暗殺教室の戦闘員 〜異世界からの侵略×超生物の出現~ (汐音 アイリ)
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Chapter-1 Assassin
001-prologueの時間


思い浮かんだら、いてもたってもいられず書いてしまいました。


話は変わりますが、太刀川さんの目を見て、視力に関するサイドエフェクトを疑った人は多いと思います。
そんな思いもちょっと詰め込んだお話です。


私、太刀川 (ゆき)は、中学3年生になる前の春休みに唐突に司令に呼び出された。

はて、最近(・・)は特にお叱りを受けるような行動はしていないと思っていたが?と疑問を抱きつつ司令室を訪れ、そこで調査任務を命じられた。

 

私の生まれ育った、ここ、三門市は3年ほど前に異世界からの侵略者、近界民(ネイバー)によって壊滅的な被害を受けた。

そこに現れたのが界境防衛機関・ボーダーであり、現在は三門市の防衛を一手に引き受けている。

 

私は大規模侵攻のあと、ボーダー本部が設立されてすぐに兄と共にボーダーに入隊した。それ以来、三門市の平和を守る一員として努力してきた。遠征に行った経験もあるし、今更どんな任務でも驚かない。……はずだった。

任務の内容が過酷すぎるとか、そういうことではない。一般常識的には調査任務を中学3年生の女の子に命じるなど正気の沙汰ではないが、ここはボーダーであり、私はA級の戦闘員である。外では大人の庇護を必要とする私は、ここでは一人前とみなされる。そのため、命じられた任務が、いかに成功確率が低い任務であろうと、心身に負担がかかる任務であろうと、問題はない――のだが。

私には、その任務がどういう意図をもって命じられたものなのか、理解できなかったのだ。

 

「あの、司令。申し訳ないのですが、もう一度仰ってもらえますか?」

「君には、政府が秘密裏に関わっているという椚ヶ丘中学校3年E組の調査を命ずる、と言った」

 

思わず、変な顔をしてしまっても仕方が無いと思うんだ、うん。

心の中で自分の行いを正当化しつつ、任務内容が一句たりとも先ほどと変わらないことを理解して、私は内心頭を抱えた。

 

ボーダーは民営組織だから、そのテクノロジーを盗もうという動きが政府内であることは知っている。

きっと、政府内にはボーダーのスパイがいて、ボーダーには政府のスパイがいるのだろう。

だから、政府が隠れてコソコソしだしたら、その内容が知りたいのはわかる。

だが、なぜ中学の1クラスをピンポイントで指定するのか。

 

ちなみに、転入や編入の心配はいらない。なぜなら私自身が椚ヶ丘中学校3年E組の生徒だからだ。

E組行きの理由は成績不振なんかではなく、素行不良だ。私は兄を反面教師として成績はそれなりに上位をキープしているが、主に防衛任務が理由で、仮病で保健室に行ったり、遅刻早退を繰り返したりと──要はサボっていた。E組行きは、きっとそのせいだろう。というか確実にそれが原因だ。

授業を聞かなくても、ボーダーの先輩に頼れば最悪なんとかなるだろうという楽観的な考えのため授業に出る気も起きなかったことで、余計にサボりが増えたが、そこら辺は誤差の範囲である。

 

それが、突然政府が関わってくるなど、三門市周辺は呪われているのかもしれない。

……いや、確か私が椚ヶ丘中学校を選んだ理由はクジ引きの結果だった。ここまでくると、三門市というよりは私がいろいろ(・・・・)引き寄せているのかもしれない。

 

司令は、相変わらずの厳しい顔で私の返答をじっと待っている。

返事はもちろんYesだ。

 

「太刀川 幸、承知いたしました。あ、でも防衛任務は調整してくれますよね?」

「……定期的な任務のローテーションからは外そう。時間があるときに、混成部隊に組み込む」

「わかりました」

 

さて、一体何があるのやら。

波乱に満ちているだろう新学期に思いを馳せた。

せいぜい私なりに楽しませてもらおうじゃないか、なんて珍しくカッコイイ独白と共に。

 

 

 

◇◆◇

 

 

そうは思っていたが、これは予想外かもしれない……。

 

教壇には、触手をうねらせる黄色の巨大タコ。

そして、防衛省の烏間(からすま)と名乗る男性。

一瞬烏丸(とりまる)の親類かと思ったが、漢字が違うので他人らしい。

 

タコは緊張感の欠片もない声で言った。

 

何の前置きもなく、緊張感もなく、ただ普通に。

まるでそれが、何でもない日常の1つだとでも言うように。

 

「初めまして。私が月を()った犯人です。来年には地球も()る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

 

まず、5・6ヶ所突っ込ませてほしい。クラスメイトもそう思ったに違いない。

突っ込みどころしかなくて、現実を直視できそうになかった。

 

10日ほど前、3月のある日に突然月はその7割ほどを失った。空を見上げても、見えるのは常に三日月。新月から満月、上弦の月や下弦の月など、日本の風流にも貢献してきた月は、大部分を蒸発させた姿になってしまった。

さまざまな番組や本でその原因が推測されたが、宇宙人の仕業であるだの、月の内部で起こった爆発事故だの、とにかく真偽の怪しい情報ばかりで、結局、理由はわからないまま。

……それが、このゲームのエネミー的存在の仕業だと?

 

混乱するクラスを見かねてか、男性が前に進み出る。

 

「防衛省の烏間という者だ。まずは、ここからの話は国家機密だと理解頂きたい。

単刀直入に言う。この怪物を君達に殺して欲しい!!」

 

余計に混乱した。みんな、目が点だった。もちろん私もだ。

簡潔でわかりやすい依頼内容ではあったが、諸々の説明をすっ飛ばされたために疑問点が多すぎた。

もうちょっと情報をくれてもいいんじゃないのか。

 

一人が思わず、といった感じで言う。

 

「……え、何スか?そいつ攻めてきた宇宙人か何かスか?」

「失礼な!生まれも育ちも地球ですよ」

 

タコは即座に真っ赤になって反論した。……あの皮膚(?)、色を変えられるんだ。なんて、どうでもいいことに目がいく。

典型的な現実逃避だが、いくらボーダーに所属して長く、無茶ぶりに慣れた私とはいえ、ここまでの変化球には驚いた。

 

そうして依頼された暗殺任務には2つの条件があった。

一つ、成功報酬は100億円。

二つ、秘密の口外を禁止し、もしもの時は記憶消去の措置を受ける。

 

……記憶消去、という点でボーダーと似たものを感じたが、それくらいだった。

私以外は「記憶消去」という言葉に驚き、緊張しているようだが私には聞き慣れた言葉だ。

だからといって全く気にしないとまではいかないが、他の人よりも冷静だった。

 

今一番気にしているのは、政府の調査力だ。

いくら国家機密だから口外するなと言われても、私はボーダーに報告するつもりでいる。

しかし、それが政府に知られてしまえば記憶消去の措置を受けることになるだろう。

政府の技術力が未知数である以上、今までの人生の記憶すべてを消される可能性も否定できない。

烏間さんやその部下を見ながら、どうしたものか、と思考を巡らせた。

 

 




今回はちょっと短め。


名前は、主人公と関連の深い原作キャラと似た名前をつけています。
幸は、漢字1文字、読み仮名2文字縛りです。





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Episode.1 基礎の1学期
002-暗殺の時間


お待たせしました。


100億円という成功報酬に飛びついたE組の面々は、さまざまな方法で暗殺を試みた。

その一つが、朝礼でのクラス全員の一斉射撃だ。

 

私の目から見ても被弾は免れないであろう弾幕を余裕で避けながら、タコは出席をとっていく。最高速度マッハ20を誇るだけあるということか、1発も被弾しない。E組にはタコの残像が見えるだけだ。

 

国がわざわざ落ちこぼれクラスに暗殺の依頼をするくらいに切羽詰まっているわけだから、私も長期戦の覚悟はしていた。

しかし、ここまでの圧倒的な差があると期限の3月までに殺せるのかどうか不安にもなる。

これで一緒にいるのがボーダーの面々ならば、これほど不安にはならなかったかもしれない。なにせ、共に暗殺に取り組むE組生徒は自分たちの実力不足すら認識できず、いつか殺せる気でいるのだ。先行きが不安である。

 

それにしても、と手の中の拳銃に目を落とす。いくら弾が対先生特殊弾であるBB弾とはいえ、銃は銃。ボーダー隊員というわけでもない、普通の中学生の立場で銃を手にするとは、人生はわからないものである。まったく、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

 

タコが出席をとり終わったらみんなで教室中に散らばった弾を片付け、今日もまた、授業が始まった。

 

 

◇◆◇

 

休み時間ごとに、タコは海外へ飛んでいく。

国家機密とかいう前にあの触手をどう隠しているのか気になるが、今のところなんとかなっているのだろう。

 

クラスはマッハ20の超生物という奇妙な教師に一時期話は盛り上がるも、結論はいつも同じだ。

「エンドのE組だから、頑張っても仕方がない」と。

 

絶望、諦念――E組ができてから今まで、この暗い雰囲気がなくなったことはない。崩れかけの器がギリギリその形を保っているような、危うい均衡だ。

 

諦めること。ときに、私にとっては許しがたい感情にうつるそれ。

諦めた方が上手くいくケースを否定する気も、頑張りすぎた人にさらに追い打ちをかける真似をする気もない。これはとても身勝手な私の思い。

 

三門市は一度絶望を味わった。

異世界からの侵略なんてSF小説かと思うような展開は、地震や洪水などといった自然災害よりもよほど恐ろしいものだった。

都市壊滅までのカウントダウンが1週間をきっていたあの時に比べれば、1年の猶予は優しい方だと思うのは仕方のないことではなかろうか?

 

あの絶望の中から、私たちは立ち上がったぞ――そう言いたい気持ちをグッとこらえる。

絶望に上も下もない。その人にとっての絶望が、他者の絶望とイコールであるはずがないのだ。

だから、私は今日もやり場のない不満をのみこむ。

 

淀んだ空気の中にいたくなくて、教室を出た。

このままサボってしまおうか、なんて考えていると、カツアゲ現場のようなところに遭遇した。

 

寺坂とかいう男子生徒とその取り巻きは、いかにもヤンキーといった感じで、対する渚――名前で呼んでほしいと言われた――は草食系で非力そうだ。

3人の不良が1人の草食系男子を脅している、という構図が瞬時にできあがる。

 

何を話しているのか気になって近づいてはみたが、話は終わってしまったようで、その場には渚だけが残された。

彼は、寺坂くんから渡された袋を持ち、俯いている。

何を渡されたのだろう、と疑問に思っていれば、渚の横にタコが着地した。

 

タコは、何故かミサイルを持っている。

……思いっきり危険物なんですが。

 

「……おかえり先生。どうしたの、そのミサイル」

「まさか、盗んだの?」

 

渚のあとに続いてそう言えば、タコは面白いほど動揺した。

月を破壊し、地球を破壊する宣言をした生物とは思えない無防備さだ。

まあ、暗殺の面でいえば、隙など1ミリたりともないのだけれど。

 

「違いますッ!日本海で自衛隊に待ち伏せされたんですよ!」

 

初日にも思ったけれど、タコは随分と感情豊からしい。

オマケに皮膚も色が変わるから、余計わかりやすい。

 

「自衛隊が待ち伏せ……ってことは、国家機密とはいっても、軍部はタコのこと、知っているの?」

「タコ!?もしかしてそれ、先生のことですか!?」

「もちろん」

 

タコはシクシクと泣き始めた。

ただの「先生」だと他の先生と区別がつかないから、わかりやすい特徴をとらえて呼んでいるつもりだったのに。

もしかして、意外とタコに似ていることを気にしているのだろうか。だとしたら、悪いことをしたかもしれない。とミジンコほどの罪悪感が芽生える。

 

「えーっと、タコに似ていること、もしかして気にしてた?だったらゴメンね?」

 

タコとの間に流れる微妙な空気に、渚が慌てて割り込んだ。争いごとを好まない彼らしいというか、なんというか。

 

「えっと、大変ですね。標的(ターゲット)だと」

 

タコは近くの木にミサイルを立てかけながら、「いえいえ」と否定する。

ミサイルについては、あとで返却するのだと信じておこう。

この校舎にはE組とその関係者しか来ないとはいえ、学び舎に危険物があるのはどうなのだろうか。

 

「皆から狙われるのは……力を持つ者の証ですから」

 

タコがニヤニヤ笑いながら言ったその言葉に、渚はなぜか衝撃を受けていたようだった。

タコはそれに気付かずに校舎へ入っていく。

 

渚の空気が、どんどん暗く淀んでいく。

深く沈みこんでいく。

 

「……渚? どうかしたの?」

「えっ? ううん、何でもない。教室に戻ろうか。5時間目が始まるし」

 

渚は、ぱっといつもの顔に切り替わった。

でも、相変わらず空気は淀んでいた。

 

 

◇◆◇

 

今日の国語の授業は短歌だ。とそこで、タコが無茶を言い出した。

 

「お題にそって短歌を作ってみましょう。ラスト7文字を『触手なりけり』で締めて下さい。

書けた人は先生のところへ持ってきなさい。チェックするのは文法の正しさと触手を美しく表現できたか。出来た者から今日は帰ってよし!」

 

自分の触手にこだわりでもあるのか。だとしても、こちらにまで押し付けてこないでほしい。切実に。クラスに「いや、何言ってんだよ」とでも言いたげな空気が満ちる。触手がテーマ、ではなく締めの言葉を決めてくるとは。難易度が跳ね上がった。

 

ざわつく教室で、茅野さんが「しつもーん」と手を挙げた。

 

「今さらだけどさあ、先生の名前、なんて言うの?他の先生と区別する時不便だよ」

 

別に、タコでも問題ないと思う。

だが、タコ自身に呼んでほしい名前があるならそれを尊重すべきだろう。

それに、名前からわかることもあるかもしれない。

 

「名前……ですか。名乗るような名前はありませんねぇ。

なんなら皆さんでつけて下さい。今は課題に集中ですよ」

 

名乗るような名前がない?

名前を持たないのか、名前を名乗れないのか。どちらだろう。

この生物の過去は、明かされていない。防衛省は知っているのだろうか。

 

色々と考えを巡らせている間に、渚が席を立った。

タコは呑気に「もうできましたか」なんて言っているが、生徒側には隠し持っている対先生用ナイフが見える。

 

クラスがわずかに緊張するのも気にせず、一歩一歩渚がタコに近づき、勢いよくナイフを突き出す。

しかし、それはタコが渚の手首に触手をそえることで防がれた。

 

「……言ったでしょう。 もっと工夫を」

 

余裕だったタコが、渚が首元に抱きついたことで動揺を(にじ)ませる。

そしてその瞬間、渚の首元から大量の対先生弾が飛び散った。

 

 

 

──何、を。

 

 

 

自爆?確かに標的(ターゲット)の虚をつく作戦としては有効な手段だが、まさか実行する人間がいるなんて思わなかった。

だって、彼らは生身の人間だ。ボーダー隊員が戦闘で特攻を仕掛けることはあるけれど、それは換装体だからできることで、緊急脱出(ベイルアウト)の性能を信頼しているからこそのものだ。

 

それに渚は、自爆攻撃をする覚悟なんてなかった。

あったのは、ある種の諦めだけ……。

 

クラス中が呆然とする中、寺坂くん、村松くん、吉田くんの3人が喜びの声を上げながら走り出た。

 

「ざまァ!!まさかこいつも、自爆テロは予想してなかったろ!!」

 

即座に茅野さんが寺坂くんに食ってかかった。誰もが寺坂くんの言葉に嫌な予感を覚える。

 

「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ!」

「あ? オモチャの手榴弾だよ」

 

寺坂くんは悪びれもせず言い放つ。

同級生の1人に特攻させておきながら、賞金にしか考えがいっていないのか。

唖然とするのと同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「ただし火薬を使って威力を上げてる。300発の対先生弾がすげえ速さで飛び散るように」

 

死にはしないだろうが、怪我は避けられない威力だ。

渚の容態を確かめようとして、しかし、床に転がる渚は無傷で膜におおわれていることに気付いた。

 

ハッと気配を感じて天井を仰ぐ。

そこには、黒いタコがはりついていた。

怒っていることが丸わかりの表情。

 

「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」

 

タコがドスのきいた声でそういうと突風が吹いた。

教室の入り口までの瞬間移動か。――いや、タコは教室入り口で大量の表札を抱えていた。

おそらく、一瞬のうちに各家庭を回り、表札をはがしてきたのだろう。

……あとでちゃんと戻してくれるのかな。

 

「政府との契約ですから、先生は決して君達に(・・・)危害は加えないが、次また今の方法で暗殺に来たら、君達以外(・・・・)には何をするかわかりませんよ」

 

……その言葉はちょっと聞き捨てならない。

寺坂くんたちのような犠牲の上に成り立つ暗殺を仕掛けるつもりなどないが、家族や仲間に危害を加える可能性を示唆されると落ち着かない。

実行するつもりは、どうやらないみたいだが。

 

「家族や友人……いや君達以外を地球ごと消しますかねぇ」

「なっ……何なんだよテメェ……迷惑なんだよォ!!いきなり来て地球爆破とか暗殺しろとか……迷惑な奴に迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ!!」

 

相変わらずタコの顔は真っ黒に染まっている。

今までのふざけた態度よりも、よほど「悪」にふさわしい様子だ。

それが、腰を抜かした寺坂くんの叫びには顔に丸を浮かべて応えた。

 

「迷惑?とんでもない。君達のアイディア自体はすごく良かった」

 

そして、さらに二重丸を浮かべて触手を渚の頭に乗せる。

 

「特に渚君。君の肉迫までの自然な体運びは100点です。先生は見事に隙を突かれました」

 

逆に、寺坂くんたちにはバツマークを浮かべた。

相変わらず怒りの感情を孕んでいるが、それは教師(・・)として生徒(・・)を叱るためのものだった。

 

「寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。

そんな生徒に暗殺をする資格はありません!」

 

危険なことだとたしなめながらも、その発想力を褒める。

危険だからと、それだけですべてを否定しないことに驚いた。

タコはクラス全体に告げる。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。

君達全員、それが出来る力を秘めた有能な暗殺者(アサシン)だ。

暗殺対象(ターゲット)である先生からのアドバイスです」

 

このタコが対象だからいいけれど、胸を張れる暗殺ってあるのだろうか。

それに、いい話風にまとめていいのだろうか、これ。

 

それでも、渚の空気が明るくなった。

クラスの空気が、揺らいでいる。

 

暗殺なんて、咎められることのはずなのに、クラスが変わっていっている。

いい方向に向かっている。

 

……このクラスも、悪くないかもしれない。

ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、そう思った。

 

茅野さんが「あ」と声を上げた。

 

「殺せない……先生……あ、名前。『殺せんせー』は?」

 

 

 

◇◆◇

 

§ 報告書

 

3年E組の担任教師となったタコ型超生物の暗殺を依頼された。

超生物は「殺せんせー」と名付けられ、生徒たちにも親しまれるようになった様子。

詳しい能力や外見は添付したファイルを確認すること。

 

生徒への通達を主に担当するのは、防衛省の烏間惟臣という男性。

経歴から察せられるように相当の猛者であり、肉体は鍛え上げられている。主な戦闘手段はおそらく素手と拳銃。

 

暗殺の成功報酬は100億円だが、国家機密故に口外禁止であり、場合によっては記憶消去の措置がとられるとのこと。

情報の取り扱いには注意が必要である。

 

共に暗殺任務に就くE組の面々は、現時点での能力は劣るものの、伸びしろに期待できる。

特化した能力を持つ者も多く、「殺せんせー」の暗殺任務の中でどのように成長するかに注目していく予定。

場合によってはボーダーのスカウトも検討する。

 

一方、E組の成り立ちの関係から、おそらく全員が劣等感を持っており、無謀な暗殺計画を立てる者も現れた。

「殺せんせー」の能力を見る限り、成功する確率は限りなく低いが警戒しておく。

 

 

追記 E組の空気が淀んでいて気持ち悪いので、早急に前向きになって頂きたいです。

 

 

報告者:太刀川 幸

 



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003-基礎の時間

幸ちゃんはなかなか動かない……というか心の中であれこれ言っています。

タイミングを伺ったりしているだけで、そのうち動きます。


「E組はどうだ、太刀川くん」

「……報告書には書いたと思うんですけど」

 

突然、司令室に呼び出されました。何事かと思えば、ただの中間報告とは……。

さっそく何かやらかしてしまったかと、緊張していた時間を返してほしい。

そんな思いを込めて、いつもより少し反抗的な態度をとってみる。

そんなことは何度もあったので、もはや司令も慣れたものだが。

 

「サイドエフェクトで視た感想はどうだ」

「ああ、そういうことですか……」

 

少し言葉を探して沈黙する。

サイドエフェクトで視えるのは抽象的なイメージのようなものだから、いざ説明するとなると表現しにくい部分がある。

言葉を尽くしても、正確に伝えることは不可能なのだ。

 

「淀んでいて、赤黒いオーラがモヤモヤしている感じ。その赤黒さも、いろいろな色が混ざりあっているからぐちゃぐちゃで、気持ち悪い感じですかね」

 

面倒になって、イメージをそのまま伝えると司令は「そうか」とだけ返した。

無意識なのか顔の傷に指をあてているが、あれってアイデアが浮かぶコツなのだろうか?

 

司令はしばらく思考の海に沈んだままだと判断し、視線を横の迅さんに移す。

「未来視」という特殊かつ強力なサイドエフェクトを持つ彼がここにいるということは、近々未来の分岐点が現れるのかもしれない。

 

「迅さん、何かある?」

「ん-……そうだなぁ。E組は幸以外を見ていないから何とも言えないかな。

ただ、新しく加入する先生、たぶん女の先生には特別なアクションは起こさない方がいいな。クラスの空気に潜んでいた方がいい」

「もしかして、危険人物なの?」

 

警戒対象なのかと思いきや、彼の反応は微妙なものだった。

確定した未来が見えていないせいだろうか。

いつものように自信に満ちた声ではなく、迷っているようだった。

────いや、これは戸惑い?

想定と異なるものが視えたような。視えたものが信じられないとでもいうような。

 

「もちろん暗殺の任務に送り込まれてくる人だし、プロの殺し屋とか戦闘訓練を受けた人間だろうけど……。あんまり危険な感じはしないかな。……また、何か視えたら言うよ」

「うん、ありがとう」

 

サイドエフェクトに振り回されながら必死に制御する術を身につけた者同士、彼と私は通じ合うものがある。

視る材料が少ない中で予知を手繰り寄せてくれたことに、素直に感謝を述べた。

 

「太刀川くん」

「何ですか、司令」

「任務はあくまで潜入・調査だ。暗殺に関しては、それなりでいい。

ボーダーに所属していることは」

「わかっています。ボーダーに所属していることは、内緒ですよね」

 

話は終わったとみて立ち上がる。

話を続けることは可能だろうが、有益な情報が得られる可能性は限りなく低い。

これくらいの引き際は心得ている。経験則、というやつだ。

 

「いってらっしゃい」

 

迅さんが柔らかい笑顔で手を振ってくれた。

 

これからの動きを頭の中で考え始める。

 

私にとってE組はあくまで任務地であり、それ以上の意味を持たない。

それは変わらないことで、変えてはいけないことだと自分を戒めていることでもあった。

 

E組に馴染める日は、まだ遠そうだ。

 

 

 

◇◆◇

 

暗殺を通して、クラス全体が活気を取り戻し始めていた。

生徒はそれぞれ思い思いのタイミングで暗殺を仕掛けていく。

 

今朝も5、6人で暗殺を仕掛けたというが、やはり失敗してしまったらしい。

ただ、その際に殺せんせーがクラスの花壇を荒らしてしまったらしく、ハンディキャップ暗殺大会を開催中だ。

紐で縛られて木の枝に吊るされた状態なのに、殺せんせーはみんなの攻撃をヌルヌルかわしている。

 

それを眺めていると、防衛省の烏間さんが坂を登ってきた。

 

「烏間さん、こんにちは。今日はどうしたんですか?」

 

そこへ棒を抱えて走ってきた茅野さんも気付いて、烏間さんに話しかける。

 

「あ、烏間さん! こんにちは!」

「こんにちは。明日から俺も教師として君等を手伝う。よろしく頼む」

 

烏間さん改め、烏間先生が教師になるということは、異次元すぎる体育がまともな授業になることを期待していいのだろうか。

E組には殺せんせーしか教師がいないので、当然体育も殺せんせーが教えることになったのだが、マッハ20の超生物の体育は人間には適さなかった。

 

「……ところで、奴はどこだ?」

 

烏間先生は殺せんせーを探して周囲を見渡し、茅野さんに先導されていく。

 

そしてハンディキャップ暗殺大会を見て、グッと拳を握った。

もはや暗殺とは呼べない状況を目にしては、無理もない反応だ。

 

殺せんせーは顔に緑のしましまを浮かべ、E組を煽る。完全に舐められている。

 

「ほら、おわびのサービスですよ?こんな身動きできない先生、そう滅多にいませんよぉ」

 

ただ、あまりに激しく揺れるから紐が繋がれている木の枝にはかなりの負荷がかかっている。現にギシギシなっていて、今にも折れそうだ。

 

「ヌルフフフフ。 無駄ですねえ、E組の諸君。このハンデをものともしないスピードの差。君達が私を殺すなど夢のまた……あっ」

 

バキっと音を立てて枝が折れて、殺せんせーが地上に落ちる。

沈黙がおり、

 

「今だ、()れーッ!!」

「にゅやーッ、しッ、しまった!!」

 

今度は地上でバタバタし始める。

殺せんせーは慌てて縄をほどこうとするも、触手とからまって苦戦しているみたいだ。

なまじスピードがある分、繊細な作業は苦手なのかもしれない。

 

「意外とテンパるのが早いんだ。予想外の手を織り混ぜれば、あるいは……」

 

確認のように呟くと、近くの渚と茅野さんが意外そうな顔をした。

 

「……なにか?」

「いや、太刀川さんってあまり暗殺に積極的じゃないから、ちょっと驚いて……」

「うんうん。暗殺とか嫌なのかなって思ってた」

「そう? まあ、渚と同じで情報収集中ってところだから。いずれ、個人でも暗殺を仕掛けに行くよ」

 

こんな感じで思わせぶりなセリフを吐いている間に、殺せんせーはようやく縄から抜け出して屋根の上に逃げ出していた。

そこで息を整えている。

そして……

 

「明日出す宿題を2倍にします」

 

殺せんせーの宣言に、クラスが「小せぇ!!」と声を揃えた。

しかも、殺せんせーはどこか遠くへ逃げた。

……え、本当に宿題2倍なの?

 

それをなす術なく見送ったクラスは、ワイワイと盛り上がり始める。

 

「でも、今までで一番惜しかったよね」

「この調子なら、殺すチャンスは必ず来るぜ!」

「やーん。殺せたら100億円、何に使おー♪」

 

「殺す」という単語が軽く、日常的に使われているこの空間は、はっきりいって異常だ。

それでも、この椚ヶ丘中学校で、今一番いい空気なのはこの暗殺教室(E組)なのは間違いなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

烏間先生は、予想通り体育の担当教師になった。

同時に副担任と、表向きの担任になるらしい。

……大変だなあ。私が言えた義理じゃないけれど。

 

現在は、対先生ナイフを使っての授業だ。

戦闘訓練と呼べるものはほとんど受けていない──実戦から学べとばかりに模擬戦に放り込まれたのだ──私にとって、こういう訓練は新鮮だ。

 

いや、思い返してみればボーダーの初期の訓練は酷かった。あれは、訓練なんて名ばかりの、新人を叩きのめすだけの作業だった。

しかも、旧ボーダー側に悪気はなく、むしろ模擬戦が1番訓練になると思っていた節がある。──確かに、感覚を掴むという意味ではよかったけれど、せめて武器の説明くらいはきちんとしてほしかった。

レイジさんがいなければ、ボーダーの戦闘技術は本当の意味では上がらなかったに違いない。本部長も、なんだかんだで指導は最初から上手いわけではなかった。

 

掛け声に合わせてナイフを振っていると、烏間先生から厳しい声がとぶ。

 

「八方向からナイフを正しく振れるように!!どんな体勢でもバランスを崩さない!!」

 

そして、その横でなぜか体育着に着替えている殺せんせーに向かって言う。

 

「この時間はどっか行ってろと言ったろう。体育の時間は、今日から俺の受け持ちだ。

追い払っても無駄だろうがな。せいぜいそこの砂場で遊んでろ」

 

殺せんせーは涙を流しながら、砂場で砂をいじり始めた。

砂場には雑草か生えていたように見えたのだが、一瞬の内にすべて引っこ抜かれていた。

どうせなら、校庭全体を整備してくれないだろうか。

 

「ひどいですよ烏間さ……烏間先生。私の体育は生徒に評判良かったのに」

 

その殺せんせーの言葉には、すぐに反論が出た。

 

「うそつけよ、殺せんせー。身体能力が違いすぎんだよ。この前もさぁ……」

 

私すら、反復横跳びに視覚分身とか言われたときは耳を疑った。人間にできると思っているのだろうか。

トリオン体でもそんなことできな……いや、そういうトリガーがあれば可能か……?

 

「異次元すぎてね〜……」

「体育は、人間の先生に教わりたいわ」

 

ガ───ン

 

そんな効果音が見えるほどショックを受けた殺せんせーは、泣きながら砂いじりを再開した。「しくしく」と声が聞こえるが、もう誰も殺せんせーを気にしない。

 

授業の再開を告げる烏間先生に、前原くんが問いかけた。

 

「でも烏間先生、こんな訓練意味あんスか?しかも当の暗殺対象(ターゲット)がいる前でさ」

 

クラスのほとんどが同意見なのだろう。何人かが、うんうんと頷いている。

 

「勉強も暗殺も同じ事だ。基礎は身につけるほど役に立つ」

 

私は烏間先生と同意見。

たとえば私の兄がよく使う『旋空弧月』を例にすればわかりやすいかもしれない。

『旋空』は『弧月』専用のオプショントリガーであり、その間合いを拡張して攻撃範囲を広げる効果をもつ。

ランキング1位がよく使用することや、『弧月』使いが多いこともあり、『旋空弧月』の使い手はそこまで珍しいものではない。

だが、あれは『弧月』の扱いが上手くないと有効な手立てとはならない。『旋空』の起動時間は一瞬といってもいい。

その間に、重量のある『弧月』を狙いすまして振り抜かなければならないのだ。

生駒さんが『旋空弧月』使いとして名を馳せているのは、『旋空』の起動時間が他の人より短いからというのもある。それだけ、彼の技量が高いということなのだ。

 

だが、身近に例がある私以外は烏間先生の言葉に納得しきっていないようだ。

勉強に基礎が大切なのはわかるが、暗殺にも大切なのか?そう言いたげだ。

 

「例えば……そうだな。磯貝君、前原君。そのナイフを俺に当ててみろ」

 

今の実力では、私含めてクラスの誰でも烏間先生にナイフは当てられない。

身体能力の差が圧倒的なのだ。2人がかりでも、どこまで迫れるか。

 

「え……いいんですか?」

「2人ががりで?」

 

戸惑う磯貝くんと前原くんに烏間先生はネクタイを緩めながら返す。

……その仕草はちょっとカッコイイな。

 

対先生(その)ナイフなら、俺達人間に怪我は無い。

かすりでもすれば、今日の授業は終わりでいい」

 

2人が烏間先生の前に出て、磯貝君がまずナイフを突き出す。

しかし、そのナイフは軽く避けられた。

 

「さあ」

 

動じた風もなく次を促す烏間先生に、今度は2人で攻撃を仕掛けていく。

すべていなされ、かわされたが。

 

「このように、多少の心得があれば、素人2人のナイフ位は、俺でも(さば)ける」

 

私は、自分が烏間先生の立場でもかわせるだろうか、と脳内シミュレーションを行う。

いやでも、ボーダーではシールドで防ぐか受け流すかしているし……避けるだけなら?

 

「「くッそ」」

 

2人同時攻撃か……悪くはないけれど、いい手とはいえない。

案の定、2人は手首を捉えられ、ひっくり返らされた。

 

「俺に当たらないようでは、マッハ20の奴に当たる確率の低さがわかるだろう。

……見ろ!今の攻防の間に奴は、砂場に大阪城を造った上に、着替えて茶まで立てている」

 

しかも、ニヤニヤ笑いもセットで。なかなかに腹が立つ。

ここまでくると、いっそわざとのような気がしてくる。

元からの性格だとしたら、相当なキャラだ。

 

磯貝くんと前原くんを助け起こしながら、烏間先生は続ける。

 

「クラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。

ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々、体育の時間で俺から教えさせてもらう!」

 

いくら自衛隊に所属していたからといって、何も知らない中学生にナイフから狙撃まで仕込むのは容易ではない。

それを1人で任されるということは、烏間先生は本当に優秀な人なのだろう。

二宮(ニノ)さんや加古さんではないが、優秀な人間は私も好きだ。これからの体育が楽しみになってくる。

 

授業終わりのチャイムが鳴り響き、私は校舎の方を見る。

授業の途中から感じていた気配。

殺せんせーや烏間先生がいたし、観察するような視線だったから無視していたが。

暴力沙汰でE組に落とされ、今日まで停学を食らっていた赤羽業が、立っていた。

 

 




二宮さんと加古さんの好きなもの:才能のある人間


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004-カルマの時間

区切りのよさを優先して1話を切っています。



「烏間先生、ちょっと怖いけどカッコいいよねー」

「ねー!ナイフ当てたら、よしよししてくれんのかな〜」

 

「6時間目、小テストかー」

「体育で終わって欲しかったよね」

 

そんな会話を交わしていた生徒たちも、次々にその存在に気付き、足を止める。

 

「カルマ君……帰って来たんだ」

 

元々知り合いだったらしく、話しかけた渚に赤羽くんが笑って答えた。

E組ができたとき、彼は停学中だったから、私は初めて顔を合わせることになる。

 

「よー渚君、久しぶり。わ、あれが例の殺せんせー?すっげ、本トにタコみたいだ」

 

予想通りというか、なんというか。なかなか面倒そうな人間だ。

席の左隣が彼だという現実からとても逃げ出したい。

 

「赤羽業君……ですね。今日が停学明けと聞いていました。初日から遅刻はいけませんねぇ」

 

顔にバツマークを浮かべた殺せんせーに、赤羽くんは苦笑して右手を差し出す。

一見穏やかな光景だが、どうにも裏があるように思えてならない。

 

「あはは、生活リズム戻らなくて。下の名前で気安く呼んでよ。とりあえずよろしく、先生!」

「こちらこそ。楽しい1年にして行きましょう」

 

そして、彼が殺せんせーが差し出された手を握り……その触手が破壊された。

左手のいちご煮オレを投げ捨て、対先生ナイフを出した赤羽くんが追撃する。

 

殺せんせーも、烏間先生も、クラスのみんなも。衝撃を受けていた。

殺せんせーにダメージを与えた生徒(ヒト)は初めてだったのだから。

 

手に対先生ナイフを細かく切って貼り付けたという赤羽くんは、ゆっくりと殺せんせーに近付いていく。

 

「こんな単純な『手』に引っかかるとか……しかもそんなとこまで飛び退くなんて、ビビり過ぎじゃね?殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど……。あッれェ、せんせー、ひょっとしてチョロイひと?」

 

挑発的な態度をとる赤羽くんは、教室の方へ戻りながらナイフをクルクルと回し始めた。

まるで曲芸のような動きに、彼がナイフの扱いに長けていることがわかる。

 

いい隠れ蓑になるか、はたまた隠し事を暴かれる危険性があるか。

彼の実力は未知数だが、戦闘に関してクラスで上位に入ることは間違いなさそうだ。

 

◇◆◇

 

6時間目の小テストの時間。

殺せんせーはなぜか触手を壁に押し付けていた。

その行為の意味がわからず首を傾げたが、どうやら壁パンらしい。

 

触手が柔らかいから、壁にダメージが行っていない。

おまけにブニョンブニョンうるさい。

 

「ブニョンブニョンうるさいよ、殺せんせー!小テスト中なんだから!」

 

案の定、岡野さんがキレた。

 

そして私はといえば……私の席は寺坂くんとカルマくんの間なわけで。

ちょっと隣が怖そうだけれど、まあ問題ないとか思っていた過去の自分を猛烈に殴りたかった。

 

「よォ、カルマァ。あのバケモン怒らせてどーなっても知らねーぞー」

「またおうちにこもってた方が良いんじゃなーい」

 

寺坂くんと、追随する村松くんの言葉にカルマ君も挑発で返した。

思ったよりも遅く言い合いが始まったのは幸運だったかもしれない。

私のテストはほぼ解き終わっており、集中力が切れても問題なかった。

 

「殺されかけたら、怒るのは当たり前じゃん、寺坂。しくじってちびっちゃった誰かの時とは違ってさ」

 

寺坂くんは机を拳で殴って怒鳴った。単純な行動だ。

彼が腹の探り合いが苦手なことがよくわかる。

 

「な、ちびってねーよ!テメ、ケンカ売ってんのか!!」

 

寺坂くんも、シラを切ればいいのに……。思わず同情した。

動じずに返すカルマくんと比べれば、どちらが優勢かは一目瞭然である。

 

「あ、太刀川ちゃん。このこと、教えてくれてありがとね」

 

そこで、私に、振るな!と言いたくなるのを抑え、私は曖昧に微笑んだ。

いや、確かにエピソードを教えたのは私だが、別におちょくる材料として提供したわけではなかった。

 

 

 

それは、6時間目が始まる前の休み時間のこと。

私は赤羽くんに話しかけられた。

 

「ねー、太刀川ちゃん」

「えっ、赤羽くん?なにか?」

「これから1年、隣の席でしょ?よろしくね。下の名前で呼んでいいし」

「うん、よろしく……」

 

素質はあるみたいだし、トリオン量が基準に達しているのなら、ボーダーに勧誘したいな……。組織に馴染むかは、ちょっとわからないけれど……。と、ついスカウトの思考になるのは職業病のようなものだろう。

 

「今まで、どんな暗殺をしてきたの?」

「今までの?」

 

過去のデータを分析するのは基本だし、そういうことなのかな。

そう思い、今までの暗殺を思い出して挙げていく。

 

「基本的には、毎朝のクラス一斉射撃かな……。あとは、個人で暗殺を仕掛けたりするくらいだけど、全部失敗で……あ」

「なになに? 何かある?」

「うん……1度、寺坂くんたちが渚に手榴弾もどきを持たせて自爆テロみたいなことを仕掛けたことがあって。ただ、そういう風に自分や他人の命を大切にしない暗殺は良くないって、殺せんせーに怒られちゃったけれど」

 

私としては忠告の意味合いで話したのだが、予想外なことにカルマくんは、その話に興味を持ったみたいだった。

 

「怒った? どんな風に?」

「え? えーと……。普段、怒りは真っ赤になって表現するんだけど、その時は真っ黒で。

次にこんな方法で来たら、政府との契約で守られた私たち以外には危害を加えるかもって脅されたよ。たぶん、本当に実行するわけじゃないと思うけど」

 

カルマくんは、ふんふん、と頷いていたが、そこで2つの疑問を挙げる。

 

「なんで、本当にはやらないって思ったの?あと、寺坂たちの反応は?」

「……先生として、殺しはしないんじゃないかなって、それだけ。

寺坂くんたちはちょっと泣いて、いや、怯えてたみたい。うん。

殺せんせーについて詳しいことが聞きたいなら、渚に聞くといいと思うよ」

 

その言葉を聞いて、カルマ君くんはなぜかニヤリと笑った。

そこで今更ながらにカルマ君に燃料投下したことに気付いた私は、「カルマくん、楽しそうだなぁ……」と現実逃避をしていた。

 

 

 

 

結論、私は悪くない。

1人で勝手に納得していると、殺せんせーの注意がとんできた。

 

「こらそこ!テスト中に大きな音を立てない!」

 

大きな音、というより喧嘩を注意した方が……と思ったのだが、低レベルの喧嘩だから気にしないことにしたのだろうか。

殺せんせーに、カルマくんはジェラートを取り出して返す。

 

「ごめんごめん、殺せんせー。俺もう終わったからさ。ジェラート食って、静かにしてるわ」

「ダメですよ、授業中にそんなもの……。まったくどこで買って来て……」

 

言いかけて、殺せんせーはハッとした顔をする。

……え、ジェラートを買ったお店がわかったとか?

 

「そっ、それは昨日、先生がイタリア行って買ったやつ!」

「あ、ごめーん。教員室で冷やしてあったからさ」

「ごめんじゃ済みません!溶けないように、苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに!」

 

お前のかよ!という声なきツッコミが聞こえた気がした。

殺せんせーは甘いものが好物らしい。よく食べているのを見かける。

でもまさか、ジェラートのために成層圏にまで行くとは思わなかった。

殺せんせーにとっては、成層圏などお散歩感覚なのかもしれない。

 

「へー……。で、どーすんの? 殴る?」

「殴りません!残りを先生が舐めるだけです!」

 

残りを舐めるという衝撃発言に、殺せんせーのジェラートへの執着がうかがえる。

しかし、舌を出して挑発したカルマくんに向かってズンズンと歩いていった殺せんせーの足が、突然弾けた。

いつの間にか、床に対先生弾が置いてあったようだ。

 

「あっはー、まァーた引っかかった」

 

動きの止まった殺せんせーに向けて、カルマくんが続けて撃つ。

そちらはかわされたが、殺せんせーの表情には動揺がはっきりと表れていた。

 

「何度でもこういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら……俺でも、俺の親でも殺せばいい。でもその瞬間から、もう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという『先生』は……俺に殺されたことになる」

 

……彼は、頭の回転がとても早いのだろう。

本質を見抜く力と、どんな物も扱いこなす器用さも持っている。

私の推測も交えてだけれど、短期間で得た情報をここまで上手く使うとは。

 

その力を、人とぶつかるために使ってしまっているのがもったいない。

しかも、奇襲や騙し討ちが主みたいだ。

せっかく素質があるのに、これでは宝の持ち腐れというもの。

うん、これはやっぱり、ボーダーにいずれ勧誘しよう。

彼がチームを組んだら、ランク戦が一段と面白くなるに違いない。

 

少し気になったのは、「先生」という存在にこだわりがあるような響きがあったことだ。

生物としての死、先生としての死……どちらでも構わないようにも聞こえた。

 

 

◇◆◇

 

翌朝教室に入ると、教壇にナイフが刺さったタコがありました。

色ツヤのいい、美味しそうなタコですね。

誰が買ってきたのかなー。

 

ナイフ?

なんだろうね、調理途中かな。

あ、金欠の殺せんせーの仕業かな?

 

「おはよ、太刀川ちゃん」

「おはよう、カルマくん。このタコ、やっぱり……」

「うん? 俺が買ってきたやつ」

 

ですよね!

予想通りすぎて、苦笑することしかできなかった。

 

 

 

 

昨日、カルマくんにしてやられていた殺せんせーはどうするのかと思っていたが……手入れをする、という結論になったらしい。

 

朝はタコをたこ焼きに調理されて食べさせられ、

授業中の暗殺を止められたと思ったら爪にネイルアートを入れられ、

家庭科ではフリフリの可愛らしいエプロンを着させられ。

これは手入れじゃなくて……プライドへし折り大会?

 

 

殺せんせーはけっこう弱点が多い。

ちょこちょこドジを踏むし、慌てた時は反応速度も人並みに落ちる。

性格も「本当に地球を滅ぼそうとしているのか?」と思うほど隙だらけだ。

 

……ただ。

いくらカルマくんが不意打ちに長けていても、本気で警戒をしている殺せんせー相手に勝てるほどの実力ではない。

もっといえば、ある程度意識して自分を弱く見せている(・・・・・・・)殺せんせーが、その隙をなくせば狙う機会だって減る。

機会が減るなら誘導もしやすくなるし、タイミングもわかりやすくなる。

結局、カルマ君は1日中暗殺をかわされて終わった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

放課後、大自然に囲まれて読書を楽しんでいたら、カルマくんが落ちてきました。

おまけに、助けなければと思ったら殺せんせーも落ちてきて、触手でカルマくんを助けました。

……ちょっと訳がわからないですね。

 

「カルマくーん、平気ー?」

 

下から呼びかければ、殺せんせーの方が反応した。

 

「にゅやッ!太刀川さん、どうしてここに!?」

「いや……大自然の中での読書は楽しそうだったから」

 

全くの嘘ではない。他にも理由はあるけれど。

主に地形把握のため、という理由が。

 

カルマくんは触手の上でじたばたしていた。

触手には粘着性でもあるのかもしれない。

この光景、教師としてはちょっとアウトなんじゃ……いや、殺せんせーは超生物だし、その能力を使っているから……セウト?

 

「これでは撃てませんねぇ、ヌルフフフフフフ」

 

よく見れば、カルマくんの右手には銃があった。

飛び降りて、その間に銃で撃とうと?

……無理するなあ、生身なのに。

 

「……ああ、ちなみに。見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りて下さい」

 

その殺せんせーの言葉に、カルマくんの空気が軽くなる。

なんというか、浄化技を受けたみたいに、暗いオーラがぱあっと散っていった。

 

 

 

 

カルマくんと共に、先生に持って行ってもらった崖の上には渚がいた。

 

「あれ、渚?……もしかして、渚がカルマくんを?大人しそうな見た目なのに、意外と行動的なんだね……」

「ちょっと、太刀川さん!? 違うよ!?カルマくんが自分から飛び降りて……って、カルマくん。平然と無茶したね」

「別にぃ……。今のが考えてた限りじゃ、一番殺せると思ったんだけど。しばらくは大人しくして、計画の練り直しかな」

 

万が一を心配したが、渚がカルマくんを突き落としたわけではなかったらしい。

そこに、いい空気に割り込むタコがきた。

 

「おやぁ? もうネタ切れですか?報復用の手入れ道具はまだ沢山ありますよ?君も案外チョロいですねぇ」

 

なんだかイラッとする。

わざとだとわかっているが、それでもイラッとくるものがある。

カルマくんもイラッとしたみたいだが、どこかさっきとは違う。

 

「殺すよ。 明日にでも」

 

カルマくんは、もう淀んだオーラを(まと)っていなかった。

その表情も、どこかスッキリしている。

 

「帰ろうぜ、渚君、太刀川ちゃん。帰り、メシ食ってこーよ」

 

ニッコリと笑って、カルマくんが財布を見せた。

カルマくんの趣味とは合わなそうな……と思っていると、殺せんせーが悲鳴をあげた。

 

「ちょッ、それ先生の財布!?」

「だからぁ、教員室に無防備で置いとくなって」

 

ジェラートの時もそうだったけれど、教員室の警備は結構ガバガバだなあ……。

生徒に侵入される分にはまだいいけれど、いつか重大な機密が盗まれそうだ。

E組のボロ校舎には、外部の侵入を阻むセキュリティなんてないだろうし。

 

「返しなさい!」

「いいよー」

「な、中身抜かれてますけど!?」

「はした金だったから、募金しちゃった」

「にゅやーッ、不良慈善者!」

 

殺せんせーとカルマ君のやり取りに、思わずクスリと笑いが漏れた。

 

「本来のカルマくんは、あんな感じなの?」

「うん……よかった。さすが殺せんせーだね」

 

 

暗殺に行った殺し屋は、暗殺対象(ターゲット)にピカピカにされてしまう。

それがここ、暗殺教室。

明日はどうやって殺そうか。

 




スパイダーとか鉛弾とか、結構好きなんですよね。
状態異常系とか。

ただ、それをいれるといろいろと制限がつくという……ままならない。


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005-弟子の時間

ボーダーに焦点をあててみた話です。


唐突ですが、弟子ができました。

 

「加古さん、この子は……?」

「黒江双葉。 加古隊の新しいメンバーよ」

「ああ、近距離の子が欲しいっていってましたね。 攻撃手(アタッカー)なんですか?」

「ええ」

 

身長は低め。

腰には『弧月』。

ツインテール。

目はちょっと鋭く、挑戦的にも見える。

 

「か、可愛い……!」

「そうでしょう?女の子だし、実力はあるし、イニシャルはKだし。すぐに勧誘したわ」

 

私は思わず彼女──黒江双葉の手をとった。

ドン引きされた気がするが、気にしない。

可愛いは、正義。

 

「でも、どうして私に?」

「この子、幸ちゃんと同じスピード型だから、そこら辺を教えてくれないかと思って」

「『テレポーター』とか『グラスホッパー』を、ですか?」

「いいえ。 『韋駄天』っていう、試作トリガーがいいらしくて」

 

ああ、確かにこの前最終調整の段階に入ったトリガーに、そんな名前のものがあった。

そんなことを思い出しながら、可愛い子を前に妙な使命感が芽生える。

 

「わかりました。この子を、立派な戦闘員に育て上げます!」

「お願いね」

 

加古さんは、話を終えると美しい髪を揺らしながら去っていった。

それを見送って、目の前の弟子に向き直る。

 

「……さて、これからよろしくね、黒江ちゃん」

「……よろしくお願いします」

「まずはー……私の隊室に行こうか」

 

そう言って歩き出すと、黒江ちゃんは慌ててついてきた。

うん、可愛い。

 

「あ、あの、太刀川先輩」

「兄さんと紛らわしいし、幸でいいよ」

「えっと、幸先輩は、太刀川隊ですよね?」

「違うけど」

「……えっ」

 

彼女に限らずよく勘違いされるが、私は太刀川隊ではない。

勘違いされる原因は色々あるが、主には……

 

「で、でも、太刀川隊の隊服を着てましたよね。ちょっとアレンジしてましたけれど」

「あれ? エンブレムは見えなかった?冬島隊(・・・)のエンブレム」

「……いえ」

 

所属部隊を勘違いされるのはよくあることだ。

太刀川隊だとか、風間隊だとか、三輪隊だとか。

私が隊室に入り浸っているせいではあるが。

 

中でも一番よく言われるのが太刀川隊。

それは、黒江ちゃんが言っているように私が太刀川隊の隊服をアレンジしたものを好んで着ているからだ。

 

「兄さんリスペクトだから。太刀川隊にも冬島隊にも許可はとったし」

「それって……いいんですか?」

「そもそも、うちの隊長が隊服を着てないから。

冬島隊の隊服も時々着るし、いいかなって。……さ、着いたよ」

 

室内のソファには当真さんが寝っ転がっていた。

それを無視し、隊長のオペレーターデスクに腰掛ける。

 

「とりあえず、戦闘スタイルとかを見せてほしいんだけれど、いいかな?」

「わかりました。……トリガー起動(オン)

 

一瞬光が溢れ、黒地に紫を基調とした隊服を纏う少女が現れた。

その色彩は望さんのセクシーさを強調するイメージが強かったのだが、彼女が着るとまた違ったよさ(・・)を感じる。

ショートパンツスタイルが、若さの象徴のようだった。

デザインしたのが誰かは知らないが、実にいい働きをした。

 

 

◇◆◇

 

「と、いうわけで、早速、といきたいのだけれど……。

トリガーの構成を教えてもらってもいい?」

「『弧月』、『旋空』、試作の『韋駄天』です。

あとは、『シールド』と『バッグワーム』。

他にも試作トリガーを入れるかもしれませんが……」

 

射手(シューター)銃手(ガンナー)用トリガーはない。

つまり、攻撃手(アタッカー)一本でいくのか。

 

「最初の訓練で、近界民と戦ったでしょう?何秒だったの?」

「……11秒でした」

「……それって、すごいよね?」

 

黒江ちゃんは首を横に振る。

私がボーダーに入ったときは、まだシステムも組織も発展途上だったので、自分を比較対象にできないのがちょっと悲しいところだ。

一番自分にとってわかりやすいのは、自分との比較なのに。

 

「4秒と9秒がいたので」

「初心者は1分切れれば上出来だって言われているのに……。今期の新人は豊作だね」

 

トリガーを起動する。

纏うのは漆黒に赤いラインが走ったノースリーブのコート。

コートと同色のアームカバーには、冬島隊のエンブレム。

 

「さあ、始めましょう」

 

 

 

 

 

感想。

筋は悪くない。ただ、まだ隙が多い。

 

「慣れるまでは、素振りをした方がいいかもね。

そうでなくても、『旋空』と『韋駄天』はしばらく禁止。『弧月』に振り回されている感じがする」

「……すみません」

「そこは、謝るところじゃないよ。 最初はできないのは当たり前なんだから。

強くなるために、私が指導するんだよ」

 

ふわふわと、周囲に『バイパー』の弾を浮かべながら告げる。

黒江ちゃんが『弧月』を握ってからそう経っていないのを考えるとかなり上出来といえるが、私の理想は結構高かった。

 

「あとはやっぱり慣れ、かな。というわけで、『弧月』と『シールド』だけで私の『バイパー』を避けてみようか」

「えっ、確か、幸先輩って屈指の『バイパー』使い……」

「はーい、行っくよー」

 

 

……訓練の終了を告げたら、あからさまにほっとされたのはちょっと納得いかない私であった。

スピード型なら回避能力を上げなきゃいけないし、手っ取り早い方法なのに……考え直すべき?

 

そんな小さな悩みを私に抱えさせ、初日の指導は終了した。

 

 




黒江ちゃんの正確な入隊時期がわからないのでアレですが、たぶんもうちょっとあとなんじゃないかなー……とは思ったり思わなかったり。

いや、そんなことない、そんなことない。


幸ちゃんはそれなりに機械に強めという設定。
隊長さんの経歴を考えれば、理由はだいたい想像つくかと……。(つまり、立派なお弟子さん)

幸を冬島隊にした理由はいくつかありますが、1番はこれです。
「兄妹でNo.1,2っていいよね!」


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006-大人の時間

このままだと進まない(わかっていたこと)ので、ちょっとカットしていきます。

あと、基本的に幸視点なので、裏で話されていることはあまり描写されません。
気が向いたらいれます。


奥田さんの毒薬騒動があってから数日後、5月になった。

ゴールデンウィークの訪れが楽しみだ。なんてことはなく、宿題と防衛任務で潰されることが決定している。

これはボーダー隊員の宿命だ。

 

「もう5月かぁ。早いね、1か月」

 

黒板の日付けを書きかえながら渚が呟く。

 

その通り。

殺せんせーの言葉が真実なら、3月までに殺せんせーを殺さないといけない。

期限はあと、11か月しかなかった。

 

 

◇◆◇

 

……まあ、だから政府も何かしら手を打つかなー、とは思っていたのだ。

思っていたけれど……この女性はいったい……。

 

「今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

 

そう言った烏間先生に促され、女性が口を開いた。

金髪碧眼と、「外国人」といわれて真っ先にイメージするような容姿の女性だ。

その胸はぱっと見でも大きく、スタイルもボンキュッボンを体現したかのように整っている。

大人の魅力を十分に兼ね備えた女性だった。

 

「イリーナ・イェラビッチと申します。皆さんよろしく!」

 

殺せんせーに抱きつきながらという状態で、だけれど。

 

見るからに怪しい。

なぜ、これでいけると思ったのか。いや、殺せんせー以外なら怪しまれようとどうでもいいのか?

 

そのあからさまな態度を除いても、状況がもう怪しい。

普通、国家機密を暗殺する教室に新しい教師などやってくるのか?

答えは否。

来るとしたら、それは暗殺任務に関わる人間でしかない。

いくら学校側の意向といっても、無理がある。

 

「……そいつは若干特殊な体つきだが、気にしないでやってくれ」

「ヅラです」

「構いません!」

 

殺せんせーがカツラをとってみせても、変わらず女性はくっついている。

とても魅力的な女性なのに、殺せんせーにベタベタだ。演技(・・)だけれど。

 

やっぱり、殺し屋とかかなぁ。

そういえば、迅さんがなんか言ってたっけ。

うん、大人しくしとこう。

 

3行にまとまるほど簡潔な思考の後、放置することにした。

胸を見て普通にデレっとした顔になる殺せんせーに、イリーナさんがすり寄る。

 

「ああ……見れば見るほど素敵ですわぁ。その正露丸みたいなつぶらな瞳、曖昧な関節。私、とりこになってしまいそう」

「いやぁ、お恥ずかしい」

 

私は、いろいろな意味でそのやり取りを見ていられなかった。

イリーナさんのいう殺せんせーの素敵ポイントとか、笑いがこらえ切れそうにない。

 

 

 

 

 

休み時間にクラスでサッカー(と呼べるのか、これ)をしながら暗殺していると、イリーナさんが駆け寄ってきた。

本場のベトナムコーヒーを飲みたいらしく、殺せんせーは快く頼みを引き受けて飛び去る。

同時に始業のチャイムがなった。

 

「……で、えーと、イリーナ先生?授業始まるし、教室に戻ります?」

 

戸惑いながらも声をかけた磯貝くんの言葉には興味を示さず、イリーナさんは煙草に火をつけた。

ふわりと煙が流れる。

 

「授業?……ああ、各自適当に自習でもしてなさい。それと、ファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?」

 

完全に見下した目。

先ほどまでの愛らしい女という偽りの姿はかけらもない。

 

「あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし。『イェラビッチお姉様』と呼びなさい」

「フッ」

 

思わず鼻で笑ってしまった。

みんなの間に沈黙がおりていたから、意外と響く。

イリーナさんが犯人を探すように視線を巡らせたが、それを遮るようにカルマくんが挑発した。

 

「で、どーすんの? ビッチねえさん」

「略すな!」

 

イリーナさんは意外とツッコミキャラなのか、仕事モードの時と落差が大きい。

いまさらだけれど、随分流暢に日本語を話すものだ。

見た目も名前も完全に外国の人なのに。

日本で育ったとか?まさか。自分で勉強したに決まっている。

きっと仕事(・・)のために。

 

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター、ビッチねえさん1人で()れんの?」

「……ガキが。大人にはね、大人の()り方があるのよ。……潮田渚ってあんたよね?」

 

渚の前で立ち止まったイリーナさんは、突然渚にキスを仕掛けた。

唇同士を合わせる軽いものではなく、舌と舌を絡ませる濃いやつだ。

 

これは、ほぼ確定かな。

この人は、色仕掛けで相手の懐に潜り込んで殺すタイプの暗殺者。

殺すまでに多少の時間が必要だけれど、ガードの固い相手にも接近できるスタイルだ。

……そして。今、イリーナさんは情報をほとんど持っていない。

 

「あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたら……殺すわよ」

 

彼女が本物(プロ)の殺し屋だと実感する。

「殺す」という言葉の重み。誰かの命を刈り取るということの意味を理解し、その上で実行してきた人間の言葉。

ふわふわした感覚のまま、お遊びの延長のように暗殺をしてきたE組とは格が違う。

 

誰もがそれを思い知り、そして当然、いい印象はもてなかった。

 

 

◇◆◇

 

自習になった英語の時間。

イリーナさんは、タブレットを見ながら何か笑っていた。普通に変人である。

 

「なービッチねえさん、授業してくれよー」

 

前原くんがそう言ったのを皮切りに、口々にみんなが言いつのる。

やはり不満はみんなあったのだろう。

 

「そーだよ、ビッチねえさん」

「一応ここじゃ先生なんだろ、ビッチねえさん」

 

イリーナさんが耐えかねて声をあげた。

冷酷な殺し屋としての面を見せながら、普通にノリがいい。この人の本当の性格がわからなくなってきた。

あまりにかけ離れていて……オンオフで意識が切り替わるタイプなのか?

 

「あー!!ビッチビッチ、うるさいわね!

まず正確な発音が違う!あんたら日本人は、BとVの区別もつかないのね!」

 

確かに発音が違うけれど、Bの発音の方の意味も含んでいるから、いいんじゃないかな……?

様子見に徹するという決心をしていなかったら、きっと口に出していた軽口を心の中でつぶやいた。

 

「正しいVの発音を教えたげるわ。まず歯で下唇を軽く噛む! ほら!!」

 

素直に従ったクラスを眺めて、満足げに頷くイリーナさん。

教室の前から見れば、シュールな光景が広がっていることだろう。

 

「……そう。そのまま1時間過ごしてれば静かでいいわ」

 

これは!授業とは呼べないと思うのですが!

 

……なんだかなぁ。

プロ相手に余計なお世話ではないかと思いつつも、「焦らない方がいいよ」とアドバイスしたい気分になった。

 

潜入はじっくり気長にやるものだと思っていたのだが、殺しが絡むと別なのかもしれない。

上から急かされているのか、はやく仕事を終わらせたいのか。

どちらかといえば、後者か。

そんなサクッと()れる相手なら、烏間先生もここに留まったりしないだろうに。

 

 

◇◆◇

 

「……おいおい、マジか。2人で倉庫にしけこんでくぜ」

 

三村くんの言葉に、訓練中だった生徒も倉庫に振り向く。

倉庫として使われている小さめの小屋に、殺せんせーとイリーナさんが入っていくのが見えた。

 

「なーんかガッカリだな、殺せんせー。あんな見え見えの女に引っかかって」

「烏間先生。私達……あの(ひと)の事、好きになれません」

 

片岡さんの言葉に、烏間先生が申し訳なさそうに返す。

 

「……すまない、プロの彼女に一任しろとの国の指示でな。

だが、わずか1日で全ての準備を整える手際。殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

一流かはわからないが、泳がされている(・・・・・・・)ことに気付いていないイリーナさんは少し哀れだ。

彼女が「殺し屋」だなんてこと、既にみんな気づいている。

殺せんせーが大きい胸に弱いのは本当みたいだけれど、だからといってここまで大きな違和感を見落とすはずもない。

 

そんな私の考え事を阻むかのように、銃声が響いた。

ドラマで見たような、凄まじい音量だ。

絶え間なく響く音は、本物の銃を使っていることを意味する。

もしかして実弾を使っているのだろうか。わざわざ政府が、「対先生」などとわかりやすい名称をつけているのに?

信じられないが、そうとしか考えられない。……ということは、殺せんせーには一切ダメージはない。

 

1分ほどで銃声はやむ。

代わりに「いやああああ!!」とイリーナさんの悲鳴に混じって、殺せんせーのものであろうヌルヌル音が響いた。

ヌルヌル音はかなり長く続き、合間に漏れ聞こえるイリーナさんの悲鳴はだんだんと色を帯びて、切なげな響きを孕んでいく。

 

……大丈夫だよね!?

これ、全年齢向けを目指しているのですが!

 

 

少したって倉庫の中から殺せんせーが出てきた。

さすがに衣服までは銃弾を避けきれなかったのか、ところどころ縫い直してある。

 

そのあとから、よろめきながらイリーナさんが姿を現した。

(まと)うのは、体操服。

……健康的でレトロな服にされていた。

 

イリーナさんはぶつぶつと呟く。

 

「まさか……1分であんな事されるなんて……」

 

あんな事(・・・・)という言葉に、嫌な予感がする。

 

「肩と腰のこりをほぐされて、オイルと小顔とリンパのマッサージされて……早着替えさせられて……」

 

あ、よかった。

早着替えはちょっと微妙なラインだけれど、案外普通の……

 

「……その上まさか……触手とヌルヌルであんな事を……」

 

そこまで言って、イリーナさんは力尽きたようにパタリと倒れた。

 

「殺せんせー、何したの?」

「さぁねぇ、大人には大人の手入れがありますから」

 

私は、渚の問いに白を切った殺せんせーを軽蔑の眼差しで見る。

殺せんせーも生き物だから、そういうエロ方面への興味がないとは思っていない。

だが教師として、生徒の前でそういう面を見せるのはどうなんだろうか、とは思うわけだ。

 

「にゅやッ! た、太刀川さん、先生、別に変なことはしていませんからね!?」

 

その言い方がもう怪しかった。

 

 

 




原作でも不思議でしたが、ビッチ先生の登場はちょっと不自然だったなぁ……と。

まあ、殺せんせーに潜入暗殺を仕掛けるには一番勝算高そうですが、そもそもなぜ潜入暗殺なんだ……って思ってました。



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007-プロの時間

タンッ、タンッと苛立たしげにタブレットを叩く音が教室に響く。

焦った表情でタブレットを睨むイリーナさんを、生徒たちは黙って見つめていた。

話しかけるタイミングも勇気もないからだが。

 

「あはぁ、必死だね、ビッチねえさん。あんな事(・・・・)されちゃ、プライド、ズタズタだろうね〜」

 

隣のカルマくんが呟いた。

からかう響きを含んだ声だったが、イリーナさんに聞かせるためのものではないのだろう。

声は少し潜められている。

 

「焦ってるね」

 

追随して呟けば、カルマくんは意外そうに私を見た。

 

「……何か?」

「いや……太刀川ちゃんって、あんまり発言しないから。

いつでもどこでも、黙っていること多いじゃん」

「……そうかな?単に、タイミングの問題だよ」

 

このままだと危ないかな。

観察に重きを置きすぎて、大人しいキャラになっていたらしいと自覚する。

ちょっとずつでも個性を出さないと、発言力が危うい。

 

そこで、クラスの頼れる委員長が声をあげた。

 

「……先生、授業してくれないなら、殺せんせーと交代してくれませんか?

一応俺等、今年受験なんで……」

 

磯貝くんの言葉はクラスの思いを代弁したものだった。

超生物である殺せんせーの授業は、当初の不安に反してとてもわかりやすい。

その超スピードがなせるわざなのか、個人にあった指導もしてくれる。

イリーナさんは目の保養にはなるが、逆に言うとそれだけだ。

ここは、場の雰囲気を悪くする美しい置物よりも、受験のためになる授業をしてくれる教師の方が価値が高くなる場所だ。

 

しかしイリーナさんは、教卓にタブレットを置くと磯貝くんの言葉を鼻で笑った。

 

「はん! あの凶悪生物に教わりたいの?

地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね〜」

 

プロの殺し屋として、確実に()れると確信していたのだ。

なのに結果は失敗。

さらには屈辱的な姿を見下していたE組の生徒に見られたということ。

焦りからか、イリーナさんが生徒たちへぶつけていた八つ当たりの嫌味に歯止めがきかなくなっていく。

 

「それに、聞けばあんた達E組って……この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて、今さらしても意味ないでしょ」

 

……あ、それ、地雷踏んだ。

私は、目に見えてクラスの空気が重くなったのを感じた。

それに気付いていないのか、大したことはないと思っているのか、イリーナさんは言葉を続ける。

 

「そうだ! じゃあ、こうしましょ。

私が暗殺に成功したら、ひとり五百万円分けてあげる! あんたたちがこれから一生目にする事ない大金よ!」

 

五百万という金額は太刀川家というくくりで考えれば、普通に持ち合わせている金額だった。

兄と私の今までの給料と論功行賞を合わせればそれなりの額にはなる。

だから私にとってはおもしろくもない冗談にしか聞こえない。

 

なら、他の生徒はどうか。

 

「無駄な勉強するより、ずっと有益でしょ。

だから黙って私に従い」

 

その言葉を遮るように(実際、遮った)、消しゴムが黒板に向かって投げられた。

 

「……出てけよ」

 

誰かの感情を抑えた呟きに、ようやくイリーナさんが教室の空気に気付く。

たとえイリーナさんに協力した見返りにお金をもらえるとしても、誰も従わないだろう。

ここまで馬鹿にされたのだから。

 

「出てけ、くそビッチ!」

「殺せんせーと代わってよ!」

 

みんなが不満を爆発させ、教室はぎゃーぎゃーと騒がしくなった。

途中から誰でも予測できた展開である。

軽い学級崩壊の出来上がりだ。

 

「そりゃ、従うわけがないよねぇ……」

 

ひとり言のつもりだったのだが、隣のカルマくんに突っ込まれる。

……随分と、彼に見られているらしい。

 

「なんで、従うわけないって思うの?」

「え? まず、上から目線だもの。押さえつけられたら反発したくなるものだしね。

あの人もすごい殺し屋なのかもしれないけれど、ここで晒したのは無様な失敗だけ。

仮にあの人に従ったところで、得られるメリットなんて無いに等しいでしょ?」

 

何か変かな?と首を傾げる私に、カルマくんは意味ありげな視線を寄越したのみだった。

その視線に含まれた意味は、私には大まかにしか読み取れない。

 

「いや……意外だなぁと、つくづく思って。太刀川ちゃんって、面白いね。 案外」

 

どういう意味だ。

 

 

 

◇◆◇

 

イリーナさんに生徒たちが反抗した、次の英語の授業の時間。

授業開始時間になっても、生徒たちは着席することなく雑談に興じていた。

誰も、イリーナさんが来るとは思っていない。

 

しかし、予想に反して教室の扉がガラリと開き、イリーナさんが入ってきた。

カツカツとヒールを鳴らし、前よりも真面目な雰囲気を漂わせるイリーナさんに、生徒たちはなんとなく席につく。

基本的には、素直な人ばかりなのだ。

 

チョークを手に取り、イリーナさんが書いたのは英文。

 

"You're incredible in bed."

 

私は、美しい筆記体で(つづ)られた文を和訳しようと試みた。

 

You're……あなたは。

incredible……たしか、信じられない、とか。

in bed……ベッドの中。

 

直訳だと、ベッドの中のあなたは信じられない。

…………ベッドの中、という単語に不安がつのるのだが。

 

「You're incredible in bed. 言って(repeat)!」

 

突然書かれた英文に呆けるクラスに、イリーナさんが再度促す。

変わらず命令形だが、そこには見下すような感情はない。

 

「ホラ!」

「「「「ユ、ユーアー インクレディブル イン ベッド」」」」

 

戸惑いつつ、ぎこちない発音だったが、イリーナさんは特にやり直しを要求せず言葉を続ける。

いったいどんな心境の変化があったというんだ……。

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。 その時彼が私に言った言葉よ。

意味は……『ベッドでの君はスゴイよ』」

 

中学生になんて文章を読ませてるんだ……。

クラスの思いが一致した瞬間だった。

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。

相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」

 

いつの間にか、生徒たちはイリーナさんの話に聞き入っていた。

イリーナさんの話に興味を持ったこともあるだろうが、彼女は知らず、教室内の空気を支配していた。

 

「私は仕事上必要な時、その方法(ヤリかた)で新たな言語を身につけてきた。

だから私の授業では、外国人の口説き方を教えてあげる。

プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツ、身につければ実際に外国語と会った時に必ず役に立つわ」

 

外国人相手でなくとも、潜入暗殺のプロ直伝の技術の活かしどころは多いだろう。

私も興味がわいてきた。

 

「受験に必要な勉強なんて、あのタコに教わりなさい。

私が教えられるのは、あくまで実践的な会話術だけ」

 

少し目を逸らしながらイリーナさんが言う。

途端に、口を開きにくい空気は霧散した。

 

「……そ、それなら文句無いでしょ?」

 

小声で付け足された「あと、悪かったわよ、いろいろ」に、クラスみんなが顔を見合わせる。

そして、笑いが教室を包んだ。

 

「何ビクビクしてんだよ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

「なんか普通に先生になっちゃったな」

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

生徒のあたたかい言葉に、イリーナさんは目を潤ませる。

 

「あんた達……わかってくれたのね」

 

こうしてみると、イリーナさんは実に感情豊かで親しみやすい人だった。

殺し屋として、壁をつくっていただけなのかもしれない。

 

「考えてみりゃ、先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

「うん、呼び方変えないとね」

「じゃ、ビッチ先生で」

 

ビッチ先生の表情が、ピシリと固まった。

 

「えっ……と、ねぇキミ達。

せっかくだから、ビッチから離れてみない?

ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ?」

 

必死に訴えるビッチ先生だが、クラスの空気は「ビッチ先生」に決まってしまっていた。

数の力は偉大だ。

 

「そんなわけでよろしく、ビッチ先生!」

「授業始めようぜ、ビッチ先生!」

「キーッ! やっぱりキライよ、あんた達!」

 

 

前回とは別の意味で騒がしくなったクラスを眺めながら、カルマくんに視線を向ける。

 

「……ん? 太刀川ちゃん、どうかした?」

「いや……そもそも、最初に『ビッチ』って略したのはカルマくんだったなぁ、と」

「広めたのは前原だから」

「いや、別に責めているわけではないけれども」

 

 




修学旅行まで早くたどり着きたい。


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008-迎えの時間

ちょっとオリジナル展開




今日も殺せんせーに決定打を与えられないまま、1日が終わった。

それぞれが帰り支度をし、帰路につく。

 

それは私も例外ではなく、荷物をカバンに詰め込んでいた。

そして、携帯の通知を一応確認する。

すると、珍しい人物からメッセージが来ていた。

それを見て、思わずガタッと勢いよく席を立つ。

 

「なになに、太刀川ちゃんどうかした?」

 

今の私は、カルマ君の軽口に付き合う暇すら惜しい。

それまでの3倍の速さで帰り支度を完了させる。

 

「ちょっと……えー、お迎えが来てるから!」

 

それだけ言い捨てると、超特急(当社比)で校舎を出て坂を駆け足で下っていく。

……よく考えれば、大声でクラスメイトの興味をひくような話題を叫ばなくてもよかったのに。

動揺がモロに出てしまったことを内心反省した。

 

 

◇◆◇

 

E組校舎のある山を抜けると、そこに立っているのは迅さんでした。

 

学校指定の学ランを着こなし、フェンスにもたれている立ち姿ですら周囲を魅了する。

少し明るい茶髪と、空を閉じ込めたようなすべてを見透かす瞳に、鍛えられて引き締まった細身の身体。

さらには、未来視のサイドエフェクトというチート級の能力をあわせもつS級隊員。

 

そんな彼が、好敵手の妹とはいえ、一介のA級隊員である私のためだけにお迎えに訪れるか?

答えは当然、否。

何か、別の目的のついでと考えるのが妥当だ。

 

「迅さん! 突然どうしたの?」

 

だがそれを堂々と訪ねたりはせず、まずは探りをいれる。

単純にお迎えに来た可能性もまだ捨てきれないからだ。……というか、ちょっと期待している。

可能性はまだ0ではないので、チャンスはある。多分。

 

「ああ、来ちゃった✩」

「いや、来ちゃったって……学校は?」

 

すごく素敵に輝いている笑顔だけど、誤魔化されませんよ。つまりサボりですね。 気持ちはわかる。

内心で語りかけながら彼の真意を探ろうとする。

 

しかし、ポンと頭に手がのった。

優しい手は、そのまま私の頭を優しく撫でる。

 

……誤魔化されてくれってことかな。

そう判断し、大人しく身を任せた。難しい思考を放棄すれば、素直に甘えることができる。

迅さんとはそれなりに仲良しのつもりだが、そんな私でも彼にはなかなか会えないのだ。

「暗躍」などと称して、いろいろと手を回している彼が忙しいことはわかっている。

彼にしかできない役割がたくさんあるということも。

分かってはいるが、サイドエフェクトという共通の属性をもつ彼に会えないことを寂しいと思うのも仕方ないはずだ。

 

「今日は、幸のクラスメイトの顔を見に来たんだよ」

 

……クラスメイト?私はどういうことか聞こうとして、すぐに納得した。

より正確な未来を視るためには、私だけを通して未来を視るよりも全員を見た方がいい。

 

「そうは言っても、何人かは帰っちゃったけれど……。教室にもまだ残っている人がいたし」

「ああ、他の人はもう全員見たから平気」

「え……? あ、もしかして資料では全員を見ているの?」

 

まさか授業が終わる前から待っていたのだろうか。

教室に残っている人も見たと言っていたし、数日前から来ていたのかもしれない。

だとしたらかなり不審者だ。

 

そうやって話してこんでいると、後方に複数の気配を感じる。

殺気はなく、観察するような視線。

迅さんを見上げ、()から見て彼も気付いていることを確認する。

 

いや、むしろこの展開を狙っていた……?

じーっと問い詰めるように見上げる私に根負けし、迅さんはいつも持ち歩いているぼんち揚の袋を差し出す。

 

「あー、幸? ほら、ぼんち揚、食う?」

「……食べる」

 

1枚だけもらい、ため息をつくと振り向いた。

明らかに強ばる気配。最初からバレていたのにね。

 

「……それで?そこの野次馬さんたちは、姿を現したら?」

 

視界に入れれば、よりはっきりする。

カルマくん、渚、茅野さん、中村さん、殺せんせー。

……おい、国家機密。心の中で殺せんせーにツッコミを入れた。

 

「なんだ、バレてたんだ……」

「ごめんね、隠れてたりして……」

 

最初に姿を見せたのは渚と茅野さん。

2人は少し申し訳なさそうな感じだ。

なんとなく連行されてきたのかもしれない。

 

「で、その人は太刀川ちゃんの何?」

「まさかまさか、彼氏なの?」

 

そして、カルマくんと中村さん。

人の恋愛事情が気になるのはわかるが、何か漏らしたら最後、この2人は永遠にその事でからかってきそうだ。

 

殺せんせーは出てこないみたいだ。

……いや、国家機密に出てこられたらそれはそれで困るからいいけれど。

 

迅さんは、ニコッと人好きのする笑顔を浮かべた。

 

「どーも、はじめまして。俺は、幸のお兄さんの友人で迅悠一。

今日は、ちょっと遊びに行こうと思って幸のお迎えにきたんだよ」

 

あ、実力派エリートとは言わないんだ……。

自己紹介にいつもの「実力派エリート」の言葉はなかった。

私が潜入任務だということを考慮してくれているのかもしれない。

それとも、ボーダー隊員以外には言っていないのか。

 

顔を見合わせて、笑みをこぼす。

どこから見ても、仲のいい男女。

誤解を誘うには十分な要素ともいえる。

 

それでも……殺せんせーを誘い出すには至らない、か。

さすがに姿を見られてはマズいという自覚はあるらしい。

これくらいが限度だと判断して目配せする。

身長差の関係で、自然と見上げる形になった。

 

「それじゃ幸、そろそろ帰ろっか。太刀川さんが暇を持て余しているみたいだし」

「本当に? それなら、相手してもらおうかな〜」

 

4人に別れを告げて、迅さんと共に歩き出す。

久しぶりに対戦できるという期待もあって浮かれていた私は、既に頭の中からすっかりE組のことなど抜け落ちていた。

 

 

◇◆◇

 

 

2人が立ち去ってからも、その場から動くものはいなかった。

 

「なんていうか、太刀川さんってあんな風に笑うんだね……」

 

呟いたのは茅野だ。

 

自然な心からの笑顔。

それを見たのは誰もが初めてだったが、それ以上に彼女はあまり笑うことがなかった。

 

「やっぱりあの人、彼氏なのかね」

「本人は『お兄さんの友人』って言ってたけど」

 

その言葉を信じる者はいなかった。

あの仲良さそうな様子では、付き合っているか、付き合う寸前の両片想い状態だろう、と。

 

実は、ボーダーではわりと男女の垣根を越えて隊員同士の仲がいい傾向にあり、2人の距離感はさして珍しくないのだが……。

 

そして、どこか沈んだ雰囲気の生徒たちの横で一心不乱にメモ帳に書き込む教師、殺せんせー。

 

「……殺せんせー。太刀川さん、E組があまり好きじゃないのかな」

「どうしてそう思うのですか?」

 

暗い雰囲気を漂わせた渚の問いに、殺せんせーも書く手を止めた。

その顔はいつも通り、生徒に真摯に向き合い、その答えを出すお手伝いをする教師の顔で、渚は言いにくいこともすんなりと口に出すことができた。

 

「だって、E組ではそもそも笑うこと自体がないのに、あの人にはあんな笑顔だったし……」

「うーん、そうですねぇ」

 

殺せんせーは(うつむ)く渚の頭に触手をのせる。

殺せんせーも彼女の笑顔はあまり見たことがない。

感情が表に出にくいタイプなのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 

「太刀川さんも、まだクラスに馴染んでいない、ということです。

E組は始まったばかりです。これから仲を深めればいいんですよ」

 

その言葉に、渚や茅野は少し顔色を明るくして頷いた。

穏やかな顔でそれを見ながら、殺せんせーは幸についての考察を重ねていく。

 

彼女がよく周囲を観察するような視線を向けているのは気付いていた。

その時は、渚のようにサポート向きの生徒なのだと思っていたし、クラスに馴染めばその本領を発揮してくれるだろうと、そう考えていた。

 

だが、背後から盗み見ていた人間の気配を察知できるような力量だったか?

烏間先生の訓練は全員が同じようなものを受けていたはずだし、訓練時に特別なところはなかった。

一緒にいた男性が教えたわけでもなさそうだったし、もしかしたら、自分は勘違いをしていたのかもしれない……。

 

「ヌルフフフフ。これからが楽しみですねぇ」

 

 



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009-支配者の時間

途中から幸が動き始めます。




この学校では、月に一度全校集会がある。

E組という特例があるから、毎週というわけにはいかないのだろう。

 

E組の差別待遇はここでも変わらない。

生徒どころか、教師まで一緒になって差別をやっているのに、よく問題にならないものだ。

全校生徒に馬鹿にされるというのも、なかなかに新鮮で……腹立たしいものだ。

 

人間はいつだって、差別する対象をつくるものだ。

それに、「こうはなりたくない」という意識を育てることにも役立っているのだろう。

 

途中で烏間先生やビッチ先生、殺せんせーが入ってきて、いろいろと……そう、いろいろとあった。

E組の表向きの担任である烏間先生が、本校舎の教師に挨拶を、というのはわかる。烏間先生は真面目な人だし。

引き締まった肉体をもち、整った顔立ちの男性教師に、他クラスの女子から羨望の視線が集まるのもわかる。

 

次に入ってきたビッチ先生は、そもそもハニートラップ専門の暗殺者だ。その美しさは年頃の男子学生には刺激が強すぎる。

さらには本人が、その蠱惑的な肉体を見せつけるように渚にぶちかますものだから……。

 

そのあとは、大柄で関節が曖昧な教師──殺せんせーがいつの間にか乱入し、ビッチ先生に暗殺を仕掛けられるなどE組にとっては見慣れた光景が繰り広げられた。

差別に目を伏せていたE組が、顔を上げて笑いをあげる。

それはいつもなら考えられないこと。

だが、E組が変わってきている証拠だ。

 

──それが、許されるかは別として。

 

 

◇◆◇

 

ある日、殺せんせーが増えました。

分身で。

 

中間テストも近付いてきたため、殺せんせーは分身を使ってマンツーマン指導をするらしい。

ご丁寧に苦手教科のハチマキをつけている。

私は「理」マークだ。

 

私の苦手教科は生物だ。

他の教科と比べてもさほど差はないため、自己申告したが、実は勉強時間の大半を生物に注ぐことで現状を維持している。

ちらりと右を見ると、寺坂くんの前の分身はナルトマークだった。

 

「何で俺だけNARUTOなんだよ!」

 

思わず、と言ったように寺坂くんが声を荒げる。

 

「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

 

……とのことだ。

そこで、白紙とかではなくNARUTOをチョイスするところが殺せんせーらしいというか、なんというか。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「あれ渚、今帰り?」

「ああ……うん」

 

授業終わりに教員室前で渚を見つけ、足を止めた。

中を覗き込んでいた渚につられて私も覗き込む。

 

中には、殺せんせー、烏間先生、ビッチ先生、そして、浅野學峯(がくほう)がいた。

浅野學峯といえば、私立椚ヶ丘学園の理事長で絶対的な支配者だ。

 

「……でそれをどうこう言う気はありません。

私ごときがどうあがこうが、地球の危機は救えませんし」

 

どうやら、話は終わりの方らしい。

こういうラスボスらしき雰囲気を纏う人間の話なんて重要に決まっているので、聞き逃したのは純粋に悔しい。

あとで渚に聞こう。

 

「よほどの事がない限り、私は暗殺にはノータッチです。

充分な口止めも頂いてますし」

 

後半は、烏間先生に向けて囁くように。

なんだ、やっぱりお金の力か。

 

「ずいぶんと割り切っておられるのね。嫌いじゃないわ、そういう男性」

 

生徒と接しているときよりも大人っぽく振る舞うビッチ先生。 ビッチ先生のような美女を前にしても、理事長はペースを崩されていなかった。

 

「光栄です」

 

そう、余裕で返す。

最初から変わらぬ笑みを浮かべて。

 

「しかしだ。

この学園の(おさ)である私が考えなくてはならないのは、地球が来年以降も生き延びる場合。

つまり、仮に誰かがあなたを殺せた(・・・)場合の学園の未来です」

 

そう。多くの殺し屋が訪れる学園となってしまっているから……

 

「率直に言えば、ここE組はこのまま(・・・・)でなくては困ります」

 

違うのか!

私は勝手に抱いていた理事長へのイメージを修正した。

てっきり、「暗殺」自体は地球の危機だからと仕方なく受け入れているが、本心をいえば……とかそういう展開かと思った。

 

「このままと言いますと、成績も待遇も最底辺という今の状態を?」

 

頷いた理事長が語り出すのは働きアリの法則。

どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残り60%は平均的になる。

それを、5%の怠け者と95%の働き者の集団にしたいのだという。

この場合、5%はE組だ。

弱くて惨めなE組のようにはなりたくない、という思いがみんなを働き者にする。

 

まあ、合理的といえば合理的なのかもしれない。

差別される側のこととか、差別をすることに慣れてしまった大多数の価値観の修正とか、問題は山積みだけれど。

理事長のゴールである、働き者が95%を占める集団の完成にはすぐにたどり着けるだろう。

 

「今日、D組の担任から苦情が来まして。

『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた』『殺すぞ』と脅された、とも」

 

横にいた渚は、心当たりがあるのかちょっと気まずい顔をしていた。

渚が理事長の言うようなことをできる生徒には、あまり見えないのだが……。

 

「渚、何かやったの?」

「いや、睨んだっていうか……うん」

 

理事長の話は続く。

 

「暗殺をしてるのだから、そんな目つきも身に付くでしょう。 それはそれで結構。

問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らう事。

それは私の方針では許されない。

以後、厳しく慎むよう、伝えて下さい」

 

そして、取り出しますは知恵の輪。

それを殺せんせーに向かって放る。

 

「殺せんせー、1秒以内に解いて下さいッ」

 

――1秒経過。

殺せんせーはテンパって床に転がっていた。

解く(物理)じゃないだけマシか?……無様だが。

1秒しかなかったというのに、解けるどころかよくわからない絡まり方になっている。

 

それを見た理事長はふむ、と頷く。

 

「……噂通り、スピードはすごいですね。

確かにこれなら……どんな暗殺だってかわせそうだ。

でもね、殺せんせー。この世の中には……スピードで解決できない問題もあるんですよ」

 

スピードで解決できない問題もある。

……それは、その通りで間違っていないけれど、スピード型を自負する私としては少し複雑な気分だった。

 

「では、私はこの辺で」

 

理事長が教員室から出てくる。

そして、私と渚に目をやった。

しばしの沈黙が流れる。

 

「やあ! 中間テスト、期待してるよ。 頑張りなさい!」

 

一瞬で作られた笑みは、理事長が前を向いたときにはもう消え去っていた。

 

 

……うん。

本質の柔らかくて優しい部分を奥底に閉じ込めて、「合理的」という言葉で堅くコーティングしてしまっている。

 

なんとなく、放っておけない。

それに、理事長と話してみたい。

私は理事長に対して興味を持ち始めていた。

 

「渚、また明日!中間テスト、お互いに頑張ろうね!」

 

渚の返事を待たずに、理事長のあとを追った。

まだ距離はないはずだ。

 

 

◇◆◇

 

「理事長!」

 

坂を下っている背中には、比較的はやく追いついた。

 

「おや……E組の太刀川さん、だったかな。 何か?」

「もしかして、全校生徒の顔と名前を覚えているんですか? さすがですね!

理事長はどうせ車でしょうけれど、車がとめられるところまでの間、お話できないかなぁ……と」

 

さりげなく、距離を詰める。

 

この人は、人を支配することに慣れている。

そのカリスマ、威圧感で人を圧倒し、恐怖で人を従わせ、誘導する。

ボーダーで耐性ができている分、私は他の人よりも理事長の雰囲気に惑わされにくいはず。

 

「理事長も大変ですよねぇ……突然タコみたいな超生物を抱え込むことになって。

おまけに部下はあまり頼らない、というか自分でやった方がはやいって考えているタイプですよね?仕事も多そう」

「……そうでもないよ」

 

絶対、嘘だな。

いや、嘘というよりはこれくらいこなして当然と考えている。私にはそう見えた。

 

 

◇◆◇

 

「それで、本題は何かな」

 

え?とその言葉に戸惑う。

私は理事長と話してみたい、とそれだけしか考えていなかったのだから、本題といわれても特に思いつくものもない。

 

「本題……雑談のつもり、だったんですけど。

……あ、もしかして! 理事長って雑談が苦手なんですか?

あまり仕事に関わらない話はしなさそう」

 

虚をつかれたように、一瞬言葉に詰まる理事長。

すなわち、図星だ。

 

「でも、そうだなぁ……どうして理事長が『強い』ことにこだわるのかは、知りたいです。

私も、それなりに『強さ』へのこだわりはありますけど……」

「そうなのかな? その割に、A組への執着はないようだが」

「だから、それなりって言ったんです」

 

この学校で頂点に立つことは、私にとって何の意味もない。

そんなことになれば、目立つ上に束縛も増えて面倒だ。

 

そんなことを、理事長に話す。

 

「では、何の頂点に立つと?」

「……頂点というポジションを目指すというより、負けないだけの『強さ』を持つことを目指しているんです。

それだって、突き詰めれば頂点に立つことになってしまうんですけど、うーん……」

 

上手く言葉にできない。

ちょっと詩的な表現になってしまうけど……いいか。

 

「勝つこと、よりも負けないことを優先してますから。

それこそ、負け=死のつもりで。

……勝つことはもちろん大切です。歴史でも、勝者は常に正義として語られてきている。

勝つというのは、ある種自分の主張の正しさを証明することです。

それでも、私は。『負けない』ことこそ重要なのだと思います。

だって、負けちゃったら全部終わっちゃうでしょう?

引き分けでもいい。逃げ出してもいい。悩んでもいい。立ち止まってもいい。地面を這いつくばって、屈辱を味合わされたって。

負けることだけは、認められないんです」

 

ちなみに、私の中で「逃げる」ことは場合によっては負けにカウントされない。

それこそ戦略的撤退、なんてこともあるのだから。

 

──脳裏に浮かぶのは、遠征のこと。

休みの訪れない敵との戦い。

()らなければ、()られるだけ。

遠征艇の位置を悟られないように、緊急脱出(ベイルアウト)は実質禁止。

負けは、冗談抜きに死を意味する。……仲間を巻き添えに。

 

「おや、その点では気の合うところもあるようだ。

私はいつでも負けたとき、死ぬ寸前まで(・・・・)悔しいと感じるけれどね」

「死ぬ……寸前? いつでも?」

 

大げさなんかじゃない。

理事長は、本気で言っている。

 

「随分と……自分を追い込むんですね」

「まあね」

 

しばらく無言が続いた。



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010-師匠の時間

結構空きましたね。

更新していない間何をしてたかっていえば、まあいろいろやってましたが。
一番は、とあるカードゲームのオリジナルカードを作ってみてました。

バランス調整って難しいんだね、という当たり前のことを学びました。




「どうかしましたか、幸先輩?」

「んー?」

 

黒江ちゃんこと、黒江双葉が首を傾げながら私を見る。

訓練室でプログラムの近界民相手に戦っている黒江ちゃんを眺めていただけなのだが、何かおかしな所があっただろうか。

 

「私、何か変なふうに見えた?」

「いえ……ただ、いつもより厳しくないので。

かといって、指摘するところがないわけでもなさそうですし」

 

彼女の言う通り、私は指導をしながらも別のことも考えていた。

バレていないつもりだったのだが、黒江ちゃんは案外鋭い。

 

「師匠と弟子の関係と、教師と生徒の関係の違いについて考えていたの」

「関係の、違い?……師匠と弟子の方が、心の距離が近い気がしますけど」

 

あくまでイメージだが、教師よりも師匠の方が近しい存在になりそうである。

教師は不特定多数を相手に教えるが、師匠は自身が選んだ相手にだけ自分の教えを授ける。

それに、弟子がひとり立ちしても師匠には関わる機会があるし。

 

「だよね。……家族として接すると、公私の区別がつかなくなるってわけでもなさそうだし」

 

思い返すのは、理事長と交わした言葉だった。

喧嘩をしているわけでもなさそうなのに、理事長と彼の息子の間には常に距離がある。

 

 

 

『なぜ、会長を浅野くんと呼ぶんですか?

家族なんだから、下の名前で呼んでも怒られたりしないと思いますが』

『教師と生徒、という関係だからね』

『師匠と弟子じゃ、ダメなんですか?』

 

『私は、教師だからね』

 

 

 

「それは置いといて……黒江ちゃんも、かなり強くなったよね!」

「そうですか?幸先輩にはまだ勝てませんけれど」

「そこら辺はほら、師匠としての意地ってやつかな?

でも、ほかの人相手ならかなり勝てると思うよ」

 

初めは『弧月』に振り回されていたのに、今では『旋空』も『韋駄天』も使いこなしている。

『バイパー』を避ける練習の成果も出てきて、動きも素早く、鋭くなってきていた。

 

「そうは言っても、幸先輩に勝てないと悔しいですよ」

 

ちょっと拗ねた様子の黒江ちゃんが可愛くて、衝動的に頭を撫で回してしまった。

 

……そう。彼女は強くなっている。

でもそれは、私が彼女の元々持つ力を上手いこと引き出しただけだ。

私が黒江ちゃんにしてあげられたことは少ない。

 

弟子をもつことなんて初めてで、手探り状態でやってきているけれど、きちんと「師匠」ができているだろうか。

最近、ずっと不安だった。

 

 

◇◆◇

 

「ってことがあってね」

「ふーん。 幸も大変だな」

 

私の前でジュースを飲みながら告げるのは出水公平。

太刀川隊の射手(シューター)で、兄の右腕のようなポジションだ。

彼も最近弟子ができたので、私たちは似たような立場にあった。

 

二宮(ニノ)さんは、どんな感じ?」

「いやー、やっぱり幸相手の時とは全然違う。ちゃんとした説明を求められるし」

 

かつて射手(シューター)だった私は、彼と得意分野を教えあったことがあった。

といっても、「教える」というより「アドバイス」といった感じで結構ゆるいものだ。

 

私はリアルタイムで『バイパー』の弾道をひくコツを、公平は合成弾の作り方を教えあったのだ。

お互いに基礎はクリアしていることや、なんとなく似た感覚を持っていることもあって、割と言葉を略しても伝わったのだが、他人相手ではそうはいかない。

 

「そっちはどうなんだ?確か……黒江双葉だろ?」

「あぁ……黒江ちゃん、ね」

 

訓練の様子を思い出す。

……ふむ。

 

「まあ、結局のところ新人さんだから。大したアドバイスはできていないよ」

 

はぁ、と2人でため息をつく。

本来なら、弟子をとるような年齢でもないのだ。

ただ、ボーダーという特殊な組織に身を置いているから、そうなっているわけで。

ボーダーの人間に妙に悟ったような、達観したような人が多いのは、このせいだろうか。

 

「ほんっと、東さんのすごさを今更ながらに実感したわ」

「師匠って難しいね……。なんかこのままだと気分落ち込んじゃいそうだし、もう模擬戦やる?」

 

その言葉を聞いた瞬間、公平の瞳がギラギラと好戦的な光を宿す。

悩んでいた一高校生の姿からは一変、そこにいるのはA級1位部隊の名を背負う戦闘員だ。

 

「それ、いいな。 幸との一対一は久しぶりだし。10本勝負でいいな?」

「もちろん」

 

私たちの視線がバチバチと火花を散らし、周囲の人がサッと散っていった。

 

 

 

そのまま模擬戦に突入したのだが、結局他の隊員も乱入してきて、最終的にはバトルロイヤルになった。

何度も何度もメンバーを変えて対戦し、日付けを越す前にようやく解散した。

 

 

……解散したのだが。

私は興奮冷めやらぬ兄と共に、個人戦に切り替えてずっと対戦していた。

わりと恒例の流れである。

ちなみに、痛覚は100%反映している。

なぜ痛覚100%なのかは割愛するが、ときどきこのように痛覚100%で行われる試合が、私が「鍛錬=自分をいじめることだと思っている人間」といわれる一因だった。

 

その対戦が終わったのは、朝の4時だった。

ゲームや読書に夢中になると時間を忘れるのと同じで、「いつの間にかこんな時間」というやつだ。

合間に休憩は挟んでいたのだが、不思議と時間は気にしていなかった。

対戦にばかり意識がいっていたせいもあるが、結局のところ楽しくてやめられなかった、というのが正しい。

 

換装を解いてから、ようやく「何やってんだろ」と我に返ったが、既に身体は疲れ果てていた。

気づかないうちに溜め込んでいたストレスを発散したかったのかもしれない。

だから、気分は変にスッキリしていた。



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011-睡眠の時間

進め〜、進め〜




トリオン体と生身の関係には、未だ謎も多い。

トリオン体での経験がどの程度生身に反映されるのか。

トリオン体でのショックが生身にどういう影響を及ぼすのか。

トリオン体と生身での感覚には違いがあるのか。

トリガーは近界の未知のテクノロジー。

使い方、活かし方こそわかっているが、まだまだわからないことの方が多い。

 

そこで私は、鬼怒田さんに言いたい。

「疲労は結構反映されます」と。

 

ついつい、E組になる前の感覚で兄に付き合ってしまった。

私自身もノリノリだったので兄のことは言えないが、E組の授業はサボると面倒になりそうだ。

本校舎と違って生徒に、クラスメイトに無関心ではいてくれないクラスは、休むとなれば何かしらのアクションを起こしてくるだろう。

そういう目立ち方は、私の望むやり方ではない。

 

……感覚はほとんど戻ってきているが、模擬戦で切断されたところにまだ痛みがあるような気がする。

戦闘後の妙な疲れが全身を包んでいるが、感覚は逆に鋭く冴えていた。

意識を切り替えようという思考がなかったせいか、日常と非日常の合間にいるような、ふわふわした感じだ。

なのに、気配には敏感に反応してしまう。

身体は休息を欲しているというのに。

いろいろと面倒くさがった結果がコレだ。

 

その状態で勉強など、通常よりも効率が落ちるのは当たり前で、殺せんせーはとてもうるさかった。

ただでさえ、理事長に言われたことを気にしてか増えた分身がうるさいのに、とことん神経を逆なでされている気分になる。

……いや、自業自得だとはわかっているけれども。

 

だから、暗殺という身近なチャンスに甘える生徒たちに対して殺せんせーが何やら不機嫌になっても、校庭に巨大竜巻を起こしても、私はどこかぼんやりとしていた。

 

「第二の刃を持たざる者は……暗殺者を名乗る資格なし!!」

 

殺せんせーの声が遠くに聞こえる……。

 

「明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい」

 

ああ、眠いなぁ……。

 

 

◇◆◇

 

睡魔は私を倒そうと躍起になってすがってくる。

それをどうにか抑え込みつつ、本校舎の理事長室までやってきた。

特に呼び出しがあったわけでもなく、いわば私の趣味なのだが、入室の許可はすんなりと出た。

 

「どうかしたのかな?」

 

そう、張りつけたような笑みで問う理事長に微笑み返し、勝手に端のほうのソファに腰を下ろした。

 

「特に用事があるわけではないので、お気になさらず。

……それにしても本校舎が、いえ、中学3年生が随分と慌ただしいですね。何かあったのですか?」

 

半ば確信をもっての問いかけだ。

理事長は特に動揺しなかった。いつも通りのままだ。

 

「テストの前日だからね。慌ただしいのも当然のことだ」

 

誤魔化しの色を纏って答える理事長を、数秒見つめる。

 

「……まあ、なんでもいいですけどね、私は。

それより、今日は来客の予定はありますか?」

「特にないね」

「じゃあ、仕事の邪魔はしないのでしばらく居させてもらいます」

 

勝手に宣言し、一瞬言葉に詰まった理事長を横目にソファに横になる。

制服の上着を畳んで、簡易枕をつくった。

 

「おやすみなさい……」

 

その言葉を最後に、意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

途中、気配を感じて意識が覚醒したが、特に何もされるわけでもなく、ただ相手の視線を感じた。

しばらくして、身体にふわりと暖かいものがかけられる。

気配が去っていくことを確認して、再び意識は闇に沈んだ。

 

 

◇◆◇

 

時間にして約2時間半。

全快とはいかないが、眠気は幾分マシになっていた。

 

身体を起こすと、肩からスーツの上着が滑り落ちる。

誰のものか、など聞くまでもない。

黙々と仕事を片付ける理事長に、畳んだ上着を差し出した。

 

「ありがとうございました。……意外と、優しいんですね」

「本当はブランケットがあればよかったんだけどね。

ここには置いていなかったから。体調管理はしっかりしなさい。睡眠は大切だ」

「はーい、気をつけます」

「それにしても……なぜ、ここに来たのかな?」

 

まあ、最もな疑問だ。

家に帰るなり、保健室に行くなりすればいいところを、あえて理事長室に特攻をかける人間など中々いない。

 

「人の出入りが少なくて、気配がわずらわしくない場所を求めていたので。家に帰るまで保たなそうだったし」

 

理事長室は基本、理事長一人しかいない。

生徒たちが過ごす空間からも離れた場所にあるので、校内ではわりと静かなところだった。

 

「それでは、お疲れ様でした」

「……待ちなさい」

 

とっとと退散しようとすれば、呼び止められた。

説教か、と身構える私の前に出されたのは数学の教科書。

 

「少し、授業をしてあげよう」

 

 

…………え?

 

 




いくら幸視点でも、すべてを描写しているわけでもないのです。
無意識のこととかもありますし。


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012-テストの時間

漫画で描写する都合だと思いますが、この学校のテストは面白いですよね。
現代文と古典、物化生地、地歴公民が一緒くたにされている形式なんて。




テストというのは、だいたいの学生にとって忌むべきものである。

もちろん、私にとっても。

 

「私が本気を出したらこんなの余裕だし」なんて言うつもりはないが、いつもは真剣に取り組んでいなかったのは事実だ。

テストで高い点数を維持することの意味など、特にない。強いていうなら、学校での地位が上昇するとか、内申が少し良くなるとか、そのくらい。

世の中の受験生にとっては重要なファクターかもしれないが、私にとってはどうでもいいことだった。

 

それに……クラス全員50位以内、なんて殺せんせーは言ったが、そんなのは不可能だ。

殺せんせーの教え方がいかに上手でも、そう簡単にトップを「エンドのE組」に渡すような理事長でもないだろうから。

直接理事長に会って話し、確信した。

初っ端から、いや最初だからこそ、何かしらの対策をしているはず。

 

そう考える根拠は理事長の性格、方針以外にも理由がある。

昨日、理事長室を出る前に呼び止められ、理事長に教わった内容。

それはE組ではまだ習っていない範囲で、今回のテスト範囲でもなかった。

 

だが疑問に思って本校舎の同学年の勉強内容をよく見ると、その、本来ならテスト範囲外の勉強をしていたのだ。

どういう理屈でもってテスト範囲の急な変更を行ったのかはわからないが、E組の圧倒的不利に変わりはない。

 

よほど暇で予習を進めていた人間がいれば別だが、E組にそんな人間は落とされないだろうし、今回のテスト範囲の詰め込みでいっぱいいっぱいだっただろう。

現状、私以外に50位以内に入れる見込みのある生徒はE組にいない。

 

それに、私はテスト範囲の変更をみんなに知らせたりはしなかった。

確信がなかったというのもあるし、何より時間が足りなかった。

 

 

◇◆◇

 

テストは全校生徒が本校舎で受ける決まりなので、E組だけアウェーでの戦いになる。

試験官の大野先生は、コツコツと教卓を叩いたり咳をしてみたりと露骨に集中を乱しにきていた。

理事長の指示……とは見えないので、大野先生は所詮小物だということだ。

 

それに……わかっていたことだが、この学校のテストはかなりレベルが高い。

一瞬手が止まりかけるも、すぐに問題に取り掛かる。

これは、クラスメイトも手が止まっているのでは……と心配したが、問題はないみたいだ。

カリカリと鉛筆の音がたくさん重なって聞こえる。

どうやら、途中までは順調のようだ。

 

 

そして、テストを3分の2ほど解き終わって、私の顔に思わず笑みが浮かんだ。

「こうきたか」という好敵手に向けるような感情だ。

本来ならテスト範囲ではなかった範囲の問題。

今までを完璧に解けていてもとれるのは70点くらいだが、このテストはそう甘くない。

その結果、どうなるか。

 

予想に違わず、テスト終了後のE組は不気味なほどに静かだった。

 

 




幸ちゃんは、学校のテストを馬鹿にしているつもりはありません。
ですが、この年頃特有の捻くれ思想や志望校を既に定めていることもあって、不要としているのです。


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013-共犯の時間

今回、理事長のキャラがやんわりと崩れます。

ほら、人間はやっぱり人前で見せるところと家でしか見せないところがあるよね?っていう



理事長室は相変わらず静かな空間だった。

 

定位置の座り心地の良さそうな椅子に腰かける理事長と、そのデスクの前に立つ私。

空間の支配者は当然、理事長のはずだった。

 

しかし、2人とも余裕を保っており動揺も焦りもない。

この日、この時間を指定したのは理事長だが、私はそれを理事長から知らされたわけではなかった。

殺せんせー、烏間先生からでもない。

E組を含め、この学校でこのことを知る人間はいない。

 

「まずは……」

 

沈黙を破ったのは理事長だった。

いつも通りの感情の薄い微笑みだが、心なしか威圧感があるのは気のせいではないだろう。

初手から主導権を握ろうと仕掛けてきている。

 

「太刀川幸さん、50位以内おめでとう、というべきかな。

いや、E組が全員50位以内を目標にしているという情報提供(・・・・)への感謝が先かい?」

「その情報が役立つ場面なんて、限られていると思いますけどね。まあ、せいぜい上手く使ってください」

 

だから礼はいらない、と言外に告げる。

気まぐれに雑談のネタとして話しただけだ。

何かの脅しに使えるほどの情報でもない。

 

「では、答え合わせといきましょうか。腹の探り合いは面倒ですし、疲れますし」

 

私はいつもと変わらない格好だった。

だが、雰囲気はいつものように観察に徹する大人しい少女のものではないだろう。

今の私は、ボーダーの一員として、責任と義務を自覚し背負った者として立っている。

理事長室に満ちる理事長のプレッシャーが相殺されているのは、私が中学生の少女には似つかわしくないとよく言われる威圧感を放っているからだ。

 

理事長とは生きてきた年数も、経験も違う。

それでも、最初から押し負けるわけにはいかないので精一杯に自分の強さを見せつける。

 

「この学園に1人だけいるというボーダー隊員は、君だね、太刀川さん」

司令(うちのトップ)の古い友人は、貴方ですよね、理事長」

 

なんとも馬鹿馬鹿しいやり取りだ。

お互いにそう感じながらも告げる。

 

「ヒントなしにこの学園の生徒から1人を見つけ出すなんて、さすがです理事長」

 

私の声は明るかったが、どことなくわざとらしかった。

理事長も当然気づき、ため息を吐いて呆れた笑みを浮かべる。

 

「わざわざ、自分の存在を知らせるように接触をしてきたのは誰だったか……。

それより私は、君が私にたどり着いた方法を知りたいのだけれど」

 

穏やかな表情と声で促す理事長だが、その瞳は相変わらず凍てついたままで、プレッシャーもどんどん増していく。

いくら表面を取り繕ったところで、私にはお見通しというのが残念なところだが。

プレッシャーだって司令が放つものと本質的には同じもので、馴染み深いものだ。

 

だが、理事長の疑問も最もだ。

今回、本当にノーヒントだったのは私の方。

私の持つ情報は「司令とその人物は大学時代の同期で友人だ」ということだけだった。

しかし、全く無関係の人物のことを指しているとは考えられなかったため、椚ヶ丘学園に狙いを絞ったのだ。

 

「まずは、年齢で考えました。それからは、優秀さの比較です。

司令が『友人』と認め、私に探させようとする人物。何かしら権力か人脈かを持っていることも確実ですから、それも踏まえて」

 

その結果、条件に合うのは理事長1人しかいなかった。単純な話だ。

 

「……なるほどね」

 

 

◇◆◇

 

サクッと本題に入るのが理想だったのだが、お互いに警戒心が強く回りくどいせいで、かなりの時間を浪費していた。

 

「君がボーダー隊員ということは、政府には明かさない方向で、ということだね?」

「ええ、政府の人間だからって毛嫌いするつもりはありませんけれど、対立する可能性がある以上は、ね……?」

 

公私を切り離し、冷静に客観的に物事を判断していく。

理事長にとって、ボーダー隊員の代表は私なのだ。

ボーダーの仲間のためにも、無様な姿は見せられない。

 

「だから、バレたって最悪なんとかなるんですけれどね。変に探りを入れられるのも面倒なので」

「……ああ、何かしらの手段で情報を得て椚ヶ丘中学校、そしてE組にまで乗り込んできた、と?」

「そんな感じに。まったくの偶然なんですけれど」

 

理事長にとって交渉するに値する人物と認めてもらえたのか、私と理事長は多少打ち解けたように話し始める。

話の内容は教師やテスト問題の批評から日々の愚痴、果ては理事長の息子自慢にまで及んだ。

表に出さないだけで、理事長が実は親馬鹿だったことを初めて知った。

 

「……そういえば、君をA組に迎え入れる準備があるけれど、どうかな?」

 

理事長がそんな提案をしてきたのは、いい加減座らせろと私が訴え、理事長室の端にあるソファセットに腰を下ろしてから30分ほど経ってからだった。

ちなみに、理事長は開き直ったのか私に対して飽きることなく息子自慢をしている。

 

「それはまた、随分唐突ですね……私は元C組ですよ?」

「いや、浅野君のいい刺激になるかな、とね」

 

本気半分冗談半分、といったところだろう。

私はその提案を一蹴した。

 

「ご冗談を。私には荷が重すぎます」

「無理に移動させることもできるんだよ?君がボーダーに情報を漏らしている、と言ってね」

「……今更ですね」

 

消えかけていた理事長の威圧感が膨れる前に、言葉で叩き潰す。

理事長は面白いものを見た、というように目を細めた。

 

「脅されて従わざるを得ないような、取引の材料になる情報は渡しませんよ。私は、E組の今後を近くで見守りたいんです」

 

私は、「今のE組ってなかなか面白いんですよ?知ってます?」と挑発的に理事長を見る。

言っておくと、「E組が面白い」というのは本音だ。

 

──理事長は、高いレベルで完成されている人間だ。

完璧超人という言葉が理事長ほど似合う人はいないだろう。

しかし、それは人間相手に自分のつくったシステムを運営しているときの話。

椚ヶ丘学園という組織は、殺せんせーなる怪物(殺せんせーの優秀さも含めて)を相手取るには大きすぎた。

理事長という立場上、生徒や教員の面倒を見るばかりではなく、学園の今後のためにもさまざまなしがらみがある。

それを抱えながらなお合理的なやり方にこだわるのであれば、理事長の制御はいずれ狂ってしまう。

 

すべては推測にすぎないが、この予感がいずれ現実となるような気がしてならなかった。

 

 




理事長は多分、親馬鹿。
殺せんせーに語っているところを見てそう感じた。

溜め込んで溜め込んで、抱えきれなくなったら誰かにぶちまけるスタイル。
被害者:城戸さん、幸(←New!)


2人がはやめに打ち解けたのには、単純な相性の良さ以外の理由もあります。
理事長は息子自慢とか愚痴とか色々話せる相手を欲していた。
幸は、無意識に理事長を父親的存在にみています。


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014-旅行の時間

ようやく修学旅行です。




E組の中間テストはボロボロだった。

私の予想に違わず、テスト範囲は大幅に変更されていた。それも、テストの2日前に。

 

殺せんせーはずっと黒板の方を向き──生徒に背を向けて落ち込んでいる。

「E組全員が50位以内を取らなければ出ていく」などと言っていたから、その言葉通りにするのでは……という懸念もあったが、テスト範囲の変更というイレギュラーで無効らしい。

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。……君達に顔向けできません」

 

私は殺せんせーの落ち込む姿をぼんやりと眺めていた。

思うに、殺せんせーは早まりすぎたのだ。

もっとじっくり育てていくべきところを、自信をつけさせようとしたのか、反抗するのがはやすぎた。

理事長が釘をさしにきた時点で……それよりも、最初から上手くいくわけがないという“お約束”から考えて、今回の結果は当然のものだ。

 

しんみりとした空気の中、唐突に対先生ナイフが黒板に向かっていく。

そのナイフは当たる直前で殺せんせーに避けられ、黒板に軽くぶつかった。

 

「いいの〜?顔向けできなかったら俺が殺しに来んのも見えないよ」

「カルマ君!!今、先生は落ち込んで……」

 

殺せんせーの言葉は、ばさりとカルマくんが教卓になげたテストを見てとまった。

 

英語98点、国語98点、数学100点、理科99点、社会99点。

合計494点で学年4位。

 

それを見て、E組の他の生徒も感嘆の声を漏らす。

私も正直驚いた。

カルマくんのE組行きの理由は素行不良だし、彼の不意打ちの仕方や洞察力から考えても頭がいいのはわかっていた。

だが、学年順位は基本的に10~20位といったところで、1桁にのったことは1度もなかったと記憶している。

「能ある鷹は爪を隠す」と言うが……いや、カルマのくんのことだからやる気が出なかったとかで手を抜いていそうだ。

……あ、今のなんだかしっくりきた。

 

それにしても、何が彼のやる気スイッチを押したのかはわからないが、この点数は明らかに先の範囲の学習が終わっている……?

どうしてわざわざ、先の範囲の予習なんてしているのだろう。

余力があったとしても、目の前のテストに全力を注ぐのが普通ではないのか。

 

「俺の成績に合わせてさ、あんたが余計な範囲まで教えたからだよ。

だけど俺はE組、出る気ないよ。前のクラス戻るより、暗殺の方が全然楽しそうだし」

 

あ、殺せんせーのせいですか。そうですか。

そういえば、テスト直前の分身授業でなんだか嫌そうな顔をしていたのを見た覚えがある。

それでも、なんだかんだ言いつつものにしているのだから大したものだ。

 

そこでカルマくんは「それに……」と言いつつ教室の後ろ、私を見た。

返却されたテストを隠すこともなく机に広げていたのは私だが、盗み見はどうなのか。まあ、別にいいけれど。

 

「太刀川ちゃんも、点数結構いいでしょ?」

「……悪くはないけれど、私はカルマくんみたいに自分の点数をさらす趣味はないよ」

 

口では拒否したが、さらりと私のテスト用紙を持って行ったカルマ君に対して抵抗はしなかった。

 

英語82点、国語100点、数学85点、理科70点、社会76点。

合計413点で学年35位。E組内2位で、女子トップ。

 

私の点数はカルマくんには劣るものの、E組の空気を盛り上げるには十分だった。

数学の点数がいいのが誰のせい……いや、誰のおかげなのかは黙秘します。

 

「私も、ぬける気はないからね」

 

一応伝えておく。

本校舎に戻ったところで、また仮病でサボる毎日が始まるだけだし、何より私にはボーダーから与えられた任務(ミッション)があるのだから。

カルマくんはニヤニヤと笑いながら「全員50位以内に入らなかったことを言い訳にして逃げるのか」と殺せんせーを挑発した。

 

「なーんだ、殺せんせー、怖かったのかぁ」

「それなら正直に言えば良かったのに」

「ねー、『怖いから逃げたい』って」

 

それに乗っかり、口々に煽る生徒たちに殺せんせーは「にゅや──ッ!!」と声をあげた。

それは、今までの落ち込みやら後悔やら、マイナスの感情を吹き飛ばすかのようだった。

 

「逃げるわけありません!期末テストで倍返しでリベンジです!」

 

殺せんせーの言葉に、クラスに笑いが溢れた。

 

中間テストで壁にぶち当たったけれど、E組はまだ大丈夫だ。

 

 

◇◆◇

 

 

楽しいことへの切り替えははやいもので、教室はすっかり修学旅行モードだった。

 

修学旅行は、実はあまり好きではない。

年々平気になってきてはいるが、大規模侵攻以来、修学旅行中に再び近界民の大規模な侵攻があったら、と不安が募っていくのだ。

遠い地で自分が楽しんでいる間に、自分の大切な人や居場所がなくなったら……。と思わずにはいられない。

ボーダーが強いことはわかっていても、これは理屈じゃない。

 

大規模侵攻で精神的な傷を負った人は多い。

 

ある人は、空を見られなくなった。

──近界民は空に開いた(ゲート)から侵略してきたからだ。

 

ある人は、大きな白いものに恐怖を抱くようになった。

──目立つ大きさの近界民は白かったから。

 

ある人は、復讐を拠り所にしないと立ち上がれなかった。

──目の前で大切な家族を奪われた悲しみ、無力感に屈しそうになりながら。

 

……私は。

その人達に比べれば、トラウマは軽度なものなのだと思う。

それでも、確かに心は蝕まれていくもので。

私は「まもる」ために戦っているのだ。

まもる場所を離れるなんて、私には耐え難いことだ。

 

 

深呼吸を1つ。

ゆっくりと息を吐き、閉じていた目を開けた。

荒れていた心を鎮めていく。

私の内心がどうあれ、E組には関係のないことだ。

楽しみにしているみんなの中で、わざわざマイナスオーラを撒き散らす意味もない。

 

「先生、あまり気乗りしません」などと言いながら殺せんせーも大量の荷物をリュックに詰め込んで「ウキウキじゃねーか!」と突っ込まれていた。

 

だが、ここは暗殺教室。

単に楽しい旅行では終わらない。

京都の広く複雑な地形を利用し、国が雇った狙撃のプロが仕留める予定である。

生徒たちは狙撃ポイントに殺せんせーを誘導するのが役目だ。

 

狙撃のプロと聞き、脳裏にはボーダーの狙撃手ツートップの顔が浮かぶ。国が雇ったのなら彼らがその任務につくことはありえないが、同じくらいの腕前は期待したかった。

さらに、ボーダーでは「狙撃手(スナイパー)の天敵」といわれる私としては、狙撃手の居場所を突き止める気満々だった。

なんとも迷惑な話である。

まだ見ぬ狙撃手に合掌。

 

 

◇◆◇

 

修学旅行中、クラスは班に分かれて行動する。

私の交友関係を考えて余り物(・・・)になるのを避けるなら選択肢は1つしかないと察した。

私が今まで関わってきた人物と班構成を思い出せばわかってくれるはずだ。

 

だが、あえて1人で見回るというのもアリかもしれないと思い直す。問題は許可が出るかどうかだが……。

E組での私の協調性が低い仕様であることを除いても、四六時中他人と隣で過ごすのは疲れそうなのだ。

 

班員を書き込む用紙を1枚とると、班長の欄に自身の名を書く。

そのまま、気配を薄めながら教室の楽しげな雰囲気に紛れるような位置を陣取る。

騒がしい教室は、殺せんせーが辞書並みに分厚いしおりを配り始めたことでさらにヒートアップした。

 




でも結局トラブルに巻き込まれるのが幸クオリティ。

E組と壁をつくっているのには、一応理由があったり。


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015-台無しの時間

実は、以前に投稿した分をちょこちょこ編集しているのですがそのたびに地の文が地味に増えています。
修飾語が増えたくらいで本筋に影響はありませんが。






無事(?)にぼっちで5班となった私は1人、京都の宿泊施設に現地集合していた。

これは私も想定外の事態だったのだが、いつものごとく兄の課題が終わらなかったのだ。

 

誤解されがちだが、私の兄──太刀川慶は決して頭が悪いわけではない。戦闘関連に全振りしているだけだ。

そこにやる気のなさが加わり、戦闘員としての優秀さからくる多忙もあって大学の単位は常にギリギリになってしまうのである。

 

私はこれ幸いと兄の手伝いという建前の元、修学旅行1日目の夕方に京都へ乗り込んだ。

そのことを、行きの新幹線内でぼっち班ともあって心配されていたのだが、私が知ることは無い。

 

 

◇◆◇

 

2日目の自由行動となり、気の向くままに京都を散策する。

近くの名所を回り、少し休憩しようと静かな場所に惹かれていき……何やら物音を耳にした。

 

途切れ途切れに聞こえる声には、聞き覚えがあった。

しかも何やら不穏な空気である。

音と気配を消して、そっと騒動の中心をのぞいた。

 

そこには4班のカルマ君、奥田さん、茅野さん、神崎さん、渚、杉野君と不良たちがいた。

最も喧嘩慣れしているだろうカルマくんが不意打ちで沈む。

それをみると、私はそろりと一番近くの奥田さんの背後に歩みよった。

 

奥田さんに手を伸ばす数人の不良を軽くあしらって気絶させると、奥田さんの口を塞いで一気に物陰に引きずり込んだ。

口を塞ぐ前に、「ちょっとごめんね」と声はかけたのでたぶんセーフだ。暴れられなかったし。

 

不良たちは茅野さんと神崎さんをさらって車に乗り込むと去っていった。あとには、殴られた男子たちが倒れているのみだ。

 

奥田さんをそっと解放すると、奥田さんは3人に走りよって「み、皆!大丈夫ですか!?」と声をかけた。

 

「良かった、奥田さんは無事で」

「……ごめんなさい、思いっきり隠れてました」

 

奥田さんは私によって隠れさせられたのだが、自分のせいとでもいうように謝る。

妙に罪悪感が芽生える。大人しそうな奥田さんの見た目が余計にそう思わせるのだろう。

 

「いや、それで正解だ」

 

ゆっくりと身体を起こしたカルマくんは、感情を押し殺して呟く。

表情は、俯いているせいでわからないが、怒気が溢れているような……。

 

「あいつら、車のナンバー隠してやがった。多分盗車だしどこにでもある車種だし、犯罪慣れしてるよ」

 

彼の怒りから歪んだ顔は、なかなか迫力がある。

先ほどは不良たちを挑発していたのもあってかなり隙だらけだったのだが、今はそのような雰囲気は微塵もない。

 

「通報しても、すぐには解決しないだろうね。……ていうか、俺に直接処刑させて欲しいんだけど」

 

ここでようやく、空気と化していた私の存在に杉野くんが疑問を投げかけた。

 

「ところで。太刀川さんはどうしてここに?」

「たまたま近くを通りかかったら、何だか騒がしかったから」

 

別に嘘じゃない。本当のことである。

 

「そっか。太刀川さんが巻き込まれなくてよかった。……でも、これからどうしようか」

 

途方に暮れたように呟いた渚の瞳が、風に煽られてめくられた修学旅行のしおりのとあるページに向けられた。

 

 

◇◆◇

 

辞書以上の分厚さを誇る、もはや鈍器のような殺せんせー特製修学旅行のしおり。

恐ろしいほどマメな殺せんせーが作っただけあって、旅行中のありとあらゆるアクシデントの対応策が書いてあった。

なぜか(もちろん)、誘拐された時の対応策まで。

 

渚が殺せんせーに連絡を終え、しおりのマップに従って歩き出した。流れで私もついていく。

 

「えっと、『クラスメイトが拉致られた時→1243ページ』。犯人の会話内容や(なま)りなどから、地元の者かそうでないかを判断しましょう。

地元民ではなく、更に学生服を来ていた場合は、1244ページへ。考えられるのは、相手も修学旅行生で、旅先でオイタをする輩です」

 

渚がしおりをめくりながら読み上げる。

改めて、1244ページは確実にあるしおりの分厚さに目眩がする。

さらには、「拉致実行犯潜伏対策マップ」なるものが収録された付録までついている。

E組の大半が置いてきたというのに、渚は律儀に持ち歩いていたようだ。

 

「うん、今すべきことがきちんと書いてある。……行こう!」

 

 

◇◆◇

 

辿りついたのは、閉店したお店だった。

外れかけた看板には、かすれた文字で「ダーツ・ビリヤード」と書かれている。

 

殺せんせーと連絡をとりあって相談した結果、一番可能性が高いのはここだろう、という話になったのだ。

理由?一番近いから。それだけだ。

 

殺せんせーはほかの場所を見て回るらしい。

こういう時こそ殺せんせーのスピードの活かしどころである。

 

「辿り着いたはいいけれど……見張りがいるね」

「強行突破と穏便に通るのと、どっちが好み?」

 

周囲に尋ねると、カルマ君が頑なに強行突破を主張した。

というか、今にも飛び出して行きそうだ。

私としても、強行突破(殴って気絶させる)穏便に通る(脅してでも通る)ことに大差はないから異論はない。

尋ねておいてなんだけれど。

 

「じゃあ、もう、そこで今にも飛び出していきそうな人を先頭に、強行突破しましょう。それに……たぶん見張りはあの1人だけだと思うし」

「え、なんで1人だけだってわかるんだ?」

 

杉野くんの疑問には「勘」とだけ返しておいた。

説明するにしても、この状況では時間が足りないし、一応機密扱いだし。

 

◇◆◇

 

やはり、見張りは外の扉にいた1人だけで、廊下には人っ子一人見当たらない。

だが、大きめの部屋から複数人の声が聞こえてくる。

男子学生らしく、少し低めの声だ。さらに、汚い笑い声も響く。

 

カルマくんが躊躇なく扉を開け、一瞬で昏倒させたあとここまでズルズルと運んできた見張り役だった不良を床に投げ捨てる。

仲間の姿を目にし、茅野さんと神崎さんは顔を輝かせた。

 

「で、どーすんの?お兄さん等。こんだけの事してくれたんだ。あんた等の修学旅行はこの後全部、入院だよ」

 

渚がここまで辿り着いた経緯をしおりを見せながら説明し、殺せんせーのしおりの有能性を示したところで、代わりに進み出たのはカルマくんだ。

何が彼の怒りを買ったのかは正確にはわからないが、随分と刺々しいオーラだ。

しかも、これだけの人数を相手にして勝てる気でいるらしい。

こちらは2人を人質にとられ、非戦闘員を抱えているというのに、よほど自信があるのか。

 

「……フン。中学生(チューボー)がイキがんな」

 

場所がバレたことや、よくわからないしおりに戸惑っていた不良のリーダー格も、さすがにカルマくんの発言は聞き捨てならなかったらしい。

他の不良も、臨戦態勢といった感じだ。

 

さらに、足音が近づいてくる。

私たちに心当たりはない。ならば、向こうの増援!

証拠に、不良どもは余裕の笑みを浮かべている。

 

「呼んどいた友達(ツレ)共だ。これでこっちは10人。

お前らみたいな良い子ちゃんはな、見たこともない不良だ」

 

背後の扉が開くのが、スローモーションのように遅く感じる。

人数的にも状況的にも不利な中、挟み撃ちにされるのはかなり(まず)い。

 

どちらから襲われても大丈夫なよう、警戒する。

現れたのは不りょ……え?

「不良」の定義が揺らいできたぞ?

 

「何この、『ガリ勉』イメージそのままの優等生もどきは……」

 

唖然。

まさにそんな状態だ。

 

誰もがぽかーんと、それ(・・)を眺めていた。

 

「不良などいませんねぇ。先生が全員手入れしまったので」

 

一応擬態はしているが、うねる触手が丸見えだ。

……殺せんせーには、国家機密の自覚はあるのだろうか。何度思ったか知らないことだが。

 

「遅くなってすみません。この場所は君達に任せて……他の場所からしらみ潰しに探してたので」

 

殺せんせーのスピードで、よく不良の仲間を見分けられたものだ。

……無関係の人が混ざっていたりしないよね?

 

「……で、何その黒子みたいな顔隠しは」

「暴力沙汰ですので。この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

 

殺せんせーも、妙なところで世間体を気にする。

国家機密の自覚は薄いのに、教師としての自覚は有り余っているようだ。

……変なの。

 

「渚君がしおりを持っていてくれたから、先生にも迅速に連絡できたのです。この機会に全員ちゃんと持ちましょう」

 

わざわざ運んできたのか、全員にしおりが行き渡る。

ずっしりとした重みが一気にかかり、よろけそうになるのをなんとかこらえた。

 

「……せ、先公だとォ!?ふざけんな!ナメたカッコしやがって!!」

 

驚くべきことに、殺せんせーが人間ではないとバレていないらしい。

ただ、得体の知れない奴だということはわかるのか、一斉に襲いかかる不良たち。

各々得物を持って向かってくる男子学生の集団は、なかなか迫力がある。

 

「……ふざけるな?」

 

迎撃しようと身構える前に、目にもとまらぬ速さで触手が不良共の頬をうつ。

 

「先生のセリフです。ハエが止まるようなスピードと汚い手で……うちの生徒に触れるなどふざけるんじゃない」

 

言葉が出せる状態なのはリーダー格の1人だけだった。

バカ高校と思ってお前も肩書きで見下しているのだろうと、足の震えを抑えながらナイフを構える不良のリーダー。

そんな相手に殺せんせーが返したのは、予想外に穏やかな声だった。

 

「エリートではありませんよ」と殺せんせーは言う。

名門校の生徒とはいえ、私たちは落ちこぼれ扱いで差別されている。

だが、この不良たちのように他人の足を引っ張るのではなく、さまざまなことに前向きに取り組んでいる。そこに学校や肩書きは関係ないのだと。

諭すように。

 

ああ、前向きに取り組むことは大切だ。

自分の実力不足を他人のせいにするより、自分を鍛えた方がよっぽどいい。

 

その言葉はどういう関係か、神崎さんの心に響いたらしい。彼女らしからぬ重い空気が一気に晴れた。

 

「……さて、私の生徒達よ。彼等を手入れしてあげましょう。修学旅行の基礎知識を体に教えてあげるのです」

 

その合図で、気配を消して不良の背後に迫っていたみんなが一斉にしおり(鈍器)を振り下ろした。

いかにも痛そうな音が立て続けに聞こえ、不良はピクリとも動かず床に倒れ伏す。

……念の為確認したが、特に後遺症が残るような人間はいなかった。

 

 

◇◆◇

 

外は夕焼けで橙色一色に染まっていた。

開放感に包まれ、思いっきり伸びをする。

 

「いや〜、一時はどうなるかと思った」

「あ〜、俺一人ならなんとかなったと思うんだよね」

「怖いこと言うなよ……」

 

杉野くんとカルマくんのやり取りに、奥田さんと渚が顔を見合わせて笑みをこぼす。

今回、一番怖い思いをしたであろう茅野さんと神崎さんも()る限り平気そうだ。

むしろ、神崎さんは……

 

「何かありましたか、神崎さん?ひどい災難に遭ったので混乱しててもおかしくないのに、何か逆に……迷いが吹っ切れた顔をしています」

 

代わりに殺せんせーが私の思ったことを言ってくれた。

神崎さんはいつも通りの笑顔で殺せんせーにお礼を述べる。

神崎さんの事情は知らないが、殺せんせーの言葉がしがらみから逃れる決め手になったのかもしれない。

 

「いえいえ。それでは修学旅行を続けますかねぇ。……ああ、そういえば」

「殺せんせー、どうかしたの?」

 

まだ何かあったかと、渚が問いかける。

殺せんせーはなぜかニヤニヤと笑いながらこちらを見る。

……え、私?

 

「太刀川さんは、いつの間に4班に合流したんですか?」

「……あ」

「そういえば、そうだな」

「何だか普通に馴染んじゃってたよね」

 

今気づいた、とでも言いたげに順に渚、杉野くん、茅野さん。

スルーしてくれればよかったものを。

心の中で舌打ちをこぼす。

 

「成り行き、というやつですよ。合流なんて」

「この機会に、太刀川さんも4班のメンバーになっちゃいましょう!」

「……はい?」

 

あ、これ絶対拒否できないやつ。

そう悟って抗議の声をあげようとするも、言葉になることはなかった。

……こんなときに、“お約束”の展開を起こさなくても!

 

「はーい、賛成!」

「うん、太刀川さんと一緒ならもっと楽しくなるよね」

「俺も別にいいよ」

「太刀川さん、よろしくね」

「太刀川さん、よろしくな!」

「あの、よろしくお願いします……」

 

4班全員から歓迎の言葉をかけられ、退路を塞がれた。

諦めざるを得ない状況だが、このまま素直に加わるのもなんだか癪だ。

反論の余地なく決定される、というのは相手が親しい人間だからこそ許されることだ。私にとっては。

 

「皆さん、太刀川さんを心配しているんですよ。丁度いい機会ですから、太刀川さんも」

 

何と返したものか戸惑い、言葉に詰まった私の頭に柔らかな感触のものがのる。

殺せんせーの触手だ。

それを理解した瞬間、頭の上のものを跳ね除ける。

もはや条件反射だったから、自分の行動を理解したのはその2秒後だった。

 

殺せんせーが嫌だったわけではない。

気軽に頭を撫でられたことがとてつもなく気に障っただけで。

 

「えっと……じゃあ、今から4班に合流します。よろしくね」

 

周囲が驚きが固まっているので、笑顔でゴリ押ししておいた。

幸いなことに、何も聞かれることはなかった。

 

 



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016-赤の時間

お久しぶりです。



宿の部屋は男女で大部屋一部屋ずつだった。部屋割りを考えなくてもいいのは楽だが、押し込められている感じもする。

他のクラスは豪華ホテルで個室を与えられていると知ればなおさらだ。

 

だが、E組の面々は「みんなでおしゃべりできるし」とそれほど不満に思ってはいないようだった。

それにしても……椚ヶ丘学園は随分とお金持ちのようだ。私たちの学年は190人近く。E組は30人弱だから、実に160人ほどの個室2泊分の費用を簡単に出せるらしい。学費が高めとはいえ、授業料として払っているだろう額を差し引けば余りはそこまで多くなかったはずだ。

 

まあ、それはそれとして。

女子に割り振られた部屋に荷物を置いた私たちは、順番にお風呂に入る。いくら大浴場といえども、一度に大勢が押しかけると狭いので、ざっくり1・2班と3・4班に分かれて入ることにした。

言うまでもなく、私は4班の一員だ。

 

それを知って、他の班の人にもなんだか安心されたのは少し申し訳なさがある。どうやらE組の人は、予想以上に人が良いらしい。

 

◇◆◇

 

「太刀川さんは、今日どこを回ってきたの?殺せんせーも、予定を教えてもらってないって言ってたよ」

 

お風呂のあとは、大部屋でガールズトークに花を咲かせる。

そういえば、殺せんせーは各班に同行する予定だったか。暗殺のことを気にしていなかったから、記憶から完全に抜け落ちていた。

 

「暗殺のためにたてた計画じゃなかったから。今回の殺し屋は狙撃手(スナイパー)ってことだったし、1人だとできることも少ないから、普通の観光をしてたよ」

 

暗殺のことなど考えていなかった、と言うとやはり驚かれる。個人での暗殺こそしていないが、クラスでの暗殺には毎度参加していたから、暗殺には積極的な方だと見られていたのだろう。せっかくの機会を捨てたことが、理解できないのかもしれない。

……そんな大層な理由もないのだが。

 

「暗殺も楽しいけれど、今回はそれ以上に楽しそうなことがあったから」

「楽しそうなこと?」

 

不思議そうに問いかけられ、昼間のことを思い出す。

 

 

◇◆◇

 

 

時間は少し巻き戻って、修学旅行2日目の午前中。

班ごとに自由行動となっており、それぞれが立てた暗殺計画を実行する日。

 

ぼっち班たる私は、京都の高い建物を見て回っていた。

家族やボーダーのみんなへのお土産は既に購入して発送済。

所持金が多いからこそできる、手荷物を減らすひと工夫だ。

 

高い建物ばかりを見ているのは、狙撃手の人を探すためだ。素性は知らされていないが、狙撃手の選びそうなポイントはだいたい目星がついている。

 

しばらく歩き回っていると、思った通り高めの塔の上に、狙撃手の姿を見つけた。そう距離も遠くないので、狙撃銃らしき細長いシルエットも見える。

私は、足取り軽くそちらへ向かっていった。

 

 

 

「こんにちは。素敵な狙撃銃(パートナー)をお持ちですね」

 

挨拶をした後の話題が思いつかなかったため、とりあえず仕事道具を褒めておいた。突然背後から声をかけられ、狙撃手(スナイパー)さんは勢いよくこちらを振り向くと銃口を向ける。狭い場所に向かい合っているせいで、いま撃てばほぼ零距離射撃だ。

 

銃口を突きつけられているというのに、私が怯えを見せないからだろう。私の制服を見て戸惑った顔になったものの、警戒がとかれることはない。

 

それも当然だ。たとえ死を覚悟しているような人間でも、死に対する恐怖は持っているものだ。それを強靭な理性で抑えつけているような超人もいたりするが、ほとんどの生物が等しく「死」への恐怖を持っている。私はさぞ異質に見えることだろう。

 

トリオン体に換装していたから平然としていられるものの──いや、やっぱり内心ビビっています。トリオン体には通常の銃弾も対先生弾も効果はないとわかっていても、そういうのとは別に、目の前の銃口には恐怖をおぼえる。

 

だがここで怯えを見せるのはよろしくない。

どう足掻こうと、相手はプロの殺し屋の大人(たぶん)で、こちらは一学生にすぎない子ども。

私の方が前提条件は不利なのだから。

私は銃口に目を向けると、余裕ぶって微笑む。

 

「確かに暗殺に集中していたところに声をかけたのは、少々配慮に欠けた行動でしたけれど、随分と物騒ですね」

「……おまえ、何者だ。目的はなんだ」

 

相手は押し殺したような声でこちらに問う。

 

「いろいろと想像を巡らせているのでしょうが、たぶんすべてハズレです。私はその、ちょっと変なところもあるけれど、概ね普通の女子中学生です」

「嘘だろ!」

 

秒速でツッコミを入れられた。なんでさ。

普通の女子中学生だって、狙撃手に話しかけることもある。

 

「今回の殺し屋さんは狙撃手と聞いたので、本物(プロ)と呼ばれるような人の仕事を見学に来たんですよ」

 

資格も基準もないので、どこからをプロと呼べるかの境界は曖昧だ。だが、ボーダーの狙撃手たちはアマチュアと呼ばれる部類なのだろう。実力の問題ではない。むしろ、比較する対象によっては、ボーダー側に軍配が上がる。

 

ボーダーの狙撃銃がトリオンでつくられていなければ、比較できたのかしれないが。トリオンでつくられた弾丸は多少の障害物は容易に貫通するし、空気抵抗はないも同然だ。

同じ距離から同じ的を狙うにしても、前提に差がありすぎて比べられるものでもないのだ。

 

「見学、見学ねえ……。ちなみに、いつから見てたんだ」

「見つけたのはついさっきです。他の班のスケジュールなんて気にしていませんから。……あ、そういえば、名前を聞いてもいいですか?何て呼べばいいのかわからないです」

「……レッドアイとでも呼んでくれ」

 

レッドアイさんは、何だかいろいろ諦めたような表情で銃を下ろした。

 

「普通の女子中学生だっていう主張は納得しかねる。が、別に俺とやりあうつもりでもないんだろう?」

「……意外ですね。こういう時って、問答無用とばかりに殺されると思っていました。口封じとか何とか言って」

 

まあ、本当に殺されるとは思っていない。たとえ生身でも、ここで命を落とすことはないと確信している。

彼は殺し屋としては、優しい。プロと名乗るのなら、殺し屋として可能な限り目撃者は葬っておくべきだ。仮に私がここで命を落としたとしても、こちらを見張っている人間などいないのだから、バレることもないし、彼が罰を受けることは無い。

 

「……あなたは、レッドアイさんは、おもしろい方です。殺し屋には向いていないのに、向いている。……今のところは、ですけれど」

「向いていないのに、向いている?」

 

訝しげなレッドアイさんに構うことなく背を向ける。

 

「そろそろ、次の場所に移動した方がいい時間では?それと、いくら平和ボケした人間が多い国だからといって、気を抜くのはあまり関心できませんよ。特に今は、大金がかかった賞金首がいるんですから、それだけ殺し屋(その手)の人も集まりますし」

「言われるまでもない。あまり、プロを舐めるな」

 

所詮は子どもの戯れ言と、そう思っているのだろう。

確かに私はプロの殺し屋などではないが、これでも戦場に身を置いて数年間を過ごしているのだ。経験はそれなりにある。

 

「そう仰るわりに、隠れ方は雑でしたね?無意識なら、気をつけた方がいいですよ」

 

もう手遅れな気もするけれど。殺せんせーは確実に彼を捉えているだろう。

 

「残りの仕事も頑張ってください」

 

私はそれだけ言って、その場を去った。

 

緊張からくる震えを、身体全体を意識下において支配することで抑え込んだが、上手くいっただろうか。

相手に自分の方が優位に立っていると印象づけるのは成功したと思いたい。

 

自分より明らかに勝っている人間に対峙したとき、自分がただの中学生に過ぎないのだと嫌でも実感する。

毎日のように武器を振るい、近界民(ネイバー)やボーダー隊員相手に勝利を収めて入るけれど。

 

所詮、自分の力なんて大したことはないのだと。そう、言われているような気がしてくるのだ。

 

──何度か深呼吸をして、マイナス思考を振り払う。動揺したまま、日常に戻るわけにはいかなかった。

 

◇◆◇

 

いろいろ(・・・・)あったけれど、特に語れるようなイベントはなかったよ?単に観光だよ」

 

何を期待しているのか、興味津々のみんなに告げる。

修学旅行の夜は静かに更けていく──否、ここからが本番だ。他の女子はおしゃべりする気満々だ。

明日は大した予定がないからいいものの、睡眠時間が普段よりもどれくらい削られるのかを想像して、少し憂鬱になった。

 

とはいえ、私も誰かと話をすることじたいは好きなので、結局は後悔するとわかっていても、雑談に興じてしまうのだろう。

 

 



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