狂気の男と捨てた理性。 (オールライト)
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潜む狂気

最近他作品執筆が思うように進まないため、ここで前々から考えていた敵サイドのオリ主ものを投稿してみたいと思います。
まぁ、トガちゃんと絡ませたいがために作ってたやつですけどね。
駄文なのは相変わらずですので、それでも良ければ見ていただけると嬉しいです。


事の始まりは一つのニュース。

 中国にて発光する赤子の誕生というSFじみたニュースが世界中に流れたその日を境に世界は一変した。

 世界総人口の約八割が何らかの特異体質、「個性」を発現するようになった現代。

 個性の発現に伴い圧倒的に増加した犯罪件数、それに対抗するように生まれた職業は『ヒーロー』。

 まるで漫画のようにド派手に、かっこよく、エレガントに犯罪者を打ち倒すヒーローは瞬く間に脚光を浴び、なんと国から正式に公的職務として定められた。

 もはやヒーローはテレビの中の架空の存在ではなく、ごく一般的な職業となったのだ。

 

あるものは憧れを現実に変えるため

あるものは地位と名声と財力を手に入れるため

あるものは自己顕示欲を満たすため

様々な理由で様々な個性を持つ者達が様々なヒーローを目指す世の中になった現代。

 

そんな現代のせいか、世の中の犯罪者、いわゆるアウトロー達はヒーローと対なすもの、あるいはそのヒーロー達を際立たせるための者として

『ヴィラン』と呼ばれていた。

ヒーロー社会を象徴するかのような名前呼ばれる犯罪者、ヴィランたちを、日々ヒーローは取り締まり、拘束し、豚箱へと放り込む。

そして、世の中のルールというものに、人を救うヒーローというものに強引に抑え込まれてしまうヴィラン達の欲望や思想、あるいは想いはやがて大きな闇として膨れ上がっていく。

その個性故に人生を狂わされたもの。

その個性の強大さ故に満足に個性を振るうことすら許されないもの。

ヒーローが蔓延る現代故に、人に救われることすら叶わなかったもの。

様々なヴィラン達が様々な想いを持って世の中を生き、あるいは死ぬことすら抑圧されてしまったこのヒーロー社会で、そのヴィラン達の闇は静かに、そして確実にヴィラン達の中で大きくなっていった。

 

これは、そんな抑圧された時代に生まれた一人の少年が自身の欲望のままに生き、

 

 

過去に自ら手放した親友達(理性)と戦う物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っせー。」

 

 

とある都市のとあるところにあるとあるコンビニ。

どこにでもあるようなそのコンビニに、どこにでもいるような店員の少しやる気の欠けた挨拶がカウンター越しに響く。

だが、その店員の視線は今しがた開いたドアには送られておらず、カウンターにおいてあったレジの金を整頓する手へと向けられていた。

恐らくは職業病による挨拶なのだろう。

 

 

そして、その声に続くかのように自動ドアをくぐってコンビニの中に一人の青年が入ってきた。

 

年の頃は17、8だろうか、平均より高めの身長に乱雑になった黒い短髪、上下が黒に統一されているという重めの服装、そしてその重みを緩和するかのように真っ白なスニーカーを履いている。

ファッションのセンスは悪くないのに、ボサボサで清潔感のない髪の毛が全てを台無しにしてしまっているその青年はゆっくりとした足取りでコンビニの奥の方へと歩いていく。

 

(っせーって…いくらなんでも省略しすぎでしょーよ。

もはや元の原型ないじゃねぇーの。)

 

そう小声で呟きながら青年はコンビニの奥にある大人専用の18禁コーナーで足を止めた。

そして、

 

何の躊躇いもなく一冊のエロ本を手にとり、まるで週刊誌を見るかのような感じで立ち読みを始めた。

 

今は日も上りきったお昼過ぎ。

コンビニには昼休憩を過ごすため、昼食を済ますため、多くの人がこのコンビニを利用している。

もちろん、彼の背後では他の人達が買い物をしているし、彼の隣でも週刊誌を立ち読みしている人がいる。

そんな多くの人達の視線があるなか、何の躊躇いもなくエロ本を立ち読みできる勇者はそう多くない…というかそんなモラルのモの字もない人間などほとんどいない。

 

そんな彼の姿に、隣にいた男性は

 

(なっ…!こ、こいつ…ただものじゃねぇ!?)

 

と戦慄し、

 

背後を通りすぎた女性は

 

(うわ、キッモ…さいってー…)

 

と軽蔑した。

 

そんな彼等の視線もなんのその

まるで部屋で本を読むかの如くエロ本のページをめくる青年。

その表情は、エロ本を手に取った時から全く動いていない。

 

「うわぁ、この女まだ現役だったのかよ…そろそろ止めねぇと退き時を間違えんぞ…。」

 

しまいには登場してきた女優のダメ出しまでし始めた。

そして、つまらなさそうに溜息を吐きながらまたページを1枚めくろうとする青年。

やはりその表情に一切変化はない。

まるで見ているものに興味でもないかのようにエロ本を読み進めていく青年。

 

だが、

 

「……」

 

そんな青年の眉が、ほんのすこしだけピクリと動いた。

 

 

 

その瞬間、

 

大きな爆発音が辺りの空気を震わせた。

次いで上がってくる黒い煙。

どうやら近くで爆発が起こったらしい。

それを皮切りに平凡でいつもとなんら変わりのなかった店内が、突如としてざわつき始める。

 

「おいおいなんだよ今の爆発?」

 

「そんなのわかんないっつーの!またどっかのヴィランが暴れたんじゃねぇの?」

 

「けっこー近かったよな?」

 

「ってことは、もしかして、生ヒーローみられるチャンスじゃね?」

 

「つーか、上手くいけばヴィラン捕まえる瞬間見れるんじゃね!?」

 

「まじ!?ヴィランがメイデン入れられるとこテレビでしか見たことないんだけど!」

 

だが、その声に不安や恐怖の色はない。

あるのは危機感の欠片もない好奇心だけで、誰もこの状況に危険を感じていなかった。

それどころか、店内にいた人達は続々と黒煙揺らめく外へと携帯片手に飛び出していく。

あろうことかコンビニの店員ですらその人の波の中へと混ざってしまっている。

 

「……」

 

そして、誰もいなくなった店内でその様子をじっと見つめていた青年も、ゆっくりとした足取りで外へと出ていく。

その表情は、やはりエロ本を見ていた時と全く代わり映えしていない。

 

だが、既に外は携帯やカメラを構えた野次馬で溢れかえっており、辺り一面人の群れとなっていた。

これでは何が起きているのかを見ることもできない

そう心の中で青年が悪態をついたその瞬間

 

「やめろぉ!来るな、来るんじゃねぇ!来たらこのガキぶっ殺すぞ!?」

 

聞こえてきたのは野太い怒号だった。

焦りと不安と恐怖と…、様々な感情がごちゃ混ぜになって吐き出されたような、そんな怒号。

 

青年はその怒号がした方向へと人混みをかき分けながら進んでいく。

そして、人混みの最前列へとなんとかたどり着く。

するとそこには一人の男性が、小さな女の子を抱えながら叫んでいる姿があった。

その周りには、工事現場に置いてある立ち入り禁止看板のような黄色と黒の縞模様のある服をきた筋肉質な男と他数名の男性が取り囲んでいる。

女の子を抱えていない方の男の手は、自身の個性なのか大きな刃へと形を変えており、それを乱暴に振り回しながら必死に周りの者を近づけないようにしている。

この状況を見ればどんなに頭の悪い人間でも何が起きているかわかるだろう。

速い話がヴィランが小さな女の子を人質にしているのだ。

 

人質にされた女の子は恐怖からか必死に泣き叫ぶ、恐らくはそれが幼き子供にできる助けを求める叫びなのだろう。

ヴィランの後ろにいるのはその女の子の母親だろうか、必死に女の子の名前を呼びながら手を伸ばしている。

しかし、その母親は脚を男の手で切られたのか、両足から血を流し、這いずることしか出来ずにいた。

だが、その目には恐怖も不安もなく、ただただ娘を助けようとする母の強き想いが宿っている。

 

「くそっ…めんどくせぇことしやがって、よりにもよって人質をとるたぁ…これじゃあやりにくいことこの上ねぇぞ…おい!無駄な抵抗はよせおっさん!あんたはもう逃げられねぇ!大人しく捕まりやがれ!」

 

「うるせぇ!俺に近寄んな!?近寄ったらこのガキ殺すっつってんだろ!?」

 

(おいバカ!不用意に相手を興奮させるな!人質がいるんだぞ!)

 

「…てっ!け、けどよデステゴロさん!このままだとヴィランに逃げられちまう!」

 

 

(デステゴロ…ああ、そういえばそんなヒーローもいたな。たしか事務所もこの近くだった…気がする)

 

同じような服装をした若い男を拳骨で注意する筋肉質な大男を見て、青年はようやくことの顛末をある程度理解した。

ようはこのヴィランがなにかしら問題を起こし、それを運悪く近場を巡回中だったヒーロー、デステゴロとそのサイドキックに見つかり、それに慌てたヴィランが近くにいたかなにかした親子を傷つけ、子供の方を人質に取ったのだろう。

 

(バカ野郎!ヴィランよりも人質の方を優先しろこのタコ!とにかく今は不用意にヴィランを刺激すんじゃねえ!)

 

「おい!きいてんのかこのくそヒーロー!早く俺から離れろって言ってんだよ!」

 

「…っ!わ、わかった!わかったから一旦落ち着けよあんた!俺達はすぐあんたから離れる!だからまずはその女の子を解放してくれ!俺達が離れちまえばその子がいる意味もないだろ?」

 

「う、うるせぇ!てめえらの言うことなんざ信用できるか!このガキは俺が逃げ切るまでぜってぇ離さねぇからな!少しでもてめえらが動いたらガキの首かっきってやる!」

 

「…っ!くそっ!このままじゃあ…!」

 

そう言って血走った目で女の子の首筋に刃を押し当てるヴィラン。

こうなってしまってはヒーローもてを出すことが出来ない。

デステゴロもサイドキック達もゴリゴリのインファイタータイプ、飛道具もそれに類する個性も持ち合わせていないのだ。

 

そんな中一向に収まらない騒ぎを見てか、辺りにいた野次馬達が少しずつざわつき始めた。

 

「ねぇねぇ、今ヴィラン取り囲んでるヒーローだれ?」

 

「ん、この近くに事務所構えるデステゴロさんだよ」

 

「あー、最近テレビにも出たあの!なに、苦戦でもしてんの?」

 

「なんでも小さい女の子人質に取ってるらしくて手がだせないらしい。」

 

「えー、なにそれ最低じゃん!ヒーロー一体なにやってるわけ?早く助けて上げないと可哀相!」

 

「いやいや、下手に手を出したら人質殺されるって」

 

「けどよ、人質とられて何も出来なくなるヒーローもヒーローだよな、ちゃんとその時のための対策考えとけっての」

 

「あー、確かに言われてみればそうかも」

 

「ま、でも今回もヒーローがなんとかしてくれるでしょ、そんなことよりカメラカメラっと」

 

皆、一様にそれぞれの意見を口々に言い合い始めるが、その声は先程と同じように危機感の欠片もない。

正に対岸の火事とでも言わんばかりに騒ぎをカメラや携帯のレンズへと映し出している。

誰一人、女の子を救おうとも、傷ついた母親を助けようともしない、する素振りすら見せていない。

その内ヒーローが助けてくれると、そう言いながら野次馬達は泣き叫ぶ少女の姿へレンズを向ける。

頑張ってと、もうすぐヒーローが助けてくれるよと、

そう言う自分は優しい人なんだと酔いしれながら。

早く助けてやれよと、ヒーローに全ての責を擦り付けながら。

 

そんな野次馬達の姿とヴィランとヒーロー達を青年は少しだけ一瞥した。

 

(…『この世の中はヒーローによって狂わされた』、か。…こんなんみてると、アイツの言ってることもあながち間違いじゃないのかも、なんて思えてきちまうなぁおい。)

 

「…ま、んなこと俺には関係ねぇか。」

 

胸ポケットから普段から愛煙しているのであろう煙草を一本取りだし、口にくわえ火をつけた青年は面白くなさそうな表情を浮かべながらゆっくりと人混みをかき分けその場から離れていく。

 

「うわぁぁああん!ママぁぁ!パパぁぁ!助けてぇぇえ!」

 

「…」

 

背後から聞こえてくる幼子の叫びに呼応するかのように、煙草の灰が地面へ落ちる。

そして、人混みの中に混じって揺れていたか細い煙草の煙は完全に消え去り、青年の姿もまた人の波に紛れて消えていった。

 

 

 

そんな中、騒ぎの中心にいるヒーロー、デステゴロは目の前の歯痒い状況に思わず拳を震わせていた。

 

ヴィランが単身だったこと、こちらは多人数だったこと、そして何より他のヒーローに手柄を横取りされたくないあまりに自分以外のヒーローに応援を要請することなくここまで来てしまったこと。

そういった自分の利己的かつ浅はかな考えが産み出してしまったこの状況に、デステゴロは不安と焦りを募らせていく。

 

(応援を要請しようにもヴィランが興奮しちまってこっちは携帯1つ取り出せねぇ…!どーする、いっそのことこのまま全員で一気に取り押さえるか?いや、バカか!?その間に人質殺されたらヴィラン捕まえても意味ねぇだろうが!)

 

募らせた焦燥と不安のせいかいつもより思考もうまくまとまらず、これといった打開策も思い付いてこない。

その間にも、目の前の女の子は恐怖で声を張り上げ、傷つき倒れた母親がその子を救おうと必死にもがいている。

そんな助けを求める親子すら救えない自分の無力さに、震える拳により一層力が入る。

 

(せめて、俺にオールマイトのような力があれば…!)

 

No.1ヒーロー、オールマイト。

その圧倒的な実力とカリスマ性でこのヒーロー社会のトップにまで上り詰めたヒーロー。

平和の象徴とまで称される彼ならば、きっと目の前のヴィランが女の子に刃を向けるよりも速く事を片付けているはずだろう。

だが、今この場にそのオールマイトはいないし、目の前の女の子達を助ける事が出来るのも自分達だけなのだ。

だから、考えるしかない。

まとまらないその思考で、圧倒的なパワーもない自分の力で

 

どうやって目の前の女の子を助ければいいのかを

 

(考えろ…考えろ!今この女の子にとってのヒーローはお前しかいねぇんだぞデステゴロ!考えろ、考えるんだ!)

 

だが、そんなデステゴロの想いもむなしく、現実というなの刃が再び彼と、か弱い女の子に向けられる。

 

「お、お前らいい加減にしろよ!!俺は、俺は速くそこをどけって言ってんだよ!?わかってんのか、あぁ!?」

 

刃へと形を変えた片手をメチャクチャに振り回しながらそう叫ぶ男は、やがて血走った目を自分の刃へと向けた。

 

「そ、そうか…お前ら…俺が、俺が本気じゃねぇと思ってんだろ!そうだろ!?だからいつまでも俺の言うことを聞きやがられねぇ!俺は、俺は本気だぞ!?俺は、俺は本気でこのガキぶっ殺すっつってんだぞ!」

 

「…!ま、待て!」

 

 

 

 

 

「俺は、俺は

 

俺は、本気だぁぁぁあ!!」

 

そして、男の口から吐き出された辺りを震わせる叫び声とともに

 

男の腕程もある刃が、叫び過ぎて声すら枯れてしまった女の子の首元へと降り下ろされていった。

 

「や、やめてえええええええ!!」

 

男の背後で聴こえる母親の叫び

 

男を止める為に咄嗟に身体を前へと動かしたデステゴロとサイドキック達

 

だが、既に時は遅い。

そのどれもが少女に降り下ろされる刃を止めることは叶わない。

 

そして、刃が振り下ろされるその瞬間

 

 

真っ赤な鮮血が男の足元に飛び散った。

 

 

「い、いあぁぁぁぁぁ!!?」

 

次いで聞こえてきたのは

 

我が子を失った母親の悲痛の叫び

 

ではなく

刃を振り下ろそうとした男の叫び声だった。

 

見ると、男が少女を抱えていた腕の手の甲に、一本のナイフが突き刺さっていた。

よほど深く刺さったのか、手の甲から痛々しい量の血が流れ落ちていく。

その痛みに、男の刃に変えた腕の動きがほんのわずかに止まる。

 

「!ぬ、おおぉぉぉ!!」

 

「ッガ…!?」

 

その一瞬の隙を逃さずに、前に出て来たデステゴロの無骨で大きな拳が、男の顔面に叩き込まれた。

彼の自慢のパワーに、男はたまらず抱えていた少女を手放し後ろへと吹っ飛んでいく。

そして、吹き飛んだ男が地面へ倒れ込むと同時にすサイドキック達が素早く男の動きをがっちりと取り押さえ、封じ込めた。

 

「グッ…く、クソ共が!ちくしょう離せ、離せ、離しやがれぇぇ!!」

 

「う…っせぇ暴れんなこの…!往生際悪いんだよ!」

 

「デステゴロさん!ヴィランの動き拘束しました!」

 

「はぁッ、はぁッ…ぃよっし!よくやったお前ら!そのまま抑え込んでおけ!いいか、油断だけはすんじゃねぇぞ!」

 

息を少し荒くしながらガッツポーズをしたデステゴロは、その大きな体を小さく屈ませて人質にされていた少女を抱きかかえた。

 

「すまないなお嬢ちゃん、助けるのが遅くなっちまった…本当にすまな」

 

「うぇぇぇん!こ、こわ…こわかっだぁぁぁぁ!うわぁぁぁん!」

 

「っとと…!?よし、もう大丈夫だ!もう大丈夫だぞ!」

 

いきなりしがみついて大声で泣きじゃくる少女を落とさぬようにと慌てて態勢を整えるデステゴロ。

そして、すぐに少女を連れてけがをしてしまった母親のもとへと駆け寄っていく。

 

「ああマイ!マイ!よかった…!無事で…本当に…!」

 

「奥さん、どうか落ち着いて、傷に響きます。すぐに救急車の方を手配しますので、もうしばらくお待ちください。」

 

「ああ…ありがとう、ありがとうございます!助けてくださって…本当に…!ありがとう、ヒーロー!」

 

「…ッ!…いえ、こちらこそ、救助が遅れてしまったこと、深くお詫びします。本当に、申し訳ない。」

 

泣きながら両腕で我が子を抱きしめ礼を言う母親に頭を下げながら詫びの一言を入れるデステゴロ。

 

「お!どうやら無事人質救出できたみたいだぜ!」

 

「え、マジ!やるじゃんデステゴロ!正直ダメかと思ってたわ俺!」

 

「ばっか!デステゴロさんなめんじゃねぇよ!あの人のパワーガチぱねぇから!」

 

「いやぁ、さすがヒーロー!かっこいいわぁ!」

 

親子が救出されたとしった野次馬たちが口々にヒーローをほめたたえる中、デステゴロはすぐにサイドキックに警察に電話をするよう指示をし、今度は取り押さえられているヴィランの方へと視線を向けた。

 

「クソ、クソ…離れろよ…!離れろよクソヒーローどもがァ!!

俺は、俺は何もしてねぇんだ!俺は、俺はただ、ただ普通に暮らしてたいだけなのに…なんで、なんでぇ!

ちくしょう…ちくしょう!ちくしょうがぁぁ!!」

 

「んの!わけわかんねぇこと言ってねぇでおとなしくしてろ!」

 

サイドキックに取り押さえられたヴィランはどうにか逃げ出そうと抵抗しており、そのせいか手の甲の出血が先ほどよりも広がっているように見える。

手の甲に深く刺さったナイフを見たせいか、自然と自身の手の甲を空いた手でさすりながらデステゴロはそのナイフをじっと見続ける。

 

(…あのナイフは、一体なんだ?俺らの中に、飛び道具を持っている奴は誰もいないはず…。と…するとほかの第三者ってことになるよな?こん中の野次馬共の誰かか?いやだが…人質ではなく、その人質を抱えている腕の手の甲のみに向けて正確に刃物を投降するなんて芸当…素人にはほぼ不可能だ。…だが、だとしたら一体だれがあのナイフを…?)

 

「…まぁ、そんなこと今はいいか。移動するのもめんどくせぇし、ここはとりあえず警察が来るのをおとなしく待って…」

 

「ってぇぇぇぇ!?」

 

「…ッ!?どうした!?」

 

突如として聞こえて来たサイドキックの悲鳴に少しだけ緩んできた緊張が再びデステゴロの身体をこわばらせる。

そして、デステゴロがすぐさま視線を声のした方向へ向けると

 

片腕を抑えてうずくまっているサイドキックと、先ほどまで拘束されていたはずのヴィランが暗く薄汚れた近くの裏路地へと入っていくのが彼の瞳に映し出される。

すぐに今まで彼を取り押さえていたサイドキックのもとへと駆け寄っていく。

 

「おい!何してやがんだお前ら!油断はするなっていっただろうが!」

 

「す、すいませんデステゴロさん!けど、これは…」

 

「言い訳はいい!すぐにあの野郎を追うぞ!ここらの裏路地は入り組んでて逃げるのにはうってつけだ…このままだと取り逃がしちまうぞ!」

 

「え…あ、はい!」

 

せっかくとらえたヴィランを取り逃がしてしまったという焦りと、このまま取り逃がしたら自分のヒーローとしての価値が下がってしまうこと、ヴィランという脅威を野放しにして今うことへの不安からか、部下の言おうとしたことも聞かずにヴィランが逃げていった裏路地へと進んでいく。

 

(まずいな…ここら辺の裏路地は入り組んでて調べるのが面倒だったから今の今まで入ったこともねぇ…どうする!?このまま追って追いつけんのか!?)

 

焦りと不安のせいかまとまらない思考のまま裏路地を進んでいくデステゴロとそのあとをついていくサイドキック達。

そんな冷静さを欠いた状態のデステゴロはいつもなら真っ先に疑問に思うことに気づくことができなかった。

 

先に悲鳴を上げたサイドキックの腕に、ヴィランの手の甲に刺さったナイフと同じナイフが刺さっていたということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デステゴロ達が裏路地から入って数分後

 

(よっしゃ…よっしゃ!やった!やったぞ!逃げれた、逃げられた!)

 

薄暗く、ホコリとゴミにまみれた裏路地を、先ほど逃げ出したヴィラン

 

片一刃替(かたいちはがえ)は嬉しそうにぶつぶつとそう呟きながら全速力で駆け抜けていた。

 

(ガキの頃から通ってたこの裏路地ならヒーローより俺の方が土地勘があるはずだ…逃げれる!逃げれるぞ!)

 

「俺は、逃げれる!…大丈夫、逃げ切れる!」

 

笑顔でそういいながら入り組んだ裏路地を慣れた足取りで右へ左へと進んでいく。

どうやら土地勘があるとは本当のようで、一切迷うことも足を止めることもなく駆ける脚をさらに速くしていく刃替。

壊れた換気扇の横を通るたびに、ぶちまけられたごみ箱を避けて走るたびに、

その顔は逃げ切れるかもしれないという淡い期待によって少しずつ笑顔へと変わっていく。

 

「逃げ切ってやる!ああ、そうさ俺はつかまらねぇ!俺は、俺は何も悪くはねぇんだ!つかまらなきゃいけねぇ理由なんてねぇ!」

 

そういいながら血走った眼で笑いながら裏路地を駆けていく刃替の顔は、見る人が見ればまさしくヴィランそのものだったというだろう。

 

だが、そんな刃替もつい一か月前までは普通の、ほかの人たちと同じようにヴィランというものに怯えていた一人の市民のだった。

ごく普通に仕事をし、ごく普通に家庭をもち、ごく普通に幸せに日々を過ごしていた彼は

 

ある日突然親友の保証人として多くの闇金業者から身に覚えのない借金返済を求められた。

 

なんてことはない、自分が信じ切っていた親友に裏切られて身代わりにされてしまっただけの簡単な話。

そして、そこから彼の生活は一変した。

住所を変えても、名前を変えても、何をしても執拗に金を請求しに自分のもとへとやってくる金貸し達。

日に日に苦しく、そしてより一層激しくなっていく金貸し達の取り立て。

そして刃替はどんどんみすぼらしくなっていく生活から、せめて家族だけでも解放させてやりたいと考え

 

考えに考え抜いた結果、とある筋の者のコネにより、自分を殺すよう依頼をしたのだ。

そう、彼が入っていた生命保険によって支払われる金で借金をかえそうとしたのだ。

自殺とばれ満額支払われなくならないようにわざわざ裏の者にまで依頼をして。

だが

 

依頼実行の日、刃替が死ぬ『はず』だったその日に、依頼の実行犯がすんでのところでヒーローにつかまった。

前々からこういった者たち専門の殺し屋をやっていたせいでヒーローにマークされてしまっていたのだ。

そう、彼は、死ぬことすらヒーローに阻まれた。

 

そして途方に暮れたその次の日 

 

自分の愛した妻が自殺した

 

たった一言 「耐え切れません」との書置きを残して。

 

死ぬことすら許されず、命と引き換えに救おうとしたその人すらその手から奪い取られた刃替。

そして、追い詰められた刃替は、ついに今日この日、今まで絶対にそれだけはだめだと自分に言い聞かせていた犯罪へと手を染めた。

自分の『身体の一部分のみを刃へと変える』個性を使い、どうにかして大金を手に入れようとした。

 

 

だが

 

ここでも彼は再びヒーローに邪魔をされたのだ。

ちょうどあたりを巡回中だったデステゴロに運悪く見つかったのだ。

そこからは先ほど起こった通り、なんとか隙をついて人質を取るも見事に取り押さえられてしまった。

 

そう、刃替は自分が思い立ち、行動したことすべてをヒーローによって握りつぶされてしまったヴィランなのだ。

 

「…けど!今はそうじゃねぇ!逃げ切ってやる!絶対に逃げ切ってやる!俺は、俺はつかまらねぇ!こんなところで、つかまってたまるかぁ!!」

 

なぜか緩んだサイドキックの拘束、自分に地の利のある裏路地。

いまは流れが自分にある…だから、絶対に逃げ切れる。

 

(逃げ切って、もう一度人生を…!)

 

いつの間にか、最大にまで吊り上がった唇を戻そうとせずに、裏路地をひた走る刃替。

その足取りは、徐々に徐々に彼自身意図せして速くなっていっていた。

 

そして数分か、あるいは十数分か

 

長いこと走り続けたように感じる刃替の前に、ようやくお目当ての物が現れた。

大きく、ところどころ古びて破れてしまっている錆びだらけのフェンス。

それを見て、刃替はようやく足を止めた。

 

「はぁ…はぁ…ついた…!は、はは!ついたぞ!あとはこれを上って向こう側を走り抜ければ!」

 

息も絶え絶えだというのに興奮してしゃべり続ける刃替は、荒くなった息を整えようともせずにフェンスへと手をかける。

ガシャガシャと音を立てて揺れるフェンスを、時につまずき、時に落ちそうになりながらも、笑顔で上っていく刃替

 

(ここを、ここを超えれば…俺の、俺の…)

 

 

「俺の、勝ちだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさーん。よーく来たな、待ちくたびれたぜーオッサン。」

 

 

そして、刃替が興奮した叫びと共にフェンスを乗り越え着地したのと同時に

 

自分しかいないはずの場所で、自分の前方から、若い男の声が聞こえて来た。

 

「…っ!なッ…」

 

「…ちょ、なにもそんな驚いた顔しなくてもいいじゃねぇの。わざわざ待ってたっていうのに…傷つくわぁ」

 

驚いて反射的に後ろに下がり、次いでフェンスのガシャンと揺れる音が辺りに響く。

そして、すぐさま顔を上げて声の主の姿を確認する。

 

 

するとそこには、一人の青年が言葉とは裏腹に実に愉快そうに立っていた。

 

年の頃は17、8だろうか、平均より高めの身長に乱雑になった黒い短髪、上下が黒に統一されているという重めの服装、そしてその重みを緩和するかのように真っ白なスニーカーを履いている。

どう見てもこんな裏路地を歩くような人間の恰好ではないというのに、不思議と彼が薄暗く、汚らしいこの場所にいるのに違和感を感じない。

そのことが、逆に青年の薄気味わるさを際立たせていた。

 

(俺のことを…待ってた?ってぇ、ことは…俺のことを追いかけてたってことか…ならこいつは…)

 

「…待ち伏せて、やがったのかッ!」

 

「ピンポーン、正解だ。頭イイなオッサン。ま、裏路地入ってにげるならまずここに来るだろうと踏んでたからさ、先にここにきて待たせてもらったぜ。」

 

自分だけがここに詳しいと思ったら大間違いだ

 

言外にそう伝えるためか、人を煽るような笑みを浮かべるその青年は少しだけ首を回しながら刃替へと近寄っていく。

 

(く、クソ!ヒーロー側にもここの土地勘がある野郎が…!

 

クソ…ちくしょう!あと、あともうちょっとだってのに…あともうちょっとで逃げられたのに!

 

また、また

 

 

 

また、ヒーローに!)

 

そう思った瞬間、刃替の中の何かが、一気に爆発した。

 

「…この、このクソヒーローどもが!!」

 

「うおッ!」

 

「てめぇらのせいだ!てめぇらのせいで俺は!俺は!!てめぇらがいなけりゃ今頃俺は!こんなに苦しまずに死ねたんだ!妻だって、死ななくて済んだかもしれねぇんだ!それを、それをてめぇらは!!」

 

「…はぁ?」

 

「全部!全部てめぇらのせいなんだよ!俺は、俺はただ普通に暮らしてただけなのに!親友に裏切られて!金貸しに追い回されて!苦しくて、つらくて、地獄のような日々を過ごして!それでもてめぇらは俺のことなんざ助けようとしなかったってのに…それなのに!てめぇらは俺の邪魔ばかりしてきやがる!

ヒーローなんざ…てめぇらヒーローなんざいなけりゃよかったんだ!」

 

まるでせきが切れたように矢継ぎ早に叫びだした刃替をみて、青年は少しだけ呆けた表情を浮かべた。

刃替の言ってることは所詮逆恨みであり、筋などかけらほども通ってはいない。

だが、それでもこの叫びを聞いたものは少なからず彼に何かしら大きな事情があったのであろうことは理解できるはずだろう。

少なくとも、まともなヒーローであれば、思わずその手を止めてしまいそうになるほどには。

 

 

 

 

だが、目の前の青年の反応は、そのどれにも当てはまらなかった

 

 

「く…はははははは!!だっはははははは!!」

 

「ッ!?」

 

「ッははは!マッジかよオッサン!さいっこうに面白れぇよオッサン!今のジョークは中々に傑作だったぜ!」

 

「て、めぇ!何が、何がおかしいんだこの野郎!?」

 

自分の叫びが、自分の想いが、自分の苦悩が、自分の人生が

 

まるで飛びきりのジョークかのように扱う目の前の青年に、思わず刃替の額に青筋ができる。

しかし、そんな刃替の恫喝に動じる様子もなく青年はヒーヒー言いながら目元を指でこする。

 

「ひー、ひー、あーやべ、笑いすぎて涙出てきた。」

 

「…ッ!こ、の、クソが…人の思いを、ばかにしやがって…!」

 

「いやいや、バカになんてしてねっての。ほんと、マジでこれほんと。っはは!」

 

「ならその笑い声止めろってんだよこのクソヒーローが!」

 

ついに怒りが抑えきれなくなったのか、個性を発動させて自分の右腕を刃へと替える刃替。

こうすればいやがおうにも黙るはず。

そう思って個性を発動させた刃替だが

当の青年はその人を真っ二つに出来そうな刃を見ても一切表情を変えようとはしない。

それを見て、更に刃替の怒りのボルテージが降りきれる。

 

「てめぇ、何がそんなにおかしいんだ!あぁ!?」

 

「っははぁ!だってよ、オッサン。まず大前提からおかしいんだよ。

 

だって俺、そもそもヒーローじゃねぇから」

 

「…は?」

 

「第一、俺みたいなもんがヒーローになったら世の中とんでもねーことんなるぜおい。」

 

唇を吊り上げながらそう言う青年の言葉に、思わず降りきっていた怒りのボルテージが急速に下がっていく。

 

「は…だけどてめぇ、さっき俺を待ってたって」

 

「ああ、それは間違いねぇぜ、俺の目的は今俺の目の前にいるあんただオッサン。

 

まぁ、待ち伏せていた奴=ヒーローってのがすぐ出てくる辺り、あんたも自分の立場よくわかってるっつーことだな、感心感心。」

 

そう言って子供を誉めるかのようにゆっくり拍手をする青年にたいし、刃替は少しだけ困惑したように青年へと詰め寄った。

 

「じゃ、じゃあてめ、ヒーローじゃないってなら、どうして俺を追っかけて…?」

 

「ん?あー…それはさ」

 

ガシガシと頭を掻きながら口を開く青年。

そんな彼に刃替も思わず視線を集中させる。

そして、次の瞬間

 

 

彼の足に、強烈な激痛が襲い掛かった。

 

「っ!?ぎ、あぁぁぁああ!?」

 

突然のことになにがなんだか分からずに叫び声を上げる刃替。

だが、その痛みの理由を知る暇もなく今度は首もとを力強く掴まれる。

そして、凄い力でそのまま勢いよくフェンスの方へと身体を押し付けられる。

ガッシャーン!と大きくフェンスの揺れる音が刃替の耳元で聴こえたかと思うと、

今度は右腕の刃の付け根部分に先程と同じような焼けるような激痛が走った。

 

「ぐ、あがぁぁぁあ!」

 

「よっし、これで脚と刃は使えねぇな。」

 

そう言った青年の声につられて、刃替は痛みで震える顔をなんとか動かして自身の右腕へと視線をむける。

するとそこには、深々と自分の腕へと突き刺さる刀があった。

足には二本のナイフが片方の足の裏を地面に打ち付けるかのように刺さっており、痛みで動かすことすらままならない。

 

「て…てめ、い、ったい何を」

 

痛みと恐怖でかすれ、震えてしまう声。

それでも尚、目の前で自身の首を掴み、刀を突き刺した青年にそう言えたのは、それほどまでに疑問があったからだろう。

ヒーローではない彼が、なぜ自分を傷つけるのかという疑問が。

 

「…あんたみたいな」

 

「は…?」

 

「あんたみたいな犯罪犯すの初めてですって動きしてるやつは、大抵の場合自分の近場で犯罪起こすのよ。もし何が不手際あってもすぐに逃げ出せるよーにってな。

んで、逃げる時もこういった人に見つかりにくい通路を選んで逃げるんだよ…まぁ、これはヴィラン全般に言えることだけど。」

 

 

そういいながら、青年はいつの間にか俯かせていた顔をゆっくりと刃替の方へと近づけていく。

 

「な、に言って」

 

「俺はさ、事件とか起こすの嫌なんだよ。だってトラブル起こしたらすぐヒーローが飛んできてあっという間に大騒ぎ。そうなっちまったらさ、やりにくくなっちまうんだよ。生きにくいよなぁ、ほんと。おかげで好き勝手遊ぶことすらできゃしねぇ。」

 

徐々に徐々に、男の方へと顔を近づけていく。だが、その表情だけは俯かせたままのぞかせようとしない。

 

「だからさ、あんたらみたいな犯罪者たちと時たま遊ばせてもらってんだよ。そうすれば普通に遊ぶよりもずっとやりやすくなる。

あんたらみたいな犯罪者がいなくなっても大して問題になりはしないしな…それに何より

 

 

人目がつかなけりゃ事件は事件にならずにすむ。な、そうだろ?

 

 

だからオッサン」

 

 

「…ッ!?」

 

そういって青年はようやく顔を上げる

 

その顔は

 

まるで最高のゲームを目の前にしたかのように嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「今は黙って…俺に遊ばれてくれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Prrrrrr

 

薄暗く、ホコリとゴミ、そしてどこからか湧き出て来たネズミたちが『規則的』に動き回る裏路地。

そんな人ひとり寄り付かなさそうな裏路地には不釣り合いな着信音が響き渡っていた。

不釣り合いな着信音にまじり、一人分の足音も聞こえてくる。

そして、その足音の主である青年は、裏路地をゆっくりとした足取りで歩きながら、ポケットをまさぐり、着信音と共に震えている自身の携帯の通話ボタンをおす。

そして、たっぷり数分待ってから携帯を耳へと近づけた。

 

 

「っははぁ、もしもぉし?」

 

『…ずいぶんとでるのが遅かったですね』

 

「いやぁ、わりぃわりぃ、ちと野暮用があってな。出るのが少し遅れちまった。」

 

『わざわざ通話ボタンを押してからの野暮用とは、どんな用事ですか?』

 

「そりゃぁモヤさん困らせるっつー用事。」

 

『……』

 

「っははぁ、冗談だよモヤさん、そう怒んないでくれ。」

 

『怒っていませんよ、呆れはしていますが』

 

「それはそれで傷つくなぁおい。」

 

モヤさんと呼ぶ電話の相手の呆れ声もなんのその。

ニッコリとした笑顔でそういった青年は胸ポケットから最後の一本である煙草を取り出して火を点ける。

 

そして、肺の中を煙でいっぱいにしてゆっくりと吐き出した。

 

「んで、わざわざ電話して、なんか用事か?」

 

『ええ、彼からの伝言です。計画の話をするから早く来いと』

 

「…あれ、それ前の伝言と変わんなくねぇか?」

 

『…貴方、あれからもう半月経っていることを理解していますか?』

 

「ッははぁ、もちろん。だからこうしてわざわざ聞いてる。」

 

『…やはり私が電話して正解でしたね。彼が電話してたらまた新しい携帯を買わなければならなくなってしまうところでした。』

 

「携帯位買ってやれよモヤさん。ッははぁ…あの手の平フェチはからかいがあるからよ。つい、からかっちまうんだ。ってことは今回の伝言は後ろに怒りマーク付きってわけだ」

 

独特な笑い方をしながら煙草の灰を落とした青年はふいに隣にあった壊れた窓を見たかと思うと何かに気づいたかのように目を開き、タバコを指から離し、片足でぐりぐりと踏みつける。

そして、空いた片手で右頬についていた鮮血を手の甲でふき取った。

 

「そんじゃま、ストレス発散も終わったことだし、アイツに怒られる前にさっさと向かうとしますかね。」

 

『はぁ…ストレス発散…ですか。…あまりとやかく言うつもりはありませんが…目立つような行動は少し控えていただけますか?あなたがつかまれば計画に支障がでますので。』

 

「大丈夫大丈夫、後処理は得意中の得意なんで。それに、あと1,2時間もすればそっちにつくし。」

 

『…貴方という人は、本当に。』

 

「ッははぁ…胃薬買ってこうか

 

 

 

 

 

 

黒霧さんよ」

 

『…できればお願いします。』

 

「ッははぁ、了解。そんじゃ、アイツと…それと先生。二人によろしく言っといて。」

 

『ええ、それではまた後で。

 

 

『インセニティ』』

 

そういっていたずらが成功したという顔で携帯の通話終了ボタンを押したインセニティと呼ばれた青年。

 

彼の目の前からは、薄暗い裏路地が終わることを示すかのように太陽の光が見え始めて来ている。

 

その太陽の光を目に映しながら、『インセニティ』はまぶしさからか目を細める。

だが、その顔に浮かんでいるのは先ほどよりも嬉しそうな笑み。

 

「平和の象徴…この社会の柱ともいえる人間。果たしてうまくいくのかねぇ…

 

 

 

まぁ、けど

 

 

平和の象徴の決意に満ちたあの顔を

 

 

引きちぎってやるのは楽しそうだ…ッ!」

 

そういって笑ったインセニティは

 

「…ま、とりあえず先に胃薬だな。」

 

近場に薬屋かコンビニがないか物色するため、再びあたりを歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。

 

あるニュースにて

 

とある都市のとあるところで事件を犯したヴィラン

 

片一刃替という中年男性が人目のつかない裏路地にて殺害されているのが見つかったことが報道された。

 

刃替のその死体は、その職務上今まで人の死にも立ち会ったこともあるヒーローや警察が

あまりの凄惨さに目を背け、あるものは嘔吐までしてしまうほど凄惨極まりないものだったという。

 

 

 

 

 






主人公プロフィール!

名前 青年もしくはインセニティ

他一切不明!


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