南中吹奏楽部へようこそ! (千歳灯)
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出会い

 ずっと音楽一筋だった。物心つく前から、中学入学の今日まで。運動は演奏に集中する体力を付けるため。遊びも音楽に役立つ感性を得るため。恋愛なんてかけらも興味はなかった。恋歌も良いと思うものはあっても理解はできなかった。

 そんな私が、入学式の今日。一目惚れをした。

 

「……鎧塚、みぞれです。よろしくお願いします」

 

 表情の無い、綺麗な横顔から。私は目を離すことができなかった。

 

 

 

 いつの間に家に帰ってきたのか。全く記憶にない。

 ふと思い出されるのは、朝の自己紹介での彼女の横顔。白い肌に大きな瞳。柔らかそうな唇と艷やかな長い髪。どうしようか。めちゃくちゃどきどきする。なるほど、安っぽいとばかり思っていたアイドルの恋歌の歌詞も今ではよくわかる。

 しかし、まあ。まさか女の子に見惚れるとは思わなかった。恋愛するにしても、男の子相手になると思っていたけれど。それがまさか。

 家族と晩御飯を食べ、色々誤魔化しながらも今日の話をして、お風呂に入ってからも。まだ胸の高鳴りが収まらない。

 こうなったら何か聴こうか。いや、吹こう。今のこの気持ちを。心が思うそのままに。

 リードを咥えながらオーボエを組み立てる。さあ、どう奏でようか。柔らかにか、軽やかにか。彼女の顔を思い浮かべる。見上げていた私と一瞬絡む視線。あの時、彼女はどう思ったのだろうか。知りたい。彼女のことが。

 リードを吹き口に挿し、一音奏でる。うん、さあ、思い切り吹こう。目の前の色が広がるような、高らかなこの気持ちを。胸の苦しい、甘酸っぱい感情を。ただ、心の向くままに。

 

 

 

 翌日の朝。いつもより早い時間に目が覚めた私は、昨夜の余韻を残したまま、わくわくとしながら学校に向かっていた。

 ひらひらと舞いちる桜を眺めながら通学路を歩く。昨日とは見える風景が違う気がする。鮮やかできらきらと輝いているような。

 学校に近づくと、朝練をしているのだろうか、生徒たちの声と楽器の音が耳に入る。ここ、大吉山南中学校は京都府内でも吹奏楽強豪校の一つだ。昨年度も関西大会で銀賞を取っている。金も過去に数回取れているがいずれも全国には行けていない。それでもまだ全国を目指しているのだろう。澱みのない伸びやかな音からは生徒たちの実力と意気込みを思わせる。

 うん、ここの吹奏楽部はやっぱりいいな。私も頑張れそうだ。

 

 午前7時の教室。流石に誰もいないだろうから少し吹こうかなと考えながら中にはいると、窓に近い中ほどの席で、女の子が本を読んでいた。

 背筋の伸びた綺麗な姿勢で、朝日に柔らかく照らされながら静かに本を読んでいる。

 暫し見とれた。胸が高鳴るのがわかる。彼女が顔を上げた。私の方をちらと見上げてくる。時が戻った。

 

「お、おはよう、鎧塚さん。朝、早いんだね」

 

 声は上ずらなかっただろうか。顔が赤くなるのがわかる。少し緊張しながら自分の席……彼女の隣へと腰掛ける。

 

「おはよう……。…………」

「…………?」

「目覚まし……」

「目覚まし?」

「……1時間、間違えた……」

 

 天然か!なんだもうすごく可愛いぞどうしようかもう!

 内心で心底悶ていると、鎧塚さんが言葉を続けた。

 

「あなたも」

「うん?」

「朝……」

「ああ。うん、楽器、吹こうと思って。早く来れば誰もいないかな、と思ってね」

「そう……」

 

 軽く返事をして、彼女の視線が本に戻る。マイペースなのかな。だけど、嫌いじゃない。寧ろ好みど直球である。

 隣の席に腰掛けて、彼女の顔をしばし眺める。少し伏せたような目で、本の文字を追いかけている。

 開けられた窓から流れ込む風が、彼女の髪を揺らす。静かな喫茶店で本を読んでいるイメージが浮かんできた。

 

「そだ、鎧塚さん」

「……?」

「楽器、少し吹いてもいいかな?あまりうるさくしないから……」

 

 言葉はないが、頷かれたので、早速準備を始める。机の上に置いたオーボエケースからリードケースと水入れを取り出して、1本選んだリードを水に付ける。水入れから出ているコルクにグリスを薄く塗り馴染ませる。指を軽く拭いてから、ケースからベルと下管を取り出して組み付ける。

 続いて上管も取り出していると、鎧塚さんがこちらを見ているのに気づいた。

 

「それは……?」

「オーボエだよ。知ってる?」

「名前だけ。……見たのは、初めて」

「そっか。かっこいいでしょ?」

「……機械みたい」

「……今の楽器って大体機械みたいなもんだしねー……」

 

 手元から目を離さずに会話する。オーボエは繊細な楽器だ。余所見をして組み立てようものなら間違いなく壊してしまう。リードも乾きすぎてはだめ湿らせすぎてもだめで。リードの具合の確認ついでに水入れから取り出したリードを咥えながら、組み上げたオーボエを確認した。

 

「ん、よし。では……」

 

 リードを吹き口に挿して一音。ん、音も合ってる。何を吹こうかな。ん、そうだ。あれにしよう。

 

「〜〜〜〜♪」

「カントリーロード……」

 

 せいかい!日本ではジブリの映画で有名だが、元々はアメリカの歌だ。故郷を想う歌だが、入学して二日目の今に物悲しい曲調は相応しくない。優しく、でも明るい希望を込めて。そう、気をつけて奏でる。

 

「………………♪」

 

 鎧塚さんが目を閉じながら聴いてくれてる。口元も少しほころんで見える。ふふ、嬉しいな。

 

「……ふう。どうだった?」

「きれいだった」

「よかった。何かリクエストある?いろいろ吹けるよ」

「じゃあ、千と千尋の……」

「りょーかい」

 

 二人だけの演奏会。音楽は人と人を繋いでくれるのだろうか。少し前まで無表情だった彼女の頬が染まって、今では楽しそうにしてくれている。他の生徒たちが来るまでの短い時間はあっという間で。でも、とても幸せに感じる時間だった。




オーボエの描写にツッコミがあれば是非くださいおねがいしますなんでも(ry


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部活紹介

 中学入学二日目。今日は一日が長いホームルームと部活動説明会で終わる。

 午前は課程や学校の説明に各施設の案内。午後はまるごと体育館での部活動説明会だ。

 大吉山南中学校は部活動に力を入れている。生徒の部活動への所属を推奨していて、その活動を先生方だけではなく保護者会やOB・OG会もサポートしてささえている。そのためか、南中の部活はどこも生徒のやる気が高く、高校に行ってからも活躍する生徒が多い。

 それは運動部だけでなく、文化部も同様で

、吹奏楽部なんかは長年のライバルと目されている北中と並んで府内でも強豪校として有名になるほどだ。

 

 そんな説明を受けてからの学校案内を終えたお昼休み。朝の演奏で仲良くなれた私とみぞれは同じ机を囲んでお弁当を食べていた。

 

「中学校って教科書とか多いんだね……バッグがぱんぱんになっちゃった」

「大きいの持ってきてて良かった」

「……や、私のは肩掛けだけどさ。みぞれのは手提げでしょ。大丈夫なの?」

「?うん」

 

 至極簡単に頷かれた。どうやらみぞれは見た目からは想像できないが、力があるらしい。儚さを感じる容姿に平均より少し小さい華奢な体。それで全く問題はなさそうなのだから、実はスポーツ少女だったりするのだろうか。

 ……どうしようかな。吹奏楽部に誘ってみたかったけど。あとで話をきいてみるかな。

 

「私は肩掛けでもへとへとになりそうだよ……体力欲しいなあ」

「運動、苦手?」

「時々運動するよ。でも体力付かないんだよ……」

「がんばって」

「ふふ、うん、がんばる」

 

 小さくガッツポーズをするその仕草が可愛い。朝と比べて雰囲気がぐっと明るくなった。気を許してくれたのだろうか。こうしてお話している今が、すごく楽しい。

 

「かなで」

「ん、なに?」

「オーボエのこと、おしえて」

「お。興味ある?いいよいいよー。何でも教えたげる」

「じゃあ……」

 

 お昼休みはそのままオーボエの話で過ぎていった。すこし話し過ぎたかなーとも思ったけれど、みぞれのほうも楽しそうにしていたので、良かったと思うことにした。

 

 

 

「野球部はッ!この夏のッ!甲子園をッ!目指しますッ!」

 甲子園ねーだろ、と内心ツッコミつつ、先輩達の発表を眺める。

 ステージの上での部活紹介は様々だ。運動部はわかりやすいようにか、球技ではキャッチボールやドリブル、武道は演舞をしながら活動内容や実績を紹介している。文化部はステージ上での紹介くらいかな、とは思っていたのだが、各自様々な趣向を凝らしていた。

 たとえば書道部。ステージの上方に大きく表示されている「平成23年度 大吉山南中学校 部活動紹介」の看板は書道部員が書いたものだという。

 華道・茶道部はこれもステージに飾られている(運動部紹介のときは避けられていたが)フラワーアレンジメントを作ったりだとか。

 美術部も学校の各所に飾られているポスターの製作やらで、これらの部活は色々な行事で大活躍しているとのことだ。

 そして、最後の音楽系の部活だが。声楽部、軽音部、吹奏楽部が合同での紹介となるようだ。壇上に多彩な楽器とパイプ椅子が持ち込まれている。

 楽器を並べ終わったあと、三人の生徒がステージの前方に出た。

 その三人の姿を目にした瞬間、新入生がざわついた。その三人の胸元には、それぞれでっかく「三好」「三月」「三塚」と書かれた紙が貼ってある。その三人の格好も半袖ハーフパンツの体操着だ。しかも何故か紅白帽を被っている。なんだ、あれ、胸のはもしかして名字なのか?

 

「えー、声楽部部長の三好です。これから、声楽部、吹奏楽部、軽音部の合同紹介を行います」

「吹奏楽部部長の三月です。各部で1曲ずつ演奏をして、最後にそれぞれの部活内容を説明します」

「軽音部部長の三塚でーす。演奏は今の、声楽部、吹奏楽部、軽音部の順番でやります。じゃーまず、声楽部、よっろしくぅー!」

「はーい、みんな、集合ー!」

 

 部長の声掛けに、声楽部の生徒たちがステージに現れ、整列して礼をした。そのうち一人がピアノの下に向かった。

 部長以外の9人は皆制服だ。部長達、その格好には触れないのか。もう何人か新入生が笑ってるぞ。

 

「では、声楽部の合唱です。天使にラブソングをから、ヘイルホーリークイーン」

 

 ピアノの伴奏が入り、アカペラの合唱が始まる。綺麗な女声三部合唱だ。うっとりとする歌声。そして、足タップと手拍子から入るピアノも入ったアップテンポ。部長が何故か前に出てくる。なんであなたハイテンションなんですか。

 部長のパートはソプラノ。まさか、まさか、とは思いながら聴いていたが、予感が的中した。印象的なソプラノのソロパート。それをデロリスばりの身振りで歌い上げている。凄く上手い。すんごく綺麗な歌声なのだが、笑えるのがもう辛い。

 伸びやかな高音で合唱が終わる。声楽部員達が礼をすると、大きな拍手が湧いた。

 いやー、おもしろかった。1発目でこれ。吹奏楽部と軽音部もなにかしでかすのだろうか。

 

 声楽部と入れ替わるようにステージに出てきた吹部の部長は、体操着姿に赤いジャケットを羽織っていた。

 

「次は吹奏楽部です。吹奏楽部はー……」

「まーぁてぇい!ルパーン!」

 

 部長の声をかき消すように野太い声が響き渡る。茶色いロングコートと帽子を被った男子生徒と、青い帽子をかぶった部員たちがぞろぞろと現れ、それぞれ指揮台とパイプ椅子に向かった。

 

「ルパーン!逮捕だー!」

「ひえぇ!ルパン三世のテーマ、いっきまーす!」

 

 寸劇を繰り広げていた吹奏楽部員たちは、銭形警部が指揮棒を振り上げた途端、楽器を構え、静粛する。銭形警部に背を向けてステージの一番前に一人で立つ部長も生真面目な顔でサックスを咥えた。格好でひどく台無しだが。

 指揮棒が振り下ろされる。途端、溢れるように流れるイントロ。そしてサックスを中心としたメロディが流れる。

 素直に格好いい、そう思う。特にソロでの演奏はアドリブを効かせたもので、技量が中学生離れしている。

 ソロパートを終えてもところどころにアドリブを入れて演奏を膨らませている。もうほんとに格好いい。服装が残念だが。残念すぎて一周回って面白い。

 そして演奏が終わる。途端、

 

「あーばよー!とっつぁーん!」

「まてーぃ!ルパーン!」

 

 部長が逃げ出した。銭形警部と(多分)警官たちがそれを追っていく。体育館が笑いで包まれた。

 

「最後に軽音部!いくぜー!」

 

 ルパン達が出ていった反対から、軽音部が出てきた。体操服の部長は顔を白塗りにしていた。もうそこで察した。

 

 

 

 部活紹介が終わって教室に戻ったあとのホームルームで、先生から希望する部活がある場合は1週間後まで届け出をするようにと説明があった。

 そんな放課後。教室では同級生たちが部活の話題で盛り上がっていた。話題の中心は音楽系の3つの部活だ。結局最後まで名札の事には触れられなかった。まあ、ウケを狙ったのだろう、多分。私も笑ったしね!

 

「ねえ、みぞれ。みぞれはみぞれは部活、どうするの?」

「んっと……かなでは?」

「私は勿論吹奏楽部!んー……みぞれ、良かったら、一緒に入らない?」

「……うん、吹奏楽部、入る」

 

 少し勇気を出して誘ってみた。断られたらショックだったけど、良かった。うん、嬉しい。みぞれともっと、一緒にいられる。

 

「ねえねえ、吹奏楽部入るの?」

 

 そこに、元気な声がかけられた。見上げると、ポニーテールをした快活そうな少女が見つめてくる。

 

「えっと、笠木さん、だっけ」

「うん、笠木希美!私も吹奏楽部に入ろうと思ってるんだ!フルート、やってみたくて!」

 

 そう無邪気に話す様子は楽しみで仕方がないと、主張しているようだ。

 

「ふふ、吹奏楽部仲間が増えた。よし、じゃあ一緒に見学に行く?」

「うん!えーと、冷泉さんに、鎧塚さん、だよね。うん、よろしくね!」

「…………」

 

 こくりと頷いたが、どうやら、というか、やはりみぞれは人見知りする質らしい。さっきまで柔らかい雰囲気だったのが無表情になった。そして私の袖をきゅっと掴んでくる。可愛い。

 今日半日ほどの付き合いですっかりと懐かれたようだ。とても可愛い。

 

「よーし、じゃあ行こう!」

 

 笠木さんが元気よく声を張り上げる。この子はリーダーシップがあるようだ。二年後には笠木さんが吹奏楽部の部長になっているかもしれない。そうしたら、明るい雰囲気の部活となるだろう。それも楽しみだ。

 

「うん。みぞれ、行こ?」

「……うん」

 

 さてさて、強豪校の吹奏楽部。普段はどんなところなのだろう。楽しみだ。

 ……部長のキャラだけが、少し心配だけれど。




大体ラノベなノリです


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吹部見学

 さて、やってきました音楽室。中からは無秩序な楽器の音が聞こえてくる。

 50人近い人数のチューニングの音は聞くだけでも圧巻だ。小学校のころの吹奏楽は20人にも満たない数だったため、規模の圧倒的な違いにわくわくしてくる。

 

 音楽室に三人で入る。壁際には同級生だろう女の子達がある子は興味津々に、またある子は観察するように先輩たちを眺めている。

 私達も彼女たちの隣に並び、先輩たちを見る。皆真剣に、でも楽しそうに楽器を吹いている。とても良い雰囲気だ。

 

「よーし、結構集まったわね。みんな、やめっ!」

 

 私達の後にも何人か集まったのを確認した先輩……あの部長だ、が立ち上がって手を叩いて演奏を止める。

 

「ようこそ、吹奏楽部へ!私が部長の三月郁奈よ。正式な入部は来週になるので、それまでは体験入部という形になります。あ、もう入部を決めてる子は大歓迎よ!新入りとしてこき使ってあげるわ!」

 

 部長のドSー!と先輩たちから笑いの声が上がる。明るくて愉快な人だ。あんな綺麗な人がルパンやってたのかあ……。

 

「ちなみに、現時点で入部するって子はいる?手ーあげて!」

 

 その言葉に、壁際にいる1年生のほとんどが手を上げた。手を上げていないのは、力強く手を上げている大きなリボンの子の隣でだるそうな顔をしている子みたいな、友達の付き合いで来たような人くらいだ。

 

「おー、今年もいっぱい入りそうね。では、歓迎に一曲。あなたたちに送るオープニングテーマよ。ワンピースでウィーアー!」

 

 部長が話しながら指揮台に立ち、指揮棒を振り上げる。振り下ろした瞬間、金管の勇壮な音が体を叩いた。

 

 

 

 静かな余韻を残して、演奏が終わる。窓際で聞いていた私達は大きく拍手をした。

 隣に立つ笠木さんは目をキラキラさせて興奮しているようだし、みぞれも頬を赤くしながら手を叩いている。

 さっきの体育館での演奏もそうだけど、南中のレベルは高い。これで全国に行けないんだもんなあ。何が悪いのかわからない。

 

「ふう、どうだった?私達の演奏は!」

「すごくかっこよかったです!」

「ふふ、ありがとう!じゃあ体験入部の始まりよ。楽器色々用意してるから好きに見て回ってちょうだい。二三年生はちゃんと指導するように!」

 

 部長が促した途端、わっと後ろに用意してある楽器に群がる新入生たち。私達もそれに続こうとすると、先輩の一人が声をかけてきた。

 

「ねえねえ、あなた、それ、楽器?」

「あ、はい。私のオーボエです」

 

 手に下げているオーボエケースが目に入ったのだろう、そう答えると、先輩は目を輝かせた。

 

「それじゃあ、朝色々吹いてたのってあなた!?」

「あー……聞かれてましたか。うるさかったですか?」

「ううん、すごく上手だったから!うちね、部員いっぱいいるんだけど、オーボエわたししかいなくて!吹部入るんでしょ?わーい、やっと後輩ができるー!」

 

 それはもうすごくテンション高く先輩が喜んでいる。そこまで喜ばれると恥ずかしやら嬉しいやら、なんかこう、照れくさい。

 

「あ、わたし小粥紗英です。オーボエ担当で、副部長もやってるよ!よろしくね!」

「あ、はい。冷泉かなでです。よろしくおねがいします」

「かなでちゃんねー。そっちの子は?」

 

 問われて両隣を見やる。笠木さんはすでにそこに居なく、みぞれが隣……というか私の少し陰で隠れていた。可愛い。

 

「……鎧塚、みぞれです……」

「ふんふん、みぞれちゃんねー。みぞれちゃんもオーボエやるの?」

「…………」

 

 みぞれは一度ちらりと私を見上げてきて、はい、と小さく返事をした。

 

「わーい、後輩2人げっとー!二人ともよろしくねー!」

「わわっ、先輩!?」

 

 もうすんごい笑顔になった小粥先輩が抱きしめてきた。それに慌ててわたわたとするも、先輩は離そうとせず、さらには頬ずりまでしてきた。

 振り払えずにどうしようと思っていると、先輩の頭が小突かれた。

 

「いたい……」

「こら、紗英。新入生に絡まないの」

「だってー、オーボエの後輩ができたんだもん」

「楽器勧誘もしてたの……。それ再来週じゃない」

「だってー、朝吹いてたのこの子なんだよー?」

「あら、あの」

 

 部長の三月先輩が小粥先輩を注意しているが、のほほんとした様子に毒気を抜かれたようだ。というか、あのって何だあのって。

 

「そうだ、かなでちゃん」

「はい?」

「オーボエ、吹いてみてくれない?窓越しじゃなくて近くで聴いてみたい!」

「は、はい、わかりました。じゃあ、えっと、準備するので椅子借りたいんですけど……」

「いいよー。空いてるとこどこでもいいからー」

 

 失礼しますと声をかけてから腰を下ろす。

 オーボエを組み立てていると、部長が話しかけてきた。

 

「ごめんなさいね。うちの副部長が勝手して」

「そう思うなら止めてくださいよー……」

「ふふ、だって私も聞きたかったのだもの」

 

 くすくすと笑うその姿に悪気はなさそうだった。まあ、聴きたいと思われることは嬉しいので、私としてもそんなに抵抗はないのだが、こう、恥ずかしい。

 

「オーボエはいつから?」

「4年生からです。最初は音が出なくて大変でした」

「紗英もそうだったわねえ……1年の時泣いてたわね」

「あ、その話し聞きたいです」

「ふふ、今度話してあげるわ」

 

 談笑しながら組み立てる。リードももう大丈夫かな。開きを確認して軽く音を出す。んー、もうちょっと。

 

「これから何を吹くの?」

「どうしましょうか。朝はジブリばかりでしたけど」

「ジブリ以外だと何かできる?」

「んーと……情熱大陸とか……」

「あ、それいいわね!聴きたいわ!」

「りょーかいです。…………ん、よし。じゃあ吹きますね」

 

 立ち上がってみぞれと小粥先輩の元に戻る。……二人は何を話してたんだろう。なんか小粥先輩が私をにやにやしながら見てくる。

 

「……先輩、なんですか?」

「んー、なんでもないよー。じゃあ、きかせてー?」

「はーい。では、行きます」

 

 リードを咥えて、集中。息を大きく吸って、吹き込む。

 印象的なイントロをフォルテで奏でる。情熱大陸はタイトル通りに情熱的でかっこいい曲だ。草原を走る駿馬のように。獲物を捉える猛禽のように。野生の力強さと美しさ。私がこの曲に持つイメージを再現させるように。

 一曲を吹き上げて、一息つく。途端、大きな拍手が私の身を包んだ。いつの間にか、音楽室の全員がその手を止めて、私の演奏を聴いていたようだ。さっきまであまり興味がなさそうだった子も、興味深そうに私を見ている。

 うわー、うわー、恥ずかしい!何箇所か間違えたのにー!部長の方がかっこよかったでしょー!

 皆にお辞儀をして背を向ける。顔が熱い。耳まで赤くなってるのが自分でもわかるくらい。でも、でも、楽しい。自分の演奏でこんなに喜んでくれる人達がいる。それはとても、気分がいい。

 くい、と袖を引かれる。目を向けると、みぞれが見上げてくる。

 

「かっこよかった」

 

 にこり、と笑顔を見せてくれる。ああ、どうしよう。嬉しすぎて、泣いてしまうかもしれない。

 

「すごーい!すごい!かなでちゃん、かっこいー!」

「ほんと、びっくりしたわ。吹奏楽でやりたいわね……定演に入れちゃおうかしら」

 

 あーうー、あーうー!

 褒められまくった私は穴をほって隠れたい気分になっていた。

 けれど、口元が緩んでいるのが、止められなかった。




書き溜め終わり。メインキャラは大体出せたはず。
次回からは少し更新が遅れます。


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部活スタート!

お待たせしました。短い上に説明回です。


 情熱大陸を吹いた日から一週間。今日は、入部の日だ。1年生、総勢23名。上級生も含めて72名の大人数が音楽室に集まっている。

 わいわいと、賑やかな教室。この一週間の体験入部で気心も知れたのだろう、上級生と会話している一年生も少なくない。

 そんな折、部長が黒板前の壇上に立って手を鳴らす。

 

「さて、吹奏楽部へようこそ、一年生たち!初めまして、の人はいないと思うけど、改めて。部長の三月彩那です」

 

 ハキハキとした聞きやすい声だ。んー、カリスマあるなあ。格好いい。

 

「えーと、うちの吹部は全国大会出場を目標としています。そのため、練習は厳しいですし、楽器も好きなものを必ず選べるというわけではありません。そして、吹奏楽コンクールに出場できるのは50人までです。このメンバーは完全に実力順で選ばれます。1年生でも出れる可能性はあるし、3年生でも出れないかもしれない。悔しい思いもきっとするでしょう。周りのみんながライバルに見えてくるでしょう。でも、私たちは南中吹奏楽部です。みんなで全国に行くために、協力して、教えあって、頑張っていきましょう!」

 

 堂々とした部長の演説に、まだざわついていた部員たちが静かになって聞き入る。特に一年生たちはきらきらした目で部長を見つめている。私もそのうちの一人だろう。背も高い部長は、本当に大人っぽくて格好いい。2歳しか変わらないなんて信じられない。私もあの人のようになりたいな。

 そう思いながら部長を見つめていると、部長は壇上から降りて、先生からもどうぞ、と壇の横に立っている先生に話を促した。

 

「ふふ、部長に色々話してもらったので、私からは簡単に諸注意などをお話しましょう。顧問の佐伯です。この一年、指導をしていきますのでよろしくお願いしますね。さて、今日から一週間は楽器の選択となります。部長からもありましたが、好きな楽器を必ずしも担当できるというものではありません。希望の多い楽器は、その楽器を所有している人と経験者を優先します。未経験者が多数の場合は、来週に試奏していただいて、上手く演奏できた人を決定します。用紙をお配りするので、希望の楽器を第三希望まで選んでください。第一希望が漏れても、第二、第三希望には入れると思います。ただし、例年希望が多いフルート、トランペット、サクソフォンは第一希望にのみ選んでください。第二第三に選んでも入れることは無いでしょう。楽器決定後は……25日から28日まで一年生はオリエンテーション合宿がありますし、ゴールデンウィークもありますので、5月9日から本格的に練習に入ります。その一ヶ月後、6月上旬にはコンクールメンバーを選ぶオーディションを行いますので、みなさん練習に励んでくださいね。土日とゴールデンウィークに練習したい人は私か部長、副部長に連絡をくださいね。誰かがいれば学校を開けます。お家で練習をしたいときは楽器も貸し出せますのでご相談くださいね。それでは、今年一年、頑張っていきましょう」

 

 穏やかな風貌で穏やかに話す佐伯先生。ゆっくりと話していて凄く優しそうに見えるが、この先生アレだ。めちゃくちゃ厳しい人だ。わかる。こういう人が身近にいるからすごくわかる。一年生に向けて話しているのに、上級生が先生から目を離さないで真面目に聞いていることからもよくわかる。

 一方の一年生は話半分に聞いている子が多い。ああ、怒られませんように。ニコニコ笑ってる佐伯先生が怖い。

 

「先生ありがとうございました。はーい、じゃあ楽器の紹介を始めまーす。各パートリーダーは前に出てきてー!」

 

 がやがやと、音楽室に喧騒が戻る。

 これから、どんな一年になるんだろう。

 どんな学校生活を送れるのだろう。

 ふと、隣に立っているみぞれと目が合う。

 仄かに笑んだ彼女の顔を見て、みぞれもこれからが楽しみなんだなと、そう感じて。

 ああ、楽しいな。もっと楽しくなるかな。

 

 

 私達の一年が、ここから始まる。




色々書いてましたけどプロローグが終わらないのでバッサリカット

さて、これからは書きたいものを色々書いていきます
かなで以外の視点もかなり増えていきます
北中メンバーのも書いていきます


北宇治二年生編、新キャラの名前と被って戦慄してる作者がいます…
……かなで18歳編書くことあったらネタにしよ


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