

 

 冗談っぽくいってみたが反応はない。ホント、逃げるなら逃げるで、人様に迷惑かけずに生活してくれ。

 私の気持ちを知ってか知らずか、それ以上蒼紫は何もしゃべらなかった。




 ちょっと原作描写が多く、お話としては失敗だったかもしれません。けど、蒼紫の話を主人公に聞かせたかったのでこんな感じになりました。

 また、今回の武田屋敷襲撃の全体を通したオチは、御庭番衆よりも忍者っぽいムーブを竜之介にさせることでしたが、いまいち、うまく書けませんでした。書き直す気力がわいてこないため、このまま投稿します。ごめんなさい。

 武田観柳編は、御庭番衆を殺させない展開にしたかったため、観柳のガトリングをどう止めさせるか、ずっと考えてました。蒼紫との対戦は剣心にさせて、竜之介に何をさせるか。

 猿叫は銃士隊に使うし、木刀を投げるにも折れちゃうし、観柳の登場と同時に殴りに行くのはなんか変か。

 少し考えたところで、追っ手を追いかけるため京の町をバルクールしていた竜之介を思い出し(描写はしてないかも)、いっそ忍者らしくない御庭番衆よりも忍者っぽいことをさせてみるか、と思い付き今回の話になりました。
 ただ般若を倒して後ろをついて行っても、あまり二次創作の意味がないかと思ったのですが…、もう少し何とかならなかったのか。

 予定通り次話はエピローグ+長岡編です。


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20

 高荷さんも無事確保し、左之助も大広間に駆けつけ合流し、さてどう事後処理を行おうかと思っていたところで、騒ぎを聞きつけた警察が武田の屋敷になだれ込んできた。

 武田に阿片密売の疑いがあり、警察の方でも内定調査を進めていたところ、武田邸で騒ぎが起きたたため、これ幸いと阿片密売の証拠を掴むために大人数で突入したそうだ。

 警察と鉢合わせた際に緊張が走ったが、幸い突入してきた警官の中に顔見知りの浦村署長がいた為に、話が拗れずに済んだ。

 続々と到着する警官達に、にわかに周囲が騒がしくなる。

 

「しかし、まさか浜口さん達が中にいるとは思いませんでした」

 

 戸惑うような浦村さんの言葉に、とりあえず曖昧に笑って誤魔化しておく。信頼できない人ではないのだけど、高荷さんについては事の経緯を正直に話して良いのか迷う。

 先ほど左之助が言っていたように、阿片に関われば極刑は免れない。強制的に阿片製造をさせられていた高荷さんの罪を、なんとか軽くしてもらいたいのだが。

 

 そんなことを考えていると、警官に連れていかれている武田がこちらに気付いたようで、大声で高荷さんが阿片の製造者だと叫びだした。その醜態に、思わず顔をしかめてしまう。

 まったく、いらないことをベラベラと…。高荷さんをちらりと見やると、思い詰めたような顔をしており少し心配だ。

 浦村さんに事の真相を問われ、正直に答えようとした高荷さんであったが、とっさに剣心さんが高荷さんの口を塞ぎ誤魔化した。バレバレであったと思うのだが、浦村さんは高荷さんを罪に問わないと判断してくれた。少し甘いんじゃないかとも思うのだが、私たちに対する信頼と受け取っておこう。

 

 御庭番衆について、どのような処分になるのか聞こうと思ったのだが、蒼紫の姿が見つからない。他の面々についても、いつの間にか姿をくらましてしまったようだ。予想はしていたが、見事なお手並み、幕府お抱えは伊達ではないといったところであろうか。

 

 

 

 事情を察した浦村さんに帰宅のお許しをもらい、私達は帰路についた。空が白み始め、夜明けは近そうだ。

 

「それじゃあ、私はこっちなんで。神谷さんにはよろしく伝えておいてください」

 

 欠伸を我慢しながら、皆さんにご挨拶。道場に少し顔を出そうかなとも思ったのだが、心配して待っているかも知れないさよのことを考えると、私も早く家に帰りたい。

 

「改めてお礼を言わせて頂戴、浜口さん。助けてくれて本当にありがとう」

「お礼なら、剣心さんに言ってください。私は誘われてついて行っただけですので…」

 

 別れ際に、急に高荷さんにお礼を言われた。素直にお礼を言われると、なんだか恥ずかしい。特に、高荷さんの場合は普段がちょっと擦れている感じがするので、面食らってしまう。

 

「シケたこと言わねぇで、お礼は素直に受け取っとけ!」

 

 ニヤニヤ笑う左之助に、肘でツンツンされる。ムッとした顔で左之助をにらみつけるが、ニヤニヤ顔をやめてはくれない。

 

「浜口殿が来てくれて助かったでござるよ」

「そうだぜ、竜之介」

 

 剣心さんと弥彦の追い打ちに、むず痒さが倍増だ。なんだか顔が熱い。

 

「もう、からかわないで下さいよ」

 

 4人の笑い声を背にしながら、私は急ぎ足で家へと逃げ帰った。

 

 

 

「ただいま」

 

 そっと家に入る。物音はしない。誰か起きて待っていてくれているんじゃないかとも思ったのだが、誰も起きていないかな。ちょっと寂しい気もするが、徹夜させてしまうのも悪いしな。複雑な気持ちだ。

 家の中をそろりそろりと歩き、寝室にむかう。今日はもう疲れてしまったし、着替えてこのまま寝てしまおう。

 

「ようやく帰ってきたかい」

「…!?」

 

 声にならない悲鳴をあげ、振り返るとたけさんが立っていた。

 

「情けない顔だね、全く。さよさんは待ちくたびれて寝ちまったよ。居間にいるから、連れてっておやり」

「わかりました。すいませんねぇ。たけさんも徹夜させてしまって」

 

 ポリポリと頭を掻きながら返事をする。

 そんな私を見つめながら、たけさんは深いため息をつくと、やれやれと頭を大きく振りながら呆れたような表情をする。

 

「旦那様、こういう時はね、『すいません』じゃなくて『ありがとう』って言うもんですよ。さよさんに『すいません』だなんて、言っちゃ駄目ですよ。あたしらはね、好きで待ってたんだから、旦那様に謝られる筋合いなんてないんですからね」

「…ありがとう、たけさん」

「はいよ。それじゃあたしは寝ますからね」

 

 大きい欠伸をすると、たけさんは自分の部屋へと去っていった。

 

 

 居間には、短くなり消えてしまったろうそくと、正座したまま壁に寄りかかり寝ているさよがいた。さよに近寄り、そっとそばにしゃがむと、私は彼女の肩を揺すり目を覚まさせる。さよの肩には、風邪をひかぬようにか褞袍(どてら)がかけられている。たけさんには心の中でお礼を言っておこう。

 

「…ん、竜さん。…ごめん、寝ちゃってた」

「ただいま、さよ。待たせちゃったね」

 

 目を擦りながらおかえり、と呟くさよ。

 

「怪我、…してない?」

「うん、大丈夫だよ。誰も怪我せずに済んだ」

「んっ、よかった」

 

 ギュッと急に抱き着かれ、思わず態勢を崩しそうになる。危ない、危ない…。

 

「待ちくたびれたでしょ。詳しい話はあとでするから。さっ、布団で寝よう」

 

 さよの頭を撫でると、小さくうんと呟く声が聞こえてくる。彼女が私の体を放したので、私は立ち上がり、ゆっくりと寝室へ向かう。さよも私の後追い、トタトタとついてくる。

 寝室に入ると、私は振り返りさよに言い忘れていたことを伝えた。

 

「その…、待っていてくれてありがとう」

「…うん、どういたしまして」

 

 朝日が昇り、部屋の中がぼんやりと明るくなり始めていたが、部屋はまだ暗く、彼女がどんな顔をしているのかよく見えなかった。だからきっと、私の照れて少し赤くなった顔も、さよには見えていなかったのだろうと思う。

 

 

 

 それから数日たち、また平和な日常が戻ってきた。神谷道場に通いだしてからは、あまり平和とは言い難い日々ではあるが。束の間の休息とでも言えばいいのだろうか。

 事件後、高荷さんは知り合いのお医者さんの助手として働くこととなった。豊富なお薬の知識を活かし、阿片製造の罪を償っていくそうだ。

 武田観柳は逮捕され、阿片の密売、製造の罪により死罪は免れないとのことだ。但し、阿片関係以外の余罪も多く、その全貌が判明するまでは刑の執行ができないため、半年は牢屋で暮らすことが決まっている。

 そして御庭番衆の行方は、未だにわからない。警察の方でも行方を追っているようであるが、痕跡や手掛かりというものが全く無く、難航しているようだ。立つ鳥跡を濁さずとはまさにこのことか。どこかで悪いことでもしていなければいいんだけれども、こればかりは悩んでも仕方がない。

 

 

 

 なんにせよ、目下の懸念は全て解決され、稽古と仕事に集中できることは幸せなことである。そして今日は稽古の日、稽古が待ちきれずに、一人道場で木刀を振るう。

 

「いつ見てもきれいな素振りねー。弥彦にも見習わせたいわ」

 

 いつの間にか道場に入ってきた神谷さんに声を掛けられ、素振りをやめる。

 

「そうですか? 教わった通りにやっているだけなんですけどね」

「それが普通はできないのよ。浜口さんが基本に忠実に剣術を学んできた証拠ね。なかなかできることじゃないわよ」

 

 毎度毎度お褒めのお言葉を頂き、ありがたい。褒めて伸ばすやり方というのも、中々にいいものだ。たまに背中が痒くなるけれど。

 

「そろそろ稽古の時間ですね。弥彦君がまだ来ていないみたいですけど」

「あー、そうそう。さっきから弥彦を探してるのよ! 浜口さん、見かけてないわよね?」

「ええ、今日は道場に来てから一度も見てないですね」

「そう。まったくどこほっつき歩いてるのかしら」

 

 ぷりぷりと怒る神谷さんによると、最近弥彦は稽古をサボりがちらしい。特に、私が稽古を休む日に、ちょくちょくいなくなるそうだ。

 稽古が嫌になったわけでも、剣を振るうことが嫌いなわけでもないだろうに、どうしたのだろう。

 

 いつまでも弥彦を待っていても仕方がないので、神谷さんと二人で稽古を開始する。弥彦のいない稽古は、いつもより静かに淡々と進んでいく。少し広く感じる道場に、寂しさを感じる私であった。




今週末は、あと一話か二話ぐらい投稿します。
明日は所用があるため、あまり更新できません。
来週の三連休には石動雷十太編を終わらせることが目標でございます。


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長岡編
21


感想に返信できておらずすみません。今日の夜か明日の夜に返します。


 その後、弥彦は道場に戻り、稽古には途中から参加したのだが、どこに行っていたのかは教えてくれなかった。特段何かに悩んでいる様子もなく、稽古自体も真面目に取り組んでいたので深くは追及しなかった。

 

 

 

 稽古を終え帰宅し、夕飯時。居間に集まり家族で食卓を囲む。

 

「おっ、今日は鮪かぁ」

 

 醤油に漬けられ赤黒くなった身が、なんとも美味しそうだ。いただきますといいながら、私はその漬け鮪をホカホカのご飯に乗せ、さらに薬味である大根おろしをその上に乗せる。あとは醤油をかけてかっ込む。うむ、うまい。

 

「ちょっと、竜さん。下品だよ。ごはんの上におかずを乗っけるなんて…」

 

 さよにご飯をおかずで『汚す』ことを注意されるが、もう遅い。私の茶碗の白飯は、漬けと醤油により見るも無残な姿になってしまった。

 

「いいのいいの。美味しんだからさ」

「もぅ。仕方ないんだから」

 

 さよには悪いが、これだけはやめられない。ご飯の熱で、ほんのり温まった鮪が最高に美味しい。味噌汁を啜りながら、幸せを感じる。具はシジミか。

 

「それよりさ、竜さんが通っている道場に弥彦君って男の子がいたよね」

「ん? あぁ、弥彦君ね。その子がどうかしたのかい?」

 

 さよから弥彦君の話だなんて珍しい。ご飯を食べる手を止め、話を聞く。

 

「妙さんに聞いたんだけど、最近うちのお店でよく日雇いで働いてくれているみたいなんだ」

「へぇ。それはそれは。初耳だね」

 

 コッソリ出かけていたのはあかべこだったのか。灯台下暗しとはまさにこのこと。意外である。何か、欲しいモノでもあるのだろうか。それとも神谷道場の生活費の足しにするつもりなのであろうか。

 

「大したお給金も払ってあげられないんだけど、よく働いてくれているみたいでね。今度会ったらお礼を言っといてくれないかい」

「あぁ、わかった。伝えておくよ」

 

 話は終わったようなので、食事を再開する。あっという間に残りのご飯をペロリと平らげ、たけさんにご飯のお替りを頼む。漬けも味噌汁もまだ少し残っているからね。

 

「たけさん、少な目でもう一杯お願い」

 

 茶碗を差し出す私を、冷たい目で見るたけさん。あれ?

 

「下品な食べ方をする人はお替り禁止だよ」

 

 そんなに厳しいことを言わなくてもいいと思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

 次の日、今日は仕事の日なので赤べこに顔を出す。普段は売上や仕入れの確認が主な仕事になるので、店に来ても必要な書類や売上金を持ち帰り、家で仕事をしている。だけれども、今日は弥彦のことが気になるので何となくお店に居座ってみることにする。

 

「おはようございます」

 

 開店準備中の店内に入ると、お店で働く人たちから元気な挨拶が返ってくる。特にそんな教育をしたわけではないのだが、元気のいい挨拶って気持ちがいいよね。

 お店に入りお目当ての人物を探し声をかける。

 

「あっ、妙さん。いたいた。おはよう」

「あら、竜之介さん。おはようございます」

 

 妙さんのお父さんは、赤べこ創業当時から一緒にお店を育ててきた盟友だ。今は大事な娘さんをうちの店に預け、京都で姉妹店の白べこの店長をしている。そんな経緯もあり、妙さんとは家族ぐるみでお付き合いをさせて頂いているのだ。

 

「今日は店の奥にいるからさ、弥彦君が来たら声をかけて貰えないかな」

「はぁ、わかりました」

 

 怪訝な表情で返事を返す妙さん。もう少し説明が必要かな。

 

「なに、いつもお世話になってるみたいだからね。少しお礼をするだけだよ」

 

 

 

 奥の部屋でしばらく仕事をしていると、妙さんから声がかかった。

 

「あのぅ、竜之介さん。ちょっといいですか」

「はーい、今行くよ」

 

 妙さんに呼ばれて出ていくと、案の定、弥彦が店に来たので声をかけてくれたようだった。お礼を言い、物陰から弥彦を観察しようとすると…。

 

「あれ、剣心さん? いらっしゃい」

「おろ?」

 

 剣心さんだけでなく、神谷さんと左之助もいる。話を聞くと、道場を抜け出す弥彦を尾行してここまで来たそうだ。

 

「浜口さんは知っていたの?弥彦がここで働いているって」

「いやぁ、私も昨日の夜に聞いたばっかりなんですけどね。何で働こうと思ったのかは、これから聞こうと思っていたんですけど…」

 

 非難がましい神谷さんと目を合わせられず、頭を掻きながら笑って誤魔化す。事実ではあるのだけれど、弥彦を心配していた神谷さんからしたら、あまり面白くないのであろう。

 

()()が目当てじゃねーのか」

 

 意味深に言う左之助の視線の先には、女の子が一人。たしか、三条燕さんだったかな。この間、近所の知り合いから預からせて頂いた、大事な一人娘だ。あの年で家計を助けるためにウチで働いている、健気ないい子であったと記憶している。

 弥彦と二人で蔵から荷物を運ぶ雑用をしているようだ。

 

「そら(ちゃ)いますわ。燕ちゃんが赤べこ(ウチ)に入ったの弥彦君の後やし」

 

 左之助の予想を妙さんが否定する。さすがに弥彦の歳で女の子目当てはまだ早いか。

 

 二人の様子を見ていると、三条さんが弥彦のことをちゃん付けで呼んだりしていたので(呼ばれた弥彦は怒鳴り返していた。今度説教が必要だな。)、昔の知り合いとかそんな関係なのかもしれない。

 

 

 

「結局何が目的かわからんでござるな」

 

 時間もちょうどお昼時ということもあり、折角なので、皆で牛鍋を食べることにした。話題はもちろん、渦中の弥彦でもちきりだ。

 

「働いているってことは、お小遣いが欲しんじゃないんですかね。もしかして神谷道場の家計の手助けをしたいとか」

「それはない!」

 

 私の意見をバッサリと切り捨てる左之助。弥彦は口が悪いけど、優しくないわけではないし、案外いい線言っていると思うんだけど。

 

 

「コラァ注文遅いぞ!」

「はっ、はい。ただいま」

 

 ガラの悪い客でもいるのだろうか。店内に野蛮な声が響き渡る。三条さんが注文を取りに小走りで駆けていくが、ちょっと心配だ。

 立ち上がり、そっと様子を見に行くと、ガラの悪い男の前で顔を青くしている三条さんがいた。これは助けに入らないと。

 

「ちょっとすいません。ウチの店員がなにかご迷惑をおかけいたしましたかね?」

「んだぁ? オッサン、何か文句あるのかよ」

 

 おっ、オッサンか。初めて言われたな。

 

「だっ、旦那様。その、大丈夫ですので…。こちらは昔お世話になった方で…」

「そうそう、他人の事情に顔つっこむなよ。積もる話もあるんで、コイツ、ちょっと借りるぜ」

 

 横で恐縮しきりにすいませんを連呼する三条さん。それにしてもなんという態度だ。

 

「すいません。三条ですが、今お仕事中でして…」

「旦那様、少しだけでいいので、この方たちと、その…」

 

 まさか、三条さんからも言われてしまうとは。頭に手を当てて考えてしまう。

 

「三条さん、その、()()()()()()()?」

 

 私の質問にコクりと頷く彼女を見ていると、何か弱みでも握られているんじゃないかと勘ぐってしまう。彼女がここまで言うのだから、一旦は言う通りにしておこう。

 

「分かった。あまり遅くならないようにね」

 

 再度すみませんと連呼しながら、彼女はガラの悪い男たちと店の外に出ていった。ガラが悪いとはいえ、ちゃんとお会計を支払っていったその一点だけは、左之助よりマシな客であると評価できるのだが。

 

「へっくし!」

「ちょっと左之助! 鍋に向かってくしゃみするんじゃないわよ!」

 

 左之助を見ていると、もう少し人付き合いの相手を選んだ方がいいのではないかと思ってしまう。少し頭が痛くなってきた。目頭をつまみ、溜息をついてしまう。

 

「竜之介さん…」

「わかっている。心配だからちょっと様子を見てくるよ」

「…おおきに」

 

 心配する妙さんに一声かけ、私は三条さんの後を追った。




ご飯の上におかずを乗せることは、私は問題ないと思ってます。T.P.Oはあるかもしれんせんが。


チラ裏ですが。私の知り合いに、ご飯の上にホワイトシチューとラー油とキムチを乗せて食べる人がいます。時々そこに、納豆も追加されます。一度どんな味がするのか聞いてみたところ、中華丼の味がすると言ってました。
狂っていると思います。

17.09.16 三条さんが会津出身との設定でしたが、勘違いだったため修正。神田らへんに住んでいるようです。


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22改

 三条さん達の後をそっとついて行くと、人通りの少ない路地に入っていくのが見えた。ますます怪しい。

 話を聞いていると、ガラの悪い男の筆頭格である長岡という士族崩れの男が、三条さんに赤べこのお金を盗むための調査をさせていたらしい。代々三条家が長岡家に仕えていた関係もあり、三条さんは古い主従関係を持ち出されて断りきれない様子だ。

 よりによって、うちが泥棒に狙われるとは。それなりに儲けは出ているので、今まで狙われたことはなかったけれども、これからはもう少し用心した方がいいかな。

 

 三条さんは指示された通り、蔵の倉庫の鍵の粘土型を取らされたり、売上金の行方(私かさよが毎日自宅に持ち帰っているのだが)を伝えたりしていたのだが、長岡が盗賊まがいの行いをすること自体に反対している。

 

「いつから俺に意見できる程偉くなったぁ!」

 

 自分の犯罪行為を止められると、長岡は激昂し、怒鳴りながら三条さんを殴った。自分の中に、どす黒い感情が渦巻く。

 とりあえず長岡を警察に突き出そう。そう心に決め、その場に飛び込もうとするが、誰かにガシッと腕を掴まれる。

 

「もう少し様子を見るでござるよ」

「…! 剣心さん」

 

 殺気が無かったので気づかなかったが、左之助と神谷さんも一緒のようだ。どうやら私の後をついてきていたご様子。

 

「様子を見るも何も、うちの子が…!」

 

 真剣な表情でこちらを見つめる剣心さん。しかしこればっかりは私も譲れない。

 

「型を渡さねぇなら仕方ねぇ。鍵がなけりゃ、浜口とかいうオッサンも含めて皆殺ししかねぇな」

 

 そんなやり取りをしている間にも、長岡が脅すように三条さんに迫る。ああ、もう見ちゃいられない。

 

「ダメです! そんなことしたら…、そんなことしたら長岡様が殺されてしまいます!」

 

 今日一番の三条さんの大声に、思わずズッコケてしまう。

 

「父に聞いたんです。旦那様…、浜口様は新選組でも腕の立つお方で、普段はお優しいですけど、維新志士に閻魔様のように恐れられていたって…。そんな方相手に刃を向けたら…、皆殺しにされてしまいます!」

 

 ガタガタと震える三条さんに、私はしばらく立ち直れなかった。そうか、私ってそんな風に思われていたんだ…。思い返すと、三条さん、少し私によそよそしかったかも。あぁ、思い当たることが他にもありそうで、考えだすと落ち込みそう。

 話を聞いた長岡達は、しばらくお互いに顔を見合わせると、大声で笑いだした。

 

「アッハッハ!あの冴えないオッサンが、そんなわけあるかよ。フカしだよ()()()。親子そろって一杯食わされたな!」

 

 長岡はゲラゲラ笑いながら、三条さんが手にする鍵の粘土型を奪い取る。

 

 

 

「明治も十年を過ぎたってのに、まだそんな主従関係に囚われてるのかよ」

「や…弥彦ちゃん」

「『ちゃん』はよせって言ってんだろ!」

 

 唖然として行く末を見守っていると、「とうっ!」と掛け声を出しながら、颯爽(?)と塀の上から飛び降り、三条さんを庇うように長岡の前に立ちふさがる弥彦。

 

「強盗なんて馬鹿な考えは捨てろ! さもなくばこの東京府士族 明神弥彦が相手だ!」

 

 竹刀を手に勇ましく啖呵(たんか)を切る。面食らっていたチンピラたちも、長岡の指示で慌てて弥彦に襲い掛かるのだが苦戦している。しばらく善戦していた弥彦だが、複数人に囲まれ劣勢だ。次第に囲まれタコ殴りにされる弥彦を目の前に、正気を取り戻した私は、弥彦を助けようと再度飛び出そうとする、のだが…。

 

「相待った」

 

 再び剣心さんに腕を掴まれ止められる。

 

「剣心さん!」

「落ち着くでござるよ。弥彦は拙者達の事に気づいていない。ここで姿を現すのは至極不自然でござるよ」

「これが落ち着いていられますか!」

 

 思わず声を荒げてしまう。

 

「助けられてばかりでは人はいつまでたっても強くなれぬ。これは弥彦の闘い、弥彦から助けを求めるのならば別だが、拙者達が横からしゃしゃりでていいものではござらん」

「強くなりたいなら稽古をすればいい! そんなの…、目の前で助けられる人を見捨てていい理由になんかならない!」

「…浜口殿」

 

 真剣な目でこちらを見つめる剣心さんだが、全く納得いかない。私は剣心さんの腕を振り払い、弥彦と三条さんの元へと向かう。

 

「あっ? さっきのオッサンじゃねーか」

 

 ニヤニヤ笑いながら長岡が何か言っているようだがそれを無視し、私は弥彦を殴るチンピラに無言で近づくと、一人ずつ素手で気絶させていく。相手は木刀を持ち殴りかかってくるのだが、簡単にいなせる。武道の嗜みのない素人相手に武器なぞ不要だ。

 

「おい! このオッサンつえーぞ!」

「ひぃっ! くっ、くるな!」

 

 何人か逃げ出していくが後は追わない。二人の安全確保が先だ。

 

「弥彦くん、三条さん遅くなってすまない」

「竜之介…。手ぇだすんじゃねぇよ…」

 

 体を痛めつけられ、つらそうな声で抗議する弥彦だが、目には強い意志が垣間見える。幸いにも大きな怪我はしていないようだし、無事といってもいいだろう。三条さんの方をちらりと見ると、小さく震えている。暴力的な光景を見て怯えているのだろう。

 

「文句はあとからいくらでも聞くよ。だから今は、三条さんを頼むよ」

「くそ…」

 

 悔しがる弥彦を尻目に長岡の前に立つ。コイツだけは逃がしてやらない。自分の中に渦巻く怒気を抑え、長岡の目を見つめる。

 

「チッ! なんだよ…。なんだってんだよ! オォォォォ!」

 

 長岡は懐にしまっていた脇差を取り出し振り回す。回避するのは簡単なのだが、先ほどの雑魚と比べると、幾分か太刀筋がマシだ。どこかの流派を修めているのだろうか。しばらく長岡の攻撃を捌きながら観察していたのだが、警戒した割に大したことが無さそうだ。徐々に彼の顔色が悪くなっていく。

 

「クソっ!何で当たらねェ! こうなったら…。甲元一刀流(こうげんいっとうりゅう)! 必殺『浮足落とし』!」

 

 地を這うような体勢から、私の足元を切り付けようとしてくる長岡の攻撃を、私は軽く飛んで避け、顔に蹴りを喰らわす。

 

「ぐほぁっ!」

 

 長岡の手から零れ落ちた脇差を蹴り飛ばし、すばやく取り押さえる。

 

(いて)てて! 何しやがる!」

「大人しくしてください! 暴れても無駄です!」

 

 逃げようと暴れる長岡だが、そうやすやすとは逃がさない。しばらくジタバタしていたのだが、強めに押さえつけるとようやく大人しくなった。

 

 

 

 しばらくして警官達が駆け付けた。神谷さん達が呼んでくれたらしい。

 駆けつけた警官は、長岡を取り押さえている私を見るなり、「お疲れ様です!」と声をかけてくれた。ここのところ警察にお世話になる機会も多く、顔見知りの警官も増えたのだが、その声のかけ方間違っていないか?話がわき道に逸れそうなので、今は指摘しないでおくが。

 警官に事情を話し、長岡をしょっ引いてもらう。先ほど逃げ出したチンピラは、剣心さんと左之助が捕まえてくれたので、一応これで泥棒に入られる心配はないようだ。

 警察に連れられて行く中、長岡は三条さんを罵倒しながら、彼女も泥棒の片棒を担いだと主張したのだが、三条さんは私の指示であえて長岡の犯罪を確認するために協力していたと警察に説明したため、罪に問われることはなかった。

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

 警察もいなくなり落ち着いたところで、三条さんに声をかける。剣心さん達はいつの間にかいなくなっていた。おそらく先に道場に戻っていったのだろう。

 

「はっ、はい。弥彦ちゃんが一緒にいてくれたから…」

「『ちゃん』はよせって言ってんだろ」

 

 私がお願いしてからずっと、弥彦は三条さんのそばにいてくれた。いや、守ってくれていたと言った方が良いだろうか。

 

「今日はもう、家に帰って休んだ方がいいね。弥彦君、悪いけど三条さんを家まで送ってもらえないかな。…、文句はその後で聞くよ。後でうちにおいで」

「ちっ、しょうがねーな。さっさと行くぞ」

「あっ、弥彦君待って!それじゃあ失礼します」

 

 三条さんはペコリとお辞儀をすると、一人で先に行ってしまった弥彦の後を追っかけていった。二人の後姿を見送り、溜息を一つ吐くと、私は赤べこへと戻っていった。




17.09.16
 後半の内容を大幅変更。

17.09.17
 警官のセリフ(?)を『ご苦労様です』から『お疲れ様です』に変更。


 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 見て頂ける方が増えてきて、毎度更新ボタンを押すのが怖くなって参りました。深く考えずに投稿を始めたのですが、日に日に増える閲覧者やお気に入り登録してくださる方に、生意気にもつまらないと思われたらどうしようなどと、反応や人の目が徐々に気になっております。
 今後ともエタらずに続けていく所存でございますので、一つよろしくお願いいたします。


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23

前話を大分変更しておりますので、読み直さないと意味が不明かと思います。
前話の変更した以降の箇所には目印を付けておりますので、お手数をおかけいたしますが、再度お読みいただけると幸いです。



 赤べこに戻ると、私は妙さんに事の顛末を話した。警官が集まってきていた為、何かあったのではないかと心配していた様だが、長岡を含めた賊は全て逮捕され、三条さんも無事であったと伝えると安心してくれた。

 妙さんにも安心してもらえたし、これ以上赤べこにいる理由もないため、私は家に帰った。

 

 

 

「この蔵の鍵も、変えた方がいいのかなぁ」

 

 蔵の中に売上金をしまい鍵をかける。いつもと同じ、何も変わらない行動はずなのだが、狙われていたと思うとどことなく不安になってしまう。

 オンボロとまではいかないが、それなりの年季を感じるこの蔵の中には、大切なものがたくさん仕舞ってある。今度さよに相談してみようかな。

 

「旦那様ぁ。お客さんですよぉ」

 

 玄関の方からたけさんが呼ぶ声が聞こえる。たぶん、弥彦が来たのだな。

 

「はーい。今行きまーす」

 

 蔵についての悩みを頭の外に追いやると、私は急ぎ足で玄関へと向かった。

 

 

 

 …空気が重い。話があると神妙な面持ちの弥彦を客間に通し、二人向き合って座っているのだが、中々話が始まらない。

 

「その、楽にしてくれていいんだよ」

「おう」

 

 胡坐をかいて楽にしている私に対して、弥彦は正座だ。話の切っ掛けにと話しかけてみるのだが、会話が続きそうにない。長岡との一件に手を出したことを怒っているのかとも考えたが、そのような雰囲気もない。

 

「入っていいかい」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 襖をあけ、さよが部屋に入ってくる。どうやら、お茶を持ってきてくれたようだ。場が持たなかったので、正直ありがたい。

 そんな私の思いはどこ吹く風と、さよは湯飲みに注がれた熱いお茶と、お茶請けを弥彦の前に並べていく。

 

「はい、どうぞごゆっくり」

「おう。その…、お構いなく」

 

 緊張してるのか、口調がなんだかおかしくなってる。

 

「はい、竜さんの分」

「ありがとう。おっ、あんパンか」

「そっ、竜さん新しいモノ好きだからね。銀座の方で買ってきたんだ」

 

 お茶と一緒に渡された皿の上は、四等分に切られたあんパンのうち、二つが乗っている。弥彦の分も同様だ。二人の分を合わせると、ちょうど一個分。

 

「大人ぶっちゃって、かわいいね」

 

 去り際に、私だけに聞こえる小さな声でそういうと、悪戯っぽく笑い、さよは部屋を出ていった。

 

 

「とりあえず、食べよっか」

「おぅ」

 

 あんパンを素手で掴み口に放り込む。パンとあんこの組み合わせに、味の想像がつかなかったのだが、まんじゅうとはまた違ったうまさがある。まんじゅうがあんこを全面に押し出したお菓子だとすると、あんパンはパンとあんこの調和がポイントのお菓子だな。

 確かこのあんぱんを考案した人は、元士族と聞いたことがある。維新が起きなければあんパンなんて作ってなかっただろうに。これも明治維新の恩恵か。

 

「うん、美味しい」

 

 お茶を一口飲み、感想を述べる。弥彦も無言で食べているが、その食べる速度を見ていると気に入ってくれていることは間違いないようだ。

 

「気に入ってくれたみたいで何よりだよ」

 

 弥彦を見ていて思わず微笑んでしまう。まだまだ子供だな。

 

 

 

「さて、それじゃあそろそろ本題を話してもらおうかな」

 

 お互いにあんパンを食べ終わり、そろそろいい頃合いだろう。なるべく優しい声で話しかけてみる。

 

「竜之介。…いや、竜之介サン。俺にテンネンリシン流を教えてくれ!」

 

 意を決して話し始めたと思ったら、弥彦は急に頭を下げた。

 

「ちょ、ちょっと待って。順を追って話してくれないかい。急にどうしたの?」

 

 予想外の行動に慌ててしまう。らしくない弥彦を見ていると、彼なりに悩んだ末の行動であるとは思う。そしてその理由についてもなんとなく想像はつくのだが。

 

「俺は弱い。さっきみたいに誰かに守られるんじゃなくて、誰かを守れるようになりてぇんだ」

「そうか、うん、何となくわかった。でもどうして私何だい? 神谷活心流じゃあ駄目なのかい?」

 

 こちらを見つめる弥彦の目を見つめ返しながら、疑問に思ったことを聞く。

 

「神谷活心流だけじゃ足らねぇ。それと、剣心のトコはさっき断られた」

 

 弥彦の答えを聞き、しばらく考える。どうしたら、弥彦を強くしてあげられるか。できれば希望を叶えてあげたい。

 

「天然理心流は教えられない。まずは神谷活心流をきちんと学んでからだ」

「なんでだよ!」

「二兎を追う者は一兎をも得ず、だよ。弥彦君は器用じゃなさそうだから特にね。神谷活心流を極めた後であれば、喜んで伝授しよう」

 

 見るからに残念がる弥彦に言葉を続ける。

 

「但し、強くなりたいというのであれば、協力するよ。私は弥彦君の兄弟子だからね」

「本当か!」

 

 ニヤリと笑うと、先ほどとは打って変わって喜ぶ弥彦。

 

「あぁ。その代わり宿題を出す。やれるかい」

「おう! なんだってやる!」

「いい返事だ。それじゃあ宿題だけど、その前に一つ、強くなるために、弥彦君に足りないものがある。それは…」

 

 こちらを見つめる弥彦の喉から、ごくりと唾を呑む音が聞こえてきそうだ。

 

「ズバリ、競争相手だよ。同じくらいの実力の相手。弥彦君にはそれが必要だ」

「なんだよそれ…」

 

 私の言葉に見るからに落胆して溜息をつく。

 

「いやいや真面目な話だよ。競う相手がいるとそれだけで上達が早くなる。勝とうとするから努力できるし、勝ちたいからこそ工夫する。私や神谷先生とじゃ、自分でいうのもなんだけど実力が離れすぎているしね。だからさ、競う相手を見つけてきて、できれば神谷道場に入門させるんだ。そうすれば強くなれるし、神谷道場の経営も助かるし、みんな幸せになれるよ」

 

 人差し指をピンと立てて説明するのだが、いまいち納得していないご様子。

 

「そもそも、私が強くなれたのだって勝ちたい相手がいたからだ」

「へぇ、そいつ竜之介よりも強いのかよ」

 

 おっ、話に食いついてくれたな。少し、昔話でもするか。

 

「654回中、私が勝てたのは212回だ。それも数え始めてからの回数だから、本当はもっと負けが多い」

「ずっ、随分細けぇんだな…」

 

 ちょっとそこ、引くところじゃないよ。残ってぬるくなったお茶を口に含み、喉を濡らしてから言葉を続ける。

 

「当たり前だよ、勝ち越すことが目的だったんだから。勝つ方法を見つけたと思っても、すぐに対策されるからなかなか連勝できなくてねぇ」

「へぇ、よっぽど強ぇんだな。ソイツ」

「ああ強いとも、でたらめに強かった。…でも、だからこそ剣術が楽しくてね。私が強くなりたかった理由はそんなところだよ。弥彦君みたいに立派な理由じゃなくて申し訳ないけど」

 

 思い出すだけで笑みが零れてしまう。こちらが新しい戦法や技を考えてくるたびに、面白そうな顔をして早く見せてくださいなんて言ってくるアイツ。必死で考えてきているこちらの気持ちを少しは考えて欲しいと、良く思ったものだ。

 

「ソイツとはもう戦わねーのか?」

「ん? ああ、勝ち逃げされちゃったからね。もう戦えないんだ」

 

 何かを察したのか、弥彦は沈黙してしまった。こういう話は湿っぽくなっていけないな。

  

「まぁ、そういうわけで弥彦君にも競争相手を見つけて欲しいって話だね。どうだい、納得できたかな?」

「…ああ、何となくわかった」

 

 まぁ、いきなり探せと言われても難しいかもしれないけれど、しばらくは出稽古先で探してもらうしかないかな。一番はやはり神谷道場の門下生で、ちょうど良い相手ができればいいのだけれど。

 

 

 

 それからしばらく他愛のない話をしていたのだが、そろそろ日が沈みだす時刻。玄関まで弥彦を連れていきお見送りだ。

 

「おや、帰るのかい?」

「夕飯までに帰んねーと、薫がうるせーからな」

「またいつでも遊びにおいでよ」

「おう」

 

 玄関に向かう私達に気付いたさよが、弥彦に声をかける。弥彦はさよが苦手というか、少しやりづらそうだな。普段の口の悪さとか勢いといったものが、鳴りを潜めている。

 

「じゃあな、竜之介」

「ああ、また明日ね」

 

 弥彦の元気な表情に一安心して見送りを終えると、私は客間に後片付けに戻る。

 

 

「弥彦君、元気ないい子じゃないか」

「ああ、あれで中々優しいところもあってね」

 

 座布団を押し入れにしまっていると、湯飲みとあんパンを乗せていた皿を片付けに、さよが客間にやってきた。

 

「また遊びに来てくれるかな」

「さぁ、どうだろうね」

 

 さよの質問に気のない返事をし、先に部屋を出ていく。外はすっかり暗くなってしまった。溜息を一息つくと、夕飯の準備をしているたけさんの邪魔をしに、私は台所へと向かうのであった。




次回より石動雷十太編です。

長岡編は原作からかけ離れてしまいました。違和感がありましたらごめんなさい。私の力不足です。
特に弥彦の口調について少し違和感があるかもしれません。

次話との関係を考えると、当初考えた内容より好きな感じにできましたが。


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石動雷十太編
24


「着いた! ここよ、ここ!」

 

 本日は出稽古のため、弥彦、神谷さん、剣心さんの三人と一緒に中越流の前川道場へと訪問している。歴史を感じさせる大きめの道場、立派な門構え。ここら辺一帯では、名実ともに一番とされている道場である。

 弥彦の好敵手探しの一環に、大きい道場への出稽古したいと神谷さんに頼み、本日の出稽古の流れとなった。鼻息の荒い弥彦は、既に気合十分だ。

 

 

「こんにちはーっ!」

 

 道場に入るなり、稽古中の若い門下生が歓声を上げながら我々を歓待してくれる。大人数の門下生が活気を持って稽古をする様は、閑古鳥が鳴きそうな我らが神谷道場とは大違いだ。

 稽古の手を止め、我々というよりも神谷さんに群がる若い衆を掻い潜り、道場の奥へと進む。神谷さんが目当てであろう、鼻の下を伸ばしている若者に少し呆れてしまうが、どことなく若さを感じて微笑ましくもある。

 

「あっ、お構いなく。どーぞ稽古を続けてください」

 

 少し照れながら、神谷さんは前川道場の門下生に応対するのだが、群がる男子たちはなかなか稽古に戻らない。

 

「薫君のいう通りだ。いちいち稽古を中断するな」

「前川先生!」

 

 道場の奥から初老の男性が現れると、門下生達を一喝した。水を打ったように静かになる門下生達。わかるよその気持ち。この人怖いもんね。

 

「…成程。君が薫君がいつも話してくれる剣心君だな。それに…。浜口君は久しぶりだね」

 

 こちらに射貫くような目線を向ける前川さん。歳を重ねても相変わらずの威圧感だ。

 

「ご無沙汰しております。まさか覚えていて頂けるとは思いませんでした。その節は大変お世話になりました」

「君のような個性的な人物を、よもや忘れるわけあるまい」

 

 深々とお辞儀をし挨拶をするのだが、視線の厳しさはなかなか緩まない。こちらも真面目な顔で目線を逸らさずに受け止める。

 前川道場へは、試衛館時代に何度か出稽古に伺ったことがある。それ以外にも、個人的にお邪魔したこともあったのだが、もう十年以上前の話なので、てっきり忘れられていると思っていた。

 

「おい、竜之介。昔なんかやらかしたのかよ」

 

 弥彦が小声で話しかけてくるが、今はちょっと無視だ。剣呑な雰囲気を醸し出す前川さんから、視線を外せない。

 

「あれが強いって評判の流浪人と…、牛鍋屋の店主」

「牛鍋屋の店主って、強いのかよ」

「近所のオバちゃんに聞いたんだけど、新選組に参加してたらしいぞ」

 

 周囲の門下生達のひそひそ声が耳に届いて、いたたまれない気持ちになる。自分の噂話なぞ聞いてもいい気分しないよね。

 

「ふむ、剣心君には振られてしまったが、浜口君は儂の相手をしてくれそうで安心したよ。どれ、一手(いって)御指南(ごしなん)(つかまつ)ろうか」

 

 

 

 

 

「準備はいいかな」

 

 竹刀を正眼に構え、どう猛な笑みを浮かべながらこちらに声をかける前川さん。私の意思はどこへやら。あれよあれよと言う間に試合をする流れに。

 道場の上座でお茶を飲む剣心さんをジト目で睨むも、微笑みを返される。がんばるでござるーって、剣心さんの心の声が聞こえてくる気がする。たまには剣心さんにも、稽古に参加して欲しいもんだけどね。

 

「いったいどっちが強いかな」

「そりゃ先生だろ。先生は若いころ江戸二十傑に数えられた人だぜ」

「だな。いくら何でも牛鍋屋じゃあ勝てねえだろ」

 

 周囲を囲む門下生達のざわつきに、心が少し落ち着かない。試合自体は問題ないのだが、こう、周りに観客が多いと少しやりづらいよね。

 

「ええ、問題ないですけど、正直やりにくいですね」

「実力者の試合は、それを見るだけでいい稽古になる。悪いが我慢してくれ」

 

 私も苦笑いしながら竹刀を構える。もう逃げられないし、覚悟を決めるか。

 

「それじゃあ神谷先生、お願いします」

 

 こちらを見て小さく頷く神谷先生。

 

「始め!」

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

 開始の合図と同時に、前川さんは気迫を周囲にまき散らす。並の剣士ではこの気迫に当てられただけで委縮してしまうだろう。相手の気にのまれる前に手を出して主導権を握られないようにしなければ。

 一歩踏み出し、面を狙って一撃繰り出す。

 

 バシ!

 

 予想していたが、簡単にはじき返されてしまう。年齢の割に力強いことで。

 

「ぬおぉぉぉぉぉ!」

 

 今度はこちらの番だと言わんばかりに、強烈な面を連続で放ってくる。まさに剛の剣。まともに受けては不利になると悟り、相手の力を受け流すように捌いていく。荒々しくも隙の無いその打ち込みに、惚れ惚れしてしまう。さすが前川さんだ。

 ある程度攻撃を受けきると、仕切り直しとばかりにお互い距離をとる。門下生たちが何やら騒いでいるが、もはや気にならない。

 相対する前川さんは先ほどよりも笑みを深め、迫力も倍増だ。ちょっと引く。

 

「随分と楽しそうですね」

「君も随分いい笑顔をしておるぞ」

 

 まぁ、楽しいんでね。そりゃあ笑顔にもなりますよ。なんて考えていると、会話が終わった瞬間に、大振りの強烈な面を繰り出してくる。まったく油断も隙も無い爺さんだ。

 竹刀で受け止めるのだが、そのまま押し込んでくる。吹き飛ばすつもりなのだがそうはいかない。

 

 竹刀で鍔迫り合いをしながら、戦況は膠着する。下手に動いたら手痛い反撃を喰らいそうで、動くに動けない。

 

「よっと」

 

 相手の呼吸を見計らい、後ろへと重心をずらす。そのまま後ろに飛びのきながら、私は相手の竹刀を自分の竹刀で絡ませるように回し、相手の竹刀を真上に吹き飛ばす。

 

「ぬおぉ!」

 

 前川さんの手に会った竹刀が宙を舞う。

 

 ベシィ!

 

「面あり一本! それまで!」

 

 軽めに面を入れて勝負あり。これぞ神谷活心流の基本技『巻き打ち』だ。

 入門して初めて教えていただいた、神谷活心流の技。それが『巻き打ち』。この場で使うのは、神谷活心流の宣伝の意味もあるのだが、それ以上に、いつもお世話になっている神谷さんに成長を見せたいなんて思惑もある。粋な計らいでしょ。

 

 勝負がついたので、所定の位置に戻り、礼をして試合終了だ。

 

 

 

「随分と腕を上げたな」

「いえ、たまたま技が上手く決まりました。先生の気迫に腰が引けてましたからね」

 

 神谷さんが試合の解説をしている間に、前川さんと道場の隅で一休みだ。試合後ざわついた門下生達であったが、神谷さんが試合の解説を始めると、群がり、食い入るように話を聞いている。

 

「フン、謙遜も過ぎれば嫌みだぞ」

 

 少し機嫌が悪くなった先生に睨まれ、あははと笑って誤魔化す。勝った後にかける言葉もなく、こういう時は会話に困るね。

 

「フッ…。昔から掴みどころがない男だと思っていたが、相変わらずだな」

「そうですか? 自分では結構変わったつもりなんですけどねぇ」

「ああ、浜口君は随分と丸くなったようだ」

 

 表情が柔らかくなり、話し続ける前川さんに、「お互い様だ。」と心の中で呟く。昔は絶対そんな表情しなかった。控えめに言っても鬼という言葉が良く似合うような、そんな人だった。

 

「そう不満そうな顔をするな。君のような若い達人の存在が、剣術の未来はまだ捨てたもんじゃないと思わせてくれる。これからも道場に顔を出してくれ。…昔みたいにな」

「昔の話を持ち出すのは勘弁して下さい。結構恥ずかしいんですよ」

 

 あの頃この道場に来てしていたことと言えば、『技』を盗みにこっそり稽古を見学したり、勝負を持ち掛けて思いついた『技』を試させてもらったり、かなり失礼なことをしたものだ。

 そんな私に、毎度道場の敷居を跨ぐことを許してくださったのが、前川先生だったりする。若気の至りと言えば聞こえはいいが、恥ずかしい話だ。

 

「お話し中失礼します。浜口さん、よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう」

 

 若い門下生が数名、私の元に駆け寄り話しかけてくる。神谷さんの試合解説は終わったようだ。当事者が不在で申し訳なかったが、前川さんが目立つことを嫌った私に配慮して下さった結果なので、致し方なしと思って欲しい。

 

「その、浜口さんに稽古をつけて欲しいのですが、お願いできますか?」

「私にですか? …ええ、わかりました。それでは前川先生、稽古をしてきますので失礼します」

 

 これ幸いとその場を逃げ出し、門下生と訓練を始める。神谷さん程うまく教えられる自信はないが、ご指名とあらば微力を尽くさせていただこう。

 

 

 

「もっと強く! 手だけじゃなくてこう、体を使って竹刀を振って! ほらっ、竹刀の先が下がってる。脇も甘いよっと」

 

 ぺしりと防具の上から胴を叩き、隙を指摘する。大半の門下生は神谷さんの指導を希望しているのだが、酔狂な数名は私との稽古を希望し、先ほどから休みなく立ち合いを行っている。彼らのやる気に、私も指導に熱が入り、少々厳しくなってしまう。

 

「息が上がっているようなので、少し休憩にしましょう。各自休憩しながら自分の良かったところと悪かったところを振り返ること。頭を使うのも大事な稽古ですよー」

「ハイッ!」

 

 疲れている割に、気合の入った元気な返事だ。前川さんに良く鍛えられている証拠なのであろう。チラリと前川さんを見ると視線が合った。満足そうな表情をされて頷いている。喜んで頂けているようで何よりだ。少しは恩返しできたかな。

 

 

 

「神聖な道場に土足で上がるな! ワラジを脱がんか!」

 

 入口の方が何やら騒がしい。視線をそちらに向けると、笠をかぶった大男がノシノシと前川さんに向けて歩いていく様子が。大男は先生の目の前で立ち止まると、道場中に響き渡る声で宣戦布告を述べた。

 

「中越流開祖 前川宮内と見受けた。一つ手合わせを願おう。吾輩は石動雷十太!! 日本剣術の行く末を真に憂う者である!」




 『巻き打ち』は当方で勝手に設定した神谷活心流の『技』です。
 実在する技のようで、YouTubeで実際に剣道の試合で使用された『巻き打ち』(『巻き上げ』とも言うそうですが、詳細は不明。)が見れます。
 『巻き打ち』により吹き飛ばされた竹刀が、天井に突き刺さっている様子がインパクト大でございますので是非ご興味を持たれた方は見て頂ければと。

 神谷活心流の理念に合っていそうなことと、それほど秘匿された技術ではないため、勝手に技として設定しました。
 ジャンプSQで10月号にでてきた、神谷活心流の『所作』の次に教わる技術で、奥義より手前の技術なイメージです。膝坐よりは教わるの手前そうだなと思っています。

 今週末に石動雷十太編を終わらせる予定でしたが、少し難しいです。来週末位に終わらせて、今月末くらいには斎藤編に入りたいです。


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25

「雷十太とか言ったな。よかろう相手してやる」

「前川先生!」

 

 突然の乱入者に動じず、前川さんは挑戦を受けると言ったが無茶だ。この雷十太という男、一目見ただけでかなりの実力者と推察できる。老いて全盛期の腕を下回った前川さんが相手をするには、残念ながらいささか荷が重い。

 

「止めるな浜口君。そう易々と負けはせん」

 

 私を安心させるためか、前川さんはわずかに笑みを浮かべ竹刀を手に取る。…あれはわかっている顔だ。背負うものがあるだろうに、自分より強い相手と闘うことを躊躇わないその姿を見て、私はそれ以上止めることができなかった。

 

「先生!」

「由太郎か…。遅かったな」

 

 新たな乱入者が道場にやってきた。雷十太に由太郎と呼ばれた小柄な少年。見たところ、雷十太の小間使いのようである。

 由太郎は、前川さんと雷十太の試合に竹刀を使うと聞くと、大声で笑い出した。

 

「竹刀ですかぁ? そんな遊び道具で勝負なんて。なんだここも名ばかりの道場かよ!」

 

 ゲラゲラ笑う由太郎に弥彦が蹴りをいれ、小競り合いに発展している。ああして並んでいると、由太郎の年齢は弥彦と同じくらいのように見えるな。由太郎は自分のことを『雷十太先生の一番弟子 塚山由太郎』と名乗った。一番弟子というのは、いささか信じられないが、まぁ弥彦と似たようなものか。

 

 雷十太は木刀と真剣しか持参してこなかったようで、道場にある竹刀を借り試合をすることに。試合形式は三本勝負のうち、二本先取したほうが勝ち。この道場で行われる正式な試合形式に則った形だ。

 

「剣心さん、どう見ます?」

「…今の前川殿では勝ちは難しい…。一対一に持ち込んで最後の一本をとれるかどうか…」

 

 私と同様剣心さんも、前川さん劣勢との予想か。私とて、道場破りに負ける意味をわからぬわけではない。うーん、不安だ。

 

 

 公平を期すため他流派である神谷さんの審判の元、試合が始まった。のだが、開始早々に雷十太の強烈な片手面を右肩と頭部にくらい、前川さんは一本取られてしまった。

 驚くべきは、竹刀によりあれ程の威力、速度の一撃を繰り出した雷十太か。前川さんは雷十太の攻撃に全く反応できていない。

 

「前川先生!」

 

 にわかに道場内に緊張が走る。門下生とともに慌てて前川さんに駆け寄り、怪我の重さを確認する。肩を押さえうずくまる様子に、怪我は軽くないと見える。触診した神谷さんの見立てによると、肩の骨にヒビが入っているとのこと。竹刀でここまでの怪我を負わすとは…。

 

「待て! まだ勝負はついておらん! 剣客としてこのまま退く訳にはいかぬ!」

 

 何とか立ち上がり勝負の続行を宣言するも、前川さんの額には脂汗が浮かんでいる。そしてなにより、攻撃により右肩から先が満足に動かせない様子。前川さんを侮るわけではないが、怪我により先ほど以上に体を動かせなくなった今、勝利の可能性は限りなく低い。

 

「お願いします。これ以上の怪我は先生の年齢では軽いものではありません。なにとぞご自重ください!」

 

 これ以上の試合は、怪我を悪化させるだけにしかならない。そう思い、私は先生に、試合の中止を進言する。

 

「浜口君、これは儂の意地だ」

「しかし!」

「くどい!」

 

 説得する方策が見つからず、歯がゆい。この場で逃げることは、剣客としての誇りを傷つけることだと重々承知しているのだが、勝ち目のない試合に送り出し、むざむざ怪我をさせることを何とか止めたい。

 

「待たせてすまなかったな。二本目だ」

 

 右肩を負傷したため、左手一本で竹刀を持つ前川さんの、その姿が痛々しい。悠々と立ちふさがる雷十太とは対照的だ。

 

「二本目!」

 

 神谷さんの合図により、勝負が再開された。

 

「まだ勝負はついておらんだと? 笑止! 最初の一撃で貴様など既に死んでおる!」

 

 雷十太はそう叫ぶと、前川さんの頭部に強烈な一撃をお見舞いする。手を抜けとは言わないが、流石にやりすぎだ。

 

「1本! 勝負あり! それまで!」

 

 悲痛な顔で神谷さんが試合終了を宣言したのだが、雷十太は倒れる前川さんの襟首を掴み、さらに痛めつけようとする。

 

「己の敗北も見えぬ愚物が!」

「やめろ!」

 

 私が大声で叫ぶと、雷十太は動きを止めた。

 

「勝負はもうついたはずです。まだ足りないというのであれば、私がお相手しましょう」

「ほう…。少しは骨がありそうではないか」

 

 乱雑に前川さんを投げ捨て、値踏みするように私をジロジロとみる雷十太に、私は静かな怒りを覚えていた。

 

 

 

「得物は竹刀で一本勝負。それでいいですね」

「よかろう。だが審判は不要」

 

 お互いに対面し、竹刀を構える。雷十太は片手に竹刀を持ち自然体。対する私は下段に構える。相手の目を見つめ、出方を窺うのだが、なんとも濁った仄暗い瞳だ。嫌悪感に目を逸らせたくなる気持ちを抑え、油断なく相手の攻撃に備える。

 雷十太の攻撃は速いため、相打ちになる可能性が高い。そうなった場合、威力が上回る相手に分がある。故に後の先により、確実にこちらの攻撃のみを当てる。

 

「ぬん!!」

 

 先ほどと同様に、竹刀を強烈に振り下ろす。竹刀に合わせ、下段に構えた竹刀を思い切り振り上げ迎撃する。

 

「ぬっ!?」

 

 (おも)っ!だけど相手の竹刀を弾き飛ばすことに成功した。私は相手の竹刀をはじき、その勢いのまま頭上まで振り上げた竹刀を、振り下ろす。

 

「ふんっ!」

 

 空振りだ。雷十太は咄嗟に後ろに下がり、私の攻撃を回避したようだ。力負けし、攻撃に転じる際に遅れが生じたか。

 

「ほぅ。少しはやるようだ」

 

 こちらとしては、借りた技が不発に終わり情けない気持ちなんだけどなぁ。『龍飛剣』。いい技なんだけど、まだ使いこなせていないか。心の中で新八さんに謝りながら、今度は正眼に竹刀を構える。

 

「ならばこれはどうだ」

 

 雷十太も両手で竹刀を持ち、上段に構えを変えると、思い切り竹刀を振り下ろす。これは、避けねばならぬ一撃だ。

 

「ぬぅん!」

 

 素早い振り下ろしに、一瞬剣先がぶれて見える。感覚に体を任せ、素早く横に飛び攻撃を避けると、竹刀は道場の床に衝突した。

 

 バギン!

 

 今、竹刀で出していい音じゃない音がした気がする。ともかく、体勢を崩されたため、急ぎ構えなおし、雷十太に向き直る。

 

「フム…。帰るぞ」

 

 何か納得したような顔をすると、雷十太は竹刀を捨て、道場の外へと出ていった。えっ、試合放棄か?

 雷十太との距離が十分に離れたことを確認し床を見ると、真剣で切ったように床に切れ目が入っている。なんだこれ?竹刀でやったのか?

 

「なんかよくわからないけど、先生の一撃の方がすごいから先生の勝ちだな」

「見くびるんじゃねーぞ。竜之介の本気はこんなもんじゃんーぞ」

 

 一人雷十太の勝利で締めようとする由太郎に、弥彦が反論し、バチバチと火花を散らしているが放っておく。

 私はしゃがみ、道場の床にできた切れ目を見分しながら、雷十太の技について考察する。指で床にできた切れ目をなぞってみるが、さっぱりわからない。

 

「剣心さん…。今の分かりましたか?」

「いや、拙者にもわからぬでござる。ただ、あの石動雷十太という男、只者ではござらん」

「ええ、そのようですね」

 

 竹刀は道場にあるものを貸したため、細工はできないはずだ。念のため、雷十太の使っていた竹刀を広い見分してみるのだが、竹刀に怪しい点は見つからない。

 

 その後は雷十太の騒動で、稽古は中止。怪我をしていた前川さんを医者に診てもらうように手配すると、その日はお開きとなり解散。神谷道場で稽古をする気にもなれない私は、少々早いが家に帰ることにした。

 




 キャラをその性格通り動かそうと思っているのですが、剣心さんが全く動かないのです。ごめんなさい。
 竜之介の技が非常に地味というか常識的(?)ですが、私の好みです。今後とも、思い付きでいろいろ新しい技を使わせるかもしれませんが、多少おかしくても大目に見て頂ければと思います。

 次回は土曜日あたりに更新。今週末が終わるまでに、3~4話ぐらいを目標に投稿予定です。それぐらいには雷十太編終わるかな。


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26

 次の日、稽古は休みのため、私は家の自室で仕事をしていたのだが、昨日の出来事が頭にチラつきあまり進みが良くない。前川さんの怪我は、しばらく療養すれば治ると聞いているが、道場の方はしばらくお休みにするそうだ。

 昔は道場破りだなんて珍しいものではなかったのだが、私はあまり好きではなかった。他流派を潰すというような発想がどうも合わない。潰したところで、自分が強くなれるわけではないと思うんだけど…。

 いかんな。また思考が逸れてしまった。少し気分転換でもするかな。

 

 筆を置き、部屋を出ようと襖を開くと、たけさんが立っていた。

 

「わっ!」

「なんだい、びっくりするね。それよりも旦那様、お客さんだよ」

 

 私にお客さんとは珍しい。間が悪いことに、呼びに来てくれたたけさんが、部屋の前に来た瞬間に襖をあけてしまったようだ。こちらも驚いたよ。

 しかし、私に会いに来るなんて誰だろう。たけさんに促されるまま玄関へと向かう。

 

 私への客人は、小綺麗な身なりの初老の男性。使用人というには、いささか品が良すぎる印象を受ける。

 

「おお、あなたが浜口竜之介様ですか?」

「ええ、そうですが。…失礼ですがどちら様で?」

「私は石動雷十太様の使いでございまして…。これをどうぞ」

 

 丁寧な物腰の彼に、頭をポリポリ掻きながら応対する。雷十太の使いと聞き、ますます混乱する。たぶん私は今、相当間抜けな面をしているに違いない。

 差し出されたのは『招待状』と書かれた手紙。裏を見ると、差出人は確かに石動雷十太と書かれている。もし本人が書いたとすると、顔に似合わず丁寧な字だ。意外と繊細な人なのかもしれない。字は人を表すというしね。

 

「招待状…ですか。なんでまたこんなものを」

「さぁ私は伝令を言付かっただけですので…。表に馬車を用意してありますので。さぁどうぞ」

「いや、お断りします」

 

 明らかに面倒ごとの匂いがする。罠にしては手が込んでいるが、私をどうしたいのかわからない。

 そもそも、私の方に会う用事はないし、さぁどうぞで馬車に乗ると思っちゃ困りますよ。せめて事前に約束をしてから迎えに来て欲しいよね。

 

「しかしですね…」

「こう見えて私、結構忙しんですよ。その、仕事もありましてね…」

「既にお連れ様は馬車に乗られているのですが」

 

 困ったように話す男性。今聞き捨てならないことを言ったな。

 

「おい! 浜口! チンタラしてっと置いてくぞー!」

 

 家の外から左之助の声が聞こえる。えっ、なんで?

 

「その、こちらにお伺いする前に神谷道場様の方に寄らせて頂き、こちらまで案内して頂いたのですが、浜口様と御同行すると強く希望しておりまして…」

 

 彼の言葉を聞くなり、急いで家の前に止めてあった馬車に駆け寄り扉を開け、左之助を睨みつけた。

 

「へっ! こんな面白そうなトコ俺抜きで行こーなんざ、そうは問屋が卸さねぇぜ!」

「直ぐに降りなさい」

「おいおい…」

「いいから、すぐに降りて」

 

 ホントに、何してくれるんだよ、この男は。勝手に(うち)に人を連れてこないで欲しいね。渋々馬車を降りる左之助に心の中で悪態をつきつつ、迎えに来ていただいた男性の元へと駆け足で戻る。

 

「すいません。知り合いがご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございませんが、お引き取り下さい」

 

 深々と頭を下げ、何を言われても相手の顔を見ないようにする。相手の困った顔が想像できるが、ここは押し通す。

 

「…わかりました。雷十太様にはお時間が取れないと伝えておきます。それでは」

「ちっ、つまんねーな」

 

 男性はしばし逡巡すると、諦めてくれたようで帰っていった。頭を上げ左之助を再度睨みつける。

 

「おう、もしかして怒っているのか?」

「…、とりあえず左之助は一か月赤べこ出禁にしますんで。お金を払っても食べさせてあげないですからね」

 

 私の言葉に、見るからに動揺した様子を見せる左之助。自業自得ですよね。

 

「悪かったよ浜口サン。なっ? だから機嫌治してくれって」

 

 私は左之助を無視して家に入ると、玄関を締め溜息をつく。まっ、過ぎたことは仕方ないけど、気に食わないなぁ。外から左之助の声がまだ聞こえてくる気がするが、聞こえていないことにする。

 

「旦那様、お客さんはもういいのかい? まだ誰か外にいるみたいだけど」

「あぁ、お引き取り頂いたよ。外のは放っておけば帰るから」

「はいよ。それにしても旦那様が怒るなんて珍しいね」

「…、別に怒ってなんかいませんよ」

「はいはい、じゃ、そういうことにしとくよ」

 

 去っていくたけさんの背中を見つめ、もう一度溜息をつくと、私は残った仕事を片付けるために部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

「いただきます」

 

 夕飯を食べながら、私はまだ不機嫌でいた。左之助に、というよりはあの程度の出来事で怒りを持ってしまった自分に対してだ。

 

「なんだか今日の竜さん、機嫌悪いね」

「お昼にお客さんが来てね、それからあの調子なんだよ」

 

 さよとたけさんの話を聞きながらご飯を食べる。今日はメザシか。

 

「そんなことないよ。別にいつも通りです」

「ふーん。ところでお昼のお客さんは誰だったんだい」

「うーん、何だったのかわからないけれど、道場破りの使用人?」

 

 さよに改めて質問されて考えてみたのだが、あの男は一体何だったのか、よくわからないままだな。

 説明が難しいので、私は二人に前川道場での出来事と、昼過ぎにきた使用人の話を掻い摘んで説明した。一通り話終え、もしゃもしゃとメザシを食べる。

 

「成程ねぇ。竜さん、面倒な事嫌いだもんねぇ」

 

 私の機嫌の悪さに合点がいったのか、納得顔のさよ。別に面倒なことが嫌いってわけではないこともないというか、実際嫌いなのだけれど。

 いや、語弊があるな。面倒ごとでもやらなければいけないことや必要なことは進んでやっていると思うんだけどなぁ。

 

「それにしても馬車を寄越すだなんて、その道場破りさん随分金持ちなんだね」

「そうですねぇ。どっかのボンボン息子の道楽ですかねぇ。そんな話、あたしゃ聞いたことないですけど」

「見た目も雰囲気も、金持ちって感じじゃなかったですけどね。それに道楽で道場破りだなんて、迷惑極まりない」

 

 怪我をした前川先生を思い出し、ついつい鼻息が荒くなってしまう。

 それから三人で、雷十太の人となりについて、ああでもないこうでもないと予想を話し合った。結局どんな人物か想像がつかないのだが、あれこれ考えるのは妙に楽しかった。

 

「ご馳走様。さて、仕事が残っているから、私は部屋で仕事してくるよ」

 

 蝋燭の灯りだけだと、字が見づらくて目が悪くなりそうだけれど、明日の稽古に行くために終わらせなければならない。

 

「竜さん」

「ん?」

「機嫌、治ったみたいだね」

 

 笑顔のさよに苦笑を返し、居間を出ていく。まったく、敵わないなぁ。

 

 

 

「ごめんなさいね、浜口さん。あのバカ、招待状を見るなり馬車に飛び乗って…。大丈夫だった?」

 

 次の日道場にいくと、開口一番神谷さんに謝罪された。

 

「えぇ、結局招待はお断りして、左之助にも帰ってもらいましたよ」

「それは左之助に聞いているんだけれど、浜口さん、すっごく怒ってたって聞いていたから…」

「あぁ、そのことですか。あとで左之助に謝っておかないと…」

 

 遠慮がちに聞いてくる神谷さんに、ばつが悪い思いをしながら答える。昨日は少し、感情的になりすぎたしなぁ。

 

「まっ、そんなことより稽古を始めましょうよ。弥彦も気合十分みたいですし」

 

 先ほどから道場の真ん中で素振りをしている弥彦に視線を向ける。汗をかき、息が上がっている様子から、それなりの時間竹刀を振っていたのだろう。稽古の途中でバテないか心配だ。

 

「朝からうるさいのよ。ホントもう、どうしちゃったのかしら」

 

 困ったような口ぶりだが、どこかうれしそうな表情の神谷さん。弥彦が剣術に打ち込むことが、やはりうれしいのだろう。指導者なんだし、当たり前なのだろうが。

 

「いつまで油売ってんだよ。さっさと稽古始めるぜ」

 

 弥彦の言葉に、額に青筋を浮かべる神谷さんであったが、その様子に思わず吹き出してしまう。

 

「なによ! 浜口さんまで…」

 

 ジトッとした目をこちらに向けられて、慌てて視線を逸らす。視界の端に映る剣心さんが、洗濯物を干しながら微笑んでいる。きっと会話をずっと聞いていたのだな。

 神谷さんに抗議を受けながら、人数が少なくても前川さんの道場に負けず劣らずいい道場だなと、改めて思うのであった。




ここら辺の話は、なるべくさらっと進めようと思っていたのですが、あまり話が進められないです。雑に書くつもりはないですが、もうちょっと何とかしたいと思いつつ、次回に続きます。
次話はたぶん、今夜か明日の午前中に投稿します。



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27

 稽古を始め、一刻ばかりが過ぎた頃、道場に来客があった。

 

「浜口がいる道場というのはここか」

 

 ギロリと鋭い目付きで道場を見渡すのは、石動雷十太。招待しても来なかった私に会いに、わざわざこちらまで出向いてきたのだろうか。弟子の由太郎君も一緒のようだ。雷十太の後ろから、こちらの方を睨み付けている。

 

「先日はどうも、わざわざ私に会いに?」

 

 竹刀を振る手を止め、雷十太に話しかける。

 

「我輩の誘いを断ったことは、まあいい。話がある。少しついて来い」

 

 こちらの返事を聞かぬまま道場を出て行く雷十太を見送り、さてどうしたものかと考える。

 

「わざわざ先生が出向いてるんだ。さっさといけ!」

「まぁ、そうだよね。わかった。すぐ行く。…神谷先生、少し外します」

 

 由太郎の言うとおり、道場まで足を運んでもらったのだから、これで話もせずに帰してしまってはさすがに悪い。神谷さんに気をつけてと声をかけられながら、道場の外にでる。

 

 

 

 道場の外で待っていた雷十太に、お待たせしましたと声をかける。稽古を抜け出している身のため、あまり長時間抜け出せないと伝えると、神谷道場の庭先で雷十太が話を始める。

 

 今の剣術はあまりにも弱体化し、いずれ淘汰されてしまう。それを憂いだ雷十太は『真古流』という流派を問わない剣客集団を組織し、有象無象の道場を全て潰し、唯一の正統日本剣術として覇を唱えるつもりのようだ。

 そしてその『真古流』に私を誘うために、本日道場まできたとのこと。

 

「目指すは他のどんな武術にも西洋重火器にも負けぬ無敵の剣術。我輩に力を貸すのだ、浜口」

 

 この人なりに剣術に真面目に向きあって出した結論なのであろうが、極端なやり方だ。私としては、賛同いたしかねる。

 

「申し訳ありませんが、私では力不足かと思いますので、お断りさせてください。仕事の方もあるんでね。ちょっと協力できそうにありません。それに…」

 

 まっすぐに雷十太の目を見つめ言葉を続ける。

 

「剣術で西洋重火器に勝てるのであれば、戊辰戦争で幕府方は負けていません。新撰組の名だたる剣客たちが、戦争で倒れました。所詮、刀では銃に勝てない。私はそう思います」

「それは新選組が弱かっただけだ。…貴様は日本剣術が滅んでもなんとも思わぬのか」

「別にこのままでも滅ばないと思いますよ、私は。刀が実戦で使えなくなったからといって剣術がなくなるわけじゃない。滅ぶのはね、剣術を愛する人がいなくなった時です。そこに強弱は関係ない。ですからね、石動さん。どうか剣術を愛する人を、剣術を続けていこうとする人をこれ以上減らさないで欲しいんです。道場破りなんてしたって、剣術の未来は明るくならないですよ。それと…」

 

 私は言葉を一度切り、一呼吸おいて話を続ける。

 

「新選組は弱くなんかなかった。それだけは訂正してください」

 

 しばし沈黙が流れる。 

 

「どうやら貴様とはこれ以上話しても無駄なようだ」

 

 おもむろに、刀を抜きこちらを見つめる雷十太。

 

「えっ?」

「フン!」

 

 雷十太が刀を振り下ろし地面に叩きつける。わざと外したようだが、地面が抉れ、飛び散った砂がこちらにも飛んでくる。

 

「刀を持て。口で言って理解できぬなら、剣でわからせてやる」

「わわっ、危ないですよ!」

 

 道場の中に木刀を置いてきたため、今の私は丸腰だ。後ずさりしながら抗議するも、雷十太の目は本気なのでちょっと怖い。

 

「浜口殿!」

「剣心さん!?」

 

 剣心さんの声が背後より聞こえる。剣呑な気配を察知したのか、それともただ覗いていたからなのかはわからないが、私を助けに来てくれたのだろう。

 私の隣に立ち、逆刃刀に手をかける剣心さん。

 

「いくら何でもやりすぎでござる。刀をしまえ、雷十太」

「邪魔をするな」

 

 ガキィ!

 

 雷十太の刀と剣心さんの逆刃刀が激しくぶつかりあう。

 

「ほぅ…。貴様もなかなかやるではないか」

 

 一合切り結んだところで、剣心さんの実力を理解した雷十太が感嘆のつぶやきを漏らす。

 

「どうだ、貴様も『真古流』に協力するというのなら加えてやらんこともないぞ」

「断る。古流剣術は実戦本意の殺人剣。ならば拙者とそなたは互いに相容れぬでござる」

 

 剣心さんの腕を見込み『真古流』に誘う雷十太であったが、殺人剣をすげなく剣心さんに断られてしまった。

 

「ふん、まあいい。吾輩に力を貸すか、吾輩に殺されるか。貴様らの道は二つに一つだ」

 

 刀をしまいそう言い残すと、雷十太は道場を出ていった。

 

 

 

「ありがとうございます剣心さん。助かりました」

「礼には及ばぬよ。しかしあの男、やはり危険な男でござるな…」

「ええ、お互い妙なのに目を付けられてしまいましたねぇ」

 

 あははと軽く笑ってみるが、剣心さんは真剣な顔をしている。

 

「しかしあの男の口振りでは、これで終わりと思えぬな」

 

 私もその考えには同感だ。とりあえず、戸締りはしっかりしておこう。

 

 

 

 次の日、稽古は隔日のため本日は仕事を行う日。赤べこにいこうと昼下がりの町を歩いていると、背後から声をかけられた。

 

「もし、そなたが浜口殿で間違いないか」

「はい?」

 

 振り返ると、大柄の槍を持った男と小柄な刀を持った二人組の男が立っている。顔は笠を被っておりよく見えない。

 

「そうですけど、どちら様ですかね?」

 

 殺気を隠そうともしない二人組を警戒し、自衛のために持っていた木刀を、いつでも使えるように握りなおす。

 

「なに、聞きたいことはひとつだけよ。真古流に入る気はあるのかないのか、どうなんだ?」

 

 大柄な方の男性が、槍をこちらに向け問いかける。町を行く人々は、ただならぬ雰囲気を感じ離れていき、遠巻きにこちらを観察している。

 

「入る気がないといったら、どうするんですか?」

 

 こちらも木刀を構え、相手の出方を窺う。

 

「それならば、…こうよ!」

 

 槍を突き出し、襲い掛かってきた。繰り出される突きを左右に躱し、距離をとる。間合いが長い分、少しやりづらいな。

 

「フン!」

 

 距離をとった分、大振りとなった突きを木刀で払い隙を作り、懐に潜り込むと鳩尾に蹴りを入れる。くぐもった悲鳴をあげながら、男はその場にうずくまった。

 大男が片付いたと思ったら、今度は背後から小男が斬りかかってくる。私は振り向きざまに、上段に構えた彼の籠手を素早く打ち抜く。悲鳴をあげ刀を落とす小男の頭を、木刀で殴りつけ気絶させておしまいだ。念のため刀と槍を回収し、反撃をできないようにしておくか。

 

「おい!そこ!何をやっている!」

 

 声がする方向を向くと、数名の警官がこちらに向かって走ってくる様子が見える。この騒動を見ていた誰かが呼んでくれたのだろう。到着した警官に彼らの槍と刀を渡し、事情を説明する。

 最初は警戒していたのだが、名前を名乗ると警官達も態度が変わり、態度が柔らかくなった。喧嘩両成敗とばかりに、私まで犯罪者の汚名を着せられてしまわないか少し心配していたのだが、杞憂だったようだ。

 

 相手の方から襲い掛かってきたことも周囲の野次馬から証言が取れたそうで、私は無罪放免。その場で解放された。襲撃者の二人は、廃刀令違反に殺人未遂とのことで、厳罰が下されることは間違いない。そのまま署まで連行されていった。

 

 

 

 

 警察から解放された私は、神谷道場が心配になり赤べこで必要な仕事を終えると、すぐに道場へと向かった。剣心さんのことなので返り討ちにしているのであろうが、雷十太からの刺客が来ないとも限らない。まだ来ていないのであれば、私が襲われたことだけでも伝えて、警戒してもらうようにしないと。

 曇り空を見上げながら、またなんとも厄介なことに巻き込まれたと、心の中で愚痴るのであった。



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28

 道場に到着し、門をくぐると、箒で庭を掃いている剣心さんと出会った。

 

「どうも、こんにちわ」

「浜口殿。今日は稽古お休みのはずではござらぬか?」

「いやっ、それがですね…」

 

 私は、先ほど雷十太から襲撃があった件を伝え、警戒した方が良いことを剣心さんに話そうと思ったのだが、既に神谷道場に二人組の刺客がきた後だったと聞かされた。予想通り、刺客は剣心さんに『掃除』され、誰も怪我せずに済んだとのことでほっとした。よく見たら道場の扉が壊されている。襲撃の爪痕だな。

 二か所を同時に襲撃することで、合流や警戒されることを防ごうとしたのだろう。破壊された神谷道場を眺めながら、自宅が破壊されなかったことは不幸中の幸いだったなと思う。

 もし、さよやたけさんが怪我をさせられていたらと思うと、肝が冷える。

 

 剣心さんと情報交換し、雷十太がこれ以上何かをするようであれば、こちらから打って出ようと提案した。あれほどの使い手であっても、二人掛りであれば勝てるであろうと剣心さんに伝えると、なんとも困ったような顔をされた。

 

 話したいことは話し終えたので、稽古の邪魔をしないうちに帰ろうとすると、剣心さんに引き留められた。

 

「帰る前に稽古の様子を覗いてみてはどうでござるか?」

「はぁ」

 

 弥彦と神谷さんの稽古を見る、ということは弥彦の成長でも見てやれということであろうか。意味ありげな笑みを浮かべる剣心さんを若干訝しみながらも、こっそり道場の中を覗いてみる。

 道場の中では、神谷さんと弥彦、そしてもう一人見慣れぬ人物が稽古していた。

 

「あれは、由太郎君?」

 

 ニコニコと笑う剣心さんに話を聞くと、今朝方に弥彦に勝負を挑みに由太郎が道場に来たらしい。いざ、試合を始めようとしたところで、由太郎が竹刀の握り方も知らないことが分かり、神谷さんが手ほどきを行うことになり、今も稽古をしているそうだ。

 雷十太の一番弟子、という話であったはずだが、稽古を一切付けて貰えていないそうだ。雷十太の教育方針なのか、性格なのか分からないが、少しひどいと思う。

 

 由太郎が竹刀を振る様子は、なかなか様になっており、とても今日竹刀の握り方を覚えたようには見えない。なにより、竹刀を振るその姿から、楽しいという気持ちが滲み出ていて、こちらまで心地よい気分になってしまう。

 剣心さんが見せたかったのはこれか。中々にいいものを見せてもらったな。

 

「おっ、竜之介」

 

 こちらに気付いた弥彦が素振りの手を止め、声をかけてくれる。

 

「いてっ!」

「ちょっと、勝手に手を止めるんじゃないわよ! …あら、浜口さん」

 

 弥彦が私のせいで、神谷さんにオシオキされてしまったようだ。

 

「稽古の邪魔をしてスイマセン。ちょっと、近くまで寄ったもんでさ」

 

 しばし竹刀で殴られた頭を押さえ、痛みを堪えていた弥彦だが、涙目になりながらブスだのガサツだのと、神谷さんに抗議を始める。対抗する神谷さんと言い争いになり、またいつもの喧嘩が始まった。

 私が原因なので、少しバツが悪い気もするが、少々放置させていただき由太郎に声をかけてみる。

 

「由太郎君だっけ、随分と楽しそうに竹刀を振るね」

「…所詮遊びだからな。遊びは楽しいに決まってるさ」

 

 素振りをやめ、すまし顔で答える由太郎を見ていると、緩みそうな頬を引き締めるのが大変だ。

 

「せっかくだし、打ち込みでもしてみないかい? 素振りだけじゃ飽きるだろう?」

 

 道場の壁にかけてある竹刀を拝借し、打ち込みやすいように、由太郎から見て竹刀の側面が見えるように竹刀を差し出す。高さはこのくらいか。ちらりとまだギャアギャア騒いでいる弥彦を見て、ちょうど弥彦の頭の位置くらいに竹刀の高さを調整する。

 

「ここらへんにさ、倒したい相手の顔を想像して打ち込んでごらん」

 

 少し戸惑う、由太郎に声をかける。ちょっと急すぎたかな。

 

「俺は先生の…、お前の敵の弟子だぞ」

「打ち込みのコツはね、細かいことなんて気にせずまずはバシッと叩くことだよ。ほら、早く」

 

 顔は真面目に、しかし優しい声を心掛け由太郎に打ち込みを促す。子供だから遠慮するなとか、そういう言葉は彼には無粋だろう。

 少し逡巡した後、由太郎は竹刀を握りなおすと。顎を引き私の持つ竹刀を睨むように見つめる。

 

「面っ!」

 

 軽く走りこみながら振った竹刀の軌跡は、とてもきれいとは言えなかった。だがしかし、打ち込まれた竹刀を持つ私の手に伝わる感触には、確かに由太郎の気持ちが響いていた。心が籠ったいい振りだ。

 

「どうだい?気持ちいいだろ?」

「…ああ、悪くないな」

 

 ニヤリと笑いかけると、由太郎もまた頬が緩み満足そうな表情を浮かべる。

 

「それじゃあ、まずは足さばきから見直してみようか。素振りと違って打ち込むときは…」

 

 ベシィ!

 

(いた)ッ!」

 

 背中に衝撃が走り、思わず涙目になりそうになる。

 

「コラっ! 弥彦! 何てコトすんのよ!」

 

 振り返ると、竹刀を持った弥彦がコチラを睨みつけてくる。

 

「…竜之介までソイツを贔屓(ひいき)すんのかよ」

「いててて…。べつにそんなつもりじゃ…」

 

 私が弁解を終える前に、弥彦は道場を飛び出して行ってしまった。

 

「弥彦! あっ、こら! 待ちなさい!」

「神谷さんあまり怒らないであげてください」

「でっ、でも…」

「少し、私の方に配慮が足りなかったと思います」

 

 なんというか、嫉妬なのだろう。チヤホヤされている弟が気に食わない兄のように、寂しさを感じていたのかもしれない。楽しそうに竹刀を振る由太郎の姿に興奮し、少し気遣いが足りなかったか。

 

「すいませんが、今日はちょっと寄っただけでしたので、もう帰らせて頂きます。…弥彦君が帰ってきたら普段通りに接してあげてください。それと、由太郎君!」

 

 私の呼びかけに、ピクリと反応する由太郎。気まずい思いをさせてしまっていないだろうかと少し心配だ。

 

「稽古の続きはまた今度ね」

 

 少し迷うような表情をしているけれど、目はどことなく嬉しそうだ。きっとまた道場に来てくれるだろう。

 

 頭を下げ、二人の返事を待たずに、足早に道場を出る。

 

 去り際にすれ違う剣心さんに、小さく頷かれた。弥彦のことを頼む、という意味なのだろう。追いかけるべきか、少し悩んでいたのだが背中を押されてしまったな。

 

 

 

 あまり遠くに入っていないだろうと思い、道場の周りを駆け回ったのだが、なかなか弥彦が見つからない。沈みだす夕日を恨めしく思いながらも歩き続けると、墨田川までたどり着いてしまった。

 途方に暮れながら川沿いに土手を歩いていると、ポツンと土手に座る弥彦を見つけた。

 

 どのように声をかけるべきかわからず、後ろからそっと近づき弥彦の隣に座る。胡坐を掻きながら頬杖を突く弥彦は、こちらを一瞥すると、川の方に視線を向けたまま黙っている。

 かける言葉も思いつかないため、私も黙って川を見つめる。行き交う船が荷物を運び、荷下ろしをする人足がせわしなく動き回っている。

 

「悪かったな」

 

 ポツリと弥彦が呟く。少し強い風が二人の間を通り抜ける。風が少し冷たい。

 

「別に、気にしてないよ」

 

 視線は川に向けたまま、静かに答える。仕事を終えた人足達が、何やら上機嫌に仕事場を後にする様子が見える。

 その様子を見つめながら、私は言葉を続ける。

 

「宿題の答えは見つかったかい」

「別にアイツは…。そんなんじゃねーよ」

「そうかい? まっ、後ろから追い抜かれないように、せいぜい精進するんだね。」

「ったく、当たり前だろ」

 

 素直じゃない弥彦の返事に、もう大丈夫なのだろうと安心する。追う方と追われる方、どちらの方が大変なのだろうか。願わくば、どちらも経験して欲しいところだ。

 西日に背中を焼かれたせいか、じんわりと背中から熱を感じる。

 私と弥彦はそのまましばらく、黙って川を見つめていた。

 

 

 

「ただいまー」

 

 ようやく家に着き、ほっと一息。予定外に長い外出となってしまった。

 

「おかえりなさい、竜さん。遅かったね。なにかお店であったのかい?それともまさか、仕事サボって道場にいったりなんかしてないよね?」

 

 部屋の奥から出てきて、疑いの眼差しを向けるさよ。急に出てきて、まさかいきなり核心を突かれるとは。思わず目を逸らしてしまう。

 

「竜さん?」

 

 声色に、若干怒気が混じっているような気がする。

 

「ちょっと暴漢に襲われてね、警察の人と話し込んだりしていたら、思ったより長くなっちゃって」

「ふーん、確かに今日、近所でそんな騒ぎがあったみたいだね。」

 

 たけさんがそんなこと言っていたなぁと、さよはぶつぶつ独り言を呟きながら考える素振りを見せる。

 

「そんなことがあったからね、実は今日の分の帳簿が終わらなそうなんだ。明日の仕事とまとめてやっちゃうからさ、明日はさよ、休みでいいよ」

「ふーん」

 

 怒られるよりも先に、進んで罰を受けたほうが被害は少なくて済む、何て下心もあるのだけれど、自分で溜めた仕事は自分で処理しなきゃね。

 

「別にいいよ。あたしの方でやっておくから。けど、竜さん。貸し一つだからね」

 

 指をピンと立て、ニヤリと笑うさよ。貸し一つか。それならば…

 

「それじゃあ、()()一つでお願いします」

 

 私は懐から懐紙に包まれたきんつばを取り出すと、さよに差し出した。帰りが遅いことで、さよやたけさんの機嫌が悪くなることを心配し、ご機嫌取りように帰りがけに買ったのだ。閉店間際の投げ売り品であるのだが、何もないよりはマシだと思う。たぶん。

 さよは、私の顔と差し出したきんつばを交互に見つめるとポツリと呟いた。

 

「竜さん、自分で言ってて悲しくならない?」

 

 首をこてんと傾け、不思議なものを見るようにこちらを見つめる彼女の目を見ていると、私は大変に悲しい気持ちになるのであった。




 ここまでお読みいただきありがとうございます。今回の話で約10万文字になります。だいたい文庫本の小説一冊分だそうです。
 こんなに長い文章を書いたのは初めてなのですが、予想外に沢山の人に読んで頂けて大変うれしいです。
 誰かに自分の書いた文庫本一冊分の話を読め、と言われてもなかなか読んで頂けることって難しいのかなと思うと、大変ありがたく思う次第でございました。

19.09.29
 各個撃破の表現を見直しました。


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29

 由太郎が道場に通いだしてから、一週間と数日が経った。あの日以来、雷十太からのちょっかいはなく、基本的には平和な日々なのだが…

 

「誰がチビ猿だ! この猫目野郎!」

 

 弥彦の怒声が道場に響き渡り、またはじまったかとウンザリしてしまう。対抗心剥き出しで稽古を行う少年二人組は、些細なことで喧嘩することも多く、稽古が止まりがちなのだ。

 今のところ強さで言えば弥彦の方に軍配が上がるのだが、由太郎の上達ぶりに焦りを隠せないでいる。そんな状況も喧嘩の原因の一つなのか、やれどちらの素振りが早いだとか、やれどちらの打ち込みの方が強いだとか、争いの種には事欠かない。

 

「はいはい! 喧嘩はそこまで!」

 

 神谷さんの仲裁により、口を噤む二人であるが、睨み合いは続く。元気があるのはいいことだが、ありすぎも困ったものだ。

 

 

 稽古が終わり、道場の新しい門下生候補の由太郎を赤べこで歓迎するために、神谷道場の皆で赤べこで夕飯を食べに向かう。出禁を解除した左之助も一緒だ。

 さよとたけさんには、家を出る前に夕飯を赤べこで食べてくると伝えてきているのだが、今日の夕飯は豪勢にしなくちゃと息巻くたけさんの様子を思い出すたびに、我が家の献立が気になって仕方がない。

 

 赤べこに到着し、店内に入ると既に席が埋まり始めており今夜も盛況のようだ。一応、そのことを見越して夕飯には少し早い時間にきたのだけれどなぁ。

 

「あら、竜之介さん」

「やっ、妙さん。六人なんだけど、案内をお願いしていいかな」

 

 妙さんに大きめの座敷席に案内してもらい、牛鍋を注文する。稽古の後でお腹がすいているため、料理が早く来ないか待ち遠しいな。

 

 

 

「弥彦! お肉ばっかり食べてないで、野菜も食べなさい!」

「うるせーな! 早いもん勝ちだろ!」

「みんなで食べてるんだから少しは遠慮しなさい!」

 

 鍋をつつき始めて早々に、弥彦と神谷さんがぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。由太郎と弥彦がケンカしないように、さりげなく二人の席を離しておいたのだが、弥彦の隣に神谷さんを座らせたのが失敗だったか。

 一方由太郎君は、私の隣でお行儀よく食べている。着ている服も安いものではなさそうだし、きちんと躾が行き届いているようだ。彼の家のことは聞いていないが、育ちの良さが垣間見える。

 

「由太郎君は偉いね、行儀よく食べていて」

「フン。当たり前だろ。これぐらい当然だ」

 

 そっけない態度だが、少し頬が赤くなっている。チラリと弥彦を見ると、こちらを睨みつけ悔しそうにしている。これで少し落ち着いてくれるといいんだけどね。

 

「うまく収めたでござるな」

 

 耳もとで剣心さんが小声で話しかけてくる。そんなこと言ってるけれど、またしばらくしたら騒ぎ出すことはわかっているだろうに。

 

「そうそう、由太君。この間の話のことなんだけど」

「話?何だそれ?」

「ほら、神谷活心流(うち)に入門しないかって。きみなら十分やっていけそうだし弥彦と一緒に神谷活心流を担う剣客にきっとなれるわ」

 

 神谷さんが由太郎の勧誘を始めると、皆食べる手を止め話を由太郎に注目する。店内の喧騒が、やけに耳に響く。

 しばしの沈黙の後、由太郎はゆっくりと口を開いた。

 

「ごめん…。薫さん、教え方上手だしそこまで見込んでくれるのは本当にうれしいよ。けど、やっぱり俺、強くなるのは雷十太先生の元がいい。」

「そっか、残念だけど、仕方ないわね」

 

 由太郎は、牛鍋を見つめながら言葉を選ぶように返答する。結構期待していたのだけど、振られてしまったか。残念だな。

 

「由太郎君、入門はしなくても、これからも暇なときは遊びにおいでよ。…弥彦も寂しがるからね」

「けっ、別に寂しかねーけど、決着着くまで逃げんじゃねーぞ」

 

 弥彦の反応に一瞬目を丸くすると、笑みを浮かべる由太郎。

 

「ああ、誰が逃げるかよ」

 

 二人の間で決着がつくのはいつの日になるやら。微笑ましい様子に満足しながら、皆で食事を続けるのであった。

 

 

 

 赤べこを後にし、由太郎を家まで送るために、雲一つない快晴の夜道を皆で歩く。空気が澄み、冷たい空気が火照った体に気持ちいい。

 

「先生に初めて会った出会った時も、ちょうどこんな夜だったんだ」

 

 下町を離れ、林道に差し掛かったところで、由太郎が雷十太との出会いについて教えてくれた。

 

 三か月ほど前に、父と馬車で家に帰る途中、ちょうどこのあたりで兇族に襲われたそうだ。馬車は倒され、人気(ひとけ)もない場所で囲まれてしまい、もはや逃げることができなくなり、絶体絶命の状態。もはやここまでかと思ったところで、雷十太が登場し、一撃で賊を蹴散らしたそうだ。

 

「あの雷十太が人助けねぇ。なんか嘘みてーな話だな」

 

 由太郎の話に茶々を入れる左之助。本人の体験談とあの入れ込みようから、本当にあった出来事なのだろうとは思う。だけれども、左之助の感想もわからなくはない。

 雷十太が無口で無表情だから周りに誤解されやすいのだと、由太郎は左之助に反論している。近しい人にしかわからない意外な一面もある、ということなのだろうか。

 

「剣心さんも竜之介さんも、いずれ先生と闘うんだろう?そん時は正々堂々真っ向勝負で頼むぜ」

 

 立ち止まりまっすぐな目でこちらを見る由太郎の目に耐えきれず。視線を逸らしてしまう。剣心さんと二人ががかりで片付けてしまおうとしていたこととか、秘密にしておこう。

 そんなしょうもないことを考えていると、ふと殺気を感じる。

 

「先生っ!?」

 

 由太郎が叫んだと同時に、とっさに由太郎を抱えてその場から逃げる。視界の端に、物陰から飛び出し刀を振り下ろす雷十太の姿が見える。

 剣心さんは神谷さんを、左之助は弥彦を引張りそれぞれその場から逃げたため、斬撃は外れた。

 雷十太は舌打ちをすると、こちらへと向きなおり、臨戦態勢に入る。

 

「夜道で奇襲とは、穏やかじゃないですね」

 

 私も木刀を構え、雷十太の出方を窺う。正直奇襲されたおかげで、遠慮なく二人がかりで戦える。

 

「違う! 今のはただのアイサツがわりだ! そうですよね! 先生!」

 

 自分に言い聞かせるように、由太郎が雷十太に問いかけるが、当の雷十太は由太郎に目もくれず、無視を決め込んでいる。

 

「先生…」

「由太郎君、危ないから下がって」

 

 放心する由太郎君を、危ないので下がるように促すが、私の言葉が耳に入らないようだ。

 

「薫殿も離れるでござるよ」

 

 剣心さんも神谷さんを巻き込まないように、離れるように伝えたのだが、その瞬間、

 

「ぬん!」

 

 雷十太が剣心さんに斬りかかる。難なく避ける剣心さんだが、なんとも卑怯な瞬間に斬りかかるものだ。別に雷十太を貶めるつもりはない。勝つために、全力を出しているだけだ。ただ、自分より弱い人を利用していることだけは非常に気に食わないが。

 

「剣心!」

 

 神谷さんの悲鳴のような呼び声が、暗い林道に響き渡る。

 そのまま雷十太は連撃を剣心さんに繰り出すのが、すべて避けられている。外れた斬撃は、地蔵や木を難なく切り倒し、相当な威力があることが分かる。刀で受け止めようとしたところで、刀ごと相手を切り裂ける、恐ろしい技だな。まぁ、木刀の私にはあまり関係ないが。

 

 狭い林道の中、どうも立ち回りが上手くいかず、一対二の状況が作り出せず、剣心さんの背後で私は何もできずにいた。剣心さんが負けるようには見えないが、少しもどかしい。

 林を抜け、雷十太の背後に回ることも考えたが、由太郎が心配で大きく動くことは躊躇われる。

 

「ぬぅ!」

 

 痺れを切らした雷十太が砂を蹴り上げ、目潰しを行おうとするのだが、高く飛びあがった剣心さんに躱され、逆に飛天御剣流の技の一つ、竜槌閃を左肩に当てられる。

 きれいに決まったように見えたのだが、雷十太ビクともしていないようで、剣心さんに向かいニヤリと笑いかけている。体も頑丈とは厄介な相手だ。

 

「どうやら貴様は『纏飯綱』の方では倒せんか。こちらの『飯綱』は奥の手だったがやむを得ん! 秘剣! 飛飯綱!」

 

 距離を取った雷十太が、なにやら新たな技を繰り出そうとしているようだ。あの距離で出す技ということは遠距離に有効な技か?

 私は由太郎を庇える位置に立ち、警戒を怠らないように雷十太を観察する。

 

 雷十太が刀を大きく振ったと思うと、違和感とともに右の太ももが熱くなる。

 

 ブシュッ。

 

「ぬぉ!」

 

 思わず片膝をつく。

 

「竜之介!」

「竜之介さん!」

「浜口殿!」

「浜口さん!」

 

 

 皆が私の名を呼ぶ声が聞こえる。何だったんだ。傷は深くないように思うが、出血で着物が赤く染まる。

 木刀を杖がわりに立ち上がり、左足に重心をかけ何とか立ち上がる。右足の踏ん張りは利くが、心もとない。参ったな。

 

「大丈夫ですよこれくらい。カスリ傷ですから。由太郎君は怪我はないかい?」

「俺は大丈夫だ! それよりも竜之介さんが…」

「良かった。直ぐに終わらせるから、下がっていて」

「でも…」

 

 視線を雷十太に向けたまま、背後の由太郎と言葉を交わす。

 

「見たか! これが『飯綱』だ! 古流の秘伝書より見い出し十年の歳月を費やして会得した我が秘剣! これこそ我が真古流の象徴! そして…究極の殺人剣!」

 

 嬉々とした表情で子供のようにはしゃぐ雷十太。あの表情は、見覚えがある。初陣で人を斬り、酒を飲みながら饒舌に語る、新選組の平隊士と何ら変わらない。

 木刀を構え、さてこの手の手合いにはどう対処するかと考えていると、

 

「浜口殿、ここは拙者に」

 

 剣心さんがコチラを一瞥し、逆刃刀を握りなおす。怪我をしたので戦力外との判断だろうか。足手まとい扱いとは少し悲しいが、怒りを見せる剣心さんの顔を見て、出しゃばるのはやめることにした。剣心さんが本気を出せば、雷十太なぞ直ぐに片付けられてしまうだろうから。

 

「嬉しいか?」

「あっ?」

「いまので確信したよ雷十太。殺人剣を唱えてはいるが、お前は一度も人を殺めたことが無い。人を殺めたことがある本当の人斬りならば、相手を仕留められなかった自分の剣を嬉々として語りはしない」

 

 剣心さんがツラツラと語る言葉を聞くたびに、雷十太の顔に、焦りと怒りが入り混じる。

 

「貴様ぁー! どこまでも愚弄しおって!」

 

 激昂した雷十太が、飛飯綱を放つが剣心さんには当たらない。

 射程から逃げるように、私は由太郎を引張り退避する。足は少し痛むが、思ったより血も出ていないようだ。心の中で、問題ないと自分に言い聞かせる。

 

「飛天御剣流 土龍閃!」

 

 何度目かの飛飯綱を躱し、剣心さんが逆刃刀を地面に向かって振るうと、雷十太に土や石が飛んでいく。威力は飛飯綱の方が高いのであろうが、土龍閃の方が攻撃範囲が広く、雷十太は全身に小さな傷を作っていく。遠距離にも対応した技があるとは、流石飛天御剣流といったところか。

 

「ぬぅ!」

 

 決まったな。雷十太は顔を庇い大きな隙を作ってしまった。剣心さんは、再び飛び上がると、今度は頭に向けて龍槌閃を放つ。先ほどは手加減をしていたのか、見るからに今回の一撃の方が力が籠っている。

 頭部に強烈な一撃をもらった雷十太は、悲鳴を上げる間も無くその場に倒れた。

 




少し長くなってしまいました。
なんとなく、スマホで見る際に3000文字くらいの方が栞を挟みやすく、何かの合間に読みやすいかなと思っており、3000~3500文字くらいに収めて書くように心がけております。

大変恐縮なのですが、活動報告にて作品に関するアンケートを投稿しました。作品の展開に関わるようなものではなく、この小説(と読んでいいのかわかりませんが。)について、どんなところが面白いのか教えて欲しいとの内容でございます。ご協力いただけると幸いです。


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30

「先生!」

 

 倒れる雷十太に由太郎が駆け寄る。あのような醜態を見た後だというのに心配しているのか。やはり由太郎にとっては雷十太は特別な存在なのだろう。

 膝を突き、目に涙を浮かべながら雷十太の怪我の具合を心配し確認するその様子に、こちらも言葉を失ってしまう。

 

「ぬぉぉぉぉぉ!」

 

 唐突に叫び声が響く。意識を失ったかに見えた雷十太は、勢いよく立ち上がると由太郎の左足を掴み持ち上げる。まだ動ける元気があるとは思わず、油断してしまった。

 

「うっ、動くな! 動けばこのガキを殺す!」

「てめぇの弟子を人質に取る馬鹿がいるかよ!」

 

 弥彦の叫びに雷十太は、血走った目を向け叫び返す。

 

「吾輩が本気でそんな小童(こわっぱ)を弟子にすると思っていたか! 出資者のガキ故、うざったいのを我慢して師のフリを演じたまでのこと! 狂言強盗までして作った出資者をなくすのも惜しいが、代わりなどいくらでもいるわ!」

「てめぇ!」

 

 左之助が叫び飛び掛かろうとするのだが、人質を前に歯噛みしている。迂闊に動けないようだ。

 狂言強盗ということは、由太郎が先ほど話していた賊のことだろう。助けられたと由太郎は思っていたのだろうが、すべて茶番だったわけか。

 何が真古流だ。とんだ屑野郎じゃないか。

 

「先生…」

 

 泣きながら絶望に染まる由太郎の顔が目に入り、思わず顔を逸らしそうになる。

 

「…本当に由太郎君を殺すつもりですか」

 

 雷十太の目を見つめ、私はゆっくりと語り掛ける。

 

「わっ、吾輩は…」

「殺すんですか」

 

 私は再度問いかけた。雷十太の表情が、怒りから恐れに変わる。こんな信念のない男に、由太郎はひどい目に遭わされたのかと思うと、腹が立って仕方がない。

 だから私は、自分が思う言葉をそのまま雷十太にぶつける。

 

「もし殺したら、私は絶対にあなたを許しません。絶対に」

「うっ、うっ、うぐぅぅぅ」

 

 そこまで言うと、雷十太を由太郎を手放し、頭を抱えてその場に蹲った。

 

「はぁ。出来もしないことなんて、最初から言うんもんじゃないんですよ。全く。…由太郎君、怪我はないかい」

 

 情けない雷十太の姿を見ていると、腹を立てていたことが馬鹿らしくなる。まぁいいや。

 そんなことより、由太郎が心配だ。右足を庇いながら、木刀を杖がわりにひょこひょこ歩き、由太郎の元へと向かう。

 

「浜口! 無理すんじゃねぇよ」

「あぁ、スイマセン」

 

 駆け寄る左之助が肩を貸してくれた。結構いいとこあるじゃんね。

 

「うぅ…。竜之介さん…」

「大丈夫だよ、もう大丈夫だから…」

 

 泣きじゃくる由太郎を、そっと抱きしめ頭を撫でる。裏切られたり、人質にされたり、今日は何かと大変だっただろう。

 

 

 

 その後、私は左之助に背負われて、高荷さんが助手をしている医師の元へと連れていってもらった。少し恥ずかしかったのだが、肩を貸して歩いていくと遅いと言われると、何も言い返せない。

 

「どうも、お久しぶりですね、高荷さん」

「お馬鹿! どうせ会いに来るなら怪我や病気以外で来て頂戴!」

 

 久しぶりに高荷さんに会ったので、左之助の背の上から挨拶したのだが、怒られてしまった。むぅ、今度お菓子でも持って遊びに来るか。

 直ぐに治療が始まったのだが、幸いなことに、神経や筋を傷つけていないため、少し安静にしていれば後遺症なく治ると診断された。

 数針縫い、軟膏を塗り、包帯を巻かれて治療は完了。麻酔により少し歩きづらいが、特に問題はなさそうだ。治療室を出ると、皆が待合室で待っていた。

 

「いやぁ、すぐ治るみたいだし、後遺症もないそうですよ、心配かけてすみませんでしたね」

 

 開口一番、とりあえず怪我の状況を報告すると、皆がホッと胸を撫でおろす。でも、待合室のどこかから、不穏な空気を感じるんだよなぁ。

 

「バカッ!」

「ヒッ!」

 

 左之助の背後から、さよが飛び出す。大声を出すもんだからびっくりしちゃったよ。

 

「もう、心配したんだから…」

 

 私の元へ駆け寄り、抱き着かれてしまうんだけど、今私踏ん張れないんですよ。ごめん、私が悪かったからやめて…。

 頭を撫でながらすすり泣くさよを宥めていると、由太郎と見知らぬ男性が近寄ってくる。

 

「ごめんなさい! 竜之介さんは俺を庇って怪我したんだ! だから、俺が悪いんだ」

「私からも謝らせてください。この度は息子を守るために怪我をさせてしまい申し訳ありませんでした」

 

 ああ、この人が由太郎のお父様か。清潔そうな身なりの、感じの良い方だな。

 親子揃って頭を下げられて、少し困ってしまう。さよもキョトンとしている。

 

「竜さん?」

「違いますよ、これは。私がドンくさくて避け損ねただけですから。ほら、頭を上げてください」

 

 できるだけ明るい声で、二人に笑いかける。

 

「でっ、でも…」

「なんだい? 由太郎君。私が嘘をついているとでも言いたいのかい?」

 

 顔を上げ困惑する由太郎君に追い打ちをかけ、話をうやむやにする。ちょっと怪我しただけで気に病まれても、ちっとも嬉しくない。さっさと忘れてくれたほうが、こちらとしてもありがたいのだ。

 

「…浜口さん、ありがとうございます。さっ、由太郎、帰るよ。いつまでも居ても、浜口さんに迷惑だろう」

 

 由太郎の父は、もう一度深々と頭を下げると由太郎を連れて部屋を出ていく。優しそうな笑顔だった。由太郎の方は、少し不満そうな顔をしていたけどね。

 

「由太郎君!」

 

 部屋を出る間際、私は由太郎を呼び止める。

 

「また、道場でね」

「うん!」

 

 元気な返事をした由太郎に手をひらひらと振り見送る。退室間際、二人はもう一度頭を下げて出ていった。

 

「さっ、私達も帰ろっか」

 

 

 

 夜遅くまで待っていてもらった、神谷道場の面々にお礼を言い、私達は帰路についた。足を痛めている私のため、左之助は再度私を背負い、家まで運んでくれた。

 

「あっ、ここで大丈夫ですよ。ありがとうございます。左之助さん」

「なんでぇ、さん付けなんてらしくねぇじゃねぇか」

「まぁね。今日は弱ってるから。今度酒でも奢りますよ」

「おっ、そいつは楽しみだ。高いヤツで頼むよ」

 

 左之助と二人で笑いあう。こういう左之助のサッパリしているところは、結構好きだったりする。本人には絶対に言わないが。

 

「左之助さん、今日は本当にありがとうございました」

 

 横にいるさよが、深々とお辞儀をする。

 

「いいってことよ。いつも浜口サンには世話ンなってるからな」

「そうそう、食い逃げもするしね」

「なっ、もうしてねーっての」

 

 頭を掻きながらバツが悪そうにしている左之助を見て、さよと二人で噴き出してしまう。そんな私達を見て、左之助も笑っている。随分と優しそうな顔だ。

 

「んじゃ、あんま遅くなっても悪ィからよ」

「ええ、それではまた」

「おう」

 

 それだけ言うと、左之助はそのまま夜の闇に消えていった。

 

「それじゃあ遅くなったし、さっさと寝ようか」

 

 家の中に入り、待っていたたけさんに怪我の具合を報告すると、欠伸をしながら自分の部屋に戻っていった。もう少しこう、お小言をもらうかと思っていたので拍子抜けだ。

 そのあとすぐに寝室に行き、さよと一緒に布団に入る。その時になり、何かずっと忘れていたことがある気がして、こう、喉の奥に魚の小骨が刺さったような気持ち悪さがあって眠れない。

 

「竜さん、眠れないのかい?」

「うん、何か忘れている気がしてね」

 

 先ほどまで疲れで直ぐにでも眠れそうな気持だったのに、何だろう。今日あった出来事を振り返りながら、引っかかっていることを考える。

 

「あっ!」

「わっ、びっくりするなぁ」

「さよさぁ。今日の夕飯なんだったの?」

 

 しばし、沈黙が流れる。狸寝入りじゃないよな。

 

「怒らないで聞いてね」

「わかってるよ。そんなにいいモノ食べたのかい?」

「別に、高いモノじゃないんだけどさ。…鰻」

「えっ?」

「鰻だよ、()()()!たまたま今日安かったみたいで、たけさんが買ってきたんだよ…。竜さんには内緒にしようって言ってたんだけどさ」

 

 私の一番の好物を、あえて私のいないときに食べるかぁ?怒っても仕方がないことだと理解しつつ、私は枕を涙で濡らすのであった。




たぶん、閑話を一つ二つ挟んで、斎藤編に入ります。
月岡編はちょっと飛ばします。原作を読んでいる方は、画面外で同様の出来事が起きたと思ってください。
原作を読んでいない方は(そもそも原作を読まれていない方に配慮されていない本作を、ここまで読んでいないとは思いますが)気にしなくても問題ありません。


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閑話
31


アンケートにご回答いただいた方、ありがとうございました。


 雷十太との一件から数日後、私の足の怪我は順調に回復し、激しい運動は禁じられていたが、普通に歩く分には問題がない程度には良くなっていた。

 稽古はお休みし、仕事以外に特にすることもなく、ダラダラと過ごす日々。道場に通う以前は、近所を散歩してブラブラしたり、適当に買ってきた書物を読んだり、はたまた近所の神社の敷地で木刀を振って汗を流したりして暇をつぶしていたのだが、なんだか何もする気が起きない。

 そんなわけで私は今、縁側で横になりながら地面を歩く蟻を眺めている。蝶の死骸を運ぶ様子を眺めながら、働き者で偉いなぁなんて感心していると、三角巾を巻いたたけさんに文句を言われる。

 

「はいはい掃除の邪魔だよ。やることが無いのはわかるんだけどね、もうちょっとなんとかならないかねぇ」

「んー、私もそう思うんですけどねぇ」

 

 私はゆっくりと立ち上がり、両手をバンザイしながら伸びをする。思わず欠伸が出てしまう。家事を手伝わせてもらえればいいんだけれど、たけさんはそれを絶対に許してくれない。

 

「ちょっと散歩にいってきます。夕飯までには戻りますんで」

「はいよ、いってらっしゃい」

 

 背後からたけさんの溜息が聞こえてくる。自分でも、もう少しシャキッとしなければいけないと思うんだけれどねぇ。思うのと実行するのは大違いなわけで。

 心の中でたけさんに言い訳をしながら玄関に向かう。家を出ようと草履を履いていると、何やら外が騒がしい。ウチに誰かお客さんかな。

 

「ただいまー。あっ、竜さん、お客さんだよ」

 

 玄関が開くと、さよが立っていた。赤べこから戻ってきたのだろう。

 

「私にお客さん?」

「うん、ほらっ」

 

 そういうとさよの後ろから少年二人が飛び出てきた。弥彦と由太郎だ。

 

「よう、竜之介。邪魔するぜ」

「バカッ! 竜之介さんに失礼だろ。…お邪魔します」

「うるせーな猫目野郎。細けーことはいーんだよ!」

「はいはい、喧嘩しない、喧嘩しない。ふふっ、二人とも元気があって大変よろしい!」

 

 いつものように喧嘩を始めようとする二人だが、さよに毒気を抜かれて喧嘩する気が失せたようだ。子供の扱いがうまいなぁなんて、感心してしまう。

 

「弥彦に由太郎君。遊びに来てくれたのかい? ちょうど良かった、暇してたんだよ。立ち話もなんだし中に入りなよ」

 

 

 

 自室に通し、弥彦、由太郎と向きなおる。座布団の上で胡坐を掻く弥彦と正座をする由太郎。なんとも正反対な二人だ。

 

「竜之介さん。これ、お土産です」

 

 持っていた風呂敷の中から、木箱を取り出し差し出す由太郎。弥彦がボソッと、ゴマすりやがってと文句を言っている。

 

「これはこれは、気を遣わせてしまって済まないね」

 

 受け取った木箱には『貯古齢糖』の文字が書かれている。んっ?まさかこれは。

 

「失礼。中身を見せてくれ」

 

 慌てて木箱を開けると、中には四角くて黒い塊が、木枠によって仕切られたマス目にきれいに収められている。チョコレートだ。

 

「これ、高かったんじゃないのかい? お持たせで悪いけれど、みんなで食べようか。そうすると、緑茶より豆茶(コーヒー)の方が合うかなぁ…」

 

 満面の笑みの由太郎と、渋い面をした弥彦に一言断り、私は台所へと向かう。台所にはお茶を入れるためのお湯を沸かしているさよがいた。由太郎にもらったお土産を一つ渡し食べてもらう。

 

「甘ぁーい! 何これ! すっごくおいしいよ!」

「西洋のお菓子だよ。たぶん、豆茶(コーヒー)の方が合うから、緑茶じゃなくてそっちで頼むよ」

 

 ブンブンと首を縦に振るさよに後を任せ、私は部屋に戻っていった。

 

 

 

 三人でチョコレートを頂きながら、豆茶(コーヒー)を啜り、お喋りをする。由太郎から改めてこの前のお礼を言われたり、神谷さんの料理がまずいという苦情を聞いたり、由太郎が正式に神谷活心流の門下生になったとことを聞いたり、話題には事欠かない。

 

「竜之介、聞きてぇことがあるんだけど、いいか?」

 

 話が少し途切れたところで、弥彦から質問が飛んできた。

 

「ん? なんだい? 私が答えられることならいいよ」

「『宿題』は終わらせたからよ。次の強くなる方法、教えてくれねーか?」

 

 チラリと由太郎を見ながら、真剣な表情でこちらを見つめる弥彦。宿題とは、前に(ウチ)遊びに来た際に話した『競い合える相手を探せ』と話したことだろう。まさかこんなに早く答えを見つけるとは思っていなかった。

 弥彦なりに由太郎のことを認めている証拠なのだろう。弥彦がそのことを素直に口にすることはないのだろうけれど、少しうれしくなり頬が緩む。

 

「んー、そうだねぇ」

「竜之介さん、頼む! 俺にも教えて下さい!」

「わかった、わかった! 教えるから頭を上げてくれよ」

 

 頭を下げる由太郎に、慌てて頭を上げるように言うと、由太郎は笑顔になる。そんな様子を落ち着いてみている弥彦。意外にも、私が由太郎に指導することを止めようとしない。

 

「弥彦もそれでいいかい?」

「おう、ズルして勝っても面白くねぇからな」

 

 憮然として答える弥彦の姿がなんとも頼もしい。そんな弥彦を見て、ますます笑みがこぼれてしまう。

 

「よし、それじゃあちょっと散歩にいこっか」

 

 

 

「散歩って、どこに行くんだよ」

「んー、秘密。何か所か行くんところはあるんだけどさ」

 

 呆れたような顔をしながら文句を垂れる弥彦。対して由太郎の方は、何やらブツブツ呟いている。何か考えているようだ。

 

「こういうことはね、最初に答えを教わるんじゃなくて気づくことが大事なんだよ」

 

 弁明するように弥彦に言うのだが、納得してくれたのかは分からない。少し回りくどいやり方かもしれないが、まっ、なんとかなるだろう。歩く速度を少し速めながら、私は楽天的に考えていた。

 

 

 

「いったいどこまで歩くんだよ…」

「ん? ああ、目当てはこのお店だよ。亀千ってお店なんだけどさ、どら焼きが美味しんだよねぇ。あっ、おばちゃん、どら焼き十個頂戴!」

「あいよ! 竜ちゃん久しぶりだねぇ、子供連れだなんて珍しい」

「まぁね、最近忙しくてさぁ。はい、お金」

「まいどあり、またおいでよ」 

 

 お土産用に包んでもらったどら焼きを二人に渡し、足早に次の場所へ向かう。戸惑う二人はあわてて付いてくるが、歩く速度を緩めずに次の場所へ向かう。

 

 

 

「ここの佃煮美味しんだよねぇ。おじさん三つ包んで!」

「おう! 浜口ンとこの倅か! 持ってけ持ってけ!」

 

 

 

「雷おこしってね、『家をおこす』とか『名をおこす』ってことにかけられて縁起物なんだよ。そういうわけで大将、十個ほど包んでもらっていいかい?」

「あいよ浜ちゃん。一個おまけしとくからまた顔出してくれよ!」

 

 

 

 長い長い散歩から戻ってくる頃には、すっかり夕方になってしまった。もともと歩く予定の散歩道を少し足早に歩いただけなのだが、二人ともバテバテだ。

 二人を縁側に座らせ、台所から水を入れた湯飲みを持ってきて二人に渡す。受け取るなり一気に飲み干してしまった。

 

「さて、一息ついたかい? なかなかいい店ばかりだったろ?」

 

 ニコニコ笑いながら二人に答えを教える。私の問いかけに返事をする元気はまだ無いようだ。

 

「…なんでそんなに元気なんだよ」

「そりゃあ、鍛え方が違いますからね」

「鍛え方…」

 

 由太郎がボソリと呟く。

 

「そう、まずは稽古をいっぱいできる様に、君達は体を鍛える必要があるってこと。今日散歩してみてよくわかっただろ? それが強くなるための第一歩だ。とりあえず、怪我人の散歩についてこれるくらいには、足腰を鍛えたほうがいいかな。」

「ちっ…」

 

 弥彦が悔しそうに舌打ちをするのだが、文句を言うほどの元気はなさそうだ。子供相手にちょっと大人げなかったかな。

 

「まっ、竹刀を振るだけが稽古じゃないからね。若いんだから、焦らなくても勝手に体力はつくだろうけど。無理して怪我だけはするんじゃないよ」

「はい!」

 

 由太郎が目を輝かせて元気に返事をする。

 

「おっ、いい返事だね。由太郎君」

「竜之介さんは、俺が強くなるためにいろいろ教えてくれるから…。嬉しいんだ」 

 

 はにかむ由太郎に、少し気恥しくなる。素直に好意を向けられるのは、その、何となく苦手だ。

 

「そろそろ疲れも取れただろう。さっ、遅くなる前に帰りなさい。あっ、お土産はちゃんと持って帰ってね、全部美味しいから」

 

 むず痒い気持ちにいたたまれなくなり、私は急かすように二人を帰らせてしまった。

 

 

 

「ねぇ、今日は三人でどこに行ってきたのさ」

「ちょっと散歩にね。浅草のあたりまで」

「ふーん、あたしも連れてって欲しかったなぁ」

 

 二人を家に帰した後、湯飲みを片付けているとさよが話しかけてきた。さよに声をかけず出かけていたので、ちょっと拗ねているのだろう。

 

「子供二人の面倒を見るなんて、大変だよ。元気な年ごろだからねぇ」

「嘘ばっか。竜さん、家ではずっと楽しそうにしてたよ」

 

 頬を膨らますさよと見つめ合い、しばし黙ってしまう。

 

「まっ、次は誘うから、今日のところは許してくれないかい?」

「ん、約束だからね」

 

 日が沈み暗くなる外を見つめながら、私は小さくため息を吐いたのであった。




弥彦&由太郎と竜之介を会話させるのが楽しくて書きました。後は、きちんと竜之介が町に馴染んでる様子をちょっと知って欲しいなぁとかそんな感じです。
多少原作より由太郎の口調が柔らかくしてみましたが違和感ありますかね?竜之介の影響とか、関係性、感情の変化からこんな感じになるかなぁと思いました。

赤べこに一人できた方治に酔った竜之介が絡んで意気投合するような閑話も書いていたんですけど、あまりにも違和感があるため難航しています。
我儘な同僚に対する方治の愚痴とか、上司の自慢(竜之介の場合過去のですが)とかをお互いしながら、話をボカシているからお互い勘違いして終わる感じ。
二人とも、立場が同じであればとっても仲良くできそうな雰囲気があるので、妄想したいのですが、無理やりすぎる感じがしております。

数日考えていい案が思い浮かばなければ、断念してこのまま次回は斎藤編を投稿予定です。
今週は出張続きのため、次回更新は日曜日になりそうです。日曜日に一話、次の月曜日に一話がいいところかもしれません。


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32

原作未読であったり、佐渡島方治って誰と思う方は、竜之介がおっさんに会う話と思って読んで下さい。
書き終わって気づいたのですが、原作未読者に優しくない内容です。


「さてと、夕飯どうしようかなあ」

 

 家で一仕事を終え、財布だけを持ち誰もいない家を出る。さよとたけさんは法事で実家に帰っているので、今日は一人でお留守番だ。

 そんなわけで、どこかで夕食を食べようと夜の町に繰り出すのだが、食べたいものも思い浮かばず、向かう先が定まらない。お腹は減っているんだけどなぁ。

 適当にそばでも食べて、今日は早めに寝ようかな、なんて考えていると不意に声を掛けられる。

 

「もし、そこの方。すまんが道を教えてくれんか」

 

 随分と変わった見た目の方に声をかけられたものだと、最初に思った。私に声をかけたのは、四十くらいの男性、洋装の服を身にまとい、髷を結ってはいないが髪は長く、でこが広い。佇まいや姿勢からにじみ出る勤勉さ、理知的な表情から頭の良さを感じる。下町に似つかわしくないその御仁に、私は興味をそそられた。

 

「ええ、いいですよ。私が分かる場所であればですけれど。どちらまで?」

「そうか助かる。実は赤べこという牛鍋屋に行きたいのだが、どうも迷ったようでな」

「ああ、赤べこですか。すぐそばですよ。ついてきて下さい」

 

 まさかうちのお店に用事とは、奇遇なこともある。気を良くした私は、快く案内を申し出た。

 店に向かい歩く道すがら、彼と少し話をした。彼の名は佐渡島さんといい、東京には仕事で来ているとのこと。とある商品の買い付けを行うためにこの時間まで商談を行っていたらしい。

 赤べこで特に誰かと会う約束をしているわけではないのだが、彼の知り合いから赤べこの評判を聞き、近くまで来たので立ち寄ってみようと思ったそうだ。

 

「ほら、あそこですよ、佐渡島さん」

「おお、確かに。わざわざ道案内まですまないな」

「いえいえ、いいんですよ。その代わりと言っちゃあ何ですけどね。少しばかり付き合ってもらえませんか?」

 

 

 

「こんばんわ。あっ、妙さん。二人なんだけど空いてるかい?」

「あら、竜之介さん。空いとりますよ。こちらへどうぞ」

 

 佐渡島さんには、これから一人で夕飯も寂しいので、お相伴(しょうばん)にあずからせて頂けないかと頼んだ。断れれたらそれまでと思っていたのだが、お互い一人で夕飯を食べるよりいいだろうと提案すると、渋々ではあるが許可して頂けたのだ。

 

 席に着き、牛鍋や酒、適当なつまみを頼む。佐渡島さんはあまりお酒が強くないそうだが、私もそれほど強くない。とりあえず熱燗を一本を頼み、二人で飲むことにした。

 

「ささっ、佐渡島さん。どうぞ」

「おお、これはすまない。…さっ、浜口殿も」

「はい、失礼します」

 

 お互いのお猪口に酒を注ぎ、軽く持ち上げ乾杯し、くいッと口へ流し込む。酒が体に染み、食道がほんのりと熱くなる。

 ぷはぁと一息つき、つまみの漬物を一切れ口に運ぶ。うん、美味い。

 

「随分とおいしそうに食べる」

 

 珍しいものでも見るような表情の佐渡島さんと目が合い、少し恥ずかしくなる。

 

「お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」

「恥ずかしがることはあるまい。少し羨ましく思えてな。ほらっ、お猪口が空のままでは寂しかろう」

「おっと、すいませんねぇ」

 

 慌てて私が持ち上げた私のお猪口に、佐渡島さんが酒を注いでくれる。気遣いができる人だ。

 

赤べこ(ここ)へはよく来るのか?」

「えぇ、まぁそうですねぇ。よく来る方だとは思いますけど…」

「ふむ、しかしここは活気があっていい店だな。常連になる浜口殿の気持ちも理解できる」

 

 店を見渡す佐渡島さんの顔から目を逸らし、頬をポリポリ掻きながらアハハと笑う。なんだか今更このお店を経営しているのは私です、だなんてちょっと言い出しづらいなぁ。なんだか居心地が悪いというか、居た堪れない気分だ。

 

 そんなことを話している間に、牛鍋が到着した。私はこれ幸いと、佐渡島さんの分を取り皿によそい渡す。彼は申し訳なさそうに受け取ると、お先に失礼と言い牛肉を一口食べる。私はドキドキしながらその様子を見つめていた。

 

「うまい!」

 

 目をカッと見開き、短く感想を述べる佐渡島さんを見つめながらそっと胸を撫でおろす。簡潔でわかりやすいな。

 

「お口に合ったようで良かったです」

 

 ガツガツと食べる佐渡島さんを見ながら、私は牛鍋のお代わりを頼んだ方がいいなと思いつつ、綻んだ顔を誤魔化すためにお猪口に入っていた酒を一気に(あお)る。顔が熱い。鏡がなくとも、自分の顔が大分赤くなっていることが分かる。

 

 

 

 徳利を三本ほど開けたところで話は佐渡島さんの仕事の話に移り、今は苦労話を聞かせて貰っている。個性的な同僚が多く、悩みも多いらしい。

 

「…へぇ、そいつは大変ですねぇ」

「あぁ、話が通じぬ者もいてな。これがなかなか厄介なのだ」

 

 赤ら顔で吐き捨てる佐渡島さんにほとほと同情してしまう。仕事上で付き合う相手というモノは、なかなか選べないからなぁ。合う人、合わない人いろいろいるのだろう。

 

「まっ、それだけいろいろな人が集まっているのも、志々雄さんでしったけ? その人の魅力のなせる技なんじゃないですかねぇ」

「その通り!」

 

 佐渡島さんは上司で社長(のことだと思う)の志々雄さんという方をとても尊敬しているようで、この人の話を始めると止まらなくなる。正直話の内容よりも、夢中に語る佐渡島さんを見ていることが楽しい。

 私は空になった佐渡島さんのお猪口に酒を注ぎ、彼の話に相槌を打つ。ここまで信頼を寄せてくれる人がいるということは、とても幸せなことのだろうな。

 

 

 

 腹も膨れ、店内のお客もまばらになり、そろそろ店を閉める時間が近づいてきた。お互いに大分酔ってしまったようだ。佐渡島さんは、酔い覚ましにと最後に豆茶(コーヒー)を注文した。どうやら豆茶(コーヒー)がお好きなようで、自分で豆を挽く道具まで持っているらしい。

 私は火照った体を冷やすためにお水を頂く。

 

「今日は楽しい酒が呑めた。お礼にここは私が出そう」

「いいえ、結構です。ここは私が持ちますので…」

 

 財布を取り出す佐渡島さんを慌てて止めようと立ち上がると、体勢を崩し倒れそうになる。むぅ、結構酔っているな。二人で食事をしていた座敷の端には、呑み終えた徳利がひぃ、ふぅ、みぃ…、ダメだ頭が回らず数えられない。

 

「しかし、それでは私の気が収まらん」

「ここは私からの投資だと思ってください。いいですか佐渡島さん…」

 

 私は一呼吸置き、佐渡島さんの目を見つめながら言葉を続ける。

 

「実はですね、赤べこは私の店なんですよ」

「は?」

 

 ポカンと口を開け呆ける佐渡島さん。そりゃ急に言われてもそうなるか。

 

「だからね、私がここの店主なんですよ。また、お店に来ていただければそれでいいんで、今日のお代は結構ですよ。ほらっ、財布はしまってください」

 

 ついでに近くにいる女給さんに、この人からお代は絶対に受け取らないように念を押す。苦笑しながら了承する彼女を見て、佐渡島さんはお金を出すことを諦めてくれたようだ。

 

「はぁ、これではまた来ぬわけにはいかないな」

「えぇ、お待ちしておりますとも。是非とも今度は同僚の方と一緒にお願いしますね」

 

 苦笑する佐渡島さんに、してやったりと心の中でほくそ笑む。また来てくれるだろうと思うが、別に来てくれなくたって構わない。なんだかんだ理由を付けてみたが、結局のところは、今日楽しいお酒を飲ませてくれたお礼なのだから。

 

 

 

 その後はお店を出て、まっすぐ家に帰り布団を敷き寝た。と思う。実を言うと店を出てからの記憶がないのだ。

 

 

「うわっ、何この匂い。竜さんお酒くさぁい」

 

 さよの声に目を覚ました私の目に、鼻をつまんで不快そうにする彼女の顔が映る。

 

「んん? さよかぁ? うッ、急に動くとなんだか頭が痛む…」

 

 立ち上がると帯がほどけ、着衣が乱れておりだらしない。立ち続けるのがつらくなり、その場でへたり込んでしまう。

 

「まったく、そんなになるまで呑んで…。一人で呑んだのかい?」

「うーん、佐渡島さんって人と知り合って赤べこ(ウチ)で飲んだんだけど、あんまり何を話したか覚えてないんだよなぁ。楽しかったことは間違えないんだけど」

 

 深いため息を吐くさよを余所に、昨日のことを思い出す。頭痛が邪魔をし、記憶がなかなか戻らないようだ。

 

「どうでもいいけどさ、早く水でも浴びてきてよ。くちゃくてたまらないよ」

 

 顔をしかめ部屋から出ていくさよの背を見つめるも、追いかけることはできない。頭痛と気怠さに悩まされ、私は半刻ほどその場から動けなかった。




 時系列は特に雷十太編の後というわけではありませんが、方治と主人公を会わせてみたかったという、個人的な希望で書きました。

 書いていて色々と思うところありますが、以降は原作ネタバレの話ですので活動報告に後書きを書こうかと思います。しかしながら、原作未読でここまでお読みいただけている方がいるのかなとの疑問もありますが。
 次回より斎藤編開始です。全部で5話くらいに収めたいなぁと思っております。


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斎藤編
33


予定を一日遅れました。スイマセン。
少し短いですが、キリが良いので投稿します。


「んっ、これで今日の分は終わりっと」

 

 自室での仕事を終え、凝り固まった肩を軽く回す。部屋に差し込む日差しから、まだ外が明るいことが分かる。いつもより仕事を早めに終えられた証拠だ。

 足の怪我が完全に治り、再び神谷道場に通えるようになってから数日経つが、この頃仕事の調子がすこぶる良い。心身ともに健康な証拠なのだろう。

 

 鼻歌交じりに帳簿を片付け、私は先ほどたけさんから渡された二通の手紙を取り出す。

 一通目は京都で白べこの店長をしている関原さんからだ。開封し手紙を広げると、見慣れた丁寧な字が目に入る。

 手紙には、お店の近況や日々の出来事、それから妙さんに関する心配事が事細かく綴られていた。子煩悩な関原さんを思い出すと、自然に笑みが零れてしまう。妙さんには、お父さんに近況を報告するよう、手紙でも書くようにそれとなく伝えておかなくてはいけないな。

 お店の方も繁盛しているようで、手紙の結びには一度こちらまで遊びに来て欲しいとも書いてあった。

 

 もう一通の手紙を手に取り、誰からの手紙かなと差出人の名前を探すのだが、生憎どこにも差出人が書かれていない。少し不審に思いながらも手紙を開けると、一枚の紙きれが入っていた。

 その紙切れには、『久しぶりに会って話がしたい』と一言書かれている。その他には日時と待ち合わせ場所が記載されているのみ。怪文書の類にも思えたのだが、署名に書かれた『斎藤一』の文字を見つけ思わず目を細めてしまう。

 

 また懐かしい人から手紙が来たものだ。簡潔な内容の手紙に苦笑しつつ、あの人の顔を思い浮かべる。そういえば手紙をもらったことなんて今までなかったな。らしいといえばらしいが、あんまりな内容だ。

 会いたいのであれば、(ウチ)に直接来ればよいだろうに。家族のいる私に遠慮したのか、それとも別の理由があるのか。

 待ち合わせ場所は専称寺(せんしょうじ)。察するに、単に昔話がしたいだけなのかも知れない。

 

 あれからどうしていたのか話してくれるだろうか。それともあの頃の話でもするつもりなのであろうか。後者はできれば勘弁して欲しいな。あの頃の思い出は、あまり楽しいことばかりではない。ほぅと、小さくため息をついてしまう。

 

 手紙をしまい部屋の片づけを終えると、私は部屋を出て家の中をブラブラと歩き回る。たけさんはそろそろ夕飯の準備を始めている頃だろうし、さよはどこかへ出かけている。相手が家の中を一周し、特に暇を潰せるようなことも思い浮かばなかった私は、夕飯まで近所を散歩してこようかなと思い玄関に向かう。

 

「ただいまー」

 

 玄関からさよの声がする。ちょうど帰ってきたようだ。

 

「おかえり。随分と遅かったね」

「まあね。薫ちゃんとちょっと寄り道してきたんだ」

「薫ちゃんって、神谷さんのこと?」

「うん、そうだよ」

 

 少し意外に思って聞き返すと、さよは得意げに笑みを浮かべる。

 

「ふふん、意外そうな顔をしているね」

「そりゃあね。いつの間に仲良くなったんだい?」

「女の子同士だからね、そりゃあ直ぐに仲良くなるさ」

 

 ニヤニヤ笑うさよを見つめながら、女の子って歳でもないだろうにとも思う。いや、さよは年齢の割に見た目は若いかもしれないが。

 

「あっ、今失礼な事考えてたでしょ」

「別にそんなことないよ」

「ふーん、まっいいや」

 

 さよが私の脇をすり抜け、トタトタと廊下を走り抜けていく。

 

「薫ちゃんって、かわいいよね」

 

 一度立ち止まると振り返り、それだけ言い残すと彼女は自室へと行ってしまった。残された私はなんとも言えない気分になるが、気を取り直し散歩に出かけるのであった。

 

 

 

「まずは一杯やろう藤田君。いや、この場はあえて斎藤君と呼んだ方がいいのかな」

 

 料亭の一室、身なりの良い官僚然とした男が、藤田と呼んだ細目の男に酒を勧める。

 

「お好きな方でどうぞ。それと、酒は遠慮させてください」

「ほほう、君が下戸とは意外だね」

「いえ、そういうわけでもないんですけどね。酒が入ると無性に人が斬りたくなる性質(タチ)なんで明治になってからは控えているんです」

「ふ…、ははは! これは頼もしい限りだな」

 

 斎藤の返事に、男は一瞬顔を青ざめさせるが、大声で誤魔化し余裕を取り繕う。

 

「それで早速本題に入るが、奴はどうだった?」

「緋村抜刀斎は今…」

「違う! 私が聞いているのは『木刀』の方だ!」

 

 顔を強張らせながら、強い口調で斎藤の言葉を遮る。男の頬には汗が伝い、内心の焦りを如実に表している。

 

「ああ、彼なら心配ありません。『黒傘事件』の黒幕で鵜堂刃衛の元締めがまさか元老院議官書記の渋海サンだったとは知る由もないでしょう」

「しかし! しかしアイツは…」

「寝ている狼は放っておけばいい。しばらく様子を探りましたが、彼が動く気配は無いようでした。牙が折れているとはいえ、抜刀斎と一度に相手をしろと言われてはさすがに骨が折れます」

 

 穏やかに語る斎藤は、笑顔を浮かべてはいるものの眼光鋭く、怯んだ渋海は口を噤んでしまう。

 

「…本当に大丈夫なんだろうね」

「ええ、彼のことは良く知っていますから…」

 

 ようやく絞り出した渋海の声は、怯えのせいか震えている。

 

「オイッ! 身内だからって見逃そうって腹積もりじゃねェだろうな」

 

 渋海の傍らに控え、今まで沈黙を貫いていた男が斎藤に強い口調で問いただす。目には攻撃的な光を宿し、剣呑な雰囲気を発している。

 

「よせっ、赤末(あかまつ)。斎藤君は刃衛に代わるお前達の仲間だ。身内争いなどやめたまえ」

「チッ」

 

 赤末と呼ばれた顔に大きな縫い目のある男は、自分の感情を隠すことなく不満げに舌打ちすると、斎藤から目を離した。

 

「はぁ…、わかりました。では、私が『木刀』の方を処理しましょう。顔見知りなので油断したところを斬れば造作もないでしょう。代わりに赤末サンは抜刀斎の方を…」

 

 チラリと斎藤が赤末の方に目をやると、赤末は我が意を得たりとばかりに満足げな表情を見せる。

 

「おっと、もうこんな時間ですね。そろそろ本職の方に戻らないと怪しまれますので」

 

 懐中時計で時刻を確認すると、斎藤は警官の制服を着用し、日本刀を片手に立ち上がる。

 

「では本官はこれで失礼します」

 

 制帽を軽く持ち上げ一礼すると、斎藤は部屋を退室していく。人ごみを縫うように歩く斎藤の姿を窓から見つめながら、渋海はポツリと呟く。

 

「…元・新選組三番隊組長 斎藤 一。維新後は藤田五郎と名乗り、西南戦争での警視庁抜刀隊を経て、今は警部補として奉職。一説では新選組最強として知られる沖田総司よりも強いとされておる男か」

 

 一呼吸置き、不安げな表情を携えながら渋海は言葉を続ける。

 

「刃衛ですら倒せなかった『木刀』だが、あの男なら…」

「随分と心配そうじゃねぇか。なんなら俺が両方()っちまってもいいんだぞ?」

 

 胡坐を掻き頬杖を突きながらつまらなそうに呟く赤末に、渋海は血相を変えて語気を強めて返答する。

 

「お前にはわかるまい! 奴に…、『木刀』に狙われる恐怖を! 維新から十年、ようやく安心して眠れると思っていたのに…!」

「わかった、わかったからそう怖い顔するな。俺が悪かった」

 

 謝る赤末を余所に、青ざめる渋海の震えはいつまでも止まらなかった。




感想返しは、今日終わらない分は明日の夜に行います。
すべての感想に必ず返しますので、しばしお待ちください。

 月岡編スキップとなったためボツとしましたが、さよが薫&剣心さんと錦絵を見に行く話とか、さよが竜之介の錦絵を買う話とか考えてました。

 世間のイメージ的に、結構エグイ竜之介が描かれているイメージです。幽霊のようなうつろな瞳の下には隈があり、髷は乱れ、だらりと下がった腕には木刀が握られ、背景には拷問器具と人魂が浮かんでいるとか、そんな感じですかね。
 現物の竜之介を知る近所の人からはそのギャップが面白がられていたり、『家に張ると泥棒が寄り付かなくなる』なんて謎の迷信が広まっていたりして意外と錦絵自体は売れ行きが好調だったりするんですね。
 さよは錦絵なんて興味なかったんですが、竜さんの錦絵見るなり衝動買いして竜さんに報告。『今すぐ破り捨てなさい』という竜之介と、そのことに納得できないさよが『なんでさ! 縁起物なんだしいいじゃん!』と反論し、夫婦喧嘩を行うとかそんなエピソードでした。
 主人公の世間的認知度の設定的には、少し不自然かもしれません。
 さよと薫さんが仲良しになったのは、そんなエピソードの名残(?)ですし、実際に竜さんのいないところで仲良くなっていると思って下さい。

 月岡編自体、主人公が能動的に関わる要素が薄く、たぶん上記エピソードだけで終わる謎回になってしまうので飛ばしましたが、トラブル自体は剣心さんが原作通り何とかしたと思って下さい。


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34

本話にでてくる『午砲』とは、明治時代初期から行われていた、正午の時間をお知らせするための空砲です。時報の一種と思って下さい。



「それでは行ってきます」

「旦那様! おにぎりを忘れてるよ!」

「ああ、たけさんどうも。忘れてたよ」

 

 朝、道場へ向かおうとする私をたけさんが呼び止めてくれる。忘れ物とはいかんな、少し気が抜けていただろうか。なんというか、朝からそわそわしている自覚がある。

 原因はわかっている。あの手紙を受け取ってから数日が経ち、いよいよ今日、斎藤さんと会う日を迎えたのだ。もともと稽古がある日ではあるので、道場に顔だけ出してから待ち合わせ場所へと行く予定ではあるが。

 私は不安と緊張と期待が入り混じった複雑な気持ちを胸に抱きながら、家を後にした。

 

 

 

 神谷道場の前まで来ると、私は少し違和感を感じた。どことなく、いつもより道場が静かな様に感じる。

 不思議に思いながら神谷道場の敷地に入ると、道場の壁に開いた穴が目に入る。人が一人が通れるほどの大きさの穴なので、今までに比べると被害は小さいとも言えるかもしれないな。

 もう何度目になるだろうか。神谷道場が破壊されることに慣れてしまった私は、ああまたかと思いながら、道場に入っていく。願わくば誰も怪我などしていなければ良いのだけれど。

 

「剣心さん、おはようございます」

「浜口殿か。すまないが今日の稽古は中止でござる」

 

 道場の中に入ると剣心さんが一人立っていた。稽古を中止といったが神谷さんに何かあったのだろうか。

 

「中止、ですか。一体何があったんです?」

 

 ただ誰かが風邪で寝込んでいるとか、そういったことではないのだろう。それぐらい、神妙な剣心さんの顔を見ればわかる。

 破壊された道場から、不逞の輩が暴れ神谷さんが怪我をしてしまったのではないかと想像し、少し心配してしまう。

 

「…昨日左之助が襲われた」

 

 剣心さんがぽつりぽつりと、昨日の出来事を話してくれる。

 

 昨日、神谷道場の面々が出稽古から帰ってくると、道場の中で左之助が血まみれになり倒れていたそうだ。左之助の怪我は右肩への強烈な突きが原因であり、現在も道場の客間で高荷さんに治療を受けている。残念ながら、意識はまだ戻っていないとのこと。

 神谷さんと弥彦はというと、昨夜から徹夜で左之助の治療の手伝いをしていたそうで、二人とも寝ているらしい。

 由太郎は家に帰される際に、今日の稽古を中止する旨を伝えられていたのだが、私の方に連絡を回す余裕はなかったようだ。左之助の怪我がそれほど重傷だったのだろう。やむをえまい。

 

「強烈な『突き』ですか…」

 

 話を聞いて気になったことが、自然と口から零れてしまう。

 左之助の意識が戻らないため、どのような人物に襲われたのかはまだ分からないそうだが、強烈な『突き』と聞くと、どうしてもこれから会うあの人物を想像してしまう。

 

「浜口殿が気に病む必要はないでござるよ」

 

 そういいながら困ったような表情をする剣心さんを見て、下手人については私と同じ予想をしているのだと想像がついた。

 犯人が我々の想像通りの人物だとすると、恐らく狙いは左之助ではなく、剣心さんではないかと思う。あの頃から時が経ったとはいえ、新選組と人斬り抜刀斎の因縁はある。ただ、斎藤さんが剣心さんに今更ちょっかいを出すかと問われれば、疑問を感じずにはいられないのだが。

 

「…人違いであって欲しいものですけれどね。どちらにせよ、早く下手人には捕まって欲しいですね。それと、剣心さんこそあまり気に病まないことですよ。悪いのが誰かなんて、子供でも分かる話ですからね」

 

 私は眉間に皺を寄せたまま剣心さんに返答する。剣心さんを狙った斎藤さんが、剣心さんが不在のためにたまたま道場にいた左之助を標的にしたと考えてしまい、自分を責めているのではないかと心配してしまう。

 どんな理由があるにせよ、剣心さんが巻き込んでしまっただとか、そんなことを気にする必要なんて無いはずだ。 

 そんなことを思いながらを見つめ合っていると、なんだかおかしくなってしまいお互いに苦笑してしまう。

 

 斎藤さんとの約束もあるため、私は剣心さんとの話を切り上げ別れの挨拶をすると道場を出た。また、襲撃者が道場にこないか心配ではあるが、約束があるため致し方ない。

 聞かなければいけないことが一つ増えてしまったな。一目だけ左之助の顔を見ようかとも思ったが、様子を見ている高荷さんの邪魔となっては申し訳ない。少し悩んだ末に神谷道場を後にし、専称寺(せんしょうじ)へと足早に向かった。

 

 

 

 専称寺(せんしょうじ)へ到着し住職に挨拶をすると、私は境内の中をうろつき始める。

 まだ待ち合わせの時間の正午までは時間がありそうなので、それまで沖田(あいつ)の墓でも拝みに行くとするか。案外そこに斎藤さんがいるかもしれないし。

 

 久しぶりに見た沖田の墓は、意外にも綺麗であった。花は置いていないが、最近誰かが掃除したようにも見える。命日には少し早いのだけれど、姉のみつさんがお参りにでも来たのだろうか。

 周囲を見渡しても斎藤さんはいないようなので、私は沖田の墓の前で手を合わせ最近の出来事を報告することにした。

 再び道場に通い出したこととか、これから斎藤さんと久しぶりに会うこと、それにあの人斬り抜刀斎と知り合いになれたこととか、最近はいろいろとあった。そういえば沖田(おまえ)は、剣心さんと斬り合ったこともあったんだよなぁ。

 

 ドォンと響く午砲の音にハッと我に返り、目を開ける。報告することが多く、あれもこれもと語り掛けているうちにあっという間に時間が過ぎてしまったようだ。

 

「それじゃ、また来るよ。寂しくなっても枕元には立つなよ」

 

 去り際に墓石に挨拶すると、私は寺へと戻っていった。

 

 

 

 待たされる側というのは、いつだって暇だ。待てども待てども現れない斎藤さんを待ち続け、悶々とした気分のまま時を過ごす。

 

 気分転換に住職を捕まえて無駄話でもしようと思ったのだが、やんわりと断られ、さりとて私以外に参拝客が来るわけでもなし。来るのは餌をもらいにきた野良猫ぐらいだ。

 

 仕方がないので賽銭箱の前に座りながら、たけさんに持たされたおにぎりを食べながら待ち人を待つ。念のために持ってきておいて良かった。斎藤さんのことだからお昼は蕎麦屋にでも連れていかれるかと思っていたんだけれどな。

 

 左之助の怪我の件、斎藤さんの思惑。いろいろなことが気になり心が落ち着かず、おにぎりを食べ終えてからも境内の中をウロウロしてしまう。

 全く落ち着きがないな。溜息をつきながら、斎藤さんは本当に私に会いに来るのだろうかと疑問を持つ。

 

 なぜ待ち合わせをすっぽかすのか。斎藤さんに限ってうっかり忘れてしまったなんてことはあり得ない。意味もなく、約束を破るような人ではないと思うんだけどなぁ。悪戯をするような性格でもあるまいし。最初から会う気はなかったってことか。

 

 じゃあ。呼び出した意味は?

 

 足を止めて顎に手を当てて考えてみる。私に会うことが目的ではないとすると、斎藤さんはどうしたいのだろうか。

 

 私にここへ来て欲しかった? しかし、住職に私宛の言伝も無ければ、何か手紙のようなものがあるわけでもない。沖田の墓参りには毎年命日に来ているし、いまさら私に沖田の墓の場所を教えたかったなんてことはないだろう。

 そもそも何か伝えたいことや渡したいものがあるのであれば、手紙を使ってわざわざ呼び出すような回りくどいことをする必要はない。

 

 もしや何らかの理由でこれなくなったか? うーん、これはわからないな。斎藤さんを襲う賊がいたとすると、命の危険があるのはどう考えても賊の方だしなぁ。急用がありこれなくなったとなんてことまで考え出すと、想像がつかない。これ以上考えても答えが出ないので、一旦この考えは保留しよう。

 

 では、私に本来いる場所から移動させたかったと考えるのはどうだろう。専称寺(せんしょうじ)に来ることに意味があるのではなく、私の予定を変えることに意味があるという考えだ。

 呼び出されなければ、私は道場で稽古をしていたはずだった。いや、左之助の怪我の件で稽古は中止だったな。そうすると、左之助のお見舞いにでも行っていたかもしれない。

 少なくとも、道場にいたことには間違いない。それが斎藤さんにとって都合が悪いということか。

 

 左之助の怪我と斎藤さんの呼び出し。あぁ、やだなぁ。偶然にしては出来すぎている。考えれば考える程、左之助を襲ったのは斎藤さんではないかと思考が収束していく。

 

 ただ、私を道場から遠ざけるためにこの呼び出しを行ったとすると、理由はなんだ?

 私にこれから剣心さんとの闘いを見られたくなかったから? 今更そんなことを気にするような性格ではあるまい。

 私に邪魔をされると思ったから? 私が斎藤さんよりも弱いとはいえ、目的遂行の障害になると考えたのかもしれない。一応筋は通るが、どことなく腑に落ちない。

 

 待ち合わせの時間はとうに過ぎ、太陽は西に傾き始めている。もはやここに居ても時間の無駄だろう。これ以上考えることはやめて、後は自分の目で確かめるしかないか。

 

 私は自分の考えがどうか間違っていて欲しいと願いながら、駆け足で神谷道場へと戻っていった。




次回更新は明日の夜か月曜日ごろになる予定です。その次は、恐らく来週の日曜日の夜に一話かな。
少し仕事が忙しくなり投稿ペースが落ちますが、年内に完結する予定で進めております。


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35

2点お詫びです。

①30話の感想返しに抜け漏れがありました。ソーマさん申し訳ございません。先日感想返しを行いました。意図的に返していなかったわけでなく、単なるミスでございました。
非ログインユーザの方でメッセージを送れないため、この場を借りてお詫びと連絡をさせてください。

②予定していた更新から大幅に遅れましてごめんなさい。
 言い訳ですが、仕事が忙しく書く時間と考える時間が取れませんでした。
 今後しばらく、週に1~2回くらいの更新になります。


「剣心!」

 

 ようやく神谷道場に辿り着いたと思うと、中から神谷さんと弥彦の悲痛な叫び声が聞こえてくる。間に合わなかったか!?

 私は勢い良く同情の扉を開け、道場の中へと飛び込んだ。

 

「剣心さん!」

 

 素早く道場の中を見渡すと、血を流し膝をつく剣心さん、それを見守る神谷さんと弥彦。そして、私が最もこの場に居て欲しくないと願った斎藤さんが、日本刀を片手に立っていた。

 

「チッ、浜口。なぜ来た?」

「約束をすっぽかしておいてその言い草はないでしょう、斎藤さん。左之助の怪我もあなたの仕業ですね?」

 

 道場の壁にかかってある木刀を手に取ると、剣心さんを庇うように素早く斎藤さんの前に立つ。何か言いたそうな弥彦を目で制し、斎藤さんの目を見つめる。

 

「黙って帰れば見逃してやる。…余計な事に首を突っ込むな」

「見逃す? ご冗談を。斎藤さん、もしかして私が怖いんですか?」

 

 正直怖いのはこっちだったりするのだが、ここで弱みを見せてはいけない。こちらがビビっていることを悟らせないために、私は無理やり笑みを浮かべる。

 窮地に立たされた時こそ、相手が怖い時こそ笑えとは土方さんの教えだ。

 

「フンッ、笑えない冗談だ」

 

 そう吐き捨てるように言うと、斎藤さんはこちらを睨みつけながら、腰を落とし、弓を引き絞るように刀を構える。久しぶりに見る斎藤さんの独特の構え。得意技の『牙突』か。

 牙突は体全体を使った必殺の突き。刃を寝かせた平突きにより繰り出されるため、回避できたとしても間髪入れずに横なぎへと変化させることが可能であるため、初見で避けきることは非常に難しい。

 幕末の争乱の中、斎藤さんが文字通り必殺の技として練り上げ、絶大な信頼を寄せるに至った技だ。

 

 まさか斎藤さんに刀を向けられる日が来るとはなぁ。悲しい気持ちを心の奥にしまい、こちらも木刀を構え、臨戦態勢に移る。

 

「…浜口殿、これは拙者と斎藤の問題。手出し無用でござる」

 

 不意に剣心さんから声をかけられた。剣心さんは立ち上がりゆっくり移動すると、私の横に立ち逆刃刀を構える。チラリと横目で見ると、瞳に闘志が宿し斎藤さんを睨みつける横顔が見える。

 

「水臭いですね、剣心さん。あなたと左之助が血を流しているんですよ? 無関係なわけないじゃないですか」

 

 私は横目で剣心さんを見つめたまま、言葉を続ける。

 左之助には怪我をした際に、運んでもらった恩がある。相手が相手だけに複雑な気持ちではあるが、それでも黙って見過ごせる程薄情になったつもりはない。

 それに剣心さんだって、今更赤の他人面をするような仲ではないと思っている。

 

「だからね、剣心さん、この人を止めるの手伝ってくれませんか。一人じゃ流石に無理そうなんで」

「なっ!?」

 

 私の発言に弥彦が声をあげる。

 

「驚くことはないよ、弥彦。新選組じゃあ当たり前のことだった。…負けて傷つく人が増えるぐらいなら、卑怯者と呼ばれたほうがマシだ。そうですよね、斎藤さん」

「…腑抜けたお前に説教される程、落ちぶれたつもりはないんだがな」

 

 視線を斎藤さんに向けたまま、弥彦に言い訳めいた説明をする。少し格好悪い気もするが、今はそんなことどうでもいい。

 木刀を握る手にぎゅっと力を籠め、軽く緩める。小さく息を吐き、ますます威圧が増した斎藤さんの眼光を見つめ返す。

 先ほどまでは怖かったはずなのに、今は不思議となんとも思わない。剣心さんが隣にいるだけで、随分と心強いものだ。

 

 もう無理に笑う必要もないな。斎藤さんを睨みつけながら、剣心さんに確認を取る。

 

「そういうこと何でよろしく頼みますね、剣心さん。隙は何とか私が作りますので…」

「あぁ、わかった」

 

 私は剣心さんからの返答に満足すると、正眼に構えた木刀を下ろし、下段の構えをとったまま腰を少し落とす。木刀の切っ先は道場の床に接触させ、足を少し広げ、重心を低く前よりに置く。

 そのまま斎藤さんの体全体をぼんやりと見つめながら動き出すのを待つ。狙うは後の先。牙突を止め、隙を作る。

 

 道場に静寂が訪れ、空気が重くなる。背中を伝う嫌な感覚が、妙に懐かしい。

 長い様で短いような、不思議な時間が流れる。斎藤さんはなかなか動かない。時間が止まったように固まったままだ。全く待たされる側というのは、いつだって嫌なものだ。

 

「おぉぉぉぉ!」

 

 ふと気を抜きかけた寸簡、唐突な雄たけびと共に斎藤さんが動き出す。踏み込む足の向きから、狙いは剣心さんと見た。

 

 私は木刀の先端を床に擦り付けながら斎藤さんの前に踏み込む。勝負は一瞬だ。斎藤さんが突きを繰り出す瞬間を見極め、床の先端から木刀を弾きながら斬り上げる。

 

 鞘がない木刀で居合を再現するために生み出した、龍飛剣の変則型。名付けて『昇竜剣(しょうりゅうけん)』。

 沖田(アイツ)の三段突きを破るために考えた、最後の技だった。使う前に相手がいなくなってしまい、実戦で使うのは初めてなのだけれども。

 

 突き出された斎藤さんの刀を、昇竜剣で下から打ち上げる。刀と共に左手を上にあげてしまい、斎藤さんは無防備な胴を晒す。

 牙突が平突きで良かった。普通の突きであれば、刃にまともに木刀が当たるため木刀が折れてしまい、十分に刀を打ち上げることはできなかっただろう。

 

「!?」

 

 斎藤さんと目が合う。その目は軽く見開かれ、多少の驚きが窺える。一杯食わせることができたようだ。

 

「剣心さん!」

 

 『後は頼みましたよ』との思いを託し、私は剣心さんの名を呼ぶ。

 

「おおおお!」

 

 叫び声と共に、剣心さんは逆刃刀で斎藤さんを胴を打ち抜く。防御態勢が取れない斎藤さんは胴をまともにくらい、体をくの字に折り吹っ飛んでいく。

 吹き飛ばされた斎藤さんは、道場の壁に激しくぶつかると、壁にもたれかかったままその場にへたり込んだ。その手には未だに日本刀が握られており油断はできない。

 咳込みながら荒く呼吸をしている様子から、意識はまだあるようだ。顔を上げ、こちらを睨みつける目には闘志が漲っている。

 

 その目は苦手だ。

 

 あれだけの一撃をもらいながらも衰えないその気迫に、私は思わず怯んでしまう。

 

「斎藤さん、もうこれ以上はやめにしましょう」

 

 無駄だとはわかっている。ただ、黙って斎藤さんを見ていることに耐えられず、私は話しかけた。

 

「…やはりお前は腑抜けたよ。なぜ腕を狙わなかった」

 

 斎藤さんの意外な質問に、私は何も答えられない。黙っている私を睨みつけながら、斎藤さんは言葉を続ける。

 

「昔のお前であれば、確実に動きを封じるために躊躇なく俺の腕を折っていた」

「斎藤さん…」

「なぜ敵に情けをかける! 覚悟がないなら引っ込んでろ!」

 

 斎藤さんの一喝に、一瞬私の全身が強張る。斎藤さんを傷つけたいわけではないのだが、その考え自体が甘いのだろうか。友人に重傷を負わせた相手を、無傷で捕縛することは驕りであろうか。

 いろいろな考えが頭を駆け巡り、迷いが生じる。

 

「浜口殿は、お前のことを救おうとしているだけでござる。その覚悟が分からぬお前ではあるまい」

 

 不意に剣心さんが口を開く。違う、そんな大層なことを考えてはいるわけではない。斎藤さんを止めたいという想いと、怪我をさせたくないという想いが拮抗し、ただ中途半端なだけだ。そう思いながらも、私は何も言えない。

 

 

 無言の私を見据えたまま、斎藤さんはゆっくりと立ち上がり、再度牙突の構えを取る。

 その姿を見て、私も再び木刀を下段に構え昇竜剣を繰り出す準備を行う。正直、何度も止められるとは思わないができることをするだけだ。

 

「新選組隊規第五条、私の闘争を許さず。…これは明らかな私闘ですよ。覚悟がなくとも、私は斎藤さんを止めるだけです」

 

 こういうときは余計なことを考えずに、ただ隊規を守ることだけを考えるに限る。頭がスッキリし、これで目の前の斎藤さんに意識を集中させられる。

 

「チッ、阿呆が…」

 

 斎藤さんの目が、一瞬悲しそうな色を浮かべたように見える。残念ながら私には斎藤さんが何を考えているのか、サッパリわからない。

 私は大きな溜息を一つつき、目の前の男を止める手段に思考を巡らせるのであった。




 昇竜剣は、キャプテン翼の日向小次郎が使う雷獣シュートを参考にしました。地面を蹴って、その反動で強烈なシュートを打つという、今考えると不思議なシュートでしたが、子供の頃に憧れて真似して足首を痛めた思い出があります。

17.10.23
・一部誤字を修正。
・『昇竜剣』の誤字を修正、表記のブレがあったため『昇竜剣』に統一。
・『昇竜剣』にルビを追加


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36

「やめんか!」

 

 道場に男性の叫び声が響き渡る。ハッとして声がする方向、道場の入り口に目をやると、デコの広い小柄な中年の男性が立っている。見覚えのない男だ。

 

「チッ」

 

 斎藤さんはその男の姿を確認すると、盛大に舌打ちをし刀を鞘へと戻した。あの男は斎藤さんの知り合いなのだろうか? 私も構えを解き、その男性を観察する。

 

 腰にサーベルを挿していることからおそらく警察の関係者であると予想できる。そうでなければ廃刀令違反だ。着ている服が浦村署長と同じようなものであるため、警察の中でも、役職が高い人物なのだろうか。

 そういえば、よく見ると斎藤さんも警察官の制服を着ているな。

 

「君の新選組としての誇りの高さは私も十分に知っている。だが、私は君たちにこんな所で無駄死にして欲しくないんだ」

 

 そう話しながら、でこっぱちの小男の後ろから今度は背の高い男が道場に入ってくる。豊かな髭を蓄え高級そうな外套に身を包んだその男性は、一目でお偉いさんだと分かる風格を備えている。

 

「…そうか。斎藤一の真の黒幕はあんたか…。元維新志士 明治政府内務卿 大久保利通」

 

 ポツリと剣心さんが呟く。この人が大久保さんか。名前だけはよく知っているが、随分とまぁ大物が出てきたな。

 

「って言われたってなんだかわかんねーぞオイ! いきなり出てきてなんだよ、このヒゲは!」

 

 いきり立った弥彦が、大声で文句を言う。まぁ、弥彦ぐらいの歳じゃあ大久保さんの肩書を聞いても分からないだろうし、文句を言いたいその気持ちは分からんでもない。

 

「簡単に言うとね、今この国で一番権力を持っている人だよ。知事よりも偉い人って言えばわかるかい?」

「ふーん…」

 

 物凄く簡単に説明したつもりなのだが、当の弥彦はいまいちわかっていないようだ。

 

「手荒な真似をしてすまなかった。だが、我々にはどうしても君達の力量を知る必要があった。話を聞いてくれるな」

「…ああ、力づくでもな」

 

 大久保さんからの問いかけに、剣心さんが睨みながら答える。私は無言で大久保さんの目を見つめる。静かでいて、それでいて揺らぐことのない意志を感じる強い瞳。きっと頑固な人なのだろう。

 

「はぁ」

 

 面倒ごとに巻き込まれる予感がし、思わず溜息をついてしまう。

 

 その時ふと、道場の外に気配を感じた。誰かが今の会話を盗み聞きしているようだが、小さく駆けていく音が聞こえ、気配が遠ざかっていく。

 斎藤さんも気づいたようで、足音にピクリと反応すると道場の出入り口へと向かい歩き出した。これから十中八九、先ほどの覗きを追いかけるのだろう。

 

「斎藤さん。もう、幕末は終わったんです。正義のためになら人を殺していい理由なんて、今じゃあどこにもないんですよ」

 

 すれ違いざまに声をかけたのだが、斎藤さんは目も合わせずそのまま歩いていく。

 

「お前こそ、木刀を持つ理由はとうに無くしたはずだ。大人しく牛鍋でも作っている方が、今のお前にはお似合いだ」

 

 一度立ち止まり、ポケットから取り出した煙草を口に咥えながら斎藤さんは答える。煙草に火を付け煙を吐き出すと、一度も振り向かぬまま斎藤さんはまた歩き始めた。その背中は、十年前に比べて幾分か寂しそうに見える。

 

「斎藤! 任務報告!」

「浜口竜之介は使いモノにならない。まだ緋村剣心の方がマシだ、以上」

 

 でこっぱちの小男の怒鳴り声にめんどくさそうに答えると、斎藤さんはそのまま道場から出ていった。

 

「ったく、あの男は…。腕は警視庁密偵一なのだが、どうも壬生狼(みぶろ)の考えてることはようわからん!」

 

 額に青筋を浮かべながらでこっぱちがボヤく。額が広い分、青筋もきれいに浮かんでわかりやすいなぁなんて、どこか今の状況を他人事のように思う自分に気付き、また溜息を吐いてしまう。

 そんな風にどうでもいいことを考えていると、大久保さんが口を開いた。

 

「外に馬車を用意してある。来てくれ」

「…この一件の巻き込まれたのは拙者と浜口殿だけではござらん。話は皆で聞く」

「言う通りにしよう。今は二人の力が何よりも必要だ…」

 

 

 

 剣心さんの要求を呑んだ大久保さんにより、皆で話を聞くことになったため皆で道場の母屋へ移動する。そこに左之助の治療をしていた高荷さんを加え、広めの部屋に皆で車座になり話を聞くことになった。

 大久保さんのお話の前に高荷さんに左之助の様子を聞いたところ、意識はないが容態は安定しており、そのうち目を覚ますのではないかとのこと。当面は命に別状はないだろうとの言葉に、私はホッと胸を撫でおろす。

 

 そんなやり取りを終え、ようやく大久保さんの話を聞く準備が整った。座布団に正座した大久保さんが、重い口を開く。

 

「今更周りくどく言っても始まらない。単刀直入に話そう。志々雄が京都で暗躍している」

 

 はて、どこかで聞いたことがあるような気がするが誰だか分からない。剣心さんはその志々雄さんのことを知っているようで、名を聞くや否や顔を強張らせる。

 

「すいません、大久保さん。その志々雄さんって人を存じ上げないので、話が見えないのですが…」

 

 弥彦はともかく、神谷さんや高荷さんも心当たりが無い様子を見ると、取り立てて有名な御仁ではなさそうだ。知っていて当然だとばかりの大久保さんの口振りに聞きづらくはあったのだが、私は質問をしてみた。

 

志々雄真実(ししおまこと)。拙者が『遊撃剣士』の役を負い、新選組などと闘うため裏から表に出た後、『影の人斬り』の役を引き継いだ、もう一人の長州派維新志士。…いうなれば『人斬り抜刀斎』の後継者でござる」

 

 大久保さんに代わり、剣心さんが私の疑問に答えてくれる。

 

「人斬り抜刀斎の後継者…。そんなのがいたのかよ」

 

 弥彦がポツリと呟く。剣心さんと大久保さんを除くこの場の皆が同じ感想を抱いただろう。当時の京にいた私が知らないのだ。おそらく維新側でも、限られた人物しか知らない人物。

 その後の剣心さんの話によると、志々雄さんは『人斬り抜刀斎』の前任者である剣心さんにも面識がない人物であり、戊辰戦争で戦死したこととなっている筈だという。

 

 死人がなぜ今、京で暗躍を? その疑問に沈黙したまま答えぬ大久保さん。

 

「そうか、やはり志々雄は戊辰戦争で死んだのではなく、同志に抹殺されたのでござるな」

 

 皆ギョッとした目で剣心さんを見つめる。あの頃を知る私としては、それほど驚く話ではないのだが。

 幕府側も維新志士側も、公にされては困るような汚い手をいくらでも使っていた。口封じなんて珍しい話はなかったはずだ。そんな人物を『処分』される前に捕らえることも、あの頃の私の任務であった。

 

「…あの時は、ああするしかなかった」

 

 大久保さんがゆっくりと語り出す。

 大久保さんの話によると、志々雄さんは剣の腕も頭の回転の速さも申し分なく、人斬り抜刀斎の任を難なくこなしていたそうだ。ただ、志々雄さんは大きな野心を持ち、その任務の特性上維新志士の後ろ暗い秘密を多く知ってしまった。

 そして志々雄のことを知る維新志士の上層部は、その弱みに付け込み明治政府の活動を大きく邪魔する存在になるであろうと考えた。

 

 だから殺したと、大久保さんは語った。

 

 ご丁寧に死体に油をかけて火までつけさせたそうだ。それでもなお死ななかった志々雄さんは、維新後に燻る戦闘狂や武器商人を手の内に引き込むと一大兵団を形成し、京都の暗黒街に拠点を置きながら戦争を起こそうと画策しているらしい。

 明治政府が幾度となく差し向けた討伐隊はことごとく全滅し、剣心さんと私に志々雄の討伐を頼みたいと大久保さんは語った。

 

「それってつまり、二人に志々雄真実を暗殺しろってことですか」

 

 話を聞き終わった神谷さんが大久保さんに問いかけると、部屋は沈黙に包まれた。




■斎藤V.S剣心&竜之介について
 原作ほど覚醒していない剣心さんだけだと斎藤さんに勝てないと思い、竜之介との共闘にしたのですが、剣心さんの活躍がいまいち目立たない。
 もう少し戦闘をさせようかと思ったのですが、いろいろと思い浮かばずに断念。
 二回目の昇竜剣を牙突を突き出すタイミングをズラして回避するところまでは考えたのですが、竜之介や剣心さんがまともに牙突を喰らうと、この後逆転することが不可能な気がしてしまいまして…。

■斎藤の意図について
 斎藤さんの意図が分かりづらいなと少し反省。
 竜之介をこの一件に関わらせずに終わらそうと思って嘘の呼び出しを行ったり、原作よりも早いタイミングで剣心を襲撃したのですが、剣心が予想以上にかませ犬に時間を喰い(これも未覚醒の影響)、竜之介が待ち合わせ場所に向かう前に予想外に道場に立ち寄ってしまったため左之助の襲撃を知られ、道場に竜之介が来てしまったという展開です。斎藤さん的には計算が狂いまくり。

 斎藤さんは、新選組時代に苦しんでいる竜之介を見ているため、剣の腕はあっても性格が任務に合っておらず、また平和に暮らしている竜之介を連れていくことに否定的です。只、上司からは昔の仲間を説得して連れて行けと言われているとか、そんな感じです。
 連れて行っても本気で足手まといになると思っていますし、幕末の頃に比べて甘くなった竜之介を本気で関わらせたくないと思っているのです。
 常人には理解できない倫理観を持っている斎藤さんですが、それぐらいの情はあると思うんですよね。既婚者ですし、病気の沖田を気遣い一人で剣心と闘う過去の描写からもあるため、身内には案外こんな感じでもおかしくないと思うのです。
 昔は笑いながら「浜口君」と呼んだりして、人間的にも竜之介を嫌っていなかったのではないかとも思います。私の中の斎藤さん像からは、そんな関係が一番自然に感じます。
 原作の斎藤さんからは違和感を持たれるかもしれませんが、本作ではそういう設定です。そうさせてください。

■斎藤さんの愛刀について
 どうでもいい話ですが、本作でスト幕末の頃から愛用している斎藤さんの日本刀が剣心さんに折られずに済んでいます。原作で特に描写なかったですが、ぼっきり折れていたため修理していなかったと思うのです。
 愛刀を折られずに京都に持ち込めたのは、斎藤さん微強化かななんて思っております。


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37

 更新が遅くなりゴメンナサイ。
 まとまった時間が取れないため内容がまとまらず、全然書けておりませんでした……。しかしながら、投稿したお話はほぼ原作沿いの繋ぎの回的な内容です。

 一週間に一話とか調子こいたことを申しておりましたが、なかなかに難しく。年末年始であと数話更新できるかもしれませんが、不定期更新と思って下さい。
 楽しみにされている方いらっしゃいましたら申し訳ありません。温かい目で見守っていただければと思います。


「それってつまり、二人に志々雄真実を暗殺しろってことですか」

 

 神谷さんの質問に、部屋が沈黙に包まれる。皆、固唾を飲んで大久保さんの返答を待つ。

 

「……そういうことになる」

 

 視線を下に向け、絞り出すように返答を行う大久保さん。私はその返事を聞くなり立ち上がり、その場を立ち去ろうとする。

 

「私も剣心さんも殺しの依頼を受けるような人間ではありませんので、他を当たってください。失礼します」

「待て!」

 

 でこっぱちこと警視総監の川路さんが、慌てて私を呼び止める。

 

「むろん、タダとは言わん。報酬は十分支払う。加えて今まであやふやにしてきた違反行為を超法規的に認めよう。例えば、阿片密売の高荷恵の無罪放免…」

「冗談じゃないわよ。取引の材料に使われるくらいなら、私は死刑台の方を選ばせていただくわ」

 

 彼の言葉を遮るように床をバンっと叩くと、高荷さんは啖呵を切りながら睨みつける。

 しかし、高荷さんの件を持ち出すのはいただけないな。追い打ちをかけるつもりで私も口を開く。

 

「そもそも、あなた達の過去の不始末が原因なのでしょう。自分たちでなんとかできないんですか? 高荷さんを人質にしてまで私たちを動かそうとするよりも、西南戦争の時みたいに立派な軍隊があるんですからそっちを動かせばいいじゃないですか。私と剣心さんに頼むよりも、よっぽど現実的だと思うんですけどね」

 

 まったく、国が個人を恐れるなんて酷い事態だ。武器商人や剣客を囲い込んだとしても、戦争に関しては素人だけの集団ではないのか? 軍が動けば鎮圧は容易いだろうに。

 

「せ、西南戦争からまだ半年しかたっておらんのだ! 国の内乱にまた軍を出してしまえば内政の不安を諸外国にさらしてしまうことになる!」

 

 まぁ、なんの事情もなしに依頼に来たわけではないとは思っていたが、そんな理由があったのか。かといって、理由を聞いても依頼を受ける気にはなれない。結局は面子の問題であり、勝手なそちらの都合だろう。そのようなことにこだわり手をこまねいている暇はあるのだろうか。本当に明治政府が転覆されるようなことがあってからでは遅いだろうに。

 

「政治のことは()()()の俺にはよくわかんねーけど、まかり間違えば剣心も志々雄同様に抹殺されてたかもしれなかった事は理解できたぜ。今も昔も自分たちの都合で暗殺だの抹殺だの……。オッサン達、ちと頭おかしーぜ」

 

 弥彦の言葉に、その場が静まり皆沈黙する。子供の素直な意見とは、こういったときには強力だな。思わず緩みそうになる頬を引き締め、心の中でよく言ったと弥彦のことを褒める。

 

「大久保卿、今あなた方が剣心と浜口さんを必要としていることはわかりました。けど、二人とも今は人斬りじゃないんです。私達は絶対に二人を京都へは行かせません」

 

 凛とした表情で、神谷さんは大久保さんに向かい言い放った。神谷さんの言葉に、私は今も昔も人斬りではないんだけどなぁなんて言葉が浮かぶが、ここで指摘するのも野暮だろう。なんというか、アレだ。言葉の綾という奴であろう。

 しかしこれだけのことを言われているにもかかわらず、大久保さんは、ピクリとも反応しない。先ほどから黙って我々の話を聞いているだけだ。

 

「バカが! 貴様らは事態の重大さが……」

「よしたまえ川路君」

 

 川路さんの言葉を遮るために、大久保さんが重々しく口を開く。

 

「これだけ重大な事に直ぐ答えを出せと言っても無理な話だ。一週間考えてくれ。一週間後の5月14日に返事を聞きにもう一度来よう」

 

 剣心さんと私の顔を交互に見ながらそれだけ言うと、大久保さんは立ち上がり、部屋の外へと向かい歩き出す。言いたいことは言い、聞きたいことは聞いたということだろうか。もう少し説得されるんじゃないかと思っていたので、少し拍子抜けだ。

 

「……大久保さん、随分やつれましたね」

 

 立ち去る大久保さんの背を見つめながら、剣心さんが話しかける。

 

「旧時代を壊すことより新時代を築く方がはるかに難しい、そういうことだ。いい返事を期待している」

 

 一度立ち止まりそう返答すると、大久保さんと川路さんは道場を去っていった。私はその様子を、ただ黙って見つめていた。

 

 

 

 

「大久保利通!!」

「おうよ、どーする旦那!?」

 

 夜も更けてきた頃、自宅に血相を変え駆けこんできた赤松の報告を聞きながら、渋海は顎に手を当て考え込む。自分が飼いならしていたと認識していた斎藤が、実は大久保内務卿の密偵であったとの報告に驚きはしたものの、素早く自分が利を得るためにどう動くべきか考えを巡らす。

 

「そうか……。斎藤は大久保の()か……。斎藤に金を握らせて弱みをつかめば次期内務卿も夢では……」

「じょ、冗談じゃねぇ!! そんな危ない橋を渡るのは御免だぜ!俺は安全な上海にでもトンズラさせてもらう! いいな!」

 

 渋海の口から無意識に漏れ出た思考を聞くなり、赤末はこれ以上は付き合いきれないと渋海の部屋を後にしようとする。

 

「上海よりもっと安全な逃げ場があるぜ。地獄という逃げ場がな」

 

 そう呟きながら部屋に侵入した斎藤は、赤末の首を無造作に片手で持った日本刀で切り落とす。神谷道場から赤末を尾行してきた彼は、先ほどの会話を聞き潮時と判断。これ以上の茶番に付き合う必要もなくなったため、二人を殺害することにしたのだ。

 

「ひぃぃ!?」

 

 目の前でいともたやすく腹心の赤末が死に絶えた様に、渋海は腰を抜かし床を這いずり回る。

 

「渋海、お前は一つ勘違いしている。お前ら維新志士達は自分達だけで明治を築いたと思っているようだが、俺達幕府側の人間も『敗者』という役で明治の構築に人生を賭けた。俺が密偵として政府に服従しているのは、その明治を食い物にするダニ共を明治に生きる新選組の責務として始末するため。大久保だろうがなんだろうが私欲に溺れこの国の人々に厄災をもたらすようなら、『悪・即・斬』のもとに斬り捨てる」 

「ま……、待ってくれ! 金ならいくらでも……」

 

 自分の命の危機を感じ、なんとか交渉しようとする渋海であったが……。

 

「犬はエサで飼える。人は金で飼える。だが、壬生の狼を飼うことは何人にも出来ん!」

 

 斎藤は吐き捨てるように言うと、渋海を斬った。

 

「狼は狼、新選組は新選組。そして、人斬りは人斬り。そう簡単には変わらんよ」

 

 渋海の死体を見下ろし一言呟くと、斎藤はその場を後にした。

 

 

 

 大久保さんが道場に来てから一週間が経った。大久保さんには返事をもう一度聞くと一方的に言われていたが、無視するつもりだ。答える義理もないと思うのだが、今日がその日だと思うど、頭にそのことがちらつきどうにも落ち着かない。

 自室で帳簿の確認をする手を止め、ぬるくなった茶を啜る。(くだん)(けん)のせいで作業に集中できないせいか、先ほどから簡単な間違いを何度も繰り返してしまい、思わずため息をついてしまう。

 

「竜さん、もしかして調子でも悪いのかい?」

 

 そっと部屋に入ってきたさよが、湯飲みにお茶のお代わりを注ぎながら心配そうに聞いてくる。先ほどから何かと理由を付けては部屋にきていたさよを思い出し、どうやら心配させてしまっていたようだと気付く。

 

「……どうにもお腹が減ってしまってね。大福か何か、家になかったっけ?」

 

 お腹に手を当てながら、とぼけたような顔でさよに答えると、返ってきたのは大きな溜息。

 

「はぁ、わかったよ。たしかこの前買ったお饅頭がまだあったはずだから、持ってきてあげる」

 

 唇を尖らせながら、空になった急須を持ち部屋を出ていくさよ。その目には、私を非難する色が浮かんでいる。私の食い意地を非難しているのではなく、質問に対して嘘を答えた私に対する不満なのであろう。

 すまんね、と声をかけ小さく頭を下げて応じる私。嘘と気付いてあえて追及しないでくれるその優しさと、心配をかけて申し訳ない気持ちに対し、思わず謝罪の言葉が零れてしまった。

 夫婦となって何年だったか。わずかな彼女とのやり取りの中に確かな絆を感じ、なればこそ決して大久保さんの依頼には答えられないなと心の中で強く決意を固める。斎藤さんの言う通り、今の私は牛鍋を作っている方がお似合いなのだろう。

 なぜまた道場なんかに通いだしてしまったのか。沖田はもういない。剣の腕が上達することに、もう意味はないのだ。庭や道場の隅で素振りをしているだけではいけなかったのであろうか。いや、その行為自体、未練がましく、なんとも女々しいことだ。

 ずっと考えない様にしていたことだが、私が木刀を握る本当の理由は、あの時代に無くしてしまったいたのかもしれない。

 

 さよが出ていき部屋で一人になると、気が緩んだせいでまた溜息をついてしまった。今日はやけに溜息が多くなってしまいいけない。溜息をつくと幸せが逃げていくとは誰の言葉だったか。両の手で頬を叩き気合を入れなおすと、私はまた帳簿に向き直るのであった。




 竜之介に感化され、斎藤さんが赤末を斬らない赤末生存ルートとか考えましたが、斎藤さんの考えは変わらんだろうなぁと思ってやっぱり退場させました。
 生存した場合、斎藤さんの使い走りとして生きていく感じですね。
京都に連れてこられて、『足手まとい』とか言われて葵屋に残り、鎌足VS赤末な展開とか考えていたんですけどね。

 まだ東京編は一話か二話ぐらい続きますが、ここまでの話の中で個人的に一番好きだったのは、武田観柳編です。
 あくまでも個人の妄想の文章化であり、読み物としてどれも微妙との自己評価ですが、般若との戦闘とか、さよやたけさんとの絡みが中々に好きな感じでした。

 面白くなりそうだと思っていた斎藤編が、書き起こしてみると今一な気がしないでもないです。自分の中で妄想したいろいろなことを、うまくアウトプットしきれていないのかもしれません。特に過去の新選組での斎藤、沖田、竜之介の人間関係や小話みたいな部分は、回想を交えて書いても良かったかなと反省です。
 池田屋事件を題材に、オリジナルエピソードとか妄想してみたんですけど、そのうち回想編としてどこかで挟むかもしれません。

 各キャラの心情を想像して、自分なりに違和感ない感じになるよう心掛けているのですが、どうなんでしょうね。


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38

東京編ラストのお話になります。


 算盤(そろばん)と筆を繰りながら帳簿の内容の確認を進める。間違いを行わない様に、確実にゆっくりと作業を進めることを意識したことが功を奏したのか、思いのほか早く仕事が片付いた。ふと視線を落とすと、皿に盛られた饅頭が一つ私の脇に置いてある。よほど作業に没頭していたのだろう。さよが持ってきてくれていたことに気付かなかったようだ。

 さよの気遣いのおかげで仕事も捗ったのだと、心の中でさよに感謝しつつ饅頭を頬張る。うん、美味い。

 日は沈み始めているが、夕方というにはまだ少々早い時間。持て余した時間をどうしたものかとしばし思案した後、私は散歩に出かけることとした。

 

 草履をひっかけ外に出る。着の身着のまま気の向くまま、目的も行く当ても無い散歩。気分はまさに流浪人といったところであろうか。家を出てとりあえず大通りへと出ると何やら少し騒がしい。

 大通りに出たところで、号外が配られていることに気付いた。珍しいこともあるものだと、私は軽い気持ちで道端に落ちている号外を拾い目を見開く。

 

 内務卿大久保利通暗殺。私が拾った号外には、大きな文字でそう書かれていたのだ。

 

「みなさん警視庁に集まっているようですけれど、あなたはいかなくてもいいんですか?」

 

 振り返ると、小柄な青年が微笑みながらこちらを見つめている。突然の質問に、思わずうろたえてしまう。この男はどこの誰だろう。また、先ほどの質問は? 警視庁に集まっている? 大久保さんの暗殺の件だろうか。一度にいろいろな事が起き、思考が追い付かない。

 

「……ええ、私には関係のないことのようで」

 

 なんとか絞り出した私の答えに、彼は満足そうに頷く。

 

「それはよかった。志々雄さんにもいい報告ができそうです」

 

 彼は確かに、『志々雄』と言った。そうすると、彼は大久保さんや川路さんが言っていた、志々雄率いる国家転覆を狙う一派の構成員なのだろうか。

 

「志々雄さんにもよろしくお伝え下さい。私はあなた方と関わるつもりはありませんので」

 

 そう返すと、青年は一瞬キョトンとした表情を見せ、次いでケタケタと小さく笑った。はて、なにかおかしなところでもあったのであろうか。

 

「これは失礼しました。変人とは聞いてましたが、あなたが想像以上に変わっていたので」

「私ぐらいの変人なぞ、そこらへんに掃いて捨てる程いるでしょうに」

 

 悪びれることもなく言い訳をする彼に、少しムッとしてしまう。こう見えても、自分では平凡な人間として生きているつもりではあるのだけれど。

 

「それでは僕も急ぎますので、ここらへんで失礼させてもらいます」

 

 そう言い残すと青年は、素早い動きで人ごみの中に紛れて行ってしまった。あの歩法、間違いなく武術を嗜んだ者の動きだ。外見から元服を済ませて数年程度の若さに見えたのだが、達人といっても差し支えないだけの力量と見える。血の匂いは感じなかったが、もしかすると彼が大久保さんを殺めた下手人なのかもしれない。

 人ごみに紛れ要人を暗殺するような手合いには、成程。軍よりは腕の立つ剣客の方が必要なのかもしれないな。妙に納得しつつ、手元の号外に再び目を落とすのであった。

 

 

 

 

 その日の夜、夕餉を終えた後に縁側で空を見上げたまま少々考え事をしていた。斎藤さんとのこと、大久保さんからの依頼と暗殺のこと、昼に会った青年のこと。全て忘れて、このままの生活を続けるにしてはあまりにもいろいろなことがありすぎた。自分の中でどう受け止めればよいのかと、空に浮かぶ半月を見つめて考える。

 

「夜分遅くに済まない。浜口殿、いや竜之介殿はいないか」

 

 不意に玄関の方から、聞き覚えのある声がする。この声は剣心さんだな。

 

「はーい、今いきますんでちょっと待っていてください」

 

 その場から大きな声で返事をすると、私は立ち上がり急ぎ足で玄関へと向かう。

 

 鍵を外し玄関を開けると、剣心さんが立っていた。左之助や弥彦も一緒かも知れないと思っていたのだが、どうやら一人でいらっしゃったようだ。

 

「夜分遅くにすまない」

「いえ。……大久保さんの件ですね」

「ああ」

「わかりました。こんなところで立ち話もなんですので、中にお入りください」

 

 

 客間に剣心さんを通し対面に座る。お互いに部屋に入ってから無言で少し気まずい。剣心さんを見つめて話を促すと、淡々と語り出した。

 剣心さんが話した内容を要約すると、大久保さんを暗殺した真犯人は号外に記載されていた石川県の若い士族ではなく志々雄一派であり、志々雄をこのまま放っておけないためにこれから京へ向かうということであった。大久保さんの死になにか思うところがあったのか、剣心さんの決意は固く、今更京に行くことを止めても無駄であるように見える。

 

「浜口殿には拙者が京に言っている間、薫殿達のことを頼みたいでござる」

 

 志々雄にちょっかいを出すことで、自分と関わりのある神谷さん達に危害が加わらぬよう守って欲しいと、剣心さんは京に旅立つ前に私に頼みたいそうだ。

 積極的に危険な場所に飛び込む気はないが、自分や親しい人に降りかかる火の粉を払うことをためらう理由はない。剣心さんからの頼みは責任を持って引き受けようと思う。ただ、その前に……。

 

「そのまえに教えてくれませんか。剣心さんが何故、京に向かわれる決意をされたのか」

 

 大久保さんから話を聞いた際には、彼はあまり京に行くことに乗り気ではなかったように思う。何が彼を心変わりさせたのか。目をまっすぐに見つめて問う。

 

「……多くの犠牲を払って成し得た平和な世を守りたい。大久保卿もそれを望んでいた」

「神谷さんや弥彦が悲しむようなことになるかもしれませんよ」

「それでも拙者は、行くべきだと思うでござる」

 

 しばしお互いに見つめ合い沈黙する。耳には外で鳴く虫のジー、ジーという音だけが聴こえてくる。

 

「分りました。私程度の腕ではどこまでやれるかわかりませんが、東京(こちら)のことは引き受けましょう。それと、少々ここで待っていてもらえませんか」

 

 剣心さんが頷いたことを確認した私は、客間を出て居間に向かう。茶を飲みながらお喋りをしているさよとたけさんを尻目に目的の物を神棚から取ると、剣心さんがいる客間へ私は戻った。

 

「お待たせしてすみません。これを剣心さんに預かってもらいたくて」

 

 元居た場所に座り、剣心さんへボロボロのお守りを差し出す。

 

「これは?」

「私が京に行く際に、父に渡されたお守りです。見た目はボロボロですけれど、ご利益はありました。なんせ私は無事に帰ってこれましたからね」

 

 京に旅立ってから肌身離さず持ち歩き無事に持ち帰ることができた、私にとって大切なお守りだ。お守りの中には、父の書いた蜻蛉の絵が入っていたりする。徳川贔屓の父が、徳川十二神将の本多忠勝の愛槍『蜻蛉切』にあやかり、私に怪我をせず帰ってきて欲しいとの験担ぎ(げんかつぎ)だったそうだ。

 

「成すべきことを成されましたら、これを返しに来てください。大切なものですので確実にお願いしますよ」

「……ああ、かたじけないでござる」

 

 私がニヤリと笑うと、剣心さんも笑顔で応じてくれた。できればこちらに戻る理由の一つにでもなればと思い渡したのであるが、さてどうなることやら。

 

「どうかご無事でまた戻ってきてください」

 

 懐にお守りをしまう剣心さんに、最後の言葉をかけた。

 

 

 

 玄関で剣心さんを見送り、暗闇に消えてゆくその背を見つめながら先ほどまでのやり取りを思い出す。

 私が新選組に参加したのは幕府のためでも世のためでもなく、親しい人の力になりたいとか、少々の侍に対する憧れ。それだけの理由だった。剣心さんが維新志士として戦った理由は、きっと先ほどと同じでこの世を憂い平和な世を目指したからなのであろうなと、ふと思った。

 

「剣心さん、なんの用だったの?」

 

 ふと後ろから、さよに声をかけられた。また何かに巻き込まれたのではないかと心配してくれているようだ。

 

「ああ、これから京に行くそうだよ。その間に道場の方をよろしくってさ」

「いまから京に? どうしてだい?」

 

 眉をひそめるさよに苦笑してしまう。些か説明不足だったかもしれないが、まぁいいか。

 

「さぁ、流浪人だからね。行きたいときに行きたい場所にいくんじゃないのかな」

「ふーん、変なの」

「……ああ、そうだね。私にはとても真似できないよ」

 

 そのとき季節外れの春一番のような強い風が吹き、私はあわてて玄関を締めた。自由で孤独な流浪人など、きっと私には耐えられないだろうと思いながら。




 警視庁に剣心さん、斎藤さん、川路さんが集合しているのですが、竜之介は声をかけられていないし、大久保さんに会いに行っていないため別行動でした。
 今回の件に巻き込みたくない斎藤さんにより、竜之介を警視庁に呼び出したり大久保さん暗殺の情報展開も行われていないとの設定です。

 剣心が京に向かう理由について、原作と変えています。ちょっとご都合主義かもしれません。

 作中のお守りは亀戸にある香取神社の『勝守』です。香取神社は、現在はスポーツのお守りで有名のようですね。
 また、本田忠勝と言えば、生涯50を超える戦に参加し怪我を一つもしなかった逸話があります。作中で省きましたが、竜之介の父はそれにあやかりたかったということでございます。

 次回登校日は未定ですが、目標がないとずるずるしてしまいそうなので、今月中の投稿を目指します。

 次回から京都編ですが、竜之介がいないところで起きた出来事は今まで通り頻繁にスキップいたします。ですので京都編以降は原作巻数の割に話数が少ないことが見込まれます。


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39

新月村のエピソード、左之助の二重の極み習得エピソード等は本小説ではカットします。原作と同じことがあったと原作を読んで補完して頂ければ幸いです。
京都編はサクサクと進めるつもりですので、若干駆け足になるかもしれません。


「おええぇぇ」

 

 弥彦の嗚咽とともに、周囲に酸っぱい匂いが広がる。私はゆっくりと弥彦の背中をさすりながら声をかける。そんな我々を、神谷さんは澄ました様子でじっと見ている。

 

「大丈夫かい? そのうち慣れるからもう少し我慢だ」

「だっ、大丈夫くない…」

 

 弥彦はなれない船酔いに死にそうになりながら、手に持った木桶の底を見つめている。乗船してからずっとこの様子である。

 

 我々は今、京に向かった剣心さんを追いかけるために大阪行きの船に乗っている。

 剣心さんが京へ向かってから、神谷さんは目に見えて落ち込み、寝込み、食事も喉を通らなくなった。その様子を見かねた弥彦が神谷さんを焚き付け、京まで追いかけることを決意したそうだ。そのことを聞いた私は、京へ向かうことをなんとか思いとどまってくれないかと神谷さんの説得を試みた。聞く限り、現在京へ向かうことは大変危ないことだと思う。剣心さんとしても、神谷さんには安全な場所に居て欲しいと考えているだろう。

 しかしながら神谷さんは、「もう決めたことだから」と一向に譲らず、ついぞ意思を曲げてもらえることはなかった。

 

 弥彦と神谷さんが京に向かうことをさよに伝えると、「女、子供だけでの旅は危ないから、竜さんついて行ってあげなよ」なんて言う始末。彼女に志々雄のことは伝えていないので、京が危ない場所であるとの認識はない。さよとしては神谷さんの思いを尊重し、剣心さんとの仲を応援してあげたいだけなのだろうけれど。

 さよにすべてを話す気にもなれず、さりとて断る理由も見つからない。私としても二人だけの旅路に不安があったため、ついていくこと自体はやぶさかではないのだが、どうも釈然としない。そんな経緯で私は彼女たちの保護者として京へと向かうことになったのだ。

 

 

 

 船酔いで体調を崩す弥彦を見ていると、なんとも先行きに不安を感じてしまう。一人旅ならいざ知らず、保護者として今後も気苦労する場面は多そうだ。そんな弥彦の様子を見かねた由太郎が、弥彦に自分の水筒を差し出す。

 

「ほら、水だ」

「わっ、悪ぃ」

 

 弱弱しく返事をしながら、弥彦は由太郎が差し出した水筒の水を口に含み、口を漱ぐ。弥彦の手元の木桶には、先ほどからの弥彦の吐しゃ物がけっこな量溜まっており、あまり目に入れたくはない。

 

「バカっ、直接口をつけるなよ。俺も使うんだから」

 

 弥彦の手の水筒を奪い取り、慌てて由太郎は飲み口を拭う。

 

 

 

 自治右派京に向かう旅には、由太郎も同行している。神谷さんと弥彦、それから私が不在になるため、しばらく道場を閉めることになると由太郎に伝えると、自分も連れて行って欲しいと言い出した。

 道場の面々の中で、彼だけ置いてけぼりのようでかわいそうではあるが、弥彦とは違い由太郎には父がおり、帰るべき家がある。旅先で怪我をさせるようなことがあってはいけないと思うと、正直もろ手を挙げて歓迎というわけにもいかないのである。そこで私は、物見雄山に行くのではないのだから、きちんと父と相談し許可をもらうよう伝えた。これには神谷さんも同意してくれた。

 大事な一人息子を旅に出すような真似はしないと踏んでいた私の予想は、その日のうちに裏切られることとなった。家に帰り父を説得するといった由太郎は、数刻後に父と神谷道場を訪れた。由太郎の父の塚山さんは、我々を見るや否や「息子をお願いします」と、私たちに頭を下げるのであった。

 予想外の展開に面食らいつつも、危険な旅になるかもしれないのでお勧めできないと遠回しにお断りしたい旨を伝えたのだが、神谷さんと浜口さんがいれば安心できると自信満々に言われてしまい、閉口してしまった。塚山さんは、由太郎君が親元を離れ旅をすることが、彼の成長になると考えているようであった。言葉の端々に、私と神谷さんに対する信頼が見え隠れしており、どうにも気恥ずかしい気持ちになってしまう。

 なんというか、塚山さんは人を信頼しすぎるきらいがあり、なんとも危うい。それが彼の魅力でもあるのだろうが、そんなことだから雷十太に付け込まれてしまうのではないかなんて、余計なことが頭に浮かんでしまう。

 その後も何とか断る方便を探そうとしたのだが、息子の成長を願い旅に出したい彼の愛情を無下にできず、結局引き受けてしまったのだ。いや、この件に関しては、はっきり断れなかった私にも非があるのかもしれないが。

 

 

 

 そんなわけで、神谷道場の門下一同勢揃いの旅が始まったわけである。

 

「神谷さんは船酔い、平気みたいですね」

 

 また木桶とにらめっこを始めた弥彦をしり目に、神谷さんに声をかける。由太郎は父と船旅をしたことがあるため耐性があるらしいが、神谷さんは初めての船旅であると聞いている。

 

「私は少し酔っていますけど、これくらいでへたり込んだりしません。しばらくの間いじけてばかりで皆に心配をかけてしまったので、もう絶対に弱音なんか吐かないって決めたんです」

「それはまたなんとも、前向きなことで…」

 

 神谷さんの言葉を聞いていると微笑ましい気持ちになり、思わず頬が緩んでしまう。そんな私の顔を見て、神谷さんは少し恥ずかしそうな表情を見せる。

 

「おぇぇぇぇ」

 

 再度船内に響き渡る弥彦の嗚咽。船酔いはまだよくならないようだ。由太郎は呆れた様な目で弥彦を見つめている。

 

「少し潮風に当たりに行こうか」

「おぅ」

 

 周りの客にも迷惑をかけているだろうと考えた私は、弥彦を連れて船外へと出ることにしたのであった。

 

 

 

「ようやく陸についたぜ…」

「ちょっと弥彦、フラフラすると危ないわよ」

 

 左右によたよたと揺れながら桟橋を歩く弥彦に、神谷さんが注意を促す。数日間の船旅も終わりを告げ、我々はようやく大阪港についた。ところどころ建物が新しくなっているようであるが、ほぼ記憶にある通りだ。懐かしいとまではいかないが、見覚えのある景色をみていると不思議な気持ちになるな。

 

「今日は大阪(ここ)で一泊しましょうか。慣れない船旅で疲労もたまっていますし、このまま無理をしては体調を崩しかねません」

 

 そう私が提案したところ誰からも反対はなかった。先を急ぎたいなんて意見が出るかもしれないと思っていたのだが、思いのほか皆冷静なようだ。

 私は平気であるのだが、神谷さんや少年達のことを考えるとこの先も無理は禁物。特に弥彦には、なにか精のつくものでも食べさせてあげないと体が持たないだろう。東京を出たころに比べると、どことなく線が細くなったようにも見える。船酔いのせいで食事が喉を通らず、食べた分もほとんど戻してしまったので無理もないのだが。

 

 港を出てそのまま本日の宿に向けて移動する。移動中に徐々に元気になった弥彦から食事をせがまれ、私たちはうどんを食べることにした。消化に良さそうなので、胃腸が弱っている弥彦にはちょうど良いだろうとの考えだ。

 店に入ると、私はきつねうどんを四つ頼んだ。しばらくして出てきたうどんは、東京とは違う透き通った汁。食べ始めると皆、味が薄いだとか汁の色が薄いだのと感想を漏らす。決してまずいとは思っていないようなのだが、食べなれない西の料理に面食らっているようだ。彼らを見ていると、まるで昔の自分を見ているようで、私はすこし嬉しくなった。旅先でのこういった楽しみは、先達の特権であろう。

 腹を満たし他にすることも無い私達は、早めに宿に入り英気を養うことにした。

 

 京橋に移動し一泊した私たちは、次の日三十石船に乗ることにした。乗船前に、すっかりと船嫌いになった弥彦が駄々をこねたのだが、陸路を行くよりも安全で早いのであるから我慢してもらうほかない。大阪の町では、京の治安が悪化しているような噂はなかったのだが、用心して損はないだろう。

 元気がなくなった弥彦を船に押し込み、一日かけて淀川を上り、私達はようやく京へと着いた。




 京都に行くきっかけや理由が、なんというか無理やりっぽい展開ですが、勘弁ください。弥彦がゲロ吐いてばっかの件でした。導入回(?)で会話が少ないですが、サクッと進めたいのでこんな感じになりました。
 更新が遅くなりましてすみません。時代考証とか原作人物のイメージ通りの行動、発言とかを考えるとどうしてもまとまった時間がないと書けないのです。以前はあんなにポンポンかけていたのになぁなんて思いながら、原作を読み返しているのですが。
 大阪から陸路を行き、十本刀の誰かとばったり会わせてみようかなぁなんて思ったりしましたが、あまりうまくかけず断念。そんな感じです。



 以下時代考証とかそのあたりの話です。歴史に詳しくないため、矛盾しているかもしれませんがご容赦ください。


「かわいい子には旅をさせよ」の言葉がこの時代にあったのかは不明です。簡単に調べてみたのですが、もしかしたらもう少し後の世のことわざ(?)かもしれません。

東京と大阪間の幕末の船旅の日数がわかりません。数日かけていたのでしょうかね。幕末以降蒸気船があったようですし、原作でも蒸気船を使用しております。それでも当時は数日かけて東京大阪間を移動していたと思うと、次に新幹線に乗る際にはありがたみを感じてしまいそうです。

きつねうどんの発祥には諸説ありますが、江戸時代に大阪で作られた、明治時代10年代以降に誕生した説など諸説あるようです。るろ剣時代的には結構新しい食べ物となりそうです。



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