エミル・クロニクル・ダイアリー (結明)
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家具と本と『あの子』と少女

 今も昔も変わらぬ様に語り継がれるものがありましょう。

 古今東西、様々な言い伝えや枕物語、はたまた手のひらに収まってしまうような短いお小言のような物、形は違えど多くの人々が知っている、そのような物を絵に起こし童子でも分かりやすくざっくばらんに、そして面白おかしく描いたのが「紙芝居」なるものでございます。

 

 昔々、遠の昔、それはそれは気の遠くなるような時代のお話でございますが、実際に合ったことでございます。

 その昔、この地には人々の「想い」なるものを実際に触れる形として産み出す方法が確かに存在していたのです。

 

 これはその時代を生きた人たち、その人達の一部が一斉に「消失」してしまった後のお話でございます。

 確かに存在していた人々が、消えてしまう事の悲しさ、残された人々の「想い」その一部を私は見たのです。

 

 悲しきことですが、必ずしも絶望に暮れて涙を流すだけではなかった人も居るのです。

 

 

 

 少女が飛空艇の紐を降ろしている。

 ただただ無表情で、なんの事はない、何時もやっているルーチンワークという物であろう。

 

 その紐を伝い、かつてはアップタウンと呼ばれ、人のひしめき合っていた、今は閑散として、開いている店も、店番をするゴーレムもおらず、ただただ、上層街という認識のための名前を付けられ、交流もほとんど無く風化して朽ちていくだけの悲しい虚像であった。

 

 飛空艇を呼び出すための紐を片付け、起動キーを忘れ形見でもあるコウモリのポーチに仕舞い、錆付き開きっぱなしになってしまった門を潜る。

 雨による水垢や土埃、様々な汚れが積み重なった架道橋は、橋が落ちないようにとしっかり磨かれているが、それ以外の場所は目も当てられぬ惨状だ。

 少女はその壁面や床面を全く気にすることもなく、地下への階段を降りていく。

 

 かつて、ダウンタウンと呼ばれたその場所は、下層街と呼ばれ、上層街と同じように風化している場所はあるものの、人々が行き交い、会話し、そして生きている。

 

 少女は増改築を繰り返され、複雑な迷路のようになった通路の一区画をなんの迷いもなく進み、再び飛空艇の起動キーを取り出すと鍵穴のような場所に差し込んだ。

 

 軽い電子音とともに鍵の開く音が響き、少女が軽くドアノブを捻りながらドアを押すとすんなりとドアは開いた。

 

「ただいま」

 

 短い一言とともに、少女は自らの『家』に足を踏み入れ、再び鍵をかけなおす。

 

「おかえりなさい、お掃除とかして待ってたよ」

 

 幼い少女特有の、柔らかく、そしてハリのある声で返事が帰ってきた。

 少女――明かしてしまえば名前はグロリアだがこの物語に於いて彼女自身の名前はさして重要なファクターではない――が声のする方を向けば、透き通るような白い肌、全てを映して美しく輝く瞳、肌と瞳の色に合わせたかのように一本一本が絹糸と見間違えるほどに美しい白髪、そして司書のような服装と、手に持った大きな本が特徴的な……。

 

――アルマ・モンスター、行き交う人々を見つめ、強い感情の発露や想いの力の結晶化等を通じて発現する、『モンスターの人間化』――

 

 彼女はブーフ・アルマ、少女のかけがえのないパートナーであり、尚且つ親代わりでもあり、正真正銘の、「消失」した親の忘れ形見でもある、というなんとも複雑な関係の同居人であった。

 

「なにか、見つかった? できればあの人の置いていったものとか……庭から持ってこれてないものとか、ね」

 

 少女は悲しそうに目を伏せて、首を横に振る。

 

「そっか、そうだね、もう持ってこれるものは全部持ってきちゃったもんね」

 

 ブーフ・アルマ、ブーフは部屋全体を軽く見回して、懐かしむように言葉を零す。

 

 その姿を見て少女は、何も言うこと無くブーフを抱きしめ、椅子に腰を下ろして自分の膝の上に載せるのである。

 毎日の恒例行事となったその行為は、何も言わずともお互いの傷と、そしてお互いを愛し、想い、そして信頼する心を共有する行動として毎日のように繰り返されていた。

 

 少女がブーフの顔を覗き込むように見つめ、ブーフもそれに応えるかのように少女の顔を見つめ返す。

 

 そうしたゆったりとした時の中で、少しだけ、写真の中の彼女が笑ったような気がした。

 

 お互い、何も言わずとも、同じような気持ちになったのだろう、二人揃ってタンスの上においてある写真立てを見つめながら、どちらからとも無く小さく笑みをこぼして、そうやって彼女たちの一日は終わるのだ。

 

 パートナーが、親が、「消失」する、そんな経験をしながらも、たしかにこの世界を強く、強く生き続ける、その姿からは絶望など感じられず、毎日朝、昼、夜、欠かさず一度づつタンスの上の写真立てに手を合わせて祈るその少女たちは、今を生きている。



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【さよなら】『ただいま』

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……

 

………

 

…………

 

―――Emil

  ―――Chronicle

 

 

「……この恋心は本物なんです、作られた、そうあるべきだから持った恋心じゃなく、本当に、好きなんです」

 

 

 

 

「たとえ、何度忘れられたって……何度でも……思い出させて……差し上げます、と約束しましてよ?」

 

 

     after

――― of

     another

 

 エミル世界の中心、アクロポリスのアップタウンにひしめき合っていた人々は急激にその数を減らしていた。

 もちろん、行き交う人々の家が壊れただの、ソラから巨大なクジラが降ってきて昼飯の代わりに街を食ったというわけではなく、普段町中に置かれていたゴーレムや、周りに商品を広げて看板を出したまま眠ったり近くの友人と談笑したりしていた少年少女達が、居ないのだ。

 

 いや、居ない、と言う言い方は少々違うかもしれない。

 

 彼らは何時も、どこかに居なくなってしまう事があった、姿を消す、ハイディングやクローキングを使ったかのように、ふっと姿がなくなって、そこにいた事さえなくなってしまうような消え方をすることがあったのだ。

 それが、数日前に唐突に、一斉に起きた。 当然、彼らが常に連れていた、おそらくは冒険のパートナーである人々(およそ人とは呼べないような機械や動物を連れている者も多かったが)は、取り残されるのだ。

 普段は別れを惜しみつつも、しょうが無い、という雰囲気で送り出していたのだが、彼らが一斉に居なくなる数日ほど前からは、その様子が違っていたのだ。

 

 まるで、ここで送り出してしまったら、今生の別れになるかのような、そんな雰囲気であったり、どこか、いつもの姿を真似た空元気かのような……。

 

 そんな人々の生活、嘗て共に在った者たちが、目の前に在るカタチとして存在しなくなった人々の行動、一部分、それも極々限られた例でしか無いが、それをここに、記していこうと思う。

 

 例えば、そう、あの黒く長い癖っ毛の、丈が短い赤色の着物を着た少女。

 

 彼女は―――

 

 

「分かってます、分かってましたよ、私なんかに止められるわけが無いって」

 

 清姫は、何時も自分を側に置いてくれた主人が、目の前で居なくなってしまった事に、深い悲しみを覚えていた。

 彼女の行動原理は主人が自分を好いているかどうか、主人に嫌われないかが第一であり、その他の理由は二番三番、主人が、惚れた相手の事こそだけが気がかりで、それを元にして行動をしていたのだ。

 ソレほどまでに自分の主人を慕っていた彼女が、避けられぬ運命と知っていても、どうしても行って欲しくなかったのだ。

 嘗て彼女は、これと同じような悲しみを味わった事があった。

 愛する者に騙され、裏切られ、愛する者を焼き殺し、自らの命さえ断ってしまった

 そんな物語から彼女は救われた。

 物語のレールを飛び出し、その時を生きていた。

 そして自らの愛する者の側に居ることがどれほど幸せかを知ってしまっていた。

 

「分かってますよ、分かってます……私達が忘れなければ、憶えていれば、あなたの記録は残り続ける」

 

「分かっていますけど、それでも、それだけじゃ」

 

「……寂しいですよぉ……お尻も、痛いです……冷たいです……」

 

 何時もは硬い地面に座っているのがしんどくなって、主人に甘え、主人がそっと小さなクッションを敷いてその上に清姫を座らせていた、南稼働橋と呼ばれるアップタウンの入り口に一人座った清姫は、何時も側に在った暖かく、そして何より大切に思っていた者の座っていた一つ隣の床に座ると、膝を抱えて涙を流し始めた。

 涙がこぼれ落ちないように必死で唇を噛んでいた清姫に一つの影が落ちる。

 

「こんな所で、何をしていますの、清姫」

 

 多分に心配するような、しかし少し呆れたような声色で話しかけたその少女は、葡萄酒のように深い紅色をした髪をツインテールにし、コウモリの翼を思わせるようなマント、夜空のように暗く、美しい黒色をしたワンピースを着ていた。

 名はアルカードと言った。

 

「アルカ……どうしてここに……」

 

 慌てて涙を拭い、アルカードを見上げる清姫は、どこか現実感を感じていないぼんやりした顔でその姿を見つめ続ける。

 

「どうして、って、自分の友人が一人で地面に座り込んで泣きじゃくっていたら心配して声をかけるのは当たり前でしょう?」

 

「まぁ、理由は大体想像はつきますけれど、ね」

 

 少し落ち込んだような、困ったような表情をしながら、アルカードは清姫の悲しみを『分かる』、と言い、清姫も、その言葉からアルカードにも、自分と同じような事態が降り掛かったのだろう、となんとなく、雰囲気で察した。 察したが故、何も答えられなかった。 なぜ、そんなに毅然としているのか、なぜいつもの調子でいられるのか、不思議でたまらなかったのだ。

 

 清姫には、アルカードが何も感じていない、等とは思っていない、友人として永く付き合ってきたからこそ、彼女の性格をよく知っているからこそ、なぜそんなに平然としていられるかがわからなかった。

 どれほど強い精神を持っている彼女でも、大事にしていた主人を失えば、多少なりとも動揺し、取り乱しているかと思っていたのだ。

 

「私は約束しましたもの、例え何度忘れたって必ず思い出させる、と」

 

 震える声で、泣きそうになりながら、笑顔を無理やり作り、それでも信じたものを手放さぬように毅然とした態度で、清姫に語りかける。

 嘗て、彼女が約束した言葉、その言葉を、何度でも繰り返し、何度でも思い出し、絶対に忘れられない、永久に消えることのない絆が彼女を前に進ませるのだ。

 

 その言葉と無理矢理に笑うアルカードの姿に清姫は立ち上がると、アルカードの手を取り、涙が溢れ続けるのを手で拭いながら、同じように笑顔を作った。

 

「そうよねアルカ、私達は何度だって思い出させてあげなきゃ、私達が暗いままだとあの人も困っちゃうものね」

 

 二人の少女が手を取り合い、今度は二人揃って歩いて行く。 二人で揃って、門をくぐり、階段を登り、中央の噴水で待っているのだ。

 彼女たち二人が、彼女たちの、友人同士だった主人二人が、離れてしまったその場所で、二人揃って待ち続けるのだ。

 

―――

 

 

 

 

「ただいま」

 

きっと、今も生きている。




Real


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