鋼鉄戦記『一時凍結』 (砲兵大隊)
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Begegnung des Teufels (01.悪魔の遭遇)

★―2017年12月24日 地獄の底―★

世界に神というもの存在Xが存在するのならば、どれだけ残酷なことだろうか。彼らは哀れで矮小な信心深き子羊達がどれほど祈ろうとも救いを齎すことはない。
ただ一方的に信仰を求め、作り出したシステムに則って反する人々に罰を与えるだけである。

神は死んだ!

今では誰もが知るニーチェの言葉である。本来の意味合いは違うものの、これ程現代における信仰の在り方を示したものはない。
発展した科学技術は知性の発露を促し本来神から与えられた筈の十戒ですら過去のものとして扱う。まるでアダムとイブが禁断の果実を食した時のようではないか。
人は神と同じ知恵を得てしまったが故に追放され、知恵を得てしまったが故に神は人から追放されるのだ。
だから今目の前で哄笑を上げる存在もまた最早人と関わるべきではない。

その男とも女ともとれる中性的な美貌は万物を魅了し、蠱惑な肉体は聖職者でさえ涎を垂らすことになる。巨大な黒き羽は全てを包み込むように広がり、四肢を玉座へと鎖で繋がれていた。

「ルシフェル、サタン、明けの明星、魔王、好きに呼びたまえよ。私自身もまた堕天してより、名が増えたことで己の真の名がどれか忘れてしまったくらいだ」

鎖に繋がれながらも尊大な態度を崩さない魔王様は何処か滑稽であったが、私もまた魔王様を嘲笑うことは出来ないで居た。
首を鎖で繋がれ、口輪をつけられ犬の様に地を這いつくばるしかないのだから。振り下ろされた魔王様の足が頭の上に乗せられ地をなめさせられる。噛みしめた歯がぎしりと軋みをあげた。

「長居 敬、歳は22か。生まれも育ちも血筋も日本人。たった一人で敬虔なる信者を62人も殺害し、教会を二つ焼き払った上に神の像を冒涜した男。これ程までの経歴は現代どころか古今東西の異教徒にもいまい。輪廻転生すら許されず地獄の底へと落とされたのも頷ける」

淡々と語られる経歴はまさしく私が過ごしてきたもの、だが違う!違うのだ!叫ぼうとする口をきりきりと鎖が締め上げる。
口の端より零れ落ちた血の味が広がり涙が零れ落ちそうになる。どうして自分がこのような目にと思っても叫ぶことすら許されない。
ただこうやって超常の存在に玩具にされて苦しみ続けることになるのだ。

「ハハハハハハハハ!抵抗は逆に締め上げをきつくするだけだ。私もそうだからな」

私は生きるために殺すしかなかったのだ。どうして己の命がかかった状態で、天秤に乗った見知らぬ他人を選ぶことが出来るだろうか。
誰も彼もが私の現状を知りながらも救いの手を差し出すこともなく、幸せな家庭を築いている者達に違いない。
けして殺したいわけではない。しかし、大した痛みも苦労も知らずに神に縋る糞共のことなどを慮らなければならないのだろうか。

「だがしかしダメだな。これだけの事をなしたというのに面白みがひとつもない」

炎に包まれる中、私は言語道断の理不尽に遭遇したのだ。
全てが止まった世界の中で、その存在は神存在Xと名乗り私に二つの選択肢を突き付けてきた。
私の屑のような生涯を贖罪へと費やし敬虔なる一生を終えることを選び、後に輪廻の輪へと戻るか。それとも地獄の底へと落ちて永遠の苦しみを味わうか。
実質の選択肢など私にはなかった。現世も地獄で来世も地獄ならば何時私に幸福が訪れるのだろう。ただ、もう一度この苦しみの現世を繰り返すことなど出来るわけがない。
だから神存在Xを殴りつけ、ただただ地獄へ落とせと叫んだのである。

「しかし、口もとは。貴様の思想が口から漏れ出るのさえ恐れているのか。やはり天は滑稽だ」

確かに糞みたいな人生だった。両親には沢山迷惑をかけてきた。大学もろくに通わず、就職すら困難を極めた。
結局入った中小企業では2年で退職。以来、バイトと派遣をしながら細々と命を繋いできたのだ。
未来の展望もない。死ぬ時は不本意ながらも安堵したのは確かである。だがなんだこれは、死の後も私は苦しめられ続ける。
母はどうしようもない子だと息子である私に向かって軽蔑の目を辞めることはなく、家に私が暮らせる場所などなかった。
悲鳴をあげる全身の四肢を無視して両手の爪を大地に突き立てる。

「私の玩具として遊ばれるといい。壊れたならばそこらに捨ててやろう」

ふざけるな

「どうだね?外道としては不本意かもしれないが、それが定めだ。諦めろ」

痛みが奔ろうとも身をゆっくりと押し上げていく。繋がれた首輪がぎしりと軋み、縮まることで締め上げてくる。
こみ上げてくる吐き気と赤く染まりゆく視界すら気にならない。一度死に、苦しんだ人生であるが故にもう一度死ぬことへの恐怖などない。
頭も悪い、体も丈夫とは言えない。痛みが唯一の教育方法だと父は告げ、振り上げた拳が迫る様を今でも私は覚えている。

「ほう、存外。屑というものも見るべきところがあるらしい」

ァア亜あああああああああああああああああああああああああああァ!!

崩れ解けていく意識を私は覚えている。少し前にも味わったばかりの救済への希望と滅びへの恐怖は心を蝕んで離すことはない。
死、たった一文字で表現されてしまう数多の感情も人生も無意味へと変えてしまう恐ろしく甘美な存在。しかし死すら救いでないと知った私はもう何が残るというのだろう。
震える肉体が大地に叩きつけられたことで耐えていた最後の一欠片さえ崩壊し、完全に世界のすべては闇へと沈んでいった。
ふと最後に視界に映ったのは麗しい足と、『幼女戦記』と題された小説であった。

幼女戦記とは、アニメにもなったカルロ・ゼンによるローファンタジー小説である。第一次世界大戦に似た状況で主人公のターニャ・デグレチャフは魔導師となり戦場を駆け巡る物語。
神存在Xによって運命を捻じ曲げられ、現代の倫理観を兼ね備えたターニャは周囲へと勘違いを広げながらも徐々に名をあげていくことになる。
この物語の中に一つ矮小な石が投じられることになった。

統一歴1906年、何処にでもある普通の孤児院で入口で捨てられていた赤子の瞳は昏く澱んでいた。
赤子はその意味不明な言動と瞳により孤児院の他の子より敬遠され、成長を遂げた少年もまた状況を受け入れた。
故に少年は自ら軍へと志願し、一般的魔導師より高い水準の魔導の才覚を認められたことから軍事学校へと入学したのである。
それから17年後、物語は遂に始まりを迎えようとしていた。

★―1923年6月 北方軍管区ノルデン戦区/第三哨戒線―★

「ノルデンコントロールよりトイフェル01!そこは既に戦闘地域です。すぐに退避を!」

多数の魔導反応の中でさえ明瞭に聞こえてくる通信に舌を巻く。山間部の上に、ブリザードが吹いているにも関わらずここまでの精度など現代の技術力でさえ難しいのではないかと思う。
それでも高度6千フィートにおいて宝珠を輝かせながら高速で移動することを止める理由にはならないのだ。
未だ訓練期間中ではあるがこの状況で命令違反をしてでも功績を得る必要がアリベルト・バイエルにはあった。

「トイフェル01、通信不良につき正確な情報の伝達が行えていない。軍事規定に従い現場における独自行動を行う」


「ノルデンコントロール、トイフェル01通信を……ザッザ……」

魔導式を作ることで通信妨害を自ら行い、ノルデンコントロールからの通信を切断する。
大地は一面の白銀景色であり、まばらに枯れた木が点在する様はもしも訓練がなければ美しい景色に目が惹かれたことだろう。
しかし今や多数の火砲の硝煙により空は薄暗く黒い靄で覆われ、多数の魔導による光と泥と血が大地を汚している。
この景色を見れば誰もが訓練ではなく戦争であると納得する。
事実、緊迫した祖国の外交は失敗し協商連合からの侵略を許してしまっているのが現状だ。

地球の史実であるドイツとは違い、この世界では他国に侵略されたことで一気に戦火が広がっていくことになる。
ただ今はまだ誰も世界大戦という言葉すら知らないのであった。

「くそったれの魔王がっ」

帝国に新たな命を持って生まれた長居 敬は『幼女戦記』という物語を偶然にも本屋で立ち読みをしたことで知っていた。
何れ若い青年達は否応なしに軍へと召集され、その命を簡単に散らす戦場へと放り込まれることになる。
未来を知っているからこそ長居、いやアリベルトは功績を立てることで兵ではなく将になり安全な未来を目論んでいた。
自殺行為ともいえる行動は小説の中で描かれた功績を得られる、アリベルトにとっては逃すことの出来ない場面である。

ちなみに主人公であるターニャ・デグレチャフをアリベルトは見かけたことがあるが会話したことは一度もない。
交友関係を持ったことにより、軍の配慮で第二〇三魔導大隊に配属されることになってしまうわけにはいかないのだ。
なにが楽しくてあのような戦場を転戦し続ける部隊に入ろうと思うだろうか。安全安心な後方で負けた場合は他国に亡命しよう。
そう考えるアリベルトの思考は奇しくも原作においてターニャが考えていたことと同一であった。

「あれか」

遠くで術式の展開とともに閃光が放たれ膨大な魔導反応により感知が乱れる。魔導師にのみ許された身と宝珠さえあればできる最大火力、自爆だ。
協商連合と思われる部隊の隊列は完全に乱れ、茫然と広がる爆発と閃光へと目を向けていた。

原作において訓練中ながらも戦時下におかれたことで観測手をさせられていた。しかし、急速接近した協商連合の魔導師部隊に襲われ、撤退ではなく死守を命じられたターニャは自爆し成し遂げる。
この献身的貢献により後に錆銀と恐れられるようになる白銀という二つ名と勲章を得るのだ。此処まで分かっていれば漁夫の利を得ることなど容易い。

アルベルトの青い瞳が仄かに黒く染まりだし、在らざるべきものを見通す。先天的にアリベルトには他者より優れている点があった。正確には授けられたというべきだろう。
かなり強力な先天性であり誰もがきっと喉から手が出るほどにほしがるに違いない。しかしけして完璧ではなく、魔王からの皮肉であることは間違いなかった。
お前は力を得ても何も為せない人間だと言われているとしか思えない。肌を刺す寒さに歯が軋みを上げる。

《自爆だと……》《中佐限界です!捕捉されます!》《……観測手は潰した!離脱する!》

原作通りの展開に笑みを浮かべ、極限まで抑えていた魔導反応を活性化させ高度8千、魔導師が到達できる限界ぎりぎりでアリベルトは停止し己の長距離用ライフルを構える。
同時にもう必要ないとノルデンコントロールへの通信妨害を解除した。

「トイフェル01よりノルデンコントール。偶発的戦闘に巻き込まれた。撤退は出来そうにない判断を仰ぐ」

黒い輝きが世界へと干渉し、翼のように背後へと固定化による衝撃を逃しながら巨大な術式が何重にも重ねられて展開していく。

「此方ノルデンコントール。180秒後に増援が行く。それまで遅滞戦闘を続けよ」

《な、中佐!強烈な魔導反応を確認!》《上を取られていただと?》《第6層まで確認!》《馬鹿な!到達までの猶予はあったはずではないのか、各員散開!》

「トイフェル01。了解」

2個小隊規模の魔導収束により放たれるはずの空間爆裂術式が展開されたたことで処理能力を超え、宝珠が火花を散らした。
トリガーを引くと共に放たれた弾丸は、収束した魔力を推進力に加速し強烈な爆発を産み出す。そのまま退避に失敗した協商連合の兵士を飲み込んだ。
咄嗟に防殻で防いだのは流石正規兵だと感心するが、中心にいた二人は耐えられず焦げ滓となり大地に失墜していく。

《ブレイクッ》《バルド!カンニガム!》《反応ロスト!中佐!》《糞が、わかっている!ケツに付かれたら逃げ切れん!一撃離脱後、撤退だ!》

やる気かと身構えた瞬間、術式から放たれた閃光が私の防殻に突き刺さる。さらに挟み込むように両側から近接戦闘を仕掛けてきた。

「やはり来たかッ」

震える体に活をいれると防殻への魔力供給を増大させ、あえて閃光へと突き進む。同時にデコイを出して僅かな間近接戦闘を仕掛けてきた奴等を遅滞させる。

「おおおおおおおおオオッ!」

《敵魔導師急速接近!》《馬鹿な!一人で突っ込んできただと!火力を集中させろ!》

展開された術式から死角を逆算。大きく旋回行動を取りながら突き上げるように銃剣を構えた。逃げられないのなら活路は前にしかない。

「撃てぇ!絶対に近づけるな!」

統制された射撃を防殻で防ぎ無理やりこじ開け、最大出力を込めて魔導刃を突き出した。大きく動揺し集中力が乱れた防殻は脆い。
僅かな抵抗の後にするりと刃が入り込んで敵兵の肩口に突き刺さる。血飛沫が舞い散る中、敵魔導師と共に高度を一気に下げていく。

「まだ生体反応はあります!」「くそっ!」

僅かな判断の遅れが致命的になるのだ。止まった射撃にくるりと回り、魔導師に銃剣を突き刺したまま盾として狙撃術式をばら蒔いた。

「やめろ!やめろぉぉお!」

体内で発動した術式の熱量より肉が焦げ付く嫌な香りが漂ってくる。痙攣し動けなくなった死体を投げ捨てながら大地に爆裂術式を射って雪を巻き上げ、身を隠す。

「ちっ、こいつはもうダメか!これはっ」

多数の魔力反応が上空で展開された。

「……増援だな、有難い」

上空で始まった戦闘と共に今度こそ散開しながら離れていく協商国連合の魔導士官達を見送ってゆっくりと高度を下げていく。
雪原には雪に埋まりかけたターニャ・デグレチャフが軍服をぼろぼろにし意識を失いながらもきちんと胸を上下させていた。

「トイフェル01よりノルデンコントロール。友軍の観測魔導師が重傷を負っている」

「此方ノルデンコントロール。増援に随伴し撤退せよ。代わりの観測魔導師を送る」

観測を引き継げと言われるか冷々したが流石に今はまだ祖国にも人的余裕があるようで何よりだ。

「トイフェル01了解」

通信を切って安堵の溜め息を吐き出し、黒い空を見上げる。
訓練生にすぎない人間が救助と足止めと撃墜をこなしたのだ。序盤にしてはまずまずの功績と言えるだろう。どうせこれから先は功績がインフレするのだ。
気を抜いた瞬間、限界まで魔導を酷使したことにより疲労と激痛がぶり返す。糸が切れたように肉体が雪の上に放り出され意識を失った。

青年、アリベルトの瞳は魔導を見通すことが出来、これにより通信も使う術式すらも見通すことが出来る。
純粋な火砲をよけることが出来るようになるわけでも、弾幕の如き銃弾の雨を潜り抜けることが出来るようになるわけでもない。
しかしながら対魔導師戦闘において凶悪な性能を発揮するため生き残れば出世するのは約束されたようなものだ。

「まさか文句もあるまい。しかしこの世界の運命は全て決まったようなものだ。大筋を変えることは不可能に近いだろう」

玉座に縛り付けられた男とも女ともとれる存在。神話の中だけに語られてきた魔王は担架で運ばれていく青年を見つめ壮絶な笑みを浮かべた。
神からの干渉は面倒くさいことこの上ないが新たな楽しみを邪魔されるわけにはいかない。なにより天の思惑を外してやればとても愉快なことだろう。

「地獄よりはマシ程度の惨劇が始まるぞ。精々足掻くことだな」

この世界は信仰の力が徐々に強まっていくように出来てしまっているのだ。それでは魔王として面白くない。

「人は人らしく、神を冒涜し科学を信奉する。ぁあ、なんと素晴らしい。私は大好きだ」

天の力が弱まれば何れ魔王を縛る鎖もまた解けるだろう。小さな石ではあるが水切り遊び程度には丁度良く、波紋を生み出してくれる。
誰もが何れ沈黙することになる地獄の底の底で久方ぶりに魔王は哄笑をあげたのであった。




※注意 モチベーション維持のため、当作品は一話内の前半と後半を投稿日をずらして投稿しております


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Black wings (02.黒い翼)

★―1923年11月3日 帝国軍大学図書館―★

結局のところ、アリベルト・バイエルの胸元には柏葉付突撃章が存在を主張することとなった。原作でも語られる名誉ある勲章にふさわしい貢献をしたから当然ともいえる。
原作通りにターニャもまた銀翼突撃章を得たことに、原作の乖離なくアリベルトは安堵していた。もしも乖離が起こればアリベルトは未来を知ることが出来ず死ぬかもしれないからだ。

ただ別段主人公のターニャのように聖人の如き加護を得ているわけではないため宝珠と拳銃を日常的に手放すことが出来ないでいた。
火砲でなければ抜けない防殻があれば不意な流れ弾を防ぐことが出来る。

それからターニャとは違い年齢、性別共に適正であるためラインに送られることなく一足先に軍大学へと入学した。
地頭が良くないため現代史を基にしたレポートや戦術、実戦は評価され落第はなかったものの成績は中の下といったところである。

「アリベルト少尉。そういえば銀翼殿…ターニャ・デグレチャフ少尉と会ったことがあるというのは本当ですか?」

試験前ということで軍大学の図書館の机に噛り付いているとかけられた声に思わず渋顔を作る。

「ヴァイス少尉。ええ確かにありますよ。というよりも彼女のお蔭で私も勲章を得たようなものです」

対面に座るのは後に主人公の所属する第二〇三航空魔導大隊の副官になる男、ヴァイス少尉である。彼と私は奇しくも同期であった。

「ではノルデンのあの場に?」

「ええ。デグレチャフ少尉が果敢な突貫を仕掛けたことで乱れた協商連合の上空を挟撃。遅延戦闘の補助を行っただけですよ」

大したことではないと肩をすくめる私にヴァイス少尉は苦笑した。

「“生きた”銀翼突撃章もそうではありますが訓練期間中に柏葉付突撃章を授与されたのは少尉が初めてです」

確かに銀翼の称号は名誉ある死に贈られることも多い勲章であるため、訓練生であっても授与した例は一件だけ存在する。

「これは一本取られましたが、デグレチャフ少尉がどうかされました?」

本格的に喋ることになりそうだと教本を置いて、珈琲のポットへと手を伸ばしてカップに注ぐ。いずれこの本物の珈琲でさえまともに飲むことが出来ない時代がやってくるのだ。
今のうちに楽しんでおかなければ未来を知る者として罰が下るに違いない。既に地獄へは落とされているので難しいところだ。

「ああなんでもライン戦線に参加し今ではラインの悪魔と恐れられるようになっているとか。そのデグレチャフ少尉が軍事大学に入学してくるようですよ」

身を乗り出して目を輝かせるヴァイス少尉はまるで少年のようだった。後に精強な兵になるとはいえ今はまだ英雄への憧れというものがあるらしい。
後に彼が受けることになる多数の仕打ちと激戦の嵐に頭の中だけでご愁傷様と告げながら肩をすくめる。

「きっとヴァイス少尉ならば精鋭になることが出来ますから肩を並べる日が来るでしょう」

会話は終わりだと一瞥して参考書に視線を戻すとヴァイス少尉も立ち上がって陳列する本棚のほうへ歩き出した。

《アリベルト・バイエル少尉。第三教導室にてハング教官がお待ちしております》

鳴り響いたアナウンスに溜め息を吐き出して再び参考書を閉じる。悪いことをしたつもりはないが呼び出しとは穏やかでない。
席をたって教導室に向かうと扉を二度ノックする。声がかかり扉を開けたと同時に思わず私は動きを止めた。
渋い顔で座る教官の隣でアーデルハイト・フォン・シューゲル(マッドサイエンティスト)が笑みを浮かべていたのだ。私の驚愕と苦悩をきっとわかってもらえるだろう。

「っ……教官殿、遅れて申し訳ありません」

「構わんよ。それに今回の件に関しては多少の無礼は許すことにしている。ドクトル、シューゲル技師よりお話があるそうだ」

教官が声をかけると待ってましたとばかりに、白い髭を生やしモノクルをつけた中年のMADは唾を飛ばしながら此方へと乗り出してくる。

「バイエル少尉は95式というものを知っているかね!既存の概念をうち壊す新たな研究成果であり神の偉業にちがいない!」

主人公の愛機で作中にも多々出現する宝珠を知っていないわけがない。神の奇跡により成功した代物だが既に完成していたのか。
しかし、軍大学に所属する少尉にすぎない私が知っているのもおかしいためしらをきる。

「95式、でありますか。申し訳ありませんが存じ上げておりません」

首を振り、思わず身を乗り出す振りをする。軍に所属するものならば新型と聞けば誰しも同じような反応をするに違いない。

「ふむふむ、無理はない。その95式をより安定し改良した宝珠こそが今回バイエル少尉にテストパイロットをしてもらいたい96式である」

よぎる嫌な予感に顔をひきつらせて、さらにと言葉を続けようとするMADに口を挟んだ。原作のことを思い出せば96式など触れることすらお断りだ。

「テストパイロットとは光栄でありますが私は少尉にすぎず未だ教務期間を終了してはおりません。重要な軍事機密である新型の実験に関わるのは不適合かと」

抗命的発言は明らかに減点対象だが、どうにも今の教官は会話を見逃してくれるようでわざとらしくパイプに火を点けた。

「ああ、なに分かっているともバイエル少尉!大変優秀だと聞いているよ。実戦においては訓練課程など必要ない程にね。確かにこれは神への冒涜になるかもしれない!しかしだ」

大げさな動作で天に向かって祈りを捧げる姿は確かに信者であったが、狂が頭につくことは間違いない。教官も明らかに顔を歪ませている。
何も言わないところを見ると上からの命令だろう。

「一度でいい!一度でいいからもう一度神の啓示を私は受けたいのだ。奇跡とは常に偉大でなければならないがしかし研究とは同時に多角的視野で成果を得る必要がある」

軍に身を置く私としてはこの時点で拒否権などないようなものであるが、原作によれば95式は文字通り奇跡によってできたそうだ。
そしていきなり96を通り越して97式が一般の魔導士官に配属されている。
つまり誰が何と言おうと96式は間違いなく欠陥品である。

「教官殿……これは」

目線で必死に訴えるも、教官の視線は明らかに逸らされた上に部屋の中の調度品を見始めてしまう。助けなどなかった。

「バイエル少尉は魔導模擬戦闘において大学で最も優秀だと聞いている。魔力係数もかなり高い上に第6層術式までを個人展開したそうじゃないか!現在の宝珠では物足りないだろう。96式は2つの宝珠を連結したことにより出力の増大と術式の安定化を図った、95式よりも安定志向型である。新型だよ!新型!」

どうだね?と聞いてくるMADに対して心はいいえでありノーでありナインであったが、実際に出来る選択肢など一つしかなかった。教官に恨めしげな眼を向けながら敬礼する。

「……拝命、致しました」

★―1924年3月5日 ライン戦線第103砲兵大隊上空/観測任務―★

放たれた砲撃の嵐を一気に高度1万まで上昇することで回避する。同時に旋回し時限式大空砲弾に向かって爆裂術式を展開。
誘爆により空が茜色に染まる中、狙撃術式を防殻で弾いて打ち返した。

「バイエル少尉!これ以上の観測継続は魔力が持ちません!」

高度6千で砲撃の洗礼を直に浴びたバディが思わず弱音を話す。しかし命令は絶対であり逃げることなど出来るわけがない。

「ブルーニ伍長!撤退は許されていない!」

「ラインコントロールよりトイフェル01。敵航空魔導師小隊が突破しそちらへと向かっている」

唐突に入った通信に絶望を感じながらも敵兵へのマーキングをやめない。直ぐにでも小隊への迎撃姿勢をとりたいが砲弾が邪魔なのだ。

「此方トイフェル01!これ以上トイフェル02の作戦行動は不可能だ!彼だけでも撤退させてくれ!」

どうして此のような場所に私が居なければならないのかと後悔ばかりが募る。

「ラインコントロール。撤退は認められない。遅滞戦闘を開始せよ。700秒後に魔導師中隊が到着する」

遅すぎる!とてもではないが700秒もあれば一個中隊が全滅していても不思議ではない。それがこの死が蔓延した地獄、ライン戦線である。

「ブルーニ伍長!ダメだ!上昇しろ!」

通信に気を取られていたためにバディを注意するのを忘れていた。直後に正確な対空砲弾が満開の花を咲かせてバディへと叩きつけられる。
敵小隊が浸透してきたということは、観測術師も付随している可能性が高いのにも関わらず警告をし忘れていたのだ。

《エンゲージ!》《砲撃で一人撃墜を確認!》

これでまた一つ経験の浅い新人を失った。だが私もまた無事でいられるかはわからない。急上昇した私を追いたてる様に狙撃術式が空間を貫いていく。

「くそがぁ!」

今まで使用していた宝珠をポケットに仕舞い、翼の形をした宝珠を取り出して起動する。同時に急速に魔力が吸われ始めた。
協力したことで比較的早期に完成した96式はやはりと言うべきか大きな欠陥を抱えていた。高出力化と安定化に成功したものの消費魔力は約1.5倍。
さらに余剰魔力が常に吐き出され続けるせいで翼の様に背後に魔力を垂れ流し続けることになる。それでも従来の94式とは格が違うのだ。
一般の魔導師なら直ぐにガス欠になる96式も私の魔力をもってすれば5分間の高速戦闘を耐えうることが出来る。切り札的存在であった。

《相手は残り一人だが油断して落とされるなよ!》《任せてください、少尉》

「ふざけるなよッ!貴様らのせいでぇええ!」

また憂鬱な始末書を書かされることになる。部下の死は上司の責任である。越えて有り余る功績を得ているとは思うが減点ほど人は気にするのだ。
これでまた一つ後方士官の道が閉ざされたとなると涙が出てくる。

「まずは頭から刈る」

どうにも少尉と呼ばれている小隊長が部隊の中心人物のようだった。特に信頼も深いようであるし殺せば隊列も乱れることだろう。

《なんだあれは!黒い、翼……?》《呆けるな!来るぞ!》《速度330だと!速い!》

一気に隊の中心を駆け抜けると、当然のように散開していく。

《ブレイクッ!》《なにかがおかしい!近付けさせるな!》

小隊長から放たれた貫通術式を蜻蛉返りで避け、至近距離から爆裂術式を解き放つ。同時に発煙弾を起爆させた。
爆裂術式による魔導反応の撹乱と発煙弾による視角の封鎖は、小隊長の判断力を一時的に奪い去る。
限定的な一対一であり、ならば出力の高い96式を持った私の方が有利。
ここぞとばかりに貫通術式を解き放って防殻をえぐり抜き、生身の肉体に銃弾を叩きつけて蹂躙する。煙が流れた頃には死体の出来上がり。

《少尉が!》《ら、ラインの悪魔だ!》《怯むな!魔導反応が違う!ラインの悪魔ではない!》

むしろラインの悪魔だと勘違いしてもらえれば私が敵に優先的に狙われることもないだろうし構わないのだが。
視野が制限された煙のなかを魔導反応を元に抜け出て次の魔導師に襲いかかった。デコイなどなんの役にも立たない。

「がっぐぁああああああ!!」

直線的に高速で迫る物体を避けるのは容易くない。徐々に大きく見えるために距離感が掴めず、死への恐怖が判断力を鈍らせる。
血飛沫が舞い散る。すれ違い様に魔導刃が防殻をするりと貫いて、右腕を切り落とした。
通常の魔導刃よりも二倍の魔力を込める事が出来る、対防殻用の刃だ。96式に平行してコネと私財も投じてエレニウム工廠に作らせただけはある。

「いやはや、やれば出来るものだな。戦場以外の場所で死にかけただけはある」

ピンを吐き出して旋回軌道を取りながら残りの敵魔導師の狙撃術式を避けていく。残り二人、最早少なくなった攻撃に落とされることはないだろう。

《くそっ!カバーだ!》《ま、待て。このままでは各個撃破されるぞ!》

右腕が落ちた魔導師を助けようと近づいた敵を巻き込んで、仕掛けた手榴弾が起爆し二人の犠牲者が生まれる。
残り一人に出来るだけの手向けとして笑みを送って、貫通術式で穴だらけのミンチへと変えた。96式への魔力供給をやめた途端、どっと疲れが押し寄せてくる。やはり常用は不可能だろう。

「トイフェル01よりラインコントロール。小隊の撃滅に成功した。ただトイフェル02は……戦死した。バルハラへと導かれただろう」

「ラインコントロール、了解。冥福を祈る。援軍を帰還させる。トイフェル01は観測を継続されたし」

命令に思わず通信機を押し潰しそうになった。ノルデンでの主人公の気持ちがわかるというものだ。祖国のために死ねと言われている。

「トイフェル01、バディの補充はあるのか?」

僅かな沈黙の時点で明らかであり落胆した。既に帝国は人材不足の危機に悩まされはじめているようだ。希少な魔導師の人材は国力の縮尺図である。

「ラインコントロール、1800秒後に補充要員を送る」

期待しないでおこうという言葉を飲み込んで、了解とだけ返す。どうにも私の地獄は未だに終わらないようだった。

空を見上げる。黒い翼の生えたたった一人の怪物が空を蹂躙し、爆撃機どころか魔導士の一人すら近づけさせない。
地獄にすら思えるだろう光景を、あるいは神の奇跡を目撃している。吹き荒れる砲弾の暴威の中で、どこか神秘的に見える姿。
「こく…よく」
誰かの呟きが気付けば誰もが囁く噂となっているのだ。



第二巻終了まではほぼ原作解離がないため駆け足で進めたいと思います。


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Klang der Ruine (03.破滅の音)

★―陸軍参謀本部食堂―★

ハンス・フォン・ゼートゥーアは帝国の誉れある准将であり参謀本部におけるトップの一人でもある。白髪で面長のゼートゥーア准将は煙管を机の上に乗せた。
その様な人物が直々にターニャ・フォン・デクレチャフ大尉を呼び出していたのには大きな理由がある。
後に最強の魔導大隊として知られることになる第二○三航空魔導大隊の設立だった。

「全力で取り組め。少佐と大隊長の席は確約する」

真っすぐに見つめたターニャ・デグレチャフ大尉の眼は澄み命令を疑っていない。その厚い信頼と期待に応える必要があるのだ。
ゼートゥーア准将は手元の資料をデグレチャフ大尉へと差し出した。ライン戦線における多大な功績によるネームド登録と剣付十字章の推薦状。

「これは?」

ネームド名は“黒翼”。敵方からはアルデンヌの烏と称されているアリベルト・バイエル中尉だ。
人事部の間違いにより交代要員を送られないこと6時間。たった一人で観測を続け、野戦重砲兵大隊の空を守り続けた。
その後も一月従軍し続けた間に落とした敵魔導師の数は未確認4名、重症16名、死亡12名。
観測魔導師でありながら出血を強いる苛烈な攻撃に一時期敵の防空網に穴が出来る程であった。
当然のことながら間違いをおかした人事部員は更迭したが、謝罪にバイエル中尉は仲間の仇を討っただけですと答えたそうだ。

「アリベルト・バイエル中尉を大隊の48名に一人追加したい。その事に関して忌憚なき意見を聞きたい」

目の前で思案顔を浮かべるデグレチャフ大尉が敵を食い殺す猟犬ならば、バイエル中尉は獲物に襲いかかる闘犬だ。
ただしどちらも名犬であり、相応の実力と実績を兼ね備えている。

「見る限り絶賛されており、引き抜くことは大変難しいと小官は愚考しますが。新造大隊は西方・北方以外から形成するのではないのですか?」

隊を預かる者としては当然の危惧だろう。余計な恨みを持たれれば背後に気を付けなければいけなくなる。
私事による僅かなすれ違いが時に致命的な欠陥となりうるのだ。

「心配は必要ない。私の秘蔵の酒が幾つか無くなってしまったが必要経費だ。バイエル中尉は取り扱いが難しいのだよ」

最大到達高度は1万2千という目の前のデクレチャフ大尉と同等であり、継戦能力の高さは結果が証明している。しかし能力の高さからバディが足を引っ張ることになってしまうのだ。
観測魔導師に留めて置くには能力が高すぎるが、今更何処かの部隊に入れた所で軋轢がある。ならば新造の大隊に入れてしまえばいい。

「貴様とはノルデンにて偶然共闘したと聞いている」

訓練期間中にも関わらず偶発的戦闘で小隊を撃滅したと記録に残っている。白銀と名付けられたのもその功績からだ。

「残念ながら意識を失っていたため、面識はありません。ただ軍大学でもエレニウム96式を成功させた唯一例だったとの噂は伺っております」

96式自体は軍事機密であり関係がなければ耳にすることはないだろうに、デクレチャフ大尉はエレニウム工廠と95式開発以来しっかりとした繋がりを持っているらしい。
研究所との繋がりは新兵器の斡旋などを受ける事も出来るため重要なパイプといえる。

「総合的に見て背後を任せるにたる人材だと愚考します」

彼女の言葉に心のなかで安堵の溜め息を吐き出した。
軍大学にいたからとてバイエル中尉の噂を耳にしないはずがないのだ。魔導師の間で囁かれるのはバディ殺しという異名。
事実既にバイエル中尉はバディを三人失っている。実態は怒りのあまり敵小隊を撃滅するほど仲間思いであるが人の口に戸は立てられない。

「そうか、頼む」

百年に一度居るかという天才が二人集う大隊が出来るのだ。間違いなく精強な部隊になるだろう。
英雄のごとき個人とはまるで時代が中世に逆行したようだ。敵の参謀は大いに肩身が狭い思いをしているに違いない。

「10日後にバイエル中尉は帰還する予定だ。それまでに他の人員も目星程度はつけておくように」

戦術も戦略も数すらも個人に覆される事もあるのだと被害もなく知れただけで収穫ともいえる。ゼートゥーア准将には未だ戦争の結末は見えていなかった。

★―帝国鉄道一等車両―★

一等車両ともなれば、ライン戦線の地獄を味わった身では帝室に見えるかもしれない。
しかし対面に座るアリベルト・バイエル中尉はおくびにも出さず車窓を覗いている。外に広がる穀物地帯は見事な物だがバイエル中尉の目は冷めきったままだ。

「昇進おめでとう、バイエル大尉」

飲みかけの珈琲カップを置き、話しかけるとようやく此方の目を真っ直ぐに見つめてくる。

「有り難うございます、レルゲン少佐殿」

最初は礼儀をわきまえていた態度だったが、指令書を渡した途端この調子だ。会話が続かないさじか奇妙な空気が流れている。
エーリッヒ・フォン・レルゲンとしてみれば虎穴に飛び込むつもりで来たというのに肩透かしをくらった気分であった。
バイエル大尉はかのデクレチャフ少佐に次ぐ危険人物といえる。

胸に輝く柏葉付と剣付の十字勲章は軍における四大の誉れだ。残るは銀翼とダイヤモンド付であるがどちらも今年のうちに既におり、授けられることはない。
軍大学にて残したレポートと理論を読んだときにレルゲン少佐はデクレチャフ大尉にも劣らぬものを感じたのだ。
ペンを握るのは苦手なのか、何処か理論が甘いところもあったが陸戦ドクトリンにおける火力運用と電撃戦、さらに後方のパルチザン抑制理論は見るべきものがある。
何よりも大尉と共通している点は人間を資材として換算している点であった。

「隊長はデクレチャフ少佐が務めることになる。確か面識があるそうだが、貴様はどう思う?」

まさか知らないということはないだろう。同期にしてどちらも並びうるエースだ。もしも時期が少し遅ければバイエル大尉が大隊長となっていた。
心強い味方であることには違いないだろうが、きっとバイエル大尉にしてみればライバルだ。
年齢的にも若すぎる彼女の下につく気持ちはどのようなものだろうか。

「とても素晴らしいと思います。彼女以外に大隊を指揮できる者は居ないでしょう。私は戦場で舞うことは得意ですが部下を率いる能力に欠けます」

バイエル大尉からかえってきたのはまさかの絶賛である。思わず言葉を詰まらせたレルゲン少佐は会話の流れを取られたことを自覚した。

「ただ私のような独断行動ばかりする問題児が大隊に所属してやっていけるか、という話になれば別です。命令とあらば拝命致しますが大切な仲間が私が居ぬ間にラインで死んでいるのですから」

言外にレルゲン少佐は責められているのだろう。確かに命を出したのはゼートゥーア准将だが実際の手続きを行ったのはレルゲン少佐だった。
意外なことに人的資源と言いながらバイエル大尉はラインで共にした仲間を気にするだけの心もあるようだ。
だからこそ信じてもいないだろう神に祈るデクレチャフ少佐同様歪なのである。しかしデクレチャフ少佐よりは組みしやすそうなのも事実。

「配慮はしよう。それにしても失礼だがどうして軍へ入ったのだね?」

目を合わせて一歩踏み込んだレルゲン少佐に、珈琲を飲もうとしていたバイエル大尉はカップを置いた。それから少し思案顔になって目を見つめ返してくる。

「この戦争で消費される兵の殆どは志願ではなく徴兵です。自ら志願した筈の人間が有利な立場にあるというのは皮肉な話ですが、私は孤児でした」

やはり兵を“消費”といったバイエル大尉への驚愕が隠せないが逆に納得もする。デクレチャフ少佐と違いバイエル大尉の孤児院での生活は窮屈の一言だったと報告書にのっていた。

「早熟な私は異物であったため、孤児院での陰鬱な空気に耐えられず外に飛び出す事が多々ありました。その中で私は使い潰される老人、生活の出来なくなった退役軍人、そういう者を見てきたのです」

あとは言葉にしなくとも分かるというものだ。スラム街は何処の国にもある問題であり確かに命が無為に消費されている。
最近では戦争のお陰でスラム人口が減ったというのだから皮肉な話だ。きっと経験がバイエル大尉の思想を形作ったのだとも納得できる。
だからこそ、ある程度順風満帆な生活を送ったデクレチャフ少佐がよりいっそう不気味に際立つのだ。

「成る程。だが少し気を付けたまえ。今の発言は問題視されるかもしれない。聞かなかったことにしよう」

胸襟を開いてくれたことへの礼に忠告すると、バイエル大尉は困った顔で頬を軽く掻いた。
やはり実際に見たものでなければ信用できないのだ。バイエル大尉は信頼の置ける人物であると分かっただけ収穫といえる。

「有り難うございます。確かに祖国への忠誠を疑われる発言でした。そういえば砲兵大隊の方達から幾つか贈呈品を戴いたのですがレルゲン少佐もいかがでしょうか?」

バイエル大尉が紙袋から取り出したのは今では値上がりしすぎて値がつけられない協商連合産のブランデーだった。

「相伴に預かろう」

煙草を嗜まないためレルゲン少佐の嗜好品は珈琲か酒くらいしかない。自然と少し頬を緩ませてガラスのカップを受け取った。
冷えきってしまった珈琲カップの存在から目を反らして。

★―1924年7月5日 ツークシュピッツェ演習場―★

あえて無能な振りをすればラインへと帰れるだろうか。無駄な努力に違いない、交戦経験を探れば全てのデコイに気づいていた事は知られている。

「光学系術式を用いるならば完全な透明化ではなく、類似した自立型の鏡像を作るべきかと愚考します」

根本的に私の目には光学術式が視認できてしまっているためそれ以前の問題だが、取り敢えずは発言しておく。

「確かに実戦では有用だろうが、更なる定員割れは免れないだろう。流石黒翼と言ったところか」

目の前で偽装用の執務机の裏に一段高い位置で多数の要職を持つもの達がずらりと並んでいた。中にはデクレチャフ少佐、主人公だけでなくゼートゥーア准将までも居る。

「観測任務では奇襲を受ける事も多かったため、光学術式には何度も命を救われました」

憂鬱な事に私の大隊所属は決まったようなものであるに関わらず立派な事だ。あるいはデグレチャフ少佐自身がアルペン訓練に参加が間に合わなかった私の実力を見たかったのかもしれない。
そもそも本当の実力関係なく私の瞳は光学術式を見通すためなんの意味もないのではある。

「デクレチャフ少佐からは何かあるかね?」

話を振られた主人公は真っ直ぐに私の目を射ぬいてくる。もしも私が同郷転生者だと知られれば何があるか分からない。

「確かに信頼にたる人材です。中隊長の一人として働いて貰うことになるでしょう。宜しく頼む、バイエル大尉」

明らかにゼートゥーア准将は安堵の溜め息を吐き出していた。もしここでデクレチャフ少佐とおりが合わないともなれば、初めから躓くことになる。
既に定員割れどころか殆どの東部・中部の魔導師が実力不足の烙印を押されているのだ。人材を選ぶ選ばない以前に再度の教導が必要となる。

「はっ!宜しくお願い致します。つきましては質問をさせていただいても宜しいでしょうか」

「構わん」

代わりに答えた人事部長によって、バイエル大尉は笑みを浮かべた。不味いと雰囲気を感じ取った頃にはもう遅い。

「では失礼ながらデクレチャフ少佐の実力を疑うつもりは有りませんが、魔導師として大隊長殿の能力を伺ってみたいのも事実。無礼は承知で申し上げますが、模擬戦をやらせては頂けないでしょうか?」

最早質問ではなく提言に近いバイエル大尉の発言に戦慄が走る。ゼートゥーア准将自身も完全に闘犬と表現した事を忘れていた。
弱い実務部隊の上司の下につくつもりは無いということか、だがあまりにもリスクが高すぎる。もしもバイエル大尉が勝利すれば軋轢は避けられないだろう。

「ふむ、面白そうではないかね?ネームド二人が競いあうとなれば大いに戦意高揚となるに違いない」

ここで話に乗っかったのが陸軍司令だ。観測魔導師は陸軍に所属しているため、バイエル大尉を引き抜いた事を恨みに思っているのか。
なにより年功序列を是とする気質の司令は、実際のところデクレチャフ少佐が大隊長となるのを苦々しく思っていたに違いない。

「私も賛成であります」

さらに後追いしたのは東部参謀司令であり、少しでも失点を無くすためにデクレチャフ少佐を虚仮下ろせればと考えている。
完全に掴まれた流れはゼートゥーア准将であろうとも覆すことは難しいだろう。

「どうだね?デクレチャフ少佐」

本人がここでナインと答えることなど出来るわけがないのだ。というよりもむしろ好戦的な笑みを浮かべているのだからどうしようもない。

「宜しいかと。確かに戦場に至る前に仲間の実力を知れないのは問題外でしょう。断る理由もありません」

此処に初めてアリベルトによる大きな原作改編が行われたのであった。

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Zwei Flügel (04.二人の翼)

★―北方ロストック軍基地/天幕―★

国内へと軍が誇るネームドの戦闘力を誇示するために、多数の記者が珍しく軍基地へと招待されていた。
なんとイルドア王国の記者や大使館員も観戦するというのだから軍部の力の入れようは大きかった。
演習場の端に特別に用意された天幕の中、アリベルト・バイエルは西部陸軍司令のディータ・フォン・エッカートと、女中と共に居た。

「準備はどうかね?バイエル大尉」

軍服の袖のボタンをとめた後、襟元を直そうとした手を女中に払いのけられて直された。随分と積極的で遠慮がない。
気になって胸元を見れば格好は女中ながら階級章をつけていることからどうにも軍人らしい。

「たとえ体調がどれほど悪かろうともラインの空は待ってはくれませんでした。問題ありませんよ」

どうせ戦闘になれば着崩れるというのに律儀なものだ。前世では殆ど異性と触れ合う事もなかったから役得かもしれない。
エッカート司令へと肩をすくめて見せると朗らかに笑って返された。
今回の主人公であるデグレチャフ少佐との模擬戦は目の前の司令官が立案し私が乗っかったものである。
私は第二〇三航導大隊に所属したくなく、エッカート司令は体のいい駒である私を手放したくなかった故に意見の一致に至った。
もしも此処で私が負けたとしてても奮戦すればエッカート司令の面子は高まることになる。どちらに転んでもエッカート司令からしてみれば悪くない話だ。

「それにしても少し大げさがすぎませんか?」

天幕の隙間から覗ける先ではついでとばかりに魔導師によるアクロバット飛行が行われていた。その魔導反応から国防を担う中央軍の精鋭であるとわかる。

「丁度良い機会だったのだよ。他国への牽制は必要な事だ。どうせイルドアはこの光景を敵国へ報告するだろうからな」

煙管を口に咥えたエッカート司令の口元にすかさず女性がライターの火を差し出した。
良くできているというより手馴れている。私の視線に気づいたのかワザとらしくエッカート司令は煙管を離した。

「細かい事に気付くから良妻になると思うが、嫁にどうかね?」

どうにも今日のエッカート司令は容易く事情を話すし冗談が過ぎる。うっかり喋ってはいけない事まで聞きそうだと冷や汗が出る。

「まだ年若いですから身を固める気はありませんよ。それに祖国に妻を一人残すわけにもいかないでしょう」

確かに美しい金髪と碧眼は栄えある帝国系の血を引き継いだ美人だと思うが目元がきつい。何より本人の前で話すようなことでもない。

「おや振られてしまったぞ、ローゼ。ああこの子は家の娘でね」

悪戯が成功したと笑うエッカート司令に思わず沈黙しながら、胸元にエレニウム96式宝珠を輝かせた。

「ではもしもこの勝負に勝ったらディナーにお誘いさせて頂けますか?フロイライン」

負けたとしてもラインに行く事は多々あるだろうし、上層部との繋がりを保っているのは大事だ。切り崩すなら外堀からとも言う。

「私語は禁じられておりますが、期待しておきますね」

ならば頑張ろうとライフルを背負い、盛大に笑顔を浮かべながら天幕を押しのけて何もない更地の演習場へと出た。

★―北方ロストック軍基地/観測施設―★

ゼートゥーア准将からしてみれば目の前で起こる問題こそラインでの硬直の何倍も頭痛の種であった。
防殻への規定値の接触魔力にて勝敗を決めるため怪我をする心配は少ないだろう。
実はアリベルトではターニャ・デグレチャフの神による防殻を突破できないだろうからこその苦肉の策である。
ただしゼートゥーア准将が世界の裏側の事情など知るはずもなく、敗北の可能性があることに危惧を抱いているだけだ。

「さてどちらが勝つでしょうな」「ネームド同士の対決など見れるものではないですから」

外野は事情を知ってなお勝手な事を言ってくれると思わずため息を吐きそうになる。
あるいは第二〇三魔導大隊を作ったことによる軋轢がここにきて噴出しているのではないかとすら思えてきた。
吹きさらしの整備されただけの大地に設置された天幕より二人の英雄が遂に出てくる。

方や帝国人の血を色濃く残す幼子ともいうべき神が生んだ天才少女、ターニャ・フォン・デグレチャフ。
方やどこか亜細亜系の血を感じさせながらも金髪青眼の陸軍が誇る若き俊英、アリベルト・バイエル。

「噂には聞いていたが少女ではないか」「私の娘の年頃だぞ」「ポスターで見たが本当だったか」

口々にデグレチャフ少佐を見て声を上げる記者とは違いゼートゥーア准将はアリベルトの方を注目していた。
油断なく構えながらもその口元は獰猛に笑い、今から起こる戦争を心の底から楽しんでいるようだ。御せなければ内側から食い破る闘犬。

戦闘狂(ウォーモンガー)か」

もしも味方にいればこれほど心強い存在はいないだろうが、敵に回れば厄介なことこの上ない。ゼートゥーア准将ですら勝敗は神に祈るしかなかった。

「ではターニャ・フォン・デクレチャフ少佐とアリベルト・バイエル大尉の模擬戦を始めさせていただきたいと思います。始め!」

共にまずは小手先とばかりに背後をとろうと、螺旋を描きながら急上昇を開始した。その速度は300。かかるGと強烈な気圧の変動は魔導師見習いでは失神して泡を吹く速度だ。
さらに複数の光学術式がデコイを散らし、狙撃術式と貫通術式の応酬が魔力の花を咲かせた。

「高度8千、さらに上昇だと!?」「帝国の技術力はどれほど発展しているというのだ」

エースとして恥じない交戦はイルドア王国にさぞかし驚愕を与えたに違いない。最早視認することは不可能であり計測器と自動観測装置の映像だけが頼りだ。
高度9千にて停止した二人は、同時に其々の行動を開始する。デグレチャフ少佐は三人に分身、いや驚愕すべきことに自立型光学術式の鏡像を複数作成しているのだ。
対するバイエル中尉はまるで偽物など存在しないかというように目もくれず、デグレチャフ少佐本人に貫通術式をランスチャージの様に構えて突っ込んだ。
咄嗟にデグレチャフ少佐が宙返りで避けるも、貫通術式に仕込んであったのか放たれた爆裂術式が煌々と大空を染めてデグレチャフ少佐の防殻をわずかに削る。

耐高高度術式を組んでいる上でデグレチャフ少佐は5つ同時展開、バイエル中尉は4つ同時展開だ。
熟練したパイロットといえど2つか3つ程度が限界であるというのだからこの場で起こっていることは異次元の戦いに違いない。

「本当に光学系を見切るのが得意の様だな、バイエル大尉」

「デグレチャフ少佐こそどうすればその様な複数同時展開が出来るのか知りたいものです」

オープン回線で流れてきた音声でデグレチャフ少佐の言葉の端に喜びを感じ取れた。互角の実力に出会えて嬉しいのだろう。
さらに交戦が激化し、一撃必殺の攻撃が牽制程度に使われだす。魔力の渦によって計測班が悲鳴をあげるほどだ。

「遅れて申し訳ありません、ゼートゥーア准将殿」

思わず固まっていた顔をほぐして、見知った声に立ち上がった。どうやら試合に熱中しすぎていたらしい。

「構わんよ、レルゲン少佐。仕事を頼んだのは私だ」
使い走りの様に事態の調整に走らせてしまったレルゲン少佐に出来るだけの労いをかける。今回急遽必要となった軍基地への調整や各記者の身辺調査等を情報部と協力して一手に引き受けてくれたのだ。
デグレチャフ少佐を何処か目の敵にする所以外は非常に優秀な出世株といえる。

「レルゲン少佐、貴様はこの試合の勝敗をどう見る?」

私の問いに微妙な顔をしたレルゲン少佐に、嫌な質問をしたと内心で謝った。レルゲン少佐もまた、ここでバイエル大尉が勝てば大隊が危うくなることを知っていたのだ。

「心象としてはバイエル大尉の勝利を願いたい所でありますが、実務的問題と実力から言ってデグレチャフ少佐が勝利すると思われます。未だ用いていませんが96式より95式の方が出力、回路共に上ですから」

確かに彼らは未だにその本領を発揮していないのだ。専用宝珠と言ってもいい2つの奇跡は大いに戦意高揚に役立つだろうか。
より恐ろしい何かを目撃しているのではないか。再び上空を見上げるとまるで示し合わせたように双方が、向かい合うように停止していた。

「主よ、私に羊を導くすべを与えたまえ」

黄金の魔力が渦巻き、上下左右に同時展開された術式により天に巨大な十字架を顕現させる。神への祈りは使徒の如き荘厳さを持って威圧を放っていた。

「神は私たちを救ってくれたりはしない!」

黒き魔力が地獄の門より吹き出し、後背へ流出し連なる術式は巨大な黒翼を顕現させる。聖書に語られる堕ちた天使が如き威圧を持って空間を歪ませていた。

正反対の姿は神話の再現で、思わず誰もが沈黙していた。無機質な観測機だけが異常を知らせる警戒音を鳴り響かせている。
同時に解き放たれた一〇にも及ぶだろう術式の応酬は空に銀色の光を瞬かせて、太陽すら霞ませた。
本物の羽の様に高速で空を飛びまわり、時には魔力の塊である羽を叩きつけて術式を落としていくバイエル大尉。
対するデグレチャフ少佐はバイエル大尉の進路を阻むように、終わることのない多数の術式を同時展開しながら空中へと上昇していく。

「全能を示したまえ!」「堕ちろッ!!」

ついに接近を許したデグレチャフ少佐によって振り下ろされた魔導刃が、突き出されたバイエル大尉の魔導刃と激突し半ばで折れて吹き飛んだ。

「信心深き者に主の救済を!」

咄嗟にデグレチャフ少佐は腰の拳銃を引き抜いて、爆裂術式を発動させバイエル大尉を吹き飛ばし大地へと失墜させた。
吹き上がる煙の中クレーターの様にくぼんだ大地に魔力をぶつけてバイエル大尉は一気に急上昇した。
ぶつかった魔力は交じり合い、空間へと干渉を引き起こすほどに増大していく。周囲の雲が丸ごと吹き飛び、真下の大地が抉れる。
既に規定値を超えて双方の防殻に干渉しているというのに誰も指摘することはなかった。
膨大な閃光は膨れ上がり全てを煌々と照らし出す。その日起こった魔導反応はアルビオン連合王国ですら観測できたのだという。

★―1924年9月24日―★

訓練用に担いでいた装備一式に実弾を詰め込み、ずらりと大隊の者たちが戦列を組んでいる。完璧な出撃体勢はほれぼれするほど。
これより始まるのはけして戦争ではない。大した戦闘能力もない弱者を苛めるだけのマンハントに過ぎない。

「大隊傾注!大隊長より訓示を!」

公式用の軍服につけられた外套をなびかせて二人の人間が壇上へと上がった。精悍な顔つきの第二〇三魔導大隊をして尚尊敬に値する文字通り最強の二人だ。
方や我らが聖人の如き奇跡を引き寄せる実力も兼ね備えた歳の若すぎる少女、大隊長デグレチャフ少佐。
そしてもう一人は金髪に青い瞳を昏く輝かせる大隊長と互角に実力を持ったバイエル大尉。

「ご苦労、中尉。さて大隊諸君、戦争だ。いやバイエル大尉に言わせればピクニックか」

協商連合が“ピクニック”と呼んで越境行為をしてきたことにより始まった戦争に対する痛烈な皮肉であった。冷酷な笑みをデグレチャフ少佐は浮かべる。
今日はターニャ・フォン・デグレチャフの誕生日でありこれ程喜ばしいことはないだろう。
相手から飛び込んでくる功績に、自身が神への祈りを捧げた時に追いすがるほどの実力の持ち主がいるため万が一もない。

「諸君は哀れなダキア人を銃殺してもよいし、爆撃しても良い」

最後の一撃で規定値を先に超えたのはバイエル大尉であり、デグレチャフ少佐が勝利したことに違いはないがそれ以前の問題であった。
まるで天使と悪魔の如き相対的姿はデグレチャフ少佐への心象を軽くさせ問題なく大隊の設立に成功したのだ。

「では、実弾演習を再開する。ジェントルマン諸君、スポーツの時間だ」

握りしめられた小さな拳は鉄槌となってダキアを粉砕することになる。最早原作以前の決められた既定路線。
デグレチャフ少佐による解散の号令の後に外套をはためかせ壇上を降りたバイエル大尉は思わずやってくれるとため息を吐き出した。
視線の先では楽しそうに何事かを話し合うヴィーシャとローゼの姿があった。どうやらエッカート司令は一枚も二枚も上手らしい。
流れ込んできた気まぐれな悪魔の力をもってしてでも神の力に追いつくことは出来なかったのだ。メアリー・スーと敵対したとき私は負けるだろう。
しかしこの光景を神に見放された矮小な腕でも守りたいと、ただ思ったのであった。

1924年9月25日ダキアの先鋒を文字通り蹴散らした第二〇三魔導大隊は共和国に援助されたカルベリウス兵器工廠を攻撃。
集積所を含めて完全に破壊しつくしたことでダキアの政府は混乱し、瞬く間に帝国によって鎮圧されることになる。
世界の予想を裏切った攻防はさらなる戦火の拡大になることを未だ2人しか知らない。



今回は苦手な戦闘描写が多く少し短めです。ダキアとかいう小国の話は改変しようもなく圧勝なため、ばっさりカットしました。小国相手なんてフィンランドじゃないので当然ですね。今後の原作でも出てきそうにない国筆頭です。次話はオリジナルを入り混ぜつつ原作を進めていくことになると思います。


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Rote Blumen ist aufgeblüht. (05.赤い花が咲く)

★―中央軍基地商業区―★

どうせノルデン行きが決定していると分かっていたとしても、進みだした歯車は大尉程度では変えることが出来ないのだ。
特に元上司からの直接の言伝てともなれば断ることは不可能に近い。公私混同になろうとも軍は明確な縦社会だった。

「アリベルトはどちらが良いと思いますか?」

くるりと回って両手の服を見せてくるローゼ・フォン・エッカート少尉の言葉に思案顔を浮かべる振りをする。
どうせ彼女自身のなかで決まっているに違いないのだ。目線から白のワンピースと答えると照れくさそうに笑った。

「少し若すぎませんかね」

「とても素敵だと思いますよ。まるで一輪の白薔薇の様だ」

ヴィーシャに叩き込まれた言葉の中から最適なものを捻り出せば、どうやら正解だったようだ。頷いて花柄の方を戻した。
エッカート少尉、今はロゼだが女性との付き合いがこれほど面倒とは知らなかった。
前世でクリスマスのカップルを呪ったものだが隣の芝生だったらしい。とても女性と付き合えるとは思えない。
デグレチャフ少佐との模擬戦の後に正式にロゼとツーマンセルを組んだが、エッカート司令から絶対に護るようにと忠告されている。
ただ、仕事だけでなく休暇中ですら駆り出されるとは思っていなかった。

「良い娘だろう?」

そもそも親同伴の時点で気まずい処の話ではない。後ろ手に組んで煙管を揺らすエッカート司令に出来るだけの笑顔を返す。ひきつっていないか心配だ。

「ええ、この時代の女性は強かですから。例に漏れずロゼ嬢も周囲への目を忘れていない」

「やはり君は少し固すぎるよ、アリベルト君。もっと柔軟な対応が求められるものだ」

困惑した表情を浮かべて誤魔化すのも様式美だ。娘が心配だというのはわかるが過保護が過ぎるというもの。
どうせ本格的な世界大戦が始まれば建前など何処かへ崩れ差って、地獄の様な光景が各地で見られるようになるのだ。
かの雪中訓練をエッカート少尉は乗り越えたと言うのだから、ヴィーシャ同様に外見とは裏腹に強い女性なのだろう。
ただ一番一致しないのは我らが大隊長殿であることには違いない。

「それにしても戦時下というのに盛況な限りで何よりです」

首都といえども日常よりは娯楽品等の販売も下がっていたというのに、軍基地の商業区は賑わいを見せていた。
母子は当然のことながら居ないが、動きから軍人であることがわかる若い男女が多くみられる。

「最近では高い志を持って徴兵されずとも志願する者たちが後を立たなくてね」

苦々しく、それでも笑みを崩さないエッカート司令に納得する。金を落としてくれる程の裕福さを持つ家の出に、戦場での塹壕暮らしは文句も多いことだろう。
数だけは居る兵士というやつだ。そういうのはソ連……ルーシー連邦の仕事だろうに帝国の人材不足は更に加速するに違いない。
それでも勝たねば私にもデグレチャフ少佐にも未来はない。

「お父様、アリベルトと何をお話で?」

「ああロゼ。大したことではないよ。ちなみに家は娘以外に金の使いどころがなくてね」

年甲斐もなくウィンクをしたエッカート司令は会計をしにロゼの手を取った。やはり娘愛が過ぎるというものだ。
確か妻が早いうちに亡くなったそうだからわからなくもないが。
ため息を吐き出して背後に立つ気配に振り向いた。別段防殻をいつでも展開できる魔導師相手に刺客もないだろうが警戒だけはしておく。

「アリベルト・バイエル大尉殿。ターニャ・デグレチャフ少佐が第3指令室にてお待ちです」

見事な敬礼をされては此方も敬礼を返すしかない。帝国軍人らしい刈り上げた黒髪黒目の面長な顔立ち。
商業区だというのに軍服を着た若い青年将校はデグレチャフ少佐に使い走りにされたらしい。
上の駒使いとして使われる以上命令は絶対であり元上司よりも上司が優先される。だが感情論でいえば元上司を優先したかった。

「拝命した。待ち人に説明するまで待っていてくれるかね?」

困惑した表情を浮かべる青年を巻きこめたことに安堵する。
どうせ不機嫌になるエッカート司令を相手にしなければならないのだ。この青年将校に責任を全て押し付けてしまえばいい。
ヴィーシャに言われてプレゼント用に買っておいた小包を少し予定よりも早いが取り出した。


★―1924年11月6日 北方管区クラグナガ物資集積地点交戦地点―★

「西方で確認されたネームドが現れました!個体照合ラインの悪魔…違う。ラインの悪魔と、アルデンヌの烏です!」

突如現れたネームド、それも二人の出現に連合王国の観測手が動揺しながらも声を上げた。悪い冗談だと笑っていた噂だ。
ラインの上空を荒らしまわった悪魔と、アルデンヌの森への浸透を全て啄んだ烏。
デスゾーンの死神で、既に大隊規模の魔導師戦力が屠られている、単騎で中隊規模の戦力を有する等。
共和国の連中は戦場の熱気にあてられて狂ってしまったのだと思っていたが存外現実は小説より奇なりだ。
さらに大隊増強規模の魔力反応が確認されたというのだから、噂通りならば化け物クラスのネームド二人に率いられる部隊となる。
これは戦線が大きく動きかねない事態だと観測班は計測器に意識を集中させた。

「魔力で同定、間違いありません……なッ。あ、あり得ない!長距離砲撃術式を高速展開!」

「逆探されていた!電源を落とせ!」

だからこそ気付けた魔導反応に声を上げるが遅い。正確に用意されていた術式の通りに衝撃は司令部へと突き刺さり暴威を開放する。
魔力により膨張・拡大された爆発は吹き荒れた司令部内部を蹂躙し機材に引火したことで盛大な花火を打ち上げた。
火炎から吹き上がる黒い煙と巻き上がった白い雪が交じり合って大地を汚く染め上げる。
中の人員どころかデータも回収不可能なほどに消し飛んだ観測地は最早雪上のシミでしかない。

「バイエル大尉。性急に過ぎないかね?」

対物ライフルをおろし96式から97式に切り替えて、空中で見下ろしてくるデグレチャフ少佐に肩をすくめて見せた。
原作通りならば遅れれば周囲へ注意喚起されていただろう。また後々のため、残骸でも痕跡が残るのを阻止したかったのだ。
事情を知っていれば事前に7層の術式を組んでおくことなど容易く、瞳をもってすれば逆探せずとも位置は丸分かり。
撃たないという選択肢はない。

「不快なことに此方を探知しておりました。覗き見野郎は居ない方がよいでしょう?」

対物ライフルのコッキングレバーを引いて調子を確かめる振りをしながら視線を逸らす。排莢した薬莢が地へと落ちて見えなくなった。

「敵通信量激増しました。敵魔導師からのコールを多数確認。敵の戦闘指揮所だったと思われますが…」

ヴィーシャがおずおずと助け船を出してくれたお蔭でデグレチャフ少佐の視線が和らぐ。
デグレチャフ少佐に転生者だと気付かれずに行動することを失念していた。今度からは気を付けるとしよう。

「確かにその通りだ。ジェントルマンとしては注意してやらねばな。査定に加えておいてやろう。大隊諸君、どうやらバイエル大尉は敵を蹂躙したくて思わず手が出てしまったらしい。彼に全ての功績を持って行かれないように気を付けたまえ?」

「ははははっ鴨撃ちは得意です」「負けた小隊のおごりといきましょう」「25年ものがありますよ」

デグレチャフ少佐の言葉を即座に笑いで返す大隊の戦意は十分。満足げに頷いて振りおろされる鎚の如く、拳を敵に向けた。
向かう先は此方の上空をつけ狙うどこかの国から支給された爆撃機だ。

「よろしい。ならば私はあの肥え太った豚を潰すとしよう。貴様らは群がる蠅を叩き落とせ。バイエル大尉」

「はっ!では諸君、簡単な仕事だ。敵が居なくなるまで殺し尽くせ」

瞬時に展開した魔導大隊は網の如く敵中隊を包み込んでいく。司令塔が殺られた後の強襲を防ぐことは軍として規律を守る以上不可能に近い。
軽機関銃に持ち替えたバイエル大尉もまた紙の様な防殻を貫いて多数の敵を屠っていた。上空ではデグレチャフ少佐により次々と爆撃機が撃墜され大地に染みを残していく。

「これはスコアには乗せられない。余りにも脆すぎる、ラインの方がまだ固かったな。エッカート少尉」

「了解しました。では大尉のスコアは0ということで構いませんか?」

「はははははははっ!仕方ないな。大隊諸君!私の奢りだ、代りに華麗なダンスを見せたまえ」

『有難うございます、大尉』『降り注ぐ砲弾の雨に比べれば可愛いものです』『曲は何がよろしいでしょうか?』

片手で短機関銃を適当に乱射しながら通信途中に無粋にも自爆覚悟で突っ込んできた敵に対して片手に魔力を込めて防殻を貫き、心臓を穿つ。
限界まで稼働していた敵の宝珠を砕いて死体を大地へと蹴りおとし、血塗れの自分の手を見た。

「誰かハンカチを持っていないかね?」

★―ノルデン司令部 ルーデルドルフ少将執務室―★

バイエル大尉は一端空で暴れるのをやめて先行的に北方方面軍司令部参謀室へと招かれたデグレチャフ少佐の付添に立っていた。
司令部にて大いに面々を侮辱したデグレチャフ少佐はバイエル大尉を引き連れて少将の部屋へ訪れていたのである。
ルーデルドルフ少将からしてみれば目の前に立つ二人の俊英こそが天才であり、北方軍の連中は頭が固すぎると確信していた。
当然ながら決闘ともいうべき模擬戦の映像記録と、バイエル大尉とデグレチャフ少佐の戦術理論は読んでいる。
後方における兵站・防衛理論は試験的に制圧したダキア方面で実行されている程だ。階級が上がり参謀となれば化けるに違いない。

「ゼートゥーアの奴が高く買うわけだ」

デグレチャフ少佐は軍人らしく礼を忘れず鋭い眼差しを輝かせるのに対し、バイエル大尉はどこか虚空を見つめる無表情だが呆けているわけではない。
正反対の印象を感じさせるこの二人が率いる部隊はなるほど間違いなく既存の理論と常識を粉砕してくれるに違いない。

「よろしい、本題に入ろう。二人(・・)の忌憚なき意見を聞かせてくれたまえ」

まずはとばかりにデグレチャフ少佐が口を開いた。

「ほぼ、間違いなく助戦として完璧なタイミングだと思われます。失礼、別の主攻を前提とした陽動ということでありましょうか」

頭の回転は悪くない。実戦部隊としてだけでなくやはり参謀適正すらあると思われる。この年頃の子どころか、軍人でも極わずかだろう。

「ふむ……、ではバイエル大尉はどう考えるかね?」

私が声をかけた直後に明らかな空気の変動が起こった。笑っているのだ、声を出してではない、表情も変わっていない。
それでもどうしようもなく目が物語っている。一歩前に立つデグレチャフ少佐も気付いたようでぴくりと眉が反応した。
今まで関心すら浮かばせなかったアリベルト・バイエルが笑っていた。

「では失礼させていただきます。後方への大規模揚陸作戦、その陽動でありますか?」

あまりの衝撃にルーデルドルフは思わず言葉を詰まらせて呆けていた。アリベルト大尉には何のヒントもなく、会議では護衛として後ろに控え話を聞いていただけに過ぎない。
よもや軍のスパイか、あるいは情報がどこかから漏れ出したのかと思うほどに正確な発言だ。通常の理論展開では思いつくはずがない。
実際は小説を知っているからこそ、後方への配属のため参謀能力を示そうとする浅ましい発言なのだがルーデルドルフが知るわけはない。

「成程…後方の兵站を分断…浸透作戦」

バイエル大尉の発言を一瞬で理解してしまったデグレチャフ少佐もまた異常が過ぎる程に優れている。
まるでこの新戦術を既にどこかで知っているかのような理解の良さだ。神か、あるいは悪魔でも見ているのではないか。

「それはゼートゥーア…いやなんでもない」

大隊を預かるデグレチャフ少佐にならまだしも一介の大尉にして中隊長に過ぎないバイエル大尉が知らされているわけがないのだ。
思わず伝った冷や汗を、背を向けて窓の外を見ることで誤魔化した。シューゲル技師の報告では神の奇跡と書かれていたが思わず納得すらしてしまう。

「結構、やはり貴様らの隊を使うことにしよう。少佐、大尉、転属命令だ。貴様らの部隊は軍港で待機しろ」

「「はっ!拝命いたします!」」

退出していく二人を見送って、ルーデルドルフ少将は大きなため息を吐き出した。
バイエル大尉の後ろにはエッカート中将が着いているというが、納得が出来るというものだ。たとえ部隊から離れようとも将来が約束された人材を手元から離すわけがない。
ただそれでも認識が甘いとしか言いようがなかった。化けるではなく、既に完成した一個の怪物だ。

★―オース・フィヨルド沿岸要塞上空―★

夜明けと共にエンジンすら切った輸送機が雲の上を這うように飛んでいた。乗せられているのは非魔導の空挺装備をつけた第二〇三魔導大隊だ。
所詮一世紀前の戦術理論を前提とした沿岸要塞にすぎない。デグレチャフ少佐は己が部隊の面々を見つめた。

「目標は繰り返すがフィヨルドを防護する各砲台と魚雷陣地だ。制圧が難しければ無力化ないし機能の損傷でも構わない」

何れも信じて疑わない勇猛果敢なブルドッグ共だ。キャリアを傷つけることなく忠実に任務を遂行してくれるだろう。

「大尉、貴様はアルベルト砲台の制圧を指揮しろ。私は予定通りナルヴァ砲台を押さえる」

「敵増援はどういたしましょう?」

「煮るなり焼くなり好きにしたまえ。だが任務は遂行しろ、貴様は少し戦闘狂(ウォーモンガー)過ぎる」

「餌を啄むのが得意ですから。ですが烏は綺麗好きでもあります」

「よろしい、祖国の船を邪魔する砲台を掃除したまえ。では降下!」

一斉に飛び出していく大隊の面子に恐怖などない。たとえHALO降下が特殊な部隊にのみ許された行為だとしても、彼らは魔導師である。
空中姿勢などお手の物。限界ぎりぎりでパラシュートを開き魔導反応を煌めかせて任務を開始した。

「敵魔導反応多数!魔導大隊規模と思われます!」

「確認している!セレブリャコーフ少尉、第一中隊の指揮をとり制圧を続けろ」

「少佐!」

「……それに、大尉が既に先行している。あの戦闘狂(ウォーモンガー)め!」

半数の指揮をヴァイス中尉に預けて隊の半数で突貫するバイエル大尉の姿がそこにはあった。既に96式を展開しており、凶悪な黒い羽が大空に舞うのが見える。
どうやら既存の理論というものを何もわかっていないらしい。だが帰ってくる答えなどどうせ殺れたと思った程度だろう。
此方を信用しているのかわからないが、続くようにデグレチャフ少佐も一個中隊を率いて大空へと舞った。

《なんだこいつはっ!》《火力を集中させろ、頭を押さえるんだ》《くそっくそっ》《第4小隊指揮を引き継ぎます!》

本来存在する術式の応酬などそこにはなかった。輝かんばかりの血と鉄に塗れた術式が多数放たれるも既存の速度を大幅に超えた乱数軌道と多数の光学術式は防殻を削ることすら許さない。
吹き出す黒い魔力は目立ち、思わず大隊の火力もまたバイエル大尉へと一気に集中していくことになる。だからこそ、他の隊の手が空き駆逐していく。

「己をデコイにする、か」

デグレチャフ少佐からしてみれば自ら身を危険に晒すなど信じられない話だ。古式の隊長を先頭にした突貫が許される時代ではない。
それでもなし得るからこそ英雄というのだろうか。己と違った天然ものの才能は更なる血と戦火を呼ぶに違いない。
あるいはかの赤いナポレオン、白い死神や悪魔爆撃の魔王の様に人類史の必然か。それでも消耗戦となれば数が少ない此方が押され始めるのは必定。

「増援部隊か!」

大空を舞う新手の大規模魔導大隊は帝国側のもの、一気に協商連合魔導師の士気は下がり駆逐されていく。
これよりオース・フィヨルド要塞を失陥した協商国連合は後方を荒らされ兵站の減衰により前線は崩壊することになるのであった。

赤い花が咲く(Rote Blumen ist aufgeblüht.)

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Zertifikat der Inkompetenz (06.無能の証明)

★―ノルデン沖帝国艦隊歩哨地域洋上―★

遂にこの日がやってきてしまった。協商連合の後背をついた帝国は敵後方へ兵を浸透させようと輸送作戦を開始した。
海上封鎖を行い、敵艦の撃破かつ輸送船の積極的防衛に努めるのが第二〇三魔導大隊に与えられた任務である。昨日の今日で任務とは随分と人使いが荒い。
ノルデン後の海上歩哨任務ともなればアンソン・スー大佐を殺し、銃を我らがデグレチャフ少佐殿が奪う日でもある。

「視界がかなり悪い。通信を密にしろ、編隊を崩すな」

防殻を使って雨をはじいていては魔力など持つはずもなく、防殻の感知範囲から外しているため当然濡れ鼠だ。
一応この任務事態を知っていたため防水用の厚い上着を着てきたが、手が悴み体温は容赦なく奪われていく。
荒れ狂う自然の容赦ない環境下で戦う海上では堕ちればたちまち藻屑となって消え去るだろう。

「空軍は特殊強行偵察中隊が索敵任務に出撃中。誤射に注意しろ」

ずっと考えていた。今日を機にメアリー・スーが神の使徒へと変貌していくのだが、阻止するリスクは大きい。
アンソン・スー大佐をデグレチャフ少佐が殺すのを阻止するとなれば敵補助で私が銃殺される。
今はまだ死なずとも、いつかは戦時中にスー大佐が死ぬかもしれない。しかしここで生かしてもまた戦場に出てくれば本末転倒だ。

「バイエル大尉?」

ならば私が、アリベルト・バイエルがスー大佐を殺そう。銃さえ奪わなければ仇だと気付かれず因縁もない。
復讐とは大きな対象であるほど形骸化し易いと歴史が全てを証明している。精々帝国を恨んでくれると良い。

「問題ない、エッカート少尉」

「爆発音!?」

視界を閉ざす豪雨の中を駆け抜け抜けていると、遥か海面下で計6つの爆発が水柱を噴き上げ荒波を粉砕した。
確か潜水艦が敵艦隊を魚雷で攻撃しようとしたが早爆し攻撃に失敗する。
帝国防衛策の関係上、史実ドイツと同じく地上戦力を重視する傾向にあったため、研究が遅れているのだ。
遅れて照明弾が上がり、敵の艦隊の姿を荒れ狂う水面にくっきりと映し出していた。

「大隊、ブレイク!ブレイク!突入態勢をとれ!」

逆落としが如く駆逐艦へ突撃をかます第二〇三魔導大隊に対して、駆逐艦の固定機銃が火を噴き弾幕の雨を張る。
しかし魔導大隊は対艦戦闘経験がなく、敵艦隊もようやく戦闘機対策の機銃を積んだ程度であり不慣れなのだ。
たとえ精鋭の大隊といえど戦艦の装甲を抜ける程の火力はなく爆裂術式による火力集中だけが活路。
故に一瞬の硬直を破ったのは当然敵艦隊であり、スクランブル発進した海兵魔導部隊が空へと上がっていく。
だが視界不良かつ既に展開していた第二〇三魔導大隊により、専門部隊であるはずの海兵魔導部隊が頭を押さえられることになる。

「第2中隊各員、私に続けぇ!目標は駆逐艦、爆裂術式用意!爆薬が詰まっているだろう後部を狙え!」

一気にバイエル大尉はデグレチャフ少佐の命令が出る前に駆逐艦へと突貫する。遅れて中隊が魚鱗陣形をとって追従した。
独断専行ではあるが、活路を見出したならば隊長判断として正当化できる今しか駆逐艦を守っているはずのスー大佐を殺せる機会はない。
前回の失敗で学んだことだが96式は目立ち、集中的に狙われてしまうため安全性が逆に欠如している。
だが今ここでは逆に敵の攻撃が集中することで魔力の流れを逆探し一番大きな魔導反応を発見できるのだ。

「キサマがァ!!」

「お前じゃない!」

貫通術式を叩き込み、見知らぬ敵兵の頭部をザクロに変えた。間髪いれず強烈な狙撃術式が私の居たところを刺し貫き、その下手人の顔を見てスー大佐だと確信する。
宙を蹴り強引に方向展開したことで生じる強烈な負荷に肉体が悲鳴をあげるが構ってはいられない。私が殺らねばならないのだ。
叩きこまれる爆裂術式を無理やり防殻の出力をあげて防ぎきると黒煙を突破、魔導刃を突き出した。

「めあ……り」

かなりの抵抗を見せた固い防殻を貫き、心臓へと刃をたたき込む。スー大佐の口から噴き出た血飛沫に片目の視界が閉ざされる。

「バイエル大尉!自爆する気です!」

「なっ」

片方の視界が潰れたことで判断が遅れ、逃げようとした時にはスー大佐に渾身の力で抱きつかれていた。
心臓を貫かれたとは思えない腕力で逃げることもかなわず、閉じられていない瞳で宝珠を見れば限界まで光り輝いており
―――閃光と爆音が周囲に響き渡った。
同時に爆裂術式を集中させたことにより駆逐艦の内部にまで被害が浸透し引火した爆発物の暴威が解き放たれる。
衝撃によって耐え切れず中折れした駆逐艦はぎちりぎちりと軋みをあげて渦を生み出しながらゆっくりと轟沈し始めた。

「十分だ!目的は達した。離脱するぞ!」

「ば、バイエル大尉が」

「大尉は……分かった。第2中隊の指揮はエッカート少尉が引き継げ」

僅かな沈黙が大隊に降り立った。敵が自爆したのを多くの隊員が目撃している。かの英雄的存在である黒翼が落されたとなれば無理もない話だが、切り替えねばなるまい。
なによりこれ以上海域にとどまるのは自殺行為であり、リスク管理を考えれば軍人である以上当然の務めだ。

「勝手に殺さないで下さいよ」

声の方を向けばぼろぼろのバイエル大尉の姿があり、珍しくデグレチャフ少佐が呆ける姿が見られたとヴィーシャは後に語った。

★―北洋軍陸上基地食堂/祝賀会―★

第二〇三魔導大隊は祝賀会に見舞われていた。駆逐艦を沈めた後、航行中の潜水艦を拿捕、北洋艦隊との合同練習を経てきた。
相応の功績を得ているため戦功報告などもあり休暇ではないものの、次の任地が決定するまでの待機命令である。
一兵も欠けることなく多数の戦場を駆け抜けた第二〇三魔導大隊は精鋭といえた。そんな彼らだからこそ、今回借りた北洋軍陸上基地食堂の一角には近づかないのだ。
寄れば食われると戦場に身を置いたことで開花した勘が囁いている。

「バイエル大尉、もう一杯注ぐといい」

そこには丸テーブルを囲む、黒翼アリベルト・バイエル大尉が珍しく困惑した表情でワインのボトルを握りしめていた。
対面にはすでに顔を赤く染め上げた白銀ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐がグラスを突き出している。
別に甘い色恋などではない。ただデグレチャフ少佐がワインを共にしているというだけだ。

「少佐の年頃の少女に酒を注いだとなれば私が軍法会議にかけられかねませんよ」

ただ文句をたれながらもバイエル大尉はデグレチャフ少佐にワインを注ぐのを辞めはしなかった。
転生してから幼い頃は飲酒が出来なかったことをバイエル大尉も身に染みてわかっているためついつい注いでしまうのである。
デグレチャフ少佐の陶磁器の様な白い肌が真っ赤になるのを楽しんでいるともいう。

「意外と仲いいですよね」

「同期のライバルの筈で、正反対に見えますから。でもたまにこっそりデグレチャフ少佐にお酒をお裾分けしているとか」

何時もとは違う少佐の様子に他の隊員が戦々恐々とする中で、ヴィーシャとロゼだけは面白そうに見つめていた。
第二〇三魔導大隊の花はどちらも、少佐と大尉のプライバシーをよく知っている仲なのだ。
ライン時代から少佐とずっと共に空を飛び続けたヴィーシャと、エッカート司令からの後押しにより関わる事の多いロゼだからこそといえた。

「少女趣味……?」

「私も少し不安ですがあの少佐ですよ?」

二人の見ている先では遂にデグレチャフ少佐がバイエル大尉に絡み始めた。はたから見れば年の離れた兄妹がじゃれあっている様にしか見えない。
実際は少佐によるお説教が始まり、バイエル大尉が肩身を狭くしているだけだ。

「バイエル大尉は少し独断専行が過ぎる。貴様は限度や規律というものを知らんのかね?」

「いや、あははは」

笑ってごまかそうとするバイエル大尉にデグレチャフ少佐の容赦ない叱責が飛んだ。机に叩きつけられた小さな拳は何時もと違って威圧感がない。
バイエル大尉はデグレチャフ少佐の中身を知るからこそ、威圧感等よりも苦労人というイメージが先行しているが。

「判断は間違ってはいないが、周囲の人間は貴様ほど優秀ではないのだよ。無駄を極限まで切り詰めた任務を確実に成功させられる人材は一握りしかいない。大隊諸君もまだ脇が甘いところがある」

「承知しております。先達を務めるため先陣をきらせて頂いております」

「確かにエースによる牽引は部隊の士気を大いに高める。だが、現代戦術理論を忘れたかね?統制された火砲の前に英雄など存在しない。一部を除いてな」

「では私は一部になれるよう努力致しましょう」

誤魔化すように半笑いをして、どうぞもう一杯と進める酒をデグレチャフ少佐は浴びるように飲み干した。

「まるで日本人の様に玉虫色の……いやなんでもない。忘れてくれたまえ、大尉」

思わず口走りそうになった言葉を途中で止めて、デグレチャフ少佐の酒気は一気に引いて行った。酒に任せて言いそうになったことは、到底荒唐無稽なことで精神病院を進められかねない。
少し崩れた軍服を直し、素面に戻ったデグレチャフ少佐は徐に席を立つとそのまま食堂を出て行った。

「……失敗したか」

頬をかいて酒瓶とターキーを手にバイエル大尉もまた、食堂を出て行った。騒ぎながらも恐る恐る様子を伺うという高等技術を行っていた魔導大隊の面子は深い安堵のため息を吐き出していた。
それから仕切り直しとばかりにヴァイス中尉が新しいボトルを開けたことで再び騒ぎ始める。

「まるで拗ねた恋人を追いかける優男、ですね」

吐いた言葉をヴィーシャは即座に後悔した。私怒っていますと言わんばかりに不機嫌を晒すロゼの姿がそこにはあった。
どちらが本当の意味で拗ねた恋人かわかったものではない。少しカラカイ過ぎたかもしれない。

「いえわかっているのですよ。私には似合わないことくらい。お父様のお力に甘んじていますし」

ロゼことローゼ・フォン・エッカート少尉は若き頃から魔導反応が見受けられ、英才教育を施されてきた才女だ。
実際に一代しか名乗りを許されないフォンの名も軍大学所属時に自らの成績で勝ち取ったものである。
純帝国人を思わせるプラチナブロンドはヴィーシャから見ても羨ましい。容姿端麗、文武両道のロゼであるが軍では違う。
能力主義の帝国ではあるが、古くから根付いた軍人は男の職業という傾向は今でも残ってしまっている。
この時に役に立つのがディータ・フォン・エッカート西部陸軍司令という偉大な父の名だ。姓を語れば誰もが態度を変えて道を譲ってくる。
少尉にまで順調になったものの、後ろ盾もなく自らの力だけで道を切り開いたバイエル大尉とデグレチャフ少佐を見れば劣っていると感じるのは仕方のないことであった。
それでも諦められないからこそ乙女なのだ。

「噂を聞いて、父からの話を聞いて、実際に会って話してしまったんです。英雄ですよ?英雄、惹かれない方がおかしいと思いませんか」

「あはははは」

ヴィーシャは乾いた笑いを浮かべるしかない。この押しの強さは長年の友達であるエーリャに準じるものがある。
そういえば最近会えていないなとヴィーシャは思考を逸らしながらロゼの話を聞くふりをするのであった。
だがわからない話でもないのだ。己もまた先陣をきり、常に目指す場所であり続けてくれるデグレチャフ少佐に強く惹かれたのだから。

★―連合王国波止場―★

握りつぶされた新聞が地に落ち、一面の記事を晒した。紙面の内容は、祖国に対して行われた帝国の進撃である。
大分詳しく書かれた記事は軍関係者によってリークされた内容なのかもしれない。
ただ一つ言えるのは亡命しようとしたカゾール評議員の死と、殺害者であるアルデンヌの烏の情報だった。
懇意にしている連合王国のジェントルマンからメアリー・スーは煌めく黒翼が己の父の心臓を穿ったのを知った。
父の決死の覚悟により自爆に巻き込まれ死んだとされる烏だが、メアリー・スーは確信している。

「ゆるさない」

おお、神よ!何故かくも我らに辛き試練をお与えになるのでしょう!

「絶対に、許さない」

少女とは思えぬ鬼の形相をしたメアリー・スーはひしゃげた新聞を踏み潰し、踵を返す。仇は生きているのだ、ならばやることなど決まっている。
何故神は救いの手を差し伸べてはくれないのか。日が落ち始め、茜色に染まる湾には海風に飛ぶカモメを襲う烏の姿があった。

誰もが地獄の戦争はまだ終わらないのだと心の奥底で理解していた。戦後の人々が幾ら物を書こうとも、この過酷な時代の真実を知ることが出来るのは当事者だけだ。
血に対する支払われるべき血の代償は未だ果たされていないのだから。



表島太郎様、御月様、junq様より誤字報告を頂きました。感謝です。


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Cultura mentis (07.心の教育)

★―ライン戦線中部防衛線後方/曇り時々砲弾―★

「教導任務をデグレチャフ少佐が私にやれと?」

私ことアリベルト・バイエルは天幕の隙間から砲撃降りやまぬ曇天のライン戦線を見上げながら、ゆっくりと口の中で溶けていく珈琲の熱を吐き出した。
どうやら戦場での束の間の休息さえ一兵卒には許されないらしい。何処もかしこも直ぐに補充要員に入れ替わるラインでは当然のことかもしれない。
なにせ頭上から砲撃が降り注がないか、戦車に塹壕ごと押しつぶされないか、狙撃兵の弾が外れないか、心配しながら救いもしない神に祈りを捧げることしかできない戦場だ。

「確かデグレチャフ少佐が一手に引き受けると仰ってなかったかな。タイヤネン准尉」

「はっ。しかしあまりにも二つの班の素行が悪いため教育せよとのことです」

既に偵察任務と遊撃任務を終えた中隊に休みを与えず追加の任務とは恐れ入る。本来なら死と泥に塗れた塹壕送りになるはずだったが救済処置は与えられたらしい。
デグレチャフ少佐が比較的原作より寛容なのはある程度の功績をきちんと部隊が上げられているからに違いない。
しかし、私の第二中隊も余裕があるわけではないのだと、塹壕送りを提案してみた。
人情としては助けてあげたい気持ちも、前世からの同情心もあるが飼うだけの資源はないのである。

「バイエル大尉に一任するとのこと。それと一言だけですが許可は貰っている、だそうです」

「……了解した。何人かね?」

「四班と七班の計8人です」

「では我が隊には腐ったジャガイモではなく缶詰を優先して回してもらうことで手を打とう」

隊の一員が食あたりで倒れてしまうのは心苦しい、折角の錬度を補充要員で落としたくはなかった。珈琲を一気に飲み干すと椅子から立ち上がる。
塹壕を整えただけの後方であるがトーチカよりは何時生き埋めになるか心配でない分マシ程度の差だ。
砲撃を受けるだけならば防殻で弾けるが、大地の肥やしにされてしまえば抜け出すことも叶わない。空を飛べない鳥は、とはよくいったものだ。
では防殻で防御することもかなわない前線の一般兵達はどうだろうか、前線のカナリアは皮肉が過ぎると心の中で吐き捨てた。

「失礼します。補充人員が到着致しました」

「結構だ。では顔を拝むとしようかね」

天幕を出た先にずらりと並んだ8人は成程、何処か抜けたところが多いようだ。一人二人は真面目な顔つきをしているが何処か浮ついた雰囲気を感じる。
祖国のために志願した者たちだろうか、戦場に何かを期待されても困ってしまう。血と硝煙の香りで噎せ返るだけだ。

「ああ、諸君。そう固くならなくていい。気楽で構わないよ、私はアリベルト・バイエル大尉だ」

どうせ直ぐに死ぬような目に合うのだからという言葉を飲み込んで、胸元の宝珠を96式に付け替える。これから大変な仕事になるため用意しておく必要がある。
あのデグレチャフ少佐を見た目だけで侮った彼らだ。印象重視ということで出来るだけフランクに接することにしよう。

「まずは、そうだな。貴様らはどうしてこの戦場に来たのか教えてくれるかね?」

返ってきた返事の多くは国の為等、何れも興味を惹かない事ばかりでやる気が失せるというもの。彼らは皆志願兵だというがナショナリズムが先行し過ぎていて身が出来ていない。
だが最後の一人の青年は瞳を輝かせて私に向かってこう告げたのだ、貴方の様な英雄になりたいと。此処は笑う所かと一瞬思考に耽る。
まさかこのアリベルト・バイエルの名を出して英雄と呼び、あまつさえ英雄願望を声高く主張するとは滑稽極まりない。
きっと帝国が誇るヴォルスンガ・サガでも読みすぎて頭が狂ってしまったようだ。防殻は確かに命を守ってはくれるが竜の血程万能ではない。

「成程、大変結構だ。まず貴様らは戦場にハイキングに行くとどうなるかを学ぶ必要がある」

教育に必要なのは反復と復習であり、地獄の戦場で戦うには生きて地獄の戦場を味わうべきだ。
私は到底御免であるがデグレチャフ少佐がやれと言うのならばやり遂げなければならないのが中間職の辛い所。

「なに、デグレチャフ少佐殿のように非魔道夜間浸透戦に慣れよなんて高等技術は貴様らに求めない」

ただ、飛べ。それだけだ。上手く統制も出来ず、鉄の塊で大地を肥やすだけの砲撃の中からこちらに向かってくるものだけを迎撃する任務である。
実用効果は然程ではないが多少味方に降り注ぐだろう砲撃を阻止できる上に、デコイとなって襲い掛かってくる魔導師を我々中隊が狩ることもできる。
なんだその程度かと安堵の笑みを浮かべる彼らに対して、私も笑みを返した。

「ただしノルマと時間制限を設ける。降りることは許されない。成し遂げられなければ戦意不十分として宝珠を剥奪し、ザニになってもらう」

事実上の死刑宣告。ザニとは戦場をかける衛生兵であり、負傷した兵がいれば最前線であろうとも飛び込まねばならない地獄の職。
砲撃を集中的に受けることになる通信班とどちらが死傷率が高いかと言われれば難しい話だ。どちらも死ぬが正しい回答だろう。
地獄に魔導師としての修練しかしていない新兵を朝日の拝めぬ職に送り出そうとしているのである。結果は分かりきった話。

「では諸君、早速仕事に取り掛かろうか」

満面の笑みで笑いかけるも、彼らの顔は引きつったままだ。早速動き出さないとはノルマを熟す気がないのかもしれない。
どうせデグレチャフ少佐が全責任を負うのだと構わなかったが、達成人数0人では寝覚めが悪い。発破をかけるとしよう。

「ああ、エッカート少尉。彼らが独断で落ちそうになった時は抗命行為として処理したまえ」

「はっ」

最初の一日だけで無事に生還することが出来たのは6人だけであった。しかし生き残ったうち2人もPTSDで強制送還。
心身ともに限界まで追い詰められた4人は2日の休息の代わりに、倍以上のノルマを宣告されることになる。
既に憧れは立ち消えてはいたが、問題は生き残ることだと膝を突き合わせて相互の協力と専用の術式案を出し合った。
こうして地獄の4日を乗り越えた4人は後に小隊を組み、新兵とは思えぬ巧みな連携と柔軟な発想力で帝国の空を守り続けることになる。

ただ、半分を使い潰したことでバイエル大尉はデグレチャフ少佐より叱責を受けていた。

★―1925年5月4日 アレーヌ市上空―★

後に帝国が起こした最大の汚点の一つとされるアレーヌの惨劇、その場に立ち会うことになるとはなんたる不運なことだろうか。
魔導師用に支給されるチョコレートを齧りながら双眼鏡で市全体の様子を一望する。
中心を川が流れる都市は赤煉瓦造りの家々が区画整理により、城壁へ向けて広がっている。後で炎に包まれるのだから今のうちによく眺めておこう。大嫌いだとしても第二の故郷だ。
今はもう武装蜂起した市民と共和国魔導師が跋扈する敵地に過ぎないのだから。

「そういえばバイエル大尉はアレーヌの孤児院出身であったな。今回の作戦、特別に降りてもいいぞ」

かけられた声に振り返ればデグレチャフ少佐が身の丈に合わぬライフルを、油断なく構えていた。どうやら心配してくれているのではなく、単純に私の裏切りかあるいは離反を警戒しているらしい。
もう少し数多の戦場を付き合った仲だというのだから、信用してほしいものだが人の心が如何に移ろいやすいか、私もまたよく知っている。

「いえ、ろくな町ではありませんでしたから。町一番のカレリアン大聖堂に住む聖職たちは私腹を肥やしていたのをよく覚えています」

かつての戦争により帝国の領土になったアレーヌは今日まで大きな領土問題を抱えていた。彼らは市内部で帝国派と共和国派に分かれナショナリズムに沿った泥沼の小競り合いを続けていたのである。
当然ながら治安は悪化し、警察機構も殆ど麻痺していたため、スラムは拡大を繰り返す悪循環に陥っていた。

「一度全てを更地に変えてしまえばいい」

確か半数しか生き残らなかったアレーヌではあるが、バイエル大尉としては子供一人すら逃す気などない。目撃者がいなければ後世以外で騒がれることもないのだ。
半世紀後に戦犯として仕立て上げられ貶められようとも、どうせその頃には生きてなどいないか耄碌した老人になっているだろう。
今必要なことは帝国が来たるべき世界大戦に勝利するため、流れを制御しながらもより有利に戦いを進めていくことだけだ。
もっとも第二〇三魔導大隊に組み込まれた以上大尉程度に出来ることなど限られている。

「作戦時刻だ。警告は出した。返答はナインだ」

帝国から告げられた勧告に対して行われたのは『我らアレーヌ市民。捕虜などおらず。ただ、自由を求める市民あるのみ』という糞ったれな文章だ。
共和国のプロパガンダと魔導部隊の降下により気を大きくしたのだろうが帝国を舐めすぎている。
確かに外交力は不十分ではあるが、強国に上り詰めたのは徹底した管理体制と軍事力によるものが大きい。逆にいえば対外姿勢を殆ど憂慮しないのだ。
故に下された命令として既にアレーヌ市には捕虜などいないし、いるのは女子供であろうとも敵国の武装した兵士たちだけである。

「逆探に成功しました。大隊長、狙撃の許可を」

「……なに?いや、構わない。やれ」

私の眼は逆探するまでもなく民家に潜伏する魔導師の姿を捉えていたが、普通ならば魔力も漏らしていない魔導師に気付けるはずがないのだ。
しかしデグレチャフ少佐は私の意図に気付いてくれた。つまり、此処で私が先達を務めることで他人員の精神負荷を軽減することが出来ると踏んだのだ。
虐殺は虐殺だが赤信号は皆で渡れば怖くないとは良く言ったものだ。

「では―――」

短機関銃を一端背に回すと、中折れしていた対物ライフルを組み直し空中に魔力で座標固定した。
96式を全力稼働し、巨大な黒翼と7枚に及ぶ巨大な魔方陣が重なるように展開されていく。対人用の時限式燃焼術式を挿入した砲撃術式だ。
私の行動に動揺したのか、目に見えて目標に設定した対象の魔導反応が活性化した。今更防殻を張ったところで神の加護を得ているわけでもない人間が防げる筈もなし。

「我らが祖国に足を踏み入った野蛮人に鉄槌を下すとしましょう」

銃身を強化し魔力を限界まで弾に注いだ瞬間、引き金を引く。遅れて固定したはずの対物ライフルから全身にびりびりと衝撃が伝わってきた。
硝煙を上げる対物ライフルのコッキングレバーを素早く引くと二発目を解き放った。

「たまや、でしたか?大隊長」

遠い此方にまで伝わる風圧を伴って、爆発が黒煙を噴き上げて家を粉砕した。更に広がった炎は他の家々へ飛び火していく。かつてゲリラを焼いたナパーム弾を真似た術式である。
粘性は薄く拡散性に優れ、周囲の酸素濃度を急激に下げる燃焼反応により一酸化炭素中毒を引き起こす。当然、中の魔導師が生きているはずもない。

「汚い花火だよ。大尉」

蜂の巣を突いたように激化する敵方の魔導反応は落ち着きがない。ただ此方の部隊もマシとは言えど似たようなものだ。
軍人と軍人が戦いあう儀礼的な戦争に固執した国は負ける。これは総力戦である。徹底的に民衆の交戦意欲を削がなければ終わりはない。

「エッカート少尉。降りても構わんよ。特別に診断書を書かせよう」

もしも取り返しのつかない精神負荷でも負ってしまえばエッカート司令に怒られるだけではすまないだろう。後ろ盾の居ない大尉など戦争の生贄にさせられるだけだ。
それよりは少尉として戦線離脱した方が、後ろ指は刺されるだろうが後方に下がれる。だがエッカート少尉は首を振って否定した。

「いえ、小官は問題なく任務を遂行出来ます」

言葉とは裏腹に魔力の流れは酷く乱れているが他人の自由を侵害するつもりはない。ただし義務や力なき自由は今のアレーヌのように蹂躙されることになる。

「結構。嫌な時代になったものだな。守るべき相手に中指を突き立てられるとは」

正確な狙撃により恐慌状態に陥った市民が逃走しようとした市民を打ち殺しているのをしっかりと映像に録る。どうせ勝利すれば後の世には“必要な損害(Notwendige Schäden)”と呼ばれるようになるのだ。
最早ネームドとして名が知られた以上、勝たなければ道はない。ならば勝てばいいのだ、どのようなことをしてでも。
デグレチャフ少佐の号令と共に動揺する敵魔導師へと一斉に第二〇三魔導大隊は襲い掛かった。

《エンゲージ!なんだこいつらは!》《くそっ、お構いなしに爆裂術式を展開だと》《あ、悪魔だ!悪魔が来るっ》《そこには市民がいるんだぞっ》《あぁああああああああ》
《聖堂が崩壊した!下敷きになる前に退避しろ!》《何処もかしこも燃えてやがる。生きている隊はあるのか!》《ダメだ!逃げ切れない!至急応援を》《たすけ……》

「アレーヌが、燃えている」

瓦礫に半身を飲み込まれた男が必死に天へ向かって手を伸ばす。直後に降り注いだ砲撃によって塵すら残らなかった。
焼夷弾と榴弾の雨が降り注ぎ、追い立てるように外縁部から中央へ向かって炎の渦が広がっていく。神話に語られるソドムとゴモラの如き様。
既に市民や魔導師からの抵抗等ありはしなかったが、虐殺による精神負担と駆り立てる恐怖は更に砲撃を激化させた。

「はっはっはっはっ」

荒い呼吸のエッカート少尉の肩を掴み、向けられそうになった銃口を叩き落とした。やはりというべきか愛されて育った彼女には辛いものがあったらしい。
魔導反応も明滅して普段では考えられないほど消耗している。魔導は精神状態によって左右されるのだ。

「も、申し訳ありません。バイエル大尉」

「下がれ、エッカート少尉。命令だ」

宝珠を無理やり取り上げて抱き上げ、ゆっくりと後方の天幕へと飛行術式を走らせる。もしも未だ居るかもしれない民兵から狙撃されれば今の彼女は耐えられなかっただろう。
ふと振り返るとデグレチャフ少佐が此方をじっと見つめていたが暫くして目を逸らした。今は許すという事だろうか、有り難い。
アレーヌは燃えていた。空から雨が降り注ぎ始めた後でさえ瓦礫の隙間から覗く、僅かな炎は舌を出し続けた。

これがどうしようもない戦争の引き金だった。



御久様、陽華様より誤字報告を頂きました。有難うございます。


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Nebel und Sonne (08.霧と太陽作戦)

最新話、投稿しました。


★―ライン戦線共和国第二ライン中央上空―★

ラインは地獄だ。止まない砲撃の雨に怯えぬ日はない。降り注ぐ44mm砲弾に直撃すればたとえ魔導師であろうとも一発で使い物にならなくなる。
二発目の直撃は死に直結する。しかし今日ほど吐き捨てようとする言葉すら、酸っぱい味へと変わる日はあっただろうか。
数日前のライン戦線すら羨ましくなるとは信じがたい。戦死者が出ていないのは奇跡だが私の中隊も3分の1が後方へ下がっている。
何時狙撃されるかわからず、防殻は全力稼働だ。集中力以前に魔力が持つかすらわからない。帝国最強の増強大隊ですらこの有様であった。
当然バイエル大尉こと私も燃費の悪いエレニウム96式宝珠など使えるわけがなく量産型の97式を必死こいて使っているだけだ。
それでも瞳によって敵魔導師相手に優勢を保てる私と違い、他の隊員は限界だろう。

「大隊長!これ以上は持ちません!」

敵方への強襲偵察任務といえば聞こえはいいが、端的にいって生贄だ。
極秘であるため我々部下に作戦内容は伝えられていないが私は原作があるからこそ知っていた。中央を下げることによって敵の主戦力を引きずり出し、包囲する作戦。
敵に気付かれれば戦場に大きな穴が開き、左右翼が各個撃破されかねない指揮系統が崩れ去る致命的な賭け。
だからこそ此方が本気であると見せるためエース・オブ・エース二人と多数のネームドを抱えた第二〇三魔導大隊が囮になる必要があった。
だが使い潰される側がはいそうですかと頷けるかといえば否である。

「エッカート少尉!下がれ!貴様は限界だ!」

鬱陶しい砲撃を潰す為ツーマンセルを組んでいた敵観測魔導師に襲い掛かる。たとえ96式が無かろうとも瞳と人以上の魔力は健在だ。
苦し紛れの光学術式を余裕をもって見切り、至近距離まで一歩踏み込む。挟み込むように動こうとする敵の相方はタイヤネン准尉が引き付けた。

「まだやれます!」

短機関銃から吐き出される弾一つ一つに貫通術式が挿入され、敵の防殻をすり潰し肉塊へと変えた。

「黙れ!」

どうにもかのアレーヌの惨劇以降、エッカート少尉は何かに追い立てられるように必死になり過ぎている。あれではとても背中を任せるのは怖い。
なにより大事な大事な司令の娘なのだ。このような所で潰れてしまっては私のキャリアに傷がつくというもの。

「ですが!」

「抗命行為だぞ、エッカート少尉!タイヤネン准尉、貴様もだ!共に後方に下がれ!」

引き付けていた魔導師に爆裂術式を叩きこんで大地へと失墜させる。いつかはこの不幸な戦いは終わるのだ。
だが何時だ?一分後?一時間後?
タイヤネン准尉によって羽交い絞めにされたエッカート少尉が無理矢理彼方へと飛んでいく。更に減少した中隊は既に継戦能力の殆どを失っていた。
第一防衛ラインを突破した大隊は後方に下がる能力が残っているのかすら怪しい。周囲を見回せば敵、敵、敵。
未だ魔導大隊の強襲に敵方は混乱しているため、中隊規模による散発的襲撃しか受けてはいないが何時かは限界が来るというもの。
時限式対空砲は収束率を増し、少しでも速度を乱数軌道から変更すれば偏差射撃によって追いつかれるだろう。

「大隊各位へ通達。対魔導師戦闘だ。我らに挑む愚を教育してやろう」

ここに来て目の前に展開するのは共和国魔導大隊だ。きっとこの日、隊員の全てが敵魔導師5人以上を撃墜したエースと呼ばれるに違いない。
敵は補給線が近くスクランブル発進といえどきちんと整えられた部隊。出し惜しむことは出来ない。96式を握りしめ、巨大な黒翼を展開する。

《か、烏だ。相手は精鋭中の精鋭部隊だぞ!》《糞が、なんて日だ!》《防殻を強化しろ、遅滞戦闘に努めるんだ。エンゲージ!》

まったく少しは通信をおとなしくすることは出来ないのだろうか。あるいは此方の集中力を削ぐ作戦かもしれない。
叫びたいのは此方だと歯を食いしばり、足へと術式を展開する。防殻に弾かれて打ち出すように一気に加速した。
デグレチャフ少佐とバイエル大尉が敵魔導大隊前衛に巨大な穴を開け、続くように第二〇三魔導大隊が切り込んでいく。
別段不思議なことではない。幾つもの戦域を乗り越えてきた精鋭達は格闘戦(ドッグファイト)に慣れ親しんでいた。大隊長本人であるデグレチャフ少佐が防殻に任せた格闘戦を好むからでもある。
だが一般の魔導師は基本的に中距離戦闘を主とした統制射撃と対地攻撃を主に習熟する。人員がすり潰される戦争においてそもそも格闘戦が得意な熟練魔導師など殆ど残ってはいない。
質の差はより大きく開き、エース・オブ・エースの名と信仰は確かなものへと変化していくのだ。

「地獄に落ちろッ」

前衛の崩壊と共に正確に打ち出された光学系狙撃術式は指揮官を徹底的に皆殺しにし、指揮系統の分断、包囲撃滅を行う。
高速離脱すらする暇を与えず数の利が瞬く間に逆転したことで戦闘はマンハントへと名を変えた。
魔導師の厄介な点は防殻によって生き残りやすく、多くの戦場を経験することで習熟すること。逃すわけがなかった。

「逆探に成功。敵の集積地を発見しました!」

「よくやった、セレブリャコーフ少尉。大隊諸君、敵を追い立てながら火遊びだ。燃焼術式用意」

最後の一人の心臓を直接魔導刃で穿って、96式を止める。先鋒を務めるため、多くの魔力を消費したが息が何時もより荒い。
だが中隊長としてここで降りては指揮に大きな影響が出るのは間違いないだろう。何時も鋭いエッカート少尉はいないのだ、やせ我慢大会といこうではないか。
ただただ、この苦痛の時間が終わればと願い続けるのみである。

★―共和国ライン戦線中央司令部―★

「誰か、誰か、解決策は?」

広げられた地図に存在した塔の形をした重しは取り除かれていき、代わりに×印の重しが置かれていく。少しでも地理を知る者が見ればライン戦線中央部の詳細地図だと気付けるだろう。
ついでにいえば塔のあった地点は集積地と軍の重要拠点が密集していた地域だ。×印は文字通り破壊されたことを示し、報告が上げられる度に被害の甚大さを理解していく。

「このっ!」

共和国司令官の机に叩きつけた拳の隙間から僅かに血が漏れだした。勝利に飢えていた共和国の元に飛び込んできたアレーヌでの市民の一斉蜂起。
確かに後退し始めた帝国軍に対して計画された一斉反撃作戦のために折角集められた物資は綺麗に吹き飛ばされていったのだ。
敵の識別名はラインの悪魔とアルデンヌの烏率いる魔導増強大隊。まさしく帝国が誇る精鋭中の精鋭だろう。

だから仕方ない?

「ふざけるな!何故勝てない!」

3個魔導大隊に到達する程の被害をたった二日の間に1個大隊に食われた。なにがエース・オブ・エースであろうとも物量の前には勝てないだろうだ。なにが相手は多数の戦闘で疲労しているだ。
さらにいえば此方のネームドですら食われているのだ。帝国が撤退の兆しを見せているから良いとはいえ、ライン中央の防空網はガタガタだ。
肩身を狭そうにする防空参謀を睨みつけると即座に目を逸らしてきた。今すぐ参謀の首をねじ切ってやりたい気持ちになる。

「何度やられた!?データは幾らでもあるはずだろう。フィヨルド沖で、ラインで、数々の戦争で我々は敗北してきたのだから!」

何度も何度も我が軍の魔導師たちが挑み、血と鉄の塔を生み出してきたのだ。その積み重ねすら、たった1個大隊ひいては2人の魔導師に届いていないのだから笑わせる。
敵大隊の殆どがネームドであることを考えればこれからも化け物共の首を落とすことは困難だ。
戦争が終わる?この結果を見てからほざくがいい。クソッタレのお友達が教えてくれたことだが帝国の錬度は底が知れず後方にもまだ中央軍を残しているのだそうだ。

「げ、現在戦闘履歴を解析しておりますが、どうやら烏には一切の光学術式による欺瞞が効いておらず……」

「では防殻に魔力を回せば攻撃を防げるのかね?」

答えは当然ノンだ。全力展開した共和国の魔導師を貫通術式でひき肉に変えたのが鮮明に映像に残っている。根本的に限界を推定できない程の膨大な魔力を化け物共は有していた。
なにせ共和国の戦線を荒らしまわった後だというのに、最後っ屁とばかりにラインの悪魔は第7層砲撃術式を展開し最大の集積所を吹き飛ばしていったのだから!
起こった大規模火災と二次被害の対応に追われ追撃どころの話ではなかった。

「現状でかの増強魔導大隊と当たった場合の対応策は?」

集積所を吹き飛ばされたが、攻勢作戦は変わらず決行するのが上の意志だ。多少兵站に負担がかかろうとも最低限の補充は行われるだろう。
ならば次に考えるべきは既に崩壊寸前の防空網で如何にしてかの化け物共が出てきたときに対応するかだった。

「……中隊規模の魔導師を当て続けるべきかと」

一瞬何を言っているのか理解できなかった。否、理解したくなどなかった。狂人の戯言、告げられた言葉はまさしく兵をすり潰すということだ。
柔軟な対応が出来る航空魔導師といえど編隊や術式の変更は一瞬で行われるものではなく多少の時間を要する。
いちいち中隊規模の魔導師を食い殺すために化け物は足をとめるだろう、遅滞戦闘と呼んでも良い。ただし高速離脱しようとした魔導師が食い殺されている以上、全滅は必定。
将として死を覚悟する作戦を命じる覚悟はある。だが、死が決まった作戦などとても告げられることではない。

「ま、まぐれ当たりの対空砲ですらラインの悪魔は何事も無かったかのように飛んでおります。魔導師の火力ではそもそも防殻を貫くことは不可能です」

「わかった。ああ、良く分かったとも」

貫けない防御といえば帝国で唄われる竜殺しの英雄を思い出す。まさか本当に物語の英雄が飛び出してきたのかもしれないと、妄想に縋りたくなる程絶望的だった。
だが未だ背中の菩提樹の葉は見つけられない。クソッタレがと吐き捨てて司令は決断を下した。

この時共和国は無意識の内に、ラインの悪魔にも出来るのだからアルデンヌの烏にも出来るだろうと決めつけてしまっていた。
対空砲の一撃など食らってしまえば、神の奇跡を受けていない魔力が多いだけのアルデンヌの烏ことバイエル大尉では出力限界で防ぎきることは出来ない。
しかし、後々までこの間違いは訂正されることなく続くことになるのであった。

★―帝国軍ライン戦線野戦病院―★

多数のうめき声が不協和音を奏でただでさえ落ち込んだ気分を更に下げていくことになる。女性病棟に向かう途中で看護師に止められるが、階級を見せれば通された。
かつて軍に参加する女性といえば殆どが貴族の子女ばかりだった。今でもその名残は消えることなく、故に軍における女性の扱いはかなり厚遇だった。
外の天幕とは違い簡易とはいえ小屋の扉に3度のノックをした。

「バイエル大尉だ。エッカート少尉は居るか?」

返事はなかったが容赦なく足を踏み入れる。魔力の流れから動揺が見られ、寝ているわけではないのが容易くわかった。
多少の荒療治がなければとても見ていられない程にエッカート少尉の精神は衰弱していた。

「上官相手に狸寝入りとはいい度胸だな」

「申し訳、ありません」

ベッドに横になったエッカート少尉は何処か上の空だ。こう成るまで気付けなかったとは、存外私も余裕がなかったらしい。
高い熟練度と命令に対する柔軟性から良きバディとして今まで共に戦ってきたが潮時か。十分な功績も上げただろうし中尉への昇進を蹴る代わりに転属願いを推薦すれば受領されるだろう。
激化する戦闘に娘を溺愛するエッカート司令も受け入れてくれるに違いない。これからも後ろ盾になってくれることを願うばかりだ。

「エッカート少尉、貴様は十分に働いた。後方に下がるといい」

その時、ローゼ・フォン・エッカート少尉が浮かべた表情を私は生涯忘れることはないだろう。まるで死刑を宣告された被告人の様だと思った。
震える体に鞭打って無理に起きようとするエッカート少尉を抑えようとすれば、爪が私の皮膚に食い込むほど握りしめられた。

「見捨て、ないでっ…お願い、お願いします…っ」

美しいと思っていた髪は乱れ、瞳孔は開き、歪んだ形相には死相が浮かび上がっている。人は此処まで変わるのかと戦慄を隠し得ない。
同時に取り繕っていた哀れな女だったと理解した。脆く崩れやすい精神構造は戦争のストレスに耐えられるはずもなく縋る対象を求め彷徨った。

そこに居たのが私という形だけ取り繕った、英雄だ。

「お願いします……大尉…!わ、わたしは…なにが足りなかったのでしょうか」

徐々にあったはずの同情心や信愛がひび割れ、冷たく沈んでいくのを他人事のように理解する。少なくとも縋る相手がデグレチャフ少佐であったならばここまで壊れることはなかっただろう。
彼女は、彼は人を誰よりも理解したうえで数として認識できる合理主義者だ。きっとエッカート少尉を上手く使いこなせた。

しかし、不幸にも選ばれた私は地獄の住人。

「わ、わたしは」

更に言葉を並べようとするエッカート少尉の唇を貪るように奪う。僅かに見せた抵抗も、簡易ベッドに押し倒したことで立ち消える。
ぎしりと軋みをあげるベッドの上で行われる行為はまるで傷ついた獣同士の慰めあいだった。しかし、これで良い、あるいはこれしかなかった。
嘘付きの烏は霧を振りまいて、理想の太陽(英雄)を覆い隠し、これが君の世界だと囀った。



一週間ほど旅行に行くため更新できない日々が続くかもしれません。
悩みに悩んだ末の投稿です。


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Schrecken und Ehrfurcht (09.衝撃と畏怖作戦)

投稿しました。


「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか!」

熱風に焦がされひりつく喉の奥は血の味がする。それでも神は我々を見捨てたと、神の子と同様に叫ばずには居られないのだ。
教会への祈りを怠ることはなく、敬虔な信徒であったはずだ。
だが聖職者が並べ立てる屁理屈は嘘だと悟ってしまった。神の子でさえ死を前にすれば哀れな子羊に過ぎないのだと。
積み上げられた瓦礫と死体の山が炎の渦の中で蜃気楼のように燃えていた。
悲鳴と喧騒が響き渡る世界の空を見上げれば、星に混じり血と鉄で錬成された魔導の光が幾つも瞬いては消えていく。

黎明の子、明けの明星よ。あなたは天から落ちてしまった。

大いなる反逆を引き起こした全ての原典、知恵に満ちた美の極みこそかの魔王。墜天は神が万能であることを否定する。
きっと悪い夢だと目を閉ざし、耳を塞ぐことが出来たならばどれだけ救われただろうか。
どれだけの損害を受けたのか想像も出来ず、これより起こる帝国による逆襲を祖国は防ぐことは出来ない。分かりきった敗北の二文字を受け入れるしかない。
我々はきっと手を出してはならなかったのだ、地獄の窯の底を覗けば引きずり込まれる。祖国に死と恐怖の旋風が巻き起こるだろう。

「くそったれ」

天に夜闇より深い漆黒が星々を染め上げ、翼の様に世界を覆い尽くしていく様をみて、哀れな子羊は吐き捨てた。

★―1925年5月25日―★

第二〇三魔導大隊は半数の脱落者を出したものの、共和国側のライン戦線中央に痛烈な打撃を与えた。余りの成果に司令部をもってしてもやり過ぎだと言わしめたという。
柔軟性に優れた精鋭部隊による強行偵察で一時的に共和国軍に混乱をもたらした帝国軍は粛々とはいかずとも右翼の撤退に成功。
これをもって帝国軍による霧と太陽作戦は完遂した。
そして帝国は共和国の左翼を引き込み、包囲殲滅するため次の段階へと移行する。獣を狩るならば頭を狙えば良い、衝撃と畏怖作戦(Schrecken und Ehrfurcht)はとある研究成果を基に計画された。
別次元の世界において第二次世界大戦中に第三帝国が開発した史上初の軍事用液体燃料ミサイルは、此方の世界において奇しくも同名のⅤ1として一足先に完成する。
音速を突破するため現存するあらゆる兵器での迎撃は不可能だが、とても採算が合わない馬鹿げた玩具を輸送機に仕立て上げたのである。
搭乗員は魔導師に限定され、常に防殻と耐衝撃術式を展開していなければ空中分解しかねない危険な代物は大真面目に作戦に組み込まれた。
戦線を飛び越え襲撃する人間ロケットだ。
少数の魔導師による敵中枢部への降下と破壊は更なる混乱を巻き起こし指揮系統を粉砕するだろう。

賽は投げられた、帝国に勝利を

「馬鹿げた話だ、と笑うべきなのでしょうか。砲弾に括り付けられるとは。大隊長」

「笑いたければ存分に笑うがいい、バイエル大尉。貴様らにはその権利がある」

気を緩めればバイエル大尉の膝が小鹿の様に震えだしそうだった。別段武者震いなどではない、ただただ恐怖があるのみ。
誰が好き好んで爆弾を抱えて敵方へと突撃する。大日本帝国と違い我らには信じるもの(天皇)が居ないのだ。
あるいは神に祈れと言うのだろうか、クソッタレ。この時ばかりはデグレチャフ少佐にも余裕がないのか、何処か遠い目をしている。

「……やはり、私が志願します。バイエル大尉」

目の縁に昏く隈を作ったローゼ・フォン・エッカート少尉が私の背後から囁くように告げてくる提案は心底有り難い。有り難いが到底賛成など出来ない。
あの日以来取り扱いに困るようになったエッカート少尉とは相変わらずツーマンセルを組んでいるが、今回の作戦に参加するのは私だけだ。
純粋な実力と、もしも我々が帰還できなかった場合に備えて隊の指揮を引き継ぐべき人材を残していかなければならない。

「私は、黒翼だ。なめて貰っては困るよ、エッカート少尉」

自らに言い聞かせるように胸元の宝珠を握りしめた。偽りの英雄、神に選ばれることのない罪人であろうともやるべきことくらいは分かるというもの。
原作との乖離が既に致命的な段階にまで進行している以上、原作に存在しないエッカート少尉が参加するよりも私自身が不意な出来事に直接対応する方が良い。
なにより壊してしまった女性を死地に追いやるほど、神の手は断ろうとも落ちぶれたつもりはないのだ。

「その意気だ。大尉」

デグレチャフ少佐は一歩を踏み出し、工場の中心に置かれたV1の前で、天高々に声を上げた。既に僅かに見えていた動揺や不安すら分厚い幼顔の仮面の下に隠している。

「戦友諸君、祖国に神の御加護があらんことを。ただし、我ら将兵がヴァルハラに有給を取る限りにおいて」

振り返り、笑みを浮かべ、選別された我ら魔導中隊と敬礼する残りの魔導大隊に宣誓する。

「我ら神に代わりて祖国を救う!カエサルのものはカエサルに!我が戦友諸君、人間による戦争の時間だ。勝ちに行くぞ!」

笑みは敵を威嚇する攻撃的表情だ。だが、これほどまでに人は獰猛に笑えるものか。私の様な偽りの偶像ではない、本物の英雄が此処にいる。
あのデグレチャフ少佐ならばと誰もが思うのも納得した。現代知識やら、聖人の力なんて関係はない。

有り方そのものが英雄だ(うらやましい)

搭乗用のタラップに足をかける。最初の頃、後方に下がろうと躍起になっていたころが懐かしい。気付けば此処まで来ていた。
振り返れば信頼しきった表情で送り出そうとする仲間たち、前回の怪我が治って居ないというのに態々病院から抜け出してきたのだ。

「アリベルト」

完全に機体に入り込んだ後で、頬に湿った暖かい吐息がかかり唇を落とされたのだと理解する。
見上げると何処か暗い表情を浮かべたエッカート少尉が、名残惜しげにそっと離れていくのが見えた。随分とエッカート少尉も節操なしになったものだ。
手動で完全にハッチが閉じ、接続された宝珠からロケットへと魔力が流れ込み、青白い輝きと共に防殻を展開。
無線は封鎖され孤独な空間の中、テンカウントだけが支配した。じんわりと滲んだ頬の汗を肩口で拭う。

「0」

私の全身に轟音と衝撃が、ドラムの様に叩きつけたのであった。

★―共和国目標C地点上空―★

原作にて私が指揮するC隊の目標ポイントは外れであったが、私の加入だけでなく戦場の推移が大きく原作乖離しているため安心は出来ない。
失敗すれば帰り道すら覚束ないこの任務は、3部隊の目標の何れかに敵の司令があることを祈るだけだ。

『01より各位、最終工程に入る。状況知らせ』

「09より、異常なし」

窓のない人間ロケットの中で、座標指定だけが唯一己が地図の上に存在していることの証明だった。万が一迎撃されてしまえば爆弾を抱えた我々は空に花火を打ち上げることになるだろう。
トン級の爆薬は防殻を容易く吹き飛ばし塵すら残さないに違いない。音速を超えるため実際は一瞬なのだろうが何時間にも感じた。

『01より各位。時間だ。距離測定、角度算出急げ』

『05より、01。目標捕捉』

「09より、01。目標捕捉」

『大変結構。各位の突撃準備完了を確認』

私が指揮する小隊の刻々と変わる通信データを見つめながら時計を一瞥する。手動のバーに触れた手がやけに汗で滑った。
ただ来たるべき時が来るのは一瞬だ。仲間たちのことを思い出し自然と高鳴りだす心臓を押さえつける。

『01より、総員へ。フェーズ7へ移行せよ。繰り返す、フェーズ7へ移行せよ』

バーを一気に引いて空中でミサイルは崩壊する。前方は多量の弾薬が乗せられたドア・ノッカーで視認することが出来ないが、強烈な暴風が全身に叩きつけた。
敵の発見を遅らせるための非魔道降下を何度も訓練で行ったが実戦ではたった二度、何れにしろ慣れる気はしない。
速度メーターが赤く250を示す。このまま墜落すればひき肉にもならない。

「通信封鎖だ。小隊のみの回線に切り替える。繋げ」

次々と送られてくる確認に安堵の吐息を吐き出すと、規定値ぎりぎりで腰の紐を引く。専用に作られたパラシュートは無事に開いてくれたようだ。
胸元の安全帯が引きずられる強烈な衝撃に肺の中身が全て吐き出された。だが想像外の事態が此処に来て発生する。

『此方、10!パラシュートが開きません!』

よりによって私の隊、それもヴァイス中尉の機材不備!あのマッドサイエンティストめが、なにが万事上手くいくだ!
舌打ちしたい気持ちを抑えて、心を落ち着かせる。此処まで来てしまったのだから腹をくくるしかない。

「09より、小隊各位!宝珠の使用を許可する!魔導戦闘に切り替え、衝撃に備えろ!」

悪いことは一度起これば連鎖的に繰り返すものだ。人間ミサイルから切り離された爆薬が大地に突き刺さり、巨大な花火を噴き上げた。
高速で過ぎ去る視界の中、たった一発だけが敵の建造物に直撃したことを悟る。黒煙でまったく見えなくなるが目標の建造物はあと2つ、潰しきらなければならない。
96式を起動し、空中で短機関銃の梱包を破り捨てる。何時他の場所より増援が来るかも分からない、四の五の言っている場合ではないのだ。
パラシュートを切り離すも、展開した飛行術式が完全に速度と姿勢を制御してくれる。

「申し訳ありません、隊長!」

「構わん、爆裂術式用意!後で研究者共を一発殴る許可をやる!」

急降下し即座に編隊を組んだ小隊は真下へと爆裂術式を投射した。巨大な火炎が巻き起こり、全身火だるまの人間が飛び出していくのが見えた。
決まった初撃を確認して次の目標を目指して飛行する。だが我々の不幸はこれで終わりではなかった。

「魔導反応確認。2個中隊規模!?」

「……情報部は、何をやっているッ!」

やっと絞り出せた言葉は余りにも不甲斐ない味方への罵倒であった。なにが重要拠点の守りは低いことが想定されるだ、クソッタレ。
アリベルト達は知らない事であるがこの日、不幸な事に空いたライン戦線上空網に対する補充要員が丁度後方施設に到着した日であった。
原作と違い、多数の共和国魔導師を狩り過ぎた故の弊害である。
嘆いても仕方ないと意識を切り替えて、敵の通信を見ることを優先した。混乱しているのか流れていく情報に眩暈を覚える。

「上がってくるぞ!小隊各位は対魔導師戦闘…いや、次目標の破壊を優先しろ!」

「ですが隊長!」

「私が時間を稼ぐ!増援が期待できない以上、遅滞戦闘は不可能。目標の完遂が優先だ!」

心配してくれるのは嬉しいが私とて到底死ぬ気はない、最大限の抵抗をさせてもらう。
最も、この作戦で司令部を潰せなければ敵の腹の中で孤立し、統制された敵の追撃を受けることになるのだ。何としても避けなければならない。
祖国はエース・オブ・エースを幾らでも使い潰しが利く便利な駒とでも思っているのだ。震える脚に拳を叩きつけて活を入れた。

《な、何が起こったんだ!》《訓練か?》《違う!帝国軍だ!いいから空に上がれ!格好の的だ!》《嘘だろ、此処がどこだと思っている!》《前線が崩壊したのか!》

付け入る隙は通信から見る限り、一部対応が早いものも居るが敵の殆どが新兵という所だ。偽りだとしても、ネームド付きによる戦場の洗礼を受けるがいい。
誇示するように魔力の供給量を増大させ未だ上昇していない魔導師に弾丸をばら撒いた。軽快な音を立てて吐き出す短機関銃の弾丸はすべて燃焼術式を封入した、大盤振る舞い。
バックドラフトという言葉を知っているだろうか、発生した建造物内の火災に対して新鮮な空気を送ると急速に火災が拡大する現象のことである。
目の前で、防殻によって火炎を免れた魔導師たちが脱出するために壁を破壊したことで偶発的に起こった。
フラッシュバンを食らったように閃光で視界の全てが掻き消える。慣れてきた視界の中でも、耳鳴りが止まらない。
少なくとも未だ上がっていない2個小隊は今の損害で立ち直れないことを祈るしかない。

《相手は烏だ、ネームドだぞ!》《何でこんなやつが此処に!》《統制射撃だ。絶対に近づけるな!》

「甘いんだよッ」

急速旋回し未だ隊列を組む前の敵中隊に飛び込む。圧倒的数の差を相手にするには指揮を掻き乱し、1対少数の状況を無理にでも作り出すしかない。
高速軌道をとる96式においつける宝珠は未だ共和国では確認できていないのだ。利点は最大限利用すべきだろう。

「09より、10!これより小隊の指揮と01への通信は貴様がとれ!」

『了解!神の加護の有らんことを!』

気付いてはいないだろうが、ヴァイス中尉より送られた最大の皮肉に自然と口角が上がった。絶望的な戦場に立つ兵が思わず笑みを浮かべるというのがわかる。
笑うしかないのだ、なら盛大に邪悪に笑うがいい。相手が少しでも怯え、攻撃の精度が落ちるように祈る。

「嗚呼、何たる日だ!右も左も獲物ばかり、啄むには困らない!」

オープン回線で咆哮を上げて、私の進行方向から逃げるように乱数軌道をとった敵を執拗に追いかける。私の瞳には既に捉えていたカバーに入ろうとした本命に貫通術式を叩きこんだ。
恐怖に顔を歪ませた敵の戦意は削り取られ、放たれる弾丸も狙いが覚束ない。態々、あえて撃たずに唇を落とせる距離まで近づいた。

Bonne soirée(こんばんは)

「うわぁああああああああああああああああ!」

狙い通り誤射を避けるため、私への他からの射撃が甘くなる。リロードしている余裕があるか分からないため、弾の節約にもなる一石二鳥だ。
手刀で防殻を貫き、至近距離で弾をばら撒こうとする銃口を掴んで背後から接近する魔導師へと逸らした。
盛大な同士討ちを音だけで確認しつつ魔導刃を突き立て喉を掻っ切る。蹴り飛ばせば、助けに行こうとする魔導師諸共爆裂術式で吹き飛ばす。

「はっははははははははははははははっ。共和国魔導師諸君!貴様らは今まで何をしてきたのかね?おままごとか?どうやらオムツも取れてないらしい」

喋ることで動揺を誘い、わずかな時間を稼いでリロードする。実際の所、V1に乗っている間に展開し続けた防殻によって普段より消耗が激しい。
何より相手の数が多すぎるため早く敵の司令部が潰れることを祈るばかり。ただ、神に見放された時点で私が祈ろうとも意味はなさそうだ。

《01から03小隊は前衛だ!一斉に襲い掛かるぞ!》《再編しろ、指揮権を一時移行する!》《第04小隊は私に続け!狙撃術式で援護を!味方に当てる間抜けは居ないな?》

「貴様が指揮官か」

「ッ!」

通信を基に特定し、最大加速で対応する前に貫通術式で防殻を貫き胴体に風穴を開ける。ライン戦線の空を守り続けた時にやり続けた常套手段は今でも有効らしい。
出来るだけ宝珠は破壊するようにはしているが、多数の交戦データは取られているだろう。そろそろ対策されても可笑しくない。

「帝国の化け物め!」

「罵倒の言葉も稚拙で、品位の欠片もない」

魔力の爆発で弾かれるように移動すると、先ほどまで居た場所に統制された狙撃術式が突き刺さる。更に追いかけるように宙を舞う光の弾丸は私に食いついて離さない。
どうやら相手は新兵を肉壁にし、それなりに使える部隊で縫いとめる作戦の様だ。大変結構、むしろ格闘戦が楽になって狩り放題だ。
下でもう一つの目標がヴァイス中尉達によって爆破されたことに、一瞬意識が向いた敵に襲い掛かる。
爆裂術式を即興で接触式から時限式に変え、視界を封鎖する。出来るのかは知らないが今度魔導技師に煙幕術式の製作を依頼しよう。
最低限の装備しか持ち込めなかったため発煙弾がない事に舌打ちをしながら、魔導刃を振り下ろした。

「貴様ッ」

「烏ぅううううううううううう!」

名も知らぬ女性の魔導師が、胸を魔導刃で貫いたというのに憤怒の表情で銃口を押し付けてくる。殺した相手に恋人でもいたのか随分と恨まれているらしい。
放たれた弾丸を防殻で弾き手刀を傷口に差し込んで抉り取った。女性にこの様な事をする羽目になるとは。
だが吐き捨てる暇すら与えられない。一瞬でも足を止めた鳥は格好の的とばかりに防殻に貫通術式が幾筋も突き刺さる。
一発の貫通を許し、右肩に灼熱の激痛が走る。言葉にならない悲鳴を上げ、力の抜けた手より短機関銃が零れ落ちていった。

「死ねっ烏!」

一瞬呆けた思考を何とか取戻し、魔導刃を煌めかせて突撃してきた魔導師に左腕で拳銃を引き抜き、術式を即座に再計算。貫通術式を封入して叩きつけた。
士官用の名作拳銃は防殻を貫ける程度の威力はあったようで直前に失速した敵兵から強引に短機関銃をはぎ取る。
魔力は限界、吐く息は荒く、耳鳴りは止まず、視界は朦朧、全身の寒気と震えが止まらない。

「大変結構。貴様ら程度を片づけるのに何の問題もない」

やせ我慢を吐き出して死を覚悟した瞬間、

「これ、は」

―――それは起きた。魔力が勝手に放出され黒翼を天に拡大し続ける。鳴り響く終末を告げる法螺と、錆びついた亡者共の悲鳴。
身を引き裂く苦痛と止めどもなく流れ出した漆黒の魔力が意識を塗りつぶしていく。一度体感したこの感覚を忘れることはない。
地獄の門が開き、三千世界の烏の羽ばたきがリフレインする。何年たっても忘れることはない魔王の気配。

嗚呼、信仰が崩れ落ちる

誰かの吐息が耳元にかかり、閉じゆく世界の中ぐるりと全てが黒く深く消えていった。



ノム様、巌窟親Gィ様、N-N-N様、Argan•Argar様より誤字報告を頂きました。有難うございます。
日間1位、お気に入り千件、総合評価2千達成。


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Machenschaften (10.策謀)

★-帝国北方軍後方司令部医務室ー★

アルコールの臭いが鼻につき、自然と顔が歪む。頬に奔った鈍い痛みで叩かれたのだと理解して意識が急激に浮上する。
胸元に置かれていた重しが脇の下へと滑り落ちていく。滲む視界の中、換気扇のファンがくるくると回っていた。

「遅い目覚めだな、バイエル大尉」

はっきりしない思考の中で首の筋肉を酷使しながら顔を上げれば、デグレチャフ少佐がいた。だがそれは普段の何処か皮肉っぽく楽しそうにしていた立ち姿とは違い、冷酷そのものだ。
敵がデグレチャフ少佐に感じていただろう畏怖はこの様なものかと何処か他人な思考が頭の中で渦巻く。流石神の使徒といったところか。

「私の大隊は成功した司令部破壊と同時に発動した挟撃作戦に伴って、ライン戦線掃討作戦に従事することになる。が、貴様は軍医から一月の療養を言い渡されている。しっかり休みたまえ」

「な……にが……」

上げようとした腕が皮膚に張り付く冷たい感触によって阻害さる。みれば私の両手は鎖によってベッドに固定されていた。

「成る程、記憶にないと。ある意味で好都合ではあるが軍である以上、規律は規律だ。話すとしよう」

記憶を取り戻そうと意識を向ける度に激痛が走り、痺れが全身へと広がっていく。辛うじて耳から入ってきた情報を脳内で組み立てた。
曰く、アリベルト・バイエルはあまりの激戦に宝珠への魔力を過剰投与を引き起こした。
曰く、自己崩壊をおこしながらも戦闘を続行し二個中隊を血祭りに上げた。
曰く、作戦終了に伴い暴走を押さえ込もうとしたヴァイス中尉に攻撃を行った。

「ヴァイス中尉の怪我は一週間で治る程度のものだ。どちらかといえば貴様が負った怪我の方が致命的だった。魔導回路の損傷、30本の骨が粉砕、全身の筋肉が余さず断絶していたそうだ」

吐ききった言葉の後にデグレチャフ少佐は僅かな迷いをみせた。彼女がこの様な姿を部下に見せるのはヴィーシャくらいだと思っていた。

「魔導師として死んだも同然、態々私が貴様の本国送還願いをしたためた程だ。だが神の奇跡の如く完治した。天の恵みに感謝するといい」

どうかね?と尋ねてくるデグレチャフ少佐の言葉に漸く彼女が何を迷っているのか理解した。この私に向かって神から遣わされた使徒か何かだと疑っているらしい。
相変わらず記憶は戻らないが魔王が気紛れに力を押し付けてきたのだろう。絶望的な状況から生還することは出来たが、この様では感謝の一つも出てはこない。

「……私のような者に神が救いをもたらすわけがないでしょう。精々、悪魔との契約とでも言ったところです。ラインの悪魔殿」

「成る程、皮肉を言うだけの元気はあるようだ。だがライン戦線が崩壊した以上、その異名は古いな。新しいジョークを考えておきたまえ」

「はっ」

ふとデグレチャフ少佐が笑ったことで、場の緊張感が弛緩した。つられるように痛みを無視して口角を吊り上げる。
神の使徒はどちらだと吐き捨てたくなったが、唾と共に言葉を飲み込んだ。死んだことがあるとはいえ流石に命は惜しい。

「錯乱しての誤射は新兵で有りがちなミスだ。内々で処理できるがヴァイス中尉には後でなにか奢るといい。貴様が新兵とは笑わせる話だがな」

「35年ものを用意しておきます」

結構と呟いて、デグレチャフ少佐は病室を出ていった。拘束は外されないようだが独房に放り込まれるよりはまともな扱いである。
残された病室のなかで天井を見上げていると直ぐに次の来客が来た。隊の面子かと思っていたが、予想外の人物に言葉を失う。
髭を伸ばした大男、ルーデルドルフ少将だった。大物に慌てて敬礼しようとするが鎖によって阻まれる。

「ああ、構わんよ。作戦の功労者に対して無理を言っては罰が当たるというもの。楽にしたまえ」

「はっ。有り難く。して、何のご用件でありましょうか?」

「いやなに、貴様の功績に対して航空突撃章が授与されることとなった。昇進はデグレチャフ少佐を待ちたまえ。隊長より階級が上な部下が居ても困るだろう」

「有り難く拝命致します。ですが、本件は?」

「気を急ぐ男は嫌われるぞ。まあ、宜しい。第二〇三魔導大隊の成功をもって新造魔導大隊が作られることになるだろう。その隊長の席が空いている」

言外に新しいポストに着かないかと言われているのだ。しかし、今時期の設立は祖国救済に色々と問題がある。
確かに通常の魔導師相手に負けることはそうないだろうが新造ということは連携もままならない赤子のお守りをするということ。
体験していないが今の第二〇三魔導大隊の実力が雪中訓練と、度重なる実戦経験によるものだということを考えれば練度も期待できない。
結論からいえば今の情勢で余裕はない。

「無礼を承知で申し上げても宜しいでしょうか?」

「構わん」

「では、祖国はダキア戦時とは大きく情勢を変えております。ライン戦線の長期化を含め魔導師の損耗率は拡大し、訓練を施しただけの兵が前線に送られている。第二〇三魔導大隊が半数の脱落者を出してなお、比較的低い損耗率と呼ばれるのです」

当たり前の事を当たり前の様に述べただけだ。ルーデルドルフ少将の困惑した表情もわかるというもの。恐らく未来人にしか理屈はわからない。
現在の魔導師損耗の対応策として新造大隊の設立を考えたのだろう。戦力の集中運用は戦争における基本原則である。

「大隊結成のため引き抜くとした場合、東部・中央からの引き抜きでしょう。大隊規模ともなると戦線が薄くなります。これで少将閣下は本当に戦争が終わるとお思いですか?」

ルーデルドルフ少将の眼が大きく見開かれた。今まで動揺一つ見せてこなかった少将がである。
やはり薄れてきたものの原作知識というものは偉大だ。あのルーデルドルフ少将でさえライン崩壊の戦勝に浮かれていたのだ。
上層部は軒並み勝利の美酒を味わいすぎて正常な判断ができていないに違いない。共産国家が反共産主義の大国に対して恐怖を抱くのは当然である。
どれだけ内部が腐り果てようとも理想を掲げて興した国が共産主義以外の発展を認めるわけがない。ナショナリズムとは違う主義戦争だ。

「だが、それは、つまり」

「祖国は3カ国との戦争に疲弊していると思われているでしょう。開戦の理由などダキアをみれば紙切れ一枚で済むというもの。東部からの引き抜きは戦線の弱体化を招くことになります」

「貴様はまだ終わっていないと、そう言いたいのかね?」

「いいえ。大公国も協商連合も共和国も我らが祖国からみれば所詮は小国。此れから始まるのでしょう。全ての国を巻き込んだ世界大戦が」

淡々と当たり前に話す私に対して、ルーデルドルフ少将が向けた瞳はまるで悪魔を見た様だ。だがこの時代、戦争の専門家に理解できなくて当然。
特に帝国という内政重視の国家では他国の思想や危機感を理解することは出来ない。帝国は残念ながら勝ちすぎてしまったのだ。
何処かで立ち止まっていれば多少の領土と戦勝金で収まっていただろう。だが3カ国の吸収は大陸最大国家を産み出すことになる。

「一介の大尉に計ることが出来ませんが、もしも隣国に戦争が得意な大国が出来上がりそうになった時。それを妨害できるとして、手を出さない国があるでしょうか?」

有るわけがないのだ。漸く気づいたのかルーデルドルフ少将は思案顔になり始める。出過ぎた真似ではあるが少しでも次の戦争準備を押し進める必要があった。

「では、もし、もし仮にだ。3カ国相手に勝利した何処かの国がこれ以上戦争をせずとも済む方法はあるのかね?」

「得た領土の全面返還と賠償金に止める程度でしょうか?あるいは」

この方法は原作を大きく解離させることになる。勿論、採用されない可能性の方が大きいがデグレチャフ少佐の例もあるのだ。
祖国を勝利に導くには何処か致命的な状況に陥る前に手を打たねばならない。だが決定権を持つ軍司令に上がるまでの道のりは遠すぎて不可能。
今こそ長年暖めてきた策略を訴えかけるべき時ではないだろうか。

「建国しては如何でしょうか?植民地とは違い、自治権を持つ帝国に友好な国を。特に協商連合はやり易いでしょう」

ピクニックと称して戦争を始めたのは協商連合上層部だ。一新されたとはいえ無能として民衆の心に刻まれているに違いない。
プロパガンダを扇動し、民衆の怒りを帝国から自国の上層部へと向ける。たとえ他国からの介入があろうとも工作する時間を与えなければ良い。
軍費縮小の条約と多額の賠償金さえかけてしまえば少なくとも数年は抵抗を押さえ込める。さらに連邦への北部防波堤としても期待できる。
勿論、帝国人の心象など多数の問題は残るが私が考えるべきことではない。無駄に占領してパルチザンの抵抗を受けるよりは良い。
世界大戦にさえ勝つことが出来れば小国など煮るなり焼くなり好きに出来る。直面した問題の方が優先だった。

「出来るのだろうか?」

「やるのですよ」

勝つために。

★―1925年6月20日―★

史実ではダンケルク撤退作戦と呼ばれる共和国による史上初の大規模撤退作戦が行われようとしていた。
ライン戦線崩壊に伴い、共和国は首都放棄を決断。国土の放棄は多くの反発を招いたが結果的に作戦は決行される。
首都等の防衛には四個師団を帝国軍の足止めとして配置。彼らは祖国のために最後まで戦えと命じられた者達だった。
ブレスト港に集められた輸送船と軍艦一杯に兵と物資を詰め込み、祖国の大地を再び踏み締めることを誓う。ナショナリズムといえばそれまでだが、共和国の誇りは未だ遺されていた。

ルーデルドルフ少将にはまったくもって頭が上がらない。私の立てた荒唐無稽な外交プランに動揺した隙をついて一つの約束を確約させた。
少将閣下は首をひねっていたが、停戦命令の発令に対してほんの少しだけ状況判断のため議会を楽しんでほしいとお願いした。半刻のみと告げられたがたった半刻が帝国の命運を分けるかもしれないのだ。
抗命行為、独断先行、違法使用と軍法会議にかけられれば即座に物理的に首が飛んでしまう罪のオンパレード。

「だが、勝つのは祖国(わたし)だ」

よく清掃された固いタイルの上を軍靴を鳴らしながら早足で進む。エレニウム工廠は95式、96式、97式、V1と度重なる成功を収め、その権限を拡大していた。
あのマッドサイエンティストは悪事の片棒を担がせるには最適。ついでに今回の件で更迭されてしまえばいい。

「シューゲル技師、準備はよろしいかね?」

「勿論だよ、バイエル大尉。私の実験に失敗はあり得ない」

胸を張り尊大な態度を崩さない白衣の狂信者がこれ程頼もしく見える日が来るとは。厚いモノクルに隠された瞳が狂気を滲ませて笑っていた。
ずらりと並べられた美しい曲線と、武骨な推進用ロケットが馬鹿みたいに接続されている。いつぞやでお世話になったV1が12機。
前回の作戦で有用性を認められたにも関わらず作られたのは目の前にあるたった12機だけだ。なにせ世界初の液体燃料ロケットは軍費を食いすぎる。
たった一発の大華で一週間は砲兵大隊が継続統制射撃を繰り返すことができた。

「結構、では諸君。華は好きかね?」

「はははははっ好きでありますとも」「うちの隊に花は二つしかありませんからな」「フロイラインとはよく言ったものです」「バイエル大尉?」

第二〇三魔導大隊所属第二中隊総員が敬礼を崩さず並んでいる。私が最も信奉し、信頼する最高の戦友達だ。
前回の衝撃と畏怖作戦に参加することが出来なかった者たちは勇み足で参加を表明してくれた。私も戦闘狂(ウォーモンガー)で知られるが本当の怪物はこの隊その物だ。
一人だけ薄暗い瞳で見つめてくる隊員が居ることから目を逸らし、意気揚々と拳を振り上げる。今度は連れて行くのだから許してほしい。

「これより始める闘争は本来必要ないものだ。だが祖国にとっては勝利へと導く第一歩になる。行く先も地獄、帰るも地獄。ならば神に驚嘆の声を上げさせよう」

「我ら戦士、いざヴァルハラへ!」

振り下ろされる鉄槌と共に中隊諸君が高らかに叫ぶ。示し合わせたわけでもないだろうに仲がよろしくて結構だ。どれだけ取り繕うとも彼らを死地に追いやるのは歴史ではなく私。
本来ならば停戦命令によって出立することが出来ないV1を事前に連絡をとったことで用意させていた。逃げようとする共和国軍に追い打ちをかけ、完膚なきまでに戦意を折る。
薄暗い倉庫の中で神への反逆を叫ぶ。たとえそれが産声に過ぎないとしても、全てを救えるほど手が長くなかろうとも、噛みつき食いちぎる。
次々と迷いもなくV1へと乗り込んでいく中隊を見送って、私もハッチに手をかけた。

「バイエル大尉、何を……」

漸く決断がついたのだろうデグレチャフ少佐が倉庫内へと入ってくるのが見えるが遅すぎた。少佐に話さなかったのは彼女が軍法会議にかけられ、昇進が遅れるのを避けるため必要なことだ。
デグレチャフ少佐は驚愕に目を見開かせていた。やはり狂気的な仮面をはぎ取れば、普段は見えぬ顔が見えてくるというもの。

「我ら第二中隊総員、ブレスト軍港にて祝勝会の食べ残しを食い散らして参ります」

「貴様…まさか!」

では、失礼と返答が来る前にハッチを閉める。最早止めるにはV1に向けて攻撃を加えるしかなく、誘爆の危険があるため出来るはずもなかった。
エンジンが点火し、暴風が蹂躙する中、デグレチャフ少佐は溜め息を吐き出した。テンカウントもなく、光となってV1は彼方へと飛び去っていく。
高笑いをするマッドサイエンティストと、爆風で思わず転んだ研究員だけが残されている。退院したばかりだというのに元気なことだ。
だが後で懲罰をしなければ規律が乱れてしまう。

「優秀すぎる部下も困り者だな」

呆れ果てた顔で、デグレチャフ少佐は司令部から頂いたブレスト港威力偵察指令証を握り締めた。

★ー同日ブレスト港ー★

最悪な日だった。国として自国の領土を全て放棄するなど前代未聞の恥さらしだ。後世まで無能として叫ばれるだろう。
国を守るために最後まで戦うと声高く叫んだ者達は今も首都防衛を続けているに違いない。彼らと国民に顔向け出来るわけがない。
今すぐにでも花の都に戻り玉砕を叫びながら剣を振るいたかった。

「閣下、積み込み準備完了いたしました」

「よろしい、っ!なにが起こった!」

始まりは衝撃だった。矢のごとく放たれたV1のうち、10発は着水し水面を大いに泡立たせた。
問題の2発は最悪なことにダンケルク級戦艦の艦橋と横腹に直撃。帝国とも一戦交えた英雄艦は、火災と爆発を振り撒きながら海を茜色に染め上げた。
最初は誰もが何処かの馬鹿が火薬庫で煙草を片手にバロックダンスでもしていたのだろうと吐き捨てた。だが中折れする戦艦と魔導反応に信じがたい事が起こっていることを理解する。

「か、らす?」

フィヨルドの海で死んだとされた後、一月は姿を見せなかった筈の怪物と一致する魔導反応。思わず観測班は言葉を失い、隙を生む。
間髪いれずに展開された術式は第7層燃焼接触型砲撃術式。本来なら兵を焼き払うためだけに開発された術式は正確にモガドール級大型駆逐艦の艦橋下部扉に突き刺さり、酸素を急速に奪う。
酸素生成用術式など組む暇もなく即座に観測班と内部に居た魔導師二個中隊を蹂躙した。勿論、他艦より魔導師達がスクランブル発進されていくがその士気は最悪だった。
国から逃げ出したと言う負い目と、目の前で中折れし轟沈していく戦艦(象徴)を見て心が折れない方が難しい。

追い打ちはまだ終わらなかった。V1の衝撃はバブルジェットを引き起こし、魚雷を喰らったかのように輸送船二隻が操舵不能となったのだ。
民間の船を改装しただけの装備が裏目に出ていた。立ち往生した輸送船によって現場の判断が遅れる。直後に放たれた爆裂術式の雨はたんまりと溜め込んでいた火薬を、文字通り花火へと変えた。
痛ましいことにこの爆裂術式を放ったのは帝国魔導師ではなく、帝国魔導師へと差し向けられた共和国魔導師によるものであった。
本来熟練した海軍魔導師ならばこのような事態など引き起こすわけがない。混乱した場は陸軍魔導師、それも新任を出撃させてしまったのである。
だが彼らを責めるのは筋違いというもの。速成に過ぎない新任達は、あくまで対魔導師用の教本に従ったに過ぎないのだから。

熱い熱いと叫びながら渦巻く海へと身を投げる者。海水を汲み上げ、鎮火しようとするも爆発に飲まれる者。共和国が誇る艦隊など見る影もなかった。
流石に天まで届く黒煙に帝国軍が気付かぬ筈もなく、時間がない共和国軍は作戦通り這う這うの体で逃げ出すことしかできない。
戦艦一隻轟沈、駆逐艦一隻拿捕、輸送船三隻拿捕。有り得ないと叫ばれる一個中隊による戦果は一方的な攻撃で始まり、終わったのだ。

後にブレスト港の悲劇と呼ばれるようになる帝国の破壊と追撃により、撤退しようとした共和国軍は実に46%を失うことになる。
同時に逃げ惑う兵達の目に焼き付いたアルデンヌの烏の姿は、共和国敗北の象徴として広く知られることとなった。



黒蜘蛛様、クオーレっと様、ハインツ・ベルゲ様、ジャクリロボ様、はこだー様
何時もの誤字報告感謝。毎度のことながらご迷惑をおかけして申し訳ありません。


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Teufels Beweis (11.悪魔の証明)

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★―帝国査問委員会―★

ブレスト港への無断攻撃。後々に実は許可されていたらしく、残るはV1の無断使用に関しての査問委員会が開かれていた。
ただ許可された通りに輸送機で向かえば逃げられる可能性が高かったため後悔はしていなかった。今は少しでも敵の意志を挫かねばならないのだ。
ずらりと並んだ傍聴人はすべて軍の関係者だった。孤児院出身者であり、家族の行方も知れないとなれば圧力をかけるために席を埋め尽くすのは当然ともいえる。
発言台に立った私を出迎えたのは冷や汗を垂れ流した査問委員達。今や軍が実権を握っているため法務部は随分と肩身が狭い思いをしている。
軍による政治の介入は本来避けるべきにも関わらず国民が求めているのだから仕方ない。

「―――であるからして、貴官の疑義は独自裁量権の逸脱である。なお、貴官はこれらを事実として認めるかね?」

「はい、いいえ。少官は帝国勝利の一助となるため認可された裁量権に従ったまでであります」

詰問した検事に私が答える前に弁護人が手を挙げる。直ぐにでも司会役のエッカート大将が発言を認める出来レース。
そう、エッカート少尉の父君、ディータ・フォン・エッカート大将が司会役に収まっているのだ。親族が部下に居る者を司会に立たせるなど前代未聞である。
いっそのこと立ったまま寝ても判決は無罪から変わらない。デグレチャフ少佐の時にもいえることではあるが各所からの圧力による決定事項だった。
まだ未来の話ではあるがデグレチャフ少佐もまた確実に起訴されるだろう。それにしても隊長、副長と別件で起訴される大隊はうちだけではないだろうか。

「つまりバイエル大尉の行動に関して情状酌量の余地がある。また、多大な戦果を挙げたという実績は称賛されるべきことである」

本来ならばあり得ないとされていた戦艦の撃破によりV1は飛躍的に実験的価値を得る。とても費用対効果の悪い兵器であるが元の世界の史実を考えればロケット技術の発展は必要。
まさに一石二鳥ではないだろうか。適度に委員による賛辞を聞き流しながら無駄な思考をしていた。

「さて、議論は出尽くしたかね。本査問委員会はアリベルト・バイエル大尉の疑義が晴れたと認める。以上だ」

エッカート大将の号令と共に拍手が巻き起こり、私の無罪はとんだ茶番によって無事に証明された。振り返り、頭を下げるとデグレチャフ少佐が此方をじっと見つめていることに気付く。
どうやら私に用があるようだと急ぎ発言台から離れるが、責める者など誰も居なかったのであった。

「これに懲りたら少しは考えて動きたまえ」

「やはり座学は苦手でして」

わざとらしく肩を竦めると、やれやれと首を振ってくる。どうにも叱責が飛んでくるわけではなさそうだ。
だが向かう先は陸軍が唯一の癒しとしている将官用のバー。少なくとも今回の一件に関して一杯奢れということらしい。
残念なことにデグレチャフ少佐では年齢が引っ掛かり、バーに入ることが許されない。ただし保護者同伴という裏技があるからして。

「大尉殿、お疲れ様です」

あえてデグレチャフ少佐から視線を外している士官に対して、少佐は屈辱的な目を向けているのである。気づきながらも注意をしてこないだけ分かっている(・・・・・・)と思うのだが感情と理性は別のようだ。
笑顔の裏に冷や汗を垂らす青年士官に同情しながらもバーへと一歩足を踏み入れた。触らぬ神にと言ったところか。

「やはり将官用施設に関して参謀本部へと抗議文を上げるべきかと愚考するが、どうだろうか?バイエル大尉」

「あははは」

しかし相手から一歩踏み込んでくれば笑うしかないだろう。それが日本人らしさというもの、あ、まずいと気付いたときにはもう遅い。
恐る恐るデグレチャフ少佐の方へと視線を下げればがっつり視線が絡み合った。明らかに疑惑の目でバーカウンターを薦めてくる。
前々から疑われていたのは知っていたが、遂に突っ込まれる時が来たようだ。

「やはり貴様。いや、此処は上官として私が奢ろう」

一転してにこやかな笑みに変わったデグレチャフ少佐は外見だけいえば天使のよう。だが悪魔が皮を被っているに過ぎない。まるで尋問官を前にしたような状況に背筋が凍える。
これがラインの悪魔か、とでも戦慄すれば良いのだろうか。私を疑う材料は幾らでもあり、元の根が一般人の私が誤魔化せるとは思っては居ないが精一杯の抵抗はしよう。

「まずはビールだな。大尉」

「はっ!」

思わず背筋を伸ばしてカウンターにつくマスターに声をかけた。基本的に秘密の会談場所としても使われるバーのマスターは弁えている。
大声をかけられるまでは視線を下げ、出来るだけ客から離れることで機密を守っているのだ。きっと他国でもバーのマスターを締め上げれば軍事情報がぼろぼろ出てくる。

「兎も角まずはおめでとう、といったところか」

「有り難うございます」

結局のところ裏ではデグレチャフ少佐も私の無罪主張に尽力してくれたらしい。部下思いの、と取るべきか、どうせ義務を果たしたまでと返ってくるに違いない。
心の中だけでため息を吐き出して、視線を逸らし陳列された高い銘柄を眺める。今できる精一杯の抵抗だった。

「酒といえばバイエル大尉は日本酒を知っているかね?」

「いえ、存じません」

いきなりの直球に戦慄を禁じ得ない。飲みたくなり調べたからこそ知っていたものの、この世界に日本酒というものはないのだ。
清酒とそのままの呼び方をされ、極東の秋津島皇国で主に生産されている。少数だが帝国にも高額で流れてきたことがあった。
まずはジャブとばかりにデグレチャフ少佐は頷いた。

「そうか。秋津島皇国産の清酒のことを一部ではそう呼ぶらしい」

呼ばないが、否定できるだけの材料もなく黙って頷く。意趣返しに今度自慢気に隊の皆に同じ話を語って聞かせよう。デグレチャフ少佐から聞いたという一言を添えて。
さりげない復讐に燃えたぎっているとマスターが鈴を小さくならし、酒が用意できたことを告げてくる。一時無言になる暗黙のルールに救われた。

「……っでだ」

マスターを一瞥して勢いよくビールをラッパ飲みした少佐は、ジョッキを音を立ててカウンターに置いた。どうやらまだ詰問は終わってないらしい。

「貴様はその奇っ怪なペンダントを何時から付けていた?」

「は?」

★―1925年8月24日 帝国参謀本部第一晩餐室―★

帝国陸軍が調度品に金をかける余り、食事の内容を改善する程の予算が残っていない事は良く知られた話だ。慣れ親しんだザワークラウト、チーズとソーセージだけが救いといえる。
幸い畜産業が盛んな帝国は、アルビオン連合王国に比べればまし。勿論、かの連合王国の住人は舌が慣れ過ぎてフィッシュ&チップスでなかろうと不味い料理を普通に食らう。
現在の仮想敵国は兵站の大切さを知らないらしい。あるいは安く兵が養えるだけ効率的といえるのかもしれない。
ゼートゥーア中将は代用珈琲で胃に流し込み、軽いため息を吐いた。歳のせいか最近は腹にものがつめられなくなった。

「やはり不味いな。うちから予算を出すことを検討しようか」

「デグレチャフ少佐は前線の味だと言っていたがね」

対して対面に座る二人は年を感じさせない食いっぷりだ。だから軍医に肥満を指摘されるのだと心の中で負け惜しみを吐き、注意を引くために机の上を軽く指で叩く。
最近腹が出てきたと愉快そうに笑う金髪碧眼の帝国人らしいエッカート大将と、恰幅のいい北方系の軍人らしさが伺えるルーデルドルフ中将。
この場に居る3人は共和国への勝利に対して階級が一つ繰り上がった。いわば帝国の勝利に貢献した共犯者である。
西部陸軍司令とはいえ畑が違うエッカート大将とは第二〇三魔導大隊、ひいてはバイエル大尉に関わることがなければ繋がりを持つことはなかっただろう。

「前線は前線なりに食事に工夫をこらしているものだよ。稀に芋が痛んでいるがね。それでも芋をすり潰しただけのものを食事と呼ぶのは避けたいところだ」

「おそらく兵站管理の士官が日付を間違えたのでしょうな。多数の道理を分からぬ物知り(能無し)な新兵の陳情には苦労させられましたとも」

皮肉にはきっちりと皮肉で返しておく。前線には前線の、後方には後方の事情があるのだと分かっていようとも割り切れないものだ。
それでも勝利を手に入れたのだから良しとしよう。不謹慎な話ではあるが帝国は戦争の経験を得たと言ってもいい。
お蔭で理論だけを声高く叫ぶ参謀も、突撃を繰り返す士官もいなくなり軍の上層部は随分と風通しが良くなった。

「だが、終わってはいない。何時まで続くやら」

食事を終え、ナプキンを置いたエッカート司令があまり見せぬ弱音を吐く。ポーズかもしれないが溺愛する娘がかの大隊に居るため戦争の継続は気が気でないのだろう。
なにせ数々の戦功をあげた第二〇三魔導大隊はいまやネームド部隊として知れ渡っている。実際、ゼートゥーアからしてみても使わないという道理はなかった。
不思議な話だと漏らした言葉に頷いた。なにせ陸も、空も、海でさえも叩き潰したはずの共和国は未だに戦争(guerre)を叫び続けている。
神が戦争を望んでいるかのように戦火は弱まりを見せようとも収束しない。従来の戦っては条約を結び、植民地を奪うような戦争とは形態が違う。まるで

「……世界大戦」

「デグレチャフ少佐とバイエル大尉の理論かね。私も彼らの理論は何度も読み返したものだよ」

どうやら思っていた言葉が自然と口から漏れ出したらしい。耄碌したものだと代用珈琲に口をつけて気分を紛らわせた。

「彼らの思考は独特だ。あるいは革新的とも言っていい。数々の試行錯誤の末に出された結論をたった一回で突き付けられた気分だ。どれだけあれらの理論が精緻で効率的か理解できる者は少数だろう。才能とはかくも、と言ったところか」

「おや、軍大学最高記録を保持し続けた貴様の言葉かね?」

だからこそだ、と吐き出した。軍は良くも悪くも均一化を目指すようになっている。使えない99人と天才の1人よりも使える100人が必要だからだ。
貴族の地位を与えるなど将官教育用の軍大学は比較的まともであるが、試験などの形式を見れば既存の理論を重視する傾向にあるのは明らか。
天才が発掘しにくい環境下でよくも孤児院という不利な始まりから駆け上ったものだ。未だ底を魅せない才能には恐れすら感じる。

「兎も角、終わっては居ない。南大陸と東、それから海だ」

連合王国と連邦、それから合衆国。距離が遠すぎるため合衆国は精々義勇軍と物資の提供だろうが、兵站の大切さは誰もが知るところである。
三国を叩き潰したばかりだというのに気づけば仮想敵国の戦力は跳ね上がっている。勝てるか?と聞かれれば勝つと答えるしかないのが軍人だ。
だが海は陸軍出の三人では畑が違いすぎる。連合王国の艦隊は海洋国家で知られる秋津皇国と比べても段違いの艦隊を保有している。
潜水艦技術と海兵魔導師に関しては一日の長があるとは確信しているが、艦隊決戦の花形はやはり戦艦。沿岸上陸を阻止出来ているだけ良くやっている。

「幸いダキア大公国の領土化は殆ど抵抗もなく進んでいる」

「大公国は国民に大きな負担がかかる前に電撃的勝利を得たからな。逆に技術の共有化による恩恵も得ている、上が変わった程度にしか考えておらんだろう。問題は」

血の報復。流された血に対する戦果を得なければならないという当然の思いが足を引っ張っていた。それは帝国だけではなく、共和国もだ。
総力戦に勝つには民衆の戦意を挫くか、出血を強いるしかない。終わりの見えない戦争に対する結論は一致していた。

「揚陸か」

「それしかあるまい」

アリベルト・バイエル大尉によるブレスト襲撃は既存では考えられなかった魔導師による対艦戦術への光明を照らしていた。魔術師でもやり方次第では制海権を握れる。
いまや海軍からの問い合わせが相次ぎエッカート大将は笑いが止まらないらしいが、兎も角連合王国の硬い意志を撃墜するには上陸しかないのだ。
島だから安全だと勘違いしている民衆に戦争の重さを教え、自重で国を傾かせる。

「だが、南はどうする」

「共和国の抵抗は小さい。あのド・ルーゴが指揮しているようだが、こちらはローメル将軍を送る」

「ああ、あの鬼才か」

近しい分デグレチャフ少佐やバイエル大尉が目立つが、帝国が誇る将校は二人だけではない。むしろ軍人というカテゴリーにおいて帝国は多数の優秀な人材が居た。
その中の一人が機甲戦術と電撃作戦の信奉者、ローメル将軍である。最低限の兵団さえ与えておけば南部の前線は固定化できるだろう。

「では連邦との戦線を固定化させた後となるでしょうな」

「まるで焼き回しだ。芸がないが、一度成功した実績は確か」

帝国はライン戦線崩壊まで各国に対して拮抗する戦力を置き、主力を一方向に集中運用することで撃滅する戦術を取っていた。
不味い代用珈琲の最後の一杯を掲げ、飲み干す。

「祖国の勝利のために!」



ジャクリロボ様、CWO様。何時もの誤字報告感謝。


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Gerechtigkeit (12.正義)

★―旧共和国帝国占領下都市―★

パルチザンとは元々共和国より生まれた民兵や抵抗を見せる市民を呼ぶ総称である。だが、少しでも実情を知り相対する帝国民ならば共産主義がと吐き捨てるだろう。
共和国が行った反共産宣言の裏には、深刻な赤の思想戦略への防衛があった。ブルジョワジーに対抗する民衆という体のいい対立構造は下級市民に幅広く広がっていったのだ。
しかし上が倒れれば思想の広まりを止めることなど出来るわけがない。今では自由と平等を唄ったパルチザンの裏には赤が透けて見える様になった。
そして、赤の侵略に対するのは実効支配している帝国軍である。

「バイエル大尉、先月の被害は甚大です。このままでは補給路に影響が出ると推測されます」

「分かっているとも。しかし少し前のフランソワ革命を忘れた馬鹿が絶えることはない」

エッカート少尉の忠言に大きく頷くことしか出来ないのが実情だ。誰もが目を背けたくなるパルチザンとの戦いに我らが第二〇三魔導大隊は駆り出されていた。
正確にはたらい回しにされた挙句、丁度暇が出来た直属部隊に押し付けたと言っても良い。どうやら軍大学時代に出したレポートを見た上官がならば現地でやってみろと押し付けたらしい。
当然上司など司令部ひいてはエッカート大将やゼートゥーア中将しかいない。あるいはⅤ1無断使用に対する調整なのかもしれないが迷惑な話。

「そもそも不毛なのだよ」

投げ捨てられ薄汚れた赤のポスターを踏みにじる。憎々しいことに製紙所はパルチザンと癒着しているらしい。直ぐにでも兵を送り鎮圧したいが、市民の反感をこれ以上買うわけにはいかなかった。
パルチザンが生まれる理由など一方的な感情以外にあり得ない。家族が戦場で殺されたならばわかるが、自分達の生活が改善されないまで帝国のせいにされる。
実際はライン戦線によって多大な経済損失が起こったため物価が高騰しているだけだ。吹っ掛けてきた来たのは共和国側である。
兎に角、感情論で語られてしまえば手を付けようがなく完璧な鎮圧などあり得ない。こうして町を警邏するだけで反感を買うのだ。

「仕方ない。此処はジョンブル共を見習うか」

何処からか投げられた石が防殻に弾かれ、転がる。即座に拳銃を引き抜き、爆裂術式を展開し逆算した投石箇所に解き放った。
花の都と唄えば華麗だが、実際は整地されていない薄汚れた家屋を破壊したに過ぎない。女性の絶叫が響き渡るが構わなかった。
少し嫌悪感を感じて投げてみた程度で殺されては適わないのだ。もしも魔導師でなければ頭部に直撃してくる石は銃弾と同じくらい恐ろしい。
投石が手榴弾にとってかわられれば魔導師でも危ない。狂っていると叫ばれようとも命と正気のどちらが大切か。

「ば、バイエル大尉?」

「飴と、鞭だ。昔からの手法というものは有効性を示されているのだよ」

太陽の沈まない国と呼ばれた連合王国は植民地支配の長い歴史を保ってきた。その中で何度か反乱はあろうとも権威を保ったのだから見習うべきである。
インド分割統治が長期的有効政策なことは歴史が証明している。つまり、帝国と市民という対立構造を違えてやればいい。
別段コミンテルンに対して生前は思う所など無かったが今では確信していた。共産主義は屑の集まりだ。

「反乱を起こした都市を選別しろ。特に多い地域に対する物資の供給を絶ってやれ。代わりに反乱の少ない地域へと流す。公式文として発表して構わない」

ただ平等など無いと思い出させてやればいいのだ。別に帝国のために積極的に働いてもらう必要などない。大人しく日々の糧を得るために活動するだけで構わない。
都市というものは自給自足の出来ない消費を前提とした構造である。食料を含め殆どを外からの輸入に頼る欠陥があった。

「ですがより一層の抵抗に繋がるかと」

「構わん。むしろ危険思想を持った者を炙り出すには容易い。潜在的敵でないならば軍で押し潰せる。なにより、餓死は戦って死ぬより辛いのだよ」

理想を語る共産主義の者達は殆どが直情的な能無しの理想主義者共だ。きつい締め上げに対して最初は音を上げることはない。
現実を分からぬ彼らが声高く抵抗を叫んでくれれば撃ち殺しやすくなる。雉も鳴かずば撃たれまいとは良く言ったものだ。
生活が困窮すれば理想と現実の違いに熱狂者以外は気付いてしまう。更に一部の者に物資を融通してやれば容易く密告者が出る一石二鳥。

「パルチザン抑制理論、でありますか」

「ほう、読んだのか。軍大学時代の稚拙な文が見られたとは恥ずかしいものだな」

成績が悪く単位を落とされそうになったため仕方なく書いた理論は意外にも不評を買って苦労した。だが帝国で真面目に実行されている今となっては笑い話だ。
そもそも対外政策が貧弱な帝国は経験も少なく理論に飢えている。補給理論に関して連合王国の猿真似をしたことはあまりにも有名。
貪欲に研究する帝国軍によって体のいい実験場とされた大公国は哀れでならない。

「正直祖国防衛に関して全包囲を解きたいという上層部の感情は分かるがね。国があるから民があるわけではないのだ」

アレーヌをみればわかるが帝国の領土に組み込まれようとも長年刷り込まれたナショナリズムはこびり付いて離れない。
あるいはかの地のように焼き尽くしてしまえば楽になるのだが統治を試みる帝国にとってみれば無理な話だ。
どれだけ言いつくろうとも肌や言語などの人種の違いで差別するのが人間というものだ。正確には自分より下の人間が居なければ気が済まない。
実際帝国人も誉れ高き金髪碧眼の純潔を尊んでいる。隣のエッカート少尉などは分かりやすい例だろう。あるいはデグレチャフ少佐もか。

「まあ、やるしかあるまい」

思えばあれからエッカート少尉も随分と肝っ玉が太くなったものだ。市民の抵抗に対して顔を青ざめることもなく対応できるようになった。
それが正しい姿であるかはわからないが特に女性の軍人が市民に対して毅然とした態度をとらなければ碌なことにならない。
否、きっと間違っているのだろう。何処か影を感じさせるエッカート少尉への罪悪感を押し殺す。
誤魔化すように、胸元の黒い翼のペンダントに触れる。

「帰るぞ。此処に居座っても憂鬱な気分になるだけだ」

「はっ」

吐き出した空薬莢を薄汚れた路地裏に投げ捨てた。軍人ならば当たり前であるが任務は遂行されなければならない。
見上げれば皮肉なことに空を覆い尽くす曇天に、屍を食らおうと烏が舞っていた。

旧共和国で行われた分断政策により、各都市は息を押し殺し耐え忍んだ。その年の餓死者は5千人を超えるとされる。
後世に間接的大量虐殺ではないかと批評をよんだ統治は確かにパルチザンの抑制には成功していたという。事実、翌年に反乱を叫ぶポスターは見掛けられなくなったのだから。
この統治に実行を含め黒翼が関わっていたことはあまりにも知られた事実であった。

★―1925年9月25日 帝国軍東部国境地帯―★

雪が始まる前、寒気が未だ吹きすさぶ東部国境地帯。一糸乱れぬ帝国の砲撃隊が魔導師を随伴して陣地を作成している。
正面には森があり、丁度ルーシー連邦の歩哨地帯より隠れる位置にある。睨み合いをせずとも、最初に攻撃を始めるという意味では最前線であった。
また別のあり得た世界においてルーシー連邦より始められた戦争は逆の様相を示していた。後世の評論家が述べたならば“帝国の外交戦略強化によるもの”とでも述べただろうか。
その実態はある一側面を見れば正解であり、実態的には不正解である。そもそも外交の手管とは長年の見えない戦争によって鍛え上げられるものだ。
連合王国を見ればどれほどの血を流さねばなし得ない事なのか良く分かる。たとえ帝国人が勤勉だとしても無理があった。
つまり、突拍子もないながら外務部にて心底真面目に検討された一つの案によるものである。

“建国”

帝国が支配地への赤の思想侵略に苦しむように、赤の代表格であるルーシー連邦も致命的な欠陥を抱えていた。完璧な思想などあるわけもなく平等を唄いながら実態は搾取をするだけの指導者。
元々帝国であった頃の名残もあり、分離主義や民族主義が粛清を逃れ各地で虎視眈々と蜂起の機会を伺っていたのである。
彼らの共産主義への憎悪は強く、ルーシー連邦が仮想敵国とする今や大陸の覇権を握る帝国に期待を抱くのは無理のない話であった。
帝国司令部の意向もあり、結びついた両者は遂にロシア帝国建国を高らかに世界に叫んだのである。当然建国と言えど所詮は各地の同時蜂起に過ぎない。
だが戦争とは一対一で殴り合うものではないのだ。

「つまりだ。大隊諸君、貴様らの仕事は珍しくもカナリアではない」

塹壕を構築していく尻目にデグレチャフ少佐が深い笑みを湛えて手を広げた。共産主義者は完膚なきまでに叩き潰し滅ぼすべきだとデグレチャフ少佐もまた信奉している。
その機会を最高の時期に与えてくれたクソッタレな神に今だけは感謝してもよいだろう。帰るべき元の世界でも独ソ戦の悲惨さは余りにも有名だ。
二千万人を超える死者を出したとされるかの戦争が、ドイツ帝国の実質的敗戦の結果になったとされる。
しかし、上層部はデグレチャフ少佐をして唸らせる程の賢い決断を見せつけてくれた。独立、承認、参戦流れるように行われた外交は既に決まっていたことに違いない。

「だが、旧時代の遺物を振るう新たな友人に玩具を自慢してやるのは吝かではない」

「はははははははっ」「この歳になってお飯事をすることになるとは思いませんでした」「大隊長のお遊戯も見物でしたなぁ」「また見たいものです」

「結構。貴様らはどうやら最前線でなければ楽しめないらしい。お望み通り連邦に対する最先鋒だ。存分に楽しみたまえ」

ダキア大公国にて、実際の襲撃だと気付かれない様年相応な声を出したことが未だに記憶に残っているらしい。恥ずかしくて当時の自分を殴りたくなる。
だが、このブルドック共もお望みの戦場で舞えばネームドに相応しい活躍を見せてくれる大事な肉壁、部下だ。

「司令部より許可を頂きました。デグレチャフ少佐」

バイエル大尉の発言に大変結構と頷いて通信網を広げるために95式を輝かせた。

『此方ベラルーシコントロール。司令部より開戦命令が発令された。繰り返す!司令部より開戦命令が発令された!』

直後に起こった出来事をきっと誰もが忘れることはないだろう。列車砲とは本来、進軍する兵や魔導師に対して的でしかない。
多量の火薬が詰められた胴部に徹甲弾や貫通術式の直撃でも食らえば巨大な華を咲かせるだけであるし路線が破壊されれば立ち往生するのみである。
つまりその実力が発揮されるのは敵が鉄道網からの有効射程距離にあり、尚且つ前線が突破されないだけの防御陣営を築いている時のみ。
そのような限定的状況下でしか使えない兵器を、しかし何故第二次世界大戦では真面目に使われたか。

圧倒的衝撃が空気の層をびりびりと揺らし、鼓膜を破かんとする程の音が叩きつけられる。遥か彼方で着弾した筈の砲弾が、木々を超えて見える土煙を噴き上げていた。

ただ管に圧倒的火力を有するからである。余りにも有名な88㎜口径(アハト・アハト)の威力は実に数km先の重戦車の正面装甲を貫通する威力を秘めていた。
現在使われている榴弾ともなれば兵を吹き飛ばし、トーチカを粉砕し、大地を耕すことなど容易である。

「あははははははははははははっ」

思わず高笑いを上げたデグレチャフ少佐を責めることが出来ようか。幼女にして狂気的な笑みは蹂躙を何よりも物語っていた。
戦場に長くいすぎたせいで少し癖が強くなった金髪が風圧で乱れるのも気にならない。
一部戦線の崩壊、打通、浸透、挟撃は電撃戦の花。敵はいまや右往左往する鴨ばかり、鴨撃ちには丁度いいだろう。

「第二○三魔導大隊諸君。蹂躙だ!」

上昇した魔導部隊を迎え撃った魔導師は居なかった。別段、敵魔導師が上昇するのを忘れ眠りこけていたわけではない。
単純にルーシー連邦において魔導師という存在は指導部に忌避されシベリアの木を数える仕事につかされただけである。
ましてや魔導師は連邦の帝国時代に忠誠を誓った者も多く、脱走者の多くは民族主義側に立って戦いを望んでいた。
ラインでは絶対にあり得ないとされた光景に一瞬動揺を見せた魔導師も多く居たが其々の行動を開始する。
実際の所実戦経験豊富な第二〇三魔導大隊ならば兎も角、東部戦線の魔導師は実戦を経験していない新米も多かった。
もっとも戦場で人が死ぬ確率が高いのは初出撃であるから、このような容易い戦場で童貞を捨てた新任魔導師は運がいい。
ダキアで射撃訓練をした第二〇三魔導大隊とどっこいどっこいである。

「フェアリー01よりトイフェル01へ。状況を報告せよ」

『此方トイフェル01。敵の抵抗は散発的につき、縦断する』

「結構。これは、いけるかもしれんな」

爆裂術式にてばらばらに逃げまどい、酷い撤退を見せつけてくれる連邦軍を吹き飛ばしながら思案する。所詮対空砲は命中精度も悪く混乱している時は尚更統制射撃等出来るわけもない。
更なる戦果を望むならば此処で逃げ惑う兵を撃ち殺して功績にもならないスコアを稼ぐより余程出来ることがあるのではないか。

「フェアリー01よりトイフェル01へ。少し相談したいのだが良いかね?」

此処は信頼できる部下に相談するとしよう。最近は色々と疑わしいものの、想像通りならば同情に値するし別段何の問題もない。
しかしながら、きっと答えは一つだろうとデグレチャフ少佐は確信していた。なにせブレストに半ば無断で突撃した様な輩だ。

『トイフェル01。構いませんがどうされましたか?』

「いやなに、モスコー襲撃は可能だと思うかね」

ルーシー連邦首都への直接的攻撃を大隊一つでやらかそうというわけだ。返ってきた答えは予想通りのものであった。



フロシキ様、名のある川の主様、はこだー様(多数)、1青龍1様。
誤字報告感謝です。他にも何時も報告していただいている方々も居て大変恐縮です。


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Henker (13.死刑執行人)

★―同日モスコー上空―★

首都攻撃、その意味を理解できない歴史学者は誰一人としていない。基本的に国家というものは首都が陥落する前に降伏するのが習わしであった。
包囲などされれば経済発展の場としてあるべき首都が長期的防御をなし得る筈がない。しかし、第二次世界大戦は違った。
花の都がドイツの手に落ちた時、復讐を誓ったフランス市民は数多く存在し後のパルチザンとなった。
実質的戦争終結であるベルリン陥落、市民は震える手で銃を握り泥沼の市街地戦を約一月に渡って続けていた。
核攻撃に並んで語られることすらある、東京大空襲での無辜の民の犠牲を日本は永遠に忘れることはない。
屈辱に塗れた血の涙を流す出来事、それこそが首都攻撃である。特にナショナリズムを背景とする国家は例え女子供であろうとも銃を握る決断をする。
何故なら我らが祖国、ひいては其処に生きる友や家族のために立ち上がることは隣人愛として当然だからだ。だが違う国家があった。

ルーシー社会主義共和国連邦

偉大なる指導者を絶対の存在として、定められた計画の元に平等を唄う理想国家。実情は粛清の嵐が吹き荒れ、密告と過度な労働が蔓延する行き過ぎた社会主義である。
それでも大陸の半分を有するかというほど強大な国土と、理想に染まった者たちが支える政府は列強国の座を勝ち得るに相応しかった。
大いなる誤算があるとすれば連邦に住まう人々の思想はけして一枚岩ではなかったという点だ。もしも全ての人民が同じ方向を向いていれば文字通り理想国家となっていただろう。
その名が示す通り連邦である国家は元は多数の国家を吸収統一したものであり、分離主義と民族主義が横行するのは当然である。
長い前置きとなったが、つまりルーシー連邦首都モスコーへの襲撃は概ね歓迎という予想外の形で始まった。

「本来ならば観光で来たかったものです」

「まあ、確かに気色の悪い銅像や建造物があること以外街並みだけは認めよう。しかし共和国で同じことが言えたのではないかね?」

「残念ながら隊長殿がお休みになっている間、教導任務に駆り出されまして」

モスコー上空。杜撰な防空網を突破した第二〇三魔導大隊は500kmの空を渡った。圧倒的物量で知られるルーシー連邦はしかし、戦争初期段階においてその強大な力を十全に発揮できてはいなかった。
超大国といえど所詮は反乱と粛清の嵐によって上層部が軒並み吹き飛んだ新興国である。内乱の経験はあろうとも他国との戦に対するドクトリンはけして十全とはいえない。
後世に質の帝国と唄われるのは、連邦との隔絶した差によるところが大きかった。統制の取れていない湯水のごとく垂れ流される対空砲は魔導師という小さい的を捉えるには無理がある。
眼下に聳える寺院の流麗さに感嘆の声をあげながら、いそいそと爆裂術式を用意するのであった。

「それにしても大隊長殿があれ程連邦をお嫌いだったとは」

「どちらかと言えば思想の方だとは思うがね」

セレブリャコーフ少尉の困惑した顔を思い浮かべると思わず笑いがこみ上げてくる。どうやらセレブリャコーフ少尉は連邦でも持ち前の明るさと能天気さで上手くやっていたらしい。
デグレチャフ少佐が連邦に対する憎悪の同意を求めるのは見当違いもいいところであった。というより、未来人にしか共産主義の行く末がわかる者は少ないだろう。
帝国と違い、広報活動も上手くやっている。まあ、大粛清など情報統制されてなお聞こえてくる噂は真っ黒だったが。
タイヤネン少尉に話は終わりだと宙を払って96式を起動した。

「我々の目標はクレムリンだ。まあ、私は赤と緑の組み合わせが嫌いでね。パプリカとピーマンを思い出させる」

「では野菜嫌いの隊長が美味しく頂けるよう肉詰めにしてやりましょう」

「悪い冗談だ。悪夢だな」

散発的な抵抗を鼻で笑って粉砕しながら、誰にでもわかるように術式を描いていく。第六層貫通爆裂術式、オリジナルなため非常に非効率かつ生成時間に難があるがゆっくり仕込めば問題ない。
遥か彼方の記憶に残る徹甲榴弾を模倣した術式が余剰魔力の放出である黒い翼と共に解き放たれた。分厚いコンクリートの壁も貫通術式で一発だ。

『01より09へ。その術式のレポートを後日提出するように。研究職にでもなる気かね?』

「此方09、後方への転職を希望しておりまして」

デグレチャフ少佐に悪い冗談だと鼻で笑われた。少佐自身もそう思われていることを思えば、盛大なブーメランもいいところである。
兎も角解き放たれた術式はクレムリンの扉を一回目のノックで粉砕し、内部からの衝撃によって一角が吹き飛んだ。
どうやら普通の建造物と同じく内側からの衝撃には弱いらしい。臆病者には珍しいが好都合だと次弾を装填する。

「流石に突入すれば碌な事にはならんか。掃き溜めの王様が運よくくたばることを祈ろう」

「おや、大尉殿は敬虔な信徒に鞍替えしたので?」

「まさか。神が居たらこのような光景を許すわけがない。ん?ベールイ・ドームで火の手が上がっていないか。攻撃目標には無いはずだ」

ルーシー連邦における最高会議ビル、政府庁舎であるが大使館員等が利用している可能性もあるため事前作戦の攻撃目標には加えられてはいない。
首都攻撃という一大事に動転した中の人間が暖炉の火を強くし過ぎたのかとも思ったがどうにもそうではないらしい。

「仕方ない。私とタイヤネン少尉が見てくる。指揮権を一時エッカート少尉に委任する。クレムリンへの攻撃は続けたまえ」

「はっ」

降下すると、やはり偶発的な二次被害ではないと理解した。なにせ中からは黒煙を噴き上げながらも銃声と喧騒が外にまで聞こえてくるのだ。
どういうことだと一歩踏み出そうとした時、鼠のように兵を引き連れ近づいてくる人影が見えた。連邦軍人がせめてもの玉砕でもしにきたかと構えたがどうやらそうでもないらしい。
しっかりとした敬礼に意味が分からずとも取り敢えず敬礼を返す。相手が破顔したのを見て何となくではあるが状況を理解した。

「こんにちは。良い革命日和です。私はロシア帝国軍所属、マクシム・ドロフスキフ少佐であります。連邦では准尉に過ぎませんでしたがね」

「新たな祖国の友人に出会う事になるとは光栄です。私はアリベルト・バイエル大尉。隊の名は軍規故勘弁していただきたい」

やはり帝国上層部に後押しされて宣言したロシア帝国発足によるもの。我々第二〇三魔導大隊がモスコーを襲撃するにあたって同時蜂起したらしい。
事前に準備をしていたというが時期を見る目があるのか、あるいは理想を見過ぎた(・・・・・・・)馬鹿だ。余計な事をしてくれたと吐き捨てたくなる気持ちを堪えた。

「おお、かの烏……いえ黒翼でありますか。お会いできて光栄です。ブレストの戦艦砕き、かけられた賞金は一生遊んで暮らせるともっぱらの噂です」

「軍人としての責務を果たしたに過ぎません」

すげなく答えようとも私の経歴を聞き出そうと奮闘する少佐は唯の馬鹿だったと理解する。どうやら人は畑から採れようとも使える人材は一握り。
どこもかしこも人材不足で困ったものだ。首都反攻作戦などという捨て駒にだからこそ選ばれたのかもしれないが。

「それにしても前線がもう突破されたのですね。流石帝国軍だ」

「いいえ。暫くは硬直するでしょうし、作戦目標を終えれば我々も此処を直ぐに退避いたします」

ドロフスキフ少佐の顔は百面相の様に、呆けた顔から、青ざめた顔、そして真っ赤へと変化していった。漸く自分の立場というものを理解したらしい。
我々魔導師なら兎も角ドロフスキフ少佐は魔力が感じられにくいことから魔導師適正はないようだ。ベールイ・ドームで火遊びをしている連中も同様。
前線を突破し、進攻してきた先鋒と勘違いをしていた様だが我々第二〇三魔導大隊だからこそ突破できたに過ぎない。
補給もない以上この地での継続戦闘の価値はない。不毛な戦いなど避けるに限る。
魔導師ならば飛行術式であっという間に撤退することは可能だ。しかしただの歩兵ではこれより起こる反乱鎮圧に直接対処し脱出しなければならない。
人材不足とはいえ臆病者。首都近くには精鋭部隊を置いているに違いない。暫くすれば乗り込んでくるだろう。都市の維持は不可能だ。

「Ёбтвоюмать!」

「申し訳ありませんが、連邦語は勉強不足でして。時間もあまりないため此れで失礼します」

おそらくクソッタレとでも叫んだのだろうが興味もなかった。
後ろからの叫び声に耳を貸さず踵を返した。地獄しかないというのに理想を見てばかりの無能に足を引っ張られてやる程余裕はないのだ。
問答無用で飛び上がると、モスコーの街並みが良く見える。今は各所で火の手が上がっているため美しさの欠片も感じない。
不機嫌を顔に出さないようにしながら元の中隊へと戻った。無事に目標を粉砕したエッカート少尉が近づいてくる。

「大尉。そろそろ敵の先鋒が到着する頃かと」

「分かった。撤退の準備を始めたまえ」

眼下の広場にてデグレチャフ少佐が帝国旗を掲げながら国歌斉唱していた。嗚呼、気分を害されてしまったが今はお釣りが来る。
突如として黒い気持ちが湧き上った。心臓の鼓動が止まったかと思うほど歓喜する。今までの戦いにて必死に足掻いてきた事すら、この日のためにあるのではないかと思う。
あれ程までに無防備で殺しやすい状況などきっと訪れてはくれない。感謝できる存在などいないが、運は回ってきたらしい。

「バイエル大尉?どうされましたか」

息を止める。けして逃してはならぬと短機関銃の安全装置を外し、構え、術式を展開した。

★―帝国軍東部戦線600km後方基地―★

軍は明瞭に物を見ようとも、民衆は熱狂に魘され正常な物を見れてはいない。そう語ったアリベルト・バイエル大尉は代用珈琲を渋い顔で口に含んでいた。
デスクに投げ出された新聞とシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテのホールケーキは豊かさを教えてくれる。前線から僅か600kmに過ぎないこの地点は鉄道網が届くぎりぎりのラインだった。
子供の頃はケーキに含まれる蒸留酒の香りに顔を歪めたものだが、今では蕩けるような芳醇さと濃厚さにため息が漏れる。
とはいえ、上司の前でケーキを勢いよく食すのは宜しくないだろう。

「セレブリャコーフ中尉。遠慮することはない。何せ毒見役を頼んでいるようなものだ」

「はっ!で、では失礼します」

失礼な事にヴァイス大尉が笑いを押し殺していたが、デグレチャフ少佐とバイエル大尉の手前、下手に怒るわけにもいかない。
不平不満をぶつけるために大きくケーキを切り分けて口に含んだ。直ぐにでも幸せな気分になり普段のストレスも流されるというもの。
ロゼは家の関係で挨拶回りがあるらしく、残った第二〇三魔導大隊のTOP4が集ったのはバイエル大尉による召集だった。
戦場以外では執務室にて雑務をこなしているデグレチャフ少佐を連れ出せたのは流石バイエル大尉といったところだろうか。
他の面々ではなく私たちが呼ばれたのは一つ階級が昇進したことも関わっているかもしれなかった。

「まあ、他の者も呼びたかったがそれほど量があるわけでもない。何より祝賀会に参加できなかった意趣返し」

「上官殿に不平不満をぶつけるようではないが呼び出す前にアポを取ってほしいものだ」

やれやれとため息を吐くデグレチャフ少佐も何時も通りに見える。だが、その瞬間を間近で見てしまったヴィーシャには信じられない気持ちで溢れている。
他の隊員は何かの戯れだろうと思考を放棄したが、何時も少佐の傍で飛んでいたヴィーシャだからこそ分かるのだ。

連邦の、モスコーの上空で二人は間違いなく殺意をもって刃を叩きつけ合った。

「ん?セレブリャコーフ中尉、顔色が悪いがどうかしたのか」

「女性の体調が悪そうな時、男は黙って離席を進めるものだよ。ヴァイス大尉」

「おや、これは失礼しました」

バイエル大尉と、笑みをたたえるデグレチャフ少佐の様が酷く滑稽な劇を見せられている気分になる。あるいは私自身が白昼夢を見ていたのかもしれないと思いたかった。
ケーキに釣られて参加したのは失敗だったかもしれない。デグレチャフ少佐の補佐としてやるべき雑務は多く、言い訳には事欠かない。
大丈夫ですと否定して頭の隅に追いやった。結局バイエル大尉は偶然発見した指導者の一人を直後に殺害したのだ。
それが目的だったというし、デグレチャフ少佐も認めている。自身の気のせいだとして今は久方ぶりの甘いものに集中すべきだろう。

「まあ、戦意高揚は悪くあるまい。総力戦である以上、銃後の心配をしなくて良いのは将として頭痛の種が消えるというものだ」

「ですが、このままでは終わりませんよ」

「おや銃後の如何次第で終わると思っているのかね?それは少しばかり総力戦を理解できていない。勉強不足だぞ、バイエル大尉」

「残念ですが、どの歴史資料を漁ったとしてもこれ程大規模な戦いは載っていません」

どこもかしこも共和国に対する戦勝の熱に浮かされていた時、この上司二人だけは予め予感していたように戦争の準備を進めていた。
預言者といえば神の子を思い出すけれどデグレチャフ少佐は祈りの言葉を口にしようとも信心深くないことを良く知っている。
バイエル大尉ともなれば神など屑だと良く吐き捨ててさえいた。本当に良く分からない上司達。

「兎も角だ。ファンの多いバイエル大尉に感謝するとしよう。何せ前線では泥水を啜っているというのに我々は楽しくケーキを囲んでいるのだ。ある意味これのお蔭であるともいえる」

デグレチャフ少佐が記事を軽く指で叩く。題はモスコー襲撃、黒翼の快進撃は終わらない。一面の記事に映るのは多数の勲章を胸につけて笑うバイエル大尉である。
実は非公式に撮られた写真ではあるがカメラ目線でポーズまで取っているのは海より浅く山より低い理由があったがどうでもいい話。
ただロゼが切り抜きして仮宿の壁に張り付けているのを、同室のヴィーシャとしては辞めてほしいと思うばかりである。
話の流れが変わったようでヴァイス大尉が思い出すように顔をしかめた。

「それより前線の兵に配る堅パンの味をどうにかして欲しいものです」

「あれは確かに酷い。が、どこの軍もやっている。連邦よりは真面な味だ」

「噂によればイルドア王国ではパスタが軍事食として支給されるらしい」

堅パンは悪名高き軍用食である。何人の新兵が歯を駄目にしたか知れない程に固く、代用珈琲か、なければ水で溶かして食べる。
鉄の様だというのはまぎれもない事実。安価で大量生産し易いという点から芋と同様に携帯食として配られるが、お蔭で歯茎が痛みを訴えるようになった。
乙女として大丈夫かと心配が募るものの、ラインの時から面倒だしお金もかかると化粧をしなくなった時点で手遅れかもしれない。
同じく絶対に化粧をしていないデグレチャフ少佐とロゼは、しかし美しさを保ったままで羨ましい。明らかに何か乙女的な意味で根本的に違う。

「前線と言えば現地協力民からの報だが問題はそろそろ天候が危ないそうだ」

「雪でしょうか?」

「その通りだ、セレブリャコーフ中尉。というより住んでいた者としては常識か。実際のところどうなのかね?」

「子供の頃ではありますが雪かき途中に隣人が、雪の下敷きになり凍死したのを覚えています」

あれは本当に酷い記憶だった。概ねデグレチャフ少佐やバイエル大尉が吐き捨てる程に酷くはない連邦での生活ではあったが、雪と寒さは最大の敵である。
シベリアの冬将軍ともいうように、子供だけでなく大人ですら雪嵐の中外にでれば簡単に死ぬ。雪中訓練を耐えられたのも経験があったこそともいえる。
嫌な事に毎年行方不明者が出るのもルーシー連邦の冬の風物詩であった。

「成程、貴重な経験だ。雪解け後の泥も酷いと聞く。冬季攻勢は不可能だろう」

「確かに戦線は硬直するでしょうな。時間も祖国に味方してくれるとはいいがたい。では?」

「我々のような便利な部隊に休みはないということだ。南部に行く事になる。防塵装備を用意したまえ」

新聞には華々しい東部戦線の戦況が書かれているばかりで、南部に関しては殆ど記事は掲載されてはいない。つまりはそういうことである。
実際の所、雪と砂どちらも厳しさという点では変わらないだろう。だが砂漠の苦しさは補給にあった。堅パンを溶かすことすら出来ないかもしれないと思うとため息が漏れる。
砂と照りつける日光も肌と髪を直撃するだろうし、一兵士としてデグレチャフ少佐の傍に居ることは不満はないがより上官に対する不満は尽きない。

「体調の問題も起きそうですな。慣れるため真面な環境に隊の面子を置くべきです」

「配慮する。さて、最後の一杯も無くなったところだ。お開きにしよう」

デグレチャフ少佐の金色の瞳(・・・・)と、バイエル大尉の漆黒の瞳(・・・・)が一瞬意味ありげに交差した気がして。
二人は何もなかったように立ち上がった。同じように去っていくヴァイス大尉は気付かなかったようだが、ヴィーシャは確信する。

何かがおかしい。

心は訴えていても何がおかしいのかわからない。代用珈琲のカップが、知らぬ間に冷えた体を温めてくれることを祈るばかりであった。



話が一歩進む。
人気が減ると分かっていても投稿する必要があった場面です。
フロシキ様誤字報告感謝。


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Desertieren Fuchs (14.砂漠の狐)

投稿しました


★―王国領南大陸砂漠地帯―★

砂漠は暑い。照りつける太陽、砂を孕んだ熱風、オアシスは何処とも知れない。浴びるだけの水は無く滴り落ちる汗すら貴重な水分だ。
誰でも想像がつくに違いないが、きっと想像の10倍はきついことを保証しよう。つまり遥か本土にて机に座り珈琲片手に計画を練る輩には、50kgの荷物を抱えて砂漠を横断する辛さは分からないのである。
頭までを覆い隠す外套と分厚い硝子のゴーグルは蒸れて仕方なかったが、これらがなければ砂によってより悲惨な目にあっただろう。
とはいえ既に衣服の中に砂は入り込み、汗で張り付きなんとも嫌な感触を延々と突き付けてくる。解決策は今すぐ冷えた水を頭から被ることくらいだ。

「エッカート少尉。水を生み出す術式等はないのか?」

「飲料水作成用の濾過術式はありますが空気中が乾きすぎてとても」

「無駄口を叩く余裕があるようだな、ヴァイス大尉。その元気に免じて荷物の量を肩代わりさせてやってもいいぞ」

「我らが誇る大隊長代理殿がまさか弱音を吐きますまい」

肩をすくめて返すと、エッカート少尉に呆れ顔をされた。とはいえこうして会話しなければとても退屈と苦痛で死にたくなる。
敵に魔導反応を気取られないため、という理由で第二〇三魔導大隊は非魔導200km行軍を強制されたのだ。徒歩という制限つきで。
一応、馬の代わりに駱駝を連れているが5頭しかおらず荷物を乗せるだけで精一杯だ。なにせ魔導師は宝珠のメンテナンスのため技師を随伴する必要がある。
帝国が誇る車両は砂のせいで殆ど駄目になり、直接的軍事行動以外では使用できなくなっている。緊急でもないのだから歩けとは魔導師を便利な遊兵だとでも勘違いしている。

「それにしても大隊長殿がおられなくて良かったな。不機嫌になる。とばっちりは御免だ」

「違いないですね」

話に出てきたデグレチャフ少佐は、モスコーの件について査問委員会に呼ばれたため留守番である。戦果を上げすぎて問題になるとは。
兎も角階級はヴァイス大尉に並ばれたわけだが副官は変わらず代理として隊長を任された。厄介ごとを押し付けられたともいう。
デグレチャフ少佐でないのだから、一癖も二癖もあるこの隊員を纏めきれる気がしない。基本的に放任することに決めていた。

「そろそろ日が暮れるか。総員テントを張れ。砂漠の夜は冷えるぞ」

偶然岩場を見つけたために今日の休息地とする。日を見れば傾き始めそろそろ夕日が見えそうな辺りなため、無理をすればさらに進めるだろう。
しかし、砂しかない大地にテントを張って夜を越えるのと風を凌げる岩場で休息するのは段違い。自身の荷物を降ろして布を広げ、突き立てた棒の間に通して壁を作る。
帝国軍は現地民の協力を得ることが難しい。なにせ植民地政府が敵に回っているのだ。共和国とはいえ長い植民地支配の歴史基盤は確かなものであり、抵抗も激しかった。
散発的なパルチザン被害を受けているとも聞くが支配地域でない以上共和国本土で行ったような鎮圧は出来ない。
だが、足を引っ張られているのは敵も同様。数が少ない共和国本国軍は発言力を失墜しているらしい。結局はオアシスと港の奪い合いだ。

「それでも、か。鬼才とは居るものだな」

通信で転写された地図を見るに2個師団であるはずの帝国軍はチェルス港を起点に敵方を各個撃破し空白地帯を作り上げていた。
とはいえイルドア王国に駐留許可を提供されただけに過ぎないチェルス港では権限が余りにも小さい。近場の他の港町まで約1000kmもある帝国軍は支配地域の安定を出来ないでいた。
良くやっている、否、砂漠という環境に適応した柔軟な対応は鬼才と呼ぶに相応しい。総評して上層部は兎も角友軍は信頼に足る。

「大隊長代理殿に言われれば立つ瀬もないかと。魔導師が取得できる勲章はほぼすべて得たのでは?」

「銀翼があるだろう?ま、今年の授与者は私ではないが、流石に大隊長殿の“生きた銀翼”は侵せんよ」

最近ではプロパガンダのために名前が使われているのを知っている。軍規により実名は出ていないが、黒翼の二つ名が一人歩きしている状況だ。
とはいえ実感したのは本国で剣とダイヤモンドで飾られた黒翼のペンダントが、広報活動の一環として売られていた事くらい。
有名人になろうとも現状を見る限り所詮は使い勝手のいい駒の域を離れていないのだろう。

「そういえば新造魔導大隊の隊長席を断ったとか」

「軍規違反だぞ。エッカート大将殿にでも聞いたのかね?まあ、手のかかる貴様らを大隊長殿に押し付けていくわけにもいくまい」

「新大隊の副隊長の席に座る予定でしたから大丈夫ですよ」

「エッカート少尉。貴様が昇進できなかった理由はそれか!」

ポスト移動と共に階級が上がる予定だったならば、大隊設立の話が立ち消えたと同時に昇進も有耶無耶になるのは分かる話だ。
それなりの戦果をあげている筈のバディが何時までたっても昇進しないことから疑問を抱いていたが、存外くだらない話だったらしい。

「ならば私から昇進願いを出しておこう。認められるだろうさ」

しっかりと刺さなかったため砂と共に崩れ落ちた天幕を、ため息を吐きながら立て直す。幸いまだ砂嵐と遭遇してはいなかったが、あまり行軍を遅らせ過ぎれば地獄へ挨拶することになるだろう。
通信設備を用意して敵方に知られない程度に絞り、自身の詳細な現在位置を知る必要がある。砂嵐になれば現在位置の特定すら難しい、面倒事は御免だった。

「……隊長代理殿!短波での救援要請を受信しました!識別回線は歩兵師団です!」

ああ、くそったれが!言った傍からこれか!

「此処を即時破棄は不可能だ!第四中隊は残存。第三中隊は支援に回れ。残りの2個中隊で出るぞ!」

これならばまだ情報統制のとれた雪景色の方がましだった。短機関銃にかけられた防塵用の覆いを投げ捨て、97式宝珠を輝かせる。
足元のおぼつかない砂を蹴って上がれば、我らが支配する空が待っている。やはり非魔導行動など魔導師がやるべきことではないのだ。
ただし空に上がろうとも照りつける灼熱の太陽と熱波だけは如何ともし難い。

「通信回線を帝国の標準回線で要求しろ。どこの素人部隊だまったく。此方、帝国軍参謀本部直属第二〇三魔導大隊。返答を求む!」

『此方南大陸第七戦闘団警備部隊、救援感謝する!敵方は機械化歩兵一個師団!半包囲されつつある!』

「諸君、大地に弾をばら蒔くだけの仕事だ。敵の機関銃(玩具)に堕ちる馬鹿はいないな」

前方に見えた友軍に向かう戦列に対して、鋭角に突っ込んでいく。思ったよりも敵も味方も素人集団らしい。よくもローメル将軍は覇権を握り続けられたものだ。
あまりにも鈍い抵抗に、グルで嵌められたのではないかとすら思う。爆裂術式の斉射と投擲榴弾の投射は車両と歩兵を吹き飛ばしていく。

「ダキア大公国を思い出しますなぁ」

「似たようなものだ。相手は植民地軍、半世紀前の産物に過ぎない。洗礼を与えてやれ」

急降下し、指揮官と思わしき隊列の周りの砂を敵兵と共に勢いよく吹き上げる。どうやら弱いもの苛めは得意だが、戦争は苦手らしい。
簡単に降伏する、数だけは多い集団。まさしく植民地軍だなと吐き捨てて、降下した。ラインならばあり得なかった光景だ。

「ご助力感謝します!」

「構わんが、長旅で疲れていてね。鹵獲した車両共々使わせて貰いたい」

給料外の仕事が舞い込んできたのだ。少しばかり楽をさせてもらっても構わないだろう。なにせ非魔導行軍では無くなってしまったのだから。
辛いばかりの環境と、不安ばかりの戦争に溜め息を吐き出した。南部戦線は始まったばかりだ。

★―チェルス港帝国軍暫定司令部/司令室―★

戦況は絶望的だ。手の内にあるのはたった二個師団に過ぎず、うちの一個師団実戦経験を積ませている最中の素人に気が生えただけの集団。
慣れない砂漠地帯に最初は熱中症患者が続出し、戦争どころの話ではなかった。周りを見渡せば環境に適応した植民地軍の敵、敵、敵。
かつてライン戦線にて武勇を誇ったローメル将軍からしてみればあまりにも酷い。時間を稼ぎ、死んで行けと言われているようなものだ。
幸いチェルス港に届く物資はラインの地獄とは違い、それなりに潤沢である。必要なのは修練を施された兵の数であった。

「厄介払い、かね。中央指令に求めたのは数だったはずだがな」

送られてくる増援の第一報には、ようやくあの上層部も重い腰を上げたかと思った。続く報には増強魔導大隊とあり、落胆する程ではないと新たな戦略を練り直した。
最後の報で“英雄”部隊だと聞いたとき、激情のままに拳を叩きつけた。ローメルとて自身がラインの地獄を生き抜いた立役者の一人だという自覚はある。
それでも、白銀と黒翼が率いる増強魔導大隊の名声には敵わない。白銀は来ないそうだが黒翼だけでも曰くアルデンヌの烏、曰くブレストの戦艦砕き、曰く共和国敗北の象徴。そして連邦首都強襲だ。
国のプロパガンダもあるとはいえ圧倒的武威を誇るのは確かなのだろう。だがたった増強大隊一つで南大陸という膨大な大地を戦い抜けるわけがない。
むしろ下手に敵方を刺激すれば、今まで劣勢ながら保ち続けていた戦局が崩壊しかねないのだ。相手は恐怖を刻みつけられた本国軍ではなく、大多数が戦争を知ったばかりの植民地軍なのだから。

「面倒なことになったぞ。ようやく真面になった部下がむざむざ死にかねない」

確かに南部方面は帝国の戦略上、必要のない事なのだろう。だが現地で戦う兵とローメルからしてみれば、生き残りをかけた最前線。
余計な増援に引っ掻き回されるわけにはいかないのだ。兵が英雄の参戦と聞いて浮き足立っていることも、頭が痛い話である。
兎も角あってみなければわからないと、ローメルは一人司令室で対面を待ちわびた。

「失礼します。アリベルト・バイエル大尉です」

「入りたまえ」

軍規通り入室してきたのは青年だった。歴戦というにはあまりにも年若く、プロパガンダに踊らされたのかと自戒する。だがすぐに違うとわかった。
三千世界を地獄に叩き落さんとする深淵が如き、漆黒の瞳が全てを物語っていた。
ローメル将軍もまた、戦場にて復讐に燃え滾る兵を何度も見てきた。ライン戦線では煙草を貸した友も次の日には居なくなっていることが当たり前。
だが根本的に違うのは漆黒の瞳が訴えるのは滲み出る蠱惑のカリスマと、戦艦の装甲よりも固い鋼鉄の意志である。

「……よく来てくれたバイエル大尉。配置は違ったが共にラインで戦った者として歓迎しよう」

僅かに出遅れたが、ローメルは口を開いた。風貌がどうであろうとも厄介ごとには変わりなく見極める必要があるのは確かだ。
武官ではなく文官特有の言い回しをして試すのはローメルの悪い癖だが、この時ばかりは上手く口が回ってくれたという。
ただ、バイエル大尉が別段会話のペースを握る気はなさそうなのが意外ではあった。

「有難うございます。ローメル将軍の武勇はエッカート司令からも伺っております」

「そうか。私も黒翼殿に会えて光栄だ。まあ、長い話になるだろう。座りたまえ」

いきなりの強烈なパンチにローメルは笑顔の裏で冷や汗をかいた。バイエル大尉の裏にはエッカート司令が居るということを誤魔化すことなく告げてきたのである。
ライン戦線の一番上と言えばエッカート司令であり、ローメルもまた世話になった。軍は縦の関係であるが、恩や経歴などの横の関係も無視出来ない。

「そういえば道中我が方の部隊を助力してくれたこと、感謝する」

「いえ、当然のことをしたまでであります」

正確に言えば囮として未だ戦力として微妙な師団を用いたうえで、もう一個師団で逆包囲する作戦であったが結果として被害少なく撃破出来たのだ。文句もない。
何より助けられた師団は奮起していると聞く。表面だけ見ればプラスの方向に傾いたことは事実である。

「でだ。貴様らの立場が曖昧なのは心得ている。その上で指揮系統はどうなるのかね?」

「閣下。独自裁量権を頂きたく。司令部より許可も頂いております」

狂犬に首輪どころの話ではなかった。傲慢不遜にも一方面司令を前にして独自裁量権の要求とは、普通ならば馬鹿にされていると思うだろう。
事実ローメルからしても狂犬を放し飼いにするようなものだ。だが、意見は実際の所ローメルと一致していた。もしも切り出されなければローメルから提案した。

「構わんよ。歩調を合わせるのが難しいからな」

理由としてはこの一言に尽きた。魔導大隊は強力なものの、小隊規模に分散するわけにもいかず取り扱いが難しい。機械化歩兵師団とはいえ運用速度に圧倒的な差があるのだ。
むしろ師団の方が足手まといになりかねない。身軽な魔導師が遊撃にでることで後方を脅かすことも可能になるだろう。
跳ね返りの強かったローメルだからこそ容認できたと言える。ならば本当に望むべきは戦果だ。

「御指令を頂ければ、Ja(ヤー)の一言と共に忠犬の如く振る舞いましょう」

「……貴様を信頼するべき判断材料が手元にない」

だが、

こと此処に至っては勢いに乗せた全面攻勢しかない。小康状態など本来のローメルの気質からして望むことではない。奇策と奇襲こそローメルが信奉する電撃戦の花。
人となりを表面上しか図ることは出来ないが目は口ほどに物を言う。勝てると確信するだけのなにかをバイエル大尉は持っていた。
ならば困難から始めなければならない。開戦とは戦慄に、畏怖を与える物でなければならないのだ。

「貴様に戦いの場を与える。隣港への強襲作戦、先鋒を任せる」

「かしこまりました」

喉が張り付いたように渇く。噴出した汗は、けして南大陸特有の暑さのせいではない。久方ぶりにローメルはがらにもなく興奮していることを自覚していた。
戦争は獣だ。膨大な経済損失に過ぎず、勝って漸く損失を取り戻せる無意味な行い。だが人はただ管に戦いを求めるのだ。

喉の渇きを潤す為、血を求めよ。

腹の虫を鎮める為、肉を求めよ。

元来、狐は獲物を食らう肉食動物である。



CWO様(活動報告の方)、1青龍1他誤字報告感謝です。
南部方面は少し長めになります。


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Donner und Hammer (15.雷鳴と鉄槌作戦)

作戦が分かりにくいかと思うので挿絵(地図)挿入しています。


兵卒は問題ではない。重要なことは、誰が指揮をとるかである。

シャルル・ド・ゴール(1890/11/22-1970/11/9)

★―自由共和国暫定国防会議―★

戦闘団規模の増援と共に、帝国軍によるチェルス港周辺への攻勢作戦が行われる予定。昨日流されてきた情報にすっかり植民地軍の会議は踊らされていた。
情報は眉唾物で、あり得ない話だとド・ルーゴは断じる。情勢からみて帝国の狙いは南大陸にはなく、連邦なことは明らかだ。
だがブレスト港からの逃走劇以来、弱体化した共和国本国軍に植民地軍に対する主導権はない。意識の差は口に出せば軋轢を生むだろう。

沈黙ほど権威を高めるものはない。しかし、権威なき沈黙に意味はあるのか。

「では、防衛に努めればいいのでは?」

「いや、民衆からの不満が高まってきている。これ以上の戦線停滞は反乱を招くぞ」

「ここは攻勢に出るべきだ」

勝手気ままに其々の利益を元に意見を述べる植民地軍将校。彼らは地元と癒着しているため、背景を無視できない。
もしも共和国本土であれば、誰もが血の涙を流しながら花の都奪還を叫ぶ。比べ群雄割拠する植民地では支配されることに慣れすぎていた。
なにより彼らは長い間、植民地に勤務しすぎたため本国が陥落したということに対する実感が、何処か他人事なのである。
長年の支配は抵抗の意思を磨り減らし、思考を停止させる。牙の抜かれた獣が爪だけで獲物を狩れるわけがないのだと初めてド・ルーゴは理解した。
悲劇の予感に身を震わせるも、最後に残ったプライドで抑え込む。厳然たる事実として、天才と称されたド・ルーゴは慣れない戦場に翻弄されていた。

「罠の可能性はないのでしょうか?」

「ド・ルーゴ少将。チェルス港は元々共和国が支配し、イルドア王国に譲った地。王国は兎も角、あの帝国が我々の草の根を掴んだとは思えませんな」

「此処は本国ではないという事をもう少し理解してもらうべきですなぁ」

これ程憎々しく腹の底から叫びたい者が数少ない頼れる友人とは、どんな冗談だろうか。確かに外交面では甘い所がある帝国だ。
事実、アルビオン連合王国には一歩劣るものの祖国もまた長い歴史の中で奸計を育んできた。だが、帝国の成長度合いを理解していない。
ほんの数年前であれば連邦にて分離独立派と手を組むなどという外交力はなかったのだ。帝国内の鼠が次々と消されている。
噂では帝国司令部直属の親衛隊(Schutzstaffel)などという秘密警察組織が発足したとも聞く。予想を遥かに超える悍ましい国家だ。
異常には異常でしか勝つことは出来ない。手元にあるのはライン戦線を生き抜いた優秀なだけの魔導師と燃料補給すらままならない機械化歩兵二個師団のみ。

「……まだ、本国軍は十分な休息と土地順応が出来ておりません」

「ええ、でしょうな。先鋒は任させていただきましょう」

自信満々に語る植民地軍将校。言葉に侮蔑が混じっているのを感じるも、自身の名誉よりも優先すべきものがあるのだ。
直ぐに撤退できる配置を希望して、言葉を続けようとした口を閉じる。信頼していた部下が、いつの間にか心配ごとにまで成り下がっていることに愕然とした。
癒えない恐怖という傷を刻みつけられたのだと実感した瞬間、手が震えだした。瞳を閉じれば、瞼の裏に燃える戦艦が映っているだろう。
今はまだ僅かに残った者のため目を開け続ける必要がある。手を机の下に隠し、拳を握りしめた。

血を、代償の血を求めなければならない。

頭の中で置いてきた者達の叫びが、地獄より聞こえるのだ。何れ遠くないうちに亡者の群れに取り込まれるという漠然とした感覚がある。
何時か来る日までに再び祖国の大地を踏みしめなければならない。それだけが自分が報える弔いである。

「此処は祖国が誇るナポレオンが如くいきましょう」

「おお、よいですな。プロパガンダとして広報部に送っておきますとも」

共和国本国軍を突き放して進む会議に、以後睨みをきかされド・ルーゴは発言を許されはしなかった。最高司令官という立場はあれど所詮は少将に過ぎない。
握り締めた拳を振り上げることすら出来ない現状。意識の格差から、本国軍将校達の顔にもありありと不満の色が見えた。
だが今は抑えなければならない。ただ考えるべきはブレストでの悲劇を繰り返さないため着いてきてくれた兵達を、より多く生かすことだけだった。

斯くして共和国軍は帝国の攻勢計画迎撃のためチュニジア、ビゼルト港より出立した三個機械化歩兵師団と随伴する魔導師大隊。うち一個師団はド・ルーゴ率いる共和国本国軍であった。
軌道戦の鉄火場、ライン戦線とは違う戦争方式の北アフリカ戦線が砂嵐の如く南大陸に吹き荒れようとしていた。

★―北アフリカ戦線南部砂漠地帯―★

北アフリカ戦線において、もっとも早く順応したのはフランソワ共和国軍でもアルビオン連合王国王国軍でもイルドア王国軍でもない。
恐るべきことに後攻の帝国軍である。それは軍形態とドクトリンによるものが大きい。国内防衛という観点から巡航能力を優先した帝国は特に魔導師と機械化兵に戦争初期段階より力を入れていた。
広大な砂漠地帯は重要拠点が限られ、大規模な機動戦になるため似たような戦術を取れるのである。しかし、機械を殺す砂と熱に慣れていない帝国では本来これほど早く順応することはなかっただろう。

「民衆より不満の声が上がっており、イルドア王国からも抗議の声があります」

「ははははははっ、捨て置くといいさ。ここの連中は勝てば簡単に掌を返す」

改装したトラックに自ら乗りながら双眼鏡を構えるローメル将軍こそ、帝国有利の立役者であった。まず行ったことはチェルス港での車両強制徴収である。
精密部品を多く使う帝国の車両から早々に見切りをつけたローメル将軍は、現地にて使用される簡易な作りの車両に着目した。
後世に北アフリカ戦線終結までに現地より徴収した車両は一万両とも言われている。兎も角そうして数だけはそろえたローメル将軍は、恐るべきことに一個師団を残し残りの一個師団兵を車両に収容した。
限界まで物資を詰め込んだ上での高速の全軍移動である。修繕不可能まで故障した車両は途中で砂漠の上に破棄された。

「それより釣れたかね?」

「はっ!遅滞戦闘に成功したとのこと。現在チェルス港近辺にて後退迎撃中。敵方は三個師団とのこと」

「意外と釣れたな。大変喜ばしいことだ」

現在帝国軍一個師団は何もない砂漠地帯のオアシスに駐留していた。とはいえ小規模なもののため、軍を長期間維持できるような場所ではない。
物資は死活問題であり、このままでは乾ききった屍を太陽の元に晒すことになる。だからこそ、共和国軍は“想像できない”。
植民地支配に慣れ過ぎたための弊害だ。此処に来るまでに隠蔽するのは簡単だった。砂漠に住むのは市街や港を除き転々と暮らす遊牧民族である。
彼らの情報網は侮れないが、それも生きていてこそ。ローメルは行軍する中途の遊牧民を、発見次第全てなで斬りにした。
視界の開けた砂漠地帯ならではである。

「では残りはあの部隊だけか。暑いばかりの何もない場所だと思っていたが、戦術は無限大だ」

恐るべき所業に反対意見も多数あった。しかし本国でない以上、共和国のド・ルーゴ将軍とは逆にローメル将軍の権威に勝てる将校は居なかった。
元より反乱を鎮圧するためにアレーヌ市丸ごと焼けるのが帝国軍である。ラインの地獄を生き抜いた将校は反対することはなかった。
こうして一個師団は共和国軍から存在しえない軍になる。このまま奇襲を仕掛けてもそれなりの戦果にはなるだろう。
しかし、求めるのは完璧だ。圧倒的勝利で畏怖を与えなければならない。

「待つ、というのがこれ程苦しいのは初めてだよ」

今もなお遅滞戦闘を務める精鋭部隊は砂をわざと立てるなどして軍を大きく見せ、いじましい努力をしているに違いない。
ラインの後だというのにまた辛い戦場を任せた罪悪感はある。それでも勝利のため、がらにもなく祈るように次の指し手を待ちわびていた。

「第二〇三魔導大隊より急報!我奇襲成功せり!」

「よくやった!敵は首の狩られた巨人だ。全軍に通達せよ」

思わず手を叩いて喜んだローメル将軍を誰が非難出来ようか。直ぐにでも出撃できるよう準備された兵達が続々と車両に乗り込んでいく。
やったことは帝国軍、特に第二〇三魔導大隊の十八番である。つまり敵司令部に対する強襲・後方浸透。
植民地軍のドクトリンは半世紀前の代物だ。後方に通信施設と司令部を置き、歩兵などで前線を押し上げる。
なにも間違ってはいないしライン戦線そのもの。問題は此処は共和国本土ではなく、戦場の限定されない広大な砂漠地帯だということだ。

「出撃せよ!我が聖なる帝国万歳!!」

第一にチュルス港沿岸部まで共和国軍を、ライン帰りの精鋭師団で遅滞戦闘により引き込む。
第二に偽造した輸送船で第二〇三魔導大隊を乗せて後方輸送し司令部打撃。
第三に混乱したところを、ローメル率いる一個師団と反転した一個師団により挟撃する。

作戦名は雷鳴と鉄槌作戦(Donner und Hammer)

【挿絵表示】

「珈琲が飲みたいものだ」

砂漠で飲む珈琲はある種独特の味わいだ。後でイルドア王国大使館に勝利の報酬として要求しようと決意する。
号令と共に、振り下ろされた鉄槌の如く盛大に砂埃をあげて、帝国軍一個師団は最後の一手のために出撃したのであった。

★―北アフリカ戦線沿岸―★

戦争遊戯をしたことはあるだろうか。チェスや将棋のように盤上に戦争を見立て、兵や拠点の模型を駒を奪う。
帝国内でも将校達の手慰みとしてよく用いられ、大会もあり軍で表彰される始末。確かエッカート司令もその一人だった筈だ。

故に勘違いを起こす。

人的資源という言葉が戦争の形態を変えた。遊戯において求められるのは駒を消費したとしても戦果(キング)を手に入れること。
時として爆発的感情の伝染によって革命など、大規模な予想外が起こることも当然ある。しかし軍人として鍛え上げられた者は根本的に命令に逆らわない。
そこが死地だと知っていたとしても、着いた矢先に恐怖で糞を漏らすとしても。配置され祖国という巨大なもののために戦うのだ。
だが、本心から名誉なき戦場に立った上で任務を遂行するために命を捧げられる者がどれだけ居るだろうか。

「エッカート少尉、第二中隊の指揮権を預ける。下の五月蝿い鉄の棺桶を叩き潰せ」

「はっ!」

まずいな、と心の中で呟くも表情には出さない。暫定とはいえ指揮官が不安な感情を見せれば容易く伝染するのが軍という形態だ。
作戦通りに偽造した輸送船で敵後方に進出し、旧時代の遺物である通信施設を破壊したまでは良かった。敵は後方に魔導師の一人とて飛ばしては居なかったし対空砲の火力も豆鉄砲みたいなものだ。
だが、突如として更に後方より、一個魔導大隊と師団規模の機械化歩兵が現れたのである。よりにもよってこれが精鋭だった。
通信も独自のものを使用しているようで多少の動揺はあれど混乱している様子はない。ライン帰りの本国軍で間違いない。

「なにより……獣に襲われる予定はない」

「かぁぁぁあ亜ァァラァスぅうウウウヴ!」

目が赤く充血し、涎を吐きながら弾丸の雨を撒き散らす兵士。名は一応記憶している。セヴラン・ビアント中佐、アレーヌで教育したも逃してしまった魔導師。
将来性を感じさせる才能と高い戦術眼から始末しようとしていたものの出来なかった一人。あれほど理性に富んだ姿をしていたというのに痛み入る。
今や撫で付けられた髪は乱れ、魔力欠乏症の初期症状により血の気が引いてしまっていた。此処に居るということはブレストにも居たのだから因縁を感じさせた。

「大隊長!援護にまわります!」

「必要ない。狂犬に二人でかかるわけにもいくまい」

タイヤネン准尉の意見を却下しながら、降り注ぐ貫通術式の雨を翻るように避けていく。代わりに解き放った爆裂術式に反応し、防殻が青白い火花を散らした。
たとえどれ程ビアント中佐が命を削って魔力を消費しようとも追い付かれることはないのだ。それは才能以前に共和国と帝国の技術格差がある。
未だに、合衆国相手でさえも魔導技術において一歩先んじている帝国では出力も、展開力も、変換効率も段違いだ。
だが、熱に浮かされるとうに支離滅裂な言葉を叫び散らすビアント中佐は予測できなくて脅威なのは確か。他の者に相手させることはできない。

「おやおや、焚き火だけでなく戦艦折りまで見ていただけるとは光栄だな。今度は砂漠で砂に溺れてみないかね?」

「ァァ亜!キサマァが!キサマさえいなければ!殺す殺す殺す殺すッ殺してやるぞカラスゥウ!」

骨が悲鳴をあげ、風圧が全身を軋ませる。既存の高高度術式では対応範囲が追い付かなくなった証。早鐘のように鳴り響く心臓。
環境に適応できていない上に直ぐ様立案された作戦に参加となれば何時もより消耗が激しいのは事実だ。吸い込んだ息が喉から水分を奪った。
地上より突き上げるようにして滅多矢鱈に放たれる12.7mmの機銃も時折防殻に突き刺さる。敵魔導師も飛んでいる空域だというのにお構いなしだ。
お返しに爆裂術式を解き放とうとすると、貫通術式の横やりが防殻に突き刺さった。あまりの衝撃に組んでいた演算が崩れてしまう。

「しつこいぞ!さっさと堕ちろ!」

柄にもなく焦っている。ローメル将軍が側面をつくとはいえ、此処まで来るのにかかる時間は30分か、あるいは一時間か。
相変わらず優勢な状況には変わりないが、このままでは脱落者が出てしまうことになる。環境の違いが大きく増強魔導大隊を蝕んでいる。
逃げ場のない敵中での負傷など良くて捕虜、悪くてスコア目当てに撃墜だ。どちらにせよロクなことにはならない。

「ぐぎっぁぁあアアアア!」

一歩踏み込み、魔力の流れを読んでタイミングを合わせる。解き放たれた貫通術式に対して回避行動を取らず、溜め込んだ煙幕術式を起動。
暗煙が立ち込める中正確に位置を把握できるため、迷いなく爆裂術式のフルオートを叩き込んだ。だが未だに魔導反応は健在である。
随分と硬い、舌打ちして魔力を噴出させる。飛行術式を走らせ、横に深く構えた魔導刃。ランスチャージとは古代に戻った気分だ。

「馬鹿な!」

激突した魔力の余波で煙幕が全て吹き飛ばされていく。ぎちりぎちりと軋みをあげる魔導刃は確かに防殻を貫き、生身を傷つけていた。

だが―――

「貴様を殺せるなら使えぬ腕などいらない」

「小賢しい真似をッ。気でも狂ったか!」

刃は心臓に届く前に、左肩を盾にして受け止められていた。理性が飛んでいたのはどちらの方か、焦りが短絡的な方法に走らせた。
短機関銃より手放そうとした腕を、ビアント中佐の最早寸断しかけている左手で捕まれる。神の使徒ではないただの優秀な人間だとなめていた。
虚をつかれた形で、胸元に寄せられたビアント中佐の短機関銃がフルオートで解き放たれる。ぎちりと軋みをあげる黒い魔力が悲鳴をあげた。

「私はぁ期待に応えなければならないッ!」


異常には異常でしか勝つことは出来ない


ビアント中佐はド・ルーゴ将軍の独り言を確かに耳にしていたのだ。自身に対する失望もまた理解した。不甲斐なさで首を吊りたくなった。
だがせめて、己の命一つで祖国の仇を取れるならと心を鋼鉄に変えたのだ。妻も子も、遺してきた者達も大勢居た。

「それでもっ!」

硝子が砕けるような呆気ない音ともに防殻が砕け散る。悪魔の野望を打ち砕くのは、何時だって神ではなく人だった。
才能があった。成し遂げられるだけの戦術眼もあった。足りないものを求めるために、異常に踏み込む覚悟もあった。

「私の、勝ちだ」

かちりと音を立てて、銃が弾倉の中身が切れたことを無機質に教えてくる。覚悟があろうとも辿り着けるかは別であった。
後一発、一発さえあればアルデンヌの烏は此所で失墜していただろう。皮肉にも幸運の女神が微笑んだのは黒翼。
即座にバイエル大尉の魔力が左手に収束し、貫通術式がビアント中佐の防殻を易々と切り裂いた。そのまま柔らかい皮膚を引き裂き、心臓をえぐり抜く。
最後の抵抗に暴走させようとしていた宝珠も容易く打ち砕かれる。なすすべなく後は流れ出す命が尽き果てるのを待つことしか出来ないだろう。

「なに、が」

心臓に空いた大穴が全てを物語っていた。だが、気の迷いでも起こしたのかバイエル大尉は死にかけのビアント中佐を抱き抱える。
宿敵の行動に、死にかけのビアント中佐は僅かに眉をひそめた。そして、驚愕した。

「……最後に望みはあるかね?」

「ばけ、もの、が。だが、将軍に、もうしわけ、ないと」

暫くあって頷くと、ビアント中佐は何故か笑って瞼を閉じた。抱き抱えたままのバイエル大尉は呆れたように近づいてきたエッカート少尉を見て笑う。
先程までの表情は最早影も形もない。あるのは第二○三魔導大隊大尉という肩書きを背負った成長した青年だ。

「子守りは必要ないのだがね、エッカート少尉。まあいい。戦闘面全域に短波で繋いでくれ。仕事はこなしたし、引き上げ時だ」

黒翼が北アフリカ戦線で、戦場の広域回線にて唄った歌は広く伝わっている。後世に語られる黒翼の唄は人物像とはかけ離れているため、物議をかもした。
ただ、一つ確かなことといえばド・ルーゴ率いる師団はビアント中佐の死体を受け取り、銃を向けることなくその場を去ったという。
後に活躍した英雄の一人に数えられるビアント中佐の慰霊碑は、戦場の奇跡として今もなお花が欠かさず活けられている。


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Les vrais amis ne le sont pas (16.真の友人はいない)

投稿しました。短め


燃えていた。走り回る水夫達が、バケツを手に懸命に消化しようと海水をくみ上げている。吹き上がる黒煙と火の粉が渦巻く。
絶望した煤だらけの顔が遠くからでも不思議と良く見えた。まだ昼間だというのにも関わらず海が茜色に染まっている。
何が起こったのか理解した時には既に遅かった。馬鹿な考えだと吐き捨てて、最後まで抵抗していれば何かが違ったのだろうか。
また致命的な部分に火の手が上がったのか、大きな爆発が起きて何人もの水夫が吹き飛んでいく。頬にかかった肉片を拭う気力すらない。

「なにを……」

何をしているのだ、私は。艦隊を預かる最高指揮官のはずだった。だがこうして熱された鉄板の上で膝をつくことしか出来ない。
誰がこの状況で私の命を聞くというのだろうか。誰も彼もが生き残るために、無駄と知りながら船を沈ませぬよう努力しているというのに。
拉げた窓から見える景色は昏く、我々の行く末を示している。奈落の底に手を出した我々は、引きずり込まれ、黒い翼の腕の中で沈黙するしかないのだ。
遂に私が乗る艦が悲鳴を上げ始めた。帝国艦隊相手に戦い続けたはずのダンケルク級戦艦が湾から出ることなく沈もうとしている。
あれほど見てきたはずの甲板が歪み始めているのが見えた。

「ド・ルーゴ将軍!お助けに参りました」

その声は、たった一人残った艦橋の上ではよく響き渡った。おそるおそる振り返れば良く見知った顔が見える。

「なぜ、来た」

知っている、というよりも長い付き合いになる。不幸な意味で有名になった悲しみを背負った者。セヴラン・ビアント中佐、アレーヌの唯一の生き残り。
海兵魔導師として共に帝国相手と戦ったこともある。配属は違えど今回の作戦にも従事していることを知っていた。

だからこそ。

「……なぜ来た!今すぐ上がり、あの憎き烏を落とすがいい!」

この私のみじめな姿を見て欲しくなかったのだ。私の残った微かなプライドが、唯一の責任の取り方として艦と命運を共にすることを思いついた。
炎が遂に此処まで到達し、ビアント中佐を爆風が飲み込んだ。しかし、防殻が煌めいて私とビアント中佐を死から救い出す。
魔導師ならば窓ガラスの吹き飛んだ窓より飛び出で、命くらいは助かることが出来るだろう。だから私は言葉を重ねるように叫ぶ。

「貴様の任務を忘れたか!アレーヌに続きブレストでも失態を犯す気か!」

「将軍。行きましょう。兵が待っております」

叩きつけた拳が、散らばった硝子によって傷つき血を流す。それでも何故か、ビアント中佐は泣きそうな、あるいは無表情のままで私に向かって手を差し出すのだ。
屈辱的だろうに、絶望的だろうに、私の様な者を助けたとてどうにもなるわけではないだろうに。再度の爆発が起こり、艦が限界であることを示していた。

「わた……しは……。いったいどうしろというのだね?終わりだ!祖国が!花の都が燃えているのだ!」

「将軍。終わりではありません。我らが生きていることこそ、祖国が終わりではない証」

「戦闘には負けたが、戦争に負けた訳ではないとでも言う気かね!」

私の叫びに、ビアント中佐は深く頷いた。更に言葉を続けようとして、押し黙る。これ以上言葉を重ねるのは、恥であることを理解した。
泥水を啜り地を這い誇りを捨て、それでもなお生きて再び祖国を見なければならない。これはきっと幻覚に違いない。
亡者の群れが我々の周りで、復讐(vengeance)を叫んでいる。水夫が、工兵が、魔導師が、あらゆる兵士と死んだ共和国民が血の涙を流している。

「彼らも、そう望んでおります」

何時からだろうか。きっと彼はずっと前から見えていたに違いないのだ。そして遂には私にも見える様になってしまった。
ならばきっと終わりは近いのだろう。生と死の狭間で、どこにも行けぬ亡者の群れの一人となるのだろう。やけになって叫んだ。

「……ああ分かったとも。苦汁を飲み干しここに誓おうではないか!共和国よ永遠なれ!」

手を取り、立ち上がる。足は震え、咳き込むほどに喉より血が出ていた。だが、微かに残ったものが私を立たせていた。

「では、私も誓いましょう。あの、烏を落として見せると」

最後にそう笑った顔を、私は今でも覚えている。あの時、何か言っていれば違う結果になっただろうかと。後悔ばかりが募るのである。

★チュニス市共和国植民地軍暫定会議室―★

明らかに席の数よりも人の数が少なくなっていた。残ったのは、残らざるをえなかった者と、残ろうとした者だ。居ないものは察するべきだろう。
兎に角そうして風通しの良くなった部屋では不思議と責任の所在を問う不毛な会話は成されなかった。ただ、一人の男が沈黙を破るのを待っていた。

「……諸君。我々は敗北した。それをまず認めなければならない」

明らかに雰囲気が変わっていたのだ。本国から逃げ出した、哀れな男の姿はもう何処にもない。かつて世界の覇権を握りかけた男、ナポレオンが如く。
目の下にくっきりと浮かんだ隈、よれた制帽は血の黒ずんだ染みが出来ている。瞳は充血し、まるで飢えた獣のようであった。
一皮剝けたどころの話ではない。まるでそうあるべきかのようにド・ルーゴは反論を許さなかった。

「合衆国より義勇軍の魔導師増援の話はあった。だが、もっとも重要な陸軍が補強されることはもうないと言っていいだろう」

本来ならばこうなる前にアルビオン連合王国が援助をする約定だったはずだ。だが、紙切れが如く破り捨てられ、本国の守りを亀の様に固めてしまっている。
増援といえどどれだけ役に立つかわかったものではないのだ。ならば、大きく減少した手元の戦力で勝利しなければならない。
そう、勝利だ。停滞ではない。恥じ入る事に一人の男によって、二度も目覚めさせられてしまった。

「我々は、再び祖国の大地を踏みしめなばならないのだ。故に攻勢に出る」

消極的撃滅?馬鹿な話だ。確かに本国軍は精強とはいえ、型落ちの植民地軍の装備を融通してもらっているに過ぎない。
小規模な小競り合いでは精鋭かつ潤沢な装備を持つ帝国軍相手に勝つ方法はない。何より、砂漠の狐(ローメル)相手に機動戦などもってのほかだ。
ならば我々の得意な戦場へと引きずり込むしかない。幸い未だ軍の数だけでいえば共和国軍は優位に立っているといえる。
共和国軍にもいえることではあるが、敵はローメル将軍に率いられていない方は存外脆い。そこを突く必要がある。

「まずは休み、防衛に努める。増援が着き次第、強襲上陸作戦を行う」

流石に沈黙を保っていた会議がどよめいた。常識で考えればあり得ていい話ではない。軍備された港相手を攻略するには3倍の戦力が必要なのだ。
そしてそれを用意できるだけの戦力は、ド・ルーゴ達の手元にはない。流石に呆けていた植民地軍とはいえ誰もが知る事実である。
だが、ド・ルーゴには先の一当てによって理解したことから、策があった。

「砂漠は、無限の戦術の可能性がある」

奇しくもその一言はローメル将軍の呟きと類似していた。昏い瞳を輝かせて、ド・ルーゴは悍ましい作戦を提案したのである。
後に北アフリカ戦線はかの有名なライン戦線、東部戦線に並ぶ地獄と称されるのだ。それは二人の天才が激突したからだと言われている。

★―帝国チェルス港暫定執務室―★

今回の戦闘で用いた消耗品についての訴状。こういったことはデグレチャフ少佐か、セレブリャコーフ中尉がやっていたのだが残念ながら今は二人ともいない。
前者は未だに本国で拘束され、後者はデグレチャフ小佐のバディであることから証言とついでの里帰りだ。必然、私に御鉢が回ってくる。
節約のためにランプだけが照らす、ほの暗い部屋で書き物をするのは苦痛だ。慣れていないからか、パキリとペン先が欠けた。
デグレチャフ小佐はペン検でもとっていたのだろうかとたわいのないことを考えながら、四回のノックに気のない返事をあげる。

「バイエル大尉。お食事を御持ちしました」

「給仕の真似事をしてほしいわけではないぞ。まあ、有りがたくいただこう。砂漠の夜は冷える、早く寝るといい」

精一杯支給品を工夫したのだろうサンドイッチに頬を緩ませる。砂漠で武器は兎も角軍を支えるだけのまともな食料品を得るのは難しい。
本国から送られてくるのも保存食ばかりだ。一応、エッカート大将などのよしみで嗜好品は送られてくるが酒が殆どである。
共和国の穀倉地帯をおさえたとはいえ、未だパルチザンの嵐は吹き荒れているのだ。鎮静化はしてきているらしいがきちんとした支配体制を築けるのに半年はかかるだろう。

「では、温めあえば宜しいのではないでしょうか」

「いったい何時から下品な女になったんだ?」

チーズとザワークラフト、ソーセージのスライス。慣れきった祖国の味は活力を取り戻させてくれる。眉間を寄せて最後の一口を放り込んだ。
息を吹き掛けて、零れ落ちたパン屑を吹き飛ばす。保存用のパンは堅パンほどではないとはいえ脆く粉の味がする。
不味くはあるが食べられないことはない。軍用食の常ではあるが、イルドア王国の将校達が羨ましくて仕方なかった。

「清くなくしたのは大尉ですが」

「ああ、この話題はやめよう。私に勝ち目がない」

掌を上げて降参を示すと、エッカート少尉はくすりと笑って近くの椅子に腰かけた。どうやら冗談だったらしいが黒すぎて反応に困る。

「駐在将校から融通してもらいましょうか?」

「いい考えだ。大隊長の居ぬ間に大隊用備蓄でも開けようか。親善交換会と洒落こめば非難されることもないだろう」

最早、仕事をする気分ではない。書類を丸めて筒に入れ、執務机の中に仕舞いこむ。代用珈琲の香りが、仄かに鼻を擽った。
どうやら居座る気らしい。仕事に託つけて追い出したいところだが、強烈な一撃を植民地軍に与えたため、暫く動きはないだろう。

「本当にそうお思いで?」

「心を読むな。まあ、言いたいことはわかる。相手はあのド・ルーゴ将軍だ。勝ったときが一番気が緩むものだし、油断は出来ない」

「そういうことではないのですが」

撤回しよう。存外通じあっていなかったようだ。微妙な顔をしていたのか、笑みを見せるエッカート少尉にわざとらしく咳払いをした。
こうしてエッカート少尉が私に絡んでくることは意外と少ない。ともすればデグレチャフ小佐の方が私的な付き合いは多い。
なにせ、エッカート司令の一人娘であること以外は私的なことを何も知らない。其ほどでもないか、と思い直して代用珈琲を啜った。

「ただ、本格的に合衆国が介入してくることになると父が言っておりました」

「遅かれ早かれだろう。既に未確認だが、義勇軍の目撃情報もあると聞く」

南部に増援としてくるのも想定内だ。少なくともローメル将軍も察しがついていることだろうし、大隊長代理程度が考えるべきことではない。

「魔導部隊が結成されているとか」

思わず阿呆のように呆けて瞠目した。想定よりかなり早い始まりだ。帝国が勝ちすぎたことによる神の介入か。
もしかしたらまったく関係ないのかもしれない。だが、首筋がちりちりと焦げ付くような嫌な確信があった。
吐き出そうとしたため息を飲み込んで、椅子に深く腰掛ける。嫌な事に窓から見える満点の星空が星条旗が如く輝いていた。
予感は当たるものだと身をもって知ることになる。

Hostilities exist.
敵は現在しています。

There is no blinking at the fact that our people, our territory, and our interests are in grave danger.
わが国民、わが国土、そしてわが国の権益が重大な危機に見舞われてることに疑いの余地はありません。

With confidence in our armed forces, with the unbounding determination of our people,
我が軍への信頼と、我が国民による自由な意思によって、

we will gain the inevitable triumph.
私たちは必ずや最終的な勝利を獲得するでしょう。

―― so help us God.
――主よ私たちにご加護を。

公共電波として流された合衆国の声明は世界を震撼させた。ついに世界最強の大国が自由と正義を盾に動き出したのだ。
アメリカ大陸全土への独立保障、後に世界の警察と呼ばれる日は近いのかもしれない。ただし、たった一つ失敗をあげるならば極東島国の存在を忘れてはならなかった。
太平洋の先進国は一強だけではないということを巨人は身をもって知ることになるだろう。世界全土を巻き込んだ大戦が始まろうとしていた。



株式たまご様誤字報告感謝です。誤字報告がきれることがない。恥じ入るばかりです。


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Verrückt (17.神秘の子羊)

後半投稿しました


★―同日共和国軍暫定執務室―★

植民地軍はけして精強とはいえない。牙の抜かれた獣は圧制は得意でも、戦争は許容範囲外。
そのことを兵達も理解しているため、敗北主義者が蔓延するのも無理ない話だ。だがかつてと違い、今は逃亡など出来るわけがない。
だからこそ、安易な方法に手を出すことになる。本来余裕がないはずの植民地軍に嗜好品として流行りだした軍用チョコレートの正体。
秋津島皇国発祥の依存性の高い麻薬、メタンフェタミンの症状は顕著である。
合衆国を含め国によっては当たり前のように支給品として配られることもあるが、少なくとも共和国本国軍では禁止されていた筈だった。
中毒症状として痒みや湿疹、皮膚の下を虫が這いずるような中毒症状を引き起こし、血管にダメージがいくことで吹き出物などが出来る。
化粧を塗りたくっても、魂まで汚染された様はありありと分かる。だが不思議と拡大に終止符を打つことが出来ない。

「これで何人目だ?」

既に将校の中から多くの中毒者が発見され、更迭されている。なかば兵の間では公然とした麻薬とはいえ、判断力が鈍るため将校は禁止されていた筈だった。
眉間に皺を寄せるド・ルーゴは密告されたリストを投げ捨てる。どれだけ禁じても、裏の流通ルートを締め上げたとしても終わりがない。
本国軍の将校にまで蔓延し始めたのは普通ではない。証言を聞くに食料に混ぜられていたこともあるらしい。まるで、侵略でも受けている気持ちになる。

「いや、原因は明らかだ。信じたくないものだな」

中毒者が増えだしたのは合衆国の増援と、宣言の後からだ。味方であるはずの大国が解決しようがない最大の敵とは笑わせる。
レンドリースの中に麻薬が紛れ込んでしまえば止めることは出来ない。内側で犯される行為に軍という形態は古今東西弱いのである。
大国に真の友情など有り得ないのだ。まさか、植民地軍将校以上に足を引っ張る味方が存在するとは想像だにしていなかった。
こういったことがあるからこそ、ド・ルーゴが増援魔導部隊への不信感を募らせているのは無理のない話であった。

「入りたまえ」

「はっ!失礼いたします。アイザック・ダスティン・ドレイク中佐、以下35名魔導大隊。合衆国より義勇軍として着任致しました」

「よく来てくれた。歓迎しよう」

ふくよかながらも筋肉質な様はフィッシュ&チップスを嗜んでいるのだろう。連合王国なまりだというのに合衆国所属とはおかしな話だ。
とはいえ、隣に立つとても分かりやすい少女をみれば、教導任務として合衆国に対し派遣された魔導師の一人だということが想像できる。
祖国が空襲の警報が鳴り止まぬ時に結構なことだ。余裕があるだけ、羨ましい。あるいは見栄か、それだけお友だちの大国が頼りないからかもしれない。

「メアリー・スー少尉であります!ピエール・ミシェル=ド・ルーゴ将軍とお会いできて光栄です!」

いきなり少女、スー少尉が声を上げたことにドレイク中佐が声を荒らげようとするが手で制する。人として大変好ましい性格だ。

「協商国出身かね?ああいや、別に開戦のことでとやかく言うつもりもない。情勢上仕方なかったといえる」

一瞬身構えたスー少尉を嗜める。帝国との戦端を開き、祖国を巻き込んだ協商国に対して怨みを持つ者は存外多い。
別段逆恨みでもない事実だから余計質が悪いのだ。世論からしてそういった目をスー少尉も向けられて来たのだろう。
私も思うところがないではないが、それ以前の問題で帝国が精強に過ぎた。祖国の仮想敵だった以上、何れ戦端は開かれ、敗北していたどろう。
まして此処で無知な少女をなぶった処で私の気が晴れるわけでもない。安堵の吐息を吐き出した少尉から視線を外して、試すようにドレイク中佐を見た。

「さて、諸君達の敵を理解しているかね。ああ、すまないな。これは意地の悪い質問だった。ただ諸君の兵科の関係上ぶつかると予想されるネームド部隊だ」

「アルデンヌの烏以下増強魔導大隊です」

がらりとスー少尉の雰囲気が変わったことに、一瞬瞠目する。強烈なまでの負の感情は沢山見てきたし私が抱えているものでもある。
単純な怒りと怨み。親族でも殺されたのかもしれないと容易に想像がつく。しかしそれだけでは、私が動揺してしまった理由にはなりえない。
奇妙な違和感を感じながらも今一把握できていない中佐のために口を開いた。

「簡単な話だよ。諸君達は義勇軍なためある程度の独自裁量権を得ている。勿論私はそれを尊重するつもりだ」

困惑した表情の中佐と、能天気な少尉。魔導師として優秀かどうかは魔導師ではない私に理解することは出来ない。
しかしながら、長らく背中を守られてきた戦友と比べるとその他の面において大きく劣る。つまり、全くもって信頼も信用も出来ないということだ。

「だが、黒翼率いるネームド部隊と交戦することを禁じる。もしも該当部隊と同空域になった場合、撤退したまえ」

「何故ですか!」

声を荒げたのは、やはりというべきかスー少尉だ。まったくもって度しがたい。あるいはらしい(・・・)と吐き捨てるべきなのだろうか。
人として好ましくとも軍人として好ましいわけではない。大人しく亡命先で暮らしていればただの気がよい娘で終わっただろうに。
その点、ドレイク中佐は良くも悪くも指示され慣れているのだろう。侮られていると理解したうえで顔をしかめても反論することはない。
しかし少尉を叱責しようとしない時点で不満がありありと出てしまっている。双方共に失格だと、葉巻に火をつけた。

「諸君達は此処に何をしに来たのかを理解してほしいものだがね。将来の芽が摘まれるのを見逃すほど私は無責任ではない」

「ですが、お父さんの仇で」

「確かに怒りは大切なものだ。もっとも、私情を挟んで視野を狭くすることと同義ではない。より直接的に言おうかね?」

よせ集めの義勇軍風情では、精強なネームド部隊相手に足止めも敵わない。言外に乗せられた意味を理解したのか、漸くドレイク中佐がスー少尉を止めた。
合衆国大統領による宣言があったとはいえ、かの国の国民感情はいまだ好戦には傾いていないと聞く。義勇軍の隊長が他国の人間な時点で強ち間違いではないのだろう。
あるいはこう言うべきだろうか。所詮は戦も知らぬ元植民地の成り上がり風情が、と。体のいい戦争の実験場にされて良い気はしないのだ。
ましてや戦うのは他国の人間と来た。連合王国は随分と合衆国に期待しているらしいが、少なくとも今は評価を下方修正するべきだろう。
吐き出した煙が陰鬱な感情を押し流してくれることを期待する。成る程、兵が麻薬に手を出すのもわかる話、逃げたいのに逃げ場がない。

「長旅で疲れただろう。まずは休みたまえ。二軍での任務を用意してある」

元々、義勇軍は今回の作戦において居ても居なくても良い大隊だ。予備戦力としては丁度良いと、話は終わりだというようにベンをとった。
この時、さらに一言付け加えておけばなにかが変わったかもしれない。少なくとも誰も彼も、あるいは人でない者もまた、思惑の上で動いていたということだ。

★―1925年12月25日 チェルス港帝国歩哨地域―★

その日、行われた共和国による攻勢を予見できた将校はいなかった。共和国の情報統制が上手かった。帝国の外交省の入れ替えがあり判断が遅れた。あるいは帝国内の密偵が秘密裏に情報を処理した等々。
数々の要因が上げられるも後世に至るまで明確な理由は分かっていない。ただ一つ言われていることは、聖者が誕生した日に行われた当作戦が南大陸決着へとこぎ着けた一手であった。
あまりにも非人道的かつ、協定違反の行為は物議を醸したが、そもそも現在行動している敵は正確には正規軍ではない。パルチザン、所謂支配地域下における民衆の反乱と位置づけられる。
チェルス港内部での民衆を扇動したことによる武装蜂起。本来、武装された軍が駐留している地域にて反乱を強固断行できる者は少ない。
なにせ勝率は限りなく低く、かつ捨て駒になる覚悟が必要になるからだ。軍人として教育されたのなら兎も角、民衆が武器をとることは難しい。
しかし、前例があってしまった。表向き成功したと帝国も共和国も喧伝したアレーヌでの反乱を利用したプロパガンダに乗った形である。

“アレーヌ市民は彼らの自由と祖国への愛を叫び市を一時は占拠、奪還。しかし、不甲斐ない共和国の本国軍は後方を荒らされたはずの帝国に敗退した。今こそ彼らの様に立ち上がる時だ”

あまりにも酷い筋書だが、そもそも本国とは離れた支配地域である植民地。後の独立保障など裏取引が数多くあったものの根本的に情報力が違う。
そのうえ、新参者のイルドア王国より、長年支配してきたフランソワ共和国に信頼もあった。武器は民間の輸送船に合衆国製の火薬と銃がつめられ容易く持ち込まれた。
帝国は大陸上の支配地域拡大に注力していたため、港での検分を地元のイルドア王国警備隊に任せていたことも災いする。
その上、火消しに回るはずの帝国軍が機能不全に陥ってしまった。原因は明らかである。

「こいつはどうなっている!ローメル将軍はまだか!」

「げ、現在共和国軍2個師団に注力しており、友軍有利に進攻しているものの……」

僅か前に起こった共和国軍による攻勢にローメル将軍は一師団と共に引きずり出され、戦闘を余儀なくされている。
敵は二軍以下の植民地軍であり捨て駒扱いなことは明らかだが即座に粉砕できる程戦争は単純なものではないのだ。
ローメル将軍以外一軍を指揮しえるだけの優秀な将校が存在しない、本国ならば兎も角、南大陸の人材不足をつかれた形である。
通信兵の叫びに怒りの声を上げる将校。しかし、事態は好転することなく既にイルドア王国統治機関など重要地点は占拠されていた。

「都市が燃えるのはアレーヌ以来だ。エッカート少尉、貴様の生まれたての小鹿のような様を思い出すよ」

「ははははははっ。懐かしいです。しかし今は立派な角の生えた少尉ですな」

「雌鹿は角が出来ませんよ、ヴァイス大尉。それとも雄々しいとでも?」

エッカート少尉のきつい睨みに、冷や汗を垂らしてヴァイス大尉が後退する。帝国人女性は誰も彼も雄々しすぎるとアリベルト・バイエルは聞こえないよう呟いた。
周りは火の海にのまれ、黒煙が立ち上り、塵で喉も嗄れる程だというのに3人は悠々と市内を帝国軍駐屯地へ向かって歩いていた。当然状況は理解している。
しかし、既に似たようなことを3人、ひいては第二〇三魔導大隊は経験しすぎていた。共和国内でのパルチザン鎮圧を駆け抜けた彼らにとって今や市民の抵抗は慣れ親しんだものである。
飛行術式で安易に空を飛べば、どことも知れない狙撃の格好の的になる。それよりは、地上を歩き防殻で黒煙と熱風を遮断しながら進む方が安全だ。
なにより、あの臆病者のグランツ少尉でさえ、市民を悲壮な顔をするとはいえ撃ち殺せるのだ。共に戦った大隊を信頼していた。

「まあ、これも経験でしょう。市民の抵抗程度で一個師団がどうにか成るはずもありますまい。教育で何よりも効率的なことは実戦ですから」

「ローメル将軍もそれに関しては頭を痛めていたからな。だが、共和国の動きはこれだけではないだろう。エッカート少尉?」

「はっ!現在多数の船影が海岸線付近に見られるようです」

「強襲上陸作戦か。支配地域の固定化が難しい南大陸ならではだな。流石は海軍出身のド・ルーゴ将軍だ」

「今の発言は記録にとってもよろしいでしょうか?」

降参だとバイエル大尉が手を挙げると、仕方ありませんねとエッカート少尉が笑う。戦意高揚と緊張緩和のために冗談は交わすものだが、大分エッカート少尉も板についてきた。
相変わらずほの暗い闇を宿した瞳に怯えるものも多いが。なにせ、グランツ少尉は階級が並んだというのに堅苦しい敬語を外さないのだからネタにされている。

「まあ、我々がそちらを相手に……」

「どうされました?大隊長代理殿」

舌打ちをしたくなった、と一言呟いて宝珠を輝かせる。上官の異様な雰囲気に二人も飛行術式を展開した。どうやら予想外のことが起こったらしい。
この上官は勘が鋭すぎる。何度もその予知に等しい洞察力に救われてきたのだから、行動も早かった。大地を蹴り飛ばし、なりふり構わずバイエル大尉は突き進む。

その視線の先に、黄金を宿して。

★―同日 チェルス港沿岸共和国軍上陸予定地点―★

夜の帳が降りる港にて、此方に近づいてくる遥か遠くの共和国船団を前に第二〇三魔導大隊は臨戦態勢に入っていた。

「大尉殿達は?」

「現在此方に向かっているとの通信がありました。到着予定は600秒後です」

「そいつは困ったな。ケーニッヒ中尉。指揮を頼む」

露骨に嫌な顔をした面長のケーニッヒ中尉をノイマン中尉が小突いた。どちらも第三中隊と第四中隊の指揮を任されているが、賭けの席で競い合うライバルである。
実は同時期に軍大学に所属した同期であったため仲はけして悪くなかったが、根本的には真面目なケーニッヒ中尉とノイマン中尉はそりがあわない。

「貴方がやればいいでしょう、軍大学時代の指揮官成績は上だったはず」

「席次一つ上だった嫌みか?まあ、ボトル一本で妥協しよう」

しかし、大事な仕事の時に無駄な競い合いをするほど馬鹿ではなかった。ケーニッヒ中尉がアリベルト大尉、ひいてはデグレチャフ少佐の本来いる場所に座ることを良しとしないのは理解していたからである。
仕方ないですね、と頷いたケーニッヒ中尉に胡乱げな目を向けて、ノイマン中尉は即座に整列した大隊に号令を発する。

叩き潰し、蹂躙しろ

それだけで十分だった。一斉に空に上がった魔導大隊は、飛行術式を展開しながら同時に魔力を通し術式を展開していく。
白銀や黒翼が目立つが第二〇三魔導大隊総員がそこらの魔導師の比ではない。何度も叩きこまれた連結高速展開技術は技術者をして、馬鹿馬鹿しいと言われる程。
第六層砲撃術式の三重展開。ブレスト港での戦果を基に対艦用に開発された当術式は理論上戦艦を一撃で仕留めることが出来る。
びりびりと空間を揺らす魔力が、並べられた3丁のPzB M.SS.41(対戦車ライフル)に収束していく。

「撃てッ!」

振り下ろされた腕と共に引き金が引かれ、蒼い魔力が夜空を切り裂き炸裂する。煌々と拡散する爆発が一瞬海を赤らめたほどだ。
あまりにも過剰な戦力の帝国による共和国軍への返礼。だが、此処にきて初めて第二〇三魔導大隊の面々は戦慄することになる。

「あれは……まるで」

大隊長殿のようだ、言外に語られた胸中は大隊の誰もが共有していた。夜空を切り裂く光は星をも覆い隠す。黄金の魔力が十字架の形をして立ち上っていた。



作戦名などは次話に出します。
誤字報告感謝。 0ribe様、ばんだみんぐ様、ふまる様他


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Napoléon Bonaparte (18.英雄の帰還作戦)

後半投稿しました


★―チェルス港沿岸―★

荒れに荒れる海は内海にしては珍しい。だが、敵方の狙いが付けにくいという意味では感謝すべきだろう。20隻に及ぶ小舟が必死に舵を切りながら煌々と輝く灯台を目指す。
沸き立つ水面を照らし出す灼熱の奔流と黄金の極光が中途半端に魔導師の才能がある者の感覚を狂わせて海に吐瀉物をまき散らした。

「くそっ!なにが起こった!あの光は?上空の魔導師共とは連絡がつかないのか!」

「魔力波がでかすぎて宝珠を用いた通信が断絶しているんだ!」

上陸作戦と一言で言っても、その段階は多岐に渡る。巨大な戦艦を港に着けそこから海兵隊を下せば終わり、ではないのだ。
船を港につけるという行為は専門家が必要なほど困難で慎重を要するからである。ではどうするかというと安全性の低い小舟に兵を満載し乗り付けるしかないのだ。
小舟である以上、小型火器にすら沈没させられる危険を含んでいる。艦隊砲撃による港の防衛戦力の破壊は必須である。
そもそもこの時代に海兵隊などという兵科はない。海兵隊という名はあっても所詮は水夫に武器を持たせた程度であることが殆どだ。
なぜなら、一般的な先進国の港の防衛力に対して戦艦の砲撃が勝利出来ると考えていないからである。初めてで、不慣れな行為はただでさえ精神的疲労が増大している兵を蝕んだ。

「敵魔導師による攻撃だ。応戦の艦隊砲撃が行くはず、狼狽えるな!」

「しょ、将軍!此処は危険です!直ぐに艦にお戻りください!」

だが彼らが進むことを辞めないのは、先頭の小舟に乗り込み大声を張り上げるド・ルーゴ将軍の姿があったからだ。指揮官先鋒などこの時代あり得ていいはずがない。
剣と剣を打ち合う時代は数世紀も昔。たった一発の弾丸が人命を容易く刈り取る以上、最も後方にいるべきである。
それでも指揮官が最前線に立つことに意味があった。自身より上の階級の者が命を張っている、共に戦ってくれている。
不思議な事に、逃げるという選択肢は思考から立ち消える。確かに糞を漏らすほどに怖い。冷たい海に投げ出されれば藻屑となって墓にも入れない。
しかし、しかしだ。戦争中の兵とは孤独なものだ。常に恐怖と戦わなければならない。故に命をかけるだけの価値があると認められているならば、信じてもらえるならば、

何時死ぬともしれない命を捧げるなけなしの覚悟(プライド)はある。

「総員耳を塞げ!」

小舟の上で頭を抱えるように蹲った瞬間、びりびりと鼓膜を揺らす衝撃が全身を貫いた。味方艦隊による砲撃と理解した直後に、視線の先で10に及ぶ火柱が吹き上がる。
まるで蜂の群れが、怒ったように青い魔力光を星に紛れさせ此方へと広がってくるのが見えた。それだけで恐怖がぶり返してくるのだ。
烏が率いると思われる敵の魔導大隊。かつての戦艦同様に我々も沈められるのではないかと精神が擦り減らされる。

「此方からも魔導師が出る、味方を信じろ!機銃はつかうな!マズル・フラッシュで位置がばれる!」

ただ縮こまって味方がばたばたと落とされる中、突き進めと言われている。既に神へ祈る気持ちなどとうに失せていた。
あるのは長い長い引き伸ばされる時間だけだ。艦隊より離れてからの死の15分。次々と流れ弾によって隣の小舟が沈んでいく。

「乗せ、乗せてくれ!」

「駄目だ!速度を落とすな!」

地獄だ、地獄だった。ともに酒を飲み交わした兵が、海に揉まれながら助けを叫ぶ。切り捨てる声も震えていた。
握りしめた拳が、寒さからかぶるぶると震える。目に入る塩水に自然と涙が零れ落ちながら、息を殺してその時を待った。
生涯、この時間を忘れることはないだろう。味わうくらいならラインにも戻ろうと思うほど狂おしい。

「上陸!上陸だ!」

ド・ルーゴ将軍の声ではっとなって顔を上げると、衝撃で思わず体が前に投げ出された。周りを見回せば、仲間たちが次々と船から飛び降りて大地に降り立つ。
あまりにも悍ましい死へのカウントダウンを乗りきったという実感もないままに、短機関銃の包装を破いて転げるようにコンクリートを踏みしめた。

「我々の勝利は確定した!祖国の英雄が如く!」

何処か遠くで響き渡ったド・ルーゴ将軍の高らかな宣誓は状況を何よりも示していたのである。初めての北アフリカ戦線における共和国側の戦術的勝利であった。

作戦名は救国の英雄に準え、英雄の帰還作戦(Napoléon Bonaparte)

後にこの作戦に参加した海兵はインタビューに対して誰もがこう答えた。あの時を詳しく語ることは戦友の名誉にかけて出来ない。
ただ言えることは、"あの時間を我々が乗り越えられたのは神の加護でも帝国への憎悪でもない。僅かな幸運と最高の英雄(ド・ルーゴ将軍)のおかげだ”と。

★―チェルス港同域上空―★

黄金の魔力が吹き荒れたことを理解しても、誰によるものか認識できた者は共和国側にも帝国側にも居なかったことは幸いだろう。
気づけば起こっていたし術式でもなく、ただの魔力の奔流であるからして行った本人ですら認識することが出来ていないのだ。
兎に角、そうして大きな動揺を孕んだままになし崩し的に第二○三魔導大隊と、義勇軍含む共和国魔導師が激突した。
もっとも精神的動揺から立ち直りがはやかったのは第二○三魔導大隊である。なにせ黒翼や白銀といった異常な戦力を見せつけられてきたのだ。
敵方にも同様の戦力がいると、体を強張らせながらも編隊を組み直し猛烈な突撃を開始する。数が多い相手に対して行う近接格闘戦(ドッグ・ファイト)は十八番だ。
自然、大部分の眼下の船を見逃すことになるが、生存のために二兎を追うことなく切り捨てる。それだけ動揺も大きかったといえる。

「大隊長代理殿が到着するまで遅延戦闘を行う」

「あの規模の攻撃手が居るんだぞ!」

「だからだ!遠距離からの撃ち合いで勝てるわけがないだろう!近接格闘に持ち込むが、深入りするなよ!」

「仕方ないな、諸君切り込むぞ!」

怒声を浴びせ合いながらも即座に方針を一致させた二人の中尉は競いあうように宝珠を煌めかせ、襲い掛かった。
義勇軍魔導師は命令通りに撤退しようとしたものの、スー少尉の抵抗にあい接敵を許してしまうことになる。此処に来て問題が露呈した。
指揮系統も纏まらないままに共和国側は突っ込んできた魔導師によって中央を抜かれる。頭を失った共和国魔導師と新兵ばかりの義勇軍はあっけなく崩された。

「意外とやるやつが居る!素人ばかりだと油断するなよ!」

「なめやがってぇえええええ!」

必死に抵抗するも、個々の技量で押し負けるため特に義勇軍はばたばたと海に向かって落ちていった。今や義勇軍で残っているのはドレイク中佐とスー少尉含む数人だけだ。
だが、第二○三魔導大隊も無傷ではいられない。既に四名の負傷者を出して後方に下がらせている。ビアント中佐の仇と共和国魔導師が奮起したからでもあった。

「こいつ、硬い!」

タイヤネン准尉はスー少尉と激突していた。既に弾倉一つ分の貫通術式をぶつけているというのに、全て防殻で弾かれているのである。

「どいてっ!貴方じゃないの!」

驚嘆すべき防殻に、先程の魔力奔流はこの女のものだと理解する。しかしながら技量はそこらの帝国魔導師にも劣る。
乱雑に解き放たれる術式に込められた魔力量を肌で感じて戦慄するも、鍛え上げられた戦闘技術とプライドが正確に凶弾を回避していた。

「すまないな。女に乞われているのに遅参するとは」

一時硬直状態に陥った直後に膨大な魔力が吹き荒れ、強制的にスー少尉を叩き落とした。展開される夜空に溶け込む漆黒の魔力。

「狙いは私だろう。ダンスの相手を間違えてくれるなよ?」

「貴様が!」

海面すれすれで立ち直った少女の魔力は、変質していた。立ち上る黄金の魔力は海面を煌々と照らし出し、人にあり得ざる者を見いださせる。
何処か神聖さを感じさせる少女を鼻で笑って、バイエル大尉とスー少尉は激突した。解き放たれる術式の数々だが押しているのはバイエル大尉だ。

「魔導師はさっさと殺すべきだが、残念なことに時間がない。そういう時は余力なぞ考えず学ぶ前に落とすべきだ」

かちりとスー少尉の短機関銃が弾切れを知らせると同時に、バイエル大尉が巨大な術式を描き出す。正確に弾切れのタイミングを測っていたのだ。
尋常ではない技量と観察力が勝利の方程式を解き明かしていた。描かれるのは空気を圧縮し解き放つ衝撃を優先した、所謂空気砲。

「今は此方にも余裕があるわけではない。また、次の機会にでも」

「ふざけるなぁああああっ!」

避ける術もなく直撃した空気砲は、防殻で衝撃は身体に伝わらないまでも飛行術式の許容範囲を遥かに越えて吹き飛ばした。
海面に叩きつけられたスー少尉が上がってくる様子は流石にない。肩をすくめて、バイエル大尉は大隊への通信を開く。

「……この戦場は我々の敗北だ。撤退する」

気負いなく放たれた言葉に従って、津波が退くように第二○三魔導大隊は同空域を待避していったのである。
最後まで生き残った共和国側は、最早数える程にしか残っていなかった。

★―チェルス港南方交戦地域―★

戦争において将の真価が問われるのは撤退戦である。どれだけ戦が上手かろうとも常勝することは戦術以前の補給や兵の数など問題がある以上不可能といえる。
しかし優秀であればあるほど敗北の味を知らずに将は育ち、いざ敗北した瞬間に自身の足場が崩れるような感覚と共に冴え渡る戦術眼も曇ってしまう。
その点ローメルはライン戦線の地獄を見てきただけ、苦渋を飲むことに慣れていた。あまり味わいたいものではないが。

「巻き返しは不可能か。チェルス港は破棄するしかないだろう。こういう時の撤退プランはなんだったかな」

にやけそうになる顔をローメルは口元に手を当てて隠す。想定外の鮮やかな戦術は帝国内でも可能な士官は珍しいだろう。
それだけ今相対しているド・ルーゴ将軍はローメルに匹敵、あるいは越えるかもしれない才能を抱えていることになる。
だが勝つのは私だと、装甲車両の天蓋を開けた。見渡せばようやく暑さも和らいだ砂の上に鉄屑が幾つも転がっている。

「将軍、四名の共和国兵が捕虜としての扱いを求めておりますがいかが致しましょう」

「殺せ」

武器も持たずにのこのこと這い出てきた共和国兵に銃口が向けられる。漸く自分達の扱いに気づいた愚鈍な者の悲鳴が上がった。
砂の被害を感じさせない軽快な音と共に、機関銃より弾丸が吐き出されて命を磨り潰していく。そもそも敗者に投降したところで認められるわけがないだろうに。

「これならば役割を逆にすべきだったな。私が居なくてもどうにでもなった筈だ」

共和国軍二個師団の全滅。降伏すら許さず皆殺しにしたが忌避感はない。捕虜をとって輸送できるほど余裕があるわけでもないのだ。

「第一師団全軍に通達だ。反転しこれより攻勢に出る」

「はっ……?」

「ああ、いや言葉が足りなかったな。チェルス港内に取り残された一個師団を救出しなければならない。幸い敵軍の機甲装備が送られてくるのにまだ時間はあるはずだ」

「了解いたしました」

もう少し教育が必要か、と心の中で呟いてイルドア王国製の煙草をくわえる。仄かに広がる甘みに顔をしかめた。
やはり慣れ親しんだものが一番だと思いながらも、差し出されたライターで火を点けゆっくりと肺に満たすように吸い込んだ。

「たまには、こういうのもいいか」

吐き出した紫煙がゆらゆらと立ち上って、雲一つない夜空へ伸びていく。しかし、車両が動き出したと同時に流れて消え去った。
あの大尉はどうしているだろうと思い、頭を振る。ああいう手合いは戦意に満ち溢れていると同時に引き際をわきまえているものだ。

「それよりも補充兵の問題もある。確かに将軍という地位は悪くないものだが、一軍を自らの手で率いていた頃の方が良かったな。後方担当の説得が面倒だ」

泥水を戦友と啜りながら、鼠のように地べたを這いつくばって塹壕の中で砲弾が振ってこないことを祈る。まともな装甲車両どころか戦車すら鉄屑となり、気づけば屍を晒している。
あの頃は後方の事情なんぞ考えずとも、好きなように配下の大隊を動かすことが出来た。だが階級が上がると同時に戦友からは引き剥がされ祖国の大地を踏むことすら叶わない。
なかなか届かない物資に悪態だけついていれば良かったが、今となれば逆に悩まなければならない始末。息苦しいといえた。

「挨拶代わりの酒を第二○三魔導大隊より受け取っておりまして。微力ながら説得のお手伝いさせていただきます」

「ああ」

少し瞠目して、しかし直ぐ様頷いた。今の部下も頼りなくはあるがなかなか悪くないと思い返す。こうして一夜にして各国の情勢は変動した。
今まで連戦連勝であった帝国のチェルス港失陥の功績をもって、ド・ルーゴ将軍は英雄と称されるようになる。しかしその一方で共和国は大凡三個師団の被害を出し南方大陸における戦力の四分の一を失した。
戦術的には勝利であるが戦略的に見れば微妙な値である。また、チェルス港では多くのイルドア王国民がいたことも大きな問題点となった。
帝国はプロパガンダとして兵による虐殺を報じた。これに王族は温和的対応を取ったことで大きく権威を失墜させ革命派が台頭する。
イルドア王国の世論はかつての偉大なる帝国の復刻を叫び、次第にイルドア王国は好戦へと傾いていく。

「あるいは、世界は本来の形を取り戻しているのかもしれんがね」

「大尉?」

「ただの独り言だ。それより様子は?」

「現在宝珠を取り上げ、拘束した状態でありますが……」

「結構。厳重に頼むよ」

神も天使も悪魔も其々の思惑で動くこの世界で、どうして人間が企まないと言えるだろうか。胸元にかかった黒い翼のペンダントを握りしめた。
エッカート少尉とヴァイス大尉によって運ばれていく、厳重に鉄鎖を巻きつかせてある死体袋。物語はあらぬ方向へと転がっていくことになる。

★―帝都西部帝国軍歩哨地域支部執務室―★

帝国は四面楚歌だ。ようやく手に入れた後方勤務を楽しみながらも、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は頭を抱えていた。
西での抵抗は強く、パルチザンによる被害を抑え込むことが出来ない。東では小康状態とはいえ未だ泥沼の戦争を連邦と繰り返している。
北は沿岸部への“所属不明の”偵察機が飛び交い戦闘機乗りが次々とエースへと昇格している、当然消耗も激しい。南は南でイルドア王国との関係が未だ不透明だ。
幸い食料は旧共和国領からの徴収で飢えることはない。だが、石油とゴム資源だけはどうしようもない。航空機を作り、飛ばすには必須なのだ。
四回のノックにセレブリャコーフ中尉だと思って返答を返すと、扉を開いて現れた人物に唖然とした。

「ぜ、ゼートゥーア閣下!此方にお越し頂かずとも」

「ああ、座ったままで構わんよ。貴様は後方任務においても優秀な成績を収めていると聞き及んでいる」

後方任務を直接望んだ時は激怒されたものだが、その好々爺とした立ち姿に激情は欠片も見られない。自身の後方任務での実績を認められたかと思うと心が躍る。
だが上官の前だと表情をただし、一度立って礼をしたあと失礼しますの後に執務席に腰かけた。ご厚意で贈ってもらった椅子はターニャの未だ未熟な体にぴったりだ。

「さてデグレチャフ少佐。貴様にとって嬉しい知らせが二つほどある」

「拝聴致します!」

「一つ目は貴様の……部下の昇進が決まった。アリベルト・バイエル大尉が少佐となり正式に第二〇三魔導大隊隊長を引き継ぐ。他数名もついで昇進する」

確かに喜ばしいことだが、ターニャは違和感を覚えた。どうせ通達は来ることだろうし、ゼートゥーア閣下が直接伝える必要の無いことの為だけに来られる筈がない。
そもそも第二〇三魔導大隊は後方勤務になったターニャにとってはもう関係のない部隊である。正確には元部下というに相応しくゼートゥーア閣下の言い回しが気になった。

「次いで、貴様の提唱した戦闘団の設立が決まった」

「戦闘団でありますか?」

「珍しく察しが悪いな。貴様は戦闘団を率いてもらうことになる。第二〇三魔導大隊と共にな」

……は?

前線送り、つまりはそういうことである。



1青龍1様毎度誤字報告有難うございます。拙い文でご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

漸く皆さんが待ち望んだデグレチャフ少佐が前線に戻ってきます。


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Salamander (19.サラマンダー)

後半投稿しました


★―帝国ニュルンベルク市帝国軍第三基地―★

アリベルト・バイエル少佐率いる第二〇三魔道大隊が南方大陸戦線にて激戦を繰り広げている間、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐はサラマンダー戦闘団の設立を急いでいた。
連邦に対する春季攻勢に間に合わせるため、急遽作られることが決定した部隊であるので問題は大きい。読み上げられる名前に、思わずターニャがうんざりした顔を浮かべたのは仕方ない事だろう。

「なるほど。経歴を見る限り問題児か新兵しかいないな」

思わず地に叩きつけた資料をセレブリャコーフ中尉がこそこそと拾い集めているのも、今は気に障る。訓練所に集合させられた兵達。
一見真面目そうな素行に見えるが、所詮は付け焼き刃だ。教導任務を一度や二度こなしたことはあれど今まで初めて見るタイプといえる。
上層部にはモデルケースとして期待されているのかもしれないが、使えない新人を使えるようにするのがどれだけ難しいか。
前世でよく知るターニャは、幼子だと侮った視線に胡乱気な目を向けた。まずはものは試しと口を開いた。

「魔導師のようにはいかないか。貴様、名は?」

「クラウス・トスパンであります!」

ターニャにより唐突に振り下ろされた銃床、額を殴りつけられたトスパン中尉は吹き飛び血飛沫が舞う。流れ出した出血量から相当な威力で殴られたことが伺えた。
唖然とする兵達の前で、ターニャは追い打ちをかけるようにトスパンの腹部を蹴り飛ばした。その顔は一見狂気と憤怒に歪んでいる。

「名乗るときは階級も含めたまえ。次はないぞ、トスパン中尉」

自身の子より少し大きいくらいの少女が大の大人を殴り倒す。さて、諸君。と言葉を紡いだターニャに向けられる視線に侮りはなく、理解できないものに対する恐怖だけだ。
掴みは上々と自然とターニャの口元に笑みが浮かぶ。雪中訓練でわかったことだが、軍に所属する兵ならばある程度のパワハラも必須である。
指導者に対する反骨心と恐怖が訓練への意欲を底上げし、さらに着任した後も上司に逆らうことがなくなる。

「私は殻から出てもいない貴様達を孵化して立派な鷲に育ててやる必要がある」

勿論、前世で真面目な職員だったターニャとしてもパワハラは嫌悪すべきものだ。しかし、必要ならばやるしかない。
なにせ上層部より、たった二週間で使い物にせよとの仰せだ。不可能を可能にするには多少の無理は通す必要がある。
二週間で肉体面がどうこうなるとは思えない。ならば鍛えることが出来るのは如何なる地獄にも耐えうるだけの精神。
ついでセレブリャコーフ中尉がさりげなく距離を置いたことに苦笑した。幸い色々と気がつく中尉は飴と鞭には丁度良い。

「出てくるものが雀の可能性は十分にあるだろう。その時は安心したまえ、使えないものを間引くのは得意だ」

なにせ書類の仕分けは前世で飽きるほどやってきた。無能の判子を押した上で後方送りにでもしてやろうと決心した。
それにしても訓練方法が悩ましい。魔力がない砲兵などは第二○三魔導大隊のような無茶な訓練を受けさせることができない。
幸いきちんとした帝国式訓練過程を終えているため、身体の丈夫さは折り紙付きだ。それでも教導任務として少し前にやった前線諜報活動等はこの人数で行うことが出来ない。
セレブリャコーフ中尉に視線を向けると、私に同意するように頷いてきた。流石長年バディをやっているだけあって阿吽の呼吸である。

「貴様達は最前線送り、と言いたいところではあるがセレブリャコーフ中尉が慈悲をくれた。貴様達は旧共和国内のパルチザンと楽しく踊って貰う」

完璧な案に自身でもよく思い付いたと思う。なにせ、市民の抵抗といえば闇に流れた僅かな銃か投石が殆どだ。所詮は素人にすぎず運がなければ当たるだろうが、その程度は必要経費。
規定の予備人員より更に20人も多いのだから、雪中訓練より簡単なパルチザン退治を経ても十分な人員の確保が出来る。

「それにあたり今日は準備日とする。顔合わせなどを済ませたうえで装備を整え、翌日0800に集合すること以上解散!」

第二○三魔導大隊が参加したものの、自身が参加できなかった都市鎮圧戦の成果を見て回るのもいい。早速ゼートゥーア閣下に許可を取ろう。
その場を離れていくターニャは、背後から向けられる兵達の青ざめた視線に気づくことはなかった。ターニャは知らないことであるが旧共和国は今やラインに次ぐ地獄の代名詞である。

★―旧共和国領ボルドー市帝国軍防衛管区―★

帝国が行った締め上げに対する市民の行動は強烈なものであった。なにせ教会直々に抗議文が上げられるほどであったのだから、悲惨さが伺える。
流石に帝国により海域は死守されていたものの、旧共和国領南部イベリア半島からの陸路にて多数の軍需品が流れ込んだ。

「くそっ!HQ応答せよ!」

「長距離通信なんて届くわけないだろ!あの中佐が妨害してやがる!それより、弾幕を絶やすな!」

結果として廉価版ながらも相応の武器を手に入れたパルチザンは泥沼の市街地戦へと発展した。食う物に困った者達がこぞって反政府勢力に荷担したのも大きい。
積み重ねられた土嚢に弾丸が突き刺さり、埃を吹き上げた。返すように放たれた機銃が煉瓦を打ち砕いて民家の中ごと塵に変える。

「その」

「はっきり話せ!耳がいかれてやがる」

「市民が投降を求めてきておりますが!」

「……殺せ!」

一瞬前線指揮官が迷ったことを誰が責められるだろうか。手榴弾を握りしめたまま投降してきた市民と遭遇して以来、協定にのっとった捕虜という概念は消えた。
もし反政府的市民を確保しても、向かう先は現地での尋問という名の拷問だけだ。仲間や潜伏先を聞き出し、市街外部に砲撃を要請する。
市街地戦を開始してから四日目、既に六名の死者を出してしまった。運のない連中だったと済ませられる者が居る筈もない。
一人は巡回中に銃で頭を撃ち抜かれた。二人は仕掛けられた簡素な地雷に引っ掛かった。三人は交戦中に死亡した。負傷者はその数倍だ。

「ブランツヒルシェ隊より支援要請!対戦車ロケットを確認!重傷者一名を連れて撤退中とのこと!」

「ふざけるな!そこが開いたら空白地帯が出来る!後ろから撃ってでも撤退を止めさせろ、国境警備隊は何をやってやがるんだ!」

与えられた任務である市街地付近の鉄道網死守は既に失敗している。現在工兵が疲労で死にそうな程に修復作業を急いではいる。しかし明日までは修復不可能。
交代要員が到着出来ないため、寝る暇もなく戦闘行動に勤しみ続けている。連日立ち込める暗雲と、鳴り響く銃声に感覚が狂わされ正確な日時すら把握出来ない。
煙で位置がばれるため煙草を吸うことも出来ず、隠して持ち込んだ、水筒に入ったビールを飲み回すことが唯一の楽しみだった。

未だ正式な名のないこの部隊は良くやっていた。死者が出た途端に巡回をやめ、拠点防衛を集中。尋問の末に攻撃計画を聞き出し対策もとった。
エルマー・アーレンス大尉含むライン帰りなどの経験豊富な将校も尽力した。だが、防衛線は決壊し負傷者は増加する一方。
まるで狂気に汚染されたが如く市民達は突撃してくる。市街地に充満した死と灰が吹き上がり、視界を閉ざした。
仲間はこの状況を地獄の坩堝と呼んだ。隠しているようだがマザーコンプレックスで、他の隊員によく弄られていた。

そいつは、昨日死んだのだ。

★―同地区都市南部―★

履帯は大地を砕く重量を支え、向かう先に突き付けるような巨大な砲塔は88mm口径(アハト・アハト)、針鼠のように4丁の重機関銃が設置された全長は8.5mにも及ぶ鋼鉄の城。
ルーシー連邦での膠着状態は帝国に大きな衝撃をもたらした。通常の戦車では抜くことが出来ない重厚な装甲と、トーチカを吹き飛ばす巨大な砲身を持った戦車の出現。
もしもこのような存在が、大規模戦闘中に現れれば敗北も余儀ないと多数の前線将校からの訴状により帝国は新技術の開発を求められたのである。

「……まあ折角融通してもらったものだ。精々、壊れるまで使ってやろう」

「流石に壊してしまっては大目玉を貰うかと、デグレチャフ中佐」

急遽開発された戦車は戦略上、欠陥品といっていいものだ。重圧な装甲を真面に動かせるだけのエンジンも、正確な砲撃を可能とする演算能力も帝国の技術では実現不可能だった。
なにせ、敵の戦車は泥にはまれば動けなくなり、射角の限界値も酷く、火力を集中させなければ着弾もままならないといった具合だ。一分野において技術的先進である敵国が出来ていないのにどうして超えられようか。
連邦は欠陥をお得意の人海戦術で対処しているのだ。既に帝国内の徴兵年齢男子の大半が軍役についている帝国ではそれだけの余裕がない。
直接的解決は不可能だと思われた。だが全ての問題を解決しえるだけの人材が帝国にはいてしまった。言わずと知れたマッドサイエンティストには呆れるばかりだ。

「言葉の綾だよ、中尉。それより前線はどうなっている?」

「現在膠着状態にあり……その、市民の抵抗も強く」

ぎちりと威圧を纏った視線がコンソールを操る中尉を貫いた。連動して、機関部に嵌められた95式宝珠より流れ出した膨大な黄金の魔力が鋼鉄の城にエネルギーを与えていく。
かかりだしたエンジンを確認すると、ふっとターニャは怯える中尉から目を逸らした。部下を窘めるのは上官の仕事だが、やりすぎも良くはない。
怯え、具申できなくなった盲目の士官が下についた上官の行く先など決まりきっている。

「中佐殿!充足率十割に到達しました!」

「結構。ではお披露目をかねて、蹂躙といこうか」

鋼鉄の城、正式名称はティーガーⅠ。既存戦車全てを凌駕する虎は魔導師一人が搭乗することで漸く動けるようになる。
宝珠による術式展開用の高速演算を弾道計算に費やし、エンジンの足りない馬力を魔力で補う。まさかの人力である。
魔導師の負担は大きく一般的魔導師による単独での最大連続稼働時間は4時間程度。だが戦況を一転させるだけの性能は十分にあるだろう。

「この虎は猿真似に過ぎない。あの人間ロケットもそうだ。何時かは技術的に出来るだろうことを魔導で補っている」

唐突に変わった話についていけず、中尉が目を白黒させるもターニャは鼻で笑った。別段これは人に聞かせるような話題でもないが、喋らなければ落ち着かないのだ。
なにか真実を垣間見ているような不思議な感覚が心の内を満たしている。あるいは神の聖句を唱えた時の全能感ともいっていい。
黄金の魔力が漏れ出ると、どうも精神汚染が強まる。全てを上から見下ろす感覚、ターニャは思わずぶるりと身震いした。

―――歴史書を漁れば面白いことが書いてある。教会はあるが十字軍も宗教戦争もない。ましてや異端審問もだ。“魔”導にも関わらず。

試験運用の相手とされたパルチザンは哀れだ。鋼鉄の城が、勢いよく泥をはね散らかしながら街道を突き進む。道行く中でどよめきが戦車の中まで伝わってくるのを感じた。
国旗を掲げていることから敵であることは一目瞭然だ。だが、誰が天災が如き脅威に立ち向かうだけの勇気があるだろうか。

―――奇妙でならない。戦史を机にかじりついて学んだにも関わらず疑問に思わなかったこともだ。まるでそういうものであるかのように受け入れていた。

乱雑に撒き散らされた鉛弾が虎の車体に火花を散らしていく。代わりに向けられた四丁の重機関銃がけたまましい音を上げながら周囲を照らすほどの閃光を迸らせ、排莢した。
秒間60発の鉛弾は家屋の土台ごと粉砕して、市街地の一角を瓦礫に変えていく。戦慄すべき火力の集中運用、思わずパルチザン達の動きが止まったのは無理もない。

―――祖国が負ければ戦争犯罪人に違いない。だから負けぬよう努力する、これは論理的に間違ってはいないはずだ。なら何処からだ?

倒壊した家屋に脚が潰された市民が必死に抜け出そうとする。その上を、躊躇なく鋼鉄の虎が轢き潰していった。
抵抗を完璧に計算された傾斜角度の装甲が弾いていく。これがもし地雷原ならばこの虎の進行を止めることが出来ただろう。
だが、こと市街地において旧時代の武器しか使えない市民らは家に立て籠り震えて驚異が過ぎ去るのを待つしかない。
放たれた虎の子の対戦車擲弾発射器(ロケット・ランチャー)が鋼鉄の虎の正面に突き刺さり爆風が後方に吹き抜けていく。
しかし、無傷。ターニャの膨大な余剰魔力を防御力に追加することで想定しうるあらゆる個人火器はなんら効果を現さない。

「風に当たれば気分も変わるか」

「ちゅ、中佐殿?」

天蓋を上げて躊躇なく車外へ上半身を出したターニャは戦場の暴風を全身に味わう。短い金髪が目にかかって不快だが、それすら気にならない。
自由や解放を叫ぶパルチザンのなんたる愚かなことか。唾を吐き捨てて、自然と口元に笑みが広がっていくのを感じた。

「魔導信管装填。燃焼術式を指定、言われた通り実地での性能テストをしてやろう」

「で、ですが」

「やりたまえ。出来ないのなら私がやろう」

切り替えられた砲弾に急速に魔力が封入されていく。その総量は第三層爆裂術式と同等のものでありながら、数倍の効率を叩き出すとされた。
もしも、ティーガーですら突破することが出来ない装甲が現れた時、または戦況を覆す必要がある時にのみ使用される砲弾。
短く吐かれた吐息、急速に砲身を包み込む黄金の術式が展開。履帯下部よりピックが大地に突き刺さり、大地に固定された。
鋼鉄の虎が凶悪な術式を解き放つためだけの砲身へと変化する。

「撃て」

衝撃が走った。ぎちりぎちりと固定した筈のティーガーでさえ軋みをあげる。目の前に広がったのは膨大な赤、直後に皮膚がひりつく程の熱。
砲弾は着弾と共に暴威を解き放った。灼熱が遅れた映像のようにゆっくりと広がり、直後に周囲へと強烈な突風を撒き散らす。
高温で鉄骨が螺曲がり変形、硝子を吹き飛ばして窓より焔の柱が吹き上がる。中に居たであろう何もかもは塵一つ残さず燃えているに違いない。
爆発的に拡大した炎は感染するように燃え広がり、瞬時に焔の魔の手を伸ばしていく。

「けほっ、けほっ」

同時に巻き起こった黒煙に噎せたターニャは顔をしかめる。全身煤だらけで、先程の思考など頭から吹き飛んでしまった。
高温の塵は防殻の有効判定内なため、喉が焼かれることはないが通常の塵等は適用外。頭を乱雑に降って黒い灰を落とし煤だらけの顔をハンカチで拭う。
それから、戦車の中で笑いを凝らす中尉に鋭い視線を向けた。明らかに不機嫌な上官に思わず首を引っ込めたことは責められないだろう。

「知っていたのかね?中尉」

「はい!いいえ!小官は想定しておりませんでした!」

下手くそな嘘にターニャは鼻を鳴らして天蓋を閉め、鋼鉄の虎の中へと戻った。最近はどうも順風満帆とはいかない。
困ったものだな。背もたれに深く腰掛けて、瞼を瞑った。

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Mittelmeer-Torpedo (20.地中海の飛び魚作戦)

前半投稿です


★―ベンガジ港臨時帝国軍会議室―★

「結局のところ、優秀な士官は皆似たような奴になるんだ。必要な犠牲は許容するし、どんな任務でもこなす努力をする」

盤上に配置された歩兵が戦車に回り込まれ、取り除かれる。代わりに砲兵が戦車の戦列を吹き飛ばして新たに前線に歩兵を並べた。

「特に前線はそうでしょう。しかし、ローメル閣下は違ったようでありますが」

戦争遊戯と題された盤上の戦いは、かたや機動戦とかたや重心防御を用いて一進一退の攻防を繰り広げていた。
年々軍形態の変化と共に複雑化してきたこの遊戯は最早現実の戦略としても使えなくはない。充足率や地形ボーナスまで設定された遊戯はこれくらいなものだ。
指し手のバイエル少佐が押されていることは素人目でみてもなんとなく分かるが、戦線が硬直している以上そう簡単な話ではないのだろう。

「私も変わらない。機甲師団の指揮には憧れたものだが、単純にそれは私の趣味に過ぎないだろう。もし私が美しき砲の戦列に惚れていたのならまた違った道を通った筈だ」

執務室の机を前にして向き合うのは二人だけだ。南方方面の後方前線含め殆ど全てをこなしているローメル将軍と、第二○三魔導大隊を正式に預かることとなったバイエル少佐。
どちらも忙しさで眠る暇もないだろうに、こうして遊戯に興じているのは当然ながら隠れた趣味を競い合うためではない。
給仕のためと居座ろうとするエッカート中尉を追い出してから既に一時間、注がれたイルドア王国からの珈琲は冷めきっていた。

「宝珠を好きだと思ったことはありませんがね?」

「人それぞれ、ということさ」

渋い顔をしてローメル将軍は戦線を後退させた。対するバイエル少佐は一歩一歩踏みかためるように前線を押し返し始めている。
バイエル少佐の入隊理由は兎も角、最近の祖国では余裕のなさが際立ってきていた。外人部隊が結成されたことで多少の人的損耗が抑えられつつあるものの人口ピラミッドは既に崩壊している。
その中でも魔導師は顕著であり、本人が望まなくても徴兵され僅かな訓練を施されただけで前線に配置される始末だ。

「補給線が伸ばせない以上、港の取り合いを続けるしかないのがどうしようもない。しかし取り敢えず、出来ることは一つか」

前線が薄くなった箇所を戦車が突破し、一気に浸透を開始する。駒の周囲の四隅を取られれば補給切れとして駒が消滅する。
典型的な後方展開だが分かっていたとしても防ぐことは難しい。前線に兵を張り付けなければいけない以上、ある意味で当然だ。

「後方浸透、ですか。しかし流石に兵の数が段違いです。都市部を奪還したとしても数の暴力で逆包囲されますよ」

「わかっているがまあ、時に少佐。モスコーを襲撃した経験を持つそうだな」

思わず前線の埋め直しをしようと、歩兵を握ったバイエル少佐の動きが止まった。それから探るようにローメル将軍の目を見つめる。
流石に、警備の膨大なチェルス港襲撃など此所で捨て駒にされるのは御免である。確かに第二○三魔導大隊は囮として十分であろうが全滅しては元も子もない。

「勘違いしないでくれ。まさかチェルスじゃないさ。ビゼルトでもない。あのド・ルーゴが自分の使った策に嵌まるとは思えない」

置物と化していた砂時計をくるりと回し、新たな時を進めてローメル将軍はにやりと笑った。戦争遊戯の下に敷かれた地図、その端に駒が置かれる。

「アルジェだ」

既に敵の手に渡ったチェルス港、古くから共和国植民地であったビゼルト港、それらを通り越した先に存在する港。
一番の後方であるアルジェ港は現在も形だけの中立を宣言しているイベリア半島に最も近い。輸送の関係から南方戦線における共和国の喉元とも言うべき場所である。

「勝率は七割と言ったところか。これでは指揮官失格だが、チェルス港での失態を取り戻すには丁度良いだろう。珈琲豆の追加も欲しい」

一息に冷めきった珈琲を飲み干して、ローメル将軍は心底愉快そうに笑う。まるで狐のようだとバイエル少佐の背筋に冷たいものが走った。

★―アルジェ港近海共和国海軍歩哨地域―★

以前も乗ったことはあるが、潜水艦は非常に辛い環境である。なにせ日の光を浴びることなく清潔さを保とうにも限度がある。
食事も普通の海軍食と比べれば天と地ほどの差だ。それでも陸軍における前線食とは比べ物にならないほど豪華なのはなんとも情けない話。
兎も角、不衛生かつストレスが溜まる環境下に長期的に居られる潜水艦の住人は大艦巨砲主義が蔓延る帝国であっても労われるべき苦悩を抱えているのだ。

「レーダーに反応はありませんが如何しましょう、船長」

「酸素濃度の低下か、バイエル少佐。貴様の意見は?」

今回の作戦、潜水艦は運び屋としての役割しかもたず裁量権を第二○三魔導大隊が握っていた。陸軍も海軍も司令部の下にあるため仲は悪くない。
それでも畑違いであることや、船長自身大佐であることも含めて試すような物言いになってしまうのも仕方ないだろう。
バイエル少佐も弁えており、申し訳ありませんがと断りを入れてから浮上の許可が出せないことを口にした。潜水艦は浮上するときが最も危険なのである。

「代わりに酸素精製術式を組みましょう」

「……魔導師が欲しくなるな」

バイエル少佐が術式を組み、急速に酸素メーターが改善されたのを見て船長が漏らした言葉は本音だった。魔力と言う不条理な存在にかかれば半永久的に潜り続けられるだろう。
潜水艦にとって一番危険な浮上をどうにか出来るとなれば欲しがる船長は多いに違いない。ただし、ターニャであればという但し書きがつく。

「この規模ですと魔力や集中力を考えると一般魔導師では難しい。私も出撃前ですので最低限の此所で打ち止めです」

「それでも、だよ。神の御加護があらんことを」

肩をすくめてみせるバイエル少佐に笑って船長は帽子を外し、ストレスで薄くなった頭をよれたハンカチで拭った。
余った方の右手で握手をしあい、各々の部下が作戦行動のため準備を開始した。無茶苦茶な作戦であると知ってはいるが、勝利を疑う馬鹿はいない。

「そちらこそ。とはいえ我等は悪魔率いる大隊、敵に神の加護があろうとも扉を蹴り破ってやりますよ」

潜水装備を装着したバイエル少佐の黒い瞳はゴーグルで覆われた。


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