ボクのモンハン見聞録!〜ただそれだけの、物語〜 (リア充撲滅委員会北関東支部筆頭書記官)
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第1章【ボクの最も危険な森丘!】難易度:Easy
プロローグ〜ボク、転生しました!〜


息抜き小説。
プロローグの段階で本編に入っています。


今や知らない人の方が少ないだろう国民的ハンティングアクションゲーム、「モンスターハンター」。爽快なアクションと武骨で躍動感溢れるモンスターの姿が高い評価を受ける人気のゲームだ。

事実、ボクも、ボクの友人たちも皆プレイしていた。

……それで、なんでいきなりこんな話をしているかというと…。

 

 

人間のままの姿でモンスターハンターの世界に転生しました。

 

 

到底信じられないだろうが冗談ではない。ボクも理解するまで一時間近くかかった。

え?最近はよくあること?

……それって大丈夫なのかな………。

 

 

まあ、今は世界の心配よりもボク自身の心配だ。

 

 

ボクは確かにモンスターハンターの世界に転生した。

でも、「神様」なんかと出会ったような記憶はないし、それどころか、死んだ覚えすらない。

そしてなにより、一番の問題は………。

 

前世のボクの顔が、名前が、地位が…何一つ思い出せないのだ。

所謂、記憶喪失転生である。

 

 

ボクは一体どんな人間だったのだろう…。少なくとも人間ではあったはずだ。

記憶が消えたとしたら何故?……世界を超えるのに記憶の一部が耐えられなかった?

 

……わからない。

仮説を立てるには情報が足りなさすぎる。

 

 

 

わからないものを考えていても仕方がない。

今は…とにかく現在の事だけを考えよう。

 

まずは、状況を整理したいと思う。

 

記憶の無いボクは、おそらく前世と同じ顔であろう人間の姿でモンスターハンターの世界に転生した。鏡も持っていないし、前世と同じ顔というのは確証がある訳では無い。ただ、人間から人間になって顔がまったくの別人などということは………無い、のかな?

……いや、ありえなくは無いのか…。

 

ともかく、人間の姿で転生したボクは、現在、モンスターハンターの中でも最も有名な場所、「森丘」のエリア5と思わしき場所にいた。すぐ近くには親が留守の飛竜の巣……。

……なぜ呑気に状況整理してたんだボクは……。

 

慌ててエリア6と思わしき場所に移動する。小一時間あの場にいたのに、リオス夫婦に会わなかったのは奇跡としか言いようがない。

 

 

さて、気をとりなおして状況整理だ。

 

気付けば人間の姿で「森丘」のど真ん中に突っ立っていたボクは、現在所持品がローブ一枚。……即ち、武器も無い、お金も無い、そしてなにより服がない。裸ローブというメチャクチャ際どい格好になってしまっている。

 

誰得の極みだが、そんなことはどうでもいい。

 

むしろ何故ローブを持っているのかを問い詰めたい所だ。ありがたいから良いんだけど。

 

 

さて、そんな丸腰の人間が、尻尾を含めれば3メートル以上あるランポスが闊歩し、5階建てのビルと同じくらいの大きさの飛竜が上空から襲いくるこの「森丘」を歩いて、無事でいられるか…という話だ。

 

…絶対無い。

 

ゲームの奴でも勝てる気がしないのに、現実になったら所謂「手加減」抜きになる。ランポスだって威嚇で止まっていてはくれないし、キックで倒されて首の骨を折られて即死がいいところだ。

リオス?普通に死ねる。

 

ボクは断じてハンターを人類とは認めない。

 

 

ここまで悪い情報ばかりだが、一つだけいい情報がある。

 

それは俗に言う「転生特典」を所持しており、何故かその部分だけ記憶を残しているということだ。

そう、俺Tueeeeeeな転生特典である。

 

自分で選べるもののはずだけど、どうなんだろう?ボクは自分で選んだのだろうか?それとも記憶喪失の影響でランダムに決まってしまったのだろうか?

そこはわからないが、こういう転生モノで強いのは、「成長系」と「吸収系」だ。

 

どちらも最初は雑魚同然だが、戦えば戦うほどあっという間に強くなっていき、最終的には世界最強になったりする能力。

簡単に言えば「成長系チート」だ。

 

さて、そんな中で…ボクがどんな能力を持っていたかいうと…。

能力は全部で五つ。転生特典としては多い方だ。え?最近はそのくらいが主流?そうなの。

 

 

奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)

※対象の記憶、姿、存在を奪う能力。その者の生涯、そして命の尊厳をも犯す。嗚呼、罪深いナ。

 

禁忌の変質者(キメラ)

※身体の一部をエネルギーを代償に好きな姿に改変できる。禁断の秘術によって生み出されし怪物は、虚ろにこそただ生きる。

 

悪魔の誘惑(マインドコントロール)

※頭に触れた相手を意のままに操ることができる。醜き傀儡共は、己が操り人形だとは夢にも思わず、ただ愚かなる奴隷となりて…。

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)

※幾千もの骸と怨嗟を封じし朱き肉壺。恒久とも思えし時を超え、数多の影は、数多の御魂は、ここに歿す。

 

処女(おとめ)の涙」

※貴方が涙を流す時、世界は動き出し、

貴方が真の涙を流す時、全ては…解放される。

 

 

………………。

 

……コホン。

 

 

皆様、喜んで下さい。

もしこれが記憶を失う前のボクが選んだ能力だとするならば、前世のボクについて一つ判明したことがありました。

 

…正真正銘のバカだっ!?

 

厨二臭い名前だけにつられて効果をよく見ずに選んだバカか、あるいは主人公と敵対して殺されたいという破滅願望持ちのバカか、あるいは何も考えていない純然たるたるバカ!

そのどれかでしょう。

 

少なくとも常識人では無い!!

成長系能力は無いのか!?吸収系能力は!?能力奪取系能力は!?

 

というか能力の名前がいちいちイヤラシイなっ!だれの趣味だ!

ボクか!?ボクなのか!?

 

 

……この転生特典一覧の中に、見事なまでに今の状況を打破でそうな能力が無いんだけど…。

転生ならモンスターが良かったなぁ。自由だし、強いし。

 

はぁ、記憶にも無いお家に帰りたくなった…。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

だめだめ、いつまでも弱音を吐いてたってどうにもならない。

行動を起こさなければ道は開けない。

 

なんて、ちょっとカッコ良いこと言ってみたけど…正直な話。

 

 

クキュゥウ〜〜…

 

お腹が空きました。

なんだこのあざとい腹の虫は…舐めとんのかワレ!?

 

 

腹の虫に文句を言って気を紛らわそうとしても状況は動かない。むしろ時間が経つにつれて悪化していく。

さて、ここで一つ問題が発生する。

 

何を食べればいいのだ……。

 

モンスターでもあるまいしその辺にいるアプトノスをムシャムシャと食べるわけにはいかないし、地面に生えた草やキノコ、落ちた実なんかを食べるなんて自殺行為に他ならない。ましてやモンハンの世界には毒物がいっぱいだ。

 

転生早々食あたりで死ぬとか笑えない。

 

モンスターなら毒キノコくらい耐えられそうだが(ハンターも当然モンスターに分類)、ボクは生身の人間…であるはずだから、毒キノコなんて一発アウト、御臨終だ。

 

 

魚は寄生虫が心配だし……ん?

 

そうだ!魚だ!

サシミウオ!!

 

確かアレは寄生虫がいない(または人体に影響を及ぼさない)から生のまま食べられるって話だったっけ!

あれ?でも…水の中の細菌なんかはどうなっているんだろう?

 

……。

 

まぁ、安全度で言ったらサシミウオが一番無難だからなぁ。

美味しいらしいし、餓死するよりはサシミウオ先輩に賭けるべきだよな。ココット村の村長の大好物というくらいには美味いらしいし。

 

 

よし!ボクは決めた!

サシミウオを食べにいくぞ!

 

 

と、言うわけで、ボクはサシミウオの釣れるエリアを目指して……

…そうだった。ボクは今、飛竜の巣があるエリア5から、エリア6に退避しているんだった。

 

ゲームの世界だとこの崖を下ればエリア2に行けるんだけど、ボクにそんな度胸も体力も無い。山もそうだけど、崖は降りる方が難しい。

経験も無い素人が命綱無しで逆ロッククライミングなんて、紐なしバンジーや全裸スカイダイビングと同じベクトルのスポーツだ。スポーツ?

 

さて、崖を降りれない以上飛竜の巣を通ってエリア4に行かないといけないわけだが……。

 

チラッとエリア5を覗いてみる。

 

15メートルを軽く超える巨体を丸まらせて眠る、赤き甲殻に覆われた飛竜の王者。

全身を覆うゴツゴツとした鱗は、例え銃弾であっても貫くことが出来そうに無い。

そして、そんな鱗の下に僅かにみて取れる隆々とした筋肉。あの巨体を大空へと飛ばすその筋肉は、一体どれだけの膨大な力を秘めているのだろう。

 

リオレウス…。

 

モンスターハンターを代表する飛竜種モンスター。

そして、ティガレックスに並んで……否、ティガレックスよりもさらに敵の多い苦労人。…じゃない、苦労竜。

 

 

今は寝ているが、つい先程降りてきたばかりだ。まだ熟睡とは言えず、侵入者に気付けば起きてしまうだろう。

エリア5の隅から隅までの距離はゲーム時代のガララアジャラを参考として、目測で80メートル弱くらい。

 

死に物狂いの全力で走っても15、6秒はかかる。無論、そんなことをすれば一発で気付かれるのでやらないが…。

 

さらに、番いのリオレイア降臨という不確定要素がある。

 

 

 

………これじゃどっちが危険なのかわからん。

 

 

こうして、ボクの最も長い一日が始まった。

 

 

 

 

 

長い、長ーい…一日が。

 

 

 

 

今、始まる。




次回、主人公無双(大嘘)
本作品の主人公は戦闘力がイマイチです。くれぐれもご注意下さい。


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第1話、最も長い通路!part1〜二者一択〜

初日限定連続投稿。


 

巣の中央で、堂々と眠る巨大な火竜。

洞窟の長さは目測で80メートル程。

地面にはご丁寧によく音を立てそうな骨がゴロゴロしている。

 

ぶっちゃけ、崖を降りた方がまだ生き残る可能性があるのでは無いかと思えてしまう。

 

よし、崖から行こう!度胸出せ!………。ボク!

……自分に呼びかけようとしたけど名前を覚えてなかったよ。

 

なんだか締まらないが、取り敢えず崖を降りるために崖の下を見下ろしてみる。

 

 

ヒュゥー……

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ↑

 

 

……もうやだ。お家帰る。

 

ゲームの中で見るとそうでも無かったのだが、この崖…というか縦穴、実際に見るとめちゃくちゃ高い。しかも壁が垂直というね。

さらに、崖の中腹にはご丁寧にランゴスタが群れていた。

……初めて知ったよ。ランゴスタって人間よりデカかったんだね。

 

ここを降りるのは即却下。

怖すぎ死ねる。

 

崖の下にはオルタロスもいたよ。オルタロスって確か2メートルオーバーだったよね?うん。無理。

崖を降りるという選択肢は完全に消失した。これならモンスターペアレント(物理)として有名なリオス家の御宅を不法侵入ピンポンダッシュしたほうがまだマシだよ。死ぬときは一瞬だから。

 

崖に行ったら意識があるまま麻痺させられて蜂に集われるか、酸で溶かされながら蟻の巣に運ばれるかという最悪の未来しか浮かんでこない。

 

 

リオスの巣を通過するしか無い。

 

 

 

…ふう、覚悟を決めろ。

リオレウスは今は寝ている。大丈夫、慎重に、冷静に、音を立てずに通れば大丈夫なはずだ。

 

よくエリアの構造を把握して安全なルートを見つけ出すんだ。そのためにも観察は大事。

 

 

エリア6から、エリア5の中を覗くように見る。

リオレウスは依然眠ったままであり、先程と状況は動いていない。

たぶんもう少し待てば完全に熟睡するはず……。

 

 

(……っ!!)

 

 

リオス夫婦の巣に、三匹の侵入者が現れた。

 

 

3メートルを超える巨体に、特徴的な青い縞模様の皮。長い前足にある爪は見た感じだと20センチくらいはある。

クチバシのような口と、その中に生えそろった鋭い牙。あれで噛まれてしまえば死は免れないだろう。

鳥に似た頭部には、小さな赤みがかった鶏冠が頂上に据えられている。

 

 

それは、鳥竜種モンスター、ランポス。

モンスターハンター界の雑魚代表として名を馳せている獣脚恐竜型のモンスターだが、その実態はヴェロキラプトルやディノニクスの上位互換と言って過言では無い。

 

脚、腕、牙の全てが武器となり、なんと自分の体高よりも高く跳び上がるという驚異的な身体能力を有している。

基本的にはスリーマンセルで行動し、その連携力は人間さえ舌を巻くほどだ。

 

 

……はっきり言おう。一匹ですら普通の人間が勝てる気がしない。

ハンターとは一体何種に分類されるモンスターなのだろう…。古龍種かな?

 

 

 

巣の中に侵入したランポスが、ゆっくりとリオスの巣に近付く。

どうやら巣に散乱した、まだ僅かに肉が残っている骨の残骸が目的らしい。随分とハイリスクローリターンな行動だが、おそらくリオス夫婦が現れたことによってアプトノスを狩り辛くなってしまったのだろう。あるいは別の要因があるのかも知れないが。

じっくり見るとどのランポスにも大きな傷跡がある。傷のせいで狩に貢献できない個体が、玉砕上等で食料を確保しに来たといったところか…。

それとも、群れ全体がみんなあんな感じで、狩をする能力が無くなってしまっている?

 

まあ、どちらでもいい。

 

ガンバレ!ランポスッ!!

 

 

思わずランポスを応援したくなり、その行動を固唾を飲んで見守る。

 

 

一歩、また一歩とリオス夫婦の巣に近付いていくランポス達。

やがてその距離は数メートルも無くなり、目標達成まではあと一息ついといったところになった。

 

 

ドンッ!!

 

 

爆音が鳴り響くと同時に、ランポスの青い身体が紅蓮の炎を纏いながら吹き飛んだ。地面と水平に吹き飛ばされたランポスは、そのまま地面を二転、三転とボールのように転がり、そして二度と起き上がることなく燃え尽きていった。

 

仲間の惨状に動きを止めるもう一匹のランポスが、リオレウスの大木のような尻尾によって薙ぎ払われる。

リオレウスの尻尾を身体の中心で受け止めたランポスは、斜め上に吹き飛んで石の壁面に全身を強かに打ち付けられ、血の跡を残しながらズルズルと滑り落ちていった。

 

三匹目のランポスは、その様子を目の当たりにして震えながらリオス夫婦の巣から逃げ出そうと走った。

しかし、王者は愚かな侵入者を逃しはしない。

素早く立ち上がり、ランポスよりも遥かに速くその後を追走すると、巨大な口によっていともアッサリとランポスの首を咥える。

リオレウスの鋭く長い牙がランポスの首に突き刺さり、赤い血をぽつぽつと地面に垂らす。

リオレウスは最期の抵抗とばかりに暴れるランポスを気にも留めずにさっきまで自分が寝ていたところまで引きずると、半分寝るような姿勢で堂々とランポスの体を喰らい始めた。

 

 

それは、10秒ほどの短い時間の間に起きた出来事だった。

 

 

リオレウスは、接近する三匹のランポスに、気づいていなかったのでは無い。

気付いた上で、自分の動きが最小で済むところまで引きつけたのだ。

 

 

……。

 

…なんという無理ゲー。

 

 

 

うん。崖に行こう。そうしよう。

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ↑↑

ギャァアアアッ!!!

 

……。

 

ランポスと思わしきモンスターに、数十匹のランゴスタが集い、ランポスと思わしきモンスターは苦痛のあまり絶叫を上げる。

 

何故「ランポスと思わしきモンスター」なのかというと、全身をランゴスタに覆われ、唯一見えた頭部の先も穴だらけな上血で真っ赤に染まっていて、もはや原型がわからないからだ。

 

しかも、そんな状況になってなお悲鳴が聞こえている。

 

 

 

…だ、だからさっき決めたじゃ無いか、巣の方を通ろうって。

で、でも巣の方に行っても無理ゲーだよ!

 

 

……うん、一人で言ってても仕方がないね。ほんとどうするコレ?

普通転生したら人生イージーモードでしょ?なんでこうなるの?

 

 

なんでいきなりハードモードどころかクレイジーモードで始めないといけないの?馬鹿なの?死ぬの?

それとも転生特典で切り抜けるべきところなの?

 

ボクの転生特典、見た所どれも直接的な戦闘能力ナッシングなんだけど……。どうしろと?

 

 

はあ、疑問符ばっかりだな。

いけないいけない。

 

こうなると思考のループに陥っちゃうからね。ここはこうしよう、取り敢えずリオレウスがいなくなるまで待とう。

 

消極的だけど堅実だ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

やっほー!ボクだよっ!

…一時間たったよ!!

 

リオレウス、依然動く気配無し!ランポスの骸を食べ終えてそのまま寝た!

 

あまりにも腹が減ったから崖の上に生えてる毒々しい青色のキノコを生で食べたよ!椎茸だって生では食べない方がいいのに!生で食べたよ!チクショウッ!!(泣)

 

まぁ、ちゃんとモンハン通りのアオキノコだった。若干エグ味があるけど食べられない味では無かった。

ぶっちゃけアオキノコかどうかは賭けだったんだけど、食べてから15分たっても何も起きてないから大丈夫。たぶん。

 

でもお腹が一杯になるほどあった訳ではない。

それに満腹だろうが空腹だろうが、一生ここを通らない訳には行かない。

 

 

要はリオレウスに気付かれることの無いようにエリア5を渡りきればいいのだ。

あのランポス達は深入りし過ぎた。ボクの目的はただ通過することのみ。出来るだけリオレウスから離れ、一切音を立てないように行動すればなんとかなる。……はず。

 

 

最早迷っている暇さえ無い。

何故か…たぶんリオレウスの巣があるからだろうが…ここまで上がってこないランゴスタ達も、いつどんな気まぐれでこちらに気が付いてもおかしくはない。

 

ここにいる間、一回リオレイアが帰ってきたが、すぐに再び飛び立った。それが十分ほど前の話だ。

すぐに帰ってくるようなことは無いだろう。今がリオレイアに会わずに通過できるチャンスなのだ。

 

 

行くしか無い。

 

 

決死の覚悟……否、みっともなくとも生きる覚悟を決めたボクは、ゆっくりと王の領域に足を踏み入れた。

 

 

 

 

飛竜の巣の中は、適度に涼しく、それでいて暖かく、湿度も丁度良くて、とても快適な環境だった。

 

確か「森丘」がある地方が「アルコリス地方」という名前で、アルコリスは「温厚な心」という意味だったかな?

その名の示す通り、アルコリス地方は過ごしやすい温暖だ気候で知られている。

 

 

…だが、ここには王者がいる。

矮小で脆弱な人間如きなど一撃の下に屍へと変えることのできる、絶対的な飛竜の王。

大翼を以って天空を支配し、灼熱の吐息で地を蹂躙する。その名も火竜、リオレウス。

 

異様なほどに静まり返った洞窟の中で、その存在感は、より大きく、圧迫的に感じられた。

寝ていて尚、王者の貫禄は不滅なのだ。

 

 

 

現在ボクは、飛竜の巣の中で、11歩目の左足を踏みしめている。

…はっきり言おう。これだけで一生分の度胸を使い果たした。

 

意気地なしとでもチキンとでもヘタレとでも骨無しチキンとでも好きに言うといい!簡単に通れると言うならば誰か代わってくれ!

リオレウスの動きに細心の注意を払いながらも、足元の骨や石で転ばないよう慎重に足を進める。

 

……12歩目…。

 

 

リオレウスはボクの緊張なんて知ったことかと言わんばかりに大イビキをかいて寝ている。

そのままずっと寝ていてくれればとってもありがたいんだけど。

 

 

果たしてボクは無事にエリア5を抜けることが出来るのか!?

起きないでリオレウス!起きなければ、ボクが安全に通れるんだからぁ〜!!

次回、ボク、死す!!

 

嘘ですごめんなさい。

 




次回、『ボク』、死す!!


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第2話、最も長い通路!part2〜涙と回帰〜

 

やや薄暗い、無音の洞窟。

 

 

ボクの現在地は、エリア5に入ってから30メートルほど進んだところだ。

ここまでかかった時間は忘れた。一分かも知れないし、一時間かも知れない。時間感覚なんてとっくに吹っ飛んでる。

 

 

リオレウスはまだ眠っている……と、思われる。もしこれが演技ならボクはもう終わりだ。

でも、そうではないはずだ。リオレウスがここまで役者だとは思えない。ランポスを騙した時はイビキは出ていなかった。

つまり、逆説的にイビキをかいている今のリオレウスは本当に寝ていることになる。

 

確証がある訳ではないけど。それを言い出したら起きているという確証もまた無いのだから、考えていてもキリがない。

 

 

おっと、思考が逸れた。

集中集中。

 

 

また一歩、足を踏み出す。

その動作がひどく焦ったく……そして、静寂に包まれた洞窟の中ではその僅かな足音も、それどころか自分の呼吸の音も、鼓動でさえ煩く感じてしまう。

それは見つかったら終わりという、なんともわかりやすい「生命の危機」に直面したことによる緊張感のせいでもあった。

 

緊張によって鼓動が早まる。

 

その度に、心臓の音でこちらの居場所がバレてしまうのでは無いかとリオレウスの方を見つめた。

…リオレウスはイビキをかいて寝たままである。

当たり前だ、どこの世界に相手の心臓音で居場所を感知できるような奴がいるものか。

 

それは少し考えれば当然のことではあるが、極々僅かな音でさえ気になってしまうほど、ボクの精神は極限状態に追い詰められていた。

 

 

 

40メートル地点に到達。残り半分。

 

 

まだ半分しか進んでいないという事実に、物凄くため息を吐きたくなるが、ぐっと堪える。まだ命の危機は目の前だ。ため息なんかついたら何もかも終わりである。

 

 

それでも、人間の緊張感というものはそう長続きするものでは無く、呼吸を整えるためにも一旦足を止める。

…リオレウスはすぐ近くにいる。

 

イビキは先程よりより鮮明に、より大きく聞こえるようになり、グゴゴゴゴォォ…という重低音が響くと共に生暖かい風が頬を吹き抜ける。

 

 

………デカい。

 

ゲームで見ただけのリオレウスとは、その大きさが違って感じる。

画面越しと実際に目の前にいるのでは訳が違う。

 

圧倒的な大きさ然り、生命力溢れる全身然り、威圧感に満ちた雰囲気然り。どれもゲームでは感じられない、本当の「モンスター」の姿であった。

 

声を出さないように堪えながらも、口の中に満ちた唾をゆっくりと吞み下す。自分的にはその音さえも物凄く煩く感じたが、リオレウスは気に留めていないようだ。

 

 

 

……。

 

リオレウスの並々ならぬ存在感に圧倒され、思わず立ち止まって見入ってしまったが、今はそれどころでは無い。

 

しっかりと前を向き、生き残るために足を踏み出す。

 

 

 

……ポキッ

 

 

(っ!?)

 

 

何かが折れる音が洞窟の中に響いた瞬間、背筋を冷たいものが走るような感覚と共に、ヒュッ!と短く息を吸う。

悲鳴を上げたくなるのを必死で堪え、ガクガクと膝を笑わせながら、冷や汗を垂らしてリオレウスを振り返る。

 

 

グゴッ……

 

!!!!!

 

グゴゴゴゴォォ………

 

 

一瞬乱れはしたものの、すぐにさっきと同じ一定のテンポのイビキに戻った。良かった…、起こしてはいなかったらしい。

本当に心臓が止まるかと思ったが、心の底からホッとした。しかし、ため息を吐いたり気を抜いたりはしない。ここで奇跡的にバレなかったのに安心した結果ドジしてオジャンなんてゴメンだ。

 

大丈夫、見つかってない。見つかってない。

 

自分に言い聞かせてなんとか冷静さを取り戻し、気を取り直して前を向く。今度こそ失敗は許されない。

 

 

 

一歩一歩、慎重に。

 

…前世のことはまるで思い出せないが、これほど長く感じられる通路が今まであっただろうか?

無いといいなぁ。前世はモンスターもいないし戦争も起こらない平和な国にいたようだから…。絶対無いだろうけど。

 

あぁ、この状況を「超実感!臨死体験ツアー!!」として売り出せば儲かるかもしれないぞ(錯乱)

スリル満点のアトラクションだ。

ただし、ツアーの前には命を失っても訴えませんという証文にサインしてもらって、遺言書を整理してもらってからになりそうだけど。

 

 

気を紛らわせながら、また一歩足を踏み出す。

 

 

残りは30メートル。この距離なら本気で行けば5秒もかからずに走破出来るはずだ。

ただし、だからと言って走ったりはしない。リオレウスが目覚めればボクを殺すのに5秒必要としない。瞬殺されるだろう。少なくとも20メートル、出来れば10メートルまで距離を縮めておきたい。

 

 

そのためにも、確実に前へ……、

 

 

 

 

 

………ジャリ

 

 

…足音が鳴った。

それは小さな小さな音だったが、静謐が支配するこの空間において、その音はあまりにも大きく感じた。

 

ボクが立てた音では無い。流石にこんなすぐにそんな途轍もないヘマはしない。……と、言うことは…。

 

安全をとって足元へと向けていた視線を、ゆっくりと前に戻す。

 

 

…ランポス。

 

 

三匹のランポスが、飛竜の巣に足を踏み入れた。

エリア4に繋がる比較的小さな穴から入ってきたランポス達は、皆一様にボクの方に注目した。火竜しかいないはずの飛竜の巣に、何故か火竜以外の存在が、それも目の前にいるのだから当然である。

 

 

この時、ランポス達は腹を空かしていた。

それこそ命の危険を冒してまでリオレウスの食べ残しを奪おうとするほどまでに。

 

…そんなランポス達の目の前に、新鮮で、鱗も毛皮も無く食べやすい人間が現れたら、どうなるか…。

 

 

先頭のランポスが、ここが飛竜の巣であることも忘れてボクに襲いかかってくる。

 

ボクは素早く身を屈め、前転するように転がってランポスの足元を抜ける。するとすぐに二匹目のランポスが襲いかかってくるが、ボクは壁に向かって大きくジャンプすることでその凶爪を躱し、壁を強く蹴って方向転換すると、襲いかかってきた二匹目ランポスの首をロックして地面へとダイブ。その後頭部を盛大にクラッシュさせた。

 

その直後すぐに三匹目のランポスが大きな口を最大まで開いて噛み付こうとしてくるが、ボクは転がるように横に退避、すぐに立ち上がるとロンダートで半身を捻り、そのままの勢いでバク転して再度爪を振るおうとしたランポスの顎を思いっきり蹴り上げた。

 

バク転が終わるとすぐにランポス達に向き直り、三匹と相対する。

 

 

先程は相手も空腹で弱っていて判断力も鈍っていたし、一番先頭の奴の独断専行、何よりこちらを侮っていたのでなんとかなったが、ここからは本気の狩人としてのランポスだ。一匹相手でも分が悪い。

 

……というかボクってこんな動き出来たんだ…。これも転生特典の一つ?いや、転生者には基本として身体能力を向上させる何かがあるのかな?

場合によっては卵から生まれた瞬間からモンスターと戦ったりしてるし…。

 

 

まあ、そんなことはどうでもいいだろう。

 

 

ランポスが襲いかかってくる。その速度はさっきまでの比では無く、眼光も鋭く、一挙一動を逃すまいと言わんばかりにボクを睨みつけている。

完全に躱したつもりだったが、腕を切り裂かれる。痛みの警鐘が脳に響くと同時に、真っ赤な血が地面に垂れ落ち、染みを作った。

 

ボクが正面の一匹にきを取られている間に、他の二匹はそれぞれ後ろと横に回り込んでいたらしい。背中に鋭い衝撃が走るとともに、ボクの体は地面へと押し倒される。砂が口の中に入り、ジャリジャリと不快な音を立て頭蓋骨内に響かせるが、今は背中の痛みの方が上回っているので気にならない。

 

なんとかランポスを振い落したいが、背中に乗ったランポスはそれを許さない。他の二匹もボクを押さえ込もうと牙を剥いた。

しかし、その牙はボクには届かなかった。

 

 

 

ドドォォンッ!!

 

 

紅蓮が爆ぜた。

 

火が迸り、熱風と高熱がボクの体を撫で、ランポス三匹の巨躯が軽々と吹き飛ばされる。

 

おかげでボクは拘束から逃れることが出来たが、何一つ状況は改善していない。むしろ悪化しているとしか言いようが無い。

 

 

「グギャオォォォォォォッ!!!」

 

 

リオレウスの咆哮。

ゲームの中では「そのくらい無視して動けるだろ。」とか思っていた気がするが、アホだ。

 

無理に決まってるじゃないか。

耳を塞ごうとも三半規管に直接響く轟音によって、その場に膠着するどころか立っていることすら難しい。

 

 

火竜が目覚めてしまった。

さらに、エリア4への出口は不幸なことに燃え上がるランポスの死骸によって塞がれ、通れなくなっている。

 

逃れる術はなかった。

 

 

棒立ちになったボクに、リオレウスの口が開かれた。

 

ボクは逃げる間もなくリオレウスの顎によって食らい付かれ、全身に牙が食い込んで血を吹き出す。

痛み……というよりは、熱だ。

 

途轍もない熱がボクの体を、そして、意識を、蝕んだ。

 

 

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついあついあついあついアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ!!!

 

クソがっ!やめろ!

ボクはボクはボクはボクハボクハボクハボクハ!!

 

 

こんなところで……終わりたく…ない。

 

 

ボクの頬を、一筋の涙が伝う。

それは、悲しみからか、怒りからか、後悔からか…或いは全てか。

 

 

 

【「処女(おとめ)の涙」より、「悔恨の涙」を発動。……大丈夫、きっと貴方なら切り抜けられるわ。】

 

そして、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

……ポキッ




ボク、死す。(嘘じゃないですごめんなさい)

最後の音、意味深。


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第3話、最も長い通路!part3〜40mの攻防!前編〜

グロ注意。
あえてもう一度言おう。グロ注意。


………ポキッ

 

 

 

…乾いた音と共に、目が覚めた。

そこは、先程となんら変わりのない「森丘」のエリア5。その中腹部だった。

 

……そう、先程と変わりがない……ランポスの死体もなく、リオレウスも眠ったままの洞窟である。

ボクにもリオレウスに齧られたような跡は無く、完全に先程と同じ無傷な状態であった。

 

 

グゴッ……

 

グゴゴゴゴォォ………

 

 

ゆっくりと足を上げる。

そこには、先程ボクが折った小さな骨のかけらとまるで同じ物が、新たに(・・・)折られていた(・・・・・・)

 

 

それに、日の傾きが僅かに戻った。

それはつまり、時間が逆行した可能性が高いということだ。

 

一日近く経ったという見解も出来なくはないが、一日中ずっとこの場所にいて死なないなんて時間が戻るよりもっとあり得ないというのが、ボクの正直な気持ちだった。既に「転生」という非現実的な体験をしていることだし。

 

 

この現象は……?

 

自分は確かに先程、リオレウスの牙にかかって死んだはずであり、そもそも今こうして立っていることがおかしい。

いや、正確にはリオレウスの牙はまだボクに致命傷を齎していた訳ではないけど……あの状況から助かることはまずないと思う。

 

もし仮にボクが本当に死んだのならば、こうして今立っているボクは一体何者なのだろう……?

 

そもそも本当に死んだのだろうか……?

 

 

 

視界が暗転する直前に、少し声が聞こえた気がする。確か「涙」とかなんとか。澄んだ良い声だったのは確かだ。

ならばこれは、転生特典の能力の一つ?

 

 

もしこの現象が転生特典によるものだと仮定すると、実を言うとこの場合、この状況では二つのタイプの能力が考えられる。

 

一つは文字通り「時間を逆行する能力」。

ただし発動条件が死ぬほど(物理)難しいタイプだ。少なくとも任意発動は出来ない。聞こえた声から考えると条件は「涙」?

 

もう一つは「最悪の未来を想定する能力」。

つまり、先程までのリオレウスに喰われるまでの一連の流れは、言うなれば「予知夢」のようなものであるというものだ。

 

 

どちらにせよ有用ではあるが、ロクな能力では無い。

控えめに言って胸糞系だ。

 

 

しかし、この状況において、ある程度未来のことを予測できるというのは、大きなアドバンテージになり得る。そう考えればありがたい能力でもある。

さて、いつまでも呑気にこうして考えているわけにはいかない。早く行動を起こさなければさっきの二の舞だ。

 

 

……ちょっと待て。なんで今ボクはこんなに冷静な思考が出来ている?死ぬほどの痛みに、死ぬほどの恐怖に晒されたはずなのに、何故こんなにも精神状態が正常なんだ?

 

いや、今考えるべきところはそこじゃ無いよな。

 

 

歩みを進めながらも、対策を練る。

まずはここから起こる未来の整理だ。

 

残り30メートルとなった時点で、ランポス達が入ってくる。これは恐らく変えられない未来。

そしてランポス達はボクを見つけたら間違えなく襲ってくるだろう。これもたぶん変えられない未来。

そして、応戦した結果、リオレウスが目覚めてしまう。なんでこんなに寝付きが悪いのかはわからないが、これも変えられない未来だろう。

 

 

……どうするんだこれ?

 

多少歩みを早めてもランポス達に近付くだけ、今から全力で走ると例えギリギリでリオレウスから逃れたとしてもランポス達に真正面からかち合うことになる。

 

 

本当は誰にも気付かれることなく進みたいのだが、どうやらそれは無理そうだと思う。

どうせ気付かれてしまうのならば、恐らく脱出のための理想形はこうだ。

 

リオレウスにランポス三匹を殲滅させる。

ランポス達がリオレウスを引きつけている間にボクが洞窟外に脱出する。

 

言うは易し行うはなんとやらだね。

 

 

出来れば一発で決めたいが、状況整理に時間を食ってしまった。

しかし、だからと言って焦って失敗するわけにはいかない。

 

もしこの能力が「最悪の未来を想定する」という能力の場合、恐らくやり直しは効かないし、「時間を逆行する」という能力であっても、回数制限や発動条件があるかも知れない。

 

 

それに、人生普通死ぬのは一度っきりで十分すぎる。

二度と死んでやるものか。

 

 

 

 

…………ジャリ

 

残り30メートルの地点で、足音が鳴った。ランポス達が来たようだ。

 

ランポスが襲いかかって来るよりも前に、ボクが逆にランポスに襲いかかる。想定外の存在から想定外の奇襲を受けた戦闘のランポスは、対応が遅れてボクの回し蹴りをもろに喰らい、「ギャアッ!?」と悲鳴を上げながら大きく仰け反った。

だが、ランポス達の対応力の高いこと。後ろの二匹が即座にボクを敵と判断し、一匹は正面から、もう一匹は後ろに回り込んで襲いかかって来た。

 

そのパターンはもう見た。

 

ボクは頬に鉤爪を掠らせ、血を流しながらも正面のランポスの懐に回り込んだ。そして、首根っこと腕を掴み、脇に肘を差し込み、足を払って腰に乗せ、背負い投げの要領で背後から奇襲しようと迫っていたランポスに正面のランポスを投げ落とす。

 

二匹のランポスが絡み合い、上手く起き上がることが出来ない。

 

ボクはその隙に洞窟の外へ出ようと走り出す。

………が、急ブレーキをかけて踏み止まった。

 

 

ドォォオオンッ!!

 

 

目の前で赤き火球が爆ぜる。

爆炎が肌の表面をチリチリと焼き、熱風が頬を撫でた。

 

あと数歩前に出ていたら、或いは、あのまま走っていたら、ボクは炎に包まれて上手に焼けました〜♪になっていたことだろう。

そう考えると頬を冷や汗が伝い、背筋に悪寒が駆け抜ける。

 

まだ、地面についた火は消えていない。

だが、ボクは敢えてここを渡る。

 

そりゃあ大層熱いだろうが、入った途端即死するような高温の炎では無い。それはあくまで火球の本体のことであって、この残り火にはそこまでの熱量はない。

そして、生物は本能的に火を恐れる。つまりこの火を越えれば、少なくともランポスは追ってこないのだ。

 

 

思考は一瞬。ボクは燃え盛る炎を飛び越えた。

全身を熱が包み込み、至る所から危険信号が痛みという形で脳を激しく刺激する。目は開けてられないし、息を吸うなんて以ての外だ。

 

だが、そんな苦痛も長くは続かなかった。

すぐに火を抜けたボクは、そのまま一目散に洞窟の外目掛けて駆ける。リオレウスは、殺さないでおいたランポス達を仕留めているため、その脅威はボクには届かない。

 

全身が痛む。

筋肉が悲鳴を上げる。

それでも、ボクは、ここから出なくてはならない。

人がせいぜい二三人通れるかどうかという狭い隙間に、飛び込んだ。

 

 

日の光が差した。

 

「森丘」エリア4。

少々の段差はあるものの基本的には平和で安全な広場。

空は見事な快晴で、雲一つない晴空の中に、太陽が燦々と輝いていた。

 

ランポスはリオレウスの手によって全滅。そして、リオレウスは巨大なので空を飛ばなければ外へは出られない。流石にそこまでしてボク如きを追って来るほどリオレウスも暇では無いだろう。

 

こうしてボクは、ようやく数多のハンターの心にトラウマを刻み込んだ地獄のエリア、エリア5からの脱出をはたし………、

 

 

 

グシャッ!!

 

 

 

身体に、鈍い衝撃が走った。

前から蹴られ、背中から僅かしか草の生えていない岩の地面の上に倒れこむ。それによって肺の空気が無理やり押し出され、苦痛に噎せ返った。

 

 

ボクの体が、何者かによって押し倒される。

 

いや、何者か、などでは無い。青と黒の縞模様、真紅の鋭い鉤爪、ランポスよりもさらに二回り程大きい体躯、頭頂に誇る尖った真紅の鶏冠。

 

 

それは、忘れるはずもない。ランポスの主。

 

全長にして7メートルを超え、大きいものでは10メートルもの巨体を誇る、青き狩人。

 

その名は、ドスランポス。

 

 

 

ドスランポスが、ボクに向けて口を開いた。

ボクはドスランポスを退かそうともがくが、少し暴れるたびにドスランポスの足の爪が腹に食い込み、激痛によって思うように動くことが出来ない。

 

ドスランポスの口が、すぐ目の前に迫っている。

それが異様にゆっくりと感じるのは、ボクに死が迫っているからなのか、それとも本当にゆっくりなのか……。

 

わからない。

 

ただ、ドスランポスの牙が、ボクの体に食い込んだ。

 

 

ドクン…ドクン…ドクン…ドクン

 

鼓動を刻むかのように、痛みが波状になって押し寄せる。

喉の奥が血で満たされ、噎せ返って口から血を吐き出す。呼吸がままならない。

視界が真っ赤に染まり、声にならない絶叫を上げる。

 

肉がすり潰されるような、生理的嫌悪感を誘う音と共に、薄い皮膚にドスランポスの爪が突き刺さり、腹が切り裂かれ、臓物を引きずり出され、ボクは着々と死に近付いていった。

 

 

早く……戻れ!早く!時間よ!……戻れ………早く……戻って…くれ……痛い……い…たい………こ…わ…い………

 

 

もはや僅かな望みに、苦痛からの解放に、縋るしか無かった。

思考はどんどんと、直接的な死への恐怖へと塗り替えられていく。

 

 

 

【「悔恨の涙」を発動します。……諦めないで、きっと貴方なら切り抜けられるわ。】

 

 

頭の中で、澄んだ声が響いた。

それは、一度目と同じ、綺麗な女性の声だった。

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

世界は、再び暗転した。

 

 

 

 

 

 

………ポキッ

 



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第4話、最も長い通路!part4〜40mの攻防!後編〜

……目が覚めた。

 

 

もはや説明するまでも無いだろう、「森丘」エリア5だ。

 

どうも不思議な感覚だ。さっきまではあんなに怖かったし痛かったのに、今は異様に心が落ち着いている。

恐らく身体だけではなく、心の状態まで元に戻っているのだろう。

おかげで冷静に思考が出来るが……あんまり嬉しいとは思えない。

 

恐らく、ボクの持っている能力は「強い後悔の涙を流すと時間を逆行する」というものだろう。

当然任意では発動出来ないし、発動にはそれ相応の苦痛が伴う。

 

それに、恐らく後悔する暇も無く殺されれば、発動すらしない。普通に死亡するものと思われる。

まあ、「死に戻り」の下位互換汎用型といった感じか。

 

それに、恐らく無限に戻れるものでは無い。

例え深層意識下であっても「どうせ戻れるから死んでも大丈夫」という感情を抱いてしまえば、多分この能力は発動しない。

つまり「死に戻ることに慣れてはいけない」のだ。

 

実際、1回目と2回目では、戻るまでの時間に明確な差があった。

そしてそれは恐らく、死を繰り返すごとに長くなる。

 

そう、ボクの心が乾いていくのと一緒に…。

 

 

 

さて、さっきよりも難易度が上がった。

 

障害はリオレウス、ランポス、ドスランポスだ。

リオレウスとランポスが回避できることは立証済み。後はいかにしてエリア5を出た途端に待ち構えるドスランポスをいなすかだ。

 

 

自分の能力で何か使えそうなものは?

そう思い、考えていると、どうやら自分の能力についてある程度知ることが出来るらしいという事に気が付いた。

ちなみに「処女の涙」については終始説明がよくわからなかった。

 

 

奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)」はどうやら相手を殺すかまたは行動不能にしないと意味が無いようだから、この場面ではそこまで役には立たないかも知れない。

……いや、使い道はあるな。

 

禁忌の変質者(キメラ)」の発動にはエネルギーを使う。つまり腹が減る。これ以上腹が減ったら流石のボクも死ぬ。だから今は使うことができない。恐らくこれが純粋戦闘系転生特典と見られるので、非常に残念である。

 

悪魔の誘惑(マインドコントロール)」は相手の頭に触れる必要がある。それも数秒間必要らしい。リオレウスやランポスの頭に数秒間触れる?普通に死ぬだろ。

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」は本家紅瓢とは違い、そもそも死骸やその他様々な素材を入れて改造したりする能力だ……あ。

 

あああ!あああああああああったぁぁぁぁっ!!!

 

 

 

勿論、声には出さない。

 

…足元を見つめる。

地面に無数に散乱する骨の破片。

飛竜の王によって抵抗虚しく貪られた者たちの残骸だ。

 

つまり死骸である。

ここにはそれが無数に存在するのだ。

寧ろこれほどまでに「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」が活躍しそうな環境があろうか。

……「竜ノ墓場」とか?絶対に行く気は無いけど。

 

…今のがフラグにならない事を切に願う。

 

 

 

ゆっくりと身を屈め、なるべく音を立てないように骨を拾い集める。ランポス達の襲撃まではまだ2分くらい時間があるはずだ。

 

………どうやって使うんだ?

 

そう考えた途端、目の前に一抱えほどもある真っ赤な壺が現れた。

あまりに唐突だったため驚いて声を上げそうになるが、それはなんとか抑えた。

 

……本当に何も無いところから現れたな。さっきまでこの空間にあった空気とかはどうなったんだろう?下手すると一瞬だけ気圧が無限に増加してブラックホールとか出来ちゃう可能性がなきにしもあらずなんだけど?そうでなくとも大爆発だ。

うん、転生特典ってよくわからん。

 

取り敢えず、壺の中に集めた骨を入れて行く。

骨は壺の中に入った瞬間に闇に溶けるかのように消えていき、どれだけ入れても壺が一杯になることは無かった。

 

ちなみに試しに手を突っ込んでみたけどただの壺だった。不思議だ。

 

 

取り敢えず、全ての骨を入れてみたが、いったい何が作れるのだろうか?できればこの状況を打開できるものをっ!

 

生産品目は壺の側面に表示されるらしい。

 

 

・・・

 

朽ちたボーンククリ(劣化型)

なぞの骨

竜骨【小】

 

・・・

 

……。

 

ハズレか。

「朽ちたボーンククリ(劣化型)」とかただでさえ弱いボーンククリを更に二段階も落としてあるじゃないか!使えるかそんなもの!

「なぞの骨」や「竜骨【小】」を作っても意味が無いし…。

 

 

結局「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」もこの状況を打破するのには使えなかった。

多分これは飛竜なんかの高等モンスターの死骸を使わないとあまり意味が無い能力なんだと思う。

 

ちなみに壺を仕舞おうとしたら何も無いところに消えていった。

…真空空間はできていないようだ。いったいどうなっているのやら。

 

 

 

さて、結局無駄足に終わってしまった。

ランポスが来るのはもうすぐだ。

 

 

 

………ジャリ

 

ほら来た。

 

 

今度はランポス達と戦うのではなく、逃げるようにランポス達から距離を置いてみる。もちろん、背中を向けて目を離すような愚行は冒さないが…。

行動を変えれば自ずと結果も変わるものだ。

 

ランポス達はすぐにボクの存在に気が付き、ここが飛竜の巣であることも忘れて襲いかかってくる。

ただ目の前の欲求に駆られたランポス達の動きは直線的だ。囮になったり、後ろに回ったりなどという理知的な行動はとらず、ただただ目の前の餌を追いかけるために走る。

 

 

……今だ。

 

 

ランポス達がボクを追ってリオレウスの目の前を通り過ぎる直前、ボクはリオレウスの頭目掛けて「朽ちたボーンククリ(劣化型)」を投げつけた。

 

ただでさえやたらとすぐに目覚めてしまうこのリオレウスのことだ、超がつくほどのなまくらとはいえ一応は武器に分類される「朽ちたボーンククリ(劣化型)」を弱点である頭部にぶつけられれば、即座に反応する。

 

先程二回で思ったというか気付いたことなのだが、このリオレウス、寝起きのほぼ脊髄反射で、とにかく音のする方向へと適当に火球ブレスを放っている。

そんな適当に放った火球ブレスでしっかりと命中するのはさすがと言おうか……。

 

そして、今まではただのボクとランポス達との戦闘音で起きてしまっていたリオレウスが、もしも自分に対する攻撃(ダメージは殆ど無いが)で起きたのなら?

……それはそれは御機嫌が麗しゅうなくなるだろう。

 

 

そして、今この瞬間、リオレウスの目の前にいるのは、ランポス達である。

 

 

ドドォォンッ!!!

 

爆音が洞窟内に木霊すると同時に、先頭のランポスが炎を纏いながら吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられて燃え尽きる。

 

 

そんな先頭のランポスの惨状に、驚くと同時にここが飛竜の巣であることを思い出した後ろの二匹は、足で急ブレーキをかけて立ち止まり、洞窟の外へ逃げ出そうと走り出す。

しかし、リオレウスがそれを赦さない。逃げるランポス達の目の前に火球ブレスを着弾させ、退路をいともあっさりと塞ぐと、二匹の内一匹の首を咥え、それを振り回して残ったランポスを薙ぎ払って吹き飛ばし、洞窟の壁に叩きつけた。

 

リオレウスの口に咥えられているランポスは既に首の骨を折られて絶命しており、リオレウスが口を離すと同時にズルズルと力無く地面に崩れ落ちた。

 

壁に叩きつけられた最後のランポスは、それでもまだ死んではいなかったのか、なんとか起き上がり、この惨状から抜け出そうとエリア4側の出口へ走る。だが、そんなランポスは非情にもすぐ近くに迫っていたリオレウスの毒を含んだ鋭い脚の鉤爪に押さえつけられ、毒と傷と重みによって間も無くその生涯を閉じることとなった。

 

 

あっさりとランポス達を絶命させたリオレウスは、当然そのままボクも殺そうと後ろを振り返る。

 

しかし、ついさっきまですぐ後ろに気配を感じていたボクは、既にそこにはいない。

否、本当は確かにボクはリオレウスのすぐ後ろにいるのだが、ボクがあまりにも小さ過ぎて(・・・・・)リオレウスの目を以ってしても見つけることができていないのだ。

 

いや、例え今のボクの姿に気が付いても、恐らくリオレウスは気にも留めないだろう。

 

その理由は簡単だ。

 

何故なら、巨体を持ち、肉食である空の王者、火竜リオレウスは小さなキノコの存在(・・・・・・・・・)など、到底眼中に入るはずもないのだから。

 

 

 

転生特典の一つ、「奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)」は、自らが殺傷あるいは行動不能にさせた、その他一定条件を満たした生命体の、記憶、姿、そして存在を奪うという最悪系能力である。

 

 

そしてボクは、エリア6にてアオキノコを食べていた。

 

「摂食」というのも「姿」を奪う条件に入っている。

結果、ボクは小さなアオキノコに化けることが出来るようになったのである。

 

 

当たり前であるが、この姿をしている間は行動できない。

そのため、リオレウスの動きを観察し、ここぞというタイミングで変身を解いて出口まで走らないといけない。

 

ボクの姿を見失ったリオレウスは、やや不満げながらも渋々と自らの寝床へ向けて歩いて行った。

 

ボクの現在の地点は、出口まで25メートルといったところ。

リオレウスが寝床へ戻る時、必ずボクに背を向ける形になる。その時を狙って、エリア5から脱出するのだ。

 

 

……今っ!!

 

リオレウスの尻尾がボクの真上を通り過ぎたその瞬間、変身を解除し、人間の姿へと戻って出口に向けて一目散に駆け抜ける。

 

当然リオレウスもボクの気配に気付き、即座に振り返ってボクの存在をその双眸に焼き付けると、後ろからドスドスと轟音を立てて猛然と追い縋って来た。

その速度は人間であるボクよりもずっと速い。追いつかれるまで幾ばくもない。

 

背後から感じる威圧感。

音と共に迫り来る死の巨体。

 

それでも、後ろを振り返らずに、駆け抜ける。

 

 

 

 

 

…頼むっ!間に合ってくれ!!



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第5話、最も長い通路!part5〜40mの攻防!決着〜

 

出口まで残り約20メートルの地点で、リオレウスの吸い込むような青い瞳がボクの姿を捉え、そして忌むべき侵入者を駆逐せんと追い始めた。

 

その巨体から生み出される速度は凄まじく、ボクとリオレウスの差はあっという間に縮まっていく。実際に振り返って確認した訳ではないが、だんだんと大きくなる足音が、自らの命のカウントダウンが秒読みで短くなっていることを教えてくれていた。

 

リオレウスの速度、体重で激突されれば、ボク如き矮小な存在は成す術なく即死するだろう。まして今のボクは殆ど裸。完全に防御力ゼロである。吹っ飛ぶどころか掠りでもしたら身体が粉々にされてしまう。

 

 

最悪の事態が脳裏をよぎる。

それでも、ボクはその幻想を打ちはらい、ひたすらに出口目掛けて駆け抜ける。

 

リオレウスが火球ブレスを使わずに追ってくるかどうかは完全に賭けだった。

しかし、一説によるとリオレウスはブレスを吐き出す際に自らの喉も同時に焼いてしまっているらしい。脅威的な再生能力によって焼けた喉もすぐに再生するので損傷はさほどでもないが、だからと言って明確な危機でもない相手にバンバン……具体的には連続で3発以上は吐かないだろうという、希望的観測という誹りを免れないような単なる予測だった。

 

ただ、非怒り状態のブレス頻度から考えれば、ありえない話ではないという程度の……。

 

 

だが、実際、リオレウスはブレスを使わず、その足でボクを追って来た。

もちろん、ボクがリオレウスにとって明確な脅威であるならば、迷わずブレスを放って来たことであろう。しかし、彼にとってボクは、「巣の中に迷い込んだ哀れで弱い生き物」だ。

 

殺そうとしている理由も、食べるためでも生きる為でもなく、ただ自分の巣の中で目に付いたからという程度のもの。追い払えば問題ない話であり、殺し切らなくてもリオレウスにとり大きな損害が生じるものでもない。

 

 

故に、そこにつけいる余地がある。

 

 

すぐ後ろに迫るリオレウスに、ボクは「朽ちたボーンククリ(劣化型)」の()を投げ付けた。

 

後ろも確認せず放り投げたといった感じだが、どうやら運良くリオレウスの顔面に命中したらしい。

この状況で反撃されるとは思いもしなかったリオレウスは、わずかに歩みを遅らせた。

 

 

 

そして、出口までの距離は、残り5メートル。

 

……リオレウスの頭との距離、恐らく1メートル未満。

 

 

 

迷わず光に向かって飛び込んだ……。

 

 

 

 

ズガガガガァァァァァアアアンッッ!!!

 

 

 

リオレウスの巨体が洞窟の壁にぶつかる凄まじい轟音をバックに、ボクの体は砕け散った無数の岩と共に投げ出される。

リオレウスは口をグパッと開き、ボクの足を咥えんと牙を剥く。

 

 

そして、リオレウスの口に整然と並ぶ牙が、ボクの足を咥えこもうとして…………、

 

 

あと1センチというところで、リオレウスの体がピタリと止まり、結果、その牙がボクに届くことは無かった……。

 

 

 

本当にギリギリだった。

このリオレウスがあと一回り小さかったら、或いは大きかったら、ボクの動きが一瞬でも遅かったら、洞窟が少しでも広かったら、投げ付けた盾がリオレウスの顔に当たっていなかったら……ボクは足を咥えられ、巣の中に引きずり戻されていたことだろう。

 

 

 

だが、事実、ボクは無数の偶然の上で、命をギリギリで掴み取ることに成功したのだ。

 

ボクはすぐに起き上がり、どうやら岩に引っかかったようで抜け出せていないリオレウスの頭に触れた。さっきまで自らを殺そうとしていた強大な存在の頭に触れるのはそれは恐ろしい。だが、そうしないと死ぬのであれば、迷いはない。

 

そして、神から授かった(と思われる)転生特典を発動する。

 

 

 

悪魔の誘惑(マインドコントロール)

 

 

 

《さあ、目の前の敵が隙を晒しているぞ、今がチャンスだ!ブレスを放てっ!焼き尽くすのだ!》

 

 

ボクの能力によって囁かれた「悪魔の誘惑」を聞いたリオレウスは、その言葉に従い、"目の前の敵"であるボクを焼き払おうと口内に炎を滾らせながら大きく息を吸う。

…それは、典型的な火竜のブレスの予備動作。

ゲームの中で、何百、何千と見て来た動き……。

 

 

三、二、一、…………っ!!

 

 

予備動作からブレスの吐かれるタイミングを計る。

そして、ブレスがリオレウスの口内から解放されるその瞬間、ボクは素早くアオキノコへと変身した。

 

 

結果、ボクが急激に縮んだことによって目標を見失った火球は、そのままボクの真上を素通りし………

 

 

……青い巨体に衝突して、爆ぜた。

 

 

リオレウスの火球によって吹き飛ばされたドスランポスは、そのまま段差を落下し、茂みの中へと倒れ込んだ。

当然茂みの葉にも炎は燃えうつり、ドスランポスの全身を高温の炎が包み込む。

 

空腹によって弱っていたドスランポスは、火球が直撃した衝撃から復帰できず、そのまま高温の炎に包まれ続け、熱せられた空気を吸ってしまった影響で肺を焼かれ、やがてピクリとも動かなくなった。

 

 

…ドスランポスも処理。

 

 

もともと、このドスランポスは……いや、ランポスの群れ全体は、総出でここに来るほど、切迫詰まっていた。

まるで、火竜の近くにいた方が、かえって安全だと言わんばかりに…。

 

恐らく、リオレウスの寝付きがやたらと浅かったのも、機嫌が悪かったのも、同じ原因だと思われる。

 

 

何かに警戒していた?

 

番いの火竜が、警戒するほどの相手?

 

 

 

わからないが、取り敢えずリオレウスにかけた「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」は一時的に解除しておく。解除自体は、ノンタッチでも可能らしい。

変身を解いて人間の姿になった瞬間また火球を放たれたらたまったものでは無いからね。

 

相手がいなくなったことに気が付いたリオレウスは、取り敢えず自らが放った火球が(・・・・・・・・・)新たに侵入しようとしていたドスランポスに命中したことに満足し、自分の寝床へと戻っていった。

 

 

………

 

 

リオレウスが完全に眠りについたことを確認し、ボクは変身を解除してリオレウスに気付かれないようそっとエリア4へと脱出した。

 

 

段差から飛び降りる。

意外と高い段差のため、飛び降りた瞬間、ジーン…と膝が痺れるような痛みを感じたが、それも数秒後には元に戻り、ボクは歩き始めた。

 

すぐ横には、焼け焦げた茂みとドスランポスの死骸。

……棚ボタである。

 

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」を発動し、手元に赤い壺を召喚する。

そして、まだ少し熱いドスランポスの巨体を、壺の中に突っ込んだ。

 

その途端、ドスランポスの巨体が吸い込まれるように赤い壺の中に入っていき、やがて始めから何もなかったかのように壺の闇の中へと消えた。

どうかんがえても壺のサイズ的にドスランポスの体は入らないのだが……本当に不思議だ。

 

というか、死骸を吸い込む時だけ本家紅瓢にそっくりだな。

 

 

 

さて、何か作れるようになったかな?

 

・・・

 

焦げたドスバイトダガー(劣化型)

焦げたランポスクロウズ(劣化型)

ランポスの大皮

ランポスの大爪

ドスランポスの頭

レッドフィン

改造ドスランポス(劣化型)

 

・・・

 

つまり、新鮮な素材を要求すると…。

ちょっと一番下に途轍もなくヤバそうな記述があるけど、これは無視するとして…。

 

見たところ、一匹の、それも損傷した素材だけだと、構造が複雑な操虫棍の「青の銃剣」やボウガンの「ショットボウガン」、それにサイズが大きい大剣の「蛇剣」や狩猟笛の「ドスランポスバルーン」なんかは作れないらしい。

構造が単純で小さい双剣や片手剣でも二段階劣化型だが。

 

勿論、他にも解放条件などがあるのだろう。

 

 

それから、投入したものを素材に変換することもできるようだ。骨を突っ込んだ時には「なぞの骨」や「竜骨【小】」が候補に出ていたし。

 

 

便利な能力と言えなくも無いが……、強さが無い。

言ってみれば支援系の能力だ。

 

まあ、収納ボックスとしては有能かな?

 

 

 

さて、ドスランポスの死体も手に入れたことだし、さっさと行動を起こすとしよう。

……そろそろ空腹が天元突破しそうだから。

 

 

ああ、ハンターさん。可愛いボクがお腹を空かせているよ、助けに来て……!

 

 

などという冗談はさておき、このままベースキャンプに向かうか、それともサシミウオを取りに行くか……。

アオキノコが食べても大丈夫だと判明した今、サシミウオを取りに行くのはそこまで急務では無くなった。

 

 

それにしてもエリア4、平和だなぁ。

モンスター一匹いない。

いや、ついさっきまではランポス達やドスランポスがいたんだっけ?

 

……まあ、それでも、あの生きるか死ぬかのギリギリのラインをタップダンスで探すようなあのエリア5よりはずっと安全だよ。

それでも、油断してはあげないけどね。

ここで油断できるほど死んで無いよ?

 

 

 

………、

 

エリア5を振り返る。

雲一つない空に、燦々と輝く太陽が、緑の大地を優しく照らす。

そして、その奥にポツンと存在する、小さな横穴。

 

既に、その洞窟の内部の様子を窺い知ることは出来ない。

 

 

……短いようで、途轍もなく、途方もなく長かった。

時間的にも、距離的にも。

 

そしてそれも、ようやく終わりを告げたのだ。

ボクは無事、エリア5から脱出することに、成功したのだから。

 

 

 

「最も古いトラウマクエストの聖地、「森丘」、エリア5……か。」

 

 

ようやく、ため息を吐くことができた。

 

 

「………はぁ。その名前、伊達じゃあ無かったよ………まったく。」

 




未だ嘗てエリアを一つ移動するのに6話も使用したモンハン小説が存在しただろうか?(あるかもしれない)

なお、本章のタイトルは【ボクの最も危険な森丘!】である。
つまり……


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第6話、森丘のデンジャラスレディー!part1

人間転生や、非最強系主人公の作品が増えてくれることを、切に願う。
でも星焔竜は好き。




エリア4を抜けた。

エリア3は「森丘」の中でも最も多い四つのエリアと隣接しているフィールドで、その関係上多くのモンスターが現れやすい。

 

当然細心の注意を払って歩みを進める。

 

 

ここでボクは選択を迫られる。

即ち、サシミウオの漁れるエリア11に繋がるエリア10方面に行くか、ベースキャンプに繋がるエリア2方面に行くか、という選択である。

 

………よく考えたらベースキャンプでも魚は漁れるよな。

 

しかし、距離的にどちらが近いかといえば、当然エリア11の方が近い。それに、ベースキャンプに向かうために通るエリア3もエリア2も大型モンスターがよく出現する比較的危険な地である。しかも隠れる場所が少ないため、極力そっち方面には行きたく無いというのが正直なところだ。

 

ただ、ベースキャンプに帰る道は一つではない。エリア9を通ってエリア8、エリア1と、大型モンスターが出現しにくいエリアだけを通ってベースキャンプに向かうこともできなくはない。

 

……どうするべきか。

 

 

ローブを羽織り直しながら思案する。

……そう言えばこのローブも不思議だ。アオキノコに変身した時は何故かボクの体と一緒に消えている。ひょっとしてこれもボクの身体の一部として扱われているんだろうか?

まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 

ボクの空腹もそろそろ限界だ。

道中アオキノコと、薬草らしき草(苦かった。不味かった。)を食べながら飢えを凌いでいたけど、やっぱりタンパク質を摂りたい!いや、そんな選り好みはしないから、腹に溜まるものを食べたい!

と、思ってしまうのだ。

 

 

……空腹から始まる物語……か。

懐かしいワードが思い出されるなぁ。なんだったっけ?ココット村の村長のセリフ……

確か……そう、ハラヘットンナ。

 

「……アウィラ・タゴノ・モゥラミジャ・ハラヘットンナ。」

 

 

【ザザ(ザザザザ)…◼️◼️…(ザザ)……ザザザ……ピー………◼️◼️◼️を…(インストール)…しました。】

 

 

懐かしさのあまり、モンハン界で有名なあのフレーズを呟いたその瞬間、頭の中に何か機械音声のような音が聞こえた気がした。

でも、あまりに不鮮明で小さかったから、多分気のせいだと思う。

 

自分が置かれたあまりに異常な状況に、とうとう幻聴が聞こえるようになった?

……悲しき哉。あり得ないとは言えない…。

…まあいいか。

 

 

 

 

さて、考えていても仕方がないから、取り敢えず周囲の状況を確認して……、

 

 

……っ!!

 

 

その竜の存在に気付いた瞬間、ボクはすぐに岩陰に身を隠し、息を殺して気配を消した。なんかココ数時間で物凄く気配を消すのを上手くなった気がするけど……気のせいだよね!うん!

 

岩陰から顔だけを出し、その姿を確認する。

 

リオレウスよりもさらに一回りほど大きな巨体と、周囲の環境に溶け込む深い緑色の甲殻。

尻尾と背中には棘が生えており、姿こそリオレウスに似ているものの、彼よりも更に全体的に重々しく、そして刺々しい印象を受ける。

 

それは、空の王者、リオレウスと対を成す存在。

あらゆるハンターに、高く分厚い壁として立ちはだかる、上位存在。

 

その名も……

 

 

陸の女王、雌火竜リオレイア…

 

 

「レイア女史」として、ようやく自信を付けてきた多くのハンターの鼻っ柱を全身全霊で粉砕してきた、悪夢の飛竜……。

それが今、ボクの前に、顕現せし悪夢として、立ちはだかった。

 

 

 

幸いなことに、リオレイアの方は岩陰から覗いているこちらには気付いていない。

リオレイアの現在地はエリア3の中でも比較的エリア2に近い場所だ。対してボクの現在地はエリア4から出たばかりの地点となっている。まだ見つかるほど接近はしていない。

 

 

そして、その瞬間に、先ほど悩んでいた二択は解決する。

 

やっぱりエリア2からベースキャンプに向かうルートは無しだ。リオレイアの目の前を通ることになる。

 

 

となると向かう先はエリア9か10となる。

悩んでいる暇は無い。こうしているうちにもリオレイアが気まぐれを起こしてこちらに向かってくるかも知れないのだから。

 

 

よし、エリア10へ向かおう。

 

 

そう決心したボクは、岩陰から立ち上がり、エリア10に向けて、リオレイアに自分の存在を気付かれないよう出来る限り気配を殺して歩きだした。

リオレイアがこちらを向いていない時を見計らって一気に駆け抜けるべきだろう。

 

まだ。まだだ。

まだほんの片隅とはいえリオレイアの視界に入っている。飛竜は……否、肉食動物は動くものに敏感だ。この状態で走り出したら間違えなく確実に発見され、標的にされるだろう。

 

 

リオレイアがボクに対して横を向けた。

そのおかげで、リオレイアの頭から尻尾までの全貌が露わになる。

 

ボクとリオレイアの距離はかなり離れている。だがしかし、その巨体から醸される迫力は距離など関係ないと言わんばかりにこの身に襲いかかってくる。

 

息を飲む。

 

……やはり、デカイ。

 

もう彼女の視界にボクの存在は入らないだろうが、それでもまだ保険をかけておきたい。できれば背を向けてくれるまでは待ちたい。

 

 

 

……そして、とうとうリオレイアが、ボクに背を向けた。

 

 

今っ!

 

その一瞬の隙を見計らい、エリア10までの道のりを全速力で一気に駆け抜ける。エリア3にポツンと立っている木の横を駆け抜け、エリア10への道へと一気に突き進む。

 

…ふっ、「森丘」エリア5に比べればだいぶイージーモードだ。

 

 

走り出し、タイミング、全てが完璧だった。

 

……ただ、その慢心が、致命的なミスを生んだ。

もう少し足元に注意していれば、起こらなかったであろうミス。

 

 

 

ボクの目の前で、地面が突如として盛り上がる。

全速力で走っていたボクは、あまりに唐突かつ予想外の事態に、対応しきることができなかった。

 

結果、ボクは盛り上がった地面に足を取られ、前のめりに転倒した。

 

 

 

……ドサッ!!

 

 

「うっ!?」

 

 

全速力で走っていたために、それだけの力で地面へとダイブする事になったボクは、思わず苦悶の声を上げてしまった。

そしてそれは、女王に、ボクの存在を知らせるには、十分すぎる音だったのだ…。

 

 

口に入った土をペッと吐き出し、痛む身体に鞭打って無理やりに起き上がる。転倒の衝撃で肺の空気を急激に押し出された影響なのか息が整わず、フラフラと倒れこみそうになるのを必死で抑え、立ち上がった。

 

しかしそれでもやはり膝に衝撃が残っていたのか、ガクリとバランスを崩してしまい、今度は抑えきれずに地面に膝をついた。

 

 

 

……その直後、ボクの頭上スレスレを紅蓮の火球が高速で通過した。

 

 

高温が頭上を炙り、髪を僅かに焦がす。

 

火球が通り過ぎたのだから熱い筈なのに、背筋は凍るように冷たく、流れる汗は冷や汗ばかりだった。

 

ボクの頭上を通り過ぎた火球は、そのままボクの目の前で爆ぜ、草木を焼き尽くした。

……あのまま立っていたら、あのように焦げていたのはボク自身だった事だろう……。それを想像すると武者震いでもなんでもない純粋な恐怖による震えが込み上げ、膝がいっそ面白いくらいに笑った。

 

ギギギギギ……と、まるで油が切れたブリキ人形のようにゆっくりと後ろを振り返る。

すぐ目の前には、全身に付いた土を振り落とすブルファンゴ。こいつがどうやらボクが躓いた原因らしい。

そして、その遥か向こう側には……

 

 

口元から煙を上げながら、橙色の双眸でじっとこちらを睨み付ける、陸の女王がいた。

 

 

 

「グギャオォォォォォォァァァァッ!!!!」

 

咆哮が、「森丘」に木霊した。

リオレイアとボクとの距離はかなり開いている。開いている筈なのに、その轟音はボクの鼓膜を激しく震わせ、音というよりは衝撃波としてボクの体を穿つ。

 

目の前にいたブルファンゴも、地中から飛び出した瞬間にリオレイアの怒気に晒され、逃げるように何処かへ走り去っていった。

 

しかし、ボクは未だリオレイアの咆哮の影響を受け、その場から動くことが出来ないでいた。

そして女王は、その隙を逃しはしない。

 

 

緑色の巨躯が新緑の大地を猛然と駆け抜け、リオレウスをも上回る速度で迫り来る。

リオレウスの異名は「陸の女王」。その名の通り、地上戦に特化している。中でも突進は一番の脅威として知られており、数多のハンターを屠ってきたその威力は、凶悪としかいいようがない。

 

それにリオレイアの体重はリオレウスよりもかなり重い。さらに、地上に於ける足の速さもリオレウスより優れており、こと突進の威力に関しては、対となるリオレウスよりも遥かに格上。

一部のハンターからは、リオレウスよりも強いとさえ言われる。それが「陸の女王」リオレイアだ。

 

 

リオレウスの風格が空を舞ってこそ発揮されるのであれば、リオレイアの風格が発揮されるのはその両の足を地につけた時。

 

緑色の甲殻は、自然に紛れるためのものではない。

それは、自らが自然と一体化し、自らの領域として大地を支配するための色なのだ。

そう、ここは、既に女王の支配領域ということである。

 

 

咆哮の拘束が解けてなお、ボクは動けなかった。

雌火竜の、その圧倒的風格に飲まれて……。

 

 

結局、ボクがようやく動けるようになった頃には、両者の距離は10メートルを切っていた。

10メートル。エリア5ではあれほど長く感じられた距離も、今は信じられないくらい短い。

 

 

キノコに変身しても無駄だ。それこそリオレイアに踏み潰されて終わるだけだろう。

ボクはただ我武者羅に、必死に、横へと跳んだ。

 

 

リオレイアの足がすぐ後ろを通過する。翼は頭上スレスレを通り、それらに追従するように通過した尻尾が、僅かにボクを掠める。

 

そう、それは、ただ僅かに掠めただけであった。

リオレイアが意図したわけではない、事故のような一撃だった。

 

それでも、その衝撃にボクの体は易々と吹き飛ばされ、緑の地面をゴロゴロと転がる。

 

 

視界が真っ赤に染まる。

呼吸がうまくいかない。

全身を鈍痛が襲いくる。

視界が定まらない。

 

 

足を止めた女王は、そんな様子を、観察するように見ていた。

或いは、脆弱な敵を、見定め、甚振るかのように……。

 

 

 

痛い。苦しい。何故上手くいかない。納得できない。死にたくない。

 

 

……でも。

 

 

 

 

でも、時間は、巻き戻らない。

 

……笑う。

 

 

リオレイア、この程度じゃボクは、泣かないんだよ?

 



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第7話、森丘のデンジャラスレディー!part2

少ーしずつ少ーしずつお気に入り登録が増えていることを、とても嬉しく思います。
爽快さや無双とは無縁の小説ですが、それでもお気に入り登録してくださった皆様には、心のそこから感謝申し上げます。

これからも皆様の応援を励みに、誠心誠意執筆活動に従事したく思います。


 

勝利条件は、リオレイアから逃走し、エリア10に逃げ込むこと。

敗北条件は単純明快。死だ。

 

はっきり言って……いや、はっきり言わなくても、分が悪い。悪すぎる。

だけど、心が折れるほどのものではない。

 

そりゃあ怖いさ。ボクは転生者とはいえ生身の……しかも裸同然の人間。対するリオレイアは「森丘」を己が領域とする飛竜だ。

両者の力量差には、圧倒的な、絶対的な差がある。

 

だけどそれは、諦める理由にも、絶望する理由にもなり得ない。

 

 

リオレウスに胴体を齧られようが、ドスランポスに生きたまま喰らわれようが、生存を諦める理由には、なんであろうとなることは無いのだ。

何故って…そもそも、それらを苦痛に感じるのは、まだ手前が生きるのを諦めてない証拠に他ならないのだから

 

故に、ボクは足掻く。

 

 

 

さぁ、陸の女王陛下…。

 

「……踊りませんか(Shall we dance)?」

 

ボクは死んではやらないよ?

 

 

 

リオレイアはボクの誘いを理解してか、強靭な脚で素早く大地を蹴って噛み付いてきた。

ボクは大きく横に転がり、それを躱す。

 

だが直後、流れるように身を捻ったリオレイアの尻尾が、ボクに向けて振るわれる。

今度は先程のような事故では無い。故意に振られた本気の尻尾だ。少し掠りでもすればボクの脆弱な体など木っ端微塵にされてしまうだろう。

 

迫る尻尾に対し、ボクは敢えてリオレイアの足元にスライディングで飛び込むことでそれを躱した。尻尾回転系攻撃は懐に入れば当たらない。基礎中の基礎だ。

だが、いつまでもリオレイアの足元という超危険地帯にいるつもりはない。スライディングの勢いのままリオレイアの股下を潜り抜けると、すぐさま立ち上がって半身を捻り、女王と向き合う。

 

女王は自らの攻撃が躱されたことが不満なのか、ボクの無事な姿を確認して低く唸る。

 

 

一方のボクも余裕ぶってるけど内心かなり冷や汗をかいていたり。

 

さっきのも一瞬でもタイミングがズレていれば即死だ。そしてボクはその性質上即死からはどうしたって逃れることが出来ない。

綱渡り……いや、半透明なテグスの上を命綱無しで渡るような精密な作業。一瞬の油断が、一ミリのズレが命取り。

 

だけど、ボクはここを切り抜けなければならない。

 

 

リオレイアの口元に、赤き炎が灯る。ゲームでは飽きるほど見た、典型的な火球ブレスの予備動作だ。

だが、これはゲームではない。命のやり取り……と、言うにはちょっと一方的過ぎるが……である。当然、相手は生き物だ。決められた枠組みに従った動きしかしない訳ではない。予想外の動きもするし、思わぬ反撃を繰り出すこともある。

 

 

リオレイアの口内から、紅蓮の火球が解き放たれる。

 

ボクは当然、それを横に回避する。

 

 

火竜は……いや、火竜に限らず様々なブレスを吐くモンスターは、ブレスに反動がある性質上、ブレスを吐き出す直前にある程度ブレスの軌道を定めておかなくてはならない。だからこそ、横に回避すれば避けるのは容易とまではいかないが、不可能では無いのだ。

 

だが、当然モンスターの方もその特性は理解している。

故に、モンスター達はブレスを横に薙ぎ払う、や、隙を晒した相手に放つ、またはブレスの反動を利用して後ろに飛ぶ、など様々な相手にブレスを当てるための工夫をしてくるのである。

 

そんな中で、リオレイアがとった手段は「数撃ちゃ当たる」。つまり、連続で放つブレスであった。

 

 

三連続の業火が、「森丘」の若草を焼き払う。

ボクはなんとか一発目と三発目のブレスの間を掻い潜って直撃を避けたが、それでも高温の火球は近くを通過するだけでも肌を炙り、地面に着弾すると共に爆ぜ、熱を帯びた風圧でボクを煽った。

 

リオレイアの十八番の一つ、三連火球ブレス。

ただ横に避けるだけでは逃れられない、リオレイアのサブウェポン的な存在だ。

 

 

そして、これから繰り出されるのが、リオレイアのメインウェポン。

正真正銘、文字通りの必殺技。

 

その名も……

 

 

"サマーソルト"

 

 

リオレイアが二歩ほど下がった直後、彼女の15メートルを軽く超える巨体が、大きく縦方向に一回転する。その光景は圧巻。ぶっちゃけこうして目の前にして見ると理不尽としか言いようがない。

 

体が回転するに従って、リオレイアの特徴の一つである毒の棘を備えた太く長い尻尾が、地表を抉り、石飛礫を飛ばしながら、大きく一回転した。

その威力は今までの他の攻撃の比ではなく、尻尾によって弾き飛ばされただけの小石でさえ、弾丸のような勢いで飛び、硬い岸壁にぶつかって砕け散った。

今のに直撃したら、小石のように砕け散るのは自分であったのは言うまでもない。

 

もし仮に運が良く、万が一の奇跡が起きてなんとか生き延びていたとしても、リオレイアの尻尾の裏に無数に生える毒棘が全身に突き刺さり、毒に蝕まれて苦しむ時間が長くなるだけだろう。

 

 

もちろん、ボクはサマーソルトを必死で回避した。

極端な話、サマーソルトは強力すぎて、リオレイアの攻撃は「サマーソルト」と「突進」、「その他」という分類をしても大袈裟ではないほどの攻撃だ。直撃はおろか、掠ることすら許されない。

 

ゲームにおいては、リオレイアの攻撃は直線的であり、結局は多くの場合は横にずれれば回避可能だ。もちろん、例外もあるが。

だがしかし、この場合それが必ずしも適応されるかというと…怪しいところだろう。

まあ、どちらにせよ、即死の危険が最も高いサマーソルトや火球ブレスは、なんとしても避けなければならない。

 

 

いや、リオレイアが相手である場合、今の僕に必死で避けなくていい攻撃など一つもないのだが…。それどころか、リオレイアすら意識しないほんの一挙一動がボクの命を奪いに来る。

リオレイアが相手では、そもそもその体に触れた瞬間に終わりといっても過言ではないかもしれない。

 

 

ボクはリオレイアの猛攻を掻い潜りながら、逃げるための道筋を立てるために全力で思考を巡らす。

まず、人間がどんなに必死で逃げたとしても、その圧倒的体力差によって瞬く間に距離を縮められ、簡単に捉えられてしまうだろう。これが大前提。

ゲームではエリアチェンジで簡単に逃げられたが、現実はそうはいかない。それこそモンスターが通らないような隙間を使わない限りは、狙われたらずっと追って来る。

仕様はモンスターハンターワールドだ。

 

逃げるために小細工を打つにも、今のボクは文字通りの身一つ。そもそもそれをするための道具がない。道具を作るための道具もない。

故に、小細工でも逃げられはしない。

 

ならばどうする?

 

 

 

 

………そうだ、空を飛ぼう。

 

 

いや、別に狂った訳ではない。実際かなり危ない賭けになりそうだが、もうこうなったら一か八かの勝負に出るしかない。

 

というのも……ボクの体力がかなり消耗してきたのだ。ほんの少しだけ一般人よりいい動きができるからといって、モンスターでもハンターでもあるまいし、無尽蔵の体力がある訳ではない。現状、リオレイアの攻撃を避けるだけで精一杯なのに、この上疲れたら即★デッドである。

 

もちろん、その状態で逃げても女王からは逃れられない。

 

ならば、可能性に賭けてみようじゃ無いか。

前世のことなんて全く覚えてないけど、こう見えて自分の運には自信があるんだ!

……え?この状況に陥っている時点で運も何もあったもんじゃ無いって?キーコーエーナーイー……。

 

 

さて、では勝負時だ。

 

 

サマーソルトを終えて着地したリオレイアに、背を向けて走る。

 

生き物というのは、本能的に背を向けて逃げる相手には追いかけたくなるもので、案の定リオレイアも大地を蹴ってボクに追走する。

ある程度距離はとっていたものの、それはあくまで「ある程度」であり、リオレイアの地上走破力にかかればその差は物凄い速度で埋まっていく。

 

さらにいうならば、ボクが走った先にあるのは岩壁だ。逃げ道はなく、このままでは間違えなくボクはリオレイアとサンドイッチにされ、ぺったんこに潰されるであろう。リオレイアも当然そうなると思っていた。

 

だが、そんな彼女の顔に突然布が覆い被さる。

それはボクの羽織っていたローブだ。つまり現在、ボクは生まれたままの姿である。誰得ぅ〜。

 

 

ボクはそのまま岩に向かって走り、そして、大きくジャンプして岩壁を蹴り、三角飛びの要領でリオレイアの翼の付け根の辺りを飛び越す。この辺りが一番越えやすいのだ。

一方、視界を遮られたリオレイアは、止まるタイミングを見失い、轟音と共にそのまま顔面から岩壁に突っ込んだ。ただし、壊れたのは岩壁の方である。とんでもないな雌火竜。

 

 

 

ドゴォォォォオオオオンッ!!

 

 

 

空気は震え、大地は揺れ、岩がさながら散弾銃のように無差別な方向に飛び散る。それは即ち、それだけの力が、リオレイアの頭にも掛かっていることを証明していた。

 

……しかし、それは陸の女王たるリオレイアのプライドを、著しく傷つけた。

 

 

そして、リオレイアは、誇り高き飛竜の女王は、自らのプライドを傷つけた相手を決して許しはしない。

 

岩壁から抜け出したリオレイアはゆっくりとこちらを向く。

その表紙に顔を覆っていたローブが落ち、リオレイアの怒りの形相が露わになった。……あのローブ頑丈だな。

 

 

(………っ!)

 

 

息を飲む。

 

その表情は、何よりも恐ろしく、何よりも凶悪で、何よりも気高く、そして、何よりも美しかった。

 

 

「……怒った顔も魅力的だよ。」

 

 

ボクが薄っすらと微笑みながらリオレイアに語りかけると、彼女は炎を滾らせながら、咆哮で返事をした。

 

 

「グオォォォォオオオオアアアァァァァッッ!!!」

 

それは邂逅時の咆哮よりもさらに一段と大きく、より情熱的だった。

 

 

そして、ボクは知っていた。

リオレイアは……正統派飛竜骨格のホバリングが可能な飛行型飛竜は、怒りの咆哮の後、必ず空へと飛び上がる習性があると。

 

 

 

リオレイアが羽撃き、後ろへ飛ぶ。

リオレイアの巨体が空を飛ぶほどのエネルギーは、木の枝を大きくしならせ、無数の葉を吹き飛ばす。

 

ボクはその瞬間に、薬草(・・)へと変身した。

 

 

 

軽く、平たい薬草は、怒れるリオレイアの羽撃きによって巻き起された猛烈な風圧に煽られ、他の木の葉に混じって何処へともなく飛んでいく。

……狙い通りエリア10方面に煽られたが、その行き先はわからない。

 

 

 

敵を見失って苛立たしげに吠えるリオレイアを尻目に、ボクは女王からの逃走に成功した。

 

 

 

………ちなみに、着地位置はアオキノコに変身することによってある程度調節できる。いくらなんでも風だけには任せない。木の上に引っかかったら洒落にならないからね。

 



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第8話、森丘のデンジャラスレディー!part3



懐かしのあのモンスター、登場!


ほら、やっぱりボクは運が良かった。

 

かなり運任せだったが、結果的にはエリア10の上空をうまく通過することに成功し、そこからアオキノコに変身することによって落下。水の上に落ちたものの無事エリア10に辿り着くことができた。

ただし、地味に溺れかけた。

 

……全然無事じゃないのはご愛嬌。

 

 

人間の姿に戻り、水の上から陸上まで這い上がる。何故かローブはボクの手元に戻っていた。

陸に上がると、ローブを羽織り直し、周囲の安全を確認する。…ちなみにローブはついさっきまで水の中にあったのに濡れていなかった。

リオレイアの攻撃には耐えるし、何より一番の謎はこのローブの正体だね……。

 

「へ、ヘグチッ!」

 

はあ、思ったよりも水温が冷たくて、体が冷えてしまった。まあ、ここは温暖な気候だし、さしたる問題では無いんだろうけど。

 

ローブを深めに羽織り直して、寒さを堪える。

 

 

「森丘」エリア10は、鬱蒼と生い茂る木々と、広い水場、そしてエリア中に点在する身を覆い隠す茂みが特徴のエリアだ。

ゲームだと視界が遮られるだけだったが、こうして実際に来てみると枝が引っかかって進むのさえ難しい。というか痛い。

 

大型モンスターもしっかり登場するけど、そこまでの頻度ではなく、エリア2、3、4、5に比べればその危険性は非常に低い。

ただ、万が一もしここで大型モンスターに遭遇した場合、中心付近以外は視界は遮られるわ動きは制限されるわで散々な目にあうことも多い。

 

 

まあ、今回は流石に大丈夫だろう。

そう何度も何度もモンスターに襲われるようなものでもない。もしそうだったらボクの運の値は-53万になってしまう。

 

そもそも、森丘というのは他のフィールドに比べればモンスターの数は多くない。ポンポンとモンスターに会えるようなことは無いのだ。無いよね?

 

 

エリア10を見回す。

 

……地形的にエリア11はあっちか。

 

水場や木の位置からエリア10のマップを思い出し、エリア11の位置を割り出す。そこまで遠くは無かったので、ボクは小走りに其方へと駆け出した。

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ↑

 

………。

 

しかし、そんなボクの目の前に、一匹の人よりも大きい虫が立ちはだかる。言わずと知れたランゴスタだ。

……ボクはそんなに虫は苦手ではない。好き好んで触ったりはしないが、視界に入れるだけで悲鳴をあげるような可愛らしい精神はしていない。

 

だけど、これはだめだ。

 

人間よりデカいランゴスタは流石に無理だ。

本物の蜂や蟻のようにスタイリッシュでメタリックなデザインの虫なら、或いは人間よりデカくても問題ない。多分アルセルタスを見たって普通に大丈夫だと思う。

 

カンタロスは許せるデザインしてるし、ブナハブラだってそこまでではない。オルタロスは若干キモイが、それでも大丈夫だ。

 

近年のモンハンに出現する虫系モンスターは寧ろカッコイイデザインが主流。セルタス鬼畜夫婦や虫ではないけどネルスキュラ、ラスボスにまで成り上がったアトラル・カなんかはむしろ秀逸なデザインをしていると言っていい。

クンチュウちゃんはかわええから許せる。(狂人)

 

大雷光虫?アレは別にいいだろ。

 

 

でも、ランゴスタは……ランゴスタだけはキツイんだ!

本当に!マジで!!

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ↑↑

 

 

「ひにゃぁぁぁあああ!?!?」

 

 

羽を震わせて迫ってくるランゴスタに、ボクはモンハン世界に来て恐らく初めての悲鳴を上げ、クルッと180度回転して逃げ出した。すげぇ!ランゴスタ!

ランポスでもドスランポスでもリオレウスでもリオレイアでも悲鳴を上げなかったボクに悲鳴を上げさせたな!

 

しかし、ランゴスタはボクの賞賛のセリフを羽音で受け流し、一直線に逃げるボクを一直線に追いかけた。虫に無視されたよ畜生!

 

 

余裕は無いよ?たださ、人間の緊張って長続きしないんだ。この辺で茶々を入れておかないと鬱になりそうで…。

はあ、なんでボクがこんな目に……おっといかんいかん。ポジティブに考えるんだ………………こんな死にかける(或いはほぼ死ぬ)ような貴重な体験を連続で経験できるなんて、滅多に無いことだぞ!(苦し紛れ)

 

 

 

ランゴスタの飛行速度は、実を言えば人間よりずっと速い。

ボクがどんなに必死で逃げても、ボクとランゴスタとの距離は縮まる一方だ。

 

 

「はっ!!」

 

しかし、ボクも何も無策に逃げていたわけではない。

掛け声と共に跳び上がると、横に伸びた木の枝に両手で掴まり、走った勢いのまま木の枝を回転の軸にして鉄棒のように回り、ボクを追っていたランゴスタの背後に回ってその背中を思いっきり蹴り付けた。

 

体の軽いランゴスタは、蹴り飛ばされて吹き飛び、茂みの中に落下する。ボクは木の枝から宙返りをするように降りて着地し、前のめりに倒れそうになる勢いをそのまま速度に変換して走り、「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」から「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」を手元に召喚して、茂みの中でピクピクともがいているランゴスタに突き刺した。

 

やはりランゴスタの甲殻は固く、二段階劣化のドスバイトダガーでは中々上手く刺さらなかったが、甲殻の隙間に差し込むように刃を入れ、切り裂くと、嫌な感触が「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」から自分の手に伝わり、それと同時にランゴスタは緑色の体液を吹き出したまま動かなくなっていった。

……いや、正確には絶命させた後もまだしばらくの間はピクピクと足が動いているのだが……。

 

この世界に来て初めてこの手で生き物を殺したが、特に感慨も達成感も抱かなかった。

あるのは、ただ淡々とした義務感のみ。

 

相手が虫であるというのもあるが、それにしたってもう少し感想があっても良いはずだ。まあ、恐怖や混乱に固まる事がないというのは、有難い話ではあるのだが。

 

ボクは「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」と、ランゴスタの死体を「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」に入れると、ランゴスタの返り血を浴びて緑色に染まった腕を近くの水場であらった。ちなみにローブは汚れていなかった。もう君が転生特典でよくない?

 

 

 

……え?

ランゴスタのことが苦手なんじゃ無かったのかって?

 

うん。苦手だよ。だから殺す。

不快なものは自分から積極的に片付けないといつまでも無くならないんだよ?汚物は消毒だよ?

 

その理論はおかしいって?

 

そんなことないよ。

 

 

さて、気を取り直して、エリア11に行くとしよう。

そう思い、踵を返したその瞬間。

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ↑↑

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ↑↑

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ↑

 

ヴォヴォヴォヴォヴォヴァヴォヴォヴォ↓↓

 

 

一匹のランゴスタを討伐し、ようやくエリア11に向かえると嬉々として立ち上がったボクの視界に入ったのは、五匹の通常ランゴスタよりも一回り大きいランゴスタと、その中心に護られるように飛ぶ、イャンクックサイズの超巨大ランゴスタだった。

 

…つまり、さっきのランゴスタは斥候に過ぎないと…。

 

特徴的な異常に肥大化した腹部。

蝶のように美しく、虹色に輝く大きな翅。

まるで、我こそは統治者であると示すかのような、冠のような形状の胸郭。

 

 

………。

 

 

いや、ちょっとまって、タンマ。

おかしい。明らかにおかしい。

 

まさか…!

おい、まさかだよな!?

 

 

アイツか……!ここでアイツなのか…!?

いや、なんというか…運営にも忘れられて、最近は出番がないせいか……その存在をそもそも今日の今日まで忘れていたというか…脳が覚えるのを本能的に拒否していたというか……いや、というかそんな奴出すなよ。

 

 

ここ「森丘」ですよ?

貴女の出ていい場所と違いますよ?せっかくモンハンダブルクロスでテロス密林が復活したんですから、世界観護ってそちらに引っ込んでいてくださいよ?

 

 

重々しい羽音を立てて降臨したのは、高貴なる女王。

その羽は美しく七色に輝き、金色に光る刺々しい胸殻は、王冠のごとく女王の風格を引き立てる。

 

二度と視界に入れたくないモンスターランキング、及び、デザインが醜逸なモンスターランキングの上位に位置する、甲虫種最古の大型モンスター。

 

 

普段は巣の中に引きこもり、その目撃例は極めて稀。

ごく偶に、配下のランゴスタが何者かによって極端にその数を減らされた時にのみ外出し、そのときは巣の中で待機する無数のランゴスタと数匹の親衛隊を引き連れ、それらを操って戦局を抑える、ランゴスタの統治者。

 

 

 

…ある者は言った。「女王なんて名前に騙されるんじゃなかったです!!」………と。

…またある者は言った。「動きをよく観察して行動を読むんだ。…俺は無理だったがな。うぷっ……。」………と。

 

 

 

かつて、多くのハンターの記憶に恐怖と嫌悪の象徴としてその名を深々と刻み込んだ、女王の名を冠する、その気高き統治者の名は……!

 

 

"女王虫、クイーンランゴスタ"っ!!

 

 

ボクの最大レベルの天敵が、その姿を現した。

 




クイーンランゴスタを知らないという人は検索検索ぅ!
(虫が苦手な方は誤って画像を見ないようくれぐれもご注意ください。)


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第9話、森丘のデンジャラスレディー!part4

クイーンランゴスタの扱いはわりと不憫です。



ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ↓↓↓

 

「いやぁぁあーっ!」

 

 

重苦しい羽音を響かせながら、クイーンランゴスタが迫る。それに従うようにランゴスタ親衛隊がボクを取り囲み、退路を無くしていく。

しかし、敵の数はクイーンランゴスタを入れてもたったの六匹しかいない。その程度の包囲ならば抜け出すのはそう難しいことではなかった。

 

ランゴスタの鋭い針は、そこに含まれる強力な麻痺毒もあって非常に危険だが、その使い方は単純。突進するか突き刺すだけだ。故に、五匹程度ならば気をつけていれば当たることはない。

一匹辺りの危険度はランポスに劣っているし、虫頭なため機械的な連携しかしない。その連携が精巧であるからこそそのスキマを突くことができる。

 

ランゴスタの包囲網を抜け出したボクは、再び迫る六匹と向き合いながら、対策を練る。

 

………。

 

 

……………ちょっと待って。

なんでアンタ等六匹しか居ないの?

 

ボクの記憶ではクイーンランゴスタ戦では数十匹ものランゴスタがひっきりなしに迫ってくるイメージがあったんだけど!?

親衛隊と女王しか居ないじゃん!雑兵はドコへ行った!?エリア6にいたランゴスタ達〜!女王陛下がお呼びですよ〜!

来なくて全然構わないけどね!!むしろ大歓迎。来ないでお願い。

 

 

そう考えている内に、五匹の親衛隊の中でも一番小さく素早い個体が針を突き出してきた。それを感じたボクは「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」の盾を用いて防いだ。鋭い衝撃が盾を通して手に響くが、攻撃力そのものはそこまで高くない。二段階劣化とはいえドスランポスの素材で作られた盾を一撃で貫くほどの威力はランゴスタの針には望めなかった。

 

しかし、ボクが素早い個体の攻撃を防いでいる間に、腹部に傷を持った虫の癖にやたらと歴戦の戦士感を漂わせるランゴスタが、ボクの懐へと飛び込んできた。そのまま針を突き出すのかと思いきや、羽でボクの視界を遮るような動きをする。

目の前がランゴスタの羽で埋まるという悪夢のような光景を振り払うべく、ボクは歴戦ランゴスタ(仮)に「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」の剣を振るう。ランゴスタの鋭い翅によって腕に少し傷がついたが、さして影響のあるものではない。

あまりになまくらな剣であるため、切るというよりは叩くという感じに歴戦ランゴスタ(仮)を吹き飛ばす。

 

だが、歴戦ランゴスタ(仮)がボクの視界を塞いでいる間に、ボクのすぐ目の前に、クイーンランゴスタに比べれば遥かに小さいが、ランゴスタの中では最も大きい個体がすぐ眼前に迫っていた。

大きい個体は尻尾を前に突き出しながら突進し、ボクはギリギリでそれを盾で防ぐことに成功する。しかし、その一撃は先程の素早い俊足ランゴスタ(仮)よりも遥かに重く、それを小さく弱い盾で受けた左手はその衝撃にビリビリと痺れるように震え、盾には小さな皹が入った。

 

見事な連携攻撃にボクが後退すると、そこで待っていたかのように真上からランゴスタが襲いかかってくる。

直前にその奇襲に気付いたボクは、慌てて身を屈める。結果、奇襲したランゴスタの針はボクには届かず、奇襲ランゴスタ(仮)はボクが反撃しようとした瞬間即座にボクの手の届かない上空へと退避した。

 

 

……改めてランゴスタ達を見る。

 

小さいのが俊足ランゴスタ(仮)。大きいのが剛力ランゴスタ(仮)。腹に傷があるのが歴戦ランゴスタ(仮)。羽がデカくて常に上空を飛んでいるのが奇襲ランゴスタ(仮)。そして、女王を守るように常に側に付いているのが騎士ランゴスタ(仮)だな。

 

俊足が先手を打ち、敵がそれに対応している間に歴戦がちょっかいを出して気を引き、そこに剛力が重い一撃を入れる。それでも仕留めきれなかった場合、奇襲が敵が安心した隙に上から攻撃すると……虫の癖に個性があって生意気だ。

しかも攻撃している間も女王は騎士が守るか。

 

まだ女王が手を出してないのにこいつ等強いぞ!?

 

 

毒けむり玉があれば良かったんだが…。無い物ねだりしても仕方がないな。

 

ただ、こちらは向こうを無理にでも倒さなければならない理由は無い。基本的には守りと逃げに徹すればいい。

防戦一方になるだろうが、下手に攻めると騎士と女王が出かねないと考えれば、その方がいいだろう。

 

問題は、いかにランゴスタ達の猛攻を掻い潜りながらエリア11に逃げ込むか…だ。

奇しくも先程のリオレイアと似たような状況だが、今回はクイーンランゴスタが直々に動かない限りはそこまでの絶望的戦力差は無い。仮にクイーンランゴスタが動いたとしても脅威度としてはリオレイアの方が上だろう。

 

ただ、問題はこのエリアが地上での戦いには向かないことである。今はエリア中央の障害物が少ない場所にいるが、戦いが激化すれば隅に追い詰められてしまうかもしれない。そうなったら非常に危険だ。

 

 

グルグルと思考を巡らすが、その間にもランゴスタ達は待ってくれている訳がない。四位一体の連携でひっきりなしにボクを攻撃し続け、だんだんと追い詰めていく。

もちろんボクも反撃を加えてはいるが、生憎武器が超なまくらなため、ランゴスタ達が斃れるよりもボクが疲れて腕が上がらなくなる方がどう考えても早いという状況だった。

 

そして、そんな状況に追い打ちをかけるように、彼女の攻撃が始まる。

 

さっきまでボクに猛攻を仕掛けていたランゴスターズが突然ボクから距離をとったと思うと、その間を貫くように黄色い腐食性のガスがクイーンランゴスタの腹の先から噴出された。

ボクも嫌な予感がしてランゴスターズと一緒に退避していたため直撃を受けずに済んだが、ローブの端が僅かに腐食性のガスに触れてしまった。……特にこれといって変化は無かったが。ローブェ…。

 

幸いにも腐食性のガスはすぐに無害化するが、それと同時にランゴスターズは再びボクに襲いかかる。

先程まではなんとか拮抗を保っていたが、これで戦局はあちらに傾いた。これからはクイーンランゴスタの行動を注視しつつランゴスターズ四匹を捌かなくてはならない。

 

 

盾と剣を振るい、ランゴスタ達を追い払うように弾く。

しかし、「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」の名は伊達では無い。剣の先は欠けてもはや刃物として用は為さなくなり、盾は皹が入っていた割れても不思議では無い。

 

さっきまでは戦いながら少しずつエリア11の方向に動いていたのだが、今は完全にあちらのペースだ。自分の現在地さえよくわからなくなってしまった。

 

 

ランゴスターズの猛攻をなんとか捌いている時、突如として嫌な予感がし、俊足ランゴスタの攻撃も無視して、其方の方に盾を向けた。

 

 

ドッ!!

 

 

鈍い衝撃とともに、ボクの体はクイーンランゴスタの腹によって吹き飛ばされ、茂みの中に突っ込む。

盾は今のクイーンランゴスタの攻撃によって大きく凹み、俊足ランゴスタを無視した影響によって奴の針が掠った右腕が動かせないほどでは無いがピリピリと痺れる。

さらに、茂みに突っ込んだ事によって枝に引っ掻かれてボクの玉のお肌はボロボロになり、各所から血が滲んだ。それでもローブは無傷。

 

空腹も相まって、もはやボクは満身創痍。

 

そして、そんなボクを、奴らは逃しはしない。

 

 

俊足ランゴスタと奇襲ランゴスタが、素早くにボクに迫る。

枝が絡まって回避出来ない。いや、絡まっていなくとも今の状態では回避など出来ないだろう。

 

……もはやこれまでということか。

 

目を閉じる。

ランゴスタの羽音だけが、ボクの耳に残った。

 

 

 

 

キィィィィィィ……ジジ……

 

…ドサッ!

 

 

 

しかし、その羽音は突如として止まり、代わりにランゴスタの悲鳴のような甲高い音とともに、何かが落ちる音が聞こえてきた。

 

…目を開ける。

 

そこには、ボクに迫っていたはずの俊足ランゴスタと奇襲ランゴスタが無様に地面に落下していた。

顔を上げれば、後続の歴戦ランゴスタも、剛力ランゴスタも、同じように地面に落下し、ピクピクと足だけを動かしている。

 

空中に残っているのは、クイーンランゴスタと、騎士ランゴスタのみ。その騎士ランゴスタも、今にも落ちそうなくらい羽音が弱々しかった。

 

 

 

ランゴスタは、いや、多くの甲虫種小型モンスターは、その体の軽さと甲殻の脆さ故に、攻撃を加えると多くの場合は砕け散ってしまう。

もちろん例外もいるのだが、基本的に甲虫種の小型モンスターは死骸がしっかりと残りにくいのである。

 

では、甲虫種の死骸を四散させないで残すにはどうすればいいか?

 

その答えの一つが、毒だ。

毒によって内部から徐々にダメージを与えていけば、死骸を四散させることなく甲虫種達を倒すことが出来る。

そのため、多くのハンターは、虫型モンスター討伐には毒属性の武器や、毒けむり玉といったアイテムを使用するのだ。

 

 

 

では、毒を使わず、尚且つ死骸を四散させないで甲虫種を討伐することは出来るのか?

 

答えは、可能だ。

 

ただし、それを行うのはハンターではない。

……モンスターだ。

 

 

 

エリア10の空が、突然、暗くなった。

否、正確には空が暗くなった訳ではない。大きな飛行生物に遮られ影になったというのが正しい。

 

部下がなんの前兆もなく墜落し、突然エリアが暗くなったと思ったクイーンランゴスタは、混乱のあまりその場から動けていない。

そして、そんなクイーンランゴスタの巨体に、それを遥かに上回るサイズの影が、空中から飛びかかってきた。

 

 

その影は咄嗟にクイーンランゴスタを護ろうとした騎士ランゴスタともどもクイーンランゴスタを吹き飛ばし、翼になっている前足の鉤爪でその体を引き裂いてトドメを刺すと、嬉々としてクイーンランゴスタの体を貪り始めた。

 

 

 

 

ああ、なるほど。

 

 

ここに来るまでの全部、

全部キミの仕業だったのか……。

 

 

そうだよな?

 

 

 

––––––––電の叛逆者(ライゼクス)

 




黒幕登場!?ただし戦闘は無し。


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第10話、飛竜の決戦、その下で。part1

思い返せば、今まで気にする余裕など無かったけど、不自然な所は多々あった。

 

例えば、ランポスの群れが半壊状態であったこと。

普通に考えれば、いくらリオス夫婦が定住したからといって、普通ならあそこまで急激に飢餓状態にはならない。

リオス夫婦が進入できない領域での狩りもランポスなら普通に可能だし、なんだったら縄張りを引っ越すという選択肢もあったはず。なのに彼等は既に、リオス夫婦の食べ残しを漁らないと生きていけないほど困窮していた。

理由は簡単。外敵に襲われたことで群れの殆どが死に絶え、生き残った者も傷を負っていたからだ。

新天地を探す余裕など残されておらず、慣れない少数での狩りはなかなか成功しない。そんな状況だったのだろう。

 

 

リオレウスの機嫌があそこまで悪かったのもそうだ。リオレウスの、空の王者の敵足り得る存在が現れたことにより、巣を守るために最大限警戒しなければならなかった。

リオレイアがやたらと攻撃的だったのも同じ。場合によっては長期の間卵を守り続けなければならないのだ。少しでも食い溜めしておこうとしていたのであろう。

 

そして、ランゴスタの群れがほぼ全滅し、クイーンランゴスタが少数のみ連れて出てきたのも不自然と言えば不自然だ。

大量に存在するランゴスタを、たった数匹程度まで壊滅させるなんて、通常の手段じゃあ到底達成できない。

 

違和感だらけ。

 

 

そして、その疑問はたった今氷解した。

全部、全部コイツが元凶だった訳だ。

 

 

なんとなく予想はしていたんだ。

ランゴスタ、ランポス、リオス。この三種の共通して敵と言える存在など、そうそう多くない。

 

 

一つ目はやはりハンターだろう。

だが、いくらハンターであっても、リオス夫婦の縄張りの中でランポスの群れを半壊状態にさせた上で、ランゴスタの数を数匹単位まで減らすなど不可能だ。

 

もう一つは、全生命体の天敵、イビルジョー。

しかし、イビルジョーが出没したのならばランポスが生き残っていることが今度はおかしくなる。それに、奴は基本的にたくさん食べられるもの…つまり大きい相手から襲うはずだから、リオス夫婦がまだ無傷なのもおかしい。

 

 

では、それ以外に、ランゴスタ、ランポス、リオスに共通して敵と言える存在は?

 

………ライゼクスだ。

 

 

またの名を電の叛逆者。

その性格は極めて好戦的で、残忍かつ凶暴。

 

「空の王者」たるリオレウスと空中でタメを張り、地上でもリオレイア以上に暴れまわる。さらに、リオス種の弱点属性の雷を得意属性としているために、戦いになればリオス夫婦でも無傷とはいかない。ましてや、卵を守りながらなど……。

 

動くものにはなんでも襲いかかるほど超好戦的であり、ランポスはおろか、端くれとはいえ大型モンスターであるドスランポスさえも一撃の下に倒してしまう恐ろしい攻撃性を誇る飛竜。

 

また、特殊な電磁波を発生させ、貧弱な甲虫種をショック死させてから食らうという特異な性質も持つ。

 

 

「空の悪漢」の異名も持つ特異なワイバーン。それがライゼクスだ。

 

 

つまり、何が言いたいかというと………

 

ボクがここまで散々苦労してきたのって…ほとんどコイツの所為なんだよねぇ〜〜っ!!

そんでもって何?最後にはご本竜が立ちはだかってくれちゃうわけ?

ふざけないでくれない?

 

 

ライゼクスは未だクイーンランゴスタを貪っており、こちらに気づく様子はない。「食うよりも狩れ!」なライゼクスの事だから、気付いたらすぐに襲いかかってくるだろうから、そこは良いんだけど…。

 

当たり前のことだけど、ライゼクスに襲い掛かられればボクは流石に死ぬ。リオレイアやリオレウスよりも更に死ぬ。ましてや今はかなり傷だらけだし疲れたし腹減ったし……。

本当なら、ライゼクスがボクに気付かずにこのまま去ってくれることを切に願うはずだ。

 

でもさ、この温厚で無垢で人畜無害なボクもね、流石にちょっと怒っちゃったんだ★

だからね….

 

 

………来い、リオレウス。キミの敵だぞ。

 

 

《さあ、目の前の敵が隙を晒しているぞ、今がチャンスだ!ブレスを放てっ!焼き尽くすのだ!》

 

 

 

 

その瞬間……、

 

上空から、クイーンランゴスタの骸を貪るライゼクスに向けて、三発の紅蓮の火球が降り注いだ。

ライゼクスは直前でそれに気付き、素早く後ろに跳んで火球が頭に直撃するのは防いだが、それ以外の二発は確かにライゼクスの隙だらけの背中を穿った。

 

紅蓮の業火が巻き上がり、エリアの一角を焼き滅ぼす。それは、空の王者にして火竜たるリオレウスの、本気のブレス。

弱っているとはいえドスランポスをも簡単に焼き殺した必殺の火球。

 

 

しかし、それでも電の叛逆者は揺るがない。

紅蓮の業火に包まれながらも、まるでダメージが無いかのように振る舞い、蝶の羽のような薄くて美麗な翼を広げて王者の領域たる大空へと飛び上がり、王者への叛逆を始めた。

 

 

雷攻撃を主軸とするライゼクスは、その飛行さえも一条の雷光に見まごうほどに鋭く、悠然と空を舞う火竜と比較してもその飛行能力はまったく見劣りしない。

だが、ライゼクスの攻撃がリオレウスに届くことは無い。

 

 

……なぜならば、

 

 

《侵入者を打ちのめせ、女王の誇りを取り戻すのだ!》

 

 

 

森に溶け込むような緑色の影が颯爽と飛来し、天を翔けるライゼクスにその猛々しい尻尾を叩き込んだ。

驚くべきはそれでもライゼクスが墜落しなかったことだが、突如飛来した緑色の影…リオレイアの妨害に、さしものライゼクスもリオレウスへの攻撃を中止せざるを得ない。

 

 

森丘、エリア10の上空でライゼクスとリオス夫婦が睨み合う。

その様子はさながら怪獣大戦争と言うべきものであり、半端な雑魚など介入も出来ない戦いが、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

リオレウスとリオレイアがここに現れたのは、偶然では無い。

なぜって、そもそもボクが呼んだのだから。

 

 

ボクの転生特典の一つ、「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」の能力の詳細は、次のようなものになっている。

 

・対照の思考を誘導し、意のままに操る能力。

 

・コントロールする対照の頭に一度は触れる必要がある。

 

・本人が心の奥底から嫌がる行動は強制出来ない。(自害しろや子供を殺せ等。)

 

・操られている側にその自覚は無い。

 

・コントロールする際は対照の思考を単純化するので、普段思慮深い相手だと他人から見ればあっさりとわかる。

 

・普段はコントロールせずに、特定の条件下のみで行動を操ることも可能。(自分の任意でオンオフを切り替えることもできる。)

 

 

悪役の能力で出たとしたら、攻略法など幾らでもある。

 

まず、瞬間的にかけたコントロールではそこまで強制力のある能力では無いので、主人公サイドの説得で冷静な思考を取り戻してしまうと解ける。

 

次に、「なんか今日のコイツはおかしいな」と言う感じに、操られている者を意外とあっさり看破できる。

 

さらに言うならば。そもそも頭に触られなければ発動しない。

 

そして、本人の意思の力が強ければご都合主義的に自力で解除できる。(ばっ…ばかな!自力でコントロールを解除しただと!?みたいな展開もある訳だ。)

 

わりと欠陥の多い能力だ。

 

 

しかし、今回の場合、リオレウスに命令したのは《敵をブレスで焼き払え》。リオレイアに命令したのは《縄張りに侵入した外敵を攻撃せよ》。どちらも縄張りを守るために行なって当然の事(・・・・・・・・)なのだ。

 

この場合は、コントロールが解けることは滅多に無い。何故ならば自主的にやってくれるのだから。

 

 

では、そもそもいつの間に「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」を掛けたのか…。

 

リオレウスの方は簡単だ。そもそもこちらの任意で一時的に(・・・・)コントロールを切っていただけなので、オンオフ自体は頭に触れずとも可能である。

 

では、リオレイアの方は?

いつの間に頭に触れたのか……お分りいただけるだろうか?

ボクは確かにリオレイアとのダンス(逃走)中に、彼女の頭に触れたのである。

……そう、万能ローブ(体の一部)で。

 

 

もちろん、この事態を予測して、その時にあらかじめ掛けていた訳ではない。もう一度発動条件を確認するとしよう。

 

 

・コントロールする対照の頭に一度は(・・・)触れる必要がある。

 

 

そう、誰も触れながらしか発動出来ないなどとは言っていないのだ。

過去に一度でも頭に触れれば、「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」はその発動条件を満たすのである。

 

結構凶悪な性能とも言える。

 

まあ、転生特典としては大人しい方だろう。

 

 

ボクが自らの能力を確認している間にも、空中では大激戦が繰り広げられていた。

 

戦力的にはリオス夫婦の方が多いが、どちらも優勢とは言い難いのが現状だ。まず、属性の相性がリオス夫婦にとってよろしくない。

リオス夫婦の弱点属性が雷。ライゼクスの得意属性が雷。一方で、リオス夫婦の使う火属性はお世辞にもライゼクスに効きやすいとは言い難い。

それでもライゼクスの優勢にはなっていないのは、やはり二対一ということもあったのことだろう。

 

リオレウスの火球が、ライゼクスを掠める。しかし、ライゼクスはそれを空中で華麗に回避し、お返しとばかりに尻尾の先から線状の緑色の雷を出した。

だが、発動の遅いそれはリオレウスには通用せず、リオレウスはいとも容易くその攻撃を躱すと、反撃のブレスを放とうと口元に炎を溜めた。

 

しかし、それこそがライゼクスの狙いだった。

 

反撃を放とうとしたリオレウスに、突如として遡る雷が襲いかかる。ライゼクスが予め放っていた停滞、分裂する雷ブレスだ。

火球を放とうとして体勢が不安定だったリオレウスは、その攻撃に思わず大きくバランスを崩す。

 

ライゼクスはすかさず隙を晒した王者に襲いかかろうとするが、それはライゼクスの背中に飛びかかったリオレイアによって阻止される。

 

 

 

空中の大激戦。

時々落ちる流れ弾が物凄く心臓に悪い。

 

 

 

何度も輝く空を見て、ボクは思うのだ。

 

……さて、そろそろ逃げますかね。

 




書き溜めが尽きてきた……。

そして、最近気付いたんですが、この「ボクのモンハン見聞録」、モンスター転生無双モノの作品が好きな人にとっては展開が遅くて主人公が弱すぎるのでウケず、逆に弱い成長系主人公が好きな人には転生が嫌いな人が多いのでこれまたウケず、人間転生系にはハーレムが付き物なのに主人公の性別さえ存在しないので人間転生が好きな人にもウケず……見事に需要を外しているような。
まあ、これはサ・クーシャの勝手な偏見なのですが……。

単に面白くないだけかもしれないしね。


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第11話、飛竜の決戦、その下で。part2

今話から本格的に主人公グロ注意。


痛む身体に鞭打って、近くに落ちていた手頃な木の枝を杖代わりに立ち上がる。

全身の節々が悲鳴を上げ、ミシミシと骨が軋むような音が聞こえてくる気がするが、それでも無視して木の枝を地面に突き立て、それを支えにしてなんとか二本の足で立つことに成功した。

 

こうして立っているだけでも、膝が笑うし、目眩が激しい。

 

全身痣まみれで、所々に見られる切り傷や擦り傷から血が滲むが、傷はさほどでも無い。行動に支障が出る程の重傷は存在しないので、無理をすれば逃走は可能だろう。

 

よし。行こう。

 

これまでに使い過ぎて磨り減ったなけなしの気合を入れ、立ち上がり、前へと足を踏み出す。

 

…しかし、景色はいつまで経っても動かなかった。

ただ、間近に地面があるだけだった。

 

 

……あれ?

 

 

カビ臭い土の匂いが間近にあった。ついさっきまで確かに立っていた筈なのに、気付けば何故かボクはうつ伏せになって倒れていたのだ。

疲れてるのかなぁ………疲れてるんだよ!!と一人ボケツッコミを頭の中でかましながら、再び立ち上がろうとする。

しかし……

 

 

(あれ?何で……体…が、動かない?)

 

ボクの体は、その意思に反して一切の行動を起こそうとはしなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、手を上げようとも、足を動かそうとも、体を捻ろうとも、しかし一切の動きを、自分の体はしてくれなかった。

 

そして気付く。

 

ああ、体力の限界か…。

 

 

アドレナリンの効果で無理矢理抑えられていた、これまでの逃走劇で散々溜まった疲労が、いざエリア11へと逃げようと腰を持ち上げたその瞬間に、簡単には逃さないと言わんばかりにこの身に一斉に襲いかかってきたのである。

それは仕方がないことだ。寧ろ、今までよく持ち堪えたと賞賛さえされるべきだろう。

 

 

そうして無様に地面に転がっているボクの、そう遠く無い位置に、ライゼクスに向かって放たれたリオレイアの火球が炸裂する。

高温の炎は、水っぽい草木をもあっという間に燃やし尽くし、連鎖的に燃え移ってその勢力を広げていく。それは勿論、ボクの方向にだって例外じゃあ無い。

 

ゆっくりと迫り来る熱に体の危機察知が働いたのか、或いは元々一時的なものだったのかはわからないが、そこで運良く金縛りのような行動不能状態からは解放された。ボクはすぐさま隣に倒れている木の枝を手に取り、杖代わりに再度立ち上がる。

 

 

目眩が激しく焦点が定まらず、さらに脳を内側から揺さぶられるような鈍い頭痛と、内臓がひっくり返るような吐き気が襲い掛かり、枝を支えにしているにもかかわらず、膝がガクガクと震えて立っていることもままならず、この状態では逃げるのにも一苦労だろう。

 

ようやく立ち上がったボクだが、身体が信じられないくらいに重く感じられ、再び地面に崩れ落ち、内臓がひっくり返るような激しい嘔吐感に耐えかねて胃の内容物を吐き戻した。

幸いだったのは、吐くものがほとんど存在しなかったことだろう。

 

 

……荒い呼吸を繰り返し、なんとか立ち上がる事ができるまでに息を整える。

 

 

…疲れが一気に押し寄せて来たといっても、いくらなんでもこの症状は酷過ぎる。何らかの能力のペナルティーが一気に来たと考えるべきだろうか?

状況的には「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」の副作用である可能性が一番高いか…?

 

 

いや、ボクは何故だかはわからないけど自分の転生特典の情報をある程度知る事が出来るのだから、それを使って調べればいい。どんな能力にもペナルティーは存在するものだ。

 

 

 

調べた結果、どうやらこの頭痛が「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」の副作用であることがわかった。

対象の頭に触れながらの直接操作ならばここまでのデメリットは無いが、遠隔操作だと一気に副作用が強くなるらしい。因みに、強制力を上げようとしても副作用は強くなるそうだ。

遠隔操作+高強制力だとさぞかし苦しいのだろう。

 

まあ、そうとわかっていても使わない訳には行かなかった。リオス夫婦でも呼ばない限りライゼクスは抑えきれない。そして、抑えきれなければ、奴の目はボクに向き、ボクは抵抗すら許されずに殺されていた事だろう。

 

そして、この嘔吐感は、「奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)」によって姿を奪い、奪った姿に変身した時に急激に感覚が変化する事による副作用。名付けるならば「変身酔い」。それが溜まりに溜まったものだ。

 

これも使わなくてよかった場面など一つとして無かった。

 

 

つまり、今ボクがこうなっているのは、必然なのだ。

 

 

「…はぁ……はぁ…っゴホッ……!」

 

激しく肩を上下させながら荒っぽく息をして、這うように地面を移動する。立ち上がるのはもう無理だ。ならばみっともなくとも這いつくばってでも逃げるべき。

湿っぽい土に掌と膝をついて、前へと進む。

 

 

……遅い。

だが、その進みは、あまりに遅かった。

 

いや、そもそも、ボクは正しく進めているのだろうか?前に動いているのだろうか?…それすらもわからない。

 

 

 

すぐ後ろ、先程までボクがいた茂みに、巨大な火球ブレスが着弾する。

ただの一撃で青々とした茂みは黒く焼け焦げ、瞬く間に灰燼と帰す。爆風がボクの体を煽り、ボクはその衝撃によって顔面から土に突っ込んだ。

 

 

「ブフッ……ッ!ペッペッ……!クソ…が。」

 

顔面から土に突っ込んだボクは、勢い余って口の中に入ってしまった、少し饐えていてカビ臭い土を吐き出すと、それと共に悪態も吐く。ただでさえ激しい吐き気が襲いかかってきているのに、さらにその上でコレはキツイ。

 

だが、それでも止まったりはしない。

いつ流れ弾が直撃するかわからない状況で、悠長に止まってなんかいられない。

 

前へ…前へ。

死にたく無い。生き延びたい。

 

考えるのはただそれだけだった。

 

 

そして、そのなけなしの願いをも、この世界は簡単に許そうとはしない。

 

 

「うぐっ…ああぁ!」

 

ズシャリと肉が裂ける音と共に、左足に激痛が走る。振り返ると、ボクの左足の脹脛に、欠けた爪のようなものが突き刺さっていた。

上空を見上げれば、丁度ライゼクスに飛び蹴りを当てたリオレウスが、ライゼクスの放電によって反撃を受けていたところだった。これは恐らくだが、その反撃によってリオレウスの爪の先端が欠け、重力に引っ張られて落下したのだ。

 

ボクの左足に向けて…。

 

 

「くっ……!」

 

動こうとする度に、左足に激しい痛みが熱となって襲いくる。

だが、左足に突き刺さった爪の先端を抜くわけには行かない。今抜けばリオレウスの爪に含まれている出血毒も合間って血が吹き出すことだろう。

つまり、ボクはこの枷をつけたまま、エリア11に辿り着かなくてはならない。或いは、物凄い万能性をもつ「げどく草」を入手するかだ。

 

取り敢えず、近くに落ちていた植物の蔓で太腿付近を強く縛って応急止血する。

 

 

タイムリミットは出血多量で死ぬまで。

いや、行動不能になるまでだから、実際はもっと短いだろう。

 

 

左足を引き摺りながら、半ば匍匐前進のように地面を這い進む。

 

また、地面にブレスが着弾する。

今度はライゼクスの単発雷ブレスだ。幸いにも、そこそこ離れた場所に落ちたためにボクに電撃が襲いかかってくることは無かったが、それでも凄まじい轟音が響き渡り、頭の中に反響して頭痛を加速させる。

 

進む。

 

ボクが動いた軌道をなぞるように、左足から溢れ出た赤い血潮によって道が引かれる。

 

それはボクの命が刻一刻と死に向かっていることの証であるが、同時にゆっくりとでも前へと進むことが出来ていることの他ならぬ証明でもあった。

 

 

進む。進む。進む。

気が遠くなる。

 

今のボクの命は、ただ運にのみ左右されていた。それがどれだけ異常な状況なのか、このボクでもよくわかる。

 

 

…寒い。

息が苦しい。

何処と無く暗く、

深い虚無感の中に、

孤独と寂寥の念だけがハッキリと濃く。

 

これが、"死"なのだろうか?

 

 

後悔の涙は流れない。ボクは精一杯頑張ってきたから。

だから、時間が戻ることもない。

 

 

死ぬ……

 

 

 

 

–––––––【巫山戯るな】

 

 

 

 

っ!!

湧き上がってきたのは、激情、憤怒と言う名の感情。

無差別で無分別な怒りだった。

 

 

考えろ。思考を止めるな。

何か在るはずだ、この状況を打開する何かが。

 

そうだ!ボクはこのエリアに入った時にランゴスタを一匹この手で殺めている。「姿を奪う」条件はそれだけで満たされたはずだ!

ならば、ランゴスタに変身する事も……

 

 

答えは「不可能」。

 

体の損傷が一定以上だと変身は出来なくなる。そりゃあそうだ。もし出来たら、変身と解除を繰り返し続ける事によって殆ど無限再生能力になってしまうじゃないか。

それに、「変身酔い」が酷すぎる。これ以上使えば何が起こるかわからない。

 

 

禁忌の変質者(キメラ)」は相変わらずこの状況では役に立たない。多分今なら使った瞬間死ぬだろう。

クソッ!転生特典ならもう少し役に立てよ!!

 

 

何か…無いのか!?何かっ!!

 

 

……っ!?

 

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)

 

…役に立たないハズレ能力とか言っておきながら、何気にこれまで一番役立ってくれている能力。

 

 

……ある。

 

 

方法が、あるんだ…。

 

ただ、それをするには……心も、体も、少しばかり人間をやめないといけないかもしれない。

成功率も決して高く無い。言うなれば賭けだ。

ここに来てから、幾度となく試した、命を使った賭け。

 

 

 

 

ああ、どっちも、今更だよなぁ。

 

 

 

 

ボクの手元に「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」が召喚される。

それを観察し、しっかりと切れ味が残っていることを確認すると、無理矢理に上体を起こし、自分の左足を見つめた。

 

裸足で此処まで走って来たことにより、既にズタズタで傷だらけの足。それに追い打ちをかけるように巨大なリオレウスの爪の先が突き刺さっており、そこを中心として皮膚が紫色に変色している。

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」を何処からともなく取り出し、その入り口の上にリオレウスの爪が刺さった左足を乗せた。

 

 

「フゥー……」

 

心を鎮めるように、ゆっくりと息を吸い、次の瞬間、カッと目を見開いた。

 

 

そして、

 

 

 

ブチッ……!

 

 

 

その左足を、自らの手で、切り落とした。

 




ボクは◯ん◯んを◯めるぞジョジョー!!

そこを伏字にするな!


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第12話、飛竜の決戦、その下で。part3

如何にして人は人で無くなるのか。

でわどーぞ。



ブチッ……!

 

刃を振り下ろした瞬間、繊維筋が切断される生々しい音と共に、鮮血が吹き出す。苦悶の声を上げ、心の中では絶叫する。それでも、飛竜の注意を引くわけには行かない。その悲鳴は歯を目一杯食い縛って必死に飲み込んだ。

 

 

一度では切れない。二度、三度と、刃を振り下ろす。

 

ブチッ!グチャッ!ガシュ!!

 

「ぐっ……ぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

激痛が灼熱のように押し寄せ、脳を焼く。その苦痛に悲鳴を漏らしながらも、ボクは手を休めずに骨ごと足を断ち切らんと刃を振り下ろす。

そして、自らの左足を、ボクの体との繋がりを完全に断ち切り、切り落とした。

 

 

 

自分の足を切り落とす。

それだけの異常な行為に、ボクの心は何かしらの反応を示すと覚悟していたが……いざ、実際にやってみれば、拍子抜けするほど、「特に何も感じなかった」。

それは痛みで思考は塗り潰されるし、グチャグチャになった肉面を見れば吐き気だって込み上げてくる。だが、それだけなのだ。特に感慨も無く、ただそれだけなのだ。

 

ボクは、おかしいのだろうか?

 

ボクがおかしいのか、世界がおかしいのか、

ボクがボクをおかしくしたのか、世界がボクをおかしくしたのか、

ボクが世界をおかしくしたのか、世界が世界をおかしくしたのか、

 

或いは、全ては必然であり、予定調和で…

おかしいところなど、一つもありはしないのか。

 

 

切り落とされた左足とその傷口から溢れ出た血は、その瞬間にまるで「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の中の闇に吸い込まれるように消えていった。

そして、それに追従するように、ボクは左足の太腿の切断面を「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の中に突っ込んだ。

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」に物を入れる条件は、大きく三つ。

 

一つは、入れた物が生き物の死骸であること。

この時は、サイズ、状態、物品問わず、大抵の物は入れることができる。ただし、枯木のように他のものに固定されていたらダメだ。

 

一つは、完全に生命体でない場合、使用者、つまりボクの血を含む体液が付着していること。そして使用者が一人で持ち上げられるものであることだ。

 

そして、もう一つは、もし生命体であるならば、「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の壺の入り口に入る大きさまでのものであることと、無生物と同じく使用者の体液が付着していることだ。

 

生命体だと一気に条件が厳しくなるが、それでも不可能ではない。

 

だが、上の条件だと、直径30cmという壺の入り口の大きさの関係上ボクの体を丸ごとは入れることが出来ない。

だが、細身なボクの片足の太腿程度ならば、部分的(・・・)に入れることが、可能。

 

 

そして、入りさえすれば、好きなように改造することが出来る。そういう能力だ。

 

 

まず、切り落とした左足からリオレウスの爪を抜く。「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の中はどうやら時間が止まっているらしいので、抜いても血は吹き出さないようだ。

 

でも、こうしているうちにもいつ上空から流れ弾が降ってくるかわからない。だから作業はできる限り迅速にっ!

 

次、改造能力を使って、出血毒を完全分離!

 

次、蓄積された乳酸を強制排出!

 

次、改造!切断された断面同士を癒着させ………っ!

 

 

クソッ!適当に切った上にリオレウスの爪が刺さっていたから損傷が激しすぎるっ!!

ならば……代用品を使って埋めていくしか無い!

 

 

ボロボロの表面を、グチャグチャの中身を、グロテスクな切断面を補うために……ドスランポスの体組織を使用する。

 

ドスランポスの肉を血を、鱗を爪を、自らの足に、融合させていく。ついでだ、左足だけだが、脆弱な人間部分を減らして、ドスランポスの体組織で強化しよう。

 

 

左足は太腿から先が闇に呑まれているため、特に痛みは感じない。しかし、自分の体が自分で無くなるような、そんな言葉には言い表せない不安がボクの心に湧いてきた。

 

 

それでも……

 

ボクは、生き延びて見せるから。

 

 

そして、左足の癒着と改造が、今、完了した。漏れ出た血液を全て戻し、これで作業は終了だ。

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」から、ゆっくりと左足を抜く。

途中までは通常の人間の足。しかし、太腿の途中から先が、ランポス特有の青い縞模様の鱗で覆われて刺々しくなっており、更に足の指先にはドスランポスの真紅の爪が付けられていた。

 

そして、何よりの変化は、力が湧いてくる。

 

疲れていない状態の自分よりも、更に高いポテンシャルを、その左足は秘めていた。

 

 

 

この方法を試す時、やはり一番気掛かりだったのは、全く別種の生物を体に組み込んだことによる拒否反応だった。

しかし、その答えは、あの今まで一度も役に立っていない転生特典なが、示してくれた。

 

 

 

"「禁忌の変質者(キメラ)」に拒否反応は起こらない"

 

 

 

それが、全ての鍵となった。

 

人で無くなる、理由に。

 

 

 

左足の傷は無くなり、これ以上の血液の流出を防ぐことができた。

だが、それで突然立てるようになったり、まして走れるようになるわけでは無い。疲労は依然全身に鉛のように重くのしかかり、これまでに流れ出た血液が戻ることもない。

 

再び、泥臭く地面を這って、前へ進んだ。

とにかく前へ。

前へ。

 

 

「がっぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」

 

叫ぶ。

痛みを堪えるため、力を入れるために。

 

だが、そんなものはまやかしだ。根性論甚だしい。

叫んだところで流れた血は戻らない。蓄積された疲労が無くなることなどない。隠された力が目覚めるわけでもない。

余計な体力を使い、飛竜の注意を引いて死亡率を高めるだけだ。

 

 

でも……

 

 

それでもボクは……

 

 

足掻けば、足掻いて足掻いて、足掻き続ければ、いつか道は拓けると、そう、信じたい。

 

 

土に塗れながら、湿った地面の上を這い進む。

エリア11に続く細道までは、少なめに見積もって10メートル。それは、呆気ないほど短くて、そして絶望的に長い。

 

それでも、前へ……

 

 

 

ズドォォォォオオオンンッ!!!!

 

轟音と地響き、そして地震のような衝撃と共に、これまでのブレスとは比較にならないほどの質量を持った物質が、ボクの真後ろに落下した。

 

振り返らずともわかる。この気配はライゼクスだ。

いくらライゼクスがリオス種と相性がよくても、流石にリオレイアとリオレウスを同時に相手にするのは難しく、あえなく墜落したといったところだろう。

 

だが、ライゼクスがただ黙って墜落するはずもない。リオレイアかリオレウスのどちらかを道連れに落ちたはずだ。

 

その証拠に、今、ボクの真後ろでは巨体がぶつかり合い、組んず解れつしている音と衝撃がこれでもかと鳴り響いている。

熱風と雷撃がバックで嵐のように吹き荒れ、その余波はボクにまで影響を及ぼす。熱風の頻度から考えて、戦っているのはライゼクスとリオレウスだろう。

取っ組み合いの最中なので、リオレイアは手が出せないといったところか。

 

 

おそらく、人間が立ち入れば数秒とたたず細切れにされるような戦いが、真後ろでは展開されている。

両者周囲の環境に配慮するような余裕は無く、また戦闘の余波によっていとも容易く大木がへし折られた音が聞こえた。

無論、その脅威は、いつ自分に降りかかるかわからない。

 

しかし、ボクは今、不思議なほどに後ろの事が気にならなかった。

 

 

いや、それは当たり前のことだ。

自分は弱い。だから、ボクの後ろで起きている圧倒的な力の応報を気にしたって、何か変わるものでも無いのだ。

 

今、ボクに必要なのはただただ愚直に前に進むことのみ。

それ以外のことを、ボクは必要としない。

 

 

ボクは生きること以外の一切のことを、許されていないのだから。

 

 

 

 

ガッ……!!

 

 

気付けば、ボクの体は、宙を舞っていた。

衝撃も痛みも感じず、ただ唐突に、浮遊感の中にあった。

 

そして、吹き飛ばされているのだと、脳が自覚したその瞬間に、ボクの全身に激痛が襲いかかる。いや、正しくいうならば、激痛を思い出したというべきか。

壊れた人形のように飛び上がったボクは、そのまま重力に引っ張られて吸い込まれるように地面へと落下した。

 

 

全身に鈍痛が駆け巡り、肺の空気が一気に押し出されたことで咳を繰り返し、そして衝撃に嘔吐する。

右腕から着地……というよりはモロ墜落したためか、右腕は熱を持ち、奇妙な方向へと折れ曲がる。

それだけでなく、右胸にも鋭い痛みが走った。

 

 

右腕が折れた。肋も何本かやられたか…。

 

口の中に入った土を吐き出し、顔を上げて現在の位置を確認しながら、冷静にそう判断する。まだ足と左腕が動くのならば、活路は開ける。さして気にするものでもあるまい。

 

 

それよりも、僥倖だったのは、何故吹っ飛ばされたのかは状況が混沌とし過ぎていて不明だが、とにかく吹っ飛ばされた影響でエリア11まであと少しという位置まで漕ぎ着けることができたことである。

 

 

あと少し。あと少しなんだ…。

 

 

その希望を胸に、必死に前へと躙り進んだ。

手のすぐ届くところに小さいが薬草とアオキノコが生えているのを発見した。すかさず口の中にある放り込む。薬草もアオキノコも、腹にはたまらないが回復作用がある。

今この状況で手の届く位置にあるのならば採らない理由は無い。

 

よし、怠さも頭痛も吐き気も少し楽になった。

ほんの少しの変化だが、今はその僅かが何よりも大切なのだ。

 

 

前へ。前へ。

 

 

背後では、依然として飛竜の決戦が続いている。

おそらく、戦いは泥沼化することだろう。

 

 

 

そしてボクは………、

 

 

 

 

 

目的地、「森丘」、エリア11に、辿り着いた。

 

 

 

 

…現実時間にして、エリア5脱出劇からおよそ一時間。

 

そう、あれ程長く感じたのに、現実にはまだたったの一時間しか経っていないのだ。

 

 

 

ボクは、これ程長い長い一時間を、おそらくほかに知らないだろう。

 

 

 

この先ボクが、これよりももっと遥かに長い絶望的な一時間を、何度も何度も経験することになることなど……

 

 

この時はまだ、知るよしも無かったのだから。




密かに囁かれるR-18G疑惑。
もう少し、もう少しでほのぼの要素を出せるんだ!!


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第13話、涙を拭って!part1〜諦観の涙〜

お待たせしました!(誰も待って無いなんて言わねぇで…)
文才欲しいよぉ。(そう思っていない人なんていない模様。)

でわどうぞ。



「ゴッホゲホ……グッ………ゴホゴホッ!!」

 

短い草のみが生えた石の地面の上で、幾度となく咳き込みながら倒れ込んだ。喉からは鉄臭い血の匂いが漂って来ており、全身の繊維筋が引きちぎれたように痛みを上げる。

 

そんな状況であるにも関わらず、ボクの頬に現れたのは確かな笑みだった。

 

「後……少し。」

 

 

岩に挟まれた狭い通路を、小さくなっていく戦闘音を後ろに聴きながら這い蹲って抜けると、サラサラと静かな水の音が耳を刺激した。

 

「森丘」エリア11。

モンハンのゲームの中では、ココット村の村長の依頼(チュートリアル)でサシミウオを釣りに来た、影は薄いけど懐かしい場所だ。

 

「ハンターの基本、釣り」だっけ?懐かしいなぁ〜。

 

小さな滝と魚が釣れる小川。エリアには木漏れ日が優しく降り注いでおり、水面に反射して一種神秘的な空間を作り出している。

川のせせらぎは耳に心地よく、荒廃した心を落ち着かせた。

 

うんうん。本当に懐かしいよ。

だからさ、

 

 

 

そんなエリア中央の石の細道のど真ん中に堂々と陣取る、周りの神秘的な風景からすれば異物としか言いようのない、武骨で巨大な猪。

口元には白い牙が雄々しく反り立っており、その鋭利さを見れば、あれに貫かれれば一撃で死んでしまうことなど想像に難くない。

脚は体に比べれば小さいが、太く、それでいて引き締まっており、そこから繰り出される突進はかなりの速度を誇ることだろう。もちろん陸の女王たるリオレイアとは比べるべくも無いが、それでも地球のイノシシから考えても人一人殺すくらいなら造作も無いことだ。

 

それは、モンハン界一、二を争うお邪魔モンスターであり、そして、サシミウオを釣りに来た初心者ハンター達を容赦無く吹き飛ばす最大の宿敵。

 

……その名は、

 

 

"ブルファンゴ"

 

 

…そこまで忠実に再現しなくていいんだよ?

 

 

ずっと伏せている姿勢だったことが幸いしたのか、ブルファンゴはまだボクの存在には気付いていない。しかし、嗅覚の鋭いブルファンゴにかかれば、ボクの姿を見つけるのは時間の問題といえよう。

 

能力の副作用は、大分落ち着いて来た。「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」の副作用である頭痛は常識的な範囲に収まり、「奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)」による変身酔いの吐き気も戻す程では無くなった。

でも、立ち上がるのはまだ難しい。

 

ましてや、利き腕である右腕が折れた状態で、しかも素材を足に使ってしまったせいで「焦げたドスバイトダガー(劣化型)」すら無い状態で、ブルファンゴを撃退するなど不可能だろう。

 

 

もちろん、この道を引き返せる筈もない。

また飛竜の戦いに巻き込まれに行くなんて自殺行為に他ならない。

自傷行為はしても自殺行為はしない。

 

 

 

進めど死。戻れど死。動かずとも死。

 

人は、この状況を、「詰み」と言うのだろう。

 

 

 

幾度となく命の危機に立たされ、生死の境を僅かな差で踏み止まり、道を切り開いたと思ったら次なる禍が訪れ、まるで詰将棋のように、ボクが死ぬことが予定調和であるかのように、死神はボクの首に鎌を突き付け、追い詰める。

 

 

何度も何度も死の淵で、それでも諦めずに生きようと足掻き、

 

それでもなお、世界はボクに生き残ることを許そうとしない。

 

 

ボクは一体どこで間違えたのだろうか。

ボクは、どうすれば生き残ることが出来たのだろうか。

 

 

わからない……。

 

 

後悔することは出来ない。

何故なら、「あの時こうすれば良かった」という、"正解"すらも、見つけることが出来ないから。

 

 

 

ただ、悔しい。

どうしようもなく……悔しい。

 

どっかの物語の主人公のように、成したいことがある訳でもない。護りたい存在がいる訳でもない。志も無く、ただ泥臭く生きることしかできないような存在で……それでもボクは、力が欲しいと思った。

 

自分の身さえも守ることのできない、ボクの弱さそのものが、何よりも悔しいのだから。

 

 

 

…何故、ボクはこんなにも、弱いのだろう。

 

プライド捨てて、倫理も捨てて、道徳も捨てて、常識的な心さえも捨てて…、

それでも生き残ることすら出来ないくらい、弱いんだ…。

 

 

神様。

 

もし、神様がいるのなら…。

 

最強じゃ無くたっていい。規格外じゃ無くたっていい。大きなことを成せるような力じゃ無くたっていい。

ただ、自分の身くらいは護れる、力を……

 

 

 

 

「………グッ!!」

 

歯を食いしばり、苦悶の声を飲み込みながら、既にボロボロの全身の筋肉を無理矢理動かし、咄嗟の判断で左へと飛ぶ。

体のありとあらゆる箇所の筋肉が、まるで刺々しい石にでもなってしまったのかと思うほどの激痛を上げ、意識が飛んでは痛みのあまり覚醒しを、僅か1秒に満たない時の間に、数回、数十回と繰り返す。

 

石の上に全身で着地し、ゴロゴロと転がり、壁にぶつかって咳き込み、そして凝り固まった首の筋肉を動かして顔を上げる。

 

 

ボクの視線の先に映ったのは、急ブレーキをかけて止まり、そしてこちらに振り向こうとするブルファンゴの姿であった。

 

 

とうとう気付かれてしまったようだ。

 

 

ブルファンゴがゆっくりとこちらに振り向いたその瞬間、ふと、気になる点が生じた。

 

ブルファンゴの白い牙の先に、まだ真新しい人の腕のようなものが突き刺さっていたのだ。

その腕からは新鮮な血が勢いよく吹き出し、ブルファンゴの顔を真っ赤に濡らす。

 

……まさか、ボク以外にも襲われた人がいた?

 

一瞬、そんな考えが脳裏に浮かぶ。

しかし、近くにそれらしい姿や気配は無い。ならばどうして?

 

その答えは、自分の肩を見た瞬間に、解決した。

 

 

……折れた右腕が、肘先から無くなっているのだ。

 

 

それを認識した瞬間、ボクの右腕に激痛が走り、血が溢れ出す。

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!

 

止血する、手段も時間も無い。

逃げる、体力も道も無い。

 

 

ブルファンゴが、その血塗れの双眸でジッとボクを睨みつけ、そして数回程足を地面に擦らせた。

 

 

 

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

 

 

『詰み』だ…。

 

 

 

 

 

【「処女の涙」より、「諦観の涙」を発動します。………それが望んだ結末か?】

 

 

 

 

 

 

––––––––––

 

 

重い……。

苦しい……。

焼け付くように熱いのに、刺すように冷たい……。

潰れそうなくらい強く押されているのに、全身がズタズタに引き裂けそうでもあり…。

 

 

『黒』。

 

 

目の前の光景に、一つ名を与えるならば、『黒』だ。

 

自分が瞼を閉じているのか開けているのかわからないほど、少しの光も、そこには存在しなかった。

 

 

一切の光無き闇。

一切の救い無き深淵。

一切の、一分の隙さえも許されない、純然たる黒。

 

いや、或いはそこには、闇さえも存在しないのかも知れない。

 

ただ、「何も無い」という状況を、脳が理解することが出来ず、取り敢えず「黒」を表示しているだけなのかも知れない…。

 

自分の姿さえも見えず、自分の存在さえ感じられない。

 

光も無く、音も無く、匂いも無く、触覚も無く、上も下も無く、

なのに何故か、重く、苦しく、冷たく、熱い。

 

虚無のようで、虚無でない。

 

虚無というのは、その存在そのものが矛盾しているのだから。

 

 

この世界、仮に『矛盾』と呼ぶことにしよう。

 

 

『矛盾』…。

その世界を前にして、ボクの心には不思議な感覚が生まれた。

一度たりともこの世界を訪れた事などあるはずも無いのに、何故かボクにはこの世界が異様に懐かしく、まるで、長く長く帰っていなかった故郷に戻った時のような、不思議な感慨を抱いたのだ。

 

苦しく、辛いはずなのに、何故かその苦痛こそがボクを優しく包んでくれる。

 

ああ、ずっと此処に居たいな……。

 

 

 

 

 

【それが望んだ結末か?】

 

 

 

頭の中で、声が響いた。

音の無い世界で、声が響いた。

 

幼子のようにあどけなく、老人のように枯れていて、母のように暖かく、他人のように冷たく、歌手のように美しく、それでいて醜い。

楽しげで、暗く、リズミカルで、ちぐはぐで、優しく、残酷で、親しみやすく、恐ろしい。

 

そんな声。

 

その声を聞いた途端、ボクの中に途轍もない不安が駆け抜けた。

心臓を鷲掴みにされたような、世界にただ一人ボクだけが取り残されたかのような、激しい不安が。

 

 

 

【生きろ】

 

【生きろ】

 

【強くなれ】

 

【諦めることは許さない】

 

【殺せ】

 

【殺せ】

 

【殺して食え】

 

【食って奪え】

 

【全てを奪え】

 

【生きろ】

 

【生き続けろ】

 

【許さない】

 

【許されない】

 

【許すべきで無い】

 

【死なない】

 

【死なせない】

 

(やすらぎ)は訪れない】

 

【生きて苦しむ】

 

【苦しみ生きる】

 

【何度でも】

 

【何度でも】

 

【何度でも】

 

【何度でも…】

 

 

畳み掛けられる言葉。

言葉に表せない不安が、ボクの心をを蝕んだ。

 

 

煩い。煩い。煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!

 

その声を振り払うように、耳を塞ぐ。首を振る。

しかし、塞ぐ耳はそもそも存在せず、振る首も無い。ただ、声は、声だけは淡々とボクに語りかけてくる。

一切の慈悲も容赦も無く、言葉を紡ぎ続ける。

 

 

【空を見よ】

 

【海を見よ】

 

【大地を、】

 

【彼方に在る山を、】

 

【風を聞け】

 

【波を聞け】

 

【草木を、】

 

【清き川の細流を、】

 

【全てを見よ】

 

【全てを聞け】

 

【全てを知れ】

 

【生きろ】

 

【生きろ】

 

【生きて苦しめ】

 

【苦しみ足掻け】

 

【涙を拭え】

 

【立て】

 

【立ち上がれ】

 

【何度でも】

 

【何度でも】

 

【…見捨てない】

 

 

ヤメロ。黙レ。

キミに何が解る。

ボクの苦しみが、ボクの悔しさが……

 

 

……悔しさ?

 

悔しいって……何?

ボクは何をここまで悔しがってる?

ボクは……

 

 

【ボクよ、キミは何を望む。】

 

 

突然、声が澄んだように統一された。

まるで、ボク自身の声を聞いているかのような。

 

 

何を望む……?

わからない。知らない。

いったい何なんだ。キミは誰で、ボクの何を知っている?!

 

 

【ボクがキミの事を知らないはずがない。】

 

【キミはまだ諦めてなどいない。折れてなどいない。】

 

【ただ諦めたフリをしているだけ。折れたフリをしているだけ。】

 

【今尚、キミは生に執着している。】

 

【だってキミはボクなのだから。】

 

 

ボクは……キミ?

キミは誰?ボクは誰?

キミならボクを助けることができる?生きる術を与えることが出来る?疑問だらけなんだ。

 

 

【それは出来ない。】

 

【知っているはず。】

 

【信じろ。自分の力を。】

 

【道はある。】

 

【いくらでもある。】

 

【何にでもなれる。】

 

【自由だ。】

 

 

ボクの、力。

この転生特典のこと?この世界にそぐわない、忌むべき力を?

神様とやらに、与えられただけの力を?

 

【いずれ解る。】

 

【その力の意味を、】

 

力の……意味?

いずれ解るって?

転生特典じゃ無いとでも言うの?

 

…。

 

しかし、声は答えない。

いや、或いはその不気味な沈黙こそが、答えなのかも知れない。

 

でも、何故だろう。自分自身の声だからだろうか。

ボクはその声を信じる気になった。

 

 

【ボク、キミは何を望む。】

 

それは先程と、一語一句、アクセントまで全く違わない、完全すぎるほどに同一の質問であった。

違いがあるとするならば、それはボクに答えがあるか否かだろう。

 

 

……ボクが欲するは命。

 

【それを邪魔する者は?】

 

……敵。

 

【敵は?】

 

…殺す。

 

【……ならば何度でも問おう。】

 

 

 

 

 

 

【それが望んだ結末か?】

 

 

 

 

 

 

 

……否!

 





……ふぅ。
執筆早くなりたい。(そう思っていない人はry)

もう少し明るい内容のも書きたくなってきたなぁ…。


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第14話、涙を拭って!part2〜ボクの転生特典〜

今回は割と蛇足回。
読み飛ばしても意外と話が繋がるようになっています。

でわどうぞ。


……否!!

 

 

心の底から叫んだ。

いや、心よりも更に奥深く、根強い、『魂の底』とでも言うべき場所から、その叫びは溢れんばかりに飛び出したのだ。

 

それは即ち、生き物であるならば当然持つべき生存欲求というもの…。

 

【それが望んだ結末か?】

 

()はボクにそう問いかけて来た。

正直に言えば、ボクはボクの望む結末がどんなものなのか、現時点では皆目検討もつかない。今のボクは目の前の事に精一杯で、とても未来のことを考えるほどの余裕を持っていないからだ。

 

だが、それ(・・)が望んだ結末かと問われれば、答えは否だ。

確かにそれを取ればひょっとしたら苦しむことは無くなるのかも知れない。無力感や悔しさを抱くことも無いのかもしれない。

そうだよ。ボクはこの世界にさしたる執着や思い入れがある訳でもなく、記憶も無いがために、その他の欲望だって希薄だ。ならばこんなにも苦しむ必要は無いのではないか?逃げていいのではないか?そんな思考も何処からともなく湧いて来たりもする。

 

だが、何かが違う。何かが違うのだと魂が叫び続ける。

 

 

この世界の命の価値は軽い。皆当たり前のように生まれ、当たり前のように死んでいく。って、語れるほどボクはこの世界にいる訳ではない…まだ半日も経っていないから……のだが、それだけは確信している。

 

だがしかし……いや、あるいはだからこそ、命というのはただそれだけで何より変えがたい奇跡なのだ。

幾星霜の年月と、途方も無い因果と、果てしない確率の果てに生まれた、ただ一つの奇跡なのだ。

 

 

だから、ボクもそれに向き合おうと思う。

生きるという行為に、逃げたり、目を背けたりする事なく、生き抜こうと思う。

この荒々しく、眩しく、美しく、残酷な世界を。

 

 

–––––––

 

 

と、言ったはいいものの……。

まず、ここからどうやって出るんだろう?

 

さっきから何の変化も無いんだけど、この空間。

 

いや、こういうのってさ、王道だとするなら主人公が何かしら決意すると崩れ落ちて元に戻るような仕様というかギミックというか、とにかくそんな感じのものがあるじゃん。

いや、そんなもの微塵の期待もしてないけどね。だってこの世界だし、ボクだし。

 

うん、でもさ。

 

 

相変わらず、視界…と呼んでいいのかもわからないそれは、限りない黒に閉ざされている。音などあろうはずもない。手足の感覚さえもなく、生きているという実感さえ希薄で、自分の命の鼓動さえも感じられない。

にも関わらず、何ら抗う術を持たないボクの身に、業苦の如き苦痛は延々と襲いかかってくる。

 

 

このままここで発狂エンドとかは一番やだよ?

 

悲鳴を出すこともできぬ身の上故、苦痛に呻いたり嘆いたりすることも無いのだが、人間というのは…というか生き物というのは悲鳴を出すことで痛みを和らげるという性質がある。つまり、何もできぬままただ苦痛だけが襲い来る現状は、精神的にかなり辛い。

…さっきまでのボク凄いな。こんな環境を故郷のように感じてしまうなんて…一種洗脳じみたものを感じるよ。

 

 

あ、洗脳といえば、ボクには五つも転生特典があるんだったね。そのうちのどれかが鍵になるのかな?

 

 

まず、そもそもこの状況になった原因が、たしか「処女の涙」の中の「諦観の涙」というものだったはずだ。それが一体どういう能力なのか…それさえ分かれば解決の糸口は見えて来ると思う。

…ただ、肝心の「処女の涙」という能力そのものが、最悪レベルに理解不能なんだよなぁ。

 

確か、「悔恨の涙」が時間を巻き戻す能力だっけ?

それが「諦観の涙」とどういう関係性があるのか…同列の能力なのだから何かしらの共通性はあるはずだ。

 

両者の共通性といえば、一つはっきりしているのは「発動条件が狂ってる」ことだろう。「悔恨の涙」なんか死ぬほどの後悔じゃないと発動しないし、「諦観の涙」に至っては恐らく心が折れかけてないと発動しない。

……ちょっと待って、ボクまだこの世界に来て半日も経って無いんだけど?それでどうして上二つの条件を満たせちゃってるのよ?

 

…なんて愚痴を言っても仕方が無いんだけど。

 

 

えーっと……他に共通性は…。

 

そもそも、今の状況とはなんなのだろう?完全に視界が暗転していて、音もなければ自分の感覚さえも無い。

 

そもそも、ブルファンゴにド突かれて死なないのは何故か?…ブルファンゴが止まっているから?

光が止まっているから目も見えなくて、空気の振動が止まっているから音もしない、電気信号も止まっているから感覚も無いし、鼓動も呼吸も無い。

 

…つまり、「精神以外の時間が止まっている」?

 

……そう考えるのが妥当そうだ。生憎、今のボクにはそれ以外の選択肢は思い浮かばない。

 

もしそうだとするならば、「処女の涙」の能力は、ズバリ「時間に関する能力」である。発動条件さえもう少しマトモだったら、さぞかし有用な能力だったことだろう。寧ろだからこそ発動条件があそこまで酷いのか…。

いや、あるだけでも十分すぎる程の甘え能力なんだけどね。

 

 

さて、もし時間が止まっているとするならば、脱出するためにはどうしたらいいか?

当然「破っ!!」なんてやってこの空間をぶち壊すことなどいろいろな意味でできようはずもない。

 

精神以外の時間が止まっているというのが本当に正しいのかという確証はないが、現状、この空間で自由に動かすことができるのは意思だけである。であるならば、この世界の脱出の鍵にはかならず意思が関わっているはずだ。

 

 

そうだ、せっかくなので、これまで色々とあって思考を裂く暇さえ無かったがために、あまりしっかりと確認できていない転生特典をもう一度よく調べて見よう。

自分の能力を知っておいて損は無いし、なによりも脱出の糸口が掴めるかもしれない。

 

問題は、その内容がろくなものじゃないということなんだけど……、まあ、それは今更だから気にならない。

 

 

さあ、能力詳細確認!

 

 

奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)

※対象の記憶、姿、存在を奪う能力。その者の生涯、そして命の尊厳をも犯す。嗚呼、罪深いナ。

・記憶を奪う。対象の記憶を知識として奪い取ることができる。ただし、この能力では蓄積された経験などは奪うことができない。発動条件は対象の頭に触れながら目を合わせる、脳を喰らう、そして接吻の三つである。

・姿を奪う。対象の姿を奪いそれに変身することができる。ただし、変身後は変身解除以外の転生特典は使用できず、変身対象がもつ能力にも一部制限がかかる。発動条件は対象の殺害、捕食、そして接吻の三つである。

・存在を奪う。存在を奪うと、例えば国王の存在を奪えば、その瞬間から使用者がその国の国王となる。誰もそのことに違和感を抱くことはない。人が変わっていることにすら気付かない。なお、奪われた者は誰にもその存在を思い出されなくなる。発動条件は対象の捕食、心臓を撫でる、そして接吻の三つである。

 

 

既に後悔し始めてるけど…。

チュー好きだなこの能力。

 

 

悪魔の誘惑(マインドコントロール)

※相手の頭に触れることで、対象者の思考を操作し、ある程度自分の望んだ動きをさせることができる。ただし、命令の強制力を高めると副作用として頭痛が襲いかかる。醜き傀儡共は、意思を棄て、愚かなる奴隷と成り下がる。

相手が嫌がることだとそれだけ副作用は大きくなり、逆に相手が望んでいることならば副作用は小さくて済む。

一度でも数秒程度頭に触れれば操作可能。ただし、頭に直接触れて操作する場合よりも副作用が大きい。

頭痛の大きさP=強制力1/2c^2×絶対距離m

副作用さえ気にしないのならば理論上は星の裏側からでも操作は可能。ただしその場合即座に脳が沸騰する。

攻略法は意外と多いので、人間に対して用いる際はあらかじめ心理学的マインドコントロールを施してから使った方が良い。

転生特典の中では珍しく、能力進化以外で鍛えることができる。

 

 

マイナス効果が高いんだよこの能力。その分有用なんだけどさ。

そしてちゃっかり「能力進化」とかいう気になる単語が差し込まれているクオリティ。

 

 

禁忌の変質者(キメラ)

※身体の一部をエネルギーを代償に好きな姿に改変できる。禁断の秘術によって生み出されし怪物は、虚ろにこそただ生きる。

主に自らの生命力を代償として、好きな物質や器官を作り出す能力。生命力を消費するという関係上、過度使用の代償は命となる。

基本的に自分の体組織と懸け離れた物を生み出そうとするほど、また、より多くの物を生み出そうとするほど、その代償は大きくなる。生物の器官などならば比較的低コストに、複雑な合金などならば代償は非常に大きくなる。

 

 

……使わなくて良かった。

これ絶対危ないやつだ。「もうやめろ!それ以上変質したらお前は……っ!」とかなるやつだよ。

 

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)

※幾千もの骸と怨嗟を封じし朱き肉壺。恒久とも思えし時を超え、数多の影は、数多の御魂は、ここに歿す。

無生物、死骸、小型生物などの材料を入れ、自由に改造する能力。

材料さえあれば道具、武器、素材、自律行動死体、生物部位などを作り出すことができる。材料無ければただの壊れない壺。

生物の死骸はほぼ無条件に入れることができる。無生物ならば自身が持ち上げられる程度の大きさで、なおかつ使用者の血がついていれば可能。生物であれば、壺の入口より小さく、尚且つ使用者の血がついていれば可能。

収納量に限界は存在しない。使用者が存在している限りは決して壊れることはない。

 

多分これは、モンスターを倒して素材を手に入れ、その素材を使って強くなっていくっていう、モンスターハンターのゲーム性そのものをテーマにした能力……なのかな?だといいなぁ。

取り敢えず、転生特典の中では一番マトモだ。

 

そして最後に、ボクがこの状況に陥っている最大の原因にして、最凶災厄の能力である確率が高い…

 

 

処女(おとめ)の涙」

※貴方が涙を流す時、世界は動き出し、

貴方が真の涙を流す時、全ては…解放される。

運命規律を超越せし◆◆◆の権能。「調和を乱す者」として存在し、◆◆を以って拒絶されて然るべき「FANT」に干渉する。

 

 

ほら見ろ、能力に関する説明が何も無いよ。

というかさ、ボクがやたらと苦難に襲われている原因が、この能力にある気がしてならないんだ。こう……世界に拒否されてるみたいな?

 

そうだね。ボクの持つ転生特典がやたらとファンタジックなせいで、リアルを旨とするモンハン世界に拒絶反応を起こされているとか、ありそうじゃない?

まあ、冗談だけど。

 

 

さて、転生特典は確認し終わったけど…相変わらず脱出の糸口は掴めないなぁ…。こんな時こそあの声が助けてくれるものなんじゃないの?ねぇ?なんとか言ったらどうだ!

 

なんて……答えるわけ、

 

 

【これから始まる物語は?】

 

あった。

しかし、言っていることの意味がよくわからない。これから始まる物語?

 

【これから始まる物語は?】

 

……。まさか、アレ?

それがキーになるの?

わからないけど、試してみるか。

 

 

 

–––––––アウィラ・タゴノ・モゥラミジャ・ハラヘットンナ

 

 

 

瞬間、暗黒に一筋のヒビ割れが生まれた。




物語が〜進まないルルル〜♪
超スロー展開にも限度がある気がしてきた。

それでも少しずつお気に入り登録してくれている人が増えている。それを原動力に頑張るぜよ。
因みに今のところこの小説、10話以上連載しているモンハン小説の中で、文字数と通算UAとの比率が多分一番低い可能性が微レ存。全然人気無いぜ!!

どうしたら皆んなあんな文才を得られるのだろうか?(そもそも需要と供給から学び直せと何度ry)


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第15話、涙を拭って!part3〜とある決着〜

覚醒した主人公の無双()をご覧あれ。




 

『矛盾』に光の罅が入った。

 

光無き世界で、その光はあまりにも眩しく、まるで界が真っ白に染まったかのように錯覚する。

 

ピキピキ…!

 

音無き世界に、音が生まれた。それは静謐の支配するこの世界ではあまりにも煩く、まるで耳元で鳴っているかのように錯覚する。

 

 

バキィィィイインッ!!!

 

『矛盾』が崩れ落ちる。

光と音、匂い、風。あらゆる情報が、一気にこの身に襲いかかり、騒がしく包み込んだ。

 

それはまるで、ボクの帰還を、祝福しているようだった。

 

 

目の前に広がるのは、さっきとなんら変わらない、「森丘」エリア11。少し先ではブルファンゴが地面に足を擦り付け、今にも突進せんと力を溜めていた。

 

状況は相変わらず悪い。

 

でも、何故だろう。

今迄頭にかかっていた霧が全て晴れたかのように、不気味な程に思考がハッキリとしている。

あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、それでいて雑音は一切無く。

 

まるでこの空間における全てのものを把握したような、不思議な全能感があった。

 

 

さっきまでのボクは、この程度の状況を、「詰み」と言っていたのだろうか?

だとしたら、随分と愚かな話だ。

 

どうやら、自分の意識外で右腕が取られたことが相当ショックだったらしいが、むしろそれこそが(・・・・・)打開の糸口。そんなことも分からないほどに疲弊していたらしい。我がことながら情けない。

 

 

「「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」、発動。」

 

今のブルファンゴなど、相手の頭に触れながら「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」を行える、絶好のチャンスでは無いか。

何せ、千切られた右腕が、奴の頭に触れているのだから。

 

 

《動くな。》

 

 

その瞬間、ブルファンゴはピタリと動きを止める。治ってきた頭痛が再び蘇ってくるが、触れながらの発動であり、さらに予め能力発動文言を言っておいたのでさらに副作用は減っている。

能力発動文言とは、ついさっき気が付いたシステムで、予め何を発動するか宣言すると、何故か副作用が小さくなるという不思議システムである。

 

ともあれ、これで時間が稼げるわけだ。

 

だが、今まで使った、「本人も望むことをやらせる」という使い方ではなく、「明らかに本人が不利になることをやらせる」ので、それだけ掌握時間は短い。

ブルファンゴを止めておけるのは現状3秒。重ねがけするごとにこれは短くなり、ブルファンゴも危機感を覚えるためその度に副作用は増していく。

 

だから、出来るだけ早く。

 

「「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」、発動。」

 

現れた赤い壺の中に、血を垂れ流す右腕を突っ込んだ。今回は再生したり修復したりするのではない。完全に新たな部品を膝先にくっつけるのだ。

 

肉面を晒す右腕と……ランゴスタの腹部の先端を、融合させる。

 

またあの自分の体が自分で無くなるような不安感に襲われるが、それでも気にせず作業を進める。

そして、融合にかかった時間、3秒。

 

赤い壺から腕を引き抜くと、膝の先には節状の甲殻と、鋭い麻痺針がくっついていた。それはまるでランゴスタの腹部を膝の先に直接くっ付けたかのようである。

 

 

《動くな。》

 

 

能力から解放され、動き出そうとしていたブルファンゴが、ボクの「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」によって再びその動きを止める。

今度はさっきよりも頭痛が酷く、そしてブルファンゴからの抵抗も大きい。

 

時間はあまり無い。フラフラと立ち上がり、ブルファンゴに向けて歩く。幸いだったのは『矛盾』の世界で休ませてくれたお陰なのかはよくわからないが、副作用と疲労が少し楽になっていたことだ。

 

それでも、まだ走るどころか真っ直ぐ歩くことすらままならない。ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ、しかし確実にブルファンゴに接近する。

 

 

《動くな。》

 

 

ブルファンゴも当然、敵が接近し始めたことに危機感を抱く。そして、「逃げねば」あるいは「反撃せねば」という意思が強まるほど、「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」によって操作できる時間も、副作用の大きさも不利になっていく。

 

ここからは、精神力の勝負だ。

 

ブルファンゴがボクの能力を断ち切るか、それともボクが能力の副作用に耐えきるか。その戦い。

 

 

《動くな。》

 

 

一歩。

ブルファンゴとボクの距離は、3メートルも離れていない。

 

 

《動くな。》

 

 

凄まじい頭痛が襲いかかる。

脳が内側から揺さぶられているような痛み。頭が割れるような恐怖。

それでも、ボクは前へ進む。

 

 

《動くな。》

 

 

耳鳴りがさながら警鐘のように鳴り響き、視界は真っ赤に染まる。

ブルファンゴとの距離は、既に2メートル無い。

 

 

《動くな。》

 

 

血の涙を流す。

それはボクの頬に赤い軌跡を残し、地面に流れ落ちて染みを作った。

 

 

《動くな。》

 

 

最早抑えてはいられなかった。

本格的に命の危機を感じたブルファンゴは、拘束から抜け出し、ボクに向けて牙を振おうとする。

 

だが…

 

 

《逃げるんだ!》

 

 

ボクの体に届くはずだったその白く鋭い湾曲した牙は、ブルファンゴが自分から後ろに(・・・・・・・)下がってしまった(・・・・・・・・)せいで、ボクの体に掠りもしなかった。

そして、ボクはそんなブルファンゴの隙を見逃しはしない。

 

ボクは、血の涙を流しながらも、ブルファンゴの白い首に、ランゴスタの麻痺針を突き刺し、毒を注入する。

普通、ランゴスタが小突いただけでは、厚く硬い毛皮がその身を守り、ブルファンゴが麻痺することはない。

 

しかし、柔らかい部位を狙って突き刺し、しっかりと麻痺毒を注入すれば、結果は違う。

 

 

「ピギィィィイ!?」

 

 

ブルファンゴが突如動かなくなった体に、悲鳴を上げる。先ほどのように「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」によって動く気が起きなかったのでは無い。今度は、どんなに動こうとしても、体が言うことを聞かないのだ。それは驚くだろう。

 

そしてボクは、副作用の苦痛のあまり地面にひざを突き、倒れかけながらも、それでもブルファンゴを倒すべく動く。

 

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」から取り出すのは、今ボクが持っている物の中で、最も攻撃力が高いモノ。

それは、火竜、リオレウスの爪だ。

 

鋭いリオレウスの爪を、左腕に握りしめ、振りかぶる。

利き腕では無いせいか、上手く力は入らないし、器用に握れている訳では無い。でも、今はそれで十分だ。

 

 

ボクは、リオレウスの爪を、ブルファンゴの体に精一杯突き刺した。

左腕からは、グシャリと生々しい感触が伝わってくる。

ブルファンゴの毛皮を引き裂く。

傷口からは、激しく血が噴き出した。

 

刺す。切る。裂く。

何度も、どれだけ返り血を浴びても、左腕に感覚が無くなってきても。

 

ただ、ボクは生き残るためだけに、ブルファンゴの命を刈り取る。

ランゴスタの時は、それでも命の重みが軽いわけでは無いが、やはり昆虫だったからか、この手で直接命を取るという行為に、さして忌避感は感じなかった。

 

でも、ボクにかかる血の温もりが、傷だらけでなお立とうとするその懸命さが、今、ボクは生き物を殺しているのだと、嫌でも実感させた。

 

 

どれぐらい、時間が経ったのだろう。

いや、少し考えれば、数秒も経たないうちだったというのは聞くまでも無い。

でも、ボクにとって、その瞬間は、まるで時間が引き伸ばされたかのように長かった。

 

 

 

体に、衝撃が襲いかかる。

麻痺から解けたブルファンゴの抵抗により、ボクは吹き飛ばされ、頭は守ったものの壁に背中を打ち付ける。

肺の空気が強制的に排出され、咳き込む。

 

ブルファンゴと目が合った。

 

その双眸は、ボクを憎々しげに、しかししっかりと捉えていた。

身体中血まみれで、各所で肉が晒され、酷いところでは骨が剥き出しになっている。

それでも彼は、走る。

 

 

ブルファンゴの突進。今の状態で食らったらひとたまりも無いだろう。

 

ブルファンゴとの距離は3メートル程。ブルファンゴが弱っていなかったら一瞬で詰められてしまうような距離。

 

ボクは、「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」からランゴスタの羽を取り出し、ブルファンゴに向けて投擲する。それはまるでナイフのように、ブルファンゴに向かって一直線に飛んだ。

 

ランゴスタの翅は、脆いが鋭い。

脆いといっても、握れば潰れるような柔なものでは無いし、鋭いといっても、毛皮を引き裂けるような業物ではない。

 

でも、目に当てれば、失明させることぐらいは出来る。

 

ボクが投げた二枚の翅は、見事にブルファンゴの双眸を捉えた。

 

光を失ったブルファンゴは、一瞬減速しながらも、それでも一直線にボクに襲いかかる。

既に、それは突進と呼べるような速度ではない。

フラフラと、歩み寄っているだけだ。

 

それでも、ブルファンゴは前へと這い進む。

白い牙が、ボクの右腕を刺したまま、ボクの目の前に迫る。

 

 

悪魔の誘惑(マインドコントロール)」はもう使えない。

そして、必要もない。

 

 

 

……彼我の距離、僅か20センチ。

 

 

 

 

最後の障害、ブルファンゴは…

 

 

 

 

ボクの目の前で、事切れた。

 




エリア11に辿り着き、お邪魔虫ブルファンゴも討伐!これで万事解決……とは問屋が卸さない。
言うなれば、「帰るまでが遠足」なのですよ。

毎度お読みくださり有難うございます。

感想、評価等宜しくお願い致します。


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第16話、涙を拭って!part4〜混濁せし意思の狭間に惑う者〜

(;゚д゚)

(;つд⊂)ゴシゴシゴシ

(;゚Д゚) …!?

……なんだ夢か。
いやぁ、評価が赤くなっている夢を見たんですよ。
そんなことあるわけ…って、えぇーっ!?(わざとらしいノリボケ)


というわけで、評価に色が付いてしかも赤くなりました!!
し、信じられん…。
未だに現実かどうか確認中ですが、本当ならば高評価をつけて下さった方々に、心の底から感謝申し上げますっ!!
感想欄でもとある読者の方からありがたい言葉をいただき、涙がちょちょぎれんばかりでございます!

至らぬ点等ございますでしょうが、これからもよろしくお願いします!!ます!!



 

 

《生き物を殺した》

 

 

自分の手にまるで余韻のように残る感触が、ボクにそうハッキリと自覚させた。

虫とは違う、人間と同じように赤い血を流す、温血動物を殺したことにより、その意識はより一層強くなる。

 

目の前に臥すブルファンゴの死体の、その開けられたままの瞳が、既に生気の感じられない瞳が、まるでボクを責めているかのように思えてしまう。

そんな筈あるわけがないのに、何故か思考の裏にベッタリとくっ付いて離れないのだ。

 

…吐き気がする。

 

それは、先程のような転生特典の副作用によるものとはまた違った、心の底から湧いて出るような吐き気だった。

口を押さえながら、何度となくえずく。しかし、零れ落ちるのは血の混じった唾液ばかりであり、吐くものなど殆ど存在しない。

 

暫くの後、嘔吐感からようやく一息持ち直したボクの肺は、酸素を求めて大きく辺りの空気を吸い込んだ。

その瞬間に流れ込んでくる、噎せ返るような血の匂い。再び戻しそうになるのを押さえ、咳き込んだ。

 

「ゴホッ……はぁ………はぁ………。」

 

気持ち悪い。

 

吐き気がする。

 

 

……何よりも気持ち悪いのは、生き物を殺したというその事実に、僅かばかりの達成感と満足感、そして快楽を見出している、他ならぬボク自身であった。

 

 

確かに、ブルファンゴを殺さなければ、ボクは生きてはいけなかった。だから、生きるために、殺さざるを得なかった。

 

 

【どうせ殺すのなら、"楽しい"方がいいだろう?】

 

 

やめろ。

 

 

本当にキミ(ボク)は、

……何よりも気持ち悪い。

 

 

 

低回する思考や呟かれた言葉を振り払い、今すべきことを成すことだけを考える。そうでもしなければ、思考の坩堝に嵌って出られなくなってしまいそうだったから…。

 

ブルファンゴの体を乱暴に退かし、ボクは魚がいる小川へと這い進む。

 

 

……力が入らない。

……遠い。

 

 

動け、ボクの体。

ここまで来たじゃないか。

どれだけ傷つき、疲れ果てても、

一人で、ここまで辿り着いたんじゃないか。

 

 

自らに言葉を言い聞かせ、失いそうになる意識を懸命に繫ぎ止める。

だが、ボクの体には既にそれだけの力が、それだけの気力が、残っていなった。

 

仮に辿り着いても、サシミウオがいるという確証は?

 

釣竿も餌も無いのに、捕まえることはできるのか?

 

捕まえたとして、本当に食べられるのか?

 

 

ネガティブな発想ばかりが頭の中を駆け巡る。

結局、今までのボクの行動は、殆ど希望的観測によるものだった。

賭けに次ぐ賭け。

無謀で無鉄砲。

 

きっと、ボクの頭がもっと良かったなら、こんな目に遭わずとも生きていけたのだろう。

きっと、ボクがもう少し強かったら、こんなに苦しまずに生きていけたのだろう。

 

 

ボクは、どうしようもないほど、馬鹿で、弱くて。

 

 

そんな奴が必死でここまで来たのに、何度諦めそうになろうとも、何度死にかけようとも、無い頭から振り絞った知恵で、弱い体から振り絞った力で、脆い心から振り絞った勇気で、乗り越えて来たと言うのに……。

どうして。

 

世界はまだボクに、いったい何をしろと言うのだ。

 

 

全力で諦めさせようとしてくる世界。

それでも諦めることを許さない世界。

 

 

ボクはいったい、どうすれば……、

 

 

 

思考が纏まらない。

耐え難い空腹が、波のように繰り返し苦痛となって襲いかかる。

 

意識が白く染まっていく。

まるで、自我が消えていくような感覚。

でもそれは、意外なことにも、不快なものでは無かった。

 

 

殺せ。

 

殺せ。

 

殺して食え。

 

全てを奪う。

 

邪魔はさせない。

 

立ち塞がるならば敵。

 

敵は………殺すっ!!

 

 

真っ白な敵意。

一切の穢れなき、純粋で無垢な敵意。

それがボクの心で暴れ狂う。

 

そしてボクは、何故かそれに抗う気が起きなかった。

何故か、今ばかりは、それに身を委ねようと、そう思ったのだ。

 

 

––––––––

 

 

『無垢』は糧を探し求める。

 

『無垢』は純然たる敵意であり究極の悪意であったが、同時に『ソレ』の中には、一欠片の敵意も悪意も存在しなかった。

何故ならば、『ソレ』は何よりも純粋な『無垢』なのだから。

 

『無垢』は這い蹲り、嗅覚を頼りに糧を探し続ける。

 

そして気付いた。食糧ならばこんなに近くにあるではないかと。

『無垢』は血の池に沈んだ茶色い巨大な肉塊に手をかけ、その芳醇な香りを愉しんだ。

 

新鮮な血の匂い。

野生的な獣臭さ。

美しいピンク色の肉。

 

それら全てが、『無垢』を愉しませた。

 

 

キャッ!キャッ!

 

 

その肉塊の、白く柔らかい腹の皮を引き裂き、臓物を引きずり出して弄ぶ。腕を血と肉の中に埋め、その体内を滅茶苦茶にまさぐっては、血塗れになった腕を引き抜き、ペロリと舐める。

 

その様子はまるで、産まれたばかりの赤子のようにも見えた。

 

 

やがて『無垢』は、その肉に食らいつく。

今この瞬間のために生やした(・・・・)牙で、皮を裂き、腹を掻っ捌いて肉に齧り付く。

 

ぐちゃぐちゃと生々しい音を立て、屠り、貪り、喰らう。

 

肉を裂く。

血を啜る。

骨を砕く。

 

臓物をも呑み、喰らう。

 

喰らう。

喰らう。

喰らう。

 

 

そこに、敵意や悪意など、ごく僅か、ほんの一握りでも介入する余地など存在しなかったなかった。

何故ならば『無垢』は愉しんだいるのだから。

 

芳しい血の香り。

自分が捕食者であるという愉悦。

血肉を飲み込むたびに、食道を駆け抜ける満足感。

 

その全てを、『無垢』は愉しんでいる。

 

 

『無垢』は何も持っていない。

 

自我らしい自我も持たず、

体ですら借り物に過ぎず、

繁殖という概念すら持たず、

他者の分類は「餌」と「敵」のみ、

「滅び」という機能さえ、『無垢』は持っていない。

 

そして、何も持っていないが故に、『無垢(ソレ)』は何よりも完成された生命体なのだ。

 

 

何よりも不完全で、何よりも完成された生命体。

 

 

故に、それを『無垢』と呼ぶのである。

 

––––––––

 

頬を撫でる僅かな風の感触と、サラサラという川のせせらぎの音に、深い眠りから醒めるかのように目を覚ました時、そこは変わらず「森丘」エリア11であった。

 

ただ、違うところがあるならば、先程までボクを苛んでいた飢餓感は消え、そしてブルファンゴの死体が何かに喰われたかのように血の池の中で肉面を晒していることぐらいだ。

 

ボクは知っている。

ついさっきまでボクがブルファンゴの死体を嬉々として食んでいたことを…。

皮を引き裂き、食いちぎる感覚。肉を咀嚼し、噛み砕く感覚。血を啜り、飲み干す感覚。それら全てを、ボクは覚えていた。

意識が無かったから覚えてないなどという、都合のいい事は無かった。

 

 

猛烈な吐き気を錯覚し、口元を抑える。

 

変身酔いによる吐き気は既に殆どない。だがしかし、先程と違い吐くものが存在する今、それはより一層強くこの身に襲いかかった。

しかし、いつまでたってもボクの胃の内容物は逆流を始めようとしない。

それはまるで、吐き気を催していると思っているのは頭だけで、身体の方は全くそんな事は無いというような、そんな感覚だ。

そう、それは、自分の精神状態に整合性をとろうと、自分の精神は正常であると思い込もうと、吐き気を催していると心だけが勝手に思っているかのような…………。

 

 

【諦めたフリをしているだけ。】

 

……そんな言葉がふと思い出された。

ならば、今のボクも、所詮は「フリ」でしか無いのだろうか…?

 

だが、その問いに答える者など誰もいない。

ボクは独りなのだから。

 

 

 

血肉を生のまま喰らったにも拘らず、ボクの体にはなんの変化も訪れなかった。

つまりそれは、これまで安全に食すことのできるサシミウオを求め続けて歩んできた、気の遠くなるほどに長い道のりは、全て無駄であったということを示していた。

 

……忌々しい。

 

 

ブルファンゴの牙に突き刺さった右腕を乱暴に引き抜き、「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の中に落とす。ブルファンゴの亡骸も同時に壺に収めた。

そして、ボクの右腕の肘先に付いたランゴスタの腹部をブチリと毟り取り、同じように「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の中へと突っ込んだ。

 

右腕を修復する。

喪われた部分はブルファンゴで補い、折れた骨もくっつける。

 

 

……ああ、そういえば、肋も折れてるんだっけか。

まるで他人事のように、ふと思い出した。

痛みなんか、とうの昔に忘れてしまっていた。

 

 

蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」から、腕を引き抜く。

ゴワゴワとした毛皮に覆われた、不自然に太い腕。手の甲から指にかけては、黄色いランゴスタの甲殻によって、鎧のように覆われており、針状の爪には麻痺毒が仕込んである。

……鎮まれ、俺の右手っ!!みたいになりそうなビジュアルである。これで拒否反応が起こる身体だったら、別の意味でそうなるんだろうけども。

 

器用さが若干下がったのは遺憾の極みだが、しかしそのぶん力が上がったので良しとしよう。

ポジティブな思考で、頭を切り替える。

 

問題は、これからどうするかだ。

もちろん、エリア10に戻るわけには絶対にいかないので、帰ることはできない。未だなお地面が振動し、轟音が響いていることから、まだまだ戦いは続くだろう。

だからといってこのままずっとここにいるわけにもいかない。

 

取り敢えずこのエリアに生えたキノコを「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」の中に放り込みながら、暫し思案する。

だが、やはりここで待機するという選択肢しか湧いてこない。いや、というよりは、既にマトモな思考が出来ていないのだ。

 

血を失い過ぎた。

それこそ今こうして活動できていることが不思議なくらいの血を、ボクは失っていた。

 

 

刹那、視界が突如として暗転する。

その瞬間にボクの身体はバランスを失い、重力のままに倒れそうになって……しかし、直後に意識を取り戻したことにより、片膝をつく程度に収まった。

 

だが、安心したのも束の間、再び意識が消えて行く。

 

視界が暗転し、開け、暗転し、開けを繰り返す。

 

 

…眠い。

 

 

今意識を失えば、どうなるかは、分かりきった事であった。だが、どんなに気力を入れようと、沈みゆく意識は止まる事はなく、寧ろより一層昏き闇の底へと堕ちていく。

 

 

寝るな…寝るな…起きろ……きろ……ろ…………、

 

 

 

自分への呼びかけさえも、最後には聞こえなくなっていった。




感想、評価等宜しくお願いします。


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閑話、森丘暮らしのアイルー!

ほのぼのパート突入!!

師曰く、「ほのぼのとは、それを壊す為の布石である。」
なんてことは無い!……かもしれない。

主人公がコレじゃなぁ。




 

にゃ〜。

 

おヒゲがビリビリするのにゃ〜。

みんなもそう言って、お家の中で震えてるのにゃ。

 

オトナ達からは絶対に外に出るなって言われてるけど、やっぱり気になるにゃ〜。今は誰も見てないし、ちょっと外へ行くくらいならバレないはずにゃ。

 

朝ごはん食べたにゃ。

歯も磨いたにゃ。

ハンカチ持ったにゃ。

寝癖も直したにゃ。

 

……本当に誰も見てないにゃ?

 

 

辺りを見回す。

……やっぱり他のみんなは家に籠りっぱなしにゃ。別にそこまで怖がらなくてもいいんじゃないにゃ?全く、度胸のないアイルーにゃ。

 

 

……まぁ、今は都合がいいから許してやるにゃ。

 

 

いないみたいにゃから、行ってみるにゃ〜。

 

 

 

ズウゥゥゥゥウウンン!!!

ゴゴゴゴ(ゴゴゴゴゴゴ)……

パラパラ…

 

 

痛っ!にゃ!

上から小石が落ちてきたにゃ〜。全く、酷い小石さんだにゃ〜。

 

って、そんなこと言ってる場合じゃにゃいにゃぁ!!

今のは何にゃ!?

爆音かにゃ!?何かが落ちたのかにゃ!?

 

なんか凄いことが起こってるみたいにゃぁ。

怖いにゃ〜……。

にゃ!?

いやいや、ぼくは勇敢なアイルーにゃ!この程度で怖気付いたりしないのにゃ!その証拠に……!

 

 

メキメキメキバキバキ……ズウゥゥゥン。

グルアァァァァァァアアアッ!!!

 

 

……。

 

違うにゃ。ぼくは勇敢であると同時に賢いのにゃ。

だからもう少し準備してから行くのにゃ。断じてビビった訳では無いのにゃ。断じて。

これは戦略的撤退にゃぁ〜!

 

でも、戻ろうとしたぼくの足は、そこで止まったにゃ。

 

 

……にゃ?

変な匂いがするにゃ?それも結構近い場所からだにゃ?

この匂い、血の匂いだにゃ〜。それもあの怖い……危険なブルファンゴが通せんぼして通れなくなった道の方からするにゃ!

にゃにゃ!これは確かめない訳にはいかないのにゃ!

 

でもその方向は丁度さっきの凄い音が聞こえてきたのと同じ方向にゃ。匂いの方が断然近いけど、それでもあんなのに近づくのは少し怖いにゃぁ〜…じゃなくて、慎重になったほうがいいにゃ〜。

 

というわけで、恐る恐る見に行くことにしたにゃ。

 

 

 

 

アイルー集落を抜けて、狭い道を通った先にあるのが、ブルファンゴが通せんぼしていた滝と川のある道にゃ。あそこではいい魚が獲れるから、ブルファンゴがいるせいで近づけなくてとても残念だと集落のみんなも言ってたにゃ。

 

やっぱり、近づけば近づくほど、血の匂いは濃くなって行くにゃ。それも、ブルファンゴの匂いもするにゃ。

 

にゃ〜。

誰か死んでるのかにゃ〜?

見たくないにゃ〜。

 

 

そんなことを考えにゃがらお魚のいる場所に行ってみると、そこには大きなブルファンゴが真っ赤になって倒れていたにゃ。完全に息はしてにゃくて、お腹がグチャグチャになってグチャグチャが飛び出してたにゃ。

 

にゃ〜……。

 

 

……。

 

 

はっ!?気を失っちゃダメにゃ!!

ぼくは出来るだけブルファンゴの死体を見ないように目をそらすにゃ。すると、その目をそらした先にもう一つ何かが倒れているのを見つけたにゃ。

 

布みたいなものが被さってなんなのかはわからにゃいけど、小さく上下に動いてるにゃ。

 

 

生きてるにゃ!!

 

 

正義感の強い勇敢なアイルーであるぼくは、それを見つけた瞬間、なんの迷いもなく助けに行ったにゃ。

布を被ったそれをひっくり返して、そもそもそれが何なのかを確認するにゃ。

 

にゃ〜。重いにゃ!

でもぼくは力持ちにゃ!このぐらいは出来るのにゃ〜!!

 

 

結局、ちょっと時間はかかっちゃったけどひっくり返すことに成功したにゃ。すると、布の中からその姿がこぼれ出たにゃ。

白い肌。青白い顔。体に毛は生えてなくて、鱗も無くて、ちょっとヘンテコな形をしているにゃ。

にゃん。早い話が人間にゃ。

 

でも、その体は傷だらけで血塗れで、何故か泣いた跡のように目からほっぺに血の軌跡が残ってるにゃ。

呼吸も弱々しくて、あれだけ動かしたのに目を覚ます様子もないにゃ。これは大変にゃ。

 

集落へ運んで薬を飲ませようと思ったけど、ぼく一人じゃとても運べないにゃ。だからと言ってぼく以外を呼ぼうとすれば集落の外に出たことがみんなにバレてしまうにゃ…。

 

 

にゃ。

 

 

もう一度、人間の顔を見るにゃ。

 

別に助けてあげる義理があるわけじゃないにゃ。助けなくちゃいけないわけじゃないにゃ。なのにぼくが怒られるのにゃ?

なら黙って放っておいたほうが……。

 

 

良いわけないにゃ!!

ぼくは正義感溢れる誇り高いアイルーにゃ!他者を助けるためには自分が多少の被害を被るくらいなんでもないのにゃ!お父さんもその方がモテるって言ってたにゃ……いや、それは関係ないにゃ。

 

それに、ブルファンゴが居なくなってお魚が取れるようになったことがわかったと言えば、それを発見した手柄として勝手に出かけた罰を帳消しにできるかもしれないにゃ。

にゃにゃにゃ、ぼくは計算高いアイルーにゃ!

 

にゃ〜。じゃあ呼んでくるにゃ〜。

 

 

 

結局怒られたにゃ…。

にゃにゃ!ぼくは小さい子供なんかじゃ無いにゃ!勇敢なアイルーにゃ!だから多少外に出たくらいどうってこと無いのにゃ!!

 

でも、結局みんなあの人間を運ぶのを手伝ってくれたにゃ。もしブルファンゴを退治したのがあの人間なら、お礼をしなくちゃいけにゃいからって言ってたにゃ。

 

にゃ〜。でも、あの人間なんでこんなところにいるのにゃ?ハンターさんというわけでも無さそうだし、凄いボロボロだったにゃ。

 

にゃにゃ!今はそれは良いんだにゃ。

 

それよりも、耳の尖ったお爺ちゃんから教えてもらった薬を作らなくちゃにゃ。

アオキノコあるにゃ。薬草あるにゃ。ハチミツあるにゃ。どれも最近外に出られなかったせいで鮮度がイマイチだけど、まあ使えないことも無いにゃ。

 

にゃんにゃ〜ん♪

 

薬草を煮詰めて煮汁だけを取り出すにゃ〜ん。相変わらず凄い匂いだけど今日ばかりはみんな文句は言えないはずにゃ。

 

煮汁が冷めるまで待っている間に、アオキノコをすり潰すにゃ〜。アオキノコの匂いはそんなに嫌いじゃ無いにゃぁ〜。

 

そしてハチミツにゃ。ハンターさんが捨てていったビンを洗った物に詰めておいたから備蓄はそこそこあるにゃ。

なんでそんなものを持ってるかって、その理由はバイトなのにゃ。

ハンターさんが狩りの最中に投げ捨てたりしたゴミやビンを集めて「ハンターズギルド」の人に渡すと、それの代わりにマタタビと魚の干物を貰えるにゃ〜。

だけど、ぼくは先見の明に優れる賢いアイルーだから落ちているビンの内うちのいくつかを洗って取っておいたのにゃ。

…そんなことはどうでもいいのにゃ〜。薬草の煮汁とすり潰したアオキノコを調合して、そこにハチミツをたらせば、あら不思議!「回復薬グレート」の出来上がりにゃ〜!

そんでもってぼくオリジナルのちょっと一工夫にゃ。これで完成にゃ。

 

後はこれをあの人間が飲んでくれるかだにゃ。

 

 

調合を終えて人間を寝かせてあるテントに入ると、そこには何か怖い表情をしたアシュレイさんがいたにゃ〜。怖いにゃ〜。

アシュレイさんはぼくの師匠で、この集落で唯一人間の言葉が喋れる凄いアイルーなのにゃ!ぼくも教えてもらってるけどまだ片言しか喋れないのにゃ。

 

アシュレイさんにどうしたのか聞いてみると、アシュレイさんはゆっくりと人間の右腕と左足を指差したにゃ。にゃん。人を指差しちゃいけないのにゃ〜。

 

にゃにゃっ!?

 

アシュレイさんの指した方を見てみると、そこには青くてゴツゴツして鱗に覆われた左足と、ゴワゴワして茶色い毛皮に覆われた太い腕があったにゃ。布に隠れていて全然気づかなかったにゃ。

 

それはどうみても人間のものじゃなくて……どちらかと言えば……、

 

 

モンスターのそれにゃ。

 

 

……でもそんなことより薬を飲ませる方が先にゃ。目を覚まして貰わないと事情も聞けないのにゃ。

 

そんなことを言ったらアシュレイさんに怖く無いのか?って聞かれたにゃ。そんなの近付いただけで突進してくるブルファンゴの方が怖……警戒すべき相手なのにゃ。

そう言ったら笑われたにゃ。にゃ〜!真面目な話にゃ!笑うところじゃ無いにゃ!!

 

目の前でそんなやりとりをしていたら、人間が僅かに動いたにゃ。そうだったにゃ。早く薬を飲まさないとにゃ。

でもそのためにはまず起きて貰わないとなのにゃ〜。

 

どうすれば起こせるかにゃ?

…アシュレイさんストップにゃ。ナチュラルに引っ叩こうとするんじゃ無いにゃ。怪我人にゃ。

 

こういう時は美味しそうな食べ物の匂いで釣るのが一番にゃ!

お肉を焼いてみるにゃ!

 

にゃんにゃんにゃんにゃん……♪

…まあ、こんなので釣れるほど人間は単純じゃ無いと思うけどにゃ。でもすぐに食べられるものを用意しておいた方が良いにゃ。

 

 

ガバッ…!!

 

 

 

………本当に起きたにゃ。

 





更新が遅れて申し訳ない。
もう一つの投稿作品の方に気をとられてしまって……。

「アイデア盛んにして、執筆未だ進まず。」


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第17話、アイルーの集落!part1〜壁〜

アイルー=ほのぼの。アーユーオッケー?

答えはノーだ。

オーマイガッ!



 

「目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。」

 

なんて陳腐な表現になってしまうけど、今のボクの状況を述べるならばまさにそれだった。

感覚的には、そこまで長い時間気を失っていたわけではなさそうだ。完全に腹時計なのだが。

 

と、今の状況を理解しかねて取り留めのない思考に耽っていると、突如として香ばしい香りが漂ってきた。

 

 

ガバッ…!!

 

即座に起き上がる。いや、自分でも自分がこんなに食いしん坊キャラだとは思わなかったが、それよりなにより文明の香りを感じ取ったのだ。

起き上がり、香りの方向に顔を向けると、そこには串刺しの肉を焼いている猫……否、アイルーがいた。

 

おお、リアルアイルー…!

 

などという感動を抱く前に、ボクの感情は全てその肉に釘付けになった。この世界に来て初めて目にする、人間らしい食料に。

 

だが、そこで無理に起き上がった反動か、全身を有刺鉄線で縛られたかのような痛みが走り、苦痛に顔を顰めながらボクの寝かされているベットのような場所に倒れる。あまりの痛みにふたたび意識が飛びそうになるが、それをアイルーの「にゃーにゃー!?」という鳴き声がなんとか繋ぎ止める。

 

肉を焼いていたアイルーは、肉焼き機的なものの火を消して慌ててボクに駆け寄ると、なにやらにゃーにゃー言いながら、瓶に入った濁った緑色の液体を差し出して来た。その不気味な色はもちろん、なにやらドロドロしていて、しかも妙な匂いまでする。いや、これ飲んじゃダメな奴じゃ……

 

しかし、アイルーに害意が有るようには見えないので、取り敢えずそれを左手で受け取り、匂いを嗅ぐ。

この香り…これのエグい感じは…薬草?と…そのエグ味を却って強調する甘い匂いは……ハチミツと思わしき物が入っているようだ。聞くまでも無いだろう。回復薬グレートである。

ああ、あの謎の魔法薬ね。

 

アイルーはまだ横でなにやらにゃーにゃー言っている。

ボクは回復薬グレートと思わしき物をしばし見つめ、生唾を飲み下し、そして覚悟を決めてそれを口に含んだ。

瞬間、口の中に襲いかかるは猛烈なエグ味と苦味と甘味の波状攻撃。口の中を掻き毟りたくなるようなエグ味がまるでブラキディオスの粘菌のように炸裂し、それを強調するもっさりとした甘味がゲリョスの毒液のように口の中に広がり、最後に脳天まで突き抜けるような強烈な苦味が怒り状態のティガレックスの突進のように舌の上を駆け抜ける。

ヤバい。後悔の涙で時間が巻き戻りそう。

 

しかしそんなことは起こらず、ボクはなんとかこの回復薬グレートを飲み干した。

 

 

却ってダメージを受けそうなぐらい不味かったが、しかしその効果は確かなものであった。

これまで体を苛んでいた倦怠感や痛みがスッと引き、しかもチラホラと見られた傷が少し治っているのだ。やっぱモンハン世界の物質って意味わかんねぇや。

 

体力が単純に回復するなんて薬、元の世界にあったら間違えなく戦争の種だね。

 

などと取り留めのないことを考えて若干現実逃避していると、目の前に串に刺さった肉が差し出された。

それを追ってアイルーに視線を向けると、アイルーはよくわからないけどコクリと頷いた。食べていいってことだろうか?恐る恐る串を受け取ると、アイルーはササッと戻って肉焼き機の片付けを始めた。

 

もう一度肉に視線を向ける。

 

正直に言って仕舞えば、肉の品質としてはそこまでいいものではないし、味付けは保存用の調味料のみ、焼き加減も素人のそれだ。だが、しかし、それでも、

表面に滲む僅かな肉汁。少しコゲてはいるけど香ばしい香り。本能的に食らいつきたくなる肉の匂い。紛れも無い焼き肉がそこにはあった。

 

一口、焼き肉にかぶりつく。

 

もちろん、天に昇ったり、服が弾けたり、そんな美味しさは全くない。寧ろ一般の料理店にも負けるような味だろう。

表面は少し焦げているし、中はパサパサとまではいかないが硬い。肉の繊維の結びつきも強くて思うように噛みちぎれないし、焼き方も均一でないから内側の方なんかは一部生のままだ。

 

……でも。

 

 

………でもなんで、涙が出てくるんだろう。

 

隣でアイルーが驚いてオロオロしながら何かニャーニャー言っている気がするけど、そんなことには意識も裂かず、ボクは肉を食い続けた。あれ?思ったよりしょっぱい…。

 

 

(「処女の涙」より、)(「安寧の涙」が)(発動しました。)(特殊プログラム実行中)(…………完了しました。)

 

 

……今何か聞こえたような?

いや、気のせいか。

 

今はそんな事よりも、すべき事がある。

 

 

泣きながら肉を食べ終わったボクは、アイルーにお礼を言おうとするも、しかしその途中で噎せてしまい何度も咳き込む。それを見たアイルーは素早く駆け寄り、水の入った瓶を差し出した。

ボクはそれを手に取って飲み干し、喉を潤すと、改めてお礼を言う。

 

あ〜。え〜。他人に向かって人間語話すのなんていつ振りなんだろう?こういう時ってどうやって切り出すべき?

なんてコミュ障みたいな疑問が浮かんでくるが、まあ、ここはそこまで悩む必要性は無いだろう。

 

「…あ、ありがと。」

 

あれ?おかしいな。久し振りに声を出したからかな?後半部分が消え入りそうだ。でも、アイルー自身は結構近くにいたし、耳も良いので多分聞き取れただろう。そのはずだ。

 

しかし、肝心のアイルーは、ボクの方を振り向いて首を傾げた。

え?もう一回言うの?

 

「あ…ゴホン……ありがとう。」

 

今度はさっきより大きな声で言えたが、それでもアイルーは首を傾げたままだ。もしかすると、アイルーと人じゃあ言葉が通じないのかな?

うーむ。困った。

本当は頭の一つでも下げたいところだけど、生憎動くことさえままならない。本当に人生思った通りにはいかないものである。ボクの場合少しいかなすぎるきらいがあるが…。

 

暫く首を傾げていたアイルーは、やがて思いついたように左手に右手の拳をついた。これがフィクションであったのならば彼(彼女?)の頭の上には間違えなく豆電球が光っていたことだろう。

そんなわけで何やら思いついたアイルーは、ボクのいるテントを出て何処かへ行ってしまった。

 

暫しの沈黙。

その間に、ボクは自分の状況を見直した。

 

どうやらエリア11で意識を失ったらしいボクは、あのアイルーに助けられ、ここまで運ばれたと考えるべきだろう。

そこで改めて、自分の右腕と左足に視線を送る。

茶色く硬い毛に覆われており、指はランゴスタの甲殻に覆われ、爪は麻痺針となっている異形の右腕。

青い鱗に黒い縞模様の皮に覆われ、指先には真紅の鉤爪がついたゴツゴツとした左足。

 

……不気味だ。

 

こんな存在を、何故あのアイルーは助けた?

 

恩人に対して酷い考えだとは思うが、それ以上にこの世界の事が信じられないボクは、何か裏があるのではと思ってしまう。

だが、ボクはそこで、自分の思考を振り払った。

 

先程のアイルーが、もう一匹、一回り大きな左目に傷跡のあるアイルーを連れてきたのだ。と言うよりは、ボクに色々世話を焼いてくれたこのアイルーが小さいようだが。子供なのかな?

しかし、それを考える前に、連れてこられたアイルーがボクをその琥珀色の目でジッと見つめ、そして先程の子アイルーに何やら一言二言ニャーニャーと喋りかけた。

 

なんだろう?

 

何か変なところがあるのかな?いや、右腕やら左足やら変なところだらけだけど。

 

 

『調子はどうだ?』

 

先程までは猫らしいニャーニャーという鳴き声だったにも関わらず、突如連れてこられた隻眼アイルーの口から発せられる音声が、明らかに猫のそれとは変わった。

何かの言語だろうか?

 

ボクは暫く塾考する。

 

『おい、どうした?』

 

考え込んでいるボクに、再び隻眼アイルーの声が掛けられる。やはり何を言っているのかはよく分からないが、猫の言葉とは明らかに違う、整然とした法則というか…規則性とでも言うべきものがあった。

 

……。

 

隻眼アイルーは怪訝そうな顔をして、子アイルーに再び猫の言葉で何やら語りかけた。

 

 

アイルーに対して猫の言葉を使っているのだから……つまりボクに対して使っているのは……、

 

 

ちょっと待てボク。そうさ、わかりかけてる。

でもちょっと待ってくれ。

冗談だよね?

 

『おい、なんとか言ったらどうなんだ?』

 

 

また声が掛けられた。何を言っているかは全く分からないけど、流れからして多分「何か喋ったらどうにゃ?」とか言ったのだろう。

その言語に、ボクは僅かに聞き覚えがあるのだ。それは即ち…、

 

 

…ああ、間違えようがない。これは所謂モンハン語だ。

 

翻訳は出来ないがなんとなくそれだけは解る。

つまりだ。

 

 

『…まさかとは思うが。』

 

 

まさか……、そんな。

 

 

 

 

–––––––言葉が、通じないなんて。

 

 

 

そんな事が、あるのだろうか?

いや、事実として今この瞬間、ボクはこの世界の言葉を理解出来ずにいる。

 

 

 

 

ボクの認識は、甘かったとしか言いようが無い。

ひとまずの死を乗り切って、油断していたというか、慢心していたというか。

 

いや、違う。

心が折れないように、自分に言い聞かせて、自分を騙していたのだ。

 

"人里にさえ出れば、安全である。"

 

 

そんな、夢物語にも無いような幻想を、抱いていたのだ。

 

 

 

……だが、現実はどうだろうか。

このボクに、逃げ場などありはしない。それが例え大自然の真っ只中であろうと、大都市の人混みだろうと……、

 

ボクの、最凶災厄のモンハン転生は、

 

 

 

 

なんら分け隔てすることなく、恒常的に、ボクに試練を与え続ける。

 





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第18話、アイルーの集落!part2〜妥協点〜

お久しぶりです。
更新がだいぶスローに……いえ、アイデアが無い訳では無いんです!寧ろ多過ぎて今後の展開が決められないんです!

……どうしましょう。←テメェで決めろ。



言語チートは当たり前。

などというテンプレは、ボクには適応されないようだ。

 

テンプレというかさ、幼少期を過ごすことのできる「転生モノ」ならばそりゃ言語チートが無いことだってそりゃああるよ?でも、覚える猶予は与えられてるじゃん。

転移モノで言語理解完全不能ってどういうことだよっ!覚える猶予すら与えられてないよっ!!

 

いくらボクでも流石にコレは想定外だった。

 

いや、本来当然想定すべきことなのに、どこか慢心していたのだろう。"なんとかなる"と……。

馬鹿かボクは。

そんな事は決してないのに。あるはずもないのに。

 

……これが英語圏などならばまだ良かった。

どんなに学の無い人でも「はい」と「いいえ」と簡単な単語くらいは言えるからね。それならある程度のコミュニケーションは取れるってものだよ。

 

だけどモンハン語、テメェは駄目だ。

 

ボクに理解できるのってそれこそ「行ってらっしゃい」くらいだよ!あのクエスト受けた時に受付嬢達が言ってくれるヤツ!

 

「はい」と「いいえ」は動作(ジェスチャー)で表せばいいじゃないかと思う人もいるだろうけど、首を縦に振って「はい」、横に振って「いいえ」っていうのも万国共通で通じるものではないからね!?

どこの国だったか忘れたけど、真逆な場所もあったはずだよ!?

 

…いや、ムービーとかを見る限り、モンハン世界では日本と同じルールで大丈夫みたいだけど…それも何もかもムービー通りと言うわけでは無いだろうし…、この世界の性質を鑑みると過信はできない。

 

どうやらボクに嫌がらせしないと気が済まないらしいからね。このモンハンの世界は。

 

 

 

 

……ホント、忌々しいよ。

 

 

静かな憎悪を抱きながらも、それでも表に出すことはせず、自分を助けてくれたアイルー達を見る。

 

 

 

 

……彼等は本当に『味方』なのだろうか?

いや、正確に言うならば、『敵』では無いのだろうか?

 

「……っ!?」

 

そんな思考がふと頭をよぎった。

 

それと同時に感じるのは、猛烈な自己嫌悪だ。命を救ってもらっておきながら、未だ彼等のことを信じることの出来ない自分に対する、深い自己嫌悪。

ボクが言葉を理解出来ないのをいいことに、何か企んでいるのではないか、そんな思考が、自然に湧いてきてしまうのだ。

 

自分のしていることがどんなに醜く、恩知らずなことかはわかっている…。

助けてくれた相手に対して、なんて冒涜的な態度だろうか。許されるはずもない。

 

……だけど、ボクは信じることができないんだ。

信じない理由など無いはずなのに、どうしても信じることができない。

 

 

彼等も結局は、アイツ等となんら変わらない、モンスターの一匹に過ぎないのでは無いか…?

いつでも殺す事が出来るボクを、影で嘲笑っているのではないか?

何を企んでいる?

ボクを何に利用するつもりなんだ?

 

……そんな風に思えてしまう。

 

 

アイルーが通常のモンスターのように、見つけた瞬間即座に襲いかかってくるような凶暴な性格もしておらず、しっかりとした理性を持って独自の文明を築いているのは勿論ボクもよく知っていた。

 

だがしかし、「言葉が通じない」というのは、それほど不信につながるものなのだ。

 

というよりは、極論を言ってしまえば、自分の理解できない言語というのは、例えそれが人間同士という同種間の事においてであっても、猿の鳴き声と同じ程度の価値しか持たないのである。

 

相互理解を得られなければ、その先にあるのは理性なき野獣同士の諍いだ。

もし全ての人種全ての民族の言葉が通じるのならば、地球でも虐殺や戦争といった出来事はもう少し減ったことだろう。

当然のことながら、無くなるわけではないが……。

 

何気なく使う「言葉」は、物事の意味を表すと同時に、自らが「理性ある存在である」という証明の役割を果たしているのだと、そう思った。

 

 

 

沸々と顔を出しそうになる『無垢』の敵意を、そんな思考の渦に巻き込んで無理矢理に封じ込める。

どちらであろうとも、ここで敵対的な行動に出るのは決して得策ではない。ここは彼等の領域のはずである。地の利と数の時点で負けているのだ、勝ち目はない。

 

物凄く自然に「勝ち目があるか」を測ってしまっている時点で、ボクはだいぶダメになってしまったようだ……。

 

既に僅かながらこの世界に適応し始めてしまっている自分に気が付いて、少しばかりの滑稽さを感じ、苦笑いを浮かべる。

 

 

実際には、今のボクの状況を述べると、敵対行動など出来やしない。

殆ど体の自由が無いのだから、それも当然だろう。

それが、いい事なのか、悪い事なのかはさておきだ。

 

兎にも角にも、今はどうにもならない。

今のボクにはあらゆる事態を傍観することしか出来ない。

 

なんとももどかしいが……

 

 

でも、憎しみに駆られて何をするのか自分自身でさえわからないこの身には、丁度いいか。

そんな風に考えて、心を落ち着かせた。

 

 

すると、そんなボクに対して、子アイルーが何かを話しかけてきた。

 

当然ながらその言語は日本語どころか人間語ですらなく、ボクに理解できようはずもない。

態度だけでは通じ合えないし、ましてや、突然言葉がわかるようにもならない。

 

 

……いや、正確に言えば、"突然言葉が理解できるようになる方法"は、確かに存在する。

だが、いくらなんでもそれを実行するほどボクは外道にはなれないし、そんな勇気も無い。

 

 

 

 

……「奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)」によって、記憶を根こそぎ強奪するなど……。

 

 

それは、簡単で、手っ取り早く、効率的で、合理的。

だが、それと同時に、完全に道を踏み外した者の行いだ。

 

……できない。

 

……できない。

 

……できない、はずだ。

 

……できてはいけないんだ。

 

 

そんな完全に道を踏み外した者の行いを、しかしボクは心の底から忌避感を覚えることが出来なかった。

どうしてもダメな時は、仕方がないから(・・・・・・・)犠牲になってもらおう(・・・・・・・・・・)と、あっさりとそう「妥協」することが出来てしまったのだ。

 

 

生きる為に必要であるならば、他者を犠牲にすることを厭わない。

 

それは、一見すると「覚悟」のようにも見えてしまうが、実際にはどうしようもないくらいに醜く弱い「妥協」だった。

 

 

生きるというのは、ただそれだけで他者を犠牲にするということ。

それは、紛れも無い事実なのだろう。この世界に来てそれは良くわかったつもりだ。

この世界にあるのは……"食うか食われるか"、ただそれだけのことなのだから。

 

そして、当然のことであるからこそ、それは「覚悟」とは言い難い。

当然のことを実行するのに、「覚悟」など必要とはしないからだ。

 

だから、ボクがしなくてはならないのは、ただ日本人としての感性を捨てるための「妥協」のみ。

そして、日本人としての記憶が殆ど存在しないボクは、その「妥協」をするのに大して労力を要さなかったのだ。

 

 

怖い。

他でも無い自分自身が、怖い。

「生きる」以外の全てのことを簡単に諦める事が出来てしまう自分は……その為ならば、何をしでかすかわからない自分は……

いつしか「自分であること」すらも諦めてしまいそうで、怖かった。

 

 

そんな時、ずっと俯いたままだったボクの手を、温かく、柔らかい"何か"が包み込んだ。

 

ボクは、身にその覚えの無い感触に、ゆっくりと顔を上げる。

するとそこには、ボクを助けてくれた子アイルーが、心配そうにこちらを覗き込んできていた。

 

宝石のような青い瞳と、目が合った。

 

 

……その目には、カケラほどの悪意も見当たらなかった。

 

あらゆることに「妥協」し、悪意と敵意に塗れたこの身が、酷く醜く汚い存在に思えてしまうほどに。

 

 

 

少し、羨ましい。

悪意と敵意に紛れないと、ボクは生きていくことすらも出来ないのに……この子は、こんな純粋なまま、この残酷な世界を生きていく事が出来るんだ。

 

……羨ましい。

 

そして、それと同時に、ボクは思ったのだ。

 

 

「妥協」したくない、出来ない"何か"を得れば……

 

 

ボクは、自分であることを諦めずにいれるかもしれないと。

 

 

 

 

 

ボクに向けて差し出された、小さくか弱い猫の手を握りしめながら、そう、思ったのだ……。

 



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第19話、アイルーの集落!part3〜これまで、これから〜

※時間軸を間違えたので修正しました。


何故かはよくわからないけど、心が落ち着いた。

……猫の肉球の威力はモンハン世界でも変わらないってことかな。

 

行動方針は相変わらず定まらないけど、まぁ、右も左も道徳も物理法則もわからないこの世界に放り出されて、いきなり方針を決めるなんて事が出来ないのは当然だ。

よくある転生モノだと割とあっさり決まっちゃうけど、もし実際に出来る人がいたらボクは素直に尊敬すると思う。

 

とにかく、今ボクがすべきことは、何らかの形で意思疎通を図ることだ。

当然ながら記憶を奪うのは最終手段だ。そもそも、落ち着いて常識的に考えてみれば、例えその手段をとって言葉が通じるようになっても、最早言葉は意味をなさないと思う。確実に敵視される。

 

さっきはちょっと言葉が通じないショックのあまり混乱し過ぎたな。

 

 

……それでも最終手段としては存在しているのは…まあ、アレだけど。そこは仕方がない。

 

 

それはさておき、太古の人類は如何にして意思疎通を図っていたか……言語のルーツを辿るとキリが無いけど……いや、別に声である必要は無いんだよな。

言語さえ理解出来ないのだから、文字などは望むべくも無いけど、しかし「絵」ならばある程度の情報を伝えられるかもしれない。

 

問題は、どこにどうやって絵を描くかだ……。

今ボクはベット的なものの上から動く事が出来ない。持ってきて貰うにしても、それを伝える術も持たない。

まずは木の枝で地面に……と、言いたいところだけど、身体を起こすこともままならないからなぁ。

 

あぁ、どうしよう。

 

子アイルーの肉球をフミフミしながら考えていると、隻眼アイルーにその手を無理矢理払われた。

 

何すんのさ!ボクは心を落ち着かせていただけだろう!

 

そんな気持ちを込めて咎めるような視線を隻眼アイルーに送ると、隻眼アイルーはジト目をしながら、ただネコの言葉もモンハン語も喋らずに、黙ってじっとこちらを見つめてきた。

 

……ぐぬぬ。

 

暫くの目力勝負は、どうやら隻眼アイルーの圧勝のようだ。ボクは先に目を逸らしてしまった。だって怖いんだもん。

 

目を逸らした事で、ボクは隻眼アイルーによって手を払われた、その原因に逢着した。

自分の視線の先にあるのは、化け物みたいな右腕だ。しかも先端には鋭い針が生えている。

 

あー。納得した。

 

そりゃ怖いよ。

ごめんね。

 

伝わるかは分からないけど、取り敢えず両者に頭を下げる。

隻眼アイルーはそれ以上は何も言わず、そして子アイルーの方は何やらアワアワしていたので、多分気持ちは通じていたと思う。

 

 

……そうだよね。

地獄は脱した。もう、焦る必要は無いんだ。

 

ゆっくりで、いいんだよね?

 

 

・・・

 

高い木々に囲まれ、やや薄暗い印象を受けるアイルーの集落に、眩いばかりの光が射した。

頂点まで上り詰めた太陽は、どこまでも広い青空の中心で、自らがこの世の主であるかのように、これでもかと激しい自己主張をあげる。

 

……もう昼なのか。

 

漸く少し動かせるようになった身体を、油の切れたブリキの人形のようにぎこちなく動かしながら、ふとそんなことを思った。

 

 

逆に言えば、まだ昼なのだ。

今この時、漸くこの最悪の1日目は、折り返しを迎えようとしている。

 

 

身体が動かせるようになったとはいえ、それはまだ自由自在とは到底言い難い。走るどころか壁を支えにして歩くのがやっとだし、一歩動く度に痛風と腓返りを足して2で掛けたような激痛が走る。

 

とはいえそれも、別に耐えられないほどじゃ無いんだけど。

 

 

さて、心も落ち着いたことだし、そろそろ現状を整理したいと思う。

 

これまでの経緯まとめるとしよう。

 

 

・ボクは記憶を失った状態でモンスターハンターというゲームの世界に転生(?)した。

・「奪われた尊厳(スベテヲウバウモノ)」、「蠱惑の肉壺(ベニヒサゴ)」、「禁忌の変質者(キメラ)」、「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」、そして「処女(おとめ)の涙」という能力(転生特典?)を持っている。

・初期エリアはエリア5、その後エリア6に移動し、立ち往生。

・エリア11に存在するサシミウオを目指して移動開始。

・エリア5にてライゼクスを警戒して殺気立っているリオレウスと、飢餓状態に陥ったランポス三頭を掻い潜り、さらに出口付近に現れたこれまた飢餓状態のドスランポスをリオレウスのブレスで殺害させた。

・エリア4はむしろ不気味なほどにアッサリと通過。

・続くエリア3にてブルファンゴの乱入もありこれまた殺気立ったリオレイアに邂逅。薬草に変身して辛うじて脱出。

・エリア10に到着。水場から上がった直後に1匹のランゴスタに見つかる。

・ランゴスタ討伐。しかし直後にライゼクスに群れを滅ぼされたことで出てきたクイーンランゴスタとその親衛隊4匹と遭遇。これと交戦。

・ほぼ敗北確定。追い詰められるも突如として出現した黒幕、ライゼクスによって皮肉なことに九死に一生を得る。

・ライゼクスに気付かれる前にもリオレウスとリオレイアを「悪魔の誘惑(マインドコントロール)」を使って呼び寄せ、交戦状態にさせる。

・流れ弾の嵐を掻い潜りながらエリア11を目指す。途中リオレウスの爪先が突き刺さるも、「蠱惑の肉壺《ベニヒサゴ》」を使って脚を付け替えることで強引に解決。

・なんとかエリア11に到着。しかしここでブルファンゴに邂逅。

・死闘の末にブルファンゴ討伐。しかし自らも意識を失う。

・意識を失っているだろうボクをアイルーが介助。

・隻眼アイルーによって言語の壁を知る。

・今に至る。

 

 

………。

 

うわぁ。な〜にこれ〜。

……不幸自慢大会があったら上位に食い込めそうだね。

 

 

まず、重要な話として、状況は何一つとして改善方向には向かっていないということ。

 

あれからどのように戦況が遷移したか分からないけど、リオス夫婦が残るにしろ、ライゼクスが残るにしろ、この『森と丘』が危険であるという事実は変わっていない。

どちらも獰猛な性格をした肉食の大型飛竜である。ボクを一撃で殺害できる存在であることには変わりないからだ。

 

言語の壁がある限り人里に行くのも安全とは言い難い。ボクが元々いたような記憶を持っている日本のように、治安がしっかりとしているとは限らないからだ。

そもそも、モンハン世界にある大きな特徴として、『国』の数が少ない。少な過ぎる。

 

『西シュレイド王国』

『東シュレイド共和国』

『アヤ国』

『シキ国』

『火の国』

 

なんと大陸周辺に目を向けても公式に名前が出ている『国』はたったのこれだけしかない。

もちろん、公式で公言されていないだけで他にもあるのかも知れないけど、しかし事前通達も無しに『シキ国』に存在する『シナト村』に、遠く大陸のエルデ地方に存在すると思われる『ナグリ村』で建造された飛行船が入って、なんの咎めも無かった。

もっと『国』が沢山存在し、『国際関係』という概念が存在するならば、『侵略行為』と見做されても文句は言えない行為であるにも関わらず、だ。

 

このことからわかるように、モンハン世界ではそもそも『国』という概念が希薄であり、人間達は大きくても『街』といった程度の規模の共同体しか築かないのである。

 

そこで気になってくるのが、『法律』の存在とその範囲だ。

 

密猟やギャンブル、兵器などといったこれまでクエストに出てきた単語を見る限り、この世界の人間もれっきとした"人間"である。

アンパンマンの世界のような幻想的暗黒郷(ファンタズマディストフィア)でもない限り、当然犯罪は起こりうる。

 

そして、そんな犯罪者にとって、言語がわからない人間ほど良質なカモがいようものか。

何をされてもそれを他人に伝えることができないのだ。

これほど安全な『被害者』も中々いない。

 

よって、現状のボクにとっては、人里であっても決して安全では無いのだ。QED……違うか。

 

 

つまり、今現在において、ボクが安全に過ごせる場所はこの世界には存在しない。

そういうことなのである。

 

 

本当に、嫌になる。

現実を見るたび、そこには絶望の欠片しか転がっていない。

 

希望が見えない。

未来どころか、一歩先に存在する希望すら、ボクは見つけることが出来ないでいた。

 

 

でも、目を背けるわけにはいかない。

背を向ければ、世界は確実にボクを仕留めに来るだろう。

 

そういう星の下に、生まれたのだから。

 

 

 

足を止めるな。思考を止めるな。

1秒1秒、自分に出来る最善を。

前を向いて歩き続けるんだ。

 

ボクは死なない。

ボクが死なせない。

(安らぎ)は訪れない。

 

生きて苦しむ。

苦しみ生きる。

 

何度でも、

何度でも、

何度でも……。




自分で生み出しといてアレだけど、この子凄い情緒不安定。
コンセプト上は間違っていないのですがね。

次回から展開が動きます。
動くと思います。


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第20話、アイルーの集落!part4〜赤き腕に抱かれて〜

予定していた設定との齟齬が見られたため、前話における時間軸を変更しました。



 

少しダークな気分に染まりつつも、状況の整理を終わらせたその時、ボクの鼻腔を香ばしい匂いが刺激した。

少しの焦げ臭さ、脂の香り、言葉では表せない川の匂いが……その匂いの発生源を否が応にも教えてくれる。

……それは紛れもなく、焼き魚の匂いであった。

 

瞬間、別に自分が食べられると決まった訳でも無いのに、唾液腺からジワジワと涎が溢れ出て来る。

子アイルーに肉を焼いて食べさせて貰ってからそこまで時間が経ったということも無いのに、現金な腹はクキュゥ〜と空腹を主張した。

 

しかし、いくらなんでもここでそれを言うのは図々しいにも程があるというものだ。元々助けてもらった身、あまり迷惑をかけ過ぎるのも良く無い。

大丈夫、ボクは我慢の子。

 

と、そんなボクの決意とは裏腹に、焼き魚の香りは刻一刻と接近してくる。

日本人の性というか、やはりこの匂いは食欲をそそるものだ。しかし我慢。ここは我慢すべきところなのだ。

……お腹すいた(←軟弱精神)

 

 

ボクが一人葛藤していると、ボクが現在進行形で寝かせて貰っているベットがあるこのテントに、一つの影が入ってきた。

 

純白の毛に透き通った琥珀色の瞳の、野良にしては随分と毛並みが整ったアイルー。

普通のアイルーより一回りから二回りほど小さいその子の手に握られていたのは、その小さな体には少々不釣り合いなほど大きな魚。

もっと正確に言うのであれば、その大きな魚を、頭から尻尾の先まで一直線に突き刺している材質不明の串だ。

 

ボクに向けて差し出されたソレを受け取り、自分が食べていいのかとおそるおそる首を上げて視線で問うと、アイルーは小さく頷いてそれを肯定した。

 

 

……一瞬、背を向けて立ち去る子アイルーの背中に天使の翼を幻視したボクは悪く無いと思う。

 

 

改めて、受け取った魚を見つめる。

やや緑がかった黄色をした大きな鱗に覆われた、頭から尻尾まで約30センチはあろうかという巨大魚。

既に絶命し、こんがりと焼き上げられているというのに、なおも真昼の太陽の光を反射して美しい光沢を放っている。

心なしか上を向いた口には、鋭い牙が並んでおり、その魚が獰猛な肉食魚であったことを教えてくれる。

 

魚としてはやや横に厚く、長大な身体に対しては随分短いものの、非常に刺々しい尖形の尾鰭。背鰭はかなり後ろの方に生えており、半ば尾鰭と一体になっているようにも見える。

その中でも一際目を引くのは、地味な体色とは対照的に鮮やかなオレンジ色をした、尾鰭の先端と背鰭の先頭の棘条だろう。特に棘条は後ろに長く伸びており、刺されたらかなり痛そうだと言う程度には鋭利だ。

そして、やはり魚竜種だからだろうか。手の鰭はシーラカンスのように太く、あまり鰭らしさは無い。

 

……これ、ハレツアロワナだね。

 

 

ハレツアロワナと言えば、専らガンナーの徹甲榴弾等の弾丸の材料としてカラ骨やらに突っ込まれる可哀想な魚……いや、魚竜だ。

 

絶命時に破裂するという危険な特徴があり、取り扱いには注意が必要……と、言いたいところだけど、爆発させずに殺すことはそんなに難しいかと聞かれるとそうでも無いらしい。その方法の一つがこんがり焼いてしまうことみたいだ。

ちなみに、関連性はあまり無いけど、某モガの村のアイシャ嬢曰く、「ペットには向いていない」とのこと。

 

さて、そんなハレツアロワナ、お味の方はどうかと言えば、正直全くの未知数だ。

そもそもアロワナなんて食べたこと無いし、あるとしても覚えてないし、ましてや魚竜を食べたことなんてあるはずもない。

 

サシミウオの見た目はサケに近いらしいけど、やっぱりそちらはサーモンみたいな味がするのかな?

 

 

……と、そんなことを考えていたら折角の焼きたての魚が冷めてしまうね。

 

でわ頂きまーすっ!

 

 

 

…………鱗が頗る邪魔だね。

 

そんな感想が出てきたが、しかしボクは贅沢を言える立場では無いことも重々承知であるため、口には出さない。……出しても伝わらないだろうけど。

更に言えば、貴重な食料であるため、鱗どころか骨まで食い尽くすべきだと判断した。

 

ハレツアロワナの鱗に()を立て、少し固いその皮ごと強引に噛みちぎる。まず最も栄養が集中している内臓から貪ると、続いて堅牢な頭殻と鋭い牙によって守られた頭部を強引に噛み砕いて喰らう。

苦味が強いが、今はそれでさえ美味しく感じられた。

 

そうして残った胴体から尻尾にかけてを、口を目一杯に広げて丸ごと呑み喰らう。咥えた状態で首を擡げれば、巨大な魚はスルスルと胃に落ちていった。

その過程で口の周りに付いた油をペロリと舐めとると、ボクは漸く一息吐く。

 

 

食べ始めてから約1分。ボクの手元には串だけが残っていた。

 

 

……1分?

え?ボクたった1分であの量を食べ終わったの?というかあのサイズ胃の中に収まりきったの?

……一心不乱に食べてたけど、改めて思い出すと凄まじくモンスターっぽい食べ方をしていたような……。気のせいであって欲しい。

 

しかも驚くべきことに、あれほど大きな魚を食べたというのに、まるで腹が膨れていない。

それどころか、まだまだ余裕がありそうでさえあった。

 

そういえば、ブルファンゴの死体を喰らってからそこまで時間が経った訳でも無いのに、ボクはこんがり肉に対して腹を鳴らしていた気がする……。

 

……え?ひょっとしてボクって物理法則を超越した食いしん坊キャラ?

 

 

まさかのここに来て、自分の以外過ぎる一面に逢着した。いや、その設定要らねぇ……って、別にボクは誰かに設定されたキャラクターって訳じゃ無いんだけど……でもそう思ってしまっても無理は無いと思う。本当に要らないです、その設定。

 

まあ、腹は膨れないけど、ずっと飢餓感に苛まれているという訳では無いから、食える時に食い溜め出来ると考えれば有難い限りではあるんだけど……。

 

 

串に付着した油を舐め取りながら、取り留めのない事を考える。

 

 

 

……そういえば、さっきから一つだけ気になっていた事があった。

それは単純な疑問。何故、このアイルー達は、見ず知らずのボクに優しくしてくれるのか。

 

だっておかしいでは無いか。

外では大型の飛竜達がうろつき、歩くだけでも死のリスクが付き纏う。そんな状況であれば当然食料を採取できる範囲は減り、危険を避けるためには備蓄の食料を少しずつ切り崩して集落内に籠城し、災いが過ぎ去るのをじっと待つのが正しい行動なはずだ。

しかし、飛竜達が果たしていつこの森丘を離れるのかなんて事は、完全なる不確定事項であり、万が一籠城が長引けば、最悪備蓄の食料だって底をつくかもしれない。

そんなリスクを避けるためには……口は出来るだけ少ない方がいいはずだ。

 

ましてや余所者を増やすなんて正気の沙汰とは思えない。

 

しかし、騙されていると考えるには、その理由が無い。

現状、アイルー達が無一文無情報無力の三拍子が揃ったボクを騙したところで、何の得も無いのだから……。

 

 

何がおかしい?

何が間違っている?

 

 

……ダメだ、わからない。

せめて言葉が通じれば、何か糸口を掴めたかも知れないのに。

 

…………。

 

 

「……ッゴホッ!ゲホッ!?」

 

錯綜する思考は、激しい咳き込みによって強制的に中断される。

 

……そういえば、さっきから妙に煙い。

アイルー達が何かを燃やしているのだろうか?

 

 

ボクのそんな推察とは裏腹に、煙は次第にその姿を明確にさせていき、より濃く、より大きく広がっていった。

何か燃えているんじゃ無いか!?

 

ボクは慌てて口元を万能ローブで覆い、身体を無理矢理に動かしてベットから立ち上がる。

瞬間、節々に焼けた鉄串を刺されたかのような激痛が走るが、既にボクにはそれを気にするほどの精神的余裕が残されていなかった。

 

気温は加速度的に上がっていく。それに伴ってボクの額には玉のような汗が無数に浮かび、地面に滴り落ちては小さなシミを作った。

 

 

 

テントから飛び出し、視界が開けたその瞬間、その光景はボクの目の中に飛び込んで来た。

 

 

………………火。

 

 

赤く渦巻き、まるでそれが怒りの象徴であるかのように盛る炎。

何かが崩れ去ると共に、黄色く輝く火の粉が、さながら無数の蛍の群れのように美しく舞った。

距離は離れているというのに、灼熱がボクの頬を掠める。

それだけで、あの炎本体がどれだけの熱量を持っているかなど想像に難く無い。

 

 

 

 

「逃げなくては。」

 

 

本能はそうボクに語りかけてくる。

だが、同時にこうも思うのだ。

 

 

……何処へ?

 

 

既に四方は炎に取り囲まれている。

エリア11に繋がる出口には木の棒のような何かが倒れており、そこを進むには炎の上を通っていくことになる。

リオレウスの吐いた炎の残り火とは訳が違う。自然現象の炎は、そう簡単には超えられない。

 

どうすればいい。

考えろ、思考を止めるな。

 

どうすれば生き延びられる?

判断を迷ってはいけない。一瞬の思考停止が命取りだ。

 

 

 

 

–––––––––––にゃぁ……。

 

 

……っ!?

冷静さを取り戻そうとしていた思考は、しかしその一声によって打ち消された。

驚愕と焦燥が一気に湧き上がる。

……子アイルーの声……火に近い!?

 

そう考えた瞬間、不思議と身体が動いていた。

 

それは、この炎の中を生き延びるという目的を達成するためには、愚行としか言いようがない行いだった。

 

……そう、それは例えば、いつ飛竜に襲われるかわからないという危機的状況の中、しかしボクを助けてくれたアイルー達と同じように。

 

 

それは別に、ボクが死にたがりな訳でも、自己犠牲を顧みない正義漢だったわけでも、ましてや、恩返しだなんてそんなつもりでも無いのだろうと思う。

 

 

–––––––––ただ、後悔するだろうなと、思ったのだ。

 

たった一人逃げ伸びた後、焼け焦げた集落を見つめて……見つかるはずもない死骸を幻視して、後悔するのだろうと……

 

 

声は聞こえた。まだ生きてる。

方向は3時。距離は不明……瓦礫のようなものが積み重なっていて目視で確認は出来ない。

 

火はすぐそこだ。瓦礫には燃えやすいものばかり……闇雲に探しても間に合わない。

聴覚を研ぎ澄ませ。最大限に……どんな小さな音も聞き逃さない。

 

 

 

 

 

パチパチ……ゴォォォォォォォォ…………

バリバリバリィ………ズゥゥゥウウン…………

グルァァァァァアアア…………

 

 

(………ヒュー……)(……ヒュー………)

 

 

 

…………聞こえた。





大変申し訳ありませんが、残酷な描写lv3の作品「我らが女王に、跪け」は原作および原作者の消失に伴い、更新を停止とさせていただきます。
お読みくださった方々には、深くお詫びと感謝の気持ちをあらわさせていただきます。

残酷な描写lv4である当作は変わらず続けますので、引き続きご愛読いただけると幸いです。


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第21話、火を見るより明らか!part1

モンハン史上最も死が近い小説を書こうとしたら、生きろトトスさんが現れたぜ☆
……ジャンルが違うけど。


でわどうぞ。



 

 

 

 

(………ヒュー……)(……ヒュー………)

 

 

その、小さくて弱々しい息遣いを……しかしボクの耳は決して聞き逃すことは無かった。

巨大化させた(・・・・・・)耳を元に戻しつつ、その小さな音だけを頼りに瓦礫の中へと駆ける。

 

蛍のように飛んできた火の粉が、ボクの右腕に生えているブルファンゴの毛に引火し、燃やした。炎が揺らめくと同時に灼熱が肌を焼き、激痛となって脳へと危険信号が送られる。

だが、そんな痛みを、ボクは故意に意識の外へと追い出し、火炎が頬を掠めるのも厭わず、瓦礫の中を一心不乱に探す。

 

 

空気が熱い。

滝のように湧き出る汗は、しかし瞬く間に蒸発させられていく。炎に熱されたこの場の気温は、気化熱によって下げられる温度を既に超えている。

酸素は枯渇し、体も思うようには動かない。

 

もって三分だろうか……。

 

 

この環境に於ける自分の活動可能時間を大まかに予測するが、それはあくまで今現在の環境が保たれることが前提であり、今なおその勢力を拡大していく炎を見れば、その時間はもっと短いであろうことは想像に難くなかった。

 

そんな短い時間の中で子アイルーを見つけ出し、瓦礫の中から救出して、炎に包まれた集落を脱出する方法を探る。

……正直言って無茶苦茶だ。そんなことは不可能である、と……普通ならそう思うのだろうけど。

 

 

ボクなら、出来るんじゃないか?

 

そう思えてしまう。

 

リオレウス、ランポス、ドスランポス……あの死の40メートルを乗り切ったボクならば……

危険のベクトルは違えど、危険度で言うならば同程度だ。なら、必ず脱する方法はある。

 

 

瓦礫の中を手探りで探しながら、ボクは同時にこの危機の攻略法を探す。

 

そんな思考は、しかし手から伝わった柔らかい感触によって中断された。柔らかい毛の感触……間違えない。

瞬間、ほぼ反射のように瓦礫を右腕で退かし、その小さな体を掘り起こした。

 

グッタリと動かず、所々血で汚れ、煤にまみれたその小さな体は、間違えなく子アイルーのそれであった。

 

…………っ!?

見つけた!

 

どうやら意識は失っているようだ。

しかし、僅かに感じる鼓動が、小さく上下する胸が、子アイルーが確かに生存していることを証明してくれる。

 

その時、ボクの心はある種の達成感に包まれるが、現状、まだ喜んでいる暇は一秒たりとも存在しない。火は既にすぐ目の前まで迫っているのだから。

素早く子アイルーを腕の中に抱え込み、顔を上げて周囲を見渡す。

……どれだけ目を凝らし、360度を見回そうとも、視界に入ってくるのは赤く逆巻く炎ばかりだ。激しい熱と光に、出口を探すことさえままならない。

 

 

……意識が保たない。

 

 

脱水か、酸欠か……どちらにせよ、限界は近かった。

判断している暇は無い。思考など無意味だ。

消防隊など存在しないし、助けなど望むべくも無い。

 

 

生き残る術は…………最も火が薄い場所を、強引に突っ切ること。

 

我ながら随分と適当で強引だと思う。

でも、それが現状のボクに思いつく最善だった。

 

 

そう思い、再び周囲を見回せば、確かに他の箇所より明らかに炎が薄い場所がある。まだ燃え広がりきって居ないのだろう。

……薄いとはいっても、そのフレイムはボクの胸くらいの高さがある。他の所は既に身長以上の炎が上がっているところを見れば、十分に薄いのだが。

コレに突っ込むのは相当の勇気を要するが……問題ない。それを勇気と言っていいのかわからないけど、どうせ何もしなくても火に包まれるのならば、このくらいの火で躊躇うことはないだろうと、そう判断したのた。

 

身を包むローブの中に、子アイルーを仕舞い込み、覚悟を決める。

どんな転生特典よりも、これまで決して揺るがなかったこのローブのことならば信頼できるとボクは思ったのだ。

 

 

……燃えてくれるなよっ!

 

 

炎目掛けて、走る。

 

 

–––––––……バキバキバリバリィィィッ!!

 

今にも炎の中に駆け出そうとしたボクの歩みは、しかしそんな音と共に遮られた。

熱風が爆ぜ、無数の火の粉が眼前で飛び散る。

高熱を孕んだ光球がボクの髪や肌を瞬く間に燃やしていくが、そんなことさえも意識の外へと追いやられていた。

 

 

数秒の停滞の後に、目の前で起こった事象を漸く脳が理解する。

 

 

 

ゴウゴウと燃え盛る木が、目の前に倒れかかったのだと。

もしボクの歩みがもう少しでも早ければ、その時点で木に押し倒され、死んでいただろう。

だが、今となってはどちらでもいい。何故って……

 

……唯一生きて抜けられそうな場所が、一握りの小さな希望が、たった今潰えたのだから。

 

 

ボク一人ならばこうなる前に抜け出せた筈だ。

子アイルーを助けようとしなければ、脱出は容易だった筈だ。

 

 

 

……愚かだった。

どうしようもないくらいに。

 

誰かを助ける?

自分の身さえも守れないような奴が?

何故ここまで来てそのような「傲慢」を抱けるのか、我がことながらその神経が理解出来ない。

 

他人に構うな。

 

 

【キミは自分が生き残る事だけを考えていればいいんだ。】

 

……そうだ。

 

生き残るために、他を犠牲とする。

それは何でも無い、生き物の本質そのものなのだから。

だから…………ボクは何も悪くない。

 

 

両腕に抱き抱えた子アイルーを、そっと灼熱の地面に置いた。

……それは、言ってしまえば無意味な行為だった。

今更助けるのをやめたところで、何も変わりはしない。状況は限りなく詰んでいる。

 

だけど、本質的には、ボクがこの地に置き去ったのは、子アイルーだけでは無いのだと思う。

 

 

『ボク』という人間性そのもの。

 

 

それを今、棄てたのだ。

生きる為に。

 

 

 

 

…………何故?

 

何故そうまでして、ボクは生きなくちゃいけないの?

 

 

 

……だけどそれは、そう簡単に棄てきることができるものでも、また無かったのだ。

何処からともなく溢れ出す涙が、視界を遮ってしまう。

 

生きるべきか、死ぬべきか。

相反する感情に、身体が引き裂かれそうだった。

 

 

 

「………にゃぁ。」

 

っ!?

 

灼熱の地獄の中、突然聞こえたその声に、ボクは後ろを振り返る。

子アイルーが意識を取り戻し、コッチを見ていた。

 

 

地獄の中でも変わらない、清らかな瞳で。

 

 

ねぇ……キミは一体、今なんて言ったのかな?

キミを置いて行こうとするボクに、どんな言葉を掛けたのかな?

 

そんな穏やかそうな声で、そんな優しい声で……

 

何でもっと感情的に、声を荒げてボクを罵倒しない。

何でもっと感情的に、生き、足掻こうと絶叫しない。

 

 

違う。

生き物はもっと醜くあるべきだ!

生き物はもっと生に執着しなければいけないはずだ!

ヤメロ、馬鹿馬鹿しい。

見ず知らずの怪しい人間を助けたり、あまつさえ貴重な食料を分け与えたり……一人なら助かるのに、他人を助けようとしたり。

 

……そんなこと、あってはならないんだっ!

 

 

だって………そうじゃないと。

 

 

……っなんでボクは、ここまで苦しんでいるんだよぉ。

なんのためにボクが、ここまで苦しんで来たんだよっ!

 

 

 

わかった。

 

否定してやるよ。

キミのその愚かしさを、ボクの愚かしさを、全部否定してやるっ!

全部否定して、ボクの生き方を肯定する。

 

だから生きろ!生き延びろ!……生き残させてみせる!!

 

 

 

業火が身を包んでいく。

自分の肉が焼ける匂いはこの上なく不快で、自分の肉が焼ける音はこの上なく醜く、自らの命が焼き尽くされる感覚はこの上なく苦痛で……でも、今は大して気にならない。

 

ボクの心の炎の方が、熱い。

 

涙が頬を伝う。

この灼熱の中では、本来瞬く間に蒸発してしまうはずのその一滴は、しかし地面に落ちるその瞬間まで、決して消えることは無かった。

 

 

これは、ボクの過去への悔恨であり、それと同時に、未来への誓いでもあった。

 

 

 

 

さぁ、時間よ、戻れ。

 

 

 

 

 

 

【「処女(おとめ)の涙」より、「悔恨の涙」を発動します。……お行きなさい、それが貴方の望む道なら。】






登場人物紹介を挟もうか挟むまいか。悩み時ですね。

読者層が似ている作品が凄まじくカオスな事に気がついた今日この頃。


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