High School Fleet ~封鎖された学園都市で~ (Dr.JD)
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第1章 IJN Y-467 ~異世界上陸編~
第1話 初航海


どうも皆さん、おはこんばんにちは。
作者のDr.JDと申します。
いや-、ハイスクールフリート、面白かったですね。
軍事モノ筆頭と言えば、ガルパンや艦これ、ジパングなどがありますが、ハイスクールフリートも捨てがたいですよね!
1人1人の船における動作がリアルタイムで伝わってくるあの臨場感!砲雷撃戦!
ワクワクしますよね!
さて、今回手掛けるこの作品は、のちに投稿する予定の大長編小説の前日譚となります。
初投稿なので、色々と至らぬ点やツッコミどころがあると思いますが、感想などでご指摘して下さると幸いです。
それでは早速どうぞ――――


[初航海]

????年、??月??日、??:??:??

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

???????????

 

誰かが、私の肩を揺すっていた。

誰かの手の感触を感じた私は、ゆっくりと両目を開く。

まだ意識が覚醒しきれていないのか、視界はピントがずれているみたいだ。

頭も若干痛む。

 

岬 明乃

「う、うぅぅ………」

??????

「――――、起きて下さい!聞こえますか!?」

 

次第に相手の声、内容、そして切羽詰まる状況がヒシヒシと伝わってくる。

両目を開けたら、今まで見えていたモノが霧散して、現実世界へと引き付けられる。

なんだか長い間夢を見ていたように感じられる。

そしてここでようやく、私は相手の名前を出せた。

 

岬 明乃

「シロ、ちゃん?」

宗谷 ましろ

「そうですよ、宗谷ましろです。もう、なかなか起きないから心配しましたよ」

 

呆れながら答えてくれるのが、晴風の副艦長である宗谷ましろさんだ。

通称シロちゃん。

普段はクールで冷静だけど、どこか不幸な体質のせいか、自身の本領が発揮されない場面が多かなり多い。

あとなぜか猫が苦手らしい。

 

私はとりあえずゆっくり起き上がると、周囲を見渡す。

ここは………見覚えがある。

いつもみんなで指示を飛ばしていた、艦橋だ。

その艦橋で今、みんなが各々に動いている。

そんな中、私は無意識の内に外を見つめていた。

辺りは霧に包まれていて、ほとんど何も見えなかった。

 

??????

「とりあえず、これで全員が目を覚ましましたね。私は他の科が運航に支障が出ないか、確認してきます」

宗谷 ましろ

「ああ、頼む」

 

のんびりとした口調で話し、そばにある無線機で他の場所に連絡を取り合っているのが納紗幸子さん。

通称ココちゃん。

書記というポジションで、タブレットを操作しながらよく他の科の子達の状況と、船のスペックをいち早く知らせる子である。

趣味として任侠もののドラマが好きらしい。

 

??????

「でもさー、霧で何も見えないよ?さっきレーダーも通信も使えないって言ってたじゃん。今更何を確認する必要があるさ?」

 

水雷長である西崎芽依ちゃんが、壁に寄りかかる。

おちゃらけているようで、実は本番になるとかなり冷静である。

”人を見かけで判断してはいけない”という言葉を体現したような子である。

さらにトリガーハッピーな面も強いので、好戦家でもある。

トレードマークは、猫の柄のパーカー。

 

宗谷 ましろ

「ここがどこだか分からない以上、船に運航できるかどうかが重要なんだ。近くに島があればいいが、もしトラブルに見舞われて航行できなくなり、漂流なんてしてみろ、目も当てられなくなる。だから、逐一周囲の状況確認する必要がある」

??????

「ひっ!?そ、そうなったら家に帰れないよぅ………」

 

控えめな口調で言う彼女は、航海長である知床鈴ちゃんだ。

操舵を主に担当している彼女は、ビビり屋ですぐに逃げたがる彼女だが、ある一件により克服し、今ではすぐに逃げ出したりはしない。

………はずだ。

 

岬 明乃

「………ねぇ皆、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

遠目に彼女達を見ていた私だったけど、気になっていた事がある。

視線を外から中へ戻すと、静かな口調で話した。

 

宗谷 ましろ

「?何ですか?艦長」

岬 明乃

「私達って、何で”晴風”に乗ってるの?私、昨日は確か学生寮に居たはずなんだけど」

 

言葉の通り、私は昨日は学生寮に居たのだ。

夏休みに入った私達は、各々で満喫していたはずだ。

ところが私達は、突然海の上を走る航洋艦・晴風に乗船している理由が分からなかった。

だから確認のために、一応みんなに聞いてみることにしたのだ。

 

宗谷 ましろ

「何を寝ぼけたこと言ってるんですか。私達は学校からの要請で………あれ?」

 

呆れた口調で答えようとするも、シロちゃんも答えられずに首を傾げていた。

シロちゃんから視線を外すと、他の子を見る。

 

岬 明乃

「他の皆はどう?」

西崎 芽依

「言われてみればそうかも。あたしは確か、タマと一緒にゲーセンに行ってたんだよな?」

??????

「うい」

 

砲術長である立石志摩さんが首を振る。

無口だけど無感情って訳じゃなく、よくメイちゃんと遊んだりして笑顔を覗かせている。

カレーが超がつくほどの大好物。

 

納紗 幸子

「私も、友達とラインをやってた途中までは覚えてるんですけど、記憶がぷっつりと切れてますねー。そう言えば、今もタブレット使えなくて困ってたんです」

岬 明乃

「えっ?それって結構問題なんじゃ」

納紗 幸子

「ああ、いえ。正確には、電波が飛んでなくて外へ繋がらないってだけです。機能そのものは使えるんですが………」

 

手元にあるタブレットをこちらへ見せる。

だけど画面端にある電波は一本も立っておらず、圏外と表示されていた。

さらに確認のために、自分の携帯電話も開いてみるが――――

 

岬 明乃

「ダメ、私のも使えない。無線機もレーダーも使えないんじゃ………」

 

今現在、自分達の位置が把握できないのは、ある意味死活問題である。

このまま燃料が尽きれば、広大な海の中で漂流する羽目になる。

そうなっては、もう………

 

??????

『艦長、2時方向に灯台の光が見えます。距離は光源から見て、およそ2800』

 

見張員の野間マチコさんの声が、伝声管から聞こえた。

陸地が、すぐそこにある?

 

岬 明乃

「野間さん、他には何か見える?」

野間 まちこ

『いえ、何も見えません。先程言った灯台の光しか目視できません』

岬 明乃

「りんちゃん、灯台の方向に向かって舵を切って。方位20度、微速前進でお願い。野間さんも引き続き周囲の警戒をお願いします」

知床 鈴

「りょ、了解」

野間 マチコ

『了解です』

 

それぞれの返答を受けると、船はゆっくりと灯台の方へと艦首が回っていく。

そして、次の変化が起きた。

 

岬 明乃

「あっ、霧が!」

宗谷 ましろ

「!!晴れていくな。航海科は周囲の警戒を」

山下 秀子

「了解!」

内田 まゆみ

「はい!」

勝田 聡子

「任せるぞな!」

 

航海科の3人が元気よく返事する。

うん、3人の体調は特に問題はなさそうだね。

 

八木 鶫

『艦長!レーダー機能が回復したよ!………ええ!?』

 

電信員のつぐちゃんからの声が報告から一転して、悲鳴へと変わる。

何か、トラブルでも!?

 

岬 明乃

「どうしたの!?何かトラブルが!?」

八木 鶫

『ち、違う!こちらに向かってくる高速の物体をレーダーで捕らえました!時速は………うそでしょっ、時速270キロ!!』

岬 明乃

「………!?」

宗谷 ましろ

「まさか、撃たれた!?いや、砲弾の速度じゃないな。無人飛行艇でもこんなに高速には」

野間 マチコ

『上空から巨大な飛行物体を目視しました!真正面!』

 

次々と出てくる情報量で頭の処理速度でパンクしかけたけど、野間さんの言う真正面へ目を向ける。

双眼鏡で上空を見ると、言葉を失った。

 

西崎 芽依

「ちょっ、何あれ!?」

立石 志摩

「うぃ!?」

 

言葉を失っていた私の代わりに、2人が反応してくれた。

双眼鏡を通してみたモノ。

それは――――空中を舞う巨大な飛行物体だった。

私はブルーマーメイドが使用している無人機を見たことはあるが、それの何十倍もの巨大さを表していた。

丸い筒の両サイドに平べったい翼のような物体が生えている。

さらに、その翼の下に左右に2機ずつ巨大なエンジンを搭載していた。

灰色の巨体は、すぐに晴風上空を飛び去っていく。

船体は左右に揺れ、近くの物に捕まった。

嵐のように揺れた船体は、しばらくしたらもう落ち着いていた。

この間、僅か30秒程度。

 

岬 明乃

「………」

納紗 幸子

「………シロちゃん」

 

この長い静寂を破ったのは、意外にもココちゃんだった。

タブレットを持っている手がプルプルと震えている。

もしかして、怖がってる?

 

宗谷 ましろ

「?なんだ、今は話しなんてしてる場合じゃ」

納紗 幸子

「この勝負、私の勝ちですね!シロちゃん!」

 

と思ったけど、そうでなかったらしい。

両目がすごくキラキラしていて、いつものハイテンションな彼女に様変わり。

いつも通りで、なんか安心した。

 

宗谷 ましろ

「は、はぁ!?私がいつそんな勝負した!?」

納紗 幸子

「したじゃないですか!この世界には水素以外で飛ぶ飛行物体があるかないかって!私はあるって言いましたから、私の勝ちです!」

宗谷 ましろ

「ふざけるなぁ!そんな前の話なんて覚えてないし、今はそれどころじゃない!航海科っ、今の飛行物体の映像は撮ったか!?」

内田 まゆみ

「す、すみません。あまりにも驚きすぎて、映像とかは………」

山下 秀子

「こっちもです~」

勝田 聡子

「いやぁ、今の飛行物体、すっごい迫力だったぞなぁ!」

宗谷 ましろ

「ええい!今の飛行物体が、どこの所属かを調査する必要があったんだぞ!?もしかしたら、大陸国家が航空機の開発に成功したかもしれないんだ!」

納紗 幸子

「あっ、私ちょうどカメラモードにしてたので撮影してましたよ!あとで一緒に見てみましょう!!」

 

私が指示を出せない代わりに、シロちゃんが色々と指示を飛ばす。

でも幸運なことに、ちゃんと記録映像として残せているようだった。

 

岬 明乃

「みんな落ち着いて!とりあえず、灯台が近くにあるって事は陸地があるはず。まずは晴風を接舷出来る場所を目指します」

野間 マチコ

『艦長、前方に港町があります。人はあまり居なさそうなので、晴風を隠すには申し分ないかと』

岬 明乃

「ありがとう野間さん。リンちゃん、速度、進路このまま」

 

これから30分後、無事に港町へと船を停泊させることに成功した。

けれどもそこは、港町が放棄されてから随分と時間が経過しているようだった。

所謂、荒廃した町と表現するべきだろう。

私達は、そんな場所で停泊する。

因みに晴風は、巨大なドッグの様な場所へ錨を降ろしている。

天井はトタン屋根で覆われているから、外から見られる心配はない。

 

西崎 芽依

「それにしても、随分とボロい港だなぁ。晴風を隠せるほどのスペースがあるからいいけど、ホントにここに隠すの?」

宗谷 ましろ

「仕方ないだろう。燃料がまだ半分近くあるとは言え、無闇に航行なんて出来ない。それに」

 

シロちゃんは空を見上げて、一端間を置いた。

それからゆっくりと話した。

 

宗谷 ましろ

「先程の高速で飛んでいった飛行物体、あれは何なのかを突き止める必要がある。仮に我々がこの港町から脱出できたとしても、あれがある限り逃げ切れはしないだろう」

 

初めて見る飛行船を見て、私は内心ではかなり驚いていた。

あれ程の巨大な飛行物体をあれだけ高速に飛行しているのなら、誰だって動揺するだろう。

 

宗谷 ましろ

「では艦長、この町へ探索するためのメンバーを決めに一度、教室へ向かいましょう。具体的な方針はその後で決めよう」

岬 明乃

「うん。まずはこの町に関する情報収集からだね。それと先程の飛行物体についても、みんなの意見も聞いておきたいし」

 

ずれた帽子を被り直して、シロちゃんに続く。

この後の会議で話す内容を頭の中でまとめながら、歩いていた。

だけど私は思い知ることになる。

私達がこの世界に介入することで、世界的な騒乱戦に巻き込まれていくのを、この時の私は知る由もなかった。

そして………あんな事になるなんて。

あんな事になるのなら、私はいっそのこと――――

 




如何だったでしょうか?
正直言って、もっと詳しい念写を描けたらよかったんですが、深堀しすぎると読者の皆様方が飽きてしまうのではないかと思い、この分量に抑えさせて頂きました。
感想などをお待ちしております。


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第2話 上陸

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。
早速ですが、2話目をどうぞ。



[異世界にて]

????年、??月??日、??:??:??

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

???????????

 

結局私達は話し合った結果、私を含めた6人でこの町で行動することになった。

保健委員の鏑木美波さん(通称、みなみさん)。

応急委員の青木百々さん(通称、モモちゃん)。

左舷航海官制員の山下秀子さん(通称、しゅうちゃん)。

水測員の万里小路楓さん(通称、まりこうじさん)。

砲術員の小笠原光さん(通称、ヒカリちゃん)。

 

この6名となった。

他のメンバーは、トラブルに見舞われた時のために待機してもらうことで、決定した。

晴風は、このボロボロのドッグで留まることになった。

トタン屋根は剥げ、柱も錆び付いていて、とても係留するにはお世辞にも好ましいとは思えない。

だけどそうも言ってられない。

右も左も分からないこの世界で、ここが恐らく拠点となるだろう。

その時のために、この土地の人達には申し訳ないけど、少しばかり借りるかもしれない。

だけどその心配も杞憂に終わりそうだった。

このドッグを出る時に、黄色いテープがいくつも貼られており、これを見たことがあったからだ。

 

鏑木 美波

「keep out………立ち入り禁止とあるな。ここで事件でも起きたのか?」

山下 秀子

「近くには誰も居ないし、晴風を隠すにはちょうど良いかもしれないよ?」

青木 百々

「それにしても、至る所に穴が空いてるっすね。薬莢も落ちてるし、まるで銃撃戦でもあったような………」

 

皆の言ったとおり、ここには誰も居なかった。

ドッグの周囲にも工場らしき建物がいくつも建てられていたのだが、ガラスは割れていて地面に残骸やら廃材やら散乱していた。

人々の営みが行われているようには見えなかった。

バシャッ。

 

岬 明乃

「うわぁ!?」

 

よそ見をしていた私は、地面が水浸しになっているのに気付かず、思いっきり水溜まりを踏んでしまい、スカートを少しだけ濡らしてしまったのだ。

 

万里小路 楓

「岬さん、大丈夫ですか?よろしければ、こちらをお使い下さい」

 

まりこうじさんからハンカチを出してくれた。

 

岬 明乃

「あ、ありがとう。洗って返すね?」

小笠原 光

「ねぇ、ここで火事があったみたいよ。ほら、目の前にある時計塔」

鏑木 美波

「本当だ………時計塔の頂上付近が炭で真っ黒になっているな」

 

釣られて見上げてみると、確かにてっぺん付近が黒く焦げていた。

その火を消火するために、ここはこんなにも水浸しになっているのだろうか?

そんな背景を目にしながら、廃工場の中へと突き進んでいった。

どこもかしこも同じような廃屋が連なっていて、不気味に思えた。

これが夜になったら………うぅ、今が昼間で良かった!

 

などと考えているうちに、しばらく時間が経ったころかな?

周囲を警戒しながら廃工場を出ると、舗装された道路に出られた。

 

鏑木 美波

「それでは艦長。手筈通り、ここからは二手に別れよう。そちらの方が多くの情報を入手できるからな」

青木 百々

「でも自分達の知らない世界で人を別けるのって、やっぱり不安っすよ。ここはやっぱりまとめて行動する方がいいんじゃ?」

万里小路 楓

「私も青木さんの意見に賛成ですわ。どんな危険が潜んでいるか、分かりませんもの」

山下 秀子

「でもでも、あのちょー早く飛んでいった物体の調査と、この町がいったいどこなのかも探るには、二手に別れた方が手っ取り早いよ?」

小笠原 光

「私は、艦長の意見に従います。それで、どうしますか?」

 

やっぱり皆もそれぞれ不安があるみたい。

早く情報を持ち帰って、皆に報告するのがいいか。

はたまた安全を第一にして時間は掛かるけど、一緒に行動するべきか。

私は――――

 

岬 明乃

「二手に別れよう。ぱぱっと終わらせて、ぱぱっと帰ってくれば全然怖くないから!」

鏑木 美波

「承知した」

山下 秀子

「了解!!」

青木 百々

「まぁ、艦長がそう言うなら………」

万里小路 楓

「分かりました。艦長の指示に従います」

小笠原 光

「それで、メンバーはどのように?」

岬 明乃

「みなみさんとまりこうじさん、ヒカリちゃんのチーム。私とももちゃん、しゅうちゃんと一緒のチームします。みなさん、危険だと思ったらすぐに携帯で連絡を取り合いましょう!」

5人

「「「「「了解!!」」」」」

 

気合いを入れるために、全員で右手を思いっきり振り上げた。

こうして私達は、見知らぬ世界で見知らぬ人達と遭遇していくことになる。

物語は、まだまだ始まったばかりだ――――

 

別行動を取ってから、どれくらい時間が経っただろう?

炎天下の中で、頭が少しずつボーッとし始めていた。

汗が額からポタポタと落ちてくる。

 

岬 明乃

「それにしても暑いねぇ。今は7月くらいかな?」

青木 百々

「うーん、近くにコンビニがあれば、新聞とかを読んで日付が分かるのに」

山下 秀子

「分かるのは時刻だけだからねぇ」

 

最後尾を歩いていたしゅうちゃんが、スマホを取り出して呟いていた。

幸いなことに、電話機能で残っているシロちゃん達と連絡のやり取りは出来るようだ。

メールもまた然り。

とりあえず、霧の影響はもう無いようだった。

 

青木 百々

「向こうのチーム、うまくやれてるっすかねぇ?」

山下 秀子

「大丈夫だと思うよ?鏑木さんがうまくこなせると思うし」

青木 百々

「何かあっても万里小路さんが手助けするって事っすか。今回の班分けうまくいきましたね」

山下 秀子

「なら、こっちもちゃんとやらなきゃね。艦長、私は適当に周囲の写真を撮ってるから、何かあったら教えてね。ももちゃんも」

岬 明乃

「うん、分かった」

青木 百々

「了解っす。なら私は、パンフレットとかあれば片っ端から貰って、情報収集するっすよ」

山下 秀子

「あ、それいいね!」

 

私達は、およそ遭難者らしくない空気で調査を行っていた。

まぁ、下手に不安や緊張を持ってるよりかは良いと思う。

 

青木 百々

「ん?あれ、なんすか?」

山下 秀子

「えっ?どれどれ?」

岬 明乃

「どうしたの?」

 

ももちゃんが指を指した方を見てみると、向こうの道路から円筒状の物体が私達に向かって、近付いてくるのだ。

上辺には丸い緑色のカメラが内蔵されているようだった。

とうとう私達の目の前にやって来た円筒は、目の前にあったペットボトルを、側面から出したアームで器用に掴み、円筒の中へ放り込んだ。

すると何事も無かったかのように、どこかへ去って行った。

 

青木 百々

「おおぉぉぉ、あれはゴミを自動的に検知して、掃除してくれる機械だったんすね!」

 

隣から、喧しいくらいの連写したシャッター音がした。

私達の世界じゃ、あんなの見た事なんて無かった。

ロボットって言うのかな?

 

山下 秀子

「艦長、これはいよいよ異世界へ来た感じがするよ。あんなの見たことないし」

岬 明乃

「そうだね。しゅうちゃん、出来るだけ多くの写真を撮って!」

山下 秀子

「もちのろん!」

 

私達はそれぞれ気合いを入れていると、シャッターを切る。

その視界の端に、コンビニが映っていた。

そうだ、あそこで情報を集めてみよう。

 

岬 明乃

「あそこのコンビニに行こう。そこには新聞も置いてあるから、今日が何日かは分かるはず」

青木 百々

「そうっすね。あ、ちょうど喉も渇いてきた頃だったから、何か適当なドリンクでも買うっすよ」

山下 秀子

「さんせーい」

 

中に入ると、冷蔵の利いた風が蒸し暑さを駆逐してくれる。

長く歩いていないけど、暑いモノはやはり暑い。

そう感じながら、入り口に置いてある新聞コーナーにある新聞を手に取り、広げる。

その間に2人は店内の奥へと消えていく。

 

岬 明乃

「えーっと、今日は2012年の7月18日。私達が来たのは――――うっ!」

 

ズキリッ。

記憶を掘り起こそうとして、突然、激しい頭痛に襲われる。

その際に、新聞を床へ落としてしまった。

ズキズキと痛むので、こめかみに指を当てるも、それで痛みが消えるわけではなかった。

新聞を拾おうとして、先にその新聞を拾われてしまった。

しゅうちゃんかももちゃんが戻ってきてきたのかと思ったけど、違っていた。

 

??????

「あの、大丈夫ですか?」

 

声の主を見てみると、茶髪の小柄の女の子が私を見つめていた。

少しぼさぼさした髪をした子で、心配そうに私の目を凝視している。

 

岬 明乃

「あ、ありがとう。ちょっと、頭が急に痛くなって………それより、新聞拾ってくれてありがとう」

??????

「いえ」

 

拾ってくれた新聞を受け取ろうとしたとき、少しだけ彼女の手に触れた。

やけに色白い、キレイな肌だった。

 

??????

「っ!!」

 

その瞬間、この子は突然手を引っ込めて、両目を見開いていた。

すごく驚いたような表情をして、私の顔を見つめていた。

もしかして、何か悪いことをしてしまったのかな?

 

岬 明乃

「あっ、ごめんね、指が少し触れちゃったみたいで」

??????

「あ、い、いえ………」

 

なんだか煮え切らない返事で、私はますます分からなくなってしまった。

この子は急にどうしたんだろう?

あ、そうだ。

せっかくだし、少しだけお話ししようかな。

 

岬 明乃

「ねぇ、君ってこの町の子?」

??????

「い、いいえ。私は旅行でこの町に来たんですけど」

 

少しだけ間が空いて、しどろもどろしながら答えてくれた。

よかった、変な人だなって思われなくて。

 

岬 明乃

「そうだったんだ。あっ、そうだ。私は岬明乃って言います!よろしくね」

??????

「えと、中学2年生の磯崎蘭(いそざきらん)と言います」

岬 明乃

「じゃあ私とは2つ年下だね。蘭ちゃんって呼んでも良いかな?」

磯崎 蘭

「いいですよ。じゃあ、私も明乃さんで」

岬 明乃

「それじゃあカタッ苦しいよ。うーんと、そうだねぇ」

磯崎 蘭

「じゃあ………ミケちゃんって呼んでも良いですか?」

 

ミケちゃん。

そのネームで呼ばれるのは、なんだか懐かしいような気がする。

誰かに呼ばれていた気がするんだけど………。

 

岬 明乃

「う、うん!それでオッケーだよ!!」

 

他人行儀があまり好まない私は、こうの呼び方が居心地がよかった。

知り合ってから5分も経っていない子にこんな事言えた義理はないけど。

 

磯崎 蘭

「でも良いと思いますよ。呼び方はその人の心を写すって言うし」

岬 明乃

「おぉ、良いこと言うねぇ………あれ?」

 

私、今の口に出して言ってったっけ?

心の中で呟いた気がするんだけどなぁ。

 

磯崎 蘭

「あっ、すみません。何となくそう思っただけなので」

岬 明乃

「ふーん、蘭ちゃんって結構感が鋭いんだね」

磯崎 蘭

「あ、あははは………」

岬 明乃

「そうだ、この町のことを少し聞きたいんだけど、良いかな?」

磯崎 蘭

「いいですよ。と言っても、私も来たばかりなのであまり知ってる事なんてありませんけど」

岬 明乃

「まずはね………あれは何?」

 

私はコンビニの外に広がる壮大な海の向こう側に、指を向ける。

遙か先に、天まで伸びる一本の線が、私は結構気になっている。

廃工場から外へ向かう際に見た、あの光景。

あれはいったい?

 

磯崎 蘭

「ああ、あれは港湾内に浮かぶ宇宙エレベーターですよ。すごいですよね、あれ一本で宇宙まで行けるんですから」

岬 明乃

「宇宙、エレベーター?」

 

初めて聞いた単語に、思わずオウム返しになってしまう。

それに、宇宙まで行けるって、どう言うことだろう?

 

磯崎 蘭

「私も原理までは知りませんけど、中にあるエレベーターを使って、地上と宇宙空間の両方を行き来するみたいです」

岬 明乃

「へ、へぇ、そうなんだ」

 

試しにスマフォで、”宇宙エレベーター”と検索エンジンに打ち込んだ。

するとニュースで新たに建造された、宇宙エレベーターに関する情報がびっしりと記載されていた。

これは後で皆に報告するとしよう。

 

磯崎 蘭

「………でも今までロケットを使って宇宙を旅してたのに、今ではエレベーターで行ける時代まで来たんですから、人類の進歩も凄まじいですね」

 

またしても知らない単語が出てきたので、メモ帳に記録っと。

 

岬 明乃

「そうだねぇ。あっ、そうだ。ちょっと変な質問をして良いかな?」

磯崎 蘭

「はい?」

岬 明乃

「えっとね、ここって何県かな?」

磯崎 蘭

「ここは茨城県ですよ。それでこの町は阿尾嵯町(あおさまち)と言って、最近出来た巨大な港町なんです」

 

えっと、私の記憶が正しければ、茨城県の土地は海中へ半分くらい沈んだはず。

私はてっきり、ここは町が大きいから横須賀だと思っていた。

 

磯崎 蘭

「横須賀には何かあるんですか?」

岬 明乃

「私達が通ってる学校があるんだ………って、また先読みされちゃったね」

磯崎 蘭

「あっ、ごめんなさい。ちょっと癖になっちゃって」

岬 明乃

「ううん。蘭ちゃんってとっても面白いね!」

磯崎 蘭

「あははは………そうだ、折角ですから私でよければ町を案内しますよ」

岬 明乃

「えっ!?いいの?」

磯崎 蘭

「はい。景色が綺麗な所や、美味しいお店を紹介しますよ」

岬 明乃

「わぁ、嬉しい!でもいいの?折角の旅行なのに」

磯崎 蘭

「いいんです。みんな、用事とかで今は別行動を取っていまして………」

岬 明乃

「そっか、うん、分かった。でもちょっと待っててね。連れが2人ほど来ててね――――」

山下 秀子

「おーい、艦長!」

青木 百々

「お待たせしたっすー」

 

すると別の方向からしゅうちゃんとモモちゃんが駆け寄ってきた。

 

岬 明乃

「あっ、ももちゃん、しゅうちゃん!」

 

青木 百々

「いやぁ、トイレが意外と混んでて遅れちゃったっす」

山下 秀子

「それで艦長、この子は?」

岬 明乃

「さっき知り合った子で、これから町を案内してくれるって」

磯崎 蘭

「磯崎蘭です。もしよろしければ、私と一緒に観光でもしませんか?」

 

先程の蘭ちゃんの会話を、2人にも説明する。

だけど2人は、すぐに言葉を返さずに、私に耳打ちをする。

 

山下 秀子

「艦長、何考えてるの?ここの世界の人達とあまり接点は持たない方が良いって話しじゃなかったの?」

青木 百々

「でも情報収集のためには仕方なしとも言ってたっすよ。この際、もうこの子にお願いしてもいいんじゃないっすか?」

 

話している傍で、チラッと蘭ちゃんの方を見た。

胸元をギュッとしながら、こちらを見守っていた。

――――あっ、今この子、もしかして余計なことしちゃったかなって思ってるのかな?

 

岬 明乃

「い、いや、大丈夫だと思うよ?ほら、私達ってこの町に初めて来たから、さすがに出会ったばかりの子に案内させちゃうのは気が引けるだろうと思うから………」

 

蘭ちゃんの気を悪くしないように必死に弁明する。

いくらなんでも、目の前でひそひそ話されたら誰だって不快になるよね。

 

磯崎 蘭

「って、気を使わせちゃったかなって事、口に出しませんでしたよね?」

岬 明乃

「ふふ、やっと蘭ちゃんの先を越せた。ずっとやられっぱなしは悔しいから」

 

そう言って、私は胸を張った。

こっちが笑ったからか、蘭ちゃんも自然と笑顔になった。

なんだかこの子と一緒にいると、自然と楽しく感じる。

 

青木 百々

「艦長、さっきの話しっすけど、その子に町の案内をお願いするっすよ」

山下 秀子

「せっかくだし、お願いしても良いかな?」

磯崎 蘭

「はい!えと、まずはですね――――」

そこからは、楽しい時間を過ごすことが出来たと思う。

細かい念写とかは言えないけど、これだけは言える。

この世界に来て最初に出会った子が、この子で良かったと。

 




如何だったでしょうか?
突っ込みや感想がありましたら、ぜひぜひ書いて下さいませ。
参考にさせて頂きます。


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第3話 観光名所-博物館

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。
暑いですね!
つい先日、JAXAの一般公開を手伝いましたが、人が多くてもっと暑さを感じました。
さて、そんな汗がダラダラな中で、皆さんには一つ、謝罪しなければなりません。
サブタイトルの〝封鎖された学園都市で〝とありますが、実際にそのシナリオまで辿り着くのはもっと先の投稿となります。
そこまで辿り着くために、もうしばらくお待ちくださいませ。
それではどうぞ。


[観光名所-博物館]

2012年、7月18日、12;30;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県沿岸都市 尾阿嵯(おあさ)町 中央区 第2中央航空博物館

 

蘭ちゃんの厚意により、町を案内してくれることになった。

この事を言ったらシロちゃんに『なにを呑気に遊んでるんですか』って言われそう。

だけど案内してくれる傍らで、ちゃんと調査した結果をすぐに発表できるように、ある程度の情報は入手しておこうかと思う。

そんなこんなで、お昼を済ませた後で今、航空博物館へと来ています。

今日でオープンされたばかりの博物館だったら、人だかりがかなり多かった。

半券を4人分買って、キレイな入り口に入ると、巨大な空間が広がっていた。

左右にはそれぞれ大きなプロペラが付いた飛行機が展示されていて、詳細な説明文が記載されているボードがあちこちにある。

私達が見た飛行機と比べるとすごく小さいけど、それでも驚いてしまう。

横に居たももちゃんがおおー、と声を漏らしながらシャッターを押した。

ここは幸いにも、写真撮影はオッケーらしい。

 

岬 明乃

「うわぁ、結構広い場所なんだね。あっ、天井になにか飾ってある!」

 

気になって上を見てみたら、ライトに照らされて浮かび上がる巨大な物体が宙に浮かんでいた。

目を細めてよく見ると、透明なワイヤーで吊されているようだった。

細い機体の正面にプロペラが付いている。

 

磯崎 蘭

「うーん、私もあれは分からないかなぁ。お兄ちゃんなら知ってると思うけど………」

 

隣の蘭ちゃんもうーんと首を傾げている。

なんというか、カワイイ。

 

山下 秀子

「お兄さんって、確かミリオタなんだっけ?」

磯崎 蘭

「はい。よく家でプラモデル買ってきては、部屋に飾っていて、まだ作ってない箱が山積みになっていて………」

??????

「あれは”零戦”って言って、日本海軍が製造した戦闘機ですよ」

 

談笑している中、背後から女性の声がした。

女性が私達の前に出てくると、説明してくれた。

 

??????

「皇紀2600年に製造されたことから、年代の00を付けて”零戦”と言う愛称で呼ばれています。ただ先の大戦でほとんどが戦闘により損失したため、世界中探しても状態の良い零戦はほとんどありません」

青木 百々

「へぇ、零戦って言うんすか、あれ。かっこいいっすね!」

??????

「そうでしょう!あっ、申し遅れました、私は当博物館の説明員をしております、中嶋悟子(なかじまさとこ)と言います。以後お見知りおきを」

 

深々と頭を下げる女性、ナカジマさんは微笑んだ。

小柄な人で、ショートカットが似合う人だった。

 

岬 明乃

「よろしくお願いします!」

 

せっかくなので、互いに自己紹介する。

これも何かの縁。

黙ってるままでは失礼だと感じた。

ここで中嶋さん、以下さとちゃん、が切り出した。

 

中嶋 悟子

「ところで、もしよかったら博物館の展示物に関する説明をしようと思うのですが、如何でしょうか?」

 

おぉ、この申し出は嬉しい。

ついでに資料が貰えるかどうか聞いてみよう。

 

磯崎 蘭

「あの、ボードの前に置いてある資料って貰ってもいいですか?」

中嶋 悟子

「大丈夫ですよ。あれは来場者に配布する物なので、問題ありませんよ。一部ずつ如何ですか?」

 

むぅ、また蘭ちゃんに先を越されたよ………。

別に競い合ってる訳じゃないんだけど。

 

青木 百々

「せっかくなので貰うっす!今度のコミケの題材にするっすよ!」

中嶋 悟子

「マンガを手掛けてるんでしたっけ?」

青木 百々

「そうっすよ。航空機に乗り込む少女達………くぅー!インスピレーションがはかどるっす!」

中嶋 悟子

「ならこちらをどうぞ。では早速ですが、当博物館についてご説明させて頂きます」

山下 秀子

「お願いします」

中嶋 悟子

「当博物館は本日オープンされたばかりの施設になります。展示内容は主に、航空機発祥の歴史から始まり、航空機の構造、仕組み、運用方法、体験スペース、航空機の展示のブースで構成されております」

 

!!

まさに私達が知りたい情報の全てが、この博物館にあった。

さとちゃんは説明を続ける。

 

中嶋 悟子

「我々が居るのは展示スペースとなります。実際に航空機に搭乗できます」

青木 百々

「はいはい!是非とも乗ってみたいっす!ナカジマさんが言ってた零戦に乗ってみたいっす!」

中嶋 悟子

「分かりました。整理券をお持ちしますのでお待ち下さい」

 

さとちゃんは一言残して、カウンターへと向かった。

展示スペースをグルリと見渡してみると、飛行機に乗りたがっている人は多い。

目の前には長蛇の列をなしていて、待ち時間があと1時間とあった。

 

中嶋 悟子

「お待たせしました。待ち時間があと1時間とありましたので、先に予約しておくことで、お時間になったらお呼びするようにしました」

岬 明乃

「えっ?そんなこと出来るんですか?」

中嶋 悟子

「はい。その間に他のブースへご案内するようにしておりますので、時間を無駄にすることはありませんよ」

 

これはすごい。

飛行機の説明を受けれるだけでなく、ちゃんと搭乗することも出来るなんて。

よし、帰ったらみんなに報告だ。

 

――――この後の説明で知った、この世界の航空機の歴史。

きっかけは、ライト兄弟が人類初の有人飛行に成功させたことから始まった。

そこからヨーロッパ各地で改良ラッシュが始まった。

航続距離の向上、機体の高速化、高高度上昇なども行われた。

日本でも航空機の導入が始まった。

その後は、第一次世界大戦が始まった。

余談だけど、この頃から巡洋艦から航空機の発艦が行われたらしい。

偵察任務を兼ねたこの運用は、後の航空母艦として一躍買った。

うーむ、後で航空母艦についても聞いてみよう。

この間、しゅうちゃんとももちゃんは始終、キラキラした目で巡洋艦から発艦した時の写真を見せて貰っていた。

 

それまでは第一次世界大戦までは、同じ歴史だった。

私達が暮らしている世界と。

航空機の技術の進歩は留まることを知らず、どんどん伸び続けた。

搭載量の向上、エンジン出力の高効率化、兵器の運用方法も然り。

だけどその中、日本は地盤沈下は起らず、代わりに世界大戦が勃発。

それが、第二次世界大戦。

戦死者数が数千万人も出た、歴史上最悪の大戦。

きっかけは、ナチス・ドイツから。

それからは航空機の運用方法も劇的に変わっていった。

日本は大型の航空母艦や戦艦を次々と建造し………アメリカへ宣戦布告した。

その後の話は………口に出したくなかった。

それを聞いた私は、言葉にし難い気持ちに捕らわれていった。

 

岬 明乃

「………ミーちゃんの、国だ」

 

その中で出てきた、懐かしい名前。

共に晴風で過ごした、大切な仲間の名前を。

………今頃、彼女はなにしてるのかな?元気に過ごしているかな?

 

さとちゃんの解説が終わり、次は機体の構造について話を聞くために、移動中のこと。

隣に歩いている蘭ちゃんが声をかけてくれた。

 

磯崎 蘭

「ミケちゃん、大丈夫?顔色が悪いよ?」

岬 明乃

「蘭ちゃん………うん、大丈夫だよ」

磯崎 蘭

「ショックだった?歴史を知って」

岬 明乃

「うん………たくさんの人が死んじゃって、居場所を失って、友達も居なくなっちゃって」

 

私達とは違う、世界。

これが、異世界から来た者が感じる気持ちなのか。

地盤沈下によって多くの陸地を無くした私達と。

戦争で多くの人々が犠牲になったこの子達。

私達と違う道を歩んだこの子達は、どんな気持ちなのだろう。

 

磯崎 蘭

「私もショックだった。初めて歴史の授業を受けて、大勢の人達が悲しんで。でも残った人達で日本を復興することが出来たの。だからと言っては変だけど、悲しまないで」

 

ギュッ

右手に感じる、暖かい手のひら。

私は今、蘭ちゃんと手を繋いでいるんだ。

 

岬 明乃

「蘭ちゃん………」

磯崎 蘭

「ほらほら、悲しまないでナカジマさんの話を聞こう?これからのたくさんの思い出作りに、ね?」

岬 明乃

「!!うん!」

磯崎 蘭

「ふふっ………」

 

ニッコリと微笑む蘭ちゃんを見て、私も自然と微笑んだ。

なんだろう、やっぱりこの子の傍に居ると、特になにもしてないのに安心する。

本当に、不思議な子。

そうだ、せっかく町を案内して貰ってるのに、私がこんなんじゃダメだ。

確かにショックだけど、受け止めて、みんなにちゃんと伝えないと………。

 

中嶋 悟子

「さてさて、お次はここ、航空機の構造について解説しますよ!」

青木 百々

「おぉー、細かい骨が張り巡らされてるんすね。あっ、こっちはエンジンの設計図っすか?」

 

いつの間にか別のブースに到着したみたいで、ももちゃんが相変わらずキラキラとした目をしていた。

このブースには、実際に作成された翼の骨組みと、図面らしきプレートが何枚も展示されている。

 

中嶋 悟子

「これ全てがそうですよ!すごいですよねぇ、ここまで資料を揃えてる博物館なんて、そうそうありませんよ」

磯崎 蘭

「確かに。お兄ちゃんに見せたら、絶対に喜ぶよ」

 

――――なんというか、ここから先の説明は省略したい。

いや、省略させて下さい。

ただでさえ聞いたことのない単語ばかりが頭を占めてるのに、文章化して説明しているからますます頭にはてなマークが増えちゃうよ………。

うぅ、こうなるなら美波さんをこっちのチームに入れればよかったっ!

 

磯崎 蘭

「大丈夫大丈夫。私さっきの説明が始まって1分でスマフォ弄ってたし」

 

うん、同じ事を考えてた子が傍に居て助かったよ。

私一人が理解できてないとか、恥ずかしいし。

 

中嶋 悟子

「まぁ、初回で理解できる人なんてそうそう居ませんよ。これも簡単に説明した資料あげるから、ね?」

山下 秀子

「すみません、何から何まで………」

中嶋 悟子

「これも仕事ですから。ところで、こんなに熱心に話しを聞くなんて、何か自由研究ですか?」

 

ドキリッ

いきなり確信のつく質問だったから、かなり驚いた。

どう答えようかと考えていたら、ももちゃんがスマフォを取り出して、ある画像を見せる。

その画像は、ここへ初めて来たときに見た、あの大きな飛行機だった。

 

青木 百々

「実は、この画像の飛行機を見たんですけど、見た途端にかっこいいって思ったから、ここへ足を運んだっすよ」

中嶋 悟子

「どれどれ………ああ、これはC-5Mスーパーギャラクシーですね。アメリカの超大型の輸送機ですよ。確か200トンの物資を運べる優れものです」

 

200トン………晴風に積める荷物の量は確か………。

 

中嶋 悟子

「ん?無線?ああ、どうやら私達の出番が回ってきたようですよ」

山下 秀子

「あ、それって飛行機に乗れる?」

中嶋 悟子

「ええ、早速向かいましょう」

 

いよいよ私達の出番が来たようだ。

実を言うと少しワクワクしている。

私達の世界になかった乗り物に、乗れるのだから。

 

私の顔の表情に出ていたのか、蘭ちゃんがニコニコしている。

なんだか可愛いなぁ、この子。

 

磯崎 蘭

「だってミケちゃん、すごくワクワクしてそうな顔してたもん。分かっちゃうよ」

岬 明乃

「えへへ」

 

さとちゃんの元へ行くと、ももちゃんとしゅうちゃんが展示されている飛行機をまじまじと見ていた。

航空機の上部に大きく国旗が掲げられていて、どの国の名産なのかすぐに分かるように工夫されていた。

日本の国旗があるブースへ向かった。

 

青木 百々

「やっぱり大きいっすねぇ………あれ、ここの展示スペースだけ空いてるっすね」

 

零戦の隣にある空のスペース。

ももちゃんの言葉通り、説明するためのボードが置いてあるだけで、虚しく柵が設けられているだけだった。

 

中嶋 悟子

「ああ、そこは零式水上偵察機が展示されてたんですが、実はオープンする数日前に盗まれてしまって」

山下 秀子

「えっ、盗まれたって?」

中嶋 悟子

「夜中に盗まれたらしいです。警察には届けを出そうって持ち出したんですけど………」

磯崎 蘭

「?しなかったんですか?」

中嶋 悟子

「警察なんて呼んだら、せっかくのオープンが延期になるから呼ぶなって口止めされたんです。あっ、でもこの子らに言っちゃった。ごめん、今の忘れて!」

 

両の手を合わせて深く頭を下げる。

まぁ、誰にも言うつもりなんてないし………。

 

青木 百々

「でもそれだけ大きいモノなら、盗むなんて苦労しそうっすよね。どうやって盗んだんだろう?」

中嶋 悟子

「………実はその零式水上偵察機は、メンテナンスが完了していて、実際に飛行させることが可能だったんです。関係者の一部は、飛行機を操縦して盗んだんじゃないかって」

磯崎 蘭

「でも70年前の飛行機ですよね?古くなって飛ばせないんじゃ」

中嶋 悟子

「確かに劣化した部品は多数あったけど、そこは現代技術で蘇らせて、互換性を保ちつつ出力を安定させられたんです。いやぁ、あれは楽しかったなぁ」

岬 明乃

「さとちゃんも関わったの?」

中嶋 悟子

「もちろん。実は私、高校で自動車部に所属してるんですけど、手伝って欲しいってオファーがあったくらい、自分で言うのはなんですけど腕はあったんですよ?」

 

ウィンクを決めながら袖を捲って拳を突き立てる。

おぉ、人は見かけによらないね。

………晴風の機関の調子が悪くなったら、マロンちゃん達と一緒に修理して貰うのもありかな?

でも出来るだけ外部の人間に私達の存在を知られちゃまずいよね。

うんうん、この考えはなしにしよう。

 

中嶋 悟子

「って、こんな呑気に話してる場合じゃなかった!さぁさぁお待ちかね!これから体験として航空機に試乗したいと思います!!」

岬 明乃

「待ってましたー!」

 

そう言って零戦の前までやって来た。

詳しい話しは省略するけど、初めての体験に結構興奮した。

私達の世界にはない乗り物に乗ったのだから、そりゃそうだろう。

ももちゃんもしゅうちゃんも、蘭ちゃんも結構盛り上がった。

うん、これでまたみんなに報告する内容が増えた!

 

 




うーん、航空機の念写が難しい(汗
まぁ細かい念写はこの後でじっくりと描きたいと思います。
それまでに何とか動きとか、操縦方法とか調べないと………。



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第4話 観光名所-ロッドデパート

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。

今更ですが………お気に入り登録して下さった方々、ありがとうございます!
正直に言うと、これが初投稿になるので、つまらない作品にならないかどうか不安でありました(汗
これからも精進していきます!

そんな中の謝罪となって申し訳ありませんが、、そう言えば中嶋悟子さんを”さとちゃん”と呼んでいましたが、そうなると勝田さんと被ってしまいますね(汗
そこは脳内変換で”さとちゃん” → ”ナカジマさん”として下さい(白目

それでは、どうぞ。



[観光名所-ロッドデパート]

2012年、7月18日、15;09;34

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央区 巨大モール街”ロッドデパート”3階

 

人生初の飛行機初体験を経て、私達は今、巨大なモールへやって来ていた。

パンフレットによると、地下5階、地上13階建ての超巨大モールと書いてある。

新しい内装がされていて、大勢の客で賑わっていた。

その大勢の中には、私達も含まれていた。

前を歩いているももちゃんもしゅうちゃんは、かなりテンションが上がっていた。

 

青木 百々

「くぅ~!!やっぱりさっきの試乗体験、感動したっすねぇ!」

山下 秀子

「うんうん!あー、実際に飛んで見たかったな!」

 

かなりウキウキになっている。

かく言う私も、実は結構ハイテンションの熱に晒されたままだ。

硬い座席に座ったときの感触。

操縦桿を握った時の重み。

そして――――ヘルメットをして、ゴーグルを付けて。

機体の目の前に、巨大なスクリーンが設置されていたので、映像に写して実際に飛んでいるように体験できるそうだ。

飛んでいる際に、操縦桿を横に倒すと、その方向に機体も連動して傾いた。

うん、やっぱりあの感覚は忘れられそうにない。

込み上げてくる感覚を抑え、今はこのデパートに来ている。

ナカジマさんに一通り操縦方法を教えて貰ったお礼の品を、買いたいからだ。

 

岬 明乃

「ねぇ蘭ちゃん。ナカジマさんには何が良いかな?」

磯崎 蘭

「そうだねー、自動車部に所属してるって言ってたから………工具とか?」

岬 明乃

「さ、さすがに持ってるんじゃないかな-?自動車部、自動車部………タイヤとか?」

磯崎 蘭

「イヤイヤおかしいよ。お礼にタイヤって………」

岬 明乃

「あんまり嬉しくないね。うーん、悩むなぁ………ん?」

 

不意に、足が止まった。

視線の先には店内にあるテレビだった。

そこまで大きくない画面に、私は釘付けになっていた。

画面の端には、『山星学園テロリスト占拠事件』として、報道されていた。

テロリスト?

学校に今、テロリストに占拠されているってこと?

あまりにも現実離れした空気に、声が流れた。

 

アナウンサー

『それでは現場からの中継です』

レポーター

『はい!こちら現場です!ご覧下さいっ、山星学園には大勢の警官と自衛官が行き来しています!この校舎の中に未だに全校生徒560名の生徒が人質に取られています!』

 

そこには、校舎と思われる建物をバックに映し出される映像。

大勢の警官と、じえいかん?と呼ばれる人達が右往左往と動き回っていた。

緑色の隊服を着た人達を初めて見た。

だけど先程の単語が耳から離れなかった。

警官と自衛官。

560人の生徒が人質。

何が起ってるの?

 

レポーター

『テロが発生したのは本日午前9時頃。通報を受けた警官2名が校舎へ入ろうとした途端、テロリストが発砲。一時的に銃撃戦になりました。午前10時に本庁及び神奈川県警、陸上自衛隊による対テロ本部が設立されました。

きゃぁ!?』

アナウンサー

『ど、どうしました!?』

レポーター

『て、テロリストが銃で発砲してきました!幸いにも怪我人は出ておりませんが、現場はまさに内戦に等しい状態となっております!あっ、本事件の責任者である小田切俊郎がテントから出てきました!すみませんっ、ちょっと良いですか!?』

??????

『ん?なんだね君は。おい!レポーターを入れるなと言っただろう!』

警察官

『はっ!申し訳ありません!ささ、ここは危ないので避難して下さい』

レポーター

『お願いです!話を少し聞かせて貰えませんか!?』

??????

『ここは危険だ!早く避難しないか!!』

レポーター

『あっ、ちょっと!!』

 

レポーターとカメラマンの人は、警察官にその場から追い払われてしまった。

どうしよう、この事件が気になって目が離せない!

 

磯崎 蘭

「こ、怖いね。立てこもり事件だなんて」

岬 明乃

「蘭ちゃん、うん、そうだね………」

 

同じくテレビを見ていた蘭ちゃんも、眉間にしわを寄せている。

このご時世に、立てこもり事件なんて耳にしたことがない。

もしかして、この世界って結構犯罪率高めなのだろうか?

だとしたら、みんなには外へ出歩くときは注意するように言わなくちゃ。

 

青木 百々

「艦長!ナカジマさんにはこれなんてどうっすか?」

 

店内の奥から出てきたももちゃんが、可愛らしい車の絵が描かれているハンカチを持ってきた。

見ていたテレビが、まさかももちゃん達が居る店の前にあるとは。

 

岬 明乃

「へぇ、可愛らしいね。あー、どうせならどんな車が好きかって聞けば良かったね」

青木 百々

「そうっすねー、あっ、飛行機の柄のもあるんすよ!どっちがいいっすかねぇ?」

磯崎 蘭

「でしたら両方買って、送ってみるのも良いんじゃないですか?一つはお礼として、もう一つはこの町で出会った記念にって」

岬 明乃

「!!うんっ、それいい!ももちゃん、それ貸して!」

青木 百々

「はいっす」

 

ももちゃんからハンカチを受け取ると、急いでレジへ向かった。

もう、蘭ちゃんったらすごく良い考え出してくれて嬉しい!

ウキウキしながらレジに持って行く。

ラッキー!今は人が並んでない!

 

岬 明乃

「すみません、この2つ下さい!」

レジカウンター

「お預かりします………全部で1200円となります。こちらのレシートとくじ引き券を受け取り下さい」

岬 明乃

「くじ引き?」

カウンター

「はい。1000円以上の買い物をされたお客様全員に、このくじ引きを差し上げることになっているのです。なお、抽選は1階のエントランスで行われます」

岬 明乃

「へー、そうなんですか。ありがとうございます!」

カウンター

「またのご利用をお待ちしております」

 

私は渡されたくじ引きを見つめる。

ほうほう、本日限定のくじか………運試しに後で引いてみよう。

会計をさっさと済ませて戻ってくる。

蘭ちゃんとももちゃんが、隣の衣服店を見ながら談笑していた。

あれ、そう言えば………。

 

岬 明乃

「あれ、しゅうちゃんは?さっきまで居たよね?」

青木 百々

「さっきトイレに行ってたっすよ。でも遅いっすね、トイレはすぐ傍なのに」

 

私は嫌な予感がした。

さっきのテロリスト籠城事件が発生した矢先、この世界の犯罪率が高いのを分かっていたから。

焦る気持ちを抑えて、ももちゃんがトイレのある方を見てみると、すぐに気宇である事を知る。

しゅうちゃんはトイレの前で、一人の女性と話をしていた。

高身長で、ロングヘアの黒髪女性だった。

遠目に見ている私でさえ、すごくキレイな人だなと感じた。

 

磯崎 蘭

「山下さん!」

 

蘭ちゃんが大きな声で叫ぶと、しゅうちゃんと女性がこちらへ向いた。

近くで見てみると、先程の感想はより如実なモノへと変わっていった。

彼女が居るだけで、周囲が華やかに見える。

色艶が良くて、絹糸のように柔らかな黒髪が靡く。

ボリュームのあるまつげ、大きな瞳、高く通った鼻、桃色の薄い唇。

どこをとっても美しいパーツばかりを集めたような人だった。

でもただ集めただけでなく、これまた緻密なバランスで配置されていて、どこか日本人離れした美しい容姿を形成していた。

 

山下 秀子

「あっ、蘭ちゃん。それにみんなも」

岬 明乃

「しゅうちゃん、どうしたの?何か困りごと?」

??????

「あの、こちらの方達は?」

 

キレイな両目が私達を見つめていた。

や、やばい、こう言う時ってなんて言う?

 

山下 秀子

「こちらはクラスメイトの岬さんと、青木さん。そして、この町で知り合った」

磯崎 蘭

「磯崎蘭です。あなたは?」

??????

「これは申し遅れました。私は大河内葵(おおこうちあおい)と申します。この町には仲間と一緒に観光で来ています。よろしく」

 

ニッコリと微笑んだ女性、大河内さんはそのままの表情で手を差し出してきた。

慌てて手を出して握り返すと、すごく柔らかい感触が伝わってきた。

 

青木 百々

「うへぇ、すっごい美人さんっすね!あっ、口に出しちゃった………」

大河内 葵

「うふふ、ありがとう」

岬 明乃

「ところで、2人は何をしてたんですか?何か困りごとでも?」

大河内 葵

「ええ、実はこのモールに来ていた友達とはぐれてしまったの。この辺をウロウロしていた私に、山下さんが声を掛けてくれたの」

山下 秀子

「うん。困ってるみたいだったし、ほっとけなかったし」

磯崎 蘭

「あの、携帯電話を使って友達に連絡するのは?」

大河内 葵

「ごめんなさい、携帯電話は別荘に置き忘れてしまったの。だから連絡は取れないわ」

岬 明乃

「………」

 

どうしよう。

困ってる人を放置するなんて、心苦しい。

これ以上、この世界の人達と接触するのは危険だよ。

でも、蘭ちゃんとはもう友達だって思ってるし、なにより………私達はブルーマーメイドを目指してる!

なのに、困ってる人を放っておくなんて、そんなのはっ。

 

岬 明乃

「大河内さん。よければ、私達がそのお友達を探すのを手伝いますよ」

大河内 葵

「えっ、それは助かるけど、いいの?あなた達だって、観光に来たんでしょう?」

岬 明乃

「ですけど困ってる人を放っておいて、呑気に観光なんて出来ません。ねね、いいでしょ?」

青木 百々

「そういう事ならいいっすよ。これも人助けっす!」

山下 秀子

「うん!大河内さん、その人達が映ってる写真ってありますか?」

大河内 葵

「ええ、これよ」

 

取り出したスマートフォンには、5人の男女が映っていた。

校舎をバックに写しているのだろう、みんなが同じ制服を着ていて、女子生徒3人、男子生徒2人が映っている。

元気そうな女子3人組と、眼鏡を掛けたぽっちゃりした人と、気だるげな男子生徒が。

 

磯崎 蘭

「あの、でしたら迷子センターに寄ってみては?」

大河内 葵

「いえ、さすがにこの年齢になって迷子センターに駆け寄るのは、ね?」

岬 明乃

「あはは………でしたら探しましょうか。念のために私達の携帯の番号を教えますので、見つけたら互いに連絡するで、いいかな?」

4人

「「「「おーー!!」」」」

 

………こうして、私達は大河内さんの友達を探す事となった。

目的のお礼と記念品を買えたから、特に問題もなかった。

さて、この広いモールの中を、どうやって探したモノか。

 

磯崎 蘭

「大河内さん、どこまで友達とご一緒だったか覚えてますか?」

 

おっ、捜査の基本である、本人の行動の確認。

 

大河内 葵

「そうね、私達は今夜バーベキューにするつもりだったから、食材を買いに来たの。でも先に上の階から見たいって岩佐さんが言って」

岬 明乃

「岩佐さん?」

大河内 葵

「ああ、ごめんなさい。親友の一人で、岩佐美帆(いわさみほ)さん。私と同じ学校の子よ。写真で言うと、茶髪のボブカットの子ね」

 

写真に写っているこの一人を指した。

会ったことが無いからハッキリ言えないけど、雰囲気だとリンちゃんに似ているね。

どこかポヤポヤした空気がする。

 

磯崎 蘭

「なるほど………はぐれる前に見た最後のお店ってどこか分かりますか?」

大河内 葵

「この階の和服店よ。ほら、もうすぐ花火大会が開催されるでしょう?だから浴衣をレンタルできそうなお店を探していたの。確か、こっちよ」

 

大河内さんの案内で、その最後に見かけた和服店へと向かう。

そのお店の前までやって来た私達は、展示してある浴衣を見て、興奮した。

 

山下 秀子

「わぁ、キレイ!特にこの朝顔の浴衣!」

大河内 葵

「そうでしょう?本当はこれを借りようかと考えていたのだけれど、彼らとはぐれてしまったから、借りるのは後回しにしようかと」

磯崎 蘭

「でもこの浴衣、大河内さんにすごく似合うと思います!今のうちに予約しても良いんじゃないですか?みなさんには後で事情を説明していれば大丈夫だと思いますし」

大河内 葵

「ふふふ、ありがとう。でもやっぱり、私だけが先に予約を入れてしまうのは気が引けてしまうわ。今でもみんなが私を探しているかもしれないのに」

 

大河内さん、キレイだけじゃなくて優しいんだなぁ。

まさに理想的な女性だね。

こんな美人さんと付き合える男の子は、ラッキーだね。

 

磯崎 蘭

「あはは………それで、最後にあったのは何分前ですか?時間が経ってなければ、そう遠くには行ってないと思いますけど」

大河内 葵

「30分くらい前かしら。かなり時間が経っているから、もう居ないかもね」

岬 明乃

「それなら、ここから手分けして探そうか。その方が早いだろうし」

 

………さて、チーム分けはどうしようか。

私を含めると、全員で5人。

分けるなら3人と2人のチームに別れる。

でも、さっさと決めた方が早く見つかるから………。

 

岬 明乃

「それなら私と大河内さんのチームと、蘭ちゃんしゅうちゃんももちゃんのチームでどうかな?」

 

これならバランスが良い。

それに………大河内さんに聞きたいことがあるし。

 

山下 秀子

「意義なーし」

磯崎 蘭

「問題ありません」

青木 百々

「いいっすよー」

大河内 葵

「それじゃあよろしくね。岬さん」

岬 明乃

「それじゃあ見つかり次第、連絡し合おうね」

 

一旦、友達を探すために別れた私と大河内さんは、同じフロアを探しているところだった。

このフロアは衣服店を集めた階となっていて、洋服やら和服やら、しまいには一昔前の服まで用意されていた。

探しながら店内を見て回ると、大河内さんから声を掛けてきた。

 

大河内 葵

「あなた達、随分と仲が良いのね」

岬 明乃

「えっ?」

大河内 葵

「さっきの子達よ。みんなあなたを信頼してるって顔に書いてあったから、私達と似ているなって思ったの」

岬 明乃

「あ、ああ、あの子達は私の大事な家族ですから」

大河内 葵

「家族………家族、ね。そう言えば貴方達は修学旅行でこの町に観光へ来てるのかしら?」

岬 明乃

「え?観光?」

大河内 葵

「だって、わざわざこんな暑い中、制服で来てるって事は、修学旅行で今は自由行動中ってところかしら?」

岬 明乃

「あ、いや、えと………」

 

やばい。

そう言えば異世界へ来てから、気が動転していて、服装について一切考えてなかった!

だけどうまく答えられない。

それにとっさの質問だったから、すぐに返せなかった。

 

岬 明乃

「そうなんですよ!今は他の子達とは自由行動中でしてっ」

 

かなり焦った口調になってしまった事を後悔するが、もう言い切っては仕方ない。

それに………寂しいけど、これくらいの嘘を言っても、気に留めもしないだろう。

だって私達は異世界から来た人間。

元の世界へ帰ってしまったら、もう二度と、会う事なんてないだろうから。

 

大河内 葵

「そうなの………ん?」

岬 明乃

「?大河内さん、どうしました?」

 

背後を振り返った彼女が、黙り込む。

私も釣られて後ろを見る。

多くのお客さんで賑わっていたり、忙しそうに定員さんや警備員さんが動き回っているしか見えなかった。

どこもおかしい箇所はなかった。

でも彼女は、両目を一点に集中して見つめていた。

 

大河内 葵

「………岬さん、走るわよ」

岬 明乃

「えっ?」

 

そう告げた途端、大河内さんは私の手を引いて走り出した。

突然の出来事に対処が遅れそうになり、何度か転びそうになるが、何とか追いつこうとする。

たくさんの人が居たから、何度もぶつかりそうになるけど、ギリギリ交わしていく。

み、見た目に似合わず運動神経もいいんだねっ。

 

岬 明乃

「ちょっ、ちょっと大河内さん!?どうしたんですか!?」

大河内 葵

「いいから付いてきて!」

岬 明乃

「うわぁ!?」

 

訳も分からず、私は大河内さんに言われるがままだった。

別のフロアを行ったり来たり、通路の角を曲がったり………。

どれくらい走ったのか分からなくなった頃、ようやく大河内さんの足が止まった。

 

大河内 葵

「はぁ、はぁ、はぁ………ふぅ。ようやく撒いたわね」

岬 明乃

「はぁ、はぁ、えっ?撒いたって?」

 

階段の踊り場までやって来て、ようやく一息付けた。

あまり使われていないからか、ここには誰も居ないようだ。

それよりも………。

 

岬 明乃

「ようやく撒いたって、どう言うことですか?あっ、まさかストーカー!?」

 

そうだ、すっかり失念していたけど、大河内さんは控えめに言っても、超絶美人さんだ。

それなら当然、付きまとわれる男の数なんて………!

 

大河内 葵

「ち、違うわ!ストーカーとかじゃないのっ、あれは、なんというか………」

岬 明乃

「?」

 

ストーカーでないことに安心はしたけど、どこか煮え切らないようだった。

どうしたんだろう?

 

??????

「あっ、大河内さん!やっと見つけた!」

 

頭上から大河内さんを呼ぶ声がした。

上の階へと続く踊り場に、ボブカットの女子が立っていた。

走るように降りてくると、大河内さんも彼女を出迎えた。

 

大河内 葵

「あら、岩佐さん。よかった、ようやく合流できて」

岬 明乃

「岩佐さん?ああ、この人が?」

大河内 葵

「そうよ」

岩佐 美帆

「あれ、なんで私の名前を?」

大河内 葵

「私がみんなとはぐれてしまった事を話したら、この子が一緒に探すって言ってくれたの。だから、その時の流れで」

岩佐 美帆

「ああ、そうだったんだ。ありがとうございました!大河内さんを助けてくれて!」

岬 明乃

「いえ、でもよかったです!すぐに再開できて!」

 

さっきのストーカーさんの事、聞きそびれちゃったけど、これで一安心かな?

でもちょっと、さっきの事で聞きたいことがあったから、口を開こうとしたけど。

 

大河内 葵

「そうだわ、みんなに合流できた事を電話してくれるかしら?岬さん」

岬 明乃

「あっ、はいっ、そうですね。向こうもきっとまだ探してると思いますし」

 

スマフォを取り出して、ももちゃんのスマフォに連絡を入れる。

仲間と無事に合流できたことを伝えると、見つかって良かったと安堵の声を漏らしていた。

もう合流できたのなら、このまま別の場所で探している仲間と合流するとも伝えた。

 

岩佐 美帆

「さ、大河内さん。戻ろうか?横須賀君も待ってるし」

大河内 葵

「そそ、そうね」

岬 明乃

「横須賀君?」

岩佐 美帆

「一緒に合宿に来た男の子だよ………ね?大河内さん?」

大河内 葵

「ええそうよ」

 

岩佐さんが、なぜか大河内さんをジト目で睨んでいる。

対する大河内さんはどこ吹く風で、明後日の方向に口笛を吹いている。

………女の勘が言っている。

これ以上言及してはいけないと。

 

岬 明乃

「あははは………なら、早くその人の元へ戻ってあげて下さい。きっと寂しがってると思うから」

大河内 葵

「そうね。彼はああ見えて、結構寂しがり屋なところがあるから」

岩佐 美帆

「………それじゃあね」

岬 明乃

「はい、お気を付けて」

 

2人の背中を見送ると、私は一息ついた。

なんだか嵐が過ぎ去ったみたい。

居ていて楽しかったけど。

 

岬 明乃

「あっ、そうだ。あの2人に聞きたいことがあったんだけど………まぁ、いいっか」

 

聞きたいこととは、そう。

この世界における一般的なルール。

例えテレビやニュース、ネットで大事件が発生していたら、すぐに得られるような情報ではなく。

所謂、一般常識だ。

今日の町で見かけたロボット。

宇宙まで一本で行ける宇宙エレベーター。

そして、私達がこの世界へやって来てすぐに遭遇した、飛行物体。

私達は、この世界へやって来てあまりにもこの常識を知らなさすぎた。

知らない情報があるのとないのとでは、この先の出来事に対処できないかもしれない。

いざという時に、決断が出来ないかもしれない。

何も出来ないうちに、全てが終わってしまうかもしれない。

そんな不安が、私に纏わり付いてくる。

 

岬 明乃

「………うまくやらなきゃ、私」

 

1人になった私は、誰も居ない踊り場で、そう呟いた。

 




ふぅ、ようやく書けた………。
やっと最新話を上げられました!感想や問題があったら、ご指摘下さいませ!


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第5話 観光名所-中央公園

トラトラトラァ!!

………どうも皆さんおはこんばんにちわ。
やっと5話目です。
そして相変わらずの文章能力の低さとストーリーの遅さ。
恐らくですけど、次の話で1日目が終了します。
分かりやすく表示するために、今回からは時刻の横に何日目かと記入します。
お気づきかも知れませんが、時間や所属、氏名や場所の表記方法については、
"Call of Duty"シリーズから拝借しております。
こう書けば主人公がどこで何しているのかがすぐに分かりますね。

では早速どうぞ。



[観光名所-中央公園]

2012年、7月18日、16;35;00――1日目

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央区 中央公園

 

最後にやって来たのは、森林に囲まれた大きな公園だった。

今まで案内してくれた都心から離れた空間で、先程までの車の音や人々の声など大分減っていた。

親子が楽しそうに芝生の上で遊んでいたり、遊具で遊ぶ子供が目立った。

夕方になったからか、一部帰る子供もいるようだ。

仲良さそうに手を振るその子達を見て、私は自然と微笑んだ。

この世界の日本でも、こういった平穏がある事に、私は少なからず安堵する。

 

磯崎 蘭

「最後はここだよ。と言っても、観光名所なんて言えないけどね」

 

あははと苦笑する蘭ちゃんに、私は首を横に振って否定する。

 

岬 明乃

「そんなことないよ。今までずっと都心に居たから、少し心安まる場所が欲しかったんだ。ありがとう!」

磯崎 蘭

「良かった。私もちょっと一休みしたかったから、ここへ来たんだ」

山下 秀子

「ああ~、自然いっぱいっていいねぇ~。心が安まるよー」

青木 百々

「都心のように賑やかな場所もいいっすけど、木々に囲まれた場所で深呼吸するのも一興っすね」

 

近くのベンチに4人で座って、背もたれに寄りかかって力を抜いた。

すると疲れも口から吐き出されるように、身体から生気が蘇ってくる。

ちょうど木の日陰になっているから、無駄に暑さも感じない。

うん、いい場所だ。

 

??????

「あら?あなた様は………」

岬 明乃

「んぅ?」

 

少しだけ寝てしまい、寝惚けて変な声を出してしまった。

私達の目の前には修道服を着た外国人風の女性が立っていた。

第一印象として、私は暑苦しさを感じた。

いくら夕方でも、真っ黒な修道服で、しかも長袖と足下まで続くロングスカート?を履いていれば、誰だって熱そうに感じる。

そんな私を余所に、彼女の視線は蘭ちゃんに向いていた。

 

磯崎 蘭

「あっ、オルソラさん!こんにちは!」

 

どうやら知り合いらしく、彼女の名を口に出した。

蘭ちゃんが慌てて立ち上がって頭を下げると、女性修道士、オルソラさんはニッコリと微笑んだ。

 

オルソラ・アクィナス

「こんにちは、磯崎様。先日は大変な目に遭われたばかりなのに、もう身体の調子はいいのでございますか?」

磯崎 蘭

「ふふ、もう大丈夫ですよ。証拠に、こちらの3人を案内してました!」

 

ん?

大変な目に遭ったばかり?

それってどう言う意味だろう?

そんな疑問を持ったけど、答えを聞く暇なんてなかった。

蘭ちゃんは元気よくその場をクルリと一回転してから、私達3人を指した。

すると今度は私達の方に、彼女の両目が映りだした。

 

オルソラ・アクィナス

「まぁ、そうだったのでございますね。初めまして、私はオルソラ教会の責任者であるオルソラ・アクィナスと申します。以後お見知りおきを」

青木 百々

「ほわぁ~、初めてシスターさんに出会ったっす。あっ、私は青木百々と言います。よろしくお願いするっす!」

山下 秀子

「山下秀子です。それでこっちが」

岬 明乃

「岬明乃です!この町には観光しに来ました!」

オルソラ・アクィナス

「そうでございましたか。遠路遙々お越し頂きまして、ありがとうございます」

 

両の手を前に組んで、深くお辞儀すると、私達も釣られてお辞儀をする。

かなり物腰が柔らかい女性である印象を抱いた。

さっきは心の中で熱っ苦しい人だなって思って、ごめんなさい。

 

磯崎 蘭

「ぷふっ」

オルソラ・アクィナス

「ところで、皆様はこちらへはどのような用事で参ったのでございますか?」

山下 秀子

「私達はさっきまで都心の方まで行ってたんです。でも色々な場所へ寄ってたら疲れちゃって、蘭ちゃんの案内でここへ来たんです。ここなら心安まるだろうって」

オルソラ・アクィナス

「あら、そうだったのでございますね。確かに、地元の住民ならここの快適さをご存じですので、こうやってご家族と一緒に過ごされる方々も多いようです。それに、ほら、あそこで楽器を奏でている方々も」

 

楽器を奏でていると言った途端、後ろから弦楽器の音色が聞こえてきた。

………その音を聞いているだけで、スーッと心の中に入ってきて、あっという間に心を満たしてくれた。

音源の方を見てみると、そこはちょっとしたステージになっていて、3人の女の子が楽器の演奏をしていた。

1人は茶髪で2つの髪を左右に別けている背の低い子だ。

2人目はクリーム色のショートカットの髪の子で、同じように背が低い。

問題は3人目。

私は彼女から目を離せなかった。

最後の一人は、高身長ですらっとした女性だった。

水色の変な帽子を被っていて、多分グレーであろう。

3人とも水色をベースにした白の縦模様が入ったジャージを着ている。

彼女の演奏する弦楽器から、心温まる曲が流れ出てくる。

 

オルソラ・アクィナス

「ミカ様。先日の演奏、とても素晴らしかったのでございます」

ミカ

「ん?ああ、オルソラさんじゃないか。先日はありがとう、助かったよ」

岬 明乃

「知り合いの人ですか?」

オルソラ・アクィナス

「はい、こちらは先日、オルソラ教会にて演奏して下さった、ミカ様とアキ様、ミッコ様でございます」

アキ

「もう、だから様付けは止めて下さいよ。えと、継続高校から来ました、アキと言います」

ミッコ

「あたしはミッコって言うんだ!アキとミカと一緒に連んでるよ。よろしくぅ!」

ミカ

「先に言われてしまったね。まぁ、呼び方は好きにして貰っても構わないよ」

岬 明乃

「アキちゃんとミッコちゃん、ミカさんだね」

ミッコ

「うぅ、ちゃん付けされるのってあんまり慣れないな………」

オルソラ・アクィナス

「ところで、皆様はここへ何を?」

ミカ

「なに、単純な話しさ。風に流されて、ここまでやって来ただけさ」

 

ポロロン

手元にある弦楽器で返事をするかのように、音を奏でた。

なんだか、随分と変わった人だなぁ。

 

ミカ

「そうだ、これも何かの縁だ。君達と出会った記念に一曲、聞いていくかい?」

アキ

「!あっ、じゃあいつものあれを聞かせてよ!」

ミッコ

「お、いいね!久しぶりに聞きたい!」

オルソラ・アクィナス

「まぁ、あれでございますね!私もあの曲は好きでございます」

 

以前聞いたことがあるのだろう。

3人が挙ってあの曲と言い出した。

いったいどんな曲なんだろう?

 

青木 百々

「おぉ、聞いてみたいっす!しゅうちゃんも艦長も聞きたいっすよね!」

山下 秀子

「うん!是非とも!」

岬 明乃

「ふふ、私も聞いてみたいな。蘭ちゃんも動?」

磯崎 蘭

「私もだよミケちゃん!私も聞いてみたい!」

ミカ

「ふふふ。よし、それなら早速演奏しよう。アキ、ミッコ、言いかい?」

アキ、ミッコ

「「オッケー!」」

 

すると3人は持っていた楽器を持ち、それぞれの位置に付いた。

3人が互いにコクリと小さく頷くと、楽器が動き出す。

 

♪♪~

♪~~~

…………………

 

演奏が、始まった。

はじめは何ともない、ただの音色だったのに。

時間が経つのと共に、自分のテンションが上がる感覚が沸き起こってくる。

そしていつの間にか私はリズムを踏んでいた。

 

山下 秀子

「いえぇい!」

青木 百々

「カッコいいっすー!!」

磯崎 蘭

「ヒューヒュー!」

 

それは私だけでなく、この子達や他の人達も同様に曲にノリノリだった。

みんなが楽しそうにしていて、すっごく幸せ。

………そして演奏が終わると、大きな拍手喝采が沸き起こる!

私も大げさに拍手してしまった。

 

アキ

「演奏を聴いて下さり、ありがとうございました!」

 

楽器を床に下ろして、3人は頭を深く下げる。

また拍手喝采すると、満足したのか他に聞いていた人達は帰路についていった。

 

磯崎 蘭

「すっごく良い演奏でした!私、すごくテンション上がっちゃいました!」

オルソラ・アクィナス

「素晴らしい演奏でございました」

青木 百々

「いやぁ、良い曲っすね!何て曲ですか?」

ミッコ

「これはね、えと。あれ?なんだっけ?」

ミカ

「フィンランドの民謡歌だよ。サッキヤルヴェン・ポルカって、聞いたことないかい?」

山下 秀子

「うーん、初めて聞きますね。フィンランドの音楽だって今初めて知りましたし………」

 

私もあんまり音楽は聴いたことがないからなぁ。

でも良い曲だってのは分かった。

 

岬 明乃

「なんて言うかこう、魂が震えるみたいな」

ミカ

「ふふ、ありがとう」

 

はっ!いつの間にか口に出してしまってたらしい。

傍に居る蘭ちゃん達に笑われちゃった。

 

ミカ

「今日は演奏を聴いてくれてありがとう。君達のことは忘れないよ」

岬 明乃

「えっ?それってどう言う」

ミッコ

「ごめんよ。あたしら、この後ちょっと野暮用があるから、ここでお別れだよ」

山下 秀子

「あー、それならしょうがないね。でも演奏してくれてありがとう!また聞かせてくれる?」

アキ

「もちろん!連絡先を交換………と言いたいところだけど、私達って携帯とか持ってないんだった」

 

………しゅうちゃん、私達、またここへ来られるか分からないから、約束してもあまり意味ないけどね。

などと口に出して言えるはずもなく、私はただその様子を見守るしかなかった。

そしていつの間にか、3人組は楽器を持っていた。

 

オルソラ・アクィナス

「残念でございます。また機会があれば演奏して下さいませ」

ミカ

「うん、その時はまた頼らせて貰おうかな。それじゃあね」

 

そう言い残すと、3人は颯爽と消えていった。

まるで嵐が去った後のような静けさが、再び戻ってきた。

ちょっと寂しいような、そんな感じの空気が漂っている。

 

青木 百々

「なんか、色々と楽しそうな人達っすね」

山下 秀子

「うん。でも今のネタ、ももちゃんが求めてたのとは違うの?」

青木 百々

「………はっ!私としたことが、さっきの演奏がインパクトありすぎて、ついネタ探しを忘れてたっす!」

磯崎 蘭

「今のもネタにするんですか?」

青木 百々

「もちろんっす!あの人のキャラは、放浪の旅人っすね!」

岬 明乃

「そのまんまじゃない。でもどこかかっこよさを感じるよね」

オルソラ・アクィナス

「皆様、お楽しみのところ申し訳ございませんが、私もこれにて失礼させて頂きます。もしご縁があれば、オルソラ教会へと足をお運び下さいませ」

磯崎 蘭

「オルソラさんも、ありがとうございました!」

3人

「「「ありがとうございました!」」」

 

オルソラさんも超がつくほど丁寧に頭を下げると、歩いて行ってしまった。

残るのは、私達4人のみとなった――――

 

楽しかった時間は、あっという間に過ぎていった。

気が付いたら、辺りはすっかり暗くなっていた。

家へ帰る子供や家族の姿もまばらに見えた。

夏の風物詩であるセミの音も、今はなりを潜めている。

少しだけ、寂しさを覚えていた。

近くの自動販売機からジュースを2本買って、遠巻きにそう感じていた。

 

磯崎 蘭

「大体こんなところかな?私が今日まで観光してきたスポットは」

岬 明乃

「蘭ちゃん」

 

地図を見ながらうんうんと何度も頷く蘭ちゃんの背後へ忍び寄る。

今日一日、私達を案内してくれた苦労を労うために、お姉さんからご褒美あげちゃう。

ピトッ。

冷たいモノを背中に押しつけた。

 

磯崎 蘭

「ひゃあぁ!?」

岬 明乃

「ふふ、可愛い♪」

 

イタズラは成功した。

可愛らしい悲鳴を上げた蘭ちゃん。

ふふふと笑うと、蘭ちゃんがちょっと睨んできた。

 

磯崎 蘭

「もうっ、ミケちゃんったら………」

岬 明乃

「ふふっ、ジュース上げるから許して?」

磯崎 蘭

「まぁいいけど………あっ、もうこんな時間なんだ。楽しい時間が過ぎるのって、本当に早いんだなぁ」

岬 明乃

「ホントだ、もうこんな時間。蘭ちゃん、今日はありがとうね。結構楽しかったよ」

青木 百々

「そうっすねぇ。自分達の知らないものがたくさん見れて、インスピレーションがどんどん沸いてくるっすよ!」

山下 秀子

「もう、百々ちゃんったら。でも私も楽しかったな。戻ったら皆に話そうっと」

磯崎 蘭

「喜んで貰えて良かったです。連絡先も交換したし、これでいつでもまた会えるね!」

岬 明乃

「うん!そうだ、明日の事なんだけど、蘭ちゃん考えといてね?よかったら連れの人も呼んでもいいから!」

 

実は大河内さんを見送った後、くじ引きをしたんだけど、なんと1等賞を引き当てたのだ。

その景品が、明日に開催される宇宙エレベーターの式典に参加できるチケットだった。

1枚で何人でも参加できると書いてあったので、良かったら明日も一緒に観光(と言う名の情報収集)しようと持ちかけたのだ。

それをなぜか3枚も貰えたから、その1枚を蘭ちゃんに譲ろうと思った。

 

磯崎 蘭

「でも、いいの?当選したのって、ミケちゃんなんだよ?」

岬 明乃

「水くさいこと言わないの。もう私達、親友なんだから遠慮はいらないよ!」

 

この気持ちに、偽りなど全くなかった。

今日一日で、蘭ちゃんの事をたくさん知れた一日になったなと思う。

この子なら、ずっと親友で居たいって感じられた。

だから、誘ったんだ。

 

磯崎 蘭

「ミケちゃん、ありがとう!なら明日、一緒に行こうね!」

 

眩しいくらいの笑顔を見せてくれると、こっちまで嬉しくなる。

チケットを蘭ちゃんに渡すと、傍にある時計が付いてるオブジェクトに目を向けた。

時計の針は、もうすぐ6時前を指しそうだった。

 

岬 明乃

「約束だよ!あっ、もうそろそろ私達、帰らないと」

青木 百々

「そうっすね。皆との待ち合わせの時間に遅れちゃうっす」

山下 秀子

「じゃあね蘭ちゃん。また今度遊ぼうね!」

磯崎 蘭

「はい!」

岬 明乃

「それじゃ、ばいばい」

 

最後まで笑顔で見送ってくれる蘭ちゃんに名残を感じながら、私は最後まで手を振った。

彼女の姿が見えなくなったら、急に身体から力が抜けた。

あれ?もしかして緊張してた?

 

青木 百々

「艦長、お疲れ様っす!」

岬 明乃

「ももちゃんもしゅうちゃんもお疲れ様。どうだった?この町に来て」

山下 秀子

「なんだか楽しかったね!最初はどんな人達が暮らしてのかが不安だったけど、結構優しい人達ばかりだったから途中から怖がるのを忘れちゃった!」

 

2人とも、かなりウキウキになりながら答えてくれた。

よかった、変に怖がらなくて。

これも、蘭ちゃんやナカジマさん、大河内さん、ミカさん達のおかげだね!

………ふと、私は思ったことがある。

今日の内に出会った人達のことだ。

みんな優しすぎて、とっても魅力的で。

それぞれの持ち前がちゃんとあって、その才能を発揮する場面があって。

すごく輝いて見えた。

 

ナカジマさんは飛行機とか機械に強くて。

 

大河内さんや岩佐さんは、とてもキレイで可愛らしくて、優しくて。

 

ミカさん達は美しい音色を奏でられて、多くの人々を魅了させて。

 

オルソラさんは誰に対しても礼儀正しくて。

 

そして蘭ちゃんは………すごく面倒見が良く、不思議と人々に惹き付けていって。

 

気が付いたら、私はほとんど何も出来てないように見える。

いや、そう見えてしまう。

それぞれが誰かしらの役に立っていて、人を喜ばせたり感心させたりしている。

みんながみんな、私とは違うモノを持っている。

それは当たり前のことであり、それが個性と呼ばれている。

では私の個性とは、いったい?

 

山下 秀子

「?艦長、どうしたの?元気ないね」

岬 明乃

「!あ、ごめんね。ちょっと疲れちゃって」

青木 百々

「それなら早く晴風へ戻るっすよ。みんな帰りを待ってるっす!」

 

ももちゃんの一声で、晴風へと帰路につく。

そうだ、今はくよくよしたってしょうがない。

私は、みんなが待ってる晴風へ戻って、今置かれている状況について報告しなきゃいけない!

私は今やるべき事をやるしかないんだ!

意気込みを入れながら、私は晴風へと戻っていった。




今思ったんですが、結構この作品ってクロスオーバーするために他の作品から色々と持って来すぎてますね(白目
もうそろそろネタについて見直しておかないと………。


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第6話 報告会

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。

ついに、ついに艦これ夏イベントE-4クリアしたぞー!!!
艦これを初めて1年弱、初の大規模作戦に参加して目当てのフランス艦が来てくれました!
感激の極み!

さてさて、そんな近況報告など飛ばして、最新話をどうぞ!


[報告会]

2012年、7月18日、18;10;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 第6埠頭 廃棄造船ドッグ

 

この町で出会って初めて友達になった女の子、蘭ちゃん達と別れて、私達は帰路へ付いた。

と言っても、ここ異世界へやって来た私達が帰る場所なんて、決まっている。

今は隠居同然の生活を送るため、重要な拠点となる航洋艦、晴風へ戻ってきた。

外はやっぱりもう暗くなっていて、帰るときに不気味さを感じたけど、ドッグへ無事に到着し、晴風の船体を見たときは、ものすごく安堵していた。

 

野間 マチコ

「ん、艦長。お帰りなさい。危ない目に遭いませんでしたか?」

 

ドッグ内へ入ると、バケツを持った野間さんが出迎えてくれた。

釣り竿を持ってるから、お魚を釣りに行ってたのかな?

 

岬 明乃

「うん、大丈夫だよ。ももちゃんもしゅうちゃんも楽しかったよね!」

青木 百々

「はいっす!後でマッチも撮ってきた写真を見せるっすよ!」

山下 秀子

「いやいや、先にクラスの皆で今日の事を話そうよ。そうだ、鏑木さん達はもう戻ってる?」

野間 マチコ

「ああ、ついさっき戻ってきて、何やら大きな箱を持って帰ってきてたよ。何なのか聞いても、それは後で話すってさ」

 

かなり気になるけど、どうやら向こうも情報収集に成功したのかな?

そう言えば私達も結構な量の情報を持って帰ってきたから、それなりの荷物になっていた。

この姿を見たら、見事に旅行帰りの学生になっちゃうよ。

わ、私達は決して遊んでたわけじゃないからっ。

 

岬 明乃

「と、とりあえず情報共有のために一度、クラスの皆で集まろう。艦橋組はいる?」

野間 マチコ

「艦橋にいましたよ。なら私達で他のクラスメイトを呼んできますので、艦長は艦橋組に連絡をお願いします」

岬 明乃

「分かった、後はよろしくね」

 

そう言い残して、私は晴風へと乗船する。

階段を上って、艦橋へ真っ直ぐ向かった。

艦橋に入ると、すぐにいつものメンバーがいた。

 

岬 明乃

「みんな、ただいま!」

宗谷 ましろ

「艦長!もう、遅いから心配しましたよ」

 

シロちゃんが最初に出迎えてくれた。

私の姿を見て安心したのか、胸にそっと触れて撫で下ろしていた。

確かに、集合時間までは10分近く送れていた。

き、気を付けないと。

 

西崎 芽依

「そんで艦長、町の様子はどうだった?変な連中に絡まれたりしなかった?」

 

珍しくめいちゃんが不安げな表情で私を見上げていた。

えと、それってどう言う意味だろう?

確かに異世界へやって来たことに対して色々と不安はあったりしたけど………。

 

岬 明乃

「えっ?特に何もなかったよ?それで、これからこの世界の情勢について皆と情報共有しておきたいんだけど、教室に集まって貰えるかな?」

納紗 幸子

「分かりました。皆さんには伝えときます。あっ、もしかして私達艦橋組も全員ですか?」

岬 明乃

「そうだね………いや、でも見張り員は何人か残そう。全ての照明も落としてね。外から見られて通報されると色々と大変だから」

納紗 幸子

「はい」

 

見張り員は後で情報交換するとして、私はさっさと分担を決めた。

………教室に集まった皆に、私達の情報共有が始まった。

クラスの半分が興味津々、もう半分が少し怯えているように見えた。

最初は何とかみんなを宥めてから、先に私達の班から発表を済ませる。

ナカジマさんから貰った資料をスクリーンに投影しながら、みんなに分かりやすく説明した。

正直に言って、かなり説明しづらかった。

だって、この世界にしかない航空機の詳細を説明しろだなんて、すぐに出来ないよ。

でもそれでもみんなは納得というか、理解はしてくれたようだ。

(ただし留奈ちゃんや麗緒ちゃんは除外)。

 

………今日1日で出会った蘭ちゃん達の事は、一応みんなには伏せておいた。

なんだかみんな、かなり外の世界に対して不安を抱いてるみたいだし。

とっても優しい人達なんだけど、やっぱり艦長として皆を不安にさせたくなかったのだ。

みんなごめんね、いずれ紹介するから。

 

岬 明乃

「………以上が、私達3人の班が調べられた情報です。それじゃあ次は、美波さん達の班に移ろうかな」

 

ちらりと目配りすると、美波さん達は頷いて、教壇に立った。

発表した内容は、まぁ、おおざっぱで言うならば航空技術の発展経緯、この世界の歴史と、この町にある特有の物体についてだ。

彼女の言っていた、宇宙エレベーター。

あれについてはほとんど説明できなかった。

 

鏑木 美波

「艦長達は随分とまた、興味深い情報をくれたな。では、私達も期待に応えねばな。私達の班の調査報告を行う。と言っても内容は艦長達とほとんど同じだ。申し訳ない………」

 

………よくよく考えたら、お互いに飛行機についての情報を集めようと結論を出していたので、内容が被るのは当たり前だった。

そうなるなら、別の情報を探す方が良かったのかも知れない。

でもどの道、この情報は集める必要があったから、結果オーライだね。

気を取り直して、美波さん達の話しを聞いた。

そこからの話しは、私達とほとんど同じ内容だった。

航空機。

この世界の交通手段として、世界中に飛び回っているそれは、目的地へ到着する早さにおいて私達が使っている船舶の比ではなかった。

数値を使って、実際に説明されたときは、思わず我が身を疑ったものだ。

と言っても、ナカジマさんから説明されたら、あまり驚きもしなくなってしまった。

でも私達と同じ発表内容なら、期待に応えるって言うのはなんだろう?

 

鏑木 美波

「そしてこれが、調査先で知り合ったある人物から入手したものだ」

 

美波さんの視線にあるそれは、掌にちょうど収まるくらいの小物があった。

4つの羽の中央に、小さい正方形が付いていた。

 

鏑木 美波

「この世界ではドローンと呼ばれている。四方に小型プロペラと言う機構を利用し、空中の姿勢制御をこのコントローラーを使って、操作する。操作については小笠原さんにお願いする」

小笠原 光

「オッケー。任せてよ!」

 

美波さんに変わってヒカリちゃんが教壇へ立って出た。

コホン、と咳払いしてからゆっくりと口を開いた。

 

小笠原 光

「口で説明するのも何だし、簡単に操作してみたいと思います………よっと」

 

コントローラーを持って、スティックを倒すと、ドローンは宙に飛び出した。

クラスからおぉ、と驚愕の声がよく聞こえる。

教室の中央辺りまで飛ぶと、底辺にあるアームの様なもので、近くの席に座っていたミカンちゃんの席にあめ玉を置いていった。

 

伊勢 桜良

「わ、降りてきた」

伊良子 美甘

「わぁ!ありがとう!」

小笠原 光

「ふっふっふ、このように操作さえ慣れればこんな芸当も出来るのです。どうやらこの世界ではこのおもちゃが普及するくらいには、航空機は身近な存在にあるみたい」

 

私達の世界だと、ブルーマーメイドが救助活動で度々使われている無人機を思い出した。

だけどあれは通常の救助活動ではまず使われないため、どのみちこっちの世界じゃ身近な存在であるというのは実感できた。

コントローラーを教壇に置いて、一息ついた。

どうやら発表は終わりらしい。

にしても、美波さん達のグループ発表も………。

 

宗谷 ましろ

「でも、これでハッキリしましたね。私達は、信じられないことに異世界へと飛ばされてしまったようです。まったく、私達は夢でも見ているんでしょうか?」

岬 明乃

「もしこれが夢だとしても、私達は現にここに居る。暑さや涼しさだって感じたし、こうやってみんなとお話もしてる。これは現実なんだよ、シロちゃん」

宗谷 ましろ

「まさか艦長に看破されてしまうとは………ま、ともかく私達の当面の目標は、この世界に順応していく。そして元の世界へ戻る方法を探すことですね」

岬 明乃

「うん。みんなもそれでいいかな?」

晴風クラス

「「「「はーい」」」」

岬 明乃

「それで、次の議題なんだけど、船の様子はどうだった?」

納紗 幸子

「はい、そちらに関してなんですけど」

 

ここちゃんがタブレットを操作して、船の状況について説明する。

結論から言うと、以下の状態である事が判明。

通信:問題なし

機関:高圧缶の不調により、要修理

武装(兵装):10cm高射砲の回転不備、魚雷発射管旋回不可、要修理

燃料:50%ほどの残量

食料:2日分あり。要補給

 

状態についてはこんな感じだった。

そうなると、優先的に行うべき項目は………。

 

宗谷 ましろ

「高圧缶、武装の修理を優先するべきでしょう。いざという時に船を動かせなかったら、笑い話にもなりません」

岬 明乃

「そうだね。機関科と砲雷科で修理をお願い。部品が足りなかったら、私達で買いに行くから」

柳原 麻侖

「そいつはありがてぇ。なんせ部品がなきゃ、修理なんて出来ねぇしな。でも部品扱ってる店を調べたら、良い店があったから、ヒメちゃん達で買い出し行くからいいってよ」

和住 媛萌

「そうそう!ももが居なかったときに色々とネットで調べたんだ。そしたら町の外れにある工場で扱ってたから、明日行ってくるね」

宗谷 ましろ

「いや待て、そこはさっき行ったら危険だと言ったばかりだろう。私は反対だ」

岬 明乃

「えっ、なになに?どうしたの?」

等松 美海

「あー、そっか。艦長達にはまだ伝えてませんでしたね。実は私達、待ってる間にこの町について調べてみたんです。そしたら、この町には――――」

 

晴風に残っていたみんなが言うには、この町は、

①数年前から急激に成長した町で、科学の総本山”学園都市”と呼ばれる姉妹都市として誕生した。

②しかしそれを快く思わない地元住民による反対運動があり、賛成派と意見が対立していた。

③賛成派が多数占めている居住区には開発のメスが入れられたが、反対派の居住区は未だに開発特区に任命されておらず、住民同士のいざこざが絶えない。よって町の見栄えが全く異なる。

 

岬 明乃

「それじゃあ、マロンちゃん達が必要な部品ってのは、その反対派の人達が多く住んでる工場でないと入手が出来ないと?」

和住 媛萌

「そうなの。それで私が明日、買いに行くって言っても、副長は危ないから別の手段で入手しろって」

宗谷 ましろ

「当たり前だ。乗組員の安全を守るのも私の使命だ。そう簡単にそんな危ない場所へ行かせられないからな」

柳原 麻侖

「でもよ、そうなっとあの頑固な高圧缶の機嫌が斜めのままだぜ。船が動かせねぇってのは、今とは変わらんぜい」

黒木 洋美

「なに言ってるのマロン!宗谷さんが危険だって言ってるのにっ!」

伊勢 桜良

「でもさ、その部品ってそこでしか扱ってないのよ?別のお店じゃ扱ってなかったし」

 

………ど、どうしよう。

船を動かせないのは困るし、かといって部品欲しさにみんなを危険な目に遭わせたくないっ。

私はこのどちらかの選択を強いられていた。

リスクを冒してまで部品を手に入れるか、安寧の中でただじっと耐えるのみか。

――――いや、もっと他に最善の手はないのだろうか?

リスクを背負わずに、かつ部品を安全に入手できる方法。

そしてふと、私は携帯を取り出した。

 

岬 明乃

「そうだ、ナカジマさんがいるじゃない」

宗谷 ましろ

「はぁ?誰ですか?ナカジマって」

岬 明乃

「外に出てたときに知り合った人だよ。あの人、確か機械にはすごく強いはずだから、ナカジマさんに事情を話して頼めば用意してくれるかも!」

宗谷 ましろ

「なっ、何を言ってるんですか艦長!我々の存在は隠し通すんじゃなかったんですか!?」

黒木 洋美

「そうよ!相手が何者か分からないのに、危険だわ!それに、私達のことを話しても信用なんて」

岬 明乃

「大丈夫、全部話すわけじゃないよ。知り合いの子が困ってるから少し手を貸して欲しいって言うから」

黒木 洋美

「っ、ね、ねぇ山下さん、青木さん。あなた達はどう思ってるの?そのナカジマって人。信用できる?」

山下 秀子

「うーん、とってもいい人だったよ?飛行機の説明してくれたとき、すっごく分かりやすかったし。ね?」

青木 百々

「面倒見のいい人だったっす!私は彼女のこと、信じてもいいと思うっすよ?」

黒木 洋美

「ぐっ」

岬 明乃

「シロちゃん、お願い!こっちの事情は伏せて話すから!」

宗谷 ましろ

「………話すのは別に構いません」

黒木 洋美

「ちょっ、宗谷さん!?」

宗谷 ましろ

「ですが、彼女が本当にこちらが必要な部品を揃えられる保証はあるんでしょうね?ただこちらの情報を開示して部品なんて用意できませんでしたじゃ、無駄足ですからね」

岬 明乃

「なら最初は、このリストの部品を用意できるかって聞いて、それで向こうがこっちの事情を求められたら説明でいいんじゃないかな?そうすれば下手にこっちの事情を明かさなくて済むし。それで部品がなかったら、別の方法で探せばいいよ………どうかな?」

 

うん、これが一番理想的。

今の私が出せた、精一杯の回答。

 

宗谷 ましろ

「………………分かりました。あなた自身を信じる私が信じましょう。では連絡を」

岬 明乃

「!!ありがとうシロちゃん!ヒメちゃん、そのリスト貸して!」

和住 媛萌

「は、はい」

黒木 洋美

「………」

 

クロちゃんはまだ納得してないようだったけど、渋々理解してくれたようだ。

クロちゃんだって、もともとは仲間を危険な目に遭うかもしれない状況を良しとしないから。

ヒメちゃんからリストを受け取ると、携帯電話の登録者からナカジマさんの名前を出す。

通話ボタンをプッシュすると、コール音がする。

するとすぐに電話の相手が出てくれた。

念のために誰にでも聞こえるように操作する。

 

ナカジマ

『もしもし、ナカジマです』

岬 明乃

「こんばんわ!岬です。博物館で、散々お世話になりました」

ナカジマ

『岬さん!?こんばんわ!なになに?どうしたの?こんな夜に』

 

今までの敬語から砕けたフランクになったので、少しは驚いたけど嬉しくも感じた。

これが彼女の素なのだろう。

こっちの方が親近感が持てていいと感じた。

 

岬 明乃

「はい、実は折り入って頼みたいことがありまして………お時間は大丈夫ですか?」

ナカジマ

『う、うん、大丈夫だよ』

 

焦ったような成分が含まれていることに気付く。

シロちゃんと一瞬だけ目を合わせるけど、すぐに携帯へ戻る。

 

岬 明乃

「あの、別に無理して聞いて頂かなくても」

ナカジマ

『大丈夫大丈夫!きっと何とかなるさ!それで、どうしたの?」

 

”きっと何とかなるさ!”

この言葉が気になったけど、本人が話したがらない以上、無理には聞けない。

私は本題を切り出した。

 

岬 明乃

「ナカジマさんに相談したいことがあるんです」

ナカジマ

『相談?今日出会ったばかりの私に?』

岬 明乃

「はい。ナカジマさんって機械の扱いが得意ですよね?そのことでの相談です」

ナカジマ

『ほうほう、これはお目が高い。それで、どのような品をご所望で?』

岬 明乃

「ええと、必要な部品がですね――――」

 

私は辛うじて専門用語が混じったリストの部品を読み上げた。

部品名と寸法、材質、etc………。

ナカジマさんはうんうんと相槌を打ちながら、聞いてくれた。

内心、嬉しく感じつつも、話しを続ける。

 

岬 明乃

「――――以上です。ナカジマさんの方で用意できますか?」

ナカジマ

『ふっふっふ、このナカジマを舐められちゃ困るよ。いいよ、用意するよ。でも今夜は徹夜でやらなきゃいけない事があるから、明日でも良い?』

 

先程までの元気のなさが嘘のようだった。

やっぱり自分が好きなモノの話になると、元気になれるんだね。

あれ?でもちょっと待って。

 

岬 明乃

「徹夜でやらなきゃいけない用事があるなら、無理にしなくても」

ナカジマ

『いいのいいの!好きな機械いじりが出来るんだから!」

岬 明乃

「わぁ、ありがとうございます!」

 

電話の前に居た他の子達も表情を明るくさせた。

シロちゃんとクロちゃんも穏やかになった。

 

ナカジマ

『部品が用意できたら、こっちから連絡するよ。それでいい?』

岬 明乃

「はい!お願いします!」

 

やった!

これで船の修理が出来る!

そう嬉しくて、同時に自分の最善の手が正解なんだって感じた時だった。

 

ナカジマ

『ところでさ、この部品を何に使うの?』

岬 明乃

「………えっ」

ナカジマ

『だってさ、これって自動車に使われる代物だよ。その中の一部は船舶のエンジンに使われる事もある。だからこれは何に使うのかなーって疑問を感じただけ』

岬 明乃

「あっ、えと」

 

突然に聞かれたので、すぐに口は動かない。

でも、当然の疑問だろう。

こんな夜に、今日知り合ったばかりの私から、機械の部品を用意して欲しいと頼まれたなら。

当たり前だろう。

逆の立場なら、問い詰める。

 

ナカジマ

『………なーんってね♪』

岬 明乃

「えっ?」

ナカジマ

『ワケありなんでしょ?それも、かなり切羽詰まった状態の』

岬 明乃

「!!」

ナカジマ

『分かりますよ。夜に今日出会ったばかりの私に、こんな頼み事するなんて、普通はしないでしょ?』

岬 明乃

「でも、良いんですか?私を信じて」

ナカジマ

『問題ナッシーんぐ。私が信じてるんだから良いでしょ?それに、好きな機械を扱える人に、悪い人なんていないから』

岬 明乃

「………!!」

ナカジマ

『まっ、そんな訳だから少し時間を下さいな。最高のモノを用意するからさ!!』

岬 明乃

「はい!!」

 

ピッ

通話を切ると、緊張の糸が一気に切れた。

始終見守っていたみんなも、それぞれ口々に語り始める。

………かなり、嬉しかった。

訳があって事情を説明できない私達にも、力を貸してくれる、彼女の厚意に。

 

宗谷 ましろ

「艦長」

岬 明乃

「あっ、シロちゃん」

宗谷 ましろ

「全くもう、あなたって人は。この町に来て、もう信用できる人を作るなんて、心配して損しました」

岬 明乃

「あはは、私もすごく嬉しかった。今日会ったばかりの私に、力を貸してくれるなんて、さ」

宗谷 ましろ

「でもこれで、船の修理が出来ます。艦長のおかげですよ、ありがとう」

岬 明乃

「えへへっ、シロちゃん………」

 

………今後の方針が決まったそんな中、一つ手が上がった。

機関科の駿河留奈(するがるな)ちゃんだった。

 

駿河 留奈

「はいはーい!質問なんですけどっ、明日からは具体的にはどうするの?この世界に慣れるなら、やっぱり外へ行きたいんだけど!!」

広田 空

「始まったよ。ルナってば昼間っからずっとそればっかり言ってるよ」

駿河 留奈

「だってだって!外の世界も知っておきたいんだもん!ならお出かけするのが一番でしょ!」

伊勢 桜良

「そうね、でも外も危険があると思うし………」

駿河 留奈

「なに言ってるの!せっかく異世界へやって来たんだし、スリルを味わわないともったいないよ!」

和住 媛萌

「そうだねー、せっかくだしこっちの世界じゃどんな電動工具売ってるか、見てみたいし」

杵崎 ほまれ

「食材とかも仕入れないといけないし、お外へ出ても良いよね?」

杵崎 あかね

「出掛けるのにさんせーい!美甘ちゃんも一緒に行こうよ!」

伊良子 美甘

「うん!」

 

それぞれが期待と不安を胸に抱きながら、談笑し始める。

確かに、ずっと晴風で過ごすよりも、外へお出かけする方が良いのかもしれない。

余計なストレスも抱え込まずに済むし。

あっ、でも一斉にお出かけするのはまずいから、ここは役割分担を決めて………。

 

岬 明乃

「なら、明日以降の行動を言います。皆さんは、それぞれ自由に過ごして貰っても構いませんが、さすがに全員で一斉に外へ出るわけにはいきません。なので、当番制にするのはどうかな?」

宗谷 ましろ

「なら私は晴風に残ってますよ。他の皆はクジで決めるのはどうですか?」

岬 明乃

「えー、クジは賛成だけど、シロちゃんが留守番なのは反対だよ。だって今日も晴風に残ってたじゃん」

宗谷 ましろ

「いや、そうですけどっ」

岬 明乃

「シロちゃんも少しは外へ出てっても問題ないよ。たまには、さ。休息も必要だよ。副長」

宗谷 ましろ

「!!しかし、それでは晴風が」

西崎 芽依

「はいはーい!だったら私がここに残ってるよっ。明日はちょーっと晴風に居たい気分だから」

宗谷 ましろ

「?何か大事な用事でもあるのか?」

西崎 芽依

「まぁそんなところ。ちょっと殺したい子――――じゃなかった、ボコボコにしたい子ができてねー」

 

いやいや全く直ってないよ!?

ニッコリと笑ってるけど、ちょっと怖いよ!?

 

宗谷 ましろ

「是正されていない!?いや、それよりも殺すってなに!?」

若狭 麗緒

「もー、水雷長ったら、そんな言い方したら勘違いしちゃうって。副長、彼女が言ってるのは昼間ここでネット麻雀を私達と一緒にプレイしていて、ボロ負けしちゃったんだよ。こっちが同情するくらいに」

 

そう言えばさっきの情報共有の中で、船の状況について報告する時間があったっけ。

ネットが使えるって、やっぱり色々と楽なんだろうなぁ。

 

西崎 芽依

「あっ、ちょっとレオちゃん!」

若狭 麗緒

「その相手が強くて、メイちゃんの魂に火が灯ったみたいで………」

岬 明乃

「そ、そうなんだ………ネット麻雀って、そんなに流行ってるんだ」

若狭 麗緒

「らしいよ。私も何度かメイちゃんをボコボコにした相手と戦ったんだけど、手も足も出なくてさ。確か、ハンドルネームが”のどっち”だったっけ?」

西崎 芽依

「そうそう。ふざけた名前してる割には強いってね」

宗谷 ましろ

「ネットをするにも程々にしておけよ?プレイしすぎると視力低下に繋がるからな」

岬 明乃

「ふふっ。それじゃあ、明日帰ってきたら結果見せてよ」

西崎 芽依

「オッケー!よっしゃーっ、待ってろよのどっち!この手でてめぇをぶっ殺してやー!」

宗谷 ましろ

「物騒な単語を言うな!!」

若狭 麗緒

「なら私らは、リアル麻雀でも楽しんできますか」

岬 明乃

「えっ?もしかして雀荘に行くの?」

若狭 麗緒

「違う違う。ももちゃんが貰ってきてくれたこのチラシに、麻雀大会を開くってあるから、それに参加してくるだけ」

岬 明乃

「くれぐれも気を付けてね?変な人に着いていったりしたらダメだよ?」

若狭 麗緒

「もう、子供じゃないんだから、心配いらないって。あっ、でも可愛い女の子がいたらナンパしてみよっと」

 

ウキウキしながら鼻歌を歌って、機関科のチームへ戻っていった。

………みんながそれぞれ外出するための計画や当番を決めている。

誰もが楽しそうにしていて、最初の頃に比べると、大分緊張感がなくなったようだ。

 

私は少し、この町についてもっと情報が欲しいと感じていた。

やっぱりいざという時に動けるようにしておきたいからだ。

 

宗谷 ましろ

「では今日のところはこれでお開きとする!当直の者以外は、部屋へ戻って休んでくれ」

 

そんなシロちゃんの言葉を裏に、私は教室から一言残してから出ていった。

 




えっ?
E-4じゃ全クリじゃない?いえいえ、E-7までは資材と時間が足りなかったから出来なかったんですよ………(白目

まぁ新戦力を加えての出撃も悪くありませんでした。
では感想をどうぞ。


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第7話 2日目

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者であります。
久しぶりの投稿ですね(笑

UA1000突破となりました!
読んで頂いた皆様、ありがとうございます!
そして登録して頂いた皆様もありがとうございます!
さて、今回から2日目となります。
2日目早々で申し訳ないのですが、正直に言って宇宙エレベーター内の構想については完全に私の解釈が入っております。
工学関連で詳しい方からツッコミを入れられましても、対処できない可能性が非常に大きいです。
どうかご了承下さいませ。

それではどうぞ。



[2日目]

2012年、7月19日、8;00;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 港町

 

岬 明乃

「わぁぁ!?」

 

部屋の一室に一人の叫び声が炸裂する。

ベッドから飛び起きたら、私の長い一日が始まる。

なんだか嫌な夢を見ていたような気がするけど、気のせいだよね?

額には汗がびっしょり掻いていて、ベッドに垂れている。

 

岬 明乃

「はぁ、はぁ、はぁ。な、なんだったんだろ?すごく怖い夢………でも、思い出せないって事は、別に大した内容じゃないよね?」

 

一息ついていると、立ち上がって着替え始める。

目覚ましも止めて思いっきり背伸びをすると、昨日の夜を思い出す。

部屋へ戻った私は、この町について色々調べた。

昨日蘭ちゃんが教えてくれた博物館やモール、公園などの配置。

他にも外部との交通網や、最近発生した事件なども調べた。

そしてこの町と同盟を結んだ”学園都市”についても、簡単にだけど調べた。

………でもこの場で説明するのは長くなるから、省略します。

すみません、やっぱり一言だけ言わせてっ。

あんなのありですか?

なんなのさ、超能力者開発って………。

まぁこれ以上言ったら切りがないので、この辺にさせて頂きます。

夜遅くまで調べ物をしていたせいで、少しだけ眠かったけど、楽しみで眠気が吹っ飛んでしまった。

 

今日は昨日知り合った子と、一緒にある場所へと見物する。

とても楽しみで仕方なかった。

 

さっさと着替えて、身支度を済ませる。

通路の途中で数人の生徒に挨拶すると、食堂に向かう。

青木 百々

「あっ、艦長。おはようございます!」

等松 美海

「おはようございます」

松永 理都子

「おはよ~ございま~す。お早いですねぇ」

岬 明乃

「おはようみんな。みんなは今日はどうするか決めたの?」

青木 百々

「私は昨日の足で拾った情報を元に、今度のコミケの作品作りをするっす!いやぁ、昨日からインスピレーションが沸きまくって、今用紙を買いに来てたんすよ」

松永 理都子

「その付き添いです~」

等松 美海

「んで、私は売店の担当をしてました。艦長はどうしますか?出掛ける前にスポーツドリンクは如何です?」

岬 明乃

「うーん、いや、いいかな。今から食堂に行ってくるから」

等松 美海

「ありゃ、そりゃ残念。またのご利用お待ちしておりまーす」

 

こんなやり取りをして、食堂へ入る。

テーブルで待っていると、料理が運ばれてきた。

 

杵崎 ほまれ

「?艦長、すごく機嫌良さそうだね。何かあるの?」

岬 明乃

「うん。今日もちょっと外へ出掛けるからね」

杵崎 あかね

「いいなぁ、私は今日もお留守番だよぉ~」

杵崎 ほまれ

「なに言ってるの。その分明日は外出できるでしょ」

杵崎 あかね

「それでもだよ!ねぇ艦長、お土産なんか買ってきて!」

岬 明乃

「えっ?あ、うん。いいよ。なにが良いの?食材?飾り?」

杵崎 あかね

「食材は明日私達が買いに行くから、艦長はなにか記念に買ってきて!」

杵崎 ほまれ

「ちょっと、それじゃあ艦長が困るでしょ。ねぇ艦長、あまりこの子の言うことを真に受けなくて良いからね?」

岬 明乃

「あはは………でも分かったよ、2人が気に入りそうなモノを買ってくるね!ごちそう様!」

 

両手を合わせて食器類を流しに入れる。

食堂を出て、通路を飛び出し、いざ外の世界へ!

ワクワクする衝動を抑えきれず、思わず飛び出してしまった。

 

宗谷 ましろ

「あっ、艦長。待ちましたよ、支度にどれだけ時間が掛かってるんですか?」

万里小路 楓

「まぁまぁ。時間もまだありますし、慌てずに参りましょう」

 

晴風から降りた場所に、シロちゃんと万里小路さんが待っていた。

実は昨日の報告会の後、今日一緒に出掛ける約束をしていた私は、待ち合わせ時間と場所を決めていた。

場所は晴風船体の前なのは良かったんだけど、時間がちょっと遅れてしまったみたいだ。

時計の針は30分を回ったところだった。

 

岬 明乃

「ごめんね!ちょっとワクワクしちゃってて」

宗谷 ましろ

「はぁ、行きますよ。待ち合わせにはまだ時間があるとは言え、遅れたらまずい。急ぎましょう」

岬 明乃

「うん!」

 

ウキウキ気分は最高潮に達していた。

その証拠に、どうやって廃工場から出て、今こうして公道に出ているのか思い出せない。

 

宗谷 ましろ

「ところで艦長。チケットは持っていますか?あれがないと入れないんですよね?」

岬 明乃

「ちゃんとあるよ。もう、そんなに心配しなくてもちゃんと入れるからさ」

宗谷 ましろ

「なっ、ち、違いますよ!そ、そうですっ、私は異世界の未知の技術がこの身で体感できるかどうかの心配をしてたんですよ!そこは勘違いしないように!」

万里小路 楓

「ふふふ、なんだかワクワクしてしまいますね。どのような物語が私達を待ち受けているのでしょうか」

 

慌ただしく否定するシロちゃんと、優雅な姿勢で空を見上げる万里小路さんのマイペースさに、思わずクスリと笑ってしまう。

ちょっと気掛かりでもあったんだ。

無理矢理誘うようにしちゃったから、嫌じゃないかって不安だった。

でもあながち満更でもなかったようだから、今日も良い思い出が出来そうだった。

 

宗谷 ましろ

「それで艦長」

岬 明乃

「もう、外に出ているときくらいは名前で呼んでよ。蘭ちゃん達に怪しまれちゃうよ?艦長なんて呼んだら」

宗谷 ましろ

「………岬さん。待ち合わせ場所は、中央ターミナルの大きな時計の前で合っていますか?」

 

相変わらず名字で呼んでいるのが気になるけど、まぁいいっか。

そのうち名前で呼んでくれるように待ってるよ。

 

岬 明乃

「うん。そこで9時の待ち合わせで、その待ち合わせ場所が今日のツアー開始地点なんだって」

宗谷 ましろ

「………それにしても、まさか私達が異世界へやって来たなんて、あまり実感沸かないですね」

万里小路 楓

「ですが、これも何かの力が動いているように感じられます。岬さんはこれをどうお考えでしょうか?」

岬 明乃

「うーん、正直に言ってまだ結論が出せないね。映画や小説とかなら聞いたことあるんだけど、主人公達って大体は元の世界へ帰れずに、その世界に平穏に暮らすパターンがほとんどなんだよねぇ」

宗谷 ましろ

「ちょ、艦長!不吉なこと言わないで下さい!もしそうなったらどうするんですか!!」

岬 明乃

「ごめんごめん!不安になるようなこと言って。ただ、これはフィクションに過ぎないから、そこまで深刻に受け止めないで」

宗谷 ましろ

「全くもう」

 

………ああは言ったけど、実のところ私にも不安があった。

私は、元の世界へ帰れる活路を見出せるのか。

本当に元の世界へ戻れるのか。

私自身、この異世界へ来たのは何かしらの理由があると考えている。

ただの偶然でも考えられる。

だけど今は、答えなんて出せなかった。

 

――――そんなこんなで、私達は集合場所へ到着していた。

ここへは初めて来る場所だった。

大勢の人々が行き交い、めまぐるしい速度で、まるで荒波のように動き回っていた。

外部を繋ぐ唯一の鉄道網、それがここ、中央ターミナルであった。

正規ルートであるこの鉄道を使わない限り、外部の人間はこの町へは入って来れない。

町の周囲には巨大な壁によって阻まれており、簡単には進入できない。

これは不法入国やテロリストを簡単に中へ入らせないための措置だそうだ。

昨日ざっくり調べたところ、ここは鉄道だけでなく空港や地下鉄も兼ねている大型公共施設だった。

昨日寄ったモールほどではないが、ちょっとしたデパートやホテルなども完備されている。

 

万里小路 楓

「わぁ、随分と大きい建物でございますね。人もたくさん………」

宗谷 ましろ

「それにしても、すごい施設の規模と充実性が高いですね。うちの海上都市と同じくらいの規模だ」

岬 明乃

「こっちの世界だと日本の土地は水没してないから、海上都市の技術がそのまま地上で使われてるんだね」

宗谷 ましろ

「地震大国日本に、こんな巨大な構造物ばかり建てて、耐震強度は問題ないんでしょうか?やはりそこは気になりますね」

岬 明乃

「うーん、やっぱり自然現象には逆らえないね。どう向き合うかが問題だけど………」

 

などと話している内に、後ろから声が掛かってきた。

昨日の内にたくさん聞いた、私の好きな声。

 

磯崎 蘭

「なになに?何の話をしていたの?」

 

可愛らしい女の子の声。

振り返ってみると、白いワンピースを着た蘭ちゃんがちょうど歩いてくるところだった。

 

岬 明乃

「ふふ、蘭ちゃんが可愛いって話をしてたんだよ。ね?シロちゃん?」

宗谷 ましろ

「えっ?そうだったんですか?でも確かに可愛いな………」

磯崎 蘭

「ありがとうございます!そっか、可愛いか。えへへ」

??????

「蘭、あんまり調子に乗ったらダメよ?蘭より可愛いこの名波翠(なはみどり)は如何ですか?」

万里小路 楓

「まぁ、お二方とも、とても可愛らしいですわ。まるでおとぎ話から出てきたかのよう」

??????

「良かったな、2人とも」

宗谷 ましろ

「2人ともとても可愛らしいよ。服装もよく似合ってるし。それで艦長、彼女が?」

岬 明乃

「そうだよ。昨日私達を案内してくれた、磯崎蘭ちゃん!」

磯崎 蘭

「初めましてっ、磯崎蘭です!昨日はお世話になりました!それでこっちが」

磯崎 凛

「兄の磯崎凛(いそざきりん)です。話しは蘭から聞いているよ、昨日蘭が世話になったようだね。ありがとう」

 

後ろに控えていた大柄な男性、磯崎凜さんが前へ出てきた。

凜さん………うちの知床鈴ちゃんと同じ名前だなぁ。

でも男の人だし、言ったら怒られそうだ。

それにしても、すごく強そうである。

アロハシャツの上から筋力がものすごく目立っていて、相当鍛えられている。

おっと、そうだ、呑気に観察してる場合じゃなかった。

 

岬 明乃

「こちらこそ楽しませて頂きました!ところで、蘭ちゃんの後ろに居るのって」

??????

「あっ、すみません。綾瀬留衣(あやせるい)と言います。蘭の」

名波 翠

「彼氏です」

岬 明乃

「へぇ、彼氏さんね………ん?」

磯崎 蘭

「ちょっ、翠!!」

 

あまり聞き慣れない単語で思わずスルーするところだったけど、彼氏?

最近の女の子は男の子と付き合うのが早いね。

羨ましいなぁ、誰かと付き合っているのって。

………私も将来、男の子と付き合って、幸せな家庭を築きたいなぁ、えへへへ。

 

名波 翠

「そう思いますよね?」

磯崎 蘭

「ちょ、ミケちゃん違うからね!留衣とは、その、まだ恋人になったわけじゃ………」

万里小路 楓

「ですが、とてもお似合いです。町中で見かけたら、大半の方々が羨望の眼差しを向けられるかと」

綾瀬 留衣

「っ………」

磯崎 蘭

「え、えへへ。お似合いですか、そうですか………」

 

万里小路さんに微笑まれると、蘭ちゃんと留衣君は顔を赤くして互いに明後日の方を向く。

うん、なんだか若くて良いなぁ。

私も充分に若いけど。

 

万里小路 楓

「申し遅れました。私は岬さんと同じクラスメイトの万里小路楓と申します。以後お見知りおきを」

宗谷 ましろ

「副長の宗谷ましろだ、よろしく」

磯崎 凛

「ん?副長?船舶階級の?」

宗谷 ましろ

「えっ、あ、いや!」

 

ちょ、シロちゃん!

役職はなしだって言ったじゃない!

やばい、シロちゃんがかなーり慌てだした。

昨日充分に慌てたからか、私はさほど慌てたりはせずに、一呼吸置く。

 

岬 明乃

「クラスの副委員長の宗谷ましろさんです。今は多くの初対面の人を見て、慌てて副委員長を副長って呼んじゃったんです。ね?シロちゃん」

宗谷 ましろ

「そ、そうなんです!いやはやお恥ずかしい、あはは………」

磯崎 凛

「ああ、そういう事ね」

磯崎 蘭

「もう、お兄ちゃんったら」

 

一同があははははと笑って、どうにか誤魔化せることに成功し、ホッとした。

 

磯崎 凛

「もうそろそろ移動するか?列に並ばないと、後で込むからなぁ」

名波 翠

「さすが凜さん!お供しますわ!」

 

ものすごくウキウキになっている翠ちゃんは、凜さんの隣に付いていった。

私達もそれに続いて集合場所へと向かう。

お淑やかなのか、テンションが高いのか分からない子だった。

 

磯崎 蘭

「ミケちゃんもそう思うよね?普通の人だったら、翠が猫被ってるだなんて、思わないよ」

綾瀬 留衣

「蘭、それは言い過ぎだよ」

岬 明乃

「あ、あははは………ところでさ、私は2人の馴れ初めを聞きたいな」

磯崎 蘭

「うえぇ!?ちょっ、馴れ初めって!」

万里小路 楓

「まぁ、私も興味がありますわ!是非お聞かせ下さいませ!」

磯崎 蘭

「え、えと、その………留衣~」

綾瀬 留衣

「僕も話すのは、恥ずかしいね………」

宗谷 ましろ

「こら2人とも、磯崎さんが困ってるじゃないか。磯崎さん、無理して話さなくても良いからね?」

岬 明乃

「えー、シロちゃんは恋愛とかに興味ないの~?」

宗谷 ましろ

「まぁないと言えば嘘になりますけど、無理してまで聞きたいことでは」

??????

「本日の宇宙エレベーター見学のお客様は、こちらに一列で並んで下さい!」

 

話しに夢中になっていた私達の頭上から、女性の大きな声が聞こえた。

周囲には私達と同じ、見学会に参加する人々でごった返していた。

大した時間は経っていないのに、もう目的の場所へ着いたのかと感じながら、合わせて並んでいく。

そして一列に並び終えて、ようやく先頭が見えてきた。

先程の呼びかけは、どうやらあのツアーガイドさんが発したらしい。

 

ツアーガイド

「ご協力ありがとうございます!私は本日、皆様の案内を担当させて頂きます、ツアーガイドでございます!よろしくお願い致します!」

蘭&明乃

「「よろしくお願いしまーす!!」」

 

周りの子供達もテンションが高いのか、呼応するように元気よく挨拶する。

でもそれは小学生の子供だけで、私達のような中高生の参加者でこんなことするのは私達だけのようだ。

周囲からは少々辱めな目で見られてしまい、萎縮してしまう。

 

磯崎 蘭

「うぅ、恥ずかしいよぅ」

岬 明乃

「わ、私も………」

 

子供みたいなテンションではしゃいでしまった………。

見事に私と蘭ちゃんの顔は真っ赤に染まってしまった。

傍に居る万里小路さんは口元を押さえて苦笑しており、シロちゃんに至っては額を押さえて呆れかえっている。

凜さんや留衣君、翠ちゃんもそれぞれ視線を外していて、どう声を掛けようか迷っているようだった。

お願い、あまり哀れみの目を向けないでっ。

 

ツアーガイド

「はい!元気な返事ですね!これから皆様には、宇宙エレベーターへご案内致します。これからアースポートへ向かうために、海底トンネルを使用します。このトンネル内にある列車をご利用頂きます」

 

ツアーガイドさんの背後にある巨大な扉が、開いていく。

左右スライド方式の扉は、奥へと続く通路に繋がっていた。

 

ツアーガイド

「それではご移動をお願いします!なお、左右には動く歩道がありますので、そちらをご利用頂いても結構です」

 

天井のライトが照射されて、窓もいつの間にかシャッターが開いていて、随分と明るくなった。

幅はかなりの広さを持っていて、普通に自動車やトレーラーも通れるのではないか?

天井もそれなりの高さがあり、巨大なクリスマスツリーも展示できるのではないかと思うくらいだ。

 

磯崎 蘭

「っ、と、とにかくミケちゃん!行こ!」

岬 明乃

「う、うん!ごめんみんな、先に行ってるね!」

磯崎 凛

「あんまり遠くには行くなよー」

 

とうとう吹っ切れたのか、蘭ちゃんが先へ駆けて行った。

私も後に続く。

………さて、今はどう過ごそうかな。

移動用列車に到着するにはまだ時間が掛かりそうだ。

私は周囲の様子を見ながら歩き始める。

蘭ちゃんと留衣君はツアーガイドさんから渡されたマップを見ながら、左右をキョロキョロしている。

凜さんと万里小路さん、翠の組み合わせで談笑しているようだった。

シロちゃんは、動く歩道に乗りながら、外の景色を楽しんでいた。

みんなそれぞれが楽しそうにしているのを遠目で見て、ホッコリする。

 

磯崎 蘭

「もうミケちゃん、なに一人で黄昏れてるのさ!せっかく来たんだから、一緒に見学を楽しもうよ!」

 

と、ボーッと観察している私に、蘭ちゃんは駆け寄ってくれた。

私の手を取り、引っ張ってくれる。

 

岬 明乃

「うわっとと!」

 

躓きそうになるも、踏ん張って前へ踊り出る。

そして――――アースポートへ向かう列車があるステーションへ到着した。

真っ白な車体の色をしていて、編成数は10両くらいかな?

列車と言っても、モノレールだった。

上から伸びているレールの下に、ちょうど車体があるようなタイプのようだ。

 

ツアーガイド

「さて皆様!こちらにあるモノレールを使ってこれからアースポートへ向かいます!では皆様、ご搭乗をお願い致します!」

 

プシューッと扉がスライドすると、私達は中へ乗り込んだ。

ふむ、中は普通の電車と変わらないんだね。

車両の両サイドに座席があって、天井付近には吊革があって。

こう言う箇所はこっちの世界と同じなんだね。

 

磯崎 蘭

「そうだよねー、私もこの車両には未来のれっしゃーってのを想像してたんだけど、意外と普通だったよね」

綾瀬 留衣

「どんなのを想像してたのさ………」

岬 明乃

「私も私もー。もっとこう、どかーんってなって、ひえぇぇぇぇ!!って言うの想像してた!」

宗谷 ましろ

「意味が分からないですよ………」

 

それぞれの相方に突っ込まれると、なんだか笑えてきた。

プシューッと鳴ると、扉が閉められた。

そして徐々に速度を出していって、車両は出発した。

しばらくはトンネルに入るようで、外を見ても真っ暗だった。

 

磯崎 蘭

「へぇ、ほとんど揺れないで発車してるねぇ。普通の列車ならもっと揺れるよね?」

岬 明乃

「そうそう、ガタンゴトンって鳴らないし。静かだね」

ツアーガイド

「皆様、もう間もなく地上へ出られます。そこから出た絶景がとても美しいので、カメラの用意をしましょう!」

 

この一報を聞いた乗客達は、すぐさま窓際により、カメラやスマフォを出してセットし始めた。

おお、ここでは写真撮影はオッケーなんだ。

 

岬 明乃

「蘭ちゃん!折角だからみんなで撮ろう!シロちゃん、万里小路さん、来て来て!」

磯崎 蘭

「うん!ねぇねぇ、留衣達も早く早く!!」

宗谷 ましろ

「はぁ、いきますか」

名波 翠

「たまにはこう言うのも良いですね」

万里小路 楓

「まぁ!皆様で写真撮影ですか。私、初めてです!」

磯崎 凛

「はは、ならみんなのところへ行こう」

磯崎 蘭

「ガイドさーん!写真を撮って貰えませんかー?」

ツアーガイド

「はーい、今行きまーす!」

 

ちょうど窓をバックに出来る場所が空いていたので、そこで陣を構えることにした。

ツアーガイドさんがトテトテやって来る。

 

磯崎 蘭

「写真撮影をお願いします!」

ツアーガイド

「分かりました!あっ、もうそろそろトンネルから抜けて絶景が見れますよ!ほら!」

 

ツアーガイドさんの方を見てみると同時に、列車がトンネルから抜けた。

今気付いたんけど、この列車は天窓があってそこから真上を見上げられるのだ。

――――そこで見た景色は、一生の中でも忘れることはないだろう。

天窓から見る景色。

列車と併走するように飛び回るカモメ。

快晴がどこまでも続く高く青い空。

7色のレインボーカラーが映し出される虹。

そして、空より天高く伸びる宇宙エレベーター。

これらが皆、一つの景色として表現されている。

徐々に近付いていく宇宙エレベーターの壮大さを、改めて実感する瞬間であった。

 

パパラッチ

「うおぉ!すげぇ、やっぱ間近で見ると全然迫力が違うぜ!」

軍人っぽい乗客

「なに言ってんだよこのパパラッチ!こいつは冗談抜きですげぇぞ!」

チョビ髭

「素晴らしい!これぞまさしく愛の参☆観」

側近?

「ちょっと自重してくれませんかね………」

 

他の乗客の人達もこの絶景に感動しているようだった。

よし、なら!

 

岬 明乃

「これをバックに撮って下さい!」

ツアーガイド

「はいっ、お任せ下さい!それでは撮りますよ!3,2,1………はい!」

 

パシャリッ

みんなが並んでピースを決めて、ばっちり笑顔も見せる。

うん、完璧!

 

磯崎 蘭

「ありがとうございました!」

ツアーガイド

「はい、どうぞ!あっ!まもなくアースポートへ到着します。下車の際は、お忘れ物の無いようにお願い申し上げます」

 

なんと、もう到着したのか。

列車に乗ってからまだ20分も経っていないのに。

と思っていたけど、時計を見たら25分が経過していた。

ありゃ、楽しい時間はあっという間に過ぎるね。

 

プシュー

扉がスライドして、次々と乗客達が下車していく。

この情景は港のラッシュとかで見れるね。

 

ツアーガイド

「皆様、お忘れ物はありませんね?それではこれから、宇宙ステーションに向けて出発しますが、クライマーと呼ばれる上昇機を使ってステーションへ向かいます」

 

――――降車した私達を待っていたのは、こりゃまた広いスペースであった。

目の前には3機の扉の閉まったポッドがある。

だけど普通のサイズではなくて、何て言うのかな、長方形の円筒がそのままポッドになったと言えば良いのか。

 

宗谷 ましろ

「かなり大きいですね。マンションがそのままクライマーになっているような………」

 

そう、シロちゃんの言葉通り、そびえ立つマンションである。

小窓が縦に規則的に並んでいて、だけど扉は1箇所しかなくて。

 

ツアーガイド

「注意するべき点をこれから述べます。でもまぁ、これは実際にクライマーに乗ってからでも問題ありません。では早速搭乗願います!」

 

ありゃ、最初に言うものじゃないの?

ちょっと拍子抜けしていると、蘭ちゃんが肩をポンッと置く。

 

磯崎 蘭

「ふふ、いよいよだね!いよいよ宇宙に行けるんだね!」

岬 明乃

「うん!なんだかテンションが上がってきた!」

 

………正直に言うと、怖くもあった。

初めて行く宇宙には、人が住めない環境下にある世界へ行くのだ。

この後に何が起るかなんて、想像できないからだ。

でも同時に好奇心をくすぐられる自分も居るわけで。

そんな複雑な感情を抱きながら、みんなの元へ向かっていった。

 




言い訳タイム!
宇宙エレベーターのアース側(地球側)の念写が難しい………でもよく考えたら、宇宙ステーション側も描く必要もあるわけで………

結論:想像で書くしかない(白目

あと、話しのストックがなくなりましたので、次話をアップするのは時間が掛かりそうです。ご了承下さいませ。

ああ、あと別の作品も投稿しましたので、そちらもどうぞ。
時間軸としては、このハイフリのキャラ達の邂逅する1週間前の話です。
主人公はなんとあの方………見てのお楽しみで!

ではまたの機会に!


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第8話 宇宙エレベーター

<敵の潜水艦を発見!

<コ☆ロ☆ス

<はい死んだ~ バララララララッ………

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者でっす。

お待たせしました。
やっとの事で最新話をお届けできそうです。
更新速度が、亀レベルに落ちてしまった………。
それにストーリーとしてもあまり進んでいない………。
完成度もなんだか微妙だし………。

と言っても仕方ありませんね♪
では早速どうぞ。



[宇宙エレベーター]

2012年、7月19日、10;45;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町港湾 宇宙エレベーター・アースポート内

 

ステーションへ向かうためにクライマーと呼ばれる乗り物に乗った私達。

これから未知の世界へ旅立つと思うと、ワクワクしてきちゃった。

プシュー

そんなことを考えてたとき、背後にある扉が固く閉じられる。

 

アナウンス

『これより、全ての扉を閉鎖します。防火扉を閉めますので、扉には近付かないようよろしくお願いします』

宗谷 ましろ

「!艦長、危ないですよ。後ろへ下がって下さい」

 

シロちゃんが後ろから私を引っ張った。

突然、分厚い壁が内側から現れて、驚いた私。

どうやらこの壁があるおかげで、私達は無事に宇宙へ旅立てるのだと、何となく分かる。

 

岬 明乃

「ありがとうシロちゃん………いよいよ宇宙へ行くんだね」

宗谷 ましろ

「ええ」

 

私の独り言に、シロちゃんが応えた。

彼女からは緊張の糸が見える。

窓ガラスからは外の景色が見える。

と言っても、まだアースポート内の景色しか見れないけれど、これから遠い場所へ行くのだと感じさせるには、充分だった。

 

磯崎 凛

「それにしても、まさか俺が宇宙へ行ける日が来るなんて思わなかったなぁ。これも蘭にチケットくれた岬さんのおかげだよ。ありがとう」

岬 明乃

「い、いえ!私は昨日、蘭ちゃんに町を案内して貰ったから、そのお礼に」

磯崎 凛

「それでもだよ。それに、蘭の励ましにもなったみたいだし、感謝してるんだ」

磯崎 蘭

「お兄ちゃん………」

ツアーガイド

「皆様、ご搭乗されましたね?ではこれより、クライマーに搭乗される際の注意事項を発表します」

 

クライマー内でざわついていた乗客も、彼女の一声で静まりかえる。

ゴクリ

自然と息を呑む音がした。

 

ツアーガイド

「これから宇宙ステーションに向けてクライマーを上昇させます。私達が目指すのは、高度3900キロメートルにある、火星重力センターと呼ばれる小型ステーションです。なお、到着予定時間は1時間とさせて頂きます」

 

ガイドさんが正面のモニターに宇宙エレベーターの全体像を映してくれた。

――――この宇宙エレベーターを構成している1本の線上に、複数のステーションが建設されている。

今私達が向かう『火星重力センター』は、地球に最も近いステーションで、今回はそこで見学会を行うらしい。

さらに上へ行けば、『月重力センター』、『低軌道衛星投入ゲート』、『静止軌道衛星ステーション』、『火星連絡ゲート』、『カウンターウェイト』が存在する。

一番上にあるカウンターウェイトはどうしても必須のものらしく、これがないと宇宙エレベーターは地球の自転に耐えきれず、切れてしまうとのこと。

例えで言うと、紐の付いた砲弾投げと一緒で、紐の先端に”おもり”を付けることで、選手が地球だとすると回した時に、紐自体が真っ直ぐ伸びるように働かせている。

要は遠心力と重力のバランスを保つことにより、ステーションとアースポートの位置を均等にしているらしく、それで、それで………。

 

岬 明乃

「うぅ!頭がこんがらがってきちゃったよ!」

磯崎 蘭

「私もだよミケちゃん、物理学はどうも苦手で………」

綾瀬 留衣

「つまりはね、蘭。遠心力と重力のベクトル量がそれぞれ平衡しているから――――」

磯崎 蘭

「あー留衣!それ以上はダメ!」

宗谷 ましろ

「ふむ、理解は出来た。なるほど、それで砲弾投げか。分かりやすい例えだな」

万里小路 楓

「とても興味深い話しでしたわ。これは良い思い出話になりそうです」

磯崎 凛

「やばい、ほとんど理解できなかった………昔から物理とか数学は苦手なんだ」

名波 翠

「凜さん、そこはくじけてはいけませんわ!試験前になったら、この名波翠が勉強に付き合いますわ!」

ツアーガイド

「ですので、到着するまでの1時間、どうぞ宇宙空間の旅をお楽しみ下さい!」

 

ゴウンッ

まるでタイミングを見計らったかのように、大きな轟音と共にクライマー全体が揺れた。

………どうやらもうすぐ出発するらしい。

 

ツアーガイド

「大変長らくお待たせしました。出発する準備が整いました。これより、宇宙ステーションへ向かいます。よろしければ、窓の外をご注目下さい」

 

そう言われて窓際へ移動する。

分厚いガラス越しに見えたものは、アースポート内部。

そこから徐々に上へと向かう景色へと変わった。

ステーションの内部、天井付近へ変わり、そしてアースポートを飛び出していった。

 

磯崎 蘭

「うわぁぁ!町がどんどん小さくなってくよ!」

岬 明乃

「と言うよりかなりの速度で昇ってってるね。でも、普通のエレベーター乗ってる時よりもずっと揺れないし、静かだね」

 

晴風に乗ってる時は大体、静かではあるけど、嵐や天候が悪い日は波が荒れて船体だって揺れる。

こんなに揺れない乗り物に乗るのは初めてだった。

やがて風景は雲の中へ潜っていき、あっという間に雲の上へ昇った。

そして――――

 

岬 明乃

「わぁぁ!!みんな見てみて!日本があんなに小さく見えるよ!」

 

そして日本全体を見渡せるくらいの高度まで昇ると、私は目を張ってしまった。

他の乗客達も、初めて見る景色に魅了されてるようだ。

シロちゃんと万里小路さんも例外ではなかった。

ここで私は、感じたことがあった。

日本って、こんなに大きかったんだと。

そして………紛れもなく、私達の知っている日本ではないことだ。

地理の授業で何度か日本全体の地図を見た記憶を掘り返す。

私達のいる日本と見比べて見ると、本州や四国の一部は欠けておらず、余計に土地面積が広いように感じてしまった。

代わりに、海上フロートが日本付近に建造されていなかった。

大きな違いは、やはりこの2点だろう。

 

万里小路 楓

「まぁ、とても美しいでございます。折角なので一枚、撮影していきましょう」

宗谷 ましろ

「………こっちの世界の日本は、あんなに国土があるんですね。私達の世界とはまるで違う。フロートもほとんど見かけない。やっぱりここは、私達とは違う世界なんですね」

 

シロちゃんが隣で私にしか聞こえない声で言った。

身体が震えていて、両腕で身体を抱き締めている。

震えを止めようとしていても、上手く止まらないようだ。

シロちゃん、やっぱり不安なんだ。

気丈に振る舞っていて、どこか大人びている彼女でも、やっぱり女の子。

右も左も分からない世界へ突然へ導かれた私達は、どうすれば良いのだろう。

 

??????

「君、身体震えてるね。大丈夫?」

 

どう慰めようかと悩んでいたら、どこから現れたのか、褐色肌の女の子が声を掛けてきた。

見た目は私達とはそんなに変わらない年齢。

スーツとネクタイをビシッと格好良く着こなしていて、金髪のツインテール。

外国から来たのか、見た目は日本人ではないようだ。

 

??????

「あー、もしかして冷房が効きすぎてるから?寒いよねー、宇宙空間だけに。ほら、良かったらこれ着たら?」

宗谷 ましろ

「あ、ああ。ありがとう………」

 

上着を脱いで、シロちゃんに着せてあげる。

うわぁ、リアルで上着を着せてあげてる子、初めて見た。

 

磯崎 蘭

「わぁ、日本語がお上手なんですね。学校で習われたんですか?」

??????

「ううん、私は学校には行ってないよ。独学で勉強したんだ。他にもドイツ語とフランス語もお任せを」

 

裾を掴んで一礼する。

うん、マナーもちゃんとしてるなんて、かっこいい!

 

名波 翠

「ふーん、ならドイツ語で33ってどう発音するんですか?」

磯崎 蘭

「ちょ、翠っ」

 

おっと、ここで翠ちゃんが先制ジャブを放った!

ちょっとイジワルな顔になると、彼女は何とでもないように答えた。

 

??????

「簡単よ。ドイツ語は数字を発音するときは1桁目から言うの。だからこの場合、Drei und dreißig と発音するのよ。お分かり?」

綾瀬 留衣

「ああ、そうだったんだ」

万里小路 楓

「へぇ、初めて知りましたわ。ドイツ語は難しそうでしたから………今度クラスメイトに言ってみます」

??????

「どんな言語でも、コツさえ分かればすんなり覚えられるものだよ。良かったらさ、今度レクチャーしてあげよっか?………あっ」

万里小路 楓

「まぁ!それは嬉しいお誘いですわ!是非よろしくお願いします!」

??????

「う、うん。よろしくね」

 

なんだか途中から返事に困った様だったけど、どうしたんだろう?

それにしても。

 

岬 明乃

「カワイイなぁ。お人形さんみたいだよ」

??????

「えっ?」

 

あ、やばっ。

口に出しちゃってた!

彼女はポカーンとしながらこちらを凝視していた。

 

宗谷 ましろ

「確かに可愛らしい。外国人ならではの風格もあるし、金髪にツインテール。うん、よく似合っている」

??????

「あ、ありがとう。家族以外だとあんまり言われたことないから、すっごく照れるわ」

 

嬉しかったのか、顔を少し赤くして視線を外した。

ふふ、可愛らしい一面があるんだなぁ。

 

岬 明乃

「ところで、お名前は何て言うの?私は岬明乃!よろしくね!」

??????

「あー、えっと………私はトリエラよ。よろしく」

 

少し間を置いてから褐色肌の女の子、トリエラちゃんは右手を出して握手した。

ギュッ

握手した彼女の握力によって、手が悲鳴を上げようとしていた。

 

岬 明乃

「うわぁっ、すごい握力!」

トリエラ

「ああ、ごめんね。痛かった?」

岬 明乃

「ううん、大丈夫だよ。それにしても、すごい力だね………蘭ちゃんも握ってみてよ」

磯崎 蘭

「え、私?いいよ。トリエラさん、ちょっと失礼しますね」

トリエラ

「ほい」

磯崎 蘭

「いたた!?ちょっ、いた!?握力どんだけあるんですか!?」

トリエラ

「うーん、この間計ったら70くらいあったよ。これって普通かな?」

磯崎 凛

「いやいや、女の子で握力70って。成人男性でもその半分行かない人だって居るんだぞ。なら俺も握手してどれくらい握力があるか見てやろう」

磯崎 蘭

「お兄ちゃん、あんまり無理しないでよ。この後荷物持ちやって貰うんだからさ」

磯崎 凛

「雑用やるの前提かよ。まぁいいや、いっちょやるか!」

トリエラ

「臨むところよ………ふん!」

磯崎 凛

「うおぉ!」

 

端から見ても分かるくらい、2人が互いの右手に力を込めているのかが分かる。

ギチギチと変な音が出ていて、見てるこっちが手が折れないかどうか心配していた。

 

万里小路 楓

「まぁ、見ていてとても痛そうでございます」

トリエラ

「ふんっ、なかなかやるねっ、お兄さん」

磯崎 凛

「だてに柔道部主将やってるんじゃないんでねっ、おりゃぁ!!」

トリエラ

「うぐっ!?」

 

凜さんがさらに力を込めたからか、トリエラちゃんが顔を歪ませて手を離した。

手首を押さえて指を何度か折り曲げしていた。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん、大丈夫!?」

トリエラ

「だ、大丈夫よ。思った以上に力が強くて驚いただけ」

磯崎 蘭

「ちょっとお兄ちゃん!相手は女の子なんだから、ちゃんと手加減しないとダメでしょ!?怪我しちゃったらどうするの!」

磯崎 凛

「うぅ、すまん。久しぶりに手強い相手を見つけたから、つい本気出しちゃって」

トリエラ

「それがあなたの本気なのね………こりゃまた鍛え直さなきゃ」

宗谷 ましろ

「いやいや、握力70ある人がなに言ってるんだ?」

万里小路 楓

「確かに、私も長刀術を会得しているからか、握力に自信はありますが、70となると――――」

 

………そうこう言っているうちに、自然と談笑していった。

それにしても、トリエラちゃんの怪我が大したことなくて良かった。

ホッと一安心していると、蘭ちゃんは外の景色を覗いて驚いていた。

 

磯崎 蘭

「うわぁぁ!見て見てっ、外がすっごくキレイだよ!」

岬 明乃

「わぁ、キレイだね………」

 

窓の外を見た途端、私はその世界に魅了した。

見渡す限りの、闇。

その闇の中で点々と光る星は、テレビで見たままの星空がそのまま自分の目の前にあった。

手を伸ばせば、すぐに届きそうな距離だ。

無意識のまま、いつの間にか手を伸ばしていた。

だけどガラスが遮っていて、触れることは出来ない。

 

宗谷 ましろ

「もう、艦長ったら何してるんですか?ガラス張りで触れるわけないでしょう」

岬 明乃

「そうなんだけどね。でもさ、目の前にあったら触ってみたいって感じるんだよね。だって、ほら」

宗谷 ましろ

「ああ、そうですね。私も正直、宇宙なんて初めて来たから………正直に言って怖いです」

トリエラ

「宇宙空間に放り投げられたら、そりゃ生きてけないし。外はマイナス数百度だし、大気が存在してないから、地球で浴びるよりも強力な放射線や紫外線が飛び交っていて、外へ出るときは防護服着用は必須ね」

 

うわぁ、またも知らない単語ばっかり出てきちゃったよ。

えと、大気と放射線と紫外線と………。

 

万里小路 楓

「質問よろしいでしょうか?大気が存在していないと、どうして地上よりも強い放射線や紫外線が浴びるのでしょうか?」

トリエラ

「太陽から発せられる紫外線や放射線が地球に降り注ぐとき、大気圏にはオゾン層があるでしょ?そのオゾンが紫外線や放射線をカットして、地上に照射されるの。だから私達は地上に居ても何の支障もなく生活できるの」

宗谷 ましろ

「そっか。だから私達が今居る宇宙空間に出るときは、防護服が必要だと言ったのか」

トリエラ

「そう言うこと。ま、今回のツアーはステーション付近の施設の見学だけだし、外に出る機会なんてないけどね」

綾瀬 留衣

「その大気の話しも、独学ですか?」

トリエラ

「そうよ、色々な本を読む時間があったから、自然と覚えていったの。それと明乃、あなたはもう少し色んな事学ばないとダメよ。あなた、さっきから私の話、ついて行けてないでしょ?」

 

うぐっ、す、鋭いなぁ。

話しの半分も理解できてなかったなんて、口に出せないよ………。

 

宗谷 ましろ

「艦長………」

トリエラ

「はぁ、全く、仕方ないわね。ならこれを上げるわ」

 

シロちゃんから彼女はバッグから、1冊の本を取り出した。

手に取ってみるけど、表紙を見て驚いた。

書かれている言語が………。

 

岬 明乃

「あのー、トリエラさん。これ、アルファベットだけど英語には見えないんですけど」

トリエラ

「当たり前よ、それはドイツ語で書かれているの。まぁ、ドイツ語の良い勉強になると思って、頑張って和訳しなさいな」

岬 明乃

「そ、そんなぁ~!」

 

あはははははは!!

その場に居たみんなが、一斉に笑い出した。

釣られて私も、笑みが零れていた。

誰もが、心の底から笑っていて。

そのはずなのに。

なんだか1人だけ、冷たい視線を送っている子が居た。

 

名波 翠

「………トリエラさん、先程は失礼しました」

トリエラ

「ん?ああ、あの33をドイツ語で何て言うのか、だっけ?良いのよ、別に。なに、あなたも他国語に興味があるのかしら?」

名波 翠

「あなたの勤勉さに感銘を受けました。記念に握手でもして頂けませんか?お詫びも兼ねて」

 

トリエラちゃんの質問に答えもせず、翠ちゃんはスッと右手を差し出した。

何だろう?さっきから様子が変だ。

それに、変だと言ったら蘭ちゃんの様子も妙だった。

元気がないというか、近くのベンチで翠ちゃんとトリエラちゃんを見守っているようだった。

その他は、まだ笑っているままだった。

私達4人が、別の世界にいるのではないかと感じるくらいだ。

まるで、写真の切り抜きをしているような………。

 

トリエラ

「?いいわよ。あ、でもちょっとさっきの握手で右手を痛めちゃったから、左手で良い?」

名波 翠

「………ええ、構いませんよ」

 

了承を得た翠ちゃんは左手にすり替え、互いに握手した。

本来なら微笑ましい光景なのに、どこか違う世界の動きに見えてしまう。

何だろう、この違和感。

 

名波 翠

「っ、トリエラさん、ありがとうございました………ところで、トリエラさんって付き合ってる方でもいらっしゃるんですか?」

トリエラ

「えっ、な、何でそう思ったの?」

 

私もそれが気になった。

何で今そんなことが気になったんだろう?

翠ちゃんは続ける。

 

名波 翠

「いえ、ただ握手した時に左手の薬指が少しだけ細くて、色が変わっていたのを見たもので、もしかしたらって」

トリエラ

「ああ、そう言う………うん、いるよ。彼氏が。今はちょっと遠い所にいるけどね」

名波 翠

「………そうですか。分かりました。すみません、変なこと聞いてしまって」

 

最後にお互いに気まずい雰囲気になってしまった。

もしかして、蘭ちゃんが元気のなくなった事で関係があるのかな?

あの子、かなり直感が冴えているというか、鋭いと言うか。

後で理由とか聞いてみよう………心配だから。

 

 




どうしよう、出したいキャラが多すぎてストーリーにどう組み込もうかすごい悩む………
しかし、ある程度の流れは出来ていますよ、ええ。
ただ次回の更新がいつになるかなんて、分かりません。
出来るだけ早めに投稿していきます!


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第9話 First beginer

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者でござんす。

久しぶりの投稿だーーーー!!
ようやく最新話を上げられました。
お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。
ストーリーの構成を考えていたら、時間が掛かってしまいました(汗

長く話すのも何ですし、早速どうぞ。

※もうすでにお読みの方、まだ読んでない方にお伝えします!
念写の一部を追加しました!
よりいっそう読みやすくなったと思いますので、よろしくお願いします!

※すみません、一部だけ抜けている文章がありましたので、修正しました。
修正日:2017/12/27


[First beginer]

2012年、7月19日、12;00;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町港湾 宇宙エレベーター・火星重力センター、2番ゲート

 

ゴウンッ、ガチャッ

私達の乗っているクライマーが宇宙ステーションに到着した。

発射した時と同じ振動で、クライマーが揺れた。

プシューッと音が鳴ってから、分厚い扉がゆっくりと開かれた。

 

ツアーガイド

「お待たせしました、宇宙ステーション・火星重力センターへ到着しました!これからはこちらで見学会を行いますので、皆様、お荷物をお忘れなきよう、ご注意下さいませ」

 

ワイワイガヤガヤ………………。

扉が開いて、乗客達が一斉にステーションへ流れ込んだ。

私達も例に漏れず、みんなと一緒に外へ出て行った。

ここに来て気付いたんだけど、ここの環境は地上に居る時と大差がないことだ。

やはり人が宇宙で活動するには、同じ環境でないといけないのだ。

天井を見上げると、まだクライマーの先が続いていて、だけどその先が見えなかった。

改めて、私は宇宙へ来た実感がようやく沸いてきた。

 

――――ステーションに着く直前の外の景色を見たけど、こりゃまた壮大だった。

ステーションの形状自体は、全体的に長方形で形成されていた。

私達が乗ってきたクライマーを、いくつも重ねて組み合わせて、まるでブロックのおもちゃの様だった。

ツアーガイドさん曰く、これはどれか一つの区画(ブロックと呼んでいた)が故障して、他の区画に影響が及ぼされる場合、すぐにパージするためにこの工法を用いたのだという。

安全性を確保するにはこの方法が一番とのこと。

ここへ来て、この世界の日本の技術力の高さに感銘を受けた。

 

………さて、みんなとの距離を少し置いて、私は蘭ちゃんに近付いた。

さっきから元気がないので、少し話を聞こうと思ったのだ。

他のみんなには心配を掛けないために、あえて距離を置いた。

 

岬 明乃

「ねぇ蘭ちゃん。ちょっといいかな?」

磯崎 蘭

「あっ、ミケちゃん………」

岬 明乃

「どうしたの?さっきから元気がないけど。もしかして宇宙に来たから、なにか病でも」

磯崎 蘭

「ち、違うの!ただ、その、何て言うか………」

 

慌てて否定するも、言葉が続かない蘭ちゃん。

無理に聞くのも嫌だから、別の方法で………。

 

岬 明乃

「もしかして、さ。蘭ちゃんの持つ感の鋭さと関係してる?」

磯崎 蘭

「えっ!?」

岬 明乃

「私の勘違いだったら良いんだけど、蘭ちゃんってさ、人の考えてる事が何となくだけど分かるんじゃないかなって思ったの」

磯崎 蘭

「えっ、な、なんで」

岬 明乃

「だって蘭ちゃん、私の考えてる事が分かりそうな発言してたし。ほら、覚えてる?私と蘭ちゃんが最初に出会ったときの事」

磯崎 蘭

「う、うん」

岬 明乃

「そこからかな。もしかしてこの子は普通の子とはちょっと違うんじゃないかなって」

磯崎 蘭

「………」

岬 明乃

「ごめんね、こんな事言って。でも蘭ちゃんが元気がないのは、いやだったから」

 

そう、これはただの憶測。

もしかしてを繋ぎ合わせただけのパズルを、とりあえず形にしただけだ。

根拠なんてない。

 

磯崎 蘭

「………ごめんねミケちゃん。まだ気持ちの整理が付いてないから、今は話せない。でもいずれは」

 

話すよ。

最後まで言わなくても、それは伝わった。

元気さも前より戻ってきたようだった。

 

岬 明乃

「うんうん、元気が少し戻ってきて、お姉さん安心だよ。でもホントに無理しちゃダメだよ?」

磯崎 蘭

「………ごめんなさい」

 

身体を抱き寄せて、蘭ちゃんの頭をそっと撫でる。

蘭ちゃんも身を任せて、同じように抱き締めてくれた。

これなら、大丈夫かな?

 

磯崎 蘭

「もう大丈夫だよ。ありがとう」

 

これは、どっちなんだろう?

私の心を読んだのか、会話の流れに従ったのか。

 

磯崎 蘭

「………」

トリエラ

「2人とも、何をボーッとしてるの?」

 

するとトリエラちゃんが私達の元へやって来ると、右手を差し出してきた。

どうしたんだろう?

 

トリエラ

「ステーションの機密保持のために、携帯電話やそこにあるカウンターに預けてくれってさ。だから、皆でいっぺんに行くよりも、私が代表して1人で行った方が、周りに迷惑掛けずに済むでしょ?」

 

そういう事か。

確かにこれだけの構造物を作ってるのなら、当然、秘密だってある。

機密保持のためならば、仕方のなかった。

 

岬 明乃

「あっ、そうだったんだ。ごめんね、話を聞いてなくて。はいこれ、お願いね」

磯崎 蘭

「お、お願いします」

 

私と蘭ちゃんの携帯電話を受け取ると、トリエラちゃんは受け取って、カウンターへ持って行った。

 

ツアーガイド

「………では皆様、全員お集まりですね?それではツアーを開始致します。改めまして皆さん、ようこそ。宇宙ステーション・火星重力センターへ!」

乗客達

「「「「「おおおぉぉ!!!」」」」」

 

テンションが上がった他の観光客も、一斉に雄叫びを上げた。

私達も続こうかなと思ったけど、完全に出遅れたので、機会を逃してしまった。

ま、まぁ下に居たときは場違いだったし、良いよね?

 

ツアーガイド

「ふふ、皆様の熱気がこちらまで伝わってきたところで、早速ですが当施設について簡単にご説明します。その後は自由に見学して貰って大丈夫です!それでは出発!」

 

ツアーガイドさんもテンションが上がって、彼女を先頭に私達も歩き始める。

うん、私もテンションが上がってきた。

 

岬 明乃

「蘭ちゃん、行こう!」

磯崎 蘭

「う、うん!」

 

蘭ちゃんと手を繋いでみんなの後に続いた。

するとすぐに翠ちゃんが近付いてくる。

 

名波 翠

「蘭、どうしたの?岬さんにベッタリくっついて」

磯崎 蘭

「あっ、翠………」

名波 翠

「すみません岬さん。少しの間だけ、蘭を借りて良いですか?用はすぐに終わりますので」

岬 明乃

「うん、蘭ちゃんの傍に居てあげて?」

名波 翠

「なら借ります。蘭、ちょっとこっち来て?」

磯崎 蘭

「う、うん」

 

翠ちゃんに手を引っ張られて、蘭ちゃんが慌てて付いて行った。

ただ気になることがあって、連れて行く時の翠ちゃんの表情が険しかった。

でも理由なんて分からないし、蘭ちゃんの様子は彼女に任せよう。

 

トリエラ

「なにー、明乃。あの子にフラれちゃったの?可哀想に」

岬 明乃

「べ、別にフラれたとかじゃないしっ。まだ告白もしてないしって、どうしたのトリエラちゃん?サングラスなんて掛けて」

 

背後からヒョコッと出てきたトリエラちゃんの顔に、サングラスが掛かっていた。

サイズがピッタリのそのサングラスの奥の瞳は、全然見えない。

なんだか迫力が増していて、少しだけ怖さを感じるくらいに、失礼だが似合っていた。

 

トリエラ

「ああ、これはここの照明が明るすぎるから、眩しくてサングラスを付けてるだけよ」

岬 明乃

「あー、確かにここは眩しいからね。エスコートしようか?」

トリエラ

「なに言ってるの。エスコートするのは………」

 

ギュッ

耳元で囁いたと思ったら、いつの間にか私の隣に立って右肩を抱いて寄せてきた。

抱き寄せる力は本当に強くて、私がよろけるくらいに強かった。

さっきの握力対決と言い、抱き寄せる力と言い、人は見かけによらないと改めて感じていた。

 

岬 明乃

「わわっ!」

トリエラ

「私の方だから、あなたは私の傍から離れちゃダメよ?いい?」

岬 明乃

「は、はいっ」

 

彼女のキレイな顔が目の前にあるのだから、ドキッとしてしまう。

その時にサングラスの奥にある瞳が少し見えた気がした。

2つの透き通った、青色の瞳が。

 

トリエラ

「なんちゃってね♪ほら、私なんかより前で皆が集まってるよ。私達も行こう?」

岬 明乃

「うん!」

ツアーガイド

「ではまず始めに、こちらの訓練施設からご紹介します。皆様、ガラス張りの中をご覧下さい」

 

私達の目の前にある分厚いガラスを注目する。

そこは訓練施設と言っているだけあって、かなりの大きさを誇る。

部屋がすっぽりと収まっている中で、異変が起きた。

どこから現れたのか、宇宙服を着た人が2人ほど現れたのだ。

プカプカと浮いているその人達は、どこかシュールな光景に見えるが、私達に向かって手を振っている。

そして床下からは、地面に固定された大きなエンジンが出てきた。

 

ツアーガイド

「皆様には、これから宇宙空間におけるステーション外部から応急修理している事を想定して、実際に修理する様子をご覧頂きます。それではエンジニアの方々、お願いします!」

 

ツアーガイドさんの号令でビシッと空中で静止して敬礼する2人を見て、私はちょっとだけ笑ってしまった。

普段全く見ない宇宙服だからか、自然と笑みが零れてしまう。

だけど次の瞬間には、笑みから驚愕へと変わっていった。

 

万里小路 楓

「まぁ、これは………」

磯崎 凛

「へぇ、実際にあんな風に作業するのか。メンテナンスだけでも一苦労しそうだなぁ」

綾瀬 留衣

「あの暗い防護服の上から、よくあそこまで出来ますね………」

 

同じく作業光景を見ていた3人も、それぞれの感想を口にした。

中で応急修理している2人は、故障箇所へそれぞれ位置についていた。

そこまでは普通だった。

だけど驚いたのは、その早さと正確さだ。

2人はまずカバーを外して、コードやら基板を傍に置くのだが、無重力空間ではどうしても浮いてしまう。

だから早急に修理を終えて、一旦飛んだ基板とコードを手で掴んで、納めて、そしてカバーで蓋をする。

1人はそれで完了したが、もう1人の修理が終わっていない。

機転を利かせたのか、修理を終えた人が相方に向かってレンチとドライバーを投げて、もう片方の人に渡す。

それを受け取った人は、またもさっさと修理を終えてカバーを施す。

この間、2分もしなかった。

 

ツアーガイド

「はい、タイムは2分14秒でした!もしこのステーションにトラブルが発生し修理する場面になったら、彼らが早急に修理します!なので皆様は安心して、当施設の見学をお楽しみ下さいませ!」

 

パチパチパチパチ………

施設内からおおーっと歓声の声が上がり、私も釣られて拍手した。

すごいなぁ、あんなにぷかぷか浮いてる状態で作業できるんだもん。

私だったらその場でクルクル回っちゃうだけで2分が過ぎそうだよ………。

 

万里小路 楓

「あの方達は、かなり器用な方々でしたね。息も合っていて、手際も良くて」

磯崎 凛

「あれくらいの腕なら、いざって時に安心できるな」

トリエラ

「サーカスショーを見てる気分になったね。途中で工具を投げて渡すところとか」

磯崎 凛

「おー、その例え上手い。互いでペア組んで………って、そう言えば蘭と翠ちゃんはどこへ行った?」

岬 明乃

「えと、その2人なら調子が優れないから、少し席を外しましたけど」

磯崎 凛

「そうなの?あ、その2人が来たぞ。蘭、翠ちゃん、大丈夫かい?」

 

少しだけこの場を離れていた2人が戻ってきた。

なんとも表現しがたい表情をしていた2人が、ようやく口を開いた。

 

名波 翠

「大丈夫ですわ。宇宙へ初めてやって来て、調子が少し悪くなっただけです。ね?蘭」

磯崎 蘭

「そ、そうだよ!地上で過ごしてる時と全然違うんだし、もう大丈夫だよ!」

トリエラ

「そう?何かあったらお姉さんに言いなさい?」

磯崎 蘭

「は、はい。その時はお願いしま――――」

 

バチンッ

最後まで言いかけたところで、突然、全てが闇に飲まれた。

闇に包まれたと言っても、辛うじて地球からの明かりによって、凝視していれば何とか見える。

他の乗客達もざわつき初めてはいたけど、パニックにはなっていない。

この僅かな光のおかげだろう。

もしもこれが完全に真っ暗なら、瞬く間にパニックとなるだろう。

――――それはさておき、今の状況について分析する。

だけど結論は早く出てしまった。

もしかして、これって………。

 

磯崎 蘭

「て、停電?」

磯崎 凛

「みんな、その場から動くな!足下が見えない以上、無闇に動くのは危険だ!」

男性乗客

「なんだ、どうしたんだ!?」

軍人っぽい乗客

「お、おい!暗視ゴーグルを!」

ツアーガイド

「皆様、落ち着いて下さい!これは一時的な停電です!もう間もなく予備電源が作動します!ですので皆様、くれぐれも落ち着いて、その場から動かないようにして下さい!」

万里小路 楓

「あの、岬艦長、お尋ねしたいことがあるのですが」

岬 明乃

「?ど、どうしたの?」

万里小路 楓

「………そう言えば、副長はどちらにいらっしゃるのでしょうか?先程から姿が見えないのですが」

岬 明乃

「………えっ?」

 

そう言えば、先程からシロちゃんの声が聞こえないと思ったら、まさかこの場に居なかった?

確かめたいけど、周りはみんな真っ暗で誰がどこに居るのか、全く分からない。

なんだか嫌な予感が急速に膨れあがっていった。

気が付くと、私は大声でその主を呼んでいたのだ。

 

岬 明乃

「シロちゃーん!どこにいるの!?居たら返事して!」

 

だけど返ってきたのは、ざわめく乗客達の声だけだった。

この事でさらに不安が、風船のように大きくなっていく。

嫌な汗も沢山出てくる。

携帯電話を出そうにも、さっきカウンターへ預けたままだと気付く。

これじゃあ、連絡を取ることが出来ないっ。

完全に八方塞がりだった。

 

岬 明乃

「シロちゃん!お願い、返事して!」

万里小路 楓

「落ち着いて下さい岬さん!この状態で動くのは危険です!」

岬 明乃

「で、でも!」

磯崎 凛

「岬さん、落ち着くんだ。不安なのは分かるが、ここで慌てても事態は好転しないよ。だから落ち着いて」

岬 明乃

「………っ」

磯崎 蘭

「ミケちゃん、電力が復旧するまで待ってよ?さすがにこんな暗い中じゃ、動けないし」

 

隣で囁いてくれる蘭ちゃんの声も、今は焦りの中で消えてしまいそうだった。

何も出来ない自分が、もどかしかった。

シロちゃんの安否さえも分からない自分が、無力だと悟った。

 

――――ツアーガイドさんの言う予備電源も、なかなか復旧せずに数分が経とうとしていた。

ここで乗客達がパニックを引き起こし始める。

 

男性乗客

「おい!いつになったら照明は元に戻るんだよ!!」

女性乗客

「さっき預けた携帯電話、返してよ!携帯なら明かりを点せられるから!」

ツアーガイド

「それは出来ません!ステーションの機密保持条約に則らないといけません!この混乱に乗じて、ステーション内部を撮影されたら、機密が外部へ漏れてしまいます!」

男性乗客

「なにっ、俺らがスパイ紛いな行為をするってのか!?冗談じゃねぇ、なら俺はさっさと帰らせて貰うぞ!」

ツアーガイド

「なっ、お客様困ります!明かりが僅かにあるとは言え、動かれては――――」

男性乗客

「うるせぇ!こんな危険な場所に居られるか!」

??????

「まぁまぁ、少し落ち着いて下さい。動くにしろ留まるにせよ、こんな暗くてはどこが出口なのかは分からないでしょう?なら動き回るのはオススメしませんよ」

男性乗客

「た、確かにそうだけどよ、いつまでもここに居るわけにもいかねぇだろ。って言うかあんた誰だよ?」

??????

「これは申し遅れました。私は海上自衛隊所属、角松洋介(かどまつようすけ)と申します」

男性乗客

「えっ!?あんた海自の人だったのか。そりゃ悪かったな」

 

海上自衛隊、の角松さんと名乗った彼を見て、今まで乱暴口調だった男の人が急に大人しくなった。

ワイシャツにズボンと普通の格好だが、どこか民間人とは違うオーラを感じていた。

体格も一回り大きく、服の上から見てもかなり鍛えられている。

海上自衛隊………うん、聞いたことがない。

名前に海上が入ってるって事は、私達の世界で言うブルーマーメイドやホワイトドルフィンの様な位置付けなのかも知れない。

 

万里小路 楓

「海上自衛隊という組織は、聞いたことがございません、岬さん」

岬 明乃

「うーん、ホワイトドルフィンかブルマーみたいなものかな?」

万里小路 楓

「まぁ!もしそうでしたら、私達の先輩になる方々ですね。あのお方は、海の平和を守るのですから」

 

こちらの心境を悟ったのか、万里小路さんが耳元で囁いてくれた。

万里小路さんの言葉に、私はハッとした。

私達の先輩、か。

もう一度、チラリと角松さんの方を見た。

ツアーガイドさんと色々と話している。

とても落ち着いている人で、時折、男性特有の笑みを浮かべていて、周りの人達を安心させているようだ。

その姿を、ブルーマーメイドと重ねてみる。

………………うん、私が目指している姿と、全く同じだ。

助けるべき人達が居て、不安を抱えている人々を取り除いて。

そして、会いたい人達の元へ還していく。

まさに、理想的な姿そのものだった。

 

??????

「よう洋介、この後どうするって?」

角松 洋介

「康平か。ツアーガイドと話したんだが、復旧する見込みはあるそうだ。だから俺達が配電室に行って修理する必要はないそうだ」

??????

「そりゃ良かった。にしても、何が原因で停電が起きたんだ?」

角松 洋介

「………あまり大きな声で言えないが、彼女が言うには配電盤が爆弾で吹っ飛ばされていたようだ」

??????

「マジかよ?でも、爆発音なんて俺は聞いてないぜ?」

角松 洋介

「そりゃそうだ。その配電盤があるのはこことは別の区画なんだ、聞こえないのは当然だ」

 

途中から他の乗客達に聞こえないように、そっと耳元でそう呟いていたけど、近くに居た私達には聞こえてしまった。

何やら物騒な単語が出てきて、身が強ばってしまった。

そうだったんだ。

爆発が違うところから聞こえたなら、確かに聞こえないね。

でも、誰が何のために爆弾なんて設置して、爆発させたんだろう?

 

角松 洋介

「そう言えば菊池は?さっきから姿が見えないが?」

??????

「トイレだよ。さっきツアーガイドに聞いて、非常灯を頼りに行ったよ」

角松 洋介

「非常灯?非常灯があるなら、なんでさっさと非常灯使ってエレベーターまで誘導して、客を下の階へ降ろさないんだ?小規模とは言え、爆発があったんだぞ」

??????

「理由は知らないが、エレベーターに通じる非常灯が、なぜか点灯しないから、真っ暗のままじゃ動くに動けないんだとよ」

角松 洋介

「大丈夫かこの施設。まだ設備が整ってないんじゃ――――」

 

………壊れた非常灯、小規模の爆発、そしてシロちゃんの安否不明。

いくつも重なる不可解な要因に、やはり焦りや不安を感じる。

ま、まさかっ――――

 

岬 明乃

「その爆発に、シロちゃんが巻き込まれたんじゃ………!」

??????

「いや、その爆発で怪我人が出たなんて話は聞いてないぜ。だから君の連れが爆発に巻き込まれたなんて事はないから安心しな」

 

声に出ていたのか、私はハッと口元を押さえた。

そばで話していた彼に聞こえていたのか、私の独り言に答えてくれたようだ。

 

岬 明乃

「そっか、怪我人は出てないんだ。よかった………」

万里小路 楓

「貴重な情報提供、ありがとうございました。失礼ですが、お名前を教えて下さいませんか?恩人の名前を聞いておきたいのです」

??????

「おっと、こりゃ失礼。俺は尾栗康平(おぐりこうへい)って言います。こいつと同じで、海上自衛隊所属してるんだ、よろしくな」

 

隣にいる角松さんに肘を付きながら名乗り出る。

ニカッと笑う姿が似合っていて、でも雰囲気はしっかりとした大人そのものだった。

この空気に居たからか、どこか頼りになる人というか、安心できる人というか。

これが、海上自衛隊の人達が持ってる器なのだろうか?

私の憧れる、同じ海を守るブルーマーメイドの人達と同じ――――

 

??????

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突如として鳴り響く男性の悲鳴。

心拍数が一瞬で跳ね上がり、身体が強ばってしまう。

あまりにも唐突な出来事に、周囲の人々にも戦慄が走った。

あ、これはやばい。

このままじゃ………。

 

女性乗客

「えっ!?な、何今の!?」

外国人乗客

「お、男の悲鳴だ!男の悲鳴が聞こえたぞ!?」

男性乗客

「こっ、こんなところに居られるか!!おい!俺達をさっさとここから出せー!!」

 

案の定、乗客達がパニックに陥った。

1人の悲鳴は連鎖し、周囲の人々を恐怖に陥れる。

恐ろしいのは、そこが全く悪意がなくてもそれが人々の本能を刺激して、行動として突き動かしてしまうことだ。

だから、この後に起るのは………。

 

乗客達

「「「「うわぁぁぁぁ!?」」」」

 

多くの人々が我先にと、ここから離れるために互いを押しつけ合っていた。

非常灯が点灯している通路を走る者もいれば、非常灯が故障していて真っ暗な通路へ逃げる者もいる。

点灯している方へ逃げているならまだしも、真っ暗な方へ逃げるなんて!

 

角松 洋介

「皆さん!落ち着いて下さい!」

尾栗 康平

「お、おい!落ち着け!ここでパニックになったら余計に――――」

??????

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

今度は聞き覚えのある悲鳴が周囲を包んだ。

こ、この叫び声は!!

 

岬 明乃

「この声、蘭ちゃん!!」

磯崎 凛

「くそ!蘭っ、どこにいるんだ!?返事をしろ!」

綾瀬 留衣

「蘭!蘭!どこだ!」

 

………いつの間にか居なくなっていた蘭ちゃんに、私達は全く気付くことが出来なかった。

どうしていなくなったんだろう?

こんな真っ暗な中なのにっ。

疑問は尽きなかったけど、私はこの真っ暗の中で、蘭ちゃんの場所へ向かいたかった。

でも、こんな悪環境では無闇に動けなかった。

下手に動けば、二次災害が起きかねない。

くっ、悔しい。

シロちゃんだけじゃなく、蘭ちゃんの元にも行けないなんて………!!

 

角松 洋介

「あっ、明かりが点いたぞ!」

岬 明乃

「っ!シロちゃん!蘭ちゃん!」

万里小路 楓

「あっ!待って下さい岬艦長!」

 

ようやく修理が終わったのだろう、明かりが点いた途端、私はその場から走り出していた。

万里小路さんの静止も聞かず、以前のように飛び出した。

戸惑う人々の中を掻き分けて、シロちゃんと蘭ちゃんを捜し回った。

そしたら、広い場所へ出てきた時――――蘭ちゃんとトリエラちゃんの姿があった。

蘭ちゃんは壁際に横たわっていて、グッタリとしていた。

その彼女をトリエラちゃんは介抱をしている2人に、私は駆け寄っていった。

 

岬 明乃

「2人とも、どうしたの!?どこか怪我でもしたの!?」

トリエラ

「………この子がそこから落ちそうになってるところを、私が咄嗟に手を掴んで引き上げたの。いっつ!」

岬 明乃

「だ、大丈夫?腕、怪我したの?」

トリエラ

「え、ええ。さっきこの子の兄と握力対決した時と、今引き上げた時のダメージが腕と肩に集中しちゃったみたいで、痛みが出てきちゃって………」

 

そこからの部分で、私は目の前の吹き抜けを一瞬だけ見つめた。

そこはエントランスのような場所で、下には大勢の観光客が点在している。

………もしここから落ちてたら、この高さから落ちたら蘭ちゃんは――――

そこまで考えて、頭を振り払った。

最悪な場面を想像しそうになるも、そうならないように助けてくれたトリエラちゃんに感謝しながら彼女の様子を伺った。

トリエラちゃんは、時折、顔を歪めながら右肩を痛そうに抑えている。

そう言えば、さっきそんな対決してたんだっけ?

かなり痛そうにしていたけど、それでも蘭ちゃんを引き上げるんだから、相当な腕力あるって事だよね?

改めてすごいなぁ、と感じながら、トリエラちゃんは続けた。

 

トリエラ

「この子は安心しきったのか、気を失ってる。でもどこも異常はなさそうだから、大丈夫だと思うよ」

岬 明乃

「ほっ、良かった、どこも怪我がなくて………そうだ、シロちゃんを見なかった?さっきから姿が見えなくてっ」

トリエラ

「えっ?シロちゃん?いえ、知らないわ。ここはいいから、あんたはその子を探しに行ったら?」

 

私はコクリと頷いて、トリエラちゃんをその場に任せてそこを後にした。

トリエラちゃんも知らないって事は、ここには居ないと思うっ。

シロちゃん、どこに居るの!?

私は居そうな場所を考えたけど………。

ダメだ、焦りすぎて考えがまとまらない!!

とりあえず近場から探し出そうと決心した時――――通路の奥から人だかりを見つけた。

だからそこへと足を進める。

も、もしかしたら――――

 

岬 明乃

「あのっ、すみません!通して下さい!」

 

人々の隙間をまたもかいくぐって、騒ぎの中心となる場所へ赴いていく。

するとそこは、どうやら男子トイレから続くようだった。

数人の大人が出入りしているところを見るに、間違いなさそうだった。

そして恐る恐るトイレ内を見てみると――――

 

岬 明乃

「えっ………シロ、ちゃん?」

 

消えそうな声しか、出てこなかった。

なぜならそこには、壁際に倒れていたシロちゃんの姿を見たからだった。

――――身体中に血を沢山、付けた状態のシロちゃんを。

全く動かない彼女は、まるで………死んでいるようで。

力なく首が垂れている姿は。

頼りになる彼女の表情は、今は何も映し出してなくて、まるで――――

 

岬 明乃

「――――」

 

言葉にならない叫びが、全身を覆い尽くしていた。

後悔の波が押し寄せて、私を殺しに掛かってくるようにも感じる。

あの時、ずっとシロちゃんの傍に居ていれば。

停電したあの時、すぐにシロちゃんを探しに行っていれば。

今日の宇宙エレベーター見学ツアーに参加さえしていなければ。

グルグル回って、後悔の渦が私を飲み込んでいく。

シロちゃんに触れようとしたけど、後ろから誰かに抑えられて、それでもシロちゃんを触れようとするのを止めなかったからか、誰かに羽交い締めにされて。

その後の事は、全く覚えていなかった。

なぜなら、いつの間にか意識を無くしていたのだから。

これが夢なら良かったなと、何度も思いながら、私は現実との世界との繋がりを絶った。

 




感想をお待ちしております。


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第10話 運命の分岐点

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者です。

お待たせしました。最新話を投稿致します。
前回のお話で、宗谷ましろさんが倒れましたね。
ここで主人公の対応次第で、今後の物語が大きく変わる一つの分岐点となります。

それでは早速どうぞ。



[運命の分岐点]

2012年、7月19日、14;13;15

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町港湾 宇宙エレベーター・火星重力センター、2番ゲート

―――――――――――

――――――

――――

あれからいったい、どれほどの時間が過ぎただろうか?

現実と夢の狭間を彷徨っているような感覚で、早く目覚めろ、と誰かから言われた気がした。

そんな幻聴が聞こえたって事は、いよいよ頭がおかしくなったのかも知れない。

 

??????

「――――、起きて下さい!聞こえますか!?」

 

でも誰かが私を起こす声が、かすかに聞こえる。

私が聞いたその台詞は、皮肉にも、この世界へ飛ばされて最初に聞いた言葉と、全く同じだった。

だけど私は、あの時と違ってすぐに両目を開くことが出来なかった。

その時私を起こしてくれたのが、紛れもなくシロちゃんだったから。

意識を手放す時に見た、最後の記憶。

シロちゃんが、血だらけで壁際で横たわっている光景。

ハッキリ言って、現実世界に目覚めて確認するのが、怖くて怖くて仕方がなかった。

もしも目覚めて、シロちゃんが………死んでしまったら?

両親を失った私がまた、大事な誰かを亡くしてしまったら?

そう考えてしまったら、恐怖に縛られて動けなくなってしまう。

 

そう思った瞬間、私の脳裏にフラッシュバックが起きる。

昔見た、どこかの光景。

海辺をバックに、隣に居る小さな女の子。

驚いたのは、その子の顔にモザイクが掛かっていて、顔を認識できなかったこと。

なぜこうなっているのか分からない。

私はその子の顔を見ながら熟考する。

名前は思い出せないけど、忘れてはいけないような、いや、忘れるはずのない子なのは分かっていた。

だけどどうしても、名前は思い出せなかった。

 

??????

「――――ちゃん、私ね――――」

 

その子の語った内容を表した口の動きで、その子が何を言いたいのかを理解した時、私はハッと我に返った。

――――そうだ、私は何をやってたの?私は、誓ったじゃない。

――ちゃんと交わした約束。

晴風の艦長になった私が目指していた、”お父さん”になる目標を。

隣の子が誰なのかは分からないけど、この子のおかげで思い出せた!!

みんなを守れるようなお父さんの存在になるって!

………もう既にシロちゃんを守れてない時点で、もうお父さんじゃないかも知れないけど、それでも。

それでも、ちゃんと現実と向き合わなきゃ行けないんだ!

 

岬 明乃

「ありがとう!大切な目標を思い出させてくれて!私、もう行くね!!」

 

隣の子に別れの言葉を継げると、私は勇気を振り絞って両の目を開いた。

………気のせいかな?

私が最後に振り向いた時、悲しい顔してたような………。

 

万里小路 楓

「岬さん!しっかりして下さいませ!」

 

私の肩を揺すってを起こしてくれたのは、万里小路さんだった。

心配そうに見下ろしていた私を見て、喜びの顔が見れたのは、嬉しかった。

私が目覚めたのは、トイレの前の通路だった。

背中を壁に付けて気絶したようだった。

 

万里小路 楓

「岬さんっ、意識が戻ったのでございますね?」

岬 明乃

「う、うん。ごめんね?心配掛けさせちゃって」

万里小路 楓

「………岬さん、落ち着いて聞いて下さい」

 

普段の柔和な笑みは消え去り、別の表情が姿を現した。

深刻な事態、あるいは戦いに挑んだ時の顔と、全く同じだった。

その両目は、私の不安な表情を如実に記していた。

 

岬 明乃

「っ、ど、どうしたの?何かあった?」

万里小路 楓

「岬さん、宗谷さんの事で話したいことがあるんです」

 

やっぱり、か。

でも、シロちゃんは絶対に無事!

いくら不幸であっても、死んでしまったなんて事――――

 

万里小路 楓

「宗谷さんは無事です。軽い脳震盪を起こしたと、自衛隊の方が仰ってました。宗谷さんは今、医務室にいます。心配いりませんわ」

岬 明乃

「ほっ、良かったぁ………」

万里小路 楓

「ですが、その、別の問題が」

 

無事だと分かっても、なおも万里小路さんの顔は晴れなかった。

別の問題?

そう言えば、シロちゃんはどこに居るのだろう?

 

岬 明乃

「もしかして、シロちゃんがこの場に居ないことと関係あるのかな?」

万里小路 楓

「っ、そ、それは」

磯崎 蘭

「あっ、ミケちゃん!目が覚めたんだね!」

 

万里小路さんが答えに詰まっていると、蘭ちゃんが元気よく手を振ってくれた。

さっきホールから落ちそうになったって言ってたけど、特に怪我はなさそうだった。

良かった、怪我がなくて………。

 

岬 明乃

「トリエラちゃんから聞いたよ、蘭ちゃん。ホールから落ちそうになったって」

磯崎 蘭

「う、うん。トリエラさんが居なかったら、今頃大変な事になってたよ………って、こんな呑気に話してる場合じゃないよ!!大変なんだよ!!」

 

両手をブンブン振り回して、強引に話を切り替えた。

 

岬 明乃

「な、何があったの?まさか、シロちゃんの具合が悪くなった!?」

磯崎 蘭

「いや、違うの。岬さん、落ち着いて聞いて」

 

しん、と波打ったかのような静けさ。

岬さん。

そんな呼び方をするって事は、よほど深刻なのだろう。

これ以上、何があるって言うの?

 

磯崎 蘭

「実はさっきね、トイレで男の人が死んでるのを見つけたの。その傍に、宗谷さんが倒れてたの」

岬 明乃

「えっ?人が、死んでた?」

 

聞き慣れない言葉で、思考が固まってしまった。

ニュースとかで殺人事件や事故で人が亡くなったと聞いたことはあるが、まさかこんな身近な場所で聞くことになるなんて、思わなかった。

蘭ちゃんは話を続ける。

 

磯崎 蘭

「それで、その男の人は他殺されたって見解が出て、その容疑者に、宗谷さんがさっき逮捕されちゃったんです」

岬 明乃

「………………は?」

万里小路 楓

「蘭さんの言ったことは本当でございます。私が伝えたかったのは、その………」

 

とても言葉にしづらそうに顔を俯かせる。

………事件の容疑者として逮捕?

これもまた、テレビでしか聞いたことがない言葉だった。

いやいや、ちょっと待ってよ。

何でシロちゃんが疑われるのさ?

 

岬 明乃

「こんなのおかしいよ。何でシロちゃんが捕まるのさ?あんなにたくさん血まで出てたのに、普通は被害者でしょう!」

磯崎 蘭

「それが、宗谷さんの服に付いていた血は宗谷さんのじゃなくて、殺された人の血だったんだよ。だから被害者は男の人だって」

岬 明乃

「それでもだよ!それに、シロちゃんが人を殺すわけないでしょ!きっと何かの間違いだよ!」

??????

「いいえ。その人は間違いなく、被害者を殺害しています」

 

怒り出していた私に、女の声がする。

その人は私達と変わらないくらいの年齢の女で、こちらに向かってツカツカと歩いてきた。

それよりも………。

 

磯崎 蘭

「あの、男の人を殺害したのって、本当に宗谷さんなんですか?いくらトイレで一緒に倒れていたからと言って、容疑者にするなんて」

??????

「一緒に倒れただけではありません。目撃者が居たんです。被害者の男性に襲い掛かって殺害する場面をね!」

万里小路 楓

「そ、それは本当ですか?」

??????

「裏付け調査はちゃんと行っています。間違いなんてありません」

岬 明乃

「………ところであなたは誰?」

??????

「ああ、申し遅れました。私は検事をしております、琴浦春香(ことうらはるか)と申します。今回の事件の担当検事になりましたので、よろしく」

 

小さな頭が揺れ、深く頭を下げる。

検事って、この子が?

法律に詳しいわけじゃないけど、こんな小さな子が検事なんてなれるの?

 

琴浦 春香

「私は学園都市で検事資格を取得しましたので、ちゃんと法廷で犯罪の立証を行えますよ。ご心配なく」

 

なんだか心を読まれたような気がするけど、でも、そんなことはどうでも良い。

私は一歩前へ出た。

 

岬 明乃

「シロちゃんは、宗谷ましろさんは人殺しなんてやってません。あなたは、間違ってます」

琴浦 春香

「ふぅん?でもこちらには決定的な証拠品が多数あります。彼女の有罪判決は確かなのも事実です。まぁ、そこまで言うなら法廷で待ってますから」

 

そう言い残して、琴浦さんは去って行った。

法廷で待ってる………と、言ったのだろうか?

その言葉の中に、いったいどう言う意味が含まれているのだろう?

 

磯崎 蘭

「あれって、どう言う意味なんだろう?」

万里小路 楓

「………こちらの勝利は確実。反論があるならしてみろ、と言う意味でしょう。彼女から、かなりの自信を感じられましたから」

岬 明乃

「………」

 

私はシロちゃんから話を聞くために、医務室へ向かった。

真面目で、頼りになって、でもちょっとカワイイ物が大好きなシロちゃん。

そして………いつだって私の隣で支えてくれてたシロちゃんが、人を殺すはずない!!

だから話を聞いて、こんな事件とは無関係だって、あの検事さんに教えるんだ!!

2人は、私に黙って付いてきてくれた――――

 

コンコンッ

医務室の前まで来ると、ノックする。

中から返事があると、私達は医務室へと入った。

 

岬 明乃

「失礼します。あの、宗谷ましろさんはいらっしゃいますか?」

ドクター

「ん?ああ、さっきの患者さんね。奥に居るよ。宗谷さん、刑事さん、面会だよ」

宗谷 ましろ

「あっ、艦長………」

岬 明乃

「シロちゃん………」

 

そこに居たのは、ベッドから上半身だけ起こして、頭に包帯を巻かれた状態の彼女であった。

私の顔を見た途端、シロちゃんはどこか悲しそうな目をしていた。

身体を両手で覆い尽くすように、こちらを見つめている。

傍には濃い緑色のコートを着た、無精ひげを生やした男性が座っていた。

 

??????

「ん?なんなんすか?あんた達は?」

岬 明乃

「あの、岬明乃と申します。こっちは万里小路楓さんで、こっちは磯崎蘭ちゃんです。シロちゃ、宗谷ましろさんと同じ高校のクラスメイトです。ここへ運ばれたと聞いたので、様子を見に来たんです」

万里小路 楓

「宗谷さん、調子は如何ですか?」

磯崎 蘭

「怪我がなくて良かったです!!」

宗谷 ましろ

「2人とも………ありがとう。医者が言うには軽い脳震盪って言われたから、すぐに良くなるよ」

??????

「ああ、そうだったすか。自分は、糸鋸圭介(いとのこぎりけいすけ)と申すっす。今は訳あって、この町で所轄の刑事をしてるっすよ!」

 

椅子から立ち上がり、ビシッと敬礼してくれた。

本当はこっちも敬礼したかったけど、艦長帽を忘れてしまったので控えた。

って言うか、口調がももちゃんに似ていて、一瞬だけ笑いそうになるけど、懸命に堪えた。

 

糸鋸 圭介

「それで宗谷さん、さっきの話の続きを良いっすか?」

宗谷 ましろ

「は、はい………」

岬 明乃

「待って下さい!シロちゃんが人を殺すはずありません!何かの間違いです!」

糸鋸 圭介

「それを今確認中っすよ。落ち着くっす、それも後に聞くっすから」

宗谷 ましろ

「………岬さん達とこのステーションで見学している時にはぐれてしまって、道に迷ったんです。しばらくしてから停電が起きて、でもちょうど近くに明かりの点いてたトイレから、物音がしてトイレに入ってから………うぐ!!」

岬 明乃

「だ、大丈夫シロちゃん!?もしかして怪我がまだ治ってないんじゃっ」

宗谷 ましろ

「うぐぅ、何も、何も思い出せないんですよ………!!停電した後の事を、全く!」

 

シロちゃんが悲鳴を上げて、頭を両腕で抱えながら悶絶する。

 

糸鋸 圭介

「本当に何も覚えてないっすか?ただ単にその場で言い逃れしてるだけじゃないっすか?」

 

この言葉で、私はキレた。

………怪我してる人に向かって言い逃れしてるって?

 

岬 明乃

「なに言ってるんですか!!シロちゃんは脳震盪を起こして、医務室に運ばれたんですよ!?頭を強く打った子が本気で嘘を言ってるように見えるんですか!?」

糸鋸 圭介

「ああいや、違うっす!被疑者の中には嘘をついて、罪から逃れる方も居るって意味で………」

岬 明乃

「つまりシロちゃんを疑ってるんじゃないですか!!仕事なら仕方ありませんけど、こんなに苦しんでいるのに嘘なんて言えるわけないでしょう!!」

 

はぁ、はぁ、はぁ………。

人生で初めてこんなに怒りをぶつけたことで、私は息切れを起こしてしまった。

蘭ちゃんと万里小路さん、シロちゃんは呆然と見つめている。

 

糸鋸 圭介

「うぅ、仕事とは言え、こんなに怒られるのはきついっすよ………」

岬 明乃

「それで、シロちゃん。はぁ、他に何か覚えてないかな?ふぅ、シロちゃんが、人殺し何てするはずないし、何かの間違いだって、ひぃ」

宗谷 ましろ

「艦長、息を整えてからでも大丈夫ですので、落ち着いて下さい。ほら、深呼吸して」

岬 明乃

「すー、はぁー。すー、はぁ………うん、落ち着いたかな?」

宗谷 ましろ

「なんで疑問系なんですか………」

糸鋸 圭介

「おほん!では話の続きを、と言いたいところっすけど、さっきからあんたが言っている艦長ってなんすか?」

 

シロちゃんが少しだけいつもの調子に戻ったのも束の間。

あー、やっぱり気になるよね。

シロちゃんはしまったって顔に出てるから、またフォローしないとね。

普段から私はシロちゃんに頼りっぱなしだから、ここで変に疑われないようにしないとね。

 

糸鋸 圭介

「まぁ、どうでもいいっすけどね。それで、さっきの話の続きを聞かせて欲しいっす」

岬 明乃

「………」

 

一瞬だけ怒鳴りつけようかと考えたけど、不毛なので止めた。

それに、シロちゃんの話の続き、私も知りたかったから。

 

宗谷 ましろ

「続きも何も、気絶から目を覚ましたら、トイレの中で倒れていたんです。それくらいしか覚えてません」

糸鋸 圭介

「ふむふむ。ではトイレで殺害された男性に面識はないと言うっすか?」

宗谷 ましろ

「あ、当たり前です!!み、見たことも会ったこともありませんよ。あんな人っ」

 

殺害された男性のことになると、シロちゃんの様子が変わった。

なんだかシロちゃんが慌てて否定しているようにも見える。

………シロちゃん、事件とは全く無関係だよね?不安が募り始めるのを隠すように、両腕を抱えた。

後で刑事さんに内緒でこっそり聞いてみよう。

 

糸鋸 圭介

「しかし、凶器に使われたナイフからはあんたの指紋が検出されたっすよ!これはどう説明するっすか!?実は本当は凶器でブスリと刺したんじゃないっすか?」

宗谷 ましろ

「えっ」

3人

「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

この場に来て、一番驚いた事実だった。

いやいや、待ってよ。

何でシロちゃんの指紋が凶器から検出されるのさ?

 

宗谷 ましろ

「待って下さい!私は本当に知りません!気を失っていて、目が覚めたらいつの間にかここに居てっ」

糸鋸 圭介

「それはもう分かったっす!とにかく、あんたは事件の容疑者っす!直に裁判も始まるから、必要な証言をまとめるっすよ!これから事情聴取を行うから、ほら!あんた達はさっさと出て行くっす!」

磯崎 蘭

「うわぁ!?」

??????

「「おふっ」」

 

バタンッ

医務室から無理矢理追い出される形で、私達は通路へと流されてしまった。

私は扉に縋り付いた。

まだ私は、シロちゃんから聞きたいことがあったのに。

 

ドクター

「やれやれ、私も追い出されるのか。まぁ、部屋の物を勝手に弄らないように言ってあるから、関係ないがね。君達もあまり警察の人に迷惑を掛けちゃいけないよ」

 

そう言い残してその場から立ち去った。

通路に取り残されたのは、6人だけ………6人?

 

トリエラ

「ううぅ、何よいきなり。部屋から飛び出してさ………」

磯崎 凛

「扉で鼻ぶつけちまった………」

綾瀬 留衣

「あ、どうも」

 

そこには、しばらく顔を見ていなかった3人がそこに立っていた。

トリエラちゃんと凜さんは顔をぶつけたらしく、鼻辺りを擦っている。

留衣君は特に打った箇所はなく、頭を下げる。

 

万里小路 楓

「申し訳ございません。こちらの不注意で怪我をさせてしまいました」

トリエラ

「良いのよ別に、怪我なんて慣れっこだから。それよりどうしたの?あんた達、かなり深刻と言うか、難しそうな顔してさ。何かあったの?」

岬 明乃

「っ、実はね………」

 

これまでの経緯を、トリエラちゃんに全て話した。

この近くで殺人事件があったこと、その容疑者に、シロちゃんが疑われていることも。

 

トリエラ

「そ、そうだったの。だから警察があんなにたくさん来てたのね。さっきトイレの近くに警官が張り付いてたよ」

磯崎 凛

「俺と留衣も色々と事情聞かれた。犯行時刻にどこで何してたってな」

磯崎 蘭

「もう、あんなに暗くて動けなかったのに、トイレに行けるはずないのに」

綾瀬 留衣

「………岬さん、さっき医務室の刑事さんが裁判が行われるって言ってたんですよね?」

岬 明乃

「うん、言ってたね。でも裁判って、そんなに早くに行われるの?」

綾瀬 留衣

「日本の一般的な法律として、序審法廷制度と言って刑事事件が発生した場合、審理はまず起訴された容疑者が有罪か無罪か、または有罪が確定した後に被告の量刑を審理する日数を最長で3日以内で行わなくてはいけない法律なんです。これはご存じですよね?」

 

と言われても、私達はこの世界の住民じゃないから当然知る由がない。

元の世界でも裁判なんて単語自体聞かないから、3日以内で誰が犯人かを決めなくちゃいけないなんて法律、聞いたことがないから、何も言えない。

 

磯崎 凛

「なぁ、留衣。それって結局はどう言う意味なんだ?」

綾瀬 留衣

「つまり、簡単に言うと犯罪が多いから、ぱぱっと片付けよう。と、解釈して頂ければ大丈夫です」

万里小路 楓

「それを3日で全て解決させないといけないのですね。人様の命運が掛かっている裁判を、そのような短期間で閉幕して問題ないのでしょうか?」

綾瀬 留衣

「疑問が残る制度です。でもルールとして用いられてしまった以上、遵守しなければいけないのも事実です………ところで話を元に戻しますけど、もうすぐ裁判が始まってしまうなら、誰が宗谷さんの弁護を引き受けるか聞いてますか?」

岬 明乃

「ううん、聞いてないよ。あ、でもさっき私くらいの年齢の子が検事をするって言ってたよ」

??????

「なら急いで弁護士探して、彼女を弁護させなさい。でないとあなたのお友達、無実の罪で収監されちゃうわよ」

 

初めて聞く声に、私達は背後を振り返った。

車いすに乗った若い女性で、赤い髪が光っている。

そして後ろから車いすを押している女性の2人がやって来た。

 

磯崎 蘭

「あの、さっきの無実の罪で収監されるって、どう言う意味ですか?」

??????

「そのままの意味よ。彼女の実力は知ってるわ。いくつもの事件を担当して、被告人を有罪判決に導いてる。だからあなた達も早く腕利きの弁護士を付けないと、大変なことになるわよ」

万里小路 楓

「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、不幸にも弁護士様の知り合いはございません。そのような状態でどのように弁護士様を探すのでしょう?」

??????

「被告人に対して弁護士を付ける権利は、全ての人間にある。この法律があるから、誰かしら弁護士は付けること出来るわ。よかったら私が手配しておこうか?」

岬 明乃

「お願いしてもよろしいですか?」

??????

「もっちろん!ほら汐子!仕事よ!」

??????

「ふえぇぇ、結局はあたしがやるんじゃないですか~」

 

後ろの女性がしくしくしながらも携帯を取り出して、どこかへ電話し始めた。

あの人、苦労人なのかな?

 

磯崎 蘭

「あっ、そうだ!私も知り合いに弁護士さんがいるので、電話してきても良いですか?」

岬 明乃

「本当!?ありがとう!お願いして良い?」

磯崎 蘭

「うん!」

??????

「………でも、検事が彼女だって知ったら、弁護を引き受けてくれる弁護士なんて、居なくなっちゃうわね」

磯崎 凛

「えっ?それってどう言う」

??????

「彼女ね、先日の裁判以外では無敗だったの。それは法曹界の人間なら誰でも知ってるの。だから、自分のキャリアに泥を塗られたくない弁護士は、きっと彼女の弁護を断るでしょうね」

岬 明乃

「そ、そんな!無実の罪で苦しんでいる子が居るのに、それをほっとくなんて!」

??????

「それ程までに恐ろしいのよ。琴浦検事の戦略が、ね」

 

………もしも、もしも誰も裁判で弁護を担当してくれなかったら?

弁護士不在の裁判になり、シロちゃんは有罪になってしまう。

そんなの、そんなの嫌だ!!

誰一人欠けることなく、全員で元の世界へ帰るんだ!

そして、いっぱい謝るんだ!

謝ってあの子にっ………あれ?

あの子って、誰だろう?

私は、誰に謝ろうとしてたのだろう?

 

??????

「町長ダメです!どの方も弁護を断ると言って、切られました!」

磯崎 蘭

「ごめんなさい!こっちもなぜか電話しても繋がらなくて………」

??????

「あーもう!やっぱりそうなっちゃうのよね!何でこう、嫌な予感っていつも当たるのかしらっ」

万里小路 楓

「そ、そんなっ、では、宗谷さんはっ!?」

??????

「ごめんなさい、弁護士不在の裁判になって、彼女は………」

 

彼女は最後まで言わなかった。

言わなくても、どうなるかは分かってしまうから。

………このまま、なにもせずに、終わっちゃうの?

何も出来ないまま、幕を閉じちゃうの?

万里小路さんは俯かせ、蘭ちゃんは留衣君に詰め寄って、打開策を聞き出そうとしていた。

凜さんとトリエラちゃんも目を合わせようとしない。

無気力が、虚脱感が、そして絶望が私達を支配していた。

私は、このまま………。

 

―――――――――――――

――――――――

――――

いや、まだだ。

それどころか、始まってすらいない。

何を悲観的になっているだ私は。

弁護士がいないなら、なれば良いじゃないか。

誰も引き受けないなら、代わりにやれば良いじゃないか。

私が、この状況を変える!!

他の誰でもない、この私が、シロちゃんを助け出すんだ!

今まで私を支えてくれて、力になってくれたシロちゃんを!

 

岬 明乃

「………町長さん」

??????

「ん?何かしら?」

岬 明乃

「裁判で誰も弁護を引き受けないなら、誰もシロちゃんを助けないなら………私が弁護士になって、シロちゃんを弁護します」

 

たった一言。

たった一言が、この場の空気を変えたんだ。

みんなの表情が徐々に、上へ向いていく。

 

??????

「………それって、代理弁護人制度として法廷に立つって事よね?」

 

代理弁護人制度。

聞いたことがないけど、名前から見て、きっと弁護士の代わりにその人が弁護する法律なのだろう。

なら、迷うことはなかった。

 

岬 明乃

「はい」

磯崎 蘭

「えっ?どう言うこと?ミケちゃんが、弁護士になるって事?」

綾瀬 留衣

「なるほど、この町は特区で15歳以上なら、代理弁護人として法廷に立つことも許されると、記載されてた。これなら!」

??????

「でも条件があるのを忘れてない?もし代理弁護人制度を適用するなら、助手として2人まで登録する必要があるのよ。正規の弁護人と違って、代理弁護人を補助する必要があるからね」

綾瀬 留衣

「補佐をする人物は、法律に詳しい人物でないといけませんか?」

??????

「いいえ。でもある程度の法廷の知識は必要だから、そうね、私からアドバイスしてあげるわ。岬さんが弁護士として法廷に立つなら、事件の調査を担当。後の1人は法廷についての制度確認で人員を割く必要がある」

??????

「あと調査するなら補佐の人がもう1人必要ですね!」

 

そっか、補佐する人間が必要なんだね。

裁判をスムーズに進めるために。

なら、私を補佐してくれる人間なんて、もう決まっていた。

私はその子達に視線を合わせて頷いた。

 

岬 明乃

「なら補佐として、万里小路さんと蘭ちゃん、お願いして良いかな?役割としては事件の調査で私と蘭ちゃん、法廷での制度確認を万里小路さんにお願いします」

万里小路 楓

「はい!畏まりました!」

磯崎 蘭

「万里小路さんは良いとして、いいの?私なんかで」

岬 明乃

「うん!万里小路さんは要領はすごくて、蘭ちゃんはどこか勘が鋭くて、そして言い出しっぺの私。このメンバーが最適かなって」

磯崎 凛

「はぁ、俺達は留守番か。事件に遭遇した身としては、蘭のポジションが羨ましい」

綾瀬 留衣

「凜さん、今回は蘭に任せましょう。素人である僕達では、足手纏いになってしまいますから」

トリエラ

「………」

??????

「なら決まりね!私は警察関係者に担当弁護士が決まったって言って、事件現場や捜査資料を渡すように手配しておくから」

??????

「それも私が全部やるんですよね?そうなんですよね?」

??????

「それくらい自分でやるわよ。あんたは車いすを押す掛かりだから!」

??????

「ふぇ~、やっぱりぃ!!」

 

………そうだ、まだ始まったばかりだ。

異世界へやって来て、一番最初の事件。

そして、人生初の裁判。

この後の展開がどうなるかは、私にも分からない。

全くの未知の世界で、私はどう切り抜けていけるのだろうか。

だけど、私には守るべき仲間がいて、頼りに出来る仲間がいて。

彼女達がいる限り、私は止まる事態にはならないだろう。

そう胸に誓いながら、相棒の2人を見つめていた。

 





感想などをお待ちしております。
次回は捜査編をお送り致します。


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第11話 調査開始!~捜査パート~

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。

久しぶりの投稿です!
かなり時間が空いてしまって、すみませんでした。
それと一言。


UA2000越えキター\(°▽°)/
読者の皆様、作品を読んでいただき、感激の極みでございます。
引き続き、作品製作に取り掛かります。

それから、ここでインフォメーションを行います。
あらすじの下の部分に、注意書きを追加しました。
見ていて、そんなもん分かっとるわい!
と言う方はスルーで問題ございません。

では、スタート。



[調査開始!]

2012年、7月19日、15;01;24

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町港湾 宇宙エレベーター・火星重力センター、医務室前

 

シロちゃんの弁護を引き受け、補佐として蘭ちゃんと行動することになった。

もう1人の補佐である万里小路さんは一度、地上へ戻って法廷制度について直に確認するようだった。

行動力のある2人の補佐に感謝しながら、今後の方針について話し合っていた。

 

岬 明乃

「まずはどうするべきかな?おおみえ張って言っちゃったけど、よく考えたら私、捜査方法とか全然分かんない」

磯崎 蘭

「それなら、まずは宗谷さんから話を聞くべきだと思う!現場百編はその後だよ!」

岬 明乃

「よし!ならシロちゃんから事件当時の状況を聞き出しに行こう」

磯崎 蘭

「はい!」

 

言うや否や、医務室の前に立ち止まった。

コンコンッ。

数回ノックすると、さっきの刑事が出てきた。

 

糸鋸 圭介

「ん?誰かと思ったら、被告人の友達じゃないっすか。どうしたっすか?」

岬 明乃

「被告人じゃなくて、シロちゃんです!」

磯崎 蘭

「それかもしくは宗谷さんとお呼び下さい」

糸鋸 圭介

「うぐぐ、む、宗谷さんなら医務室の奥にいるっすよ。それで?あんた達は何しにここへ来たっすか?」

岬 明乃

「さっき町長の人の許可が下りて、私が今回の事件の担当弁護人になりました。だからシロちゃんの事情聴取をさせて下さい」

磯崎 蘭

「ちなみに私はその助手です」

糸鋸 圭介

「なっ、なんとおぉぉぉぉぉぉぉ!?あんた達が弁護人になるんすか!?あんたが弁護士だったなんて、知らなかったっす!」

岬 明乃

「弁護士と言っても、代理弁護人で法廷に上がって弁護するだけですけどね」

糸鋸 圭介

「うぐぐぐ。ま、まぁ事情聴取くらいなら好きにすると良いっす。でも捜査資料だけは渡さないっすよ!琴浦検事にそう言われてるっすからね!残念だったっすね!!」

磯崎 蘭

「いいえ、こちらも捜査資料も渡すように町長さんが手配してるので、後で渡して貰います。いいですね?」

糸鋸 圭介

「あ、はい。後で持って来るっすよ………ああ、被告に、宗谷さんの事情聴取はもう終わったっすから、好きにして良いっすよ?」

岬 明乃

「ありがとうございまーす」

 

イトノコさんがトボトボと肩をガックシと落すと、背中を見せてその場から去った。

さっきの捜査資料を持ってくるのだろう。

蘭ちゃんとの息の合ったプレーのおかげで、シロちゃんから話を聞けそうだった。

ちょっとイトノコさんが可哀想だったけど、シロちゃんの無実を証明するためには仕方がない!

互いに頷き合って、医務室へ入ろうとすると、背後から声が掛かった。

 

トリエラ

「ねぇ。よかったら私にも、あなた達の手伝いをさせてくれないかしら?もちろん邪魔しないからさ」

 

声の主はトリエラちゃんだった。

さっきの元気のなさから一変、私達の協力してくれるとの事だった。

人の手を借りたかったため、かなりありがたかったので、断る理由は特にない。

 

岬 明乃

「ありがとう!なら、よろしくね」

トリエラ

「よろしく。それで、彼女から話を聞くのね?」

岬 明乃

「うん。まずは事件とどう関わっているのかを、確認しておきたいから」

トリエラ

「でもあの刑事には思い出せないの一点張りだったんでしょ?新しく証言なんて出来るの?」

岬 明乃

「分からないけど、シロちゃんはあの刑事さんに言えないことがあるんじゃないかって思ったの。だから、もう1回だけ話をするよ」

トリエラ

「………」

 

医務室へ入るとすぐに、シロちゃんの表情が伺えた。

顔が青ざめていて、脳震盪はもう平気だけど、具合が良くなさそうだった。

私はシロちゃんに近付いた。

 

岬 明乃

「シロちゃん、大丈夫?あの刑事さんに変なことされてない?」

宗谷 ましろ

「………特には、何もありません。それよりも岬さん、私の弁護を引き受けるって」

岬 明乃

「あれ?聞こえちゃってたかぁ。そうだよ、だって他に弁護を引き受けてくれる弁護士さんがいないんだよ!?酷いと思わない!?」

宗谷 ましろ

「いやいや、だからって岬さんは弁護士の資格なんて持ってないだろ!?どうやって弁護するんだ!?」

岬 明乃

「そんなの地道にシロちゃんの無罪を証明できる証拠集めて、法廷でみんなに納得して貰うしかないでしょ?それ以外にシロちゃんを助けられる道はないんだよ?」

宗谷 ましろ

「………はぁ、分かりました。そうするしかないんですよね。またこんな展開になって………どうせこの後私から証言を取るんでしょ?」

岬 明乃

「う、うん。よく分かったね」

 

またこんな展開になって?

どうせこの後証言取るんでしょ?

私達がやろうとしてることは間違ってないけど、なんでシロちゃんは知ってるんだろう?

ここはイトノコさんが居なくなった今が、聞き出すチャンスだね!!

 

岬 明乃

「それでシロちゃん。早速なんだけど、シロちゃんの行動をもう一度確認したいの。私達とはぐれた後、シロちゃんはどこで何をしていたのか」

宗谷 ましろ

「………………最初に言いましたが、はぐれた後は通路を彷徨ってたんですよ。しばらくしてから停電が起きて、でもちょうど近くに明かりの点いてたトイレから、物音がしてトイレに入ったんです」

 

ここまでは、さっきの内容と同じだ。

問題は、ここからだ。

 

宗谷 ましろ

「………ああ、そうだ!思い出した!確かあれは、トイレに入ったら突然、男が襲ってきたんです!私は逃げようとして、そしたら男が覆い被さってきて、そのまま気絶して今って、目が覚めたら………」

 

殺人事件の容疑者にされちゃってところか。

でも私はそれを聞いて安心した。

だってシロちゃん、犯人じゃないって分かったんだもん。

それだけでもこの裁判、戦えるよ!

 

磯崎 蘭

「ほっ、宗谷さんが犯人じゃなくって良かったぁ。何も覚えてないって言ったら、どうしようかと思ったよ」

トリエラ

「でもさ、あの小さな検事さん言ってたじゃない。この子が被害者を殺害する瞬間を、目撃したって人がいるんだよ?それはどう説明するの?」

宗谷 ましろ

「えっ!?ど、どう言う意味だそれは!!」

トリエラ

「どうって、そのままの意味よ。あんたが被害者を殺した瞬間を見た人が居るんだって」

 

あっ、そう言えばそうだった。

でも本人が男の人、被害者に襲われたって言ってるから、これも事実。

つまり………あれ?結論は?

 

岬 明乃

「でもでも、シロちゃんは被害者に襲われたって言ってるよ?でもあの検事さんはシロちゃんが被害者を殺害したとも言ってる」

トリエラ

「あまりこう言う事は言いたくないけど、この子が嘘を言ってるのも考えられるわ」

宗谷 ましろ

「なっ、そんな筈ないだろ!そもそも被害者とは面識がないのに、なんで人殺しなんてする必要があるんだ!!」

トリエラ

「動機がないにしろあるにしろ、凶器からはあなたの指紋が出てる。さらには目撃者までいる。これらの証拠がある限り、あなたの容疑が晴れることはないわ」

宗谷 ましろ

「ぐぅ、私は凶器の事なんて知らないし、本当に無実なんだぁ………」

 

再び頭を抑えて苦悩するシロちゃんに、私は静かに呟いた。

 

岬 明乃

「大丈夫、シロちゃんはやってないよ。本当に不幸な出来事が重なって起きちゃった、事件なんだよ。それに、分かるんだ。ずっと傍に居たから、シロちゃんのこと」

トリエラ

「はぁ?それって身内贔屓なんじゃないの?そんなんじゃ証拠にはならないわよ」

岬 明乃

「それでも、だよ。それでも私はシロちゃんが犯人じゃないって信じるよ。だからシロちゃん、もう少しだけ詳しく話を聞かせてくれないかな?相手の特徴とか」

宗谷 ましろ

「ええ、いいですよ――――」

 

宗谷 ましろ

「トイレに入ったら、被害者が襲ってきたんです。でも、光が反射していたせいでほとんど相手の姿が見えませんでした。そしたら、相手が私を押し倒して、床に頭を打って気絶したんです………」

 

証拠品:宗谷ましろの証言

 

岬 明乃

「なるほど………うん、シロちゃんありがとう。蘭ちゃん、シロちゃんの証言取った?」

磯崎 蘭

「うん、取ったよ。宗谷さんの証言」

宗谷 ましろ

「………岬さん、この度は、その、本当に申し訳ありませんでした」

岬 明乃

「?どうしたのシロちゃん?急に謝ったりして」

宗谷 ましろ

「今回の件ですよ。こんな事件に、岬さんや万里小路さん達を巻き込んでしまったんです、私があの時、岬さん達とはぐれていなければ、巻き込まれずに済んだのにっ」

 

シロちゃんが悔しそうにシーツをギューッと握りしめた。

………シロちゃんが言っているのは、この世界の厄介事に巻き込まれてしまった後悔なのか。

それとも、自分達の身元がこの世界の人達に知られてしまう恐れがあるから来るのか。

前者の場合なら、これは仕方ないと思う。

悲しいことに、事件はどこの世界でも、どの時代だって起きるものだ。

ただ運のないことに、それにシロちゃんが巻き込まれてしまっただけなんだ。

だから、シロちゃんを責めるマネは絶対にしない。

後者の場合なら――――

 

岬 明乃

「気にしないで。って言ってもシロちゃんは気にしちゃうと思う。だから………この裁判を乗り越えられたら、もっと他の場所へ行こう?それで、みんなともっともっと楽しい旅をしようよ!」

 

真面目すぎるシロちゃんには、これが最適。

か、どうかは分からないけど、私が今思う付く限りの罰。

真面目だからこそ、たまにはこんなにだらけても罰は当たらない。

それに、元の世界に戻ったら、これほどまでに自由な時間は夏休みか冬休みくらいしかない。

 

宗谷 ましろ

「は、はぁ?それって罰とは言いませんよ。はぁ、全くもう………」

 

呆れられてしまったけど、どこか満更でもなさそうだった。

表情も先程よりも大分、柔らかくなっている。

なら、もうシロちゃんは大丈夫だろう。

 

岬 明乃

「それじゃシロちゃん、私達は事件の調査に戻るよ。何かあったら連絡して?」

磯崎 蘭

「でもミケちゃん、連絡取ろうにも携帯電話を預けたままだよ?連絡できないんじゃ」

岬 明乃

「あっ、忘れてた」

宗谷 ましろ

「もう、岬さんってば………連絡する時はこっちから出向くから、岬さんは調査に戻って?」

岬 明乃

「分かったよ、シロちゃん」

 

シロちゃんから話を聞いて、医務室を出た私達は、今回の現場であるトイレへと向かった。

歩いている間に、私達は話をしていた。

 

岬 明乃

「シロちゃん、回復して元気そうだったね」

トリエラ

「そうね、私も彼女が回復して良かったと思ってるわ。だってせっかくこんな場所で出会えたんだもの、仲良くしたいじゃない?」

磯崎 蘭

「………でもトリエラさん、すごく宗谷さんのこと疑ってましたよね?それに、ミケちゃんが弁護するって言ったとき、贔屓だって言ってたじゃないですか」

トリエラ

「それはそれ、これはこれよ。頭を打って気絶するくらいだから、記憶があやふやになってて嘘を言うかもしれないでしょ?彼女だって罪を逃れたい筈だから」

磯崎 蘭

「なら彼女が言った言葉を信じないんですか?」

トリエラ

「今の状況を見るだけじゃ、判断が出来ないわ。だからこれからの調査で明らかにしたいのよ。私だって、ずっと疑っていたくないから」

岬 明乃

「トリエラちゃん………」

 

そっか。

そう言う考え方も出来るんだ。

何時までも疑っていたいわけじゃなく、シロちゃんと仲良くなりたいからこそ、疑念を振り払いたいんだ。

 

岬 明乃

「………トリエラちゃん」

トリエラ

「ん?どうしたの?」

岬 明乃

「ごめんなさい。私、トリエラちゃんのこと酷い子だなって思っちゃってた。さっきからシロちゃんを疑ってばかりだったから」

トリエラ

「まぁ私も身内贔屓って言ったのは謝るわ、ごめんなさい」

 

互いに謝ったところで、現場へ到着した。

数人の警官や鑑識の人が居て、調査しているようだった。

 

磯崎 蘭

「わぁ、ここが事件現場かぁ。何だかんだで初めて見た気がする」

トリエラ

「いやいや、普通は拝めないからね?殺人事件の現場なんて」

 

蘭ちゃんの口から、気になる発言が取れた。

何だかんだって、まるで事件に巻き込まれた経験があるみたいな言い草だったな。

気になったけど、それは後回しにしよう。

私は近くの警官に事情を話すことにした。

 

岬 明乃

「すみません、事件現場の捜査をしても良いですか?」

警官

「ん?なんだね君達は。ここは子供が近寄っていい場所じゃないぞ、さっさと親の元へ帰りなさい」

磯崎 蘭

「いえ、町長さんにちゃんと許可を取りました。代理弁護人制度を利用して、裁判に臨みます。町長さんから聞いてませんか?」

警官

「なに、そうなのか?特に聞いていないぞ。本当にそう言ってたのか?」

??????

「本当よ、さっき私が許可したの。彼女のお友達が被告人となって裁判に出廷しないといけないから、彼女には代理弁護人になってもらったの。ごめんなさいね、連絡が遅れちゃって」

警官

「あっ!野村志保(のむらしほ)町長!そうでしたか、すみません疑ってしまって」

野村 志保

「いいのよ、気にしないで。それよりこの子達に調査をさせてあげて?裁判で戦えるように」

警官

「了解です!!」

 

町長さんのフルネーム、初めて聞いた。

野村志保さん、うん、覚えた。

私は警官に事情を言ってくれた志保さんにお礼を言った。

 

岬 明乃

「志保さん、ありがとうございました。調査を許可して下さって」

野村 志保

「気にしないで。お友達を助けるためなんでしょう?ならこんな事、大したことないわ。それより、その子は?さっきはあの場には居なかったようだけど?」

トリエラ

「私もこの子のために手伝おうと思いまして」

野村 志保

「そうだったの。お友達思いなのは嬉しいけど、ごめんなさいね。代理弁護人が指定した助手以外の人は現場の調査を禁じているの。まぁもしもこの中で犯人が居て、現場を工作されないようにするためなんだけどね」

磯崎 蘭

「えっ、この中に犯人ってっ」

野村 志保

「ああ、いや違うの。もしもの話よ、もしもの。だからあなたは、この現場の調査の立ち会いは出来ないの。ごめんなさいね」

トリエラ

「い、いえ。規則なら仕方がないです………………」

 

トリエラちゃんは仕方がなさそうにため息を吐いて、こちらへ向いた。

私にしか聞こえないように、トリエラちゃんは耳元で呟いた。

 

トリエラ

「それなら明乃、この現場で何か見つけたら教えてね?私も力になりたいんだから。いいわね?」

岬 明乃

「も、もちろん!ちゃんとトリエラちゃんの分も頑張るからね!」

トリエラ

「なら皆、あとは任せたわね。それじゃ町長、ご機嫌よう」

野村 志保

「………あなたもね」

 

含みのある言い方をしながら、トリエラちゃんはこの場を去った。

気を取り直して、私は目の前の事件現場へ足を踏み入れた――――

 

岬 明乃

「わぁ!?」

 

足を踏み入れた途端、私は咄嗟に飛び退いた。

なぜならそこには――――

 

磯崎 蘭

「大丈夫ミケちゃん………うわっ、地面が赤くなってる。これって、まさか血痕?」

警官

「ああ、言い忘れていたが、被害者と被告人はトイレ中央に倒れ込むような状態で発見されたんだ。だから血痕はその付近に大量に残ってたんだ」

 

――――そう言う大事な事は最初に言って欲しい。

時間は経っていたのか、靴の裏には特に血痕は付着していなかった。

 

私は現場を見渡した。

トイレだけあって、みんな個室であり、数は5つほどが並べられている。

扉は開いていて、中で誰かが入っていたら、すぐに分かりそうだった。

奥には宇宙を眺められる窓がある。

………ここが、殺人事件のあった現場なんだ。

私は気を引き締めるように、蘭ちゃんを見つめる。

 

岬 明乃

「よし、なら早速事件現場を調べよう!」

磯崎 蘭

「うん!!」

 

まず手始めに調べたのは、トイレの真ん中に広がっている血と、人の形をした白い線が入った床だった。

胴体の部分と思われる場所から、血痕が池のように広がっている。

 

岬 明乃

「ここに、男の人が倒れて亡くなったんだよね。そして、その下敷きになったのが、シロちゃん」

警官

「ああ。被害者の名前は、持っている免許証から鳩山五郎(はとやまごろう)さん。ほら、こっちに写真と名前が記載されてる資料を渡しておく。それと検死報告書もあるが、当時の写真が入ってる。刺激がかなり強いから、子供には見せたくはないんだがな」

岬 明乃

「あ、ありがとうございます。でも、友達を救うためですから………」

 

証拠品:被害者情報、検死報告書

 

被害者情報:鳩山五郎(43)。元エンジニアで、今回の事件の被害者。

検死報告書:死亡推定時刻は12時30分~50分の間。死因は背中をナイフで刺された事による失血死。

 

私はファイルをそっと開いて、最初の文章を読んでから、次のページを捲ろうとした。

一瞬だけその手を止めたけど、意を決して写真が挟まっているページを開いた。

――――初めて見る、人が死んだ写真を見て、吐き気がした。

床に広がる血痕。

俯せになるように倒れている被害者。

そして、下敷きになって力なく目が閉じられているシロちゃんの写真を。

 

私は将来、ブルーマーメイドになるためにあらゆる事故現場の写真を見るようにしてる。

理由としては、決して私が猟奇的な性格をしているからとか、遺体を見て興奮するからではない。

非日常的なショッキングの映像を見て、実践でも臆することなく救助活動に当たるためだ。

救助者を全員、助けられたらいいが、残念ながら現実はそう甘くない。

最悪の事態を想定して、それなりの悲惨な光景に、慣れると言うのも変だが、ある程度の耐性を施す必要がある。

が、実際に人の死体を見ると、それらの体験も無意味であったと感じざる負えない。

いざ現実に直面すると、その場で固まってしまうのが常なのだろうか。

うまく頭が回らない。

 

磯崎 蘭

「背中をナイフで刺されたんだね………痛かっただろうなぁ」

岬 明乃

「蘭ちゃん………?ひ、人が亡くなった写真見ても、平気なの?」

 

私は失念していた。

この場には蘭ちゃんも居ることを。

蘭ちゃんは後ろから、写真を見てしまっていて、泣いていた。

 

磯崎 蘭

「平気じゃないと言えば、嘘になるよ?でも、間近で誰かが亡くなったって、思ったら、残された人達はこの人が死んだ時、悲しむんじゃないかなって感じたんだ」

岬 明乃

「!!」

磯崎 蘭

「この人に家族が居るか分からない。でも、最後に家族と話せなかったのに、誰にも彼の思いを聞けずに死んでいった彼が、可哀想だなって感じたら、悲しくなっちゃって………」

 

この子の言った言葉に、私は何も返せなかった。

私は、人が亡くなっているのを初めて見て吐き気がしたのに、この子はこの人自身を案じて悲しんでいたんだ。

自分が今、酷いことを考えていたのに、蘭ちゃんは泣いてくれていたんだ。

こんなマイナスな発送しか出来ない自分自身に嫌悪するのと同時に、蘭ちゃんの見えない強さに、少し羨ましさを感じていた。

私には持っていない強さを、この子は持ってることに。

 

磯崎 蘭

「なんて、ね。おかしいよね。赤の他人で一度も話したこともないのに、他人にここまで気持ちを抱けるなんて」

岬 明乃

「………蘭ちゃんは強いんだね。私なんて、写真を見たら、その、吐き気がしちゃったのにさ」

 

あえて蘭ちゃんの言葉を素通りさせる。

何て答えて良いかなんて、分からなかったから。

私は自嘲するかのように吐き捨てた。

 

磯崎 蘭

「仕方ないよ。私は何度も悲惨な目に遭っていて、もう慣れちゃってるんだから。本当はこんな事を慣れたくないんだけどね」

 

辛そうに笑う彼女を見て、ますます心が締め付けられる。

この子は、過去に辛い経験をして、それで亡くなった人の心を直に触れて。

他人に対してここまで干渉してしまう子になってしまったんだ。

 

磯崎 蘭

「………さてっ、暗い雰囲気はここまで!早く現場の捜査に戻ろう?時間もあまりありないし」

岬 明乃

「っ、そう、だね」

 

だからこそ、切り替えの早さにも驚いてしまって、変な返事しか出来なかったんだと思う。

今この場で蘭ちゃんを思いっきり抱き締めたかったけど、早くも他の場所を調べ始めた後ろ姿を見て、私はぐっと堪えた。

だけど、この裁判が終わったらきっと――――

 

磯崎 蘭

「お巡りさん、ここの鏡が割れてますけど、いつから割れてたんですか?」

警官

「用務員の話によると、事件発生前には割れていなかったそうだ。だから、事件が起きている最中に割れたんじゃないかって」

岬 明乃

「つまり、2人がここで争っていて、その最中に腕に当たって割れたと?」

警官

「少なくとも、警察はそう睨んでいるそうだ」

 

証拠品:割れた鏡

割れた鏡:粉々に砕け散って、洗面台や床に散りばめられていた。

 

岬 明乃

「それにしても、男性のトイレってみんな個室なんだね。入った時に感じていた違和感って、これだったんだ」

警官

「個室しかないのは、使う水の量が少なくて済むから。男子トイレ特有の小便器がないのは、それが理由さ」

岬 明乃

「へぇ、どれどれ………あれ?スイッチ押しても流れない?」

警官

「事件が起きる前に電気設備が爆破されていた報告があったな。その影響で水が流れなくなったと報告が入った」

磯崎 蘭

「誰が犯人で、なんの目的で爆破したのかは?」

警官

「現在調査中だ。にしても、こんな最新鋭の施設に堂々と爆発事件や殺人事件が起きたとあれば、警備システムの脆弱性を世間に晒しちまった様なもんだ」

岬 明乃

「そう言えばお巡りさんって普通にこの施設に来れましたね。やっぱり警察関係者だからですか?」

警官

「それもあるが、今回警官を連れて来れたのはかなり少数でな。やっぱり世界トップクラスの厳重な施設だけあって、本当は警察も介入できなかったんだが、町長が計らいをしてくれてな」

磯崎 蘭

「えっ。でも殺人事件が起きたんですよね?普通なら警察が動かないとダメなんじゃ?」

警官

「ここの宇宙エレベーター建てた会社が、”産業スパイが警官の中に居るかもしれないから、少人数で事件を捜査しろって”ってのが理由さ。連中にとってここの技術は、世界中が欲しがってるからな」

岬 明乃

「………?なら宇宙エレベーターの見学ツアーなんてしない方が良いんじゃないですか?それこそ、観光客の中に産業スパイが居る可能性だって」

警官

「ところがどっこい、ここで町長が割って入ってきたんだ。”市民の反対を押し切ってまで建造したこの施設の中でどんな研究を行っているのかを解明しないで、どうして一企業が名乗れるのか”って言って、企業側は渋々了承を得て、この見学ツアーを開催したのさ。所謂、市民と観光客、企業との橋渡し役的な企画さ」

 

………そう言えばミミちゃんが言ってたっけ。

この町の人達は一枚岩じゃないって。

学園都市の開発に賛成的な意見の人達と、反対する人達が居るって。

それがこんなところにも、影響していただなんて。

 

磯崎 蘭

「へぇ、結構詳しいんですね」

警官

「まぁな。俺はこの宇宙エレベーターについて、色々と興味があったから調べてただけさ。ホントは今日の見学ツアーに参加したかったんだが、くじ引きで外れちまってよ。まさかこんな形でこれるとは思わなかったけどな」

磯崎 蘭

「そ、そうですね………」

 

さて、他に調べる箇所は………。

あ、でも気になる点はあるから、聞いてみようかな。

 

岬 明乃

「事件の瞬間を目撃したって人が居ましたけど、その人は今どちらに?」

警官

「エントランスホールだよ。今は検事殿が直々に事情聴取している最中だとさ。それと連れが居るんだったら、そこに行くといい。施設に居る客やら従業員らがそこに集められてるからよ」

 

磯崎 蘭

「………ミケちゃん、この現場での調査はこのくらいにして、そろそろ事件関係者に話を聞きに行かない?」

岬 明乃

「そうだね。お巡りさん、ありがとうございました!」

警官

「おうよ、また調べに来たかったらいつでも来な」

 

ひとまず、事件現場を後にした私達は、目撃者からの話を聞くためにエントランスホールを目指していた。

隣の蘭ちゃんの口が開く。

 

磯崎 蘭

「ミケちゃん、証拠品を見直していたけど、宗谷さんの無実を証明できる証拠品がないよ」

岬 明乃

「諦めちゃダメだよ。まだ話を聞けていない人が居るなら、そこから状況把握に努めよ?」

 

ドカッ

 

磯崎 蘭

「きゃぁ!」

 

前を見て歩いていなかったからか、蘭ちゃんが目の前から来ていた人に気付けずにぶつかってしまった。

ぶつかった反動で蘭ちゃんは床に尻餅を付いた。

 

岬 明乃

「蘭ちゃん、大丈夫?」

磯崎 蘭

「う、うん、大丈夫だよ」

??????

「………ふんっ」

野村 志保

「こら!!待ちなさい!!」

 

ぶかった本人は一度、こちらを見下ろしていたが、特に何も言わずその場から立ち去った。

代わりに飛んできたのは、志保さんの怒声だった。

私は蘭ちゃんを起き上がらせると、志保さんに向かった。

 

岬 明乃

「あの、志保さん、大丈夫ですか?」

野村 志保

「あら、あなた達。もう事件現場はいいの?」

磯崎 蘭

「今は目撃証言を確認したくって、ここまで来ました。それで、さっきの人は?」

野村 志保

「ああ、彼はこの宇宙エレベーターを建造した会社のCEOで、高見見仏(たかみけんぶつ)よ」

 

たかみ、けんぶつ………すごい名前だなぁ。

CEOって役職は、確か代表取締役って意味だっけ?

でも、なんでそんな偉い人がここに?

 

野村 志保

「彼がここへ来たのはね、今日開かれる見学ツアーの中に産業スパイが潜り込んでいるかどうかを自らチェックするためらしいわ」

岬 明乃

「でも志保さん、なんでそんなに怒ってたんですか?」

野村 志保

「………あの男、自分はこの事件とは一切関係ないから、仕事へ戻らせて貰うって言って、警官や私の静止を聞かずにさっさと帰ったのよ」

 

うわぁ、だから志保さん、あんなに怒ってたんだ。

にしても、会社のトップ自らが産業スパイの有無を確認するなんて、すごい執念だなぁ。

………よく考えたら、私もある意味、晴風においてトップだから、船の状態確認くらいはするからやっぱり普通なんだろうね。

 

野村 志保

「って、こんな事あなた達にぼやいても仕方ないわね。それで、目撃証言の確認だっけ?」

磯崎 蘭

「はい。どちらにいるか分かりますか?」

野村 志保

「えっとね、確か検事と話していたんだけど、今はここには居ないわ。今回の目撃者、かなりの変わり者だから」

岬 明乃

「変わり者?」

野村 志保

「何でも自らを芸術家って名乗ってるし、その証拠にいつも、えと、絵を描く時に使うパレートやボードを持ってるから、すぐに見つけられると思うわよ」

 

志保さんはやれやれと言った風に肩をすくめた。

ここまで呆れさせるくらいだから、結構な曲者なのだろう。

志保さんに一言残して、とりあえず凜さん達の話を聞くために、彼らを探した。

 

そして人混みの中から、凜さん達を見つけた。

 

磯崎 蘭

「お兄ちゃーーん!」

磯崎 凛

「おっ、蘭!!大丈夫だったか?」

磯崎 蘭

「うん、大丈夫だよ。それより、すごい人だよね」

綾瀬 留衣

「みんな足止めされてるからね。事件の捜査が終了するまで、誰もここから出ないようにって、さっき女性が言ってたよ」

岬 明乃

「女性って、高校生くらいの?」

綾瀬 留衣

「ええ、もしかして会いました?」

岬 明乃

「うん、実はね――――」

 

これまでの経緯を、凛さん達に話した。

私が制度を利用して、シロちゃんの弁護を引き受けること。

 

磯崎 凛

「なるほどな。蘭、また厄介な事件を抱えたな。大丈夫か?」

磯崎 蘭

「もう、心配しすぎだよ。大丈夫、ミケちゃんや翠と一緒に頑張るから」

岬 明乃

「………それでみんなに話を聞きたいんですけど、いいかな?」

綾瀬 留衣

「はい。それで、どんな話を聞きたいんですか?」

岬 明乃

「えとね………事件があったお昼12時くらいの話を聞きたいの。みんなはその時、なにをしてたのかなって」

磯崎 凛

「その時間なら停電があって、身動きが取れなかったな。それは岬さんも知ってるだろ?」

岬 明乃

「そうなんだけど、あの暗い中、犯人はどうやって被害者を殺害したんだろうって」

綾瀬 留衣

「被害者が停電よりも前に殺害されたのなら可能ですけど、殺害されたのは停電の最中………」

 

そう。

その時間、謎の爆発により配電盤が故障、それにより施設全体が停電となった。

あの暗闇の中、動き回るなんて出来るのだろうか?

 

岬 明乃

「うーん、なら、停電中におかしな事ってなかった?変な音がしたとか」

綾瀬 留衣

「いえ、特には何も」

磯崎 凛

「俺も聞いてないな。もしも音を頼りにしてるなら、他の人が気付くだろうし」

岬 明乃

「あはは、そうだよね………何か見た、のもないよね」

磯崎 蘭

「ミケちゃん、あんなに暗い中じゃ無理だよ」

 

だよねぇ。

あと、他に聞きたいことは………。

 

岬 明乃

「そう言えばさっき、この宇宙エレベーターを建造した社長と町長が揉めてたみたいだけど」

磯崎 凛

「あー、すごい剣幕だったなぁ。私はこの事件とは一切関係ない!帰らせて貰うって言って、さっきこの場から離れていったよ。ま、今は捜査中だからどのみち帰れないけどな」

磯崎 蘭

「………ねぇ、その社長さんに会ってみない?」

岬 明乃

「えっ?」

磯崎 蘭

「だってさ、事件が起きたのに真っ先に逃げ出そうとするなんて、怪しいよね?犯人がすぐに使いそうな手だよ」

岬 明乃

「確かに………よし!なら早速、あの社長さんに――――」

糸鋸 圭介

「あ、見つけたっすよ。ここに居たっすね」

 

社長さんに会いに行こうとした矢先、イトノコ刑事が列を別けながらやって来た。

彼は私の目の前までやって来ると。

 

糸鋸 圭介

「裁判の準備が整ったっす。現在の捜査を打ち切って、至急、法廷へ出廷するっす」

岬 明乃

「………………はい?」

 

この人が何を言っているのか、全く理解できなかった。

法廷へ出廷しろ?

いやいや、だってこっちはまだ――――

 

磯崎 蘭

「ちょ、ちょっと待って下さい!私達はまだ捜査したばかりなんですよ!?事件の概要だってまだまとめられていないのに………」

糸鋸 圭介

「事情は察するっすけど、これも裁判制度によるものっす。理解してほしいっす」

岬 明乃

「お願いします!もう少しだけ時間を下さい!」

糸鋸 圭介

「………残念っすけど、自分の権限だけではどうすることも出来ないっす」

岬 明乃

「そ、そんな………」

糸鋸 圭介

「………今、エレベーターが稼働してる最中っす。裁判所がある地上に到着するまで時間はあるっす。それまでに、この事件の調査資料を渡しておくから、整理するっすよ」

 

証拠品:事件調査書

事件調査書:事件の概要の記された資料。

 

新しく証拠品が見つかったのは嬉しかったけど、喜んでいるほどの余裕はない。

だって、まだ満足に調べられてもいないのに、人生初の裁判だなんて………。

やばい、どうしよう、頭が混乱してきたっ。

 

磯崎 蘭

「………ミケちゃん、裁判所へ向かって」

岬 明乃

「えっ、蘭ちゃん?」

磯崎 蘭

「宗谷さんの無実を証明するほどの証拠品はまだ揃ってないなら、私がここへ残って証拠品を集めるよ!それなら問題ないですよね?イトノコさん!」

糸鋸 圭介

「無論っす。代理弁護人が裁判所へ出廷していれば問題ないっす。まぁ、そのための助手2名体制っすから」

磯崎 蘭

「ありがとうございます!さ、ミケちゃんは早く裁判所へ向かって!私は後から向かうから!大丈夫っ、絶対に宗谷さんが無罪になる証拠品を持ってくるから!」

岬 明乃

「蘭ちゃん………分かった、お願いね!私、それまで何とか持ち堪えてみるから!」

磯崎 蘭

「持ち堪えるって、もう。それじゃ負けること前提で話してるみたいじゃない、ミケちゃん、自信持って」

岬 明乃

「うんっ。頑張るよ、だから、蘭ちゃんも………」

糸鋸 圭介

「………もうそろそろ時間っす。さ、岬弁護士、こちらへ」

岬 明乃

「あっ、はい!」

 

私は蘭ちゃんから証拠品一式を預かり、イトノコ刑事に連れられて、先に裁判所へ向かうことにした。

振り向きざまに蘭ちゃんが手を振ってくれて、私も手を振った。

ここから先は、シロちゃんを助けるための戦いだ。

蘭ちゃん達の事は心配だけど、それ以上に自分が弁護士なんて大役が務まるかが、とても不安だった。

それに、事件の捜査だって始まったばかりなのに………。

私は、満足に捜査ができない状態のまま、人生で初の裁判を戦い抜かなくてはいけなくなった。

 

 





今回の話は、投稿した中でも最も長いです。
よって、矛盾している箇所が発生しないよう読み返してはいますが、それでも発見された場合はご指摘の程、よろしくお願い申しあげます。


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第12話 不幸な逆転-前編-

ypaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!
ズドンッ
バタッ

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者、デス。

久しぶりの投稿だーーーーーーーー!!!!
なんと前回の投稿から約1ヶ月経過となりました!
楽しみにしていた方、別に待ってねぇよと思っている方、とりあえず読んどいてやるよの方、お待たせしました。
今宵は、混沌化する法廷をお楽しみ下さいませ。

この事件のなぞ、一緒に解いてはみませんか?





[不幸な逆転-前編-]

2012年、7月19日、16;25;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央裁判所 第3控え室

 

万里小路 楓

「――――以上が、法廷における規則となっております」

岬 明乃

「何とか、間に合った、ね」

 

テーブルに突っ伏すように上半身を雪崩れ込ませた。

見ていた万里小路さんは口元に柔らかい笑みを浮かべながら、席を立った。

目の前に散らばっている資料の内容は、”法廷における審理の進捗”が書かれている。

急遽、代理弁護人となった私は、裁判所で裁判を行うため、いざ開廷になり支障を来さないようにするための処置であった。

まぁ、素人同然の私が代理であっても弁護士として席を立つのだから、当然と言えば当然だ。

 

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ

自分の胸に手を当てて、うるさい心臓を沈ませようとするも、なかなか治まってくれない。

嫌な汗もどんどん出てきて、吐き気すら感じる。

………宇宙エレベーターから戻り、地上の裁判所へ出向いた私は、万里小路さんと合流したのだ。

先程まで私と万里小路さんは、裁判における進行方法と、事件の内容について話していた。

と言っても証拠品なんて数少なく、無罪判決なんて取るなど、夢のまた夢だ。

早くもナーバスに陥り、肩をガックシと落した。

今回ばかりは、私の幸運もここまでか。

 

万里小路 楓

「岬さん、元気を出して下さい。蘭さんが今でも現場に残って、私達のために、何より宗谷さんのために頑張って下さっているのです。私達は、できる限りのことをしましょう」

岬 明乃

「うん、そうなんだけどね………」

 

とは言ってくれるものの、それでも落ち着かないのはしょうがない。

色んな初めてが私に降り注ぐのだから、冷静で対応しましょうと言われて、本当に冷静になれるかと言えば答えは至って簡単。

ノーです。

万里小路さんは生まれも育ちも、私の持ってる物も違う。

だけど、当たり前すぎて意識してなかったけど、万里小路さんって結構、頼れる子だった。

どんな場面でも落ち着いているし。

私にとって、これほど安心出来るのは、彼女が普段から変わらぬ姿勢を貫いているからであると確信した。

万里小路さんが意識しているか、そうでないかは分からないけど。

 

ガチャッ

 

??????

「艦長!」

 

控え室の扉が突然開かれて、役職が聞こえる。

驚いていると、そこにはマロンちゃんを初め、クロちゃん、あっちゃん、まゆちゃん、秀ちゃんがそれぞれの表情を写していた。

なんで、今は船に居るはずの仲間がここに?

 

万里小路 楓

「私が、皆さんをお呼びしました。帰るのが遅くなる旨を伝えたら、心配だから見に行くと」

杵崎 ほまれ

「他の子達は、先に法廷で待ってます。ところで、副長が殺人事件の容疑者として逮捕されたって、どう言うことですか?」

黒木 洋美

「あなたが傍に居ながら何やってるのよ!?こんな事になるなら、私も一緒について行けば良かったわ!」

 

クロちゃんから厳しく非難される。

クロちゃんは事実を言っているだけだから、こちらは反論できない。

私はただ黙って聞いていただけだけど、横からマロンちゃんが入ってくる。

 

柳原 麻侖

「クロちゃん!無闇に艦長を責めちゃいけねぇよ。艦長だって望んだんじゃないんだろ?」

岬 明乃

「うん………でも本当にごめんなさい。私がシロちゃんとはぐれちゃったから、事件に巻き込まれてっ」

内田 まゆみ

「落ち着いて下さい。その副長を助けるために、えと、弁護代理人制度?で、副長を救おうとしてるんですから、そこまで気負わないで下さい!」

山下 秀子

「それにさ、副長の運の悪さなんて元々あったんだし、ここまでくればある意味才能だよね」

黒木 洋美

「あなた達ね………!」

 

クロちゃんの眉間にしわが掘り出される。

やばい、クロちゃんを宥めないとまた何か言われる………!

 

万里小路 楓

「皆様、落ち着いて下さいませ。今は宗谷さんを殺人罪から救うのが先決ですわ。安心してほしいとまでは言いませんが、どうか見守っていて下さいませ」

 

万里小路さんの普段と変わらぬ声色に、みんなが押し黙る。

彼女は続ける。

 

万里小路 楓

「動揺される方も多いと思います。私も、最初に知らせを聞いた時はショックでした。ですが、容疑を掛けられてしまった宗谷さんはもっとショックが大きかったと思います。そんな彼女を救えるのは、代理弁護人を引き受けた岬さんしかいらっしゃいません。ですから黒木さん、ここは私達に任せて頂けないでしょうか?」

黒木 洋美

「えっ、いや。ごめんなさい、ここまで強く言うつもりなんてなくって。ちょっと気が動転してしまったから、岬さんに当たってしまっただけなの。だから宗谷さんの事、よろしく頼むわね………?」

万里小路 楓

「はい、お任せ下さい」

 

万里小路さんの一声で、クロちゃんは落ち着いてくれたようだ。

視線でお礼を送ると、万里小路さんは小さく微笑んだ。

 

コンコンッ、ガチャッ。

 

係官

「代理弁護人、開廷の準備が整いましたので、出廷をお願い致します」

岬 明乃

「!はい!今行きます!」

 

今度は制服を着た男性がビシッと敬礼しながら入室してきた。

もうそろそろ戦いが始まろうとしている中、この場の空気が重たく感じた。

………いよいよ始まるんだ。

この世界へ来て、右も左も分からない、この世界で始まるんだ。

Rat事件の全容や、艦艇同士の砲雷撃戦でもない、経験したことのない初めての戦いが。

万里小路さんを見てコクリと頷くと、私達は法廷へと赴いた――――

 

 

 

ワイワイガヤガヤ…………………………………

カンッ

 

サイバンチョ

「これより、裁判を開廷します」

 

入った法廷の一番奥に座っている裁判長が、手元にある小槌を鳴らして開廷を宣言した。

それまでざわついていた法廷は、一瞬にして静まり返った。

さらに裁判長の席の前に居る傍聴する6人の陪審員も静かになる。

彼らは審理を聞いていって、有罪か無罪かを決めて貰う。

有罪か無罪かは何度でも評定は変えられるらしく、途中から変更しても大丈夫だそうです。

でも、6人全員が有罪と判定を出したら、審理の途中であっても終了となり………判決は有罪となる。

沈黙する6人と裁判長を見ていたら、私をさらに緊張へと走らせた。

大勢の人々の視線の中で、私達は戦わなくてはいけない。

自分達とは違う世界で、自分達の身を満足に守れるのか?

 

琴浦 春香

「検察側、準備完了しております」

岬 明乃

「………」

 

サイバンチョ

「あの、弁護人?」

岬 明乃

「あ、はい?」

万里小路 楓

「岬さん、ここは”準備完了です”、とお伝え下さいませ。すみません、事前にお伝えするのを忘れておりました」

岬 明乃

「は、はい!弁護側、準備完了です!」

 

サイバンチョ

「ふむ。ところで、岬明乃代理弁護人でしたかな?裁判を始める前に確認ですが、あなたは法廷に立つのは初めてだと聞きましたが?」

岬 明乃

「はい!ですけど、シロちゃ………被告人の弁護を引き受ける弁護士が不在でしたので、代理弁護人制度を利用して私が弁護士となりました!」

サイバンチョ

「なるほど、経緯は分かりました。大切な親友を助けるために弁護士を買って出るとは、感動しましたぞ………ん?と言うことは、あなたの隣に居る方が?」

万里小路 楓

「万里小路楓と申します。僭越ながら、私が岬弁護士の補佐を担当させて頂きます。以後お見知りおきを」

サイバンチョ

「ふむ。今時の若者にしては珍しく、挨拶がキチンとしている方ですな。よろしくお願いしますぞ」

 

………いざ自分が弁護士だって言われると、少し照れくさくなってしまう。

弁護士資格も持っていないのに、弁護士だなんて………。

 

琴浦 春香

「………裁判長。冒頭弁論を述べて良いでしょうか?」

サイバンチョ

「そうですな、それでは琴浦検事、冒頭弁論をお願いします」

琴浦 春香

「事件が発生したのは、本日の正午過ぎに宇宙エレベーターで一般人向けの見学ツアー中に、火星重力センターのトイレにて発生しました。被害者は鳩山五郎(はとやまごろう)さん、43歳。元エンジニアで、今回の事件の被害者となります。裁判長、検察側は被害者に関する情報と検死報告書を提出します」

サイバンチョ

「分かりました。2点の証拠品を受理します」

琴浦 春香

「事件発生時、現場には2人の人間が居ました。被害者である鳩山さんと、容疑者である宗谷ましろの2名が」

岬 明乃

「異議あり!それだけで宗谷ましろさんの犯行であると言い切るのは早計です!」

琴浦 春香

「待って下さい。まだ冒頭弁論の最中です。反論なら尋問の時に伺います」

サイバンチョ

「うむ、異議を却下します。琴浦検事、続けて下さい」

岬 明乃

「くっ」

琴浦 春香

「そして事件発生時、施設全体が停電に見舞われました」

サイバンチョ

「む?停電ですと?なぜそのような事態に?」

琴浦 春香

「電源施設が何者かによって爆破されているのを発見しました。犯人は不明ですが、停電の原因はこの爆弾による物であると断定しています」

サイバンチョ

「なるほど。ところで、この爆発による怪我人は居ませんでしたか?」

琴浦 春香

「ええ、電源施設は見学ツアーが行われていたブロックとは別の場所に設けられていましたので、怪我人が出たという報告は上がってしません」

サイバンチョ

「ほっ。それはなにより」

 

………ここまでの情報は、私も知っている。

爆弾によって電気施設が壊れて、停電してしまったと言うことを。

 

琴浦 春香

「しかし、怪我人は出ておりませんが、停電したことで乗客達がパニックに陥り、危うく怪我人が多数出るところでした」

サイバンチョ

「今回の事件は、危険な出来事で一杯ですな」

琴浦 春香

「その最中で発生した殺人事件を本法廷で立証していきます。まず始めに検察側は証人を召喚します」

 

――――そう言って琴浦検事が召喚したのは、事件現場でお世話になったイトノコ刑事だった。

証言台に立つイトノコさんを見つめながら、琴浦検事は切り出した。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を述べて下さい」

糸鋸 圭介

「は!自分は糸鋸圭介と申すっす!刑事をしている者っすよ!」

岬 明乃

「………何度聞いてもあの口調、ももちゃんにそっくりだよね。背格好は全然違うけど」

万里小路 楓

「ふふっ、しかし耳たぶにペンを挟んでいる所は同じですね。描く物は違うと思いますけど」

琴浦 春香

「糸鋸刑事は本事件の担当刑事です。それでは刑事、なぜ被告人が事件の容疑者としてあげられたのかを説明して下さい」

糸鋸 圭介

「了解っす!」

 

~証言開始・なぜ被告人が犯人なのか?~

糸鋸 圭介

①「事件発生時、施設全体で電源設備が爆破されたせいで、停電が起きたっす」

②「停電時はほとんど真っ暗で、観光客は身動きが取れなかったっす!」

③「現場であるトイレは、見学ツアーを行っていた場所からかなり離れていたっす!」

④「そして事件現場には被害者と被告人の2人しか居なかったっす!あんな暗い中を動き回れる人なんていないっすよ!この状況を誰が見ても、被告人は宗谷ましろさんしかいないっすよ!」

 

サイバンチョ

「なるほど。確かに停電の中でツアーをしていた場所から離れ、トイレで殺害する事が可能なのは、被告人しか居ませんな」

岬 明乃

「ま、待って下さい!それだけ宗谷さんを犯人呼ばわりするのはっ」

サイバンチョ

「落ち着いて下さい。岬弁護士、あなたにはこれからこの証人に対して尋問を行って貰います」

岬 明乃

「じ、尋問」

万里小路 楓

「………岬さん、尋問は証人が発言した証言の中にある矛盾を指摘するのです。しかし、その矛盾をなかなか出せない時がありますので、その時は相手をゆさぶってさらに詳しい話を聞いていけば、矛盾を見つけられるかもしれません」

岬 明乃

「そ、それって少しずつパズルのピースを集めるような感じ?」

万里小路 楓

「はい。もしも宗谷さんが犯人でないのなら、刑事様の証言が間違っている筈です。その点に留意しながら、尋問を行っていきましょう!」

岬 明乃

「!!う、うん!」

サイバンチョ

「それでは始めて頂きましょう。証人に対する尋問を!」

 

――――この事件について、まだこちらはほとんど情報がない。

時間的にとはいえ、ちゃんと調べきれなかったのはかなりの痛手だ。

だから少しずつパズルのピースを集めていくところから始めよう。

 

岬 明乃

「えーと、あの。電源施設が爆破されたのって、何時頃だったんですか?時刻を確認できるものが何もなくて」

糸鋸 圭介

「お昼の12時30分頃っすよ。その後に停電がすぐに起きたっすから」

琴浦 春香

「爆弾は時限式を採用していて、ちょうどその時刻に爆破されるようにセットされていたみたいですね。因みにこちらが爆破された配電盤の写真です」

サイバンチョ

「爆破現場の写真ですか。証拠品として受理します」

 

爆破現場の写真:電源設備にある配電盤の写真。見事に黒焦げていて、原形を留めていない。

 

岬 明乃

「宗谷ましろさんは、どうやって殺人現場まで行ったんですか?事件当時って、確か施設全体が真っ暗だったんですよね?」

琴浦 春香

「床に設置されている非常灯を頼りに現場まで向かったと推測します」

岬 明乃

「でも宗谷さんは被害者と面識がありません!それなのに殺人なんて犯せませんよ!」

琴浦 春香

「しかし凶器から被告人の指紋が付着していたのは事実。これはどう説明するんですか?」

岬 明乃

「うぐ、そ、それは………」

 

ダメだっ、情報が少なすぎる!

向こうはキチンと情報を得たんだろうけど、こっちはほとんど武器になるようなカードは持ってない!

くっ、このままじゃ………。

 

万里小路 楓

「すみません。一つよろしいでしょうか?」

琴浦 春香

「?なんでしょうか」

万里小路 楓

「及ばずながら、今回の事件の裁判、あまりにも不自然でございます」

サイバンチョ

「不自然ですと?」

万里小路 楓

「事件が発生したのは、本日の正午過ぎと伺いました。そして本法廷が開廷されたのが、午後4時30分となります。僅か3時間ほどのお時間で事件について審理を行うにしては、些か急すぎると思うのです」

琴浦 春香

「………」

万里小路 楓

「序審裁判制度を利用しての裁判は、最長で数日間と決まっております。ですが充分な捜査が行えてない上、施設の特性上、詳細な事件の究明に関する捜査がはばかられるともお聞きしました。その状況下の中、どうやって審理を続行できると言えるのでしょうか?」

琴浦 春香

「………何が言いたいのですか?」

万里小路 楓

「ではハッキリと申します。弁護側は、検察側が所有している証拠品全ての提出を要求します!」

琴浦 春香

「!!」

 

ワイワイガヤガヤ………………………………

カンッ、カンッ

 

サイバンチョ

「静粛に!静粛に!弁護人補佐官!あなたは自分が何を言っているのか、分かっておいでですか!?」

万里小路 楓

「承知しております。弁護側は審理するための証拠品をほとんど持ち合わせていない現段階において、審理する以前の問題でございます。そんな状況下で続ける審理など、意味などあるのでしょうか?」

サイバンチョ

「ふ、ふむ、しかし………」

??????

「良いんじゃねぇの?裁判長さんよ」

 

ここで、今まで沈黙を貫いていた陪審員が口を開き始めた。

その人はいかにもチンピラって感じの人で、金髪に耳にピアス、目つきが悪いの三拍子揃った人だった。

ざわついていた法廷も彼の一声で静まり、代わりに困惑が混じっている。

 

サイバンチョ

「しかし陪審員4号さん、検察と弁護士の役割を知らない筈はないでしょう?」

陪審員4号

「だから何だってんだ?別にそこのお嬢さんの味方をする訳じゃねぇが、このまま行ってもつまんねぇだけだ。なら検事が持ってるもん出して、議論交わした方がよっぽどマシだ」

 

シュポッ

ライターとタバコを取り出した。

持っているタバコに火を付けて、フーッと万里小路さんに向かって煙を気持ちよさそうに吐き出した。

対する万里小路さんは、頭を軽く下げて、スカートを少しだけ上げながら陪審員4号さんに向かって会釈するだけだった。

 

サイバンチョ

「こら!法廷内では禁煙ですぞ!」

陪審員4号

「へっ、細けぇこた良いじゃねぇの。それより他の陪審員はどうなんだ?このまま審理が続いても、分かりきった結果をただ鵜呑みにすんのか?そんじゃぁ、今日は何のためにここへやって来たんだ?」

 

挑発するように左右の陪審員を鼻で笑う。

ここから席が離れているけど、それでも誰かの息が呑む音が聞こえる。

だけど、返事はすぐ隣からやって来た。

 

陪審員3号

「確かにあなたの言う通りですわ。検事側だけが確固たる証拠を多数所持しているのに、それが弁護士側のみなにもなしでは、審理も尋問もありませんわ。ただ、私は一つだけ賛同できないところがあります」

陪審員4号

「あん?」

陪審員3号

「あなたが隣でタバコを吸うことに関してだけは、賛同できません。すぐに消しなさい!」

陪審員4号

「おー、こえーこえー。へいへい、消せば良いんでしょ、消せば」

 

男はふぅっと大げさなため息を吐くと、携帯灰皿を出してタバコを押し付けた。

すると端っこで美少年がスッと手を黙ってあげる。

………もっとも、シャツに”SOS団、万歳!!”と書かれている時点で、色々と台無しではあるが。

 

陪審員6号

「でしたら僕も、陪審員4号さんと同じ意見です。いくら序審裁判制度を適用したとしても、解決させるには早急すぎます。もっとも、検察側にとって有利に事を運べるのは、変わらないと思いますが。どう思いでしょう?万里小路さん」

万里小路 楓

「覚悟の上です。今のまま審理を進めても、どのみち有罪に変わりないでしょうから」

陪審員1号

「ちょ、ちょっと君っ!みんなで話し合って決めたじゃないか!犯罪者を有罪にしようって!」

陪審員6号

「それは被告人が犯罪を犯したと立証できたらの話です。今の段階で結論を出すのは、えん罪を生むかと」

サイバンチョ

「ふむ、これで3人の陪審員が検事側が持っている証拠品の提出を求めていますな。過半数を超えてるので、証拠品の提出を認めても良いのでは?」

琴浦 春香

「………」

 

怒濤の展開に、琴浦さんは黙り込んでしまった。

さっきのハッキリとした口調で、次々と言葉が飛び出して、陪審員を味方に付けた万里小路さんを見つめてしまった。

いつもとは、全く違う彼女の姿に唖然としてしまったのだ。

法廷全体が騒ぎに包まれている隙に、ちょっと話をしてみよう。

 

岬 明乃

「あの、万里小路さん?」

万里小路 楓

「はい?」

岬 明乃

「あの、万里小路さんって、その、今日が裁判初めてなんだよね?」

万里小路 楓

「お恥ずかしながら」

岬 明乃

「さっきのやり取り見てさ、初めてって感じが全くしないんだよね。むしろすごく頼もしく感じるよ。だから、ホントに初めてなのかなーって」

万里小路 楓

「………まぁ、確かにそうですわね。なぜでしょう?」

 

先程とは打って変わって、万里小路さんの様子が普段のモノへと戻っていた。

少し悩んだ末に、万里小路さんからの口から出たのは、彼女自身も感じてる疑問だった。

さっきの雰囲気は一切感じられず、今はうーんっと首を傾げている。

 

岬 明乃

「それに、さすがに証拠品全ての提出は厳しいんじゃないかな。向こうだって手の内を晒したくはないだろうし」

万里小路 楓

「ふふ、もちろんその点に関しても織り込み済みです。こちらが無理難題な要求をすれば、向こうの反発は必須です。でもこちらは初の法廷で、右も左も分からない状態です。少しくらい無鉄砲な発言をしても、初法廷と言う名目で許容できますので、こちらが白い目で見られる心配はないかと」

 

この時、私は万里小路さんから次々と出てくる言葉に、舌を巻いた。

普段とは違う姿にも驚いたが、今の発言の裏にある意図的な策略に、またも肝を冷やされた感じだ。

そんな中、長く沈黙していた琴浦さんがとうとう口を開いた。

 

琴浦 春香

「………陪審員の皆様の意見、把握しました。ですが、さすがに全ての証拠品を提出するのはさすがに容認できません。検察側は新たに証人を入廷させます。その人物は、事件当日、現場付近で事件を目撃した人物です」

サイバンチョ

「分かりました。それでは糸鋸刑事、その証人を入廷させて下さい」

糸鋸 圭介

「はっ、了解っす!」

 

ビシッと敬礼を決め、その証人を呼びに法廷から出て行った。

………やった!万里小路さんのおかげで次に繋げられた!

心中で喜びつつ、次の証人に目を向けていった。

開始早々、終わりそうになった裁判。

さっきはうまくいかなかったけど、今度こそは――――!

 

次の証人が法廷へ入り、証言台前までやって来た。

妙齢な男性で、口元にあるちょび髭?が印象的な人だった。

ただ気になる点としては、手に絵画を描くような紙?台?名前は忘れたけど、それを持って、何か書いているようだった。

志保さんが言ってた変な証人って、この人のことだったんだ………。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を述べて下さい」

証人

「………」

 

証人と呼ばれた人は絵画を眺めては、絵の具を使って書き始めた。

しかし無反応である。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を」

証人

「………」

 

少しイラついた強い口調で尋ねる。

しかし無反応である。

 

琴浦 春香

「証人!!」

証人

「………」

 

額を指でなぞりながら、琴浦さんに怒鳴られても絵画から目をはずそうとしない。

しかし無反応である。

………近付いていって、琴浦さんが呼んでるのを伝えよう。

そう思って弁護席から離れ、証言台に近付いていった。

後ろから声を掛けようとして、私は止まった。

彼が描いている絵画に、見惚れてしまったのだ。

風景はどこかの国の街の情景だった。

中央には巨大なドーム状の建物が見え、空には巨大な飛行船が描かれていた。

そしてバックは、朝日が昇っている。

 

岬 明乃

「絵、すごくお上手ですね。どこの風景なんですか?」

 

思わず口に出していた。

すると男性はこちらを見て、なんとも形容しがたい表情で出迎えた。

嫌な表情をされるかと思ったが、気宇に終わった。

 

証人

「………君は、この絵の素晴らしさが分かるかね?」

岬 明乃

「はい!とってもキレイな街だなって感じました。あとは、えと。ごめんなさい、うまく口で表現できなくて」

証人

「いや、それでいい。芸術とは、言葉にならないモノを描く物でもある………私の夢は、私が描いた絵をベルリン全てにある芸術館に展示することだ」

岬 明乃

「わぁ、すごくステキですね!もし展示されるなら、見に行っても良いですか?」

証人

「もちろんだ。芸術は誰にでも触れる権利があり、自由なのだ………君は実に面白い子だな、名前は?」

岬 明乃

「岬明乃って言います!」

証人

「そうか………覚えておこう。それで、私になんの用かな?」

岬 明乃

「あ、はい。あなたのお名前と職業をお聞きしたいのですが」

証人

「ああ、そうか。私は事件の目撃者としてここへ連れて来られたのだったな。それで、何を聞きたい?」

琴浦 春香

「………証人、名前と職業を」

 

イラついた声を抑えることなく証人を睨み付けていた。

だけどそんな視線を気にすることなく彼は続けた。

私は大急ぎで弁護席へ戻った。

 

証人

「名はアドルフ・フューラー。職業は、まぁ、美術大学で美術を教えている。ドイツ人だ」

 

静かな声で彼、アドルフ・フューラーさんが語った。

あの人、ドイツ人だったんだ。

ミーナちゃんといい、この人といい、みんな外国の人なのに日本語が上手いなぁ。

 

万里小路 楓

「岬さん、その点は思っていても口に出してはいけませんわ」

岬 明乃

「へっ?なんで?」

サイバンチョ

「琴浦検事、彼が事件の目撃者ですか」

琴浦 春香

「そうです。事件発生時、彼はこの位置から事件を目撃していました」

 

琴浦さんが映し出したプロジェクターに、宇宙ステーション・火星重力センターの見取り図が投影された。

事件現場であるトイレ………の反対側の通路?に目撃者の文字。

もしかして、そこから事件を目撃したのかな?

 

琴浦 春香

「証人は現場の反対側にある通路から、事件を目撃したそうです」

サイバンチョ

「分かりました。この見取り図を証拠品として受理します」

琴浦 春香

「では証人、話して頂きましょう。あなたが目撃した事件について!」

アドルフ・フューラー

「ハイッ」

 

右手を斜めに傾けながら、先程とは打って変わって声を張り上げた。

どうしちゃったんだろう?

 

~証言開始・事件当日何を見たか?~

アドルフ・フューラー

①「あの日わしは、目の前に広がる神秘的な宇宙を描こうと1人、通路を歩いていた」

②「その最中、わしは不気味に光るトイレが気になって、見つめていた」

③「そこでわしは目を疑った。被告人が被害者に襲い掛かる場面を見たのだ!!」

④「事実かどうかを確認するため、わしは大急ぎで現場へと駆けつけた!」

 

サイバンチョ

「ふむ。ではそこで事件を目撃したのですな?」

アドルフ・フューラー

「その通り。わしの美術的な眼は、しかと捉えていた!決定的な瞬間をな!」

岬 明乃

「!!ま、待って下さい!」

琴浦 春香

「弁護人、意見があるなら尋問をしてる最中に言って下さい。それと、法廷では証拠が全てです。反論があるならそれを突きつけて下さい」

岬 明乃

「うっ」

 

ああ、もう。

どうして気持ちだけが先に行っちゃうんだろう。

シロちゃんは絶対に人を殺したりなんてしない。

さっきの言葉を飲み込んだ。

だから代わりに、違う言葉を吐き出した。

 

岬 明乃

「すみません………尋問をさせて下さい」

サイバンチョ

「分かりました。では弁護人、尋問をお願いします!!」

 

岬 明乃

「通路を一人で歩いていたって言いましたけど、他には近くに誰も居なかったんですか?」

アドルフ・フューラー

「実はあの時、ツアーの列から離れて、次の絵のテーマを考えていたのだ。従業員は誰も居なかったから、わしを見ている者など居なかっただろうがな………」

岬 明乃

「離れる前に誰かに、”ここから少し離れる”とか伝言を残さなかったんですか?」

アドルフ・フューラー

「伝えてないな。連れに言ってもダメだのなんだの突っぱねるから、黙ってツアーから離れた」

岬 明乃

「あはは………それと、事件を目撃したって言いましたけど、停電が発生した時はどうしてたんですか?」

アドルフ・フューラー

「その場から動けなかったよ。だから事件を目撃した時は、心底驚いたよ」

岬 明乃

「何を見たんですか?」

アドルフ・フューラー

「施設全体が停電する中、不気味に発光していたトイレを見たのだ!そして――――」

岬 明乃

「それで、どうしたんですか?」

アドルフ・フューラー

「事件の瞬間を目撃してしまったのだ!被告人が被害者に真正面から襲い掛かる瞬間を見たのだ!!その時に持っていた凶器によって被害者は殺害されたのだ!」

岬 明乃

「………!!」

 

あれ、ちょっと待って。

今の発言、かなり引っかかる。

手元にある証拠品をもう一度だけ確認する。

そして見つけた………今の証言の矛盾を示せるだけの力が!!

 

岬 明乃

「異議あり!!」

 

法廷内に響き渡るように、声を張り上げる。

そして同時に、身体の内側から力がグツグツと沸いてくる錯覚を感じた。

今なら、行ける!!

 

岬 明乃

「アドルフさん、あなたはこう言いました。被告人が被害者に真正面から襲い掛かったから、被害者は殺害されたと言いましたね?」

アドルフ・フューラー

「うむ。わしの目に偽りはない」

岬 明乃

「ところがそうはいきません。こちらの証拠品をご覧下さい」

 

自然と言葉がつらつらと並べられるのに動揺したけど、今は目の前の説明に集中だ!

私は手元の証拠品を見せつける。

 

検死報告書:死亡推定時刻は12時30分~50分の間。死因は背中をナイフで刺された事による失血死。

 

岬 明乃

「こちらは被害者の検死報告書です………死因は”背中”をナイフで刺された事による失血死であると」

サイバンチョ

「それがどうしましたか?」

岬 明乃

「分かりませんか?もしアドルフさんが言っていることが本当なら!」

 

バンッ

机を思いっきり叩きつけて、視線を鋭くする。

これが、私からの人生で最初の反論だ!

 

岬 明乃

「被害者は正面から刺された事にならないとおかしいのです!!」

アドルフ・フューラー

「ま、マジっすかい!?」

 

ワイワイガヤガヤ……………………………………

カンッ、カンッ、カンッ

 

サイバンチョ

「静粛に!静粛に!た、確かにその通りですぞ!もし被害者が正面から刺されたのなら、刺し傷は正面に付くはず!なのに背後から刺されたとありますぞ!」

 

よし!

初めて証言から矛盾を突きつけられた。

アドルフさんには悪いけど、こっちは大事な家族が有りもしない罪を着せられようとしてるから、構ってられない!

 

岬 明乃

「さぁ教えて下さいアドルフ・フューラーさん!背後に刺された傷が、どうしたら正面へ移るのかを!!」

アドルフ・フューラー

「う、うぅむ、確かにワシは真正面から襲い掛かった瞬間を目撃したのだ!見間違えるはずがない!」

 

アドルフさんは、なおも自分の見間違いでないと言い張る。

うーん、でも私も彼が嘘を言っているようには見えないしなぁ………。

もう少しだけ掘り下げてみる?

でも何を聞いてみる?

 

万里小路 楓

「あの、一つよろしいでしょうか?」

サイバンチョ

「む?なんでしょうかな?」

万里小路 楓

「証人に伺いたいのですが、目撃した際の状況を詳しく証言としてお話しして頂けないでしょうか?私としては証人が嘘を言っているようには見えませんので、別の視点からアプローチを図るのもありかと………」

サイバンチョ

「ふむ、分かりました。では証人、お願いしますぞ。目撃した際の状況について!!」

 

~証言開始・目撃した時の状況について~

アドルフ・フューラー

①「目撃してた時の状況か………」

②「周囲は暗闇になっていたな。停電のせいでな、物音一つしなかったよ」

③「だがそう言えば、事件を目撃する直前に少し揺れたな。まぁ、恐らくは爆発の影響で揺れたんだろう」

 

岬 明乃

「!!待って下さい!」

サイバンチョ

「む?どうしましたか?」

岬 明乃

「爆発があったのは停電する前です!停電した後に爆発があるなんてあり得ません!」

サイバンチョ

「おお!確かに!今回は尋問が始まる前に不審点を上げられましたな」

アドルフ・フューラー

「わしは確かに揺れをこの芸術魂をかけても、感じ取ったと確信している!疑うのは筋違いだ!」

岬 明乃

「どう言う事なんだろう?この2回の揺れが、事件と関係あるのかな?」

万里小路 楓

「整理しましょう。証人が感じ取った揺れは、証拠から推理するに爆発による揺れではないのは確かです」

岬 明乃

「停電した後に揺れたって証言してるしね。じゃあ、この2回目の揺れの正体はいったい?」

サイバンチョ

「しかし弁護人、私の見解の述べますと2回の揺れが本事件とは関係があるようには思えませんが」

万里小路 楓

「1つ確認したい事がございます。琴浦検事、この”停電後の揺れ”についての見解をお聞かせ願います」

琴浦 春香

「………」

 

万里小路さんの質問に、私は琴浦さんを見つめた。

しかしこちらの問には答えずに、黙って佇む琴浦検事。

 

琴浦 春香

「………黙秘します」

サイバンチョ

「な、なんですと!?黙秘とはどう言う事ですか!?」

琴浦 春香

「そのままの意味です。たかだか2回施設が揺れた件と今回の事件の関連性がない以上、協議する必要がないと判断しました」

岬 明乃

「異議あり!証人は間違いなく2回の揺れを感じています!これを無視するんですか!?」

万里小路 楓

「では弁護人は、この2つの出来事に関連性が有ると言うのですね?」

岬 明乃

「えっ、あ、はい!もちろんあります!」

 

うわぁ、どうしよう。

勢いで言っちゃったから、関係あるかなんて分からないよっ。

おまけに有るって言っちゃったし。

おかげでみんなの視線が痛いくらいに突き刺さってくるよ。

特に私の事を知ってるシロちゃんから、名前の通り白い目で見てるし………。

 

万里小路 楓

「岬さん、当てはあるのでございますか?」

岬 明乃

「え、えと………実は勢いで言っちゃったから、関係あるかなーって考えたり、あはは」

万里小路 楓

「うまく相手のペースに乗ってしまいましたわ。さすがはベテラン弁護士と呼ばれております」

岬 明乃

「でもそのベテランさんが黙秘するって事は、既に調べていて結果は分かってるんだよね?」

万里小路 楓

「恐らくは。ただ、あの言い方ですと、”検察側は何か重要な情報を隠しているのでは”っとこちらが疑ってしまいます。手慣れた方がそのような発言をするのは思えませんが………」

岬 明乃

「でもどの道、関係があるって示さないと始まらないよね。だったら」

 

前から思っていたことを、この場で言うのもありかもしれない。

証人を疑うようで悪いけど!!

 

岬 明乃

「証人、一つ伺ってもよろしいですか?」

アドルフ・フューラー

「何かね?」

岬 明乃

「証人って、本当に事件を目撃したんですか?」

アドルフ・フューラー

「………なんだと?」

岬 明乃

「ただ状況を詳しく話しただけでも証拠にはなるんでしょうけど、それはあくまで証人が一方的に語っているに過ぎません。それに法廷では証拠が全てなんですよね?なら証人が事件を目撃したという証拠を見せて下さい」

琴浦 春香

「!!」

アドルフ・フューラー

「………ふふふふ」

岬 明乃

「?」

アドルフ・フューラー

「ふっふっふっふっふ。そこまで言うのなら、本来は見せるべきではなかったが、わしはこいつを証拠品として裁判所へ提出する!!」

 

高笑いしながら懐から取り出した1枚の紙。

いや、あれは画用紙かな?

さすが芸術家を名乗っているだけあって、道具は常に持っているようだ。

さっきも1枚だけ絵を見てたけど。

 

アドルフ・フューラー

「これはわしが事件が発生した時に書いた物だ!こいつを提出するぞ!」

サイバンチョ

「しょ、証人!あなたは先程の証言では次の作品を考えながら歩いていてとは言っていましたが、絵を描いているとは言いませんでしたぞ!」

アドルフ・フューラー

「芸術家とは、時には絵を描きながら次の作品を考えているモノなのだ!ゴッホがそうだったようにな!」

万里小路 楓

「ゴッホさんは音楽家であって画家ではございませんが」

サイバンチョ

「ごほん!と、とにかくこちらは証拠品として受理します」

 

フューラーの描いた絵:事件当時に描いていた絵。被害者と被告人が争っている。かなり綺麗な絵。

 

サイバンチョ

「なっ、こ、この絵は!!」

アドルフ・フューラー

「ふっふっふ、裁判長も気付いたようだな。そう、わしの絵は見たモノを正確に描くことが可能なのだ!だから今時の写真なんぞに頼らなくても証拠品として扱えるはずだ!」

岬 明乃

「………!!」

 

その絵を見ていて、次の言葉を無くしてしまった。

確かにそこに描かれていたのだ。

シロちゃんが………背後から被害者を襲う瞬間を!

 

アドルフ・フューラー

「さぁ岬明乃君!これでもまだわしが、事件を目撃していないと言えるのか!わしは事件の目撃者だぞ!」

琴浦 春香

「………」

 

ワイワイガヤガヤ………………………………………………

 

っ!?

騒ぎ出した法廷の中で今、琴浦さんがこちらを見て笑っていたような気がする。

周りの空気とは対照的な、あの態度。

なんで、そんなこと。

 

万里小路 楓

「くっ、まんまと相手の手中にはまってしまいました」

岬 明乃

「は、はまった?」

万里小路 楓

「琴浦検事はこうなるように仕向けたんです。こちらが万策が尽きた時に、確かな証拠としてこちらに不利な証拠を提出させる。これが、法廷での戦い方ですか!!」

陪審員4号

「………勝負ありかね、こりゃ」

 

ざわついている法廷から、1つの声が落された。

その声に法廷も静寂に包まれる。

ま、待ってっ。

 

陪審員4号

「こいつは決定的だ。ハッキリと被害者をぶっ殺してる被告人が映ってる。このおっさんは妙な絵描きだったが、確かな証言をしてたな………裁判長!俺は有罪にするぜ!」

 

そう言うや否や、陪審員4号さんは手元にあるボタンを押した。

すると法廷の背後にある天秤に向かって、日が飛んでいった。

白と黒の2つの天秤があり、今は黒の方へ入った。

確か、この意味は………。

 

万里小路 楓

「有罪に、1票入ったと言う意味です。これが6票全てに入ったら、審理はそこで終了となり、裁判はっ」

陪審員3号

「これは言い逃れできません。犯罪者にそっこく裁きを!」

陪審員1号

「ふん!やっぱり外から来た奴は皆、犯罪者だ!さっさと判決を下せー!!」

陪審員2号

「………」

陪審員5号

「ハンザイシャ、コワイ。ハヤク、ユザイ!!」

 

犯罪者。

みんな口々に叫んでは、次々と有罪の炎へと転身していった。

天秤の傾きは激しくなり、ほとんどが有罪へとなりかけていた。

これで全ての票が有罪へとなってしまった。

私じゃ、シロちゃんを助けられないの?

万里小路さんも、悲痛な顔で投票されるのを見つめていた。

当のシロちゃんは泣いてないけど、両の目は濁りきっていて、この世の終わりとも思える表情となっていた。

 

これで、5票が有罪となり、裁判は………5票?

まだ、投票してない人がいるのかな。

でも、このままじゃ………。

 

サイバンチョ

「む、陪審員6号さん?どうしましたか?有罪へ投票しないのですか?」

陪審員6号

「ああ、いえ。少し考えごとをしていましたので、ワンテンポほど遅れてしまいました」

サイバンチョ

「そうでしたか。それで、考えはまとまりましたか?」

陪審員6号

「おかげさまで。ですが」

 

一間呼吸して、続ける。

 

陪審員6号

「僕は、被告人が犯行に及んだとするのは、まだ早計であると判断しました。よって、僕の投票はまだ保留とします」

 

私は、一瞬だけど時間が止まった気がした。

彼の言っている意味が分からないのではなく、ただ単に………嬉しかったのだ。

不甲斐ない弁護だったのに、みんなからは犯罪者呼ばわりされてるシロちゃんの無実を信じてくれる人がまだ居てくれるんだ。

 

陪審員1号

「なっ、何を言い出すんだ!決定的な証拠だってあるのに、何を疑問に思うんだ!?」

陪審員6号

「いや、そう言われましても、この絵だけでは彼女の犯行かどうかなんて判断できません。肝心の凶器の姿が描かれていませんし」

サイバンチョ

「ふむ、言われてみればそうですな。しかし、それは単に身体に隠れているからでは?」

陪審員6号

「他にもあります。そもそもの問題として、彼女の殺害の動機が全く見えてこない。殺人事件を扱うのに一番重要な動機の点が不明なのです。これを抜きにして審理を進めるのは、僕としてはいささか疑問を感じます」

 

丁寧に分かりやすく説明して、ふぅ、と一息吐く。

手を前のめりにして組む。

 

陪審員6号

「以上の2点が解消されない限り、僕は彼女を有罪とは決して認めません。僕の票で、えん罪を生むのは趣味ではありませんので」

サイバンチョ

「うむ。では、仕方ありませんな。このまま審理を続行して頂きましょう」

 

………助かった、のだろうか?

たった1人の反論で、まだ審理が続いている?

シロちゃんを助けるための議論がまだ終わっていない?

知らぬ間に、私は両目から涙を流していた。

まだ、戦える!

 

サイバンチョ

「では私の主観を述べたいと思います。この裁判自体、不明な点が多くありすぎます。検察側、弁護側共に充分な証拠の集まっていないと見受けました。よって、本法廷の審理につきましては、後日とさせて頂きます!」

岬 明乃

「って、言うことは………」

サイバンチョ

「本法廷はひとまず、これにて閉廷とします!なお、本日の法廷は明日に持ち越します。検察側、弁護側共に本日中までに調査を終えるようにすること!」

岬 明乃

「やった!裁判を明日にまで引き延ばせた!」

万里小路 楓

「ふふ、チャンスが生まれましたわね」

琴浦 春香

「ぐっ」

サイバンチョ

「それでは、本日の法廷はこれにて閉廷!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      「待った!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裁判長が小槌を打って、裁判の閉廷を宣言した途端に、それは起った。

法廷中に轟く、1人の声で法廷は再び混乱に巻き込まれる。

何事かと思い証言台を見てみると、そこには1人の男性が立っていた。

だけどその人は頭に包帯を巻いていて、怪我をしている。

 

??????

「待って下さい裁判長!私の話を聞いてくれませんか?」

サイバンチョ

「は、はぁ。しかしたった今、当法廷は一時的に閉廷となりましたので」

??????

「お願いです!重要な事なんです!」

サイバンチョ

「そもそも、あなたはどなたなのでしょうか?さすがに事件と関係ない人物の証言など、聞けませぬぞ」

??????

「関係大ありです!なぜならば――――」

 

 

 

??????

「私は、この事件のもう一人の被害者なのです!!」

 

 

 

岬 明乃

「えっ」

万里小路 楓

「はい?」

琴浦 春香

「は?」

サイバンチョ

「な、な、なっ、なんですとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!???」

 

ワイワイガヤガヤ………………………………………………………

 

ま、まさか。

事件の、もう一人の被害者?

殺害された被害者とはもう一人、別の被害者がいたって事?

それが事実なら、なんで今まで出てこなかったの?

この事件との関係は?

疑問が疑問を呼び、とうとう収集が付かなくなっていった。

法廷は、ますます混乱を極めたまま、閉廷する事となった。

 

 




P.S その内、見取り図や事件現場の写真などの挿絵を入れたいなと思います。
※但し、絵はまだ書けていない………


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第13話 不幸な逆転-後編-

「人を戦争に駆り立てるのに英雄が命令する必要はない。戦場に赴く者たちの中に、英雄が1人いればいいのだ」――――ノーマン・シュワルツコフ大将


どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。
新年、明けましておめでとうございます。
今年もまた、よろしくお願い申し上げます。
さて皆様、大変、大変長らくお待たせしました!
前回の話から約2ヶ月、様々なトラブルを抱えながらも、どうにか今回の投稿にありつけました。
一応、今回の話で第1章は完結となります。
次章からは新たな局面、視点へと突き進んでいきますので、今後ともよろしくお願い致します。

それでは長く挨拶するのもこの辺にして、早速どうぞ。




[不幸な逆転-後編-]

2012年、7月19日、17;45;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央裁判所 第3控え室

 

岬 明乃

「………」

 

控え室に設けられている応接室セットの一つである椅子の背もたれに、ドッカリと座り込んでいる。

いや、座り込んでいる、と表現するには語弊があるかもしれない。

正確に言えば、グデーっとだらしがなく背中と両足を伸ばしているだけである。

この姿だけを見れば、明らかに夏休みを謳歌するダメ学生に見えるだろう。

でもさ、今回だけは許してよ。

あんな裁判の後だったんだし。

 

万里小路 楓

「ふふふ、お疲れ様でした。お茶になります」

岬 明乃

「あ、ありがとう………」

 

万里小路さんが淹れてくれた紅茶を受け取り、一口含む。

少しの苦みと、ダージリンの良い香りが口と鼻を刺激する。

徐々に、心情的に安らげた。

椅子の背もたれに頭を垂れると、先程のやり取りを思い出していた。

 

――――結論から言うと、裁判はこのまま引き続き続くそうだ。

新しい被害者であり、証人となって現れた彼がこの後で証言する運びとなった。

新しい証人が現れたことで、審理が色々と中途半端になってしまうため、これからは彼の証言を中心に審理が進められる。

私はそっと目を閉じる。

また、私はあの広い法廷に戻らなくてはいけないのかと思うと、心がドッと重たく感じた。

だけどシロちゃんを助けるためだ。

せっかく繋ぎ止められたのに、こんな調子ではダメだ。

 

コンコンッ

 

万里小路 楓

「はい、どうぞ」

 

ガチャッ

代わりに万里小路さんが受け答えしてくれると、控え室には意外な人物が入ってきた。

 

岬 明乃

「あれ、トリエラちゃん?どうしてここに?」

トリエラ

「なによ、あんた達が裁判で奮闘してるって聞いて、こうやって来てあげたんじゃない。結構ギリギリみたいだけどね」

 

入ってきたのは、まだ宇宙ステーションに居たと思われていたトリエラちゃんだった。

もう事情聴取は終わって、もう他の人達と一緒に地上へ戻れたのだろうか?

ともあれ、時間は左程経っていないはずなのに、久しぶりに再会したような感覚だったからか、彼女に会えて嬉しかった。

 

万里小路 楓

「トリエラさん、紅茶は如何ですか?今ちょうど、ダージリンを淹れているところでして」

トリエラ

「せっかくだから頂くわ。悪いわね」

 

部屋に設けられている給湯器を使い、ダージリンを淹れていた。

そんな様子を横目にしながら、トリエラちゃんは切り出した。

 

トリエラ

「それで?実際は裁判はどれくらい進んだの?」

岬 明乃

「うん、実はね――――」

 

私は彼女に、これまでの経緯をざっくりだけど説明した。

一通りの説明を話したら、トリエラちゃんは難しそうな顔をする。

 

トリエラ

「新しい証人、ね。そいつのおかげで裁判はまだ続くんだね。いや、あんた達の場合はそいつが出てきたからまだ裁判で審理を続ける羽目になった、と言った方が正しいか」

岬 明乃

「この後も審理が続行されるってー。はぁ、もう一生分の叫び声を出した気がする」

トリエラ

「それよりもさ、そいつって何か言ってた?犯人を見たとか」

岬 明乃

「え?ううん、特には聞いてないよ。万里小路さん、何か聞いてる?」

万里小路 楓

「それをこれからの審理で話されるのでは?ですが、犯人が誰であるかは存じないように感じました」

岬 明乃

「どうして?」

万里小路 楓

「分かっていたら、最初から犯人を知っていると言えばいいのです。犯人の存在を隠していたら、また自分に被害が及んでしまうかもしれませんから」

 

………?

それなら最初から”犯人を見たぞ”、なんて告発しなければ良いんじゃないかな?

正義感がよっぽど強くなければ別だけど。

そうだ、私は気になっている事があったんだった。

私はトリエラちゃんにズイッと顔を狭めた。

 

トリエラ

「な、なによ?」

岬 明乃

「トリエラちゃんがここに居るって事は、蘭ちゃん達もここに居るって事だよね?どこに居るか知らない?」

トリエラ

「さぁ、知らないわ。そう言えば他の乗客達が降りたときには、もう居なかった気がする。どこにいったのかしら?」

万里小路 楓

「他の方々はもう既に事情聴取を終えて、帰られたのですね」

 

ガチャッ

話していると、またも扉が開かれて、数人の子達が入ってくる。

法廷で裁判の様子を見守っていた、晴風クラスの子達だった。

今度は見知った顔ぶれだったので、安心した。

 

山下 秀子

「艦長、お疲れ様~。見ててすっごくハラハラしたよー、これが裁判なんだね!」

内田 まゆみ

「ももちゃんが居たら、絶対に漫画のネタにされてたね」

杵崎 ほまれ

「疲れたよね?何か甘い物食べる?万里小路さん、ちょっといいかな?」

黒木 洋美

「何とか次に繋げられましたけど、あの男はいったい何なの?何か知らないんですか?」

柳原 麻侖

「ギリギリな戦いだったなぁ!まぁ、副長を助けられるのは艦長だけだから、あんまり圧迫感なかったけどな!」

 

一気に部屋が騒がしくなっていって同時に多くの質問に晒されて、私はどう答えようか迷ってしまった。

それと、先程まであった思い空気が、少し空気が軽くなった気がする。

誰もが思い思いの気持ちを口にして。

だけど最終的には笑い合って。

そんな日常に、私はみんなを戻してあげたい。

心の中で、そう感じた。

 

トリエラ

「な、なんだか一気に騒がしくなったわね。みんなあなたの知り合い?」

岬 明乃

「そうだよー。私の大事なクラスメイトで、家族だよ!」

トリエラ

「家族?学校の友達じゃなくて?」

岬 明乃

「友達だけど、家族でもあるの!………たくさん危ない目に遭って、辛いこともあった。でも、それでも今までずっと一緒に過ごしてきた、大切な家族なんだ。えへへっ」

 

途中から自分で言っておいて、急に恥ずかしくなってきたっ!

でも自然と笑みが浮かべられ、ずっと傍に居てほしいのは、心から感じていること。

だから私は――――

 

岬 明乃

「だから私は絶対、シロちゃんを助け出してみせる。たとえ無謀な戦いであっても、ね」

トリエラ

「そう………なら、大事にしなさいよ。絶対に守り抜いて、また、元の日常に帰りなさい」

岬 明乃

「うん、ありがとう!そう言えばさ、トリエラちゃんは事件の時、どこにいたの?」

トリエラ

「えっ?それは前にも言ったじゃない。施設内のエントランス付近で」

岬 明乃

「もしかして、蘭ちゃんが落ちそうになったのを助けたって?それは聞いたけど、それまではどこで何してたのかなって」

トリエラ

「そんなの、蘭達と一緒にいたわ。嘘だと思うなら、蘭に聞いてみれば良いじゃない。ま、どこで何してるか分からないけどね」

 

………確かに気になる。

地上に降りてきたら、普通は一報くらいすると思うんだけど、忙しいのかな?

どうしよう、こっちから連絡した方がいいかな?

 

岬 明乃

「万里小路さん、どうしよう。蘭ちゃんに連絡してみるべきかな?」

トリエラ

「止めときなさいよ。もし取り込み中だったらどうするの?今は彼女からの連絡を待つべきよ」

 

紅茶をみんなに振るっている万里小路さんに聞いたのに、トリエラちゃんが口を挟んできた。

やっぱり、こっちから連絡しない方が迷惑掛からなくて良いかな?

 

黒木 洋美

「ところで艦長。そちらの女性は?」

岬 明乃

「宇宙エレベーターで出会った、トリエラちゃんだよ。さっき友達になったんだよね?」

トリエラ

「初めまして、トリエラです。それにしても、あなたのお友達は災難だったわね。観光のつもりで来ただけなのにこんな事件の犯人にされちゃって」

内田 まゆみ

「あはは………副長の運のなさは折り紙付きですから………」

杵崎 ほまれ

「さぁみんな。お菓子が出来上がりましたよ!暖かい内にどうぞ!」

 

横からほっちゃんが入ってきて、出来たてのクッキーを持ってきてくれた。

香ばしい香りが鼻を刺激して、食欲をそそる。

………食材持ってきて、ここで焼いたのかなぁ?

 

杵崎 ほまれ

「よかったらトリエラさんも如何ですか?自信作なんです!!」

トリエラ

「そ、そう?なら………頂きます」

杵崎 ほまれ

「他のみんなもどんどん食べてって!」

柳原 麻侖

「おっ、なら頂くぜ!」

山下 秀子

「頂きまーす。うん、美味しい!」

トリエラ

「ホントね。サクッとしてて美味しい」

黒木 洋美

「頂き………はっ、ま、まさか1つ食べるごとにお金を請求するんじゃっ」

トリエラ

「えっ」

杵崎 ほまれ

「もう、そんなことしないよー。お客さんが来てるのに、商ば、ごほん。お客さんからお金は取らないよー」

トリエラ

「今商売って言いそうになったでしょ?バレバレよ?」

岬 明乃

「あはは。あれ?そう言えばトリエラちゃん、胸ポケットにしまってあったサングラスはどうしたの?」

トリエラ

「えっ、ああ、あれ?実はどこかに落しちゃったみたいで、探しても見つからないんだよね。施設内で結構な騒ぎになっちゃったから、その時に落しちゃったのかも」

 

ガチャッ

 

係官

「弁護人、もうそろそろ休廷時間が終了しますので、出廷をお願い致します!」

岬 明乃

「!!は、はい!今行きます!」

 

バタンッ

 

岬 明乃

「みんな、また行ってくるね。絶対にシロちゃんを助け出すから、応援して下さい!」

一同

「「「「はい!!!」」」」

万里小路 楓

「岬さん、行きましょう!」

岬 明乃

「うん!!」

 

ワイワイガヤガヤ…………………………………………………

カンッ

 

サイバンチョ

「それでは、審理を続行したいと思います。先程の審理では、決着は明日になる予定でしたが、ここに来て新しい証人が現れましたので、審理を続行する流れとなりました」

琴浦 春香

「検察側は、新たな証人の出廷を求めます」

サイバンチョ

「分かりました。では係官、証人をここへ連れてくるように」

係官

「はっ!!」

 

証人席に現れたのは、スラッと伸びたやせ形の男性だった。

だけど所々に怪我をしているのか、包帯やガーゼを施している。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を」

??????

「名前は菊池雅行(きくちまさゆき)。海上自衛隊所属、イージス艦”みらい”で砲雷長をしています」

 

海上自衛隊………施設内で会った角松さんや尾栗さんの知り合いなのかな?

ぱっと見た感じ、法廷内では2人の姿は見えない。

 

サイバンチョ

「ほうほう、自衛隊の方でしたか。普段からのお勤め、ご苦労様です」

菊池 雅行

「いえ、国民の命と平和を守るのが、自衛隊の職務ですので」

琴浦 春香

「では、今回の事件の重要参考人として、あなたの身に何があったのかを話して頂けますか?」

菊池 雅行

「………事件が発生した際、私はトイレ付近に居ました」

サイバンチョ

「トイレにですか?あのくらい中で?」

菊池 雅行

「はい。ただ、その、どうしても用を足したかったんです。最近、腹痛が続いてまして………」

サイバンチョ

「おお、それは大事になさって下さい」

菊池 雅行

「それで、トイレを発見して中に入ったら、男性が倒れていたんです。血を流してて」

 

!!

こ、この情報って………。

 

菊池 雅行

「急いで介抱使用としました。しかし、脈はすでになく、心臓マッサージをしようとして………そこで背後から何者かに殴られて、気絶してしまったんです」

サイバンチョ

「な、殴られた!?そ、それでその包帯が」

菊池 雅行

「ええ、お察しの通りです」

岬 明乃

「す、すみません!その時、女の子が倒れてませんでしたか!?」

菊池 雅行

「女の子?いえ、私が見たのは男性だけでした。個室に隠れているのなら別ですが」

岬 明乃

「そ、そんな………」

 

せっかく突破口を見つけられたと思ったのにっ。

私の中で徐々に焦りが募っていく。

 

琴浦 春香

「裁判長。以上の証言から、検察側はある結論に至りました」

サイバンチョ

「伺います」

琴浦 春香

「証人を背後から殴り、気絶させた人物こそが、今回の事件の被告人であると!!」

岬 明乃

「い、異議あり!なんでそうなるんですか!?経緯を話して下さい!」

琴浦 春香

「まず被告人は被害者を殺害後、現場を後にしようとしたはずです。しかしトイレに近付いてくる証人に気付き、咄嗟に個室に隠れたのです」

サイバンチョ

「なぜ隠れる必要があるのですか?」

琴浦 春香

「現場に居たら、真っ先に自分が疑われるからです。そして証人がトイレへ入り、被害者に気を取られた隙に背後から鈍器のような物で殴ったのです!」

岬 明乃

「異議あり!ならなぜシロ………被告人は現場から立ち去らなかったのですか!もしも犯人であるならば、その場から一刻も早く立ち去りたかったはず!なのに現場で気絶してたのはなぜですか!!それと、すぐに気絶したのならなぜ証人は発見時に現場に居なかったのですか!」

 

カンッ

 

サイバンチョ

「そこまで!事件の詳細については、証人から行って貰います。弁護人は尋問にて追求して下さい」

岬 明乃

「くっ」

サイバンチョ

「それでは証言して貰いましょう。事件当日について!」

菊池 雅行

「承知しました」

 

~証言開始・事件当時について~

菊池 雅行

①「用を足すためにトイレに訪れていました。ツアーガイドから道のりはある程度聞きましたから」

②「トイレに入ったら、被害者の人が血を流して倒れていました」

③「介抱しようとした途端、背後から何者かに殴られました。犯人の顔は見ていません」

④「そして医務室で目を覚ましました。そこで裁判が今行われていると伝えられ、急いでここまでやって来ました」

 

サイバンチョ

「ではあなたは、裁判で証言するために痛む怪我をガマンして、当法廷までやって来たと?」

菊池 雅行

「はい。間違った方に裁判が進行し、冤罪を生むのは心苦しいので」

サイバンチョ

「さすがは、国民を第一に考えている自衛官でありますな。それでは弁護人、尋問をお願いします」

岬 明乃

「は、はい!」

 

~尋問開始・事件当時について~

岬 明乃

「お尋ねします。本当に現場には女の子は倒れていなかったんですね?」

菊池 雅行

「それは間違いようがありません。個室は全て扉が開けられていて、中に誰か入ってたら、気付きますから」

琴浦 春香

「それでは、用具入れはどうでしょう?」

菊池 雅行

「いや、そこまでは見ていません。目の前で倒れている被害者に気が向いていたので」

岬 明乃

「では他に気付いたことはありませんでしたか?些細な事でも良いんですっ」

菊池 雅行

「うーん、特にこれと言った点はありませんね。トイレはキレイでしたし、鏡もピカピカに磨かれていましたし」

 

………ん?

鏡が、ピカピカに?

あれちょっと待って。

現場で撮った写真には、鏡なんて――――

 

岬 明乃

「異議あり!菊池さん、今の証言は間違いありませんか?」

菊池 雅行

「ん?トイレがキレイだって証言が?それなら間違いありません」

岬 明乃

「残念ですけど菊池さん、それはあり得ないんです」

サイバンチョ

「ど、どう言う事ですか?」

岬 明乃

「私達が現場を調べた時は、確かに遺体の状態は証言通りです。鏡が割れていた点以外は」

菊池 雅行

「なに?」

岬 明乃

「割れていたんですよ。鏡が派手に粉々に砕けて、地面や洗面台に破片が飛び散っていたんです!」

菊池 雅行

「なんだと!!」

 

ワイワイガヤガヤ………………………………………

 

岬 明乃

「でもさ、これってどう言う事なんだろ?」

万里小路 楓

「鏡がいつ、誰が割ったのかが分かりませんね。岬さん、これはきっと重要な問題だと思います」

岬 明乃

「どうして?」

万里小路 楓

「あの証人を見て下さい。嘘を言っている様子ではありません。しかし、現に鏡は割れていて、証言と矛盾しています。そこには大きな意味があります。私達が誰も気付いていない、大きな意味が」

 

カンッ

 

サイバンチョ

「弁護人に問います。この割れた鏡に、何の意味があるのでしょうか?」

岬 明乃

「………正直に言いますと、ハッキリとした回答は用意できていません。ですけど、ここから考えられるのは、この鏡はもしかして、事件が発生した後に割れたのではないでしょうか?」

サイバンチョ

「事件の後に?」

岬 明乃

「思い出してみて下さい。私達が現場を調査した時は鏡が割れていました。でも菊池さんが現場を訪れ、被害者を介抱しようとした時は鏡は割れていませんでした。ならこれは何を意味するのでしょうか?」

琴浦 春香

「………っ!?ま、まさか」

岬 明乃

「琴浦検事は気付いたみたいですね。そう、これが示す答えは………」

 

数秒だけ間を置いて、言葉を繋ぐ。

 

岬 明乃

「真犯人によって、現場を細工されたと言う可能性があります!」

琴浦 春香

「なっ」

菊池 雅行

「なっ」

サイバンチョ

「なんですとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

ワイワイガヤガヤ……………………………………………………

 

先程にも増して、法廷がざわつき始めた。

そりゃそうだ。

事件が終わった後に、細工をされたら今までの審理も本当に意味があるのか、疑われてしまう。

裁判は確かな証拠と証言によってなり立っている。

この裁判そのものが、危うい橋を渡ろうとしているのだ。

 

琴浦 春香

「い、異議あり!それこそ、なぜ現場を去らなかったの!?その場に居続けたら、自身の身が危険なのにっ」

岬 明乃

「琴浦検事、言ったはずですよ。これはまだ可能性の話です。真実はもっと複雑で、目を背けたくなるような事実かも知れません。だから現段階では、断定しきれません、と」

万里小路 楓

「まぁ………」

 

………あれ、なんで今あんな事を言ったんだろう?

”真実はもっと複雑で、目を背けたくなるような”って。

まぁでも。

 

岬 明乃

「弁護側はさらなる真相究明のため、事件の再調査を希望します!このまま審理を続けていても、不確かな現場でしかない事件を扱うのは、あまりにも酷すぎます!」

サイバンチョ

「うむ。私個人としても、弁護側の意見には同意ですな。現場が実際にどれ程、細工を施されたのかを調査する必要があります。検察側、陪審員の皆様も、それで良いですな?当法廷は、一時中断すると」

琴浦 春香

「うぐっ、い、異議はありません」

陪審員1号

「しょ、承知しました。裁判長殿に判断を委ねます………」

サイバンチョ

「よろしい。では当法廷については、これにて一時休廷!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??????

「待った!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またしても、法廷内に響く”待った”に、私は億劫になりそうだった。

もしかして、シロちゃんの不幸が私に乗り移った?

なんて失礼なことを考えていると、先程の億劫な気持ちなんて吹き飛んだ。

なぜならば――――

 

岬 明乃

「蘭、ちゃん?」

 

そこには、頭に包帯を巻いた磯崎蘭ちゃんが証人席に立っていた。

息を切らしていて、肩でゆっくり呼吸を繰り返している。

ここまで、走ってきたのだろうか?

 

磯崎 蘭

「お願いです、私の話を聞いて下さい!私は、岬代理弁護人のもう一人の助手です!新しい証拠を持って参りました!」

サイバンチョ

「あ、新しい証拠ですと!?」

磯崎 蘭

「これを、これを証拠品として提出します!確認して下さい!」

 

証拠品:事件当時の施設内の記録

内容:7月19日にて発生した内容をここに記す。

AM10:00 A-5ブロックにて、実験機稼働。以後、48時間の連続運転のため、警備員は注意のこと。

PM00:30 E-2ブロック電源室にて小規模爆発。怪我人はなし。火星重力センター内にて大規模停電発生。

PM00:43 D-2ブロックにて、一時、無重力状態発生。原因不明。但し、発生時間は数秒間の一度のみ。

PM00:45 停電の復旧完了。

PM05:00 交代要員及び貨物を運ぶ予定。交代要員、物資の内容については運搬リストを参照のこと。

 

証拠品:トイレに通じる写真

トイレの取っ手から特殊な蛍光塗料が検出された。普通の人は目視不可能。

 

証拠品:現場の写真(遺体移動後)

遺体が倒れていた付近の写真。血痕の跡がなぜか尖っている。

 

岬 明乃

「お帰りなさい、蘭ちゃん。その怪我、大丈夫?」

磯崎 蘭

「大丈夫だよ、ミケちゃん。それよりごめんなさい、もっと早く来れたら」

万里小路 楓

「ふふっ、蘭さん、気になさらないで下さい。こうして戻ってきて下さっただけでも、ね?」

 

蘭ちゃんは証拠品を裁判長へ提出してくると、こちらの席へやって来た。

怪我をした部分が気になるけど、今は詮索している場合ではない。

私は真正面を向いた。

 

磯崎 蘭

「ねぇ、ミケちゃん」

 

だけどそれはすぐに覆る。

いつの間にか蘭ちゃんの手が私の右肩に置かれていたのだ。

そして、その指から伝わるのは、怯えと恐怖。

 

岬 明乃

「蘭ちゃん、どうしたの?まさか、怪我した所が痛むとか?」

磯崎 蘭

「違うよ。それよりも、これを持ってて?」

 

証拠品:割れたサングラス

真っ黒なサングラス。ひびが入っていて、掛けると危ない。持ち主は不明。

 

岬 明乃

「これって、証拠品だよね。いいの?裁判長さんに提出しなくて」

磯崎 蘭

「………見てほしいんだ。私の、記憶を」

岬 明乃

「えっ?」

 

私の問を無視して、蘭ちゃんはぐっと距離を縮めた。

最後の言葉の部分は、私にしか聞こえないような声量で囁かれた。

傍に居る万里小路さんには聞こえてないらしく、蘭ちゃんが提出した証拠品を確認や弁論の補佐のために、かなり集中しているようだった。

話すのなら、今がチャンスかな?

 

磯崎 蘭

「ミケちゃん、これはね、すごく辛い記憶なの。嘘であってほしかった。でも、真実から目を背けちゃったら、誰も助けられない。だから、今は耐えて」

 

コツンッ

蘭ちゃんと私の額が少しぶつかって、僅かに痛みを感じた。

だけどそんな物は大した感覚にはならなかった。

なぜなら、額をぶつけた瞬間、頭の中に電流が走ったから。

次に浮かんでくるのは、映像の数々。

ここ数時間で蘭ちゃんの身に起きたこと全てだった。

そして次第に私は全身の血が引けていくのが、自分でも分かるくらいに青ざめていった。

私自身が、いや、蘭ちゃんが見た記憶の中。

その内容が、あまりにも――――

 

岬 明乃

「――――っ!?」

磯崎 蘭

「っ、ご、ごめんなさいミケちゃん。本当はこんな方法は間違ってるっ。でも、そうじゃないと――――」

 

その後、蘭ちゃんの言葉がうまく耳に入らなくなっていた。

どこか身体に異常が起きたんじゃない。

ただ、今見た映像が信じられなくなって、どう反応して良いか分からなかったからだ。

でも頭は、勝手に今見た映像と私の考えが脳裏を網羅していく。

 

蘭ちゃんが見た記憶と集めてくれた証拠品。

私が法廷で推理した事件の流れ。

この2つが合わさって、ようやく事件の真相が見えた。

でもその内容はあまりにも悲惨で。

私が願っていた事実とは全く異なっていて。

こんな真実を見るくらいなら、頭なんて無理に働いてほしくなった。

この時ばかりは、本当に自分自身を恨んだ。

 

岬 明乃

「分かりましたよ、この事件の流れが」

磯崎 蘭

「えっ?」

 

自分でも驚くくらい、すごく低い声だった。

全体的に冷め切っていて、本当に私が発しているのかと疑うレベルだ。

シロちゃんを助けるためなら、手段を選ばなくなっちゃったのかな?

否定したいけど、首を横に振る事なんて出来ない。

だけど、不自然な自分自身の機械的な動作は止められるはずがなく。

 

サイバンチョ

「な、なんですと?今証拠品が提出されたばかりなのに、真相が?」

琴浦 春香

「ま、待ちなさい!それは弁護側が勝手に」

岬 明乃

「嘘だと思うなら、私の話を聞いてから反論して下さい」

磯崎 蘭

「み、ミケちゃん………」

万里小路 楓

「岬さん?」

 

2人が心配してくれている。

だけどごめん、今は2人の相手をしてる心理的余裕なんて、ない。

私は2人に振り返ろうともせず、裁判長に振り向いた。

 

岬 明乃

「裁判長、弁護側は真実を述べていきますので、語る上で重要なその人物をここへ」

サイバンチョ

「ほ、本気ですか!?」

岬 明乃

「もちろんです。弁護側が、いえ、私が尋問したい相手は――――」

 

目を背けたくなるくらいに、私はその人物を指さした。

法廷内にまだ残っていて、その人物と両目が合う。

対するその人物は特に驚いた様子はなく、だけど明らかに敵意を向けている。

ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。

だって、私はどんな手を使ってでも、シロちゃんを助けるって覚悟を持ったから。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん。あなたです」

トリエラ

「………」

サイバンチョ

「べ、弁護人!彼女はまだ子供ですぞ!彼女が事件の真犯人だと言うのですか!」

岬 明乃

「少し話をしたいだけです。間違っていたら、それで問題ありません」

 

私に声を掛けて、一緒に事件の真相を追い掛けた仲間を告発するなんて。

名指しで呼ばれたトリエラちゃんは、特に文句を言わずに証言台へ立った。

 

琴浦 春香

「証人、名前と職業を」

トリエラ

「名前はトリエラ。職業は………学生よ」

 

淡々と答えるトリエラちゃんを見て、胸が苦しくなる。

だけどそれ以上に、彼女を告発してしまった自分に嫌気がさす。

 

トリエラ

「ねぇ、これって何かの冗談?一緒に旅した仲間を疑うの?」

岬 明乃

「ちょっと確認したいだけだってば。それが済んだら、戻って良いから」

トリエラ

「いいわ、付き合ってあげる。それで、確認したい事って何?」

岬 明乃

「証言をしてほしいんです。事件が起きた際の行動について」

琴浦 春香

「事件時の行動ですか?」

岬 明乃

「はい。話を聞けば、琴浦検事でも理解できると思います」

サイバンチョ

「では証人、証言して頂きましょう。事件当時の行動について!!」

 

~証言開始・事件当時の行動について~

トリエラ

①「行動と言ってもね。大した行動は取ってないわ」

②「急に停電が発生したんですのも。その場から動けるわけないしね」

③「まぁ、実際にやってたことと言えば、その場から動かないことだね」

④「だからこの尋問で言えることなんて大してないわ」

 

サイバンチョ

「ふむ。聞いている限りですと特に怪しい証言をしてるようには見えないようですが」

岬 明乃

「いえ、それをこれから尋問で明らかにしていくんです!」

 

~尋問開始・事件当時の行動について~

岬 明乃

「急に停電したので、その場からは動いていないんですよね?」

トリエラ

「そうよ。真っ暗の中で動くなんて、危険極まりないわ」

岬 明乃

「停電している最中、全く動いていない時の行動を知りたいんです。例えば………外の宇宙空間の景色を眺めていたとか」

トリエラ

「残念だけど、別に夜空なんてあまり興味なかったから見てない。あんた達の傍にずっと居たわ」

岬 明乃

「その時、何か変わったことはありませんでしたか?例えば、誰かの叫び声が聞こえたとか」

トリエラ

「男の叫びなら聞いたわ。あれにはびっくりした」

岬 明乃

「別の質問をします。あの場には誰が居たか、答えられる?」

トリエラ

「ええ。あなたと楓、蘭と名前を知らない筋肉馬鹿、あとどこかのお嬢様みたいな子も居たわね」

サイバンチョ

(証人、意外と容赦ありませんな)

岬 明乃

「それで全員?」

トリエラ

「他にも大勢近くに人が居たみたいだけど、特徴までは言えないわね。それが何か?」

万里小路 楓

「えっ?」

岬 明乃

「………トリエラちゃん。実はあの時、シロちゃんは私達とはぐれて、その場には居なかったんだよ」

トリエラ

「知ってるわ。だからトイレで気絶してたんでしょ?だからあなたのお友達は言わなかったの」

岬 明乃

「だったらさ、その後の自衛隊の人達と話をしてたのは知ってた?爆発騒ぎがある事も聞いてたのに、なんでその人達のことを言わなかったの?」

トリエラ

「えっ」

琴浦 春香

「待ちなさい弁護人。あなたが自衛隊員と話をしていたとしても、彼女が証言しなかった理由にはならないと思いますが」

岬 明乃

「周囲の人達も全員、彼らの話を聞いていた、としてもですか?この証言をすればすぐに自分の疑いの目は消えるのに、どうして言わなかったんでしょうか?」

トリエラ

「………」

岬 明乃

「トリエラちゃん、あなたは本当にあの場に居たの?あなたは、本当は――――」

トリエラ

「いいわ、分かった。正直に全て話すわ」

サイバンチョ

「では証人!あなたは虚偽の証言をしていたのですか!」

トリエラ

「ごめんなさい、訳は今話します。ですから、もう一度だけ証言をさせて下さい」

サイバンチョ

「ふむ、分かりました。琴浦検事もそれでよろしいですな?」

琴浦 春香

「異論ありません。ですが証人、証言は明確に、かつ嘘偽りのないようにお願いします」

トリエラ

「はい」

サイバンチョ

「ではもう一度だけ証言をお願いします。あなたは、本当はどこで何をしていたのかを!!」

 

~証言開始・事件当時、本当はなにをしていたのか~

トリエラ

①「本当は事件当時、私はあの現場に居たんです。トイレに行きたくて」

②「中に入ったら、人が既に倒れていたんです。その場ですぐに助けを求められれば良かったんですけど」

③「そしたら急に怖くなって逃げ出してしまって」

④「今まで黙っていたのは、皆から非難されるのが怖かったからなんです………ごめんなさい」

 

サイバンチョ

「なるほど。皆から非難されるのが嫌で、今まで黙っていたのですな。確かに、仲間はずれにされるのはきついですからな」

琴浦 春香

「裁判長、それとこれとは話は別です。彼女が正直に言っていれば、事件だってっ」

岬 明乃

「検事、それは後にして下さい。今はこちらが尋問する時です」

サイバンチョ

「では弁護人、尋問をお願いします」

 

~尋問開始・事件当時、本当はなにをしていたのか~

岬 明乃

「あの暗い中、どうやって現場まで辿り着いたんですか?手探りで向かうにしても限度があります」

トリエラ

「どうやって辿り着いたと思う?」

 

トリエラちゃんは挑発するように、私に対して目を細める。

両腕を組んで鼻で笑う彼女を見て、頭に血が上る。

見てろよ。

 

岬 明乃

「人が倒れていたって、どうして誰にも言わなかったんですか?」

トリエラ

「それはさっきも言ったでしょう?非難されるのが怖くなったって」

岬 明乃

「そうじゃありません。私達にって事です。同じ旅をした仲間でしょう?」

トリエラ

「それについては謝るわ。でも目の前に死体があったら、嫌でも恐怖を感じて………」

岬 明乃

「…………入ったら人が倒れていたって言いましたけど、誰が倒れていましたか?」

トリエラ

「………」

サイバンチョ

「べ、弁護人。今の質問に意味があるのでしょうか?」

岬 明乃

「あります。私の予測が正しければ、最も重要な問いになるでしょう」

トリエラ

「………被害者と被告人の2人だけだった。この眼鏡の人は見かけなかったわ」

 

長く熟考した後、彼女は隣の菊池さんを僅かに見ながら静かに答えた。

対する菊池さんも眼鏡をクイッと上げて。

 

菊池 雅行

「私もトイレに入った時、彼女の姿は見ていません。それは間違いないでしょう」

岬 明乃

「異議あり!」

 

間一髪入れず、私は異議を唱える。

今の証言、矛盾してるよ。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん。今あなたは”トイレに入った途端、倒れてたのは被害者と被告人の2人”と言いましたね?」

トリエラ

「………」

 

沈黙は肯定とみなすよ。

 

岬 明乃

「残念ですがあなたが言っていることは矛盾しています」

サイバンチョ

「どう言う事ですか?」

岬 明乃

「仮に彼女が本当の事を言っているとして、明らかにおかしい点が浮かび上がってきます。アドルフさん、証言台に来て下さい!」

トリエラ

「!!」

琴浦 春香

「先程の、証人をですか?」

アドルフ・フューラー

「何かね?わしは今忙しいのだ」

 

証言席へやって来たアドルフさんは、相変わらず絵描きに没頭している。

器用に筆を持ち替えては、色を塗っているようだった。

そんな彼に、私は聞いた。

 

岬 明乃

「アドルフさん、お尋ねします。アドルフさんが第一発見者として現場に来たとき、トリエラさんを見かけましたか?」

アドルフ・フューラー

「………いや、見ておらんな。目の前の凄惨な光景に、釘付けになっておったからな。少なくとも見ていたら覚えているだろう」

トリエラ

「っ………」

サイバンチョ

「弁護人、どう言う事ですか?」

岬 明乃

「簡単な話です。トリエラちゃんは何時から現場に居たのか、を確認するための質問です。では彼女はいったいいつから現場から消えたのか」

サイバンチョ

「ま、待ちなさい弁護人。消えたとはどう言う事ですか?」

岬 明乃

「第一発見者のアドルフさんは先程、トリエラちゃんを見ていないと言いました。ならトリエラちゃん本人は、少なくともアドルフさんが来る前に現場から居なくなったと考えるべきです」

トリエラ

「どうしてよ?」

岬 明乃

「もし後から居なくなったのなら、あなたはアドルフさんも見てるはずだから。それに、警官がやって来た後は現場には来れても中までは入れないから、さっきの様な2人倒れてる、なんて証言できないから」

サイバンチョ

「では彼女はいつから現場に来ていたのですか?それに、未だに菊池さんが現場から居なくなったのかも判明しておりませんぞ?」

岬 明乃

「………恐らくですけど、停電の最中だと思います。停電前は、普通に私達と一緒に行動して………談笑に華を咲かせてましたから」

琴浦 春香

「待ちなさい、弁護人。あの停電の中をどうやって移動したって言うのですか?真っ暗だったのはあなたも知ってるはず」

トリエラ

「それに忘れたの?落ちそうになった蘭を助けたのは私よ?近くに居なければ出来ない芸当でしょう?」

 

そう言えば、と思い蘭ちゃんを見つめた。

どうしてあのタイミングで居なくなったんだろう。

あの時は疑問を感じたけど、今なら聞いても良いかもしれない。

だけど先程から蘭ちゃんは俯いたままで、とても話せそうな感じではなかった。

 

岬 明乃

「ねぇ蘭ちゃん。なんであの停電の最中に居なくなったの?」

 

でもそんな事を気にしている時間はない。

嫌な出来事があったのなら、後で謝れば良いし。

 

磯崎 蘭

「そ、それは今言えない。でも確かにトリエラさんに助けて貰ったよ」

岬 明乃

「知ってる。それより君が居なくなっている間、ずっと近くにトリエラちゃんは居たの?」

磯崎 蘭

「………」

 

とても答えずらそうに、また下に俯いた。

だから私は、蘭ちゃんの両肩を掴んで無理矢理、顔を上げさせた。

 

磯崎 蘭

「うっ!!」

岬 明乃

「答えて。とっても重要なことなの。どうなのかな?」

万里小路 楓

「岬さん、落ち着いて下さい!」

 

ここに来て、万里小路さんに言われてようやく、私が蘭ちゃんに乱暴をしているのに気付く。

私は慌てて両肩を離して、少し距離を置いた。

 

磯崎 蘭

「うぅ」

岬 明乃

「ご、ごめんね蘭ちゃん!怖がらせるつもりなんてなかったのっ!ただ、その………」

磯崎 蘭

「いいの、私も悪いから………さっきの質問に答えるね。停電の最中に、一度もトリエラさんを見かけなかったよ」

岬 明乃

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 

気まずい雰囲気になりながらも、私は続ける。

 

岬 明乃

「い、いま彼女が言ったとおりです。蘭ちゃんの傍に居たという前提が崩れました。ここで問題を整理したいと思います」

万里小路 楓

「停電直後、彼女は私達の元から離れました。理由はトイレに行くために」

岬 明乃

「この理由が本当かは分からないけどね。そして現場で、被害者とシロちゃんの2人を発見した。と本人は言ってるけど、私は違うと思う」

磯崎 蘭

「気絶した菊池さんがどこに行ったか、だよね。それでミケちゃんは、トリエラさんが菊池さんを現場から移動させたって思ってるんでしょ?」

岬 明乃

「さすがだね。でも具体的な方法も分からない。そもそもどうして菊池さんだけを現場から遠ざけたのかも。それと、鏡が割れていた理由も分からないままだし」

万里小路 楓

「………岬さん、そこは発送を逆転しては如何でしょうか?」

岬 明乃

「えっ、発送を逆転?」

万里小路 楓

「なぜ菊池さんだけが現場から遠ざかる事になったのかではなく、どうやったら菊池さんだけが現場から居なくなることが出来るのかを考えるのです」

岬 明乃

「なるほど」

 

………ん?待てよ。

言われた途端、私はもう一度、証拠品一覧を見つめ直す。

そして次々と記憶が走馬燈のように光り始めた。

割れた鏡

爆発騒ぎ

施設内の記録

現場の写真

アドルフさんの絵

現場写真

シロちゃんの証言………

 

………私の中で、ようやく。

ようやく全ての線が一本に繋がった気がした。

さっきの蘭ちゃんの記憶も併せて、今度こそ事件の全容が明らかになった。

 

岬 明乃

「事件の流れを一通り説明します」

サイバンチョ

「考えがまとまりましたかな?」

岬 明乃

「事件は停電の最中に発生しました。まずトリエラちゃんは被害者をトイレで殺害しました」

トリエラ

「私が殺害したって前提で話すのね」

岬 明乃

「現場を離れようとしましたが、そこへ菊池さんがやって来たんです。足音を聞いたトリエラちゃんは急いで用具入れに隠れた。そして入ってきて被害者の死体に気を取られた隙に、背後から彼を殴ったんです」

菊池 雅行

「なに?彼女が?」

岬 明乃

「予想外な出来事で、彼女は動揺した。だけどいつまでも現場にいては自分が疑われます。そんな中、宗谷ましろさんが現場へ入ってきたんです」

サイバンチョ

「被告人が?しかし彼女はそのような事は一言も言っておりませんぞ?」

岬 明乃

「彼女も怪我をしていて、記憶が曖昧になっているのなら、証言できないのは仕方がないでしょう。そして、慌てたトリエラちゃんはこう言ったんじゃないですか?”トイレに入ったら人が倒れてた。医務室に運ぶから、あなたは眼鏡を掛けてる方の人を運んでほしい”って」

トリエラ

「!!」

琴浦 春香

「待ちなさい。それは全てあなたの中での話でしょう?証拠なんてない」

岬 明乃

「証拠ならありますよ。アドルフさんが書かれた絵にね」

アドルフ・フューラー

「なに?ワシの絵が?」

岬 明乃

「はい。この絵にある窓の部分を見て下さい。これは確かに被告人が被害者を襲っているように見えます。そこで被害者の服装に注目してほしいんです」

サイバンチョ

「服装ですと?」

岬 明乃

「はい。被害者が着用しているのは、濃い緑色のジャンパーです。けど絵に描かれているのは、青色のジャンパーですよね?」

琴浦 春香

「はっ!」

岬 明乃

「どうやら気付いたようですね。そう、現場関係者で青色のジャンパーを着ているのは、菊池さんだけです!」

サイバンチョ

「な、なんと!」

トリエラ

「いやいや、それを真に受けないでよ。この絵描きがただ単に見間違えて、違う色を使って表現しただけじゃないの?」

アドルフ・フューラー

「この戯けが!!一度見た物を見間違えて、芸術の型となる絵画に投影するはずがなかろうが、このアホクサイ!」

トリエラ

「なっ、このっ」

岬 明乃

「とにかく!これが事実である以上、被告人が証人を運ぼうとしているとも捉えられるはずです!!」

サイバンチョ

「ふむ。ここに来て、この証拠品の見方が変わってきたようですな」

岬 明乃

「そこで、もう一つの事件が起きました。今度はこちらの施設内の記録をご覧下さい。”午後0時43分、D-2ブロックにて一時、無重力状態発生。原因不明。但し、発生時間は数秒間の一度のみ。”とあります」

琴浦 春香

「ま、まさか」

岬 明乃

「多分、あなたの考えているとおりのことでしょう。そうです、現場は宇宙空間に浮かぶ宇宙ステーションです。何かしらの拍子で無重力状態が発生し、このブロックを襲った。写真にも現場はD-2と記載されてますので、まず間違いないでしょう」

万里小路 楓

「しかし、これと事件になんの関係が?」

岬 明乃

「それこそ逆転の発想だよ。どうやったら菊池さんだけが現場から離れた場所へ居たのか、を考えたんだよ。話を戻します。2人を医務室へ運ぼうとした矢先、ブロック全体で無重力状態になりました。そんな中、突然、無重力がなくなって、宙に浮いていた人はどうなると思います?」

サイバンチョ

「それは、プカプカと浮いてたのですから、床や物に激突して………あっ!」

岬 明乃

「そう、物に激突して、現場の物を壊したんです。それが鏡が割れた原因になったのです」

サイバンチョ

「しかし、重力状態でなくなっただけで、証人が現場から居なくなるでしょうか?落ちたのですから、床で倒れていたのでは?」

岬 明乃

「事件当時、被告人は証人を運ぼうとしていました。しかし、被告人は被害者の血痕を誤って踏んでしまった。その時に無重力が発生し、倒れ込みました。もし、倒れ込んでしまいそうになり、無重力になったら、証人は吹き飛ばされます!!」

トリエラ

「っ………」

琴浦 春香

「異議あり!そんな、そんな馬鹿げた状況なんてっ」

岬 明乃

「あり得ますよ。遺体を移動させた後の現場写真をご覧下さい。よく見るとこれ、被害者の血痕の部分って、おかしくないですか?」

サイバンチョ

「確かに。なぜこのような跡に?」

岬 明乃

「理由は至ってシンプルです。先程の仮説に言ったとおり、被告人がこの血を踏んで転びそうになったから、こんな歪な血痕の跡になったのです!!」

サイバンチョ

「な、なるほど!筋は通っていますな」

琴浦 春香

「で、ではなぜ証人を運ぼうとしていた被告人は、彼と共に飛ばされなかったの?」

岬 明乃

「それこそが割れた鏡に記されています。これだけ鏡が粉々になったのなら、当然、破片は誰かの衣服に付いているはずです。しかし、誰もつけていません………被告人だけを除いては」

サイバンチョ

「なんですと?」

岬 明乃

「すみません、誰か被告人の怪我した包帯を取って、ガラスの破片と照合してくれませんか?一致しているはずです」

サイバンチョ

「係官、すぐに調べるように!」

係官

「はっ!!」

 

今まで裁判の成り行きを見守っていたシロちゃんが出てきた。

機器類を用いて、包帯を取って傷口と比較しているところだ。

 

岬 明乃

「傷が一致するのなら、壁にあった鏡に当たった事になります。それなら、彼女は飛ばされても現場に残ることになります。それなら、トリエラちゃんの犯行は………」

トリエラ

「………」

琴浦 春香

「待って!まだ決まったわけじゃない!そもそもどうやってあなた達の居た場所から現場まで向かったというのですか!それが立証されない限り、検察側は彼女の犯行を認めません!」

岬 明乃

「………ここで、まだ議論を交わしてない証拠があります。こちらのサングラスです」

サイバンチョ

「さ、サングラスですと?そのサングラスに何が?」

トリエラ

「!!あなた、それは………」

岬 明乃

「どうやらトリエラちゃんには心当たりがあるみたいですね。これは、ツアーに参加してた時に掛けていたものです。ですが今はお持ちでないようですね」

トリエラ

「ぐっ」

岬 明乃

「そこでアドルフさん、このサングラスについてお聞きしたいことがあるんです」

アドルフ・フューラー

「む?なんだね?今日は特に忙しいな」

岬 明乃

「このサングラス、どのような効果があるか見て貰いたいのです。芸術に関して、アドルフさんに聞くのが一番手っ取り早いので」

アドルフ・フューラー

「ほほう、分かっておるの………ふむ、このサングラスは掛けていれば普通だが、特殊な蛍光塗料を通してみると光るようだな」

サイバンチョ

「なんですと!?そのようなサングラスがあるのですか!」

アドルフ・フューラー

「あるとも。ただ市販ではなかなか売られていないから、入手ルートは限られてくるが………」

岬 明乃

「アドルフさん、ありがとうございました。これで暗闇の中でもこのサングラスを掛けていれば、蛍光塗料を目印にして現場へ向かうことが可能です。トリエラちゃん、何か反論はある?」

トリエラ

「………」

岬 明乃

「あなたは現場から去った後、偶然か必然かは知らないけど、磯崎蘭さんを落ちそうな時に助けに来ました。その時にサングラスを落したんじゃありませんか?だから処分しようにも出来なかった」

陪審員1号

「しかし、なぜ彼女はさっさとサングラスを処分しようとしなかったんだ?持ってたら犯人だって疑われるんじゃないか?」

岬 明乃

「出来なかったんですよ。停電中はトイレの水も流せなかったし、近くのゴミ箱に捨てれば警察に発見されて、指紋を調べられたらアウトだったから」

琴浦 春香

「そ、そんな………」

サイバンチョ

「証人、何か弁明はありますか?」

トリエラ

「………」

 

法廷全体が、重たい空気と嫌な静寂に包まれていた。

両目を閉じたまま、彼女は微動だにしない。

だけどそれは長くは続かなかった。

両肩をガックシと落した彼女は、自嘲するかのように深くため息を吐いた。

 

トリエラ

「………やっぱり、あなた達と一緒に旅しても長く続かなかったのね。さっさと逃げれば良かった」

 

その一言で、全てを悟った。

一緒に施設内を旅したのも。

被害者を殺害したのも。

そして………シロちゃんを無実の罪に陥れたのも。

 

嘘であってほしかった。

少しの間とは言え、この異世界へやってきた私達にとって、友達だとも思える存在だったから。

共に笑って、感動して。

でも、現実はすごく非情で。

自分の意思とは全く関係なく、世界は勝手に進んでいってしまう。

それも、本人とは全く望んでいない方へ。

 

岬 明乃

「トリエラちゃん………なんで?」

 

いつの間にか出ていた声は、渇いていて。

最初に出てきた言葉は、とっても安っぽくて。

 

トリエラ

「なんで、か。そのなんでって、私があの男を殺したって事?それともあなたの大事なお友達に罪を着せようとした事?」

岬 明乃

「っ………」

 

言葉に出来なかった。

それ以前に、どう答えようかなんて判断さえ出来なかった。

だって、トリエラちゃんが。

 

岬 明乃

「なんでそんなに、平然としていられるの?人を殺したんだよ?」

トリエラ

「ああ、なんだそんなこと。決まってるじゃない、罪悪感なんて全く感じなかったからよ」

磯崎 蘭

「なっ」

 

頭を思いっきり殴られたような衝撃が、私を襲っていた。

罪悪感なんて全く感じなかった。

それってつまり、人を殺すことに全く抵抗がなかったの?

 

トリエラ

「本当はあの宗谷って子に全部罪を着せようとしたけど、上手くいかなかった。この眼鏡がトイレの外に吹っ飛ばされるわ、変な絵描きオヤジが現場の絵を描いているし。ほんっと最悪」

 

前髪を乱暴に掻いて、苛立った声でこちらを睨んでいた。

先程の控え室で聞いた、”最悪”と言う同じ言葉を聞いているはずなのに、なぜか全く違う物に感じた。

 

琴浦 春香

「証人、なぜあなたは被害者を殺害したのですか?未だに動機が見えてきません。被害者と接点があるようにも思えませんが」

トリエラ

「悪いけど、黙秘するわ。言う事なんてない」

磯崎 蘭

「………うそ、ですよね?トリエラさん」

 

隣から聞こえてくる、悲痛な声。

両目から出てくるのは、今にも零れそうな涙。

聞いてるこっちも、悲しくなるような。

 

トリエラ

「嘘?なんのこと?」

磯崎 蘭

「私が言う資格なんてないかもしれない。でもこれだけは聞きたいんです。私を助けてくれたトリエラさんが、そんな、そんな酷いことするなんて」

トリエラ

「事実よ。あなたを助ければ、あたかも怪我を負ってまで助けた一人の女の子を演じられるし。それに、もうすぐ判明するはずよ」

磯崎 蘭

「え?」

係官

「裁判長!被告人の腕の怪我と、ガラスの破片が完全に一致しました!」

サイバンチョ

「と、と言うことは………!!」

岬 明乃

「………はい。宗谷ましろは間違いなく無重力状態に陥り、菊池さんを投げ飛ばしてしまい、自身は鏡に激突してトイレに留まったんです」

 

最後にそう結論づけると、法廷内は完全に静まりかえった。

誰も一言も喋らない。

いや、喋れない表現が正しいか。

だけどそんな重たい空気などどうでも良く、私は別の事を考えていた。

これで、彼女の犯罪の立証が成立してしまった。

他でもない、私自身の手で、トリエラちゃんを………。

 

トリエラ

「なんて顔してんのよ。あんたは私って言う魔の手から、お友達を無事に助けたじゃない。誇りと自信を持ちなさいな」

 

トリエラちゃんに言われて、ハッと顔を上げた。

私は、そこまで酷い顔をしているのだろうか?

でも、もう私は。

 

サイバンチョ

「なんと言うことでしょう。このような真相など………」

琴浦 春香

「係官、早急に彼女の身柄を取り押さえなさい。彼女は本事件の真犯人です」

係官

「「はっ!!」」

 

私が呆然としている間に、また時間が進み出す。

係官がトリエラちゃんの身柄を確保しようと、近付いていった。

対する彼女は、かなり落ち着いていて、両手を挙げている。

 

トリエラ

「降参よ。明乃、あんたの勝ちよ………この試合では、ね」

 

ニヤリと笑った彼女の手には、いつの間にか緑色の円筒状の缶が握られていた。

手のひらに収まるその缶は、親指に掛けられたピンをそっと引き抜いた。

それがなんなのかが分かった瞬間、ずっと隣に居た菊池さんが叫んだ。

 

菊池 雅行

「フラッシュバンだ!!」

 

バンッ!!!!!

 

激しい閃光と鼓膜を破るくらいの大音量が法廷全体を揺るがした。

私は咄嗟に両耳を塞いだから周囲の音は辛うじて聞き取れるが、目を閉じるタイミングが悪かったため、目と頭の裏が激しく痛んだ。

回復するまでにどれくらい掛かったのかは疑問だが、両耳から入ってくる音で法廷中が混乱しているだけは、把握できた。

 

万里小路 楓

「み、岬さん、大丈夫ですか?」

岬 明乃

「う、うん」

 

未だに目がチカチカと光る中、隣に居た万里小路さんが私の肩に触れて、起こそうとしてくれた。

両足に力を込めると、フラフラ揺れる身体を彼女に支えて貰いながら、立ち上がれた。

そこでようやく視界が元に戻り、状況が飲み込めた。

 

係官1

「おいっ!被告人はどこに行った!?」

係官2

「分からない!あっ、扉が開いている!外に逃げ出したぞ!非常線を張るように警察へ連絡しろ!」

傍聴人

「おい、何が起きた!?」

菊池 雅行

「うぐっ、やはりフラッシュバンだったか………久しぶりに喰らったな」

陪審員1号

「うおぉぉぉ!目、目がぁ!?」

陪審員4号

「おいおっさん!落ち着け、しばらくしたら痛みは引いてく!」

アドルフ・フューラー

「アイヤイヤ!!」

 

まさに、地獄図絵を表現したかのような惨状だった。

人々は混乱し、慌てふためく者達ばかり。

私は証人席を目で追った。

さっきまでいたトリエラちゃんの姿がなかった。

きっと手に持ってたあの缶を使って、混乱に乗じてこの法廷から逃げたのだろう。

 

 

 

――――その後の事は、私は全く覚えていなかった。

気が付けば、私は晴風の前に戻ってきていた。

私がどうやってここへ戻ってきたのかも、誰と話して帰ってきたのかも分からない。

救いだったのは、私の隣にはシロちゃんと万里小路さんが居てくれたことだった。

法廷に来ていたあの子達は、シロちゃん曰くフラッシュバンの影響で頭痛や吐き気を訴えていたらしく、少し裁判所で休んでから戻るとのこと。

それを聞いた私は、なぜ彼女達を待たずに晴風に戻ってきてしまったのだろうと疑問に感じた。

だけどそれさえも口にするのも億劫だった。

………そう言えば蘭ちゃんはあの後どうしただろうか?

ちゃんと最後は挨拶せずに帰ってきてしまったかもしれない。

後で謝った方が良いよね。

 

ダメだ、色々と頭が混乱してて考えがまとまらない!

せっかくシロちゃんを助けられたのにっ、これじゃ………!

 

宗谷 ましろ

「岬さん」

 

夕日はすでに傾き、真っ暗な空間に浮かぶ晴風を見上げていた私に、シロちゃんはそっと声を掛けた。

酷く疲れているせいか、両目は半分も開けられなかった。

 

岬 明乃

「どうしたの?」

宗谷 ましろ

「いえ、岬さんにちゃんとお礼を言えてなかったなって。だから改めて言わせて頂きます。本当にありがとうございました!」

 

深く頭を下げるシロちゃんに、私の中にある重りが少しだけ軽くなった気がした。

ああ、でも本当にシロちゃんを助けられて良かった。

今更になって、安堵と疲労が一気に押し寄せてきた。

急にふらついてしまった私を支えたのは、万里小路さんだった。

 

万里小路 楓

「岬さん、この度は本当にお疲れ様でした。私としても、岬さんをここまで支えられたのは、私の誇りですわ」

岬 明乃

「あはは………大袈裟だよ。それに、今回の事件は私一人じゃ絶対に解決できなかったよ。万里小路さんに、蘭ちゃんもありがとう」

宗谷 ましろ

「ふふ、彼女は今ここには居ませんよ。後で連絡してあげて下さい。彼女、ずっと岬さんの事が気になってたみたいですから」

岬 明乃

「そ、そうだったんだ。ずっとトリエラちゃんの事を考えてたから」

 

??????

「岬さーん!!」

 

ドッグ内に大きな声が響いた。

声の主は、晴風に乗っている皆だった。

どうやら、私達を出迎えてくれるらしい。

 

納紗 幸子

「ミケちゅあぁぁん!シロちゅあぁぁん!万里小路さぁぁん!よく戻ってきてくれました!ずっと心配してたんですよ!!」

野間 マチコ

「艦長、副長、万里小路さんお帰りなさい。色々大変だったね。大丈夫?」

知床 鈴

「ぐすっ、ひぐっ、よかったよう、皆が帰ってきてくれて!!」

 

それぞれが歓迎してくれてるようで、嬉しかった。

そして同時に思ったことがある。

ようやく、この長かった一日が終わる。

もう何日間も過ぎているかと思ったけど、実際はまだ夜が残っている。

まだ本調子でない私に代わって、夜の当直の指示をシロちゃんがしてくれた。

正直に言って、かなりありがたかった。

一通りの指示が出終えると、私とシロちゃんは艦橋へ向かった。

万里小路さんには申し訳ないけど、この後もソナー手として当直を行って貰うことになった。

まだ復帰しきれてないメンバーも居て人員不足を解消するため、私は渋々と受領した。

因みにいつもの艦橋組には、少しだけ艦橋に居させてほしいと言って、今は席を外して貰っている。

私達に気を使ってくれてると思うと、すごく嬉しかった。

 

岬 明乃

「………えへへ、あんな悲しい事件があったのに、何でかな。ここに戻ってくると、すごく安心できるよ。これって不謹慎かな?」

宗谷 ましろ

「いいえ。私も今すっごく安心しきってるので、変じゃありませんよ。だってここは、この世界において私達の唯一の帰るべき場所なんだから」

岬 明乃

「そう、だよね」

 

私は少し歩いて、艦橋の窓から上の方角へと視線を傾けた。

目に映っているのは、天まで伸びるエレベーターだ。

そして、目には見えないけど宇宙に消える巨大ステーション。

あの場所で、事件が起きた。

 

宗谷 ましろ

「艦長」

 

背後から突然、人の温もりが服越しに感じた。

シロちゃんが後ろからギュッと抱き締めてくれたのだ。

この温もりが、とても心地よかった。

 

宗谷 ましろ

「艦長、無理しないで下さい。裁判が終わった後から、顔色が優れないですよ?」

 

耳元でそっと呟かれる、シロちゃんの声。

抱き締めているその手も、小刻みに震えていた。

シロちゃんは続ける。

 

宗谷 ましろ

「は、はは。正直に言って、今でも実感が沸きませんよ。異世界へ飛ばされて、色々あって宇宙へ旅して。でも殺人事件の容疑者にされて、裁判に出て、岬さんに助けて貰った。これがたった数日で起きた出来事だなんて、誰が想像できますか?」

岬 明乃

「実感できるよ。ずっと長くこの世界に居て、旅して、色んな人に出会うなんて、飛ばされる前は全く考えられなかったよ。でもね、私達は間違いなくここに存在する。だから私はみんなを絶対に元の世界に還さなきゃって思ったんだ」

 

スッとシロちゃんの両の手は離れ、後ろへ下がる。

私はシロちゃんと面と向かう。

 

宗谷 ましろ

「できる限りサポートしますよ、艦長。さて、落ち着いたところでもうそろそろ当直を――――」

??????

「その必要はないわ」

 

だけど、シロちゃんの言葉が最後まで出てこなかった。

突然、背後から現れた両手で首元をガッチリとロックされる。

そして首筋にナイフが押し当てられた。

苦しそうにシロちゃんの顔が歪んでいく。

 

岬 明乃

「シロちゃん!!」

宗谷 ましろ

「うぐ!!」

??????

「おっと動かないで。動いたらこの子の首をへし折るよ?」

 

シロちゃんの背後から見える、見覚えのある子。

ところどころ怪我をしているようだけど、

私はその子に抱いていた感情を一気に吐き出すように、思いっきり怒鳴った。

 

岬 明乃

「なんで!?なんでまだ人を傷付けるの!?………トリエラちゃん!」

トリエラ

「それは私が生きていくために必要だからなの。悪く思わないでね?」

宗谷 ましろ

「か、んちょうっ………!」

トリエラ

「私はこれ以上、人を傷付けたくないの。こちらの要求を受け入れてくれたら、この子はすぐにでも解放すると約束する」

岬 明乃

「っ、要求は、なに?」

宗谷 ましろ

「なっ!」

トリエラ

「ふふ、良い子ね。ならこの駆逐艦を出して貰いましょうか?行き先は追って指示を出す」

岬 明乃

「船で逃げるなら、飛行機の方が早いんじゃない?」

トリエラ

「そうしたいけど、どこの交通面も封鎖されてて逃げ切れないのよ。はぁ、こういう時だけは仕事が早いんだから困っちゃうわ」

岬 明乃

「ま、待って!船を出すにしても、まだ戻ってきてない子達が!」

トリエラ

「私を海外へ逃がしたら、また戻ってくるなり拾うなり好きにすれば?今はとにかく船を出してちょうだい」

西崎 芽依

「えっ、ちょっとなになに?」

納紗 幸子

「艦長、シロちゃん、何か音がしましたけど大丈夫ですか?」

知床 鈴

「岬さん、まだ具合が悪いなら休んでても大丈夫だよ………ひぃ!?」

 

幸か不幸か、艦橋にちょうどメイちゃんとココちゃん、鈴ちゃんがやって来てくれた。

だけどこの惨状を目の当たりにしてか、それぞれが驚きを隠せていない。

 

岬 明乃

「みんな!危ないから下がってて!」

西崎 芽依

「ちょっとあんた、何してんのさ!?そんな危ない物さっさと捨ててよ!」

トリエラ

「私の要求をのんでくれたらね。ちょうど良いわ、あんた達、この船をすぐに出して?」

納紗 幸子

「それよりも、すぐにシロちゃんを離して下さい!!」

知床 鈴

「そ、それにまだ機関科の子達がまだ戻ってきてないよぉ。だから、船のエンジンは掛からないよぅ」

トリエラ

「ふぅん。悪いけど、私急いでるから早めにしてね?でないと」

宗谷 ましろ

「うぐぅ!?」

 

シロちゃんの悲痛な叫び。

トリエラちゃんは力を込めて、シロちゃんの首を絞めに掛かっているんだ。

 

岬 明乃

「シロちゃん!!」

トリエラ

「これ以上、お友達を傷付くのを見たくなかったら早く出しなさい。これが最後通告よ」

 

冷たい声で最後通告されて、一同の不安はさらに増していった。

またも突然の出来事に私は眉間にしわが寄っていく。

一難去ってまた一難。

しかも今回は間の悪いことに、法廷の上ではなく、野外での戦いとなる。

誰も止めてくれる者は居ないことに気付いた。

そしていつの間にか全員の視線が私に向いていることにも。

――――この決断が、私達の運命をわける!!

直感が頭に焼き付いて、次の指示を間違えたら、確実に最悪の方向に傾く。

 

岬 明乃

「わ、私は――――」

 

 

 

――――KEEP OUT――――

 

 




皆様に一言、一言だけ言うのなら、

な ぜ こ う な っ た 。

おかしい、2ヶ月間も掛かって書いたのに、なぜか駄作に感じてしまうのは。
事件の詳細についてはまた別途、記載しますので、今回はこれで失礼します。
あと、皆様はお気づきかもしれませんが、これからは最初の文に私が個人的に気に入った名言や格言を上げていきたいと思います。

それでは感想や意見、苦情などがあればどうぞお願いします。


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第2章 IJN Y-467 〜横須賀海洋女子学校 vs Team APA Force〜
第14話 新たな戦い


――――テクノロジーは基本的には中立である。我々が用いる時だけ、善悪が宿る――――
ウィリアム・ギブソン

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者です。
やっと話がまとまったー!!
前作から1ヶ月以上が経過してしまいました。
リアルでは栃木へ引っ越し、肉体労働に近い仕事ばかりしていて、疲労が溜まりつつある状態に・・・・・・・・。
まぁそんなことは端に置いておいて、テンション高くしていきましょう!

それでは第2章・第1話をどうぞ。


[新たな戦い]

2012年、7月22日、10;00;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 ??????

 

岬 明乃

「………」

宗谷 ましろ

「………」

 

重たい空気が、この場を支配していた。

外の天気は、ちょうど雨が降っていて、さらに普段とは違う空気が漂っている。

雨に濡れないようにお互いに傘をさしている。

だけどお互いの距離がとても狭い。

身を寄せ合って隠れている、と表現した方が正しいだろう。

そして、今この場に居るのは私とシロちゃんだけだ。

 

宗谷 ましろ

「………引き返すなら、今ですよ?」

 

隣で息を潜めているシロちゃんが、私の方へ振り向いた。

その顔は、形容するには私の頭じゃ表せないくらい、妙な表情だった。

しかしそんな思いを言ったら、間違いなく白い目で見られるだろう。

一瞬だけだけど、ドキリとした。

こちらの気持ちを見透かされたような気がしたから。

その時、シロちゃんの両目と合わさった。

その目は、絶対に後には退かない、いや、退くことはない意思の現れだった。

だから、私はそれに答えなければいけない。

なぜなら私は、晴風の艦長で、みんなのお父さんだから。

 

岬 明乃

「大丈夫だよシロちゃん。後は、進むだけだから」

宗谷 ましろ

「はぁ、よくここまで来れたなと、我ながら感心しますよ。ま、あなたとあの人の力添えがあってのものでしょうけど」

岬 明乃

「へへへ、そうだね。あの人にも色々とお世話になったからねぇ………」

宗谷 ましろ

「………もうそろそろ時間だ。皆に合図を」

岬 明乃

「はい」

 

シロちゃんの手には、トランシーバー。

私はそれを受け取ると、指でスイッチを押し、マイクに向かって。

 

岬 明乃

「これからオペレーション・ソードフィッシュを発動します。みんな、気を付けて」

 

無線の向こう側から返答はなかったけど、みんなが頷くような感じは伝わった。

その一言だけで十分だった。

後は、予め決めた作戦内容を順当にクリアしていくだけだ――――

 

私とシロちゃんは軍帽を被り、舗装された道を歩いて行く。

数分だけ歩くと、やがてフェンスに囲まれた巨大な施設へと辿り着いた。

その巨大な陰が写すのは、様々な分野の研究を行っている施設である。

表には『中央研究所』と明記されている。

国の研究を担っているだけあって、警備もかなり厳重であった。

その証拠に、正面にあるゲートに見張り員のようなモノが中座している。

モノと言うには語弊があるが、一言で表すと要は人型の警備ロボットが見張っているのだ。

人型でも、腕や胴体、足回りはかなり細い。

だけど歩き回っているところを見るに、バランスを保っての走行は可能であるようだ。

アンテナのような細い棒が上へと伸びているところを見るに、背中には大きな通信機が搭載されている。

 

気になるのは、彼らの両手に持っているモノだ。

あれは恐らく、事前に渡された情報に記載されていた、ブラスターと呼ばれる銃の類いだ。

弾丸を撃つのではなく、エネルギー弾を発射するという、極めて単純な代物だ。

だが、もはや技術力において訳の分からない域までに達しており、理解に苦しんだのは言うまでもあるまい。

改めて、この世界の技術の発展に少しだけ驚いてしまった。

武装した警備ロボットの数は3体ほど。

 

隣にいるシロちゃんに視線だけを合わせて、コクリと頷く。

そしてゲート前までやって来ると、警備ロボットに止められた。

 

ドロイド兵1

「身分証を拝見」

宗谷 ましろ

「はい」

 

シロちゃんが警備ロボットに身分証を提示する。

もちろんこの身分証は偽物である。

この世界に籍を置いていない私達が、身分証なんて発行できるはずがない。

これはある人物から入手した代物である。

渡した身分証を奥でコンピューター操作しているロボットへ渡す。

ブラスターから目を離せず、自然と心拍数が上がる。

 

ドロイド兵1

「見かけない顔だな」

宗谷 ましろ

「本日付で配属になったのだ、知らないのは当たり前だろう」

ドロイド兵2

「こっちは?」

宗谷 ましろ

「主任研究員にして、幹部候補生として抜擢された方だ。主任、お願いします」

 

そう呼ばれて、私は軍帽を外さないまま警備ロボットの前に出た。

出来るだけ語気を強めにして、相手に威圧感を与える。

 

岬 明乃

「………岬明乃だ。本日付で本部署に配属になった、よろしく」

ドロイド兵3

「おいお前達、失礼だぞ!彼女が言ってることは本当だ!岬主任、大変失礼しました。確認が取れましたので、どうぞお通りください」

ドロイド兵1,2

「「失礼しました!!」」

岬 明乃

「ありがとう」

 

奥でコンピュータ作業していたロボットが急に焦りだして、ゲートを上げた。

片手だけ上げて、シロちゃんと共にゲートをくぐり抜けた。

そしてすぐに真っ白の研究所に入り口から入ると、ここでようやく心拍数が低下する。

――――中も同じように白く塗られた通路が広がっており、部屋も数多く存在している。

マップを確認してみると、この研究所は5階建てのようだ。

持っていた傘を傘入れに刺そうとして、その傘入れがないことに気付く。

 

宗谷 ましろ

「ふぅ、どうにか怪しまれずに済みましたね」

岬 明乃

「ふふっ、さっきは格好良かったよ」

宗谷 ましろ

「………先を急ぎましょう、彼女達もそろそろ配置が終わるでしょうし」

岬 明乃

「そうだね」

 

中に無事に入れたとは言え、まだ油断は出来ない。

いつこちらの身分が偽物であるかがバレてしまわないか、不安だからだ。

通路ですれ違うのは、人ではなく先程の様な警備ロボット達ばかりだ。

すれ違う度に、もう事前に知らされているからか、皆からは敬礼されるので、こちらも返礼する。

 

………思って感じたのは、この建物からほとんど人の気配がしないと言うこと。

研究機関と名付けられている以上、最低でも研究員や従業員がいてもおかしくないはず。

一応私は、設定上では主任研究員と位置付けであるが、実際は何の研究を行うかは分からない。

分野では美波さんが詳しいけど、彼女は今この場には居ない。

専門分野ではないけど、それを差し引いても私でも分かる。

ここには、人は居ない。

 

まるで人だけを切り離して、ロボットの労働環境を作ろうとしているかのような。

 

宗谷 ましろ

「人が居なかったのは、幸いでしたね。まだ私達の正体に気付けて無いようです」

岬 明乃

「でもここは、私達の船がある場所であり、同時に船を盗んだ人達の本拠地でもあるよ。気を引き締めていこう」

宗谷 ましろ

「………そうですね」

 

私に指摘されたのか、苦虫を潰すような表情のまま歩き出す。

私は特に気にせず彼女の後に続いた。

………この後の流れとしては、私達は一度、自身の職場(研究室って言ってたかな)に向かい、そこで警備をしてるロボットへ挨拶する。

その後でこの施設を案内して貰う手筈になっている。

そこで晴風の所在を確認して、通信機で密かに伝えてから、機関科と艦橋組が晴風を動かして、脱出。

私達も隙を見計らってこの研究所から脱出する算段だった。

 

宗谷 ましろ

「着きました。ここのようですね」

岬 明乃

「うん」

 

計画の流れを確認していると、私達はいつの間にか研究室の前まで来ていた。

シロちゃんはIDカードをかざした。

扉はスライド式で、シューッと音を出しながら開き、中へ入っていった。

中へ入ると目に入ったのは、席から慌てて立ち上がって敬礼するロボットの姿である。

他にもドロボットは複数居て、部屋の奥から敬礼している。

こちらも敬礼で返す。

 

ドロイド兵

「研究お疲れ様です!」

岬 明乃

「警備ご苦労」

ドロイド兵

「そう言って頂けるとは光栄です!荷物はこちらで預かります」

宗谷 ましろ

「ありがとう」

 

シロちゃんはアタッシュケースをロボットに預ける。

持っていた傘を机に立てて、ようやく両手が空いた。

 

ドロイド兵

「それにしても、あなた方がまともな方でよかったと思ってます」

宗谷 ましろ

「?前任者に問題でもあったのか?」

ドロイド兵

「前任者は我々を道具のように扱い、更迭されました。正直に言って、ホッとしています」

 

これは驚いた。

ロボットでもこんな人みたいな感情を持ち合わせているなんて、思ってもみなかった。

 

岬 明乃

「………大変な苦労をしたのだな。大丈夫だ、我々は君達を粗末に扱わない」

ドロイド兵

「ありがたきお言葉」

 

自然と出た言葉に、私もシロちゃんも驚いてしまった。

別に彼らに同情するつもりなど無かった。

私達の船であり、今は帰る家として唯一存在してるあの子を盗んでいった人達の仲間を、私は許す気にはなれなかった。

いわば、私達は少なくとも良好な関係ではないのだ。

なのにロボットに同情するなんて、私は………。

 

ドロイド兵

「主任、もうそろそろお時間です。これから当施設を案内していきます」

岬 明乃

「よろしく頼む」

 

彼に案内されるように、私達はこの巨大な施設を歩くこととなった。

――――簡単に言うと、この研究施設は主に海洋技術を向上させるために設けられた研究所のようだ。

海流を想定した大規模実験施設やメガフロート技術を用いた耐久試験などを行っている。

施設を案内している傍ら、こんな話を聞いた。

実際、アメリカとヨーロッパが共同開発した、地中海に建設されたテラグリジアと呼ばれる超大型フロートに、この研究分野が大いに活躍したそうだ。

このロボットはお喋りが好きなのか、更に話を続けている。

ヨーロッパは気候変動対策、アメリカはアフリカ大陸の電力供給戦略と目的から建設されたようだ。

しかし最新鋭のインフラ設備を整えたこの都市は、長くは続かなかった。

開発に反対していたテロ組織、えと、名前はなんて言うか忘れたが、彼らが行ったバイオテロによって都市の被害は拡大。

問題解決するために派遣されたFBC?によって被害は食い止めたものの、安全面を考慮して都市は封鎖。

今でも都市には誰も入られないように、厳重に管理されてるとのこと。

 

ドロイド兵

「この事件は世界に衝撃を与えました。テロ組織は壊滅したものの、バイオテロが世界中で問題視されるようになったのです」

宗谷 ましろ

「そうだったのか………」

ドロイド兵

「てっきりご存じだったのかと」

岬 明乃

「研究に没頭する日々が続いたのでね。事件発生は知ってたものの、詳細までは知らなかったからな」

 

そんな大きな事件が起ってたなど、誰が予測できただろうか。

私は慌てて弁明するも、彼はそこまで深く追求することはしなかった。

………そう言えばバイオテロとは違うが、ウィルスに関する事件なら私達の世界でもあった気がする。

何だったかな?

 

岬 明乃

「うぐっ!!」

 

記憶を掘り返そうとした途端、激しい頭痛に見舞われる。

吐き気もするせいか、壁に寄りかかるように寄り添った。

頭を抑えるが、なかなか引いてくれなかった。

 

宗谷 ましろ

「主任!?大丈夫ですか!?」

ドロイド兵

「すぐに救護班に連絡をっ」

岬 明乃

「いや、いい。もう頭痛は引いたから」

 

胸を抑えるように、何度も荒い呼吸を繰り返した。

少しずつ痛みも引いていき、輪郭もハッキリと映し出されていく。

頭も切り換えていこう。

どうやら私は過去の記憶を思い出したら、頭痛と吐き気がするようだ。

帰ったら美波さんに診て貰おうかな。

 

ドロイド兵

「案内を続けても問題ありませんか?」

岬 明乃

「あ、ああ。問題ない。続けてくれ」

ドロイド兵

「はっ。それでは次は、地下施設における重要な拠点となるドッグになります」

 

!!

彼から出た言葉に、思わず笑みが零れそうになる。

そこに行けば、目的の晴風回収を行えるかもしれないからだ。

私はシロちゃんにそっとアイコンタクトを取ると、コクリと小さく頷いた。

頭痛に耐えながらも、私は後を追った。

 

それから再び施設の奥へと案内されていく。

今度はエレベーターを使用して下の階へと移動する。

エレベーターを動かすにはIDカードをかざさないと、ボタンを押しても動かせないようだ。

これ程の厳重なセキュリティを設けているのは、やはりここが研究機関だからか。

警備ロボットとシロちゃんは何かを話しているようだが、ほとんど頭に入らなかった。

エレベーターが止まると、扉が両サイドへスライドして開いた。

乗った時間からするに、ここはそこまで地上から深い場所に作られたのではないと考えた。

またも目の前には長く続く通路があり、警備ロボットが先へ歩く。

 

ドロイド兵

「到着しました。こちらが地下ドッグになります。案内します」

岬 明乃

「ああ、頼む」

ドロイド兵

「ここは研究所における最重要施設となっております。ここでは海上プラットフォーム開発における、自然災害を想定しての耐久試験を実施しております。他にも船舶の開発や自動化を施すための試験も兼ねております」

岬 明乃

「概要は把握した。しかしなぜ船舶の自動化まで行っている?」

ドロイド兵

「人手不足を解消するためです。少子高齢化問題は解決したとは言え、国防を担う人間の数を補うためだそうで」

岬 明乃

「ふむ、そうか」

宗谷 ましろ

「………!!あれを見てください」

 

シロちゃんに肩を突かれたので、その方を見てみる。

すると私は思わず掛け出しそうになるが、シロちゃんが肩を掴んでいたので助かった。

窓の下から見える、ドッグの内の一つにあったのだ。

私達の船である、晴風が。

今はタンクから燃料を入れる作業を行っていて、ホースが伸びている。

晴風の傍には数体の警備ロボットが居る。

あれをどうにかしないと、突入組が中へ入れない。

 

岬 明乃

「あの船はどうしたのだ?」

ドロイド兵

「はっ、数日前に鹵獲した船舶であります。廃港に放置されているのを警備の者が発見したので、回収しました」

岬 明乃

「………警備と言っていたな。我々以外に人間は居ないのか?」

ドロイド兵

「本研究所の幹部がおります。先程の警備は、外部機関から契約している部隊のことです」

岬 明乃

「外部機関だと?」

ドロイド兵

「PMCアトラスの社員を雇っています。大丈夫です、彼らは優秀ですので研究所が襲撃されても我々と彼らであなた方をお守りします」

岬 明乃

「よろしく頼む」

 

やはり、と私の中で結論を出した。

彼女の言ったとおり彼らは、いや、ここの研究所は人を使いたがらない。

理由までは定かではないが、私にとってはどうでも良いことだ。

それに、彼女の言葉通りとなった今、彼女は信じても問題ないだろうと結論づける。

正直に言って全く信用してないわけではないが、信じてるほどでもなかった。

 

岬 明乃

「その鹵獲した船を見たい。案内を頼めるか?」

ドロイド兵

「構いませんが、お眼鏡に叶うかどうか」

岬 明乃

「私が見たいからそうしたいだけだ。興味あるモノに飛び付くのは、研究者としての理念だ」

ドロイド兵

「失礼しました」

 

研究者っぽい言葉を並べてみたが、研究者でもない私でも感じた。

さっきの言葉はないな、と――――

 

程なくして、ドッグへと到着した。

広大な敷地に数多くある巨大な機器類に驚きながらも、その中で変わらないモノがある。

それは懐かしいという感情だ。

たった数日前の出来事の筈なのに、もう随分と昔のように感じられた。

晴風の傍に来ると、先程の警備ロボットが会話を中断し、敬礼する。

こちらも敬礼し、再び晴風を見上げた。

 

ドロイド兵

「こちらが鹵獲した船舶です。バックにはれかぜとあり、武装を見たところこれは駆逐艦に分類されます」

岬 明乃

「ほう、これが………」

 

初めて見るような反応をするが、内心ではかなり安心しきっていた。

てっきり船体を”解体されてしまっているかもしれない不安”があったからだ。

だけど目の前で実物を見て安心しないわけがない。

ちゃんと、残っていたのだ。

数々の危機を共に乗り越えてきた、32人目の仲間が。

 

岬 明乃

「この船の処遇は?」

ドロイド兵

「はっ。燃料補給が完了次第、付近の近海を航行するとのことです。航行データや運用レポートの作成が完了次第、破棄するそうです」

 

破棄。

その言葉を聞いた途端、私は我を忘れてこのドロイドに飛び掛かりそうになる。

だけど手先が動いただけで、実際には何も起こらなかった。

そう、願いたい。

 

岬 明乃

「そう、か。残念だ、こんなに綺麗な船体なのに」

ドロイド兵

「上層部からの命令だそうなので、致し方がありません。もしよろしければ、幹部に直談判しては如何でしょう?確か本日は会議のために出席されてると思いますが」

岬 明乃

「ありがとう。では――――」

ドロイド兵4

「岬主任」

 

私達の中に、もう一体のドロイドが話に割って入って来る。

見た目が同じドロイドが私に向かった。

 

岬 明乃

「どうした?」

ドロイド兵4

「幹部がお呼びです。至急、会議室に出頭するようにと」

岬 明乃

「………出頭だと?」

 

不覚にも間抜けにオウム返しとなってしまう。

これは、予想だにしなかった事態だ。

このままでは計画に支障を来してしまう。

計画ではシロちゃんとは基本的には別行動を取らないことで成り立っている。

仮に不足の事態に陥っても、互いにカバーできるから。

しかし分断されては脱出する際に面倒だ。

だがこのまま何も言わないのも、彼らに怪しまれる。

先に口を開いたのはシロちゃんだった。

 

宗谷 ましろ

「挨拶なら後でする。今は」

ドロイド兵4

「すぐに出頭せよとのことです。移動を」

宗谷 ましろ

「………分かった、なら行きましょう」

ドロイド兵4

「いえ、呼ばれているのは岬主任だけです。宗谷監察官は引き続き施設の案内を行います」

岬 明乃

「なぜバラバラに出頭を?」

ドロイド兵4

「それ以上はお答えできません」

 

このままでは埒が明かない。

シロちゃんの顔を見ると、表情を僅かに歪ませているだけで済んでるが、内心では焦っているに違いない。

私としてもシロちゃんと離れ離れになるのは得策ではないのは明らかである。

しかし沈黙はどう捉えられるか分からない。

…………………………………………………。

………長く熟考した結果、口を開いた。

 

岬 明乃

「分かった、すぐに向かおう。では宗谷監察官、あとは頼む」

宗谷 ましろ

「………はっ!」

 

一瞬だけ不安そうな顔をするが、すぐに表情を引き締めて敬礼する。

私も返礼してからその場から離れる。

その間際、私はドロイドの死角になるように通信機を取り出した。

スイッチのオンオフを3回だけ繰り返す。

そしてすぐに通信機をしまった。

これは、”目標を発見、行動せよ”

と言う意味である。

これで私が居なくても、計画は進められる。

後はシロちゃんと幸子ちゃんに任せるほか無い。

成功を祈りつつ、私は自分の脱出手段に考えを馳せていた――――

 

ドロイド兵4

「こちらになります」

岬 明乃

「ありがとう」

 

研究所の最上階にある会議室前。

扉の両サイドには先程のドロイドとは比較にならないくらいの頑丈そうなドロイドが警備を務めていた。

威圧感を感じつつも、私は一度深呼吸をしてからノックする。

 

??????

「入れ」

岬 明乃

「失礼します」

 

中から女性の声がすると、ガチャリと扉を開いた。

中は広くて中央に巨大なテーブルがあり、それなりの数の椅子が並べられている。

しかしこのだだっ広い会議室には、私を含めて3人の人間しか居ない。

残りの2人は外から入る光が当たり、逆光となっているために素顔は見れない。

私はコツコツと靴音を出しながら部屋の中央までやって来る。

 

岬 明乃

「岬明乃研究主任、出頭いたしました」

??????

「ふむ、君が今日から入った主任か。随分と若いな」

岬 明乃

「飛び級で卒業したので、よく言われます」

 

我ながら歯の浮くような台詞が飛び出てくる事に頭を痛める。

それにしても、と思う。

奥の席で寛いでいる声は、男性であった。

先程の入れ、と言った女性とは違う。

研究職だから、てっきり女性だけが働いてるのかと勝手な偏見を抱いていた。

こんな異常事態にもかかわらず、そんな呑気な考えを頭に浮かべられる自分に笑みが浮かぶ。

実際は無表情であるが。

 

??????

「どうかね?実際に我が研究施設を見た感想は?」

岬 明乃

「はっ。設備も規模も充実しており、警備も優れた者達がいるので、安心して仕事に打ち込めます」

??????

「それを聞いて安心したよ、あんまり外の機関にうちの警備を任せたくはなかったがね。話は変わるが、君はさっきまでドッグに居たようだが」

岬 明乃

「数日前に拿捕された船の様子を見に行っていました」

??????

「そうか………ところで、君はあの船をどう思う?」

岬 明乃

「?どう、とは?」

??????

「君の意見を聞きたい。あの船に搭載されてる自動化システムは非常に興味深いんだ。おかげで少ない人員であれだけの船を動かせる」

岬 明乃

「そうですね。確かにあれだけのシステム構築が整っているのであれば、数百人から数十人まで人数を減らせますね」

??????

「だろう?だからあの船を君の管理下に置きたいんだ。あのシステムさえ我が物に出来れば、少ない人数でより多くの艦船を運用できる!」

岬 明乃

「………お言葉を返すようですが、システムに頼り過ぎるのは危険かと」

??????

「な、なぜだね?」

岬 明乃

「どんな完璧に近いシステムを構築しても、完全ではない。必ずどこかで問題が起きます。その時に対処できる人間がいないと話になりません。だからシステムに頼り過ぎるのは、いずれ破滅をもたらします」

??????

「む、むぅ………」

 

男がこちらに何かを言いたげそうに見つめているが、言葉が出てこない。

少し言い過ぎてしまったかなと思っていた途端、今度は女性の方が口を開いた。

 

??????

「間違ってはいない。だが正しくもないな」

岬 明乃

「………どう言う意味ですか?」

??????

「人間だって間違える。単純な作業であっても、な。その点、AIやロボットは違う。間違いがなく、不満も言わない。まさに理想じゃないか」

岬 明乃

「仲間が居るから切磋琢磨し、成長できるんです。間違いだって直せるんです」

??????

「それはAIだって同じ事だ」

岬 明乃

「AIは笑ったりしません」

??????

「死んだりもしないだろう?」

 

この人と話していても、平行線を辿るだけだ。

私の方から先に黙ると、男の方から話を再開する。

 

??????

「とにかくだ。あの船を君の管理下に置いておきたいのだよ。その上で、自動化システム構築の基礎を見つけて欲しいのだ」

岬 明乃

「………分かりました。お任せを」

 

熱くなっていた私は、ここで一気に冷めた心情になる。

私達の目的はあくまで、盗まれた晴風の奪還。

それをこんなところで台無しにしたくはない。

だけどそんな私の決意を無駄にするかのように、出口がいきなり蹴破られた。

 

??????

「その必要は無い」

??????

「おい、今は大事な会議中だ。部外者が口を挟むな」

??????

「この施設の警備を任せたのはお前達だ。当然、施設に入る権利がある」

 

突然数体のドロイドを引き連れて入ってきた、ブロンドの女性。

顔つきから見て、外国人であるのかは確かだが、どこの出身なのかは分からない。

身体には妙なスーツみたいな代物を身に纏っている。

そんな彼女は、私に詰め寄ってくる。

彼女の覇気に堪えられず、私は数歩だけ後ずさる。

彼女は私に近付くと、右腕を私の前に出し、私と見比べる。

 

岬 明乃

「なっ、なにか?」

??????

「やはりな。おい警備、こいつは偽物だ。捕えろ」

ドロイド兵

「はっ」

岬 明乃

「うぐっ!?」

 

ドロイドが私の腕を掴んで、床に叩きつける。

突然の事で上手く対処できず、肺にある空気が一気に吐き出される。

ブラスターの先端を私の頭に標準に合わせられる。

 

??????

「おい、何の真似だね?」

??????

「だから言ったろう、こいつは偽のIDを使ってこの施設に入り込んだPLRの回し者だ」

岬 明乃

「ぴ、PLR?」

??????

「とぼけても無駄よ。あなたは不当に施設へ侵入したスパイ」

岬 明乃

「ま、待って!私は――――」

ドロイド兵

「動くな」

 

ドロイドにブラスターの先端を頭に押し付けられて、黙り込む。

先程話したドロイドの口調は異なり、明らかに敵意に満ちている。

ロボットでもそんな感情表現が出来る事実に驚きつつ、彼女と対面する。

するとブロンドの女性は、私を今度は無理矢理起こすと、近くの席へ放り投げる。

 

岬 明乃

「うわぁ!?」

 

背中に背もたれの柔らかい感触と、テーブルの角にぶつかる衝撃が集まった。

目が回って、どっちが上なのかが分からない。

私が悲鳴を上げると、彼女は懐から拳銃を取り出して、私の胸に押し当てる。

 

??????

「さて、時間はまだたっぷりある。話して貰うわ。あなたの正体と目的を、ね」

 

彼女は私を睨み付けながら、問いかけてきた。

銃を突きつけられても、何故か慌てなかった。

普通でないこの状況下でも私の脳は別の事を考えていた。

この人を、絶対にシロちゃん達の元へ連れて行くわけには行かない。

シロちゃん達の事がまだ口にしていない辺り、まだ他の仲間達の正体はばれてないと思った私は、少しでも時間稼ぎをしようとする。

私の脱出については、通信機の合図を待てば良い。

最悪、私だけ逃げ出せなくても、みんなが元の世界に戻れれば良いんだ。

 

そして私はそんな思いをしまい、今度は過去の記憶を思い返していた。

3日前に起きた、あの裁判の後で起こった出来事を。

忌々しい、思い出したくもないと吐き捨てた感情を他所に、あの艦橋の中で起きてしまった出来事を頭に浮かばせて――――




如何だったでしょうか?
新たな敵としてドロイド、イラン・イラクテロ組織PLR、Atlās corporation、そしてテラグリジアパニックが出てきました(どの単語がどの作品に出てくる用語なのか、調べてみて下さい♪)。
多重クロス作品の醍醐味である複数の世界観の統一!
彼女達の知らないところで、別の事件や物語があるのは一興です。
( ̄^ ̄)ゞ
その視点もいずれか投稿しますので、しばしお待ちを。
そして感想などがあればどうぞ。


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第15話 脱出

――――正当な理由で立ち上がった者をテロリストと呼ぶことは出来ない――――
ヤセル・アラファト

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。

前回の投稿からかなーり時間が経ってしまいました。
小説の構想がなかなか練られず、方針に迷っていたからです。
予定としては、もうそろそろハイフリとは別の物語でも投稿していこうかと思います。
今回からは他人視点での話となります。
しばらくは岬さん視点の話は予定してません。

余談ですが、ハイフリのアプリゲーム化&劇場版アニメ作成決定が決まりましたね!
いやぁ、これであと5年は生きることが出来ますね。
ハイフリなどのアニメがある世界線に万歳。

では挨拶はこの辺にして、ストーリーをどうぞ。


[脱出]

2012年、7月22日、10;39;54

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 副艦長

宗谷 ましろ

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央研究所 地下ドッグエリア

 

彼女の背が、どんどん小さくなっていく。

私達を導いてくれた、あの人の小さくて大きな背が。

私はただそれを見ていることしか出来ない。

その背中を見たら、自然と嫌な考えが頭を過ぎった。

幹部からの呼び出し。

そして私とは別に呼ばれた理由。

これだけの不安要素が集えば、誰だって嫌な考えくらいはしてしまうだろう。

嫌な汗が背中から湧き出てくる。

いつの間にか手汗も出てきて、ぐっと力を込めるも指の間から滲み出て止まらなかった。

それが気持ちの連動して、負の思考が湧き出てくる。

このまま逃げ出したい。

みっともなく大声出してここから離れたい。

だけど。

再び遠くなった彼女の背を見直す。

私よりも背が低く、私よりも掛かる重圧に耐えている。

真っ直ぐ歩く彼女の後ろ姿は、誰よりも頼もしく見える。

そしたら、マイナス思考が徐々に薄れていった。

手を見つめる。

あの鬱陶しい汗は、止まって見えた。

ただの錯覚かもしれない。

そう思いたいだけかもしれない。

だけど。

私に託され、いや、出来ることがあるはずだ。

ならばあの人に遅れを取られないようにしなければならない。

船を、皆を支えるもう一人の責任者として。

私は先程までの臆病な態度をしまい、彼らと相対する。

 

宗谷 ましろ

「ところで、さっきは燃料補給中と言っていたな。後どれくらいで終わる?」

ドロイド兵2

「燃料がほとんど残っておりませんでしたが、大分前から入れていたこともあり、あと10分ほどで完了します」

宗谷 ましろ

「そうか。船体にはまだ警備が残っているのか?」

ドロイド兵2

「いえ、誰も居ません。解析班はすでに戻られたかと」

 

時計をチラリと見て、計画通りかを確認する。

現在時刻は1040。

燃料満タンになるには10分程度。

予定では1100までに出港準備を終えて、施設から脱出させる算段となる。

それまでにやるステップは以下の通り。

 

1.警備ロボットを晴風から引き離すこと。

2.ドッグにあるゲートを開放すること。

3.セキュリティシステムの無力化。ただし、無力化するためのエリアはこのドッグのみ。

4.施設突入班が全員での脱出。

 

1はこれから私がクリアしなければならない問題だ。

2と3については、外で作戦に参加している納紗さんにハッキングをお願いしてあるからその腕に掛けるしかない。

そして4は、これは私とあの人次第だ。

 

――――そんな中、私は不意にあの人がこの作戦前の言葉を思い出していた。

”もしも私が脱出できそうになかったら私を置いていって”

作戦結構直前に言っていた言葉。

あの時は彼女のその言葉を突っぱねたが、内心ではそれも仕方ないと考えている。

あくまで最優先は、晴風の奪還だ。

これは、あの人が決めたことであり、私達の共通の希望である。

――――――――

――――

――

………!?

いやいやっ、何を考えているんだ私は!?

あの人を置いていって仕方がないなんて、あり得ない!

何で、こんな考えを………。

 

私は思考を隔てるように、晴風を見上げた。

奪還されたあの時から、何も変わってないように見える。

あの海で、あの場所で行われた作戦で、晴風は。

………やはり、晴風には無理をさせすぎたのかもしれない。

数歩近付いて、船体に手を触れる。

鉄の冷たい感触が、掌に伝わってくる。

ゆっくりと両目を閉じて、心を無にする。

そして胸に手を置いて深呼吸を繰り返す。

………。

よし、やろう。

私の一世一代の迫真の演技を。

 

宗谷 ましろ

「うっ、うぐっ!!」

 

突然の腹痛で、宗谷は腹を押さえてその場でうずくまった。

本当は全く腹痛など感じないのだが、これしか思いつかない。

傍に居るドロイド兵の注意を引くにはこれしかない。

案の定、近くのドロイド兵は彼女の異変に気付いた。

 

ドロイド兵2

「どうかなさいましたか?」

宗谷 ましろ

「お、お腹が、痛い………」

ドロイド兵2

「なに!?おい、急いで救護班を」

宗谷 ましろ

「そこまで、しなくていいっ。でも2人で医務室に案内して欲しいんだ、頼む」

ドロイド兵3

「でしたら別の警護を呼びますので、少々お待ちを」

宗谷 ましろ

「いたたたたたっ!?」

 

通信機を取り出そうとするドロイド兵の言葉を隔てるように、宗谷は再び叫んだ。

同時にドロイドの腕を掴んだので、通信が出来ない。

必死さに、さすがのドロイドも焦りを感じ始める。

 

ドロイド兵3

「分かりました!すぐに医務室へ運びますので、手を離してー!」

ドロイド兵2

「おい、そっちの肩を担げ!急いで運ぶぞ!」

 

迫真の演技が伝わったのか、ドロイドは慌てて宗谷の両肩を支えながら、その場を後にする。

その中でチラッと背後を振り返るが、追っ手や応援などは呼ばれなかった。

呻き声を適度に出しつつ、手をそっとポケットの中へ突っ込み、通信機のスイッチを2回を2セット押した。

これで突入準備は整ったと言う合図だ。

後の計画は、彼女達に任せるしかない。

そして私は、脱出準備が完了する無線が届くまで、どうやって医務室から脱出するかの算段を考え始める――――

 

 

納紗 幸子

「………来ました」

 

パソコンの前で待機していた彼女がぼそりと呟く。

傍に置いてある無線機からオンオフの音を耳にする。

回数は2回。

この音は計画の第2段階の合図である。

 

彼女は特に無線機の方を見向きもせず、パソコンの方を見つめたままだ。

その目は、獲物を捕えるような獰猛な目をしている。

普段を知ってる彼女の友人・知人なら、初見で彼女だと判断できないだろう。

別に髪がぼさぼさになって訳でも、両目が死んでる訳でもない。

要は雰囲気の問題だ。

指をポキポキと鳴らして、キーボードに指を置く。

そして、画面を睨み付ける。

 

納紗 幸子

「さぁ、どんなセキュリティが待ってるんでしょうね?」

 

ニヤリと頬を吊り上げて、楽しそうに呟く。

もう一度言うが、普段の彼女からは想像が出来ないような表情をしている。

キーボードをいくつか操作して、目的のプログラムを探す。

長く操作して………ようやく見つけた。

彼女にとって掛け替えのない2人が、命を掛けて潜入した組織・中央研究所のセキュリティシステムに。

プログラムを開いて、赤く光っている”レッド項目”を挙げていく。

そのレッド項目は、常に作動していると言う意味だ。

他にも緑色の項目は時間帯によって、作動のオンオフをしている箇所だ。

灰色は点検中で、今は作動していない箇所だ。

 

数日前に何者かが侵入して、侵入者と警備側とで争ったそうだ。

その影響で部屋のいくつかが破壊されたとのこと。

今はその修理と改修作業を行っているらしい。

もっとも、今回の計画で潜入した2人が見かけることのない箇所ではあるが。

 

そのことを思い出しつつ、作業する手を決して止めない。

時計の針の音とキーボードの叩く音だけが、部屋を満たしていた。

そして――――

 

納紗 幸子

「ふぅ、これでセキュリティシステムは侵入、と」

 

最後にエンターキーを押すと、あるプログラムが表示される。

そのプログラムの中に、別のプログラムを入れる。

セキュリティシステムを一時的に無効化するのと同時に、遠隔操作を可能にするプログラムだ。

これで仮に逃走がバレたとしても、警報を鳴らされる心配も無い。

増援だって呼ばれることもない。

不安材料はある程度除けるのだ。

これで、晴風が逃げる準備が完了した。

 

納紗 幸子

「任せましたよ。シロちゃん、艦長」

 

自分が愛する2人の名を呟きながら、無線機を3回だけオンオフした――――

 

 

柳原 麻侖

「おっ、書記長が上手くやったみたいだな」

 

腰から下げてる無線機の音で、この建物のセキュリティシステムを無効化したことに成功したとの合図を聞いた彼女は、鼻を手の平で掻くと、機関の調整に入る。

彼女の両手は、顔同様に既に油まみれだった。

道具もまた然り。

 

黒木 洋美

「ホントに?やるわね納紗さん。なら急いで作業を終えないと、いつまでも出向できないわ。ルナ、そっちはどう?問題ない?」

駿河 留奈

「圧力、問題なし………うん、見たところ熱入れても大丈夫そうだよ」

若狭 麗央

「こっちもポンプ系は問題なし。晴風が持ってかれた時のままだわ、と言うよりも整備もある程度されてるから、ぶっちゃけこのまま出向できるしね」

広田 空

「おまけに燃料も満タンにしてくれるなんて、太っ腹だねぇ、ここの連中は」

黒木 洋美

「なに言ってるの!ここの連中は警備会社を雇って、晴風を奪いに来るような事を考える連中よ!そんな奴らに太っ腹も何もないわよ!」

伊勢 桜良

「まぁまぁ落ち着いて。怒るのはここから皆で無事に脱出してからにしましょ。ね、機関長」

柳原 麻侖

「おうよ、機関に熱入れる準備はとっくに出来てるぜ!後は艦長と副長を待つだけだな!」

黒木 洋美

「宗谷さんが遅れるはずがないでしょ!心配なのは、先日から様子がおかしい艦長の方でしょ?」

柳原 麻侖

「………クロちゃんも気付いてたか」

広田 空

「おお、機関長殿達も気付いてましたか。艦長殿の様子の変化に」

黒木 洋美

「そりゃ、ね」

柳原 麻侖

「………おう」

 

ばつが悪そうに、黒木は視線を逸らした。

そして珍しく柳原も頭をボリボリと掻き始める。

黒木はこう考えていた。

あの時から、一応は和解したつもりだったのだが………と。

 

黒木 洋美

「とにかく、後は艦長と宗谷さんを待ちましょう………それで岬さんに、今度こそ話をして貰うわ。今回のこの無茶な作戦を実行した理由を、ね」

柳原 麻侖

「ん?何か言ったかい、クロちゃん?」

黒木 洋美

「何でもないわ。それより、艦橋の様子を確かめてくるわ………知床さん、かなり不安がっていたから、ね」

柳原 麻侖

「おうよ。航海長、作戦始まる前でもガタガタ震えていたから頼むぜ」

 

黒木はコクリと頷くと、他のメンバーを残して機関室を後にする。

いつもの通路が目の前に広がっている。

その瞬間、彼女は力なく壁にもたれ掛かる。

そして力なくその場に座り込む。

こんな姿を仲間の前で晒すわけにはいかない。

そう、彼女自身もかなりのプレッシャーを背負っていた。

仲間に気付かれないようにするために、機関室から出て行ったのだ。

皆も命がけでこの作戦に参加してるのに、自分だけが逃れているみた嫌だったが、自分があの場で倒れたら、きっと作戦に支障が出てしまうだろう。

それだけは避けたかった。

しかし仲間の安否も気になるのも事実。

本当なら伝声管を使って様子を確かめても良いのだが、黒木自身が自分の目で確かめたかったのだ。

この世界に来てから、自分のクラスメート以外はほとんど信用していなかった。

自分の目で見て、仲間の無事を確かめたいのだ。

人間不信までは行かずとも、数々の不安要素が重なれば、警戒心も大きくなっていくモノだ。

例えそれが自分が馴染みのある船であっても。

黒木は目の前の景色を睨み付けながら、黒木は艦橋へと向かって行った――――

 

 

知床 鈴

「あっ、黒木さん!機関科の様子はどう?」

黒木 洋美

「こっちは問題ないわ。大丈夫、晴風は動かせるはずよ」

西崎 芽依

「よっしゃ!順調に計画通りに進んでるな!」

 

舵の前に陣取っていて、オドオドしている彼女に黒木は優しく微笑む。

横でウロウロしていた西崎もその一報を耳に入れた途端、手を振り上げる。

いつだって彼女は自分に正直なのだ。

 

黒木 洋美

「後は………艦長と宗谷さんが戻ってくるだけよ。それまで待ちましょ」

西崎 芽依

「オッケー………ところでさ、そっちはどう?」

黒木 洋美

「?どうとは?」

西崎 芽依

「機関科の子達だよ。ほら、武装した人間が居る施設に押し入るってさ、かなり緊張するじゃん?だからそっちは緊張とかしてないカナーって」

知床 鈴

「わ、私は今でも逃げ出したいけど、岬さん達が頑張ってるのに私だけが逃げるなんて、嫌だから………」

 

両腕を後ろ頭で組んで、黒木の様子を伺う西崎と、オドオドしながら口を開く知床と視線が合う。

その視線は黒木の心中を深く貫いた。

だから、黒木はすぐには答えられなかった。

先程まで、自分はプレッシャーで押しつぶされそうになり、機関室から逃げ出した、とは言えなかったのだ。

言葉を濁すために、思わず口を開いてしまった。

 

黒木 洋美

「え、ええ。大丈夫そうだったわ。皆、覚悟を決めていたから、特に体調を崩したりはしてないわ」

知床 鈴

「よ、良かったぁ~。不安だったんだ、私みたいにプレッシャーで押し潰されていないかね」

黒木 洋美

「麗央や留奈はピンピンしてたわよ。全く、あの子達はホントに大したものだわ。私なんて」

西崎 芽依

「プレッシャーとかで胃が痛くなったとか?」

黒木 洋美

「まぁ、そんなところね。今はもう大丈夫だけれど」

知床 鈴

「………岬さん達、大丈夫かな?」

西崎 芽依

「不安だよね。何か知らないけど、作戦が始まる前にもなんだか様子が変だったし」

知床 鈴

「あっ、芽依ちゃんもそう思う?最近の岬さん、どこか怖くって訳も聞けないし………」

黒木 洋美

「まったく、あの艦長も困るわ。普通なら部下である私達にここまで心配なんてさせないでしょ?それに、あんな態度取らなくったっていいじゃない」

西崎 芽依

「まるで別人だったよね。私達を心配はしてくれるのは、以前から変わらないけど、それ以外は容赦しない感じだよね」

知床 鈴

「どう、しちゃったんだろうね。岬さん………」

黒木 洋美

「それは戻ってきてから聞きましょっ………ところで、今は何時?」

西崎 芽依

「えーっと、1050ね」

知床 鈴

「あと10分しかないよ!?大丈夫だよね!?」

黒木 洋美

「落ち着いて知床さん。大丈夫よ、あの2人が肝心な時で失敗した事なんてないでしょ?」

知床 鈴

「そ、そうだけどぉ………」

西崎 芽依

「もう、心配しすぎだって。そうだ、こういう時に頼れる呪文があってさ。掌に人?心臓?って字を指で書いて、それを口に入れて」

黒木 洋美

「いやそれ当事者が使うお呪いだから。それと人って字で合ってるわよ?心臓って怖いわよ!」

知床 鈴

「すごい間違いするね、芽依ちゃん」

西崎 芽依

「………てへっ」

黒木 洋美

「可愛いけど、場面が場面だから色々と台無しね」

 

などと茶番を繰り返していたら、いつの間にか自分の中からプレッシャーが消えているのに気付いた。

こう言った場面で、やはり仲間の存在は大きかった。

おかげでこの後の計画に支障が出ることはないだろうと思っていた――――

 

 

宗谷 ましろ

「………」

 

再び場面は戻って宗谷視点。

彼女は仮病を装って、ドロイド兵をあの場から注意を逸らすことに成功した。

居るのは、ドッグと同じ階にある医務室へと運び込まれていた。

今はベッドの上で休んでいて、機を伺っていた。

………介護ドロイドと付き添いの2体のドロイド兵の監視付きで。

腹痛を訴えていて、検査をさせられて、ベッドで安静にするように言われてしまった。

おかげでドロイドの監視が常に纏わり付くようになった。

まぁ、宗谷自身が言ったことだから酷くは言えない。

やはりこういう所は人と違って、命令に忠実であるのは仕方ないと言える。

しかし、急いでここから逃げ出さないと、脱出に遅れてしまう。

とりあえず、彼女はベッドから上半身だけを起こした。

 

視界に映ったのは、薬品と思われる小瓶がビッシリと入って棚や、人が横たわれるような上下可動式のベッド、X線を見れるレントゲン装置、後は宗谷自身が知らなさそうな機器類が完備されていた。

人の出入りが極端に少ない研究所にしては、設備が整っているなと、感じた。

それにしても………鏑木さんが見たら、食い付きそうな部屋だな。

 

宗谷 ましろ

「う、うぅ………」

介護ドロイド

「お目覚めになりましたか」

宗谷 ましろ

「ああ、心配を掛けたな。もう大丈夫だ」

介護ドロイド

「脈を測ります………うむ、異常は認められませんでした。もう大丈夫です」

 

ドロイドは彼女の腕を取ると、腕から機械を取り出して、問題なしと診断された。

ま、仮病だから病気の可能性なんて全く皆無だろうから、心配は全くしなかったが。

 

宗谷 ましろ

「私はもうそろそろ、仕事に戻ろうと思う。研究室まで同行してくれ」

ドロイド兵

「「はっ!!」」

介護ドロイド

「お気を付けて」

 

見送られて、宗谷とドロイド兵は医務室を後にした。

エレベーターに乗って、荷物のある部屋へ戻ろうとする最中のことだ。

宗谷は先頭を歩いていて、ある事に気付いた。

 

宗谷 ましろ

「あっ、しまった!医務室に大事なモノを忘れてしまった。取りに行くから、先に戻っててくれないか?」

ドロイド兵2

「忘れ物ですか?」

宗谷 ましろ

「ああ、それを取りに行く。あれがないと困るんだ」

ドロイド兵3

「それなら、我々が取りに行きますので………」

宗谷 ましろ

「いや、君達に見られると困るモノなんだ。だから私に構わず、君達は先に戻っていろ!」

 

あまりにもしつこく付いて来ようとしたので、思わず語気を強めにして、半ば無理矢理その場を後にしてしまった。

あれで怪しまれたくはなかったが、時間的にも余裕が全くない。

時間は1055だ。

あと5分足らずで晴風はこの施設からの脱出が行われる。

それに間に合わなければ、私はここに置いてきぼりにされてしまう。

そうなる前に、地下のドッグへ降りなければいけない。

 

私は急いでエレベーターへ乗り、地下へ。

降りている間も、焦りは募り募っていく。

エレベーターが地下へ着くと、またも走って、医務室へは向かわずにドッグへと向かった。

途中からはドロイドとは出会わず、そして。

とうとう晴風の前まで戻って来れた。

さっきぶりの筈なのに、酷く懐かしく感じられた。

艦橋を見上げると、見張っていた西崎と目が合った。

彼女は手を振ると、宗谷は親指を立ち上げる。

急いでタラップに上がって、晴風に乗艦する。

その足で艦橋まで走った。

 

宗谷 ましろ

「全員揃ってるか!?」

西崎 芽依

「いや、まだ艦長が戻ってないよ!?一緒じゃないの!?」

宗谷 ましろ

「岬さんは幹部に呼び出されて、離ればなれになったんだ!だから………」

知床 鈴

「そ、そんな!!」

黒木 洋美

「待って、まだ時間は少しだけあるわ。もう少しだけ待ってましょう!」

宗谷 ましろ

「黒木さん、悪いが機関室へ戻ってすぐに晴風を出せるようにスタンバイしててくれ!」

黒木 洋美

「宗谷さん………分かったわ!」

 

力強く頷くと、黒木は急いで機関室へ戻っていった。

その背を見送ると、宗谷は計画の内容を確認するために、窓の外を眺めた。

………脱出する際に重要なのは、タイミングだった。

晴風の居るドッグの門を開放するには、セキュリティシステムを解除しないといけない。

あの分厚い門は、さすがに今の武装では破壊できそうにない。

しかしシステムを切るには、担当IDを使って解除しないといけない。

そのため、外部からコンピューターをハッキングして強制的にシステム解除した方が手っ取り早かったのだ。

だがそのシステムを解除できるのは1分程度。

1分経過した後、防衛システムが作動して、強制的にシステムから閉め出される。

そうなれば門は閉じられてしまい、脱出が出来なくなる。

 

………納紗さんからはもう既にシステムに入り込んで、プログラムを仕込んだ知らせを受けた。

こちらの合図一つで、簡単にセキュリティシステムを無効化できることも分かっている。

後は艦長が戻り次第、そのプログラムを発動させて脱出すれば、計画は完了となる。

 

カチッ、カチッ

 

そんな折、両耳から乾いた音が2回だけ聞こえてきた。

考え事をしていたから反応が遅れたが、この合図は何だっただろうか?

代わりに知床さんが悲鳴を上げていた。

 

知床 鈴

「こ、この合図って、岬さんからの!?」

西崎 芽依

「このタイミングから考えて多分そうだと思う!でも、確か2回って………」

 

ボタンの音が、2回、2回………………。

……………………………

………………

………!?

私の記憶が間違いであって欲しいと、これ程までに思ったことはなかった。

だって、この意味は。

 

宗谷 ましろ

「………自分の身に何かあったから、先に脱出しろって意味だ」

 

ボソリと呟いてしまったのが仇となったのか、知床さんがますます悲鳴の声を高めていった。

 

知床 鈴

「それって、岬さんを見捨てろって事!?ダメだよ、そんなの!」

西崎 芽依

「そうだよ!ここまで来て、艦長を見捨てるなんて………!」

宗谷 ましろ

「だがこのままここに留まったとしたら、他の皆にも危険が及ぶ。しかし………」

西崎 芽依

「そんな簡単に艦長を見捨てるなんて言わないでよ!!」

宗谷 ましろ

「見捨てるだなんて言わないわよ!ただ、副長である以上、仲間の安否も気遣わないといけないんだ!」

 

こうして言い争っている間にも、現実は非情にも時間だけが過ぎていく。

宗谷自身は、自分の不幸さを呪っていた。

自分の不幸がこんなタイミングまで蔓延するなんて………全くついてない。

などと考えているヒマはない。

 

ピリリリリッ、ピリリリリッ

 

またも耳に、今度は通信機から着信音が聞こえてきた。

イライラしながら通信機を出すと、焦った納紗の声が聞こえてきた。

そもそもこの通信機は敵に傍受される可能性があるから、非常時以外は使用を禁止していた。

通信機からその納紗の焦った声が。

 

納紗 幸子

『もしもし、シロちゃん聞こえますか!?』

宗谷 ましろ

「ああ、聞こえてる!一体どうしたんだ!?非常時以外は使うなって決めただろう!」

納紗 幸子

『非常事態です!こちらのハッキングがバレて、システムから締め出されそうなんです!このプログラムを発動するなら今しかありません!!』

宗谷 ましろ

「な、何だと!?」

 

あまりにも急な事態に、宗谷は判断に迷っていた。

他の仲間を危険に晒してまで、彼女の帰還を信じて待ち続けるか。

………彼女を見捨てて自分達だけで脱出するか。

どちらの選択にも、危険と後悔が渦巻きそうだ。

 

納紗 幸子

『!!シロちゃん、締め出したが激しくなってきました!早く指示を下さい!!』

宗谷 ましろ

「分かってる!分かってるが………」

西崎 芽依

「副長、まさか艦長を見捨てるだなんて言わないよね?」

知床 鈴

「そ、そんな!そんなのはダメだよ!岬さんを見捨てるだなんて言わないで!」

宗谷 ましろ

「っ………」

 

詰め寄られた途端、宗谷は通信機を一旦切った。

2人に詰め寄られることで、さらに宗谷はますます心理的に追い詰められていった。

別に2人に責められたことで追い詰められていったのではない。

自分がこんな重要な決断を迫られるとは、予期しなかったからだ。

………こんな事なら、腹痛を訴えた時点で覚悟を決めなければ良かった。

だけど、そんな後悔を感じてる時間もヒマも全くない。

 

今後の戦いにおける重要なターニングポイントで。

宗谷ましろは決断を、下す。

伝声管に近付いて、機関科へ繋いだ。

 

宗谷 ましろ

「………艦長命令だ。我々は現時刻をもって、航洋艦晴風で敵拠点からの脱出を行う………機関科、準備はいいか?」

西崎 芽依

「ちょ、副長!」

柳原 麻侖

『ああ、いつでも行けるぜ………副長、本当に良いのかい?艦長を置いて行っちまって」

宗谷 ましろ

「今は、これしかない。仲間をこれ以上、危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ………すまない」

黒木 洋美

「宗谷さん………」

知床 鈴

「嫌だよぉ。岬さんを置いていくなんて嫌だよぉ!」

宗谷 ましろ

「納紗さん、システムを実行してくれ。これから我々は施設から脱出する」

納紗 幸子

『分かりました。システムを実行します』

 

次に通信機の再び電源を入れ、彼女にゴーサインを出した。

そして宗谷は、2人の仲間から睨まれ、戸惑いの目を向けられていた。

だが宗谷は臆さず、知床の傍へ寄っていった。

 

宗谷 ましろ

「知床さん、操舵を頼む。門が開いたと同時に脱出する。だから――――」

知床 鈴

「岬さんを置いていくなんて、絶対にダメだよ!危険を承知で、この場を離れたのにっ」

宗谷 ましろ

「だけど、戻って来れなかった。これ以上待っていたら、警備ロボットに気付かれて増援を呼ばれる可能性だってある。そうなれば、目的である脱出は出来なくなる。岬さんはそれを望んでない」

西崎 芽依

「そうだけどさっ、なんで簡単に諦められるのさ!?今まで私達を引っ張ってくれた艦長だよ!?それを簡単に」

宗谷 ましろ

「簡単な筈がないだろう!!」

 

西崎の言葉にキレたのか、宗谷が今まで上げたことのない怒声を上げた。

2人はビクリと身体を震わせるが、宗谷は止まらなかった。

 

宗谷 ましろ

「簡単に割り切れると思うか!?こんな狂った世界へいきなり飛ばされて、事件に巻き込まれた上に裁判で犯罪者にされかけて、船に無事に戻って来れたと思ったら、訳の分からない集団に襲われて、今度は船を盗られたんだぞ!今だってその敵の本拠地に乗り込んでいるんだ!」

 

はぁ、はぁと息遣いを繰り返し、続けた。

2人は黙ってその様子を伺っていた。

 

宗谷 ましろ

「そこに、岬さんを1人にするなんて、私が望んでいると思うか?どんな危ない時だって、岬さんは私の隣に居てくれて、常に私を勇気づけてくれた。そんな彼女を、敵地へ置いていくなんて、したくなんてなかったさ………」

 

叫んでいたら、頬から水が伝わるのを直に感じていた。

いつの間にか、大粒の涙を流していた。

 

宗谷 ましろ

「だけど、今の状況を見ても、岬さんは敵に捕まったと見ていいと勝手に判断した。だから、このまま晴風と共に施設から脱出、する、ことを………」

 

これ以上の言葉は、無理だった。

声は枯れていき、両目は涙で見えなかった。

今まで溜まっていたモノが溢れそうになったが、グッと抑える。

そして、知床を見つめた。

 

宗谷 ましろ

「知床さん、門が開いてる。操舵を、頼む。西崎さんは、周囲の確認を………出来ないなら、私が」

知床 鈴

「ううん、大丈夫。出来る、よ。ごめんね、辛い思いをしてるのは、私だけじゃないのにっ………ごめんなさい岬さん、私、弱いから結局逃げるって選択肢を選んじゃうよ………」

西崎 芽依

「………艦長、後で絶対に助けに行くから、ホントにごめんね。今は、無事を祈ってるよ………」

 

2人も宗谷の言葉に呼応されたのか、普段通りとはいかないが、なんとか出向するための準備を済ませていく。

いつの間にか正面にある巨大な門は開かれていた。

窓の外を見てみると、燃料が満タンになったのか、給油ホースが格納されていた。

錨も上がっているのが見え、これで出向することが出来る。

 

宗谷 ましろ

「微速前進、付近に注意しながら操舵しろ」

知床 鈴

「は、はい………」

西崎 芽依

「!!やばいよ副長、あのロボットがこっちの脱出に気付いて、こっちに向かってきてる!うわ、撃ってきた!」

宗谷 ましろ

「機関室!敵に気付かれた、機関最大船速にしてくれ!」

柳原 麻侖

『熱入れたばかりであまりやりたくないけど、敵を振り切るには仕方ねぇ!行くでい、みんな!』

 

ピンッ、カンッ

レーザーライフルから放たれた光線は、船体に被弾しては乾く音が続いていた。

威力は左程ないが、これで敵の増援を呼ばれるのは時間の問題。

そんな時、ある異変が起きた。

隊列を組んでいるドロイド兵と船体の間に、見知った顔が映った。

 

宗谷 ましろ

「!!岬さん!」

 

敵に捕まっていたと思われていた、岬明乃本人だった。

別れたのはつい先程なのに、随分と昔のように感じられた。

ドロイド兵に飛び掛かり、ライフルを奪い取っては、敵に投げつけて注意を引き付けていた。

敵をある程度倒したら、彼女は晴風を、宗谷を見つめていた。

宗谷はいつの間にか後部艦板へ走っていた。

遠目で見てみると、岬の着ている衣服はなぜかボロボロであり、所々怪我をしているようだった。

見るに堪えない姿に、宗谷は手を伸ばして必死に叫んだ。

 

宗谷 ましろ

「岬さん!早くこの手に掴まって!この距離ならまだ間に合う!」

岬 明乃

「………」

 

だけど岬は何も答えず、ただこちらを見つめているだけ。

視線が交差する中、先に動いたのは岬だった。

………と言っても、やることは一つだけだった。

宗谷に向かって微笑んだ。

ただ、それだけだった。

伸ばした手を掴もうともせず、走り寄ろうともしなかった。

 

宗谷 ましろ

「み、岬さん!!」

 

だけど、それらは一瞬の出来事だった。

背後からやって来た別のドロイド兵らに取り押さえられる。

 

私はただそれを、見ていることしか出来なかった。

 

宗谷 ましろ

「か、艦長おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

巨大な門をくぐり抜けられた後部艦板から、彼女の叫びが海原を揺らした。

そして、その場で蹲って泣いていた。

彼女は――――岬明乃を救うことは出来なかった。

仲間の命を優先させて、晴風奪還を成功させた。

だけど、だけど。

本当にこの選択肢で良かったのだろうか?

もしもの話をしたところで、全く意味がないのは分かっている。

岬さんを見捨ててまで、この選択肢を貫き通す。

脱出する直前はそう考えていたが。

もはや回答は見出せない。

 

そしていつの間にか、彼女は気を失ってしまった。

………気になる謎を残したまま。

だけどそれを解けるのは、もっと先の話になる。

 

同時に言えることがある。

この選択肢によって、後の世界の命運を左右するとは、誰も知る由がなかった………。

 



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第16話 Second Stage

――――人間が最善を尽くせば、他に何が必要だろう?――――ジョージ・パットン将軍

皆さんおはこんばんにちわ。
作者です。

前回の投稿から間がかなーーーーり、空いてしまいましたね(涙)
まぁ、仕事の都合で地元に戻るための支度で、執筆が進みませんでした。
しかも今回は地の文がかなり多めなので、かなり読みづらいかも('・ω・')

それともう1つ。
今回の話で、ストーリーは一時的に停止します。
前にも似たような事がありましたが、次回からは別のアニメの視点の物語も書くため、よろしくお願いします。



[Second Stage]

2012年、7月22日、15;21;32

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 副艦長

宗谷 ましろ

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 ??????

 

納紗 幸子

「そ、そんなっ、艦長が、岬さんが………一人で、あそこにっ!?」

杵崎 ほまれ

「うそ、そんな事って………」

黒木 洋美

「………ごめんなさい。後ろから追っ手が迫ってきていたの。こっちの出航準備が終わった途端に、敵が撃ってきて逃げざるおえなかったのっ」

知床 鈴

「ぐすっ、そしたら岬さんが現れて、ロボットを引き付けてくれたのっ!だから、岬さん、は、晴風を取り戻すために、囮になって………ごめんなさい………」

内田 まゆみ

「鈴ちゃんのせいじゃないよっ!敵に撃たれてたんじゃ、鈴ちゃん達が危なかったよ」

宗谷 ましろ

「………」

 

私、宗谷ましろが目を覚ましたのは思いの外、晴風の奪取が成功したすぐだった。

………私達がいるこの場所は、計画の最終段階にてある人との会合場所だった。

そこでクラス全員と合流する………筈だった。

実際は、一人だけ欠けてしまった光景しかなかった。

その光景をなぜか停泊した晴風の艦橋から見下ろしていた。

 

皆が困惑する中、私は一人思い出していた。

こんな状況になってから、あの日々のことを――――

 

そもそもの発端は、全て3日前の裁判が終わった後である。

裁判を経て、大事な友を無実の罪から救った直後からそれは既に始まっていた。

晴風を襲った集団は、乗組員を全員気絶させてから、晴風の奪取を行った。

催涙弾を使用しての襲撃だった。

死傷者が1人も出なかったのは幸いだった。

もしかして手加減されたのかも知れないが、もしも手加減されなかった時のことを考えたら、震えが止まらなくなってしまうので、これ以上考えるのは止めにした。

 

気絶した私達が目を覚ましたのは、この町にある巨大な病院である。

総合病院と位置づけられたこの施設は、あの時、晴風に乗艦していた生徒ら全員を収容するには、あまりにも簡単だったようだ。

その証拠に、申し訳なく感じているのだが、1フロアの約半分の病室を使わせて貰っていたのだ。

私が目を覚ました時は、彼女が最後に目覚めたらしく、皆一様に私を心配していた。

特に岬さんからは両目に涙を流して、皆の前で抱き締められる始末だ。

もう子供ではないのだから、あまり恥ずかしいことをしないで欲しいと感じたのは、今に始まったことではないため、口にしなかった。

しかしここで疑問が残った。

誰が私達を病院へ運んだのだろう?

 

その答えは、裁判の時にお世話になった蘭さんだった。

裁判の後、心配になった彼女は、1人で後を付けてきたらしい。

そして一部始終を目撃した後、アトラスの社員が私達を船から降ろして、彼らが立ち去った後で病院へ通報したらしい。

ちなみに警察には連絡できなかったと言っていた。

私達を病院へ連れて行くことばかり気を取られていたら、通報し損ねたとのこと。

彼女は自身を責めていたが、皆がフォローしてくれたからか、彼女はそこまで落ち込むことはなかった。

学生が運用している船が目の前で盗まれて、なんて話が簡単に信じて貰えるとは思えなかった。

もっとも、元より警察に通報できるほどの判断力は微塵も無かったわけだが。

 

ここで気になったのだが、蘭さんは私達がなぜ晴風に乗船していたのかを聞かなかったことだ。

一部始終、見ていたのなら、疑問に感じるはずだ。

学生が武装した船に乗っていたら、誰だって疑うはずだ。

だが彼女はとうとう、そのことを問いただすことはなかった。

 

さて、話を元に戻そう。

 

晴風を盗まれていて、黙って手をこまねいているほど、私達は諦めは悪くない。

この飛ばされた世界の中で、たった一つの帰る場所なのだ、相手の理由がどんなものであっても取り返さなくてはならない。

だが実際問題として、晴風がどこへ運ばれたのかが不明である壁が立ちはだかった。

誰かに相談しようにも、この世界に相談できるような相手がいない。

その事実に直面するとクラスの皆は意気消沈してしまった。

はぁ、ついてないにも程があるだろ。

もう一生分の不幸を使い切ったんじゃないか?

………うん、使い方を間違っているな。

だがそんなことはどうでも良い。

こんな絶望的な状況の中、私達に救いの手が差し伸べてくれる人が居たのは、私の数少ない幸運であった。

 

――――この町で町長をしている車いすの女性、野村志保(のむらしほ)町長である。

私達が病室で話しているのをたまたま聞いて、いたたまれなくなったと言っていた。

野村さんはこの町の事なら、知らないことなどないと豪語する人物だ。

本来なら部外者である彼女に協力を頼めない。

その問題を考慮してか、艦長が少し時間が欲しいと言って、とりあえずはその日は一度帰って貰った。

連絡先は当然、予め交換しているのは言うまでもない。

 

岬 明乃

「シロちゃんを助けられたのに、今度は晴風が盗まれちゃうなんて………」

 

落胆するのも無理はない。

私が殺人事件に巻き込まれて、無事に裁判に勝ったのも束の間。

今度は基地となっていた晴風が奪取されてしまったのだ。

普段明るい彼女も、今回ばかりはかなり参っている。

とりあえず、他のクラスのメンバーにはそれぞれ病室で待機して貰って、艦橋組だけで今後の対策を練っていた。

 

西崎 芽依

「ねぇ、やっぱりあの町長さんに協力して貰おうよ!あたしらだけじゃ、手に負えないって!」

納紗 幸子

「私も賛成です。裁判の時は、世間のルールが味方してくれましたけど、今回は表に出てないような人達が相手ですから、味方を得られるのはすごく限りがあります。何より………うちの組の者が舐められてちゃ、うちの組の名折れじゃ!」

 

野村さんの助力賛成派は西崎さんと納紗さんだ。

 

知床 鈴

「でもあの人、私達に危害を加えないかな?本当は味方のフリをして、後でまとめて捕まえたりするんじゃっ」

立石 志摩

「うぃ。私も、反対。いきなり現れて、協力するのは、どこか怪しさを感じる………」

 

対して反対するのは、知床さんと立石さんだ。

ここで、西崎さんは頭をグシャグシャに掻き出すと、艦長のベッドにズイッと乗り掛かってきた。

 

西崎 芽依

「ねぇ、艦長はどっちの意見なのさ?賛成なの?反対なの?」

岬 明乃

「………私は、志保さんの協力は必要だと思う。晴風がどこへ行ったのかも分からない上に、盗んだ相手の情報は一切なし。こんな状況じゃ、進展は望めないと思う。警察にも通報できないなら尚更、ね」

 

静かに、岬さんは自身の意見を語った。

かなり疲れた表情をしているが、目は決して死んではいなかった。

その目を、メンバー1人1人見つめていって、最後に私に両目を見つめられる。

 

岬 明乃

「シロちゃんはどうかな?これ以上、部外者に協力を仰ぐのは反対かな?」

宗谷 ましろ

「いいえ、私も艦長の意見に賛成です。味方は多い方が心強いです。それに、彼女自身も色々と知っていることはあるでしょうしね」

 

でなかったら、相手の正体も分からない状況下で協力する、だなんて言わないはずだ。

相手の情報を一切知らない状態で戦いに入ったら、自分が危険に晒されるからだ。

町長をやっている人なら、そんなリスクは負わないはずだ。

それに、個人的に疑問も感じたから、聞くチャンスかも知れないし、な。

 

岬 明乃

「分かったよシロちゃん。ただ、蘭ちゃんには悪いけど、今回の件は蘭ちゃんとは一切関わらないで行こうと思うんだ」

宗谷 ましろ

「そうですね。彼女は私達の事情を知ってますけど、今回は裏の人達との戦いになる。だから、表の世界に居る彼女も巻き込むのは、危険がありますしね」

 

私達は元々は異世界からやって来た存在なのだ。

いわば、この世界にとっては私達は身分のない荒くれ者と同じなのだ。

なら裏社会にいる、と捉えられてしまっても文句は言えないのかもしれない。

………納得はしないけどな。

 

納紗 幸子

「そ、そんな。シロちゃんの口から裏の人達って言葉が出てくるなんて………組長の補佐としての自覚が出てきたんかのう?」

宗谷 ましろ

「それはどう言う意味だ!?と言うか、私は別に組に属した覚えはない!」

西崎 芽依

「えっ?晴風クラス(組)に所属してないの?」

宗谷 ましろ

「そっちの組か!!」

知床 鈴

「なるほど~。クラスを組と合わせたんだね」

立石 志摩

「うぃ」

岬 明乃

「あははは………でもとりあえず方向性は決まったね。今日はもう寝て、明日から野村さんに協力して貰うようにお願いしに行くよ!」

艦橋組

「「「「「おおーー!!」」」」」

看護師

「ちょっと!病院内ではお静かに!」

全員

「「「「「「あ、すみません………」」」」」」

 

決まったところで安心しきったのか、全員で大声で叫んでしまったから、看護師から注意されてしまった。

そしてその日は、それで解散となった。

他のメンバーには既に艦橋組から伝えて貰った。

聞いたメンバーは皆、いつにも増してやる気に満ちていた。

………やっぱり、何もない状況で落胆するよりも、やることが決まった方が気が紛れるから良いかもしれない。

 

そして翌日。

朝起きたら、艦長が既に野村さんに連絡を済ませて、アポ取りを済ませた後だった。

町長の仕事場まで来て欲しいとのことで、向かうメンバーとしては私と岬さんのみ。

他のメンバーは病院内で待機するようにと、既に伝えた。

メールと共に送られた地図を頼りに、私と岬さんは向かった。

因みに留守番してる子達には蘭さんが来ても、今回の件は黙っているようにと伝えてある。

 

そして町長の職場へ辿り着き、秘書の方が出迎えてくれた。

道中で思ったのだが、秘書はどこか雰囲気が岬さんに似ている気がした。

そんな呑気な考えをしていると、町長室に着き、中へ入った。

ちょうど野村さんは、どこかへ電話していたのか、受話器を置いたところだった。

こちらが来たのを見たためか、彼女は微笑んでいた。

 

野村 志保

「いらっしゃい。良く来てくれたわね、ささ、こっちへ座って」

 

開口一番に歓迎の言葉を聞くと、どこか安心する。

ソファに座ると、野村さんの車いすを押していた屈強な男が一言。

 

??????

「外に出てようか?」

野村 志保

「お願い」

 

野村さんがそう言うと、男はさっさと部屋から出て行った。

最後に秘書の方がペコリと頭を下げると、扉が閉まる。

ここで野村さんが話を切り出した。

 

野村 志保

「改めて言うけど、今日は良く来てくれたわ。道に迷わなかった?」

岬 明乃

「大丈夫でした。それにしても、立派なお部屋ですね」

野村 志保

「ふふ、ありがとう。常に誰か来客がやって来るから、部屋は小まめに掃除してるのよ。それに、いつもだったら書類の山が沢山積まれてるから、部屋が乱雑してない今日はラッキーね」

 

ふふふと、また微笑むと、空気が先程よりも軽くなる感じがした。

さすが現役なだけあって、場や人を和ませたりするのが得意のようだ。

それとも、大人の女性としての余裕からだろうか?

いずれにせよ、私には持ち合わせていない素質だった。

岬さんも同じように微笑み返した。

 

岬 明乃

「書類仕事って、大変ですよね。私はクラス委員長を務めてるんですけど、書面と向き合うのは苦手で」

宗谷 ましろ

「あなたはもう少しガマンを覚えて下さい………」

野村 志保

「分かる、分かるわ岬さん!自分はまだ現場に立って色々と指示を出したいのに、この有様じゃとても厳しいの!だからいつも書類と睨めっこなのよっ」

 

プンプン怒ってる野村さんは、どこか子供っぽさを感じる。

やばい、可愛らしいと思った自分がいる。

だけど、この有様と聞いた途端、車いすに目が行ってしまった。

事故か何かに巻き込まれてしまったのだろうか?

私の視線に気付いたのか、野村さんは車いすをポンッと叩いた。

 

野村 志保

「これは昔、事故で怪我しちゃったのよ。それで両足が麻痺しちゃって、もう歩けないって診断されちゃったの。だからこれは気にしないでね?」

岬 明乃

「そうだったんですか………」

宗谷 ましろ

「あ、すみませんっ。嫌なことを思い出させてしまってっ!」

野村 志保

「いいのよ。もう随分と前の話だし、逆に良い思い出にもなったから、ね」

 

そう言って、彼女は背後にある壁に掛けられていた絵を見つめていた。

上空からの視点で書いたモノだろうか、どこかの島を絵のようだった。

その絵を見る彼女の雰囲気は、どこか遠くに居る。

 

野村 志保

「………ふぅ、早速だけど、本題に入りましょうか。いつまでも世間話って訳にもいかないから」

 

表情を引き締めて、こちらを見つめている目は、先程とはまた異なっていた。

だから自然と、こちらも気を引き締められた。

 

野村 志保

「あなた達が襲った連中は、こいつらよ――――」

 

テーブルに置かれた資料には、PMC・ATLASと明記されていた。

あの時、ガスマスクを装備して現れた敵は、この世界で幅を利かせている民間軍事会社の所有する部隊の一つが、実行したとのこと。

PMCとは、private military company、和訳すると民間軍事会社の略で、戦闘や要人警護、兵站などの軍事的なサービスを扱う傭兵組織である。

アトラスは、民間軍事会社としてはかなりの規模を誇っているようで、晴風を奪ったのも彼らである。

 

野村さんの話を要約すると、こんな感じだった。

それにしても、傭兵稼業と言うべきなのか?

職業として聞いたことがなかったために、ため息が吐きそうだった。

だって、こんな………。

 

岬 明乃

「晴風を奪ったのは、この会社の人達なんですね?」

野村 志保

「間違いないわ。最近になってうちの町に進出するのを、私が許可してしまったの。あれだけの水上艦を互いに無傷で奪取できるのは、この会社だけだもの」

宗谷 ましろ

「しかし、なぜ彼らは晴風を………そもそも、あなたは何者なんです?」

野村 志保

「えっ?」

 

と、疑問を口にしたからか、岬さんと野村さんの視線がこちらへ向いた。

岬さんから晴風と口にしても、野村さんは特に疑問を感じなかった。

町長だからと言って、何でも知ってるはずがなかろう。

どうしても聞かずにはいられなかった。

 

野村 志保

「何者って………私はこの町で町長をしていて、他の人よりも多くの情報を持っているだけよ」

岬 明乃

「シロちゃん?」

宗谷 ましろ

「おかしいと思ってたんです。学生が運用している武装した船を盗まれた見ず知らずの私達を、なぜあなたは助けようとしたのか?」

岬 明乃

「あっ」

野村 志保

「………」

宗谷 ましろ

「本当は知ってるんじゃないですか?私達の正体を」

 

野村さんは両目を閉じて黙ってしまった。

少し時間が経ってからか、両肩をガックリと落して、口を開いた。

 

野村 志保

「はぁ………その通りよ。私はあなた達がどんな立場の人間なのか、知ってるわ」

岬 明乃

「それじゃあ、私達が他の世界から来たというのも?」

野村 志保

「ええ」

 

やっぱりな。

でなければ、色々とおかしな事態になる。

 

宗谷 ましろ

「そうでしたか。ん?立場?正体ではなく?」

野村 志保

「………これから話すことは、誰にも口外しないって約束できる?」

 

顔を近付けてきて、真っ直ぐな瞳が私達を捉える。

真剣な目つきに、私達は首を縦にしか振れなくなった。

 

野村 志保

「そう。なら、あなた達のこと信用するわね?………実はね、稀にあるのよ。異世界からやって来る人達が。あなた達のように、ね」

岬 明乃

「私達のように………」

宗谷 ましろ

「それで!?その人達は無事に元の世界へ戻れたんですか!?」

岬 明乃

「シロちゃん落ち着いて!!」

 

これは思ってもない情報に、私は思わず平静さを欠いてしまった。

もしかしたら元の世界へ帰れるかも知れないと感じたら、いてもたっても居られなかった。

だけど彼女からの返答は、私を絶望させるには充分だった。

 

野村 志保

「いいえ、ほとんどは戻れずに、この町のどこかで暮らしているわ。戻れたのはごく少数な人達だけよ」

宗谷 ましろ

「そ、そんな………それじゃあ、私達はっ」

野村 志保

「落ち着いて。まだ帰れないと決まったわけじゃないから。それと、彼らがやって来る理由は定かではないけど、ある条件が関係しているわ」

岬 明乃

「ど、どんな条件なんですか?」

野村 志保

「2つあるわ。この町の海域付近に、すごく濃い霧が発生するの。2メートル先も見えない濃い霧がね。もう1つはここへやって来る前の人達全員の記憶が欠けてしまったこと」

宗谷 ましろ

「!!」

 

彼女の言葉に、私は息を呑んだ。

2つの条件とも、当てはまっていたからだ。

岬さんは知らないだろうけど、彼女が目を覚ます前は晴風の目の前は確かに、濃い霧が発生していた。

そして………この世界へやって来る前の記憶もないことも。

 

野村 志保

「戻れるのだとしたら、濃い霧が発生している時ね。戻れた人達の中に記憶を取り戻した人も居るみたいだし」

宗谷 ましろ

「なるほど………」

岬 明乃

「あれ?ちょっと待って下さい。志保さんは、どうしてそこまで詳しい話を知ってるんですか?そもそも、この町は何なんですか?さっきは元に戻れなかった人達がこの町に暮らしてるって言ってましたけど」

野村 志保

「戻れなかった人達に関しては、この町で保護していることにしたの。いくらなんでも他の町に居られると、色々と混乱しちゃうから、この町で暮らすようにしたのが、この町なの。だから色んな人達が暮らしてるわ。だけど、たまにこの町を飛び出して、世界を旅する人もいるけどね」

宗谷 ましろ

「大丈夫なんですか?勝手にさせてしまっても」

野村 志保

「んー、犯罪だけは起こさないでねって念を押してあるから大丈夫でしょ。今のところ犯罪やって逮捕されましたなんて情報は入ってないしね。それと、なぜそこまで知ってるかでしょ?うーん、よく思い出せないのよね。気付いたら知ってましたー、って感じなのよね」

 

あはははー、と笑っているが、それはそれで問題があるのでは?

 

野村 志保

「おっと、話が大分逸れちゃったわね。まぁ結論を言うと、あなた達に似た境遇の人間を知ってるから、あなた達を助けようとしたのよ。だからあなた達を保護します。それでオーケー?宗谷さん」

宗谷 ましろ

「はい、ごめんなさい。そんな深い事情があったのに、疑ってしまって」

岬 明乃

「その話が聞けて安心しました!私達にはまだ、帰れるって事が分かったので!!」

 

岬さんの言葉で、私の中で希望が生まれつつあった。

対して野村さんはポカーンとした表情で私達を見つめていた。

どうしたんだ?

 

野村 志保

「あの、私が言えたことじゃないけど、信じるの?こんな話を。他の人達はなかなか信じない人がいるのに」

岬 明乃

「私達がこの世界にやって来たのは事実ですし、元の世界にはない飛行機なんてモノがあったんですから、信じます」

宗谷 ましろ

「それにこの世界にもう何日もいるのに、今更嘘でした、なんて言われた方が信じられませんよ」

 

苦笑しながら答えた。

ハッキリ言って、大の大人とこんな荒唐無稽な話をしている時点で、外から見れば滑稽だ。

最近の子供でも、こんな二次元な話はしないだろう。

青木さん風に言うなら、所謂、中二病と言うヤツだろうな。

 

野村 志保

「………もう、こんなにあっさり信じちゃうなんて。まるであの子達のようじゃない」

岬 明乃

「?あの子達?」

野村 志保

「大分昔に出会った子達よ。いえ、仲間、と言うべきかしらね。無茶ばっかりして………あらごめんなさい、また話が脱線しちゃったわね。話を元に戻しましょうか」

 

コホンと咳払いをすると、部屋の外からノックの音が聞こえてきた。

野村さんがどうぞ、と言うと秘書の人が紅茶が入ったトレーを持って入ってきた。

 

??????

「志保さーん、紅茶を持ってきましたよー」

野村 志保

「ありがとう汐子。この子達にも上げて………この匂いはダージリン?」

宮下 汐子

「はい、先日こちらへいらした時に頂いたモノです。あなた達にもどうぞ?」

岬 明乃

「頂きます!」

宗谷 ましろ

「い、頂きます」

 

テーブルに人数分のダージリンを手に取り、口に運ぶ。

………紅茶を飲むと、気分が落ち着くな。

 

宮下 汐子

「ではごゆっくり~」

岬・宗谷

「「ありがとうございました!」」

野村 志保

「ありがとう汐子ー。あの堅物にも持って行ってあげてー?」

 

秘書の汐子さんが紅茶を置いて出て行くと、志保さんがカップを置く。

私達も続くようにカップを置いた。

 

野村 志保

「ふぅ。それで、えと、どこまで話したっけ?」

岬 明乃

「えと、晴風を奪ったのが人を傷付けるために存在するアトラスって会社の人までですよ。そして、なぜ奪ったのかが分からないんですよ」

 

人を傷付けた所に関しては、私も同意だ。

経緯はどうであれ、下手をすれば死人が出ていたかも知れない。

 

野村 志保

「随分と辛辣ね。まぁ、事実だけど。結論から言うと、なぜあなた達の船を盗んだまでかは分からないわ。でもどこに運ばれたのかは分かるわ」

岬 明乃

「ほ、本当ですか!?」

野村 志保

「本当よ。場所はここ」

 

地図を取り出して、指した場所に視線を降ろした。

見てみると、この町全体の見取り図なのか、見覚えのある施設名が所々で見れた。

改めて見てみると、かなりの規模の町であるのが分かる。

もうちょっとした都市なんじゃないかと感じられるくらいだ。

指された場所は、海岸沿いにある施設のようだ。

 

野村 志保

「ここは中央研究所と呼ばれる、研究施設の一つよ。主に水上艦や海上に建てる大型建造物に関する研究を行ってるわ。だから海岸沿いに研究所を設けているの」

 

なるほど。

この世界では私達の世界ほど海上都市の技術は発達してないのか。

………航空機関連での技術では雲泥の差があるが。

 

野村 志保

「警備はかなり厳重よ。警備ロボットが24時間体制でガードしてるし、研究所の四方は全て高圧電流が流れてるフェンスが設けられてるわ。侵入者が入ったら、警報が鳴ってアトラスの部隊がすっ飛んでくる」

 

今度はタブレットを持ち出して、操作を始めた。

見せたい画面を出せたのか、テーブルにタブレットを置いて見せた。

警備ロボットと書かれた文の下に、そのロボットの機体の画像が映し出された。

スペックなども事細かく書かれていることに、驚いた。

 

宗谷 ましろ

「あれ?警備ロボットがいるのに、部隊も居るんですか?」

野村 志保

「あくまで警備するための専用部隊として警備ロボットと、侵入者に対処するために人間の部隊、アトラスの両方が存在しているのよ。ま、あそこの研究グループは、一枚岩じゃないしね」

岬 明乃

「どう言う事ですか?」

野村 志保

「全ての各研究機関の幹部達は、研究グループと呼ばれる組織を運営しているの。でね、一枚岩じゃないって言ったのは、”人とロボットが共存するための社会を実現する”を目指す穏健派と、”人間を排除して、全てを人工知能で管理させよう”とする強硬派の2つの勢力が存在するの」

宗谷 ましろ

「………」

野村 志保

「今回、あなた達の船を盗んだ中央研究所のトップは、その強硬派として有名な人物が運営しているの。だから研究所にほとんど人は居ないわ」

岬 明乃

「その代わりに、警備ロボットが多数いるんですね」

 

コクリと頷くと、いよいよ頭を抱えたくなる事態に発展してきた。

黙って手をこまねいているほど、私達は諦めは悪くない。

この飛ばされた世界の中で、たった一つの帰る場所なのだ、相手の理由がどんなものであっても取り返さなくてはならない。

しかし、相手は戦闘においてはプロフェッショナル集団だ。

対してこちらは百人にも満たない一学生に過ぎない。

戦う相手にするには、あまりにも強大すぎる。

これだけの悪条件が重なれば、誰だって匙を投げたくなるだろう。

 

野村 志保

「警備ロボが多数。おまけに戦闘のプロフェッショナル集団が相手でもあるわ………気合いを入れないと、こっちが痛い目を見るわ」

宗谷 ましろ

「ですがこちらは学生しかいません。大人とロボットが相手じゃ、とても取り返すなんて………」

野村 志保

「………本当は私達だけじゃ役不足だから、海上自衛隊にも協力して貰いたかったんだけど、”明確な敵対行動をすれば、国際問題に発展する。協力はしてやりたいが、目立った行動は出来ない!”ってさ」

 

海上自衛隊。

私は遭遇したことはないが、宇宙エレベーターに居た時に岬さんはその人達と出会ったと。

もしかしてその人達に協力を依頼したのか?

 

岬 明乃

「色々と大変なんですね。あの人達も」

野村 志保

「それが彼らの仕事よ。でね、彼らは動けないから、私達だけで動くしかないわ。だからそのための方法と準備を済ませたい………行動に移る前に、聞きたいの」

岬 明乃

「聞きたいこと?」

野村 志保

「と言っても、確認なんだけどね………相手は世界で有数の大企業よ。一度相手にすると決めたら、もう後戻りは出来ないわ。それでも、あなた達の大事なモノを取り戻すための新しい戦いを、望む?」

 

脅しで言っているのではないのだろう。

本当に、ただ単に確認をしたいだけの要領で問いかける。

だけどその両目は真っ直ぐとこちらを向いている。

岬さんは、迷わず彼女の目を見つめ返す。

 

岬 明乃

「私達はこれ以上、誰かを、何かを失いたくない。それでも、どうしても戦わなくちゃいけないのなら、私は戦います!他の子達も、同じ気持ちです!!」

宗谷 ましろ

「私も同感です。私達は誰も欠けずに、元の世界へ戻って見せます!それに、どのみちこの世界ではもう頼れる人はもう居ません。今は志保さんだけが頼りになります。だから、よろしくお願いします!」

 

私達は立ち上がって、頭を深く下げる。

すると彼女はニコッと笑う。

 

野村 志保

「そこまで固くならなくて良いわ………こちらこそよろしくね?」

 

微笑む彼女は、どこまでも頼もしかった――――

そこからの日々は、あっという間に過ぎていった。

後は晴風奪還のための計画を詳細の決定と、実行のための準備を進めた。

詳細については割愛するが、なかなかに苦労した。

その一つが、役割分担だ。

奪還のためにはコンピューターのハッキングが必要だと言い出すのだ。

これは得意分野以前の問題だから、誰が行うかが決まらなかった。

だけどここで納紗さんが立候補した。

常日頃からタブレットやパソコンを使用しているから、やり方を教えて貰えればいいと言って、引き受けてくれたのだ。

意外だと思ったが、同時にありがたかった。

誰に教わるのかと聞いたのだが、野村さんは秘密だと言って、結局教えてくれなかった。

 

それからは奪還に向けての訓練が始まった。

驚いたことに、実際の研究所の建物が用意されていたことだ。

曰く、研究所の見取り図を見て建設の許可を取ったのは彼女であるから、覚えていたそうだ。

それを元に、建てたとのこと。

おかげで実際は奪還訓練は思った以上に捗っていった。

手順通りにやっていくだけなのと、実際の現場で訓練するのとでは全く違うのだから。

 

そして――――数日後に、計画は始動した。

今までの流れとしては、こんな感じだった気がする。

私は、艦橋から降りて皆の所へ近寄った。

そこへ、秘書とボディーガードと共に車いすに乗った野村さんが現れた。

 

野村 志保

「あなた達、大丈夫だった!?怪我はない!?」

西崎 芽依

「あ、町長さん………」

知床 鈴

「ぐすっ、志保、さぁぁぁん!!」

野村 志保

「っ、大変だったわね。もう、大丈夫よ………明乃の事は、聞いたわ」

柳原 麻侖

「すまねぇ、すまねぇ、艦長っ」

黒木 洋美

「ごめんなさい、私達は」

野村 志保

「見捨てたなんて言わないで。あなた達は最善を尽くして、無事に自分達の船を取り戻せたじゃない。明乃のことは、この後考えましょう」

 

この言葉を聞いて、私は素直に受け取れなかった。

それどこか、徐々に腹が立つ自分に驚いていた。

 

宗谷 ましろ

「なんですか、最善を尽くしたって?晴風を取り戻せたって?そこに、そこに岬さんがいないと意味がないじゃないか!!」

納紗 幸子

「し、シロちゃん?」

宗谷 ましろ

「失敗した私が言えることじゃないっ、協力して貰った恩を無碍にするつもりもない!!だが、だが!!」

野村 志保

「時には、見捨てなくちゃいけない時がある。例えそれが、あなたから見て、間違っているように見える選択肢であっても………ごめんなさい、あなたもショックを受けているのに………」

宗谷 ましろ

「いえ………」

 

ここで言われて、ようやく頭が少しずつ冷えてきた。

まだ、言葉を口に上手く出せないが。

だけど、彼女の言った言葉がなぜか妙に気になった。

まるで、自分も同じ経験をしたことがあるような言い方だな………。

 

野村 志保

「とにかく、明乃のことはすぐにでも対処するわ。大丈夫、強力な助っ人を呼んだから!」

 

彼女が力強い笑みを浮かべて、出口を見つめた。

私達も釣られて、出口を見つめた。

でも、私達で出来なかったのに、どんな助っ人を?

――――そんなことを考えていると、出入り口に誰かが立っていた。

逆光で素顔までは見えないが、背丈から見ると、女性だろうか?

人数は5人組。

 

??????

「話は聞きました!あとは私達に任せて下さい!」

 

案の定、声からして女性の声だった。

――――妙な5人組ではあったが、野村さんの手前、そんな事は言えない。

本当に彼女達が強力な助っ人なのだろうか?

本当に岬さんを助けるほどの力量を持っているのだろうか、と疑問を感じてしまう。

私は彼女達に不審な感情を抱きつつも、何も言えないでいた。

だから私は、彼女達から視線を逸らしてしまった――――

 

 

――――Keep out――――

 




うーん、もっと語彙力と表現力が欲しい(血涙)
さて、皆さんお待ちかね。

次の視点の物語は………”けいおん”となりました!
おめでとうございます!(何が?)

けいおん!編も書いていきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。


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第17話 小休止

――――自らを価値なしと思っているものこそが、真に価値なき人間なのだ――――
ハンス=ウルリッヒ・ルーデル

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
作者であります。

実に本編から見て3ヶ月ぶりの投稿となります。
長らくお待たせして申し訳ありません。
今更ですが………

UA5000超えた、ぞ-!↑

いやぁ、感激の極みですね。
書いている身としては、これ程多くの方に読んで頂けるのは、嬉しい限りです!

さて、前回は衝撃的でしたね(笑
この町の用途については、前回でお話ししたとおりです。
彼女達は、今後どうなってしまうのでしょうか?

それでは、本編の方をどうぞ。




[小休止]

2012年、7月22日、15;40;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 副艦長

宗谷 ましろ

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 ??????

 

突如現れた彼女達を見て、私は眉を潜めるのを隠せなかった。

今の自分を見たら誰だって不信に思うだろうが、そんなのは関係なかった。

それに、今はクラスの皆や町長以外の人間を信じられるほどの余裕もない。

………もっと冷静ならば、こんな動揺することもなかっただろうが。

 

納紗 幸子

「あ、あの、野村町長。その方達は一体?」

野村 志保

「ああ、この子達はいわば助っ人だと思えば良いわ。ムギ、さっきの部屋に戻ってて?他の皆も」

??????

「分かりました」

 

彼女達は頷くと、別の方向へと歩き出した。

その内の一人がこちらを睨み付けていたが、心当たりがない。

そもそも彼女達とは面識がないから、睨まれる覚えもない。

やばい、色々と混乱してきた。

 

野村 志保

「ごめんなさいね。あの子達も色々あったから、ピリピリしてるの………それより、ましろ。ちょっといい?」

宗谷 ましろ

「えっ?あ、はい」

 

いきなり呼ばれるとは思わなかったので、反応が遅れてしまった。

私は背後に居るクラスメイト達を見つめる。

皆がコクリと頷いてくれたので、彼女の後を付いていった。

連れて来られたのは、納紗さんがコンピューターハッキングをした部屋だった。

今でも私の知らない装置が稼働を続けている。

今はその音しか聞こえなかった。

 

宗谷 ましろ

「あの、何でしょうか?私は………」

野村 志保

「ショックを今受けてるのは分かるわ。でも気をしっかり持って欲しいの。明乃が無事に戻るのを祈りましょう」

宗谷 ましろ

「ええ………」

野村 志保

「それでね、中央研究所の連中の動向を探らせてたんだけど、今のところ動きは一切ないの。捜索部隊も無反応だから、追っ手の心配は必要ないわ」

宗谷 ましろ

「素直に諦めてくれる連中でしょうか?」

野村 志保

「まだ連中が入手できてない技術があるならね。でも捜索隊を出さないって事は、連中が目当てにしてた技術はもう入手してった事ね」

 

ではなにか?

もう用済みとなった晴風は必要ないから、私達が奪取したことで厄払いできて一石二鳥ってか?

ふざけるな。

 

宗谷 ましろ

「なら、なら岬さんも返してくれよ………!!船の技術ならいくらでもやるから、岬さんを返してくれよ!!」

野村 志保

「ましろ」

 

ギュッ。

車椅子に乗っている状態のまま、志保さんは私を抱き締めてくれた。

子供をあやすかのように、背中をポンポンと叩いてくれる。

 

野村 志保

「分かるわよ、その気持ち。私も同じだった。もう戻らないんじゃないかって、思ってたから。でも」

 

私から手を離すと、彼女の微笑んだ顔が見える。

 

野村 志保

「もう少しだけ時間が欲しいの。大丈夫、絶対に彼女を取り戻してみせるから」

 

何日か前に見た、彼女の自信に溢れる表情が目の前にあった。

 

宗谷 ましろ

「ですけど、今回の敵は」

野村 志保

「分かってる。強大すぎる敵よ。でも何も出来ない相手ではないわ」

 

コンコンッ。

背後から扉がノックされる。

彼女はどうぞ、と一言だけ答えると、先程の金髪の女性が部屋へ入ってくる。

 

??????

「町長、今終わりました。直に彼女は戻って来るでしょう」

野村 志保

「ありがとう、ムギ」

 

淡々と答える彼女の言葉に、私はつい、この言葉を聞き逃しそうになってしまった。

ん?直に戻ってくる?

いやいや、どうやって?

 

宗谷 ましろ

「あの、戻ってくるとは?」

野村 志保

「ちょっとね、彼女の伝手を頼ろうと思ったのよ。私が無理矢理介入しても良かったんだけど、大事な時期だから目立つアクションは起こせないの。だから」

??????

「ある条件を元に、あなたの友達を助力して欲しいと頼まれたんです。大丈夫ですよ、宗谷ましろさん。もう少しで岬明乃さんは戻ってきますから」

宗谷 ましろ

「!!私達のこと、彼女に喋ったんですか?」

 

喋ったというのは、私達の正体のこと。

すなわち、私達が居世界から来たこと。

そして、今ある現状のことも。

 

野村 志保

「…………安心して?彼女にはあなた達の友達が危ない目に遭ってるから手を貸して欲しい、としか言ってないから」

 

こちらの心境を察したのか、彼女は私の耳元にそう呟いた。

それに安堵する私だが、女性も苦笑し始める。

 

??????

「ごめんなさい、あなた達も大変な目に遭ってるのに。私達もこうするしかなかったのよ」

 

こちらの空気を察したのか、私達に同情する言葉を贈ってくれる。

………きっと、彼女達にも私達が知らない場所で、何かと、誰かと戦っているのだろう。

武器を持って戦うという意味合いでは異なるだろうけど。

何にしても――――

 

宗谷 ましろ

「岬さん、本当に戻ってこれるんですよね?嘘だったら………」

野村 志保

「ええ、大丈夫よ。私達もしばらくはここで待ってましょう?」

??????

「そうですね。あっ、申し遅れました。私は琴吹紬(ことぶきつむぎ)と申します。宗谷ましろさん、以後お見知りおきを」

 

長めの金髪がフワリと揺れるように挨拶する。

どこかのお嬢様と似ていると思ったら、万里小路さんに似ていると感じた。

彼女と同じように、全く嫌みを感じさせない彼女は、私の中ですんなりと入っていった。

それを見て、こちらも名乗ろうと思ったが、既にこちらの名前を知っているのを思い出し、口の中で転がした。

ただ軽く会釈する。

 

宗谷 ましろ

「よろしくお願いします、琴吹さん」

野村 志保

「さて、お互いに名前を知ったところで………少しだけ談笑しましょう?ずっと緊張の連続みたいだったし、明乃が帰ってくるまでに、ね?」

 

そう彼女が提案してくる。

………正直に言って、皆にもうすぐ岬さんが帰ってくることを伝えたかったのだが、疲労が蓄積してきたのも事実。

でも。

 

宗谷 ましろ

「先に皆に岬さんが戻ってくるのを伝えに行ってもいいですか?彼女達もかなり心配しているので………」

野村 志保

「良いわよ。ムギ、それでも良いでしょ?」

琴吹 紬

「もちろん。宗谷さん、先にクラスの子達を安心させてあげて?」

宗谷 ましろ

「はい!」

 

私は2人に頭を下げ、皆の元へと戻るために、走った。

先程まではつっけんどんな返ししかしなかったが、内心では

――――早く、この事を伝えたい!岬さんが、岬さんがもうすぐ戻ってくるって!!

これは皆を早く安心させてあげたい衝動と、本当に帰ってくるのかと不安な気持ちを誤魔化すための二重の感情が入り交じった結果、私の足を動かせたのだ。

無我夢中で走り回って、途中で誰かとすれ違ったような気がするが、今の私は気にしている余裕はない。

そして皆がいるドッグへ戻ってくると、先程の琴吹さんの話をした。

それを聞いていた皆の反応は、まちまちだった。

ある者は帰ってくるのかと安堵する者もいたり。

ある者は本当に帰ってくるのかと懐疑的になる者も然り。

かく言う私自身は、ハッキリとどちらとも言えない。

 

納紗 幸子

「………?シロちゃん、浮かない顔してますけど、大丈夫ですか?」

宗谷 ましろ

「え?ああ、いや。大丈夫だ」

 

急に話を振られたので、反応が遅れてしまった。

浮かない顔をしていると心配されて、大丈夫だと答えたのは嘘ではない。

 

納紗 幸子

「ふふ………」

宗谷 ましろ

「?どうしたんだ?私の顔に何か付いてるのか?」

 

顔に汚れや頭に寝癖が付いていないかを、近くの鏡で見たり触れたりするが、そんなモノはない。

笑う要素なんて、どこにもないぞ?

 

納紗 幸子

「いえ、違いますよ。あの時の航海で同じ事があったじゃないですか」

宗谷 ましろ

「あの時の航海?………ああ、私達の世界に居た時の話か」

 

彼女に指摘されて、よくやく思い出した。

――――この世界へ飛ばされる前、私達の世界では学校のカリキュラムの一環として、海洋学習が行われていた。

だが途中でトラブルに見舞われ、私達がお尋ね人にされる事態が起こったのだ。

その途中で岬さんが”艦長”の役目をほっぽり出して、大事な友達を助けに行った時の話をしているのだろう。

我ながら、あの時から随分と時間が経っているように感じる。

 

宗谷 ましろ

「あの時の気持ちを、また味わうことになるなんてな」

納紗 幸子

「あれから艦長、成長しましたよね。前は大事な人の所へはすぐに飛び出しちゃいましたけど、それもある程度は抑えられたようにも見えます」

宗谷 ましろ

「誰かを待つのがこんなに苦しいなんて、入学したての頃は考えられなかったよ」

 

ガックリと両肩を落しては、その仕草が別に嫌でないのに気付く。

何だか苦労人を演じてるみたいだが、まぁ実際は苦労人なので別に良いだろう。

 

黒木 洋美

「ん?ねぇ、麻侖、あれって………」

柳原 麻侖

「どうしたんだ、クロちゃん?」

 

と、先程まで訝しげな表情をしていた彼女が驚愕した表情で指を指していた。

私達は釣られて、彼女の指先を見てみると――――

 

 

全員

「「「「「「岬さん!!(艦長!)」」」」」」

 

 

そこには――――待ち焦がれたあの人の姿があった。

ただ彼女は、女性におぶられる形であるのは、些か疑問に感じた。

しかし今は彼女の生還を喜ぶべきであると思い、そんな考えはすぐに頭の端へと追いやられた。

 

宗谷 ましろ

「無事でしたか!?奴らにっ、奴らに何をされたんですか!?」

岬 明乃

「………大丈夫だよ。本当に大丈夫。ただ、話を聞かされた後に気を失った、だけだ、よ………」

 

自身の足で立ち上がるも、どこかフラついていて、足取りも覚束ない。

私とおぶっていた女性は、とっさに岬さんを抱き上げる。

 

宗谷 ましろ

「艦長!!」

岬 明乃

「えへへ、ごめんね?何だか、力が入らなくて」

??????

「無理しないでね?………えと、ところであなた達が、あけ………こ、この子の仲間かな?」

 

彼女をおぶっていた女性が、どこか要領を得ない口調で私達に問うた。

 

納紗 幸子

「そうです!岬さんは、私達の大事な仲間なんです!」

柳原 麻侖

「おうよ!艦長はマロン達の大事な家族なんでい!」

伊良子 美甘

「だからその、岬さんを送ってくれてありがとうございました!」

 

口々から語られる、岬さんに向けられた言葉。

1つ1つを聞くかのように女性は、耳を傾けていく。

その傍ら、皆の目をジッと見つめていた。

まるで私達を探っているかのような、決して気分が良くなるし船ではない。

だけどその視線もすぐに終わり、彼女は口にする。

 

??????

「………そっか。分かった………ほら、もう歩ける?」

岬 明乃

「あ、うん。その、ありがとう。お――――」

??????

「おっと」

 

何か言いかけた岬さんの口を、女性は人差し指で抑えた。

そして岬さんの耳元で何かを呟くと、岬さんはコクリと頷く。

さらには、岬さんの頭を撫で始めたのだ。

 

岬 明乃

「もう、そこまでしなくて良いのに………」

??????

「ごめんね。どうしてもやってみたかったからさ」

 

2人を見ていると、まるで姉妹のようだ。

今の現状を表現すると、そんな感じだ。

満足したのか、女性は岬さんの頭から手を離して、岬さんを庇うように前へ出た。

 

??????

「”はれかぜ”クラスの皆さん、この子をこれからもよろしくお願いします――――それと」

 

この場の全員に一通り、改めて視線を配り、最後に私の方を向いた。

スッと手を伸ばして私の肩を掴まれると、彼女の傍まで引き寄せられる。

 

宗谷 ましろ

「わわっ!?」

 

あまりに突然だったので、反応が遅れたが、どうにか転ばずに済んだ。

ただ、後から来た彼女の言葉に、私は全身が身震いを起こした。

 

??????

「もし次に明乃ちゃんを危険な目に遭わせたら、私は絶対にあなたを許さないから」

 

耳元で呟かれた、明確な警告。

幸いと言うべきか言わないべきか、耳元で言われたので、他の仲間には聞こえなかったようだ。

私は思わず、彼女の顔を見てしまった。

彼女の両目はどこか濁っていて、暗い藍色の目はどこまでも吸い込まれそうで。

でも睨まれた蛇の如く、こちらを決して離そうとしない。

だから迂闊に身動きが取れなかったのだ。

 

宗谷 ましろ

「は、はいっ」

 

情けない返事しか出来なかった自分が不甲斐なく思う。

だが彼女は返事を貰えたから良かったのか、次の瞬間にはもう元に戻っていた。

もう、さっきの暗い目はどこにもなかった。

 

??????

「ならいいよ。でもごめんね?脅かすようなこと言って」

宗谷 ましろ

「いえ。ただ急変ぶりに度肝を抜かされただけですよ。それに、岬さんとの関係性は分かりませんが、岬さんを大事だって思ってるみたいで、安心しました」

??????

「ごめんね。明乃ちゃんとの関係はまだ言えないんだ。ただ、時が来たら絶対に言うから、それまで待ってて?」

宗谷 ましろ

「はい」

岬 明乃

「………」

西崎 芽依

「ちょっとー、2人ともさっきから何の話しをしてるのさ?皆をほっぽってさー」

立石 志摩

「うぃ」

 

ここで、周囲の状況を見てみると、皆は私達のやり取りを遠目で見守っていた。

ただ、内容が全く聞こえなかったため、自分達だけのけ者にされてるみたいで、嫌だったようだ。

 

宗谷 ましろ

「あー、すまない皆。大した話じゃないから、話す必要はないって判断したんだ」

知床 鈴

「ほ、本当ですか?」

岬 明乃

「本当だよ!それより、みんなごめんね?心配をかけちゃって………」

杵崎 ほまれ

「ホントだよー、もう。でも無事に戻って来れたし、晴風も戻って来れたし!今晩はパーティーにしましょう!」

杵崎 あかね

「あ!!いいねほっちゃん!美甘ちゃんも手伝ってくれる?」

伊良子 美甘

「もちろんだよ!」

岬 明乃

「ヒカリちゃん達、砲雷科のみんなで兵装の異常がないかのチェックをお願い

小笠原 光

「まっかせてよ、艦長!よし、他の子達に遅れないようにするよ!」

砲雷科

「「「「「おおー!!!」」」」」

岬 明乃

「マロンちゃん達は」

柳原 麻侖

「機関の点検だろ?んなもん言われなくても、きちんとやるんでい!」

黒木 洋美

「でも艦長。艦長はしっかり休んでいて下さいね?あいつらに捕まったんですから、ね?」

岬 明乃

「でも」

柳原 麻侖

「艦長!クロちゃんの言う通りでい。今は大人しく休んどきな。あとはマロン達でやっとくからよ!」

??????

「そうだよ。仲間に頼ることも大事だよ」

岬 明乃

「みんな………分かったよ。そうさせてもらうね?」

 

とっさの彼女の機転で、私達が話した内容は有耶無耶になった。

再び岬さんがこちらへ向くと。

 

岬 明乃

「シロちゃん、後はお願いできるかな?」

宗谷 ましろ

「ええ、岬さんもちゃんと休んで下さいね?」

鏑木 美波

「艦長、念のためだ。医務室で検査をしたいのだが」

岬 明乃

「あっ、でもその前に志保さんはいるかな?ちょっと、その、話したいことがあって」

 

そうだ、すっかり忘れていた。

岬さんが帰ってくるのが嬉しくて、野村さんに伝えるのをすっかり失念していた。

………まぁ、絶対に岬さん本人の前では言わないが。

 

野村 志保

「あっ、明乃!」

 

タイミングを見計らったかのように、野村町長が現れた。

後ろには琴吹さんが車いすを押していた。

 

岬 明乃

「志保さん………ただいま」

野村 志保

「ええ、お帰りなさい」

琴吹 紬

「あの、お話し中すみません。私はもうそろそろ戻らないといけないので、これで失礼します」

??????

「私も、もう戻らないといけないから、行くね?またね、明乃ちゃん」

岬 明乃

「うん、ありがとう!またね!」

野村 志保

「分かったわ。ありがとう、協力してくれて」

宗谷 ましろ

「ありがとうございました!!」

 

お礼を言うと、琴吹さんと彼女は笑みを返すと、そのまま去って行った。

 

岬 明乃

「志保さん、この後話したいことがあるんです。大丈夫ですか?」

野村 志保

「ええ。ならさっきの部屋に行きましょう。私からもちょうど話したいことがあったし」

岬 明乃

「………はい」

 

神妙な顔付きで、頷いた。

なんだ?私達にも聞かれたくない内容なのか?

 

野村 志保

「なら、そこで話しましょう。悪いけど、ましろ達は先に戻ってて?」

宗谷 ましろ

「はい」

岬 明乃

「後はお願いね」

 

2人はその場から離れていった。

他の仲間達も各々の持ち場に戻ったのか、ほとんどが移動した後だった。

2人が話したい内容も気になるが、今は自分に出来ることをしよう――――

 

 

――――そして、夜になった。

時間は午後7時を回ったところだ。

あれから数時間近く経ち、晴風奪還と岬さんの脱出成功パーティの準備も無事に済んだ。

ちなみに、各科の報告だとどこも異常は見られなかったとのこと。

どこかに異常がないかの不安もあったが、それを聞いて安心する。

 

場所はここ、晴風がいるドッグである。

そこをパーティー会場として設営したのだ。

 

勝田 聡子

「にしても艦長、遅いぞなー。町長と話があるって言って、もう何時間も経つぞな」

内田 まゆみ

「そうだね。とても大事をしてるんじゃないかな?」

広田 空

「何かありましたかな?」

 

………確かに話すにしては長すぎる。

と、そこまで考えたとき、私の脳裏に嫌な考えが浮かんだ。

………連中に捕まった際に、脳内を施されてしまって、例の記憶が蘇って――――

 

駿河 留奈

「あ、艦長だ!」

宗谷 ましろ

「えっ?」

 

だけど、すぐにその考えは否定されることになる。

トレーを押してる岬さんと、自分で車いすを押してる野村町長が現れると、全員が歓迎した。

良かった、2人に何事もなくて………。

 

野村 志保

「あら、みんな待ってるわね。ごめんなさいね、かなり待たせちゃって」

宗谷 ましろ

「いえ、大丈夫ですが………」

岬 明乃

「ごめんね、でもみんなに渡したいモノがあったから、時間が掛かっちゃった」

納紗 幸子

「渡したいモノ?お頭、そりゃなんですかい?」

岬 明乃

「はい、これだよ。ちゃんと人数分あるから、焦らないで持って行ってね」

 

押してきたトレーから、はい、とカードの様なモノを渡される。

見てみると、カードには氏名と血液型、生年月日が記載されていた。

 

伊勢 桜良

「艦長、これは?」

八木 鶫

「IDカードだね。どこかの施設へのパスかな?」

岬 明乃

「そうだよ。ただ、施設じゃなくてね………志保さん、説明をお願いします」

野村 志保

「オッケー。と、その前に、あなた達の今後の対応について説明するわ。良く聞いてね?」

 

今後の対応?

それってつまり………今後の私達の生活についての説明だろうか?

だから岬さんはその説明を受けていたから、来るのが遅れたのか。

ならば、今後の私達の在り方について左右されるではないか。

自然と姿勢がさらに真っ直ぐのびる。

 

野村 志保

「今回の事件を受けて、私達はあなた達を正式にこの町で保護することに決めました」

宗谷 ましろ

「っ!!」

西崎 芽依

「保護、って?」

岬 明乃

「私達は、この世界の人間じゃないでしょ?だから、異世界の人間がこの世界に影響を与えないために、この町で保護するプログラムに入って貰うってだけだよ」

知床 鈴

「それって、私達ここに閉じ込めるってこと!?」

若狭 麗央

「ええ!?嫌だよ!隔離なんてっ」

野村 志保

「落ち着いて!閉じ込めるなんてことしないから安心して。だからそのIDカードを皆に渡したのよ。そのカードはこの町を自由に過ごせるためのパスだと思えば良いわ」

岬 明乃

「そのカードはね、食事や寝床を提供するための、いわば身分証みたいなモノなの。または、他の施設を扱えるようにするためにも使うから、なくさないでね?」

鏑木 美波

「質問がある」

野村 志保

「あら、なに?」

岬 明乃

「どうしたの?」

鏑木 美波

「他に使える施設があると言ったが、図書館も使えるのか?」

野村 志保

「もちろんよ。そうだ、使える施設のリストを用紙にして送るわ。それを参考にしながら、町を利用していけばいいわ」

和住 媛萌

「はいはーい!その施設使うなら、お金が掛かると思いまーす。私達、そこまでお金持ってないですけど、どうすればいいんですか?バイトとかしても良いんですか?」

野村 志保

「そうね、そこは自由にして貰っても構わないわ。身元はこちらで保証するし、バイトはして構わないわ。でも銀行強盗とかして、お金がっぽがっぽはダメだからね?」

和住 媛萌

「し、しませんよそんなこと!」

岬 明乃

「あ、あははは………」

野村 志保

「話を戻すわね。それでね、皆が生活する分には補助金が出るのよ。でもね、どこかへ行って遊ぶ―、となると心許ないでしょうね。だからバイトは許可するわ」

宗谷 ましろ

「………つまり、私達は身元がないから外部から攻撃されたと?」

野村 志保

「言い方は悪いけど、そうなってしまうわね。いわば、異世界の人間は彼らにとっては都合のいい、実験材料なのよ。今回の場合、あなた達よりもあなた達の持ってる船に興味を持ったようだけど」

 

それで合点がつく。

身元や身分がない異世界の人間は、”身の安全を保証できない”人間だ。

仮に拉致されようが殺害されようが、心配する人間はいない。

警察や周囲へ知らされる心配もない。

だから――――

 

野村 志保

「だからこっちから先手を打つわ。あなた達を私達の身元にすることで、手出し出来ないようにするの」

納紗 幸子

「なるほど。それなら私達を狙う人達から身を守るんですね………お頭、こっちの土地荒らされたしまいにゃ、こちとらしまいじゃ」

内田 まゆみ

「なるほど。それなら安心して外へ出られますね」

駿河 留奈

「やったね!これで麻雀大会に出られるね!」

伊勢 桜良

「あの時はお面を付けてたから、助かるわね」

 

野村町長の話を聞いて、肩の荷が降りた気がした。

これで、もうこちらの身分を隠す必要がなくなるのだから。

でも。

 

宗谷 ましろ

「こちらの正体については、引き続き隠しておいた方が良いでしょうね。いくら身元が保証されていたって、これでは意味がなくなってしまいそうだ」

野村 志保

「そうね。そして外へ出歩いたとしても、決して警戒は怠らないでね?ま、これも後で送られてくるPDAを常に持ち歩いていれば問題ないから、それに関しては明乃から説明よろしくね?」

岬 明乃

「分かりました」

野村 志保

「以上で説明を終わります。他に質問がなければ、私はこれで失礼するわね?」

納紗 幸子

「パーティーには参加されないんですか?」

野村 志保

「本当は参加して祝いたかったんだけど、次の仕事があるから、参加できそうにないわね。ごめんなさいね?」

宗谷 ましろ

「いえ、仕事なら仕方ありませんよ。頑張って下さい。それと………」

 

私は岬さんとアイコンタクトすると、彼女は察したのかコクリと頷いた。

岬さんは帽子を取ると、私と一緒に頭を下げた。

 

岬&宗谷

「「この度は、多くの支援をして下さり、ありがとうございました!」

クラス全員

「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」」

野村 志保

「別にこれくらいどうってことないわ。それよりも、あなた達が全員無事なのが嬉しいわ。こちらこそありがとね」

 

彼女もまた、微笑みながらウィンクすると、車いすを漕ぎながらここから去って行った。

彼女が去ってから、私の中にある大きな不安が完全に払拭された気がした。

………これで、目の見えない敵に怯える必要はなくなった。

だからといって警戒を解いてはならないが、少なくとも大きな負担となりはしないだろう。

今はそう思うことにしよう。

 

岬 明乃

「よしみんな!晴風奪還の祝勝会と、みんなの身の安全が保証されたことを祝って、パーティーを始めよう!それではシロちゃん。乾杯の音頭をお願いします」

宗谷 ましろ

「ふえぇ!?わ、私が!?」

岬 明乃

「うん!」

宗谷 ましろ

「っ………」

 

すると、皆の視線が私へと集中した。

岬さんに急に振られてしまい、私は戸惑ってしまうが、長く待たせるのも悪い。

自分が今思っていることを、正直に話そう。

一度だけ咳払いすると。

 

宗谷 ましろ

「みんな、今日は本当にご苦労だった!晴風と、岬さんが無事に戻ってこられたことを、大変嬉しく思う。

私達は、今日という日を無事に誰一人として欠けずに、生き延びることが出来た。

明日はどんな出来事があるかは分からない。

だけど少なくとも、私達には明日がある!

高く険しい壁を乗り越えられた私達に待っているのは、明日という未来だ!

そのことを思い、今日は目一杯、騒いでくれ!それでは乾杯!」

 

全員

「「「「「「乾杯!!!」」」」」」

 

西崎 芽依

「カンパーイ!!タマ、今日は飲みまくるぞ!」

立石 志摩

「うぃ、うぃ!」

小笠原 光

「ねぇねぇ、この後ダーツやらない?晴風に積んであるのがあったからさ!」

日置 順子

「おっ、いいね!いいね!」

武田 美千留

「さんせー!」

松永 理都子

「明日はどこへ行こうか?決めてある?」

姫路 果代子

「まだ決めてないよー。これ飲んでから決めようかなぁ」

柳原 麻侖

「よっしゃ!ならマロンは――――」

 

――――この後のドンチャン騒ぎは、真夜中まで続いた。

その騒ぎ様は、生まれて15年間の中で最も喧しかった。

でもその喧しさは、全くと言っていいほど嫌な感情はなく。

むしろ心地よさを感じていた。

 

ようやくだ。

ようやく、私達の中で安寧を見つけられた気がする。

異世界へ飛ばされて、いきなり殺人事件に出くわして。

終わったと思ったら、今度は晴風が盗まれて。

奪還に成功したものの、岬さんが敵に捕まって。

無事に帰ってきてくれた時の安堵感は、言うに及ばず。

その間に、心情的に休めた時間は僅かだった。

 

まだ、元の世界へ戻れる方法は見つかっていないけど、それでも。

それでも全員で帰還すると言う”条件”を満たして。

元の世界へ戻るためのヒントを出してくれる”仲間”が出来て。

方法を実行するための”道筋”を模索して。

やることは沢山あるけれど、今だけは。

今だけは、この余韻を楽しむとしよう。

それくらいは、いつも不運に見舞われる私だって、味わっても良いだろう?

 

岬 明乃

「――――ちゃん、シロちゃん!!」

 

隣に居る岬さんに声を掛けられて、我に戻った。

そこには、手を差し出した彼女がいた。

微笑みながら、一言。

 

岬 明乃

「私達も行こう!!」

宗谷 ましろ

「………はい!」

 

差し出された彼女の手を握って、皆の元へと向かっていく。

楽しそうに騒いでいる、仲間の元へと、私達2人は突き進んでいった。

その間に、私は自然と握る手が強くなっていくのを、私は気付かなかった――――

 



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第3章 IJN Y-467 〜横須賀海洋女子学校、共闘編〜
第18話 新たな出会い


”自分なら世界を変える事が出来る”そんなことを本気で信じた人達が、この世界を変えてきたのだ――――スティーブ・ジョブズ

どうも皆さんのはこんばんにちは。
Dr.JDです。

大変長らくお待たせ致しました!
前回の更新から半年近く経過してしまいました。
理由としては、物語の展開をどうするかで迷っていました。
なかなか決まらず、筆が止まってしまいましたが、展開が決まった後は早かったですね。

さて、挨拶もここまで。
今回の話から新たな人物に出会います。
出てきた瞬間、うわぁ、懐かしい!
と、思えたら嬉しい限りです。
だって同士ですから。

それでは、どうぞ。




[新たな出会い]

2012年、7月23日、10;31;58

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 図書館

 

私はこの日、町に出ていました。

町と言っても語弊があり、正確に言えば、図書館1階のテーブルに、本いっぱいの山を築いていました。

今日は人が少ないからか、お客さんはさほど来ておりません。

だから本をこうして山積みにしても、誰にも注意されません。

以前の私なら本と言えば、教科書ぐらいしか読みませんでしたが、今は分厚い本や資料を漁っている状態です。

それはさておき。

図書館と言えば、調べ物をしたり読書をするのに最適な場所で、使用料は発生しない便利な場所です。

私は、前者を理由にこの場所へ訪れています。

その調べるものとは――――

 

岬 明乃

「………第二次世界大戦中の日米決戦」

 

私は、私達の世界線で発生しなかった第二次世界大戦について調べています。

ここで少し回想しようと思う。

晴風奪還作戦成功時に、私が見せられた映像の数々。

いや。

見せられたと言うより、頭に直接、映像を流されたと表現した方が適正だろう。

なぜあの人達は私にあんな映像を私に見せつけたのかは知らないけど、決して忘れられない。

あの戦争で起こった、悲劇を。

あんな悲劇的な記憶を見せられて、よくも心が壊れなかったなと思う。

泣きたかった。

だけどそれも許されず、私はあの記憶を見せられ続けられた。

拷問用の椅子に括り付けられて、逃げ出せなかった。

そして私は耐えきれず、その部屋から飛び出して、晴風の元へと向かった。

今思えば、無我夢中で忘れていたけど、あの時は自分でもビックリするくらいに身体能力が向上してた気がする。

そこで私が見たものは――――

檻から解放されて、出航する晴風の後ろ姿だった。

だけど警備ロボットが銃を発砲している場面を目撃した。

そこで怒りが爆発して、いつの間にか警備ロボットを何体か倒していた。

ようやく気が落ち着いたのか、私はふと晴風の方を見ていた。

………その時、シロちゃんと目が合った途端、力がふと抜けていた。

その直後に後部甲板に走り寄っていたシロちゃんが私に向かって手を伸ばし、叫んでいた。

 

宗谷 ましろ

「岬さん!早くこの手に掴まって!この距離ならまだ間に合う!」

 

だけど私は、何も答えられなかった。

すでに全身から力が抜けていて、先程まで見続いていた記憶の影響からか、頭痛や吐き気が促される。

うまく腕も伸ばせないし、頭もちゃんと真っ直ぐ前に向いているのさえ分からない。

だから、私が出来ることなんて高が知れていた。

 

だから私は、シロちゃんに向かって微笑んでいた。

それはまるで、彼女を慰めるように。

私を置いて脱出した事を責めないで、と言うように。

それが彼女に伝わったかどうかは分からないけど。

 

宗谷 ましろ

「み、岬さん!!」

 

シロちゃんが私の名前を叫んだ途端、何者かによって背後から私の背中を抑えこまれた。

きっと応援に来た警備ロボットだろう。

だけど、もうそんなことはどうでもよくて。

もう抵抗する力も湧いてこない。

そして最後に、晴風の無事を確認した途端――――

 

岬 明乃

「っ!!」

 

そこで現実世界へ戻ってくる。

少しボーッとし過ぎたようでした。

頭を何度か振って、意識を目の前の本に落としました。

大日本帝国とアメリカが対峙した海戦の数々に関する資料を。

それに関する書籍をしばらく読んでいる内に、最後の書籍を読み終えてしまいました。

一度立ち上がって背筋を伸ばすと、本のいくつかを返却するため、本棚へと向かいました。

 

それにしても、と思う。

あれだけ怖い記憶を見せられて、よくシロちゃん達の目の前で泣き叫かなかったなと。

恐怖心が表沙汰にならなかったと思う。

もしも叫び出していたら、皆にもまた迷惑を被っていたかも知れない。

もしそうなっていたらと思うと、ゾッとする。

でも、どうして。

どうして彼らは私にあの記憶を見せたのでしょうか。

その疑問だけが私の頭から離れません。

 

と、考えていたら、誰かの手とぶつかった。

その反動で本を床に落としてしまいます。

 

岬 明乃

「あっ、すみませんっ」

??????

「いや、こっちこそごめんよ。考え事しててさ」

 

金髪の少年は落とした本を、私に渡してきた。

咄嗟に受け取った私は、彼を再び見つめた。

 

??????

「それにしても、君、珍しい本を読んでるね。第二次世界大戦の戦史とか。日米開戦を中心に読んでるみたいだけど」

 

書籍のタイトルを見てそう判断したのか、少し興味津々に聞いてくる。

彼をよくよく観察してみると、どこか海外出身の様な顔立ちで、かなりかっこ良かった。

一瞬だけど、女装したらそのまま女性として通りそうです。

あ、でも喋ったら男の子だってバレちゃうか。

 

岬 明乃

「え、えと。今度のテストでこの部分が範囲だから、ちゃんと勉強しておこうと思って」

 

咄嗟に出た嘘に戸惑いつつも、少年はゆっくりと頷いた。

 

??????

「テストかー。随分と懐かしい単語を聞いたよ。あれ?でも今は君らは夏休み中だろ?テストなら休み明けからだから、まだ早いんじゃない?」

 

うっ、随分と核心に近づいたなぁ。

私がどう答えようか考えていると、彼は私の手にあるカードに目が向かいました。

このカードは志保さんから受け取ったもので、この町で保護を受けている者であれば、所持しておかないといけない物だそうです。

それを見て、彼は静かに、そしてゆっくりと私に近づいてきました。

先程も言いましたが、彼はかなりの美男子なので、急に近寄られるとドギマギしてしまいます。

 

??????

「………」

 

じーっと見つめてきて、何も言い出さない彼を見て、私は疑問に感じました。

だけどそれは長い時間ではなく。

そして短めに一言。

 

??????

「………君も、この町の住民なんだろ?それと、別に敬語を使わなくてもいい。ダルいだろ?」

 

先程とは打って変わって、興味が失せたように急に勢いが引っ込みました。

どうして分かったんだろうと疑問に感じました。

一応はこの町に保護されている事にはなってるけど………。

戸惑いつつも、私は問いに答えました。

 

岬 明乃

「そう、だよ。大分前からこの世界へ飛ばされてきたの。えっと、ところであなたは?」

??????

「ああ、そうか。互いに名乗ってなかったな。俺はクウェンサー・バーボタージュ。まぁ、もと学生になるのかな?そっちは?」

岬 明乃

「私は岬明乃、現役で艦長をやってるよ。よろしくね!」

クウェンサー・バーボタージュ

「わぁ、君の笑顔がすっごい眩しいよ。ん?その年で艦長って………あ、いやでもフローレイティアさんの例があるから、別に変ではないか」

 

何やら一人でぶつぶつと呟き出しました。

私が艦長であることを伝えても大して驚かないところを見るに、身近に私とそう年齢が変わらなくて、役職が与えられた人が居るのでしょう。

私は勝手にそう解釈しました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「ところでさ。君が言ってる艦長って、客船の?それとも貨物船?」

岬 明乃

「ううん。航洋艦晴風の艦長だよ………あっ、でも航洋艦って言っても分からないかな?この世界じゃ、えと、駆逐艦って呼ばれてるよ」

クウェンサー・バーボタージュ

「航洋艦?うーん、聞いたことがないな。写真とかってある?」

岬 明乃

「あるよ。えっとね、これだよ」

 

私はいつ撮ったか覚えて無いけど、クラスのみんなと撮った写真を見せた。

あれ?

携帯も見て見たけど、みんなと撮った写真が一枚もなかった。

いつの間にか消しちゃったのかな?

でも仲間との大事な写真を消しちゃうかな?

だけど彼の言葉でこの疑問は端へと追いやられました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「これはビックリだ。写真でしか見た事ないけど、大戦時に猛威を振るってた駆逐艦じゃないか。もしかして陽炎型?」

岬 明乃

「よく分かったね。そうだよ、私達が乗ってるのは陽炎型。ただまぁ、本来の武装と比べると一部変わってるけどね」

クウェンサー・バーボタージュ

「へぇ。生で見るなんて初めてだな。それにしても」

 

携帯を私に返して一人で唸っていると。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「世界で初めてオブジェクトを開発、運用した島国が生み出した駆逐艦………くぅ!思ってた以上にかっこいいな!」

 

私の考え事など露知らず、金髪の少年、クウェンサー君は一人で勝手に盛り上がっています。

こう言った大きな船が好きなのかな?

彼の先程のテンションがまた戻ったみたいで、ふと思いました。

 

岬 明乃

「さっきさ、私がこの町の住民だろって聞いたでしょ?もしかしてあなたも」

クウェンサー・バーボタージュ

「ああ、それね。君と同じ、俺もこの町の住民なのさ。もうかれこれ、1ヶ月は経ってるよ。今でも帰る方法を模索中だけど………」

 

一間置いて、再び口を開いた。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「この比較的平和な世界も、もう少しだけ満喫したいなー、なんて考えちゃったりするんだ。元の世界じゃ、数え切れないほど死にかけたしね」

 

ドキリッ

彼がさり気なく放った言葉に、私は心臓を鷲づかみにされた気になりました。

何度も死にかけた。

その言葉に、私は胸をギュッと握りしめていました。

 

昨日見せられた戦争時の悲惨な映像の数々。

常に死と隣り合わせの戦場。

死んでいく仲間達。

私の中で形成されている視界、いや、世界全てが真っ赤に満ちていく。

同時に私の中の”ある欲”が徐々に満たされようとしている。

自分の両手をまじまじと見つめる。

小さく震えている両手は、目の前にいる彼の首へと向けられている。

当の彼は、私の様子など知らずに何かを語っている、ように見える。

だけどそんなことはどうでもよかった。

息が荒くなる気がしたが、気にもしなかった。

ただ、一点。

 

 

私は、この人を、彼を――――

 

 

クウェンサー・バーボタージュ

「あれ?明乃、大丈夫か?おい?」

 

彼が私の両肩を揺すってくれたおかげで、私の身体からさっきの衝動がすっと消えた気がしました。

あれ?私、彼に今、何をしようとしていた?

今やろうとしてたのって、彼の首を――――締めようとしてた?

な、なんで。

 

岬 明乃

「っ、だ、大丈夫だよっ。それと話をしてくれてありがとう!私、用事思い出したからもう帰るね!」

クウェンサー・バーボタージュ

「あ、おい!」

 

私は急に怖くなり、彼から逃げるようにその場から立ち去ります。

借りてた本をその場に置いて行ったことは気が引ける、など考える余裕すらありません。

図書館から飛び出るように、一目散に走りだしても、行く場所はありません。

今使っている宿舎に寄っても、あの子達に心配をかけたくはありませんでした。

 

さっき私がしようとした事は、間違いなく。

間違いなく、人を殺めようとする行為。

まるで自分が自分でないかのように、身体が勝手に動き――――

いや、違う。

あれは間違いなく、私自身の”欲望”から出てた行動だ!

だからあんな恐慌に走ったんだ!

でも、どうして今日会ったばかりの彼に、殺意なんて沸くんだろう?

そして何よりも。

 

何よりも、私が誰かを殺したい衝動に駆られ、行動しようとしていた事が、私の中にあるのを認めたくなかった。

その考えに至った時、私の中で何かが弾けた。

 

岬 明乃

「い、いやあぁぁぁ!!!」

 

認めたくない認めたくない認めたくない!!!

私は、海で危険な目に逢う人達を助けるために、ブルーマーメイドを目指したんだ!

なのに、それなのに、彼を、救うはずのこの手で、殺そうと――――

 

??????

「危ない!!」

岬 明乃

「うわぁ!?」

 

背後から突然、すごい力で私は後ろへ引っ張られる。

次の瞬間、目の前でものすごい速度でトラックが通過する。

だけど引っ張られた勢いで、そのまま私を引っ張ってくれた人物を押し倒すような態勢になってしまう。

そして私を助けてくれた人物を見た途端、罪悪感に捕らわれる。

 

岬 明乃

「く、クウェンサー君………」

クウェンサー・バーボタージュ

「ふぅ、何とか間に合った。ったく、あまり心配かけさせるなよ、本気で探しちまっただろ?」

 

彼の顔が少しだけ赤くなると、私も今の現状について把握する。

次の瞬間、顔がボンっと赤くなり、私は慌てて立ち上がった。

すると彼の顔はだんだん怒気を含むようになった。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「とりあえず………この馬鹿!なんでトラックの前に飛び出そうとした!?あのまま行ってたら、死んじまうところだったんだぞ!!」

岬 明乃

「ご、ごめんなさい!さっきのことで、そのっ」

クウェンサー・バーボタージュ

「さっき?ああ、急に用事ができたって言って俺から逃げたことか?まぁ、俺もあん時は嫌なことでもしちまったかなって思ったんだ」

岬 明乃

「違う!クウェンサー君は何も悪くないよっ。悪いのは、私なんだよ………」

クウェンサー・バーボタージュ

「?どういう事?」

 

首を傾げる彼に、正直に言っていいのでしょうか。

衝動的にあなたを殺害したかった、と。

こんなこと言ったら、絶対に嫌われてしまう。

私が言い淀んでいると、クウェンサー君から口を開いた。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「話したくないなら、別に無理して話さなくてもいいよ。ただ、さ」

岬 明乃

「………?」

クウェンサー・バーボタージュ

「俺さ、困ってる女の子がいたら、その。ほっとけない性分みたいでさ。いつでも連絡をしてくれ。これ、俺の電話番号だからさ」

 

私はクウェンサー君から電話番号が記載された紙を受け取りました。

受け取ったら、何だか安心してしまう自分に気付きます。

ついつい顔が綻んでしまい、クウェンサー君を見ると、またドキリとしました。

なぜだろう、彼と話していると自然と心が休まる。

さっきまで抱いていた殺意も消えて、自然と彼と話せています。

急いで携帯を取り出して、彼の番号を登録しようとしても、指が震えて上手くいきません。

すると、見かねた彼は私の携帯を取り上げて代わりに入力してくれました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「おいおい、大丈夫か?指が震えてるぞ?あまり無理するなよ………ほら、登録しておいたぞ。ついでに君の番号も勝手に登録しといたから、良いだろ?」

岬 明乃

「えっ、あ、うん。ありがとう」

クウェンサー・バーボタージュ

「ようやく笑顔に戻ったな。そうそう、やっぱり女性は笑ってるのが一番だな」

岬 明乃

「もう、なにそれ?口説いてるの?」

クウェンサー・バーボタージュ

「いやいや、そんなんじゃないさ。気分が晴れてそうだから、ホッとしただけさ………それより、相談なんだけどさ」

岬 明乃

「なに?」

クウェンサー・バーボタージュ

「さっきの写真に写ってた駆逐艦を見せてほしいんだ。頼むよ!」

岬 明乃

「えと、別にいいけど、ちょっと遠いよ?」

クウェンサー・バーボタージュ

「大丈夫。さっきの駆逐艦と言う構造物みたら元気が湧いてきたから!よし、なら案内してくれ!」

岬 明乃

「う、うん」

 

テンションが妙に上げって来たので、断って盛り下げるのも嫌だったからつい頷いてしまいました。

それから私達は、目的地へ向かいながら色々な事を語り合いました。

自分の世界情勢や、周囲の人々のことも。

でも聞いた私は半信半疑でした。

だって、50メートル級の巨大な兵器を一人で乗り回す時代がやってくるなんて。

あとは専門用語が乱立していて、私の頭では理解できません。

うぅ、助けてシロちゃん!

 

クウェンサー・バーボタージュ

「それじゃあ、明乃がいる世界は航空機がなく、飛行船で大陸を横断するしかないのか」

岬 明乃

「うん。ドイツに知り合いの子がいるんだけど、会いに行くには飛行船使って長旅しないといけないね」

クウェンサー・バーボタージュ

「どれくらい掛かるんだ?空港はいくつか利用するだろうけど、それでも旅客機さえあれば数日で着くと思う。でさ、代わりに水上フロート技術が発達してるんだっけ?」

岬 明乃

「うん。メガフロートととも呼ばれてるけど、とにかくすっごく大きいんだ!」

クウェンサー・バーボタージュ

「石油リグなんて赤子だって?それ言ったら人とオブジェクトなんて比べてたら、きりがないよ」

岬 明乃

「そのオブジェクトって、どんな形してるの?人型ロボット?」

クウェンサー・バーボタージュ

「人型なんてしたら、重心が高すぎて歩いただけで転倒しちゃうよ。俺達の部隊が保有してるのは球体の形状をしていて、下にU字型の電磁浮遊式のフロートを装着してるんだ」

岬 明乃

「それで宙に浮かせて高速移動が可能になるって言ってたっけ?でも総重量って結構重たいんじゃ」

クウェンサー・バーボタージュ

「うちの場合だと20万トンだね。それだけの重量をどうやって分散させるのかも、設計士の腕の見せどころさ」

 

腕まくりして力をアピールする。

………腕はかなり細くて頼りないけど。

えと、総重量20万トンってことは、大和の排水量の3倍だから………。

その大きさだけを見てもかなり巨大であることが想像できます。

でも全体像は全く想像できないので、彼の話を聞いて、質問するしかありません。

 

そうこう話している内に、晴風が停泊されている港までやって来ました。

私達以外の人は誰もいないので、誤解されずにすみそうです。

そして私は晴風がある方へ歩んでいくと――――

 

クウェンサー・バーボタージュ

「うおぉぉぉ………これが、帝国海軍の誇る駆逐艦!やっぱ生で見ると全然迫力が違う!」

 

晴風の姿を視認した途端、クウェンサー君は目をキラキラさせてマジマジと見つめました。

口々に、高射砲が設置されてる!とか、見たことのないカラーリングだ、とか。

色々な単語を口にしながらあれよこれよと観察を始めました。

 

そう言えば、今日は午前中から整備があるとかで、マロンちゃん達の機関科が残っているはずだけど、姿が見えません。

機関室にいて作業しているのかな?

 

岬 明乃

「………良かったら中も見てみる?何人かクラスメイトがいると思うけど」

クウェンサー・バーボタージュ

「えっ、それは嬉しいけど、大丈夫か?いきなり来て迷惑じゃないか?」

岬 明乃

「大丈夫だよ。皆そんな悪い子達じゃないし、それにほとんどの子は外に出払ってるから」

クウェンサー・バーボタージュ

「ちなみに聞くけど、もしかして船員って全員女の子かい?」

岬 明乃

「?そうだよ?」

クウェンサー・バーボタージュ

「………ヘイヴィアが知ったら、また発狂しそうだけど、秘密にしてれば良いか。よし、じゃあ頼むよ」

岬 明乃

「よーそろー!」

 

気になる発言をしてましたが、気にしないことにしました。

タラップを上り、晴風の案内をしました。

案内している間は、ずっと目を輝かせていて、とても楽しそうに私の話を聞いてくれました。

思わずこちらも嬉しくなりながらも、案内を続けていきます。

そして兵装内部や居住区、機関室へやって来て――――

 

クウェンサー・バーボタージュ

「なぁ、なんか暑くないか?」

岬 明乃

「そうだね。おかしいな、暖房なんて着けてないんだけど」

黒木 洋美

「艦長、こちらが缶を修理しているのに男連れてデートですか?」

 

服をパタパタしだしたところで、機関室から汗だくだけど、対称的にどこか冷たい視線を向けているクロちゃんが出てきました。

で、デート!?

そんなんじゃっ。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「あー、違う違う。俺と明乃はそんなんじゃないから。今日出会ったばかりだからね?」

 

動揺する私を無視して、クウェンサー君が手を振って否定する。

………なんだかイラッとしたので、彼の足を思いっきり踏んづけました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「いったあ!?ちょっ、いきなり何すんの!?」

岬 明乃

「ふんっ、知らない!」

クウェンサー・バーボタージュ

「………?」

黒木 洋美

「やれやれ………それより艦長、どうしました?今日は一日、図書館に籠もるとか言ってたのに、男連れ込むなんて」

岬 明乃

「彼が晴風を見たいって言うから、案内してるの。彼、すごく大きな機械が大好きみたいだから」

クウェンサー・バーボタージュ

「ねぇ、君が出てきた所って、機関室だろ?少しだけ見せてくれないか?」

黒木 洋美

「ダメよ。どこの誰かも分からない人に、缶を預けられないわ。そもそもあなた誰よ?」

クウェンサー・バーボタージュ

「俺はクウェンサー・バーボタージュ。君達と同じこの世界に迷子になった者だ。これでいい?」

 

君達と同じ迷子、の部分を聞いた途端、クロちゃんは私を睨んできました。

あまりにも鋭かったので、私は視線を彷徨わせてしまいます。

自分達の身元を彼に言ったのがまずかったのだろう、と思いました。

と、ここで気を察したのか、クウェンサー君が庇ってくれました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「俺が彼女に迫るように聞いたから、彼女は答えただけだ。彼女は悪くないよ」

岬 明乃

「それより何かあったの?」

 

少々強引に話を元に戻すと、クロちゃんは鋭い視線を収め、はぁっとため息を吐きました。

これ以上、言っていても埒が明かないと思ったのでしょう。

言葉が刺々しいのは変わらないけど、背後の機関室に目を向けながら両肩を落とします。

 

黒木 洋美

「缶がトラブルを起こして、今はサウナ状態なの。温度が戻るまでに時間が掛かるから、麻侖達は外に出払ってるのよ」

クウェンサー・バーボタージュ

「だからこんなに暑かったのか………なぁ、相談なんだが」

黒木 洋美

「なによ」

クウェンサー・バーボタージュ

「そのタービンを俺に見せてくれないか?俺は機械にはそれなりに詳しいし、もしかしたら直せるかもしれない」

黒木 洋美

「あのね、人の話を聞いてた?今は機関室はサウナ状態だって。入るのはお勧めしないわよ?」

クウェンサー・バーボタージュ

「扉をいっぱいに開けて、換気すれば問題ない。それに危ないと判断したら諦めるさ。それに」

 

腕まくりをして、どこからか取り出したか分からない工具類を手にしました。

………相変わらず細い腕だと思うけど、言葉にしません。

だって――――

 

クウェンサー・バーボタージュ

「せっかく異世界へ飛ばされて、第二次世界大戦時の駆逐艦のタービンをいじれる機会に恵まれたんだ、少しくらい役得するくらいはいいだろ?」

 

どこかギラついた目つきに変わり、何かを言ったところで彼は止まりそうになかったからです。

案の定、クロちゃんがため息を吐くと。

 

黒木 洋美

「はぁ、勝手にしてちょうだい。でもあなたが中に入るなら、私も中へ入るわ」

岬 明乃

「えっ?どうして?」

黒木 洋美

「この人が缶に細工しないとも限らないわ。まだ出会って間もないんだもの、簡単に信用なんて出来ないわ」

岬 明乃

「ちょっと、クロちゃん!?」

クウェンサー・バーボタージュ

「別に構わないさ明乃。男がいきなり土足で踏み込むんだ、彼女の言い分だって聞くくらいの真摯さは持たないとね」

 

ウィンクを決めながら親指で自身を指すと、クロちゃんは先に機関室へと向かっていく。

クウェンサー君もその後に続く。

と、ここでクウェンサー君は振り返ります。

 

岬 明乃

「どうしたの?」

クウェンサー・バーボタージュ

「明乃はそこで待っていてくれ。危険だろうから、上にでも上がってて」

岬 明乃

「うん、分かった。それとごめんね?機関の修理なんてさせちゃって」

クウェンサー・バーボタージュ

「言ったろ?駆逐艦のタービンをいじれる機会を逃したくなかっただけさ。それを言うなら、俺だって悪かったと思ってる」

岬 明乃

「なんで?」

クウェンサー・バーボタージュ

「図書館で君に話しかけなけりゃ、今頃勉強の続きが出来ただろうにさ。ま、そこはお互い様だけどな」

岬 明乃

「ふふ、そうかもね。でも気を付けてね?何があるか分からないから」

クウェンサー・バーボタージュ

「心配性だな、明乃は」

 

互いに笑い合ってると、不機嫌なクロちゃんが戻ってきました。

 

黒木 洋美

「あんまり人前でイチャつかないでくれるかしら?とても腹が立つのだけれど?」

岬 明乃

「ご、ごめんなさい」

クウェンサー・バーボタージュ

「やばっ、あれは怒ったら怖いタイプだっ。それじゃ明乃、またな」

岬 明乃

「うん、またね」

 

クウェンサー君とクロちゃんは機関室へと入っていきました。

その場に残された私は、他にクラスメイトがいないかどうか、探しに行きました――――

 

自然と足が向かったのは、食堂でした。

もうそろそろお昼の時間になるので、2人に何か差し入れを持って行こうと思ったからでしょう。

食堂へやって来ると、ミミちゃんがテーブルの書類と睨めっこしているのが見えました。

 

岬 明乃

「ミミちゃん、何の書類を書いてるの?」

等松 美海

「あっ、艦長。戻られてましたか」

岬 明乃

「ついさっきね」

等松 美海

「この書類は今、晴風に搭載されている火器のリストです。それに付随するように弾薬数や兵器稼働率を示した書類なんですけど」

岬 明乃

「あ、そっか。この町にいる間は、非常時を除いて晴風の出航は認められないんだっけ?」

等松 美海

「ええ。ですから停泊している最中に、外部から弾薬を抜き取られて外へ流出するのを抑えるために、こうして数と一致しているかの確認をしてました」

岬 明乃

「そうだったんだ………ねぇ、お腹すかない?良ければおにぎりでも作るけど?」

等松 美海

「えっ、あ、もうこんな時間………じゃあ、お言葉に甘えて良いですか?」

岬 明乃

「いいよ。具材は何が言い?」

等松 美海

「梅干しで」

 

コクリと頷くと、釜の中のご飯と具材を冷蔵庫から取り出しました。

適当な量を入れて、両手で握っていって――――

人数分を用意すると、早速、ミミちゃんに差し入れました。

 

岬 明乃

「はい、どうぞ。ミカンちゃん達のように上手く出来なかったけど、どうかな?」

等松 美海

「ありがとうございます、頂きます………おっ、美味しい!」

岬 明乃

「良かった~!これなら他の皆に出しても問題ないね。そうだ、他に誰が晴風に残ってるか知ってる?」

等松 美海

「私と黒木さん、八木さんとマッチ、後は宗谷さんを除いた艦橋組でしょうか?」

岬 明乃

「オッケー、ありがとう。よし、じゃあ後は――――」

八木 鶫

「助けてミミちゃん!」

 

新しくおにぎりを作ろうとした矢先、食堂に大きな声が響きます。

入り口には今にも泣きそうな顔で、ツグちゃんが駆け寄ってきます。

 

岬 明乃

「ど、どうしたのツグちゃん!?」

八木 鶫

「あ、艦長が居てくれてた!実はね、さっき日置さんから通信が入ってっ!」

等松 美海

「日置さんなら、今日は砲術科のメンバーと射撃訓練に行ってくるって言ってたような」

八木 鶫

「その射撃場でちょっとしたトラブルが起きて、大変な事に!」

岬 明乃

「た、大変な事って!?」

八木 鶫

「何でも、近くにロボットを研究する施設があって、そのロボットが暴走しちゃって、それで!!」

 

ロボットと聞いて、昨日の警備ロボットの姿を思い出されます。

私よりも大柄で、ライフルで武装していた彼らに襲われているのだとしたら――――

 

ピリリリリッ、ピリリリリッ

 

ポケットの中にある携帯電話が鳴り始めます。

画面を見てみると、先程登録したばかりのクウェンサー君の名前が表示されていました。

今はこっちの問題もあるけど、クウェンサー君のことも無視できない。

とりあえず電話に出ると、切羽詰まる彼の声が聞こえてきます。

 

クウェンサー・バーボタージュ

『明乃!大変なことが起きた!』

岬 明乃

「えっ!?クウェンサー君のところも!?」

 

私はとりあえず、スピーカーモードに切り替えて、皆に聞こえるようにします。

2人には彼の事なんて一切話してないけど、今は説明している余裕はありません。

彼は続けます。

 

クウェンサー・バーボタージュ

『今相棒から通信が入った!海上プラットフォームで射撃訓練をしている最中に、大型ロボットに攻撃を受けたとの事だ!!』

岬 明乃

「ロボット!?実はクラスの子達もロボットに襲われたってっ」

クウェンサー・バーボタージュ

『場所は聞いているか!?』

岬 明乃

「ツグちゃん!じゅんちゃん達が向かった射撃場ってどこか聞いてる!?」

八木 鶫

「えっと、確かこの町の近海にある海上プラットフォームだって」

クウェンサー・バーボタージュ

『くそっ、俺の相棒もそこに行ってるんだ!』

岬 明乃

「う、嘘!?」

等松 美海

「そ、そんな………!」

 

その事実を聞いて、私は大いに困惑した。

今日出会ったクウェンサー君。

そして別の場所で私の仲間が、彼の仲間と同じ場所で危機に瀕しているなんて。

こんな偶然、あり得るのでしょうか?

 

クウェンサー・バーボタージュ

『………明乃、相談がある』

岬 明乃

「奇遇だね。私もだよ」

 

自然と出た言葉は、全くためらいがない。

きっと、彼も同じ事を考えているんじゃないか?

今日、あの場所で出会ったのは、ただの偶然ではないと。

 

クウェンサー・バーボタージュ

『俺は相棒を助けるために、海上プラットフォームへ向かわなければならない』

岬 明乃

「私は大事な仲間を救うために、その場所へ行かなくちゃいけない」

 

私達は別に示し合わせたわけではない。

きっと、これは。

お互いの仲間を助けるために、手を取り合って。

でなければ、きっと。

どちらかが、戦場で倒れてしまうだろう。

 

クウェンサー・バーボタージュ

『明乃、相棒を助けるために君の力を貸してくれ』

岬 明乃

「私の仲間を救うために、クウェンサー君の力を私に貸してほしい!』

 

そうして。

そうして共闘していって、仲間を救う。

これこそが、彼と出会った意味なのだろう。

だからこそ、私は彼との言葉が重なった時、すごく嬉しかった。

 

クウェンサー/岬

『「この船でプラットフォームまで向かってくれ!!/あなたの持つ知識で、皆を助ける知恵を貸して!」』

 




如何でしょうか?
ヘヴィ・オブジェクト、良い作品ですよね?
この作品の2期を期待してますが、いつ頃になりそうですかね………

クウェンサーと岬は無事に仲間達を救うことは出来るのでしょうか?
次回からはバトル念写が出てくると思います。
次回更新は、5月頃を予定しております。

感想や意見などをお待ちしております。


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第19話 マーメイドは微笑まない~プラットフォーム奪還戦Ⅰ~

何かのために死ぬことが出来ない者は、生きるのに適さない
――――マーティン・ルーサーキング・ジュニア

どうもおはこんばんにちは。
作者であります。

前回言った5月頃に上げると言ったな、あれは嘘だ。
ゴールデンウィークに突入し、休みを謳歌するであろう読者の方々に捧げるぜ!
………なんだか妙なテンションになってますね。

今回はタイトルをヘヴィ・オブジェクトよりにしてみました。
今度から、他作品とクロスオーバーさせる時は、その作品のタイトル名をベースにしたいと思います。
そして今回から、戦いの舞台がいよいよ海上へ移ります。
海上プラットフォームが出てくる作品のゲームが出てきます。
どの作品かは、読者の皆様でご考察下さいませ。

ヒント
???「まともなのは僕だけかぁ!?」

です。
今回はあまり話は進んでないかも知れませんが、どうぞ。



2012年、7月23日、12;15;49

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海

 

クウェンサー君の依頼で、もとい、私の仲間を助けるために協力することになりました。

艦橋組と他の生徒達にその事を説明すると、皆はすぐに行動しようと決意してくれました。

そこから私は急いで皆を呼び戻す――――と時間が掛かるので、今回は私達と合流できそうな位置にいる子達だけになりそうです。

しかし、それでも時間が掛かるのではないかと思いましたが、ココちゃんが機転を利かせてくれて。

 

納沙 幸子

『皆さんが持ってる携帯にあるGPSをハッキングして、地図上に投影することで、合流できそうな方のみに連絡を入れるようにします!!』

 

とのことで、ココちゃんに提案されました。

手口が過激なので私は反対しかけましたが、危機的状況にあるじゅんちゃん達の事を考えると、選択肢はこれ以外にはないようです。

なので、ハッキングをお願いすると、ココちゃんは生き生きとした表情でiPadの操作を始めました。

その顔がとても恍惚を放っていているのが、とても印象的でした。

前の施設に乗り込んだ時に仕込まれたハッキング技術が、ここまでココちゃんを変えてしまったと思うと、少し複雑な気分になりました。

でも今は一刻も早く海上プラットフォームへ向かわなければいけません。

意識を目の前に集中させます――――

 

港へ到着すると、合流する子達が既に全員集まっていました。

タラップでメンバーを上がらせ、その場で急いで事情を説明します。

その間に晴風を出航させ、現場へと急行させます。

 

岬 明乃

「皆に集まってもらったのは、通信で話したとおりです。海上プラットフォームで訓練を受けている砲術科の子達を助けるためです。だから、皆の力を貸してほしい!」

 

集まったメンバー、いや、集めた仲間は以下の通りになりました。

砲雷科:松永 理都子、姫路 果代子

航海科:勝田 聡子、野間マチコ

機関科:和住 媛萌、柳原 麻侖

主計科:鏑木 美波、伊良子 美甘

 

………すごく心苦しいけど、他の子達は位置的に遠く、合流するには時間が掛かります。

なので、今回はお留守番となります。

ごめんね?

後でいっぱい私を責めていいから………。

 

勝田 聡子

「でも艦長、他のクラスメイトには伝えなくていいぞな?」

伊良子 美甘

「私達だけでそこへ向かうんだよね?でも、そこってかなり危ないって………」

柳原 麻侖

「艦長、ちょっくら機関室へ行ってくら………でも後でちゃんとあいつらには事情を説明してくれよ?」

岬 明乃

「分かった………現状、施設付近で研究中のロボットが暴走を起こし、予断を許さない状態です。それ以外の情報は入ってないけど、じゅんちゃん達を放っておけない」

鏑木 美波

「情報が少ないと、対策を立てられないぞ?それに、行動方針は決まっていても、詳細が分からないと私達も動けない」

岬 明乃

「そ、それは」

クウェンサー・バーボタージュ

「お話し中に失礼しますよ、お嬢さん方」

 

言葉に詰まっていると、横からクウェンサー君が割って入ってきました。

突然の状況に言葉が出ない一同です。

そうか、クウェンサー君の事、ちゃんと説明してなかったような………。

でも当のクウェンサー君は手に持ってるタブレットを操作しながら説明します。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「相棒からプラットフォームの図面を送ってもらった。それと今現在の状況も。それらを基に具体的な作戦を立てるから、もう少しだけお時間を頂けますか?お嬢さん方」

 

まるで執事のように会釈すると、一同はポカンとしたまま私を見つめました。

この人誰?

そう言いたげな表情をしながら。

 

岬 明乃

「えと、彼はクウェンサー・バーボタージュ君。その、私達と同じ学生だよ」

クウェンサー・バーボタージュ

「戦地派遣留学生だけどね。兵科は工兵、爆発物の扱いなら任せてくれ」

 

と、私が伝えようか迷っている情報を彼があっさりバラしてしまいます。

港へ向かう最中に聞いてた話だけど、未だに半信半疑です。

学生が武器を取って戦うなんて。

やはり生きてる世界が違うと、こうも変わってしまうのでしょうか?

それは聞いた皆も同じようで。

 

伊良子 美甘

「ば、爆発物って」

和住 媛萌

「私達とそう年齢違わないよね?それで戦場で戦ってるの?」

松永 理都子

「なんだか気が合いそうな感じがするよねー」

 

などと三者三様の反応を示してくれました。

まぁ、当然の反応と言えばそうなるのよね………一名を除いては。

そんなことを考えていると、クウェンサー君が切り出した。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「これから作戦会議を始めるから、もうしばしお待ちを。行こう、明乃」

岬 明乃

「あ、うん」

 

私の両肩に手を乗せて、回れ右させると、その場を後にします。

少しだけドキリとしますが、すぐに冷めてしまいます。

なぜなら後ろから少しだけキャーキャー聞こえたからでした――――

 

艦橋に到着し、クウェンサー君の事を紹介すると、すぐに作戦会議を始めます。

現場付近の海洋状態と突入経路、救助するための合流地点などを話します。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「相棒と君らの仲間は一緒に行動していて、この場所で隠れてやり過ごしているようだが、いつ見つかるか分からないそうだ」

 

タブレット上に地図を立体投影し、赤い光を灯している場所に注目します。

そして次に、暴走していると思われているロボットの画像を出します。

私はそれを見た途端、自分の目を疑いました。

それを見た他の皆も同じ感想を抱いているようで、メイちゃんがそれを代弁してくれました。

 

西崎 芽依

「うわ、なにこれ?ロボットなのに人の足がある!?」

知床 鈴

「き、気持ち悪いよぅ………」

納沙 幸子

「映画に出てきそうな二足ロボットですね!」

立石 志摩

「………キモい………」

 

こちらもまた三者三様の反応を示してくれました。

なに、このロボット?

私が前に中央研究所で見かけた警備ロボットとはまた違う形をしてるけど、どうなってるの?

 

クウェンサー・バーボタージュ

「言っとくけど、この足は人の足じゃないからね………こいつは月光。こいつの足は人工的に作り出された、生体部品と呼ばれるモノだ。こいつを利用することで広い稼働範囲と戦車と比べものにならないくらいの機動性の実現に成功してるんだ」

納沙 幸子

「おお!ますます映画みたいな話ですね!!」

クウェンサー・バーボタージュ

「実際の俺達の相手は映画に出てくる、ちゃちな演出のために用意された悪役じゃないけどね。でだ、話はこれだけじゃない。こいつは壁の凹凸を掴んで登ったり、数ブロック単位での跳躍も可能なんだ」

西崎 芽依

「まるでカエルだな。全然可愛くないけど」

立石 志摩

「焼いて、喰う」

岬 明乃

「タマちゃん!?」

クウェンサー・バーボタージュ

「遺伝子組み換えしてあるから、オススメはしないよ?食品でも同じ事言えるし、どのみちカエルなんて食べないけど。それに武装はボディの側面にM2重機関銃が左右に一門ずつと対空・対戦車ミサイル発射機が一門ずつある。これだけでもかなりの重武装だ、近づいたらこっちが火だるまにされて喰われるぞ」

立石 志摩

「う、うぃ!?」

 

クウェンサー君が少しタマちゃんを脅かすと、私はジト目でクウェンサー君を見つめました。

 

岬 明乃

「………侵入経路については?この月光の死角になるような場所から入るの?」

クウェンサー・バーボタージュ

「基本的にはそうだな。ただ、こいつの持つマニピュレーターには赤外線カメラが搭載されているから、下手に近付いたらこっちの存在に気付かれる。だから、長い時間はその場に居座り続けられない。脱出させるなら、多く見積もっても数十秒が限界だな」

岬 明乃

「数十秒、か」

 

長いようで短い時間。

いや、今回は救出作戦のため、短い分類に入るでしょう。

しかも多く見積もってと言うことは、実際はもっと短いかも知れないのです。

そして一番に懸念してる事が一つ。

救出活動をしている最中にロボットが攻撃してきたら?

私が疑問を口にする前に、リンちゃんが先に尋ねました。

 

知床 鈴

「でももし、じゅんちゃん達を助けてる最中にあのロボットが襲ってきたら、ど、どうするの?」

クウェンサー・バーボタージュ

「相棒に頼んで、ちょっとばかり奴の気を引いてもらうさ………ヘイヴィア、聞こえるか?」

 

肩に着いてる無線機を取り出して、相棒の名前と思しき単語を呟くと、無線機から男の人の声が戻ってきます。

 

ヘイヴィア

『脅かすなよクソ野郎!今一瞬、マジで寿命が縮まったぞ!!』

 

いきなり罵詈雑言の言葉が出てきて、逆にこちらが驚きました。

だけど悪口を言われた当の本人は、そんな態度に全く意を返しませんでした。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「今仲間と一緒に船でそっちへ向かってる。到着予定時刻は、えと、あと何分くらい?」

知床 鈴

「えと、今の速度だとあと20分で到着します………」

ヘイヴィア

『ふざけんな!そんなに待ってられるかっ、5分で来させろ!!』

知床 鈴

「ひぃ!?」

 

その矛先がリンちゃんにも向かい、リンちゃんは身体をビクリと震わせています。

ちょっと、態度が悪すぎるんじゃないかな?

 

クウェンサー・バーボタージュ

「ヘイヴィア、落ち着けって。女の子に怒鳴っても事態は好転しないぞ」

ヘイヴィア

『こっちは命がけだってのに………ん?おい待て、今女の子って言ったか?』

クウェンサー・バーボタージュ

「ああ、言ったけど。彼女達が操舵してる船に乗ってる」

ヘイヴィア

『ふ、ふざけんな!なんで毎回てめぇばっかり………!とでも言うと思ったか?はっ、今回ばかりはてめぇばっかり良い思いはさせないぜ』

クウェンサー・バーボタージュ

「えっ、なに?お前の所にも可愛い女の子がいるの?」

ヘイヴィア

『いるぜいるぜ。名前をさっき確認したら、どうやらてめぇの知り合いらしいな?』

 

知り合いと聞いて、私は居ても立っても居られず、クウェンサー君の通信機の横から強引に割って入りました。

 

岬 明乃

「そこにじゅんちゃん達がいるの!?」

ヘイヴィア

『うぉっ、ビックリした。なんだ、てめぇの知り合いか?』

??????

『っ!!ちょっと代わって!』

ヘイヴィア

『あ、おい!』

 

向こうでは通信機を無理矢理取ったのか、雑音が少しだけ悪くなりました。

やがて収まり、聞こえてきたのは、どこか隠った声をした女の子の声でした。

 

??????

『もしもしっ、艦長、聞こえますか!?』

岬 明乃

「その声って、じゅんちゃん?」

日置 順子

『そうです!あと美千留と光も一緒に居ます!』

武田 美千留

『こちら武田、特に怪我はありません!』

小笠原 光

『小笠原も同じく!!それで、そっちの状況は!?』

岬 明乃

「プラットフォームにはあと20分で到着予定!救出時間はそこまで取れないだろうから、すぐにでも動けるようにしておいて!」

砲術科3名

『『『了解!!』』』

ヘイヴィア

『話は済んだか?んじゃ代わってくれ………クウェンサー、状況はかなりまずいぜ』

クウェンサー・バーボタージュ

「まずくなかった状況なんてあったっけ?まぁ一番まずかったのは、フローレイティアさんにエロ本を見つけられた時かな」

ヘイヴィア

『あまりその話はしないでくれよ、おほほのことを思い出しちまう。でだ、暴走してる野郎のことなんだが』

クウェンサー・バーボタージュ

「ちょっと待った。暴走してるロボットにコードネームを付けよう。その方が呼びやすい」

ヘイヴィア

『キモガエルで良いだろ。こっちが対戦車ミサイルを撃とうとしたら、ジャンプして避けるくらいだし』

納沙 幸子

「普通に月光って呼びましょうよ………」

クウェンサー・バーボタージュ

「だそうだ。俺は月光に1票」

ヘイヴィア

『くそっ、この民主主義大好きっ子がっ』

納沙 幸子

「平等で良いじゃないですか!!日本人は平等が大好きなんです!」

岬 明乃

「あの、もうそろそろ本題を………」

 

このまま言ってたら、日が暮れちゃうよ!

とは言えず、本題に無理矢理戻します。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「おっと、そうだった。んで、何がまずいんだ?」

ヘイヴィア

『暴走してる月光野郎だが、1機だけじゃねぇんだ。正確な数まではカウントできなかったが、何体か辺りをうろついてやがる』

 

そこは意地でも”月光”とは呼ばないんですね。

そんなに平等が嫌なのかな?

 

クウェンサー・バーボタージュ

「そいつらの足止めは可能か?」

ヘイヴィア

『可能だが、かなり危険な橋を渡る必要がある………っておい。まさかてめぇ、また俺に厄引きさせる気かよ?」

クウェンサー・バーボタージュ

「じゃあそばに居る女の子達にでも頼むのか?それじゃ本物の貴族とは言えないぞ?」

ヘイヴィア

『ちょ、おま!ここでそれ出さなくてもいいじゃねぇか!くそっ、分かったよくそったれ。今回も引き受けてやる。ただてめぇも付き合え』

 

相手から貴族と言う単語を聞いて、ふと思いました。

こんな口の悪い貴族は、相手にしたいとは思わない、と。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「そうこなくっちゃ。やっといつもの俺達に戻れそうだ」

ヘイヴィア

『野郎に尻を任せられるいつもなんて、俺から願い下げだけどな』

 

………なんかこの2人のやりとりを見てると、なんとなく懐かしい記憶が蘇ってきます。

悪態とかは言わないけど、代わりにお互いを気遣う言葉を掛け合って多様な気がする。

今日みたいな、晴天の日。

木々の中にある小さな、養護施設。

そこで私は、誰かと会って――――

 

西崎 芽衣

「――、艦長ってば!」

岬 明乃

「!!」

 

思いに耽っていた時、横から誰かに肩を揺すられた気がします。

その人物はメイちゃんで、心配そうに私を見ています。

どうしたの?

 

西崎 芽衣

「大丈夫?さっきからバーボっちに呼ばれてるけど?」

岬 明乃

「えっ?」

クウェンサー・バーボタージュ

「あの、バーボっちは恥ずかしいから止めてほしいんだけど………それより、侵入経路についてだが、問題ある」

岬 明乃

「さっきは死角から突入するって言ってたけど」

クウェンサー・バーボタージュ

「そいつはなしだ。実は暴走してるのは、何もロボットだけじゃない。プラットフォーム全体を防衛してる人工知能も暴走してるんだ。と言っても、そのシステムが暴走したからロボットも暴走したみたいなんだ」

知床 鈴

「それじゃあ、中には入れないんですか?」

クウェンサー・バーボタージュ

「いや、防衛システムは基本的にプラットフォーム内の警備を、外部からの侵入者や船舶、航空機を排除するためのシステムがそれぞれ独立に存在してる」

岬 明乃

「なんで?」

クウェンサー・バーボタージュ

「まだそのAIも研究段階で実用性はまだなんだってさ。だからそれぞれ、”内部に侵入した敵”と”外部から侵入しようとしてる敵”を両方いっぺんに相手するのは難しいんだろうな」

西崎 芽衣

「敵の挟撃からの重点突破!これぞ将棋のワンシーンみたいな展開だな!」

クウェンサー・バーボタージュ

「俺達は生きた駒って訳ですか。笑えないね。盤面があるならヘイヴィアの出番だけど、今は手が離せないしな」

知床 鈴

「で、でも、なんで不完全な人工知能をそんなに広く使ってるんでしょうか?」

クウェンサー・バーボタージュ

「試験の一環だってさ。一部のプラットフォームしか使えないんじゃ防衛システムとしては不完全。だからプラットフォーム全体に防衛システムを行き届かせることで、どれほどの効果があるかを実証中だったんだってさ」

岬 明乃

「それが失敗して、じゅんちゃん達が危ない目に遭ってるなんて………」

 

それにしても、と思う。

こんな偶然なんてあり得るのでしょうか?

完璧だと思われていた人工知能の実験が失敗して、挙げ句の果てには暴走。

そして同じタイミングでじゅんちゃん達が居合わせて、今まさに危機に瀕している。

さらに居合わせたのが、今日出会ったクウェンサー君の相方であること。

私は、何者かによって仕組まれているのではないかと思わざる終えません。

 

西崎 芽依

「不運が重なっちゃったね。副長、今居ないけど」

立石 志摩

「うぃ」

納沙 幸子

「クウェンサーさんって、人工知能に否定的ですね?アニメじゃ定番で、ロマンの塊なのに!!」

クウェンサー・バーボタージュ

「あのね、アニメと違ってこれは現実なの。フレーム問題を解決できて、対人との連携が取れるようにならないと」

 

対人との連携。

その言葉にふと、あの時言われた言葉を思い出しました。

中央研究所で言われた、あの一言。

 

??????

『人間だって間違える。単純な作業であっても、な。その点、AIやロボットは違う。間違いがなく、不満も言わない。まさに理想的じゃないか』

 

その言葉を聞いて、私は頭で即座に否定します。

完璧だって?

なら、どうして私の仲間を傷付けようとするの?

その考えが、頭から離れません。

だから私は、その答えを知りたくてほぼ無意識に、クウェンサー君に聞いてしまいました。

様々な専門的な知識を有している彼なら、きっと答えてくれるんじゃないかと期待して。

 

岬 明乃

「クウェンサー君」

クウェンサー・バーボタージュ

「ん?どうした?」

岬 明乃

「教えてほしいんだ。クウェンサー君は――――」

野間 マチコ

『海上プラットフォーム視認!距離10000、方位30!』

 

と、ここで伝声管から野間さんの声により、後に続く言葉は消えてしまいました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「っ、いよいよ、か。それで明乃、聞きたい事って?」

岬 明乃

「あ、う、ううん、何でもない!別に大したことじゃないから。それよりも」

 

内容を理解し、その方向へ双眼鏡を向けると、目的地が見えてきます。

同時に、息を飲み込みました。

海の上に浮かんでいるのは、間違いなく構造物。

だけど、その構造物から黒煙が靡いていて、空の色と混じり合います。

所々から消火するためか、火元に向かって放水されていますが、勢いが強くて鎮火できる気配がありません。

そしてプラットフォームの足下に、いくつかの救命ボートが下ろされていて、浮いています。

遠目から見ても、人が乗っているのが見えます。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「くそ、思った以上に被害がデカいな。ヘイヴィアは上手くいったんだろうな」

岬 明乃

「?その人に何か頼んだの?」

クウェンサー・バーボタージュ

「あれ、言わなかったっけ?俺達がプラットフォームへ突撃する際、外部防衛システムが作動しないようにヘイヴィアに頼んだんだよ。それに失敗すると、対艦ミサイルを撃ち込まれるからな」

知床 鈴

「た、対艦ミサイル?」

納沙 幸子

「えーっと、ヘイヴィアさんから送られたデータによると、RGM-84、愛称”ハープーンミサイル”ですね。うわ、すごい!マッハ1近くで飛んでくる代物で、射程が140km!?」

クウェンサー・バーボタージュ

「長距離射程のミサイルが飛んでこないところを見るに、無力化に成功したみたいだな。待ってろ、今ヘイヴィアに確認を――――」

 

するとその時、黒煙の中から1本の細長い物体が飛び出るのを見逃しませんでした。

最初はポールか何かが倒れてくるのかと思いましたが、こちらへ真っ直ぐ飛んでくるのを見ると、それは間違いだと気付きます。

あ、あれってもしかして………。

 

すると同時に。

頭の中でフラッシュバックが反映されました。

 

――――私がリンちゃんに向かって、何かを叫ぶ。

その後でクウェンサー君に何かを聞かれて。

でも私は答えられずに、ミサイルが艦橋目がけて――――

 

気付いたら、私は叫んでいました。

 

岬 明乃

「リンちゃん、面舵いっぱーい!!」

知床 鈴

「お、面舵いっぱい、ヨーソロー!」

八木 鶫

『艦長!こちらに向かってくる高速物体を確認!速度は、えっ、嘘!?音速で接近中!!』

クウェンサー・バーボタージュ

「くそっ、ヘイヴィアの奴、しくじったな!?うわぁ!?」

一同

「「「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

船が急な回避行動を取ったため、クウェンサー君が倒れそうになります。

向きがすぐにミサイルに対して平行するような方向になると、急いで距離を取ろうとします。

が、音速飛行体と艦船では追いかけっこにもなりません。

だけど、次にやらなければいけない事は、もう分かっていました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「このままじゃ、恰好の良い的だ!この船にフレアやCIWSは積んでないのか!?」

岬 明乃

「自動化が進んでるとは言え、兵器までは自動化されてないよ!でも火元になるモノだったらあるよ!!」

クウェンサー・バーボタージュ

「どこにある!?」

岬 明乃

「クウェンサー君が今まさに掴まってる木箱がそう!中身は花火だから、それを使って!」

クウェンサー・バーボタージュ

「メイ、タマ!手伝ってくれ、俺一人じゃ出来ない!」

西崎 芽依

「何か考えがあるんだな、わ、分かった!行こう、タマ!」

立石 志摩

「うぃ!」

 

3人が木箱を持って艦橋を飛び出すと、私は急いで機関室に伝声管を張る。

 

岬 明乃

「クロちゃん、速度ってどれくらい出せる!?」

柳原 麻侖

『最大戦速まで出せる!さっきまで機関をいじってたあの兄ちゃん、すごいな!まだぐずらねぇや!』

岬 明乃

「機関、最大戦速!ハープーンミサイルを全力で回避するから、みんな衝撃に備えて!」

一同

『『『『了解!!』』』』

クウェンサー・バーボタージュ

「明乃、こっちの準備は完了した!急いでこの海域から離脱しろ!」

岬 明乃

「了解!リンちゃん、取り舵90度!」

知床 鈴

「と、取り舵、90度!」

 

号令と共に、私やみんなは耐衝撃姿勢に入ります。

私も近くの柱に掴まり、ぐっと両手に力を込めます。

そして――――

 

背後からの大爆発が起きたのは、それからものの数秒後のことでした。

船体が激しく揺れ、強い衝撃が加わりそうになります。

世界がぐらりとひっくり返ったのかと思うくらいです。

 

岬 明乃

「わあぁぁ!?」

 

背中から地面へ叩き付けられそうになりますが、そうはなりませんでした。

ゆっくりと目を開けると、クウェンサー君が心配そうにこちらを見つめていました。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「明乃、大丈夫か?」

岬 明乃

「っ、あ、う、うん」

 

一瞬だけドキリとしますが、私は慌てて立ち上がり、周囲の状況確認へ移ります。

痛そうに腕や足を擦る子はいるけど、特に医務室へ運ぶ必要はなさそう。

 

岬 明乃

「みんな、大丈夫!?」

柳原 麻侖

『機関科、異常なしでい!』

野間 マチコ

『こちらも異常ありません!』

勝田 聡子

『こっちも問題ないぞな!』

和住 媛萌

『こっちも問題なし!応急修理が必要なら、いつでも言って!』

納沙 幸子

「私達も大丈夫です!ハープーンミサイルを撃墜しました!」

クウェンサー・バーボタージュ

「よっしゃ!途中からヒヤヒヤしたけど、何とかかわしたな!」

岬 明乃

「かなり際どかったけどね。でもみんなが無事で良かった………」

知床 鈴

「でも岬さん。あのミサイルは、花火なんかでかわせるものなの?すごく速度も出てたし………」

岬 明乃

「ハープーンミサイルは、ロックした相手の熱源を探知して自動的に追尾するシステムを採用してる。だから熱源になるようなモノを近くにばらまけば、それに反応して誤爆するんだよ」

納沙 幸子

「熱源………ああ、だから火元として花火を利用したと」

クウェンサー・バーボタージュ

「そういうこと。まぁでも、正直に白状すると、ほとんど賭けだったけどね。ハープーンが花火に食い付くかなんてさ」

納沙 幸子

「でもよくとっさに思い付きましたね。ミサイルが発射されてから、時間なんて経ってないでしょうに」

クウェンサー・バーボタージュ

「………これも全て、図書館で読んでた書物の賜物だな、明乃」

岬 明乃

「えへへ………」

 

彼が近寄ってきて、耳打ちをしてきたのと、褒めてくれたことで思わず頰が緩んでしまいました。

そう、なにも読んでいたのは、一昔前の戦争の歴史書だけじゃない。

現代の戦争の在り方や、その武装までも一通り目を通しておいたのです。

一安心したと思い、ふと、腕に触れていて初めて気がつきました。

腕が震えていたのです。

 

――――時代が変わるにつれて、戦い方も変わっていった。

艦隊決戦から………航空決戦へ。

そして、それらと平行するように存在する、私達の世界にはないミサイル技術。

噴進魚雷に似たこの技術は、戦術においても運用方法が大きく変わっていった。

魚雷を発射するかと思いきや、直接相手の艦を狙い撃つような方法へ。

実際の戦闘で、その戦いを見た私は、その脅威について身をもって知ることとなりました。

 

今でも鳥肌が止まらず、ずっと震えたまま。

心臓が鼓動を打つたびに、ズキリと頭が痛みます。

すぐそこに死が迫ってきていたと。

 

それともう一つ。

さっきのフラッシュバック。

明らかに不自然な点が起こっていました。

私が、ハープーンミサイルの回避に失敗してしまった映像が、鮮明に映し出されました。

それがやけにリアルで。

少しでも対応が遅れていたら、ミサイルの火に飲まれていたのかも知れないと思うと、ゾッとしてしまいます。

誰かの返り血が、私の顔に張り付いて――――

 

クウェンサー・バーボタージュ

「明乃。大丈夫さ」

 

そんな心中を察したように、クウェンサー君が私の肩をポンッと置いてくれました。

彼は続けます。

 

クウェンサー・バーボタージュ

「とっさの判断であの場面を切り抜けられたんだ、自分をもっと信じてもいいはずだ。ま、軍人でもない俺が言っても説得力皆無かな?」

岬 明乃

「!!う、ううん、そんな事ないよ!でも、その………ありがとう」

 

嬉しいのと同時に、こうも考えてしまいました。

………なんだか、私は、周囲の人達に気を使われてばかり、だな。

落胆にも近いため息と、肩の荷が少しだけ下りたような息を吐くと、私はリンちゃんに。

 

岬 明乃

「リンちゃん、大丈夫?舵取りできる?」

知床 鈴

「大丈夫だよ岬さん。それで、どの航路を通るの?」

岬 明乃

「これから海上プラットフォームへ真っ直ぐ向かうよ。クウェンサー君、ハープーンミサイルはもう飛んでこないよね?」

クウェンサー・バーボタージュ

「………今確認を取った。レーダー施設を破壊したから、もう対艦ミサイルは、ターゲットに対してロックオンができない。これでもう障害はなくなったぞ」

岬 明乃

「ありがとう」

 

コクリと頷いて、伝声管や艦橋に居る皆に向かって宣言する。

 

岬 明乃

「これから私達は、海上プラットフォームへ急行します。でもその前に、みんなに聞いてほしいことがあります」

 

一間置いてから、ゆっくりと話します。

 

岬 明乃

「さっきのハープーンミサイルの攻撃が行われました。幸いにも攻撃は防ぐことに成功し、けが人も出ませんでした。でもこの先、相手からどんな攻撃が繰り出されるか、全く予測できません。少なくとも、私達がいた世界の常識を覆す手段を行使してくるかも知れない」

 

先程のミサイル攻撃を目の当たりにし、回避には成功した。

だけど、今回は偶然かもしれない。

いや、たまたま上手くいっただけなのだろうとさえ思える。

次に更なる方法で私達に被害が及ぶかも知れない。

さっきの映像の二の舞になるかも知れない。

 

岬 明乃

「ほとんど情報がない中で、戦いに向かうのは非常に危険なのは私も承知しているよ。でも、仲間を放っておけないのも事実です」

 

脳裏に不安が巻き起こりますが、それを表に出すわけにはいきません。

見られたら、きっと不安がるだろうから。

それと………私自身に言い聞かせるように。

勇気を振り絞るように。

 

岬 明乃

「だからみんな………行こう!」

 




戦闘念写が、かなり難しい(小並感)
出てくる兵器をウィキペディアさんなどを見てステータスを確認して、
それに沿った戦闘を表現する。
くぅー、これが上手く表現できる方はすごい。

さて、次回の更新は6月頃を予定しております。
引き続き、戦闘念写が出てきます。
MSF側から、あの方が登場します。

次回も、お楽しみに。



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第20話 マーメイドは微笑まない~プラットフォーム奪還戦Ⅱ~

――――人間の偉大さは、恐怖に耐える誇り高き姿にある――――プルタルコス

どうも皆さんおはこんばんにちは。
作者であります!

6月中に上げるのは、叶いませんでした。
申し訳ありませぬ('・ω・')
今回も引き続き戦闘念写が入ってきます。
そして今回から、本ストーリーの裏の顔がちょっとだけ覗きます。
ある人物の記憶が一部だけ蘇り、そして覚醒します。

では早速どうぞ。




2012年、7月23日、13;03;45

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海

 

兵士1

「こっちに負傷者が出た!担架を持ってきてくれ!すぐにだ!」

兵士2

「負傷者はすぐ近くの救命ボートで脱出させろ!動ける奴は隣のプラットフォームから脱出するんだ!」

研究員1

「持てる研究資料だけ持つんだ!君、そんな大きな荷物は置いていくんだ!」

研究員2

「しかし、これは長い年月を掛けてようやく結果が出そうなデータなんです!置いて行くには!」

研究員1

「君が死んだら元も子もないだろ!とにかく、必要なモノだけを持つんだ!!早く!」

 

現場へ到着した時、もう既に地獄図絵でした。

晴風を近くへ止め、必要最低限の乗組員だけを引き連れました。

あまり多くの子達を連れていくと、かえって混乱すると思ったからです。

こう言った多くの人々が避難させる際は、こちらの人数は可能な限り抑えます。

 

プラットフォームへ乗り込んだのは、

野間 マチコ、松永 理都子、姫路 果代子、立石 志摩、西崎 芽依

そしてクウェンサー・バーボタージュ君。

 

上記の子達だと、戦闘の要として役割を担っているから、彼女達に出てもらいました。

今はもう戦闘もないので、救助へ向かわせました。

 

艦橋組は私、ココちゃん、リンちゃんが残ります。

………私達も一緒に乗り込んでしまうと、いざ指揮が必要な時にすぐに動けなくなるので、残念ですが晴風で待機します。

火災炎上中のプラットフォームから視線を逸らすと、無線が入りました。

心拍数が僅かに上昇しますが、ココちゃんとリンちゃんを不安にさせないように、極力冷静な態度で臨みます。

 

??????

『――ら、MSF司令部!応答――!』

 

無線からは雑音が入りながらも、何とか会話が可能なようです。

聞き取れない部分が一部あるけど内容は多分、

”こちら、MSF司令部!応答せよ!”かな?

 

岬 明乃

「こちら、えと、レスキュー隊の者です!皆さんを救助しに参りました!」

 

とっさに、自分達の身分を偽る事に疑念を抱いたのか、ココちゃんとリンちゃんが互いに目を見合わせつつ、私を見つめてきました。

………現状の悲惨さを目の当たりにして、相手に正直に自分達の身分を明かして良いのかまでは考えてませんでした。

深く反省しつつも、相手の声に耳を傾けます。

 

??????

『――か、君達が――なのか?思った以上に―――』

 

またも雑音が入り聞き取れませんでしたが、どうやら相手はこちらに驚いているようです。

 

??????

『おっと、失礼――。俺はMSF副司令の―――――ミラーだ」

 

相手が素性を明かします。

だから私は、MSF副司令官であるミラーさんに答えます。

 

岬 明乃

「駆逐艦艦長の岬明乃です!早速ですが、救助の手が回ってない箇所を教えてください!」

 

航洋艦と名のならかったのは、この世界では存在しない艦種だから。

少しでも混合を紛らわすために、こちらの世界の用語に合わせます。

しかし駆逐艦と名乗ったのがまずかったのか、相手は更に動揺しているようです。

 

ミラー

『ん?レス――――なのに、駆逐艦の艦長――?まぁいい、それは後だ!』

 

惨状を前にして、すぐに冷静さを取り戻すあたり、さすがはこの施設をトップであるなと感心します。

 

ミラー

『避難は―――9割は完了――いる!あとは避難に当たっている兵士と俺達―――!だから君達の船に乗せてくれれば完了だ!居場所を教えてくれ!』

岬 明乃

「了解です!場所は――――」

 

場所を伝えようとして、結局はそれは叶いませんでした。

なぜなら、目の前のプラットフォームが大爆発を引き起こし、艦橋のガラスが割れたからです。

 

岬 明乃

「!?」

納沙 幸子

「きゃあぁぁぁ!」

知床 鈴

「ひ、ひいぃぃぃ!?」

 

突然の事だったので、驚いて目を閉じ、両腕で飛んでくるガラスの破片を防ぎます。

だけど全ての破片を防げず、顔や腕、両足にいくつか突き刺さります。

 

岬 明乃

「ぐっ!?」

 

あまりの痛さに、私は思わずその場で崩れ落ちてしまいます。

手足はビリビリと痺れるように痛み、それが続くような錯覚を起こし、やがて吐き気もしてきます。

だけど、意を決してゆっくりと目を開眼すると――――

 

知床 鈴

「み、岬さん!」

納沙 幸子

「か、艦長!!大丈夫ですか!?」

 

鈴ちゃんが、ココちゃんが私に駆け寄って来てくれました。

2人を見上げると、擦り傷がいくつかあるだけで、重傷は負ってないようで、安心します。

そして私の身体を見下ろすと。

 

納沙 幸子

「!!み、岬さん、その傷………!い、急いで美波さんに!」

知床 鈴

「ひっ!!」

岬 明乃

「だ、大丈夫、だよ」

 

ぎこちない笑みを浮かべると、私は力を振り絞って、何とか立ち上がります。

若干ふらつきながら、近くの物に掴まります。

私は――――血がだらだらと出る右肩に手を当てつつも、無線機を握ろうとして、そこで気付きました。

無線機は一目で見てわかるほど、壊れてしまっていたのです。

奥歯をぎりっと噛み締めると、ココちゃんに振り返ります。

 

岬 明乃

「ココ、ちゃん。伝声管でつぐちゃんに、知らせて。艦橋の無線機が壊れたから、そっちを借りるよって」

納沙 幸子

「でもその前に、艦長の手当てが先です!!」

岬 明乃

「だから、大丈夫だって――――」

納沙 幸子

「全然大丈夫じゃありませんよ!!だって、艦長の頭から、こんなに血が出てるのに!」

岬 明乃

「えっ?」

 

ココちゃんは耐え切れず、涙を流しながら手鏡で私を映してくれました。

………ココちゃんの言う通り、私の頭からかなりの量の血が出てしまっていました。

出血した血は、顔の左半分を埋め尽くし、それに伴い左目も開かない状態でした。

まるでゾンビ映画に出てくるような風貌に、私は愕然としてしまいます。

 

ああ、そうか。

だからこんなにも、立つのに苦労したんだ。

片目が開かないから、平衡感覚も認識できないから。

 

 

 

 

 

 

 

だ っ て 左 目 が 使 い 物 に な ら な い か ら

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクンッ

 

その事実を認識した途端、私の世界が真っ赤に染まりまシタ。

周囲のオトもみんな消エ、あれだけ騒がしかったのに、マッタク聞こえません。

 

ドクンッ、ドクンッ

 

それよりも、シンゾウノ音がウルサイ。

ココチャんやリンちゃんも私のカタヲユスッテくるが、ワタシハそれを払いノケル。

 

知床 鈴

「――――?」

納沙 幸子

「―――!―――!」

 

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ

 

フタリガなにかイッテイルガ、マッタクミミニはいらない。

ソンナコトヨリモ、シンゾウノバクバクとしたオトがウルサクテしょうがナイ。

 

納沙 幸子

「岬さん!!」

 

ガシッ。

普段の私のヨウスガ違うのに驚いたのか、ココちゃんが私の背後から取り押さえようとシマス。

や、やめ、て………。

 

岬 明乃

「――――――――!!」

 

そこで、私ノナカにある凶暴な力ガワイテキテ――――

彼女の意識は、そこで途切れた。

 

 

2012年、7月23日、13;16;43

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 砲術員

武田 美千留(たけだ みちる)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海 海上プラットフォーム『司令塔 第2エリア』

 

武田 美千留

「はぁ、はぁ、はぁ………ぐっ」

 

私は複雑に入り組んだパイプや通路を止まらずに、そのままのペースで走り続けていた。

そのせいか、息が途切れかけるが、止まるのもまずい。

マスクをしているから余計に息が曇り、ガラスが湿って前が見づらくなる。

本当はマスクを外したいけど、周囲に有毒ガスが充満しているため、無闇に外すのもまずい。

訓練課程の一環で特殊部隊風の隊服を身にまとっている。

それよりも。

それよりも身体中に出来た擦り傷や火傷が痛んでしょうがない。

だから私は、危険を承知で一度、物陰に隠れて傷の手当てをする。

痛む傷を我慢しながら、ふと、つい数刻前の出来事を思い出していた――――

 

………私は順子と光とで、このプラットフォームで行われる射撃訓練を受けていた。

岬艦長の紹介で、町長と知り合いになり、どこか訓練出来る場所がないかを尋ねた。

すると、渋々だがここの事を聞いてその情報から、私達はこのプラットフォームへ赴いた。

 

まぁ、なんで射撃訓練なんて参加したかったのかと言うと………もっと、もっと強くなりたかったから。

肉体的にも、精神的にも。

だからこの情報は渡りに船だった。

なぜなら、射撃訓練だけでなく、戦闘訓練も受けられるからだ。

ならば話は早い。

すぐに行くと返答すると、2人も行きたいと言い出したのだ。

その時、私はすごく焦った。

だって、私が強くなりたかったのは、この2人ともう1人………のために自分に課した訓練だったからだ。

ああ、勘違いしないでほしいんだけど、晴風クラスの友達も当然、力になりたいと思ってる。

大切な人に優先順位を付けられる程、私は勇気を持てなかった。

 

だけどこの2人と、もう1人を守る気持ちは、人一倍も強かった。

………理由は今は言えないけど、次こそは。

次こそはあの人のために。

 

話は変わるけど、途中までは光と順子、あと口の悪い不良のそばに居たのだが、暴走した月光の襲撃を受けてしまい、散り散りになってしまった。

合流したいけど、皆がどの位置にいるのかが分からないため、それは望めない。

 

武田 美千留

「うっ、ぐ!!」

 

唐突な痛みに顔をしかめる。

傷の手当てをしていると、傷口から血が流れ出し、痛み出したのだ。

傷口を抑えると、フラフラと立ち上がる。

いつまでもこんな場所で立ち止まっていたら、またいつ奴に追い回されるか――――

 

武田 美千留

「っ!?」

 

回想に溶け込んでいたら、頭上から物音が聞こえた。

真上を見上げると、私の顔から血の気が引くのを感じられた。

そこには、器用に両足を使って、壁に張り付いている”月光”が私を見下ろしていた。

 

武田 美千留

「嘘でしょ!?くっ!!」

 

するとカメラで私の姿を捉え、そしてその巨体を私目がけて落としてきた!

 

武田 美千留

「ぐっ!!」

 

間一髪のところでその巨体から回避すると、ドスンッ、と大きな音を出しながら着地する。

あの巨体の下敷きになったらと思うと、私は身震いするが、そんなのは後で良い。

私は月光を真正面から捉えると、月光もこちらを振り向く。

 

ズキリッ

 

無理に回避したせいか、傷が再び痛み出す。

だけどそんなことを構っていられるほど、楽観視できない。

その証拠に。

案の定、月光が先手として猛ダッシュして来た。

どうやらこっちの事情はお構いないみたい。

 

武田 美千留

「!!」

 

私も、血迷ったのか月光に向かって駆け出していた。

もうどこに逃げても追ってくるなら、もういっその事、立ち向かった方が生き残れるかもしれない。

そう身体が勝手に判断したのかもしれない。

内心で呆れていると、月光は次のアクションで右足を繰り出し、私を蹴飛ばそうとするが――――

 

武田 美千留

「ふっ!」

 

私はそれを前回り受け身で回避し、月光の両足の間を滑り込む。

そして素早く立ち上がると、担いでいたライフルを構え、月光の両足に撃ち込む。

高速で飛ぶ弾丸は月光の両足に殺到していく。

2発くらい外したけど、ほとんど命中し、両足から緑色の液体が漏れ出した。

………あの不良男が持ってた端末に送られたデータによると、あの月光の両足は生体パーツだ。

なら弾を撃ち込めば、いずれかはダメージに耐えきれずに破損する。

だけど――――

 

武田 美千留

「くっ、5.56ミリを撃つ程度じゃあ、あのパーツにダメージは与えられないか!!」

 

対して、悠々と巨体をこちらへ向ける月光。

両足に僅かなダメージしか与えられず、思わず舌打ちする。

これは、RPG並の破壊力を持った兵器でないと、太刀打ちできない。

何か有効な兵器がないかどうかを探す。

すると近くの巨大なタンクに目が行った。

”OIL TANK”

 

――――あれって確か、司令部で一度、チェックされるオイルタンクだよね。それから各プラットフォームに送られるから………!

そう表記されているのを見て、すぐに閃いた。

すぐそばには海。

ドアが開いたままのトラック。

 

私はライフルの残弾を素早くチェックする。

うん、行ける!!

 

武田 美千留

「お願い、行って!!」

 

私は走りながらライフルを撃った。

狙いは、オイルタンク本体。

カンカンッ、と乾いた音が何発か響くと、やがてオイルタンクに小さな穴が空く。

そこからオイルが少しずつ漏れ出していき、やがて月光の足下まで到達する。

ここで私はドアが開いたままのトラックへ乗り込んだ。

幸いにもキーは指しっぱなしで、回したらすぐにエンジンがかかった。

その間にも、月光はオイルによって足を滑らせ、上手く立ち上がれないでいた。

その姿に滑稽に思いながらも、私は思いっきりアクセルペダルを踏んだ。

 

巨大な車体が月光へ向かって突進していく。

そう、これは月光を海へ突き落とすための作戦だ。

後は月光に体当たりをする寸前で飛び降りれば、作戦完了だ。

もう既に目の前に月光が迫ってきたが、ここでトラブルが起きた。

 

武田 美千留

「っ!?」

 

トラックが地滑りを起こしてしまったのだ。

月光の回りにはオイルが漏れていたのだから、その上を通過するのだから当然と言えよう。

だけど月光をいち早く倒したいがために、問題点を頭の隅に追いやってしまった!

そして考える間もなく、トラックはやがて月光へ激突した。

 

――――考えてるヒマはない!もう飛び降りよう!

 

激突した衝撃で視界が歪んでいたが、アドレナリンが過剰分泌されたせいか、周囲の世界がスローモーションしている錯覚に見舞われた。

恐怖なんて感じている余裕さえない。

何とかトラックから飛び出したけど、当然、受け身なんてまともに取れるはずもなく、地面へ激突した。

 

武田 美千留

「がはっ!!」

 

背中から激突し、何度もバウンドする。

ぐるぐる回る視界を目にしながら、両腕で何とか自身の身体を守ろうとする、が。

ようやく止まったところで、私は全く動けなかった。

身体中がズキズキと痛み、指一本も動かせない。

多分だけど、複雑骨折、してるよね………。

息をするのも、かなりの苦痛を伴う。

呼吸も乱れ、胃の中身が逆流してしまうけど、胃液しか出てこなかった。

泣き叫びたい衝動に駆られるけど、生憎、そんな似たような場面なんて、既に何度も経験済みなのだ。

簡単に泣いてなんてやる、ものか!!

 

歯を必死に食いしばって、辛うじて動かせる左腕を前へ突き出しながら、身体を匍匐前進させる。

その間にも身体中が悲鳴を上げるが、私は構わず前へ進み続けた。

この目で、この目であいつが海の底へ沈んだのを確認しない限り、安心できない!

その一心で、私は左腕に力を込め続ける。

 

武田 美千留

「はぁ、はぁ、はぁ………あ、いつ、は?」

 

やっとの思いで階下が見える場所へと着いた。

そこで力尽きたのか、頭と左腕を出した状態で階下へ広がる海を見つめた。

海面にはプラットフォームから投げ出された廃材やボートなどが、虚しく徘徊している。

その中に、大小様々な気泡が浮かんでいるのが見えた。

ここで、月光が落ちた、と判断する。

 

武田 美千留

「はぁ、はぁ。うぐっ、ようやく、あいつを倒せた………」

 

ようやく月光を沈黙させることに安堵する。

そのせいか、痛みは先程よりも大分薄れてきていた。

仰向けになってマスクを取り外して、顔から網状の布を脱ぎ捨てると、今度は反対の広がる青空へ目を向ける。

黒煙や燃え盛る海上構造物を除けば、今日は満点の青空だ。

思いっきり空気を吸うと、肺が酸素によって満たされ、全身に行き渡る。

たったこれだけなのに。

たったこれだけで、生きていると実感できてしまう。

それがなんとなく嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。

 

――――自分がなんでここまでして、危ない橋を渡って、命がけで戦わなくてはいけないのか。

そんなちっぽけな争いなんぞどうでも良くなりそうな一言を思い浮かべると、私に変化が訪れる。

両目の瞼が徐々に重みを増していくのを感じる。

身体も言うことを利いてくれないようで、ただ、その身を任せるしかない。

と、思っていたが。

 

武田 美千留

「近くに救命ボート、ないかな。これ以上は、ほんとにきつい………」

 

周囲に目を凝らすように顔を上げる。

が、唐突に彼女に影が落ちてきた。

それと同時に。

 

ドスンッ

 

私のそばで、何か巨大な物体が上から落ちてきたような音と揺れが、私に降り注いだ。

――――私はその正体に気付くと、頭の中が真っ白になった。

そこには、私と対峙するかのように月光が立っていたのだ。

 

武田 美千留

「………は?」

 

私は、自分が見ている光景をすぐに受け取れなかった。

いや、理解できなかったと表現するのが正しいか。

だって先程倒したはずの月光が、なぜ自分の目の前に鎮座しているのか、疑問が湧く。

しかしよく観察してみると、この月光、足の部分が縦に亀裂の様な傷が入っている。

その傷から、液体が漏れ出している。

さらに、この月光はボディの所々が濡れていた。

これらの情報を基に考えると――――

 

武田 美千留

「この月光、さっき海面へ落ちたはずの月光だって言うの?」

 

そう口にすると、月光はその問いに答えるように、牛のような鳴き声を発する。

………どうやら私の考えは当たっているようだった。

それにしたって、色々と規格外すぎるでしょ、この機体。

なんて呑気な考えが浮かんでいた。

 

私は今、怪我の影響でその場から動けなかった。

両足は引きずらないといけないし、怪我したところは両手の指の本数を軽く超してるし、傷口もズキズキと痛み出す始末。

そう感じた途端、命の危機に瀕している事態を再び察知した。

とっさに、手元にあったライフルを月光に向けて、発砲するために引き金を引くが。

出てきたのはカチッ、カチッと虚しく弾切れを知らせる音だった。

 

武田 美千留

「っ!?た、弾切れ!?う、嘘でしょ!?」

 

唯一、頼りにしていたライフルも、弾がなければただの重りにしかならない。

投げ捨てると、私は身体を引きずりながら、後ずさる。

だけど背後は海面であり、逃げ道にならない。

ここから海面まではそれなりの高さがある。

ダメージを負ったこの身体が、飛び込んだ後でも問題なのかも分からないのだ。

月光も先程の攻撃を受けたからか、武器さえ持っていない私を必要以上に警戒しているように見える。

さすがは、学習機能を有してるAIを積んだ機体だこと。

クソが。

 

武田 美千留

「………っ」

 

手持ちもない、身体も自由に動けないし、さらには逃げ場もない。

仲間や応援だって期待できない。

相手の不具合に関しては以ての外だ。

まさに八方塞がりだった。

――――私、ここで死ぬのかな。

光や順子は、無事に逃げられたかな。

月光がこちらへゆっくりと近付いてくる。

まだこちらを警戒しているのか、武装を取り出そうともせず、ただこちらを眺めているだけだった。

ただ単に武装が故障しているかもしれないが、どうでもいい。

 

本音を言えば、私はまだ生きていたかった。

光や順子、タマちゃんをはじめ、多くの仲間達。

仲良くなった友達と言ってもいい。

もう彼女達に会えないと思ったら、途端に両目の涙腺が崩れかける。

元の世界へ戻って、皆を助けて、また皆で色んな海で航海をして。

自分の腕をもっと磨いて、大切な人達を助けたり、助けられたりしたかった。

ごめんなさい。

皆、先に逝く私を許して下さい。

そして――――さん。

私は、あの時あなたに助けられた恩を、今でも忘れません。

だから、ごめんなさい。

私はゆっくりと瞼を閉じる。

月光が何か動きを見せるが、これ以上見ていたら、恐怖でみっともない最後をさらしてしまうから、両目を閉じたのだ。

 

??????

「――――――――――!!」

 

だけど。

誰かの声が聞こえたと思った瞬間、

 

シュッ

 

私の身体が一瞬だけ宙に浮いたかと思えば、猛スピードでどこかへ連れ去られる錯覚に陥った。

実際は気のせいなのだろうが、私は怖くて目を開けることは出来なかった。

身体を縮こまらせ、ビクビクと震えていた。

 

??????

「もう大丈夫だ。両目を開けて?」

 

その声に、私は聞き覚えがあった。

力強くて、それでいてホッとするかのような声色。

聞き間違えるなんて、あり得なかった。

あの時だってそうだ。

この世界へ飛ばされる前に、前の世界でかつて、あの人に助けられた時だ。

同じ台詞が、今この場で聞いたのは。

皆のために命をかけて、危険を顧みずにクラスからの絶大な信頼を勝ち取り、今なお私達を導いてくれる――――

 

武田 美千留

「か、艦長!」

岬 明乃

「すまない、来るのが遅れてしまって。怪我はないか?」

 

そう。

我らの艦長、岬明乃さんだった。

その彼女は、私を励ますように笑みを浮かべていた。

ただ気になるのが、顔の半分が血に染まっていることだった。

それに、片目もずっと閉じたまま。

 

武田 美千留

「それよりも艦長、その怪我は!?ひどい怪我じゃないですか!」

岬 明乃

「………少し頭を切っただけだ。かすり傷だよ。それより、美千留。歩けるか?」

武田 美千留

「!!」

 

私を名前を呼び捨てにする。

そんなことをするのは、私達が知ってる岬さんしかいない!!

もしかして、岬さんは――――

 

武田 美千留

「艦長、もしかして記憶が………いづ!」

 

岬さんに抱えられた状態から脱出すると、身体に電流が走ったように身体が痛み出した。

 

岬 明乃

「!!その怪我じゃ歩けそうにない。状況も切迫してるし………なら私が君を運ぶから、掴まってて」

武田 美千留

「でも………はい、分かりました。お言葉に甘えます!」

 

状況はかなり深刻化しているようだから、反論はせずに、大人しく彼女の指示に従う。

すると岬さんは、私を――――

 

武田 美千留

「わぁ!?」

岬 明乃

「これから飛ばすから、あまり喋らない方が良いよ。舌を噛むから」

武田 美千留

「え、あの、うわあぁぁぁ!?」

 

岬さんは、私をお姫様抱っこすると、再び猛スピードでプラットフォーム内を駆け巡った。

私は内心ドギマギしながら、岬さんを見つめていた。

今は片方の、髪が邪魔でもあったけど、流血してる方の顔しか見えてないから分からず、表情が読めなかった。

よく見ると、岬さんも所々に切り傷や流血の跡があった。

私達を助けるために、危険を顧みずにここまでやって来てくれた事の裏付けだった。

そんな状態なのに、私を抱えて皆の元へ向かっている。

本当に、本当にこの人には頭が上がらない。

 

――――私よりもずっと小さい身体なのに、私を抱えてる上に、こんなスピードで走れるなんて。

景色が次々と過ぎていっては、さっきの月光と距離が開いていってしまう。

私もまだまだ鍛えないと、この人の役には立てない。

そんな自分が嫌で、光と順子と共にこのプラットフォームで訓練を受けていたのに。

こんな事故に巻き込まれて。

挙げ句の果てにはクラスの皆も巻き込んでしまい、自分が情けなく思う。

 

岬 明乃

「………美千留」

武田 美千留

「!!は、はい!」

岬 明乃

「今、もしかして私達に迷惑を掛けたことを気にしてるんじゃない?」

武田 美千留

「!!」

 

図星だった。

その時。

目の前に壁が立ち塞がっていたが、岬さんはクルリと華麗な身のこなしで避けてみせる。

その際に髪がふわりと浮いた。

彼女の表情は、とても穏やかであった。

今この場は火災と崩落によりヒドイ有様となっているが、そんなのは関係ないくらいの可愛らしい笑みだった。

 

岬 明乃

「慌てないで?強くなろうとするのは、立派なことだよ。でもその過程の中で、危険な目に遭って私に迷惑が掛かると思ってるなら、それは勘違いだよ」

武田 美千留

「えっ?」

岬 明乃

「だって、私は嬉しいよ。美千留が強くなろうって考えて、ここへ来て訓練を受けて。前へ進もうって意思がこっちにまで伝わってくるんだ。だから、嬉しい。それに私よりも強い」

武田 美千留

「そ、そんな!私よりも艦長の方が強いです!私達が途方に暮れている時だって、自分が辛いのに私達を励ましてくれて!事件が起きた時だって、真っ先に弁護士を務めて!その背中にあまりにも多くの責務を背負ってるのに、誰にも弱音を吐かなくて!」

岬 明乃

「そうじゃない。そうじゃないんだよ、美千留。私が”強い”なんて言われる資格なんて、もうないんだ」

 

岬さんは諦めに近い表情を浮かべて、自らを自嘲する。

私には何のことか分からないので、疑問を口に出来ない。

だから何に苦しめられているのかも、私には知る由もなかった。

 

武田 美千留

「っ………」

岬 明乃

「私には出来なかった。でも君なら出来るって確信してるんだ。だから、君は絶対に諦めないで。私のようにはならないでほしいな」

 

岬さんがこちらに笑みを浮かべる。

が、それはどこか壊れたようなもので、違和感を感じる表情だった。

普段の彼女を知らない者が見たら、不自然だと気付く。

 

と、その時。

不意に景色が開けた場所へ変わった。

今まではプラットフォーム上の構造物ばかりが目立っていたが、それがなくなった。

 

岬 明乃

「美千留。もうすぐ晴風に着く。だから舌を噛まないようにね」

 

何を言ってるんですか?

そう口にすると、突然、身体全体に浮遊感が包み込んだ。

そして次の瞬間。

 

ドガンッ

 

派手な音と共に全身が僅かに痛み出す。

正直に言って、驚く余裕さえなかった。

上の方を見てみると、そこには見慣れた主砲や魚雷発射管があった。

ここって………晴風の甲板?

 

日置 順子

「わあぁ!?艦長!みっちん!」

小笠原 光

「2人とも無事!?」

 

そこへ、先に救助されたと思しき2人が、出迎えてくれた。

至る所に擦り傷が見られたが、様子を見るに特に重傷を負ってるようには見えなかった。

ホッと一安心する。

周囲を見渡すと、他にも救助された人や、仲間がそこにいた。

皆一様にこちらに注目している。

………まぁ、あんな派手な登場したら、誰だって目を丸くするよね………。

 

武田 美千留

「私は、大丈夫だよ。艦長が、助けてくれたから」

岬 明乃

「光、順子。急いで美波を連れてきて。美千留の怪我が酷いから、すぐに手当が必要だ」

日置 順子

「!!か、艦長、その口調………」

小笠原 光

「たまに出てた、あの格好良い方の艦長だ!分かった、みっちんの事は任せて!」

 

岬さんは私を下ろすと、彼女は数歩だけ後ろへ下がる。

そこで代わるように美波さん達が現れた。

 

鏑木 美波

「――――」

岬 明乃

「――――」

 

すると美波さんと岬さんは、秘密話をするように私達と距離を置いて話し始める。

遠目になったので内容までは分からない。

これから脱出するために、話しているのだろうと勝手に想像した。

それから艦長は周囲をぐるりと見渡し始める。

すると何かに気付いたのか、眉間に皺を僅かに寄せる。

 

岬 明乃

「………クウェンサーはどうした?」

 

と、ここで不良軍人、ヘイヴィアの相方の名前が出てくる。

そう言えば、それらしい人物がこの場にいないのに気付く。

ヘイヴィアがこの場に居ないのと関係があるのだろうか?

 

日置 順子

「それが、その。途中ではぐれちゃったんです………」

岬 明乃

「どの辺ではぐれた?」

小笠原 光

「えと………現在位置はここ。それで彼とはぐれたのはここだよ」

 

光が地図を取り出して、指で示していく。

ここはこのプラットフォーム全体で言うと、中央部分。

つまり、司令塔が存在するプラットフォームだ。

全部で5つで構成されていて、さらに1つ1つの規模もそれなりにあるので、探すのも一苦労。

その中で指を指した場所に、彼がいる。

ちょうど、現在位置から2ブロック分離れた区画を指していた。

 

岬 明乃

「はぐれた理由は?」

小笠原 光

「月光が突然現れて、足場が崩落して下の階層へ落ちたんだ………ごめんなさい、艦長。私達じゃどうにも出来なかったよ」

岬 明乃

「………皆は要救助者と共に脱出しろ。もうこのプラットフォームは長くは持たない」

武田 美千留

「艦長はどうするんですか?」

岬 明乃

「私はこれからクウェンサーを救いに行く。皆は先に晴風と共に当海域から離脱するんだ」

武田 美千留

「ま、待って下さい!1人じゃ危険です!それにっ」

岬 明乃

「見捨てるわけにはいかない。それに皆じゃ怪我を負っていて動ける状態じゃない。なら私が行くしかない」

武田 美千留

「でも!」

岬 明乃

「艦長の指示に従えないのか?」

 

ビクッ。

艦長に睨まれた途端、私はこれ以上何も言えなかった。

彼女の目はどこか罪悪感を含んだものに見えたのは、なぜだろう。

そして彼女は私達に背を向けて、晴風から飛び出してしまった。

私はただ、言葉を掛けることも出来ずに、彼女の背中を黙って見守るしか出来なかった。

 




今回のトップバッターは岬艦長でした!
いやー、覚醒した彼女について考えていたら、更新が遅くなっちゃいました!

さて、今回の話は最初に記述したとおり、本ストーリーが始まる前の出来事と繋がっています。
その話についてはまだ後日、アップロードします。
なので、少々お待ち下さいませ。
また、途中から視点を武田さんにしたのも、彼女押しもありますが、岬艦長の心情を表現してしまうと、答えがすぐに出てきそうだからです。

ちなみに、奪還戦についてはまだ話は続きます。
敵が次々と湧いてきて、どう立ち向かうか。
どうぞお楽しみに。


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第21話 マーメイドは微笑まない~プラットフォーム奪還戦Ⅲ~

――――弱者や臆病者に委ねられた自由が長続きしないことは、歴史が物語っている――――
ドワイト・D・アイゼンハワー

どうも皆様、おはこんばんにちは。
作者のDr.JDです。

新年、明けましておめでとうございます!
そしてお久しぶりでございます。
前話を上げてから、半年以上が経過してしまいました。
話の構成をどうするかで悩んでいました。
が、今回の話も戦闘念写が数多く出るため、上げるのに時間が掛かりました。

それよりも、ハイフリの劇場版、かなり楽しみですね!
もうじき上映となるので、かなり楽しみです!
皆様は、前売り券を何枚購入されましたか?

そんな状態で、どうぞ!!



2012年、7月23日、14;00;00

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海 プラットフォーム 司令塔エリア

 

ひたすら、走り続ける。

見てきた黒煙と嗅ぎなれた嫌な臭いと………廃墟になりつつあるプラットフォームを、ただひたすら。

美波の話だと、もう全ての兵士と研究員は避難が完了したと言っていた。

ならば、後はクウェンサーを見つけて脱出するだけだ。

美波から聞いた話を頭の中で整理した。

………美波曰く、彼の相棒のヘイヴィアの話だと、彼はプラットフォームの資材搬入路付近ではぐれてしまったとのこと。

ヘイヴィアは重傷を負い、医務室で手当を受けていること。

私はいったん立ち止まると、プラットフォームの副司令官であるミラー氏から受け取った端末から、施設の詳細な見取り図を呼び出した。

司令塔と呼ばれるエリアで構成されているのは、4つのプラットフォーム。

クウェンサーとはぐれたプラットフォームは、この位置にある場所だ。

 

そこは、私の目と鼻の先にあるプラットフォームだ。

こちらは他とは違い、火の手がなぜか回っていなかった。

先程の喧噪などは一切なく、逆に不気味さえ感じてきた。

 

私は美波から預かった通信機を取り出す。

ある人物にオペレーターを依頼したのだ。

 

岬 明乃

「こちら岬、現場へ到着した。応答願う」

ミラー

『こちらはミラーだ。うむ、こちらは感度良好だ。ちゃんと聞こえている』

岬 明乃

「了解。これより、第4司令塔プラットフォームへ急行し、クウェンサー・バーボタージュの救助を行う」

ミラー

『了解した。これより君の救助活動の補佐を実施する』

岬 明乃

「よろしく頼む」

ミラー

『今端末上に君の現在位置を示した。現在位置はここ。そして目指すべきプラットフォームはここだ』

岬 明乃

「最短経路は?」

ミラー

『第3プラットフォームを経由して、第4へ向かうのが良いだろう。他のプラットフォームから出ている橋は全て火災により崩落してしまった。だから救助へ向かうなら、急いだ方が良い』

岬 明乃

「了解」

 

無線を切ると、私は端末をしまいその場を駆け出した。

この広いプラットフォームから、彼一人を探し出すとなると、かなり骨が折れる。

と、思っていたのだが。

 

救助対象がすぐに見つかってしまった。

彼は周囲を警戒しながらどこかへ向かっているようだった。

その彼に、私は背後から声を掛ける。

 

??????

「クウェンサー」

クウェンサー=バーボタージュ

「っ!!」

 

手に持っているハンドアックスを構えたまま背後を振り返る。

衣服の所々には擦り傷や汚れが目立つが、大した怪我は負っているようには見えない。

だが彼は、酷く動揺したように私に近寄ってくる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あ、明乃!どうしたんだ、その怪我!?」

 

心配してくれる声。

だけどそれ以上は近寄ろうとしない。

それはそうだろう。

頭から血を流し、今でも片目が開かないままの私に近寄ろうとするなんて、そうはないだろう。

でも。

それでも、私の身を案じてくれたのが、嬉しかった。

だから、私は自然と笑みをこぼした。

 

岬 明乃

「………少し転んで擦りむいただけだよ。心配するほどじゃない」

 

だけど実際に出た言葉と笑みは、意味が違っていた。

証拠に、彼はまだ言いたそうな表情をしているが、結局は口を閉ざしてしまった。

もうじきこのプラットフォームは崩落を始めるだろうから、聞く余裕がないのか。

それとも私自身の雰囲気が変わったことに戸惑っているのか。

 

どちらにせよ、私は彼の疑いの目を晴らそうと思った。

もう話す機会は、ないかもしれないから。

 

岬 明乃

「………私について疑問に思っているんじゃない?」

クウェンサー=バーボタージュ

「………」

岬 明乃

「そう思うのも無理はない、な。だけど、今は訳を説明している暇はない。ここから早く脱出するんだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「だけど、美千留って子を探さないと!まだ見つからないんだ!」

 

彼の口から美千留の名前が出る、と言うことは。

一緒に行動していたが、途中ではぐれてしまったところだろう。

だけどその心配は杞憂だと、私は告げる。

 

岬 明乃

「美千留を探してくれていたのか。でも大丈夫だよ、ありがとう。彼女は私が助け出した。今は晴風で治療を受けてる」

クウェンサー=バーボタージュ

「先に脱出していたか………」

 

後半の部分はうまく聞き取れない声量で呟いたから、何を言っているのか理解できなかった。

疑問に感じるが、早くここから脱出する方が得策だと思い、声を上げる。

 

岬 明乃

「だから急いでここから脱出しよう。付いてきて………こちら明乃、クウェンサーを発見した。これより帰投する。ミラー副司令、誘導を」

 

耳元のインカムにミラー副司令に繋げる。

するとそこで、クウェンサーは私の肩に触れて、無線機に告げる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あと、月光の居場所をリアルタイムで教えてくれ。あいつの足がある限り、俺達はあいつにストーキングされたままだ」

岬 明乃

「月光?………ああ、先程から彷徨いているカエルか」

クウェンサー=バーボタージュ

「間違っちゃいないけど、なんだか複雑だ………」

ミラー副司令

『まぁ否定は出来んが、了解した。今君が持っている端末に、データを送る。こちらが口で先導するより、目で追った方が早そうだからな。少し待て』

 

するとすぐに端末に地図が展開される。

………プラットフォームの頭上を覗く形で表示され、現在位置であると思われる光点が点滅している。

クウェンサーと私はその光点を観察していく。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「この赤いのが暴走している”月光”なのか?数は、3体ほどか………」

岬 明乃

「一体一体の動きは不規則。ルートも然り。これじゃ、相手の動きを予測できない」

クウェンサー=バーボタージュ

「いや、これでいい。これでいいんだ明乃」

岬 明乃

「………?」

 

彼の言った言葉の意味が分からず、眉をひそめる。

クウェンサーは端末を手に持ったまま左右に振る。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「ところで明乃、相談があるんだ」

岬 明乃

「断る」

クウェンサー=バーボタージュ

「まだ何も言ってないよ!?」

岬 明乃

「いや、な。なんだか嫌な予感がしたから先手を打った」

クウェンサー=バーボタージュ

「………これは危険な賭けになる。あの月光を倒さない限り、俺達は五体満足に晴風に戻れない」

岬 明乃

「危険な芽は摘んでおく、と言うこと?」

クウェンサー=バーボタージュ

「俺達の足の速さじゃ、あのカエルに追いつかれる。このプラットフォームだって、いつまでも崩落しない、なんて保証もない。ならいっその事、あいつらを倒しちまおう」

岬 明乃

「船で待っている皆に危害が及ぶのは、私としても見過ごせない。分かった、それで行こう。それで、相談というのは?」

クウェンサー=バーボタージュ

「――――」

 

そこでクウェンサーは私に近寄り、耳打ちをしてくる。

別に耳打ちの必要なんてないだろうが、それでも彼の話に引き込まれていく。

そして一通りの相談、と言うより作戦なのだが、それを聞いて一言。

 

岬 明乃

「私に死ねと?そう言うことか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「いやいや、そこまでは言ってない!危険ではあるが、それしかないんだ!」

岬 明乃

「………」

 

私は改めて、クウェンサーの身体の様子を観察する。

全身には所々に傷があって、出血箇所もそれなりにある。

決して軽傷ではないだろう。

これでは走り回るどころか、歩き回るのさえ厳しいはずだ。

さらに厳しい言い方をすれば、彼がこの作戦成功の基準にクリアするには足手まといだ。

 

岬 明乃

「確かに私の方が動き回れそうだ。分かった、その案でいこう」

クウェンサー=バーボタージュ

「………明乃、これは君を挽肉にするような作戦だが」

岬 明乃

「皆まで言わなくても分かっている、さ。これは危険な賭けだ、ここで奴らを倒さない限り、晴風に被害が及ぶ。晴風の皆を守るのは、私の勤めだから」

 

利き手に握りこぶしを作り、力を込める。

まるで決意を固めるかのように。

だけど私の決意とは裏腹に、クウェンサーは首を真横へ振った。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「いいや、明乃。そいつは間違ってるよ」

岬 明乃

「なに?」

クウェンサー=バーボタージュ

「晴風には、俺の相棒の他に大勢の救助者がいるだろ?だから、皆を守るのは、明乃と俺ってことさ」

岬 明乃

「………!」

クウェンサー=バーボタージュ

「それに、さ。明乃だけには負担させないよ。この救出事態、俺が君に頼んだことでもあるんだ、なら一緒に乗り越えようじゃないか。だからよろしく」

岬 明乃

「………ああ、よろしく」

 

クウェンサーから差し出された手を、私も差し出す。

久しぶりに、誰かと握手したような気がした。

そう言えば、前にもこんな事があった気がする。

遠い昔、学校の入学式の時に、久しぶりに――――

そして互いに握手したところで、彼の言った内容の作戦を実行に移す――――

 

最初に先手を打ったのは、こちらの方だった。

プラットフォームの中枢であるこの司令塔が納められているエリア。

そのエリア内を、今でも彷徨い続けている”月光”がターゲットだ。

3体ともバラバラの場所を彷徨い、施設の破壊に勤しんでいる。

その影響か、違う場所から爆発音や何かが落下する音が頻繁に発生していた。

その中で、そのうちの1体を、足音や物音で月光に気付かれないように追跡する。

 

そして月光が立ち止まり、自前の火器で周囲の構造物の破壊に取りかかった。

奴はこちらに対して、完全に背を向けていて、私が何をしようとも気付かないだろう。

だからすかさず私は、火器の照準が別の方向を向いたところへ、月光の両足目がけて突き抜けていった。

 

岬 明乃

「………!!」

 

助走も兼ねて、円を描くように反時計回りで徐々に速度を上げていって、そして。

月光の右足に、鉄パイプを思いっきり突き刺した。

刺さった箇所から赤い液体が溢れ出る。

その一部が私に掛かるが、気にしているヒマはない。

が、その鉄パイプは深く刺さなかったのか、途中から抜けてしまった。

次に私がしたのは、クウェンサーから受け取った爆薬、ハンドアックスを奴の足につける事だ。

この時には既に月光は態勢を立て直したところだった。

だがもう遅い。

ハンドアックスを取り付けたら、懐から出した拳銃で奴の足を撃つ。

これはどちらかと言うと、撃破よりも牽制に近い。

低威力しか発揮できない拳銃では、分厚い皮膚に阻まれてしまう。

だがこれでいい。

 

さらにクウェンサーから受け取った無線機の周波数を、ハンドアックスの起爆信管用の周波数にセットする。

そして電源ボタンを押すと。

 

バズンッ

 

くぐもった爆発音が奴の足下で炸裂する。

起爆したハンドアックスの爆風により、奴の両足が一部、肉が抉れていた。

――――人ではないにしても、生物の足を爆弾などで傷付けてしまった事に対して罪悪感を抱く。

が、いつまでもここでじっとしては居られない。

目の前の月光が立ち往生している間に、次の月光へと向かう。

 

岬 明乃

「………あれか」

 

コンテナの裏に隠れながら、周囲を索敵している月光を発見する。

先程の爆発を聞きつけたからか、今度は警戒しながら歩行していると来た。

さて、どうやってあの月光の足を傷付けようか………。

だがここで、私は大きなミスを犯してしまった。

意識を月光に集中しすぎていて、足下の鉄パイプに気付かなかった。

 

ガツンッ

 

だから足でつまずいて音を出してしまったのは、誤算であり、チャンスであった。

私は蹴飛ばした鉄パイプを手に持ち、駆け出して、一気に月光との距離を詰める。

今度もまた、鉄パイプを奴の足に突き刺すために。

だが今度の月光は、違った動きを見せた。

自前の銃器に頼らず、自身の足を使った攻撃をする。

足を真横へ振り回し、私の方へとやって来た。

だけど私は床にスライディングするようにすれすれに避ける。

そのまま勢いを殺さず立ち上がると、もう一本の足に鉄パイプを突き刺した。

今度は深く突き刺さったので、簡単に抜けることはないだろう。

 

岬 明乃

「………このまま離脱する。クウェンサーと合流しろとのことだが」

 

走りながらこの後の作戦内容について、もう一度確認する。

追ってこないところを見るに、奴は自身の足を治すために、メンテナンス施設へと向かうはずだ。

そこでクウェンサーが細工をすると言っていたが………。

 

クウェンサーとの合流ポイント間近までやって来た。

その時、近くで爆発音が炸裂した。

そして後から続く、連続した物が崩れ去る音。

 

岬 明乃

「!!クウェンサー!」

 

月光の攻撃によって、クウェンサーが負傷したのかと思い、急いで現場へと向かう。

が、現場へ到着した時、彼の心配は霧散していた。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あ、ああ、明乃か」

岬 明乃

「………何があった?」

クウェンサー=バーボタージュ

「いやぁ、そのー。起爆周波数が合ってなかったのか、勝手にハンドアックスが起爆しちゃって………」

 

苦笑するクウェンサーから視線を外し、惨状をもう一度だけ観察する。

最初に目に入ったのは、崩れたコンテナの山。

コンテナに黒字で”DD”と表記されたコンテナだが、どれも中身がばらけている上、変形してしまっている。

そしてその山の中に、下敷きになっていて身動きが取れない月光の姿があった。

動こうにも、崩れた山は簡単には動かず、僅かにしかずらせない。

自前の銃器も、コンテナが邪魔で取り出せずにいる。

 

岬 明乃

「何があった?」

クウェンサー=バーボタージュ

「………さぁ、この隙に月光の緊急停止ボタンを押そう!でないと、自分が推してるアイドルのケツを追っかけるオタクどもの様に血相変えて追っかけてくるぞー!」

岬 明乃

「答えろ。そして全国のアイドルファンに謝れ」

クウェンサー=バーボタージュ

「………ハンドアックスを小刻みに起爆させて、混乱する隙に脚にハンドアックス取り付けようとしたら、起爆ボタンを押す前に勝手に爆発したんだよ」

 

実際に彼の手に持っている起爆用のコントローラーを見つめる。

………軍の支給品が、そんな簡単に誤作動など起こすだろうか?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「気になる疑問ではあるんだろうが、今は月光の無力化の方が先だ。ミラー副司令が送ってくれた情報の中に、緊急停止ボタンがあるはずだ。そいつを押そう」

岬 明乃

「タンクに細工を施したのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「そっちは終わった………見てろよ明乃、これから楽しい化学の実験の時間だ!」

 

――――埋もれた月光の緊急停止ボタンを押して、無力化に成功すると、クウェンサーと一緒にある場所へと向かった。

それは、細長いタンクが密集した場所だった。

濃いグリーン色に統一されたタンクの傍に、私の不意打ちを食らって脚にダメージを負った2体の月光が接近してきた。

 

岬 明乃

「こんな近くに隠れて大丈夫か?月光は対人センサーを装備してると聞いたぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「今はダメージ修復を優先させてるから、警戒なんて怠ってるよ」

岬 明乃

「………そっちは煙たくないか?さっきからそちらに煙が行ってるんだが」

クウェンサー=バーボタージュ

「全く問題ない。まぁ、火事と言ってもすぐに消し止められるくらいのボヤだしなぁ」

 

今は私達がいるのは、それなりの高さがある建物の屋上。

そこから、私達は月光を見守るような形で居座っていた。

 

岬 明乃

「何が始まるんだ?」

クウェンサー=バーボタージュ

「まぁ、見る人によってはグロテスクに見えちゃうかも知れないね。エチケット袋いる?」

岬 明乃

「………いや、必要ない。まぁ、この目で奴らの最後を見守るよ」

クウェンサー=バーボタージュ

「君がさんざん傷付けられたから?」

岬 明乃

「私だけでなく、仲間を傷付けたんだ、簡単に許しはしないさ」

クウェンサー=バーボタージュ

「わーお、普段から大人しい明乃らしからぬ発言を聞けると来た。ま、色んな意味で今夜は絶対に安眠は出来そうにないな」

岬 明乃

「………それは月光に追い回される夢か?それとも私が豹変した夢か?」

クウェンサー=バーボタージュ

「さーてね、それは君の想像にお任せするよ。どっちみち、今日はまともに寝れそうにないんだからな。だったらせめて自分に及ぶ被害が軽微の方を見たいね」

岬 明乃

「それはどう言う意味だ?」

 

今度はクウェンサーが黙る番だった。

双眼鏡から目を離し、私の顔を見つめながら言う。

そこには、先程までにふざけた表情は一切なくなっていた。

代わりにあったのは、フランクな表情でなく、少し失望したかのような表情。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「………自分の顔を見てみろよ。俺以外の人間に見せられないような表情してるぞ。それ、他の奴の前でしない方が良い」

岬 明乃

「なに?」

クウェンサー=バーボタージュ

「ま、これ以上は止めておくよ、後が怖そうだ………おっと、奴らがエサに食い付いたみたいだぞ」

岬 明乃

「………」

 

無理矢理、話を切り替えられてしまったため、これ以上は言えなかった。

人に見せられないような表情を、今、私はしている?

顔に触れてみるが、手には血が付くくらいしか分からなかった。

手持ちには鏡などとシャレた物は持っていないため、確認も出来ない。

………なんだか、このやり取り、前にもしたような気がする。

 

岬 明乃

「ま、連中を無力化した後で確認すれば良い。それで私の表情次第ではクウェンサー、お前に一杯付き合ってもらうぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「おっと、ここで俺を巻き込むのは止めるんだ。美少女の頼みは可能な限り聞きたいが、こればかりは寛容な精神を持ってる俺でも聞けないな」

岬 明乃

「正統王国では騎士道精神を重んじている勢力だと聞いたが?」

クウェンサー=バーボタージュ

「ここで古巣の慣習を持ち出すなよ………て言うか明乃、お前はまだ二十歳を超えてないだろ?艦長である君が法律破ってちゃ、乗員は呆れるぞ」

岬 明乃

「安心しろ、ノンアルコールだ。フランスじゃ、シャンパンが一般的か?ま、ブドウが入ってなければ何でも良い」

クウェンサー=バーボタージュ

「はぁ、一晩につき2千円までだからな」

岬 明乃

「はは、言ってみるものだな。本当に律儀に付き合ってくれるとはな」

クウェンサー=バーボタージュ

「えっ、何それ怖い」

 

ガコンッ

月光が脚を修復させるために、タンクの前に出てくる。

タンクからアームが伸びて、傷口にスプレーを吹きかけていく。

まるで、プラモデルに塗料を塗っていくような感覚で。

あのやり方で、傷口を修復していくのか?

すると、クウェンサーが説明を始める。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「………連中の脚は、有蹄類の持つ胚性幹細胞を組み換えて、驚異的な動作を繰り出す代物だ。だから俺達はさんざん奴らに追い回されてきた」

岬 明乃

「あれは、確かに驚異的な運動性能だな。二脚ロボットも目じゃないくらいに、な」

クウェンサー=バーボタージュ

「だけど元を正せば、動物の遺伝子を使っているに過ぎないんだ。だから当然、鉄パイプが刺されば傷を負うし、血だって出る。生物の根本的な生体反応は何も変わらないんだ」

岬 明乃

「傷を治すために、ここまでやって来るのも、な」

クウェンサー=バーボタージュ

「そんな生体部品を使って制御しているのは、所詮はAIなんだ。両脚に抱えたダメージと自身に与えられた任務と比較するんだ。”可動範囲が損なわれることなく、標的を沈黙させられるか”ってな」

岬 明乃

「標的を沈黙させるのが奴の任務なら、優先事項はそっちじゃないのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「それじゃ減点だ。俺はこうも言ったはずだぞ。可動範囲が損なわれることなく、標的を沈黙させられるか」

岬 明乃

「………なるほど」

クウェンサー=バーボタージュ

「なら奴らが先に達成しなければならないのは、自身に抱えた問題である両脚のダメージをどうやって可動範囲が損なわれることがない、と言う基準値まで下げることなんだ」

岬 明乃

「だから私に両脚にダメージを与えろと言ったのか」

クウェンサー=バーボタージュ

「そして奴らは思惑通り、例のタンクに修復するためにやって来てくれた。なら後はこっちのものだ」

 

ちょうど、下のタンクのアームが収納され、修復を終えた月光が動き出そうとしていた。

隣にいるクウェンサーは、そんなのもお構いなしに、立ち上がる。

 

岬 明乃

「クウェンサー?」

クウェンサー=バーボタージュ

「立てよ明乃。胸張ろうぜ、今この瞬間から、俺達の勝利の宴が始まるってな」

岬 明乃

「はぁ、一緒に映画鑑賞しようと言えないのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「ポップコーンとコーラの料金が発生しない分、許してくれよ。その代わり、最高のショーをお見せしますよ」

岬 明乃

「そこは俺が出してやる、くらい言えないわけ?」

 

月光がセンサーを用いて、周囲を索敵する。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「いや、ごめん。それは無理だ」

岬 明乃

「素直か」

 

索敵が終わったのか、こちらの存在に気付いて2体とも、こちらの方に機体を向ける。

そして両脚を屈めて、姿勢を低くする。

まるで、ジャンプする前の体勢を整えるように。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「修理が終わって、自身の問題はクリアした。なら、次にあいつらが何をするかは分かるよな?」

岬 明乃

「私達の排除。そして、引き続きプラットフォームの破壊活動の再開」

クウェンサー=バーボタージュ

「そして、あいつらが今やろうとしているのは?」

岬 明乃

「………多分だが、一気にこちらに跳躍して、押し潰そうとしているのか。手持ちの重火器に頼らないのは、恐らく周囲の火災に赤外線センサーが反応していて狙いが定められないから」

クウェンサー=バーボタージュ

「今は目視確認ってところか。やれやれ、奴らはいくつ目を持っているんだ?」

岬 明乃

「全て潰されて戦線離脱を余儀なくされるよりかは、幾分マシだと思うぞ。今回は、私達の敵として現れたけど」

クウェンサー=バーボタージュ

「味方ならその分、心強いんだが、敵として現れるのはこれっきりにしてほしいよ」

岬 明乃

「それは同感」

 

脚力による跳躍の準備が整えて、今にもこちらに飛び出てくる月光。

そして次の瞬間。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「歯を食いしばれよ。かなり痛むと思うぞ。まぁ、奴らに神経なんて概念があるのは分からないが、見てるこっちが精神的ダメージを負いそうだな」

岬 明乃

「………今更なんだが、これって人生の中で最もトラウマになりそうな光景にならない?」

クウェンサー=バーボタージュ

「言ってやるなよ。あいつらだって機械だが、AIは人間に近いんだ。そんな身体を張った芸を見せてくれるんだ、せめて観客である俺達が見守らないと、芸が終わった後、体育座りする羽目になるだろうし」

岬 明乃

「その両脚も、もうそろそろボロボロになるんだけどな」

 

 

 

バギャッ、ズドン

 

2体の月光の両脚、正確には膝の部分が崩れ、その巨体が転倒したのだ。

両脚の内部を支えているフレームが飛び出て、解剖骨折に近い状態となったのだ。

自重を支えられ切れずに月光は、近くのタンクに寄り掛かるように、地面に着く。

 

 

クウェンサー=バーボタージュ

「うえぇ………やっぱりかなりグロかった。エチケット袋持ってない?」

岬 明乃

「さっき私に聞いたのに自分は持ってないのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「戦場で基本、吐くなんて事態にならないからなぁ。ヘイヴィア………は今いないんだった」

岬 明乃

「手持ちにはない。ならその辺で吐いてきたら?下は海だし」

クウェンサー=バーボタージュ

「現役女子高生とは思えない発言に、クウェンサーさんは超ビックリ」

岬 明乃

「その女子高生にグロテスクシーンを見せておいて仕掛けた本人が仕掛ける本人に頼られる方がよっぽどビックリだよ」

クウェンサー=バーボタージュ

「あっ、なんか話してたら落ち着いてきた」

岬 明乃

「バカな事やってないで早くこの場から離れよう。月光を無力化したとは言え、まだ安心できない」

 

そうこう言いながら、私達は梯子や階段を使って下層へ降りていく。

行動不能となった月光から少しでも距離を置くためだ。

そして、晴風へと帰還するために、だ。

 

岬 明乃

「結局、どうして月光の両脚はあんな風になったんだ?」

クウェンサー=バーボタージュ

「それは修理した際に使うタンクの中身にある物質を混入して――――」

 

ザー、ザー

そんな中、クウェンサーの胸ポケットにある無線機からノイズが入る。

私自身が持ってる通信機からも鳴っている。

クウェンサーは疑うことなく、それに応じる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「こちらクウェンサー。暴走した月光の無力化に成功した。これより帰還する。明乃も無事だ」

岬 明乃

「ミラー副司令。晴風の現在位置を知りたい。そこで合流する」

??????

『――――こちら、ヒューイだ。合流する前に君達にある依頼をしたい』

 

ノイズが聞こえた後、ヒューイと名乗る男からそう告げられる。

依頼だって?

すると隣のクウェンサーの表情が次第に曇っていく。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「ヒューイさん、その話は――――」

ヒューイ

『た、頼むよ!月光の近くには、君達しかいないんだ!原因を突き止めるためには、月光に収められているAIと履歴が必要なんだ。それに、そんなに難しい作業じゃないから、時間だって掛からない!」

 

クウェンサーが言い切る前に、彼の悲鳴に似た叫びが無線から響く。

相手が必死になって原因の調査を優先してきている。

こちらとはクウェンサーが言ったとおり、すぐにでも脱出したいのが本音だ。

だが今回の一件は、ただの暴走ではないのも分かっている。

原因を探りたいのも本音だ。

 

岬 明乃

「分かった、その依頼を引き受けよう。具体的にはどうすればいい?」

クウェンサー=バーボタージュ

「彼の話に乗るのか?」

岬 明乃

「今後ともこんな暴走がないとも限らない。それにクウェンサー自身も言ったはずだ。危険な芽は摘んでおくべきだと」

クウェンサー=バーボタージュ

「分かったよ、お嬢様の望むままに」

ヒューイ

『あ、ありがとう!感謝するよ!それで、方法なんだけど、まずは月光に――――』

 

それから彼から月光から情報を引き出す方法を聞き出した。

データの引き出しはクウェンサーが担当し、私は彼の警護を行うことになった。

もう危険分子はないだろうが、念のために警戒する。

撃破した月光に近付くと、クウェンサーは月光の側板を外す。

 

岬 明乃

「どれくらいで終わる?」

クウェンサー=バーボタージュ

「すぐに終わるさ。コネクタを接続して、IDとパスコードを入力して………」

 

ぶつぶつと話しながら作業し始めたため、彼の領分の入ったのと見なし、私は警護に集中する。

………崩れた建物の間から、地平線まで伸びる海が覗いていた。

私の視線は、そこに釘付けとなっている。

今は片目でしか見れない景色だけど、それでもどこか心は落ち着いていた。

波の立つ音が聞こえ、海風が吹いて。

その風に乗るように、潮の香りがして。

全てが、この前の前にあるモノ全てが世界なんだと実感できる。

それをどこか懐かしさを感じながら、風で飛ばされそうになる艦長帽を手で抑える。

だがずっと眺めているわけにもいかず、視線を戻そうとしたその時だった。

 

 

―――――――――

 

 

………?

今、何か聞こえたような気がした。

耳で聞いた、と言うよりも頭の中に直接、響いた、と表現した方が適正だろう。

 

岬 明乃

「誰か、誰か居るのか?」

 

もしかしたら逃げ遅れた人が居て、助けを求めている人の声なのかもしれない。

そう思い、周囲の捜索を行った。

だけどどれほど探しても、逃げ遅れた人なんていなかった。

………なら先程の声は、きっと空耳なのだろう。

と、結論付けた途端、それはまた聞こえた。

 

 

――ン―――ン

 

 

今度はハッキリと聞こえ、いや、頭の中に響いた!

ならこれは聞き間違いではなく、本当に聞こえたモノだった。

周囲を再び見渡してみる。

でも声は、外から聞こえてきた。

その方角へ視線を移すと――――

 

岬 明乃

「海、か。そこに、誰かが私を呼んでいる?」

 

私は海が見える場所まで移動する。

まるで、誰かに導かれるように。

一歩一歩踏み出す度に、得体の知れない何かに引き寄せられる感覚が渦巻き始める。

だけど、その何かを放っておけなくて。

助けを求められている風にも聞こえる。

相手の感情が、こちらにも流れてくるように、やがて私はその感情の波に呑まれる。

 

これは………悲しみ?

 

岬 明乃

「………!?」

 

すると、目の前の綺麗な海の景色から一変する。

そこは、どこかの町だった。

周囲は火の海とかしていて、視界が歪な形のまま、世界を埋め尽くしていた。

このプラットフォームにやって来てから何度も見ているはずなのに、桁違いの惨状を見せられている気分に駆られる。

どこからか、人の悲鳴が聞こえる。

そして鼻に劈くこの嫌な臭いは………人が焼け死んだ時の臭いにとても似ていた。

何度も嗅いだ、この悪臭は………!

 

岬 明乃

「うっ!?」

 

吐きそうになった私は、海に向かって吐き出そうとするが、更なる変化に襲われた。

今度は、どこかの甲板の上に立っていた。

周りは海と、多数の軍艦が陣形を組んでいる。

背後を振り返ると、巨大な三連装主砲がこちらに睨みを利かせている。

 

岬 明乃

「これって、戦艦大和?」

 

だけど戦艦大和も、次の瞬きした後は、火に包まれていた。

あの巨大な三連装主砲を持つ大和が、ブルーマーメイドの象徴である大和が巨大な炎に包まれながら、やがて傾斜角が大きくなり、次第には――――

 

岬 明乃

「う、うわあぁぁぁぁぁ!!」

クウェンサー=バーボタージュ

「明乃!!」

 

ガシッ

 

私が海に落ちそうになった時、誰かによって手を掴まれた。

それがクウェンサーだと、すぐに気付けた。

同時に、今私はプラットフォームから海へと落ちそうになったのも。

 

岬 明乃

「く、クウェンサー」

クウェンサー=バーボタージュ

「待ってろ明乃、すぐに引き上げる」

 

彼は何とか力を振り絞って私を引き上げてくれた。

片手が甲板に掴まれると、自力で甲板へと上がる。

同時に、ここは先程の情景とは違い、元の景色へと戻っていた。

私は地面に倒れて、荒い呼吸を繰り返しているクウェンサーに近寄った。

 

岬 明乃

「ありがとうクウェンサー。助けられるのは、これで2度目か」

クウェンサー=バーボタージュ

「あのさ、君は自殺願望でもあるの!?図書館から逃げた時と言い、この甲板と言い、少しはこっちの身も考えてくれ!!」

岬 明乃

「す、すまない。だが、皆を置いて私だけ先に逝くなんて許されないさ………妙な情景が見えたんだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「妙な情景?」

岬 明乃

「………どこか見覚えのある町だった。だけど次の瞬間には火の海になっててっ」

クウェンサー=バーボタージュ

「甲板から落ちそうになったのは?」

岬 明乃

「別の情景も見たんだ。その時は戦艦大和の主砲の前に立っていた」

クウェンサー=バーボタージュ

「今度は島国最大の戦艦か………でもその戦艦って」

岬 明乃

「ああ、この世界では轟沈している。空からの攻撃で、な」

クウェンサー=バーボタージュ

「………」

岬 明乃

「大和が火に飲み込まれて、傾斜角がどんどん上がっていって、それでさ」

クウェンサー=バーボタージュ

「そう、か」

 

クウェンサーが思考の波に入ってしまう前に、この場から離れるとしよう。

念のために確認しておく。

 

岬 明乃

「こんな話より、そちらの作業はどうだ?済んだのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「ああ、容量がそれなりに多いから時間が掛かったが、回収済みだ。こちらクウェンサー、応答せ――――」

 

クウェンサーが無線機で連絡しようとした時に、それはやってきた。

 

ザバンッ

 

海中から何かを取り出すように、いや、何かが飛び出したような音に気付いたのは、奇跡だった。

次の瞬間には私はクウェンサーを突き飛ばしていた。

 

岬 明乃

「っ!!危ないクウェンサー!!」

クウェンサー=バーボタージュ

「っ!?」

 

突き飛ばしたクウェンサーが居たところに、高速で何かが突き抜ける。

あのまま立っていたら、彼が危なかった。

そして派手な音を出しながら、その何かはコンテナへ突っ込んでいく。

今の内に、呆気に取られたクウェンサーの元に近寄った。

 

岬 明乃

「クウェンサー、無事か!?」

クウェンサー=バーボタージュ

「あ、ああ!今のは一体何だ!?」

岬 明乃

「分からない。海から飛び出してきたようだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「おいおい、まさか月光が海から飛び出してきたってのか!?」

岬 明乃

「………いや、月光じゃないみたいだぞ」

 

崩れたコンテナの山が、不気味な音を出しながら蠢いていた。

私達は、その山から何が出てくるのかを出来るだけ考えないようにした。

それを考えてしまったら、発狂しかねないからだ。

同じ考えを持っていたのか、隣のクウェンサーも一言も喋らないまま、成り行きを見守っていた。

そして、コンテナの山が吹っ飛ばされ、バウンドしながら散っていく。

 

 

そこに居たのは、真っ黒な鯨のような巨体と、緑色の目をした怪物がこちらを睨み付けていた。

 

 

 



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第22話 マーメイドは微笑まない~プラットフォーム奪還戦Ⅳ~


我々は大人も子供も、利口も馬鹿も貧困者や富裕者も、死においては平等である
――――ガブリエル・ロレンハーゲン(ドイツの教育者)

どうも皆様、おはこんばんにちは。
作者でございます。

大分前から新型567の影響が出てきて大変でしょうが、私は元気にやっています。
埼玉は徐々に感染者数が増えていってますが、これからも頑張っていきます!

では大変長らくお待たせしました。
本編の方を、どうぞ。


2012年、7月23日、14;45;31

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海 プラットフォーム 司令塔エリア

 

互いに、一歩も動けなかった。

両者とも睨む形で牽制し合っているためだからだ。

嫌に動悸が激しくなる。

 

………4つ数える、息を吐く。4つ数える、息を吸う。

 

僅かに冷静になれた思考で、周囲の状況把握を務めようと思う。

まずはクウェンサーの方を見ると、相手を観察するようにマジマジと見つめている。

口元が何かブツブツ言っているようだが、よく聞こえなかったため、内容までは分からなかった。

そして正面に鎮座している怪物を見据える。

 

………改めて見ると、見た目はかなり不気味だった。

体格は、鯨に似ている。

だがそれは正面から見た場合に限る。

後ろ側はどんな姿になっているかなんて分からない。

色は真っ黒で、不規則に並んでいる歯が、余計に嫌悪感を増す要因となっていた。

緑色の目は、私達2人以外は興味が無いようだ。

真っ直ぐこちらを見つめているその目は、変に思われるかもしれないが、とても綺麗だった。

………奴の巨体の下に、両脚が生えてなければ、もう少しはマシな見た目となっていただろう。

 

相手との距離は、約40メートル。

遠いようで、近い距離だ。

奴の脚力なら、あっという間に詰められる距離だろう。

にもかかわらず、私達をすぐに仕留めないのは、私達の排除が目的ではないから?

そもそも、奴には知能が備わっているのか?

奴がぶつかったコンテナの山が変形しているのに、傷一つ付かない所を見るに、相当頑丈なのは理解できる。

が、奴が私達を簡単に逃がすはずがないのは明らかだ。

滲み出る殺気が、私達を捉えているからだ。

膠着状態がずっと続くかと思われていたが、無線が入った。

 

ミラー

『こちらはミラーだ。岬艦長、クウェンサー君、聞こえているか?席を外している間にヒューイが勝手に君達に依頼をしたようだが、そちらは大丈夫か?』

 

 

私達はミラー副司令からの無線に気を取られた瞬間、怪物が動き出した。

先程の海面から飛び出してきた要領で、こちらに向かって突進してきたのだ!

 

岬 明乃

「ぐっ、クウェンサー!」

クウェンサー=バーボタージュ

「分かってる!!」

 

だが回避するのはそう難しくない。

先程のは完全に不意を突かれたから危うかったが、もう相手の動きが読める今なら、そこまで脅威ではない。

私達はそれぞれ左右に飛び退くと、怪物はそのまま海面へと再び潜っていった。

 

岬 明乃

「クウェンサー、聞きたいことがある」

クウェンサー=バーボタージュ

「奇遇だな。俺もだ」

岬 明乃

「………あの怪物は一体何なんだ?」

クウェンサー=バーボタージュ

「………オブジェクト設計士を目指してる俺が、海洋生物なんて知ってると思う?」

 

そこまで言われると、私は黙ってしまう。

いくら知識が豊富な彼とは言え、頼りすぎてしまっていたようだ。

彼にだって知らない分野はある。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「まぁ全く分からないでもない。あれは深海魚じゃないことは、ね」

岬 明乃

「両脚があるのは、魚介類の特徴とも一致しないけどね」

クウェンサー=バーボタージュ

「目もある、ヒレもあるし、身体の形状は鯨にも見える。でも奴の皮膚がかなり分厚いぞ」

岬 明乃

「コンテナの山に突っ込んでも、全く傷が出来ないしな………奴の知能はある程度あるのも確かだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「どうしてだ?」

岬 明乃

「知能が無かったら獲物である私達と睨み合わないで、さっさと私達に襲いかかってるはずだ。だけど奴は、こちらの様子を伺っていた」

クウェンサー=バーボタージュ

「そうか。あれが本能で生きてるなら、さっさと獲物に有り付いてるはずだもんな………」

ミラー副司令

『おい、今の音はなんだ!?そちらは無事なのか!?』

 

と、ここに来てミラー副司令の怒声が無線から鳴った。

クウェンサーが無線に応じる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「こちらクウェンサー、ヒューイさんの依頼なら完了した。だがトラブル発生だ」

ミラー副司令

『どうしたんだ?怪我をして動けなくなったのか?』

岬 明乃

「今度は暴走した月光じゃなく、正体不明の怪物と交戦中だ。だから今は手が離せない」

ミラー副司令

『な、なんだと!?』

クウェンサー=バーボタージュ

「相手は俊敏で、鯨の様な巨体に脚が生えてる妙な生物兵器だ………なぁミラーさん、あんたは何か知ってるんじゃないのか?」

岬 明乃

「えっ?」

クウェンサー=バーボタージュ

「妙な話だと思わないか?月光を倒した途端にこうして生物兵器が現れた。なら、ミラーさん達がこのプラットフォームで生物兵器の実験を行ってるのが今回の事故で逃げ出した。その方がまだしっくりくる」

ミラー副司令

『待ってくれ、俺は知らないぞ!そもそも、食料として魚介類の繁殖実験ならしているが、生物兵器を製造しているなど、俺が見過ごすハズがない!!』

 

………ミラー副司令が嘘を言っている様子はない。

だが、この事実を鵜呑みにするのは危険だろう。

ミラー副司令が知らないだけで、隠れて生物兵器の実験を行ってた可能性だってある。

どんな組織だって一枚岩じゃないんだ、ミラー副司令やトップの人間の考えを快く思わない連中だっているかもしれない。

もしかすると、彼らの組織を瓦解させるために今回の事件は引き起こされたのではないか?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「なら怪物に関する情報を収集します。それを解析班に回して、奴の弱点を教えて下さい。情報が無いと、こちらも対処しようがない」

ミラー副司令

『まさか、その怪物と戦うつもりか!?』

クウェンサー=バーボタージュ

「月光と同じですよ。俺達が合流するためには、出回ってる月光が邪魔だから排除しただけ。今回も同様で、無事に帰還するためには、海中で高速で動ける奴は脅威となる」

岬 明乃

「そしてその情報を私が晴風に届ける。美波にまた楽しい実験の時間だと伝えてほしい」

クウェンサー=バーボタージュ

「そう言うことです。これ以上話してる時間がもったいないので切ります」

ミラー副司令

『おい、ちょっ』

 

ブツッ

クウェンサーは無理矢理通信を切ると、私の方を振り返る。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「やれやれ、俺達はいつになったら平穏を満喫できるのやら」

岬 明乃

「戦いに出向いている以上、平穏について考えると虚しくなるぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「………奴がまたいつ戻ってくるか分からない。奴に関する情報をかき集めるんだ」

岬 明乃

「了解」

 

………私とクウェンサーは、コンテナの山の前に辿り着くと、それぞれ別れて取り掛かった。

さっきは気付かなかったが、変形したコンテナの周囲に、深い青色の液体が付着している。

光沢があり、臭いは特にしない。

そもそも、有毒性があったなら私達はとうに倒れていただろう。

触れる………のは気が引けたが、クウェンサーは器用に綿棒でそれを付け、試験管に封入する。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あまりやたらに触れない方が良いぞ。極めて至近にいる俺達に今のところ害はないが、毒性が遅効性の場合もある。だからこいつを回収したから、とっととずらかおう」

岬 明乃

「分かった」

 

今しがた回収した試験管を振って、ニッと笑う。

釣られて私も笑いそうになるが、どうにか堪える。

互いにその場から離れようとした、その時だった。

 

ドガンッ!

 

下の海から、主砲の発射音の様な音を捉えた途端、それはやってきた。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「うわぁ!?」

岬 明乃

「くっ!」

 

大爆発が発生し、プラットフォーム全体が激震に見舞われる。

とっさに近くの手すりに掴まれたから、転倒せずに済んだ。

まさか、燃料タンクに火の手が回って引火したのか?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「おいおい、今度は何なんだ!」

岬 明乃

「クウェンサー、危ないぞ!」

 

だが転倒してしまったクウェンサーは、頭に血が上ったのか、発射元を確かめるために近くの海が見える甲板まで走ってしまう。

ここで一人にするのは危険なので、私は彼の後を追っていく。

 

私は、クウェンサーの後を追って、彼と同じように下の海が覗ける場所へと移動する。

そこで、信じられないような光景が広がっていた。

 

先程、海へ飛び込んだ怪物が海面へと浮かんでいた。

そして、その怪物の口が大きく開かれていて、砲塔の様な物が顔を覗かせていた。

砲口から硝煙が漂っている辺り、先程の爆発は奴の仕業だろう。

それにしても、あれは一体………?

 

クウェンサー=バーボタージュ

「あ、あの野郎!口から主砲みたいなの出して、プラットフォームの支柱を破壊して行ってる!!このままじゃバランス崩して仲良く海の藻屑だ!!」

岬 明乃

「くっ、何でもありだな!あれだけの重火器を、どこから!?」

クウェンサー=バーボタージュ

「あいつの体内に収めていたって考えるのが自然だろ!!くそっ、それより早くここから脱出するぞ!」

岬 明乃

「待てクウェンサー!そっちだと遠回りだ、こっちだ!」

クウェンサー=バーボタージュ

「もうどっちがどっちなのか分からなくなってきた!明乃、案内してくれ!」

 

もうそこから、命からがら逃げ出した。

崩れていくプラットフォームから逃げたくて。

そして何より、少しでもあの怪物から距離を置きたくて。

 

別のプラットフォームへ辿り着いて、それは起きた。

 

岬 明乃

「っ!!クウェンサー!」

クウェンサー=バーボタージュ

「ああ、こいつは、まさに危機一髪だったな」

 

私達が今までいたプラットフォームが、音を立てて崩れ始めたのだ。

それは、後から来たクウェンサーが別のプラットフォームへ踏み出した途端、崩壊が始まった。

プラットフォームは右側へ傾いていき、ありとあらゆる物が横滑りしながら、海へ落ちていく。

そして最後に、大きな振動と派手な音を出しながら、真っ二つに割れて沈んでいった。

私達は、ただそれを見ていることしか出来なかった。

 

岬 明乃

「今ので怪物が下敷きになってくれれば文句なかったんだが」

クウェンサー=バーボタージュ

「希望的観測はよそう。それで痛い目に何度も遭ってきたからな」

岬 明乃

「移動しよう。また奴がどこから攻撃してくるか分からない」

クウェンサー=バーボタージュ

「なら明乃。先に船に戻って、さっきのサンプルを届けてくれ。お前の足の速さなら、すぐにでも戻れるはずだ」

 

クウェンサーは私に試験管を渡してきた。

 

岬 明乃

「その間にあの怪物はどうする?まさかお得意の爆弾を使って、奴の注意を引くのか?」

クウェンサー=バーボタージュ

「イエス、だってそれが理想的じゃん。俺じゃ無事に晴風に戻れる保証なんてないし。明乃じゃあいつを上手く誘導できるか分からんし」

岬 明乃

「………ならそれで行こう。もし危なくなったら、私の名を叫ぶんだ」

クウェンサー=バーボタージュ

「どこぞのヒーローだよ。あんパンに助けられるほど俺はヤワじゃないぞ」

岬 明乃

「何を言ってる。周囲は海だから、落ちたらあんパンなんてすぐにダメになるぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「マジで返してきやがった。はぁ、最初に出会った頃の可愛い明乃はどこへ行ったんだか」

岬 明乃

「………」

 

クウェンサーの何気ない一言によって、私は言葉をなくした。

もう一人の、自分。

私は自然と、胸が締め付けられる思いに駆られる。

 

クウェンサー=バーボタージュ

「………まぁ、今は聞かないけどさ、いずれは聞かせてくれよ。それよりも、今はあいつをどう撃退するかを考えよう」

岬 明乃

「そう言って貰えると助かる」

クウェンサー=バーボタージュ

「俺はここから爆薬をセットしながら移動するから、ここで別れよう。そうだな、今から1分後に順に爆破していくんで良いか?」

岬 明乃

「タイミングはそちらに任せる。くれぐれも、自分の爆弾で死ぬんじゃないぞ」

クウェンサー=バーボタージュ

「んなヘマやらかした仕舞いには、色んな人達に合わせる顔がないや………じゃあな、明乃」

岬 明乃

「ああ。また後で」

 

私達は、こうして再び別れて行動する。

走りながら後ろを振り向くと、地面に爆弾を仕掛けているクウェンサーがいる。

また、こんな広いプラットフォームに一人にするのは心苦しかったが、これもここにいる人達全員を助けるため。

私は、自然と走る速度が速くなる。

 

岬 明乃

「こちら岬だ。ミラー副司令、応答せよ」

『ザー、ザー――』

 

私は無線機で晴風にいるミラー副司令に連絡する。

彼らの現在位置を知らないと、合流できないからだ。

しかし、無線から応答はなかった。

耳障りなノイズしか返ってこず、それがずっと続いた。

先程まで連絡が出来ていたはずなのに、なぜ?

 

岬 明乃

「クウェンサー、聞こえるか?ミラー副司令と通信が出来ない。そちらの通信機での交信は可能か?」

『ザー、ザーザー』

 

しかし、こちらも無線が繋がらない。

先程の通信と今の状況と何か決定的に変化が起きたのだろうか?

 

岬 明乃

「引き返してクウェンサーと合流するか?いや、既に爆薬はセットはもう終えてるだろう。戻ってもタイミング悪く爆風に巻き込まれる可能性があるな。さて、どうするべきか………」

 

その場で立ち止まり、思考に入る。

が、それも長くは続かず、すぐに現実に戻る。

 

岬 明乃

「近くのプラットフォームに移って、周囲の確認をしよう」

 

――――すぐさま別のプラットフォームへ移動する。

が、ここは既に半壊している状態で、いつ崩れてもおかしくない。

舌打ちして別の場所へ移動しようとして、その足は立ち止まる。

視界の端に、動く物を捉えたのだ。

 

煙でよく見えないが、あのカラーリングと船体には見覚えがある。

見間違えるはずもない。

あれは、晴風だ。

 

岬 明乃

「だが、様子がおかしい。まさか、あの怪物が晴風に!?」

 

嫌な汗が全身から出てくる。

晴風が怪物に襲われると想像したら、もう足は動いていた。

幸いにも視認できる距離に晴風はいるんだ、すぐに追いつける。

 

いくつもの建物と通路、廃材を抜けた先に、海が広がっていた。

さらに、その向こうに蛇行しながら航行している晴風がいる。

私は自身の脚力に最大限の力を出して――――飛び出した。

 

予想着地点とタイミングを合わせながら飛んだが、正直、生きた心地がしなかった。

美千留を抱えた時は、彼女と一緒だったから心強かったが、今は私一人しか居ない。

だけどそれは長くは続かず、いつの間にか甲板へと着地する。

 

ボガンッ

 

派手な音で甲板が僅かに変形したが、足に痛みはない。

ヒメとモモには迷惑が掛かるが、呑気に寄港を待っている訳にもいかない。

 

??????

「だ、誰!?」

岬 明乃

「!!」

 

扉が開くと、中から理都子と果代子が中から出てくる。

2人は驚くと、こちらへやって来た。

 

松永 理都子

「あー、艦長!戻ってきたんだね!心配してたよ!」

姫路 果代子

「おー、ココちゃんが言ってたのって本当だったんだー。あの時の艦長に戻ってるー」

岬 明乃

「それよりも、晴風を蛇行してどうしたんだ?例の怪物に追われているのか?」

姫路 果代子

「怪物?ううん、違うよ。あれは――――」

岬 明乃

「うぐっ」

 

果代子の言葉を隔てるように、船体が大きく揺れる。

フラつきながらもバランスを保つが、2人は転んでしまったようだ。

 

岬 明乃

「くっ!美波はどこだ!?」

姫路 果代子

「保健室にいるよー!でもでも、怪我人の治療とかでそれどこじゃないかも」

岬 明乃

「2人は急いで艦内へ戻るんだ!あの化け物がいつ撃ってくるか分からないからな!」

松永 理都子

「えっ、撃ってくるってなに!?相手は――――!?」

 

私は2人を艦内へ押し込むように雪崩れ込ませる。

理都子は最後の方に何かを言っていた気がするが、聞き取れなかった。

水飛沫をやり過ごしたら、私は2人を置いて保健室へと向かう。

 

通路の所々で傭兵達が座っていたり横になっている姿を、横目で流す。

避難してきた傭兵達だが、救命ボートに乗りきれずに、晴風に乗艦してきたようだ。

………そう言えば、救命ボートで逃げた人々は大丈夫なのだろうか?

あの怪物は、そちらの方へ向かって襲ったりはしてないだろうな?

 

保健室の前まで来ると、扉が開いた。

そこに見知った顔が出てくる。

 

岬 明乃

「美波!」

鏑木 美波

「!!艦長か」

岬 明乃

「晴風は今どんな状況だ?先程から蛇行を繰り返してるようだが?」

鏑木 美波

「詳しくは聞いていない。こっちは応急手当で一杯だからな。それより、ミラー副司令から聞いたぞ。実験の用意をしてくれって?」

岬 明乃

「ああ。私とクウェンサーを襲ってきた怪物の体液だ。こいつを使って解析を頼む」

 

私は美波に試験管を渡した。

それを見た美波は、普段の無表情から、険しい方向へ変わる。

 

鏑木 美波

「………いつからうちはブラック企業に早変わりしたんだ?」

岬 明乃

「残業代は出ないから、代わりに美波の休日を増やすよ。行きたい場所とかはないのか?」

鏑木 美波

「秋葉原」

岬 明乃

「ふっ、即答できるなら余裕はありそうだな。ミラー副司令はどこだ?」

鏑木 美波

「あの人なら艦橋に居る。艦橋要員もそこに詰めてるぞ」

岬 明乃

「分かった、解析が終わり次第、知らせてくれ!」

 

そう言い残すと、私は再び艦橋へと向かう。

見知った晴風の通路のハズなのに、なんだか別の船に乗っている感覚がある。

傭兵達が乗っているから、あるいは逼迫した状況下であるからか?

しかし、晴風が危機に瀕しているのは、なにも今に限った話ではない。

違和感を感じつつも、急いで艦橋へと突き進む。

 

タラップを飛び越えて、艦橋へと続く細い通路を抜けると。

泣きながら舵取りをしている鈴が。

揺れつつも双眼鏡で周囲を確認している幸子が。

魚雷を撃てるタイミングを今か、今かと機会を伺っている芽依が。

歯を食いしばりながら追撃を撃退する方法を考えている志摩が。

そして、私の代わりに指示を飛ばしているミラー副司令が。

それぞれの役割を果たすために、死力を尽くしている。

 

良かった、幸子と鈴の怪我が大したことなくて。

 

岬 明乃

「総員、被害報告を!!」

納沙 幸子

「か、艦長!」

知床 鈴

「岬さん!」

岬 明乃

「私のことは良い!それよりも現在の状況を!」

立石 志摩

「第3主砲、大破」

西崎 芽依

「魚雷残弾が残り3発しかないよ!!って言うか、戦いに行くのに何で数えられる本数しか積んでないの!!」

納沙 幸子

「それが晴風を受け入れてくれる条件だからですよ!」

ミラー副司令

「艦長、すまない。君達の大事な船を傷付けてしまった」

岬 明乃

「………それで、さっきから何から逃げてる?例の怪物か?」

ミラー副司令

「いや、違う。奴はプラットフォームから続く爆発音を聞きつけて、今はここにはいない。俺達を追っているのは――――」

 

ミラー副司令はいったん、間を空けてから、一言。

 

ミラー副司令

「君達で言う、スキッパーに乗った人間に追い回されてる。だから、知床さんに逃げるように指示を出したんだ」

岬 明乃

「な、に?」

 

あまりの予想外な回答に、私は思わず口が止まってしまう。

スキッパーに乗った、人間がっ。

なぜ、私達を追う?

怪物が相手ではないのか?

 

西崎 芽依

「あいつら、連携を上手く取ってくるんだよ!こっちの行く先々で待ち構えられてる!これじゃあ魚雷を撃てないよ!」

納沙 幸子

「人が乗ってる以上、無闇に魚雷なんて撃ったら、その人が死んでしまいますよ!」

西崎 芽依

「それじゃあ、こっちがやられるのを待つっての!?そんなの、魚雷を撃たれるよりも嫌だ!」

ミラー副司令

「落ち着かんか!今は奴らをどうやって退けるのかを考えるべきだ!」

 

そう、ミラー副司令の言うとおりだ。

相手が怪物だろうと謎のスキッパー部隊だろうと、敵として出てきた以上、冷静に物事を判断できなければ、守れる物も守れない。

仲間割れなどが起きれば、尚更だ。

それと同時に懸念しなければならない問題がある。

本当に問題はその2つだけなのか?

 

岬 明乃

「先程から通信が使えなかったが、何か他にもトラブルがあるんじゃないのか?ミラー副司令と連絡を試みたが、ノイズしか入らなかった」

ミラー副司令

「実は俺のも使えないんだ。納沙君のタブレットや携帯電話、ソナー、電探も然りだ」

岬 明乃

「………電子機器類が、使えなくなってる?」

 

その瞬間、背中がぞわりっ!と逆撫でする。

悪寒にも近いそれは、私の背筋を凍らせるには充分だった。

電子機器を麻痺させる、原因は。

まさか、あの、ネズミ――――

 

岬 明乃

「これは、まさか、あの時の――――」

西崎 芽依

「それはないよ、艦長」

 

と、いつの間にか隣に立っていた芽依がハッキリと断言する。

周囲の銃声や爆発音、悲鳴がうるさく聞こえるのに、やけに彼女の言葉だけが私の中に入ってくる。

私は眉間に力が入るのを止められなかった。

 

岬 明乃

「なぜ、そう言い切れる?」

西崎 芽依

「五十六が全く反応してないからだよ。ね、五十六?」

 

床に寝転んでいる五十六が、芽依の声に反応して、ぬっと鳴く。

確かに、あの時はネズミが近くに居ただけで、五十六は血相を変えて追っていった。

だが、今は大人しいように見える。

だとしたら、原因はなんだ?

 

納沙 幸子

「鈴ちゃん!正面に瓦礫があります!」

岬 明乃

「面舵一杯!一時的に当海域から離脱する!」

西崎 芽依

「ちょっと待ってよ、バーボッチは!?まさか、まだ取り残されてるんじゃ!?」

岬 明乃

「ここに留まっても良い的になるだけだ!引き返してる余裕もない!それに彼は簡単には死なない!だから大丈夫だ!」

西崎 芽依

「見捨てるの!?じゅんちゃん達を助けられれば、後はほっとくの!?」

岬 明乃

「そうは言ってない!まずは身の安全を確保するのが先だと言ってるんだ!!」

西崎 芽依

「っ!」

 

私の怒声に、芽依はこちらを睨み付けたまま、黙り込んでしまった。

私だって、本当は助けに行きたい。

だけどそれだけじゃ、ダメなんだ。

 

無力に苛まれていると、不意にクウェンサーの言葉が思い出される。

そして、彼が最後にした、あの表情。

いくら怪物の正体を暴いて、弱点を探すと言っても、すぐに見つけられるとは限らない。

美波に以前聞いたことがあるが、動物や人間のDNAを解析するのに、時間はそれなりに掛かると。

じゃあ、なんで彼は試験管を届けさせるために私を行かせた?

彼の足では無理なのは本当だろうが、それ以外にも理由があるのではないか?

例えば………私をその場から逃がすために?

 

クウェンサー=バーボタージュ

『じゃあな、明乃』

 

あれが、さよならの意味があるのなら………!!

 

岬 明乃

「クウェンサー、まさかお前、自分が死ぬつもりなのか?」

 

あり得ないだろうが、そんな事を口にする。

誰かに向かって放った訳ではないが、当然ながら、答えなど返ってこない。

そして悪化する状況は、時間経過は止ってくれない。

だがクウェンサーの考えて、行動に移そうとしている事態から頭から離れない。

 

………私はクウェンサー救助と怪物退治、謎のスキッパー隊の排除。

どれを優先するべきだ?

本来なら、今すぐにでもクウェンサーの助けに行きたい。

今どんな状況下にあるか分からないが、危機的状況であるには変わらないだろう。

だが私達を追い回しているスキッパー隊の存在も無視できない。

連中の目的が分からない以上、迂闊に攻撃も出来ない。

もっとも、連中が私達の味方でないのは明らかだが。

 

野間 マチコ

『艦長!あと200メートルで当海域から脱出します!』

納沙 幸子

「あっ、スキッパー隊、離れていきます!」

 

なに?

あんなに固執してたのに、あっさりと退いた?

でも、どうして――――

 

岬 明乃

「麻侖!両舷全速後退!急げ!」

柳原 麻侖

『お、おうよ!』

岬 明乃

「鈴、面舵一杯!あの支柱の間をくぐり抜けるんだ!」

知床 鈴

「りょ、りょうかーい!」

西崎 芽依

「………艦長、この海域から脱出するんじゃなかったの?」

岬 明乃

「来るぞ!総員、衝撃に備えろ!」

 

芽依の問いには答えず、私は近くのモノに掴まった。

その時、全員が私の声に呼応するように付近のモノに掴まる。

そしてその数秒後に。

 

 

巨大な振動が晴風を襲い、船体が大きく揺れた。

晴風の周囲に、巨大な水柱が複数、上がるのと同時だった。

数は………3本。

この水柱の太さと威力は、恐らく。

 

 

知床 鈴

「ひいぃぃぃぃぃ!!」

納沙 幸子

「な、なんですか今の!?」

ミラー副司令

「………気のせいかな。戦艦クラスの主砲に見えるが?」

岬 明乃

「ミラー副司令の言うとおりだ。今のは………………大和クラスの主砲だ」

知床 鈴

「えっ、大和クラスって?」

 

そう。

あのタイミングでスキッパー隊を引き上げさせたのは、艦砲クラスの射撃を行うため。

その巻き添えを負わないようにするため、追撃しているスキッパー隊を引き上げさせたのだ。

いや、もしかしたらスキッパー隊を使って、こちらをこのポイントへ誘導したのかもしれない。

 

――――ちょうど崩落したプラットフォームの間から、それが見える。

巨大な船体が、濃い霧の中から姿を覗いていた。

主砲九門………第一、第二、第三主砲の右門の仰角が上がっていて、こちらを撃ったからか、主砲先端から煙が排出されている。

船体のカラーリングは、灰色をベースにし、さらには緑色のラインも覗いている。

船体のナンバリングは、S120。

あの、巨大な艦影――――――――――――戦艦”紀伊”、か。

だとしたら、あの艦には………。

 

納沙 幸子

「うそ、なんで………どうして紀伊がここに!?」

西崎 芽依

「さっきの砲撃、紀伊からの主砲からだったんだ………」

立石 志摩

「う、うぃ………」

ミラー副司令

「バカなっ。あのクラスの戦艦は半世紀以上前から建造されていないはずだ!いったい、奴らは!?」

 

各々の反応が、今の現状を物語っていた。

最悪をも超える、悪夢。

仮に私達を潰すために派遣されたのなら、戦力差は語るまでもない。

蟻一匹を潰すために戦車を投入するようなモノだ。

加えて、スキッパー隊の邪魔も入り、ますます私達は苦境に立たされるのだ。

いや、苦境と一言で済ませるのも呆れてしまうほどの………。

だが私は、苦笑を浮かべるだけで、彼女達のような悲壮感はまるでなかった。

 

まるで、以前にも似たような場面に出くわしたかのような。

 

岬 明乃

「だが私達のやるべき事は変わらない。怪物を倒し、全員でこの海域から脱出することだ。そして、脅威も増えたぞ。例の怪物と、スキッパー隊、そして戦艦紀伊。次の敵はこいつらだ」

 

私の言葉に、全員が私を見つめる。

その中には、私の正気を疑う要素も含まれているが、私は至って冷静だ。

この場の環境が、そうさせているんだ。

冷静に物事を対処しなければ、私が傷つくだけじゃ済まなくなる。

 

なぜあの戦艦がこの世界へ来たのかは分からない。

私達があれに勝てるかどうかも分からない。

だがこれだけは言える。

 

あの戦艦は、私達の味方ではなく、敵として現れたのだと。

だから私は、自然と身に力が入るのを抑えられなかった。




あまり話は進んでませんね(笑
ところで、皆様は何回、ハイフリ劇場版を見に行かれましたか?
私は10回ほど、足を運ばせて頂きました。
特典の数々、すばらだったです(語彙力崩壊

あと、当作品にて番外編を挙げてましたが、諸事情により削除することにしました。
近いうちに別に上げようと思いますので、よろしくお願いします。


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第23話 マーメイドは微笑まない~プラットフォーム奪還戦Ⅴ~

――――私は敵を倒した人より、自分の欲望に打ち勝った人をより勇猛だと信じる。なぜなら、自らに勝つことは最も難しい勝利だからだ――――
――――アリストテレス(古代ギリシャの哲学者)

どうも皆さん、おはこんばんにちは。
作者です。

新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

前の投稿からかなり時間が空いてしまいましたね。申し訳ないです。
実は今更ですが、ダンガンロンパにハマってしまいましてね。
それぞれ1,2,V3のゲーム動画を視聴しました。
そのため、執筆が止まってしまい、投稿も遅れてしまいました。

話は変わるんですが、もし艦長の岬さんがダンガンロンパに出演したら、こんな感じになると思うんですよね。

岬 明乃
「私は、超高校級の艦長、岬明乃です。よろしくね!それで、あなたの名前は?」

岬 明乃
「こんなの間違ってる!絶対に、絶対に私達はコロシアイなんてしないからね!」

岬 明乃
「ここにいる皆も、外で待ってくれる晴風の皆も、大切な家族だからさ。皆のためなら、私は何だって出来るよ。だから、心配しないで?」


うーん、難しい(笑

まぁそんなこんなで、本編の方をどうぞ


2012年、7月23日、15;03;44

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 艦長

岬 明乃(みさき あけの)

日本国 茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 近海 プラットフォーム 司令塔エリア付近

 

 

ミラー副司令

「オーガスト隊、こちらはミラーだ!兵士らの収容は完了したか!?済んでいたら、直ちに航空支援を要請する!オーバー!」

ブラックホークパイロット

『こちらオーガスト隊、全兵士と職員の退避は完了した。燃料給油と兵器換装で、15分は掛かる』

ミラー副司令

「ダメだ!そんなに保たない!ヘリを1機だけで良い、奴らに攻撃して時間を稼いでくれ!その間に我々は離脱する!」

ブラックホークパイロット

『こちらオーガスト隊、大半の航空機は全て兵士の収容に当たっている。プレデターミサイルを搭載したUAVなら使用可能だ』

ミラー副司令

「そいつはありがたい!直ちに回してくれ!」

ブラックホークパイロット

『了解した。UAVの到着は10分掛かるが、それまで時間稼ぎを頼む。健闘を祈る、オーガスト隊、アウト』

ミラー副司令

「ミラー、アウト!………聞いたな、ミサイルを搭載したUAVが到着するまで、10分だ!それまで、プラットフォームの残骸を盾にしながら、奴らを退くぞ!」

 

ミラー副司令の計らいで、現代戦争の象徴になりつつある無人兵器の投入が決定した途端、私は僅かに安堵声を漏らした。

UAV………無人航空機。

私達の世界には存在しない航空機を、人を乗せないで多種の目的達成のために設計された兵器の一つ。

空中からの偵察、監視、威嚇、そして………攻撃。

役割自体は飛行船と大差はないが、違うのは速度だ。

 

UAV、いや、攻撃型航空機の大半は言えることだが、敵地へ速やかに到達し、目標をピンポイントで攻撃し、反撃される前に離脱する兵器だ。

ただし、これは地上における作戦が展開された場合だ。

今回は海上を彷徨っている巨大戦艦、紀伊だ。

威力は申し分ないのだろうが、命中率が気になるところだった。

 

だったら、なぜその事をミラー副司令に聞けなかったのか。

それは、私達がこの世界の住民ではないからだ。

厳密に言えば、この世界の戦い方を、資料でしか見たことがなかったのだ。

航空機と言う、私にとってはイレギュラーな兵器が投入された時点で、私達の常識は邪魔でしかなくなってしまう。

 

納沙 幸子

「大丈夫ですよ、艦長」

岬 明乃

「っ!」

 

と、思考を隔てるように幸子が私の肩に触れる。

先程、彼女を怪我させてしまったが、今はもう気にしてないようだ。

彼女は、普段と変わらぬ笑みを浮かべたまま。

 

納沙 幸子

「私達はどんなピンチにも堪えてきました。辛いことも悲しいこともありました。でもその度に私達は切り抜けてきたじゃないですか。今回も同じようにするだけです」

西崎 芽依

「そうそう。さっさと紀伊の連中を追い払ってさ、んでもってバーボッチも助けてさ、この世界を満喫しようよ。だから、もう一踏ん張りさ!」

立石 志摩

「うい」

 

そして自然と、身体から力が抜けていく。

それがどこか嬉しく感じ、懐かしさも感じた。

だからこそ、私は何度でも戦える。

何度でも立ち上がれる。

 

ミラー副司令

「艦長、君は仲間から随分と慕われているようだ。今のような危機的状態で最も危惧するべき点は、交戦意欲が低下して判断が遅れてしまう事だからな」

岬 明乃

「………あなたと比べれば、年期が違う」

ミラー副司令

「そりゃそうだ。生きてる世界や時代が違う。経験がモノを言うのは当然だ。それに、生きてきた時間だって俺達の方が長いんだ、これで活躍されては俺達の面子は丸つぶれさ」

 

苦笑を浮かべながらミラー副司令は苦言を零す。

老練、とまでは行かなくても、彼らなりの戦い方を間近で学ばせて貰おうと思う。

それが………この世界に迷い込んでしまった私達の戦いだ。

ならば、その戦いから仲間を助けるための知恵を得よう。

私達の知らない戦い方を。

 

岬 明乃

「ミラー副司令、私達は無人攻撃機が到着するまでに逃げ続ければいい、と?」

ミラー副司令

「そうだ。幸い、プラットフォームの残骸がそこら中にある。それを利用すれば、奴らから身を隠せるだろう」

岬 明乃

「鈴、操艦は慎重に」

知床 鈴

「はい!」

 

………最初は、残骸を利用してでの隠密作戦は効果を発揮していたが、長くは続かなかった。

紀伊から放たれる主砲が次々と残骸をなぎ倒していったのだ。

今でも激しく揺れる船体に、ミラー副司令が悲鳴に近い声を張り裂けていた。

 

ミラー副司令

「奴ら、手当たり次第に砲撃してきてる!これじゃ隠れていても意味がない!」

納沙 幸子

「紀伊の主砲は大和型全艦、46サンチ砲が9門あります!掃射されれば1分も持ちません!」

岬 明乃

「攻撃機は?」

ミラー副司令

「あと5分だ!それまで持たせるしかない!」

 

いや、不可能だ。

直感的にそう感じた。

周囲の瓦礫がこちらの行く手を阻んでいる。

他のプラットフォームも同様に破壊されているのなら、その中で動き回るのは致命的だ。

だが、かと言ってプラットフォームから飛び出れば、紀伊の餌食になる。

退いても攻めても負けは明らかだ。

そのどちらの選択をしても、結局は向こうが必ず勝利する戦術。

こんな戦いをするのは、あの艦長と支えているあの副長くらいだろう。

と言うことは………。

 

岬 明乃

「………なら、相手の弱みにつけ込むか」

 

誰にも聞こえない声でそう口にすると、伝声管を使う。

 

岬 明乃

「まち子、周囲に敵のスキッパー隊は見えるか?」

野間 まち子

『いえ、確認できません。砲撃に備えて退避したかと』

岬 明乃

「もし再度接近してきたら報告を頼む。手空き乗員は安全防具を身につけた後に甲板へ向かい、さらには――――」

 

私は隣に居る幸子にある物の手配を頼む。

すると彼女は微笑んで、私に耳打ちする。

 

納沙 幸子

「了解です………スキッパー隊の誰かを捕まえて、人質に取るんですね?」

岬 明乃

「………なに?」

 

途中からの言葉を私にしか聞こえないような小声で告げる。

私の考えてることが、彼女にバレていたのか?

すると幸子は、クスッと笑いながら微笑む。

 

納沙 幸子

「分かりますよ。この瓦礫の山じゃ、回避行動は上手く取れません。46サンチ砲なんて近くに被弾してもアウトですから、私達が生き残るにはスキッパー隊の仲間を人質にとって、攻撃を躊躇わせるしか方法はありませんから」

岬 明乃

「………紀伊の艦長の事、覚えていたのか」

納沙 幸子

「因縁のある相手ですからね。結果よりも仲間の命を第一に考えられる数少ない方ですので」

岬 明乃

「そこに漬け込もうとしている私は、ある意味では連中と同じ、か」

納沙 幸子

「そんなはずありません!艦長は私達の命を助けようとしてるじゃないですか。それだけじゃありません。ミラーさん達だって」

岬 明乃

「成り行きでそうなったまでさ。元はと言えば光達を助けるために遠路遙々、ここまでやって来たに過ぎない」

 

幸子はまだ何か主張したがっていたが、私は言葉を隔てる。

そうだ。

私はいつだってそうだ。

大切な戦友、いや、家族を守るために戦っているんだ。

それはあの頃から何も変わらない。

 

松永 理都子

『艦長、発煙筒の設置完了だよー。かよちゃんの方も終わったって』

岬 明乃

「ありがとう。なら今から煙を出してくれ。マチ子、準備は良いか?」

野間 マチ子

『大丈夫です。本来なら近接戦闘で戦いたかったのですが………』

岬 明乃

「それはまた別の機会に設けるよ。よし、なら私の合図で――――」

 

??????

『待って艦長!』

 

私が伝声管に合図を送ろうとした途端、割って出る声が。

 

小笠原 光

『待って艦長!その役目は私達に任せてくれないかな?これからスキッパー隊の連中を狙撃するんでしょう?』

岬 明乃

「!!」

日置 順子

『さっき美甘ちゃんがライフル銃を持って上へ上がるのを見たからさ、誰かを撃つんだって思ったんだ。だったら、その役目は私達が引き受けるべきだと思うんだよね』

岬 明乃

「………3人はまだ怪我の治療中のはずだが?これは失敗は許されないんだ、その状態で狙撃できるのか?」

武田 美千留

『艦長、私は、いや、私達はただ、今日まで遊んでいた訳じゃありません。でもその今日という日に、私達はあなた方に大変な迷惑を掛けました』

 

聞こえてくるのは、懺悔の言葉。

先程までなら、それで終わっていたのだろうが。

彼女の言葉は続く。

 

武田 美千留

『その汚名を返上したい、とか思っていません。失敗は絶対に許されないのも承知の上です。だから私達は、失敗を帳消しにしたいんじゃありません。大切な家族を助けたくて、志願したいんです』

岬 明乃

「!!」

 

家族を助けたい。

ただその一言なのに、動きが止まる。

家族、か。

あの子が、好きな言葉だ。

 

岬 明乃

「………分かった。なら、狙撃は3人に任せる。ただし、理都子と果代子の2人を補佐として付ける。怪我が酷いなら、補助が必要なはずだ』

武田 美千留

『は、はい!』

小笠原 光

『ありがとう、艦長!よし!なら撃ちまくっちゃうよ!』

日置 順子

『いやいや、殺しちゃダメだよ?でないと人質が死んじゃうからね?意味ないからね?』

 

などと伝声管の向こうから呑気なやり取りが聞こえてくる。

全く、あの3人は。

こんな重要な場面で笑い合うとは、ある意味、肝が据わってるとも言える。

 

西崎 芽依

「艦長、今、笑ってた」

岬 明乃

「………気のせいだ」

西崎 芽依

「はいはい、そう言う事にしておく」

 

それから数分で、全ての準備が整った。

狙撃手の配置も完了した。

私は号令を掛ける。

 

岬 明乃

「これより作戦を開始する。煙幕の用意!」

野間 マチ子

『了解!』

 

私の一声で、マチ子が晴風各所に仕掛けた発煙筒を作動させていく。

するとすぐさま、晴風が黒煙に包まれる。

 

岬 明乃

「各員、スキッパー隊の接近を確認次第、光達に居場所を報告せよ」

伊良子 美甘

『………こちら後部左舷甲板、距離400、左舷40の方向にスキッパー隊を目視しました。数は2です』

岬 明乃

「よくやった。光、撃てるか?」

小笠原 光

『目視で確認。晴風が被弾したと思って近付いてきてる。みっちん、じゅんちゃん、良い?』

日置 順子

『問題ないよ』

武田 美千留

『同じく。りっちゃん、かよちゃん、スポッターやって貰える?』

小笠原 光

『よし、私はボディナンバーが2の奴狙うから、じゅんちゃんとみっちんは4の奴狙って』

全員

『『『『了解』』』』

 

それぞれの配置に付いたところで、狙撃体勢が完全に整った。

他のスキッパーがいないところを見るに、完全に退避したと考えて良いだろう。

 

岬 明乃

「残りの手空き乗員は、狙撃完了後、直ちに乗組員を確保。拘束した後、艦橋へ連れてきてくれ」

 

伝声管でそう伝えると、今度は光達から報告があがる。

 

小笠原 光

『艦長、狙撃したよ。手足に上手く当てられたから、今、マッチ達が急いで海面から乗組員を引き上げに行ってるよ』

岬 明乃

「よくやってくれた。後は私達に任せて、3人は医務室で休んでいて」

小笠原 光

『ううん、私達は射撃指揮所へ向かうよ。狙撃が上手くいったからか、テンションが上がって、アドレナリン?がどんどん流れてきて、逆に落ち着かなくなっちゃった』

岬 明乃

「しかしっ」

武田 美千留

『お願いです艦長、仮に紀伊が砲撃してきたら、反撃できる手段は多い方がいいです。だからもう少しだけ、私達の我が儘に付き合ってくれませんか?』

岬 明乃

「………射撃指揮はタマに移す。指示するまでは、射撃は控えるように」

3人

『『『了解!!』』』

 

私はため息をそっと漏らすと、今までずっと黙っていたミラー副司令が無線を切った。

 

ミラー副司令

「艦長、無人攻撃機が到着した。これで反撃できる手立てがもう一つ、組み上がったぞ」

 

先程までの会話を横で聞いてたのか、サムズアップを映し出した。

 

野間 マチ子

「艦長、捕虜を連行してきました」

 

タイミングを見計らったかのように、マチ子がスキッパー隊の内の2人を連れてきた。

2人は両腕を後ろ手に縛られていて、気を失っているのか、全く動く気配がない。

共に付いてきた美波に視線を合わせると。

 

鏑木 美波

「応急処置は済ませてある。それと、意味はないだろうが血液採取も完了している。十中八九、感染せいているだろうがな」

 

それだけ言うと、怪我人の治療に行ってくると言い残し、艦橋を去った。

辺りが、静寂に包まれる。

 

岬 明乃

「………機関始動、プラットフォームから脱出する。麻侖、頼む」

柳原 麻侖

『合点』

岬 明乃

「鈴、第2戦速まで航行せよ。聡子は紀伊に向かって発光信号。内容は、”そちらの隊員2名を捕虜とした。機関を停止し、会談する機会を設けたい”」

勝田 聡子

「了解ぞな」

知床 鈴

「はい!」

 

各員がそれぞれ持ち場の役目を果たす。

晴風はプラットフォームから脱出すると、早速、聡子が発光信号を出しに向かう。

後は、メッセージを受け取った彼女がどう行動するかが肝だ。

だが、いずれにせよ。

 

岬 明乃

「みんな、後もう少しだ。もう少しでこの戦いに目処が付く。だから、もう少しだけ力を貸してくれ」

 

その一言で、艦橋組とミラー副司令はコクリと頷いた。

どんな回答が来ようとも、長く続いた戦いも、これで決着が付く。

 

勝田 聡子

「艦長、紀伊から返答あったぞな………”そちらの要求は可能な限り呑む”と」

 

その瞬間、艦橋内が沸きだった。

そんな返答をすると言うことは、少なくともいきなり撃たれる心配はないと言うことだ。

あの艦長の弱みを握る、と言う最低ではあるがこちらも命が掛かった状態だ。

倫理だのルールに縛られていて大切な者を守れなくなるのが一番恐ろしい。

 

………やったぞ、明乃。

お前の家族、また守って見せたぞ。

 

さて、要求の内容だが………。

 

岬 明乃

「返信、そちらの武装を全て解除せよ。機関、レーダーも全て停止。それが確認次第、捕虜と交換する。以上」

勝田 聡子

「了解ぞな」

 

これで、相手がこちらの条件を呑みさえすれば、一時的な問題は解決する。

だが肝心の根本的な問題は………。

 

岬 明乃

「元の世界から来た艦を、どうやって元の世界へ戻すかだ。こちらの世界へやって来たのは恐らく故意だろうな」

西崎 芽依

「えっ?どうして?」

岬 明乃

「でなければ、スキッパー隊を展開して観測射撃するなんて芸当は出来ないからな。予めこちらを拿捕する計画を立ててないとこんな素早く実行できない」

納沙 幸子

「あー、なるほど。では、彼女達を捕まえて情報を吐かせるのも手ですね。素直に吐くとは思えませんが」

知床 鈴

「えっ、私達、元の世界に戻らないといけないの?」

 

鈴の放ったその言葉に、ミラー副司令はギョッとする。

元の世界に戻らないといけないの?

その言葉の意味は、暗に戻りたくないと語っているのと同義だ。

 

ミラー副司令

「き、君は元の世界へ戻りたくないのか?重要な手掛かりが入手できるかも知れないのだぞ?」

知床 鈴

「あっ、そう言えばミラーさんには話していませんでしたね。私達の世界はもう――――」

岬 明乃

「鈴」

 

私が静かに口にすると、鈴は青ざめた顔色になる。

 

知床 鈴

「あ、ご、ごめんなさい。私………」

岬 明乃

「ミラー副司令、私はあの世界について多くを語りたくない。語りたくはないが、教訓として次に活かせることなら出来る。だから、これ以上の深入りは避けて欲しい」

ミラー副司令

「いや、すまない。かなり無神経だったようだ。忘れてくれ」

岬 明乃

「………」

 

そんなミラー副司令を横目で見ると、聡子と目が合った。

 

勝田 聡子

「艦長、機関の停止を確認したぞな。主砲も副砲も正面に回頭したぞな」

岬 明乃

「よくやった。これより会合地点に向かう。聡子、以下の座標を発光信号で送ってくれ。座標は――――」

 

そこで、視界が右方だけ、光に包まれる。

遅れて、巨大な爆発音が炸裂する。

一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

プラットフォームの燃料が引火して大爆発を起こしたのかと考えた。

だがそれは間違いであると気付いた。

 

遠方にある巨大戦艦、紀伊。

その船体が、巨大な火柱を上げて大炎上していたのだ。

 

西崎 芽依

「うそ、なんで?なんで紀伊が燃えてんのさ!?」

納沙 幸子

「ミラーさん、何かしましたか?」

ミラー副司令

「いや、無人機は投入したが、攻撃指示は出していない。何が起こってる?」

 

どうやら無人攻撃機が原因ではないようだ。

なら、なぜ?

 

納沙 幸子

「っ!!艦長、通信が回復しました。恐らく、電子機器に影響を与えていた紀伊が炎上したからでしょう。周辺地域に居る各通信を傍受しました、流します」

 

幸子がタブレット操作をすると、それを机に置いた。

すると、男性の怒声が響いてくる。

 

MSF兵

『おい、急いでヘリを回してくれ!ここの設備だけじゃ、負傷者を治療しきれない!』

ヘリパイロット

『こちらはヘンリー隊!地上部隊から攻撃を受けてる!至急、応援を!』

海上自衛隊員

『こちらは護衛艦みらい。大和が突然、爆破、大炎上している。負傷者を収容するべく、ヘリ部隊を出撃させる。地元病院に連絡し、救急車の用意を』

 

多くの通信が入り乱れながらも、職務を全うしている。

そんな中、懐かしい声を聞いた。

 

クウェンサー=バーボタージュ

『こちらクウェンサー!聞いてたら誰か応答してくれ!』

 

久しぶりに会うような感覚に、思わず感極まってしまう。

だが、そんな気持ちを抑えつけ、幸子に無線を繋げるように指示を飛ばす。

 

岬 明乃

「こちらは晴風だ。クウェンサー、生きていたんだな」

クウェンサー=バーボタージュ

『おお、明乃か!久しぶり!って訳でもないんだな。頼む!救助を要請したい!』

岬 明乃

「今どこに居るんだ?」

 

嫌な予感に近い心情を受け止めつつ、状況把握を務める。

だがそんな時に限って、嫌な予感というのは的中してしまうものだ。

 

クウェンサー=バーボタージュ

『さっきからプラットフォームを攻撃しまくってた戦艦の内部だ!さっきの化け物の相手をしてたら、色々訳あって戦艦内部に突っ込んじまったんだ!』

 




今回の話はあまり進みませんでしたね。
次回が、恐らくプラットフォーム奪還戦の最後のストーリーになると思います。
新章がスタートしたら、恐らくそこで本ストーリーは一旦、ストップするでしょう。
別の方の視点のストーリー製作を行いますからね。
それはそうと、前書きの続きを少しだけ書こうと思います。

岬 明乃
「大丈夫だよ。君は、君が思っている以上の力を秘めていると思うんだ。だから、君はもっと自分を信じても良いと思うんだ!私が保証するよ!」

岬 明乃
『だからね、私の意思、あなたに託すよ。最後まで一緒に居られなくて、ごめんなさい』

やう゛ぁい。
演出がV3の赤松さんに似てしまっている。
皆様はどうかは分かりませんが、私はハッキリと申したい事がございます。


V3は絶許(ファンの皆様、申し訳ございません)


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