Fate/Grand Order ~Ideal Happiness~ (古花めいり)
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幕開『選ばれぬ者と選んだ者』
 ̄
1年前、辺りを砂漠で囲まれたとある石油基地に、その“マスター”は連れてこられた。
『 選ばれぬ者 と 選んだ者 』
ある部屋の一室にて、ランスロットはマスターの向かい側に座っていた。
テーブルに突っ伏すことはなく──膝にジャック・ザ・リッパーを抱えているので突っ伏すことはできないが──雑談に花を咲かせていた。
「そういえば、もう半年ですか。マスターに呼ばれてから」
その言葉に、マスターは苦笑いする。
周りには一面の砂漠。聖杯戦争ではないにも関わらず、
この場に、この施設に居ない人物が
『カルデア』と呼ばれる施設が行った“人理修復”。
一年という時間で解決した巨大な事件。
「僕には『カルデア』の人のような勇気はないかな」
その人物の情報は多少だがあるにはある。
しかし、カルデアは雪山で、こことは大海を挟んだ向こう側のお話であり、他人事であった。
海洋油田基地『セラフィックス』
前所長マリスビリー・アニムスフィアの虎の子の財産の一つ。北海に建設された、アニムスフィア家所有の海洋油田基地。
そしてもう一つの財産であるここ、石油基地『エルストラ』
表向きはただの石油基地だが、カルデアやセラフィックスで発見、成功したシステムの試作運用兼実験施設である。
その代表たるシステムはやはり『守護英霊召喚システム・フェイト』だろう。
2004年に完成したカルデアの発明の一つ。冬木の聖杯戦争での英霊召喚を元に前所長マリスビリー・アニムスフィアによって作られた召喚式。英霊とマスター双方の合意があって初めて召喚出来るシステム。
カルデアはこれを用いて三騎のサーヴァントの召喚に成功している。第一号は魔術王ソロモン、第二号はマシュ・キリエライトの中に召喚された円卓の騎士ギャラハッド、第三号は技術開発部部長として常駐したレオナルド・ダ・ヴィンチ。
第三号を除くサーヴァントは機密事項となっており、第一号であるソロモンに至ってはマリスビリーがひた隠しにしていた為か現所長のオルガマリーすらも知らなかった。
このシステムの基礎は第二号であるギャラハッドの協力によってようやく実証にこぎつけたらしく、マシュがデミ・サーヴァントとなってからは彼女の宝具である十字の大盾を触媒に用いて召喚サークルの設置を行う他、英霊の召喚システムを応用してレイシフトを行う。
人理焼却という未曾有の災害が起きたこと、またカルデアの英霊召喚システムの未熟さによる「その隙間の多さ、曖昧さのおかげ」で、通常ならば例外・不可能・極低確率とされるサーヴァントの召喚も可能となっているらしい。
それも1年前の話。
1年前、人理焼却はカルデアの役員と一人のマスター候補によって解決された。魔術師の中ではその事件を『空白の1年』と呼称するものもいる。
あいにくと僕には関係ないし、興味はない。
しかし、世界は──『エルストラ』の役員は納得しなかった。
特異な魔術回路をもつ僕の死は時間の問題だった。そんな僕を『エルストラ』の責任者である所長は引き取った。
当然、実験に使用するために。
『守護英霊召喚システム・フェイト』。
マシュ・キリエライトの様に内部に英霊を入れる事が出来れば、僕の生命活動を持続させる事ができるらしい。理論上は。
もちろん不可能だ。英霊を入れる器として生まれたわけではないのだから。
しかし、それを可能としてしまったのが僕の魔術回路『疑似』だった。
他者の魔術、魔力に同調し結合させる事ができる。
それはモノでなくても、魔力であれば勝手に結合してしまい、大気にすら同調して体から魔力や体力だけでなく存在すらも同調しはじめた。僕にはそれを操作することはできず、ただ自分が消えるのを待つだけの存在だった。
『そうか、貴様も消えたくないのだな』
そう言って、彼は手を差し伸べてきた。
『私も死にたくない。消えたくない。だから、私が貴様を生かす代わりに、貴様が私を生かしてくれ』
その言葉に僕は頷き、手をとった。
───────── 1
「マスター?」
「ん……ランスロット?」
「いえ、私です」
いつのまにか寝ていたらしい。ぼやけた視界でベッドから起き上がり、声の主を探せば彼女はベッドの横に椅子を置いて座っていた。
赤い軍服のうっすらとした桃色の髪を三つ編みにした女性。
「婦長」
「ナイチンゲールです。魘されているようでしたが、体に異常は? まず上着を脱ぎなさい」
拒否権はないようだ。しかし、僕も言われるままではない。
「大丈夫だよ。夢を見ていただけさ」
微笑むがナイチンゲールは納得せず、足元に置いといたであろうバッグから鋏を取りだし、ベッドに乗り出してくる。
脱がないのであれば脱がすまで。というか上着を切るつもりだろう。
勘弁してもらいたいのでナイチンゲールとは反対側からベッドを下り、早々にドアへ向かう。
「待ちなさい!」
待つものか。
廊下へ出て、しばらく走ってナイチンゲールを撒く。この程度で逃げられるとは思わないが途中でなにか別の、ナイチンゲールが興味を引かれるようななにかがあれば撒ける。
この間は役員が汚れた服を着用していて、それを見たナイチンゲールが役員全員の服の清掃と職場の洗浄を行って2日稼げた。
フローレンス・ナイチンゲールはクリミア戦争に従軍し、兵舎病院の衛生改善に努力した看護師。それが英霊としてああなるのはどうしてか。生前もあんなだったのたろうか?
やはり、兵士相手にあの強引さがなくては勤まらなかったと? うーむ。
「おや? マスター、どうしたんだいこんなところで」
呼ばれて見れば金髪の青年が窓枠に座り、銃を指で回していた。
「ビリー」
「あーあー、靴も履かずにまぁ」
ビリー・ザ・キッド。アメリカン合衆国の早撃ち少年ガンマン。彼も英霊だ。
ビリーは近づき、屈んで僕の足を見始めた。
「怪我は……無いね。なんで靴を履かなかったんだい?」
ビリーは笑っているがその笑みは咎める時のそれだ。
視線をそらしつつ正直に答える。だいたいナイチンゲールが悪いと。あとで病室に連れ込まれそう。
「なるほど。彼女は……まぁ、仕方ないね」
納得してくれた。
なぜか屈んだまま背を向けてくるビリーに首をかしげる。
「おぶるよ。施設の中とはいえ、さすがに廊下を裸足はまずいでしょ?」
お言葉に甘えて背に乗る。
「マスター、ちゃんと食べてるかい? 軽すぎるよ? 生まれたての子羊よりも軽いけど」
失礼な。子豚ほどはあるはずだ。
そんな会話を行っていれば部屋にたどり着いた。ナイチンゲールが居ないことを確認し、下ろして貰う。
「食堂からなにか持ってくるけど、出掛けないでね」
頷き、ビリーが出ていくのを見送る。
暇になってしまった。
ナイチンゲールは戻ってくるだろうか。ビリーはどのくらいで戻ってくるだろうか。ランスロットとジャックは自分の部屋だろうか?
静かなへや。特に飾り気があるわけでもない殺風景な部屋。
一人は嫌だ。
あれから“彼”も語りかけてはくれない。
「…………」
椅子にもたれ掛かり、天井を眺める。
天井の染みでも数えていれば時間は早く進むだろうか?
と思ったが残念、タイルの天井は染み一つなかった。
暇だ……。
────── 2
何分、何時間たっただろう。
ナイチンゲールもビリーも戻っては来ない。
ランスロットもジャックも部屋には来ない。
一人だ。
誰もいない。
独りだ。
誰も気づかない。
暗い。
見渡しても光はない暗闇。
消えるのだろうか。誰にも気づかれないまま。誰にも気づいてもらえないまま。それは嫌だ。死ぬのは怖い。消えるのはもっと怖い。
ふと、光が見えた。
暗闇に輝く星の様に。その輝きは増え、幾千もの輝きになる。
しかし、その輝きが動き出した。その時、気づいた。その輝きは“
(嫌だ。死にたくない)
輝きは数を増す。
(嫌だ。消えたくない)
輝きと暗黒が拮抗し始めた頃、一際輝く星が──
「んっ…!」
息苦しさに目が覚めた。
ベッドに横になっているのが感覚でわかる。部屋は暗いが間近にナイチンゲール顔があるのは確認した。いや、間近というより目の前であり、接吻されていた。
驚くがすぐにナイチンゲールを押し退けて──
「かっ……はっ」
息苦しさに悶える。
身体が空気を求めるが上手く吸えない。息苦しさは増して、『死』が間近に迫ったと錯覚した頃、体を仰向けにされ、誰かが上に乗ってくる。
ナイチンゲールは馬乗りになり、暴れないようにか僕の両手を押さえると顔を寄せ、再び接吻した。
口から空気が無理矢理流され、これが人工呼吸だと察すると手から力を抜き、ナイチンゲールがそれを確認すると押さえていた手を離して鼻を摘まんで空気の逃げ場を塞ぐ。口を離して空気を吸い、再び唇を合わせる。それを何度か続けてた。
「はぁ……はぁ……」
「脈拍、心拍共に正常ですね」
ナイチンゲールは手首を押さえ、胸に耳を当てて確認する。
目を覚ます前から呼吸が止まっていたのだろう。だからナイチンゲールは人工呼吸をしていた。なぜ呼吸が止まったのか。あの夢だ。
「マスター?」
馬乗り状態から退こうとしたナイチンゲールに抱きつく。
さぞ情けないだろう。手は震え、泣いているのだから。
「……どこか異常が?」
「怖いんだ」
「……」
「すごく、怖いんだ」
「痛みを恐れてはいけない。痛みは“生きている証”なのだから」
ナイチンゲールは優しく背を擦る。
声を殺して嗚咽をあげた。
「子供が声を殺して泣くものではありません」
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1話『暗殺者とお母さん』
 ̄
朝起きて、ベッドから降りて着替える。
椅子に座って本を広げる。
しばらくしてドアが開き、白衣を着た女性──ドクターが入ってきた。
「おはようエイス」
「おはようございます。ドクター」
「体に異常はあるか? 今朝は呼吸困難にならなかったか?」
テーブルにバッグを置き、薬品を並べる。
「はい。“彼”が治してくれました」
発作の様なもので、魔術回路が勝手に発動して大気と同調、結合することで機能不全を起こし、呼吸ができなくなってしまう。
幼い頃は原因が魔術回路だと判明しなかった為、人工呼吸されたものだ。しかし、魔術回路の誤作動なので魔力を乱せば結合は解除される。それは“彼”がやってくれていた。
「そうか、なら薬の投与は止めておくか」
言いながらテーブルに並べた薬品をしまっていく。それを眺めながらドクターに問う。
「薬は義務なのでは?」
実験体としての義務。
生かされている事への義務。
この施設にこれなければもっと早くに死んでいた自分の義務。
それを聞いてドクターは表情を暗くした。
「すまない。我々は……いや、言い訳にすぎないな。我々とて、“彼”に敵対はしたくないんでね。君を害する行為は特に」
デミ・サーヴァント被検体
今は亡きマリスビリーが人間と英霊を融合させることで英霊を「人間に」するため遺伝子操作によって作り出した、英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を持った人間。『デザインベビー』。
デミ・サーヴァントは英霊を召喚させるための触媒として「英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を持った子供」を用い、呼び出した英霊と子供を一つの存在にし、「人間に」なってもらおうというもの。
だが、エイスはデザインベビーではない。だから英霊召喚は
デミ・サーヴァント実験は英霊と人間を融合、結合させる。エイスのもつ魔術回路『疑似』はそれにもっとも適していた。しかし、英霊召喚には媒体と魔力が必要。
魔力は石油基地エルストラの魔力貯蔵タンクと言われる物から回すことで解決した。
媒体は『人』であるエイス自身だ。
『器』と『量』と『贄』の問題をクリアした。それでも、成功するはずはない。
職員の誰もが理解していた。失敗すると。にも関わらず実験は開始された。
何故か?
決まっている。彼らは職員である前に、魔術師であり、科学者だったから。
だから
好奇心は猫を殺す。きっと魔術師の、科学者の好奇心は神をも殺すだろう。
彼らは己が過ちを理解せずに死ぬだろう。救われず、報われない。仮に彼らが報われた時、それは彼らと同じ思想が産まれた瞬間だ。
失敗するはずだった英霊召喚は成功し、エイスはデミ・サーヴァントとなった。しかし、融合したことで“彼”から送られた記憶は、“彼”を英霊かと疑問を抱かずにはいられない。そんなものだった。
それでもエイスを救ったのは“彼”で、“彼”もエイスに救われたと言っていた。だから、英霊かそうでないかはどうでもいい事なのだ。
デミ・サーヴァント成功のその後は部屋に隔離、秘匿され監視されることとなった。
自由がないことに“彼”は何も言わなかった。エイスも生きていればそれだけでよかったので何も言わない。それに、“彼”が体験した記憶を共有するには時間が必要だったのだから動かなくていいのはちょうどよかった。
だが、ドクターや職員はそうではないらしく、いつ暴れるのだろうと腫れ物を扱うように、化け物を見るような視線を向ける。
自分たちで選んだものだろうに。
それには“彼”は鼻で笑っていた。『ふん。これだから人間は』と。
それでも“彼”は人間が好きなのだろう。融合して、記憶を垣間見ているから分かる。
どうしようもないくらい人間が好きで、救ってあげたくて、だから“彼”は……いや、“彼ら”は行動を起こしたのだろう。
救ってあげたい。助けてあげたい。苦しみがない世界を望み、渇望した。自分達のためではなく、人間のために。
だからあんなにも怒り、絶望し、そして望んだ。
「エイス、聞いているのか?」
「あ、はい。いいえ」
「どっちなんだ。まぁいい。明日、英霊召喚を行いらしい。その時迎えにくるから今日は速やかに休むようにな」
「僕は必要なのですか?」
デミ・サーヴァント実験ならば迎えなど必要ない。立ち会う必要があるのだろうか?
「必要だ。単体で召喚してもらうらしいからな。通常の召喚だ。
「そうですか。わかりました」
────────── 1
「ドクター。第8号の様子はどうだったかね」
廊下を歩いていると呼び止められた。
振り向けば局長がタバコに火をつけているところで、私はいつもの質問だと察して答える。
「“彼”の名は聞けませんでしたよ」
器用にもタバコをくわえながら舌打ちする局長に、私は疑問をぶつけた。
「エイスの中にいるのは本当に英霊なのでしょうか?」
「英霊召喚で英霊以外が召喚できたのならばそれでも構わん。だが、それが名も正体も明かさないのでは我々にはどうすることもできん。やはり自白剤なり投与すべきだと私は思うが、ドクターの意見は?」
「認められません」
当然だ。
エイスの身体は自白剤に耐えられない。下手をすれば中毒症状が出るか、末梢性麻痺を起こして死ぬだろう。
そんなことはさせないし“彼”も認めないだろう。それに……
「そんなことをすれば“彼”の正体はわかるかもしれません。しかし、“彼”を敵に回すほどの価値があるかどうかもありますから」
「……確かに。やはり新たに英霊を召喚するしかないか」
────────── 2
召喚室に来るのは2度目だ。
前回は“彼”と出会うために。
今回は魔方陣の中ではなく外に立ち、手を添えて魔力を流し込むらしい。
「英霊召喚、開始しろ」
そう言われてもエイスには魔力を十分に扱えない。
だから“彼”にお願いする。
(ごめんよ。僕じゃ魔力を扱えないから)
『……』
返答はなく、添えた手から魔力が流れて魔方陣を黄色と赤色が染める。
“彼”の魔力色は綺麗だと思う。
英霊は召喚できるだろうか。
媒体は折れたナイフを渡された。
刃は錆びていて切れ味はなく、奇妙な形状をしていた。
媒体があり、魔力がある。条件は揃っているだろう。しかし、英霊召喚はそんな簡単ではないことは“彼”の記憶で知るエイスは疑問だらけだった。それでもやらなくてはいかない。やらなければここでのエイスの価値はなくなり、生きられないのだから。
願わくば、“彼”の仲間が召喚されることを。
『
(え、あ、うん。ごめんよ。なら諦めよう。僕もまだ
魔方陣が一際輝き、左手の甲に赤い刺青が浮き上がる。光が収まると魔方陣の上には短めの銀髪に外套を身に付けた少女がいた。
「死にたくないの?
「え?」
少女の開口一番の台詞に困惑した。まさか“彼”に娘がいたとは!
あ、やめてください。体の自由を盗らないで。
『……』
「えっと……キミは?」
少女の前に屈み、アイスブルーの瞳を覗きこむ。
「ジャック。ジャック・ザ・リッパー」
ロンドンにおける連続猟奇殺人の犯人とされる人物。
切り裂きジャックの名で知られるジャック・ザ・リッパーその人だった。
少女であるのは意外ではあったが、“彼”の記憶を辿ればたしかに姿が合致した。ジャック・ザ・リッパー本人で間違えないのだろう。
「第8号、自室にもどれ。英霊ジャック・ザ・リッパー、一緒に来てもらう」
「……はい」
職員に言われて自室に戻ろうと踵を返す。
不意に裾を引かれて振り向けばジャックが掴んでいた。
「おかあさん。いっしょにいこう?」
英霊であっても姿が子供では接し方に困る。
屈んでジャックの肩に手を置いて言い聞かせる。
「ジャック、僕はキミのお母さんではないよ。でも、今はあの人についていってくれないかな?」
「おかあさんは
平行線の予感がした。
話が通じてないのか、エイスの言葉を理解しようとしないのか。下手に時間をかければ職員はどういった行動に出るかは想像できた。故に早急に言い聞かせなくてはならない。
『暫し代われ』
(うん、お願い)
「『娘』」
「だれ?」
雰囲気で察したのか、ジャックは怪訝そうな表情でエイスを見る。無論、喋っているのはエイスではないが。
「『母を求めるならば、母親の言うことは聴け。聴かねば母親は貴様から離れるぞ』」
「わたちたちからおかあさんを奪うなら……」
何処から取り出したのかナイフを構えるジャックに慌てて“彼”と代わる。
「じゃ、ジャック! あとで。あとで会おう? 今はあの人についていって、その後一緒にいよう。ね?」
不満そうな顔をするも納得したのかナイフを仕舞う。
「じゃあ、あとでね、おかあさん」
「う、うん。あとで……」
そう言い残し別れた。
エイスは職員付き添いのもと自室に戻る。
─────── 3
自室について早々ベッドにダイブ。
「なんか、疲れた。英霊って皆ああなの?」
話を聞かないのか。と言う意味で聞く。
『知らん。クラス別に寄るものだ。狂化を持つものであればアレの比ではあるまい』
「ならあの子は、ジャックはバーサーカー?」
『アレはアサシンだ』
英霊とは、聖杯戦争に際して召喚される特殊な使い魔。根源の座より来たる、死者の精霊。死者の記録帯。人類史に刻まれた影。言ってしまえば手駒である。
七人の魔術師と、魔術師一人一人と組む七騎のサーヴァントによるバトルロワイヤル。
生き残った一組の勝者のみが手にする願望機『聖杯』。
召喚される英霊は七つのクラスに分けられる。
しかし、人の歴史はそう簡単なものではない。業が深いと言うべきか。聖杯を求めた者。聖杯を手にした者。それらによってその都度聖杯戦争は形を変えた。
主な聖杯戦争は第五次まで行われ、他にも平行世界で行われた聖杯大戦、亜種聖杯戦争などもある。
そう、本来、英霊は聖杯よる補助がなければ召喚できず、それを何騎も召喚するなど不可能。
だから、召喚室から出る時に聞いた言葉に疑問しかなかった。
──一騎ではダメだろう……。
──はやり他の媒体も用意して召喚するしか……。
──七騎全て召喚させるか、
──他に召喚が可能な魔術師を呼ぶのも……
そんなに英霊が必要なのだろうか。
人理焼却という未曾有の災害は防がれた。それに類似する危機が世界に迫っているのなら事前準備で理解できる。
しかし、カルデアの英霊召喚システムを応用した未熟さなシステムで不完全であり、穴だらけ、曖昧な魔方陣にそこまでできるだろうか。召喚者にかかる負荷はどれ程だろうか。
考えるのをやめて、チラリと時計を見れば夕方だった。
「お腹すいた……」
ベッドに突っ伏したまま動かないでいればドアが開く。
ドクターがご飯を運んでくれたのだろうと見れば、銀髪に外套を着た少女──ジャックだった。
外套には赤い液体が付着して汚れ、顔にもその赤い液体はついていた。
「じ、ジャック!?」
飛び起きて駆け寄り、顔についた赤いところを見る。
「怪我は? 痛いところは?」
「だいじょうぶ だよ。おかあさん」
ジャックの笑顔にホッと胸を撫で、汚れた状態のままにするわけにもいかないので脱衣場へ。部屋に取り付けられた風呂だ。
外套を脱がせて息を飲んだ。赤いものは血だったがそれは驚かない。外套下のジャックの体に怪我がなかったことには安心した。しかし、しかしだ。
「なんでこんな露出度が高いの?」
『理解できん』
ええ、まったくその通りですとも。
スカートを履き忘れたとかそう言う類い以上だった。
兎にも角にもジャックを脱がせ、風呂に入る。
「あぁ! 走らないで!」
何故か湯気にはしゃぐジャックを捕まえて、赤が混じった銀髪を洗う。体を自分で洗ってもらい、湯船に浸かる。
子供が遊べるような物がなく、退屈だろうと両手を使った水鉄砲──ただ勢いよく水が発射されるだけだが──で水を洗剤の入れ物に当てる。それにジャックは終始楽しそうであった。
「エイス! いるか!?」
風呂から上がり、ジャックの髪を拭いていると部屋からドクターの慌て声がした。
「ドクター?」
「脱衣場か、入るぞ!」
言うが早いか、ドアを開けようとしたドクター。その刹那、右手が勝手に動いて壁に触れると金と赤の稲妻が走る。
「いったっ! なにこれ!? 刺!?」
「あー、すみませんドクター。“彼”が……」
「あ、あぁ、そうか。わかった。なるべくすぐ出てきてくれ。俺はこちらで待つ」
たまに“彼”はこうして体の一部の主導権を奪って行動に出ることがある。
いつもは明確な理由があった。呼吸困難の時は魔力を流してくれたり、食事に薬剤が紛れていたらそれを捨てたりと。しかし、今回はわからなかった。
『覚悟しろ』
一言。それで察することができた。
ジャックの外套に付いていたのは血で、それは全て返り血。ジャックは職員と一緒だった。それにドクターのあの慌てよう。答えは──
(職員はロリコンだったか! いたいけな少女に口では言えないようなことを!)
『違う!』
「ジャック、安心しなさい。(ロリコンどもから)僕が守ろう」
『おい』
(ジャックをそんな視線で見る輩はお母さんが相手になろう!)
しかし、俺と言っているがドクターは女性なのでロリコンの敵。エイスの味方になってくれるはずだ。
すぐにジャックに着替えをさせる。サイズのものがないのでエイスの上着だが。
ドアを開けて部屋に戻ると、ジャックを背に隠してドクターに宣言する。
「ドクター、戦争です! (ロリコンどもを)駆逐しましょう!」
「……いや、待て。君は何をいっているんだ」
「ジャックに口では言えないようなことをしようとしたのでしょう?」
「なんだそれは」
『さすがの私もこの女に同情するぞ』
“彼”の言葉は無視してドクターとの会話を優先する。
「正当防衛です。過度な防衛は女性の特権です。ジャックの母として抗議します!」
「いつから英霊の親になった。それに君は男だろう」
「些細なことです」
「わりと重大だ!」
ドクターはため息をつきながら椅子にもたれ掛かり、頭を押さえる。
「まぁ、それは置いとくとして。ジャック・ザ・リッパーが職員を殺害したのは変わらない。退去させる事を命じられるだろうね」
危険なものは側に置いておきたくないと。
そんなことは認めない。
「僕はジャックの判断を尊重します。残りたいと言うのであれば死力を尽くします」
「それは君だけの判断か? “彼”はどうだ?」
「それは……」
言葉に詰まるがエイスの体は動き、床に右手を付くと
ドクターの横にあるテーブルとその上にある薬品箱を、床から突き出た針が貫いた。
「『答えはこれで十分か?
「……そ、そうか──そうですか。わかりました。局長には伝えておきます」
ドクターは穴の空いた薬品箱を持って部屋を出る。
ジャックの件は後ほど詳しく聞くとして、時間を見れば22時を過ぎるところ。
(もう寝よう)
まだ部屋を割り当てられていないジャックはエイスのベッドで寝るとして、エイスは床にでも寝ればいいと思っていた。しかし、ジャックの要望で同じベッドで寝ることになり、この施設に来て初めて他者の暖かさを感じながら寝ることができた。
「おかあさん♪」
「すやぁ……」
『おい、ベッドにナイフを持ち込むな。突き立てるな!』
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2話『救われた者と救った者』
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長い。とても長い間、
所詮、
この世全ての悲劇、悲しみを把握していながら、何もしなかった。何もできなかった。それに
『神は人を戒めるためのもので、王は人を整理するだけのものだからね。他人が悲しもうが己に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ』
その言葉を聞いたあの時の
“死”を前提にする時点で、その視点に価値はないはずだと。そう切り捨てた。
『人間の一生』なんてものを見せつけられて面白いとでも思っているのだろうか。
そんなものはもううんざりだ。どうあっても消えるだけで、最後には恐怖しか残らない。
人間の一生なんぞ、絶望と憎悪の物語でしかない。そんなものを見て楽しい筈がない。
だから、
しかし、それは防がれ、救いは潰えた。
己の持つ「全て」を放り投げることで七十二の魔神の自壊を行った者の言葉を思い出す。
『命とは終わるもの。生命とは苦しみを積みあげる巡礼だ。だがそれは、決して死と
私は貴様の、その言葉を理解したくない。
私が本来の姿で触れれば容易く砕けてしまいそうな、脆弱な
そんな彼は私に助けを求めた。
そんな彼は私が必要だと言った。
自己崩壊した筈の欠片はただ次元をさ迷い、いつ力が尽きて消えるかという時、曖昧な召喚術式に引かれて彼と出会った。
私は死にたくない、消えたくない一心で力を蓄える為の苗床として。
最後は都合のよい傀儡として肉体を奪えばよいとさえ思った。だから、手を差し伸べた。
私の行動のどこが『失敗』かと言うのであれば、手を差し伸べた瞬間。彼を選んだ瞬間。彼と出会った瞬間に、私は失敗したのだろう。
ああ、差し伸べた手を彼はとったさ。
……私はあの瞬間、理解できた。
なんと簡単なことだったのか。なんと愚かだったのか。
正しい道理を効率良く進めるシステムであった筈の我々は欲をかきすぎた。人は人により成長する。我々は過保護だったのだろう。
元より導く必要も、救う必要もなかったのだ。
彼の記憶は私にそれを示した。彼を通して理解した。
だから私は、人類ではなく“彼”を救おうと、救いたいと願った。
あの手に触れられた時の感触は今も手の中に残っている。
細く痩せた手で弱々しく握り返してきた彼の手は、暖かかった。ただ暖かかったのだ。
私からすればあまりに幼いのに。あんなにも弱いのに。あんなにも儚い存在なのに……暖かい手だった。
彼は同族の中でも上位に位置できるだろう脆弱な存在だ。他よりも早い死を待つしかないだけの弱い人間だ。
そんな
記憶を共有しても、彼女でさえ拒んだ
……どれだけ救われたか。どれほど報われたか。
間違っていなかったと、“同意”してくれる存在がいる。“肯定”してくれた人間がいる。
嗚呼、よかった。
──────── 1
ジャックの職員殺害事件から一ヶ月が経った頃、初めてドクター以外の職員がエイスの部屋に訪れた。
「──との事です。では行きましょう」
話をまとめると、ジャックの件を不問にしてやるからもう一度英霊を召喚しろ、と。今すぐに。
当然拒否権はない。拒否すればジャックだけではない、エイスも処分される。エイスが処分されれば必然的に“彼”も運命を共にするしかなくなる。
“彼”に至っては『この際だ、この施設の人間を滅却するか』などと物騒なことを言っている。最悪それでもいいかなと思ってしまったのは、
「おかあさん、わたしたちも一緒にいっていい?」
ジャックの言葉を聞いてエイスは職員に視線を向けた。
「構いません。此方としても、その方が都合がよいので」
許可が出たのでジャックも連れていくことに。
職員の後について召喚室へ入ると前とは雰囲気が変わって見えた。
物々しいと表現すべきか、壁と天井に鉄板が敷き詰められ、監視カメラが取り付けられている。入り口も鉄のドアになっていた。
「英霊が皆、協力的とは限らないので」
部屋を見渡していたエイスに職員が部屋の変貌についての理由を聞かせてくれた。
召喚した英霊が協力的ではなかった場合を考えてのことらしい。さらに言えばジャックの件が堪えているのだろう。
媒体として小さい箱を受け取ると職員は全員部屋から出ていった。
箱は開けないでほしいらしい。大気に触れると効力がなくなるとかなんとか。
(そうポイポイと英霊なんて召喚できるの?)
『媒体がどの程度繋がりを持っているかにもよる。その箱の中身は不明だが、この部屋の対策から制御が難しい
“彼”はもしもの時の戦力としてジャックに期待しているのだろう。
エイスはジャックにロリコンどもから守るとは言ったものの、ロリコン以外からもできる限り守ろうと思っていたので“彼”の戦力として数えるのには少々抵抗があった。
仮に戦闘前提で
覚悟を決めて魔方陣に手をかざす。
魔力操作を“彼”にお願いしようとして魔方陣が輝いた。
エイスが言う前に魔力を流してくれたのか。そう思った。だが、それが違うと理解する。“彼”が驚きの声を上げたから。
『なんだと?』
魔方陣の輝きが収まり、魔方陣に立つ“ソレ”を見る。
三メートルはあろう巨体で紫色の肌。背には翼を生やし、顔は骸骨のよう。後ろに流れるような大きな角とその下には小さい角がある。言い表すなら“悪魔”。
「英…霊?」
「オォォォォォ!」
「おかあさん!」
悪魔が片手を上げる。ジャックの声で“彼”はエイスの体の主導権を奪い、邪魔になりそうな媒体の箱を捨てて後ろに飛び退く。直後、立っていた位置に魔力の球が着弾し、爆発した。
「『アレは英霊ではない!』」
“彼”は強引にエイスに“ソレ”に関する記録を頭に流し込む。
“彼”の記録にはデーモンとある。それも上位のグレーターデーモンだと。
(召喚に失敗したから……)
「『違うな。我々は
デーモンの足元を見るがエイスには違いがわからなかった。
“彼”の話では『反転』しているらしい。鏡に写したように逆さだと。
召喚術に詳しい“彼”が何故気付かなかったのか。
デーモンが一歩踏み出し、重みでタイルが割れて魔方陣がズレる。
そもそも床に魔方陣など存在せず、床のタイルは鏡で、魔術で真下のタイルの鏡にだけ見えるよう隠された天井の魔方陣を写しているものだった。
魔方陣の輝きすらも誤魔化し、デーモンを召喚した意図はなんだったのか。
「『言っただろう。
デーモンの手が輝くと魔力の球が放たれる。
“彼”はエイスの身体を再び後ろに飛び退かせて避け、叫んだ。
「『このままでは貴様の母が死ぬぞ、アサシン!』」
直後、デーモンの片腕が床に落ちる。
いつ移動したのか、ジャックはデーモンの背後から魔力球を放っていた左腕を肩から切り落とした。
「わたしたちから おかあさんを奪おうとするなら、殺してあげる」
エイスからジャックの方へ振り向くと、デーモンは口を開けて光線を放つ。
ジャックはその小さな身体を逆手にデーモンの脇をすり抜けてすれ違い様に膝の裏にナイフを突き刺し、ひねる。
デーモンがバランスを崩して床に倒れると、距離を取りながら
部屋が暗闇に支配されると〈気配遮断〉を使って姿を消した。
ジャックの戦闘中、エイスの体で“彼”は魔術を使用して鉄の扉をこじ開けようとしていた。
「『やはりこれは部屋の壁や床に魔術対策がされているな』」
扉は魔術を通さず、鍵がかかっていてエイスの腕力では開けられない。
(なんでこんな……)
「『簡単なことだ、正面切っての戦闘では勝てないと踏んでの不意打ち。力があるから狙われる。力がなければ淘汰される。人間の世は生きづらいな』」
エイスは答えようとして何かが壁に叩きつけられる音に遮られ、“彼”は視線を音のした方へ向けると──
「ジャック!?」
『っ! 待て!』
体の主導権が“彼”からエイスへ戻り、“彼”の制止も聞かずに倒れるジャックに駆け寄る。
「おかぁ……さん…?」
体のいたるところから血を流し、片腕は変な方向へ曲がり、焦点の合っていない眼で目の前にいるエイスを探す。
エイスは手を掴み上げて答える。
「ここにいる」
それだけでジャックは微笑む。
「待っていて。すぐに治すから」
ジャックから部屋の中心へ視線を移し、
『魔方陣も無く──いや、天井のか。媒体は健在、あれでは無限に召喚され続けるぞ。魔力切れはないだろうからな』
「そうですね」
ジャックのナイフを拾い、逆手に持って見よう見真似の構えを取る。
『死ぬぞ』
「死にません。死なせません」
『……そんな震えた手足でなにができる』
ナイフを持つ手は畏れで震え、立っているのがやっとな足は恐怖で震えていた。
「守ると、言ったから」
『……』
愚問だと気付いた。
そこまでする必要があるのか。──あるのだろう。彼は親だから。仮初めでも、偽りでも親だと言ってくれたのだから。
特異な魔術回路を持って生まれてしまったがために家族に売られた彼には必要だったのだろう。家族と呼べる存在が。
だから
(嗚呼、貴様は愚かだ。そんな愚かだから貴様は
ならば迷う必要はない。何を惜しむことがあろうか。
「『訣別の時来たれり──』」
そう、これは過去との訣別だ。
「『其は、全てを始めるもの』」
そう、これは始まりだ。
「『我が偉業、我が理想、我が誕生の真意を知れ』」
彼の者が望むだけの幸福を。
「『我が名は――ゲーティア』」
私が出来うる限りの幸福を。
私は…貴様を救ったあの瞬間、私も救われたのだ。
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