川神の弟くん。 (マイケル)
しおりを挟む

第1話

よろしくお願いします。


 6月初め。僕・川神瀬那は生まれ育った地元である川神市に帰っていた。年末以来の川神ももうすっかり夏色に染まり始めていた。

 そんなこのごろ、僕は大扇島にある喫茶店の従業員の格好をしていた。メイド服の格好で。

 

「うむ! よく似合っておる!」

「下がスースーする……」

 

 こんな格好をさせたのは世界の大財閥である九鬼のご令嬢・揚羽さん。揚羽さんは、僕が関西の中学へ進学したころからいろいろと助けてもらっている。かつてライバルだった僕の姉と同じ武道四天王に数えられる強さをもつ揚羽さんに助けてもらってばかりだった僕は、何かお礼がしたいとある日言った。

 

――なら、頼もう。

 

 この時の僕はお礼ができると思って後日揚羽さんとあったのだが……、女の子の格好をさせられ九鬼にかかわる仕事に駆り出されたのだった。

 

――――カシャ、カシャ!!

 

「お似合いですよ!! 瀬那様! いいですね~!」

 

 今、俺のメイド姿をカメラのボタンを乱射で焼き付けるのは10歳のころから僕の世話係にあたる坂口だ。性格、変態である。

 

「いいですよ! その蔑むような眼!!」

 

 言動のように変態である坂口を無視して僕は揚羽さんに話す。

 

「揚羽さん。さすがに川神でこの格好は危険です」

「そうだな、その可愛さは危険だ。何をされるか――」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

 

 勘違いする揚羽さんに僕は、地元である川神でメイドの格好で知り合いに出くわしたらマズイことを伝えるが、揚羽さんは別に気にするなと男らしく割り切り、これはお前にしか(・・・・・)できない仕事だとささやく。

 そう聞かされた僕は悪い気がしなかったのでやることを決めた。

 

「それと、このウィッグをつけるとさらにかわいい!」

「……」

「うむ! では我は失礼しよう」

 

 揚羽さんは僕が仕事を引き受けたのを確認して店を出て行った。去り際に坂口に何か一言残して。

 

「では、瀬那様! 俺は厨房を仕切るので、よろしくお願いしやす!」

 

 坂口は僕の世話係を1人で務めていて料理スキルに関してはかなりのものレベルに達していた。変態だが。

 そして、僕は接客対応として揚羽さんの紹介であるバイトを始めた。今回のバイト先はおしゃれな喫茶店だったが、なかなか周りの競合店に差をつけられピンチだったところを九鬼が助け舟を出したようだった。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 この3日間はいつものコンセプトである喫茶ではなくメイド喫茶として動かすことになった。断じて言うが、僕は女顔みたいでなく中世的な顔だ。そこは大事。

 

「ご注文は何にされますか?」

 

 開店から2時間が経った頃からチラホラと店の席が少しずつ埋まっていき、忙しくなりそうだった。今も4名の女の子がやってきて注文を取り厨房にオーダーを伝えに行こうとした時だった。

 

「ねぇねぇ。本当に男の……方ですか?」

 

 え……? この店の関係者以外は僕が男だということは知らないはず。どうしてだろうと思っているとお客さんの女の子の1人がスマホの画面を向けていた。画面にはこの店のホームページで――、かわいい男の娘メイドもいるよ♡とあった。ちなみに今メイドの格好は僕だけだったので分かったのだろう。

 

「……はい」

「うそ! めちゃくちゃかわいいんだけど!!」

「反則でしょ! これは!!」

 

 興奮気味に語りだす女の子たちは、次はいつシフトに入るのかと聞いてくるほど食いついてきた。さすが年頃の女の子だった。

 

「あの、一緒に写真に写ってもらってもいいですか!?」

 

 僕は断る理由もなかったので一緒に写真に写るのだった。

 

――――……

 

 バイト2日目。昨日は九鬼のいろんな方面での売り出しもあって幸先のいいスタートを切ったわけだが――

 

「瀬那さん! すみませんが3番テーブルのオーダーをお願いします!」

「え?」

「瀬那さんにオーダーを取ってほしいみたいで……」

 

 今日は初日以上に忙しかった。店には多くのお客さん、特に女性の方で大いににぎわっていた。

 

「瀬那様、ちょっといいですか!」

 

 厨房のほうから様子を計らって坂口に呼ばれた。

 

「何? ってか、どうしてこんなにお客さんが」

「どうやらSNSで拡散されたみたいですね」

 

 控室にあったパソコンの画面にはこの店を誰かが伝えたことから広がったようだった。

 

「当然ですよ。瀬那様の魅力の前では。ただでさえメイド服という破壊力に――ぐぼらっ!」

 

 力説しだそうとする坂口をぶん殴って暴走を止めると、控室に慌てた様子で従業員の1人がやってくる。

 

「坂口さん、瀬那さん! すみませんがお願いします!」

 

 どうやら小休憩をしっかりと挟むことなく店に戻らないといけなかったようだ。僕は腹をくくって店に戻った。

 

「すみませ~ん」

 

 店に戻るなりお客さんからに呼び止められ僕はテーブルに向かった。

 

「オーダーはお決まりですか? お決まりでしたら――」

 

 目の前にいたのは女の子2人と一緒にいる……僕の姉、モモ姉だった。

 

「ん?」

 

 やばい! さっきから僕の顔を覗き込むように見てくるモモ姉。バレるものだと思った。が、

 

「かわゆいな~」

「ひぃ!」

 

 いつの間にかさりげなく僕の背筋を上から下へなぞるように触っていたモモ姉に僕はすぐさま距離を取った。

 

「百代様~。お触りはダメですよ~」

「出禁になっちゃいます~」

「いやぁ~、ちょっかい出したくなってな」

 

 そう言って一緒にいた女の子2人に注意されたモモ姉はごめんごめんと言いつつも、僕に視線を送りつつ――

 

――かわゆいな、私の弟よ。

 

 もっとも知られたくない人に……知られてしまったのだった。

 

☆★☆★

 

 揚羽に紹介された九鬼のバイトを終えた瀬那は実家である川神院に帰ってきていた。久しぶりの帰省とあって家族そろって和気あいあいになるかと思ったが、食事を摂り終えた瀬那はすぐさま自室へと入ってしまった。でも、瀬那はこれから川神学園に編入することが決まっており一緒にいる時間が増えるとあって周りはゆっくりと休ませてあげるのだった。

 

「瀬那の奴じゃが疲れておったのぅ、坂口」

「すみません、総代。帰省前に予定が詰まっていたみたいで」

 

 場所は瀬那の祖父である鉄心の部屋で坂口が近況を報告していた。坂口はバイトの内容までは言わなかった。瀬那に口止めされていたから。

 

――バイトのこととか話したら、未来永劫お前はいないことにするからね☆彡

 

「最近の瀬那はどうじゃ?」

「はい! しっかりと勉学に励んでおり任期の生徒会も遂行されました!」

「それはよかった」

 

 問題なく過ごせていたことを知った鉄心はホッとしてお茶をすする。

 

「気の量はしっかりとセーブされておるようじゃし、良かったわぃ」

「はい。ですが、瀬那様には――」

「分かっておる。開放するのは20になるまでじゃ」

「分かりました、総代。では、失礼します」

 

 坂口は一通りの話を終わったと思い鉄心の部屋から出て行った。

 

「早いものでモモに一子、それに瀬那も高校生か」

 

 孫たちの成長にしみじみする祖父・鉄心だった。

 

――じいちゃん、僕も武道やりたい! モモ姉や一子ちゃんと一緒に! だから、川神院にいたい!

 

「あと3年……」

 

☆★☆★

 

 朝。夕食を取ったあとに泥のように寝た僕はゆっくりと体を起こした。目の前には今日から編入する爺さんが学長を務める川神学園の夏制服が掛けられてあった。

 

「今日から川神学園か」

 

 京都の学校から編入、それも6月と中途半端な時期だったが先日あったかつての偉人たちを現代に甦らせた武士道プランで編入に関しては問題ないと夕食の時に爺さんが言っていたから大丈夫だろう。

 とりあえず用意された制服を……。

 

「坂口!」

「はい! なんですか瀬那様!」

「おい……なんでズボンじゃなくスカート何だよ?」

「いや、さりげなく置いておけば履いてもらえるとは思ってなかったですよ! それで写真に収めようと――はい、すぐに用意します」

 

 僕の無言の圧に屈した坂口は扉の前に用意していたズボンを差し出した。この変態が。

 

「お姉ちゃんも見たかったな~」

 

 どうやらこの1件、僕の自室を通りかかったモモ姉も噛んでいたようだった。

 

「何か学校で困ったことがあったらお姉ちゃんに頼れよな~」

「大丈夫。自分で何とかする」

 

 何か借りを作ると、マズい気がした。俺の第6感が。

 

「フフッ、どうせお姉ちゃんっ子のお前は私を頼るんだ」

「そうか、じゃあこの数学の問題集にある――」

 

 モモ姉は勉強が嫌いなのでこうして追い返す術として使わせてもらった。

 

「瀬那様、食事の準備はできています」

「ありがとう」

「はい! ありがたきお言葉!」

 

 僕は朝食を取り終えた後、すぐに川神学園に向かった。

 

――――……

 

 川神学園に着いた僕は、爺さんが言っていた通り職員室で待つ担任の先生の許へ。

 

「川神瀬那です。今日からよろしくお願いします」

「うむ、学長から話は聞いているぞ。川神瀬那」

 

 担任の小島梅子先生に挨拶をして学園の仕組みをもう一度確認するためにHR前に時間が取られたようだ。必要最低限の話をしてくれた小島先生は腕時計を見て、そろそろ教室に向かおうと所属クラスへ案内された。

 まだ予鈴前とあって廊下には登校してきたばかりの生徒がチラホラいた。川神学園の生徒たちは元気に小島先生と挨拶を交わしていた。僕は会釈で。

 

「緊張しているのか?」

「い、いえ……。はい」

「大丈夫だ、徐々に慣れていけばいいからな」

 

 面倒見のいい小島先生の後を追うように僕は所属クラスである2-Fの前に着いた。

 

「よし。名前を呼んだら入ってきてくれ」

 

 小島先生の指示通りに僕は教室の前で待っていた。ガヤガヤしていた教室は席に着く音がした後にシーンっと静かになった。

 

――美少女ですか? ですよね!!

――イケメンですか!?

 

 教室から聞こえてきた声。なんかすごく何かを期待する声がしたけど小島先生が静かにするように言うと、静かになる。一子ちゃんが言うならこのF組は荒くれ連中のクラスだけど、友達思いのいい人が多いと言ってくれていたから大丈夫と背中を押してくれた。

 

「では、川神!」

 

 僕は名前を呼ばれ、教室の扉に手を当てて横に引いて教室へ踏み出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

第2話です。


 教室に入って教壇へ上った僕に向けられる視線。何か品定めされているように見えた。その中には一子ちゃんがいたが、同じクラスと伝えてなかったので驚いていた。

 

「では、川神瀬那。挨拶を」 

 

 小島先生に挨拶を振られて僕は一礼してから自己紹介をした。

 

「初めまして、川神瀬那です。京都の高校から編入してきました。中途半端な時期からの編入ですがこれからよろしくお願いします」

 

 静まっていた教室内だったが――、ピシッと挙手が上がる。

 

「ウメ先生、質問タイム!」

「うむ、では島津から質問をあるみたいだがいいか?」

 

 島津くん……、確か前にモモ姉や一子ちゃんの仲良しグループのメンバーの人だと聞いたことがある人からの質問を受けることになった。

 

「では――! なんで男装しているのですか!? そして彼氏の有無を!!」

 

 ……はい?

 

「あの、僕は男ですが」

 

――……!? え~~~~!!?

 

 僕が男だということに驚くクラスメイト達。そんな反応されたらかなり傷つくよ。

 男子たちは頭を抱え、女子たちは頬を染めていた。なんだ、このカオスな状況は……。

 

「あ、僕はそちらの川神一子の兄で3年生の川神百代の弟です」

「ワン子! そうなの!?」

「う、うん。お兄ちゃんだよ。でも、私たちのクラスと思わなかったよ。てっきりS組だと思っていた」

 

 それを聞いていたクラスメイトたちは呆気からんに取られていた。

 

「それにしても……お人形みたい」

「ホントですね」

「新境地に達しそう系」

 

 最後のことは深追いせず、質問タイムを取り直すと手を挙げる欧米系の女の子がスッと手を挙げていた。

 

「じゃあ。そちらの方」

「おっ、私だな。私はクリスティアーネ・フリードリヒ。これからよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それで瀬那殿は何か武道をされているのだ? よければ手合わせ――」

 

 武道……

 

「ク、クリ! 瀬那兄は――」

 

 僕はその質問を受けてどんな顔をしていたのだろう。一子ちゃんも気を利かすぐらいだ、ひどい顔だったんだろう。

 

「ごめんなさい。武道の家ですが僕は武道をしていませんのでお相手にはなれません。本当にすみません」

「そうか! 早とちりして済まない」

「い、いえ。こちらこそ……」

「でも、仲良くしたいと私は思っている! よろしく、瀬那殿。私はクリスと呼んでくれ」

 

 クリスさんは優しく迎えてくれた。それに続くようにほかの皆さんも同じように声をかけてくれた。

 

――――……

 

 編入初日。久しぶりの川神の学校は平穏という言葉が似合わないほど騒がしかった。もちろん授業中は静かだけど休み時間は賑やかだった。編入生である僕の知らせは瞬く間に広がり声をかけてもらえることが多かった。

 

「やっぱり姉さんの弟で気になっていたんだろうな」

「そんなにモモ姉はすごいの?」

 

 今は4限目の授業を終えたばかりで近くの席でモモ姉の舎弟である直江くんが声をかけてくれた。直江くんは知り合いが多かったことから彼を介していろんな人を紹介してもらった。

 

「お弁当~お弁当♪」

 

 そしてお昼休み。僕は坂口が用意してくれたお弁当をカバンから取り出しテーブルに置く。大半のクラスとメイトたちは教室の外で取るみたいだ。さっそく親しくしてくれた直江くんや島津くんに師岡君の姿はなかった。

 

「犬! なんだ、そのお弁当は!?」

 

 僕の前のほうで机を並べて、食事を摂ろうとしていた一子ちゃんと椎名さんとクリスさんたち。一子ちゃんの弁当を見て驚いて声を上げるクリスさん。それを聞いた周りのほかの女子たちが一子ちゃんのお弁当を覗く。

 

「うわぁ……。なに、この可愛いお弁当。いつもワン子のお弁当と違いすぎるんだけど」

「可愛らしいお弁当ですね、ワン子ちゃん」

「ただ可愛いだけじゃないよ! 凄くおいしいんだよ、坂口さんのお弁当は!」

 

 僕も遠目から一子ちゃんのお弁当を見たが、みんなが言うように可愛らしいお弁当だった。

 

「だから昼休みが近づくにつれてソワソワしていたのか、ワン子」

「京の言う通りだな。犬、なんならおかず交換をしようではないか」

「フフッ、しょうがないね~」

 

 一子ちゃんのお弁当包みと似たガラ……。なんとなく僕は察した。僕のお弁当も同じような系統だと。僕はテーブルに置いたお弁当を持って教室を出ることにした。

 2-Fを出た僕はとりあえず1人で食べられそうな場所を探す。学食ではたくさんの人でにぎわい、中庭では芝生にシートを敷いて楽しそうに食べるグループ……どこもかしこも複数で食べている生徒が多かった。

 

「どこかいい場所ないかな……」

「あの、ちょっといいですか?」

 

 僕は後ろから声をかけられてビクッとしつつ振り返る。

 

「え……」

 

 そこにいたのは女の子……フワッとした優しさで僕を包み込むような魅力的な人だった。後、とても懐かしい感じと。

 

「瀬那くん……だよね」

「は、はい、その……小笠原諸島のほうでお世話になった川神瀬那です。お久しぶりです、清楚さん」

 

 この人、葉桜清楚は揚羽さんにお仕事を紹介してもらった先で知り合った女の子。僕は彼女が暮らす小笠原諸島のある島に長期休みの度に向かって身の回りのお世話をする仕事をさせてもらった。と、言っても彼女のほかに同年代の女の子2人と男の子1人と一緒に楽しく遊んだ覚えしかない。ちなみ彼女のほかはあの武士道プランの中心人物である源義経と武蔵坊弁慶、それに那須与一であった。

 

「久しぶりだね。2年ぶりか」

「はい、また会えて嬉しいです。清楚さんもお変わりないようで」

「うん! 義経ちゃん達も学園にいるよ。もう会ったかな?」

「それがまだで……。今日中に声をかけようと思っています」

「そうか、分かった。でも、1つ」

「?」

 

 清楚さんは僕の口元に人差し指を添えるように指して、“普通に話すように”と気を遣ってくれた。今も僕の顔をうかがうようにそう言ってきたのでドキッとした。

 

「う、うん」

「そのほうが自然だよ。じゃあ、一緒に昼ご飯食べようか♪」

「あ、うん」

 

 どうして僕が食べる場所を探しているのかは、僕の行動で分かったとのこと。清楚さんはちょうど空いていたベンチに腰掛けて招いてくれた。

 

「うわぁ、すごく可愛らしいお弁当だね」

「うん……」

 

 お弁当箱を広げると予想通り可愛らしいものだった。坂口の野郎……。

 

「清楚さんのも美味しそう」

「そ、そうかな。今日は自分で作ってきたんだ」

 

 坂口の変態を対象にするのはどうかと思うけど、清楚さんのお弁当も美味しそうだった。

 

「おかず、交換する?」

「!?」

 

 どうやら食い入るように見ていたようだ。でも、ま、まさか。おかず交換に発展するとは――

 

「いいなぁ~。私も混ぜろ~」

「あっ、モモちゃん!」

 

 そんな時だった。いつの間にかベンチ後ろから僕の肩に腕をかけるモモ姉がいた。

 

「モモ姉、離してよ」

「そう恥ずかしがるな。ホレホレホレ~」

「くすぐったい、って! 僕のおかず!?」

 

 僕をくすぐって弄ぶモモ姉は、僕のお弁当のおかずをヒョイっと取ってしまう。

 

「うまいな~、坂口さんのお弁当は。あっ、このダシ巻きも」

「モモ姉。お弁当は?」

「早弁した」

 

 聞くのが愚問だった。モモ姉は早弁したけど坂口の味が忘れられなくて僕の弁当を襲ったようだ。

 

「ふふっ。仲睦まじい姉弟だね」

 

 清楚さんは僕がモモ姉に一方的に遊ばれているのを見て笑みを向ける。そのせいもあって、モモ姉は調子に乗り始めてどうすることにも出来なかった。

 

「はぁー、はぁー」

「まぁ、かわいがるのはこれぐらいにしておいて……。瀬那はいつの間に清楚ちゃんと仲良くなったんだ~。私というかわいいお姉さんが既にいながら~」

 

 何を言い出すかと思ったら……。

 

「瀬那くん。良かったらお茶をどうぞ」

「ありがとう、清楚さん。どっかの姉とは比べると……」

「ぐはっ」

 

 胸を押さえて悶えるモモ姉をほっておき僕は清楚さんにおかずを分けてもらった。やっと静かに食事へありつけた僕。まさか清楚さんが同じ学校とは思ってなかったから驚いたな。

 

「ご馳走様でした。清楚さん」

「こちらこそ」

「あぁ~、美味しかったな」

 

 いつの間にか復活していたモモ姉も隣でベンチに腰かけていた。

 

「よかったな、瀬那。こんなかわいいお姉ちゃんたちと一緒に昼食とれるなんて」

「うんそうですね。清楚さん、今日はお昼に誘ってもらいありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 お茶でほっこりする僕たち。さすがにもう6月とあって中庭の陰でも少し暑いけど、時折通る風が心地よかった。

 

「お薬?」

「うん、食後に飲む薬です」

「まだ飲まないといけないのか。昔は大変だったよな。“粉薬はいやだ~”って」

「うるさい」

「私も苦手だったよ」

 

 モモ姉に恥ずかしい過去を暴露され、清楚さんに気を遣われフォローされる始末……。居た堪れない。

 

「それで飲ませるためにご褒美のゼリーをあげないといけなかったよな」

「……」

 

 モモ姉……。これ以上は、耐えられません。今も隣でクスクス笑う清楚さんがいる手前だからぎりぎりのところで耐えられているけど――。

 

「ごめんなさい、許してください」

「まぁこれぐらいにしておくか」

 

 僕はカプセル2錠を飲んで教室に戻ることにした。

 

「瀬那くん」

「ん?」

「これ、良かったらどうぞ」

 

 清楚さんは何を思ったのか僕の手に何かを渡してくれた。慰めの……飴玉だった。

 

☆★☆★

 

 編入初日。瀬那は川神学園の生徒として快く迎えてもらったこともありこれからもやっていける気がしていた。

 

「瀬那くん、バイバイ!」

「瀬那くん、また明日!」

 

 クラスメイト達は妹の一子がいることから苗字読みは被るからと名前で呼んでくれた。これまで名前で呼んでもらえる間柄が少なかったこともありホクホク顔で教室を後にした。

 放課後、川神学園は部活動もそうだが賑やかだったがさらに武士道プランでやってきた義経たちへの決闘が相次いでおり第1グラウンドは騒がしかった。

 決闘内容は完全な腕っぷしでの対決。義経は1人で多くの相手の対戦を受け付けて薙ぎ払っていた。それを校舎の窓から眺めていた瀬那は羨ましそうだった。元気にグラウンドをかける姿を。

 

「いいな~」

 

 そうボソッと瀬那が言った時だった。背後から首元に腕を巻かれた。

 

「はい、捕まえた~」

「え、あ――、弁慶!?」

 

武士道プランの1人・武蔵坊弁慶。瀬那が九鬼財閥のご令嬢・揚羽の紹介で小笠原諸島の時にお世話をさせてもらった女の子の1人。瀬那自身、おもちゃにされた覚えしかなかった。

 

「ふふっ、相変わらず軽いな」

「ちょ、ちょっと下して!」

「そう言われると、下したくなくなる」

 

 弁慶は前にあった時からそうだったが、力強さが凄すぎた。今も瀬那を軽く肩にしょってどこかへと向かい始める。

 

「どこに行くの?」

「いい場所だよ」

 

 弁慶が向かった先は第2茶道室。普段使われていない空き教室だったが、弁慶は普通に入った。

 

「ん? 弁慶か。って、川神の弟じゃねぇか」

「こちらの方は?」

「だらけ部の顧問」

 

 空き教室の茶道室で横になってくつろいでいたのは2‐Sの担任教諭である宇佐美巨人だった。瀬那は初めて会ったこともあり軽い自己紹介をする。

 

「2日目の部員が勧誘かよ。それで素質は?」

「そうだね~。もう眠たそうにしているけど」

「確かに眠たそうだな」

 

 宇佐美は弁慶におろされて膝元でウトウトする瀬那を見る。

 

「瀬那は、不思議なことに女の子にかなり触れられるだけで弱体化するからな」

「とんでもねぇ体質だな。学長の孫で川神百代の弟ならとんでもねぇ怪物かと思ったが普通だな」

「まぁ、武力はなくても可愛さは武神級だよ」

「確かにな。あっ、落ちた」

 

 コクン、コクンとしていた瀬那は寝落ちしたように背中を弁慶に預けた。

 

「こりゃ、お人形さんみたい――」

 

 瀬那の頭に触れようとした宇佐美だったが、いつの間にか世界が反転して畳に叩き付けられていた。

 

「い、痛ぇ……」

「言うの忘れたけど、男に対しては反射的反応で投げ飛ばすみたい」

「それ、先に言ってくれよ……」

 

 宇佐美は叩き付けられた背中をさすりながら将棋盤を出し、弁慶に対局を申し出た。

 

「ちょっと相手してくれ」

「いいよ~」

 

 だらけ部の活動、それはダラダラと時間を過ごすこと。ただそれだけだった。

 

「これまたすごい器用なポジションで指しているな」

 

 遅れてもう1人の部員である大和が入ってくる。

 

「あれ、どうして真面目な瀬那が?」

「私が連れてきた。それで背中を預けて寝ている」

 

――――スゥー、スゥー……

 

「気持ちよさそうに寝ているな。かなりの素質だ」

 

 大和は自然と手が瀬那の頭へ向かった。が、きれいに宙に舞って宇佐美と同じで畳に叩き付けられた。宙に舞った際に手に持っていた土産品を手放したが弁慶がしっかりとキャッチした。

 

「これは――!?」

 

 弁慶は直感で感じたのか紙袋の中に自分の好きなものが入っていると気づく。

 

「それは川神ちくわ。地元の人が趣味で作っているんだ。それと、なんで俺は宙に舞っていたんだ?」

「私はちくわには愛ゆえにうるさいぞ、もぐもぐ……」

 

 大和は完全にちくわにしか目に行ってない弁慶にやれやれ思いつつ紙袋から包装を開いて土産のちくわを差し出した。

 

「! 美味しい! 魚のうまみとコクを引き出している! 食感も、肉厚でもっちりとしていて……素晴らしい!」

 

 自称・ちくわソムリエの弁慶は大和の用意してくれたちくわに感動しつつ、川神水を飲み干す。

 

「ありがとう大和……感謝する♪ それと、さっき宙に舞ったのは瀬那に投げられたからだよ」

 

 それを聞いた大和は少し驚きつつも将棋盤近くに腰を下ろす。

 

「瀬那とは知り合いなの?」

「う~ん、いろいろと世話になったからね。義経や清楚に与一も」

「へぇ~、そうなんだ」

「ん? 武神の舎弟なら弟の瀬那こと知っているじゃ?」

「いや、川神にいたときは七浜の小学校に通っていたらしいから接点が全くなかったんだよ。姉さんに弟がいるってことぐらいで」

 

 百代の舎弟である大和は、話の中で聞いていただけでよく知らなかった。それに仲良しグループである風間ファミリーのメンバーたちも。

 

「キャップの奴は話を聞いて会いたいって言ってたのに今日は休みだからな」

「てっきりあんたたちのグループのメンバーかと思っていた」

 

 何度か瀬那が中学の頃に川神に帰省した時に、百代と一子の弟ということでグループに迎えて一緒に遊ぼうとしたがタイミング悪く実現しなかった。それには訳があったことを百代と一子の身内にしか知ってない。

 

「まぁ、私が言うのもあれだけど仲良くしてあげてね」

「もちろん、そのつもりだよ」

 

――――……

 

 廊下で義経たちの決闘を眺めていたら弁慶に茶道室に連れていかれたところまでは覚えていたけど、僕はいつの間に寝ていたんだろうか?

 

「瀬那様~!」

 

 僕は茶道室を後にし校門を抜けるとそこには坂口がいた。

 

「どうしたの、坂口? 自分で帰れるから大丈夫だよ」

「心配してまいりました! が、その様子だと編入初日は上手くいったようですね! さすが瀬那様です!!」

「……うん」

 

 坂口はよくわからないけど何か撃ち抜かれたように直立不動のまま後ろに倒れた。

 

「う、うっ。瀬那様の天使の笑顔」

 

 僕は変態を置いて家に帰ることにした。




また、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

 編入2日目の朝。

 

「モモ先輩の弟っていうぐらいだから武闘派かと思ったぜ!」

 

 昨日休みだった風間くんが声をかけてくれた。モモ姉や一子ちゃんがいる仲良しグループ・風間ファミリーのリーダーを務める人だ。

 

「こうして会えてよかったぜ」

「何度も誘ってもらっていたのにごめんね」

 

 何度かモモ姉や一子ちゃんに誘われたけど会わなかった。彼らが楽しそうに遊ぶ姿を見たけど輪に入る勇気がなかったから。

 

「そういうことでよろしくな!」

 

 風間くんは席に戻っていた。もうすぐ朝のHRの時間のようだ。さっきまで騒がしかった教室も委員長の甘粕さんの指示のもとに席に着き始めた。

 

――――ガラガラっ。

 

 そしてしばらくして担任の小島先生が本鈴と同じタイミングでやってきた。

 

「――――今日の連絡事項は以上だ。それと――」

 

 朝の連絡事項を小島先生が伝えていた時、窓際の大和くんがグラウンドを眺めていた。グラウンドのほうが騒がしいな……。

 

「なんだあれ、姉さんとやり合っていいる人がいるぞ」

「そして勝負になっている。これは珍しい」

 

 モモ姉が誰かと戦っているらしい。どんな人だろう?

 

「3-Fの転入生か。いい武器捌きだな」

 

 どうやら僕と同じようなタイミングで転入してくる人がいたみたいだ。

 窓際で見ていた福本くんはカメラ片手にグラウンドに向かおうとしたけど、小島先生の鞭で捕まえられた。すごいな~。

 

「あの女性はクローンか? あの軽やかさは飛燕のようだ」

「いい例えだなクリス。彼女は西の武士娘・松永燕。字は体を表すな」

 

 ……!!? え、今。マツナガツバメって、言った? 同姓同名だろう。

 僕はみんなが窓側に張り付いている隙間から覗いた。今も武器をいろいろと変えて戦っていた。ちなみに今は薙刀だ。

 あの姿……、これは夢だろう。会長が川神学園にいるはずがない。そう暗示をかけている間に決闘は終わっていた。転入生は武神モモ姉と渡り歩いたこともありたくさんの人から声援を浴びていた。うん、あれは会長だ。

 

《みなさん、暖かい温かいご声援、ありがとうございますっ。京都から来た、松永燕ですっ! これからよろしく!》

 

 そこからは会長劇場。会長の商魂の籠ったスピーチに学校内から喝さいが起こった。それからも教室では会長の話題で一色だった。僕はその輪に加わることなく1限目の授業の準備を始めたのだった。

 

☆★☆★

 

 昼休み。僕は大和くんにどこか静かに食事を摂れる場所がないかと相談したらプールサイドに案内された。ちなみに風間くんも一緒に。

 

「昨日はどこで食べてたの?」

「中庭のベンチだよ。モモ姉にお弁当のおかずを強奪されて清楚さんに少し分けてもらったんだ。向こうの学校にいたときは生徒会室で昼食をとっていたからさ」

 

 昼ご飯を食べながら他愛もない話をしつつ過ごす。これが学園生活だよな~。

 

「もうちょっとケーキ食べたい……ぐぬぬ……よし買ってくる!」

 

 風間くんは持ってきたデザートをたいらげたが、物足りないのか買いに向かった。学食かな?

 

「ちょっとごめん。昼休みの終わりまで昼寝するよ」

「分かった。時間になったら起こすね」

 

 大和くんは眠たかったのか横に寝転がった時だった。

 

「ややっ、また会ったね」

 

 ……何とか会わずにやり過ごしてしまおうと思っていた人物との接触……僕の目論見は外れた。

 

「あ……」

「ああ゙……」

 

 血の気が引くような感じが襲われ僕の頭の中が真っ白になっていきそうだった。大和は会長と親しそうに話している。あぁ……横になりたいな――

 

――――……

 

 見慣れない白い天井……、ここはどこだ?

 

「これは?」

 

 僕は保健室に運ばれたみたいだ。多分プールサイドで倒れてそのまま運んでくれたのだろう。ベッド横のテーブルに置かれたカップ納豆を見て会長が運んでくれたのだろう。悪いことをしてしまったな。

 

「もう6限目が終わった……か。謝りに行かないと」

 

 とりあえず保健室の記録に退室したことを記して僕は向かわないといけない場所へ――3-F、会長……松永さんがいるだろう教室に。

 

「百代さんの弟だ」

「本当だ~。お姉さんに会いに来たのかな?」

 

 3年生のA棟に来た僕に向けられる視線は少しくすぐったかったけど、僕はとにかく目的の場所へ向かい着いた。

 

「すみません、こちらに――」

「川神さんの弟だ!」

「え!? 川神さんの弟!?」

 

 まだ教室には3年生たちがいた。

 

「お姉さんに用かな? だったらここで待ってなよ」

「そうだよ、ようこそ3-Fへ」

「え、あの――ちょっと!?」

 

 よく分からないままに僕は教室内へ招かれて用意された椅子に座った。けど、おかしいな……。いつの間にかさっきまでいた男子生徒たちは、いなくなっていた。あれ?

 

「あの、僕来たらまずかったですか? なんかすごい勢いで去っていく先輩たちがいたのですが……それも男子生徒だけ」

「みんな用事があったのじゃないの?」

 

 揃いも揃って大変だな。この時期の3年生たちは。

 

「じゃあお話でも――」

 

――――ハーイ! ちょっとごめんね~

 

 僕はいつの間にか手を引かれて教室を出ていた。その手は――松永燕だった。

 

☆★☆★

 

 学校を出て多馬川沿いの土手に僕は会長に連れられた。

 

「あの、会長?」

「会長じゃないよ。燕さんでしょ♪」

 

 笑っているけど……なんか凄く怒っている。

 

「君はもう少し自分の魅力に気付くべきだよ」

「魅力?」

「はぁ……。あのね、君はさっき3年の女子生徒たちに捕食されそうだったんだよ」

「はぁ?」

 

 捕食……はぁ!?

 

「気づいたみたいだね。まったく私を見るなり気を失ってほかのお姉さんたちにはホイホイついていくなんて困った後輩だよ」

「うっ。ごめんなさい。それとありがとうございます」

 

 燕さんは素直でよろしいと頭を撫でてきた。初めてだった、この人に頭を撫でられたの。

 

「ねぇ、ちょっと体が強張っているよ」

「いや、ここから――……」

 

 僕は思い出す。生徒会室で受けた数々の辱めを。あんなことからそんなことまで。

 

「ん? 触ってほしいの?」

「やめてください。塞いだはずの傷が開きそうなので」

「そうか、そうか」

 

 どうやら何もセクハラ紛いなことはされないようだ。けど、ずっと頭を撫でられた。

 

「あの、どうして会、いや燕さんは川神に?」

「君を追って来ちゃった☆彡」

「……」

「それもあるし、家の都合もあるよ。1割ぐらい」

 

 本当にこの人ならやりかねない。僕はこの川神学園に来る前に学園で生徒会の一員としてよく知っていたから。

 

「もう私と君は会長と補佐の関係じゃないよ。今はただの先輩と後輩で――」

 

 燕さんは僕に顔を近づけてくる。前の学園の時とは違うドキドキ感が僕を襲う。なんだろう、これは――。僕はとっさに手を払いのけてしまった。

 

「あ、ごめんなさい……」

「まぁ男の子だからね。いやだよね」

「そう言いつつなんでまた撫でるんですか?」

「お姉さんに助けてもらったと思ってさ!」

 

 そう言われると僕は何にも出来なかった。

 

「せ、瀬那様――!!」

 

 しばらくしてのことだった。ものすごい勢いで坂口が涙を流しながらやってきた。引くぐらいに。

 

「瀬那様! 大丈夫でしたか!? 3年のくそアマどもに捕まったと聞いて居ても立ってもいられなくて――」

「今日は一日中川神院に居たはずだよね?」

「そうっす! 俺にかかれば瀬那様の危険は半径100㎞圏内なら察知できます!」

「……はぁ」

「す、すみません! もっと範囲を広げる努力をします!」

「……そういう意味じゃない」

「相変わらずの瀬那くん愛だね」

 

 あまりの変態ぶりに燕さんは苦笑い。

 

「あれ? 松永のお嬢さん。何であんたがここにいるんだ?」

 

 さっきまで僕の近くにいた燕さんに気付いてなかったようだ。涙を拭って平静に戻った坂口は燕さんが僕を助けことに気づいた。

 

「いつもありがとうございます!」

「いえいえ! どういたしまして」

 

 坂口と燕さん。僕が知る限り坂口は燕さんに対して心を許している。多分だけど当時生徒会長だった燕さんがよく1人でいた僕を生徒会に招いてくれたからだろう。それ以来、坂口は燕さんを対象から外したみたいだ。

 

「(松永のお嬢さん。例のもの、ありがとうございました)」

「(いえいえ。喜んで何よりです)」

「?」

 

 僕に都合が悪いのか聞こえないように話していたけど、聞くのは野暮な気がした。

 

「また都合が良ければ食事用意するので来てください!」

「ありがとうございます。まだ引っ越したばかりで荷物が整理されてなくて」

「そうですか。また、好きな時に瀬那様に声をかけてください」

「はい! じゃあ私はこれで失礼しますね」

 

 燕さんは“また明日ね”と去っていた。

 

「どうしたの? 難しい顔して」

「……瀬那様の周りの女性関係について考えてました。葉桜清楚さんは瀬那様に対して尽くしてくれそうなタイプ。松永のお嬢さんは、言わずと知れた――」

「おい、お前が心配するな」

「いや、心配させてください! それに百代さんも――。余計なこと口走ってすみません……」

「分かればいい」

 

 僕はもう用は済んだし帰ろうとしたが、大事なものを忘れていいた。

 

「あっ。教室にカバン忘れた」

 

☆★☆★

 

 夜、家で食事を摂り終えて自室へ戻ろうとした。川神院の修行僧たちの食事の場は騒がしいかった。

 

「坂口殿! 今日の夕飯も絶品です!!」

「う、うゔ! こんな夕飯を食べられるなんて! これなら毎日修行を頑張れる!!」 

「るせぇ! 黙って飯も食えねぇのか、野郎どもが!」

 

 坂口の奴は学生時代からかなりの腕っぷしで武道四天王の中でも最強だったらしい。今ではただの変態でややこしいが、かつてはあまりの傍若無人なことから取り扱い注意人物だった、と。その傍若無人ぶりのピークが川神院への道場破りだった。

 桜の舞い散る中、1匹狼は川神院の門弟100人近くを殲滅し、前・師範代だった釈迦堂刑部さんと現・師範代のルーさんとの激戦の末に1対2ながらも勝ってしまった。その勢いのままに総代である川神院の最強・爺さんに挑んだ。結果はワンパンチで屈したけど、爺さん曰く鬼神のような凄まじさだと言っていた。

 

「あっ、瀬那様! お風呂の準備は出来てますので百代さんと一子さんと相談して入ってください!」

 

 今は鬼神でなく変態に成り下がったが。

 

「なんならお風呂のお供をさせ――」

 

 坂口が川神院に突っ込んだのは、爺さんに負けたら川神院の門弟になれと言われたかららしい。で、負けて川神院の門弟になる……はずだった。

 

――おい爺さん! いや、総代さま。院の門弟にはなれません。

――まさか律儀な男が約束を破るとはのぅ……。

――お願いします! 川神院の門弟でなく瀬那殿の身の回りのお世話役に付かせてください!!

 

「そして、俺は瀬那様の専属のお目付け役へ上り詰めたのだった」

「……いつから?」

「瀬那様がかつての俺を回想したところからです!」

 

 この変態、またさらなる変態の境地にグレードアップしたみたいだった。今も、俺との出会いを夜空に語りだし始めたバカはほって僕は寝間着を持って浴室で今日の疲れを癒すことにした。

 

「ふ――」

 

 今日もいろいろあったな。燕さんが同じ川神学園にやってきて、会うなり倒れて保健室に運ばれ、救われて――? 今日の出来事の中心には燕さんがいた。

 

「……」

「こらっ! 他のお姉さんになびくな!」

「うわっ!!?」

 

 この家の人は何なんだ。読心術でも持っているのか?

 

「あの、モモ姉……お姉さん。いつまでいるつもり?」

「ん? もちろんお前の背中を流すまでお供するつもりだが?」

「平然と言うのをやめてください」

 

 ここで要求を呑んだら負けだ。僕は絶対に湯船から上がらないぞ。

 

「ふふっ、長風呂出来ないんだから無理するなよ――(背中になんかの印がある)」

 

 さっきまで笑っていた表情からジッと背中を見られた。マジで怖いんだけど。

 

「瀬那様! こちらのふわふわタオルを――」

「あっ」

「も、百代さん! す、すみません! 姉弟水入らずの時間を邪魔して――」

「おい!」

「あれ、違いました……か。百代さん、今日は勘弁してください」

「……分かった」

 

 やっと出て行ってくれた。助かった。

 

――――……

 

 浴室に出た百代と坂口は人気の少ない場所に移っていた。

 

「百代さん、見ましたね」

「……坂口さん。あの印は何だ?」

「すみません。百代さんでも言えません」

「力づくでも……か?」

「はい。どんなに殴られ蹴られようが口を割ることはできません」

 

 坂口の眼はかつての鬼神と呼ばれた時の鋭さに近かった。百代はそれを見て坂口の強い意志にそれ以上突き止めなかった。

 

「分かったよ。でも、私は瀬那の姉で……味方だ。あれが瀬那の苦しみだったら……」

「あと3年です。それまでは、絶対に俺は曲げるつもりないですから」

 

 頭を下げて坂口は去っていた。

 

「そう言われたら気になるんだけど」

 

 百代はそう言いつつもそれ以上の詮索はやめておくのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

第4話です。間が空いてすみませんでした。


 今日は義経たちの歓迎会が行われるらしい。どうやら2日前にやることが急に決めて多くの生徒が総出で多目的ホールで準備をしてけど、僕は昨日燕さんと会ってそく失神、3年生のA棟に乗り込んで3年生女子たちに捕食されかけたところを燕さんに助けられてといろいろあって何にも出来なかった。

 結局この歓迎会を知ったのは設営の準備が終わった段階だったために僕は何にも手伝えなかったが、この回を取り仕切っている1人の大和くんにお願いして歓迎直前の準備に参加することになった。

 

「は、はは初めまして! 黛由紀恵ですっ!!」

「こんにちは。川神先輩」

 

 もう設営の準備はされてあって、あとは歓迎会に出す食事の準備だった。調理担当である1年生の黛さんと大和田さんの補佐をする僕は彼女らに挨拶をした。

 

「こちらこそ。とにかく急にごめんね。補佐役に買って出て」

「いえいえいえ!! モモ先輩の弟さんなら心強いです!」

「はい! お願いしますね、先輩」

 

 挨拶を済まして僕もエプロンを借りて調理のお手伝いすることになったのだが……

 

「あの……、このエプロン」

「す、すごくお似合いです! 先輩!」

「お人形さんみたいです!」

 

 僕に与えられたエプロンは女の子がつけるような、それもフリフリがついたものだった。なんだろう、男の尊厳が……。

 

「ダメです。制服が汚れてしまったら大変ですし」

「そうです♪」

 

 僕はフリフリの付いたエプロンをつけて調理の補佐役に徹した。黛さんと大和田さんは調理担当を任されるだけあって手際よく進める。僕はお皿を並べてきれいに出来上がった料理をのせた。

 

「川神くん。とても美味しそうによそえたね」

「ありがとう、熊飼くん」

 

 同じクラスの熊飼くんも調理担当を務めていて料理の最終チェックにあたっていた。目の前にある料理に熊飼くんよほどお腹がすいたのか鳴っていた。熊飼くん、さっきから調理の指示にずっと当たっていたから大変だったんだろう。

 

「熊飼くん、僕もおにぎり作っていいかな」

「じゃあお願いするよ」

 

 僕は得意なおにぎり作りの輪へ加わった。あと、もう少しで義経たちの歓迎会が始まる。

 

――――……

 

 設営の最終調整に料理のほうもバッチリと出来てテーブルに並べて、あとは歓迎会が始まるのを待つだけだった。義経たちが所属するSの生徒たちはクリスさんのお姉さん分のマルギッテさんを先頭にやってきた。揚羽さんの弟・英雄くんと専属の付き人であるあずみさんは仕事の関係でいなかったけど、それ以外全員が参加。それのほかにも人が多すぎるぐらいに集まっていた。

 

「あれ、そういえば肝心の主賓たちは?」

 

 ただ肝心の義経達がまだ姿を見せなかった。ざわつく中、クリスさんが正式の開始まで時間があることを伝えた。そのあとすぐに、大和くんが多目的ホールを出て行った。

 僕も気になって後をついていくと、外には義経と弁慶の2人だけしかいなかった。

 

「どうしたの?」

「あ、瀬那。ちょっと――」

 

 どうやら与一がこの期に及んで歓迎会に出たくないと参加を拒んだらしい。今朝は普通に出ると義経に言ったらしいけど。

 

「やはり殴ってでも――」

「ダメダメ、今回は3人が主賓の歓迎会なんだからさ。1人でも機嫌悪そうだったら雰囲気ぶち壊しになる」

 

 大和くんの言う通りだ。せっかくの歓迎会だからどうしようかと思った時だった。大和くんは携帯の時間を見て説得へ向かった。

 

「大丈夫かな……」

「大丈夫だよ、主。ん? 瀬那、そのおにぎりは――まさか!?」

「僕が作ったおにぎりだよ」

「それだ!!」

 

 弁慶は僕も説得に向かってほしいと背中を押した。義経もお願いする、と頭を下げた。ここまでされて行かないのもダメなので僕も大和くんの後を追った。

 

「まぁ、大和が説得してくれるだろうけど……あの最終兵器があれば大丈夫」

「うん、義経もそう思う」

 

――――……

 

 僕は大和くんを見失ったけど、与一が屋上にいるのではと思い向かうと2人の話し声が聞こえた。ルシファーズハンマー? 一体何の話をしているんだ? 僕は大和くんが説得してくれるだろうと信じで扉の前で待つことにした。“組織”や“特異点”などのワードが出て説得に至っているのだろうかと思っていると目の前の扉が開いて2人がいた。説得は上手くいったよう――――

 

「え……、瀬那」

「なんでお前が」

 

 僕がいたことに驚く2人。特に大和くんはよくわからないが狼狽えていた。

 

「あ、与一。僕おにぎり作ったから食べてほしいな」

 

☆★☆★

 

 時間通りに始まった義経たちの歓迎会は無事に行われ、楽しい時間が始まった。

 みんなが立食しながら雑談を交えていた。主賓である義経や弁慶は大勢に囲まれていた。与一は与一で弓道部の部長さんに声を掛けられていた。

 

「瀬那、どうしたんだ1人でポツンとして?」

「モモ姉。いや、凄く楽しい学園に来れてよかったな~って思っていたところ」

「そうか、そうか」

 

 百代は瀬那の頭を撫でてきた。くすぐったそうに目を細める瀬那は恥ずかしそうに手を払いのけた。

 

「モモ姉は何を手伝ったの?」

「いや、なにも。そういう瀬那は?」

「僕は調理のお手伝い。おにぎり作ったよ」

「!」

 

 百代はそれを聞いてハッと辺りのテーブルを見回す。瀬那の作ったおにぎりを――

 

(あ、あれは。あれを生半可な気持ちで食べると――!)

 

 瀬那の作ったおにぎりには逸話があった。時にはある争いを平和的に止めるきっかけになったり、中には縁結び・仲直り・出会いなどなど多くの幸せを運び続けた。わけだが……

 

(あのおにぎり……一口つけただけで――)

 

 百代は一度瀬那には慣れてサッと瀬那のおにぎりが置かれたテーブルに陣取る。幸い主賓の義経たちに人が集中し、その輪はそのテーブルから離れていた。

 

(これならおにぎりを守れる)

 

 今のうちに、と思い百代はおにぎりの置かれたお皿から瀬那の作ったおにぎりだけを抜き取り始めた。

 

「何しているの、モモ姉?」

「!? セ、瀬那か。な、なにも?」

 

 いつの間にか近くにいた瀬那に驚く百代は手に持っていたお皿に乗ったおにぎりを後ろに隠した。瀬那は挙動不審の百代に気付くも気にせずテーブルにあった川神で取れた果物を取って去っていた。

 

「(はぁ……、何とか――)」

「川神先輩。おにぎり取りたいのですが、いいですか?」

「よ、義経ちゃん」

 

 入れ違うようにやってきた主賓の義経や弁慶、それに与一もやってきた。

 

「武神センパ~イ。そこにあるおにぎり欲しいのですけど。ん? センパイおにぎりが好きでも取りすぎですよ」

「え、あぁ。これは、な」

 

 お皿に乗った5個のおにぎりを見てそう話す弁慶に百代はとにかく例のものは回収出来たので離れようと思った。が、1つだけ異様に輝くおにぎりがあった。

 

「このおにぎり美味しそうだな」

「そうだね」

「これじゃないか?」

 

 百代は1つ取り損ねていたことに気付く。マズいと思ったがすでに義経の手の元にあった。そして、そのまま義経が頬張った。

 

「う~ん。さすが瀬那のおにぎりだ」

 

 普通に美味しそうに食べる義経を見て百代は気づく。義経の胃袋には耐性がついていると。大抵はかのグルメ漫画の食事シーンみたいなことになってしまう。もちろん服ははだけないが、かなり見悶える。

 

「弁慶と与一も食べなよ」

 

 それからしてすぐにおにぎりを持った瀬那が補充の分を食べてなかった弁慶と与一に渡した。2人も義経と同様に美味しいそうに頬張り幸せそうな顔をしていた。それを微笑ましく見る瀬那に百代は少し複雑な気持ちになった。

 

(なんだろう……)

 

 百代は知っていた。瀬那は子供のころから体が弱かったせいもあり外で遊ぶこともなく家にいることが多かった。それもあって同年代の友達との間に微妙な距離感があって友人関係があまり上手くいかなかった。だから百代ぐらいとしか一緒に遊ぶことがなかった。でも、川神を出てからそうではなかった。源氏組と清楚、それに燕といった友人たちを作っていた。

 いつの間にか知らない間に成長した弟に百代は嬉しいのもあった。けど、それ以上に胸につかえるモヤモヤした何かがあった。

 

(あぁ、もしかして――。いや、まさか……な)

 

――――……

 

 義経たちの歓迎会は大成功に終わった。自分が知っていること以外にも色々あったらしいけど上手くいってよかった。直前の準備しか参加できなかった僕が言うのもあれだけど。

 

「清楚さんも設営で手伝っていたんですね」

「うん、物を運んだりね」

 

 今は帰り道についていた。隣を歩く清楚さんは自転車を押して僕に合わせくれた。清楚さんも設営を手伝ってくれたようで、所属クラスの3-Sではすでに歓迎会みたいなものをやったらしい。

 

「清楚さんはうまく川神学園に馴染んでいるね」

「そう言う瀬那くんも」

 

 笑ってそう言う清楚さんだけど、編入2日目で3年生の女子生徒たちに捕食されかけたなんて言えなかった。

 

「瀬那くんもお昼を一緒にする友達ができたみたいでよかったよ」

「はい。初日はありがとう」

「うん、また誘ってね」

 

 また清楚さんのお弁当を食べたいと思っていたから誘えるなら誘おうと思った。あの時はモモ姉がいたことも楽しかったけど、2人でゆっくりと食事を摂れるのもいいかもな。

 

「じゃあ私、こっちだから」

「はい。じゃあ、また」

「あ、そうだった」

 

 清楚さんは何か忘れたことがあったらしい。

 

「連絡先、教えてもらってもいいかな?」

 

 そういうことか。確かに清楚さんとは連絡先を交換してなかったからいい機会だと思って僕も携帯を取り出した。

 

《川神瀬那様、確かに連絡先を受け取りました》

「え? スイスイ号って何でもできるんだな」

「うん。私を守るための威嚇機能もあるんだよ」

 

 清楚さんの自転車は九鬼財閥の技術が結集した人工知能がついている。今も清楚さんの連絡先を送信と受信をしてくれた。

 

「ありがとうございます。また連絡しますし、してください」

「うん。じゃあまたね」

 

 清楚さんは自転車をこいで暮らしている大扇島にある九鬼極東本部へと帰っていた。

 

「やった。アドレス帳に1人増えた」

 

 僕のアドレス帳には新たに加わった清楚さんが加わった。と、言ってもアドレスには10人も超えてなかった。まぁ、これから増えてくるだろうと思いスマホをポケットに入れた。

 

「あらら? なかなかいい雰囲気だったね~」

「つ、燕さん!?」

 

 清楚さんと入れ違うように現れたのは制服ではなく普段着の燕さんだった。

 

「フフッ、清楚ちゃんと仲良さげに帰っているところ見たからさ。声かけづらかったよ」

「い、いつからですか?」

「川沿いで歩いてきたところからだよ」

 

 結構前から僕たちは付けられたようだった。まったくと言って気づかなかった。

 

「ねぇねぇ、私のアドレスは残っているよね?」

「残っていますよ。消したらまたいつの間にかありましたから……」

 

 うわ~、そんなことがあったの? と、とぼける燕さん。それ、貴女ですよと言いたかったけど、いつの間にか距離が近くなっていた。

 

「瀬那くん。週末って時間ある?」

「はい。大丈夫ですけど?」

 

 それを聞いた燕さんは嬉しそうに手を合わせて僕の手を取った。

 

「あのね、私たち引っ越したばかりで大変なんだよね。だから、助けてほしくて」

「僕でいいのですか? 人手に数えるのも……」

「大丈夫、大丈夫! 重いものはほとんど片付いているから」

 

 それならいいかと思い僕は手伝うことにした。それを聞いて燕さんはまた連絡するからと言ってさっそうに去っていた。多分、あっちのほうへ。

 

「さて、帰るか」

 

 家である川神院にまっすぐ帰った。




第4話でした。また、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

第5話です。次話までを共通ルートにしてそれ以降はルート別に分かれようかと思います。
では、どうぞ!


 川神院の朝は早い。

 

「次! いつものように基礎鍛錬を始めるヨ!!」

 

 多くの修行僧を抱える武の総本山である川神院は早朝から鍛錬が始まる。特に朝の基礎鍛錬は入ったばかりの修行僧たちだけでなく慣れていても苦しく厳しいものだった。

 

「む~……。むにゃむにゃ――」

 

 家でまだ寝ている瀬那だけ。布団の中で夢心地だったわけだが鍛錬場から聞こえる大きな掛け声で目が覚めたようだ。

 

「朝……、か」

 

 布団から出た瀬那は、ふすまを開けて太陽の光を浴びると160㎝にやっと届いた(嘘)体を大きく伸びをした。こうすることで少し成長した気になる瀬那はそのまま洗面所へ向かう。ほとんどが鍛錬に出向いているので家は静かだった。

 顔を洗って視界をクリアにし、歯磨きをする。いつもなら髪の毛を少し手入れすれば目立つことはないが、出かける今日に限って大きく所々はねているところがあった。

 

「あれ? 止まれ!」

 

――ぴょんっ。

 

 髪の毛を止めようと水を手に付けて抑えようとしたが、面白いように跳ね上がる。何度も何度も抑えようとしたが、髪の毛は言うことを聞かなかった。

 

「むぅぅうう!!」

 

 思うようにいかず鏡と睨めっこする瀬那は、どうしようかと思った時だった。

 

「おはようございます、瀬那さま。今日はお早いですね」

「おはよう。貴方だけのお姉さんです♡」

 

 洗面所に入ってきたのは鍛錬を終えたばかりの瀬那命の変態・坂口と百代だった。いきなり朝から構ってくる百代に対し瀬那は相手にせずに髪の毛の跳ねと格闘する。

 

 

「瀬那さま、寝ぐせですか。だったら私が、はぁはぁ」

「……坂口、気持ち悪い」

「ぐはぁっ」

 

 何か胸に突き刺さったかのように抑える坂口をほって後ろからべったりとくっつく百代も気にせず瀬那は髪の毛を直し続ける。

 

「なぁ~、瀬那。今日はどこかに行くのか?」

「うん、燕さんの引っ越しの手伝いに行くよ」

「なんだよ、ほかのお姉ちゃんになびくなよ~。昨日は私の清楚ちゃんと一緒に帰って」

「私のじゃない。清楚さんは清楚さんだよ。よし」

 

 寝ぐせが収まった瀬那は、寝間着を着替えるために自室へと戻った。わけだが……

 

「ん? どうしたの、モモ姉」

「いや、姉として弟の服をだな――」

「結構です」

 

 付いてきた百代を追い払って部屋に入った瀬那はすぐに着替えて追随を与えなかった。

 

「あれ? 普通だな」

 

 着替え終わったのと同時にノックなしで入ってきた百代は、瀬那の服装をそう評価する。下は黒の7分丈パンツにTシャツの上にパーカーを羽織っていた。

 

「動きやすい格好のほうが良いから」

「そうか、今日はメイド服じゃないのか」

「何を言うかと思ったら」

 

 アホなことを思いながら部屋を出ようとした瀬那だったが、百代が何故か入ろうとしたので腕を引っ張って食事へ連れて行った。

 

「僕がいない間に勝手に部屋に入らないでね」

「うん、分かった」

 

 結局、瀬那が家を空けている間に部屋を入った百代だった。

 

☆★☆★

 

 お昼前の11時ごろに来てほしいと燕さんからのメールを受けて僕は商店街近くにある一軒家の前に来た。

 

「ここが燕さんの家か……」

「そう、ここが私の新しい家だよ」

「!?」

 

 いつの間にか僕の背後にいた燕さん。いつものことながらこの人の考えていることは分からない。特に京都の高校にいたころはそれもあっていいように僕をあしらっていた。

 

「こんにちは燕さ、燕さん。買い物に出かけていたのですか?」

「うん、さぁ入って入って~」

 

 川神街にあるまだきれいな一軒家に住むことになった燕さんの手伝いを頑張るか!

 

「ここだよ」

 

 燕さんに招かれて入ると、すでに部屋はきれいに大方片付けてあった。まだ少し段ボールが置かれてあったので手伝うことはありそうだ。

 

「へぇ~。落ち着いた部屋ですね」

「そうだね、家ではゆっくりしたいから」

「そうだ燕さん。これ、菓子折りです。冷やしておいてください」

「ありがと~。また、後でもらうね」

 

 僕は座卓の前の座布団に促されて一度小休憩。

 

「はい、冷たいお茶でよかったよね」

「ありがとうございます。外暑かったのでうれしいです」

 

 冷蔵庫に魔法瓶に冷えてあったお茶を出してくれた。うん、美味しい麦茶だ。

 

「もう重い荷物は片付いているようですね」

「うん。引っ越し会社の人が重い荷物を運んでくれたからね」

 

 そうか、重い荷物は普通引っ越し会社の人が運ぶか。でも、どうして人手が必要なのだろう?

 

「あの、僕は何を手伝えばいいのですか?」

「そうだね~……。そこにある段ボールをお願いしようかな。本が入っていて棚にしてしまってほしいな」

「分かりました」

 

 小休憩もほどほどにして僕は言われた通り、段ボールに入った本を出した。燕さんのお父さんは腕利きの技術者で、今は九鬼のスポンサーを受けているらしいことは前に聞いた。

 

「ん?」

 

 技術者とあって専門書が多くあった。へぇ~、こんな本ってどこで売っているんだろうか。よく読まれた跡が残っているから大切に使っているんだろうな。それからも本棚に分かりやすいように整理して3箱目に取り掛かろうとした時だった。なんか不自然なものがあった。表紙が――……。恐る恐る表紙をめくるとHなあれだった。

 

「どうしたの、瀬那くん?」

「い、いや――!?」

 

 僕は燕さんのお父さんの聖書を隠し切れず落としてしまった。思いっきり本が開けてしまった。

 

「こ、これはですね! 本の整理をしていたら不自然な表紙があったので気になってみただけでやましいことなんか――」

「フフッ、初心だね~。瀬那くんは疎そうでよかったよ」

 

 燕さんは笑いながら落ちた聖書を拾って細工した表紙を取ってそのまま本棚に指してしまった。え……、もしかして聖書だからこそ本棚に指すのか? どこかに隠すのは子供のしるし、あたも普通にさらすのが大人なのか。

 

「それで瀬那くんは年上系の物しかもってないよね~。モ・チ・ロ・ン」

「あ、あの……」

「分かっているよ。私は、ね」

 

 何を分かっているのだろうか。今の感じだと僕が聖書持ちで内容はすべて年上もの、そして表情で向けられた清純系の物であることを。どうしよう……、それらしきもの家にあるのかな?

 

「生徒会長ものなんて。瀬那くんはホント私にぞっこんだね♪」

 

 あの、ごめんなさい。話をどんどん進めないでください。

 

「冗談だよ。瀬那くんがそういうの持ってないこと知っているからさ」

 

 そう言われたら、僕は一般健全男子高校生として見られてない気がした。そんな微笑みを僕に向けないでほしい。

 

「手が止まっているよ。もうそういう本がないはずだからさ。もちろん、私は瀬那くんを男の子として見ているよ」

 

 今、思ったのだが僕の心の中を読心術で掴んで会話した燕さんが少し怖かった。だから紛らわすために手を動かすのだった。

 

「はい、お疲れさまでした」

「あ、ありがとうございます」

 

 それから荷物の整理がきれいに終わるころにはもうお昼の1時を回っていた。

 

「燕さん、お疲れ様です。どこか食べに行きますか?」

「大丈夫だよ。私が用意するから」

 

 燕さんは休む間もなくキッチンに向かっていた。僕も手伝おうとしたけど邪魔になりそうだった。燕さん、すでに手際よく調理を始めだしたからな。

 

(邪魔したらダメだろうし、ゆっくり待っていようか)

 

 僕は座卓の前に正座で待つことにした。それにしても置物が面白いな。燕さんはあの松永の末裔、その家紋が記されたフラッグが壁に掛けてあった。かっこいいよな、蔦。

 燕さんのいるキッチンをチラっと見た。うん、いい匂いがしてくる。楽しみだな~。

 

「はい、お待たせしました~」

 

 それからしばらくしてお盆に料理を片手に燕さんがやってきた。座卓に並べられた料理は……?

 

「あれ、燕さん。あれがないよ。あれ」

「もしかして、納豆かな」

 

 テーブルには燕さんといえば納豆小町、その納豆がないのだ。どうしたのだろう……。

 

「燕さん、もしかして疲れましたか?」

「うんん、大丈夫だよ。まぁ、ちょっと疲れたぐらいだからね」

 

 見るからに大丈夫そうなので、僕はホッとしたので料理の前に座って手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 きれいに彩ったサラダから手を付ける。まずは、サラダから食べる。

 

「はい、胡麻ドレッシング」

「あ、ありがとうございます」

 

 燕さんが気を利かせて胡麻ドレッシングを渡してくれた。そうですよね、胡麻ドレッシングが一番――

 

「あの、どうして……」

「なんでって? それは、よく瀬那くんが食堂の胡麻ドレッシングを手に取っていたからね」

 

 よく見ているんだな。確かに京都の学園にいた時から食堂をたまに使うとき、サラダには胡麻ドレッシングが当たり前だったからな。

 

「そして、坂口さんのお弁当でもMyドレッシング持参だったからね」

「あ、あの……」

「フフっ、私は何でも知ってるんだから。セ・ナ、のこと」

「!?」

 

 燕さん、あの顔が近いです。ごはん中ですよ、と言いたいけど……恥ずかしい。

 

「これぐらいにしてあげる。揶揄ってしまうからね」

「ご飯を食べましょうね」

 

 僕はお箸を進める。うん、和食は美味しい。日本人でよかったと思える瞬間だ。

 

「瀬那くん、美味しい?」

「うん」

「美味しい?」

 

 美味しいと言ってほしいみたい。まぁ、確かに美味だったからな――

 

「美味しかったです。ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

 燕さんは余程うれしかったのかご飯のおかわりをよそった。あの、僕おかわりなんて言ってないのに……。

 

「はい、最後はご飯のお供の納豆だよ」

「いただきます」

 

 久しぶりに僕はご飯の2杯目を食べることにした。僕の胃袋は8分までに収めるのだけど、今日は10分までいったかな。

 

――――……

 

 初めてだな~。私の料理にわき目もふらず頬張る瀬那くんの姿は。本当に私の感情をくすぶらせる。今もすやすやと膝の上で寝ている瀬那くん。

食器の片づけが出来たら外に散歩がてら出かけようと思っていたけど、畳の上ですやすやと寝息を立てて横になっていた。引っ越しの整理を頑張って一杯ご飯を食べて寝る、本当に子どもみたい。

 

「頬っぺたぷにぷに」

 

ツンツンと突くと優しく跳ね返ってくる頬っぺた、起きないから大丈夫と思って髪の毛もサワサワっと。男の子なのに髪の毛がサラサラ、本当に……、困ったものだよ。これ以上サワサワすると、狂われそうになるから抑えて、と。

 

「ん……。燕、さん」

「フフッ、夢に私がいるのかな」

 

 膝の上で私の名前を呼ぶ瀬那くん。夢の中も私が――

 

「う、ゔ――。やめてください」

「……」

 

 あははっ、もしかして生徒会時代の夢かな? あの頃の瀬那くんは生徒会長の私にぞっこんだった。と、言うのは嘘だけど私の無理難題にある程度答えてくれたからね。だから私も調子に乗っちゃったところあったし。

 

「うっ、ありがとう、燕さん」

 

 え? そんな不意打ちに見せる笑顔……。いつもはちょっと無表情で感情を出さない子だけど、こんな笑顔も見せるなんて。それも私を思ってだよね、う~~ん!!

 

「これ、で……許して……」

 

 一体、私は瀬那くんの夢の中でどんな人物なのだろうか?

 

☆★☆★

 

「ん?」

 

 あれ? いつから寝ていたんだろう。確か昼食をいただいて食べ終えてから……、記憶がないからすぐに寝たのだろう。って、いつの間に僕は燕さんの膝の上で寝たのだろうか……。

 

「あの、燕さん?」

 

 呼びかけても返事がない。ゆっくりと視線を上げると燕さんもうつろうつろしていた。どうしようかと思った。

 

1. 待機

2. これまでの仕返しで悪戯

3. 膝枕からの脱出

 

1~3で俺が選んだ行動は――――、悪戯だ!

 

「仕返しだ――――って、あれ?」

「フフっ、お姉さんに仕返し……かしら?」

 

 この後、僕は燕さんにあるべき上下関係を植え付けられたのだった。

 

「今日はありがとね」

「ど、どういたしまして」

 

 時間は過ぎて4時ごろ、まだ夕方前だったけど帰ることにした。これ以上居座り続けたらどうなるか分からなかった。自分がどうなるかを。

 

「じゃあ、また学校で」

「うん、またね~」

 

 僕は燕さんに背を向けて川神院へ帰ろうとした。

今日は色々あったな。部屋の整理を手伝ったりお昼ご飯を呼ばれたり上下関係を植え付けられたり、と。まぁ、最後は京都の時の話やこれからの話で花を咲かせたし良かった。

 

――瀬那く~ん。

 

 もうすぐ仲見世通りを通っていたときだった。後ろから燕さんらしき声が聞こえたけど、やっぱり燕さんだった。

 

「ごめんね、渡しそびれたものがあって」

 

 僕は何か渡すものがあったみたいで、手には紙袋を提げていた。

 

「本当はおやつの時に出そうと思っていたんだけどね。ドーナッツを作ったんだ。瀬那くん好きでしょ?」

「!」

「よく向こうの学園にいたとき食べていたからね」

 

 この人はよく僕を見ていたんだな~とまた思った。まぁ、自分の手元に置きたいという理由で生徒会長になって僕を生徒会メンバーに入れたぐらいだから一緒にいる時間は多かった。さっきも話していたときに僕のことを観察していたのがよく分かったからね。まぁ、怖くないと言ったらウソになるけど悪いようにしないのが燕さんだから大丈夫だろう。

 

「うわ~、いっぱいだ」

「うん。食べきれなかったら家の人にもと思ってね」

「ありがとうございます、燕さん」

「はい、じゃあまた月曜日ね。ドーナッツの感想聞かせてね」

 

 燕さんから自作ドーナッツをもらって僕は嬉しかった。きっと燕さんが作ったドーナッツだから美味しいのは間違いないだろう。早く食べたいな~。

 

「あれ、瀬那っち」

「小笠原さん。こんにちは」

 

 ちょうど小笠原飴店の前を通りかかったら同じクラスの小笠原千花さんが店番をしていた。お休みの日も家の店を手伝うなんて偉いな。

 

「すごくうれしそうだったけどどうかしたの?」

 

 どうやら表情に出ていたみたいだ。大好物をもらえてルンルン気分だったし、足元がスキップしそうな勢いだった。僕は手に持っていたドーナッツを燕さんからもらった話をしたら小笠原さんは、お熱いねと笑っていた。

 

「それも手作りなんて。よっぽど愛されてるんだね」

「う、うん」

 

 そう言われると、ちょっと恥ずかしい。けど、好意でもらえるなら有り難いことだ。

 

「小笠原さん、何がおすすめ?」

「いらっしゃい! えーっと、ね。おすすめなのは――」

 

 僕はおすすめの飴を見繕ってもらった。お土産にはいいだろう。

 

「ありがとう、また学校で」

「毎度ありがとうございます。またね」

 

 この飴をみんなに渡してドーナッツは僕がもらう。よし、これでドーナッツは独占できる。時間ももうすぐ夕飯の前だからどこかに隠して――。

 

「セ~ナ。どこほっつき歩いていたんだよ。迎えに行こうかと思った」

「大丈夫です。僕は1人で帰れます」

 

 いつの間にか背後にモモ姉がいた。なんで武士娘と呼ばれる人たちは背後を取りたがるのだろう? あと、1人で帰れます。

 

「そうか~。燕に大好きなドーナッツをもらってスキップしてたから何かあるかと思ったら独占するためにみんなには飴を買って帰る。本当に~、お姉さんはそんな弟に育てた覚えはないのにな」

 

 いつから? と聞くとすでに提げていた紙袋の中身を見ていた。

 

「これはあれだよ――……! これは参考書であって――」

「甘~い匂いの参考書ってあるのかな」

 

 どうやら前から僕を見ていたようだ。

 

「さ~て。どうする、瀬那?」

「うん、わかった。僕とモモ姉と一子ちゃんで美味しくいただこう」

「そうか、じゃあすぐに帰るぞ」

 

 僕の手を握るモモ姉は、空いた方の人差し指を額に当てると――――。

 

「よーし、着いたぞ~。早く早く♪」

 

 いつの間にか川神院に移動していた。はい、あのジャンプ漫画のドラ○ンボールの瞬間移動です。僕は姉の凄さを改めて実感した。そして、この後ドーナッツを半分取られて涙目な僕だった。




また、次回に!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。