竿魂 (カイバーマン。)
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白黒夜叉編
第一層 しろくろやしゃ


これはゲームであっても遊びではない 

エターナルドリームス・オンラインプログラマー・茅場晶彦

 

ゲームなんざ遊ぶ為のモンだ、適当でいいんだよ適当で

万事屋銀ちゃん・オーナー・坂田銀時

 

 

 

 

 

 

そこは広大なる宇宙が辺りを包み込む特殊フィールド。

「月」と設定されているその地には、今は異形の姿をした者達がひしめき合ってたった一人の剣士を囲んでいる。

これはいわば総力戦

二つの勢力がぶつかり合って互いに力を出し合い、敵の陣営を一人残さず狩りつくせばこちら側の勝ちというシンプルな戦争ゲームだ。

 

「残る者は君一人だ、無様に生き延びようとする君の姿を見るのも一興なのだが」

 

顔つきが猫の様な見た目をしたプレイヤーの一人が腰に差す剣を抜くと同時に、剣士を囲む他の者達も一斉に構え始める。

 

「もうすぐ観たいドラマが始まるんでね、さっさと終わらせてもらうとするよ」

 

黒い皮性のコートに身を包みし若き剣士の右上に浮いているHPバーは既に半分を切っていた。

これが今この剣士の命の残量の様なモノ、失えばその時点で戦闘終了と共に取り囲んでいるプレイヤー達の前に勝利画面が現れるという事だ。

反対に剣士の方には当然敗北と書かれた画面が現れ、次の瞬間には強制的にログアウトされ意識は現実世界に戻る上に、それから24時間はこちらの世界にフルダイブする事が出来なくなるのだ。

 

たかが丸一日ログイン出来ないだけ、負けても別に死ぬ事はない、だが

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

黒コートの剣士にとってこの連中に敗北する事は死と呼んでも過言ではない程イヤなのだ。

現実世界でも自分達の星で好き勝手やっている連中に

この仮想世界でも好き勝手にさせる訳にはいかない。

 

囲まれて一斉に群がって来る異形の者達を前にして、一人生き残った黒コートの剣士がやる事は一つ。

 

「……」

 

浮いているHPバーが半分を切っていると青から黄色になっているのを確認すると、右手に得物である片手剣をを持ったまま左腕を伸ばしてを背中に回す。

 

その動きを見て先程ドラマを観たがっていた猫の顔つきのプレイヤーの表情が強張る。

 

「あの動き……まさか!」

 

このゲームにレベルは存在しない、モンスターや対人との戦闘をひたすら繰り返し経験を積む事は出来るが、一定量を倒すとレベルではなくパロメータを上昇させる事の出来るスキルが与えられる。

そのスキルをセットしていき、プレイヤーは少しずつ強くなっていくのだ。

そしてそのスキルにも色々種類があり……

 

漫画によくある絶体絶命な状況で主人公がここぞというタイミングで必殺技を放つように

 

HPが50%を切らなければ使えないという特殊スキルも存在する。

 

「クソ! 特殊スキル持ちか! これ以上抵抗されると面倒だ! 全員で叩き潰せ!!」

 

多勢の敵を前にして剣士は背中に伸ばした左腕で、そこに現れたモノをグッと強く握って構える。

 

彼が手に持ったのは

 

 

 

 

 

二本目の剣だった

 

 

 

 

 

 

 

戦いはそれから数分で決着が着いた。

 

戦闘用フィールドに残っているプレイヤーはたった二人。

 

一人は先程まで指揮を取っていた猫のような顔つきをしたプレイヤーと

もう一人は両手に得物を携えた黒コートの剣士。

 

他の連中は皆HPバーを0にし、光となって四散し消滅してしまった。

 

「ハァハァ……! おのれ地球の猿風情が……!」

 

勝てる筈だと思っていたこの戦いで、まさか一対一にまで追い込まれるとは予想だにしてなかったらしく。

自分はただ指揮役としての仕事をしていれば終わるとタカをくくり、戦闘強化用のスキルはセットしていなかったのだ。

 

「現実では我々『天人』に支配され続けるだけの存在が! 仮想世界で調子に乗りおって……」

「……」

「は! その出で立ちと二刀流……もしや貴様、この世界で噂に聞くあの……!」

 

猫の様な顔つきをしたプレイヤーが一歩一歩後退しつつ、今自分が対峙している相手が何者なのかとわかりかけて来たと同時に

 

「ぐはッ!」

 

その剣士がこちら目掛けて駆けてきたと思いきや一瞬で距離の差は無くなった。

深々と胸に剣を刺されるとHPバーがみるみる削られ、セーフティゾーンの青から一気に危険信号の赤へと変わる。

そして呆気なくその赤色さえ消え、完全にHPはゼロとなってしまった。

 

「良かったな、観たいドラマに間に合いそうで」

「き、貴様……!」

 

自分を刺したその剣士の声を初めて聞いた気がする。

華奢で小柄な見た目と同じくその声も少年の様だった。

しかしその口調の中には皮肉を混ぜ、こちらを嘲る笑っているかのようにも感じた。

そして彼の目の前には勝利と書かれた画面が現れている、という事はつまり

 

「バカな、我等がたった一人の地球人に敗北するなど……やはり貴様は」

 

目の前に敗北画面が現れ少しずつ意識が遠のく中で、猫の顔つきをしたプレイヤーはその剣士の正体を悟った。

 

(思い出したぞ、確か2年前から我々外来人を目の敵にしてるかのように、様々な宇宙戦に参戦して数多の同胞をひたすら討ち続けている黒き衣を身に付けた剣士がいると、確かその者の異名は……)

 

 

 

 

 

 

「黒夜叉」

 

その名を言ったと同時にその者は硝子の様に砕け散りフッと消えていった。

 

最後の一人となった剣士は勝利の余韻に浸る事無く二本の剣を背中にある鞘に戻すと、左手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げて真下に振った。

 

ゲームのメインメニュー・ウィンドウがすぐに目の前に現れ、彼は黙々と一番下まで指を滑らせて

 

『ログアウト』と書かれた項目を押し、仮想世界から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

桐ケ谷和人は自室のベッドでゆっくりと目を開けた。

 

「結局また徹夜でやっちゃったな……」

 

カーテン越しから朝日が昇っているのが見えるのを確認しながら、和人は頭に装着されているナーヴギアをヒョイと両手で外した。

 

ナーヴギア

地球産で作られたVRマシン。頭全体を覆うタイプのヘッドギアの形をしており、コレを被る事によって仮想世界へとフルダイブする事が出来る。

基礎の設計はとある科学者によって作られ、様々な家庭用のゲームでも使用することができる。

そして先程彼がやっていたゲームは今宇宙で最も人気のあるオンラインゲーム

 

 

『エターナルドリームスオンライン』通称『EDO』

 

攘夷戦争の終結から数年後、宇宙からの外来人、天人により江戸の文明は格段に進化した。

江戸で開発されたこのゲームもまた文明開化の象徴の一つとされておる程の功績を誇っている。

地球だけでなく遠く彼方にある辺境の星にまでプレイヤーがいる程の超大型オンラインゲーム。

プレイヤーの意識のみを仮想世界に送るフルダイブ機能により、宇宙の果てまであると言われる程の広大なフィールドを冒険し、一生遊び尽くせることが出来るゲームとして地球人だけでなく、天人にも一日中夢中でやり続けるゲーマーも少なくない。

現在プレイヤー参加数は全宇宙を含めると数十兆人を超え、今もなお増加の傾向にあり、イベントやキャンペーンなども随時発表され続けている。

 

和人もまたこのEDOに魅入られた一人であり、発売された二年前からほぼ毎日ログインし続けてすっかり廃人ゲーマーとしての生活を送っていた。

 

「ずっと宇宙戦の準備やら本戦やらで疲れたし……今日は夕方まで寝てようかな」

 

ずっとベッドの上に横たわっていたので肉体の方はなんら疲れはないのだが、仮想世界で散々暴れ回ったり準備に走ってたおかげで精神的疲労が蓄積されていた。

 

真っ当な人間はとっくに活動する時間帯にも関わらず、和人は再び薄暗い部屋でベッドに入ったまま眠りにつこうとするのだが

 

「お兄ちゃーん! 私、恒道館行ってくるから!」

 

眠ろうとしてた矢先、部屋の外からやかましい少女の声がドア越しに飛んできた、同じ家に住む和人の妹だ。

無視しても構わないのだが、まあここ最近ロクに他人はおろか身内とも会話をした記憶が無いからたまにはしてやるかと、和人は掛け布団から顔を出す。

 

「あのオンボロ道場まだ潰れてなかったのか?」

「潰れてる訳ないでしょ! 新八さんが跡継いで頑張ってるんだから! お兄ちゃんもまだ門下生に入ってるんだからたまには顔ぐらい出しなよ!」

「遠慮しておきます」

 

妹の提案を即座に断ると和人はドアに顔を向けて

 

「アイツに会ったら言っといてくれ、廃刀令のご時世に剣術道場なんて流行らないからさっさと道場なんて売り払ってまともな職に就いた方がいいぞって」

「……」

 

ドア越しにいるであろう妹が急に黙り込んだ。

今の発言はさすがにマズかったか?と和人は顔を強張らせていると、ドアの向こうからドスドス!と妙に力強い足音が聞こえた後……

 

部屋のドアの前からドン!と何かを思いきり力つけて置いたかのような鈍い音が聞こえた。

 

「それじゃあねお兄ちゃん、たまには外に出なよ」

「あ、ああ……いってらっしゃい……」

 

その後不自然なぐらいに優しくなった妹の声が聞こえ、そのまま階段を下りて行ってしまった。 

 

残された和人は彼女の不自然な態度に悶々としつつも、今はとにかく寝るべきだと布団に潜って目を瞑る。

 

するとしばらくして

 

『えーそれではお通ちゃん、新曲お願いしまーす』

 

ドアの向こうから突如、雑音と共にお昼の顔として有名な多毛さんの声が聞こえて来た。

和人はしかめっ面をしながら再び布団から顔を出す、恐らく妹が嫌がらせ目的で部屋の前にラジオでも置いたのだろう。

 

しかしこの程度の嫌がらせ、和人になんて事無い、強い眠気に襲われている彼にとってはいつも軽快なトークをお茶の間に披露してくれる多毛さんの声など子守歌に等しい、もし多毛さんがウキウキウォッチングでも歌い出せば即座に爆睡に入れる確固たる自信だってあるのだ。

 

「まだまだ甘いな……」

 

妹よ、今度嫌がらせする時は部屋の前に松岡修造でも立たせておくんだなと思いつつ、和人は再び眠りにつこうよする。

 

だが

 

『それでは聞いて下さい! 私、寺門通の新曲”お前の兄ちゃん引きこもり”!」

「ぐはッ!」

 

突如和人の目がいきなり見開き、脳細胞が著しく速く活性化し一気に眠気が吹き飛ぶ。

この声は多毛さんではない、最近人気になりつつあるアイドル、寺門通だ。

アイドルにあまり詳しくない和人ではあるが、知り合いである志村道場の跡取り息子がやたらと彼女に熱を上げているので存在ぐらいは知っているのだ。

 

しかし今和人が目を覚ました原因は寺門通ではない、彼女の新曲のタイトルだ。

そのタイトルを聞いた瞬間、突然胸を抉られたかのような鋭い痛みが彼を襲ったのだ。

 

「ヤ、ヤバい……この曲は今の俺にはイベント限定の巨大モンスターよりも脅威だ……!」

 

すっかり眠気が吹っ飛んでしまった和人は急いで布団から出てベッドから下り、部屋のドアを勢い良く開けると。

 

『いい年こいてー! 食べてクソして寝てるだけー! WOWWOW!!』

「うぐお!」

『お前の兄ちゃん崖っぷちー!』

 

タイトルだけでなく歌詞も強烈であった、本当にアイドルがこんなの歌っていいのかと心配になるぐらいに。

そして和人は両耳を両手で閉ざしながら膝から崩れ落ちていく。

 

「……コンビニでも行ってジャンプ買って来るか」

 

仮想世界では常に勝利し続けていた桐ケ谷和人が負けた、妹の策略に、寺門通の新曲に

 

そして何よりゲームばかりして家にずっと閉じこもっている後ろめたさに

 

 

 

 

 

 

 

「次の宇宙戦イベントはまた来週か、街でSAO型用の新しい装備が出るって情報があったからまずは街行って装備を見て、それから回復用アイテムを補充して、その後いつも行ってる狩場でレアモンスターでも探しに……」

 

久しぶりに家を出て、外出中の和人。しかし外に出たというのに頭の中は相変わらずゲームで一杯の様子。

服装も近場のコンビニ行くだけだからという理由で寝間着みたいな恰好だ

こんな人気の多い街中なのにこんな格好で平気で外をウロついてブツブツ独り言を呟いている兄をあの妹が見たらひどく嘆く事であろう。

最悪、家の中で延々と「お前の兄ちゃんひきこもり」を垂れ流すかもしれない。

 

独り言を呟きながら和人はコンビニへと続く曲がり角を曲がろうとしたその時

 

「うわ!」

「おっと」

「す、すみません……」

 

前を見ずに考え事をしていたのが仇となった、うっかり曲がった先にいた人物に軽くぶつかってしまう。

ぶつかった拍子で後ろによろけながらも和人は慌ててぶつかってしまった相手に謝りつつ、顔を上げてその人物と顔を合わせた。

 

(げっ……)

 

あろう事かぶつかった相手は宇宙からやって来た外来人こと天人であった。

しかも先程EDOで戦っていた天人と同じように猫の様な顔つきをした者ではないか。

茶斗蘭星から来たと言われている天人だ、見た目は猫みたいだが全く可愛げはなく、猫というより豹に近いのかもしれない。

 

よりにもよって天人にぶつかるとは……と和人が内心投げていると、彼とぶつかった天人はパッパッと服を手で払う。

 

「少年、ちゃんと前を向いて歩け。この道が誰の道かわかっているだろ、地球人は端っこを歩くのが常識だぞ?」

「……」

 

昔はこの道はかつて江戸にいた侍達が風を肩で切って歩いていた道だった。

しかし今ではどこの道を歩いても天人だらけ、もはや侍など何処にもいなく、彼等の道はなくなり天人が偉そうにふんぞり返って歩く道となってしまった。

 

目の前にいる天人もそんな風に傲慢な態度で尋ねてくるので、つい反射的に和人は目を細め睨むような視線を向けてしまう。

 

それがマズかった

 

「おい、なんだその反抗的な態度は」

「どうした、そこで何してる」

「ああ、今ちょっとガキにメンチ切られた所でな」

「!」

 

彼の背後から同じ風貌をした同種の天人が二人程とやってきた。どうやら一人ではなかったらしい。

いつの間にか自分の周りを囲まれ、和人は逃げる逃げれない状況になってしまった。

 

「全く侍といい子供といい、地球人にはホント手を焼かせられる」

「我々の言う事を黙って従っていれば悪い様にはせぬというのに……な!」

「う!」

 

ぶつかった方ではない天人から不意打ちで腹部に拳を叩きこまれてしまう和人。

久しぶりのリアルな痛みに悶絶し腹を押さえると、彼の髪を天人が乱暴にグイッと掴み上げる。

 

「いいか少年覚えておけ、貴様等脆弱な地球人の腐った性根など我々はいつでも壊す事が出来るのだぞ」

「く……」

「少年、今後は道の真ん中でもなく、端っこでもなく」

 

髪を掴んだまま天人は、偶然コンビニのビニール袋を持って歩いていた通行人の方へ和人をわざとぶん投げる。

 

通行人に背中からぶつかり、和人はよれよれと地面に背中から倒れる。

 

「そうやって地べたを這って進め」

「ハハハハハ!」

「……」

 

見下した態度を取りながら嘲笑する天人に対して和人は文句一つ返せず黙って項垂れた、

 

仮想世界の様に動ければこんな奴等などすぐに返り討ちに出来るのに……そんな事をふと思ってしまう自分に、我ならが情けないなと和人は嘆く。

ここはゲームの世界ではない、現実の世界だ。例えゲームの中じゃ強くても、現実の世界じゃただの引きこもりに過ぎないのだから。

 

(やっぱ外出なんてするんじゃなかったな……)

 

こんな奴等相手にせずさっさと家に帰ろう、和人がそう思っていた時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

「あ?」

 

ふと気付くと倒れている自分と天人の間に一人の男が立っていた。

なんだ一体と、和人はゆっくりと顔を上げて男の背中を見ると

空色模様の着流し、銀髪の天然パーマ、腰に差しているのは木刀、そして左手に持っているのは中身が漏れてビチャビチャになっているコンビニのビニール袋……

 

和人はそれを見てハッとして思い出した、この者は先程天人に投げられた時に自分がぶつかった通行人だと

 

そして彼がそれに気付いたと同時に通行人は腰に差している『洞爺湖』と彫られた木刀を引き抜くと

 

「ぶるぎぁ!!」

「えぇ!?」

 

無言でそのまま天人の頭上に振り下ろしたではないか。

天人は奇妙な声を上げ一撃で倒れ、その場に泡を吹いて気を失ってしまった。

衝撃の出来事に和人が困惑した表情を浮かべてる中、突然スッと横から何者かに手を差し伸べられた。

 

「大丈夫ー?」

「?」

 

この状況を前にし気の抜けた感じで自分に手を差し出したのは胡蝶蘭の柄の付いた着物を着た少女であった。

黒髪にやや紫のかかったロングストレートの上に赤いヘアバンドを付けた少女がこちらに無邪気に微笑みかけているので、和人は恐る恐るその手を取ると

 

(あれ? なんだこの子の手……?)

 

その小さな手を取った時に和人は変な違和感を覚えた。

何か普通の手とは違う……普通の人間の手とは若干肌触りが違うような気がする

 

戸惑う和人を少女は彼の手をグイッと引っ張って立たせてあげた。

 

「いやぁ災難だねぇ」

「い、いやこれぐらい大したことないって……」

「本当に災難だよねぇ、あの天人」

「へ?」

 

てっきり自分に対して言ってるのかと思ったが違ったらしい、少女はこちらではなく、銀髪の男と対峙している天人二人に対して言っていたのだ。

 

「き、貴様ぁ!」

「こんな真似してタダで済むと!」

 

同胞を一人やられて激昂している様子の天人二人に対し、銀髪の男は天然パーマをクシャクシャと掻き毟りながらけだるそうに

 

「にゃーにゃーにゃーにゃーやかましいんだよ、発情期ですか?」

 

そう言うと男はヒョイッと左手に持っていたビニール袋を彼等の前に差し出し

 

「見ろコレ、お前等がガキ投げてきた衝撃でいちご牛乳とプリンがグチャグチャになっちまったじゃねーか、一緒に買ったジャンプまでビチャビチャでもう読めなくなったし……」

 

男はそこで言葉を区切ると右手に持った木刀を強く握りしめ

 

「どうしてくれんだコラァァァァァァァ!!!」

「がふ!」

 

横薙ぎで払って天人の一人を思いきり真横にぶっ飛ばす。

壁に向かって思いきり激突すると膝から崩れ落ち、そのまま白目を剥いたまま動かなくなった。

 

「俺はなぁ! 毎週月曜はいちご牛乳とプリンのセットでジャンプを読むという至福の時間が何よりの楽しみなんだよ!!」

「どぶるち!!」

 

最後に残った天人に対してフラリと体を動かしつつ近づくと、そのまま男は乱暴に木刀を振り下ろし倒してしまった。

 

(つ、強い……!)

 

目の前で行われた出来事に和人はごくりと生唾を飲み込み衝撃を受ける。

 

あっという間に三人の天人を倒してしまっただけではない、本当に驚いたのはそのデタラメで読めない太刀筋で一撃でノしてしまう男の剣さばきだ。

 

(EDOの俺でも勝てるかどうかわからない動きだった……)

 

和人が言葉を失い呆然としていると、その男は何事も無かったかのように木刀を腰の帯に差し戻すと、こちらにクルリと振り返って来た。

 

その目はまるで死んだ魚の様な目だった。

 

「おい、大丈夫か」

「あ、はい、ありがとうございます、おかげさまで大丈夫です……」

「そうか大丈夫なのか、そんじゃ」

 

自分の安否まで気遣ってくれるとはいい人じゃないかと和人が内心思っていると、男は手に持ったビニール袋を掲げた。

 

「今すぐコンビニ行って俺が買ってきたモンと同じ奴買ってこい、ぶつかったのはテメェだろうが」

「ええぇ!?」

「ダッシュで買って来い、3分で戻って来なかったらコイツ等以上にボコボコにしてやるからな」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

あんまりな命令に和人は叫び声を上げるしかなかった。するとそんな彼の肩に少女がポンと手を置き

 

「あ、ボクはヤングジャンプね」

「何で!?」

「だって手差し出して立ち上がらせてあげたじゃん」

「……」

 

てっきり励ましてくれるのかと思ったら更にパシらされる始末。

 

(妹よ、やはりお兄ちゃんは外出するべきじゃなかったかもしれない……)

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、急いでコンビニから戻って来た和人は、久しぶりに体を激しく動かした事によって疲れ切っているものの、無事に彼らの要求の品を買ってきた。

 

「ゼェゼェ! か、買って来ました……!」

「ご苦労さん、どれどれ」

 

和人が差し出したビニール袋を受け取ると男はゴソゴソと中身をチェックする、しかしすぐに眉をひそめ

 

「おいどういう事だ」

「は? ちゃんとアンタが買ってきたモンと同じの買って来たぞ?」

「いや全然違うから、見てみろこのプリン」

 

何らおかしくない至って普通のコンビニのプリンを取り出しながら男は和人に目を細めながら

 

「俺が買ったのは超高級プリンだぞ、こんな安物じゃねぇ」

「嘘つけそんな訳ないだろ! ちゃんと俺は同じプリンを買って来た筈だ!」

「いや違います、俺が買ったモンはもっとプッチンしてました、買い直しだ、今すぐ大江戸デパート行ってもっと高い奴買って来い」

「何自分が買ったモンよりいいモン買わせようとしてんだよ!」

 

横暴にも程がある、まさか買って来たプリンに難癖付けて更に高いプリンを買わせようとして来るとは……

考えが予想できないこの男に和人は頬を引きつらせていると男はまたしても

 

「おいどういう事だ、このジャンプ」

「いやさすがにジャンプに高級もクソもないだろ!」

「はぁ? お前よく見てみろコレ」

 

しかめっ面を浮かべながら男はジャンプを取り出し

 

「表紙がギンタマンになってるじゃねーか、ふざけんなワンパークに戻せ」

「いや出来るかぁ! 編集者に言えそんな事!」

「なんで少年の魂を揺さぶるジャンプの表紙にギンタマンなんだよ。今すぐギンタマンの作者の家を襲撃してシメてこい」

「パシリどころかヒットマンの仕事だろそれ!」

 

無茶苦茶な要求をしてくる男に和人がツッコミながら拒否していると、ふと男の隣にいた着物を着た少女がジャンプの表紙を覗き込み

 

「えーボクは好きだよギンタマン、なんか面白いじゃん、説明しにくいけど」

「は? お前こんなのどこが良いんだよ、ったく姉もそうだったが妹のお前までギンタマンファンとか……」

「そういえば俺の妹も好きだって言ってたなギンタマン……」

「じゃあお前ちょっと妹の所に行ってアンケートギンタマンに票入れてないか聞いて来い、んで入れてたらシメてこい」

「いや100%こっちがシメられるから……」

 

志村道場で自分と同い年の少年と、何よりその姉にみっちり鍛えられてるであろう妹に自分が手も足も出る訳ないので和人はやんわりと断った。命あっての物種である。

 

そろそろもう家へ帰らせて欲しい、誰にも傷付けられず、誰からもパシられない安全なるわが家へ戻りたいと和人が思っていると、少女の方がまだゴソゴソとビニール袋を探っている銀時の方が話しかけた。

 

「ねぇもう行こうよ、”接続の仕方”手伝って欲しいんでしょ?」

「ああ? ちょっと待ってろ、今からコイツにもっといいモン買わせてみせるから」

「いやボク”この体”だとプリンとかいちご牛乳も飲めないし、それにヤングジャンプ買ってもらったし許してあげたら?」

「そらお前が頼んでた事だろうが、はぁ仕方ねぇな」

 

少女がそう言うと男は渋々と了承した様にビニール袋を探るのを止めて手を下ろす。

すると懐に手を突っ込み、男は和人に対して一枚の紙を手渡した。

 

「じゃあコレ、親御さんにでも渡してくれ」

「なんだコレ……名刺?」

 

『万事屋・坂田銀時』と書かれ端っこには住所らしきモノ、名刺にしてはやけにシンプルなモンだった。

 

「こんな時代だ、仕事なんて選んでる場合じゃねーだろ、頼まれればなんでもやる商売だ」

 

坂田銀時……きっとコレが彼の名前なのだろう、名刺を受け取ってポカンとしている和人に、銀時は親指で自分を指差しながらキリっとした表情で答えた。

 

「この俺、万事屋銀さんが何か困った事あったら何でも解決してやると親御さんに伝えておいてくれ」

「なんで俺の両親にアンタの事教えなきゃいけないんだ……?」

「アレだよアレ、旦那の浮気調査とかカミさんの浮気調査とかしたいとか思ってるかもしれねぇだろ?」

「失礼だなウチに両親の仲は至って良好だよ! なに人の両親ダシに使ってドロドロした仕事やろうとしてんだ!」

「もしくはいつまでも家に寄生して、食べてクソして寝てるだけの社会的に崖っぷちの引きこもり息子を何とかして欲しいと思ってるかもしれねぇし」

「ぬぐ! な、なんで俺が引きこもりだと!?」

「え、マジで引きこもりだったの? いや若い少年が平日の朝から寝間着姿で外ウロついてるのはさすがにどうよ?って思ってたけど」

 

どうやら自分の勘が当たってたらしいと軽く驚く銀時だが、引きこもりと他人に指摘されるのが一番堪える和人にはかなりダメージが入ってる模様。

するとまたもやそんな和人の肩に少女がポンと優しく手を置き

 

「ボクはユウキだよ、よろしく引きこもり!」

「引きこもり言うなぁ!」

 

悪意も無く無邪気な感じで言葉のボディブローを浴びせて来た少女、ユウキに和人は叫んでいると、銀時はビニール袋を左手にぶら下げてこちらに背を向けた。

 

「それじゃあ、親にちゃんと俺の名前伝えて来いよ、浮気調査だろうが害虫駆除だろうがなんでもやってやるって」

「え、もしかしてその害虫って俺……?」

「待ってよ銀時! 勝手に行かないでよ!」

 

それだけ言って銀時は行ってしまった、彼を追ってすぐに隣に追いついたユウキと共に。

一見かなり年が離れる様に見えるが二人はどういう関係なのだろうか……と和人はふとそんな事を考えていると

 

最後の最後に銀時がこちらへ振り返って来た。

 

「ま、お前も困ったら連絡してくれや、仕事の紹介ぐらいならいつでもしてやっから」

 

それだけ言うと銀時は再びユウキと共に行ってしまった。

 

そんな二人を見送りながら和人は首を横に振ってどうでもいいかという結論に至る。

 

(どうせもう二度と会わないだろうし……)

 

そう思いつつ和人は彼から貰った名刺を懐に仕舞い、彼等とは反対方向の道を歩いてそそくさと家への帰路に向かうのであった。

 

 

 

 

しかし少年は再びこの男と少女に会う事になるであろう。

 

 

 

 

それも現実世界ではなく

 

本当の自分の居場所だと思っているもう一つの世界で

 

 

これは仮想世界では黒夜叉と呼ばれ現実世界では白夜叉と呼ばれた者の物語。

 

侍が廃れ、時代が変わりゆく中で今、二人の侍が二つの世界で暴れ回る。

 

 

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

 




反応が良ければ続くかも……?
よければ感想書いてくださったら嬉しいです、それでは


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第二層 彼女が愛したこの世界

毎日通うその場所は、坂田銀時にとって最も居心地の良い場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

銀時はいつもの様に窓辺でジャンプを読みながら安物の椅子に座り、すぐ隣のベッドでは一人の女性がそんな彼を優しそうな表情で見つめる。

 

「毎日こんな陰気臭い場所に足を運ぶなんてあなたも相当ヒマみたいね、新しいお仕事は大丈夫なの?」

「テメェがさっさとくたばればもう来ねぇよ、仕事の事は関係ねぇだろ」

「相変わらず酷い事言うわね、病人相手に」

 

死んだ目でぺらぺらとページをめくりながらけだるそうに悪態を突いて来る彼に彼女は怒ったようなそぶりを見せるがその口元には笑みが残っていた。

 

「妹の様子はどうだった? ほら、例のからくり」

「歩くだけでも手間取ってたよ、まあ慣れれば次第に自由に動かす事が出来るって倉橋が言ってたけど」

「そう、なら良かった。せめてあの子だけでも外の世界を見られればと思ってたから」

「ケッ、からくり越しに見るだけじゃなくてテメーの体で歩けるようにさっさと体治せってんだ、それにあの子だけってなんだよ、オメーだって外の世界とやらに行ってみたいんだろ?」

 

銀時はそこで初めてジャンプから視線を逸らして彼女の方へ顔を上げる。

その表情にはいつものけだるさは無く、ただ真剣に彼女を見つめていた。

 

「オメーみたいな図太い神経してる奴がなに弱気な事言ってんだよ、似合わねぇからそういうの。さっさと病気治して二人まとめて外の世界に出て来い、俺の家もまだ部屋余ってるし女の一人や二人住ませてやるよ。金の方は……なんとかすっから」

「フフ、そうね、あなたとそういう生活が送れたら悪くないかもね……けどもう私にはあまり時間が残されてないのよ……」

 

彼なりの精一杯に見せた優しさなのであろう、しかし彼女はもう既にわかっていた。

自分の髪はすっかり真っ白に染まり、もうこのまままともに彼と会話出来る時間も無くなっている事を……。

おもむろに彼女はベッドの隣にある引き出しの上に置かれているヘルメットの様なモノを両手に取る。

 

「ねぇあなた、私の最期の頼み聞いてくれるかな?」

「普通にイヤなんだけど?」

「ゴホッ! ゴホッ!」

「なに? なんでも聞いてあげるよ銀さん?」

 

わざとらしい彼女の咳を聞いてすぐに豹変して彼女の傍に身を乗り上げる銀時、実に単純な彼に彼女はクスッと笑いつつそのヘルメットを銀時の方へ差し出す。

 

「これ私が使ってたナーヴギア、私が死んだ時はあなたがコレを使って私の代わりにあの子と一緒に冒険して欲しいの、EDOは知ってるでしょ? 私とあの子がここ最近ずっと遊んでるVRMMORPG」

「あーそういやよくコレ被ってたなお前等、でも俺ゲームはファミコンまでしかやってねぇから最新のゲームなんざよくわかんねぇよ、という事で妹の面倒はお前がずっと見てろ」

「ゴホッ! ゲホッゲホッ!!」

「いやよくよく考えればこんなの楽勝だわ、RPGって事はドラクエみたいなモンだろ。なら余裕ですよ銀さん、お前の為なら俺はいくらでもアリーナ姫を支えるクリフトになれますよ、ボスキャラ相手にザラキ連射してやりますよ」

 

今度はさっきより苦しそうに咳をする彼女を見て慌てて意見を変える銀時。

彼女から受け取ったナーヴギアを人差し指で器用にくるくる回しながら銀時は額に汗を流しつつ余裕綽々の態度。

 

それを聞いて彼女は安心したかのようにフッと笑う。

 

「良かった、そのナーヴギアには私の今までのデータがあるから、あなた用のアバターを作成して私のデータの一部をコンバートしておくからね」

「あ、あばたー? こんばー……? 何それ昔やってた3Ⅾの映画の名前?」

「そうね、じゃあゲーム用語に疎いあなたに簡単に言うなら……」

 

こちらに対してちんぷんかんぷんと言った表情で首を傾げる銀時の反応がおかしいと笑い声を上げそうになるも、彼女はすぐに言葉を訂正して彼にわかりやすく答えてあげた。

 

「私が死んでも、私はあなたとあの子の中で、そしてEDOの世界であなたと共に生き続けるって事」

「おいちょっと待って、まさかお前死んだら化けて出て来るつもりじゃねぇだろうな? ふざけんな、もし仮に死んだ時は潔くさっさと成仏しろ」

「んーどうかしら? 私の大事な妹疎かにしたら毎晩枕元に立つのも悪くないわねー」

「おい止めろ! お願いだから成仏して下さい! 安らかに眠って天国で俺達を見守っててくれれば十分なんで!」

 

額から汗を流しながら必死に止めようとする銀時、彼はこういう話には本当に弱いのだ。

つい反応が面白いからこうやってよくからかっていたが、何時までこういった時間を送れるのやら……

 

「それじゃあ誓って頂戴、私が死んだら私の代わりにあの子の支えになってあげる事、EDOの世界であの子と一緒に時間が残す限り精一杯一緒にいてあげる事、わかった?」

「……」

「ゴホッ! ゴホッ!」

「あのなぁ……人間いずれは死んで土の下に埋まるけどそんな簡単に諦めんなよ、明日にでも死ぬって訳じゃないんだしこんな事話し合うの止めようぜ……」

「ゲホッゲホッゲホッ! ウェ! ウェゲホゲホ!!」

「いやもういいから、薄々気づいてるから、そういう同情を誘うような真似なんざしなくてもういい……」

 

次第に激しく咳き込み始める彼女に、銀時はやれやれと思いながらそっと彼女の肩に手を置いて落ち着かせてあげようとするが

 

「ゲボハァァァァァァァァァァァ!!!」

 

突如彼女の喉の奥からおびだたしい血がベッドの上を真っ赤に染め上げてしまう。

傍にいた銀時も彼女の吐きだす血飛沫を顔半分に食らい、ポタポタと天然パーマの髪の毛に滴り落ちているのを無言で確認すると

 

「ギャァァァァァァァァァ!!! なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ち、誓ってくれるかな……?」

「誓う誓う誓う誓う!! 誓うけどまだ死ぬなぁ!!! 今すぐ医者呼んでくるから!!!」

「フフ、良かった」

 

必死になって叫んで誓ってくれた銀時に、彼女はケロッとした表情で口から血を滴らせながら起き上がる。

 

「こうでもしないと誓ってくれないと思って準備しておいてよかったわ、実はこれはただのトマトジュースで……」

「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 誰か来てくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「え、ちょ!」

「倉橋さぁぁぁぁぁぁん!! 木綿季ィィィィィィィ!!! 藍子が! 藍子が死んだァァァァァァァ!!!」

「ちょっとぉ! まだ私死んでないから! これドッキリだから! まだ私ちゃんと生きているから!!!」

 

未だまだ死ぬ状態ではない彼女を置き去りにして銀時は椅子から転げ落ちるように立って走り出すと、病室を出て一目散に廊下を駆け出して行ってしまう。

残された彼女は慌てて叫んで呼び止めようとするが時すでに遅し、すっかり早とちりしてしまった彼の姿はもう何処にもなかった。

 

「まいったな、いつものクセでからかいすぎちゃったか……ハァ~、倉橋さんと木綿季に怒られるわね確実に」

 

今頃銀時は大騒ぎして廊下内を駆け回っているのであろう、それを想像して少々申し訳なく思いながら彼女はそっと彼が先程座っていた椅子に目をやる。

 

「でも性分だから止められないのよね、あの人の反応面白いからついからかいたくなっちゃうのよ……出来れば最期の瞬間まであの人とは何も変わらないままでいたいから……」

 

寂しそうに呟きながら彼女は窓辺から見える空を見上げる。

空には宇宙船が飛び交い、昔はいつも見上げていた雲一つない大空を拝む事はもう出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「もっと長くあの人と妹と一緒に人生を送りたかったなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は”今”に戻る。

 

万事屋を経営する坂田銀時は自分の家のリビングにて、事務用の椅子に座りながら彼女から託されたナーヴギアを両手でもってただじっと見つめていた。

 

遂に彼女との誓いを果たす時が来てしまったのだと実感しながら

 

「……テメーの男に最期に残すモンがゲーム機とか冗談だろ……もっとマシなモン寄越してからくたばれってんだ……」

「なぁにブツブツ呟いてんのー? お姉ちゃんの残り香でも嗅いでた?」

「んな気持ち悪い真似するかよ、ただちょっと無性に腹が立ってただけだ、簡単に逝っちまいやがって……」

「……そうだね」

 

今銀時の傍に立っているのはユウキただ一人。

事務机を挟んで彼女もまたしんみりとした表情を浮かべていると、空気が悪くなったと感じたのか銀時は気を取り直して彼女の方へ顔を上げる。

 

「で? コレ被ればいいんだろ、接続はもうちゃんと出来てるんだよな」

「ああうん、銀時がからくりに弱いからボクがちゃんと全部準備しておいたよ」

「じゃあボチボチやるとするかね」

 

彼に尋ねられてユウキはすぐにいつもの様子に戻る。どうやら彼の為にわざわざナーヴギアの設定やら接続準備等全てやってくれたらしい。

 

それを確認すると銀時は意を決したかのように「よし」と頷く。

 

「オメー等が楽しんでたそのゲームの世界とやらがどんなモンか拝ませてもらうとするか」

「へへ~、フルダイブ初体験の銀時がEDOの世界にデビューか~、お姉ちゃんがいくらせがんでも断ってたのに」

「ったりめぇだろ、コレいくらすると思ってんだ、アイツから貰ってなかったら一生ウチにこんな最新ゲーム置かれなかったよ」

 

銀時の言う通りナーヴギア及びEDOのゲームは中々高額であり、常に金欠である彼にとっては手の届かない代物であった。

 

それがこうして手に入った事に銀時は複雑な思いを抱きながら、両手に持ったナーブギアを頭に被る。

 

「こっちは準備出来たぞ、お前はもういいのか?」

「ああちょっと待って! 最初に確認しておくけどEDOの世界にフルダイブ出来たらその場から一歩も動かないでよね!」

 

既にフルダイブを試みようとしている銀時に慌ててユウキが叫んで忠告する。

 

「あっちの世界は広いんだからフレンド登録してない間は勝手にウロつかないでよね! スタート地点は『はじまりの街』って所なんだけどボクがそこ行くまで決して動いちゃダメだよ!!」

「んだよ、ちょっと家忍び込んで壺壊したりタンス開けたりするぐらいならやってもいいだろ?」

「え、そんな事して大丈夫なの?」

「RPGなら常識だろうが」

「そうなんだ知らなかった……今度やってみよ」

 

何かおかしなRPGの常識を素直に学んでしまったユウキは、すぐにリビングに置かれているお客さん用のソファに腰掛ける。

 

「それじゃあこっちの電源切るからね、それじゃあ仮想世界でまた会おうね銀時」

「おう」

 

ユウキに銀時が短く返事すると彼女は最後に笑った後目を瞑り、そのまま眠った様にカクンと首を垂れてピクリともしなくなった。

 

そして銀時もまた椅子に座ったまま意識を集中してフルダイブの準備を始める。

 

 

 

 

 

「さぁて、ウィザードリィで鍛えたこの俺のゲームセンスを、映像と会話ばっかのぬるいゲームしかやってこなかったゆとりゲーマー共に見せてやろうじゃねぇか」

 

得意げに笑いつつ銀時は遂に現実世界から抜け出し、仮想世界というもう一つの世界へとお邪魔するのであった。

 

 

 

その世界でどれ程の出会いや事件が起きる事も知れず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、自宅にいた筈の銀時は全く別の場所へと足を踏み入れていた。

 

浮遊城アインクラッド

 

EDOの世界観の主軸を担うその場所こそが主に地球産のプレイヤーにとっての舞台である。

 

眩い光から次第に視界がはっきりとなった銀時は、江戸ではお目にかかれないその光景にしばし無言で黙り込みながら辺りを見渡す。

 

ここは『はじまりの街』、アインクラッドの中で最も大きい敷地を誇る第一層であり、その大きさは軽く10㎞は超えているらしく、新参者は必ずこの場所からスタートする様に設定されている。

まるで外国にあるかの様な建造物、道行く人々はゲームの世界観をイメージしたファンタジー風味溢れる服装をしており、まるで別世界にでもやってきたかのような感覚にハマってしまった。

 

「おいおいマジかよ……」

 

銀時はゲームの世界であるにも関わらずリアルと全く変わらない鮮明さに戸惑いつつも、ふと傍にあった泉の中へ顔を覗かせて水面を見つめる。

 

そこにいたのは自分と瓜二つの格好をしているが、本来の自分よりほんの少しだけ若く見えた。

EDOの世界で動かすアバターの容姿はそのプレイヤーの現実世界にいるリアルの姿から大きく変更する事は出来ない。

髪型を変えるだの多少老けたり幼くさせる事は出来るものの、性別の変更や全くの別人に成り代わる事は不可能である。

銀時ももまた例に漏れず多少見た目が若くなったものの、銀髪天然パーマと死んだ魚の様な目は変わらない、頭に白い鉢巻きを付け、服装はいつもの雲の模様が着いた空色の着物ではなく、胸当てや籠手など、真っ白な衣の上に軽装な防具で身を包んだ格好であった。

その姿に銀時は若干顔をしかめる。

 

「俺の昔の服装なんかよく覚えてやがったな……アイツ」

 

実はこの衣装を着るのは初めてではなかった、過去に銀時はコレと全く同じ服装で色々とやんちゃな事をやっていた事がある。

この衣装や自分の容姿を設定してくれたのは、他でもない過去に彼にナーヴギアを託したあの女性だ。

確かに周りにいる様なファンタジー溢れる格好は自分には似合わねぇなと思い、銀時はこの格好にとりあえずノークレームで納得しつつ、泉の傍の宙に浮かんでいた掲示板の方へと視線を動かす。

 

掲示板には色々なプレイヤーが書き込めるようになってるらしく、半透明な部分に様々な冒険者らしき者達のメッセージが光り輝く文字で刻まれている。

 

『助っ人募集中! 一緒にクエスト攻略お願いします! 月夜の黒猫団』

 

『暗殺ギルドが十五階層に棲息中、賞金を出しますので至急追い出してください…… オコタン』

 

『誰でもいいから俺とタイマンでかかって来やがれコラァァァァァァ!!!!! マウンテンザキ』

 

『特殊スキル付きの指輪をレアドロップしました、買い取ってくれる人を捜しています 黄金林檎』

 

『まだ第一層攻略に難儀している新参プレイヤーは俺になんでも聞いてくれよ! ディアベル』

 

『拙者、人の道を踏み外し外道を不殺の剣で成敗する者、賞金首の情報は拙者にいち早く提供よろしくでござる 匿名・人斬り抜刀斎』

 

『次回のBOBでの必勝テク! とにかく第一に敏捷力にスキルを全振りにしろ! ゼクシード』

 

『ここ最近、地球産ではない違法武器を所持するプレイヤーが溢れています、中には精神になんらかの支障がきたす武器もあるらしいので、最悪の事態が起こる前に速やかに幕府直属のギルド、KOBへ引き渡して下さい KOB副長』

 

『あーヒマなので上に書き込んでる奴を成敗しにいくでござる 匿名・KOB副長斬り抜刀斎』

 

『ちなみになんとなくゼクシードとかいう奴も斬っておくわ、なんとなく 匿名・誰でも斬りたい抜刀斎』

 

『↑なんで!? ゼクシード』

 

『あとここに書き込んでるマウンテンザキとかいう奴、お前現実世界で俺とでタイマンな 匿名・部下思いの優しい抜刀斎』

 

『ああ!? 上等だコラァ!? こちとら本業警察だぞアァン!? テメェみたいな仮想世界で調子乗ってるバカ速攻でシメてやんよ!! マウンテンザキ』

 

『……すんませんでした、マジ勘弁してください、なんでもしますから、ほんと調子乗ってました……あの、こっちの世界だったらもう自由にやれるんじゃないかと魔が差したもんでつい…… マウンテンザキ』

 

 

 

 

 

膨大なる書き込みが次々と下から湧いて来る。中にはおかしな事も書かれているが依頼や相談など、事務的な報告と、どれもこれも現実世界ではあまりお目にかかれない様な内容ばかりだ。

 

銀時はしばし呆然と眺めながら次第にここがより自分がいた現実世界ではないという事を認識していき……

 

「ウソだろオイ! マジでここゲームの世界の中!? ゲームどんだけ進化してんだよ! もうほとんど現実と大差ねぇじゃねぇか!! ちょっと前までテレビ画面見つめてファミコンやってたんだぞ俺!!」

 

フルダイブ直後はあまり実感がわかなかったが、こうして色々と見て回ると次第にこの出来事がただ事ではないと理解し、興奮した様に銀時は人工的に作られた空に向かって大声で叫び始める。

 

「ヤベェよ、最新のゲームマジでヤベェよ……あ、なんかここがゲームの世界の中だとわかり始めるとなんか怖くなってきた……おいそこのツンツン頭のおっちゃん! 俺もう帰っていいかな!? 現実世界に帰っていいかな!?」

「なんやねん、別に帰ってええんとちゃうか?」

「ふざけんじゃねぇ帰れる訳ねぇだろうがこんな世界に来ておいて! 俺の冒険は始まったばかりなんだよ! お前が帰れ!!」

「なんでや!」

 

完全にとち狂ったテンションで偶然傍にいただけのプレイヤーに罵声を浴びせると、銀時は両手で頭を押さえたままキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「マジパネェよフルダイブ、ぶっちゃけフルダイブってどういう意味か知らねぇけどマジやべぇよフルダイブ! フルダイブしてこんなドラクエみたいな世界に来れるとかマジでフルダイブ様々だよ!!」

 

周りのプレイヤーに怪しいモノを見る様な目を向けられているのも気付かずに銀時がアタフタと慌てながら、これから一体どうすればいいのかと必死に頭を悩ませていると

 

「おい! そこの銀髪天然パーマの侍風の格好をした兄ちゃん!」

 

ふと自分の特徴をよく表した感じで誰かに呼ばれた気がした。

銀時が振り返ると、そこにはつんつんと逆立った赤髪にバンダナを巻いた男が嬉しそうに歩み寄ってきた。

頬と顎には無精ひげ、まるで野武士みたいな風貌だ。

 

「その落ち着きのない慌てっぷりから察するに! 俺と同じく今このゲームに参加したプレイヤーと見た!」

「ああ?」

 

突然自分を指差しその野武士顔の男に銀時は怪訝な表情で首を傾げる。

 

坂田銀時という男は

 

少々、いやかなり変わった人間を引き寄せる力を持っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、銀時は始まりの街の西側に広がるフィールドを歩いている。

リアルとなんら変わらない広大なる草原に目を奪われつつも、先程偶然出会った野武士顔の男と談笑を交えている真っ最中であった。

 

「へぇそうか、アンタもフルダイブ初めてだったのか。俺もよぉ、ダチがみんなやってるから思い切って買ってみたんだけどさ、ホントやってみたらビックリだぜ」

「いや俺も色々と聞いてはいたけけど直で体験してマジビビったわ、だってさっきまで俺家の椅子に腰かけてたのに、気が付いたらファンタジー世界に体がインしてるんだよ? マジ最近のゲームパネェよ、ナメてたわ」

「っとによぉ俺はこの時代に生まれてよかったよ。俺、現実世界じゃ天人にビビりながらひたすら仕事する毎日だったけど、いざコイツをプレイしてロマン溢れる冒険物の世界に一歩足を踏み入れたんだとわかった瞬間、もうその時点で現実世界の苦労なんか綺麗さっぱり忘れちまったぜ」

 

妙に気さくに話しかけてくるので銀時はすっかり彼と打ち解けてしまった。

それにこの男はどうやら自分とさほど年が変わらないみたいなので、互いにフルダイブ初体験というのもあって話が合うのだ。

 

「そうそう、話に夢中で自己紹介まだだったな、俺はクラインってんだ。よろしくな」

「クライン? ああゲーム様の名前か、俺はなんだろうな? 準備はアイツがやってくれてたおかげでロクに名前の所も見てなかったわ」

 

野武士顔の男がクラインと名乗ったので、ここは自分も名乗らねばと思ったのだが銀時はこのアバターがどんな名前なのかわからない、後頭部を掻きながらけだるそうにどうすればわかるんだ?と首を傾げるが、結局諦めた様子で

 

「まあいいや本名でいいよな別に、俺は……」

「っておいおいおい! オンラインの世界でリアルネームを出すのはご法度だぜ! 自分のアバターの名前がわからないなら、自分のメインメニューのウィンドウを開いて確認して見ろって!」

「メインメニュ~?」

「ハハハ、その反応を見る限り開き方わからないみたいだな、とりあえず左手の人差し指と中指を立てて真下に振ってみな」 

 

苦笑しつつも丁寧に教えてくれるクラインの言われるがまま、銀時はとりあえず左手の人差し指と中指を立てて真下に振ってみる。

 

するとすぐそこにパッと宙に浮いた形で画面の様なモノが現れた。

 

「うわ! スターウォーズみてぇ!」

「そんでステータス画面を見れば自分が何型のアバターでどんな名前なのかわかる筈だぜ」

「へーよく出来てるこって」

 

おぼつかない手を動かしながらクラインの指示通り操作してみるとやっと自分のステータス画面を表示できた。

 

そこには銀時にはわからない事ばかりがたくさん書かれていたが、

上の欄にある『Type GGO型 Name GIN』という部分だけは一応理解できた。

 

「えータイプは……GGO型? 名前はギンだってさ」

「GGO型!? アンタその見た目でGGO型なのか!?」

「え、なんか変なの?」

「いやそういう訳じゃねぇんだけど、てっきり侍みたいな格好だから俺と同じSAO型だと思ってたから、ちょっと意外だなと思ったんだよ」

 

GGO? SAO? 銀時は何のことだかさっぱりわからない様子で眉間にしわを寄せるが、まあいずれ覚えるかと適当な感じで頷くと、改めてクラインの方へ顔を上げる。

 

「という事で俺の事はギンみたいだけど、まあ名前なんざどうでもいいし好きなように呼んでくれや。よろしくな山賊A」

「いやいや俺の事はちゃんと名前で呼んでくれよ! 山賊Aとかいかにもザコキャラじゃねぇか! ちゃんとクラインって呼んでくれよ、ギンさん」

「わかった、じゃあ特別にガンダタで」

「どこにも特別感ねぇよ! 結局盗人じぁねぇか!」

 

腕を組みながら勝手な名称を付けようとする銀時にクラインがツッコミを入れて必死に訂正を要求していると……

 

不意に足元がグググと微かに盛り上がったような奇妙な感覚がした。

 

「あれ? ギンさんさっき地面から妙な感じ無かったか?」

「そういやなんか盛り上がってるな、誰か地面の中潜ってるんじゃね? ほっといてやれよ、誰だって地面の中に埋まりたい事だってあるんだよきっと」

「潜ってるって一体誰が……そういやここモンスターが出る場所だったよな?」

「……」

 

銀時とクラインがしばし目を合わせて嫌な予感を覚えていると、次第に足元で盛り上がっていた地面からゴゴゴゴゴ!と轟音を鳴らしながら割れ始め

 

「アオォォォォォォォォォォォン!!!!」

「ギャァァァァァァ! なんか地面からデッカイ犬っころ出てきたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おおっとコイツはやべぇモンスターだ! けど安心しなギンさん、ここは序盤だからきっとスライム程度の弱い……奴……」

 

銀時とクラインを跳ね除け、地面から5メートルはあるであろう巨大な茶色い犬の様なモンスターが遠吠えを上げながら現れたではないか。

 

咄嗟に地面に尻もち突きながら銀時が目をひん剥いて驚いている中、クラインは冷静に、こんな序盤のモンスターならまだ冒険者なり立ての自分達でも勝てる筈、と思ったのだが……

 

「いやいやガンダタ君! どう見てもスライムレベルじゃねぇだろコレ! こんな獰猛そうで口から涎ダラダラ流してる凶暴そうな奴がスライムと同格とかあり得ねぇって!」

「た、確かにこりぁちとマズイな……一旦逃げようギンさん!」

 

グルルルルと低い声を大きな口の端から漏らしながら、こちらを品定めしてるかのようにギロリと目を動かしながらこちらに戦闘態勢を取っている。そして何故かよく見ると両目の周りには黒い眼鏡の様な模様が付いていた。

 

足についている爪は地面に深く食い込む程長く、筈かに見える口の中にはかすっただけで一発ゲームオーバーになりそうな鋭い牙が垣間見えていた。

 

それを見てクラインはすぐ様、銀時の手を取って起こしてあげると、すぐにその獣に踵を返して二人一緒に逃げ出した。

 

「チクショウ! 初めてのモンスター登場イベントでなんでこんなの出てくんだよ! ゲームバランス崩壊してんじゃねぇか!! 製作スタッフ何考えてんだ!」

「いや確か前にダチから聞いた事がある……なんでもこのゲームには各フィールドにはその階層の平均レベルのモンスターより遥かに強いレアモンスターが稀に出没する事があるって」

「じゃあこのワン公がそのレアモンスターって訳か!?」

「そうかもしれねぇ、確かこの辺で出るレアモンスターの名前ってのはえーと……ああ!」

 

地面に大きな爪痕を残して行きながら狂ったように追いかけてくる巨大な獣から逃げつつも、クラインは脳内で友人達との情報共有を元にどんなモンスターなのか検索すると

 

 

「わかった! ありゃあ序盤でずっと地道にモンスター討伐を繰り返してスキル獲得を手段とするプレイヤーを狩る為に作られたモンスター! トガーシ×ハンターだ!」

「トガーシ×ハンター!?」

「活動期間は極々僅かで大人しいモンスターなんだが、一定期間が経った後何食わぬ顔でフィールドに現れると、今まで大人しくしていた鬱憤を晴らすかの如く他のモンスターも蹴散らしながらプレイヤーを襲う超危険モンスターだ」

「なーにが超危険モンスターだ! ずっとこもってたくせにデピュー仕立ての新参者を襲うとかタチ悪すぎだろ! 嫁を見習え! 向こうは完結してもなお健在だぞ! 腰が痛いのはわかるけど一度その仕事に就くと腹くくったなら完結するまで死ぬ気で描け!!」

 

クラインの解説を聞いて銀時は叫びながらも、後半はモンスターというより特定の人物を差すように非難の声を上げる、そんな彼等にトガーシ×ハンターの魔の手が襲う。

 

「グルアァ!!!」

「のわぁ!!」

「うお!」

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

必死に逃げるプレイヤーを幾度も葬ったと思われる右前足が銀時達を襲う。

直撃はしなかったものの、前足が降ろされた地点からデフォルト機能で起こる衝撃波によって二人は前のめりに倒れてしまう。

 

そして自分を前にして背中をさらけ出し、無防備となってしまった銀時とクライン目掛けて、悪獣、トガーシ×ハンターが大きな口を開けてギラギラと牙を光らせた。

 

「ガァァァァァァァ!!!」

「だぁぁぁぁぁちょっとタイムタイム! 一旦落ち着こう! なんだかんだ言って俺はアンタの作品の大ファンだから!! 幽遊白書もちゃんと読んでるから!」

「先生! 俺もレベルE大好きだぁ!」

「グルアァァァァァァァァァ!!!」

「ギャァァァァァァ殺されるゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

実際殺されはしないのだが、EDOでは一度HPゲージがゼロになってしまうと強制的にこの世界からログアウトされてしまう、そしてその時点からEDOの世界にリスポーンするには長い間隔を開けなければならない。

少々理不尽すぎるゲームシステムかもしれないが、より仮想世界での死の表現をリアルに近づける為になおかつ、プレイヤーの体調管理を考えて長時間ログインし続けられないようにと配慮した結果なのかもしれない。

 

しかし銀時はまだこの世界にやってきて一時間も立っていない、ここで終わったらそのゲームシステムによってまる一日こっちには戻ってこれない、もしそうなったら一緒にこの世界で遊べる事をずっと待ち望んでいたユウキにどんな顔をすればいいのやら……

 

「あ、そういや俺アイツと待ち合わせしてたんだった、今思い出したわ」

 

この今殺されるという状況下でハッと彼女との約束をようやく思い出した銀時。

長年このゲームをプレイしている彼女が今ここにいればどれほど心強かっただろうか……

しかし無情にも目の前にいる巨大モンスターは彼目掛けて激しい音を立てて右前足を振り上げた。

 

しかし

 

「!」

 

突如トガーシ×ハンターの背中の部分から斬撃の様なエフェクトが発生したかと思うと、何かを一閃したかのような鋭い音がその場で響き渡る。

その音の直後、トガーシ×ハンターはこちらに向けてすぐにでも爪を振り下ろそうとしているポーズのまま、グラリと体を傾けると、大きな音を立ててその巨体を横から地面に倒れて、辺りに倒れた時による発生する砂埃を撒き散らした。

 

「ゲホゲホ! な、なんだ一体! 何が起こりやがった!」

「トガーシ×ハンターを倒しやがった! しかも一撃で!」

 

口の中に入ると咳が出てしまうぐらい、リアルな砂埃を手で払いながら銀時とクラインは視界が良好になるのをしばし待つ。

 

するとその内、目ははっきりと倒れているトガーシ×ハンターを捉えた。

 

そしてその上に立つ、片手剣を持った小柄な黒いコートを着た人物の姿も

 

「……何モンだ?」

「……コイツは腰の部分が弱点なんだ、ある程度筋力と幸運のパロメータをスキルで上昇していれば、クリティカル一度決めるだけで呆気なく沈む様に出来てる」

 

少年らしい声で冷静にアドバイスしてくれる突然現れたその人物に、銀時が何者かと目を細めているとこちらに振り返ってきた。

 

「ま、どっからどう見てもEDO入りたてのアンタ等にはまだわからないだろうけど、今後この世界で生き残りたいなら頭の片隅にでも刻んで置いた方がいいぜ、中ボスクラスのモンスターには弱点となる部分が配備されてるぐらい……」

 

その顔は一見見ただけだと中性的な雰囲気のある少年だった。

とても猛犬を一撃で仕留めれるような見た目ではない。女の子ですと言われても納得しかねない様な線の細い体つきをしていたその少年は、銀時を見て突如言葉を途中で打ち止めする。

 

「え? あ、あれ、アンタ確かどこかで……」

「ん? あ……」

 

突然先程の冷静沈着な態度は何処へ行ったのやら、急にこちらを見つめながらキョドった様な声を出す少年を見て、銀時もふとそのどこかで見た面構えを見て思い出したように口をポカンと開けた後ハッと目を見開いて。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! オメェあん時の引きこもりかぁ!?」

「そういうアンタはあの時俺をパシらせた天パの侍!? つうか引きこもりって呼ぶな!」

 

相手が誰なのか認識するのにそう時間はかからなかった。

銀時はすぐに思い出す、この少年はついちょっと前に現実世界で出会っていたあのいかにもな感じの引きこもり少年だと

 

 

今度は現実世界と違い、逆に少年に助けられた銀時。

 

そして後に彼は知る事になる

 

この少年との出会いをキッカケに、このEDOの世界で忘れる事の出来ない波乱に満ちたゲームライフを送る事になるであろうと。

 

かつて彼女が愛していたこの世界で、侍はかつて失っていたかけがえのないモンを探す旅に赴くのであった。

  

  

 




1話目からたくさんの感想と評価を貰い、本当にありがとうございました
皆さまの感想を貰えることが何よりの執筆作業の励みになります!
連載を維持できるかはまだわかりませんが、皆様と長い付き合いができる事を願っております。


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第三層 厄日という名の吉日

ちなみに寺門通の曲「お前の兄ちゃん引きこもり」は実際にアニメでお通が歌った歌です。

CD化までしてます、ピー音多めです


「で? なんでお前ここにいんの?」

「いやそのセリフそのままそっちに返すんだが?」

 

 

 

 

 

 

 

一人の少年プレイヤーは思った、今日は本当に厄日だと

 

妹には嫌がらせに近い悪魔の歌を聞かされて睡眠妨害

 

久しぶりの外出では天人に難癖付けられボコられ

 

その時助けに来てくれた侍にはいちゃもん付けられパシリにされ

 

挙句の果てにこの始末

 

目の前にいる男は現実世界よりも若干若返った顔付きだが、相変わらず死んだ魚の様な目をしていたのですぐに誰だかわかった。

 

万事屋銀ちゃんとかいう怪しい何でも屋を営む、坂田銀時だ。

 

「人の事を散々引きこもり呼ばわりしてた割には、こんなまっ昼間からMMORPGに潜るって時点でアンタも相当な暇人じゃねぇか」

「あ~天人共にボコボコにされてたクセに随分と偉そうな態度じゃね? あの時誰が助けてやったか答えてみろ」

「チュートリアル的なこのフィールドでモンスターに襲われてキャンキャン泣き喚いてたマヌケなプレイヤーの名前ならすぐに答えてやるが?」

「ちょっとちょっと! お前さん達なに!? いきなりメンチ切り合ってどうした!?」

 

互いに頬を引きつらせ絶対に引かないという態度で火花を散らし合う二人に、銀時と一緒に行動していたクラインが慌てて間に入る。

 

「なんだか知らねぇけどここは助けてもらったんだから礼ぐらい言っておこうぜギンさん! えーとそっちのちっこい剣士さんは名前なんていうんだ?」

「”キリト”だよ、別に礼とかいらないから、俺はたまたまここでさっきのレアモンスターがドロップするアイテム狙いに来てただけだし」

「そうかそうか! キリトっつうんだな! 俺はクライン! よろしくな!」

 

少年ことキリトはめんどくさそうに頭を掻き毟りながら名乗るとクラインは極めて友好的な態度で自己紹介してくれた。

こういう社交的なプレイヤーは別に嫌いじゃないのだが、あまり他人と関わらないプレイを進めているキリトにとってはどう対応していいのかわからない様子で「ども……」と軽く会釈して見せる。

 

そして肝心のあの憎ったらしい銀髪天然パーマの男はというと感心したように頷き

 

「引”き”こも”り”の”人”でキリトか、なるほど上手いな」

「いや上手くねぇし! あんたどんだけ人の事を引きこもり呼ばわりしたいんだよ! 俺は引きこもりじゃなくて部屋の中が好きなだけだ!! そして周りの視線が痛いから外出しない! それだけだ!」

「いやキリト、それが引きこもりだから……」

 

仏頂面でまたしても癪に障る偏見を呟くので、キリトは自信ありげに親指で自分を差して必死に自己主張するもクラインがジト目でボソッと彼にツッコミを入れた。

 

「なぁギンさん、アンタも何が気に食わないか知らないがここはキチンとキリト君に礼を言っておくのが筋ってもんだぜ? それがゲームをより楽しくやる為のマナーってもんさ」

「そうだな俺もここはキッチリ大人の対応をしてやるべきだったな、すまなかったなキリト君よ」

 

クラインに言われて渋々納得したのか、銀時は軽くこちらに頭を下げてきた。

 

「わざわざ俺達が襲われてる所に助けに来てくれたのに引きこもりだのゴミカスだの虫けらだのチンカス野郎だのと罵っちまって」

「引きこもり以外にも色々と増えてるんだが!? あ~いやもういいや別に、引きこもり呼ばわりされるのは妹と寺門通で慣れてるし」

「寺門通?」

「こっちの話だ、気にしないでくれ」

 

少々腑に落ちないがここで揉めるのも時間の無駄だ、それに引き込もり呼ばわりされるのは別に初めてではないし……。

 

「で? アンタ達はなんでこんな所に武器も所持せずにノコノコと出歩いていたんだ?」

「武器? ああそうだった! ギンさんコイツは俺もドジっちまった! 俺達まだ武器装備してねぇよ!」

「マジかよ、てことは俺達今までずっと素手で冒険に出てたの? やべーよちゃんと町の住人の話聞いとけばよかった、「武器は装備してないと意味ないよ?」とか言ってた気がするし」

「あー初めてのVR空間にテンション上げまくって肝心な事忘れちまってたよ俺も……」

 

指摘されてやっと気付いた所から察するにどうやら本当の初心者らしい。

クラインはすぐにメニューを開き、SAO型のプレイヤーの初期装備である海賊刀を画面から出現させ、それを手に取って見せた。

 

「ほれ、おたくもやってみな」

「えーとどれどれ……相変わらずどこをどういじればいいのかわかりにくいなチクショー」

「天人倒す時はすぐに木刀引き抜いてたが、こっちの世界じゃそうはいかないんだよ」

 

慣れない感じでああでもないこうでもないと色々試行錯誤している銀時に、キリトは先輩目線で言いながら笑っていると、銀時がこちらに顔を上げた。

 

「おい、『倫理コード解除設定』ってなんだ?」

「どうしてそんな奥深くにヒッソリとある所に辿り着けた!? ちょっとメインメニュー公開してくれ! 俺が画面見ながら教えるから!」

「いやその前に倫理コードを解除するべきだと思うんだギンさん、ここに何か、俺が求めていた何かが見つけられる気がする」

「いいから! なんでそこで素直に引き下がらないんだよ!」

 

銀時が辿り着いた倫理コード解除設定というのは、いわばゲーム内で男女が必要以上に体を接触させる為に本来不可能な設定を解除させる為のものである。

本来ならその項目は普通に探しても見つからない様に奥深くにスクロールしていかないと出てこないモノなのだが……。

一体どうやって見つけたのかと疑問に思いながらも、キリトは銀時に自分のメニューを他のプレイヤーにも公開できるように指示して、彼のステータス画面を見ながら説明してあげることにした。

 

他人のプレイヤーのステータスを覗き見するなどやってはいけない事だが、どうせ今日このゲーム始めたばかりなのだから、隠すスキルやアイテムも持っていないだろうと思ってキリトは早速銀時のステータス画面を隣で一緒に見てみた。

 

 

「GGO型……その身なりでGGO型とか奇妙だな、どう見ても俺と同じSAO型だと思ってたんだが」

「またそのGGO型か、なんなんだそれ? ガンダタ君も驚いてたけど」

「……まさか自分のタイプの事も把握してないのかアンタ?」

「これ全部やってくれたのは俺じゃねぇし」

 

アバターの設定ぐらい自分でやっとけよ……と内心キリトは呆れる。

設定を決める時に色々とナビがこの世界についての簡単な説明や操作方法も教えてくれるというのに。

恐らく彼はそんな事も知らずにあらかじめ作られていた自分用のアバターでそのままフルダイブしてしまったのだろう。そりゃ何もわからないのが当たり前だ。

 

「GGO型ってのはいわば銃器やからくりに長けたタイプ、言うなればガンナー型だ。銃器を操るだけじゃなくて、俺達SAO型じゃ操作できない機械仕掛けの乗り物に乗れたり、武器に改造を施して変形機能を搭載させたりとか便利な点も多いけど、その分色々と面倒で複雑な精密動作が必要で結構扱い辛いって評判なんだ、ぶっちゃけガンマニアでもない限り選ぶ奴はEDOでは中々いないぞ?」

「銃~? んなもん俺使った事ねぇよ、なんだよこのタイプ最悪じゃねぇか。ダーマの神殿行って転職とか出来ねぇの?」

「生憎、一度タイプを決めたアバターは二度とそのタイプを変更する事は出来ないな。有料でもう一つのアバターを作成してまた一からタイプを決め直すって手もあるけど」

「有料? じゃあいいやコレで、んな事で金出したくねぇし」

「アンタそれでいいのか……」

 

この男、思った以上に身が軽い、さっきまで文句垂れてたのに金がかかると聞くとすぐにこれでいいやと開き直った。

全く行動の読めない銀時にキリトは戸惑いつつも、彼に武器を出すように指示する。

 

「ほらそこのアイテム欄に初期装備のがあるだろ、それを選んで取り出し……ん?」

「ああはいはい、コレ押せばいいのか、どれ」

 

一緒に彼のアイテム欄を見ていたキリトが若干眉をひそめて何か変だと思っている中、銀時はさっさとボタンを押して自分の武器を画面から取り出してみた。

 

この世界で初めて銀時が手に入れた武器、それは

 

「『光棒刀』んだコレ、ただの棒っきれじゃねぇか」

 

武器を取り出してみたものの銀時は若干顔をしかめる。

右手に握られたその得物はさほど長くはないが柄の部分に怪しげな赤いボタンが付けられただけの質素なモノであった。

 

試しに2度3度軽く振ってみるが思ったよりもかなり重量感が無い、これではあまり威力が期待出来ないであろう。

 

「とりあえずこのボタンを押してみっか、お」

「へーそいつがGGO型の武器か」

 

おもむろに柄の根元に付いてるボタンを押してみると、今度は棒の部分が白く光り出した。

するとゲームの世界であるのにほのかに熱気を感じたクラインが興味津々に彼の得物を眺め出す。

 

「なんかSF映画で見た事ある奴とちょっとだけ似てるな」

「得物の先が熱くなったんだけど何コレ? コレで相手の顔面を強打して焼き尽くせばいいって事?」

「いや焼き尽くすにはちと熱が弱いんじゃないか? こりゃあちょっとだけダメージ付加させるだけのおまけみたいなモンだと思うぜ、ま、所詮は初期装備だからな」

 

クラインに説明されて、白く光った得物を再び振ってみる銀時。

やはり軽いが振る度にブンブンと微かに音が聞こえるようになった。クラインの言う通りこれはただの初期装備、期待する程あんまり良い武器ではないという事であろう。

 

しかしキリトは一人、彼が持つその光棒刀という武器を見つめながら腑に落ちない表情を浮かべていた、そして。

 

「ギンさん、アンタのアバターってもしかして他のアバターからコンバートされてるのか?」

「こんばー? 何か前に一度聞いた事あったような……」

「要するにナーヴギアに保存されているアバターのデータをもう一つのアバターに移動できるシステムの事だ」

 

コンバートとはナーヴギアに用意されている基本設定の一つであり。

別のアバターの装備やアイテム、スキル等をデータ化させ、それを別に作ったアバターに移し替えるという方法の事だ。

 

これで新参プレイヤーが最初から強いアイテムやスキルを持ったままスタートできるというまさに強くてニューゲームという状態になれるのだが、それで初心者がそう簡単に無双できないのがこのEDOである。

 

「GGO型の初期装備なら片手装備の無名のハンドガン一丁の筈なんだよ、なのにアンタはGGO型には珍しい近接武器の一つの光棒刀、これもちょっとだけ進めば手に入るぐらいの武器なんだけど、最初からそれがアイテム欄にあるのはおかしいと思ってさ」

「あ~そういやアイツが言ってったな、私が持ってる装備やらスキルを一部だけあげるとかなんとか、それってこういう意味だったのか」

「やっぱりな、プレイしたばかりなのに妙に珍しい服装してるなって違和感があったんだよ」

 

どうやら銀時自身も心当たりがあったらしい、手をポンと叩いて思い出した様子の彼を見てキリトは確信した。

よくよく考えてみればGGO型の初期防具で和風の侍風の格好になるなんてあり得ないのだ。

無論、クエストをこなし腕を上げていけば、GGO型でも今の銀時みたいな格好にはなれる。

 

現に巷でもっぱら噂されているギルド、『KOB』にはGGO型でありながら侍風の格好をしてなおかつ、特殊な機能が備わった刀を扱っているという変わったプレイヤーがKOB一番隊隊長として名を馳せているとキリトは聞いた事がある。

 

「アンタの服装、こうしてアイテム欄から見るとどうやらオーダメイドみたいだな、大方コンバートする前にアンタの為にその防具を作ってやったんだろう」

「そいつはありがてぇ話だが、だったら武器の方ももっといいモン寄越して欲しかったんだがねぇ、はぐれメタルの剣とか」

「その辺は自力でなんとかしろって事だろ」

「融通の利かねぇ奴だなホント……」

 

銀時の為に自らのデータを渡した人物はさすがにそこまで甘くはないみたいだ。

確かに序盤から質の良い武器を手に入れては、ゲームの楽しみも薄れてしまうというもの。

彼自身にこのゲームを本当に楽しんでもらう為の配慮であろう、彼にデータを渡した人物はきっとこの男の扱いに慣れてる人なんだろうなと思いながら、キリトは改めて彼のアイテム欄の方へ目をやると、再び奇妙なモノを見つけた

 

「このアイテム欄の下の方にあるこの『????』って確か……一定の条件が無いと解放されない武器とかアイテムだったか、スキル欄や技項目にも何かあるかもな……」

「っておい、勝手に人のモン覗くなよ。そんなにギンさんの中身をじっくり見たい訳?」

「変な言い方するなよ……どれだけスキルや技が転送されているか見てみようと思っただけだって、そうしないとアンタ何もわからないままだろ?」

 

EDOの中にはある条件が無いと扱う事が出来ない特別なアイテムや装備、スキルや技などがある。

キリト自身もそういう特殊スキルを持ってはいるが、こういう封印されたアイテムの存在はEDO内でも結構珍しい代物なのだ。

どういうモノか見てみたいが銀時自身が条件を解放しないと名前すらわからないので、とりあえずキリトは彼に指示して保有しているスキルを開示させた。

 

「うーん、結構あるな。さすがに俺程じゃないけど筋力や俊敏性とか近接面での戦闘を中心に出来る為のステータスアップのスキルを色々持ってるし、他にも技能スキルが結構……なんで料理だけ上限値MAXにされているんだ?」

「つーか料理なんて出来るのかよこのゲーム」

「まあサバイバル生活に役に立つけど、これ上げるなら戦闘方面のスキル上げた方が……あ、やっぱスキルや技欄の方にもあったなこの「????」って奴が」

 

EDOには各ステータスを上げる為にはステータスアップのスキルが必要なのだが、何故か料理レベルが群を抜いて最高値に達しているし他にも戦闘面ではあまり役に立たないスキルがちらほらと。

 

コンバートさせた元の持ち主は銀時に何を期待しているのだろうか……。

 

その事を疑問に思いながらも、銀時の指を取って勝手にスキルや技の所を調べてみるキリト。

 

「やっぱ特殊スキルだよな、それにアイテム、スキル、技の所にあるって事は、レアなユニーク武器を扱う事によって解放されるスキルだ、俺の奴と同じか……」

「え、てことは俺今、超レアな武器を最初から持ってるって訳? なんだよじゃあこの棒っきれいらねぇじゃん」

「でもある条件をクリアしなきゃ装備出来ないんだよそういう武器は。別のアイテムが必要だとか俺みたいにHPが一定以上減らないと得物として扱う事が出来ないって奴もあるし」

「要するにピンチにならないと使えない必殺技的な感じ?」

「ま、そんな所だ、どんだけ強い武器でも扱うにはデメリットがあるのがこの世界の常識だからな」

 

とにかく銀時が現在持っているアイテムには大方特殊スキル発動できる為のキーみたいな武器があるのだろう。

 

しかしそれを装備するにはまず彼自身が条件をクリアしなければならないので今は封印状態。

 

せっかくレア物の装備があるのに使えないとは持ち腐れもいい所だなと、キリトは銀時に肩をすくめながらふと聞いてみた。

 

「そもそもレアスキルといいオーダーメイドの防具といい随分と羽振りの良いプレイヤーだな、アンタにコンバートしたこのデータを見る限り、かなりの上級プレイヤーだったんだろうし」

「まあよく妹とゲームしてたからなあの女、相当強かったんじゃねぇの? 俺は知らねぇけど」

「女?」

「なんだなんだギンさん? アンタにデータ渡してくれた人って女性だったのか?」

 

髪を掻き毟りながら呟く銀時にキリトが反応する前に横からクラインが面白そうに会話に入って来た。

 

「もしかしてアレですかぃ? その女性というのはギンさんの……」

「あ? いいだろ別に、コレだよコレ」

 

ニヤニヤしながら尋ねてくる彼に銀時はぶっきらぼうに小指を立てると、クラインは「うひょー!」と変な声を上げて羨ましそうに銀時を眺める。

 

「いいなぁゲーマーの女性と仲良くやれてるなんてよぉ、俺もいつかそんな子と仲良くやりたいもんだぜ~、そうだギンさん! その子も呼んで俺達と一緒にパーティ組まねぇか! 女子がいれば女の子も警戒せずに寄って来るだろうし!」

「ああ無理、あの女もう二度とこのゲームやらないから」

「ええ~やっぱり引退しちゃったのか~?」

「いや引退っつうか」

 

この反応を見る限り彼女なんていないんだろうなと、キリトが目を細めてクラインを見ていると

銀時は大きな欠伸をした後けだるそうに

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと前に死んじまったからねアイツ」

「「……え?」」

 

平然とした様子でとんでもない爆弾発言をして来た銀時に、キリトとクラインの表情が固まったが、彼は気にせずに淡々とした口調で

 

「俺がこのゲームやるキッカケになったのも、アイツからゲーム渡されて、自分が死んだら代わりに双子の妹の面倒見てくれって頼みを聞いたからだしな、あの時はまさかこんな早くにくたばっちまうとは夢にも思わなかったよ、いやー人間ってのは結構あっけなく逝っちまうモンなんだなーってアレ? どうしたのお前等?」

「い、いや……」

「思ったよりヘビーな話だなと思って……」

 

さっきまで妙にテンションの高かったクラインが今ではすっかりお通夜モードに。

キリトもまたどう答えればいいのかわからずポリポリと引きつった頬を掻くが

 

 

「けど、大切な人の死がキッカケでこのゲームを始めたってのは、俺も一緒だな……」

 

ふとその手を止めて彼の目を見ながら口を開く

 

「俺も部屋に引きこもりになる前は妹と一緒によく剣術道場に足を運んで大人達に混ざってよく稽古やってたんだ。そん時にちょっと俺達みたいなガキの面倒を見てくれる兄貴分みたいな人がいてさ」

 

数年前、キリトがまだ幼い頃は妹とよく恒道館という道場で竹刀を振って稽古をしていた。

その時はまだ道場にいたのはほとんど大人達で、子供は自分と妹、それと泣き虫な弟と勝気な姉という姉弟がいるだけだった。

そして”あの男”はいつも自分達に対して笑いながら接してくれた。

 

「その人には色々と剣の事かそれ以外の事も色々教えてもらってたから、恩返し代わりにいつかはその人を超える程強くなってやろうと思ったんだけど、ちょっとした事故でその人あっさりといなくなっちまってさ」

「……」

 

キリトの話に銀時は以外にもまっすぐな目をしながら無言で話を聞いていた。

 

「そっから目標失った俺はもうこの通りだよ、ダラダラだと自堕落に生きてネットゲームにドハマりして、妹に怒られるわあの姉弟には散々戻って来いとか言われてるけど、剣を握る理由を失った俺にはもうあの道場に行く必要も無いからな。こうして気ままにゲームライフ送って現実を忘れようとしてるのさ、あの人と一緒にいた現実を」

 

どうして会ったばかりの男に自然と自分が秘めていた事をぺらぺらと打ち明けられたのだろうか。

多分この男には何か自分と似通ったモンを感じたのかもしれない。

と言っても彼は大切な人の約束を守る為、自分は大切な人との思い出から逃げたいが為にゲームをしているのだが

 

ほとんど真逆と呼んでいい理由なのかもしれないが、不思議と銀時には自分の事を聞いて欲しいという思いがあったのかもしれない。

 

何故か彼には”あの男”と似た何かを感じるのだ。

 

「大切な奴との思い出は、引きこもってるだけじゃそう簡単に忘れられるモンじゃねぇよ」

 

ずっと無言で聞いてくれていた銀時がふいに口を開く。

 

「逃げるんじゃなくて背負ってみろ、背負いきれない程重てぇモンかもしれねぇがそいつが本当に大切な奴だったんなら出来んだろ、一緒にいた思い出って奴を」

「……」

「俺だって出来んだ、お前だってやってみろって」

 

真剣な表情でそんな事を言って来た銀時にキリトは少々肩透かしを食らう。

なんなんだこの男、まるで雲のように掴み所がない、侍にしてはちゃらんぽらんでチンピラにしてはまっすぐな目をした男、坂田銀時。

 

この男ともう少し話をしてみたいと思っていたそんな時、ふと自分と彼ではなくもう一人ここにいる男が急に嗚咽を漏らし始め

 

「おいおいおい、ギンさんに続きキリトよぉ……お前までそんな辛い過去を背負ってゲームしてたなんて……俺なんかただ楽しむ為に、あわよくば女性プレイヤーとお近づきになれるチャンスだと思ってプレイ始めたんだぞ……なんて野郎だ俺は、こんな下心丸出しの下衆な気持ちでゲームしようと思ってたなんて……!」

「い、いやクライン、ゲームや理由は人それぞれだからな。俺だって今は楽しんでこのゲームをプレイしてる訳だし」

「そうだよガンダタ君、ゲームなんてモンは所詮遊ぶ為だけのモンなんだ、理由なんて適当でいいんだよ適当で」

「うう……いい加減名前で呼んでくれよギンさん……」

 

どうやら自分と銀時の話を聞いて感極まったのか、涙を流し一人泣き始めてしまったクライン。

涙を流すというのはゲーム上ではプレイヤーの感情に作用して流れるように設定されているのだが、それにしちゃ随分と泣き過ぎである。

 

クライン、この男もきっと悪い人間ではないだろう。自分と銀時の仲を取り持ったりきさくに話しかけてきたりと中々好感の持てるプレイヤーだ、殺伐としたEDOの世界じゃこの類の人間はかなり珍しいと言っても過言ではない。まあそういうお人好しのプレイヤーだからこそ、この世界で上手くやるのは中々難しいのだが……

 

キリトが目の前で泣いてる男にそんな評価を付けていると、銀時はふと遠くにある町の方へ視線を向けていた。

 

「やべ、そろそろ戻らねぇとアイツに怒られちまう……」

「アイツ? 誰かと待ち合わせしてるのか?」

「さっき言っただろ、このゲームやって双子の妹の面倒見てくれって言われたって」

 

ずっと手に持ってる武器をどうやれば仕舞えるんだ?と色々やりながら、銀時はキリトの方へ振り向く。

 

 

「その面倒な妹だ」

 

 

 

 

 

 

 

「ぎ~ん~と~きィィィィィィィィィ!!!!」

「ぷるこぎッ!!」

 

西の草原フィールドから数分かけて徒歩で始まりの街へと戻った銀時に対する洗礼は

 

見知った顔をした少女からの出会い頭の飛び蹴りであった。

 

ここが街中でなく戦闘地区であったら彼のHPパーは5割は削れたかもしれない、顔面にモロに食らって派手にぶっ飛んだ銀時を眺めながら、共について来たキリトは少々困惑していた。

 

「……やっぱりあの時の女の子だったのか」

「勝手にボクを置いてどこ行ってたのさ! ずっと探してたんだからね! あ」

 

ゲーム内では痛みは無いモノのぶっ飛ばされた感触はそのプレイヤーに直に伝わる。

意識が朦朧としている銀時の上に跨り、彼の胸倉を掴み上げながら怒っている様子の彼女だが、こちらに気付くと

顔を自分の方へ向けてきた。

 

「あっれー? もしかして君ってあの時のヒッキーさん? こんな所で会うなんて奇遇だね、ボクはユウキ、覚えてる?」

「ああ、あんな出会い方すれば嫌でも覚えるさ……でもリアルネームをゲーム上で名乗っちゃダメだと思うぞ」

「ああ大丈夫、ボク、リアルでもEDOでも同じ名前で通してるから」

「マジでか!? まあそれならいいけど……さっきこの男の本名も叫んでたよな?」

「あ、そうだった。いっけね」

「……」

 

ケロッとした表情で堂々と本名でプレイしている事をぶっちゃけるユウキ。

キリトは戦慄しながらもふと彼女が使っているアバターに気付く。

リアルの姿と恐ろしい程に寸分の違わぬ姿であった。

 

長く伸びた紫のかかった黒髪に自分よりも年下なのであろうと伺える幼い顔立ちはリアルと会った時と全く同じ。

確かに容姿の変更はリアルとさほど変わらないのがEDOだが、ここまで同じだと逆に奇妙に思える。

 

変わっている所と言えばリアルでは江戸では女性の服装にとってはおなじみの洒落た着物を着ていたが。

こっちの世界では剣士と言った感じのより動かしやすさを重視したやや肌の露出の高い服装をしていた。

 

胸部分を覆うのは黒曜石のアーマー

 

その下にはチェニック、動かす事に不自由が無い様深々と切れ込みが入っている青紫のロングスカート。

 

そして腰に差しているのは細くて黒い鞘。

 

銀時と違いこちらは完全にこの世界の住人としてすっかり順応しているのが窺える。

 

「もしかしてこの人と何かあったの?」

「ああまあ、西のフィールドでこの人がモンスターに襲われてる所を偶然見つけてさ。それからちょっと色々とこの世界の事の説明や世間話をしていたんだよ」

「フィールドー!? はぁ、この人は本当にバカなんだから……」

 

キリトから訳を聞いて彼がノコノコとフィールドで歩き回っていたと知ると、ユウキは呆れた様子でぐったりしている銀時の方へチラ見する。

 

「リアルでも相当無茶をする奴だけど、まさか仮想世界でもそんな無謀な真似するなんて……もう勝手にボクがいない時に外をうろついちゃダメでしょ! 外には危ないのがわんさかいるんだから!」

「いで! え、何? お母さん!?」

 

わんぱく坊主を叱る肝っ玉母さんの様にユウキは気絶状態の仲間を覚醒させる時に使う『平手打ち』を銀時にお見舞いすると、彼はフラフラと頭を揺らしながらゆっくりと目を開ける。

 

「ってお前かよ、ったく出合い頭にいきなり蹴りお見舞いするとか何考えてんだ……さっさと俺の身体の上から退け」

「それがボクとの約束破って勝手に戦闘地区を出歩いていた人が言う事?」

「あ~悪かったって、随分と気の良い奴に会えたから話に夢中でヤベェ場所まで行ってたなんて気づかなかったんだよ」

 

まだボーっとしながらも不機嫌そうに頬を膨らましているユウキを退けさせて銀時は立ち上がると、自分を心配そうに見ていたクラインの方へ指を指す。

 

「コイツ、この世界に入ったばかりの俺に声掛けてくれた俺と同じ新参者、名前はガンダタワイフ君だ、旦那のガンダタがやられたら会心の一撃バンバンかましてくるから気を付けろ」

「クラインな、ギンさん、アンタ間違いなくわざとやってるだろ、もう説明が後半ドラクエになってるし……」

「えーもうネットで友達出来ちゃったの!? 相変わらず人の懐に入り込むのが得意だね君って」

「それ褒めてんの?」

 

早速この世界で仲の良いプレイヤーを見つけた事にユウキは驚きつつも、銀時と仲良くなってたくれたならと彼女はクラインの方へ手を差し伸べる。

 

「まあいいや、よろしくクライン。ユウキって言うんだけど、こう見えてこのゲーム長くやってるからわからない事あったらいつでも聞いていいよ」

「お、おおそうか……もしかしてアンタがギンさんの連れだって言ってた例の妹さんか……?」

「妹さん? ああお姉ちゃんの事でも聞いたの? お姉ちゃんなら今頃三途の川クロールで泳いでるんじゃないかな?」

「うう……気丈に振る舞う姿が余計に泣けて来るぜ……強く生きろよ妹よ……!」

「いやいきなり泣かれたらこっちもどう対応していいかわからないんだけど? まあとりあえずありがと」

 

互いに自己紹介しただけで男泣きするクラインに事情をよく知らないユウキが小首を傾げつつも礼を言うと、また銀時の方へ振り返る。

 

「そういえばクライン、君の事をギンさんって呼んでたけど、もしかしてボクと同じ本名でやってるの?」

「いや「ギン」ってのが俺の名前なんだよ、だからコレからこの世界では迂闊に俺の本名出すなよな」

「ギンかぁ、なーんかお姉ちゃんらしいネーミングだなぁ、お姉ちゃんも名前「ラン」だったし」

「適当に考えただけだろ、アイツの事なんだから」

「そうかなー、ギンとランなら二つ合わせれば銀蘭でしょ? 銀蘭といえば花の名前だし多分そっから取ったんじゃないかなー」

「偶然だよ偶然」

 

意外と女の子らしく花に関しては知識があるのか、すぐに銀時と姉の名前の意味が花に関連するのではないかと勘付くユウキだが、銀時はぶっきらぼうに曖昧な返事をして流してキリトの方へ顎でしゃくる。

 

「それより俺はもう十分この世界の仕組みとやらを理解出来ちまったぜ、あそこにいるキリト君のおかげでな」

「キリト? ああ、引”き”こも”り”の”人”でキリトか、上手いね」

「アンタ等二人揃って同じ発想か……」

 

銀時と会った時も同じような事言われたのを思い出し、キリトはユウキに軽くジト目を向けた後、髪を掻きながふと気付いた。

この少女と双子の姉と銀時はそういった関係であったとしたら……

 

銀時はこれぐらいの年頃の女の子を手籠めにしたという事になる。

 

「…………」

「オイ、なんだいきなりその俺を軽蔑する様な眼差しは」

「……アンタ、ロリコン?」」

「人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ! なんなんだ一体! クロスSSで銀さんがロリコン呼ばわりされるのはお約束なのはわかるけど! 言っておくけどコイツは見た目はこんなんだが、実際は俺と……いづ!」

 

よくよく考えればそうであった、このユウキという少女は見た目からして自分よりも年下である。そしてその双子の姉と恋仲になったという銀時はつまり年端もいかない少女に手を出した大罪人という事。

しかし銀時はそれをすかさず否定してユウキを指差しながら何か言おうとするが、その前にユウキが後ろからローキックをかまして黙らせる。

 

「レディーの年をネット上以前に男として平気でバラすのは如何なものかなーと思うんだけど?」

「うるせぇ俺はここで終わらせるんだ! 歴代のクロスSS銀さん達がロリコンと比喩されていくお約束に俺が終止符を打つ為に!!」

「なにわけのわからない事言ってるのかなー」

 

足をさすりながら意味深な事を叫ぶ銀時にユウキは「は?」と理解してない表情を浮かべると、再度キリトの方へ振り返って笑顔で。

 

「という事でボクの年齢は内緒だから、そこん所よろしくー」

「あ、ああわかった……」

 

一体いくつなのだろうか、アバターの年はリアルから老けさせるのも若返させるのも最大で5年ぐらいだと聞かされているが……

しかしユウキの反応を見る限りその辺について詳しく聞こうとするのは野暮ってモンかと、下手すれば命に関わると悟ったキリトは年齢を聞くのを潔く諦めた。

 

(二人揃って謎が多いな……一体何モンなんだこの二人……)

「あ、礼を言うのを忘れてた、ギンに色々とEDOについて教えてくれてありがとね。おかげでボクが説明する手間が省けたし」

「今度からフルダイブする前にキチンと操作方法ぐらい教えてやれよ、まだメインメニュー出す事さえままならないんだから、せめてクイックで武器装備出来るぐらいにさせておかないとロクに実戦に出せないし」

「うんわかった、今からその辺の事を教えておくつもりだし。よーし今からボクがみっちり特訓して強くさせてやるからねギン!」

 

ステータスの方はコンバートされたおかげで十分に戦えるレベルなのだが、どれだけ強かろうがそれを扱えるかどうかはプレイヤー次第だ。

EDOではステータスだけでなくプレイヤーの五感が影響するので、簡単に思う様に進めるようになるにはまだ時間がかかるであろう。

 

ユウキは早速戦闘方面やその他色々の事を銀時に教えようと決めるのだが、銀時の方は恨みがましい目つきで彼女を見つめながら

 

「いや、俺もう結構やったから元の世界に帰るわ」

「ええー!? ウソでしょー!?」

「ゲームは一日一時間が常識だろ、長く店を開けてたらせっかくの依頼を逃がしちまうかもしれねぇし」

「イヤだよもう終わりなんて! どうせ依頼なんて来ないじゃん! 万年ニートみたいなもんじゃん! ただのプー太郎じゃん!」

「誰がプー太郎だ! こちとら真っ当な社会人として活動しているんだよちゃんと! たまに!」

「やっとこっちの世界で君と会えたのにさー! ならせめて二人でどっかご飯食べに行こうよ!」

「ご飯?」

 

EDOでは現実世界の様に食事を取る事が可能であり、無論食べてもリアルの肉体の腹が膨れる訳ではないのだが、空腹感がある時に食べるとHPが回復したり追加効果を得たり、何より満腹感が覚えて腹が満たされた気持ちになるのだ。

 

どういう原理なのかはわからないが、こっちの世界でたらふく食えば、リアルの世界に戻ってもしばらく何も食べなくとも構わないんじゃないかという錯覚を覚えるのだ。

 

それのおかげで女性プレイヤーにとっては新しいダイエット方法になるのではと現在調査中である。

 

「こっちの世界だと一緒にご飯食べれるから楽しみにしてたの! だからこの辺のお店に行ってみようよ! ボクが奢るから!」

「一緒ねぇ……」

 

銀時と一緒に食事が取れる事をずっと望んでいたのか、自分の袖を引っ張りながら必死に懇願するユウキに

 

一瞬神妙な面持ちを浮かべると銀時はやれやれとため息を突き

 

「まあそんぐらいなら別にいいか、こっちのメシにもちょっと興味あるし」

「やったー! じゃあ早速美味しいパフェがある甘味店に行こうか」

「美味しいパフェって……まさか現実みたいに食ったら甘味とか感じるのかここでも?」

「リアルの味とはちょっと違うけど、結構本物に近く再現した味が堪能できるらしいよ」

「マジでか!? つまり糖尿病の心配なく甘いモンが食い放題とかある訳!?」

 

仮想世界の凄さに銀時が驚愕の表情を浮かべていると、ユウキはクルリと身を翻してまたキリトとクラインの方へと振り返った。

 

「今日は色々とありがとね二人共、今からはギンの面倒はボクが見ておくから安心して」

「本当に大丈夫か? この人危なっかしいし、なんなら店の方までついて行っても」

「はぁ~……いやいやダメだねーキリトはー」

「へ?」

 

本音を言うとこの二人の事には個人的に興味があるので、色々と聞きたい事があるからもうちょっと一緒にプレイしたいと思っていたキリト。

 

他人のプレイヤーに興味を持つ事は初めてではないが、共に行動したいと思ったのは初めての経験である。

 

しかしユウキは頬を引きつらせながら後頭部を掻き毟りつつ呆れた様子。

 

「男と女が二人っきりで食事に行くのについて来ようとするのはナンセンスだよ、お心遣いには感謝するけど彼との初めての食事は二人だけで取るって決めてたんだよねボク」

「えーとそれはつまり……デート的な?」

「勘が良いんだか鈍いんだよくわからない感覚持ってるね君、そういう所ギンと似てるよ。まあ察してくれるならそれはそれで助かるけど……」

 

思い切って探りを入れて来たキリトにユウキはそっぽを向いて若干頬を赤く染めると、突然自分のメニューを開いて操作を始めた。すると今度はキリトとクラインの前にパッと画面が浮かび出る。

 

ユウキからのフレンド登録申請だ。

 

「せっかく会えたんだしこのままお別れってのは味気ないでしょ? ボク結構長い時間潜る事あるから何かあったらメールでも送っていいよ」

「フレンド登録申請か……確かにフレンドリストに入れてれば相手の居場所がすぐにわかるし便利だもんな」

 

相手からの申請を承認しフレンドリストに登録しておけば、互いの居場所がすぐにわかる。

それに電子メールを送り交わす事も出来るしある程度の通話を行う事も出来る。

ユウキからの要望を素直に受け取ると、キリトは『登録承認しますか? YES/No』と書かれた画面のYESの方に指を押し付けた。

クラインもまた片手で目を拭いならYESを押す。

 

「うう……こんな俺でもいくらでも助けになってやるぜ……! 本当に強く生きろよ妹よ……!」

「ねぇ、なんでこの人は会った時からずっと泣いてるのかな?」

「さあ……まあ悪い奴じゃないから」

「それはわかるんだけど目の前で泣かれると困っちゃうんだよねー」

 

涙ながらに強く頷くクラインにキリトが苦笑し、ユウキは困った様子で両肩をすくめると銀時の方へ振り返る。

 

「そういえばギンともフレンド登録しておかないと、目を離したらすぐにどっかいっちゃうから……ってアレ? 何処行ったんだろう」

 

気が付くとそこにはもう銀時の姿は無い、何処へ行ったのだろうとユウキが疑問に思っていると、ようやく泣き止んだクラインが顔を上げて

 

「ああ、ギンさんの方ならフラフラとどっか行っちまうのが見えたぜ、なんか「この先から俺を誘う甘い匂いがする!」とか叫びながらよ」

「ええーまた勝手にどっか行ったの!? 目を離したらすぐコレだよ! ホント何時まで経っても世話が焼けるんだから! ちょっとボク探してくる!」

 

どうやらまた勝手にどこかへ行ってしまったみたいだ。「いっその事首輪でも付けてやろうかな……」とかユウキはボソッと恐ろしい事を呟きながら、クラインが指さした方向に向かって猛ダッシュで走り出す。

 

「ごめん行ってくるね! 今度会ったらよろしく!」

「おお! 頑張れ妹!」

「装備面とスキルのチェックは怠るなとあの人に伝えておいてくれ」

「うんわかった! じゃあね!」

 

アレは相当俊敏性にスキル振ってるな……とキリトが思うぐらいユウキの駆けるスピードは相当速かった。

きっとかなりの手練れのプレイヤーなのだろう、クラインとキリトは去り行く彼女に最後に言葉を投げかけると、彼女はこちらに手を振って笑顔を浮かべたまま行ってしまった。

 

「さてと、そんじゃキリト、俺も行くわ。これ以上ダチを待たせる訳にはいかねぇし」

「お前もこの先気を付けろよ、こっちの世界だと平気で他人を騙して金やアイテムを奪い取ろうとする詐欺まがいのプレイヤーが腐る程いるんだからな」

「ははは、その辺はリアルでもおんなじだろ? まあご忠告は素直に受け取っておくぜ。あ、そうそう」

「ん?」

 

良識あるプレイヤーは何かと不遇な目に遭いやすいと、キリトは行こうとするクラインに助言してあげると、彼は笑って頷きつつメニューを開きこちらに何かを飛ばしてきた。

 

それは先程のユウキと同じくフレンド登録申請だった。

 

「ギンさん達の事も心配だが、俺としてはお前さんも心配なんだよな。お前さんもお前さんで苦労してるみたいだしよ……」

「心配してくれてどうも、だが初心者に心配される程俺はそんな弱くは無いぞ、なにせ2年間ずっとこのゲームに入り浸ってる生粋の廃人プレイヤーだからな」

「ははは、違ぇねぇ、まあたまには一緒にクエストでもやろうぜ」

「気が向いたらな」

 

彼からの申請をキリトがすぐに承認すると、クラインはユウキ同様にこちらに手を振りながら「現実に負けんなよー!」と余計な事を大声で叫びながら行ってしまった。

 

最後に一人残されたキリトは、そろそろ現実の時間だと夕方頃だし帰ってきた妹が夕食の準備でもしてるのかなとかふと思いながらログアウトしようかどうか迷っていた。

 

「ったく、あの連中のおかげで今日は全然効率良く稼げなかったな。今度の宇宙戦の前に色々と資金を調達しないとマズイってのに……」

 

メインメニューを開きつつ自分が所持してるお金を確認しながらキリトは一人ため息を突く。

 

今日は本当に厄日だ

 

 

妹には嫌がらせに近い悪魔の歌を聞かされて睡眠妨害

 

久しぶりの外出では天人に難癖付けられボコられ

 

その時助けに来てくれた侍にはいちゃもん付けられパシリにされ

 

挙句の果てには……天パの侍と野武士顔の男、年齢不詳の破天荒娘に絡まれもう散々……

 

「あれ?」

 

ふとキリトは自分の顔に違和感を覚えて思わず手で触った。

 

いつの間にか口元が僅かに広がり笑っている様な表情になっていたのだ。

 

EDOでの表情形式バグかなんかかと思いながらも、キリトはふと体の中から何か暖かいモノを感じる。

 

 

「ロクに稼げなかったのになんなんだろうな……この満ち足りた感じは……」

 

2年間ずっとゲームの世界に籠っていたキリトが初めて味わった感覚。

それはどれ程のレアモンスターを狩り尽くしても、どれ程の天人を討ち倒しても得る事の出来なかった満足感だった。

 

キリトは思わずメニューから顔を上げてはじまりの街を眺める。

 

いつもの見慣れた景色であるにも関わらず、今日の景色は以前と比べ程にもならない程綺麗に見えた。

 

いやもしかしたら最初からこの世界の景色はこんなにも綺麗だったのかもしれない。

 

クエスト攻略や武器やスキルの調達、激闘必然の宇宙戦ばかりに気を取られてて、この世界の本来の姿を見つめる余裕が無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、厄日って訳でもなさそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

とある密偵が記すEDOにおける設定と豆知識その1

 

『GGO型』

 

EDOには三種類のタイプが存在し、その中で一つファンタジーとは程遠い近未来的なイメージに乗っ取ったタイプが存在する、それがGGO型だ。

 

武器は主に重火器を扱い、手に収まるポケットサイズの拳銃やら手榴弾を始め、果てはバズーカやビームサーベル、大型モンスターを一撃でし止める程のスナイパーライフルと一部のガンマニアが喜ぶ程扱える銃器は多い、

 

更には戦車や飛行船などからくり仕掛けの搭乗兵器を乗り回せるのが他のタイプと違う所だ、最近アップデートされた事によって二足歩行型ロボットにも登場可能となり、ロボットアニメファンが次々とGGOに移行する出来事もあった。

 

武器をオリジナルで改造し、様々なギミックを搭載させる事にも長けており、スキルを付加させる事しか出来ないSAO型と違いGGO型は性能だけでなく見た目も大きく変える事が出来る。中にはSAO型でしか装備出来ない「刀」をイメージして作られた武器も存在するらしい。

 

しかし自分オリジナルの武器を作れたとしてもほとんどが既に存在する武器の劣化版に近く、愛着が無ければ中堅プレイヤーに達する頃には大半は手放してしまうらしい。

 

存在する武器よりも強い武器を作るには莫大な資金と素材、そしてベースとなる武器のレアリティによって決まる。失敗して全てを水泡に帰すパターンもよくある事なので、ベテランになればなるほど、迂闊に武器作成を行わない様になるのが常識だ。

 

 

更にGGO型は弾薬の補充や武器のメンテナンスなど、維持費もかなりかかるので長く続けるには定期的に狩りを続けたり対人戦によるマネーファイトなどでひたすら稼がなければならない。

 

その為ほとんどのプレイヤーが脱落し、次々と他のタイプにコンバートして切り替えるのがザラである。

 

アインクラッド第三十階層にGGO型用の拠点街があるのだが、そこにいるのはもう名だたる玄人プレイヤーがあちこちとはびこっていて、更には他の街とは違いここでは街中でもPK可能なので、しょっちゅうガンファイトをおっ始める為、観光気分で迂闊に入っては絶対に行けない。

 

GGO型じゃなくても容赦なく蜂の巣にしてくるので街というより戦場に行く感覚で挑もう。

 

ちなみにコレを記している密偵である俺も2回ほどここで落とされました……

 

1回目はコソコソと街中を調査してたらGGO型の間じゃ有名な「狂弾の貴公女」と呼ばれている凄腕のスナイパーに高所から頭を撃ち抜かれ。

 

2回目……護衛としてついて来てくれたリアルでもギルドでも上司である人に、銃弾の盾にされて死にました……

 

という事でGGO型にとはロクでもない奴しかいないので気を付けよう

 

ちなみに俺を盾にしたその上司もGGO型です、わかるよねこの意味……

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで下さった方、ありがとうございました

これにて出会い編はおしまいです

連載前はここで終わらせる予定もあったのですが、1話に続き2話目もたくさんの方が読んで下さり感想と評価を付けてくれたみたいなのでもうちょっとだけやっていこうと思います。

余談ですが銀魂クロスSSの中にも銀さんがロリコン呼ばわりされない作品も多くありますので。。

ちなみに作者が書いてる銀魂クロスSS五作品の銀さんは

漏れなく全員ロリコン呼ばわりされてます。


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第四層 持つべきものは悪友

これは銀時とユウキがキリトとクラインと別れた直後の時。

 

一人で彷徨っていた銀時を見つけたユウキは、彼の手をしっかりと握って逃げられないようにしながら引きずって、行きつけの甘味屋へとやって来ていた。

 

そこで銀時はEDOの底知れぬ凄さに再び直面する事になる。

 

ユウキと隣同士に座った銀時は、早速NPCの女性の店員に注文をすると程無くしてパフェがテーブルに出された。

それをスプーンで恐る恐る一口食べた瞬間、突然頭上から雷でも落ちて来たかの様な衝撃が体を走った

 

「な、なんだとー!? 完全とは言えねぇがこの味はまさにパフェじゃねぇか! ウソだろオイ! ここはゲームの世界だろ!? まさかネットの世界かと思ったら本当は異世界に来てましたっていう最近流行りのパターン!?」

「フフ、やっぱり君ってばいちいち反応が面白くて見てて飽きないよホント」

 

実際に口に含んで食べてみると確かにパフェに近い甘ったるい感触が口の中にあった。

これはいわゆる脳を錯覚させて食べた物の味覚を直接脳に伝えてる訳なのだが、ここまでリアルに味を再現しているとは一体どういう原理で成り立っているのだろうか……

 

「もうコレ現実の世界で金出して食う必要ねぇって事じゃね? いやでもやっぱ本物のパフェも食いてぇしな……しかし最新のゲームはマジでやべぇなホント、まさかゲームの世界で実際にモノが食えるなんてよ」

「そうだね、おかげでボクもこっちの世界では食事が出来るんだー」

 

喋ったり食べたりと忙しい様子の銀時の反応を隣で座って楽しんでいたユウキも、スプーンを取り出して彼のパフェを一口すくって自分の口の中に入れる。

 

「こうやって君と一緒に食事取るのが夢だったんだボク」

「ユウキ……」

 

幸せそうにパフェを頬張って見せたユウキに銀時はハッとした表情を浮かべ神妙な面持ちになるが……

 

「テメェ何勝手に俺のパフェ食ってんだコラ! コイツは全部俺のモンだ! 欲しいんならテメーで注文しろ!」

「ええー何それ!? そのパフェ奢ったのはボクだよ!? 一口ぐらい食べさせてくれたっていいじゃんケチ!」

「甘ぇ、このパフェよりも全然甘ぇんだよテメェは」

 

一瞬でキレて店内に響き渡るぐらいの怒鳴り声を上げる銀時。

ユウキはすかさず抗議するも彼は力強くフン!と鼻を鳴らす。

 

「例え奢って貰ったからといってこの糖分王である俺から甘いモンを横取りするのは万死に値する行為だ、罰としてパフェおかわりだ」

「ったくワガママなんだから、お姉ちゃんも苦労しただろうなぁ」

「ああ、アイツの場合はいくら言っても勝手に食うからもういいやって諦めてた」

「何それ!? じゃあお姉ちゃんは良くてボクはダメって事!? 贔屓じゃんそれ!」

「そうだよ」

「一切否定せずに肯定した! なんなんだよもう、せっかく二人っきりなんだから少しぐらい優しくしてよ……」

 

そういえばこの男は姉に対しては心なしか自分よりも優しかった気がする。

その事を思いだしユウキはふと寂しさと同時に苛立ちを覚え始めていると

 

「もうこうなるならお姉ちゃんに聞いておけばよかった……ん?」

 

ふと隣のテーブルで一人ポツンと席に着いているプレイヤーが目に入った。

 

フードを頭から深々と被り素顔は見えないが、安っぽい茶色のローブ越しから見える体付きとフードから微かに垂れている長い茶髪からして女性だと思われる。

 

ユウキが思わずそのプレイヤーを見とれてしまったのは、こんな店中でも素顔を出さずにコソコソとしているからではない。

 

テーブルに置かれた目の前のミートソーススパゲティを無言で見下ろしながら、ある物をアイテム画面から取り出していたからである。

 

それは

 

「……あの容器と中に入ってる物からして……ひょっとして”マヨネーズ”?」

「は? マヨネーズ? 突然何言ってんのお前?」

 

EDOにおいて食材はあるが味覚を引き立てる調味料というモノは単体では存在しない。

 

いや似た様なモノならある、食材にかければ甘くなるパウダーやら舐めると塩っ気を感じる液体など。

 

しかしそれでも本物のソースやケチャップ、マヨネーズの味に完璧に近づいた調味料というモノはやはりない。

 

だがあの黄色い中身を透明な形状で包み、真っ赤なキャップをてっぺんに付けたあの容器はどう見てもマヨネーズだ。

 

もしかしたら研究に研究を重ねて彼女が個人で調理て作り上げたのかもしれない。

 

物珍しいモノを見る様な目でユウキがまじまじと彼女が取り出したマヨネーズを見つめていると

 

早速手に取って赤いキャップを指で弾いて開け、それを店側が出してくれたミートソーススパゲティ目掛けて垂直に逆さまにすると

 

ブジュブジュジュジュジュ!っと生々しい音を奏でる様に発しながら先っぽからニュルニュルと黄色い何かを捻り出し始めたではないか

 

躊躇も見せずにそれを全てスパゲティにぶちまける姿に思わず「うわぁ……」とユウキはドン引きした様子で銀時の裾を掴む。

 

「アレ見てよ、せっかくの料理にあの人容器が空になるぐらいマヨネーズ捻りだしてるんだけど……」

「うわ本当だ気持ちワル、美味そうなスパゲティが一瞬にして犬の餌じゃねぇか」

「……」

 

銀時とユウキの会話を聞こえているのか聞こえていないのかわからがないが。その者は黙々とマヨネーズを出し続けてやっとこさ満足したのか。

 

黄色いとぐろを巻いてたっぷりとマヨネーズが山盛りとなったスパゲティにフォークを差してクルクルと回し始める。

 

「食べるの? アレ食べるの? あんなの食ったら逆にHP減りそうなんだけどボク?」

「つーか店が出したモンに自前で用意した調味料をぶちまけるって失礼じゃね?」

「うわ、君が正論言うとか珍しいね、言うタイミングがズレてるけど」

 

銀時が呆気に取られてる隙にユウキはユウキで勝手に彼のパフェを食べていると、フードで顔を隠すその人物はゆっくりとマヨネーズのおかげでとてもじゃないが美味しそうに見えないスパゲティを一口ほおばった。

 

すると

 

「うえッ! ゴホッゴホッ!!」

「あーあやっぱり……」

「んだよ、やっぱ食えねぇんじゃねぇか」

 

口に含んだ瞬間すぐに口から嗚咽を漏らし吐きそうになっていた。しかしなんとか堪えてゴクリと飲み込むと、銀時とユウキが呆れてる中再び震えるフォークを更に伸ばす。

 

「ええー!? 食べるの!? 一口で食えないとわかったのにまだ食べようとするの!?」

「おい止めておけって! それ食ったら死ぬぞお前! マヨネーズはそんな大量にぶっかけるモンじゃねぇってわかっただろうが!」

「ゴホ……お構いなく……」

 

慌てて声を大きくして叫ぶユウキと銀時に反応して、その者は振り返らずに重い口をゆっくりと開いた。

 

声からしてまだ少女と言った所か

 

「これは私に課せられた試練みたいなものだから……」

「どんな試練!? 全部食えばマヨネーズの精霊でも現れて聖剣「マヨネキャリバー」でも貰えんの!?」

「うわさすがにボクでもそのクエストこなせる自信ないよ、よくわかんないけどまあ、頑張って」

「ありがと……うぇッ! うッ! ぐはッ!」

「……なんかダメージ食らってる様な声上げてるんだけど」

「本当に死ぬんじゃね?」

「ぐぇ! ゴホッゴホッゴホッ!! うぐえぇッ!」

 

どうやら食べる事は諦めてない様子で、銀時とユウキがパフェを完食し終え(結局二人で交互に食べた)、席を立って店を後にする間も、苦しそうに声を漏らしながら懸命にマヨネーズ山盛りスパゲッティを食べ続けていた。

 

これが銀時とユウキの、”彼女”とのファーストコンタクト

 

二人にとってその時の印象は

 

ユウキは「ありゃマヨネーズの怨霊に取り憑かれてるね」

 

銀時は「今後一切関わっちゃいけないタイプだなアレは」

 

であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かぶき町

 

ゴロツキ、極道モン、博打うち、罪を背負った者、誰であろうと全て包み込み賑わいの彩りとする不思議な街。

夜には様々な人たちが集まり飲めや歌えと騒ぎだし、日が昇るまで彼等の騒ぎは終わる事は無い。

賭場場、飲み屋、と同じく官能的な店も多く立ち並びヤバ気な臭いを醸し出すその場所が

 

万事屋銀ちゃんを営む坂田銀時の住処であった。

 

 

「そっか、オメェさんもEDOやり始めたのか」

「ああ、ユウキの奴があまりにもしつこくせがんで来るからな、暇つぶしがてらにやってみた」

 

夜、初めてのMMORPG体験を終えた銀時がやってきたのはかぶき町の裏通りでひっそりとやっている「ダイシー・カフェ」という喫茶店であった。

 

江戸では珍しい洋風の洒落た内装をしており、テーブル席が4つとカウンター席のみというこじんまりとした店ではあるが、どこか居心地が良くてついつい長居してしまうと巷では中々良い評判を貰っている。

 

 

喫茶店と言ってもそれは朝・昼までの事で、夜はかぶき町でやってるだけあって、銀時達の様な酒目的で来るような客が一人や二人程来るので、こうしてフラリとやって来た客に、店主が夜遅くまで世間話や愚痴を聞く相手として付き合ってあげるのもザラである。

 

「ま、今の所の収穫はユウキと行った甘味屋で食ったパフェが美味ぇって事ぐらいだな、後マヨネーズ中毒者がいたぞ」

「マヨネーズ中毒者?」

 

意味の分からない事を口走る銀時に店主は首を傾げるが、それ以上聞いてもますます訳が分からなくなりそうなので聞かなかったことにした。

 

「それにしてもアイツもさぞかし嬉しかっただろうな、オメェと一緒に食事出来るなんて。大事な奴と一緒に食事すると食ったモンが美味しく感じるってのは現実世界でも仮想世界でも一緒だからな」

「なるほど、通りでこの店で飲む酒は不味い訳だ、黒光りのハゲたおっさんと飲んでも何も美味く感じねぇ」

「ぶっ殺すぞテメェ」

 

カウンター席でグラスに注がれた酒に口を付けた後、銀時は藪から棒に失礼な事を呟く。

 

それを聞いて店主こと、アンドリュー・ギルバート・ミルズ、通称エギルが腕を組みながら不機嫌そうに彼を軽く睨み付けた。

 

アフリカ系アメリカ人なのだが生粋の江戸っ子であり、180cm近い上背の筋骨逞しい体躯に鮮やかな黒い肌、さらに禿頭・髭面という物々しいルックスのせいでかなりの凄みがあるのだが

 

銀時とは昔から長い付き合いがあるので、こういう掛け合いはもはや日常茶飯事である。

 

「それよりEDOやり始めたんなら向こうでも俺の店に寄ってみろよ、オメェとは昔からの悪友みたいなモンだからな、特別に安くしてやるぜ?」

「そういやお前もやってんだったな、向こうの世界では藍子にも会っていたのか?」

「まあ、な……顔合わせる度にお前の昔の話良く聞かせて欲しいって頼まれてたよ」

「おい、変な事教えてねぇだろうなアイツに」

「そうだな、オメェが色町で高杉の奴と揉めた事を話したら腹抱えて大爆笑してたぞ?」

「ああ!? なんで知ってんだと思ってたけどアレって情報源はテメェだったのか!? ふざけんな人の女に色町言ってた事なんてバラしやがって!!」

「一緒に聞いてたユウキはずっとふくれっ面だったなそういや、オメェが色町に遊びに行った事が気に食わなかったんじゃないか?」

「アイツは昔からそうなんだよ、前に部屋にエロ本隠してた時もブチギレたからな」

 

恨みがましい目つきで店主であるエギルを睨み付けながら、銀時は空になったグラスを手に持って彼に突き付けた。

 

エギルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらそのグラスにボトルを注いであげる。

 

「俺の所もそんな感じだよ、もっともウチのカミさんはキレるどころか殺しにかかるけどな、この前なんかマジで死を覚悟したぜ」

「オメェの嫁さんおっかねぇからな、ま、殺された時は葬式ぐらい行ってやらぁ」

「テメェなんざ来られても嬉しくねぇよ、それよりEDOの事で思い出したんだが知ってるか?」

「あ?」

 

並々に注がれたグラスに口を付けていた銀時にエギルが突然小難しい表情を浮かべて来た。

 

「EDOの世界には徒党を組んで組織として成立させる『ギルド』ってモンがあるんだがな、そん中の”血盟組”ってギルドがいよいよ攘夷プレイヤーの討伐をおっ始めるらしいぜ」

「血便組? 何それ尻から血が噴き出す連中が集まったグループなの? ゲームやってないでさっさと肛門科行けよ」

「血盟組だバカタレ、正式名称は血盟騎士団、略してKOBなんだが、一般的には現実世界の警察組織にちなんで血盟組って呼ばれてるんだ、そして血盟組は唯一幕府直属の公認ギルドなんだとよ」

「幕府? まさかゲームの世界に幕府が絡んでるっつうのかよ、冗談だろ?」

 

それを聞いて銀時は口をへの字にしながらしかめっ面を浮かべる。どうして幕府がネットゲームなんかに関与する必要があるのか甚だ疑問らしい、するとその疑問にエギルが「ハハ」っと笑い声をあげ。

 

「EDOはもはやただのゲームじゃねぇからな、遠くの異星の天人とも面と向かいってコンタクトを取れるとかで既に外交手段にも使われてるらしいぜ、だから幕府もEDOのイメージをより良くする為に治安を護ろうと躍起になっているらしい」

「江戸を守護すべき存在の幕府がゲームなんかに現を抜かしてるとか世も末だな、治安を良くするってなんだよ、ネットマナー講座でも開いてんの?」

 

まさかゲーム如きでこの国のお偉い方がそんな事を真面目にやっているとは……

いっそ攘夷志士にでも叩き潰された方がいいんじゃないかこの国?と銀時がけだるそうにカウンターの頬杖を突いているとエギルは深々とため息を突く。

 

「EDOの中には攘夷プレイヤーとか呼ばれてる連中がいてだな、まあ概ねわかると思うが地球圏内、もしくは圏外にいる天人のプレイヤーを積極的にPKする輩がいんだよ」

「PKってなに? MOTHERシリーズ? 泣けたよねアレ、名作だよホント」

「プレイヤーキルの略称だ、オメェ本当に何も知らねぇんだな。要するにそういう連中がゲーム内にいる事が天人のご機嫌を伺っている幕府にとっては邪魔なんだとさ」

 

首を傾げる銀時に呆れながらエギルは話を続ける。

 

「だから幕府は直属のギルドである血盟組のメンバーの一部にある武器を渡したらしい、なんでもその武器にっよってHPがゼロになったプレイヤーのアカウント権限を永久剥奪する事の出来る武器なんだとか」

「あーそれってつまりどゆ事?」

「血盟組にPKされた奴はもう二度とそのアバターでEDOにログイン出来なくなるって事だ、ったく」

 

 

EDOの世界へフルダイブするにはナーヴギアで予めアカウントを登録しておく必要がある。

それを破棄されるという事は今まで積み重ねて大事に育てて来た己の分身を消去されるという事だ。

仮想世界にとってそれは「死」と呼んでも過言ではない。幕府の無茶苦茶なやり方にエギルは苦々しい表情で舌打ちをする。

 

「その幕府の新たな犬となった血盟組は攘夷プレイヤーを狩る為に本格的に動こうとしてると聞いたんだが、どうやら一部のメンバーはその行いに反対しているらしいぜ?」

「だろうな、さすがにゲームの世界でもそんな事されちゃ窮屈になっちまうぜ」

「中でも最近血盟組の副長に抜擢されたプレイヤーが、数人のメンバーを引き連れてさすがにやり過ぎじゃないかと騎士団のトップである局長に直接抗議している真っ最中らしい、けど幕府直々の命令だからな、その抗議で全てが白紙になるとは思えねぇ」

「ふーん、ま、俺にはどうでもいい事だな、血盟組なんざ知ったこっちゃねぇ、こちとらまだ第一層もクリアしてねぇんだ」

 

話を終えたエギルに銀時は全く興味無さそうに死んだ目を向けながら、また一口グラスに口を付けて飲みだす。

 

 

「さっさとユウキの奴に追いつかねぇといけぇねぇんだよこっちは」

「ま、オメェも連中に目を付けられないように忠告しただけだ、もし連中に出くわしたら余計な揉め事起こすんじゃねぇぞ」

「わーってるよ、俺だってさすがに藍子から貰ったモンを全部無かった事にされたくねぇからな」

 

そう言って銀時は2杯目のグラスを空にすると、エギルに向かって口元を横に広げながら差し出す。

 

「けど俺から言わせりゃ、ネット世界のマナー違反者なんざより現実世界にいるもっと危険なモンを排除した方がいいと思うけどな、例えば「とある快楽街で客にマズイ酒を出して金をふんだくる”元攘夷志士”の店主」とかよ」

「奇遇だな俺も似た様な事考えてたぜ、「とある快楽街で怪しげな商売してロクに家賃も払えない”元攘夷志士”の

貧乏侍」とかサクッと捕まえりゃあいいのにと常々思うぜ本当に」

「へへへ……」

「フフフ……」

 

自分達以外誰もいない店で

 

二人は意味ありげに笑い合いながら酒が注がれたグラスを交わすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハハハハハ!! お前を蝋人形にしてやろうかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「今日はテンションアゲアゲだね~銀時」

 

EDOをやり始めて数日後。

 

第一階層のダンジョンにて銀時ことギンは右手に持った光棒刀を振り回しながら、第一層、二十階層奥深くに棲息するモンスター達を片っ端からぶっ倒していく。

 

ダンジョン内は迷宮の様に入り組んでいて、迂闊に進むと迷って脱出できない様な仕掛けまで施されており。

 

迷わず進むには細目にマップをチェックして慎重に進むか、もしくはユウキの様なベテランプレイヤーと同行して進むことが最善の手である。

 

「本名で呼ぶなつってんだろうが!」

「今このフロアにいるのボクと銀時しかいないから大丈夫だよ」

 

後ろで腰に得物を差しただけで何もせずについて来るだけのユウキに叫びながらも、銀時は目の前にポップしたモンスター2体を同時に相手取りながら戦っていく。

 

銀時が交戦中のモンスターは、コボルドという集団戦法を得意とするモンスターだ。一匹なら楽に勝てる相手だが、集団で現れた場合だと別だ、たちまち袋叩きにされてしまうプレイヤーも少なくはない。

 

一瞬そのいかにもなモンスターに「おお……」とちょっとした冒険気分を味わってテンション上がるも、銀時はすぐに手に持った得物で薙ぎ払う。

 

「おらおら邪魔だぁ! 雑魚共なんざ屁でもねぇんだよ! レアアイテム寄越せレアアイテム!」

「あ、また倒した。やっぱりリアルで運動神経が良い人だと成長速度も速いモンだね」

 

一体目のコボルトを一撃で倒し、襲い掛かって来た2体目のコボルトも瞬く間に得物を振り下ろして両断する。

 

その軽やかかつ華麗に敵を倒していく姿を眺めながら、ユウキは迷宮の壁に手を掛けながら冷静に観察していた。

 

「EDOの世界だと大事なのは反射神経とか動体視力らしいんだけどさ、それっていわゆる脳に関与する機能が反映されるからなんだよね、で、銀時は本来の肉体に宿っている”戦闘経験”も脳に記録されてるから、それも反映してるおかげで始め立てのクセに戦い方も様になってるって事なんだよねぇ」

「さっきから後ろからゴチャゴチャうるせぇっての」

 

倒した報酬を慣れない手つきで画面を操作して確認しながら、銀時は後ろで考察している彼女の方へ振り返った。

 

「おら終わったからとっとと次行くぞ、こちとら何時まで経ってもテメェの下扱いなんかごめんなんだ」

「はいはい、でもその前に回復しておかないと……あり? 体力ロクに減ってないじゃん」

 

銀時とユウキは今フレンド同士でパーティを組んでいる状態になっている。

この状態であると倒したモンスターの報酬も組んだ数に応じて分配され、なおかつ組んでる相手のHPバーも確認できるようになる。

 

ユウキが銀時の左上にHPバーを見てみると、彼の体力は2割そこそこしか削られていない状態であった。

 

「あ、わかった、なんか君の性能の割には進むの遅いなとは思ってたんだけど、君ってば現実世界で斬り合いに興じてたから、回避に徹しやすい立ち振る舞いをする様にって身体が記憶しちゃってるんだ」

「別にいいだろ、食らわないんだからいい事じゃねぇか」

「んー瀕死の状態になるよりはマシだけどさ、あの程度の相手にいちいち回避行動してると無駄に戦闘時間延ばしちゃうんだよね」

 

銀時の戦い方は確かに見事である。始めて数日の初心者が、第一層のボス部屋直前まで来れるのは中々の腕前といったところだ。

しかし一撃を食らったら即、死という世界で生きていた銀時の身体に蓄積された戦闘経験は、ゲームの世界ではプラスにもなるがマイナスにもなるのだ。

 

「多少は被弾を覚悟して相手により重たい一撃かまして倒していく戦法取った方がいいと思うよ」

「そうはいっても目の前で襲われそうになったらつい体が動いちまうんだよ、「来るぞ避けろ! 晩飯はカレーにしよう!」って」

「晩飯の献立考える余裕はあるんだ」

 

「カレーか、いいなぁ」と呑気に思いながらもユウキは壁掛けたまま話を続けた。

 

「ホント特殊だよね銀時って、普通はプレイヤーがゲームの仕様に追いつけずに振り回されるってパターンが多いんだけど、銀時だとゲームの方が銀時の戦闘センスに追いついてないって感じなのかな? 君ってリアルの世界の方がもっと速くて強かったと思うし」

「はぁ~やれやれ、強すぎる自分が嫌になっちゃうよ、あーやだやだ、最強過ぎてホント辛いわー。これじゃあユウキを追い越すのもすぐだろうなー」

 

後頭部を掻きながらドヤ顔で自画自賛する銀時、そんな彼の態度にユウキは少々ムッとする。

 

「まあ現実世界での銀時が強いのは認めるけど、こっちの世界だとボクの方が強いんだからね、今度対人戦やってみる?」

「上等だ、後で吠え面掻くなよ? 言っとくけど負けた方が高級店で奢りだからな」

「へー、それじゃあ一旦街へ戻って高い店予約しておこうかなー」

 

残念ながら銀時とユウキのEDOにおける実力の差はまだまだ広い。彼女はもう2年間ずっとこのゲームをやり尽くしてるせいで、ほとんどこちらの世界で生きている様なモンなのだ。

 

未だに画面操作も慣れてない上に戦い方もまだぎこちない銀時

 

彼に後れを取る程ユウキはそんな甘い相手ではない。

 

そんな事も知らない様子で早速安い挑発に乗っかって来た銀時に、ユウキは鼻歌交じりで何を奢って貰おうかと考えていると

 

「お、こんな所までいやがったのか、随分と探したぜ全く」

 

ダンジョンの通路の奥から屈強な肉体を隠せていない防具を身に纏ったスキンヘッドの男がひょっこり現れた。

 

彼の姿を見てユウキは「あ!」と叫び銀時も突然現れた彼に目を見開く。

 

やってきたのはついちょっと前に現実世界での店で酒に付き合ってくれた店主、エギルであった。

 

「んだよお前、現実の方の店は大丈夫なのか?」

「今日は定休日だからな、本当は休みの日はカミさんとのスキンシップを優先したいんだが、オメェが序盤でモンスターにボコボコにされてるんじゃないかと思ってよ、それを拝む為にやってきたんだ、へへ」

「チッ、陰険な奴……」

 

意地の悪そうに笑って見せる悪友に銀時はブスッとした表情を浮かべて目を逸らすが、彼が現れたことにユウキは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「ダンジョンにいるなんて珍しいねエギル、店ではよく会うけどこうして装備整えてるエギル見るの久しぶりだよ」

「ようユウキ、銀時の子守りはどうだ?」

「大変だよホント、すぐ調子に乗っちゃうんだからこの子、さっきなんかボクが対人戦誘ったらノリノリでやろうって言って来たよ」

「お、それは中々面白そうなモンが見れそうだな……いつやるかメールで教えてくれよ、最前席確保して見てやるから」

「動画撮影の準備もよろしくねー、いつか銀時が調子に乗る度に見せる用として撮っておきたいんだ」

「任せろ、バッチリ撮っといてやる」

「なにその既に俺が負けるの確定してる様な会話、ムカつくから止めてくんない?」

 

付き合いの長い二人が楽しそうに会話しているのを睨むように銀時が目を細めて見つめていると、エギルが彼の方へ振り返る。

 

「それにしても始めたばかりのクセにもうここまで来れるとはさすがじゃねぇか、伊達にリアルで修羅場を潜り抜けてねぇって訳か」

「そりゃおめぇも一緒だろうが……もうすぐでこの階層のボスとサシでやり合うんだ。銀さんが華やかにタイマンでボスを倒す所を拝みたいんなら見物料出せば見せてやってもいいぜ?」

 

銀時の成長速度に感心するエギルではあるが得意げに第一階層ボス相手に一人で勝つと言ってのける銀時に、ふと不安そうにしかめっ面を浮かべた。

 

「……おいユウキ、お前コイツに教えてなかったのか?」

「いやぁつい言いそびれちゃって~」

「え? なになに? お前等どうしたの?」

「あのなぁ銀時、この百層に及ぶダンジョンが存在するアインクラッドには、必ず各一層事にフロアボスっつうボスモンスターが最深部で待っているのはさすがに聞いてるよな?」

「ああ、それぐらいユウキから聞いてるっつーの」

 

ダンジョン探索という事で銀時はユウキからそれなりにレクチャーを聞いている(話半分に)

各層にいるフロアボスを倒せば次の階層に行き、最終的に百層に辿り着く事がEDOプレイヤーの真の目的だと。

 

「アレだろ? ボスって結構強いんだっけ?」

「強いも何も始め立てのプレイヤーがソロじゃ瞬殺だろうな、いくらオメェがそこそこ腕っ節が強くてもさすがに無理だ」

「はぁ!? んだそのひでぇ仕様わ! じゃあ一体どうやって倒せばいいんだよ!」

「一人で無理なら集団戦術で囲んで戦えって事さ」

「ああなるほど、要するにボス相手には一人で行かずにチームプレイで勝てって事か」

 

各層のボスはそう簡単には倒せないと知った銀時はわかった様に何度も頷くとユウキとエギルの方へ指を突きつけ

 

「じゃあお前等、ベテランプレイヤーとして俺の肉壁になれ。そんでボスのHPを削りまくって最終的に俺にトドメ刺させろ」

「それのどこがチームプレイ!? まんまテメェが漁夫の利狙ってるだけじゃねぇか!」

「確かにボクなら第一層目のボスぐらいならソロで勝てるけど、それじゃあ銀時の為にならないよ。最低限のフォローはこっちもするけど、最終的に自力でなんとかするのがEDOの醍醐味なんだから」

「いや醍醐味なんか知ったこっちゃないから、俺は楽に強くなりたい、それだけだ」

「ダメだコイツ……」

 

珍しくキリっとした表情をしながらも言ってる事はすこぶるダサい。

 

諭すユウキを一蹴してあくまで漁夫の利作戦を取りたがる銀時に、エギルはピカピカの頭に手を乗せながらため息を突くが、「ん? 待てよ?」と何かを思い出したようにさっと顔を上げた。

 

「そういや始まりの街の掲示板になんか書き込みがあったな、第一層で苦戦してる新参プレイヤーは集まれとか」

「あ、それきっとEDO初心者をコーチングしてくれるボランティアだよ、ボクとお姉ちゃんも何度か手伝った事ある」

 

掲示板は貴重な情報源だ。しかしそこに書いてあるのは新ダンジョンのマップとか未確認レアアイテムの詳細だけではない。

 

中にはとあるクエストで困っているから同行を求むというプレイヤーが書き込んでいる事もあるのだ。

 

「始めたばかりの人を集めて、ベテランプレイヤーが色々と戦い方をレクチャーしていきながらボスモンスター討伐まで手伝ってくれるって奴でしょ?」

「確か招集していたのはディアベルっつうそこそこ名の知れた中堅プレイヤーだったな、初心者相手に親身に指導してくれるらしくて中々評判が良いみたいだぜ?」

「ほーそいつは正に今の俺としてはおあつえら向きな話じゃねぇか」

 

ユウキとエギルの話を聞いていた銀時はニヤリと笑いながらその話に乗り気な様子だ。

 

「素性も知れねぇ連中と協力するってのは不安だが、手早く攻略するなら集団で囲んで袋にしちまうに限る、つ―ことでお前等も付き合え、ベテランプレイヤーとして初心者の俺を徹底的にフォローしろ」

「何でオメェが上から目線なんだよ、ま、オメェの腕っ節も見たかった所だし別にいいんだけどよ」

 

銀時の言い方は癪に障るが、長い付き合いのおかげでコイツはこういう奴だと割り切っているエギルは、やれやれと首を横に振りながらも承諾する。

 

そしてユウキの方は最初から俄然乗り気の様子で

 

「ボクは最初から銀時についていくって決めてるからね、直接ボスと戦いはしないけど色々と手助けしてあげるから」

「なんでだよ、戦えよ」

「だからボクが出たら本当にすぐ終わっちゃうじゃん、指導者は直接手を出さずにアドバイスだけ送って、戦いは新参プレイヤーに任せるってのがお約束なの」

 

ユウキ任せに楽にクリアしたい銀時は、正直みんなで頑張って勝つという少年漫画のお約束的なモノは求めていないのだが……

 

頑なに戦闘には手を出す事はしないとキッパリと宣言するユウキに、銀時は心底めんどくさそうに髪を掻きむしっていると

 

「あ、そういえばアイツ等呼んでみるか、片方は俺と同じ初心者だし、もう片方は暇だろうし」

「ん? アイツ等って?」

「ユウキ、オメェアイツ等と連絡交換してたんだよな、ちょっと伝えておいてくれ」

「ああそっか、いいよ、メール送っておく。内容は?」

「そうだな……」

 

銀時が誰と連絡を取りたいのか理解したユウキはすぐに画面を開いてフレンドリストから該当している人物二人にチェックする。

 

文面に何を書くのか彼女が尋ねると、銀時は少し考えた後

 

「片方には「一層目クリアの為に、初心者同士ここは手を組んで攻略しようぜガンダタ君」で、もう片方には「今すぐ俺の攻略手伝いに来い、もし来ねぇならオメェが引きこもりだって事を周りに言い触らすぞ」だな」

「オッケー」

「ひでぇ誘い方だな……てかお前もうユウキ以外に仲良くなった奴出来たのか」

「まあな、両方とも野郎ってのが不満だが」

 

早速銀時が言った事を一語一句正確にその内容をメールにして二人の人物に送るユウキ。

ネットゲームやり始めてもう知り合いが出来たことにエギルが軽く驚いていると、銀時はへっと笑いながら

 

「ま、ハゲであろうと引きこもりであろうと、使えるモンは使っておくのが俺の生き方なんでね」

「そのハゲってのは俺の事じゃねぇよな……? ユウキとやり合う前に俺といっちょやってみるか?」

 

とりあえず目的は第一層クリアと定める銀時

 

そして彼はここでまた知る事になる

 

己の分身であるアバターにまだ隠された力が眠っている事を

 

 

 

 

 




もし”彼女”が仮に原作でもこんな感じであったら

キリトが手に入れた滅多に入らない幻の超レアであるS級食材に

笑顔で盛大にマヨネーズぶっかけた事でしょう


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第五層 ポジティブ引きこもり&ネガティブお嬢様

Q 銀さんのいるかぶき町と桐ケ谷和人の家って近いんですか?

A 駅二つ分ぐらいです、歩ける距離ですから遠からず近すぎずといった感じです。



「よし! そろそろ時間だ! 第一層攻略参加の初心者はコレで全員揃ったな!」

 

第一層ダンジョン近くにある町、トールバーナ。

 

そこにある大広場ではゾロゾロと多数の初心者プレイヤーが集まり

 

およそ40人程になった所で集会場を見渡せる噴水の近くにいた騎士風の装備をした中々の二枚目の男がパンパンとこちらに注目してくれと両手を叩きながらアピールする。

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってると思うが自己紹介しておこう! 俺はディアベル! 一応自分的には「ナイト」やってます! こう見えてEDO歴は結構長いから困った時は何でも聞いてくれよな!」

 

周りからの拍手を受けながら裏表のない清々しい笑顔を見せるディアベル。

 

中々のイケメンと言った感じだ、噂では女性プレイヤーの中でもファンクラブが出来る程の人気っぷりらしい。

 

そしてそんな彼を集団から少し距離を取って

 

桐ケ谷和人ことキリトはジト目でそんな光景を座って眺めていた。

 

「急に脅しめいたメールが来たから暇潰しにやって来たと思ったら……まさか初心者救済用のボランティアをさせられる羽目になるとは……」

「これも経験だよキリト君、他者との関係を築くことが引きこもり脱却の第一歩なんだよ」

「いや俺別に引きこもり止める気とか無いし」

 

キリトの隣に座っているのか彼を読んだ張本人、坂田銀時は小指で耳をほじりながらけだるそうに口を開く。

 

「テメーだけ強くなるよりみんなで強くなってこそゲームが楽しくなるってもんだろ? だから俺のバックアップをよろしく頼むわ、そして俺をここにいる連中を全てひれ伏させるぐらい最強にしてくれ」

「前半と後半の台詞が思いっきり真逆になってるのは気のせいか? ところで……」

 

ふてぶてしい態度で頼んで来た銀時にボソッとツッコミを入れながら、キリトはチラリと銀時の後ろの方へ座っている人物の方へ振り返った。

 

「まさかアンタがこの男と知り合いだったとはな、ぼったくり雑貨店のエギルさんよ」

「人聞きの悪い事言うんじゃねぇ、つーかキリト、まさかテメェがコイツと知り合いだったとはこっちも驚きだぜ」

 

銀時の背後に座っていたのはこの世界でプレイヤー相手に雑貨屋を営んでいるエギルであった。

 

「俺とキリトはEDO始め立ての頃から結構付き合いあるが、こうして一緒にダンジョン行くのは初めてだな」

「なにお前等、知り合いだったの? 世間は狭いねぇ」

「知り合いというかカモにされているというか……まさかエギルと一緒に行く事になるとはな……」

 

店にいる時とは違い軽装でありながら防具を装備し、背中には大斧という思いっきりパワータイプなその出で立ちをしている彼を見るのは付き合いの長いキリトでも初めてであった。

 

「アンタもこの男の子守りを任された口か? お互い大変だな」

「ああ全くだ、報酬としてコイツにはそれなりの対価を支払ってもらわなきゃ割に合わねぇぜ」

「対価?」

「決まってんだろ? コイツがテンパって慌てふためく様を見る事だよ」

 

ニヤリと笑って見せるエギルの顔を見てキリトは思い出した。

 

アレは半人前のプレイヤーが偶然手に入れたレアアイテムを、言葉巧みに使って安値で買い取ろうとしている時の笑い方だ、つまり良からぬ事を考えているという事だ。

 

「気を付けろよギン、ダンジョンには落とし穴とかあるからな。うっかり俺に背中を無防備に晒してると手が滑って落としちまうかもしれねぇが、ま、気にすんな。キリトもよーくコイツの事見守ってやるんだぞ」

「わかってるよ、けど俺もうっかり毒が仕込まれた針だらけの壁にアンタを思いきり突き飛ばしちまうかもしれないな、でもアンタなら平気そうだから問題ないだろ?」

「おいテメェ等、今現実世界では自分達が無防備に晒されてるの忘れたのか、今から速攻電源落としてお前等の所殴り込みに行ってもいいんだぞコラ」

 

エギルに続きキリトも悪乗りしてきたので、銀時はイラっとしたのか死んだ目を彼等に向けながらボソッと悪態を突くと、キリトとは反対方向に座っているもう一人のパーティメンバー、ユウキの方へ振り返る。

 

「やっぱここぞという時に信用できるのはお前だけだよユウキ、お前はこんな薄情なハゲと引きこもりと違って清らかな心持ってるモンな、という事でダンジョン入ったら常に俺を守れよ、他の初心者なんざ無視して俺だけを見ろ」

「えー何その束縛系彼氏みたいな感じ? そりゃなるべく君を守る事は優先するけどさ、他のみんなが困ってたらそりゃ助けに行かないとマズイっしょ」

「んなモンほおっておけって、どうせお前が助けに入らなくても……」

 

ユウキが銀時の無茶な要求に小首を傾げながら難しそうにしていると、彼はチラリと噴水近くにいるディアベルの方を一瞥する。

 

「あのいかにもな2枚目の野郎がみんなをちゃんと守ってくれるって、見ろよあのツラ、まるで物語の主人公になれるぐらいのイケメンっぷりじゃねぇか、ありゃあ大抵の女は落とせるぜきっと」

「えーそうかな~」

 

確かに顔は良いとは思うが……ユウキは少しためらった後、個人的な意見を恥ずかしそうに呟く。

 

「ボクはイケメンよりちょっとだらしない顔してる人の方が好みなんだけど……」

「うわぁお前趣味悪いな、姉ちゃんとは大違いだわ」

「どちらかというとお姉ちゃんとは好み同じだと思うんだけど……」

 

”ちょっとだらしない顔をした男”の代表的な面構えをしているクセに……

 

ユウキが内心彼の鈍さにガッカリしていると、キリトがおもむろに銀時に話しかけていた。

 

「あのディアベルって男はただの2枚目なだけじゃないぞ、さっき本人が言ってた通り俺と同じかなり古株のベテランプレイヤーだ、実力も相当あって今はそれを生かす為によくこうやって新参プレイヤーの世話役を担ってるんだ」

「とことん良いとこづくめじゃねぇか、ああいう周りに好感持たれるプレイヤーは現実でも相当な勝ち組なんだろうなきっと」

「……仕事を卒無くこなして時には部下や同僚を励まし、会社内では一番の人気者みたいな扱いされてるんだろうな」

「……アレだけのルックスならきっと相当モテるんだろうなぁ、性格も良さそうだしなぁ」

「…………口だけじゃなくて実力もあるし、きっと良い仕事に就いて年収も凄いんだろうな」

「…………んで貰った金はパチンコとかで無駄遣いしないで真面目にコツコツと溜めていくタイプだな」

「…………貰った給料はすぐに親への仕送りにして、時には今まで育ててくれた両親の為に感謝のしるしとして温泉旅行とか行かせてあげるんだろうな」

「………………」

「………………」

 

キラキラとした笑顔をこちらに見せながら何かを話している様子のディアベルをジーっと見つめながら

 

キリトと銀時は徐々に無言になっていく

 

そして

 

「……で、いつ殺る?」

「やっぱダンジョン内でだろ、街の中ではPK出来ないからな」

「アイツが他に気を取られてる隙にズバッとやるか、俺がアイツにアドバイスを貰いにいって、アイツが油断した所を……」

「俺が気配を消して奴の背後に回って、一撃で仕留められるアサシンアタックを仕掛ける。よしこれで行こう」

「待て待てお前等! なんでいつの間にダンジョン攻略よりディアベル暗殺作戦を実行しようとしてんだよ!!」

「男の嫉妬は見苦しいよねーホント」

 

何も持たぬ者は時に、なんでも持っている者に強い劣等感を抱き、それは憎しみを経て殺意と成り代わる事がある。

 

嫉妬心剥き出しでディアベルをシメやろうと意気投合し始めた銀時とキリトにエギルは慌てて注意し

 

ユウキは一人軽蔑した眼差しをアホな二人にただ向けていると、視界の端にチラリとふととある人物が見えた。

 

「アレってもしかして……」

 

頭の上からすっぽりフードを被り、全身をローブで身を包んだ完全に怪しいプレイヤーが一人で群衆から離れた場所にちょこんと座っているではないか。

 

その姿にどこか見覚えがあるなとユウキが思っていると、主催者のディアベルが

 

「俺からの話はこれで終了だ! じゃあみんな! 夜の9時にまた会おうぜ! 第一層攻略の前にキッチリ準備しておいてくれよ!」

 

っと解散の指示を出し、銀時達は一時その場を離れる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数時間後、銀時達は再びトールバーナへと訪れていた。

 

「銀時、クラインやっぱり来れないみたい、今日は会社で誰かがトチったらしくて100%残業決定だチクショーだって」

「マジか、てかお前また俺のリアルネーム出してんぞ、身バレすんだから止めろって」

「いやもうこっちの方でずっと呼んでるからついクセで、ていうかいつの間に身バレなんて言葉覚えたの?」

「俺も色々勉強してんだよ、色々と」

 

約束の時間十分前には既に銀時とユウキは集合場所に来ていた。

 

現実世界と時間がリンクしているのか、こちらの世界の方も今は夜空に大量の星々がきらめている。

 

リアルと若干違いはあるものの、やはりとてもゲームの世界とは思えない光景に銀時が目を奪われつつも、クラインの欠席に少々ガッカリしていた。

 

彼の気さくに接する友好的な所は好感持てて結構気に入ってたらしい。

 

 

「仕方ねぇ、なら俺がまず先に第一層攻略させてもらうとしよう」

「クラインめっちゃメールで謝ってるからさ、これ終わったらいつかクライン連れて第一層攻略しようか」

「それは俺の気分次第だな、同じステージ2周するのめんどくせぇし」

「素直じゃないなー」

 

徐々に周りが騒がしくなっていく中、銀時とユウキは時間つぶしに談笑していると、程無くしてキリトもフラッとやってきた。

 

「もう来てたのかアンタ達、あれ? エギルは?」

「こんばんわキリト、エギルならちょっと店に顔出してからこっちに来るってさ」

「よぉキリト君、ちゃんと晩飯食ったか? 働かないで食う飯は美味かったか?」

「……それさっき妹に言われたばかりなんだが?」

 

後頭部に両手を回しながらいかにも退屈そうな感じでやってきたキリトに銀時は先制パンチ。

その皮肉に軽くイラっとしつつも、キリトは上手く流して話を続ける。

 

「クラインの方は?」

「会社で残業あるから無理だってさ、キリトにもよろしく言っといてくれってさ」

「ふーん、残業どころか会社そのものを辞めちまえばいつでもこっちに潜れるのにもったいないな」

「ああうん、君はもうちょっと社会に対して真面目に向き直った方がいいと思うよホント?」

「え、なんで?」

 

社会不適合者らしく真顔でサラリと仕事よりもゲームを優先すべきだと言ってのけるキリトを

 

さすがにユウキも軽く引き気味で言葉を投げかけるのであった。

 

「まあウチの銀時も似たようなモンだけどね、万事屋って言ってもロクに依頼が来ないから万年暇そうにしてるし」

「引きこもりと同じにするんじゃねぇよ、確かに基本ヒマだが俺は大人として立派に自立してんだからまだマシだろうが、コイツはまだ親に食わせてもらってる身なんだぞ?」

「それもそうか、じゃあキリトってばこの先もし親死んじゃったらマズイんじゃないの?」

「大丈夫だ、その時は妹に食わせてもらおうと前向きに考えてる」

「ちっとも大丈夫じゃねぇよ、どこが前向き? ただの寄生対象を変えただけじゃねぇか」

「妹さん結婚できるかなー……」

 

親指立てて問題ないと言ってのけるキリトに銀時が仏頂面でツッコミを入れ、ユウキは顔すら見た事のない彼の妹を不憫に感じていると

 

そこへドスドスとわざとらしく足音を強調しながら一人の見知らぬプレイヤーがこちらに近づいて来た。

 

「おうおうお前等、昼の時にディアベルはんの話を全く聞かずにくっちゃべってた連中やないか」

 

キリト達の前に濁声で現れたのは小柄ながらガッチリとした体格の男であった。

 

サボテンの様なツンツンした茶髪をしており、背中にはやや大型の片手剣を背負っている。

 

一体どういう意図でそんな髪型にしたのかとキリトがジト目で疑問を感じていると、彼はこちらに対して目を細めながら観察する様に三人を見渡した後、フン!と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「ここらじゃ少し名の知れたプレイヤーだから当然知ってるやろうが、あえてこの場で言わせてもらうで、わいはキバオウってもんや」

「おい誰だコイツ、いきなり馴れ馴れしいんだけど? お前等の知り合い?」

「いや全然知らない」

「同じく俺も全く知らん」

「なんでや! 夜兎すら逃げ出すトゲトゲヘッドのキバオウ様といったらわいの事やぞ!?」

 

せっかく自信満々に名乗ったのに三人にとっては全く顔はおろか名前さえ聞いた事が無い様子。

 

知らないと即座に言われてキバオウは少々傷付きながらも、奥歯を噛みしめながら再度彼等を睨み付ける。

 

「まあええか、新参者のお前等なら知らんっちゅうのも無理ないわな、こないな序盤のダンジョンで燻ってるお前等雑魚とは格ってモンが違うんやし、雲の上の存在たるわいの事なんざ耳にすら届かへんっちゅう事か」

「あ、エギルから連絡来たよ、店の方は奥さんに任せたからもうすぐそっち行くって」

「は? まさかアイツ、こっちのゲームでも夫婦で店やってんの?」

「ああ、俺もたまにアイツの奥さんが店に出てる時に行った事あるよ、噂ではエギル以上に強いらしい」

「へ~現実と変わらねぇんだアイツ等の夫婦関係って」

「ん? アンタ、エギルとはリアルでも知り合いなのか?」

「同じ町に住んでるからな、知ってるんだよ、あそこ、かぶき町」

「ああ、あの物騒な……」

「って聞けやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

しみじみとした表情でアゴに手を当て自画自賛してみせるキバオウを無視してまたもや勝手に話を始める三人組。

 

薄い反応ならなんとか我慢できるが、無視されるともなるとさすがに限界だといった感じで、キバオウは大声を上げてキレ始めた。

 

「どうしてこないな強いわいがわざわざお前等雑魚の為にアドバイスに来てやったんやぞ! 有難く思えや!」

「あ、ヤベェちょっとウンコしたくなってきた、一旦ログアウトして厠行ってくるわ」

「アンタなぁそういうのは先に済ませてからこっち来いよ……」

「ババ(ウンコ)とかええからいい加減わいの話を聞けやボケぇ!!」

 

しかめっ面で僅かに便意を感じた銀時にキリトが呆れている中、キバオウは遂に銀時の方へ詰め寄って彼の胸倉を掴み上げる。

 

「ええか! このわいが特別にお前等のコーチングしてやるんや! だからお前等はわいにそれなりの対価を支払わなアカンっちゅう事や! 第一層クリアした暁にはお前等が貰う報酬は! キッチリわいに全額払うとここで誓わんかい!」

「んだよお前、たかり屋かよ、悪いけど余所行ってくんない? 今俺それ所じゃないんで、ケツからデカいの捻りださなきゃならないんで」

「たかり屋じゃなくて正当なビジネスや! お前ら等が第一層クリア出来て、わいはその代わりに金を貰う! 誰も損しないリーズナブルな話をしに来たんや!」

 

強面の男に胸倉を掴まれても、銀時の死んだ魚の様な目には全く恐怖してる様子も怯えてる感じも微塵も無かった。

 

今彼の中の最優先事項はキバオウの話より厠に直行する事なのだろう

 

全く聞く耳も持たずに胸倉掴まれたままログアウトをしようとメインメニューを開こうとする銀時に、キバオウがまだ何か言いたげな様子をしていると、傍から見ていたユウキが彼にボソリと尋ねる。

 

「あのさぁおじさん、言っておくけどこういう初心者を救済させる為にやって来てくれるベテランプレイヤーってのは、基本ボランティアみたいなモンだから対価として金銭的なモンは求めるような真似はしないのがお約束なんだよ」

「知っとるわそんぐらい! そのベテランプレイヤーっちゅうのは並のレベルまでの話やって事や! わいみたいなベテランの中でもトップクラスの強さを持つわいの直々のコーチングともなれば! それ相応のモンを出してもらわんとわいがその並レベルのボンクラと同列扱いされるっちゅう事やないか! 四の五の言わずにお前等は有り金差し出せばええんや!」

「いやなんでボクまで金払わなきゃいけない事になってるのかな……こういう性質の悪いプレイヤー相手にするのって疲れるんだよねボク……」

 

あくまで自分の意見を貫き通そうとする事で他社からの意見さえも聞こうとしない態度で迫るキバオウに

 

ユウキはやれやれと頭を横に振りながら心底下らなそうにため息突いていると、彼女の隣に立っていたキリトもまた髪を掻きむしりながら呆れた様子でキバオウに目を向ける。

 

「その辺にしておけよキバオウさんよ、これ以上みっともない態度を周りに見せびらかしてたら、この先恥ずかしくて大手を振って歩けなくなるぞ?」

「なんやとこのガキ!」

「正直、俺はアンタ自身に金を払う程の価値があるとは思えないんでね」

 

両肩をすくめながら小馬鹿にした態度を取って来たキリトに向かって、キバオウは明らかに怒ってる表情で銀時の胸倉から手を離すと、彼に標準を定めたように怒りを露にする

 

「どこのガキだが知らんが年上に対してなんやその口の利き方は!」

「あのなぁここはゲームの世界だぞ? 現実世界ならともかくこっちじゃリアルの年なんて関係無い事ぐらい常識だろ?」

「ぐぎぎなんちゅう生意気なガキや……! もう勘弁ならんわ! この場でいてこましたる!」

 

キリトのいちいち言う事に腹を立てながら地団駄を踏むと、キバオウは目を大きく見開きながら彼に向かって指を突き付ける。

 

「デュエルや! 完全決着モードで叩き潰したる!」

「完全決着モード? いいのかそれで」

「はん! なんやビビってんのか!? 今なら泣いて土下座して謝罪すれば許してやっても構わへんぞ!」

「小悪党じみた台詞をよくもまあノリノリで言えるな……言っとくけどそれ死亡フラグだぞ」

 

いっぱしの役者なんじゃないかと思うぐらい妙に演技じみたテンプレ台詞を喚き散らすキバオウに、キリトは平然とした様子でため息を突く。

 

キバオウに解放され彼等の話を傍で聞いていた銀時は、隣にいたユウキの長い耳に顔を近づけ小声で耳打ちしていた。

 

「おい、デュエルって何? もしかしてアレか? あの超有名なカードゲーム的な? EDOでも流行ってんの? やべぇよ俺最新のルールとか全然わからないんだけど、今もブルーなんとかドラゴンってカードが最強なの?」

「ああ、そっちじゃないから安心して、デュエルってのは言葉の通り決闘って事、そんで完全決着モードってのはHPゼロになるまでやり合う対人戦だね、つまりどちらかが確実にこの場に24時間戻れなくなるペナルティを受けるんだ」

 

要するに現実世界で侍同士が行う死合いみたいなモノだ。ユウキがざっくり簡単に説明してあげると、銀時は「なるほどね」と頷き、キリトの方へ顔を上げる。

 

「それってもしキリトが負けたら俺としては問題じゃね? 俺の大事な壁役が一人消える事になるじゃねぇか」

「そこはキリトの心配してあげたら? まあ彼結構強そうだし心配するだけ無駄かもしれないけど……あれ?」

 

戦いを見守るとか横やりを入れるとか微塵も考えておらず、己の心配しかしていない銀時に、ユウキが目を細めて冷ややかな表情を浮かべていると……

 

キバオウとキリトの間にフッと、一人のローブ姿の人物が颯爽と横切ってその場にピタリと止まった。

 

その人物を見てユウキは目を丸くさせる。

 

「あ、あの子集会場にもいた……」

「な、なんやお前! 急に割って出て来てどういうつもりや!」

「……」

 

威嚇するキバオウに、ローブを着たその人物は顔を覆い尽くすフードを被ったまま無言で黙り込んだ後、しばらくして

 

「……下らない喧嘩してる暇あったら装備の手入れでもしたらどうなの? もうすぐ時間よ」

「ああん!? なんやお前女か! 女だろうとわいは容赦せぇへんぞっていい!ッ!?」

 

フードの奥から聞こえたのは女性の声、それにキバオウが敏感に反応し、背負った片手剣の柄を握ろうとしたその時

 

彼が得物を握ろうとする前に

 

彼女が腰元から抜いた細剣のレイピアが僅かに風を切り裂いて、いつの間にかピタリと喉元に突き付けられていた。

 

「女だから何? 女子供相手なら余裕で勝てるとかこの世界でそんな甘い考えは通用すると本気で思ってる訳?」

「う……」

 

喉元に刃の先を突き付けられて彼は言葉を失い固まってしまう。

 

さっきまでの威勢は何処へ行ったのやら、圧倒的な動くスピードの差に完全に戦意を消失してしまったキバオウ。

 

その光景をローブ姿の女性の背後から眺めていたキリトは、キバオウのマヌケな姿よりも瞬時に得物を抜いた彼女の方へ視点が動いていた。

 

(抜刀する速度が尋常じゃない……攻撃動作もよく見えなかったし、しかも的確に相手の急所を狙う精密性……かなりできるな)

 

一瞬で細剣を相手に突き付けるそのスピードと手際の良さにキリトが感心していると、面目丸潰れのキバオウはゆっくりと後退し、苦々しい表情で舌打ちをするとクルリと踵を返してこちらに背を向ける。

 

「お、覚えとれよ!!」

「あ、逃げちゃった」

「逃げ方までこれまたお約束的だな……」

 

最後に捨て台詞を吐いてやや駆け足気味で行ってしまうキバオウを見送りながらユウキとキリトが呟いていると

 

素顔を見せない少女は無言でローブを翻して腰に得物を差し戻す。

 

「次見ても助けないから」

「ああ、騒ぎにならずに済んだから助かったよ、ありがとな」

 

あそこで自分がキバオウとやり合ってたら結構な騒ぎになってたかもしれない、最悪主催者のディアベルが仲間内で起こった乱闘を、統率できなかった自分の責任だと言い、この第一層攻略プランを白紙にしてしまう可能性もあったであろう。

 

という事で彼女がここで間に入って脅し一つで終わらせてくれたのはかなり助かった。

 

異性が相手だという事で少々ぎこちない様子で軽く礼を述べるキリト、しかし少女の方はフードも脱がずに無愛想に振り返ると

 

「礼なんかいらないわ、それより聞きたい事があるんだけど、いい?」

「え……?」

 

っと言って何か聞きたげな様子だった、フードの奥から僅かに見えた少女の瞳に、キリトは一瞬目を奪われそうになっていると

 

「ほら銀時! やっぱあの人だよあの人! マヨネーズの娘!」

「んだよこっちはログアウトしようとしてたのに……」

 

急にユウキが銀時を強く叩いて彼女を指差して叫び始める。

 

すると銀時はめんどくさそうにメインメニューから顔を上げて彼女が指さした方向に目をやると

 

「あ、お前はマヨネーズ娘」

「……はい? マヨネーズ娘?」

「あ、あなた達まさかあの時の……」

 

少女に向かってマヨネーズ娘などという訳のわからない呼称を用いた銀時にキリトが頭の上に「?」を浮かべていると

 

急にそのマヨネーズ娘と呼ばれし少女は、さっきまでの知的なクールな印象がぼんやりと薄れて急に年相応に慌ててる様な感じが声の変動から垣間見えた。

 

「まさかこんな所でまた会うなんて……」

「いやー偶然だね、君も第一層攻略しに来たの? 初心者? それともコーチング? なんならボク等と一緒に行動する?」

「いきなり馴れ馴れしいわねこの子、ちょっとリアルのあの子に似てるかも……」

「おいキリトそいつから離れろ、頭の上からマヨネーズぶっかけられるぞ」

「ええ!? アンタ他人の頭にマヨネーズぶっかける設定なのか!?」

「どんな設定よ! 変に捏造しないで!」

 

ユウキは好意的に接して来て

 

銀時はこちらを見ながら警告を促し

 

キリトはドン引きした様子で一歩後ずさりするという様々な反応を見せられて

 

少女は少々フードの奥から顔が見えそうになるぐらい動転するも、すぐに気を取り直してコホンと咳をする。

 

「あの時の行為はちょっとした気まぐれだから、その、知り合いの人がやってたからちょっと真似してみたくなっただけで……」

「どんな知り合い? そんなヤバい奴今すぐ縁切った方がいいんじゃないの?」

「いや私が切る以前に向こうから一方的に切られてる状態というか……」

「あ?」

「なんでもないわ、とにかく私の事をマヨネーズ娘だのと今後呼ばないで頂戴、それが広まって”アイツ”の耳にでも入ったら間違いなく私をイジってくるだろうし」

 

少女がボソリと言った事に銀時は上手く聞き取れなかった様子で顔をしかめるが、彼女はさっさと流して話を続けた。

 

「それとここからが本題なんだけど、あなた達今回の主催者であるディアベルというプレイヤーについて何か最近変わった事とかどこかがおかしいとか思った所とかないかしら?」

「ディアベル? ボク等そもそもあまりあの人と関わるのは初めてだからねぇ、キリトはなんかわかる?」

「俺もあまり接点はないが、随分前に会った時とも何も変わった印象は感じられないな、相変わらずのイケメンっぷりだ、ムカつくぐらい」

 

個人的な私怨を混ぜながらキリトはふと遠くで仲間達と談笑しているディアベルの方へ視線を向ける。

 

昔と変わらぬ笑顔で古い付き合いの友たちと言葉を交えているその姿には、とても不審な点は見えない。

 

「アンタ、ディアベルの事でなんか調べてるのか?」

「……ちょっとね、ここ最近EDO内で色々とおかしな現象が起きてるって話をよく耳にしてたから」

 

再び少女の方へキリトは視線を戻して尋ねると、彼女は言い辛そうな感じだが、しばらくして再び口を開き始めた。

 

「近頃EDO内のプレイヤー内で妙な噂が立ってるのよ、なんでも日常的に狩ってた筈のモンスターが突然変異し、レベルもステータスも前とは比べ程にもならない程上昇する事があったって」

「そんな噂があったのか? 全く知らなかったな……」

「ボクは聞いた事あるよ、なんでもその特殊変異したモンスターに襲われたプレイヤーはなんらかの影響を受けたんだってさ」

「影響?」

 

同じモンスターを連続に狩り続けると極マレに色違いの超レアなモンスターがポップするというのは聞いた事はあるが、どうやら少女の言い方だとそれではないらしい。

 

そして勇気もその話は知っていたらしく、思い出そうとするように頭をトントンと指でつつきながらゆっくりと話してくれた。

 

「本当に「痛み」を感じたんだってさ、モンスターからダメージ食らった時に」

「は? 痛み!? それってリアルのか!?」

「うん、確かに現実の痛みを感じたんだって」

 

ネットの世界で食らったダメージで痛みを感じるなど絶対にありえない事だ。

 

確かに熱さや寒さ、はたまた料理の味まで感じる事は出来るが、痛みそのものを味わう事はまずあり得ない。

 

モンスターに攻撃を受けた時だって、せいぜい謎の圧迫感や衝撃を感じる程度だ。

 

その話に衝撃を覚えるキリト、しかしまだユウキの話は終わっていなかった。

 

「それでそのプレイヤーは何とかその変異したモンスターを倒したんだけど、リアルに戻った時にやたらと左腕が痛むんでふと見てみたら……そのモンスターにやられた所に同じように引っ掻かれた様な痕が出来てたんだって」

「……まるでB級ホラーだな、本当かそれ?」

「さあ? ボクも噂で聞いただけだし、それに今の今まで信じてすらいなかったよ。普通あり得ないでしょ? この世界で痛みが発生して、更にリアルの身体にも影響が出るなんて」

「ああ、この世界は確かに現実とさほど変わらないように出来てはいるが、プレイヤーの肉体に影響を及ぼす様な真似はシステム上不可能なはずだ」

 

言ってる自分でも訳が分からんと言った感じの様子で首を傾げるユウキに、キリトは頷く。

 

あまりにも現実性の無い噂話だ、その変異したモンスターに襲われたプレイヤーってのも、単に周りを怖がらせようと思って適当に話をでっち上げただけなのかもしれない。

 

しばらく考えた後、キリトはチラリと横にいるフードを被った少女の方へ目をやる。

 

「それで? その眉唾物っぽい話をアンタは本気で信じてるのか、アンタは?」

「本当かどうかという確証はないけど、そういう証言をするプレイヤーがここ最近増えてきているのよ」

「……アンタどっかの情報屋か? それともそういう調べ事を調査するギルドかなんかに入ってるとか?」

「余計な詮索は己の命を危機に晒すハメになるわよ、それと証言を聞いていたのは私じゃなくて、私の知り合いのやま……情報屋、その人経由で情報を聞いだけよ私は」

 

プレイヤーにとって情報屋との繋がりは非常に大切な事だ。

 

いつどこで何が起きたか、どこでどんなクエストが発生してるのか、はたまたどこどこの層にあるあの店で大安売りをやってるなどと、役立つ話をここぞというタイミングで有料で売りつけに来る情報屋は、広大なこの世界をあちこち動き回るプレイヤー達にとっては大助かりなのだ。

 

キリトもまた昔から長い付き合いである情報屋と繋がっている

その者はかなり金額を要求してくるが腕と足は確かな様で、確実性の高い話をすぐにお届けに来てくれるのでかなりありがたい存在だと思っている。

 

たまに融通の利かない点がたまにキズだが……

 

とにかく自分と同じく彼女にもまた馴染みある情報屋がいるのだろうとわかると、キリトは疑り深く詮索するのはそこで止めた。

 

「わかったよ、で? その話がディアベルと一体どんな関係があるんだ」

「……その数々の証言を下に調べた結果、その変異したモンスターが出現したフロアには」

 

そこで言葉を区切ると少女は声を若干潜めて周りに聞こえない様に声を小さくする。

 

「ほぼ間違いなくあのディアベルって男が襲われたプレイヤーの様に狩りをやっていたらしいのよ、襲われる前に彼を見た事あるとか、彼とすれ違ったとかそういう話も聞いているの」

「……まさかその変異した原因がディアベルにあるかもとか思ってんじゃないよな?」

 

少女の話にキリトは怪訝な表情を浮かべる。確かにそれだけ聞けばディアベルが怪しいと考えるのは妥当ではあるが……

 

「あのなぁお嬢さん、そもそもプレイヤーがゲームのシステムを書き換えるような真似出来る訳ないだろ? ましてや現実とリンクする痛みを与える現象なんざ一流のハッカーでさえ無理な話だ」

「別にあなた達にこの話を信じてくれとは思ってないわ、ただこれだけは覚えておきなさい」

 

とても信じられないという感じでキリトが肩をすくめると、そんなリアクションを取るであろうとわかってた様子で、少女は腰に手を当てながら平然とした様子で呟いた。

 

「私はこの世界で起こるどんな些細な問題であろうと徹底的に調べないと気がすまないの、そしてその問題の種があらわになった時は、何が何でも徹底的に叩き斬るつもり」

 

内心(おっかねぇ~)と呟くキリトに、少女はやや口調を強くして毅然な態度でそう宣言した。

 

「例えどんな理由であろうとこの世界を危機に晒すような真似をするならば絶対に許さない、それがこの世界を護る私の使命なのよ」

「大層な使命を持ったお嬢様な事ですこと……アンタ血盟騎士団にでも入ったらどうだ? 最近治安を悪くさせる攘夷プレイヤーを狩り尽くす運動をしてるって聞いたぞ」

「それは……」

「まるで現実世界でのチンピラ警察とか人斬り集団とか呼ばれてる”真撰組”みたいだよな、ああいう危なっかしい連中がこっちの世界にまで出て来ると、ホントどこもかしこも物騒で住み辛い世の中だぜ」

「…………」

 

軽く笑みを浮かべながらキリトが皮肉交じり言ってのけると、少女は突然フードの奥から二つの目を覗かせ彼を鋭い視線で睨み付ける。

 

その目は何事も無ければとても綺麗な瞳だと感じれるのだが、今の彼女の目は瞳孔が開き、今にも腰に差した細剣でこちらを突き刺しかねない程強い殺意が込められているのをキリトは感じた。

 

怒られちまったかな……っとキリトは彼女から視線に耐え切れずに目を逸らし、バツの悪そうに頬をボリボリと掻いていると

 

「おい」

 

不意に呼ばれた気がしたのでキリトと少女は同時にそちらの方へ振り返る。

 

こちらの事などお構いなしに現れたのは坂田銀時だった。こちらに向かって腕を組みながら銀時はフゥッと静かに息を吐いた後

 

眉を上げてキリっとした表情を浮かべると真顔で

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろウンコしに行ってもいいかな俺?」

「「さっさと行(けよ)(きなさいよ)!!」」

 

険悪なムードをぶち壊してアホな事を尋ねてくる銀時に対し

 

キリトと少女の怒声は綺麗にハモった。

 

これから色々と長い腐れ縁となる少年と少女の出会い。

 

初めての共同作業はアホなおっさんへのツッコミでした。

 

 

 

 

 




キリトが色々と銀魂キャラと古くから繋がってるように

彼女もまた銀魂のとある連中と絡んでます

まあ、その話の下りするまでに終わるかもしれないですけどね(笑)


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第六層 想い、永遠に冷めず

この度本作品を題材に春風駘蕩様からイラストを描いてもらいました。

銀さんとユウキのツーショットという主人公とヒロインの素敵なイラストです


【挿絵表示】


「いずれは読者の方からイラストを描いてもらえるぐらいのSS作家になりたい」と密かに思いながらこうして長年書き続けていましたが、ようやくその夢が叶い大変嬉しく、そして読んで下さった方達に感謝しております。

でもまだ満足してはいけないので今後も執筆作業を頑張ろうと思います!






フロアボスとの戦闘に必要なのは質の高いプレイヤーもそうだが、肝は数と言っても過言ではない。

 

戦える者がいればいる程戦略は複雑となるが勝率もまた、いればいる程上がるというモノ。

 

ディアベル率いる初心者組+ベテラン組は全部で44人。

 

それらは複数のパーティに別れて各々の役割を担当する事になり

 

坂田銀時はその中の「フロアボスで出現するボスの周りに出て来るモブ敵の排除」という地味な役割を担当する事になってしまった。

 

「あ~かったりぃ、死ねオラ~」

「ってうおわ! 何すんねんボケコラカスゥ!」

「あ、ごめん、なんか後ろから見るとモンスターぽかったから、ほれ」

「ごめん言っといてまた攻撃してくんなや! マジでpkしたろかコラァ!」

 

ゾロゾロと第一層ダンジョンを順調に進んでいく一行ではあるが、大抵の雑魚敵は前衛陣があらかた倒してしまうので、一番後ろの後衛陣にいる銀時はけだるそうにしながら適当に目の前のいたキバオウ目掛けて光棒刀を振るっていた。

 

「あ~あ、すっかりやる気無くしちゃってるよ、まあ仕方ないか、ボス戦なのに自分だけ雑魚敵の相手する担当になっちゃったし」

「でもフロアボスとの戦いでポップするモブ敵を倒すのは地味だが大事な仕事だしな」

 

銀時がキバオウと揉めているのを後ろから眺めながら、ユウキとキリトは後をついて行く。

 

敵が湧かなくなってしまったダンジョンで得物を抜かずにのんびりと会話をしていた。

 

「何よりボスと戦う必要も無いから生存率も高い」

「いやぁ確かにそうなんだけどさぁ、彼にとってはつまらない仕事押し付けられたって心境なんじゃないかな、なんか相当イラついてるみたいだし」

 

ユウキがそう言っている傍ら、銀時はまたもやキバオウ目掛けてフルスイングしている真っ最中であった。

 

今まで口頭で注意するだけのキバオウだったが、遂にキレて背中の大型の片手剣を抜いて構えるが、すかさず二人の間に割って入るのは、銀時と古い仲であるエギルであった。

 

「まあまあお二人さん、そうカッカすんなや。二人共同じパーティだろ、役割に不満は持つのは構わないが、その不満は仲間じゃなくて敵に向けろよ」

「そうだよ、このご時世、いらんストレスばっか抱えてそれを周りに当たり散らしてても何も解決しねぇんだ、大人になれよキバゴン」

「誰やキバゴンって! キバオウじゃ! てか当たり散らしてたのはお前やろが!」

 

エギルに諭されつつシレッと被害者ヅラする銀時にキバオウがキレているという光景を眺めながら、キリトはそろそろフロアボスの部屋近くだなと気付いた。

 

「そういえばあのフードで顔隠してる変な女プレイヤーは何処行ったんだろうな」

「ああ~確かディアベルの指示で先鋒にに配属されてたよ、最前列でボスの攻撃を食い止めつつカウンターを決めてスタンさせていくっていう中々難しい役割任されてたね」

「あの俊敏性だったら第一層のボスぐらいならへでもないだろ、アレは新参プレイヤーの動きじゃない、間違いなくベテランだ、それもとびっきりの」

 

今頃あの少女は、最前列で黙々と行動しているのだろう。背後にいるディアベルを監視しながら

 

彼女は彼の事を怪しんでいた、EDO内でのリアルダメージ発生の原因が彼にあるかもしれないと……

 

しかしキリトにとってはまだそんな話信じられなかった、まさかゲームで実際に傷を負う事があるなんて。

 

「一昔前に流行ったライトノベルじゃあるまいし、よくもまあそんな非現実的な事を信じられるもんだな」

「おやおやキリト君、もしかしてあの子の事が気になるの~?」

「バカ言うな、あんなくそ真面目そうで頭でっかちで近寄りがたい雰囲気を持つ奴なんざ絶対にごめんだよ」

 

こちらに含み笑いを浮かべながら茶化してくる様子を見せて来るユウキ相手に、キリトは冷静にそんな訳あるかと否定すると、足を止めてフッと笑みを浮かべて

 

「俺の理想の女性は、俺の事を引きこもりだのニートだのそういう言葉のナイフ傷付ける様な真似は絶対にせず、常に優しく包み込むような母性に満ち溢れて、なおかつアレしろコレしろだの言わずにただ俺のやりたい事をやらせてくれるような慈愛に満ちた女の人なんだ。あとそうだな、お金持ちで一生俺が遊んで暮らせるぐらいの貯蓄を蓄えてるぐらいのお嬢様ならなお良いかな?」

「……一片死んで異世界に転生でもして来たらいいんじゃない?」

 

もはや盲目めいた願望というか夢物語に近いその理想のタイプを長々と聞いたユウキは心底ドン引きした様子でポツリと返事するのであった。

 

コイツ一生童貞だろうな、と内心思いながら

 

 

 

 

 

 

しばらくして大人数による第一層攻略陣営は、やっとこさフロアボスの部屋の前である大きな扉の前へとやって来た。

 

不気味かつ頑丈そうな分厚い扉、これを開ければそこはボスの待つ第一層のファイナルステージ

 

その扉の一番前で、指揮官のディアベルが全員のプレイヤーを周りにはべらして最終チェックを行っている。

 

「諸君、この扉を超えたら遂にお待ちかねのボスステージだ! 散々説明していたがボスの名前は『イルファング・ザ・コボルドロード』! 先程から狩っていたコボルドの王様みたいなものだな!」

 

ディアベルの言っているボスの特徴は概ねキリトが既に知っている事だ、彼はそれを聞かずにキョロキョロと辺りを見渡すと、やはりディアベルのすぐ近くであの少女が怪しむ様に彼を見つめながら立っていた。

 

アレではまるで「あなたの事疑ってます」と自己主張している様なモノだ……あの少女、腕は立つようだが隠密調査のやり方についてはてんで無知らしい。

 

「斧と大剣を得物としていてアクションは基本大振り、つまり攻撃動作を終えた後は隙がデカい! だが気を付けろよ、奴には必殺スキルがあり、その時の攻撃動作を終えるのは斧と大剣を4回ずつ振った後! つまり8回連続攻撃を耐え切らないと隙が生まれないんだ!」

 

ディアベルの説明に「へ~まあ雑魚敵担当の俺には関係ねーし」とけだるそうに銀時が適当な声で頷いている。

 

いやアンタはちゃんと話聞いておけよな初心者!とキリトは背後にいる彼に内心ツッコんだ

 

「しかも奴の連続攻撃を一度でも食らった時には、続けざまの攻撃を全てまともに食らっちまう事だってあるんだ! そうなると一気にHPが削り取られ! そのままお陀仏になる事だってある! 何を隠そう俺も一度それでやられちゃいました、あの時は本当に悔しかったぜチクショウ! ボスのHPが2割切ってたのに!」

 

周りのプレイヤーがディアベルの失敗談を聞いてドッと噴き出して笑い始める。

 

ボス戦を前に緊張していたプレイヤー達をほぐそうという粋な計らいであろう、指揮官に大事なのはやはり統率力と冷静な判断力が肝だが、こういったユーモアを絡めて士気を上げていくのも有効な手段だ。

 

笑いに包まれたプレイヤーの前でディアベルが「コラお前等ー! 俺の悲しい過去で笑うなー!」とムキになっている様で叫んでいるが、彼自身も少し笑っている。

 

キリトはそれを見て確信した、そうだこのプレイヤーは昔からみんなから慕われるぐらい良識のあるプレイヤーだった筈だ、あまり接点がない自分でもそれはよくわかる、彼は本当にこの世界を楽しんでいるんだと

 

こんな彼が、ゲームのシステムを改竄して他プレイヤーを危険に陥れる真似など絶対にする筈がない。

 

頭の中でそう断言し、キリトは再びディアベルを監視している少女の方へ目をやる。

 

しかしこちらがディアベルは無罪だと確信していても、以前少女はまだ疑ってるかの様にフードの奥から目を覗かせて睨んでいる。

 

「ったく、一人だけ笑わずに睨んでたら逆に自分の方が周りに怪しまれるぞアイツ……」

「そうだね、あの子密偵には向いてないよきっと」

 

自分がボソッと呟いた事に、いつの間にか隣に立って自分と同じように彼女を遠目から眺めていたユウキが返事するので、思わずキリトはビクッと肩を震わせて彼女から一歩遠のいた。

 

「へ? いきなりどうしたの慌てて?」

「い、いやその……異性のプレイヤーに隣に立たれると体が自然に反応してしまうというかですね……」

「わーお、さすが童貞、年頃の女が近くに寄っただけで慌てふためくとはまだまだですな」

「どどどどど童貞ちゃうわ!!!」

 

つい焦って上ずった声で叫んでしまうキリトだが、幸いにも他のプレイヤーは皆笑い声をあげているので、その声を聞いた者はいなかったみたいだ。

 

彼と話しているユウキを除いて

 

「その反応が確かな証拠なんだよねぇ~、まあ残念なお知らせですが、ボクもう好きな人いるからごめんなさい」

「なんで俺フラれたみたいになってんだよ……好きな人いるならさっさとその人の所へ行ったらどうだ?」

 

無邪気に笑って首を傾げながらフッて来たユウキ、しかし当然キリトは彼女に対して恋愛感情を抱いた事など一度たりとも無いので全く持ってノーダメージだ。

 

更にキリトは背後でエギルからアイテムのチェックをしてもらっている銀時の方へプイッとアゴで指す。

 

大方彼女の言う好きな人など検討が付いている。

 

「いっその事今から告って来たらどうだ? 戦いの前の告白イベントは死亡フラグ一直線だけどな」

「はぁ~人の気も知らないで勝手な事言うねキミ……あのね、そう簡単に想いを伝えれればとっくの昔にしてるよこっちだって、けどさ……」

 

他者との交流に疎いキリトならではの急なノリに、ユウキはどっと深いため息を突きながら、銀時のいる方へ顔を逸らして表情を曇らせる。

 

「私が伝えるよりも早く、あの人は既にお姉ちゃんを選んでいた……」

「……」

「私の方がお姉ちゃんより好きになるの早かったんだけどなー」

 

そう言って誤魔化すように笑顔を向けるユウキだが、それはいつもみたいな感じではなくただ無理矢理笑って見せているという感じだった。

 

出逢って数日程度の仲でしかないキリトにはわからないが、どうやら銀時とユウキ、そして彼女の双子の姉は表向きは仲の良い関係だったのだろうが、色々と複雑な間柄だったのかもしれない。

 

「それに多分、あの人がそう簡単にお姉ちゃんの事忘れられる訳ないよ」

「ユウキ……」

「悔しいけどめっちゃ相性良かったらなーあの二人」

 

キリト、桐ケ谷和人にとって恋愛は未知数でしかないのでよくわからない。

 

だが不思議と何故だろうか、彼女の事は素直に応援してやりたい気持ちが心の底から湧き上がった気がした。

 

「ユウキとあの人の相性も中々悪くないと思うけどな、まあ出会って間もない俺が言うのもなんだけど」

「へ? あーやっぱりそう見えるかな? ありがと、フフ」

「でも恋人というよりも、ちょっと兄と妹って感じにも見えるっちゃ見えるぞ?」

「そこは一言多いよ……もー気にしてる事なのに」

 

兄と妹、そんな風に見られる事は十分に本人もわかっていたのだろうか、頬を膨らませて不貞腐れるユウキの反応が面白かったので、キリトが思わず笑いそうになっていると

 

説明を終えたディアベルがまたパンパンと強く手を叩いて全員に号令をかけた。

 

「それじゃあ最後に! ここまで来たみんなに俺が言えることはただ一つだ! 勝とうぜ!!」

 

右手の拳をグッと掲げて高々に叫ぶディアベルに、周りのプレイヤー達がドッと沸き上がり歓声を上げている。

 

その反応に満足げにディアベルは頷くと、後ろに振り返って大きな扉に向かって両手を置いて、ゆっくりと前に押して開き始めた。

 

「作戦通りにやれば誰もやられずに第一層突破だ! みんな俺に続けぇ!」

 

その咆哮と共にディアベルを先頭に、他のプレイヤー達が一気に扉を開けた先にある暗闇に向かって突っ込んで行く。

 

迷いもなく突き進むその行進に自分もまた遅れぬ様に行こうとするキリトだが

 

不意に後ろ襟をグイッと掴まれた感覚を覚えたので、振り返るとそこには先程銀時と話をしていたエギルが佇んでいた。

 

「なんか用か?」

「いや大したことじゃねぇさ、お前さんがユウキとなんか深刻に話してるのが見えたからちと気になってな」

「ああ、まあちょっとした恋愛相談に乗ってあげただけだよ俺は」

「ブッ、お前が? 周りから戦闘狂とか呼ばれて一線引かれてるぐらい戦いに固執しているお前が恋愛相談だぁ?」

「はいはい、柄にも無い事したのはようわかってますよ」

 

自分が言った事に対し口元を横に広げてニヤニヤと笑い出すエギルに、キリトはすぐにプイッと顔を背けて不機嫌そうに呟く。

 

「さっさと行こうぜ、フロアボスがお待ちかねだ」

「ああ、軽くノシてやろうぜ、恋のキューピッドさんよ」

「ボス戦闘中に背後からの奇襲に気を付けろよエギル……恋のキューピッドさんは常にお前の心の臓を捉えようと剣を構えてるのを忘れるな」

 

まだ意地の悪い笑みを見せるエギルに振り返りキリトが警告していると

 

いつの間にかユウキは銀時に近づき、アドバイスをしていた。

 

「いい? モブ敵との戦いにかまけてボスの動きをチェックするのを怠らないでよ」

「わーってます」

「あと自分のHPバーの確認もね、気が付かない内に削り取られてて赤になってる事だってあるんだから」

「はーい」

「ハンカチとティッシュ持った?」

「ティッシュは忘れたけど手拭なら持ってまーす」

 

三つ目の確認は必要あるのだろうか、ていうかお母さん?……というキリトの疑問を置いて、準備万端となったのか銀時は光棒刀を取り出してユウキと共にこちらに向かって歩き出す。

 

「よし行くぞお前等、『皆に愛されし銀さんを死んでも護る隊』出動だ」

「勝手に変な隊名付けるな、除名届け出すぞ……」

「やれやれ、昔からホント自由だなお前」

 

呆れるキリトとエギルを引き連れて銀時は意気揚々と扉の中へと入ろうとするのだが

 

「待ちなさい」

「あん?」

 

不意に銀時達の前にバッと何者かが立ち塞がる。

 

一瞬誰かと思う銀時だがすぐに気付く、あのマヨネーズ娘だ。

 

「なにお前? もしかして『皆に愛されし銀さんを死んでも護る隊』に入りたいの?」

「そんなふざけた名前の隊に入るつもりは毛頭ないわ、私は警告しに来たの」

「告白? マジかよ、いつおたくとフラグ立てたっけ?」

「け・い・こ・く!」

 

本気で間違えてるのかわざと間違えてるのか、とぼけた様子でアゴに手を当て考える仕草をする銀時に、少女は口調を強めにして訂正する。

 

「この先、何が起こるかわからないわ。自分の身の危険を感じたらすぐに逃げなさい」

「大丈夫だって、たかがゲームだろ? 所詮負けても死ぬ訳じゃねぇんだし気楽に行こうぜ」

「……このEDOはゲームであってゲームじゃないのよ」

「?」

 

フードの奥からか細く呟いた彼女の言葉に銀時は顔をしかめるが、傍にいたキリトはどこかで聞いた覚えがあった。

 

確かそれはこのEDOを造りなおかつフルダイブシステムの創始者である偉大な研究者が言っていた様な……

 

「とにかく、今のEDOでは何が起こるかわからない状態なの、今までの常識が通用するとは思わない事ね」

「常識が通用しないってか……ならさっそく試してみるか、おいキリト君」

「え、なんで俺?」

 

考え事をしていたキリトを不意に呼ぶと、銀時は彼の袖を引っ張って無理矢理少女と向かい合わせの態勢にする。

 

「お前ちょっとこの小娘に告ってみろ、常識が通用しないなら無職で引きこもりのお前が相手でも間髪入れずにokして貰える筈だ」

「マジでか!? いやでも俺もうちょっとおしとやかな子の方が好みなんだが……」

「女ってのは付き合ってから男の好みのタイプに変わっていくもんなんだ、彼女をプロデュースするのは男の腕にかかってる」

「お~なるほど……」

「いやなに感心してんのよ! いくら常識が通用しないからって会ったばかりの人に告白してok貰える程非常識じゃないわよ!!」

 

腕を組みながらうんうんと頷く銀時の話を聞いて、真顔で頷くアホ丸出しのキリトに少女がすかさずツッコミを入れた。

 

さすがにゲームのシステムでの常識外ならともかく、男女の仲での常識は普通に現実世界となんら変わらない。

 

「ていうか何ノリ気になってるのあなた、あり得ないから。あなたみたいな全身真っ黒の厨二丸出しの服装した人となんかお断りよ」

「何も言ってないのにまたフラれた! 全身真っ黒で何が悪い! 黒はカッコいい色の象徴だぞ!」

「知らないわよそんな事、それにあなたさっき、この男の人にこう呼ばれてたわよね、無職で引きこもりだとか……」

「ぐ! いやそれは確かに紛れも無い事実だけども……!」

 

またもやフードの奥から冷たい眼差しが向けられたので、キリトはチクリと胸を刺された感触を覚えて思わず手で胸を押さえる。

 

そんなボス戦を前にして軽くダメージを食らってしまっているキリトに向かって少女はゴミを見るような眼差しを向けながら

 

「なら悪いけど私、収入が無い人とか絶対に無理。それに加えて引きこもりとかホント論外だわ、親の期待とか今まで育ててくれた恩を仇に返してよくもまあそれで平気面して生きていけるわねあなた、男以前に人としても見れないわ、恥を知りなさい」

「ぐっはぁ!!」

「キリトォォォ!!」

 

あまりにも容赦ない冷徹な言葉のレイピアがキリトの急所を的確に捉えてクリティカルヒットをかました。

 

ここまで酷い言葉を妹にさえ言われた事がない、あ、でも知り合いのとある姉弟の姉からは言われた事あったかも……

 

そんな事をおぼろげに思い出しながらキリトは背中からバタリと倒れてしまい、銀時が慌てて彼を抱き起こす。

 

「しっかりしろぉ! オイィィィィ!! てんめぇよくもウチの下っ端を手に掛けてくれたなゴラァ!」

「ええ!? いや私は正直に言っただけで……!」

 

ショックで意識が飛んでる様子のキリトを呼び起こそうとしながら、少女に向かって非難の声を上げる銀時。

 

流石に目の前で倒れてしまうなど予想していなかった少女は、流石にちょっと動揺してしまう。

 

会心の一撃によりキリトはすっかり精神状態がボロボロに

 

 

HPは減ってないが心の方の残りHPは間違いなく1ドットぐらいであろう。

 

白目を剥いてぐったりしてしまうキリトを眺めながら焦る銀時と少女だが、ユウキは平然とした様子で彼を見下ろしていた。

 

 

「まあアレだよね、うん。不幸な事件だったね」

「わ、私別に間違った事言ってないわよ! 人としての過ちを正してあげようと思っただけで……!」

「は! どうして俺横になってんだ!」

 

目の前で行われた悲劇を前に少女が己の非を認めないでいると、間もおかずに倒れていたキリトがハッと目を覚まして復活した。

 

「ふぅ~残念だったなマヨネーズ娘……引きこもりは多少のダメージじゃへこたれないんだ……」

「その割にはあなた気絶してたわよ、ぐっはぁ!とかマヌケな叫び声上げながら白目剥いて倒れたわよ」

「だが散々好き勝手な事言われたのはちょっと腹が立った、ぐうの音も出ない程正論なのが特に」

「わかってるんなら自分で何とかしようと思わない訳?」

 

銀時の肩を借りてキリとはヨロヨロと立ち上がると、目の前でジト目を向ける少女を前にして一瞬怯みそうになるものの、すぐに彼女の背後にあるボス部屋の方へ視点を向ける。

 

「とにかく俺達はもう行くから、アンタの警告など知ったこっちゃない、ていうかアンタの言う事聞きたくない、以上」

「あっそ、なら勝手にすればいいわ、後悔しても知らないから」

 

子供みたいな事を言い少女の警告を無視してキリト達は扉の前へと立つ、ここへと入ればすぐにボス戦だ。

 

恐らくまだボスが現れる演出が行われている頃だろう。

 

「さっさと行くぞアンタ等、どうせ第一層のフロアボスだ、パパッと倒しちまおうぜ」

「そうだな引きこもり」

「わかったよニート」

「俺の壁となって頑張ってくれよ童貞」

「何故だろう、戦う前に心が挫けそうだ……」

 

意気揚々と戦いへ赴こうとしたのに、エギル、ユウキ、そして銀時の順に精神的ダメージを浴びせられながら

 

キリトは三人を連れて扉を潜り部屋の中へと入っていった。

 

その先で一体どんな事が起きるのかも知らずに……

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

残された少女は彼等の背中を見送ってしばし考える様にアゴに手を当てた後、意を決したのか彼女もまたスッと歩を進めて中へ入ろうとする。

 

だが

 

「単独による独断行動は控えろと団長から言われてた筈だけど?」

 

不意に背後から少女に向かって何者かが言葉を投げかけた。

 

彼女はその声の主が何者か知っている様子で特に驚きもせずに後ろに振り返る。

 

そこにいたのはぱっと見て10代後半、もしくは20代前半ぐらいの女性であった。

 

ロングのオレンジ髪には一つだけ中国髪飾りであるボンボリが付けられ、服装もこれまた色っぽいスタイルが垣間見える白いチャイナ服であった。

 

壁に背を掛けながらこちらに目を細めてジッと見つめて来る彼女に少女は怪訝そうな様子で。

 

「うーん、ちょっと見逃してもらえるかな?」

「はぁ……仕方ないわね、酢こんぶ10箱で許してあげる」

「あはは……」

「まあアンタの腕なら何も心配いらないんだけど」

 

見た目に反して意外なモノを持ち出して、少女のワガママを素直に聞いてあげる彼女。

 

苦笑して見せる少女に彼女は背を預けていた壁から離れると、メインメニューを開くと、パッとその手で得物を取り出す。

 

それは見た目は傘ではあるが普通の傘よりも圧倒的に巨大なサイズの番傘だった。所持している彼女の身の丈と同じぐらいはあろうか。

 

重量感もありそうな傘を彼女は軽々と右腕だけで掲げて肩に掛ける。

 

「なんなら加勢してあげてもいいけど、ちょうど暇だったのよ」

「サラマンダーの部隊はシルフと交戦する予定だって聞いたけど? あなたサラマンダーでしょ?」

「興味無いわ、別に同じ種族だからって連中に仲間意識なんか持ったことも無いし」

「ALO型は本来同じ種族で組む傾向があるのに、あなたはとことんイレギュラーね」

「私の仲間は私が決めるのよ、友達もね」

 

キリト達に対しては無愛想な感じで接していた少女だが、彼女に対しては不思議と気心の知れた仲と言った感じで穏やかになっていた。

 

そんな少女に対し、彼女は話を続ける。

 

「それでどうするの? 私の手を借りる必要はある訳?」

「ううん大丈夫、今回の件は全部私個人で怪しいと思ってやってるだけだから。あなたまで巻き込む必要は無いわ」

「そう、ちょっと残念だけど仕方ないわね、久しぶりにアンタとクエストに参加できると思ったんだけど」

「それなら今度二人でどこか狩りにでも行きましょ、効率良くスキルポイントを溜められるエリアがあるって山崎さんから聞いてるの」

「山崎? ああ、”あのバカ”のパシリでしょ? 信用できるの?」

「”アイツ”はともかく山崎さんは十分に信用できる人よ、それに色々と向こうの事も親切に教えてくれるしね、”あの人”の事とか」

「ふーん……」

 

山崎というプレイヤーなど心底どうでもいいと思っているので、興味無さそうに彼女が呟いていると

 

少女はクルリと背を向けて扉の中へと入っていく。

 

「それじゃ、また今度ね」

「ええ、気を付けてね。ここ最近変な事件が多発してるし、特にあのディアベルとかいう奴、私もなんかきな臭いと思ってたのよね」

「わかってる、だからこそ私が行かなきゃ……」

「あまり気負い過ぎないでね、アンタただでさえ色々と抱え込むタイプなんだから」

 

少女の性格は彼女はよくわかっていた、だからこそここまで足を運んできたのだ。

 

彼女は少々心配そうに見つめながら少女の後ろ姿を見送る。

 

「困った時はいつでも助けになってあげるから、私はいつでもアンタの友達よ」

「……ありがとう」

 

素直に友達と認めてくれる彼女に感謝しつつ、少女はフードの奥でフッと笑うとボス部屋の中へと入っていくのであった。

 

残された彼女は一人ため息を突きながらボス部屋に背を向ける。

 

 

 

 

 

 

「それでもどうせアンタは一人でつっ走ろうとするんだろうけどね、ホント意地っ張りなんだから」

 

プレイヤー達が各々様々な思いを抱え込みながら

 

第一層のボス戦が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

とある密偵が記すEDOにおける設定と豆知識その2

 

一項目『年齢変更』

 

EDOでアバターを作成するにあたり変更できない部分は二つ。

 

それはプレイヤー本人の見た目と性別だ

 

もちろん多少の変化は許されている、髪を染めるとかスタイルを良くするとか

 

しかしどう足掻いても元の見た目は自分とまるっきり別人に変える事は出来ない。

 

というのもこのゲーム、昔は性別や容姿の変更も自由だったんだが、それだと現実世界に戻ったプレイヤーは多少の違和感を覚えたり自分の本来の性別を忘れてしまうなど色々と問題が耐えなかったらしい。

 

あり得ないだろそんな事と思うプレイヤーはきっとまだなり立ての新参者だ。

 

この世界は本当に現実世界と相互リンクする程リアルな世界観を再現しているので、こっちが現実世界だと錯覚させてしまうぐらい本当に凄い……

 

かくゆう俺も入りたての頃は現実とこっちの世界がゴッチャゴッチャになって、つい上司に向かって

 

「ア、アレは噂に聞く50層目に出て来る幻のゴリラ型モンスターのソラチンタマ! まだ50層いってないのにこんなきったない屋敷に出て来るなんて! よしここで倒せばレアスキルゲットだ!」

「いや俺ゴリラじゃなくて局長なんだけど!? どうしたザキ!? まさかの謀反!?」

 

っとつい組織のトップを幻の激レアモンスターと見間違えてしまう程の重症に……

その時はその組織のナンバー2に飛び蹴りされ、そこで強烈な痛みを味わってようやく、「あ、こっちが現実なんだ……」っと薄れゆく意識の中で気付きました。

 

そういう事がよくあったらしいので容姿・性別は元の見た目を引用するという規定が定められたのだ。

という事でみんな、いくら上司がゴリラに似てるからって仮想世界と現実世界の境界を忘れてレアゴリラと認識して倒そうとしちゃダメだからね、うん。

 

という事で話を戻そう、えーと年齢変更についてだよね?

 

これは裏技でもなんでもないのだが、自分の見た目を変えるちょっとしたやり方がある。

 

それは唯一許されているアバターの見た目の年齢を変更する事だ。

 

と言ってもそれは上も下も5年範囲だ、これ以上の変更は実質不可能とされている。

(あくまでゲーム上では)

 

例えばリアルだと14才位の女の子なんだけど、こっちの世界では年齢に5年分+させると

 

そのプレイヤーの容姿の成長性をシステムが予測して自動で作り上げ19歳の少女に早変わり出来てしまうのだ。かがくのちからってすげー!

 

ちなみに俺は欲張って5年分若返っている、誰も気付かないけど……

 

 

 

 

ニ項目『ロールプレイ』

 

仮想世界に入るとついやりたくなってしまう事

 

それはこの世界でより楽しくプレイする為に、現実世界での自分とは別の自分を演じる事だ。これがいわゆるロールプレイ。

 

それは本当に人それぞれであり、忍者風に喋ったり片言で喋ったり、クールになったり暑苦しい感じになったりと皆色々な人格になってプレイする者が非常に多い。

 

現実世界での自分を忘れ、こちらの世界で憧れた自分を演じる。

 

コレは至って普通の事だ、もしロールプレイ中のプレイヤーに「口調が変だなお前」とか言って笑ってみればいい、逆に君が周りに笑われる筈だ。

 

それぐらいこの世界では「演じる」事は極々当たり前の事なのだ。各々の楽しみに対して茶化す様な言動は控える様に

 

実は俺もまた基本的にこういう仕事以外の時はロールプレイにドハマりしていて結構ノリノリでやってたりしてます。

 

いやー実は俺昔ちょっとヤンチャ者だったからさ、そん時の頃を思い出して結構キレッキレに演じさせてもらってますわマジで

 

だがロールプレイを行うのに注意する事がある、それは先程も言ったように現実世界とごっちゃにしてはいけないという事だ。

 

かくゆう俺もつい上司の方に

 

「ああん!? 俺に指図してんじゃねぇよニコチン野郎! タバコなんてテメェが買って来いよバーカ!!」

 

っとこっちの世界のつもりでノリノリで喧嘩を売ってしまった、それからの記憶は無い、気が付いたら病院のベッドで横になってた……

 

という事でみんなはロールプレイをしていても本来の自分だけは見失わない様に注意しよう。

 

ちなみに俺のリアルの身体はまだ病院のベッドの上で横になったままです……

 

ホント何があったんだろう俺、全く思い出せない……誰か俺の失った記憶知りませんか?

 

 

 

 

 

 




番傘を持ったチャイナ服の綺麗な女性

彼女のイメージは無論、「劇場版・銀魂・完結編」の未来の姿です

声優を見事に使いこなし銀さんに

「あんな灼眼のシャナ知らねぇ!」と言わしめたボンキュッボンの姉ちゃんです。


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第七層 遊びじゃない、これは命を賭けた戦い

再び春風駘蕩さんがイラストを描いて下さりました。

書籍版のSAOの背面側にあるデフォルメ調の銀さんとユウキです。

ありがとうございました。


【挿絵表示】



100メートルはあるであろう広大なボスフロアへと足を踏み入れると、重くて頑丈そうな扉はガチャリと閉まった。

 

そして銀時達の目に飛び込んだのは

 

2メートルはあるであろう青灰色の肌、右手には骨を削って作った斧、左手には一メートル半はあるであろう巨大な湾刀。

 

コボルドを統率する王、≪イルファング・ザ・コボルドロード≫が猛々しい咆哮を上げた瞬間であった。

 

「グオォォォォォォォォォォ!!!!」

 

部屋中を響かせる雄叫びを上げてプレイヤー達を一瞬足止め状態にさせるスキル『威嚇』だ。

 

フロアボスはそれぞれプレイヤー達に倒されまいと各々様々な手段を用いて来るのだ。威嚇のスキル発動などもはやボスと名が付くモンスターであれば誰でも使う。

 

効果は十分だったらしく、次層へと続く最深部にある階段の前に立ち塞がるりしその巨大な怪物を目の前にして

 

初心者のプレイヤー達は驚きすくみ上っていた。

 

しかしそれは当然の事、常人であればいきなりあんなデカい化け物が出てきたら、誰であろうと恐怖で顔を真っ青にするモノだ。

 

そう思いつつキリトは内心ボスと初めて相対した銀時がどんな顔をしているのかと思い、彼の方へ振り返ると

 

「へぇ~かなりデカいんじゃないの? いやでも昔似た様な奴とやり合ったけど、あっちのほうがデカかったな」

「あの時は大変だったぜ全く、ウチの隊が危うく全滅になる所だったのに遅れて来やがって」

「援軍に行く途中でトイレ休憩挟んだからな、いやー坂本の奴が偉い下痢気味でさぁ」

「……坂本はウチの隊の隊長なんだが?」

 

少しはビビるかな? と期待した自分がバカだった。

 

銀時は恐怖して怯えるどころか全く表情を変えずに、いつものけだるそうな表情でコボルドロードを見つめながら何やらエギルとブツブツと何か話し始めている。

 

そして会話を終了すると銀時は腰に差した得物を抜いて、ビビっている他のプレイヤーを差し置いて一歩前に出て

 

「そんじゃ、いってきま~す」

「ちょ、ちょっと待って! まだディアベルの指示が!」

「んなもんここに来る前に散々聞いただろうが、という事で一番手もーらい」

 

本来なら指揮官であるディアベルの統率力を信じて、彼の繰り出す指示やら命令を聞いて巧みに動かなければいけないモノなのだが。

 

銀時はキリトの呼び止める声を軽く流して、ダッと床を蹴って走り始めてしまった。

 

「やっぱあの人が何考えてるのかわからん……」

「ハッハッハ! 見ろ諸君! 前衛役である俺達を差し置いて一人の勇者が駆け出して行ったぞ!」

「え?」

 

いくらなんでも単独でボスの所へ突っ込むなんて無茶過ぎるだろ……とキリトが呆れていると、ふと右方から聞き取りやすい声で嬉しそうに叫んでいるプレイヤーがいた。

 

この第一層攻略の為に新参プレイヤー達をここまで導いてくれたベテランプレイヤー、ディアベルだ。

 

「さあ俺達もモタモタしてられないぞ、彼に手柄を独り占めにされる前に俺達も武器を取って戦うんだ!! 俺に続け!!!」

 

そう叫ぶとディアベルが勇ましい姿でボス目掛けて駆け出すと、他のプレイヤー達も徐々にボスに対する恐怖心が薄れていき、一人、また一人と彼の背後を見つめながら武器を取って走り始める。

 

「や、やってやらぁ!」

「俺はこういう冒険がしたくてEDOを始めたんだ!」

「こんな所でビビってる場合じゃねぇぜ! ディアベルさんとあの銀髪天然パーマの男に続くんだ!」

 

銀時の単身突撃とディアベルの鼓舞により火が付いたプレイヤー達は次から次へとボス目掛けて戦いに赴いて行く。

 

「流石は指揮官、あっという間にフルダイブ初心者の恐怖心を拭い去ったか」

「おいキリト、ブツブツ言ってないでさっさと行くぞ、俺達の狙いはボスじゃなくて、ボスの周りにポップする雑魚敵だ」

 

自然な流れで周りに勇気を与えるディアベルの指導っぷりにキリトが高く評価している所を、背後から小突いてエギルが話しかけて来た。

 

「なのにあのバカ、そんな事も忘れて勝手にボスの所へ突っ込みやがって……ユウキ、お前はまずアイツの所行ってど突いて止めて来い」

「ユウキならもうとっくにあの人の後ついて行ってるぞ」

 

得物である斧を取り出しつつユウキに銀時のバックアップを求めようとするエギルだが、既に周りに彼女の姿は無かった。

 

「せい!」

「あだ!」

 

よく見ると、ボス相手に一人で立ち向かおうとする銀時の後頭部にダッシュ蹴りをかまして転倒させているユウキ。

 

「どうやらあの人が勝手に突っ込むのをを完全に読んでたみたいだな。俺は全く読めなかったのに凄いな……」

「ユウキはアイツとはずっと前から一緒にいるからな、ま、アイツの事はとりあえず彼女に任せておくか」

「そうだな」

 

背中に差した鞘から剣を抜きつつ、キリトはユウキに転ばされて怒っている銀時を遠目で眺めながらエギルと共に前のめりに走り出す。

 

「とりあえず合流してちゃっちゃっと終わらせようぜ」

「そういうセリフは死亡フラグなんだぜ、HP全損して死ぬんじゃねぇぞ」

「今の俺が第一層のボス如きで死ぬ訳ないだろ」

 

エギルの憎まれ口を鼻を鳴らすとキリトは他のプレイヤー達を追い抜いて一目散に銀時達の下へと駆けて行く。

 

こんな所で自分が死ぬ訳ないという「油断」を胸に抱きながら

 

 

 

 

 

 

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!」

 

再び咆哮を上げて周りを威嚇していくコボルドロード。

 

2回目の咆哮を聞いたキリトは顔を上げてボスの右上に表示されている4本のHPバーを見る。

 

4本のウチの1本は既に残量0だ。つまりボスのHPを4分の1削った事になる。

 

「もう1本削ったか、思った以上に速いな……」

「おいキリト! そっち行ったぞ!」

「ああ」

 

ディアベルという優秀な指揮官がいる事により新参プレイヤー達は多少はビビりつつも奮闘している様だった。

 

防御力の高い盾役がボスの攻撃をガードしつつ、前衛の切込み役がボスにダメージやスタンを与え、中衛からの飛び道具で援護射撃をし、後衛には傷付いた者達を休憩させる為の安全地帯が設置されている。

 

悪くない隊列だ、そう思いながらキリトは目の前にやってきたコボルド一体に片手剣での横薙ぎの一閃。

 

コボルドのHPバーは一撃で全部消え、瞬く間にモンスターの身体は赤い光となり四散する。

 

「こっちも結構な数減らしたな、雑魚を全滅させて本隊と合流、これで勝負は付いたな」

「そう上手くいくかはアイツ次第だな、アイツの事だから問題ねぇと思うけどよ」

 

ベテランプレイヤーのキリトとエギルは積極的には参加していないものの、それでも向こうから否応なしにやって来るので結構な数のコボルドを倒している。

 

そして同じくベテランのユウキはというと

 

「頑張れ頑張れやれば出来る! 自分に負けるなネヴァーギブアップ!!」

「うるせぇんだよさっきから! 後ろから叫んでないで戦えよお前も!」

「もっと熱くなれよ!!」

「あーだりぃ、コイツのリハビリの為にテレビでやってた松岡修造コレクションなんか観せるんじゃなかった」

 

腰に差してる細剣を鞘から抜かず、ただただずっと銀時の背後に回って激励をかましている。

 

そのやかましく熱血漢漂う応援に銀時は怒鳴りながらも、自分の方へ向かって来るコボルドをGGO専用・近接特化型である光棒刀で薙ぎ倒す。

 

一発モロに食らって腹ばいになって倒れたコボルド目掛けて銀時は、すかさず得物を突き刺して完全にHPを削り切って消滅させた。

 

「どうよ? ま、ざっとこんなモンだ」

「ええからさっさと次のモブ倒さんかいボケェ! まだ出よるぞ!」

 

勝利の余韻に浸る暇もなく、銀時は同じグループであるキバオウに怒られて再び戦闘再開。

 

「わーってるよ、おら死ねぇ!」

「いやだからワイに向かって攻撃すなぁ!」

「ごめん、ぱっと見モンスターにしか見えねぇんだもんお前」

 

しかし標的はコボルドではなくキバオウの方であった。恐らくなんとなくムカついたとかそんな理由で斬りかかったのであろう。

 

キバオウに怒られながらも銀時は全く反省する素振り見せずに別の標的、今度こそコボルドに狙いを定める。

 

「おっと」

 

今度はコボルドからの先制攻撃、右手に持った棍棒を振り下ろされるも銀時はそれを間一髪の所で得物で受け止める。

 

そして得物をぶつかり合わせた状態の中で、銀時は右足を使ってコボルドの腹に蹴りをかます。

 

「隙だらけだぞ、って何も考えてないデータに言っても無駄か」

 

銀時は初めから『体術』のスキルを習得している。本来このスキルを会得するには相当大変で面倒臭い特殊クエストをやるハメになるのだが

 

コレも銀時と関係を持っていた女性、藍子が自ら持っていたスキルをコンバートして受け継がせたのであろう。

 

銀時に蹴りを入れられてそのダメージにより怯み効果が発生し、コボルドがのけ反った姿勢を見せると

 

「ほれ、一丁上がり」

 

互いの得物が離れたことによって銀時の光棒刀は自由になり、そのまま袈裟懸けに振り下ろしてコボルドのHPを一気にもぎ取った。

 

彼が斬った事によって苦悶の表情を浮かべ四散して消えていくコボルドを遠くから眺めながら、キリトは初めて見た銀時の太刀筋に「なんなんだ一体……」と怪訝な表情を浮かべている。

 

「なんていうか、デタラメな動きだな……現実世界での動きとは多少違うけど、それでもコボルドの群れ相手に引けを取らないばかりか、むしろ単独の状態でどんどん押している」

「アイツも昔は相当現実世界で危ない橋渡ってるからな、この程度の戦いじゃ息抜きにもならねぇだろうよ」

「……あの人本当に何モンなんだ?」

「大した事ねぇ、ただのちゃらんぽらんだよ」

 

きっと隣にいるエギルは銀時の経歴について知っているのであろう、思い切って彼に尋ねてみるキリトであるが、エギルはヘラヘラと笑いながら誤魔化す。

 

「アイツの事もっと知りたきゃかぶき町にでも足を運んでみるんだな、歓迎するぜ?」

「絶対にお断りだ、あんな物騒で恐ろしい街に入るなんて考えたくも無いよこっちは」

「そいつは残念だな、ウチの店に寄れば美味い酒でも一杯奢ってやろうと思ってたのに」

「おいおい未成年相手に酒出す気かよ……」

 

エギルの誘いをキリトは思いっきり嫌そうな顔して全力で拒否している間にも、銀時はキバオウとちょいちょい喧嘩しながらもなんとかコボルドを倒している。

 

「あらよ! はい次ぃ!」

「今のコボルドの殴打はノックバックもないただの弱攻撃じゃ!そんな避けへんでええからさっさと倒さんかい!」

「こっちはもうこういう戦い方が体に染みついてんだよ! つべこべ言ってねぇでテメェも戦えサボテンヘッド!」

「戦っとるわ! ワイが本気になればこんな連中すぐに……って聞かんかい!」

 

相手のダメージの低い攻撃すらも完全に回避するというなんとも効率の悪い戦い方ではあるが、それでも銀時は極力HPを減らさない状態のまま難なく倒していく。

 

「ぜいやぁ!」

 

右手に持った光棒刀を大きく上に振り被って縦に並んでいる二匹をまとめて頭から両断、呆気なく倒していく彼の姿に、ずっと傍観役として見守っているユウキも満足げに腕を組む。

 

「まだまだ粗が目立つけどまあ初心者にしては上々だね、コレで後はボスの方を……お」

 

ユウキが戦おうとしないのは銀時だけでどこまでやれるか見届けるという意味があるのだろう。

実際、この戦いに彼女が参加する必要も無いぐらい戦況は圧倒的にプレイヤーが側だ。

コボルドの数も減り、ボスであるコボルドロードはというと……

 

ユウキがボスの方へ振り返ろうとすると、大きな物がズシーン!と地面に落ちたかのような振動がこちらにも伝わって来た。

 

「頭の急所突かれてスタンしちゃったのか、こりゃ2本目もすぐに削り切るかな」

 

見るとそこにはボスであるコボルドロードが床に尻もちを突き

 

気絶状態を現す星マークを頭上でクルクルと回転させてノビてしまっている。

 

「スタンさせたのは……やっぱあの子か」

 

目を凝らして見ると、気絶しているボスのすぐ前に立っているのはあのローブに身を包んだ謎の少女。

 

淡々と作業をしているかのような感じで、倒れたボスに対して喜びもせずにただ背後にいる他のプレイヤーに対して軽く手で促して

 

「今よ、ここで総アタック決めればHPの2本目削り切れるわ」

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

少女に言われるがままプレイヤー達は一斉にボスを袋叩きにせんと取り出してる武器で叩いていく。

 

あそこまで簡単にやられてると、ちょっとボスが可哀想だな……と思いつつユウキが苦笑していると

 

「どうだいそっちの状況は? 上手くコボルド達を倒してくれてるかい?」

「え!? ディアベル? こっち来てていいの!?」

「ああ、向こうにはもう俺の指示が全部行き届いてるし」

 

突如、いつの間にか隣に立っていた指揮官役のディアベルから陽気に言葉を投げかけられる。

 

いきなり気配も無く現れた彼にユウキが驚いてると、彼は自信満々な様子でコボルドロードの方へ目配せする。

 

「それに俺なんかよりもずっと強いプレイヤーが先陣を切ってるみたいだしな」

「ああ、あの子ね」

「華麗な身のこなしかつ美しい剣捌きだ、見てて惚れ惚れするよ」

 

ディアベルが言っている強いプレイヤーというのはユウキもすぐに分かった。

 

あのフードで顔を隠す少女の事であろう、すると少女はフードの奥からこちらの方をチラリと見返してきた。

 

恐らくディアベルの様子を見ているのだろう、彼女はまだ彼の事を疑っているらしい。

 

ディアベルはジッとこちらを見続けている少女に対して、何を考えているのかわからないが不意にフッと笑う。

 

「……流石はあの鬼と同じ血を引くだけはあるという事かい、全く持って忌々しい小娘だよ……」

「なんか言った?」

「いやなんでもないよ、コレが終わったらぜひ彼女をお茶にでも誘ってみようかなと思っただけさ」

 

低いトーンでボソッとディアベルが何か言ったように聞こえたが、彼はすぐにこちらに対してさわやかな笑顔を浮かべて来た。

 

そんな彼にユウキが首を傾げていると、銀時のいる方角から雄叫びが飛んでくる。

 

「おっしゃあ全滅させたぞコラァ! 後はテメェで最後だ中ボスモンスター・サボテンダー!」

「勝手にワイを中ボスにすな! なんやねんお前! どんだけワイと戦いたいんじゃ! そんなに好きかワイの事!」

 

振り向くとそこには辺り一面まっさらになっているフィールドで得物をキバオウに向ける銀時が叫んでいた。

 

どうやら見てない間にあっという間にコボルド達を倒してしまったらしい。

 

「よし上出来上出来、やっぱボクが出る必要なかったね。これでそっちにすぐ合流できそうだよ」

「コボルド達を片付けてくれたのか、あの銀髪のGGO型は見る限り初心者なのに大した腕前だな」

「まあね、でも現実世界だともっと強いんだよ」

「……へぇそいつは楽しみだ、ならこれから起こる事にどういう反応見せてくれるのか見物だね」

「え?」

 

またもやディアベルの声のトーンが変わった、今度は絶対に気のせいではなく確実にいつもと様子が違う。

 

反射的にユウキは彼の方へ顔を上げると、ディアベルは今まで見ていた爽やかな笑顔ではなく

 

まるで取って付けた様な気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「それと君もどんな反応するか期待しておくよ、そのあどけない表情がどんな風に苦痛と恐怖で歪んでいくのか、考えただけでもワクワクして震えが止まらないよ……」

「!」

 

まるで人が変わったように言動が変わった彼の姿にユウキは背筋がゾクッと寒気を覚えた。

 

何かおかしい、コレが本当にあのディアベルか? 今までと雰囲気がまるで違う……

 

彼の変化に戸惑いつつユウキがそっと後ずさりすると、彼はこちらにゆっくり手を伸ばそうとしてきた。

 

だがその前に

 

「おい、誰の女に手ぇ出そうとしてやがる」

「銀時!」

 

バサリと白い衣を靡かせ、サッと彼女の前に現れたディアベルはに立ち塞がったのは銀時だった。

今までのけだるそうな感じは消え、警戒する様にディアベルに得物を突き付けると、すぐに彼の背後に隠れながら身を縮ませるユウキ。

 

それに対しディアベルは以前気味の悪い笑顔を浮かべたまま肩をすくめて見せた。

 

「おや、仲が良いとは思ってたが君達そんな関係だったのかい?」

「誤魔化そうとしてんじゃねぇぞ、今さっきテメェから妙な気配を感じた。コイツになんかしようとしただろ」

「おいおいそんな剣幕で睨むなよ、悪かったって、ちょっとしたイタズラ心で怖がらせてやろうと思っただけさ」

「……なんだコイツ」

 

得体の知れない雰囲気を醸し出すディアベルを前に銀時が目を細めて警戒していると、背後に隠れているユウキが口を開く。

 

「ボクと話してる時に急におかしくなったんだよディアベルの奴、なんか今までとはまるっきり別人になったかのような感じ……喋り方も凄く気持ち悪いし」

「みてぇだな、少なくともコイツからは今までのようなまともな感じはしねぇ。お前ちょっとキリト達呼んで来い、コイツとは俺が話しておくから」

「……わかった」

 

そう促して銀時はユウキをキリト達の方へ向かわせると、代わりばんこにキバオウが二人の下へ駆け寄って来た。

 

「お、おま! なにディアベルはんに剣向けとるんじゃ! まさかワイに続き今度はディアベルはんもドサクサに斬ろうとか考えておらへんよな!」

「そいつはコイツ次第だなサボテンヘッド」

「なに! お前まさかホンマにディアベルはんを……!」

 

何やら勘違いしている様子のキバオウに対して一から説明するのも面倒な様子で、ぶっきらぼうに答えるだけで銀時は以前ディアベルに光棒刀を突き付けたまま動かない。

 

しばらくしているとどこからか歓声が聞こえて来た。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!!」

 

プレイヤー達の喜びの声と共に聞こえたのはコボルドロードの悲鳴に近い雄叫び。

 

銀時がそちらに目を向けるとどうやらHPバーの2本目を削り切る事に成功したらしい。

 

「2本目削れたみたいだね、これでこのゲームがいよいよ本当の意味で楽しめる訳だ」

 

銀時と一緒に振り返ってみていたディアベルが口元に微笑を浮かべながら呟く。

 

「さて、ここからがいよいよ本番だよお侍さん、果たして君は大事な彼女を護り切る事が出来るかな?」

「……どういう事だテメェ」

「ディ、ディアベルはん? どうしたんや急に……ていうかアンタ、ホンマにディアベルはんなんか?」

 

意味深な言葉を吐く彼に銀時は眉をひそめているとキバオウもディアベルの様子がおかしいことに気付いた。

 

恐る恐る何かあったのかと彼がディアベルに近づこうとしたその時

 

 

 

 

 

 

「グオアァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

耳をつんざく様な咆哮が辺り一面に響き渡る一時的に聴覚を失ったかのような感覚に捉われながら、銀時とディアベルが顔を上げると他のプレイヤー達が徐々にざわつき始めている。

 

「お、おいなんかボスの色が変わり出したぞ……」

「第二段階的な奴だろ……でもディアベルさんからそんな話聞いてないぞ俺達」

 

先程までハイテンションでボスを袋にしていたプレイヤー達が急に怪訝な様子で顔を曇らせている。

 

2本目のHPバーを削り切った瞬間

 

突然ボスの見た目が変わり始めたのだ。

 

肌は黒く染まっていき、更には何本もの血管の様に赤い線が体を駆け巡る様に浮き出て

 

両手に持っていた斧と大剣を地面にほおり捨て、背後に手を回すと、忽然と新たな得物を取り出したのだ。

 

鋭く光らせた刃、それを見て銀時はすぐに表情をハッとさせてその武器に気付いた。

 

「刀……」

「野太刀!? なんでコボルドロードがあないなモン持っとるんや! ありゃあ十層のボスが持っとる得物やぞ!」

 

銀時と同じく気付くとキバオウはその得物を見て驚きの声を上げた。どうやらベテランである彼にとってもこの事態は全く想定していなかったみたいだ、

 

長さが自分とさほど変わらない得物をボスは振り上げたまま、その重たい巨体で地面を蹴って大きく上に飛び上がる。

 

空中で身を捻じって回転しつつ、武器の威力を上げていきながらそのまま地面に落下してくるその様を見て、キバオウはふと思い出した。

 

「あかん! あの動きは刀専用スキルの旋車≪ツムジグルマ≫や! お前等そっからはよ離れろ! 飲まれるぞ!」

 

キバオウが必死に叫ぶが、その声は目の前で起きている不可解な現象に戸惑っている様子の新参プレイヤー達には聞こえていなかった。

 

そしてボスが彼等の前に着地したと同時に蓄積されたパワーが、真紅の輝きに形を与えて竜巻の如く解き放たれていった。

 

刀専用ソード系スキル、重範囲攻撃・『旋車』

 

逃げ遅れた数人のプレイヤー達を巻き込むその威力は、彼等のHPバーを一気に半分以下に削り取ってしまう。

 

しかしボスのこの一撃によって引き起ったのは、単に陣形を崩されて大ダメージを受けてしまった事だけでは済まされなかった。

 

「い、いてぇ……いてぇよぉぉぉぉぉぉ!!!」

「なんだよコレ……! なんでゲームの中なのにこんな……ぐわぁ!」

「助けてくれ……足が痛くて動け……」

 

ボスの一撃に不運にも飲まれてしまったプレイヤー達が地べたで這いつくばりながら顔面蒼白で苦悶の表情を浮かべ呻き声を発し出したのだ。

 

ここは現実ではない、今動かしている身体も仮想世界作られた仮の体である筈だ、なのにどうして彼等はまるで本当に痛みを感じているかのように転がっているんだ……

 

そしてその痛みを発して助けを求める彼等を見て他のプレイヤーも気付いた

 

もしかしてあのボスのダメージを食らうとリアルにも損傷を与えるのではないかと……

 

「ど、どういう事やコレ……! 何が起きとるんや一体……!」

「そいつはこの事態を起こした張本人に聞けばいいんじゃねぇか?」

 

周りを見渡しながら混乱しているキバオウに対し、銀時は一人冷静に腕を上げてスッと指さす。

 

指を指した方向にいるのはディアベルだ。

 

彼はこんな状態になっても相変わらず笑っている。

 

それも今までより一層不快にさせるニタニタとした醜悪な笑みだ。

 

「こっちに気を取られれてる隙があったら、どうにかして脱出する方法を探した方がいいんじゃないか?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「!」

 

黒きシルエットから赤い線を駆け巡らせ、異形の姿となったコボルドロードが新たな武器である野太刀を引っ提げてまだ残っているプレイヤー達の方へと進行を進めているではないか。

 

目の前で起きた事態にプレイヤー達は隊列や優先順位など忘れて、我先にへと必死に逃げ惑いながら出入り口である扉の前まで辿り着く。

 

だがその硬く重そうな扉は無情にも

 

「あ、開かねぇ! どうしてだよ!」

「クソ! 力を合わせて開けるんだ!」

「なんなんだよ一体! これも演出なのか!?」

 

どれ程取っ手を掴んで力を振り絞ろうが開く気配がなかった、入る時は開いたはずなのに、まるで逃げる事を許さないといった感じにその扉は固く閉ざされてしまった。

 

開かない扉を前にパニック状態に陥るプレイヤー達、しかしそんな彼等にボス、コボルドロードが刃を光らせ徐々に近づいていく。

 

その光景を前にし、ディアベルは一層満足げに笑ったまま両手を広げ、まるで演劇を仕切る総支配人の様に宣言するのであった。

 

「さて諸君! この俺、ディアベル様からの最高のプレゼントだ! システム改竄により俺が強化した自慢の作品! とくとその体でじっくり味わってみてくれたまえ!」

「ディ、ディアベルはん……!」

「チッ、あの小娘が言ってた事が本当になっちまったよ」

 

高らかに叫ぶその姿からは彼の中にある狂気の部分がはっきりと見えた。

人が変わってしまった彼に言葉も失ってしまうキバオウ。

 

そして銀時は一人苦々しい表情で舌打ちしながらディアベルを睨み付けていると、彼の背後に向かってある者がタタタッと猛スピードで駆けて行くローブに身を包んだあの少女の姿が、

 

「ディアベル!」

「ああそろそろ来る頃だと思ったんだよね、野暮な事に首突っ込みたがる空気の読めない君が」

 

手に持ったレイピアで警告なしで突き刺さんとしてきた彼女に対し、ディアベルは振り向きもせずに嘲笑を浮かべながらパチンと指を鳴らす。

 

「けど君なんかの相手してる場合じゃないんだよ、こっちはこっちで高みの見物とさせてもらうよ」

「っておい! ちょっとま……!」

「ディアベルはんが消えた!」

 

すると銀時とキバオウの目の前で彼の姿が徐々に薄くなっていき、あっという間にスーッと消えてしまった。

 

逃げられたと奥歯を噛みしめる銀時と向かい合わせに立つように、剣を持って目を鋭く光らせていた少女がこちらに駆け込んで来た。

 

「ディアベルは!? まさか転移結晶を使って!」

「ボスフロアで転移結晶は使えへん、ここから脱出するにはあの扉を開けるかボスを倒すか、もしくはHPをゼロにして最後に立ち寄った町にリスポーンされるかだけや……」

「じゃあディアベルは一体どうやって……」

「わからん、とことんわからん事ばかりやでホンマ……誰か説明してくれ」

 

忽然と姿を消したディアベル、次か次へと起こるアクシデントに少女もキバオウも困惑している中。

 

「まああの野郎の事は後だ、今はとにかく共にここまでやって来た同志達を助けてやるのが先だろ?」

 

銀時は光棒刀を持ったまま対象物を睨み付ける、狙いは無論、プレイヤー達を追い回しているコボルドロードだ。

 

「痛みがリアルに伝わる? 上等だバカヤロー、それしきの事でこの銀さんがビビると思ったら大間違いだ」

「ちょっとあなた!」

「待たんかい! 初心者のお前が単独でボスとやりあっても勝てる訳ないやろうが! それもそいつはワイが以前やった時とは別格の強さや!」

 

吐き捨てる様に呟くと銀時はこの部屋に初めて来た時と同様、単身でボス目掛けて走り出す。

 

二人の制止も聞かずに、銀時はボスとの距離を一気に縮め、背後に向かって思いきり地面を蹴って飛び掛かる。

 

「ちょっとデカいだけのワン公が調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ!」

「ガァ!」

 

ここからが本当のボス戦、単独で背後から奇襲を仕掛けた銀時の一撃をキッカケに

 

真の戦いが今始まる。

 

 

 

 



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第八層 この信念だけは絶対に

竿魂の主要キャラには兄貴分や姐御的存在がいます。

この物語はそんな先輩方の背中を見ながらひたむきに走り続ける後輩達の物語でもあるんです。

こんな風に言うとなんかちょっとカッコよく聞こえますが

結局はおバカな連中に影響されておバカが増えていき、それがループとなり延々とおバカ共が増えていくそんなおバカな物語だという事です


坂田銀時会心の一撃がボス、コボルドロードの頭部に炸裂する。しかし

 

「ってオイィィィィィィ! HP全然減ってないんだけど!」

 

ボスに飛び掛かり威勢良く先制ダメージを与えた所までは良かったものの、銀時の決死の攻撃は相手のHPを1ドットにも満たない程肉眼では判別できない程の微々たるダメージであった。

 

敵AIに感情があるとするなら、ぶっちゃけ蚊が止まった程度にしか感じていないだろう

 

当然ボスはそんな攻撃を食らっても怯むどころか逆に目の前にいいカモが現れたと、新たに装備した得物、野太刀を宙に浮かぶ彼目掛けて振りかかる。

 

「ちょ、ちょっと待て! 前回あんなに決めたのに速攻銀さんピンチなんだけど! うお!」

 

振りかぶったボスの横一閃が必死な銀時目掛けて無慈悲に振るわれる、だが寸での所で何者かが飛び込んで来て、銀時を抱き抱えてそのままさらに上へと飛んでギリギリ回避に成功する。

 

ボスの一撃を避け切った事にホッとしつつも、銀時はお嬢様抱っこされてる状態で安堵のため息を漏らした。

 

「やっぱりお前は出来る奴だよ、ユウキ」

「もう! 初心者のクセにやぶれかぶれに突っ込まないでよ!」

「性分なんだよ」

 

銀時を抱き抱えているのはユウキだった、彼女の背中からは黒い羽、絵本とかに出て来る悪魔のようなデザインの薄黒い翼が浮かび上がっている。

 

銀時を助けた後そのままフロアの天井よりやや低い所まで飛ぶと、高度を下げてゆっくりと下降していくユウキ。

 

「つうかお前飛べたの?」

「ALO型の闇妖精種だからね、闇妖精はダンジョン内でも短時間の飛行なら可能なんだ。ていうかボクがALO型なの気付いてなかったの? 耳も長くなってるしパッと見で一番わかりやすいタイプなんだけど?」

「いやそもそもALO型とか闇妖精種とかってのがよくわからねぇし」

 

また知らない単語が出てきた、キリトに聞いてみるかとか内心思いながら銀時はユウキと共に床へ着地すると

 

再び咆哮を上げるコボルドロードを見上げ舌打ちする。

 

「しっかし攻撃が全然通らねぇとはどういうこったコイツは……一面ボスじゃねぇのコイツ?」

「見た目だけじゃなくてステータスの方も飛躍的アップしてるみたいだね、序盤で手に入る銀時の武器なんかじゃまともにヒットしてもロクに減らせないよきっと」

「じゃあどうすりゃコイツを止められる」

「今の銀時じゃまともに戦いにならないよ、ここはボクに任せて」

 

銀時の問いかけにユウキは腰に差した細剣を取り出して返事すると

 

そのまま眼前のボスを見据えたまま一気に床を蹴って猛ダッシュ。

 

「こっちの世界なら君よりボクの方が強いんだから……!」

 

そのあまりにも速い俊足に銀時が目をパチクリさせるのも束の間、ユウキは背中から再び羽を取り出してボス目掛けて飛翔、そして

 

「どりゃぁぁぁぁ!!!」

 

コボルトロードの厚い胸板に高速の一太刀を浴びせた。HPバーはやはり全然減ってはいないが、それでも銀時の時に比べればはっきりとダメージを与えられたと認識できる程度には確認できる。

 

ユウキは一撃を与えた後すぐに空中で宙返りして逆方向、つまり銀時の方へと飛んで戻って来る。

 

「ね? 銀時よりもボクの方が戦えるでしょ?」

「まあまあだな、いい線いってるんじゃない?」

「もう素直に認めてよ……」

 

頭上で浮きながら嬉しそうに微笑みながら見下ろしてくる彼女に、銀時はしかめっ面を浮かべながらも渋々彼女の腕を評価する。

 

「だけどその斬っては逃げっていう戦法は長く通じねぇぞきっと」

「え?」

「オメェだけでチマチマ与えても最終的には消耗戦になって、お前の方が先に参っちまうだろうが」

「ボクだけならね、けど忘れてない? ここにはボクと同じぐらいの手練れがいるんだよ」

 

銀時の隣に綺麗に着地すると、ユウキは真正面にいる敵の向こう側を見据えて、ボスの背後へと迫る人影を見つけた。

 

「とくに彼はきっと、ボクと同じぐらいのベテランプレイヤーだよ」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!! 主人公なのに出遅れた!」

 

コボルドロードの右太もも目掛けて、気合の叫びと共に片手剣で縦にぶった斬ったのは、共にここまで同行したキリトであった。

 

気付かれてない状態で背後からの奇襲によりダメージボーナスも追加で、更にボスに片膝を突かせてちょっとばかりの硬直状態を与えるというおまけ付き。

 

ユウキ以上に相手にHPを削ると、そのまま銀時達の方へ一気に駆けて来る。

 

「状況はキバオウの奴から聞いた、負傷した奴等はエギルが安置になる場所で回復中だ。こっちは?」

「俺とユウキ以外は全員隅に隠れて震え上がってるよ」

「だろうな……俺だって正直逃げさせるモンなら今すぐにでもトンズラしたいよ」

 

やや早口で情報の伝達とこちらの情報も確認するキリトに銀時は仏頂面で答えると、キリトは後方ですっかり恐怖の感情に取り込まれて動けずに震えてる初心者プレイヤーを見る。

 

「アレが当たり前の反応だ、まさかゲームの中でリアルダメージを与えるモンスターが出て来るなんて誰も想像しない、しかもその相手がフロアボスとは……」

「どっちにしろあのディアベルって奴が何かやったってのは間違いねぇ、さっさと終わらせてアイツ締め上げて吐かさねぇと」

「ディアベル……」

 

先程、キリトはエギルと共に慌てふためくキバオウから色々と話を聞いていた。

 

あそこまで熱心に新参プレイヤーに助力し、強いリーダーシップでここまで導いてくれたあのディアベルがこんな真似を……

 

短い間の付き合いで、少しばかり彼を高く評価していた自分としては少々ショックだった。

 

本当に初心者プレイヤーの救済者として多くの初心者を導き一人前として育て上げていった一流プレイヤーのディアベルが本当にこんな事を企てたというのか? どうしても信じられない……

 

「本人に直接聞けば済む話なんだが一体どこに……とりあえず今はコイツを倒そう。ユウキ、援護を頼む」

「オッケー」

「ねぇ、キリト君。俺は?」

「アンタはもっと後ろに下がって他のプレイヤー達と一緒に退避するんだ」

「へ?」

「あのなぁ、初心者の域を超えてないアンタじゃまともな戦力になる訳ないだろ?」

「おいおいまさかの戦力外通告か? 俺だってお前と同じ主人公だぞ? いいのか初陣で主人公蚊帳の外で?」

「事実だから仕方ないだろ」

 

やや不満げな様子の銀時にキリトははっきりとモノを言うと、ユウキと共にボスへとまっしぐらに走り出す。

 

「危ないから絶対にボスに近づくなよ!」

「心配しないで! 銀時はボクが護るから!」

 

背後で銀時がどんな反応しているかも確認せず、まっしぐらにユウキと共にキリトは一気に突っ込む。

 

するとそこへ

 

「あの無鉄砲に突っ込んだ銀髪の男といい、あなた達本当に命知らずね」

 

二人の下へ頭上からローブ姿のあの少女が舞い降りて来た。どうやら彼女もボス討伐に出向くつもりだったらしい。

 

「危ないから下がってて、と言いたい所だけど私一人じゃどうも難しそうなのよ。だから援護に回って頂戴」

「助っ人には感謝するが悪いがあのボスを倒すのは俺がやる、だからアンタは被弾しないよう援護に徹してなるべく俺の後ろに隠れててくれ」

「いやあなたが援護に」

「いやいやアンタが援護に」

「……」

「……」

 

どちらがボスを倒すかについて譲ろうとしない少女とキリト、二人は走ったまましばしの間を取った後……

 

「だから! あなたが私の援護に回るのよ! 相手は本当に私達の本物の体に損傷を与えかねない相手なのよ! そこん所わかってるのあなた!?」

「わかってるからアンタが援護に徹しろって言ってるんだろうが! 万が一にも死ぬ事だってあり得るんだぞ!  危険な仕事は俺に任せろ!」

「はぁ!? あなたに任せる仕事なんか無いわよ! 現実世界でさえ仕事もせずにこうしてゲームばかりしてるあなたなんかに誰が任せるモンですか!」

「現実は関係ないだろ! ここはゲームの世界だ! 現実の事について一切触れるな! 俺のガラスのハートにこれ以上ヒビを入れるな! てかもう割れた! 今ので完全に俺のハートは割れました!」

 

走りながら器用に顔を合わせながら口喧嘩をおっ始める二人を交互にジト目で眺めながら、こんなのを見せつけられてユウキはボソリと口を開く。

 

「どっちでもいいからさっさとやろうよ、もうボスの目の前に来たんだから」

「よし! じゃあ俺が最初に斬りかかってまた片膝を突かせるからユウキは追撃頼む!」

「違うわよ今度は頭部にダメージ与えてのスタン状態に持ち込むの! そっちの方が硬直時間はずっと長いんだから! その後あなたが追撃してね! こっちの引きこもりはアテにならないから!」

「あーもう! 切羽詰まってる状態で下らない喧嘩して! もういいボクが最初に行く!」

 

ボス、コボルドロードの眼前へと到着した状況でもまだ揉めているキリトと少女は置いといて、ユウキは一人羽を出して飛翔して、再び剣を携えて飛び掛かる。

 

「スイッチ!」

 

早速斬りかかってダメージを与えるとすぐに叫ぶユウキ。

 

スイッチというのは後方の者と入れ替わり、隙間なく相手に連続攻撃を繰り出す為の動作の一つだ。

 

ボスとの戦いにおいていかに手を緩めずに攻め続けるかがカギとなる。

 

程無くして一旦下がるユウキに替わって、後方から別の者が相手に攻撃を仕掛けた。

 

それはキリトでも少女でもなく……

 

「ヒメコ!」

「ってぇぇぇぇぇ!? なんで銀時ここにいんの!?」

 

散々ユウキとキリトが口酸っぱくして来るなと忠告していたにも関わらず、いつの間にか自分達と同じ所に駆けて来た銀時が勢い良く叫びながらボスの頭部に光棒刀を突き刺す。

 

当然、彼の攻撃ではHPバーは全く減らない。

 

舌打ちしながらもすぐに先程のユウキと同じ動きを真似するかのように下がる銀時、すると彼が現れた事に動転しながらも、キリトは慌ててボスへと飛び掛かり

 

「え、えーとボッスン!」

 

 

三撃目の攻撃を終えて降りて来たキリトがユウキの隣に立っていると

 

銀時が突如二人の間に割り込んで右腕を胸の方に持ち上げながらボスに向かって

 

「俺達三人揃って! せーの」

「「「「スケット団!!」」」

「よーし決まった!」

「ってなにやらすんじゃい!」

 

銀時に上手ノセられてつい叫んでしまったキリトはすぐに我に返って彼の方へ振り返る。

 

「ずっと後ろに下がれって言ったよな俺!? なんでアンタここにいんだよ!」

「いやだって、ユウキがいきなりスイッチ!って叫ぶから呼ばれた気がして、だってスイッチつったら俺だろ?」

「ボクが叫んだのは連携を取る為の合図に使うスイッチだよ! なんでボスを前にスケット団のメンバー叫ぶ必要があるのさ!」

「勝手な事しないで頼むから大人しくしていてくれ! 頼むから! 三百コル上げるから!」

「ノリノリで一緒にポーズ決めてたお前等が言うのそれ?」

 

自分よりずっと小さな見た目の二人に怒られながらもボソッと呟きながら反省する気ゼロの様子の銀時。

 

そんな三人の会話を一瞥すると、フードで顔を隠す少女は一人ボスの方へ前に出る。

 

「その辺にしておきなさいスケット団、こんな状況を前にしてよくもふざけていられるわね」

「誰がスケット団だ! 俺は元ヤンだった設定とかないぞ!」

「ボクだってゴーグル付けたら集中力上がるスキルとか持ってないよ!」

「おい生徒会執行部! また俺達の邪魔しに来やがったのか!」

「誰が生徒会よ! 私に生き別れの双子の弟なんていないわよ!」

 

三人組のノリについ乗せられそうになりながらも少女は首を横に振って気を取り直すと

 

眼前の敵、コボルドロードがどう動くか冷静に観察する。

 

「いい加減にしなさい銀髪のあなた、これ以上ふざけるとあなたから先に狩るわよ。痛みの発生する最悪の事態を前にバカみたいな真似して……」

「バカみたいな真似? どうだろうな、どの道いい時間稼ぎになっただろ?」

「え?」

 

あまりにも空気を読まない悪ふざけに言動に苛立ちに含ませる少女であるが、銀時はせせら笑みを浮かべながらヒョイッと右手を掲げて

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」

 

瞬間、少女達の立ち位置のすぐ近くをすり抜けて鉛色の弾丸がボス目掛けて一斉に撃ち放たれた。

 

叫ぶ銀時に応えるかのように背後から聞こえたのは他のプレイヤー達の咆哮、思わず少女が振り向くとそこには

 

「見たか! GGO型の真骨頂! 近代兵器による遠距離一斉射撃!!」

「ディアベルさんに教えてもらったかいがあったぜ!」

「こんな時に使わなきゃいつ使うってんだバッカヤロー!」

「GGO型の連中に後れを取るな! SAO型の俺達は囮役としてひたすら走り回れ!」

「ALO型は万が一の為に回復魔法を常時使えるよう準備するんだ!」

「う、嘘……!」

 

先程怯えて隅っこに身を詰めて隠れていた初心者プレイヤーのほとんどがいつの間にかこんなにも自分達の近くに接近しているではないか。

 

それも皆ヤケクソ気味だとか無茶な特攻かまそうとかは考えていない、皆各々の役割に徹する為に首尾よく行動している。

 

こんな大変な状況を前にも関わらず一体どうして……

 

「簡単なこった、俺がアイツ等に言っただけだ「直接戦闘はしなくていいから俺等の援護してくれ」ってさ」

 

疑問を浮かべる少女を察してか、銀時は髪を掻きむしりながらぶっきらぼうに答える。

 

「連中が動けなかったのはあのボスと戦う事への恐怖だ、それさえ取り除けばあのディアベルの野郎から教えてもらった事をキッチリこなせるぐらいはまともに動ける様になる。戦わなくていいからサポートだけしてろ、コレだけ言っておいて時間をかければ、いずれはあの中から一人立ち上がり、そしてそこからどんどん後を追う奴等が増えていく」

 

少女はフードの奥から銀時を凝視する、まさか怯えていた彼等をこんな短期間であっさりと立ち上がらせてしまうなんて……

 

「あのトゲトゲ頭の野郎がキチンと先導しているみたいだな、伊達に熟練プライヤー名乗ってた訳じゃねぇってか」

「……あなた一体……いや、今はそんな事気にしてる場合じゃないわね」

 

満足気味に頷く銀時を見て、彼が何者なのか疑問に浮かぶが、聞いてる場合じゃないと少女はフゥッと息を漏らして、頭に被っていたフードに手を伸ばしてひっぺ返す。

 

「彼等にも危害が及ばぬ様、早急にケリを着けましょう」

 

素顔を晒して凛とした目でボスを見上げた少女

 

年はキリトとさほど変わらないぐらいのあどけなさの残った顔付きをしている。

 

栗色の長い髪をなびかせ戦おうとする少女が自分の前に出ると

 

その時、銀時は反射的に彼女の横顔をジッと見てしまった。

 

(コイツ……)

「もうあなたの出番は終了よ、さっさと下がって」

「……あいよ」

「?」

 

案外すんなりと引き下がるんだなと少女は意外そうな表情を浮かべているのを尻目に、銀時はそそくさと後ろに後退してキリトとユウキの横を通り過ぎる。

 

「んじゃ、後はよろしく。ボスが死ぬ間際になったら教えろ、俺がトドメ刺すから」

「絶対に教えないから安心しろ、もうこっちに来るなよ」

「あの子……」

 

去り際にまだ漁夫の利を狙っている様子の銀時につっけんどんに返すキリトだが、ユウキは一人レイピアを構えてボスに挑もうとする少女を魅入ったように見つめていたが、しばらくして首を横に振る。

 

「ってそんな場合じゃないか、僕等も行こうキリト、女の子を一人で戦わせたら男の名が廃るよ」

「言われるまでもないさ」

 

気を取り直して少女の下へと向かうユウキ、そしてキリトもまたしかめっ面で共に駆け出す。

 

「ちょっとばかり可愛い顔してるからって調子に乗りやがって、どっちが強いかあの女に教えてやる」

「どうして君達はそう張り合おうとするのかな……」

「おいお前等!」

「あ、エギル」

 

何か企んでるかのように悪い笑みを浮かべるキリトにユウキがジト目でボソリと呟いていると

 

二人の下に後ろから同じくベテランのエギルが追い付いて来た。

 

「傷付いた連中をやっとこさ安全圏に運び終わった所なんだが、こっちも色々と大変な事が起きてるみてぇじゃねぇか! だが何よりもあの女だ! まさかあの女が潜り込んでたなんて!」

「なんだエギル、あのいけ好かない女性プレイヤー知ってるのか?」

「ってお前知らねぇのかよ! なんでどいつもこいつも情報に疎いんだよ! ありゃあ……!」

 

どうやらエギルは彼女の事を知っているらしい、血相変えて少女の後ろ姿を見つめる彼に釣られてキリトも見ていると

 

彼女は纏っていたローブを引き千切るかのように乱暴にほおり捨てて

 

真紅と白をベースとした軽装の鎧をあらわにする。

 

「EDOでもトップクラスのギルドである血盟騎士団のナンバー2! ”鬼の閃光・アスナ”だ!!」

「血盟騎士団!? ア、アイツが!?」

 

血盟騎士団と聞いてキリトは目を丸くさせて驚く。

 

その名を聞けば泣く子も黙ると他のプレイヤー達から恐れられており、活動は主に治安維持を目的としたギルドであるのだが、少しでも迷惑行為を行えば問答無用で相手を葬り去る程容赦が無い、ソロプレイのキリトでも知っている。

 

そしてその彼女こそが、あの泣く子も黙る血盟騎士団の副団長、アスナなのだ。

 

キリトが口を開けて呆然としていると、彼等の話を聞いていたのか、少女ことアスナが不機嫌そうに振り返って来た。

 

「血盟騎士団か、私はどちらかというと血盟組って呼ばれる方がいいわね、それとナンバー2じゃなくて副長って呼んで欲しいわ。そっちの方が現実世界の”あの人達”と親近感湧くから好きなのよ」

 

それだけ言うとアスナは再び前へと向き直り、既に足元近くまで接近していたコボルドロードを見上げて斬りかかる。

 

さっきよりも更に早いスピード、更に正確に的を射抜いて

 

「私に続きなさい引きこもり! スイッチ!」

「何自然に人の名前を引きこもりにしてんだ! 俺の名前は……!」

 

ボスの左太ももを傷つけて一瞬グラつかせるアスナに続いて、キリトが剣を抜いて叫びながら

 

「キリトだ!」

「グオォォォォォォォ!!!」

 

彼女が攻撃を与えた箇所に更に渾身の一撃を叩き込む。

 

その結果コボルドロードは右足に続いて左足にも深手を負い、両膝を地面に突いて再びダウンした。

 

鮮やかに決めたキリトは参ったかと言った感じでアスナの方へ振り返ると、彼女は眉間にしわを寄せたまま

 

「引きこもりの人で、キリト……なるほど、上手いわね」

「なんでお前までそう認知すんだよ! 違ぇから! 感心してる所悪いけど全然違ぇから!!」

「それと腕の方も悪くないんじゃない? まあウチの局長には及ばないけど」

「ああそうかい……だが俺の力はまだまだこの程度じゃ……!」

 

あくまで上から目線でモノを言って来る彼女に、キリトがムキになりながら、倒れたボスへの追撃を始めようとすると

 

フロアボス・コボルドロードの目が怪しく光る。

 

「ガァァァ!!」

「な! コイツもうダウン状態から立ち直りやがった!」

「まさかHPを一定まで減らした事によって気絶半減のスキルが……! 回避!!」

「ダメだ! この距離だと避ける暇も……!」

 

突然両膝から崩れ落ちた筈のボスが立ち上がり右手に持った野太刀にグッと力を込め出す。

 

反撃が来る! しかもまた全方位系の! それを感じ取ったアスナは皆に回避命令を出すがもう遅い。

 

「グォガァァァァァァァァァ!!!!」

 

『気絶半減』追加の上に更に『溜め時間半減』かよ……

 

一瞬の最中、キリトは片手剣だけで必死にガードしようとしながらそんな事を考えていると

 

さっきまでよりも更に早い動作でボスは必殺技、旋車を発動して周りに斬撃を嵐のように振り回した。

 

一番距離の近かったキリトはまともに食らい、背後にいたアスナも巻き添えになって後ろにぶっ飛ばされる。

 

その攻撃を食らった直後キリトは呻き声すら出せず、彼のHPバーは一気に削られて半分以下に達してしまう。

 

そして2年間やっていたVRMMOで初めての体験を感じる。

 

仮想世界では絶対にあり得ない筈の、『痛み』だ。

 

「ぐぅ!!」

 

斬られた箇所は腹部、そこからとてつもなく身悶えしそうな強烈な激痛が彼を襲った。

 

ぶっ飛ばされたもののすぐに持ち直して復帰すればいいだけの事、しかしそれは今までのEDOでの話だ。

 

この吐き気も催す程の苦しみの中では、とても立ち上がれる気がしない。

 

腹を押さえながらキリトは苦悶の表情でなんとか顔だけ上げると、ボス・コボルドロードは無様にひれ伏す自分をあざ笑うかのように咆哮を上げていた。

 

あの現実世界で自分をいたぶって来た天人の様に

 

「これじゃあまるで現実じゃないか……」

「キリト!」

 

仮想世界で活躍するキリトではなく現実からひたすら目を背ける桐ケ谷和人に戻りかけていると、慌てた様子でユウキが駆けつけて来てくれた。

彼女はキリト達より後方にいたので上手く逃げおおせたらしく、HPバーは無傷のままだ。

 

「大丈夫!?」

「どうだろうな……もしかしたら現実の俺の身体は腹から腸が出てるかもしれない……」

「妹さんがそれ見たら卒倒モンだね……」

 

現実の身体がどうなっているのかわからないが、流石にそこまで酷い状況にはなってないだろう。

 

性質の悪いキリトの冗談に苦笑すると、ユウキは彼と同じくボスの一撃を食らったアスナの方へ振り向く。

 

「……君は大丈夫なの?」

「……そ、そんな軟弱者と一緒にしないでくれないかしら?」

 

彼女もまたキリト同じぐらい鋭い一撃を浴びたにも関わらず、HPを黄色にした状態で剣を杖代わりにヨロヨロと立ち上がっているではないか。

 

痛みをグッと堪えながらも必死の形相でただボスを睨み付けるその姿に、倒れたままの状態でいるキリトは目を大きく見開く。

 

「アンタ……! なんでまだ立っていられるんだ……!」

「……許せないから」

 

キリトの問いにアスナは振り向く余裕もなく、静かにその答えを告げた。

 

「EDOの治安を護るのが血盟組の任務……だからこの世界に脅威を及ばす奴は絶対に許せないのよ……!」

「!」

「泣く子も黙る武装警察・真撰組の様に心を強くして戦うって決めたの! 例えはらわた出そうとも敵を前に呑気に寝ていられる訳ないでしょ!」

 

杖代わりにしていた得物のレイピアを右手に携えて、アスナは決意を込めた眼差しで眼前の敵、ディアベルがシステムを操作して強化したコボルドロードを睨み付けたまま強く叫ぶ。

 

その後ろ姿にキリトは少し悔しいという感じながら、思わず強く魅入ってしまった。

 

自分もまたこの世界に危険分子をばら撒いたディアベルが許せない、しかしこうして無様に転がって奴の思い通りの絵面になっている自分とは対照的に、彼女はなんと強いのであろうか……

 

同じぐらいの痛みに耐えながら懸命に戦おうとするアスナを見て、キリトもまたグッと力を込めて立ち上がろうとする。

 

だがその時だった。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!」

「な!」

「しま……!」

 

ボスが雄叫びを上げながら急にこちらに向かって走り出したではないか、今までずっと移動速度の遅い重攻撃型だと判断してそう決めつけていた自分を呪った。

 

アスナ、ユウキ、そしてその背後でまだ倒れているキリトの下へコボルドロードが一気に迫って来る。

 

他の新参プレイヤー達が慌ててボスに向かって再び一斉射撃を放つ、しかし奴は止まらず、ただただ自分達の息の根を止める事に執念を燃やしてるかのように目をギラつかせて野太刀を振り上げた。

 

もし奴の一撃でHPがゼロになったら……一体自分の体はどうなるのか、もしかしたらさっきの様に軽く冗談を言える事態にならないんじゃ、いや口さえ開く事の出来ないただの肉の塊となってしまうのでは……

 

咄嗟に悪い方向にばかり思考が傾いてしまうキリト、しかしそんな事も露知れず、彼の前にいたユウキはグッと足に力を溜めると

 

一気に床を蹴って向かって来るボスに真正面から応えるかのように走り出す。

 

「ユウキ!?」

「ここはボクが食い止める!」

 

呆気に取られて叫ぶキリトを尻目にユウキはボスの振るう野太刀を惹きつけて、前のめりにのけ反ってギリギリ奴の繰り出す横一閃を避け切ると、ボスの懐目掛けて細剣の突きを浴びせる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

EDO歴の長いキリトでも、あそこまで怒涛の勢いで連続で責めるソードスキルは見た事が無かった。

 

彼女発案のオリジナルスキルなのであろうか? 9、いや10連撃はあるであろうラッシュアタックを振るいながら巨体のボスのHPを一気に削っていく。

 

「スイッチ!」

 

10回連続攻撃によるカウンターを終えるとすぐ様切り替え動作を行い、ユウキに続いて半ば疲労気味のアスナが奥歯を噛みしめながら彼女に負けじと強烈な単発突きスキル『リニアー』を発動させてボスの急所を捉えていく。

 

遂に本領発揮したユウキの実力の片鱗を垣間見たキリトが言葉を失っていると、駆け寄って来たエギルが隣でしゃがみ込んできた。

 

「立てるか?」

「俺の事はいい、早くアイツ等を助けにいってやってくれ! どんなに強くても、あのボス相手に二人じゃ身が持たない……!」

「まだ他人に気遣いが出来る余裕があるなら大丈夫だな、じゃあ俺はアイツ等の援護に行って……な!」

「しまった!」

 

エギルがキリトの安否を確認して自分も戦いに赴こうとしたその時だった。

 

アスナがスイッチと叫び再びユウキがボスの前に躍り出た時、奴は、コボルドロードがは狙いすましたかの様にそのタイミングで突如巨体を揺らして後退し、彼女の追撃のタイミングを外してきたのだ。

 

そんな動きをAIがしてくるとは思いもしなかったキリトと同じく、ユウキも「ヤバッ!」と面食らった表情で焦る。

 

迎え撃つなら絶好の機会、と言わんばかりにコボルドロードは野太刀を両手に構えてユウキ目掛けて振り上げた。

 

あの動きは『兜割り』、刀専用スキルであり隙はデカいものの相手単体に渾身の力を繰り出す一撃一刀の技。

 

突っ込んでいた体勢であったユウキはとても避けられる状態ではない、どうすれば……

 

っとキリトが唇を噛みながらなんとか立ち上がろとするその横を

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

尋常じゃない速さで誰かが通り過ぎて、ユウキの下へと駆け出していくと

 

あっという間に彼女とボスの真ん中に割り込む。

 

その人物の正体は……

 

「ぎ、銀時!」

 

自分達に散々戦力にならないと烙印を押さえて後ろに下がっていた銀時であった。

 

どうやら戦いの状況を見て何やら不穏の気配を感じ取ったのか、得物の光棒刀を構えてここまで走って来たらしい。

 

そしてユウキが呆気に取られているのも束の間

 

「うわ!」

 

突如銀時は彼女の方に振り返りぶっきらぼうに片手でユウキを突き飛ばす。

 

「グォガァァァァァァァァァ!!!」

 

そしてそれと同時に、ボスは両手に持った野太刀を振り下ろした。

 

彼に突き飛ばされた時、ユウキは頭上から迫るその一撃に振り返りもせずに無言でこちらだけを見つめてくる銀時を見る。

 

 

 

 

 

 

 

何故だかわからないがこちらにフッと笑みを浮かべる彼の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

「銀……!」

 

ユウキが手を伸ばして彼の名を叫ぶよりも早く、ボスの一撃は容赦なく彼に鉄槌を食らわらせる。

 

その途端、周りに撒き散らされるは激しい揺れと砂埃

 

ユウキは腕で顔を覆いながらすぐに彼の安否を確かめる為に駆け寄ると

 

 

 

 

 

 

 

「あ!」

 

床に倒れてピクリともしない彼を見つけた、彼の右上にあるHPを見ると残り僅かの体力が赤く点滅している。

 

「銀時! しっかりして! 銀時!」

 

半ばパニックになりながらも必死に彼の名を叫びながら駆け寄ると、倒れている彼の身体を揺さぶり始める。

 

すると意識が飛んでいたのか、目を閉じていた彼がゆっくりとしんどそうな表情を浮かべて彼女の方へ顔を上げ

 

「……だからリアルネームで呼ぶなつってんだろうがコノヤロー」

 

いつもの悪態を突くがどこか覇気がない銀時は、彼女の手を振りほどいて自力で立ち上がった。

 

キリトやアスナ以上にその体には強烈な痛みが発生しているであろうにも関わらず

 

「いててて……マジで体に響きやがる。ホント訳わかんねぇなチクショウ……」

「どうして……どうしてボクよりずっと弱い銀時が庇うなんて真似するのさ……」

「アホか、もしボスの一撃を食らいでもしてリアルの体に支障でもあったら……オメェの場合それで死んじまうかもしれねぇじゃねえか、テメーの体が貧弱な事忘れてんじゃねぇだろうな?」

「……」

 

ぶっきらぼうに呟く銀時にユウキは神妙な面持ちで黙り込んでしまっていると、銀時はふと手に持ってた筈の光棒刀が消えている事に気付いた。

 

どうやら自分と同じくボスの攻撃に飲まれた彼の得物は、食らった時にその耐久力が尽きて壊れてしまったらしい。

 

それに銀時は舌打ちすると、後ろにいるユウキに背を向けたまま静かに口を開いた。

 

「俺はぁ師を殺し、惚れた女を見殺しにしちまった男だ。そんな野郎なんざが護れるモンなんてたかが知れてるけどよ」

 

力ない声でそう言うと銀時はゆっくりと彼女の方へ振り返る。

 

「誰も救えなかったこんな俺にとっちゃ、お前だけは死んでも護るって決めてんだ」

「銀時……」

「柄にもねぇ顔すんな、いつものヘラヘラ笑っているマヌケ面は何処にいったんだよ」

 

それは償いの為か、それとも己の信念の為か、こちらに笑いかける銀時の顔を見てユウキが彼に馬鹿にされながら泣きそうになっていると

 

ふと彼の目の前に突如メニュー画面が開くのが見えた。

 

そこに書かれていたのは……

 

 

 

 

 

 

 

『エクストラスキル発動条件達成・エクストラ武器解放』

 

 

 

 

エクストラスキル、条件によって達成するプレイヤーが持つ必殺の特殊スキルだ。

 

そしてエクストラ武器、これはエクストラスキルが解放された時にのみ装備出来るという強力な力を兼ね備えた武器の事……つまり

 

「銀時! 急いで武器欄に入ってる特殊武器って奴の項目をチェックして装備!!」

「は? うわ、よく見たら俺の前になんか出てる、えーと何々……」

「一々読まなくていいから! 早く!」

 

さっきまで泣きそうだったくせに急に急かしてくるユウキに、銀時は「は?」と戸惑いつつも、とりあえず言われた通りにやってみるが、背後からは再びボス・コボルドロードがこちらに攻撃をせんと武器を振り上げていた。

 

「一か八かお姉ちゃんが君の為に残してくれた特殊スキルと武器に賭けよう!」

「それ負けた場合どうなんの?」

「ボクと銀時が仲良く心中って事になるかもね……」

「そいつは願い下げだな、お前と手ぇ繋いであの世なんざいったらあっちで藍子にシバかれる」

 

誰がお前と一緒に死んでたまるかとニヤリと笑いながら銀時がメニューを操作し終えると同時に

 

「グオォォォォォォォ!!!」

 

コボルドロードの野太刀の一撃が銀時達に目掛けて振り下ろされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九層 竿魂

またまた春風駘蕩さんからイラストを頂きました。

竿魂のタイトルロゴです(感動


【挿絵表示】


そして奇跡的というか今回の話のタイトルも竿魂です。


コボルドロードの咆哮と共に無慈悲なる一撃が銀時とユウキの頭上へと振り下ろされた。

 

HPも残り筈かであった筈の銀時はもう助からない、最悪ユウキも……立ち上がろうとしていたキリトが生唾を飲み込みつつ凝視していると

 

ボスの一撃により撒き散らされた砂埃でよく見えなかったが

 

「ハハハ、正直ヒヤヒヤしたよもう」

「全くだ、こういうモンがあるなら言っとけよあの女」

「言っても聞かないじゃん」

「まあな」

「!」

 

渇いた笑い声を上げるユウキといつもの悪態を突く銀時の声

 

二人は健在だった、しかしどうして……

 

やがて砂埃が消えると二人の姿をはっきりと捉えることが出来た。

 

ユウキは腰が抜けたのかその場に両手を突いて座り込んでいて

 

一方銀時の方はというと

 

あのコボルドロードの振り下ろされた野太刀と、”新たな武器”で真っ向から鍔迫り合いを行っていたのだ。

 

キリトが驚いたのは

 

二人の生存

 

そしてなおかつまだ余裕が残して会話ができる状態

 

あろう事かあのボスと正面からの一騎打ち

 

しかしそれだけではない。

 

彼が持つその奇妙な武器こそがキリトが一番度肝を抜いた衝撃だったのだ。

 

「刀……!? しかもあの長さは……!」

 

痛みも忘れてつい反射的に立ち上がってしまったキリトは銀時の持つ武器を見て「刀」と呟くが

 

正しくは「刀みたいな見た目をした武器」と呼ぶべきであろう。

 

手で握る部分の『柄』、柄を握る手を守る為の部分『鍔』、相手を斬る部分『刀身』

 

それら刀に必要な部位が揃っているのでつい刀だと思ってしまったが、よく見ると明らかにそれは普通の刀とは大きく違った。

 

まずよくわかる違いはその『長さ』だった、EDOにおける刀系の武器は激レア中の激レアアイテムなので普段滅多にお目にかかる代物ではないのだが、その長さは平均サイズだと二尺三寸(約70cm)ぐらいだとキリトは聞いている。

 

しかし銀時の持つ刀の刀身の長さは三尺(約100cm)……コボルドロードのの持つ野太刀にも引けを取らぬ程その剣先は長い。

 

そしてもう一つはその刀身の「形」

 

翆色に輝くその美しき刀身にはまるで飛行機の翼の様なモノが搭載されていた

 

飛行機の飛行速度をコントロールする為に上下して揚力を発生させる為のフラップが逆刃の方に付いており

 

刃の部分にも風のまま靡いて空気抵抗を減らす為のスラットがあるのを確認できる。

 

これら二つがパッと見でわかる普通の刀とは違う部分、銀時の手に隠れて良く見えないが、柄頭の部分も妙に膨らんでいるので、もしかしたら”何か”あるのかもしれない。

 

以上の事を踏まえてキリトはあの特殊な形状した武器を見つめながら一つの結論を導き出す。

 

「これでわかった、あの人がコンバートで手に入れた特殊スキルの正体は『巌流≪がんりゅう≫』だ」

 

【巌流】

EDOの世界にある特別な流派系スキルである。

 

会得条件は昔、キリトはとある情報屋から聞いたのだが至ってシンプル

 

『んーとにかくバカみたいにぶっ飛んだ付加能力のある武器を扱い続ければいいのサ』

 

つまり常人ではまともに扱えない様なデタラメなモンを装備して扱い続ければいい、それだけだ

 

この世界では剣や素手、杖や銃等と武器の種類が非常に多いのだが、その中には物凄く扱いにくそうな武器、半ば製作スタッフの嫌がらせに近いような奇妙なモノがちらほらあるのだ。

 

キリトのストレージボックスにも「威力は高いがHPが常に1になる呪いの剣」などという使いどころが難しい武器が入っている。

 

そういった使えば尋常じゃない強さを持てる代わりに確かなデメリットも存在する極めて扱いにくい武器の底力をを限界まで引き延ばして操ることが出来るのが、【巌流】である。

 

このスキルがあれば特殊な武器を装備するだけでそのプレイヤーのステータスも飛躍的上昇する。

 

恐らく今の銀時であれば初心者でありながらもかなり強くなっている事であろう。

 

「あの武器がいきなり仕えた所から察するに、やっぱり条件が達成したら装備出来るタイプか」

 

差し詰めあの武器はHPが一定以上減ってから初めて使えるといった所か、だからこのピンチな状態で解放されたのだろう。

 

そうキリトが推測してい内に

 

銀時はボスとの鍔迫り合いの中、急に目をカッと見開くと否や、そのままググッと両手で刀を押し上げて

 

「ナメんなワン公がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「グオォォォ!」

 

自分よりもずっと図体のデカい相手を武器事弾き飛ばしたのだ。これにはボスも面食らったかのように驚いてるかのようなリアクションを取っている。

 

さすがにデタラメ過ぎるだろ……とキリトが内心呆れつつも、恐らく武器だけでなく銀時自身の潜在能力も関係しているんじゃないかと考えていると、銀時は新たな武器を手に取ったまま、頭に巻いた白い鉢巻きをなびかせ、ボスへと飛び掛かると

 

「せいッ!」

 

縦振りの一閃が右腕へと振り下ろすと、ボスのHPがはっきりと減るのをキリトは確認した。

 

初期装備の光棒刀程度では全く与えられなかったダメージが

 

巌流持ちによりステータスアップ、更に特殊な刀を使った途端この威力である。

 

そして銀時の攻撃はまだ終わらない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

片手で長い刀を持ったままブンブンとボス目掛けて振り回す銀時。

 

ただデタラメに振っている訳ではない、的確にクリティカルに当たる部分、つまり頭から足のつま先にかけての急所のみを狙って次々と斬り刻んでいく。

 

やはり攻撃スピードも格段に速くなっていた、元からかなり早かったのだが、恐らくあの刀の形状から察するに空気抵抗を極力減らし、振る重さを感じさせず、更に鋭い斬れ味を殺さずに攻撃し続けることが出来るのであろう。

 

「コイツで!」

 

もはや悲鳴すら上げれずに怯んで動けない状態でいるボス目掛けて、ラッシュを浴びせ終えた銀時は最後に刀を両手に構えて

 

「どうだぁ!」

 

強烈な振り上げ攻撃を与えて、ボスの腹部から左肩までの間に一本の綺麗な線が残る。

 

しばしの間をおいてそボスの身にバッドステータスの一つである「出血」が発生し、傷口の部分から大量に赤い血を噴き出しながら腹ばいになって倒れてしまった。

 

目の前で倒れた強敵・コボルドロードを見下ろしながら銀時は手に持った刀を軽く振って血を払う。

 

「……あり? 終わった?」

「いやいや今は出血状態で動けないだけ」

 

さっきまでの血気盛んな表情は何処へやら、あっという間にいつもの死んだ魚の様な目をパチクリさせて銀時は倒れたボスの様子を伺い始める。

 

程無くして先程彼に助けられたユウキが後ろから駆け寄って来た。

 

「ボスのHPバーまだ1本残ってるでしょ? 今の内に態勢整えてトドメの準備しようよ」

「んだよ結構ダメージ与えたと思ったのにまだ生きてんのかよコイツ……」

 

ボスのHPバーが残り二本になった所でボスが凶暴化。

 

それからキリト、ユウキ、アスナの三人でダメージを与え(おまけで銀時)1本の2/3消費。

 

そして銀時一人のラッシュでまた残りの1/3削った事によって三本目のHPバーが消滅。

 

とどのつまり残す所はあと一本という事である。

 

「いやぁ凄かったよホント、まさかお姉ちゃんが銀時の為にそれを残してくれていたなんて」

「それ?」

「うん、まさかあの絶体絶命のピンチでそれが出てくるなんて、いやうっすらと予想は付いてたんだけどね。お姉ちゃんが銀時の為に残すモノっていったらやっぱりコレかなって」

 

そう言って微笑みかけながら銀時の手に持つ長い刀を見つめる

 

「『物干し竿』、GGO型でしか装備出来ない機械内蔵型超特殊レア刀であり、HPが半分以下に達しないと装備出来ないエクストラ装備、そしてGGO型のお姉ちゃんが初めて手に入れた時からずっと愛用していた剣……」

「コイツが……通りで初めて掴んだ時になんか生あったかくて嫌な感じがした訳だ」

「そこはお姉ちゃんの温もりを感じるとか言ってあげたら?」

「誰がそんな恥ずかしい台詞吐けるかってんだ……」

 

チャキッと刀を垂直に立ててまじまじと見上げる銀時がボソッと呟くが、仏頂面のその顔には心なしか亡き恋人に託された剣を眺めながら安らぎと懐かしさを覚えてる様な、そんな気配をユウキは感じた。

 

素直じゃないんだからと思いつつ、ユウキは確かな嬉しさとほんの少しの寂しさを覚えながら銀時を見守る様に眺めていた。

 

しかしそんな状況でも空気を読まずに、いやAIとしては空気を読んでいるからこそここで動いたのか。

 

気絶していたコボルドロードが白目を剥き出しながらゆっくりとこちらに向かって起き上がって来たではないか。

 

「ガ……ガァァァァァァァァァァ!!!」

「うん、ねぇ銀時、ノスタルジックに浸ってる所悪いけどボスが起きたみたい」

「へ? ってなにぃぃぃぃぃぃぃ!? いくらなんでも早起き過ぎだろ! ラジオ体操に行く小学生か!」

「いやぁそういやコイツ気絶半減追加されてたんだっけ、失念してたわめんごめんご」

「いや待てこっちは動き過ぎててまだ疲れて……!」

 

仮の体でありながら不思議なのだが、この世界でもまた体をフルに使い過ぎると息切れを起こしたりその場で倒れ込んで動けなくなってしまう現象はよくある事。

 

銀時もまた先程かなり体を動かしまくったので、その反動で呼吸を整え体力の回復に徹していたのだが

 

それをボスは許さず、容赦なく立ち上がるとすぐに手に持った野太刀を振り上げようとする。

 

しかし

 

「させるか!」

「おーキリト! GJ!」

 

寸での所で駆けつけてきたのは先程痛みの恐怖で動けずにいたキリトであった。

 

黒いコートをなびかせながら颯爽と現れるや否や、手に持った片手剣でズバッとクリティカルヒットを与えてボスを後ろにのけ反らせる。

 

現れた彼にユウキが称賛の声を送るが、銀時の方は彼が来た事よりも、ユウキが先程言った言葉が理解できなかった様子で

 

「ジ、ジージェイ? 何それ、なんの略語?」

「good jobだよ、良い仕事したねって事」

「なるほど」

 

それを聞くと銀時は突然パチパチと両手で鳴らしながら背中を向けているキリトに向かって

 

「おーキリト君GJだよマジGJ~でも現実世界ではNJ~」

「斬ってやりたいがそっちも随分と仕事してくれたから許してやるよ……アンタはそこで休んでろ、こっからは俺が代わる」

 

助けてやったのに小馬鹿な態度取って来る銀時にイラっと来ながらも、キリトは若干後ろに下がっていたボス目掛けて走り出しつつ、剣を持ってない方の手を背中に回す。

 

「こちらもHPは半分以下に達した、おかげでこっちも本領発揮だ……!」

 

そう呟くとキリトの背後からフッと漆黒の禍々しいデザインの片手剣が現れたではないか。

 

それを後ろから見ていたユウキはビックリ仰天して「あ!」と声を上げる。

 

「あれってもしかして第五十層のフロアボスにラストアタック決めると低確率でドロップするとかいう魔剣『エリシュデータ』!?」

 

極めて入手困難で現物を拝む事さえ難しい程の激レア武器、キリトは背中に現れたそれを手に持つと、両手で剣を持ったまま更に加速する。

 

その姿を見てユウキは「ははーん」となるほどといった感じで頷いた。

 

「そういえばエリシュデータの付加能力は「体力半分以下にならないと装備出来ないが片手剣装備状態の時でも装可能となる」だっけ……」

「どういうこったよ?」

「簡単に言えばね、エリシュデータは銀時の物干し竿と同じで普段は装備出来ないけど、HPがごっそり減ったら装備が出来るの、片手剣装備したままね、つまり……」

 

ユウキが銀時にわかりやすく説明しようとする途中で

 

キリトは”二振りの剣”を両手で持ち構えながらボスに斬りかかった

 

「二刀の剣を持つ”二刀流”だよ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「グルァァァァァァァァ!!!!」

 

銀時も攻撃スピードもすさまじかったがキリトはそれを凌駕する動きで敵のHPをどんどん削っていく。

 

さすが現実をないがしろにして廃人プレイヤーに徹した実力者は伊達じゃない。

 

二振りの剣を交互に振り抜きながら攻撃を与えていると思えば、両手の剣を構えたまま空中を回転しながら斬撃を浴びせる等。

 

ソードスキルを併用して現実では到底無理な動きを次々と混ぜ込みながら怒涛の勢いで攻め立てる。

 

ソードスキルは発動すれば自動で体が動き、アクロバティックなアクションを誰であろうと使えることが出来る。

 

何も使わず己の身体能力のみで戦っていた銀時とは違い(それはそれで末恐ろしいだのが……)

 

キリトはゲーマーらしくあらゆる戦闘システムを熟知した上で戦う事を生業としているのだ。

 

「多分キリトも銀時と同じ【巌流】所持者なのかも、いやぁアレ結構珍しいスキルなのによく手に入れたね、ボクすぐに挫折したのに」

「二刀流ってそんな珍しいのか、じゃあ俺もコイツ口に咥えて刀二本両手に装備して三刀流目指そうかな」

「お姉ちゃんの大事な愛刀を口に咥えないでよ……それじゃあボクも行くから」

「待て待て待て、お前はダメだろ危ないから」

「えー」

 

何やらキリトに対抗意識を燃やして変な事やろうとしている銀時にユウキはジト目で口を挟みつつキリトの下へ出向こうとするが、それを許さないと銀時が彼女の手を握る。

 

「テメーの体の事考えろよ、お前は危険だからもう大人しくしてなさい」

「いやでもキリト一人じゃまだボスを倒し切れ……」

「んなもん心配しなくていいんだよ、ほれ」

 

絶対に行かせないという感じできつく手を握り締めてくる銀時にユウキはちょっと照れながらも後頭部を掻きながら異議を唱えようとする。

 

しかし銀時はそんな心配ないと目配せする。

 

「キリト君の為にべっぴんさんが助太刀に行くってよ」

「それ私の事言ってるの?」

 

銀時の視線の先には回復ポーションを飲み終え戦いの準備をしているアスナの姿が

 

キリトの為、という部分が引っかかったのかジロリと銀時に目を向けた後、すぐに彼女は腰に差すレイピアを抜いて駆け出す。

 

(何かあるんじゃないかと思ったけど、あの黒い服装と二刀流……なるほど、山崎さんの情報通りならあのプレイヤーが……)

 

ボスよりもキリトの姿をまじまじと見つめながら奥歯を噛みしめると

 

キリトがボスを豪快に跳ね飛ばした隙に

 

間髪入れずにアスナが横から割り込んでボスを突き刺した。

 

「援護ありがと、引き続き私のフォロー回ってちょうだい」

「誰が回るか誰が……人の得物を横から狩り取ろうとするとかそれでも血盟騎士団か」

 

華麗に追撃を与えたアスナだが、上から目線の物言いにはさすがにキリトもイラっと来ながら皮肉を浴びせる。

 

そうしている内にボスは転ばされた状態からゆっくり起き上がろうとする、だがそれを許すまいと

 

「おおっと! 俺を忘れちゃ困るぜ!」

 

コボルドロードの右足に向かって豪快に両手持ちの大斧を振り抜くのはエギル。

 

立ち上がる際に足に重心を置いていたボスは再び苦悶の表情を浮かべながら尻もち突いてしまう。

 

三人のベテランによる奇妙な連係プレイによって、ボスはすっかりたじろいでいる。

 

しかも

 

「オラぁ! 撃たんかいお前等! ここで撃たなきゃいつ撃つんじゃボケェェェェェェ!!!」

 

背後からやかましい関西弁と共に次々と銃弾が倒れているボスへ多段ヒットする。

 

追い打ちをかますには絶好のタイミングだ、キリトは後ろに振り返ると、援護射撃を行ってくれたプレイヤー達と、その中心でディアベルの代わりに指揮官を務めているキバオウが立っていた。

 

「フン、お前なんかに手柄独り占めにさせたるか、ラストアタックボーナスはこのキバオウ様が狙っとるんじゃ、さっさと退いて隅っこで回復でもしとれ」

「へ、それは遠回しに俺の身を案じてくれているって事か? 初心者から金せびろうとしていた割には結構優しい所もあるんだな」

「誰がお前の心配なんぞするか! ワイはお前にそれ以上活躍されると! 同じベテランプレイヤーとして立つ瀬が無くなるからに決まっとるやろうがボケコラカス!!」

 

ムキになった様子で必死に否定するキバオウにキリトが思わず苦笑していると

 

「グオォォォォォォォ!!! グワァァァァァァァァァ!!!!」

「バーサク状態!?」

「この野郎まだそんな隠しネタ持っていやがったか!」

 

ボスと対峙していたアスナとエギルが驚き叫んでいる。

 

すぐに振り向くとボス・コボルドロードが最後の力を振り絞るかのように喉の奥からかつてない咆哮を上げて、力強く立ち上がるや否や

 

手に持っていた野太刀を口に咥えると両手を地面に着けて

 

4本足で無茶苦茶に走り回り出したのだ。

 

「マズい! バーサク状態だと優先度なんて関係なく見境なくプレイヤーを襲う様になる! このままだと他のプレイヤーに被害が!」

 

本来敵モンスターはこちらを積極的に攻撃する者や後衛で味方に回復支援する者など、そういった自分に対して厄介となる障害を積極的に襲うAIが実装されている。

 

しかしプレイヤーにギリギリまで追い詰められたモンスターは、稀にバーサク状態という最後の手段を用いて、目に映るプレイヤーを片っ端から叩き潰そうとする危険な状態に陥る事があるのだ。

 

ああなると戦闘パターンも読めないので非常に戦いにくい、一体どうすればとキリトが思っていた矢先

 

「やれやれ、遂に見たまんまのワン公に成り下がったか、あのボス」

「!」

 

後ろからまた聞こえたのはキバオウの関西弁ではなく、心底めんどくさそうに喋る口調。

 

そこに立っていたのはやはり銀時であった。

 

「アンタもういいのか!? あんだけソロでボス相手に奮戦してたら普通まともに立ってられないぞ!」

「ゆとり世代のテメェ等と一緒にすんな、あの程度の戦いなんざ準備運動にも満たねぇよ」

 

驚くキリトにそう突っ返すと、HPを赤の状態で維持している銀時は、右肩に長刀、物干し竿を掛けると

 

滅茶苦茶に走り回っているボスを見据える。

 

するとしばらくして、ボスはこちらに気付いたのかクルリと振り返ると、口に得物を加えたままこちら目掛けて突っ込んで来る。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!」

「相当恨んでるみたいだな、アンタ目掛けて突っ込んで来たぞ。どうにかして大技で決めてやりたいが……」

「こっちに向かってくる相手を迎撃するにはちと奴が早過ぎる、一瞬でもいいから止まってくれないかねぇ……」

 

他のプレイヤーではなく自分達の方へ向かって来たのはこれ幸いかもしれない。

 

しかしいかんせん突っ込んでくるスピードが速すぎる、これではタイミングを合わせて一気に奴のHPを削り切る大技を出すにはリスクが高すぎる。

 

キリトと銀時がどうしたもんかと悩んでいると……

 

「銀時! アイツに向かって物干し竿の柄頭の底を押してみて!」

「ユウキ!」

 

銀時達の下へ飛んで来たユウキがまた急かすように銀時に言葉を投げかける。

 

今度はすぐに言われた通りに物干し竿の柄頭の底に手を置くと、奇妙な膨らみを感じた。

 

「刃先をボスの顔面へ突き付けたままタイミング良く発射して! そうすればボスを一時的に止められる筈だから!」

「発射!?」

「そうかアンタの武器はGGO型専用武器……てことは刀の機能だけでなく重火器の機能も備わってても不思議じゃない……!」

 

ユウキのアドバイスを聞いて銀時よりも早くキリトは気付いた。

 

きっとこの物干し竿には隠された機能、つまり仕込み銃的なモノが隠されているのだろう。

 

ボスはいよいよこちら目掛けて飛び掛かって来た、狙いは当然銀時。

 

「やってやらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

手ブレも起こさずピタリとボスの顔面目掛けて刃先を向けると、気合の雄叫びを上げながら銀時は物干し竿の柄頭の底を力強く押した。

 

「銀時! 姉ちゃんはいつもその技で何度も窮地を脱したの! 物干し竿の柄頭の底を押すとなんと!」

 

 

ユウキも叫んでいたその瞬間

 

 

 

 

 

 

 

物干し竿の刃先からピューッと力強く黒い液体が飛び出した。

 

「醤油が出るの!!!」

「「「「「なんで醤油ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」」」」」

 

そのフロアにいる全員、正しくはユウキとボスであるコボルドロード以外の全プレイヤーの気持ちが一つとなって総ツッコミを上げた。

 

そして刀の先から噴き出された醤油は綺麗に曲線を描くと

 

ボスの両目にまさかのクリティカル

 

「ゴ! ゴワァァァァァァ!! グルガァァァァァァァ!!!」

「えぇぇぇぇぇぇ!? なんかボスがめっちゃ悲鳴上げながら怯みだしたんだけど! マジでか!? まさかの醤油で目潰し!?」

 

思わず口に咥えいてた野太刀を床に落として、両手で目を押さえながら激しい痛みに悶えるフロアボス。

 

予想外の展開に刀を突き付けたまま銀時が仰天していると、上からすぐにユウキの叫び声が

 

「今だよ銀時! 気合の一撃かましちゃって!」

「な、なんかすげぇやり辛ぇけど仕方ねぇ!」

 

目を押さえながら涙目になっているボスへちょっとした罪悪感を覚えながらも

 

HP残りわずかである第一層フロアボス・イルファング・ザ・コボルドロードへ銀時は長刀の物干し竿を両手に持って高々と掲げると、ぐっと力を溜めた後それを放出する様に振り下ろし

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ボスの頭部から真っ直ぐ縦に振り下ろされたその一撃は

 

残っていたボスのHPを完全に削り切り

 

苦しそうな表情を浮かべたままボスは真っ赤に輝くと

 

綺麗とも思えるぐらいの結晶体となって一気に周りに四散してその身が消えたのであった。

 

「……」

 

振り下ろした瞬間、コレで終わったかと銀時が刀を手に持ったまま固まっていると

 

彼の目の前に紫色のシステムメッセージが現れた

 

『ラストアタックボーナス! 特別進呈・脇差・今剣≪いまのつるぎ≫』

 

小首を傾げながら「なんだこりゃ?」と銀時が疑問を浮かべていると……

 

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うげ! ちょ、おま! こっちもうHPねぇんだぞコラ! せっかくボス倒したのに俺を殺す気か!」

 

予想だにしない奇襲、もとい空中から下りて来たユウキが、歓喜の声を上げて背後から勢いよく飛び込んで背中から抱きついて来たのだ。

 

「初心者なのに大活躍じゃん! しかもラストアタックまで決めちゃうし大金星だよ!」

「わかったから離れろうざってぇ! 人の背中ではしゃぐなガキじゃあるめぇし!」

 

背中にしがみついて嬉しそうに称賛してくれるユウキに対して、銀時はしかめっ面を浮かべて無理矢理引き離そうとするが、身体を激しく揺らしても一向に振り落とせない。

 

「……よくやったな、いや本当に」

「ん?」

 

全然引き剥がせないので仕方なく銀時はユウキを背中におぶったままハァ~とため息を突いていると

 

キリトがぎこちない口調で頬を掻きながら歩み寄って来た。

 

「戦力外扱いして悪かったな、まさかここまでやれるとは思わなかったんだ」

「詫びの代わりにパフェの一杯でも奢れや、と言いてぇ所だが、活躍したのは俺よりもコイツだ。まさか最後の最後にアイツに助けられるとはな……」

「アイツ?」

 

アイツとは誰かと疑問を浮かべるキリトの前にスッと手に強く握りしめている得物を真っ直ぐ振り上げて見せる。

 

血に濡れながらも翆色に輝くその刃はまばゆい美しさがあった。

 

「この武器の名前は物干し竿」

「物干し竿……」

 

銀時の代わりに、彼におんぶしてもらっているユウキがその武器の名を呟くと

 

キリトは思わずフッと笑ってしまう。

 

「見た目と違って随分とマヌケな名前だな」

「ああそれはボクも常日頃から思ってた、でもそれ言うと姉ちゃんにキレられるんだよ、「侍の刀の名を馬鹿にするなー!」って」

「姉ちゃん? てことはコレ……」

「うん、死んだボクの姉ちゃんの愛刀」

 

銀時の為にコンバートした物の中には???表示の装備品もあったが

 

なるほど、これが亡くなったユウキの双子の姉が銀時に託したあの装備品だったのか

 

そう思ってキリトがつい真顔でその刀を眺めていると、ユウキは銀時の首に両手を回しながらそっと囁く。

 

「だからボクわかるんだ、クセが強くて扱いにくいこの武器を手に取っても、すぐに銀時が使いこなせた理由が」

 

 

 

 

 

 

 

「”物干し竿”には、きっと姉ちゃんの”魂”が宿ってるんだ」

 

周りが勝利の歓声を上げている中、三人は黙ってその刀を見上げる。

 

 

自分達を勝利に導いてくれた真の立役者は返事をするかのように一層光り輝くのであった。

 

 

 

 

 

 

とある密偵が記すEDOにおける設定と豆知識その3

 

『巌流』

 

普段EDOをプレイする上ではまず耳に入れないであろうが

 

今回はスキルの中でもかなり珍しい部類に入るスキルの事も紹介しておこうと思う。

 

それが『巌流』

 

性能は反則的だがその反面、色々と厳しいペナルティが施されているレア武器を極めた者のみが手に入れる事の出来るスキルである。

 

例えば体力半分以下でないと装備出来ない破壊力抜群のハンマー

 

弾丸一発しか打てないけど、その一発が極めて精密性と威力に長けているハンドガン

 

普段は攻撃力ゼロだけど、パーティ内で同じ武器を装備しているプレイヤーが複数いると攻撃力が半端ない程上昇する槍とかなど

 

そういった色々と扱いにくい武器を装備して長い間ずっと使っている事で、ようやく手に入れられるスキルなのだ。

 

スキル性能は平たく言えば、なんと扱い辛い武器を装備してる間は武器の性能を飛躍的に上げる事が出来て、更にプレイヤー本人のステータス上昇という極めて強力な内容なのだが。

 

問題なのはその会得条件であり、色々とシビアな所もあるEDOという世界で、延々と扱いにくい装備を振り回すというのはかなりの苦行に近く、ほとんどの人が挫折してしまうのだ。

 

俺の知る限り、この『巌流』を持っているのはSAO型とGGO型に一人ずつ。

 

GGO型の巌流持ちのプレイヤーはただでさえSSレアとして数多のプレイヤーが欲している『刀タイプ』の武器を操る者であり、それもかなりの長物の刀だという事でかなり注目を浴びていた。

あ、ちなみに女性です、結構美人です。しかもどことなくあの子と似ているんだよなぁ……

 

しかし残念な事にここ最近彼女はEDOの世界に来ていないのか行方知らずである。

 

いずれ彼女が現れる時があるのだろうか……ウチの上司が珍しく機嫌良さそうに一度斬り合いたいと言っていたので、ご一報お待ちしています。

 

 

もう一人のSAO型の巌流持ちプレイヤーはなんとも珍しい二刀流使いである。

50層のフロアボスでラストアタックをかますと、物凄い低確率で極まれに落とすという幻の魔剣を持っているかなりの猛者なのだが、あまり公に姿を現さないせいであまり詳細は知られていない。

 

だが俺は様々な情報網を駆使して、このプレイヤーには良からぬ噂がある事を耳にした。

 

EDOで起こるイベントの一つである「星々親交交流試合」にて、黒づくめの男性プレイヤーが二つの剣を使って他星のプレイヤー達を容赦なく一方的に次々と斬り捨てていくという事件が起きているのだ。

 

EDOとは地球と他星をより友好的な関係を築こうする為のモノ。

なのにこういった勝手で野蛮な行いをするプレイヤーは決して許される事ではない

 

と有名なギルドで副長を務めるアス……女性プレイヤーも誠に遺憾の意を表明している

 

そして二つの剣という事は二刀流使い……もしかしたらこのSAO型の巌流持ちが……

 

詳しいことが分かり次第お伝えしようと思います。アスナちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイトル回収回、良かったこれでやっとこの物語の題名が単なる下ネタではないと証明できました……

竿魂はただの下ネタではありません、意味のある下ネタなんです


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第十層 Let’s do the Odyssey!

春風駘蕩さんがまたしても新たなイラストを送って下さりました。

銀さん、ユウキ、キリト、アスナ、エギル、クラインと第一章メインメンバーが揃い踏みの
集合絵です。


【挿絵表示】


きっと描くのも大変でしたでしょうに……わざわざ時間をかけて描いて下さり本当にありがとうございました。

そしてタイミング良く今回にて第一章も終わりです


全員の力、そして新たな力を得た銀時によって無事に誰一人倒れることなくボス、コボルドロードを倒す事に成功した。

 

一行はボス撃破により開いた第二層へ続く扉を潜ると、ゾロゾロと皆それぞれ勝利の余韻に語り合いながら長い階段を昇っていき

 

遂に第二層へと到着したのであった。

 

殺風景ながら広大な草原フィールドを前にテンションの上がるプレイヤー達とは裏腹に

 

ラストアタックボーナスというMVPみたいなモノを手に入れた筈の銀時は一人しかめっ面を浮かべるのであった。

 

「あんだけ苦労したってのに報酬が小刀かよ、こんなんどう使えばいいっつうんだ」

「短剣スキルでも上げて使いこなしてみれば? ていうか脇差しって結構レアだよ、やったじゃん」

 

銀時が今手に持っているのは先程ボス戦でのラストアタックボーナスで手に入れた『今剣』という脇差しであった。

 

綺麗な刺繍が施された鞘に収められた小刀を抜きながら、銀時がぼやいているとすぐに隣からユウキが話しかける。

 

「せっかくボスに勝った上にラストアタックボーナスまで手に入れたんだからもっと喜べばいいのに」

「たかが一面のボス如きを倒したぐらいで喜べるかってんだ、それに色々と変な事が起きた戦いだったからな」

「まあね、とりあえずディアベルの事は運営に報告しておいた方がいいかも」

 

第一層での戦いにて、指揮官であるディアベルが突如豹変したと思ったらボスの見た目も大きく変貌した。

 

しかもそれだけでは飽き足らずボスの攻撃は現実世界の様にリアルにダメージを食らうという奇妙な事態が起きたのである。

 

銀時もまだ体の節々に痛みが残っている、念の為行きつけの病院で診てもらうかと思いながら、銀時は脇差しを腰に差すとユウキの方へ振り返った。

 

「オメェは大丈夫だったのか? まさか痛みを悟られぬ様ずっと我慢してる訳じゃねぇよな?」

「だから大丈夫だって何回も言ってるじゃん。ボス戦の時はボクずっと無傷だったんだし何もないよ、心配性だな銀時は」

「どうだかねぇ、弱音を吐かずに無理矢理明るく振る舞おうとするのはお前の良い所でもあり悪い所でもあるし……お前の身体も倉橋さんに診てもらうとするか」

「もーだからいいってば、ボクの事よりもまず銀時でしょ。ボスの攻撃まともに食らってるんだから、それと銀時だけじゃなくて」

 

疑り深い表情で目を細めて来た銀時に、ユウキはムキになった様子で否定すると不意に銀時とは反対方向に目をやる。

 

「キリトだって病院で検査してもらった方がいいよ、ボス戦終わってからずっとお腹抑えてるよね」

「……ああ、実の所まだ痛むんだ」

 

ユウキの隣を歩いていたキリトが少々ぐったりした様子で右手でお腹を押さえながら歩いていた。

 

人の手を借りずに自力で歩く事が出来るが、やはり痛いモノは痛い。

 

「まさかゲームの世界でリアルダメージを食らっちまう羽目になるとはな……」

「一体どういう仕組みで体に影響を及ぼす様な事になってるんだろ?」

「まだわからないな、というかわからない事だらけでどこから解明すればいいのかさっぱりだ」

「今の所は逃げたディアベルを捕まえるのが最優先かもね、こうなった原因はそもそも彼にあるのかもしれないし」

「だな、EDOを引退しない限り捕まるのは時間の問題だろうが。俺も色々と奴の手掛かりを探ってみるよ」

 

個人的にもこの事態について危機感を持っているキリトは、当面は自ら動いて捜査してみる事にした。

 

理由はともあれこの世界を脅かすような真似はさせない、キリトにとってこの世界こそが『現実』なのだから。

 

まずは金にがめついあの情報屋にでも当たってみるか……と考えていると

 

「なにをしようとしてるの、素人が無闇に首突っ込まないで頂戴」

 

不意に背後から突き刺すような視線を感じ、振り返ってみると

 

右腕をギュッと握りながらこちらを睨み付ける少女、鬼の閃光ことアスナだった。

 

「特にアナタだけには関わってほしくないの、今はただの警告だけにしておくけど二度目はないから」

「随分な嫌われようだな、一緒に戦った仲だろ? 少しはデレてくれよ」

「黒づくめの格好に二刀流、そしてボス戦で見せたあの俊敏かつ獰猛な動き……」

 

未だ殺気の込められた目つきのまま、むしろ瞳孔が開いて更に威圧感のある眼差しを向けて来るアスナに、キリトが苦笑しながら茶化すが彼女は全く聞く耳持たず淡々と呟き始める。

 

「あなたの正体はハッキリと掴んだわ。今回だけは見逃してあげるけど、次に会った時は容赦はしない」

「……流石にバレたか」

「なになに? 血盟騎士団に睨まれるような悪い事してたのキリトって?」

「あ~? アレだろ? どうせキリト君の事だから夜道を歩いてる女にテメーの恥部を見せびらかしてたんだろうよ」

「どうせってなんだよ! キリト君がいつそんな変態行為に勤しむキャラだと思われる事をした!」

 

めんどくさい事になったなと頭に手を置いて眉を顰めるキリトをよそに勝手な事をユウキに言っている銀時。

当然そんな真似はしてないとキリトは即座に否定する。

 

「まあ色々とやんちゃしてるんだよ俺も、でも俺は別にディアベルの様なシステムの改竄とかチート行為はしていない。ゲームのルールに乗っ取ってプレイをしているだけだ」

 

自分は何らおかしい行為はしていないとハッキリと述べると、アスナに向かって肩をすくませる。

 

「まあこのお嬢さんはどれだけ俺が正論を並べても聞く耳持たないだろうけどな」

「正論ではなくて歪論の間違いでしょ? あなたの悪逆非道の行いは色んなプレイヤーが迷惑行為だと訴えているの」

 

これまた彼の言い分に対して厳しい見方でアスナは一蹴した。

 

「それらを踏まえて自分は無実だと言い張るなんて往生際が悪いわよ」

「訴えてるプレイヤーはどうせ俺にやられた天人の連中だろ? 負けた腹いせにアンタ等にある事無い事報告してなんとかしろって叫んでるだけだ、警察ごっこしてるなら少しは連中の話だけを鵜呑みにしないで”俺達側”の話も聞いてみたらどうだ」

「被害者の言葉より容疑者の言い訳に耳を傾けろって言うの? 私達はこの仮想世界の治安を守る義務がある、だからこそあなた達みたいなのがのうのうとしているのが我慢ならない」

「そもそも俺達が容疑者と言われる筋合いは無いんだが? 勝手に俺達を犯罪者に仕立て上げてるのはアンタ達と天人だろ」

 

流石にアスナの言い方にムカッと来たのか、キリトは腹部の痛みも忘れて彼女の方へ身を乗り出すと負けじと彼女を睨み付ける。

 

「この際だから言っておくが、血盟騎士団とは名ばかりの警察もどきが人のプレイの仕方にいちいち口挟もうとするな」

「なんですって……」

 

アスナも目を逸らさず真っ向から彼と睨み合いながら、まさに一触即発状態の険悪なムードを醸し出した。

 

そんな雰囲気に耐え切れなくなったのか、火花を散らしてメンチの切り合いをする二人の間に

 

「はいはい止め止め」

 

銀時がズカズカと歩み寄って割り込む。

 

「経緯は知らねぇが今やるべき喧嘩じゃねぇだろうが、お前等がやるべき事は一つ。ボス戦で大活躍したこの銀さんを褒め称える事だ、さあ褒めろ、じゃんじゃん褒めろ。最近の主人公は周りから無駄に持ち上げられまくるのがお約束だって知ってるんだよ俺」

 

手を内側に振りながら待っている様子の銀時を一瞥すると、アスナはキリトの方へジト目を向けた。

 

「……ねぇ、この人本当になんなの? なんでこんな人とパーティ組んでるのあなた?」

「それを知りたいからこうして一緒にいるんだよこの人と……」

「物好きね」

「ほっとけ……」

 

アスナの正直な意見にキリトは手を横に振って軽く流していると、ずっと褒められるのを待っている銀時に二人に代わってユウキが彼の方へ顔を上げた。

 

「ボクは正直に凄いと思ってるよ、慣れない仮想世界であんな強敵を相手にしても逃げずに立ち向かえるなんて普通の人じゃまず無理だよ。よく頑張ったね偉い偉い、今度二人でお祝いしようか」

「え? ああどうも……素直に褒められるとそれはそれで反応に困るな……」

 

朗らかに笑いながら面と向かって好印象を伝えてくれるユウキに、銀時はどう対応していいのか困惑した様子でとりあえず礼を兼ねて彼女の頭をポンポンと叩いた。

 

そんなやり取りを見ていたアスナは不思議そうにユウキの方へ歩み寄り

 

「そういえばあなたってこの銀髪天パの人とずっと仲良さそうにしてるけど一体どんな関係なの?」

「え? 同じ屋根の下で一緒に住んでる関係だけど?」

「……」

「おい小娘、なんだその明らかに俺に対して警戒心を露わにしてる表情は」

 

キョトンとした様子で素直にユウキが答えると、しばしの間をおいてアスナは怪訝な様子で銀時の方へ目をやると、すぐにユウキの方へ顔を戻し

 

「何か変な真似されそうになったらすぐに私に言ってね。私知り合いにお巡りさんがいるの、性根からひん曲がった性格の悪いドSだけど犯罪者を捕まる事に関しては容赦ないから」

「わかった!」

「なに勝手に誤解して通報しようとしてんだコラ! おいキリト君お前の言う通りだわ! この娘っ子勝手に推測して勝手に人を犯罪者に仕立て上げようとしてやがる!」

「いやアンタの場合だとそういう風に思われても仕方ない気がする……」

「え、お前もあっち側!?」

 

ユウキの両肩に手を置いて親身になって接するアスナの後ろ姿に指差しながら銀時が叫ぶも

 

それも致し方なしとキリトは腕を組んで頷く。

 

「つうかアンタ等一緒に住んでたのか、死んだ恋人の妹と一緒に住むっておかしな話だな……」

「住んでるっちゃ住んでるけど、家族みたいなモンだよコイツと俺は。世話のかかる妹みたいなモンだ」

「そういうモンなのか、俺は男女の間ってのはよくわからんけど……ユウキとしては複雑なんじゃないかな?」

「なんで?」

「いや……」

 

妹みたいなモン、そうキッパリと言い切った銀時にキリトはアスナと話してるユウキを眺めながら、この男の攻略は一筋縄ではいかないだろうけど頑張れよと心の中で呟いていると、彼の肩を後ろから急に強く掴む者が

 

「ったく探したぜ、俺だけ置いてけぼりで何くっちゃべってんだお前等?」

「おっと、なんだエギルか……」

「なんだとはなんだ、人がせっかく祝勝祝いに第二層にある宴会広場でパーッと盛り上がるかって誘いに来たってのによ」

 

いきなり後ろから現れたいかつい黒いスキンヘッドの男にキリトは全くビビる様子を見せずにジト目で振り返った。

 

どうやらボス攻略、またはおかしな現象に見舞われながらもなんとか生還出来た事を祝う為に、この先にある第二層の村で何やら宴でも始めるつもりの様だ。

 

「他のプレイヤーの皆さんがお是非オメェ等に来てほしいそうだぜ、なにせお前等が一番活躍してくれたからな」

「まあ別にログアウトしても寝るだけだけど……あーアンタ達はどうするんだ?」

 

正直な所人が騒ぐ場所に行くのはあまり好んではいないのだが、銀時達が行くなら自分も行ってみるかとキリトが思っていると

 

銀時は待ってましたといわんばかりに微笑を浮かべて腕を組む。

 

「行くに決まってんだろ、ボス戦で最も活躍したこの俺を差し置いて祝勝会なんてやらせるかってんだ、せいぜい俺を崇め奉れお前等、誰のおかげで生き残れたのか感謝し、ありったけの貢物を俺に提供しろ」

「いややってる事キバオウと変わらないだろそれじゃあ、初心者プレイヤー達からの貢物なんてたかが知れてるんだから諦めろ」

「ハハハ、そういやそのキバオウから言伝があったぜ」

「言伝?」

 

現在かなり調子にノリにノリまくっている銀時が無茶苦茶な要求をしてくるので、キリトが適当にあしらっていると、エギルは思い出したかのように口を開いた。

 

「『大きな借りが出来た、めんどくさいが借りを返すんはウチ等の世界じゃ常識やからの、ディアベルはんの事がどうしても気になるからこっちで探してみる、もしなんかわかったら報告しちゃるからそんで貸し借りナシや』だそうだ」

「貸しなんて作った覚え無いんだけどな、でも結構義理堅い所もあるんだなアイツ」

「悪い奴ではないのかもしれねぇな、お、そうだまた思い出したぜ、キリト、鬼の閃光はいるか?」

「鬼の閃光? ああ、あの堅物女か」

 

今度はキリトではなく鬼の閃光ことアスナの方へ伝える事があるらしいエギル。

 

堅物女と称しながらキリトは親指で背後にいるアスナをクイッと差すと、彼女の方が気付いた様子で彼等の方へ歩み寄った。

 

「エギルさん、だったかしら? ボス戦での足払いは見事だったわね。それで私に何か用なの?」

「用というより言っておこうと思ってよ、さっきチャイナ服を着た綺麗なネェちゃんが傘差して俺達を眺めててよ、気になったから話しかけてみたらどうやらお前さんの事を探してたみたいだぞ?」

「チャイナ服で傘を差した……」

 

エギルの話を聞いてアスナがその人物が一体誰なのかおおよそ検討付いていると……

 

「こんな所にいたのね、随分と探したんだから」

「え!?」

 

そのチャイナ服を着た綺麗な女性が突然エギルの背後からぬっと顔を出して現れたので、アスナは驚いて目を見開いた。どうやら彼女の知り合いらしい

 

「も、もしかして私がボス攻略するまでずっと第二層入口で待っててくれたの?」

「勘違いしないでくれる? そろそろ来る頃かなと思って気まぐれに足を運んでただけよ、アンタの為にずっと待ってるほど暇じゃないのよ私は」

 

日傘を差したままプイッと顔を背けながら不機嫌そうに言う女性にアスナが「アハハ……」と苦笑していると。

銀時もまたアスナの目の前に現れた女性に気付いた様子で近づいて来た。

 

「おい、誰だこのボンッキュッボンの綺麗なネェちゃん? おたくの仲間かなんかか?」

「仲間でもあり大切な友人よ、この子に変な真似でもしようモンなら私が許さないからね」

 

未だユウキの事で疑っているアスナが背後にいる銀時にジト目を向けていると、女性の方も銀時に気付く。

 

「……誰この死んだ目をしたおっさん? 頭爆発してるんだけど?」

「爆発じゃねぇこれは天然パーマだ、ちょっとぐらい美人だからって人のコンプレックスをイジっていい訳じゃねぇんだぞコラ」

「別に悪く言ってる訳じゃないわ、ちょっと珍しいと思ったから聞いてみただけよ、で、誰なのアナタ?」

「こんな上物に興味持たれるのは中々悪くねぇが、まずはそちらさんが先に名前だけでも言って欲しいモンだ、出来れば電話番号も」

「なにそれ口説いてるつもり? 言っておくけど私安くないから、私とお茶でもしたかったらフライドチキンの皮たくさん用意してから来る事ね」

「いやそれ結構安上がりじゃね?」

 

アスナ以上に仏頂面でこちらを観察する様に目を細めて来た女性に、銀時が自然に会話してるのを見て、キリトの隣に立っていたユウキは一人つまらなそうな顔を浮かべる、というかイライラしている。

 

「……ちょっと綺麗だからって会ったばかりの女の人に馴れ馴れしくし過ぎだっての……」

「いやでも確かにあんな綺麗な人が現れたら男としてはほおっておけないというか……はう!」

 

健全な男子たるキリトがしっかりと女性の上から下を眺めながら、銀時同様すっかり心奪われそうになっている所で、すかさずユウキが彼の横っ腹に無言で肘鉄をかますと、銀時の方へ苛立った表情を向けて叫ぶ。

 

「ちょっと! なに鼻の下伸ばしてんのさ銀時! その人おっぽい大きいよ! 銀時って貧乳派でしょ!? だって姉ちゃんも貧乳だったし!」

「うるせぇ! 何勝手に人を貧乳好きに仕立て上げようとしてんだ! たまたま惚れた相手がそうだっただけだろうが! つーかお前も姉ちゃんの事言えねぇだろうが! 黙ってろ洗濯板!」

「せ、洗濯板ぁ!? 貴様ぁ! ボクに対して言ってはならない事をよくも!」

「うおい! 落ち着けユウキ! せっかくボス戦終わったのにPK行為はさすがにダメだ!」

 

自分の胸部を指差しながら罵倒してきた銀時に、さすがにユウキも顔を赤らめて腰に差す細剣を振り抜こうとしているので、キリトがすぐに後ろから羽交い絞めにして止めに入る。

 

そんな一悶着起こしそうな彼等を他人事の様子で眺めていた後、女性は顔をそむけてアスナの方へ目をやる。

 

「で? ディアベルに何か怪しい事とかあったの? 見た所アイツの姿は無いみたいだけど」

「大ありよ、予想以上の収穫だったわ、至急本部に戻って局長に報告しに行くけど、アナタも来る?」

「そうね私もその事について聞きたいし。それと局長じゃなくて団長だから」

「い、いいじゃない別に私がどう呼ぼうが勝手でしょ……」

「副団長が別の名前で呼んでると他の団員も混乱するの、アンタのせいでアイツも局長とか副長とか呼び出す始末だし」

「まあ元々アイツはそういう呼称を使う組織の一員だし……」

 

長い髪をなびかせながら訂正する女性にアスナがうろたえた様子でいると、女性は更に追及

 

「血盟騎士団なのに血盟組、副団長なのに副長とか色々と自分で名前変え過ぎなのよアンタ。どこぞの組織と被るからいい加減止めてくれない?」

「いやむしろあえて被らせているというか……なんというかその、インスパイア的な?」

「ふーん、前から思ってたけど、いつもはしっかりしてるのにどこか発想がガキっぽいのよねアンタ」

「ガキって……ちょっと誰に対してそんな言い方してるのかしら? 生意気な事言ってるとご飯作ってあげないわよ」

「ええ! リアルで仕返ししようとするのあんまりネ! アスナ姐それはさすがに酷いア……! ゴホン!」

 

小馬鹿にしてきた彼女にアスナがボソリと恨めしい目で反撃に出ると、急に幼くなったような表情と口調に変わりかけるが口元を押さえて大きな咳を一つすると、再び女性は元の口調で話を切り出した。

 

「まあ名前の件は一時的に口出さないようにしてあげるわ……」

「わかればよろしい、それじゃあ行きましょうか、あ、でもその前に……」

 

彼女との会話をいったん中断すると、アスナは後ろに振り返るとすぐにユウキが暴れるのを押さえていたキリトの方へと振り返った。

 

先程女性と話していた時のような柔らかなイメージではなく、はっきりとした敵意を剥き出したまま

 

「血盟組はここから本格的に治安維持に力を入れ始めるわ、素行の悪過ぎるプレイヤーを積極的に捕まえにいくでしょうね。最悪そのプレイヤーのアカウントを永久停止にする事も……今後は己の身の振り方をわきまえるように」

「しつこい奴だな、誰が何と言おうと俺は俺のままこの世界で生きる。脅し吹っかけて来るのはいいけどそんな可愛らしいツラだと全然怖くないぞ、鬼の閃光さん?」

「……」

 

このまま彼の憎まれ口を聞き続けていると、いつか自分を制御できずに剣を抜いてしまうかもしれない。

 

激しい苛立ちを胸の中に必死に抑え込みながら、アスナはフンと鼻を鳴らすと女性の方へと戻って行った。

 

「行きましょう、親切心で再三警告してやったのに無駄だったわ」

「あの男の子誰?」

「バカよバカ、大バカよ」

「あのドSバカとどっちがバカ?」

「両方バカ、ていうか男はみんなバカ」

「それは同意するわね」

 

頭に血が昇ってる様子でイライラしながら身も蓋も無い事を言いながら、アスナはこちらに一度も振り返りもせずに女性を連れてスタスタと行ってしまった。

 

キリトはそんな彼女の後ろ姿を見送りながら、あの女とバッタリ出くわさない様に気を付けるかと呑気に考えていると

 

ようやくユウキが落ち着いたのか、フーフーと息を荒げながらも剣を抜こうとするのを止めた。

 

「……女性に対してはもうちょっと言い方考えた方がいいと思うよ」

「はいはい悪かったな、これでいいだろ」

「やっぱり姉ちゃんと違ってボクの扱いが悪い……それとキリトもね」

「え、俺?」

 

適当な感じで後頭部を掻きながら詫びる銀時にムスッとした後、急にキリトの方へ振り返って話を振り出した。

 

「さっきあのアスナって子と話してた時もなんか皮肉を利かせた感じで喋ってたじゃん、ダメだよああいうのは。相手は女の子なんだからキチンと優しく言ってあげないと」

「そうは言っても向こうは完全に俺の事を敵と見定めてるからな、売り言葉に買い言葉、向こうが喧嘩腰だからこっちも同じ土俵に立ってあげたまでの事だって」

「……そんなんだからモテないんだよ、そんなんだから童貞なんだよ」

「べ、別にモテたいと思ってねぇし! 童貞だって捨てようと思えばいつでも捨てられるし!」

 

キリトが根っからの皮肉屋なのは今より始まった事ではない、まるでどこぞの銀髪天然パーマみたいな言い訳をする彼にジト目で睨んだ後、ユウキは傍にいたエギルの方へ顔を上げる。

 

「なんだかこのバカ二人と比べるとエギルが凄く立派に見えるよ、ちゃんと結婚して奥さん大事にしてるもんね」

「嫁さんにしょっちゅう怒られる俺は立派って呼ばれるモンでもねぇよ。コイツ等がただ肝心な時に素直になれないガキなだけだ」

「あ、言われてみれば」

 

妙に納得した様子でユウキがポンと手を叩くと、それを聞いていた銀時とキリトは同時にしかめっ面で振り返り

 

 

「何言ってんだテメェ等、俺はいつだってテメーに素直に生きてるわ」

「同じく、素直に生きてるからこそ己の考えるままに発言出来るんだ」

「相手が女だから気を遣わなきゃいけないとか、んなモンかったるくってやってらんねーよな?」

「そもそも年も異性も関係ないこの世界で今時の男女論を唱えられてもなぁ」

「……コイツ等どんどん仲良くなってねぇか?」

「ある意味似た者同士だからね……」

 

二人揃ってあーだこーだと喚き出す銀時とキリト。

 

エギルの言う通り確かに子供みたいだと思いながら、ユウキは頬を掻きながら彼等の言い分を適当に流すと

 

おもむろに銀時の右腕に手を伸ばしてグイッと掴む。

 

「わかったからもう行こうよ村に、宴会するんでしょ」

「ああそうだった忘れてた。オメェ等のせいで不毛な議論を始める所だったぜ」

「まあ結論を出すなら、俺達は何も悪くないって事でいいよな」

「一生言ってろバカ共」

 

勝手に自分達で始めたくせに勝手に自分の言い分を肯定するキリトに、エギルが疲れた様子で返事しつつ三人の後ろを歩く。

 

「ていうかキリト、お前なんだかんだでコイツ等と上手く息合ってるな、しばらくコイツ等とトリオでやったらどうだ? ソロもいい加減寂しいと思ってたんだろ?」

「いや寂しいだなんて思った事ねぇよ、好きでソロやってた訳だし……ま、単純にこの二人に興味持ったのと気分転換の兼ね合いに行動しやってもいいかな」

「そういう所が素直じゃねぇって言ってんだよ、ったく」

 

少々照れ臭そうに目を逸らしながら呟くキリト

 

自分はあくまでソロプレイヤーだから今後この連中と付き合う事は無い

 

とか仏頂面で言い張るよりはマシかと思いながら、エギルは微笑を浮かべてやれやれと首を横に振る。

 

「ま、お前さんがそう決めたんならそうすりゃあいいさ。だが言っておくが銀時の方は本当に自由奔放でテメーの思うがままに突き進むぜ、付き合いの長い俺が言うんだから確かだ、ついて行けるか?」

「当たり前だろ、アンタと違ってあの人の事はまだまだわからない事ばかりだけど、EDOの先輩としてむしろついて来させてやる……ってアレ?」

 

問いかけに対して確固たる自信を持ってそう言い切りながらキリトはふと気付いた。

 

先程まで隣にいた銀時がいなくなっている、それにユウキも……

 

どこいったんだと周りを見渡してみると、いつの間にか銀時は前方で両手を振って走り出しているではないか。ユウキもそれを懸命に追っている

 

「よし、じゃあ村に一番先に着いた奴が他の三人からパフェ1個づつ奢って貰うって事で」

「あ、ズルい! そういう卑怯な真似して食べるパフェが本当に美味しいと思うの!?」

「美味いに決まってんだろ、俺は何時だってパフェを美味しく味わって食えるんだよ、参ったかコノヤロー」

 

走りながら会話しつつ、抜かれまいと必死に走る銀時を追うユウキ

 

そんな光景に思わずキリトは口を開けて唖然としていると、後ろからエギルが愉快そうに笑い声を上げて

 

「早速アイツに置いてかれてるぞお前」

「自由奔放にも程があるだろ……ったく!」

 

自分で言い切ってしまったモンだからここで取り残される訳にはいかない、キリトは意を決したかのように彼等を追う為に走り出した。

 

腹部に来る痛みなどもうとうの昔に忘れ去っている、今はとにかく彼等に追いつきたいという一心のみで食らいつく。

 

「ボス戦終わった後に元気すぎるぞアンタ等!」

「おお、キリトが追いかけて来たよ銀時」

「引きこもりの体力なんぞたかが知れてらぁ、ほっとけほっとけ、その内バテて倒れ込むって絶対」

「そんな余裕の事言ってるのも今の内だ! 敏捷ステータスならこっちの方が上なんだよ!」

 

ぐいぐいと凄い勢いで二人との距離を縮めて行きながらキリトは銀時とユウキと共に駆けて行く。

 

そんな彼にユウキは楽し気に、銀時はニヤリと笑いながら一瞥すると抜かれてたまるかと、見えて来た村目掛けてスピードを上げた。

 

「よっしゃパフェは俺のモンだ! おい! あの村で一番高くて美味い甘味屋はどこだ!?」

「飛んじゃダメとは言ってないよね? そろそろ本気見せちゃおうかな!」

「置いてかれてたまるか……! しがみついてでも絶対について行くからな!」

 

二人に引き離されない様に必死にキリトは追いかける。

 

そんな今まで見た事ない姿をしている彼を後ろから眺めながら、エギルは思わずフッと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れよキリト、こっからがオメェの本当のゲームスタートだ」

 

影ながら応援しつつエギルは彼等が夢中になってその存在を忘れているであろうモノを取り出した。

 

それは指定した村へ一瞬でテレポート出来る転移結晶

 

即座に使用してあっという間にエギルは第二層への村へと飛び、走る三人を尻目に無事1位に輝くのであった。

 

 

 

これは仮想世界と現実世界の両方を行き来しながら成長していく少年と侍の物語。

 

この先一体どんな出来事が彼等を待っているのかは誰もわからない。

 

ただ一つわかる事があるとするならば

 

きっと退屈とは程遠い波乱に満ちた人生が待っているのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前に読者の方から(恥ずかしいと思いますので名前は伏せさせていただきます)「竿魂のとOPとEDあるとしたらこんな曲どうですか?」とメールを送られた事があります。 
その時言われたのはOPは「Empty Mermaid/LiSA」 EDは「誓い/Do As Destiny」でした。

曲を聞いてなんというかこの作品はこういうイメージもたれてるんだなと実感し、つい嬉しく感じます。

ぶっちゃけ私も自分で書いてる時によくそんなイメージを思って書いてる時もありますので。

作品書くのってやっぱり持続的に続けるためのモチベーションが大事なんで、そうやって気分を乗らせないといけないんですよ。


ちなみに私がこの作品を書き始めてからずっと頭の中でイメージソングにして聞いているのは「Jump_Up,_Super_Star!」です

「え? 何それ?」と思うでしょう。

本日発売される「スーパーマリオオデッセイ」というゲームで使われてる主題歌です

まさかの銀魂とSAOのクロスssでマリオです

でも歌詞を見ると思いの他「竿魂」の世界観に合うんですよ

新たな世界に旅立って冒険する銀さんに、愛刀・物干し竿に宿る「あの人」が影ながらエールを送っているとイメージすると結構合うかもしれませんので

暇な時にようつべとかで検索して聴いてみてください


第一章はこれにて閉幕、次回からは新たな新展開が待っています。

どうやら仮想世界だけでなく現実世界でもゴタゴタが起きるみたいです

いつもと変わらず引きこもり生活を堪能していた桐ケ谷和人を襲う魔の手

それは妹が用意した刺客であり、彼女が最も憧れている姉貴分

その時、銀時が取った行動とは……

基本SAOキャラが多いですが、銀魂キャラもこれから徐々に増えていくのでお楽しみに



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万事衝突編
第十一層 妹がウチに召喚したのは魔王と眼鏡でした


新章スタートです、これからもよろしくお願いします。


坂田銀時が第一層を攻略して数週間後

 

第八層、村近辺にある沼地エリアにて銀時はモンスターとの連戦を終え、エリア内に設置されている敵が寄り付かない休憩場所にて休みながら朝日を拝んでいた。

 

「おいおい、やり始めたの夜中だったのにもう朝じゃねぇか」

「げ、もうこんな時間経ったのか!? はぁ~ハマり過ぎると時間忘れちまうな……」

 

EDOの世界と現実世界の時間はリンクしている、つまりこちらが朝になったという事は、江戸もまた朝となり真っ当な人間であればそろそろ活動を始める頃合いという事だ。

 

薪に火を点けてモンスターから剥ぎ取ったよくわからない肉を調理しようとしていた銀時が呟くと

 

一緒にプレイしていたクラインもまたすっかり時間の感覚が忘れていた事に気付く。

 

「つうか俺今日仕事なんだけど、銀さんは?」

「ああ、俺今日オフだわ、つうか5日前からずっとオフ、ゴールデンウイーク満喫中だ」

「いやそれはそれでヤバいだろ社会人として!」

 

危機感の欠片も無い表情で、慣れた手つきで鍋に入れた肉を茹でながら、パッパッと手元にあった味を引き立てるマジックパウダーを入れていく銀時へ同じ社会人としてクラインがツッコミを入れていると

 

「甘いな、俺なんか毎日が休日だ、それにここ最近家から出た覚えもないぞ、おかげで妹と母親としか顔合わせてないぜ。妹の方とは視線すら合わせてもらえないけどな」

「オメェはいい加減働け! なにドヤ顔浮かべてんだこの社会不適合者!」

 

ここら数時間の間で狩ったモンスターからのドロップ品を画面上でチェックしつつ、勝ち誇った様子でクラインの方に顔を上げてきたのはキリト。

 

この三人の中で唯一のベテランであり、無職なのをいい事にEDOの世界にのめり込んでる廃人プレイヤーだ。

 

クラインが心配する程働くつもりなど毛頭ない様子のキリト、だが現実では底辺の彼でもこっちの世界ではそれなりの実力者なのは確かだ。

 

報酬整理を終えて銀時の隣に座って料理の完成を待ちつつ、キリトはおもむろに彼に口を開く。

 

「第八層か、ここまで来るのにもっと時間がかかると思ってたんだけど」

「ゲームなんざコツ掴んでいけば自ずと手際が良くなるモンなんだよ、第一層のボス以降はてんで大した事ねぇボスばっかだったし」

「そりゃアレはディアベルの仕業だったからな、それ以降のボスは前に俺が戦った時となんら変わらなかったし」

 

コボルドロードとの決戦後、銀時は順調にアインクラッドを攻略していた。

 

始め立ての新米プレイヤーの割には数週間で第八層まで昇り詰めた事には素直に評価したい。

 

といっても彼の周りにはベテラン組で各フロアやボスの特徴、マップも所有している自分やエギル、そして何より常に行動を共にしているユウキが傍にいるおかげ(今日は何故か一緒にいないが)というのもあるのだが

 

それでもここ最近の銀時は最初に比べればゲームに慣れてきている感じはする。

 

たまに画面操作でもたつくクセは相変わらずだが

 

それと今の彼の戦い方はユウキのアドバイスを下に編み出した”新戦法”なのだが、周りから見るとかなりヒヤヒヤさせる戦い方なので、近い内に真っ当な戦い方をして欲しいというのが本音だ。

 

銀時本人も「いや侍だけどさ、流石に慣れてる訳じゃねぇからね?」と不満を漏らしているので、改善策はいずれ見つけておこう。

 

「そういえば今日は珍しくユウキがいないんだな、いつもアンタ達一緒にログインしてるのに」

「アイツは無理矢理休ませた、定期的に一日ぐらい休ませねぇと体に支障出るかもしれねぇし」

「もしかして身体悪いのか?」

「悪いっつうかアイツはちと俺達と違って特殊なんだよ色々と」

 

煮えたぎった鍋から肉入りスープを木製のおたまで取り出し手に持った皿に入れながら

 

毒味役として強引に向かいに座っているクラインに押し付けながら銀時は呟く。

 

「つうか身体が良くても悪くても、一日中ゲームなんざやってたらマズいだろ世間体的にも」

「ふーん俺は全く気にしないけどな」

「例えお前が気にしなくても、お前の身内は気にしてるだろやっぱ……おいどうだ、ゴブリンの肉入りスープの味は?」

「食ってる途中でゴブリンの肉だと知らされてなかったら、心の底から美味ぇって言う所だったぜ……」

 

面の皮の分厚いキリトというより、彼の家族に対し哀れみを感じつつ、銀時は苦い表情を浮かべているクラインと共に仮想世界での朝食にありついた。

 

「おめぇ前に妹がいるとか言ってたよな? なんか色々文句とか言われねぇの?」

「ああ、働けとか社会と向き合えとか外に出ろとか言われるな確かに、俺は全く聞く耳持たずだけど」

 

あっけらかんとした感じで銀時の問いに答えるキリトに、話を聞いていたクラインがはぁ~と深いため息を突いた。

 

「おいおいキリト、オメェ妹さんにそこまで言わせてるクセに結局働こうとしねぇのか? 妹さんが不憫でたまらないぜ」

「俺からすればほっといてほしいんだけどな、どうしていちいち俺に突っかかって来るのかわからないし」

「普通にお前さんを心配してるだけだろきっと、早く更生しねぇと妹さんも何か仕掛けてくるかもしれねぇぜ?」

「仕掛けるって何をだよ」

「例えばオメェさんみたいな社会活動に前向きでない奴を、真っ当な社会人にする為に指導する事を生業とする教育者を家に呼ぶとか」

「ああ、テレビでよくやってる引きこもりを無理矢理部屋から引きずり出すという非人道的な奴等の事か……そんな連中呼ばれたら流石に俺もイヤだな、けど流石に妹もそんな事はしないだろ……」

「いいやどうだろうな、キリの字よ、もしかしたらオメェの妹さんはオメェが思ってる以上に事を深刻に抱えてるかもしれねぇぜ?」

「……キリの字ってなんだよ」

 

珍しく年上らしい的確な事を言って来るクラインに、先程までずっと平気な様子だったキリトが若干危機感を覚え始める。

 

確かに今までは口だけだったが、今後それだけで終わるとは限らない。

 

もしかしたら本当に自分を引きこもりから脱却させる為に、誰か呼ぶのでは?

 

そしてもし妹が呼ぶとしたらそれは一体誰なのか……

 

(アイツの知り合いと言ったらあの姉弟だよな、弟ならともかくもう片方は……)

 

それを想像してキリトはすぐにとある人物が頭の上に浮かんだ。

 

妹が最も慕って最も尊敬し、なおかつ自分にとっては最も恐ろしい存在の……

 

「悪い俺ちょっとログアウトする、なんか今嫌な予感が頭をよぎった……」

「おう、一度妹さんと話しておけ、手遅れにならねぇ内にな」

「手遅れか……そうだな、今頃妹が起きて朝の鍛錬でもしてるだろうしちょっと話してくる……じゃあな」

 

手短に別れの言葉をクラインと交わすと、素早く目の前にメニュー画面を出して即ログアウトボタンを指で押す。

 

焦った様子でありながらも操作を誤らずに打ち込めるのは流石というべきか。

 

程無くして冷や汗を垂らしたキリトが光の粒子となってフッと消えると

 

銀時もまたゴブリンの肉入りスープを食べ終えた頃であった。

 

「それじゃあ俺も一旦戻るとするわ、こっちで食ったから腹いっぱいだけど、やっぱり現実の食い物を腹に詰め込まねぇとぶっ倒れちまうからな」

「そういや俺も仕事に出る準備しねぇとな、はぁ~徹夜のまま仕事か、キツイぜ全く……」

「残念だったな、ちなみに俺は朝メシ食い終わったお昼寝タイムだ、俺が寝てる間汗水垂らして必死に働け」

「キリトもそうだがアンタも心配になって来たな……」

 

結局鍋を空にするまで食べきってしまったクラインはほぼほぼプー太郎である銀時を見て、まともな生活は出来ているのかと、半ば本気で心配する視線を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトこと、本名・桐ケ谷和人には妹がいる。

 

桐ケ谷家の長女、桐ケ谷直葉。

 

和人とは一才違いではあるが、幼い頃から8年間剣道を続けている努力家であり

 

数年前に江戸で女性のみで行われた剣道大会で準優勝に入った実力者として、あの由緒正しき名門、『柳生家』からも誘いが来る程だ。しかし彼女は今現在通っている道場に非常に強い愛着を持っているのであっさりとそれを断ってしまっている。

 

無論剣術だけでなく勉学に対しても一切手を抜かずに寺子屋でしっかり学び続けて昨年には卒業

 

そして新たな学び舎で欲しい資格を手に入れる為に再び勉強を始め。

 

勉学に励みながらもアルバイトをこなして家にお金を入れ、そして剣を振り続ける。

 

和人とは全くと言っていい程対照的な良く出来た妹なのだ。

 

数年前は和人も彼女に対して愛称で「スグ」と呼んで仲慎ましい兄妹だったのだが……

 

最近ではよくゴミを見るような視線を向けられるので彼女から距離を取る様になり、同じ家に住む者同士であるのにすっかり疎遠となってしまった。

 

EDOの世界へと繋がる為の機器、ナーブギアを頭から取り外した和人は

 

ベッドから起き上がるとすぐに自分の城であるこじんまりとした部屋を出ると、階段を下りてすぐに庭の方へとやや駆け足気味に向かった。

 

妹はそこで竹刀を振り回し朝練を行うというのはずっと昔から彼女自身が決めている事なのだ。

 

庭の見える窓から見てみてると、案の定、上下に道着と袴を着飾ったやや短髪の黒髪少女が

 

 

 

 

 

 

 

「こんの腐れニートがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

庭に生えてる大きな木に吊るされた人型のサンドバッグに向かって叫びながら

 

一心不乱に竹刀を浴びせている少女、直葉がそこにいた。

 

まるでそのサンドバッグを「誰か」と被せてぶっ叩いているのか、サンドバッグは所々ボロくなっておりかなり使い古された形跡がある……

 

一体誰に見立てながらあんな剣幕でボコボコにしてるんだろうなウチの可愛い妹は、とほのぼのと思いながら

 

和人はクルリと踵を返して自分の帰りを待つ暖かい我が部屋へと急いで撤退しようとする。

 

だが

 

「あれ、お兄ちゃんもう起きたの?」

「!」

 

逃げようとした瞬間、そんな彼を後ろから呼び止める声が

 

恐る恐る振り返ると、そこには先程まで鬼のような形相で竹刀を振るっていた者と同一人物とは思えないぐらいの朗らかな笑みを浮かべる妹がこちらに振り向いていた。

 

「もしかしてまた朝までゲームしてたとか?」

「い、いやちょっと目覚めが早かっただけだって! ゲームで徹夜とかしてないから絶対!」

「ふーん……」

 

本当は昨日の夜からぶっ通しで仮想世界に潜り込んで銀時やクラインとワイワイ騒ぎながら遊んでいたのだが

 

今それを正直に言ってしまうと、なんだかあのボロボロのサンドバッグと同じ運命に辿りそうだという危機察知能力が働いてつい誤魔化してしまった。

 

直葉は少し怪しむ様に和人に目を向けた後、すぐにケロッとした表情を浮かべ

 

「まあいいや、それよりお兄ちゃん今日ヒマ? といっても年中ヒマだから聞く必要ないか」

「サラッと酷い事言うなお前……いや確かにヒマなんだけどさ」

「実は今日、お兄ちゃんに会わせたい人がいるんだけど」

「はい!?」

 

会わせたい人、それを聞いてついさっきクラインと話していた会話を思い出す。

 

 

『例えばオメェさんみたいな社会活動に前向きでない奴を、真っ当な社会人にする為に指導する事を生業とする教育者を家に呼ぶとか』

 

まさかもうその時が来たというのか……額から汗が流れ始めるのも気にせず、和人は頬を引きつらせながら庭で立っている直葉からゆっくりと目を逸らす。

 

「会わせたい人って……もしかして俺の知り合いとか?」

「知り合いというかそれ以上かな? 家族ぐるみの付き合いだし」

「おいおいおいおい……」

 

家族ぐるみという事はもう完全に間違いない、一刻も早くこの場を立ち去らなければ自分の身が、下手すれば命も危ない。

 

「わ、悪いな妹、お兄ちゃんは急用を思い出した、コンビニでジャンプを買って来るという壮大な冒険に出向かないといけないんで多分夜まで帰らないから……」

「いやどこの国のコンビニに行くつもり? 言っておくけど逃げようたって無駄だよ、もう来てるんだから。すみませんこっち来て下さーい」

「うぇ!?」

 

適当な事言ってネットカフェにでも避難しようと思っていたのだが上手くいかず、しかも直葉はもう既にその人物をここに呼んでいるらしい。

 

頭の中で緊急警報が大音量で流れているのを感じながら、身体を震わせながらゆっくりと直葉のいる庭の方へと歩み寄って、窓から顔を覗かせると

 

家の入口からこちらの庭まで何者かがタタタッと駆けて来る足音が

 

そして次の瞬間

 

「うわぁここに来るの久しぶりだな、おはよう直葉ちゃん、相変わらず朝練頑張ってるんだね」

 

自分と同い年のパッと見地味な印象な眼鏡を掛けた少年が現れた。 

 

あれ?っと和人が口をポカンと開けてその少年を見つめていると、彼はすぐにこちらへ振り返り

 

「久しぶり和人君、しばらく会わない内に少し痩せたんじゃないの?」

「……」

 

微笑を浮かべて軽く挨拶してきた少年に対し、和人はしばしの間を取った後カッと目を見開いて

 

「お前かよッ!!!」

「え、なに!? なんでいきなり怒られたの僕!?」

 

誰かが来ると聞いてもしやと危惧していたのにまさかのコイツとは

 

和人にいきなり叫ばれて驚く少年の名は志村新八

 

直葉の通う剣術道場・恒道館の跡取り息子であり

 

これといった特徴は眼鏡ぐらいで見た目ははっきりいって地味な印象が強いが

 

生まれてこの方ずっと剣術の稽古を行っているせいで、そこらの並の者では太刀打ちできない程の腕を持っている

 

と言っても和人にとって新八は小さい頃よく泣いてばかりいた印象が多いので、直葉から色々と今の彼の事を教えられても「俺に散々負かされてたあの泣き虫が? あり得ないだろ、今なんか見た目地味だし眼鏡だし、ほぼモブキャラじゃん」とヘラヘラ笑いながら一蹴した事がある。

 

その発言をした日、直葉が用意した和人の晩飯はお皿に乗った梅干し一個だけだった。

 

「んだよ新八か、心配して損したぜ、ふざけんなチクショウ」

「急に安心したと思ったら悪態付いて来たんだけど……一体全体どうなってんのコレ?」

「ていうかなんでお前が直葉に呼ばれてここに来たんだ? もしかしてアレですか? お二人で結婚しますとかそういう流れの奴ですか? じゃあ喜んで祝福してやるよ、はいはいおめでとう、これからはどうぞ俺を二人で養ってくれ」

「おい本当にどうしたコイツ! なんか見ない内にとんでもねぇクズ野郎に成り下がってんだけど!?」

 

直葉が呼んだのが新八だとわかった途端、すっかりナメた様子で死んだ目をしながらパチパチと両手を叩きながらヘラヘラ笑い出す和人。

 

つい新八が声を大きくしてツッコミを入れていると、隣の直葉がはぁ~と深いため息。

 

「お兄ちゃんそういう話じゃないから、新八さんが来たのはそういう不真面目な態度取って全く生活を改善しようとすらしないお兄ちゃんにビシッと言ってもらおうと連れて来たの」

「あっそうですかどうぞご自由に、じゃあ俺ちょっと昼間で寝てるんで、そこの木に吊るされている俺の分身のサンドバッグ君にビシッと言っておいてあげて下さい」

「直葉ちゃん、完全にこっちをナメてるよアレ。僕等が何を言おうがとかそんな次元じゃないよ、僕等を相手にしようとする姿勢さえないダメ人間っぷりだよ」

「なんかここ最近のお兄ちゃん、前にも増して変になってるんだよね、たまに死んだ魚の様な目をしたり妙に口が上手くなったり……一体何に影響されたんだか」

 

相手がコイツ等ならなんてことない、こっちが無理矢理言いくるめればすぐに諦めるに決まっている。

 

昔からの付き合いなので、和人にとってはこの二人の対処法ぐらいとうに熟知しているのだ。

 

これで晴れてなんのしがらみもない引きこもり生活を再びエンジョイ出来ると和人が内心喜ぶ、すると直葉はそんな彼をジト目で見つめながら

 

「まあでも、お兄ちゃんがそういうふざけた態度取るなら遠慮しないから、念の為あの人を呼んでおいて正解だったよ」

「……へ?」

 

あの人って一体どちら様?

 

直葉の呟きに和人が顔をこわばらせていると……

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね和人君、元気にしてたかしら?」

「!?」

 

その声は突然背後から聞こえた。

 

音もなく気配もなく、まるで最初からそこにいたのかの様に女性のゆったりとした声が和人のいる部屋の中で静かに響く。

 

その声を聴いた途端、和人は全身から悪寒を覚え、蛇に睨まれた蛙の様に恐怖で金縛り状態に合ってしまう。

 

それでもなお必死に首だけでも動かして、頬を引きつらせながら背後へ振り返ると

 

着物を着たポニーテールの若い女性がこちらに優しそうな笑みを浮かべて立っているではないか。

 

「ギャァァァァァァァァ!!!!」

「あらいきなり人の顔見て悲鳴? 失礼しちゃう」

 

現実世界では周りに何かがいるのか探すのに役に立つ索敵スキルなど使えない

 

否、仮にここがゲームの世界であろうと気付かなかったもしれない。

 

それ程彼女は恐ろしく、そして和人にとって最も敵に回したくない相手なのだ。

 

口を大きく開けて叫び声を上げる和人に対して女性が微笑みを崩さず立ちつくしていると

 

庭の方から新八と直葉の声が

 

「”姉上”! その引きこもり野郎をいっちょ揉んでやってください!」

「お妙さんお願いします! ウチの愚兄を懲らしめて下さい!」

「バカ野郎お前等! この人の場合揉んでやるとか懲らしめてやるってレベルじゃねぇんだよ! まさかお前等俺を抹殺する為に呼んだのか!」

 

二人に対して反射的に和人が叫ぶのも無理はない。

 

彼の目の前にいるのは志村妙

 

志村家の長女にして志村新八の実の姉。

 

見た目は優しそうでおしとやかな印象が窺えるが、その見た目は偽りの姿で、いざ彼女が怒らせるモンなら容赦なく相手を徹底的にひねりつぶす事も厭わない恐怖の大魔王なのだ。

 

「ごめんなさいね和人君、あなた達家族の問題に首突っ込のはよそうと思っていたんだけど、可愛い妹分に泣きつかれて知らん顔する程私は薄情じゃないのよ」

 

ポキポキと拳を鳴らしながら笑顔でそう答えるお妙に和人は急いで後ずさりして距離を取る。

 

彼女の本性をイヤという程見せつけられている和人にとっては正に天敵なのだ、恐怖で縛られた身体を無理矢理動かし、そのまま一気に

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「あら逃げた」

 

脇目も振らずに逃走、女性を前に逃げ出すなど男としては情けないと思いたければ思えばいい

 

だが彼女の拳をまともに食らえばそれだけで致命傷、ゲームの世界ならそのまま一撃死なんてのもあり得るほどだ。

 

そんな者はもはや女性として扱えない、むしろアインクラッドの最上階でラスボスとして彼女が笑顔で現れても、和人は平然と受け入れられるであろう。そして恥も捨てて自分だけ真っ先に逃げるのは間違いない。

 

「甘かった! 自分の考えが甘かった! 直葉の奴! まさかとんでもない最終兵器を連れてくるとは!」

 

直葉が呼んだのは新八だけだと思い込んでいた自分自身の甘さを責めながら、和人は一気にリビングを出で階段を駆け上り、2階にある自分の部屋と入ると急いでドアを閉める。

 

そして万が一の為にと事前に雑貨屋で購入してドアに施していた鉄のチェーンを掛けて、外側からは開けられないようにする。

 

「コレで当分の間は籠城出来るだろう……しかしこれからどうすれば」

 

外に逃げようにも庭には直葉と新八がいる。新八はわからないが直葉と体力面で勝負するのは負けが見えている。

 

だからこそ、この最も落ち着く空間、長年閉じこもる毎日を送っていたこの部屋で耐え忍ぶという選択肢を選んだのだが……

 

「ずっとこうしていれば帰ってくれるかな……ひ!」

 

不意にドアからトントンと軽いノック音が聞こえただけで、和人は短い悲鳴を上げて慌ててドアから遠ざかる。

 

ノックしたのは恐らく彼女であろう、だがドアにはチェーンが掛けられている、開けようにも指が入る程の隙間しか開く事は出来ない。

 

流石に彼女もこれでは精々自分に言葉を掛ける事ぐらいしか出来ないであろう、そう思い和人がフッと笑い

 

「悪いなお妙さん、俺は今ちょっと気分がすぐれないから話はまた今度に……ってギャァァァァァァァァァ!!!」

 

激しい衝撃音と共に和人にとっての命綱のドアが一瞬で破壊された。

 

パラパラとはドアの破片が周りに散っていく中で

 

その向こうでは微笑みを絶やさないお妙が拳をこちらに突き出して立っていた。

 

(せ、正拳一発でドアをぶち破りやがったァァァァァァァァ!! なんなんだこの人、本当に人間!?)

 

内心そう思いながら恐怖に慄く和人に対し、お妙は静かに彼の部屋の中へと入る。

 

「お邪魔します」

「ちょ、ちょっとぉ!? 器物破損じゃないんですかそれ!?」

「問題ないわよ、これからドア無しで生活すればいいんだし」

「俺のプライベートは!?」

「年中働きもせずダラダラと怠慢を募らせ、妹を泣かせる者にプライベート云々を言う資格はありません」

「無茶苦茶過ぎる……」

 

直葉相手であればいくらでも言いくるめる手段はある。

 

だが今目の前に現れた彼女には、志村妙にはそういったものは全く効かない。

 

我を通し、我のまま突き進む彼女の姿勢には直葉は強く憧れ、尊敬しているのだが

 

和人にとっては周りがどう言われようがただただ突き進んで来るその彼女の破天荒っぷりは怖いという気持ちしかなかった。

 

「さて、こうして逃げ場も失ったんだし。お互いキッチリ話し合いましょうか、そっちがその気がなくても結構よ? 力づくでどうにかするから」

「待て待て待て! 待ってください! 拳を構える前に俺の話を聞いて下さい!!」

 

既に右手を振りかざして殴りかかろうしているお妙に対し、和人はすぐに両膝を突いて正座すると必死に弁明を始める。

 

「えーとですね実を言うと俺自身も結構悩んでいる節がありまして……その、このままずっと無職のままで引きこもりやってると直葉にも両親にも迷惑かかるなーっと滅茶苦茶悩んでいたんですよ」

「……」

「そりゃもう満足に寝付けない程頭が痛くなるぐらい考えましたよ本当に、それで今後は前向きに仕事でも探そうかなと本気で思っていますんで、今回は何卒お引き取りを……」

「……」

 

その場しのぎで見繕った台詞としては中々と言った所であろうか

 

しかしお妙は彼の言葉を聞いてもただ無言、そして笑みを浮かべたまま

 

正座してこちらに恐る恐る顔を上げている和人の頭をガシッと鷲掴みにして

 

「あら~滅茶苦茶悩んで考えた頭にしては随分と軽いわね~、このまま強く握ったらパックリ割れちゃいそう」

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

そのまま和人の頭に指を食い込ませながら軽々と持ち上げた。

 

激痛に悲鳴を上げたまま宙ぶらりん状態の和人に対し、お妙は笑いかけたまま

 

「適当に言葉ならべた所で私がそれで大人しく帰ると思ったのかしら?」

「待って! いや本当に心入れ替えるんで! 真っ当に社会人として働くので頭パックリだけは!」

「さあてどうしようかしらねぇ、あら?」

「うご!」

 

頭を砕かれてはたまらないと必死に命乞いをする和人をよそに

 

お妙はふと彼の部屋にある机の上に小さな紙が一枚置かれている事に気付いた。

 

それがサイズ的に名刺だとわかり、お妙はパッと和人の頭から手を離して彼を床に落とすと

 

「これって名刺よね? 和人君こんなの一体何処で……『万事屋銀ちゃん』?」

「いでで……え? いやそれは随分前にある人から半ば強引に貰っただけ……は!」

 

それは初めて坂田銀時とユウキと出くわした時に彼から貰った名刺だった。

普通ならそのまま捨てておけばよかったのだが、どういうわけか和人はそれを捨てきれずに

 

ずっと机の上にほったらかしにしていたのだ。

 

しばらくその存在さえも忘れていた和人であったが、お妙が見つけた事で思い出し

 

そして同時に頭に雷が落ちたかのような名案を思い付いたのだ。

 

「……実は家族には黙っていたんだけど俺、ちょっと前に偶然道を歩いてたらスカウトされたんだよ」

「スカウト!? え、まさかこの名刺に書いてある坂田銀時って人に!?」

「ああ、なんか知らないけど俺の中に光るモノがあるとかなんとかで熱心に誘って来てさ」

 

和人は立ち上がり様にそっと髪を掻き撫でながらドヤ顔でそう呟くと、お妙は名刺を手に取ったまま驚きの声を上げる。

 

そして立て続けに和人はフッと笑いながら

 

「だからまあしばらく時間が欲しいという事で俺もしばらく悩んでいたんだけどさ、お妙さんと話してわかったよ。今からでも遅くないよな?」

「和人君、まさか……!」

「お妙さん、俺……」

 

目を見開き彼が言おうとしてる事を察した彼女に対し

 

和人はグッと親指を立てて自分を指差す。

 

「万事屋になります」

「まあ! 偉いわ和人君! 仕事の内容はともかくよく決心したわね! まさか向こうからスカウトが来るほどの逸材の才能を秘めていたなんて! それでこそあの立派な御爺様のお孫さんだわ!」

「ハハハ、ジっちゃんの名にかけて頑張ります」

「おめでとう和人君! 今晩は祝杯ね! 私が腕にかけて御馳走を用意するわ!」

「いやそれはいいです本当に、あの、マジでお構いなく、ホント、お願いですから勘弁してください」

 

まさかの万事屋入ります宣言に予想以上に喜び、更には自分で料理を作ってもてなそうとしてくれるお妙に対し

 

和人は罪悪感とかではなく本気でそれを丁重に断る。

 

彼女の作る料理は実を言うと、料理として分類してはいけない程凄まじいモノなのだ……

 

 

さっきまでこちらを叩き潰すつもりで迫りかかっていたお妙が一転して自分の事の様にはしゃいでるのを見て

 

和人が内心「我ながら天才的なこの頭脳が恐ろしい」、と、よくよく考えればすぐボロが出る嘘だというのを気付かずに、自分自身を称賛していると

 

 

 

 

 

「よ、万事屋で働くってどういう事お兄ちゃん!? なんでそんな大事な事私に言わなかったの!?」

「ちょっと和人君! まさかそんな胡散臭い所に就職する気なの!?」

「うわ、コイツ等の存在忘れてた……」

 

ドアが無くなった事によって自分とお妙の会話は筒抜けであったのだろう

 

いつの間にか家に入り、廊下で盗み聞きしながら覗いていた直葉と新八が二人揃って現れた事に、和人はバツの悪そうな表情を浮かべて目を逸らす。

 

「べ、別にいいだろ。俺が働く事がずっとお望みだったんだろお前等」

「そうだけどなんか怪し過ぎるよ! まずお兄ちゃんなんかをスカウトしようとする時点でおかしい!」

「見てる人は見てくれてる証拠だよ、お前は俺のこの類稀なる才能を見ようともしなかったけど」

「う……」

 

つい調子に乗って皮肉を混ぜて言ってしまった、しかし直葉はこちらを見つめながらワナワナと震えて悔しそうに黙っているので、ちょっとばかり和人は気分が良くなった。

 

完璧な妹を黙らせるというのは実に爽快だ

 

そんな彼女をふと隣にいた新八が心配そう見つめた後、和人の方へと振り返り

 

「それじゃあその和人君をスカウトした人を、一度僕等に会わせてくれないかな?」

「へ!?」

「和人君の雇い主になる人が、一体どういう人なのかこの目ではっきりと見ておきたいんだ」

 

マズい、それは非常にマズイ! そんな事したらすぐにボロが出て一巻の終わりだ!

 

余計な事を新八が言った事に和人は焦りつつなんとか流そうと口を開きかけたその時

 

「うん、私もその人に一度会ってみたい、妹の私でもわからなかったお兄ちゃんの才能を見つけてくれた人に……」

「おう!?」

 

沈んだ表情で直葉がここで便乗してきた、皮肉を混ぜて突っ放したのが仇となってしまった事に後悔していると、今度はお妙もまた軽く頷いて

 

「そうね、和人君の雇ってくれた人ですしこちらから一度お礼言っておかないといけないわね」

「それじゃあ決まりましたね、じゃあ和人君よろしく」

「ま、待て待て待て! そんな急に何を言って……!」

 

このままでは大変事態に……しかしもはや和人一人で彼女達行動を止める事は出来なかった。

 

そしてこの流れを作った張本人である新八は、名刺を手に持ったまま和人の肩をポンと叩き

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心して、この”坂田銀時”って人が、本当に和人君の上司として相応しいか僕等で見定めてあげるだけだから」

「新八さん、その名刺に電話番号書いてあるからそこに連絡すればいいんじゃない?」

「あ、本当だ、早速いつ会えるか聞いてみようか」

「こちらから会いに出向くんだから何か持って行った方がいいわよね? 私の手作り料理とかどうかしら?」

「いや姉上、僕等は挨拶に行くだけです、殺しに行く訳じゃないですからごっはぁ!!」

「新八さぁん!」

(うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! どうすりゃいいんだチクショォォォォォォォ!!!)

 

勝手に話が進み、早速銀時と連絡を取ろうと動き始める三人をよそに

 

和人は一人頭を抱えて泣き叫びたいという衝動に駆られながら天井を見上げるしか出来なかった。

 

 

かくして桐ケ谷兄妹と志村姉弟の間に

 

 

和人が働くと言ってしまった勤め先の万事屋オーナー

 

坂田銀時は彼の妹と、その妹が慕う姉弟と顔を合わせる事となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




和人の運命はいかに、そしていきなり家族内の揉め事に巻き込まれた銀さんは……


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第十二層 兄の勤め先にいたのは天パと生首でした

朝早く、銀時の営む万事屋銀ちゃんに一本の電話が入った。

 

「はーい坂田ですけどー」

 

家主の銀時はというとリビングにあるソファの上で口を大きく開けてアホ面しながら眠っている。

 

事務机の上に置かれた黒電話を取ったのは家主ではなく居候のユウキであった。

 

「え、万事屋銀ちゃん? ああそういえば何でも屋やってるんだった、もしかして依頼?」

 

銀時が寝ているのをいい事に勝手に電話相手と話し始めるユウキ。どうやら向こうはこちらを万事屋と知った上で連絡をよこしてきたらしい

 

「依頼じゃないけど話をしたいから会って欲しい? うーんでもウチの人ついさっき眠っちゃったばかりなんだよね、え? 真っ当な人間ならとっくに活動している頃なのになんで眠ってるのかって? そりゃウチの人が真っ当な人間じゃないからだよ、特にここ最近依頼が来ないせいで一日中ゲームしっ放しでさー」

 

ユウキがハハハと一人で笑いながら話してる途中で、何やら電話越しの相手がヒソヒソと何か小声で会話しているのが聞こえた。恐らく傍にいる者と話しているのであろう。

 

「ああはいはい、まあ昼過ぎには起きるんじゃないかな? そん時にまた連絡してくれれば……ボク? ボクは別に万事屋の従業員じゃないよ、たまにお手伝いするぐらいだし。なんでそこにいるかって? そりゃ一緒に住んでるんだから当たり前でしょ」

 

色々と尋ねられながらもしっかりと答えていくユウキ、しばらくそうして受け答えしていると、ソファの上で横になっていた銀時がムクリと起き上がる。

 

「うるっせぇなさっきから……こちとら徹夜でゲームやってたんだから眠いんだよ、頼むから寝かせてくれよ……」

「あ、起きた。銀時、なんか銀時に会いたいって人がいるんだけど」

「は? もしかして依頼人か? 5日ぶりだなオイ」

「いやそうじゃないみたいなんだけどさ、とりあえずコレ」

 

虚ろな目をしながらまだ眠そうな表情で上体を起こしてきた銀時に対して、ユウキはすかさず手に持っていた受話器を彼に渡す。

 

訳も分からないまま銀時はそれを受け取ると、けだるそうにそれを耳に当てた。

 

「あーもしもし今代わりました、万事屋銀ちゃんのオーナー、坂田銀時です。なんかウチの女と話してる途中みたいだったらしいですけど、変な話とか聞いてないですよね? え? 一日中ゲームしてるぐらいヒマなんですか?って? いやいや、んな訳ないでしょ、確かに寝てたのは事実ですけどアレですから、ここんところずっと仕事漬けで心身共に疲れ切ってたんですよ」

 

寝ぼけながらも平然と嘘を突きながら銀時は頭を掻きむしりつつ、電話先の相手と話を始める。

 

「それで要件は? は? ちょっと話がしたいだけ? あ~はいはい了解しました。んじゃ午後三時ぐらいにウチ来てください」

 

顔を合わせるだけというのはつまり、依頼人側がこちらに依頼を任せて大丈夫なのかどうか判断する為に、とりあえずこちらの顔と信頼性を見る為に伺うという意味であろう、と解釈した銀時は目蓋をこすりながら頷く。

 

「女の子もいるからかぶき町は物騒だから来れない? めんどくせぇな……そんじゃそちらでどこで会いたいか言って下さい、俺の方が向かうんで……はいはい、あーこっからちょっと離れた場所にあるあそこの喫茶店ね、了解でーす、そんじゃ午後三時に伺いまーす」

 

適当な感じで電話相手に呟いた後、銀時はガチャリと受話器を置いて切った。

 

そして大きなあくびをしながらおぼつかない足取りでソファの上に再び横になる。

 

「という事でユウキ、30分前ぐらいになったら起こせ、それまで俺は二度寝すっから」

「久しぶりの依頼かもしれないんだからもうちょっとやる気出したら?」

「出る訳ねぇだろそんなの、電話先の声からして、相手は明らかガキだぞ? 電話に出たと思ったらやかましい声でツッコミ入れて来やがって何様だってんだ……声からして童貞、そして眼鏡を掛けていると見た」

「えぇ~そこまでわかるの……」

「特徴的なのが眼鏡ぐらいでぱっと見地味で目立たず、人気投票で8位ぐらいの微妙な人気しかねぇツッコミキャラと見た」

「そりゃやる気も出ないわけだ……それで人気投票って何?」

「ふわぁ~、んじゃおやすみ……」

 

ユウキの問いかけに対して銀時の返事は返って来なかった。

 

ソファの上に寝そべった瞬間、彼は再び寝息を立てて眠ってしまったのだ。

 

ぐうたらと自堕落な生活を送り続けてる事になんの不安も抱いて無さそうな顔で寝ている銀時を、しばしユウキは見下ろした後、はぁ~と深いため息を突く。

 

「……毛布ぐらいかけておこうかな?」

 

 

 

 

 

 

午後3時

 

ユウキに起こされてめんどくさそうに起きた銀時は、客との待ち合わせ場所である喫茶店へとやって来ていた。

 

ちなみに最初は一人で赴くつもりだったのに、何故か彼女もついて来てしまっている。

 

そして現在、銀時は状況を上手く掴めない状態であった。

 

「……それで、一体何なのコレ?」

「いやーまさかまさかの展開だね、現実世界では久しぶりだねキリト」

「ハハハ……どうも」

 

店の席にて銀時は窓側にユウキを座らせ自分は真ん中、そしてもう片方の隣には何故かここにいる桐ケ谷和人がぎこちない表情を浮かべて座っている。

 

そして向かいには銀時とユウキが初めて見る人達

 

電話を寄越してきたであろう眼鏡を掛けた少年が真ん中に座り

 

キリっとした眉毛をしたショートカットの少女が和人の向かいに

 

そして一人笑顔を浮かべている他の二人よりも年上っぽい女性がユウキと同じく窓側に座っていた。

 

その女性は銀時を見ても何も言わず微笑んではいるが、少年と少女の方はこちらが来ると否や、ずっとジロジロと見ながら何か胡散臭いモノを見るような目を向けて来る。

 

「絶対ヤバいって、電話で話した時もなんか胡散臭い人だと思ってたけど、こうして直で顔合わせるとますます怪しいよこの人……」

「嘘でしょ、この人がお兄ちゃんをスカウトしたって人なの……? 何かやる気がないというか目が死んでるというか……あ、そういえば最近のお兄ちゃんもこの人と同じ目をしてる時があったっけ、もしかしてこの人の影響とか?」

 

小声で二人で話しているのだろうが、ハッキリ言って銀時には丸聞こえであった。

 

しかし話を聞く限り全くどういう状況なのかよくわからない。

 

そもそもどうしてここに仮想世界ではしょちゅうお世話になっているキリトこと、桐ケ谷和人がいるのだろうか。

 

銀時の疑問をよそに、まず最初に口を開いたのは窓際に座るポニーテールの女性であった。

 

「初めまして、坂田銀時さんでよろしいんですよね? 私、志村妙と言います」

「あ、どうも」

「急に呼び出して申し訳ありません、どうしてもウチの子達がそちらと面識を合わせたいとおっしゃるので」

「すんません、状況上手く呑み込めて無いんですけどこっち」

「そうですね、ではまず私から説明させて頂きますと」

 

志村妙と名乗った女性に対し銀時が髪を掻きむしりながら首を傾げると、彼女はすぐにここに呼んだ訳を話し始めた。

 

「そちらで私達道場の門下の一人でありながら無職で引きこもりというクズライフを送っていた桐ケ谷和人を、そちらの方からわざわざスカウトして下さったと本人に聞きまして、是非お礼を兼ねて一度お顔を拝見したいと思いまして」

「……はい?」

 

笑顔でそう説明してくれたお妙だが、銀時はますます混乱する。

 

口をへの字に曲げながら和人の方へ振り向くと、彼は目を泳がせながらこちらから顔を背けている。

 

そんな彼の頭をガシッと掴むと銀時は一気に顔を近づけて

 

「……おい、どういう事だマジで、いつ俺がお前を万事屋に誘ったんだ? お前一体コイツ等に何言ったんだ?」

「……とりあえずこれだけは言わせてくれ、巻き込んでマジすんません……俺がつい口から出まかせ言ったせいでこんな事に……」

「……ははーん、さてはお前、コイツ等に就職しろと追い込まれて、咄嗟に俺の名を出して一時的なその場しのぎを企んだって所か?」

「……察しが良くて助かります」

 

声を極限まで潜めて周りに聞こえない様細心の注意を払っておきながら、銀時は和人と顔を合わせて事の経緯を聞き出す。

 

冷や汗を流しながら苦笑している和人に、銀時は額に青筋を浮かべて若干キレ気味の様子で頬を引きつらせる。

 

「……何勝手にテメェの所の事情に俺を巻き込んでるんだコラ、お前を万事屋に? こちとらテメェみたいな引きこもり童貞ニートを雇う余裕があると思ってんの? ウチは廃品回収は請け負ってねぇんだよ、ゴミはゴミ捨て場に帰れ」

「酷い言い草だなオイ……! 悪いとは思ってるけどこっちが困ってるんだから少しは助けてくれよ……! こっちは仮想世界でどんだけアンタの事助けてると思ってたんだ……!」

「そもそもお前が招いた結果だろうが、自業自得だバカヤロー、俺がやれんのはせめてオメェが切腹する時に介錯してやる事ぐらいだ」

 

ゲームと変わらず現実でも辛辣な言葉を浴びせて来る銀時に負けじと助力を求める和人。

 

すると隣で聞いていたユウキもまた、彼等の方に顔を近づけ

 

「……ねぇ助けてあげたら銀時? 銀時がEDOで短期間でどんどん攻略しているのは、モンスターやマップのデータを把握してくれているキリトのおかげでもあるんだしさ。ゲームで助けてもらってるんだから現実で借りを返すすのも悪くないと思うよ……?」

「……なぁ、どうしてアンタみたいな人とほぼ付きっ切りでいるのに、この御方はこんなにも心が綺麗なままでおられるんですか?」

「騙されるなキリト君、コイツは確かにいい奴だけども、他人と少々ズレてる所あったり空気読めなかったりと、その上で余計な事に首突っ込みたがる事が大好きなだけのはた迷惑なお節介野郎だ」

 

ユウキの思わぬフォローに和人は内心感動すら覚えるも、銀時はそんな彼にジト目でボソリと

 

「お前が困ってるのを助けてやろうと言ったのも、多分そうした方が面白い展開に転びそうだと思ってるだけだから」

「……マジでか」

「うんまあ、概ね銀時の言う通りかな?」

 

ケロッとした様子であっさりと白状するユウキに和人が唖然としていると、銀時がため息交じりに頭に手を置きながら小声で呟く。

 

「……しかしユウキの言う通りオメェには色々と助けてもらってるのは事実だ、しゃあねぇ、ここはひとまずコイツ等を誤魔化す程度の真似はしてやらぁ、しばらく面倒見てやっても良いが給料は期待すんなよ」

「……恩に着る」

「本当に恩を感じてくれてるなら誠意を見せてもらいてぇな……とりあえず次向こうの世界で会ったら俺に十万コル出せよ」

「中々財布の事情的にキツイ金額だな……」

 

現実の通貨ではなくゲーム世界の通貨を要求する辺りはまだ良心的というべきなのだろうか。

 

といっても十万コルというのはソロで長年プレイしているおかげで金の工面もかなり大変な彼にとっては少々痛手である。

 

だがここで銀時に助けてもらわないと、その程度の痛手などモノともしない恐怖の体験を味わう事になるのは明白。

 

あのニコニコ笑っているポニーテールの女性がいよいよ魔王の本領を発揮する事になる。

 

腹をくくった様子で和人は静かに頷くしかなかった。

 

「まあそれ相応の対価は払わせてもらうと約束する……」

「契約成立だな、後でなかった事にしてみろ? かぶき町に連れて行ってオカマバーに売り飛ばすからな」

 

サラッと末恐ろしい事を言う銀時に、「この人ならマジでそうするだろうな」と和人は確信してもう一度頷くと

 

改まった様子で銀時は向かいに座る三人の方へと顔を戻した。

 

「どうもすみませーん、あまりにも急だったんでこちらで色々と話し合いしてました。いやホントこっちもいきなり保護者の方達がお見えになるとは思ってもいなかったんでー」

「いえいえ、そちらさんが困惑するのは当たり前ですから、いきなり呼びつけたのは私達なんですからどうぞお構いなく」

「そうっすか、んじゃ改めまして」

 

ヘラヘラ笑いながら銀時が誤魔化すとお妙はなんの疑いも無く答える。

 

すると銀時はテーブルの下で足を組んだまま後頭部をボリボリと掻きながら

 

「どうも初めまして、こちらのキリ……和人君を是非ウチで働いてもらいたいと思いスカウトした、かぶき町で万事屋を営んでいる坂田銀時です」

 

けだるさ全開でそう名乗る銀時に対し、少年と少女はまだ怪訝な表情を浮かべるが、一応向こうが名乗ったのだからこちらも名乗るのが礼儀だと思い、軽く会釈する。

 

「えーと和人君の通っていた道場の跡取りの志村新八です、ちなみに先程あなたが会話していた人の弟です」

「……桐ケ谷直葉です、そちらがスカウトした桐ケ谷和人の妹でもあります」

 

少々ぎこちない様子で自己紹介する二人に銀時は「どうもー」と軽い感じで答えていると、少年こと新八が早速スッと手を上げた。

 

「ところでちょっと前にそちらに電話をしたのは僕なんですけど、その時最初に電話出たのはもしかしてそこにいる女の子ですか?」

「うん、電話に出たのはボクだよ。ユウキって言うんだ、よろしく」

「あの……その時一緒に住んでると聞いたんですけど……」

 

あっけらかんとした様子で名乗るユウキを眺めながら、「坂田銀時はこの少女と一体どういう関係で一緒に住んでいるのか?」と疑問に思った新八は試しに銀時にぶつけてみた。

 

すると銀時は首を傾げて数秒後

 

 

「気にすんな、ただのマスコットだ」

「マスコット!?」

「正規の万事屋メンバーではなく、主に看板娘としてウチに住ませているだけの居候だ。そちらが考えてる様な関係ではねぇから心配しなくていいぞ」

 

ちょっと考えた結果、ここで細かい事まで教える必要は無いだろうと判断した銀時はシンプルにユウキの立場を教えてあげる

 

「深く考えなくていいから、ネズミの国の黒いネズミみたいなモンだと認識してりゃあいいんだよ」

「いや黒いネズミって……そんな世界的マスコットと同等に認識するのは流石に無理なんですけど……」

「ハハッ! ボクユッキー!」

「やめろ!」

 

何処かで聞いた様な笑い声をユウキが上げると、新八は即指差して叫んだ。

 

居候の万事屋マスコット……よくわからないが男女の関係という訳ではないのだろう。

 

もしかしたらこの様な幼い外見を下彼女と、何かふしだらな関係を持っているのではないかと懸念していた新八はとりあえず一安心した

 

「わ、わかりましたよ。とりあえずそちらのお嬢さんはあなたの恋人でも隠し子でもないならそれでいいです……じゃあ改めまして和人君を万事屋に誘った件について聞きたいんですけどいいですか?」

「どうぞご自由にー」

 

尋ねられた銀時はやる気無さそうに返事しつつ、テーブルの下に顔を突っ込んで何かゴソゴソとしている。

 

彼の不審な動きに疑問を抱きつつも新八は話を続ける事にした。

 

「とりあえず単刀直入に聞きますけど、そちらは一体和人君のどこが……」

「どこが良いと思って万事屋に誘ったんですか!? ウチのお兄ちゃんを!」

「え、直葉ちゃん!?」

 

しかし新八の言葉を遮って突如、直葉が銀時の方へと身を乗り上げた。

 

どうやら彼女自身が一番気にしている部分はそこであったらしい。

 

「だってこの人ロクに働いた事も無いし家に年中ゲームしてるだけのプー太郎ですよ! こんな絵に描いたようなダメ人間をどうして!」

「ほほう、妹さんは彼の事をそういう風に解釈して今まで見ていたのか、いやはやいけませんなー。兄妹であり最も身近にいる存在でいながらコイツの本当の姿を見てねぇとは」

 

直葉の問いに銀時はまだテーブルの下に顔を突っ込んだ状態でいながら返事をした後、

 

テーブルの下から事前に持って来ていたのかと思われる真っ赤なポリタンクをドンとテーブルの上に置いた。

 

「ダメな部分だけ見てても人間の本質ってのはわからねぇモンなんだよ。人を見極めるのに大事な事は悪い部分だけでなく他の部分もしっかり見てやる事、わかった妹さん?」

「あ、ああはい……至極真っ当な事を言っているのはわかってるんですけど……」

「それよりもまず僕等が聞きたい事が一つあるんですけど、なんですかそのポリタンク……なんか臭いがするんですけど」

「いやこっちの事は気にしなくていいから」

 

確かに直葉はどちらかというと和人の悪い部分を重点的に見ている節があった、彼の他の部分を見ていなかった点については否定できないのは確かだ。

 

直葉も銀時の言葉を聞いて素直に頷くが、隣にいる新八同様いきなりポリタンクを取り出してきた銀時の動きの方へ注意がそれてしまう。

 

だが銀時はそれをズイッとユウキの前にズラして二人と顔を向い合せ、素知らぬ顔で勝手に話を始めた。

 

「おたくのお兄さんはな、確かに性格的に難ありな点が多数見受けられるけど。意外と人の話をよく聞いて理解していたり、肝心な事についてしっかりと頭に記憶していたり、的確に的を射た発言をするぐらいに回転が早かったりと、何でも屋を営むこちらとしてはかなり役に立つ能力を持ってるんだよ」

「な、なるほど、まさかウチのお兄ちゃんを見てそこまで分析していたなんて……」

「確かに今思い出すと和人君ってそういう所もありました……和人君の良い所をしっかりと見極めていたんですね……一見ただのちゃらんぽらんにしか見えないのにそこまで考えていたとは……」

 

和人の事についてベラベラと上手く言う事によって、直葉と新八をあっさりと黙らせる事に成功する銀時。

 

そんな彼を隣でジーッと見ていた和人本人は

 

(行き当たりばったりの状況の上で考える暇もないのに、こうも口う動かせるのはたいしたモンだよこの人は……)

 

流石は自分以上に舌が回ると認める男である、自分を誘った理由をこうも演技を踏まえながら喋る事が出来るとは。

 

っと和人が内心彼に対し感謝している中

 

ユウキの方はというと銀時が取り出したポリタンクの蓋を真顔で取っていた。

 

その途端ここら一帯に漂う奇妙な臭い……

 

「と言う事で和人君はお前達が考えてるよりもずっとよく出来てるから、俺はちゃんとそういう光る部分を知っているからね、だから今後はコイツにネチネチと働けだのなんだの言わずに、この子はやればできる子なんだと暖かい目で見てやる事が大事なわけよ、わかる?」

「……すみません、また大事な話してる所悪いんですけど、ユウキちゃんが開けてるポリタンクから変な臭いが……」

「直葉ちゃん、アレ多分中身ガソリンじゃないかな……」

「え、ガソリン? ガソリンって車とかからくりの原動力に使う……」

 

銀時の話よりもユウキが蓋を開けたポリタンクから発する臭いに興味が向けられる二人。

 

新八が恐らく中身はガソリンと言ったので、直葉はなんでそんなモノを喫茶店に持ち込んできたのかと疑問に思っていると

 

 

 

 

 

 

 

ユウキはその蓋の取れたポリタンクを両手でガッと掴むと。

 

そのまま頭上に思いっきり掲げ上げ、取り出し部分に口を突っ込んでそのままゴクゴクと豪快な音を立てて飲み始めたではないか。

 

「……すみません、彼女なんかいきなり飲み始めたんですけど?」

「え? ああだから気にしなくていいって、アレだよアレ、オレンジジュース」

「嘘つけぇ! オレンジジュースがこんなバイク屋の前で嗅ぐ臭いする訳ねぇだろ!」

 

虚ろな目で尋ねて来た新八に銀時は手を横に振って誤魔化そうとするが、流石にこの点については上手く騙し通す事は出来なかった。

 

「明らかガソリンだろ! ポリタンクに詰め込まれたガソリンを一気飲みしてるよねアレ!?」

「ああやっぱりバレた? まあでもガソリンぐらい誰だって普通に飲むでしょ?」

「飲まねぇから! 人間がそんな真似したら確実に死ぬから!」

「確かに喫茶店で事前に用意した飲食物を勝手に持ち込んで飲むのは如何なものかと思うのはわかるけど、コイツはちょっと特殊だから仕方ねぇんだよ」

「特殊ってなんだ!? ガソリンを飲む人間なんてもはや特殊で済まされないレベルだろ!」

 

別段さほどおかしい事ではないという感じで話す銀時だが、新八はつい荒い口調を使いながら叫びつつ説明を求めようとする。

 

するとずっとガソリンを飲み続けていたユウキがプハーッと声を上げながら、すっかり空になったポリタンクをテーブルの上に置いた。

 

「あーロックでもなく水割りでもなくストレートで飲んでみるのも悪くないモンだね、ガソリン」

「お前最近燃費悪くねぇか? ガソリンって最近高ぇんだからもうちょっと俺の懐に気を使えよ」

「そうは言ってもボク、コレが無いと生きていけないし」

「最近安く入手できるガソリンってのがあるみてぇだしそっちに乗り換えたらどうよ?」

「え~ヤダ~、前に飲んだけどあんま美味しくないんだモン」

 

ガソリン飲み干しておきながらケロッとした表情を浮かべているユウキに銀時が目を細めて文句を言っているという状況を見つめながら、新八と直葉、そして銀時の隣にいた和人も言葉を失いワナワナと震えはじめる。

 

「オイィィィィィィィ!! もはや和人君の事よりもあのガソリン少女の方が気になって来たんだけど!? なんなのアレ!? なんで平然としていられるの!?」

「お兄ちゃん、なんなのあの女の子!?」

「知らん! 俺も今初めて見た! え! ホントどういう事!?」

 

仮想世界ではわからなかったユウキの人間離れした設定を目の当たりにして、新八と直葉と同じく和人もまた困惑。

 

しかしそんな三人とは違い、お妙は一人静かに微笑んでいた。

 

「いいじゃない、最近は肉食系女子とか草食系男子って言葉が流行ってるんでしょ? 別に良いじゃない、ガソリン系女子ががいても」

「姉上! 肉食系女子の意味絶対知らないですよね!? 男に対してガツガツ攻めるのが肉食系女子です! ガソリンに対してグビグビ飲み干すのはもはや女子とは呼べません! ていうか人類としても認められません!」

「偏見はダメよ新ちゃん、さっき万事屋さんが言ってたじゃないの。人を見極めるのに大事な事は、悪い部分だけでなく他の部分もしっかり見てやる事だって」

 

狼狽える新八に対しお妙は静かに諭し、直葉と和人の方にも目配せする

 

「多少おかしな点があろうがそれも全て受け入れてこそ侍にとっての器量の大きさが知れるいうもの、あれこれ追及する前にまず己の器の狭さを自覚なさい」

「いや侍だって目の前でガソリン飲まれたら流石に引くと思うんですけど!?」

「お兄ちゃん本当にこんな人達と一緒にやっていけるの……?」

「……どうなんだろう」

 

未だ納得していない様子の三人に対し、お妙は「あなた達もまだまだね」と言った感じでフッと笑うと、口元がガソリンまみれになっているユウキに呆れた様子で手拭で拭きとっている銀時に声をかける。

 

「わかりました、そちらの方に色々と込み入った事情があろうが、それを何事も無く受け入れるあなたになら安心してウチの門下生を預けられます。どうぞご自由にコキ使ってやって下さい」

「ったくガキみたいに口の周りベタベタにしやがって……え? ああ言われなくても足腰立てなくさせるぐらいヒィヒィ働かせてやるんで、和人君の事は当分ウチに任せてくれればいいから」

「銀時、拭いてくれるのは嬉しいんだけどちょっと強くない?」

「文句言うんじゃねぇ、ガソリンってのは強く擦らねぇと落ち……」

 

お妙の方に振り返りながら、銀時が嫌がるユウキの口元を少々乱暴に拭き取っていると

 

ポンッと何かが取れたような音が何処からともなく聞こえた。

 

その瞬間、銀時が「あ」っと何かやってしまったかの様な声を漏らしたと同時に

 

 

 

 

 

彼の手元から”それ”が滑り落ちて、テーブルの上をゴロゴロと転がり、お妙の前でピタリと止まった。

 

彼女が見下ろすと、”それ”は何事も無いかの様にため息突いて

 

「も~あんまり力入れると”取れる”って毎回言ってるじゃん銀時~」

 

銀時が力を入れ過ぎてついポロッと取れてしまった”ユウキの生首”が

 

呆れた表情を浮かべながら口を開いて普通に喋っているではないか。

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

あまりにもショッキングな光景に新八、直葉、和人が口をあんぐりと開けて固まっている中

 

「やべぇやべぇ」と呟きつつ、銀時はお妙の前に転がった彼女の生首を両手に取ってカポッと首の上に装着させる。

 

そしてフゥーッと安心したかのように息を吐くと、改まった様子で彼等の方へと振り返り

 

「それじゃあ他に和人君の事について聞きたい事ある?」

「いや何事も無かったかのように話始めようとすんじゃねぇよ!」

 

一連の動きをしておきながらユウキの首が取れた事に完全に目を逸らした様子で話を続ける銀時だが

 

それを許すまいと新八が再び身を乗り上げて叫び出す。

 

「ど、どういう事ですか!? 今その子の首ポロッと取れましたよね!? 完全に体と頭が分離しましたよね!」

「したけど何? おかしい事でもあんの? ペンギン村にもいるだろ、頭取れる人間」

「おかしいに決まってんだろ! ペンギン村にいる頭取れる子だって人間じゃねぇし!」

 

新八がツッコミを入れても銀時はしれっとした表情で、ユウキの頭を撫でるフリしながらしっかりと固定する様に念入りに接続させていた。

 

そんなバレバレの動きを見て直葉はすぐにバッと和人の方へ振り返って。

 

「お兄ちゃん本当にここで働くの!? ガソリン一気飲みして! 頭がポロッと取れる女の子がマスコットやってる店で! 止めるなら今の内だよ!」

「すまんちょっと後にしてくれ! 今ちょっと頭がパニックになってて混乱してるんだ! どういう事だ一体! 前々からなにかおかしいとは思ってたけど! 首が取れても平然としていられるってそれもう完全に……!」

 

新八に続いて桐ケ谷兄妹も激しく動揺している様子。

 

「でもこういうゲーム顔負けの奇抜な連中こそが俺が唯一現実で待ち望んでいたモンなのかもしれない……仮想世界だけでなく現実世界での二人を見てみたいって気持ちもあるな……試しにちょっとらやってみるかな、万事屋……」

「お、お兄ちゃんマジで言ってるの!? 本当に怪しいよこの人達! お兄ちゃんがこんな人達とやっていける訳ないよ絶対!」

 

散々働けと言っておきながら、引き返すなら今だと必死に説得を試みようとする直葉をよそに、和人は一人頭を抱えて無理矢理冷静になりながら腹をくくる。

 

そしてそんな状況下でもなお、お妙は一人落ち着いた様子でいながら、突然何かわかったかのようにポンと手を叩いて

 

 

 

 

 

 

「首取り系女子って奴かしら? 最近の流行は凄いわね~」

「「「いやそんな訳ねぇだろ!!」」

 

のほほんとした様子で一人勝手に納得するお妙に、流石に新八と和人も口を揃えてツッコミを入れるのであった。

 

 

かくして桐ケ谷和人は銀時の営む万事屋にて働く事が確定するも、数々のおかしな疑問で頭が一杯だ。

 

銀時でも謎だらけであったのにユウキもまた謎に包まれているという事がわかった和人は

 

知りたいという欲に身を預けて彼等との道を歩む決心をする。

 

 

そしてこの件がキッカケに彼が万事屋として働く事に対してますます不安を募らせるのは新八と妹の直葉。

 

そんな二人が次に出る行動とは……

 

次回、「引きこもり、かぶき町に行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で次回からかぶき町に桐ケ谷和人がお邪魔しますが

未だ納得していない新八・直葉とまだ一悶着ありそうです。

ちなみにお妙さんは全面的に彼が万事屋で働く事に関しては賛成してるのでご安心を

それでは

P・S

恐らくですが来週は休載となるかもしれません、理由はここ最近旅行に行ったり風邪引いたりと、執筆する時間が普段より減ってしまった為に、締め切りの日に追われる状況になってるからです。他二作品も同様、定期的に更新出来るよう一週間だけ時間を貰おうと思います。

次回の更新は再来週の11月24日になると思われます、申し訳ありません。





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第十三層 嘘から出た本心

一週間休ませてもらってましたが、晴れて竿魂再開です。

そしてそして、またまた春風駘蕩さんが集合絵を描いて下さりました。


【挿絵表示】


原作万事屋トリオ+SAOキャラが総出で登場しております。描くの大変そうです……
中には未だ本編には登場してないキャラも……

このまま続けていればその内登場するやもしれません。

大変素敵なイラストを描いて下さりありがとうございました。



夕日が差して空が紅く染まる頃

 

かぶき町は本当の姿へと成り代わる

 

多く立ち並ぶ飲み屋にはのれんが掛けられ

 

キャバクラの呼び込みが次第に増え始め

 

普段はお目にかかれないであろう異色あり濃い男女、もしくは”真ん中”が、我が物顔で歩いて行く。

 

夜ともなれば更に活気が湧き、更に物騒な地帯へとなり、更に濃いキャラが現れる町となるであろう

 

そんなゲームの世界にも近しい非現実的な場所を

 

桐ケ谷和人は橋の真ん中に立ちながらぼんやりと眺めていた。

 

「流れに流れて遂にかぶき町へと来てしまった……」

「始めてきたこの町の感想は?」

「現実世界なのに仮想世界に来た気分」

 

丁度かぶき町と隣町を繋ぐ橋の手すりにもたれている和人に、隣に立っているユウキが声を掛ける。

 

彼女に対しボソッと短く呟くと、ユウキと挟む様に自分のもう片方の隣に立っていた銀時が「あ~」とけだるそうに声を出した。

 

「ゲームの世界とはちと違うな、言っておくがかぶき町ではHPゼロになってもコンテニューは出来ねぇぞ、一度やられたらケツの毛一本残さずむしり取られる、それがかぶき町で生きていく上の試練だ、隙を見せたら命はねぇと思え」

「……EDOで例えるならPK上級者が集う第三十層のGGOの占有地区みたいなモノか?」

「そういやあそこってかぶき町に似てるね~、姉ちゃんあの地区に住むのが夢だったんだ」

「何も考えずに突っ込んだだけで蜂の巣にされるような街によく住もうと思ったなその人」

 

ゲームの話を交えながらかぶき町の事を銀時達に聞いた後、和人は橋にもたれながらガックリと項垂れる。

 

「まさか口から言った出まかせのせいでこの町に赴く事になるとは思わなかったよ。エギルには絶対こんな町に近づかないって啖呵切ってたのに」

 

志村姉弟と妹との話を終えて、和人は彼等と一緒に家に戻るのも嫌だったので、とりあえず銀時達と一緒に一度かぶき町を見ておこうとここまで足を運んだのだ。

 

前にEDOでエギルにかぶき町に来てみないかと誘われた時に、絶対にイヤだと断固拒否したが、まさかこんな形でやってくる羽目になるとは夢に思わなかった。

 

するとユウキが、嬉々した表情で人差し指を立てながら一つ提案してくる。

 

「あ、だったら今からエギルのお店行く? あそこ私の為にちゃんとガソリン用意してくれてるんだよ」

「客にガソリン出す店って普通どうなんだ……?」

「ふざけんな、俺は行かねぇぞ」

 

リアルでも知り合いらしいユウキの為にとエギルが店に用意してくれているのだろうか?

 

店のメニュー欄に並ぶ酒類の中でそっと「ガソリン・ジョッキ一杯600円」と書かれているシュールな光景をイメージする和人だが

 

エギルの店と聞いて銀時はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らしながらユウキ手の提案を断る。

 

「この前いい加減ツケ払えって言われて命からがら逃げだしたばっかりなんだ。次に行ったらきっと嫁さんが出てくる、つまり間違いなく俺は殺される」

「殺されはしないでしょ、片手一本持ってかれるのは確実だけど」

「甘ぇよ前にあのハゲが怒らした時は凄かったんだぞ。あのハゲ海の底に重り付けられたまま蹴落とされてさ、それ見て爆笑してた俺も沈められた」

「……アイツの嫁さんヤクザ?」

「まあ仮に俺達がやってるゲームでラスボスだと称して目の前に現れても、俺は一切疑問持たずにすぐに受け入れられると思うね。そしてもしその時に戦闘に入ったら俺はお前等を置いて全力で逃げ出す」

「俺の中のお妙さんみたいなモノか……末恐ろしい、世の中の女はどうなってんだ」

「それがわかれば男は苦労しねぇよ、ゲームのモンスターよりもおっかねぇ連中だからな」

 

女性に対してはやや距離を置いている和人と同じく銀時もそこら辺はよくわかっていないらしい。

 

「あのさぁ、女はみんなモンスター扱いしてる所悪いけど、こっちだって男の勝手気ままな性格には苦労してるんだからね?」

 

しかしそれは逆もしかり、女性もまた男性特有のめんどくささに苦労しているのだと、ユウキは静かに反論する。

 

「ボクだって銀時と相当長い間付き合ってるけどさ、未だにボクには言えない秘密の一つや二つ抱え込んでるでしょ? そういうのイヤなんだよね、隠し事なんかせず堂々と教えてくれればいいのに」

「じゃあお前の姉ちゃんと一緒にいた時の事をよりばっちり詳細に教えてやろうか?」

「……ごめん、そういうのは秘密にしておいて、なんか聞きたくない事聞かされそうで……」

「隠し事……」

 

ため息交じりに銀時に対して愚痴をこぼすユウキに対し、和人は思い出したかのようにふと彼女に対して顔を傾ける。

 

 

「じゃあユウキ、それなら俺からもちょっと聞きたい事あるんだけど?」

「え、なに?」

「喫茶店でお前の行動を見て思ったんだけどさ、お前ってもしかして……」

 

聞いていいのかどうか迷いはしたものの、やはり気になるので和人は思い切って聞いてみる事にした。

 

それは

 

 

 

 

 

 

「身体が”からくり”で出来てる、とか?」

「……」

「……」

 

和人の思い切った問いかけにユウキだけでなく銀時も無言で固まっていると

 

少しの間を置くと二人は口を大きく開いて同時に

 

「「な、なんでわかったぁぁぁぁぁぁ!?」」

「むしろどうしてわからないと思ってたのアンタ等!?」

 

一緒に驚きの声を上げるユウキと銀時に、和人が負けじとツッコミを入れると、銀時は頭を抱えながら恐ろしいモノを見るような目で和人を凝視する。

 

(な、なんて野郎だ……! 喫茶店でのユウキの些細な行動を見ただけでそこまで察知する事が出来るとは……! 一体あそこでどう見ればそこまで辿り着ける推理が出来たんだ……コナン君や金田一の孫もビックリだよ! とんでもねぇ名探偵だよコイツ!)

「なんか驚きつつ頭の中で俺の事を過大評価してる所悪いんだけど、普通にわかる事だろ! ガソリン飲んだり首取れたり! どう考えても人間の構造から逸脱してんだよ!」

 

ちょっと前に喫茶店で目撃した数々のユウキの奇行と、それを無理矢理隠し通そうとする銀時の行動を見れば大体検討が付く。

 

隠し通せた筈だとなんの疑いも無く思い込んでいた銀時が、バレた事に焦っているのを尻目にユウキは「いやー」と言いながらポリポリと頭を掻きむしる。

 

「君には色々と驚かされるね、でもボクの身体そのものがからくり仕掛けな訳じゃないよ」

「ああ、それは俺もわかってたよ。姉もいたって事だし何より感情性は人間そのものだからな」

 

自分を指差しながらユウキはあっさりとした感じで答えてくれるので、和人は内心安堵しながらも話を続けた。

 

「人間の真似事しか出来ないAIじゃ再現不可能な事まで出来るし、つまり人間であってからくりの身体……」

「まあそれで合ってるよ、この体は仮の器みたいなもので、本当の身体は別の所にあるの」

「仮の器、さすがにそこまで把握してなかったな……てことは今ユウキの本当の身体は別の所にあるのか?」

「そう言う事、まあ流石にどこにあるかは教えられないけど、これってあまり人に言いたくないんだよ、気味悪がられるし」

「俺はいかにもSFっぽくて好きだけど……でも一体どういう経緯でそんな事する羽目になったんだ」

 

「ハハハ」と笑いながら言うユウキに和人は遠慮がちに尋ねると

 

そんなやり取りを黙って見ていた銀時が彼女の代わりに口を開く。

 

「随分昔にコイツと姉は両親共々厄介な病気にかかっちまってな。それで数年後にコイツの両親がポックリ死んじまった後、残った姉妹にどこぞのお偉い科学者が持ちかけて来たんだよ、人の意識をからくりに移すっつう手術をやってみないかってな」

「な! それって確か数年前から可能だと立証された、人体の足りない器官をからくりで補うとかいうアレか!?」

「そう、俗にいう”サイボーグ”って奴だね。ちなみにボクがその手術を初めて受けた人」

「そうだったのか……確か人間の魂をからくりに移し替えるって研究をしてた江戸でも名の知れた発明家・林流山が、ある人物と共同で設計したとは聞いていたけど……」

 

林流山は和人もよく知る有名な発明家だ。

 

江戸にはもう一人有名なからくり技師がいるが、彼もまたその者と並ぶ程称される数々の功績を持つ人物。

 

その功績の中の一つが、人間における様々な部分を、からくりで義体を作って補うというサイボーグ化だ。

 

「ユウキがその手術の最初の被検体って事か、でも姉妹に持ちかけられたんだよな? それじゃあお姉さんの方は……」

「……アイツはもう時間切れだったのさ、ユウキよりもアイツはずっと病の浸食が早かった、とてもからくりで補えきれねぇぐらいにな。だからアイツは言ったんだ、「妹の方を優先してくれ」ってな」

「……」

 

 

最後の最後に僅かばかりの希望の光が降り注いだのに、それすらも既に間に合わなかったと知らされた時のユウキの双子の姉は一体どんな心境だったのだろうか……。

 

表情は変わらないが何処か思いつめた様子で彼女の事を話す銀時に目をやりながら、和人が神妙な面持ちで話を聞いていると、ユウキが苦笑交じりに口を挟む。

 

「まあそんなこんなで色々と大変だったけどさ、姉ちゃんの代わりにボクはこうして無事に大手を振って外を歩けるようになったって事」

「なんつうか、思った以上にシビアな過去持ってるんだな……ていうかからくり仕掛けの体の時点で既に大変か」

「確かに普通の食事も出来ないし激しい運動も出来ないし何かと不便は多いけどさ、EDOの世界に入ればボクもご飯食べられるし戦う事も出来るから、窮屈に感じる事はあまり無いよ」

「現実世界での不自由な環境を仮想世界で補っている……そうか、君はある意味向こうの世界の住人なんだな……」

 

VRMMOの世界では例え視力を失ってる者でも視覚する事がができ、両足を失っている者であろうと作ったアバターに足があれば、また歩く事が出来る

 

こういった現実で深刻な障害を持つ者が、仮想世界にフルダイブして何の不自由も無い身体を堪能する事が出来るとなって、近年では医療機関も積極的にVRMMOに注目している。

 

「ユウキがほぼ毎日ログインしているのも、現実よりも仮想世界の方が自由に動き回れるって事か」

「コイツはサイボーグになる前は姉と一緒にずっと寝たきりだったから、リハビリみたいな感じでずっとあのゲームやり込んでたんだよ」

「それはユウキの剣の腕を見れば納得だな、きっとプレイ時間なら余裕で俺を超えてるんだろ」

「まあね、ちなみにボクよりも姉ちゃんの方がもっと強かったよ、現実世界の銀時より強かったかも」

「アイツは現実でも俺より強かったよ」

 

少々自慢気に亡くなった姉の事を話すユウキに、銀時が横からポツリと口を挟む。

 

「最期は目も見えず体を動かす事も出来なかったが、それでもこの世界を恨まずに笑って死んでいった。俺が心底敵わねぇと思ったのはアイツともう一人だけだ」

「そうだね、やっぱり姉ちゃんが一番強いや」

「……」

 

脇目も振らずに自由奔放に勝手気ままに生きるちゃらんぽらんであるこの坂田銀時であっても

 

ハッキリと自分より強い女性だったと評価するそのユウキの亡き姉とは一体どれ程の人物であったのだろうか。

 

物凄く気になった和人は彼を見つめながら「聞いてみたら教えてくれるかな?」と思いながらゆっくりと口を開きかけたその時

 

突如銀時が手をポンと叩いて先に口火を切った。

 

「あ、そうだ。晩飯はラーメンにしよう。なんかアイツの事思いだしたらラーメン食いたくなった」

「へ!? 何で急に晩飯の話!?」

「いやアイツってば昔からラーメン好きでさ、倒れる前はよく俺と一緒に食ってたんだよ。美味そうに食ってるアイツの顔思いだしたら急に腹減って来た、さっきからずっと晩飯何にするか考えてたから丁度いいや。という事でラーメン屋に行くぞ」

「えぇ……この流れでまさかのラーメン屋行くってアンタ……」

 

やはり自由奔放で勝手気ままな所は相変わらずであった。死んでしまった恋人を思い出してしんみりしてるのかと思いきや、今晩何を食べようかと同時進行で考えていたらしい。

 

和人が呆れてため息を突いている中、銀時はかぶき町の方へと目をやりながら話を続ける。

 

「北斗心軒とかいう店はちゃっちいが美味いラーメン屋あっただろ? あそこ行こうぜ」

「ああ、確か女性の店主と住み込みで働いてる女の子の二人でやってる店だよね、ボクあそこの店好きだよ、何も食べられないけど」

「なんで何も食べられないのに好きなんだよ」

「銀時が食べてる間一人でヒマにしてると、よく店の人が話しかけてくれるから。いやーあの眼鏡を掛けた女の子、一見近寄りがたい雰囲気あるんだけど話すと結構喋るんだよー」

「そういや俺もあの小娘となら何度か話した事あったけ? コイツと同じぐらいの年だろうに働き者だよなぁホント」

 

ユウキとそんな話をしながら行くべき場所を決めつつ、銀時はチラリと横にいる和人に目をやる。

 

「つー事でお前もついて来い、お前とさほど年の変わらねぇ子がまともに社会人としてラーメン屋で汗水垂らして働いてる姿を見て勉強して来い」

「いや行くなら行かせてもらうけどさ……俺も腹減ってるし何より今家に戻りたくないって所もあるし」

「じゃあお前の奢りな」

「は!? なんで!?」

「仕事の報酬だ、お前の為に妹や知り合いの姉弟を上手く一芝居売って騙してやっただろうが」

 

自然な流れで勝手に自分の財布を当てにしてきた銀時に和人が問いかけると、彼は平然とした調子で答える。

 

「嫌ならいいんだよ? その代わりお前の事あの三人に全部バラすから」

「く、これが侍のやる事か……! わかったよ、ラーメン一杯奢るぐらいなら安いもんだ」

「話が早くて助かるわ、んじゃ行くとしますか」

 

自分より年下の、ましてや無職の相手にたかるとはなんて男だ……

 

内心毒突きながらもここで迂闊な真似をすれば今日ずっとやって来た事が全て水泡と帰す。

 

渋々了承すると銀時は機嫌良さそうに彼の肩に手を置いてかぶき町へと誘おうとする。

 

 

 

だがその時だった

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」

 

行きつけのラーメン屋へ行こうとする三人組に対し

 

背後から大きな叫び声が飛んで彼等を呼び止めた。

 

その声にどこか聞き覚えのある和人は嫌な予感を覚えつつ後ろへ振り返ると

 

「全て聞かせてもらったよ和人君! やっぱりその男とはグルで僕等を騙してたんだな!」

「うげ! 新八! お前なんでこんな所に!」

「どう考えても怪しいと思ってコッソリ尾行させてもらったのさ!!」

「あーあ」

「バレちゃったー」

 

現れたのはなんと、先程喫茶店にいた人物の一人、志村新八であった。

 

どうやら物陰に隠れてずっと自分達の会話を盗み聞きしていたらしい。

 

彼の登場に焦る和人をよそに銀時とユウキはすっかり他人事で眺めていると

 

「フン、どうせこうだろうとは思ってたけどね私は。お兄ちゃんが真っ当に働く気なんて更々無い事ぐらいお見通しなんだから」

「えぇ直葉! お前まで!」

「私も新八さんと一緒に橋の下でずっと三人の様子を伺っていたの」

 

新八の隣に歩み寄って現れたのはこれまた和人の妹、桐ケ谷直葉。

 

全てを見破った表情で、明らかに怒ってる眼差しで和人をキッと睨み付けている。

 

「だってその二人明らかに胡散臭いんだもの! そんな怪しい人達が裏表なくお兄ちゃんを仕事に誘うとかおかし過ぎる!!」

「怪しいんだって俺達」

「あっれ~? どこかおかしい所あったかな~?」

「全身くまなくおかしいんだよアンタ等!!」

 

直葉のごもっとな言葉に対し首を傾げる銀時とユウキだが、すかさず新八が彼等に指を突き付けてツッコミを入れる。

 

「ガソリン飲んだり首取れたりとかどう考えても変だとは思ってたけど! まさかアンタがサイボーグだったなんて!!」

「え? もしかしてその辺のボク等の会話も全部話聞いてたの? てことは姉ちゃんとの思い出やボクと銀時のお涙頂戴の悲しい過去も?」

「その辺を聞いてしまった事にはマジですんませんでしたぁ!!! いやホント! 何も知らない僕等が聞く話じゃなくて!!」

「橋の下で盗み聞きしてる自分達が恥ずかしいと思ってました! その件については私も全力で謝ります!!」

「いや別にいいんだけどさ、あまり周りに言い触らさなければ」

 

橋の下で銀時達の会話を盗み聞きしてやろうと思っていた時は、まさか深刻な話なんてしないだろうと思っていたのだが……

 

銀時とユウキの昔話を、なんの縁もゆかりもない自分達が聞いてしまった事に対して、新八と直葉は素直に反省しつつ深々と、特に気にしてない様子のユウキに向かって頭を下げると

 

新八は急に顔を上げて、今度は銀時に対して指を突き付ける。

 

「悲しいサイボーグ誕生秘話を聞いてしまった事に関しては悪いと思ってるけど! それでもそこの木刀腰にぶら下げた天パが和人君と結託して僕等を騙した事は紛れもない事実な事に変わりはない!」

「いやいや俺もそっちと同じく和人君に巻き込まれただけだから」

「最初からおかしいとは思ってたんだよ! そもそもこんな胡散臭い奴今まで見た事無い! しかも万事屋とかこれまた怪し過ぎるし!」

 

死んだ目で適当に言い訳する銀時に対し、新八はそれを耳にも通さずに激しく彼を糾弾し始める。

 

「こんな銀髪天パで年中死んだ魚の様な目をした怪しい風貌した男の下で働いたら、きっとロクな人生待ってないよ! 給料未払いも当たり前! 手に入れた報酬も全部パチンコで消し去って! 家賃も払えず貧乏なクセに年中ダラダラしてそうなこんな男と一緒になったらきっとダメになるって決まってるよ!!」

「おい眼鏡、なんなのお前? どうしてそこまで会ったばかりの俺を把握してる様な感じなの? まるで俺の下で働いてたみたいな口振りなんだけど?」

「こんな男の下で働き続けてもただのツッコミ役に回されて、延々と叫びながら一人で頑張っても! 周りのキャラに埋もれて人気順位も常に微妙な位置に立ち続ける悲しい人生を送るだけなんだよ!」

「おいだからなんなんだよお前、どうしてそこまで先の事を予測できるんだよ。お前本当に俺と会ったの初めてか?」

 

まるで体験してきたかのようにかなり詳しく語り出す新八に、銀時が腕を組みながらしかめっ面を浮かべつつ。

 

不思議と初めて会った気がしない彼に疑問を持っていると、今度は直葉が新八の口の前に手を出して遮る。

 

「まあ新八さんが何言ってるかは私もわからないけど、とにかく私はそんな嘘で私達を騙しながら適当な仕事に就くって事には反対してるの、という事でお兄ちゃん、今から家に帰って母さん交えて家族会議やろうね」

「家族会議!? それは引きこもりにとって最も恐ろしい仕打ちだぞ! 身内による魔女裁判を始めるつもりか!」

「いや母さんだけじゃないや、お妙さんも入れよう」

「既に処刑執行人を用意した上で!? 絶対行きたくない! 処刑台に立たされた状態の裁判なんてまっぴらごめんだ!!」

 

淡々とした口調でサラリと和人に対して効果てきめんな事を言い出す直葉に、和人は反射的に銀時の後に隠れながら抗議する。

 

「別に働くって決めたんだからいいだろ! 万事屋だろうが、天パの侍が上司だろうが! 働く場所なんか俺の自由だろ!」

「いや僕等だってこうして和人君の就職に文句点けたくはないんだけどさ、流石にかぶき町で、しかも廃刀令のご時世に木刀を腰にぶら下げた胡散臭い侍に君を任せるのは……」

「ったくさっきからお前、この人の事をずっと怪しいだの胡散臭いだのって言ってるけどな……」

 

新八にとっては銀時は見るからに不審な点の多い輩だ。一応木刀を腰に下げているのだからそれなりに剣の使い方を知っているのだろうが、そのやる気のない表情のおかげでどうも強そうに見えない。

 

そんな何も知らない彼の評価に対し、和人は後頭部を掻きながらやれやれと首を横に振ると

 

「はっきり言ってお前なんか相手にならない程強いと思うぜ、いやもしかしたら……」

 

ふと頭の中で一瞬思い浮かんだ人物を想像しつつ、和人はフッと笑みを浮かべた。

 

「道場で俺達ガキ共に稽古つけてくれた”あの人”よりも強いんじゃないか?」

「!」

「お兄ちゃんそれどういう事!」

 

和人が放った言葉によって、新八は目を見開き驚きの表情を浮かべ、直葉は本気で怒ったかのように食って掛かる。

 

「その人があの人より強いなんて本気で思ってるの!?」

「どうだろうな、何せもう二度と比べる事は出来ないし。何せもうとっくの昔に死んじゃったしな」

「お兄ちゃん!」

「直葉、俺だってあの人の強さは知ってるよ。結局一本も取れないまま勝ち逃げされたんだからな。けどあの人はとっくの昔に過去の存在となった人だ、それぐらいわかってるだろ?」

 

彼女と新八の前で「あの人」を銀時よりも格下扱いにする事は酷な事だというのはよくわかっている。

 

それもそうだ、自分にとっても彼は常に目標だったのだから。

 

EDOの世界で剣を振り続けたのも、ひたすら彼の剣へと追いつく為であったのだから

 

しかし銀時と出会ってから自分の中で徐々に心境が変わりつつあるのも事実

 

どれだけ剣で敵を斬り捨て、どれだけの戦いに勝利しようと

 

過去の記憶でしかない存在、幻影と勝負する事はもうできない。

 

だから自分は過去を振り返らずに前を見た

 

するとそこにいたのは新たな目標である男の背中があったのだ。

 

EDOは自分よりもずっと初心者でゲームに関してもてんで知識がないにも関わらず

 

かつていなくなったあの男の様に、笑みを浮かべながら何の疑いも無くひたすらに真っ直ぐに進む銀髪の男の背中が

 

「だから俺はこの人と、坂田銀時さんと一緒に行く事にした。あの人の事はずっと思い出として覚えておくけど、俺はもう後ろばっか見るのは疲れたんだよ。こっからは前を見て歩く事にする」

「……」

 

それは紛れもなく和人の本音であった。

あの人の事を忘れようとは思ない、だがずっと引きずっていてはこのまま永遠に自分で作った殻の中に閉じこもり続けるのだろうと薄々わかっていたのだ。

 

ならいっその事、彼への未練を断ち切ろうと決めたのだ。

 

このまま流れに身を任せて思うがままに突っ込むのも悪くない

 

和人をただ無言で見つめながら立ちすくんでる直葉、しかし新八の方はしばらく無言で黙り込んでいた後、ゆっくりと顔を上げて口を開く。

 

「和人君、それが君が行くと決めた新しい道なんだね、今の言葉はしっかりと僕の胸に伝わったよ、嘘偽りのなく本当にその男と歩むと決心したんだね」

「ああ、今回はホラでも誤魔化すつもりでもない偽りのない俺自身の言葉だ」

「君も色々と迷いに迷いながら長い時間を過ごしていたんだね……なら僕も決めたよ」

 

思えば幼馴染である彼とこうして顔を合わせて長く会話するのは何時振りだろうか……いやもしかしたら初めてなのかもしれない。何せ自分にとっての新八は剣の腕も自分より未熟で、ただ泣いてばかりでいつも姉や父親に叱られている弱虫だったのだから。

 

そんな彼を道場に通っていた頃の小さな自分は、ずっと格下扱いして小馬鹿にしていたのは間違いない。

 

しかし今の彼は、そんな弱虫だった頃とは別人と思えるぐらい鋭い眼差しを眼鏡の奥から向けて来る。

 

そして新八は和人から目を逸らすと、突然銀時の右方へ顔を上げてスッと指を突き付ける。

 

「こんな事に巻き込んでしまってすみません、ですが僕はまだアンタがあの人より、『一兄』より強いとは認められません。だから僕や姉上、直葉ちゃんと和人君にとってたった一つの目標だったあの人よりもアンタが強いかどうか、僕に確かめさせてください」

「ふーん……どうやって?」

 

小指で鼻をほじりながらけだるそうに問いかける銀時に対し、新八は真剣な表情でビシッと指を突き付けた。

 

「言葉で語るより剣で語るのが侍、その腰にぶら下げた木刀が見掛け倒しじゃないと言うのなら、今この場で僕はアンタに決闘を申し込みます」

「は?」

「桐ケ谷和人は我が天道無心流の門下の一人、それを連れて行くのなれば、跡取りである僕がそれを黙って渡す訳にはいかない」

 

思わず口をへの字にして固まる銀時をよそに、新八は彼に指を突き付けながら大きく深呼吸した後……

 

 

 

 

 

「なれば白黒付ける為に剣と剣でぶつかり合うのが筋! 万事屋・坂田銀時! 和人君を連れて行きたいならこの僕を倒していけぇ!!」

「ええ、新八さん何考えてんの!? 今時決闘なんて!」

「止めるな直葉ちゃん! こんな見た目ちゃらんぽらんな天パ野郎が一兄より強いとかふざけんじゃねぇ! 僕がこの男に勝ってそれを証明してやる!! やってやるよドチクショウ!!」

「ああ……やっぱりお兄ちゃんに言われた事に腹立ってたんだ……」

「かかってこいコラァァァァァァァァァ!!!」

 

驚きの声を上げる直葉の制止を振り切って、新八は血走った目を向けながら完全にキレた表情で、銀時だけでなく和人に対しても怒鳴り声を上げる。

 

 

まさかの道場の跡取り息子、志村新八に決闘を申し込まれてしまった坂田銀時。

 

だが特に反応せずにただボリボリと頭を掻きむしりながらはぁ~とどっと深いため息

 

 

 

 

 

 

「なんでこーなるの?」

「大変だねぇ銀時」

「……なんかすまん、更に変な事に巻き込んじまって……」

 

次回、志村新八VS坂田銀時による橋の下での決闘開始。

 

果たして勝者は……

 

そしてそんな彼等の戦いを、橋の上から眺める者達とは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




待っててくださった読者の皆様、ありがとうございました

待ってますと感想を書いてくれた方達も感謝です。

そして前回の話の感想がほぼユウキについての事だった事には驚きを隠せません……
仕方ないので申し訳ないですが、返信も所々他の方達と被らせて頂きました。

彼女に負けず新八には是が是非にでも目立って頑張ってもらいます。

次回は銀時と新八が一対一で戦うお話。原作主人公と原作準主人公の対決ですね。

ではまた


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第十四層 天パと眼鏡、そしてチャイナ

かぶき町と隣町の境にある小さな橋の下にて行われるのは夕日の決闘。

 

河原にて立つのは木刀を突き刺しながら、憎き男、坂田銀時との対決の準備を待つ一人の少年。

 

桐ケ谷直葉が通う道場の跡取り息子、志村新八だ。

 

「……てかなんで新八さんがあの人と戦わなきゃいけない訳?」

「直葉ちゃん、男ってのは互いに譲れないモノが出来た時、剣を交えてでも手に入れたいモノがあるんだよ」

「その手に入れたいモノがお兄ちゃんって……あんなのお金少し出せばコロッとこっちに戻って来る程度のモンだよ? 別にあの銀髪の人を巻き込まなくても良かったのに」

「直葉ちゃんどんだけ和人君の事軽く見てるの、一応君にとっては兄だよね彼? 僕が言うのもなんだけど仲良くしたら?」

「無理、だって私的にはどちらかというと新八さんの方が本当のお兄ちゃんって感じだし」

 

木刀を持ち今か今かと待っている様子の新八に、背後から直葉が呆れたようにボソリと呟く。

 

彼女にとっては男同士の戦いというモノにさほど興味がないので、どうして新八がわざわざあの坂田銀時とかいう変な男とやり合わなきゃいけないのか甚だ疑問であった。

 

首を傾げて直葉がそんな戦いに勤しむ新八の背中を眺めていると、彼は向かい側、つまり銀時側の陣営にに立っている少年、桐ケ谷和人の方へとバッと顔を上げる。

 

「それにしてもあの男一体何処へ行ったんだよ……和人君! あの天パ頭、用事を済ませてから戻って来るって言ったきり全然帰って来ないんだけど!? おまけにあの悲しい過去を背負いしからくり娘も!!」

「知らねぇよ、厠にでも行ってんじゃねぇの? どうせあの人の事だろうし」

「侍の決闘の前にして厠行くって何考えてんだあの男は!」

「いや俺に怒るなよ、そもそもそっちが一方的に仕掛けて来た事だろ」

 

どうやら銀時はユウキを連れて何処かへ行ってしまったらしい。しばらくすれば帰ってくると思われるがそれにしちゃ随分と待たされている気がする。

 

やり場のない苛立ちに新八が和人に怒鳴っていると、彼はめんどくさそうに後頭部を掻きながら

 

「ったく、終わったらとっとと帰れよお前等」

「な! それだとまるでこっちが負け確定みたいな言い草じゃないか! 僕をナメるなよ! もう昔のように君に負かされて泣いてばかりだった時とは違うのをその目に見せてやる!!」

「あのさお兄ちゃん、私はお兄ちゃんを賭けて戦うこんな決闘になんの興味はないんだけどさ。悪いけどどれだけお兄ちゃんがあの人に肩入れしてても、今の新八さんに勝てるかどうかはわからないよ?」

 

戦いはする前に既に決していると言った感じで、前もって和人が新八に釘を刺していると

すっかりやる気全開で叫んでいる新八の背後から、直葉がボソリと和人に話しかける。

 

「言っておくけど新八さんは寂れた道場を復興させる為にお妙さんと一緒に全力で頑張ってるんだからね、もう剣を捨てたお兄ちゃんなんか軽くやっつけられるし、それにあの見るからに覇気の無さそうな人じゃ……ホント相手になるかどうかさえ微妙だと思う」

「なんだよ直葉、お前えらく新八の事高く買ってるんだな」

「そりゃ私はずっと昔からこの人が頑張ってる姿を見ていたんだもの、あの人に追いつく為にずっと必死に……だから例え相手が大人の侍であろうが、例え相手がお兄ちゃんがついて行きたいと認める人であろうが」

 

自分よりも新八に対しての方が兄という感じに接している直葉に少しカチンと来ている和人だが

 

直葉はずっと見続けていた新八の方へと振り返る。

 

「毎日剣を振り続けて努力する事を欠かさなかった新八さんが負ける筈がないって、私はちゃんとわかってるから」

「おいおい誰がそんなモブみてぇな眼鏡キャラに負けるって?」

「!」

 

直葉は幼少の頃から新八やお妙と長く付き合っている、時には兄や姉の様に接してくれる二人は彼女にとってかけがえの無い存在だ。今現在の常に一緒にいる時間であれば兄である和人よりもずっと長い。

 

だからこそ頑固なほど新八の事を深く信頼しているのだ。彼があんな男に負ける筈ないと、新八なら絶対に勝つと心の底から信じているのだ。

 

するとそこへ、先程まで何処かへ行っていたであろう例の男が着流しを靡かせフラリと戻って来た。

 

「言っておくが大人をあんまナメてると怪我するぜガキ共」

「ようやく戻って来たな……坂田銀時!」

「随分と待たせちまったみたいだな、志村新一」

「新八じゃボケェ!!」

 

柄の部分を白い手拭でしっかりと巻かれた木刀を肩に担ぎながら、相も変わらず死んだ魚の様な目をしながら入場してきた銀時に、新八が早速ツッコミを入れている中、遅れてユウキも和人の隣へと現れた。

 

「なんとか間に合ったみたいだね」

「ユウキ、お前あの人と一体何処へ行ってたんだ」

「いやー大した用事じゃなかったんだけど、ちょっと色々とね」

「?」

 

やって来たユウキに何処へ行っていたのかと和人が尋ねるも、彼女は後頭部を掻きながら曖昧な返事で流してしまう。

どういう事だと和人が再び尋ねようとするが、その前にやって来た銀時に対し、新八の方が地面に差していた木刀を引き抜き、ビシッと突き付けながら彼に向かって決闘の合図を送る。

 

「そっちこそ子供をナメると痛い目見ますよ、これでも僕は今の今までずっと剣術に身を注いでいました。そう簡単に勝てると思わない方が身の為です」

「あっそう、御託は良いからとっととかかってこい眼鏡」

 

警告を促す新八に銀時は小指で鼻をほじりながらピンと指を弾きつつ、やる気無さそうに返事すると肩に掛けていた木刀をスッと構える。

 

「本当はこんな試合なんざやりたくもねぇ、こちとらガキ同士のいざこざに巻き込まれただけだしな。けどそっちが本気で俺に喧嘩売るなら、本気で侍ってモンに挑もうってんなら」

 

木刀を突き付けて来る新八に対し、銀時は木刀を右手で持ったまま足元でフラフラと揺らしながらゆっくりと歩み寄っていく。

 

まるで散歩でもするかのように自然な感じでやって来る銀時に警戒しつつ、新八もまた木刀を両手で構え直すと銀時はヘラヘラ笑いながら

 

 

「その無謀な勇気と下らねぇ信念を称して特別に俺自ら叩き潰してやるよ」

「望む所だコノヤロー! 反対にこっちが叩き潰してやんよ! 勝負!」

 

挑発的な物言いをしてきた銀時に対し、新八は相手の構えからどう動くかと計算する前に、彼の挑発に乗って両手に持った木刀を構えながら一気に走り出してしまう。

 

それを不敵な笑みを浮かべながら迎え撃つ態勢に入る銀時。

 

銀時と新八、夕日の中で二人の戦いが遂に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

河原沿いで銀髪の男と眼鏡の少年が木刀を持ち合って喧嘩しようとしている。

 

かぶき町で喧嘩など日常茶飯事ではあるが、今時侍同士の決闘なんて珍しいと、橋の上ではちょっとばかりの野次馬達が見物気分で彼等の戦いを見下ろしていた。

 

そしてその中の一人に紛れて橋の手すりにもたれながら最前列で見下ろしているのは

 

栗色頭で甘いマスクをした黒い制服を着飾った一人の青年。

 

腰にはこの廃刀令のご時世に憚ることなく刀を差している。それなりの地位を持っているのは確かだ。

 

「ほーん、こりゃまた随分と今時珍しい事してんじゃねぇか」

 

街中を歩いてる時に偶然この場に出くわした彼は、最初は喧嘩の仲裁、という建て前のもと揉めてる連中をボコボコにでもしてやろうかと考えていたのだが

 

どうやらこの戦いにほんの少し興味が湧いて見物する事にしたらしい。

 

「天人共のおかげで随分廃れちまったと思ったが、俺達以外にも残ってたんだな、未だ剣を捨てきれねぇバカ共が」

「……仕事サボって何してるのアナタ?」

「ん?」

 

銀時と新八が戦う姿を半ば愉快そうに見下ろしていたその青年に不意に話しかける声。

 

思わず彼が顔を上げてそちらに振り向くと、そこには自分と同じ髪色をした少女がジト目でこちらを見つめていたのだ。

 

江戸で最近流行となっている西洋から取り入れた服装に身を包んだ彼女は、さほど年の変わらない青年に対して、非難する様に言葉を付け足す。

 

「”真撰組”が野次馬に紛れて喧嘩の見物してていいと思ってる訳?」

「あららこりゃ驚いた、まさかこんな物騒な街近くを、一人で護衛も付けずに呑気にお散歩たぁどういうつもりですかぃ? 姫様?」

「友達が付き添いでいてくれたんだけど途中ではぐれちゃったのよ。ところでその姫様って止めて、バカにされてるみたいで気分悪い」

「みたいじゃなくてしてんだよ、バカ姫様」

「く……この男は本当に……」

 

彼女の事を知っているのか、青年はわざとらしい敬語を使いながら軽く挑発的な態度を取っていると、少女は一層不機嫌な表情に変わる。

 

「江戸の治安を護るのがあなた達の仕事でしょ、さっさとあの連中を取り締まってきたらどうなの」

「ゲームの世界だけでなくこっちの世界でもクソ真面目な事言いなさる、俺は今日オフでね、悪いが休日出勤する程正義感に満ち溢れてねぇんだ」

「……休日なのになんで制服着てるのよ」

「私服全部洗濯に出しちゃってコレしか残ってなかったんでぃ」

「嘘つくならもっとマシな嘘ついたら?」

 

青年は彼女から目を逸らして再び橋の下で戦っている銀時と新八を見下ろしつつ、素っ気ない口振りで適当に受け流そうとするも、彼の言葉をそう簡単に信じる程彼女はバカではなかった。

 

青年に対して少女は冷ややかな視線をしばし向けていると、彼女の背後から大きな声が

 

「あ! いたアル! アネゴ! こっちこっち!」

「もしかしてその子が探してたお友達? 良かったわね神楽ちゃん」

「!」

 

聞き慣れた声に少女が振り向くと、チャイナ服を着たオレンジ髪の少女が日傘を差した状態で嬉しそうにこちらに手を振りながら駆け寄って来た。

 

そしてそんな彼女の後で笑みを浮かべながら一緒にやってきたのは、初めて見る女性であった。

 

「神楽ちゃん! もう一体何処にいってたのよ、探してたんだからね!」

「ゴメンヨ、酢こんぶ切れてたからつい慌てて勝手に駄菓子屋に駆け込んでしまってたネ」

「全くもう……ところでそっちの着物着た女の人は?」

「あ、紹介するアル、私が街中で迷っている時に一緒に探してくれた……」

 

神楽、と呼んだ少女に対し、彼女がビシッと叱りつけた後、ふと気になった後ろの女性に問いかける。

 

すると神楽は嬉しそうに紹介しつつ、その女性もまた軽くこちらに会釈。

 

「志村妙です、なんかあんまりにもこの子が困った様子であなたの事を探してたから、ほおっておけなくて」

「そうだったんですか、あの、私の友人の為にわざわざありがとうございます」

「いいのよ、私もちょっと弟と妹を探してたから」

「あ、そうだ。志村妙さんですよね、私の名前は……」

 

神楽と街中で偶然出会った人物は、志村新八の姉である志村妙だった。

彼女もまた何処へ消えた新八と妹分の直葉を探していた所だった様である。

 

神楽と一緒に自分の事探してくれた事に少女は深々と頭を下げてお礼を言いつつ、ここは自分も名乗らなければと口を開きかけたその時

 

「あー! この腐れサド野郎! どうしてお前がここにいるアルか!」

「んだよチャイナ娘、俺がここにいちゃ悪いのかよ」

 

神楽はふと、彼女の隣にいる人物が誰なのか気付くや否や、すぐに大声を上げて彼に向かって指を突き付ける。

その人物こそ先程彼女と軽く口喧嘩を始めていた二枚目の青年であった。

 

「どうしてテメェが私の大事な姉貴分と一緒にいんだゴラァ!!」

「悪いなチャイナ娘、どうやら姫様はテメェみたいなガキなんざよりも俺とデートする方が楽しいみてぇだ、テメェがはぐれちまったのも全て姫様が仕組んだ事でぃ」

「んな訳あるかコノヤロー! 適当な嘘並べてねぇでさっさと仕事しろヨ税金泥棒!!」

「そうよ勝手な事言わないで! 誰があなたなんかとそんな真似するかっていうのよ!」

 

またもや適当な言葉を呟く青年に対し、神楽と少女が口を揃えて彼に怒鳴り声を上げ出す。

 

「さっさと私達の前から消えるアル! お前なんかとつるむのはゲームの中だけでたくさんネ!」

「おいおい、俺だって別に好きで向こうの世界でテメェ等ガキ共とつるんでる訳じゃねぇ。そちらの姫様がしつこく付き纏って来るから仕方なく行動してやってるだけでぃ」

「それはあなたが向こうの世界で周りに迷惑かけないか見張る為だからよ、それと私までガキ扱いするのもいい加減にして、私と年一個しか違わないクセに」

「あり、そうだっけ? 昔と変わらずずっとガキみてぇだから忘れてたわ」

「コイツ……!」

「橋から突き落としてやるアルか? 私も手を貸すヨロシ」

「駄目よ神楽ちゃん、コイツ一応警察なんだから……私が今度上の人に掛け合ってみるわ」

「おいおい今度は先生にチクるってか? ったく堅物委員長とは付き合ってらんねぇや」

 

ガキ呼ばわりされて怒っている彼女に対し、すっとぼけた様子で青年は受け流すと。

 

彼女達をほおっておいて再び橋の下の方へと目をやる。

 

「それより今良い所なんだから話しかけないでくれねぇか、丁度決着が……お、まだ立てた」

「良い所ってただの喧嘩でしょ、いいからさっさと取り締まりに……あれ?」

「どうしたアルか? ん? なんかあの天パのおっさんどっかで見た気がするネ、眼鏡の方は知らないけど」

 

青年に言葉を返しつつ少女もまた橋の下の方へと目をやると、ふと何かに気付いたかのように軽く目を見開く。

 

眼鏡の少年と戦っているあの銀髪の男は以前前に何処かで……

 

そして神楽もまたあの男について素っ気ない表情だが気付いた様子。

 

「もしかして……ってああ!」

 

銀髪の男だけでない、彼等の戦いを傍で見ている人物がいる事に初めて気づいた彼女は思わず大きな声を出してしまう。

 

銀髪の男を応援しているあの小柄の少女、そしてその隣で腕を組みながら顔をしかめている少年は……

 

「あの三人組って……!」

 

彼女の中の疑惑が確信へと変わる、間違いない、あの三人は向こうの世界で出会った……

 

そして彼女が銀時達を見つめる一方で、その隣に立って何事かと見下ろしたお妙もハッと気付く。

 

「直葉ちゃんに、新ちゃん……!?」

「それにしてもあの銀髪の男は何者でぃ、動きがデタラメでてんで読めねぇばかりか隙が見当たらねぇ」

 

河原では不安な様子で戦いを見守っている直葉と、先程出会ったばかりのあの坂田銀時とかいう男に向かって一心不乱に木刀を振りかざす新八がそこにいたのだ。

 

思わぬ発見にお妙が驚いている中、青年は口元に軽く笑みを浮かべながら口を開く。

 

「逆にあの眼鏡の奴は真っ直ぐすぎらぁ、完全にあの男に読まれてる上に戦い始めてからずっと一方的に遊ばれてやがる、そろそろ気付いてもおかしくねぇんだがな」

 

そう言って青年は必死に戦う新八に対し静かに目を細める。

 

 

 

 

 

 

「もはや剣を交えてる相手が自分じゃぜってぇ敵わねぇ相手だって事ぐれぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

新八は喉の奥から気合を込めるかの様に叫びながら何度も木刀を振るい続ける。

 

しかし何故であろう、彼の決して鈍くはない剣の動きを、まるで事前に何処から迫って来るのかわかっているのかの様に

 

銀時を身を翻し、真顔で全て避け切っていく。

 

「……」

「クソ! どうしてさっきからかすりもしな……ぐぇ!」

「新八さん!!!」

 

完全に読まれている事に新八が木刀を振るいながら焦りが見えた瞬間、その隙を見逃さず銀時は無言で彼の横腹に一撃をかまして吹っ飛ばす。

 

例え相手の動きが読めていても、距離が近ければその攻撃を回避するにはそれ相応の動体視力と、瞬時に体を動かす反射神経を要求される。

 

新八の剣の腕は決して悪い方ではない、むしろ日々精進を重ね振るい続けたその腕は道場の跡取り息子と称するには申し分ない。

 

彼の剣を避けるとなると、並大抵の者では到底不可能だという事だ。

 

しかしそんな新八でさえさっきからずっと彼の動きを捉えきることが出来ず、更には手痛いカウンターを何度も食らってしまっている。

 

予想だにしなかった一方的な彼等の戦いに、直葉は慌てて倒れた新八の名を呼ぶと、彼は悔しそうに歯を食いしばりながら再びフラフラと起き上がる。

 

「まだです……まだ僕は負けちゃいませんよ……」

「おいおい、真剣勝負だったらもう何度死んでるかわかんねぇぞお前?」

 

何度も尖った石が落ちてる整備されていない河原に体を打ち付けられてるおかげで、新八の身体は既にボロボロだった。

 

傷だらけの状態でなお起き上がって来た彼に対し、銀時は木刀を肩に掛けながらウンザリした様に深いため息を突く。

 

「もういい加減諦めたらどうだ? 俺とお前じゃ潜った修羅場の数も質も違ぇ、こうなる事は目に見えてたんだよ」

「もう自分が勝ったと思っているんですか……言ったでしょ、そう簡単に倒される僕じゃないって……」

「まだわかってねぇみたいだな、お前じゃ俺には絶対勝てねぇんだよ」

 

何度倒しても起き上がって来る新八に対し、銀時はへッと笑いかけながら右手で持つ木刀を彼に突き付ける。

 

「道場でチャンバラごっこして良い気になってたテメェと俺とじゃ格が違ぇんだ。そのまま井の中で泳ぎ続けていれば、大海の広さを知る事も無かったのにな、だろ蛙くん?」

「誰が……誰が蛙だコラァァァァァァァ!!!」

 

挑発的な物言いをしながら笑いかけて来た銀時に対し、新八は遂に怒りに任せて木刀を強く握りながら走り出す。

 

両手に持った木刀をそのまま銀時の頭部に叩きつけんばかりに全力で振り下ろす。

 

だが

 

「!」

「頭に血ぃ昇っててヤケクソに振り回した相手の剣なんざ怖くもなんともねぇや」

「新八さん早くそこから……!」

 

ブン!と力強い風圧を放つ彼の振り下ろしを、銀時は涼しげな表情で体を捻って簡単に受け流してしまう。

 

そして次に銀時が何をするか呼んでいた直葉は咄嗟に新八に向かって大声で叫ぶも

 

「ちょっとばかり頭冷やして来い」

「ぐっは! ぶ!!」

「!」

 

銀時の木刀は既に新八目掛けて振られていた。

 

まず最初に彼の膝へと入れて新八の下半身のバランスを崩すと、横っ腹に再び食い込むような一撃を乗せて苦悶の表情を浮かばせながら一気に傍で流れている川に向かってぶっ飛ばす銀時。

 

手際よく流れるような連続攻撃を新八に浴びせた銀時に、直葉は思わず言葉を失って目を見開いて固まってしまう。

 

(デタラメだけど強い、それに新八さんの剣が全く通じない……まさかこんな人が一兄さん以外にもいたなんて……)

「おい直葉、そろそろ新八連れて帰ってやれ」

「ってお兄ちゃん!?」

 

侍と称するにはあまりにも荒々しく、かといってチンピラと呼ぶにはあまりにも研ぎ澄まされた剣を持つ男。

 

見てくれだけではわからなかった銀時の実態に直葉が内心驚いていると、コソコソと彼女の傍に和人が近寄って耳打ちする。

 

「正直俺もあの人があそこまで徹底的に新八をシバくとは思ってなかったんだよ、流石にやり過ぎで見てられない……悪いことは言わないからここは大人しく引いた方が身の為だぞ?」

「でもまだ新八さんは諦めちゃ……!」

「お前だって剣の道歩んでるんだからわかるだろ? あの人は道場に通い詰めてるだけの子供じゃ手に入らない強さを持っている、恐らく実際に侍としての修羅場を潜り抜けている筈だ」

「あの人が……?」

 

心配する様にわざわざ忠告しにきた和人の言葉にに意外そうな表情を浮かべつつ、直葉は銀時の方へと目をやる。

 

川に叩き落とした新八の方へと無言で顔を向け、まるですぐにでも立ち上がって来るであろう新八を待っているかのようだ。

 

「でも侍なんて私達がもっと小さい頃からいなくなってたじゃない、いたとしたら幕府に反旗を翻して天人に戦争を仕掛けた攘夷志士とかの筈でしょ? その連中も今じゃ一部を除いてほとんどが捕まり、幕府の下で処刑されたっていうし」

 

かつて直葉や和人が生まれてない頃に始まった攘夷戦争。

 

突如地球に舞い降りた天人に戦争を吹っ掛けた、それから長きに渡る戦いが起こった出来事だ。

 

しかしその戦争は十年前、つまり二人がまだ幼い頃に侍達の敗北によって終戦してしまった。

 

その侍達も大半が幕府によって処刑されたと聞くので、あんな覇気を感じさせない人がその中で戦っていた人たちの生き残りと推測するにはまだ難しい。

 

「あの人の事はぶっちゃけ俺もまだよくわからない、なにせ謎だらけだからな」

 

直葉の疑問に和人も素直にわからないと頷く。

 

「けどこれだけは確かだ。あの人は一見ちゃらんぽらんだが、生半可な覚悟じゃ手に入らない強さを持っている、俺はそれがなんなのかどうしても知りたいんだ」

「強さって……まさかお兄ちゃん、口ではもういいって言っておきながら、もしかしてまだ一兄さんを……」

 

和人の本音に彼女が何か勘付いた様子でいると……

 

「ぶっはぁぁぁ!!!」

 

浅い川底から起き上がって、全身びしょ濡れになった状態で新八が荒い息を吐きながら復活したのだ。

 

「ハァハァ……ま、まだ終わってねぇぞコノヤロー!!」

「新八さん!」

「ったくアイツまだ……」

 

衣服が川の水を吸って多少体が重くなっている事も気にも留めずに、意識が飛びそうになりながらもまだ銀時に食って掛かろうとする彼を見て、和人は呆れたように顔をに手を当てた後、大きく口を開いて

 

「おい新八! お前いい加減にしないとそろそろ死んじまうぞ! 最初に言っただろ! その人はお前なんかじゃ絶対に勝てないんだよ!!」

「駄目だ! コレは僕が絶対に成し遂げなきゃいけない戦いなんだ!」

 

和人の叫びに対し新八は一喝すると、眼鏡にヒビが入ってるのも気付かずに新八は重い足取りで河原に立つ銀時の方へと歩み寄っていく。

 

「一兄の遺志を受け継いだ僕達の中で! 君だけ一兄に背を向けて去って行こうとするのならば! せめて最後に僕の戦いを見ておけ!」

 

既に体は限界に達し掛けているにも関わらず、新八はハッキリとした声で怒鳴りながら、不敵な笑みを浮かべる銀時に木刀を構える。

 

「我が恒道館道場の塾頭! ”尾美一”から多くのモノを受け継いだこの剣が! 君があの人よりも強いと称したこの男を倒す瞬間を!!」

 

高らかにそう叫んだ新八に対し和人が思わず固まってしまう中、銀時は一人ほくそ笑みながら手に持っていた木刀を構え直す。

 

「そいつが誰だが知らねぇし興味もねぇ、だがテメェがそいつの代わりに俺を倒して強さを証明してぇなら」

 

スッと木刀を彼に突き出したまま、銀時は先程と同じく迎撃の態勢に入ってカウンターを狙うタイミングを見定める。

 

「いいぜ、その青臭ぇ思い事この俺が全部ぶち壊してやんよ、かかってこいよテメーなりの本気で」

「言われなくてもわかってる……! アンタを倒して一兄がアンタより強いってのをあのバカに教える為に!」

「ただそうやって無駄に気を張った戦いしてたら何時まで経っても俺に勝つ事は出来ねぇぜ」

「!」

 

対峙して互いに動かずに睨み合ってる状況の最中、わざわざ敵である自分に対して忠告してきた銀時に対し、新八が意外そうに目を見開いていると彼は笑みを浮かべながら更に話を続けた。

 

「何かを証明する前にまず己の相手の力量を見極めろ、さっきからテメェが見てるのは俺じゃねぇ、テメェの目ん玉が今見てるモンはウチの新入りのガキだけだ」

「……」

「俺と戦ってる様に見えて実際はそうじゃねぇ、テメェはただアイツに見てもらう為に一人で空回りしてるだけだ。だから簡単に俺に動きが読まれちまうんだよ」

 

そう言って銀時はザッと一歩前に出ると、自ら仕掛けに来るような動きで徐々に距離を縮めていった。

 

それにハッと気付いた新八は急いで木刀を構え直して受けの態勢に入る。

 

彼に言われた事を素直に受け入れ、明らかに新八の動きが変わった。

 

「……川に落としてくれた事には礼を言います、おかげで少し頭が冷めました」

「そいつはどうも、それじゃあ改めましてこっからはただの喧嘩じゃなくて、侍同士の決闘にしゃれ込もうや」

「はい!」

 

少しずつ距離を詰めながら近寄って来る銀時に、新八は両手に木刀を握りながらしっかりと彼の動きを観察しながら構える。

 

(見てて下さい、一兄……)

 

最後の一歩を踏み出すと銀時は一気にこちらに飛び掛かって来た、しかし新八は焦らずに冷静にその動きを見極めながら得物で迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 

(大切な事を沢山教えてくれたあなたを追って……僕は今日、侍になります!)

 

 

今は亡き兄貴分の遺志を受け継いだ少年は

 

しがらみを捨ててようやく一歩前に出た。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀魂SSをずっと書いて来ましたが、思えば新八をメインにして書く話は全くありませんでした。

今回の話は私としてはある意味貴重な体験です。


次回、劣勢の中で新八は今は亡き兄貴分の教えを思い出し、遂に反撃の一手を……!?


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第十五層 かさなる影

タイトルはまあ……なんとなく決めただけです


それは今から数年前の事

 

幼い頃から父の下で道場で剣の稽古をしていた志村新八は

 

今日も一人庭でコッソリと嗚咽を漏らし泣いていた。

 

「……グス」

 

岩陰に隠れて泣くのは二つ上の姉に怒られない為なのだが、袖を何度も涙で濡らしながら息を潜めていると、そんな彼の背後から

 

「ガハハハハハハ!! こんな所で泣いてたんか! 新坊!!」

「は、一兄……」

 

一際やかましい笑い声を上げながら不意に話しかけてきたのは

 

泣いてる少年とは対照的に豪快な笑みを浮かべる青年だった。

 

「さっきお妙ちゃんと直葉ちゃんがお前の事探してたぞ! なんでもまた和坊の奴にやられちまったみたいだの!」

「……」

「だからってこんな所で泣いてちゃ何時まで経っても和坊に勝てんぞ新坊! 強くなって見返してやれ!」

「む、無理だよ一兄……だって僕弱いし……和人君より頑張って稽古しているつもりなのに、全然勝てないんだもん」

「ううむ確かに新坊は物凄く弱いの! どうしてあそこまで稽古してるのに剣の扱い方が下手くそなのか逆に驚くぐらいだ! なんかもう言葉じゃ足りん位ヘタレすぎる! 剣だけでなく全身からヘタレのオーラが噴出されて更に一層弱く見えるな!!」

「そこは励ます所だよ一兄、どうしてそこで全力で崖から突き落とすのさ……」

 

満面の笑みを浮かべながらサラリと酷い事を言う青年に、新八は思わず泣くのを止めてジト目でボソリとツッコミを入れると、彼はまた「ガハハハハハ!」と笑い声を上げ。

 

「じゃがお前は幸せモンだ新坊、その年でもう同い年のいいライバルを見つけられたんだからな」

「ライバルなんかじゃないよ……だって僕は和人君より全然弱いんだし、妹の直葉ちゃんにも勝てないんだよ……?」

「勝てないと言い訳して泣いて逃げてはいかんぞ新坊! こんな所で隠れて一人メソメソ泣いてたらそりゃあ何時まで経っても強くなれないのは当たり前よ!!」

 

信頼できる彼に対して正直に本音を漏らす新八に対し、青年は彼の隣にドカッと胡坐を掻いて座りながら話しかける。

 

「涙っつうのは辛いモンも悲しいモンも全部まとめて綺麗に洗い流してくれる便利な代物だ、だがお前もこの先を生きていくにつれてやがて知る、人生には涙だけでは流せない悲しい事や辛い事がたくさんあると」

「……」

「涙なんかで流しちゃいかん、大切な『痛み』がある事をな」

 

新八の小さな頭をポンポンと優しく叩きながら、青年は笑ったまま空を見上げた。

 

「だから本当に強い人間ってのは、泣きたくなるほど笑うのさ。痛みも悲しみも全部背負って、それでも笑って奴等と一緒に歩いて行くのさ」

「一兄……」

「新坊、今は泣きたい時に泣けばいいのかもしれんが、泣いてばかりじゃ何時までも前には進めん、お前も強い侍を目指せ」

 

彼の話を聞いてる内に、不思議と涙は止まっていた。

 

青年の言葉をしっかりと胸に刻みながら新八はぎこちなく頷くと、恐る恐る彼の方へと顔を上げる。

 

「……僕も一兄みたいに強くなれるかな?」

「いやいや! 現時点では100%無理だ!!」

「ええぇぇぇぇぇ!?」

 

僅かな希望を漏らす新八に対し青年は清々しい表情でグサリと刺すような一言。

 

「なにせわし最強だから! もう道場の仲間にわしに適うモンもいないし! 新坊が勝てない和坊を毎日ボコボコにしてやってるのもわしだし!! 進化し続けるこの剣の冴え! 今の新坊じゃ一生経ってもわしに追いつけんだろうよ!」

「そこは絶対なれるとか言ってよ……どうして上げて落とすスタイルなの?」

「ガハハハハハハ! 理想だけでなく現実を教えてやるのも兄貴分の役目だからな! よーしそれじゃあこっから更に辛い現実ってモンを新坊に教えてやろうか!!」

 

そう言って青年は立ち上がると、座ってこちらにムスッとした表情を浮かべる新八にクイッと親指を立てて誘う。

 

「立て新坊! 今からわしが直々に稽古つけてやる! そんでわしに一本取ってみろ! わしは和坊には一度も負けた事がない! つまりわしを倒すことが出来れば新坊! お前は和坊をも超える潜在能力を秘めた逸材だという事だ!」

「えぇ! い、いきなりそんな無茶苦茶だよ! 僕が一兄に勝てる訳ないじゃないか!」

「つべこべ言わずに道場に行くぞ! お妙ちゃんや直葉ちゃん! それに和坊の奴にも見せてやれ! お前の本気って奴を!」

「うわぁぁぁぁ!! 引きずらないでよ~~!」

 

勝手な事を言って青年は強引に新八の後襟をつかんでズルズルと地面を引きずらせながら道場へと連れ込む。

 

嫌がる新八に対し青年は

 

やはり「ガハハハハハハ!」と豪快な笑い声を上げるのであった。

 

 

 

 

 

「わしを信じろ新坊! そしてこの無双の剣を追ってみろ! お前ならきっと! 立派な強い侍になれる!!」

 

彼の名は『尾美一』

 

若くして道場の塾頭を任される程の凄腕剣士であり、その剣才は江戸中に知れ渡る程。

 

数か月後には剣術留学生として宇宙へ赴き、更なる新天地でその剣を振るう予定”だった”。

 

見るからにバカっぽいしやかましいし、たまに腹の立つ所もあったが

 

兄貴分として新八だけでなく姉のお妙、そして道場の数少ない子供の門下生、桐ケ谷直葉と、そしてこの頃はまだ道場に通っていた桐ケ谷和人にとって何よりも大きな存在であり

 

 

 

 

 

真に強い本物の侍だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして話は”今”に戻る。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

既にいなくなってしまった人物、尾美一との会話を思いだしながら、新八は今木刀を振りかざし

 

突然目の前に現れた強敵、坂田銀時目掛けて気合の方向を上げながら攻め立てる。

 

(実力差と腕の差も歴然……! ならば僕がこの男に勝つにはこれしかない!)

 

新八の動きは明らかに前とは違っていた、トリッキーな動きをしてカウンターを当てて来る銀時を相手に、最小のモーションで動きながら出来るだけ隙を見せぬ様にしつつ、怒涛の攻めで一気に相手に畳みかける。

 

(呼吸させる暇さえ与えずに避け切れない剣撃を浴びせ続ければ……だがそれだけじゃまだ勝てない!)

 

新八の一撃を避け続けていた銀時だったが、次第に押され始め出したので遂に木刀を掲げて彼の一撃を得物で受け止めた。

 

激しい音を鳴らしながらぶつかり合う二本の木刀。歯を食いしばり必死な形相を浮かべる新八に対し

 

銀時は以前涼しい顔をしているままだった。

 

「ようやく様になって来たんじゃないの? 新五君?」

「だから新八だって……つってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

こっちがもう限界だってのに向こうは顔色変えずにすっとぼけた様子を見せている。

 

そんな彼に雄叫びを上げながら一気に木刀を引き抜くと、衝突し合っていた得物が弾かれ両者後方に1歩分後退する。

 

だがその反応と動きを呼んでいた新八は、銀時よりもすぐに前進し、まだ片足が地面に付いてない状態の銀時に向かって

 

「貰ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いけ! 新八さん!!」

「し、新八!?」

 

彼の腹を貫かんばかりに思いきり突き出す、全く動作を見せずに瞬時に追い打ちをかまそうとする新八に

 

直葉は興奮した面持ちで叫び、和人は予想だにしていなかったのか、驚愕した様子で彼を見る。

 

「相手に大きな隙を作らせそこで勝機を見出す! それもまた侍の戦いだ!!」

「よく知ってるじゃねぇか」

「!」

 

この一撃を叩き込めばかなりのダメージを背負うであろう、そこから更に責め続ければ勝てる!

 

叫びながら新八がふとそんな事を考えていると

 

木刀で突かれる寸前の銀時は、ニヤリと笑いながら

 

「だがあえて隙を作り向こうに大技をやらせるってのも、それもまた侍同士の駆け引きって奴よ」

「な!」

 

新八の突き出す木刀は、銀時の腹の寸での所でピタリと止まってしまう。

 

よく見ると彼の木刀の先を、これ見よがしに銀時は左手で強く握っていたのだ。

 

もしや彼は自分の作戦を見抜き、わざとよろけたというのか? 新八は銀時にしてやられたと思ったその瞬間。

 

「ほらそっちも隙だらけだぞ」

「!」

 

ブンッと音を立ててこちらの頭部目掛けて銀時がもう片方の手で握っている木刀を振り上げて来た。

 

新八は咄嗟に彼に捕まれている得物から両手を離して大きく上体を逸らし、その一撃をギリギリのタイミングで回避すると

 

すぐに彼が掴む自分の木刀を再度握って、一気に引き抜いて彼から距離を取った。

 

「ハァハァ……! 本当に無茶苦茶な人ですねアンタ……」

「今の動き悪くなかったんじゃねぇの? よくもまあ自らテメーの得物から手ぇ放す事が出来たな」

「僕自身も驚きですよ、アンタのデタラメな動きを見てたせいですこしうつったのかもしれません……」

「へぇ、よく学習してるみたいだな」

「アンタに教えられたことを実行したまでの事ですよ、自分が動くよりまず相手の動きを読めって」

 

荒い息を吐きながらもまだその手には木刀がしっかりと握られている。

 

そして何より、この戦いを決して諦めてないとその目が全力で訴えていた。

 

「なんででしょうね、今日初めて会ったばかりの人なのに……こうして剣を交えているとどこか懐かしく思えます」

「ったく戦いの最中でセンチメンタルに浸ってんじゃねぇよ」

 

肩で呼吸しながらボソリと呟く新八に、銀時は左手でボリボリと後頭部を掻きながら悪態を突く。

 

そんな姿を見て思わず新八の表情が綻んだ。

 

「性格も見た目も思いきり違うのにどこか一兄に似てる……和人君がアンタの事を惚れこんだ理由が少しわかった気がします」

「ケ、男に惚れられたって嬉しくもなんともねぇや」

 

不機嫌な様子で新八に言葉を返すと、おもむろに銀時は木刀の掴む部分に巻かれていた白い手拭をシュルリと取った。

 

それを少し離れた場所で和人と一緒に見ていたユウキがピクリと反応する。

 

「……どうやら直に決着が着くみたいだよ」

「え、どうしてわかるんだ?」

「見てればわかるよ」

「?」

 

手拭いを地面に捨てた銀時を神妙な面持ちで眺めながら呟くユウキに、隣にいた和人が疑問を浮かべていると

 

改めて木刀を握り締めた銀時はスッと構えてゆっくりと新八の方へ動きだす。

 

「けど俺もお前を見てふとガキの頃を思い出したよ、道場に通ってた頃にテメェみたいに何度も突っかかって勝負を挑んで来たチビがいたなそういや」

「アンタ……自分だってセンチメンタルに浸ってるじゃないですか」

「あのチビは負かす度にちょっとずつ強くなってよ、ムカつく事に最終的には俺に一本取る様になるまで化けやがった」

「おい無視してんじゃねぇぞコノヤロー」

 

人の事言っておいて自らセンチメンタルに浸りながら語り出す銀時に新八が静かにツッコミを入れると

 

銀時は二ッと彼に向かって笑いかける。

 

「だからといってお前があのチビの様に勝てる訳じゃねぇけどな、何せお前の目の前にいるのは下の毛も生えてねぇガキの頃の銀さんじゃねぇ、酸いも甘いも知る下の毛も生え揃ったアダルティな銀さんだ」

「よく言うよ、脳みその方は子供のままのクセに」

「全くだ、ゲームの操作も未だ覚えきれてないし」

「外野は黙ってろ! このメガネよりも先にテメェ等のド頭カチ割るぞコラ!」

 

ユウキと和人の冷ややかな言葉をしっかりと耳に入れながら銀時は彼女達の方へ振り向かずに返事をしつつ

 

新八の方へと木刀を下げた状態から前かがみの態勢を取った。

 

「だからお前が何処まで行ける逸材になるのか、大人である俺が直々に試してやらぁ」

「試すのは僕の方ですよ、アンタが本当に和人君の兄貴分に足るかどうか、今ここで僕が見定めます」

 

新八も同じく彼と同じ態勢を取って身構える。

 

両者同じ姿勢で固まったまま、ただ互いに目をジッと合わせながら出方を伺う銀時と新八。

 

周りの者達が固唾を飲んで見守ってる中、橋の上から見物している野次馬達も無言でどうなるのか眺めていた。

 

「……」

「……」

 

無言で視線を交差しながら静かに時が流れていく。そして……

 

 

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

全く同じタイミングで二人は足を踏み込む。

 

叫びながら銀時と新八は一気に駆け出し、そして両者が剣の届く範囲に入ると

 

力の限り振り抜いた両者の得物が正面からぶつかり合った

 

 

その瞬間

 

 

バキィ!という激しい音で何かが砕ける。

 

そしてその音と共に交差した銀時と新八の頭上で、何かが回転しながら宙に浮いているのを周りの者達はハッキリと見た。

 

柄から綺麗にへし折られた木刀の先だ

 

そしてそのへし折られた木刀の持ち主は

 

 

 

 

 

「やれやれ、せっかく洞爺湖の仙人から頂いた木刀なのによ」

 

坂田銀時の方であった。

 

「嘘、だろ……あの人の剣を新八が、あの新八が……!」

「新八さんがあの人の木刀を正面からへし折った!!」

 

宙を舞う木刀の破片が地面に落ちると同時に、和人は大きく目を見開いて驚き、直葉は目の前で起きた出来事を叫びながら拳を掲げてガッツポーズを取った。

 

その叫び声を聞きながらも、銀時の木刀を見事砕いた新八はフゥ~と深く息を吐いた後、ゆっくりと銀時の方へと振り返る。

 

「どうやら勝負ありですね、完全勝利とは言えませんけど、今後の為になる経験をありがとうございま……」

 

戦いは終わった、自分が勝ったんだと実感しながら、新八は自分の成長を促してくれた恩人である銀時の方へと好意的に笑いかけながら振り返る。

 

だが

 

「……あれ?」

 

振り返った先にいた銀時はこちらに突っ立たまま

 

先程へし折った筈の木刀の握っていた部分をポイッと無造作に捨てながら

 

左手に持った「新たな木刀」を再びこちらに構え直しているではないか。

 

どこであんな新しい得物を? と新八が思っている中でふと彼は気付く。

 

自分の手に握られている筈の木刀が既に無くなっている事を

 

思わず手の平を見つめながらぽかんと口を開けて固まる新八に目掛けて

 

銀時はスッと木刀を掲げながら近づいていく。

 

「あ、あれ? ちょ! アンタいつの間に僕の木刀を! いや待って! ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

丸腰になってしまったのは銀時ではなく自分の方であった。

 

その事に気付いて慌てて手を突き出しながら新八が叫ぶも、銀時は無言で思いきり手に持った木刀で

 

 

 

 

 

「ぶほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

彼の顔面目掛けて綺麗なフルスイングをかますのであった。

 

ぶっ飛ばされた新八は眼鏡にヒビが入ると同時に、ゴロゴロと転がっていくとやがて止まり、倒れたまま動けなくなった。

 

この状態ではもう立つ事も出来ないであろう、先程新八が言っていた通り、『勝負あり』だ。

 

「甘ぇ、天津甘栗より甘ぇ、剣を折ったからって勝ち誇るようじゃまだまだ甘過ぎるわ」

「……ま、まさか自分の得物がへし折られたからって相手の得物を掠めとるなんて……」

「侍同士の決闘だろうがなんだろうが、生き延びる為にはあらゆる手段を用いる技術が必要なんだよ、例え卑怯や外道と呼ばれようがな」

「ハハハ、確かにアンタ周りに何言われようが気にしなそうなタイプですもんね……一兄とおんなじだ……」

 

意識が飛びそうになりながらも新八は、歩み寄って来てこちらを見下ろす銀時の表情を見る。

 

倒した相手に対してニンマリと笑い、してやったりといった表情でポイッと持っていた木刀をこちらに返してきた。

 

そんな彼に新八は何故か渇いた笑みを浮かべている所に、戦いを見届けていた直葉が慌てて彼の下へ駆け寄っていく。

 

「新八さん大丈夫!」

「直葉ちゃん……僕の戦いどうだった?」

「凄かったよ、それに強かった。新八さんがこの人の剣をへし折った時はびっくりしちゃったもの、けどまさかその後すぐにこの人が相手の武器を奪ってでも勝ちを狙ってきた時はもっとびっくりしたけど……」

 

倒れる新八にそっと称賛の声を呟くと、直葉はムスッとした表情で銀時の方へと振り返る。

 

「次は私と勝負! 今度はあんな卑怯な手なんか使わせないんだから!!」

「もういいだろ直葉、お前戦う理由がわからないとか言っておきながら何一人で熱くなってんだよ」

「お兄ちゃん!」

 

指を突き付けながら直葉がけだるそうにしている銀時に向かって宣戦布告をふっかけるも

 

不意に和人が現れて静かに彼女を宥める。

 

「それより今は新八の方の手当てしてやれ、最寄りの病院に連れていくぞ、よっと」

「え、お兄ちゃん何してるの!?」

 

珍しく直葉に対して兄貴っぽい事を言いながら和人は倒れている新八に手を伸ばし、肩を貸して抱き起してあげる。

 

新八に対していつもどこか冷めた態度を取っていた彼が、そんな真似するとは思って思いなかった直葉は驚愕を露にした。

 

「まさか病院まで新八さん連れて行ってくれるの!?」

「お前一人じゃコイツを抱き抱えられないだろ、仕方ないから俺が連れて行ってやるよ」

「ツンデレ!? お兄ちゃんまさかの新八さんに対してツンデレだったの!?」

「おい気持ち悪い事言うな、このまま川にほおり投げるぞコイツ」

 

新八に肩を貸しながら和人は変な事を言い始める直葉にジト目で呟いた後、傍にいた銀時の方へと振り向いて

 

「悪いけどアンタのおススメのラーメン屋に行くのはまた今度な、今日は色々あって疲れた。新八を病院で診てもらった後、家に帰って素直に直葉の飯でも食べる事にするよ」

「んだよラーメン奢ってくれるんじゃねぇのかよ」

「アンタまだ覚えていたのか……あーまあいつか奢ってやるよ仕方ない……それじゃあ深夜に向こうの世界でまた会おうぜ」

「まあそれならいいか……それじゃあ眼鏡君によろしく」

 

最後に会話を終えると、和人はそのまま新八を連れて最寄りの病院へと向かっていった。

 

直葉もまた去り際に一人残された銀時に対して無言でジロリと怒っている様に睨み付けた後、慌てて和人を追いかけて行った。

 

「……こりゃあ妹には随分と嫌われたようだな、俺」

「あの子きっと剣に対しては凄く真面目なんだよ、だから銀時みたいな不真面目全開で戦う人を認められないんじゃないかな?」

 

ボリボリと頭を掻きながら呟く銀時の隣に、いつの間にかユウキが楽しげな様子で立っていた。

 

「でもボクは好きだけどね、銀時のフラフラ~としてても、肝心な所は決してブレない所」

「そいつはどうも、ま、あんな小生意気そうなガキに好かれる気も更々ねぇし、お前がいりゃあそれでいいわ」

「へへへ、ホントたま~に嬉しい事言ってくれるよね銀時って。ところでさぁ、一つ気になる事があったんだけど」

 

素直に評価してくれるユウキに対して満更でもなさそうに答えてくれる銀時に、彼女は若干照れながら頬を掻きつつふと思い出したかのように彼に尋ね出す。

 

 

「どうして戦う前に、銀時は木刀を少し削って折れるようにしたの? ずっと気になってんだよね、あの時どうしてあんな真似してたのか」

「大したことじゃねぇよ、ただアイツの覚悟が本当かどうか見定める為に準備しておいただけだよ」

 

そう言って銀時はふと足元に落ちていた、砕け散った自分の愛刀の欠片を拾い上げる。

 

「切れ目を手拭いで巻きつけて、いざとなったら手拭いを取る、そんで強い一撃叩き込められれば勢いよく折られる。っと言ってもそう生半可な力じゃ折れねぇ様に工夫したんだけどな」

「へぇ~よく知ってたねそんなの」

「昔俺が道場に通ってた頃に”アイツ”が自分に自信を持てない門下生相手にやってた事があったからつい真似したくなってみただけだ」

「アイツって?」

「さあて誰だったかねぇ、んじゃ俺達二人でラーメン屋に行くか」

「え! 何その下手な誤魔化し方! 教えてくれたっていいじゃん! ちょっと銀時!」

 

摘まみ上げた欠片をまた河原に捨てながら、銀時はすっとぼけた様子でかぶき町にあるラーメン屋へと歩き出した。

 

袖にされたユウキは気になって共に歩きながら再度問いかけても銀時は口元に笑みを浮かべながら答えず、結局その人物が何者かは教えてくれなかったのであった。

 

 

 

 

銀時と新八の決闘はこれにて終わった。

 

その戦いを橋の上から見ていた野次馬達がゾロゾロと減っていく中で

 

三人の女と一人の男はまだ去り行く銀時の背中を見送っていた。

 

「あの天パの男中々やるアルな、戦い方はせこいけど私は嫌いじゃないネ」

「そう? まあああいう戦いも時と場合によっては必要なのはわかるけど、あんな年下相手に大人げない真似をするのは私はあまり好きじゃないわね……」

 

チャイナ服を着飾った神楽という少女が銀時に対して感心しているのに対し、栗色ロングの少女はしかめっ面で呟いていると、隣で一緒に見ていた黒い制服を着た青年は「へっ」と面白いモンが見れたかの様に笑みを浮かべた。

 

「そういや俺も昔は近藤さんにされてたな……すぐに腕上げて対等に戦えるようになったから、すっかり忘れちまってたぜ」

「え、なんの話よ? 昔って武州にいた頃?」

「おやおやコイツは驚いた、名家のお姫様があんな短い間しか住んでいなかったド田舎の名前をまだ覚えてい下さったとは光栄だな」

 

普通に気になったから尋ねただけなのに、青年が皮肉ったっぷりに返事してきたので、少女は不機嫌になりながらハッキリと答える。

 

「忘れる訳ないでしょ、何時まで経ってもあそこは私にとって大切なもう一つの故郷なんだから」

「大切な故郷ってどういう所だったアルか?」

「そうね、空気が綺麗で自然がいっぱいののどかな所って言った感じかな? 優しくて親切な人もたくさん住んでたの、一人の男の子を除いて、あの子はきっと綺麗な空気も寄せ付けない澱んだ心を持っていたのね」

「いやぁ思いだすわ~、そういやどこぞの男の後をついて来て、剣も振る気ねぇクセに道場に遊びに来るアホ面したガキがいたからよく泣かしてやってたっけ。ありゃ~楽しかったなぁ」

「あの頃はあなたもガキだったでしょ! よくもまああの頃は散々イジメてくれたわね!」

 

気になった様子で聞いて来た神楽に、懐かしく思いながらふと故郷の話でもするのかと思いきや、またもや青年が意地の悪そうに少女を挑発したおかげで、すぐに彼女は食って掛かる。

 

怒った様子で少女が青年に対してギャーギャーと叫んでいる中

 

三人からは少し離れた場所に立っていた志村妙は

 

みるみる小さくなっていく銀時を静かに見送る

 

「あの木刀の折れ方……フフ」

 

何かに勘付いた様子で微笑みかけながら、お妙は踵を返して我が家の方へと振り向く。

 

「和人君が惹かれたのもわかる気がするわね」

 

家に戻って手負いの新八の為に晩飯の準備でもしておこうと考えながら

 

日の沈む空を眺めつつお妙は一人呟くのであった。

 

 

 

 

 

「ホント、あんなおかしな人見たのは久しぶりね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい新八、一人で歩けるなら歩けよ……こちとら力ねぇんだからお前一人背負うのもだるいんだよ」

「ごめん和人君、今日は一日とても満足に体動かせそうにないや、あんなに全身全霊で戦うなんて本当に久しぶりだったから……」

「ったく重てぇなホント……」

 

お妙が家で新八を仕留める、否、出迎える為の料理の献立を考えている頃

 

すっかり沈みかけている夕日をバックに、新八は和人に肩を貸してもらいながらフラフラとしながらも、ゆっくりと歩いていた。

 

そんな彼を後ろから直葉が心配そうに見つめる。

 

「新八さん本当に病院行かなくていいの? あの人に思いっきり顔ぶっ叩かれたり他にも色々とやられたのに……」

「この程度の傷大した事無いよ、これぐらいでいちいち病院なんか行ってたら侍だなんて到底名乗れないからね」

「……なんか新八さん、あの人と戦ってから少し性格が熱くなってない?」

「そうかな? 自分ではよくわからないけど……」

 

頑なに病院に行くことを拒む新八に、直葉はどこか彼の心境が変化した様な気がすると感じしていると

 

新八は苦笑しつつふと自分に肩を貸してくれている和人の方へ振り向く。

 

「和人君にこんな真似されるとは思ってもいなかったよ、てっきり倒れた僕をほったからしにしてあの男と一緒に行っちゃうのかと思ってたのに」

「そこまで薄情じゃねぇよ俺も、それにしてもまさかお前があそこまで強くなってたとはな」

「お兄ちゃんもようやくわかったみたいだね、見たでしょあの真っ二つに折られた木刀。勝負には負けたけど剣同士での戦いなら絶対新八さんの勝ちだったね」

「ああ、あの人の剣をへし折った時は正直マジでビビったよ」

「……」

 

自分が全身の力を込めて、銀時の木刀をへし折った事に素直に評価する桐ケ谷兄妹だが新八はどこか腑に落ちない様子で黙り込む。

 

(あの人の木刀を折った時何か妙な感触がした……まるであらかじめ折れ目が入ってたかのように簡単にポッキリと割れたような……)

「そうえば新八さんが戦いで相手の剣を折ったのってこれで2度目だよね」

「あーそういやそうだったな」

「え?」

 

直葉の言葉に思わず反射的に顔を上げる新八

 

「随分と昔の頃だけど、新八さんが一お兄ちゃんに稽古つけられてた時、最後の最後に新八さんが気合を込めて竹刀を振るったら、一お兄ちゃんの持ってた竹刀が凄い音立てて割れちゃった事あったよね?」

「確か俺が散々お前を負かした上に泣かしていつもの様に逃げ出してた所を、一兄貴が見つけて稽古つけてあげてた時だったな。俺は家に帰ろうとしてたのに直葉に無理矢理見る様に言われて渋々だったけど、俺でさえやった事ないのにあんな真似が出来るなんてって当時は本気で驚いたもんだぜ」

「!」

 

直葉と和人の話を聞いて新八もその時の事を思い出した。

 

カッと目を見開きながらふとあの時の光景を思い出す。

 

 

 

 

 

 

『ガハハハハハハ!! コイツは参ったまさかわしの竹刀をへし折るとはな! 新坊! やっぱりお前はこれからどんどん強くなる逸材を持ってるぞ!!』

 

銀時の木刀を折った時に感じたあの妙な感触、それはあの時に感じたのと同じ……

 

もしかしたら尾美一も、そして今日戦った銀時も……

 

どこか侍としての自信を持てなかった自分の為に

 

「全く……一兄にもあの天パの侍にも敵わないよ……」

「は? 急にどうしたんだよ?」

「和人君、君があの坂田銀時って人の下で共に歩みたいって気持ち、今ならよくわかるよ」

 

和人と共に歩みながら、何か吹っ切れや様子で新八は顔を上げる。

 

 

 

 

 

「もしも和人君より先に僕があの人に会ってたら、僕があの人の後について行ったかもしれない」

「……そうか」

「ええ! 新八さん何言ってるの! まさかお兄ちゃんだけじゃなくて新八さんまであの男に毒されて!?」

 

 

沈んでいく夕日がまるで自分達の明日を照らすように一際眩しく見えた。

 

三人の足元のかさなった影は、まっすぐに伸びている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事でVS新八編は終わりです。

次回からは現実から仮想世界に戻って和人もまたキリトとして大いに活躍します。

キリトの紹介でとある情報屋と出会う事になった銀時とユウキ

するとそこへ現れたのはかつて共に戦った事のある少女、アスナと謎のチャイナ美人、そして謎のドS侍

キリトとアスナ、二人の長き因縁はここから始まる






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第十六層 教えて、鼠先生

投稿が一日遅れました。理由は二つ、一つはここ最近の仕事が年末によりヤバい事になってるのと

二つ目は単純に「.hack GU」というゲームにドはまりしてたせいであります。10年前にプレイしてたんですけど最近PS4で出たという事でもう一度やってみたかったんです……

今後しばらくは不定期更新となるやもしれません、申し訳ありません……


銀時達がいるのは現在・第十三層

 

一通りの探索を終えてフロアボス対策の為の身支度を終えて

 

キリトに案内されるがまま銀時はユウキと共に、十四層へと向かうダンジョンの傍にある村へと足を運んでいた。

 

「身支度と準備も済ませたし後はダンジョンだけ、このまま一気に走り抜けるのも悪くはないが、ひとまずここで一旦休憩しよう」

 

 

少々治安が悪そうな、いかにも路地裏で怪しげなモノを売ってるかのような危険な臭いのする村。

 

そんな所で何一つ警戒する事無くあっさりとキリトが中へと入ってく所で、後をついてくユウキが口を挟む。

 

「もう十四層か~、ちょっとペース早くない? もう少しサブクエとかやって有意義にゲームの世界を楽しんだら?」

「甘ったれた事言ってんじゃねぇよ、俺は一刻も早くお前等に追いつきてぇんだ。こうしてお前等に先輩面されてる中で、銀さんが虎視眈々と下克上を狙っているのがわからねぇのか?」

「わかってるからもうちょっと先輩の気分を味わさせて欲しいなぁと思ってるんだよ、銀時に頼られるって悪くないし」

 

一番後ろでぼやく銀時にユウキが振り返りながら答えていると、キリトは確かに今のペースを続けて行けば銀時が自分達に追いつくのもそう遠くはないのでは?っとふと思った。

 

「とにかく当面の目的は五十層辺りだな、あの辺まで昇り詰めれば色々と出来る事が増えるし。宇宙戦の参加資格も貰えるしな」

「宇宙戦?」

「そういや銀時はまだ知らなかったね、簡単に言えばお祭りみたいなモノだよ」

 

何処かで聞いた事もある様な無いような……キリトの言った言葉に耳を傾けていた銀時が首を傾げると、ユウキが変わって説明してくれた。

 

「正式名称は「他星異文化交流会」とかだったかな? そのイベントがやってる間は一般プレイヤーでも地球だけじゃなくて他の星のプレイヤーとも同じサーバー内で対戦や交流が出来るんだ」

「ふーん、俺はあんま興味ねぇなそう言うの。天人とか相手にすんのめんどくせぇし」

「そうでもないぞ、異文化交流会だなんて名目はあくまで表向き、実際は天人と地球人による乱戦が繰り広げられている完全無法地帯だ」

 

ユウキの話を聞いてもイマイチな反応をする銀時だが、続いてキリトが話の補足をしながら軽く笑みを浮かべた。

 

「連中を倒せば向こうの星でしか手に入らないレアドロップ品を落とす時もあるし、EDOでより強くなるための手段としてはかなり旨味のあるイベントなんだよ。ま、一部の頭の固い連中にはあまり面白くないみたいだけどな」

「そりゃあ本当は地球人と天人が友好的な関係を築く為のイベントとして用意したモンだしね。お互い血気盛んな様子で戦ってアイテムを取り合いなんてしてちゃ何時まで経っても仲良くなれないよ」

「いいんだよ仲良くしなくたって、何時まで経っても上から目線の連中と手を取り合う事自体出来る訳ないんだからさ」

 

天人に対してはかなり嫌悪感を示すキリトはそう言いながら、とある路地裏に差し掛かった所で一つの店へと指をさす。

 

「とりあえず五十層まではまだ先が長いんだから宇宙戦の話はここまでにしておこうぜ、それよりまずは十三層のフロアボスの情報、そして腹ごしらえだ」

「ようやく飯にありつけるのか、ここ最近現実世界じゃパンの耳ばかり食っててひもじい思いしてんだよ。せめてゲームの世界ではまともなモンを食べてぇと思ってたんだ」

「パンの耳……万事屋ってそんな儲からないのか?」

「儲からないし無駄遣いばかりするんだよ銀時は、おかげで家賃も滞納してるし」

「お前のガソリン代もバカにならねぇしな」

「就職先間違えたかな……」

 

万事屋の悲しい懐事情を二人から聞きながらキリトは数日後にはそちらへお邪魔する予定だったので、安易に働き口として選んだのは間違いだったのでは?っと自問自答を繰り返しつつ、少々見ずぼらしい中華風の店へと入ろうとする。

 

だがその時

 

「この店に入るのは止めておいた方が良いでござるよ」

「ん?」

 

ふと隣から飛んで来た声にキリトは思わずそちらに目を向ける。

 

ヒビ割れた店の壁に背を預けながら、長い栗色の髪を一つに結った着物姿の男が腕を組んで立っていた。

 

腰に差すのは刀……EDOにおいてレアの中のレアと称されている武器を持つという事はよほど運が良いのか、それともかなりの熟練プレイヤーのどちらかだ。

 

キリトはそんな彼を眺めながら正体を見極めようとしつつ、男に向かって口を開く。

 

「どうして店に入らない方が良いんだ?」

「血盟組、罪人の臭いを嗅ぎけて一人の女剣士が客人を連れてこの村をしらみ潰しに探索しているみたいだぜ」

「血盟組……血盟騎士団か、そこの女剣士という事は……」

「ちなみに今その女がいるのが、この店の中でござる」

 

男がアゴでしゃくって店のドアを指す。

 

それを聞いてキリトは頭の中でちょっと前にあった一人の少女を思い出し、反射的にドアを開けようとしていた手を引っ込めた。

 

「情報ありがとな、別に後ろめたい気持ちはないんだがあの連中はどうも苦手でね」

「礼には及ばねぇさ、俺も同じくあの連中の事は好きじゃねぇ、それと」

 

壁に体を傾けながら男はニヤリと笑いつつ、更に新たな情報をキリト達に話してくれた。

 

「この村に長居するのは止めときな、あのお嬢さん、どうも何かを必死に探しているみたいでここからしばらく離れそうにねぇみたいでござる」

「ったく本当にめんどくさいな……わかった、しばらくはここに近づかないようにするよ」

 

度々語尾に付ける「ござる」というのは何かのロールなのだろうか……

 

細かな疑問が浮かびつつもキリトはあっさりと彼の忠告を聞き入れて店から遠ざかって背を向ける。

 

「二人共、ちょっとついて来てくれ」

「はいよー」

「ったくせっかく食い物にありつけると思ってたのによ」

 

言葉短めに後ろにいるユウキと銀時に合図すると、二人は素直に彼の後をついて行く。

 

そのまま歩を進めて少しずつ去っていく三人の背中を

 

男は口元に小さな笑みを浮かべながら静かに見送るのであった。

 

「さてさて、これで面白れぇモンが見れるかどうか拝見させてもらうか、でござる」

 

 

 

 

 

 

 

キリトが向かった先は村から少し離れた場所にある草原フィールドの僻地

 

モンスターが現れる気配もない感じなので、普通のプレイヤーならまず近づくどころか気付きもしない様な草葉に覆われた所へとやって来ていた。

 

「血盟組? とか言ってたよなあの男、そこの女騎士って事はアレだろ? キリト君に対して熱を上げている例の」

「かもしれないねー、こんな所まで探しに来るなんて積極的じゃん、良かったねキリト」

「そこははっきりと嬉しくないと言っておくよ。全く攻略組としても名が通ってる血盟騎士団のメンバーがなにヒマな事やってんだか……」

 

血盟騎士団の女騎士、それを聞いて勘付いたのはキリトだけではなかったみたいだ。

 

後ろから軽く茶化してくる二人にキリトはけだるそうに答えながら、草葉を掻き分けてようやく目的地へと辿り着く。

 

そこは周りと同化してぱっと見では気付かない程擬態に成功している小さなウッドハウスだった。

壁やら屋根には蔦、枝等が絡みついており、キリトが目の前で足を止めていなければ銀時とユウキも気付かなかったであろう。

 

「”アイツ”の事だ、村で起こってる事態を把握してこの場所に隠れてる筈」

「アイツ?」

「実は俺達が行こうとしていたあの店で、俺はとある”情報屋”と顔合わせする予定だったんだよ」

「情報屋、おいおいまさかこのゲームにはそんな奴もいんのか?」

 

キリトはさっきの村に合った店で情報屋を請け負うプレイヤーと落ち合う約束であったらしい。

 

それを聞いて銀時がまず情報屋等という存在自体がこのEDOにいる事に驚くが、ユウキが軽く説明してあげる。

 

「そりゃあ未だに未発見のクエスト、スキル、アイテムとかある超ボリュームの高いMMORPGだからね、情報屋として商売する人もいるんだよ。わからない事があれば自力で見つけようとするプレイヤーもいるけど、金さえ払えば楽に情報をくれるから場合によっちゃ便利なんだ」

「金さえ払えばか……俺も万事屋だからそういう連中とは色々と付き合いはあるが、今会おうとしてる奴はアテになるのか?」

 

情報屋というモノには当たりもあればハズレもある。その事に関してしかめっ面で尋ねて来る銀時に対し、キリトは家の戸の前に立つとこちらに振り返って来た。

 

「金の事に関してはかなりがめつくていい性格しているな、けどガセネタは流さず正真正銘本当の情報を渡してくれることに関しては、俺はアイツより信用性のある優れた情報屋なんて知らないよ」

「本当に? へーボクも姉ちゃんも何度か情報屋から買った事あったけどさー、高いお金出したのにでっち上げ掴まされて騙された事が何回もあったんだよねー」

 

情報屋に対しては苦い経験もあるユウキに銀時が興味を持って近づく。

 

「姉妹揃って騙されやすいもんなお前等……で? その後どうなった」

「騙した情報屋を姉ちゃんが血眼で探して見つけてボコボコにして全財産没収した後川にほおり捨てた」

「お前の姉ちゃん怖ぇ~」

「その怖い姉ちゃんと付き合ってたのはどこのどちらさん?」

 

一部始終を短くまとめ上げてホラ吹き情報屋の末路を話し終えたユウキに、銀時はため息交じりに呟くと、彼女もまた笑みを浮かべながら言葉を返している中。

 

キリトがその情報屋がいるであろう家の戸をギィっと開ける。

 

中はどこか土臭く、そして辺り一面ボロボロで家具らしい物も見つからない殺風景な部屋であった。

 

そしてその照明も点いていない薄暗い部屋の奥で

 

「なんダ、遅かったじゃないかキー坊」

 

尖った猫の様な耳の為に穴が二つ空いている織物のフードで顔を半分隠しながら、ひっそりと座る小柄の少女がそこにいた。

 

キリトはそれを見てすぐに安心したかのように息を漏らす。

 

「てっきり重要参考人としてとっ捕まったと思ってたよ」

「ハハハ、それでキー坊の情報を包み隠さず全部バラしてやるのも面白かったかもナー」

「それであの物騒な血盟騎士団から金を取ろうとするってんならどうぞご自由に、命の保証はしないけど」

 

キリトの皮肉に負けじと返す事の出来るこの独特な口調で喋る少女は一体……銀時は家の中へと入りながら首を傾げる。

 

「もしかしてそいつがさっき言ってた情報屋?」

「ああ、金さえ積めば相手が鬼だろうが悪魔だろうがあらゆる情報を売りさばく事で有名な銭ゲバだ」

「酷い言い草だナ、これでも情報を売る相手は選んでる方だゾ?」

 

キリトの紹介の仕方に文句を言いながら少女は覆っていたフードを手に取ってあっさりと顔を出す。

 

獣の耳がピョコンと生えて少しクセッ毛のある金髪。そして何故か頬には3本のひげの様な線が書かれていた。

 

「俺っちは情報屋のアルゴってモンだヨ、噂はかねがね聞いているよ”2代目絶刀”さん」

「絶刀?」

「ランが持ってた特殊刀、『物干し竿』を受け継いだのはおたくなんだロ? 彼女のかつての二つ名は『絶刀』だからおたくは2代目って事になるだろ、ギンさん?」

「は!? なんで俺の名前まで知ってんだお前!?」

「そら情報屋だからナー、些細な事も逐一頭に入れておかないと商売にならんのヨ」

 

ランというのはつまりユウキの双子の姉であり銀時の恋人でも会った藍子の事。

 

アルゴと名乗ったこの情報屋は彼女事どころか銀時の情報まで既に大体把握していたらしい。

 

もしやキリトが彼女に教えたのか?と銀時が目を細めながら彼の方へ振り返るが、キリトはすぐに察して首を横に振る。

 

「言っておくが俺はアンタの事を一度たりともコイツに教えた事はないぞ」

「キー坊からは何も聞いてないヨ、全部俺っちが勝手に調べた事さネ」

「情報屋ってのはただのプレイヤーの経歴さえも把握してるモンなのか? まるでストーカーだな」

「いやいや普通はそんな事覚えて置かないんだけどサ、おたくはちょっと後々結構有名になりそうだからピックアップしておいてるんだよ、『鼠のアルゴ』の御目に適った事を光栄に思っておくレ」

 

自分の事を『鼠のアルゴ』と胸を張って名乗る彼女の耳がピコピコと動いた。

 

その耳を見て銀時はますます彼女を胡散臭そうな目で見る。

 

「鼠って、その耳に付いてるのはどう見えても猫じゃねぇの?」

「種族がケットシーだから仕方ないんだヨ、そこん所はツッコまないで欲しい」

「ケットシーってなに?」

「ん? 知りたいなら情報料貰うけどいいのかナ?」

「……金にがめついってのは本当みたいだな」

 

少し気になったから尋ねただけなのに、その答えにさえビジネスを絡ませるアルゴの仕事っぷりにしかめっ面を浮かべると、彼女にではなく隣にいるユウキの方へと口を開いた。

 

「おいタダで色々教えてくれる親切なユウキさん、ケットシーとはなんでございますか?」

「ケットシーは猫妖精というALO型の中で分類されている種族の一つだね。獣っぽい耳を付けてるせいか、野性的かつ狩猟系の戦闘を得意とする連中なんだよ、ちなみにボクは闇妖精と書いてインプで、主に暗闇とかに潜んで暗殺とかが得意な種族」

「ふーん、とりあえず今後は暗い洞窟を歩く時はお前を後ろに立たないようにするわ」

「いやそういうのが得意な種族ってだけでボクはしないからねそういうの。ボクは相手と戦う時は正面からぶつかる方が好きだし」

 

途中からアルゴの種族だけでなく自分の種族の事まで付け加えてくれたユウキに、銀時はゆっくりと背を向けない様に彼女の正面に立った状態で、顔だけアルゴの方へと向けた、

 

「ALO型の猫妖精ね……三つのタイプから一つ選ぶだけでも面倒なのに、その上種族まで選ばなきゃいけねぇとはめんどくせぇタイプだなホント」

「あ~実は俺っちもちょっとばかり後悔してるんだよネー、確かに色々とめんどくさいんだヨALO型って、しかも目立つ猫耳だから周りに溶け込むのが難しいのなんの……やっぱキー坊みたいなシンプルのSAO型にしておくべきだったかナ、いっその事コンバートしてまた一からキャラ作り直すのも悪くない気が……」

「愚痴はいいからさっさと本題に入らないか、鼠のアルゴさん?」

「おっと、俺っちとした事がつい自分で自分の情報をバラシちまった」

 

つい仕事を忘れて口を滑らせてしまったと反省し、こちらに腕を組みながらジト目を向けて来るキリトに苦笑しながらアルゴは改めて彼と話を始めた。

 

「それじゃあ商売を始めようか、キー坊は一体何の情報がお望みで?」

「まず最初に、数日後に行われる宇宙戦に参加する予定の天人の情報をざっくりでいいから教えて欲しい」

「やっぱりそれカ、まあ当然そっちの情報は把握済みサ、ざっくりどころか詳細に書かれたデータを売ってやってもいいゾ」

「どうせその場合更に料金が上乗せされるんだろ、こっちが懐寂しいのはわかってるクセに、いつもの料金分での情報だけでいいよ」

「はいはい、装備やアイテムに金つぎ込み過ぎてるキー坊じゃ仕方ないカー」

 

手慣れた様子で誘いを断るキリトに、アルゴもまたわかってた様子で手早くメインメニューを開いてテキパキと操作を進めていく。

 

そしてキリトもまたメニューを開いて、彼女からの情報入りメールを待った。

 

「ほれ、送っておいたゾ」

 

程無くしてアルゴはメニューからひょうきんな顔を上げて来たので、キリトはすぐに自分のメニュー画面で確認する。

 

「……おいおい、今回は随分と多くの天人が押し寄せてくるみたいだな、まさか前回俺が暴れ過ぎたせいじゃ……」

「数だけじゃないゾ、所持している武器も向こうの星でしか手に入らないレア物だ。流石に今回ばかりはキツそうだなキー坊も、それよりお金」

「ああ悪い、前払いなのに後払いにしちまって」

「まあ付き合いの長いキー坊だから別にいいんだがネ、後で金払わずトンズラしてもすぐに見つけられるシ」

「逃げ切る自信は無いから安心していいぞ、それとそんなに信頼してくれてるなら次回はツケ払いにしてもいいかな? もしくはローン払いとか?」

「悪いが俺っちはそこまで優しくないナー、あまり冗談が過ぎるとその舌引っこ抜いちゃうゾ」

「ハハハ……すみません」

 

朗らかな表情をしながらも目は決して笑っていないアルゴにキリトが頬を引きつらせながら無理矢理笑みを浮かべている。

 

そんな光景を最初から眺めていたユウキと銀時はは怪訝な様子で

 

「驚いたよ……キリトがボク以外の女性プレイヤーとまともに会話出来るなんて……」

「童貞で皮肉屋のキリト君と付き合える女がまだ地球上にいたとはな」

「アンタ等流石に失礼じゃないかそれ……」

 

傍らで悪意はないが胸に刺さる言葉を呟く二人に、キリトはムスッとしながら振り返る。

 

「確かに現実でもゲームでもソロプレイだった俺だけど、それでも付き合いの長い奴は一人や二人ちゃんといるんだよ。それにアルゴに関しては女性というより腕の立つ情報屋としか見てないしな」

「酷いなそれハ、俺っちの事はただの便利屋としか見てくれていなかったのか? これでも一応女なんだから傷付くぞそれは」

「はいはいわかったわかった、それじゃあ次からは気を付けておくよ。それで今度は別の情報を頼む」

「綺麗に俺っちの主張を左から右に流したナ、なんかますます傷付いた……で? 別の情報とはなんぞや?」

 

アルゴとはもうかなり付き合いが長いので、女性に対しての遠慮とか気遣いとかはもはや考えてすらいないみたいだ。

 

そんなキリトに肩眉を吊り上げながら面白くなさそうな顔をしつつも、アルゴは仕事に徹して何の情報が欲しいのかと彼に尋ねる。

 

「言っておくが「アレ」の情報は流石にこの俺っちでも仕入れてないゾ」

「そっちはまだ先延ばしにしておいてもいいさ、この人が俺に追いついた頃に判明出来ればいいから……」

「あ?」

 

二人で意味深な会話をしつつキリトがチラリとこちらを見て来たのでキョトンとする銀時。

 

そんな彼を尻目にキリトはアルゴに向かって再度口を開いた。

 

「第十三層から第二十層までのダンジョンマップとフロアボスの情報が欲しい、既に攻略されてる階層だから安く済むよな?」

「へ? んーまあ確かに安く渡せるが……あ、もしかしてそちらの二代目絶刀さんの為?」

「……まあそんな所だ」

「ふーん、キー坊も随分と優しいナ」

「リアルで色々とお世話になったから借りを返すだけだっての」

「ほーリアルでも付き合いがあるのカ、なるほどなるほど」

 

バツの悪そうな表情で呟くキリトの口から出た情報をしっかりと脳に刻みながら、いずれネタになるかもとニヤニヤしながらアルゴは笑みを浮かべる。

 

(よもや現実とこの世界で”黒と白”が繋がるとハ……まあ俺っちも似たようなモンだし、世の中にある偶然って奴ももしかしたら運命に導かれた結果なのかもしれんナ……)

「何一人でニヤニヤしてんだよ、バカにしてんのか?」

「いいや、やっぱり俺っちとキー坊は相性悪くないのかもなと思っただけサ」

「へ?」

 

なにか色々な意味が取れる彼女の発言に一瞬キリトが面食らっていると、それを見ていた銀時とユウキが「おー」と口を揃えて

 

「良いんじゃないキリト君、コレはもしかしたらアレだよ? 俺の経験上、相手の反応と態度から察するに……」

「頑張ってキリト、もう少し頑張ればフラグ立てられるよ。モテなかった人生からサヨナラバイバイ出来るよ」

「なにがサヨナラバイバイだ! アンタ等暇だからって俺に茶々入れるのは止めろ!」

 

お節介というより嫌がらせに近い応援を始める二人にキリトがイラッとしながら彼等の方へと振り返ると……

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もしかして私お邪魔だったかしら?」

「!?」

 

銀時とユウキの背後にあるドアが音も気配もなく開かれており

 

そこから一人の少女が開いたドアを背に腕を組みながら機嫌悪そうにこちらを睨み付けていたのだ。

 

栗色の長く綺麗な髪と、誰が見ても美人だと口を揃えて言うであろう整った顔付き、そして赤と白を強調としたあの恰好と腰に差すレイピア……

 

「ごめんなさいね、まさかこんな所で厨二病男が一欠片のチャンスを握り締めて玉砕するであろう瞬間の時に空気を読まずに入って来ちゃって、私の事はいいから遠慮せずその情報屋に突っ込んで玉砕していいわよ」

「あ、アスナだ」

「ゲ、マジかよ、何時の間に来てたんだよ」

「……」

 

無言で固まるキリトをよそに、ユウキと銀時は彼女が現れた事に振り向いて反応した。

 

血盟騎士団の副団長・アスナ。鬼の閃光という異名を持ち、前に一度だけキリト達と共闘した事のある仲だ。

 

しかしそれはただ偶然目的が一致していただけであって、実際は向こうはこちらの事をかなり嫌っている節がある。

 

その証拠に顔を合わせて早々いきなり失礼な事をびせて来たので、キリトは咄嗟にこの家の窓の方へとチラリと目をやった後

 

「撤退!」

「あ、キリトが一人で逃げた」

「女性を前に逃げるとは情けないゾ、キー坊」

 

サッと動いてすぐに窓を開け、そのスペースに身を乗り出そうと両手を置くキリト。

 

しかし

 

「ちょっと」

「え? ぬおわぁぁぁぁぁ!!!」

 

身を乗り出した所にすかさずアスナが躊躇もなく腰に差していたレイピアをこちら目掛けて突き刺してきたのだ。

 

剣先がこちらの眼前ギリギリの距離にまで来た間一髪の所で、キリトは足を捻ってわざと床に倒れて避けた。

 

床に倒れてなんとか回避できたキリトに向かって、レイピアを手に持ったままアスナは瞳孔を開かせながら冷たい表情で彼を見下ろす。

 

「逃げる事はないでしょ、せっかくの再会なんだから楽しみましょうよ」

「おいおいアンタ本当に血盟騎士団か……? よく面接通ったな、瞳孔開いてるぞ」

「人の事言えた義理じゃないでしょ、締まりのない顔してるクセに」

「いいんだよ、いざという時はきっちり締めるから」

 

こちらを見下ろしながら優位な態勢を取っているアスナに対しても、キリトは床に倒れた状態でもなお軽口叩いて見せる。

 

二人の間で緊迫した状況がそのまましばし続いていると……

 

 

「副長ー、危ないですぜ」

「へ? って!」

 

ふと家の中からではなくドアの向こう側から声が飛んで来た。

 

キリトはどこかで聞いた事のある声に思わず顔を上げてそちらへ見ると、アスナもまた咄嗟に後ろに振り返る。

 

すると彼女が振り返った先には、いかにも侍といった感じの服装でありながら

 

肩に掛けたバズーカをこちらに向けて照準を定める男の姿があった……

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

アスナや、他のプレイヤーが家の中にいるにも関わらず、男は澄ました表情で躊躇なくバズーカの引き金を引いた

 

「あばよ」

「いやちょ! まさか私まで……!」

 

最後にニヤリと笑みを浮かべる男にアスナが何か言おうとするが、彼の肩にかかったバズーカから巨大な音と共に大弾が発射される。

 

あわやこのままこの場にいる者達が直撃の危機……かと思いきや

 

 

 

 

 

 

 

 

突如頭上から舞い降りたチャイナ服の美女が家の前へと立ち塞がり

 

「お前があばよ」

「!」

 

放たれた大弾に向かって手に持っていた傘をバットの様なスイングで振り抜き、そのまま撃った本人である男に向かって跳ね返したのだ。

 

一瞬、男は目を見開いて驚いた様子を浮かべるも

 

瞬く間に爆発音と砂埃と共に見えなくなってしまった。

 

そして爆破を背景にしながらチャイナ服の美女がアスナ達の方へとジト目で振り返る。

 

「アイツに迂闊に背を向けるのはダメって散々言ってたでしょ、アイツはアスナが油断してたら即座に殺ろうとするサイコ野郎なんだから」

「ご、ごめんなさいグラさん……気を付けてはいたんだけどまさかこのタイミングを狙って来るなんて……」

 

グラと呼ばれた女性にシュンとした様子でアスナが謝っていると、キリトはその女性を見て気付く。

 

「あの人、前にアンタと話してた人だよな」

「そうよ、言っておくけどあの子に近づこうでもしたら本気で刺すから」

「あの子って……アンタよりも年上っぽいけど?」

「……」

 

倒れてる状態のキリトからの問いにアスナは目を背けて無視していると

 

グラという女性が手に持った傘を肩に掛けながらツカツカと家の中へと入って来て、チラリと銀時の方へと釣り目を向けた。

 

「また会ったわね天パの侍、まあ私からアンタを見たのはこれで三度目だけど」

「三度目? おいおいそいつは間違いだろ、俺とおたくが会ったのはこれで二度目だ」

「たまたま偶然出くわしたのよ、アンタが誰かさんと戦っている所をね」

「誰かさん? よくわからねぇけど見ててくれてたんならそん時にお声をかけて欲しかったモンだな」

 

一体いつどこで見ていたのだろうかと銀時は首を傾げつつも、早速彼女の方へと自ら歩み寄る。

 

「俺としてはおたくみたいな別嬪さんに早々会えるもんじゃねぇし、見ててもらえただけでも光栄だがやはり顔を合わせてじっくり話でも……」

 

グラに対してヘラヘラ笑いながら早速ナンパの一つでも試みようとする銀時だが

 

彼女の近づこうとした途端、アスナの剣先がキリトから銀時の目の前へと突き出される。

 

「それ以上彼女に近づくのは止めなさい、アナタには前々から危険な匂いがするのよ」

「危険? 悪いが危険な匂いがするってのは男としては誉め言葉になるんだぜ、男ってのはちょっとばかり悪い方が凄味が出るんだよ」

「ならアナタの背後にいる彼女にも説明してあげたら?」

「へ?」

 

アスナに対してはどこか苦手意識がある銀時だが、ここは負けじと口で応戦して見せる。

 

しかし彼女が見ているのは銀時ではなく、彼の背後で静かに立っている……

 

「それ以上下らない事ほざくんならボクが全力で斬り捨てるよ銀時……」

「オイィィィィィィィィ!!! なんでお前がアイツ等に寝返ってんだ!!」

 

彼の向かって剣を突き付けているのは前方のアスナだけでなく、背後にいたユウキもだった。

 

前と後ろに剣を突き出されながら、銀時は流石にヤバいと感じ取ってすぐ様叫び声を上げる。

 

「助けてキリト君! 銀さん前と後ろに剣を突き出されてサンドウィッチ状態だよ! このままだと串刺しサンドウィッチが出来上がっちまうよ!!」  

「いやアンタは一回ユウキに斬られた方が良いと思う、マジで」

「なんでだよ!! 斬られた方が良いってそんなアドバイス聞いた事ねぇよ!!」

 

どこか呆れた様子でボソリト呟くキリトに銀時がキレながらツッコミを入れている中、アルゴは目の前で行われている出来事に「ハハハ」と笑いながら頭を掻きむしる。

 

「それデ? 血盟騎士団の副団長様アスナとそのご友人さんは一体何故こんな所に来たんダ?」

「あ、しまった私とした事が……つい友人に悪い虫が取り付こうとしてたから本来の目的を忘れてしまっていたわ……」

「にしてもよくここに俺っち達がいるのわかったナ、ここは本来誰も寄り付かない隠れ家的な所なんだガ」

「残念だけど、私にはとびっきりずば抜けた凄腕の密偵がいるのよ」

 

つい熱くなってしまったと反省しつつ、アスナは銀時に突き付けていた剣を下ろしてアルゴの方へと振り返る。

 

「その人が上手くこの三人組の後を尾行してくれたおかげで、簡単にここを突き止めたって訳」

「お、俺達を尾行してた奴がいたのか!?」

「キー坊……お前の捜索・探知スキルは飾りなのカ?」

「すまん全く気付けなかった……恐らく俺の探知でもバレない程の隠密スキルを持っていたんじゃないか? 用心深く周りに気を配ってればわかってたかもしれないけど……」

「ハァ~、まだまだだなキー坊も……」

 

あっさりとバレた原因を教えてくれたアスナに驚くキリト、彼には周りにいる敵やプレイヤーの気配を瞬時に感じ取る事の出来る探知スキルがあるのだが……

 

それを上手く掻い潜り最後までバレずに尾行するとはアスナの言う通り確かにかなりの腕を持った隠密特化型のプレイヤーだ。

 

呆れてため息を突くアルゴに申し訳なさそうに後頭部に手を置きながら頭を下げるキリト。自分だけならともかくアルゴまで巻き込んでしまうとは……。

 

「勘違いしてるでしょうから先に言っておいてあげる、今回の私の狙いはアナタではないわ」

「は? 俺じゃない?」

「アナタを狙うならこんな回りくどい手使わないで直接正面から行くわよ、私の狙いは……」

 

てっきり自分を捕まえて騎士団の本部に連行でもして、尋問でもやろうとしていたのかと思っていたキリトだったが、どうやらアスナは今回自分達を追跡していたのは別の思惑があったらしい。

 

キョトンとするキリトをよそにアスナはアルゴを指差し

 

「今回私は接触を試みようよしたのはアナタよアルゴさん。EDOの中で最も膨大な情報量を持つ便利屋、その噂を聞いて一つ情報を売って欲しいと思ってね」

「ア、アルゴに!?」

 

狙いはキリトではなくアルゴ。それを聞かされて本人は三本の髭が書かれた頬を掻きながら

 

「なんだ狙いはこっちカ、でも悪いが血盟騎士団のモノにあっさり情報を流すの無理だナ、迂闊に情報をバラまくとどこで恨みを買うかわかったもんじゃないんでネ」

「この世界の治安を取り締まる私達に手を貸さないというの?」

「だからこそ手を貸したくないのヨ、血盟騎士団は確かにやってる事はご立派だが、その裏で多くの犯罪ギルドから憎まれている、そんなおたく等に情報売った事をもし連中に知られたら俺っちはもう大手を振って歩けなくなるヨ」

「大丈夫、あなたから情報を買ったという事は外部に漏らさないと約束するから」

「……随分と必死だナ、一体私に何が聞きたいんだ?」

「……聞きたい事はただ一つ」

 

やんわりと断りたいのだが向こうもかなり頑固なのか、是が是非にでも聞き出そうとする姿勢を保つアスナにアルゴがウンザリとした顔を向けると、彼女はジッと見据えながら

 

 

 

 

 

 

「このEDOの中で実際に過去に存在した攘夷志士の二つ名からもじった異名を持つ四人のプレイヤー、通称『攘夷四天王』と呼ばれている彼等の、その内の三人の名前と居所を教えて欲しいの」

「おいおい……こりゃまた随分と大層なモンを欲しがってきたナ……」

「……」

 

アスナが欲しがる情報の内容を聞いて、さっきまでやる気の無さそうにしていたアルゴは一瞬にして険しい表情を浮かべ、キリトもまた眉間にしわを寄せて意味ありげな表情をしながら黙りこくるのであった。

 

「攘夷四天王? それってなんですかユウキ先生?」

「質問する前にまずはなりふり構わずナンパしようとした事について全面的に謝罪する事が先だよ」

「先生もういい加減背中に剣突き付けるの止めて下さい、ちょっと刺さってますから。反省してますから本当に」

 

そんな緊張感漂う中で相変わらずの銀時とユウキをよそに今回の物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

 




多くの天人から恨まれている存在、攘夷思想を持っている可能性のある4人のプレイヤー

その名は攘夷四天王

彼等の情報を知る為にアスナはアルゴから無理矢理にでも聞き出そうとする。

その時キリトが取った行動は……

それはまた次回という事で



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第十七層 攘夷四天王

メリクリです、皆さん今日は待ちに待ったクリスマスですね。

私の予定? わざわざクリスマスジャストにこれ投稿してる時点で察してください(涙目)

でも春風駘蕩さんからクリスマスプレゼントを貰いました。またもやイラストを描いて下さったのです。しかも2枚!

新八とキリト、彼がこの姿で登場するのはまだ先ですが……

【挿絵表示】


神楽とアスナ、原作ヒロインコンビです、こうして見るとどことなく似てる気がします

【挿絵表示】


ありがとうございました!!



血盟騎士団の副団長であるアスナとその友人、グラと接触したキリト達。

 

狭い小屋の中でこんなにも人数がいると流石に窮屈だという事で、アスナに言われるがまま一行は小屋の外へと出て来た。

 

「攘夷志士、かつて現実世界で天人達と長年にわたる戦争、攘夷戦争を繰り広げて来た侍達の呼称」

 

キリトの背後で隠れながらポリポリと頭を掻いてとぼけた様子でいるアルゴに対し、アスナは静かに話を始める。

 

「彼等の中には未だに伝説と化した存在もいて、EDOではそんな彼等の異名をなぞって付けられた二つ名を持つ連中が四人いるのよ、それが攘夷四天王」

「あーそういやそんなのがいるとかって前にハゲに聞いた事あったっけ」

 

この世界における攘夷四天王という存在を説明してくれたアスナに一番早く反応したのは

 

けだるそうに死んだ魚の様な目をしながら首を傾げる銀時であった。

 

「で? そいつ等がなんかしたの?」

「彼等は現実にいた攘夷志士と同じく天人に対して過激な活動を繰り返す事を生業とする。まさにこの世界においての反乱分子であり攘夷プレイヤーよ」

 

銀時の問いかけにも真面目な態度でアスナは頷きながらはっきりと答える。

 

「だから私達血盟組は一刻も早く連中を全員確保してなんらかの処置を下す必要があるのよ、最悪アカウント停止処分も……」

「アカウント停止処分?」

「簡単に言えばこの世界に永遠に入る事が出来なくなるって事だね」

 

少々歯がゆそうに最後の言葉を呟いたアスナに銀時がまた疑問を持っていると、すかさず隣にいたユウキが教えてくれる。

 

「EDOに入るにはプレイヤーはそれぞれ自分のアカウントが必要なんだけど、そのアカウントを強制的に凍結させて二度とこっちにログイン出来なくするっていう処置を悪質なプレイヤーには今後行うって、前に血盟騎士団から発表があったんだ」

「あーはいはいなるほど、臭いモンには蓋をするって奴ね、悪臭の無いクリーンな世界がお望みたぁ随分と潔癖なんだな、おたくの所は」

「……周りに迷惑をかける程の強烈な悪臭にはそういった処置も時には必要だって事よ」

 

ユウキの話にわかった様子で頷く銀時の言い方に少々苦い表情を浮かべながらも、アスナはキリトの方へと視線を向けた。

 

「攘夷プレイヤーの行う天人への過激活動は日に日に増加の一途を辿っているの。このままだと地球は天人達に悪い印象を持たれてしまう、だから彼等にこの世界がより良い存在だと思わせる為にそういったプレイヤーは排除するしかないのよ」

「おい、なんでそこで俺を見るんだ副団長さん?」

「しらばっくれないで、もうとっくにあなたの正体は突き止めているんだから」

 

両手を後頭部に回しながらジト目を向けて来るキリトにアスナはキッと睨み返しながら指を突き付けた。

 

「かつて攘夷戦争で鬼神の如く暴れ回ったという『白夜叉』からなぞられた二つ名を持つプレイヤー、それがあなたでしょ、”黒夜叉”」

「……その名前を天人以外に呼ばれたのは久しぶりだな」

「し、白夜叉の名前からとって黒夜叉!?」

 

アスナに黒夜叉と呼ばれたキリトが特に驚きもせずに平静にしている中で

 

何故か銀時が素っ頓狂な声を上げて驚いていた。

 

「え、まさか白夜叉ってそんな有名な攘夷志士であられたんですか!?  ゲームの世界でも有名になるぐらい!? もしかして仮にその白夜叉がさんが街中を歩いてたら女の子にキャーキャー言い寄られてサイン書いて欲しいとねだられるぐらいおモテになられるんですか!?」

「俺が攘夷四天王の一人だという事実よりも、何故にそんな事に疑問を覚えるんだよアンタ……」

 

てっきり自分が危険分子と称される攘夷四天王の一人だという事実を聞かされて驚いてるのかとも思っていたんだが……やはりこの男はどこか反応がおかしい。

 

「俺だって二つ名のモデルになった白夜叉って奴の事はよく知らないんだよ、でもどうせアレだろ? 攘夷戦争の記録が書かれた書物に偶然その名前があって、誰かが適当に俺の事をそっから引用した言葉を使って黒夜叉って呼ぶようになったんだと思うぜ」

「はぁ!?」

「滅茶苦茶強かったってのは聞いた事あるけど、他の四天王の内の二人に比べればそこまで有名でもないマイナーな攘夷志士だ、二つ名は知られても名前さえわかってない人物だし」

「誰がマイナー攘夷志士だ!! テメェちゃんと歴史の勉強してんのか!」

 

肩をすくめながら明らかに白夜叉という存在を軽く見ているキリトに銀時は何故か怒声を上げた。

 

「どう見ても白夜叉さんは攘夷戦争で一番光ってただろ!! 他の連中なんか雑兵もいいとこだよ!!」

「いや有名所といえばやっぱ”狂乱の貴公子の桂小太郎”とか”鬼兵隊総督の高杉晋助”とかだろ? ぶっちゃけ二つ名を貰うんだったら俺は白夜叉よりもそういった所から欲しかったね俺としては」

「てんめぇ白夜叉さんナメんじゃねぇぇぇぇぇぇぇl!! あんなバカ共なんざ所詮白夜叉さんの後をついて回ってこぼれモンを拾ってただけなんだよ! 本当の英雄は白夜叉さんなんだよ!!」

「……さっきからなんでアンタそんなに白夜叉の事を高く評価してるんだ? ひょっとしてマイナーな攘夷志士ファンか何かか?」

「だからマイナーじゃねぇつってんだろうが!! 白夜叉さんは超メジャー級だよ! 大谷選手クラスだよ!!」

 

どうしてこう頑なに白夜叉を庇護するのかわからないキリトが怪訝な様子を浮かべていると、銀時は急にはぁ~とどっと深いため息を突いてユウキの方へ振り向き

 

「……もしかして白夜叉って攘夷志士の中で一番人気なかった?」

「さあ? 少なくともどこぞの田舎に住んでた双子の姉妹はずっと白夜叉のファンだったよ」

 

呆れつつもどこか励ましが含まれた台詞を言いつつ、ユウキが項垂れる銀時の頭をポンポン叩きながら「ドンマイドンマイ」と元気づけている中で

 

そんな二人をよそに今度はキリトの方からアスナの方へ口火を切る。

 

「で? 俺を一体どうするつもりだ副団長さん。まさかここでやり合うつもりか? 黒夜叉と鬼の閃光で」

「それも面白いかもしれないけど、まずはその情報屋からあなた達攘夷四天王の事を教えてもらうのが先だわ」

 

キリトの挑発を軽く受け流すと、アスナは彼の背後で隠れているアルゴをジッと見つめる。

 

「鼠のアルゴ、EDO一番の情報屋として名高いあなたなら当然知っているわよね? 連中の正体を」

「……はぁ~全くキー坊がポカしたおかげで面倒な客に会っちまったヨ」

「私達血盟騎士団でも、連中の情報は全く把握できてないの、まるで”誰かが意図的に連中の情報を秘匿しているかの様に”」

「へ~そんな有名ギルドも欲しがる情報を独り占めしてるたぁ随分と酷い奴もいたモンだナ~」

 

すっとぼけた様子で目を逸らしながらアルゴは他人事のように呟くと、未だ睨み付けて来るアスナにやっとキリトの後ろから顔を出した。

 

「悪いがその情報は売れないヨ、理由は至極簡単、迂闊に漏らせば俺っちの命が危ないからダ。それも相手が攘夷プレイヤーを目の敵にしている血盟騎士団なら尚更さネ」

「報酬さえ貰えるならどんな事も話すのがあなたの流儀だったんじゃなかったのかしら?」

「自分の命が関われば別だ、誰だって金よりも自分の命の方が惜しい」

「それなら情報を譲渡した後は、血盟組が責任を持ってあなたを保護……」

「悪いがそれは無理ダ、血盟騎士団の団長自らが付きっ切りで私をずっと護ってくれるならともかく。おたく等程度じゃ連中の相手にならなイ」

「……なんですって?」

 

軽く小馬鹿にした様子で笑みを浮かべて見せるアルゴに対し、アスナの目元がピクリと動く。

 

「おたくが追ってる連中は甘くはない連中って事サ、キー坊は別だけどナ、コイツは四人の中では最も無害ダ」

「少々ムカッと来る言い方だな……」

「褒めているんだヨ、少なくともキー坊は好き勝手に暴れてるだけで別に天人に対して敵対心を持っている訳ではないしナ」

「まあな、俺は攘夷活動なんかした覚えはない。ムカつく奴がいたから斬ったら、それがたまたま天人達だっただけの話だ、それで連中が大騒ぎして襲い掛かって来たからバラバラにして土に埋めてやっただけの話だよ」

「それが攘夷活動って言うのよこの殺人鬼!!」

 

悪びれも無い様子で淡々とした口調で話すキリトにすかさずアスナがツッコミを入れた。

 

「あなたみたいに目的も理由も無く無差別に天人を襲う輩が一番タチが悪いのよ!!」

「フ、そうでもないさ、俺以外に攘夷四天王と呼ばれてるのは他に三人いるのはわかってるだろ? その中にいる一人よりは俺は至ってマシな方だ」

 

アスナの追及を鼻で笑いながらキリトはとある人物の事を話し始める

 

「『魔弾の貴公女』って奴がいるのは当然知ってるよな? 俺も会った事もないしよく知らないが、天人を駆除する為なら周りの地球人プレイヤーも容赦なく巻き込む程のテロリストだって聞いたぞ」

「『狂乱の貴公子・桂小太郎』の二つ名から取ったプレイヤーね……本物と同じくかなりの悪名が知れ渡っているわ、わかっているのはGGO型の女性だという事と凄腕のスナイパーだという事しか確認されてないけど、いずれは私達が絶対に捕まえて見せる……」

 

魔弾の貴公女はキリトが自分以外に唯一知っている攘夷四天王の一人だ

何度か同じ戦場で戦った事はあるのだが、キリトは彼女の姿を見た事は一度も無い。

 

何故なら彼女は周りに姿を一切見せずに、ヒッソリと物陰に潜みながら獲物を狙い撃つ超遠距離特化型の狙撃手なのだ。近接接近を好むキリトとは真逆のスタイルを取る彼女とは当然遭遇率はゼロと言っていい。

 

そしてそんな彼女も、勿論アスナにとっては捕まえるべき凶悪な悪質プレイヤーに変わりない。

 

「まずは彼女の事も含めてありったけの情報が必要、鼠のアルゴ、このまま情報を出さないというなら私達も奥の手を使わなければならないんだけど、よろしいかしら?」

「なんダ? 俺っちに情報吐かせる為に生け捕りにでもして、エロい事でもするのカ?」

「しないわよ!」

「えーアスナってそっちの趣味があったの? ボク、マジで引くわー」

「ないわよ! そんな変なモノを見る目で見つめないで! 私は至って普通の上流階級の人間です!」

「今サラッと自分の事上流階級の人間だって言わなかった?」

 

自覚のない自慢を挟みながらアスナがドン引きするユウキに叫んだあと、変に誤解された事でますます腹が立ったのか、今度は勢い良く大きな声を放つ。

 

「グラ! 至急あの子の用意を!!」

「やれやれやっと出番みたいね、待ちくたびれたわ」

 

彼女が叫ぶと背後でずっと日傘を差して待機していたグラがフゥッとため息を漏らす。

 

すると背後にあった奥の茂みからガサゴソと何かを掻き分けてくる音が……

 

「ま、こうなると思って事前に呼んで置いたわ。どうせアンタの事だから連中に良いように遊ばれて交渉なんか出来る訳ないと思ってたし」

「心に刺さる毒舌をどうもありがと……」

「なんダ一体、もしかしてサラマンダーの増援でも呼んでいたのカ?」

「は? 勘違いしないでくれる? 鼠一匹を始末するのに私があんな頭の中まで筋肉で出来てるバカ共を使う訳ないでしょ」

 

ALOのサラマンダーでありながら同族達を思いきりバカにしながらアルゴに返事したグラの背後から

 

ヌッと巨大な図体が草葉を掻き分けて現れた。

 

「ワン」

「な!」

「犬だー!」

「ほーん、随分と食費のかかりそうな犬だな」

「……」

 

一行はその姿を見て流石に面食らってしまった。

 

率直に言えば言葉を失う程真っ白な巨大犬、が自分達の前にヘッへッと舌を出しながら現れたのである。

 

その正体は数あるレアモンスターの中でもさらに珍しい種類に属する幻獣種。

 

狗神≪いぬがみ≫、攻撃力・防御力・スピード共にかなりの高さを誇り、敵として現れたらキリトでさえタイマンは難しいと称する程だ。

 

しかもその首には青い首輪が巻かれている所

そして『モンスターテイム』というEDOに存在するモンスターを自らの仲間にする事の出来るスキルを唯一持つ事の出来るのはALO型のみ

 

そしてそのALO型のグラが呼びつけたように見えた所から察するに……

 

「まさか狗神をテイムしたっていうのか!? あの凶暴なモンスターをテイム成功率の低いサラマンダーが!?」

「凶暴だなんて失礼な事言ってくれるわね、ウチの定春はキチンとしつけも出来ていてとっても良い子なのよ、ね、定春」

「ワン!」

 

定春とグラに呼ばれ、嬉しそうに吠えて見事に彼女に従順しているのを見て、キリトは驚愕の表情を浮かべる。

 

「あり得ない……ALOの種族の中でステータスが最も戦闘方面に特化しているサラマンダーが……テイム能力の高いケットシーでさえ未だ成し遂げていない狗神を手に入れてたなんて……」

「よくわかんねぇけどあのぺっぴんさん、本来敵であるモンスターを仲間にしてるって事?」

「ああ、宝くじで一等取るぐらいの確立を引き当てて自分のペットにしたんだ……何者だあのサラマンダーの女」

「てことは俺もグラマラスでナイスバディなサキュバスをテイムする事が出来るって訳か、段々このゲームにおける醍醐味ってモンがわかって来たぜ」

「……言っておくがモンスターのテイムはALO型のみの特権で、SAO型の俺やGGO型のアンタじゃ絶対に出来ないぞ」

 

キリトからモンスターを仲間に出来る方法を聞かされて俄然やる気が出た様子でほくそ笑む銀時にキリトが冷たく呟いていると、ユウキはすっかり舌を出してこっちを見つめて来る定春に興味津々の様子でジッとその姿を眺めている。

 

「いいなーあの犬、モフモフしてそうで触りたいなー」

「ヘッヘッヘ」

「止めとけ止めとけ、犬ってのは触り心地は良いが獣臭くて敵いやしねぇ、遠くから見るだけで満足しとけ」

「その獣臭さが良いんだよ、わかってないなぁ銀時は、ん?」 

 

ぶっきらぼうに犬派を敵に回しかねない発言をする銀時にユウキがやれやれと首を振りつつ

 

ふとさっきから背後で微動だにせずにジッと固まってしまっているアルゴに気付いた。

 

「どうしたのアルゴ?」

「い、犬……犬、犬、犬……!!」

 

常に余裕を持っているような態度と言動であったアルゴが

 

定春が現れた途端急に言葉を震わせ動揺し始めると……

 

「俺っちは犬だけだ絶対にダメなんダ!! 頼ム! 早くその犬を私の視界に見えない所まで連れてってくレェ!!」

「ええ! 犬苦手だったの!? あんなに可愛いのに!?」

「可愛くなんかなイ! 全生物の中で最も恐ろしい生物と言えば犬だロ!!!」

「それはどうかな、ボクとしては犬よりもゴキブリの方が怖いけど」

「犬数十匹のいる檻に閉じ込められるなラ! ゴキブリ数千匹のいるゴミバケツに頭からダイブした方がマシなんだヨ!」

「そこまで!?」

 

どこぞのお笑い芸人張りに体を張る事もいとわないといった感じに、犬に対して物凄く拒絶反応を示しながらアルゴはキリトの後に寄り添って身を震わせながら隠れる。

 

「キー坊お願いダ! 早くあの犬追い払ってくレ! 長い付き合いのよしみで助けてくれヨ!? 次に渡す情報はかなり格安にするからサ!!」

「お前が自分から情報代を値引こうとするなんてな……それにしても」

 

自分の背後で震えながら懇願してきたアルゴの姿に新鮮味を感じつつ、キリトは再びアスナの方へ振り返る。

 

「これが血盟騎士団のやり方か? 女の子から情報取る為にわざわざ苦手なモン用意して脅すとは中々悪どいやり口だな」

「好きに言えばいいわ、私はこの世界を護る為ならどんな事だってするって決めてるの、どんな事だってね……」

「やれやれ、本気でそう思ってる表情には見えないけどな……仕方ない」

 

ハッキリといいつも顔には何らかのうしろめたさを感じるのが見え隠れしている。

 

基本的に鈍い所はあるが時に鋭く相手を観察する事に長けたキリトは、彼女が一体どこまでが本音なのか考えつつ、スッと一歩前に出た。

 

「だったらここで白黒つける為に一つデュエルで勝負して見ないか、鬼の閃光」

「デュエル……まさか私とサシでやって勝ったらあなたやアルゴをひとまず見逃せとでも言うの?」

「いや、アンタが勝っても負けてもアルゴには手を出さないでくれ」

「は? 何よそれ、それじゃあ私にはなんのメリットも無いじゃないの、話にならないわ」

 

ジッと心配そうに見上げて来るアルゴにキリトは脇目で頷きつつ、こちらにたいしてジト目を向けて来るアスナに言葉を続けた。

 

「安心しろ、アルゴは捕まえさせないとは言ったけど俺は別だ、もし俺が負けたら俺の事は好きにして構わない」

「な! まさか自分の身を盾にしてその情報屋を助けるっていうつもり!? 今まで数々の悪行を繰り返してきたあなたが!?」

「卑怯な手を使うよりもフェアプレイな決闘で手柄を取る方がアンタとしては良い話なんじゃないか?」

 

アルゴの代わりに自分が捕まる、まさかの言葉にアスナが唖然とする中でキリトは得意げに笑いながら自分を親指で指す。

 

「まあできればの話だけどな、言っておくがこの『黒夜叉』の首はそう安々と手に入れられるモンじゃないぞ」

「……キー坊、今回は恩に着ル、次回は情報料無料ダ」

「太っ腹だな、その言葉を貰うためにここまで威勢を張ったかいがあるってもんだ」

「素直じゃないな相変わらズ、まあそういう所も嫌いじゃないけどナ」

 

金にがめつい彼女から放たれた無料という言葉にキリトはニヤリと笑いながら返事すると、アルゴもまた背中に隠れながらフッと笑い返した。

 

そんな二人を眺めながらアスナは少々困惑の色を浮かべつつも、すぐ様腰に差しているレイピアの柄を握る。

 

「あなたにも仲間を思うという心構えがあるのね……あなたが真っ当なプレイヤーとして活動していれば、もしかしたら私ともわかり合えたかもしれないのに……」

「腰の得物を握ったって事は……俺の案を呑むって事でいいんだよな」

「いいわ、正々堂々あなたをこの手で打ち負かして黒夜叉の首を取ってあげる」

「へ、出来るモンならな。デュエルのルールは完全決着でいこうぜ」

「体力全損したら終わりって事ね、望む所だわ」

 

相も変わらず小馬鹿にした態度を取って来るキリトではあるが、それが彼なりの主導権を握るやり方だと気付いたアスナは軽く流して睨み付けるだけであった。

 

そしてそんな彼女を横からジッと眺めていたグラはというと……

 

「何勝手に盛り上がってるんだか……それじゃあ私もちょいと一勝負しようかしら? ねぇそこの銀髪の天然パーマ」

「あ? なんか用かネェちゃん?」

「アスナはアスナで良い遊び相手見つけたみたいだから、アンタは私の暇つぶしに付き合ってくんない?」

 

対峙して決闘の準備を進める二人を一瞥した後、グラは手に持った日傘を畳んで肩に掛けながら銀時の方へと話しかける。

 

どうやら彼女は暇潰しという名の決闘をご所望らしい。

 

「私が勝ったらそこの情報屋を捕まえさせてもらうから」

「はぁ? おいネェちゃん、さっきキリト君が言ってた事忘れたのか? コイツはもう見逃せって言っただろ?」

「勘違いしないでくれる? 見逃すと言ったのはアスナで、私は別にそんな約束した覚えはないんだから」

 

随分と勝手な事を……どうやらアスナだけでなく彼女もこの場で黙らせないといけないみたいだ。

 

本来この件に関してはなんの関わりも無い銀時ではあるが、キリトがあそこまでアルゴを護ろうとしているのに、自分がこの場をスタコラサッサッと消えるのはあまりよろしくない。

 

渋々銀時は挑戦的なグラに対し、胸の懐に仕舞っている脇差し『今剣』をスッと取り出す。

 

「上等だ、おたくみたいな綺麗なネェちゃんとやり合えるんならご褒美も良い所だ、せっかくの御指名に答えてやらねぇと男の名もすたるってモンだしよ」

「その短い刀が得物のつもり? アンタもしかして私の事ナメてる?」

「安心しろ、すぐに長いブツをお見せして満足させてやっから」

 

脇差しは武器としては『短剣』に属する。リーチは短いし攻撃力も低い性能なので、あまり好んで使うプレイヤーはいない。

それを当然知っているグラはハンデのつもりなのかとカチンと来ているみたいだが、銀時はヘラヘラと笑いながら下品な言い回しをする。

 

「にしてもまた決闘か、ったく次から次へと俺に勝負挑みやがって、それも全部キリト君絡みじゃねぇか」

「銀時、デュエルの最中なのをいい事にあの人にいかがわしい真似とかしたらボク怒るからね」

「俺の事なんかよりもオメェはテメーの相手に集中しろ」

「え?」

 

現実世界でも決闘、こっちの世界でも決闘

 

それぞれの世界で決闘を挑まれるというレアな展開に巻き込まれた事に疲れた様子でため息を突く銀時に、傍でグラと話していたのを眺めていたユウキが面白くなさそうに注意すると

 

彼はおもむろにユウキの前方にいる『相手』を指差す。

 

「ワンワン!」

「俺とキリト君がこの二人止めてる間に、オメェはあの犬っころをこの小娘に近づかせねぇようにしとけ」

「おお隊長! それはつまり自分はあの犬に触ってモフモフしていいという事でありますか!?」

「その通りだチワワ隊員、遠慮なくモフって来い、ただし獣臭くなったらしばらく俺に近づくな」

「イエッサー!!」

 

ユウキのやる事は巨大犬、定春をアルゴの方へ近づかせない事。

 

それを聞いて思わず右手を掲げて敬礼しながら、上機嫌の様子で銀時に尋ねると

 

そのノリに適当に付き合ってあげながら銀時はバシッと彼女の背中を叩く。

 

「おら行って来いチワワ、俺達に構わず遠慮なく犬とじゃれ合ってろ」

「アイアイサー! プリーズミーモフモフ~!!」

「ワン!」

 

つぶらな瞳でこっちに尻尾を振りながら待っている定春に向かって意気揚々とユウキは走り出すのだった。

 

残された銀時は改めてグラと対峙する。

 

「悪いな、俺の所のマスコットがしばらくそちらのマスコットを止めさせてもらうぜ」

「フン、定春があんな小娘相手に止められるとでも思ったら大間違いよ、モフモフしたいのは結構だけど、果たしてその毛並みを触れる事が出来るのかしらね」

 

定春の強さに果たして彼女が何処まで抵抗できるか見物だなと思いつつ、グラは銀時に笑いかけながら手元にメニューウィンドウを出して人差し指で操作し始める。

 

「この操作には未だに慣れないんだけど……あ、コレね」

 

慣れた者なら両手の指を使ってカチャカチャと高速で操作出来るのだが、どうやら銀時同様グラもまたこの操作にはどこか苦手意識があるらしい。

 

しばらくして彼女が一つの項目を押して操作を進めていくと、銀時の前に勝手にメニューが開かれた。

 

『デュエル・完全決着モード・対戦相手【グラ】 承認しますか? はい・いいえ』

 

それが互いに決闘を行う為の確認画面だと気付いて、銀時は手の平でパチンと「はい」の部分を叩く。

 

結構な勢いで叩いたので画面が若干ブレたが問題はなく、即座に『決闘開始1分前』という新たな文字が浮かび上がった。

 

「この1分の間に、せいぜいどうやって私から逃げ切れるか考えておきなさい」

「随分とテメーの腕に自信あるみたいだなネェちゃん、だがこれでも俺はこの世界での戦い方もわかって来てんだ」

 

挑発的な物言いに対し、銀時は手に持った脇差しを鞘から抜いて、短い刃を見せ付ける様にグラに突き付けた。

 

「とくと見せてやるよ、普通じゃお目にかかれない、こっちの世界での俺の戦い方って奴を」

「へぇ、そこまで言うなら見せてもらおうじゃない、それで私を驚かせたら褒めてあげるわ」

 

キラリと光る刃を彼女の向かって突き出したまま銀時は1分の猶予の中をジッと過ごす。

グラもまた大きな日傘を肩に掛けたまま余裕綽々の態度で待ち構える。

 

そして残り30、20、10、5、と刻まれていき……

 

0となったその瞬間

 

戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「さあかかって来なさい、全力でぶっ倒してやるんだから」

 

まずは威勢良く銀時が大声を上げながら突き出していた刃を動かす。

 

瞬時にグラはその場から動かずにどういった動きをするのか笑いながら見守っていると

 

 

 

 

 

 

「ぬぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「えぇぇぇぇぇぇ! ちょ、ちょっとアンタ!!」

 

咆哮と共に刃を自分の方に向けると、短い刃先を思いきりい自分の腹に突き立てたではないか。

 

しかも必死の形相で自分の腹を突き刺しながらもなお銀時は叫び続ける。

 

始まっていきなりの彼の奇行に面を食らって今までクールだったグラも両目をひん剥いて驚いた。

 

「おげぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「アンタそれ……てかお前何やってるアルか!? なんで私にじゃなくて自分の腹掻っ捌いてるんだヨ!!」

「黙って見てろや! コレが俺の戦い方だコンチクショォォォォォォォ!!!」

「アスナ姐ぇぇぇぇぇぇぇ!! この天パ頭おかしいアル!! 助けてヨ!!」

 

みるみるHPバーが削られている事も気にせずに銀時は更に腹に刃を食い込ませてみせるので、思わずグラは口調がガラリと変わってテンパった様子で隣にいるアスナの方へ助けを求めるのであった。

 

 

かくして、黒夜叉とその愉快な仲間達と鬼の閃光とその愉快仲間達の戦いが始まったのである。

 

「さてさてコイツは見物だナ……どれ、鬼の閃光やあのチャイナ娘の情報を上手く取れる様にちゃんと立ち回ってくれよヨ、それに」

 

そんな騒がしい戦いを前にしながら、アルゴは一人離れた場所に立ちながら静かに傍観に徹する。

 

「白と黒の夜叉……二人の戦いをこんな早くに拝見できるとはこりゃ相当ツイてるかもナー」

 

なにかを知っているかの様に呟くアルゴはローブで顔を隠しながら、ひっそりと笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある密偵が記すEDOにおける設定と豆知識その4

 

『攘夷四天王』

 

光あれば闇もある

 

善良なプレイヤーがいれば悪質なプレイヤーもいる

 

EDOの治安を護る事を使命とする血盟騎士団もいれば、EDOの治安を悪化させて平和を脅かす攘夷プレイヤーもいる。

 

今回紹介するのはその反天人的な思想を持つ攘夷プレイヤーの中でも一際問題視されている攘夷四天王達を紹介しよう。

 

 

『黒夜叉』

 

全身黒に包んだその恰好と、鬼の様に敵を蹴散らす姿からそう呼ばれるようになったらしい。

 

元名は現実世界の攘夷戦争で暴れ回った『白夜叉』から取られている。

 

タイプはSAO型、少々小柄ですばしっこいのが特徴らしくて、そのスピードを生かして相手を翻弄しつつ戦うのがセオリーだとか

 

そんな黒夜叉は最も多くの天人に忌み嫌われている存在であり、どこぞの種族はこの黒夜叉に賞金首を賭けるぐらい恨んでいるとか

 

素性はあまりわからないが、どうやら男性だという所まではわかっている。しかもなんか俺よりもずっと年下らしい……

 

今後も彼については注意深く探りをしながら新たな情報を見つけてみよう

 

 

『魔弾の貴公女』

 

見た目は不明、わかっているのはGGO型の女性プレイヤーであり、類稀なる狙撃センスを持ったスナイパーだという事だ。

 

彼女の放つ弾丸は、遥か数キロ先にいる相手であろうと正確に急所を撃ち抜くことが出来る、俺も昔撃たれました……

 

天人を容赦なく無差別に襲い、時には戦意を失った天人でも徹底的に排除する冷酷さ

 

戦況が思わしくないとすぐ様身を隠して息をひそめ、敗北濃厚となると即撤退して逃げてしまう機敏な対応力を持っている。

 

『狂乱の貴公子・桂小太郎』からの異名を持っているだけあって攻め際と引き際をかなり心得ているという事だ。

 

居所は今の所第三十層のGGO占有地区や、第六十層の大型GGO占有地区にも潜む事が多いとわかっている。

 

だがあそこはかなりの荒れたゴロツキ共が平然と撃ち合いをおっ始めてる場所、中々腕のあるプレイヤーでもそう簡単に近寄る事は出来ない。

 

彼女の情報をもっと詳しく手にいれるには、まだまだ準備が必要そうだ……

 

 

『????』

 

見た目はおろか二つ名も不明、わかっているのはALO型だという事だけ。四天王の中でも一番謎の多い人物だ。

 

そんな人物が何故攘夷四天王と呼ばれているかというと、天人との戦いを経験してきたプレイヤー達の間でとある噂が流れているのだ。

 

戦いにも加わらない存在でありながら、その戦場を引っくり返して度々勝利に導くとんでもない傑物がいるらしい。

 

その存在がどういった方法で彼等を勝たせてやったのかは今もなおわからない。一体何者なのだろうか……

 

天人達の間ではその人物の二つ名が広く知れ渡っているらしく、その名を聞いただけでも天人達は怒り狂うらしい。

 

俺もその二つ名だけでも是非とも知りたいが……連中は全く俺の話を聞いてくれないのでしばらく保留にしておきます……

 

『鬼兵刀』

 

『鬼兵隊総督・高杉晋助』にあやかった異名を持っている人物であり

 

見た目は全身を隠す為の銀色のローブに身を包んでいるらしく、性別も不明、そしてタイプさえも不明。

 

噂によるとSAO型、ALO型、GGO型の特徴に当てはまらない未知の力を秘めているだとか……。

 

EDOではチート行為はやればすぐに運営側に見つかって即アカウント停止処分、ゆえにこの人物の持つその力はあくまで公式に乗っ取った奴だという事になる。

 

そして何より俺が怪しいと思うのは、この人物の周りで起こる不思議な現象だ。

 

なんでもこの人物に倒された天人や地球人も皆、EDOに二度とログインしてこなくったらしい……

 

PKされた事が余程のショックだったからって引退というのは考えられない、何かとてつもなくヤバい事が現実世界で起きたのだと俺は推測している。

 

故に俺にとって最も危険な攘夷プレイヤーだと確信している。

 

天人を倒した数は黒夜叉、魔弾の貴公女よりは少ないモノの、その噂話が元で多くの天人だけでなく一部の地球人プレイヤーからも畏怖されている存在だ。

 

銀のローブに身を包んだ人物にはご用心、もし会ったとしても決して近づかない様にとこの場で忠告しておこう。

 

何かしらの正体が発覚するまで、俺は密偵として警察として今後も探るつもりだ。

 

 

 

という事で以上この四人が攘夷四天王と該当する人物だ、え、謎ばっかで全然わかってねぇじゃねぇかって?

 

仕方ねぇだろ! どいつもこいつも表には滅多に出てこないから調べようがねぇんだよ!!

 

コイツ等の情報を唯一知っている情報屋がいるらしいけど! どんだけ金をつぎ込もうとしても教えてもくれやしねぇし!

 

という事で近い内に血盟騎士団のさる御方に頼んでその情報屋に接触してもらおうと思います。

 

彼女が無理矢理にでも聞き出してくれれば、この危険人物の情報がもっと正確に暴かれるかもしれない。

 

頼んだよアスナちゃん!!

 

 

 

 




この短い説明の中で攘夷四天王全員のキャラを推理できた人にはハナマルとビーチの侍Tシャツをプレゼント

という冗談は置いといて

原作主人公コンビVS原作ヒロインコンビ

おまけでマスコット対決の始まりです。

そしてバズーカの返り討ちを食らって退場になったと思われる男は一体何処に……

次回をお楽しみに


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第十八層 喧嘩は腹を割ってやるべし

 

急遽対人戦を申し込まれ、ALO型サラマンダー種のグラと戦う事になった銀時。

 

対戦開始直後、自らの腹に脇差しを刺して雄叫びを上げ続けると

 

HPバーが半分以下となった所ですぐに得物を引き抜いた。

 

「ハァハァ……! 毎度毎度これやるとキッツイんだよな……! 痛みはねぇんだけど腹に剣ぶっ刺してるって感覚があるから気持ち悪いんだよ……!」

「アンタ一体何考えてるの……体力を半分以下にしてまさかハンデのつもり?」

「ハンデなんざくれてやるつもりはねぇ、コイツが今の俺流の”本気の戦い方”だ……!」

 

自傷ダメージを食らう事にかなり嫌悪感を示す銀時ではあるが、どうやら自ら体力を削るこの行為こそが彼なりの戦闘スタイルらしい。

 

面食らって唖然としているグラに対しニヤリと笑いながら、銀時はすかさず装備している脇差し、今剣を懐に仕舞うと、代わりにメニュー装備画面を手元に出現させて、右手を思いきり突っ込んで新たな武器を一気に引っこ抜く。

 

「とくとその目ん玉に焼き付けな!! コイツが俺の切り札よ!!」

「長い刀……? まさか体力を自ら削ったのはそれを装備する為って事……?」

 

銀時が乱暴に引っこ抜く様に装備画面から取り出したのはかつて彼の恋人が愛用していた特殊武器『物干し竿』。

 

その長く美しい輝きを放つ刀にグラは一瞬見とれつつも、即座にその刀が普通の武器ではないと見破った。

 

「大方体力が半分以下に達した時にのみ装備出来るって感じかしら、デメリットが大きい分その性能もお墨付きという訳ね」

「へ、俺の一連の行動を見ただけでそこまで読むたぁ大したもんだぜ」

「だけど勘違いしないで、どれだけ強い得物を手に入れようと、それでこの私に勝てると思ったら大間違い」

 

得意げに新たな得物を肩に掛けて見せる銀時に対してフンと鼻を鳴らすと、グラもまた豊かな胸を揺らしながら手に持った日傘を水平に構える。

 

「その武器を装備する為にアンタはそれ相応の対価を払ってしまった、既に体力が半分しかないアンタ相手なら、私の一撃を2度3度当てればすぐにお陀仏よ」

「ハン、そいつが出来ればの話だが……な!」

「!」

 

どれだけ自慢の武器かは知らないが、それを使わせずにこっちから一方的に攻め立てれば勝負などあっさり決着が着くのだ。

 

グラは手に持った大きな得物を携えながら一気に銀時との距離を詰めようと前に一歩出る、しかしそれにすかさず反応した銀時は右手に物干し竿を構えたまま、左手で何かを懐から取り出して瞬時に彼女目掛けて投げつけたではないか。

 

彼が投げたのはよく見えないが紐上に伸びたとても長いモノであった、突然の飛び道具にグラは目を見開き驚くものの、すぐに飛んで来たそれをパシッと片方の手で掴む。

 

「牽制用の武器も隠し持っていたのね、でも残念、私にはこんな柔らかくてブヨブヨしてて、妙に生暖かい感触のあるモノなんか投げられても全く通用しな……」

 

銀時が投げて来たモノを得意げに手で握りながらグラはふと違和感を覚える、

 

長くてブヨブヨしてて柔らかくて生暖かい……よくよく思うと彼が投げたのは一体何なのだ?

 

グラはそっと手を開いてソレをチラリと見てみると

 

 

 

 

 

 

 

ピンク色に輝きビクンビクンと脈打つそれはまさに人体にある内蔵の一つ『腸』であった。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

「甘ぇな、腹を斬る行為は体力を削る事だけじゃねぇ、俺の体内に仕込まれたとっておきの隠し武器を取り出す為だったのさ」

「うぎゃあ! よくよく見たら自分の腹から腸を引きずり出してるアルよコイツ!! グロッ!!」

 

悲鳴を上げながらバッとそれから手を離すと、『銀時の腸』はヒュンッと風を切りながらすぐに持ち主である銀時の手元へと戻って行った。

 

さらにグラが銀時をじっと目を凝らして見ると、彼が自ら斬った腹の箇所からはこれ見よがしに腸が垂れているではないか。

 

いくら細部の更に細部までこだわっているのがウリのゲームだからといって、そんな所まで現実的に表現しなくてもいいではないか、明らかに子供が見たら一生モンのトラウマになるだろとグラが内心ツッコミを入れつつ

 

さっきから得意げに自分の腸を鎖鎌の様に振り回している銀時に指を突き付けた。

 

「何考えてんだオマエ! いたいけなレディー相手になにグロデスクなモン投げつけて来てんだゴラァ!!」

「俺だって好きでやってる訳じゃねぇよ、ただこんな感じで戦った方が一番効率が良いんだよ」

「テメーの腸を武器にして振り回すとか聞いた事ねぇヨこのゾンビ野郎!! 一体何処でそんな戦い方身に着けたアルか!」

「まあ俺一人じゃこんな戦い方なんざ見つけられなかったわ、だからユウキに聞いてみた」

 

腸を振り回すのを一旦止めて、銀時は随分前にユウキとした会話をしみじみとした顔で思い出す。

 

 

 

 

 

 

『おい、なんかもっと手っ取り早く戦える方法ねぇの? こんな脇差しだけじゃまともに戦えやしねぇ、かといってあの長い刀も体力減らねぇと使えねぇしよ』

『じゃあ姉ちゃんの真似してみたら? 姉ちゃんが物干し竿手に入れたばかりの時に使ってた戦法』

『ほーん、それってどんなの?』

『自分でお腹を斬ってHPバーを半分に減らして、条件が揃った物干し竿を装備してなおかつ自分のお腹から露出した腸を投げ縄みたいに振り回すの』

『ふーん』 

 

 

 

 

 

 

 

「そして「まあそれでいいや」と思った銀さんはすぐにその戦い方をマスターしたのであった」

「いやそれどっからツッコめばいいんだヨ! 登場人物全員頭おかしいじゃねぇーカ!!」

「いいから俺の腸に絡みつかれて捕まりやがれ、そしたら俺の自慢の剣をおみまいしてやら」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁアスナ姐助けてぇ!! コイツ見た目以上にヤバい奴だったアル!! レディー相手にテメーの腸で縛り付けようとする最低の変態野郎だったヨ!!」

 

これまたあっさりとした回想を終えると銀時はすぐに再び腸を振り回しながら、更に自らグラの方へと歩み出す。

 

本来ならまともに戦えば彼女の方に分があるのだが、流石に彼女も相手が腹から引きずり出した臓物を体に巻き付けられるとかいうコアなプレイを体験するのは死んでもごめん被る。

 

下衆な笑みを浮かべて近づいて来る彼から距離を取る為に必死に逃げて、近くで戦っているアスナに泣きながら助けを求めるグラであった。

 

 

【挿絵表示】

イラスト提供・春風駘蕩様

 

 

 

 

 

 

一方その頃、グラの悲痛な叫び声も耳には入らず、血盟騎士団の副団長ことアスナはただ目前の敵であるキリトに対してだけ集中して攻撃を繰り出していた。

 

「はぁ!!」

「おっと」

 

アスナの持つレイピアは『突き』に特化した武器、そして少ない動作から生まれる怒涛の連続攻撃が何よりの利点だ。油断すればあっという間に相手のHPバーを削り切る事も造作もない。

 

先程から鬼気迫る表情で何度も突きの連打を浴びせて来る彼女に、キリトは右手に持った片手剣でいなしながら

 

「危ない危ない、うっかりしてたらあっという間にやられちまう、な」

「!」

 

お留守だったアスナの足下に向かって軽く足払いを掛けてみる。ただひたすら攻撃を繰り出していた彼女はあっさりとそれを食らってよろっとその場で転びそうになる

 

だが

 

「フンッ!」

「おう!?」

 

肩から地面に落ちる直前で手に持っていたレイピアを目の前のキリトに向かって下から一気に振り上げた。

 

転びながらもこちらに攻撃してきた彼女に流石にキリトも面食らって肩に一撃浴びてしまう。

 

「参ったな、あの態勢で悪あがきを一撃食らわしてくるとは思わなかった」

「まだその減らず口を叩けるとは逆に感心するわね……でもいい加減そのナメた態度にこれ以上付き合ってる義理はないわ」

 

斬られた左肩を抑えながらキリトはチラリと右上に視点を動かして自分のHPバーに目をやる。

 

始まってからずっとチクチクと彼女に削られてきたHPは先程の一手でいよいよ2割近くしか残っていなかった。

 

その反面、倒れた体をすぐに起こしながら立ち上がったアスナのHPは始まってから一度もHPを減らしていない。

 

「どうにも引っかかるわね……どうしてデュエルを始めてから一度も私に向かって斬りかからないのかしら?」

「なんだ、正義の副団長さんも一方的に相手を斬りつける事にはご不満か?」

「当たり前でしょ、一体なんなのアナタ、自分からデュエルを申し込んでおいて戦おうとしないなんて」

「戦ってるさちゃんと、だからこうして剣を抜いてアンタと向き合っている」

「……抜いてる剣は1本だけじゃない」

 

キリトとのデュエルが始まって数分が経過しているが、アスナは彼の思惑が未だ把握できていなかった。

 

こちらに剣による攻撃を繰り出さず、ひたすら自分の攻撃によってジリジリと追い詰められているキリト。

 

しかしそれでも焦っている様子は微塵も無く、むしろやる気の無い態度が見え始める。

 

それに何より、彼はまだ第一層で見せた自身の特殊スキルを解放していない事だ。

 

(二刀流……攘夷四天王の一人、黒夜叉が用いるという『巌流』によって可能とした戦法、どうしてそれを私に使ってこないのよ……)

 

キリトが黒夜叉と呼ばれ天人達の間で有名になった理由の一つとして挙げられるのは、彼の用いる二刀流での戦い方だ。

 

黒夜叉が二本目を抜いた瞬間、戦場は地獄絵図と変わると称される程恐れられているのは耳にしている。

 

しかし彼は未だHPバーが半分以下どころか瀕死寸前の状況に追い込まれてもなお、二本目を抜く気配など微塵も見せない。

 

(積極的に戦わず二刀流も使わない……もしかして私の事を完全にナメ腐ってるっていうの……?)

「そんな険しい顔で睨み付けるなよ、もうちょっと肩の力抜いたらどうだ?」

「は? 誰のせいでこんなにイラついてると思ってるのよ」

「それならちょっと周りの風景を見てみろよ、面白いモンが見れて張り詰めた気持ちが薄れるぞ」

「周り……?」

 

今度はいきなり視界を広め周りを見てみろと言って来た、一体何を狙っているのかとアスナは怪訝な様子を浮かべながらも、とりあえずチラリと視界の端に目をやると……

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! アスナ姐ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ハハハ~、ほ~ら待て待て~、鬼ごっこじゃ負けないぞ~」

「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「な! なんか私の大切な友人が自分の腸を笑顔で振り回す変質者と追いかけっこしてる!!」

 

そこにはデュエルを行う為の狭い戦闘フィールドで必死の形相で逃げ回っているグラと

 

キラキラと輝く笑顔で自分の腹から引き抜いた腸をブンブン振り回しながら執拗に追いかける銀時の姿が

 

ツッコミ所満載のその出来事を見てアスナも思わず戦いを忘れてギョッと目を大きく見開く。

 

「どうゆう事よアレ! ていうか自分の身体の臓物を武器にするとかこのゲームにそんなシステムあったの!?」

「あったみたいだな、試しにやってみようとは思わないけど。あんな真似出来るのはあの人とユウキの姉ぐらいだ」

「わ、私に親身に接していつも笑顔で懐いてくれる妹分が……今自分の目の前でスプラッター映画に出てくる怪物みたいなオッサンに腸で縛り付けられそうになってるなんて……」

「なんか薄い本のタイトルになりそうなセリフだな、え、ていうか妹分?」

 

どう見てもグラとアスナではグラの方が年上っぽい気がするが……妹というより姉では?と疑問に思っているキリトをよそに、アスナは更に強い剣幕で彼を睨み付けた。

 

「流石は悪名高き黒夜叉の仲間だけあってやる事も卑劣極まりないわね! どうやら標的をあなただけでなくあの銀髪の天パ男も含める必要があるみたいだわ!!」

「いやそれは別に良いけど、それじゃあユウキはどうなんだ?」

「あの子は観察保護対象よ、これ以上あなた達みたいな下衆共と付き合ってたらあの子もいずれ悪の道に……」

 

キリトだけでなく銀時もこのゲームの治安を脅かす脅威と見定めるアスナだが、彼等のもう一人の仲間であるユウキに対してはまだ改善の余地ありと称して、自分の下で一から育て直そうと考えているみたいだ。

 

しかしそんな彼女の目の前をタイミング良く……

 

「うわおぉぉぉぉぉぉ!! こんなモフモフした触感初めてだぜキャッホォォォォォォ!!!!」

「ワオーン!!」

「えぇ!? あの子! 滅多にプレイヤーに懐かない幻獣種の定春くんの背中に乗ってはしゃぎ回ってる!!」

「乗ってるというより無理矢理しがみ付いてるって感じだけどな」

 

グラが従える幻獣種、定春の背に跨って歓喜の声を上げるユウキが物凄く速いスピードで目の前を横切って行った。

 

グラ以外にはまともに懐かないと知っていたアスナはそれを見てあんぐり

 

「私だって頭撫でようとしても毎回キツいフックをお見舞いされているのに!! ご飯あげようとしても手首から思いきり噛みつかれるのに!」

「そりゃ災難だな……いや多分あの犬、別にユウキに懐いてる訳じゃないっぽいぞ」

「え?」

 

少々悲しい出来事をつい叫んでしまうアスナに対し、キリトは冷静に定春とその背中に乗るユウキを眺めながら声を掛ける。

 

「犬の方は思いっきり襲い掛かってるんだけど、ユウキの方がものともしてないんだろ」

「グルルルルルル!!!」

「ハッハッハー!! じゃれるなじゃれるなー!!」

「ああなるほどそうだったのね……ってウソでしょ!?」

 

キリトの言う通りよく見てみると、背中に乗っかったユウキを払い落して、口を大きく開けて鋭い牙で彼女に襲い掛かる定春の姿が

 

しかしユウキは笑顔で定春の鼻に手を置いて、後ろにズルズルと後退しながらも難なく受け止めてしまっているではないか。

 

並のモンスターとはレベルの違う圧倒的な強さを誇る幻獣種・狗神を笑いながら対抗しているユウキに、アスナはまたもや仰天の声を上げる。

 

「定春くんは他のモンスターとは別格の強さを誇るのよ! それこそ第五十層のフロアボスに匹敵するぐらい!! あの子と互角に渡り合うにはつまり第五十層のフロアボスをソロで倒せるぐらいの実力が無いと!!」

「五十層のボスをソロで!? そんなに強いのかあの犬!? てことは俺でも結構キツいぞ……もしかしてユウキって実は俺よりも強いのか?」

 

最近上がり調子の銀時の影に隠れてはいるが、ユウキも相当な実力者だというのは前々からキリトも知っていた。

 

しかしアスナの言ってる事が正しければ、彼女は自分の予想を超える強さを持っているのかもしれない……

 

今後彼女の強さをもっと確かめるためにしっかり観察しておいた方が良いかもなとキリトが心の中で呟く中、アスナはハッと我に返った様子で彼の方へ振り返る。

 

「ってアナタなんかと呑気に会話している場合じゃなかったわ!! 勝負よ勝負!!」

「あのカオスな絵面を見てもまだ俺との決着を着ける事を優先するとは流石は血盟騎士団の副団長様だな」

「今最も為さなければならない事はあなたをここで打ち倒す事だってわかってるのよ!」

「血気盛んだな……結局まだ肩に力入り過ぎてるし」

 

剣を突き付け改まって戦いを再開しようと要求してくるアスナにキリトは後頭部を掻きながら

 

「まあいいさ、お望み通りそろそろ決着つけてやるよ。アンタの動きにはもう目が慣れた」

「!」

 

後髪を掻いていた手を背中の方に動かしてスッともう一本の剣を左手で握り締めるキリトを見てアスナは表情をハッとさせる。

 

黒夜叉・キリトが遂に二本目の剣を抜いたのだ、つまり……

 

「二刀流……なるほど口では偉そうな事を言っておきながら、あなたも本気を出さざるを得ない程追い込まれてるって訳ね……」

「はいはいお好きに解釈して下さいませ」

「文字通りこっからは真剣勝負……」

 

両手に持った剣をけだるそうに構えながら適当に答えるキリトに対し、アスナはその反面何故か何処か楽しげな様子でニヤリと笑って見せると一気に彼に向かって突っ走り

 

「命のやりとりといきましょう……!」

 

ダッと地面を蹴って駆け出して行ったアスナはキリト目掛けて最後の一撃と言わんばかりに全身全霊を込めた突きを繰り出した。

 

その目にも止まらぬ瞬発力と攻撃スピードで、彼の胸目掛けてアスナのレイピアが遂に……

 

「とったぁ!! な!」

 

あっという間の出来事だった。

 

捉えた筈のキリトの姿は一瞬にして目の前で消えたのである

 

繰り出した突きが空しく空を切って、剣を突き出したまま彼女がほんの一瞬呆気に取られていると

 

「!?」

 

その隙を突いて真横から突然キリトが黒いコートを翻して現れた。

 

先程までのやる気の無い態度から一変し、目つきを鋭く光らせ自分に向かって既に右手の剣を振り上げている。

 

(しまった! やられ……!)

 

未だ硬直しているままの無防備の状態を晒してしまった事に内心後悔しつつ、彼が振り上げた剣が自分に向かって振り下ろされる事を覚悟するアスナ。

 

そして案の定、キリトは手に持った剣をそのまま一気に振り下ろし

 

 

 

 

 

 

バキィン!という音を立ててアスナの持っていたレイピアを半分にへし折ったのだ。

 

「え!?」

 

目の前で砕け散る自分の剣を見てアスナは、どういう事だと呆然としていると

 

「う!」

 

突如首元に冷たい感触が

 

気付くとアスナの首元にはキリトの左手に持っていたもう一つの剣の刃先がピタリと当てられていたのだ。

 

手元にあった武器を失い首筋に剣を押し付けられ、完全に為す術の無くなったアスナは歯がゆそうにキリトを睨み付けると

 

「はい終了~」

「へ!?」

 

自分の首に当てていた剣をあっさりと引いて背中の鞘に収め、小さく笑みを浮かべながらそう言うと

 

キリトはもう一つの剣も鞘に収めてクルリと無防備の背中を晒してスタスタと歩いて行ってしまう。

 

完全にこちらを倒せるタイミングでまさか剣を鞘に抑えめるとは……半分に折られた剣を持ったままアスナは彼の行動に唖然とするも

 

「ま、待ちなさい!」

「ん?」

 

すぐに一歩彼の方へ前に出て彼を呼び止める。

 

「どういう真似よ一体、あなたまさか私に情けをかけたでも……言っておくけど攘夷プレイヤーのあなたなんかにそんな真似されても私は……」

「そんなモンかけたつもりはねぇよ、だから言っただろ”終了”だって、頭の上にあるデュエルの残り時間を見てみろよ」

「……」

 

こちらに振り返りもせずにぶっきらぼうにキリトが答えると、アスナは無言でふと顔を見上げてデュエルの残り時間を確認してみると、確かに0:00となっており、結果は引き分け、という形で決闘の時間が幕を閉じていた。

 

「もうちょっと早く動いていれば勝ってたんだけどなぁ、アンタの力量を見定める事に時間をかけ過ぎたのが失敗だった」

「い、いや例え時間は過ぎていても! 私の首に当てていた剣をそのまま引き抜けばこの場で私の首を取れた筈でしょ!!」

「確かにやろうと思えばやれたかもしれないが、そういう気分じゃなかったんだよ」

「き、気分って……! 私との真剣勝負を気分だけで終わらせたっていうの!?」

 

アスナの問いにあっけらかんと答えると、キリトはやっと彼女の方へ顔を振り向かせてフッと笑う。

 

「アンタさ、ちょっとばかり気負い過ぎだぞ、少しは気楽にこのゲームを楽しんでみろよ」

「は、はぁ!? 何よ急に!」

「正義の味方も結構だが、あまり根を詰め過ぎるなって事だよ」

「べ、別に私は……って待ちなさいよ! 勝てた戦いをどうしてわざわざ放棄したの! 説明しなさい!!」

 

それだけ言ってキリトはスタスタと歩いて行ってしまう、勝手に言いたい事だけ言って去られるのは我慢ならないとアスナは慌てて彼の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

「へ、面白れぇじゃねぇか、俺もちょいとあのガキンチョと一戦やり合ってみてぇな」

「止めて置ケ、お前でもキツイぞ」

 

小屋の屋根の上で二人の戦いを見物していたのは

 

アスナ目掛けて自ら撃ったバズーカの弾を、グラに蹴り飛ばされて返り討ちを食らった筈のあの男であった。

 

何事も無かったかのように無傷で生還している彼の隣には、彼の存在に何も疑問を覚えずに一緒に戦いを見守っていたアルゴが口を挟む。

 

「キー坊はここん所随分と腕が上達して来てるんダ、別にレアスキルもレア武器も手に入れていないのに剣の動きがみるみる冴えわたっていル、もしかして最近つるむようになったどこぞの誰かさんの影響を受けて来ているのかもしれないナ」

「なるほどねぇ、もしかしてその誰かさんってのはあの銀髪の旦那かぃ」

「答えが欲しかったら金払え、それと良いのカ、アンタはあの鬼の閃光の所のモンなんだロ? 呑気に戦いの見物してないで私を捕まえに来たらどうダ」

「拙者は別にあの小娘のいる組織に入ってる訳でもねぇしただのしがない一人のプレイヤーでござる、あのガキのごっこ遊びにまで付き合ってやる義理はねぇさ」

 

こちらに対して何も行動を起こしてこない男にアルゴが口元に小さく笑みを浮かべながら尋ねると

 

男は屋根の上でゴロンと寝転がりながらケロッとした表情で素直に答える。

 

「そっちこそ早く逃げた方が良いんじゃねぇか情報屋、テメェはあのガキが欲しがってる情報を持っているんだし、またしつこく教えろとせがんでくるんじゃねぇの」

「逃げる真似ならいつでも出来るサ、とりあえずあの天パ男の戦いのデータを収集……おっと噂をすれば向こうもそろそろ終わりそうじゃないカ」

 

男の隣でしゃがみ込みながらアルゴはキリト達とは少し離れた場所で戦っている銀時とグラの方へ視線をずらすと

 

早速新たな展開になっている事に気付いた。

 

 

 

 

 

「フハハハハハハ!! とうとう俺の腸で美女を召し捕ったりぃ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんかヌルヌルする感触に巻き付かれてマジ気持ち悪いアルゥゥ!!」

 

己の腸を手に持ちながら銀時は高々と笑い声を上げていると、その先には両手と腰に腸を巻きつかれて拘束されて絶叫を上げるグラの姿が

 

なんとか打開策を見つけようと逃げていた彼女だが、残念ながら遂に捕まってしまったらしい。

 

「殺せヨぉ! 殺しなさいよぉ! こんな屈辱を食らうなら死んだほうがマシよコンチクショウ!!」

「ぐお! あ、暴れるんじゃねぇ!! お前を捕まえてるのは銀さんの内蔵だから! お前が暴れると俺にダメージが!!」

「何それ! アンタ本当にバカじゃないの!? 自分で捕まえておいて自分でダメージ食らうとか!!」

 

身動き取れない状況にグラが吠えながら暴れると、銀時の顔色がみるみる悪くなりHPバーの一気に赤表示のピンチに

 

どうやら銀時が投げ縄代わりに使っていた腸は諸刃の剣、内臓器官を無理矢理露出させて使っているのでその分傷付けられるとダメージも銀時に伝わってしまうみたいだ。

 

「だったらこのまま暴れてやるわよ! 元々体力半分以下だったアンタなら少し暴れるだけであっという間にお陀仏ネ!!」

「ぐおぉぉぉぉぉぉ!! だ、だがもう遅ぇ……こうして捕まえた時点でこっちの勝ちは決定済みなんだよ……」

 

銀時にダメージが入ってる事を知ったグラはすぐに腰をくねらせて更に暴れ始める

 

だが腸を傷つけられてみるみる体力が低下していく中で、銀時は汗ばんだ表情でニヤリとニヤリと笑いながら、右手に持った物干し竿を彼女に突き付けて構える。

 

「俺の必殺技、おたくにいよいよお披露目する時が来たぜ」

「フン、大方自分の体力が削り切れる前に私をその長い刀で斬るつもりなんでしょうけど……残念ながらアンタの体力の方が尽きる方が先よ……」

「そいつはコレを食らっても言えるかな……!」

 

銀時とグラの間の距離は三メートル程、このまま突っ走って銀時が手に持った物干し竿で斬るのと、グラが暴れて銀時の体力を削り切るのであれば後者の方が若干早い筈。

 

しかしグラは知らなかった、銀時の持つ物干し竿はただの刀ではない。

 

GGO型の魔改造の施された、例えフロアボスであろうと一発で常態異常にさせるという効果てきめんのとんでもない飛び道具が付加されているのだ。

 

拘束されながらも余裕の表情を見せるグラに、銀時は彼女目掛けて剣を突き出したまま柄を持ち直し

 

柄頭の底に親指を当てる。

 

そして

 

「食らえぇ!! コレが俺の必殺技だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

雄叫びを上げながら銀時が柄頭の底を親指でポチッと押すと

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく刃の先っちょからピューッと醤油が飛ばされた。

 

「って必殺技って醤油!? ぐ! ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

剣の先からまさかの醤油を飛ばしてくるとは思いもしなかったグラが、驚いたのも束の間

 

物干し竿から放たれた醤油は美しく曲線を描きながらグラの両目に綺麗に命中。

 

すると彼女は両目から発生する激しい不快感に断末魔の叫びを上げ始める。

 

「目が……!! 目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「へ、どうだ俺の自慢の刀から迸った液体を顔面で受け止めた気分は」

 

命中を確認すると銀時は即座に彼女に巻き付けていた腸を引っ張って自分の手元に戻し、ズルズルと自分の腹の中にしまいながらせせら笑みを浮かべる。

 

そんな中でグラは地面に倒れて両目を抑えながら激しく転がり回る。

 

この世界においてダメージを負っても痛みは本来存在しない、だが醤油による目潰しで発生した状態異常であれば、痛みは無くても物凄い不快感を味わうのだ。

 

醤油により「失明」状態に陥ったグラが苦しそうに泣き叫んでいる所へ

 

腸を腹にしまい戻した銀時がドヤ顔で歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

「悪く思うな、こう見えて銀さんは相手がぺっぴんさんでも容赦なく尻を引っ張叩く事の出来る生粋のSなんで」

「目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ALOのサラマンダーの中でもかなり名の知れたプレイヤーの一人であるグラを

 

トリッキーかつ姑息で陰険な技の数々でなんとか勝利する銀時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで原作主人公コンビと原作ヒロインコンビの対決は終了です。

次回もお楽しみに


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第十九層 この素晴らしき世界に警告を!

締めの前の回ってどうも書くのが難しいです……


キリトとアスナ、グラと銀時の戦いが終わって数分後

 

グラはまだアスナの腕に抱かれながら泣きついていた。

 

「うわぁぁぁぁ!! アスナ姐あの天パ最低ヨ! 私汚されちゃったアル~!!」

「よしよし、あなたも大変だったわね……いや本当に……」

 

自分よりも背の高い彼女を優しく包み込む様に頭を撫でながら、アスナは泣きつく彼女をなだめつつ、ジロリと向かいに立ってアホ面かましている銀時の方へ視線を向けた。

 

「年頃の女の子に変態プレイ強制させるとかなに考えてんのよ! もう本当に最低! あなたも黒夜叉も変態よ!」

「そんな怒鳴るなよ、ただちょっと縛り付けて顔面にぶっかけただけじゃねぇか、なあキリト君?」

「その言い方だと卑猥な表現にしか聞こえないんだが……てかこの人はともかく俺は別に変態じゃないから! 別に何もしてないだろアンタに!!」

 

全く悪びれる様子無く異議を唱える銀時はともかく、隣に立っていたキリトは全く持って身に覚えが無かった。

 

すると銀時を見つめる時よりも一層険しい表情でアスナは

 

「私が気付いてないとでも思ったのかしら? あなた私と戦ってる最中ずっとジロジロと私の身体舐め回す様に眺めてたじゃない、あそこまで堂々と人の身体を見ておいて言い訳は無しよ、このドスケベ」

「うわぁキリト君マジサイテー」

「マジキモイアル、一生に私に近づかないで」

「そういう目で見てねぇよ俺は! 相手の動きをじっくり観察して力量を計るのは戦いの基本……ていうかアンタ等まで何故俺をそんな目で見る!」

 

アスナとおまけに銀時とグラにまで冷ややかな目でスケベ野郎と認定されて慌てて否定に入って身の潔白を証明しようとするキリト。

 

すると隣にいた銀時はうんうんと頷いて

 

「まあでも考えてみたら仕方ないかもしれねぇな、思春期真っ盛りで同年代の女の子に欲情するのは仕方ない事だよ、これぐらいの男子はみんなそういう生き物なんだよ、みんなドスケベなのが普通なんだよ、厨二病だってムラムラしたいんだよ」

「アンタのは全くフォローになってない! むしろますます俺が軽蔑されるからマジで黙っててくれ!」

 

少しも助けにならない、むしろ逆にこっちに向かって全力で石を投げつけて来た銀時にツッコミをいれるキリトに、アスナはフンとは鳴らし

 

「もしかしたらとは思った事もあったけど、やはりあなたと私は一生相容れない間柄みたいね……」

「相容れない部分についてはどうでもいいけど! せめて俺がいやらしい気持ちで見つめていたわけじゃないという事はわかってくれよ! 俺は無実だ!!」

「悪行三昧の攘夷四天王の黒夜叉の言葉に私がまともに耳を貸すとでも?」

 

元よりまともに話しを聞いてくれない相手だ、彼の話など当然聞いちゃくれない。

 

血盟騎士団の副団長にますます嫌われる要員を作ってしまったキリトははぁ~とため息を突いて遂に弁解するのを諦めてしまうのであった。

 

「ま、俺はどっち道アンタに好かれようとする気はこれっぽちもないんだし、嫌われようが別に構わないよ、スケベと思われることに関しては否定し続けるけど」

「あっそ、まあ私もあなたにどう思われようが勝手だから、それよりも別の話をしたいんだけどいいかしら」

 

互いに相手に対して憎まれ口を叩いた後、アスナの方が不意に別の話を切り出した。

 

ようやく泣き止んだグラの頭を撫でつつ、彼女はしばしの間を置いてゆっくりと話を始めた。

 

「悔しいけどこの子がそこの天パに負かされ、私も一応引き分けではあるけど実力的には完全に劣っていたのは素直に認める。よって今回はこちらの敗北という形であなた達を見逃してあげる」

「意外だな素直に引き下がるなんて、俺はてっきりまた何かいちゃもんを付けてくるのかと思っていたのに」

 

せせら笑みを浮かべながら言ってくれるキリとにアスナは顔をしかめる。

 

「付けてやりたいとも思ったけど……正直今はあなたを倒す事よりも先に優先する事が出来たから」

「へぇ、EDOの警察官であられる副団長様が攘夷プレイヤーを討伐する事よりも優先したい事なんてあるのか?」

「ホント口を開けば人の感情を逆撫でしてくるわね……あなたに言われた事を考える時間が欲しいと思ったのよ、少しはこの世界を楽しんだらどうだって話」

「驚きだな、散々人の話聞かないアンタが今更俺の話をまともに聞いていたとは」

 

段々この男と喋るのが嫌になって来たと内心ウンザリしながら、アスナはキリトにハァ~と深いため息。

 

「前にも言ったけどそのいちいち皮肉を混ぜなきゃいけない性格なんとかならないの? そんなんだからソロ専門なのよ、そんなんだからモテないのよ、そんなんだから無職なのよ」

「無職は関係ないだろ! てか最近就職したからもう無職じゃないし!」

「そういう見栄とか張らなくていいわよ別に、アナタが無職だろうがどうでもいいし」

「いや俺は正式にこの人の所に!」

 

ここぞとばかりに反撃をかましてきたアスナにキリトがついムキになって反論を始めようとするも

 

そこでズイッと銀時が彼等の前に一歩入り込んで小指を鼻に突っ込みながらけだるそうに

 

「ねぇ、いつまで口喧嘩続けるのおたく等? もう聞いてるこっちはいい加減にして欲しいんだけど」

「それは私も同意見アル、いくらなんでも長過ぎるネ。どんだけ話のタネ尽きないんだよオマエ等」

「「え……」」

 

さっきからずっと二人でぺちゃくちゃお喋りしているのですっかり蚊帳の外扱いであった銀時とグラが仏頂面で割り込んで来た。

 

アスナの胸元に抱きついていたグラも二人の会話の途中ですっかり泣き止んでいる。

 

そういえばちょっと本題から逸れて長々と話し過ぎたとキリトとアスナが我に返っていると、銀時はボリボリと後頭部を掻きながら

 

「もうとっくに結論出てるんだろ? アンタ等は俺達を見逃す、あの鼠女にも手を出さない、それでOK?」

「ええまあ最初はそれを言うだけで済ませるつもりだったんだけど……どうもこの厨二病男に挑発されてつい乗ってしまったわ……」

「アスナ姐はいっつもその辺ダメダメアルな、安い挑発されただけですぐキレたりするからコイツやあのドS野郎に弄ばれるんだヨ、アスナ姐のマミーとおんなじアル」

「お、お母さんの家の血が濃いせいよ……ていうかあなたいいの、さっきから口調が素になってるわよ」

「あ、ヤベ」

 

ジト目で痛い所を突いて来るグラに言い訳がましいことを述べた後、ふと彼女の口調が素になっている事を追及するアスナ。

 

グラはすぐに口に手を当てると、どこかクールに見える凛とした表情を取り繕って銀時とキリトの方へ振り返った。

 

「ま、今回だけは見逃してあげるから感謝しなさい、でも勘違いしないでね、アンタ達とはまだ決着つけてないんだから」

「いや今更口調を標準語にされてもな、こっちはもうだいぶ前から薄々勘付いてたし……」

「アルアルチャイナ美女か、まあ多少は減点されるけど俺としてはまだアリの方だな」

「いやアンタにアリと言われてもこっちはゴメンだから、腸を巻き付けたり醤油ぶっかけて来たりする奴となんざフラグなんてまず立たないから」

 

顎に手を当てながらうんうんと頷く銀時にグラは素っ気ない態度でキッパリと断ると、「とにかく」と銀時は頷きながら彼女達の方へと口火を切る。

 

「それじゃあ話は済んだって事だけど、俺等はしばらくここであの鼠女と話があるから、おたく等はとっととどっか行ってくんない?」

「言われなくてもアンタみたいな変態天パと付き合うつもりはないわよ、そうでしょアスナ」

「……いいわよ、私も痛い厨二病男にネチネチ言われ続けて苛立ちが収まりきらないし」

「引っかかる言い方だな、いちいちアンタが乗って来るからいけないんだろ」

「はぁ!? 誰が……うぐ!」

 

こちらに対してまたもやいらん事を言ってくれるキリトに、案の定アスナが耳をピクリと動かしてすぐに反応しようとするが、隣に立っているグラが彼女の脇腹に肘を強く入れてすぐに黙らせる。

 

「いい加減にしなさいよね、そこまで乗せられるとこっちがバカみたいじゃないの」

「ご、ごめんなさい……」

「さっきからどっちが姉貴分なのか訳わからないな……」

 

厳しめに言われ、脇腹を抑えながらシュンとするアスナを眺めながらキリトがボソリと呟いていると、銀時はふぅと息を漏らす。

 

「これで一件落着だな」

「いやだまだですぜ」

「ん?」

 

安堵の吐息を漏らす中で背後から飛んで来た声に銀時が振り向くと

 

そこには栗色の髪を一つに結った和装の男がいつの間にか立っていた。

 

「コイツ等はいきなり無茶な要求かまして、挙句の果てに善良なる俺達プレイヤーを無理やり自分で正当化させてPKしようとしやがったんだ。無罪放免でそのまま解放させる訳にはいかねぇでござる」

「なるほど、それも一理あるな。よしお前等、罰として有り金全部俺に差し出せ」

「旦那、それだけじゃ足りねぇでさ、この場で地面に頭こすりつけて土下座させましょうや、そんでその様を写真に撮って掲示板に貼り付けて全国配信って感じで」

「いいねぇ、んじゃその後はコイツ等に切腹でもしてもらおうか」

「介錯の方は俺に任せておくんなせぇ、そいつも動画で撮って脅し用のネタに使うって手もあるでござる」

「ちょっとちょっと! いきなり何よそれ! そんなのされたら私達一生この世界にログイン出来なくなるじゃない! ていうか!」

 

徐々にこちらへの制裁をどうするかについてエスカレートしていく二人に、流石にアスナも黙ってられないと叫びつつ、ビシッと男の方を指差す。

 

「どうしてあなたがそっち側にいんのよ!」

「あ、そういやお前誰?」

「強いて言うなら俺は気分次第で鬼であろうと仏であろうと斬り伏せるしがない流浪人」

 

アスナの追及にふと銀時が気付いて男に尋ねると、男はフッと笑みを浮かべるとドヤ顔で振り返って

 

「人斬りソウゴとは俺の事でさぁ」

「人斬りソウゴ? おいキリト君知ってる?」

「知らん、てか俺は基本的に他のプレイヤーの情報はあまり詳しくないからアルゴに聞いた方が良いぞ」

「ありゃりゃ、俺の名前もこっちの世界じゃまだまだみてぇだな」

 

ソウゴと名乗る男にはキリトも覚えが無いらしい。

 

思ったより自分の名が知られてない事にソウゴは目を細めながら頷き、ショックも受けてない様子で話しを続けた。

 

「簡単に言えば気に入らねぇ野郎を片っ端から徹底的に屈辱を与えた上で弄ぶ事が大好きで、ちょいとお茶目でサディストなただの善良なるプレイヤーでござる」

「簡単に言えてないぞそれ! 俺よりずっとタチ悪いじゃないか!」

「タチ悪くともモノは使い様なのよ」

 

自分よりもずっと危険思考なこの男を放置するばかりか自分側とまで宣言したアスナにキリトはすぐにしかめっ面を浮かべて見せるが

 

その考えを読んでアスナが聞かれる前にサラリと答える。

 

「性格はドクズだけど戦闘だけは役に立つし剣の腕も一級品よ、性格は本当にドクズだけど」

「言うじゃねぇか小娘、リアルでもこっちでも背中には気を付けな」

「リアルならともかくこっちなら負けるつもりはないわ、てかあなたバズーカモロに食らった筈よね、どうして平然と生きてるのよ」

「あの程度のカウンターなんざ目ぇ瞑ってでも避け切れらぁ」

 

アスナに悪態を突かれながらも平然としながら流すソウゴ、二人の会話を聞いてキリトは「リアルなら」という言葉が引っかかっていると

 

「人斬りソウゴという名前には私も覚えがあるナ、性悪のプレイヤーを口で話すのも恐ろしいぐらいイジメ抜く生粋のサディストとか呼ばれてたぞ確か」

「アルゴ! お前逃げてたんじゃないのか!?」

「ハハハ、せっかく時間稼ぎまでしておいて悪いが、キー坊達ならこの程度の揉め事ぐらいサクッと解決すると信じていたんだヨ、だから逃げずにキー坊達の戦いを観察していた」

 

ソウゴの事を供述しながらフラリとこちらへやってきたアルゴ。

 

戦いがひとまず終わった事を確認した後、彼女は腰に両手を当てながらまだソウゴと口論しているアスナの方へ顔を上げた。

 

「で? そちらが負けを認めたという事はもう私を追わないって事で良いんだよナ?」

「そこまで言うなら今度お姉さんに言い付けて……! え? ああうん……しょうがないけどここは一旦退かせて頂くわ、でもまだ諦めた訳じゃないわよ」

「んー諦めてはいないのカ、仕方ない」

 

しつこいなと内心思いながらボリボリと髭の描かれた頬を掻くと、アルゴは一つ彼女に提案してみた。

 

「それなら特別にとある話を”二つ”だけやるからしばらくはこっちに顔出さないでくれ、毎度毎度こうしつこく付き纏われると迷惑だしサ」

「話って情報!? それってもしかして攘夷四天王の!?」

「情報、というより警告みたいなモノ? 血盟騎士団のおたくに伝えておけばすぐに他のプレイヤーにも知れ渡るだろうと思ってナ」

 

情報を出すのに何かと金を絡ませるがめつい性格をしているアルゴでも、今回ばかりは真面目なトーンでアスナとソウゴに話始める。

 

「まず一つ目「攘夷四天王の一人、鬼兵刀は危ないから決して近づくな」だ」

「鬼兵刀……天人達の多くを引退にまで追い込むとかいう謎のプレイヤーね……」

「アレの標的は天人だけじゃなイ、目的はわからんが奴は地球人のプレイヤーも襲うケースがここ最近増えているらしい」

「PKする事に見境なくなったって事かしら? 攘夷プレイヤーは本当に性質の悪い性格してるわね」

 

『鬼兵刀』

過激派攘夷志士として最も危険な男と称される高杉晋助が率いていた「鬼兵隊」からもじった二つ名であり、黒夜叉や魔弾の貴公女と同じく攘夷四天王と呼ばれているプレイヤーの一人。

 

素性もタイプ、性別さえも不明で、目撃情報があまりにも少ない事からもはや本当に存在するのかどうかさえ疑わしいと言われている。

 

「奴にはどうも色々怪しい噂があってナ、神出鬼没に突然現れたり、一般プレイヤーの領域外の場所に入ることが出来るとか、真夜中に森の中で蠢きながら奇声を上げていたとか、まるで鬼兵刀はオバケの類みたいな噂話がチラホラとな」

 

最後に意地の悪そうにニヤッと笑いかけて来るアルゴに対し

 

話を聞いていたアスナと銀時は面白くなさそうに同時にしかめっ面を浮かべ。

 

「は? オバケとか止めてよ、そんなの存在しない訳ないでしょバカバカしい」

「そうそう、ゲームの世界だからっていくらなんでもそんな非現実的な現象がある訳ねぇだろ」

「……おたく等もしかして幽霊とかそういうの苦手なタイプ?」

「いや苦手つうか、それ以前にそういう下らない話には興味ない、みたいな?」

「オバケとかそういうのは大昔に大人が子供を脅かす為のただの作り話よ、情報屋なのにそんな話まで鵜呑みにする訳?」

「そんな二人で早口で言われるとますます怪しいんだガ……」

 

口を揃えて頑なに怪奇現象の存在を全否定する銀時とアスナにボソッとツッコミを入れつつ、新たな情報が手に入ったと内心喜びながらアルゴは話を続けた。

 

「とにかく、鬼兵刀ってのは何かと胡散臭い、わかっているのは銀色の面と銀色のフードを付けて一切顔を周りに見せぬ様にしている所と、奴が所持している武器はこれまた奇妙な刀だという事ぐらいだ」

「奇妙な刀?」

「ああ」

 

刀と聞いて誰よりも早く反応したのはキリトだった、するとアルゴは人差し指をクルクル回しながら縦に頷き

 

「なんでもその刀は斬ったプレイヤーの魂を吸い取るらしいゾ、斬られた天人達がログインしなくなったのはそれが原因だとか……正に”妖刀”だな」

「魂を吸い取る妖刀……?」

「うへぇ、ちょう嘘クセー」

 

この世界でPKされてもせいぜいリスポーン地点に戻るだけだ。

 

そんな世界で魂を吸い取る妖刀とか、いくらなんでも信憑性に乏しい話だと銀時は眉間にしわを寄せる。

 

「お前まさかそんな話マジに信じちゃってる訳?」

「今の所は半信半疑サ、確実性のない情報だからタダで教えてあげてるんだロ、まあそういう話もあるから奴には近づかない様にしておけって警告さね」

「ようするにキリト君より十倍タチの悪い厨二病が辻斬りみてぇな真似をしてるから気を付けろってこったろ?」

「俺で例えるな、俺で」

「妖刀だとかそんなアホらしい話は信じねぇがそこん所だけは覚えておいてやるよ」

 

キリトにツッコまれつつ銀時が全く危機感の欠片もなさそうな様子でそう言うと、アルゴは「まあガセで済めばいいのだがな」と呟きつつ次の話題を始めた。

 

「鬼兵刀の話は以上だが続いての情報は俺っちが個人的に気になっている出来事だ、コイツはまあ小耳にはさんで置けば十分ヨ」

「情報屋のアナタが一体何が気になっているのかしら?」

「最近この辺で「黄金の鎧を着飾った妙なプレイヤー」がいるらしい」

「全身黄金の鎧?」

 

二つ目の情報を話し出すアルゴにアスナは小首をかしげる。

 

「黄金の鎧なんてこの世界に存在したかしら」

「無い、この世界では多種様々な防具が存在するが、全身を黄金に着飾った鎧なんていういかにも成金っぽいモンが俺っちでさえ知りえなかった事ダ」

 

こちらの世界に長い間いるアスナ、そして情報屋として名高いアルゴでもそんな特徴的な防具は見た事も無いらしい。

 

「しかし俺っちの情報が正しければ、ここ最近になってそんな恰好をしたプレイヤーが出没し始めたらしいが、どうもその最近というのはどこかのプレイヤーさんがこの世界に初めてやって来た頃と被るんだよナァ……」

「?」

 

後半に意味ありげな事を小さく呟きつつアルゴはチラリと銀時の方へ一瞥した後、彼女は話を続けた。

 

「しかもその金ピカはこれまた金ピカの得物を複数所持している、偶然見かけたプレイヤーが目撃したらしいが、なんでも金色に輝く槍や大剣、大鎌を使い回しながら初心者では絶対に討伐不可能なレアモンスターをソロで難なく討ち倒したとか」

「武器を使い回すって戦闘中で? そんな戦い方聞いた事無いけど……」

 

メインの武器が何らかの事情で使い物にならなくなった時に急いでクイックチェンジしてサブの武器を装備するという事はよくある事だが、大抵は一度の戦闘で使う武器は大体一種類のみだ。

 

複数の武器を扱うという事はその武器に合わせてそれぞれスキルを上げておかないといけないし、それでは一点特化しているプレイヤー達よりも遅い歩幅でプレイしなければならないという事。

 

未発見の装備と不可解な戦闘術、アスナはふと自分と同じく上級者プレイヤーのキリトの方へ目配せすると、彼もまたお手上げの様子で肩をすくめる。

 

「俺も聞いた事が無い、そんな戦い方なんて普通はまずやらないと考えるのが普通だしな。アルゴの情報が正しければそいつは恐らく効率の悪いプレイをしているバカか、独自に編み出した戦い方を完全にモノにしている天才だ」

「バカか天才、どちらにせよ一度会ってみたい人物ね……」

 

珍しく二人で皮肉も混ぜずに会話を淡々と進めていると、そんな彼女達を眺めながら楽しげな様子でアルゴは口を開いた。

 

「結論を見出すの早いぞ、その金ピカプレイヤーの驚くべき所はまだそれだけじゃない、金色に輝く武器を操るそいつが持つ中で最も強い武器はあろう事か……」

 

 

 

 

 

 

 

「一本の使い古したかの様な汚い木刀だったらしい」

「木刀?」

「その木刀、どうもみずぼらしい見た目に比べてかなりの破壊力と強度を誇っているんだとカ」

 

木刀……EDOにとっては初心者がチュートリアル用の為に扱う程度の得物であり、ぶっちゃけ第一層のザコモンスターでさえ簡単に倒す事さえ出来ない武器であって本当にただ武器の扱い方を学ぶ為に渡される支給品みたいな代物だ。

 

未発見の黄金の鎧などというモノを装備している時点で、キリトはその人物をチートプレイヤーだと睨んでいたが、ますますその線が正しいのではないかと思う様になる。

 

「公式運営に違法通告した方が良いんじゃないか副団長? ハッキリ言ってこのプレイヤー、完全にクロに近いぞ」

「そうだと思うけどまだ断定してる訳じゃないし……やっぱりこの目で見てから判断するべきわ、噂だけで真実を突き止める事にはならないから」

 

キリトに促されてもアスナは顎に手を当てながら渋い表情で早急な判断はまだやるべきではないと決める。

 

彼女のそのチート疑惑のあるプレイヤーへの対応に、キリトは苦い顔を浮かべ目を逸らし

 

「俺の場合はすぐに難癖付けて犯罪者扱いしてたくせに……」

「あなたの場合は確固たる事実でしょ、他人に対して迷惑をかける事はれっきとしたマナー違反よ」

「だから迷惑かけてる訳じゃないって……アンタ本当に俺の事嫌いなんだな」

「私にとって悪党は全員敵よ、次に会ったら容赦なくたたっ斬るから」

「やれやれ」

 

ここまで堅物だといっそ清々しく見える、口での説得は無理だと判断したキリトは素直に負けを認めてため息を突くのであった。

 

「それにしても鬼兵刀と黄金のチートプレイヤーか、俺も長くこの世界に潜ってるけど一度もそんな話聞いた事無いぞ、どうやってそんな情報手に入れたんだアルゴ」

「そいつを聞きたいなら最低10億コルは必要だナ」

「次に渡す時の情報はタダにしてやるとか言ってなかった?」

「だからタダにしただロ、しかももう一つオマケしてあげるという出血大サービス。鬼兵刀と黄金の鎧の話サ」

「この野郎、なんで情報をこうもあっさりと喋り出すのかと思いきやそれが狙いだったのか……」

 

アルゴの謎めいた情報網に疑問を持つキリトだが、やはり彼女はその辺については決して話そうとはしなかった。

 

情報屋といえ、いくらなんでも一般プレイヤーでしかない筈のアルゴがどうしてここまでの情報を把握できているのか……

 

(この世界の情報よりもまずコイツ自身の情報の方が興味出て来たぞ俺……絶対に高い金請求してくるだろうけど)

 

キリトは顔をしかめながら彼女のへの追及するのを諦めていると、隣にいたアスナが腕を組みながら先程のアルゴの話を整理し始めていた。

 

「鬼兵刀の話は血盟組の局長の耳に入れておいた方が良さそうね、魂云々の話は置いといても、見境なしにプレイヤーを襲う行為はこの世界の治安を脅かす危険性があるわ、即刻対処しないと」

「金ピカ野郎はどうするんでぃ?」

「そっちの方はまだ詳しくわかってないし、しばらくは山崎さんに調べてもらいましょう」

 

山崎という名を出すアスナに、ソウゴはジト目を向けて「ケッ」と呟き

 

「また山崎か、”ウチの所”の密偵を何度も軽々しく使ってもらうたぁ随分と偉くなったモンじゃねぇか、”あの野郎”に少し似て来たんじゃねぇかお前?」

「だって「困った時は何時でも俺に頼っていいからね! 現実の仕事ほったからしにしてすぐ駆けつけるから!」って言ってたもん」

「山崎の野郎、職務放棄して小娘相手に尻尾振ってやがったのか……厳罰モンだなこりゃ」

 

ここにはいない(正確には今は)一人のプレイヤーの行動力の速さ、そしてアスナに呼ばれるとすぐ様やってくる姿勢

 

その姿に何度か疑問に思っていたがこれで合点がいった

 

「どうやら現実世界に戻ったら早速その尻尾引き千切らなきゃならねぇみてぇだ」

「あんまり身内同士で喧嘩しないでよ」

「喧嘩じゃねぇ粛清だ」

 

なお悪いだろと目だけで訴えて来るアスナにそっぽを向いた後、ソウゴは銀時の方へと振り返る。

 

「旦那、この小娘は年上の男にいい顔して面倒事を押し付けてくる魔性の女狐だ。ウチのマヌケな部下やお人好しの上司もコイツには随分と甘くてねぇ、おたくもこれから付き合い長くなると色々と厄介事を押し付けられるかもしれねぇんで気を付けてくだせぇ」

「私そんな酷い女じゃないわよ!」

「ああ? 魔性の女狐? そんなモンこちとらとっくに間に合ってるつーの」

 

彼からの忠告を受けて銀時は小指で鼻をほじりながらチラリと死んだ目でそっぽを向いて

 

 

 

 

 

 

「しかもアイツは男どころか獣も女も誑かす、九尾クラスの魔性の女狐よ」

「ゴー! 犬ゴー!!」

「ワンワーン!」

「ゴラァァァァァァァァ!! 定春返せクソガキャァァァァァァァァァ!!!!」

 

白くて巨大な犬らしき生物、定春の背中に跨り颯爽と野原を駆け回っているのはユウキ。

 

明後日の方向を指差しながら叫ぶ彼女の命令通りに定春は哭きながら猛スピードで地面をズシンズシンと走り

 

その後ろを本来の飼い主であるグラが怒り狂ってる様子で追いかけていた。

 

「さっきから姿が見えないと思ってたら……いつの間にあの犬てなづけやがったんだ?」

「ああして楽しそうにしているあの子を見てると奇兵刀とか黄金の鎧云々の話とかどうでもよくなるわね……」

「だろ? 何もかもどうでもよくなるだろ? 考えるだけでアホらしいと思えるだろ?」

 

追いかけるグラから逃げる様に定春を走らせ、上に跨りながら両手を上げて万歳ポーズで「キャッホーイ!」と叫んでるユウキを見てキリトとアスナが唖然としている中で、銀時が後ろから口を出す。

 

「ったく色々と辛ぇモンに遭ってるクセにテメーの人生を思いっきり楽しみやがって……」

「無限の彼方へさあ行くぞー!!」

「ワオーン!!」

「定春ゥゥ! そんなチチ臭いガキに惑わされちゃダメアル! 私という女がいながら他の女に誑かされてんじゃねーヨ!!」

 

ユウキの生い立ちを昔の頃から知っている銀時は、彼女がここに至るまでどれだけ長い間苦労していたかもよく知っている。

 

そんな彼女がはしゃぎ回っている姿を目にしながら銀時は深いため息を突きながらたまに考える。

 

「もうガキでもねぇのに昔と何も変わらねぇな本当によ……」

「定春ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「フハハハハ! 勝っ飛べマグナァァァァァム!!!」

 

そんな彼女の笑顔を護ってやりたいと同時に

 

 

 

 

 

 

もうちょっと年相応の落ち着きを持って欲しいと思うのであった。

 

 

かくしてアスナ達との戦いは完全に決着は着かないまま幕を閉じる事となる。

 

しかしこれはほんの始まりに過ぎない

 

アスナにグラ、そしてソウゴの三人組とは

 

これからも幾度も顔を合わせる事となっていくのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十層 繋がり続けるは人の縁

銀魂の原作では最終回も近いという事でファイナルファンタジー(最終回発情期)が流行してるみたいです。

私は誰と誰がくっつこうがどうでもいいのですが

強いて言えば新八にはパンデモニウムさんとファイナルファンタジーして欲しいです


江戸で最も危険な街、かぶき町は朝っぱらからも騒がしかった

 

「知るかボケェェェェェェェ!! 金がねぇなら腎臓なり金玉なりチンコなり売って金作れやクソったりゃあ!!」

「家賃如きで朝からうるせぇんだよババァ!! ていうかチンコは一個しかねぇんだから売ったらおしまいだろうが!! 俺をオカマにしてぇのかコラァ!!」

「なりゃあいいだろうが! そうすりゃあ西郷の奴の所の店で金稼げるだろ!」

「人の性別と就職先を同時に決めてんじゃねぇ! つうかアレだ! この前壊れたパソコン直してやっただろ! アレでチャラだろ! アレで家賃分にはなっただろ!」

「5か月分の家賃をあの程度の事でチャラに出来るかアホンダラ! 大体あのパソコンまた壊れたんだよ! ダブルクリックが出来なくなるという致命傷が出来ちまったんだよ!」

「諦めるな! ダブルクリックがダメならトリプルクリックして補えばいい! 活路もサイトも開ける筈だ!!」

「開くわけねぇだろうが! お前パソコンをなんだと思ってるんだ!」

 

『万事屋銀ちゃん』を営んでいる坂田銀時の戸の前で、その銀時と何やら揉めている様子の50代ぐらいの女性が一人

 

お登勢

 

この店の下の階にある『スナックお登勢』の店主であり銀時に住処を与えた張本人であり何かと彼が世話になっている人物。

 

今日もまた家賃の取り立てとして朝からタバコを片手に持ったまま銀時に催促するのだが、案の定彼は今月分の家賃さえ払う暇がない程文無しであった。

 

「んな事はいいからさっさと家賃払えや貧乏人!!!」

「貧乏だってわかってる人間に金をたかるとかそれが江戸っ子のやる事かコノヤロー!!」

「うるせぇ! 家賃払わずにブラブラ遊び回っているテメェなんか人間としてカウントされてないんだよ! 人並みに扱ってほしかったら働けバカヤロー!!」

 

何を言っても払う様子も無い銀時に、遂にお登勢は掴みかかって揉みくちゃになりながらも二人でギャーギャーと罵り合っていると

 

そんな二人の光景を下から眺めながら、一人の少年が階段を昇って来た。

 

「まだやってんのかあの二人……」

 

もはや慣れた様子で二人の取っ組み合いを眺めながら、桐ケ谷和人はビニール袋片手に呆れたようにため息を突く。

 

ひょんな事から彼がこの万事屋で働く事になってもう半月の時が流れた。

 

ニートから心機一転してこの万事屋で働く事となった彼だが

 

何でも屋といってもこの不景気の世の中ではそんなに楽に稼げる筈も無く、無職の時とたいして変わらず殆ど収入はない。

 

「おいちょっと、アンタ等いい加減……」

 

かといって別に金が稼ぎたいからここで働いてる訳ではない和人にとってはその辺はどうでも良かった。

 

結構な収入の多い仕事に就いている両親のおかげで、既に生活面に関してはかなり充実している。

 

最悪、妹に食わしてもらうという手もあるし

 

彼がここで働く理由はただ一つ、無職でダラダラと一日中家にひきこもっていたら、その内そんな安定した生活を送れる実家から追い出されてしまうと危惧したからである。

 

しかし

 

「だから……家賃払えつってんだろうが腐れ天然パーマァァァァァァァ!!!!」

「ちょ! のわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「へ?」

 

結構な年齢の女性である筈のお登勢だが、流石はかぶき町の女帝と称されるだけはあり

 

自分よりも身長も力も上である筈の銀時を豪快に一本背負いして思いきりぶん投げる。

 

階段を上がっていた和人に向かって……

 

 

「「ギャァァァァァァァァァァァ!!!!」」

 

二人分の悲鳴と派手な音が鳴り響く中で

 

桐ケ谷和人はほんの少し悩んでいた。

 

 

果たしてこのままこの男について行っていいものであろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーこれアレですよ、パソコンじゃなくてマウスの方がダメになってるんです」

 

目の前にある今のご時世ではかなり旧型のパソコンを眺めつつ、和人はヒョイッと手元にあったマウスを手に取って、背後でタバコを吸っていたお登勢の方へと振り返った。

 

「パソコンもそうだけどパソコンの周辺機器もかなりデリケートなんですよ、だから周囲の環境が悪いとすぐにダメになるんですよ、なんか心当たりありますか?」

「フゥ~……全く見当つかないねぇ」

「今アンタが口に咥えてるそれだよ……」

 

自覚無しに堂々とタバコの煙をこちらに吹きかけるお登勢にサラリと返しつつ和人はチラリとパソコンの方へ目をやる。

 

「今ならタバコの煙にも耐えられるパソコンなんて普通に売ってますから、いっその事そっちに買い替えたりするのもいいんじゃないですか?」

「そういう訳にもいかないよ、こちとら年寄りでからくりなんざ全く訳が分からないんだ、長い付き合いでようやくコイツを動かせるようになったってのに新しいモンに手なんて出せないよ。当分はこのポンコツとやっていくよ」

「まあやたらと高スペックのモノを買い続けるより、愛着の湧いたからくりを長年愛用し続けるって考えには俺も理解はできるけど……」

 

そんなに大事にするならタバコを嗜む者も多い店の中に置いておくなとツッコミたい所だが、面倒なので和人はそこで黙って流す事にした。

 

ここはスナックお登勢、銀時の店の下の階にあるお登勢が営むスナックだ。

 

和人もここには何度か足を運んでおり、当然ここの主たる彼女とも面識はあるが、まだ知り合い程度の関係である。

 

「しかし最初は驚いたモンだね、まさか桐ケ谷のじーさんの孫がアイツの所で働き始めたなんて」

「俺の祖父の事知ってるんですか?」

「よーく知ってるよ、このかぶき町に長い事知ってる奴は全員知ってる、昔はここらを取り締まる凄腕の岡っ引きだったからね」

 

お登勢の方は和人の「桐ケ谷」という姓を聞いて勘付いていたらしい。

 

彼の祖父に関しては心当たりがあった様子で懐かしむ様にフッと笑う。

 

「私の死んだ旦那、今じゃこの辺の極道を取り仕切っている泥水次郎長も若い頃は何度もあの頑固親父に拳骨振り下ろされたモンだよ。特にウチの旦那には厳しかった、旦那はあの親父の直接の部下だったからね」

「まあ身内にも厳しい人でしたからね、ウチの祖父は……」

「旦那と次郎長が戦争に参加するって決めた時なんか凄かったよ、誰よりも強く反対して怒り狂ってた。そんで旦那が戦争で死んだと聞かされた時は、旦那の墓の前で誰よりも泣いてくれた」

「……」

「まあ色々と口うるさくて頑固モンのクソジジィだったけど、嫌いじゃなかったよ、あんたの所のジーさんは」

 

和人は生前の祖父に対してはどちらかというと苦手意識が強かった。

 

お登勢の言う通りまさに頑固ジジィという奴で、孫であった自分や直葉にも厳しく剣術を指導を施していた。

 

それからしばらくして祖父は亡くなり、代わりに祖父の弟子であった志村剣が営む道場で学ぶ事になり、そこで和人は新八とお妙、そして生涯決して忘れられないであろうある男と出会う事になる。

 

こうして考えると、自分は祖父の作った縁が下で孤独感に浸る事無く暮らしていけてるんだなと、和人はしみじみと思うのであった。

 

「しかしアレだねぇ、あの頑固ジジィの孫だってのに、見た感じ典型的なもやしっ子だねアンタは」

「う、いきなり何を……」

「若い内に体鍛えておかないと後悔するよ、ったく近頃の若い奴は脳みその方だけ鍛えりゃあなんとかなると思ってる奴ばかりでなってないね本当に……」

「なんか生前の祖父にも似た様な事言われたような……」

 

見事にあの頑固ジジィそっくりな言動で窘めて来るお登勢を見て和人はハッキリと理解した。

 

死んだ祖父の意志が今もなおこのかぶき町に受け継がれていると。

 

「とにかく祖父の話を聞けて良かったです、俺はあの人苦手だったから生前はずっと距離取ってたせいもあってよく知らなくて……」

「まあ良くも悪くもアンタのジーさんはこの町では有名な男だった、その孫のアンタもしっかりここで生き抜いてみな」

「ああ実を言うと……この街に通い始めてからどうも不安しか無くて……」

 

吸い終わったタバコをカウンターに置かれた灰皿に捨てるお登勢に、和人はやや情けない言葉を返しながらチラリとさっきからずっとカウンターの席に座ってボーっとしている「あの男」に目をやる。

 

「果たしてあの男にこのままついて行っていいものか……」

「ったく、そもそもどうしてあんなちゃらんぽらんについて行こうと思ったのかが不思議で仕方ないよ」

「あ? なに? なんか俺の悪口でも言ってた? ぶっ殺すぞコラ」

 

自分の事に関してヒソヒソと会話している和人とお登勢に気付いて、あの男、坂田銀時がけだるそうに彼等の方へと振り返った。

 

「ところで和人君よ、さっきからずっと考えてたんだけどお前もその股の間にぶら下がってるモンは一生使う事無いだろ? この際だから玉二つと棒一本のハッピーセットでちょっくら売りにいかねぇ?」

「なんかずっと黙ってボーっとしてると思ってたらなんつう事企んでんだアンタ! 誰がそんなの買ってハッピーになれるんだよ! 売るなら自分のを売って来い!!」

「それに和人君はまあ中身の方はクズだが見た目のスペックは悪くないだろ? コレに乗じてかぶき町一のオカマ目指してみねぇか? クズはクズでも体を張れば金を稼げる、それがかぶき町だ」

「黙れドクズ!」

 

小指で鼻をほじりながらとんでもない事を押し付けようとして来る銀時に和人がキレて怒鳴っていると

 

新しいタバコを口に咥えながら、お登勢はふと常に銀時に寄り添うように傍にいる”彼女”がいない事に気付いた。

 

「そういやアンタの傍に例のからくり娘がいないなんて珍しいね、アンタいつも一緒だったろ?」

「俺とアイツはいつも一緒にいる訳じゃねえぇよ、ユウキは昨日の夜から源外のジーさんの所で面倒見てもらってんだ」

 

そう言いながら銀時は小指に付いたハナクソをピンと飛ばしながらフンと鼻を鳴らす。

 

「定期的にジーさんの所でメンテ受けねぇとすぐ故障しちまうんだよあの身体、特にここ最近はちょっとした衝撃ですぐにポロッと首が取れちまうし」

「からくり仕掛けの身体ってのも不便なもんだね、人間と同じ様に体の検査を受けなきゃならないなんて」

「人間の身体よりもよっぽどデリケートなんだよアイツの身体は、この際だから首取れない様に協力接着剤でくっつけて欲しいもんだ」

「そんなプラモデルみたいな直し方されちゃ、私なら間違いなくキレるけどね」

 

銀時の安直な考えにお登勢はフゥッとタバコの煙を吐きながらツッコんでいると

 

二人の話を聞いていた和人はふとその源外という名前にどこか聞き覚えがあった。

 

「源外? それってもしかしてあの平賀源外?」

「そうだよ、ご近所にお構いなく騒音を撒き散らす迷惑ジジィさね」

 

ぶっきらぼうにお登勢が答えると、和人は少し驚いたように目を見開いた。

 

平賀源外と言えば江戸で一番のからくり技師と称される大物中の大物だ。

 

からくりに対して好奇心が強い和人も嫌という程その名を聞いた事がある。

 

何より彼は、あの宇宙中を熱狂させているゲーム・EDOを作り上げた人物の……

 

「……アンタってそんな人とも知り合いだったのか……」

「ユウキの身体を修理してもらう為にちょいと付き合いの長い奴に紹介してもらっただけだ、ユウキは何度も会ってるだろうが、俺が直接あのジーさんと顔会わせる機会はあんまねぇよ」

「そうなのか、俺は個人的にちょっとその人に会ってみたいんだけど……」

「別に良いんじゃねぇの? 今度ユウキと一緒に会って来いよ、マジで変人だぞあのジーさん」

「変人との対応はアンタのおかげで間に合ってるから大丈夫だよ」

 

遠回しに銀時の事を変人呼ばわりしながら、和人はいずれ江戸一番のからくり技師と会えるやもしれないと内心心躍っていると

 

まだ開店していない店の戸がガララと開けられた。

 

「……ただいまー、上にいないと思ってたらやっぱこっちにいたんだ」

「あ? なにお前もう帰ってきた訳?」

 

戸を開けて入って来たのは着物姿のユウキであった。

 

仮想世界では少々露出した格好をしているが、リアルの世界では常に着物を着ているので、和人としてはこっちの彼女はどこか新鮮味を覚える。

 

そして珍しく何処か疲れ切ってる表情を浮かべている彼女に、関口一番に声を掛けたのはカウンター席に座る銀時。

 

「なんか珍しくだるそうな顔してるじゃねぇか、ジジィにセクハラでもされたか?」

「そんな真似されてたら今頃ボクは返り血で真っ赤に染まってるよ。いや~なんと言えばいいモノかな~」

「?」

 

さり気なく物騒な事を口走りつつ、ユウキは腕を組んで悩ましい表情を浮かべた後、小首を傾げながらジト目で

 

「源外のじいちゃんの所にさ、妙なからくりの女の子がいたんだよ」

「からくりの女の子? え、あのジジィそういう趣味があったの? 引くわー」

「いやじいちゃんが作ったんじゃなくて、なんでもしばらく会ってなかった弟子からいきなり押し付けられたみたいでさ」

 

からくり仕掛けの女の子、ここ最近で文明が急速に進化した江戸であってもかなり珍しい代物だ。

 

要するに家政婦ロボというモノであり、まるで生きた人間の様な見た目をしながら従順に主人からの命令を聞くという、高性能なからくり人形である。故に値段も一般庶民では手が付けられない程高額である。

 

そんなモノがあの男くさいからくりばかりに熱を注いでいる源外の所にあるとは、意外そうな表情を浮かべる銀時にユウキは話を続けた。

 

「そんでそのからくり娘がおかしいんだよね、普通家政婦ロボットって言われた事だけを忠実に行うだけの人形なのにさ、あの子はなんというかこう……物凄くボクにお節介してくるの」

「からくりがお節介?」

「ボクがじぃちゃんにメンテされてる時もずっと向こうからあーだこーだ言ってくるんだよ「女なんだから身だしなみ整えなさい」とか「着物の帯はキチンと巻きなさい」だの、「はしたないから汚い言葉遣いは止めなさい」とか……」

「ほーん、確かにそりゃ妙なからくりだな」

 

からくりに関してはてんで疎い銀時であっても、そういった動きを見せるからくりというのは珍しいとすぐにわかった。

 

そして一緒に話を聞いていた和人も、興味津々の様子でカウンターから身を乗り上げる。

 

「家政婦ロボがそんな発言をするなんておかしいな、アレは感情も魂も無いただのからくりの筈なのに」

「そうなんだよ、だけど本当に人間みたいでさ……感情があるかのように振る舞うからビックリしたよ、ただ一日中ボクの世話をしたがるから疲れちゃったよ……」

「平賀源外はなんか言ってなかったのか?」

「んーじいちゃんはただのお手伝い係としか思ってないのか、あまり関心が無かったみたいだね、『あの野郎が作ったからくりなんざに興味はねぇ』って言ってたし」

 

随分と冷たいな……もしかしたら弟子がそんな高性能なロボットを作った事に嫉妬しているのか?

 

いやいや江戸一番のからくり技師として数々の大発明をしているあの平賀源外がそんなのする訳ないか……

 

それよりもその平賀源外の弟子とかいう人物、もしかしたらあの……

 

和人は頭の中でそんな事を一人考えながら、ますます平賀源外のいる研究所に行きたいと思っていると

 

隣りにいたお登勢がタバコの煙を吐きながら不意に口を開く。

 

「私はそのからくり見た事あるかもしれないね、前にあのじいさんがその子に荷物持たせて一緒に歩いてるの見たよ」

「どんな見た目のからくりでした?」

「見た目は確かに人間みたいだったね、11才位のちっこいガキ、長い金髪で頭の上に麦わら帽子被ってたよ」

「からくりなのに麦わら帽子って……」

「服装も江戸では珍しい格好だったねそういや、なーんか外国のお嬢様って感じの子だったよ」

 

前に見たと証言するお登勢の話に「そうそう」とユウキが頷いてみせる。

 

「そんで自分よりずっと小さいクセにボクの事をずっと気に掛けてくるんだよその子、ボクの事いくつだと思ってるのさ全く……」

「見た目はガキのまんまだからなお前、中身もまだガキだし」

「中身の事に関しては少なくとも君の方がずっとガキだと思うよ銀時」

「大人になろうが常に少年の心を忘れてねぇだけだ、それがジャンプを愛する者の鉄則なんだよ」

「……いい加減卒業しようよ少年ジャンプ、ヤングジャンプの方が面白いのに……」

 

何時まで経っても大人になれない銀時に、ユウキは「はいはい」っと自ら折れて大人の対応をしながらさっさと話を続けた。

 

「それとおかしな所がもう一つあってさ、ボクがその子との会話の中でうっかり銀時の名前を出したら、その子急に反応してきたんだよね」

「は? 俺の名前で?」

「うん、しかも「今度その人連れて来て」って何度もしつこくせがんで来てさ、もうホントにしつこかった……うるさくて仕方なかったから思わずいいよって返事しちゃった」

「からくりと勝手な約束してんじゃねぇよ……てかあり得ないだろそれ、どうしてそんなに俺に会いたがる訳? まだ一度も会った事ねぇから俺の事なんざ知らねぇ筈だろ?」

「その筈なんだけど……なんか気味が悪いよね、ホント物凄く銀時に会いたがってた……」

「……」

 

全く見当が付かない、一体何なんだその不気味なからくり人形は……

 

まさか呪いのからくり人形とかじゃないよなとか怖い事を想像してしまいつつ、頬を引きつらせながら銀時はカウンターの席から立ち上がる。

 

「ったく訳わかんねぇ……誰がそんなからくりなんざに会うかっつーの」

「えーでも約束しちゃったし今度一緒に来てよ、もし銀時が来なかったガッカリすると思うよあの子」

「からくりが約束なんざ覚える訳ねぇだろ、どうせ次に会った時はそんな記憶とっくに消去されてるって、そんじゃ俺は朝の散歩行って来まーす」

 

そう言って銀時は締まりの無い顔をしながら戸を開けて出て行ってしまった。

 

去っていく銀時を見送りながらユウキはしかめっ面を浮かべて

 

「もしそうだったらいいんだけどね……でもなんかあの子って普通のからくりとは違う気がするんだよね……」

「ユウキみたいに本当は人間で、本体が別の所で操作してる可能性は無いのか?」

「最初はそう思ったけどどうやら違うみたい、じいちゃんが言うには正真正銘ただのからくり人形なんだって」

 

もしかしたらと思って言ってみる和人だったが、ユウキ曰くそれも違うらしい。

 

ホントにおかしなからくりだな、いずれ是非とも直接見せてもらおうと、彼は呑気にそんな事を考えていると

 

隣に立っていたお登勢はタバコを手に持ったまま「あ!」っと何かに気付いたかのように口を開き

 

 

 

 

 

 

「あの野郎、どさくさに紛れて家賃払わずにトンズラしやがった!! 待てぇ腐れ天パァァァァァァァ!!!」

 

一杯食わされたことに気付いた時にはもう遅い

 

戸を開けて出て行った銀時は一目散に全速力で駆け出し、逃げてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~どうにかして逃げ出せたな、ったくあのババァ5か月滞納してるだけであんなにキレやがって……」

 

まんまと逃げる事に成功した銀時は

 

スナックお登勢からそんなに遠くはない場所にある一件の店の前へと来ていた。

 

古ぼけたその店に設置されている看板には「北斗心軒」と書かれている。

 

「しばらくまともなモン食った覚えねぇからたまにはいいよな、ここん所頑張ってる銀さんへのご褒美という事で」

 

そう自分に言い聞かせると、銀時は欲望のままガララと店の戸を開ける。

 

殺風景な店内へと入っていくと、奥の厨房から店の者が銀時に気付いて後ろに振り返った。

 

「ごめんなさい、まだ開店前で仕込みの途中だから……ってアレ銀さん?」

「よう、しばらくぶり」

 

奥から現れたのは眼鏡を掛けてやや短めの黒髪のどこかボーイッシュな少女であった。

 

名は朝田詩乃。数年前に訳あって江戸に上京してきた彼女は、半ば店主に拾われた形でこの店で住み込みで働いている。

 

彼女がどうしてこのかぶき町にやって来たのかは銀時も知らないが、この町に来る者は過去を捨ててやって来る者はそう珍しくはないので、銀時もいらん詮索はしていなかった。

 

そしてそんな銀時とは結構な付き合いである詩乃は、開店前にやって来た客が彼だと知って口をポカンと開けている。

 

「どうしたの急に? ウチまだ開いてないし幾松さんも仕入れに出掛けていないんだけど」

「ババァが家賃払え払えってしつけぇから逃げて来たんだよ」

「また家賃滞納してるの……今度は何か月分?」

「ほんのちょっと滞納してるだけだって、たったの5か月分だ」

「それほんのちょっとってレベルじゃなでしょ……いい加減真面目に働いてお金稼いだら?」

「そうだな、じゃあ俺の下で最近働く事になったガキの玉と棒を買ってくれねぇか?」

「いやいらないから、てか朝から汚い話をしないで」

 

ずっと年上であろう銀時に向かって辛辣な返しをしながら、彼女は勝手にカウンターの席に座る銀時に目を細める。

 

「ていうか銀さんの店で働こうとする人なんていたんだ、私なら大金積まれても死んでもゴメンなのに」

「そうか惜しいな、おめぇは眼鏡掛けてるしツッコミも出来るからウチには合うと思ったんだがな」

「……なんで眼鏡とツッコミで採用条件揃う訳?」

「なんだろうな、俺もよくわからねぇけど、万事屋にはなくてはならない存在の気がするんだよ、ツッコミ眼鏡」

「……相変わらず訳わかんない人ね」

 

よくわからない事を呟く銀時に詩乃はどう反応していいのか困惑しつつ、ふと彼が勝手にカウンターの席に座っていた事にやっと気付いた。

 

「って何勝手に席に着いてるのよ、言っておくけどここは避難場所じゃないし店も開いてないの。一度出直してちゃんと開店時間に来て」

「固い事言うなよ、俺はここしばらくチクワとパンの耳しか食べてねぇんだよ、久しぶりにまともな食事にありつけたいんだよ銀さんは」

「さっき言ったでしょ、幾松さんもいないんだから出せるモンも出せないのよ」

「オメェが作ればいいじゃねぇか」

「私はラーメンの事はまだ修行中の身だもの」

「ならラーメンじゃなくてさ、ほら前にオメェ作ってただろ?」

 

意地でも帰ろうとしない姿勢を見せる銀時にウンザリした様子でしかめっ面を浮かべる詩乃ではあるが

 

迷惑そうに思っていてもお構いなしに銀時は人差し指を立てて見せ

 

「なんかかぁちゃんが作った様なパサパサしてる微妙なチャーハン、アレでいいや、一つ」

「そう言われて誰が作る気出ると思ってるのよ!」

「いいじゃねぇか金だってちゃんと払ってやるから、マズかったら半額な」

「あーもうホントに面倒臭い! このまま居座れても迷惑だからそれ食べたらさっさと帰ってよね!!」

「へーい」

 

これでもこの店で数年働いてるし、自分が作った料理にケチ付けられると流石に詩乃もイラッと来たらしい。

 

けだるそうに一応返事だけする銀時を軽く睨みつけた後、彼女はそそくさと厨房で調理を始め出した。

 

その途中でふとカウンターで料理を待つ銀時に、詩乃の方からポツリと口を開く。

 

「そういや前にここに遊びに来たユウキに聞いたんだけど、銀さんってEDOやり出したの?」

「ああ、藍子の奴を貰ったんでたまにユウキと遊んでるわ、それがどうかしたか?」

「いや実はさ……私もやってるんだよねあのゲーム」

「マジ?」

 

見た感じゲームなんかよりも本とか読んでたりするタイプの彼女が漏らした言葉に銀時が意外そうに顔を上げる。

 

「よくそんな金あったなお前、アレ結構高いんだろ」

「住み込みで生活してるとバイト代が溜まる一方だったから随分前に思いきって買ってみたの」

「へー金持ってんだ、ちょっと貸してくんない、家賃5か月分ぐらい」

「自分よりずっと年下の娘に金をたかろうとするなんて恥ずかしくない訳?」

 

死んだ魚の様な目で全く返してくれる信用性が見当たらない銀時にを軽く蔑むような目で見下ろした後、詩乃は包丁を扱いながら話を続けた。

 

「それで私も結構あのゲームやり込んでるからさ、今度あっちの世界で会ったらクエスト手伝ってあげてもいいよ」

「はぁ~ラーメン屋の小娘如きがこの銀さんを手伝ってやるとは大層な口利くようになったじゃねぇか、二十層のダンジョンでやけに硬ぇ敵が出てくるんで何とかして下さいお願いします」

「前半と後半の台詞が全然違うんだけど……二十層か、あの辺はしばらく行ってないし私もよく覚えてないんだよね」

 

銀時の頼みに彼女はザクザクと包丁で野菜を切りながらしかめっ面で呟く。

 

「悪いけど手伝うなら三十層辺りかな? そこまで行ったらパーティに加わってもいいよ」

「んだよ勿体ぶりやがって、どうせ大した腕前じゃないんだろ? そんなある場所まで辿り着かないと仲間に出来ない強キャラみたいな雰囲気醸し出してもわかってんだよこっちは」

「現実の私を見てるだけでわかった気にならないで欲しいわね、こう見えてあっちの世界だとそれなりに有名なんだから」

「眼鏡なのに二足歩行で歩けるとか? そりゃ有名になるだろうよ、普通に気持ち悪いし」

「私のアバターはちゃんと人間だから! なんで眼鏡単体になって操作しなきゃいけないのよ!」

 

フレームを立ててヒョコヒョコと街中を歩く眼鏡をつい想像してしまう詩乃

 

相変わらずぶっ飛んだ発想をする銀時にツッコミを入れつつ詩乃はフンと鼻を鳴らして顔を背けた。

 

「まあせいぜい好き勝手言ってればいいわ、あっちの世界で会ったら嫌という程私の強さお見舞いしてあげるんだから……」

 

そう呟きながら彼女はカウンターでけだるそうに料理を待つ銀時を一瞥する。

 

 

やがて二人はEDOの世界で会う時が来るであろう

 

もしその時が来たら

 

 

 

 

 

 

真っ先に子のマヌケ面の額に弾丸をお見舞いしてやると決めた朝田詩乃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二十話目が終わった所で第二章はこれにて終了、次回からまた新たな展開が始まり銀時やその周りもどんどん成長し続けていきます。

次回の話は銀時がとある理由でまさかのソロでダンジョン攻略を始め

案の定ピンチになった所に駆けつけてくれたのは見知らぬ5人組

そして銀時は彼等から知らされる、かつてこの世界で生きていた亡き恋人のお話を……

次章もお楽しみに待っててください









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疾風怒濤編
第二十一層 その一撃は尻をも貫く


新章スタートです。銀さん一行は更に色々な人達と出会う事となります。お楽しみに

それと春風駘蕩がまたしても本作品のイラストを描いて下さいました!

桐ケ谷兄妹と志村姉弟のデフォルメ絵です


【挿絵表示】


……よりにもよってなんでこの惨劇のシーンをチョイスしたのだろう……

でも描いてくれて本当にありがとうございました!!




「はぁ!? 聞いてないんだけど!? チョベリバなんだけど!」

「いやまあいきなりで悪いとは思ってるけど……チョベリバってなに?」

 

ここは第二十一層地点にある小さな街

 

今日は上へと昇る為のダンジョンではなく、ちょっとしたイベントが起こると言われている特殊ダンジョンへと赴く予定であった銀時であったが

 

共についてくる予定であったキリトからとんでもない報告を受ける羽目になった。

 

「ちょっくら耳寄りな情報をアルゴの奴から貰ってさ、俺としてはそっちを優先したい訳でして……」

「じゃあ何か、テメェは俺と一緒に行く予定だったダンジョンじゃなくて、俺がまだいけないもっと高難易度のダンジョンへ行くっつうのか?」

「なにせ五十五層のダンジョンだからな、そこで俺達ベテランが待ちに待ったとんでもないモンが手に入るって聞いたら、そらもうゲーマーとして行くしかないだろ」

「テメェなに開き直ってんだぁ!!」

「どふッ!」

 

後頭部を掻きながらヘラヘラ笑って悪びれもしないキリトの顔面に右拳のどストレートをかます銀時

 

ここが街中でなかったらキリトのHPはかなり減っていたであろう。

 

「俺との約束をドタキャンして何一人で強くなろうとしてんだコラ! 俺とダンジョンどっちが大事なのよ!」

「彼女か! ドタキャンは悪いと思ってるけど仕方ないだろ! ようやく『神器』を手に入れる事の出来るまたとないチャンスなんだよ!」

「神器? 何それ?」

「あー神器ってのは……」

 

聞き慣れない言葉を用いて来たキリトに銀時が頭の上に「?」を浮かべると、キリトはめんどくさそうにいつもの様に説明をしてあげようとするのだがその途中で

 

「……いや、やっぱりいいかここで説明しても今のアンタにはまるで関係の無い事だし」

「はぁ!?」

「要するにEDOの中でも極めてレアな類の代物なんだよ、まだ初心者の段階から抜け出せてないアンタじゃ到底手に入らない、いやむしろ一生見つけ出す事さえ出来ないかもしれないな、俺でさえまだ情報しか掴んだ事無いんだから」

「相変わらずこっちの世界では上から目線だなコイツ……いい加減初心者扱いすんじゃねぇよ! こちとらもうここまで進めてるんだからお前等と一緒の枠に入れてもいいじゃねぇか!」

「いやいや、俺達の枠に収まるにはまだまだまだだって、俺がここに至るまでかかった時間は丸二年だぞ? 経験が足りなすぎるし、メニュー操作さえ未だにおぼつかないし、まあ気楽に頑張って……」

「男女の交際さえ経験してねぇ童貞のお前が俺に経験云々を語るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「どるべッ!」

 

今度はドヤ顔で先輩風を吹かせながら調子に乗った様子で語りかけてくるので

 

またもや銀時がキレて彼の顎に左アッパー。

 

「神器だかキンキキッズだか知らねぇが欲しかったら勝手に取って来いバカ野郎! こうなったら俺は俺一人で行く予定だったダンジョン行ってくっからな!」

「アゴ取れてないよな……悪いけどソロ未経験のアンタじゃ未開のダンジョン攻略なんて止めといた方が良い、てかユウキはどうしたんだ? ユウキがいれば二人で行けるだろ?」

「アイツはガス欠だ」

「ガス欠!?」

「定期的にガソリン飲まねぇとあのからくりの身体は動かなくなるのは前にオメェにも言っただろ」

 

毎度毎度常に銀時と一緒にこっちの世界に入っているユウキだが、今日はまだ彼女の姿を見ていない。

 

銀時は腕を組みながら顔をしかめる。

 

「ここ最近仕事もロクに無かったからアイツのガソリン代も払えなくなっちまったんだよ、だから今のアイツは機能停止状態だ」

「ホント仕事無かったからな……」

「まあそれをみかねたババァが歓楽街の客引きの仕事やるって依頼を貰って来てくれたから、今晩それやってなんとかガソリン代の金位稼いでくるわ」

「アンタってホントユウキには優しんだよな、その優しさをどうして俺にも分けてくれないんだ……」

「あ、お前もちゃんと参加しろよ、俺の部下なんだから」

「いやいいけどさ……でも客引きの仕事を未成年に強制させる大人ってどうなんだろうか……」

 

ペッと唾を地面に吐きながらこちらに目を細めながら命令してくる銀時に、先程ドタキャンした罪悪感もあって内心嫌がりつつも渋々従うしかなかった。

 

「じゃあ今日の夜までにお互いにここでの用事済ませる事にしようぜ、でもアンタはやっぱソロでダンジョン行くのは止めて置いた方が良いぞ」

「ふざけんな、散々俺の事を初心者扱いしやがって、ここいらでちょっとテメェを見返してやらねぇと気が済まねぇんだよ」

「あっそ……なら俺は俺でアンタじゃまだ辿り着けない『神器の入手』に行ってくるよ」

 

このままキリトにナメられ続けるというのもなんだか癪なので、ムスッとした表情を浮かべながら銀時は断固譲らない。

 

キリトもついて行ってやりたい気持ちもほんのちょっぴりはあるが、やはりこの世界で冒険する者なら誰でも欲しがるであろう超が付く程のお宝を手に入れるチャンスをここで失いたくはなかった。

 

「でも残念だな、神器を手に入れることが出来たら、またアンタと俺の差が広がるんだぜ?」

「ケッ、言うだけ言ってろ、見てろよガキンちょ、今日俺は一人前の冒険者となってその差って奴を埋めてやらぁ」

「はいはい……ま、無理だと思うけど何事も経験だし頑張ってみれば良いんじゃないか? 今まで俺がどれだけアンタの事を助けてやっていたのか、嫌と言う程実感できるは筈だし」

「……」

 

肩をすくめながら小馬鹿にした感じで見送るキリトに、銀時は苦々しい表情を浮かべて舌打ちした後

 

たった一人、一度も行った事のないダンジョンへと赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから三十分後

 

「迷ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ここどこぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

暗い森の中で叫び声が木霊する。

 

初のソロダンジョン攻略に挑戦した銀時は、早くもピンチに陥っていた。

 

ここはプレイヤーの間では迷いの森などと呼ばれている特殊ダンジョン

 

一度入れば複雑な迷路のようになっており、一旦迷うと同じ所を何度も回る羽目になってしまい、ベテランプレイヤーでもここを単独でクリアするのは至難の業だ。

 

意気揚々と入り口から入った銀時であったが、ここのダンジョンのシステムを把握すらしてなかった銀時は、あっという間に森の中を彷徨う羽目になってしまったのである。

 

まだお昼の時間だというのに森の中には光が差し込まれず、辺り一面が暗く不気味だ。

 

嫌な雰囲気を感じつつも銀時はキョロキョロと見渡しながら、一体何処へ進めばいいのか途方に暮れていた。

 

「すんませんやっぱ俺帰るわ! キリト君の言う通り俺にはまだここ早過ぎたわ! という事で誰か出口教えてくださいお願いします!!」

 

暗くなっているおかげでロクに見えない状況で、銀時はあっさりとダンジョン攻略を諦めて帰ろうとする。

 

しかしその帰り道さえもうわからない。

 

「もしもーし!! 誰かいませんか~!? ってうおッ!!」

 

暗闇に向かって両手を口に当てて必死に叫んでいると、銀時の目の前から何かが迫って来たのを感じて、ヒラリと横に逸れてなんとか回避する。

 

迫って来たものの正体は、ギザギザに尖った鋭い二つの牙であった。

 

「うえぇぇぇ! なんだこのでけぇムカデ! 気持ち悪ッ!!」

 

奇襲をかけて攻撃してきた相手はこのダンジョンに棲息する2メートルぐらいの巨大なムカデ型のモンスターであった。

 

大きな体で口下に着いた二本の牙を小刻みに震わせながら、こちらに腹を見せながら何十本もある足をワシャワシャと動かす姿は現実で見る時よりも数倍気色が悪い。

 

いきなりこんなのが現れた事に銀時は一瞬青ざめて面を食らうも、すぐに一歩前に踏み出し

 

「チィ!!」

 

右手に持っていた得物、『物干し竿』の刃を光らせ銀時は巨大ムカデを一刀両断してしまう。

 

この周りに誰もいない無い暗闇の森の中、銀時はもっと”別の存在”が出てくるのではと恐れていたのだが、相手が虫であったら怖くもなんともない。

 

「ムカデなんかでビビッてちゃかぶき町に住めねぇんだよ、こちとらずっとゴキブリ先輩と同居してんだバカヤロー、おまけに最近じゃゴキブリみたいな部下まで出来たんだぞ」

 

一撃で葬ったムカデを見下ろしながらケッと吐き捨てる銀時であったが

 

「あん?」

 

再び奥からワシャワシャと嫌な気配を感じる。

 

案の定巨大ムカデは一匹ではなかった、次から次へと同じ虫型のモンスターが列を乱さずに流れ込み

 

芋虫やアリ、蛾やバッタなどと様々な虫が巨大化した姿で、あっという間に銀時を囲んでしまう。

 

「ったくここのダンジョンのモンスターは全部こんなのばっかなのかよ……流石に集団で現れると鳥肌立つわ」

 

大量の虫軍団に囲まれながらも銀時はまだ余裕と言った態度で周りを見渡し、得物を両手に構えながらまずは目の前にいる芋虫型のモンスターに飛び掛かる。

 

「森なんだから妖精とかユニコーンとかそういうファンタジックなデザインのモンスター用意しとけよ! こんな気持ち悪いのばっかり相手にしてたらやる気でねぇわ!!」

 

そう叫びながら銀時は芋虫を一撃で葬り、近寄って来る虫モンスターを片っ端から斬り捨てていく。

 

何体、何十体ものの虫達を相手に銀時は全く怯みもせずに、襲い掛かって来る連中の攻撃を避けながら何度も相手の急所を捉えてクリティカルヒットによる一撃必殺を浴びせていく。

 

「おらおらそんなんじゃこちとら欠伸出ちまうぞ! 欠伸と一緒に屁も出ちまうぞ! もうちょっとやる気出して襲ってこいや虫けら共!!」

 

それは一般的なプレイヤーの動きとは全く別次元の殺陣であった。

 

愛刀である物干し竿は高い攻撃力を誇る得物ではあるが、HPバーが半分以下に達してないと装備出来ない特殊武器

 

故に銀時はダンジョンに潜る際は常に半分以下のHPの状態を維持している。

 

今回もまた例に漏れず銀時は最初からHPを半分以下に調整して挑戦しているので

 

ここにいるモンスターの攻撃を一度でも食らえばすぐに致命傷に陥る。

 

しかし相手の攻撃を回避する事に関しては、キリトやユウキからお墨付きを貰うほどに銀時はこのゲームを始めた時から上手い。

 

おまけに回避行動を行いながらも相手の急所を確実に捉えるカウンターも得意とし、その常人離れしの戦い方は素直にキリトも認めている。

 

当たらなければどうという事はない、という言葉を体現しているかの様に銀時はそのスタイルでずっとここまで来たのだ。

 

そして更に驚きなのは、この銀時の動きは現実世界での動きよりも遥かに劣化しているという事だ。

 

故にこれはまだ成長の途中段階に過ぎない

 

「はいこれで終わりぃ!!」

 

最後に残った蛾の様なモンスター目掛けて大きくジャンプすると、ザンッ!と斬り伏せて銀時はあっという間に戦いを終了させてしまうのであった。

 

「やべぇ、どうやら銀さんはこのゲームを完全に極めちまったようだ、自分で自分が怖ぇよ、ゲームでも無敵とか半端ねぇよ」

 

死骸となったモンスター達を眺めながら銀時は満足げにドヤ顔を浮かべ、自分の成果を自画自賛し始める。

 

「こりゃあもうキリトとユウキも俺の事を認めざるを得ないみたいだな、今度からアイツ等には常に敬語を使わせる事にしよう、呼び方も「銀時様」に決定だ、いややっぱ「火影」とか「海賊王」とかの方がいいな」

 

二人にどう呼ばれるか想像しなが一人ほくそ笑む銀時、だが……

 

「ん?」

 

プスッと額に何か刺さったかのような感触を覚えた。

 

ふと目の前を見ると誰もおらず、試しに自分の額を触ってみると

 

「何コレ? 蚊?」

 

額に何か付いてたのでそれを取ってみると、先程の巨大な虫達とは違い、現実世界と同じ標準サイズの蚊みたいなモンスターであった。

 

「ま、ここまで小さかったらそりゃ見逃すわな、けどたかが蚊の一撃程度でこの海賊王が倒される訳……」

 

両手でパチンと蚊を潰しながら、全然問題ないと銀時は余裕の態度で一人呟きつつ自分のHPバーをチラリと見てみると……

 

徐々にだが少しずつ減っていた

 

「ってオイィィィィィィィ! 俺の体力どんどん減っていってるじゃねぇか!」

 

よく見ると自分のHPバーの枠が紫色になっている。これはEDOにおけるバッドステータスに陥っているという事を現し

 

そして紫色という事は「毒状態」

 

「まさか毒になってんのコレ!? おいおいまさか変な女から病気染されたとか!? 全然見覚えねぇんだけど! つうかそもそもここ最近御無沙汰なんだけど!」

 

大方原因は先程の蚊の攻撃によるモノであろうが、銀時は全く見当違いな事を言いながら急いで指を動かしてアイテムメニューを目の前に出現させる。

 

「ええっとどくけし草ってどれだっけ? いや待てよ、そもそもどくけし草って名前だったか? つうか俺は毒を消すアイテムとか持ってたっけ?」

 

戦闘方面についてはベテランプレイヤーにも引けを取らない銀時ではあるが、彼がまだ未熟な所はここにある。

 

このEDOにおける基本知識だ。

 

一向に慣れず、おぼつかない操作で長い時間をかけながら必死に毒を消すアイテムを探す銀時

 

しかし

 

ブスリっという下半身から来た鋭い感触が、銀時の操作を止める。

 

「あれ? なんか今度はこっちの方に違和感が……」

 

次は何だと銀時はしかめっ面を浮かべつつ、違和感を感じた自分の”お尻”の部分を振り返って見下ろすと

 

金色にテカテカと光る50センチぐらいの大カブトムシが、自慢の鋭く尖ったツノを見えなくなるぐらい思いきり自分の尻に突き刺していたのだ。

 

「アァァァァァァァァァーッ!! なにコイツいつの間に俺のケツにカンチョ―しやがってッ! ふざけ……!」

 

痛みが無いのは救いだが、それでも尻に異物がぶっ刺さるという生々しい感触はかなり精神的に来る。

 

銀時は雄叫びを上げつつ急いで尻を襲ったカブトムシを抜こうと手を伸ばすのだが……

 

「うご! な、なんか急に全身が痺れて来た……!」

 

全身にビリビリと痺れる感覚が銀時を襲い、そのまま彼は前からバタリと倒れてしまう。

 

カブトムシが刺さった尻を突き出したままというなんともマヌケなポーズで

 

紫色に染まっていたHPバーが今度は黄色の点滅も追加される。

 

これもまたバッドステータスの一つ、いわゆる「麻痺状態」であった。

 

「ま、まともに動かせられねぇ……! ヤベェこんな状態でまたモンスターに出くわしたら……!」

 

己の状況が徐々に深刻になっている事に気付いた銀時は、痺れる身体をなんとか動かそうとするも、残念ながら麻痺による硬直時間はゲーム上の仕様なので自分の気合で解除するとかは不可能である。

 

毒と麻痺を食らい、どんどん減っていくHPバーを眺める事しか出来ない銀時の顔には焦りの色が出始めた。

 

「だ、誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰か助けて下さぁぁぁぁぁぁぁぁい!! ヘルス! ヘルスミィィィィィィィ!!!」

 

ダンジョン内で身動きが取れないというのはご自由に攻撃して下さいと言っている様なモノ

 

必死に叫び声を上げながら通りすがりのプレイヤーでもいないのかと願っていると

 

「あり~? なにマヌケなポーズで寝てんですかぃ旦那」

「!?」

 

ふと背後からつい最近聞いた様な声が飛んで来た。

 

振り返りたかったが動くに動けない銀時の前へ、ヒョイッと一人の男が一つに結った長髪を垂らして顔を覗かせて来た。

 

「ちなみにヘルスミーじゃなくてヘルプミーでござる」

「お前は! あの娘っ子二人の仲間だった野郎!」

「ソウゴでさぁ、名前覚えといてくだせぇ、でござる」

 

現れたのはあの血盟騎士団の副団長・アスナと縁の深い人物、エセ人斬り抜刀斎ことソウゴであった。

 

思わぬ助け船に銀時が顔だけを驚かせていると、彼は目の前でしゃがみ込みながらジト目で

 

「およ? あのガキ二人がいないって事は今日は一人でダンジョン攻略に? 奇遇ですね俺も今日はソロで来てるんですよ、毎日小娘のお守りなんてめんどくさくて仕方ねぇんで気晴らしにね」

「いやそれはいいからさっさと助けろよ! まんげつそうなりどくけしそうなり持ってんだろ!」

「そもそも俺はあの小娘共嫌いなんですよ、チャイナの方は言わずもがなですが、もう一人の方はとことん仲が悪くていつも生意気言ってくるんでさぁ。ガキの頃しょっちゅう泣かしてやった事を根に持ってるんでしょうねきっと、あの時に反抗できないぐらいもっと泣かせとけば良かったと未だに後悔してるんですよ俺」

「だから助けろつってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! なにこの状況で普通に世間話始めようとしてんだ!」

 

HPバーがそろそろ赤色に点滅しかけて焦りながら怒鳴り出す銀時に、ソウゴはやれやれとサッと指を振ってすぐに画面から毒を治すポーションをヒョイッと取り出して銀時の口に

 

「はいこれで毒は治りますぜ、でござる」

「ぶ!」

 

乱暴に瓶を突っ込んで銀時に一気に飲ませると、ようやく彼の毒状態は解除された。

 

「もしかして旦那、ソロプレイでのダンジョン攻略は初めてですかぃ? 言っておくがソロで動く時は前々から念入りに準備をしねぇとすぐにおっ死んじまうんですよ。情報屋からマップを買って出現するモンスターやアイテムのチェックをやっておかねぇと、そんな風に敵地でケツ突き出したまま動けなくなっちまってたらソロなんてとてもじゃないけどおススメ出来ませんぜ」

「わざわざアドバイスありがとよ……てかまだ痺れてるんだけど俺! つかまだカブトムシがケツに刺さってるし早く両方共なんとかしてくれ!」

「やれやれ注文が多くて仕方ねぇ、もし血盟組の副長殿が同じ状況になっていたら俺はこの上ない至福の時を過ごせるっつうのに、旦那じゃ虐めても面白くねぇや」

「……お前等本当に仲間?」

 

呆れたように首を振りながらも、ソウゴは銀時の為にまたアイテム欄から麻痺を治す為の薬を取り出そうとする

 

だが

 

突如ソウゴの背後から何者かが襲い掛かり、彼の尻にブスリ!と思いきり刺した。

 

すると一瞬驚いた表情を浮かべるとフッと笑い、ソウゴは銀時と同様バタリと前のめりに倒れ

 

「へ、俺とした事がドジちまったぜ……」

「ソウゴくぅぅぅぅぅぅん!!」

「コイツは『ゴールデンヘラクレスカンチョーカブト』……プレイヤーの背後に忍び込み、そのケツのみ狙いを定めて角を突き刺す事だけを目的とするモンスターでさぁ、刺されたプレイヤーは俺と旦那同等長時間のマヒ状態になっちまうんです」

「カンチョ―されたまま冷静に説明してんじゃねぇよ! どうすんだよコレ! 二人共身動きとれねぇじゃねぇか!」

「こりゃ誰かほかのプレイヤーが通り過ぎるのを待つしかねぇですね。今日はこのダンジョンに来る奴は多いでしょうしきっとすぐ来まさぁ、おっと噂をすれば……」

 

二人で向かい合ったままカブトムシに尻を刺されたまま倒れているというなんともシュールな光景でいると

 

ガサガサと何かが近づいて来る気配がしたのでソウゴは首だけを動かしてそちらの方へ振り向くと

 

 

先程説明したばかりのゴールデンヘラクレスカンチョーカブトの大量の群れがワシャワシャと音を立てて一斉にこちらに近づいて来ていた。

 

 

「あ、プレイヤーじゃねぇモンスターの方が先に来やがった、しかも俺達のケツに刺さってる奴と同じ奴」

「ギャァァァァァァァァァ!!! ケツにカンチョ―してくる奴がこんな大量に出て来たぁ!」

「間違いねぇ、きっとコイツ等は身動き取れねぇ俺達のケツを代わりばんこに刺しまくるつもりだ」

「なにその誰も得しないシチュエーションは!? このままだと銀さんの尻の穴が大変な事になる! 痔になる!」

 

最悪なタイミングかつ最悪なモンスターの集団を前にして銀時はなんとか動こうとするも未だ麻痺は治らない。

 

大量のカブトムシは格好の得物とばかりにどんどん距離を縮めて近づいて来る。

 

万事休す、このままキリトの言う通り成す総べなく簡単にやられてしまうのかっと銀時が覚悟したその時

 

 

 

 

 

 

「テツオ! ササマル! 前衛に出て敵の隊列を乱せ!」

「了解!」

「がってん!」

「!」

 

もうダメかと諦めかけていたタイミングで不意に木霊する声に

 

銀時はハッと目を見開くと

 

「おらおらぁ! 道空けろコンチクショウ!」

「まずは俺達を倒してからこの先進んでみろぃ!!」

 

大量のカブトムシを前に、二人の少年が立ちはだかり、一人はメイス、もう一人は槍を持ち、威勢の良い声を上げながら

 

倒れている銀時とソウゴの目の前でバッタバッタと薙ぎ倒していく。

 

「日頃の行いの賜物だねーソウゴ君、どこぞの役立たずと違って頼りになりそうな奴等が来てくれたよ」

「旦那、あっち見てる所悪ぃんですが、すぐ後ろにまた別のカブトムシがケツを刺そうとしてやすぜ」

「あぁぁぁぁぁぁ!! 止めて! 銀さんの穴に二本も入らない!」

 

後ろに振り返ることが出来ない銀時に代わって、目の前の沖田が冷静に彼の状況を報告。

 

少年二人が倒し切れなかったカブトムシが左右に角を振りながらゆっくりと銀時の背後に忍び込もうとする。

 

するとそこへ

 

「危ない!」

 

三人目の少年が華麗にカブトムシの前へと立ち塞がり、手に持った片手剣で勢い良く吹っ飛ばした。

 

「二人共キチンと敵を倒しておけよ! 倒し損ないがこっちに侵入してるぞ!」

「わりぃダッカー! そのまま俺達の背後で溢れた奴等を倒してくれ!」

「全く、戦い方が荒いんだよ……すみませんちょっと行って来ます」

 

前衛で敵を倒していく二人に向かってため息を突いた後、ダッカーと呼ばれた少年は苦笑しながら銀時達の方へ一礼すると、彼等の背中を護るかのように一緒に戦い始めた。

 

銀時とソウゴはしばらく呆然とその戦いを眺めていると

 

「あー良かった、なんとか間に合ったみたいですね」

「?」

 

駆け足でやってきた4人目の少年が、安堵の表情を浮かべながら優しく笑いかけて来た。

 

見覚えのない少年に銀時はパチクリと瞬きしてると、彼の隣に一人の少女が現れる。

 

「ケイタ、二人共麻痺状態になってるみたい、挨拶する前にさっさと回復させてあげないと」

「あーそうだった! それじゃあサチはお二人の手当てを頼む、俺はまだ近くにいる敵を……」

 

ケイタと呼ばれた少年はすぐにその場を後にしようとする

 

その時銀時とソウゴは、こちらをやや緊張した面持ちで見下ろしてくる少女をジーッと眺めた後

 

「それじゃあのすみません、俺のケツのカブトを抜いて下さい」

「俺もお願いしやーす」

「ええ!?」

「なんかもうケツに異物突っ込まれた感覚が嫌でしょうがねぇんだよ、早く抜いてお嬢さん、君の手で銀さんのカブトを抜いて」

「俺のカブトも遠慮なく抜いてくれ娘っ子」

「いやその……まずは麻痺の回復を……!」

「いや回復より先にカブトだろ、俺のケツの奥底に引っかかるこの巨大でテカテカしたカブトを早く抜い……」

「あの二人共ー! サチに対してそういうセクハラは止めてくれませんかぁ!」

 

尻に刺さるカブトを抜いてくれと妙に生々しい言い回しをしながら頼んで来る銀時とソウゴにサチはオロオロしながら困惑していると、先程行ったと思っていたケイタが急いでこちらにやってくる。

 

「見るからにピンチな状態なのにどうしてそう余裕な態度出来るんですか! カブトなら俺が抜きますから!」

「いやいいって、俺はこのお嬢さんに抜いてもらうから」

「おい早く抜いてくれよ、その震える手で俺のケツを拝みながら抜きやがれ」

「凄いなこの二人! この状況下でもなおセクハラを止めないぞ! いっそ清々しい!」

「いや感心しないでよ……」

 

お尻を突き出して硬直状態にも関わらず、二人はただサチに対して視線を一点集中させながらセクハラ発言の連発。

 

ここまでくると逆に凄いと驚くケイタに、サチはジト目で静かにツッコミを入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後

 

プレイヤーの尻にツノを刺すという凶悪なモンスターをなんとか退けて

 

4人の少年と1人の少女は改めて銀時とソウゴの前に立った。

 

二人はあの後無事に回復を施され、尻に刺さっていたカブトも抜いてもらう事に成功。

 

ちなみに二人は赤面するサチに強要していたが、埒が明かないと無理矢理ケイタが後ろから引っこ抜いた

 

 

「危ない所でしたね二人共、まだ体に異常とか残ってませんか?」

「いやぁ大丈夫大丈夫、ホント助かっ……あー! ケツが二つに割れてんじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!」

「旦那、そりゃ元からです」

 

自分の尻をさすりながらショックで叫ぶ銀時にソウゴは冷静に諭した後、5人組の彼等の方へと振り返った。

 

「助けてくれた事には感謝するぜ、だがなんで俺達がここにいるって気付いたんでぃ、でござる」

「いやいやアレだけ森の中で絶叫上げてれば普通気付きますよ」

「おい、この人もしかして血盟騎士団の所の副団長の配下に属してる人斬りソウゴじゃないか?」

「人斬りソウゴってあの傍若無人にして容赦無しに不正プレイヤーを徹底的に弄ぶドSの!?」

「もしかして俺達、とんでもなくヤバい人を助けちまったんじゃないか……?」

「後ろのガキ三人聞こえてるぞ、俺がいつあのおてんぱ娘の部下に成り下がったんだ」

 

5人の先頭に立つケイタに話しかけていると、背後の少年三人組がヒソヒソとこちらを目配せしながら声を潜めて喋っているのをソウゴは見逃さない。

 

色々言われているが、副団長・アスナの部下と言われた事にはカチンと来ているらしい。

 

「俺は別にあそこのギルドに属している身じゃなくてちょいと身を寄せているだけでぃ。拙者はあくまでただの流浪人であって勘違いしてるとテメェ等も不正プレイヤー同様輪切りにするでござる」

「す、すんません!」

「ああ許してください、コイツ等ホント街中の噂話とか聞くの好きなもんで」

「おいズルいぞケイタ!」

 

腰に差してる刀をチャキッと抜こうとするソウゴの動きにいち早く反応して三人組の中の一人が謝ると、後頭部に手を回しながらケイタも非礼を詫びる。

 

「改めて自己紹介させて頂きますソウゴさん、俺達は『月夜の黒猫団』っていうギルドでして。今日は第二十層にある特殊ダンジョンである物が手に入ると聞いてやってきてたんですよ」

「月夜の黒猫団? てんで聞いた事ねぇギルド名だな」

「まあホントに小さなギルドですからね、リアルでの知り合い同士の5人で結成した組織ですし、ギルドと言うよりサークルと言った方が正しいかもしれません」

 

月夜の黒猫団……そう名乗るこのケイタと言う少年がきっとリーダー格なのであろう。

 

しかしソウゴのよく知る血盟騎士団に比べれば弱小もいいとこであろうが

 

先程見事に少数で集団の敵を撃退した動きから察するに、中々良いチームだという事はわかる。

 

「ま、名前だけは覚えておくぜぃ、ツラは揃いも揃って似た様な面構えだから覚える気ねぇけどよ」

「ハハハ……あの人斬りソウゴにギルドの名前だけでも覚えてもらえれば光栄ですよ」

 

かなり失礼な事を言って来るソウゴに対し、ケイタは苦笑しつつ、ふと隣で呆然と立ちすくしていた少女・サチの方へ目をやる。

 

「さっきからずっと黙ってるけどそうしたサチ? まだこの二人にセクハラされた事を根に持ってるのか?」

「ち、違うわよ! ビックリして固まってたの! この銀髪の人が持ってる武器を見てよ!」

「武器? ってああ!」

「あん?」

 

サチが気になっていたのは銀時が右手に握っていた長刀

 

彼女に促されてケイタもそれをまじまじと見つめると、何かに気付いたように目を大きく見開いて見せた。

 

「ひょ、ひょっとしてそれって『物干し竿』ですよね!?」

「なんでオメェ等が俺の刀の名前知ってんだ?」

「知ってるも何も……あ! よく見たらあなた!」

「おいこの人もしかして!」

「嘘だろオイ! こんな偶然ってあんのかよ!」

 

やや興奮した面持ちで尋ねて来るケイタに銀時は口をへの字にして顔をしかめていると

 

ケイタに続いて後ろの少年達も我先にへと銀時の方へを身を乗り上げる。

 

「モジャモジャの銀髪天然パーマ!」

「死んだ魚の様な目!」

「いつもけだるそうな口調で締まりの無い顔付き!」

「よし、お前等が全員まとめてゲームオーバーにされたいってのはよくわかった」

「違います違います! 実は僕等はですね!」

 

自分の特徴を次々と挙げていく彼等に銀時は仏頂面で得物を肩に掛けながら軽く脅すと

 

慌ててケイタが事情を説明しようとする、しかしその前にサチが銀時の方に一歩歩み寄り

 

「実はずっと前にあなたの事をあの人から聞いていたんです! それから私達もあなたの事を探していました!」

「は? いきなり何? ちょっと話が良く見えねぇんだけど」

「あの、念の為確認させて頂きますけど……」

 

銀時は彼等とは間違いなく初対面だ、現実世界でも彼等とは出会っていない筈。

 

一体全体、どうして彼等が自分を探していたのかと銀時が疑問を覚えていると

 

恐る恐るサチは彼に向かって

 

 

 

 

 

 

「”ランさん”の恋人の坂田銀時さんですよね?」

「はぁ!? ランってもしかして……! てかお前今俺の名前を!」

 

ランという名前と、自分の現実世界での名前をフルネームで呼ばれて銀時は驚いた。

 

ラン、それはかつて銀時と深い関係にあった女性・藍子の仮想世界でのもう一つの名前

 

サチの口から放たれたその名に銀時は一瞬思考が停止した。

 

 

 

そして銀時は彼等から聞く事になる

 

現実世界とは違う、仮想世界での彼女のもう一つの顔を

 

 

 

 

 

 

 

 

 




基本的にこの作品の主要陣の中にはロクな奴がいないので

月夜の黒猫団の彼等がより聖人に見えてきます

それでは感想お待ちしております!


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第二十二層 知りえなかった貴女の別の顔

今回はランの昔話があります、原作では彼女は未登場なのでこちらで色々設定弄ってます

まあ原作に登場してようが主人公だろうがメインヒロインだろうが弄りますけどね私は



これは今から少し前のお話

 

寺子屋でパソコン研究会という集まりに入っていた5人の男女はちょっとした軽いノリで最先端MMORPG・EDOのゲームを始めた。

 

仮想世界という未知の領域にダイブし、そこでは現実世界ではお目にかかれない幾度の出来事に最初は恐怖したり戸惑いはしたものの

 

その折に、彼等はとある人物と出会えた事でこの世界で冒険する事が徐々に楽しくなっていった。

 

その人物の名は……

 

 

 

 

 

 

「遅いな二人共……約束の時間にはいつも俺達より先に着くぐらいなのに」

 

5人の男女の一人でリーダー格のケイタは、心配そうに自分のメニューに映るメールボックスを見ていた。

 

EDOの世界を体験して早数か月、そこそここの世界に慣れてきた5人はいよいよある特殊ダンジョンへ赴いていた。

 

二十層にある複雑な迷路で構成された虫型モンスター多めの森のダンジョン。

 

最深部には誰もが欲しがるお宝が出るという情報を聞いて、五人は意気揚々と入り口に集まっていた。

 

しかし肝心な、このダンジョン攻略を行う為にはなくてはならない存在の人物が二人来ていない。

 

すると近くの木に寄りかかって暇を持て余してそうなテツオがふと

 

「なんか現実世界でトラブルでもあったんじゃねぇの? 前に二人共病持ちでずっと入院してるって聞いたし……」

「ちょっと心配だよな、もしかして容体が急変したとか……」

「止めてよそんな不吉な事言うの!」

 

テツオと隣にいたササマルがやや不安そうな表情で会話している所を、紅一点のサチが大きな声で怒鳴りつける。

 

「仮想世界だからって言って良い事と悪い事あるでしょ!」

「わ、悪い……っていきなり怒るなよ! なんだよ珍しく大声上げて!」

「怒るのも無理ないよ、サチにとってあの二人は憧れだもんな」

 

急に怒鳴られてビックリするササマルに、ため息交じりにダッカーが窘める。

 

「とにかく彼女達抜きでは今の俺達じゃダンジョン攻略は不可能だ。二人がこのまま来なかったら大人しく諦めて、二人が連絡できる状態にあるか調べておこうよ、ケイタ」

「そうだな、でもみんなが心配してるような事は無いと思うよ。あの人いつも「まあ私もう長くないんだけどね」って言ってる割には元気そうにしてるし」

 

そう言いながらケイタはハハハと苦笑していると、入り口で待つ彼等の所にフラリと一人の人物が歩み寄った。

 

「……ごめん遅れた」

「あ! 噂をすればユウキさん!」

 

やって来た人物は小柄でありながら大胆な動きで敵を翻弄させる事を得意とする熟練女剣士・ユウキであった。

 

待っていた人物の二人の内の一人がやって来た事にケイタは嬉しそうに顔をほころばせるも、すぐに彼女の表情を見て気付く。

 

「あれどうしたんですか? いつも笑顔でハイテンションなユウキさんがやけにテンションだだ下がりみたいですけど」

「……いやうん、ちょっと姉ちゃんがヤバい事になっててさ……」

「お姉さんがどうかしたの!? ま、まさか!」

「そんな!」

 

明るく活発でなんにでも楽しんでプレイしている彼女が、今日は何処か浮かない表情で声もボソボソ気味で小さい。

 

その様子を察してケイタはまさか何かあったのではと絶句し、サチもまた口を両手で押さえて恐れていた事が起きたのではとショックを受けているみたいだが

 

ユウキはそんな彼等に申し訳なさそうに目を逸らすと

 

「いやそういうヤバいって意味じゃなくて……ちょっと特殊なヤバいって感じで……」

「へ?」

 

自分でもどういえば良いのか困ってる様子のユウキにケイタが少々戸惑っていると

 

「おう、待たせたなお前等コノヤロー」

「は! その声は! どうしたんですか一体! ユウキさんから聞きましたけどなんかヤバい状態になって……」

 

背後から聞き慣れた女性の声が飛んで来た。

 

ケイタはすぐにその声の主が誰かと気付くと、笑顔で彼女の方へ振り向く

 

しかしそこにいたのは

 

 

 

 

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ、倦怠期ですかコノヤロー」

 

雲の描かれた空色の着物を着飾った銀髪ロングの

 

わざとらしく死んだ目をしながらけだるそうな雰囲気を無理矢理醸し出そうとしているユウキの双子の姉・ランだった、

 

「愚妹に散々止められて来るのが遅れちまったぜ、今日も張り切って冒険すっぞコノヤロー」

「え?……どうしたんですか”ランさん”?」

「どうもこうもいつものランさんだろうがコノヤロー」

「ホントどうしたんですかランさん!? なんか変なモンでも食いました!?」

 

首を傾げながら慣れない感じでぶっきらぼうな口調を使ってみせるランの姿にケイタと一同はひどく困惑気味に

 

中でも彼女と得に仲が良かったサチは素っ頓狂な声を上げて

 

「その恰好と口調は!? 前は綺麗な黒髪だったのに!」

「うるせぇコノヤロー、ランさんだってたまにはイメチェンしたい時もあるんだよコノヤロー、そういうお年頃なんだから気にすんなコノヤロー」

「なんか口調まで変えてすっごい無理して行ってる感じが伝わってくるし! 何があったんですか一体!?」

「あー……んとね」

 

口をへの字にしながらいきなり喧嘩腰で向かって来たランにサチが戸惑っていると、一連の流れにユウキが眉間にしわを寄せながら困り顔で入って来た。

 

「ここ最近の姉ちゃん恋人の真似をして楽しむっていうロールにハマっててさ……そんで今は絶賛そのロールを楽しんでるって訳」

「えーと……確かロールって自分が演じてみたい口調や設定を作って、それを実際に自分でやって楽しむプレイスタイルだっけ?」

「そうそう、でも流石に君達にはこんな恥ずかしい姉の姿を見せたくなかったから必死に止めてって言ったんだけど全然聞かなくて……」

 

どうやらランはオンラインゲームではよくあるロールプレイにハマってしまったらしい。

しかもその演じてるキャラがまさかの自分の恋人……

 

ここに来るのが遅れたのは、恐らくそんな姿を自分達に見せたくなかったユウキが必死に止めていたからだった。

 

「あーもうヤダ、ヤバい凄く恥ずかしい……こんな姉ちゃん見てらんないし見られたくない……」

「おい妹、コンビニでジャンプ買って来いコノヤロー、それとパフェもな」

「うるさいよ! もういい加減素の自分に戻ってよ! 姉ちゃんにその真似は全然似合わないから!!」

「んだとコノヤロー、妹のクセに生意気な事言ってると頭カチ割るぞコノヤロー」

「その変な口調と締まりの無い顔だけでも止めてお願いだから……」

「こんな弱々しい声上げるユウキ見るの初めて……」

 

身体を左右にフラフラさせながらいつもは絶対に言わない様な事を連発するランに

 

両手を合わせながら祈る様に懇願するユウキの姿を見てサチも頬を引きつらせた。

 

「恋人ってあの人よね……ランさんがいつも言っているあの”坂田銀時”って人……」

「あ! 言っておくけど本物はここまで酷くは無いからね! 確かに本物もこんな感じだけどあっちはちゃんとしてる所はしてるから! もっとカッコいいから!!」

「ああうん、その事はいつもユウキから聞いてるから……」

 

ランの恋人の名を呟いた途端ムキになって必死に弁明するユウキにサチはちゃんとわかってるからと正直に頷く。

 

坂田銀時という存在はこの二人からは何度も聞いている、会った事は無いがサチにとっては「ちょっとぶっきらぼうだけど頼れる人」みたいな印象がある。

 

何せ自分達にとってこの世界で最も頼れる二人が、ここまでムキになったり影響を受けて口調を真似したりする人物なのだ。正直ちょっと会ってみたいのだが、残念ながら彼はこのゲームをやる気は更々無いらしい

 

「おい何してんだオメェ等コノヤロー、早く行かねぇと例のモンを先に奪われちまうだろうがコノヤロー」

「姉ちゃん! 言っておくけど銀時は毎回語尾にコノヤロー付けないから! 恋人のクセにそんな事まで覚えてないの!?」

「うるせぇコノヤロー、妹の分際でランさんに指図するな目玉引っこ抜くぞコノヤロー」

「なんかもう誰だかわからないキャラになってるし! キャラブレブレじゃん!!」

 

自分勝手に一人でさっさと森の中へと行こうとしてしまうランを慌てて追いながらユウキがツッコミを入れているのを、後ろで見ていた五人組は少々戸惑いつつも二人の後について行った。

 

「一応俺達が心配していた事は無かったけど……」

「アレはアレで別の意味で心配だよな……」

「次に会う時はランさん元に戻ってればいいが……」

「ま、まあアレだけはっちゃけられるのは元気だという証拠だしいい事じゃないか……」

 

男四人がそんな事を言い合いながらついて行く傍ら、サチは目の前で漫才しながら進んでいくランとユウキの後にいち早くついて行こうと駆け足になっていると……

 

「きゃあ!」

「サチ!」

 

そこへ突如茂みの中から一匹のモンスターが立ち塞がる

 

現れたのは歪な模様の付いた羽根を小刻みに震わせながら飛ぶ巨大な蛾の昆虫型のモンスター

 

鳴き声も上げずただブンブンと羽根の音だけを鳴らしながら空中からサチを獲物と見定めて見下ろす。

 

 

「はん、こりゃまた随分と気色悪いモンスターが出迎えてくれたなコノヤロー」

「ラ、ランさん!?」

「可愛い妹分の為に一肌脱いでやるのが姉貴分の務めって奴だコノヤロー」

 

いきなり目の前に現れた巨大なモンスターにサチが面食らって怯えていた隙に、いち早くモンスターと彼女の間に颯爽とランが躍り出た。

 

そして腰に差していたGGO型専用の片手剣『カゲミツG4』を抜いてブォンと刀身を光らせた。

 

いわゆるビームサーベルの様なモノで、刃ではなく高熱を帯びた円柱型のエネルギー波を鞘から放ち、GGO型では珍しい近接特化型の得物。

 

ランはそれを右手に握ってモンスターの興味をこちらに移させると、力強く一歩前に出る。

 

「覚えておきな、普段はけだるさMAXのちゃらんぽらんだがいざという時は決める。それがランさんのカッコよさだコノヤロー」

「ていうか姉ちゃん! 流石に戦う時だけは素に戻って! 素で戦えば楽勝だけど今の姉ちゃんじゃ不安しかない!!」

「うるせぇ愚妹、元気があればなんでも出来る、やる気と根性も付け足せば誰だってチャンピオンになれるんだコノヤロー」

「それ”銀時”じゃなくて”猪木”!」

 

なんかどんどん元のキャラからズレ始めている事に気付いてない様子のランにモンスターの背後からユウキがツッコミを入れるも、彼女は全く聞く耳持たずに得物をグッと強く握ると……

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! ゲホゲホッ!」

「ほらもう慣れない叫び声なんか上げるから……」

 

威勢良く雄叫びを上げたかったのだろうが途中で激しく咳き込み始めたランにボソリとユウキが呟く中。

 

それでも彼女はグッと奥歯を噛みしめてビームサーベル・カゲミツG4を両手で持ったまま、モンスターではなく自分の方へと先端を向け

 

「クソッタリャァァァァァァァァァァ!!! うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 何やってんすかランさん!?」

「「「自分で自分の腹に得物突き刺したァァァァァァァァァ!!!」」」

 

勢いよく腹に向かって自分の得物を突き刺すランの姿に、ユウキ以外の者達は驚愕を露にする。

 

一同が何故そんな真似をするのか理解出来ないでいる中でも、滅茶苦茶苦しそうにしながらランは更に深く得物を腹の奥へと突き刺していく。

 

「うへぇぇぇぇ!! やっぱこれキツイ! いざやってみるとやっぱキツイわコノヤロォォォォォォォ!!」

「あのーランさん……キツイなら止めた方が……」

「うるせぇダンカンバカヤロォォォォォォォォ!!!!」

「もはや”彼氏”じゃなくて”たけし”!!」

 

血走った目を剥き出しながら喉の奥から叫ぶランにケイタが慌ててツッコんでいると、HPバーが赤く点滅した所でやっと彼女は腹に刺さった得物を一気に引き抜く。

 

「よっしゃ! 正直削り過ぎたけどこれで使えるぜコノヤロー!」

「いやぁランさぁん!! 腸が出てる! 腹から出て来ちゃいけないモンがポロリと出てる!!」

「こんなモンただの読者サービスだコノヤロー!!」

「どの層に需要あるのその内臓剥き出しサービス!?」

 

腹部からボロンとピンク色の腸が出てしまい、地面に垂れている光景を目の前で見てサチがショッキングな声を上げていると

 

ランは手早く手に持っていたカゲミツG4をアイテムメニューに戻し、サッと新たな得物を一気に引っこ抜く。

 

「またせたな虫けら! ランさんのメインウェポンをとくと拝みやがれ!!」

「あ! あれはランさんが自ら作り上げたという刀型の特殊武器!」

「そうかランさんは最初からあの武器を取り出す為に自ら腹をきってHPを減らしたのか!」

 

メニュー欄から引き抜いたのは、普通の刀よりも長く特殊な形と色をした彼女オリジナルの切り札。

 

『物干し竿』

 

かつてランがこのゲームを始めた時に何よりも欲しかった武器は、侍の魂の象徴である「刀」であった。

 

しかし最初に自分のアバターをどのタイプにするかという選択で

 

何も考えずに適当に選んでしまったGGO型は、近接よりも射撃分野に特化している上に普通の刀を装備する事が出来ないタイプだった……

 

そしてヤケクソ気味に何度も失敗しながら遂に自力で組み立てて作成したこのオリジナルの刀こそが

 

この世界では侍として行きたいと願うランにとっての魂の象徴なのである。

 

「コイツでぶった斬ってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

さっきからずっと叫びっぱなしなおかげで、すっかり喉がガラガラになっているのもお構いなしに

 

ランは両手に持った物干し竿を振り上げてモンスター目掛けて駆け出す。

 

あの得物を持った彼女が負けた姿は一度も見た事が無い。

 

「勝ったな……」

「ああ……」

 

ケイタ達が静かに勝利を確信していると

 

「ん?」

 

ランは走りながらふとブニッと何かを踏んだ感触を覚えたので思わず足を止めた。

 

一同がどうしたのかと彼女を見つめてる仲、ランは自分の足をずらして何を踏んだのかその目で見てみる。

 

自分の腹から出て地面を引きずっていたピンク色の腸に

 

くっきりと自分の足跡が着いていた。

 

それをしばし見つめた後、ランは口元から静かに血を滴り落とすとケイタ達の方へ振り返り

 

「みんな……後は任せたぜコノヤロー……」

「なんか勝手に死んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そう言い残しすと彼女のHPの残り僅かであったHPがゼロとなり、その身体は青色の破片となってその場で弾け散った。

 

「何がしたかったんだアンタァァァァァァァ!!!」

「ウソでしょ姉ちゃん! はぁ!? なに自分で自分のHP10割削り切ってんの!?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ずっと待ってくれてたモンスターが遂にこっちに襲い掛かって来たぁ!!」

 

訳の分からないロールをしながら訳の分からないまま勝手にゲームオーバーになったランに残された一同は阿鼻叫喚の声を上げながらモンスターを前にてんやわんやする。

 

かくして第二十層の特殊ダンジョン攻略は、まさかのランが自決してしまった事によって撤退するハメに

 

そして後日、彼女と再会した時には何事も無かったかのようにいつもの口調と見た目になって戻っていたそうな

 

 

 

 

 

 

 

そして話は戻って今に至る。

 

ここはあの時と同じダンジョンで、話が終わった頃には中間辺りまで来ていた。

 

「……っとまあこんな事がこのダンジョンでありましてね、いやーあの時のランさんは今思い出すとホントおかしくて……あれ? どうしたんですか銀時さん?」

「……」

 

あの頃には無かった闇夜の黒猫団というギルドを結成したケイタから、今までの話を詳しく丁寧に聞いていた銀時は彼等から目を逸らしながらしばし黙り込んだ後に顔を手で覆い

 

「……なんか超恥ずかしいんだけど」

「え!?」

「なんかこう、自分で話すなら気にしないけど、他人から身内がそんな醜態晒してたとか聞いたら悲しくなってきた……」

「……心中察します」

 

顔を手で覆いながらボソリと呟く銀時

 

かつての恋人がよもやそんな恥ずかしい真似をしていたと聞いては、流石に銀時もこの黒猫騎士団という者達に申し訳ない気持ちになってしまう。

 

しかしそこへ後ろからサチが慌てて銀時へ近づき

 

「で、でも本当に強くて頼りになりましたよランさんは! たまにちょっと変なスイッチ入る事ありますけど! 根は良い人でしたしこの世界の色んな事たくさん教えてくれました!」

「いやいいよそんなフォローしなくて、どうせお前等も心の底では痛い女だと笑ってたんだろ? そしてそんな痛い女と付き合ってたとかいう俺の事も薄々馬鹿にしてんだろ?」

「思ってませんから! 私達はそんな事一度も思った事ありませんから!」

「すいやせん旦那、俺は思ってます」

「ソウゴさん!?」

 

死んだ魚の様な目が一層生気を失った様子でガックリと肩を落とす銀時に必死に弁明するサチだが

 

その隣で歩いていたソウゴはあっさりとした感じでぶっちゃける。

 

「そんな変わりモンのヤベェ女とよく付き合えやしたね」

「うるせぇ現実世界ではもっと普通だったんだよ! 俺だって今初めて知ったわ! アイツが俺に隠れて俺の真似事してたなんて!!」

 

どストレートにモノを言うソウゴに反応して銀時はバッと顔を上げて大声を出す。

 

「よく俺やユウキの事をからかってくる事はあるけどさ! 基本的にはおしとやかで良い女だったんだよ! だけどまさかこっちの世界だとそんなはっちゃけてたなんて……! 俺に隠れて何やってんだアイツは!」

「アハハ……まあランさんってずっと入院してたって聞いてましたし……」

 

今は亡き恋人に文句を垂れる銀時に苦笑しながらケイタが話に加わる。

 

「もしかしたら現実じゃ出来ない事をこっちの世界で沢山やってみようと思ったんじゃないですかね……」

「いややるにしてももっとマシな事やれよ! それにしてもお前等、アイツだけじゃなくてユウキとも知り合いだったんだな」

「はい、彼女とも何度か自分達のダンジョン攻略を手伝ってもらった事ありますよ」

「……そういや俺が初めてダンジョン行く時についてきたアイツ言ってたな、初心者の手助けすんのは姉ちゃんとよくやってたって……」

「あーその初心者ってのはきっと俺達ですね」

 

彼等の話を聞いて随分と前の事を思い出した銀時、どうやらユウキがランと一緒に助けていたのは彼等の事だったらしい。

 

「ユウキさんとはちょっと前にメールで言われたんですよ、「まだまだひよっ子の初心者を助けなきゃいけなくなったからしばらく一緒に冒険できないからごめんね」って」

「あーそのひよっ子の初心者ってきっと俺だわ、って誰がひよっ子の初心者だコラ!」

 

そんな事言ってたのかとノリツッコミしながら銀時はここにはいないユウキに軽く舌打ちしつつ「ガソリン代全部パチンコに使ってやろうかな……」とボソリと呟いた。

 

「なるほど、オメェ等がアイツ等と仲が良かったのはわかった。けどなんでそれで俺の事までそんなわかってたんだ? アイツ等から聞いたのか?」

「ええかなり詳しく教えてくれましたね、ホント隙あらばいつも二人共銀時さんの話ばかりしてくれました。だからその見た目ですぐに気付いたんです」

「……」

 

俺の事で何喋ってたんだアイツ等……と不安気味になりながら銀時は自分の天パをつまみながらクルクルと指に巻き付けていると、今度はサチの方が口を開いて

 

「その手に持ってる刀って、ランさんが持ってた奴ですよね? もしかしてコンバートして受け取ったんですか?」

「ああ? コイツか?」

 

銀時は右肩に掛けて持っていた物干し竿をヒョイッと掲げる。

 

「色々と扱いにくいけどよ、中々の得物だから有難く使わせてもらってるわ」

「きっとランさんも喜んでる筈ですよ」

「どうだろうねぇ、何時まで自分の刀に頼ってんだって呆れてたりしてな」

「フフフ」

 

刀を見つめながらぼやく銀時にサチは軽く笑って見せながら話を続ける。

 

「ユウキにランさんが亡くなった事を聞いた時は私達も本当にショックでした、私なんかもう数日泣きっぱなしで……でもそんな時にユウキが教えてくれたんです、あなたがランさんの意志を継いで、ランさんが好きだったこの世界にやって来たって」

「俺はただアイツとの約束守りに来ただけだよ、自分が死んだら自分の代わりに妹護ってくれって、俺がこのゲームやってる理由はそれだけだ」

 

サチに対してぶっきらぼうにそう言いながら、銀時は小指で鼻をほじりはじめる。

 

「約束守らねぇと化けて出てきそうだからなアイツ、怖くねぇけど枕元に立たれると目覚めが悪くなるしな、いやホントに怖くねぇけど」

「へーそうなんですか、ランさんから聞いたんですけど銀時さんってオバケとか怪談話とか凄い苦手って聞いたんですけど?」

「アイツの話を全部鵜呑みにするな、俺がこの年でそんなモン怖がる訳ねぇだろうが」

 

念を押して二度も言う銀時にサチが可笑しそうに笑いながら一緒に歩いていると、突如先頭を歩いていたケイタの足が止まった。

 

「おお見ろみんな! ようやく最深部に辿り着いたぞ! 前に来た時はいけなかったこのダンジョンの最終目的地だ」

「はぁ~ここまで歩くの大変だったぜホント」

「何度も誰かさんが尻にカブトムシ刺すから抜くのに時間掛かったしなー」

 

その誰かさんと言うのは当然銀時の事ではあるのだがそれは置いといて

 

とにかく闇夜の黒猫団は銀時とソウゴというおまけを連れてついにここまでやって来たのであった。

 

銀時も彼等が興奮した様子でいるので自分も顔を上げてそちらへ目を向けると

 

「おお……」

「綺麗……」

 

目の前に光景に思わず声を漏らす銀時の隣でサチが感嘆した様子で呟く。

 

先程までずっと薄暗い森の中を歩いていた筈なのに

 

茂みを掻き分けて現れたその場所はひどく広大で明るく輝いていた。

 

そして大広場の中心そびえ立つ一際眩しく輝く金色の大樹。

 

その周りには何十万本、いやそれ以上の数はあるのでは思われる枝らしきものが山積みにされてたりそこら中に沢山転がっている。

 

「ダンジョンの最深部って言うからてっきりボスモンスターでもいんのかと思ってたが……」

「ここは普通のダンジョンと違ってボスモンスターはいません、ただその代わりかなり高難易度で難しいクエストがあるんです」

「クエスト?」

「ええ」

 

クエストというのはなんらかの条件を達して報酬を貰えることが出来るイベントの事だ。

 

この特殊ダンジョンの最深部で何があるかさえ知らずに挑戦していた銀時に、サチが親切に教えてくれた。

 

「しかもそのクエストを達成したのは、EDOが開始されてたから誰一人いないんですよ」

「はぁ? そんなイベントありかよ、誰もクリアできないクエストとかクソゲー過ぎんだろ、で? 報酬は」

「『神器』でさぁ」

「神器?」

 

EDOが開始されてから2年、それまで誰一人クリアさせたことのないクエストがある事に銀時は運営側に非があるのではと顔をしかめながらクリア報酬をサチに聞いてみると

 

代わりに背後にいたソウゴはあっさりと答える。

 

「正確には『神器を作る為の素材』なんですがね、旦那だって神器の名前ぐらいは知ってんでしょ」

「あー確かここ来る前にキリト君が取って来るとか言ってたな……あれ? じゃあなんでアイツこっちに来なかったんだ? ここのクエストクリアすりゃあその神器って奴が手に入るんだろ」

「大方絶対無理だとわかってんでしょ、ベテランの奴はまずここのクエストに挑戦なんざしねぇですよ。俺が来たのもただの気まぐれですし」

「……」

 

ベテランでさえ挑もうとしない程の高難易度クエスト……どんな鬼畜レベルなのかと銀時が不思議に思っていると、ソウゴがおもむろに足元にあった一本の枝をつまみ上げる。

 

「まあクエスト内容は至ってシンプルなんですがね、旦那、この枝をよく見てくだせぇ」

「ああ? ただの小枝じゃねぇか、ってうお!」

 

ソウゴが手に持った枝を銀時に見せたその瞬間、枝は突然黒く染まって朽ち果て、パラパラと粒状になって消滅した。

 

「そこら中にこんな枝が無数に放置されてるでしょ、この中に1本だけ当たりがあるんで、それを見つけるのがこのクエストの成功条件なんでさぁ」

「一本だけ!? こんな周り全体に何十万本もある枝の中に一本しかねぇのかよ!」

「しかもこの枝、ハズレを引くと消滅して、また別の所に同じようにポップするんですよ。両手で大量に掴んでもダメ、一つ一つ自分で手に取って確認しねぇといけねぇんです」

「それ確率どんぐらい……?」

「さあ? まあ宝くじ一等当てるぐらい難しい確率じゃないですかぃ?」

 

そりゃ誰だってやろうとしない訳だ……クエスト内容は至ってシンプルだがあまりにも当たりを引く確率が低すぎる……

 

キリトがここに来ずに別の所で神器を狙いに行った理由がよくわかった。銀時は足元にバラバラに置かれている木の枝を見下ろしながら既に疲れ切った表情を見せる。

 

「……こりゃあ俺には無理だな、こんなのを1本1本真面目に手に取ってら当たり引く前にじいさんになっちまう……」

「ダメ下でもやってみましょうよ、私達も無理だと思うけどやってみようって軽い感じで来たんですから」

「つってもよ、俺神器とか特に興味無いし、てかそもそも神器って何かもわかんねぇし」

「神器というのはEDOのプレイヤーであれば誰もが夢見る伝説の武器の事です」

 

心底めんどくさそうだと銀時は即座に諦めて帰ろうとするが、それをサチが呼び止めて神器について説明して上げた。

 

「手に入れた者は文字通り神の如き力を手に入れられるとかで、とにかく凄く強くて凄くレアな武器って事です」

「ああようするにはロトの剣みたいな奴って事ね……けど俺もう武器なら持ってるしな」

「ランさんから受け継いだその武器を大事にしたいという気持ちはわかりますけど……」

 

話を聞いてもイマイチノリ気がしない銀時、既に物干し竿という強力な武器を所持している彼にとっては、いくら神様の恩恵を授かった武器が手に入ると聞いても、こんなめんどくさい事をして手に入れたいとは思えない。

 

するとサチは彼の手に持つ物干し竿を神妙な面持ちで見つめながら

 

「元々体力が半分に達してないと装備出来ないという特殊武器ですし、この先を進む為には普段から使える武器を持っておいて損はないと思いますよ?」

「はぁ~お前もしつけぇな……わーったよ、ランとユウキが世話になったよしみでオメェ等と一緒に当たり探してやらぁ」

 

あまり気乗りしないが、ここまでせがまれては仕方ないと言った感じで、ため息交じりに銀時は前方でそびえたっている金色の大樹を見つめる。

 

「しっかしでけぇ樹だなオイ、ここにある枝は全部あの木から落っこちたのか?」

「えーとですね、確かあの大樹の枝はこの中にある1本だけで、後は全て侵入者を惑わす幻影っていう設定らしいです」

「いっその事あの大樹を切り落とせば神器なんざ大量に手に入るんじゃね? おい誰かチェンソー持って来い」

「それは無理ですよ、あの大樹は破壊不能オブジェクトですからね? それに神様の樹を切るなんてしたらバチが当たりますよ?」

 

手っ取り早く終わらせようとしたがる銀時に軽いツッコミを入れながら、サチもまたその大樹を見つめる

 

 

「正式名称は『金木犀の樹』と呼ぶらしいです、金色に輝くその大樹に生えたその枝は、これまた更に美しく輝く金色の剣になるとか」

「ふーん、ん?」

 

説明してくれているサチの話をあまり聞いていない様子の銀時だったが、ふと大樹の根元に何かが見えたような気がした。

 

大樹にそっと手を振れ、長い髪を靡かせながらこちらを見ている様な小さな人影が……

 

「どうしたんですか?」

「いや今あのデケェ木の傍に人が見えた様な気がしたんだけどよ……」

 

サチに尋ねられて彼が一瞬彼女の方へ振り向いてもう一度大樹の方へ振り返ると、その人影は忽然と消えていた。

 

見間違いか?と銀時は小首を傾げながら頭を掻きむしった後一歩前に出て

 

「まあいいか、それじゃあ始めようぜ」

 

 

 

 

「砂漠の中でアリのコンタクトレンズを見つけるぐらい難しい宝探しをよ」

 

 

月夜の黒猫団、そして銀時とソウゴの神器の素材探しが始まった。

 

未知なる期待と不安を抱えながら

 

 

 




銀さんの神器の素材探しがスタート。しかしその途中で思わぬ出来事が……

そしてサチから語られるランの恐ろしい本性に銀時は戦慄?

それではまた次回

ご感想いつもお待ちしております!


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第二十三層 私だけを見つめて

魔法科高校の攘夷志士のCV早見沙織とは仲の悪かった銀さんですが

本作でのCV早見沙織とは仲良くやっていけるみたいです



ひょんな事で出会ったソウゴ、そして月夜の黒猫団と共に、神器の素材となる金木犀の樹の枝を探す事となった銀時。

 

辺り一面に積み重なった枝を一本一本調べて行きながら、当たりが出るまでひたすらそれを繰り返す。

 

そして30分後には

 

「飽きた」

 

同じ作業を繰り返し続けながら銀時が導き出した結論は

 

めんどいから諦める、だった

 

大広場の中心にそびえ立つ金木犀の樹に背を預けながら後頭部に両手を回し

 

銀時はまだ捜索中の黒猫団や、他の参加者達を退屈そうに眺めながら時間を潰す事にしてると

 

黒猫団の一人であるサチが様子見に彼の方へと歩み寄って来た。

 

「疲れちゃいました?」

「いんや諦めちゃいました。そもそも2年間誰も当たりを引いてねぇ時点でおかしいんだよ、コレきっと当たりとか入ってねぇよ絶対」

「まだ30分しか経ってないじゃないですか、確かこのクエストの達成を目指してるプレイヤーの中には仕事を辞めて一日15時間以上費やして作業を延々と繰り返してる人がいるらしいですよ」

「ただのアホじゃねぇか、その無駄な集中力を社会に活かそうと考えないのかねぇ」

 

俗に呼ばれている廃人プレイヤーという奴であろうか、よく見ればあちらこちらにより効率よく慣れた様子で、手早く枝を黙々と拾い続けてる者も結構いた。彼等がきっとそうなのであろう

 

あそこで和気藹々と作業を行っている黒猫団とはえらい違いだ。

 

「オメェも一緒に探さねぇのか?」

「私もちょっと休憩です、ここでしばらくみんなの事を見てます」

「そうかい、俺はこのまま仕事の時間までのんびり過ごす事にするわ、ここ結構居心地良いし」

 

大樹の周は木の枝で覆い尽くされているものの、銀時とサチのいる大樹の根元には座り心地抜群の柔らかい草葉が生えていた。

 

ちょっと横になればすぐに眠れそうな環境に、銀時は半目の状態で大きな欠伸をする。

 

「森の中は薄寒かったのにここは随分とあったけぇんだな、枝拾いをやる気はねぇが昼寝をしたい時にまたここに来るのも悪くねぇや」

「金木犀の樹は根から吸い上げた大地のエネルギーを栄養にしてここまで育ったって聞きました。きっとこの温もりもそのエネルギーの影響なのかもしれません」

「そんなのただのゲームの設定だろ」

 

自分達に日陰を作ってくれる大いなる大樹を見上げながら説明するサチに銀時はブスッとした顔で一言。

 

つまらなそうに呟く彼にサチは思わずフッと笑ってしまう。

 

「フフ、夢が無いですね銀時さん、言っておきますけどこの話を私に教えてくれた相手はランさんですよ?」

「情報源アイツかよ……そういやアイツ昔からそういうの好きだったな、空想の世界とか架空の物語とか。アイツが入院してた時はよくいろんな本を買いに行かされたもんだわ」

「へーそうだったんですか」

「おかげで行きつけの本屋の親父に俺がそういう本が好きな客だと思われたわ、俺が好きなのは今も昔も少年ジャンプだっての」

「ハハハ、本屋さんに顔覚えられるぐらいランさんの本を買ってたんですね」

 

しかめっ面を浮かべる銀時とは対照的にサチは可笑しそうに笑いながらふと尋ねてみた。

 

「あの、差支えなければで良いですけど、ランさんとのお話とか聞かせてもらっても良いですか? 実は私あの人に憧れていたんです、だからその、あの人がどんな人だったか恋人の銀時さんの視点でのお話が聞いてみたくて」

「いやいや憧れる相手はちゃんと選んだ方が良いって、アイツに憧れてたら将来ロクな大人になれないよ?」

 

隣に座りって意を決したかのようにお願いして来たサチに銀時は軽く手を横に振る。

 

「それに俺から聞かなくても前からアイツに直接聞いてたんだろ?」

「いえやっぱり銀時さんの話が聞いてみたいんです、恋人からしか見れない彼女の素顔とかあるじゃないですか」

「お前って見かけによらず結構グイグイ来るよなホント……」

 

体よく断ろうとするもサチは引かないどころか、逆に身を乗り上げてこちらに目を輝かせて顔を近付けて来た。

 

これには銀時も頬を引きつらせて苦笑してしまう。

 

「もしかしてそれもアイツの影響か? 駄目だよアイツの真似しちゃ、アイツも会ったばかりの頃からズケズケと他人のプライベートに土足で上がり込んで来る様な奴だったんだから」

「あー多分そうかもしれません……私はこのゲームやる前は人見知りであまり他人と上手く話せないタイプでしたから」

「良くも悪くもアイツは周りの人間を変えちまう性質だったからなー」

 

かつての自分がそうであったように、サチもまた彼女との出会いを機に内面の変化が生じたらしい。

 

そんな彼女を見てふとかつての恋人であったラン、藍子を思い出しながら銀時はフッと笑う。

 

「俺からアイツの話が聞きてぇなら、まずはオメェから見たアイツの話を教えてくれよ」

「私から見たランさんの話ですか?」

「考えてみりゃあ俺は現実でのアイツの事はずっと一緒だったが、こっちの世界でのアイツはなんも知らねぇんだよ」

 

ちょっと前に黒猫団のリーダーであるケイタの話を聞くからに、現実に比べて色々とやんちゃだったらしい彼女。

 

まだ色々と恥ずかしいエピソードがあるのかと危惧しつつも、ここでしか見せない彼女のもう一つの顔というのがどんなモンだったのか少し興味が湧いて来たのだ。

 

するとその話を聞きつけたかの様に、ザッザッと彼等の方へと歩み寄る音。

 

「俺も是非聞かせて欲しいねぇ、GGO型でありながら絶対無敵の刀使い・『絶刀』と称された女がどんな奴だったか」

「ソウゴさん!?」

 

静かに笑みを浮かべながら期待した様子でやって来たのはソウゴであった。

 

どうやら彼もこのクエストクリアを諦めたらしい。

 

「俺もそろそろ飽きてきた頃合いでね、しばらく必死こいて地べたはいずり回る連中を眺めてようと思ってたが、どうにも面白れぇ話が聞けそうだったのでこっち来やした」

「人の女の話なんか聞いて面白ぇのお前?」

「その旦那の女は旦那が思ってるよりもずっとスゲェ奴だったんですぜ。俺もいつかは斬り合いとは思ってたんですがねぇ……」

 

顎を指でさすりながらソウゴは惜しむような声で呟く。

 

「その剣の腕は滅茶苦茶で到底剣術とは呼べない代物だったらしいがデタラメに強かったと聞いてますぜ」

「はい確かにランさんはたまに変に遊ぶクセがありますがいざとなったら本当に強かったです」

「アイツがか? 全然想像つかねぇや……」

「確か銀時さんの剣の動きをずっと見てきたおかげで体得できたとか言ってましたね」

「俺の動き!? アイツもしかして俺の剣をずっと観察して! それをこっちの世界で実践してたってのかよ!」

「なるほどねぇ、絶刀の強さの秘訣は旦那の太刀筋か……」

 

確かに昔から何かとトラブルに見舞われていた銀時はその度に腰に差す得物を抜いて戦っていたが

 

よもやその動きをチェックして見様見真似でありながら完璧にコピーして

 

この世界で暴れ回っていたのかと聞いては驚きを隠せない。

 

ランの強さの根本に彼が絡んでいたと聞いて、ソウゴは納得したように頷く。

 

「こりゃあ今は亡き絶刀の意志を引き継いだ旦那に是非とも一戦申し込みてぇ所ですね、けど今の旦那じゃまだ満足出来ねぇ、こっちの世界にさっさと慣れて早く俺に斬られるに値する力を身に着けてくだせぇ」

「なんでお前に斬られる前提なんだよ、いつもユウキやキリト君には慣れろって言われてるけど、どうにも上手く体が動いてくれねぇんだよこの世界じゃ……」

「俺も最初はかなり苦労しましたが、その内わかってきまさぁこの世界での戦い方ってモンを」

「そんなモンなのかねぇ、ったくいっその事現実の体ごとこっちの世界に入れればな……」

「ゲームの世界よりも現実の世界の方が強いってなんだかおかしな話ですね……」

 

ソウゴと銀時の会話を聞いてサチは不思議そうに首を傾げた。

 

本来ゲームだからこそ現実では出来ないような真似をすることが可能なのであって

 

逆に現実での動きが凄すぎてゲームだとそれが仇となって慣れるのに時間がかかるというのは奇妙な話だ。

 

「不思議な人ですね銀時さんって、ランさんが惹かれたのもわかる気がします、あの人も不思議な人でしたから」

「確かにアイツは何処か浮世離れした所あったな、掴み所が無いっつうか何考えてるのかよくわからねぇっつうか」

「旦那そっくりじゃないですかぃ」

「俺はアイツよりはよっぽどマシだろうが、少なくとも俺は死ぬ瀬戸際で恋人の前で死ぬ死ぬ詐欺なんてやらねぇ」

 

サチに遠回しに、ソウゴに直球にランと自分が似ている事を指摘されて銀時はキッパリと否定して首を横に振る。

 

「アイツはアレだぞ、現実じゃ本当にマジでなにやるかわかったモンじゃねぇぞ。俺が偶然居合わせた巨乳のナースを数分ガン見してただけでいきなり目潰しして来るような奴だぞ」

「いやそれは普通にわかると思うんですけど……恋人が別の女性に現を抜かしてたらそりゃあ怒りますよ」

「え、怒ってたのアレ? 確かに薄ら笑みを浮かべながらも目だけは笑ってなかったけど」

「……怒ると同時に殺意も芽生えていたんでしょうねきっと」

 

現実での体験談を腕を組みながら思い出す銀時にサチが冷ややかなツッコミを入れつつ、ふと彼女もある事を思い出した。

 

「そういえばランさんってよく言ってましたね「私は唯一あの人の隣に寄り添える女だからあの人に近づく女は徹底的に排除する事にしてるの」って笑顔で言ってました」

「いやそれ「そういえば」で思い出す事じゃないよね! いきなりなにすんごい爆弾投下してんの!?」

 

油断してる所で急にサチからの思いもよらぬランの本心を聞いて銀時は口を開けて叫ぶ。

 

「「無論妹も例外に漏れず、むしろより警戒していつも観察してるんだから」って眩しい笑顔で言い放ってました」

「そういえば俺とユウキが話してる時に毎回どこからともなくアイツが出てきたような気が……」

「「私が死んじゃったのをいい事にもしあの人が他にいい人を作ろうとするモンなら……地獄の底から蘇って祟り殺す」って最後の言葉の部分は目に光が宿ってない状態でおっしゃってました」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 怖い怖い怖い!!」

 

なんでサチがそこまで詳細に覚えてるのかと気になる所だが、ランがずっと胸に秘めていた闇を聞かされてそれどころではなかった。

 

両耳に両手を当てながら銀時は怯えたように首を左右に振り続ける。

 

「アイツそんな俺を束縛したがってたの!? テメーが死んだ後は恋人には幸せになって欲しいと思うモンだろ!」

「それ私も同じ事言ったんですけど「生憎私はそこまで心は広くないから、私が死んだらあの人には一生嫁も取らずに私だけを想い続けながらこっちに来て欲しいと願ってるわ」って今までで一番の良い笑顔で」

「まさかそこまでドス黒い事考えてやがったとは……もし俺が新しい女作っちまう真似でもしたら俺を黄泉の国に引きずり降ろすつもりか……?」

「今こうやって私と銀時さんがお喋りしてるじゃないですか? もしランさんがあの世から見てたら……」

「違います藍子さんこれはただ話してるだけで! 私めにはこれっぽっちもやましい心は持っていません!! だから化けて出てこないでお願いだから!! 頼むからあの世でジッとしてて下さい!」

 

天に向かって必死の形相で祈るように叫ぶ銀時に、ハハハとサチは小さな笑い声を上げた。

 

「ホントおかしな人ですね、でもこれから恋愛沙汰は大変になるでしょうね、ユウキもこれじゃあ……」

「おーいサチ! 手伝ってくれ!」

「え?」

 

サチが何か言おうとしたその時、ちょっと離れた所で枝拾い作業を行っていた黒猫団の四人が彼女に向かって大きく手を振る。

 

「なんか底の方に大きな木の枝が突き刺さってるんだ! もしかしたら当たりかもしれない! ちょっと引っこ抜くの手伝ってくれ!」

「ホントに!? わかったすぐ行く!」

 

リーダーのケイタが嬉しそうに報告を伝えて来ると、銀時に一礼した後サチは急いで彼等の方へと駆け寄って行った。

 

残された銀時は彼等のそんな光景を眺めながらボリボリと頬を掻いてると、一緒にいたソウゴもスクッと立ち上がり

 

「旦那俺も行きまさぁ、アンタや絶刀の面白ぇ話聞けたから収穫は十分ですんで。あの娘っ子にも礼を言っておいてくだせぇ」

「お前は手伝いに行ってやんねぇのかよ」

「恐らくああして必死に引っこ抜いてる木の枝はハズレだと思いますぜ、この辺には地面に突き刺さるデカい枝なんざいくらでもあるんで」

 

彼等を指差しながらソウゴはあっけらかんと呟くと、「そんじゃ」と言い残してスタスタと歩いて行ってしまった。

 

一人取り残された銀時は金木犀の大樹に背を預けながら、フゥ~とため息を突いてガックリと項垂れる。

 

「まさか藍子がそこまで俺の事をねぇ……しかしこれから一生寂しく独り身で過ごすってのもなぁ……」

 

亡き恋人は自分が死んでもなお銀時には自分だけを想い続けて欲しいと胸に秘めていたと聞いて

 

どうしたモンかと胡坐を掻きながら頬杖を突いて悩んでいるポーズを取っていると

 

「ん?」

 

ふとすぐ隣に誰かがフラリと歩み寄ってきたような気配が

 

目の前には頑張って枝を引っこ抜こうとしてる黒猫団五人。そしてソウゴもまた帰り際に枝を適当に拾いながら歩いている。

 

彼等ではないとすれば誰が……銀時は膝に頬杖を突いたままゆっくりと隣の方へ振り返ると

 

「……」

 

そこにいた人物を見て銀時はちょっと驚いたかのように目を軽く見開いて見せた。

 

うららかな木漏れ日が生み出す幻であるかのように

 

全身を金色の光に彩られた少女

 

上半身と両腕を覆う華麗な鎧は眩いばかりの黄金造り

 

履いている長いスカートも純白の布地に金色の縫い取り

 

磨き上げた白皮のブーツまでもが降り注ぐ日差しを受けて無垢な光彩を振り撒いている。

 

背中に羽織る青いマントと、純金とも呼べるぐらい輝く腰近くまで伸びた金色の髪

 

その髪はまるで神々しい光の滝と表現できる程に美しかった。

 

そんな二つの碧眼を向けながらこちらを静かに見下ろす少女が

 

静かにこちらを見下ろしていたのだ。

 

この世界に来てから随分と様々な非現実的なモンを見て来た銀時だが

 

これ程までに現実から遠くかけ離れ、なおかつ綺麗な存在を見たのは初めてだと言った感じで、銀時はしばし呆然と口を開けたまま固まると

 

「……おたく誰?」

 

ふと我に返ったかのように彼女を見上げながら一つ尋ねてみた。しかし彼女は答えるそぶりも見せずただジッとこちらを見下ろすのみ

 

なんだコイツ、何考えてるのかさっぱりわかんねぇよ……と内心毒突きながら銀時はチラリとあるモノが視界に入った。

 

それは彼女が腰に差している得物だ。

 

外見はこれまたレア度の高そうな恰好をしている上に中身もこれまた誰もが美少女と言い切れるほどの逸材。

 

しかしそんな彼女の腰に差してるあるモノはとてもじゃないがお世辞にも似合わないモノであった。

 

それはみずぼらしい雰囲気を醸し出し、金色の鎧には全く不釣り合いな……

 

柄に『洞爺湖』と彫られた汚い木刀

 

「!」

 

銀時はその木刀を見て驚いた様子で目を大きく見開いた。

 

 

この木刀間違いない、どっからどう見ても銀時が現実世界で愛用していつも腰に差しているあの……

 

「おいお前! それを一体何処で……!」

 

どうして彼女がそれをこの仮想世界で所持しているのか、ずっと無言のままこちらを見下ろすだけの彼女に向かって銀時が問い詰めようと立ち上がろうとしたその時だ。

 

「ぶッ!」

 

突如銀時は大きく宙を飛んだ。

 

理由は至ってシンプル

 

立ち上がろうとした銀時に向かって、金髪の少女がなんの感情も無い表情で思いっきり右足で蹴り飛ばしたのだ。

 

いきなりどうして蹴られたのか訳も分からないまま、銀時は派手にぶっ飛ばされてしばらく宙を舞った後

 

「どっはぁ!!!」

 

大量の木の枝が積み重ねれた場所に背中から落下。

 

目の前に広がる大空を前にパチクリと瞬きすると、何が起こったのだと考える前に

 

「テメェいきなりなにしやがんだコラァァァァァァァ!!!」

 

いきなり蹴りを入れられたことに怒りを覚えて銀時は即座にその場から立ち上がりながら怒鳴った。

 

しかし

 

「……ってあり?」

 

先程まで彼女がいた大樹の傍を指差したのだが、指の先にはもう誰一人いなかった。

 

いきなり現れ、いきなり蹴って、いきなり消えた

 

何がどうなってやがんだと眉間にしわを寄せながら銀時は苦々しく舌打ちしていると

 

「……ん?」

 

ふと下半身の部分に違和感が

 

それもちょっと前にコレと全く同じ違和感を体験した記憶が……

 

銀時は恐る恐る右手を後ろに回してみると

 

 

「アァァァァァァァァァーッ!!」

 

彼女に蹴られた結果からのまさかの悲劇、銀時は積み重なった木の枝の上に吹っ飛ばされた衝撃で

 

「木の枝がケツに突き刺さったァァァァァァァァ!!!」

 

見事にずっぽりと尻に木の枝を突き刺してしまったのだ。

 

「抜いてぇぇぇぇぇぇぇ!!! 誰でもいいから抜いてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「はぁ~結局ハズレだった……って何してんですか銀時さん!?」

 

頑張って引き抜いた枝がハズレだった事にガッカリしていたケイタが、自分達と少し離れた所で何やら一人で騒いでる銀時を見てビックリ。

 

慌てて一同が駆け寄ってみると

 

信じられない光景が彼等の前に映った。

 

なんと銀時のケツに刺さっている剣ぐらいの長さの木の枝が

 

 

 

 

 

今まで見た事がない程眩しく金色に光り輝いているではないか

 

「ぎ、ぎ、銀時さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! その枝! お尻に刺さってるその枝って!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉマジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! アンタどんだけ幸運なんだよ!!」

「あの輝きの仕方は間違いない……! 2年間誰も達成できなかったクエストが経った今を持ってクリアされた……」

「ていうか当たりの枝を尻で引き抜くってのも地味に凄いな……」

「凄い! やりましたね銀時さん! 神器の素材ゲットですよ!!」

「いやそれはいいから早く抜いてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

銀時の尻で光り輝くその枝を見て一同は確信した。

 

これぞ2年間誰もが手に入れようと躍起になっていた幻のレアアイテム

 

神器の素材となる、『金木犀の枝』だ。

 

「おいおいどういうことでぃこりゃあ、アンタどんだけ俺に関心持たせれば気が済むんですかい」

 

帰路につく途中であったソウゴも彼等の歓声を耳にしてすぐ様ひょっこりと戻って来た。

 

そして銀時が悶絶しながら抜いてくれと叫んでいる中で、彼の尻にズッボリと奥まで刺さっている金色の枝を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 

「まさかアッサリと当たりを引いちまうたぁ流石に驚きだ、ウチの小娘に報告したらさぞ悔しがるでしょうね」

「抜いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「でもソウゴさん、これはあくまで神器の素材ですから……本物の神器にするとなるとかなり鍛冶スキルの高い人に手伝っててもらわないと……」

「そういやそうだったな、旦那、まずは神器を造れる腕前を持つ鍛冶屋を探してみましょうや」

「早く抜いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

必死に叫ぶ銀時を華麗にスルーしてしゃがみ込みながらソウゴが話しかけていると。

 

「なあケイタ、NPCの鍛冶屋じゃ神器は造れないのか?」

「ああ、確かとびっきりの一流、鍛冶スキルをカンストしてるぐらいのプレイヤーじゃないと無理だって聞いた事がある、なにせ最強クラスの武器だからな、造るのも相当手間がかかる」

「抜いて!!!! 話してないでいいから抜いて!!!」

 

尻に刺さる金色の枝を左右にブンブン振りながらアピールするも、銀時の声はもう彼等の耳に届かない。

 

「基本的にプレイヤーは戦闘方面に特化するのが当たり前だからな、腕のいい鍛冶職人なんて探すとなると相当苦労するぞ」

「じゃあとりあえず私達で頑張って探してみようか、せっかく銀時さんが手に入れた神器の素材だし、ちゃんと武器にしてあげたいもの」

「まあ俺達は随分とランさんとユウキに助けてもらってたしな……恩返しのつもりでいっちょくまなく探してみるか」

「そうだな、ランさんには結局最後まで恩を返せなかった。なら俺達がランさんの代わりに銀時さんの神器入手を手伝ってやろうぜ!!」

「「「「「おおー!!!」」」」」

「いいから抜けつってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

仲良く拳を掲げ、勝手に盛り上がってる月夜の黒猫団に向かって

 

彼等の中心に立っている銀時は尻を光り輝かせながら怒鳴り上げるのであった。

 

 

かくして銀時はまさかの神器の素材を手に入れる事に成功する

 

自分の愛刀を持っていた金色の少女という謎を残して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある密偵が記すEDOにおける設定と豆知識その5

 

みんな久しぶり、今回も俺が独自に調べ上げて情報をここらで紹介しておくよ。

 

え? 誰もそんなの望んでないし書かなくても良いって? おいおいそんな事言ってるのも今の内だぞ

 

今回紹介するのは、このEDOの世界でプレイヤーの誰もが欲しがるアレについてだ

 

『神器』

 

これほど高レアリティで強力な武器は他にあるだろうか……神の力を授かしり武器、それが神器

 

神器と呼んでも武器の形は皆バラバラで、剣や弓、槍などといったオーソドックスな形をしているモノばかりではなく

 

鞭や銃、魔法書などといった変わったモノや

 

はたまた武器という言葉では片付けられない程巨大な形をしたモノまで存在する。

 

そしてそれぞれ特有の個性を秘めており決して他の武器と被る事はない。

 

世界に一つだけしか存在しない伝説の武器、フ、冒険する者なら誰だってその言葉を聞いて欲しくなるのは当たり前さ

 

この神器と呼ばれる者には特徴的な共通点がいくつか存在する。

 

まず1つは圧倒的、桁違いな破壊力。でもぶっちゃけこの辺は普通の武器でもかなり頑張って鍛え上げれば同等、もしくはそれ以上の攻撃力にする事は出来る。

 

しかし神器の脅威はただ破壊力が凄いというだけではない。

 

 

2つ目はどのタイプでも装備することが出来る

 

SAO・ALO・GGO関係なく、神器はどんな形をしてようが全てのタイプが装備可能

 

つまりSAO型が銃の神器を装備したり

 

GGO型が魔法書の神器を装備する事も可能だ。

 

 

3つ目は根本的に違う武器の耐久システム

 

本来武器は使用し続けると次第に切れ味が落ちて行き、最終的に耐久値が0になると自壊してしまう。

 

そうなるのを防ぐ為に俺達は自分で研ぎ石を使って耐久値を回復させたり、冶屋に頼んで底上げしてもらったりする。

 

しかし神器にはそもそも耐久値というモノ自体が存在しない

 

いや、あるにはあるのだがそれは「天命」という名前で数えられて、普通の武器同様使う度にそれは減少していく。

 

だがこの天命、なんとアイテム欄に収めるだけで回復していくのだ。剣型の神器なら鞘に納めるだけで微量に回復していく。

 

俺達が普段ずっと気を使っている武器の耐久値も、神器であればしばらく使わないでいれば大丈夫、という事である。

 

……流石にズルくね?

 

 

 

4つ目はゲームバランスを崩壊しかねない持ち主だけが使用できる冷酷無比の超強力スキル。

 

一度使えば絶望的な不利な戦況でもあっという間に引っくり返せるスキルが神器には備わっている。

 

その名も『武装完全支配術』

 

神器に眠る記憶を目覚めさせて強化し、全開放して神器の真の力を発揮してやりたい放題、なんてことも出来てしまう。

 

しかし残念ながらこの辺の事は俺もよくわからない、聞いた所によると神器の力を発揮するのはプレイヤーのイメージが大事たとか前に団長から聞いた事あったけど……

 

イメージってなに? ひょっとして俺達が頭の中でこんな風にやりたい~なんて想像したらそれがこの世界で現実に出来るって事? 何それ怖いんですけど……いくらゲームの世界だからって人間の頭の中を覗く事なんて出来ないよね?

 

5つ目はズバリ! 物凄く! 果てしなく! 滅茶苦茶入手が困難な事!!

 

ここまで聞いたみんなは恐らく「うわ超便利じゃん神器、ちょっと探しに行ってみようぜ神器~」とか考える者も中にはいるであろう。

 

だが世の中そんなに甘くない、神器と言うのは最初に言った通り本当に、本当に! 本当に出ない!!

 

年に一回だけあるクエスト、毎日何度でも挑戦できるクエスト、情報屋に高い金出してやっとこさえ見つけられる秘蔵のクエスト、入手手段は様々あるのにほとんどの者がまずクリア達成まで行きつけない!

 

どれもこれも製作者がプレイヤーを虐める為に作ったとしか思えないぐらい難易度が高過ぎる……

 

今回特別にその中で神器を手に入れられるチャンスのあるクエストを一つだけ紹介しておこう

 

第五十五層には氷の洞窟で出来た特殊ダンジョンが年に一度だけ現れるというイベントがある……

 

入口は普通だが中身はかなり複雑な迷路となっており、更には即死トラップやボスクラスのモンスターがウジャウジャとそこら中に沸いて出てくる。

 

そしてやっとこさ最深部に辿り着いてみると、今度はその洞窟に潜むボスと呼ばれる白い竜の登場だ。

 

聞いた所によるとえげつない程強いらしい、戦ってる途中で「あ、完全に勝たす気ないなコイツ」と静かに悟るぐらい容赦ないらしい。

 

その竜を掻い潜って背後にあるこれまたとてつもなく耐久値の高いデカい氷の中に

 

神器『青薔薇の剣』が存在すると呼ばれているのだ。

 

青薔薇の剣とか……名前からして超カッコいいんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 

うわ、こうやって書いてるとますます欲しくなってきた、だって神器だよ? 

こんなの手に入れたらマジで俺最強だよ? 

だって世界に一個しかない武器だもの

アスナちゃんも絶対自分の事の様に喜んでくれるよ

 

沖田隊長もやっと俺の事認めてくれるよ……

 

……いつか俺も攻略しに行ってみよ

 

 




神器入手編はこれにておしまいです

次回はいよいよあの男が主役に!? 

EDOは派手な奴だけが輝ける訳ではない、その輝きの裏で地味で目立たない者もまた活躍しているのだ。しかし相手があの黒夜叉、おまけに何故かバーサク状態……

それではご感想を長くお待ちしております!


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第二十四層 君は俺達のヒロイン

勇者ヨシヒコとこの素晴らしい世界に祝福を!のクロスオーバーSS

「勇者ヨシヒコと魔王カズマ」を連載開始ました。

こちらもお暇でしたら是非読んでください



山崎退

 

泣く子も黙る武装警察・真撰組の密偵として日々働き、地味な見た目を利用して潜入調査・張り込み・時には闇討ちの仕事を任されるなど数々の暗躍を行うスペシャリスト。

 

しかし屈強な精鋭揃いの中で一人だけどこか浮いた様な存在で周りに忘れられがちなのは確かだ

 

しかし彼は気にしていない、何故なら己の持つこの地味な雰囲気こそが、己にとっての一番の武器でありアイデンティティだと一番よくわかっているからだ。

 

そして今日もまた彼は朝から極秘の指令が携帯に届く。

 

そのおかげで真撰組の副長直々に行う朝礼の時でも彼は副長が何を言っているのか全く耳にも入れず(このおかげで副長にシメられた)

 

朝食の時間も無の表情で黙々と冷蔵庫に入ってあった魚肉ソーセージを食べ終えただけで

 

仕事開始の瞬間に自分の持つ目立たない特徴を生かして難なく他の隊士をすり抜けて一人単独行動に移った。

 

そう、この指令だけはなんとしてでも自分一人で完遂させなければいけないのだ……

 

 

 

 

 

 

「それで五十五層の特殊ダンジョンの最深部まで行ったんですけど……最後の最後に出て来た白い竜にやられちゃって……」

「へぇーそいつは残念だったね、その竜を相手にした時は何人がかりで挑んだの?」

「そこに辿り着けたのは私だけですね、あの子とは途中ではぐれちゃって。そもそもたった一つのレアアイテムを巡ってプレイヤー全員で競争してる様なモンだから、協力して一緒に戦おうとする人なんて誰もいませんよ」

「ハハハ、それもそうか」

 

江戸にある小さな喫茶店にて、真撰組の凄腕密偵・山崎退が小さなテーブルを挟んでどこか楽し気に会話をしている相手は

 

栗色の長い髪をした、江戸では珍しい洋風の服装をしている一人の少女だった。

 

名は結城明日菜、今日の朝から山崎に携帯で連絡を入れて来た

 

極秘任務の送り主である。

 

「それにしても朝からいきなり連絡してすみません山崎さん、今日も仕事だった筈なのにわざわざその合間をぬって私の話に付き合ってくれるなんて……」

「いやいや全然気にしてないから! 仕事つってもどうせ誰でもできる様な地味な仕事だし! むしろこうして明日菜ちゃんの話聞いてあげる事こそ俺にとっての一番の大仕事だから! それ以外の仕事なんか全部カスだから!」

「ありがとうございます山崎さん、どこぞの一番隊隊長と比べて本当に優しいんですね」

「市民の不安を取り除くのが俺達真撰組の役目ですから! 俺はただ侍として当たり前の事をしているだけです!」

 

申し訳なさそうに苦笑して見せる明日菜に山崎は敬礼をしながらそんな事無いと大声を出す。

 

むしろ男臭い職場環境にいる自分にとって、可愛い女の子とこうしてお喋りできるなと光栄の極みである。

 

(しかしそれにしても、日に日に綺麗になっていくな明日菜ちゃん……)

 

テーブルに置かれた自分のメロンソーダをストローで飲みながら山崎は心の中で呟く。

 

名家のお嬢様なので教養も礼儀作法もしっかり教え込まれていて、性格も優しく素直で物凄く良い子。

 

おまけに年々美人になっていくその見た目だ、育ちよし器量よし見た目よし……

 

そんな彼女をどこか眩しそうに眺めながら山崎ははぁ~と深いため息を突く。

 

(これは世の男共がほおっておくわけがない、俺だって自分がもっと若かったら100%惚れてる。彼女に悪い虫が寄り付かない為に、真撰組として彼女に近づこうとするのは全力で潰さなければならない)

 

兄の様な感じで明日菜に接している山崎にとって、彼女に変な男が近づこうとするのを全力で抹殺する義務(局長命令)があった。

 

しかしこう考えているのは山崎だけではない、真撰組の隊士のほとんどが彼と同じく明日菜の為であればなんでもするであろう。

 

聞いた所によると彼女の友人であるチャイナ娘の父親もまた明日菜の事を凄く可愛がってあげているらしい。

 

なんでも彼女に近づこうとした彼女の父親の部下を4/5殺しにしたとかなんとか……

 

(ウチも似た様な事あったら局長命令で全人員を配備してその男を抹殺するだろうなぁ……)

 

もしそうなったら全身全霊を持って男を殺そうと山崎は固く誓いながら頷いていると

 

向かいに座っていた明日菜が店員から注文したカツ丼を受け取りながら不意に話しかけて来た、

 

「そういえばとうし……副長の様子はどうなんですか?」

「やるとしたら毒殺? いやいっそ嬲り殺し……え、副長?」

 

思わず口で物騒な事を口走っていた山崎は我に返ったかのように彼女の方へと視線を戻した。

 

「副長は相変わらずだよ、毎日俺達に厳しく指導しながら江戸の治安を護る為に全力を挙げてるし、近頃はあの攘夷浪士の桂小太郎を捕まえようと躍起になっているよ」

「桂小太郎……近頃この辺の天人の大使館に爆破テロを行ってる危険人物ですよね?」

「そうそう、けどこれがまた逃げ足が速くて中々捕まらなくてさ~」

「……」

 

サラッと警察の現在の方針を一般人に暴露している山崎をよそに、明日菜は顎に手を当て何かを考えている仕草。

 

一体何を考えているのかは付き合いの長い山崎でもわからなかったので、とりあえず別の話題に切り替えようと口を開いた。

 

「ところでEDOの話に戻るけど、五十五層の特殊ダンジョンで手に入るレアアイテムって確かあの有名な神器・『青薔薇の剣』だよね? 今年は誰も手に入らなかったって事はまたイベントは来年になるって事?」

「いえ来年にはもうそのイベントはありません、というか今後一生無いと思います」

「え?」

「クリアされたんです、あの高難易度のクエストを制覇して見事青薔薇の剣を手に入れたプレイヤーがついに現れたんですよ」

「うそぉぉぉぉぉぉ!?」

 

目の前のカツ丼に懐から取り出したマヨネーズをニュルニュルと大量に注ぎながら明日菜は怪訝な表情で呟くと

 

山崎は素っ頓狂な声を上げて驚いて見せた。

 

青薔薇の剣、その名前の響きにそそるモノがあったので近い内に自分も挑戦してみようと思っていたのに……

 

深いショックを受けてガックリと肩を落とす山崎に明日菜は容器が空になる程マヨネーズをカツ丼の上にトッピングし終えると、箸を持ち上げながら話を続ける。

 

「私も驚きました、つい先日に情報が入ったんです、氷の洞窟から青薔薇の剣を持ち帰ったプレイヤーが現れたって。まさかあんな複雑な迷路とトラップを潜り抜け、あの高レベルの竜の猛攻を潜り抜けた人がいたなんて……」

「そうだったんだ……ていうか明日菜ちゃん、現在進行形で俺も別の事で驚いてるんだけど? さっきからなにカツ丼の上に大量のマヨネーズぶっかけてるの? 見た目的にアレなんだけど、とぐろを巻いた黄色いアレなんだけど」

 

ショック状態からすぐに立ち直る程の光景が山崎の目の前に移った。

 

よく見ると明日菜が注文したカツ丼の上には、彼女が事前に用意していたマヨネーズが巨大なとぐろを巻いて乗っているではないか。

 

頬を引きつらせその事について尋ねる山崎だが、彼女は手に持った箸をそのカオスな食べ物に突っ込んで

 

「血盟組として危険人物の手に渡る前に神器の確保をしておこうと思ったのに……私でもクリアできなかったあのクエストを一体誰が……」

「いやスルーしながら普通に食べないで! 大丈夫なのそれ!?  もはや人間が食べて良いモノなの!?」

「はい、最初は手こずりましたがここ最近ではもう普通に食べれるようになりました」

 

意外と早いペースでマヨネーズてんこ盛りのカツ丼を食べて良く明日菜に山崎がすぐにツッコミを入れると

 

彼女はケロッとした表情で顔を上げ

 

「というかもうコレじゃないと私の胃はもう受け付けません」

「それ完全に手遅れじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!! ダメだよ明日菜ちゃん! いくら副長の真似がしたかったとはいえそっちは絶対に真似しちゃダメだから! 優等生委員長タイプヒロインが一瞬にしてゲテモノ愛好ヒロインに!!」

「あ、レモンティーにもマヨネーズトッピングしないと」

「明日菜ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

一本だけでは飽き足らずまさかの二本目のマヨネーズを一緒に頼んでおいたレモンティーに笑顔でぶっかける明日菜。

 

最悪だ……あのマヨネーズ中毒の副長のせいで俺達のヒロインが……

 

青薔薇の剣を手に入れる機会を二度と失った事よりもショックを受けて呆然と固まる山崎をよそに

 

まるでクリームソーダみたいな出来栄えになったレモンティーを一口飲むと、明日菜は眉間にしわを寄せる。

 

「それで私、一体誰が青薔薇の剣を持ち出す事に成功したのか、少し心当たりがあるんですよね……」

「あ、普通にそっちの話を続けるんだ……心当たりがあるって一体どんな?」

 

何事も無かったかのようにまた話を続ける明日菜にジト目を向けながら山崎が尋ねると彼女は口に出すのも嫌だと言った嫌悪感丸出しの表情で

 

「迷宮の攻略途中で見たんです、誰より早く障害を攻略していきながら疾走する黒づくめのあの男を……」

「黒づくめ?」

「黒夜叉です」

「黒夜叉……あの攘夷四天王の!?」

 

黒夜叉というのは攘夷四天王の一人と称され危険思想と疑われているプレイヤーの一人だ。

 

山崎もEDOで度々調べ回って色々と情報を手にし、つい最近ではどういった見た目と戦い方をしているのかも調べ上げる事に成功した。ていうか随分前に尾行した事がある。

 

確か名前はキリトと言って、見た目からして明日菜とさほど年の変わらない少年だった筈だ。

 

「どうしてその黒夜叉が青薔薇の剣を手に入れたと思うの?」

「確証はありませんがあの男なら出来ると思うんです、私では倒せなかったあの竜も、あの男ならなんかズル賢い真似をして上手く出し抜いたんじゃないかなって」

「……なんかえらく黒夜叉の事を高く評価してるんだね」

「まあ一度は私も負かされたようなモンですし、それに……」

「それに?」

「……何故か気になるんです、あの男の事が」

 

EDOで彼女が属するギルド・血盟騎士団は攘夷プレイヤーを徹底的に排除する事に積極的だ。

 

明日菜もまた一応攘夷プレイヤーに対して警告を促したり時には剣を抜く事はあるものの

 

ここまでそのプレイヤーの一人に注目するのは珍しい

 

それにここまで面白くなさそうな表情を浮かべる彼女もまた珍しいな……のんびりとそんな感想を脳内で呟きながら、山崎はふとある事に気付く。

 

(あれ? 年頃の女の子が同年代の男の子の事が気になるって……ひょっとしてアレじゃね?)

 

明日菜だってもう17才だ、その感情が芽生えるのも極々当たり前の事だ。

 

それはわかる、しかし自分は真撰組であり何より彼女の兄的存在であり……

 

「ね、ねぇ明日菜ちゃん、なんなら俺が黒夜叉に直接コンタクト取って青薔薇の剣の事を聞いてみようか?」

「いえいいですよ山崎さんに悪いですし、その件についてはいずれ私が直接確かめに行くんで」

(直接本人に!? なに!? もう自然に会いに行ける関係なの!? 俺が知らぬ内にもうそこまで!)

 

やんわりと断って自分で出向くと主張する明日菜だが、山崎には何やら別の事情があるのではと疑った。

 

(いやしかし片方は血盟騎士団、もう片方は黒夜叉、立場のまるっきり違う二人がそんな関係に発展する訳……いや待て山崎退! これはまさかロミオとジュリエット的なアレでは!? まるっきり立場が違うからこそ逆に二人の間で何か惹かれ合う者が生まれたという可能性も……!)

「あのどうしたんですか山崎さん? なんか凄く目が血走ってますけど?」

(だからといってそれは許されない! もし明日菜ちゃんに男でも出来たモンなら俺達真撰組の士気が確実に下がる! その隙を突かれて攘夷浪士に襲われでもしたらまず江戸が滅ぶ! つまり明日菜ちゃんが男と付き合ったら幕府がヤバい!)

 

高速で頭をフル回転させてみると最悪のシナリオが出来てしまった、コレはマズい、彼女には悪いがここは自分が何とかせねば……

 

俺が幕府を護る為にやるべき事は……

 

「明日菜ちゃん、俺ちょっと急用思い出したから行ってくるよ」

「へ、いきなりどうしたの山崎さん?」

 

決意を秘めた目つきをしながら山崎は、困惑する明日菜をよそに腹をくくった。

 

例え彼女に嫌われようと! 真撰組として俺はこの国の為に戦う!

 

山崎退の戦いが今ここから始まり出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんな事も露知れず、黒夜叉ことキリトは

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

第二十一層の平原エリアにてこの世の終わりといわんばかりに叫んでいた。

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「良かったねぇ銀時、神器の素材ゲットするなんて」

「たまたまケツに突き刺さったのが当たりだっただけだって」

 

何故か一人頭を抱えて絶叫を上げるキリトの背後では先日ガソリンを注入したおかげで復活したユウキが

 

この間神器の素材、『金木犀の枝』を手に入れた銀時を素直に祝っていた。

 

「でもまさか月夜の黒猫団と一緒にクエスト参加してたなんてね、ボクも行きたかったな一緒に」

「ああ、アイツ等すげぇいい奴だったよ、しかしアイツ等から藍子の話聞いた時は驚いたぜ全く」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ぶっちゃけボクはこの世界での姉ちゃんの話は極力教えたくなかったんだよね……なんか銀時に幻滅されるんじゃないかと思って」

「幻滅はしなかったけどアイツが色々と無茶苦茶だったと聞いた時はビビったわマジで、しかもかなりの束縛系だったみてぇだし? なんか俺に近づく女を全て排除する気満々だったみたいだし」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「そうなんだよ姉ちゃんってああ見えて嫉妬深くてさ……妹のボクでさえ銀時と二人っきりにさせないように裏からコソコソ見張ってたみたいだし、意外と腹黒かったんだよ君の恋人は」

「女ってのホント裏の顔隠すの上手いよなぁ、別にそれでアイツの事を嫌いになった訳じゃねぇけど……アイツの意外な一面を知れて良かったよ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「……つうかよ」

 

 

 

 

 

 

 

「うるっせぇんだよお前はさっきからぁ!!!」

「だぱんぷッ!!」

 

ほのぼのとユウキと会話している一方でずっと叫びっぱなしのキリトに銀時が遂にキレて飛び蹴りをかます。

 

背中から蹴られて派手にぶっ飛んで地面に横たわるキリト

 

「さっきからなんなんだよお前! 一体何が不満なんだ! 先日オカマバーで客引きのバイトする為に女装した事がそんなに嫌だったのかコラ! 俺だって嫌だったよ! でもしょうがないだろ! それが仕事ってモンなんだよ!」

「え、銀時とキリトって女装してオカマバーで働いてたの!? うわそれ見たかった、なんでボクが動けない時にそんな面白い事やってるのさ!」

「動けないからやったんだよ! パー子とキリ子でお前のガソリン代の為に頑張ったんだよ!」

 

自分が動けなくなってる間によもやそんな事を二人でやっていた事を初めて知ったユウキに銀時が事情を説明して上げていると、地べたにうずくまる様に倒れていたキリトがやっとムクリと起き上がる。

 

「いや確かに仕事内容が客引きとは聞いてたけどまさかあんな魔窟で働かされるとは思ってなかったし、不満が無かったわけじゃない……けど俺が泣き叫びたくなるほどショックを受けてるのはその事じゃなくて」

 

服に着いた砂をはたきながら、地面に胡坐を掻いた状態でキリトはピッと銀時を指差す。

 

「こっちが神器入手イベントを失敗してガッカリ来てる所で! 俺より初心者のアンタがちゃっかり神器の素材手に入れたって事だよ!!」

「あーなんだそんな事か、器小さいなお前」

「クソォ! いっその事アンタと一緒に第二十層の特殊ダンジョン行っておけば良かったぁ!! どうせ無理だと思って諦めてたのに! よりにもよってなんでアンタが取ってんだよ! 神器の存在さえ知らなかったクセに!」

「まあ当たりを引いたのは俺じゃなくて俺のケツなんだけどな」

 

銀時に半狂乱した様子で叫んだ後両手で何度も地面を叩き出すキリト、余程悔しかったのであろう。

 

しかし銀時は肩をさすりながらけだるそうに

 

「ま、別に神器なんざどうでもいいけどな俺、武器ならもう間に合ってるし」

「じゃあ下さい! お願いします! これからはナメた態度を取らずに一生銀時様の下僕として生きていきます故! 靴なりなんなり舐めますから!!」

「いきなり土下座して来たよコイツ、プライドないのお前?」

「金でも金玉でもあげますから! なんならウチの妹を貴方様の嫁として差し上げますんで!!」

「凄いなお前どんだけクズなんだよ、もうキリト君ならぬクズト君だよ」

「原作のキリトがこれ見たら100%泣くだろうね」

 

地面に頭を擦り付けながら必死に神器の素材を譲ってほしいと懇願してくるキリトに呆れた様子で銀時とユウキは見下ろした後、銀時の方がはぁ~と深いため息を突く。

 

「残念ながら俺はお前の妹には嫌われてるから嫁に貰うつもりは毛頭ねぇよ、そもそも黒猫団っつうガキ共と協力して神器造ろうって話になってんだ、アイツ等が俺の為にわざわざ躍起になってくれてるんだから付き合ってやらなきゃ悪いだろ」

「うわ、銀時が珍しく他人の心意気に気遣ってあげてる! こりゃ確実に空から隕石が降って来るね!」

「お前俺をどんだけ失礼な奴だと思ってたの? 俺だってたまには気を遣う事だって出来るんだよ、根は優しいんだよ銀さんは」

 

背後で口を抑えながら本気で驚いてる様子のユウキにツッコミを入れた後、銀時はまだ土下座しているキリトに小首を傾げる。

 

「つうかお前も神器探しに行ってなかった? ほら、俺なんかじゃ辿り着けないとかほざいてた五十五層の特殊ダンジョンとやらに行ってたんだろお前」

「五十五層の特殊ダンジョン? それってひょっとして青薔薇の剣が出るっていう氷の洞窟の事?」

「確かにそこへは行ったさ……万全の準備をして絶対に手に入れられると踏んで意気揚々と向かったさ、けど……」

 

銀時に問い詰められてキリトはやっとこさ顔を上げるが、その表情は依然落ち込んだまま

 

「最深部にまで辿り着けた、神器を護る白い竜もギリギリの状況で避け切りながらなんとか出し抜けた、けど竜の裏にある氷の中に封印されているっていう青薔薇の剣は、どこにも無かった」

「それって……既に誰かが先に青薔薇の剣を取っちゃったって事?」

「ハハ、そういう事……俺はもう既に無い神器の為に、貴重な消費アイテムを使いまくったり無駄に時間を浪費して道化を演じていた哀れな存在なのさ……」

「哀れな存在なのは元からじゃん」

「ユウキ、お前ってたまにマジでキツイ事言うよな……ホント止めて泣きたくなるから」

 

正座しながら死んだ目で欲しかった神器を先に取られてしまっていた事を悔しそうに話すキリト。

 

そんな彼にユウキがキョトンとした表情でえぐい事を呟いてる中、銀時はやれやれと後頭部を掻き毟る。

 

「たかがゲームのアイテムを先に取られたからって落ち込んでんじゃねぇよ、神器なんざどこにでもあるモンなんだろ、だったら別のモン探しに行けばいいじゃねぇか」

「この世界に同じ神器は二つと存在しないんだよ! 俺が欲しかったのは青薔薇の剣だったの! クソ腹立つぅ~! 一体何処のどいつが俺の神器を奪いやがったんだ!」

「いやお前のモンじゃないからね、先にとった奴のモンだからね」

 

もはやなりふり構わず怒りの矛先をどこかにぶつけたがっているキリトにシレッとした表情でツッコミを入れると、銀時は隣にいるユウキの方へ振り返り

 

「コイツが欲しかったのってそんなにレアなの?」

「神器は基本的にどれもレアだよ、銀時の持ってる神器の素材だって一般プレイヤーから見れば喉から手が出る程欲しがると思うよきっと」

「……売ったらいくらになる? 家賃何か月分?」

「黒猫団との約束はどうしたのクズ時?」

 

自分が持つ金木犀の枝をもしかして現実世界の金額で高く買ってくれるのではと期待する銀時にユウキが冷たい目を向けていると

 

突然キリトが何か思い出したかのようにハッとした表情で立ち上がった。

 

「そういやあそこにチラッとあの女がいるの見かけたぞ……! もしかしたらアイツが俺の青薔薇の剣を……!」

「あの女って?」

「血盟騎士団のいけすかない副団長様だ、ハッキリとは見えてないけど後ろ姿は間違いなくアイツだった」

「あーアスナの事ね」

 

歯がゆそうにキリトが見たと証言する人物の事を聞いてユウキは納得した様にポンと手を叩く。

 

血盟騎士団の副団長・アスナ、確かに彼女の実力であればあの高難易度のダンジョンをキリトより先にクリアしててもなんらおかしくない。

 

「まさか攘夷プレイヤーの宿敵である血盟騎士団に先越されちゃうなんてキリトも災難だね」

「チクショあのアマァァァァァァァァ!! 俺の青薔薇の剣返せェェェェェェェェェ!!!」

「だからお前のモンじゃねぇって」

 

天を仰いで怒り狂いながら怒鳴り散らすキリトに再びツッコミを入れた後、銀時は彼の肩にポンと手を置く。

 

「先に取られたんならもう仕方ねぇだろ、お前はお前で別の神器探せばいいじゃねぇか、自分に相応しい剣ぐらいいずれ巡り合えるって」

「いやそうは言っても……は! そういえばこの世界で異性同士で結婚出来るって聞いたぞ! そうするとアイテムストレージが互いに共有できるとかなんとか! もし俺があの女と結婚すれば青薔薇の剣もまた俺の下に!」

「おいクズト君、お前この短い中でどんだけクズに成り果ててるんだ? いい加減フォロー難しくなってきたぞ」

「原作キリトがコレ見たら確実に泣きながら走り去るだろうね」

 

まだ未練がましく何やら下卑た企みを持ち始めたキリトに銀時とユウキがそろそろウンザリし始めて来た頃

 

その時彼等の下へフラリと一人の人物が……

 

「おいテメェ……今誰と結婚するとかほざいてやがったんだ、ああん?」

「ん?」

 

こちらに向かって喧嘩腰で飛んで来た言葉にキリトより先に銀時の方が振り返る。

 

そこにいたのは

 

 

 

 

モヒカン頭のいかにもチンピラといった感じの風貌をしたガラの悪そうな男であった。

 

「ようやく見つけたぜ黒夜叉! テメェの悪事もコレで見納めだコラァ!」

「誰コイツ?」

「知らん……悪いけどよそ行ってくれないか、今の俺は機嫌がすこぶる悪いから……マジ今猛烈にイライラしてるから……」

「そう言ってこの俺が逃げられると思ってのかよオイ! ああん!?」

「なんかキリトに用があるみたいだねこのモヒカン頭」

「いやだから知らないっての、いい加減にしろよホント……」

 

頭を左右に振りながら威嚇する様な仕草をする男が歩み寄って来る。

 

キリトは不機嫌そうにシッシッと手で追い払う仕草をしていると、その態度に腹を立てたのか男は血走った目で睨み付けてくる。

 

「俺に狙われたのが運の尽きだったな! 今からテメェを一方的にボコボコにしてやるから覚悟しとけよ! ああん!?」

「なんなのコイツ、ちょっと世界観が俺達と違い過ぎるんだけど、アレ絶対世紀末の時代の人だよね」

「凄いねぇこんな小悪党な見た目をしたアバター見るのボク初めてかも」

「んだテメェ等も黒夜叉の仲間かコラ! だったらテメェ等も俺がとっちめてやんよ! ああん!?」

 

懐から彼が取り出したのは釘の付いたバットというなんともこの世界では珍しい鈍器であった。

 

物珍しそうに見つめて来る銀時とユウキに、男は彼等もまた標的と見定め喧嘩腰で近づいて来る。

 

 

 

 

 

 

 

「このEDOのトップランカーと称されるマウンテンザキ様が!! テメェ等まとめて粛清してやるからかかってこいやコラァァァァァァァァ!!!!」

 

彼の名はマウンテンザキ

 

 

たった一人の少女を護る為に立ち上がった恐れを知らぬ勇者。

 

そして

 

 

 

 

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

相手の力量を計らずに一時的なテンションに身を任せて戦いを挑んでしまった愚者。

 

神器を入手できなかった苛立ちが遂に限界突破したのか、剣ではなく拳一つを思いきりマウンテンザキの腹に食い込ませるキリト。

 

「こっちはイライラしてるんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あべしッ!」

 

反射的にのけ反った彼にもう一発顔面に入れて後ろに倒した後、キリトは馬乗りになった状態で一心不乱に彼を両手で殴りつける。

 

「どうして!! 俺以外の奴ばっか!! 神器手に入れてんだゴラァ!!」

「いやそんな事俺は知らな……ひでぶッ!! たわば!!」

「はいはい一旦落ち着こうかキリト、ヤケになってモヒカンに八つ当たりしちゃダメだって」

「そうそう、ところでキリト君、神器を造れる鍛冶屋って知らね? せっかく神器の素材があるのに腕の良い鍛冶師がいねぇとダメみたいなんだわ、いやー神器の素材手に入れちゃったモンだから色々と大変だわー」

「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! くっそ羨ましいィィィィィィィィィィ!!」

「どっぽんぺッ!!!」

 

ユウキがなあなあで彼の怒りを収めようとするも、わざとらしく神器に触れる銀時の発言よって更にヒートアップ。

 

この後、マウンテンザキは一方的に32発の殴打を食らいあっけなくHPをゼロにして白目を剥いたまま四散。

 

二人の対決の結果はバーサク状態のキリトに軍配が上がる。

 

 

 

 

 

マウンテンザキ、もとい山崎退の戦いは今ここで終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「明日菜ちゃん、俺やっぱEDOでは現実と同じ姿でプレイする事にするよ……」

「また急にどうしたんですか……それは私も大いに賛成ですけどなんかあったんですか?」

「……威勢が良くてもなりふり構わずつっ走っていくのは無謀だとその身で感じたんだ……やっぱり俺は一生地味のまま過ごす方がお似合いなんだ」

「山崎さん暗いですよ! 本当に何かあったんなら私相談に乗りますから!」

 

後日自分が護ってやらねばと決意したばかりの年下の少女・明日菜といつもの喫茶店で再会した山崎は

 

 

激しく落ち込んだ様子で項垂れ、それを心配する彼女から何度も励ましてもらう羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 




前回の回を終えた後感想やメールで

カイバーマンさんの書くヒロインはやたらと愛が重い思考ですけど理由とかあるんですか?

と聞かれました

初めて気づきました。

ぶっちゃけ無意識にこっちの方が好きに暴れられるからとかそんな理由でずっと書いて来たんだと思います。
ヒロインは完璧よりもどこかぶっ壊れてたり弱点があると言ったタイプの方が書いてて楽しいので、
別作品で書いてた暁美ほむらとかノリノリではっちゃけさしてましたからね。

ちなみに私自身はどちらかというと正統派ツンデレ系が好きです

ドラゴンボールで例えるなピッコロです、少年御飯を鍛えてる時とかドストライクです



山崎回はあっけなくこれで終わりです。ちなみに私が一番好きな銀魂キャラです

次回は現実メインの話

遂に原作主人公コンビと原作ヒロインコンビが現実世界で鉢合わせ

銀時と一緒に絶賛辱めに合ってる状況という最悪なタイミングで現れた彼女に和人は……

ご感想いつでもお待ちしておりますのでお気軽にどうぞ!


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第二十五層 オフ会ならぬオカマ会

突然ですが今回の話を持ちまして当作品及び他の作品を全て打ち切りとさせて頂きます。

理由はこの度長年連れ添ったガチムチで素敵な彼ピッピと結婚する事になったからです。

それでは皆様、長い間ありがとうございました

















はい嘘です、投稿日がたまたま4月1日だったから大嘘こきました。

ガチムチで素敵な彼ピッピなんぞいないし結婚とかもないです、はい

これからも末永く当作品及び他作品を読んでくれる方が増えるよう精進します。


坂田家の朝はたまに早い、基本的に昼前まで家主が寝てる事が多いが稀に起きる時が早い事がある。

 

例えば朝のテレビで人気アナウンサー、結野アナが出ると決まった日とかだ。

 

『みなさーんお早うございまーす、結野アナでーす』

「おはようございまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!」

 

朝っぱらからテレビ画面で陽気に手を振る結野アナに対し

 

右手にコップ、左手に歯ブラシを持ち、口元から歯磨き粉を垂らしながら叫ぶのは家主の坂田銀時。

 

ソファに座って朝食を取っている居候のユウキ、従業員の桐ケ谷和人の冷たい視線を背中で受けながら

 

彼は一人テレビに映る憧れの彼女に夢中になっていた。

 

『今日は日差しも暖かくてお布団を干すには丁度いいかもしれませんねー』

「そうですね! めっちゃ干します!」

『でも昼頃から天気が崩れ始めるので、出かける時は傘を持っていた方がいいですよー』

「わかりました! めっちゃ傘持って行きます!!」

「いや持つ傘は一つでいいから」

 

テレビの向こうの結野アナと会話してるかのように返事をする銀時にボソリとツッコミを入れると

 

朝食の卵かけご飯を食べながら和人は向かいに座るユウキの方へ顔を上げ

 

「あれ何?」

「いつもの事、銀時はお天気アナウンサーの結野アナの大ファンなの」

「なんでテレビに向かって話しかけてるの?」

「あ! おい今俺の事を見たぞ結野アナ! やっぱり繋がってるよ俺達!」

「いつもの事、銀時はバカなの」

「あーなるほど」

 

ガソリンの入ったコップを一気に飲み干しながらやるせない気持ちで説明してくれたユウキのおかげで和人はようやく理解き出た。

 

つまるところ彼がアホなだけだったという訳だ。

 

『それでは恒例のコーナー始めちゃいまーす』

「はいよろしくお願いしまーす! よっしゃあ来いよコラァ!」

 

いきなりパンと両手で叩くとテレビに向かってかかってこいといった構えで何かを持っている様子の銀時

 

すると画面の結野アナがガラガラと画面端から文字の書かれたボードを引っ張って来た。

 

『結野アナのブラック星座占いでーす』

「よっしゃぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!! ブラック星座占い来たぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うるさいアンタ本当に! いい加減にしろさっきから! こっちは飯食ってるんだよ!」

 

一体そこまでテンション上がる理由が何処にあるかわからなくなってきた和人は、遂に銀時にキレて一喝する。

 

「そもそもブラック星座占いってなんだよ! なんか不吉な影が見えるんだけど! ブラックという言葉のせいで何か嫌な予感しかしないんだけど!」

「そうそう、結野アナって占いで天気の予報とかするんだけどさ、それが結構当たるんだよ。それで星座占いもやってるんだけどコレもまた当たるって有名だからボクもつい見ちゃうんだよねー」

「女子ってホント占いとか好きだよな、直葉もそういうの好きだけどたかが占いだろ? 俺はそういうの一切興味無いから」

 

占いなどこれっぽっちも興味ない和人にとってはどんな運勢になろうと知ったこっちゃない。

 

人生とは占いなどで左右されず自らの手で切り開くのだとかどっかの偉い人が言ってた気もするし

 

朝食を食べ終えて茶をすすりながら何気なくテレビを観ていると、結野アナが相も変わらず笑顔でマイクを握っている。

 

『それでは今日一番の最悪の星座は……てんびん座の人でーす』

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 俺てんびん座だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あ、俺もてんびん座、なんだよ朝から気分悪いな……」

「占い興味無いんじゃないの?」

「興味はないけどいざ最悪の運勢だと言われるとやっぱり嫌だろ」

「俺の人生もうおしまいだァァァァァァァァァァ!!!」

「うるせぇ! 頼むから大人しくしてろアンタは!!」

 

結野アナが言った今日一日の最悪の運勢はてんびん座

 

奇遇にもそれは銀時、そして和人の星座でもあった。

 

この世の終わりといわんばかりに一人絶叫している銀時、和人は少々嫌な気持ちになった程度になっている中、テレビの向こうの結野アナは話を続ける。

 

『てんびん座は今日一日最悪です、何も良い事が起きません、何をやっても悪い結果になってしまうでしょー』

「おいおい身も蓋も無いな……」

『特に今テレビの前で何かを口に含んでる方は~』

「「ん?」」

 

和人は茶を、銀時は歯磨き粉を口に含んでる状態だという事に自身で気付いた直後、結野アナは楽し気に笑顔を浮かべたまま

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日死にま~す』

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

『それでは皆さんお仕事頑張って下さーい』

 

最後にそれだけ言い残すと結野アナは画面から消え、テレビのCMが始まってしまった。

 

いきなり死の宣告をされて流石に銀時だけでなく和人も驚いた表情でしばらく固まった後……

 

「オイィィィィィィィィィ!? どういう事だコレ!?」

「なんだ今の!? 今日死ぬって言った!? てんびん座今日死ぬって言った!?」

「正確には現在進行形で何か口に咥えてる人が死ぬって言ってたよ、つまり二人共今日死ぬって事だね」

「「なに軽い感じで言ってんだコラ!」」

 

一人だけ安全地帯にいるかの様に呑気にガソリンをすするユウキに銀時と和人が同時に振り返って一緒に叫ぶ。

 

「嘘だろオイ! 銀さんこのままだと死ぬの!? しかもよりにもよってコイツと一緒に!? ふざけんなお前だけ死ね!」

「誰が死ぬか! アンタが死ね! いやこんなのたかがお天気アナウンサーの占いだ! 最初は死ぬって言われて面食らったが、こんなの絶対に当たりっこないって!!」

「参ったなチクショウ、せっかく結野アナの為に早起きしたってのに……」

 

互いに罵倒しつつ和人は断固として当たる訳がないと豪語するも、銀時はどこか浮かない表情。

 

まさかファンだった相手から死刑宣告されるとは夢にも思うまい

 

すると突然事務机に置かれている黒電話が突然鳴り出した。

 

このタイミングで一体なんだと一番近くに立っていた銀時が訝しげに電話の受話器を手に取って耳に当てる。

 

「はいもしもし万事屋です、新聞なら間に合って……あ、どうも」

 

電話の相手は新聞の勧誘ではなく銀時の知り合いだったらしい。受話器を耳に当てながら途端に銀時はけだるそうな感じになる。

 

「はいはい先日はどうもありがとうございました、こちらも色々とね、主人公として大事なモノを失いましたはいはい……、え、今日? いやー今日は色々と立て込んでまして、ここん所忙しくて」

「嘘ばっかり、いつも暇じゃん」

「うるせぇお前は黙ってガソリン飲んでろや!」

 

頬を引きつらせて微妙に嫌そうな反応をする銀時が上手い事誤魔化して何かを拒否しようとするも横からユウキが大き目な声で一言。

 

すぐに銀時は彼女を怒鳴りつけるも、すぐに電話の相手との話を続け

 

「え? お登勢にはもう話付けておいたからってどゆ事? もしかしてあのババァ、俺のいない所で勝手に約束したって事? しかも報酬は全部家賃として回収される? ふざけんなそんなの誰が……! え、マジ?」 

 

何やら雲行きが怪しくなってきた……電話の相手と話してる内に銀時の表情が険しくなり終いには怒りだそうとするも、最終的に顔から冷や汗を掻きながら頬を引きつらせ

 

「……わかりました、昼頃そちらにお伺いしまーす……」

 

諦めたかのように最後にそれだけ言うと、銀時はゆっくりと受話器を戻した。

 

しばらく無言で黙り込んだ後、一体何事かとこちらを向いている和人とユウキの方へ死んだ表情で振り返ると

 

「おい和人君仕事だ、先日やった仕事、もう一回やれってよ……」

「……それって”アレ”?」

「ここ最近やった仕事つったらアレしかねぇだろうが」

「……」

 

彼の言葉に和人はビクッと肩を震わせ全身から悪寒を覚えると、そのまま無言のままスクッと立ち上がり

 

 

 

 

 

「早退します! お疲れ様でしたァァァァァァ!」

「させるかコラァァァァァァァァ!!!」

 

即座に玄関の方へと走り去ろうとする和人を後ろから羽交い絞めにして逃走を阻止する銀時。

 

しかし和人は本気で嫌がっている様子で彼に羽交い絞めにされながらも激しく抵抗する。

 

「イヤだ! あんなのもう一回やるなら死んだほうがマシだ! どうせ今日占いで死ぬって言われてるんだ! 死ぬんなら人間の尊厳を保ったまま死にたい!」

「落ち着け元ひきこもり! そもそもお前は人間の尊厳なんざとっくの昔に捨ててんだろ! お前にあるのはゴミだけだ!」

「やるならアンタ一人でやれよ!」

「ふざけんなお前も道連れだ!」

 

揉み合いながらギャーギャーと言い争っている二人を眺めながら

 

こちらに飛び火が来ないとわかっているユウキはコップをテーブルに置きながらそんな醜い争いを遠目で眺めていた。

 

「早速占い通り不運がやって来たみたいだね、こりゃもしかしたら本当に死ぬかもね二人共」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは悪たれ共が住むかぶき町の歓楽街

 

夜の町と呼ばれてはいても、昼頃であってもやっている店も多く、様々な人達で溢れかえっていた。

 

「フハァ~……まだ眠いアル……」

「もう、昨日夜更かしして深夜ドラマとか観てるからよ」

「松重豊の演技力に見入ってしまったせいネ、私じゃなくて松重豊を責めてヨ」

「いや松重豊には非は無いから……」

 

欠伸をしながら言い訳する神楽を隣で注意するのは

 

つい最近から彼女と一緒のマンションで同居生活している結城明日菜だ。

 

超人的な怪力を持つ夜兎族の少女・神楽は結城家の長女・結城明日菜と一緒にこのかぶき町へと来ていた。

 

夜兎族は太陽の光に弱いので、神楽は日傘を差して歩きながら当たりを警戒する様に見渡す。。

 

「それにしてもこんなチンピラばかりの場所に一体何の用アルかアスナ姐、ここの連中は私の故郷にそっくりな奴等ばっかりで危ないヨ」

「うんちょっと調べたい事があってね、こういう場所にこそ隠れてる可能性があると思って情報収集に……」

 

お嬢様育ちの明日菜にとって無法者だらけのかぶき町は全く場違いも良い所。

 

一際珍しい服装をしている上に隣に夜兎族のチャイナ娘も従えているのでかなり浮いているのだが

 

彼女にはどうしても調べたい事があったので自らここに足を運んだのだ。

 

「はぁ~……」

「どうしたアルか? そういやアスナ姐家出る前からずっとテンション低いアル、朝のお通じが悪かったアルか? 私は快便だったヨ」

「神楽ちゃんそういのはいくら同性相手であろうと言っちゃちゃダメ」

 

無垢な表情でスッキリした様に今朝の事を話す神楽にジト目でツッコミを入れた後、明日菜は頭に手を置いて悩む表情。

 

「実は朝やってたテレビのの占いを朝食食べながら見てたら、『てんびん座は運勢最悪の上に今口に何か含んでる人は今日死にまーす』って言われたのよ、私てんびん座だからちょっと気にしちゃってて……」

「マジでか? でも大丈夫ネ、アスナ姐には私がついてるヨ、どんな不幸が押し寄せても私が全部この手で追い払ってやるアル」

「ありがとう神楽ちゃん」

「でもお通じが悪い事については私は何も手伝う事が出来ないアル、それはもう自力でふんばってなんとか捻りや出すしかないネ」

「だからもうその話はやめて……」

 

口は少々悪いが根は良い子だし自分が困ってるとすぐに助けてくれようとする本当に頼りになる子なのだが、どうも世間知らずというか間違った教育を受けていたのか……

 

そんな事を思いながらいずれは自分が矯正してあげないと……っと思いながら明日菜が再び歩こうとしたその時

 

「待ちなさいそこのお嬢さん こんな危険な場所になんの用だい?」

「もしかしてこのかぶき町を観光パークかなんかだと思ってるのかい?」

 

ふと後ろから二人分の低い声で呼び止められたので明日菜がやや警戒しながら後ろへ振り向くと

 

灰色の顔の半分を覆う程の大きな黒目をした、テレビとかでよく見る見た目をした天人がスーツ姿で二人立っていた。

 

「我々は愚劣威≪グレイ≫星人、君達か弱い少女たちの味方だ」

「我々は君達の様なお子様をキャトルミューティレーションしてもっと住みやすい星を提供してあげるとても善良で優しい種族なのだよ」

「……いやそれ完全に人身売買ですよね」

 

早速占い通りに不運が巡って来たかと思いながら明日菜はジト目で彼等を睨み付ける。

 

大方こうして女の子二人で歩いてるのを見て自分達を捕まえてどこかに売り払おうと考えてる下賤な輩であろう。

 

「私達を捕まえて別の星に売り払おうとか考えてるんですか?」

「心外な、我々がやってるのはあくまでキャトルミューティレーション……」

 

明日菜がはっきりと指摘するとグレイ星人の片方が長い腕を左右に振りながら弁明しようとすると……

 

突如彼等が何者かにガッと頭を鷲掴まれたかのように、地面から数センチほど浮き始めた。

 

「すみません、ちょっとキャトルミューティレーションしちゃいました」

「「ギャァァァァァァァァァァ!!!!」」

 

ミシミシと頭に指を食い込ませていきながらグレイ星人を持ち上げるのは意外にも華奢な体をした着物姿の女性。

 

志村家の長女・志村妙が仕事帰りの所を偶然ここを通りがかったのだ。

 

「アネゴ!」

「あ、あなたは!」

「あら二人共お久しぶり、元気にしてた?」

 

天人を二人も高々と持ち上げた様子で、前に会った事のある神楽と明日菜を見てお妙はニッコリと笑っていると

 

彼女に鷲掴みにされているグレイ星人は苦しそうに悲鳴を上げ始め

 

「あー頭が! 頭が割れる!」

「我々の意識が今にもキャトルミューティレーション!」

「テメェ等は黙ってろや! 今昼下がりの女子トークをやっている所……なんだよ!!」

「「どっぱぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

彼等の悲鳴が耳障りだったのか、急にキレたお妙は彼等を両手で掴んだままふと近くにあった店に向かって豪快にぶん投げる。

 

哀れグレイ星人は店の窓ガラスをぶち破って来店し、彼等が強盗に来たと誤解した強面の店員達によって瞬く間に成敗されてしまった。

 

そして大の大人二人を投げ飛ばしたというのにお妙はすぐににこやかに微笑みながら喜んでる神楽と、唖然としている明日菜の方へ振り返り

 

「危ない所だったわね二人共、ケガはなかった?」

「お、おかげさまで……ありがとうございます」

「きゃっほーアネゴはやっぱり強いアル!」

「フフ、これでも武家の娘として色々鍛えてるのよ」

 

そう言いながら飛びついてはしゃぎ出す神楽の頭を撫でてあげる。

 

「こんな物騒な所に可愛い女の子二人で無防備に歩いてるんですもの、虎のいる檻に松島トモ子をほおり投げる様なもんだわ、次からはマネージャーを護衛として付けた方がいいかもしれないわね」

「大丈夫アル、私これでも滅茶苦茶強いし、あんなのが100人やってこようが私一人でアスナ姐を護って見せるヨ」

「まあ神楽ちゃんカッコいいわねー、ウチの愚弟二人も見習ってほしいものだわ」

 

自分の腰から離れた神楽が威勢よく両手でガッツポーズ取るのを見ながらお妙は一層微笑んだ後、改まって明日菜の方へと振り向く。

 

「ところであなたは確か橋の上で一緒に新ちゃんの決闘を見物していた……」

「結城明日菜です、あの時は自己紹介できなくてすみませんでした」

「明日菜ちゃんね、見た目も名前も可愛らしいわ。それであなたはどうしてかぶき町なんかに?」

「えと……実はちょっと人探しみたいなことをしてまして……」

 

豪快に天人を投げ飛ばしてた時のギャップの差に明日菜は少々困惑しつつも、かぶき町の事にも詳しそうな彼女に思い切ってここに来た目的を話してみた。

 

「だからちょっと色んな人からお話を伺えるような場所を探してるんですけど、この辺にありますか?」

「人を捜してるのね、それならこのかぶき町で万事屋をやってる……いや」

「?」

 

人探しに適任な人物でも紹介しようとしたのだろうが、お妙は急に黙り込むとすぐに明日菜の方へ顔を上げ

 

「私今仕事を終えて行きつけの店に行こうと思ってたの、とりあえずそこで情報収集しながら女三人で楽しくお喋りでもしてみない?」

「え? 私は構いませんけどいいんですか?」

「やったー! アネゴともっと一緒にいられるアル―!」

「ここで会ったのもきっとなんかの縁だし、それにあなた達の事を何故かほおっておけないのよね」

 

明日菜としてはこの町で情報収集出来る上にこんな良い人と親密になれるなら嬉しい限りだ。

 

神楽もまた彼女にひどく懐いてるし、ここで断るというのも野暮ってモンだ。

 

「わかりました、それじゃあその行きつけの店にみんなで行きましょう」

「決まりね、じゃあ二人共私について来て、大丈夫、ちょっと変わった人が多いけど根は良い人達ばかりだから」

「あ、それとさっきの礼としてお金は私が出しますから」

「いいわよそんなの、あれぐらいこのかぶき町じゃよくある事だし」

 

せめて何かお礼がしたいと思い、その店の支払いを自分に任せて欲しいと言う明日菜だが、お妙は流石というべきか、優しく微笑みながらそれをやんわりと断ってすぐに歩き出す。

 

「礼をしたいって言うなら、これから行く店で一献お酌でもしてもらおうかしらね、こんな可愛い子にお酌して貰ったら周りに羨ましがれそうだもの」

「……お安い御用です」

「明日菜姐行こ!」

「……うん!」

 

お妙の背中を見ながらホントに素敵な人だなとしみじみ思ってる明日菜の手を神楽がはしゃいだ様子で引っ張る。

 

彼女に引っ張られて明日菜もすぐに頷き返してお妙の後を追った。

 

 

やっぱりお天気アナウンサーの占いなんか当たる訳ないか

 

そう思いながらすっかりこの先に不幸などある訳ないと信じする明日菜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、彼女達の事など露知れず、銀時と和人は立派な社会人としてしっかりと働いていた。

 

女性の着物を着飾って

 

「どうもーパー子でーす」

「キ、キリ子でーす……」

「私達のお店かまっ娘倶楽部は昼からでも絶賛営業中でーす」

「お、男も女もその中間も待ってまーす……」

 

ガタイの良い体付きと華奢な体つきのオカマが二人、怪しげな店の前で看板持ちながら通行人に呼び掛けている。

 

銀時はパー子という名前を用いてツインテールの今時ギャル風の化粧が施され

 

和人の方はキリ子という名前を用いて黒髪ロング、そしてほぼノーメイクの状態でやらされていた。

 

「こ、心が折れそうだ……! 猛烈に死にたい……!」

「ちょっと声もっと出しなさいよキリ子、あんたやる気無いんじゃないの?」

「パー子だってダラダラした喋り方と棒読みで全くやる気ないじゃないの……」

「いや私はこういうキャラで行くって決めてるから、こういうけだるそうな感じの方が逆にそそるだろ」

「そそらねぇよ! 自分だけ楽な路線目指すな! 頭パー子のクセに!」

「んだとテメェ! パー子は頭がパーだからじゃねぇ! 天然パーマのパーだ!」

 

ちょいちょい板について来た女言葉を用いながら店の前で手に持った看板で喧嘩を始めようとする二人。

 

だが

 

「はいはい止めなさいアンタ達、ママに言いつけるわよ」

 

その喧嘩をパンパンと両手で強く叩いて止めるのは

 

これまた大きくアゴの出た青髭の生えた長身のオカマ。

 

「客引きの仕事というのはね、店の雰囲気を伝えるとても大事な役目なの、だから全面的に明るく笑顔でやらないとダメ、パー子もキリ子もそこん所ちゃんとわかってるのかしら?」

「ナメてんじゃないわよアゴ代、私達は型に縛られないの、こういう新鮮味溢れるキャラ推そうと決めたの」

「誰がアゴ代だぁ!」

「おいパー子、この人アゴ代じゃないから。アゴ美さんだから」

「あずみじゃボケェ!!」

 

あまりにも尖ったアゴが特徴的だったので、銀時と和人もすっかり名前を間違えてしまう。

 

そんな二人に激昂した後、アゴ代はもといアゴ美はもといあずみは一層厳しい目で二人を睨み付ける。

 

「全くそんなてふざけてた感じでオカマ貫き通せると思ってるの? オカマはそんな簡単になれるモンじゃないの、オカマとは男も女も関係ない究極の美を悟った者のみが名乗る事を許される称号なのよ」

「いやこっちはなりたくてやってる訳じゃないんで、俺等究極の美とか興味ないんで早く帰らせてください」

「フフ、そんな事を言って良いのかしらキリ子? あなた中々素質があるわよ、今からでもこっち側に来たら?」

「は!?」

 

いきなり説教から勧誘に代わり、微笑を浮かべながらこちらをロックオンして来たあずみに和人は困惑した様子で後ずさり

 

しかしあずみは逃がさない

 

「ほとんどお化粧もしていないというのにその精錬されたキュートな顔と瞳、間違いなくウチでトップを狙えるわよ? もしくは……」

 

元々和人は中性的な顔をしていたので、確かにこうして女装してみると知らない人なら普通に女の子だと思ってしまうかもしれない。

 

あずみはそんな彼の潜在能力を見破ってその才能をこの世界で上手く活かしたいと考えてる様だ。それともう一つ。

 

頬を引きつらせその場に固まってしまっている和人を、獲物を狙うハンター華の様にあずみはじっくり凝視しながらペロリと舌なめずり

 

「私が食べちゃいたい……うふふ」

「ひぃぃぃぃぃぃ!! すんません俺そっちの気はないんで!」

「そうよウチのキリ子になに手ぇ出そうとしてるのよ」

 

あずみの好みのタイプは童顔の可愛い系、つまり和人は正にドストライクだという事である。

 

それを目で教えて来たあずみに和人は悲鳴を上げながら銀時の背後に隠れると、銀時もまた彼を護るように立ち塞がりながらフンと鼻を鳴らすと

 

「まずはそっちが出すモン出しなさい、そうしたら一晩でも二晩でも好きにさせてあげるから」

「っておい! なに金で解決しようって流れにしてんだお前!」

「チャンスだキリ子、万事屋の経営不振の為にオカマ共に体売って来い」

「ぶち殺すぞ!」

「って! 何すんだキリ子のクセに! 容姿褒められたからってお高く止まってんじゃないわよ!」

「黙れパー子! 自分がブスだからって嫉妬してんじゃないわよ!」

 

まさかのビジネスのチャンスと踏み込む銀時に和人は激怒して後ろから蹴り飛ばす。

 

それにすかさず銀時は振り返って彼の首根っこを掴み取って揉みくちゃに

 

女性の着物を着たままそうやってしばらくギャーギャーと取っ組み合いをやっていると

 

 

 

 

 

 

「あら、和人君がちゃんとお仕事してるみたいで何よりだわ」

「……」

 

不意に聞こえた物凄く聞き慣れた女性の声に、銀時の顔面に一発入れようとしていた和人の動きがピタリと止まった。

 

全身から冷や汗が流れるのを感じながら和人は必死に頭の中でいませんようにと願いながら声の下方向へそーっと振り返ると

 

もはや身内同然とも言える志村家の長女がにこやかにこちらに笑みを浮かべていた。

 

「直葉ちゃんにも見せてあげたかったわ、あなたの晴れ姿」

「うげぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「前にこの店のオーナーにあなたが働いてたって聞いたんだけど、今日も働いてたなんて私感心したわ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

穴があったら入りたい……まさか彼女にこの様な姿を見せる羽目になってしまうとは……

 

長い黒髪を地面に垂らしながら和人はガックリとその場で崩れ落ちてガックリと両手を突く。

 

「見られた……一番見られたくない人にオカマやってる俺の姿を見られてしまった……」

「そっちの方は銀さんね、ウチの門下生が相変わらずお世話になってます」

「銀さんじゃありませんパー子です、そんでこっちはキリ子でーす」

「あら源氏名まで付けてもらえたの? 良かったわねキリ子ちゃん」

「殺せよ! いいから殺してくれよ頼むから!!」

 

地面をのたうち回りながら恥ずかしさで死にたくなる和人をよそに、お妙は彼等といたあずみの方へ軽く手を上げて挨拶。

 

「久しぶりでーす、かぶき町に初めて来た女の子が二人いるんだけど構わないかしら?」

「フフフ当然じゃないお妙、男も女も関係なくはしゃいで楽しむ、それが私達のお店ですもの」

 

ここまで恥ずかしい所を見ておいて更に店に寄る気かよ!

 

そう思いつつボロボロになった状態で立ち上がった和人は、いっそ人気の無い所に隠れて泣きたいと思いながら顔を上げると……

 

 

 

 

そこにはこちらを怪しむ様に見るどこかで見覚えのある顔付きをした少女が立っていた。

 

お妙が連れて来た先程言っていた知り合い、結城明日菜である

 

「は!? え!? なんで!? いや……!」

 

この顔付き間違いないと和人は彼女が誰なのかわかった途端すぐにバッと顔を伏せる。

 

一方明日菜の方も段々目がジト目になり、疑惑から確信に変わったかのように和人の方へ歩み寄る。

 

「……ちょっとすみません、あなたどこかで私と会わなかった?」

「……会ってません、私はこの店で働くしがないオカマです……」

「こっちの世界じゃなくてゲーム世界の方では会ってるわよね?」

「ゲーム? いやー私そういうのは興味ないんでー」

「そう、それなら……」

 

あくまでシラを切る様子で絶対に目を合わせないようにする和人の態度を察して、明日菜はズイッと彼の方へ顔を近づけると

 

「青薔薇の剣を手に入れたのはやっぱりあなただったの?」

「あぁ!? 青薔薇の剣取ったのはお前だろうが! 返せ俺の青薔薇の剣!!」

「ほらやっぱり……」

「あ……だぁぁぁぁぁぁぁやっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「……まさかこんな所で会う事になるとはね……世間って案外狭いモノね」

 

青薔薇の剣、和人がずっと欲しがっていたその神器の名前を出されてしまってつい反射的にボロを出してしまう。

 

両手で頭を抱えながら叫ぶ和人を見て明日菜は眉間にしわを寄せるとスッと彼を指差してあずみの方へ振り向き

 

「すみません、この子指名していいですか?」

「はぁ!?」

「あら若いクセに指名なんてやるじゃない、キリ子は新人だから指名料はタダでいいわよ」

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

あっさりと彼女の指名をあずみが許可すると、明日菜はキリ子が逃げない様ガッチリ肩を掴みながら店内の方へ

 

「それじゃあ店の中でたっぷり話しましょうか、キリ子さん……」

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 助けてパー子ォォォォォ!!」

「頑張ってキリ子、その女からたっぷり金を搾り取ってやりなさい私応援してるから」

 

強引に明日菜に連れ去られていく和人が助けを求めるようこっちに叫んでいるが、先程の光景をずっと他人事のように見ていた銀時は手を振って彼等を見送るのみ。

 

「おいおいマジかよ、まさか現実でもあの娘と鉢合わせするなんてどうなってんだ……それにしてもやっぱ苦手だわあの娘っ子、リアルで顔合わせるとますますアイツにそっくりでどうも調子狂うんだよな……」

「おい天パ、ちょっといいアルか?」

「あん?」

 

眉間にしわを寄せながら独り言を言いつつ後頭部を掻き毟っていると

 

銀時の前に明日菜の連れである夜兎族の少女・神楽が無垢な瞳でこちらを見つめていた。

 

「お前私とどこかで会った事あるよな、正直に白状するヨロシ」

「いやいやお戯れを、私はお嬢さんみたいなションベン臭いガキンちょは見た事ありませんわ」

「嘘つけヨお前、あっちの世界で散々私の事を口説き落とそうとしたじゃねーか」

「は? あっちの世界てどの世界?」

 

あっちの世界という事はつまりEDOの世界という事であろうか……

 

銀時はもう一度まじまじとその顔を見ると

 

確かにふとどっかで会った様な……それもついさっき戦った事があった様な……

 

「……ひょっとして……あの娘っ子のお友達のグラさん?」

「ようやくわかったかアルか天パ」

「……あのボンキュッボンで声優を見事に使いこなしてるあのグラさん?」

「だからそう言ってるだろーが、私こそ正真正銘お前がずっと下心丸出しで誘おうとしていた……」

 

信じたくないという気持ちがありながらブルブルと体を震わせ張り付いた笑顔を浮かべる銀時に

 

神楽はキョトンとした表情で彼を見上げ

 

「神楽アル」

「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

EDOでは本来の自分より若干年を取ったり若返った姿のアバターを作れると和人から聞いた事があった。

 

確かにこの見た目から少し年を取ればあんな風になれるのだろうというのは確かに納得できる。

 

だが銀時はあまりのショックに動揺を隠せない

 

「これがあのグラさんの正体ぃ!? あのボンキュッボンのグラさんが! あの見事に声優を使いこなしていた正統派ツンデレ系ヒロインの正体がコレ!? 知らねぇ! こんな貧相な体つきをした全く声優を使いこなしていない小娘なんて俺は知らねぇ!!」

 

さり気なく失礼な事を言う銀時だが、神楽は何故かスルーしながらあずみの方へ手を上げて

 

「すんませーん、私この天パのオカマ指名するアルー」

「いいわよ連れてってーパー子の事可愛がってあげてねー」

「っておい! なに俺を指名なんかしてんだ! こちとらお前なんかと飲むつもりは……!」

「いいから大人しく私について来るアル腐れ天パ……」

 

突然指名して自分を店内へ連れ込もうとする神楽に銀時はすぐに抗議しようとするも

 

そんな彼の襟をつかんで無理矢理自分の顔下へ引き寄せ、血走った目で神楽はニヤリと笑いかける。

 

「私がお前に向こうの世界で何されたのか忘れてると思ってのかコラァ……! 散々私を腸で縛り付けた上に顔面に醤油ぶっかけやがって……! 今からもう一度テメェの腸をぶちまけてやるから覚悟するヨロシ……!」

「ハ、ハハハハ……」

 

見た目は小柄な少女なのにこの凄味と威圧感。何より自分の襟をつかむその力が尋常じゃない程強い。

 

思わず銀時は言葉を失い渇いた笑い声を上げると、もはや抵抗できまいと観念し

 

「おら行くぞパー子、今度は私から私の事が忘れられなくなるぐらいその身体に刻み込んでやるアル」

「……」

 

胸倉を掴まれながら大人しく彼女に連行されるしかなかった。

 

そして明日菜と神楽に連行されながら和人と銀時はふと思った

 

 

 

 

 

ああ、やっぱりあの占いは本当だったんだと……

 

 

 

 




公式の誕生日を調べてみると
明日菜は9月30日、和人は10月7日、銀さんは10月10日生まれです。

ちなみにランとユウキは5月23日、ふたご座です。



それでは感想お待ちしております。


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第二十六層 お天気アナの占いも馬鹿に出来ない

和人は現在ほとんど銀さんの家に泊まってます、自分のナーヴギアも置いてますのでもう住んでると言っても過言ではありません。

彼曰く妹の冷たい視線を受けないで済むから居心地が良いのだと

実家に戻るのは腹が減った時ぐらいです




かぶき町に構えるオカマだらけの巣窟、かまっ娘倶楽部はかぶき町の四天王マドモーゼル・西郷が営む店だ。

 

外は明るくても店内は薄暗く妖艶なピンク色に染まり、客席から見える舞台場ではオカマ達が縦に並んでグルグルと回って踊りながらお客達を楽しませている。

 

「つい何も考えずに店の中に入って来ちゃったけど……思った以上にカオスな店ね」

「……」

 

怪しげな店内の雰囲気に結城明日菜は頭がクラクラしながらも、自分の隣で頬を引きつらせながら黙り込んでいる店員の方へチラリと目配せ

 

「そんな店でなんであなたが働いてるの? もしかして本当にオカマ?」

「違うわ! ウチの所の社長が金無さ過ぎて仕方なく俺も付き合わされてるだけだ!」

 

ここに就職してる訳ではなく不本意で働いてるだけだと高らかに主張するキリ子こと桐ケ谷和人に、明日菜は「ふーん」とテーブルに頬杖を突きながらつまらなそうに返事した。

 

「ま、どんな仕事にせよ真っ当に働いてるだけニートよりはマシかもしれないわね、このまま頑張ればナンバー1の地位に辿り着けるんじゃない?」

「いやよ! オカマのナンバー1になるならニートの方がマシだわ! キリ子が目指すナンバー1はEDOでのナンバー1だけよ!!」

「いやもうすっかり女口調が板についてるアナタが言っても説得力皆無なんだけど」

「ぐわぁぁぁぁ! なんだか自然に女言葉で話しちまってた! キリ子マジヤバい!」

「ヤバいわね~、キリ子超ヤバい」

 

ムキになって否定しようにも和人の口調は所々すっかり女性っぽくなってしまっている。

 

明日菜がそれを冷ややかに指摘すると我に返った和人はテーブルを両手で叩きながら激しく落ち込み始めるも

 

そんな彼に明日菜はすっと手元にあったグラスを差し出す。

 

「はい、とりあえず私は未成年だからレモンティーね、あとマヨネーズ1本」

「クソ……客と店員という上下関係が生まれているのを利用しやがって……ていうかマヨネーズってなんだよ、ウチのメニューに無いぞそんなの」

「お店なんだから調味料ぐらい一式揃えてるでしょ、早く持って来て」

「く……! 少々お待ちくださいませ~……」

 

レモンティーはともかくマヨネーズをまるまる一本注文する客なんて非常識にも甚だしい。

 

見た目は向こうの世界と変わらず優等生なお嬢様って感じだけど、なんかちょっとおかしいだろと思いつつ

 

和人は渋々と立ち上がっていそいそと店の奥へと行ってしまった。

 

「随分と親しい様子みたいだけど、あなたもしかして和人君とも知り合いだったのかしら?」

「あ、お妙さん」

 

和人が座っていた所から反対隣りに座っていたお妙に急に話しかけられると

 

さっきまでずっとしかめっ面だった明日菜の表情がケロッとにこやかな微笑に変わって彼女の方へ振り返る。

 

「知り合いというか敵同士です、私達ゲームの世界で何度か会ってて」

「ゲームの世界? ああ、あの子が昔からよくやってるあのゲームね、新ちゃんや直葉ちゃんも最近……ああ、この話は誰にも内緒にしてくれって言われてたんだわ」

 

話していた事を途中でいきなり折ると、お妙は改まった様子で彼女の方へ顔を上げる。

 

「とにかくどんな関係であれあの子がこんな可愛い女の子と知り合いだったなんて姉貴分からすれば目から鱗だわ、これからはゲームの世界だけじゃなくてこっちでも仲良くしてあげてね」

「いえ私はアレと仲良くしてる訳じゃなくて本当に敵同士で……」

 

なにか自分と和人の事を誤解してるんじゃないかと思った明日菜は、急いで仲が良い訳ではないと否定しようとするも、お妙は今度は向かいの席に座るもう一人の女の子の方へと振り返り

 

「神楽ちゃん楽しんでる?」

「私は凄く楽しいアル」

 

皿の上に乗ったフライドチキンを豪快に3本同時にとって一気にかぶりつく様を見せながら、大食い少女神楽は愉快な様子。

 

「アネゴやアスナ姐と一緒に食べて喋って、そんで周りにはわんさか化け物ばかりで、そんで……」

 

神楽は口に物を含みながらニヤリと下衆な笑みを浮かべ

 

「かつての恨みを晴らす事も出来て本当にここは最高アル……!」

「神楽お嬢様~! オロナミンC3本お持ちしました~!!」

「遅ぇんだよパー子! 40秒で持って来いと言っただろうがコラァ!」

 

ドタドタと駆けながら必死の形相でオロナミンCを持ってきたのはオカマの店員・パー子こと坂田銀時

 

かつて向こうの世界で神楽に肉汁を舐めさせた張本人である。

 

「おらお前も飲めアル、前に私にやらかした分、今日はとことん私の言う通りにするヨロシ」

「あのーお嬢様……失礼ですけどオロナミンCは一日1本にしておいた方が……あの、子供には少々刺激が強過ぎると思うんで……」

「私を子ども扱いすんじゃねぇ! 私はもう立派な大人の女ヨ! 黙って私の酌に注がんかい!」

「へーい……」

 

酒を注ぐのに使うお酌にけだるそうな感じでオロナミンCを注ぎつつ銀時は、死んだ目を向かいに座る明日菜の方へ向け

 

「……もう帰ってくんないマジでお前等?」

「来たばかりの客にすぐ帰れって、新人に一体どんな教育してるのかしらこの店は」

「生憎勝手な真似をされるお客様はこちらからとしても迷惑なんで」

「勝手な真似なんかしてないわよ、私はただこの店で情報収集に来ただけ」

 

キッパリと明日菜がそう断言して見せていると銀時は小首を傾げながら更に顔をしかめる。

 

やはりどうも話辛い……銀時が内心そう思ってる中、二人の会話を聞いていたお妙は彼の方へ顔を向ける。

 

「もしかして銀さんも明日菜ちゃんと知り合いだったんですか? 世間は狭いですねホント」

「いや俺もゲームの世界で会っただけだから、知り合いっちゃ知り合いだけど仲が良い訳でもねぇし」

「銀さんもあのゲームをやっていたの? 本当に流行ってるのねアレ」

「まあ俺は付き合いでやってんだけどな、前に会っただろユウキって奴? 俺はアイツの為にやってるだけだから」

「ああ、あの元気一杯で明るくて無邪気で」

 

ユウキと聞いてお妙はすぐに分かった様子で

 

「首がポロッと取れちゃう子?」

「首がポロっと取れた!? どういう事!?」

 

自然に口に放つ際どい言葉に明日菜の方が敏感に反応するも、銀時はめんどくさそうに

 

「どういう事も何も極々よくある事だろうが首が取れる位、侍しかり国会議員しかり、誰だってみんな首ぐらい取れるじゃねぇか」

「取れないわよ!」

「でもアスナ姐、昔私のパピーもマミーに首取られそうになったから、もしかしたら首って案外簡単に取れるモンかもしれないアル」

「……なにやらかしたの星海坊主さん……?」

 

神楽の父親についてはよく知っている明日菜だがそんな話は初耳だった。

 

唖然とした様子で彼女が神楽の話に疑問を浮かべていると、ついさっき彼女の注文を受け取った和人がフラフラと戻って来た。

 

「はい注文されたモンで~す、レモンティーとマヨネーズ。飲んだらとっとと帰って下さい」

「ちょっと、さっきユウキの首が取れるとかなんか末恐ろしい話を聞いたんだけど本当?」

「あー取れる取れる、この前2階から落として下の通行人をビビらせる遊びしてたな」

「なにその遊び!? 不謹慎だからすぐ止めさせなさい!」

「つっても今俺達がこうして仕事中の時は大体一人で暇してるからなアイツ、今頃絶賛頭落としやってる頃だぞ」

「ええ……首が取れるってなんなのよ一体、上流階級で暮らしてる私でさえ知りえない知識だわ……」

「サラリとブルジョア暮らしなのを自慢するな」

 

隣に座りながらあっけらかんとした感じで話す和人に、明日菜は頭を抱えながらどういう事だと首を横に振りつつ。彼が持ってきたレモンティーに

 

「あなた達の話にはついていけそうにないわ……」

「……俺からすれば注文したレモンティーにいきなりマヨネーズぶっかけるアンタの思考についていけないんだが」

 

一緒に持ってこさせたマヨネーズの蓋を開けて思いきりぶっかけ始める明日菜、その奇行に和人の思考が一瞬停止した。

 

「……何やってんのお前?」

「知らないの? マヨネーズはどんな食べ物や飲み物に合うように出来ているオールマイティーな調味料なのよ」

「知らねぇよ!」

「あげないわよ」

「いらねぇよ!」

 

そんなの誰が飲むかと一蹴しながら和人は疲れた様子でため息を漏らすと、さっきからこちらに向かって笑いかけているお妙の方へ顔を上げて

 

「なぁお妙さん、頼むから新八や直葉には俺がここで働いてる事教えないでくんない?」

「さあそれはどうしようかしら、あなたここ最近家に戻ってこないって直葉ちゃんから聞いてるわよ」

 

どうかこのことは内密にと口止めさせようとする和人だが、お妙は頬に指を当てながらとぼけた様子。

 

「妹ぐらいにはちゃんとあなたがちゃんとやっているかどうかぐらい教えてあげた方が良いと思うけど」

「いやちゃんとしてないから教えないで欲しいんだよ……兄貴がオカマやってるなんて知ったらアイツ絶対泣くぞ」

「オカマやろうと自分で体張ってお金稼いでるんだから以前に比べればずっと立派じゃない」

「……」

 

それはどうなんだろうか? これが立派に働く姿なのかとカツラの長い黒髪をクルクルと指に巻きながら黙り込む和人をよそに、お妙は今度は銀時の方へと振り返る

 

「これもそれも銀さんが和人君を拾ってくれたおかげね」

「おいおいいくらなんでもお前飲みすぎ……え? なんの話?」

「ウチの所の愚弟の面倒見てくれてありがとうございます」

 

調子に乗った神楽がハイテンションで頼んだオロナミンCをガバガバと飲み始めるているのを隣から気にしていると、不意にお妙に話しかけられ、銀時はへキョトンとした表情を浮かべて振り返る。

 

「別に礼なんか言われる筋合いねぇよ、こちとら丁度低賃金で働く下僕が一人欲しかっただけだ、役に立たないと判断したら即そっちに返品しておくから覚悟しておけ」 

「その時はこちらの道場で心身共に鍛えてそちらに再返却いたします」

「そん時はダンボールに入れてそちらの玄関にほおり捨てます」

「本人の意思なくたらい回しにする気かアンタ……」

 

当人そっちのけで話を進める銀時とお妙に和人がボソリと呟いていると、明日菜の方が目を細め

 

「あなたって……ひょっとしてお妙さんとずっと前からの仲なの?」

「幼馴染だ、俺の祖父がこの人の父親の剣の師匠とかなんかで家族ぐるみでの長い付き合いなんだよ」

「へーどうしてこんな良い人が傍にいたのにこんな捻くれた性格になるのかしら」

「はん、良い人だと? お前この人の事なんにも知らないんだな」

 

ジト目をこちらに向けながらお妙を良い人と称する明日菜に和人は鼻で笑う。

 

「ま、その内お前もこの人の本性を見る事になるさ、てかお前こそ何であの人と知り合いに?」

「河原沿いの橋の上で会ったのよ、あなたの雇い主と眼鏡の男の子が決闘してる所に丁度出くわしてね」

「へぇ……へ!?」

 

彼女とお妙があった経緯を聞いて和人はサラッと聞こえた重要な事に目を丸くさせる。

 

「お前あの時にいたのか!? この人と新八が決闘やった時!」

「私も神楽ちゃんも見てたわよ、それであなた達の事もちゃんとハッキリと見てたわ」

「通りでリアルでこうして顔合わせても大して驚かなかった訳だ……」

 

現実世界での自分達の事を既に知っていたとは……流石にその事には驚きを隠せないでいた和人を見つめながら明日菜はマヨネーズたっぷりのレモンティーをクイッと飲む。

 

「まあそれっきりあなた達の姿は見てないけどね、あの時はたまたまかぶき町の近くを通っただけだし。あなた達ってこの町に住んでるんでしょ?」

「いや俺の実家はかぶき町じゃないけど今はもっぱら俺はこっち住まい……ってリアルの情報を上手く引き出そうとするな!」

「悪用する訳じゃないから安心しなさい、ただあなた達が向こうの世界で不正ばかり繰り返すモンならリアルの家にけしかけようと思っただけよ」

「紛れもない悪用じゃねぇか!」

 

色々と怖い事を呟く明日菜に和人がすかさずツッコミを入れた後、ふと気になった事を彼女にぶつけてみた。

 

「つうかアンタこそどこで何してるんだ? こんな平日の昼間からかぶき町に遊びに来てるって事は、もしかして自分こそ働いてないんじゃないか?」

「ぶっほ!」

「うわ汚ねぇ! マヨネーズ飛ばすなよ!」

 

単刀直入に聞いた途端、急に明日菜が口に含んでいたマヨネーズ入りレモンティーを噴き出した。

 

するとゴホッ!ゴホッ!とむせながら明日菜はゆっくりと和人から目を逸らして

 

「……働いてるわよ」

「どんな?」

「……それは言えないわね、機密情報だから」

「へー、天井のシミでも数える仕事? 俺も前はよくやってたよ」

「だ、だから本当に働いてるのよ! あ! ほら!」

「ん?」

 

どうもおかしな反応をする彼女に和人が疑惑の目を向けていると、明日菜は懐から一枚の紙をぺらッと彼の前に突き出した。

 

「今この人の事を調べてるの、それが私の仕事!」

「……攘夷浪士・桂小太郎?」

 

それは近頃町でよく見かける凶悪指名手配犯の人相書きであった。

 

名は桂小太郎、世間に疎い和人でも知っている程有名なテロリストだ。

 

男でありながらかなり長い髪だなと思いつつ、和人がそれをまじまじと見つめていると……

 

「へぇ、アンタこの男を探してるのかい?」

「え?」

 

明日菜の持ってる紙が突然後ろからヒョイと掴み取られた。

 

彼女と和人がそちらへ顔を上げると同時にギョッとさせた。

 

この店のオカマは大抵見ただけで一生忘れられないぐらい濃い顔をしているが

 

そのオカマ達よりも一際インパクトの高く長身なオカマが明日菜が持っていた紙をヒラヒラさせながらこちらに鋭い眼光を向けて不敵に笑みを浮かべている。

 

明日菜が口をあんぐりと開けて言葉を失っていると、和人が恐る恐る彼女に近づいて耳元に

 

「このオカマ、いやこの御方はマドモーゼル西郷、この店のオーナーだ……」

「……私達と同じ人類として定めていいのよね……」

「どうだろうか……俺としては同じ生物として扱われたくない……」

 

かまっ娘倶楽部のオーナー、マドモーゼル西郷とは初対面の明日菜と違って和人は何度も面識がある。

 

その度に嫌という程彼女(彼?)の恐怖を身に染みているので、極力接触する事は常に忌避していたのだが

 

「わーママ、なぁにその紙? あらやだ、指名手配犯の人相書き?」

 

明日菜と和人が小声で話してる中で、西郷の周りに他のオカマ達が興味持ったように駆け寄って来た。

 

「攘夷浪士の桂小太郎? やーねーホントここ最近物騒ったらありゃしないわ」

「こんな凶悪犯がいちゃ夜な夜な道を歩く事も出来ないわー」

「いやぁそれは助かるな、俺としては夜道でアンタ達化け物を見かける方が、凶悪テロリストを見かける方よりもずっと怖い……きゅっぷい!!」

 

腰をくねらせながら怖い怖いと連呼するオカマ達についいつものクセで和人がボソリと余計な事を言ってしまった途端、西郷の拳が彼の頭部に炸裂しテーブルにヒビが出来る程思いきり頭を打ち付ける。

 

しかし気絶した和人を気にせずに、西郷は桂小太郎の人相書きを見つめながら明日菜の方へと声を掛けた。

 

「この男なら噂で聞いた事があるよ、このかぶき町にあるラーメン屋にちょくちょく顔出してるみたいだね」

「え、本当ですか!?」

「店の名前は北斗心軒つったかね? よく変な生物と一緒に来店してるんだとさ」

「どうしてそこまで情報を……?」

「フン、かぶき町四天王と呼ばれてる私がかぶき町の事を良く知ってるなんて当たり前の事だよ」

 

そう言って西郷は手に持っていた紙を明日菜の方へ押し返す。

 

明日菜はそれを受け取って懐に仕舞いながら非常に有益な情報をくれた西郷に深々とお辞儀

 

「貴重な話をありがとうございます、じゃあこれから直接その店に行って……」

「その前に一つ聞きたいね、私がどうして無償でアンタに情報をあげたのかわかるかい嬢ちゃん?」

「え、それは私がこの男を探してるから……」

「違う、野暮な事にこれ以上首を突っ込まずにネタだけ貰ってさっさと家に帰りなって事だよ」

「!」

 

西郷の言葉に明日菜が目に驚いの色を浮かべていると彼女は更に言葉を付け足す。

 

「アンタみたいな世間もロクに知らなそうな嬢ちゃんが攘夷浪士の事を嗅ぎ回ろうとなんてするもんじゃないよ、連中が女子供でどうこう出来るモンならとっくの昔に侍なんてこの世にいやしないよ」

「だ、大丈夫です、私には神楽ちゃんが……」

「あーそいつは無理だわ、アイツ今厠でグロッキーになってるぞ」

 

いかに攘夷浪士と言えども傭兵部族の一つ、夜兎の血を引く神楽であれば対抗できる筈と考えていた明日菜であったが、そんな彼女に厠の方から戻って来た銀時が悲報を届ける

 

「オロナミンCを大量摂取し過ぎたせいで気分悪くなったみてぇだ、だからお子様は一日1本にしとけって言ったのによ、今頃盛大にゲロ吐いてる頃だ」

『オボロロロロロロロロロロロロ!!!! し、死ぬアルゥゥゥゥゥゥゥ!!!』

「ええ!? 何やってんのあの子!」

「ま、俺からも釘差しておくわ、お前みたいなガキはあんな危ねぇ連中に近づくな」

 

厠から聞こえる苦しそうに悲鳴を上げている神楽の声がここまで飛んで来た。

 

あんな状態では夜兎の本領など到底発揮できまい、そして唖然としている明日菜に銀時の方も髪を掻きながら

 

「現実はゲームみたいにいかねぇんだよ、いくら向こうで強かろうがこっちじゃお前はただのガキンチョだ」

「痛い所突いて来るわね……」

「和人君を見ろ、コイツはゲームじゃ確かに強いのかもしれないが、現実のコイツはハッキリ言ってただのウンコ製造機だ」

「確かにそうね……」

「いやそれは言い過ぎだろ! お前も認めるな!」

 

明日菜に説教してるのかと思いきやこっちに流れ弾が飛んで来たので、ずっとテーブルにつっ伏していた和人がガバッと顔を上げて復活した。

 

「ったく人が一撃轟沈されてるのをそのまま放置しやがって……それとお前も桂小太郎なんかに関わろうとしない方が良いぞ、ただでさえ仮想世界の攘夷四天王にも劣るくせに、現実の攘夷四天王なんか相手にすらされねぇよ」

「ちょっと待ちなさい、誰が劣るですって? 私だって本気になればあなたぐらい倒す事だって出来るわよ」

「この前戦った時に俺に剣折られたの誰だったかねー」

「はぁ!?」

 

両手を後ろに回しながらピューと口笛吹きながら茶化してくる和人に、明日菜がいよいよ彼に対して本気で怒り出そうとすると……

 

「はいはい、さっきからどうしたのみんな? せっかく一緒にお食事してるのにピリピリしちゃって」

 

この険悪な空気を断ち切るかのように両手を叩いて声を出したのは、静かに微笑むお妙であった。

 

「銀さんも明日菜ちゃんの事を心配してるのはわかりますけどキツイ事は言わないであげて」

「いや別に俺は心配してるんじゃなくて警告してるだけだから、あんなのと関わるのは止めとけって……」

「はいはい、それで明日菜ちゃんも負けん気が強いのは良い事だけど無茶しないで。あなたはあなたで焦らずゆっくりと自分が出来る事だけをやればいいんだから」

「は、はい……」

「和人君はこのあと鉄拳制裁ね、話が終わったら店の裏に来なさい、来なかったら即死よ」

「なんで俺だけ暴力的解決なの!? 俺だけ何もしてないのに!」

 

銀時、明日菜の順に優しく声を掛けるお妙だが、自分だけ理不尽な制裁が待っている事に和人が抗議しようとするも、お妙はそれを無視して足元からゴソゴソと何かを取り出そうとする。

 

「西郷さんも怖がらせるような真似しないで上げて下さい、この子かぶき町に来たの初めてなんですよ」

「へ、初めてここに来たってんならむしろこんぐらいの洗礼される方がこの子には良い経験になっただろうさ、それよりお妙、アンタ何を取り出そうとしているんだい?」

「ああコレですか、コレは皆さんの為の……」

 

世間知らずのお嬢様には良い薬になっただろうと豪語する西郷だが、ふとお妙が何かを取り出している事に気付き尋ねると、彼女はにこやかに笑ったまま取り出した物をテーブルの上に

 

「”私が作った”差し入れでーす」

 

その言葉と共に重箱をテーブルに置いた途端

 

西郷とその他のオカマ達の顔付きが一瞬にして変わる。

 

そして西郷は急に店の中に響き渡る様な声で

 

「緊急警報発生ぇぇぇぇぇ!!! 全員この場から早く退避しろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「みんな逃げてぇぇぇぇぇ!!! 死にたくなかったら超逃げてぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「え、何々どうした急に?」

「さあ?」

 

お妙が差し入れを持ってきたというのに急に西郷が大声を上げて店員も客も急いで店を出るよう避難させ始める。

 

慌ただしく駆けまわるオカマとお客達を眺めながら、イマイチ状況が掴めていない座ったまま銀時と明日菜がポカンとしていると和人が急に立ち上がろうとし

 

「じゃあ店も閉めるみたいだし俺もう帰るわ! さよなら!」

 

血相変えて何かに怯えてるような目つきをしたまま他の人達と共に出入り口へ向かおうとする和人だが

 

それを許すまじといつの間にか彼の背後にいたお妙が着物の後襟を掴んで止める。

 

自分の前で逃げようとした和人にお妙は真顔でジッと睨み付けながら

 

「おい何処行こうとしてんだテメェ」

「……」

 

その言葉にほんの僅かに殺意が込められているのを感じた和人はその場に両膝から崩れ落ち

 

泣く泣く銀時の隣に座り直すのであった。

 

「ちくしょう……どうしてもっと早く逃げれなかったんだ俺……」

「え、逃げるってなんで? コイツが差し入れ持ってきただけじゃん」

「そうよ、なんであなたや他のみんなも慌てて逃げ出してるの? みんなで食べましょうよ」

「お前等は何もわかってないんだよ! この人が作る料理は昔から!」

 

この状況がいかに危険なのかさっぱりわかっていない平和ボケした二人に、和人が何か言おうとするも時既に遅し

 

「なんかみんなどっか行っちゃったけど仕方ないわね、ここにいるみんなで食べましょう」

 

お妙はニッコリと笑ったまま重箱の蓋を両手で取って見せる所であった。

 

開いた重箱の中身をすぐに顔を覗かせて確認する銀時とアスナ、だが二人の期待の表情は一瞬にして怪訝な顔付きに変わった。

 

そこにあったのはとても表現しがたい構造をした……とにかく黒くて固そうな不気味な物体であった。

 

「……何コレ? 現代社会の闇をイメージしたアートか何か?」

「卵焼きでーす、私の得意料理なの」

「た、卵焼き? なんか私の知ってる卵焼きと随分とかけ離れてる様な……」

「遠慮せずに食べて頂戴」

「「……」」

 

二人はその物体を見つめたまま動こうとしない。

 

これが卵焼き? そもそも食べ物なのか? いやそもそも地球の産物なのか?

 

頭の中で数々の疑問を駆け巡らせながら固まっていると、銀時の隣にいた和人が「へへ、俺達はもう逃げられねぇんだ……ハハハ」と虚ろな表情で渇いた笑い声を上げている。

 

どうやら思った以上にこの状況はヤバい様だと銀時と明日菜が目を合わせてなんとか打開策を考えようとするも

 

「さあ、冷めない内に早く食べて」

「「え?」」

「食えつってんだろ」

 

全てを包み込む女神の様な笑顔を浮かべながら、死へと誘う死神の様な言葉を放ってくるお妙を前にして打開策など思いつく余裕は無かった。

 

銀時と明日菜はごくりと生唾を飲み込むと額から汗を流しつつ鬼気迫る表情を浮かべながら

 

和人はもう何もかも諦めたかのように死んだ目をしながら

 

ゆっくりとその手に持った箸で

 

暗黒物質を三人均等に分けてつまむのであった。

 

そして数十秒後……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」

 

かまっ娘倶楽部にて三人の断末魔の悲鳴が鳴り響く。

 

この時三人は思った。

 

 

 

ああ、あの占いは本当だったんだなと

 

 

 

 

 

 




ユウキは銀さんや和人が仕事してる時はもっぱら留守番です。

でも仕事先に彼女を預ける場所があったら連れて行ってあげる事もあります。




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第二十七層 懐かしき因縁の先輩

春風駘蕩さんが再び集合絵を描いて下さりました。

自分の作品の為に書いて貰えるなんて私は本当に幸せ者です、至極感謝します


【挿絵表示】


特撮の『仮面ライダーエグゼイド』より『EXCITE/三浦大知』をモチーフに描かれたみたいです。

全員、様々なゲームのキャラクターのコスプレをしています(本編未登場キャラもアリ)

長谷川さんは早くハローワーク行って下さい……


だだっ拾いボスフロアの中で様々な騒音が行き交う中。

 

双頭の巨人・ギルトシュタインが雄叫びを上げながら迫りくる

 

二つの顔で左右それぞれを視界に入れながら器用に戦い、向こうの動きに不審な点があったら即座に引いて態勢を整えるその姿から、今までの力任せで戦うだけのボスとはワケが違う。

 

根本的に戦い方が今までとは全く違う事に気付かず、ただ攻撃を当てれば勝てると思っているプレイヤー達はもう既にここにはいない。

 

何故ならそのようなプレイヤーは既に開始10分も立たずに全滅しているからである。

 

そう、ここは境界線・初心者プレイヤーが自ら壁を壊して新たな成長を遂げるキッカケとなる舞台。

 

生き残ってる数十人は、その域にいよいよ足を踏み入れようとしているという事。

 

しかし事はそう上手くはいかない、双頭の巨人はいよいよHPバーが残り一本にまで削り切られると、ここにきて本腰を上げたのか、背後に飾られていた巨大な大斧を両手に持ち構えたのだ。

 

プレイヤーからすればただの飾りのオブジェクトかと思っていたのだが、どうやら巨人のとっておきの切り札であったらしい。

 

辺りから聞こえるのは悲痛な叫びと落胆のため息

 

巨人による二つの斧によるド派手な振り下ろし攻撃による轟音

 

そして

 

 

 

 

 

 

ただ眼前の敵を倒さんと目を光らせながら颯爽と戦場を走り抜け。、手に持った得物で風を切り裂く音。

 

この世界では珍しい和風の衣装を着飾った銀髪の男が、右手に妙に長い刀を構えて単騎で巨人目掛けて真っ向から挑みだしたのだ。

 

それに釣られて他のプレイヤー達も共に後ろから援護に回ったり、外から奇襲魔法をかけて巨人の足止めにかかる。

 

巨人も気付いて二振りの斧を男に向かって振るう。しかし男は左へ右へと体を逸らし、当たる寸前で半歩下がるなど、当たるギリギリの手前で避け切っていく。

 

既に彼のHPは赤く染まり、一撃でも食らえば終わりだ。

 

そんな状況の中でも男は焦り一つ見えずに敵だけを見据えながら絶妙なタイミングで避け切っていく。

 

遂には巨人の目の前まで辿り着き、自分にかろうじて追いつくことが出来た数人のプレイヤーと共に

 

銀髪の男は地面を蹴って飛び、右手に持った刀を両手に持ち構える。

 

大木で作った丸太の様に太い巨人の腕に着地すると、そのまま一気にこちらにむかってやかましく吠える双頭の方へ昇り詰めて行き

 

 

 

 

 

銀髪の男は自慢の愛刀を高く振りかざし

 

刃を高速で震わせながら翆色に光らせ

 

双頭の境目に向けて勢いよくその一撃を叩き込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後

 

 

銀髪の男こと坂田銀時は

 

初心者枠から抜けた者達が入る事を許される二十六層にある村の飲み屋へと来ていた。

 

飲み屋の集会広場では、先程の第二十五層の振らおボス戦にもついて来てくれたユウキが

 

高々とジョッキに注がれたビールを掲げている。

 

 

「えーそれではーウチの銀時とクラインのギルド・風林火山が無事に最初の難関の二十五層を無事に突破出来たことを祝して~乾杯!」

「「「「「かんぱ~~~い!!!」」」」」

 

彼女の音頭を合図にプレイヤー達は陽気にジョッキをぶつけ合って互いを称え合った。

 

所狭しで和気藹々と騒ぎだす連中を眺めながら、カウンター席で座る銀時もグビッと一口飲む。

 

「……このビールアルコール入ってねぇんだけど」

「ったりめぇだろうが、現実世界じゃあるめぇし、まあ非合法の闇市で取引されるって聞いた事あるけどな」

 

飲むとすぐに違和感を覚えて不思議がる銀時に

 

隣に座って一緒に二十五層討伐に協力してくれたエギルが声を掛ける。

 

「つうか本物を飲みたかったら現実世界にあるウチの店に来いよ」

「なんだ俺を祝って奢ってくれるのか、いやー悪いねーお礼に効果が凄い育毛の方法教えてやるよ」

「奢りじゃねぇよちゃんと金払え、でも育毛の件については教えてくれれば一杯タダにしてやる」

「ワカメって知ってる?」

「やっぱタダ飲みはさせねぇ、現在進行形で俺がワカメどんだけ食ってると思ってんだコラ」

 

頭が薄く不安に駆られた者なら誰もが知っている基本知識をドヤ顔で持ち出きた銀時にエギルは首を横に振ってアルコールの入っていないビールを再び飲み始める。

 

すると彼等の方に群衆を掻き分けながら一人の男がすっかり上機嫌の様子で両手にビールを持ったまま歩み寄って来る。

 

「よ、景気よくパーッと飲んでるかお二人さん?」

「いや周りに野郎ばっかなのが不満だけど、美人なネェちゃん呼んでくんない?」

「ま―そう言うなよ、アンタにはユウキちゃんがいるだろ?」

「クライン、今日は何時にも増してやたらとテンション高ぇじゃねぇか」

「おいおいエギルの旦那、こんな時だからこそいつも以上にはしゃぐだろうよ?」

 

やって来たのは銀時と同じタイミングにEDOデビューしたクライン。

 

以外にも彼は攻略速度も銀時に引けを取らず、更には自分の仲間内で作り上げたギルド『風林火山』まで立ち上げて今ノリに乗っているプレイヤーとして評判になっている。

 

そんな彼がいつも以上に上機嫌で振る舞っている理由は

 

「ようやく初心者プレイヤーを卒業できたんだぜ! これで喜ばねぇ訳ねぇだろうよ! こっから更に飛躍して風林火山を血盟騎士団に並ぶ大型ギルドにしてやらぁ!」

「風林火山ねぇ、なんか天下目前で暗殺されそうな名前だな」

「そんで跡継ぎが調子乗ったせいで味方全員銃弾食らいまくって挙句に自分は切腹だな」

「止めてくんない!? せっかくこっちが野望を志そうとしてるのに不吉な事言うなよ!」

 

死んだ目で嫌な事を呟く銀時に悪ノリして言葉を付け足すエギルにツッコミながらクラインはビールを飲みつつ眉間にしわを寄せた。

 

「ていうかアンタももっと喜べよ銀さん、これでもうキリの字やユウキちゃんに初心者扱いされなくなるんだぞ?」

「何言ってんだアイツ等はまだまだここより上の階層にいるんだぞ、アイツ等が上にいる限りまだ俺はナメられっぱなしだ、いずれ追いついて更に追い抜いてやる」」

「なるほどねぇ、アンタはアンタでちゃんと目的があるって訳だ」

 

銀時としては未だ二十五層クリアでは満足できなかった。

 

目的はキリトとユウキのいる階層に追いつく事ただ一つ。

 

彼等と肩を並ぶまでに成長する事を当面の目標にしている事を、始めたばかりの事からずっと揺らいでいない銀時に、少々感心した様に頷くクライン

 

「けど聞いたぜ銀さん、アンタ誰もがクリアできなかった二十層の神器入手クエストをクリアしたんだってな?」

「そいつは俺も聞いたぞ、ったく現実と変わらず昔からお前は周りを驚かせるのが上手い野郎だ」

「まーたその話かよ、もう誰かに会う度その話だ。正直俺はねぇ、神器とかどーでもいいのよマジで」

 

アルコールの入ってないビールなんか飲んでられないとNPCの店員にいちご牛乳を注文しながら、銀時はけだるそうに髪を掻き毟る。

 

「武器なら俺はもう刀一本持ってるからたいして欲しくねぇんだよ」

「ああ、ランの刀な」

「周りの連中がその刀だけじゃ不便だから造れって言うから仕方なく神器を造れる腕のいい鍛冶屋って奴を探してるんだけど、これがまた全然見つからねぇし正直めんどくせぇんだよなホント」

「オメェあれはHPが半分以下に達しないと装備出来ねぇ代物だぞ? 本来切り札として持っていくモンで普段から使うモンじゃねぇんだよ」

「腹切れば装備できる条件なんざ簡単にクリア出来んだろ、現に今回も切腹して勝ったからね俺は」

「あのなぁ……悪いがこっから先はもうそんな無茶苦茶な戦法取れなくなってくるんだぞ」

 

ヘラヘラと笑いながらこれから先も物干し竿一本で十分だとのたまう銀時にエギルが難しい顔をする。

 

「悪い事言わねぇから普段装備出来る奴も持っておけよ、神器がまだ造れねぇなら武器屋で手頃な奴買って来い。メイン武器とサブ武器の両立ぐらい器用なオメェなら簡単だろ?」

「普段装備出来る武器ならちゃんと装備してるつーの、脇差しだけど」

「それほとんど切腹用じゃねぇか! 武器としての役割こなしてるの見た事ねぇぞ俺!」

「モンスターよりも持ち主の血を吸っている脇差しって怖ぇなぁ……」

 

第一層で入手した脇差しを未だに腰に差している銀時。

 

彼が普段装備しているのはこの脇差しで、いざとなったらこれで腹を切って物干し竿を取り出すというのがお約束だ。(ちなみに脇差しは短剣として扱われているので、使おうと思えば銀時は短剣でも戦える)

 

二十五層まで来てもなおそのスタイルを崩そうとしない銀時にエギルがツッコんで、クラインは彼の腰にさしてある脇差しを見ながら軽く恐怖を覚えていると

 

「なになにーなんの話してんのー?」

「どうせ大の大人三人で固まってる所から察するに、なんかいかがわしい話でもしてるんだろ」

「おおユウキちゃんにキリの字! ちょっと銀さんの事で聞いてくれよ」

「だからそのキリの字って呼ぶの止めろって」

 

彼等の声を聞いて先程乾杯の音頭を取っていたユウキと、一人隅っこでくつろいでいたキリトがこちらに合流して来た。

 

二人がやって来るとすぐ様クラインが振り返って報告する。

 

「いやー銀さんの奴がここまでずっと頑なに物干し竿だけでプレイしてるからさ、ここらでいっちょ戦い方を変えてみたらどうだって話してるんだけどよ、一番付き合いの長いお二方はどう思う?」

「んーまあ確かに姉ちゃんの物干し竿は神器並みに攻撃力高いし性能も凄いけど、やっぱ装備するのに手間かかるしボクとしては普段から持ち歩ける剣とか腰にぶら下げた方が良いと思うねー」

「キリの字は?」

「二十五層まではなんとか順調に上手くいってこれたけど、この後からはギリギリ三十層ぐらいが限界だろうな。それと武器もそうだけど防具の方も正直もうキツイだろ、恋人からの贈り物とはいえ流石にそろそろ新調すべきだ」

 

二人共今のままの銀時の戦い方はもう通用しないだろうと判断する、キリトに至っては武器だけでなく防具、つまり着ている服も変えるべきなのでは主張した。

 

彼等の話を聞き終えると、クラインは銀時の方へと振り返り

 

「という事で銀さんは近い内に武器と防具を新調する事、はい決定」

「俺の許可なく勝手に俺の方針決めんなよ! なんだよ武器だけじゃなくて防具まで変えろって!」

 

NPCの店員が持ってきたいちご牛乳を一気に飲んでコップを乱暴にカウンターに置きながら

 

周りに勝手に自分のやり方を口出された事に腹が立ったのかすぐ様反論に出た。

 

「防具なんて適当でいいだろ! そもそも俺攻撃なんざ全部避ける前提だし! 避ければ防御力なんて必要ねぇから!」

「こっから先は敵のAIも更にレベルアップして攻撃頻度が上昇するんだよ、今までの様にはいかないだろうから用心して防御力上げるのは得策だろ?」

「いいって俺はこのままで! 着ている服装をコロコロ変えるのは主人公としては良くねぇの! ドラえもんを見習え!」

「ドラえもんは元々全裸だろ!」

 

ベテランであるキリトとしての意見は至極まっとうなアドバイスなのだが、銀時は聞く耳持たずにそっぽを向いてしまう。

 

その態度に何処か不審を覚えたキリトはユウキの方へ

 

「おい……なんであの人あんな頑なに防具変えようとしないんだ?」

「防具というか物干し竿も姉ちゃんからの貰い物でしょ? つまりそういうこと」

「おいおいあんな見た目で亡き恋人の事をまだ想い続けるって言うのか? 流石に一途すぎるだろ……」

「姉ちゃんも大概だったけど銀時もそこん所めんどくさいんだよねぇ」

「聞こえてんぞお前等! 誰が一途でめんどくさいだコラ!」

 

二人でコソコソと会話しているのをしっかりと聞いていた銀時が再び彼等の方へ振り返るのであった。

 

「もーいい加減にしてくれよ! 俺は俺なんだよ! 俺がこれでやりたいって言ってるのに横からギャーギャー口挟むんじゃねぇ! 武器は物干し竿! 防具はそのまま! コレで最後まで行くんでヨロシク!」

「あーあ、意地になっちゃって……だからそのままじゃボク等の所まで追いつくのは到底不可能だって言ってるのに」

「このままだとホントに三十層あたりで詰むだろうな、神器もまだ手に入れる手筈も整ってないし、これはどうにかして別の武器と、新たな防具を作ってもらわないと俺達の方が困るんだぞ?」

「しつけぇなもういいだろ! はいはいこの話は終わり!」

 

フンと鼻を鳴らしながら店員に「おかわりお願いしやす!」と叫ぶ銀時を見つめながらユウキとキリトがどう説得すれば彼が装備を一新して貰えるのかどうか途方に暮れていると

 

 

満員の飲み屋の中に一人の男がフラッと中へと入って来た。

 

そしてそのまま銀時達を見かけるとすぐ様彼等の下へ

 

「おいお前等、第一層攻略の時にいた奴等やろ?」

「ん? お前はあの時いた……」

 

やって来た人物にいち早く気付いたのはエギルだった。

 

ツンツン頭の関西弁、喧嘩腰で話しかけてくるこの態度を見てすぐに思い出した。

 

「確かキバオウとかいう大層な名前の奴だったな」

「あ、ホントだ」

「何しに来たんだお前、また俺達にたかろうとか考えてるのか?」

「え、俺は知らないんだけどみんな知ってるの?」

 

唯一一緒に第一層攻略に参加していなかったクライン以外はすぐ様気付く。

 

キバオウ、第一層フロアボス攻略作戦にてなんだかんだで活躍したベテラン組の一人である。

 

あの事件以降、行方をくらましたと聞いたがまさかこんな所で顔を合わせると思っていなかったキリトは

 

早速怪しむ様に彼を見つめる。

 

「あの一件以来姿を見せなかったけど今まで何してたんだアンタ?」

「おう、それを今からお前等に教えてやろうと思ってここに来たんや、銀髪パーマの男もおるか?」

「銀時ならそこにいるよ、いちご牛乳飲んでる」

 

なんだかえらく真面目な態度で尋ねて来るのでキリトが内心驚いていると、ユウキが指さした方向でまだいちご牛乳を飲んでいる銀時がキバオウの方へと振り返った。

 

「あぁ? 誰かと思ったらいつぞやのサボテンダーじゃねぇか、会わなくなったからてっきりメキシコに移住でもしたのかと思ってたわ」

「誰がそないな場所に行くか! それにワイの名前はキバオウやってもう何べん言わせんねんコラ!」

 

コップに入ったいちご牛乳を左右に揺らしながら相変わらずふざけた態度を取って来る銀時に叫んだ後、ふぅ~とため息を突いてキバオウは改まった様子で彼等の方へ顔を上げた。

 

「お前等今から時間あるか? 会わせてやりたい人がおるんや」

「は?」

「ここは人が多いから話せん、ちょっと歩くがまずはそこに移動するで」

 

無粋にそれだけ言ってキバオウはこちらに背を向き店の出口へと向かって行った。

 

彼の背中を見送りながら銀時達は互いに視線を合わせると

 

 

 

 

 

 

「じゃあそろそろつまみも追加するか、はい何か頼むか人ー」

「ボク枝豆ー」

「俺はなんか辛い系でいいわ」

「じゃあ俺は……ひじき煮の黒豆で」

「おいクライン……今俺の顔見て注文しただろ」

「はよついて来んかいボケコラカスゥ!!」

 

再び飲み会を始めようとワイワイと騒ぎだす。

 

すると先程店から出て行ったばかりのキバオウが駆け足で戻って来るのであった。

 

 

 

 

 

半ば無理矢理な形でキバオウに宴会から連れ去られた銀時達一行

 

彼等は今キバオウを先頭に村の外れにある人気の少ない林の中を進んでいた。

 

「おいツンツン頭、こんな周りに人もいない怪しい場所に連れ込んでなに企んでんだ」

「ああ? なんも企んでへんわ、ええから大人しくついてこんかい」

 

どこに連れて行くのかさえ言わずにさっきから黙々と進むキバオウにそろそろ銀時も眠たそうに欠伸を掻いていた。

 

「勘弁してくれよ、俺今日徹夜だぞ? 朝から仕事でどこぞの大手企業の社長が不倫してるかどうか調査しに行かなきゃならねぇだよ」

「それボクもついて行っていい?」

「ダメだ、家で大人しくしてるか外で遊んでろ、それと首落とし遊びはもう止めろよ、何回もやってると外れやすくなるからな」

「ちぇー」

 

万事屋の仕事に参加したそうな目で後ろから訴えてるユウキに冷たく銀時があしらっていると

 

キバオウの前に小さな小屋が現れた。

 

前にアルゴが隠れ拠点として使っていた様な、人気の無い場所にこじんまりと置かれた家だ。

 

そしてその家のドアの前に突っ立っているのは

 

「あら、あなた達も来てたのね」

「お前は……!」

 

腕を組んで家に背を預けて佇んでいたのはまさかの血盟騎士団のアスナであった。

 

自分達を見るや否やすぐに顔をしかめて嫌そうにすると、銀時を掻き分けてキリトがバッと彼女の前に躍り出る。

 

「待った、アンタがどうしてここに現れるんだ、まさかキバオウを使って俺達をここに誘導して闇討ちでも企んでるのか?」

「攘夷プレイヤーじゃあるまいしそんな卑怯な手を使う訳ないでしょ、私もここに呼ばれてきたのよ」

「いやアンタ前に似た様な事やってただろ……てかアンタも呼ばれたのか?」

「まあ私の場合はあくまで仕事として来てるんだけどね」

 

どうやら自分達だけでなくアスナも呼ばれた方だったらしい。

 

一体キバオウは誰に会せようとしているのか、キリトが不思議に思っていると当人はフンと鼻を鳴らす。

 

「生憎血盟騎士団の手先に成り下がる程落ちぶれとらんわ、ワイはあくまであの人の為にやったんや、お前等をここに連れて来て欲しいと頼まれての、一人例外がおるがの」

 

そう言ってクラインをチラリと目配せするキバオウ

 

一人だけお呼びではない状態だった彼だが、「いやー」と言いながらヘラヘラ笑って誤魔化す。

 

「だって俺だけおいてけぼりにされるのも寂しいだろ? なんか面白そうだからついて来ちまったけど、何もしねぇからさ」

「まあ一人ぐらい別にええか……そんじゃあ入れ」

 

そう言ってキバオウは小屋のドアをキィッと静かに開けた。

 

言われるがままに銀時はとりあえず誰がいるのか見てみるかと最初にドアを潜って入ってみると

 

薄暗い部屋の中に一人だけいる人物を見て銀時は即座に警戒する様に目を細める。

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい、こりゃあ驚いた。まさかとんでもねぇお人からのお呼び出しを食らってたとはよ」

「そこに誰がいたんだ? ってお前は……!」

 

すぐ様彼に続いて中へと入って来たキリトは

 

家の中に一つだけポツンと置かれている椅子に座る人物を見て目を大きく見開く。

 

あの事件の後からずっと行方をくらましていた人物

 

現在、EDO内でお尋ね者呼ばわりされているあの……

 

 

 

 

 

 

「ディアベル!!」

 

思わず背中に差す剣の柄を握ろうとするキリトに対し、かつてベテランとして数々の初心者を救済し続けて来た頼もしい先輩肌のプレイヤー・ディアベルは力なく笑った。

 

「いきなりこんな所に呼びつけてすまない、実は君達にどうしても話しておきたい事があったんだ……」

「……今早弁明か? あれだけの真似をしておいて、あの事件をきっかけに心に傷を負ったプレイヤーが何人もいるんだぞ」

「弁明……確かにそうかもしれないな、だけどそう思われても俺は構わない、あの事件が生まれた理由は紛れもなく俺の責任なんだからな」

 

第一層でフロアボスが突然の凶暴化、更にはその攻撃に対してプレイヤー達が痛みを覚えるという未知の現象が発生。

自分もまたあの時は本気で死ぬのではと激しい恐怖を感じた事を今でもはっきりと覚えている。

 

その時にディアベルが行っていた不審な行動と突然行方をくらました事により、彼が何かしらこのゲームに細工を施したのだとキリトはずっと推理していたのだ。

 

しかしあの事件の黒幕であろうと予想していたそのディアベルは

 

今はすっかり憔悴しきった様子で椅子に座りながら力なく肩を落としている。

 

「ただこれだけはどうしても君達に教えておきたかったんだ、その後はいくらでも罵倒するなり斬り付けるなりしてくれ」」

「……わかった、一体俺達に何を伝えたいんだ」

「とても信じられないよう話だが、全て俺が身を持って体験した事実さ」

 

イケメンと呼ばれてファンクラブまで設立される程のカリスマを持っていたディアベルが今はもう見る影もなく項垂れている。

 

そんな彼に何も聞かずに斬り捨てるのは無粋だろうと思ったキリトはとにかく柄から手を離して話を聞く態勢を取ると

 

ディアベルはゆっくりと顔を彼等の方にあげた。

 

 

 

 

「あの日、いやその前から度々俺の身に起こっていた不可思議な現象を、ここで君達に話そう」

 

力ない表情だったディアベルの眼が一瞬だけ強く光った。

 

全ては真実を彼等に伝える為に

 

 

 

 

 



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第二十八層 先輩のアドバイスは素直に聞け

二十五層の攻略を終えて、晴れて初心者卒業という事で盛大な祝宴を開いていた銀時達

 

しかしそこに水を差してきたのは第一層の頃に会ったきりだったキバオウ。

 

彼に半ば無理矢理連れられて来た先にいたのは血盟騎士団のアスナと

 

小屋の中で灯りも付けずに椅子に座るディアベルだった。

 

彼の口から放たれる真実とは……

 

「数か月前から度々おかしな事が起こったんだ、突然前触れもなしに強制ログアウトされる事が」

「強制ログアウトってなに?」

「プレイヤーの意志関係なく強制的にこのゲームから追い出される事だよ」

 

静かに語り始めるディアベルだがやはり銀時は知らない単語に毎度の如く尋ねて来る。

 

それにいちいち答えてあげるのがキリト、今隣で彼の方へ顔を上げるユウキの役目となっていた。

 

「ゲームのマナーに反する様な過度なプレイを繰り返したりする様なプレイヤーを運営が定めてBANするんだ」

「あーキリト君みたいな?」

「いや俺はちゃんと敷かれたルールに乗っ取って合法的に天人を虐殺してるだけだから」

「虐殺してる時点でグレーゾーンだろ……」

 

ユウキの説明を聞いてすぐにこちらに振り返って来た銀時にしれっとした表情で返すキリト

 

背後からエギルがボソッとツッコミを入れてディアベルの方へ向き直る。

 

「強制ログアウトされたって事はお前が運営に反する行為を繰り返したって証拠じゃないのか?」

「いや俺は至って健全なプレイをやっていたに過ぎないよ、証明になるかわからないが俺の元仲間に聞いてみればいい、俺と一緒に行動していた頃の事を教えてくれる筈さ」

「元仲間?」

「……もうとっくにみんな俺の元から離れてしまったよ、でもそれは仕方ない事さ」

 

エギルの追及にディアベルは自虐的にフッと笑ってしまう。

 

「俺が強制的にログアウトされてしばらくログイン出来なくなってしまった時間の間、EDO内では妙な事が起きていたらしい、俺がまるで人が変わったかのように暴れ始め、更には暴走したモンスターを操って傷付けられたプレイヤーは現実世界にも影響が及んだと」

「おいおいそれってまさか……」

「ここ最近EDOで起きてる仮想世界の影響が現実世界にもリンクし始めてる不可思議な現象だ」

 

項垂れながらディアベルはそう吐露すると、銀時は片目を釣り上げた。

 

「オメェがこっちの世界に入れなかったのに、こっちの世界のオメェが暴れたってどういう事だ? もうちっとわかるように説明しろ、こちとらネットゲーム初心者なんだよ」

「恐らく……アカウント乗っ取りだ」

「乗っ取り?」

 

ディアベルの代わりに顎に手を当てながらキリトが答える。

 

「ディアベルのリアルを強制的に退場させて、残ったアカウントのディアベルにログインして成り代わった奴がいるって事だよ、つまりコイツは自分がやったんじゃなくて自分を装った別の奴がやったんだと言いたいんだ」

「その乗っ取り行為ってのは誰でも出来る事なのか?」

「無理だな、EDOでのアカウントは個人認証システムがかなりしっかりしてる、絶対に同一の人物じゃなきゃ同じアカウントにログインするのはまず不可能だ、ただ……」

 

キリトは眉をひそめてディアベルの方へ顔を上げた。

 

「公式の運営側の方からならそれは可能かもしれない、連中はこちらを強制的にログアウトさせたり永久アカウント停止も出来る、つまりこちらの個人情報をくまなくチェックできる立場にあるという訳だ」

「いやいや待て待て! それは流石に無いだろキリトよ! それってつまり運営側が俺達の個人情報を悪用してるって事になるだろ!」

 

唯一この状況を分かっていなかったクラインだが、彼等のここまでの話を聞いておおよそ理解は出来た。

 

そしてキリトが呟く一説に慌てて首を横に振る。

 

「いくらなんでもそれはあり得ないって! もしそんなのが公に知られたら間違いなく大問題になる! 宇宙中でやられてる超大規模ネットゲームでそんな真似したら! 下手すれば国際問題だぜ! そこまでのリスク背負ってまでアカウントの乗っ取りなんてするかよ普通!」

「当然普通はそう考えるさ、俺もあくまでこういう可能性があるかもと言っただけだって、アカウントの乗っ取りなら公式運営じゃなくても、名の知れた有名なハッカーとかでも可能かもしれないし」

 

クラインの言ってる事もごもっともだ、しかし今このゲームで起こり続ける非現実的な現象の数々を知る内に

 

この世界はもはや自分達にとっての普通からズレ始めているのではとキリトは推測している。

 

「まあ少なくともディアベルの話が本当なら、いずれは大変な事になり得るのは確かだ。アカウント乗っ取りと現実世界にリンクする痛み、これらが世に知られたらプレイヤー達に恐怖が感染するに違いない、現に今も少しずつ知られているんだ、下手すれば公式が危険と判断してEDOの世界事態消失する事態に発展するかもしれない」

「消失、この世界が……」

 

キリトの言葉に思わず怯えた目つきをして銀時の裾をギュッと握るユウキ。

 

そんな彼女に銀時は無言でその肩にポンと手を置く。

 

「らしくねぇツラすんな、ここはお前と藍子にとって唯一自由に駆け回れた世界だ。何よりアイツが生きた証が残っているここを消させる真似、俺がさせるわけねぇだろ」

「でもどうしたら……」

「決まってんだろ」

 

心配する彼女の肩に手を置いたまま、銀時は静かに呟いた。

 

「この世界にいる黒幕をぶっ倒せばいい、そいつを暴き出して洗いざらい吐かせて公に公開すればこの世界の危機は去る、そうすりゃこの世界をまるっと消す必要もねぇってこった」

「オメェは相変わらず発想が単純だな……だがそれしかねぇのも確かか」

 

銀時の結論にエギルは苦笑しつつ縦に頷く。

 

「と言ってもディアベルの言ってる事が本当かどうかはまだわかんねぇけどな、実際はコイツ自身の狂言って可能性もまだちゃんと残ってるだろ?」

「コイツが言ってる事は本当だろうよ」

「ほう、根拠は?」

「匂いだ」

 

短くそう言うと銀時はエギルの方へ振り返る。

 

「会った時のコイツとダンジョンの中でいきなり変貌した時のコイツとはまるで匂いが違う。あの時ユウキを怯えさせた時のアイツは、どす黒くネバネバした無性にムカつく悪臭だった。今のコイツにはそれが感じられねぇ」

「やれやれお前のお得意の勘って奴か……確かに昔はお前のそれのおかげで何度も命救われたっけな」

(命を救われた……?)

 

ついエギルが口から漏らした言葉にキリトはふと疑問に思ってどういう事かと聞こうとするが

 

それを遮って銀時が口を開く。

 

「あれほどの悪臭だ、その辺嗅ぎ回ればすぐに匂いを辿れるかもしれねぇ。あの野郎には俺の女に嫌な思いさせた借りがあるんでね、この手でいっちょシメてやらねぇとずっと思ってた所だ」

「ハハハ、銀時ってたまにカッコよく見えるから不思議だよねー」

「たまにでいいんだよ、普段はけだるく生きてたまにビシッと決めてやるのが良い男の条件ってもんだ」

「う~んそうかもねー……」

 

普段から死んだ目をしながらも時折キラリと目を光らせる銀時にユウキが「アハハ」と苦笑しながら内心自分の為にここまで怒ってくれてる事にちょっと嬉しく思ってると

 

ディアベルが小さく笑みを浮かべながら彼の方へ顔を上げた。

 

「君は俺の話を信じるのかい? こんな俺の話を」

「勘違いすんな全部信じてる訳じゃねぇさ、そうだろキリト君?」

「まあな、けど黒幕がどっかにいるって言うアンタの案は、個人的に俺も乗っかりたいと思ってるし」

 

この世界を裏で操ろうとしてる闇を暴く、それはそれで面白いかもしれないなと思いながらキリトは頷く。

 

「ディアベル、アンタが俺達にこの事を話したのは自分の代わりにその黒幕を暴いて欲しいと思ったからだろ」

「ああ、君達はあの事件の中で一番活躍したとキバオウ君に聞いていたからね」

「アイツが……?」

 

意外と自分達の事を評価していたのかと、キリトはいつも悪態を突いて来るキバオウを想像してしかめっ面を浮かべていたらディアベルが椅子に座ったままこちらに首を垂れる。

 

「どうかこの世界を頼む……この世界を救ってくれ」

「おいおいまるで俺達に全て投げっぱなしにしようとする言い草だな、アンタだって少しは調べてもらわないと困るぞ? 被害者の一人なんだし」

「……いや」

 

必死に頼み込んで来るディアベルにキリトがジト目で全部こっちに丸投げするなとツッコむと彼は力なく笑って

 

「俺はこれから血盟騎士団の本部へ行ってさっきの事をより詳しく団長に話すつもりだ。そしてその後は潔く腹を切ろうと思っているんだ」

「腹を切る?」

「ディアベルというアカウントを消滅させて、このゲームから永久離脱する」

「!」

 

腹を切るという事はそういう事か、自らアカウントを消滅させてEDOに二度とログインしないという事。

 

それはつまり今まで築き上げたこの世界での様々な体験や思い出をを自らの手で捨て去るという事だ

 

かつてはこの世界だけが全てであったキリトにとっては、それは聞くだけで身も凍る行為だ。

 

「元はと言えば俺が何度もアカウントを乗っ取られている事を公式に言わずに黙ったままにしたから事件が起こったんだ、俺は怖かったんだよ、公式に言ってもし自分のアカウントに異常があると判断されて処断される事が……」

「……」

「こうなってしまったのも俺の罪だ、血盟騎士団に全てを話し、潔くこの世界と別れようと思う」

「やったのはアンタじゃないんだろ、だったらアンタがそこまでして……!」

「いややるべきだ、このアカウントがまた乗っ取られる可能性もまだあるんだ、また『ディアベル』がみんなを危険に巻き込むなんて、絶対にあって欲しくないんだ」

 

仮想世界との断絶、揺るがない決心を着けてディアベルはずっと座っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

「今日は俺の話を聞いてくれてありがとう、これからもこの世界を俺の分まで楽しんでくれ」

 

彼が再びこちらに対して丁寧にお辞儀すると、タイミング良く小屋のドアが開いて血盟騎士団の副団長であるアスナが入って来た。

 

「話はもう終わったみたいね、それではディアベルさん、出頭お願いします」

「ああ、君にも礼を言うよ副団長殿、俺なんかに付き合わせてしまって」

「これも副長の務めですから、それにあなたがこの世界を本気で護りたいって気持ちは、私にもわかるんで……」

「……ありがとう」

 

仕事としては割り切ってるものの、このまま彼を断罪して良いモノなのかどうか迷っているのが窺えるアスナの顔を見てディアベルはもう一度礼を言うと、彼女の下へと歩み寄っていく。

 

そして銀時達の横を無言で通り過ぎようとすると

 

「なぁ、ディアベルさんよ。コイツ等が言うには今の俺の装備じゃこっから先は到底攻略不可能らしい」

 

銀時の真横まで来たところで、不意に彼の方から話しかけられ思わずディアベルは足を止めた。

 

「なんかいい装備とかない? 俺はGGO型なんだが出来れば近接の武器とか使いんだけど、それとあんま重くない防具」

「そうだな……」

 

互いに目を合わせずに会話をしながら、ディアベルは真面目にしばらく考えた後

 

「そういえば最近三十層のGGO占有地区の店に面白い近接武器と防具が入ったみたいだ、結構値が張る上に飛び道具が主流のGGO型にはあまり合わないから売れてないらしいが、近接で戦いたい君なら使いこなせるかもしれないね」

 

そう言ってディアベルは自分のメニューを開くと手際よく操作しながらある物を画面から取り出す。

 

「ほら、今俺が持ってる全財産だ。これだけあれば買えると思う」

「……」

 

ありったけの硬貨が入れられた布製の袋を手に持って、それを躊躇なく銀時の前に差し出す。

 

銀時はしばしそれを見つめて受け取るのに躊躇した後、スッと右手で受け取った。

 

「ありがたく使わせてもらうわ、ありがとよ先輩」

「先輩、ね……そうだな、これが俺の、ディアベルの最後の後輩へのアドバイスか……」

 

ぶっきらぼうに礼を言って来る銀時にフッと笑いながらディアベルは目を瞑る。

 

「最後の最後に先輩らしい事が出来て良かったよ、ありがとう」

 

こちらに振り返り嬉しそうに笑いかけるディアベルに、銀時は何も言わずに軽く笑みを返す。

 

その反応に満足そうにまた笑いながら、ディアベルはドアを出てアスナと共にその場を後にするのであった。

 

「……ディアベルの為にあんな事言ったの?」

 

彼等が見えなくなったのを確認した後、結城がボソリと銀時に問いかけると

 

彼はスッとディアベルから受け取った布袋を掲げる。

 

「ちょっと聞きたいと思ったから質問しただけだ、このままだとお前等にずっと言われそうだから新調しようかなとも思ってたし、そしたら金までくれて万々歳よ」

 

そう言って銀時はその袋を自分のメニューウィンドウに突っ込むと、自分の所持金に加える。

 

「あーあ、どうせ止めるんなら装備もアイテムも全部寄越せって言っとくべきだったぜ」

「強欲だな銀さんは……ま、とにかくこれでアンタも装備を整える決心が着いたって訳だ」

「ディアベルのおかげでな、しかしコイツに全財産託すなんてな……」

 

メニューを閉じて残念そうにぼやく銀時にクラインとエギルが呆れていると

 

ディアベルの座っていた椅子に座りながらキリトが口を開く。

 

「ま、良いんじゃないか。アイツも最後嬉しそうな顔してたし、アンタもちゃんとアドバイス通り買うモン買っとけよ」

「わ~ってるよ、最後の最後に色々託されたんだ、そらこっちもワガママ通す訳にもいくめぇ」

 

めんどくさそうに髪を掻き毟りながら、銀時ははぁ~と深いため息を突く。

 

 

 

 

 

 

「背中が重てぇや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして銀時達は祝宴を開いていた村へと戻り再び参加した。

 

もう少しで夜が明けるというの、プレイヤー達はまだ騒いでいた。

 

しかし先程ディアベルからとんでもない話を聞かされたので皆心の底から盛り上がる事は出来ず

 

銀時もまた一人噴水広場で何かを考えてるかのようにボーっと日が昇りかけてる空を眺めていた。

 

「おう、ディアベルはんの話、ちゃんと全部聞いたみたいな」

「あん?」

 

突然自分の隣にドカッと座り込んで来たのはまさかのキバオウであった事に軽く驚きつつ

 

銀時が空を見上げるのを止めて振り返ると彼はズイッと銀時の前に一本の中身の入った瓶を差し出した。

 

「特別に一本やるわい、どこぞの闇商人が作ったらしい現実により近く再現された”酒”や」

「は? おいおいマジかよ、飲んで大丈夫なのかコレ?」

「心配あらへんわ、わいなんかしょっちゅう飲んどる」

 

そう言ってガラス製のコップをこちらにポイッと投げて来たので、それを受け取って銀時は早速貰った酒を注いで飲んでみる。

 

その途端クラッと来る酔いに近い感覚が銀時を襲った。

 

「キッツイねぇ……だが悪くねぇ、おたくこんなのどこで仕入れたんだ?」

「それだけは教えられへん、お前もちょっとアウトローな場所を転々としてれば、悪い遊びや仕組みも覚えておくもんや。酒もその中の一つに過ぎへん」

 

またコップに並々と酒を注ぎながら尋ねて来る銀時に、キバオウは腕を組みながら仏頂面で答える。

 

「実はの、ワイのアバターのこの顔や声は全部ワイのリアルとは全く別のモンなんや、ちょっとした発明家に金渡して作ってもらった、いわゆる仮の姿やねん」

「それって完全におてんと様に怒られる事だろ」

「怒られるどころか垢BAN確定や、けどワイにだってちゃんとした事情があるねん、本当の顔でプレイするとリアルの身内にバレる可能性もあるし……せやからこの見た目で我慢しとんねん」

 

いきなり何を言い出すんだと銀時が酒を飲みながらキョトンとしていると、彼は不満そうに噴水の池に浮かぶ自分の顔を見つめてしかめる。

 

「ホントのワイはそら中々の色男なんやで、なのにあのジジィ、作るんならせめて反町隆史似にしろっちゅうねん」

「反町隆史とか望み高過ぎんだよ、だったら俺だって小栗旬にして欲しいよ」

「アホかお前こそ高望みし過ぎじゃ! その天パじゃ精々大泉洋や!」

 

だるそうに呟い来る銀時にキバオウは正論を言い放った後、フゥ~とため息をこぼす。

 

「なんでやろうな、ワイみたいな公に出来ん事ばかりやってる悪党が普通にこの世界を謳歌出来んのに、多くの奴を導いていった善人のディアベルはんは、もう二度とこんな風にこの世界で夜明けを見る事が出来んとはホンマ世の中おかしいわ……」

「……お前もアイツから話聞いてたのか?」

「ああ、必死に探してやっと見つけた時に教えてくれたわ、そらショックやったで」

 

頭を手で押さえながらキバオウはガックリと肩を落とす。

 

「わいも初心者の頃に何度もディアベルはんの世話になったんや、いつか借りを返そうと思うとったのに結局返せずじまいじゃ」

「アイツはアイツでケジメ着けるために腹切る事を望んだんだろう、だったらもう残った俺達がアイツの意志引き継ぐしかあるめぇよ」

「はん、なんやお前、随分とらしくない事言うやないか」

「お前が持ってきた酒のせいで酔っぱらって来たんだよ、ほらよ」

 

ふと小さく呟く銀時にキバオウがニヤリと笑うと、鼻を鳴らしながら銀時は手に持っていた酒の入ったコップを彼に突き出す。

 

「こんな濃いの全部飲めるか、お前にもやるよ」

「なんや情けない奴やな、まあええわ、飲んでやるわい」

 

突き出されたコップを受け取るとすぐに一口で飲み干してしまうキバオウ。

 

ものの数秒で空になったコップに銀時が瓶を片手で持って酒を注いであげる中、キバオウはふと空いてる方の手で自分の頭を撫でる。

 

「7の借りを作ったら3返す、3借りたら7、それがワイの中の黄金比率や、この世は七三分けで成り立っとる」

 

そう言って銀時が注いだ酒を再び一気に飲み終えた後、両手で七三分けをするかのようにトゲトゲ頭を掻き分ける。

 

「ディアベルはんには返せへんかったが、とりあえずお前にだけは返せて良かったわ」

「俺はお前に借りなんざ作った覚えはねぇよ」

「ディアベルはんの話、ちゃんと信じてくれたやないか」

「お前……」

 

小さくポツリとそれだけ呟くと、キバオウはコップを銀時に返して立ち上がった。

 

「ほなワイはもう用が済んだんでリアルに帰るわ、また会う時があったらよろしく頼むで」

「ああ、達者でな、”キバオウ”さんよ」

「なんやちゃんと名前覚えてるやんけ……ほんに腹の立つ男や」

 

最後の最後に名前で呼んで来た銀時に苦々しい表情を浮かべた後、クルリと首を戻してメニューを操作してログアウトボタンを押すキバオウ。

 

あっという間に彼の姿は消えて、残された銀時はまた一人になり、ようやく昇った日を拝みながらコップに入った酒を飲む。

 

「最初はこんな世界ただのゲームで作った紛い物かと思ってたが……」

 

藍子の死をキッカケにEDOをやり始めてから、ここに至るまで随分と色々な人物とこの世界で出会った。

 

きっと彼女がここまで自分を導いてくれたのだろう、現実にいるだけじゃ手に入らなかった多くの仲間達に出会える為の縁を彼女が最期に作ってくれたのだ。

 

そしてこれからもずっとこの世界で様々な新体験が待っているのであろうと思いを馳せつつ

 

 

 

 

 

「案外悪くねぇな、この世界の日が昇った空も」

 

一人フッと笑って満更でもない様子で

 

天に輝く太陽を拝みながら呟くのであった。

 

 

 

 

 

 




次回、銀さんとユウキのデート回

最近彼女がヒロインだというのを忘れるからこういう話も書いとこうと思いまして


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第二十九層 ボクが欲しかったモノ

「デートしよう!」

 

二十七層地区の町で神器を造れる鍛冶屋を探している時に

 

ふとユウキが突発的に銀時の背中に向かってそう叫んだ。

 

今ここにログインしているメンバーは銀時とユウキのみで

 

キリトはというと、長く異星にいた父親が実家に戻って来たとかで、近況報告がてらに久しぶりに我が家へと帰っている。

 

その為にこうして二人だけで色々と探索をしていたのだが

 

いきなりユウキから出てきた言葉に銀時はポリポリと頭を掻いてしばらく黙り込んだ後、クルリと彼女の方へ振り返って

 

「デートって、今もしてる様なモンだろ。俺とお前の二人だけだし」

「いやこうしてダンジョン攻略とかに勤しむんじゃなくてさ、ちょっと二人で景色の良い所行ってみたいと思って」

「景色なんざ興味ねぇよ俺、あーでもそういや二十層の特殊ダンジョンの奥はは割と綺麗だったぞ」

「ホント!?」

 

デートと言われてもさして興味無さげにそう呟く銀時だが、意外にも自分から眺めの良い場所を教えてくれるのでユウキが興味持ったように身を乗り上げて来た。

 

「じゃあそこ行ってみよ! 転移結晶使えばすぐだし!」

「つってもあそこ結構奥まで遠いぞ」

「大丈夫、今はもう銀時のおかげで普通のフィールドになっちゃったから」

「は?」

 

あそこは結構複雑な迷路になってるし、銀時が通り抜けれたのもあそこで月夜の黒猫団と出会えたおかげだ。

 

再び赴くとなるとそうとう時間がかかると踏んでいた銀時だが、どうやらユウキ曰くあそこはもうダンジョンではなくなったらしい。

 

「銀時が神器の素材を入手したからもう長かったイベントは終わって、今はもうモンスターも出没しない森になっちゃったの、迷路の方も無くなったからちょっと歩けばすぐに奥に辿り着けるよ」

「ほーん、それじゃあ問題ねぇか、よし行くぞ」

「うん!」

 

すぐに行けると聞いて銀時は早速アイテム欄から転移結晶を使って20層に赴こうとする。

 

そんな乗り気な彼にユウキは嬉しそうに頷いた後

 

 

 

 

 

「いやちょっと待って! なんか今日の銀時おかしいよ!」

「あ?」

「なんでボクがデートしよって誘ったら普通にOKしてるの! いつもは鼻で笑うなり「めんどくせぇ」とかぼやいて断るクセに!」

 

ふと我に返ってユウキは気付いた。

あのめんどくさがりで素っ気ない男がこうもあっさりとデートを承諾するとは思えない

 

慌てて銀時を問い詰めると彼ははぁ~とため息を突きながら頭に手を置き

 

「チッ、バレたか」

「ええ!? バレたってどういう事!?」

「あーそうだ。ぶっちゃけ凄くめんどくせぇよ、なんで年中ツラ合わせてる上に同居してるお前なんかと新鮮味の無いデートなんかするかって叫びてぇよ、デートするならやっぱ結野アナだろ、俺とデートしてぇなら今すぐ結野アナに転生しろってお前に宣言してやりてぇわ」

「してるじゃん今! 思ってる事全部まるっとぶっちゃけてるじゃんボク自身に!」

「しかしだ、銀さんは考えた。お前にそんな風に言って断ったら、お前自身がどう反応するか」

 

あっさりと白状してホントは心底めんどくさいと言ってしまう銀時にユウキが軽くショックを受けていると

 

彼は更に人差し指を立てて

 

「ほぼ間違いなくゴネる、こんな人気の多い街中で散々叫びまくって、挙句の果てには俺の袖をひっ掴んで無理矢理にでもデートに洒落こもうとするに違いないと、俺はお前に「デートしよう!」って言われた後の短い間に明確に推理できたんだよ」

「い、いや流石にそれは考え過ぎじゃないかなー? ボクだっていい年だしそんな子供じみた真似する訳ないと思うけどー?」

「いや絶対するね間違いない、お前が生身でその見た目だった時から知ってる俺だからこそ断言できるわ、お前は100パー俺の袖を掴みながらギャンギャン泣き喚く」

「な、泣きはしないよ! た、多分……」

 

自分の発言に少々自信が無いユウキに対し、逆に自信ありげな様子で腕を組みながらうんうんと頷く銀時

 

「そこで俺は考えました、そうやって結局無理矢理お前の言う事を聞かざるを得ない状況になるなら、いっその事サクッとお前の話を呑んで、適当に二人でどっか行ってさっさと終わらせよってな」

「ひど! どんだけボクとデートするのが面倒なの!」

「という事でさっさと行くぞ、俺の手掴まれ、ちょっと観たらすぐ帰るからな」

「……一人で帰ろうとしたら本気で泣くからね……」

 

転移結晶を持ってない方の手を出してくる銀時に、恨みがましい目つきでそう訴えながらユウキが強く握りしめると

 

彼等の姿は一瞬にして二十七層から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして二人は二十層の特殊ダンジョン跡地にへと赴いていた。

 

奥地にあった金木犀の大樹は依然と変わらぬ姿でそびえ立ってはいるも

 

その下には数十万本の枝達は全て跡形もなくなり

 

代わりに地面を覆う金色に輝く草々が辺り一面に覆い茂っていた。

 

銀時は大樹の下から「へー」と呟きながら一望した後、すぐにその場で横になる。

 

「前も綺麗だったけどクエストが終了して殊更綺麗になったな、んじゃ、お前は適当に眺めておけ、お前の気が済むまで俺は寝っから」

「とうッ!」

「うげ!」

 

大樹の木陰が丁度涼し気で寝るには抜群のスポットだと思い銀時は早速ユウキをほったらかしにしてシエスタを決め込もうとするが

 

それを許すまじとユウキが上からのしかかって彼にうめき声をあげさせる。

 

「デート中に相手をほったらかしにして昼寝をする男なんてモテないよ?」

「いいんだよ付き合い方を熟知している相手なら昼寝しても……いいからそこどけ」

「いーやーだー!」

 

けだるそうに銀時はすぐにユウキを引き離そうとするも、自分の胸に顔をうずめながらテコでも動こうとしないユウキ。

 

しばらくして彼女は彼の脇辺りを枕にしながらゴロンと寝返りを打った。

 

「そう来るならボクもここで寝ちゃうから、こうして一緒に寝るのも久しぶりだし」

「はぁ? お前夜中に俺の布団に忍び込んで、俺が気が付いたら勝手に腕を枕にして寝てるじゃねぇか」

「え!? バレてたの!? いやでもたまにしかやってないからね!」

「たまにってお前、しょっちゅう俺の布団に潜って来てるだろうが、言っておくけど何回か寝てるフリしてお前がコソコソと入って来る様を目を細めて見てたからな」

「うわなんか恥ずかしくなってきた……気付いてるならすぐに言ってよもう……」

 

普段の習慣をバッチリ知られた事に赤面しつつ、ユウキは銀時の上半身に抱きつきながら

 

ここから見える金色の草原を寝たまま一望する。

 

「……綺麗だね」

「あ~……お前の方が綺麗だよ?」

「その言わせられてる感はなに?」

「お前が言って欲し気に上目遣いでチラチラ見て来るから察してやっただけだ」

 

試行錯誤しながらようやく銀時の右腕を枕にする事にしたユウキに、似合わないキザな台詞を吐きながら眠たげに欠伸をする銀時。

 

「しっかしアレだな、ちょっと前はまさかお前とこんなだだっ広い場所に来れるとは夢にも思わなかったな」

「ここは仮想世界だからね、現実の身体が不自由でもこうして身軽に動き回れてホント楽しいよこの世界は。あ、からくりの身体になった今のボクなら現実世界でも同じような事出来るかな?」

「危ねぇ場所には連れてかねぇぞ、お前の身体はちょっとの事ですぐに故障しちまうポンコツ仕様だからな」

「せめて水の中に入れればなー、みんなで海水浴とか出来るのに。あ、銀時は泳げなかったねそういえば」

「は? 俺がいつお前に泳げないって言ったよ?」

「銀時には聞いてないけど姉ちゃんが言ってた、浅い川の中に足滑らしてそのまま「死ぬぅ助けてぇ!!!ってもがきながら泣き叫んでたって」

「アイツ妹になんてモン教えてやがんだ! 言っておくけどその時のアイツはな! 溺れる俺を眺めながら普通に釣りしてやがったんだぞ! 最終的にアイツの釣り糸に俺が引っかかってそのまま俺を釣り上げやがったんだアイツ!」

「へー良かったじゃん姉ちゃんに助けてもらって」

 

今思えば彼女は結構Sだったのかもしれないとふと思い出す銀時の横顔を見つめながらユウキは呟く。

 

「仮想世界での姉ちゃんはもっと凄かったよ、銀時に見せたかったなー」

「いや見たいとは思うけど興味半分怖さ半分だわ……それに見ようと思っても二度と見れないからな」

「まあ、ね……」

 

現実世界の藍子も仮想世界のランも既にこの世にはいない。

彼女の事についていくらでも語れる銀時とユウキだが、それはもうすべて過去の話。

 

彼女は自分達より一足早く、現実でも仮想でもないもう一つの世界へと旅立ってしまったのだから……

 

「……ボクもここで銀時と一緒にいられるのも、一体いつまでなんだろう」

「おい……いきなりサラリと縁起でもねぇこと言うなよ、流石にビビるわ」

 

自分の腕で不安そうに顔をうずめながらつい口走ってしまうユウキに、銀時はジト目を向けながら左手でその頭を軽く叩く。

 

「お前は藍子と違って首の皮一枚繋がったんだろ? 今はまだからくりの身体だけど、あと何年か経てば生身の身体で動ける可能性も無いわけではないって倉橋さんが言ってただろうが」

「まあでも病気が病気だからね、宇宙からやってきた感染兵器だから、まだ油断はできないよ」

 

現在ユウキは藍子と同じ病にかかっている

 

宇宙から飛来した天人が持ち込んで来たという人を死に至らしめるウイルスに感染し、症状の進行が早かった藍子が先に亡くなり、幸いにも進行が遅かったユウキは、現代の科学文明でなんとか一命はとりとめた。

 

天人の感染兵器で殺されかけ、天人の科学で助かる、なんとも皮肉な話である。

 

「それに倉橋さんから聞いたんだボク、生身のボクはもう目が完全に失明して手と足も動かせないだろうって……そんな状態の姿、銀時に見せたくないよ」

「んだよそんな事、なら俺の目ん玉一個やるよ」

「え?」

「手も足も一本ずつ分けてやらぁ、そうすりゃお互い似た様な体になるし丁度いいわ」

 

自分の胸に顔を置いたまま寂しそうに呟く彼女にあっさりと自分の身体を半分ずつ提供してやると言ってのける銀時。

 

ボリボリと頭を掻きながら銀時は更に言葉を付け足す。

 

「お前はその、妹みてぇなモンだし? そんぐらいはお安い御用だっての」

「ハハハ、銀時の死んだ目を貰ってもあんまり嬉しくないなぁ……」

 

相変わらず妹分として扱われてる事に複雑な思いを抱きながらも、自分の為にそこまでしてくれると言ってくれた銀時にユウキは苦笑した。

 

「でも大丈夫だから安心して、もう少し先になるけど、いずれは人体の身体にからくりを仕掛けて、目や手足の代わりになる補助器具が出来るかもしれないって聞いたしさ、それを付ければ普通の人間となんら変わらずに日常生活が出来るんだってさ」

「ほぼほぼサイボーグだなそりゃ、それって何年後?」

「んー年数はわからないけど、20年後にはボクも普通に生活してるかもね、それまで生きられるか不安だけど」

「20年か……そんな先の話じゃ俺が何やってるかも想像つかねぇよ」

「20年後の銀時……案外子供とかいたりして」

「いやいやないない、ガキなんかめんどくせぇだけだって」

 

そんな遠い未来の事など全く想像出来ないと言いながら、銀時はこっから見える景色を改めて一望する。

 

「この世界もいずれは薄れて消えちまうモンなのかねぇ……」

「そうだね、世界と言っても所詮は人が造り上げた空想の世界だし」

「藍子が好きだったこの世界も、お前の言う20年後とやらには跡形もなく無くなっちまってるんだろうな」

「……ホントに銀時は頭の中姉ちゃんの事ばかりなんだね」

 

胸元にチクリと嫌な痛みを覚えながら、寂しげにつぶやく銀時の顔を見つめてユウキはそっと彼の胸に手を置く。

 

「大丈夫、例えこの世界が無くなろうと銀時がいる限り姉ちゃんはここにいるから、だから遠い未来を不安がるんじゃなくて今を精一杯楽しもう? 姉ちゃんがいたこの世界でたくさん冒険してたくさん思いで作ろうよ」

「……そうだな、ならディアベルが言ってた正体不明の黒幕って奴も早い所倒さねぇと、さもねぇと20年後どころか近い内にこの世界が滅びかねないしよ」

 

自分を安心させる為に優しく励ましてくれたユウキの頭に手を置きながら、銀時はフッと笑う。

 

「藍子が死んだ時にもしお前が傍に居なかったら、俺は二度とまともに立つ事も出来なかったかもしれねぇな」

「銀時なら強いし大丈夫だよ、ボクがいなくてもきっと別の人が銀時の支えになってくれたかもしれないし」

「お前の代わりなんざどこにもいねぇよ」

 

そう言って頭を撫でてくれる彼に、ユウキは「お、おぉ……」と変な声を出しながら顔をうずめた。

 

「今度は一体なんなのさ……まためんどくさいからってボクの事からわないでくれる、頼むから……」

「おめぇ知らねぇの? デートってのは互いに腹を割って本音をぶつけあうのも醍醐味の一つなんだよ、ただ二人で仲良さげな雰囲気醸し出して、良い景色見るだの、美味い飯食っててもそれは本物のデートとは呼ばねぇ、単なるお遊びよ」

 

自分の上半身に顔をうずめながら耳を赤くさせるユウキにヘラヘラと笑いながら銀時が答える。

 

「だから今日は特別に俺の本音ぶちまけてやったって事さ、んで? オメェは俺になんか本音ぶちまける事あんの?」

「い、言えない……!」

「は?」

「言えないの! 絶対言えないの!」

 

銀時の服を掴みながら顔を左右に振り断固拒否するユウキ。

 

残念ながら彼女が抱えている秘密はそう簡単に彼に話せる事ではないのだ。

 

「だから今はまだこのままでいいの! これぐらいの距離間でまだボクは満足だから!」

「いや何言ってるのかよくわかんねぇだけど」

「わからなくていいから!」

 

ユウキの言葉に何一つ理解出来ていない様子の銀時に叫んだ後、彼女は彼の腕を枕にしながらフンと鼻を鳴らす。

 

「このままがいい、たまにこうして二人で原っぱで寝そべって笑い合うのが、ボクにとっての最良の距離感だから」

「いやいい加減離れて欲しいんだけど、ただでさえここあったけぇのにお前がくっついてると暑くて仕方ねぇんだよ、俺の腕から頭どけろ」

「やーだー! 今日は一日中こうするのー!」

「だぁぁぁぁぁもう結局それかよ! いつもいつもワガママ言いやがって! 離れろってんだよ暑苦しい!」

「いーやーだー!!」

 

もうそろそろ離れて欲しいとユウキの頬をグイッと押しながらひっぺ返そうとする銀時だが、負けじと抵抗して必死に彼の首に両手を回してしがみ付くユウキ。

 

イベントが終わりただの平原と化した金木犀の大樹がそびえ立つフィールドにて

 

二人はゴロゴロと転がりながら激しく揉み合いを続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

そしてそんな二人を大樹から離れた森の方から遠目で見ているのは

 

金色の鎧を着た金髪碧眼の女性であった。

 

随分前に銀時に対して初対面であるというのに、この地でいきなり無言で蹴りを入れた張本人である。

 

楽し気にじゃれ合っている二人を眺めながら、女性はグッと胸元をおさえながら険しい表情を浮かべる。

 

「……何故でありましょう、胸の部分から込み上げるこの激しい痛みは……」

 

彼等を見ているだけで異変が生じる己の身体に違和感を覚える華の様に、女性は傍に生えてる気に手を置きながらもう片方の手で頭を抑える。

 

「怒り、嘆き、喜び……いえ、この痛みの根元はそれらどれにも当てはまりません……」

 

苦しそうに表情をこわばらせながら、額から流れる汗を拭い少女は改めて銀時達の方へと目をやる。

 

無邪気に笑いながら抱きついて来る小さな少女にしかめっ面で何かを叫びながらじゃれ合う銀髪の男。

 

銀髪の男……こうしてずっと彼を見ている時、たまにこうして胸に強い痛みが生じる事があるのだ。

 

例えば前はあの男が短い黒髪の少女と談笑を交えてた時とか……

 

あの時は思わず自ら姿を現して感情の思うがままに彼に蹴りを入れてしまった。

 

しかし自分がどうしてそんな真似をしたのかは、実の所自分でもよくわからない。

 

「お前は……お前は一体誰なんですか?」

 

つい反射的に腰に差す洞爺湖と彫られた木刀の柄を握り締めながら

 

女性は奥歯を噛みしめたままと奥にいる銀時をジッと凝視する。

 

 

 

 

 

 

 

「お前は一体私のなんなのですか……」

 

 

デートを楽しむ銀時とユウキの裏で

 

一人悩み苦しむ謎の女性

 

果たしてその正体は……

 

 

 

 

 

 

 




20年後の銀さんは何をしているんでしょうね



次回は纏め回です、久しぶりにあの二人が出たりあの店の子が出たりします

それとどうも志村家に不審者が忍び込むという事件が多発してるとか……

次回もよろしくお願いします。


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第三十層 落ち込む事もあるけど俺(私)は元気です

春風駘蕩が今度は挿絵を描いて下さりました。

一話の挿絵
【挿絵表示】

二話の挿絵
【挿絵表示】

十二話の挿絵
【挿絵表示】

十八話の挿絵
【挿絵表示】


このイラストはすぐに各話それぞれに挿絵として貼らせて頂きました。

ここまで見事にキャラ達を生き生きとした表情で描いて下さり本当にありがとうございます!


ある日の昼下がり、桐ケ谷和人は志村家の家に来ていた。

 

正確には家の中へではなく、家の”屋根の上”にお邪魔しているのだが

 

「……」

 

トントントンと無心で金槌を振り下ろしながら、板に釘を打ち付けていると

 

いきなりバキ!っという鈍い音が

 

「……」

 

ジンジン感じる痛みを覚えると案の定、自分が降り下ろした金槌は釘でなく、その釘を支えていた指の方に直撃していたのである。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うるっせぇな、金槌で指打ったのか?」

「どうして神器手に入られねぇんだバッキャロォォォォォォォ!!!!」

「いやどんだけ引きずってんだよ、流石に未練がましいにも程があんだろ」

 

一緒に屋根の修繕を行っていた銀時が声を掛けると、彼は痛みよりも先にフッと頭に蘇った出来事にゴロゴロと転がり回る。

 

神器の入手失敗、それが未だにショックなのか度々彼はこうやって叫び回っているので、銀時はもはや慣れてきた。

 

「まともに働かねぇと給料出さねぇぞ、さっさと屋根の修理終わらせて一息突きたいんだよ俺は」

「いやそもそも給料貰った事ないんだけど俺! 頼むぞオイ! ここ最近はほとんど家を空けてアンタの所に住んでるから生活面が危うくなってきてるんだよ!」

「だったらさっさと釘でも指でもいいからとにかく打ち付けろ、さもねぇと俺がお前のチンコここに打ち付けてオカマバーに転職させるぞ」

「アンタ人の家の屋根になんちゅうモンを打ち付けようとしてんだ!」

 

いきなり下半身の冷える事を言ってのける銀時にツッコミを入れると、金槌片手に彼に向かって襲い掛かる和人

 

「いい加減給料ぐらい出せよダメ社長! もしくは神器の素材出せぇ!」

「テメェ明らか後者の方を欲しがってるだろ、いい度胸だ、仮想世界ならともかく現実世界でこの銀さんを相手に勝負挑んできたらどうなるかその身体に教えてやる」

 

そう言って持っていた金槌を下ろしてポキポキと拳を鳴らし始める銀時

 

そんな彼に歩きづらい屋根の上を駆け下りながら突っ込む和人。

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

「あれ、なんか和人君の悲鳴が上から聞こえたんですけど?」

「ほっときなさい、どうせ釘じゃなくてタマにでも金槌振り下ろしちゃった程度の事でしょ」

「姉上、下半身が冷える冗談はやめて下さい……」

「まあ屋根の修理なんて素人のお兄ちゃんじゃそう簡単に上手く行きませんからね」

 

案の定、銀時に返り討ちにされている和人の悲鳴を真下で聞いていたのは、居間で茶を飲んでいた志村新八と姉のお妙、そして和人の妹の桐ケ谷直葉であった。

 

彼の悲鳴を聞いても新八以外はさして心配していない様子で

 

テーブルを挟んで向かいに座りながら

 

ポリタンクを掲げてゴクゴクと中に入ったガソリンを男らしく飲んでいるユウキに向かってお妙は声を掛ける。

 

「それにしてもユウキちゃんは凄い飲みっぷりね、ガソリン一気飲み選手権とかあれば即優勝出来るんじゃないかしら?」

「姉上、そんな大会に参加するのは自殺志願者だけです」

「プハァ、やっぱガソリンはエネゴリに限るねぇ」

「いやそんな事言われても僕等共感できないんで、僕等飲んだら死ぬんで」

 

一通り飲み干した後にケロッとした顔を向けて来たユウキ

 

そんな彼女を見てお妙が可笑しそうに笑っていると、隣に座っていた直葉が心配そうな表情で勇気に話しかける。

 

「あのーユウキさん? お兄ちゃんはそっちで上手くやっていけてますか? 前にお兄ちゃんが久しぶりに家に戻った時はやたらと雇い主や仕事について愚痴ってたんですけど……」

「え? ああ別に心配しなくても銀時と上手くやっていけてるみたいだよ、今でも仲良くここの屋根の修理やってるみたいだし

 

らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

「いやさっきからずっと屋根の上で叫んでるみたいなんですけどお兄ちゃん、ホントに大丈夫なんですか? あの人に桐ケ谷家の長男任せちゃって大丈夫なんですか?」

「問題ない問題ない、きっとふざけ合いながら仲良く二人で仕事してるよきっと」

 

またもや聞こえて来た和人の悲鳴に流石に直葉も不安になるも、ユウキはヘラヘラ笑いながら答えるだけ

 

「でもよくウチの所に依頼頼んで来たねぇ、ここん所収入無かったらそりゃ嬉しいけど。君達って銀時の事あまり好きそうじゃないみたいだし」

「私の場合は好きか嫌いじゃなくて、どうも胡散臭くて怪しんでるだけなんで、それに依頼したのはお妙さんですし」

「僕は別に嫌いじゃないですよあの人の事は、決闘みたいな真似しましたけど別に悪い人とは思えなかったんで」

「新八さんは人が良すぎるんですよねぇ……」

 

ユウキの問いかけに直葉は苦い顔、新八が苦笑していると、お妙はそんな二人の反応を一瞥した後ユウキの方へ振り返る。

 

「そういえばユウキちゃんは和人君や銀さんがやってたゲームとかやってるの? ほらあの……」

「EDOの事?、発売当初からやってるからかれこれ2年近くプレイしてるかな?」

「そう、てことは明日菜ちゃんって子も知ってる? あの子どうやら和人君とゲームで親交があるとか聞いたんだけど」

「アスナの事? うん知ってるよキリトと顔合わせたらしょっちゅう喧嘩してるし

 

あっけらかんとユウキが答えると、二人の話を聞いていた新八と直葉がすかさずバッとテーブルに両手を突いて身を乗り出して

 

「え、ちょっと待ってください! まさか和人君女の子の知り合いとかいんの!?」

「嘘でしょ! あのお兄ちゃんが!? あの根っこからダメ人間オーラ醸し出してるお兄ちゃんに女の人が!」

「この前仕事中にリアルでも遭遇して大変だったってぼやいてたね」

「マジでか!? 和人君にそんな出逢いのチャンスが巡っていたとは!」

 

アスナという少女と和人が知り合ってたという事実だけで急にテンパり始める新八と直葉。

 

「まさかモテるモテない以前に人として足りない部分が多すぎるあのお兄ちゃんにそんな事が……新八さん、やっぱりもっと時間を費やして早く追いついた方が……!」

「そうだね! こうなったら腹くくってペースを一気に上げよう! そんで早く和人君にいる場所に辿り着かなきゃ!」

「二人共なんの話してるの?」

「い、いや別に……大したことじゃないから」

 

二人で顔を合わせて慌てた様子で相談し始める新八と直葉にユウキがキョトンとしていると、直葉が焦りながら必死に誤魔化す。

 

「と、とにかくお兄ちゃんが女の子と仲良くなるなんて真似は妹として見過ごせないよ、なんとしてでも私が阻止しなきゃ」

「わーお、妹さんがそんなにお兄ちゃん取られるの嫌がってたなんて意外だなー」

「違います」

「え?」

 

なんだかんだで兄が自分の傍を離れるのはイヤなんだなとユウキが思っていると、そこへ直葉が真顔でハッキリと否定する。

 

「あんな社会非適合者でクズの中のクズの兄なんかに近づいたら、間違いなくその女の人が不幸になるから絶対に阻止しないといけないんです」

「ああ、アスナの方が心配なんだね……大丈夫だよ、互いにそういう気は全くないみたいだから」

「万が一の可能性もあるんです! 濡れた子犬を不良が拾ってそれを見た女の子が恋に落ちるとか! そういう展開もあり得るんです!」

「んー少女漫画の方は随分昔に卒業しちゃったけど、まだそのパターンは廃れてないんだ」

 

和人になんからのフラグが立つのを怖れながら直葉は強くテーブルを叩いていると

 

タイミング良くそんな彼女達の部屋へ、仕事を終えた銀時と何故かボロボロの和人が戻って来た。

 

「どもー今さっき屋根の修理済ませておきましたー」

「HPゲージが赤に……誰かハイポーションを……」

「あらあらお疲れ様、和人君も随分と張り切ってたみたいね、上から何度も気合の雄叫びが聞こえてたわよ」

「それは雄叫びじゃなくて断末魔の叫び……」

 

空いてる方の席に二人でドカッと座りながら一息つく銀時と和人にお妙からの労いの言葉。

 

そんな彼女に和人が体をさすりながら死んだ目でボソッと呟いていると、直葉と新八が慌てて立ち上がって彼の傍に駆け寄る。

 

「お兄ちゃんゲームで女の人と知り合ってリアルで会ったって本当!?」

「ズルいぞ和人君抜け駆けするなんて! 僕なんてまだそんなキッカケ一度も掴めてないのに!」

「あ? いきなりなんの話だよ、女の人? ひょっとしてそれアスナとかいう頭のイカれたマヨネーズ女の事か?」

 

突如問い詰めて来た直葉と一人悔しそうに眼鏡の奥から涙を光らせる新八に、和人は胡坐を掻きながら首を傾げると、すぐに「あ~」と呟き

 

「別にお前達が考えてるような事は何も無いって、アレとそういう関係になるとか絶対に無い、断じて無い、100パー無い」

「ホントにそう言い切れるの、なんだかわからないけどお兄ちゃんがそのアスナさんって人と、人目も気にせず堂々とイチャイチャするという世界線が頭にふとよぎったけど本当に大丈夫なの!?」

「それは確かに最悪な世界線だな、もしそんな世界線があったら時間と次元を超越してその世界の俺を全力でぶん殴りに行きたい」

「むしろ逆にお前が返り討ちにされるんじゃねぇのそれ?」

 

並行世界の記憶を持つ力にでも目覚めたのか、よくわからない事を口走る直葉に和人が呆れながら答えてやると隣に座っていた銀時がボソッとツッコミを入れる。

 

「つーか妹、オメェがそんな心配する必要ねぇんじゃねぇの? 誰であろうとダメ兄貴を拾ってくれる女がいるならそらいい事じゃねぇか、一家の寄生虫を自分から引き取ってくれる人がいるんだぞ」

「こんな危険な寄生虫をみすみす渡したら間違いなくその人が不幸になるじゃないですか! させませんそんな事!」

「うぉいさっきから俺の事を寄生虫を呼ぶの止めてくれないか!? 今はもう真面目に働いてるんだぞ俺! せめて寄生という言葉ぐらい取ってくれよ!」

「虫呼ばわりされるのはいいんだ……」

 

銀時と直葉が和人の将来について口論を始める中、あんまりな扱いに嘆く和人に新八は静かに呟いた後、はぁ~とため息を突く。

 

「まあでも確かに、ここ最近の和人君は依然と違って働いてるんだし少しは更生したと思ってもいいよね」

「随分と上から目線だな新八……なんの苦労もせずに貧乏道場で剣振ってるだけのお前なんかよりも、ハッキリ言って今の俺の方がずっと苦労してるんだぞ」

「それはどうかな、こっちもこっちで色々と大変なんだよ」

 

ずっとニートだったクセになに苦労人装ってんだコイツと内心イラッと来ながら、新八はジト目で和人につっ返す。

 

「ここ最近姉上にストーカーが付き纏う様になってさ、あまりにもしつこくて僕と直葉ちゃんも困ってるんだよ」

「は? この人にストーカー?」

「コイツにストーカー?」

 

近頃お妙をつけ狙うストーカーが出没するようになったと聞いて、和人も、そして銀時も

 

笑っているお妙の方を眺めながら目を細める。

 

「「随分と物好きな奴もいたもんだ……ぶふぅ!!」」

「ホントに仲良いのね二人共、言葉も反応も完全にシンクロしてるじゃない、良い事だわ」

 

二人がボソリと同時に呟いた途端突如彼等の顔面にテーブルに置かれていたコップが炸裂。

 

目にも止まらぬ動作で一瞬でコップを彼等にほおり投げたお妙はニコニコ笑いながら感心する。

 

「店で働いてる時に急に結婚申し込んで来てね、その時は上手く顔面にパンチ決めて断ったんだけど、それから何度も何度もせがんで来てホントにしつこくて」

「最低よ、お妙さんにストーカーするなんて許せない」

 

どうやら店の客に付き纏われているらしく、その経緯を知っていた直葉は立ち上がったまま奥歯を噛みしめて怒りを露にする。

 

「今度こそ永久にお妙さんに近づかない様制裁を咥えなきゃ、お兄ちゃんも手伝ってよね」

「金さえ払えばな」

「は!? 私達のお姉さん的存在がピンチなのに何言ってんのよ!」

「そうは言っても俺もう万事屋として働いてる身だし、何かして欲しいならそれ相応の報酬を貰うのが筋ってモンだろ」

「ほとんど家に帰らなくなった上にその冷めた態度……やっぱりお兄ちゃん、どことなくその人に似て来たんじゃないの?」

「いやいや、俺はここまで年中けだるさMAXで生きてないから」

 

もはや家族同然のお妙の身に危機が迫っているというのに和人はあっけらかんとした感じで手を横に振る。

 

「それにこの人なら簡単にストーカーなんて一人や二人血祭りに出来るだろ」

「まあ現に姉上は、僕等が駆けつけた時には大抵一人でボコボコにしてますからね……」

「そりゃあ向こうから飛びついてきたらビックリして薙刀で刺しちゃうことなんてよくある事よ」

「しかも事前に凶器持ちかよ! もはや完全に息の根止める気満々じゃねぇか!」

 

ガチャリと床に置いてあった薙刀を持ち上げながら笑顔を浮かべて来るお妙に、和人が戦慄するとすぐに彼女から座ったまま少し距離を取る。

 

次失言したらあのストーカー撃退用の凶器が自分にも襲い掛かるんじゃないかと危惧した為だ

 

そんな時、ふと隣に座っていた銀時が頬杖付きながらユウキの方へ口を開く。

 

「そういやお前、ちゃんとコイツ等から報酬金貰ったよな」

「うん、事前に貰っておいたよ」

「じゃあそこから少し引いてくれ、今日の仕事は俺と和人君だけじゃなくもう一人いたんでな。少しばかりそいつに分けておくわ」

「もう一人?」

 

屋根の修理は二人だけでやっていたのではなかったのか?とユウキが首を傾げていると、銀時はお妙の方へ振り返って

 

「しっかしお前もいい所あるじゃねぇか、素寒貧な俺達の為にわざわざ屋根の修理とかいって金払ってくれるなんてな」

「いえいえ、屋根が壊れかけているのは本当の事ですから、ここ最近”アレ”が屋根の上に昇ってしょっちゅう穴開けるから困っていたのよ」

「それにやたらと積極的に動いてくれる良い助っ人も紹介してくれたしよ、アイツがいなきゃこうも早く終われたなかったぜ」

「え、助っ人?」

 

助っ人と聞いてお妙は眉をひそめる。そんな人物呼んだ覚えはないのだが……

 

そう思っているとふと廊下からこちらに向かって歩いて来る足音が

 

「お妙さん! 屋根の修理と更に色の落ちた部分をペンキで塗っておきました! これでもう完璧ですよ!」

 

大きな声でお妙に叫びながら、親指を立ててキラリと歯を光らせるのは

 

屈強な体つきをしたどこか見覚えのある黒い制服を着た帯刀持ちの男。

 

そんな彼を見て直葉と新八が固まっていると、銀時が「おー」と彼の方へ振り返って

 

「ご苦労さん、わざわざ俺達の仕事の分まで働いてくれて悪いねホント、これ少しだけど受け取ってくれや」

「いやいや悪いですって! 俺はこの家のモンですから当然の事をしたまでですよ!」

「へぇ、アンタここの家の人なの?」

「ハッハッハ、まあ大きくは言えないんですけど、実を言うと俺はここの家の女性と恋に落ちましてね、ゆくゆくはこの家に俺も住む事が決まっているんですよ」

 

銀時から出されたお金も受け取らずに腕を組んで高笑いを上げながら、実はこの家と親密な間柄にあると暴露するゴリラ顔の男。

 

「まあそれでこうして日々この家に足を運んで、どこか怪しい所はないか日々点検をしているんですよ俺、屋根裏とか軒下とか」

「なるほどねー、将来守る家族の為に日々警備を務めているとは今時ご立派だねぇ」

「いやいやだから当然の事をしてるだけですって」

 

そう言って照れ臭そうに鼻の下を指で掻きながら、満更でも無さそうな顔でビシッと決める。

 

「だって俺は常に、愛するお妙さんを護るナイトなんですから」

「ナイトじゃなくてテメェはただの陰湿ストーカーだろうがァァァァァァァァァ!!!」

「ごっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

決め顔をこちらに向けて来た男に向かってお妙がやったのは

 

まさかの立ち上がり様に繰り出す痛快なドロップキック

 

そのまま彼を庭へと吹き飛ばすと、すぐに恐ろしい形相で飛び掛かる。

 

「今度という今度は完全に息の根止めてやらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

仰向けに倒れた男にマウントを取ってすぐ様両手で容赦なく殴り続けるお妙を見て

 

銀時と和人はやっと気付く。

 

「え、なに? もしかしてあのゴリラがストーカーだったの? いやー気付かなかったー」

「俺達より先に屋根の上にいたから、てっきりお手伝いさんかなと思っていたよ」

「オイィィィィィィ!! まさかアンタ等! 姉上のストーカーと一緒に屋根の修理してたって事ぉ!?」

「なにストーカーなんかと仲良く仕事してんのよお兄ちゃん!」

「いやでもあの人ちゃんと真面目に働いてたぞ」

「自分がこの家に忍び込もうとした時に何度も足踏み外して壊してた場所を! 証拠隠滅の為に直してたんだよそれ!!」

 

いきなりのストーカー男の出現に新八と直葉に何やってるんだと責められながら、銀時と和人が「あー」と納得した様に頷く中、すぐ様近藤とお妙の方へと駆け寄っていく新八と直葉。

 

「姉上やり過ぎはダメです! その人一応警察の人っぽいですから! 後々面倒な事になりますって!」

「お妙さんここで一気に仕留めよう! 世にはびこるストーカーを全滅させてやりましょう!」

「煽らないで直葉ちゃん! 僕は自分の姉がそんなストーカー殺戮マシーンになる事は望んでないから!!」

 

ギャーギャー言い合いをしながら荒れ狂うお妙の傍に駆け寄っていく二人を眺めた後

 

銀時と和人、そしてユウキは一仕事終えたかのように立ち上がる。

 

「そんじゃ仕事も終わったし帰るか」

「なら帰りに飯食いに行こうぜ」

「あ、僕、北斗心軒がいい」

 

関わるのもなんか面倒だと思い、さっさとこの場を後にする三人であった。

 

ストーカー男の悲鳴は彼等が家を後にした後もしばらく長く続いた。

 

「お妙さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ギャァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、それでその後どうなったんだい?」

「さあな、しばらくゴリラの悲鳴が聞こえてたけど、その内静かになったし死んだんじゃねぇの」

 

惨劇の屋敷と化した志村邸を後にした銀時達は

 

かぶき町へと戻ってラーメン屋の北斗心軒へと来ていた。

 

今日はちゃんと営業時間にやって来たので、店主の幾松がカウンターに座る銀時の話を聞きながらラーメンを作っていた。

 

「あんな女にもストーカーが付き纏うんだ、おたくの所は大丈夫なのか、女二人でかぶき町に住んでちゃ何かと物騒だろ」

「こんな儲けの無いラーメン屋を切り盛りしてる未亡人の女なんて誰も狙おうだなんてしないよ、あの子も賢いからきっと大丈夫だよ、まあちょっと不器用で抜けてる所あるけど」

 

数年前に攘夷浪士のテロに巻き込まれて亭主が亡くなってからずっとこの店を守り続けていた幾松。

 

依然は一人だけでこの店を回していたのだが、最近住み込み出来るバイトを拾ったので、今は彼女のおかげで幾分か楽になった。

 

北斗心軒、そんな店の内装をぼんやりと眺めながら、銀時の隣に座っている和人が「ほーん」と呟く。

 

「ここがアンタがよく通ってる馴染みの店か、思ったよりまともそうで安心したよ」

「思ったよりまともそうってどういう事だい? ウチはちゃんとした店だよ」

 

和人の余計な一言に少しカチンと来ながらも、幾松は完成させたラーメンを彼の前に置く。

 

「はいラーメン一丁」

「はぁ~やっとまともな食事にありつける」

「っておい、なんでコイツが先なんだよ。普通は年上優先だろ?」

「別にどっちが先でもいいだろ、すぐに作ってあげるから待っておくれよ」

 

差し出されたラーメンにすぐに箸を突っ込んで食べ始める和人に横目を向きながら銀時が難癖を付けるも

 

幾松は軽く流して彼の分も作ってあげようとする。

 

だがその時

 

「ただいま幾松さん、出前戻って来たんだけどちょっと……」

「ああおかえり、今回はちゃんと原付の運転出来たのかい」

「ええうんまあ……停車しようとする度に転倒しそうになったけどなんとかふんばって持ち堪えたけど……」

 

店の戸をガララと開けて中へと入って来たのは、この店で住み込みで働いている朝田詩乃だった。

 

幾松に早速ちゃんと出前用の原付を運転できたのかと尋ねられ、目を逸らしながらバツの悪そうに呟く。

 

「お客さんのラーメンを思いきりこぼしちゃった……そんでまた作り直せって怒られて帰って来た……」

「またかい、アンタこれで何度目だよ全く。今度やったら承知しないよ」

「ごめんなさい……」

 

どうやら肝心の出前の方を失敗してお客にしっぽり怒られて帰って来たらしい、申し訳なさそうに後頭部に手を回す詩乃をピシャリと叱りつけると、幾松はラーメン作りを再開する。

 

「悪いね銀さん、残念だけど今から私、ラーメン作ってそれを出前に届けなきゃいけなくなっちゃったから」

「ええ!? おい待ってくれよ! じゃあ俺のラーメンは何時になったら現れるんだよ!」

 

自分のラーメンが後回しにされると聞いて銀時はガッカリするとすぐに和人の方へ振り返り

 

「おい! 俺にもちょっと寄越せ!」

「ん? 悪いもう全部食った」

「早ッ!」

「話を聞いてる内に薄々アンタに取られるんじゃないかと思ってから急いで食った、いやー美味かった」

「この野郎……日に日にどんどん悪知恵が働くようになって来やがった……」

 

取られると察して急いで全部胃の中に掻き込んで満足げに腹をさする和人に

 

額に青筋を浮かべながら銀時が「さっきもっとシメておきゃ良かった……」と呟いていると

 

不意に彼の背中にポンと小さな手が置かれて

 

「なんならボクのガソリン飲む?」

「飲むかぁぁぁぁぁぁ!! てか飲めるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

無垢なる表情で善意で話しかけてきたのは一人だけラーメンが食べれない体のユウキ。

 

銀時達と一緒にカウンターに座りながら、ガソリンが注がれたコップを差し出してきたがすぐに銀時は拒否する。

 

「おいじゃあなんか手頃なモンサクッと作ってくれよ! こちとらやっと金が入ったから久しぶりにまともなモンが食えると思って楽しみにしてたんだよ!?」

「しょうがないだろ、なんなら詩乃の奴になんか作ってもらいな」

「へ、私?」

 

文句を垂れる銀時に詩乃がどうしようかと悩んでいると、不意に幾松からは話を振られてキョトンとする。

 

「いやあの私、まだ人前に出せるラーメン作れないですけど……」

「ラーメンじゃなくていいからこの人になんか作っておいてあげて、私はコレ出来たらすぐ出前に行くから、アンタはこの三人の相手しておいてくれ」

「……」

 

まあ自分のミスが原因でこうなってしまったのだから仕方ないかと、詩乃は何を作るべきかと迷いながら彼等の方へ近づく。

 

「とりあえずごめんなさいね銀さん、私のせいでドタバタしちゃって……」

「お前まだ原付乗れねぇのかよ、あんなのすぐに慣れるだろ」

「ゲームの世界なら多少は乗り回せるんだけど、現実世界だとそう上手くはいかなくてさ……」

 

こちらにしかめっ面を浮かべてくる銀時に詩乃は苦笑していると、ふと彼の隣に自分とあまり年の変わらない少年が座っている事に気付く。

 

「ってアレ? もしかしてこの子が最近銀さんの所で働き始めた子?」

「ああ、名前はクズト君だ、気軽にクズとかクソ虫とか呼んでやってくれ」

「和人だよ!」

「ふーん和人君ねぇ……」

 

銀時になって自分の名前を叫ぶ少年、和人を、詩乃はじっと観察しながら目を細める。

 

(この顔……前に向こうの世界で観た様な気が……)

 

和人にどこか思い当たる節があって、一体誰だったかと思い出そうとしていると銀時が

 

「おいなにボーっとしてんだ、いいからなんか作ってくれよ、こっちはもう腹減って死にそうなんだよ」

「あ、はいはいちょっと待ってて」

 

もう限界だと言わんばかりの銀時の声に我に気付いた詩乃は、すぐに厨房の方へと移動する。

 

「で? なに作って欲しいの? 言っておくけどまだ私半人前だから期待しないでよ」

「いいよその分安くしてもらえれば、えーと……ん?」

 

さり気なく値下げを要求しながら銀時は壁に貼られているメニュー欄を一通り眺めると、一番端っこの所に一際新しい字で書かれたメニューを見つけた。

 

「そば? ここってそばなんてやってたっけ?」

「あ、あ~それは……」

 

ラーメン屋なのにどうしてそばがあるのかと頭の上に「?」を浮かべる銀時に、詩乃はなんと言えばいいのか困っていると、隣に立っていた幾松がフッと笑って

 

「それはちょいとこの子が練習しているモンなんだよ、なんでも食べて貰って「美味い」と言って欲しい相手がいるんだってさ」

「ちょっと幾松さん……」

「ほーん、とうとうお前もテメーの料理を食べさせたい相手が見つかったか」

「いや別にそういう意味じゃないから、妙な勘繰りは止めてよ……」

 

幾松の話を聞いてカウンターに頬杖を突きながらニヤニヤしだす銀時にジト目を向けると、詩乃は彼に向かってしかめっ面を向けて口を開く。

 

「なんなら試しに食べてく? その人に何度もダメ出し食らってるぐらいあまり美味しくないそばだけど」

「何度もって事は結構な頻度にここに通ってる客なのかそいつ、一体どんな奴か見てみてぇモンだ」

「だからそういうのじゃないって……」

 

一体どんな奴なのかとしつこく聞いて来そうな銀時に嫌そうに詩乃がため息を突いていると、彼は「仕方ねぇ」と呟き人差し指を立て

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあそば一丁」

「あいよ」

 

練習台として付き合ってやるかと銀時は詩乃に注文してあげる。

 

彼女が一体どんな人物にそばを食べてもらって「美味い」と言って欲しいのか想像しながら

 

 

 

 




第三章はこれにて閉幕です

次回からは更に新展開が起こる予定です

仮想世界では、様々なGGOキャラや更にはGGO型の敏腕スナイパーも

そしてGGO型最強と謳われ伝説の神器を持つ男とは一体……

ついでに銀さんも衣装を変えて更なるパワーアップ?

しかし二人目のヒロインには不評の様子……その理由とは……

現実世界では和人がフルーツポンチ侍と、明日菜がフルーツチンポ侍と出くわして大騒ぎ


4章も大波乱の予感

それではまた







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狂乱貴公編
第三十一層 遠い昔、遥か彼方の銀河系で……


第三十層はGGOの占有地区が存在する

 

無論それ以外のタイプも入る事は出来るが

 

大半のプレイヤーは絶対に近づかずにそのまま素通りして次の階層へと向かう。

 

何故ならその場所は正に……

 

「ヒャッハー! 汚物は消毒だァー!」

「倒したらすぐ撃つ! これが鉄則だァー!」

「わははは! 土下座しろー!」

 

あちらこちらで喚き声と銃弾の音が飛び交えり

 

異様なほどモヒカン率の高い肩パッドを付けたプレイヤー達が、ハイテンション気味に街中で銃を乱射しているという完全無法地帯なのだ。

 

今までずっとファンタジー溢れる世界観であったにも関わらず、別のゲームにログインしてしまったのかと錯覚するぐらいの突然の世紀末感漂う場所に

 

ついさっきようやく二十九層をクリアし終えてやってきたばかりの銀時達は、地区の入り口前で固まっていた。

 

「……何ここ?」

「第三十層のGGO占有地区」

「いや違うだろどう見ても、明らかここだけ原先生の作画になってんじゃねぇか」

「いやー何度来ても相変わらずだねここ」

 

銀時の質問にキリトがサラッと答える中で、ユウキは興味津々の様子で中へと入っていく。

 

「よく姉ちゃんがここいにるみんなと一緒にはしゃいでたんだ、ヒャッハー叫びながら」

「いやそんな教えられても悲しみしか湧かない情報はいいんだよ! つうかここ本当に町!? 本当にディアベルの野郎が言ってた店があんのかここに!?」

 

ユウキのすぐ前方で大きな爆発が起こり、咄嗟に銀時が駆け出して彼女の肩を両手で掴みながら辺りをキョロキョロと見渡すも、一緒について来たキリトも流石に面食らった様子で

 

「見渡す限りボロボロの家や建物ばかりだな……もはや町というより戦場だ」

「道歩く奴みんな銃持ってやがる……確か町の中じゃ戦闘出来ないんじゃないのかよ」

「場所にとっては街中でも戦闘できる所はあるんだよ、この地区もその中の一つさ」

 

出来るだけ人気の多い場所を避けて裏道を歩いて行きながら、銀時とキリトはどんどん不安に陥っていく。

 

どうして彼等がこんな危ない場所へ足を踏み込んだかというと理由は一つ。

 

銀時の装備を一新し、更なる強化を行う為だ。

 

それでこの町にある店に丁度銀時に似合う装備が入荷されたと

 

引退直前のディアベルからの最後の後輩に送るアドバイスを貰ったのだが……

 

「まともな店どころかまともなプレイヤーすらいねぇ……GGO型ってこんな物騒な連中だったの?」

「GGO型は基本的にモンスターよりもプレイヤーを狙う、いわゆるPK派が多いからな。もっぱらこうしてPK合戦してそれで経験値稼ぐ奴も多いと聞いた事があるな」

「ロクでもねぇ連中だなGGO型ってのは」

「そうだな、同じくGGO型のアンタを見てるとますますそう思うよ」

 

横目で銀時を見ながらキリトが軽く皮肉を言ってやっていると、突如彼等の前方に数人のモヒカンプレイヤーが現れる。

 

「ヒャッハー! 見ろよコイツ等! 銃も持たずにノコノコとこんな所に来てやがるぜ!」

「おいおいマジかよ! この俺達の街に剣しか持たずに入って来るたぁいい度胸じゃねぇか!」

「最新型の火炎放射器で全身まる焦げにされる前に有り金と装備全部差し出しな!」

 

三人揃ってモヒカン頭の男達が下品な笑みを浮かべながらすぐにこちらに銃と火炎放射器と向けて来た。

 

このバイオレンスな空間にただでさえ戸惑っているというのに、まさかこうもあっさりと絡まれてしまうとは……

 

「すっげぇ関わりたくねぇ……つうかどうしよ、俺ボス戦終わった後だしまともに戦えねぇよ」

「今の銀時の装備って脇差し一つだものね、姉ちゃんの物干し竿はHP減らさないと装備出来ないし」

「まあ見るからに指先一つでダウンしそうな連中だし、ここは俺一人でまとめて片付けてやるからアンタはそこで待ってればいいさ」

 

そう言ってキリトは銀時達の前に出て、スッと背中に差す剣を抜こうとすると

 

「あべし!」

「ひでぶ!」

「たわば!」

「へ?」

 

次の瞬間、彼等の頭部に横から鮮やかに銃弾が綺麗に直撃し、キリトが何をする事も無く勝手にバタリと倒れてしまった。

 

「ってオイ! 俺が手を出す前にもうダウンしたぞコイツ等!」

「フ、こんな所にSAO型とALO型が紛れ込んでいるとは珍しいな」

「!」

 

キリトがどうしていいか困惑していると

 

先程三人組を一撃で倒した弾丸が飛んで来た方向から、ウェスタンハットを被った一人の男がフラッと前に現れる。

 

「俺の名はダイン、泣く子も黙るスコードロンのリーダーだ」

「いや知らねぇんだけど……」

「もうわかっちゃいると思うがここは戦場だ、物見遊山で来るような世間知らずはとっととママの所へ帰……」

 

見た感じ一昔の西洋風の衣装に身を包んだダインと名乗る男は、ニヤリと笑いながら両手で構えたアサルトライフルの銃口をキリト達に向けようとする、だがそこで

 

「ぬべら!」

「うぉい! ダイン撃たれた!」

 

またしても横から銃弾が飛んで来て、小粋なウェスタンハットに見事に命中されたダインは成す総べなくその場に倒れる。

 

すると倒れたダインに銀時が慌てて駆け寄った。

 

「おいしっかりしろダイン! 傷は深くねぇ! 気をしっかり保て!」

「いやアンタ、ダインの事知らねぇだろ」

「へ、すまねぇヘマしちまった……どうやら俺はここまでの様らしい……先にあっちで待ってるぜ……」

「ダイィィィィィィィィィン!!!」

「いやだから誰ぇぇぇぇぇ!? なんで仲間みたいな雰囲気作りながら逝ってんだコイツ!」

 

抱き抱えた状態で、満更でも無さそうな顔でフッと笑いながらフッと消えていくダインを見下ろしながら叫ぶ銀時だが、実を言うと彼自身もダインの事などさっぱり知らない。

 

そして先程銃弾が飛んで来た方向からツカツカと重々しい足音が

 

「なるほど、久しぶりに六十層から降りて来たが、ここは相変わらず治安が悪いな」

「!」

 

キリトが振り向くと、そこにいたのはゴツゴツした装備とこれまたいかつい顔つきをした屈強そうなタフガイ

 

装備も身なりもより戦闘重視を優先している様子で、正にGGO型のベテラン感が漂っている。

 

「俺の名はM、ここは未熟なあまり上の階層に昇れなくなったGGO型の吹き溜まりの様な場所だ。用がない奴はさっさとこの場から消えた方が身の為だ」

「あぁなんかやっとまともな人に出会えた気がする、いや俺達はちゃんと用があってここに来ててさ、ちょっとこの町にある店を教えて欲しいんだけど」

 

Mと名乗るまともそうな男にキリトがこの辺に店が無いか聞こうとすると

 

突如Mのこめかみに一本のクナイが思いきりブスリと突き刺さった。

 

「ふんもっふ!!」

「ってオイィィィィィィ!!」

 

三度目の光景に思わずキリトが叫ぶのも束の間、目の前の巨体が立つ力を失ってズシンと倒れた。

 

「どうやら俺はここまでらしい……」

「またかよ! コレで何度目だ一体! どんだけ通り魔が出没するエリアなんだここ!」

 

ヘッドショットを決められ成す総べなくHPをみるみる減らしていくM、すると銀時がまたしても必死の形相で彼を抱き抱え

 

「おいしっかりしろM! ここでおっ死んだら残された俺達はどうなっちまうんだ!」

「いやアンタもなんでまたよく知らん奴を仲間みたいに抱き抱えるんだよ」

「コレが俺に出来る最後の役目だ……受け取ってくれ」

 

薄れゆく意識の中でMは一枚の紙を銀時に託す、その紙に書かれていたのは……

 

「この町の地下にある運営の目から隠れた名店……「ドM男大歓迎ムチムチパラダイス」の住所だ……」

「最後になんてモン紹介しようとしてんだコイツ! 確かに店教えろって言ったけどそういう店紹介して下さいって言ったんじゃねぇよ! なんだコイツ! MってもしかしてそっちのMって事!?」

「あ、すんません。俺Sなんで出来れば責める方の店を教えて欲しいんですけど」

「お前はお前でなにを聞こうとしてんだぁ!」

 

Mから貰った紙を懐に仕舞いながら真顔で別の店を聞き出そうとする銀時にキリトがツッコんでいると

 

HPがゼロになったMはフッと消えて行った。

 

「Mゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「だからその叫ぶ意味あんのか?」

「ていうか銀時、今さり気なくいかがわしい店を聞き出そうとしてたよね? ボクの目の前で止めてくれないそういうの?」

「それとお前はお前でヒシヒシと殺気を放つなユウキ……」

 

天に向かって叫ぶ銀時にユウキがジト目でスッと腰に差す剣の柄を握り出したので、急いでキリトが止めに入っていると

 

「フ、お別れの挨拶はもう済んだかしら?」

「!」

 

ダインやMがやってきた方角からコツコツと小さな足音が

 

キリトがバッと顔を上げるとそこからやって来た人物は

 

「この私のクナイを食らって一撃昇天してしまうなんて、見かけと違って軟弱な男ね」

 

そう言いながら現れたのは、顔の下半分をマスクで隠し、忍び装束を着た紫髪の女性。

 

「冥途の土産に教えてあげるわ、私の名はエム、見た目通りくのいちよ」

「M二人目出て来ちゃったよ! MがMやったの!? うっわややこしい!」

「この私の暗殺を見てしまった以上、残念ながらあなた達も生かしちゃ置けないわ」

 

まさかの二人目のM登場に驚愕するキリトに向かって、エムと名乗るくのいちはスチャッとクナイを数本構えてこちらに標準を定めようとする、しかし

 

パシン!という小さな乾いた音が聞こえたと思いきや

 

彼女の額にくっきりと小さな穴が空き、そのままバタリと倒れてしまうエム。

 

「く、私とした事が不覚を取ったわ……」

「おいまた死んだぞ! やべぇよココもう帰ろうぜ!」

「しくじったわね……忍びにおいてもっとも隙が出来る瞬間は、暗殺を行う時だという初歩的な教えを忘れてしまうなんて……」

 

遠くから狙撃されたような感じで倒れた所から察するに、この辺にスナイパーでも潜んでいるのかと辺りをキョロキョロ見渡すキリト。

 

しかしどこにもそんな気配がない、そうこうしてる内にエムの方も徐々に意識が薄れていく。

 

「私があなた達に残せるものは何も無いわ……力不足な私を許して頂戴、私は空からあなた達の行く末を見守……ぐえ!」

 

銀時達に何かメッセージ的なモノを残そうとしていたのだろうが

 

そんな彼女の顔を何食わぬ表情で思いきり草鞋で踏み抜く銀時。

 

「よし、この辺に何も無いのわかったし先行くぞお前等」

「あれぇぇ!? なんでその人にだけ扱いドライなの!?」

「いやなんかコイツとは関わっちゃいけない気がするんだよね俺」

 

冷たくそう言いながらエムの頬に踵をグリグリと押し当てる銀時

 

「な、なんなのこの男、初対面の女に向かってこんな仕打ちが出来るなんて……! でもなんなのかしらこの気持ち……! この男に辱めを受けながらもなお不思議と高揚感が体の中から湧き上がる様な! ちなみに体のどこの部分から湧き上がってるのか正確に表現すると、私の下半身の……!」

 

銀時に踏みつけられながらもなおエムは何故か満ち足りた様子で何かを口走ろうとした直前

 

「ふん!」

「ぐえぇ!!」

 

いつの間にか剣を抜いたユウキが、思いきり彼女に突き立てて、その身体を四散させた。

 

「そんじゃ、介錯も済ませたし先行こうか」

「ってユウキィ!? お前そんなキャラだった!? 弱っている相手にトドメ刺すような奴だったお前!?」

「いやボクもこの女は危険だと直感を覚えただけだよ、うんただそれだけ」

 

ムスッとした表情でサラリと言うと、剣を鞘に戻して先に行ってしまう銀時を追うユウキ。

 

残されたキリトも髪をポリポリと掻き毟ると、「まあいいか」とすぐに二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

三人が再び街中を歩きだした一方で

 

そこから1キロ程遠く離れた、半ば廃墟と化している教会の屋上に

 

狙撃銃を構えた一人の少女が横になって、銃に取り付けているスコープで彼等の背中をジッと眺めていた。

 

「今の三人組ってやっぱり……」

 

スコープの中で銀時とユウキが何やら揉めてる所へキリトがめんどくさそうに仲裁に入っている。

 

「気晴らしに三十層でPK狩りしてたらまさかこんな所で会うなんて……」

 

そんな光景を見ながら少女は一旦スコープから目を離してフッと笑った。

 

 

 

 

「しょうがない、同じかぶき町在住のよしみで挨拶しに行ってくるか」

 

 

 

 

 

 

 

銀時達が街中を探索し始めて数十分後、相も変わらず銃声や叫び声は絶えないものの、運が良いのか襲って来るプレイヤーはまだ出てこなかった。

 

「ねぇ銀時、なんかどんどんヤバい雰囲気の方へ歩いてるけど大丈夫なの?」

「大丈夫だ大丈夫、こういうヤバめな所な程当たりなんだよ」

 

奥へと進んでいくと銃声は聞こえなくなってきた、しかしその代わり辺りが暗くなっていき、何やら遊園地にあるお化け屋敷にある様な不気味な置物もチラホラと見え始める。

 

さっきまで大丈夫だと言っていた銀時も、おどろおどろしい雰囲気に恐怖を覚えたのか、顔から汗を掻きながら言葉も少なめになっていく。

 

そして妙にじっとりした湿気が漂う中が真っ暗なトンネルの前で足を止めた。

 

中から聞こえる空洞が、まるで死んでいる事も気付いていない亡者達の呻き声にも聞こえる。

 

「……よしこっちじゃねぇや、やっぱ引き返そう」

「なんで? まだこのトンネルの中覗いてないよ?」

「いやここはいい、絶対何も無いから、絶対何も出ないから」

「もしかして怖いの?」

「は? 怖くねぇし、何言ってんのお前?」

 

急に饒舌になってトンネルの中へ入りたがろうとしない銀時にユウキが小首を傾げてジーッと見つめていると。

 

キリトもまた彼の態度を見てははーんと察した。

 

「アンタまさかビビってんのか? いつも偉そうにしておきながら、ホントは夜中厠行けない様な怖がりさんだったのか」

「いやだから違うって、夜中に厠行くとか楽勝だし」

「たまにテレビで怖いモノ特集とか観たその日の夜、急にボクの事起こしに来て厠の前に連れて行くよね? しかもその後自然にボクの布団に潜りこんで一緒に寝るよね、アレなんで?」

「ええ!? アンタまさかそこまで……!」

「アレはアレだよ、お前がビビッて一人で眠れねぇだろうから、心優しい銀さんが朝まで一緒にいてあげるという粋な心遣いだよ、わかってねぇなお前」

 

ユウキの発言にキリトが驚いていると、銀時がやたらと早口ですぐに言い訳をするも、二人はジト目を向けて全く信じていない様子

 

すると銀時ははぁ~とため息を突き

 

「あのさ、さっきからなんなのお前達? どんだけ俺をお化けが怖いチキン野郎に仕立て上げたいの? マジ腹立つんだけど、マジそういうイジメとかカッコ悪いと思うんだけど」

「いやイジメとかじゃなくて本当の事だろ、アンタやっぱり怖いんだろ?」

「そうそう、ぶっちゃけボクはもう姉ちゃんから洗いざらい聞いてるし、銀時がお化け苦手なの知ってるから、隠さなくていいから、全てを曝け出してほら」

「だから苦手じゃねぇつってんだろ! だったらここで証明してやるよ! こんなトンネルの中に入るなんざ楽勝だわ!!」

 

ユウキはともかくキリトの方は半笑いを浮かべて明らか馬鹿にした態度を取って来るので、銀時はむきになった様子でトンネルの中へと足を踏み入れようとする。

 

「こんな暗いトンネルの中なんか全く怖くないもんね~! おら何してんだ早くついて来いよ! 俺の手が届く範囲から離れずちゃんとついて来いよ! もし怖かったらちゃんと言えよ! 手ぇ繋いでやるから!」

 

トンネルへ入って数歩目でこちらに振り返って恐怖に頬を引きつらせながら叫んでくる銀時に、キリトとユウキはいっそこの場に置いてけぼりにさせてしまうのもそれはそれで面白いかもしれないと思っていると……

 

突如トンネルの中からコツーンコツーンと音が鳴り響いた。

 

それに反応して銀時はビクッと肩を震わして、恐る恐る前へ振り向くと

 

 

 

 

 

「さっきからなにトンネルの前で叫んでんのアンタ達?」

「……」

 

丁度銀時の目と鼻の先という至近距離で

 

先程彼等を教会から観察していた少女が突然そこに立っていたのだ。

 

前触れもなくいきなり現れた見知らぬ少女を前にして、銀時は言葉を失い、表情から血の気が消えると

 

「ばるさんッ!!」

「あ! 銀時がやられた!」

「へ!? ちょ! なんで倒れるのよ!」

 

トンネルの中から成仏できない少女の幽霊が出て来たとでも思ったのか

 

恐怖に耐え切れずにその場で仰向けに倒れてブクブクと泡を噴き出し気絶する銀時

 

いきなり目の前で倒れた事に少女が困惑する中、ユウキが慌てて倒れた銀時を抱き抱える。

 

「しっかりして!」

「うう俺はもうダメだ……どうやらお迎えが来ちまったようだ……川の向こうでダインとMが手振ってやがる……」

「嘘だろアンタ! ビビり過ぎて倒れるとかあり得ないだろ! てかなんでその二人がアンタの事迎えに来るんだよ!!」

 

キリトにツッコまれつつもかろうじて意識を保ちながら銀時は、ユウキに抱き抱えられた状態で最後に天に向かって手をかざし

 

「俺はあそこにある星々と一緒に、テメェ等の生き様って奴を見下ろす事にするぜ……」

「いや今昼だから星とか見えねぇし」

「フ、短い間だったがお前等の旅は、案外悪くなかったぜ、あばよ……」

「銀時ィィィィィィィィィィ!!!」

「いやただ気絶しただけだろこの人、はたけば起きるぞ」

 

最期にフッと笑うとカクンと首を垂れて両目を瞑る銀時を抱えながらユウキが天に向かって雄叫びを上げ

 

キリトはビビり過ぎて気絶した彼を指差しながら冷静に指摘する。

 

そして颯爽と現れたというのに誰にも触れらずにポツンと佇むペールブルーの髪色をしたショートカットの少女は

 

「な、なにこの寸劇……?」

 

一人この状況を上手く理解できずにただ困惑するしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十二層 フォースの覚醒

早いもんでハーメルンで執筆始めてからもう2年です……2年前はもうすぐ原作の銀魂終わるんだろうなとか思ってたけど、まさか今もなお続いているとは……


そして当作品に「Kaito」さんがイラストを描いて下さりました

二人の眼鏡

【挿絵表示】

眼鏡ライダーw

【挿絵表示】

フェミニスト

【挿絵表示】


眼鏡とフェミニストという、何故にそこをチョイスした!?と素直にツッコミたいですw

シュールな一発ネタイラストを描いて下さりホントにありがとうございました!

それと毎度お世話になっている春風駘蕩さんからもイラストを頂きました。

第三章のオカマ回のワンシーンのデフォルメ絵ですね


【挿絵表示】


崖っぷちに追いやられたキリ子をどう料理してやろうかと企んでいる明日菜の暗黒微笑が怖いです……w

描いて下さり本当にありがとうございました!

これからも3年目目指して頑張ります





さらさらと細いペールブルーの髪は無造作なショート

 

くっきりとした眉の下に、猫科な雰囲気を漂わせる愛委の大きな瞳

 

サンドカラーのマフラーの下に開いてるジャケットの奥には僅かに膨らむ胸元を覆うシャツ

 

ユウキ程ではないが小柄な見た目のその少女は

 

気絶してぶっ倒れた銀時を呆然としながら見下ろす。

 

「い、いや確かにいきなり現れたのは悪いけど……まさか顔合わせていきなり気絶するなんて……」

「ああ大丈夫、俺達もアンタが悪いだなんて微塵も思っちゃいないから」

 

どうしたらいいのだろうと困惑している少女に、キリトはしゃがんで銀時の顔をペシペシと平手で叩きながらあっけらかんと答えた。

 

「このおっさんがビビりなだけだから別に気にすんな、ほら起きろ」

「う~頼むから成仏してくれよ~……お前が死んだ後も彼女とか作らないんで勘弁して下さ~い……」

「なんか死んだ姉ちゃんの幻影を見ながらうわ言を言ってるみたいだよ」

「マズいな、このままだとあっちの世界に連れて行かれそうだ。おら起きろまともに給料寄越さないクズ社長! ぶっほぉ!」

「誰がクズだ! クズはテメェだろうが!」

「あ、起きた」

 

 

苦しそうな表情で呻き声を上げて一向に起きようとしないのでつい日頃思っていた事を叫んでみたキリトであったが

 

その言葉に反応して彼にアッパーを決めながら銀時はムクリと上体を起こした。

 

「……あれ? 藍子どこ行った?」

「どこ行ったも何も、今銀時の方が姉ちゃんの方へ行こうとしてたんだよ、ボク等が起こして連れ戻してきたの」

「あーそうか良かったっておい、なんでキリト君まで倒れたんだ」

「それは銀時が殴ったから」

「あーそうか良かった」

「良くねぇよ!」

 

自分が殴った事に銀時は後頭部を掻き毟りながらあっさりと安心するだけなので

 

キリトもすぐにガバッと起き上がった。

 

「ったく本当にこのおっさんは……」

「つうかよ、ちょっと聞きたい事あんだけど」

 

悪態を突くキリトをよそに銀時は立ち上がりつつ、ふと目の前にいる人物を指差した。

 

「誰コイツ?」

「銀時を気絶させた人」

「あーそういや意識失う前にパッと一瞬見たような気がすんな……気絶させたって事は一体アイツは俺に何したんだ?」

「何もしてないよ、勝手に銀時がビビッて気絶しただけ」

「え、何それ? 嘘だよね? 頼むから嘘だと言って」

「ところがどっこい、現実です」

 

ユウキが至ってシンプルに答えてあげると、目の前の少女も腰に手を当てながら呆れた様子で銀時に目を向ける。

 

「全く、こっちの世界でもなんにも変わってないんだね銀さんって、まあそれはそれで安心だけど」

「なんだお前? その言い方だとまるで現実世界の俺の事を知ってるような口振りじゃねぇか、もしかして俺の知り合いか」

「あぁ、やっぱり私の事わからないか、無理も無いわね、こっちの世界だとかなりイメチェンしてるし」

 

いまいちわかってない様子の銀時に少女は肩をすくめながらフッと笑った。

 

「朝田詩乃って名前知ってる?」

「ラーメン屋でバイトしてるガキだろ」

「そう、そしてそれが私」

 

そう言って少女は自分を親指で指す。

 

「こっちの世界では『シノン』って名前なんだ、よろしく」

「……嘘だな」

「……え?」

 

シノンと名乗るこの少女こそリアルでは北斗八軒のバイト娘・朝田詩乃であった。

 

と名乗る彼女に向かって銀時は鋭く目を光らせる。

 

「俺が知ってる名前出せばすぐ信じ込むと思ったのか? テメェがアイツな訳ねぇだろうが、一体誰だテメェ、正体現せ」

「はぁ!? いや確かにちょっと変わってるけど! よく見ればすぐわかるじゃん! 詩乃だよ詩乃! ほらユウキはわかるでしょ!」

「……君、誰? 詩乃の名前使ってなに企んでんの?」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

ユウキならば信じてくれるとシノンはすぐに尋ねるが、彼女もまた胡散臭いモンを見る様な目を向けてくる。

 

「ボクが知ってる詩乃は二つレンズが付いて両端にフレームが付いてるんだよ、君とは全く姿形が違うよ」

「そうだよな、アイツはもうちょっと手の平サイズに収まる大きさだったよ」

「それただの眼鏡でしょうが! なんで眼鏡単体が朝田詩乃になってんのよ! 本体は掛けてる方だから!」

「え? あの眼鏡掛け器の方が本体なの? うっそだー」

「お前もうちょっと現実的に考えた方が良いんじゃないの? ただの眼鏡掛け器が本当のアイツだったとかあり得ねぇだろ」

「アンタ達が現実を直視しなさいよ! どう考えても眼鏡の方が本体と考える方が非現実的でしょ!」

 

どうやら二人共眼鏡の方が本体だとずっと思い込んでいたらしく、そんなユウキと銀時にひどくショックを受けながらもシノンは今度はキリトの方へ振り返る。

 

「君も銀さんと一緒に店来てたよね! そんでその時私の事ちゃんと見たよね! 覚えてるでしょ!」

「ん? 確かにラーメン屋に入ったな、けどそこで働いてたのは姉御肌の綺麗な人と、新八だけだった気がするんだけど」

「新八って誰!?」

「新八は新八だよ、二つレンズが付いて両端にフレームが付いてて……」

「だからそれ眼鏡ぇ!! もしかしてその新八って人も眼鏡掛けてるの!? あなたには眼鏡掛けてる人=新八という判断基準な訳!?」

 

もはや自分の事をまるっきり別の人物に捉えているキリト、もはや自分を知ってるとか知らないとかそれ以前の問題である。

 

「ちょっといい加減にしてよ! 私は眼鏡でも新八って人でもないから! 朝田詩乃っていうあなた達と同じく人類だから!」

「銀時、なんかこの人自分の事を詩乃だと思い込んでるみたいだよ」

「怖ぇな~、ちょっと関わらない方がいいなこりゃ」

「あ~も~!! なんでわかってくれないのかなこのアンポンタン達! いいから私の話を聞いて!」

 

全く信じてくれない彼等に業を煮やしてシノンは両手で頭を掻き毟った後

 

それから少しばかりの時間を費やしてなんとか自分が朝田詩乃だと強く主張するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、いつになったら私の事わかってくれるの? むしろさっきから頑なに信じようとしない根拠がわからないんだけど……」

「そりゃお前アレだろ、本名が詩乃でアバター名がシノンって、情報流失で問題になってる昨今でそんな安直な名前を扱う馬鹿がどこにいんだよ」

「そうだそうだー」

「いやユウキとギンにだけは絶対に言われたくない! てかユウキに関してはまるまる本名使用してんじゃん!」

 

シノンは現在、今もなお信じてくれない銀時とユウキにツッコミを入れながら

 

先程銀時達が前でずっと足踏みしていた暗いトンネルの中を先行していた。

 

「それにこうして疑いを晴らす為に、わざわざ私が先導して銀さんの探してる店を案内してるんだよ? 詩乃の名前を驕ってみんなを陥れようとしてるなら、こんな親切な事しないでしょ?」

 

暗い道を慣れた感じで歩きながら、シノンは信頼獲得の為に銀時達が探しているという店まで案内している。

 

この辺は彼女にとってすっかり行き慣れたマップなので、道案内など容易い事であった。

 

「私の後をついて行けばすぐ着くから、もうこの辺に来ればもうすぐだし」

「そう言って俺達をこんな暗くて気味の悪いトンネルに誘い込んで、仲間を伏せてた場所に来たら闇討ちしてくるって手筈なんだぜきっと」

「よくある狡猾な手だね、そうかコレは孔明の罠か」

「いや孔明じゃなくてシノンだし、仲間とか伏せてないし……」

「へ、俺に策を見抜かれちまうとは滑稽だな」

「いや今のあなたには負けるから……」

 

シノンの背中を疑いの目つきで睨みながら、銀時はユウキの左手をギュッと強く握りながら言い放つも

 

正直彼女にとってはさっきからずっとビビッてユウキの手を離そうとしない銀時の方が滑稽である。

 

「あのさ、いい加減ユウキの手を離したら? 仮に闇討ちなんてされた時にその状態のままだったらすぐ蜂の巣にされるわよ?」

「あ? ちげーよコレはユウキを安心させる為に仕方なく手を繋いでるだけだよ。ほらキリト君、俺の左手空いてるから手を繋ごうぜ、みんなで横一列に歩けばもう何も怖くないから」

「嫌だわそんなシュールな光景」

 

銀時とユウキの前を歩き、シノンの隣を並行して歩いているキリトは振り返りながら嫌そうな顔で拒否すると

 

チラリとシノンの方へ横目を向ける。

 

「でも本当にこの道で合ってるのか? 俺はアンタが別に詩乃だろうが新八だろうがどうでもいいけど。確かにここは闇討ちするには絶好のポイントだし」

「いや新八としてだけは認められたくないんだけど……この道で問題ないわよ、もし変なトラブルでも起きたら躊躇なく私を斬っても構わないから」

 

キリトはキリトで自分の事を新八とかいう全く知らない人物の名でたまに呼んでくるので、これはこれで腹が立つなと思いつつシノンは

 

遂に薄暗いトンネルを半分ほど歩いた先にチカチカと点滅した電灯の下に置かれた、いかにも怪しげな店を見つけた。

 

「ほら着いた、ここが銀さん達が探してたお店でしょ?」

「は? ここが店? ただのゴミ溜めじゃねぇの?」

「『地球防衛基地』だって、名前だけは立派だね」

「ジャンク品があちらこちらに散らばってるな……胡散臭い」

 

シノンが指さした方向に目をやりながら歩み寄ってみると

 

表にはGGO型だけでなくALO型やSAO型の装備やらアイテムでごっちゃになったまま放置状態で晒され

 

入口の上に設置されている看板には『地球防衛基地』というあまり店に似つかわしくない名前が書かれていた。

 

よくよく見ればリサイクルショップにも見えなくもないその店に、銀時はしばし固まって見つめた後、すぐにシノンの方へ疑いの目つきを向け

 

「お前ホントにここで合ってるのか? 俺が欲しいのはここ最近入ったとかいう最新型の装備だぞ? こんな古臭い骨董品売り場で取り扱ってるモンじゃねぇだろ」

「いやでも、GGO型では滅多に扱われない近接特化型武器を取り扱う店なんてここぐらいのモンだよ」

「マジでか、こんなボロッちい店にしか売ってないの?」

「普通の店でナイフぐらいなら打ってるけど、基本的にGGO型は銃や重火器しか扱わないから需要無いんだよ」

 

そう言ってシノンが自ら店の中へと入っていくので、銀時もようやくユウキの手を離して渋々彼女の後を追って入ってみた。

 

「おいおいおい……見た目もヤベェけど中身はもっとヤベェじゃねぇか……」

「あ、アレって違法改造されてる銃じゃん、でも「故障品」って書いてあるね」

「ずっと昔にGGO型の中で流行ってたアサルトライフルが新品のまま保存されてるな……昔はコレによく追いかけ回されたもんだよ俺も」

 

中に入ってみるとこれまたゴチャゴチャした品々が所狭しと置かれていて、歩く事さえままならない。

 

銀時、ユウキ、キリトの順で奥へと進んでいくと、一番奥でシノンがカウンターと思われる場所の前で突っ立っていた。

 

そしてカウンターに座っているのはキセルを咥えた妙に艶のある女性

 

「この人がこの店の店主、NPCじゃなくてちゃんとしたプレイヤーだよ」

「いらっしゃい……ようこそ地球防衛基地へ。こんなに人が来たら本当に久しぶりだね」

 

シノンに紹介された店主の女性は、キセルから口を離してフゥーと煙を吹くと、口元に小さく笑みを浮かべながら銀時の方へ目を向ける。

 

「ご覧の通りウチは普通の店じゃ扱ってないモンを売る所さ、他では手に入らないというだけあって当然値も貼るが、アンタ金はちゃんと持って来てるんだろうね? ウチは冷やかしはごめんだよ」

「金ならたんと持ってるさ、頼もしい先輩からありったけの金をプレゼントされたんでね」

「そうかい、それならお客さんとして歓迎してあげるよ」

 

ディアベルが引退する直後で全財産を全て銀時に譲渡したので、彼は今かなりのコルを所持している。

 

金はあると自信ありげに言う銀時に店主は笑みを浮かべたままカウンターに肘を突く。

 

「で、何が欲しいんだい?」

「ここ最近入った近接武器、それと着ても重くねぇ防具だな」

「ああ、アレの事かい、お客さんGGO型のクセに変わってるね、ま、ウチの店ではアンタみたいな輩もそう珍しい事ではないんだけど」

 

そう言って店主はカウンターの下に潜ってゴソゴソと音を立てると、カウンターの上に両端に穴の開いた銀色の円筒を置いた。

 

見た感じとても武器とは思えないその形状に銀時は目を細めて首を傾げる

 

「コイツは……」

「『仙封鬼≪せんぷうき≫』、ちょいと前に売られていた『カゲミツG4』を二つ使って、とある武器職人が無理矢理一つにくっつけたとかいうイカレた武器だよ」

「あ、カゲミツG4って確か姉ちゃんがメインで使ってた武器だ」

「アイツが?」

「うん、たまにそれでお腹切ってHP削って、物干し竿に切り替えるとかやってたね」

 

どうやら二つの武器を強引にくっ付けたかなりの色物武器らしい

 

しかも片方のカゲミツG4は生前ランが使っていたメインウェポンだったとか

 

それを聞いて銀時は興味を持ったかのようにその得物を手に取る。

 

「なんだコレ、すっげぇ軽いなオイ。こんなんで戦えるのか?」

「そいつは高熱波のビームをサーベル状に変えて剣の様に扱う武器、斬れ味抜群のビームを刃にしてるだけあって重さは必要ないのさ」

「ふーん、俺が最初に使ってた光棒刀とはちょっと仕様が違うのか」

 

銀時が開始直後に使った武器・光棒刀は円柱になってる部分に熱エネルギーを纏わせるという、簡単に言えば木刀に熱ダメージを付加させるだけの初期武器であった。

 

しかしこの仙封鬼というのは、その熱エネルギーそのものが刃と化すぐらいの高出力で展開させた

 

まるで有名なSF映画に出てくるビームサーベルにより似せた設計で作られた物らしい。

 

おまけにそんなビームサーベルが二つくっついているのだ、威力は申し分ないであろう。

 

「ちょいと試しに使わせてもらうぜ」

 

そう言って銀時は円筒に付いている小さく付いているボタンを押してみると

 

「うお!」

 

次の瞬間、ブゥンという音を立てて円筒の先から緑色のビームが長い刀状になって一瞬で生えて来た。

 

「すっげぇ! あ~でも俺としては普通の刀の方が良いなやっぱ、けどこっちはこっちで悪くねぇかもなぁ、ランも使ってたって言うし……」

「ねぇねぇ銀時」

「あん?」

 

しげしげと輝く刃を眺めながら銀時が呟いていると、ユウキがある事に気付いてふと指さした。

 

「反対方向からもビーム飛び出てるよ、 今銀時の股間を貫いてる」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんでこっちからも出てんだぁぁぁぁぁ!!!」

 

よく見ると上からだけでなく反対の下方向からも同じように緑色のビームが伸びていた。

 

それは銀時が気付かない間に彼の股間の部分を突き抜けて

 

いつの間にか銀時のHPをガンガン削っていた。

 

「な、なんじゃこりゃあ!? 両端から同時にビームサーベル出てくるとか逆に使いにくいじゃねぇか!」

「だから言っただろイカれた武器だって、まともな感覚じゃそんなの扱おうともしないよ」

「片方だけ出るとかそういう調整もねぇのかよ……まあ使い様によっては使えるかもしれねぇな……とりあえず保留にするわ」

 

仙封鬼の感想を述べて銀時はボタンをもう一度押してビームをフッと消すと、カウンターの上に戻す。

 

するとずっと見ていたキリトはカウンターに置かれたそれをまじまじと見つめながら

 

「ヤベェ超カッコいい……!」

「あ、キリトの厨二病が発動した」

「嘘だろコイツ……両端に刃付いてるだけで目ぇ輝かせやがった……」

 

二刀流をたしなむキリトにとって、二つ刃のビームサーベルにはとても魅力的に惹かれたようだった。

 

残念ながら仙封鬼はGGO型専用なので、SAO型のキリトは装備出来ないが……

 

「これ絶対買いだろ! こんなの見た事無いしカッコいいし洒落乙だし!」

「落ち着け厨二病、買うかどうかは俺が決める。店主、防具の方も見せてくれや」

「はいよ」

 

はしゃぐキリトの頭を抑えながら銀時は店主に防具の方も紹介してくれと頼むと

 

彼女は席から立ち上がると奥の方へと引っ込んでしまった。

 

「しかしアレだな、コレ見る限りマジでこの店だったんだな、お前ちゃんと道案内してくれてたんだ」

「だからずっと言ってたでしょ、それに随分前の話だけど、三十層辺りまで昇って来たら手伝ってあげるって言ってたじゃない」

「それを約束したのは詩乃だ、お前じゃねぇ」

「だから私が詩乃だっての!」

 

おもむろに話し掛けて来た銀時に、何か使える者が無いかと一人店内を物色していたシノンが半ばうんざりした様子で一喝していると、店主が両手に何かを抱えてすぐに戻って来た。

 

「どうだい? 当店自慢のGGO型の中でも滅多に出回らない和服衣装とその上に羽織るローブさ」

「おお……ってコレ、どっから見てもアレですよね……あのSF映画のビームサーベル振るう剣士が着てるあの……」

 

店主がカウンターに置いたのは一見どこかで見た事のある様な衣装だった。

 

サンドカラーのちょっと長めの上着と、黒茶のズボン、腰に巻く用の黒い帯、履き心地良さそうな黒いブーツ

 

そして極めつけは茶色を少し明るくしたかのような色に染まった大き目のローブ。

 

明らかにあの大ヒットした映画に出てくる伝説の戦士達が着ていた恰好である。

 

 

「一級品の良い素材で作った布を使用してるから見た目に比べて防御力も結構あるよ、それに軽いし回避性能は凄く上昇する、その代わりローブがヒラヒラしてたまにうっとおしいかもしれないけど、まあ慣れれば大した事ないよ」

「いや大丈夫なのコレ! ただでさえビームサーベルもあるのにこれ着たらもう完全にアレだよね!? 訴えられないコレ!? ただでさえあそこネズミの国と結託してるのに!」

「でも回避性能が上がるって言うなら銀時には凄くベストな防具なんじゃない?」

 

キチンと防具の性能を教えてくれる店主だが流石に銀時も困惑の色を浮かべる。

 

しかしユウキは大きめのローブを手に取って確かめながら、銀時のプレイスタイルには丁度良いのではと考える。

 

「姉ちゃんから貰った防具をいつまでも着てないでさ、やっぱそろそろ新調するべきだよね」

「お前はホント俺が姉ちゃんから貰ったモンを使い続ける事に文句言うよな……。まあこの先の事も考えたら頃合いなのかもしれねぇな……」

「コレ着て修行すればフォースも会得出来そうだしね」

「え、それって覚えていいモンなの? 頑張ればジェダイマスターとか名乗っちゃって言いわけ?」

「いや絶対ダメだと思うわよ……」

 

ユウキからローブを受け取りながら触り心地を確かめつつ、何やらそっち方面で強くなろうと思っている銀時にシノンがツッコミを入れていると

 

銀時が持っている新防具を見てキリトはごくりと生唾を飲み込んでいた。

 

「やっべぇ超かっけぇ……黒色verがあったらマジで俺も欲しい……!」

「あ、キリトがまた厨二病発動してる」

「まあビームサーベルといいこの衣装といい、厨二病にとってはこの上なく惹かれるモンだからな」

「おいそれ絶対に買うべきだろ! 買わなきゃ一生後悔するぞ! 黒じゃないのが残念だけど!」

「黒色だったら俺ダークサイドに墜ちるぞ、ダース・銀時になんぞ」

 

隠す気も無く堂々と厨二病全開になるキリトに呆れつつ、銀時は衣装を持ったまま店主の方へと振り返った。

 

「そんじゃコレ買っておくわ、あとあの変なビームサーベルもな、コレ買うならアレもセットで買わないとなんか勿体ない気がするし」

「毎度、防具フルセットと改造武器一つ、かなり値は張るけど大丈夫かい?」

「なんなら俺も少し出してやろうか?」

「なに急に優しくなってんだよお前、怖ぇよ……いいよディアベルの金があるし、これで足りるだろ」

 

衣装と武器を買う事にキリトが目を輝かせて身を乗り出してくるので、どんだけ買わせたいんだと思いながら銀時は彼からの提案を断って、店主に要求された金額を自分の懐から全部出した。

 

するとその直後……

 

「見つけたぞぉぉぉぉぉぉぉ地球防衛軍!」

「!?」

 

突如店の出入口から甲高い雄叫びが飛んで来た。

 

商品を受け取りながら銀時が振り返ると

 

そこには全身タイツを着た二人組を連れた、いかにも悪の組織のリーダーみたいな恰好をした男がこちらに銃口を突き付けているではないか。

 

「散々探し回ってとうとう追い詰めたぞ! 貴様等が隠し持っているあのアイテム! 今日こそ手に入れさせてもらうぞ!」

「おいおいなんだいきなり、こっちは買い物済ませたからさっさと帰ろうと思ってたのに」

「ていうか俺達まで地球防衛軍だと思われてないか?」

 

いきなりなんの伏線も無く出て来た連中に銀時とキリトが困惑していると

 

カウンターに立っていた店主がチッと軽く舌打ち

 

「アイツ等は私が売っている伝説の神器が隠された場所が記されている地図を狙っているのさ、神器の情報が書かれてるだけあって値段がとてつもなく高くしてるからね、この店を襲撃して無理矢理にでも奪おうって魂胆さ」

「神器!? それは一体どのような武器なのでありますか!?」

「キリト、食いつくの早過ぎ」

 

店主の口から神器という言葉を聞いた瞬間、すぐ様振り返って目を血走らせるキリト

 

 

そんな彼にユウキがボソッと呟いていると、店主は懐から一枚の紙を取り出し

 

「冥界の女神の名を持つ最強の対物狙撃銃『PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』さ」

「なんだ銃かよ……てっきり剣だと思ったのに……」

「ヘカート……!」

 

狙撃銃と聞いてすぐにガックリと肩を落とすキリトとは対処的に、シノンはバッと大きく目を見開かせる。

 

しかしそんな事をしているのも束の間、神器の地図を奪いに来た連中が銃を片手に中へと入りこもうとした。

 

「あの女が持っているものこそ間違いない! 伝説の銃の在り処が書かれた地図だ! 行くぞ! 今日こそアレを手に入れるのだァー!」

 

隊長格の男がそう言って「イーイー!」とか鳴いてる連中を引き連れて店の中へと殴り込んで来た

 

しかし

 

「へぇ、丁度いいや。こっちもおニューの武器手に入れてウキウキしてたからよ……」

「な、なんだ貴様!」

 

彼等が一歩足を踏み入れる前に、すかさず銀時が彼等の前に躍り出て

 

その右手に先程買ったばかりの仙封鬼がしっかりと握られていた。

 

そして

 

ダッと駆け出して、銃を持ってる彼等に真正面に突っ込む。

 

いきなりの出来事に連中は戸惑いつつもすぐに三人で銃を構えて

 

「馬鹿め! 銃も持たずに正面から突っ込んで来るとは正に愚策! 蜂の巣にしてやれ!」

「「イー!」」

 

一斉にこちらに銃口を突き付けて躊躇なく引き金を引く三人

 

だが銀時はニヤリと笑いながら右手に持った得物のボタンを親指で押すと

 

すぐさま銀色に輝く円筒から緑色のビームサーベルが両端から放たれる。

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

見た事のない武器に戸惑いつつも、ただの近接武器であれば恐るに足らんと引き金を引く三人組

 

だがそれと同時に銀時は手に持った二枚刃をすぐに前に突き出すと

 

勢いよく円を描く様に片手でヒュンヒュンと回し始めた。

 

すると彼に向かって放たれた数十発の弾丸が

 

「な! なんだとぉ!」

 

高熱エネルギーで形成された光の刃で次々と弾かれていく。

 

そしてみるみる彼等と距離を縮めると銀時は手に入れたばかりの新武器・仙封鬼を振りかざし

 

「どっせいッ!」

 

ザンッ!と何かを焼き斬ったかのような音が一瞬聞こえたと同時に、目にも止まらぬ速さで彼等の真横を通り過ぎ

ていた。

 

 

すると三人組はゆっくりと自分達の真後ろに立っている銀時の方へ振り向こうとするも……

 

「ぐはッ! まさか地球防衛軍にこの様な手練れがいたとは……」

「「イー!」」

 

三人共体に綺麗に一本線を残したまま、バタリと同時に倒れてしまった。

 

「滅茶苦茶軽いなオイ、けどいざ使ってみたら案外悪くねぇじゃねぇか」

 

瞬殺

 

銃を持った三人組をあっさりと倒してしまった事を確認すると、銀時は新たに手に入れた得物をブンブンと試しに振り回して見せながらキリト達の方へ振り向いた。

 

「厨二病全開武器も中々捨てたモンじゃねぇな、キリト君よ」

「……おい」

「ん?」

 

得意げに片手でグルグルと回しながら銀時がドヤ顔を浮かべていると、何故かジト目を向けながらキリトがこちらを指差し

 

 

 

 

 

 

「頭、当たってるぞ」

「……え?」

 

銀時は店の前のすぐ傍にあった鏡で自分を眺めてみる。

 

丁度額の真ん中に、小さな穴がぽっかりと開いているではないか。どうやら全てはじき返したつもりが、気付かない間に一発貰ってしまっていたらしい

 

それを見て銀時はしばし呆然としたまま目をパチクリとさせた後……

 

 

 

 

 

 

バタン!と音を立てて地面に倒れ、倒れた彼の身体の上に『ゲームオーバー』と書かれた文字が浮かび上がるのであった。

 

「いやー惜しい所までは行ったんだけどねー……」

「とことんカッコよく決められねぇなあの人……」

「あの人らしいわ全く……」

 

最後はキチンとシメれなかったが、新しい装備と新しい防具を手に入れた銀時

 

新しい力を手に入れた彼は

 

ここからまた一つ、高く成長する。

 

 

 

 




銀さんの新しい服装は某SF映画のアレです。あの夢の国でやたらと高く売られているアレです。

銀さんの新武器も某SF映画のアレです、エピソード1のラスボスが使ってた奴です。




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第三十三層 ジェダイ散る

春風駘蕩さんからイラストを貰いました。

どこぞのテロリストとシノン+謎の化け物を描いて下さりました

【挿絵表示】


果たして本編でもこの二人と一匹が一緒になる事はあるのでしょうか……

いつもイラストを提供して下さり感謝を申し上げます。


心機一転で新しい武器と防具を手に入れた銀時

 

しかし調子に乗って暴れたら流れ弾に当たりゲームオーバーになってしまったので

 

彼は今頃、街の前にリスポンされているのを把握しながらキリトとユウキ、そしてこの町で知り合ったシノンと共に町の入口へと向かっていた。

 

「あーだこーだ言いながら散々渋ってたけど、ようやくあの人も装備一新出来たな」

「まあでもボクの考えだと、物干し竿は今後も頻繁に使い続けると思うよ銀時は。なにせ大好きだった姉ちゃんの愛刀だから」

「銀さんの大好きだった姉ちゃん……?」

 

入口に出向いて復活しているであろう彼を迎えに行きながらキリトとユウキがそんな会話をしているのを耳にし

 

一枚の紙を読む事に夢中になっていたシノンが顔を上げた。

 

「もしかして藍子さんの事?」

「え、なんでシノンが姉ちゃんのリアルネーム知ってる訳?」

「いやだって、あなたや銀さんによく店で話聞いてたから当たり前じゃない」

 

真顔で不思議がっているユウキに、シノンはジト目を向けながら髪を掻き毟る。

 

「いい加減これ以上こっちの世界でリアルネーム言わせないでよ、私は正真正銘本当の朝田詩乃。あなた達の事や、銀さんの恋人だった藍子さんの事も当然知ってるに決まってるしょ?」

「えぇ……でもなぁ、詩乃って言ったら眼鏡なのに、シノンは眼鏡掛けてないじゃん、だから詩乃っぽくない」

「私のアイデンティティって全部眼鏡に吸収されてるの!?」

「俺も新八が眼鏡外した時は、「このモブキャラ誰だっけ?」って誰だったか思い出そうとした事あったな」

「あなたはあなたでもう新八から離れて!」

 

もはや眼鏡の方にしか意識がないユウキとキリトに急いでツッコミを入れながら

 

こうして幾度も素性を明かしてるのに信じてくれないなんて、ホントはからかってるんじゃないかと疑うシノン。

 

するとそこでユウキの方がふと彼女が手に持っている一枚の紙が気になって振り返って来た。

 

「そんなどうでもいい事よりさ、シノン、君が手に持ってるそれってもしかしてあの店で買ったアレ?」

「いやどうでもいい事でサラッと片付けないでよ、私としてはかなり悩ましい事態なんだから……」

 

地味に酷い事を言ってくるユウキを不満げに見つめつつ、シノンは持っていた紙をユウキに見せる。

 

「貴女が想像している通りのモノよ、神器の場所が書かれた地図」

「へぇ、随分とびっしり書かれてるね」

「コレだけ神器の在り処について情報量が書かれているんだ、そりゃあの変な連中も欲しがるわけだ」

 

神器の名や性能、どこのダンジョンにあるか、そしてそのダンジョンは一体どんな構造しているのかさえ事細かく書かれた内容の地図をユウキやキリトがまじまじと見つめていると、すぐにシノンは自分の手元に戻して隠す。

 

「もしかしてあなた達も狙ってるとかないわよね?」

「いやーないない、ボクとキリトも剣しか使えないし、銀時もGGO型なのに銃とか興味無いから」

「片手剣の神器だったら俺も泣きながら土下座するぐらい欲しいけど、銃は専門外だしいらないな」

「そ、そう……それなら見せても安心ね」

 

泣きながら土下座って……普通に言い出すキリトにシノンは若干引きながら再び持っている地図に視線を戻す。

 

「実は私、この神器をずっと探していたんだ。どこかのショップで高値で取引されているって聞いてはいたけど、まさかあんな穴場で売っていたなんてビックリしたわ」

「そりゃ運が良いな、でもよく買えたな、強盗が押し入るぐらい高かったんだろその地図」

「前々からコレを手に入れる為に貯金してたから、それに銀さんが連中をおっ払ってくれたとかで、店主さんが特別にちょっと値引きしてくれたし」

 

この地図の存在を前々から知ってはいたのだが、どの店を探し回っても一向に見つからず正直半ば諦めていた。

 

しかし偶然銀時達に出くわし、偶然彼等が探していた店に案内したら、まさかその店にずっと欲しがっていたコレが売っていたとは……

 

「あなた達に出会えてラッキーだったわ、今度お礼させて頂戴」

「いいよ別に、剣系の神器の居場所とか教えてくれればそれでいいから、些細な情報でもあればそれでいいんで、ホントお願いしますなんでもしますから」

「ブレないねぇキリト、そしてブレない時の君はホントにめんどくさい」

「剣系の神器……」

 

軽くお礼を言うとすぐ様顔を近づけて神器の情報をくれとせがむキリト。

 

後ろで笑みを浮かべながらユウキがそんな彼にサラリと毒を吐いていると、シノンは思い出すように顎に手を当てて

 

「そういえば前に酒場で聞いた事あったけど、どこかの階層に破壊不能オブジェクトじゃないかと思うぐらい耐久値が高い大樹、えーと名前は……ギガなんちゃらだったかしら? それをどうにかして斬り付けて枝を取れば片手剣の神器の素材になるって」

「マジでか!? それ物凄いお宝情報じゃないか! ありがとうございます!」

「あくまで噂で聞いた話よ? 真に受けないでね」

 

金も取れる位有力な話だったのでそんな話をシノンから聞けたことにキリトは驚きつつも歓喜の声を上げる。

 

「フ、ようやく俺の手に収まるべき神器が遂に見つかった……」

「まだ手に入るかどうかすらわからないのに……」

 

既に手に入れる事を確信した様子でニヒルな笑みを浮かべるキリトに呆れつつ、ユウキはシノンの方へ

 

「でもシノン、ホントにこんな凄い情報どこで聞いたの? 情報屋が喉から手が出るほど欲しがるネタだよ?」

「GGO型って基本的に銃以外の武器には興味無いからさ、銃以外のレア物の情報は結構オープンなんだよ。下手すれば情報屋よりもぺらぺらと喋るよ、私達は」

「へぇ初めて知ったかも」

 

結構タメになる話を聞けてユウキは感心したように頷く。

 

「今度何か知りたい事あったら聞いていい?」

「まあ私の知る限りでね、でもあんまり期待しないでよ、GGO型が銃以外の武器に関心が薄いって事は、その情報も信憑性があまり無いって事だし」

「あぁやっぱそうだよね……だってよキリト」

「とりあえず貰った情報を参考にしてアルゴに話でも聞いて整理してみるか……いや待てよ、その前に心当たりのある場所へ片っ端から回った方が良いな……概ね情報を把握していればアルゴからの情報料も安く済むし……」

「あーダメだ、こりゃ聞いてないわー」

 

既に神器の事で頭が一杯で、どの様にすれば効率良く目的を達成できるか計算し一人ブツブツ呟くキリト。

 

こうなってはもう誰の話も聞こうとしないので、ユウキ話し掛けるのを止めた

 

「まあ神器なんて誰だって欲しくなるのは当たり前だよね、ボクもキリト程じゃないけど欲しいモンなら欲しいし」

「そりゃあね、神器の入手はある意味この世界のプレイヤーにとっての夢みたいなモンだし、私もずっとこの武器を欲しいと思って探してたから、念願が叶うかもしれないと思うとやっぱり嬉しくなっちゃうな」

「シノンが欲しい神器はそんなに凄いの?」

「PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ……狙撃銃の中では多分EDOの中でトップの性能を持つ神器だよ」

 

その名を聞いてユウキは「ヘカートⅠはどうしたんだろう……」とかちょっとした疑問が浮かぶも、なんらかの事情がるのだろうと聞かない事にした。

 

「私、どうしても勝ちたい相手がいてさ、その人に勝つ為にはこの武器しかないと思ってずっと探し回っていたんだ」

「勝ちたい人? 神器が必要になるぐらいなら相当強そうだけど誰?」

「……ADAM・零≪アダム・レイ≫」

「ADAM・零!?」

 

シノンが勝手みたい相手がいるとボソリト呟き、その名を言うとユウキは目を見開いてビックリする。

 

それもその筈、その名を持つプレイヤーは現在……

 

「GGO型最強のトッププレイヤーじゃん! ボクは見た事無いけど滅茶苦茶強いって聞いたよ!?」

「強いわよホントに、それもあまりにも圧倒的な強さね……私は何度か遠目で見てたけど、アレはもはや別格と呼ぶしかないわ」

「でもなんでそんな凄い人に勝ちたいの?」

「まあ挑戦みたいなものね、誰もが倒せないと諦めるしかない絶対強者をこの手で倒せば」

 

ユウキの問いに頭を掻きながら、照れくそうにシノンは苦笑する。

 

 

「もしかしたら私の中で何かが変わるかもしれないと思ってさ……シノンじゃなくて朝田詩乃として」

「シノンがADAMを倒せば詩乃が変わる……ごめんちょっと何言ってるかわからない」

「あー……もういいやめんどくさい」

 

怪訝な表情で首を傾げるユウキに、もはやシノンは諦めた様子でため息を突きつつ、ふと町の入り口近くまで来ている事に気付いた。

 

「もうすぐ町の入り口だけど、銀さんいる?」

「うーん多分じっとしてるの苦手な人だからその辺ウロチョロしてると思うんだよねー」

 

銀時の性格を誰よりも把握しているユウキはどこにいったのかと周りを見渡すも

 

相変わらずヒャッハー言いながら半裸で駆け回っているモヒカン集団しか見当たらない。

 

「……見た感じ原先生の描いたキャラしか見当たらないや、空知絵はいないね。それにしてもここの人達って基本みんな荒れてるけどなんで?」

「この辺の連中は上の階層に行けずにここでドンパチして憂さ晴らししてる人ばかりだしね、真面目にプレイしてる人に迷惑かかるから定期的にPK狩りして懲らしめてるけど、やっぱキリがないんだよねホント」

 

PK狩りというのはPKをしている輩を逆にPKするというこのゲームにおけるプレイの一つであるが

 

どうやらシノンがここに来ていたのはそれをやるのも目的の一つだったらしい。

 

PK行為自体あまりよろしくない行いだが、シノン本人はあまり悪い事だとは思っていない様子。

 

「ったく上に行きたいならこんな所で遊んでないでさっさと装備や自分を鍛えればいいのに」

「そういえば姉ちゃんも一時期上の階層に行けなくて、ここでヤケになってヒャッハー言いながらバイク乗り回してたっけ」

「え……藍子さんってそんなアグレッシブな人だったの? 銀さんからは結構おしとやかだと聞いたんだけど……」

「銀時が知っていたのは現実世界の姉ちゃんだけ、こっちの世界の姉ちゃんはもう誰も手が付けれない自由奔放型だったよ」

 

藍子、つまりランの意外なエピソードを聞かされてシノンが唖然とするも、ユウキはまだ銀時の事を探している。

 

すると彼女はある物を見つけてすぐに指を差した。

 

「そうそう丁度あんな風にバイク乗り回しながらモヒカン頭に八つ当たり……あ」

「あ……」

 

ユウキが指差した先にいたのは、派手な黒いバイクを乗り回しながら他のプレイヤー達に向かって容赦なく突っ込んでいる……

 

「オラオラどきやがれ! この町はもう俺達、坂田ファミリーのモンだ! ヒャッハー祭りはもうしめぇだコラァ!!」

 

某人気SF映画に出てくるとある偉大な騎士の衣装をモチーフにしたローブを羽織って

 

二つ刃のビームサーベルをブンブン音を立てて振り回す坂田銀時がそこにいた。

 

「死ねぇコラァァァァァァァ!!」

「ギャァァァァァァァ!!」

「みんな逃げろ! ジェダイのコスプレした天パの男が厨二臭いビームサーベル振り回してバイク乗りながら襲い掛かって来るぞ!」

「誰が厨二だぁ! あんな痛々しい連中に成り下がるつもりはねぇぞコノヤロー!」

 

何故か激昂している銀時がバイクを運転しながらも片手で剣を振り回して次々とモヒカンを殲滅させていく。

 

その姿にユウキとシノンが無言で固まっていると、彼女達の前を通った所で、銀時がふとバイクを止めた。

 

「あれ、何してんのお前等? さっさとモヒカン狩りやんぞ、ここにいる奴等全員皆殺しにしろ」

「いや何があったの銀時? そのバイクどうしたの?」

「その辺に転がってあったらから拾った」

 

黒い二輪車でハンドルを回してエンジン音を吹かせながら、銀時は平然とした様子で答える。

 

「アイツ等よ、俺がゲームオーバーした時に町の入り口に出て来た時によ、新しい装備に着替えてる途中で俺に襲い掛かって来たんだよ」

「お気の毒だね……襲った連中が」

「最初は何人か倒して終わりにするつもりだったんだけどどんどん湧いて来るからさ、いっその事ここにいる奴等全員殺した方が早いなと思って」

 

飛んでくる弾丸を得物で器用にはじき返しながら、銀時はユウキに説明を続ける。

 

「新武器振り回せる良い機会だなってのもあったからな、こうして使いこなせるようモヒカン相手に練習してんだよ」

「いやそこはモンスターとかを相手にして練習しようよ、なにいきなりPKに目覚めてんのさ……」

「なんだろうな、この格好に着替えたら無茶苦茶悪い奴をぶっ殺したいって衝動に駆られるんだよ、もう胡散臭い奴なら即斬ってもいいよねって思うぐらい。俺間違った事してないよな?」

「うわ! ジェダイの恰好したら頭の中までジェダイになってる! 悪い奴絶対ぶっ殺すマンになってるよ銀時が!」

「あなた達それジェダイに対して失礼じゃない……?」

 

服装を変えたら何かが乗り移った様にマナー違反の連中をたたっ斬りたいと思う様になってしまった銀時。

 

そんな彼を見ながらシノンはハハハと頬を引きつらせて苦笑する。

 

「でもまあ買ったばかりの武器をもう使いこなせるようになってるって凄いわね、最初使った時も流れ弾が当たったとはいえ綺麗な動きしてたし」

「まあ銀時はバカだけど戦闘のセンスだけはボクやキリトよりもずっと上だからね」

「誰がバカだコラ、こちとらモノホンの経験者だぞ? 素人相手との対人戦なんて欠伸が出る程楽勝だわ」

 

フンと鼻を鳴らしながらこの世界での対人戦では負ける気がしないと豪語する銀時

 

彼からすればこの世界のプレイヤーなど現実世界では満足に剣を振るう事も出来ない素人相手にヒケを取る筈ないと思っている様だ。

 

そんな彼が言っていた、モノホンの経験者ってどういう事なんだろうかとシノンがふと疑問を浮かべていると……

 

 

 

 

 

突如、この町全体に激しい揺れが起き始める。

 

「あ? なんだ急に地震か?」

「銀時……なんかしたでしょ?」

「流石に俺でも地震は起こせねぇよ、なんでもかんでも銀さんを疑うな、俺はただモヒカンハンターしてただけだ」

「よし、俺の神器入手という悲願もすぐそこまで……ってなんだこの揺れ!?」

「これはまさか……」

 

徐々に揺れが強くなっていき、ずっと夢中になって黙り込んでいたキリトもやっと異変に気付く。

 

シノンの方はこの揺れに何か覚えがあるかのように反射的に空を見上げた。

 

するとなんと……

 

「どうやら揺れの原因はアレみたいね……発射される噴出力だけで町全体を揺るがすなんて、あの神器であれば容易にできる芸当だわ」

「あん? ってうおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんだアレぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

空を見上げながら呟くシノンに釣られて銀時も見上げてみると、すぐに仰天した表情で大声で叫ぶ。

 

見るとそこには巨大で黒いシルエットが、自分達から少し離れた場所にゆっくりと降下しているではないか。

 

その際に周りの物全てを吹き飛ばして、無理矢理平面にさせると綺麗に着地した。

 

ぱっと見18メートルはあろう巨大なシルエットに銀時達が困惑していると、シノンはそれを眺めながら静かに呟く。

 

「間違いない、アレはGGO型トッププレイヤーの者が持つこの世界の中で最も巨大な神器……」

 

 

 

 

 

「有人操縦式の人型ロボット神器……! 通称『満駄侍≪マンダム≫』」

「いやただのガンダムじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

白と青で構成された見事な色付きをした、誰もが確実に見た事はあるであろうロボット。

 

あのロボットと唯一違う点を言うのであれば、それは目の部分に何故か黒いグラサンを掛けている事であろう。

 

「なんでガンダムが当たり前の様に出て来てんだよ! もはや別ゲーじゃねぇか!」

「満駄侍はGGO型最強の座に長年君臨しているADAM・零が所有している神器よ」

「神器っつうより完全なるモビルスーツだろ! 大丈夫なのアレ!? このゲームの開発元、サンライズに訴えられない!?」

「公式運営が「グラサン掛けてるから全くの別物です」の一点張りで裁判を乗り切った事は記憶に新しいわね」

「やっぱ訴えられてるんじゃねぇか! そこは勝てよサンライズ!」

 

シノンのかなり詳しい説明を聞いて銀時は即座にツッコミを入れつつ、唖然とした表情で目の前に現れた最も巨大な神器・満駄侍を見上げていると

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「GGO型最強のADAMがまた俺達にけしかけて来た!!!」

「チクショウ俺達のユートピアがまたアイツに荒らされちまう!!」

 

大量のモヒカン達が自分達の横を通り抜けて逃げ去っていく。

 

すると満駄侍はゆっくりと動き出し、右手に構えた巨大なビームライフルを構えると

 

 

「「「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

パキューン!という音を立てて発射し、自分達よりもずっと後方に逃げていたモヒカン達を一撃殲滅してしまった。

 

その光景を振り返ってみていた銀時は虚ろな目をすると……

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁ!! あんなのもはや反則じゃねぇか! そりゃ最強と呼ばれるに決まってんだろ! だってガンダムだもの! 白い悪魔だもの!」

「銀時、対人戦では俺はここの連中にはまず負けないとか言ってたよね?」

「は!?」

「ちょっと最強に挑んでみたら? 勝てば銀時が最強だよ」

「はぁ!? お前バカじゃねぇの?」

 

衝撃的な破壊力を前にして銀時がすっかりビビっている中で、ユウキはそんな彼にまさかの無茶振り

 

しかし流石に銀時であってもあんなの相手じゃまず勝てる気がしない

 

「対人戦なら勝てるとは俺も確かに言ったよ! けどアレどう見ても人じゃねぇだろ! ロボだろロボ!」

「銀さん、満駄侍は内部のコクピットから操作するの、つまり操縦しているのは私達と同じ生身のプレイヤーだから」

「だってさ銀時、つまりアレを相手にするのもれっきとした対人戦だよ」

「いやいやいやいや! いくら中で誰かが操縦してるとしても結局は人対ロボじゃねぇか! 勝てる訳ねーだろ!」

 

行って来いと真顔で言ってくるユウキと、つい悪乗りしてくるシノンに銀時が必死に嫌がっていると……

 

「だったら神器に選ばれた俺が行くしか無いみたいだな」

「おぅいキリト君なにバカな事言ってるの!? まさかガンダムに挑む気なのかテメェ!」

「いや実を言うとな、あの神器を持っているADAMってプレイヤーには色々とムカついてる所があるんだよ俺」

 

まさかのキリトがやる気に満ちた表情で満駄侍に挑もうと前に出たのだ。

 

銀時がすぐに止めようとすると彼は心底面白くなさそうにボソリと

 

「ADAM・零ってプレイヤーは常にあの神器の中に籠っていて、その籠りっぷりは本人を見た奴は誰一人いないぐらいなんだ。神器に完全に頼り切って自分はひたすら隠れてるだけのクセに最強を名乗るなんて、俺としてはマジで腹が立つんだよ」

「つまり仮想世界の引きこもりかよ……流石は現実世界での元引きこもり、同属嫌悪か」

「違うわ! 俺達が必死に己を磨き上げている中で! 偶然手に入れた神器で余裕こきながら好き勝手暴れ回るあの引きこもりが許せないだけだっての!!」

「あ~まあ確かに腹が立つと言えば立つな」

 

いつもは飄々とした態度で他人に喧嘩を売られても積極的に戦おうとしないスタンスのキリトだが

 

今回は珍しく敵意を燃やしつつ、目の前の巨大兵器に向かって真っ向から見上げながら

 

 

バイクに乗っている銀時の後にちゃっかり座る。

 

「よし、じゃあいっちょかっ飛ばしてくれ」

「ってオイ! 俺まで巻き込むつもりかテメェ!」

「二人がかりで敵の懐に突っ込めば勝機もあるだろ、ユウキの前で良い所見せてやれよ」

「結局他人頼りかよ……まあ俺もユウキの鼻をあかしてやりてぇとは思ったし……俺の腰に掴まってろ」

 

舌打ちしつつ銀時はハンドルを強く握り、腰にしがみ付いたキリトと共に

 

眼前にそびえ立つGGO最強の象徴・満駄侍を睨み付けながら

 

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」

 

一気に加速して猛スピードで駆け出すと、満駄侍によって崩れ落ちていた家を利用して上手く運転しながら徐々に上へと昇り上がっていき……

 

「「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

最後に大きな屋根をジャンプ台代わりにして、更に加速をつけて一気に飛ぶ銀時とキリト。

 

そして満駄侍と同じ目線まで飛び上がり、銀時がビームサーベルを、キリトが片手剣を抜いたその時

 

 

 

満駄侍は自分達が持っている得物のサイズとは桁違いの長さを誇る

 

10メートルは容易にある巨大なビームサーベルをギュィンと背中から抜いていた。

 

 

あれ? 思ったよりスケール感が半端ないんだけど? コレヤバくね?

 

空中を漂いながら銀時とキリトが同時にそう考えていると

 

満駄侍は即座にこちらを敵と定めて、右手に持ったビームサーベルを縦に一振りすると……

 

「「あん」」

 

ジュッと短い音を立てて一瞬で二人は高熱刃の餌食となってしまうのであった。

 

 

あの銀時とキリトが二人がかりで挑んたというのに

 

まるで飛んで来たハエを打ち落とすかのようにサクッと秒殺してしまった満駄侍

 

それを見上げながらユウキとシノンはしばし黙り込んだ後

 

「んじゃ帰ろうか」

「そうね……そろそろ仕事の時間だし私も失礼するわ」

「帰る前にフレンド登録しておこうよ」

「いいわよ、気軽に声掛けてね」

 

何事も無かったかのようにフレンド登録を済ませながらユウキとシノンはその場を後にする。

 

 

かくして銀時は新武器と新衣装を手に入れたにも関わらず

 

わずか数時間の間で2回もゲームオーバーになってしまうという悲しい醜態を晒す羽目になってしまった。

 

銀時の道のりはまだまだ険しい

 

 

 

 

 

 




ADAM・零

正体が奴だとわかる人はわかるギリギリの境界線上の名前を閃いたのたでこうなりました

次回 明日菜回

お妙に付きまとう悪しきストーカーに天誅を!



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第三十四層 親方、天井裏からゴリラが!

この世界の明日菜は実家暮らしではありません

江戸にある超高級マンションで神楽と二人暮らしです。


ある昼の平日、結城明日菜は神楽と共にある場所に赴いていた。

 

かぶき町に初めて行った時に良い意味でも悪い意味でもお世話になった志村妙と連絡を交換していたので

 

つい先日、そんな彼女からウチに遊びに来ないかと誘われたのである。

 

明日菜は二つ返事で承諾して、彼女の暇が空いてる日程に合わせてこうしてやって来たのだ

 

真撰組の使うパトカーに乗せられながら

 

「……いやなんでパトカーで送迎されなきゃいけないの?」

「そりゃあ姫様決まってるでしょうよ」

 

後部座席に座った状態で明日菜は納得していない様子でジト目になっていると

 

パンを咥えながら運転している甘いマスクの男、真撰組一番隊隊長・沖田総悟がバックミラーで彼女の不機嫌そうな顔をチラ見しながら答えた。

 

「ここん所最近物騒なんでね、おいそれと名家のお嬢様をフラフラ外出させるのも何かと護衛が入り用みたいなんでさ。そんで俺が激務の中少ない時間を割いてわざわざ姫様の為に運転手を務めてやってるんですぜ」

「護衛なんかいらないわよ、神楽ちゃんがいるし」

「そうだヨ、私がいれば誰が来ても明日菜姐を護ってあげるアル」

 

明日菜が隣に振り向くとそこには酢こんぶを3枚一気に口に咥えた状態で得意げの神楽が座っている。

 

「お役目ゴメンの税金泥棒はとっとと私達の前から消え失せろヨロシ」

「そうは行かねぇぜチャイナ娘、俺は護衛役と同時に護衛対象が危ねぇ遊び場に行かねぇか見張っておくお目付け役も兼ねてんだ」

 

強引に狭い曲がり角をカーブしながら、沖田はこちらに不敵な笑みを浮かべながら振り返って来る。

 

「俺達が気付いてねぇとでも思ったか? こちとらテメェ等がかぶき町とかいう色町に遊びに行ってた事ぐらいお見通しなんだよ」

「な! 私は遊びに行ったんじゃないわよ! 仕事上の調査で出向いてたのよ!」

「おめぇいつからそんな仕事する様になったんでぃ、平日だろうが休日だろうが年中遊ぼ呆けてるクセに」

「う……」

 

まさかそこまで話が彼等の耳に入ってたとは……

その上、かなり痛い所を突かれてぐうの音も出ない

 

こうなってはもう言い逃れは出来ない。明日菜は悔しそうにプイッと彼から目を背ける。

 

「いいからちゃんと前向いて運転しなさいよ、きゃ!」

「その必要はねぇ、今さっき着いた所ですぜ姫様」

 

いきなり急ブレーキを掛けて車を急停止させるので、思わず短い悲鳴を上げる明日菜

 

車が止めた先には確かに大きな屋敷の前の門前だった。

 

「んじゃ、俺はここでしばらく待機してるんで。姫様は社会人が日々労働に精を出しているこの平日の昼間から、一般人の俺達を見下しながら堂々とお遊びくだせぇ」

「引っ掛かる言い方ね……」

「明日菜姐、こんな奴ほっといてさっさと行こうアル。アネゴきっと待ちくたびれてるネ」

「そうね、護衛だのお目付け役だの言っておきながら、結局はここでサボる気満々だった暇な警察官なんてほっときましょう」

 

後部座席のドアを開けて屋敷の前に降りて、運転席で安眠マスクを装着して熟睡モードに入ろうとする沖田を一瞥した後

 

明日菜は神楽と共に意気揚々と門を潜って中へと入って行った。

 

「アネゴはこんなデカい屋敷で一人で住んでるアルか?」

「流石に違うと思うわよ、前に弟とか妹がいるとか言ってたし」

 

広い庭を見渡しながら「実家にある私の私有スペースと同じぐらいかしら?」とか呟きながら明日菜は屋敷の前に立ってチャイムを鳴らしてみる。

 

するとすぐに

 

「はいはい今出ますよー」

 

とお妙ではなくけだるそうな少年のような声が戸の向こうから聞こえて来た。

 

そして明日菜はあぁやっぱり弟と一緒に住んでるんだなと思いつつ

 

その後すぐにあれ? なんか今のけだるそうで妙に腹立たしい声、どっかで聞いた様な……と感じていると

 

自分達の前にある戸が乱暴にガララと開いた。

 

「新聞なら間に合ってるんで、ここの屋敷って見てくれは立派だけど家主は貧乏で金無いから」

 

関口一番にぶっきらぼうに話しかけて来た黒髪の少年は

 

前に見た時のオカマの恰好ではなく、やたらと黒を強調した服装に様変わりしていた。

 

桐ケ谷和人、明日菜とは色々と因縁が深い間柄の男である。

 

明日菜が彼に気付きかつ、いきなり現れたことに言葉を失っていると、和人も「ん?」と気付いたのか彼女の顔を呆然と見つめた後

 

「はい、今ここの人は誰も居ませーん、残念ですがお帰りくださーい」

「ってなに閉めてんのよ! 開けなさい!」

 

目の前でピシャリと閉めて門前払いして来たではないか。

 

明日菜もムキになってその戸を両手で開けようとするも、向こうも押さえつけているのか簡単には開かない。

 

ならばと明日菜はすぐに後ろに振り返り

 

「神楽ちゃんGO!」

「ウィース!」

「は!? おい待てお前等! まさか人ん家の戸を壊すつもりじゃ……!」

 

戸の外側から彼女達の声が聞こえたのか、和人は慌ててバッと戸を勢いよく開いて。

 

「ふざけんな! そんな事されたら俺達が怒られるんだよ! お前等お得意の暴力的解決は仮想世界だけでや……」

「ほわちゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

「どるふぃん!!」

 

和人が戸を開けると同時に神楽の飛び蹴りが彼の顔面に直撃

 

夜兎の一撃を食らった彼はそのまま長い廊下を吹っ飛び壁に叩き付けられてしまう。

 

「開いたアルよ明日菜姐」

「よくやったわ神楽ちゃん、最初から素直に開けなさいよね全く」

 

神楽に言った「よくやった」とは戸を開けた事ではなく和人に一撃を食らわせた事に対する賞賛だ。

 

開いた戸を潜って早速二人は玄関へと上がると

 

廊下で倒れている和人を無視して着物を着た女性が足早々にやって来た。

 

「いらっしゃい二人共」

 

二人をここに呼んだ当人、志村妙である。

 

「早速中へ入って、居間に案内するわね」

「はい、お邪魔します」

「お邪魔しまーす!」

 

相も変わらず微笑みを崩さないお妙に明日菜は頷いて靴を脱いで上がり、神楽もまた後に続く。

 

(それにしてもここ、なんだか懐かしい匂いがするわね……ああ、武州にいた頃の)

 

そんな事を思いながら明日菜は先導するお妙についていくと

 

ふと曲がり角の所でまだノビている和人の近くを通りかかった

 

「あ、思ったより神楽ちゃんのキックが強すぎたのかしら……そういえばなんでこの人いるんですか?」

「ああ気にしないで、ちょっと仕事して貰ってるだけだから」

「仕事?」

「まあここで話すのもなんだから、”それ”はそのままにしていいからこっちいらっしゃい」

「え!? いいんですかこのままで!? 実はこの人がノビてるの私達のせいなんですけど!?」

 

流石にやり過ぎたかと明日菜が心配そうに和人を見下ろすのも束の間、お妙はそんなのほっとけと言った感じで居間の方へと歩き出す。

 

明日菜は少し躊躇しつつも、倒れている和人の後襟をひっ掴んで

 

「あ~もう仕方ないわね……」

 

そう言ってズルズルと気絶した和人を引っ張りながらお妙を追う明日菜であった。

 

 

 

 

 

お妙に招かれて明日菜と神楽は居間へとやって来た。

 

倒れた和人は畳の上で放置しつつ、明日菜はふとテーブルの上にある皿の上に置かれている者をまじまじと見つめる。

 

幸いな事にそこに置かれていたのは普通の市販で売られている茶菓子だ。

 

「良かった、流石に二度も食べる気力はもう私には残ってないわ……」

「ごめんなさいねぇ、その場しのぎみたいなお菓子しか出せなくて、本当は得意の卵焼きでも作ろうとしたんだけど、随分前に出かけた弟が朝食に冷蔵庫の卵使っちゃって切らしちゃったのよ」

「弟さんありがとう……あなたは命の恩人よ……」

 

目の前にはいないお妙の弟に小声で感謝しつつ、明日菜はホッと胸を撫で下ろしていると

 

「お茶淹れてくるわね、ゆっくりしていて頂戴」

「あ、はいありがとうございます」

 

居間から出て行くお妙を見送って、素直に言う事を聞いて明日菜は神楽と共に敷かれた座布団の上に正座していると。

 

突然廊下をドタドタと駆ける足音が

 

「チクショウ逃げやがった! あの野郎そう何度も俺から逃げ切れると思うなよゴリラ!!」

「うわ!」

 

いきなり廊下から居間にやってきたのは

 

腰に木刀を差した銀髪天然パーマの侍、坂田銀時であった。

 

和人と同様、オカマではない彼がいきなり間近で現れたことに明日菜が驚いていると、隣に座っていた神楽がすかさず立ち上がり指を突き付けて叫ぶ。

 

「テメェ天パ! アネゴの家でなにしてんだコラァ!」

「あ? なんでお前等がここにいんだよ、って今はそんな場合じゃなかった。チッ、あの軟弱小僧はどこ行きやがった、せっかく挟み撃ちするチャンスだってのに……」

「その軟弱小僧ならここにいるわよ」

「ん?」

 

舌打ちしながらキョロキョロと見渡している銀時に、明日菜は真顔で自分の横で寝ている和人を指差す。

 

銀時はそれに気付くとやれやれ困ったもんだと言った感じでフッと笑った後

 

「なにサボってシエスタ決め込んでんだコラ! とっとと起きて仕事しろ! 働けニート!」

「おふぅ!」

「え、ちょっと!」

 

間髪入れずに和人の腹に蹴りをかまして、そのショックで我に返ったのか、驚く明日菜を尻目に和人はゆっくりと両目を開ける。

 

「な、なんだ……顔と腹から猛烈な痛みがあるんだが、一体俺の身に何が……」

「いいからさっさと行くぞ、いよいよゴリラを捕まえるチャンスだ、俺とお前で挟み撃ちにしてやる」

 

ヨロヨロと起き上がりながら自分の身に何が起きたのか記憶が飛んでいる様子の和人

 

そんな彼に悪びれもせずに銀時が命令していると、また廊下を掛ける足音が

 

「銀時! あのゴリラ厨房の冷蔵庫漁って勝手にバナナ食べてたよ! もしかしたらもうお腹空いて限界なのかも!」

「んだとあのゴリラ! 俺達が追いかけまくって奪った体力をバナナで回復させる気か! やらせるか! 下のバナナもぎ取って体力どころか男としての尊厳も奪ってやる!」

 

突然現れたな長い髪をなびかせる着物を着た少女を見て明日菜はハッと気付く。

 

仮想世界で銀時や和人と共に行動している紅一点、ユウキだ。

 

「じゃあ早速、ボクと銀時とキリトの三人の連携で完全に仕留めよう!」

「よし! じゃあお前は動くな!」

「なんでさ!? 今の流れでなんでさ!?」

 

ノリノリで銀時達の追いかけっこに参加しようとするユウキ、だが銀時は一足早く行こうとする彼女の両肩を両手で掴み上げて

 

「おいそこのブルジョワ娘! コイツがそこで動かないよう見張っておけ!」

「え、私!?」

「ちょちょちょ! 銀時それはないんじゃないの!? ゴリラを捕まえるぐらい手伝っていいじゃん!」

「バカ野郎ゴリラを甘く見るな!アイツはケツから出したウンコを直で手に取って投げつけて来る凶悪性を秘めているんだぞ!」

 

そう言ってユウキを座っている明日菜に押し付けて、銀時は復活した和人を連れて廊下を再び駆けて行く。

 

「待てゴリラこらぁ! テメェ捕まえねぇとこっちも報酬貰えねぇんだよ!」

「おい! やっぱ俺ちょっと痛いんだけど!? 絶対なんかあったよな! 絶対何かしらの衝撃を食らって気絶していたよな!」

「テメェの事なんざ知るか! とにかく今はゴリラに集中しろ! ゴリラの事だけを考えて己自身がゴリラなのだと思い込むぐらいゴリラと気持ちを一つにしろ!」

「絶対イヤだわ!」

 

ツッコむ和人を連れて銀時は嵐の様に消えてしまった。

 

呆然とする明日菜の隣では、ムスッとした表情で体育座りするユウキの姿が

 

「なんでこういつもボクだけ仲間外れにするのかなぁ……」

「……あなた、ユウキよね?」

「そうだけど何……ってアレ?」

 

明日菜が恐る恐る声を掛けるとユウキは不機嫌そうな表情で振り返り、一瞬で少し驚いたかのように目をぱちくりさせる。

 

「もしかして……アスナ?」

「そうそう、現実世界であなたと顔合わせるのは初めてだね」

「ってウソホントにアスナ!? まさかこっちの世界で顔合わせるなんて! もしかしてキリトのリアルを調べ上げて殴り込みに来たの!? 君ってそんなにキリトに執着してたんだ……」

「ち、違うわよ! あなた達と偶然近い所に住んでいたの! 今ここにいるのはこの家の人に誘われてお邪魔してるだけ!」

「そうなんだ、それにしてもリアルでもこうしてアスナと会う事になるとは思わなかったよ、ん? 君の隣に座っている女の子は?」

「私は神楽ネ、お前よくもあの時は私の定晴を奪って私から逃げ回ったアルな。まだ根に持ってんだぞコラ」

「んん? あの時ってもしかして……あ」

 

明日菜があの血盟騎士団のアスナだと知って驚くユウキに、神楽がジト目で文句を言ってやると、彼女の事もまたユウキはすぐに勘付く。

 

「もしかしてグラ? 銀時にやたらと口説かれてた?」

「そうよ、神楽ちゃんは向こうの世界ではちょっと大人なだけどこっちではこの通りまだ女の子なの」

「いずれは向こうの世界の私よりもナイスバディなボンッキュボンになる将来有望な美少女アル」

「はぁ~そうだったんだ、でもなんでだろう、あのグラの正体が君だった事にホッとしてるんだよねボク」

 

銀時がやたらと彼女にナンパみたいな真似をしていたので、結構ヒヤヒヤしていたのだが

 

彼女の正体が実はこんなあどけない小さな少女だったと知って、ユウキがフゥと一安心していると

 

明日菜は先程廊下を駆けて行った銀時達の事がふと気になっていた。

 

「そういえばユウキ、あの二人は一体この家で何をしているの? ゴリラを捕まえるとか言ってたけど?」

「ああ、お妙に依頼されてね、捕まえて徹底的にシメ上げて欲しいと言われたんだ、ストーカーを」

「ストーカー!?」

「どういう事ネ犬泥棒! まさかアネゴにゴリラのストーカーがついてるアルか!?」

「うん随分前から付き纏われてるんだってさ」

 

あっけらかんとした感じで答えるユウキに明日菜と神楽が驚いていると彼女は更に話を続ける。

 

「ほんとしつこくてさ、いっつもこの屋敷の内部に入り込んで来るんだってさ、だからそろそろ本腰入れて抹殺しようって事でボク等を呼んだって訳」

「……あなた達って殺し屋だったっけ?」

「アネゴに付き纏うストーカーなんて許せないアル!」

 

無垢な顔でサラリと恐ろしい事を言うユウキに明日菜が頬を引きつらせていると

 

神楽もやる気が出たのかとバンとテーブルを叩いた勢いで立ち上がる。

 

「連中だけじゃ確実に仕留められるか心配アル、私も手を貸してゴリラストーカーを抹殺してくるヨロシ」

「ま、待って神楽ちゃん! 抹殺はしなくていいから! 警察に突き出すだけでいいのよ!」

「うおぉぉぉぉぉ覚悟しやがれストーカー!!」

 

お妙に危機が迫っていると思った神楽は、怒りの矛先をストーカーに向けてそのまま廊下を突っ走って行く。

 

残された明日菜は不安そうにするも、程無くして心底嫌そうな表情で首を左右に振る。

 

「でも神楽ちゃんが凄く怒るのも当然ね、一方的な行為を押し付けてその上無断で家に侵入するぐらい付き纏うなんて、男以前に人として最低だわ」

「ホントそうだね、だからボクもストーカー退治に参加したいんだけど、銀時がそれを許してくれなくてさぁ」

「そういえばユウキにはすぐに動くなって言って私に強引に預けて来たわねあの人……」

 

先程の銀時とユウキの会話を思い出して明日菜は彼女の方へ振り向く。

 

「よほどあなたの事を大事にしてる証拠じゃないの?」

「とにかくボクに危ない真似させない様必死なんだよ、ボクだって万事屋の仕事ぐらいできるのに」

「……私と同じね」

「え?」

 

不満げにテーブルに頭を乗せながら呟くユウキに明日菜もまた彼女の気持ちを理解してるみたいに頷く。

 

「私も周りからお嬢様だのなんだの言われて何もさせてもらえないのよ、あっちの世界じゃ自由にできるのに、こっちの世界では何もかも制限されてホントに窮屈に感じるわ

「あぁそれボクと同じだ、ボクも向こうなら飛んだり跳ねたり出来るけど、こっちだと激しい運動はダメだとかですっかりマスコット扱いだよ」

 

「そうそう、それもこれも周りがいつまで経っても子ども扱いしてくるせいよ、私だってちゃんとやれるわよ、攘夷志士の調査ぐらい私だってやれるわよ」

 

「ボクだって万事屋の仕事ぐらい出来るよ、なのに銀時は何時まで経ってもボクを妹扱い、嫌になるよねー全く」

 

そんな風に互いに似たような愚痴を言い合っていると不思議な親近感が芽生えたのか明日菜とユウキはフフッと笑いが込み上げてしまう

 

「案外似た者同士なのかしらね、私達」

「そうかもねー、君は血盟騎士団でボクは攘夷プレイヤーの仲間だけど」

「あ、そうかそうだったわね……だけど私の敵はあくまで黒夜叉ただ一人だから、アレと仲良くするつもりはないけどあなたとならこうして普通にお喋りするのも悪くないわ」

「ハハハ、アスナはとことん嫌ってるんだねぇキリトの事」

「そりゃそうよ、あんな口の減らない小生意気な奴なんて、いずれぶった斬ってやるんだから」

 

しばらくそうして談笑をしながら二人仲良くやっていると、ふと天井裏からドンドンドン!と騒がしい音が

 

『おいそっち行ったぞ! 捕まえろ!』

『待て待て待て! 俺こんなガタイのいい人を拘束なんて出来ないぞ! 仮想世界ならともかく現実じゃ無理でぶふぅ!!」

『チッ! 軟弱なもやしっ子はこれだから! おいお前等! 行け! そこで仕留めろ!」

 

上の方から銀時と和人が騒いでいる声がする。和人は途中で呻き声をあげてやられてしまったみたいだが、銀時はまだ騒がしく走り回っている足音がした

 

「ストーカーが屋根裏に逃げ込んだらしいね、ホントしぶといなー」

「往生際が悪いわね、人として最低な真似して置いて、潔く腹を切ればいいのよ、あそうだ」

 

天井に向かって屋根裏で逃げ回っているのであろう正体不明のストーカーに悪態を突くと、明日菜はおもむろに懐から携帯を取り出す。

 

「そういえばこの家の前に警察がいたんだったわ、どうせ暇だろうし連絡して捕まえてもらいましょう」

「警察? なんでこの家の前で待機してんの?」

「私の護衛役なんですって、頭は空だけど剣の腕なら真撰組の随一って呼ばれてる男だから、ストーカーぐらいサクッと片付けてくれるわよ」

「……警察が護衛に付くってアスナって何モンなの?」

「いや私なんて普通よ、周りが大げさにしてるだけで、ただの江戸の中でもトップクラスのエリート階級に生まれた長女だから。ただの選ばれし勝ち組だから」

「さり気ないどころか堂々と自慢してくるね君、流石にボクもイラッと来たよ」

 

最新型の携帯を手の平で遊ばせながらサラッと自分が富民層だとアピールしてくる明日菜にユウキが真顔でツッコミを入れた。

 

「それに真撰組が捕まえればもう二度とそのストーカーはお妙さんに近づく事さえ出来ない筈だわ」

「真撰組か、そんなに良い噂聞かないけどそんなに信用できるの?」

「もちろん、一見ガラの悪そうな人たちが多いけどみんなホントは良い人よ。一番隊隊長は例外だけど」

 

泣く子も黙るあの真撰組、ユウキはそれほど接点も無いしいい噂も聞かない

 

しかし明日菜は何故だかそんな彼等を強く信頼している様子。

 

「あそこは二人のトップが上手く組織を纏め上げて導いているのよ、一人は真撰組の頭脳と言われている鬼の副長。そして……」

 

『神楽ちゃんいくわよ! あの野郎にトドメを刺す!』

『よっしゃあアネゴ! 私に任せるヨロシ!』

 

天井裏でいつの間にかお茶を淹れて来ると言っていたお妙が神楽と合流していたらしい。

 

二人で上手く連携を取ってストーカーを追い込んだみたいだ。

 

それに気付かずに明日菜はユウキに得意げに語っていた、真撰組のトップである……

 

 

 

 

 

 

「真撰組の大将を務める、近藤局長がいれば、きっと江戸は将来安泰になる筈だわ」

「「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

「どんぶらばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

その瞬間、明日菜達の丁度真上の天井を突き破ってお妙と神楽が何者かを踏みつけたまま勢いよくテーブルの上に降って来た。

 

突然の出来事にビックリしつつも咄嗟にユウキの肩に手を回して庇う明日菜。

 

すると立ち込められた砂埃の中から

 

お妙と神楽に踏まれ、大の字の状態で倒れながらノビている男が見えた。

 

その男をしばらくジト目で見続けて明日菜はすぐに誰だか気付く、否、気付いてしまった

 

 

 

 

 

 

「…………近藤さん?」

「あ、あれ? ひ、久しぶり明日菜ちゃん……」

 

 

兄の様に慕っていた男が姉の様に慕っている女性のストーカーだったという事を

 

明日菜はあ然とした表情でやっと気付くのであった。

 

次回に続く。

 

 

 

 




次の話では明日菜の過去や真撰組の連中との関わりが書かれます

そしていよいよあの男も……


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第三十五層 忘れられない思い出と忘れたい思い出

明日菜はぶっちゃけ和人より設定が細かく出来てます、彼女と真撰組のエピソードに話数を割くとスピンオフが1本出来上がるぐらいに

そうなると必然的に銀さん達の出番が減ってしまうので、舞台を広げる為の序盤の内は彼女達の話は極力書きたくなかったというのが本音です。



結城明日奈は今よりずっと幼い頃

 

短い間だけ江戸から離れて田舎の武州にいた事がある。

 

彼女が幼少の頃、攘夷戦争によって多くの幕府に連なる者が攘夷志士に暗殺される事件が多発し

 

身内にも被害が及ぶ可能性があると思った明日菜の父は、我が子だけでもと妻の甥である男に戦争が一段落するまで預かって欲しいと頼み込んだのだ。

 

バラガキと呼ばれたその男に

 

 

 

 

明日菜が武州に疎開して数週間経った頃

 

今日もまた夕日が照らす道をぐずりながら歩いていた。

 

「うう……ぐす……」

「ったく毎度毎度あのガキに泣かされやがって……」

 

今よりずっと小さくそして幼い彼女の前を歩くのは、長い黒髪を一つに結った目つきの鋭い男。

 

近寄りがたいその雰囲気を持つ男に、何故か明日菜は懐いていた。

 

「テメェがそうしてピーピー泣くからつけ上がるんだよ、ちっとは反撃しろ」

「ぐすん……だって私女の子だもん……」

「女も男もオカマも関係あるか、次アイツに虐められたら顎にアッパー食らわせろ、もしくは懐に入ってボディブロー決めちまえ」

「無理だよそんなボクサーみたいな真似……」

 

男は子供が嫌いだった、特にこんな小さな女の子などどう相手すればいいかわからない。

 

彼女の兄の方は素直だし男というのもあって扱い方はわかるが、自分の後をこうして泣きながらついて来る明日菜には基本的に突き飛ばすような感じで接している。

 

そのまま男は後ろで泣いている彼女を無視してそのままスタスタと歩いていると、後ろから「おーい!」とこちらを呼ぶ声が飛んで来た。

 

「お前達こっちにいたのか! 探したぞ全く!」

「近藤さん!」

 

手を振ってやって来た大柄の男性に明日菜が即座に振り返り、男もめんどくさそうに彼の方へ振り向く。

 

近藤勲、男が通っている道場の跡取り息子で何かと自分達の世話を焼いて来るお人好し

 

一緒に疎開している明日菜の兄は男の方も強く信頼しているが、どちらかというとこの近藤の方を非常に尊敬しているらしい。

 

そんな彼に男はフンと鼻を鳴らしながらそっぽを向き

 

「別にこっちは探される覚えはねぇよ、このガキがうるせぇから山に捨てる所だ」

「ええ!?」

「おいおいそういうのは冗談でもこの年の子供は真に受けちまうんだぞ、心配するな明日菜ちゃん、コイツは見た目も中身もふてぶてしいがそんな真似するような男じゃねぇよ」

 

山に捨てると聞いてまた明日菜が泣きそうになるが、すぐに近藤がしゃがみ込んで安心させるように大きな手で頭を撫でてあげる。

 

「総悟の奴には俺が一発ゲンコツ食らわして説教してやったから大丈夫だぞ、なんでも明日菜ちゃんがアイツの姉のミツバ殿と一緒に庭で遊んでいたのが気に食わなかったらしい」

「ケッ、ガキ同士の喧嘩は理由もガキだな。山に捨てるのはやっぱあのガキにしとくべきか?」

「まあそう言うなよ、アイツも姉ちゃんを奪われるかもと思ってついムキになっちまったんだろうさ」

「果たして姉ちゃんだけかねぇ……」

 

ぐずる明日菜を慰めながら頭を撫でてあげている近藤を見下ろしながら男がボソリと呟いていると

 

近藤は明日菜の小さな両肩に優しく手を置く。

 

「明日菜ちゃん、困った時や泣きたい時にはいつも俺やコイツ、ミツバ殿を頼ればいい。大人がすぐに助けてくれるってのはガキにしか出来ねぇ特権だ。無理に一人で抱え込まずに全部吐き出しちまえば良いんだよ俺達に」

「……うん」

「ここにいる間は俺達がお前達兄妹の家族だ、家族同士で遠慮なんざいらねぇ、思う存分この近藤勲に頼ってくれよ!」

 

コクリと頷く明日菜に近藤は満足げに二カッと笑い、その笑顔を見て思わず明日菜もやっと小さく微笑んだ。

 

 

 

これは結城明日奈が武州にいた頃の大切な思い出の一つである。

 

 

 

 

 

 

そして

 

「助けて明日菜ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「……」

 

あれから十数年後

 

あの時は困った時はすぐに自分を頼ってくれと豪語していた近藤勲は

 

現在、志村邸の庭に生えていた木に逆さ吊りにされ、衣服を剥ぎ取られ真っ白な褌一丁の状態で、泣きながらこちらに助けを求めていた。

 

その醜態を、唖然として言葉も出ずにただ廊下に腰掛けて見つめていたのは、あの時よりもずっと成長してより女らしくなった結城明日奈である。

 

 

「どういう事近藤さん……お妙さんのストーカーってもしかして近藤さんだったの?」

「違う違うそれは誤解だ! 俺は決してお妙さんのストーカーじゃないんだ!」

 

吊るされたまま身体を左右に振りながら叫ぶと、近藤は誤解を解く為に慌てて彼女に話しかける。

 

「俺は常日頃からお妙さんに陰湿な輩が近づかない様警備をしていたんだ! 真撰組局長として! そして何より愛するお妙さんを想って!」

「近藤さん、そういう事するのがストーカーと呼ぶのよ、陰湿な輩はあなた自身なのよ」

「断じてストーカーではありません! 強いて言うならハンターです! 恋の!」

「あ、ダメだこの人もう手遅れだ……」

 

逆さになったままキランと歯を輝かせてドヤ顔を浮かべる近藤に、明日菜は頭を手で抑えながらため息を突く。

 

「そう言えばここ最近近藤さんがよくいなくなるってアイツ(沖田)から聞いていたけど……まさかお妙さんの家に忍び込んでいたなんて……」

「アスナはこのふんどしゴリラと知り合いなの?」

「え?」

 

すると隣に座って一緒にもがく近藤を普通に眺めていたユウキが不意に彼女に話しかける。

 

「なんかちゃん付けで呼ばれてるし、アスナも知ってる感じだからそう思ったんだけど」

「え、ええ一応そうなんだけど……子供の頃この人の道場によく遊び行ってて凄く面倒見て貰ってたの……けど何故かしら、今となっては無性に忘れたい……」

「幻滅しないで明日菜ちゃん! 俺はいつだってあの頃の俺さ! 困った時はすぐに俺を頼っていいから! けどその前にまず俺を助けてお願いだから!!!」

「助けて欲しいってよアスナ」

「「いやだ」って言っておいて……はぁ~何やってるのかしらこの人……」

 

またもや涙目で懇願してくる近藤に、明日菜が幻滅を通り越してこっちが泣きたいわと項垂れていると

 

「おーいちゃんと逃げない様見張っていたかテメェ等」

 

先程近藤をこの木に吊るした張本人である坂田銀時が

 

スーパーの袋を持ったお供の桐ケ谷和人を連れてまたこっちに戻って来た。

 

肩に何本かよく燃えそうな薪を担いで

 

彼等がやって来るとすぐにユウキが振り返ってムスッとした表情

 

「見張りぐらい出来るよ! それよりボク等をここに置き去りにして二人でなにやってたのさ!」

「ちょっくら買い出しに行ってたんだよ、ゴリラ一頭丸ごと焼き尽くすのに必要な薪を揃えて来たんだ」

「俺はその時ついでに焼いておこうと思ってサツマイモ買って来た」

「焼き芋かーいいなー」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なにのほほんとした空気醸し出しながら末恐ろしい事実行しようとしてんだテメェ等! 会話の中にサラリとゴリラ焼こうとしてんじゃん! 俺ゴリラじゃないけど!!」

 

彼等の会話を聞いてコレは確実に焼かれるとすぐに察した近藤は、身体をくねらせながら必死に抵抗する姿勢を見せた。

 

「明日菜ちゃん本当に助けて! このままだと俺焼かれちゃうよ! サツマイモのついでにこんがり焼かれてコイツ等に食われちゃうよ!」

「誰がテメェみたいな汚ねぇゴリラ食うか、てかもしかしてお前等知り合いなの?」

 

明日菜に助けを求める近藤を見て、銀時はふと彼女の方へと振り返ってこの男と知り合いなのではと尋ねるが

 

素っ気ない表情で彼女は近藤から目を背けて冷たく一言。

 

「いいえ知りませんそんなゴリラ」

「明日菜ちゃぁぁぁぁぁぁん!!! 武州で同じ釜の飯を食った仲じゃないか! お願いだからコイツ等に止めてくれって言ってくれよ!!」

「人違いじゃないですか?」

「えぇぇぇぇぇぇ!? ならば仕方ない、明日菜ちゃんの為に俺は心を鬼にして……あれはまだ君が武州にいた頃……」

 

あくまでシラを切る態度に出た明日菜に、近藤は目を瞑りながら遠い昔を思い出すように

 

「夜中、総悟の怪談話を聞いた明日菜ちゃんはあまりの怖さに厠に行く事も出来ず……次の朝、彼女の布団にはこれはこれは見事なアメリカ合衆国が……」

「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

周りに人がいる中で、思い出しただけでも無性に頭を掻き毟りたくなるような自分のこっ恥ずかしい出来事を淡々と語り出そうとする近藤に悲鳴のような声を上げながら立ち上がる明日菜。

 

その反応を見て和人は「ああ~」と察してニヤリと笑い

 

「なにお前、布団の中でアメリカ建国してたの? そりゃ中々出来ないぞ立派だな。新八だって精々ネパールぐらいしか作れなかったのに」

「それ以上そのニヤケ面をこっちに向けて来るなら……アンタも燃やすわよ……!」

 

弱みを握ったと嬉しそうにしている和人に明日菜は本気の殺意を持って睨み付けていると

 

隣で座っているユウキがまあまあとなだめる。

 

「ボクは気にしてないよアスナ、姉ちゃんなんか昔、カナダ建国してたし」

「え、アイツがカナダ建ててたの? 俺はアイツにお前がカナダ建てたって昔聞いたんだけど?」

「違うよ姉ちゃんだよ! 騙されないで!」

「つうかカナダってどんな風に漏らせば出来んの?」

 

慌ててそれは姉の狂言だと叫ぶユウキに銀時は別の事で疑問を抱いていると

 

「あら戻って来たらみんなで世界地図の勉強でもしてるのかしら?」

「あ、お妙さん」

「お妙さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! いい加減降ろしてくれませんかね!? なんか頭に血が昇り過ぎて意識がボーっとして来たんですけど!」

「そのまま頭から血が吹き出るぐらい吊られてなさい」

 

彼等の下へ志村妙がいつもの様にニコニコしながら現れた、隣には明日菜の友人の神楽もいる

 

「大丈夫アルよアスナ姐、私はアスナ姐が布団に壮大な国を作っていようが全然気にしないネ」

「掘り返さないで! お願いだからそのまま土に埋めて私の過去は!」

「そういや明日菜ちゃん、あの時も証拠を隠滅しようと必死に穴を掘っていた様な……」

「早くこの人燃やしましょうお妙さん」

「いやいやいやいやいや! 燃やさないで! 埋めていた過去を掘り返した事は謝るから! アメリカなだけにアイムソーリー!!」

「ライター貸してください」

「明日菜ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

お妙に何か燃やす為の道具がないかと、自ら燃やそうとする明日菜に近藤がこれで何度目かと思うぐらいの絶叫を上げていると、お妙はニコニコ笑ったまま

 

「その事なんだけどやっぱり燃やすのは止めておこうと思ったの、だって煙なんて立ったらご近所にも迷惑だし、何より焼けた死体の匂いが充満して家に付いちゃうかもしれないじゃない」

「嬉しいんだけど怖いですお妙さん! 俺が死ぬ事云々よりもご近所と匂いの方が気になっちゃうんですか!?」

「だから後始末の方法を変えてみたのよ、すみませーん、こっちでーす」

「へーい」

 

嘆き悲しむ近藤をスルーしてお妙は後ろに振り返って声を掛ける。

 

すると

 

「で? 斬って欲しい奴ってのは何処のどいつでぃ?」

「そこに吊るされている野ゴリラです」

「げ! お妙さんなんでそいつを!」

「総悟ぉ! そうか俺を助けるために来てくれたのかぁ! あれ? でもなんで刀抜こうとしてんの?」

 

何故か志村邸の前でパトカーを停めて昼寝決め込んでいた沖田総悟が腰の刀に手を置きながらフラッとやって来た。

 

いきなり現れた彼に明日菜が面食らってる中、必死にこちらに助けを求める近藤の方へと歩み寄って、沖田は軽くしゃがんでしげしげと眺めはじめる。

 

「野ゴリラかぁ、流石にゴリラ斬るのは初めてだな、あれ? なんか近藤さんに似てるなこのゴリラ、まあいいか、んじゃ股から一気に頭の先まで両断する感じで」

「オイィィィィィィィィ!! なに普通にえげつない斬り方しようとしてんだ!! 大将だよ大将! 君が働いてる所の大将の近藤局長だよ!?」

「あり? なんだやっぱ近藤さんでしたかぃ」

 

サラっと恐ろしい斬り方を試みようとしていた沖田を近藤が慌てて叫んで自分こそがお前達の大将だと叫ぶと

 

やっと気付いた様子で沖田は刀から一旦手を離す。

 

「どういう訳でそんな恰好になってるんですかね? 俺はここの家主にストーカー捕まえたから斬ってくれって頼まれたんですが、ひょっとしてそのストーカーって近藤さん?」

「違うお妙さんは誤解しているんだ! 何故なら俺はストーカーではなく恋の……」

「あり? もしかしてそこにいるの旦那じゃないですか? いやー奇遇ですねー」

「聞けやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

会話の途中でふと銀時達に気付いた沖田は近藤の事も忘れて彼に向かって挨拶。

 

こうして現実世界で顔を合わせるのは初めてである。

 

「ゲームの世界でコイツのお目付け役してたソウゴでさぁ、ちゃんと覚えてます旦那?」

「ソウゴ? ああ、あの妙にSッ気の強い奴か、なにお前警官だったの? てっきり人斬りの浪人だと思ってた」

「警官も人斬りもなんら変わりやせんよ、そこにいる二人のガキは向こうの世界でも一緒にいた奴ですかぃ?」

「ああそうそう、色々あって今コイツ等養ってんだよ俺」

 

ゲームの世界と何ら変わらない顔付きだったので銀時はすぐに分かった様子で頷くと、早速沖田と世間話を始める。

 

「あ、そういや神器の素材を扱える鍛冶屋には会えやしたかい?」

「それがまだなんだよなー全然見当たらねぇんだよホント、けど最近三十層で新しい武器と防具を買い揃えたぞ、地球防衛軍基地とかそんなん前の店で」

「へぇ俺もあそこたまに顔出すんですよ、あそこはGGO型でも扱える近接武器が売ってるんで、今度一緒に行きやせんか? 面白れぇアイテム売ってるんですよあそこ」

「総悟ぉ!? なにのほほんと普通にゲームの話始めちゃってるの!? おたくの大将を見て! 裸にされて逆さ吊りにされてんだよ!? 部下としてここは激昂するべきイベントだよ! 俺達の大将をこんな目に遭わせて許さん!って戦闘画面に映る筈だよ!」

 

自分そっちのけで銀時とゲーム談議に花を咲かしている沖田に近藤が傍でわめいていると、彼の代わりにお妙が沖田に声を掛け

 

「すみませーん、さっきからこのゴリラ逆さの状態で叫んでて苦しそうなので、いっそ楽にさし上げて下さーい」

「へーい」

「総悟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

お妙に言われて沖田は振り返ると、スッと躊躇もせずに腰の刀を抜こうとする。

 

澄ました目で容赦なく自分の所の大将を斬ろうとする沖田に雄叫びを上げると、近藤は最後の綱として明日菜の方へ

 

「明日菜ちゃんこの敵だらけの地帯で君だけが唯一俺の味方である筈だ! お願いだから総悟を止めてくれ!」

「私の恥ずかしい話を暴露しておいて、私が近藤さんの味方でいてくれるという根拠を知りたいです」

 

冷たく静かに睨み付けて来る明日菜に対して近藤はフッと笑うと

 

「なんだまだ布団にアメリカ建国した事を気にしてるのか? 気にするな明日菜ちゃん、誰だってみんなそういう事やらかして成長していくもんなんだよ、俺だってガキの頃はよく布団に地球を創星してたもんだ」

「だからそれを止めて下さいって言ってるの! ていうか創星ってなんですか!? どんだけ出せば創れるんですか地球!? それもう完全に体ミイラになりますよね!?」

「アメリカ?」

 

明日菜が一喝しながらすぐに近藤を黙らせようとしていると、二人の会話が耳に入った沖田は小首を傾げた後

 

「あー昔、姫様がクソチビの時に布団に盛大に漏らした奴か」

「言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「でもアレってアホ面かまして寝てた姫様の布団の上にバケツ一杯分の水ぶっかけただけなんだけどな」

「だから言わ……え?」

 

なんか今凄く気になる事をサラッと言わなかったか?

 

怪訝な表情を向けて来た明日菜に沖田はシレッと自分を指差して

 

 

 

 

 

「姫様が漏らしたと思い込んで泣き喚く様を見る為に、俺がやりやした」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「いやーまあガキの頃のしょうもないイタズラという事で、器の広い姫様なら当然許してくれやすよね?」

「許す訳ないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

後頭部手を置きながら全く悪びれていないのがハッキリと見て取れる沖田に

 

あの時のショックな出来事がが全てコイツのせいだとわかった途端、明日菜の中でプツンと切れる音が聞こえた。

 

「神楽ちゃん戦闘モード! コイツを徹底的に叩きのめしてやりなさい!!」

「おうよ! コイツをボコボコに出来るのをずっと待ってたアル!!」

「私がどんだけあの事件を引きずってたと思ってるのよ! 今更はいそうですかって許せるもんですか!!」

 

すぐに近くにいた神楽に命令して、沖田に指を突き付けながら激昂する明日菜。

 

するとすぐに沖田は回れ右して仏頂面のままその場を逃げ去ろうとするが

 

「待ちなさいよコラァ! 神楽ちゃん思う存分にやっちゃいなさい!」

「逃げんなサド野郎! アスナ姐の抹殺指令が出た時点でテメェはもう私に殺される運命なんだよぉ!」

「テメェ等なんかに俺を殺れる訳ねぇだろうぃ」

 

志村邸の広い庭で突然鬼ごっこを始めた沖田と明日菜、そして神楽。

 

そんな光景を唖然としていた表情で見ていた近藤は、ふと自分の傍でパチパチと薪が焼かれている音と何やら香ばしい匂いを感じる。

 

「ってあれ? なんかめっちゃ煙いんですけど! しかもなんか香ばしい匂いが!」

「おい和人君、自分の分だけじゃなくて他の奴等の分も焼いておこうとかちっとは考えろよ」

「焼き芋ぐらいでネチネチ言うなよ、どうせ俺が焼いても「お前の方が大きいからそっち寄越せ」とか言うクセに」

 

そう言いながら薪を燃やしてアルミホイルに包まれた芋を串に刺して突っ込む和人に

 

銀時も負けじと真似をして芋を焼き始める。

 

「焼き芋ってのは焼き加減が大事なんだよ、うっかり焦がし過ぎると中身までダメになっちまう。タイミングだ、タイミングを読んで焼け、今からお前はニュータイプになるんだ」

「いやなれねぇよ」

「ユウキちゃんはお芋いるのかしら?」

「ううん、ボク食べれないからお構いなく」

 

お妙もいつの間にか加わってユウキと会話しながら焼き芋を作り始める。

 

しかしその反動で、傍で逆さ吊りにされていた近藤はかなりの手痛い被害を被っていた。

 

「お、お妙さん煙が目にしみるんですけど! これ結構キツいんですけど! 煙いし焼き芋の匂いで腹も減るしで中々の拷問なんですけど!」

「あらそうなの、どうでもいいわね」

「お妙さん!? うちわでこっちに向かって煽がないで! 死ぬ死ぬ! 風に流されてきた煙で息が出来なくて死ぬぅぅぅぅぅぅ!!」

 

焼死させるなり斬り殺すよりもこうしてジワジワと嬲っていく方が反省させるには好都合だと考えたのか

 

泣きながら懇願する近藤にお妙はパタパタと取り出したうちわで煽いであげる。

 

後はこれに懲りて近藤がお妙へのストーカー行為を大人しく諦めるかどうかであった。

 

そして

 

「待ちなさいつってんでしょうが!」

「逃げんなゴラァ!」

「嫌でぃ」

 

銀時達が拷問兼焼き芋作りに精を出している中

 

彼女達の鬼ごっこは一向に終わる気配が無かった。

 

 

 

 

 

その頃、志村邸の前には

 

沖田が運転して来たのとは違うパトカーが停まっていた。

 

「この辺に局長と沖田隊長がいたと聞いて来てみれば……」

 

入口から双眼鏡を使ってコソコソと内部を見ているのは真撰組の密偵・山崎退。

 

どうやら仕事業務中なのに行方知らずになった二人を探してここまで来たらしい。

 

彼の双眼鏡の先では、沖田が明日菜や神楽に追われて、近藤は民間人にキツイ拷問を受けている。

 

とても世間には公に出来ない姿を眺めた後、山崎は双眼鏡からゆっくりと顔を離して後ろに振り返る。

 

「……どうします副長?」

「はぁ~……ほっとけ」

 

そこにはパトカーの助手席で座りながら、窓を開けてタバコの煙をプカプカと浮かせる男がいた。

 

「連絡が取れねぇと思ってたらこんな所でサボってやがったのか、戻って来たらあの二人士道不覚悟で切腹だ」

「副長、それマジで言ってる訳じゃないですよね……」

「俺はいつだって大マジだよ」

 

頬を引きつらせながら尋ねて来る山崎に男はバッサリと答えながら

 

タバコを片手に持ったままフゥ~とまたふてぶてしく煙を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「アイツ等あの頃からなんにも変わってねぇ、つくづく呆れるぜ全く」

 

 

 

 

 

 




何気にここで真撰組のメインメンバーが勢揃いしてます。でもまだ副長がメインの話は先になりそうですね……

次回は森のダンジョン内を彷徨っていた銀時が『彼女』と2度目の顔合わせ

けれども全く会話が噛み合わない上に一方的に話を進めてしまう彼女に銀時も振り回されて大混乱。

一体彼女の正体とは……

それでは



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第三十六層 Here we go, off the rails

さあ行きましょ、常識を飛び越えて


新装備に切り替えてから銀時は更に上の階層へと昇りに昇っていた

 

相も変わらず回避性能に特化しまくって当たってもさしたるダメージにならない攻撃でさえも避けるクセは抜けてはいないが

 

それでも自らダメージを削って物干し竿を取り出す、という機会は減っていった。

 

そして銀時の現在いる層は第三十五層。彼と同じタイミングで初めたプレイヤーの中では群を抜いて早い。

 

と言っても彼の場合は最初から備わっているずば抜けた身体能力と剣による立ち回りと

 

彼を補佐する何人かのベテランプレイヤーの存在があってこそなのだが

 

そして今、三十五層のダンジョン、迷いの森というこれまた難儀な場所の攻略に勤しんでいた。

 

「あれ? ここなんか前に来た事なかった?」

「だな、やっぱ久しぶりに来るとわからないモンだな……」

 

生い茂った深い森の中で着ているローブに引っかかる枝や葉っぱを払いながら、銀時は共に同行しているキリトに尋ねる。

 

キリトもまた以前ココを攻略したのはだいぶ前の話なので、どういう風に進んで行けばいいのか忘れてしまってるらしい。

 

ちなみにユウキは今回の攻略に同行していない、ここ最近はひたすらこっちに潜りっぱなしだったので、休憩を取らせてしばらくは現実の世界で待機するよう銀時が言い聞かせているからだ。

 

「二十層の特殊ダンジョンもこんな感じだったけどよ、ここはあそこよりも更に複雑化してねぇか? こんなの下手すりゃ最深部どころか最寄りの村にも帰れねぇぞ……」

「俺もソロで初めてここに来た時は散々迷わされたからな……迷いの森という名に相応しく、一度入ったら中々抜けられなくて、攻略を諦めたプレイヤーがよく自らのHPを削り切ってゲームオーバーするって事はザラにあるらしいぞ」

 

迷ってる間にすっかり夜になってしまい、昼でも暗かった森の中は完全に暗闇と化していた。

 

先頭を歩くキリトが手に持った松明を目印に、なんとか手触りで少しずつ歩きながら銀時は渋い顔を浮かべる。

 

「森の中で自殺か、どこぞの自殺スポットかよ……」

「死んだ事に気付かずに未だ森の中を彷徨っている幽霊とか出そうだな」

「ケ、ここで死んでもリスポーン地点の村に戻るだけだろうが、変な事言って大人をからかうんじゃねぇ」

 

銀時でもすぐにわかる冗談を言って茶化してくるキリトに銀時がしかめっ面で舌打ちしていると

 

ふと傍の茂みからガサゴソと何か音がしたので銀時は即座にビクッと肩を震わせる。

 

「ってなんだよ風でそよいだだけか……ったくモンスターが出たのかとつい身構えちゃったぜ、なあキリト君」

「おい……なんでいつの間に俺の手を握ってんだアンタ……」

「何言ってんだこうすりゃはぐれる心配もねぇからだよ、それ以外の事なんか何もねぇよ、決してそっちの趣味があるとかそんなんじゃないから安心して」

「いや手汗半端ないんだけど……」

 

視界も悪く音も聞こえず、そんな不気味な所を歩き続けながら些細な事で一々ビクつく銀時は

 

いつの間にかキリトの松明を持ってない方の手を強く握って離そうとしない。

 

この人ホラー系ダンジョンとして有名な六十五層と六十六層に行ったらビビり過ぎて死ぬんじゃないか?とキリトがジト目で見つめながら、お化けがめっぽう苦手な銀時の今後にますます不安を覚えた。

 

「手を握るならユウキとやってくれ、こんな暗闇でオッサンの手を握り続けながら歩くとかなんの罰ゲームだ」

「そのユウキがいねぇから仕方なくお前と手ぇ繋いでやってるんだよ! 俺だって野郎と二人で手なんか繋ぎたくねぇよ! ありがたく思えやコラ!」

「なんでそんな上から目線!? もういいから離せ! モンスターに奇襲されたらどうすんだよ!」

 

自分の手を決して離そうとしない銀時にキリトがうっとおしそうに引き剥がそうとしていると、ふと銀時の背後からうっすらと……

 

「ん?」

 

長い髪をした小柄なシルエットが見えたような気がした……

 

「おい、今アンタのずっと後方に……長い髪をした子供みたいなのが茂みの中から見えたぞ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「抱きつくな!!」

 

キリトが呟いた瞬間銀時は彼の頭に両手を回してしがみ付いて来た。

 

それを強引に振り払いながらキリトは怪しい者が見えた方角に目を細める。

 

「消えた……感知スキルにも反応が無いな、悪いけどアンタはここで待ってくれ、俺はちょっと辺りを探索してみる」

「はぁ!? なに言ってんのお前!?」

「なんか気になるんだよ、この森で小さな子供を見たなんて情報は今までなかったし、もしかしたらここで起こる隠しイベントがあるのかもと思ってさ」

 

通りすがりのプレイヤーという可能性もあるが、感知スキルに反応しなかったりあっという間に消えてしまうなどおかしな点がいくつかある。 

 

もしかしたら何かレアなイベントでも発生しているのかもしれないと思い、キリトは銀時を置いて単独で消えた子供を探そうとするが、当然それを銀時が許すわけにはいかない。

 

「今更クエストとかどうでもいいだろ! もう見えねぇって事はどうせただの気のせいだよお前の!」

「いやもしかしたら神器入手のクエストかもしれないし」

「お前ホント頭の中神器ばっかだな! どんだけ囚われてるんだよ神器に!」

「いいだろ別に! 真のゲーマーたるもの神器はなくてはならない存在なんだよ!」

 

前にシノンから聞いた神器の情報も未だ解明は出来ていない。

 

なればここで消えた人物を探し当てて、なんらかのフラグを立てればまた新たな神器の情報が手に入るかもしれない。

 

ここ最近特に神器に対して貪欲な姿勢を見せているキリトは、もはや居ても立っても居られない状況なのだ。

 

「ということでちょっくら行ってくる、何も無いと判断したらすぐ戻って来るから」

「待てぇ! 俺だけ置いてけぼりにして勝手にどこ行くつもりだテメェ!」

「あまり遠くには行かないから、まあこの辺はベテランでもすぐに迷うから自信を持っては言えないけど」

「オイ! 不吉な言葉残しながら行くんじゃねぇ! 待てやコラ! 待って! 待って下さぁぁぁぁぁぁいい!」

 

銀時が必死の形相で手を伸ばすがキリトは軽く手を振りながら何処へと駆けて行ってしまった。

 

すぐにでもその背中を追いかけたい所ではあったが

 

こんな暗い場所で長い髪の子供がポツンと立っていた、というキリトの言葉を思い出した事ですっかり腰が引けて動けずにいたのだ。

 

「あんのゴキブリ童貞腐れヒキニートが! 現実世界に戻ったらぜってぇシメてやる!!」

 

拳を震わせながら置いてけぼりにしたキリトに恨めしそうに叫んでいると、銀時はふと一人になった事にどんどん不安感を募らせていく。

 

次第に辺りをキョロキョロと見渡して、何か近くで不審な事が起きないのかとビクビクしながら頬を引きつらせる。

 

「い、いやそもそもお化けなんざいる訳ねぇだろ、所詮ゲームの世界だし……つうか現実にもいる訳ねぇし、俺リアリストなんで、この目で見た事がない空想の存在を信じる程子供じゃないんで……」

 

震える声で自分自身にそう言い聞かせながらなんとか平静を保とうとする銀時

 

「そうだよ、たかが暗くて静かで薄気味悪いだけじゃねぇかこんな所。いつも通り堂々と攻略して行きゃあいいんだよこんなダンジョン、よーしそうと決まれば俺を置いてどっか行ったあのバカを探しに行こう、タケコプターでもありゃあ上から探せんのにな……」

 

頭の中でひたすらドラえもんの歌を再生しながら己の恐怖感を半減にする事に成功すると

 

銀時は腕を振り上げやっと消えて行ったキリトを探しに行こうとする。

 

だがそんな時であった。

 

「!」

 

後ろから雑草を踏み歩いて来ながら、何者かがこちらに近づいて来るのを銀時は感じた。

 

その瞬間、全身から冷や汗を流しながら銀時は再びその場に根を張ったかのように動けなくなってしまう

 

(え? なんか後ろから誰か来てる? キリト君? キリト君だよね? キリト君だと言ってお願いだから!)

 

ザッザッとこちらに近寄って来た足音が自分のほぼ真後ろの所でピタリと止んだ。

 

先程別ればかりのキリトだと懸命に祈りながら、銀時はゆっくりとそちらに振り返ると……

 

 

 

 

 

 

そこに立っていたのは長い黒髪を腰の下まで垂らした、ボロボロで粗末な服を着た線の細い小柄な少女であった。

 

「あ、あの……」

「…………」

 

その少女はオズオズとしながら銀時の方へ顔を上げて何か言おうとするも

 

暗闇の中からいきなり現れた小さな女の子が背後から現れた、というホラー映画で腐るほどやられているシチューエションに

 

頭の中は真っ白になり、ついでに顔も真っ白になり、目も白目を剥いていた。

 

そして

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「あ!」

「テルネイドマルチビダパンウシコハムトラボンチャンブルカタロハムフラマショウタイガネメポノツガリトン!!」

 

頭の中に突如降って来た念仏の様な言葉を並べて叫びながら、すぐに銀時は少女から回れ右して恐怖に駆られながら全力疾走で走り出す。

 

「トットコハムハムトットコキヒキヒトットコシクシクヘッケヘケ!!」

「待っ……!」

 

呼び止めようとこちらに手を伸ばしている少女にも気づかずに、銀時はただひたすら意味の分からない言葉を叫びながらがむしゃらに草葉を掻き分けて必死に逃げ出すのであった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……ここまで来りゃあ追ってこれねぇだろ……」

 

数十分の間全力で森の中を駆け抜けて行った銀時は

 

傍にあった木に手を当てて呼吸を整えながら辺りを伺う。

 

先程遭遇した少女の気配はもうどこにも無い

 

その事に安堵したかのように銀時はフゥ~とため息を漏らした。

 

「危ねぇ危ねぇ……どうやら俺が叫んだ呪文のおかげで上手くおっ払ったみたいだな、藍子が昔観てたガキ向けのアニメの歌を適当に叫んでただけだけど……」

 

そう呟きながら顔から滴り落ちる大量の汗をローブで拭いながら、ひとまず安心だといった感じで銀時は歩き出そうとする、だが

 

「……あれ、ここどこ?」

 

パニックになって一目散に逃げだしてしまった事が仇になったのか

 

今現在ココがどこなのか全く検討付かない銀時

 

辺り一面は暗い森の中、空に浮かぶのは唯一光を差してくれる月のみ。

 

とどのつまり、完全なる迷子となってしまったのだ。

 

「オイオイオイオイ……ひょっとしてコレ遭難って奴? ウソだろ洒落にならねぇぞ……」

 

キリトみたいに松明みたいな暗い所を照らすアイテムを銀時は所持していない。

 

周りを見渡しても暗くて何も見えず、頬を引きつらせて無理矢理笑みを浮かべながら銀時は途方に暮れる。

 

「しゃあねぇ、こうなったらはぐれたキリト君を探すしか……」

 

とりあえず離れ離れになった相方を探そうと銀時は闇雲に歩こうとする、だがその時であった。

 

「ひ!」

 

再び後ろから雑草を踏み歩いて来ながら、何者かがこちらに近づいて来るのを銀時は感じた。

 

その瞬間、短い悲鳴を上げて、先程と同様全身から冷や汗を流しながら再びその場で動けなくなってしまう銀時

 

(ま、またなんか後ろから気配がすんぞ! ウソだよね? 追いついて来たとかじゃないよね? お願いだから違うと言って!)

 

自分のほぼ真後ろの所でピタリと止んだ足音に、銀時は全身を震わせながらゆっくりとそちらに振り返ると……

 

 

 

 

 

 

 

そこに立っていたのは

 

金色の騎士風の鎧に身を包んだ

 

鎧と同じく煌びやかに輝く黄金の髪を垂らした

 

腰に『洞爺湖』と彫られた木刀を差す少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

いきなり唐突に現れたその少女に、銀時は恐怖も忘れて目をパチクリとさせると

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

すぐに驚いた表情を浮かべ、無表情でこちらを見つめて来る彼女に思いきり叫び声を上げるのであった。

 

あまりにも予想外過ぎてただただ叫ぶしかない。

 

「な、な、なんでお前がここにいやがんだぁ!?」

「……」

 

銀時は前にもこの少女であったことが一度だけある。

 

第二十層の特殊ダンジョンにて、いきなり現れたと思いきやいきなり自分を蹴り上げて来たのだ。

 

訳の分からない行動にあの時ばかりは銀時も面食らっていたが、その後再び彼女と会う事は今の今まで一度も無かったのである。

 

「キリト君でもお化けでもなくまさかお前が俺の前に現れるとはな……相変わらずずっとこっちを無言で見つめて来て訳わかんねぇ野郎だぜ、それに……」

 

またもや何も言わずにただ凛々しい目を向けてくる彼女に、銀時は警戒しつつもゆっくりと歩み寄って腰に差す得物を見下ろす。

 

「なぁおい、ちょいと聞きたいんだがその木刀、どこで手に入れた」

 

これだけ綺麗な身なりをしておいて、腰に差しているのは小汚い木刀というなんとも違和感を拭えない代物。

 

しかしこの木刀を銀時がよく知っている、ここの世界でなく、現実の世界で

 

「どうしてお前が、”俺の木刀”を持ってやがるんだ」

「……」

 

銀時がとにかく彼女について一番不思議に思っているのは何よりもそこであった。

 

彼女が刺す木刀は自分が現実で常に持ち歩いている奴と酷似しており、彫られた文字さえ同じという紛れもなく瓜二つの代物である。

 

しかし銀時が静かに問い詰めても、彼女は相も変わらず黙り込んで何も喋ろうとしない。

 

そんな彼女に銀時はやれやれと首を横に振る。

 

「ったくなんなんだよお前ホントに……これだから最近のゆとり世代はダメなんだ、会話のキャッチボールすら出来ないと社会でやっていけねぇぞ」

「……違う」

「え?」

 

髪を掻き毟りながらブツブツと銀時が文句を垂れていると

 

不意に少女が初めて銀時に向かって口を開いた。

 

そしていきなり何を言い出すのかと思いきや

 

「前に見た時と服装が違います」

「ああ? まあ最近変えたんだよ」

「何故ですか? 前の方が良かったじゃないですか」

「へ? どしたのお前……」

 

藪から棒に突拍子も無い事を言い出す少女に銀時は流石に戸惑った様子で後ずさり。

 

今の銀時は着物の様な格好の上に大き目のローブを羽織ったジェダイスタイル。

 

どうやらそんな今の彼の服装が、少女は気に食わないらしい。

 

「すぐに着替え直すべきだと思いますが」

「ああうんまあ、確かに俺としても前の服装の方がしっくり来てたけど、どうもこっから先はあの防具じゃ難しいらしくてよ、現に今の服装にチェンジしてから前よりも戦いやすくなったのは確かだし……って俺はなんでこんな奴にこんな事話してんだ?」

「初期に使ってた武器屋防具も、底上げをし続ければ上位の階層でも通用出来ます。その分お金はかなりかかりますが、お前があの時の服装を維持したいとお望みであればすぐにそうするのが得策です」

「ちょちょちょ! 待て待て待て! なんだ急にグイグイ前の服装を推してきて! 前の方が良かったとか言われてもこっちはこっちで色々と都合があるんだよ!」

 

一歩下がった銀時に一歩歩み寄ってジリジリと顔を近づけて来る少女

 

さっきまでずっと黙り込んでいたのに急に長台詞を吐いて来る彼女に銀時も両手を突き出しながら慌てて後退。

 

「お前一体なんなんだ! いきなり現れた時は思いきり俺を蹴飛ばしたり! そんでまた会った時はいきなり服を元に戻せだぁ!? なんで俺が縁もゆかりもないお前なんかにそんな事指図されなきゃいけねぇんだよ!」

「……何故ですか?」

「は?」

 

ついイラッと来た様子で銀時が反論を仕掛けるも、少女はおもむろに自分の手をギュッと握ったまま胸に当てながら、辛そうに一言

 

「どうしてお前が服装を変えただけで……私はこんなにも嫌な思いになるんですか」

「……いやそれこっちが聞きたいんだけど……」

「お前は一体……誰なんです?」

「ここに来てまさかのその質問!? じゃあお前俺の事よく知らねぇクセにずっとああだこうだほざいてた訳!? あーもうホント訳わかんねぇ……なんなのコイツ?」

 

息苦しそうに問いかけて来る少女に、銀時は苦々しい顔で舌打ちすると後頭部を乱暴に掻き毟りながら

 

「え~……坂田銀時っつうんだよ、こっちでの名前はギンだけど。今じゃ普通に本名で呼ばれてるから銀時でいい」

「坂田……銀時……何故でしょうその名前にどこか覚えがある様な気が……」

「言っておくがお前みたいな綺麗なネェちゃんと会った覚えは俺にはねぇから」

 

ぶっちゃけここまで綺麗な人を過去に見ていたら一生忘れる事はないであろう

 

現に銀時は今の今まで記憶の片隅に彼女の顔だけでなく、見た目そのものも全て脳内でしっかりと記憶に刻みこまれていた。

 

向こうは自分の名前に何か知ってるような反応をしているが、恐らくただの気のせいであろう。

 

「で? お前の名前は?」

「私の名? 私は『アリス・シンセシス・サーティ』、それが私を作った人物が付けた名です」

「あ? 作った人物って親の事だろ要するに、その表現だとどことなく生々しく聞こえるから、そういう情報はいらねぇから」

 

喋れば喋る程疑問が増えて来るなコイツ……

 

全く持って謎だらけの少女、アリスに銀時は顔をしかめながら目を細めてジッと見つめていると

 

彼女は不意に自分ではなく別の方向に目をやる。

 

「……近い」

「あ? 近いって何が? ションベン? もうその辺でしちゃいなさい、ぐふ!」

 

デリカシーの欠片も無い言葉を口に出す銀時にアリスは無言の腹パン。

 

「近いと言ったのはここのボスの事です、この先を進めば最深部、そこで私達を待ち構えているみたいです」

「コイツまたいきなり……どうしてボスがこの先で待ち構えてるってわかんだよ」

「ここから先に強大な魔物の気配を感じるからです、先を進みましょう」

 

ここからボスのいる所までわかるという事は、キリトよりも広い範囲の探知スキルを彼女が所持しているという事である。

 

それも迷いの森に生息するモンスター全てが何処にいるか把握できる程……

 

そんな謎だらけのアリスはしばらく考えた後に目星の付いた方向へと歩き出そうとするも、すぐに銀時の方へ振り返って

 

「お前も来なさい」

「は? いやいいって俺は、二人だけでボス挑んでも死ぬだけだろ。俺はここで相方待ってるから死ぬんならお前一人で死んでくれ」

「口答えは許可してません、いいから私について来ればいいんです」

「ちょ! お前!」

 

いきなり上から目線な物言いで、強引に銀時の手を取って無理矢理同行させるアリス。

 

これには銀時も呆気に取られてしまう。

 

「もしもし! 俺は行かないっつったんだけど聞こえてなかった!? どうして俺がお前みたいな胡散臭い奴とボス戦やらなきゃいけないのか簡潔に述べてくれません!?」

「……坂田銀時、私はお前を知らない筈なのですが、何故か知っているような気がするのです」

「いや知らないのに知ってる気がするって……お前ホントに頭大丈夫か? なんかだんだん怖くなってきたんだけど」

「故に私は決めました」

 

自分の手を決して離そうとしないアリス、一体どうして自分をここまで連れて行きたがるのかと不思議に思っていると

 

前だけ向いて歩いていた彼女がやっとこちらに振り返った。

 

「お前と同じ時間を共有すれば、やがて私の中にある記憶がお前を思い出すのではないかと」

「……なんか段々頭痛くなってきやがった……お前アレか? 電波系って奴か?」

「少なくともここのボスを倒すまでは私から離れる事は決して許しません、お前が逃げようとしても無駄です、絶対に私の手から離しはしませんから」

「……はぁ~」

 

ジッとこちらを見つめて来る彼女の鋭い碧眼を覗き込みながら銀時は深いため息を突いた。

 

ここで本気を出せば彼女の手を振り払って強引に逃げ切る事も出来るかもしれないが

 

なぜ彼女が現実世界の自分が持っていた得物を所持している事も気になってはいるのは確かだ。

 

それに何より、記憶にある筈の自分の事を思い出したいという彼女の言葉にも引っかかる。

 

「仕方ねぇ……危なくなったらお前だけ置いて逃げるからな俺は」

「逃げませんよ、お前はそういう男です」

「お前に俺の何がわかんの?」

「わかりませんよ、けどわかるんです」

「……」

 

もうツッコむのもめんどくさい……そんな感じで銀時は黙って彼女に付き合ってやる事にした。

 

どことなく彼女が気になってもいるし、銀時はアリスと共にボスへ挑む事を決める。

 

「ところでいい加減手ぇ離してくれない? もう逃げようとか思ってねぇから」

「駄目です、この手は絶対に離しません」

「嬉しいと思うべきかめんどくせぇと思うべきか難しい所だな……」

 

隣に立って一緒に歩いているというのに、以前アリスは手を離さないまま銀時の手を強く握っている。

 

これにはちょっと前に自分と手を繋ぐことを嫌がっていたキリトの気持ちがほんの少しわかったような気がした。

 

 

 

 

謎の少女アリス、果たして彼女は何者なのであろうか……

 

 

 

 

 

 

 




次回、謎の少女アリスに導かれた銀時は意外な人物に会います。


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第三十七層 Jump with me, grab coins with me

私と共にジャンプしてコインを掴もう


迷いの森攻略中、幽霊と思われし少女にビビッてキリトとはぐれてしまった銀時は

 

前に二十層で会った奇妙な人物と再会した。

 

胡散臭い、謎が多い、電波気味と非常に接し辛い少女・アリス

 

そして彼女に言われるがまま銀時は手を繋ぎながら

 

最深部のボスが待ち構えているという場所へと向かっている真っ最中である。

 

「おい、こっちで本当に会ってるのか? さっきから迷いなく進んでるみてぇだけど」

「問題ありません、お前は黙って私と一緒にいればいいんです」

「……」

 

さっきから何度もこんな感じのやり方を続けながら、ズンズンと前へと歩いてくアリスに半ば引っ張られてるような感じで銀時は渋々ついて行く。

 

「それにしても明かりも付けずによくもまあ平然と歩けるもんだなお前、まさかこの暗闇の中をハッキリと見通せるスキルでも持ってんのか?」

「持ってますよ、暗い洞窟や廃坑でも真昼の外の様に見えることが出来る『暗視』です」

「ホントに持ってたのかよ」

「欲しければ手に入るクエストまで案内しますよ」

 

こちらに若干光っている二つの目を向けながら、アリスは自分が持っているスキルが手に入る場所まで案内しようと誘って来た。

 

彼女が何故にそんな事を言ったのかは大体検討が付く、彼女は一緒に出発する前に言っていたのだ。

 

自分と同じ時間を共有すればいずれ忘れている記憶を思い出すかもしれないと

 

それがどういう意味なのかは全く分からないが、とにかく彼女が自分と行動したがる理由は恐らくそれなのであろう。

 

「確かに便利そうだし欲しいと言えば欲しいけど、今はとりあえずボスの所までの案内だけで良いから」

「ならばボスを片付けた後に……」

「いや流石にボス戦をやり終えたら俺も疲れて休憩したいから、しばらくログアウトしてリアルの方で休んで来るわ」

「休んだ後いつこっちに戻って来るのですか? 私は何処で待っていればいいのですか?」

「いや待ってなくていいから、今度会う時に教えてくれればいいから」

「今度会う時とは何時ですか? 明日ですか? 明後日ですか?」

「え~……」

 

何度も真顔でしつこく尋ねて来るアリスに銀時は頬を引きつらせて固まってしまった。

 

コレはもしやストーカーという奴なのであろうか、まあお妙に付き纏うあのゴリラよりも、この様な美少女に付き纏われるのであれば普通なら喜びたい所だが

 

こうも澄んだ目でグイグイと迫って来られると、なんだか不思議な恐怖感を覚える。

 

「あ~とにかく今は先の事は考えずにボス戦に集中しろよ、二人だけでやんだろ? どうせ勝てねぇだろうから引き際のタイミングとかちゃんと考えておけよ」

「引き際など考える必要はありません、私とお前であれば確実に勝利出来ます。自信を持ちなさい」

「なんなんだよお前のその根拠もねぇ自身は……どうしてそこまでポジティブに考えれんだよ、最近の子はみんな怖いモノ知らずなの?」

 

ボス戦ともなれば戦う時はそれなりの人数を揃える必要がある。

 

今回銀時がキリトと共に迷いの森へ来たのもボスを倒すのではなくあくまで軽く下調べしたらすぐに帰って、もっとメンバーを集めてからボス戦をするという、EDOの中では定石のパターンでやっていこうと思っていたのだ。

 

だがこのアリスはというと、相手がどんなボスかさえもわからないクセに、自分達の二人だけで勝てると自信満々に言ってのける。

 

「そりゃ現実世界の銀さんならそんぐらいの無茶はいくつもこなしてるけどよ、この世界だとそうそう上手くいかねぇんだよ実際、この身体が本物の身体ならそれなりに立ち回れっけど……」

「無駄口はその辺にしてください、着きましたよ最深部に」

「へ?」

 

所詮この体はデジタルで作られた偽の身体、本物の身体同様には使いこなせるわけがない。

 

銀時がそんな事をぼやいていると、ずっと進み続けていたアリスの歩みがやっと止まった。

 

彼女が向いてる方向に銀時も顔を上げると……

 

 

 

 

そこには綺麗な装飾が施された巨大なモミの木がぼんやりと光に照らされながら美しく輝いていた。

 

「うおすっげぇクリスマスツリーだなオイ、切り取って売ればいくらになるんだ?」

「下衆な考えしてないであの木の下をよく見てみなさい」

 

つい余計な事を考えてしまう銀時にアリスが冷ややかなツッコミを入れつつ、木の下の部分を指差して銀時に促す。

 

彼女に言われて銀時は視線をそちらに向けると

 

赤い帽子と服を着た太った白髭のオッサンと

 

頭に角を生やした、一応トナカイ的な存在と思われる赤鼻のオッサンがこちらに気付きもせずに口論していた。

 

「だからアンタはこんな所で油売ってねぇでさっさと子供達にプレゼント配れって言ってんの!」

「るっせぇ俺はもう自分の道は自分で決めんだ! 俺はもうサンタの仕事なんざゴメンなんだよ! 去年子供の親に見つかって通報されてブタ箱にぶち込まれてから辞めるって決めたんだ!」

「アレはお前! 家に忍び込んだ時にドサクサに冷蔵庫開けて、中にあった酒飲んで朝まで爆睡してたテメェの自業自得じゃねぇか!」

「良いだろうが別に! サンタだってな! 酒で嫌な事忘れてぇ時があんだよ! サンタだって過去に囚われて間違いを犯す事だって日常茶飯事なんだよ!」

「日常茶飯事に人の家の酒飲んでたらもうサンタじゃねぇから! それもうただの空き巣だから!」

 

プレイヤーがボス付近に到着した時に自然と発生するイベントなのか

 

二人でギャーギャ―怒鳴り合いをしている二人に、銀時はアリスと共に隠れもせずに堂々と近寄って行く。

 

「おい小娘、ホントにあれがボス? なんか落ちる所まで落ちぶれたサンタにしか見えねぇんだけど?」

「気配からして間違いなくボスです、それと小娘という呼称は不愉快です、私の名前はアリス・シンセシス・サーティと前に教えた筈です」

「長ったらしいんだよその名前、覚えられないから金髪電波で良い?」

「もう一度その呼び方をしたら本気でぶった斬ります」

 

銀時の呼び名にアリスがほんのりと殺意を込めた返事をしていると

 

サンタとトナカイと思われし二人がようやくこちらへ振り返った。

 

「ってオイ! なんだコイツ等! いきなり俺の領域に土足で入ってくんじゃねぇよ! 入るんならちゃんと玄関で靴を脱いでから上がって来い!」

「玄関なんてねぇだろうが! つうかコイツ等! 見た目からして俺達を倒しに来たんじゃね!?」

「マジかよ! もしかして最近若者の間で流行ってるとかいう親父狩り!? ふざけんなよもう~! 俺もう周りからおっさんとして見られちゃってるのかよ~!」

「いやとっくに昔からあんたおっさんだから!」

 

顔に手を当てながらショックを受けたリアクションを取るサンタにトナカイがすぐにツッコミを入れると

 

サンタの方はやれやれと首を横に振った後、改めてこちらの方へ顔を上げた。

 

「テメェ等よく聞けよ、俺は『背教者ニコラス』ってモンだ、そんでこっちが元相棒のトナカイのベン」

 

まさかの結構カッコいい名前だったおっさんが名乗りつつ相棒の名もこちらに教えると

 

ニコラスは酒の入った瓶片手に千鳥足でこちらへ歩いて来る。

 

「ここに入り込んで来たって事は大方俺が持っている伝説のアイテムが狙いだろ? だがそう簡単に渡す訳にはいかねぇな、もし欲しかったらベンの屍を超えて自力で取ってみやがれ」

「いやそこは「俺の屍を超えていけ」って言う所じゃねぇの!? どうして俺一人死なせて自分は助かろうとしてんだよ! 命乞いでアイテム渡す気なのお前!」

「やかましいぞベン、ちょいとしたジョークだ、笑え」

「笑えねぇよクソジジィ!」

 

本気で酔っぱらているのか、さっきからふざけまくるニコラスにベンが額に青筋浮かべて怒鳴り散らすも

 

ニコラスは聞いていない様子でフラフラ~と銀時とアリスの方へ接近してくるも、距離の間2メートルぐらいになった時に急に……

 

「さて、まずはお手並み拝見と行こうじゃねぇか、よ~い……ドォン!」

「「!!」」」

 

前傾姿勢を取って急にこちらに向かって全力で突っ込んで来たのだ。

 

酔っ払ってる様子はただのフェイクで、動体視力が優れている銀時でさえ追えぬ程の俊敏な動きで

 

ニコラスは懐から取り出した物をこちらに向かって突っ込みながら投げつけて来た。

 

「これは、く!」

 

アリスに向かって放たれたのは謎の小さな球体

 

それを彼女はギリギリ避ける事に成功するが、ニコラスがグイッと自分の手首を引っ張った瞬間

 

「紐……? なるほど、まずは私達の動きを止めるのが目的だったのですか」

「チッ、とんだ食わせモンだなこのジジィ」

 

何が起こったのか、一瞬にしてアリスと近くにいた銀時が背中合わせの状態で細い1本の紐に絡め取られて拘束されてしまったのだ。

 

身動きできない状態で二人は冷静に今の状況を観察していると、ニコラスが得意げに手に持っていたある物を掲げる。

 

それは自分達を拘束する際に使った丸い球と紐が付けられた

 

「どうだ勇者さん達よ、俺の”けん玉”の威力は……」

「ってなんでけん玉なんて武器に使ってんだこのサンタ!」

「去年のクリスマスプレゼント用に大量に用意しておいたんだよ、誰も欲しがらなかったせいで結局倉庫に沢山残ってて困ってんだわ」

「今時のガキはけん玉なんてやらねぇよ!! どうしてそれでいけると思った! どうしてけん玉一本でいこうと思った!」

 

けん玉を手に持って世知辛い話を呟くニコラスに、相手がプレイヤーではなくボスだというのも忘れてつい銀時がツッコんでいると

 

「うおぉぉ! 隙ありッ!」

 

今度はトナカイ(?)のベンの方が雄叫びを上げながらこちらに向かって飛び掛かる。

 

「食らえ親父直伝 長年ソリを運んだ事により生まれた脚力から誕生する! その名もジョンソォンキィィィィィィク!!」

「名前長ぇよ! おい! 地面蹴って避けるぞ!」

「言われなくても私もそう思っていました」

 

ニコラスが拘束してベンが回転しながら渾身の飛び蹴りをプレイヤーにかます。

 

そういったコンビプレイを繰り出すボスだとわかった銀時は即座に紐に巻かれたままアリスと共に思いきり地面を強く踏んで横に倒れる。

 

すると先程いた自分達の場所にベンが回転しながら着地し、深々と足を地面に突き刺した。

 

「あんなの食らったらヤバかったな……」

 

その威力を倒れた状態で眺めつつ、銀時は紐を力づくで切ろうと拘束されている両腕を動かそうとする。

 

しかし紐は見た目に反してかなり頑丈なのか、一向に切れる様子がない。

 

「思ったより硬てぇぞコレ……武器で斬るにも俺等両方共縛られて……あ、そうだ」

 

ピーンと何か閃いたのか、銀時は背後のアリスに声を掛ける

 

「おい、そっから俺の腰元に手を伸ばして差してある脇差し抜いてくれ、そんでこの紐さっさと切ってくれ」

「わかりました、それでは……」

 

言われるがままにアリスは右腕を銀時の腰に手を伸ばして脇差しを掴もうとする、

 

だがその時、銀時はきゅっと締め付けられる感覚を覚えて顔色が悪くなった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!! その剣じゃない! アリスちゃんその剣は掴んじゃダメェ!」

「随分とフニャフニャした脇差しですね、これで本当に切れるんですか?」

「それは切るモンじゃねぇ突くモンだ! いいから真面目に脇差しの方を抜けってんだよ!」

 

ある場所まで手を伸ばしてそこにあるもう一つの剣をピンポイントに鷲掴みにし来てたアリスに銀時が叫ぶと

 

彼女はすぐに手で彼の身体をまさぐりながらようやく脇差しの方に手を引っ掛けて一気に引き抜くとけん玉の紐を切ってようやく拘束を解いた

 

「テメェ! ゲームの世界だからってなに男のデリケートな剣を握り潰そうとしてんだコラ!」

「紐は切れたんだから別に良いでしょ、それより今は眼前の敵を見据えて下さい」

「コイツ……!」

 

しれっとした表情で目の前の敵を見ろと指示してくるアリスにイラッと来るも、渋々従って銀時はボス・ニコラス&ベンの方へ振り向くと

 

「俺達の前でイチャついてんじゃねぇ!」

「のわっと!」

「二人だけのデート感覚で俺達に挑むとか! ナメんのも大概にしろ!!」

「うおっと!!」

 

こちらの様子をずっと眺めていたのか、ニコラスの方が激昂した様子でけん玉の玉を投げつけて

 

ベンの方もまた今度はタックルをしながらこちらに襲い掛かって来る。

 

慌てて銀時はそれをヒラリと避けながら、アリスの手を掴んで走りながら態勢を整えようとする

 

「ちょっと待てアイツ等本当にゲームのキャラか!? なんかプレイヤーみたいに感情に身を任せて攻撃してきたぞ!」

「この世界は階層を上がる事に敵のAIも成長していきます、今は三十五層、よって彼等もその階層に相応しい知能を得ているという訳です」

「いや相応しい知能ってアレがか!? むしろバカになってるような気が済んだけど!?」

 

アリスの説明を聞いてこれまで戦っていたボス達とは違うと理解した銀時は

 

逃げ回るのを止めて腰に差してある別の得物を取り出す。

 

三十層で手に入れたGGO型近接特化武器・両端に刃を付けた風変わりなビームサーベル

 

仙風鬼を手に取ってすぐ様ブゥンと青白い光の剣を両端から放つ。

 

「けど敵の戦い方が変わっても俺達プレイヤーがやる事は何も変わらねぇだろ、どんな敵だろうが斬り捨てれば勝ち、そうだろ?」

「そういう事です」

 

ローブを翻しながら取り出した銀時の得物をしばし見つめた後、アリスは彼の腰から抜いた脇差しを彼の方へポイッと渡す。

 

「相手は巧みな連携を使って私達に挑んで来ます、ならば目には目を。私達は奴等以上のコンビプレーを用いて勝負を仕掛けましょう」

「簡単な事言ってくれるぜオイ、会ったばかりのお前なんかとまともに共闘できるかどうかもわからねぇってのに」

「お前と私であれば可能です」

 

腰に差す洞爺湖と彫られた、あの例の木刀を抜きながらアリスが自信満々にそう言うと

 

「では反撃と参りましょうか」

「っておい!」

 

なんの合図もせずに単身でボス達の方へ突っ走しってしまう。

 

前傾姿勢を保ちながら地面を滑る様に無駄のない動きで駆ける彼女の姿に一瞬見とれてしまいそうになりながらも

 

慌てて銀時も彼女の後を追ってボス達の方へ真っ向から勝負に挑んだ。

 

「見ろよベン、アイツ等小細工もせずに俺達と正面からかち合うつもりだぞ」

「何も考えてねぇバカか、策も労せずに俺達に勝てると踏んでる自信家か、どっちにしろさっさと片付けようぜ」

 

こちらに突っ込んで来る二人にニコラスは再びけん玉を構え、ベンはニヤリと笑いながらダッと地面を蹴って返り討ちにしようと駆け出した。

 

「食らえ俺の親父直伝! 当たった瞬間粉々になるといわれる地獄の極意! ハリケーンミキサァァァァァァ!!!」

 

頭に生えた二本の角を武器としてこちらに突き付けながら、まっすぐ突っ込んで来ながら咆哮を上げるベン。

 

しかしアリスは表情一つ変えずに、無謀にも自ら彼の方へを突っ込んでいく。

 

すると

 

「親父直伝ハリケーンミキサーって……」

「!」

 

アリスとベンが衝突間近の瞬間

 

寸での所でアリスが足でブレーキをかけ、そのタイミングを見計らったように彼女の真上から銀時がベンに向かって飛び掛かり

 

「それただのパクリ技じゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐおッ!!」

 

走るアリスの後ろを追走しながら身を潜めていた銀時による上空からの奇襲

 

ベンの頭部目掛けて銀時は右手に持った二つ刃の得物を振り回しながら手痛い一撃を浴びせる事に成功した。

 

「へ、思ったよりやるじゃねぇか……」

「おいベン! お前油断してんじゃねぇぞ! 真面目にやりやがれ!」

「うるせぇアンタも見てないでちゃんとや……!」

 

背後にいる相方のニコラスに応戦要請を試みるベンだが

 

その隙を突いて今度はアリスが木刀を振るいかざし

 

「おべろ!」

 

横薙ぎの一閃を無言で思いきり振り抜く。

 

ベンの2本あるHPバーがちょっと減り、それと同時に彼に奇襲をかけていた銀時が地面に着地してアリスと代わりばんこに

 

「あふん!」

 

グルンと得物を回転させて一振りで二つの刃をベンに浴びせていき、減ったばかりのHPをみるみる削っていく。

 

「コイツ等思った以上に速いぞ! 早く加勢してくれ!」

「にゃろうよくもベンを! 食らえ俺のけん玉アタァァァァァク!!!」

 

ベンが圧されている事に気付いたニコラスは怒りを露にしながら

 

ベンを切り刻んでいる銀時目掛けてけん玉の玉を当てようと振るう

 

しかし紐に繋がれたけん玉は銀時に当たる直前で

 

アリスが前に立ち塞がって自分の木刀にその紐を絡みつかせる。

 

「は!? うお!」

 

紐を絡ませた木刀を両手で握ると、アリスは乱暴にグイッと引っ張って、けん玉を持っていたニコラスを強引にこちら側に引き寄せた。

 

そして驚きながらアリスの方へと引き寄せられて宙を舞うニコラスに

 

先程ベンに攻撃していた筈の銀時がいつの間にか上から振って来て

 

「でべしッ!」

 

脳天に思いきり刃を垂直に突き刺し、3本あるニコラスのHPバーをかなり減らしていった。

 

「おいおいなんだコイツ等の動き! ヤベェぞチクショウ!」

 

ニコラスの頭に深々とビームサーベルを突き刺しているのを見て合わってベンが駆け寄ろうとするが

 

「どこ見ているんですか、お前の相手はこっちです」

「な!」

 

銀時の方に目を向けていたベンにヒョイッとアリスが身を乗り出して回し蹴り

 

足払いされて体勢を崩し、倒れかけている彼に、アリスは両手に持った木刀を振るい上げて

 

「ばべるッ!」

 

豪快に振り下ろす。

 

木刀とは思えない強烈な攻撃にベンは成す術なく地面に倒れた。

 

「な、なんなんだコイツ等……」

「お、俺達のコンビプレイを相手にしてビビるどころかその上をいく連携攻撃だと……!?」

 

倒れながら二人の動きに驚いている様子のベンとニコラスだが

 

ベンはアリスが、ニコラスは銀時がヒョイと持ち上げて

 

目も合わせずにお互いの方へと乱暴に投げてそして……

 

「「ってぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

相手が投げた敵を互いに鋭い剣筋でぶった斬る。

 

しかし流石はボスモンスター、このフィニッシュ攻撃を食らってもなおまだHPバーは1本目の半分も削り切れていない。

 

「チッ、やっぱ大勢を相手にした前提で戦うボスだからそうとう堅ぇなこりゃ」

「しかしこれでわかったでしょう、私達が負ける筈がないと」

「……」

 

2体のボスが苦悶した表情で地面に再びドサリと倒れる様を見届けた後、銀時はアリスの方へと振り返った。

 

(なんだコイツ……俺の動きに完全について来てやがる……しかも打ち合わせも一切してねぇのに俺の動きや考えを瞬時に読み取って上手く対応して合わせて来やがった……)

 

スイッチの掛け声さえ必要としない程の抜群のコンビプレイがアリスと出来た事に銀時は内心驚いていた。

 

ここまで自分と呼吸を合わせられる人物がかつての戦友たち以外にいたとは……

 

「とことん訳わかんねぇ野郎だ、まさか俺の本気の動きについて来れる奴がいるなんてよ」

「おかしいですね、今の動きがお前の本気ですか?」

「あん?」

「その程度の動きがあなたの限界なのですか? だとしたら少しお前を買い被っていたみたいですね私は」

「んだとこの野郎、ちょっと褒めてやったらすぐ図に乗りやがって……」

 

真っ直ぐな目をこちらに向けながら辛辣に言ってくれるアリスに

 

銀時はイラッとしつつ得物を構え直す。

 

「前言撤回だ、俺の本気はまだまだこんなモンじゃねぇ、そのむっつり口が開きっ放しになるぐらいすげぇモン見せてやる」

「では口だけでなく己の剣で見せて下さい」

「へ、言うじゃねぇか小娘」

「だから私を小娘と呼ぶのは止めなさい」

 

小娘と呼ばれる事を本気で嫌がっている様子のアリスと共に得物を構えたまま並ぶと

 

ヨロヨロと起き上がるニコラスとベンを前にして二人は一斉に飛び掛かる。

 

「そんじゃあちょいとボスを二人で捻ってやろうじゃねぇか! アリス!」

「やっと私と組めば勝てると理解できたようですね、それでは改めて参ります」

 

木刀とビームサーベルを持った二人の男女がボス目掛けて会話しながら襲い掛かった

 

この日、坂田銀時は

 

アリスとの接触をキッカケに

 

現実とゲームの間に存在する壁の一つを破壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




成長のキッカケを作ってくれたのはやっぱり”彼女”でした

前回の予告で言ってた意外な人物の正体はベンとサンタのおっさんです。

一体どんな奴が来るのかなと期待してた人マジでごめんなさい

脇役も好きなんです私


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第三十八層 I’ll be your 1UP Girl!

私があなたの1upガールになるから



三十五層の迷いの森で謎の少女を発見したキリトは、一人探索を続けているといつの間にか最深部のボスのいる場所まで辿り着いてしまった。

 

「別れた地点にいないからおかしいと思ったら……」

 

茂みの中から覗き込むような態勢でしゃがみ込みながら、キリトは目の前で繰り広げられている戦いを見つめていた。

 

「なにがどうなってんだ一体?」

 

派手な音が鳴り響いてるなと思い様子を見てみると、そこには顔馴染みの天然パーマ、坂田銀時がまさかのボスと戦闘をおっ始めていたのだ。

 

そして彼と一緒に戦っているのは、今まで見た事が無い長い金髪をなびかせた凛々しい碧眼の少女。

 

その手に持っている『洞爺湖』と彫られた木刀を見て、キリトは不思議そうに目を細める。

 

「あの木刀ってリアルのあの人が持ってるのと同じ……いやそれよりも」

 

それよりももっと気になる事がキリトにはあった

 

銀時がどうしてよくわからないプレイヤーと二人だけでボス戦に挑んでいるのだとか

 

どうしてそのプレイヤーが持つ木刀は銀時がリアルで腰に差している得物と酷似しているか

 

そういう疑問の数々も頭の中で払拭されるぐらい今目の前で信じられない光景が彼の目に映っていたのだ。

 

「まさかたった二人のプレイヤーで……三十五層のボスを圧倒してるなんてな……」

 

三十五層とも来ればボスのAIも格段に成長しており倒すのは至難の業。

 

無論、今のキリトの実力であればまだソロで難なく倒す事は出来るのだが

 

ようやく初心者を脱却した銀時が、見知らぬ彼女と一緒に鮮やかなコンビネーションで二体のボスを圧し続けているという光景には、流石に驚きを隠せないでいた。

 

それに

 

「動きが成長している……以前よりも更にスピードが上昇してる上に精密に相手の動きを読み取っている……」

 

茂みに隠れながらキリトは、ボスと対する銀時の動きを見て瞬時に彼の動きが今までと違う事に気付いた。

 

ボスの一人、トナカイのベンが突っ込んで来たと思ったら、一緒に戦ってる少女と共に華麗に避け切って

 

二人同時にジャストカウンターを決めてベンを上空に弾き飛ばす。

 

するとすぐ様銀時がしゃがみ込んで

 

彼の肩に少女が片足を置き

 

上空を舞うベンに向かって思いきり飛ぶ

 

そして空中での一閃をかまし

 

落ちて来たベンに今度は銀時がビームサーベルによる痛烈な回転乱舞を浴びせて更なるダメージを与える。

 

つい見とれてしまう程の完璧な連続コンビを、先程からあの二人は言葉はおろか視線さえ交えずにやってのけている。

 

到底初心者では、否、自分でさえ出来ないであろうテクニックを魅せられ、思わず口から「凄い……」と呟いてしまうキリト。

 

「俺が目を離してた隙に一体何があったんだあの人に……もしかして……」

 

どうしてあの時別れてからの短い間で彼がここまでの成長を遂げたのか甚だ疑問に思うキリトであったが

 

その目はゆっくりと彼と共に戦う少女の方へ

 

「あのプレイヤーが何かキッカケを作ったのか? 彼女と共闘している内に、いつの間にか本来の自分が持つ潜在能力が開花し始めているのか……?」

 

成長した銀時の動きに完全に合わせることが出来ているあの少女は一体何者なのだろうか

 

全身金ぴか……もしかしてアルゴが随分前に言っていた例のチート疑惑のプレイヤーなのではなかろうか……

 

しかしあの華麗な動きは到底改造やバグを多用して出来る芸当とはとても思えない……

 

「まあ何はともあれ後で直接本人に聞いてみればいい事か」

 

そう言ってキリトは剣も抜かずにただ茂みの中でしゃがみ込みながら戦いが終わるのを待つ。

 

「どうせもうすぐ倒せるだろ」

 

自分が行かなくても今の彼等であればなんら問題はないであろう

 

そう強く確信する程、二人の動きはキリトから見てとても完成されていたのだ。

 

そんな彼の思惑通り

 

 

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

「ベン! や、やべぇぞコイツ等! 初見のクセにこの俺達をこうも圧倒的に……ぬめろんッ!」

 

銀時がトナカイのベンを、謎の金髪美少女・アリスがサンタのニコラスをぶっ飛ばして

 

既に彼等のHPバーが1割になるほど追い詰めていたのであった。

 

その一方で銀時とアリスのHPバーは無傷と言って良い程全く減っていなかった。

 

「すげぇ……どうなってんだコレ、今までこの世界でこんなハッキリと動けた事ねぇってのに……」

「私の動きに合わせようとしてたら、自然に体がその動きに順応出来たのでしょう」

「今ならなんでも出来ちまいそうだ……よし、ちょっくら世界征服でもおっ始めるか」

「何をバカな事言ってるのですか、ほら、もうボス達が起きましたよ」

 

自分の手を見つめながらつい調子に乗って大胆な野望を閃く銀時を、厳しく叱りつけながらちゃんと起き上がったボスに木刀を構えるアリス。

 

「もう勝った気になって油断していたら痛い目に遭います、この世界のボスという存在は決して甘くないのです」

「ヘッヘッヘ……よくわかってるじゃねぇか嬢ちゃん、そうよ、ボス戦ってのはピンチになってからが本当の勝負ってモンだ」

「ここまで俺達を追い詰めるなんて大したもんだぜ、だが本当のお楽しみはこれからだ」

 

それに応えるかのようにニコラスとベンは不敵な笑みを浮かべると

 

ボロボロになった状態で突然ドンッ!と力強い音を放って全身から赤いオーラを放ち出す。

 

「うおぉぉぉぉぉこっからが本番だぁ!! 今の俺達は攻撃力と防御力と素早さが一気に三倍!!」

「俺達の本気を前に! たった二人でどこまで持ち堪えられるかしかと拝見させてもらうぜ!」

 

そう叫びながらオーラを放つ二人は地面を蹴って真正面から突っ込んで来る。

 

まさかのここで理不尽なステータス強化に銀時とアリスは面を食らうと思いきや……

 

「そう、この世界のボスはそう甘くはありません、それがこの世界の理の一つ。しかしそのボスの脅威をも容易に超えられる力を我々が持っているのもまたこの世界の理なのです」

「ごちゃごちゃまどろっこしい言い回しなんざいらねぇよ、要は俺とお前が力を合わせればボスなんざ楽勝だって事だろ?」

「その通りです、お前もちゃんと私の言う事がわかって来たみたいですね」

 

アリスの長ったらしい台詞は聞き飽きたという感じで銀時はブォンと音を鳴らしながら

 

クセが強過ぎて扱うのに時間がかかると思っていた二つ刃のビームサーベル・カゲミツDB44を

 

彼女と共闘している内にすっかり振り慣れた様子でグルグルと回転させながら

 

「そりゃこんだけハッキリと色んなモンが見えるようになれれば、誰だって敵じゃねぇと思いたくなるもんよ」

 

ギリギリのタイミングでベンのタックルを避けながら、次に弾丸のように飛んで来たニコラスの振るうケン玉を得物で弾き飛ばし、そのまま背中を護ってているアリスと共に彼等二人を同時に相手にする。

 

「さぁてここらでチャッチャッと終わらさせてもらうぜ」

「慢心は毒となります、勝利するまでは気を引き締めなさい」

「へいへい」

 

互いに背中を預けながら短い掛け合いを終えた後、二人はダッと地面を蹴って得物を振るう。

 

その姿を茂みの中から覗いていたキリトは、まるで舞っているかのような動きに見えていた。

 

流れる様に強化されたボスに的確にクリーンヒットを与え続け、飛んでくる飛び道具や接近攻撃を華麗に回避し

 

そして銀時とアリスは幾度も身体を交差させながら迷いのない動きで敵を翻弄させていく。

 

万が一ピンチになったら助けに行くかと考えていたキリトであったが

 

その様な心配事などもはやなんの必要はないとハッキリと頭の中で理解した。

 

「夢でも見てるような気分だよ全く……あの人には何度も驚かされているが、本当に驚いた光景を目の当たりにすると、衝撃的過ぎて何も言えなくなっちまうモンなんだな」

 

独り言を呟きながらキリトはハッキリと二人の戦いを凝視する。

 

いずれ自分も、あのような立ち振る舞いを体現したいと胸に秘めながら

 

 

 

 

 

 

「ずぇい!!」

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ベェェェェェェェェン!!!」

「す、すまねぇ、やられちまった……」

 

数分後、もはやHPバーが残り筈かになっていたベンに銀時が最期の一撃を振り下ろす。

 

袈裟がけに斬られた箇所を赤く光らせ雄叫びを上げながら、ベンは絶句の表情を浮かべたまま体を四散させて消失した。

 

「残るはテメェだけだな、ガキ共に配るクリスマスプレゼントを全て献上すれば特別に許してやってもいいんだぜ」

「おま! 大人のクセに子供達のプレゼントを取り上げるとかどんだけ外道なんだテメェ! 相棒は逝っちまったが俺にはサンタとしての誇りってモンがある!」

 

こちらに片方の刃を突き付ける銀時に、ニコラスも腹をくくった様子で身構える。

 

「テメェ等との戦いを経て俺は変わったぜ! もう一度クリスマスに子供達に希望を与えるサンタになろうってな!」

 

最初に会った時はもうサンタなんてやってられるかと言っていた彼が、吹っ切れた様子で突っ込んで来る。

 

そして

 

 

 

 

 

 

「今年のクリスマスを待ち焦がれている子供達の為に!」

 

 

 

 

 

 

 

「袋に大量にベーゴマを入れて会いにいくんだギャァァァァァァァァァァ!!!」

 

喉の奥から咆哮を上げながら飛び掛かって来たサンタを

 

いつの間にか背後を取っていたアリスが問答無用でトドメの一撃を背中から浴びせる。

 

ベンと同じく既にHPが風前の灯火であったニコラスは、そのまま銀時の目の前でバタリと倒れた。

 

そしてそんな彼をただ静かに見下ろしながら銀時は

 

「いやだからチョイスが古ぃんだって」

 

あっけなく身体を四散させて消えていくニコラスに最期の言葉を送りながら

 

銀時は戦いが終わったと察して、得物のスイッチを切って腰に差し直すのであった。

 

「けどサンタを斬るってアレだな、ゲームとはいえなんか罪悪感覚えるな……」

「私は罪の意識など全く感じませんが? 相手はボスです、ならば斬り捨てるのは極々当たり前の行為です」

「お前の中に流れる血は何色?」

 

ボス戦を終えても相も変わらずいつもの仏頂面でドライな事を言ってのけるアリスに、銀時は腕を組んでしかめながら彼女の方へ歩み寄る。

 

「ラストアタックボーナスはお前に取られちまったか、いいモン貰えたか?」

「還魂の聖晶石です、使えるのは一回のみですが、HPがゼロになったプレイヤーに10秒以内に使用すれば即復活できる蘇生アイテムです」

「……微妙だなそれ、使い道あんの?」

「確かに微妙ですがこれはお前と初めて一緒に戦った時に手に入れた戦利品なので一生大事にします」

「いや使えよ、なんの為の蘇生アイテムなんだよ」

 

アリスが貰ったラストアタックボーナスに銀時が不満げに呟いていると、アイテムの説明を読み終えた彼女はそれを大事そうにアイテム欄に戻す。

 

「まあお前が死んだ時は使ってあげてもいいですよ」

「俺は滅多な事じゃ死なねぇけどな、まあもしそういう時があったら頼むわ1アップキノコ」

「その呼び方については物凄く不満なので即訂正を願います」

 

次から次へと変なあだ名で呼ぼうとして来る銀時に、流石にずっと鉄仮面を貫いているアリスも口調にやや苛立ちが含まれていた。

 

そしてしばらく二人で顔を合わせながらこの後どうしようかと銀時が顎に手を当てながら首を傾げていると

 

「よぉ、しばらく見ない内に随分と化けたな」

「あぁ? おおキリト君じゃねぇか、今更なにノコノコと出て来てんだ? もうボスは俺等で倒しちまったぞ」

「茂みの中からちゃんと見てたよ、素直に驚いたよホントに」

 

そんな彼等の方へようやくキリトが合流して来た。

 

やっと会えた相方に銀時が振り返ると、キリトも肩をすくめながら彼の方へ歩み寄る。

 

「なぁ、ぶっちゃけアンタのさっきの戦いっぷりをみてちょっと混乱してるんだけど、とりあえずコレだけは最初に教えてくれないか?」

「童貞の捨て方? ならかぶき町に童貞でも行ける丁度いい店が……」

「なんでこのタイミングで俺がアンタに童貞の捨て方を教えてくれと言うと思った!? そそそそ、そんなモンいつだって捨てる事出来るし! アンタに聞かなくてもいつでも捨てられるし!ってそうじゃなくて!」

 

とぼけた様子で返してくる銀時に盛大にノリツッコミを入れた後、キリトはふとこちらに一定の距離を取りながら見つめて来るアリスに向かって指を突き付け

 

「誰コイツ!?」

「知らね」

「さっきまでアンタと凄い息の合ったコンビネーションをしていたコイツは誰!?」

「だから知らねぇって」

 

髪を掻きながら詰め寄って来るキリトにめんどくさそうに返しつつ、銀時はアリスの方へと視線を向け

 

「コイツ自身も自分が何モンなのかよくわかってねぇらしい、それでもなんか俺には感じるモンがあったらしくて、一緒にいればなんか思い出しそうだとか適当な事言って強引にここまで連れてこられんだよ俺は」

「えらくざっくりした説明だな……しかもその説明を聞いてますます謎が深まっていくんだが……」

 

銀時の曖昧な説明にキリトはますます混乱していると、そんな彼にアリスの方が歩み寄って話しかけてくる。

 

「お前はどうやらこの男と親しいようですが、一体どんな関係なのですか?」

「うわいきなり話しかけて来た……どんな関係? まあ腐れ縁だよただの、現実では上司と部下でもあってこっちの世界では後輩と先輩みたいなモン」

「では上手く転がればフラグが立って恋人同士になるなんていう関係ではないということですね」

「ぶった斬るぞ貴様! なに仏頂面で初対面の相手に腐った発言してんだコラ!」

 

見た感じ血盟騎士団の副団長みたいな堅物委員長キャラかと思ったら、かなりとち狂った発言をしてくるので

 

キリトは驚きつつもすぐに怒鳴り散らしながら彼女の推測を完全否定する。

 

「俺は至って普通のノーマルだよ! 変な事言うな!」

「ならば結構です、フラグでも立たせる可能性があるならこの場で即処断しようと思っていましたので」

「へ? どういう事? まさかアンタこの人を……」

「勘違いしないで下さい、私は別にこの男を異性として好いているとかではありません」

 

口をポカンと開けて勘繰ってくるキリトにアリスは首を横に振る。

 

「ただこの男に何者かが近づき、親密そうに接しているのを見ていると。胸に痛みを覚えて強い殺人衝動に目覚めるだけです」

「殺人衝動!? おいやっぱりコイツおかしいぞ! なんていうか重い! 色々と表現が重たい!」

「おいおい勘弁してくれよ……確かにお前は見てくれは悪くねぇどころか俺の好みではあるけれども、出会ったばかりでいきなりそんなディープな愛情向けられると流石に困るわ」

 

眉一つ動かさずサラリと物騒な事を口走るアリスにキリトだけでなく銀時も唖然とした表情を浮かべて彼女から後ずさり。

 

「つうかそもそも俺は当分異性とそういう関係になろうとなんて思っちゃいねぇから」

「別に私はお前とそういう関係になろうとだなんて微塵も思ってません、しかし一応聞いておきますが、その当分異性の関係を築かないというのは果たしていつまでなのですか?」

「ホントに微塵も思ってないなら聞くなよ!」

「おいアンタ……一体俺が見てない間に何があったんだホントに」

 

真っ直ぐな視線を向けながらこちらに詰め寄って来る彼女に銀時が背筋に寒気を覚えていると

 

そんな彼女を見ながらキリトは呆れた様子で銀時の方へ振り返り

 

「こんな美少女をここまで重症になるぐらい堕とすとは一体どんなテクニック使ったんだ?」

「何もしてねぇよ! コイツが一方的に言い寄って来てるだけだ!」

 

アリスを指差しながら銀時は叫んだ後、彼女に向かってめんどくさそうにしかめっ面を浮かべ

 

「お前はホントに謎だらけだなオイ……けどオメェの剣筋は素直に認めるし、あそこまで俺と一緒に協調出来るのは大したもんだとは思ってるよ。認めたくねぇがお前が俺の成長のキッカケを作ったのもまた事実だし」

「ほう、素直にそう言われるとそれはそれでこちらもこそばゆい気持ちになりますが悪い気分ではありませんね」

「だからまぁ、お前が俺と一緒にいたいって言うなら、たまに程度なら別に構わねぇよ。またこうしてダンジョン攻略なりクエストなり協力してやるから」

「たまに、ですか……」

 

銀時自身はぶっちゃけ彼女に対してはかなり高評価を与えている。

 

類稀なる戦闘センス、自分と息の合うコンビプレイを難なくできる集中力、

 

そして何より性格には多少難があるが、なにか不思議と惹きつけられる魅力が彼女には遭ったのだ。

 

「少々不満ですが共にいられる時間を作ってくれるとお前が判断しただけでも良しとしますか」

「ようやく物分かりが良くなってきたな、そんじゃ俺はキリト君と一緒に帰って一旦リアルで休憩してくるわ、またいつか会った時はよろしく」

 

納得はいかないものの銀時がこれからも自分と付き合ってやると言ってくれた事に強く頷きながら

 

アリスがやっと話を分かってくれた事に安堵しつつ銀時はキリトと一緒にログアウトできるダンジョンの外へと行こうとする。

 

だが

 

「待ちなさい、まだお前に対して私の用事が済んでいません」

「はぁ? まだなんかあんのかよ?」

「……」

 

こちらを呼び止めて振り返らせて来たアリスに銀時がめんどくさそうな顔をしていると、彼女はすぐに彼の方へと歩み寄っていきなり両手を伸ばして来たと思いきや

 

 

 

 

 

その両腕を彼の背中に回してギュッと力強く抱きしめたのだ。

 

「最後にこれだけはやっておかねばならないと、私の中で何かが叫んでいたので」

「ちょ! おま……!」

「うおぉ……! アンタ流石にマズいって……! ユウキがいるのに……!」

 

自分を強く抱きしめて来るアリスの金髪から漂う匂いに何か懐かしいモノを感じながら

 

銀時は成すがままの状態でその場で素直に彼女に抱きしめられたままでいると

 

それを傍から見ていたキリトは唖然とした表情で口を大きく開けて

 

「よし、この事はユウキに全部チクってやろう、うん」

「止めろアイツにだけは教えるな! ユウキにバレるのだけはマズイ! 300円上げるから絶対に言うな!!」

「いや300円じゃちょっとな……」

 

アリスに抱きしめられながらこちらに振り返って必死の形相で叫んでくる銀時に、キリトは苦笑しながら後頭部を掻いていると、ようやく彼女は満足したのか抱きつくのを止めて銀時からそっと離れる。

 

「では近いうちにまた会いましょう」

「……出来れば次に会う時はアメリカ式の挨拶は勘弁してほしいんだけど……」

「それは私の状況次第です、それでは」

 

これは絶対にまた抱きついて来るな……と内心呟いている銀時をよそに

 

アリスは自ら踵を返して目の前でフッと消えた。

 

恐らく一瞬でダンジョン入口に戻れる転移結晶でも使ったのであろう。

 

「ったく最初から最後まで完全にアイツのペースに乗せられちまったぜ……」

「アンタ見事に翻弄されてたな、いつもは振り回す側なのに」

「見てろよ、次に会った時はこっちがアイツを振り回してやる」

「どうだろうなぁ……」

 

消えて行った彼女を見送りながらリベンジを誓う銀時にキリトはやれやれと首を横に振る。

 

「素直に抱きしめられて何も抵抗も出来なかったアンタじゃ無理なんじゃないか?」

「無理じゃねぇ、アレは油断してた所でアイツの匂いが鼻に入って身体が固まっちまっただけだ」

「匂い?」

「……昔どっかで嗅いだことのある匂いと同じだったんだよ」

 

そう呟きながら銀時はあの時鼻に入ったアリスの匂いを思い出す

 

 

「何故だかはわからねぇ、けどもう二度と嗅ぐことはねぇだろうと思ってた懐かしい匂いを、アイツからしたんだよ……」

「それって……」

 

遠い昔の事を懐かしむよな表情を浮かべる銀時の横顔を見てキリトはハッとした表情で気が付いた。

 

「……アンタひょっとして匂いフェチ? うごッ!」

「シリアスに纏めてる所に茶々入れてくんじゃねぇ!」

 

藪から棒にいらん事を言ってくるキリトの頭に銀時が拳骨を落とすと

 

それがキッカケなのか知らないがキリトは頭をさすりながら「あ!」とある事を思い出した。

 

「そういやこの森で見かけた幽霊少女探すの忘れてた!」

「っておい! いきなり幽霊少女なんて言うんじゃねぇよ! そんないる訳……ってアレ?」

 

キリトがここに来た時に見かけた怪しい見た目をした少女

 

そして彼の話を聞いて銀時自信も思い出す。

 

暗い森の中で一人ぼっちになっていた自分の所へ

 

何かに恐れてるような目をしたボロボロの少女が傍にやって来た事を……

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわ! なんだよ急に!」

「帰るぞ! 今すぐ帰るぞ現実世界に!」

「いやでもまだ女の子が見つかってないし……」

「いいんだよそれは! とにかく今は一刻も早くこの場から立ち去るのを優先しろバカヤロー!」

 

必死に叫びながら銀時はキリトに転移結晶を出せと促しながら、とにかく早く帰りたがろうとする。

 

そして何故にそんな慌てて怯えているのかと困惑しつつ、キリトは渋々転移結晶を取り出した。

 

「その反応からしてアンタも見たっぽいなあの子を……後でゆっくり話聞かせてもらうからな」

「見てねぇよ! 幽霊少女なんて見てないです~! アレはどう見ても普通の女の子でした~!!」

「……」

 

汗ばんだ顔を左右に振りながら明らかになんらかの体験をしたと思われる銀時を見て

 

こりゃあ詳しく話を聞くのには時間がかかるだろうなと思いつつ

 

取り出した転移結晶でフッと消えて彼と共にダンジョンの入口へとテレポートするのであった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

さっきから物陰に隠れ、オドオドした様子でずっとこちらを見ていた少女の視線にも気づかずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十九層 その男、狂乱につき

私がこの男の出番をずっと引きずっていた理由は一つです

前作の時に出し過ぎて、今更こっちで書くのダルかったから


「はぁ~こんな時間に起きて外出してるなんて未だに自分でも信じられないな……」

 

平日の昼下がり、桐ケ谷和人はまだ眠たそうに欠伸をしながらカンカンと2階へと続く階段を上っていた。

 

右手に持っているのはジャンプやら雑貨品等々、スーパーで買って来た商品が入ったビニール袋。

 

今日の朝、銀時とユウキは自分が寝てる間にいつの間にかいなくなっていた。

 

大方二人でデートでもしけこんでるんだろリア充爆ぜろ、ていうか死ね、みんな死ね

 

と思いながら和人は自分にはまだロクな出逢いもフラグも立たない事にイラッとしながら

 

こうして一人でスーパーに行って必要なモノを買い揃えて家に戻って来たのである。

 

「今日は仕事も無いし久しぶりにソロでEDOに潜る事にするか」

 

そう言いながら既に我が家同然の銀時の家の戸の取っ手を掴む和人、しかしすぐに「ん?」と顔をしかめる。

 

「開いてる……もしかしてもう帰って来たのかあの二人?」

 

ちゃんと鍵を閉めて出た筈なのだが……てっきり銀時とユウキが帰って来ていたのかと思ったのだが

 

ガララと開けた戸の先にある玄関には二人の靴は見当たらない。

 

代わりにあるのは見覚えのない草鞋……

 

「……」

 

不審に思った和人は恐る恐る靴を脱いで家に上がり、ビニール袋片手に居間へと入っていくと……

 

 

 

 

 

 

「おお、待ちかねたぞ、随分遅かったではないか」

 

黒い長髪を腰までなびかせた

 

青の着物に白の羽織を付けた

 

銀時とさほど年の変わらなそうな男が平然と来客用のソファに腰を落として座っていた。

 

それを見て和人はその場で立ちすくしながら呆然と固まる。

 

(は?……誰だこの人? なんで堂々とこの家に上がり込んでいるんだ? あれ? でもこの顔どっかで見た様な……)

 

様々な疑問が頭に浮かんで少々混乱した様子でいる和人に、男は「ん?」と小首を傾げて見せた。

 

「なんだ銀時ではないのか、この家は奴の家だと聞いてお邪魔していたのだが?」

「へ? あ、もしかしてあの人の知り合い?」

 

首を傾げながら尋ねて来た男はどうやら銀時の事を知っているらしい。

 

彼の知り合いだとわかった和人はようやく頭の整理をつけてゆっくりと向かいのソファの方へ移動する。

 

「悪いけどあの人は今外に出払ってるよ、俺はあの人と同居してるただの従業員」

「む、そうだったのか、そうかアイツは留守か……」

「そういう事、あの人に用があるならまた後で来てくれ」

「ふーむ、アイツが不在だとは思わんかった……ならば仕方がない」

 

どうやって鍵の掛かったこの家に入り込めたのか知らないが、銀時はいないしどう対応すればいいのかわからないからさっさと出て行ってくれと追い出そうとする和人。

 

だが男の方は顎に手を当てしばらく考え込む仕草をした後

 

「……」

「え? あの、ちょっと……」

「……」

「いやだからあの人はいないから一旦帰って欲しいんだけど……」

「……」

 

考え込むポーズを止めてもなおソファから立ち上がる事もせずに座ったままの男に和人が顔をしかめて話しかけると……

 

「ではとりあえずお茶を頼む」

「は!?」

「いきなり上がり込んで来た非はあるし安い茶で十分だ。だがもし高級茶葉でも置いてあるのであればそれを淹れてくれても構わんぞ」

「いやいや! いきなり家に上がり込んで来たと思ったらお茶出せって!」

 

真顔で茶を出せと要求してくる男に和人はツッコミを入れながら

 

「そもそもアンタ何者なんだよ、もしかしてここに依頼に来た客か? それならお茶ぐらい出すけどさ」

「依頼? 客? なんの事だ? 俺は銀時の奴に直接尋ねに来ただけだ」

「だったらその男がいないとわかった時点で帰れよ……」

「いずれ奴がここに戻って来るのであれば、ここで待っておく方が賢明であろう」

「待つ気かよ……なんなんだこの人」

 

どうやら家主の銀時が戻ってくるまでここで座りながら待つ魂胆らしい。

 

本当に一体何者なのだろうか……確かに前に何処かで観た覚えはあるのだが、それがどこでだったかどうも思い出せない和人。

 

(ともかくこんな素性も知れぬ男が傍にいちゃ素直にフルダイブも出来やしないな……)

 

ナーヴギアを被ってEDOにフルダイブしてしまうと、ここにある本来の身体は完全に無防備を晒してしまう。

 

どこの誰だかわからない輩がいるのにそんな真似出来るはずないし、とりあえず和人は彼が出て行くまで仮想世界へ向かう事はしばし諦める事にする。

 

「はぁ~……久しぶりに子守りを忘れてソロで満喫しようと思ってたのに」

「おい、お茶はまだか?」

「なんで俺があの人の知り合い相手にそんな事しなきゃならんのだ? それより俺からいくつか質問させてくれ」

 

お茶を催促してくる男に和人はめんどくさそうにソファに深々と腰着かせたまま

 

とりあえず彼が何者なのか突き止める事にした。

 

「まあアンタがあの人の知り合いだというのはわかったよ、で? 実際の所何者なんだアンタ?」

「知り合い程度の関係では無いのだがな、それよりおぬし、さっきから気になっていたのだが、もしかして俺の事を知らんのか?」

「いやどっかで見た覚えはあるけど……もしかして有名な方?」

 

ずっと前から仮想世界にどっぷり沈んでるおかげで、こっちの世界の事情はとことん疎くなってしまっている和人。

 

テレビも最近観ないしニュースにも興味はない、そんな彼が頭に「?」を付けて本気でわかっていない様子でいると

 

男はフッと不敵に笑いながら腕を組む。

 

「これも噂で聞いていたゆとり教育の賜物か……ならば覚えておくがいい、何を隠そう俺はいずれはこの腐った世界に天誅を下さんと立ち上がった革命家なのだ」

「革命家? へ~」

「……おいちょっと待て、なんだその薄いリアクションは、もうちょっと良い反応せんか、ここは普通驚く所だぞ」

「そう言われても、いきなり家に上がり込んで自分が革命家だとのたまうロンゲのオッサンが相手だと」

 

短く頷くだけで、驚きもせずに平然としている和人にやや不満げに男が口を尖らせるも

 

和人は後頭部を掻きながらけだるそうに

 

「どうも胡散臭さが優先してただの「頭がヤバい人」という感想しか持てないんだよな」

「頭がヤバい人とはなんだ、年上に対して失礼だぞ。俺は本気でこの国を変えて、天人を排除して再び侍の国を取り戻す為に立ち上がったのだ」

「そんな攘夷志士みたいな事言われてもなぁ……ん? 攘夷志士?」

 

男が厳しめの口調で窘めて来る中で、和人はふと彼が言った攘夷志士というワードに何か引っかかった。

 

そういえば随分前にこっちの世界で攘夷志士について何か話をしたような気が……

 

「いつだっけな……なんか今この状況で凄く大事な事を思い出さなきゃいけない気はするんだけど……」

「あ、そろそろ観たいドラマの再放送の時間ではないか、少年、テレビを点けてくれ」

「へ? ああ、テーブルの上にリモコンあるから勝手に点けて良いよ」

 

考え事をしてる最中に男に話しかけられたので和人は適当に答えると

 

男はスッとテーブルの上のリモコンを取って、部屋の隅に置かれている小さなテレビをピッと点けた。

 

するとそこに映っていたのは

 

『ただいま緊急速報が入りました、申し訳ありませんがこの後放送される「14歳の母親」は時間を遅らせてからの放送となります』

 

簡易な文字で書かれたテロップが浮かび上がっていた。

 

それを見て男はすぐに眉間にしわを寄せ

 

「ドラマの放送が遅れるだと? おのれ放送局め、この俺が観たいドラマを先延ばしにしおって。やはりこの国には一度転覆が必要だな、そう思うだろ少年?」

「いや観たいドラマが延期になったから国家転覆しようなんてふざけたノリには同意いたしかねます」

「しかし緊急速報とはなんだ、下らんニュースだったらこのまま放送局に乗り込んで天誅を下してやる、そう思うだろ少年?」

「いや思わないけど」

「そもそも最近のニュースと言うのはやれ芸能人の不倫だの政治家の失言だのと陳腐なスキャンダルばかりではないか、そんな事よりももっと国民に知らせるべきニュースを教えて欲しいものだな、そうだろ少年?」

「だからなんで俺に同意を求めるんだよさっきから」

 

いちいちこっちに振り向いて同意を求めてくる男に、めんどくさそうに和人がツッコんでいると

 

テレビの映像がパッと移り変わった。

 

『ただいま現場にかぶき町に駆け付けた花野アナです』

 

そこに映ったのはたまにテレビの報道ニュースで見かける花野アナであった。

 

『周りはすっかり住民たちの野次馬に囲まれており、報道陣もあまり近づくことが出来ない状況でいます、すみません通してください!』

「ほう、どうやらかぶき町で何かあったらしいな……そういえばここもかぶき町であったな」

「マジでか、まあしょっちゅう色んな所で騒動がある街だからなここ、けど緊急速報されるような事件が起こるなんて珍しいな」

 

どうやらニュースになった原因はここかぶき町で何かがあった様子。

 

何かと物騒なこの街で騒動や事件なんて日常茶飯事の事なので、和人は特に驚きもせずにテレビを観ていると

 

花野アナがマイクを片手にリポートを続ける。

 

『この放送を見ているかぶき町在住の方は絶対に外出しない様にして下さい、現在この街には有名な凶悪犯が潜伏しているという情報が入っています。もう一度言います、くれぐれも外出は控える様に』

「凶悪犯? こりゃまた恐ろしいな……あの二人大丈夫か?」

「まだ日も昇っている時間だというのに凶悪犯などという輩がウロついているとは何てことだ……市民の安全の為にも、やはり俺がこの腐った国を豊かで平和な国に変えねばならんという訳か」

 

和人が随分前に外出した銀時とユウキの安否を心配している中、男はまたもやブツブツとおかしな事を口走っていいる。

 

そんな彼をスルーしていると再びテレビの中で映像が切り替わり

 

「ただいま新しい情報が入りました、凶悪犯は現在、この近くにある……あ! あそこの2階の家に立て籠もってる模様です!!」

「……ん?」

 

凶悪犯がかぶき町にある家に立て籠もってると聞いて和人がその映像をよく見ると

 

どうも見知った家がそこに映され、花野アナがそこを指差し叫んでいた。

 

『万事屋銀ちゃん』などというふざけた看板が貼られた、スナックお登勢という店の上の階にある家に

 

 

 

 

 

 

「ウチじゃん え、ウソ? マジでここ?」

「なに!? てことはこの家に凶悪犯が潜んでいると言うのか!?」

 

何度も見た事ある家、というか自分が現在進行形で住んでいる場所だ。

 

口をポカンと開けて固まる和人をよそに、男は慌てて立ち上がって周りを見渡し始める。

 

「どこだ凶悪犯! 悪事を働く不正な輩はこの俺がたた斬ってくれるわ!」

「いやいやホントにここに凶悪犯がいんの!? どういう事だコレ! なんかの間違いだよな! ってあれ?」

 

いまいち状況が掴めていない状況で段々焦って来た和人だが

 

ふと目の前で周りを見渡しながら腰に帯刀している刀の鞘に手を置く男を見て何かに気付いた。

 

廃刀令のご時世で堂々と真剣を腰に差している事に……

 

「ア、アンタちょっと聞きたい事あるんだけど……」

『凶悪犯の顔と名前はこちらです』

 

和人が男に向かって何か言いかけたその時、テレビの画面がパッと代わり

 

凶悪犯と思われし人物の人相と名前が映し出された。

 

 

 

 

 

 

『このウザったるい長い黒髪をした男こそ、あの有名な攘夷志士・桂小太郎です』

 

 

 

 

 

 

 

その人相と名前を見て

 

和人はそーっと男の方へ顔を上げる。

 

ウザったるい長い黒髪をした男もまた、テレビに映された自分と瓜二つの顔を見て無言で腕を組むと

 

 

 

 

 

 

「なんだ俺ではないか、心配して損した」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

『先日この国と友好関係を築こうとしていた異星に対して爆破テロを行った主犯であり、攘夷戦争時代に「狂乱の貴公子」と呼ばれ多くの天人に目を付けられた程の強者であり、現在はトップクラスの犯罪者として指名手配されているまごう事無き凶悪犯です』

「爆破テロではない、攘夷活動だ、誤解を招く報道をしおって」

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

桂小太郎、その名前を聞いてようやく和人は眠っていた記憶を思い出した。

 

随分前にオカマとして営業していた時に偶然出くわした結城明日菜が

 

この男の手配書を持って探し回っていた事を

 

 

桂小太郎の事は当然和人もその名は知っていた、しかし顔まではすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

これには流石に自分がテレビやニュースを観ていなかった事に強く後悔するしかない。

 

「ア、アンタがあの狂乱の貴公子の桂小太郎……!?」

「うむ、そういえば自己紹介がまだであったな、これは失敬した」

「……」

 

こちらに真顔で軽く頭を下げる男、桂小太郎に和人は先程までの余裕な態度はもはや無い。

 

目の前にいるのが国中で追われている凶悪なテロリスト……その事実をしばしの間を置いてようやく受け入れると

 

和人はすぐに彼に背を向けると、一目散に玄関の方へ

 

「た、助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」

「待たれよ少年」

「ぎゃぁテロリストに捕まったぁ!!! 殺さないでぇ!」

「テロリストではない攘夷志士だ、無益な殺生などせんから安心しろ」

 

逃げようとする和人の後ろ襟をサッと掴んで引き留める桂

 

仮想世界ならともかく現実世界では貧弱なステータスの和人は抵抗虚しくあっさり捕まってしまった。

 

「俺は友人に会う為にここへ来ただけだ、決してここで暴れる様な真似はせん」

「ゆ、友人? そ、それってまさか……」

 

後ろ襟を掴まれたまま和人が言葉を震わせて恐る恐る彼の方へ振り返ってみると

 

桂の背後にあるテレビでまた新たな変化が起こっていた。

 

『すんませーん、そこ通してくださーい』

『うわぁ、なんか人一杯いるけどどうしたのー?』

『ああ! 突然原付に乗った二人組がこちらにやって来ました!』

「うお! 戻って来たのかあの二人!」

 

テレビの向こう側ではまさかの展開

 

この家の家主である銀時が、後ろにユウキを乗せて原付で戻って来たのだ。

 

家の前で起こっている状況に特に気にする様子もなく銀時は原付から降りると、群衆を掻き分けてユウキを連れて2階へ上がろうとする。

 

『オイ邪魔だテメェ等、ウチの家の前でたむろってんじゃねぇ』

『すみません大江戸テレビです! もしかしてあそこの家の者ですか!?』

『そうだけど、え? なにそれカメラ? 俺ひょっとして映っちゃってるの?』

『うわヤバ、てことはボク達お茶の間に映っちゃってる訳? テレビデビューじゃん』

 

報道陣が押し寄せてくると、早速カメラを見つけてこちらに振り返る銀時とユウキ

 

『つうかなんでウチの家の前でカメラが回ってんの? なに? もしかしてウチのロクデナシのクソガキを更生させる番組でも放送する訳? ならまずはウチに話を通してくれないと困るんだけど』

『テレビ局からの依頼ならギャラもたんまり貰えそうだね』

『いやすみません、そういう目的じゃなくてですね……あなた達の家に今凶悪犯が潜んでいるという情報が……』

『はぁ、凶悪犯?』

 

花野アナに対して口をへの字にして後頭部を掻くと、銀時は「いやいや」と呟き

 

『ウチにはそんなんいませんって、俺とコイツは極めて平和に生きてる一般市民ですから、凶悪な居候ゴキブリなら1匹飼ってますけど』

『最近ウチの人のおかげでますますクズ化の一途を辿っている居候ゴキブリです』

「おいコイツ等俺がいないのをいい事になにテレビに向かって人の事をロクデナシだのゴキブリ呼ばわりしてんだコラ! 俺の身内が観てたらどうすんだよ!! 主に妹に!!」

 

傍に自分がいないのいい事に散々酷い事を言っている銀時とユウキに、テレビに向かって和人が怒っていると

 

銀時はそのままユウキを連れて報道陣を押しのけていく。

 

『まあとにかくウチにはそういうのいないから、今から家帰るんでとっとと退いてくれや』

『いや私の話聞いてませんでした!? 今あなたの家に凶悪犯が立て籠もっているんですよ!?』

『だからいねぇって、ほら行くぞユウキ』

『うん』

『ちょっとぉ! いるんですよ本当に凶悪犯が!!』

『大丈夫大丈夫、だって凶悪犯なら家の中じゃなくて今ボク達の目の前に……むぐ』

 

ユウキが銀時を指差して何か言おうとした所を、すかさず銀時が彼女の口を押えて黙らせると

 

そのまま花野アナの忠告を無視して二階へと上がり

 

そして

 

程無くしてガラララっとここの家の戸が開けられる音が和人の耳に入った。

 

「ったく余計な事言おうとしてんじゃねぇよテメェは」

「いやーついノリで言いかけちゃった」

 

そんな会話と共に玄関で靴を脱ぐ音と共にこちらへ向かう足音

 

桂に後ろ襟を掴まれながら和人が固まっていると

 

「おい穀潰し、お前ちゃんと起きてるかコラ、真っ当な人間はとっくに活動してる時間だぞ、ん?」

「ただいまー、ってアレ?」

 

和人達の前にようやく銀時とユウキが現れた。

 

二人はすぐに和人があの恐ろしいテロリスト・桂小太郎に捕まっているかの様な状況に出くわすと

 

しばし見つめた後、銀時の方がすっとこちらに指を差し

 

「ヅラ?」

「あ、ホントだヅラだ」

(ヅ、ヅラ……?)

 

自分の背後にいる桂を指差して特に驚きもせずにユウキと一緒に桂に対して変な呼び名を使うと

 

顔をしかめる和人をよそに桂はその呼び方に不満を覚えた様子で

 

「ヅラじゃない、桂だ」

「ああやっぱヅラか、なにお前、勝手に家に入り込んで」

 

そう返事して桂はようやく和人の後襟からパッと手を放す。

 

「かつての戦友との久しぶりの再会だというのに随分とふざけた挨拶だな、銀時」

「戦友!? ちょっと待てオイ! アンタどういう事だこの状況!?」

「まあ安心しろ和人君、俺とコイツは友達じゃないから、一方的にコイツが俺の事を友達だと思い込んでるだけだから、友達がいないあまりに俺を頭の中で友達だと認識している哀しい男だから」

「ふざけるな、同じ学び舎で育ち、同じ戦場で戦った俺とお前が、友と呼ばずしてなんと呼ぶ」

「!?」

 

桂に解放されてすぐに銀時の方へと駆け寄りつつ

 

二人の会話を聞いて和人はギョッと目を大きく見開く。

 

「おいおいおい……まるで状況が掴めないぞ、今完全に頭の中パニックだぞ、頼むから誰でもいいから説明してくれ」

 

もはや驚き過ぎて笑いさえ込み上げて来そうなこの展開に戸惑っていると

 

銀時の隣にいたユウキが首を傾げながら

 

「んーとね、ヅラと銀時は幼馴染って関係なのかな? 確か」

「幼馴染!?」

「そんで一緒に天人に対して喧嘩を吹っ掛けた戦友、的な存在?」

「天人に対して喧嘩……そ、それってもしかして!?」

 

自分でも詳しくは知らなそうな様子で答えるユウキに、和人がとんでもない予想が頭の中で浮かんでいると

 

「攘夷戦争、かつて俺達が敗れ、最も大切なモノを失った戦だ」

 

彼女の代わりに目の前の桂が静かに答え、そして一歩こちらに歩み寄る。

 

「しかしまだ戦は終わっていない、この国が完全に天人の傀儡と化し腐り行く前に、今度こそ幕府と天人共にこの剣を振り下さねば、俺達の戦は永遠に終わらぬ」

 

そう言って桂は自分の腰に差していた刀を鞘ごと引っこ抜き

 

死んだ目を向けてくる銀時に対してスッと鞘に収まった刀を掲げる。

 

「銀時、例え手を汚してでも取り返せねばならんモノがあるのはお前が一番知っている筈だ」

 

 

 

 

 

 

 

「かつて攘夷戦争で敵だけでなく味方からも恐れられた武神」

 

 

 

 

 

 

 

「『白夜叉』と呼ばれたお前の剣を、再び俺に貸してはくれまいか?」

「!?」

 

白夜叉と呼ばれた銀時に咄嗟に彼の方へ振り返る和人。

 

その名は和人にとって、否、キリトにとってとても深く関わりのある二つ名だ。

 

彼が「黒夜叉」と呼ばれた所以は

 

 

 

 

攘夷戦争時代で活躍した攘夷志士、白夜叉の二つ名から引用されたのだから

 

明かされた衝撃の新事実に

 

物語は着実に進行していく

 

 

 

 

 




次回は狂乱貴公編・最終話

銀時の正体やユウキとヅラの意外な因縁も書かれますのでお楽しみに


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第四十層 その男、正しく夜叉

銀魂の実写キャストが続々発表されてますね、みんな豪華で凄いですが一番驚いたのはやっぱり長谷川さんでした

そういやSAOの方もキリトが遂に実写になりましたね

ノンスタイルの井上さんで

正直私は好きです




そこは広大なる荒れ地の上に大量の血に塗れた戦場

 

その地には、今は異形の姿をした者達がひしめき合ってたった一人の侍を囲んでいる。

 

これはいわば総力戦

二つの勢力がぶつかり合って互いに力を出し合い、敵の陣営を一人残さず狩りつくせばこちら側の勝ちというシンプルな戦。

 

「残る者は貴様一人だ、無様に生き延びようとするか? それともお前等お得意の切腹とやらを見せてくれるのか? 選べ」

 

顔つきが猫の様な見た目をした天人一人が腰に差す銃を構えると同時に

 

侍を囲む他の者達も一斉に構え始める。

 

「まあどっちを選ぼうと、我々はどちらも許しはしないがな」

 

白い羽衣に身を包みし銀髪の若き侍は、少々疲弊した様子を見せながらもまだ目は死んでいなかった。

 

しかしこのまま大人しくしていれば間違いなく負ける

 

そして負けはつまり死を意味する。

 

「ここで我々の手によって散れぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

だからといって銀髪の侍にとってこの連中に背を向けて逃げるというのは

 

それもまた死と呼んでも過言ではない程御免こうむる。

 

自分達の星で好き勝手やっているこんな連中に

 

これ以上惨めな姿を晒してなるものか。

 

囲まれて一斉に群がって来る異形の者達を前にして、一人生き残った銀髪の侍がやる事は一つ。

 

「うるせぇな、周りでピーチクパーチク……」

 

右手に得物である刀を光らせ

 

侍はキッと鋭い視線と殺意を放ちながら顔を上げる

 

「ちっとばかり黙ってろ!」

「!?」

 

その瞬間一番先に彼に近づいた天人の首が宙を舞った。

 

肉眼で捉えきれなかったその剣の動きを見て

 

先程彼に話しかけていた猫の顔つきをした天人の表情が強張る。

 

「あの動き……まさか!」

 

近づいて来る天人をバッタバッタと斬り伏せて

 

集団で囲まれてもそれをモノともせずに果敢に挑む肝っ玉

 

疲労の色は見える筈なのに、それでもなお膝を突かないタフな生命力

 

彼の強さが尋常じゃない事を天人達はすぐに理解した。

 

 

「クソ! 時代の流れに逆らう野蛮な猿共め! これ以上抵抗されると面倒だ! もっと全員で叩き潰せ!!」

 

とち狂ったように叫ぶ指示を聞いて天人達が襲えば襲う程

 

次第の銀髪の侍が纏う白い羽衣が 

 

 

 

返り血によって赤く染め上がっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

戦いはそれから数分で決着が着いた。

 

戦場に生き残るのはたった二人。

 

一人は先程まで指揮を取っていた猫のような顔つきをした天人と

 

返り血に染まった銀髪の侍。

 

他の連中は皆屍と化し、そこら中で苦悶の表情を浮かべ絶命していた。。

 

「ハァハァ……! おのれ地球の猿め……!」

 

勝てる筈だと思っていたこの戦いで、まさか一対一にまで追い込まれるとは予想だにしてなかったらしく。

自分はただ指揮役としての仕事をしていれば終わるとタカをくくっていたのだが

 

結果はこの始末である。

 

「我々『天人』に支配され続けるだけの存在が! どうして未だに抵抗を続ける……」

「ああ? なんだよ今更、決まってんだろ」

「は! そ、その銀髪と返り血に染まった白い羽衣……もしや貴様! 最近噂に聞くあの……!」

 

猫の様な顔つきをした天人がが一歩一歩後退しつつ、今自分が対峙している相手が何者なのかとわかりかけて来たと同時に

 

「ぐっはぁ!」

 

その侍がこちら目掛けて駆けてきたと思いきや一瞬で距離の差は無くなった。

 

深々と胸に刀を突き刺され

 

口から血を滲ませながら最後の一兵である天人は目だけを僅かに動かし

 

自分を突き刺した張本人を睨み付ける。

 

「き、貴様……!」

「こっちはこっちで取り返してぇモンがあるから剣振ってんだ」

 

自分を刺したその侍はゆっくりと口を開くと。

 

ニヤリと笑って一気に突き刺した刀を引き抜く。

 

「その為なら俺達は何度でもテメェ等の毛の生えた心臓突き刺してやるよ、侍の剣って奴を」

「バカな……我等がたった一人の地球人に敗北するなど……そうかやはり貴様が……」

 

胸から大量の血を噴き出しながら少しずつ意識が遠のく中で、猫の顔つきをした天人はその侍の正体を最期に悟った。

 

(我々に対して鬼神の如き怒涛の攻めを続け、様々な戦に参戦しては数多の同胞をひたすら討ち続けている白き衣を身に付けた銀髪の侍、その者の異名は……)

 

 

 

 

 

 

「白夜叉」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが攘夷戦争時代に呼ばれていた銀時のもう一つの名だ」

 

時と場所は戻ってここは万事屋を営む銀時の家の居間。

 

そこにはここにいる家主の銀時の正体をあっさりと暴露した攘夷志士の桂小太郎と

 

それを小指で耳をほじりながらけだるそうに話を聞いていた銀時と、聞いても全く驚いていないユウキ

 

そして聞いて初めて銀時の正体を知った事で、物凄く驚いた表情を浮かべている和人がいた。

 

「ア、アンタ攘夷戦争に参加してたの……? しかもあの白夜叉って……」

「あ~……まあ昔はちょこっとヤンチャだった時もあったね俺も、ただの若気の至りって奴だよ」

「ヤンチャってレベルじゃないから! 天人相手に戦争してたんだろ!?」

 

最初に会った時からただものではないとわかっていたのだが、まさか天人相手に戦争を吹っ掛けていた元攘夷志士だったとは……

 

しかもかつて英雄と呼ばれた伝説の「白夜叉」と聞いて、その名からもじられた二つ名を持つ「黒夜叉」の和人もまたこれにはもう開いた口が塞がらない。

 

「ユウキ知っていたのか!? この人が! この見た目完全にダメなおっさんの正体が実は白夜叉だったって!」

「うん、ていうかボク、その頃から銀時と会ってたし」

「え!? まさかお前も攘夷戦争に参加してたとか!? お前ならあり得そうだし!」

「いやいや、その頃はただ田舎に住んでただけの小娘だよ」

 

まさかユウキまで攘夷志士じゃないよな?と疑ってくる視線を向けて来た和人に彼女はあっけらかんと答える。

 

「その時に偶然銀時と会う縁があってね、懐かしいねぇ、銀時はボクとの最初の出会い覚えてる?」

「ああ、あの時お前俺を殺そうとしたよな」

「そうそう、良かったー覚えてくれていて」

「いや待て待て待て! のほほんと思い出話に花咲かしてる所悪いけど明らかにおかしいだろ!」

 

銀時と朗らかに当時の出来事を語り出しているユウキに、慌てて和人が手を伸ばす。

 

「なんで田舎に住んでただけの小娘が攘夷志士殺そうとした!?」

「んーまあそういう時代だったんだよ、ボクも生きるのに必死だったんだあの頃は、悪いのはボクじゃない、強いて言うなら悪いのはあの時代そのものさ」

「ど、どこの映画の台詞だそれ? 何があったんだホント……」

「いやぁこの辺は話すと長くなるからさ、それにボクの昔話は銀時に比べて面白くないし聞くだけ時間の無駄だよ。それより話し戻すけど」

 

そう言って笑いかけながら上手く話題を逸らすと

 

目を細めて怪しんでくる和人をよそに、ユウキがおもむろに話し掛けた相手は……

 

「あれからとっくに攘夷志士なんて止めちゃってる銀時の所に、どうしてヅラは今になってやって来たの?」

「ヅラじゃない桂だ、決まっておるであろう、かつての同志を奮い立たせもう一度共に剣を取ろうとわざわざ誘いに来てやったのだ。今こそ幕府と天人に天誅を下そうとな」

 

なんか少々迷惑そうな感じで尋ねて来たユウキに、桂は腕を組みながらハッキリと答えつつも

 

その途中でふと彼女の顔をジッと見つめ

 

「いや待て、ていうか誰だこの娘っ子は、おい銀時、しばらく見ない内にまさか子供でもこさえたというのか?」

「そんな訳ねぇだろ、お前覚えてねぇの? 俺がお前等とはぐれた時によ、世話になっていた村に住んでた双子の妹の方だ」

「双子……? ああ」

 

呆れた様子で銀時がユウキの事を教えてあげると、桂はわかった様子でポンと手を叩く。

 

「そういえば戦の途中で行方知れずになったお前を”高杉”や”坂本”と一緒に迎えに行った時にその様な者達がおったな、あの時はお前を連れてかれまいと抵抗されて俺達も困り果てたモノだ」

「まああの頃はボクもまだ銀時達がどんな思いで戦っていたのかもよく知らなかったからね~」

 

当時の出来事を思い出してため息を突いて桂に、ユウキは苦笑しながら後頭部を掻く。

 

「正直あの頃はヅラ達の事は銀時を連れて行こうとする凄く嫌な連中だと思ってたけど、今はキチンとわかっているから安心して。ヅラ達にとっても銀時はなくてはならない存在だったんだって」

「出来ればあの頃に気付いてほしかったなそれは、おかげで俺達は三人で『銀時争奪戦』などという、下らない戦をやらなければいけなかったのでな」

 

ちょっとばかり反省している様子のユウキに桂はまたもやため息を突きつつ、ふと「ん?」と何かに気付いて首を傾げた。

 

「……というかこの娘、よく見たらあの頃となんら変わり無いではないか。何故年を取っておらん?」

「うるせぇなコイツにも色々と複雑な事情があんだよ」

 

昔と何も見た目が変わっていない、むしろ若返ってるかのようにも見えるユウキに桂がごもっともな疑問を呟くも、すかさず銀時が間に入って

 

「女なんてみんな複雑なモン抱えてるのが当たり前なんだから野暮な事聞いてんじゃねぇよ、だからテメェはデリカシーが足りねぇって言われんだよ、ヅラ」

「ヅラじゃない桂だ、お前こそ人をバカにしたように呼ぶのどうにかしろ」

「いいだろヅラで、高杉や坂本だってずっと呼んでただろ? いい加減もう認めろよ、自分はヅラですって、ずっと前から被ってましたって」

「被っとらんわ! 訴えるぞ貴様!」

 

ユウキの身体に関しては説明するのも面倒なので、無理矢理銀時が誤魔化してみせると

 

彼に向かって銀時は「つうかよ」と呟きながらポリポリと頭を掻きつつ

 

「今更戦争なんざ加担する気ねぇから、こちとら忙しいんで、攘夷なんざテメー1人でやれるだろ? いつまでもお母さんが手伝ってくれると思ったら大間違いですよ?」

「いつお前が俺の母親になったんだ、なにをふ抜けた事言っている、大体どこが忙しいんだ、今のそのだらけきった顔をどう見れば忙しそうに見えるんだ」

「いやマジで忙しいんだって、なぁ?」

 

桂の厳しい追及に対し、銀時はめんどくさそうに返事しながらチラリと隣のユウキに目配せすると彼女は「うん」とコクリと頷いて

 

「仕事は無いけど一日中ゲームしてていつも忙しくボク達と遊んでるよ」

「おい銀時! 国の一大事の時にいい年こいて子供とゲームなどして遊んでおるのか!?」

「いや違うって、俺は遊んでじゃなくて戦ってんだよ、モンスターと」

「やっぱり遊んでるだけではないか! 国が腐りきる前に自分だけ先に腐りおって!」

 

かつての戦友がゲーム三昧の自堕落な生活を送ってると聞いて桂は激昂した様子で銀時に詰め寄る。

 

「貴様それでも侍か! 俺達が斬るべき相手はモンスターではなく天人であろう! 空想の世界に引き籠ってないで早くこっちに戻って来い!」

「いや最近のゲームも結構バカに出来ねぇよマジで、それに天人相手とやり合いてぇなら俺よりもっと適任な奴がいんぞ」

「なに、本当か?」

 

自分よりも勧誘すべき相手がいるぞといった感じで

 

銀時は近くで話を聞いていた和人の肩にポンと手を置き

 

「実はコイツ、暇さえあれば地球に侵略しに来た天人をぶった斬っている生粋の攘夷志士なんだよ」

「おお! それは中々の逸材ではないか!」

「ってオイィィィィィィィ!! ふざけた冗談はよせコノヤロー!!」

「冗談じゃねぇだろ、いつも自慢げに生意気な天人をシメて来てやったって話してくれてたじゃねぇか、黒夜叉君」

「いやそれは仮想世界での話だから! 現実だったら俺なんてもはやスペランカーだし!」

 

自分の肩に手を置きながらサラリと自分を桂に売ろうとする銀時に

 

和人が首を振って急いで否定しようとするが……

 

「なんと前途ある少年だ! 初めて会った時からどことなく昔の銀時と雰囲気が似てると思っていたのだ!」

「いや無理です! 俺リアルではただのもやしっ子なんで!」

「なに恐れる事は無い! まず最初は簡単な事をやらせてあげよう! とりあえずいっちょ江戸城を爆破してくれ!」

「どこが簡単!? その行動一つで倒幕したようなモンじゃねぇか! 出来るかそんな事!」

 

自分の両手をすかさずガシッと掴み上げて早速勧誘して来た桂の手を振り払う和人。

 

「もういいから出てってくれ! さっきからアンタのせいで外もざわついていて騒動が大きくなってんだよ! さっさとこの人連れて攘夷活動なりテロ活動なりやって来い!」

「おいクソガキ! テメェドサクサになに俺をコイツに売り飛ばそうとしてんだコラ!」

「大丈夫だ、アンタがもし幕府に捕まっても処刑場にはちゃんと顔出すから、安心して逝って来い白夜叉」

「なにも大丈夫じゃないよねそれ!? 俺が死ぬ前提で送り出そうとしてるよね! ふざけんなお前が逝け黒夜叉!」

 

白夜叉と黒夜叉がお互いに掴みかかってギャーギャーと罵り合いを始めたので

 

取り残された桂は「やれやれ」と首を横に振り

 

「よしならばこうしよう、二人まとめて俺の同志に……」

「ちょっと~悪いけどそれは困るんだよねぇ、ウチの銀時にはもうそういうのやって欲しくないからさ、ついでにキリトにも」

「む?」

 

いっそ二人仲良く仲間にしてやろうと我策する桂だったが

 

ソファに座りながらユウキが即座に彼に対して口を挟む。

 

「もう銀時の戦はとっくの昔に終わったの、頼むからもうこの人をほっといて欲しいんだよね」

「ふん、何も知らぬ小娘が偉そうに……残念ながらそうはいかん。おぬしがどれだけ銀時と一緒にいるのかは知らんが、アイツの事は俺が一番よく知っている」

 

銀時を勧誘するなと頼んで来るユウキに、桂は腕を組みながらフッと笑い飛ばす。

 

「なにせ俺と銀時はずっと幼き頃から同じ学び舎で育った仲でな、その後も共に数多の戦場を駆け回り苦楽を共にし、そのおかげで俺達は固く結ばれた強い絆を持っているのだ」

「ふーん」

「故にコイツの考えなどすべてお見通しだ、きっと今もまだあの戦いの日々を忘れられないでいるに違いない」

「銀時の事を一番知っているって言うけどさー」

 

自慢げに銀時との思い出話を始める桂に、面白くなさそうな顔で聞いていたユウキがジト目で一つ尋ねてみる。

 

「それなら当然銀時の恋人とかも知ってるって事だよね」

「恋人だと? フ、魂胆が丸見えだぞ小娘。侍たるものそんなモノに現を抜かす事あるわけないではないか、それにコイツがモテない事などとっくにわかっている」

 

してやったりといった表情で、桂は真顔のユウキに得意げに語りかける。

 

「引っ掛けてやろうと思ったのだろうが甘いぞ小娘、この男とその様な関係になるおなごなどおる訳がなかろう、フハハハハハハ!!」

「いやいたけど」

「……え?」

 

勝利を確信した様子で盛大に高笑いを上げる桂に

 

まさかの本人である銀時が、掴み合っていた和人の首を腕で締めながら急に話に加わって来た。

 

「お前等には話してなかったけどいたから俺、ちょいと前に死んじまったがそれまでちゃんといたから」

「な、なんだとぉ!? 下らん見栄を張るな銀時! お前の様なただれた恋愛しかないちゃらんぽらんに惚れるおなごなどこの世におる訳ないではないだろ!! 」

「殺すぞテメェ! 俺だって惚れたり惚れられたりするわボケ! 参ったかコノヤロー!」

 

首を絞められて段々と顔色が青白くなってきた和人をやっと解放させながら

 

銀時はしかめっ面でハッキリと桂に言ってやる。

 

「そもそもオメェだってモテた試しねぇじゃねぇか、昔っから人妻とか未亡人ばかりに惚れてよ、そんであん時も……」

「待てぇい! それ以上言うな銀時! 言ったらタダでは済まんぞ!!」

「侍たるものそんなモノに現を抜かす訳がないと言っていたクセに……」

「なんだとぉ!」

 

慌てて銀時を黙らせる桂に、呆れた視線を送って来るユウキに対して、彼は面と向かって

 

「侍とて男なんだから仕方ないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うわぁ開き直ったサイテー」

「おい銀時! なんなのだ小娘は! さっきから俺に喧嘩を売ってきおってからに! しつけがなってないぞ貴様!」

「いやそいつ小娘じゃないから。俺達とたいして年変わらねぇから」

 

ユウキに色々と言われて悔しかったのか桂はすぐに銀時に抗議するも、

 

彼は小指で鼻をほじり出しながらめんどくさそうに返す。

 

「つうかもう帰れよ、俺今から三十八層攻略しに行くんだから、フロアボス倒してさっさと上に昇ってコイツ等に追いつかないといけねぇから、レアアイテムドロップしたいんだよ」

「さ、三十八層? フ、フロアボス? さっきから何を言っているのだ貴様は……?」

「ああどうせ君にはわからないよ、銀時が言っているのはこことは違う世界の話だから」

 

聞き慣れない単語を用いる銀時に理解出来ずに桂が怪訝な表情を浮かべていると

 

ユウキは内心勝ち誇った様子で彼にドヤ顔を浮かべる。

 

「君が知っているのは昔の銀時だけでしょ? 今の彼を一番知ってるのはボク。今の彼をなんにも知らない君じゃ」

「なに!?」

「いくら説得しても銀時を誘って仲間にする事なんて出来っこないよ。かつては君の隣に銀時がいたのかもしれないけど、今の銀時の隣はボクの席だからね」

「ぐぬぬぬぬぬ! 言わせておけば……! 銀時の隣に居るべき存在は自分だと!? ずけずけと言いおって! だが!」

 

『過去』だけを知る桂と、『今』を知るユウキ

 

今の銀時についてはロクに知らない桂は、その事を彼女にキツく言われて心底悔しそうに肩を震わせるすぐにでも怒鳴り散らしそうな反応をするが

 

「……確かに俺は今の銀時の事は知らなすぎる、もう一度と共に手を取り合うには、まずはコイツの事をよく知るベきやもしれん」

 

頭に血は昇っている状態ながらも彼女の言い分には少々理解出来る部分があったので、桂は仕方なくため息をついて矛を収めて銀時達にクルリと踵を返す。

 

「邪魔をしたな、今回は素直に退散するとしよう」

 

意外にもあっさりと引き下がった桂は

 

銀時達に背を向けて窓の方へと歩き出す。

 

「いずれ然るべき準備を整えたら、今度こそお前に剣を取ってもらうぞ、銀時」

「いやもう来なくていいから、お前の仲間になるなんざ二度とごめんだ」

「フ、そう言っているのも今の内だ。俺は一度決めたら絶対に諦めん、それはお前が一番知っているであろう?」

 

そう言い残して最後にこちらに笑いかけると、桂は窓に手を着いて一気に飛び降りるとそのまま消えて行ってしまった。

 

きっと彼はまたここへやって来るであろう、それも一度や二度だけでなく何度も

 

いやもしかしたら追いかけてくる為に、今度はここの世界ではなく向こうで……

 

そんな気がしたユウキは長い髪を指に巻きながら心配そうに銀時の方へ振り返り

 

「……まさかまたあの人と一緒に戦争おっ始めようとか考えてないよね?」

「は?どうした急に? お前、自分でヅラの野郎に俺が仲間になる訳ないって啖呵切ってたじゃねぇか」

「そうだけどさー、たまに銀時ってよく一人でつっ走ちゃう事あるから、もしかしたらボクを置いていって勝手な真似するんじゃないかなってちょっと心配になっちゃった」

「はん、ヅラと一緒に国盗り合戦なんざなんの得があんだよ、そんな事全然考えてないから安心しろ」

 

恐れる様に呟くユウキの頭に、銀時は鼻を鳴らしてポンと手を置く。

 

「お前もムキになってヅラなんかと口喧嘩すんなよ、ガキでもねぇのにみっともねぇ」

「……う、うんわかった」

 

呆れたように言う銀時にユウキがぎこちなく返事をする。

 

そしてそれを黙ってジーッと見つめていたのはずっと彼等の一部始終を傍観していた和人。

 

「なんか置いてけぼり感あって寂しいんだが……なぁアンタ」

「あん?」

「過去にアンタが攘夷志士をやっていて、しかも俺と縁のある白夜叉だったなんて、正直俺は未だに頭の中で整理出来ないぞ」

 

彼がさっきからずっと気になっていた点はそう、銀時がかつて白夜叉と呼ばれた伝説の攘夷志士だったという所だ。

 

「まあアンタの底知れない強さと成長っぷりはEDOで嫌という程見せられて来たけど、まさか本物の天人相手に戦ってた人だったとはな……」

「ずっと昔の話だよ、一時的なテンションに身を任せてどんちゃん騒ぎしてただけだ、大したことじゃねぇ」

「いやそんな国を揺るがす程の一時的なテンションってどういうテンション?」

 

ぶっちゃけ詳しく聞きたい所ではあるのだが、このめんどくさそうに対応する銀時から察するに上手く聞き出す事はそう簡単ではないだろう、和人はそう判断し潔く根掘り葉掘り聞くのは素直に諦めた。

 

「しかしあのテロリストの桂小太郎と元戦友かー、これ世間にバレたらちょっとマズイんじゃないか?」

「あ? なんだ和人君もしかして俺を脅す気? それとも死ぬ気?」

「それはボクとしてもちょっと困るかなー、頼むから秘密にしておいてくれない?」

「待て、早とちりしてる所悪いけど誤解しないでくれ、今の俺はアンタを幕府に売る気は毛頭無いさ」

 

そう言って和人は手を横に振るとこっちをジッと見て来る二人に顔を上げて

 

「しかしコレからは俺の事をもっと大切に扱う様に、じゃないともしかしたら俺がどこぞの組織の副団長様にうっかり漏らしてしまう可能性も……っておい止めろ! 木刀掲げてにじり寄るな!」

「安心しろ、ただの口封じだ。すぐに楽になる」

「口封じに安心もクソもあるか! 冗談だから! ちょっとしたジョークだから! 頼むからそんな殺意に満ちたオーラを放ちながらこっち寄らないで!」

 

無表情でためらいさえ見せずに木刀を向けて来る銀時に、調子に乗り過ぎたと和人がソファの上で必死に叫んでいると

 

『凶悪攘夷志士・桂小太郎は依然姿を見せません、こうして時間が過ぎる中、果たしてあの家に住む方達は大丈夫なのでしょうか……おーっと見て下さい!』

 

ずっと点けっぱなしだったテレビには、何か変化があったらしくかなり賑わっている。

 

リポーターの花野アナの叫びに、ふざけていた三人組もふとテレビの方へ振り向くと

 

『なんと待機していた真撰組の中の一人の隊士がバズーカ片手にやってきましたー! これは一体何をするつもりだー!』

『決まってんだろうぃ、桂の野郎もろ共あの家ぶっ壊すんだよ』

『なんという事でしょう! 痺れを切らした一人の隊士が市民の命丸投げで強行突破に移ろうとしています!』

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

テレビに映っているのはバズーカ片手に飄々とした感じでマスコミに応える人物。

 

その顔は間違いなくあの沖田総悟

 

どうやら自分達が桂と話している間ずっと真撰組は周囲で待機していた様で、このタイミングで遂にあの男が我慢出来なくなってしまったみたいだ。

 

思わぬサディスティック星の王子の襲来の危機を感じて銀時と和人は同時に叫ぶと、ユウキを置いて慌てて玄関の方へ

 

「マズいマズイ! あの野郎ウチの家をバズーカでぶっ飛ばすつもりだ! ヅラはもういねぇってのに!」

「早く止めにいかねぇとヤバいぞ! ったくなんなんだあの男! 護るべき国民を犠牲にしてでも犯罪者捕まえたいのかよ!!」

 

二人は足早に玄関へと辿り着いて、急いでその戸を開けた

 

しかし次の瞬間

 

 

 

 

 

ズドォォォォォォン!!!と凄まじい爆発音が家の前で炸裂

 

耳をつんざく豪快な音ともに、居間に待機していたユウキの耳に聞こえたのは

 

「「うぼあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

恐らくバズーカの玉をモロに食らってしまったと思われる銀時と和人の悲鳴だった。

 

両耳を押さえながらユウキは玄関の方を覗いてみると

 

「あちゃ~……」

 

破壊されて惨状と化した元玄関に

 

白目を剥いて横たわる銀時と和人の姿がそこにあるのみであった。

 

『あり? 今どっかで見た様なツラした二人がいたような……まあいいか』

『テメェ総悟! 何勝手な真似してんだコラァ! 切腹にすんぞ!!』

『皆さん見て下さい! これがあの真撰組です! 彼等は犯罪者を捕まえる為ならば罪のない一般市民をも犠牲にするという恐ろしい思想を……!』

『ふざけんなイカれてるのはコイツだけだ! 真撰組自体を頭のおかしい集団に仕立て上げようとしてんじゃねぇ! おいカメラ止めろ! たたっ斬るぞ!!』

 

テレビではまだバズーカを肩に担いでる沖田と、そんな彼の胸倉を掴み上げる同じ制服を着た男が怒鳴り散らしていた。

 

しかしユウキはもうテレビは観ておらず、やれやれと言った感じで玄関であった方へと赴くのであった。

 

「まあ例え戦争に行かなくともこの町自体もはや戦場みたいなモンだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時と和人が真撰組にぶっ飛ばされている頃

 

そんな光景を無事に逃げ出していた桂小太郎が物陰に隠れて覗いていた。

 

「俺は絶対に諦めんぞ銀時、お前は必ず俺と共に戦う運命にある」

 

素性を隠す為の三度傘の下から顔を出しながらそう呟くと、桂はゆっくりとその場から姿を消す。

 

「しかし久しぶりに友と語り合う事が出来た、今日はこれで満足としよう」

 

真撰組やマスコミに悟られぬ様に裏道沿いに、桂はふと思い立った様子でフラリと歩き出す。

 

ここ最近すっかり行きつけになっているとあるお店へ……

 

 

 

 

 

「さて、久しぶりにあの微妙な味の蕎麦がどれほど成長したか確かめに行くとするか」

 

 

 

 

 




狂乱貴公編はこれにて終了です。

藍子&ユウキVS桂&他二人による銀時争奪戦の内容はいつかお送りします


次回からは新章です

新章の主役は一癖も二癖もある野郎共相手に戦うヒロインたちの物語。

時に瞳孔全開男

時に厨二全開眼鏡

時に電波全開男

そんな野郎共に振り回されつつも、彼女達は今日も抗い続ける

まさかの同じ男を狙うライバルが出現しようとも……

新キャラ複数登場予定「少女戦記編」、次週から開始です

それでは


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少女戦記編
第四十一層 彼の背中は近くて遠い


夕方、そろそかぶき町が歓楽街という真の姿をお披露目する時間帯。

 

そんな中、ラーメン屋である北斗心軒に一人不審な客が現れた。

 

今風の若い子がよく着ている裾の短い着物を着飾ってはいるが

 

グラサンとマスクを掛けて素性を隠そうとしているのがバレバレなその見た目に

 

一人店番をしている朝田詩乃はさっきからずっと怪しむ様に眺めていた。

 

「……お客さん店の中だしサングラス取ったら?」

「……お構いなく」

「じゃあマスクの方を外したら? それだとウチのモン食べられないよ」

「お構いなく……私、こんな安っぽいラーメン屋で食べる程落ちぶれてないから」

「じゃあなんでウチ来たのよ、腹立つわね何よこの女……」

 

さっきからずっとカウンターに座って何も頼まず、何度尋ねても「お構いなく」の一点張りで出ていく気配も見せない。

 

こういう迷惑な客は店主の幾松がいればすぐに追い出してくれるのだが

 

生憎、彼女は今出前で外に出ていて今店内は自分一人。

 

接客にはあまり自信が無い詩乃はどう対応すればいいのか困り果てていた。

 

「あのさ、何も頼むつもりないなら出て行ってくれないホント? こっちもそろそろ忙しくなる時間帯なの、迷惑だからよその店に行って」

「せっかちな店員ね……しょうがない、なら本当の事を言うわ」

 

少々苛立った様子で詩乃がいい加減出て行ってくれと催促すると

 

不審なお客はグラサンを少し上にずらして、周りに誰かいないかと注意深く綺麗な目で見渡すと

 

マスクの下から口を出して詩乃に向かってこっそりと

 

「実は私……潜入捜査でここに来ているの」

「……ふざけてると警察呼ぶよホントに」

「ふざけてないし警察も呼ばないで頼むから、私はね、あのテロリストの桂小太郎がここの店をよく通っているという話を聞いたの」

「桂小太郎? ふーん」

 

洗い場でカチャカチャと音を立てて皿を洗いながら、彼女の話に詩乃は目を逸らしながら曖昧な返事をする。

 

「見た感じ私とさほど年の変わらない女の子が、どうしてまたそんな話を耳にしたのかは知らないけど、生憎ウチにそういった客は来た事無いから」

「とぼけても無駄よ、ここにあの男が通っているって、デカいオカマの大将から聞いているのよ私」

「デカいオカマ……ああ、西郷さんの事? どうせからかわれただけよきっと」

 

デカいオカマと聞いてすぐにこの街を取り仕切っているかぶき町四天王の一人であるマドモーゼル・西郷を思い出す詩乃。

 

しかしそれを聞いても口元には小さく笑みを浮かべてあくまでシラを切る態度だ

 

「残念だけどそうして待っていても、目当てのお客さんは来ないからさっさと帰って頂戴、居られると凄く邪魔だから」

「あくまでとぼけるつもり? 白状しなさい! あなたが危険な攘夷志士を匿ってる事ぐらいお見通しなのよ!」

「いやだから知らないってば、攘夷志士なんて関わってもないし関わりたくも無いから」

 

グラサンとマスクを掛け直しながらおもむろに席から立ち上がると

 

こちらに向かって指を突き付けて問い詰めて来る不審者に詩乃はウンザリした様子で手でシッシッと追い払う仕草をしていると

 

「おぅい、やってる? とりあえず腹減ったからなんか食わしてくれ」

「俺、いつもの豚骨でチャーシュー多め香辛料多めネギ少なめで」

「ああ、銀さんに和人君、いらっしゃい」

「!?」

 

そんなタイミングを狙ったかのようにのれんをくぐってやって来たのは

 

この店にちょくちょく通っている坂田銀時と、そのお供の桐ケ谷和人であった。

 

いつもの様にけだるそうに入ってきた二人組に詩乃が挨拶していると

 

突然不審者はサッと席に戻って身を屈む。

 

「今日は二人? ユウキはどうしたの?」

「アイツは今向こうの世界に行ってる所だ」

「へぇ、二人がやってないのに?」

「なんか知らねぇがたまに一人でコソコソとなんかやってるみてぇなんだよアイツ」

「ふーん、何やってるのか気にならないの?」

「知るかそんな事、それより飯くれ飯、今回はちゃんと金持って来てるから」

「それが普通なの、また前みたいにツケ払いにしろとか言ったらどうしようかと思った」

 

ユウキを連れて来てない理由がわかったと同時に、銀時と和人がちゃんと金を持ってきているのか入念に確認しながら

 

詩乃は不審者の座る席から席1個分空けて二人をカウンターに座らせた。

 

「でも悪いけどラーメンはまだウチ出せないから、幾松さん出前に行ってるし」

「はぁ~またかよ、めんどくせぇな、また待たないといけないのかよ……あ」

 

店主の幾松がいないと聞き、銀時はカウンターに肘を突きながら舌打ちすると、ふと思い出したかのように詩乃の方へ顔を上げる

 

「それより気を付けろよ、オメェの個人情報がゲームの世界に垂れ流しにされてるぞ」

「は? どういう事?」

「オメェの名を騙ってゲームの世界で遊んでやがる女がいたんだよ、名前は確かシノンとか言ってたっけ?」

「……いやそれ私の事だから、私がシノンだから」

「怖ぇ世の中だよな全く、俺もいつ自分の名前がゲームの世界に流れないかヒヤヒヤモンだよ」

 

既に自分の名前などユウキが向こうの世界で何度も呼んでいるのでとっくの昔に周りに本名など知られている銀時。

 

そんな事も知らずに個人情報の流失を怖れる彼に、詩乃はしかめっ面を浮かべながら頬を掻きつつ

 

「あのさ、シノンの正体は朝田詩乃、って向こうの世界で何度も言ったでしょ? そうやってずっと信じてもらえないといい加減傷付くんだけどこっちも」

「とぼけんじゃねぇよ、眼鏡であるオメェがあんな人間みたいな見た目になるか」

「とぼけてんのはアンタでしょ! 人間みたいな見た目どころかちゃんとした人間よ私だって!」

「つうか現実じゃ不器用ながらも頑張って店の手伝いをしている孝行眼鏡が、あんなよく見たらふしだらな恰好をしている女な訳ねぇだろ」

「孝行眼鏡ってなに!? それに別にふしだらな恰好なんてしてるつもり訳じゃないから! アレは動きやすいという理由だけで着ているのであって!」

 

向こうの世界と変わらず本人を前にしても一向に信じてくれない銀時に詩乃が躍起になって抗議していると

 

彼女達の会話も聞かずに和人はふと、隣の方で座っているグラサンとマスクを掛けた明らかな不審者をジーッと見つめていた。

 

「ていうかさ……あの絵に描いたような怪しい女……」

「……」

 

和人の呟きが聞こえたのか、無言でそっと顔を逸らす彼女。

 

その反応にますます和人が怪しんで目を細めていると

 

銀時がそれに気付いて彼の視線の先にいる不審な人物に目を向けると

 

「なぁ、なんであんないかにも胡散臭い格好してやがるんだあのお嬢様、名前なんつったけ? 結城明日菜?」

「あぁ、そんな名前だったな。何してんだお前こんな所で、女子供が一人でこんな時間に危ねぇぞ」

「ぶッ!」

 

ここに至るまで絶対に素性がバレないように準備をしていたにも関わらず

 

一切の疑う気配も見せずにあっさりと銀時と和人に正体を看破されてしまう結城明日菜なのであった。

 

自分のフルネームで呼ばれて思わず噴き出してしまいつつ

 

彼女は、明日菜は遂にグラサンとマスクをバッと取って彼等の方へ素顔を公開し

 

「な! なんでそんな簡単にわかっちゃうのよ!」

「いや顔は隠せてもその髪と高そうな着物見ればすぐに勘付くに決まってんだろ」

 

ジト目を向けながら即言葉を返す和人に、明日菜は顔をのけ反らせて軽蔑の眼差しを彼に向け

 

「ストーカー……! あなたって私の見た目をずっと観察し続けていたストーカーだったのね!」

「誰がストーカーだ! ストーカーはお前と仲の良いゴリラだろ!」

「近藤さんをストーカーと呼ばないで! ゴリラと呼んでも良いけど真撰組のトップがストーカー呼ばわりされると民衆からの信用性が落ちちゃうでしょ!」

「とっくに地の底に落ちてるだろ真撰組の信用性なんて! 今更トップがストーカーだろうが部下がドSだろうがハナっから誰も期待してねぇよあんなチンピラ警察!」

「なんですって!」

「事実を言ったまでだろ! 俺達が前にアイツ等のせいでどんな酷い目に遭ったか教えてやろうか! 家の玄関をバズーカでぶっ飛ばされたんだぞ!」

 

和人の言葉が彼女の逆鱗に触れたのか、そこからすぐに二人は顔を合わせてギャーギャーといつもの様に口論をおっ始める。

 

リアルでもゲームの世界でも常にいがみ合っている二人を、銀時と詩乃はすっかり他人事の様子で眺めていた。

 

「もしかして仲悪いの、あの二人?」

「まあ基本的に互いに死ねって思ってるぐらいの関係だよ」

「それにあの不審者……話を聞く限りまさか真撰組と繋がってる訳?」

「まあな、トップのゴリラと仲良く喋ってたし結構深い間柄なんじゃねぇの?」

 

自分から素性をベラベラと話した明日菜を見て詩乃の表情が若干強張った。

 

ただの危ない事に自ら首を突っ込みたがろうとする世間知らずのお嬢様だと思っていたが

 

思わぬ組織と繋がりがあったと知って警戒した様子で目を細める。

 

「……それにあの顔、向こうの世界にいるどこぞの威張り腐った組織のナンバー2とそっくり……あぁ、これ完全に色んな意味で相容れない関係ね」

「何一人でブツブツ呟いてんだお前? それより店主はまだ戻って来ねぇのか」

 

明日菜に対して敵意に近い感覚を詩乃が覚えていると、そんな事も知らずに銀時は呑気に腹が減った様子で店主はまだかと彼女に催促。

 

「俺もういい加減腹減って死にそうなんだけど」

「ちょっと前に出て行ったばかりだからまだ時間掛かると思うよ、そんなにお腹減ってるなら私の炒飯でも食べる?」

「あのパサパサで薄味の炒飯? こんだけ腹減ってるとそれでも良い気がして来たわ」

「酷い評価だね……まあぐうの音も出ない本当の事だけど……」

 

自分の作る料理を提供しようと提案して詩乃に、もう彼女の料理でもいいかと銀時が考えていると

 

「本当に頭に来る男ね! 私は潜入捜査してるの! 邪魔するなら帰って!」

「自分で潜入捜査って言うのかよ……なんだお前、ひょっとしてまだ桂小太郎の事追ってたのか? そういやこの店に頻繁に通ってるとかあの化け物の親玉が言ってたな」

「ええそうよ、この平和な江戸に危険な攘夷志士を野放しにはしておけないわ」

「攘夷志士か、じゃあまずはここにいる手頃な元攘夷志士を捕まえ……ぐぶ!」

 

誇らしげにそう語る明日菜に、和人が親指で銀時を指差しながら何か言おうとするも

 

それを阻止するかのように彼の顔面を思いきりカウンターに叩き付ける銀時

 

「余計な事言おうとしてんじゃねぇよったく、面倒になるだろうが」

「なにあなた? もしかして桂小太郎の情報とか知ってるの?」

「知らない知らない、奴の事なんざ全く知らない、ヅラが何処で何してようが俺に関係ないんで」

「ヅラ?」

「……ヅラ?」

 

和人は黙らせたものの、明日菜は怪しむ様に自分の方に尋ねて来た。

 

銀時が手を横に振ってすかさず否定するも彼の言ったヅラという言葉に明日菜は首を傾げ、一緒に話を聞いていた詩乃も不思議そうな表情を浮かべる。

 

「とにかく俺達はなんも知らないからこれ以上聞くな、あと前にも言ったが攘夷志士なんざに自分から関わろうとすんのは止めとけって、余計な好奇心は身を滅ぼす事になんぞ」

「……誰に何と言われようと私は追い続けるわ、それが後々この国の為になるのであれば、例え身を滅ぼす事になるのも覚悟の内よ」

「まるでどこぞのチンピラ警察みてぇな台詞吐きやがって、影響受けすぎなんだよ、あんなまともじゃねぇ連中と付き合ってたらロクな事にならねぇよ?」

「自分だってどっからどう見てもまともじゃないクセに知った風に言わないで頂戴」

 

なんだかんだで明日菜に対しては苦手そうにしながらも度々忠告する銀時だが

 

そんな彼の言葉に耳も貸さずに彼女はフンと鼻を鳴らす。

 

「真撰組だってちゃんとまともな組織よ、確かに見た目は荒くれ者っぽいけど根はちゃんと江戸や市民を護る為に戦っているのよ?」

「屋根裏に忍び込んだり、家をバズーカでぶっ飛ばすのが?」

「そ、それは確かにどうかと思うけど……で、でも”真撰組の副長”がちゃんと組織に厳しく取り仕切っているの! だから組織としてはちゃんと成り立っているのよ!」

 

局長の近藤や一番隊隊長の沖田は、銀時が見る限り無茶苦茶な事をやらかす正に迷惑極まりない存在だとしか思えないが

 

そんな彼等を厳しく諫めて勝手に動く連中を上手く統率して指導するナンバー2が

 

真撰組という組織にいる事を明日菜は必死にアピールする。

 

「敵だけでなく味方にも厳しく、そして自分にも更に厳しく! 筋金入りの厳しさを持った鬼の副長こと、土方十四郎さんがいるからなんの問題も無いわ!」

 

自信満々にかつ誇らしげに明日菜が銀時と頭を押さえながら起き上がった和人にそう叫んでいると……

 

店の戸がガララと開いて、のれんがめくられ一人の男が入って来た。

 

「おい、ちょっと聞きてぇんだが」

 

黒い制服を着たVの字カットの黒髪の男は

 

開いた瞳孔で店員の詩乃を射抜くように見つめながらすっと警察手帳を取り出す。

 

「この辺でお前と年の近そうな長い茶髪の小娘を見なかったか?」

「……私と年の近そうな長い茶髪の女の子?」

「そうだ、もし見かけていたら詳しく教えろ」

「いや教えるも何も……」

 

高圧的に命令してくる男に詩乃は顔を軽くしかめつつ、目だけをカウンターの方へ動かす。

 

「その特徴と全く同じ子がそこに座っているけど?」

「あ?……あ」

「だから今の内に真撰組に対して悪い印象を周りに与えかねない発言は控えなさい、私達がこうして平和を謳歌できるのは、私達が見てない所で日々戦ってる彼等の存在があってこそなんだから」

 

詩乃にそう言われて男はカウンターの方へ視線を下ろすとすぐに驚いたかのように声を上げるが

 

そんな彼に視線を向けられている事も気付かずに

 

明日菜はすっかり得意げな様子で銀時と和人に真撰組の事を偉そうに語っている真っ最中で気付きもしない。

 

「あなた達みたいなのが毎日ダラダラと生きていけるのも真撰組のおかげなの。この国の規律を乱しかねない不安因子は、すぐに鬼の副長が首根っこ掴んで厳しく取り締まるんだから、あなた達も覚悟しなさいよね」

「ふ~ん、なぁ、その鬼の副長ってもしかして前髪Vの字でセットしてる?」

「へ? 確かにそうだけどどうして知ってるの?」

「その鬼の副長、瞳孔めっちゃ開いてね?」

「確かにいつも開いてるけどどうしてそんなに詳しいのあなた達? まるで本人を見ているかのような……」

 

和人、そして銀時が次々と鬼の副長の特徴を並べるので不思議に思う明日菜。

 

だがふと彼女は気付いた、彼等が自分の方ではなく、自分の背後の方へジト目を向けている事を

 

すると突然悪寒を覚えて背後から嫌な予感を覚えながら明日菜はそっと後ろへ振り返ってみると……

 

そこにはVの字カットの前髪を垂らした瞳孔全開の男がこちらを静かに見下ろしていたのだ。

 

気付かない内に目の前に現れた男に明日菜はギョッと目を見開くもすぐに和人達の方へ振り返り

 

「ほら見なさい泣く子も黙る真撰組の鬼の副長こと土方十四郎のお出ましよ! この店に来たって事はきっと桂小太郎を匿うあの店員の取り締まりに来たのよ!」

 

すぐに鼻を高くして偉そうな口を叩いてみせる明日菜。

 

しかし明日菜のすぐ背後にいるその男は、店員の詩乃ではなく目の前の明日菜の方へと手を伸ばし

 

「しかとその濁った目に焼き付けなさい! とてつもない威圧感を放ちながら逃げる暇さえ与えずにあっという間に捕まえてしまう十四郎さんの腕前を……うご!」

 

自慢げに言おうとした明日菜であったが、彼女の台詞は途中で中断される。

 

男が彼女の後ろ襟を勢い良く掴み上げて、そのまま乱暴に席から降ろすと、床にズルズルと引きずってるにも関わらず、男はさも気にしてない様子で懐から通信機を取り出して連絡。

 

「おい山崎、ターゲットを補足した、これより徹底的に尋問を行い熱いお灸を据えてから家に帰す。パトカー一台こっちに回せ、場所はかぶき町の寂れたラーメン屋の前だ」

「ちょ! ちょっと十四郎さん!? 捕まえるのあっち! あそこの眼鏡の店員! 私じゃなくて早くあっちを!」

「うるせぇぇ! こんな時間にプラプラとかぶき町なんかを一人でほっつきやがって! 毎度毎度テメェの子守りなんざやりたくねぇんだこっちは!!」

「いや一人じゃなくて神楽ちゃんもいたんだけど! なんか途中ではぐれちゃって……!」

「ったくこの俺に言い訳なんぞ通じると思ってんのかコラ? もう我慢ならねぇ、二度と勝手な真似が出来なくなるよう親の所へ突き出してやる」

「ま、待って!両親に突き出すのは止めて! それだけは勘弁して! 十四郎さんって母さんと仲悪いでしょ!? 顔も合わせたくないって言ってたしわざわざこっちから会いに行こうと思わないわよね!? だからここは穏便に済ませてお願いだから!! 平和な解決が一番!」

 

床を引きずられながら必死に叫ぶ彼女を無視して男は店を出るとピシャリと戸を強く閉めた。

 

あっという間の逮捕劇を間近で拝見する事になった銀時達は「あぁ」と同時に頷き

 

「確かに逃げる暇さえ無かったな」

「そうだな、あっという間に捕まえたな」

「迷惑だった客を外に連れ出してくれて大助かりだわ、流石は市民の味方ね」

 

明日菜が言っていた通りの素早い確保と連行の流れに感心した様に頷く一同。

 

あの男こそが土方十四郎

 

真撰組のナンバー2にして組織随一のキレ者

 

そして

 

 

明日菜が強く憧れ尊敬し、いつか認められたいと願う従兄妹

 

 

 

 



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第四十二層 鬼の副長にも秘密あり

最近思うんだけど

銀さんってユウキよりキリトと一緒に行動する方が多くないですかね?



「いい加減にしてくれませんかねぇお嬢様、こっちはこっちで江戸の治安を護る為に汗水流して働いてんだよ。毎度世間知らずの小娘捜しなんぞやってる暇ねぇんだよ」

「すみません……」

 

かぶき町にある北斗心軒の前でしょんぼり首を垂れている結城明日菜に対し

 

真撰組の制服を着た一人の男・土方十四郎は口にタバコを咥えたまま不機嫌なトーンで説教をしていた。

 

「なんべん俺に同じ事言わせれば気が済むんだコラ、無闇に外でウロチョロすんなって言ってんだろうが」

「い、いやでも……」

「口答えすんな、ったくどうして俺がこんな真似しなきゃならねぇんだか……」

「……」

 

ウンザリした様子で頭を掻き毟りながらぼやく土方に、明日菜は更に落ち込んだ様子で無言で俯く。

 

 

 

 

 

真撰組の副長・土方十四郎は結城明日奈の従兄妹である。

 

彼の母親は明日菜の母親の実の姉であり

 

その姉が豪農として有名な土方家の当主と愛人となってひょっこり生まれたのが彼である。

 

妾の子という事でいわゆる隠し子的な存在であった彼は

 

周りから疎まれ孤独な幼少時代を過ごした。

 

後に母親の妹が結城家に嫁ぎ、名門と血縁上の繋がりを持つ事になるも

 

彼自身はやはり妾の子というのもあるという事で、その存在は表向きはほぼ抹消されている。

 

しかし結城家の当主、つまりは明日菜の父に当たる人物からは

 

過去に武州で我が子を彼が預かってくれた経験があるからか、不思議と信頼されていたりした。

 

逆に明日菜の母親、血の繋がりのある叔母とは物凄く仲が悪い。明日菜曰く「絶望的に反りが合わない…」らしい。

 

「と、とりあえずこの事は父さんと母さんには内密に……」

「却下だ、今のお前がそれ言える立場だと思ってんのか、ああ?」

「それもそうだけど……あ!」

 

こんな時間にかぶき町をほっつき歩いていたなどと両親に知られたらきっと実家に連れ戻されてしまう。

 

それを危惧した明日菜はどうにかして土方に内緒にして欲しいと懇願するが、彼は全く聞く耳持たない。

 

すると明日菜は突然何かを閃いたかのように手をポンと叩いて

 

「情報! 攘夷志士に関するとびっきりの情報提供するから両親への報告はしないってのはどう!?」

「テメェ、この期に及んで俺に取引を持ち掛けて来るだと……? ふざけるのも大概にしろ」

「わ、悪くない条件だと思うのですが……」

 

タバコの煙をこちらに吹きかけながら土方の目つきが一層鋭くなり、その目に睨まれた明日菜は思わず縮こまってしまう。

 

やはりというかなんというべきか、本人達が聞いたらすぐに否定するであろうが

 

こうやって口答えさえ許さないという態度で睨み下ろしてくる感じは、自分の母親と酷く似通っていると明日菜は前から思っているのだ。

 

「実は連続爆破テロの首謀者である桂小太郎がね、この店にしょっちゅう通っているっていう話を前に聞いた事あるるんです……」

「なに? 桂の野郎がここに……って待てコラ、どうしてお前がそんなネタを仕入れているんだ。出所はどこか正直に吐け」

「ここの近くにあるオカマさん達が経営してる店のオーナーに……」

「おま! そんないかがわしい店にまで足を運んでやがったのか……! チッ、とんだ親不孝の不良娘だなこりゃ」

 

 

まさかオカマが集ういかがわしい店にまで来店していたとは予想外だったのか

 

不用心極まりない行動を自ら露見してしまう明日菜に土方は最早呆れてものも言えない

 

「しかしそいつが正確なモンであれば確かに情報としては上出来だ、だがお前の素行の悪さはやはり真撰組として見過ごせん、お前は至急山崎に結城家の方へと送ってもらう」

「ええそんな! 情報はちゃんと提供したのに!」

「お前の取引に応じたなんて誰が言った? とりあえず一旦店の中へ戻るぞ、お迎えが来るまでな」

「……」

 

ぶっきらぼうに厳しくそう言い放つと土方は口に咥えたタバコを携帯灰皿に戻しながら店の中へと入ってしまった。

 

損彼を恨めしそうにジト目で見つめた後、諦めたかのようにハァ~と深いため息を突き渋々彼に従って店ののれんを潜るのであった。

 

 

 

 

 

 

明日菜が店に戻ると、客である坂田銀時と桐ケ谷和人がカウンターに座りながら食事の真っ最中であった。

 

「おいこの唐揚げちゃんと二度揚げてるんだろうな、唐揚げは二度揚げるのが常識だってとんねるずの石橋貴明も言ってたぞ」

「いやそんなの私知らないし……」

「唐揚げの作り手としては常識だよ常識、石橋貴明が言ってるんだから間違いねぇって、ねぇ和人君?」

「いや俺、木梨憲武派なんで、てか石橋に対してなんでそんな強く信頼してんだよアンタ」

 

 

攘夷志士・桂小太郎と繋がりがあるやもしれぬ人物、この店の店員である朝田詩乃が出したのであろう油でギトギトな唐揚げを文句を垂れつつも食べていく銀時。

 

明日菜と土方が再び席に戻ると一緒に食事していた和人が早速彼女の方へ顔を上げる。

 

「ん? なんだお前また戻って来たのか、どこぞのお嬢様なのかは知らないがさっさと帰れよ」

「迎えが来たら嫌でも帰らせられるのよ……ていうかなにその油でギトギトな唐揚げ? ちゃんと二度揚げした? とんねるずの石橋さんが唐揚げは二度揚げるってテレビで言ってたわよ?」

「なんなのよ一体、いつの間に石橋貴明は唐揚げ作りの伝承者になったのよ」

 

和人の隣に座った明日菜は、彼が食べている唐揚げに対して酷評を言っていると

 

それにムッとした感じで作った本人の詩乃がしかめっ面を向ける。

 

「ギトギトで悪かったわねお嬢様、私まだ見習いだからこれぐらいしか作れないの」

「これでますます疑惑が深まったわね、見習いと言えど唐揚げぐらいまともに作れる筈だわ。さあ白状しなさい本当の事を! 実は桂小太郎と一緒にもっぱら爆破テロやってますとか! 鶏肉よりも天人を揚げる方が得意ですとか!」

「……ちょっと何言ってるのこの人?」

 

まだ疑いしか持たれてない彼女に向かって堂々と指を突き付けながら

 

自白を強要する明日菜に顔をしかめる詩乃

 

しかし

 

「そんなアホな尋問で素直に答える訳ねぇだろうが!!」

「へにゅッ!」

 

土方が彼女の後頭部をむんずと掴んでカウンターに叩き付けて無理矢理黙らせる。

 

そして彼女の頭を掴んだまま土方は顔を近づけると

 

「まだ証拠も何も出てねぇのにいきなり真正面から喧嘩吹っ掛けるとか何考えてんだテメェ……いいから黙ってろお前は、迂闊に動かずに相手がボロを出すのを待つ、こういうのは警察の俺に任せとけ」

「は、はい……」

 

キリッとした表情で自信満々にそう言う土方に、赤くなった額を手でさすりながら涙目で返事する明日菜。

 

するとそんな彼女を隣で眺めていた和人は不思議そうに目を細め

 

「お前、一体その人とどんな関係なんだ? さっきから店の外や中で騒いでるけど」

「従兄妹よ、だからこれ以上私に対してふざけた態度を取るのは止める事ね、さもないと十四郎さんがあなた達をすぐに痛い目に……」」

「だから黙ってろつってんだろうが!」

「おごッ!」

「痛い目遭ってるのお前じゃねぇか」

 

赤の他人に自分との関係をあっさりとバラして、しかもそれを脅しの道具にしようとする明日菜に、土方は再び怒鳴りながら彼女の頭に拳骨をお見舞い。

 

頭を両手で押さえながら悶絶する明日菜に、流石に和人も可哀想なモノを見る目に変わって、頬杖を突きながら彼女の顔を覗き込む様に

 

「でもまあ基本的に上から目線で物言う偉そうなお前が、そうやって散々な目に遭うのは俺としてはざまぁみろと言いたい所なんだが……」

「……勝手に言ってればいいじゃないの」

「じゃあお言葉に甘えて……ざまぁみろ! 仮想世界じゃ好き勝手に人に説教しやがって! リアルの世界じゃお前が警察に頭抑えつけられて説教されてんじゃねぇか! これでわかっただろ! 血盟騎士団の副団長とか呼ばれてて舞い上がってたみたいだが! リアルじゃお前はてんでダメダメな世間知らずのクソガキだという事が!!」

「いやそれお前もだろうが」

「べぶらッ!」

 

ジト目で言いたい事があれば言ってみろと明日菜に言われると素直に和人は今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように吐き出しながら最後に盛大に笑い声をあげる。

 

だが言ってる事が思いきり彼自身にも突き刺さるブーメランであり、彼の隣にいた銀時がめんどくさそうに彼の頭を掴んで、先程の明日菜と同じように思いきりカウンターに頭を叩きつけた。

 

「現実でのポンコツ度なら明らかお前の方が上じゃねぇか、あの伝説の攘夷志士であり歴戦最強の侍と称されている白夜叉の名から付けられた二つ名を持っているクセに、リアルじゃてんで使い物にならねぇゴミクズト君じゃねぇか」

「なんか白夜叉の話がえらく誇張されてる気がするんだけど気のせいですかね!?」

 

銀時に頭を叩き付けられてもな即座に起き上がってツッコミをするという、徐々にタフになって来ている和人の成長振りが見られる所で

 

土方は壁に掛けられている店のメニュー欄を眺めながらふと明日菜に尋ねる。

 

「おい、なんなんだこの騒がしくて貧乏くさい野郎共は、まさかお前の知り合いとかじゃねぇだろうな、もうちっと相手を選べよ」

「えと……知り合いと言えば知り合いだけど……ああでも心配しないで! 別に仲良くしてる訳じゃないから! 敵だからホントに! 特にこの黒髪の生意気な奴とか!」

 

彼の方から話しかけられた事に明日菜は一瞬顔をほころばせるも、すぐに和人を指差して叫ぶ。

 

「コイツがいちいち私にいちゃもん付けて来るんです! 十四郎さんからバシッと言って下さいコイツに!」

「ふざけんなガキ同士の喧嘩にお巡りさんはいらねぇんだよ、嫌いだったら相手にしなければいいだろうが」

 

フンと鼻を鳴らして年上っぽく冷静な助言を彼女にする土方。

 

するとそんな彼を反対側からジッと見ていた銀時が「おーおー」と茶化すように声を出しながら

 

「なぁにおたく? 俺達がそちらの娘さんに近づこうとする狼にでも見えたって訳? 怖い親父さんだねぇ、心配しなくても俺はガキには興味ねぇよ、ウチの和人君はわかんねぇけど」

 

いきなりそんな事を口走る銀時だが、和人は至って真面目な表情で

 

「いや俺も興味無いから、ホントマジで、神に誓って、原作に誓って」

「真顔でコイツ……!」

「勘違いすんな、俺は別にそういう事でテメェ等の事をコイツに聞いたんじゃねぇ」

 

嘘偽りない言葉で訂正する和人に明日菜が何故かイラッと来ていると

 

土方もまた目も向けずに懐からタバコを取り出しながら返事する。

 

「コイツの家は将軍家にも通じる名家だ、もしお前等みたいな貧乏人とその家の娘がつるんでる事を周りに知られたら、その家の名が落ちると警告してやっただけの事だ」

「え、お前将軍様……徳川家と繋がりがある程のお嬢様だったの?」

「そうよ、直に上様と会った事もあるわよ。常に民の事を想ってらっしゃる立派な御方だったわ、妹君のそよ姫様とも仲良くして頂いてるし」

「……」

 

取り出したタバコに火を点けながら呟いた彼の言葉に和人の表情が強張ると

 

明日菜はあっけらかんとした感じで将軍との繋がりがあると正直に話す。

 

ただの庶民である和人にとっては将軍など正に雲の上の存在、この国のトップとして幕府に君臨する王様とも呼べる御方である。

 

まさかそんな人物と顔を合わせる程までの地位を持つお嬢様だったとは……

 

「よろしれけばお嬢様、お肩を揉みましょうか? それともお水のお一杯でも?」

「今更取り繕ってももう遅いわよ、別に上様に告げ口するつもりないからその気持ち悪い言葉遣い止めて」

 

慣れない敬語を使いながら急にキリッとした表情でご機嫌取りをしてくる和人に明日菜が呆れながらツッコんでいる中で

 

土方は銀時の方に向かって更に言葉を付け足す。

 

「能天気なコイツは全く自覚はねぇが、こいつの家はこの国にとって無くてはならない存在だ、だからその家の名を汚す可能性が少しでもあるとしたら、真撰組として全力で排除する事を肝に命じておけ」

「おっかねぇなホント、身分の高いお嬢様一人の為に警察組織総出で出動するってか? 小市民としてはその頑張りをもっとマシな事に注ぎ込んで欲しいねぇ全く」

「これも幕府の治安を護る為の大事な仕事だ、つうかお前さっきから妙に皮肉ばっか吐きやがるな、小市民の分際で警察に喧嘩売ってんのかコラ?」

「小市民の小言にいちいち角立たせるなよお巡りさん、ちょっとばかりデカい権力の傘下にいるだけで偉ぶってる税金泥棒に喧嘩売る程俺も暇じゃねぇよ」

「ああ? なんだとコラ、これ以上警察を侮辱すると本気でしょっぴくぞ」

 

土方の言葉に平然とした様子で悪態をついて来る銀時に、徐々に彼は苛立ちを募らせる。

 

何故だか知らないがこの男を最初見た時からずっと腹の底でムカムカしているのだ。

 

「なんだこの天然パーマ、何故だか知らんが無性に斬りたくて仕方ねぇ……」

「と、十四郎さん……さっき自分で言った事覚えてます? 気に食わない相手がいても相手にするなって……」

「それはお前が名家の生まれだからだ、俺は別だ、俺は全力でふざけた野郎は斬る」

「ええちょっと待って! 流石に抜刀まではしないで! そりゃ私も彼等の事は良く思ってないけどそこまでする必要ないから!」

 

さっきまでクールな感じであったのに、銀時に軽く噛みつかれるとすぐに腰に差す刀に手を置こうとする土方。

 

それに気付いて慌てて明日菜が両手を伸ばして止めようとしたその時……

 

 

 

 

 

 

 

『プリッキュア♪ プリッキュア♪ プ~リキュ~ア♪ プーリキュ~ア♪』

 

緊迫した緊張感漂う店内で

 

突然場違い間半端ない美少女アニメのポップなアニメソングが鳴り響いたのだ。

 

「……え? プリキュア? 何それ?」

「これ……携帯の着信音だよな……もしかしてお前、その年で……」

「ち、違うわよ! とっくに卒業してるわよプリキュアなんて! 誰がこんな歌を携帯音にする訳……」

 

その場にいた者が全員それをはっきりと聞いて、銀時は眉を顰め、和人が疑いの目つきをすぐに明日菜に向けるが彼女はすぐに否定する。

 

すると土方は真顔のまま懐のポケットに手を伸ばし

 

「……」

 

無言でピッとポケットの中から音を出すと、それと同時に子供向けアニメの音楽が止まった。

 

それに気付いてハッと彼の方へ振り返る一同

 

「おい、今プリキュア止めたのってまさか……」

「嘘よね、嘘よね十四郎さん……」

「ああ? 何言ってんだお前等、俺が携帯の着信音にプリキュアの歌なんか設定する訳……」

 

こちらを怪しむ和人と信じられないとショックを受ける明日菜を尻目に土方は至って冷静に否定しようとすると……

 

『プリッキュア♪ プリッキュア♪ プ~リキュ~ア♪ プーリキュ~ア♪ プ~リキュ~ア♪』

「おいまた鳴ったぞプリキュア、なんなんだプリキュアって? 流行ってんの?」

「おい今間違いなくこの人のポケットにある携帯から鳴ってんぞ!!」

「ととととと十四郎さん!?」

「チッ!」 

 

再びあの陽気で可愛らしい歌が店内に流れ始めた。

 

しかも今度は間違いなく今全員に注目されている土方の制服のポケットの中からだ。

 

プリキュアというモノがいまいち理解出来ていない銀時をよそに和人と明日菜はすぐに土方に詰め寄ろうとするが

 

彼は思いきり舌打ちするとすぐにまたポケットに手を突っ込んで着信音を止める。

 

「だから俺じゃねぇつってんだろ! なに勝手に人を犯人に仕立て上げてんだテメェ等! そういうのからイジメが生まれるんだぞ!」

「いやいや絶対アンタだったろ! プリキュアはアンタだったんだろ!?」

「おい! その言い方だとまるで俺自身がプリキュアみてぇじゃねぇか! 殺すぞクソガキ!」

「だ、大丈夫よ十四郎さん……私は十四郎さんがプリキュアでも絶対に幻滅しないから……」

「目を逸らすんじゃねぇ! 正面から俺を見ろ! 違うからね! これ絶対違うからね!?」

 

さっきまでとは一転してとち狂ったように土方はそう叫ぶと

 

ますます疑いの目つきを強くさせる和人と明日菜にすぐに言い訳を思いつこうとする、

 

だがやはりまたしても…… 

 

 

 

 

 

『プリッキュア♪ プリッキュア♪ プ~リキュ~ア♪ プーリキュ~ア♪ プ~リキュ~ア♪』

「あのアマァァァァァァァァ!!! 何度も掛け直して来やがってぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

遂に隠す事さえも諦めてプリキュアを鳴り響かせる自分の携帯を取り出しながら激昂する土方。

 

携帯に向かって怒鳴っている彼を見て和人はにへらと笑いながら

 

「ホントにプリキュア好きなんスね、ウチの妹も隠れて観てたりするんスよ、なんなら紹介しましょうか? 義理の弟が真撰組の副長にもなれば何かと便利そうだし」

「ゲスいこと企んでんじゃねぇ! 妹の事もっと大切にしろクソガキ!」

「ねぇ十四郎さん、アマってもしかして相手は女の人? も、もしかしてあの超硬派の十四郎さんが携帯で連絡する関係の女性が!?」

「お前はお前で変な所に食いついてんじぇねぇ! 妙な勘繰りはよせ! アイツとはそういう関係でもなんでもねぇ!!」

 

何度も電話を掛け直してくる相手が女性だと勘付いた明日菜はすぐに興味津々の様子で目を輝かせる。

 

日頃から女性に対して全く興味無さそうな彼も、そろそろいい年だしと心配していたのだが

 

まさか連絡を取り合う仲の女性がいつの間にか出来ていたなんて……

 

「十四郎さんすぐに電話に出ましょう! 何度も掛けて来るって事はきっと大切な用事とかよきっと! つまり告白かプロポーズかのどっちかしかないわ!!」

「どんだけ飛躍させんだオメェは! チッ! 急用を思い出した! お前は山崎が来るまでここで待ってろ!」

「あ、ちょっと!」

 

あからさまな誤魔化し方をしながら突如席から立ち上がった土方は、携帯片手に逃げる様に掛けて行って店から出て行ってしまう。

 

それに明日菜も勢いよく席から立ち上がって、無言で見ている和人達を尻目にバッと彼の後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

「仕事中に電話掛けるなって言っただろうが! ごめんなさいじゃねぇ! お前の謝罪は聞き飽きてんだよこっちは! また下らねぇ用事とかだったらすぐに切んぞコラァ!!」

「十四郎さん今電話してるの!? だったらそんなぶっきらぼうな口調は止めてもうちょっと優しく! 今時の女の子はオラオラ系よりも優しくして紳士的な人の方が好感持てるのよ! せっかく立てたフラグを自らへし折らないで十四郎さん!」

「なにオメェは普通に追いかけて来てんだ! いらんアドバイスは良いからさっさと店に戻れぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

街中で必死に追いかけてくる明日菜を振り切ろうと突っ走る土方だが

 

そのまま彼は明日菜と共に夜のかぶき町を走り回る。

 

 

 

 

 

 

「アイツ等何しに来たの?」

「さあ?」

「二度と来ないでほしいわね」

 

真撰組が常に追い続けている攘夷志士

 

桂小太郎と繋がっている可能性を秘めた”三人”を残して

 

 

 

 

 




下手すれば土方の話は1章丸ごと使いかねない程長いです。

銀さん達の話の裏側で彼は彼の話で動いていると思っていてください


次回はフェアリィ・ダンス


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第四十三層 厨二病でも眼鏡掛けたい!

EDOでのゲームシステムではプレイヤーがプレイヤーを襲うPK行為については一応は認められている。

 

無論街中や休憩場所では禁じられてはいるが、フィールドでは基本的にどこからでも襲われる可能性はあり。

 

襲う方も襲われる方もそれを従順承知して常に周りを警戒しながら冒険している。

 

そう、この世界では迂闊に周りに隙を見せては命取り、特に視界の悪い暗くて迷いやすい森のダンジョンなど……

 

「さあお嬢ちゃん、早く選びなさい。このまま大人しく”アレ”を差し出すか、それともここで痛い目に遭うか」

「うぅ……」

 

年端も行かないALO型の少女プレイヤー・シリカは一人三十五層の迷いの森で窮地に陥っていた。

 

震えて膝をつく彼女の眼前には、派手な恰好をした男性プレイヤーを取り巻きにし、いかにも性格の悪そうな女性プレイヤー・ロザリアが毒々しい笑顔を浮かべながらこちらを獲物と見定めた様子で見下ろしていたのだ。

 

彼女達はEDOで日頃から悪質な行為を繰り返し続け、あの血盟騎士団からも指名手配されている犯罪ギルド・タイタンズハンドである。

 

「ねぇ早くして頂戴、アタシ達も暇じゃないのよ。あなたがレアなモンスターを運良く手に入れて使役している事ぐらいとっくにお見通しなんだから、さっさとそれを渡しなさい」

「だ、だから何度も言ってるじゃないですか! あなた達なんかにあの子は絶対に渡しません! それに今手元にはあの子はいないんです!」

「あらはぐれちゃったの? 可哀想に、弱い主人に愛想尽かしちゃったのかしら?」

 

タイタンズハンドのリーダーであるロザリアの狙いは、シリカが持つ特殊なレアモンスターであった。

 

レア度と潜在能力だけを見ればあの神獣・狗神(神楽の所有する定晴)にも匹敵する代物、そしてこの世界に来てすぐにシリカと仲良くなったモンスターである。

 

ALO型でありビーストテイマーの猫妖精タイプである彼女はモンスターを使役する能力がある。

 

そんな彼女が始めていきなりあんなレア度の高いモンスターを使役する事が出来たのは極めて幸運だったという事に他ならない。

 

しかしその一匹の相棒をシリカはこの深い森の中ではぐれて見失ってしまった

 

そしてどうしたもんかと一人寂しく歩いていると、待っていたといわんばかりに

 

他人のモノなど平気で奪い取って高く売り飛ばすような質の悪い連中にこうして出くわしてしまったのだ。

 

「私は弱くありません! こう見えても短剣スキルは結構上達してるんですからね!」

「あらあらこの状況でも強がり言っちゃって可愛いんだからもう、そんな事言われたらお姉さんあなたの事徹底的に痛めつけたくなっちゃう」

「……っ!」

 

精一杯の強がりを見せるものの、ロザリアはそれがどうしたと言わんばかりに、自分の周りを囲んでいるニタニタと下卑た笑みを浮かべる数人の男達にチラリと目配せ

 

「あなた達、勇敢なお嬢様に敬意を称してちょいと遊んであげなさい、転移結晶も使わせずにHPをゼロにしない程度に」

「へっへっへ……そいつは大得意でさリーダー」

「痛い目に遭わせて一度逃がしてまた捕まえてボコボコに……それを繰り返してりゃあこんなガキすぐに折れちまいやすよ」

 

ロザリアの命令を聞くとすぐにシリカの方へとジリジリと歩み寄る男達。

 

楽しむ様に近寄って来る下衆な彼等、こっちは一人であっちは多勢、負ける事を悟ったシリカはただではやられないと腰に差した短剣を抜こうとする。

 

だがその時であった。

 

 

 

 

震えてはいるものの懸命に立ち向かおうとする少女が屈強な男達に今にも襲われかけているこの危険な状況下で

 

「おい貴様等、さっきからギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ」

「!?」

 

黒づくめの恰好に身を包んだ、腰に一本の木刀を差す一人の青年が驚くシリカを尻目に

 

「発情期か貴様等」

 

男達に挑発的な物言いをしながら掛けている眼鏡をクイッと上げると、耳に入れていたイヤホンを片方だけ外す

 

「貴様等のその汚い声のせいで、寺門通の歌にいらん雑音が入った、せっかくの新曲に心躍らせている俺を邪魔したこの始末、どう責任を取ってくれる」

「な、なんだコイツ……何訳のわかんねぇ事言ってんだコラ!」

「姐さん、こいつもやっちゃいますかぃ?」

 

 

いきなり自分達の間に入り込んで来たと思ったら、自然にシリカの前に立ち塞がって自分達と対峙する青年に男達は怪訝な表情でロザリアに確認を取ると

 

「ひゅー、良いじゃない、大方可愛い女の子のピンチに駆けつけに来たヒーロー気取りって奴かしら? いるのよねぇこういう坊や、現実世界でアニメや漫画ばっか見て、こっちの世界でつい空想のヒーローに憧れてロールする滑稽なヒーロー様が」

「ハッハッハ! 姐さんの言う通りだ! いるよなこういう馬鹿は!」

「こういうオタク野郎には大人である俺達がちょいと現実って奴を教えてやらねぇとな!」

 

突然現れた青年に対して全く動じずに面白おかしそうに笑い出すロザリア

 

それに釣られて周りの男達も青年に対して馬鹿にしたように笑い出す。

 

しかし青年は特に気にした様子は見せずに取っていた片方のイヤホンを再び耳に入れると背後で固まっているシリカに

 

「……早く行け」

「え?」

「ここは俺が引き受ける」

「!」

 

振り返らずにそう言うと、青年は目の前でまだゲラゲラと笑っている男たちの方へと静かに歩み寄りながらスッと腰に差す木刀に手を置くと

 

「ったく頭の悪い俺に教えてくれよヒーロー様! これだけの人数相手にどうやって小娘を助け……どべるぶッ!!」

「「「「「!!!!」」」」」」

 

躊躇なく横一閃の居合い切りを決めて一際笑っている男に強烈な一撃

 

前触れも無しにいきなり攻撃を仕掛けて来た青年に一同は思わず笑うのを止めて驚いている中

 

「多人数の相手にどうすれば勝てるか、だと? 決まってるだろ」

 

青年は抜いた木刀をチャキッと構え直しながらどよめく男達に向かって一気に駆け寄る。

 

「雑草は全て薙ぎ払えばいいだけの事だ」

「くそ! や! やっちま……でべるッ!!」

 

慌てて叫ぶ男に向かって青年は頭上に向けて得物を叩き落とすと、すぐに他の標的に狙いを定め、それをひたすら繰り返す。

 

「コ、コイツヤベェ! 隙が全く見当たらねぇ!」

「なんて野郎だ……! 姐さんどうし……! ほぎゃあおッ!!」

 

周りに囲まれない様一対一の状況に持ち込む為に的確に判断しながら孤軍奮闘を繰り広げる青年。

 

どこか冷めた目つきで、こちらの動きに翻弄されて剣を抜く事さえ忘れている男達を木刀、そこに体術を混ぜながらバッタバッタと薙ぎ倒していく。

 

「凄い……」

 

それを少し離れた場所に隠れて眺めていたシリカは、冷静沈着な態度で集団を前に颯爽と飛び回って打ち倒していくその姿に思わず呆然と見惚れてしまっていた。

 

程無くして青年はあっという間に男達を全員倒し終えると、パンパンパンと両手を叩く渇いた音が

 

「見事ね、私の手駒達を相手にたった一人で倒しちゃうなんて。お姉さん凄いビックリしちゃった」

 

青年が振り返ると、男達の大将格である筈のロザリアが何故かこちらに向かって熱を帯びた視線を向けながら拍手して賞賛の言葉を送って来た。

 

しかし青年の方はただ無表情でなんの反応も示さずにそんな彼女を無言で見つめていると

 

「あ、姐さん助け……」

「うるさい、ちょっと黙ってて」

「がッ!」

 

ロザリアの足下にまだHPがかろうじて残っていたプレイヤーの一人が助けを求めて縋り付こうとするも

 

彼女は見向きもせずにただ腰に差すレイピアを抜いて、瀕死のプレイヤーにトドメの一撃

 

「実を言うとこの連中の弱さには飽き飽きしていたのよ、この前も全身ピンクのちっこい小娘一人を狩ろうとして返り討ちにされたし……だからお姉さん決めたわ」

 

使えない部下の事でため息交じりに愚痴を呟くと、ロザリアは青年に対しニコッと笑いかける。

 

「ねぇあなた私の下へ就かない? そんな貧相な小娘よりも私みたいな大人のお姉さんの方が魅力的でしょ? 常に私を護るナイト様になってくれたら色々とサービスしてあげるわよ」

「ほう、色々なサービスか」

「そう、色々よ」

 

サービスしてあげる、という部分をやたらと艶っぽく言いながら仲間に引き込もうとして来るロザリア

 

すると青年は意外にもその誘いに乗り気な様子で木刀を右手に持ったまま彼女の方へと歩み寄る。

 

「俺も流浪人としてずっと拠点を持っていなかった事だし、そろそろどこぞのギルドに入り込もうと思っていた所だ」

「あら~じゃあ好都合ね、私のギルド・タイタンズハンドはアナタの様な強くてステキな人は大歓迎よ」

「強くてステキな人か、悪くない響きだ、この剣を是非アンタのギルドに使わせてくれ」

「物分かりが良くて助かるわ~、グダグダ考えずに即決してくれる男の人ってホント好き」

 

ロザリアからの誘惑と過剰に褒められた事で気を良くしたのか、青年はあっさりと彼女のギルドに入る事を承諾。

 

そんな青年に内心ちょろいモンだと小馬鹿にしながら微笑む彼女

 

「それじゃあ私からの熱いサービスを上げる代わりに一つ頼めるかしら、まずは早速そこの小娘からあるモノを奪って……」

「いや、それより先に、これだけは一つ言わせてくれ」

「え?」

 

いきなり言葉を送りたいと真っ直ぐな視線を向けながら言ってきた青年に

 

もしかして愛の告白でもする気かこの眼鏡、っと表面上はキョトンとした顔を浮かべながら内心嘲笑っていると

 

 

 

 

 

「嘘じゃボケェェェェェェェェェェェェ!!!!!」

「うげぇぇぇ!!」

 

一瞬の閃光がロザリアの真横を通り過ぎたと思ったら、青年の咆哮と共に派手に上空に吹っ飛ばされ

 

そのまま突然の出来事に受け身も取れないまま顔から地面に真っ逆さまに落下するロザリア。

 

そしてフンと鼻を鳴らし青年は腰に木刀を差し戻すと、クルリと彼女の方へと振り返る

 

「小賢しい色仕掛けなど俺に通用すると思ったか、俺の心はとっくの昔に一人の女性に盗まれたまま、貴様如きで俺のこの一途な想いを変えられる訳が無い」

 

赤く四散して消えていくロザリアに向かって冷たくそう言い放つと、一人取り残されて呆然としているシリカを無視して何処へ歩き出そうとする。

 

それにハッと気付いた彼女はすかさず立ち上がって青年の方へと駆け寄る。

 

「あ、あの!」

「勘違いするな、俺はただ耳障りな連中が邪魔だったから斬り伏せただけだ、何処ぞの知らぬ小娘を助けようと思った訳じゃない」

 

近寄って来たシリカに対してぶっきらぼうに青年は答えると、足を止めてゆっくりと彼女の方へ視線を下ろす。

 

「それにこんな薄暗く奥深いダンジョンでたった一人で行動してるとは呆れたモンだ、たった一人で攻略できる程この森は甘くないぞ」

「えっとですね……ここには一人で来た訳じゃないんです、『ピナ』っていう幻竜種のちっちゃいドラゴンが私の大事な相棒なんですけど、この森を進んでる途中ではぐれちゃって……」

 

パートナーとはぐれた事をしょんぼりとしながらシリカが答えると、青年はクイッと眼鏡を上げながら軽くため息。

 

「お前を襲った連中の狙いはそれだったのか、幻竜種は幻獣種と並んで高値で取引されるとは前に聞いた事がある、もしかしたら今頃別のプレイヤーに捕まって売り飛ばされてるかもしれんな」

「そ、そんなぁ! ダメですピナは私の大事なお友達なんです! 捕まえて売り飛ばすなんて絶対に許しません! あ、あの! 助けてもらった上にこんな事頼むのもアレなんですけどその……!」

 

たかがプログラムの一つに対して、ましてやモンスターの事を大事な友達と呼ぶとは……

 

青年は弱々しくこちらを見上げて来るシリカにやれやれと首を横に振り、このままだとその大事なお友達とやらを一緒に探してくれと頼みこまれそうだと思いどうしたもんかと考えていると

 

 

 

 

 

「あーいたいた! もう散々探したんだからねーこっちは!」

「チッ、またうるさい奴のお出ましか……」

「?」

 

突如森の奥から少女の声がこちらに向かって飛んで来た。

 

すると青年はめんどくさそうに軽く舌打ち、シリカはそんな彼の反応を見てキョトンとしていると

 

「ったく一人で抜け駆けして奥へと進まないでよ!」

 

森の中をALO型だけが持つ飛行能力で低空移動して飛んでやってきたのは

 

金髪ポニーテールのエルフ風の恰好をした気の強そうな少女だった。

 

声がしたと思ったらあっという間にこちらに急接近して姿を現した彼女に、シリカが言葉も失い驚いてる中

 

青年の前に綺麗に着地すると不満げな様子で腰に手を当てながらジト目で彼を睨み付ける。

 

「前にも言ったでしょ、無理してつっ走ってもどうせ迷うんだから一人で行くなって! 探索用のスキルを一切持ってない”シンさん”がこんな所に来るなんて自殺行為も良い所よ!」

「フン、そっちこそ俺に対してよくもそんな偉そうな事を言えたもんだな、”リーファ”。お前が”あの男”を追う為に毎晩この世界に潜って修行している事に俺が気付かないとでも? つっ走ってるのはお前の方だ」

「えぇなんでそんな事知ってるのよ……もしかしてシンさん私のストーカー?」

「下らん冗談はよせ、俺はあくまでお前のお守役として見てやってるだけだ。お前の様なじゃじゃ馬娘などこっちの方から願い下げだ」

「なんですってー!?」

 

顔を合わせるや否やすぐに真っ向から口論を始めてしまうシンと呼ばれた青年とリーファと呼ばれた少女。

 

突然目の前で方や冷静に、方や熱くなった様子で口喧嘩をされたので、シリカは一瞬驚くもののすぐに間に入って

 

「け、喧嘩は止めて下さーい!」

「ってうわビックリした! え、なにこの娘? シンさんの彼女?」

「かかかかか彼女ぉ!?」

「たまたまここで会っただけだ、この俺がこんな小動物みたいな娘になびくとでも?」

「あぅ……」

 

彼女と尋ねられて顔を赤らめ気が動転するシリカだが、それをあっさりと否定されてほんのちょっぴりショックを受けていると

 

「きゅいきゅーい!」

「ってあぁぁーッ! ピ、ピナッ!?」

 

 

聞き慣れた鳴き声がしたと思って振り返るとシリカはまたもや口を開けて驚く。

 

リーファの背後の方からこちらに向かって小さな翼を広げながら嬉しそうに飛んで来たのは

 

自分が愛称としてピナと名付けた白くて小さなドラゴンではないか。

 

何処に行ったのかずっと心配していたのにまさか向こうから現れるとは思ってもいなかった

 

自分の周りを飛び回るピノを呆然としばらく見上げていると

 

ふとリーファがそれに気付いたかのようにそちらに振り向いて

 

「あれ? もしかしてその子ってあなたの?」

「え!? ピナの事知っているんですか!?」

「うん、なんか木の上でお腹を空かして倒れてたから、ご飯上げてみたらずっとついて来てたのよその子」

「ほ、本当ですか!?」

 

リーファから事情を聞いてシリカは肩に降りて来たピナを優しく抱き抱えながら慌てて彼女に向かって頭を下げる。

 

「この子を助けてくれてありがとうございます!」

「いいわよそんなの、でもそこまで大事にしてるんならまたはぐれちゃったりしたらダメよ」

「はい! それとお兄さんも私を助けてくれてありがとうございました!」

「だから礼などいらないと言っただろ」

「え? なにシンさんもしかしてこの子と偶然会っただけじゃないの?」

 

 

優しく微笑むリーファを見てなんて良い人なんだと感動しつつ、シンの方にもすかさずお礼を言うシリカ

 

その光景にリーファがキョトンとした様子で彼を眺めると、シリカはすぐにここで起こった事を話し出す。

 

「実は先程ピナを狙っている連中が私を襲って来たんです、そこへ颯爽と駆けつけてくれたお兄さんがバッタバッタとカッコよく倒してくれて……」

「へぇ~そうだったの。女の子を助けるなんてシンさんも粋な事する様になったのね~」

「フン、うるさく騒ぐ連中を黙らせてやっただけの事だ、助けてやった訳じゃない」

「はいはい、そういう事にしておきますよー」

 

事情を聞いてすぐに茶化すように笑いかけて来るリーファに不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向くシン。

 

あくまで人助けじゃないと否定し続ける彼に「素直じゃないんだから」と呟きつつ、リーファは左手を動かしてメニュー画面を目の前に表示させる。

 

「ところでこのダンジョンのマッピングはずっと飛び回ってたおかげでほとんど終わったから、ボスの所までの道のりは完全に把握できたし、後はボス戦の為の準備をする為に一回脱出しましょ」

「脱出ルートもちゃんと確保しているんだろうな?」

「当然抜かりはないわよ、さあ行きましょ」

 

この迷宮の様なダンジョン内を隈なく飛び回ってマップに記す事を終えたとリーファが報告すると、シンは短く確認を取ってすぐに彼女と共にダンジョンを一度出ようとする。

 

「お前達も脱出したかったら勝手について来い、このままダンジョンで彷徨ってまたあんな連中に襲われたいのなら止めはしないが?」

「い、いいんですか!? 私とピナを助けてくれた上に脱出まで手伝ってくれるなんて!」

「勘違いするな、このまま置いてけぼりにして泣かれるのも面倒だと思っただけだ」

「……」

 

ピナを頭の上に乗せたシリカにおもむろに一緒に来るかと誘うシン。

 

そんな彼のぶっきらぼうでツンデレな優しさにシリカは両手を合わせてすっかり感激している一方で

 

リーファはそんなシンの喋り方や態度を見て、頬を引きつらせて一人苦笑する。

 

「あ、あのさシン、さん? いい加減そのロール勘弁して欲しいんだけど……凄くめんどくさいんだよねホント」

「一体何を言っているのかわからないな、俺は常に俺だ。とっとと行くぞリーファ」

「……」

 

眼鏡を何度もクイクイッと上げながら断言するシンに、あまりにも厨二なその感じにリーファは顔をしかめるものの、渋々彼に従ってまずはダンジョンの脱出する事を決める。

 

「それじゃあ行こうか、あ、そういえばあなたの名前聞いてなかったわね?」

「あ! 私はシリカでこっちはピナです!」

「きゅいきゅい!」

「よろしくねシリカちゃんにピナ、私はリーファ、ALO型の風妖精よ」

 

シリカとピナの名前を改めて聞いて自分もまた自己紹介すると、リーファはチラリとジト目をシンの方に向けて

 

「んでこっちのSAO型で厨二病全開の眼鏡がシンって人」

「誰が厨二……! おっと危ない残念だったな、よもやこの世界でも俺のツッコミを拝められると?」

「いや誰もただやかましいだけのツッコミなんて期待してないから」

 

厨二と言われて敏感に反応して思わず叫びそうになるも、それを堪えて冷静に眼鏡を直すシン

 

それに対して呆れた様子でリーファが答えてる中、シリカはそんな二人を惚れ惚れとした様子で見つめている

 

「シンさんにリーファさん……二人共凄くカッコ良くて憧れちゃうなぁ……」

「きゅ~い」

 

自分と大切な友人を助けてくれた二人に対して

 

この世界で初めて強く尊敬して憧れる対象を見つけ、また一つこの世界での楽しみを覚えたシリカであった。

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして場所も変わりここは現実世界

 

流行らない剣術道場を営んでいるこの志村邸で

 

 

自分の部屋で最新型のMMORPGを体験できるナーヴギアを被りながら布団の上に横たわる少年

 

志村新八がゆっくりと上半身を起こして

 

「……」

 

彼はそのまま無言でナーヴギアを頭から取り外すと

 

無表情のまま立ち上がって部屋の窓をスッと開けて、昼時の空をしばし眺めた後

 

 

 

 

 

「うおっしゃぁぁぁ仮想世界最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! いえぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」

 

身体の内から湧き上がる興奮を抑えきれずに、天に向かって喉の奥から思いきり雄叫びを上げるのであった。

 

「もう現実なんていらねぇよバカヤロー!! 道場の復興なんざクソ食らえだ!! ゲームの世界ばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」 

 

すると部屋の外の廊下の上をドタドタと何かがこちらに勢い良く迫ってくる足音が聞こえたと思いきや……

 

「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」

「おぶるッ!!!」

 

襖を開けて部屋に入ると、窓から叫んでご近所に迷惑をかける新八に向かって思いきり飛び蹴りをかます少女はこの道場に通う数少ない門下生、桐ケ谷直葉

 

「ログアウトしてこっちに戻ってくるたびに叫ぶの止めろって毎回言ってるじゃないですか!! ていうか道場の復興なんかクソ食らえってどういう事ですか新八さん!」

「ご、ごめん直葉ちゃん……なんか一時のテンションに身を任せてつい……」

「EDOやり始めたばかりのお兄ちゃんもその一時のテンションに身を任せて叫んでたんですよ! 新八さんまでそうなったら私泣きますよホントに!」

「いやホントにごめんなさい……」

 

胸倉を勢いよく掴みながら怒鳴りつけてる直葉に、眼鏡がずれた状態で頬を引きつらせながらすっかりビビった様子で謝る新八。

 

実は何を隠そうこの二人こそ

 

先程シリカとピナを助けた二人、シンとリーファだったりする。

 

これは遠くにある二人の男の背中を追いかける少年と少女のお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンは劇場版に出てた5年後新八verをイメージしてくれればいいです

あの青学の柱みたいな奴です

次回も二人の物語、そしてまさかの一番合いたくない相手に遭遇……?

ではまた来週




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第四十四層 されど妖精は眼鏡と踊る

もうすぐ銀魂の映画です、楽しみですね。

私も期待しています

将軍の足軽も出演してくれるのか


新八と直葉がEDOを始まるキッカケは

 

一人の女性からあるモノを貰った事からだった。

 

「えぇぇぇぇぇ!? コレって和人君がやってるゲームの奴じゃないですか! どうしたんですか姉上!」

「ちょっとお客さんから頂いたのよ」

「頂いたぁ!?」

 

キャバクラ勤めを終えて自宅に戻って来たお妙が一緒に持って帰って来たモノを見て玄関で驚く新八。

 

 

なんと彼女がお持ち帰りしてきたのは和人がほぼ毎日プレイしている程めり込んでいるゲーム『EDO』を始める為の機器・ナーヴギアであったのだ。

 

それをお妙から差し出されると新八は恐る恐るそれを受け取る

 

「こんなモン貰って大丈夫なんですか!? コレって滅茶苦茶高いって聞きましたよ! 和人君なんかこれを手に入れる為にお母さんに三日三晩付き纏って土下座し続けてたって直葉ちゃんが言ってましたし!」

「あらまあ次から次へと情けないエピソードしか出てこないわねあの子、いつになったら主人公らしい哀しい過去を背負うのかしら」

「ある意味では哀しい過去ですよ……」

 

和人の過去の悲しいエピソードを踏まえながら、とにかくこれがとんでもなく高いモノだと主張する新八。

 

キャバ嬢相手、ましてやキャバ嬢というより用心棒的な存在なおかげで、人気もさほど高くないお妙相手にこんな高価なモノを渡すとは一体どんな変わり者だと思っていると

 

「近藤さんがくれたのよ」

「近藤さん!? あのゴリラまだ姉上に付き纏ってるんですか!?」

「懲りない人よねホント、まあ元々お客としてウチの店に来てた人だし」

 

どうやらこのナーヴギアをお妙にプレゼントしたのは、あのストーカーゴリラ事・真撰組局長の近藤勲だったみたいだ。

 

未だにお妙を諦めていない近藤、しかも今度はこんな高いモノを持参して彼女の気を惹く為にプレゼントをしたらしい。

 

「なんでも現実で関係を持つのがまだ無理なら、ゲームの中でなら私と仲良くなれるチャンスがあると思って買ったみたいなのよ」

「いやいや現実で無理ならゲームでも無理でしょ、現実世界だけでなくゲームの世界でもストーカーする気かよ……」

「私、ゲームとかあまり詳しくないし、ゲームの中の世界に入るってのも怖いからお断りしたんだけど、あの人本当に諦めなくて」

 

『お妙さん、このゲームだと現実での見た目をちょっと変えれるみたいなんですよ! だからお妙さんのおっぱいを大きくする事だって出来……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

EDOに関しては和人や明日菜から聞いた話でしかわかってないし、ゲーム知識に関してはてんで疎いお妙はあまりこのゲームをやりたくはないらしい。

 

しかしそれでも彼女と一緒にめくるめくる冒険の旅に出れば、フラグの一つや二つも立つだろうと叶わぬ夢を抱いていた近藤は、彼女に半ば押し付ける感じで無理矢理渡したみたいなのだ。

 

「だからこれは新ちゃんにあげるわ、私にはいらないモノだし」

「い、いいんですか!? なんか近藤さんに悪い気がするんですけど!」

「気を遣う必要ないわよ、こっちは最初から断ってたし、その後あの人が無理矢理押し付けたんですんもの」

「まあそうですけど……」

 

突如お妙にあげると言われて新八はちょっとした罪悪感を覚えるも、両手に持ったナーヴギアをまじまじと見つめる。

 

「いや実は……和人君から散々このゲームの事を聞かされててちょっと興味はあったんですよね……現実だと僕ってかなり地味なポジションで目立たない存在だし……だからこういう非現実的な世界でカッコよく冒険したいなぁとかたまに考えてたりしてたんですよね」

「あら意外、そんな事考えてたなんて」

「前の僕ならこんな事考えてませんでしたけど、最近の頑張ってる和人君見たら僕も何かしようかなって……それに和人君がこのゲームの世界でどんな風に生きてるのかなってのも、この目で確かめてみたいんです」

 

苦笑しながら実は前々から興味は持っていたと恥ずかしげにぶっちゃけると、お妙は「そう」と呟き優しく微笑みかける。

 

「ならとことんやってみたらいいわ、半端モンでは侍として失格ですからね。和人君に追いついて驚かせるぐらい精々頑張って見なさい」

「はい!」

 

和人は自分達をほったらかしにして夢中になってこのゲームをやり込んでいた。

現実を捨ててでも彼がどうしてやり続けていたのかという理由と、そして彼自身の背中に追いついてその肩に手を置く為に

 

新八はEDOをプレイする事を決心するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれからしばらく経って

 

「フ、この階層の街には随分とプレイヤーがはびこっているな。まだまだ上があるというのにこんな所で躓くとは、ここの連中のレベルが知れている」

 

アバター名、シンこと新八は、黒づくめの恰好で厨二感満載の台詞を吐きながら三十五層の街中を歩いていた。

 

「仕方ない、ここは俺がこの半端モンの連中を率いて先陣を切ってボス戦に挑むとするか、お前は後ろで大人しく待っていろリーファ、戦場でお前の子守りなどやってる余裕はないからな」

「あの、さっきから何一人でブツブツ呟いてんの新八さん? 周りからの視線が痛いんだけど?」

 

眼鏡に指を置きながらさっきからずっとアホみたいなことを抜かしている新八に

 

さっきから黙ってずっとついて来てくれていたリーファがジト目でやっとツッコミを入れる。

 

「主に一緒に行動してる私まで被害を受けるからさ、その訳の分からない厨二キャラいい加減ウザいから止めて」

「誰が厨二! おっと危ない、残念だったなリーファ、この世界でも俺のツッコミを拝めると思うなよ」

「いやそれ前にも聞いたから、なんなのそのキャラ? 方向性ブレブレなんだけど」

 

危うく現実世界の時みたいに勢いでツッコみかける新八に呆れた物言いをしながらリーファはため息を突く。

 

「それにしても三十五層か、結構やり続けてなんとかここまで来たけど、お兄ちゃんはまだずっと先なんだろうなぁ」

 

彼女の正体は桐ケ谷直葉。

 

和人の妹で新八とお妙の妹分にして文武両道の才女である。

 

今よりちょっと前の事。新八がEDOをやると聞いて、直葉もまた溜めていたバイト代でナーヴギアを購入して一緒にやる事にしたのだ。

 

最初は彼と同じく和人の鼻を明かしてやりたいという思いでこのゲームをやり始めたのだが

 

思ったより良く出来たゲームだったのでついつい時間も忘れてハマってしまい、今では和人が寝る間も惜しんで夢中にやっていたのもなんとなく理解できるようになった。

 

そして一緒にやっていた新八もまた自分以上にハマってしまい

 

現在の厨二キャラに至ってしまったのだ

 

「リーファ、前から言っているが俺達にとってあの男の存在など所詮通過点に過ぎん、俺もうアイツの存在に縛られるのはまっぴらごめんだ、俺は俺の道を行く」

「いや勝手に俺の道を行かないで、私のいる道に戻って来て」

 

何故であろう、最初の頃は初めての仮想世界で二人一緒にしばらくはしゃいでいた事は覚えているのだが

 

階層を進み、次第にゲームのシステムに慣れていくにつれ、いつの間にかこんなめんどくさいロールを演じ始めてしまっていた……

 

流石にリーファも慣れてはきたが、やはりウザいモノはウザい。そもそもツッコミ役は自分ではなく彼の筈だろう。

 

「剣の腕はリアルと変わってないって所が救いだけど」

「フ、お前はまだまだ慣れてはいない様だがな、柳生家からもスカウトが来る程の腕前はどうした」

「しょうがないでしょ、こういうのって人によって慣れる感覚違うんだから」

 

新八に比べて自分はこの世界でまだ身体が付いてきていない。

 

リアルでの剣の腕は我ながらかなりいい線いってるのはわかっているのだが

 

この世界で動かすのは本来の自分ではなく仮の姿、頭ではイメージ出来ていてもアバターが上手く動いてくれないのだ。

 

と言ってもリーファの操る剣は今の階層でも十分に渡り合える腕前だし、それにALO型特有の飛行能力にも随分と長けているのだが

 

やはり彼女自身はあまり納得出来ていないらしい。

 

「まあ最近じゃ結構こっちに潜って体動かしてるし、もう少しすれば私もシンさんみたいに動けるかもしれないから」

「そうか、期待はしていないがやれるものならとっととやってみろ、俺はもうお前の子守りなどごめんだからな」

「はいはい、シンさんをデュエルでボッコボコに出来るぐらい成長して見せますよーだ」

 

随分とまあそんな嬉々として演じれるモノだと思いながら、リーファは悪態をつく様に隣を歩く彼に向かってベッと舌を出してみせる。

 

そんな子供じみた真似をしていると、ふと前方で他のプレイヤー達が集まってざわざわ騒いでいる事に気付いた。

 

「あれ? なんかあそこ妙に人だかり出来てない? なんかあったのかな」

「興味ない、そんな事より次のボス戦の対策を考える方が先だ」

「あーもういいから、ほら行くよ」

「おいちょっと待て! 襟を引っ張るな!」

 

冷めた様子でそっぽを向く新八の後ろ襟をむんずと掴み、嫌がる彼を無理矢理引きずってリーファは人だかりの方へと近づいていく。

 

「すみません、なんかあったんですか?」

「ん? ああ、なんでも最近名を上げているアマゾネスっていう軍隊系ギルドが捕まえた珍獣がこの店で売られているっていうからさ、みんな興味本位で見に来ているんだよ」

「珍獣?」

 

野次馬の一人から話を聞いてみると、どうやらこの先にある店にある商品が原因でこの人だかりが出来ているらしい。

 

珍獣、それを見る為だけにこんなにも人が集まるとは一体どんな姿をしているのだろうか

 

「面白そうですね、ちょっと見に行きましょうシンさん」

「フン、珍獣なんぞさして珍しくもないだろ、ウチなんかしょっちゅう屋根裏に珍獣が潜んでるぞ」

「それただのストーカー!」

「お前の家にも今はいないが居ただろ、家から全く出ようともせずに働きもしない珍獣」

「それただの救いようのないクズ!」

「救いようのないクズとか言うなよ! せめて身内のお前だけは見捨ててやるな! 大丈夫だから! 最近やっと働くようになったんだからまだワンチャンあるから! 原作レベルに追いつける希望は潰えてないから!」

 

咄嗟に口から放ったリーファの身内(和人)に対する辛辣な発言に、ちょっと素に戻った様子で新八がツッコミを入れる中

 

彼女はそのまま新八を連れたまま人ごみを掻き分けて珍獣が売っているという店へと辿り着いた。

 

するとそこには野次馬達が興味深そうに指を差しながら

 

「見ろよあんなのがいたなんて初めて知ったぞ」

「ああ、この世界には色んな姿をした生物はいるが……」

 

 

 

 

 

「まさかモノホンのゴリラがいたとはな」

「うおぉぉぉぉぉここから出してくれぇぇぇぇぇぇ!! 俺はゴリラじゃない! ちゃんとしたプレイヤーなんだァァァァァァァ!!」

「しかも自分をプレイヤーと思い込んで喋ってるぞあのゴリラ、こりゃあ相当値の張る珍獣だな」

「どこにいるんですかお妙さぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 近藤勲はここにいます! 助けて下さぁぁぁぁぁい!!」

 

店の前で見世物の様に檻の中に閉じ込められながら人語で叫んでいるのは

 

力強い肉体を毛深い剛毛で覆った正真正銘間違いなく本物のゴリラそのものであった。

 

自分を囲う檻を掴んで激しく揺らしながら涙目に叫ぶそのゴリラを見て

 

リーファと新八は唖然とした表情を浮かべて固まってしまう。

 

「シ、シンさん……みんなが眺めてた珍獣ってこのゴリラみたいね……」

「そ、その様だな……でもゴリラなんて現実世界に戻れば動物園でいくらでも見れるし……そんな珍しいとも思わないしさっさとこの場を後にしよう」

「ねぇ、あのゴリラさっきお妙さんとか叫んでたような……それになんか自分の名前っぽいのも……」

「ゴリラが人名を叫ぶわけないだろ! それにゴリラに名前はない! ゴリラの名前は今も昔もゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ!!」

「いやそれは名前じゃなくて学名……」

 

何故であろう、このゴリラを見ているとふと頭の中に一人の人物が鮮明に映し出される……

 

関わりたくないと思った新八は、急いで疑問に思うリーファを連れてゴリラに背を向けてこの場を立ち去ろうとすると

 

 

泣き叫んでいたゴリラがふと彼等を見てハッと何かに気付く。

 

「あぁーッ! ちょっとそこの木刀腰に差した黒髪のお兄さん助け……! ってあ!」

「!」

 

不意に特徴で呼ばれて反射的に立ち止まってしまう新八

 

するとゴリラは檻の中から顔を覗き込んで彼をじっくり眺めて

 

「お兄さんが掛けてる眼鏡ってもしかして……間違いない! 君は俺の愛するお妙さんの弟の新八君じゃないか!」

「ってなんで眼鏡だけで判別できんだよ! 仮想世界でもリアルとおんなじ眼鏡掛けてる訳じゃねぇのに!」

「丁度良い所にあった新八君! 未来の義兄が今猛烈に困っているんだ! 早く俺をここから解放してくれ義弟よ!」

「誰が義弟だ! ぶっ殺すぞコラァ!」

 

 

どさくさに自分の一族に潜り込もうとする悪質なゴリラを一喝すると周りのプレイヤーがざわつき始め「え? あの兄ちゃんゴリラの弟なの?」「もしかしてゴリラの飼い主? 兄弟っていう設定で飼ってたとか?」「うわ引くわー、ゴリラのAIを操作して自分を弟と認識させるとか無いわー」等と言いながらこちらに注目を集めていく。

 

マズいこのままだと変な噂が広まってしまう、今まで築き上げた緻密なキャラ設定がこのままだとペットのゴリラと義兄弟を結ぶ奇行に走った可哀想な人だと認定されてしまう……

 

せめてこっちの世界ではカッコいい理想の自分でありたい、と常々思っている新八はすぐにこの場を立ち去ろうと

 

「逃げるぞリーファ!」

「え! ちょ!」

 

リーファの手を掴んで強引に人込みを掻き分けて一目散に走り出した。

 

するとそれを見ていたゴリラは慌てた様子で檻に手をかけ

 

「ああ! 待ってくれ新八君! 俺を置いていかないでくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

「わぁぁぁぁぁ!! ゴリラが檻を壊して出て来たぞぉぉぉぉぉ!!」

「せめてお妙さんが何処にいるのかだけでも教えてくれぇぇぇぇぇ!!!」

 

助けてくれと懇願していたゴリラが、まさかの自力で檻を破壊して乱暴に出てくる。

 

ゴリラの脱走という事でプレイヤー達がパニックになっている中、逃げる新八の背中を慌てて追いかけるゴリラであった。

 

 

 

 

 

 

「ここまで逃げれば大丈夫か……」

「はぁ……流石に私も驚いたよ」

 

数分後、新八とリーファは街から離れてフィールドまで逃げた所でやっと足を止めた。

 

新八はリーファから手を離すと、どっと疲れたかのように肩を落として呼吸を整える

 

「何やってんだあの人、全く……」

「ていうかあのゴリラ、間違いなく”近藤さん”よね」

「やれやれ……まさかこんな所でも出会う事になるとは」

 

その場にあった石の上に座りながら一休みするリーファの意見に、新八も渋々認めるしかなかった。

 

「狙いは間違いなく姉上だな、元々姉上と一緒にこのゲームをやりたいがために姉上を誘っていたんだ、自分でも買ってプレイしているのもなんら不思議じゃない」

「きっとこの階層に来るまでずっと探してたんだろうねお妙さんの事、どこまで粘着質なのよ、仮想世界でもストーカーって……」

「まあ残念ながら姉上はこのゲームを俺に譲ったから、近藤さんがこの世界で姉上と会う事は絶対に無いが」

 

 

ゴリラの正体は先程見た動きと発言から、お妙のストーカーである真撰組局長の近藤勲と見て間違いない。

 

彼に対しては心底嫌悪感を持っているリーファが思いきり嫌そうな顔を浮かべ、新八も呆れたようにため息を突いていると……

 

「新八くぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」

「ってギャァァァァァ!!」

 

傍の茂みの中からバァッと勢い良く現れたのは今二人の話の種になっているゴリラ事近藤

 

突然両手を上げて現れた彼に新八は思わずその場に腰を抜かして地面に尻もち突いてしまう。

 

一方で石の上に座っていたリーファは近藤を見て思いきりしかめっ面

 

「うわ最悪……檻から抜け出して私達の事追いかけて来たんだ……」

「いやー急に逃げるなんて酷いじゃないか新八君、俺と君は切っても切れない関係の筈だろ?」

「そんな関係築いた覚えねぇよ! つうかどうやってここまで追って来たんだよ」

「知らないのかな新八君、ゴリラはね、鼻も利くんだよ」

「完全にゴリラとしての能力をまんべんなく使えちゃってるよ! もう身も心もゴリラになってるよこの人!」

 

腕を組みながら得意げに笑って見せる近藤に新八はヨロヨロと立ち上がって叫びつつ、すぐにビシッと指を突き付けた。

 

「つうかなんでそんな完全なるゴリラになってんだよ見た目!」

「そうなんだよよく聞いてくれた新八君! 普通この世界ではアバターの見た目ってリアルの見た目とほぼ同じ姿になる筈だろ!? なのに俺は何回やり直してもゴリラになっちゃうんだよ! 何回やってもゴリラに生まれ変わるの! 輪廻転生ゴリラなの!」

「いやもうそれ完全にゲーム側から近藤さんはゴリラだと認識されてるじゃないっすか」

「どうゆう事なのコレ!? 確かに周りからゴリラゴリラ言われるけど! もうコレ完全にモノホンのゴリラそのものだよね!? 明らかに運営側が俺に対して嫌がらせをしてるとしか思えないんだけど!?」

「知らないですよそんな事……」

 

ナーブギアを通して顔認識された結果ゴリラになった。

 

普通に聞いたら冗談だと思うが、この男だったらそれもあり得るなと、新八は素の口調に戻りながら考える。

 

「それともう一つ言っておきますけど、ウチの姉上このゲームやってないですよ、僕にくれたんで」

「えぇマジ!? なんだよもー! せっかくお妙さんとドキドキワクワクの大冒険を始めようと思ったのにー! どおりでここまで辿り着いても全く見つからない訳だよー!」

「そんな一生叶う事のない願望の為にここまで良く来れましたね……」

 

お妙がいない事を知って酷く落胆した様子で肩を落とす近藤

 

三十五層に来るとなるともはや初心者とは呼べない立派な一人前と称されるレベルだ。

 

お妙を探す為にここまで上って来たと近藤は言うが、そんな不純な動機でここまで来るとは腐っても真撰組の局長なだけはある。

 

「しょうがない、お妙さんと一緒に冒険するという目的は諦めよう、やっぱりお妙さんは仮想の世界で会うよりも現実世界の本当の姿をした俺に会いたいんだなきっと」

「どこまでポジティブなんだよこのゴリラ……」

「ねぇシンさん、そろそろこのゴリラ殺っちゃっていい?」

 

そして潔く諦めたと思えばすぐに「お妙さんは仮初の世界で会う事よりも現実で会う事を望んでいる」と勝手に激しい思い込みですぐに立ち直った。

 

もはや誰が見ても完璧なストーカー、リーファもいい加減イライラしているのか、腰に差す細身の剣を抜こうかと指を動かしている。

 

「こういう輩は抹殺するのが世の為だと思うんだけど?」

「おいなんだこちらに敵意を強く向けて来るこの娘っ子は! ああひょっとしてお妙さんや新八君と一緒にいた前髪ぱっつんお嬢ちゃん!?」

「どんな覚え方よ! 直葉よ直葉! ええいもうたた斬ってくれるわ!」

「だぁぁぁゴリラは斬っちゃダメ! 希少な生き物なんだからゴリラは斬っちゃダメぇ!」

 

何やら強い殺意を感じて来たので、近藤派すぐに両手を突き出して慌てた様子で抵抗しようとする

 

腰の剣に手を置きながらリーファが彼にジリジリと歩み寄ろうとすると、そこへバッと新八が手を出して彼女を止める。

 

「よせリーファ、近藤さんだろうがゴリラだろうがお前が手を出す必要はない。これ以上この人と関わるの面倒だし、俺達は何も見なかったとして静かに立ち去ろう、それが大人のゴリラへの対処法だ」

「……まあ現実世界でも相手にしたくないのに、こっちの世界でも相手にするのは確かに嫌だけど……」

「えぇー!? 待ってくれよ二人共! せっかくこうして会えたんだぞ! 仲良くしようよ~!」

 

喧嘩する事はない、相手にするだけ損だと忠告する新八にリーファは渋々従って剣から手を離すと

 

近藤はそんな二人に優しく語りかける。

 

「俺、お妙さんと一緒に冒険する以外にも目的があるんだ、実は目に入れても痛くないぐらい可愛い妹分がこのゲームにハマっててさ、その子がこっちの世界でも上手くやっていけてるのかちゃんとこの目で確かめたいと思ってんだよ」

「アンタ妹分なんていたんですか……? だったらさっさと見に行って来て下さいよ、僕等関係ないんで」

「いやでもその子ってまだまだ上の階層にいるみたいなんだよ、だから俺とパーティ組んで一緒に上を目指そうぜ!」

「絶対ヤダ、死んでも無理」

「断るの早ッ!」

 

自分の身内同然に可愛がっている子がこの世界で上手く頑張っているのか確かめに行きたい。

 

近藤には彼なりの上へと目指す理由があったらしい。

 

しかしそれを聞いてもリーファはジト目ですぐに拒否、本気で彼の事を嫌っているのであろう。

 

だが新八の方はというと顎に手を当て考え込み……

 

「いや、案外悪くないかもしれん」

「はぁ!? シンさん何言ってんの!? さっきはこの人と関わるの面倒だって言ってたクセに!」

「よく考えてみろリーファ、俺達の目的はなんだ?」

 

突然近藤を仲間にするのも良いかもしれないと言い始める新八に、リーファは混乱しながらブスッとした表情で答える。

 

「……お兄ちゃんに追いつく事?」

「そうだ、そしてあの男はまだまだ俺達よりもずっと高みに昇っているのはわかっているだろう」

「まさかお兄ちゃんに手っ取り早く追いつく為に、この人の手を借りようとか思ってる訳?」

「俺達はすぐにでもあの男に追いつきたい、その為なら猫の手だろうがゴリラの手だろうが借りたいというのも確か」

「えぇ~……」

 

真撰組のトップを務めている近藤勲という戦力を手に入れれば今よりもずっと攻略が楽になると踏んだ新八だが、リーファは口をへの字にして物凄く嫌そうな表情。

 

「なんか嫌な予感しかしないんだけど私……だってこの人だよ? お妙さんにストーカー行為を働いてる最低な人だよ? こんな人に自分の背中任せられる?」

「近藤さんは確かに変態だし陰湿なストーカーゴリラだが、真撰組として日々死線を潜り抜けている豪の者。剣の腕も恐らく俺達以上やもしれん、人としては最低レベルだが戦力の駒としては十二分に働けるはずだ」

「新八君! それ褒めてんのけなしてんのどっち!?」

 

実の兄以上に慕っているお妙に悪質なストーカーを繰り返している近藤が仲間になっても信用できないと断言するリーファだが、新八は性格はアレでも剣の腕は本物の筈だと、近藤を貴重な戦力だと考えているみたいだ。

 

「まあいいや仲間にしてくれるなら! 同じ真撰組の総悟やザキがいるんだけどアイツ等あまり付き合ってくれないんだよ! そもそもアイツ等はもっと上の階層を攻略してるみたいだし! だからこうして同じ所にいる奴等と一緒に攻略できるという事はきっと同じ喜びを分かち合えるはずだから!」

「……どうするのシンさん、このゴリラもう仲間になる雰囲気作ってるけど、本当にいいの?」

「互いに目的を達成できれば後腐れなく解散すればいい、それまではこの男の力に頼ろう」

「……」

 

新八達と一緒に行動出来ると思って勝手にテンション上がっている近藤を見てリーファは眉間にしわを寄せ無言になる。

 

何度も言うが本当に嫌なのであろう、元々異性に対しては身内を除けば新八ぐらいしか交流が無く、おまけに自分が姉同然と強く慕っている人にストーカー行為を働く狼藉者だ、激しく拒否反応を見せるのもおかしくはない。

 

「……言っておくけど私は仲間になろうとこの人の事は認めないからね」

「まあそう言うなよえーとリーファちゃん? 俺はこっちの世界ではフルーツチンポ侍Gっていうんだ! 気軽に略してフルチンって呼んでくれてもいいぞ!」

「シン……新八さん私本当に嫌だこの人! 年頃の思春期まっただ中の女の子に自分の事をフルチンと呼べと言えるこんな大人なんかと一緒にクエスト行きたくない!」

「落ち着けリーファ! いや直葉ちゃん! フルチンってもう自分で言ってるから!」

 

えらく馴れ馴れしい様子で接して来たと思ったら自らのアバター名、フルーツチンポ侍G、略してフルチンとだと名乗る近藤

 

そんな彼に指を突きつけながらリーファが新八に抗議していると、近藤は「いやー」と後頭部を掻きながら

 

「年頃の女の子は俺等おっさんの事は基本的に敵として認知してるから仕方ないよなー。でも俺は安心していいから! だって俺とリーファちゃんにはある一つの共通点があるんだぜ!」

 

いきなり何を言いだすんだとリーファはジト目で近藤の方へ振り返ると

 

彼は得意げに胸を張って

 

 

背中からバサァッと薄緑色の羽根を見せて来たのだ

 

「俺も同じALO型のシルフだ! つまりリーファちゃんと俺は同族! 生まれながらにして仲間なんだ!」

「いやぁぁぁぁぁぁこのゴリラALO型だったのぉ!? しかも私と同種族ぅ!?」

 

自分と全く同じ羽根を広げて風妖精・シルフだと言い張るゴリラにリーファは悲鳴を上げる。

 

確かによく見ればこのゴリラ、耳が自分と同じように尖っている。

 

「さあ同族同士互いに手を取り合って頑張ろう!」

「やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ゴリラと同じ種族とかいやだぁぁぁぁぁぁぁ!! よりにもよってなんで私と同じタイプ選んでんのよぉぉぉぉぉぉ!!」

「落ち着くんだリーファ! パッと見は絶対わかんないから! 周りから見られても絶対バレないから!!」

 

 

こちらに優しく分厚い手を差し伸べてくれる妖精ゴリラに、遂にリーファは新八の胸倉を掴み上げて彼の上体を揺すりながら泣き叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

「私絶対にこのゴリラの妖精を仲間として認めないからね! それ以上近づいたら躊躇なくPKするから!」

「君も大変だな新八君、こんな周りに壁を作りたがる思春期妖精と旅してるなんて」

「いや彼女が壁を作ってるのは主にアンタに対してだけだから!」

 

早速予想だにしないアクシンデントに見舞われたリーファこと直葉。

 

冒険は一筋縄ではいかない、それを初めて強く痛感し、少女は成長していくのだ……

 

 

 

 

 




ゴリラもEDOデビューという事で銀魂メンバーの仮想世界入りも着々と増えていってます。

それと皆さん薄々わかっていると思いますが

少女戦記編は銀さんの出番少なめです

マザーズロザリオをお待ちください


でも次回はファントム・バレット


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第四十五層 ロンゲでも変な生物を連れてても

実写版銀魂による原作でも人気の高い話を揃えたギャグ短編シリーズがdtvでやってます。

今週は3本の内の1本目「眠れないアル」が放送中です

アニメ銀魂の神楽役の釘宮さんもちゃっかり声で出てたりと色々と小ネタが含まれてますので興味がある方は是非




アレは数年前の出来事、今でもよく夢で見る事がある。

 

田舎から遠出して初めて江戸にやって来た私は、父と母の手を握って江戸で最も大きいデパートに買い物に来ていた。

 

その日はクリスマスという事もあって多くの家族連れが、自分達と同じように笑顔を浮かべながら楽しんでいる。

 

そして私達がそのデパートに入って数時間後

 

 

大きな爆発音が鳴ってすぐに

 

周りは火の海と化した

 

耳をつんざく悲鳴や怒声、今まで嗅いだ事のない「何か」が焼かれてる嫌な臭いが辺りに充満し

 

視界は火と周りで倒れる人達から流れ出る血の色によって真っ赤に染まり

 

幼かった私はただただ怯えて呆然とその場に座り込む事しか出来なかった

 

だがその時、私の両手にはいつの間にかあるモノが握られていた。

 

どこに落ちていたのか、何処で手に入れたのか、その時の記憶は酷く曖昧で、とにかく無我夢中で自分と両親を護る為に手にした事だけは覚えている。

 

幼い子供の手には不釣り合いな、この建物を火の海にした者達の中の一人が所持していたと思われる

 

『トカレフ TT-33』

 

後に調べてその名を知る事になるが、今の私にとっては唯一身を護る事の出来る黒く光る拳銃。

 

私はただそれを恐怖で歯をカチカチと鳴らしながら銃口を前に向けてグリップを握り締める。

 

 

そしてその銃口の先に

 

 

あの男がいた

 

 

 

 

長い黒髪を腰まで伸ばした

 

こちらに向かって真っすぐな視線で見つめ返してくる

 

血に濡れた刀を持ち、身体に返り血を浴びたその男が

 

「すまなかった」

 

その男が僅かに口を小さく開いて放った言葉を耳にしながら

 

私は彼の足下に横たわるモノを震えた目でハッキリと凝視する。

 

 

背中に大きな一太刀を受けて真っ赤に染まり動かなくなった父と

 

その隣ですがる様に意識を失っている母

 

それを見た瞬間、私はまるで氷を喉に詰まらせたかのような酷く冷たく苦しい感覚に襲われ

 

「!」

 

無意識に手の震えを抑え込んで、初めて持ったにも関わらず、銃の照準を僅かにズラし

 

目の前で立ち尽くしてこちらに手を伸ばし、何か言いたげな様子の男に向けて

 

 

 

 

 

私は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蕎麦を作る為には何が必要なのか知りたいか?」

 

ラーメン屋、北斗心軒にて店員の娘に向かって、カウンターで座りながら静かに語りかける男

 

「素材? 太さ? コシの強さ? つゆ? 作り手が持つ腕? 断じて違う」

 

目の前に出された蕎麦を半分ほど食い終わったところで、男は箸を置いて腕を組みながら鋭い視線を彼女にぶつける。

 

「情熱だ、お主が作る蕎麦に足らぬもの、それは蕎麦に対して注ぐパッションだ! 蕎麦を作る工程の中で一心不乱に蕎麦を作る事だけを考え! それ以外の余計な考えは一切持たずにただただ蕎麦の事を考え! 蕎麦のみに愛情を持ち! 蕎麦との幸せな一時を過ごし! 蕎麦との今後の老後について語り合い! 遺産は誰に渡すかについても蕎麦と相談するぐらいの! 強い情熱が必要なのだ!!」

「ごめん、後半からなに頭おかしい事言ってるんだろうと思って聞いてなかった」

 

力強く蕎麦について熱く語り出す男に対して冷めた目を向けながら

 

この店の店員こと朝田詩乃はカチャカチャと食器を洗いながら適当に答えた。

 

「というか前作った奴よりは自信あるんだけど」

「確かに前の奴は硬くて到底蕎麦とは呼べぬ代物であった、だが今回は逆に柔らかすぎて箸でつまんだ瞬間すぐに切れてしまうぞ、おまけにめんつゆは前回と同じくしょっぱ過ぎる、一体ダシはなんだ?」

「醤油100%」

「それもはやただの醤油ではないか! めんつゆならスーパーにでも売ってるから買ってこい!」

 

料理店の店員のクセに料理に関してはてんでダメダメな詩乃に対して喝を入れてやっている男の名は桂小太郎。

 

国家転覆を企む凶悪犯で、江戸で指名手配されている攘夷志士の一人だ。

 

しかしそんな怪しい危険人物に対して、詩乃は平気な様子で「あー」と反省の態度ゼロの様子で頷くと

 

「普通に売ってるのは知ってるけど、私としてはちょっとオリジナリティを含めた方が新鮮な味出ると思ったんだけどね」

「いや新鮮どころか醤油の味しかせんのだが……料理を出来ぬ者がオリジナルだの斬新な発想だの持つな、そんな事を勝手にするからいつまで経ってもお主は幾松殿に半人前としか思われぬのだ」

「……」

 

詩乃としては桂に対して他人が真似できない自分だけが作れる料理だと、胸を張って言えるモノを作りたいのだ。

 

しかしそんな考えは不要だと言われた上に、店主の幾松の名前まで出して指摘した桂に対してちょっと不満げな様子で目を逸らす。

 

「一応これでも努力はしてるつもりなんだけど……」

「そこだけは俺も認めよう、こうしてこの店に幾度も顔を見せている俺だからこそ、お主なりに精一杯頑張っているのであろうという点はわかっている、だが努力だけでこの俺を満足させる事の出来る蕎麦を作れると思ったら大間違いだ」

 

桂なりに彼女の頑張りは素直に評価しているが、それだけでは足りぬと首を振り

 

「お前もそう思うであろう」

 

さっきから隣のカウンターでラーメンをすすって食べているもう一人の客に向かって話しかける

 

「我が右腕、銀時よ」

「あ、ごめん、店で顔合わせた時からずっといないモノだと思って無視してたわ、おたく誰?」

「桂だ!」

「あーヅラか」

「桂だ!!!」

 

 

彼の隣に座っていたのはまさかの古き知り合いの坂田銀時であった。

 

たまたま桂と同じ時間にこの店にやって来て、さっきからずっと彼の話を聞かずに幾松の作ったラーメンを食べている真っ最中だ。

 

「つうか店の中だし被ってるモン取れよ、マナーを守れ」

「取れるか! お前こそラーメンズルズルしながら喋るな! 汁がこっちに飛び散ってるぞ!」

「オメーが食ってる時に話しかけたのが悪いんだろーが」

 

口にズルズルと麺を入れながらこちらに汁を撒き散らす銀時に、桂がかかった汁をおしぼりを拭いながら叫んでいると

 

食器を洗い終えた詩乃がキョトンとした表情でそんな二人を見比べる。

 

「それにしてもやっぱり驚いたわ、まさか銀さんがこの人と知り合いだったなんて」

「知り合いでもなんでもねぇよこんな奴、ただ行く場所向かう場所にコイツがいただけの話だ」

 

桂と偶然この店で鉢合わせした時、詩乃は桂から無駄に長ったるい銀時との長きに渡る青春物語を聞かされたのだ。

 

長過ぎて後半は全く耳に入れていなものの、とどのつまり銀時と桂は昔からの腐れ縁だというのはよくわかったのである。

 

「つうか俺もお前がコイツと妙に親し気だった事に驚きだよ、悪い事は言わねぇ、例え男に飢えてもコイツだけは絶対に止めておけ、代わりに和人君紹介してあげるから、相手選ぶなら年上より同年代にしろ」

「いやいや何勘違いしてんのか知らないけどそういうのじゃないから、あの子もいらないし」

 

変に疑って勘繰って来る銀時に詩乃は苦笑しながら手を横に振って否定して再度口を開く。

 

「そもそもこの人がこの店に頻繁に来るのって、私じゃなくて店主さんに気があるからだもの」

「ええそうなの? ヅラ、やっぱお前も男だねぇ、人の事散々言っておいて結局男としての本能に逆らえてねぇじゃねぇか」

「おうい詩乃殿! 変に誤解を招く発言はよせ! 俺は幾松殿に惚れたのではない! 幾松殿が護るこの店に惚れたのだ!」

 

 

桂の中のストライクゾーンは未亡人、もしくは人妻がベストだと長年の付き合いでわかっている銀時

 

詩乃も腰に手を当て桂がこの店の店主とよく話しているのを見ているのでおおよその検討は付いていた。

 

しかし慌てて桂は幾松ではなくこの店を目当てにやってきているのだと言い訳する。

 

「周りを見てみろ、天人の介入によりこの国の技術が進化していく一方なのにも関わらず、ここは全く文明開化の兆しも無い古びた内装のままだ、俺はこういう古き良き江戸の風習にならった古臭くてボロい店が気に入ったのだ」

「褒めてぇのか乏してぇのかどっちなんだよ」

「ていうかそういう店ならウチ以外にも一杯あるんだけど」

「これで後は蕎麦が上手ければ他に言う事ないのだがな」

「そもそもウチってラーメン屋なんだけど、あなたが来る度来る度蕎麦出せっていうから私が仕方なく作ってあげてんだからね」

 

言い訳にならない言い訳とはこの事だな、と呆れながら詩乃がため息ついていると

 

お客用のトイレのドアがガチャッと開き

 

中からにゅっと真っ白なペンギンの様なアヒルの様なよくわからない見た目をした珍妙な生物が現れ

 

何事も無かったかのようにストンと桂の隣の席に座る。

 

「ていうかお前本気で革命する気あんの? さっきからお気に入りの店だの蕎麦だの幾松と○○○したいだの倒幕に全く関係ねぇ事ばかりじゃねぇか、やる気ないなら止めれば?」

「ふざけるな! やる気が無いのは貴様であろう! 俺は常日頃からずっと幕府打倒を心がけて……てちょっと待て! 幾松殿と○○○ってなんだ!? 俺はそんな事一言も言っておらんわ!!」

「言わなくてもわかってんだよこっちは、いいじゃん別に、向こうだって相手はいないみたいだしいっぺん口説いて来いって」

「だから俺は幾松殿に対してそんなやましい事は考えておらんと言っている!」

 

 

けだるそうにカウンターに肘を突きながらイジって来る銀時へ桂が声を荒げて怒鳴りつつ、隣に座った珍妙な生物の方へ振り返る。

 

「全くどいつもこいつも勝手な事ばかり言いおって……ほらどうだ”エリザベス”、お前も詩乃殿が作った蕎麦を一口食べてみんか?」

 

着ぐるみ感漂うその不気味な見た目の相手に向かってエリザベスと呼びながら、桂は優しく自分が食べていた蕎麦を進める。

 

そしてそんな光景を横からジーッと見ていた銀時は頬杖を突きながら

 

「……ていうかさっきから気にはなってたんだけどよ……」

 

 

 

 

「なにその気持ち悪い生物?」

「気持ち悪くない、エリザベスだ」

「いや単体だとそうでもねぇけどお前とセットだとより存在感が強くなるんだよ、というかお前が気持ち悪い」

 

この店に来てから銀時はずっとこの生物はなんなのだろうと疑問に思っていた

 

今まで桂に尋ねなかったのは、自分が何か悪いものを食べて幻覚でも見ているのではないかと危惧していたからである。

 

「ホントなんなのそのパチモンオバQ、目が怖いんだけど、吸い込まれそうなんだけど」

「ああ銀さんにも見えるんだ……私は結構前から見えていたけど、コレってただ私が疲れてるから見える幻影だと思ってた……」

「なんなのだお前達、エリザベスをオバQだの幻影だのと言いおって、失礼だぞ」

 

銀時は初対面ではあるが詩乃は実を言うと結構な頻度でコレを見ている。桂が来客する度に何時も一緒にやってくるのだ。

 

あまりにも珍妙過ぎてただの幻覚だろうとずっと思考を放棄していた詩乃と銀時に対し、桂はちょっとムッとした表情を浮かべながら注意する。

 

「エリザベスは至って普通の俺のペットだ、俺が幕府の犬共から逃げていた時に橋の下にダンボールに入れられて捨てられていたのを見つけてな、以後俺の事をずっと付き纏う様になったので思い切って飼う事にした」

「おいどっから最初にツッコめばいいのか訳わかんねぇよ、とりあえずお前がバカだというのは明確に理解出来たけど」

「桂さん……そんな犬猫を拾う感覚でコレ拾ったの? どう見てもコレ地球産じゃないと思うんだけど……」

 

 

現実世界はおろか仮想世界でさえ見た事のない生き物に詩乃が唖然としながら見つめていると

 

そのエリザベスという生き物はカウンターに置かれている割り箸に小さな手を伸ばそうとするも届かない様子。

 

ぶっちゃけ関わりを持ちたくないが、困ってるみたいだし

しょうがないから代わりに取ってあげようかと彼女が思ったのも束の間、次の瞬間彼女は目撃した

 

エリザベスの黄色いクチバシがパカッと開いたと同時に

 

 

 

 

中からにゅっと明らかに人の腕と思われるモノが離れていた割り箸を素早く掴んで手元に引き寄せたのを

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ん? どうした詩乃殿、いきなり叫び声を上げて」

「エリザベスゥ! エリザベスの口から今人の腕がにゅいーんって出て来たぁ!」

「エリザベスの口から人の腕? フ、何をバカな事を」

「いやいや見なかったの今!? ホントに腕が出てきたのよ腕が!」

 

詩乃が叫んでいる内にエリザベスは何事も無かったかのように自分の手で桂の蕎麦を食べ始めている。

 

エリザベスの口から得体の知れない腕が飛び出した事に気付いていなかった桂に、彼女はエリザベスに指を突き付けながら必死に訴える。

 

「真っ白でお肌すべすべな綺麗な腕が出てきたのよ! アレ絶対女性の腕よ間違いない!」

「ハッハッハ、おぬしも面白い冗談が言えるようになったものだな」

「笑い事じゃないから! 信じて桂さん! やっぱこの生物おかし……ぶ!」

 

自分の話に全く聞く耳持たずの桂に詩乃が真実を洗いざらいぶちまけようとしたその時

 

彼女が作った蕎麦をズズズーッと食べていたエリザベスが、突如彼女に向けて「ペッ!」と口から発射して顔面に直撃させた。

 

「……」

 

顔にふやけた蕎麦をぶつけられて固まってしまう詩乃に対して、エリザベスはどこからともなく取り出した一枚のプラカードを見せつける。

 

『美味しんぼ読んで出直して来い小娘』

「な、何すんのよアンタァァァァ!!」

「こらこらエリザベス、いくら彼女が作った蕎麦がマズかったとはいえ顔に吹っ掛けてはダメではないか、マズかったとはいえ」

「2回も強調しないでいいから! ホント何なのよコイツ! 信じられない!」

 

言葉を発さずプラカードで会話する形式なのだろうか、とにかく厳しい評価を下すエリザベスに桂が窘める中

 

詩乃はイライラしつつ手拭いで顔を拭きながらエリザベスを睨み付ける。

 

「桂さんやっぱ捨ててきた方が良いわよコレ、明らかに人に対して悪意を持っているわ、銀さんもそう思うでしょ」

「いや俺はヅラの奴がなに飼ってようがどうでもいいんで、変なモンなら俺も飼ってるし」

「それってユウキの事?」

「バカ野郎アイツはれっきとした人間だよ、飼ってんじゃなくて一緒に住んでんだ、飼ってるつったらお前、和人君に決まってんだろうが」

「あの人もれっきとした人間よ!」

 

いつの間にかスープまで飲み干しラーメンを完食し終えた銀時がどんぶりをカウンターに置きながら答える。

 

詩乃と違って桂のプライベートの事などどうでもいいみたいだ。

 

「そんな事よりよ、お前シノンと知り合いだったろ? 今度四十三層攻略するから暇なら救援来てくれって伝えてくんね?」

「いや知り合いっつうか本人だから……店が終わった時間帯ならすぐ行けるけど、もう四十層辺りまで来てたんだ、絶好調だね銀さん」

「んーまあ、やっとあの世界での動き方のコツを覚えて来たからな、まだ本調子じゃねぇけど」

「へぇ~、こりゃ追いつかれるのも時間の問題かも」

 

桂の事などよりも銀時はどっぷりハマっているゲーム・EDOについて詩乃に相談を持ち掛ける。

 

どうやら戦い方について着々と手慣れて来たのか、彼自身が持つ戦闘力のおかげでどんどん攻略を進めているらしい。

 

三十五層で出会ったアリスという不思議な女性のおかげで、銀時は仮想世界でも確実に強くなっているのだ。

 

遂に四十層クラスに到達したと聞いて詩乃はうかうかしてられないと思いつつ感心した様に頷いていると

 

「フッフッフ、銀時、どうやら以前あの娘っ子と会話していた時に出て来たゲームの内容について喋ってるみたいだな」

「あ? それがどうしたんだよ。お前このゲーム知らねぇんだろ、話に入って来るなめんどくせぇ」

「やれやれ、俺も随分と見くびられたものだな、この俺が知らぬままだと思ったら大間違いだぞ」

「なに?」

「え?」

 

二人の会話をエリザベスが残したそばを食べながら横から入り込んできた桂が突如不敵な笑み

 

その反応に銀時だけでなく詩乃もまたちょっと驚いていると、彼は微笑を浮かべながら顔を上げる。

 

「お前の所の娘っ子に言われた事が癪だったのでな、昔のお前だけでなく今のお前を知る為に俺もまたお前のハマっているそれに手を出してみたのだ」

「はぁ!? お前まさか俺達がやってるゲームやり始めたっていうのか!?」

「フ、お前と同じ目線で同じ景色を一度見てみたいと思ったのでな」

「ほ、本当なの桂さん!?」

 

あの桂が自分がほぼ毎日入り込んでいる仮想世界へ? 彼の話を聞いてビックリする銀時よりも、何故か詩乃の方が強く反応してガタッとカウンター側に身を乗り上げて来た。

 

「あ、あ~だったら私が攻略手伝ってあげようか……? いくら桂さんでも仮想世界に慣れるには時間が必要だし助けは必要だと思うのよ……だ、だからそれまで私が傍で色々と教えてあげても……」

 

桂に仮想世界の先輩としてアドバイスしてあげれる上に一緒に冒険だって出来る。

 

そう思うと居ても立っても居られなかったのか、照れ臭そうに頬を掻きながらやや早口気味に自分が手伝おうかと言い始める詩乃

 

しかし桂は一人頑張っている彼女をよそに、ゴソゴソと懐を探りながらあるモノを取り出そうとする。

 

「とくと見るがいい銀時! これがお前がずっとハマっているゲームの正体であろう! そして俺は遂に手に入れたのだ!! 時代の最先端を行く画期的なVRゲームを!!」

 

高々と叫びながら桂は自信満々にそれをカウンターの上に置いた。

 

もしやナーヴギアか? と思い銀時と詩乃がすぐに目を向けると

 

 

 

 

 

 

小さな黒い脚立の上に真っ赤なボディを輝かせる

 

黒いコントローラーが付いた明らかにナーヴギアとは別物だとわかる代物であった。

 

「その名も……バーチャルボーイ!!!!」

「全然違ぇじゃねぇかァァァァァァァ!!!」

 

 

ドヤ顔でそのゲーム機器の名前を叫んでみせる桂に銀時が思いきり叫び返した。

 

詩乃はさっきまでのテンションはどこへやら、口をポカンと開けて頬を引きつらせたまま立ちすくんでいる。

 

「最先端どころか一人だけ旧石器時代にまで遡ってんだろ! まだファミコンの方がマシだわ!」

「お前の気持ちが分かったぞ銀時、コレを手にして俺も衝撃を覚えた、まさかゲームの世界がここまで進歩していたとはな」

「いやだから古いんだよ! 俺等がやってるのはEDOっていうもっと凄ぇ奴なんだよ! 今時バーチャルボーイなんてやってる奴なんかいねぇよ! つうかよく手に入れたなそれ!!」

「いやはや弁天堂の開発意欲は凄まじいものだな、まるでゲームの世界へ入り込んだみたいだ」

 

むしろナーヴギアよりも入手が難しそうな化石機器を見せびらかしつつ、桂は手に入れたバーチャルボーイに顔を近づけて画面を覗き込む。

 

「おお見ろ銀時! まるでホントにマリオと一緒にテニスをしているみたいだ! 画面が何故か真っ赤に染まっているのでちと目が痛いが! 銀時! これがお前が見ていた世界の景色か!!」

「いやそんな景色知らねぇ、一生見続けて目ぇ悪くしろバカ」

 

ラーメン屋でカウンターに置いたバーチャルボーイを覗き込みながら興奮した様子でコントローラーを握って遊んでいる桂。

 

その周りでエリザベスがどうにかして桂が嬉々としてプレイしているゲームを見ようと背後に回ったり横から覗き込もうとしいる様子がよりシュールな光景に見える。

 

銀時はしばらくそんな一人と一匹の光景を眺めていると、無言で立ち上がり懐の財布から小銭を取り出して詩乃に渡す。

 

「ごちそうさん、また来るわ」

「毎度……って銀さん! まさかこの状況を放置したまま逃げるつもり!? どう対応してやればいいのか凄く困ってる私がここにいるのに!?」

「心配すんな、ただ化け物が周りをグルグル回ってる中、いい年したおっさんがバーチャルボーイやってるだけじゃねぇか、暖かい目で見守ってやれ」

「いや見守れないから!むしろこっちが助けて欲しい側だから!」

 

こんなシュールな絵面を前にしながら一人そそくさと帰っていく銀時に取り残され

 

詩乃はカウンターに座りながらまだ叫んでいる桂にジト目を向ける。

 

「見ろ銀時ぃ! これが俺とマリオの必殺スマッシュだ! 相手コートがあっという間に血の海だハッハッハ!!」

 

銀時がいない事にも気付いていない様子の桂の笑い声が店内に響くのみ。

 

桂、銀時に遅れて遂にゲームデビュー

 

 

 

 

 

『打倒クッパを掲げ、狂乱の貴公子がマリオと共にテニスコートを駆け回る時が来たのだ!』

「いや思わせぶりなナレーション入れてるみたいだけど、やってるゲーム自体全く違うから」

 

桂の背後でプラカードを持ち上げるエリザベスに対し、詩乃はボソリと冷めたツッコミを入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




桂が遂にゲームデビューですね


そして次回は桂が詩乃を連れて知り合いの店へ出掛けるお話です

それでは


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第四十六層 それが私のあしながおじさん

実写映画版の銀魂観てきました。

予算が倍になったおかげで前作を超えるクオリティに進化しています、アクションもギャグも

ていうか山崎役の人が本当に凄い……ホントにジミーそのもので凄くファンになりました。

本人はあの「あんぱん回」を短編集でもいいから是非ともやりたいと熱望していたので頑張ってほしいと思います。



時刻はすっかり夜になった頃、朝田詩乃は桂小太郎に急に誘われて夜の街中を連れて行かれていた。

 

「初めてよね、あなたが私を外に誘うなんて」

「幾松殿に頼まれてな、毎日店にこもって外出しないのは年頃のおなごとしていかがなモノかと相談され、ならばと俺の友が開いてる店に誘ってみたまでの事だ」

「もしかして私って幾松さんから引きこもり扱いされてるの……? もうちょっと外出てみようかな……」

 

前を歩く桂を追いながら、基本的に仮想世界と店の仕事を行ったり来たりの繰り返しでの生活を送っている事に不安感を覚える詩乃。

 

今日はいつもの制服ではなく地味な色合いの着物にそでを通した格好だ。

 

「ていうか”コレ”もついて来るの? さっきから私の後ろをついて歩いてくるんだけど」

「コレではないエリザベスだ」

 

詩乃がこれ呼ばわりしながらジト目で後ろに振り返ってみると、そこには不気味な珍獣・エリザベスがペタペタと足音を鳴らしながら何考えてるかよくわからない表情でついて来ていた。

 

狭い路地道だから仕方ないとはいえ、こんなのに後ろにピッタリ付かれていると軽くホラーだ。

 

「着いたぞ、あの店だ」

「随分と人気のない所に店を開いてるんだねその人……ダイシーカフェ?」

 

後ろから迫って来るエリザベスに背中を小突かれて煽られながら歩かされていると、先頭を歩いていた桂が目当ての店を指差す。

 

詩乃はその店の看板を見て喫茶店か何かか?と想像していると、彼はすぐに歩み寄って店のドアを開いて

 

「頼もう」

「ああいらっしゃ……って桂じゃねぇか」

 

カウンターの奥から彼等を迎えてくれたのは、屈強そうなスキンヘッドの黒人店主であった。

 

「なんだお前、まだ捕まってなかったのか」

「生憎、幕府の犬程度に捕まる程落ちぶれちゃいない。それにしても相変わらず流行っとらんみたいだなここは」

「うるせぇ、元々ここは喫茶店だっつってんだろ、朝と昼はもっと賑わってんだよ」

 

お尋ね者の桂に会っても平然としている所から察するに、彼が言っていた友人だというのはこの男の事なのであろう。

 

店内は洋装で良い雰囲気なのであるが

 

今はカウンターに頭を預けてすすり泣く声を漏らす、グラサンを掛けたラフな格好の中年のお客一人だ

 

「うぇ~ヒック……どうせ俺なんて負け犬だよ……一生人生転落し続けるだけの人生さ……」

「おい”長谷川”さん、いい加減飲みすぎだぞアンタ、もう帰った方が良いんじゃないか」

「うるせぇ! まだまだ飲み足りねぇんだよ! 負け犬の俺は嫌な事や辛い事も全部忘れるぐらい飲まなきゃやってけねぇんだよ!!」

「やれやれ、こうなっちまったら延々と愚痴を言い続けて居座るんだよなこの人……」

 

グラサンの下から涙を流しながら、私生活で酷い目にでも遭ったのか、エギルに対してキレながら酒を要求する中年男。

 

そんな男の対応に店主は疲れた様子でため息をついていると

 

桂が詩乃とエリザベスを連れてカウンターの席へと着く。

 

「おぬしに紹介しよう、こちらの異国の男はエギルという者でな、かつては俺と共に天人相手に戦っていたが、妻を取ってから戦いから身を引き、今はこの店の店主として働いている」

「っておい桂! なにサラッと人の過去を暴露してんだ!」

「へぇ、ぱっと見だと異国の人に見えるんだけど、この人もあなたや銀さんと同じ攘夷志士だったんだ」

 

グラサン男の隣に座った桂の隣にすかさず座りながら、落ち着いた様子でこちらを見上げて来る詩乃に

 

慌てていたエギルはそんな彼女の態度に顔をしかめて首をひねる。

 

「な、なんでそう簡単に受け入れるんだ? おい桂、何モンだこの娘」

「ただのラーメン屋で働く娘だ。気にするな、真撰組に俺達を密告する様な真似はせんよ」

「それならいいが……ところでもう一つ聞くが、お前が連れて来たその白いペンギンだかアヒルみたいな生き物もなんなんだ……」

「エリザベスだ、俺にもよくわからん、だが結構可愛いだろ」

「いや全然……昔からお前は変な所あるよなホント」

 

詩乃のついでにその彼女の隣に座ったエリザベスを不思議そうに眺めるエギル

 

不気味過ぎる……

 

どうしてあんなのを連れているのだろうとエギルは桂に対して視線だけで訴えていると、恐る恐る詩乃が彼に向かって軽く手を挙げた。

 

「あの、ところでここってお酒以外にも飲めるモノあるんですか? 私一応未成年なんですけど……」

「ああ、ウチは元々喫茶店だからな、ジュースやガソリンもちゃんと用意できてるから安心しな嬢ちゃん」

「いやガソリンは良いです、私死ぬんで」

「未成年……?」

 

エギルに詩乃が尋ねていると、彼女の言葉に先程までカウンターに倒れていたあのグラサンの男がピクリと反応して彼女の方へ振り返った。

 

「いいね未成年、まだまだ青春盛りのいい年頃じゃねぇか……だからこそ今を大事にしろよお嬢ちゃん……人生の中での楽しい時間なんかほんの一握りさ、気付いた時にはリストラされて妻にも逃げられて、職を転々とながら落ちぶれていく暗く辛い時間を繰り返す無限ループを送り続けるモンなんだよ……それが負け犬の人生ってモンさ」

「なんかいきなり知らないグラサンの人に話しかけられた! ていうかこの人! よく見るとグラサンの奥から凄い目でこっち見てる!」

 

若さとまだゆとりのある人生を送れる詩乃に対していきなり人生の闇を実体験の様に語り出す男。

 

しかもよく見ると、グラサン越しからこちらに対して虚ろな目を覗かせてしっかりと凝視してくる。

 

「滅茶苦茶怖いんだけど、あの人……大丈夫なの?」

「ああ、あの客の事は気にするな、長谷川さんって言ってな、ちょいと前は幕府のお偉いさんだったのにリストラされちまってよ、妻にも逃げられて今じゃその日その日を生きてくいくだけで精一杯みてぇなんだ、可哀想だがこのご時世じゃそう珍しい事でもねぇよ」

「そ、それは随分と大変だったのね、同情するわ……」

「同情するなら金をくれぇ!!」

「はい!?」

 

エギルから訳を聞いて哀れんだ視線を送っていると、詩乃に向かって突然バッと長谷川が身を乗り上げて来たのだ。

 

「可哀想だとか同情するとか聞き飽きてんだよ! 頼むよお嬢ちゃん! こんなまるでダメなオッサンなんて哀れで滑稽で猿にも劣るクソ虫だといくらでも蔑んでいいから! 千円でもいいから恵んでくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

「い、いやちょっと困りますから! 別にあなたを蔑む権利とかもいらないんで!」

 

相当切羽詰まっているのだろうか、必死の形相でたかりに来る長谷川、もはやプライドもクソも無い

 

詩乃が反射的に退いてちょっと怖がっていると、二人の間にいた桂が真顔で突如長谷川の頭をむんずと掴み

 

「止めろ」

「わぞっぷ!」

 

カウンターに叩き付けて彼を一瞬で黙らせた

 

それを見て詩乃が驚いてるのも束の間、桂は叩き付けたばかりの長谷川の頭を掴んだままヒョイと上げて

 

「未来ある若者にすがろうとするな、俺はいずれ新しき国を築く、その国には彼女の様に将来有望な若者達が必要になる時が必ず来るであろう。俺達大人がそんな者達の邪魔をしてどうする」

「知らねぇよそんな事ぉぉぉぉぉ!! 俺はもう藁どころか埃にさえしがみ付きたいんだよ! こんなクソみたいな現実を生きていくにはもうなりふり構ってられねぇんだバカヤロー!!」

「フ、確かに今の世は腐っているが、己も腐ってしまっては元も子もないぞ」

 

言われてもなお負けじと言い返しながらもまだ頬を涙で光らせている長谷川に思わず笑ってしまうと、桂はエギルの方へと振り返り

 

「店主、酒を用意してくれ、二人分な」

「おいおい、まさかお前が恵んでやるのか?」

「なに、これ以上店に迷惑掛けるのも悪いと思ってな」

 

そう言って桂は隣で口をポカンとしている長谷川の方へ振り返る。

 

「俺にであれば好きなだけ吐き出したいモノ洗いざらいぶちまけてみろ、全部吐き出せば多少は気が休まるであろう、その汚れ切った心にこの桂小太郎が天誅を下してやる」

「アンタ……」

 

曇りない眼ではっきりとそう言ってくれた桂に、長谷川の必死めいた表情が少し安らぐ。

 

まさかこんな他人に干渉したがらない冷たい世の中でよもやこんな器のデカい男と出会えるなんて……

 

 

 

 

そして数十分後

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁもうホントいや!! 幕府とか国とかさっさと滅べばいいのに!」

「そうだそうだ! 俺達をちゃんと養ってくれないこんな国滅んじまえばいいんだ!」

 

まさかの桂の方が酔っ払う。

 

洗いざらいぶちまけてみろと言っていたクセにカウンターにつっ伏して自分が思いきりぶちまけており、それに対して酒の注がれたコップ片手に長谷川も上機嫌で同意していた。

 

「俺一人こんなに頑張ってるのに!! 国の危機も気付かずに好き勝手やって生きてる奴等がマジムカつく!!」

「あーわかる! 俺もうすっげぇわかる! 俺達真面目な人間が嫌な事でも我慢してやってんのに! 他の連中が遊び呆けてるの見ると腹立ってしょうがないよな!!」

「そして何より今一番ムカついているのは! 俺の友をそそのかして攘夷活動から引き離そうとするあの田舎小娘だ!!!」

 

カウンターを両手で思いきり叩き付けながら、桂は以前銀時のお宅にお邪魔した時に遭遇したユウキの事で怒りをあらわにし始めた。

 

「なにが今の銀時を知らないクセにだ! 女子供が侍に偉そうな口を叩くな! 俺と銀時はガキの頃から同じ学び舎で育った仲なのだぞ! 何も知らんポッと出の小娘が俺達の仲を引き裂こうとするとはなんと卑劣な! 銀時をNTRした行いにはいずれ俺が天誅を下してやる!!」

「おーやれやれヅラっち! なんかよくわからんねぇけどとりあえず天誅やっちまえぇ!!!」

 

二人共酒ですっかりノリノリで、遂には席から立ち上がって思いきりギャーギャーと騒いでいると

 

「うるせぇぇぇぇぇぇ!! 店に迷惑掛かるとか遠慮してたクセに! なにオメェが一番迷惑かけてんだよ桂!!」

「おいエギル! 俺とお前はかつては同じ戦場で共に戦った仲だ! どうだ!? 今から一緒にあの忌々しい憎き小娘を殴りに行かんか!?」

「そんなチャゲアスみてぇなノリで行く訳ねぇだろうが! 大体お前が言ってるその小娘ってのはユウキの事だろ! アイツの事はほおっておいてやれ! アイツは銀時の奴と一緒にいるのが一番幸せなんだよ!」

「小娘の幸せなど俺が知ったことかァァァァァァァ!!!」

「悪酔いにも程があるだろコイツ……」

 

何本目かわからない程の酒をがぶ飲みしながら、長谷川と肩を組んで大いに盛り上がる桂に、いい加減迷惑だと怒鳴り散らすと呆れてため息をつくエギル

 

「戦争時代は他の三人がアレだったからまとめ役に徹してたクセに、タガが外れるとすぐ暴れやがって……」

「な、なんだか昔も大変だったんですね……」

「ああ、銀時、高杉、坂本、そして桂、こいつら4人揃えば敵も味方も関係なくやりたい放題しまくって俺もヒヤヒヤしたもんだぜ」

「4人?」

 

攘夷戦争時代の桂の事は詩乃はあまり知らなかった

 

聞く必要も無かったし、もしかしたら聞いてマズい事でもあるのだろうかと彼の過去を追及する事は今まで無かったのである。

 

しかしエギルの口から洩れる彼とその仲間の話に、いささか好奇心が目覚める。

 

「銀さんは知ってるけど、他の二人は私は知らないわね、有名な人?」

「有名と言えば有名だな、まあ両方共桂や銀時と同様一癖も二癖もある野郎だ、つまり大バカ野郎って事だな」

「へぇ、ちょっと会ってみたいかも」

「い、いやぁ……そいつはちょっと止めておいた方がいいぜ?」

 

高杉と坂本、二人の事もよく知っている様子のエギルに詩乃がついボソッと呟くと、彼は苦笑しながらそれを止めてあげる。

 

そもそもあの二人はそう簡単に会える様な連中じゃない。一人は宇宙をまたにかけ、もう一人は……

 

「それにしても驚いたぜ、まさかコイツがお嬢ちゃんみたいなのを連れてウチにやって来るなんてな、趣味変わったのかコイツ? 攘夷志士とか関係なく別件で捕まるぞ?」

「ああ大丈夫、桂さんは今の今まで人妻目当てだから、この人の狙いはウチの店の店主、私の事はただの小娘ぐらいしにか思ってない筈だから」

「なるほどね、その店主を落とすためにまずは外堀から埋めるってか? 桂の野郎も姑息な手を考えてやがるな」

「ハハハ、多分そんな感じかな」

 

エギルに変に誤解されそうだったので即座に訂正する詩乃。

 

彼は自分の事など世話の掛かる妹分とかその程度にしか思っていないであろう。

 

そう思いながら彼女はまだ隣で長谷川とどんちゃん騒ぎしている桂に視線を向ける。

 

「でもいいの、こうしてたまに会って元気な様子を見せてくれれば、今のままの関係で私は十分満足してるしね」

 

こちらの視線にも気づかずに飲んだくれている桂を見てくすっと笑いながら

 

詩乃はふと彼と最初に会った日の出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

赤黒く燃えるデパートの中で

 

幼かった私は偶然拾った銃を彼に向けて発砲した。

 

「!」

 

派手な音が鳴り響くと同時に銃口から飛び出した弾丸は彼の真横をすり抜け

 

 

 

 

 

「ぐはッ!」

 

後ろから彼を襲おうと刀を振り上げていた男の胸部を貫いたのだ。

 

狙い通りだった、しかし咄嗟に撃たねばと思い放った弾が命中するなんて……

 

人を殺めたという恐怖感に身を包まれていた私が震える中、撃たれた男はただただ私に対して恨めしそうに目を血走らせて睨み付けたまま

 

バッタリと倒れて微かに痙攣した後、二度と動かなくなった。

 

「はぁ、はぁ……」

「……まさかおぬし、俺を助ける為にこの者を撃ったというのか?」

 

彼は少し目を見開いて驚いた様子で動かなくなった死体を見下ろすと、すぐにこちらに顔を上げ声を掛けてきた。

 

「おぬしの父を救う事が出来なかった俺を……」

 

哀しい目をしながら彼は項垂れると、その足元には背中を斬られて絶命している私の父がいる

 

後になってわかった事だけど

 

この事件を起こした首謀者は過激派の攘夷志士だった。

 

幕府に追い詰められて次々と同胞を失っていく事で彼等は精神的にもおかしくなってしまったのか

 

天人が造り上げたこのデパートを崩壊させ、更には天人の店を利用する市民達を脆弱な負け犬と称して皆殺しにしてやろうとしていたらしい。

 

その結果、デパート内は地獄絵図と化し、私の父は目の前で殺され、母も私を庇う様な形で連中に斬られてしまった

 

そしてその時に連中を斬り伏せてきながら現れたのが彼。

 

同じ攘夷志士でありながらもこの殺戮行為にずっと異議を唱えていたらしいのだが、正気を失った連中はもはや彼の言葉に耳を貸さず実行に移ってしまい

 

もはや止める手段無しと察した彼は、かつては一緒に国を変えてみせようと強く誓い合っていた同胞達を自ら天誅を下しにここへとやって来たのだ。

 

「すまなかった、俺が不甲斐ないばかりにか弱き少女であるそなたの手を血で汚してしまった……」

 

既に何十人もの相手を斬り伏せて来たのであろう彼は返り血で真っ赤に染まっていた。

 

彼は震える私の方へゆっくり歩み寄って来ると、私と視線を合わせる為にスッとしゃがみ込んでずっと銃を握り締めている手を暖かく両手で包み込んでくれた。

 

「約束しよう、俺はおぬし達の様な未来ある者達が、こんな理不尽な目に二度と遭わない為の素晴らしき国を作ると、俺の名は桂小太郎、いずれはこの国に新しき夜明けを見せる男だ」

 

幼かった私は彼が言っている事はよくわからなかったが

 

私を安心させる為に微かに笑みを浮かべ、人を殺めた私の手に温もりを与えてくれた彼は

 

その瞬間、私を救ってくれたヒーローになった。

 

「そしてこの命を救ってくれたおぬしの為に、俺はいつでもこの身を挺して助けに行くぞ。この先どんなに辛い事があっても、俺が父に代わっておぬしを絶対に護ってみせる」

 

私の家族は攘夷志士に引き裂かれ攘夷志士に救われた

 

正直複雑な所はあるが、私は今でもハッキリとわかっている

 

 

 

 

誰が何と言おうと桂小太郎こそが真の侍なんだと

 

 

 

 

 

 

「……ん? 俺とした事が眠ってしまっていたのか?」

 

長谷川と飲みに飲んでからしばらく時が経つと、いつの間にか桂は酔い潰れカウンターにつっ伏して眠ってしまっていたみたいだ。

 

目蓋を開けてふと横に目をやると、ずっと自分が起きるのを待ってくれていた詩乃がこちらに笑いかける。

 

「おはよう」

「ああ……っておいちょっと待て、まさか俺が起きるのをずっと待っていたのか? 今何時だ? 夜更かしはいかんぞ」

「その辺は心配ないよ、私徹夜とか結構慣れてるし」

「おなごの身で徹夜に慣れるとはあまり感心せんな……」

 

顔を上げて店の時計を見るともう午前三時を回っていた。

 

そして店主のエギルともバッチリと目が合う。

 

「おい気分はどうだテロリスト、ったく女一人ほったらかしにして勝手に酔い潰れちまうとか同じ男として情けないぜ」

「そう言ってくれるな、反省はしている……む? 長谷川殿はどうした?」

「お前より先に起きて今は厠でゲーゲー吐いてるぞ、お前に言われた通り溜まったモンぶちまけてる真っ最中だよ」

 

彼がそういうと丁度店の厠から「オエェェェェェェェェェ!!!」という苦しそうな声が飛んで来た。

 

きっと長谷川が盛大に吐瀉物をぶちまけているのであろう、それを知ると桂はまたエギルの方へ振り返り

 

「エリザベスはどうした?」

「いやお前の珍獣なら隣に座っているだろ」

 

そう言ってエギルは桂の隣、長谷川が座っていた席を指差す。

 

「さっきからガソリン飲んでるぞ……なんなんだそいつ?」

「おおエリザベス、相変わらず良い飲みっぷりだな」

「どうして当たり前のようにガソリンを飲んでるそいつをお前は簡単に受け入れてんだ……?」

 

ちゃっかり隣に座っていたエリザベスが口の中にポリタンクを突っ込んでガソリンを飲んでいる事に

 

桂は全く動じずに感心した様に頷く

 

この店にはユウキが来るので最近ガソリンを用意する事になったのだが、まさかそれを飲む者が他にもいたとは……

 

困惑するエギルと同じく詩乃もまたそんなエリザベスを見ながら怪しむ視線を送る。

 

「ホント、中に入ってる正体が気になって仕方ないわ……」

「エリザベスに中などない、これが正真正銘偽りのない本当の姿だ、なあエリザベス」

『これが生まれたままの姿です』

「いやいやいや……」

 

 

プラカードを掲げてあくまでシラを切るエリザベスに詩乃が頬を引きつらせてジト目を向けていると

 

おもむろに桂が席からゆっくりと立ち上がった。

 

「さて、そろそろお暇するとするか……おぬしには悪い事したな、良い気分転換になるであろうとこの店に連れて来たというのに、せめてもの詫びとして店にまで送って行ってやろう」

「構わないわよ別に、あなたが寝てる間にエギルさんからあなたの話を聞かせてもらったし」

「ほう、さては俺の行った数々の武勇伝を教えてもらったのだな、エギルの奴も中々わかっているではないか」

 

顎に手を当てフッと笑って、一体彼女はエギルからどんなエピソードを聞かされたのだろうと思っていると

 

「昔、あなたが銀さんと遊郭に行って、そこで働く未亡人に本当に恋しちゃったけど思いきりフラれたって話」

「おい貴様! 人が寝てる隙に若い娘になんて事を教えている! その首斬り落とすぞ!」

「武勇伝には変わりねぇだろうよ」

「ていうかそんな話どこで聞いた! あの時お前はいなかったであろう!」

「そりゃ銀時に決まってんだろ、アイツ色んな奴にこの話振り撒いてるぞ」

「おのれ銀時……! 今度会った時はあの小娘にアイツと高杉が遊郭で揉めた話をしてやる……!」

 

他人の知られたくない過去をあろう事か彼女にバラすとは……

 

桂は煮えたぎる怒りをエギルか銀時にぶつけてやろうかと計画していると、「それよりよ」とそこでエギルが口を出して来た。

 

「帰るならちゃんと会計しろよ、あんだけ飲んだんだから結構な額になってるんだぞ、払えんのかお前」

「エギル、俺とお前は一度袂を分かれたとはいえ古くから繋がっている良き友人だと俺は思っている」

 

伝票を取り出して桂に突き出すと、そこには確かに一晩の酒代の割にはかなりの金額が記載されている。

 

しかしそれを見ても桂は腕を組みながらフッと笑い飛ばし

 

「かつて坂本は言っていた、金の縁よりも人の縁を大事にすべきだと、奴の部隊に入っていたお前であればその意味はわかるであろう?」

「……お前まさか」

「ツケで頼む、俺が倒幕を為した暁には色を付けて払ってやろうではないか」

「やっぱりか! お前前来た時もそう言って逃げただろ! 今度は絶対に逃がさねぇからなチクショウ!」

 

真顔で人差し指を立ててここは穏便に済ませようとする桂だがエギルはそれを絶対に許さない。

 

あれだけの酒を飲んで置いてツケ払いなど出来るかとエギルが怒鳴ると、桂は「ふむ」としばし考え込むような仕草をした後、

 

「エリザベス、悪いがここは俺の代わりに払っておいてくれ」

『持ってません』

「なに?」

『だからお金持ってませんってば』

 

いつの間にかポリタンク二つ分を開け終えているエリザベスが掲げたプラカードを見て桂は再び悩む。

 

そういえばエリザベスにお小遣いなど渡した事さえ無かった……

 

「そうか、お前も俺と同じかエリザベス」

「っておい! ハナっから金持ってねぇのに店に来てんじゃねぇよ!」

「さて、おぬしはどうする?」

「……へ?」

 

何でお金持たないクセに飲み屋なんかに自分を連れて来たのだろうと詩乃が内心呆れていると

 

不意に桂は彼女に向かって腕を組んだまま静かに語りかける。

 

「これでは俺達は無銭飲食として罪を犯してしまう、どうするべきであろうな」

「……あなたまさか」

「こうして困ってる俺達のもとに、慈悲深い心を持った優しき者が財布からそっと金を出してくれるような展開はないものか」

「いやちょっと待って、もしかしてあなた、私に払わせる気?」

 

こちらをチラチラと見ながら勿体ぶった様子で呟いてくる桂を見て詩乃はすぐに察した。

 

彼はこちらが根負けして金を払ってくれるのを待っているのだ。

 

なんともセコ過ぎてもはや呆れを通り越してその図太さに感心する。

 

「私あなたよりもずっと年下なのよ、しかもさっきあの長谷川さんって人にあなた自分で何て言ったか覚えている?」

「年上には敬意を払うべし、若い時は自ら進んでお金を出して国を支えてくれる年長者達に謝意を示すのだ、だったか?」

「若者にすがるなでしょ! 未来ある子供の足を大人が引っ張るんじゃないって自分で言ってたじゃないの!」

 

自分が数時間前に行った事をまるっと改訂して、思いきり反対の事を唱えだす桂に詩乃は冷たく言い放ちながら鋭い目を向ける

 

「なんというか、国を変えるだのなんだの言っている人が飲み屋で女子供にお金たかろうとするなんて恥ずかしくない訳?」

「……」

「はぁ~、私の信じる本物の侍がそんなみっともない真似するなんて、可哀想過ぎてこっちが泣けて来ちゃうんだけど」

「……くれ」

「え、なに?」

 

これでもか痛い所を突いていきながら哀れみの視線を送って来る詩乃に、最初は黙って聞いていた桂は次第に震えだし、そして

 

 

 

 

 

「同情するなら金をくれぇぇぇぇぇぇ!!! そげっぶッ!!!」

 

喉の奥から力強く叫ぶ桂に、遂に詩乃は彼の長い髪をひっつかんで無言でカウンターに叩き落とすのであった。

 

それと同時に彼女は思った

 

 

まあ、誰からも慕われる完全無欠のヒーローなんかよりも私にはこれが丁度性に合ってるのかな……

 

 

 

彼女は今日も

 

なんだかんだで充実した生活を送っている

 

 

頼りないがいつも見守ってくれるあしながおじさんがいてくれるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作・銀魂がいよいよ終わるみたいです

悲しいですねぇ、私が初めて銀魂クロスSS書き始めた頃はまだ吉原の回でした。

あの頃は銀魂が終わるなんて夢にも思いませんでした、けど始まりがあれば終わりもあるんですよねやっぱ……

これからは原作終わった中で銀魂SS書き続けなきゃならないんだなと非常に寂しく思います。

あ、次回はマザーズ・ロザリオVSプロジェクト・アリシゼーションです

&じゃなくてVSです


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第四十七層 二度目の敗北はもうごめんだ

気が付いたら連載始まって1年経ってた……

他の作品はキチンと終わり所見つかってるけど、この作品だけは一向にゴールが見えない……

やりたい話は多すぎるしキャラ多いし風呂敷広げ過ぎだし……

もしかしたら私の中で過去最長の長編SSになると思います


ここはアインクラッドの第四十五層の工業エリア

 

そこで銀時達は待ち合わせに指定していた町で、何かと顔を合わせる機会の多いクラインと合流していたのである。

 

「へへ~どうだ俺の新武器! その名も結束の太刀! く~! ついに念願の刀武器ゲットしちゃったぜおい~!」

「うわ、EDOじゃ滅多に手に入らない刀系統じゃん」

 

合流して早々機嫌良さそうにクラインが見せびらかして来た武器は

 

EDOでは超が付くほどのレアな刀であった。

 

刀身からまばゆい光を放ちながら彼の右手に収まるその太刀を、ユウキは素直に驚きの声を上げる。

 

「神器ではないけど超レアだよ、どこで手に入れたのクライン」

「四十四層のフロアボスを倒した時にドロップしたんだよ、後で調べたら初見で倒した時のみ物凄ぇ低確率でコイツを落とす事があるんだとよ」

「そうなの? 今までそんな話聞かなかったし、ホントに低い確率なんだ、ラッキーじゃん」

「ハハハ、でもこれもう一生分の運を使い果たしちまったよ絶対……」

 

刀系武器はマエストロ級の腕の良い鍛冶師に作ってもらうとか、無理難題な高難易度クエストをクリア等入手方法は様々だが

 

まさか己の豪運のみで手に入れる者がいるというのは、EDO経験の長いユウキでも初めて聞いた話だ。

 

 

「せめてとびっきり可愛い娘と出会える運だけは残しておきたかったぜ……」

「嫁さんドロップできるのはいつになるんだろうね~」

「ほっとけ!」

 

未だに運命の女性との出逢いを夢見ているクラインにユウキがやや棘のある皮肉を浴びせていると

 

先程から黙ってクラインの話を聞いていたキリトが祝福するかのように笑みを浮かべながら手を差し伸べ

 

「そうかそうか、つまりお前は今まで散々世話になった俺への感謝のしるしとしてその刀を譲渡してくれるって訳か、ありがとうクライン、大切に使わせてもらうよ」

「いやお前さんはお前さんで何言ってんのキリの字? なんだよその手、絶対にあげねぇからな」

「とびっきり可愛い娘と出逢いたいんだろ? 今住んでる家の下にあるスナックで猫耳の子が働いてるから今度紹介してやるよ」

「え、マジで?」

 

コイツはいきなり何言い出すんだと、大事そうに刀を抱えながら後退するクラインにまだ諦めずに弱みを突いて交渉に入るキリト

 

しかしそこでユウキが会話に割り込んで来て

 

「ねぇキリト、それってあの猫耳という属性を活かしきれていない上に性格も口も悪い哀れなモンスターの事?」

「バカお前! サラッとバラすなよな!」

「聞いたぞキリの字! なにとんでもねぇモンを笑顔で俺に捧げようとしてんだお前! あっぶねぇユウキがいなかったらマジで揺らぐところだったぜ……」

「待てクライン、確かにアレは間違いなくモンスターだが、今なら大蛇丸とおんなじ声の店主も付けてやる」

「んな特典で誰が喜ぶかっつうの! なんだよ大蛇丸って! 想像しただけで怖ぇよ!」

 

ユウキのせいで交渉は上手くいかず、頑なに刀の譲渡を拒否するクライン

 

それに対して苦々しい表情でキリトが舌打ちしている中、ユウキはふとさっきからずっと話にも加わらずにそっぽを向いている銀時に気が付いた。

 

「ねぇところでさ、さっきからずっと黙ってるけどどうしたの銀時?」

「ああ? 今取り組み中だ後にしろ」

 

ユウキに尋ねられてもなおこちらに背を向けたまま何かをしている様子の銀時

 

話し掛けても冷たく返事されて彼女がムッとしていると、クラインが「ん~?」と首を傾げながら銀時の方へ目をやる。

 

「どうしたんだ銀さんの奴? いつもならキリトの奴と一緒に俺の刀を奪い取って、売って金にしようぜとか言いそうなのによ」

「クラインも銀時の事よくわかってきたみたいだね、なんかさぁ、最近妙にそっけない時があるんだよね、こっちの世界にいるとたまにああして誰かとメール交換し合ってるみたいなんだよ」

「メール!? あの未だにメニュー画面の操作もおぼつかない銀さんが!?」

「そうそう、しかも誰と交換しているのかも、メールの内容も頑なに教えてくれてないんだよホント」

 

アイテム取り出す事でさえ時間をかけてやっと出来る程度でしかない程、今だこの世界の画面上での操作に慣れていない銀時がメールなどというのをやってる事自体驚きだが

 

ユウキが不満を露わにするのはそのメールを一体どこの誰に送っているかだ。

 

「ちょっと前からああしてメール出してるの……ホント一体誰なんだろう、もしかしてボクの知らない人?」

「ユウキが知らない人であの人とメール交換し合う程の仲の人か……う~ん」

 

銀時の背中にブツブツと垂れながら睨み付けているユウキの隣で、キリトは顎に手を当て考える仕草をしながら

 

ふと三十五層で銀時と共闘していた一人の少女を思い出していた。

 

「思い当たる節はあるといえばあるな……あの時も二人でえらい仲良さげな雰囲気あったし……」

「おいユウキ、キリトの奴が知ってるかもしれないんだとよ」

「っておいクライン! なに人の独り言を盗み聞きしてんだ!」

「いや盗み聞きされたくなかったら心の中で言えよ……」

「え? キリトは銀時と頻繁にメール交換してる相手を知ってるの?」

 

小声で呟いていたキリトに勘付いたクラインは

 

先程騙されそうになった事への仕返しなのか、ユウキに向かってすぐにキリトが勘付いていると話し出した。

 

するとユウキの首がぐるっと回ってすぐに彼等の方へ振り返り

 

「もし知っているなら是非教えて欲しいなぁ、最近ずっと気になっててボク眠れない時があるんだよ、ボクを安眠させる為に早く教えてキリト」

「い、いやぁそれはちょっと……あの人にも言うなって釘刺されてるし……」

「言うなってどういう事? ボクに隠さなきゃいけないって事? 銀時は一体ボクに何を隠してるの?」

「おいおい落ちつけって、そんな詰め寄られても困るというか……とにかく真顔のままジッと俺をみつめるのは止めてくれ、すっげぇ怖い……」

 

少しのブレも無くただ一点にこちらを凝視しながら何考えてるかわからない表情で問いかけて来るユウキ

 

これにはキリトも手を前に出して頬を引きつらせながら苦笑しつつ、どう誤魔化せばいいのかと困っていると

 

「はぁ~やっと送れたぜ、前に返信サボったらとんでもねぇ事になったからな」

 

無事にメールを送れたのか、疲れたようにため息を漏らしながら操作メニューを閉じて銀時がタイミングよく彼女達の方へ振り返って来た。

 

「おいこっちの用は済んだぞ、ってどうしたユウキ? キリト君の事を睨み付けて、あんまりイジメんなよ可哀想だろ」

「……ねぇ銀時」

「あ?」

 

どうやら外野の声も耳に届かない程操作に集中していた様子の銀時に

 

ユウキはムスッとした表情のままジト目を向けて彼へ単刀直入に聞き出す。

 

「前々からずっと聞いてるけどこの際本当の事言って欲しいんだけど、銀時がメールしてる相手って誰?」

「はぁ? まだお前そんな事気にしてたの? 別に誰だっていいだろ、最近仲良くなったただの友達だよ友達」

「ただの友達の割にはここん所頻繁に銀時にメール寄越してくるよね? どんな内容?」

「進行報告みてぇなモンだよ、オメェが気に掛ける事でもないし、つまんねぇ話しかしてねぇって」

「じゃあどうしてボクにはその相手の事を詳しく教えてくれないの?」

「身内同然のお前にいちいち自分のプライベートを話す必要ねぇだろ、仮にヅラや坂本の話とか聞いてお前面白い? 高杉と連れションした話とか全く面白くねぇだろ?」

 

厳しく尋問してくるユウキに対して銀時はめんどくさそうに小指で鼻をほじりながら、上手く彼女の追及から逃れようとする。

 

そんなピリピリとした雰囲気を放つ銀時とユウキを離れた所で見ていたクラインとキリトは困惑の表情を浮かべていた。

 

「おいキリの字よ、ユウキには言わないでおくから本当の事言えよ、銀さん絶対怪しいだろ……」

「典型的な浮気を疑う彼女にあくまでシラを切ろうとする彼氏って図だな……」

「もしかして二股かけてんのあの天パのオッサン?」

「いや二股じゃないだろ、あの人から見ればユウキは妹みたいなモンだし付き合ってる訳でもないし……メールの相手も恐らくそういう間柄の関係にはなってない筈だ、まだな……」

「お前さん、やたらとメールの相手の事について詳しいじゃねぇか」

「確証はないけど思い当たる人が一人いるんだよ、三十五層での話なんだけどな……」

 

顔を合わせてヒソヒソとクラインとキリトが会話をしている中で

 

さっきからユウキにジト目で睨まれっぱなしの銀時はやれやれと首を横に振り

 

「ったくよ~どうでもいいだろそんな事、それより飯食いに行こうぜ飯、お前この世界で飯食うの好きだろ? 現実じゃまともに食う事すら出来ないんだし」

「誤魔化そうという魂胆が見え見えだよ銀時、今回ばかりは絶対に相手の事を突き止めてやる」

「まあそう睨むなって、ほらこの層に丁度美味そうなアイスクリーム屋見つけたんだよ、色んな種類のアイスをコーンにトッピングして乗せて食うって奴、お前そういうの好きだろ?」

「え? いやまあ確かに好きだけどさ……」

 

ボリボリと後頭部を掻きながら銀時が提案した店を聞いてユウキの表情が若干強張る。

 

現実ではガソリンぐらいしか飲む事の出来ない体であるユウキにとって、色々な味を堪能できるアイスクリームというのは中々に魅力的なモノであった。

 

すると銀時は畳みかける様にポンと彼女の肩に手を置いて薄ら笑みを浮かべ

 

「俺も甘いモンには目がねぇしよ。モノホンのアイスじゃねぇのがちと残念だが、日頃一緒に食えねぇお前と味の感想を言い合える事が出来るっつうのも悪くねぇや」

「う~んまあ……銀時と一緒に食事するのはこの世界でのボクの楽しみの一つでもあるし……」

「決まりだな、こっからすぐ近くにあるみてぇだし行ってみようぜ」

「そ、そうだね、アイスかぁ、何段重ねにしようかな……」

 

既にブレ始めてるちょろい彼女の肩に手を置いたままアイス屋にエスコートし始める

 

メールの相手が気にはなるが、彼と食事をするという楽しみを堪能したいという欲求に負けたユウキは、そのまま彼に引っ張られるかのように歩き出してしまう。

 

そして銀時の方は彼女の首に腕を回しつつ、背後にいるキリトとクラインの方へ振り返って

 

 

 

 

明らかにしてやったりの表情を浮かべてドヤ顔でこちらに親指を立てて見せて来たのだ。

 

再び前の方に向き直ってユウキと他愛のない談笑をしながら行ってしまう彼を見送りながら

 

二人は唖然とした様子でその場で立ち尽くしてしまう。

 

「やべぇ、マジでパネェは銀さん……正真正銘のドクズだぜ、俺なんか絶対真似できねぇ」

「最低だな、あれもういつか絶対刺されるパターンだ、ユウキって案外重い所あるからマジで刺してくるぞ」

「流石はお前さんの兄貴分なだけあるぜ」

「いつあの人が俺の兄貴分になったんだよ、てか俺はあそこまで酷くねぇから、お前が今も持ってるその刀をどうやって穏便に頂こうか企んでるぐらいだから」

「お前も大概だなキリの字……」

 

まだ自分の刀を奪い取ろうとしていたのかとクラインは急いで手に入れたばかりの刀を腰の鞘に納めて、獲物を見る狩人みたいな目をしているキリトから距離を置いた。

 

「けどここで部外者の俺達が横やりを刺すってのも無粋だしな、ここはいずれ銀さんが痛い目に遭うのを気長に待っていようぜ」

「話が分かるなクライン、俺も同じ事を思ってた、いずれあのゲスの極みに不幸が訪れる事を俺は今か今かとずっと期待しているんだ」

「あぁ、こちとらロクにモテないってのに二股なんざ掛けてる野郎なんかどうなろうと構わねぇ、なんなら早く股が裂ける所を是非見させてもらいてぇや」

「お前はいい奴だなクライン、前から思ってたけど本当にいい奴だ」

「へ、よせよ照れ臭ぇ、まだ日は高いが今日はトコトン飲んで愚痴を言い合おうぜ相棒」

 

こっちはこっちで他人の不幸は蜜の味と、不思議な共感を覚えて友情が芽生え始めているキリトとクライン。

 

そして銀時とユウキをほっといてどこかで愚痴を肴に飲みまくろうとしたその時であった。

 

二人の背後からスッと真横を通り過ぎて

 

青色のドレスの上に金色の鎧に身を包んだ人物が

 

長い金髪を風になびかせ颯爽と銀時達の方へと歩いていくのが見えたのだ。

 

「お! 見たかキリト! さっき通り過ぎたネーちゃんすげぇ綺麗だったぞ! あんなに美人なプレイヤーは現実でも拝んだことがねぇ!」

「……」

「あれ? どうした急に固まって?」

「……なあクライン」

 

後ろ姿だけでも一目で美しいとわかるその姿にクラインがやや興奮した面持ちで叫んでいるが

 

キリトはその背中を見た途端背筋からゾクッと恐ろしい感覚に襲われ動けなくなってしまう。

 

そして何のことかわかってない様子でキョトンとしているクラインの方へ振り返ると

 

「どうやら俺達がさっき願っていた事が……たった今起きるらしいぞ」

「ん? 一体そりゃあどういう意味……」

 

 

意味深なキリトの発言にクラインが詳しく聞こうと尋ねようとしたその瞬間

 

「ぐっへぇ!!!」

「銀時!」

「!?」

 

突如、前方から聞き慣れた声の悲鳴が飛んで来た

 

慌ててクラインが振り返るとそこには

 

 

 

 

 

「おま! なんで!? さっきまだ下の層にいるってメールで言ってたじゃねぇか!!」

「ええそうです、けどお前がこっちの層にいると返事を貰ったので、急いでフロアボスを倒してここへと昇って来ました」

「いや俺がメール返したのほんの5分前なんだけど!? 5分で四十四層のボス倒したのお前!?」

「偶然出くわしたGGO型の腕のいい連中と共闘できたので思いの外容易に勝てました、一人だけSAO型のヘタレがいましたが」

 

 

まんまとユウキを騙くらかしてアイスクリーム屋に行こうとしていた銀時の首を掴んで

 

先程見かけたばかりの金髪の少女が、やや高圧的な口調で彼を天高く掲げていたのだ。

 

一転も曇りのない眼でジッと見つめられ、首根っこを掴まれてもがいている銀時はすっかり冷静さを失った様子でパニックに陥っている。

 

そして目の前のそんな光景を見てしばし呆然としていたユウキはやっと我に返って

 

「ちょ! ちょっと何してるのかな君! ウチの人になんか用なの!?」

「お前は……」

「え、な、なに……? ていうかアレ? 前に君どっかで会った様な……」

 

急いで銀時を取り返そうと彼女の方へ駆け寄って、ふとどこか見覚えのある様な気がしていると

 

少女はスッとユウキの頭に空いてる方の手を伸ばして

 

「よしよし」

「……は?」

「可愛らしい小動物ですね、お前は子供に懐かれやすいのですか?」

「い、いやそいつガキじゃねぇから……」

「しょ! 小動物ぅ!?」

 

自分の頭を無表情で撫でるとすぐに銀時の方へ振り返って会話を始める少女に

 

ユウキは憤慨した様子ですぐに顔を赤くする。

 

「ボクは子供じゃないよ! ていうかいつまで銀時の首掴んでるの! さっさと放してよ!」

「そういえばこの層に評判の良いアイスクリーム屋があると、先程共闘したフカ左衛門とかそんな名前の者に教えてもらいました、お前は甘い物が好きなんですよね、行ってみますか」

「は、はぁどういう事!? ボクをスルーした挙句に銀時をデートに誘うとか何考えてる訳!?」

「い、いや待て……せっかく会えたのに悪ぃけど、そこに行くのはお前とじゃなくてユウキと行く予定……」

 

珍しく明確に怒ってる様子を見せている自分をスルーしながらまさかのデートのお誘いを目の前で始める少女。

 

これにはユウキも顔を真っ赤にしたまま激しい憤りを見せるも、彼女は頬を引きつらせながら断ろうとする銀時の首を掴んだまま

 

「では善は急げです、早く二人で食べに行きましょう」

「うわ走るのめっちゃ速! って感心してる場合じゃない!」

 

大の大人一人掴んでいる状態で颯爽と走り出す彼女に一瞬呆気に取られるユウキ

 

すぐに彼女の跡を追いかけようとするも、華奢な体付きとは裏腹に恐ろしい俊敏力で少女は猛スピードで走り去ってしまう

 

「た、助けてユウキィィィィィ!! 俺このままだと絶対コイツにヤベェ目に遭わされるぅぅぅぅ!!!」

「銀時ィィィィィィィィ!!!」

 

少女に首を掴まれたままこちらに必死の形相で助けを求めて手を伸ばそうとする銀時に

 

慌ててユウキも手を伸ばすが届く事は無く、そのまま彼は連れ去られてしまった。

 

まるっきり主人公とヒロインの立ち位置が逆になっている中で、すっかり見えなくなってしまった銀時と少女。

 

ユウキは呼吸を整えながらギッと悔しそうに奥歯を噛みしめる。

 

「なんなのさあの女……一体どうして銀時を……」

「あーあ、やっぱり連れ去られたかあの人……」

「キリト?」

 

 

素性も知れない変な女におめおめと彼を奪われてしまうとはとユウキが反省していると

 

いつの間にか自分に追いついて来たキリトがヌッと隣に現れて少女が向かった方へと目をやって呟いていた。

 

「それにしても人一人抱えたまま走り去るなんて、相変わらずどんな化け物スペックしてんだよあの金髪娘」

「相変わらず? もしかしてキリト、君ってばあの女の事知ってるの?」

「う~ん、本人と顔合わせちまったし今更お前に隠す必要も無いか……」

 

有耶無耶にするのも彼女に悪いと思い、この際だから言っておくべきかとキリトは詰め寄って来るユウキの方へ振り返る。

 

「もう薄々勘付いてるかもしれないが、あの人が頻繁にメールを交換し合っている間柄だと俺が予測している相手、アリスだ」

「あの女が!? ていうかキリトはメール先の相手わかってたの!? どうして今まで黙ってたのさ!」

「だって、あの人にユウキにだけは言うなって口止めされてたし……」

「どうして銀時はボクには秘密にしようとしたの!」

「それはきっとユウキに後ろめたい気持ちとかあったからじゃないか? ほら、あの人ってお前の姉ちゃんと恋人だったんだろ?」

「それとこれと一体何の関係があんのさ!」

「その姉と妹のユウキにちょっと悪いなとか思ってたのかもしれないんだ、いや実を言うとな……あの人ってあの女に妙に入れ込んでるっぽい部分があったんだよ、初めて会ったその日から……」

 

 

 

 

 

 

「もしかしたらあの人、あのアリスって子にほんのちょっとでも気が合ったりするのかも……」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「おい落ち着けユウキ! あくまで俺がそう予測してるだけだって! それにさっきからお前もお前で取り乱し過ぎだぞ!」

「好きな男が別の女を好きになりかけてると聞いて取り乱さない女がいるかー!」

 

ボソリト呟いたキリトの言葉に、ユウキは今までに見た事が無いぐらい動揺した様子で叫び出す。

 

「こうしちゃいられない! ちょっと行って本人に直接聞いてみる!」

「あ、待てってオイ! まだそうと決まった訳じゃないから!」

 

まさか自分が知らぬ間に銀時に想い人が出来ていたとは……

 

思わぬライバルの出現に

 

ユウキはグッとこぶしを握って、銀時と行く予定であったアイスクリーム屋に急ぐのであった。

 

 

 

 

 

二度目の敗北なんてもうごめんだ

 

 

 

 

 




1年経った記念にぶっちゃけ話

この作品、そもそも最初思いついた設定とは全然違っていました

銀魂とSAOの混合世界ではなく、別々の世界での話にしようとしてましたし

最初のプロットでは

1・最近江戸中で、死んだ人間と会って話す事が出来るゲームがあるという都市伝説が広まってると新八と神楽の会話からスタート

2・そこでリサイクルショップで売ってた古いファミコンを見つけて、懐かしのゲームでもやろうかと買って家に持って帰って来た銀さん


3・しかし既に差さっていたカセットが抜ける気配がなく、仕方なくなんのタイトルも書いてない謎のゲームをプレイしてみる銀さん

4・RPGゲームだったらしく、主人公の名前を書いて早速プレイ開始しようとするも、突然銀さんがテレビの中に吸い込まれてしまい、慌てる新八と神楽。

5・そしてゲームの世界に引きずり込まれた銀さんが見た事のないモンスターに襲われていると、そこへユウキという謎の少女が現れ助けてくれたのであった。

6・時同じくして別の世界でも、銀さん達の世界の様に同じような都市伝説が流れていた

7・喫茶店で店主のエギルから桐ケ谷和人は、半信半疑の様子でその話を聞く。

8・そして家へと帰ってみると、投函ポストに謎のカセットが差された古いゲーム機が雑に突っ込まれていた

9・誰が入れたのかと不気味に思いつつも、もしかしたらと思い試しに居間のテレビに繋げてプレイしてみると、銀さんと同様和人もテレビの中に呑み込まれてしまう、その瞬間を目撃した直葉が慌てて和人の恋人の明日奈に連絡。

10・ゲームの世界にとじ込まれた和人もまた、剣も無い状態で謎の敵に襲われピンチにい陥ったその時、あっという間に多数の敵を瞬殺してしまう謎の男が彼の前に現れる。

11・男は吉田松陽と名乗り、混乱している和人を連れて、彼が塾を開いている最寄りの村へと案内するのであった。

12・松陽がやっている塾の中にいた一人の少年を見て和人は目を見開いて言葉を失う

13・その少年はかつて共に幾度も困難を乗り越えた別の世界で出会い共に戦い、最期には散ってしまった親友・ユージオだったのだ


とまあこんな感じの構想を作って5話ぐらい書き終えていました。

銀さんサイドとキリトサイドの話を交互にやって行くような感じで二人が徐々に近づいていき、死者が集うとい謎のゲームを解き明かしていくっていうストーリーです。

そしてゲームにとじ込まれた彼等を助ける為に新八や神楽、真撰組面子、明日菜や直葉、ユイやその他大勢のキャラも自分達の世界で奮闘していく物語もあります。

やがて二つの世界は通信が可能となり、そこで二つの世界の者達が情報を交換し合って協力していく展開も考えていました。

銀魂世界ではたまが、SAO世界ではユイが協力してゲームの世界にいる銀さんとキリトと通話する事に成功する(ただしSAO世界側は銀さんと、銀魂世界側ではキリトとしか通話できないという仕様)とかいう話もありましたね


ちなみにその時から沖田がドS過ぎて明日奈に嫌われるという設定がありました、私の書く沖田は基本的にクロス作品先のメインヒロインとは超絶仲悪いのが基本みたいです。

とまあ色々な話や展開を構想していたんですが、残念ながら死者を主題にした話になるとシリアス多めになるとか、ミステリー部分もあるし色々と難解な話になりそうだから読んでる読者も疲れるだろうとか、その他諸々の事情でお蔵入りとなってしまいました。

ちなみにその時の作品のラスボスは鳳仙にしようとしてました、好きなんですあのジーさん

という事でそれからしばらく経って、一から構成を作り変えたり、一部の設定を引き継いでみたり、当時発売日前だったマリオの主題歌を聞いて「あ、こういう感じの話を書こう」と安易に決めてみたりと

最終的に生まれたのがこの「竿魂」だった訳です。

連載始めたばかりの時は正直コレでいいのかなぁと悩みに悩んでおりましたが

無事に1年を迎えられた今なら、竿魂にして良かったと心から思えます。

1年間読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました

これからも引き続き、ロクでもない連中ばかりの珍道中をお楽しみください








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第四十八層 キミの目に映るのはいつも……

空洞虚無様から頂いた竿魂の支援絵です


【挿絵表示】


ちっさい銀さんとアリスです、目の色(紅眼と碧眼)といい髪の色(銀髪と金髪)といい服装(東洋と西洋)といい対照的な組み合わせですね

幼い彼等の素敵なイラストを描いて下さりありがとうございました!


これには思わずユウキも苦笑い!


四十五層にある知る人ぞ知る小さなアイスクリーム屋

 

そこへ唐突に現れたアリスによって半ば誘拐された銀時が、ぐったりした様子で彼女と共に来ていた。

 

「はい、買って来ました」

「って長ぇェェェェェェェ!! 何段重ねだよそれッ!」

「十三段です、上から順に食べていけばより美味しく感じられる様、私が味をチョイスしてあげました」

「真顔で真面目に答えんな! なんなのそれ! てか絶妙なバランスで持っていられるお前もヤバい!」

 

ベンチに腰掛け休んでいた銀時にアリスが持って来たアイスクリームはまさかの十三段重ねで、持っている彼女の頭の上をも超える長さになっていた。

 

様々な色模様と味を持つアイスの玉が天高くそびえ、流石に甘党の銀時でさえも引いてる中、アリスは真顔で彼にそれを器用に持ったまま突き付ける。

 

「さあ食べるのです」

「え? そこは一つ一つスプーンですくって俺にくれるんじゃねぇの?」

「スプーンなどいりません、お前は口を開けていなさい、私が直接一気にぶち込みます」

「ちょ! 待て待て待て! それ全部一気に食わせる気!? ふざけんなそんなの物理的に一気に口に突っ込むなんざ絶対……うぐぅぅ!!!」

「良く味わって食べるのです」

 

シレッとした顔でまとめて食わせると聞いて慌てて止めようとする銀時だがアリスは話を聞かず

 

そのまま彼の口に向けて十三段アイスを剣の様に構えると、突きを行うかのようにそのまま口の中にホールインワン。

 

いきなりそんな長いモノを突っ込まれた銀時が血相変えてもがき苦しむ様を見ながら、アリスは表情一つ変えずに腕を組みながらうんうんと頷く。

 

「美味しそうに食べてくれて何よりです、私も考えて味をチョイスした甲斐がありました」

 

ベンチに座ったまま両手両足でジタバタと暴れる銀時を見て、喜んでいるリアクションだと思ったのか

 

この上ない満足感を得たかのようにアリスはそのままジッと彼が食べ終えるのを待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてアリスが銀時で楽しんでる頃

 

二人から離れた場所でコッソリ建物の影から覗く者達が

 

「くっそ~あの女……なに銀時と仲良くデート満喫してるのさ~」

「なあキリトよ、アレって本当にデートなのか? 俺にはどう見ても拷問にしか見えないんだけど?」

「知らん、俺経験無いし……でもユウキの視点からだとあれがデートと呼ぶモノらしいぞ、という事で俺は今後一生デートなんてしたくない」

「いやするもしないも相手がいないだろお前は……」

 

銀時とアリスをヒヤヒヤした思いで覗いてるユウキの背後でクラインとキリトが耳打ちをしている中

 

彼等の方へ一際不機嫌そうな表情を浮かべたユウキがバッと振り返った。

 

「これはもうアレだね、アレしかないね、ボク等でどうにかしてあの女をアレしよう」

「いやそんなアレアレ言われてもこっちわかんねぇんだけど……アレってなに? 暗殺とか?」

「流石にボクもそこまで物騒じゃないよ、あの女が二度と銀時に近づかないよう永遠に残るトラウマをその身に刻んでやろうって事」

「十分物騒じゃねぇか! おいキリト! ユウキちゃんってこんなキャラだったっけ!?」

「お前は知らないだろうが結構コイツ重いぞ、まあここまでアクティブに動こうとするユウキは初めてだな……」

 

ジト目でどう料理してやろうかと殺気が漏れているユウキにすっかりビビるクライン

 

キリトもここまで嫉妬の炎を燃やす彼女を見るのは初めてだ。

 

「つうか妬く程か? お前はデートどころかあの人と一緒に住んでるんだぞ? 同棲してる時点で圧倒的にお前の方がポイント高いだろ、もっと余裕を持てよ」

「甘いねキリト、一緒にいる時間が長かろうが短かろうが関係ないんだよ、主人公の家の隣に住む世話焼き幼馴染ヒロインが、ぽっと出のミステリアスなクール転校生キャラに負ける事なんて極々ありふれた展開じゃん」

「まあ確かにそういう作品は滅茶苦茶あるな……むしろ最近じゃそれが当たり前だという風潮もあるし……家族として見られてる時点で義理の妹とかも勝率低いしな」

「でしょ? ここで幼馴染ポジとして正妻の余裕とかいう奴で驕っていたら、あっという間にあの転校生に主人公奪われちゃうよ」

 

自分と銀時、そしてアリスをマンガやアニメのお約束展開で例え終えると、物陰から隠れるのを止めてユウキは早速行動に移る。

 

「それにあの女には不思議と危ない気を感じるんだよね、今までにない危険性が彼女にはあるとボクの女の勘が囁いているの、という事で今からあのデート邪魔しに行ってくるね」

「いや確かにあの人もあの女には満更でも無さそうな態度を取ってはいるけども……っておいホントに行くのか!? 頼むから暴力沙汰にはするなよ! 俺巻き込まれたくないからな!」

 

スタスタと迷いのない歩き方で銀時とアリスの方へ直行するユウキに手を伸ばすキリトだが、彼女はもう脇目も振らずに行ってしまう。

 

「大丈夫かキリの字……?」

「俺が知るかよ……とにかく街中でトラブル起こさないよう祈るだけだ」

 

残されたクラインが心配そうに話しかけられると、キリトもまた仕方ないとユウキ達の動きをしばらく見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

「ぶっへ……やっと全部腹の中に収まった……」

「おかわりはどうしますか?」

「いらねぇよ、どう見てもまだ食える状態じゃねぇだろ俺……その綺麗な目ん玉はただのビー玉か?」

 

視点は再び戻って銀時とアリスの方へ

 

なんとか彼女から受け取ったアイスを苦しそうにしながらも完食し終えた銀時は

 

ベンチの上でグッタリしながらちゃっかり隣に座るアリスに早速悪態をつく。

 

「お前さぁ、来るなら来るってちゃんと事前に報告しろよ、なんの為にメールしてんだよ。よりによってユウキといる時に出て来やがって……アイツにどう説明すりゃあいいんだよ」

「それなら私がお前の代わりに説明してあげます、きっと美味しい餌を食べさせて散歩させてあげればコロッと機嫌よくなりますよ」

「いや犬じゃねぇから」

 

ユウキの事をまだ同じ女としてではなく小動物程度にしか思ってないアリスに、銀時が疲れた様子でため息をついてツッコミを入れていると

 

「ボクをほったかしにしておいて、随分その金髪娘とのデートを楽しんでるみたいだね」

「ああ? コレのどこが楽しんでるって? ただ俺がコイツに振り回されてるだけ……うおぉユウキ!!」

 

ベンチの背もたれに身を預けながらけだるそうに返事しながらふと銀時は気付く

 

いつの間にか自分の目の前で苛立ちを募らせすっかりご機嫌斜めなユウキがいた事に

 

「さぞかし楽しいだろうねそんな綺麗な人と一緒に仲良く……ってわぁ!」

「良かったァァァァァァ!! お前が助けに来てくれて本当に良かったァァァァ!!」

 

だがネチネチと文句の一つや二つでも言おうかと彼女が口を開いたその瞬間

 

助けを求めるかの様に銀時が彼女の腰に抱きついたのだ。

 

「もういっそお前にコイツの事バレてもいいや! 俺が常日頃からほぼ毎日連絡とり合ってるアリスです! そして早くコイツから俺を解放して下さいユウキ様!」

「え、え~なにこの展開!? 全く予想出来てなくてちょっとパニくってるんだけどボク!?」

 

自分の華奢な腰にしがみ付いて泣き言で頼み込んで来る銀時に、さっきまで不機嫌だったユウキは予想外の事態にオロオロし始める。

 

「とりあえずその……銀時は彼女、え~と……アリスだっけ? アリスとはどんな関係なの?」

「前にダンジョンで一緒にボス攻略したのを機に、ちょくちょくお前に隠れて出会ったりしたり、そんで一緒に攻略したり飯食ったりしてる程度の間柄だ、お前が考えてるようなやましい関係じゃないから安心しろ」

「ボクに隠れて出会ってる時点で十分やましいよ……」

 

 

自分の腰に抱きつくのを止めて、その場に立ち上がりながら説明する銀時だが、ユウキは納得してない表情で顔をしかめる。

 

「どうしてボクに隠す必要があるのさ」

「そらお前、藍子の事もあるしよ、お前からすれば死んだ姉ちゃん裏切って別の女に現を抜かしてるーとか思われるのもイヤだと思って」

「あのねぇ、確かに銀時には姉ちゃんとの思い出は大切にして欲しいとは思ってるけども……だからといって銀時がいつまでも死んだ姉ちゃんの事を引きずって生きて欲しいなんて考えた事一度も無いから……ん?」

 

銀時なりに自分の姉の事を想ってアリスとの密会を秘密にしていたのだと聞いてユウキがガックリと肩を落としつつ

 

ふと何か一つ気になり始めた。

 

「待って、じゃあなに? 銀時はこのアリスと姉ちゃんみたいな関係になりたいとかそんなこと考えてる訳?」

「いやいや確かに見てくれは俺が今まで見て来た女の中で一番だと答えれるぐらいべっぴんだよ? けどコイツ何考えてるか読めねぇし、なんで初めて会った時からこんなに俺に懐いてるのかもコイツ自身も自覚がねぇらしいし」

 

恐る恐る尋ねて来たユウキにハッキリと手を横に振ってさっきからこっちをジッと見たまま何もしてこないアリスを指差す。

 

「つまりよくわかんねぇ奴なんだわ。だからそういう異性としての対象で見た事はねぇ」

「ふーんそうだったんだ……でもあの銀時がどうしてそんなわけの分からない人と頻繁に交流しているのか不思議なんだけど」

「いやそりゃあまあアレだよアレ、アレだから……」

「……アレって一体何?」

「要するに危なっかしくて目が離せないっつうか」

「……あ」

 

要するに彼女の事は世話を焼いているが異性としては見ていない、しかしそういうミステリアスな部分を見ている内に彼女にはちょっとした好奇心が芽生えているという事なのだろうか……

 

(うわ異性としては見てないって聞いた時は安心したけどコレはコレでもっとマズいな……昔、銀時が初めて姉ちゃんを意識し始めた時と同じ反応だよコレ……)

 

『ねぇねぇ、最近銀時よく姉ちゃんの方ばかり見てるけどどったの?』

『いや別に? アレだよアレ、アレなだけだから、アレとアレでアレなアレだと思ってるだけのアレだから』

『いやアレアレ言い過ぎて訳わからないんだけど』

『だからアレだよ、なんかおっとりしててどこか浮世離れしてるだろアイツ、だから目を離した隙にフラフラと巻き込まれて危ない目に遭うんじゃねぇかと思ってよ……』

『ふーん……』

 

かなり昔の出来事を思い出してユウキは眉をひそめて悩み始める。

 

そう言えばあの会話からしばらく経ってすぐに銀時と姉は深い間柄になってしまった。

 

あの時は自分の姉と想い人の両方が遠くに行ってしまったかのような孤独感に襲われたのを覚えている。

 

(あの頃は銀時の変化に気付かなかったせいで結局負けちゃったけど……今回はそうはいかないよ)

 

同じ過ちは二度も犯さないと、グッとこぶしを握って銀時を死守しようと心に決めるユウキ

 

しかしそんな事も露知らず、彼女が新たな脅威と定めた人物・アリスはただこっちを見つめながら首を傾げ

 

「彼女との話はもう済みましたか? ではもう一度私との行動に戻りますか、次はこの街に面白そうなクエストがあったのでそれを攻略しに行きましょう」

「待てってお前、悪いけどそれまた今度にしてくれや、誰かさんが俺の口に十三段アイスぶち込んだ暴挙のせいで気分悪いんだよ」

「次はこの街に面白そうなクエストがあったのでそれを攻略しに行きましょう」

「いやだから無理だって、行くなら勝手に一人で行けって、そもそも今日はユウキ達と行動する予定だって最初から決まってたんだよ」

「次はこの街に面白そうなクエストがあったのでそれを攻略しに行きましょう」

「え、なにコレ? 選択肢で「いいえ」を選択しても「はい」と選択するまで延々と質問をループさせていくRPGのお約束的な奴?」

 

何度断っても感情のこもってない同じ台詞を何度も言い続けるアリス

 

どうやらここで素直に退くつもりはないらしい、薄々それを予感していた銀時はどうしたもんかと髪を掻き毟っていると

 

「悪いねお嬢さん、ウチの人を横入りして掻っ攫おうだなんて無粋な真似は勘弁してくれないかな」

「?」

 

そこへユウキがツカツカと銀時の前に立ち塞がって両手を腰に当てて見上げながら、退こうとしないアリスに食って掛かったのだ。

 

「ああ、言っておくけど小動物じゃなくてボクの名前はユウキ、銀時とはだいぶ前からの付き合いなんだ。今後彼と関わる時はボクとも交流があるかもしれないからよろしく」

「ユウキ……ユウキ……?」

「ん? どったの?」

「いえ何やらその名に不思議と聞き覚えが……何かとても大切な者の名だったような……」

 

自己紹介してくれたユウキに顎に手を当てしばし思慮深く見下ろした後、アリスは彼女の肩にポンと手を置く。

 

「いえ、いずれは思い出すでしょう。ユウキと言いましたか、お前を見ていると何かとても懐かしく思えます。私の名はアリス・シンセシス・サーティ、私からもよろしくお願いします」

「懐かしい? そういえばボクも君といると……気のせいかな? やっぱりどこかで見たような……」

「……」

 

こちらをジッと見下ろしながら名乗り出るアリスをユウキは見つめ返しながら、ふと彼女がどこかの誰かと雰囲気が似てるような気がした

 

見た目は全く違うのだが、どこか同じ匂いがするというか……

 

それは銀時も前々から気付いていたのか、ユウキの言葉にただ何も言わずに彼女の背後に立つ。

 

「見つめ合ってどうした? ひょっとして和解してくれた? そいつは良かった、女同士のピリピリとかもう男が出る幕ねぇしな」

「そりゃそうだよ、いきなり君を目の前で攫われたらこっちも黙ってられないでしょ」

 

ユウキとアリスがスムーズに挨拶出来た事に何故か安心している銀時にユウキがムッとした顔で振り返って返事をしていると

 

「おーいユウキ! 金髪のネェちゃんと仲直りできたのかー!?」

 

ふと少し離れた所からクラインが手を振ってやって来た。

 

キリトもまた一緒で、二人はずっとアリスとユウキの行く末を陰に隠れて見守っていたのだ。

 

「どうやら街中で女二人の取っ組み合いを拝まずに済んだのかな……」

「ねぇキリト、ボクだって流石に街中で暴れは……いやしたかもね、状況によっては」

「銀さん一体何があったんだよ? 後で詳しく教えてくれよ」

「酒の席を用意してくれたらいくらでも話してやるよ」

 

ユウキと銀時の方へ歩み寄って話を始めるキリトとクライン

 

するとそれを見ていたアリスがふと近づいて来て

 

「そちらの痛い黒づくめの厨二男はキリトという名でしたね確か」

「痛い黒づくめの厨二男ってなんだ! カッコいい黒づくめの厨二男と訂正しろ!」

「すみません私は嘘をつく事が出来ない性質なので、ではそっちのセンスの悪いバンダナを着けているのは?」

「セ、センスの悪いバンダナ……クラインです俺! 以後お見知りおきを金髪のお姉様!」

 

特徴の覚え方が酷いアリスにキリトが顔をしかめ、クラインが急いで名乗り出て深々と頭を下げるていると

 

ユウキはアリスに対して笑みを浮かべながら口を開く。

 

「コレが今ボク等のパーティーなんだけど、良かったら君もどう? 銀時だけを連れて行くのはダメだけど、アリスがこっちに来るなら構わないよ」

「私は別に構いませんよ、この男と一緒にいられるのであれば、お前達が隙を見せたら彼を捕まえて逃げればいいだけですし」

「ハハハ……やっぱり銀時を独占したいとは思ってる訳ね……」

 

もしかしたら仲良くなれるかもと、試しにパーティーに誘ってみると案外あっさりと乗っかって来たアリス

だがその目はやはり銀時をロックオンしており、隙あらば彼を連れて再び連れ去ろうという魂胆だ。

 

それを隠しもせずに堂々とぶっちゃけて来た彼女に苦笑しつつ、ユウキは隣にいた銀時の手をギュッと握る。

 

「今日一日ボクと一緒にいて、アリスから君を護るから」

「そいつは助かるな、俺としてはアイツと二人っきりにされるより、こうして他の奴等と行動してた方がアイツにとっても良い事だと思ってたしな」

「……ちょっと、護ってあげるボクよりも彼女の事を考える訳? やっぱり本当はアリスの事好きなんじゃないの?」

「だから俺はあんな電波女をそんな目で見て……うげ!」

「銀時!?」

 

手を握っていた銀時が突然苦しそうに舌を出すのを見てユウキが驚くのも束の間

 

彼の背後にいつの間にか立っていたアリスがまた彼の首根っこを掴み上げていたのだ。

 

「どうしてでしょう、お前がそうして彼女と手を繋いでるのを見ると胸がザワザワします、そして彼女からお前を引き離したくなります」

「た、助けてユウキィィィィィィ!! 痛みはないけど首の圧迫感半端ない!」

「ちょっとアリスさん!? ボクと銀時が手を繋いでるだけで嫉妬するとか恥ずかしくないの!?」

「別に嫉妬などしてません、この男は必ず私にとって重要な存在だという確信があるからです、故にお前は私とこの男の間に入って来てはいけないのです」

「だからそれが妬いてるっていうの! あーもう!」

 

銀時の首を片手で締め上げながら淡々とした口調で自分勝手な事を言うアリスに遂にユウキがキレた。

 

護ると誓った手前、このまま彼を彼女に好き勝手にされてたまるかとユウキは銀時から手を離すと飛び上がって

 

「銀時から手を離せぇ!」

 

アリスに蹴りをかまして銀時から引き離す。

 

「ホント油断も好きも無いな全く! 姉ちゃんとの姉妹喧嘩を思い出すよ!」

「おいどうしたユウキ、お前まさかまたアリスに嫉妬して遂に武力行使に……」

「ち、違うよ! ボクはただアリスの手から銀時を護っただけだよ! 嫉妬なんかしてないし!」

 

何が起きたのか気付いてなかったキリトは、振り返ると突然ユウキがアリスに飛び蹴りをかましているのを目撃し

 

いよいよ二人が修羅場をおっ始めるのだと思って後ずさりしていると、彼と一緒にいたクラインもまた「うへぇ」と声を漏らし

 

「和解したと思ったらまたこれかよ……仕方ない、銀さん、もういい加減選んじまえよ、どっちと付き合うか」

「ク、クライン何言ってるの!?」

「あぁ~2度も首絞められて最悪だわ……あ? なんか言ったか」

「だからおたくが一体誰と付き合いたいかって話、もうこの際サクッと選んで争いごともお終いにしようや」

 

このまま争い続けるならいっそこの場で選んじまえと言った感じで提案するクラインにユウキの顔がほんのりと紅く染め上がった。

 

それを聞いていたアリスも「ほう」と納得した様子で頷く。

 

「私は別にこの男とそういう間柄になるという希望はありませんが、どうしてもというのであれば仕方なく付き合ってあげてもいいですよ、子供は二人がいいです」

「仕方なくとか言ってるクセにちゃっかり子供の数まで希望してるじゃん! クラインも変な事言わないで! ぎ、銀時も答えなくていいから!」

「別に答えてやってもいいけど」

「!?」

 

こんなタイミングで銀時の答えなど聞きたくない、何より怖いとユウキはアリスにツッコミながら慌てて話を流そうとするが

 

銀時はあっけらかんとした感じで死んだ魚のような目を空に向けながらしばし考えた後

 

「誰と付き合いたいだって? そんなモン最初から決まってんだよ……俺が付き合いたい相手はただ一人……」

「「……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「結野アナに決まってんだろうがァァァァァァァァァ!!!! あべしぶれらッ!!」

 

その瞬間

 

ユウキとアリスの無言の飛び蹴りが同時に顔面に炸裂し

 

悲鳴を上げながら銀時は

 

綺麗な回転を描きながら町の空を華麗に舞った。

 

 

 

 

ユウキとアリス、二人の戦いは始まったばかりだ

 

 

 

 

 

 

 

 




私の書く銀魂SSのヒロインには処女作を除いてとある特徴が一つだけあります

それは基本的には銀時の事を名前で呼ばない事です。

「あなた」「アンタ」「お前」「キミ」等と滅多な事ではまず銀さんの事を名前で呼称する事は無いんです。

これは私のこっ恥ずかしい理由なんですが、ヒロイン視点から銀さんを見ていると、ヒロインに感情移入し過ぎて銀さんを名前で呼ぶのが恥ずかしくなるというしょーもない理由です。

故に本作ではやたらと強調して「銀時!」と銀さんの事を名前で呼ぶヒロインのユウキは私の中で異例中の異例だと思っていてください。

ちなみに本作でも銀さんの事を一度も名前を呼ばないキャラがいます

そう、その人物こそユウキに並ぶもう一人のヒロイン……




キリの字です(48話まで来て銀さんに対しての呼称はずっと「アンタ」)


そしてマザーズ・ロザリオVSプロジェクト・アリシゼーションは一旦終わり

次回は銀魂です、お楽しみに


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第四十九層 おっどろきのスーパーヒロイン登場!?

春風駘蕩から頂いた支援イラストです、毎度描いていただきありがとうございます!


【挿絵表示】


詩乃の理想形……ですね、幾松みたいにシャキッとしてハキハキと出前やりたいのが窺えます。

まあ現実では出前の時はラーメンが重くてやや千鳥足でフラフラしながらおぼつかない足取りで仕事していますW


万事屋銀ちゃんの下の階にあるお店、スナックお登勢

 

 

そこにはまだ開店もしていない早朝から上の階に住む三人組が店主のお登勢から急遽呼び出しを食らっていた。

 

「アンタ等に良い話があるんだよ、港で極道モンが人間解体ショー開催するみたいなんだってさ、アンタらも参加して来たらどうだい」

「「いや遠慮しておきます」」

 

カウンターでタバコの煙をこちらに吹きかけながらガラの悪い顔をするお登勢に対し

 

大人しく席に座っている銀時と和人が丁寧な言葉で即座に断った

 

「参加するつってもそれ完全に俺等が解体される側だよね? もはや人体に必要な器官丸々全て持ってかれるよねそれ? 死んでこいって言ってんの?」

「あーそうだよ家賃払えねぇなら死んじまえロクデナシ! 毎回毎回家賃滞納しやがって! 金出せ金! 内蔵全部を金と等価交換してこいバカヤロー!」

「やだな、そんなブラックな錬金術……」

 

銀時の家の家主であるお登勢には毎月決まった額の家賃を払う義務がある。

 

しかし万年金欠の上に浪費癖の激しい銀時はそれを毎回滞納してはこうして激怒した彼女に催促される事もしばしば

 

そしてそんな状況になってもなおまだゴネる銀時に、この状況にもすっかり慣れ始めた和人は既にさっさと家に戻りたいと思っていた。

 

「おいアンタ、今回は何時にも増して店主が怒ってるみたいだぞ、一体どんだけ滞納してんだよ」

「いや俺も払うべきモンはキチッと払おうとは思ってたんだけどさ、どうも上手く行かねぇんだよ、ヨン様が俺に微笑みかけてくれねぇんだよ」

「それパチンコでスッてるだけだろ、冬ソナで負かされまくって有り金搾り取られてるだけだろ」

「はぁ~この不景気のご時世じゃ仕方ねぇよ実際、うん、俺が悪いんじゃない、悪いのはこの時代そのモノなんだ」

「いやパチンコ止めりゃあいいだろ、時代のせいにするな時代に」

 

 

万事屋として手に入れた報酬もほとんどギャンブルで浪費してしまう事を漏らしてしまう銀時に和人がボソッとツッコミを入れていると

 

タバコを片手にお登勢もやれやれと首を横に振りながら呆れている。

 

「こりゃあそろそろ本格的に出てってもらおうかねぇ」

「えーヤダ、ボクあの家がいいー」

「テメェはテメェでなに勝手にウチのガソリン飲んでんだからくり娘」

 

銀時達の強制退去も辞さない姿勢に入る彼女に対し、さほど危機感のない口調で異議を唱えたのは

 

銀時達と一緒にカウンターに座りながら、勝手に店に置かれていたポリタンクに貯蔵されているガソリンをコップで飲んでいるユウキであった

 

「ごめんねー、ここ最近銀時ったらガソリン代も無いみたいでさ、飲まないとボク動けないからちょっと頂戴」

「はぁ? アンタまさかコイツにガソリン代さえ払ってもらってないのかい?」

「うん、ボクのガソリンは全部ヨン様が飲んじゃったんだって」

「ヨン様殺す気かァ!」

 

ユウキの身体を満足に動かす為のガソリンを払う金さえないと聞いてお登勢はいよいよ深いため息を突く。

 

確かに銀時はロクデナシのちゃらんぽらんだが、ユウキがこうして外の世界を自由に歩き回ってもらう為には例え己の食費を削ってでも、彼女の動力源であるガソリン代だけは常に確保していた筈なのだが……

 

「とことん見下げ果てた男だよ全く、私が見かねて一回は助けてやったのにまたテメーの女の食費もパチンコに使い込みやがって」

「うるせぇな何が助けてやっただよ、俺達を化け物屋敷に売り飛ばしただけじゃねぇか、あんなのただの嫌がらせだろ」

「あの出来事の事は今も俺でもはっきりと覚えてるよ、おかげでたまに夢で見てうなされる、という事で慰謝料をアンタに請求する」

「なんなら私がこの場で解体ショーおっ始めてやろうか?」

 

以前お登勢は家賃だけでなくユウキのガソリン代も払えない、正に今と同じ状況だった時、オカマバーを営むマドモーゼル西郷に好きにしろと彼等を売り飛ばした事がある。

 

その事をまだ根に持ってる様子で文句を垂れる銀時と和人に、お登勢が澄まし顔で返事して吸い終わったタバコを灰皿に捨てていると

 

「コイツ等ニ何言ッテモ無駄デスヨお登勢サン」

 

店の奥からニュっと現れた猫耳を付けた団地妻の様な、いわゆる際どい顔付きをした女性が

 

片言言葉でお登勢に親し気に話しかけながら歩み寄っていく。

 

「サッサト追イ出シマショウお登勢サン、コイツ等ヲ甘ヤカシテタラ絶対痛イ目二遭イマース」

「そういやアンタも最初ココで働いた時に売上金パクろうとしたねキャサリン、アンタの言う通り私も心を鬼にしてここにいる奴等全員この店どころかかぶき町から追い出してやってもいいんだよ」

「私ヲコンナ連中ト一緒ニシナイデ下サイ! コイツ等ハお人好しナお登勢さんニ付ケ込ンデ家賃ヲ踏ミ倒ソウトシテルクソ野郎デスヨ! 私ハ違イマス! 私ハタダコノ店ノ金ヲ全部盗モウトシタダケデス!」

「オメェの方が余計タチ悪いじゃねぇか! 全然弁明になってねぇんだよコノヤロー!」

 

お登勢にキレられてツッコミを入れられているのはこの店で働く従業員・キャサリン

 

別の星から出稼ぎでやって来た天人であり特技は盗みを働く事、その結果過去に色々とやらかした前科モンである。

 

今ではお登勢の下で大人しく従業員として働いてはいるが、見た目だけでなく性格も最悪なのはちっとも変わらない。

 

「おいおいまだここで働いてたのかよそいつ、もしかしてアレか、50話目前になって未だにヒロイン一人攻略できていない和人君の為の緊急ルート要因なのか?」

「頑張ってキリト、頑張ってキャサリンルート入って」

「それ俺に死ねと言ってる様なもんだぞ! 絶対イヤだわふざけんな! ユウキも悪ノリするなって!」

 

コイツ等ホントノリだけで喋る時あるよな……と思いつつ、和人は即座に否定しながら怒鳴る。

 

「俺はおしとやかで常に相手を想いやってくれる優しい年上系お姉さんヒロインがいいんだよ!」

「アァ!? 年上系お姉さんヒロイントカソレモウ完全ニ私ジャネーカ!! 欲情シテンジャネェヨ童貞野郎! 気持ち悪い妄想シテンジャネェ!! 死ニ晒セクソガキ!!」

「剣が欲しい、この猫耳という特性をこの世で最も活かす事の出来ない団地妻を……! 思いきりぶった斬れる剣が欲しい……!」

「現実世界じゃ剣持ったら犯罪だよキリト」

 

本能の思うがままに好みの異性を叫ぶと、なにを勘違いしたのか突然キレた状態で中指を立てて来たキャサリン

 

ユウキに静かに正論を言われつつも、和人はただただEDOに出て来る様な剣が手元に欲しいと願っていると。

 

「ったく朝っぱらから騒がしい連中だね……仕方ない、そろそろこっちも色々と準備があるし家賃の件はまた今度にしてやるよ、有難く思うんだね」

「へいへい、ったく払えばいいんだろ払えば……」

 

どうやらお登勢の方は用事があるらしく、珍しくあっさりと自ら引き下がってくれた。

 

それに対して銀時は舌打ちしながらだるそうに席から立つ。

 

「おいお前等、ババァの長話が終わったからさっさと帰るぞ」

「あー空から可愛い女の子とか降って来ないかなホントに、そういう運命的な出逢いをすれば俺にもきっとフラグが……」

「心配すんなよ和人君、いつかお前の前にも身の丈に合った女の子がやって来るって、それかもう会ってるかもよ?」

「もう会ってるって事は無いって……俺の知り合いの女の子って大抵ロクな奴いないし……特にあのエリート気取りの高慢お嬢様とか絶対無いわぁ……」

「そうやって頑なに特定の相手を拒絶し続けるのもまたフラグの一つだってユウキに聞いた事あるぞ」

 

 

ブツブツ文句を垂れながら和人は銀時と共に店を後にする

 

ユウキもまたポリタンクに入ってあったガソリンをしこたま飲み干したのか、コップをカウンターに置いて席を立つ。

 

「ご馳走さん、じゃあボクも行くね、またヤバくなったら飲みに来るから」

「二度ト来ンジャネェヨブス!! サッサト消エ失セロガソリン泥棒!!」

「いや泥棒はテメェだろうが!」

 

軽く手を振りながらまたやって来ると言い残して去っていこうとする彼女にキャサリンがキレて、そこへお登勢が更にツッコミを上乗せしてる間に、ユウキは銀時達の後を追って上の階へと行ってしまった。

 

「ったくダメだねあの天然パーマは、一人でも満足に生活できないクセに、他に二人も家に住ませてやるなんてどういうつもりだぃ全く」

「バカナンデスヨ、トビッキリノバカダカラ何モ考テナインデスヨ」

「おまけに今じゃ仕事もロクにせずに一日中ゲームばかりしてると来たもんだ、ったくテメーの人生という名のゲームを詰んでる状況で他のゲームやってる暇なんて無いだろっつうの」

「惨メナ現実カラ逃避シタイダケナンデスネ」

 

反省する気も更々無い態度で出て行った銀時が気に食わなかったのか、お登勢は早速キャサリンにその事で愚痴り始める

 

彼とは随分前から古い仲ではあるが、ここ最近の堕落した彼の生活っぷりには目に余るモンがあるのであろう。

 

「そもそもゲームとかそういう娯楽モンは暇を持て余した時間の間でちょいとやるモンなんだよ、小娘は事情が事情だから仕方ないとして、銀時とあの桐ケ谷のじーさんの孫は現実を忘れちまうほど遊びこんでるってのはどういう訳だいホント」

「全クデスネ、ゲームトイウノハヤルモンデアッテ、ヤラサレルモンジャアリマセン」

「わかってるじゃないかキャサリン」

 

何処かで聞いた格言の様な事を口走るキャサリンに、お登勢はタバコを口に咥えながらニヤリと笑いかける。

 

「ゲームにのめり込むのも程々にって事さ、その点に関してはアンタも私もちゃんと理解してるみたいだね」

「常識デスヨソンナ事、アンナ三馬鹿ト一緒ニシナイデクダサーイ」

 

調子のいい事を言いやがってと、お登勢はキャサリンに小さく肩をすくめた後、加えていたタバコを灰皿に落とす。

 

「さてと……私達もそろそろ準備でもしようかね」

「ワカリマシター、今日モ頑張リマース」

 

そう言いながら二人は店の奥へと戻って行った。

 

大方店を開く準備を始めるのであろうか

 

しかし今はまだ早朝、ここはスナックというだけあって開店時間はまだ随分と先の筈なのだが……

 

 

 

 

 

「早ク私達デ世界ヲ平和ニシマショー」

「そうだよキャサリン、あの世界の未来は私達の手に掛かってるんだからね」

 

ところでついさっき彼女達が言ったばかりの発言を思い出してみよう

 

ゲームにのめり込むのも程々に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わりココはEDOの仮想世界・三十六層

 

そこで今、ちょっとしたトラブルが発生していた。

 

「ハハハハハ! やりましたなライオス殿! こんな低い階層で幼いとはいえ竜を手に入れる事が出来るとは!」

「おいおい喜ぶのはまだ早いぞウンベールよ、皇子への土産にはこれだけでは足りん、あそこにいるデカい犬も是非彼女達から譲り受けるとしよう」

「なるほどそうですな! 幼竜だけでなくあの白い犬も連れて帰れば! きっと珍しい動物を好むあの皇子も大層喜んでくれましょう!」

 

砂漠フィールドにて機嫌良さそうに高笑いを浮かべる男と、得意げに白い幼竜の首を鷲掴みにしている男。

 

そんな悪趣味な見た目ではあるがかなりレアな装備と衣装を身に纏う彼等二人組と

 

苦い顔をして静かに対峙しているのは

 

不正を正す事を生業とする上級ギルド・血盟騎士団の副団長を務めるアスナであった。

 

「あ~これは……ちょっとマズい事になったわね」

「はぁ? マズいも何もないじゃない、悪質なプレイヤーを斬るのがアンタの役目なんでしょ」

 

意気揚々と次の獲物を狙おうとしているその二人組に対しアスナが少し困った様子でいると

 

彼女の親友であるグラこと神楽が相変わらずのロールを行いながら厳しく彼女に追及する。

 

「アイツ等、あのチビ娘からあの白いトカゲを奪ったのよ、だったら悪いのは明らかにアイツ等じゃない」

「うえ~ん! ピナを返してくださ~い!」

 

神楽がチラリと後ろに目配せするとアスナも一緒に背後へ振り返る。

 

そこにはかつて新八に助けられた事のあるプレイヤーの少女、シリカが涙目で男達に奪われた幼竜を返して欲しいと叫んでいた。

 

どうやらまた質の悪い連中に襲われてしまったらしい

 

「ピナ~~!!」

「おまけにアイツ等、次は私の定春まで奪おうとかほざいてんだけど? プレイヤーが使役してるモンスターを奪うのって禁止にされてるんでしょ?」

「グルルルルルルルル!!!」

 

神楽の背後に立っている一匹の超巨大犬・狗神こと定春が毛を逆立てて歯を剥き出し、激しく憤っている。

 

どうやらAIにも関わらず同じモンスターであるピナを乱暴に奪い取った二人組に対して、強い敵意を剥きだしているらしい

 

「言っておくけどアイツ等が定春狙いに来たら私返り討ちにするから、私と定春もやる気満々よ」

「ま、待ってグラ……そりゃ相手が普通のプレイヤーだったら私もこんなに迷う事無いんだけど……」

 

日傘を差したまま神楽がそう言い放つと、アスナは慌ててなだめながらまた二人組の方へと目を向ける。

 

一見男達は普通の一般プレイヤーにも見えるのだが

 

 

 

 

よく見てみると、彼等の額には一本の触手の様なモノが生えているのだ(ちなみにライオスと呼ばれた男の方がデカい)

 

「間違いない、アレは央国星の者達だけが持つ独特の触覚よ……つまりあの二人は地球側からこちらの世界にフルダイブしている央国星の天人……」

「ほほう驚いたぞウンベール、地球人は野蛮なだけの猿共しかおらぬと思っていたが、どうやら我等がいかに崇高な存在なのかを一目でわかる者もおるらしいぞ」

「これは凄い大発見ですなライオス殿! 下等種族にもちゃんと脳が収まっていたのだと学会に公表すれば表彰ものじゃありませんか!!」

「おいおいそれは言い過ぎだぞ、いかに地球人だって脳みそぐらいは持っているさ、現に己が我々の下僕なんだとハッキリわかっているではないか」

「ハッハッハ! それもそうでしたな! 目上の者には従うぐらいの知能は持っているのだと忘れていました!」

 

央国星というのは額に触覚の生えた天人であり、地球とは表向きは友好的な関係を築いている星の種族である。

 

どうやらこの二人はそこの星出身らしく、アスナが彼等を相手に迂闊に手が出せないのはそれが理由であった。

 

「マズいのよ、央国星にはウチ(地球)結構お金とか色々借りてるのよ、お父さんの会社の取引先でもあるし……今ここで私達があの二人に手を出したら国際問題に発展して地球と央国星の間に亀裂が入る可能性が……」

「バッカじゃないのアンタ、ここはゲームの世界なのよ?」

 

リアルでは将軍家と繋がる名家のお嬢様である彼女にとって、天人との外交に障害が起きるというのはなんとか避けたいもの

 

しかしそれを聞いても神楽はジト目を彼女に向けたまま冷めた様子で

 

「よくわからないけどアンタが言うその国際問題ってのが、アイツ等をシメちゃったら本気で起こると思ってる訳?」

「あるのよ本当に! 現にそれを度々引き起こしているのが攘夷プレイヤーなの! アイツ等が身勝手に天人を襲うせいで! 地球には悪質なプレイヤーがウヨウヨいるって宇宙中で呼ばれているんだから!」

「だからといって女の子を泣かす奴をこのまま見逃すなんて真似出来ないでしょ、それをやったらアンタ、攘夷プレイヤーよりもずっと最低よ、アンタが嫌いなあの黒づくめの厨二剣士よりずっとね」

「も、もちろんそれはわかってるわ……」

 

内心ちょっと怒ってる様子の神楽に気付いてアスナはちょっと怯みつつも、恐る恐るピナを奪った男達の方へと歩み寄る。

 

「失礼します、私は血盟騎士団の副長のアスナ、貴方方は我々地球と友好的な間柄である央国星の方達で間違いないでしょうか?」

「おい己の身分をわきまえろ貴様! 我々がまだ話しかける許可も与えていないというのにいきなり尋ねてくるとは何事だ!」

「よいよいウンベール、所詮は刃物だけで我々を退けようとした蛮族共だ、そんな連中に社交的マナーを求めても無駄であろう」

 

アスナが口を開いた途端、いきなり激昂して怒鳴り出すウンベールと呼んだ男を嘲笑を浮かべながら制止させると、彼より格上の身分だと思われるライオスという男がゆっくりと返事した。

 

「いかにも我々は央国星の者だ、しかしただそこに住んでいる者ではない。我々は央国星の頂点に君臨するバ……ハタ皇子直属のお付きの者なのだよ」

「ハ、ハタ皇子!? 貴方方はあの央国星のトップのバカ……ハタ皇子のお付きの方達なんですか!?」

「おい今一瞬我等の皇子をバカと言いかけなかったか? まあいい、わかったか下民が、我々がいかに貴様等よりもずっと高い地位に就いている事を」

 

ハタ皇子と言えば珍しい動物をこよなく愛し、この地球に何度も足を運んで何かとワガママ放題しまくる事で有名な央国星の皇子だ。

 

彼等がそのハタ皇子の付き人だと知って愕然とするアスナに、ライオスの隣に立つウンベールが高慢そうにフンと鼻を鳴らす。

 

「ライオス殿、こんな連中と話すだけ時間の無駄です、さっさとあの白い犬も奪って皇子に献上しに行きましょう」

「ま、待ってください! いかに皇子直属の付き人であろうとそう簡単にプレイヤーの所有するモンスターを奪うというのは極めて悪質な行いです! ここは私の言う通りに従ってその竜をこの子に返して下さい!」

「き、貴様! よりにもよって皇子の為に忠実な行いをする我々を悪質と呼ぶだと!? なんたる暴言だ恥を知れ!」

「よせよせウンベール、お前はそうすぐカッカするのは悪い癖だぞ? ここは上の存在としてキチンと丁寧に教えてあげようではないか」

 

アスナの必死な懇願にまたもや怒鳴り散らすウンベールだが、そこでやれやれと首を横に振ってライオスがまた制止。

 

「まあ要するにだ、我々がこの竜とそちらの犬ッコロを奪うという行為がいけない事だと言いたいのであろう? しかしだ、奪うのではなく我々がそちらから譲り受けるという形であれば、なんら不正ではないと思うのだが、違うかね?」

「おっしゃる意味が分かりませんが……彼女達が自分の大切な存在を自ら手放すと本気で思いになっているんですか?」

「我々はハタ皇子直々に命令を下されている、この世界の珍しい動物を捕まえて連れて来いと、故に我々の行いは全て王が決めた事であり、我々央国星の傀儡である貴様等地球人もまた従う事は至極当然だという事よ」

「……」

 

これにはアスナも呆れ果てた、論点をすり替えて王の命令だから言う事を聞けなどと、支離滅裂で正当性も無く、まるで話にもならない。

 

これならまだあのキリトや銀時の方がまだ上手く喋れるであろう

 

他人の物を奪っておいて何が王の命令だと、内心文句を呟きながらジト目で彼等を睨み付けるアスナ。

 

そして神楽もまた手に持った日傘を高々と掲げ、彼女に従う定春も身を屈めて戦闘態勢に入り

 

「ねぇ、もうコイツ等殺っちゃっていいわよね?」

「いや待って待って! 確かに殴りたくなる気持ちもわかるけどアレでも一応私達の国の援助してくれてる星の人だから! めんどくさいけどここは穏便に済ませないといけないの! 相手がバカでもこっちは大人にならなきゃいけないの!」

「じゃあ、アイツ等の頭に生えてる触角抜くぐらいならいいわよね?」

「ダメよあんなピクピク動いてる卑猥な触角なんて触っちゃ! ばい菌付いちゃうわ!」

「おい貴様等ぁ!! 穏便に済ませる気あるのかぁ! さっきからこっちに丸聞こえなんだよ貴様等の会話!」

 

つい大声を出して神楽の説得に入るアスナだが

 

どうやら彼女達の会話は筒抜けだったらしく、ウンベールがまたもやキレながら自分の額に生える触角を指差す。

 

「ばい菌なんて付く訳ないであろうがぁ! この触覚は体の中で最も丁寧に洗っているのだぞ! 我等にとって最もデリケートな部分! 我が種族の雄の象徴にして誇りでありその名はチダンネクスコ!!」

 

ピョインピョインと上下に動く触角の呼称を叫ぶウンベールに続いて、ライオスもまたドヤ顔を浮かべ

 

「略してチンコだ」

「やっぱり卑猥じゃないのぉぉぉぉぉ!!」

「チンコをバカにすればチンコに泣く、これ以上我等の誇りであるチンコを乏しめるのであれば、この事を我等が皇子に報告して貴様等を極刑に処しても構わんのだぞ?」

「チンコチンコうっさいのよ! チンコ馬鹿にして処刑されるなんて願い下げよ!」

「アスナ姐!? アスナ姐はチンコとか叫んじゃダメアル! いくらこっちの世界に片足突っ込んでいてもアスナ姐がチンコは使っちゃったら駄目アル!!」

 

何をバカげたこと言ってるのだとアスナはさっきまでの丁寧口調を止めて、勢いに身を任せてライオスに向かって突っかかろうとしている中で素になった神楽が慌てて叫ぶのをやめさせようとしたその瞬間……

 

 

 

 

「待ちなさい!」

「え?」

 

不意に聞こえた声の方向へアスナは即座に振り返ると

 

そこには逆行を利用して黒いシルエットに身を包んだ謎の二人組が独特的なポーズを立っていた。

 

「女の子を泣かせた上にセクハラ発言を連発するなんて! そんなの私達が許さないわ!」

「私達ガイル限リ!! コノ世界デソンナ勝手ナ真似ナンカサセナイワ!!」

「なんだ貴様等! 姿を現せ!」

「フン、もしや我々に歯向かう者がまだいたというのか? やれやれ地球人はどうしてこう何時まで経っても愚か……」

 

 

ウンベールとライオスも気付いて二人組の方へ振り返っていると

 

シルエットに身を包んでいた二人は「とぅ!」という掛け声と共に天高く飛び上がり……

 

「タマブラック!!」

「タマホワイト!!」

 

一人は黒、もう一人は白を強調とした服装

 

どこぞで見たかもしれない昔懐かしの戦うスーパーヒロインの恰好をした

 

 

かなり年がいっている熟女二人が華麗に目の前に現れたのだ

 

「「超美熟女戦士! 二人はタマキュア!! ここに見参!!」」

 

茶髪の短髪と黒髪ロング、本家の特徴は捉えているのだが……

 

その末恐ろしい見た目に一瞬この場の時が止まった。

 

「ラララララライオス殿!? 何やら新たな珍種が現れましたぞ!」

「なななんだあのモンスターはァァァァァァァ!?」

「ま、まさかアレも皇子の命令の下に捕まえねばいけないのですか!?」

「お、落ち着けウンベール! あんなグロデスクなモンスターは皇子と言えど絶対に無理な筈だ! というかまず捕まえる事自体絶対に無理であろう! 間違いなく一生の中で最も関わりたくない存在だぞアレは!!」

 

先に動いたのは慌てふためくウンベールであった、ライオスもまた先程までのやれやれ系傲慢キャラを捨ててひどく動揺している。

 

そしてアスナ達もまた口をあんぐりを開けて、華麗に現れた美熟女戦士を絶句した表情で見つめている。

 

「な、なにアレ……?」

「この辺で出現するレアモンスターアルか……?」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!! 助けてシンさぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

思わず素になって固まってしまうアスナと神楽の後ろでシリカがすっかり怯えた様子で叫んでいる。

 

そんなカオスな状況の中でも、そのカオスを生んだ張本人であるスーパーヒロイン・タマキュアは

 

「そこの額に卑猥なモンぶら下げてる奴等覚悟しなさい!」

「私達ノ正義ノ名ノ下ニ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「地獄に叩き落としてくれるわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「お、おのれぇ化け物め! 恐れ多くも皇子のお付きである我等に楯突くとは!」

「目にモノを見せてくれる! 迎え撃つぞ! ウンベール!」

 

思いきり物騒な事を口走りながら目を紅く光らせ、ライオスとウンベール目掛けて獣の様に飛び掛かるタマキュア

 

彼女達による正義の戦いが今始まる

 

 

 

「正義ってなんだろう……」

「ていうかアスナ姐、私達の活躍、あのババキュアって奴等に全部奪われたアル……」

「ババキュアじゃなくてタマキュアよ神楽ちゃん……」

 

トラブルを解決できなかった自分と、横から颯爽と現れ瞬く間にライオス達に喧嘩を売りに行くタマキュア

 

困り果てていた自分の代わりにライオス達に正義の鉄槌を食らわせてくれるのは良いが、これだけは確かに言える。

 

いかに正義の味方だからと言って

 

あの年であの恰好は絶対に無い

 

「母さんがあんな格好してたら私絶対一生引きこもりになるわ……」

「ウチの死んだマミーならイケるかもしれないアル」

 

EDOに現れた謎のスーパーヒロイン・タマキュア

 

彼女達の正体は誰も知らない。

 

 

 

 

 




皆さんお待たせしました遂に銀魂のヒロインが登場です。

薄々予想していると思いますがこの地獄は次回まで続きます


銀魂の最終回でテニプリネタがあったのが嬉しかったです


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第五十層 タマキュア勝利! 私達こそヒロイン!

空洞虚無さんから頂いた支援絵です


【挿絵表示】


銀時=アリス
新八=キリト
神楽=ユウキ
定晴=銀時

の恰好にチェンジしています、意外とキリトが違和感ないですね……

え、定晴……え? え?


そして更に春風駘蕩さんからもイラストを頂きました。。


【挿絵表示】


仮想世界での近藤さんと直葉です、な、なんでこのコンビ……?

愉快で素敵なイラストを毎度描いて下さりいつもありがとうございます!






シリカの相棒である幻竜種・ピナを無理矢理強奪したウンベールとライオス

 

そこへ血盟騎士団であるアスナと友人の神楽が現れたのだが

 

ピナを奪った彼等はなんと央国星の皇子の傍付き、つまり高い権力を持つ天人だったのだ。

 

己の地位の高さを誇り、そして傲慢にこちらを見下してくる彼等には、

 

流石に天人との良好的な関係を築きたいと思っているアスナでもカチンと来ていると

 

そこへ彼女達が現れた

 

どこぞの日曜日に朝からやってる女の子向けのアニメに出て来る様な、戦うヒロインみたいな恰好をした

 

 

 

 

失礼だがかなり年をお取りになっている熟女二人組が呼んでも無いのに颯爽と現れたのだ。

 

「私達はこの世界で日夜悪と戦うスーパー美少女ヒロイン!」

「タマキュアデース!!」

「ふざけるなぁどこが美少女ヒロインだ! 鏡で自分の顔をじっくり拝んでみろ! どう見ても貴様等はただのゲテモノモンスター……おごろッ!」

 

 

短気な性格のウンベールがピナを手に掴んだまま、彼女達がヒロインだと自称するのはおかしいと正論を説こうとするも、それをすかさず飛び蹴りかまして止めたのは

 

光の使者・タマホワイト

 

「女の子ヲ傷ツケル様ナ事言ウナンテ許サナイ!!! 慰謝料三億円払イヤガレ不細工野郎!!」」

「ウンベール!! 全く油断しおって……!」

 

顔面を蹴られてあっさりとやられてしまうウンベールにタマホワイトが中指立てて叫んでいる、もはやヒロインだと自称する者の行動とは思えない。

 

そして速攻でやられた不甲斐ない彼にライオスが舌打ちしてる隙に、ウンベールが手に持っていたピナがいつの間にか解放された。

 

「クェー!」

「あー私のピナが帰って来ましたー! 良かったーあの人のおかげですー!」

「!?」

 

ようやく解放されてパタパタと小さな羽を動かしながらすぐにシリカの方へと舞い戻るピナ

 

シリカもまた嬉しそうに戻って来たお友達を嬉しそうに抱き抱えながらタマホワイトに感謝しているのを

 

傍で聞いていたアスナが目をギョッとさせて表情を強張らせる。

 

「どうしよう、私が相手が央国星の天人だからって手をこまねていた隙に……あの子の竜を助けるという大切な仕事を先取りされちゃった……」

「なんなのよもう、これじゃあ私達が介入した意味なんかほとんどないじゃないの」

 

せっかく正義の行いをするという立派な仕事を務める機会であったというのに……

 

ピナを助けられたのは素直に嬉しいが、それを自分で達成できなかった事にアスナがショックを受け神楽も呆れてため息を突いていると

 

「オイ、ソコデ指咥エテ見テルダケノお前達」

「!」

 

そんな所で不意に話しかけてきたのは、先程ウンベールに華麗なキックをかましたタマホワイト。

 

いきなり濃い顔をこっちに向けて片言で話しかけて来た彼女にアスナが驚いてるのも束の間

 

完全にこちらを見下した嘲笑を浮かべながら勝ち誇った顔で

 

「コッカラ先ハ私ガメインヒロイントシテ活躍スルカラ、ヒロインニモナレネェお前等ハスッコンデロ、ブス」

「あぁぁぁぁ!? なんですってぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「てんめぇぇぇぇ! 原作ヒロインの私達を差し置いてメインヒロイン名乗るとかナメてんのかゴラァ!!」

 

急に腹黒い事を言いながら罵って来たタマホワイトに対し二人はすぐにカチンと来た様子で額に青筋浮かべながら怒鳴り出すと

 

ヨロヨロと起き上がろうとしているウンベールの方へアスナと神楽はギラッと目つきを変えてすぐに駆け寄って

 

「人のモノを奪うチンピラ天人の成敗なんて私達でも出来るのよ! ほら見なさい! これが血盟騎士団の力よ!」

「死に晒せアルゥ! 私達がヒロインであると証明する為の生け贄になれウンコベール!!」

「げふ! お、おい! 私の名前はウンベールだぞ! コは付いていな……うげぇ!!」

 

半ば八つ当たりに近い形でアスナと神楽に踏みつけられまくるウンベール。

 

必死に起き上がろうとするがそれを許すまじと二人は踏みつけるのを一行に止めない。

 

「ラ、ライオス殿! 助けて下さい! コイツ等さっきまで大人しかったクセにいきなり我等に攻撃を!!」

「フン、やはり地球人風情は野蛮で好かん、まさか一時のテンションに身を任せて我等に手を出すとは、ここまで愚かであると呆れてモノも言え……」

 

目の前で仲間がやられているのもお構いなしに、ライオスは未だ余裕な態度を取りながら、フッと笑って肩をすくめたその瞬間

 

「タマキュア! ジェノサイドパーンチ!!」

「ん? ふんごぉぉぉぉぉ!!!」

 

他人を見下して鼻を高々と伸ばすいかにも高慢ちきなライオスの顔面に

 

タマホワイトの相棒、タマブラックがスカッとする程の強烈な拳を飛び掛かりながらお見舞いして豪快にぶっ飛ばしたのだ。

 

顔面でズザーッ!と地面を滑りながら最後に倒れるも、ライオスはすぐにガバッと起き上がって振り返る。

 

「き、貴様何をするか! 我々を誰だと思っている! 我々は央国星の……!」

「はん、テメェ等がニコチャン星だろうがキンニク星だろうが知ったこっちゃないんだよ私等は」

「な、なんだと!? ってああ! 俺の大事なチャームポイントォォォォォ!!」

 

やられてもなおまだ何か言おうとするライオスだが、タマブラックは知った事かといった感じで歩み寄ると

 

彼の大事な触角をむんずと掴んでそのまま引っ張って彼を強制的に立たせる。

 

「いいかい? どこの星だろうがどこの国だろうがルールってモンがちゃんとあるんだよ、アンタ等が何者であろうがこの国じゃ盗人は即お縄さね、ルールを破っちまったらケジメつけんのが通りってもんだろ?」

「放せぇぇぇぇぇ!! 俺の! 俺の大事なチンコが千切れるぅぅぅぅぅぅ!!!」

「威張り腐ってるヒマがあったら! 世の中の筋ってモンを一から学び直して来いクソガキィィィ!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! チンコ千切れたァァァァァァァァァァ!!!」 

 

央国星の象徴たる触角を説教しながら容赦なく引き千切るタマブラック。

 

仮想世界なので痛みは無いモノの、己が地位を誇示する為の大事な部位を引き千切られては

 

流石に今までドヤ顔で余裕アピールしていたライオスもショックで金切り声を上げてしまう。

 

「俺のチンコがぁ! おいウンベールお前のを寄越せ! 俺より多少小さくても無いよりマシだ!」

「いやだぁ! 央国星においてチンコ無き者その星の者にあらずという言葉をお忘れですかライオス殿は! 俺まであなたと一緒に堕ちるなんてまっぴらゴメ……ってあぁ!! 小娘貴様ぁ!!」

「うわ、なんか掴んだら簡単に取れたアル」

 

アスナ達にボコられながらもライオスの頼み事を断固として拒否しようとするウンベールだったが

 

彼の頭を掴んでその触角を掴んでいた神楽は、うっかり彼の立派なブツもプチッと引き抜いてしまった。

 

今彼の触角は神楽の手の中で痙攣しながらまだ動いている。

 

「ピクピク動いて気持ちワル、アスナ姐欲しい?」

「いらないわよそんなグロデスクなの! ばっちぃからさっさと捨てなさい!」

「はーい」

「小娘ぇ! 俺の大事なチンコをグロデスクだのばっちぃだのとよくも……! ああ! ホントに捨てたぁ!! てか潰したぁ!!」

 

嫌悪感丸出しのアスナに言われて素直にポイッと捨てる神楽は、目の前で触角を取り戻そうとするウンベールの前でそれを容赦なくグシャリと足で踏み潰してしまった

 

「ああ何てことだ! 俺までもライオス殿と同じチンコ無き者……オカマになってしまったではないかぁ!!」

「我等に暴力をふるい更にはチンコまで奪うとは……地球人! これは最早国際問題では済まされない! 我々央国星への宣戦布告とみなしていいのか!」

「あーうっさいうっさい、宣誓布告だろうがなんだろうが勝手に受け取っておくれ」

「ヨクワカンネェケド私達ガ何カお前等二アゲタンナラ、お前等モナンカ寄越セヨ! 金ダ金! 今スグ持ッテ来ンカイコラァ!」

「この期に及んでまだ奪うつもりか貴様等は! ええいもう勘弁ならん!」

 

大事な触角を奪われ激しい憤りを隠さずに怒り狂うライオスとウンベール。

 

そしてこちらが央国星と地球の戦争が始まると脅しても、このタマキュアコンビは全く怖がるどころか更に搾取しようとする始末。

 

遂にライオスは完全にブチ切れて、目の前にメニュー画面をピッと出現させて何かの準備を始める。

 

「やるぞウンベール! この屈辱をこ奴等下等種族に倍にして返さねば! 我々、引いては央国星そのものの威信に関わってしまう!! こうなってはハタ皇子から預かった”アレ”を呼び出すしかない!」

「ア、アレですとな!? しかしアレは皇子でさえ制御できない程のモノですぞ! 我々で奴を操る事が出来るのですか!」

「やらねばならんのだ! 我々は生まれながらにして国を護る為に育てられたエリート中のエリート! ここでむざむざと敗北する事などあってはならん! ならばいっそ! コイツを使って賭けに出るまで!」

 

とっておきの切り札でもあるのか、アイテム欄から何かを取り出そうとするライオス。

 

そしてピッと指で画面を押すと、彼の手元にお湯が入ってる思われるポットが出現する。

 

「ウンベール! 奴を!」

「わかりました! 私はどうなっても知りませんので何かあったらライオス殿一人の責任という事で!」

「え! 今お前なんつった!? 俺を見捨てて自分だけトンズラするとか言わなかった!?」

 

ドサクサに自分だけは責任逃れようとしているウンベールにライオスが聞き返そうとするも

 

ウンベールはさっと胸元のポケットから1匹の小さなあるモノを取り出した。

 

「ぎー」

 

それは非常に不細工な、まるでタコのような姿をした珍妙な生物だった。

 

「は? なんだいそのちっこいタコは? もしかしてそれが私達を倒す最終兵器だって言うのかい?」

「フハハハハハハ! ナメているのも今の内だぞタマキュアよ! コイツは皇子の大切なペットであり特別に我等が預かっていたのだ! そしてコイツの恐ろしさをこの場で教えてやる!」

 

ウンベールの手の平に収まる程の小さなタコモンスターに、タマブラックはいつの間にか吸っていたタバコの煙を吐きかけながら疑問視していると

 

 

高笑いを笑い上げながら手に持ったポッドからお湯を出してそれをそのモンスターにかけるライオス

 

するとどうであろう

 

「ぎ、ぎぎぎぎぎ……」

 

あんなに小さかったモンスターがお湯をかけられた途端みるみる肥大化し……

 

 

 

 

 

 

「ぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「な、なんだって!? あのチビダコが一瞬で!」

「超巨大ナ化け物二変ワリマシター!!!」

 

手の平に収まるモンスターが一瞬にして、山の如く大きな巨大モンスターに変貌する。

 

それに人相もさっきまでとは比べ物にも鳴らない程凶暴さが増しており、何本もの触手が辺り一帯を破壊しながら暴れ始める。

 

突然の出来事にアスナ達も慌てて後方に撤退せざるを得ない。

 

「あ、あれってもしかして異業種!? 地球圏内のEDOには出現しない凶悪な怪物型モンスターじゃないの! あんなのこっちに持ち込んで来ちゃダメなのに!」

 

異業種というのは地球産ではなく他の星でEDOをプレイしてる場合にのみ出現する外来産モンスターだ。

 

基本的には地球に持ち込む事はきつく禁じられている。

 

アスナが必死に走りながらその生物の事を説明していると、その隣を定春に乗った神楽とシリカがサッと横切って行く。

 

「うえぇ、あんな怖くて大きいの私も初めて見ました~」

「そうね私もあそこまで大きいモンスターは初めて……てか私も乗せてよ!」

「これは一度離れてから状況を見定めて討伐する必要がありそうね」

「ワン」

「いや見定める前に私も乗せてよ!」

 

一人必死に走ってる自分を置いて

 

俊敏に動ける定春にまたがって優雅に逃げている神楽と後ろに座るシリカをアスナが叫びながら追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

アスナ達が一時撤退をしている頃

 

タマキュアはまだその場から逃げずにライオス達と対峙していた。

 

彼等の背後にいるタコ型モンスターは、異業種という名の通り見た目もスケールも半端ないインパクトである。

 

「ふーん、こいつはたまげた、まさかこんなモンを隠してやがったとはね」

「素直ニ驚イテヤッタンダカラ感謝シロヨ」

「フハハハハハ! 見たかタマキュアよ! これぞ皇子から賜ったお湯をかけれたちまち超巨大エイリアンと化す凶悪なモンスター! ペスだ!!」

「さあペスよ! 我々に代わってあ奴等を完膚なきまでに叩き潰すのだ! この辺り一帯を塵に変えても構わん!!」

「ごわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ライオスとウンベールに言われるがままに、超巨大エイリアン・ペスは鋭い牙を剥き出しにし目をギョロギョロと動かしながら、所かまわず何十本モノ触手を手当たり次第に振るい始める。

 

砂漠地帯である為、建造物やプレイヤーもいない場所であったので被害はないが、それでも地形そのものを変える程の暴れっぷりだった。

 

当然そんな暴れているペスの足下にいたライオスとウンベールも

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 止めろペス! 我々にも攻撃するなぁ!!」

「あ、暴れても良いと言ったが我々まで巻き込むなペスぅッ! お手! お座り! ちんちん!!」

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

降り下ろされる触手を必死に避けながら慌ててペスから離れようと逃げ出す二人。

 

それもその筈、ペスはご主人である皇子の命令さえも聞かないのだ、彼等の事情など知ったこっちゃない

 

「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「フン、こりゃあお笑いだね、テメーで呼んだクセに扱いこなせないと来たもんだ、挙句の果てにこっちに助けを求めるとは大した天人様だよ、アイツ等は」

「ペットノシツケモ出来ナイバカ共ニハお似合いデスヨ。ペッ!」

 

目の前でたった一匹のモンスターによる蹂躙が繰り広げられているというのに

 

暴れ回るペスに襲われながらまだ生きている様子のライオスとウンベールを眺めながら

 

タマブラックは吸っていたタバコをポイッと捨て、タマホワイトは不快なモノを見たかのように唾を吐く。

 

「けどコイツをこのまま見過ごすってのは良くないねぇ、このままこの大ダコに暴れてもらっちゃ他のプレイヤー方にもいい迷惑だ」

「ナラ話ガ早イデスネ、私達デサッサト片付ケレバイインデスヨ」

「やれやれ、いっちょエイリアン退治でもやってみるかぃ」

 

そんな事を気楽に言いながら戦う美少女戦士・タマキュアはペスの方へと向き直ると、同時にダッと砂を蹴って

 

「いくよタマホワイト! まずはアイツを大人しくさせるよ!」

「ワカッタワ! タマブラック!」

 

そう叫び合うと二人は果敢にも真正面からペスに向かって特攻を仕掛ける、しかし

 

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「イヤァァァァァァァァン!!」

 

タマキュアを敵と認識したペスが、何十本モノ触手を全く違うタイミングで次々と彼女達に降り注いだのだ。

 

その怒涛の連続攻撃をまともに食らったタマキュアは服がボロボロになりながら後方にぶっ飛ばされてしまう。

 

「あー! あの化け物コンビが化け物にやられてるアル! このままだとあの二人が大ダコの触手にかかってあんな事こんな事されるという読者サービス展開になっちゃうネ!!」

「それは確かにヤバいわね、読者の方達が吐瀉物撒き散らしてクレーム殺到モンじゃない……」

 

そんな彼女達を少し離れた場所で眺めているのはアスナ一行。

 

「うおぉぉぉぉ頑張れタマキュアァァァァァァァ!!」

「頑張ってくださいタマキュアさ~ん!」

「ピー!」

「ワンワン!」

「え、どうしてそんなみんなでタマキュアを応援しているの……? 私だけ流れについて行けないんだけど」

 

神楽とシリカ、おまけにピナと定春まで何やらタマキュアを応援するかのように叫び出すので

 

一人状況を理解出来ていないアスナが怪訝な表情を浮かべていると、神楽がシレッとした顔で彼女の方へ振り向いて

 

「アスナ姐知らないアルか? 本家の映画だと、画面上で戦ってる連中が、観ているガキ共からの声援を貰って復活するパターンがよくあるみたいネ、だから私達も応援するヨロシ、ほらアスナ姐も」

「えぇ~……」

 

一体何処でそんなのを覚えたのだろうと真顔で説明する神楽にアスナは戸惑いの表情を浮かべつつ

 

ペスを相手に苦戦を強いられているタマキュアに向かってこっ恥ずかしそうに

 

「が、頑張ってくださいタマキュアさん……」

「もっと声を出すアル!」

「頑張ってくださいタマキュアさん!」

「もっと感情込めて!」

「頑張れタマキュアァ!!」

「もっと必死さを出して!」

「頑張れタマキュアァァァァァァァ!!」

「ページ数まだ残ってるのに締め切り前夜にちょっとだけ仮眠取ろうとしたら! 起きたら夕方でしかも携帯には編集部からの着信が沢山あった時の漫画家の気持ちで!!」

「ぐぁんばぁれタマキュアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

最初はボソボソ声であったのに、神楽に言われる度に徐々にその声は大きさと力強さが増し

 

最終的には神でも悪魔でも誰でもいいから助けて下さいと藁にも縋る思いをよりリアルに再現して見せるアスナ

 

その声援に効果があったのか、先程倒れていたタマキュアが傷だらけになりながらもゆっくりと起き上がり

 

「私達は!!」

「負ケナイ!!」

 

そう強く叫ぶと二人は天に向かって、いつの間にか取り出した徳利を掲げて

 

「「ナッツキスチョコ柿の種! 渇き物なら再利用!」」

 

呪文のような言葉を揃えて唱えると、二人は虹色の光に身を包まれて

 

「タマブルーム!!」

「タマイーグレット!!」

「「「「「へ、変身したァァァァァァァ!!!!」」」」」

 

ペスの被害に最も遭っているライオスとウンベール、離れた所で見守っていたアスナ・神楽・シリカの声が一つに揃った瞬間であった。

 

どういうスキルを使ったのかは知らないが、二人の衣装はより豪華に、そして何よりインパクトも更に強まってより一層カオスな進化を遂げていたのだ。

 

そして新たな衣装へと変わりトランスフォームを為した二人は手に持っている徳利をくっつけて同時にペスへと向けて……

 

 

「お客様は!!」

「神様デス!!」

 

その瞬間、徳利の先から解き放たれるまばゆい光が巨大な光線となり

 

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

巨大エイリアン・ペスの口の中へと入り、そのまま凄まじい威力を維持したまま身体を貫き断末魔の雄叫びを上げさせたのだ。

 

まさかの必殺技をまともに食らったペスは、自分が持っているHPを一瞬にしてゼロにしてしまい

 

その巨大な図体を赤色の光の粒子へとなって、フッと消滅していった。

 

「た、助かったのか……ってあぁしまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ライオス殿ぉぉぉぉぉぉ!!! ハタ皇子から預かった大事なペットを失ってしまいましたぁぁぁぁ!!」

「こ、この失態をどう報告すれば……!」

「ライオス殿! 私はあなたに命令されただけなので何も悪くありません! という事でこの失態はライオス殿が全部悪いという事でよろしいですかな!?」

「おいウンベール貴様ふざけんな! 何がよろしいですかな?だ! 何もよろしくないわ!!」

 

ペスに下敷きにされてすっかりボロボロになっていたライオスとウンベールは起き上がると

 

すぐに自分達が央国星の皇子のペットを勝手に放ってしかも殺させてしまった事に気付いて大慌て

 

「おのれぇタマキュア! よくも我々が皇子に預かったペットを殺してくれたなぁ!!」

「今回は見逃してやるが覚えていろぉ!!」

 

そんな悪役のお約束的な台詞を言い放つと、二人はすぐ様スタコラサッサとこちらに背を向けて必死に逃げていく。

 

「そっちこそ次会った時は容赦しないんだから!」

「オトトイキヤガレクソッタレガ!!」

 

そんな彼等の情けない背中を眺めながら

 

タマブラックもといタマブルームと

 

タマホワイトもといタマイーグレットは

 

「「ハ~ハッハッハ!!!」」

 

互いに肩を組んで勝利を実感しながら楽し気に大声で笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

「なんだか上手くやってくれたみたいアルな、アイツ等」

「凄かったですねー、見た目は凄いアレですけど……良い人達ですよねタマキュアさん」

 

そんな二人をまだ離れた場所から見ているのは神楽とシリカ

 

光線一発で消し炭となって消滅したペスと必死の形相で逃げていくライオスとウンベール

 

そして一件落着と言った感じで豪快に笑い合う彼女達を見て、なんとかなったのだとホッと一息突く。

 

「完全にアイツ等にお株奪われちゃったアルな、アスナ姐」

「……」

 

神楽が振り返りながら話しかけると、一人だけそっぽを向きながら腕を組んで立っているアスナがフンと鼻を鳴らす。

 

「悔しいけど負けたわ完全に……でもおかげで色々と教わらせてもらったわ。相手が誰であろうと慎重過ぎて何も動けないでいたら、それは何もしていないのと同じなんだって」

「そうネ、悪い奴は見つけた瞬間片っ端からぶっ倒せばいいアル、次あのキリトとかいう奴を見つけたら何も言わずにいきなり攻撃かましちゃえばいいヨロシ」

「いやそれもどうかと思うけど……まあ今回の出来事はアホらしくもあったけどいい教訓に……」

 

自分が出来なかった事を彼女達は簡単にやってくれた。地球人でありながら相手が天人であろうと立ち向かう……

 

少々危険な行動ではあったが、今回はどう見ても相手の天人が悪かったのだし、仕方のない事だとアスナは割り切って彼女達には罪は無いだろうと断定した。

 

アスナは潔く敗北を認めてフッと笑い、タマキュアに素直に健闘を称えようと彼女達の方へ振り返ると……

 

「ナンダお前等、マダコンナ所ニイヤガッタノカ、ブスハオ呼ビジャネェッテ言ッタダロウガ」

「うわ!」

 

一瞬にして目の前に現れたのは猫耳団地妻、もといタマイーグレット、更にもとい元に戻ったタマホワイト。

 

いきなりの出来事にアスナがビックリしているのも束の間、すぐに彼女の相方であるタマブラックも隣にスタッと着地する。

 

「私達の大活躍! 見ていてくれたかしら!?」

「え、ええまあ……」

「来週モマタ観テネ!」

「来週!? 来週もこんなのやるのあなた達!?」

「それじゃあさよなら!」

「困ッタ時ハスグニ私達ヲ呼ブノヨ!」

「いやちょ! 待って待って! 血盟騎士団としてあなた達にも色々と話を……!」

 

いかにも作ったかのような喋り方をしながら一方的に話し終えると

 

もっと詳しくタマキュアについて詳しく聞こうと手を伸ばすアスナを置いて二人は華麗に飛び立ってしまった。

 

飛行能力を持ってる所から察するに、二人ALO型なのだろうか……

 

夕日を背景に消えていく彼女達を見送りながら、アスナは手を下ろしてふぅと息を漏らす。

 

「やっぱりあの見た目は無いわよねぇ……」

「今から追いかけるアルか、アスナ姐?」

「いやいいわ、今日は見逃してあげましょう……私もう疲れたし……」

 

彼女達同じく飛行能力を一応持っている神楽が追いかけるか尋ねると、アスナは疲れた表情で首を横に振り、シリカを連れてその場を後にするのであった。

 

EDOに突如舞い降りたスーパーヒロイン・タマキュア

 

彼女達の存在は誰も知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい銀時ぃ! テンメェまた逃げようとしてんじゃねぇ! さっさと家賃払えクソったれぇ!!」

「うるせぇ! テメェに言われた通りユウキのガソリン代だけでも稼ごうとしてんだよこっちは! それぐらい待ってくれたって別に良いだろうが!」

「それぐらいって! こっちはどんだけ滞納されてると思ってんだこの腐れ天パぁ!!」

「オイテメェマタウチノガソリン飲ンダダロウガ!! イイ加減ニシロコノヤロー!!」

「あーめんごめんご、でも美味しかったよ、ありがと」

「礼ナンテイラネェカラガソリン返セコラァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 




記念すべき50話目……50話目なのに……!

という事でヒロインたちの大奮闘劇はこれにて終了。

次回からはなんと、一章丸ごと仮想世界でのお話となります


神器を造れる鍛冶師を遂に見つけた銀さん一行、しかしその鍛冶師はどうも言ってる事が胡散臭く……

その上アリスとの件で遂にユウキがブチ切れてしまい神器どころじゃなくなってしまう銀さん。

そしてキリトもまた、情報屋と共に神器の素材を探しにとある森へと赴き……

最強の武器を造るのはそう簡単じゃない、銀さん、そしてキリトが己の武を極める為に仮想世界を駆け巡る。

今回はいよいよ神器をメインに絡めていくエピソード多数、更に新キャラも続々登場予定、

獅子奮迅編、お楽しみに


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獅子奮迅編
第五十一層 朗報をもたらす黒猫達


空洞虚無さんから頂いた竿魂の支援絵です


【挿絵表示】


中の人ネタでのユウキ=まどかですねW

銀さんが見たら「年考えろよ」と余計な事言いそう……

ところで右下にいるあのセクシーな魅力あふれる小動物、どこか凄く見覚えが……う!


毎度面白愉快なイラストを描いていただきありがとうございます!




数多の試練や修羅場や出会いを経た坂田銀時

 

第四十八層へと到達している頃には、第一層でモンスターから必死に逃げていた銀時も、そろそろ中級者と呼べなくなるぐらいには様になった動きを見せる様になっていた。

 

「ったく離れた所からピュンピュンと……」

 

茶色のローブを風に乗せて颯爽と揺らしながら、両端にビーム状の刃が付いた武器、千封鬼を右手で回して

 

少し離れた距離から立ち続けに間を置かずに弓矢を放ってくるオーク兵に向かって駆けていく。

 

「うっとおしいんだよ!」

 

得物の二つ刃を回転して突っ込みながら、敵の放つ矢を次々と撃ち落としていきながら

 

銀時は一気にオーク兵との距離を詰めるとブゥンブゥンと音を鳴らしてビームサーベルで殲滅していく。

 

「ボス倒して上に昇ったと思ったらまた戦闘かふざけんなコラぁ! さっさと街に行かせろや! 俺は休みてぇんだよ!」

「そんだけ暴れられるなら休む必要ないんじゃないか?」

 

さっきからほとんど一人でポップしたモンスターを斬り伏せていく銀時にツッコミを入れるのは

 

先程から彼の背後を守りながら二つの剣で戦っているキリト。

 

「四十八層か、ここまで来るとそろそろ俺達も正直キツイんだよな、雑魚相手でも一撃じゃ倒せなくなってるし」

「そうなんだよね、敵の動きもどんどん賢くなっていて避けられる事もあったりして」

 

現れた巨大なジャイアントオークを二刀流で難なく倒していくキリトの横で

 

同じく俊敏な動きで敵を翻弄していきながら、空中からの剣術殺法で倒しつつ彼に返事するのはユウキだ。

 

「そろそろ三人だけで攻略していくってのは難しくなって来たねー」

「エギルやクラインは当たり前だけど、もっと他の奴等とも協力して昇る方が効率よくなるかもな」

「でもあの二人以外に頻繁にパーティーに参加してくれる人っていたっけ?」

「……アリスとか?」

「ア、アリス~?……アリスかぁ……」

 

個人では勝てないと察したオーク達が集団がかりで襲い掛かってくる中で

 

背後から迫る敵へすかさず振り返って一撃浴びせながらアリスの名を遠慮がちに出すキリトに

 

一度に三体のオークを屠りながらユウキは微妙な表情を浮かべる。

 

「やっぱり嫌か?」

「嫌って程でもないんだけどさ……あの子明らかに銀時に対してボクと同じ感情抱いてるの丸わかりだからさ……迂闊に背中任せられないんだよね彼女だけには……」

「そういや初めて会った時も喧嘩してたな……終いには互いに剣を抜こうとしてたし」

「なーんか身体が勝手に動いちゃうんだよねぇ……どうしてあんなにムキになっちゃうんだろうなボク」

 

ハァ~とため息をつきながらそろそろ全員倒したかなと思いつつ、ユウキはチラリと銀時の方へ目を向ける。

 

彼の方にいるオーク兵もすっかり少なくなっており、もう少しで終わりといった所であろう。

 

「やっぱりシメはコイツに限るだろ」

 

そう言いながら銀時が持っている得物をしまって再び手に持ったのは

 

藍子、ランから頂いた特殊刀・物干し竿

 

体力が半分以下になった時にのみ使えるその刀を得意げに取り出すと、長い得物による横一閃が残ったオーク兵を綺麗に両断してしまう。

 

「あー終わった終わった、さっさと街行こうぜ街」

「銀時も武器の切り替え随分早くなったね、クイックチェンジのスキルなんていつの間に手に入れたの?」

「……前にアリスと一緒だった時にクエストで……」

「…………ふーん」

 

複数の武器を瞬時に持ち帰る事の出来るスキル・クイックチェンジ

 

短剣、両刃剣、長刀と現在三種類の武器を操る銀時であれば、いずれはそのスキルを有効活用できそうだし、取る手伝いをしてあげようとユウキは考えていたのだが

 

どうやら知らぬ間にアリスに先を越されてしまった様だ

 

心底面白くなさそうな表情でジト目で彼を軽く睨み付ける。

 

「あれからもボクに隠れてまだ一緒に遊んでるみたいだね、彼女と」

「いやたまたま会っただけだって、たまたま一人でブラついてた時にたまたまアイツがやって来て、それで俺にピッタリなスキルがたまたまこの近くの村で手に入るクエストがあるからって、そんで取りに行くの手伝ってやるって言われたんだよ」

「たまたま多過ぎない!? ホントに彼女偶然銀時と出会っただけなの!? なんか怪しいんだけど!」

「まあ最初はビビったが、アイツ剣の腕は確かだし討伐クエストなら楽出来るから役に立つんだよ」

「いやボクだって剣にはちょっと自信があるんだけど……」

 

アリスの剣の腕を頼りにしている銀時に、自分もまた強いんだぞとボソリと小声でアピールしていると

 

「おい痴話喧嘩は俺がいない所でやってくれないか? さっさとここ抜けて街へ行くんだろ?」

「そうそうキリト君の言う通りだよ、ユウキ、お前は別にアイツの事なんざ気にしなくていいから、俺が個人的にアイツに興味があるだけだから」

「だからそう言われるとますます気にしちゃうんだってば……」

 

ちょっと揉めている二人の間に割り込んで、キリトがさっさと引き上げようと提案すると助け舟と言わんばかりに銀時もすぐに乗っかって街の方へと歩き出す。

 

まだ頭の中のモヤモヤが晴れていないユウキは、複雑な思いに駆られながらも渋々彼等の後をついて四十八層の街へと繰り出すのであった。

 

「ボクには個人的興味持ってないのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

第四十八層・主街区・リンダースはそこらかしこに水車があるのどかな風景の街だ。

 

ようやく街へとやって来た銀時は、適当に喫茶店に入って、テラスで少し早めの昼食を取る事にした。

 

「よーしテメェ等! リアルじゃまともなモン食ってねぇからこっちの世界でジャンジャン食うぞ!」

「ここ最近買いだめした豆パンしか食べてないからな! とにかくここにあるモン何でもいいから食わなきゃやってられん!」

「二人とも大変だねー、よっぽど日々の食事生活にストレス溜めてたんだねー」

 

席に着くなり急いでメニューを開いて二人で覗き込みながら、なんでもいいからとにかくまともな食事を注文しようと鬼気迫る表情を浮かべる銀時とキリトを尻目に

 

リアルの世界ではガソリン以外摂取する事が出来ないユウキにとっては、こちらの世界では自由に飲み食い出来るだけで十分幸せだったりする。

 

「すみませーん、ボクはクリームソーダとカルボナーラで」

「俺は糖という言葉が付くモン全部で!」

「俺は人の温もりが込められた心温まる料理を!」 

「二人ともちゃんとメニューに書かれてるモノを注文してねー」

 

通りがかったNPCの店員に向かって必死の形相で銀時とキリトは勢いだけで叫んでいるのを朗らかに笑いながらユウキがツッコミを入れていると

 

 

 

 

「あれ? もしかしてユウキ? それと銀さん?」

「え? あ!」

 

困っている店員に向かってまだ何か叫んでいる銀時とキリトを頬杖を突いてのんびりと眺めていると

 

背後から不意に名を呼ばれたのでユウキは咄嗟に振り返って軽く目を開く。

 

なんとそこにいたのは

 

「サチ!? うわすっごい久しぶりじゃん!」

「相変わらず元気そうだね、フフ」

「あ? サチ?」

 

かつてユウキとランが何かと世話を焼いてあげていた月夜の黒猫団のメンバー・サチであった。

 

彼女との久しぶりの再会にユウキが驚いた声を上げると、それに気付いた銀時も注文するのを中止してすぐに彼女の方へ顔を上げる。

 

「久しぶりだなお前、ちょくちょく連絡は取り合ってたけど直接会うのは神器のクエスト時以来か」

「そうですね、アレからこっちも何とか頑張ってここまで昇って来れました」

「へー、お前等もこっち来てたのか、他の奴等はどうした?」

「みんなは街の中を探索しています、私はここでちょっと休憩を取ろうと思って寄ってみたんです」

 

かつて深い森の中を彷徨っていた所を、間一髪の所でサチのいる月夜の黒猫団に助けられた事を思い出す銀時。

 

まさかこんな所で偶然彼女と出会うとは思いもしなかった。

 

「ところでそちらの黒づくめの人は……?」

「キリトだよ、リアルでは銀時の奴隷で、永遠の厨二病なの」

「へ、へ~……」

「どんな紹介の仕方!? お前のせいでちょっと引かれてるじゃないか!」

 

キリトの事をサチに尋ねられたのでユウキがあっけらかんと簡単に紹介して見せるが

 

それを不服に思ったキリトは急いで立ち上がって頬を引きつらせるサチの方へ身を乗り上げる。

 

「奴隷じゃなくて住み込みの従業員だから! 俺はコイツ等をサポートして上げてる善良なプレイヤーのキリト! そう覚えておいてくれ!」

「永遠の厨二病については否定しないんだ……でもやっぱり銀さんやユウキの仲間なんだね、よろしくね、私はサチ」

「お、おお……」

 

こちらにニッコリ微笑んで挨拶してくるサチに、キリトは変なリアクション取りながら身を乗り出すのを止めてゆっくりと元の席に座る。

 

「なんなんだこのまともそうで優しそうな女の子は……こんな子がまだ地球に存在していたなんて……」

「そうだよこの世界では貴重なまともな良い子なんだよコイツは、絶滅危惧種だから丁重に扱えよ」

「いや絶滅危惧種扱いされるのは流石に断りたいんだけど私……普通に扱って下さい頼むから……」

 

女の子に敵意を持たれずにやんわりと話しかけられる事さえあまりなかったキリトにとって、サチは今まで見た事が無いタイプの子であった。

 

驚いて呆然と座り込む彼に銀時がうんうんと頷きながら同意してる中で、サチ本人は彼等の反応に困っている様子。

 

するとそこへ

 

「お、探したぞサチ! ビッグニュースだビッグニュース! 遂に見つかったぞ!」

「あれケイタ? 街の中を探索してたんじゃないの?」

 

サチに続いて現れたのは月夜の黒猫団のリーダー格であるケイタであった。

 

顔をほころばせ嬉しそうにサチの方へと駆け寄って来ると、すぐに銀時とユウキもそこへいる事に気付いてハッと目を見開く。

 

「銀さん!? それにユウキさん!? ええどうしてここに!?」

「二人共ついさっき下の階層クリアしてここに昇って来たんだって」

「よぉ、いつぞや世話になったな」

「ケイタも久しぶり~、相変わらずあちこち走り回ってそうで大変だねー」

「ハハハどうも、相変わらず元気そうですね……」

 

二人がいる事に驚いているケイタにサチが説明して上げると、銀時とユウキは軽く手を挙げながら彼に挨拶。

 

ケイタもまさか彼等がここにいるとは思っていなかったので後頭部を掻きながら苦笑した後、銀時達と同じテーブルに座っているキリトを指差し

 

「それで彼は?」

「キリトっていう銀さんとパーティー組んでる人よ」

「こんちわー」

「ああこんにちわ、君も銀さんとユウキさんの仲間なんだね、これからもよろしく」

「……」

 

けだるそうに挨拶するキリトだがケイタはそんな事気にもせずに爽やかに笑いかけながら挨拶を返す。

 

その反応にキリトは思わず無言になってしまうとすぐに銀時とユウキにしか聞こえない声で

 

「マズい、こんな愛想良いプレイヤーと連続で遭遇するなんて初めてだ……陰キャラである俺にとってはアイツ等が眩し過ぎてとても直視できない……」

「今までどんだけ暗い人生送ってたの君?」

「これだけでヘコたれんじゃねぇぞ、他にも三人いるからなアイツ等の仲間」

 

コミュ力の高そうな二人の登場だけで居心地悪そうにするキリト

 

銀時とユウキにボソボソと何か呟いている彼を見て、ケイタは「何か気に障る事しちゃったかな……」と困った顔を浮かべていると

 

「あ、そうだ! 本当は今からすぐにでも銀さんに連絡をって思ってたんですけど! 本人がこちらに来ているんでしたら丁度いい! 今時間空いてますか!? 銀さんに是非案内したい場所があるんですけど!」

「ごめん今からメシ食うから、食わずにこの席から立ち上がるとかホント無理だから」

「リアルで豆パンしか食ってない俺等の食欲ナメんなよ」

「あ、そうですか……じゃあ昼食が終わるの待ってるんでその後案内させてください……」

 

席から断固動かないといった態勢で絶対にここでご飯を食べるんだと並々ならぬ気迫が見てわかる銀時とキリトに

 

思わず圧倒されて後ずさりしてしまうケイタ。

 

「二人共凄い迫力だな……まるでフロアボスとの戦闘してる時のような顔つきだ……」

「ねぇケイタ、銀さんを案内させたい場所ってなに?」

「ああ、聞いてくれサチ、遂に見つけたんだ、あの日からずっと探し回ってやっとな」

「え!? それってもしかして!」

「前々からこの四十八層にあると噂されてたからさ、この目でその店を見つけられた瞬間その場で飛び跳ねちゃったよ」

 

大人しく銀時達の食事を待つ事にするケイタにサチが何処へ案内するのかと尋ねると、どうやら彼は銀時をとあるお店に連れて行きたいらしい。

 

それも今までずっと探し回り、必死に情報を集めてようやく見つける事の出来た所の様だ。

 

彼が遂に見つけたというとサチも嬉しそうに両手を当てて喜ぶので

 

それを傍から見ていたユウキは「?」と何事かと顔を上げる。

 

「二人共どうしたの? そんなに喜んでるって事は良いニュースなんだろうけど、銀時を何処へ連れて行くつもり

?」

「ユウキさんは当然銀さんが例のアレを持っている事は知っていますよね?」

「アレ?」

「超高難易度の神器クエストで銀さんが手に入れた金木犀の枝です」

「ああ、そういえば持ってたね、神器の素材になるレアアイテム」

「はいそうです、そして俺達やっと見つけたんです」

 

 

 

 

 

「神器の素材を使って、神器に造ってくれる鍛冶屋を」

 

 

 

 

 

 

 

銀時達が昼食を食べ終えると、やっと彼等はケイタやサチに案内されて目的地へと歩き出した。

 

その途中で彼等の仲間である、テツオ、ササマル、ダッカーとも合流し

 

七人でゾロゾロと道の真ん中を歩きながら街の景色を眺めつつ足を進めるのであった。

 

「よぉ銀さん服装変わったんだな! ちょっと厨二っぽい格好だな!」

「うるせぇよ余計なお世話だ」

「俺達がずっと探し回ってやっとこさ見つけられたんだ! 見返りは当然貰うからな!」

「ああそうかい、なら来週出るジャンプの代金出してやるよ、それでチャラだろ」

「あのー銀さん、ユウキさんとは上手くやっていけてるんですか? その色々と……」

「どういう意味だよそれ、ちゃんと仲良くやってるよコイツとは」

 

合流した三人に色々と言われるのをめんどくさそうに受け答えしている銀時を背後から眺めながら

 

ユウキは「へー」と感心したような声を上げていた。

 

「黒猫団に随分と懐かれてるんだねウチの人、愛想良い方じゃないからちょっと心配してたんだけど」

「まあ確かに愛想は良い方じゃないわね銀さんって」

 

ナチュラルに「ウチの人」呼ばわりしているユウキを微笑ましそうに見つめながら、隣でサチが正直に答える。

 

「でもそれをひっくるめて銀さんなんでしょ? ユウキと同じで基本的に裏表がないって感じで私達にとっても話しやすい人だもの」

「そう? 表はニコニコしながら裏では真っ黒だったウチの姉ちゃんとも仲良くやっていけてたじゃん」

「そ、そんな黒くなかったわよランさん、確かに銀さんの子と話す時にちょっと怖い感じがする時あったけど……それ以外は普通に良い人だったし」

「いやいや、サチは良い子だったから姉ちゃんも優しくしてあげてたんだよ、身内に対してはホント酷い性格してたんだから、銀時はからかわれるしボクに至っては容赦なかったよあの鬼姉」

「そういえばユウキがランさんのファイナルアタックボーナス奪っちゃった時は大変だったね……」

 

二人の中では結構頻繁に出てくる姉の存在、それをキッカケにユウキが恨みがましい様子で亡き姉である藍子への愚痴をサチに語り出し始めているのを、最後尾からケイタが懐かしむ様に眺めている。

 

「いやーこうしてユウキさんが僕等のパーティーにいるのは何時振りだろうなぁ、ああやってサチに対してランさんの文句を言っているのを見ていると昨日の事の様に思えるよ」

 

てことはいつもああしてサチに愚痴を聞いてもらっていたのかユウキは……とキリトは普段滅多に弱音を吐かない彼女にも色々とぶちまけたい相手がいたのかと心の中で呟きつつ、ケイタと同じ最後尾を歩きながら彼に向かって口を開く。

 

「アンタ等はユウキやその姉のランとも一緒に冒険してたのか?」

「うん、頻繁って訳じゃないけどたまに手伝って貰っていた事があったね」

「それがキッカケでユウキの姉と恋仲だったあの人とも仲良くなって、そんで一緒に神器獲得のクエストをやっていたと……」

「そうそう、それでまさかのあの人が当たり引いちゃったもんだから大騒ぎ」

「やっぱ俺も一緒についていけば良かった……」

 

銀時が神器の素材を手に入れたキッカケは、他ならぬ偶然この月夜の黒猫団と出会ったからだという事だ。

 

なんという幸運の黒猫……あの時銀時と一緒に行動していれば、もしかしたら自分が神器の素材を手に入れる事が出来たかもしれないと、強く後悔しながらキリトはため息を突く。

 

「んで? 今から行くその場所に、神器の素材を扱えることのできる腕のいい鍛冶師がいるって訳?」

「そうそう、いやーホント探すのに時間掛かったよ、銀さんが神器の素材を手に入れた時からメンバーが一致団結して「これはランさんへの恩返しのチャンスだ!」とあちこち探し回ってようやく見つけられたんだ」

「眩し過ぎる……基本自分だけの事しか考えない俺にはお前等のその献身的な行動力が到底考えられないよ……」

「いやいや大したことじゃないよ、僕等だってただ「これでもう会えないランさんへのお礼が出来る」って自己満足する為にやっていただけだから」

「そう言う事考えられる時点で立派なんだよアンタ等は……」

 

自分には到底真似できないなと自虐的にフッと笑うと、キリトはケイタに対してある一つの疑問を投げつける。

 

「けど良く見つけられたな神器を造れる鍛冶師なんて、神器といえば鍛冶レベルをカンストしてても造る事は難しいって言われてるんだぞ、この四十八層にホントにそんな腕の良い鍛冶師がいるのか?」

「ああ僕も驚いたよ、確かに神器は鍛冶レベルだけでなく様々なスキルと併用してやっと組み上げられるって聞いてるけど、彼女は正にマエストロ級の腕前で造作もなく神器を造れてしまうみたいなんだ」

「彼女?」

「コレから向かう鍛冶師の事だよ、見た目は僕等とそんな年の変わらない女の子なんだ」

 

どうやら天才的な鍛冶師というのは自分達と同年代位の女の子らしい。

 

なんで女性プレイヤーがこの世界でわざわざ店を開いてまで鍛冶師をやっているんだと思いつつ、キリトは小首を傾げた。

 

「そんな話聞いた事無いな……実は俺ここよりずっと上の階層まで攻略しているおかげで情報網は結構多くてさ、でも神器を造れる鍛冶師なんて未だに一回も聞いた事が無いぞ」

「うん僕も最近知ったんだ、この階層に神器を造れると周りに触れ回っている鍛冶師の女の子がいるって、そんでついさっき直接その本人に尋ねてみたら、彼女自信満々にその噂は本当だって言ってたよ」

「……」

 

なんだろう、ちょっと嫌な予感を覚えて来た、理由はわからないがその鍛冶師、何か怪しい……。

 

そう思いながらキリトが嬉しそうに話すケイタに恐る恐る詳しく聞こうとすると

 

「銀さんここっすよココ! 神器を造れる鍛冶師の女の子が開いてる店!」

「あ~? なんか思ってたのと随分ちげぇな、伝説の武器を造れるっつう割には随分と若者風の小洒落た店だなオイ」

 

どうやらキリトが尋ねる前に目的地へと着いてしまったみたいだ。

 

先頭にいた銀時が顔を上げると、そこには女受けの良さそうな妙にカラフルな外装をした店が立っていた。

 

神器という非常に難しい武器を造れてしまう巨匠とも呼べる鍛冶師がいる店には到底見えない。

 

「ホントにここにいんの? 俺がずっと持ち腐れにしてた神器の素材を扱える奴が?」

「疑り深いなぁ、俺達はちゃんとここにいる店主に直接聞いてんだから安心しろよ、神器なんて目隠ししててもサクッと作れるって、もし作って欲しかったら神器の素材持って来なさいってすげぇ自信満々に答えたんだぜ?」

「ふーん」

「ほらちゃっちゃっと作ってもらおうぜ! そんで遂に神器を手に入れちまえよ銀さん!」

 

キリトと同様に銀時も疑り深い目つきで店を眺めていると、そんな彼を後ろから少年達が三人がかりでグイグイと押しながら店に入れようとせかす。

 

「俺達も生で見たいんだよ! プレイヤーなら誰もが夢見る神器って奴をさ!」

「わかったから押すなって、入ればいいんだろ入れば」

 

神器に対しては特に欲しがっている訳ではない銀時は、彼等に押されながら渋々店の中へと入って行く。

 

続いてユウキとサチも期待しながら

 

「ボク達も入ろう、神器の素材は無いけど腕の良い鍛冶師って事はそれなりに良い武器も売ってるかもしれないし」

「そうだね、もしかしたらランさんが使ってた物干し竿みたいな凄い武器もあったりして」

「あれは姉ちゃんオリジナルだからなぁ、でも同じぐらいの性能を持つ片手剣とかあったらちょっと欲しいかも」

 

二人仲良く店へと入って行くのを眺めながら、キリトはふと店の前でピタリと足を止めて顔を上げる。

 

店の屋根にはこの店の名前らしき看板が掛けられていた

 

『リズベット武具店』

 

「……やっぱり聞いた事のない名前だな」

「どうかした? 君も店の中を覗いてみようよ、もしかしたら凄いお宝の武器が手に入るかもしれないよ」

「そうだな、あればの話だけど……」

 

ジッと看板を見つめていたキリトであったが、ケイタに促されてしばしの間を置いた後、彼と一緒にそっと店の扉を潜って行った。

 

果たして銀時はこの店で神器を造ってもらう事が出来るのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




月夜の黒猫団は原作とそんな変化はありません、みんな良い子です。

次回はいよいよ凄腕の鍛冶師の登場です、果たして無事に銀さんは神器を造って貰えるんでしょうか……

それでは新章スタートです


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第五十二層 ホラを吹くなら身の丈に合ったホラを

空洞虚無さんから頂いた支援絵です。


【挿絵表示】


タイトル名は「ナース服10点の娘は照橋心美になる」だそうです。

なんか色々とヤバい……ていうか色気が凄い、もはやエロい、これは銀さんもおぅふですね……

綺麗で素敵なイラストを描いていただき、いつもありがとうございます!

そして今回の話は、そんなおぅふした男が、彼女と意外な関係になっているのが判明します。


リズベットは第四十八層のリンダースで店を構える鍛冶師のSAO型プレイヤーだ。

 

特徴的なピンク色の髪は友人からのアドバイスで染めていて、最初は気恥ずかしかったが最近では常連さんに可愛いと言われたりするので今では悪くないと思えるようになった。

 

立地の良い場所に店を構えられた上に可愛いと褒められる店主、これでリピーターが増えない筈ないのだが……

 

「ん~思ったより繁盛しないわねぇ……」

 

開店したばかりという事でお客さんはまだ来ておらず、その隙にリズベットは椅子に座って、ほぼ日課となっている店の売上と収益をメニューを開いてチェックしていたのだが

 

どうやら期待以上の成果が上げられずに悩んでいるらしい。

 

「自分で断言できるぐらい腕は確かだと思うんだけどなぁ……やっぱり値段が高いのがいけないのかな?」

 

別に全く売上が無いわけではない、ベテランプレイヤーの常連客も何人かいるし、他のプレイヤー達のお店の中でもそこそこ売れている方であろう

 

しかし常に依頼した客にはその客に似合う最優の武器を造る事を信条とするリズベットは、一切の妥協を許さず完璧な素材を集める必要があるので、当然かなりの出費が発生してしまう。

 

その為に客に提示する金額も他の鍛冶師に比べて目玉が飛び出る程高かったりするので、金額を提示した瞬間即逃げられるという事も珍しくないのだ。

 

「これはもうあの噂に賭けるしかないわね、自分で広めて最近徐々に周りに浸透されつつあるあの噂で客寄せを狙うしかないわ」

 

今はまだ黒字経営ではあるがそれがずっと続くとは限らない、流行の波に乗る事が出来ずに転覆すればたちまち店は廃れてしまう。

 

その為にリズベットはつい冗談半分でここ等近辺である噂を自ら流していたのだ。

 

リズベット武具店の店主はEDOでも激レア中の激レア武器・神器を造り上げる事が出来る程の腕前だと

 

「フ、我ながらナイスなアイディアだわ、神器の素材があれば神器そのものを造れる天才鍛冶師・リズベット……そんな凄いプレイヤーが店を開いてるともなれば興味本位でお客もわんさか来るに違いないっしょ」

 

誰もいないのを良い事に一人で悪戯っぽく笑いながらリズベットはメニューを閉じて椅子の背もたれに身を預ける。

 

少々ズルいかもしれないがこれぐらいでもしないと商売なんてとてもじゃないがやってられない。

 

商人とは常に合法と非合法の間スレスレを渡り抜いて利益を得てこそ一人前と呼べるのだ。

 

それにちょいとデカい口叩いた事ぐらい大目に見てくれてもいいであろう

 

「まあどうせ誰も分かりっこないだろうしね、私が神器が造れるかどうかなんて。神器の素材なんてそうそう手に入るもんじゃないし、仮に出て来たらその時はその時で考えれば良いし」

 

非常に楽観的な態度でグラグラと椅子を左右に揺らしながらのんびりくつろでいると

 

そんなリズベットの営む店に、ガチャリとドアを開ける音が響く。

 

「こんちわー」

「ああいらっしゃい、って初めて見るお客様ね」

 

店にやって来たのは活発そうな長い黒髪の少女・ユウキだった

 

リズベットはすぐに立ち上がって仕事モードに入る。

 

「よく来たわね、ウチはEDOの中でもトップの武具店よ。ちょいと高いかもしれないけど何がお望みかしら?」

「え、ボクはお客じゃないよ?」

「はぁ? じゃあ冷やかしかなんか? 悪いけどそういうのウチお断りだから、はい帰って、しっしっ」

「切り替え早いなー」

 

買わないのであれば用は無い、仕事モードから素面モードに切り替えてすぐに手を振って邪険に追い返そうとする仕草をしてくるリズベットにユウキは全く気にしてない様子でとぼけたように呟くと

 

「でもお客さんなら連れて来たよ、ボクはその人の付き添い」

「え、そうなの? だったらさっさと早く言いなさいよ、で? そのお客さんはどこ? 結構お金もってそうな感じ?」

「んーリアルでは超貧乏でこっちでもあんま金持ってないかなー、無駄遣いばかりしちゃうから」

「よし、じゃあ一緒に帰れ」

「その対応の早さは感心するけど客商売としてはどうかな?」

 

客がいると聞いてすぐにその相手の懐について尋ねて来るリズベットにユウキが正直に答えていると、ドアからゾロゾロと色んなプレイヤーが入り込んで来る。

 

ギルド内というより学生サークル的な集団・月夜の黒猫団である

 

「お邪魔しまーす!」

「またやって来ましたー!」

「ってアンタ達、ついさっき冷やかしにきた連中じゃないの……また追い出されに来たの?」

「いやいや今度はちゃんと依頼しに来ましたから」

 

次から次へと入って来た彼等にリズベットは顔をしかめる。

 

実は開店準備中に彼等が突然やって来て、神器を造れるのは本当かとしつこく尋ねて来たのだ。

 

それでリズベットはめんどくさそうに「神器の素材がありゃあいくらでも造ってやるわよ」と豪語すると彼等は店内で嬉しそうにはしゃぎ回り出したので、キレた彼女が無理矢理追い出したばかりなのだ。

 

しかし今回はただ質問をしてきた訳ではなく、キチンとした依頼を頼みに来たらしい。

 

「銀さん早く中に入って来いよ!」

「うるせぇな、お前等が先に入るもんだからドア塞がってたんだよ」

 

黒猫団の一人に誘われると、リズベットの店にフラリと銀髪の男が死んだ魚のような目をしたまま入って来る。

 

彼女の依頼をする張本人・坂田銀時だ。

 

 

「おたくが神器造ってくれるっつうこの店の主人か?」

「そ、そうだけど何よアンタ……言っておくけど神器といってもその素材を用意して貰わないと造れないからね私は……」

 

明らかに自分より年上だし無愛想な銀髪天然パーマ

 

そんな男に神器の事について尋ねられるとリズベットはちょっとビクつくもすぐに返答する。

 

「あるのだったらこの天才鍛冶師の腕をたっぷり披露してやってもいいわ、どうせ持ってないんでしょうけど」

「ほらよ」

「へ?」

 

両肩をすくめながらあるモノなら出してみろと言わんばかりのリズベットに

 

銀時はヒョイと手に持っていたモノをポイッと彼女の前のカウンターの上に置く。

 

カウンターの上には黄金色に染まる枝が、今まで見た事が無いぐらいとても美しい輝きを放っていた。

 

「こ、こ、こ、これってもしかして! え、ウソ!? マジ!? も、もしかして金木犀の枝!?」

「よく知ってるじゃねぇか、じゃあ頼むわ」

(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)

 

あの鬼畜難易度として誰もがクリア不可能と言われていたクエスト『金木犀の枝探し』

 

まさかアレをクリアした人物が遂に現れてなおかつ、自分の下へとやって来たと言うのか。

 

もしかしたら偽物では?とも一瞬考えたがすぐにそれは違うと確信する

 

ただの枝でこれ程までの神秘的な光を放つモノなんてある筈がない、常にモノの輝きを人並み以上にチェックする鍛冶師のリズベットだからこそ、その辺は仕事人としてキチンとわかっている。

 

つまりこれは正真正銘本物の……

 

(本当に神器の素材来ちゃったぁぁぁぁ!!! どうしよコレぇぇぇぇぇぇ!!!!)

 

雷でも落ちたかのような強いショックを感じながらリズベットは内心焦りに焦りまくる。

 

何故なら神器を造れるというのはあくまで自分が店の宣伝の為に流布したでっち上げ。造れるどころか今まで神器の素材にすら触れた事さえないのだ。

 

(ヤバい! まさか本当にモノホンの素材持ってくるプレイヤーがやって来るなんて! どうすればいいの私!? 本当の事言っちゃっていいの!? いやそれは一番駄目でしょ! ホラ吹いてた事バレたら店の信用に傷付くだけじゃ済まないでしょ! 最悪店ごと潰れる可能性も!)

「おいどうした店主さん、さっきから凄い汗流れてるぞ」

「!?」

 

必死に平静を装いながらも内心心臓バクバクで頭の中パニックになっているリズベットに

 

不意にいつの間にか銀時の隣に立っていた黒服のプレイヤーが鋭い視線を向けながら尋ね始めた。

 

銀時とユウキ、黒猫団に紛れて店の中へと入って来たキリトである。

 

「なぁ、アンタ神器造れるのか本当に?」

「バ、バカ言うんじゃないわよ! リズベット武具店の看板を持つ私に造れない武器なんて存在しないのよ!」

「そうだよ、初対面の相手になに失礼な事言ってんだよキリト君、コイツ本人が自分で造れるって言ってんだから間違いないんだよ」

 

ジト目を向けながら明らかに疑って来ているキリトに気付いてリズベットはムキになった様子でつい叫んでしまうと

 

それに神器の素材を持って来た張本人の銀時もうんうんと頷き

 

「だがもし、あり得ないとは思うがもしコイツの言葉が嘘で塗りたくられたタダのでっち上げだった場合、騙された俺達は全力でこの店の悪い噂を流しまくって絶対に潰す、だから早く造れ、店潰されたくなかったら嘘じゃないと証明する為に死ぬ気で神器造って見ろ」

(ってこっちもおもくそ疑ってるぅぅぅ!! しかも店潰すって言った! コレもう完全に出来ないと言っちゃったら終わりじゃない!」

 

死んだ目を僅かに光らせてこちらをジーッと見つめて来る銀時を前にリズベットは「アハハ……」と頬を引きつらせながら苦笑する。

 

 

キリトと同じく銀時も彼女を疑っているみたいだった、幸いにも黒猫団のメンツやユウキは特に何も不審に思っていない様だが

 

こうなったら素直に謝るのはもう無理だ、ならば……

 

「わ、分かり切った事言うんじゃないわよお客さん……神器なんてちょちょいのチョイで造ってあげるわよ」

「ほーん、じゃあさっさと造ってくれや」

「あーもうこれだから素人は困るわ~、確かに私は神器の造れるマエストロ級の鍛冶師だけども、神器の素材があるからといってもそれだけじゃまだ足りないのがわからないのかしら_」

「あ?」

「時間、そしてもちろん私に造って貰う為の契約金よ」

 

でっち上げがバレずにやんわりとこのまま店を続ける方法

 

それはお客の方がこちらの店で造って貰うのを諦めてくれればいいのだ

 

口をへの字にして顔をしかめる銀時に、リズベットは得意げに語り始めた。

 

「こっちもプロよ、お客様が満足してただける武器を造るのは鍛冶師として何よりのモットー。だからこそ私達は一つの武器を造るのに多くの時間をかけるのも厭わないと思っているの、妥協は一切しない、神器なら尚更ね」

「っつう事はコイツをお前に預けちまったら、俺の元に戻って来るのは相当の時間がかかるって事か?」

「そうよ、かなり時間を掛けさせてもらうわ、生半可な神器を渡すなんて絶対に出来ないわ、そんな真似するならそれこそ自分で店を畳むわよ」

 

両手を腰に当てリズベットはちょっと誇らしげにそう言ってのける。

 

多少のホラは拭くものの彼女だって立派な鍛冶師だ。客に嘘はついても己の腕にだけは絶対に嘘は付きたくない

 

それが職人という道を選んだリズベットが持つ唯一のプライドだった。

 

「それともう一つ大事なのが当然お金よ、こっちも骨身を削ってアンタの武器造りに協力してあげるんだからそれなりの対価を払ってもらう必要があるわ、つまり契約金ね」

「チッ、やっぱ金掛かるのかよ……仕方ねぇないくらだ? パフェ1杯分ぐらいか?」

「プロナメてんのアンタ? 今計算してあげるから待ってなさい」

 

そう言うとリズベットはカウンターの引き出しから電卓を取り出すと

 

ピッピッと音を鳴らしながら数字を打ち込んでいき

 

「貴重な神器という事で武器代もかなりの額になる上にこちらで用意する材料代、加工費に遠征費、人を使う事になるだろうし人件費とその他諸々……ザッと見積もりこれぐらいね」

 

 

銀時の前にサッと電卓に表示された金額を見せると、銀時ではなく黒猫団の方がギョッと目を見開き驚き出す。

 

「なんだよこの金額! いくらなんでも高過ぎるだろ!」

「ぼったくりじゃないのかコレ!?」

「六十一層の高級地区で庭付きの家を買える金額じゃねぇか!」

「私、武器一つでこんなに金額掛かるなんて初めて知った……」

「すみません銀さん、僕等がカンパしても到底足りません……」

 

 

彼女が提示した金額はかつて見た事のない程の金額であった。

 

ズラリと並ぶ数字に黒猫団達が一斉に叫んでる中、リズベットは内心してやったりの表情で

 

(フフフどうよこの金額……目ん玉飛び出る程驚いたでしょ、でも素人にはわからないけど、神器となればコレ位かかるのが妥当なのよ、まあちょっと色付けちゃってはいるけども……)

 

到底払う事が出来ないぐらいの金額を見せつけて諦めさせる、それが彼女の狙いだった。

 

銀時のパートナーであるユウキとキリトもこの額を見て眉をひそめている

 

「ひゃーコレちょっとマズいなー、今の銀時じゃ逆立ちしようが内臓全部売ろうが足りないよ」

「いやでも確かに神器ならコレ位掛かっても不思議じゃないさ、まあ多少色付いてるような気がするけどな」

(だからコイツはなんでさっきから一々鋭く突いて来るのよ! 名探偵気取りか! コナンの犯人みたいな黒ずくめのクセに!)

 

 

素直に「おおー」と呟くユウキに対しキリトの方はまだ怪しむかのようにこちらに視線を向けて来る。

 

色付けた事さえ勘付くなんてどれだけ鋭いんだとリズベットは反射的に彼から目を逸らしながら苦笑して誤魔化すしかなかった

 

(けどコレだけの金額を出せばもう向こうも払う気なんて起きないでしょ、このいかにもザ・貧乏って感じの金にトコトン縁の無さそうなツラしてる男がこんな大金払える訳……)

 

一流の商売人は相手が金を持っているかどうかぐらい一目で察する事など容易い

 

そしてこの銀時は間違いなく金があれば使うという思考の貯金なんて出来ないタイプだ。

 

こんな金額到底払えまいと、リズベットは心の中で勝ち誇りガッツポーズを取っていると

 

仏頂面のまま銀時はおもむろに自分のメニューを開いて指でなぞって操作を始めると

 

 

 

 

「ほらよ丁度同じ金額だ、これで足りんだろ」

「「「「「……え?」」」」」

 

カウンターに突然ズン!と重々しい響きと共に巨大な袋が現れた。

 

大量の金貨やら札束が入っているその袋を見て思わず銀時以外の一同が声を揃えて真顔になってしまうと

 

リズベットは恐る恐るその袋に手を伸ばして中に収納されている金額をチェックする為にタッチしてみる。

 

すると彼女の前に表示された金額は……

 

「……ジャストじゃん」

「えぇぇぇぇぇ! 銀時どういう事ぉぉぉぉぉぉ!?」

「ア、アンタいつの間にこんな大金隠し持ってたんだよ!!」

 

足りると信じられない様子で呟くリズベットの反応を見てすかさずユウキとキリトが銀時の方に慌てて駆け寄るも

 

当人は小指で鼻をほじりながらけだるそうに

 

「いやまあ、お前等には言えなかったけど実は会う度に毎回お小遣いとして大金渡してくれる奴がいるんだよ、今後はより大変になるだろうから資金はキチンと持っていた方が良いって」

「なにそれ! もしかしてスポンサーって奴!? ボク等が知らない所でそんな人から資金提供されてたの!」

「どこのどいつだよ! こんなオッサンに使いきれない程の大金を惜しげもなく渡す奴って!」

「あー……」

 

彼の口から放たれた新事実にユウキとキリトがどよめいていると

 

銀時はちょっと言い辛そうにしながらも、まあいいかとため息を突いて彼女達に向かって

 

「アリス」

「……え?」

「なんか毎回会う度に金くれるんだよ、お小遣いだからって」

「それって……」

「最近じゃ俺が帰ろうとする度に金出して「延長お願いします」とか言って来るな、おかげでこっちの世界の金には不自由ないけど、貰うんならリアルで使える金が欲しいぜ全く」

 

キリトのが徐々に顔を強張らせながらなそっと隣に目をやると

 

そこにいたユウキの目が細くなり、悪びれも無く白状する銀時に向かって彼女はボソリと

 

「それ思いきり君との時間を金で買ってるって事だよね……そしてそれを甘んじて受け入れてるって事は、もうぶっちゃけ、君ってばアリスのヒモだよね?」

「はぁ!? 誰がヒモだコノヤロー! 俺は別に金があるとか無いとかで付き合ってやってる訳じゃねぇよ!」

「いやでもお金は受け取ってるんでしょ!? アリスから! ボクにバレないようコッソリと貰ってたんでしょ!」

「当たり前だろ、貰えるモンなら病気以外貰う主義だ」

「じゃあヒモじゃん! もしくはお客に貢がせてる悪いホスト! 万事屋止めて高天原に勤めたら!?」

「人聞きの悪い事言ってんじゃねぇよ! 確かに金は受け取ってるけど! それはあくまで今後役に立つ為に貰ってただけだって! 現に今役に立ってんだろ!」

 

彼女にヒモと呼ばれて強く反発する銀時、もしかしたら自分でも薄々そうなんじゃないかと度々思っていたのかもしれない。

 

アリスとの間に金銭が飛び交ってた事を知って、さっきまで機嫌良さそうにしていたユウキが一瞬にして不機嫌丸出しの表情で銀時を睨み付け、それに銀時もムキになった様子で必死に反論する。

 

自他共に認める程仲の良い二人だが、極稀にこうやって喧嘩を始めてしまう事もある。主なケースは銀時のちゃらんぽらんでいい加減な性格から起きる事が原因だ。

 

店内であるにも関わらず二人は周りの視線を気にせずに延々と論争を始め出すと、どうすればいいのかと困惑している黒猫団と、目の前に差し出された大金を見て呆然としているリズベットを尻目に

 

「まあまあ」と慣れた様子でキリトが二人の間に割り込む。

 

「とりあえずそういうのは二人きりの時にいくらでもやってくれよ、ここ店内だぞ? 周りに人が心配してるんだからそんな騒ぐなって」

「いやそうだけどさ……最近ってば銀時、ボクに隠し事多くない? そこがホント妙にイライラするんだよ」

「はん、わかってねぇなハニー、男ってのは女に言えない秘密の一つや二つあった方が磨きがかかるんだよ」

「そうやって勝新太郎みたいな事言ってすぐ誤魔化そうとするのが……」

「あーはいはいわかったわかった、さっき言っただろ、痴話喧嘩はよそでやれって、勝新太郎でも中村玉緒でもいいからここは大人しく言う事を聞いてくれ」

 

まだ言い争いを続けようとするユウキと銀時にめんどくさそうに両手を上げて制止させると、キリトはリズベットの方へ振り返り

 

「とりあえずその金があればこの人の神器造ってくれるんだろ、つまりコレで交渉成立だな」

「へ!? い、いや確かにお金はあるけど……」

「じゃあ完成したら受け取りに来るから、それまで精々頑張れよ」

「え、え~とその実は……」

 

急に銀時の代役で話を進め出すキリトにリズベットは口をゴニョゴニョさせながら何かを言いたそうな反応をするも、キリトはそれを見透かした上でさっと踵を返して

 

「それじゃあ後はこのマエストロ級の天才鍛冶師に任せようぜ、ほら撤収撤収」

「あ! ちょ!」

「ありがとうございますリズベットさん!」

「今度は俺達も客として来るんで!」

「いやその! あの!」

 

本当の事を告白したいと泣きそうな顔で手を伸ばしてくるリズベットを置いて

 

キリトは黒猫団を連れてさっさと店の中を後にするのであった。

 

銀時とユウキもまた未だ無言で睨み合いながら一緒に出て行く。

 

取り残されたのは大金を前に途方に暮れるリズベットと

 

神器の素材として上を目指すプレイヤーであれば喉から手が出るほど欲するであろう金木犀の枝

 

「どうしようコレ……」

 

徐々に湧き上がる不安とホラを吹いた事による激しい後悔と共に

 

リズベットは一人カウンターに肘を突きながら頭を抱えながら嘆くしかなったのであった。

 

「チクショウ……ホラなんて吹くんじゃなかった……」

 

 

 

 

 

 

 




リズベットに関してはかなり好き勝手に書きてました。こういうちょっとダメな所があるキャラは本当に書いてて楽しいです。私の書くキャラって基本的に欠陥だらけですが

まあダメな部分はあるけど腕は確かなので暖かい目で今後も見ていてやってください。

次回は銀さんとユウキのお話、二人は仲直りできるのだろうか……

そして途方に暮れるリズベットの店にまた新たな来客が……


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第五十三層 ありがとうって伝えたくて

空洞虚無さんから頂いたイラストです。


【挿絵表示】


仮面ライダーエグゼイドのラスボスらしいです、最近のライダーって漫画みたいな目になってるんですね。それともエグゼイドだけなんだろうか……

絵の中に書かれてる横文字は曲名らしくて、貴水博之さんという方が歌っていたエグゼイドのテーマソングらしいです。作品は見てないけど曲は好きです、エグゼイド

竿魂の支援絵(なのかな? うん、多分そうだろう、銀さんいるし)を描いていただきありがとうございました!




無事(?)に神器造りの依頼を終えた銀時達

 

しかしここでまた新たな問題が発生していた。

 

 

「……」

「見てごらんサチ、あんなにユウキさんがムスッとしているのは何時以来だろう」

「多分、ランさんが1週間ぐらい銀さんの口調を真似たロールをやり続けていた時かもね……」

 

 

基本的には明るくて人当たりの良いあのユウキが

 

48層地区の街で一人ベンチに座りながら、ずっと無言で機嫌悪そうにしているのだ。

 

銀時が自分の知らない所でアリスと度々密会を重ねていた挙句、その度に彼女から金銭的援助を受けていた事が発覚した為である。

 

「……」

「物凄い近寄りがたい雰囲気だ……いつもの彼女ならあり得ないな」

「まあ元はと言えばユウキの知らない所で他の女性にお金恵んでもらってたあの人が原因だろうけど……」

 

ユウキの様子を少し離れた所から、月夜の黒猫団のメンバーのケイタとサチが心配そうに見守りつつ、チラリと背後へと振り返る

 

そこにはユウキの機嫌をすこぶる損なわせた張本人の……

 

「なぁ、参考として聞かせて貰うんだけど、働かないまま女性からお金を貰って養ってもらう方法って、具体的にどうやれば出来るんだ?」

「知らねぇよバカヤロー、どうしてそんな事俺に聞くんだコラ」

「そりゃアリスのヒモとして常に大金を持って遊び呆ける事が出来る様になったアンタだからこそだよ、将来的に俺もそんなヒモとしてリアルで生き続けたい」

「どんだけ自堕落に生きてぇんだよお前、つうか誰がヒモだ殺すぞ」

 

彼女をほったらかしにしたままキリトと下衆な雑談している真っ最中の銀時がそこにいた。

 

傷心しているユウキに目もくれない彼に、流石にケイタとサチも軽く軽蔑の眼差しを向ける。

 

「ていうかあの、銀さんいい加減なんとかしてくれませんかね……ユウキさんの事」

「ああ? なんで俺がそんな事やらなきゃいけない訳? 向こうが勝手にキレてるだけじゃん、今回ばかりは俺悪くねぇよ」

「いやいやいや! 全面的にあなたが悪いでしょ! 流石に隠し事していた上に別の女とお金を絡ませた関係築いてたなんて酷過ぎるでしょ!」

「いやだから俺は別にアリスと金絡みの付き合いやってた訳じゃねぇんだって言っただろうが」

 

ケイタに指を突き指されて非難されながらも、銀時は小指で耳をほじりながら全く悪いと思っていない様子で

 

「アイツが勝手に誤解してるだけなんだよ、確かにアイツからすれば死んだ姉ちゃん裏切って別の女の所へ行ったと考えちまうのもわかるけどよ、そもそも俺はアリスとそういう関係になろうとなんざこれっぽっちも思ってねぇから」

「なんか微妙に銀さんも勘違いしているような気が……とにかく! 誤解だって言うならそれをユウキさん本人に直接伝えて下さい!」

 

銀時からすればそう思うのもおかしくないかもしれない。

 

彼からすればユウキは異性の対象というより妹であり家族のようなモノだ。

 

そんな彼女からすれば銀時の行いは、亡き恋人である姉を裏切る行為と見えると言えば見えるが……

 

多分ユウキはそんな理由で怒っているのではないんじゃないかと、恋愛事にはてんで疎いケイタでもわかる。

 

そしてそれは黒猫団のメンバーで最もユウキと親しかったサチもよくわかっている様子で

 

「銀さんお願いします、ここはユウキに謝ってください、土下座するなり一発ぶん殴られるなりして許してもらわないとダメです」

「俺アイツに殴られるの!? いやだから俺がどうして許されなきゃいけないんだっていう話な訳で……」

「大丈夫です、今の銀さんにはわからないでしょうけど、未来の銀さんはここで伝えておいて正解だったって思う筈ですから」

「い、今の俺と未来の俺? おいおい今度はSFか?」

 

急にサチが優しく微笑みながら変な事言い出したので、銀時はちょっと心配した様子で頬を引きつらせると

 

彼女自身は裏表の無いとっても良い子だと知っているので、その忠告を素直に聞いてやるべきかとしばらくポリポリと頭を掻いた後

 

「わ~ったよ、ちょっくら行ってくる」

 

そう言い残していつもの死んだ魚のような目をしながらめんどくさそうにユウキの方へと歩いていくのであった。

 

「案外素直に言う事聞いてくれて助かった、でもちゃんと上手く話し合ってくれるかな?」

「それは二人を信じるしかないよ、それよりも……」

 

銀時の背中を見ながら送り出したサチが不安そうにしていると、ケイタは頷きながらまたチラリと背後に目をやると

 

自分の仲間の三人が壁際に追いやられて黒づくめの剣士に絶賛絡まれ中だった。

 

「おい、お前等あの人に神器の素材を手に入れられるキッカケを作ったんだよな、もしかして本当は裏でそうなる様仕組んでたとか無いよな? 本当はこの世界の神器を入手できる術を知っているとはそんな超凄い集団とかなんじゃないのか?」

 

「いや違ぇよ! 俺達はただの弱小ギルドだし! 銀さんが手に入れたのも単なる偶然だって!」

 

「そういうのはいいから、そもそも始めたばかりの新参者がサクッと神器の素材手に入れるなんてご都合主義にも程があるってずっと思ってたんだ、お前等が手引きしたんだろ、素直に吐け」

 

「誤解だ! 俺達はただ一緒にクエストやりませんかって誘っただけだ!」

 

「いいから本当の事言えぇぇぇぇぇ!! そして俺に神器の在り処を教えろ!! 土下座するなり靴舐めるなりなんでもするから!! どうか俺に! 廃人プレイヤーと呼ばれてなお未だ神器を手に入れる事の出来ない哀れな俺に慈悲をくれぇぇぇぇぇ!!!」

 

「おいケイタ! コイツヤバいぞ! ある意味ランさんとは別の方向でヤバい!! 助けてくれ頼む!」

 

キリトに変な疑惑を掛けられながら、脅されてるのかお願いされているのかよくわからない状況下で助けを求める彼等を見て、ケイタとサチは引きつった顔を見合わせるとすぐに歩み寄って行く。

 

「とりあえず今僕等は……あの銀さんの仲間であるキリト君からの誤解を解く事にしようか……」

「うん……なんなんだろうあの人、どんだけ神器が欲しいんだろ……」

 

血走った目で叫びながら神器に強い執着心を燃やすキリトに

 

ケイタとサチも呆れながら月夜の黒猫団総メンバーで説得に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして彼等がそんな事をしている間に、銀時はというと

 

「よぉ」

「……」

 

夕暮れ時にポツンとベンチに座るユウキに後ろから何気ない感じで話しかけていた。

 

しかし彼女は振り返りもせずに無視をしたので、やれやれと更にめんどくさそうな表情を浮かべながら彼女の横へと回る。

 

「ったく、隣座るからな」

「……どうぞご勝手に」

 

一緒にベンチに座ってみるとようやくユウキが重い口を開いたが、表情は依然ムスッとしたままだった。

 

それを見て銀時ははぁ~とため息を突きながら自分の膝に頬杖を突いたまま

 

「まあそのなんだ、悪かったなお前に色々と内緒にしておいて。お前に言うとどうせこういうめんどくせぇ事になるだろうと思ってよ」

「悪かったねめんどくさい女で……」

「お前って普段はそんなんじゃねぇのに、昔から俺が藍子に構ってばかりいるとすぐそうやって機嫌損ねるな、どうせ大事な姉ちゃんを俺に奪われるんじゃないかってムカついてたんだろ?」

「……もうなんでそう解釈するのかなぁ……」

 

わかり切った様子で呟く銀時に対し、ユウキはそうじゃないとハッキリと言ってやりたいのだが

 

どう違うんだと言えばいいのかわからなかったので、仕方なく顔をプイッと背けるしかなかった。

 

「そういう銀時もさ、昔からボクに隠し事ばかりする悪い癖があるよね、姉ちゃんと付き合い始めたのも黙っていたし……」

「そりゃまあ、お前に言ったら喧嘩売られるかもと思ったからな、また殺されそうになったらたまんねぇし」

「それとどうして攘夷戦争に参加していたのかとか……未だに詳しく教えてくれないよね」

「……そいつは言う必要もねぇだろ、聞いて面白ぇモンでもねぇし」

 

ユウキは銀時がかつて攘夷戦争に参加した経緯についてはよく知らない

 

唯一知っている事と言えば「大切なモノを取り返すために戦い、結果全てを失っちまった」という哀しい目をしながら唐突に呟いた彼の言葉のみ

 

あの時の彼の表情は今もなおユウキの脳裏に焼き付いている。

 

「銀時はさ……そうやってボクにはいつも何も言わずにどこかへ行っちゃうよね……姉ちゃんの事も戦争の事も……結局の所ボクって銀時にとってなんなの? 大切な事は言わなくていい存在なの?」

「おいおい急に重っ苦しい事言うなよ、ちぃとばかりネガティブになり過ぎだぞ、いつもの空回り気味なポジティブシンキングはどうした」

 

彼女の口から放たれた不安そうな消えいる声に、銀時はしかめっ面を浮かべると頬を掻きながら

 

「お前が俺にとってどんな存在なのかだと? んなの決まってんだろ、出会ったばかりの頃はクソ生意気でうるせぇ小娘、そんでその後は藍子の妹、そん次は藍子の忘れ形見、そんで今は……」

「……妹同然の家族?」

「ああ、それと……失いたくねぇ一番大事なモンだ」

「!」

 

ちょっと間を置いてそう呟く銀時にユウキは思わずバッと目を開いて振り返るも、彼はこちらを見ずに目を背けている。

 

「俺は戦争で何もかも失っちまった、けどまだ俺には藍子やお前がいたからまだ立っていられた、けどよ、藍子が死んじまった時は流石にもうダメだと思っちまう時もあった」

「銀時……」

「でもふと気付いちまったんだよな、そんなどうしようもねぇ俺に、いつもお前だけは離れずいてくれてたって事によ」

 

そう言いながら銀時はポンと彼女の頭に手を置くと、やっとユウキの方へと振り向きフッと笑った。

 

「ぶっちゃけ言うとな、俺がこのゲームやり始めたのは藍子の想いを継ぐってのもあったよ。けど俺自身も、お前が元気に飛び跳ねるって光景を見てみてぇと思ってたんだ」

「……」

「暗闇のどん底に落ちてた俺を拾い上げたのはオメェだ、俺が今もまっすぐ立って歩いて行けるのは、お前が隣にいてくれるおかげなんだぜ?」

 

ここまで銀時が自ら弱い部分を曝け出してくれたのは初めてかもしれない……

 

彼に頭を触られながらユウキが内心驚き、そしてカァッと胸の中から異常なまでに熱く感じる、顔も赤くなってるのではないかと思うと彼をどうしても直視できない。

 

そして銀時自身もそんな彼女の反応を見てこっ恥ずかしくなったのか、彼女の頭からパッと手を離してフンと鼻を鳴らす。

 

「ま、たまに隣でギャーギャーうるせぇ時あるから、お前を置いて一人でフラフラと行っちまう時があるけどな」

「だ、だからそれが酷いって言ってるの!」

「仕方ねぇだろ、銀さんだってたまには一人になりたい時とかあるんだよ」

「一人じゃないじゃん! アリスとイチャついてるんでしょ!」

「イチャついてねぇよ! ていうかお前だってたまに一人でこっちに潜ってる時とかあるじゃねぇか! それに藍子がこっちの世界で何していたかもお前自身からは聞かされなかったし!」

「そ、それは……」

 

つい彼が言った言葉にまたムカッと来て叫んでしまうユウキだが、負けじと銀時に反論されるとどう答えていいのか困った様子で俯く。

 

「う、うんまあそうだよね……よくよく考えればボクだって銀時に隠し事とかしてるモンね……自分を棚上にあげて銀時の事をとやかく言う筋合いは無いよね……ごめん」

「いやいきなり謝られたら俺もどうしていいかわかんねぇよ……俺も本当に悪かったと思ってるよ、今度アリスとか他の奴と遊びに行く時はお前を連れてくとか連絡するとかちゃんとするからよ」

「うん……そうしてくれたらボクも嬉しいよ、流石に彼女からお金貰ってる事についてはちょっとイヤだけど……」

「ああ、次からはちゃんと断っておくから安心しろ、金はもういらねぇって」

 

ユウキに頭を下げられては銀時も流石に強くは言えない

 

99%自分が悪くても残りの1%を振り絞って自分の正当性を主張する彼であっても

 

ここは素直に折れて彼女の不満の一つを解消してあげる事にした。

 

「そんじゃあこれで仲直りって訳でいいのか? 俺そろそろ疲れたから一旦ログアウトしてぇんだけど」

「いやいや何言ってんのさ、神器を造ってくれる店を見つけてくれた月夜の黒猫団にもお礼を言わなきゃならないんだし、それにもうすぐ夕食の時間だよ、この世界でのボクの楽しみの一つは、銀時達と一緒に同じ食事できる事なんだから、今日はとことん付き合ってもらわないとまたボクふくれっ面になるよ?」

「そいつは困るな、仕方ねぇ……それじゃあアイツ等に礼言うがてらに、アイツ等も連れてどっか夜の店にでも洒落こむとするか」

「うん!」

 

今日ばかりは彼女の言う通りにしてやろうと、銀時が自ら提案てあげるとユウキは心底嬉しそうに頷いてベンチから重い腰をあげた。

 

そしてそこから見える夕焼けを見つめながらそっと髪を掻き分ける。

 

「ねぇ銀時……」

「あん?」

「さっき言いそびれちゃったけどさ、ボクも銀時には感謝してるんだよ、リアルではもう酷い状態になっているボクを、君だけは唯一見捨てずに傍にいてくれた」

 

まだベンチに座っている銀時に心からの感謝の意を込めながら、ユウキは彼に向かってそっと微笑みながら振り返る。

 

「君がボクを大切だと言ってくれたように、ボクもそんな君の事を大切だと思ってる、それはきっとこれから先ずっと永遠に決して変わらないよ……」

「……」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

「ずっとボクを導いてくれて、ずっとボクのヒーローでいてくれて、ずっとボクの大好きな君でいてくれて、本当にありがとう銀時」

 

 

 

 

 

 

彼女の言葉に銀時は思わず呆然とその場に座り込んだまま動けなくなってしまっていると

 

自分で言った事に恥ずかしくなった様子で、ユウキは顔を赤面させながらバッとその場で駆け出して

 

「じゃ、じゃあボク! 黒猫団のみんなとキリトを探してくるから!」

 

逃げる様にそう言い残すと、慌てた様子でその場を後にするユウキ

 

残された銀時はというと、しばしその場に座り込んだまま固まっていると、目の前に見える美しい夕焼けを拝みながらフッと笑うと……

 

 

 

 

 

「ったく、我ながら随分とおかしくなっちまったモンだ……」

 

 

 

 

 

 

「思わずアイツに見惚れちまったなんて知られたら、マジで藍子にぶっ飛ばされそうだわ」

 

銀時にとってユウキは妹の様な存在

 

しかしたった今彼の中で

 

彼女の気持ちがほんの少しだけ変わったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

銀時とユウキが仲直りしてるそんな頃

 

そんな事知ったこっちゃないと言った感じで

 

リズベット武具店の店主・リズベットは頭を抱えて泣き叫んでいた。

 

「どうすればいいのよコレェェェェェェ!!!」

 

目の前に置かれた大金と神器の素材を前にして、銀時達が去ってから何度も同じように叫び続けていると

 

そんな彼女の店に来客が一人やってくる。

 

「こんにちはリズ、予約した通り武器の刃こぼれ直して欲しいんだけど……ってどうしたの!?」

「アスナァァァァァァァァァ!!!」

 

店にやって来たのはまさかの血盟騎士団の副団長・アスナであった。

 

上手い具合に銀時達と入れ違いになる形でやって来た彼女に、リズベットは救いを求めるかの様に声を上げる。

 

「どうしよう私! 無理なのに! 絶対無理なのに! ついムキになって引き受けちゃったぁぁぁぁぁ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ! あなたらしくないわよリズ、無理な依頼を引き受けたってどういう事?」

 

急にこちらに駆け寄って来て腰にしがみ付いて来るリズベットに困惑しつつも、とりあえず事情を詳しく説明してくれと言うアスナ。

 

するとそんな彼女の背後からズカズカと見せに入り込んで来る侍風の男性プレイヤーが一人

 

「邪魔するぜぃ」

 

アスナのお守役兼殺し屋、人斬りソウゴこと沖田だ。

 

「お、こんなチンケでクソみたいな店に不釣り合いな大金が置いてあるじゃねぇか、金欠過ぎてついにヤバい事に手ぇだしちまったのかお前?」

「ってうわ! ドS王子じゃないの! てっきり神楽ちゃんと来ると思ってたのに!」

「アナタは黙ってて、今は私がリズから話を聞くのが先……って本当になにあの大金が入った袋!?」

 

やってきた沖田にリズベットが驚いて思わずアスナからバッと離れていると、アスナもまたカウンターの上に置かれた大金を見て目を思いきり見開いた。

 

「何をやったのリズ!? 正直に吐きなさい! 今なら切腹で済ませてあげるから!」

「いや済んでないでしょそれ! 二人共変に誤解しないでよ! あの大金は依頼人が私に持って来た、ちゃんとした契約金よ!」

「契約金って……あんなに高くつく依頼ってなんなのよ、さてはぼったくりね、腹切りなさい」

「どんだけ友人の腹を掻っ捌きたいのよアンタは!」

 

軽蔑の眼差しを向けながらいつもより若干トーン低めで切腹を申し付けて来るアスナに負けじとリズベットがツッコんでいると

 

「おろろ? おいピンク店主、どうして金と一緒に旦那が手に入れたモンがここに置いてあるんでぃ?」

「ってちょっと! 勝手に触らないでよそれ!」

 

勝手にカウンターの上にに歩み寄って物珍しそうに例のモノを見下ろしている沖田に慌ててリズベットが立ち上がって忠告していると、アスナもまたそこに置かれているモノをチラリと見てみる。

 

そこには金色の光を放ち、一目見て美しいと思える輝きを持つ枝の様なモノが置かれていたのだ。

 

それを一目見た瞬間アスナは「うぇ!?」と変な声を出しながらわが目を疑う。

 

「も、もしかしてそれって……金木犀の枝……じゃないわよね?」

「ああ、そういやアスナも前から結構欲しがってたんだっけ、そうよご名答、これがあの超高難易度のクエストでしか手に入らない神器の素材・金木犀の枝よ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!? どどどどうして私がずっと探し求めていた神器の素材がこんな所にあるの!?」

 

置かれているのが金木犀の枝だと知ってアスナは急に激しく動揺した様子で慌てふためくも

 

すぐに自分を落ち着かせようとする為に懐からガサゴソと何かを取り出す。

 

「と、と、とりあえず落ち着きなさい私! こういう時はマヨネーズを! マヨネーズを摂取すれば落ち着く筈だわ!」

「お客様ー! 店内でのマヨネーズ1本直飲みはご遠慮下さーい! 見てるこっちが吐きそうになりまーす!」

 

サッと慣れた感じで一本のマヨネーズを取り出すと、赤い蓋を開けてゴクゴクと直で飲み始めるアスナ

 

どんな落ち着き方だと思いながらリズベットが止めようとするが、彼女はあっという間に飲み干してしまう。

 

「ふぅ、危ない危ない……私とした事がレアアイテムを見ただけでつい冷静さを失ってしまうなんて……マヨネーズが無かったら危険だったわ……」

「マヨネーズ一本早飲みしてる時点で十分ヒロインとしての立場が危ういと思うんだけど……」

 

勝手に落ち着いてる彼女にリズベットがジト目で呟いていると、「さてと」とアスナは改まった様子で金木犀の枝が置かれたカウンターに近づく。

 

「本当に本物みたいね……イベントが終わったと聞いたから私より先に誰かが手に入れちゃったんだと思ってたけど……まさかその誰かがここに持って来たっていうの?」

「ええそうよ、私に神器を造って貰う為にね」

「神器!? ああそういえばリズって前から神器造れるようになったとか周りに言い触らしてたものね……てことは遂に……」

「いや無理……そもそも神器の素材を現物で見たのも今日が初めて……」

「へ?」

 

遂に彼女が神器を造る所を見る事が出来ると嬉しそうに振り返るアスナだが

 

リズベットの方はバツの悪そうな顔で手を何回も横に振る。

 

「神器が造れるってのは店の評判を良くする為のでっち上げで……それを鵜呑みにしてやってきた客が本当に持って来ちゃったもんだから……つい断れずに依頼受けちゃったって訳……」

「おい副長、コイツはひでぇ詐欺師だ、ふん捕まえて晒し首にしましょうぜ」

「止めてぇつい出来心だったの! 魔が差して冗談半分でやってしまった事なのよ! 今は反省してるから許して!」

「はぁ……身から出た錆じゃないの……捕まえはしないけど厳重注意ねコレは」

 

アスナに向かって厳罰するべしと沖田が促すと、その場に座り込んで祈るポーズを取りながら悔い改めるリズベット

 

それを見てアスナは軽くため息を突くと、またチラリと金木犀の枝に目をやる。

 

「コレを持って来た依頼人にはすぐに謝ってきなさい、自分には造れませんって、お金と素材も全部返しますって」

「いや、その必要はないわ……」

「は?」

「こうなってしまった事も自業自得だってわかってる……けどこれは鍛冶師としてやってきた私への試練なのよきっと……」

 

 

ヨロヨロと立ち上がると、リズベットは詰まれた大金と神器の素材を見下ろしながら腹をくくった様子で目つきを変える。

 

「今までは自分の中で限界を作って、もうそこから上には行けないと思い込んでいた、けどいざこうして神器の素材を目の当たりにしてわかった事があるの……」

「わかったって何を……」

「私はもっと上に行きたいってね……だから造るのよ私は、己の限界を超えてその先へ一歩進む為に……」

 

金木犀の枝をグッと掴むとリズベットは決意を決めた眼差しをしながら

 

「まずはコレで立派な神器を造ってやるわよ! そうすれば嘘を本当に出来るし! コレからも胸を張って堂々と神器を造れる神業職人って名乗れるんだから!!」

「じゃあリズは……本気で神器を造るつもりなの?」

「もうこうなったらヤケクソよ! やってやるわよ神器の一つや二つ! かかってこいやコラァ!!」

「いや私はリズにかかって行く気は無いんだけども……」

 

どうやらさっきまで弱腰だった自分を捨て去って、すっかりやる気になった様子で神器造りを決心するリズベット。

 

まあここで退いてしまったら店の面目も潰れるだろうし、やるしかないという状況に追い込まれてしまったのだろう。

 

そんな彼女を困惑した様子で眺めた後、アスナはチラリと沖田の方へ目配せし

 

「やれると思う、彼女?」

「さぁな、ま、失敗しちまったらアイツが旦那にシメられるってだけのこった」

「旦那って?」

「あの枝を手に入れたお人だよ」

「え? あなた金木犀の枝を入手できたプレイヤーの事知ってるの?」

「当たり前だろ、俺もその時一緒にいたんだからな」

「!?」

 

沖田が金木犀の枝の正統保有者を知っているだけでなく、その人物と共にクエストに参加していたと知って驚くアスナ。すると沖田はニヤリと彼女に笑って見せると

 

「それとその人はお前も知ってるだろうよ、何せこっちの世界だけでなくリアルでも顔馴染みだしな」

「う、嘘でしょ!? 私もその人と知り合いなの!?」

「銀髪天然パーマに死んだ魚のような目、流れ雲の様に掴み所の無い男……忘れたとは言わせねぇぜ」

「天然パーマ……それってもしかして……!」

 

その人物はよりにもよって自分が最も忌み嫌っているあの黒づくめ剣士の仲間……

 

沖田の話を聞いてアスナはすぐにそれが誰なのかすぐに気付いて言葉を失った。

 

会う度にどこか読めない不思議な男だとは思っていたが

 

 

どうやらあの男は、本当にただ者では無かったみたいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 




ゲゲゲの女房、好きでした。

リズ視点からするとアスナと神楽は友人で沖田は悪友です。山崎は顔合わせる度に「誰だっけ?」とまともに覚えていません

次回はいよいよ銀さん、五十層目突破。 そしてキリトもまたいよいよ神器探しに動き出す。

そしてその道中で彼は不審な男と少年に出会います……その出会いは幸か不幸か

果たしてキリトは神器の素材を手に入れられるのか?



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第五十四層 話聞く時はヘッドフォン外せ

空洞虚無さんから頂いた「竿魂」の支援絵です。


【挿絵表示】


元ネタはユウキの姉・藍子と「ゾンビランドサガ」というゾンビ娘がアイドルやるアニメ。

竿魂では話が始まる前に既に彼女は死んでいるので、いつか色物のプロデューサーが掘り起こしてアイドルに……

そんなんなったら銀さんどうするんでしょうね、とりあえず泡吹いて倒れそうだ。

コメディ色溢れる素敵なイラストを描いて下さりありがとうございました!


第五十層・アルゲード

 

 

SAO型の占有地区でありアインクラッドでも有数の超大型の街

 

迷路のように複雑に作られたその場所は、下手に足を踏み込むと出口が見つからなくなり、延々と街中を迷い続ける事ケースがよくあるらしい。

 

そして銀時もまた遂にこの都市への入り口前へとやって来たのだ。

 

「デケェ~……なんだよこの街、かぶき町ぐらいあんじゃねぇの?」

「ここはアルゲード、SAO型の装備や道具が中心に揃う大きな街だよ、街中の構図は実は長年やってるボクでも把握出来ていないんだ」

「改めてこのゲームがすげぇって思ったわ……コイツを造った奴は一体何モンだよホント」

 

まだ入口に入っただけなのにその広々とした大広間を銀時が呆然と見回しているとユウキが彼の手を強く握る。

 

この世界の凄さにどんどん夢中になってくれている銀時の反応を嬉しそうにしながら

 

「ほらほら早く行こ、ここにはエギルが開いてる店があるの、まずはそこへ挨拶しに行こうよ」

「アイツの店? 別にツラ出さなくていいだろ、めんどくせぇ」

「結構掘り出し物とか揃えてあって結構人気な店なんだよ、よくぼったくりだと訴えられてるけど」

「そこは現実と大差ねぇんだな」

 

この街にエギルの店があるとユウキに引っ張られながら銀時も嫌々ながらも歩き出す。

 

「つうかキリト君の奴どこ行ったんだ? 一緒に五十層に上がった時は一緒にいたよな?」

「ああ、キリトならなんか野暮用があるんだって、どうしても一人で行かないといけないクエストがあるからとか」

「なんだよせっかく五十層来たってのに俺の許可なくトンズラかよ、生意気だなあのヤロー、今度シメるか」

「まあまあ、キリトもたまにはソロでやりたい事だってあるんじゃないの?」

 

 

彼女と手を繋いだままここにはいないキリトに悪態を突く銀時に、ユウキは振り返って口を開く。

 

「ここ最近は銀時のフォローに付きっきりで自分のやりたい事は後回しにしてたみたいだしさ、大目に見てあげようよ」

「アイツのやりたい事ってなんだよ、童貞を卒業する事? 一生かかっても無理だよそれ、諦めて大人のお風呂屋さんに行くしかないって」

「いやいや、いつも口癖のように言ってたじゃん」

 

自分の手助けをしてくれているキリトがやりたい事

 

それを聞いてもピンと来ていない様子の銀時にユウキが答えてあげる

 

「ほら、いつか自分の神器を手に入れるんだって」

「ああ、そういや毎度毎度言ってたな、ウザイ位に」

 

彼女の話を聞いて銀時はすぐに思い出した。

 

「神器なんざ手に入るの簡単だろ、俺なんか気が付いたらケツに刺さってたんだぞ」

「いやそれはたまたま銀時がラッキーだっただけだって、よく言ってるけどアレは熟練プレイヤーでもまず手に入らないと言われてるレア武器なんだから」

「そうか、なら今鍛冶屋に依頼している俺の神器が完成したら、アイツに思いきり見せびらかすとするか、きっと泣いて欲しがるぞアイツ」

「ああうん、キリトなら絶対に泣きながら土下座して譲ってくれと懇願するだろうね」

 

キリト以外なら、そんな大げさなリアクションする訳ないだろと言いたい所だが

 

神器の事に関しては人一倍執着心強い彼なら、銀時の言うオーバーな反応する姿も容易にイメージ出来てしまう。

 

「いつかキリトも銀時みたいに手に入れられたらいいね、そうすれば戦力大幅強化だし」

「お前は欲しくねぇのか? なんか欲しいもんあったら手伝ってやるよ」

「ええ!? い、いや機会があれば欲しいかもしれないけど、今の武器でも満足してるからなー……」

 

キリトと違ってユウキの方はそこまで神器に感心は無いみたいだ、しかし基本めんどくさがりの銀時が自分から「手伝ってやろうか?」と珍しい事を言うもんだから、若干戸惑った様子で受け答えする。

 

(なんでだろう、ここ最近ちょっと銀時がドキッする事をさり気なく言う様になってきた気がするような……)

 

ジーッと銀時を無言で見上げながらそんな事を考えつつ

 

ユウキは彼と一緒にエギルの店へと赴く事にするのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、五十層に到達したのを機に、銀時達と別行動をしているキリトはというと……

 

「神器寄越せコラァァァァァァァァァァ!!!」

「うるさいナー、毎度の発作をこんな所で起こさないでほしいんだがネー」

 

彼は今五十層の街から少し離れた場所にある深い森の中を歩いていた。

 

近くにルーリッドの村というみずぼらしい村があるぐらいの人気の少ない大きな森

 

その森の中で銀時が神器の素材を手に入れたから更に頻繁に発症する様になった神器に対する心の叫びをお披露目するキリトに対し

 

彼と同行しているALO型の猫妖精・情報屋のアルゴがめんどくさそうに対応している。

 

「神器神器ってもういい加減勘弁して欲しいぞ、俺っちはお前に頻繁に催促されて仕方なく毎回神器の情報収集してやっていた私の身にもなってみろ」

「それがお前の仕事なんだろ、おかげで俺の持ち金のほとんどはお前への依頼料として消し飛んだぞ」

「欲しい情報はモノによってはそれなりの対価が必要とするのサ、この世の仕組みは全て等価交換で成り立つ、常識さね」

 

発作を抑え込んでやっとまともに戻ったキリトに上から目線で人生のアドバイスをしてあげながら

 

アルゴは周りに並ぶ大きな木々を見渡しながら話を続ける。

 

「だからこそ、キー坊が積み重ねて来た代金への返しとして、こうして俺っち自ら神器の素材がある場所へと案内してやってるのサ」

「それは本当に感謝しているよ、シノンから聞いただけの情報じゃ全然わからなかったからな。やっぱり持つべき者は金にいやらしいケチな情報屋だ」

「アハハハハ、それ褒めてる?」

 

どうやらアルゴは、キリトがかつて聞いていたシノンの神器の素材がある場所までの案内役らしい。

 

かつてキリトはシノンと初めて出会い、そこで世間話してる時にふと彼女から神器の情報を入手した。

 

その日からキリトは銀時の手助けを行いつつコツコツと情報を独自に集めたり、アルゴに協力を求めたりと日々奮闘をし続けていたのだ。

 

そしてようやく今回、銀時が辿り着いたこの五十層にあるプレイヤーも滅多に来ないこの森の中に

 

神器の素材となる枝を持つ巨大な大木があると判明したのであった。

 

「しっかし俺にもやっと神器を手に入れる事が出来るのか……思えば長かった、EDOが発売から二年経って、家に引き籠ってやり続けて妹から蔑みの目を向けられ、始めたばかりの新参者に神器の素材を先に取られるという出来事で、日々頭を掻き毟ってのたうち回りながら嫉妬に狂う日々を送っていた俺にも、やっと幸運が回って来たんだな」

 

「心底どうでもいいエピソードだナ、それとまだお前さんのモノになると決まった訳じゃないから、俺っちが案内するのは神器の素材がある場所なだけで、そこでどうやって手に入れられるかはキー坊次第だゾ」

 

「神器はやっぱり刀がいいなー、色もやっぱ黒だな、うん」

 

「捕らぬ狸の皮算用って奴か……こりゃ手に入らないフラグだな、うん?」

 

しみじみと今までの辛い出来事をフラッシュバックさせながら、手を顎に当てたまま既に神器を手に入れた気持ちでこれから先の事をあれこれ考え始めているキリトに、ツッコむのを放棄したアルゴがふと前に目をやると

 

「ちょっと待てキー坊、探知スキルが反応した、ここから少し先の距離をプレイヤーが一人で歩いているゾ……」

「相変わらず俺よりも広い範囲を探知できるんだな、って待てオイ! それってまさか!」

「んーもしかしたら俺っち達と一緒で神器の素材がある場所に向かっているかも……」

 

アルゴの持つ広範囲の探知能力にモンスターではなくプレイヤーが近くにいる事が判明した。

 

相手は一人だというが、もしかしたらこちらと同じでこの森にある神器を狙いに来たのかもしれないと彼女から聞くと

 

キリトはすぐ様背中の剣の柄を握りながら地面を蹴って駆け出す。

 

「させるかァァァァァァァ!!! 人の神器を奪おうとする奴は根絶やしにしてやらぁ!!!」

「おいおい、迷いなくPKするつもりカ、流石はキー坊、黒夜叉という悪名で呼ばれているだけの事はある。もはや血盟騎士団には言い逃れ出来ないナー」

 

自分を置いて勝手に走って行ってしまう彼をヘラヘラ笑いながらアルゴが見送っていると

 

俊敏力には自信のあるキリトはすぐにそのプレイヤーらしき人物の後ろ姿を見た。

 

背中に三味線の様な楽器を掛け、頭にはヘッドフォンを付けた一見場違い間のある奇妙な男

 

だがそんな事関係ないとキリトは問答無用で一気に彼に近づくと躊躇もなく飛び掛かる。

 

「俺の神器は俺のモンだァァァァァァァァ!!!」

 

右手に持った剣を引き抜いて、我も忘れて斬りかかるキリト

 

しかし

 

「!?」

「……」

 

彼の攻撃が当たる直前で、ずっと背中を向けて歩き続けていたプレイヤーが振り返らずに背中の三味線を握ったのだ。

 

そして直も振り返らないまま、キリトの剣に合わせて三味線に引かれてる弦で受け止めた。

 

しかし細い複数の弦は斬れる様子もなく、平然と彼の攻撃を防御してしまう。

 

「な、なんだ!? 剣を弦で受け止めた!?」

「……ほう」

 

ダメージが通らないとわかって瞬時に後ろに下がって驚いてる様子のキリトに

 

プレイヤーはやっと振り返った。

 

サングラスを掛けた黒髪の男性、そしてキリトと同じ黒いロングコートを着ている。

 

「これはこれは、まさか拙者が辻斬りに襲われるとは、いやはやこの世界は随分と面白き所でござる」

「誰が辻斬りだ! 俺は俺の神器を護りに戦う勇者だ! 俺のモノを横から奪おうとする卑劣な奴には勇者の一撃をお見舞い……ん?」

 

 

男は耳に付けたヘッドフォンからシャカシャカと音を立てながらあまり動じずに口を開くと、キリトはまだ剣を右手に構えたまま戦闘態勢に入る、しかしふと、改めてこの男を見てキリトは何かおかしな点に気付く。

 

(なんだコイツ……こうして見ると、俺達プレイヤーとは何か違う違和感が……)

 

目の前の男を見てキリトはふとふしぎな感覚に捉われる。

 

この男は何かおかしい、理由は不明だがそう頭の中で判断されるのだ。

 

違和感の正体にキリトは思考を巡らせながらまじまじと彼を見つめていると

 

「いやいやいや、案内役の私を置いて突っ走るとは酷い奴だなお前ーおや?」

 

後ろから呑気に歩いてやって来たアルゴがようやくキリトの所へ追いついた。

 

そして彼の隣へ立つと彼女はすぐに目の前の男に気付き

 

「……ほうコイツ、私達とは違う匂いがするゾ」

「お前もそう思うか? 俺もさっきから変に違和感を覚えるんだよ」

「見れば見る程なにか怪しいなあの男……特にあの黒いロングコートがいかにも怪しい」

「いや黒いロングコートはいい、アレはカッコいい、あのセンスは間違ってない、是非とも売ってる店を紹介して欲しいぐらいだ」

「ああそう、同じ服装のセンスを共有できる仲間が見つかって良かったナー」

 

黒いロングコートを着ている事に関しては強く仲間意識を持つキリトに対しアルゴが心にもない棒読みで返事して上げていると

 

キリトはさっきからずっと黙ってこちらをグラサン越しで眺めている男に自分から口を開いた。

 

「アンタ、ここに来た目的はなんだ? こんな観光地でもない森にやって来て何か探してるのか?」

「……」

「それともこの近くにあるルーリッドっていう小さな村にでも行くつもりか? あそこはクエストも何もないNPCだけがいるつまらない村だぞ、言っても時間の無駄だし引き返したらどうなんだ?」

「……」

「……っておい! 聞いてんのか!?」

「聞いているでござる」

 

何度尋ねても答えようとしない男にキリトが遂にカッとなって怒鳴りつけると、彼はやっとこさ短く返事してスッと自分の耳に付いてるヘッドフォンを指差し

 

「コレ、最近流行ってる神崎エルザの新曲、拙者としては立場上ライバルなのだが、中々良い音色を奏でるのでつい聞き惚れてしまったでござる、サビの部分が特に最高」

「いや聞いてるって曲の方聴いてるって事!? いや知らねぇよ! 神崎エルザって誰だ!」

「現在人気急上昇中のアイドル寺門通にも匹敵し、同じ時期にその名を広めているアーティストでござるよ、興味があるならサンプルデータを送ってやっても構わん」

「そこは返事するのかよ! なんなんだコイツ!? ひょっとして俺達の事バカにしてる!?」

 

全く話しが噛み合わないと思ったら急に神崎エルザだのサビが良いだのと音楽について語り始める男。

 

ひょっとしてただの音楽好きで夢中になってたら、たまたまここに来ていただけなんだろうかとキリトがジト目でそんな彼を眺めていると

 

「心配しなくても拙者はお主が欲しがってるモノは奪わんから安心せい」

「!」

「拙者はあくまでこの先にいる者と待ち合わせているだけでござる」

 

どうやら話はちゃんと聞いてはいた様だ。

しかもキリトの思惑とは違い、この先にいるプレイヤーと合流する為にここへ来たらしい。

 

神器とは何も関係ないと知ってキリトは一瞬ホッとするものの、いや口で適当な事言ってやっぱ狙っているんじゃないか?とまだ疑いの視線を向け続ける。

 

「こんな人気のない所を合流先にするなんてアンタの友人も変わりモンだな……いやアンタ自身もかなり変わってるけど」

「ま、人気が無い方が都合がいいのでござるよこちらも。お主だって秘密を共有したい相手とは人々の多い街中では無く、周りに聞かれない様な場所で言葉を交える事もあるであろう?」

「そりゃそうだな……なるほど、秘密の会合ねぇ……」

 

最もな意見を言う男にキリトもちょっと納得した様子を見せながらチラリと脇にいるアルゴと目が合う。

 

確かに自分もアルゴから情報を貰う時は、人が滅多に近づかない場所を選ぶことが多い。彼の言ってる事が本当ならここで戦うのは少々早計だ……

 

アルゴの方も自分と同じ事を考えてるのか「戦う必要はないんじゃないか?」と肩をすくめて無言のまま目だけで言ってくる。

 

「まだ拙者を疑うのであれば、お主等も一緒について来れば良かろう、拙者は一向に構わん」

 

自分達のアイコンタクトをよそに、男はこちらに背を向けて再び歩き出した。

 

キリトとアルゴも無言でその彼の背中を追う。

 

「俺達もこっちに用があるんでね、ついていくつもりは無いが変な動きしたらまた斬りかかるからな」

「お好きにいつでも来るがいい、お主の剣は磨けば光るであろうがまだまだ未完成の曲、その様な未熟な音色を奏でる者に負ける気は毛頭ないでござる」

「言ってる事はよくわかんがえらくコケにされてるってのはわかったよ……よーしならいっちょやるか」

「落ち着けキー坊、目的のモノが遂に手に入るチャンスを前に、わざわざ自ら虎の尾を踏もうとするバカがどこにいる」

 

要するに自分が未熟者のお前なんかに負ける訳ないだろと豪語しているのだろう。

 

こちとらこの世界では結構名の知れた凄腕プレイヤーだってのに……彼の言動にキリトがカチンと来てまた背中に差す剣を握ろうとしていると、そこへアルゴが笑いながらなだめに入る。

 

「そういえばお前さん名前は聞いてなかったナ、名はなんと言うんダ?」

「名か……そうでござるな、こちらの世界では……」

 

腕の袖を掴まれながらも男に斬りかかろうとしているキリトを止めながらアルゴが前を歩く男に話しかけると

 

男はしばしの間を置くとそっと振り返り

 

 

 

 

 

 

「つんぽ、こちらではその名で通させてもらうでござる」

 

つんぽと名乗る不思議な男と共に

 

キリトとアルゴは神器の素材が眠るというある場所へと再度向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく三人で歩き続けていると

 

彼等の前にこの森の中でも群を抜いて巨大な黒い大樹が前に現れた。

 

顔を上げてもてっぺんが見えない程の大きさに思わずキリトも唖然とする。

 

「な、なんだこのデケェ大樹……? は! 大樹!? という事はもしかしてコレが!」

「ああそうだキー坊、コイツの名は『ギガスシダー』、周辺地の栄養を奪い取る為に『悪魔の樹』とも呼ばれていてナ、周りの木々よりも群を抜いてその身は硬く、何人たりとも斬る事は不可能と呼ばれている化け物さ」

「そしてその化け物の枝を斬れば……」

「……お前さん自身が化け物呼ばわりされる程の力を得るだろうネ」

 

 

このギガスシダー呼ばれる大樹の枝を斬り落とせば、神器の素材が手に入ると暗に教えてくれるアルゴにキリトは目を輝かせると、すぐに彼は大樹の方へと駆けていく。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!! 神器狩りじゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あ~らら、また例の発作かぁ、ホント見てて退屈しないなキー坊は」

 

一目散に走り去る彼の背中を眺めながらアルゴがはぁ~とため息を突きつつ、大樹を前に立ち止まるもう一人の同行人、つんぽへ話しかける。

 

「んで? もしかしてお前さんはここで待ち合わせしていたのかい? 会いたい人はいるのかナ?」

「ふむ、見当たらんがきっとどこかにいるのでござろう、あの者が指定した時間に遅れるとは考えられんからな」

「たいした信頼性だね全く、まあ相手の事も気にはなるけど俺っちとしては……」

 

ここにいるのは自分を含めて三人しか見当たらないとわかっても、きっとどこかにいるであろうとわかった口振りをするつんぽに感心して見せるも、彼に対してアルゴの目つきがやや細くなった。

 

「お前さんの事がもっと知りたいねぇ……”つんぽ”さん」

「フフ、これはまた嬉しい事を言ってくれるでござるな」

 

名前の部分をやや強調して呼んで来るアルゴに、つんぽは余裕の笑みを小さく浮かべながら彼女の方へ振り返る。

 

「しかし拙者はどこぞの自称フェミニストと違って、残念ながらぬしの様な小娘に興味を持たれても困るだけだ、それに先程ぬしも言っていたであろう? 自ら虎の尾を踏むのは愚かであると」

「あー俺っちは良いんだよ、情報を求める為にはそれなりのリスクを背負うのも従順承知してるからネー、そんじゃ、お前さんの尻尾、踏ませてもらっていい?」

「フ……さてはおぬし、拙者が何者なのかもしや勘付いて……」

 

警告を受けてもなお食い下がってニヤリと笑いかけて来るアルゴにつんぽはグラサンの奥にある目を鋭く光らせる。

 

このまま一緒にいられると後々邪魔になりそうだ、つんぽは背中に掛けてる三味線へとゆっくりと手を伸ばそうとする、すると

 

「ふぎッ!」

「あイタッ!」

 

大樹の方から突然呻き声が聞こえた。

 

その声に反応してつんぽはクルリとそちらへ振り返ると

 

頭を押さえながら地面に尻もち付いているキリトと……

 

「おいおいおい……急に現れるなよビックリするじゃねぇか……」

「ご、ごめん、なんか騒がしいなと思ってつい顔出したら……いててて……」

「は? なに痛がってんだよ、仮想世界じゃ痛みなんか感じる訳ないだろ」

「アハハ……」

 

顔面を強打させて赤くさせたまま、キリトに苦笑しながら後頭部を掻くアッシュブラウンの髪の少年がいた。

 

年も身長もキリトと同じぐらいである

 

「ていうか君こそ危ないんじゃない? いきなりギガスシダーに向かって吠えながら突っ込んで来るなんてどう見ても行動としてヤバいでしょ」

「人は何故吠えると思う? それはな、獲物を奪わんと己を奮起させようと喉の奥からありったけの叫びを絞り出す為なんだよ」

「ああうん、やっぱりヤバいね君、頭が……」

 

悪びれもしないキリトに少年が軽く文句を言ってみるも、地面に尻もち付いたキリトは立ち直りながら平然と真顔で訳の分からない事を口走る。

 

そんな彼を見て少年はなおも困った様子で苦笑するしかなかった。

 

「それよりお前こそここに何の用だよ、さては神器か? 俺と同じ神器を狙いに来たのか? 神器一本釣り目当てか?」

「一本釣り? いや僕はここで人と待ち合わせしてるだけで……え? ていうか神器? もしかしてここにあるの?」

「知らなかったのかお前……よし今の言葉は全部忘れるか大人しくPKされるか選べ」

「ちょ! 待って待って! 別に僕は君と争うつもりは無いよ! ここに神器がある事に驚いただけさ!」

 

神器の素材は絶対に渡さんと血の気の早いキリトに少年は慌てて手を振って首を横に振っていると

 

「ん? おい」

「え?」

 

ふと彼のあまりにも安っぽい軽装が目に止まってキリトはふと止まった。

 

「お前五十層にいる割には随分と恰好がおかしいぞ、それってEDO始めたばかりに支給される服装だろ? もしかして初期装備でここまで昇って来たって訳じゃないよな?」

「い、いや僕は……」

 

鋭く尋ねられて少年は突然口をごもらせる

 

安い生地で作られた袖の短い青い布服と茶色のズボン、彼の服装はどう見てもここに昇り詰めるには無理な恰好をしている。

 

しかもその事を聞かれた途端急に彼の挙動がおかしくなるので、キリトはますますジーッと彼を眺めていると

 

彼の腰元でキラリと光るモノが見えた。

 

「うお……」

 

それを見てキリトは思わずため息がこぼれてしまう、失礼だが彼のみずぼらしい服装にはあまりにも似合わない、得物だったからだ。

 

白銀製の柄と鞘には薔薇の刺繍が施され、煌めく青玉が埋め込まれた青白い輝きを放つ剣

 

キリトはこれ程までに美しい剣を見た事が無いと、しばし見惚れてしまう 

 

「なぁ、お前の腰に差してる剣ってなんだ? 俺でも初めて見るんだが……」

「ああ、青薔薇の剣の事?」

「へー青薔薇の剣って言うのか、確かに薔薇の刺繍が施されて柄も青白いし青薔薇と呼べるのもわか……」

キリトの頭の中で一瞬が思考が停止した。

 

虫も殺せない様なあどけない表情をしたこの少年、今なんて言った?

 

「青薔薇の剣?」

「うん、青薔薇の剣」

「青薔薇の剣ってあの……氷の洞窟で手に入ると言われていた幻の神器?」

「よく知ってるね、あのクエストは本当に大変だったよ、運が良かったのか命からがら手に入れる事が出来たんだ」

「……青薔薇の剣を?」

「うん、青薔薇の剣を」

「……」

「……」

 

青薔薇の剣、それはキリトが以前意気揚々と五十五層にある氷の洞窟へ赴いたものの先に奪われてしまっていた神器……

 

あの時はしばらくショックで立ち直れず、おまけに銀時が別のクエストで神器の素材を手に入れて戻って来るという、もはや何事にも耐えがたい悔しい思いをした思い出がキリトの頭の中を駆け巡っていると

 

「あ、そういえばまだ僕の名前言ってなかったね、僕はユージオって言うんだ、よろしく」

 

彼が今頭の中で何を考えているのかわかっていない少年は、ユージオと名乗ってにこやかに挨拶して手を差し伸べる

 

しかしキリトは……

 

「えーとそれで君の名前は……ってうぐえぇぇぇ!!!」

「この盗人野郎がァァァァァァァ!!!!」

 

友好的な握手を求めながら名前を尋ねて来た心優しき少年であるユージオに向かってまさかの全力タックルをお見舞い。

 

そのまま彼を背中から地面に叩き付けると、馬乗りになった態勢でキリトは目を赤く光らせ

 

「俺の青薔薇の剣返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「いたたた……い、いきなりなんなの!? 青薔薇の剣返せってこれ僕が先に取った物なんだけど!?」

 

「てんめぇ! 俺がその剣を手に入れる為にどれだけの財産と労力を賭けたと思ってるんだ! 対価は十分に払ってんだ! だったら俺がその剣を貰う権利も当然ある!」

 

「いやいやいやいや! 何言ってんの君!? やっぱり本当に頭おかしいの!? さっきから言ってる事が無茶苦茶し過ぎて頭が追い付かないんだけど!?」

 

「お前が理解出来ようが出来まいが知るかァァァァァ!!! いいから青薔薇の剣くれ! なんなら焼けた鉄板の上で土下座するから!!」

 

「そんな土下座を見せられても僕になんのメリットがあるのさ!?」 

 

あまりにも傍若無人かつ身勝手な理由で青薔薇の剣の所有権を渡せと叫んでくるキリトに

 

ユージオは必死に抵抗を続けるのみであった。

 

キリトとユージオ

 

二人が最初に出会った時の互いの第一印象は

 

「盗人野郎」と「ヤバい人」という正に最悪の印象であった。

 

 




遅れながらSAOのアニメ・三期観ました。1話が思った以上に長かったのでビビリました。

そしてキリトがめっちゃ出来る男だったので二度ビビリました、ウチのキリトとは大違い。いやまあやればできる子なんですけど……

そして本編に戻りますが、今回から謎のヘッドフォン男・つんぽと、謎の神器の所有者・ユージオが登場です。

原作では出会ってすぐに仲良くなれたキリトとユージオですが、こっちでは初っ端からつまづいてるみたいですが果たして……

次回もキリトが神器を手に入れようと頑張ります。

その裏で銀さんはユウキと遊んでます


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第五十五層 受け継ぐ者と飢える者


空洞虚無さんからの「竿魂」の支援絵です。


【挿絵表示】


元ネタは、転生したらスライムだった件、ですね。最近アニメ化したみたいですね。

スライムになった銀さん……うーむ、スライムなのに滅茶苦茶しぶとそうで怖いですね……

私の別作品の事ですが、スライム好きの某女神でも遠慮すると思います、けど某勇者は普通に仲間にする為に肉とかあげそう

面白いネタイラストを描いて下さり本当にありがとうございました!



第五十層・アルゲードにて、銀時はユウキに連れられてエギルの店へと来ていた。

 

2階建ての建築物で1階がエギルの店

 

胡散臭い雰囲気が立ち込められた店内には、いかにも怪しげなモノが売り場に出されている。

 

「そうか、テメェも遂にここまで辿り着きやがったか、コレでお前もリアルだけでなくこっちの世界でも俺の店の常連になるって訳だな」

 

「勝手に人を常連に仕立て上げようとしてんじゃねぇよ、なんでリアルでもこっちでもそのハゲ頭を拝まなきゃいけねぇんだ」

 

「おい。いい加減人をハゲ呼ばわりすんじゃねぇよ、そんなに自分がフサフサな事が嬉しいか? そんなにハゲが滑稽に見えるのか?」

 

「ハゲが滑稽つうか、希望も毛根も潰えた頭でまだ生える筈だと思い込んでるお前自身が滑稽なんだよ」

 

店の中に入って早々早速カウンター越しにバチバチと火花を散らすのは店主のエギルと客の銀時。

 

昔馴染みの相手だからなのか、いつも以上に喧嘩腰になる銀時に、一緒に来ているユウキが「はいストーップ」とビシッと手を伸ばして仲裁に入った。

 

「今日は五十層に辿り着けた事を報告する為にエギルの店にやって来たんでしょ? 喧嘩ならリアルでやってよ」

「いや喧嘩はいいのかよ」

「仕方ねぇな、しかし五十層ねぇ……お前もいよいよここまで来たのか、ま、いずれは来るだろうとは思ってたぜ」

 

ユウキに喧嘩を止められて銀時が渋い表情を浮かべる中で、エギルは顎に手を当て彼の凄まじい攻略速度に素直に感心する。

 

「これでお前もあと半分って所だな、六十層ぐらい行ける実力になればもう立派な上級プレイヤーの仲間入りだからしっかりやれよ」

「半分?」

「浮遊城・アインクラッドの全層は百層までだろ? だからあと半分ってこった」

「マジかよ、こんだけ苦労してまだ半分しか攻略できてなかったの?」

「おいおい知らなかったのかよお前……」

 

アインクラッドの全層は全て数えると百層だと言われている。

 

EDOをやるプレイヤーなら基本中の基本知識だが

 

そんな話今まで全く知らなかった銀時はキョトンとした表情を浮かべてエギルを呆れさせる。

 

「ちなみに俺はもう六十層まで攻略済みだぜ? カミさんは七十層だ」

「なんでカミさんがお前より十も上にいんだよ……あれ? それじゃあ……」

 

 

エギルが六十層、彼の奥さんが七十層と聞いて

 

ふと気になった様子で銀時はユウキの方へ振り向いた

 

「お前やキリト君は今どこら辺まで攻略してんの?」

「あーいつ聞いて来るんだろうと思ってたけど……やっとしてくれたねその質問」

 

今の今までずっと自分がどこまで攻略しているのかを聞かずに、ただがむしゃらに突き進んでいた銀時に、ユウキは肩をすかしながら軽く笑って見せると

 

「七十五層目だよ、キリトもきっとボクと同じだろうね」

「うげ……つう事はまだまだ先じゃねぇか……おまけにキリト君も一緒かよ」

「今の所そこにいるプレイヤー達が今のEDOトップランカーって所だね、七十五層から上のプレイヤーはまだいないから、実はこのゲームって未だ百層に到達できたプレイヤーって一人もいないんだよ」

「マジでか!? このゲームってもう発売して二年以上経ってんだろ!? なのに全クリした奴一人もいねぇとか冗談だろ!?」

「そこが凄いんだよこの世界は、二年かかってやっと七十五層、しかもそっから難易度が半端なく上がっちゃってて脱落者が続出中なんだ」

 

キリトとユウキでさえ攻略出来ていない七十五層、どうやらそこからの難易度は今までとは比べ物にもならない程高くなっており、そこまで到達できたトップランカー達も心折れてゲーム自体を引退する人が増えて行ってるらしい。

 

共に戦える仲間が減ってしまった事により七十五層の攻略がより難しくなってしまう。

 

ユウキやキリトがそこから上に上がれない理由は正にそれなのだ。

 

「トップランカー達がどんどん引退していって戦力がガタ落ち、おかげで七十五層のフロアボスを前にしてボク等は長い間一向にそこから先へ進めないんだ」

「七十五層まで来て引退とか勿体ねぇな、もうちょっと頑張れよそこは」

「そういう頑張ろうという気力も消え失せるぐらい七十五層からの難易度は以前より桁違いってことだよ」

 

七十五層、そこがユウキとキリトがいる場所だけでなくEDOのトッププレイヤーが君臨する場所。

 

しかし未だ戦力不足で先へ進めないという現状に、銀時は腕を組みながらふと考える。

 

「だったら俺が行くしかねぇな、その七十五層とやらに」

「銀時がボクと同じところまで来てくれたらそりゃ嬉しいけどさ……一人増えただけじゃまだ足りないんだよね……」

「俺一人じゃ不服だってか? なら増やせばいいだけだろ、使える戦力って奴を」

 

銀時だけじゃどうしてもまだ足りないと素直にぶっちゃけるユウキに、銀時はフンと鼻を鳴らして平然と答える。

 

「根性のある腕の良い連中が揃って一致団結すれば、そのつえーボスも倒せるだろきっと、このゲーム作った奴だってなにもクリアさせないようにしてる訳じゃねぇだろうし」

 

「まあね、けど集まるかなぁそんなプレイヤー……言っておくけど七十五層に辿り着く事自体凄く難しい事なんだからね」

 

「いつになるかわからねぇけど、その日が来るのを待つしかねぇだろうよ、気長に待ってれば集まるだろ」

 

ユウキのいる七十五層……まずはそこへ行く事を目的にしようと決心した銀時は

 

自分と同じく上へと目指す者達がそこへ集まる事をただただ願うしかないのであった

 

「後はその日が来るまでは個人の戦力を上げるとかすればいんじゃね?」

「銀時の割にはまともな事言うね、ならボクも頑張ってみるよ、銀時だってもうすぐ神器が手に入るし」

「どうだかねぇ……あの娘っ子は俺が見る限りあんま当てにならないんだよなぁ……」

「それに今ボクが銀時の為に準備してる……いやなんでもない」

「は?」

 

急に自分が言いかけた言葉を止めて誤魔化すユウキに銀時が疑問に持つ中

 

話題を逸らそうと慌ててユウキが彼に口を開いた。

 

「そ、そういえばさ。個人の強化ならキリトも熱心に取り組んでるんじゃない? 彼、あんなに神器欲しがってるんだし、もし本当に手に入ったら凄く頼りになるよ」

 

「アイツが? どうだろうなぁ、確かにリアルじゃクソ雑魚ナメクジのアイツが、こっちでは使えるっちゃあ使える奴になってるけど」

 

銀時だけでなくキリトも神器を手にすれば戦力は大幅に上がるのは間違いない筈

 

しかし果たして彼は無事に神器を手に入れられるのだろうか……

 

「神器に関しちゃ特に暴走気味になるからなアイツ……」

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、銀時の心配をよそにキリトはというと

 

「よしわかったこうしよう、俺とデュエルして決着つけよう、勝った方が青薔薇の剣の所有者だ」

「いや勝手な事言わないでよ……だからこれは僕が見つけたんだって……」

「なに自分が所有者面してんだぁ! 俺が手に入れようとしたのを横から掻っ攫った不届き物のクセに!」

「参ったなぁ……さっきから全然納得してくれないよこの人……」

 

ここは神器の素材になる枝があるという巨木・ギガスシダーの前

 

神器の素材目当てにアルゴの案内でここまでやってきたキリトは、そこで偶然顔を合わせた少年・ユージオと出会うのだが

 

実は彼が自分がずっと探し求めていた青薔薇の剣の所有者だと知って、さっきからずっと喧嘩腰で剣を奪い取ろうとしているのだ。

 

言いがかりを吹っ掛けられてユージオは困った様子で後頭部を掻きつつ、どうすれば諦めるんだと悩んでいた。

 

「というか僕、君の名前すら知らないんだけど……そんな誰だかわからない人に大事な剣をはいそうですかと預けられると思うの?」

 

「キリトだよ、これで俺の名前わかっただろ? 名前さえわかれば俺達はもう親友と言っても過言ではない、ということでその剣くれ親友」

 

「いやどんな親友それ……ねぇキリト、まずは僕の話を聞いて……」

 

死んだ魚のような目をしながら要求してくるキリトにユージオはやんわりと断っていると……

 

「どうやらお困りの様だな少年、なんなら拙者が代わりにこの者を納得させてやってもいいでござるよ」

「え? わ!」

 

そこへフラッと現れた人物にユージオはビクッと驚き目を見開く。

 

成り行きでキリトと出会いここまで来た人物・謎のプレイヤーであるつんぽだった。

 

するとつんぽは驚くユージオに対して自分の口に人差し指を押し当て

 

「こちらの世界ではつんぽという名前で通っている、間違えても向こうの世界の名だけは出すでないぞ」

「あ、わかりました……よろしくお願いしますつんぽさん……」

 

自分の本名は決して晒すなと釘を刺されたユージオはややオドオドした様子で頷くと

 

二人の会話を聞いていたキリトは「は?」と口をへの字にする。

 

「アンタ等知り合いなのか、もしかしてアンタが待ち合わせしてた相手ってこのユージオって奴の事だったのか?」

 

「いかにも、拙者の連れに随分としつこく付き纏っている所悪いんだが、こちらも何かと重要な話をしなければならないので、悪いが席を外してくれんか?」

 

「いや席を外すのはアンタ等の方だろ、俺は神器の素材を手に入れる為にこのギガスシダーの巨木の秘密を暴かないと……って」

 

つんぽと揉めてる最中でキリトはハッと気づいて目の前のギガスシダーを見上げた。

 

「そういえば俺元々ここに来たのってギガスシダーから神器の素材を手に入れる事だった……なんだよそれさえ出来れば俺もう自分の神器手に入るじゃん、お前から青薔薇の剣返してもらわなくても大丈夫じゃん」

 

「いや返すも何もこれは僕のモノだから……」

 

「あ、でも得物が二本とも神器ってカッコイイな、よし、やっぱそれもくれ」

 

「ようやく落ち着いたと思ったらまた戻って来た! もう勘弁してよ! 君どんだけ神器に取り憑かれてるのさ!」

 

 

つんぽが間に入ってくれたおかげであっさりと納得してくれるかと思いきや、また寄越せと言って来るキリトに、流石にユージオもいい加減にしろと叫んでいると

 

「ほれほれ、もうその辺にしておけキー坊、お前さんも本当にわからず屋だナ」

「あなたは……?」

「このバカの案内役兼保護者のアルゴってんだ、よろしく」

 

つんぽに続いて現れたのはキリトを止めに入る情報屋のアルゴであった。

 

半笑いで軽く挨拶する彼女に、ユージオも「あ、どうも」と軽く会釈していると、アルゴはこちらに顔をしかめてるもう一人の少年の方へと振り返る。

 

「さてキー坊、お望みの木の前にちゃんと挨拶してやったぞ、後は自分で考えて本命を取って見るんだネ」

 

「言われなくてもわかってるよ、けど出来れば取り方もちゃんと教えて欲しいんだが? 枝を斬れば良いって訳じゃないんだろ当然」

 

「まあそれぐらいの事なら答えてやってもいいか、言われて簡単に出来るモンでもないし……とりあえずこのギガスシダーの巨木は破壊不能オブジェクトだ、斬り落とす真似なんて絶対に出来ない」

 

「そもそもこんなデカい巨木を斬り落とせるプレイヤーなんてどこにもいる訳ないだろ、で? 巨木はダメでもそこにある枝ならなんとかなるのか?」

 

アルゴの話を聞きながらギガスシダーその物は斬れないと理解するキリト、そして丁度目線に合わせた先に神器の素材となる枝が生えている事に気付いた。

 

「流石に素材になる枝そのものは破壊不能オブジェクトはかかってないよな」

「なら試しに斬ってみたらどうだイ?」

「言われなくてもやってみるよ」

 

アルゴに言われるまでも無くキリトは既に剣をチャキッと構えていた。

 

そしてユージオとつんぽが黙って見てる中で、彼はジッと剣を上に掲げると、丁度目元にある枝目掛けて

 

「おらぁ!」

 

力任せに思いきり振り下ろす、しかし……

 

「あ、あれ!?」

 

枝を斬り落とすつもりで振り下ろした剣は、パァンと間抜けな音と共に弾かれてしまう。

 

そしてすぐにキリトの前にビッと短い音で「破壊不能オブジェクト」という赤文字が現れた。

 

「なんだよ枝まで破壊不能なのかよ! じゃあ枝を斬り落とすなんて絶対に無理じゃないか!」

「そりゃそう簡単には上手くいかないサ、だからこそコレは神器を手に入れる為の試練なんだヨ」

 

まさか情報はデマだったのか? いや正確性に関しては他の情報屋よりも一線を越えて高いアルゴの話だ、その可能性は低い。

 

なら何故斬れないんだろうかと疑問に思うキリトに、アルゴはまた話を始めた。

 

「コイツは確かに基本は破壊不能オブジェクトだ、だがこの枝の、ほんのちょっぴりの、剣先ぐらいの僅かな部分だけダメージエフェクトが発生する場所があるんだとサ」

 

「剣先程度の僅かな隙間って……もしかしてこの枝を折るにはそこを狙うしか無いってのか!?」

 

「しかも一寸も狂いもなく正確に、かつ威力も角度も完璧な状態で振り下ろす必要がある、人並外れた機械の様な精密動作を求められるんだヨ」

 

「ウソだろオイ……! 神器を手に入れる方法だと聞いてるから難しいのはわかっていたが……たった1本の枝を斬り落とす為にそこまでの技術を求むなんてムリゲーも良い所だろ……!」

 

銀時は数多の枝の中から1本の当たりを引かなきゃならないという正に天運のみに身を預けるクエストだったが

 

キリトの場合は己の技術力のみを頼りに1本の枝を折るという、対照的なクエスト内容だった。

 

銀時は実力は意味が無く運だけが頼りだった、しかしこればっかりは運は全く必要ない、

 

代わりに必要なのは剣を扱う為の威力・集中力・洞察力・精密動作・etc……つまり今まで培った実力がモノをいうという事だ。

 

「こりゃあ簡単にできる事じゃないぞきっと……まあ仕方ないか、難しいモノほど手に入れた時の満足感は半端ないしな」

「ほぅ、やっぱりお前さんは諦めないんだなキー坊」

「当たり前だろ、目の前にずっと欲しがってたモンがぶら下がってるのに諦めるなんて出来るか」

 

そう言ってキリトは再び剣を構える、何処を当てればダメージを与えられるのかと、ジッと目の前に生えてる枝を睨み付けながら

 

「どれだけ時間が経っても絶対に斬り落としてやる、これ以上あの人にナメられてたまるかってんだ」

「フ、まあ精々頑張って見ろ、俺っちもしばらく見ておいてやるから」

 

神器を手に入れる事に関しては誰よりも執着心が強いと自他共に認めているキリト

 

どれだけ難しいクエストだとわかっても絶対に成し遂げると迷いなく豪語する彼にフッと笑いながら

 

アルゴも彼に付き合ってやるのであった。

 

 

 

 

そして

 

「あれからずっとああして枝を斬り落とそうと頑張っておるな、あの少年」

「はい……でも凄いですよね、始めた時からずっと思いきり剣を振り下ろしてるのに、全く威力が衰えてない様に見えます……」

 

キリトが斬り始めてからしばらく経つ

 

アルゴが傍で見守ってる中、つんぽとユージオは彼女達から少し離れた所でその光景を眺めていた。

 

ゲーム如きになんであんなに必死になってるんだとつんぽは思っているのだろうが

 

ユージオの方は強い好奇心を持ってキリトをまじまじと見つめている。

 

「よっぽど神器を手に入れて力が欲しいんですかね、それとも絶対に負けたくない相手でもいるのか……」

「そんな事おぬしが気にする必要ではないでござろう、あの少年はほおっておいて、こっちはこっちでさっさと話をしようではないか」

 

その冴え渡った剣筋は素直に凄いと思った、普通の人ならすぐに集中力が乱れて剣先がブレブレに動いてしまう筈なのに

 

機械とまでは言えないがあそこまで大きなブレも無く何度も同じ感覚で剣を振り下ろせるプレイヤーなどそうはいないであろう。

 

「アレだけ必死に集中していればこちらも声も届かぬであろうし考都合というもの、それではまず例の計画の事でござるが……ん?」

「…………え? あ! す、すみませんつい見取れちゃってて……」

 

 

キリトの事は無視して自分達の話を、と思って切り出したのだが……

 

大事な話をする予定なのにユージオはただただジッとキリトを見つめたままだった。

 

「こんな世界でもあんなに夢中になって頑張っている人がいるのに僕は……」

「……そういえばおぬし、どうしてそんな得物を腰にぶら下げているのでござるか?」

「え?」

 

何か思い詰めた表情を浮かべるユージオにつんぽはしばしの間を置くと、ふと彼が腰に差している青薔薇の剣について触れる。

 

「おぬしには自慢の得物があるではないか、何より斬れる、そして何より恐れられる最強の得物が……」

「……コレは他のプレイヤーと同じように振る舞う為のカモフラージュです、あの”刀”は人前で使ったら目立ちますし。それに……」

 

腰元で輝く得物を見下ろしながらユージオは寂しげに

 

「この世界に自分がいるっていう証なんです、この剣だけは誰から貰ったモノではなく自分一人で手に入れた。何もかも貰ってばかりの僕が唯一自分で考え行動してその手に収めた存在……だから色々と思い入れがあるんですよねこの剣には」

 

「……唯一自分自身で得た物でござるか……なるほど、やはりおぬしは拙者達が考えてる以上に思考が複雑化しておるな」

 

「笑っちゃいますよね、僕みたいな存在が、ただの一つのデータでしかないモノに強く思い入れを持つなんて……」

 

「いやそれはそれで都合がいい、この世界に溶け込む為にはよりそういう判断機準でモノを考えた方が自然でござる」

 

彼が持つ青薔薇の剣がそこまで大切なモノであったのかと、つんぽは「ふむ……」と短く呟いた

 

(この一定の感情を持つ事はいわゆる進化という奴のであろうか、それとも退化か? どちらにせよ子守りに慣れない拙者一人では判断できん、戻って来たら武市にでも聞いておくとしよう)

 

このユージオという少年をどう扱っていくのか、つんぽが思考を巡らせ改めて方針を決めようとしていると

 

キィン!と突然向こうから刃が何かに突き刺さった音が聞こえて来た。

 

咄嗟につんぽとユージオがそちらに目を向けるとそこには

 

「さ、刺さった~!!」

「お、438回目の攻撃でようやく当たりにヒットしたナー、俺っちはもっとかかると思ったんだが日も変わらない内に当てるなんて凄いぞ」

「律儀に数えてたのかよ、お前も暇だな……でもダメだ、刺さっただけで斬り落とせなかった」

 

ギガスシダーの枝にひたすら休まずに剣を振り下ろしていたキリトはようやく破壊不能オブジェクトが表示されないポイントを見つけたのだ。

 

そこは丁度幹の方は斜めに振り下ろすという絶妙な角度から打ち込まないと当たらない場所。

 

こんな早い時間でさっと見つけてしまうとは、キリトの集中力と判断性はかなり高いモノなのかもしれない。

 

しかしそのまま綺麗に枝を斬り落とすとまではいかなかった

 

枝の硬さは尋常ではなく、本気で打ち込んだはずの剣の刃は丁度半分までしか食い込んでいない。

 

おまけにキリトが一旦剣を引くと、斬れた部分はたちまち何事も無かったかのように元に戻っている。

 

「とんでもなく耐久値が高い上に速攻で回復する自然治癒持ちかよ……俺の剣の一撃じゃ半分までしか行かないし……このまま続けても永久に斬り落とせないな」

 

「なら反対方向からも斬ってみたらどうだね? 上からの一撃と下からの一撃を全く同時に当てればちょうど半分ずつ斬れてポキッといけるかもしれんよ、キー坊は二刀流なんだしそれぐらい出来るんじゃないか?」

 

「いや流石に二刀流でもそう簡単にできる事じゃないからな……それってつまり2本の剣をカチ合わせるかの様にまっすぐ交差させた状態かつ場所、威力、タイミング、全てを揃えないと成立しない事なんだから」

 

やはりこれは激レア武器である神器の素材を手に入れる為の試練、そう安々とプレイヤーの思う通りにはなってくれない。

 

自分の一撃でもせいぜい半分、必要なのは一撃で枝を綺麗に斬り落とす為の威力

 

反対方向からも斬ってみたらどうだというアルゴの提案も悪くは無いが現実性が無い。

 

ステータス上に現れる能力ではなく、プレイヤーそのものが持つ力を必要とするこの試練を前に

 

流石にキリトもどうしたモンかと腕を組んでひたすら「う~ん」と首を捻っていると……

 

「凄いよキリト、さっき音がした時はビックリしたけど、遂に当てられるポイントを見つけたんだ」

 

「ん? ああユージオか……いや当てる事には成功したけどどうやらそっからが本当に大変みたいなんだよ……」

 

「遠目で見た感じだと威力が足りなかったとか?」

 

「まあな、しかし攻撃値も剣の切れ味も申し分ない筈なんだけどなぁ……これ以上の威力となると攻撃強化のポーション? いやそんなドーピングが通用する訳……」

 

ユージオの腰元で光る青薔薇の剣を欲しがりもせずに、ただ目の前の難題に集中して突破を試みようとしているキリトがブツブツと呟いていると、ユージオは少しばかりの躊躇を見せると静かに一歩前に出る。

 

「なら僕の剣を貸そうか? 青薔薇の剣」

「え、くれんの!?」

「あげないよ! 貸そうかって言ったんだよ僕は!」

「ああ悪い、俺の知り合いの天然パーマに「貸す=あげる」と勝手に脳内変換する人がいるからつい」

「無茶苦茶な発想の転換だね……そしてそれに影響受けてる君もまた無茶苦茶だよ……」

「まあでもいくら青薔薇の剣を俺がここで使ってもなぁ……」

 

自らにとって最も大事なモノと言っても過言ではない青薔薇の剣を一時的に貸してあげると提案するユージオ

 

しかしキリトはその提案に最初は乗り気になるもすぐに渋い表情を浮かべる

 

キリトが現在手に持っている剣はエリシュデータ

 

体力を半分以下に減らすともう片方の手に肩手持ちの装備が可能となる、銀時の持つ物干し竿にも匹敵する珍しい漆黒の魔剣。

 

当然威力も普通に剣に比べれば高く、神器クラスには確かに劣るもののこの世界では十分上位に食い込める性能だ。

 

「あの天パのおっさんじゃあるまいし、手に取ったばかりの剣をおいそれと簡単に振り回される程器用じゃないからな俺、まずは時間をかけて得物を手に馴染ませるタイプなんだよ」

「確かに同じ剣でも大きさや重さも全く違うからね、じゃあ今ここでキリトがまともに青薔薇の剣を扱うのは無理か……」

 

銀時なら初めて使う武器でも難なく扱えるイメージがあるが、普通はそうは行かない。

 

青薔薇の剣と言えど扱うにはそれなりの時間を有すると、キリトは苦い表情で頷いた。

 

「ああ、いきなり神器持たされてもまともな動作さえ出来ない様な気がする」

「そうか、普通のプレイヤーはそういう事でも頭悩ませることあるんだ……」

「ん?」

「いやなんでもない、気にしなくていいよ」

 

今なんか変な事言わなかったかコイツ?というキリトの疑問に気付いて、ユージオは慌てて自ら話を切り出す。

 

「それじゃどうする? もっと剣の速さと威力が上げてみるとか?」

「うーん、でも俺にはこれが限界なんだよなぁ……なんか画期的な方法があればいいんだけど……」

 

こうして頭を捻っていても名案が思い付かず、途方に暮れるキリト

 

するとそこへ

 

「ふむ、拙者を置いてけぼりにして何やら楽しんでいる様でござるな」

「あ! つんぽさん!」

 

 

フラリと歩み寄って来たのはつんぽ、どうやらユージオがキリトと親し気に会話している様子を見に来たようだ。

 

「すみません、今ちょっと彼がどうやってこの枝を斬り落とせるのか悩んでいたみたいなんで……」

「構わぬ、他者に対して興味を持つようになった事もまた重要なデータになるしな、してその悩みとは?」

「キー坊が枝を斬り落とすには、どうやら生半可な威力じゃ足りないんだとさ」

 

申し訳なさそうに謝るユージオにつんぽは別に構わないと言いつつ話を聞いてみようとすると

 

代わりに傍にいたアルゴがヘラヘラ笑いながら答えてあげる。

 

「今のキー坊じゃ精々半分程度しか食い込まない、だから倍の威力がないとコイツは斬れないって訳なんだヨ」

「倍、か……なるほど、それなら話は早いでござらぬか。どれ、拙者が知恵を貸してやろう」

「え?」

 

アルゴの短絡的な説明を聞いただけでつんぽは何か思いついたのか、キリトに向かって人差し指を立て

 

「半分斬れるのであればもう既に答えはわかっているであろう? 上から振り下ろして半分斬れるのであれば、同時に下から振り上げて半分斬れば済む話でござる」

 

「いやそれだと2本の剣が必要になるだろ、アルゴにも言ったけど俺は二刀流だけどそんな精密に同時に振る事なんて出来ないんだって……」

 

「問題ないでござる、おぬし」

 

「え? 僕ですか?」

 

 

言うのは簡単だがそうは上手くいかないだろと反論するキリトに、すかさずつんぽはユージオに向かって

 

「少しばかりこの少年を手伝わせてやっても良いぞ」

「ええ!?」

「ユージオに手伝ってもらう? まさかそれって……」

 

つんぽの提案を聞いて驚くユージオを尻目にキリトはすぐに彼が考えている作戦を察する。

 

ギガスシダーの枝を斬り落とすには今のキリトには2倍の威力が必要とされる、つまり……

 

 

 

 

「俺とユージオが協力して、反対方向から全く同じタイミング、同じ場所を挟み撃ちによるユニゾンアタック(合体攻撃)を決めろって言うのか……?」

 

「ご名答、ま、すぐには無理かもしれませんがやるだけやってみるでござる」

 

「おいおいマジかよ……」

 

ちょっとだけ意地悪そうに笑って見せるつんぽにキリトは頬を引きつらせるしかない。

 

つまり今キリトに最も必要とされるモノは

 

今ここで会ったばかりの少年と息の合ったコンビネーションを発揮する為の強い協調性

 

そう、かつて銀時とアリスが顔を合わせたばかりの状況で、ボス戦の中で披露したあの連係プレイを自分もまたやらなきゃいけないという事だ。

 

「お前、剣に自信あるの?」

「ハハハ、少しだけなら……」

「不安だ……」

 

 

キリトとユージオ、性格もまるで違うこの二人が無事にギガスシダーの枝を斬り落とせるのか

 

次回へ続く

 

 




ユージオは優しいし人当たりも良いですが、自己評価が低くてあまり前に出ようとしないタイプです。

キリトは皮肉屋だし他人とすぐ喧嘩になりますが、決して自惚れや謙遜も無く自分の評価をハッキリを自覚して、その上で出る所はしっかりと前に出ていくタイプです。

互いに弱い部分を補える「凸凹コンビ」って奴ですね。

お次はそんなキリトとユージオの初めての共同作業です、お楽しみに


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第五十六層 その音色は不協和音か完全一度か

空洞虚無さんからの竿魂支援絵です。


【挿絵表示】


特別ゲストして別作品から胡散臭い神様が2柱とまた仮面ライダー出てます、すぐに金髪ホクロに連れ戻しに来てもらいましょう。仮面ライダーは……まあいいや土管の中に住んでて下さい。

本編登場前に贅沢にもイラストで初登場させてもらった妖精王ですが

本作でも一応存在はしていますし、原作通り影でコソコソしているのでご安心を

ただ悲しい事に、色々と怖い人に睨まれちゃってます……

素敵で多彩なイラストを描いて下さりありがとうございました!


キリトが新たな出会いを育んでいる中で

 

銀時とユウキは同じ五十層で久しぶりにある連中と再会していた。

 

「あ」

「……こんな所で会うなんて奇遇ね」

「よぉ、元気してた?」

「まあまあね……ちょっと前にとんでもない事に遭遇したせいで色々疲れちゃってたわ……」

 

エギルの店から出て二人は適当に複雑な構図な街中をブラブラと散歩していると

 

そこへバッタリと鉢合わせたのはまさかの人物

 

血盟騎士団・副団長・鬼の閃光ことアスナである。

 

自分といきなり顔を合わせた事に随分と薄い反応してくれる銀時にちょっとムッとしながら、隣にいるユウキの方にもチラッと目を向ける。

 

「ユウキはもっと久しぶりね、元気だったかしら?」

「はーいアスナ、ボクはいつも元気だよ。最近銀時絡みで腹の立つ事が続いてたけどホントに元気だよ」

「……」

「なに俺の事軽蔑の眼差しで見てんの? そういう眼差しはキリト君の為にとっとけ」

 

にこやかに手を振って挨拶しかえすユウキだが、彼女の口から不穏な情報が洩れたので、思わず銀時の方へ振り返って無言で顔をしかめるアスナだが

 

「あら犬泥棒にオカマ侍じゃない」

 

そんな彼女の背後からフラリともう一人の人物が

 

日傘を差したまま面白くなさそうにジト目で睨み付けて来るグラこと神楽がやって来たのだ。

 

「へーアンタ達五十層まで来れる実力あったんだ、ま、どうでもいいけど」

 

「あ、見て見て銀時、銀時お気に入りのボンキュッボンのネェちゃんがやって来てくれたよ、またナンパしてみれば?」

 

「おいおい勘弁してくれよ、見た目はボンキュッボンでも、リアルのコイツの正体はキュッキュッキュッだってのわかってんだからもう口説こうとする気すらしねぇわ」

 

「それ以上抜かすとアンタの首をキュッキュッキュッするわよ」

 

見た目は正にアスナ以上のナイスバディなのだが、既にリアルで彼女の本当の姿は知っているので

 

ユウキが意地悪く前みたいに誘ってみろと言われても、銀時は全く乗り気じゃない様子で後頭部を掻き毟る。

 

「しかしこんな平日の昼間から女二人で仲良くこっちに来てパトロールですかぃ、ひょっとして暇なのお前等?」

「相変わらず失礼な男ね、アンタ達とアスナと一緒にしないで頂戴、私はいつだって忙しいわよ」

「私だって忙しいわよ! ちゃっかり私だけあっち側に置かないで!」

 

銀時に指摘されて不満げに自分だけ忙しいアピールする神楽にアスナはすかさずツッコミを入れると

 

忙しい云々についてはあまり深く聞かれて欲しくないのか、コホンと咳払いするとすぐに話題を切り替えてしまう。

 

「そ、それよりいつも連れて歩いているあの凶悪犯はどこ行ったのよ、黒づくめの厨二病男は」

 

「アイツは今別行動だよ、え、なにおたく、キリト君に会いたいの?」

 

「会いたいと言われたら会いたいわね、親睦性を深めたいからじゃなくて主に取り締まる側と取り締まられる側として、どこにいるのか知ってるなら正直に白状してくれないかしら?」

 

「聞きましたユウキさん? この子ツンデレですよツンデレ、素直になれずにあんな建て前使ってでもウチのキリト君と接触したがってますよ」

 

「古き良き伝統のヒロインスタイルだねー、でもツンデレならチャイナ娘の方が似合いそうだと思うなボク、理由はわかんないけど」

 

「誰がツンデレよ! 私は未来永劫アイツの事は嫌いよ!!」

 

場所を知ってるなら教えて欲しいと頼んで来たアスナに、ハッキリと聞き取れる内緒話をしながら弄り出す銀時とユウキ。

 

それにすぐ様カッと反応して真っ向から彼等の推測を否定する。

 

「場所を知っていたら答えろって言っただけでしょ私は!」

 

「知らねぇよ、勝手にフラッと行っちまったんだし。まあ厨二病の事だから学校の理科室で、液体の入ったフラスコをクルクルしながらニヤニヤしてんじゃねぇの?」

 

「絶対に遭遇したくない光景ね……まあ知らないならいいわ、ご協力ありがと」

 

厨二病をどんな風に思っているのだと、答える銀時にアスナは首を傾げながらとりあえずお礼を言うと

 

「あ、そういえばあなた、リズから聞いたんだけど……」

「リズ?」

 

ふと今目の前にいるこの男の事で最近とんでもない情報を友人経由で耳にした事を彼女は思い出した。

 

「神器の素材の金木犀の枝を手に入れたらしいじゃない、しかもそれをリズに預けて神器にしてもらうまで話を進めているとか……正直驚いたわよ」

 

「ああ、リズってアレか、四十八層で店開いてるのあのピンク頭の小娘の事か、顧客の情報を流出するとかなに考えてんだアイツ」

 

「偶然私が彼女に店に足を運んだ時に、カウンターの上にあなたが彼女に渡した大金と金木犀の枝を見たから聞き出してみたのよ」

 

アスナの言うリズという人物が、四十八層で店を開いているあの若い娘のリズベットだとわかって銀時は納得した様に頷く。

 

世間は狭いというか、彼女の友人であったアスナは彼が店に来ていた情報をあっさりと入手していたのだ。

 

「正直なに考えてるのかよくわからない抜け目のない男だとは思っていたけど……よりにもよって私が欲しがってた神器の素材をあなたが手にするとはね……」

 

「ああ、オメェの所のドSのエセ抜刀斎に助力して貰ってな」

 

「そういえば……あなた彼と一緒に神器クエストに参加してたのよね?」

 

「アイツ……きっとアスナ姐が前々から欲しがってるの知ってて、わざとこの天パに取らせようとしていたアルな……」

 

銀時の口から出たドSのエセ抜刀斎、つまりこちらの世界では自分と度々行動を共にしているあの沖田総悟の事だと瞬時にわかると、アスナはジト目で呟き、神楽は素の口調を恨めしそうな表情でここにはいない彼に悪態を突く。

 

「あのドSはホントアスナ姐の敵ヨ、毎度毎度嫌がらせばっかしやがるし、その上最近じゃ勝手に人を集めて自分の部隊まで立ち上げたと聞くアル、いずれ血盟騎士団に対して反乱を起こし、アスナ姐の首を本気で狙いに来るのも時間の内だから早めに排除するべきネ」

 

「あ、そん時が来たらボクも参加させてね、面白そうだし」

 

沖田に対してはアスナ絡みもあって強い嫌悪感を持っている神楽。

 

腕を組みながらいずれ矛を交えるのも時間の問題だと呟いていると、ユウキが勢い良く手を上げる

 

「アスナはボクが護ってあげるしあの人とも戦いたかったんだー」

 

「アスナ姐を護るのもあのドSを倒すのも私アル、関係ない奴はすっこんでろ犬泥棒」

 

「ハハハ、まだあのワンちゃんを乗り回した事怒ってるんだ」

 

「当たり前だコラァ! あれからウチの定春はしばらく私を上に乗せてくれなかったんだぞ! ウチの定春の心を盗んでおいてタダで済むと思うなよ犬泥棒!」

 

「ごめんごめん、あ、今度また乗せてくれる?」

 

「ふざけるなアル! 二度と乗せるかぁ!」

 

愛犬である使い魔、幻獣種・定春を乗り回された事を未だに根に持っている神楽はユウキにすっかり頭に来た様子で怒鳴りつけるも、ユウキの方は全く悪びれもなさそうにヘラヘラとまた乗せてくれと言い出す始末

 

やはり銀時やキリトと付き合えるだけあって、彼女もまた他人に対して遠慮が無い

 

「そういえば神器で思い出したんだけどさ、もしかしてアスナって、五十五層にある氷の洞窟で入手できる青薔薇の剣の神器クエストに参加した事ある?」

「え? 確かにあるけどそれがどうしたの?」

「いやキリトが前に言ってた事思い出してさ」

 

神器と聞いてふと随分前の事を思い出し、ユウキは今度はアスナの方へ振り返って話し始めた。

 

「キリトがそのクエスト参加中に君らしき影を見たかもしれないって言ってたんだ、それでもしかしたら君が青薔薇の剣を取ったんじゃないかって少しの間疑ってたんだよ彼」

 

「ああ、リアルで初めて顔合わせした時もそんな事言ってたわね……でも青薔薇の剣を入手したのは私じゃないわ、凄く綺麗な剣だって聞いてたから欲しかったんだけどね、どこか別の人が先に取っちゃったみたい」

 

「へーそうなんだ、ボクは青薔薇の剣の事は知らなかったけど、そんなに綺麗だったの?」

 

「まあ実物は私も見てないけど、一目見ればため息が出てしまうという、あり得ない程に美しい剣とか前に聞いた事あるわ」

 

「そうなんだ、じゃあボクもちょっと欲しかったなー」

 

この世に二つとない輝きと美しさを併せ持つ神器・青薔薇の剣

 

その話でアスナとユウキが盛り上がっていると、小指で鼻をほじりながら銀時が「ケッ」と面白くなさそうな表情で

 

「美しいだとか、綺麗だとか、ホント女ってのはそういうの好きだよなー、剣で大事なのは見た目じゃねぇんだよ、大事なのは中身の方だ、人も剣も切れ味が肝心なんだよ」

 

「いやいや見た目も大事だって、見てるだけで愛着が湧く得物の方が使いたくなるでしょ? 見た目も中身も汚い銀時はそこん所わかってないなー」

 

「誰が見た目も心も汚いだ! 俺の心はいつだって少年だった時を忘れない純粋無垢なんだぞ! 見た目だって小栗旬だコラァ!!」

 

「小栗旬に失礼でしょ、謝りなさい」

 

「お前に小栗旬のなにがわかんだ!」

 

男として、侍としての感性でモノを言う銀時だがそこはユウキとアスナの女二人に逆に噛みつかれてしまう。

 

無論、銀時の言う通り剣で最も大事なのは中身である性能だが、見た目もまた大事であり、戦いにおける利と繋がる事だってあるのだ。

 

「銀時、金木犀の枝で造る神器はちゃんと恥ずかしくないのにしてよ、神器なんだからカッコいいのにしてね」

「知るかよ……そもそもカッコよくなるかどうかは鍛冶師の腕次第だろうが……」

「その辺は心配しなくていいわ、リズのセンスは抜群だから、完成すればきっといいデザインに仕上がってる筈よ」

 

ユウキの言葉にイライラした様子でブスっと返事する銀時だが、心配はないと自信満々にアスナは答える。

 

だが

 

「まあ完成すればの話だけどね……」

 

未だ初めての神器造りに幾度も難航し、最近ではすっかりノイローゼ気味になって

 

突然笑いだしたり泣き出したり、終いには踊り出したりする等

 

数々の奇行を繰り返している友人を思い出し、心配しつつ彼等に聞こえない様ボソリと呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして銀時とユウキがアスナと神楽と接触している頃

 

そんな事も露知れず、キリトは一心不乱にギガスシダーに生える一本の枝を斬り落とそうと頑張っていた。

 

偶然出会った不思議な少年、ユージオと共に

 

「ってオイ! 今完全にタイミングズレてたぞ! もっと俺に合わせろ! 俺とシンクロしろ! チューニングだ! そしてシンクロ召喚だ!!」

 

「シンクロ召喚ってなにさ……いやいや今のはキリトの方が悪いよ、だって完全に踏み込みが遅れてたじゃん、斬る箇所もズレてるし」

 

「いいかユージオ、俺と呼吸を合わせるんだ、お前は俺の思考を読み取り完全にコピーするんだ、お前は今から俺になるんだ、ユージオという存在はティッシュに包んでゴミ箱に捨てて来い」

 

「ごめん、君みたいになるのは嫌だから……とにかくもう一回合わせてみようよ」

 

ひたすら剣先程度しかない僅かな隙間に剣を振るって斬り落とすという作業はかれこれ4時間にも及んでいた。

 

キリトが剣を振り下ろし、ユージオが剣を振り上げる、全く同じ個所に同じタイミングかつ同じ威力で攻撃しなければならないというのは、やはり想像していた事よりもはるかに難しい動作だ。

 

二人はゼェゼェと息を荒げながら体が疲れて来た事を確認しながらも、今度こそはと再び一本の枝に向かって剣を振るう。

 

そんな彼等を少し離れた所で飽きずに見守ってやっているのは

 

ユージオの知り合いのつんぽと、キリトの雇った情報屋のアルゴであった。

 

「ハハハハ、続けてる内に段々とタイミングが合って来ているがまだ折れないナー、こりゃ相当判定がシビアなんだろうか」

 

「……」

 

「それにしても、おたくはさっきからずっとあの二人の頑張りを興味深そうに見ているが、何を考えているのかネ?」

 

「……少々意外だと思ってな、拙者自信が提案したとはいえ、アレがあんな熱心にあの少年に肩入れするとは」

 

隣りで笑っているアルゴに話しかけられると、つんぽは掛けているグラサンをスッと上げながら二人から目を逸らさずにポツリと返事する。

 

「アレは今まで拙者達以外の者とはあまり慣れ合おうとせんかった、自己主張する事もほとんどなく、拙者達からの指示を待つだけで自ら動こうとは考えもせんかった」

 

「へー」

 

「だが今のアレは、自ら進んであの少年に助言したり積極的に己が考えた事に従っているでござる」

 

表情は相も変わらず真顔のままだが、どうやらユージオの行動が予想外だったらしく、少し驚いている様だった。

 

とアルゴはそんなつんぽを見ながら推測する。

 

「もしかしてあの少年と関わった事が刺激となり、アレの思考が一時的に変化した、という事なのでござろうか」

 

「キー坊に触発されて自分の言いたい事を言えるようになったって事かい? まるで人間ではなくロボットに向かって言ってるかの様な口振りだな」

 

「おっと、拙者とした事が口が過ぎてしまった。勘の良さそうなおぬしにはこれ以上何も言わぬが吉か」

 

「いやいやもっと喋ってくれてもいいのだヨ、俺っちがなんでも聞いてあげるからサ」

 

つい喋り過ぎたと反省しつつ、アルゴに対してずっと警戒心をもっていたつんぽは、口元に小さく笑みを浮かべて黙る事にした。

 

それにアルゴが彼のロングコートの裾を引っ張って無理矢理にでも情報を入手しようとしたのだが

 

ギガスシダーの前でキィン!と今まで聞いた事のない強い快音が聞こえたので彼女はバッとそちらに振り返った。

 

「今の音、もしかして……」

「いや、ちと浅かったみたいでござる」

 

もしや?と思ったアルゴにずっと二人を観察していたつんぽがボソッと答えた。

 

キリトとユージオの攻撃は、これまでになくバッチリ噛み合ったタイミングだったのだが

 

残念ながら疲れのせいで威力を込めれなかったのか、両者の件は交差せずにあと数ミリ届いていなかった。

 

「く! 疲れのせいで威力が衰えたのか……惜しかったな今の、完全によっしゃ折れた!と思ったのに……」

 

「一回休憩挟んだ方がいいんじゃない?」

 

「いや一旦止まったらまた斬り付ける箇所とタイミングを覚えている体が忘れる、もう一度やろう」

 

「タフだなぁ……」

 

惜しかったことに悔しがりつつもすぐに剣を構え直すキリト。

 

この男は絶対に諦めようとしない、何が何でも己の欲望に従いこの枝を強く欲しているのだ……

 

最初はかなりふざけた奴だと思っていたが、疲労しつつもへこたれていない彼を見てユージオは思わず見とれてしまっていると、構えたままキリトが確認する。

 

「いけるかユージオ」

「正直キツイけど……君が大丈夫なら付き合ってあげるよ」

 

何時間も繰り返し続けたおかげで段々互いの呼吸とリズムが合う様になってきたキリトとユージオ

 

 

キリトは剣を振り下ろし、ユージオは剣を振り上げる、モーションは違うし力の込め具合も微妙に変わるが

 

二人は一本の枝を間に挟んだ状態で向かい合いながら、タイミングを揃える為にしばしの間を置く

 

「やるぞ、今度こそ!」

「うん!」

 

短い掛け合いを終えて二人は全く同時に得物にありったけの力を込めて地面を強く踏む。

 

そして

 

「でぇい!」

「そりゃあ!」

 

キリトが斜め下に振り下ろし、ユージオが斜め上に振り上げた。

 

すると次の瞬間

 

 

 

 

 

 

バッチリ噛み合ったエリシュデータと青薔薇の剣が正面からぶつかり

 

パキィン!と何か堅いモノが折れた音と同時に

 

ギガスシダーの枝が遂に折れて、地面にポトリと落ちたのだ。

 

神器の素材となるギガスシダーの枝が、遂に……

 

「お! おぉ! おぉぉぉぉ! よっしゃあ! よっしゃあぁぁぁぁぁ!!」

「やった! 遂に斬り落とせたねキリト!」

 

互いに疲労感も忘れて両手を掲げてガッツポーズする二人

 

キリトに至っては人生史上最大の喜びと言わんばかりに歓喜の雄叫びを上げている。

 

「長かった、遂に俺にも神器を手にする時が……!」

「良かったね、それにしても凄い喜び様だね……手伝ったこっちも思わず引くぐらい……」

「当たり前だろ、EDOをやる者のほとんが血眼にしてでも求める神器の素材を遂に手に入れたんだぞ」

 

念願の神器の素材を入手した事にひどく興奮した様子で震え出すキリトにユージオが軽く引いていると

 

「そういやずっと俺の素材入手に付き合ってくれてありがとな、お詫びに今度、お前が欲しいモンあったら手伝ってやるよ」

「え、いいの?」

「そりゃお前……流石にこんな面倒事にずっと嫌な顔せず付き合ってくれたんだから……お礼の一つや二つしてやらないと悪いだろ……」

 

突然頬をポリポリと掻きながら、キリトは照れ臭そうに今度お礼がしたいと自ら言い出した

 

そしてそんな事言われてちょっと驚いてる様子のユージオに対し、顔を背けながらスッと左手を差し出す。

 

「お前とは初めて会ったのに不思議とビックリするぐらい息が合った、だからこれからもよろしく頼むぜ」

 

「そうだね、最初は苦手な相手だと思ってたけど、正直キリトとの連携はまるで”ずっと昔から一緒”だったんじゃないかと思うぐらいバッチリだった……僕でよければこれからも暇があれば手伝ってあげるよ」

 

突き出すように手を出して来たキリトにユージオはフッと笑いながらその手を握って握手を交えるのであった。

 

だが

 

二人がそんな風に握手を交えて堅い友情が芽生え始めようとしている中で

 

「ん?」

「あれ?」

 

突如上からヒュンヒュンと何かが風を切りながら回転して落ちてくる音が聞こえた。

 

不思議に思ったキリトとユージオは揃って顔を上げると

 

「「!?」」

 

それと同時に彼等から数十センチ離れた所の地面に深々と何かが落ちて勢いよく突き刺さっていた。

 

握手を止めて二人は一旦そちらに目を向けるとそこには……

 

「……なぁ、アレって剣の先っぽだよな……? なんで上から落ちて来たんだ?」

「さ、さあ……あれ? でもあの剣、よく見たら君が持ってた剣と似てるような……」

「……」

 

地面に刺さっているのは見事に鋭く尖った黒い刃。

 

それを見てユージオが恐る恐る指摘すると、キリトは右手にずっと持ってたエリシュデータを思い出してスッと掲げてみる

 

 

 

 

刃の部分が付け根からポッキリと、見事なほどに綺麗にへし折られていた。

 

「でぇぇぇぇぇぇぇぇ!? どういう事だこれぇぇぇ!? 俺がずっと愛用していた剣がなぜ!? ホワイ!?」

「あ~もしかして……」

 

自分の十八番である二刀流を行う事の出来る貴重なレア武器であるエリシュデータが、どうして折れてしまったのだとキリトが悲鳴のような声を上げると

 

頬を引きつらせながらユージオが心底申し訳なさそうな感じで

 

「枝を斬り落とす時に君の剣と僕の剣がガッチリぶつかった時に……僕の青薔薇の剣の衝撃で君の剣が折れちゃったのかも……」

「テメェのせいかァァァァァァァァァ!!!」

「うらばッ!!」

 

どうやら二つの剣が交差した時、青薔薇の剣が彼の愛剣を思いきり耐久値を削り切ってしまったみたいだ。

 

その事をユージオが告白した瞬間、キリトはさっきまでの恩義を忘れて、彼に向かって怒りのドロップキック

 

「どうしてくれんだコラァ! コイツが無いと二刀流になれなくなるんだぞ! 返せぇ俺のエリシュデータ!」

 

「い、いやそんな事言われても無理だよ! あ! 剣は折れたけど神器の素材があるんだし、無くなった剣は神器で補えばいいんじゃないかな!?」

 

「神器は造るけど二刀流も大切なんだよ俺は! 両手で剣を二本持つという超カッコいいプレイスタイルがもう出来なくなるじゃねぇか!!」

 

「い、いや別にそこまでカッコいいわけでもないんじゃ……ってうわぁぁぁぁ!!!」

 

「二刀流をバカにすんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!! 謝れ! 俺と宮本武蔵に謝れ!」

 

大切な愛剣、何より巌流スキルから放たれるお得意の二刀流が出来なかった事がショックで、キリトは我も忘れてユージオの両足首を掴むと豪快にジャイアントスイング。

 

せっかく強い友情が生まれたと思ったのに、不運な事故のおかげであっけなく二人の間にヒビが生じるのであった。

 

「あーあ、キー坊の奴、相手が自分を手伝ってくれた恩人だというのも忘れて何やってんだか」

「難儀な目に遭っているでござるな、しかしあの少年との出会いがアレにどんな音色を加えてくれるのか……」

 

ユージオをフルスイングしながら回転しているキリトを、離れた所で面白そうにアルゴが笑っていると

 

つんぽもまた、会ったばかりの少年に最後まで振り回されっぱなしのユージオを見てフッと笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「出会いに感謝する歓喜の歌になるか、出会いに後悔する悲哀の歌になるのか……さてさてどんな歌が完成するか楽しみに待つ事にしよう」

 

 




これにてキリトの神器クエストは無事終了です、しかし代償は二刀流スキル持ちのレア剣一本……彼にとっては結構な痛手です……

次回はグロッキー状態のリズベットからスタート、神器造りに難儀している彼女の下へいつもの三人組を始め様々なプレイヤーが集まっていく。

選りすぐりの精鋭達が揃いし時、リズベットは彼等に一つの提案をするのであった……


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第五十七層 神器造りだよ! 全員集合!!

空洞虚無様からの「竿魂」の支援絵です。


【挿絵表示】


マヨネーズで釣りを勤しむ土方と、それを見守るアスナ、そして余計な事を言った名も知れぬマヨライダー……

その昔、コロコロコミックで鉛筆をルアーに改造して魚を釣り上げるとかいう漫画があったけな……。

懐かしい記憶を思い出させるイラストを描いていただきありがとうございました!



ここは第四十八層にある「リズベット武具店」

 

もうとっくに店を開いている時間帯にも関わらず

 

店内は薄暗く不気味なほど静かだった。

 

そしてカウンターの上につっ伏してさっきから何度もため息をついて悲観に暮れているのは

 

この店の店主ことリズベットである。

 

「神器……全然完成しねぇ……」

 

カウンターから顔を起こした彼女は酷くゲッソリした様子だった。

 

目の下にくまも出来ていて自慢のピンクの髪の毛もボサボサ気味で頬は軽くやつれている。

 

彼女が酷くグロッキーになっているのは恐らく、ここへ突然フラリとやって来たとあるお客からの依頼が原因であろう。

 

神器の素材となる金木犀の枝を使って、己の全てを賭けてこの世に二つとない最高の神器を造る。

 

そう意気込んでからかれこれ数週間、最初はやる気に満ち溢れていた彼女も、幾度も現れる壁に何度もぶち当たってしまった事で、精神的にも肉体的にも相当参ってしまっているらしい。

 

「過去に名のある鍛冶師が何度か造ったケースはあるみたいだけど……その製造方法は極秘扱いされていてレシピさえも手に入らないのよね……やっぱり私みたいな一人前に成り立てのペーペーじゃ造れないのかしら……」

 

友人のアスナ曰く「ノー天気な所はあるけれどすっごいポジティブな子で、見ているだけでこっちも頑張ろうと思える」という印象を持たれているのだが

 

今のリズベットは一人ぼっちで自暴自棄になりながら虚空を見つめたままブツブツと呟き続けるだけで、ぶっちゃけ見ているだけでこっちの気が滅入りそうな雰囲気しか放っていなかった。

 

「おーい、生きてるかー?」

 

するとそんな近寄りがたいオーラを醸し出すリズベットの所へ、一人の人物がドアを開けて中へと入って来る。

 

自称・アスナの子守り役、沖田総悟である

 

「お日様は昇ってるっていうのに、ここは相変わらずジメジメしてて嫌になるぜ」

 

長い楊枝を口に咥えたまま平然と店の文句を行った後、言い返す気力すら起きずに無言でこちらをジト目で見つめて来るリズベットの前に立つと、沖田は肩に担いでいた大きな袋を彼女の

 

「おらよ、テメェが用意して欲しいって言っていた素材だ」

「うごッ!」

 

丁度頭の上にドンッ!と落とした。

 

「アンタねぇ……痛みは無いけど衝撃はあるのよこの世界……」

 

リズベットは頭を抱えながらその袋を脇にどけると、恨めしそうに軽く沖田を睨みながら袋の中を確認する。

 

「オーイシペンギンの剛毛、スケットシノハラの鋭爪、アソーサイキの大角……EDOじゃ極めて遭遇率の低いレアなユニークモンスターのドロップ品を良く集めてくれたわね……感謝するわ」

「俺の部下に全部任せただけなんだけどな、あのメスガキ共の腕を上げさせるには持って来いの相手だったぜ」

「アンタ部下なんていたの? しかもメスガキって……」

「見た目はガキじゃねぇけどな、中身はまだ実戦もよく知らねぇ小娘共よ」

 

どうやら沖田はリズベットに依頼されて希少な素材品を持って来てくれた様だ。

 

その事に感謝しつつも、こんな男にコキ使われている部下達が可哀想だなと思いつつ、リズベットは自分のメニュー画面から金貨が詰まった袋を一つ取り出して沖田に差し出す。

 

「はいお疲れ、約束の依頼金よ、ちゃんと働いてくれた部下にもあげなさいよ」

「そいつはねぇな、俺はわざわざアイツ等に戦闘の技術を叩き込んでやってんだ、コイツは授業料として全額俺が貰っておくぜぃ」

「アスナの言う通りホント性格悪いわねアンタ……」

 

貰った金をすぐ懐に仕舞いながら真顔で言いのける沖田に、リズベットがいつも彼に対して文句ばかり言っているアスナの事を思い出していると

 

「それよりそろそろどうなんでぃ? 旦那の神器はもう造れんのか?」

「うーん、アンタが寄越してくれたこの希少素材のおかげで、ようやく半分揃ったって所かしら……」

「おいおい、まだ半分ってお前どんだけ俺にあちこち行かせる気だよ、この世界で認知されてるユニークモンスター全部潰させる気か?」

「仕方ないでしょ、神器を造るのであれば妥協は一切したくないのよ私は」

 

リズベットが沖田に希少な素材を集めさせたのは無論、神器の作成に用いる為だ。

 

坂田銀時が持って来た金木犀の枝だけではまだ完全なる神器は造れない、とにかくあらゆる資材を扱って自慢の一品を造る事こそが彼女の鍛冶師としてのプライドなのである。

 

「ぶっちゃけアンタ以外にも色んな人に依頼してるのよ私、神楽には手が空いた時に手伝って貰ってるし、最近じゃ四十二層で金髪の妖精とゴリラの妖精を連れ歩いている腕の良い眼鏡の厨二剣士見かけたから、そいつにもいくつか頼んでるし、他にもエムって女やMって男とか、それとキバオウって変な奴にも……まあ結構な人数に手伝って貰ってるわね」

 

「そんなになりふり構わず依頼なんかして、金はあんのかお前?」

 

「神器手配の依頼主からたんまり貰ってるからその辺心配ないわ、でも付き合いの長い情報屋に定期的に希少素材の情報流してもらっているから……正直完成する頃には貰ったお金は全部無くなってるかもしれないわ……」

 

銀時の神器作成の為に多くのプレイヤーが絡んでいる、中にはまだこの四十八層にまで辿り着いていない者達にも協力を仰いでいるみたいだ。

 

惜しみなく人件費を出すリズベットに沖田が所持金が底を尽きるのではと尋ねると、案の定この神器作成にはあまり利得は得られないらしく、彼女は自虐的な笑みをフッと浮かべて肩をすくめる。

 

「でもいいのよ私は、利益なんかなくても。この世界で最高傑作と称される程の神器を造る、それさえ出来れば他に望む者は何も無いんだから」

「本音は?」

「とにかく名を上げて周りにチヤホヤされたい、褒められたり賞賛されたり、あわよくばカッコいいイケメン剣士に告白とかされてリアルの世界でお近づきになりたい」

 

鍛冶師にとって一番の夢は思考の逸品を造る事、というのはあくまで建て前で

 

年頃の女の子であるリズベットとしては自分の腕を周りに認められて羨望の眼差しを向けられる事の方がなによりの重要な事であった。

 

おまけに色恋も覚えたいと来たもんだ

 

「だって普通そうでしょ! こんだけ頑張ってるんだからもっとみんなに認めて貰いたいのよ私は!」

 

「へー」

 

「例えば1年かけて頑張って物凄く良い剣が造れたとするでしょ! それで依頼主に「フ、俺はこれが造れただけで満足だ、金はいらねぇよ……」とかキザな台詞吐ける鍛冶師がまっっったく理解出来ない! 「こちとら1年もかけてやっと作ったんだからもっと金寄越せや! あと俺への感謝の印として道行く人に俺の名を広めてこい!」とでも言うべきだと私は思うのよ!!」

 

「知らねぇよ、勝手に思ってろ」

 

「私は「神器も造れる凄腕鍛冶師のリズベット様」と言われたいのよ! だからこそ一切手を抜かずに至高の神器を造ってみせるって腹決めたの! このチャンスをモノにしないと私はこの先ずっと「可愛い鍛冶師のリズちゃん」のままなんだから!」

 

「今自分で自分の事可愛いつった? すげぇムカつくんだけど、斬っていい?」

 

店の中には沖田しかいないのを良い事に、内に秘めたる野望を大声で吐き出すように叫ぶリズベット

 

唯一聞いてやっている沖田はしら~っとした表情を浮かべながら腰に差す刀の柄に手を置こうとしていると

 

「おい、なんか店の中随分暗いけどちゃんとやってるよな?」

 

「あぁ!? 今ちょっと立て込んでるから後で来てもらえます!? 今度重なるストレスが原因で絶賛爆発中なんですよこっちは!! ってアレ?」

 

ギィッとドアを静かに開けて覗き込む様に誰かが店へと入って来た。

 

イライラですっかりヒステリック気味なリズベットが噛みつくようにその人物の方へ振り返ると、ふと我に返って素に戻る。

 

「アンタ確か……神器依頼しに来た天パの連れの……」

「キリトな、その男もいるって事は店開いてるんだよな、だったら客として入っていいか?」

「ま、まあ別に良いけど、接客はしないわよ?」

 

どこかで見覚えのある自分とさして年も変わらない見ための全身黒づくめの男、キリトが締まりのない顔で現れるとツカツカと店の中へと入って来た。

 

こっちは今神器を造るので忙しいしってのに……そう思いつつもこのまま無下に彼を追い出すのも悪いなと考えて仕方なさそうにため息をつくリズベット

 

しかし店にやって来たのはキリトだけでは無かった。

 

「うーす、おいピンク頭、そろそろ俺の武器造れたよな? いつまで待たせてんだコノヤロー」

「やっほーリズ、銀時の神器造れたかな?」

「うげ……」

 

彼が入って来るとすぐにまた開いたドアから二人の男女が入って来た。

 

リズベットに神器を依頼した張本人の銀時と、誰とでも仲良くなれそうな親しみのある少女、ユウキ

 

二人の登場、特に銀時が店へやって来た事にリズベットはややバツの悪そうな顔を浮かべ始めた。

 

「い、いや……悪いけどまだ満足する品は提供できないのよ……も、もう少しで完成なんだけどね~ハハハ……」

 

「もう少しっていつだよ、この前催促しに来た時ももう少しって言ってたよな、いい加減出すモン出せよコラ、毎度無駄足使わせられるこっちの身にもなれや」

 

「へ、へぇすみません……いずれ約束通りキッチリご満足して頂けるであろうブツを用意しておきますんで……」

 

「なんか借金取りに催促される負債者みたいだよ、今のリズ」

 

舌打ちしながら苦々しい表情を浮かべて睨み付けて来る銀時に、リズベットは頬を引きつらせて無理矢理笑みを浮かべながらペコペコと頭を何度も下げる。

 

ここん所彼はちょくちょく顔を出して神器はまだかと催促してくる

 

彼曰く、神器そのモノはそこまで欲しいとは思っていないが、月夜の黒猫団というここに来るまで色々とお世話になったギルドの者達に、完成した神器を早く見せてやろうと思っているのだとか……

 

意外と義理堅いんだなと思いつつも、未だ神器造りは難航している状態のままなので、毎回ここに足を運んで催促しに来る彼に申し訳ないという気持ちでつい腰が引けてしまうリズベットなのであった。

 

「アレ? お前あのお嬢様の所のドS野郎じゃねぇか、もしかしてお前もここに武器依頼してんのか?」

「お久しぶりでさぁ旦那、俺は客じゃねぇですよ、俺ならもっとマシな武具屋で装備揃えるんで」

「……」

 

リズベットを尻目に銀時は店に沖田がいる事に気付いて軽く挨拶を交える。

 

この二人、何故かちょくちょく偶然顔を合わせる機会が多いのだ。

 

「ここの店主に希少素材取って欲しいって依頼されてたモンでして、それで約束の品を持ってきてやったって訳です」

 

「ふーん、そういやこの前オメェの所のお嬢様とチャイナ娘に会ったぞ」

 

「そうですかぃ、旦那に失礼な事しませんでしたか? なんなら俺がアイツ等に焼き入れておきますぜ」

 

「いやいいよ、別に大した事も言われてねぇし」

 

ホントはただアスナを闇討ちする為の口実でも作りたいだけだろと沖田のブラックな薄ら笑みを見て銀時は察し

 

彼の誘いをやんわりと断りながら彼はリズベットの方へ再び向き直る。

 

「おい小娘、神器の件はもうちょっとだけ待ってやるからさっさと作っておけよ、さもねぇとオメェに出した金返してもらうからな」

 

「わ、わかってますってば……本当にもう少しで完成するんで返金だけはご勘弁を……」

 

「ねぇリズ、なんか凄い疲れた表情してるよ、髪もボサボサだし、もしかして現実世界であまり寝てないの?」

 

「あはは……大丈夫よー、私は至って健康体よー、心配してくれてありがとーユウキちゃん」

 

「目が銀時より死んでる状態で言われてもなー……」

 

 

渇いた笑い声を上げながら上の空気味に返事するリズベットにユウキは顔をしかめて怪しんでいた。

 

データ上のアバターにもここまでハッキリと疲れが見て取れるという事は、リアルでは相当過酷な状態なのではなかろうか……

 

 

「さてと、じゃあ今度は俺からの話を聞いても良いかな、神器を造れる店主さん?」

「は?」

 

ユウキが心配そうに彼女を見つめていたその時、店の中を物色し終えたキリトがゆっくりとカウンターの前へと寄って来た。

 

話があるというが自分は特に彼と接点は無かった筈だが?とリズベットが目を細めているとキリトはメニュー画面を取り出してピッピッと操作をし始める。

 

「神器が造れると言われているアンタに是非コイツでやって欲しい事があってさ」

「……」

 

過剰に神器が造れる事を繰り返して言うキリトに、リズベットは無言で目を逸らしていると

 

二人の間に置かれたカウンターに突如あるモノが現れ出たのだ。

 

それは漆黒と呼べる程に濃い黒色をした一本の枝……

 

リズベットがそっと彼が取り出したモノに目をやるとすぐに「ん?」と呟き怪訝な表情を浮かべていると

 

 

 

 

 

「神器の素材取って来た、だから俺の分も1本頼むわ、神器」

「……」

 

淡々とした口調でキリトが言った事にリズベットは時が止まったかのように固まった。

 

(え? 今コイツなんつった? 一つの神器を造る為にロクに眠れず疲労で頭もおかしくなって来ている自分になんつった?)

 

1本の神器を造るだけでもかなりの労力が必要になると身に染みてわかった。

 

なのに今目の前にいるこの男は、そんな地獄のような経験を現在進行形で体験している自分に向かって……

 

「欲を言えば刀が良いな、黒の刀」

「……」

「ああ、金の事ならこれから頻繁にこの店に通って払うってので良いよな? 丁度今金欠状態だからまとめ払いできなくてさ、ローン払いという事でここは手を売ってほし……」

 

落ち着いた感じで言いながら神器の要望やお金の払い方について相談を始めるキリト

 

しかしそんな彼に対し、ひたすら耐えるに耐えていたリズベットが遂に

 

「ざっけんなゴラァァァァァァァァ!!!」

「でんぷしッ!!」

 

思考も停止した状態で彼女が行った次の行動は、とにかく面倒事をまた一つ増やして来たキリトへの理不尽な一撃であった。

 

右手からの渾身の拳でキリトの顔面を殴り抜けて華麗に吹っ飛ばすリズベット。

 

度重なる疲れと不満が爆発し、理性というタガが勢い良く外れてしまったのだ。

 

「ふざけんじゃないわよ!! こちとら初めての神器作成に必死に頭を捻らせまくってロクに寝れてないってのに!! その後に及んでもう一本神器造れだぁ!? アンタ達どんだけ私を寝かせたくないのよ! 二人揃って神器の素材取って来るとか頭おかしいんじゃないの!?」

 

「初めて?」

 

ぶっ飛ばしたキリトに向かって目を血走らせながら怒鳴りつけているリズベットに、ふと二人をただ傍観していただけの銀時が彼女の言葉にピクリと反応する。

 

「ちょっと待てよ、お前今なんつった? ひょっとして今まで神器造った事ねぇの? 依頼頼む時は散々神器なんて簡単に作れるとかドヤ顔でアピールしてたくせに」

 

「あ……」

 

「酷いやリズ、ボク等に言っていた事は全てウソだったんだね、ぶっちゃけあの時から薄々はそうなんじゃないかと疑っていたけど」

 

「いやえっと……」

 

「あーらら、自分でバラしてやがんの、バッカでーコイツ」

 

「……」

 

 

ついうっかり失言してしまった事でようやく我に返って顔色悪くさせていくリズベット

 

周りからの視線を一点に受けながら非常にまずい状況だと気付いた彼女が次にとった行動は……

 

 

 

 

「リズ、神楽ちゃんから聞いたんだけど希少素材集めてるんですって?」

 

その時、店のドアを開けて一人の少女が慣れた感じで店内へと入って来た。

 

リズベットの古い友人であり血盟騎士団の副団長を務める鬼の閃光ことアスナである。

 

「水臭いわね、他人にお金払って依頼せずとも私が全部やってあげ……てぇぇぇぇ!?」

 

「すんませんでしたァァァァァァァァァ!!!!」

 

「おい、本気で土下座するならもっと頭下げろや、床と一体化する気持ちで必死に擦り付けろ」

 

「旦那、それだけじゃダメですぜ、もっと誠意を示してもらう為に焼けた鉄板の上で土下座させましょうや」

 

彼女が店の中で最初に目撃したモノは

 

親しい友人が涙目で銀時に向かって必死に土下座のポーズを取って謝っているというショッキングな光景であった。

 

しかもその隣には沖田が立って彼に無茶苦茶な提案をしている。

 

「な、何やってるのよアナタ達! 私の大切な友人になんて酷い真似させてんのよ!!」

 

「あ、アスナだ、やっほー、こんな所で会えるなんて奇遇だね」

 

「あらユウキもいたの、本当にこんな所で会うなんて奇遇ね、実はこの店って私の友人が経営してるからちょくちょく顔を出していて……ってそんな和やかに会話してる場合じゃない!」

 

手を振りながらこちらに無垢な笑顔を見せるユウキに一瞬和んでしまうも、アスナはすぐに目の前でまだ土下座しているリズベットの方へ振り返って急いで歩み寄る。

 

「コレって一体どういう状況なのよ! もしかしてリズがあなた達になんか悪い事した……あれ、まさか神器の件でリズの嘘がバレたんじゃ……」

 

「そのまさかだよ」

 

「!」

 

冷静に状況を観察しながら、もしかしてリズベットがやった事無いに、神器を造れるというガセ情報を嬉々として自らばら撒いていた事が銀時にバレてしまったのではと推測するアスナに

 

リズベットにぶっ飛ばされ壁に打ち付けられていたキリトが、後頭部を摩りながらやれやれと言った感じで話しかけて来た。

 

「どうやらおたくも知っていたみたいだなアイツがパチモンの神器作成者だって、この世界の治安を護る為に攘夷プレイヤーを追いかけ回している血盟騎士団の副団長様は、友人が詐欺をやっていても黙って目を瞑ってたんですか、へー」

 

「出たわね黒夜叉、よくもまあ平気で私の前にツラ出せたわね。なんなら今この場であなたを燃えないゴミに出してやってもいいのよ……」

 

「久しぶりの再会だってのに相変わらず俺に対しては敵意丸出しだなコイツ……」

 

キリトに対してすぐにゴミを見る様な目をしながら殺意を滾らせるアスナ

 

久しぶりにこっちの世界で会ったというのに、いつも通りというかやはり相容れない関係の様だ。

 

「リズのウソの件を黙っていたのはいずれボロを出して痛い目を見るだろうってわかってたからよ。自分でやった始末は自分でつけて欲しかったの、けどよりにもよってこの人が神器持って来るとはね……流石にリズも可哀想だわ……」

 

「アンタ、あの人が神器の素材持ってたの知ってたのか?」

 

「リズから聞いて本人にも直接教えてもらったわ、前にあなたがいない時に」

 

「じゃあ俺が最近神器の素材を手に入れた事も?」

 

「いやそれは初耳………………えぇ!? アナタまで神器の素材を!?」

 

銀時が持っていた事は前々から知っていたが、キリトまでも神器の素材を入手していた事には驚きを隠せないアスナ。

 

そしてすぐに彼の方へ振り返ってジト目を向けながら詰め寄った。

 

「どこでよ!」

「……五十層にある森林地帯の奥にある森の中、そこにあるギガスシダーっていうデッカイ木から採取したんだよ、一人じゃ無理だった所を偶然その場にいた奴に協力してもらってなんとかゲットした」

 

「えぇ……確かにそんな木があったのは前から知ってたけどアレも神器の素材が取れるポイントだったの……? いやそんな事よりも、攘夷プレイヤーのあなたなんかに神器を手に入れられたら非常に困るわ、その素材をこっちに寄越しなさい、抵抗すると断罪よ」

 

「相変わらず滅茶苦茶な事言ってくれるな……」

 

こちらにズイッと顔を近づけて神器の素材をこっちに差し出せと強引に脅し取ろうとして来るアスナに

 

至近距離で彼女の顔を見た時思わずちょっとドキッとしつつも、キリトは警戒する様に一歩後ろに下がる。

 

「けど俺は例え手足千切られようが神器の素材だけは絶対に渡さん、なにせ神器は攘夷だのなんだの関係なく全プレイヤーが夢見る最強クラスの武器だからな、例え自称正義の味方さんであろうとその夢を阻むのはどうかと思うんだが?」

 

「他人の事もお構いなしに無茶苦茶に暴れ回るような輩に、夢を語る資格なんて無いわよ。 ところでさっき誰かに協力して素材を手に入れたとか言ってたけど、それって誰の事? 黒夜叉のあなたに手を貸すって事はその人も攘夷プレイヤーとかじゃないわよね」

 

「違ぇよ、ホントにただ偶然バッタリ会っただけだっての、ったく思い込みの激しい正義バカはこれだから……」

 

自分だけでなく今度は別のプレイヤーにも矛先を向けようとするアスナを見て、キリトは正義とはなんなのだろうと密かに疑問を抱いていると……

 

「こんにちわ、えーと、キリトっていう人からここの店が神器の扱いを行えるって聞いてお伺いしたんですけどー」

「「!」」

 

そこへ突然またもやドアを開けて中へと入って来る新しいお客。

 

しかも彼の腰には眩く輝く青い剣

 

咄嗟に振り返って現れた客の得物を見て、アスナはすぐにその剣がなんなのかわかった様子でハッとする。

 

「あ、青薔薇の剣ですって……!?」

「良かったら僕の神器の手入れをして欲しいなと……あれ? ていうかなにこの状況、なんか女の子が大人二人に向かって土下座してるんだけど……」

 

店に入って早々目の前で銀時と沖田に絡まれて土下座を強要させられている店主のリズベットを見て困惑する少年。

 

この少年こそが神器・青薔薇の剣の所有者であり、キリトの為にギガスシダーの枝を斬り落とす事に一役買ってくれた人物・ユージオである。

 

その少年、というより彼が持っている青薔薇の剣を見てアスナが思わず呆気に取られていると

 

それに気付いたキリトがすぐに彼を指差して

 

「あ、そいつが俺に協力してくれた人です正義の騎士さん」

「なんですって!?」

「うわビックリした!ってキリトじゃないか! どうして君がここにいるの!? あ、もしかして神器を造って貰う為に素材を渡しに……」

 

アスナが声を上げたのでそちらに振り向くとすぐにキリトの存在に気付くユージオ

 

そして彼がここに来ている事を推測し始めると突然……

 

「失礼します」

「ぐえぇ!」

「「!?」」

 

何者かが勢い良くドアを蹴破って店の中へと乗り込んで来たのだ、ただ開けるのではなくドアその物を前に踏み潰して

 

壊されたドアにそのまま押し潰されて下敷きになってしまうユージオ

 

その光景に驚くアスナとキリトを尻目に、下敷きにされているユージオをドアごと踏んで中へと入って来る綺麗な女性が一人

 

「失礼します、ここに銀髪天然パーマの男が中へ入って行くのを確認しました」

 

金髪碧眼の誰もが素直に美女と認めるであろう堅物電波お転婆女騎士・アリスであった。

 

「今すぐその男を私に差し出しなさい、さもないとこの店を潰します」

「って今度はお前かぁぁぁぁぁぁい!!!」

「リズ……あなたのお店随分と繁盛する様になったのね……」

 

沖田から始まり続いてキリトに銀時にユウキ、そしてアスナとすぐにユージオとアリスがご来店。

 

一つのあまり流行っていない店に一癖も二癖もあるメンバー達が揃いも揃って集合する事態に、キリトとアスナも仲良くこの状況に頭を抱えて軽く混乱する。

 

そしてこのメンバーが偶然やって来たこの場で顔合わせした事によって

 

リズベットの神器造りがまさかの夢から現実に変わる事は

 

本人含めてここにいる者全員まだ気付いていなかったのであった。

 

 

 

 




リズベットみたいな感情のままに喋り出すキャラは書いてると楽しくなるので大好きです。

以前書いてたまどマギSSの美樹さやかとか、銀魂×劣等生の千葉エリカとか

ぶっちゃけ人気は出ないし読者からもそんな注目されないけど、ギャーギャー喚いて作品を引っ掻き回して盛り上げてくれるので、書き手としてはかなり重宝されるタイプなんです。

それとどうでもいいトリビア

沖田は意外とリズベットの事を気に入ってます。

彼曰く、調子乗って最終的に痛い目見てばかりの彼女は見ていて面白いかららしいです。

次回はみんなで銀さんの神器造り、そして彼等が探すべき素材を持つモンスターは……


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第五十八層 どんな時でも余裕を持って優雅たれ

春風駘蕩さんから頂いた竿魂の支援絵です


【挿絵表示】


『仮面ライダー平成ジェネレーションズ Dr.パックマン対エグゼイド&ゴーストwithレジェンドライダー』の主題歌『B.A.T.T.L.E G.A.M.E/RIDER CHIPS & 仮面ライダーGIRL』をモチーフにした集合絵だということです。

私の作品に描いて下さる人達って、ひょっとしてライダー好きなのかな……

今回は現実世界での集合絵ですね、こういう色んなキャラがわちゃわちゃしてるのを見るだけでこっちも楽しくなってきますねー。

本編にはまだ出てないキャラもちらほらと……ちなみに長谷川さんの真下にいる猫は

私が原作で思いきり泣いた話だったので物凄く好きなキャラです。ちなみに一番泣いたのは犬とじーさんの話、動物系に弱いんです……

綺麗な色使いに沢山のキャラクター、何よりハチャメチャコメディーという特徴を上手く掴んで描いて下さり、ありがとうございました!!

ちなみに私がイラストの中で一番可愛いと思ったのは女装した和人だというのは内緒だよ!


第五十層、そこにはギガスシダーの大木がある森の近くに、ルーリッドという小さな村がある。

 

そこは沢山のプレイヤーがいるEDOの中でも屈指の過疎地帯であり

 

NPCしかいないこの村にはほぼ滅多にプレイヤーが足を踏み入れる事はほとんどない。

 

だが

 

「おいクソガキ、今ちょいとこういうモンスター探してるんだが知ってるか?」

 

そこにいたのは随分と裾がボロボロになった茶色コートを羽織る銀髪天然パーマのプレイヤー・坂田銀時だった。

 

どうやらここにいるNPC一人一人に同じ質問を繰り返しながら、討伐対象となるモンスターを探している様子。

 

鼻水垂らしたアホそうな子供からは有益な情報を貰えなかったのか、銀時は髪を掻き毟りながらまた別の村人を探し始めた。

 

「チッ、これじゃあまるで万事屋とやってる事同じじゃねぇか……ゲームで遊んでるのに仕事やってる気分になるぜ」

 

「無駄口叩いてるヒマはないですよ、さっさとここにいる村人全員から情報収集を行うのです」

 

仕事と遊びを混合している今の現況を嘆いていると、そんな銀時に話しかけてきたのNPCではない。

 

数匹の羊がいる囲いに背を預けながら、腕を組んでこちらに綺麗な目を二つ向けて来る金髪騎士・アリスである。

 

相も変わらず偉そうな態度だと思いながら、彼女に対して銀時は顔をしかめる。

 

「オメーの方はどうなんだよ、例のモンスターの出現フラグとか回収できたのか?」

 

「お前が指定した範囲の村人からはとっくに全員から話を聞いております、しかし大した情報はありませんでした、この村の近くにいるかもしれないという話までは聞きましたが」

 

「それぐらい俺だって確認済みだわ、俺達が知りてぇのは村の近くのどの辺にどのタイミングで現れるかって事だよ」

 

この村に来て早々、銀時は沢山いるNPC全員に話しかけるなら分担した方が良いと思い、それぞれ別れて情報収集を始めていた。

 

しかしどうやらアリスの方もまたたいした情報は得られなかったらしい

 

「ナイグル・バルボッサとかい富農の男からそれらしい話を聞ける機会があったのですが、下卑た笑み浮かべながらあまりにも莫大な金を要求して来たので、なら暴力的手段で聞き出そうと思ったのですが途中で泣きながら気絶してしまい無理でした」

 

「お前NPC相手にも容赦ねぇな、そこはアレじゃねぇの? その親父にお前の乳でも尻でも触らせてやれば上手く話を聞け……」

 

貴重な情報源に暴力で訴えるとは何考えてるのだと、頬を掻きながら呆れつつちょいとした冗談を言う銀時であったが

 

その言葉を言い終わる前にアリスが彼の両肩に手を置いて軽く首を後ろに傾けて……

 

「ぶッ!」

 

そこから真顔で思いきりヘッドバットをかます、どうやら銀時のセクハラが込められた冗談が気に食わなかったらしい

 

戦闘が出来ない村の中なのでダメージも発生しないし痛みだって無いのだが、脳が痺れたかのような感覚を覚えつつ銀時は頭突きされた箇所を擦る。

 

「おい……軽いジョークかましただけでいきなり頭突きはねぇだろ……」

「ところであの小動物はまだ戻ってこないんですか?」

「無視かよ……ユウキならこの村にある教会に行ってる筈だろ」

 

額が赤くなっている自分に何事も無かったかのように話しかけてくるアリスに少々ムカつきながらも

 

銀時は目を細めながらチラリと後ろに振り返る。

 

「あの辺に寂れた教会があるんだよ、アイツには中を調べて貰ってる。けどあそこ行ったきり全然戻って来ねぇな、何があったんだアイツ……」

 

「なるほど、彼女はまだ戻ってないんですか……それなら」

「へ?」

 

 

振り返った先には村に唯一ある大きな建物である教会がひっそりと建っていた。

 

そこにもう一人の同行者であるユウキがいる筈なのだが、まだ彼女は戻ってきていない。

 

そうとわかったアリスは、目をキランと光らせ、突然銀時の手をむんずと強く掴むと

 

「ではお邪魔虫が消えたという事で今から二人で行動しますか、この村は見る者は無いですがのどかな雰囲気とどこか懐かしい匂いが溢れていて私は好きです、二人で色々な所を散策しながら歩き回りましょう」

 

「ちょちょちょ! 人の手掴んで無理矢理引きずって行くんじゃねぇ! てか俺達の目的はお目当てのモンスターを見つける事だろ! オメェと仲良く村の中をブラつくつもりはねぇよこっちは!」

 

「お前には無くても私にはあるので、ほら行きますよ」

 

「わかった! わかったから引っ張るのは止めろ! ちゃんと付き合ってやるから!」

 

自分の手を取って村の中を二人で歩き回ろうと提案すると即座に自分を引きずりながら歩き始めるアリス

 

いつものパターンだ、こうなると絶対に自分の言う事を聞いてくれない。理由はまだ明白ではないが、彼女は自分と二人きりになる事を常に求めている、怖いぐらいに。

 

ズルズルと地面を擦りながら銀時は仕方なくそんな彼女に付き合ってやるかとため息突いていると

 

「何やってるのお二人さん? 二人仲良く手を繋いでどっか遊びにでも行く気?」

「げッ!」

 

そこへ不意に話しかけて来たのはNPCの村人では無かった。

 

正真正銘本物のプレイヤー、両手を腰に当ててこちらにジト目を向けるユウキがいつの間にかすぐ近くに立っていたのだ。

 

アリスに引っ張られながらも銀時は彼女の姿をハッキリと見てすぐにその場に踏み止まった。

 

「お、おう……やっと戻って来たのかお前、こっちは二人がかりで情報収集しようともう一度村の中を一周する所なんだけど……っておいこっちが話してる途中で引っ張るな!」

 

「やれやれ、アリスは相変わらず銀時に懐いてるねー」

 

「ア、アレ?」

 

ユウキに言い訳してる途中でも無表情でこちらを強く引っ張って行こうとするアリスに、銀時が必死に抵抗している中

 

意外にもユウキは軽く笑いながら余裕といった表情で肩をすくめるだけだった。

 

「どうしたお前……俺はてっきりまた怒り出すんじゃねぇかと思ってたんだけど……」

 

「なんでボクが怒る必要あるのさ? どうせアリスが君を無理矢理連れて行こうとしてるんでしょ、それぐらい好きにすればいいじゃん」

 

「お、おう……」

 

「……」

 

それはさながら「正妻の構え」でユウキは全く動じていなかった。

 

目の前でアリスに連れてかれようとする銀時に対しても声を荒げる様子もなく、勝手にすれば?という感じなので

 

急にどうしたのだろうかと銀時が不審に思ってる中、アリスもまた彼の手を引っ張るのを止めてジッと彼女の方に目をやる。

 

「なんなんですか? あなたはこのまま私が彼を連れて行っても良いと思ってるんですか?」

 

「うん、ウチの人好きに連れ回してもいいよ」

 

「……理由はわかりませんが、あなたのその余裕綽々といった態度が気に入りませんね、少々腹が立って来ます」

 

「え~ボクはただ連れて行きたいなら連れてけばって言っただけなのにな~」

 

余裕あり気な態度を取りながら軽くバカにした様子でアリスに笑いかけるユウキ。

 

こんな意地悪そうな彼女は今まで見た事が無い、銀時が困惑した様子で頬を引きつらせていると

 

逆にムッとした表情を浮かべるアリスは彼の手をパッと放して引っ張るのを止めた。

 

「もういいです……なんだかモヤモヤして来たので彼を連れて行くのは一旦止めます」

「あ、そう。それならさっき教会で手に入れた情報をここで話してもいい?」

「構いません、元より情報収集が最優先事項なんですから……」

 

今度はニッコリ笑いかけて来たユウキにアリスは言葉少なめにプイッと顔を背けてしまう。

 

ユウキに対してちょっと拗ねた態度を取っているアリス、これもまた初めて見るなと銀時が無言で驚いてる中

 

教会で情報を手に入れたと言って、ユウキが嬉しそうに軽く手を挙げるのであった。

 

「教会にいたシスター・アザリヤって人から聞いてわかったんだ、ボク等の目当てのモンスターの出現場所が」

 

「マジでか!? てかあそこにNPCいたのかよ!」

 

「なんか身寄りのない子供達をシスターが教会に住まわせて世話しているって設定だったね。結構いたから全員に話しかけるので結構時間掛かっちゃった」

 

「例のモンスターの出現場所がわかったんだから上出来だろ、よくやったなお前」

 

「いやいや、これぐらい大したことじゃないって」

 

どうやらユウキは教会にいた子供のNPC含めて片っ端に話しかけ、そしてその子供達を世話しているというシスターから非常に有益な情報を入手できたらしい。

 

そんな彼女に銀時が素直に頷いて褒めてあげていると、いつもの無表情でありながらもちょっと苛立ってるよう感じでアリスが口を開いた。

 

「……それで? そのモンスターは何処にいるのですか?」

 

「うん、なんでもこの村か少し離れた所に洞窟があるみたいでさ、そこからよく出て来てこの村の住人に迷惑行為を働いてるんだってさ」

 

「この村の周りに洞窟なんてありましたか?」

 

「村に来る前は気付かなかったけど、多分あのシスターに話を聞けばフラグが立って見つかる様になるんじゃないかな?」

 

普通なら見つける事が出来ない場所でも、なんらかの情報を手に入れる事がフラグとなり辿り着く事が出来る様になるという普通のRPGでもお馴染みの仕様。

 

そう推測したユウキは自信満々の様子で

 

「あっちの方に進めばその洞窟あるんだって、行ってみる?」

 

「まあ本当にあるのであれば行った方が良いのではありませんか……」

 

「なんなら銀時連れてこの村の中を散歩してても良いんだよ? モンスターならボクが倒しておいてあげるから」

 

「……いえ、私も同行します、お前も当然来ますよね」

 

「お、おう……」

 

やや挑発的な物言いをするユウキにカチンと来ながら自分も同行すると頷いて銀時にも確認を取るアリス。

 

いつも他人の事もお構いなしに自分勝手に行動する彼女が、あのユウキにリードされている……

 

しかし二人の間のギクシャクしたムードは変わってない、むしろ悪化しているような気さえするのだ。

 

「んじゃしゅっぱーつ」と意気揚々と洞窟があるらしい場所に向かって歩き出すユウキに面白くなさそうについていくアリス。

 

そんな二人を後ろから眺めながら、銀時は不安そうにため息をつきながら頭を掻き毟るのであった。

 

「ったく、大丈夫かよこのパーティーで……」

 

 

 

 

 

 

 

話は今から数時間前に遡る。

 

四十八層にあるリズベット武具店に、久しぶりに大勢の客が押し寄せていた。

 

最初は沖田が

 

次に銀時、ユウキ、キリトが揃って

 

そこへすぐにアスナが

 

そして今度はユージオとアリスが連続で来店して来たのだ。

 

「な、なんか急に人が沢山来たんだけどどういう事……」

「良かったじゃねぇか、店が繁盛して名を上げるのがお前の夢だったんだろ?」

「いやそうだけど……」

 

店主であるリズベットは神器を造れるというウソがばれて銀時に謝罪してる真っ最中だった。

 

しかしこのカオスな状況を前にして思わず立ち上がり、隣にいる沖田と共に店内を改めて見渡してみる。

 

「オメェがキリト君が言ってた青薔薇の剣っつう神器を持ってるユージオ君?」

 

「あ、そうです初めまして、あなたはもしかして……腕はいいけど性格が絶望的なほど捻くれている、万年金欠で主人公に相応しくないド腐れ天パ野郎とキリトが言っていたあの坂田銀時さんで……うわ!!」

 

「ぐえぇぇぇぇぇぇ!! ギブ! ギブ!」

 

「オイ、俺が知らない所で随分と勝手な事言ってるみたいだなテメェ」

 

まず銀時が初対面のユージオと軽く挨拶を交わしていた、しかしその途中で銀時はそっと逃げ出そうとしたキリトの首を片手で鷲掴みにして、ギリギリと締め上げながら掲げる。

 

「そういや前にコイツから聞いたけど、おたくコイツが神器の素材を手に入れる時に手伝ってやったんだって? こんなクズト君に手を貸してやるなんて随分とお人好しだなお前」

 

「ええまあ……なんか凄く困ってそうだったんでつい……ていうかその、いい加減彼を放してあげたらどうですか?」

 

「今時無償でこんな野郎に協力してやろうと思う奴なんて滅多にいねぇよ、すげぇいい奴じゃん。あれ? もしかしてそっち側の主人公ってコイツじゃなくてユージオ君だった?」

 

「そんな訳ねぇだろ! 俺がずっと主人公……ぐえぇぇぇぇ!! 頼むからもう放して! 圧迫感がヤバい! 首への圧迫感が半端ないから!!」

 

「アハハ……」

 

キリトの首を締め上げながら何食わぬ顔で自分と会話する銀時に苦笑しながらユージオはすぐに思った。

 

この人を怒らせたらマズいなと……

 

ようやくキリトが銀時の首絞めから解き放たれて、ドサッと床に落とされていると

 

男三人組のちょっと離れた場所では、女三人組も固まって何やら話をしていた。

 

「君さ……いい加減ウチの銀時をストーカーするの止めてくれない? 迷惑なんだけど?」

 

「私はストーカーでもありませんし迷惑な真似もしていません、あの男との交流が今の私が最も優先すべき事なのです、例え小動物には理解されなくても、こればっかりはやめられない止められないのです」

 

「かっぱえびせんか! だからそれが迷惑なストーカー行為だって言ってんの! あとボクの事を小動物って呼ぶの止めてくんない!?」

 

「ユ、ユウキ……ちょっと落ち着いて……」

 

互いに顔を近くに寄せてメンチの切り合いを始めながら口論するユウキとアリス

 

そんな二人に状況が分からぬまま圧倒されつつも、アスナが急いで口を挟む。

 

「ねぇユウキ、この凄く綺麗な金髪の人は一体誰なの……? 同性の私でもうっとりするぐらい美人なんだけど……」

 

「アリスだよ、確かに凄い綺麗な人だけど、事あるごとに銀時に付き纏ってる変人なんだ」

 

「……なるほど、ユウキが彼女と揉めてる理由はなんとなくわかったわ、けど揉める原因があの人だっていうのがちょっと腑に落ちないわね……」

 

アスナから見ればユウキも凄く可愛らしいしアリスも凄く美人だ

 

しかしそんな二人が争う原因が銀時とかいうちゃらんぽらんの取り合い……

 

その事に関しては凄く微妙な表情を浮かべるアスナに対して、突然アリスの方から話しかけて来た。

 

「ところで小動物と親し気に話してるそこのあなたは誰ですか?」

「ああ、私はアスナ、血盟組の副長よ」

「なんでしょう……あなたを見ていると何か思い出せそうな……」

「え?」

「しばらくその顔を間近で拝見してもよろしいですか? 3時間ほど」

「は、はぁ!?」

 

アスナの顔をどこか不思議そうに見つめながら歩み寄ろうとするアリス。

 

いきなり何を言い出すんだとアスナが素っ頓狂な声を上げると、すぐ様、彼女を護るかのようにユウキが間にバッと入り込んで

 

「ちょっとアリス! 銀時だけじゃ飽き足らず今度はアスナにまで付き纏う気なの!? 男だけじゃなくて女もいけるって事!? 頼むからこれ以上僕の友達や大切な人達を変な目で見ないで!」

 

「ええ!? うーん、私も流石にそれはちょっと……」

 

「誤解されている可能性があるのでハッキリと言っておきますが、私は彼女の顔をもっと見たいと思っただけです、もし嫌だというのであれば礼金はあなたが望む額を渡しますが?」

 

「いやいや、お金が絡むと余計生々しくなるからお断りします……」

 

「そうやって銀時の事もお金で買ってたんだよね君……言っとくけどその件については君に言いたい事が山程あるんだからねボク……」

 

どうやらアリスは相手の望む額をそのまま払ってやれるぐらい、ほぼ無地蔵と考える程の資金を蓄えているらしい。

 

しかしアスナは金さえ払えば何でも言う事を聞いてくれると思われるのも嫌なので、やんわりとそれを断ると

 

ユウキもまたアスナが見た事が無いぐらい物凄い不機嫌そうな様子でアリスを睨み付けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「マズいわね、なんだか人間関係が入り乱れてちょっとおかしな事になってるわ……コレどうやってまとめたら良いんだろ……」

 

「けどずっとお前が望んでいた腕の良さそうな連中が揃ってるじゃねぇか、知らねぇ奴も二人いるが、旦那達と交流できてるって事はそれなりに使える人材って事なんじゃねぇの?」

 

男三人と女三人

 

それぞれのグループに目をやっていたリズベットがどうしたもんかと頭を抱えていると、一緒に同じ光景を眺めていた沖田が面白そうに口を開いて彼女の方へ振り向く。

 

「丁度いい、旦那やあの黒髪のガキだって元はと言えばテメーの武器をお前に造ってもらおうとしてたんだ、ならお前が困っているって言えばちったぁ手伝ってくれんだろ」

 

「まあ確かに……これだけいれば希少素材の一つや二つ、神器を造るためならって取って来てくれるかも……」

 

使える人材は使っておけ、ニヤリと笑いながら割と的確なアドバイスをしてくれた沖田にリズベットは不安そうな顔を浮かべつつも縦に頷くと

 

すぐに両手をパンパン!と強く叩いて、雑談タイムに興じている六人の男女の注意をこちらに向けさせる。

 

「はいちゅうも~~~く!! アンタ達ちょっといいかしら~!!!」

「なんだよ詐欺師、焼けた鉄板の上で土下座する準備は出来たのか?」

「違うわよ! ちょっと私の話を聞いて頼むから!!」

 

死んだ魚のような目をこちらに向けながら恐ろしい事を言い出す銀時に恐怖を覚えつつも

 

リズベットはコホンと軽く咳払いして早速本題に入った。

 

「神器を造った事があるっていうのは確かに私のでっち上げよ、その点については認めるし謝るわ」

 

「ええ、僕、あなたが神器の扱いが出来るってキリトから聞いたから青薔薇の剣持って来たんだけど……」

 

「マジで!? え、マジモンの神器持って来たの!? うわ初めて見た!! ってそうじゃなくて!」

 

残念そうにユージオが取り出した青薔薇の剣を見て、本物の神器だと若干興奮しつつもすぐにリズベットは我に返る。

 

「私は神器を造った事が無いわ、けどだからといって造れないとは言っていないの。神器の素材をベースにしてEDOにおける複数の希少素材を掛け合わせれば、私の腕なら造り上げる事が出来ると保証するわ」

 

「やれやれ、ガセ言って店を繁盛させようとしてたクセに、また随分とデカい口叩きだしたな」

 

自信満々に材料さえあれば絶対に造れると言いのけるリズベットに、キリトは皮肉たっぷりに軽く笑い飛ばす。

 

「もし出来なかったら今度はどう責任取ってくれるんだ? 言っておくけどもう土下座じゃ済まないぜ?」

 

「その時は私の事を煮るなり焼くなりしても構わないわよ、あなた達の要求になんだって応えてあげる、そうされても文句は言えないし」

 

要するに神器を造る為に手を貸してくれ、それでも出来なかったら自分の身を代わりに提供するという事。

 

それを聞いてすぐにアスナは顔をしかめてキリトの方へ指を差して

 

「リズ、コイツにそんな事言っちゃダメよ、きっと凄くエッチな事を要求するわよ」

「しねぇよ!」

「まあ神器が造れなかったら……そういう事されるのも覚悟しておくわ」

「マジで!?」

「アンタねぇ……」

 

最初はしないと言っておきながらリズベットがそれもまた仕方ないと言った瞬間すぐに鼻息荒くする年頃の少年であるキリト

 

そんな彼を心底見下げ果てた野郎だとアスナが睨み付けていると、リズベットの隣で腕を組んでいる沖田が代わりに話しを続ける。

 

「旦那やキリト君もテメーの神器が欲しいんでしょ? だったらお二方もここはコイツに協力してやりましょうや、出来なかったら出来なかったでコイツを好き勝手弄んでいいみたいですし」

 

「いや、俺ガキには興味ねぇんだけど……てか手ぇ出したら捕まるし」

 

「何言ってんでさぁ、いつもそのちっこい小娘を連れ回してるじゃないですかぃ」

 

「だからコイツはガキじゃねぇって、俺と大して年が変わらない立派な女だっつうの」

 

「え……」

 

沖田に指摘されて銀時の口から立派な女だと言われたユウキは内心ドキッと反応している中

 

キリトの方は床を見つめながらブツブツと呟き始め

 

「神器が造れるか女の子を好き勝手に出来るか……つまりどっちに転んでも俺としては得しかないじゃないか! よしやろう! ゲーマーとしての夢と男の夢のどちらかを叶えるこのチャンスに俺も協力してやる!!」

 

「コイツは本当にいずれ私の手で抹殺しないと気が済まないわ……」

 

明らかにリズベットの協力に参加する気満々のキリト、ハァハァ言いながら物凄く興奮している様子の彼に、アスナは奥歯を噛みしめながら女の敵だと殺意を滾らせる。

 

「いいわ、神器があなたのモノになるのは癪だけど、親友のリズがあなたなんかに好き勝手されたくないから手を貸してあげるわよ」

 

「あ、別にいいよ、俺お前の事嫌いだし、希少素材位一人で取りに行けるから」

 

「私だってアンタの事なんか殺したいぐらい大嫌いよ! けど仕方ないでしょ! リズを護る為なら私だってなんとか助けになりたいのよ!」

 

仕方ないと言った感じで彼に手を貸そうとするアスナだが、キリトは似合わない爽やかな笑顔浮かべてそれを拒否しようとする。

 

怒りのボルテージがMAX状態だと自覚しつつも、ここは親友の事を思って彼に協力する事を選ぶしかなったアスナであった。

 

そしてその様子を見ていたリズベットは「なるほどねぇ」とコクリと頷き

 

「じゃあキリトとアスナ、それともう一人メンバー追加して三人でパーティー組んで頂戴、希少素材を持つモンスターを討伐してもらうから」

 

「はぁ!? なんで俺がコイツとパーティー組まなきゃいけないんだよ!」

 

「ちょっとリズ! 私もそれは流石に受け入れられないわ! どうして血盟組の副長たる私が! 攘夷プレイヤーの黒夜叉なんかと!!」

 

「だってアンタ達組ませたらなんか面白そうだし」

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

色々な思惑があって自分達を汲ませたと思ったら、単に組み合わせが面白そうだからと言ってのけるリズベット。

 

そして案の定ギャーギャーと文句を言い出す二人をスルーして、今度は銀時の方へ

 

「アンタも悪いけど手伝ってね」

 

「ったくよ~、依頼主にまで造るのに協力しろとかあり得るか普通?」

 

「まあまあ良いじゃん、希少素材って事はレアモンスターやユニークモンスターを倒しに行けばいいんでしょ? あ、それとも滅多に足を踏み入れる事の出来ない秘境に隠されているとか?」

 

「今回アンタ達に依頼するのは、うーん、モンスターの方で良いかな? アンタ達腕っぷし強そうだし」

 

銀時の方は顔をしかめて嫌そうにしているが、ユウキは何やら楽しげな様子で少し張り切っている。

 

彼女の言う通り希少素材というのは神器の素材に次いでレア度の高い代物だ。当然そう簡単に手に入るモノでもない。

 

既にユウキは銀時と組む気満々の様子なので、リズベットは二人に有名かつ滅多に姿を見る事ができないユニークモンスターの討伐を依頼しようとする。

 

だが

 

「お前が行くのであれば私も行きます、異論は認めません」

「言うと思ったよ……別に良いけど俺を引っ張り回すのだけは勘弁してくれよ」

「善処しません」

「善処しろよ!」

「……」

 

そこへすかさず挙手しながらやってきたのは案の定、アリス。

 

元々ここに来た目的は銀時を探す為だった彼女にとっては、神器云々関係なく彼と行動出来ればそれでいいのだ。

 

銀時の方もため息をつきつつ面倒臭そうな反応をするものの、彼女の同行をあっさりと承諾してしまう。

 

それに対して当然面白くなそうな表情でユウキが無言でムッと横目を向けていると

 

「あれ? ひょっとしてアンタ達三人って、そういう関係?」

「……なにが?」

「三角関係って事」

 

そんな三人組を見て薄々察し始めていたリズベット。顎に手を当て「ははーん」と言いながらニヤリと笑うと、彼女はすぐに不機嫌そうな顔をしているユウキの方へしゃがみ込む。

 

「あんなふてぶてしいおっさんを取り合うって事には全く理解出来ないけど、恋のアドバイス位ならしてあげてもいいわよ」

 

「えぇ……いいよ別に、言っておくけどボク君より年上だと思うよ? 年下に恋愛云々の助言なんて貰いたくない」

 

「え、そうなの? 見た感じ私より年下に見えるのに……まあでも恋を語るのに年上も年下も関係ないんじゃない?」

 

「……なんか急にグイグイ来るね君……ひょっとして楽しんでる?」

 

他人の恋愛関係には首を突っ込みたくなるのが年頃の女子というモノ。

 

顔をしかめて嫌そうに断るユウキに対し、リズベットは楽しげな様子で勝手に話を続けた。

 

「あのね、じゃあこれだけは聞いておいて。好きな人が他人に奪われそうになっても、不機嫌になったり、焦って叫んだり、男に八つ当たりしたりするのは止めておきなさい」

 

「それめっちゃボクの事言ってるよね……」

 

「女はね、必死さを顔に出しちゃダメなのよ、常に余裕の構えを意識しておかなきゃ、私の男を奪えるモンなら奪ってみなさいってな感じで全く動じず慌てずに、余裕のある女を演じてみなさい」

 

「お、おう……な、なんか思ったより的確なアドバイスだね……」

 

うんうんと頷きながらなんだか結構しっかりしてるアドバイスをしてくれたリズベットに、ユウキは意外だとちょっと驚いて目を見開く。

 

「どこでそんな話聞いたの?」

 

「私、かぶき町にあるオカマが沢山いる店によく遊びに行ってるのよ、そこのオーナーから聞いたの」

 

「なんか急に胡散臭くなった! オカマのアドバイスに感心しちゃったのボク!?」

 

かぶき町にあるオカマの店のオーナーという事は、銀時とキリトが以前働いていたというかまっ娘倶楽部のオーナーでありかぶき町四天王の一人、マドモーゼル西郷に間違いない。

 

その店の常連という事はリズベットはもしかして結構自分達と近い場所に住んでいるのだろうかと、ユウキが考えながら微妙な反応をして見せると、「まあまあ」とリズベットがヘラヘラ笑いながら彼女の肩に手を置き

 

「騙されたと思って試しにやってみたら良いじゃん、案外上手くいくかもしれないよ」

 

「確かにアドバイスとしては凄く興味深いけど……まあちょっとだけ試しにやって見ようかな……?」

 

「そうこなくちゃ、ユニークモンスター探しの時にぜひ実践してみてね、あ、そうそう」

 

「ん?」

 

やるだけやってみようかなと、ユウキはその余裕な態度を見せつけるという案を実行してみようと考えていると

 

思惑通りとリズベットは満足げに頷きながら懐から一枚の紙きれを取り出す。

 

「コレ、今欲しい希少素材のリスト、チェック済みのサインがされているのは既に他のプレイヤーが取って来てくれた奴よ」

 

「どれどれ……うわ凄い沢山必要なんだね、神器一つ造るのにこれだけの希少素材が必要だったなんて……」

 

希少素材のモンスターや植物が記載されているそのリストを眺めながら、意外にも既に希少素材をいくつも入手していたのでちょっと驚いて見せた。

 

これだけ集めるのに一体どれだけ苦労したのだろうか……銀時の神器の為に取って来てくれたプレイヤー達に心の中で礼を言っていると、リズベットがまだチェックのサインがされていない所をスッと指差す。

 

「それでこの中から今一番欲しいのわね、五十層にいると噂されているとあるユニークモンスターからドロップできるモノなの」

 

「一体どんなモンスターなの?」

 

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ソラチンタマ』っていういつも鼻をほじってばかりで人見知りであまり人前に出なくて木登りが上手くて、そんで漢字で「俺」と書かれているシャツを常に着ている変なゴリラ型のモンスターよ」

 

「うわ、すんごい相手にしたくないモンスターを回されちゃった……」

 

銀時・ユウキ・アリス

 

神器を手に入れる為に

 

幻のユニークモンスター・ソラチンタマを討伐せよ

 

 

 

 

 

 




キャラが一気に集合すると文字数が激増するから書くの大変です……

次回は銀時パーティーが謎の珍獣ゴリラと遭遇、果たして無事に討伐できるのか……

そしてリズから頂戴した作戦を実行するユウキは、このまま上手くいけるのか……

それでは


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第五十九層 いやいや余裕も優雅もクソもない!

空洞虚無さんから頂いた竿魂+魔法科高校の攘夷志士の支援絵でございます。


【挿絵表示】


描いて下さったのは銀さんと魔法科高校の劣等生のメインヒロイン・司波深雪ととある事情で融合召喚されてしまった坂波銀雪というキャラクターです。

こういう支援絵を描いて下さったので、頃合いとして皆様に伝えておきますが

魔法科高校の劣等生で再びちょっとした小話でも書いておく予定でありますので、気長にお待ちください。


自分がイメージしたオリキャラ同然の人物を上手く描いて下さってありがとうございました!



ルーリッドの村から歩いてほんの数分後にあるポイント

 

そこには周りに同化しただポッカリ自然に開いてるかのような洞窟がひっそりとあった。

 

それを茂みの中から警戒する様に顔を出しているのは

 

急遽リズベットにユニークモンスターの討伐依頼をさせられる事になった銀時・ユウキ、そしてアリスの三人である。

 

「本当にここにいんのかソラチンタマ」

「あの村にいた教会のシスターから聞いたからいると思うよ、ソラチンタマ」

「しかし探知スキルには全く反応しませんよ、ソラチンタマ」

 

ガサゴソと音を微かに立てつつ、三人が口を揃えてソラチンタマという名を呟いていると、そこへ銀時が「つうかよ」と言って二人の方へ振り返り

 

「ソラチンタマって……なに?」

 

「え、もしかして銀時知らないのソラチンタマ? EDOでは結構有名なユニークモンスターだよ」

 

「いや俺モンスターの事なんかよく知らねぇし、オメェは知ってたかアリス?」

 

「当然です、男性の股の下にぶら下がっているモノです」

 

「それキンタマね、それなら俺だってもう持ってるから」

 

真顔で何言ってんだコイツと思いつつ銀時が小声でボソリとツッコんでいると、二人がソラチンタマの事を知らないとわかったユウキはやれやれと首を横に振る。

 

「二人共知らないの? 仕方ないなぁ、ならボクが教えてあげるよ」

「いいえそれは無用です、この男には私が教えます」

「いやアリスだって知らないでしょソラチンタマ」

「私があなたから聞いて、それをこの男に伝えます」

「な、なにそれ……キミが銀時に教える為にボクがキミに教えるってなんかもうわけわかんないんだけど……」

 

変な伝言ゲームをやろうとしているアリスにユウキが口をへの字にして首を傾げるもすぐにハッと気付く。

 

このまま彼女のペースに飲み込まれるのは危険だ

 

(危ない危ない、そうやってこの場をかき乱そうたってそうはいかないよアリス……今日のボクは余裕のある女、いかなる状況においても常に優雅たれ……)

 

ここに来る前にユウキはリズベットからちょっとした助力を貰っていた。

 

周りに翻弄されずに余裕を持った態度でデカく構えるべし、と

 

頭の中で彼女からの言葉を繰り返しながらユウキはふぅーと呼吸を整えた後、自分なりの「余裕を持った優雅な女」という顔を作り、アリスに向かってフッと微笑むと

 

「アリスは相変わらずおかしな事言うね~、まあ付き合ってあげても良いんだけど、今はソラチンタマがいつ出てくるかわかんない状況だから手短に説明しておきたいんだ、ごめんね」

「むぅ……」

 

過剰に叫ばずにただ優しく受け止めそのまま横へ流す

 

まるで自分の事を年下扱いしてるかのような口調で接して来たユウキに、アリスは何やら面白くなさそうな表情を一瞬浮かべたような気がした。

 

理由はわからないがユウキに子供扱いされるのが気に食わないらしい

 

反論もせずに押し黙ってしまった彼女を見てユウキは計算通りだと内心テンション上がりつつ、改めて彼女と銀時に向かってソラチンタマの話を始めた。

 

「ソラチンタマっていうのはねEDOでは有名な人前に滅多に現れないユニークモンスターなの、見た目は噂によるとゴリラみたいなんだって」

 

「ゴリラ?」

 

「うん、しかもかなりとぼけた顔をしていて、定期的に鼻をほじるクセがあるんだとか。見た感じ凄く弱そうなんだけど、逃げ足も速いし木登りも得意で、とにかく素早しっこくて倒すどころか攻撃を当てる事さえ難しいの」

 

「んだよそのはぐれメタルみたいなゴリラは、俺達はそんなアホみたいなはぐれゴリラを倒す為にわざわざこんな所に来たのかよ」

 

「あと、意外と汗っかきなんだって」

 

「その情報だけは本当にどうでもいいな」

 

「シャイで人前には滅多に出ないクセに、たまに突然プレイヤーの前に現れて、驚いてる隙に尻の穴を見せつけて来る行為を繰り返してるんだって」

 

「ただの変質者じゃねぇか! なんでシャイなのにテメーの肛門を他人に見せようとするんだよ! 設定が破綻してるだろ!」

 

人差し指立ててちょっと自慢げにソラチンタマについての解説をするユウキだが、それを聞いて銀時はツッコミを入れつつ地面に肘を突いて寝っ転がり始めた。

 

「なんかやる気失せたわ、そんな変態ゴリラなんざお前等二人で楽勝だろ? 俺はここでしばらく寝てるから後はよろしくやっといてくれや」

 

「うん別に良いよ、後はボクがやっておくから」

 

「お前に何言われようが俺はそんなゴリラ倒す気なんざ更々……え?」

 

いつもの様に突然やる気をなくしてけだるさ全開モードでソラチンタマの討伐を放棄しようとする銀時

 

しかしそれをユウキが全く動じていない様子なので彼はキョトンとした顔を浮かべる。

 

「あれ? どうしたのユウキさん? ここはやる気の出ない銀さんに怒るなりケツひっぱたくなりして無理矢理にでもゴリラ討伐に参加させるっていう展開とかじゃないの?」

 

「ボクにお尻ひっぱたかれたいの?」

 

「いや別に……そういう趣味も無いし……」

 

「ならいいじゃん、銀時がそこで休んである間、ボクがサクッと片付けてあげるから安心して」

 

「あ、あれぇ~……?」

 

いつもと反応が違うユウキの態度に銀時はすっかりペースを乱されてしまった。

 

横になるのを止めてその場に胡坐を掻き、こちらに笑顔を浮かべるユウキを見て、一体どうしたんだと頬を引きつらせている銀時。

 

そんな彼に笑いかけたままユウキの頭の中では

 

(フフフ、どうやら今までと違うこの余裕のあるボクを見て動揺しているみたいだね……)

 

こちらを丸い目で見つめながら困惑している様子の銀時を見て、彼が今の自分を見て戸惑いを覚えている事に気付く。

 

(「ガキっぽいから止めろ」とか「ちったぁ大人になれ」とか「見た目もガキで中身までガキ、コナン君を見習えバーロー」とか今まで散々な事を言ってくれていた銀時……だが姉ちゃんになった様なボクを見て、少しは見る目変えてくれたかな……)

 

 

今の余裕を持てる態度を崩さない優雅な女性スタイル、何を隠そうこれこそ銀時が関係を持った亡き姉が天然で所持していたスタイルだ。

 

銀時はギャーギャー騒がしい女よりも、実はこうしてどっしり構えて全く動じない女性が好みだと睨んだユウキはちょっと淡い期待を抱きながらチラリと背後にいる銀時の方へ視線を向ける。

 

しかし銀時はというとそんな彼女を見て顎に手を当て考察するかのように黙り込み

 

(あれ? 急にどうしたのコイツ? もしかして怒ってる? なんか俺悪い事した? ヤベェ、心当たりめっちゃあるけどどれが原因なのかちっともわからねぇ……)

 

ユウキの期待とは裏腹に、急な変化を遂げた彼女に対して銀時は只々怒ってるんじゃないかと勘違いしていた。

 

頭の中で数々の己が過去にしでかした事を振り返りながら、どれが原因なのか探り当てようとしていると

 

「ではお前の代わりに私がソラチンタマを倒しましょう、ゴリラの一頭や二頭、私一人で討伐出来ますので」

 

首を傾げて思考を巡らせる銀時へ、ヒョイッと軽く手を挙げてアリスが単独でソラチンタマを狩る事に名乗り出て来た。

 

「ユウキもこの男と一緒に休んでて下さい、私一人で片づけますので」

 

「いやいや、ボクはまだまだ体力あり余ってるから心配ないよ、アリスの方こそ休んでよ」

 

「元よりこの場所を見つけられたのはあなたの功績があったこそ、ここは一つ、私に役割を与えという事で任せて欲しいのです、あなたはこの男と仲良くこの場で寝ていて下さい」

 

「……」

 

仏頂面のまま何故かユウキを銀時の傍に置かせて一緒にさせようとするアリス。

 

いつもなら是が是非にでも銀時と一緒にいたがる彼女がどうしてこんな行動をするのかと疑問を浮かべるユウキだが、その理由はすぐに推測できた。

 

(まさかアリスの奴、余裕ある女であるボクを真似して自分の立ち位置を優位にしようと企んでるんじゃ……ふーん、何も考えてない顔してしたたかな一面持ってるじゃん……)

 

あえて自分と同じように余裕綽々といった態度を演じて、再びマウントを取りに来ていると睨んだユウキ。

 

ここで負ける訳にはいかない

 

「功績なんて呼べるモンじゃないよ、たまたま出向いた所に情報を持つNPCがいただけなんだし。それでアリスが気にする必要なんてないから、だからほら、いつも望んでいる銀時との二人っきりのシチュエーションを楽しんでよ」

 

「いえ、別に楽しんでる訳ではありませんので、あなたこそこの男と一緒にいたいのでは?」

 

「冗談言わないでよ、誰がこんな収入の無い金欠パーマメントと四六時中ベッタリしておかないといけないのさ、ていうか素直になったら? キミが本当に願っているのは銀時と年中人目も気にせずイチャつく事でしょ?」

 

「私だってこんな締まりのない顔をしただらしない男などゴメンです、私がこの男と行動を共にしたいのはあくまで己の記憶を復活させるただそれだけの事であり、イチャつく気は微塵も持ってないのでここはあなたにお譲りします」

 

「いいっていいってそういうのは、ボクだってこんな甲斐性無しはいらないから、はい、ツンデレなアリスにパス」

 

「いりませんこんな男、即チェンジです。そして私は意地を張っているあなたに全力投球で返します」

 

「そんな素直になれない可愛いアリスに向かってバットで打ち返すよ」

 

「本音ではすぐにでも受け止めたいと思ってるあなたに向かってこちらもバットで打ち返します」

 

「ならまたボクもバットで……」

 

「それではまたまた私もバットで……」

 

互いに優位に立とうとして最終的にラリー合戦を始めてしまうユウキとアリス。

 

論点が徐々にズレ始めている事に気付かずに二人は静かに熱くなりながら火花をぶつけ合う。

 

しかし、互いに感情の読めない表情を作りながら目の前で自分を押し付け合っているのを見て

 

彼女達に色々言われている銀時はというと……

 

(あ、あれ? コレってもしかして怒られてるんじゃなくて……嫌われてる!? なんかもう傍にさえいたくないってぐらい汚物として見られてるの俺!?)

 

二人の真ん中に座ったまま、銀時は自分を押し付け合う彼女達を交互に見つめながら銀時はポタと顔から汗を流し始め焦り出した。

 

いかに他人からの評価を全く気にしない銀時であっても、付き合いの長いユウキと、ちょっとだけ気になっているアリスにこうも拒絶されると、流石にショックがデカかったみたいだ。

 

(なんなんだァァァァァァァ!? 俺は一体コイツ等に何をしたってんだァァァァァァ! わからない! どんだけ考えてもなにが原因なのかわからねぇぇぇぇぇぇぇ!! だってそれらしき原因だと該当するモンが多過ぎんだもん!!)

 

必死に考えながら二人に嫌われた理由がなんなのか思い出そうとするもやはりわからない。

 

マズい、このまま二人が自分を押し付け合っているのを見ていると心が折れそうだ、ていうか泣きそう……

 

そう感じた銀時は、身体が勝手に動いたかのようにその場にスクッと立ち上がると

 

「よしわかった、わかったから……なんならもう俺一人で行くから、俺一人でそのゴリラ倒しに行くから……ていうかもう、俺の事なんざほっといていいから」

 

「え、ちょ! きゅ、急にどうしたの銀時!?」

 

「目からうっすらとウルウルしてますがどうしました?」

 

「うるせぇよ! こっちはもうどっちが自分と男女一組作らなきゃいけないかで揉めてる女子二人を静かに見つめる男子の気分なんだよ!」

 

急に自分一人でやると言い張る銀時にどうしたのかと思わず「余裕の女」というキャラを忘れて慌てて立ち上がるユウキ

 

一緒に立ち上がったアリスがふと彼の目が赤くなっている事に気付くと、銀時は涙目で振り返って叫ぶ。

 

「「アンタがコイツと組みなさいよ!」「嫌よアンタこそコイツと組みなさい!」と言い合っている女子二人の間に挟まれて! どうしていいのかわからない気持ちで立ちすくすしかない孤独な男子なんだよ俺は!!」

 

「い、いや別にそんな風に銀時をないがしろにしていた訳じゃ……」

 

「さっきから何度も俺の事をバットで打ち返してたじゃねぇか! ああいいよもう! バットで打ち返すんなら俺はもうお前等の前から消えてやる! 場外ホームランだ! 俺なんか球場の外でゲロ吐いてくたばってるオッサンに拾われるのがお似合いなんだよ!」

 

「待って待って! 言ってる事全然わからないけどとにかくボクの話聞いて! 銀時の事を嫌いになんてなっていから!! 変に誤解されちゃったみたいだけどキミをボクが嫌いになる訳……!」

 

訳の分からない事を喚きながら茂みから出て行った銀時は、勝手にソラチンタマの根城だと思われる洞窟の方へと行ってしまう。

 

マズい、アリス相手にまたムキになった挙句に調子乗り過ぎて彼を傷つけてしまった……

 

どうせしばらくほっとけばすぐに元に戻るのが坂田銀時という男なのだが、ここで彼と嫌な雰囲気になるのは流石に目覚めが悪い。

 

ユウキは慌てていつもの調子に戻ってなんとか誤解を解こうと歩み寄ろうとする。

 

だがしかし

 

「すみません、ユウキに対してつい柄にもなく対抗心を燃やして心にもない事を言ってしまいました。お前を傷つけてしまいましたね、反省しています」

「!?」

 

そこへ待ってましたと言わんばかりに、アリスがサッと一足早く銀時の方へ駆け寄って、彼の肩に手を置きながら静かに詫び始めたのだ。

 

銀時の方へ手を伸ばしかけていたユウキは思わずそのままピタリと止まった動けない。

 

「お前を突き放すような真似をしていましたがアレはちょっと生意気になってる彼女に対抗しようとしたまでの事です、”私は”別にもお前の事を嫌っている訳ではないので安心して下さい」

 

「ちょ!」

 

「ウソだ! そんな事言って本当は俺の事なんか嫌いなんだろ! みんな俺の事嫌いなんだ! もうほっといてくれ銀さんの事なんか!」

 

「先程までの”私の”発言は全て撤回します、あなたを傷つけてしまい本当に悪かった、そしてどうかコレから言う私の言葉だけでも信じて欲しい」

 

私、という部分をやたらと強調しながら、人間不信になりかけている銀時に優しく語りかけつつ、アリスは二つの曇りなき碧眼をジッと彼の顔に近づけ

 

 

 

 

 

 

「お前がどれだけ世界に嫌われ拒絶されようと、”私だけ”はずっとお前の傍にいてあげます」

「!」

「うえぇ!?」

 

一度は銀時に言ってみたいなと思っていた言葉を、目の前で丸々使われてしまった事にユウキが動揺する中

 

嘘偽りのないハッキリとした口調でそう約束するアリスに銀時は表情をハッとさせるとすぐに目元に手を押し当てて

 

「あれ、何だろう……急に視界がぼやけちまった……なんだか上手く前が見えねぇや……」

「ならば私が隣で肩を貸してあげましょう、さあ共にこの先を二人で歩むのです」

 

彼女の言葉につい感動してしまったのか、目元を手で押さえながら動けないでいる銀時

 

するとアリスは彼の腕を自分の首に巻かせて、寄り添う様な形で体を密着させながら洞窟の方へ歩き出しながら

 

一人置き去りにされて状況が上手く読めずに口を開けて困惑しているユウキの方へ

 

一瞬だけチラッと目配せした後、再び前に向き直って銀時と共に歩きだすのであった。

 

(あ、あの女ァァァァァァ!!! まさか! まさかボクをハメる為に一芝居売ってたのかァァァァァァ!!)

 

まっすぐな視線を見せて来ただけのアリスだが、その行動ですぐにユウキは気付いてしまった。

 

自分はまんまと彼女の手の平で踊らされていたという事に

 

(余裕を見せるボクに乗っかったフリを演じつつ! 銀時が落ち込むのも予測済みで! そこへ一足先に銀時に駆け寄って優しく慰めて好感度を上げる! 最初からそれが狙いだったの!?)

 

アリス、恐ろしい子……!

 

リズベットから聞いた話を鵜呑みにして、そのまま偽りの自分を演じていただけの自分とは正に格が違う。

 

銀時は日頃から彼女の事はドが付く程の天然で訳の分からない事ばかり言う電波女と称している。

 

しかしユウキは気付いてしまった、彼女は確かに天然な部分はあるが、時に他人を欺く為に狡猾な手段を持ち合わせる腹黒さも兼ね備えている、とんでもない女狐であると

 

それはまるで、かつて自分をおしとやかでか弱い小娘だと欺きつつ、的確にライバルであるこちらを牽制しながら、釣れるタイミングを見極め見事に一人の男を一本釣りする事に成功した亡き姉の様に……

 

「ヤバいヤバいヤバい!! もう余裕のある女なんて言ってられないよ! 余裕なんてどこにもないじゃん! 急いで追わないと!!」

 

もはやリズベットからの助言を真に受けて余裕を保ってなんていられない、むしろそれが仇となってこうなってしまったんのだ。

 

余計な助言をしてくれた彼女を恨みつつユウキは慌てて銀時とアリスを追う為に

 

「ま、待ってー! ボクも! ボクも銀時に伝えたい事がー!」

 

なりふり構わずに必死に洞窟の方へと駆け出すのであった。

 

再び想い人が女狐の魅力に虜にされる前に……

 

 

 

 

 

 

入口はこじんまりとした洞窟であったのに、内部の通路は長くそして暗かった。

 

一度足を踏み入れたらそこは、灯り一つさえない暗闇……全く見えない状況下でユウキは壁伝いで進みながらなんとか銀時とアリスの足音がする方へとついて行く。

 

「ね、ねぇ銀時……さっきからずっとこんな暗い場所をズンズン進んでるみたいだけど大丈夫なの……?」

 

「ああ、俺暗視のスキル持ってるから、暗い所だろうがちゃんと見えるんだよ」

 

「え、暗視スキルって……そんなスキルいつ取ってたの?」

 

「前にアリスに連れられて、暗視スキルが取れるクエストをクリアしたんだよ、な?」

 

「お前の腕なら容易に攻略出来ると信じていました」

 

「……」

 

暗視スキル……平たく言えば暗いダンジョンでも真昼と変わらずハッキリと視認出来るようになるスキル……

 

そんな便利なモンをいつの間にかアリスと一緒に取っていたなんて……

 

銀時とアリスの声を頼りにして進みながらユウキは無言で悔しそうに奥歯を噛みしめた。

 

「ところで銀時、さっきの話なんだけどさ……ボクもアリスと同じだからね、アレはただちょっと悪乗りし過ぎただけだから……一時のテンションに身を任せた結果だからただの……」

「そうかい、ま、俺は信じねぇけど」

「ふぁ!?」

 

暗がりの中をおっかなびっくりの状態で進みながら、ユウキは先程の一件で弁明しようとする

 

だが前方にいるであろう銀時からの返事はまさかの拒絶

 

「いいよもう、俺の事なんか嫌ってんだろお前、表面上は仲良くしておいて裏ではクラスメイトのみんなで俺の悪口言い合ってたんだろ、だからもう信じねぇ、誰も信じねぇ、俺が信じるのはアリスだけだ」

 

「その通りです、お前も少しはわかって来ましたね。そう、お前の真の仲間は私一人だけです、故に私のみを信じ私だけに興味を示し、私だけを見るのです」

 

「ワカリマシタアリス様、銀時ハモウ、アナタ以外ノ存在ニ興味持チマセン」

 

「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!!! ほんの少し目を離した隙にどこまで洗脳させてんのアリス!! なんか片言になってるんだけど!? キャサリンみたいな口調になってるよ銀時!」

 

この暗闇の中を彷徨い続ける間に何があったのかは、ユウキにはわからないが、どうやら銀時はもうアリスだけを信用し、それ以外は拒絶するという所にまで調教済みらしい。

 

銀時に拒絶されるという事に耐えられないユウキは、慌てて声がする方向へヤケクソ気味に突っ走って、ドン!と強く何かにぶつかると、それをすぐに掴む。

 

「待って! 本当にお願いだから待って! 謝るから! 酷い事言ったの本当に謝るから! もうこの際なんでもするからボクを見捨てないで!」

 

「ったく……あーあ、まあこんぐらいでいいか。安心しろユウキ、俺がオメェを見捨てる訳ねぇだろ、前に言った事忘れたのか?」

 

「へ……?」

 

 

ガシッと背中らしき所を両手で掴みながら、ユウキが涙目で訴え始めると。ため息と共に銀時がいつものくだけた感じで返事した。

 

「藍子が死んで俺を拾い上げたのは他でもねぇオメェなんだぞ、そんなオメェに俺が愛想尽かす訳ねぇだろ」

「銀時!」

「いい年してるのに捨てられた子犬みてぇに鳴くんじゃねぇよ、ったくお前は本当に……」

 

呆れつつも笑っている銀時の声を聞いてユウキはパァッと顔を輝かせると、そんな彼女の方へ彼は笑いかけながら栗と後ろに振り返る。

 

だが

 

 

 

 

 

 

「……あの……え?」

「なんと、これは面妖な……」

「え、なになに銀時にアリス? なんか見つかったの?」

「まあ、な……」

「ちょっと待っていなさい、今……あなたにも見えるよう灯りをつけてあげます……」

 

突然言葉を詰まらせる銀時とアリスに、何かあったのかと目の前のモノを掴みながらユウキがキョトンとしていると

 

前方からカチッと何かの音がしたかと思えば、暗闇の中が急に明るくなった様になった。

 

「暗視スキルを妨害された時を考慮して万が一の為に強力点火灯を持ってました、コレであなたも暗視スキルを持った時と同じぐらいにハッキリ見えるでしょう」

 

「アリスそんなの持ってたの、だったら最初から使えばボクも……ってアレ? 確かに良く見える様になったけど、前方は相変わらず暗闇なんだけど」

 

アリスの事だから銀時と二人っきりになる為にあえて使わなかったのであろうと苦笑するユウキであったが、後方は確かにはっきりと見える様になったのに前方は相変わらず暗いままだと気付く。

 

しかし

 

「ん?」

 

ユウキはふと自分が両手で触っている何かに違和感を覚えた。

 

ふと自分の手の先を見ると、掴んでいるモノは銀時の着ているローブでも、アリスのマントでもない。

 

ゴワゴワした暗闇の中に唯一ハッキリと見える、黄色いTシャツのようなモノ……

 

「……」

 

ユウキはゆっくりとそのシャツから手を離して後方へと数歩下がる。

 

すると目の前の暗闇がやがてシルエット、そして黄色いTシャツを着た毛深い生き物だと見える様になった。

 

「よ、よぉユウキ、ちゃんと見えてるか……」

「驚きましたね、私の探知スキルにも反応しないとは」

 

その生き物の横から、自分よりちょっと距離が離れている銀時が頬を引きつらせながらヒョコッと出て来た。

 

続いてアリスも興味津々の様子で顔を覗かせながら生き物を見つめている。

 

銀時とアリスは自分よりも数歩分先を歩いていた。という事は今まで自分が掴んでいたモノは……

 

「……」

 

ユウキがそーっと顔を上げていくと、その生き物もまたこちらに気付いた様子でゆっくりとこちらに振り返って来た。

 

そして彼女は唖然とした表情を浮かべながら”彼”と対面する。

 

 

真ん中に『俺』と書かれた黄色いTシャツを着た

 

 

 

鼻水を垂らしたいかにもアホそうなゴリラと

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

いつの間にか自分達の真ん中を歩いていたのは

 

意外と汗っかきで恥ずかしがりやなゴリラでした

 

 

ソラチンタマ・出現




なんだかひたすら心理戦しているようなお話でしたね、一人一人のセリフの量が半端ない……

いよいよお出まし珍獣・ソラチンタマ、彼の底知れぬ力を前に銀時達は撃破する事が出来るのか……どこぞのゴリラさんごめんなさい

そしてその一方でキリト達が戦っている相手はなんと……

次回をお楽しみに


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第六十層 原作者への愛を忘れずに

空洞虚無さんから頂いた竿魂の挿絵です。元ネタは「ゾンビランドサガ」


【挿絵表示】


水色の髪の女の子(♂)はリリィこと6号ことマサオこと……とにかくゾンビのアイドルです

キリトを握り潰しかねない笑顔の巨人はその女の子(♂)のパピーです、星海坊主じゃありません。奴よりもずっと話が分かる相手なのでキリトもギリギリ助かってます

親子愛に溢れたイラストを描いて下さりありがとうございました!

キリトも親孝行しないとなぁ、いやその前に妹に孝行してやらなきゃダメか……


見れば見る程人生をナメ腐った表情をしているゴリラだ……

 

目の前で鼻をほじりながらこちらを気にも留めずにそっぽを向いているモンスター、ソラチンタマを見つめながらユウキはそんな印象を抱いていた。

 

「初めて見たけど本当にこんなモンスターがあの有名なソラチンタマなの……? なんか普通に倒せそうだけど」

 

「おいユウキ、こんなふざけた奴とっとと倒しちまおうぜ、幸い俺達今挟み撃ちの態勢だしよ」

 

「うんそうだね、全く逃げる気配も見せずに鼻ほじってる奴を倒すのは気が引けるけど……」

 

「哀れゴリラ、希少素材を手に入れる為の生け贄となって貰います。一斉に飛び掛かりましょう」

 

ソラチンタマの背後から既に銀時が二つ刃の得物、千封鬼を取り出し、アリスもまた愛刀である洞爺湖と彫られた木刀を掲げている。

 

前と後ろを固めて逃げ場がない今、ソラチンタマを倒せるチャンスだと踏んだらしい。

 

ユウキもその作戦にすぐに乗っかり、腰に差す剣を抜いて、三人でタイミングを合わせって一気に

 

「せいッ!」

 

一斉に地面を蹴ってソラチンタマ目掛けて得物で斬りかかる一同。

 

しかし三人の得物は同時に虚しく空を切り

 

「あ、あれ!?」

「おいゴリラが消えたぞ! あの野郎どこ行った!」

「上です!」

 

目の前でモンスターの姿が消え、代わりに三人で顔合わせしながら何処へ消えたのだと当たりを探してみると、すぐにアリスが頭上を指差し

 

「天井にしがみ付いてこちらに肛門を見せつけています!」

「へ!? いやぁぁぁぁぁ!! 無理無理ボク直視できない!」

 

アリスに釣られてユウキが顔を上げると、そこには天井に両手両足で張り付いたまま、こちらに向かってお尻を突き出すポーズをするソラチンタマの姿が

 

ゴリラとはいえそんなあられもない姿を直視出来ずにユウキは慌てて悲鳴を上げて顔を背ける。

 

「そういえばソラチンタマって女性プレイヤーから物凄く嫌われてるんだった! そりゃあんなの見せつけてくるんだから間違いなく女の敵だよ!」

 

「ケツのアナ程度で恥ずかしがってんじゃねぇ! こっちに向かってケツ突き出して挑発のつもりか!? このエテ公が、人間様をナメんじゃねぇ!!」

 

顔を両手で押さえて赤面させるユウキに喝を入れつつ、銀時は得物を振り回しながら、天井にしがみ付くソラチンタマ目掛けて高く飛び上がる。

 

すると

 

ソラチンタマのお尻から突然ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!と凄い音が鳴らしながらまさかの放屁が飛び出したのだ。

 

「ぶっへぇ!! コイツいきなり屁ぇコキやがった! くっさッ!」

「ゲホッゲホッ! うえッ! 呼吸も出来ない上に涙が出るぐらい臭いよぉ!!」

 

オナラは狭い洞窟内を充満する様に臭いを撒き散らし

 

痛覚は無くても嗅覚と味覚は現実とさほど変わらないこの世界では本当のオナラを直撃した時と同じぐらいに臭い。

 

強烈な臭いに耐え切れず、ユウキがその場に四つん這いになって吐きそうになっていると

 

「ってあぁ!! あの腐れゴリラ! 人に向かって屁ぇぶっ放しておいて逃げやがった!!」

「すぐに追いましょう、洞窟から逃げられたらますます捕まえにくくなります」

「うげー本当に吐きそう……あ、待って! ボクも行く!!」

 

こちらが臭いで苦しんでいると、ソラチンタマはスタッと地面に着地して、四本の手足を使ってかなり早い速度で洞窟から逃げ出して行ってしまう。

 

どうやらさっき放ったオナラは自分達を怯ませ、その隙に逃げようという魂胆だったらしい。

 

アホそうな見た目通りにお下品な逃走術を使って来たソラチンタマに向かって怒りを燃やしながら、銀時と一人だけ冷静なアリスがすぐに追いかけに行くので、ユウキも慌てて立ち上がって彼等の後を追う。

 

するとその時、アリスの後ろ姿を見ている彼の腰に差す得物がチラッと見えた。

 

「あ、あれ? その木刀ってもしかして……」

 

何処かで見たような得物、というかほとんど毎日見ていると言っても過言ではない木刀が今、アリスの腰元にしっかりと差してあるではないか。

 

「ちょっとアリスどういう事!? キミがどうして銀時の木刀を……!」

 

現実世界での銀時の愛刀をそっくりそのまま仮想世界に持ち込んで愛用しているアリスに、ユウキが慌ててその事について尋ねようとすると

 

「ああクソ! 洞窟から逃げる前に仕留めようと思ったのにもう出口か!」

 

その言葉を遮るように銀時が悔しそうに声を上げる。

 

ふと前を見ると明るい光が差し込められ、洞窟の出入口に着いてしまったのだ。

 

「だがまだそう遠くへは逃げてねぇ筈だ! 見失う前に急いで追いつくぞ!」

 

「お前に言われなくてもわかっています、見事に討ち取ってお前に褒められてそのまま二人で食事に行くのが私の役目です」

 

「いやそんな役目任せた覚えねぇから!!」

 

早く見つけて捕まえねばと銀時が更に足を速め、アリスもまた個人的な願望を叶える為に一目散に駆けだす。

 

そしてユウキもまた木刀の件を尋ねるのを一旦諦めて逃げるソラチンタマを優先しようと二人に並ぶぐらいの勢いで駆け出し、そのまま三人揃って同時に洞窟を抜け出すと……

 

 

 

 

 

「「「あ」」」

 

洞窟を抜けた先で出迎えていた者に思わず口をポカンと開けて固まる一同。

 

それは両手両足を地面に付きながら、こちらに向かって思いきりお尻を突き出した態勢でスタンバっているソラチンタマ……

 

 

 

 

再びブボボボボボォォォォォ!!!と強烈な発射音と共に黄色い煙のようなオナラが三人に直撃する。

 

「ぎゃぁぁぁ!!! コイツ俺達が洞窟から出るのを待ち伏せしやがったァァァァ!! しかもさっきの奴よりも更に臭ぇ!!」

「うえ! ボクもうなんか涙出て来た!! もはや毒ガスレベル!!」

 

この下品なモンスターを発案したEDO関係者を全力でぶん殴りに行きたい

 

ソラチンタマの尻から噴出されるオナラで目を潤わせ苦しそうに咳き込みながら、銀時とユウキは四つん這いの形で意識を失いかける。

 

「一体何を食えばこんな凄まじい臭気を放つ破壊兵器を体内にため込む事が出来るんだろ……」

 

「漫画家なんてモンは常に不安定な環境の中で生活を送り続ける事を余儀なくされる……その上締め切りというタイムリミットが迫る中では食事も外出もまともに出来やしねぇ……きっとそんな常人なら気が狂う世界を何十年も生き続けた結果が下であんな哀しいモンスターが生まれてしまったのさ……」

 

「誰目線? ていうか誰の事を言っているの銀時は? ソラチンタマにそんな設定があったなんてボク初耳なんだけど」

 

涙目になった状態で何故かソラチンタマに対して銀時がわかっているかの様にフッと笑っているので、膝を地面に付いたままユウキが「?」と怪訝な顔付きで首を傾げていると

 

ソラチンタマは三人に特大の一発をぶっ放した事で満足したかのようにコクリと頷き、クルリとこちらに背を向けて再び走り出す。

 

「ああ! また逃げ出し……うえぇ本当にクッサ!」

 

「臭過ぎて立つ事さえ出来ねぇ……クソ! みすみす目の前であの野郎を見逃すしかねぇのか!」

 

タッタッタッとちょっと余裕あり気な小走りで逃げて行こうとするソラチンタマをすぐに追おうとする銀時とユウキだが、彼の放った悪臭が未だに鼻にこびりついて力が出ない。

 

このままだとまた雲に巻かれて最初からやり直し……

 

っと銀時達が思っていたその時

 

「「!?」」

 

突如へたり込んでいる二人の間にある僅かな隙間をビュン!と風を切る鋭い音と共にあるモノが通り抜けて行った。

 

そして次の瞬間、二人の間を通り抜けていき

 

 

 

 

 

逃げるソラチンタマの愉快に揺れるヒップを捉え、洞爺湖と彫られた木刀が深々と 

 

「「刺さったぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

急所に向かってクリティカルヒットを食らったらソラチンタマはそのまま白目を剥いてバッタリと銀時達の目の前で倒れる。

 

突然の出来事に二人は両手を地面に付いたまま倒れた彼を呆然と見つめていると

 

「倒しましたよ」

「アリス!? まさかお前が!」

「油断している所へ試しに得物を投げてみたら、案外簡単にコロッと殺れて何よりです」

 

後ろからスッと出てきたのはこの状況下でも顔色一つ変わらないアリス。

 

長い金髪を手でなびかせながら一仕事終えたかのようにふぅっと息を漏らしている。

 

あのソラチンタマをあっさりと片付けてしまった彼女に、倒れていた二人も慌てて立ち上がった。

 

「でかしたぞ金髪電波女! お礼にめっちゃ頭撫でてやる!」

 

「撫で回しなさい、私が満足するまで全力で私の頭をナデナデする義務がお前にあります」

 

「上から目線なのがちょっと腹立つけど……ここは素直に認めてあげるよアリス、よくあんな的確に木刀なんかを投げれたね、まるで銀時みたいに……」 

 

両手を腰に当てて偉そうに欲しいモノを要求するアリスだが、ここは素直に彼女を評価せざるを得ない銀時とユウキ

 

こっちがオナラの臭さで悶絶している中、彼女は冷静に逃げるソラチンタマを涼しげな顔で仕留めてしまったのだ、正に彼女の大手柄だ。

 

「いやーていうかお前凄いな、地面に倒れる程臭かったあの中で普通に攻撃できちまうなんて」

 

「ホントだよ、でもアレだけ臭かったのにどうしてアリスだけ平気だったんだろ?」

 

「お褒めの言葉は後で良いですからまずは私の頭をナデナデしなさい」

 

そして褒め称えてくれる二人に向かってさっさと頭を撫でろと銀時の方に命令するアリス、すると次の瞬間

 

「さあ早くするのデボラァァァァァァァァァ!!!」

「ギャァァァァァァァァ!!!」

「吐いたァァァァァァァ!!!」

 

 

台詞の途中で流れる様に彼女の口の中から吐瀉物が吐き出される。

 

モザイクの塊を放ってきた彼女に銀時とユウキは一緒にのけ反ってそれをなんとか避けた。

 

「もしかしてアレか? 平気なツラしてやっぱり臭かったとか……」

 

「オロロロロロロロロロ!!!!」

 

「表面上は余裕あり気な態度取っておきながら……本当はずっと我慢してたんだねアリス……」

 

「オロロオロロロロロロロ!!!!!」

 

「ていうか出過ぎだろ! 大丈夫かお前!」

 

誰から見ても絶世の美女だと言い切れる金髪碧眼の女騎士が

 

目の前で地面に向かって頭を垂れながら盛大に口から吐瀉物を撒き散らしている。

 

過剰なまでに吐いているのはよっぽど臭くて仕方なかったのだろう。

 

最初のオナラ攻撃からずっと平気な顔を装っていたが、本当は銀時やユウキの様にその場を転がり回りたかったのかもしれない

 

そんな彼女に銀時は哀れみの目を向けながら、無言でスッと彼女の背中を撫でてやる。

 

「いやまあその……よく頑張ったなお前……」

「ハァハァ……! 違います、お前が撫でるのは背中でなく頭ブロロロロロロロロ!!!」

「この期に及んでまだそれ言うんかい! もういいから喋らずに大人しくしろコラ!!」

「く……! どうしてこんな事に……おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

銀時にさすられた状態のままアリスはまだボトボトと地面に向かって吐き続ける。

 

よく見ると目の下からちょっぴり涙が出ているが、アレはきっと苦しいからではなく銀時に見られながら吐かざるを得ないという己の状況に恥じて泣いているのかもしれないとユウキは思った

 

想い人に見守られながら吐瀉物を吐き散らす、自分もそんな体験はゴメンだ……とアリスを見つめてふと思いながら

 

 

 

「見栄を張って余裕持った態度を取ってもロクな事にならないんだな……やっぱり自分に素直に生きよう、うん」

 

どれだけ見繕っても結局はボロが出ると悟り、また一つ女として成長するのであった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして

 

銀時達はリズベット武具店へと戻って来ていた。

 

「クッサッ! うぇ! アンタ達ヤバいわよ! よくそんな状態で町の中歩けたわね!! 歩く災害よアンタ達!」

「仕方ねぇだろ、臭いがこびりついてんだよこっちは」

「そういう事を言われるとボクだって素直に傷付くんだから止めて欲しいんだけど」

 

カウンターの上で頬杖を突いて座っているリズベットに迎えられながら、銀時とユウキは不機嫌そうな表情で彼女を睨み付ける。

 

「テメェが依頼した素材を取って来てやったぞ、コレで良いんだろ」

 

「早かったわね、まさかあの誰もが相手にするのを嫌がるソラチンタマを倒してくるなんて」

 

「おい、まさかゴリラが倒されたケースが少ないのは……」

 

「そりゃまあ下品な攻撃ばかり繰り出すゴリラなんて相手したくないわよフツー」

 

「そんな相手を担当させられる事になったボク等が、どれだけ苦労したかわかってるよね……」

 

「ちょ、ちょっと待って二人共睨まないでよ! 悪いなとは思ってたけどどうしても必要だったのよ!」

 

未だ体に染みついているオナラの臭いを放ってくる銀時とユウキに、我慢できずにリズベットが鼻をつまみながら慌てて答える。

 

「そうだユウキ! 私からのアドバイスちゃんと試してみた!? 効果あったでしょ!?」

 

「あったよ確かに、おかげでこれからは見栄なんか張らずに自分に素直に生きようと悟ったよ」

 

「あれぇ……? もしかしてあんま上手くいかなかった的なパターン?」

 

話題を逸らすようにしてユウキに向かって話しかけるリズベットだが、ふくれっ面の彼女の反応を見て失敗したのだとなんとなく悟るのであった。

 

「ま、まあ私はそういうのは疎いけど、そう簡単に成就したらそれこそ詰まらないって西郷さんも言ってたしね、これからも頑張ってユウキちゃん! うん!」

 

「……それより約束の希少素材持って来たんだけど」

 

「ああはいはい! ソラチンタマから取れた希少素材をちゃんと持って来てくれたのね! ありがとう!」

 

ジト目でしばしリズベットを睨み付けると、ユウキはとりあえず約束の素材を手に入れたことを報告。

 

それに反応してリズベットが無理矢理な感じで嬉しそうな声を上げると、銀時の方がガサゴソと懐からあるモノを取り出し

 

「はいコレ、ソラチンタマのキンタマ」

 

「ってうぎゃぁぁぁぁぁぁ!!! なんつうモンを私の店のカウンターに置いてのよ!! てかこれもクサい! 直視するだけでなんか涙出て来た!」

 

「うるせぇ! アリスが倒した時にドロップしたのがコレだったんだよ!」

 

カウンターの上にゴトッと落としたのは二つの丸い形をしたモザイクの塊、現れた途端すぐに店の中に悪臭が充満していくのを感じながらリズベットは悲鳴を上げた。

 

「俺達だって持ち帰るの嫌だったけど我慢して持って来たんだぞ! 有難く思えや!」

 

「あれ? ていうかその倒したアリスはどこにいるのよ、見た感じアンタ達と一緒じゃないみたいだけど」

 

「アイツはそのアレだよ……一人になりたい時だって誰でもあんだろ……」

 

「何があったのあの子に!?」

 

ふとここにいるのが銀時とユウキだけだという事にやっと気付いたリズベット

 

しかしそこについて尋ねてみると銀時は顔を曇らせて詳しくは語ろうとしない。

 

「いくらアリスでも一人の女だし、落ち込むのも仕方ないよ、人前であんな姿晒しちゃ……」

「落ち込む? まあ色々と大変だったみたいねアンタ達も……とりあえず希少素材は受け取っておくわ、ご苦労様」

 

ユウキの方も哀れんでいるような表情を浮かべているのでますます気になってしまうが

 

どうせ教えてくれないだろうと思いリズベットはすぐに仕事の話に切り替えつつ、銀時が取り出したソラチンタマの睾丸をゴム手袋で掴んで自分のアイテム欄にしまった。

 

「まあコレからもちょくちょくアンタ達に希少素材の依頼を頼むかもしれないから、そん時はよろしく」

 

「はぁ!? まだ集めんのかよ! いつになったら神器造れんだよ!」

 

「あのね、私はリズベット武具店の名に相応しい自慢の一本を造り上げようとしてるの、神器の素材に負けない希少素材をかき集めて、選りすぐり、そして相性を組み合わせてそこから形作りに入って行くのよ。まだ時間はかかるだろうけど絶対に完成させてあげるから待っていなさい」

 

「この野郎、ホントに造る気あんのかよ……」

 

どうやらまだ神器の完成まではまだ遠いらしい、何故ならリズベットが行っているのはまだ素材集めの段階。まだどんな武器になるのかすらわかっていないのだ。

 

鍛冶師の達人は金も労力も時間すらも惜しまない、ただ自らの腕で過去に無い最高の武器を造ろうとする、それだけが望みなのだ。

 

もっともリズベットはそれだけでなくちゃっかり地位や名声も強く欲しているのだが

 

沖田が彼女と意外に親しげなのは、そういう己の欲望に忠実な野心を垣間見て楽しんでるのかもしれない。

 

「まあまあ、騙した事は本当に悪いと思ってるからこれ以上お金を請求しようとかはしないわよ。だからドンと私に任せない、この世に二つとない最高の神器を仕上げてみせるから」

 

「胡散臭いんだよお前の口調……」

 

こんな奴に任せて大丈夫なのだろうかという心配をよそにリズベットは自信満々に自分の胸を叩く。

 

すると銀時はますます怪しむ様にしかめっ面のままふとある少年の事を尋ね始めた。

 

「つうかキリト君はまだ戻って来てねぇの?」

 

「ああ、キリトならアスナともう一人の男の子の、ユージオって子と一緒に希少素材を探しに出掛けているわ」

 

「アイツ等まだ探してんのか、ったく先輩面してるクセに仕事遅すぎだろ」

 

「そう言わないでよ、多分もっと時間掛かると思うわよ、なにせ相手が相手だし」

 

「どんなモンスター倒しに行ったんだアイツ等?」

 

キリトやアスナ、それにあのユージオという少年もまだ素材探しの真っ最中らしい。

 

ユージオの力量は知らないが、他の二人の実力なら大抵のモンスターは楽勝で倒せるだろうと思っていたのだが、リズベット曰くいかにあの二人でも苦戦を強いられてるに違いないらしい。

 

一体どれ程の強さを持ったモンスターと戦っているのだと銀時がけだるそうに尋ねると

 

リズベットは「ああ」とあっさりとした感じで答えるのであった。

 

「GGO型第二占有地区である第六十層のダンジョンの隠し扉に潜んでいる」

 

 

 

 

 

 

「ソード・ブリキ・カワハーラっていうロボットの化け物よ」

 

 

 

 

 

ここは第六十層目にあるダンジョン

 

GGOの第二占有地区があるだけあってここもまたかなりSFチックに仕上がっており。

 

ジェダイの恰好をしている銀時なら違和感なくこの銀色がひしめく世界を堪能して歩けるであろう。

 

そしてそこに

 

奴はいた

 

 

幾度もある自動扉を抜けた先にある大きな広場にて

 

 

 

 

 

ソード・ブリキ・カワハーラは現れた三人の刺客を蹂躙せんが為に大暴れの真っ最中であった。

 

「ギャァァァァァァァァァァ!」

「大丈夫キリト!?」

「大丈夫だったら悲鳴なんて上げてねぇ!」

 

鋼鉄の四角い拳がキリト目掛けて振り下ろされた。

 

前に向かってジャンプし、間一髪で避けたキリトに青薔薇の剣を持ったユージオが慌てて駆け寄る。

 

「ていうかコイツ本当に倒せるの!? 僕等の攻撃は一応通ってるみたいだけど!! HPバーをいくら削ってもまだまだ倒れないんだど!」

 

キリトに手と伸ばして立たせてあげながら、ユージオは視線を思いきり上に掲げて、目の前にある巨大なナニかを改めて見上げてみた。

 

巨大ブリキロボット・ソード・ブリキ・カワハーラ

 

全身が四角の形で統一されており、手、足、体、顔、そして掛けている眼鏡までもが四角系のロボット。

 

見た目だけはおもちゃ屋で見かけるブリキのロボット、という感じなのだが、問題はその8メートル近くはある大きさと異常なまでの耐久値である。

 

「俺が今までコイツとの戦闘を避けてきたのはな! EDOの中でも屈指のめんどくさいモンスターなんだよ! どんだけ攻撃しても倒れない! おまけに倒れないどころかこのまま削り切っても第二形態とかに変形するんだぞコイツ!!」

 

「第二形態!? ゴメンそれはちょっと見てみたいんだけど僕!」

 

「俺だって見てみたいよ! けど第二形態のアクセル・ブリキ・カワハーラは半端ないぞ! 時間を早めてるんじゃないかぐらい俊敏性が半端なく上がるんだよ! 加速した世界に取り残される感覚になるんだよ!」

 

ロボットの変形とかそういうの大好きな年相応の少年達が盛り上がってる中

 

そんな事に微塵も興味を持たない少女・アスナが颯爽と彼等の所へ現れる。

 

「こんな状態でもよくもまあお喋りできるわねあなた達!」

「あ、すみませんアスナさん……」

「お喋りじゃなくて攻略談義だっつうの、アンタだってこのモンスターの生態系とかよく知らないんだろ? さっきから逃げ回ってばっかだし」

「それはあなたも同じでしょう、が!!」

 

キリトに言い返す途中でアスナは慌てて彼等と一緒に横に飛ぶ。

 

カワハーラの繰り出踏みつけす攻撃が開始されたのだ、こうなっては動作時間が終わるまで執拗に足元にいる自分達を狙い続ける様になる。

 

「いつも威勢の事言ってるクセにビビってんじゃないわよ! あんなのただのロボでしょ! 男見せなさい!」

「ビビってねぇーし! お前こそさっきから持ってる剣が震えてるぞ! お前こそ怖がってんじゃねぇの!?」

「二人とも走りながらよく喧嘩出来るね!」

 

四角い鉄板のような足が何度もこちらの頭上目掛けて振り下ろされる。

 

しかし三人の俊敏性は一般のプレイヤーよりも高くなっている為か、逃げ回りながら口論まで始める彼等を捉える事が出来ないでいた。

 

「二刀流はどうしたのよ二刀流は! あなたが持ってる数少ない取り得でしょ! 出し惜しみしないでさっさとやりなさい!」

 

「生憎二刀流スキルを持つ剣は前にコイツに折られてんだよ! だから今の俺はただの片手剣持ちだ!」

 

「え? このユージオ君にあなた剣折られて二刀流を失ったの? よくやったわユージオ君、今度マヨネーズオゴってあげるから」

 

「アハハ……」

 

逃げ惑いながらこちらに親指を立ててよくやったと笑いかけるアスナにユージオが苦笑していると、キリトが急いで彼女の隣へと駆け寄る。

 

「わかってるのかこの状況! 黒夜叉という俺が十八番の二刀流が使えないという事は戦力的にも大幅ダウンなんだぞ! 後は俺より弱いアンタと神器持ってる事しか取り柄が無いユージオ! 誰が見てもこんなパーティーじゃまともに勝てやしねぇよ!」

 

「ちょっと誰があなたより弱いですって! なんならここで決める!? もう一度私と勝負する!?」

 

「おう上等だかかってこいセレセブ! もう一度剣折って泣かしてやる!」

 

「私がいつ泣いたのよッ! 今から泣くのは私に負かされるあなたの方よ!」

 

「あの、いい加減に二人共その辺に……」

 

さっきから数えれきない程口喧嘩を始めてしまうキリトとアスナに内心呆れた様子でユージオが声を掛けようとするも……

 

「ん? ギャァァァァァァァァァ!!!」

「キリトが踏まれたァァァァァァ!!」

「フン、バカね油断しているからそんな目に……ふんごッ!」

「アスナさんまで!? アレ? もしかしてこの流れだと僕まで……うげッ!」

 

喋る事に気を取られ過ぎてうっかりカワハーラの一撃を食らってしまう三人なのであった。もうかれこれ何度目の事であろうか……ユージオに至っては半ば巻き添えである。

 

それから三人は暴れ回る巨大ロボの攻撃を回避し続け、口論し、隙を見てアタックを仕掛け、やっぱりまた口論して遂には殴り合いに発展する程揉めに揉め続け……

 

 

なんとか倒し切る事に成功したのは数時間後の事であったという

 

「いやー、まさか第二形態の次に第三形態があるとはなー、アクセル・ブリキ・カワハーラの次は、絶対ナル・ブリキ・カワハーラだったとは、まさかあそこから更に防御力と俊敏性の両方を強化して来るとは思いもしなかったぜ」

 

「僕、絶望的な状況だったけどちょっと胸が高鳴ったよ……ロボットって凄いんだね」

 

「ボロボロなのに楽しそうねあなた達……」

 

神器が完成するのは何時になる事やら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゲロ吐いてこそ銀魂のヒロイン(格言)

いやー神器はまだ先になりそうですね、ですが次回はしばしの時が流れた後からのお話ですので、もしかしたらそう遠くないかもしれません。

次章はいよいよ、銀さんが数多の宇宙からやって来た天人達が集う舞台に現れる

更には彼を追うように厨二メガネ、妖精、竜使い、ゴリラ、サド、チャイナ、神器職人(笑)、オジコンスナイパーと色々と濃い連中が次々と集い始め。

更にはナヨナヨした変な奴とか、スピンオフ作品から出張してきた奴とかも登場

そしてそんな新キャラ揃いの中で最も重要な人物は

EDOの世界で最強と称されても過言では無い、数多の勝利を収めた絶対強者……

彼との出会いをきっかけに、銀時はまた一歩高みに上がる……かもしれない

他にも銀さんがまさかのお持ち帰り疑惑で和人に蔑みの視線で見つめられたり

江戸一番のからくり技師からとある人物の話を聞いたり

銀さんがようやく〇〇と、おニューの〇〇を手に入れて、またまた凄くなっちゃたりとイベント多数発生

波乱万丈編、お楽しみに

追伸

最近になってずっと食わず嫌いだったfate観始めました。理由はなんかネタにならないかなと思って

なんか思いの外沢山あったんでその時点で止めようかと思いましたが、これでいいやって感じでfatezeroって奴を観る事に

元はエロゲだと聞いてたんですけどアレですね、どうせ女の子ばっか出るんだろと思いきやオッサンばっか出てきますね、その点はすごく好き、もはやオッサンとショタだけでいい、大塚明夫ボイスのオッサンと浪川ボイスのショタの日常話だけ流してればそれでいい、

登場人物がロックスターゲーム並みに狂人揃いで(アレよりは大分マシですが)、コイツ等最後どうなるんだろうなと思いつつ最後まで観てみようと思います



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波乱万丈編
第六十一層 SAN値ピンチ!SAN値ピンチ!


fatezero観終わりました。最初は小難しくて私には合わんかなと思ったけど

徐々に面白くなって一応最後まで観る事が出来ました。

ラストがレッドデッドリデンプション2のアーサー編みたいで良かったです。

結論・ウェイバーが生き残ってくれたからそれで満足!



EDOは基本的に他の星でプレイしているプレイヤーと遭遇する事は無い。

 

EDOは地球で誕生した一人の天才が生み出した大人気ゲーム、遊んでいるプレイヤーは宇宙規模になると非常に多くとても運営側は全てのプレイヤーを管理する事は出来ない

 

故にそれぞれの星一つ一つに運営を築く事にし、それぞれの星でプレイヤーや仮想世界の運営を行う様になったのだ。

 

ただ稀に、他の星に住むプレイヤーとも交流する機会がある。

 

それはEDOの運営側が指定した日にのみ開催されるイベントであり、五十層以上攻略してる者達のみが参加する事を許される。

 

 

正式には他の星の者達と親密な関係を築く為の『異星交流会』と呼ばれ

 

他の星の連中をぶっ飛ばしてやりたいという血気盛んなプレイヤーからは『宇宙戦』と呼ばれている。

 

「はぁ~すっげぇ数だなオイ、そこら中に天人共がウジャウジャいやがる」

 

ここはイベント時にのみ転移可能となる特殊フィールド、『月』

 

そこにはあちらこちらに地球ではお目にかかれない天人のEDOプレイヤーが所狭しと騒ぎながら歩き回っている。

 

彼等を物珍しそうに見ながら、宇宙戦に初参加した銀時も同じように勝手にフラフラと歩いていた。

 

周りが星々が煌めく宇宙だというのもあって、茶色いローブに身を包んだ彼は一層ジェダイの騎士っぽかった。

 

「キリト君が言ってた事が確かなら、ここにいる連中全員を皆殺しにすりゃいいんだっけ?」

「そんな真似したら君も晴れて攘夷プレイヤーの仲間入りだよ、銀時」

 

こちらが地球人だと知ってジロジロと見て来る天人達を見渡しながら物騒な事を銀時が口走っていると

 

そこへ遅れて転移してやって来たユウキが急いで駆け寄って来た。

 

「ここは元々色んな星のプレイヤー達と交流を深める神聖な場所なんだよ、まあ建て前だけなんだけど、今じゃすっかり地球人VS他の星の天人って構図で戦争ばかり起こしてギスギスしっ放しなんだ」

 

「それで宇宙戦って呼ばれてんのか、時代は変わったな、俺達が若い頃は陸地で生身の身体で剣振り回してただけだってのに、今じゃ死んでもすぐ復活できる上に宇宙でどんちゃん騒ぎと来たモンだ」

 

「実際に戦争やらかすよりは平和的で良いじゃん、血を流すことなく戦争を体験できるんだからストレス溜まってる連中にはいい憂さ晴らしになるんじゃない?」

 

はぐれない様に彼にピッタリと寄り添いながらユウキは銀時を月の中心部にある街の方へと案内する。

 

その途中で談笑を交えながらふと彼女は、彼が着ている衣装と腰元に差す二つ刃のビームサーベルが目に移った。

 

「ここに来る前に神器が完成していれば良かったねぇ、それに防具の新調も間に合わなかったし」

 

「仕方ねぇだろあのピンク店主がまだ造り終えてねぇんだから、てか防具の新調ってなんだよ、まさかまた新しい服を買わなきゃいけねぇの?」

 

「そうだよ、だって前に新調したのは三十層辺りの時、銀時はもうすぐ六十層に到達じゃん」

 

銀時の装備は三十層辺りの頃からずっと同じままだ。

 

さほど防御力は高いわけではないが身軽さ重視の茶色のローブ、その内にサンドカラーの着物。

 

そして腰に差すのは相手の飛び道具を受けきる事を得意とする特殊ビームサーベルの千封鬼

 

 

銀時の現在攻略層はもう五十九。

 

異常なまでにめんどくさがりの銀時はずっと同じ装備で戦っていたが、ベテランのユウキはそろそろ変えておかないと厳しいと諭す。

 

「六十層になったらもうボクとキリトだけの三人体制じゃ勝てなくなる。そこからは最低でも十人はパーティーにいないとまずボスは倒せないんだ。だから銀時自身もそろそろ武器と防具のレベルアップをしないとね」

 

「またかよ、武器の方ならもうすぐ出来る神器があるけどよ、防具に関しちゃ全く当てがねぇぞ俺」

 

「大丈夫だよ銀時、防具の方はボクがなんとかするから」

 

「は?」

 

店に絶賛引き篭もり中のリズベット曰く、満足できる神器がそろそろ出来上がるとは言っていたが防具の事は全く考えていなかった銀時。

 

しかしユウキはなにやら考えがあるらしく、心配はないと自信を持って答える。

 

「銀時が神器を手に入れた時に用意するから、楽しみに待っててね」

 

「なんか企んでのかお前? そういやここ最近は更にコソコソと勝手にどっか行くことが増えたじゃねぇか」

 

「まあまあ、乙女には秘密の一つや二つあるモンなんだよ」

 

「乙女って年かよお前」

 

「男がいくつになっても少年の心を忘れないように、女だっていつまでも乙女のままなんだよ」

 

見た目だけなら十分乙女と言い切れるユウキだが、銀時は彼女の実年齢を知っているのでその台詞に苦い顔を浮かべるのみ。

 

しばらく二人そのまま歩いていると、周りがどんどん活気づき始め、いつの間にか多くの店が立ち並ぶ所へ来ていた。

 

「あ、ほら見て。町に向かう道中でこんなに店が並んでるよ、食べ歩きでもする?」

「おいおい、これじゃあ江戸と大して変わらねぇじゃねぇか」

 

さながら江戸で行われる夏祭りだろうか、人々が賑わいながら歩く道に所狭しと色々なモノが売られてる店がズラリと並んでいる光景を見て、銀時は目を細めて小首を傾げる。

 

「せめてもっと宇宙っぽいの出せよ、スターウォーズみてぇに異星人共が集まって喧嘩する酒場とかさ」

 

「はい銀時、クトゥルフ焼き」

 

「宇宙っぽいの来たァァァァァァァ!!」

 

すると立ち並ぶ店に文句を言っている銀時の下へ、いつの間にか買い物をして来たユウキが元気そうにタコ焼き?の様なモノを持って来た。

 

見た目はタコ焼きだがカリッと香ばしい匂いと共に中から狂気じみた呻き声が……

 

「大丈夫なのコレ!? 食っても狂気状態になるとかならない!?」

「大丈夫大丈夫、こうして食べても全然平気だから、ね、姉ちゃん」

「オイィィィィィィィ!!! 早速幻覚見えてんじゃねぇかァァァァァァァ!!」

 

目の前で爪楊枝で美味しそうに頬張りつつ、誰もいない隣に向かって笑顔で話しかけているユウキ

 

流石に洒落にならないと銀時は慌てて彼女が持っているクトゥルフ焼きをほおり捨てるのであった。

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうしたの新八……シンさん?」

「いやなんかどっかで聞いた声がツッコミを叫んでるような気がしたんだが……気のせいか」

「相変わらずツッコミには敏感なんだね……」

 

一方銀時とユウキがいる所から少し離れた場所では

 

銀時と同じく宇宙戦に初めて参加した桐ケ谷直葉ことリーファ、志村新八ことシンがいた。

 

二人はついさっきやっと五十層を突破した事で、興味本位でここに足を踏み入れたのである。

 

「前にお兄ちゃんがよく言ってたの、俺は宇宙では天人共をぶった斬りまくるヒーローなんだぜってドヤ顔で。だからもしかしたらここで天人達を斬ろうとウロついてるかもしれないわ」

「ヒーローっつうかただの通り魔だろそれ……全く、何処の世界でも醜態を晒す気かアイツは……」

 

ここに来た目的は桐ケ谷和人ことキリトを探す事。

 

彼がどの辺まで攻略しているかは知らないが、このイベントでは攻略関係なく五十層以上のプレイヤーであればだれでも参加できる。

 

ずっと先を進んでいるであろうキリトを一目見ておこうと思っていたリーファは、新八を強引に連れてここへとやって来たのであった。

 

「こんな祭り事に参加せずともいずれアイツとは会えるだろ、本来なら俺達はこんな所で油売ってないで、更に上の層を目指すべきだというのに」

 

「いいでしょ別に、最近ずっと戦い続きで疲れちゃってんだから羽だって伸ばしたいわよ」

 

ここ最近攻略スピードを伸ばしたおかげでリーファは内心ヘトヘトだったのだ。

 

キリトに会うというのは実はただの建て前で、たまには攻略も忘れてゆっくりイベントを楽しみたいというのが彼女の本音。

 

そんな思惑も長い付き合いの中で容易にわかっている新八と、リーファは一緒に楽しもうと徹底的に付き合ってもらう事にした。

 

「はいシンさん、コレ買って来たから食べて」

「え……なに、それ……」

「ニャルラトホテプの串焼き」

「食えるかァァァァァァァ!!!」

 

串に貫かれた触手の様なモノがニュルニュル蠢いているのを笑顔で差し出してきたリーファに新八は先程叫び声同様大きく声を上げて拒否する。

 

「ニャルラトホテプの串焼きってなんだよ! 邪神をこんがり焼いた上に串刺しにするとか100パー呪われるわ!!」

 

「なにビビってんのよ別に本物の邪神を焼いた訳じゃ無いのに、安心して食べてよシンさん、さっき私は食べ終えたけど別に異常は無かったから、ね、尾美一お兄ちゃん」

 

「異常しかねぇじゃねぇか! 見えるんか!? そこに一兄がいるんか!?」

 

外なる神の串焼きを既に一本平らげていたリーファは誰もいない隣に向かって気さくに話しかけている。

 

新八は慌ててツッコミながら彼女の両肩を掴んで「早く正気に戻れぇぇぇぇぇぇ!!」とひたすら叫ぶしかなった。

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうしたの神楽ちゃん?」

「いや今なんかやかましいツッコミが聞こえた気が……まあどうでもいいか」

 

リーファと新八から少し後方にて、血盟騎士団の客人である神楽が小首を傾げていた。

 

副団長であるアスナと共にイベントを満喫してる中でやかましい声が聞こえたと目を細めるが、すぐに気にするのを止めてまた彼女と一緒に歩き出す。

 

「しかしここは相変わらず人が多くて歩きづらいわ、いっその事目の前の連中を片っ端にぶっ飛ばしていきながら進んでみる?」

 

「この世界の秩序を守る使命を持つ血盟組の副長によく言えたわね……そんな真似したら親友のあなただって牢獄にぶち込むわよ」

 

「冗談よ、でも歩きづらくてイライラしてるのは本当だから食べ歩きしていい?」

 

「それぐらいなら構わないけど……今はパトロール中だってのを忘れないでよ」

 

アスナと神楽は現在このイベントが無事に終わる為にフィールド内で何か異常が無いか巡回してるみたいだ。

 

ここ最近天人に喧嘩を売って戦争へと発展させようとしてる攘夷プレイヤーによって、天人との衝突は日増しに激化している。

 

だからこそ運営側からEDOの治安を護るべしと任命されている公式ギルド・血盟騎士団は抑止力の為にこうして常に目を光らせて辺りを伺っているのだ。

 

当然、副団長のアスナだけでなく、このフィールドには彼女以外のメンバーが一人見廻りに来てくれている。

 

それは血盟騎士団を率いるトップの……

 

「局長もやっと重い腰を上げてここに足を運んでくれたし、いよいよ犯罪者の一斉取り締まりになりそうだから神楽ちゃんも気合入れてよ」

 

「局長じゃなくて団長でしょ」

 

「私がそう呼んでるんだからいいのよ、ていうか神楽ちゃん、口の中でなにクチャクチャしてるの?」

 

「ああ、コレ?」

 

血盟騎士団を血盟組、自らを副長と名乗り、そしてトップの事は局長と呼ぶという完全に現実世界にある真撰組を意識した呼称を頑なに用いるアスナに神楽が呆れながら呟きつつも、彼女の口の中では何か得体の知れないモノを噛む音が……

 

アスナが思い切って尋ねると神楽は手に持っていた丸い食べ物を取り出して

 

「ゴル=ゴロス饅頭」

 

「……ゴル=ゴロスってクトゥルフ神話に出てくるヒキガエルみたいな邪神の事……?」

 

「クトゥ……何それ? ひょっとしてアスナがたまに平日の昼間からパソコンで観てる動画の奴?」

 

「ああうんそれ、TRPGやってみたいんだけどやる人いないから他人がやってるのをよく観て……じゃなくて! そんなモンをなに平然と食べてるのよ! お腹壊すレベルじゃ済まないわよ!」

 

宇宙空間という異質な場所だからといって売って良いモノと悪いモノがあると、アスナは慌てて邪神印の饅頭を彼女から取り上げようとするが、神楽はヒョイとそれを避けながら口をモグモグさせつつ懐から新しい饅頭を取り出す。

 

「欲しいならちゃんと言いなさいよ、ほら、アンタの分も買ってきてあげてるんだから、勘違いしないでよね、別に何時も頑張ってるアンタの事を思って奢ってあげたとかじゃないんだから」

 

「えぇ~そこでツンデレになられると食べなきゃいけない感じになるじゃないの……大丈夫なのコレ本当に?」

 

「美味しいとは言えないけどクセになる味ね、グチュグチュしてる食感も嫌いじゃないわ、マミーもそう言ってるし」

 

「マミー!? 神楽ちゃんのお母さんってずっと昔に星になったとか言ってなかった!? そこにいるの神楽ちゃん!? 神楽ちゃんのマミーはそこで一緒にゴル=ゴロスいっちゃってるの!?」

 

「え、なにアルかマミー? ぶふぅ! それ言っちゃアスナ姐が可哀想アルよプププ!」

 

「なんなの私の悪口でも言ってるのマミー!? 喧嘩なら買いますけどマミー!」

 

神楽の母はずっと前に亡くなった彼女の父から聞かされた事があったのだが……

 

誰もいない空間と会話しながらこちらをチラ見しながらニヤニヤし始める神楽にアスナがムカッとしつつ、彼女から貰った饅頭をどうしたもんかと見つめる。。

 

「邪神の名を借りてるだけあって明らかにヤバいモン含まれてるでしょコレ……直接店に出向いて取り締まる必要があるわね……きゃ!」

 

「あ、悪い」

 

こうして見つめていると中から不気味な歌が流れているような気がすると、アスナが更に怪しむ様に確認を取ってる途中で

 

後ろから勢いよくドンと押されながらも、軽い感じで謝って来た男の声にどこか聞き覚えがあった

 

アスナはすぐに後ろに振り返ってみると

 

「「あ」」

 

そこにいたのは黒髪、黒コートの厨二剣士

 

アスナにとっては宿敵と言っても過言ではない黒夜叉ことキリトであった。

 

互いにぶつかった相手の顔を見て誰なのかわかった様子でいると、いち早くキリトの方がクルリと彼女に背を向け

 

「おつかれっした~!」

「待ちなさいよコラァァァァァァァ!!」

 

よりにもよってこの天人達が集う場所に攘夷プレイヤーである彼がノコノコとやって来るとは

 

人込みを掻き分けて颯爽と逃げ出すキリトを、アスナもまた神楽をその場に置いて一目散に追いかけ始める。

 

「ホント何度も顔合わせるわね! でもこれでもう終わりよ! 神妙にお縄に付きなさいこの犯罪プレイヤー!」

 

「人聞きの悪い事言うなよ! 俺はまだ何もやってねぇ! ただイベント観光に来ただけの無実のプレイヤーを捕まえるとかそれが血盟騎士団のやり方なのか!?」

 

「どうせいずれやるんでしょ! だったら今の内にちゃっちゃっと牢屋にぶち込まれなさい!」

 

「ふざけんな! そんな横暴が許されるとか思ってんのかコンチクショー! 俺はただ連れ二人と合流する途中なだけだっつうの!」

 

どうやらキリトは今回はただ純粋にイベントに参加するつもりだった様だ。

 

銀時は初参加だしいきなり戦争をおっ始めるのは早いだろと、今回だけは普通に街中で食べ歩きでもしようかなとか一人のプレイヤーとして楽しむことが目的だったのだ。

 

しかし色々と前科持ちである彼がそう言って簡単に信じるアスナではない。

 

目の前の天人達を乱暴に押し飛ばし、既に彼女の目は逃げるキリトの背中しか見えなくなっていたのだ。

 

「大人しく捕まりなさい!! これ以上の狼藉は血盟組の副長である私が許さないわ!」

 

「誰が捕まるか! てか天人達に乱暴してるのは現在進行形でお前の方だからな! さっきから俺を追う為に何人もの天人を圧し飛ばして踏んづけてるぞ!」

 

「検挙の為の必要な犠牲よ!」

 

「それでいいのか正義の味方!」

 

追うアスナと逃げるキリト

 

周りのプレイヤーに迷惑を掛けたことによって目撃者から通報される事も知らずに

 

二人はそのまま中心部にある街の方へと走り去るのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、キリトが追われてるのも知らずに銀時とユウキはというと

 

「へぇ~ここが月の街か、五十層にあった街よりもでっけぇな」

「プレイヤーの人数が半端ないからね、たくさん人が入れるよう街も大きいんだよ」

 

そこは圧巻と言えば圧巻とも言える広い街であった、街というよりもう立派な都市だ。

 

月の中とは思えないまるで江戸にいるかのような光景に銀時が見取れてしまっていると、隣にいたユウキは説明しながらふと後ろに振り返る。

 

「そうだよね姉ちゃん」

 

「おい、まだ藍子見えてんのかよ」

 

「うん、今はもう三十人ぐらいの姉ちゃんがゾロゾロとボク等の後を付いて来てるよ」

 

「影分身してんじゃねーか! いい加減正気に戻れ300コルあげるから!」

 

未だ幻覚作用が収まっていない上に時間が経つごとに悪化までしてるユウキに、銀時が立ち止まって本気で心配になって来ていると

 

「うん?」

「あ、すみません、ってあー!」

 

こちらが急に立ち止まったせいで背中に誰かがぶつかったみたいだ。

 

ドンと背中に軽く当たったのと同時に謝られたので、銀時が後ろに振り返ってみると

 

そこには青色のノースリーブベストと赤い鉢巻きという奇抜な恰好をした男が自分の足下でしゃがみ込んでいた。

 

「ぶつかった拍子に落としてしまったでござる! アレが無いと僕は!」

「あ? なんか落としたのかアンタ、ん?」

 

自分とぶつかった時に何か大事なモノを下に落としてしまったのか、慌てて探し始める男を銀時が見下ろしているとふと、彼の丁度真後ろになにか変な人形が転がっているのに気付いた。

 

「おいオタクっぽい奴、そこにあるのお前の落としモンか?」

「え? あぁー! 僕の大切なYUNAちゃんフィギュア!」

 

白髪の女の子の可愛らしい人形を銀時が指差して呟くと、男はすぐに振り返ってそれを慌てて拾う。

 

「危ない危ない、この一流職人が造り上げた高クオリティの完成度を誇るYUNAちゃんフィギュアを失ってしまったら、僕はもう生きる気力を失い絶望する所だった」

 

「人形一つでそこまで慌てるなんて変な野郎だな、そんなに大事なのかそれ?」

 

「勿論、コレは僕がこの世界で必死な目に遭いながらお金を貯め続け、周りに無駄遣いするなと罵られながらもようやく手に入れた自慢のコレクションで……」

 

大事そうにフィギュアを抱えながら愛おしそうに見つめると、男はこちらに立ち上がって初めて銀時と顔を合わせる。

 

銀髪天然パーマの死んだ魚の様な目をした男と

 

瞳孔を開いたVの字ラインの前髪をした黒髪の男が

 

 

 

 

「「あ」」

 

何処かで見たVの字ラインに銀時はハッとその顔をどこかで見たような気がした。

 

ちょっと前に現実世界のとあるラーメン屋で、こんな顔付きをしたふてぶてしい男が警察の恰好をして現れた様な……

 

そう、名前は確か土……

 

「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ちょ! 待てお前! 前にどっかで会わなかったか!?」

「ひ、人違いでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

互いの顔を見てしばしの間を置くと、男の方は急に顔を汗だくにして必死の形相でダッシュで逃げ始める。

 

大事な人形を抱えながら猛スピードで

 

銀時が慌てて手を伸ばして叫ぶも、男は人ごみの中を突っ切って行ってしまった。

 

「なんだったんだ今の……つうかアイツもしかして、あの小娘と知り合いのVの字頭の……」

 

逃げる男のダサいファッションセンスを見つめながら、もしかしたらと特定の人物を想像していると

 

そんな銀時に後ろからポンと肩を叩く人物が

 

「君、ちょっといいかな?」

「あぁ?」

 

急に誰だと銀時が振り返ってみると

 

そこには全く知らない中年の男性がにこやかに微笑みながら立っていた。

 

「遠目から見て気になったんだが、さっき逃げたプレイヤーは君と接触していた様に見えたが、もしかして彼になにかしたんじゃないのかね?」

 

「は? 何もしてねぇよ、向こうが勝手に逃げただけだ、つか誰だテメェ」

 

「ハハハ、申し訳ない、自己紹介を先に済ませとくべきだった」

 

赤い甲冑に白いマント、いかにも王道のRPGに出てくる騎士風の出で立ちをした男を胡散臭そうに銀時が目を細めていると、男は気にせずに笑い飛ばして真っ直ぐな目を彼に向ける。

 

「私は血盟騎士団の団長を務める、ヒースクリフという者だ。名前ぐらいはご存じないかい?」

 

「いや全然、血盟騎士団っつうのは前に何度か聞いた事あっけど」

 

「おっと、私もまだまだだな」

 

ヒースクリフと男は名乗るが銀時は全くその名前にも男の顔にも見覚えが無かった。

 

正直に答える彼にヒースクリフは後頭部を掻きながら苦笑して見せると、ふと銀時の隣にいたユウキが「?」と二人の会話に気付いて顔をこちらに向けて来た。

 

「あれ? 銀時、誰その人? 見た感じ血盟騎士団の人っぽいけど、アスナの知り合い?」

 

「アスナ? もしかして君達は彼女の、アスナ君のお知り合いかな?」

 

「まあ友達かな~、立場上あんまり仲良く出来ないけどたまに一緒になったりするよ」

 

「ほう……」

 

アスナの事を知ってる感じで尋ねて来たヒースクリフにユウキが頷きながら答えると、彼は興味深そうに銀時とユウキを見つめ始めた。

 

「もしかして以前彼女の報告書に書かれていた、黒夜叉と呼ばれる攘夷プレイヤーのお仲間かな?」

 

「黒夜叉ってキリトの事? 確かに仲間だけど、どうしてそんな事聞くの?」

 

「おいユウキ、コイツどうやら血盟騎士団って所の団長らしいぞ」

 

「へ? 血盟騎士団の団長? ひょっとしてあのヒースクリフ?」

 

「おお、どうやら彼女の方にはちゃんと名前を覚えて貰っていたみたいだ」

 

キリトの仲間かと尋ねて来るヒースクリフにユウキは怪しいと疑う目つきを彼に向けていると

 

隣りから銀時が彼の所属しているギルドと役職を教えるとすぐに目を見開いて驚いた様子を見せ始めた。

 

「超有名人じゃん、ボクもこんな近い距離で見るの初めてだよ」

 

「ハハハ、知られてるのは嬉しいが超有名人だと言われると素直に照れるな」

 

「有名? 俺はこんなオッサン知らねぇぞ」

 

「まあ銀時は基本的に他のプレイヤーの事なんか興味無いから仕方ないけど……彼の事はちゃんと覚えておいた方が良いよ」

 

こんな人の良さそうな男を見てなんでユウキがテンションを上げるのか銀時は全く分からなかった。

 

すると彼女はすぐに銀時の方へ顔を上げて

 

「ヒースクリフは血盟騎士団の団長にして最もEDOを知り尽くしているプレイヤーだって有名なんだ、しかも」

 

 

 

 

 

「GGO型最強のADAM・零と並び、SAO型最強のプレイヤーでもあるんだよ」

 

「はぁ!? このおっさんが最強!?」

 

「いやいや、恥ずかしいがそう呼ばれてはいるな、まあ私自身、そうであるという自覚も多少はある、多少だがね」

 

突然目の前に現れた中年男性がまさかのSAO型、つまりキリトやアスナと同じタイプの中で最も強いプレイヤーと称されていると知って、銀時も開いた口が塞がらない。

 

それに対して嘘偽りなくその通りだと断言しながら、ヒースクリフは微かに微笑みながら頷く。

 

「初めまして諸君、私がこの世界の頂に立つ三人の内の一人だ、よろしければ少し私に付き合ってくれないかな? 色々と話をしたいのでね」

 

銀時、天人が入り乱れる異星交流会にて最強と呼ばれる男、ヒースクリフと出会う。

 

彼との出会いは偶然かそれとも必然か……

 

 

 

 

 




10日に銀魂の新作投稿します。

そういやずっと銀魂クロス物で、銀魂単体のSS書いたこと一度も無いなと気付いたんで

十数話で終わらせる予定ですので、私の作品にしては比較的短い内容でお送りしようと思います。



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第六十二層 男は一人、中心点に立つ

数あるイベントの中で最も大規模な「異星交流会」

 

多くの天人達が得そうにふんぞり返って歩いている中で

 

狙撃銃を肩に掛けた彼女もまた一人歩いていた。

 

「今回は随分と警備隊が多いみたいね……」

 

ラーメン屋で働く朝田詩乃の時とは全く違う雰囲気を放つもう一人の彼女・シノン

 

天人達に紛れて運営公式治安保護ギルドの血盟騎士団が、先程からチラホラと視界に入るのが気になっているみたいだ。

 

「これじゃあいつもみたいに戦争に発展するのは難しそうだわ久しぶりに天人の額をぶち抜きたかったのに」

 

そんな物騒な事を言いながらシノンは一人ため息をついていると、後方からドカドカと勢いよく地面を踏みつけながら駆け抜ける足音が聞こえて来た。

 

「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!! 俺はゴリラじゃないんだァァァァァァァ!!」

「うわ!」

 

悲鳴のような雄叫びと共に背後から迫る気配にシノンは慌てて横にのけ反った。

 

すると巨大なナニかが自分の横を泣きながら何かに逃げる様に走り抜ける。

 

それはまさしく毛深い体毛に覆われた……純度100%のゴリラ

 

「な、なんでゴリラがこんな所にいるのよ……ひょっとしてそういう種族の天人?」

「追えー! 絶対逃がすなー!」

「?」

 

そういえば地球のゴリラと酷似した天人がいると聞いた事はあるが、まさかさっきなのがそうなのであろうかとシノンが首を傾げていると、今度はそのゴリラを追う様に数人の屈強な体付きをした女性だけのGGO型のチームらしき人達が横を通り過ぎていく。

 

「チームアマゾネスの威信と我々を統率するビッグボスの名に賭けて! 脱走したゴリラを今度こそ捕まえるぞ!!」

「「「「「イエッサーボス!!」」」」」

 

先頭を走る一際強そうな気迫を持つムキムキの女隊長に背後の隊員が一斉に声を上げる。

 

軍隊じみたその女だらけのチームを前にどっかで見たような……とシノンが口をポカンと開けて眺めているとあっという間にゴリラと共に彼女達も他のプレイヤーのひとごみに紛れて消えてしまった。

 

「なんだったの今の……ひょっとして店の仕事が忙し過ぎて幻覚でも見える様になったのかしら私……」

 

「ったく、相変わらず物騒な連中ねチームアマゾネス……ゴリラなんてほっときなさいよ」

 

「え?」

 

今日は静かに過ごした方が良いかもしれないシノンが頭を抱えていると、不意に横からまた別の声

 

目を向けるとそこには自分と同年代っぽいピンク頭の女の子

 

銀時とキリトが神器の手配をしている自称マエストロ級凄腕鍛冶師・リズベットだ。

 

「アンタ大丈夫? さっきアイツ等とぶつかってなかった?」

「い、いや大丈夫、すれ違いざまにギリギリ避けたから……」

「そう、ならいいわ。ところでここら辺で銀髪天然パーマの死んだ目をした男見なかった?」

「え?」

 

こちらに振り返るとすぐに続けざまに尋ねて来るリズベットにシノンはたじろぎつつも、彼女の口から出て来たやたらと特徴的な人物をすぐに頭の中に浮かべた。

 

「それってもしかして……銀さんの事?」

「へ? ひょっとしてあの人の知り合い?」

「まあそんな所、かな……あの人に何か用でもあるの?」

「用というよりお願いかな? 神器完成するのもうちょっと掛かるからしばらく待ってくださいって、こういうのはメール越しじゃなくて直接詫び入れないとあの人うるさいのよ……」

「じ、神器って!?」

「あ、ヤベ、うっかり他人に漏らしちゃった」

 

誰もが欲しがる神器を造っている事など本来であば他言無用であるというのに、ついうっかりシノンにバラしてしまうリズベット。

 

前々から銀時が神器の素材を持っているとは聞いていたシノンは一瞬驚くも、すぐに彼女の方へ顔を近づけて小声で話しかける。

 

「ひょっとしてあなた、あの人に神器の作製を依頼された鍛冶師とか?」

 

「ま、まあそんな所かな……あ、この事はまだ他のプレイヤーに漏らさないでね? 神器が完成した暁には私自身で公に発表したいからさ」

 

「……職人って普通周りに隠すモノでしょ、他人に技術を盗まれたくないから、なのに自分で発表する気なの?」

 

「いやいや隠したら有名になってチヤホヤされないでしょーが、私は名声と地位が欲しい現実的な職人なのよ」

 

頑固気質な職人が多い世界にも関わらず彼女は純粋に周りから賞賛されたい鍛冶師の様だ。

 

確かに周りの人に認められたいという気持ちは痛いほどわかるが……

 

有名になりたいからって気持ちで果たして神器を造れるのだろうか?

 

胸を張りながら自信満々の様子のリズベットにシノンがジト目を向けていると、そこへ不意にフラッと何者かが歩み寄って来た。

 

「おい、お前こんな所でなに遊んでやがんだ」

「げ……ドS王子、アンタいたの?」

「怠けてねぇでさっさと旦那の得物を造りやがれ」

「うっさいわね! 何日も引きこもってたら職人だって外に出たい時があるのよ!」

 

甘いマスクをした長い髪を一つに結った和風の男。

 

頬に×の字の傷があったりどこかの流浪人を彷彿とさせる印象にシノンが怪訝な様子を見せている中で、何やら仕事を抜け出してここへとやって来たリズベットを咎めているみたいだ。

 

「で? このケツ出してる露出狂の小娘は何処のどいつでぃ?」

「誰が露出狂よ!」

「さっき偶然会ったのよ、なんかあの天パと私達同様縁があるみたいでさ」

「旦那の? へー」

 

血盟騎士団の副団長アスナのお傍に仕える居候の身、ソウゴこと沖田

 

あくまでそういう役職なのだが、実際は彼女をほったらかしにして自由気ままに歩き回る事もしばしば

 

現に今もこうして彼女と別行動をとり、偶然見つけたリズベットとその隣にいたシノンと出くわし怪しむ様に見つめている真っ最中である。

 

「拙者はソウゴでござる、オメェの名前は?」

「私はシノンよ……ていうかなんで拙者口調になってんの? ロールするならちゃんとしなさいよ……」

「あー気にしないで、よろしくシノン、私はリズベットよ」

「どうも、やっぱり銀さんと縁があるだけあってあなた達も変わってるわね……」

「それ自分自身にも当てはまる事よ、シノンさん」

 

互いに名を名乗りながら銀時と縁がある人物は何かと一癖も二癖もある変わり者ばかりというのを改めてシノンが認識していると、ふと沖田が「ん?」と街中の方へと振り返る。

 

さっきから若い男女がギャーギャーと揉めているような声が聞こえて来たのである。

 

「なんだかあっちが騒がしいな、旦那達がここに来ているってのは聞いてはいるが、もしかして向こうか?」

 

「いや別に騒がしいからっているとは限らないでしょ」

 

「甘ぇな、あの台風みたいなお人が通ればたちまち周りでトラブルが起こる。騒ぎある所に旦那ありってな」

 

「要するにただのトラブルメーカーってだけでしょ、はぁ~まあいいわ、特に目星も無いし行ってみましょう」

 

どうやら向こうで起こっている騒ぎ事に自ら首を突っ込もうとしている沖田。

 

しかし本当に銀時がいれば好都合だと、リズベットもため息をつきながら彼と一緒に行くことを決める。

 

「アンタも行く? 暇ならとりあえず見に行ってみましょうよ」

「私も? んーそうね、久しぶりにこっちの世界で銀さん達と会うのは久しぶりだし」

 

振り向き様にリズベットに促されて偶然彼女達と出くわしただけのシノンもついて行く事にした。

 

久しぶりに銀時が何処まで成長したか見てみたい気もあったし

 

「それに銀さんの成長っぷりをあの人に伝えれば、いい起爆剤になるかもしれないし……」

 

脳裏に映るのは銀時と同年代の黒髪ロンゲの堅物そうな男

 

あの男のいい刺激になる情報を得られればと、シノンは前を歩く沖田とリズベットと共にやや駆け足気味に歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「テンメェェェェ!!! ウチの妹分になに唾付けようとしてんだゴラァァァ!!!!」

 

「誤解だぁぁぁぁぁぁぁ!!! 俺は別になにもやましい気持ちなんてこれっぽっちも抱いていない!!」

 

「ちょっとちょっと! お姉さん話を聞いて!!」

 

「違うんですグラさん! シンさんとはただ普通に会話していただけなんです~!!」

 

シノン達が向かった噴水広場では、多くの野次馬達に囲まれながら四人の男女が騒いでいた。

 

銀時の姿はない代わりに、胸倉を掴まれて宙ぶらりんになっている新八と、彼の胸倉を掴み上げて激昂している様子の神楽。

 

そしてその周りではリーファと幼竜を操る小さなビーストテイマー、シリカの姿があった。

 

「銀さんはいないみたいね……だけど何かしらアレ、見た感じチャイナ風の女の人があの眼鏡の人に絡んでるみたいだけど」

 

「チッ、旦那じゃなかったか、なにしてやがんでぃあのチャイナ娘」

 

「あ、前に私が仕事依頼した眼鏡とリーファちゃんじゃない、どうして神楽ちゃんと揉めてるの?」

 

「あれ? 二人共ひょっとしてあの人達と知り合い?」

 

「ちっこいドラゴンを肩に乗せた女の子は知らないけど、それ以外の三人とは何度か顔合わせた事あるわ」

 

シノンはその四人組については全く知らないが沖田とリズベットは心当たりがあるらしい。

 

そして野次馬達を押しのけてリズベットを先頭に沖田とシノンも続いて彼女達の方へと歩み寄る。

 

「こんちわ、神楽ちゃん何してるの? こっちで無闇に暴れちゃダメってアスナに言われてるでしょ?」

 

「ああリズ、珍しいわねアンタが外出してるなんて。でも悪いけど私は忙しいの、ウチの娘にナンパしようと近づいて来たこの男を抹殺しないと」

 

「だから誤解だつってんだろうがァァァァァァァ!! なんだこのチャイナ女! どこの回しモンだ! しつけがなってないぞ! 責任者を呼べ責任者!!」

 

胸倉を掴んだまま平然とリズベットと会話する神楽、それに対して新八は宙に浮いたまま誤解を解こうと必死に抵抗する。

 

「おいそこの前に依頼を寄越してきた胡散臭い鍛冶師! 彼女と知り合いならうまく説得してくれ!」

 

「大丈夫よ神楽ちゃん、この眼鏡はナンパなんてやれる度胸は無いから、だって童貞だもの」

 

「どどどどど童貞ちゃうわ!!」

 

「ウソおっしゃい、仮想世界であろうとそのいかにも童貞臭い気配がプンプンすんのよ」

 

「童貞臭い気配ってなんだよ! 仮初の身体になってなお滲み出るってどんだけしつこい臭いなの!?」

 

一目見た時から新八の事を童貞だと見抜いていたリズベット

 

ぶっちゃけ気配とかではなく女の子と会話する時に何処かよそよそしかったのでなんとなく察していたのだが

 

胸倉を掴まれたまま激しく動揺する新八の様子を見てそれがすぐに事実だと察した。

 

「こんな童貞眼鏡にナンパなんて出来っこないって」

 

「それもそうね、悪かったわね童貞眼鏡」

 

「それで誤解が解けるのもすっげぇムカつくんだけど! ていうか変なあだ名を付けるな! 俺にはシンというちゃんとした名前があるんだぞチャイナ女ァ!」

 

「私にだってグラって名前があんのよ童貞」

 

互いにアバター名で名乗りながら神楽は掴んでいた胸倉をパッと放して新八を地面に落とす。

 

ようやく誤解が解けるとそこへリーファとシリカも慌てて駆け寄る。

 

「いやぁシンさんがいきなり美人なお姉さんに絡まれた時はビックリしたけど。まさかそのお姉さんがシリカちゃんの知り合いだったなんて」

 

「はい、この前ピナを悪い天人達に奪われそうになった時に助けてくれたんです!」

 

「クエー!」

 

随分前に神楽はアスナと共に彼女が使役しているピナを天人に奪われるというトラブルに関わった事があった。

 

最終的にその時助けてくれたのは神楽達ではなく別の二人組なのだが……シリカとしては彼女達も助けてに来てくれたと言う事もあって大切な恩人だというのに他ならない。

 

そういう経緯があったおかげで彼女は同じALO型でありモンスターを仲間にしている神楽と仲良くなったのだ。

 

「あれから神楽さんが攻略に手伝ってくれるようになったので、おかげでシンさん達と同じ五十層に辿り着けました」

 

「勘違いしないでくれる? 別にアンタの為じゃないんだから、ただ可愛い妹分が出来たから舞い上がって色々とほっとけなかっただけなんだからね」

 

「隠せてない! デレを全然隠せてないよ神楽ちゃん! ツンデレになってないから!」

 

リズベットがすぐにツッコミを入れる。

 

ここ最近神楽がアスナと行動する機会が減っていたのは、どうやらシリカの面倒を見てあげていたからみたいだ。

 

羨望の眼差しを向けて来るシリカにプイッと顔を背けてツンツンした態度を取るも、言ってる事は真逆のデレデレである。

 

彼女達と全くの初対面であるシノンはこのおかしな連中を前に頬を引きつらせて苦笑するも、ふと、もしかしたらと思い自ら彼女達の方へと歩み寄る。

 

「えーと、少しいいかしら? もしかしてあなた達も、銀さんと知り合いとか?」

「銀さん、だと?」

「ちょっとアンタ、銀さんってもしかして」

 

シノンの問いにいち早く反応したのは新八、続いて神楽であった。

 

二人揃って耳をピクリと動かして初対面であるシノンの方へ振り返るとその目つきを鋭くさせ

 

「もしかして銀さんというのは、天然パーマで死んだ魚の様な目をしたちゃらんぽらんの事か?」

 

「けだるそうにしながらふざけた態度取りまくりで、その上戦いに堂々と卑怯な真似までやるあの侍の男?」

 

「ああうん、二人の特徴を合わせると怖いぐらいピタリと一致するわね……確かにその銀さんよ」

 

口を揃えて銀時の特徴を上げる新八と神楽にシノンも確信した様子で縦に頷いた。やはり彼等もあの男となんらかの繋がりを持っているみたいだ。

 

すると今度は新八の隣にいたリーファが反応して軽く手を挙げて

 

「あの、すみません。その人を知っているって事はあの……その人と良く行動してる人とかもわかりますか?」

「え、ユウキとキリトの事? 常にという訳ではないでしょうけど、よく一緒にいるのは見かけるわね」

「キリト……新八さん、もしかして……」

 

キリトという名前にどこか既視感を覚えたリーファはすぐに新八の方へ振り返ると、彼は無言でスッと眼鏡を上げる。

 

「そいつの事も大事だが俺としては今はその”銀さん”の方が引っかかる。そこの露出の激しいふしだら娘、もしかしてお前は彼等の事を詳しく知っているのか?」

 

「露出の激しい娘っていう呼称は止めてくれない? シノンだから……詳しくはないけど銀さんがここに来てるって事はこの二人に聞いたわよ」

 

「なに!? あの男がここに来ているだと!?」

 

「なんですって! あのクソったれモジャモジャがここに!?」

 

明らかに目のやり場に困っている様子の新八にしかめっ面を浮かべながら、シノンがここに銀時がいる事を伝えると、すぐに新八だけでなく神楽もまた身を乗り上げて反応する。

 

「そいつがどこにいるか教えなさい、あの腐れ天パには借りがあるのよ! この場でキッチリで返せないと気が済まないわ!」

 

「待て、悪いがアイツとやり合うのは俺が先だ」

 

「はぁ?」

 

大分前の事だが神楽は銀時と交戦し、散々な目に遭った過去がある。

 

その出来事がフラシュバックし今度こそあの男を倒すと意気込む神楽ではあるが、そこへ新八が冷静に割り込んで来た。

 

「俺もまたアイツに一度負かされた過去がある、だからこそこの場でもう一度奴と剣を交えたい、迷いを断ち切った俺が強くなれたのかどうか、他でもないあの人に見てもらう事で初めてそれを実感できる気がするんだ」

 

「アンタなんかの理由なんてどうでもいいのよ、あの屈辱を晴らす為に天パを倒すのはこの私、邪魔者はすっこんでなさい」

 

新八もまた大分前に現実世界で銀時と河原での戦いを行った事がある。

 

あの時は肉体的にも精神的にも完全に完敗だったが、次に戦う時はあの時よりも更に強くなった自分を彼に見せたいと常々思っていたのだ。

 

しかしそれを邪魔しようとする者が今目の前に現れた。自分より先に銀時を倒さんと狙っている神楽だ。

 

そんな彼女を新八は冷たく見下した感じで静かに睨み付ける。

 

「こっちこそお前の個人的な私怨など知った事か、あの人と戦うのは俺だ。侍同士の決闘に女が割り込んで来るな」

 

「なにアンタ? ひょっとして喧嘩売ってんの? あの天パやる前にアンタから先にぶちのめすわよ?」

 

「やれるモンならやってみろ、言っておくが俺は相手が女だろうが容赦はせんぞ」

 

「ちょっとちょっと新八さん! なんでいきなり喧嘩腰になってんのよ!」

 

「二人共落ち着いてくださ~い!」

 

互いに譲れない事が出来たとわかった二人はすぐに顔を近づけてバチバチと火花を散らし合いながら睨み合う。

 

すぐにでもこの場で喧嘩をおっ始めようとする二人を見かねて、新八はリーファが、神楽はシリカが後ろから抑えて必死になだめる。

 

「あんな人の事をまだ引きずってたの新八さん! この世界に来た目的はあの人じゃなくてお兄ちゃんでしょ!」

 

「神楽さん! ここで喧嘩になったらアスナさんに怒られますよ! 私はその銀さんって人は知らないけど! とにかくここで暴れるのはよしましょう!」

 

「放せリーファ! 銀さんを倒すのは僕だ! こんな女に先を越されてたまるか!」

 

「放すアルシリカ! こんな厨二臭い眼鏡にあの男を倒される訳にはいかないんだヨ!!」

 

拘束されたままでもなお喚き合いながら喧嘩しようとする新八と神楽。

 

どうやら二人共それぞれ銀時に対しては色々と思う事があるのかもしれない。

 

そんな二人を観察しながら、沖田は一人「へっ」とほくそ笑む。

 

「悪いが旦那を先に殺るのはお前等じゃねぇ、この俺でぃ」

「先に言っとくけどアンタまであそこに加わろうとしないでよね、アンタが介入したら100パーここら一帯が血の海になるのが見えてるし」

 

沖田もまた銀時と出会った当初からいずれは戦ってみたいと思っていた生粋の戦闘狂。

 

むざむざと彼等に獲物を渡す気は無いと邪悪に笑う沖田を見て、隣でリズベットが静かに諭すのであった。

 

銀時をどちらが倒すか揉み合う新八と神楽、そして倒すのは自分だと一人笑っている沖田

 

ここにいる全員を見渡した後、シノンはふと空を見上げる。

 

「みんながみんな、様々な思いを秘めながらあの人を中心に回っている……これがかつて天人達に戦争を起こした攘夷志士達が持つ一種のカリスマって奴なのかしら……」

 

現実世界でもわかってはいたが、銀時というのは人を惹きつける不思議な魅力を持っている。

 

それは生まれつきの性分なのか、それとも攘夷戦争時代に築かれたモノなのかは知らないが

 

少なくともシノンもまた、多少は彼と縁があるのも自覚している。

 

最も彼女に取って強い縁を持つ人物は別の攘夷志士なのだが

 

「今も銀さんは、何処かで色んな人を惹きつけているのかしらね……」

 

 

 

 

 

 

「おーおーなんだここ、いきなり連れてこられたと思ったら」

「こんな所、いつの間に建てられてたの?」

 

そして場所は変わり、新八と神楽が揉めているのもいざ知らず

 

二人の争いの種である銀時はそんな事を知らずにユウキと一緒にこの世界を満喫していた。

 

今彼等がいる場所は、月の中心にある大都市、そしてそこでひときわ大きな建物の中にいる。

 

円を描く様に建てられたその建物の中で、天人も地球人も関係なく所狭しと集まっており

 

その中心では観客に見つめられながら地球人と天人が1体1での戦いを行っている。

 

「驚いたかい? ここは最近我々血盟騎士団が建てた闘技場だよ」

 

他の者同様2階からプレイヤー同士の戦いを見下ろしていた銀時とユウキに後ろから気さくに話しかけてきたのは

 

血盟騎士団の団長・ヒースクリフ

 

二人をここへ案内してくれた張本人である。

 

「地球人と天人の衝突やいがみ合いにはほどほど困っていてね、そこで彼等の鬱憤を晴らす為にここで公式に叩かせてあげようと考えたのさ」

 

「認められない戦争ではなく認められた決闘で勝ち負けを決めて双方納得させるって訳か、血盟騎士団とやらはそんな事までやらなきゃいけないのか?」

 

「所々でトラブルを起こされるより、ここで好き勝手に暴れてくれて貰った方が手間が省けるというモノだよ」

 

地球人と天人が全力で戦う事が許された唯一の場所だという闘技場。

 

双方のストレス発散の為にわざわざ血盟騎士団が自分達の財力で建てたモノらしく

 

「まだまだ上手くいっていないんだがね」とヒースクリフは自虐的な笑いをこぼした。

 

「君達をここに招待したのは、あのアスナ君が目の敵にしている黒夜叉の仲間達にここを是非知って欲しかったんだ」

 

「天人ぶった斬りてぇなら場所貸すから、頼むからよそで余計な事はすんじゃねぇぞって事だろ?」

 

「ハハハ、察しが良いな君は、ただ君達を呼んだのはそれだけが理由じゃないんだがね

「あ?」

 

黒夜叉ことキリトは何かと天人達に睨まれている人物だ。

 

副団長であるアスナもまた当然の如く彼の事を強く嫌い、そして痛い目に遭わせようとつけ狙っている。

 

そんなキリトの仲間である銀時とユウキをここに連れ来たのは、きっとキリト本人を上手く説得して咎めてくれという遠回し的なお願いの意味も含まれていたみたいだ。

 

と言ってもヒースクリフのそんなお願いをちゃんと理解してくれたのは銀時だけで、ユウキの方はさっきから闘技場での戦いを夢中になって見ていて全く話を聞いていない。

 

「行けーそこだ! 頑張れちっこいピンク!」

 

観客席の視線の対象にされている二人のプレイヤーは、広大な戦闘フィールドで一進一退の戦いを繰り広げていた。

 

一人は小柄ユウキよりも更に小さい体型をした全身ピンクの恰好の女の子

 

小柄な体型をいかしたすばしっこい俊敏な動きで相手を翻弄させようとしながら、これまたピンク色に塗装された銃を派手にぶっ放している。

 

もう一人はその女の子よりも数倍デカい大柄な天人。

 

一見猿の様な顔付をしたその大男は、素早く動き回る彼女に対してどっしりと構えながら、両手に持った長い鉄棒を巧みに振り回して楽し気に笑みを浮かべている。

 

「凄いよレン氏! さながらドクタースランプのアラレ氏の再来の如く素早さだ!」

 

「うおぉぉぉぉぉそんな大猿やっちまえレン!! こっちはアンタに全財産賭けてんだコンチクショー! 負けたら破産確定だから絶対負けんなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ふと銀時が1階の観客席に目をやると、戦っている女の子の知り合いらしき二人が周りの観客に負けないぐらい大声を上げて興奮している。

 

一人は今戦っているプレイヤーと同じぐらいのメットを被った小さな金髪の女の子

 

そしてその隣にいるもう一人は……

 

「あれ? アイツどうしてここにいんだ?」

「どうしたの銀時、知り合いでもいた?」

「いや知り合いって訳ではねぇんだけどよ……」

 

袖をビリビリに破いたノースリーブ仕様の青いジャケットと、頭に巻いた赤い鉢巻きが印象深かったので銀時はすぐにその人物を見つけられた。

 

ここに来る前に偶然顔を合わせたあの前髪がVの字のオタクだ。

 

「やっぱどう見ても、現実世界で会った”アレ”と似てるんだよなぁ……」

 

「黒夜叉の情報はアスナ君から度々報告を受けていた、その上で私は、その報告の中に一つ気になる事があったんだ」

 

「あ?」

 

銀時が一人の男を怪しむ様にジッと見下ろしていると、不意にヒースクリフからいきなり話を聞かされた。

 

「アスナ君からの報告には毎回と言っていい程君の事も書かれていた、類稀な高度な戦闘技術と不気味と呼べる程の成長速度を持った素性の知れぬ謎の男だとね」

 

「そいつはどうも、全く褒められてる気がしねぇけど」

 

「彼女なりに高く評価しているんだと思うよ、彼女は素直じゃないから」

 

不気味、そんな風に呼ばれても全く嬉しくない銀時にヒースクリフは小さく笑うが、その目は真っ直ぐに彼を見据えている。

 

「それを踏まえて私は、君自身に少々興味を持った。あのアスナ君も認める君の実力が本物なのかどうか見極める為、君自身は一体どんな人物なのか知る為、この目で、いやこの身で是非体験しておこうと思ってね」

 

「は?」

 

「知ってるかい? ここは何も天人と地球人で戦う場所では無いんだよ、戦う理由があるなら天人同士でも地球人同士でも構わない」

 

ヒースクリフはこちらを見据えたまま挑戦的な態度で笑う。

 

彼が何を言おうと良しているのか銀時はすぐに彼の目を見て察した

 

 

 

 

 

「銀時君、今から私は君とここで一対一の決闘を申し込む」

 

血盟騎士団の団長にしてSAO型最強のプレイヤーと称される男が

 

 

 

 

 

 

「君の強さが本物かどうか、私に見極めさせてくれ」

 

ここ最近名が知られるようになった一人の男に目を付け、剣を交える事を望んだ

 

 

最強の男とのサシでの勝負、果たして銀時はこの戦いに何を見る……

 

 



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第六十三層 中心点に彼等は集まる

12月下旬という事で好きなアニメが終わって色んな方がロス状態になっている中で

西郷どんロスになっているのはきっと私だけだろうな、2期は無いのか2期は!?


 

「ゼェゼェ……よ、ようやく観念したわね……」

「し、しつこ過ぎだろお前……散々追いかけ回して来やがって……」

 

天人や地球人が入り乱れ混雑した広場にて、壁にもたれてグッタリしているキリトを、同じように疲れた表情で汗だくのアスナが追いかけに来た。

 

「散々逃げ回ったみたいだけどもう限界みたいね……潔く諦めて腹を切りなさい、そうすれば介錯ぐらいなら私がしてあげるから」

 

「いやいやいや! 切腹ってそれ永久アカウント停止処分って事だろ! あのな! 言っとくけど俺はさっきここに来たばかりで! その間お前達にとって都合の悪い事なんてこれっぽちもやってないから!」

 

「でもいずれやるんでしょ」

 

逃げられない様キリトの長いロングコートの裾を後ろから掴み上げ、アスナは呼吸を整えながらジロリと彼を睨み付ける。

 

「だったら手っ取り早く他のプレイヤーに迷惑を掛ける前に捕まえておいた方が良いじゃない」

 

「いやその理屈はおかしい! 確かにいずれはやるかもしれないけど、犯罪行為が発覚されていない今俺には確かな人権が残っている!」

 

「ニートのあなたに人権なんてある訳ないでしょ、それに過去に起こした所業でっとくにその場で逮捕されてもおかしくないあなたが文句を言える立場な訳?」

 

「おい! いま全国のニートを敵に回した発言をしたぞお前! 全国のニートに謝れ!」

 

「フン、働きもせずに家庭を蝕み続ける事に罪悪感も覚えられない連中に下げる頭なんか無いわ」

 

一応キリトはリアルでは万事屋として働いてはいるが、生活環境は基本的に前とあまり変わっていない。

 

ほとんどニートと変わらない生活を日々ダラダラと送り続ける彼を蔑んだ様子でアスナは鼻を鳴らす。

 

「それじゃあ無駄話はここで終わりにして行きましょ」

 

「は? 行くってどこに?」

 

「血盟組の本拠点がある五十五層よ、手短に済ますから安心しなさい、ウチのドSの責め苦に悲鳴を上げながら洗いざらい吐いてもらって、そして武士として死なせてあげる」

 

「それもう尋問じゃなくて拷問!」

 

このまま大人しく彼女に補導されてしまったらどんな酷い目に遭わされるかわかったもんじゃない。

 

キリトが再び逃走を繰り返そうとアスナに掴まれたコートを引っ張ろうとしたその時……

 

「おーそこにいるのはキー坊と鬼の閃光じゃないカ? どした二人で、相変わらず仲が良いナ」

 

「誰が仲が良いって………ん? アルゴ?」

 

「あーそうだよ、プライベートで会うのは久しぶりだナー」

 

そこへフラりと歩み寄って気さくな態度で話しかけた人物の方へ振り返ってキリトは軽く驚く。

 

突然現れたのはフードですっぽり顔を覆ったまま、僅かにクセッ毛の強い金髪を垂らす情報屋のアルゴであった。

 

「俺っちはまあちょっとした事情があってナ、知り合いの者がここを見てみたいって言うもんだから連れて来てやったんだよ、そんで今その人が絶賛迷子中で困ってる所を、たまたまキー坊達を見かけたから声掛けたのサ」

 

「……お前にプライベートでの知り合いとかいたのか?」

 

「おい、その発言は素で傷付くんだが?」

 

情報屋としてではなくアルゴが普通のプレイヤーと一緒に行動していたという事にキリトが意外そうに呟いていると、そんな彼をヘラヘラと笑い飛ばす彼女に対し、アスナは目を細めてジッと怪しむように見つめ始める。

 

「黒夜叉の情報提供者の情報屋・アルゴ……このイベントに生じてなにか企んでるとか考えてないわよね?」

 

「んー鬼の閃光殿、俺っちはキー坊と違って至って善良なプレイヤーさね、天人と地球人が親密な関係を築こうとしているこのイベントに、情報屋でしかない俺っちがよからぬ事を企むなんざあり得ないと思わんかね?」

 

「どうかしら、なんだかあなた、最初に会った時からこの世界を楽しんでる以前に、私達プレイヤーをただジッと観察してる事を目的にしてるような感じがして、どうもきな臭いのよね……」

 

「ハッハッハ、そりゃいくらなんでも人を疑い過ぎだろ鬼の閃光殿」

 

どこか浮世離れし過ぎて常に余裕を持っている様子でいられるアルゴを、アスナは前々から怪しいと睨んでいた。

 

それに対してアルゴは軽く笑い飛ばしながら否定すると、被っているフードで更に顔を覆い隠す。

 

(この娘もキー坊に負けず劣らず鋭い感性を持っているナ……早めに対処した方がいいんだろうカ……)

 

フードで真顔になった顔を、キリト達から隠しながらアルゴがふと考え事をしつつ、ふと先程小耳に挟んだ情報を思い出した。

 

「そういえばお前さん達、偶然出会えたお祝いに俺っちがタダで情報あげてやろうか?」

 

「タダ……銭ゲバのお前がか? また俺をハメようとしてるんじゃないだろうな?」

 

「まあここは素直に聞いておいて損は無いと思うゾ、実は今、闘技場で面白い事が始まろうとしている」

 

「闘技場? あ~血盟騎士団の連中が地球人と天人を公式で戦わせるよう設置した所か」

 

闘技場の事はキリトもよく知っている、天人としょっちゅう戦争を起こす連中の抑止力の為に

 

血盟騎士団が設置したデュエルスタジアムの事だ、しかしそれを聞いてキリトは面白くなさそうに顔をしかめる。

 

「天人相手に好き勝手やってる俺達に「ここでならいくらでも暴れていいよ」って作られた場所……そう考えると無性に腹が立つから一度も行った事が無いんだよなあそこ……」

 

「なによ、私達血盟組がわざわざ私財を使ってあなた達犯罪者を更生させてやろうとしてるのよ、有難く思いなさい」

 

上から目線の物言いでツンツンした態度を取って来るアスナにキリトは面白くなさそうに鼻をフンと鳴らす。

 

「だからそういう魂胆が丸見えだからムカつくんだって、俺達は俺達の思うがままに暴れたいんだ、籠に閉じ込められて見世物にされながら戦うなんてこっちは全く燃えないんだよ」

 

「あなた達が燃えようが燃えまいが知ったこっちゃないわ、それに戦争と違って闘技場で活躍すれば良い意味で自分の名をこの世界に広く轟かせる事だって出来るの、天人相手に戦争仕掛けて悪名しか轟かせてないあなたが有名になれるチャンスよ?」

 

「生憎、俺は名声なんか欲しくもなんともないんでね、他を当たってくれ」

 

口調は刺々しいが遠回しにキリトを更生させようと闘技場に誘うアスナであったが、彼は全く効く耳持たずの態度。

 

するとこそへ、アルゴがニヤリと笑ったまま彼の方へ顔を上げ

 

「喧嘩中の所悪いが話を続けて良いかね? 実はその闘技場で今戦いを始めようとしている対戦マッチがね、片方が血盟騎士団の団長様なんだ」

 

「団長? それってもしかして……SAO型最強のあのヒースクリフの事か!?」

 

「局長が!? え? どうしてあの人が闘技場で戦う事になってるの!?」

 

アスナが局長と呼んで驚く中、キリトもアルゴの話を聞いて目を見開く。

 

ヒースクリフと言えば血盟騎士団のトップでありながら、その剣の腕前も他の追随を許さ素の程の化け物じみた強さを持っており、「剣聖」、「完全無敗の王者」、「仮想世界最強の男」等と呼ばれたりと同じSAO型のキリトも嫌という程知っている超有名人だ。

 

彼が戦うと聞くと、これには流石にキリトだけでなくアスナもまた興味を持った様子になった

 

しかし二人がもっとその戦いに強く好奇心を持つのはここからだ。

 

「それでその団長様と戦う相手が……銀髪天然パーマの死んだ目をしたやる気の無さそうなふざけた男らしい」

 

「「はぁ!?」」

 

「その男がヒースクリフに一方的に蹂躙されて打ち負かされるのを見る為に、今闘技場にはわんさか人が集まってるみたいなのサ」

 

銀髪天然パーマの死んだ目をした……そんな特徴を持つ人物などキリトとアスナにとっては一人しか思い浮かばない。

 

まさかヒースクリフと闘技場で戦う相手とは……

 

「だ~ちょっと目を離した隙にコレだ! やっぱあの人一体どうなってんだ! 俺よりも先に最強の男と決闘するとか何があったんだよホント!」

 

「それを確かめるより先にまずは現場に直行した方が良さそうね……私もどうして局長があの男と決闘をしようとしてるのか気になって仕方ないわ」

 

「なら、こんな所で油売ってないで行って来ればいい」

 

いまいち状況が読み込めないキリトとアスナが戸惑っている中で、アルゴはその反応を楽しむかのようにヘラヘラしながら二人を促す。

 

 

 

 

「現・最強と称される騎士と、未だ未知なる力を秘める謎の侍の対決、その目でじっくり確かめて来るがいいサ」

 

 

 

 

 

 

闘技場はすっかり満席でプレイヤー達の騒ぎ声が響き渡っていた。

 

その中心に設置され、観客の注目の的として晒されている戦闘フィールドに

 

 

仮想世界最強の男・ヒースクリフと

 

対照的にやる気の無さそうな無名の男がけだるそうに向かい合っている所であった。

 

「すまない、出来ればあまりお客を入れて欲しくなかったのだが、経理のダイゼンが私の試合であればどうしてもと聞かなくてね」

 

「いいよ別に、それよりマジでやる訳? 俺あんまやる気しねぇんだけど、周りうるせぇし帰っていい?」

 

「おいおい、ここまでプレイヤー達が盛り上がっている中でそれは無いだろ」

 

唐突にヒースクリフに対決を申し込まれたのは今よりほんの数十分前の話だ。

 

それからトントン拍子で勝手に話は進み、いつの間にか銀時は大衆の前に晒されながら、向かいにいる最強の男と正面から戦うという流れになってしまっている。

 

しかし銀時の方は小指で耳をほじりながら、未だ全く乗り気ではない様子だ。

 

「観客の大半がほぼアンタ寄りで完全にアウェーな気分なんだけど俺、なんなのコレ? ひょっとして俺って噛ませ犬扱い?」

 

「それは戦ってみれば自ずとわかる筈さ、我々も観客も。それにちゃんと君を応援している者もいるじゃないか」

 

周りからヒースクリフに対する歓声と、未だやる気を見せていない銀時に対しての罵声が半端ない。

 

しかしそんな中でもなお、観客席の中から一人だけ銀時に激を飛ばすユウキの姿が

 

「行けぇー! 銀時ー! よくわからないけどとりあえず勝って最強の称号貰っちゃえー!」

 

「お前はなに普通にこの状況を受け入れて俺の事応援してんの!?」

 

「交戦する時にパンチ入れるフリして肘を目に刺せぇー! ヤバくなったらクリンチするフリして相手をほおり投げちゃえ!」

 

「それボクシングのアドバイスだろうが! しかも反則技!!」

 

最前列の席で応援してくれているのだろうが、言っている事は少々おかしいアドバイス。

 

自分のすぐ真後ろの席で立ちながら叫んでいる彼女にツッコミを入れながら、「ったく……」と呟きつつ再びヒースクリフの方へと振り返った。

 

「こういう試合形式な決闘は見るのは好きだがやるのはあんま好きじゃねぇんだ、やるならとっとと終わらせようぜ」

 

「すぐに終わるかどうかは君次第かな、ところで君がもし私に勝てた場合の話だが」

 

「あ?」

 

早く終わらせようとせがんでくる銀時にフッと笑いながら、ヒースクリフは目の前にメニューを開いて

 

一対一の対戦方式や細かなルールを設定し終えると、銀時の方にも対戦が申し込まれた内容と共に承認するか否かの画面が現れた。

 

「私に勝てたら君は最強と名乗る資格を持つ事が出来る、が、君はそんなものにはあまり興味が無さそうな顔をしているね、望みはあるかい? あるのであれば私が出来る限り叶えてあげてもいいんだが?」

 

「そんじゃ現金くれ、溜まった家の家賃払えってババァがうるせぇんだ」

 

「ハハハ、すまない、この世界で現実の金銭を扱うのは禁止されているんだ、まあ表向きの話だが」

 

「んだよ、最強の割にはケチだな」

 

承認を指でピッと押しながら、ヒースクリフからの勝った褒美に不満そうに舌打ちする銀時。

 

そして互いの眼前に、60という残りカウントが表示された。

 

このカウントが0になった時、二人の戦いが始まる。

 

「こっちの世界で欲しいモンなんざ特にねぇよ、別に今は充実してるし、もうすぐ新しい武器も手に入るし」

 

「望みは無い、か……珍しいな、この世界に生きるモノであれば常に何かを欲してプレイするのだと思っていたんだが……」

 

「欲ならちゃんと持ってるよ、いずれ追い越したい奴が二人程いるんでね、今の所、そいつ等の背中に追い付いて飛び蹴りかますのが俺の野望だ」

 

「ほう……」

 

残り30カウントになって来た頃にヒースクリフはジッと銀時を見据える

 

「超えたい相手を見つけているというのは良い事だ、己が強くなる為に必要なのはまず目標にする相手を見つけるべき事だという、かつて私に挑んだ”ラン”というプレイヤーも幾度も私に挑んで来た」

 

「!?」

 

 

真っ直ぐな視線をこちらに向けながら小さく笑いかけるヒースクリフに、さっきまでやる気の無かった銀時の目が大きく見開く。

 

この男、ランの事を……

 

「テメェ……どうしてランの事を……」

 

「すまない、職業柄気に入った相手の事はくまなく調べてしまう癖があるんだよ、君が彼女からその刀を受け継いだ事も当然わかっている」

 

「趣味の悪い野郎だ……」

 

「ハハハよく言われるよ、ただこれだけは言わせて欲しい」

 

残りカウント15

 

「かつてその刀を使ってた頃の彼女の強さに、果たして今の君は追いついているのかい?」

 

「!?」

 

「彼女は本当に強かった、力だけでなく心も、私が負けを覚悟した人物は彼女一人を置いて他にはいない」

 

「……」

 

スイッチが入ったかのように銀時は無言で武器を構える、得物は千封鬼、二つ刃のビームサーベルが赤く光る。

 

対してヒースクリフが持つのは王道的な形をしたなんて事無い片手剣と盾だが、その実態はまだわからない。

 

「思ってたよりランの事知ってるみたいじゃねぇか、なんつうか、ちょいとばかり俺もお前さんに興味持って来たぜ」

 

「それはなによりだ、ならば今度は言葉では無く剣を交えて更に互いを知る事にしよう」

 

一見ただの人の良い紳士的な男かと思いきや……中々の食わせモンだとわかった銀時は、ヒースクリフに対してそれなりに興味が芽生えてニヤリと笑って見せた。

 

正直彼が彼女とどんな風に知り合っていたのかは気になる所だが

 

最強の男に自分の恋人が強かったと称されたのは素直に悪くないとさえ思う。

 

そしてカウントは0となった

 

対戦開始のブザーが二人の間で鳴り

 

同時に周りからの歓声が爆発したかのように響き渡る。

 

銀時はダッと駆け出してビームサーベルを振り回しながら真正面から突っ込んでいった。

 

それを迎え撃つかのようにヒースクリフも自分を覆う大きな盾を構える。

 

 

 

 

 

 

「さあ見極めさせてもらおう、彼女が遺した遺産が、私を脅威と思わせる存在になるかどうか」

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、別の所では

 

「この辺に銀髪天然パーマの死んだ魚の様な目をしてふてぶてしい男を見ていないか?」

 

「いや知らないけど……え、なにそれ? 死んだ魚の様な目ってどんな目?」

 

「この辺に銀髪でモジャモジャの人生ナメ腐った様な濁った目をしている男を知らない?」

 

「いや知らな……あの、なんで同じような事を二人それぞれ連続に聞いて来るのかな?」

 

銀時の行方を追う為に新八と神楽がその辺の通行人に声を掛けて探し回っていた。

 

全身ピンクに着飾った小柄な少女に二人して同じ事を尋ねるも知らないと言われ、未だ彼の痕跡は見当たらないみたいだ。

 

「貴様、なんで俺が奴を探そうとしているのに邪魔をする、俺が尋ねた相手にもう一度尋ねるとかまるで意味わからんだろうが」

 

「はぁ? アンタみたいな厨二ツッコミ眼鏡なんかに聞かれても普通答える訳ないでしょ、だから私が代わりに聞こうとしてやってんの」

 

「あの~私もう帰っていい? さっきでっかい天人とタイマンで殺し合ってたんで疲れてるんですけど……」

 

「ああ、この二人の事はもうほおっておいて大丈夫だから、ありがとね」

 

目の前で急に睨み合って口論を始める新八と神楽に、少女が疲れ切った表情を浮かべていると

 

そこへ二人と共に行動しているシノンが間に入ってくれて彼女を優しく帰してあげた。

 

「二人共、ちょっと過剰になり過ぎじゃない、銀さんの事だから適当にブラついてるんだろうし、気ままに歩き回っていれば見つかるわよきっと」

 

二人の方へ振り返ってシノンが呆れたように呟くと、後ろからリーファとシノンもヒョコッと顔を出してくる。

 

「ていうかシンさん、そもそも、あんな人を探す意味があるの?」

 

「神楽さんとシンさんは、どうしてそこまでしてその人を探しだそうとしているんですか?」

 

銀時に対しては片方は嫌悪、もう片方は全く知らないでいるリーファとシリカに、新八と神楽は同時に振り返って

 

「あの人は俺に取って目標であり立ちはだかる壁だ、壁は壊さなければ前に進めない、故に倒す」

 

「アイツは女の敵、私の様に今後不幸になるかもしれない女の為に、あの男をこの世から抹殺する必要があるの」

 

「なんだか凄い人なのか最低な人かわからないですね……ていうか神楽さんが不幸になったって……え! もしかしてその銀さんって人って神楽さんの元カレ的な!?」

 

「いやそれは無いから」

 

それぞれ銀時に対してのイメージを答える新八と神楽に、シリカが混乱しつつとち狂った事を言い出すのでジト目でハッキリと否定する神楽。

 

そんな事をしているとそこに

 

「おいオメェ等、旦那の居場所がわかったぜぃ」

「「!?」」

 

銀時捜しをなおも続けようとしている彼等の所へ、フラリとやってきたのは沖田。

 

その隣には一緒に行動していたリズベットが疲れた表情を浮かべている。

 

「ったく、本当に行動が読めない男ね、あの天然パーマ……」

「あの人が何処にいるのかわかったのか!?」

「さっさと教えなさいよアンタ達、隠し事は為にならないわよ?」

「はいはい、ちゃんと教えてあげるから大人しく聞いてて」

 

すぐに二人の方へ詰め寄る新八と神楽に、リズベットは両手を出しながら落ち着けのポーズ。

 

そして彼女の代わりに沖田が長い楊枝を咥えたまま話始めた。

 

「俺の率いてる部隊からの情報によると、どうやら旦那の特徴と一致する男が、闘技場に入って行くのを見たんだとよ」

 

「闘技場?」

 

「アスナの所の血盟騎士団が建てた建物よ、あの天パ、あんな所に逃げていたのね……」

 

どうやら沖田が個人的にこの辺にバラまいてる部隊が銀時の居場所を突き止めたらしい。

 

「なんでも逃げたゴリラを探してる途中で、そんな男と小さな少女が血盟騎士団の男に連れられて闘技場に入って行くのを見たんだとよ」

 

「逃げたゴリラってなによ? なんでそんなモノ追ってたの、アンタの所のあのバカ集団?」

 

「アイツ等が何処で何やってようが俺の知ったこっちゃねぇよ、俺がアイツ等に求めてるのはいかなる時も俺の命令に忠実な下僕であることだけでぃ」

 

神楽と沖田がそんな会話を続けてる中、それを聞いていたシノンもまた「へぇ」と顎に手を当て眉間にしわを寄せる。

 

「闘技場はともかく、血盟騎士団の人と一緒って所が引っかかるわね……」

 

「ああ、その辺はもうわかってるわ、ここに戻る途中で通行人が騒いでたから……はぁ~ホントなに考えてるのかしらねあの天パ」

 

「え?」

 

余計な事に首を突っ込んでトラブルでも起こしてるんじゃないだろうかと心配するも、そんなシノンにリズベットがため息交じりに答えてあげる。

 

 

 

 

「なんかあの人、EDOで最も強いプレイヤーだと言われてるほどの化け物と一戦やり合ってるみたいよ?」

 

「……は?」

 

「「はぁ!?」」

 

それを聞いてシノンが口をポカンと開け、新八と神楽も同時に驚きの声を上げる。

 

銀時とヒースクリフ

 

二人の戦いがキッカケにメンバーは一つの場所に集まり出すのであった。

 

 

 

 

 

 




最近私のドツボにハマる作品を見つけました

その名も「異世界おじさん」

今流行ってる異世界物に見事なカウンターをかましてくれた傑作です


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第六十四層 そびえ立つ頂

スマブラのせいで最近執筆時間が減っています……おかげで締め切りが近くて日々焦りに焦ってます

書けないのは私が悪いんじゃない、面白いゲームを作る任天堂が悪い


己が最強と名乗るのは簡単だ、たとえそれが井の中の蛙であり大海を知らぬ無知なる者だとしても

 

己だけが選ばれた存在だと自惚れ、頂に到達したと周りを見下しながら一人で勝手に名乗ってればいい。

 

だが他者から最強だと呼ばれるにはそう簡単にはいかない。

 

圧倒的な武勇と底知れぬ力を披露し、「奴に勝てる者はいない」と誰もが口を揃えて評価する程に強くならなければならい。

 

人が本当の意味で「最強」という存在になるには、自他共にそう呼ばれる明確な理由が必要なのである。

 

誰もが敵わないと跪き、挑む事さえ出来ずに折れていく程の威圧感。

 

負ける事は許されず、ひたすらに勝ち続けて来た者だけが得られる自信とプライド

 

何人たりとも寄せ付けない強さを手にした者こそが、初めて「最強」という称号を手にする。

 

そして

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

闘技場にて大衆の面前で雄叫びを上げて必死に斬りかかる銀時の目の前には

 

その最強という称号に相応しい男が立っていた。

 

彼との戦いが始まってほんの数分にして、銀時は彼の底知れぬ強さをその身で実感する。

 

男の名はヒースクリフ、SAO型最強、EDO最強、仮想世界最強、等と多くのプレイヤー達から呼ばれる彼は

 

徐々にこの世界に慣れ現実世界と大差ない動きが出来た銀時さえも

 

「いい動きだ、筋が良い」

「!?」

 

一切寄せ付けないポテンシャルと風格を持っていた。

 

銀時の二つ刃を軽くバックステップしただけで避け切り、そこから左手に持った大きな盾を強く突き出して彼を弾き飛ばす。

 

「だがまだ、”こちら側”に来れる力は身につけていない」

「く!」

 

防御に使うべき盾で強引に自分の態勢を崩しに来たヒースクリフに、銀時は弾かれながらもその目はただ相手の動きだけに集中。

 

よろめく態勢で彼が次に見た光景は、相手からの鋭い斬撃

 

「んにゃろぉ!」

 

初撃は縦振り、次は横振り、それを目にも止まらぬ速さで繰り出し、十字に斬り付けて来たヒースクリフに銀時は右手に持った二つ刃のビームサーベル、仙封鬼を回転させながら受けきる。

 

しかし最強の攻撃はこれだけで終わらない。

 

「君の持つその剣は防御に特化してるみたいだな、上手く使いこなせているし悪くない武器だが、本来はメイン寄りに使うべきではない」

「ちょ! ま! おい! ちょっと! タンマ!」

「そうやって耐えるだけでは勝負に勝つ事は出来ないぞ、銀時君」

 

 

フェンシングの様な動きで繰り出す無数の突きが銀時目掛けて襲い掛かる。

 

以前アスナがキリトと戦っていた時と同じ攻撃方法に似ているが、それとはまるで次元が違う、彼女より速く、そして的確に死角を突いて来る。

 

ありとあらゆる方向から現れる剣先を寸での所で得物でガードしつつも、銀時は徐々にHPバーをジワジワと削られていく。

 

しかもそれを繰り出すヒースクリフは、未だHPを8割残したまま涼しげな表情を浮かべ、更には対戦相手の銀時んにアドバイスを送れるほどの余裕っぷりを見せつけて来る。

 

「ナメやがって、そうやって調子こいてると……」

 

だがその余裕を取ってるかのような態度こそが隙だと睨んだ銀時は

 

得物を振り回しつつも地面を踏み抜いていた片方の足をかろうじて浮かせ

 

「足元すくわれるぜッ!」

 

タイミングバッチリの見事な奇襲だった。

 

右足から繰り出す銀時からの足払い、武器だけを頼っている二流プレイヤーではこんな真似できない。

 

攻撃を受けながらもまさかの体術によるカウンターを狙っていた銀時、コレで少しは不利な状況も変えられるかもしれない。

 

しかし

 

「心配してくれてありがとう、だが私にそんな気遣いは無用だ」

「!?」

「君の方こそ気を付けた方が良い、絶好のタイミングを見計らったつもりなんだろうが……」

 

足元を狙った銀時の足から突如おびだたしい出血が噴き出る。

 

見るとそこには自分の足の甲から鋭い剣が深々と突き刺さっていたのだ。

 

「中々面白い動きをしてくれるが、まだまだだな」

「チッ!」

「おっと」

 

貫通ダメージを食らった足に注意を向けたのはほんの一瞬の間だった、すぐに銀時はその体制のまま右手に持ったビームサーベルを彼目掛けて横に振り払う。

 

それを間一髪の所で盾で受けるヒースクリフ

 

「傷付きながらもなお攻撃を止めないか、面白い、まだ戦える気力があるならもっと見せてくれ」

(コイツ……!)

 

自分の足から剣を引き抜くと、今度はいかにもわかりやすい大振りを繰り出して来たので、銀時は後方に飛んで簡単にそれを避ける。

 

しかし足を斬られた事によって部位ダメージが発生し、妙に足元がフラ付き始めていた。

 

(やべーなチクショウ、こっちの攻撃を全く通させないだけでなく、反撃で的確に俺のHPを削って来やがる……)

 

遂には相手を前にして片膝を突く銀時、すると観客席からは「さっさと立て!」とブーイングの嵐

 

そんなアウェーな中でも銀時は彼等の声も聞こえていない様子でひたすら目の前の相手に集中する。

 

(戦い続けて数分か……その間に俺のHPは3割、あの野郎はまだ8割……)

 

戦い始めた当初は銀時が優位的に推していた

 

始まってすぐに襲い掛かって相手に考える暇も与えずに猛攻を繰り出し

 

盾と剣の隙間を狙って彼の身体を何度か斬り付ける事は成功した。

 

しかしそこで相手の動きは一瞬にして変わった

 

このまま推せば普通に勝てるのでは?と銀時が思ったのも束の間

 

ヒースクリフは完全にこちらの攻撃をガードし、更にはそこから派生して剣技を駆使して反撃に打って出たのだ。

 

まるで最初からそういう段取りだったかのように

 

(最初に相手の動きを見切ってそこから本腰を入れるってか……)

 

わざとこちらの攻撃を誘い、パターンを読み取り相手の行動を読む。

 

後はこちらから動いて徐々に追い詰めていき、相手の全力を悟ると一気にトドメを刺す。

 

こちらが片膝を突いているのに追撃さえせずに立ち上がるのを待っているヒースクリフを見上げながら

 

銀時は彼がどういうタイプなのか段々わかって来た。

 

(最強と呼ばれてるクセに、自惚れることなくここまで堅実な手で戦う奴ってのは現実世界でもそう見た事……いや一人いたか、あの長髪のテロリスト)

 

いわゆる生粋の武人と呼ぶべきなのだろうか、相手の力量を計りながら自分の力を上手く調整して引き出す。

 

常に余裕を保ったまま戦うというヒースクリフの戦闘スタイルを概ね把握すると、銀時は手に持っていた得物をフッと消した。

 

「武器を仕舞うという事は降参かな?」

「いんや、アンタのお望み通りの事をするまでさ」

「ほう……」

 

周りの騒音には耳を貸さないがヒースクリフの声だけははっきりと聞き取れた

 

追い込まれているというのに軽口を叩きながら銀時が立ち上がると同時に、彼の右手に切り札が握られていた。

 

推定三尺(約100cm)の、普通の刀に比べて異常なほど長い太刀。

  

翆色に輝くその美しき刀身にはまるで飛行機の翼の様なモノが搭載され

 

飛行機の飛行速度をコントロールする為に上下して揚力を発生させる為のフラップが逆刃の方に付いており

 

刃の部分にも風のまま靡いて空気抵抗を減らす為のスラットがある。

 

物干し竿、亡き恋人藍子から引き継いだGGO型専用特殊刀だ。

 

「遂にその刀のお出ましか、フ、いよいよ本番って所かな?」

 

「長い前座に付き合わせて悪かったな、こちとらHPを削って貰わないとコイツを装備出来ないんでね」

 

「いいとも、元々最初からそれを手に持ってもらう為にこちらも調整して君のHPを削っていたんだ」

 

さっきまで騒いでいた観客席が、銀時が持つ得物を見てざわざわとどよめき始める。

 

誰もこんな奇抜なデザインの刀を見た事が無いのであろう。

 

しかしヒースクリフはその刀を見て待っていましたと言わんばかりに顔をほころばせていた。

 

「いいだろう全力で掛かって来なさい、そんな君を倒してこそ、本当の意味で私は君と”彼女”に勝った事になる」

 

「カッコつけやがって……まあいいや、こっちもお前の手の平の上で踊らされるのも飽き飽きしてんだ」

 

彼の言い回しに銀時は軽くイラッとしながらも、銀時は最も信頼している得物をチャキッと構えて戦いに挑む。

 

「こっからはオメェが俺の前で踊る番だ、エグザイル並の華麗なダンスを期待しているぜ」

「フ、ダンスは苦手だな……」

 

未だ底が知れないヒースクリフに、こちらから襲い掛かるというのは愚策かもしれないが

 

これ以上戦いを引き伸ばして彼の思うがままに翻弄されるのは個人的に耐えれないと、銀時は地面を足で蹴った。

 

「いやいや恥ずかしがらなくてもいいんじゃないの!?」

 

右手に持つ物干し竿がキラリと刀身を輝かせる。

 

片手で軽々と持ったまま銀時は得物を強く握りしめると、ついテンション高まった様子で歯をむき出して笑みを浮かべ

 

「さっさと踊りやがれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

距離を一気に縮めて彼の領域に自ら踏み入れると、銀時は豪快に物干し竿を振るった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「これは……参ったな」

 

構える盾さえも斬るのではないかというぐらい鋭い一撃を浴びせる銀時。

 

受けた手から衝撃でビリビリと痺れるのを感じながら、ヒースクリフは面白そうに笑みを浮かべる。

 

「もう軽口を叩ける余裕が無くなってしまった」

 

もはや盾一つで防ぎきれることは不可能だと悟った、それほどまでに銀時の攻撃は一気に苛烈さを増していたのだ。

 

銀時が片手一本で扱うその長刀は、飛行機の翼をモデルとし、風の抵抗を一切受けずに振り抜くことが出来る不思議な刀。

 

そんな得物を振り回しながら銀時は、とにかく反撃の隙さえも与えないと怒涛の攻めを一心不乱に繰り返す。

 

(与えるな、コイツに反撃のチャンスを……!)

 

自分にそう言い聞かせながら銀時は正面からだけでなく、ヒースクリフを中心に円を描く様に回り始めた。

 

動きつつも一切攻撃を緩めることなく、だがそれでも相手はまだこちらに有効打を与えさせてくれない。

 

ヒースクリフは盾だけでなく、冷静にこちらの剣筋を左右の目で読み取りながら直撃だけは避けていく。

 

血盟騎士団の象徴たる赤い鎧と白いマントを斬り付けられてもなお、彼は至って冷静に銀時の動きを観察していた。

 

「む!」

「オラぁ!」

 

だが観察の途中で彼に取って予期せぬ行動を銀時が起こした。

 

手に持っていた物干し竿が一瞬にして先程使っていたビームサーベルに切り替わったのである。

 

「クイックチェンジ……つ!」

 

その瞬間、長刀から二つ刃による攻撃となり、ブォン!と音を鳴らしながら何事も無かったかのように攻め続ける銀時。

 

 

武器の高速切り替えを可能とするクイックチェンジ、EDOではあまり人気のないスキルを所持していた銀時に、ヒースクリフは初めてその顔を強張らせた。

 

「いやはやコレは本当に驚いたぞ、得物が違えばその振り方も大きく変わる、だからこそ本来プレイヤーは一つの武器に絞るというのに……!」

 

EDOには数えれきない程の膨大な武器が存在する、それ等にはそれぞれの立ち回りと動きがあり、プレイヤーはその中で最も自分に見合った得物を選びそれだけを極める、というのがこの世界での常識だ。

 

しかしヒースクリフの目の間にいるこの銀髪の男は……

 

「く!」

「チッ!」

 

その常識はまるで意味をなさない。

 

例え得物が切り替わっても、銀時はどれもこれも見事に使いこなしていた。

 

物干し竿で攻め続けて来たと思いきや千封鬼に切り替えてこちらの動きを読まれない様にしている。

 

そしてヒースクリフが初めて彼からの一撃を右頬に掠めたその瞬間

 

「!?」

 

銀時の手からまた得物が消えた途端、また別の得物が彼の左手に収まる……

 

しかしそれに気づいた時にはもう……

 

「ぬぅ!」

 

急いで剣で防ごうと思ったが、既に銀時はこちらの懐に入ってきたところであった。

 

至近距離からでは長い得物を扱うのは難しい、だからこそ彼がこの土壇場で選んだ武器は

 

「脇差し……」

 

自分の腹部から違和感を覚えたヒースクリフはすぐに原因に気づいた。

 

分厚い鎧を力任せに強引に突き刺さっているのは、この緊迫した戦況の中で到底出番があるわけない筈の小刀であった。

 

『今剣』

確かこれは、第一層のフロアボスでラストアタックボーナスを行ったプレイヤーのみが、低確率で入手出来ると言われている、長い期間扱うことができる脇差しの中の一つ。

 

この土壇場でコイツを持ち出してくるとは……

 

「とことん驚かせてくれる……!」

 

腹部に刺さった脇差しを抜く事無くヒースクリフは目の前の相手に素直に感心するも

 

彼のどてっ腹に穴を空けた銀時はもう既に別の得物を装備し終えていた。

 

その右手に収まるのは

 

戦いを終わらせるのに最も相応しい物干し竿……

 

「そろそろ決着つけようぜ、最強さんよ……」

「ようやくわかったよ、君はこの世界では滅多にいない複数の武器を操るプレイヤー……」

 

次から次へと高速に武器を切り替え、トドメと言わんばかりに切り札をこちらに振り上げ死の宣告をする銀時を見て

 

ヒースクリフは悔しがる事無く微笑を浮かべた。

 

「”マルチウェポン”、いかなる武器も手足のように扱う者……それが君の戦闘スタイルか」

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

その瞬間、ヒースクリフが押されている事に困惑してどよめいていた観客席から声がピタリと止んだ。

 

銀時の振り下ろした刀が

 

ザンッ!とあの勝てる者などいないと最強と称される男の左腕を勢いよく切り落としたのだ。

 

盾を握った手ごとボトリと空しく地面に落ちる左腕

 

それでもなお、ヒースクリフは何事もなかったかのように目の前の相手を射抜くような視線を向けながらまだ笑っている。

 

「良いモノを見せてくれた、礼を言おう銀時く……んぐ!?」

「はいここで追い打ちィィィィィィ!!」

 

ヒースクリフが敬意を表して称えていたというのに、銀時は彼に向かってやった行動は

 

まさかの刀の先からほとばしる醤油での視界封じ

 

黙り込んでいた観客席は「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」と一斉に声を上げる。

 

顔面に突然醤油をぶっかけられたヒースクリフがさすがに面食らった様子で怯んでいるのを、銀時は見逃さない。

 

「いっくぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

目に入った醤油を残った右腕で拭き取ろうとする相手にめがけて、躊躇することなく銀時は物干し竿を突き付けたまま一気に突っ込む。

 

そして

 

 

 

 

 

 

「ハハハ、醤油を顔面に浴びせられたのは”二度目”だな、参ったな本当に」

「!?」

「懐かしい体験と久方振りの緊張を与えた君を称え、ちょっとだけ私の”本気”を見せてあげよう」

 

刹那のその瞬間、ヒースクリフは笑みを絶やさずに銀時のほうへ顔を上げた。

 

すると銀時は自分の身に突然違和感を覚え始める。

 

(な、なんだ……! 体の動きが突然鈍く、いや俺だけじゃねぇ……!)

 

数歩前に歩けば相手を倒せるという絶好の機会であるのに、銀時の視界は灰色になり、しかもまるでスローモーションの様に動きがゆっくりになってしまう。

 

しかしそれは彼自身だけではない。

 

(周りも、観客席にいる連中の動きも遅く見えやがる……!)

 

目だけを動かし周りに視点を向けると、観客席の動きもまたスローに見えている。

 

これは一体どういうことかと銀時が困惑していると

 

「ありがとう銀時君、ここまで私に付き合ってくれて」

(!?)

 

この灰色の世界で一人だけハッキリと色を付けている者が一人だけいた。

 

目と鼻の先にいる対戦相手、ヒースクリフだ。

 

この世界で彼だけが色を持ち、彼だけは平然とこの世界で動けている。

 

「私に本気を出させたのは、物干し竿の最初の持ち主、ラン以来かな?」

 

(なんなんだコイツ……! もしかしてコイツがこの空間を作ってやがるのか……!?)

 

「そしてここまで追い詰めてくれた君にもまた、かつて彼女に言った手向けの言葉を贈ろう」

 

こっちの動きがゆっくりとなっている中で彼だけは何事もなかったかのように話しかけながら歩み寄ってくる。

 

そして表情を強張らせたままなんとか体を動かそうと必死になっている銀時めがけて、右手に握った剣を後ろに振りかぶり……

 

 

 

 

 

「君はもっと強くなれる」

「!?」

 

銀時の目でさえ捉えきれない程の速さで、最強が持つ本気の一撃が無防備になっている銀時の腹を突き刺した。

 

その瞬間、灰色だった世界は元に戻り、体も普通に動けるようになる。

 

だが銀時がそう感じたのもほんの一瞬だった

 

「ぶへッ!!」

 

ヒースクリフにクリティカルヒットを決められたと同時に、信じられないぐらいの力でそのまま後ろに吹っ飛ばされたのだ

 

背後の壁にヒビが出来る程の力で背中からぶつかると、そのままズルズルと彼はその場で尻もちを着いたまま項垂れる。

 

「テメェは一体、何者だ……」

 

残り少なかった銀時のHPはみるみると削られていき、やがてもう見えなくなった所で

 

最期に呟く銀時に近づきながらヒースクリフはふっと笑ったまま見下ろす。

 

 

 

 

「さあ? 自分でもよくわからない」

「……」

 

その言葉と同時に彼の目の前に『勝者』という文字が浮かび上がり

 

銀時のほうには『敗者』という文字が現れた。

 

 

銀時が最強の化け物の前に敗れ去った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

そしてその光景をずっと後ろの観客席から立って見ている者が一人

 

「全く、えらい騒がしいから、面白か事でもあったのかと来てみちょったら」

 

知り合いの一人から無理やり着せられた全身を覆うフードに身を包んだ男が

 

ヒースクリフの勝利に歓声を上げる周りの客達と違って、ただフィールドの端っこで壁にもたれて倒れている銀時の方え目をやりながらニヤリと笑みを浮かべ。

 

「ほんに面白か事が起こっておったわ! まさかあん男がこっちにも来てておまけにボコボコに負かされる光景を見る事が出来るとは! アハハハハハ!!!」

 

愉快そうに大きくやかましい笑い声を一人上げるのであった。

 

「どれどれ、こげな所で会えたのもなにかの縁ぜよ、かつて同じ釜の飯を食った戦友であるわしが、いっちょ笑いながら慰めにでも……」

 

そう言って男は歩き出して銀時とヒースクリフがいる戦闘フィールドに入り込もうと身を乗り上げる。

 

だがその時

 

「んん?」

 

自分が赴こうとするよりも先に、観客席から銀時の方へ急いで駆け寄っていく者の姿が見えた。

 

「銀時-!」と慌てて叫びながら倒れた彼に近づいていく少女、昔どこかで見たような気が……

 

「女連れとは中々やるのぉアイツ、しかし随分と幼なげな娘っ子を……あ、それはわしも同じか! アハハハハハ!」

 

彼女を見て自分が赴く必要はないと判断すると、再び豪快に笑い声を上げながら身を乗り出すのをやめてクルリと踵を返す。

 

「ま、いずれはおまんと正面から顔合わせる機会もあるじゃろうて」

 

そう呟きながら男は、湧いている観客の間をすり抜けて、闘技場の出口の方へと歩き出した。

 

いつかまた、あの男と再会するだろうと確信した様子で

 

「楽しみにしてるぜよ」

 

 

 

 

 

「金時!」

 

去り際に最後に呟いた男は

 

思いきり名前を間違えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今年ももうすぐ終わりですね、来年は一体どんな年になるんでしょう。

ていうか来年には終わってくれるんだろうかこの作品は……


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第六十五層 敗者の経験、勝者の渇望

私が見たFateシリーズ

Fate zero

衛宮さんちの今日のごはん

マンガで分かる! Fate/Grand Order

よし、fateシリーズの知識はこれで完璧だな



最強の男・ヒースクリフがほんの本気を見せた瞬間、優勢だと思われていた銀時はあっけなく敗北した。

 

HP残量は完全にゼロとなり、目の前の現れた画面に敗北という文字が浮かび上がっているのをただぼんやりと見つめていると

 

「銀時ー!」

 

やかましいぐらいに大きな声を上げながら、戦いを観戦していたユウキが観客席から飛び降りて急いで駆け寄って来るのが見えた。

 

「なんかボーっとしてるけど大丈夫!? ひょっとして負けたから悔しいとか思ってるの!? 銀時のクセに!?」

 

「ボコボコにされて完膚なきまでに叩きのめされた奴に対して言うセリフ?」

 

サラッと失礼な事を言ってくれるユウキに銀時はジト目で彼女を睨み付けると、彼女が差し伸ばした手を取ってやっと立ち上がった。

 

そして目の前の対戦画面が消え、HPバーは全快に回復する。

 

「あの野郎完全に遊んでやがった、まるで俺なんか敵じゃねぇって言いてぇぐらいに」

 

「そう? ボクが見た感じだと後半はかなり銀時が推してた様に見えたから凄いビックリしたよ? もしかしたら本当に最強に勝っちゃうんじゃないかって」

 

「あえて俺に攻撃させて来たんだよ、その結果、最後の最後に奴が本気を出したらそっからあっさりとやられちまっただろ?」

 

周りの観客席からヒースクリフの名だけを上げて称えている声を耳にしながら、ユウキは面白くなさそうな顔をしながら銀時に「ああ」と返事する。

 

「最後のアレだね、一瞬で銀時の前に現れて、そのまま一突きでKO勝利」

 

「時が遅くなったように感じた、そんでそん中でアイツだけがまともに動けてた様に見えた、ありゃ一体なんだ?」

 

「んー観客席にいたボクにはそこまで詳しくわからなかったけど……きっとなんらかのスキルだろうね、それもヒースクリフしか持ってないとっておきのレアスキル」

 

「流石頂点に立ってるだけあって能力も反則級だぜ、あんなのどう攻略すればいいんだよ、ったく」

 

 

ヒースクリフの反則じみたあの動きの正体は、ユウキ曰く彼の所持するレアスキルなのではないかと推測される。

 

確かに周りの時間を歪める事など、ただの人間では決して踏み込めない領域だ。

 

ただの人間ならば……

 

「それにしてもさっきからずっとヒースクリフにだけ歓声上げてるよ観客席の連中、銀時だって凄く頑張ったのにさ」

 

「勝者は称えられ、敗者は忘れられる、別に当たり前の事だろ? なんでお前が怒るんだよそんな事で」

 

「敗者だって称えられるべきだよ、君は最強の男の左腕を斬り落とした男だよ? ボクはキチンとその辺評価されるべきだと思う」

 

「別に俺は周りにどう評価されようが気にしねぇよ」

 

「ボクは気にするんだよ」

 

結果的には負けてしまったとはいえ、ユウキが見る限り銀時もかなり強かった筈だ。

 

仮想世界での動きに慣れていなかった彼は、今ではもう現実とさほど変わらない動きで戦えるぐらい順応している。

 

そこに至るまで彼なりに頑張った事も付き合いの長いユウキはよく知っている、だからこそ気に食わないのだ。

 

「別に銀時が有名になって欲しいとか思ってる訳じゃない、けどやっぱり、こうして君が誰にも見向きされていないと……ちょっと悔しいんだよ」

 

「勝手にしろよ、何度も言うが俺は周りに称賛されようが罵声を浴びせられようがどうでもいいんだよ。だからお前がその事で気にする必要なんかねぇって事だ」

 

「……」

 

銀時はただ全力の限りを尽くしてヒースクリフに勝とうとし、そして負けた。

 

彼にとってはただそれだけの事であり周りの評価が上がろうが下がろうが関係ないのだ。

 

意地を張ってる訳ではなく本当にそう思っているんであろう銀時に、ユウキが納得いかない様子でブスっとしていると

 

「安心しろよ、少なくともここにいる三人はちゃんとアンタはアンタなりに健闘したってわかってるから」

 

「え?」

 

ふと観客席から銀時に対して声を掛けて来たのでユウキが顔を上げてそちらに振り向くと

 

「途中からしか観れなかったけど、対人戦では無敗のヒースクリフ相手にあんだけ粘れたら大したもんだろ。ムカつくけど今後アンタとやりあっても俺が絶対に勝てるという保証は無いかもな、あくまで保証だけど」

 

「うわキリト! いつの間に来てたの!?」

 

「この人がご自慢の刀を取り出した時から」

 

観客席の最前列で身を乗り上げてこちらに話しかけてきたのはまさかのキリトであった。

 

銀時がヒースクリフ相手によく戦えたとぶっきらぼうに称える彼にユウキが驚いていると

 

彼の両隣から二人の男が身を乗り上げ

 

「俺達もちゃんと見てたぜユウキ、銀さんの暴れっぷりをよ」

 

「ったく、次から次へと武器をとっかえひっかえに使いやがって、現実でもこの世界でも無茶な戦いをしやがる」

 

「あ! クラインとエギルも来てたんだ!」

 

キリトの両隣から素直に銀時を称えるクラインと、呆れてため息をつくエギルの姿が

 

この二人がここまで来ていた事自体初めて知ったユウキは驚いて目を見開く。

 

「二人共キリトと一緒に銀時の戦い観に来てくれてたんだ」

 

「まあ俺もこのイベントには参加したかったからな、お前さん達を誘おうとしたらもう行っちまったってエギルの旦那に聞いたから一緒に追いかけに来たんだよ」

 

「そしたらコイツが血盟騎士団の団長様と戦ってると来たもんだ、そんな面白そうなモンを見ねぇ訳にはいかねぇだろ」

 

「わざわざ応援しに来てやったんだぜ?」

 

どうやら銀時達を追いかけに二人でここまで足を運んで来たらしい。

 

むさ苦しい野郎が二人でイベントに参加……それを頭の中でイメージしてしまった銀時は「うげ……」と呟くと

 

「野郎二人に応援されても全く嬉しくねぇんだよ、お前等に応援されるならされないほうがマシ……」

 

「良い所まではいったんだけどなー、詰めが甘いんだよ銀さんは」

 

「コイツは昔からそうなんだよ、ひょっとしたら勝てるんじゃないかって時にいつもボロ出して痛い目見るんだ、パチンコの話だけどな」

 

「って聞けよお前等!」

 

こちらのぶっきらぼうな文句にも耳を貸さずに、二人で先程の銀時の戦いっぷりについてダメ出しを始めるクラインとエギル。

 

銀時がそんな二人に声を荒げて「お前等如きが銀さんにダメ出し出来ると思うなよ!」と叫んでいるのを、ユウキがジッと見ていると

 

「ユウキが心配しなくても、俺達以外にもこの人の事をちゃんと見ていてくれた観客はいると思うぜ?」

 

「え?」

 

さっきから銀時が誰からも評価されない事に不満を抱いていたユウキに、観客席からキリトが励ますように声を掛ける。

 

「ベテランプレイヤーの俺でも声が出るぐらい良い戦いっぷりだった、わかってる奴はちゃんとこの人の事を評価しているよ、今もヤバいけど後々もっとヤバい存在になるかもって、少なくとも俺はこの人の事をそう感じてる」

 

「んーそうだよね……銀時の事をちゃんと見てくれてた人もいるよねきっと」

 

「惚れちゃった人いたりしてな、アハハ」

 

「ごめん、それは笑えない」

 

最後に余計な事を言わなければいい励ましになったというのに、ユウキはジト目でやや機嫌悪そうに言葉を返しながら、ふとまだクライン達と喋っている銀時にチラリと目をやる。

 

(わかる人はわかる……という事は今後もしかしたら、銀時は色んな人に目を付けられるかも……)

 

こんな大衆の舞台で大立ち回りを演じたのだ、あの銀髪は何者だと注目するプレイヤーも一人や二人いるかもしれない。

 

それが幸になるのか不幸になるのか

 

今のユウキにはどちらに転ぶかわからない

 

(ま、なんとかなるっしょ、銀時だし。ヤバくなったらボクが護ってあげればいい)

 

「おいユウキ帰るぞ! こうなったらヤケ食いだ! コイツ等にニャルラトホテプ食わせてやる!!」

 

「うん!」

 

だからこそ、今はとにかくいつも通り彼の隣にいよう

 

そうすれば例えどんな厄介事に彼が巻き込まれようと、彼を助けられるのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあの人を倒す者がここにいたとはな……」

 

「知らなかったのアンタ? さっきの奴が血盟騎士団の団長・ヒースクリフ、私の友達の上司よ」

 

そして銀時達から離れた場所から、キリトの言う「銀時を見てくれていた者達」がそこに数人ほど立っていた。。

 

立ち見で見物していた新八が眼鏡をカチッと上げながら、銀時が負けた事に少しショックを受けていると

 

横から神楽が彼に対して鼻を鳴らす。

 

「あそこであの天パが勝ったら間違いなく歴史に残る大偉業達成よ、ヒースクリフはこの仮想世界で最も強いと言われているプレイヤーなの。そう簡単に倒せる筈ないでしょ、むしろよくあそこまで粘れたって褒めてやって良いぐらいだわ」

 

「最強か……確かのあの白マントの男は強い、動きが全く読めなかった」

 

「アスナや私が組んで戦った時ですら相手にすらされなかったんだから、キザな野郎だけど実力は本物よ」

 

かつて稽古という形でアスナが神楽と組んでヒースクリフ、2体1の変則マッチをした事がある。

 

あの時の全く彼に歯が立たずに敗北してしまった自分を思い出し、顔をしかめながら神楽は苦々しく舌打ちをした。

 

「でもそんな最強のプレイヤーの腕を斬り落とすって事は……負けたとはいえ中々のモンって事よね」

 

すると彼等と一緒に戦いを見ていたリーファが口を挟み、誰もいなくなったデュエル場を見下ろしながらポツリと呟いた。

 

「シンさん、やっぱりそう簡単に倒せる相手じゃないわよあの銀時って人。潔く諦めたら?」

 

「それのどこが潔いいんだ、どうあろうとあの人は俺の目標、戦いもせずに諦めては侍として失格だ」

 

「それもそうだけど……私はシンさんがあの人に固執し過ぎるのは危ないと思う……」

 

「……らしくないぞリーファ、普段のお前ならそんな弱音は絶対に吐かない筈だが?」

 

「なんというかあの人の戦いを見るのはコレで2度目だけど、シンさんの時と違ってあのヒースクリフって人と戦ってる時はなんかこう……」

 

自分以上に負けん気が強い性格のリーファがおかしな事を言い出したので、どうしたのかと尋ねる新八。

 

するとリーファは歯切れ悪そうに先程の戦いを思い出し

 

「剣道の試合で私がやる様な礼儀作法に乗っ取った伝統の戦い方とはまるで違う、生死を賭けた戦場であらゆる手段を用いて絶対に相手を殺そうとするみたいな、強い執念みたいなのをあの人から感じたのよ……だからちょっとあの人が怖く見えた……」

 

「私も凄いと思いましたけどやっぱり怖かったです……」

 

日々剣術道場で鍛錬を行い、正式な試合で何度も優勝している桐ケ谷直葉だからこそ、先程の銀時の動きは極めて異質に見えたみたいだ。

 

そしてそれに賛同するかのように共にいたシリカも怯えた様子で頷く。

 

「相手のヒースクリフさんって人も、最後の一撃を浴びせる時に似たような雰囲気になりましたし、あの二人はまるで試合というより殺し合いをしている様に見えたんです……」

 

「殺し合い、か……」

 

新八の視点からすればあれは正に男と男の真剣勝負、という風に見えたのだが、リーファやシリカにはそうは見えなかったらしい。

 

この辺が憧れる者と警戒する者の解釈の違いなのだろうか……

 

「シリカ、アンタにはちょっと刺激が強過ぎたかもしれないわね、ヒースクリフの腕が飛ばされた時は気絶しそうになってたでしょアンタ?」

 

「はいぃ、ピナも私の肩の上でひっくり返って落ちちゃいました……」

 

「クエェ……」

 

未だちょっと怯えた様子のシリカに神楽が珍しく優しく声を掛けると、彼女は小さき頷き、肩の上に乗っかっている幼竜のピナも震えながら鳴き声を小さく上げる。

 

AIでも恐怖とか感じるのだろうか? そんな余計な事をふと考えながら、新八が彼女達の方へと歩み寄る。

 

「確かに女子供に見せるべきモノでは無かったかも知れん、だが覚えとけシリカ。この世界ではああいった光景はなんら珍しくない、むしろ更に残酷な光景を目の当たりにする事だってあるだろう。汚いモノをこれ以上見たくなかったら、とっとと自分のアカウントを消去してこの世界から立ち去るがいい」

 

「ちょ、シンさん流石にそれは言い過ぎ……」

 

それが見たくないなら、これ以上怖い思いをしたくないなら止めておくのが賢明だと新八が冷たく言い放った。

 

そこへリーファが口を挟もうとするが、それより先にシリカの方がブンブンと勢いよく首を横に振り

 

「そ、それだけはイヤです! 例え残酷な事が起きようと私はこの世界がとっても好きです! ピナにも会えたしリーファさんや神楽さんにも会えました! そ、それになによりシンさんにも会えましたし……」

 

「?」

 

最後の言葉は顔を赤らめてか細い声で呟いたので新八には上手く聞き取れなかった。

 

ただ一人、リーファだけは「えぇ……」と頬を引きつらせて困惑した表情を浮かべている。

 

「だから私はこの世界に残ります、シンさんがあの銀髪の怖い人の背中を追いかけるなら! 私だってシンさんにしがみ付いてやります!」

 

「フ、だったら精々俺にしがみ付いてる事だな、言っておくが俺は止まらんぞ、例えこの先どんな汚いモノを見ようといずれ必ずあの人と友のいる下へ……」

 

ここん所散々な目に遭った事ですっかり根性見せる様になったシリカに、心の中で「成長したなシリカちゃん……」と思いながらも、表面上はドライ気味に対応する新八。

 

するとそこへ

 

 

 

 

 

「新八くぅぅぅぅぅぅぅん!!!」

「え、なんですか? ってアレ? ゴ、ゴリラ!?」

「げぇ! あのゴリラ!」

 

背後からやかましい叫び声とドスドスと足音が聞こえて来たと思って振り返ると

 

そこには人間とは程遠い形をした毛深き獣の姿が

 

すぐに振り向いたシリカが素っ頓狂な声を上げると、新八も驚き、リーファも舌打ちする。

 

「やっぱり戻って来たわね、ゴリラ捕獲のプロのアマゾネス部隊に通報しておいたのに……!」

 

「二人共~こんな所にいたのか~、全く俺の事をほったらかしにして酷いな~全く」

 

「シンさん! このゴリラ喋るんですけど!? きゃ!」

 

「見るんじゃない! いずれ汚いモノを見るとは言ったが! このゴリラだけは見るんじゃない!」

 

新八とリーファに対してフレンドリーに接して歩み寄ってきたこのゴリラの正体は近藤勲。お妙のストーカー兼真撰組の局長だ。

 

デカい図体でノシノシとやってきた近藤にシリカが驚くのも束の間、彼女の両目を急いで手で塞ぐ新八。

 

幼い彼女には目の毒だ。

 

「いや~参った参った、さっき偶然いつも俺を捕まえようとする集団に見つかっちゃってさ、ずっと追いかけ回されてたんだよ~」

 

「偶然じゃないわよ、私が通報したからね」

 

「聞いてくれよ、俺の事を追いかけて来た部隊のリーダー、よく見るとすげぇゴリラみたいで思わず笑っちゃったよプププ!」

 

「モノホンゴリラになってるアンタだけには言われたくねぇよ!」

 

分厚い手を口に当てて笑い声を漏らす近藤ゴリラに新八がついリアルの時のクセでツッコミをお見舞いしてる中

 

その光景をちょっと距離を置いて離れてみていた神楽ははぁ~とため息をつく。

 

「ヤバい、このゴリラ絶対どっかで見た事あるネ……アスナ姐に報告は……必要ないアルな」

 

ここは見なかった事にしようと、ゴリラと揉めている新八とリーファをほっといて、プイッと目を逸らす神楽。

 

アスナに、大切な友人である彼女にこんな汚いモノを見せたくないという粋な心遣いであった。

 

 

 

 

 

一方その頃、神楽の心遣いを知らずに

 

血盟騎士団の副団長であるアスナは既に闘技場の出口前に待機していた。

 

「お疲れ様です”局長”」

「アスナ君か、もしや先程の私の戦いを見ていたのかな?」

「ええ、途中からでしたけど、やはりあの男と言えど局長には敵いませんでしたね」

 

対戦を終えた選手だけが使える隠し通路からひっそりと現れたヒースクリフに、アスナはペコリと軽く頭を下げる。銀時に斬り落とされた腕はもうすっかり元通りになっていた。

 

するとヒースクリフは「ハハハ」と力なく苦笑すると

 

「アスナ君、いい加減私の事を局長と呼ぶのは勘弁して欲しいんだが? 何度も言うが私は団長で、君は副団長だ」

 

「いえ、私の中で組織のトップと言えば局長なんです、そして次点が副長。こればっかりは局長が相手であろうと譲りません」

 

「君は物分かりが良い時と物凄く頑固な時があるな……優秀なのは認めるんだが少々ズレているというか、他人の話に耳を貸さないというか……」

 

なんでも彼女はリアルで尊敬する人物の内の二人は局長と呼ばれ、その局長よりも強く信頼している者は副長なんだとか。

 

そんな彼等に敬意を表して局長や副長、そして血盟組だとか言い出すもんだから、そんな相変わらずの彼女にヒースクリフはやれやれと首を横に振っていると

 

「最強のプレイヤーと呼ばれている割には結構苦戦してたみたいじゃねぇですかぃ、団長殿」

 

「おや、まさか君が出迎えに来てくれるとはな」

 

そこへフラりと見知った男が現れたのでヒースクリフは意外そうな顔を浮かべる。

 

神楽と同じく血盟騎士団の正規メンバーではないが、よく遊びに来る風来坊の沖田だ。

 

それに気付いてアスナもすぐに彼の方へと振り返り目を見開く。

 

「あなたどうしてここに……ってリズまでいるじゃない!」

 

「やっほーアスナ、ここで出会うなんて奇遇ね」

 

「それに……誰その際どい格好をした女の子? 変質者? それともあなたが無理矢理その子に着せてるの?」

 

「生憎変質者でもないし無理矢理着せられてる訳でもないわよ……全くこっちの世界でも失礼な人ね……」

 

そこにいたのは沖田だけでなく親友のリズベットや、初めて見るシノンの姿もあった。

 

会って早々変質者呼ばわりしてきたアスナにシノンがジロリと軽く睨み付けていると、沖田の方がヒースクリフに気さくに話しかける。

 

「早速だが団長殿にこの二人がちょいと尋ねたい事があるんだとよ、アンタの事だからどうせこの後も暇なんだし聞いてやってくれねぇかい?」

 

「あなたねぇ、いい加減局長に対してそのナメた態度どうにかならないのかしら? もしかしてまだ局長に負けた事を根に持ってるの?」

 

「構わないよ、確かにこの後特にやる事も無いしね」

 

「局長!」

 

沖田の言い方にアスナがすぐに噛みつこうとするも、それをヒースクリフは全く気にしていない様子で彼女を制止する。

 

「それにこんなにも可愛らしいお嬢さん方がやって来たというのに、無下に断るのは男としてどうかと思うしね」

 

「ひゅー、アスナの上司って聞いてたからお堅いイメージがあったけど、案外わかってるじゃないのアンタ」

 

「リズまで……」

 

中々気の利いた事を言ってくれると口笛吹きながら茶化すリズベット。

 

この二人は本当に相手を敬う気持ちを一から勉強した方が良いと、アスナがジロリと視線をぶつけていると

 

そこへスッとリズベットではなくシノンの方が軽く手を挙げ

 

「じゃあ私から聞いていい?」

 

「どうぞ、おや君は……フフフ、一体何が聞きたいのかな、”腕の良さそうな狙撃手さん”?」

 

「……」

 

シノンは今、メイン武器であるスナイパーライフルはを携帯していない、しかしヒースクリフは狙撃手と彼女の事を呼んだ。

 

悪戯っぽく微笑む彼を見て、自分の正体を気付かれているなと思いつつ、後頭部を掻きながらシノンは気にせず口を開く。

 

「あなたと並ぶ”三強”の一人、GGO型最強・ADAM・零についての情報が欲しいの、あなたはかつてあのプレイヤーと戦ったって話は前に聞いた事あるわ、その時どんな風に戦い、ADAM・零はどう仕掛けて来たのか、なるべく詳しく知りたいんだけど?」

 

「ああすまない、それだけは口が裂けても絶対に答えられない」

 

「ええ!?」

 

いずれはこの手で倒そうとしているGGO最強のプレイヤー・ADAM・零の情報を求めて来たシノンに対し、ヒースクリフはまさかの笑いながら即無理だと回答。

 

唖然とするシノンに「すまないね」と彼は首を横に振り

 

「ADAM・零は私にとっては中々の好感の持てるプレイヤーだからね、そう簡単に情報を漏らしたくないんだ、私以外の誰かに倒されてしまうのは癪だからね」

 

「最強のクセにケチね……」

 

「だが君はわざわざそれを聞く為に私に会いに来たのだし、ほんの少しだけ話してあげてもいいだろう」

 

ヒースクリフにとってはADAM・零が自分以外のプレイヤーに負けるのはあまり嬉しくないみたいだ。

 

意外にも子供っぽい理由だと思いつつも、理に適ってるからと納得するシノン。

 

しかしここまで来てくれたのだからと、彼は腕を組みながら彼女にちょびっとだけ情報を与えてあげる事にした。

 

「”彼”にとってこの世界は仮想ではない、いわば正真正銘存在する世界だと信じている、故に彼はこの世界に、もしかしたら私以上に”強く執着”している部分がある」

 

「……」

 

「もしかしたら彼にとって”現実こそが仮想”で、こちら側が現実なのかもしれない、それが何故なのかは私の口からは言えないが、いずれ君が”彼の本当の姿”を見た時に、自ずとわかるかもしれないね」

 

「そう……ありがとう。私が望む情報では無かったけど、今後参考にさせてもらうわ」

 

「ハハハ、少しと言ったのについ話過ぎてしまったかな?」

 

シノンがわかった様子で頷くが、彼の言ってる事を全く理解出来なかったリズベットは口をへの字にして首を傾げ

 

「今のでわかったのアンタ? 私にはサッパリだったんだけど」

 

「まあ戦いの中で優位になる情報では無かったわ、ADAM・零がどんな人物なのかほんの少し理解出来ただけね」

 

「さっきの話で? う~ん、やっぱり私にはわからないわ……」

 

先程の話の中で隠された意味や答えが含まれていたのだろうか……やはりどう考えてもリズベットにはちんぷんかんぷんだったので、気にせず自分もヒースクリフに話しかけた。

 

「まあいいわ、それより私も尋ねたいんだけど良いかしら?」

「どうぞ、確か君はアスナ君のご友人だったかな? そんな君が私に聞きたい事とは?」

「まあちょっとした事ね、さっきの戦いの話なんだけど」

「ほう」

 

リズベットが聞きたかったことは、先程の銀時の戦いの中での事らしい。

 

それを聞いてついさっき前の戦いを思い出し、ついヒースクリフがニヤリと笑っているとリズベットは気にせずに

 

「ぶっちゃけた話、あの時の対戦相手に足りなかった部分ってなんだと思う? もしこれがあったら負けてたかもしれない、とかちょっと教えて欲しいんだけど?」

 

「君も中々答えにくい事を尋ねて来るんだね、もしかしてその足りないモノを彼に与えるとか考えてるのかな?」

 

「まあまあ気にせずにパパッと答えちゃってよ、ちょっと参考がてらに聞くだけだから」

 

なんの参考になるのだとアスナが怪訝な様子で見つめてくる中、ヒースクリフの方は「そうか」とあっさりとした感じの反応をすると、腕を組みながら銀時との他戦いを強く思い出し

 

「脇差し、二つ刃、長太刀……三つの武器を上手く使いこなすのは確かに見事だった、だが私は、肝心な部分が抜けているように感じたね、逆に尋ねるがなんだと思う?」

 

「素早く振れる小刀、相手の得物を受けきる両刃剣、とっておきの切り札……あ」

 

銀時が現在所持している武器の特徴を思い出し呟きながら、ふとリズベットは気付いた様子で手をポンと叩いた。

 

「メインで扱える万能性の高い得物が無いじゃないの、戦いにおいて一番大切なモノじゃない」

 

「そういう事だ、意外性は確かに必要かもしれないがそれだけではダメだ、戦いにおいてどんな状況にも合わせて常に持ち出せる武器がないと、いざという時に困るだろうしね」

 

「ていうかそんな大切なモノが欠けてる中であそこまで動けるなんて……やっぱあの人おかしいわね」

 

銀時に足りないモノ、それは相手の意表を突くだけの武器ではなく、常に腰に差すようなシンプルな武器だ。

 

ここに至るまでどうしてそんな大切なモノを所持していなかったのか……

 

「なるほどなるほど、どうやら私が彼に造るべきモノがなんなのか見えて来たわ……」

 

「そうだな、彼の太刀筋を見た限りだと……刀とかの方がしっくり来るだろうね」

 

「刀、か……難しいわね、でも一度造ってみたいと思ってたのよね、超一流の鍛冶師と名乗る身としてはやっぱり避けては通れない武器だし」

 

「もし彼がさっき、ごく一般的な長さで上質な素材を利用した良い刀を持っていたら、もしかしたら私もそう上手く勝てたかどうかわからないな」

 

「ほうほう……」

 

わざとらしくリズベットに助言するヒースクリフの話を素直に聞いてうんうんと頷くと、彼女は「へっへっへ」と下衆な笑い声をあげると

 

「かかったわね、実は私は今あの人に物凄く強力な武器を造ってる真っ最中だったのよ……アンタが上手く私に乗っかって色々と話してくれたおかげで、あの人に必要なモノがなんなのかよくわかったわ……」

 

「おお、なんという事だ、私とした事がこんな可憐な少女についうっかり乗せられてしまうとは」

 

「自分の愚かさを嘆いてももう遅いわ! さあ今からすぐに制作開始よ!」

 

棒読み気味に台詞を言いながら口元に小さく笑みを浮かべているヒースクリフにしてやったりの表情で指を突き付けて嘲笑うと、早速店に戻って製作開始だとリズベットはこちらに背を向けて走り出す。

 

「私の造る最強の神器によって、最強の座を奪われるという危機の到来を震えて待つがいい!!」

 

「局長、私の友人に色々と付き合ってくれてありがとうございます……」

 

「ハッハッハ、構わないよ。彼女がどんなモノを彼に渡してくれるのか、”楽しみに”待つ事にするよ」

 

何処へと走り去っていく彼女の後ろ姿を見つめながらアスナがボソッとヒースクリフに礼を言うと、彼は軽く笑い飛ばして気にしていない様子。

 

むしろ本当にリズベットが銀時にとっておきの武器を作ってくれるのを期待しているみたいだ。

 

するとそんな彼をジーッと眺めていた沖田は、アゴに手を当てながら目を細め

 

「なぁ団長殿、俺もちょいとアンタに聞きてぇ事があるんですが?」

 

「なにかな、沖田君」

 

「旦那とやり合って、アンタはあの人を見てどう感じたのか教えて欲しいんでさぁ」

 

最後に尋ねて来た沖田に対してヒースクリフは「ふむ」と短く呟いてしばし間を置くと、沖田の方が再び口を開き

 

「さっきアンタはリズの野郎にわざわざ旦那に相性の良い武器を教えてやっていた。それはつまり、旦那にもっと強くなって欲しいと願ったからですかぃ?」

 

「ああその通りだ、君が睨んでいる通り、どうやら私は彼の事を気にいってるみたいだ、どうせなら付きっきりでその成長っぷりを観察したいぐらいに、負けたら血盟騎士団に入ってもらうという約束でもしておくべきだった」

 

「え、えぇ!? あんな人を血盟組に入れたいって、正気ですか局長!?」

 

「……」

 

あっさりとぶっちゃけ始めたヒースクリフにアスナはすぐに動揺の色を浮かべて慌てて問い詰める。

 

そしてそんな彼の発言に対し、シノンもまたそっと目を逸らして

 

(人を惹きつける才能、やっぱり銀さんは持ってるわね……)

 

常に中心に立ち、あらゆる人々を引き寄せるという銀時が持つ不思議な魅力。

 

このヒースクリフでさえ興味を持たせるとは、やはり銀時という男は普通ではないと、静かにそう確信する彼女であった。

 

「あの人はあの黒夜叉の仲間なんです! そんな人を私達の血盟組に入れるなんて絶対に反対です!」

 

「落ち着き給えアスナ君、血盟騎士団に入ってもらう云々についてはただの冗談さ」

 

 

あんな男が自分のギルドに入って来たら不祥事ばかり起こしてこっちは胃がもたない

 

彼を激しく拒絶してみせるアスナにヒースクリフは軽く笑い飛ばすも

 

「しかし彼が今後更に強くなって、再び私の前に現れる事を願っているのは、紛れもなく本当だ」

 

「局長……」

 

彼の言葉にアスナは若干の不安を覚える。

 

まさか最強の男がここまであの銀時という男に興味を持つなんて……

 

「彼にはもっと強くなってもらって、いずれはこの私を本気で脅かす存在として成長して欲しいんだよ」

 

「そんな、局長があんな男に最強の座を脅かされるなんてある訳……」

 

「そうでなくちゃ困る、私の望みはずっと前から」

 

 

 

 

 

 

「この世界で敗北を知る事なのだから」

 

彼の言葉にアスナはどういう事だと困惑し沖田もまた無言で見つめるだけ

 

しかし彼はもうそこから語る事も無く

 

「では用も済んだし帰るとするか」

 

とだけ言い残して去って行く。

 

EDOで頂に君臨する最強のプレイヤー・ヒースクリフ

 

果たして彼が望む敗北の機会は、いつになるのだろうか……

 

 

 




負けたからこそ得たものがあり、勝ったからこそ得る事が出来ない。

銀時VSヒースクリフはこれにて終了です。

次回は久しぶりの現実サイド、なんと銀さんがまさかのロリをお持ち帰り……?

蔑みの視線を送る和人、ユウキはなぜか無言でしかめっ面。

ヒースクリフよりも恐ろしいロリを相手に、銀さんはどうするのか……


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第六十六層 からくり仕掛けのロリ娘

大分後になってしまいましたが、ようやく彼女が初登場です


万事屋銀ちゃんにて、一番起床時間が早いのは意外にも桐ケ谷和人である。

 

「……朝か」

 

早いと言っても起きる次回は毎回午前10時ちょっと、徹夜でEDOをプレイしていた時は昼過ぎだ。一応仕事がある日は時間通りに起床するが、仕事なんてロクにないので基本的にはこの時間帯に体が起きるようになっている。

 

つまりここにいる二人の同居人は、長年ニートとして堕落した生活習慣を生きていた彼をも凌ぐお寝坊さんなのである。

 

「歯磨き粉切れかけてんな……今日買い出しに行くか、あれ? 燃えるゴミ出す日って今日だっけ?」

 

寝床にしている居間のソファを片付けると、いつものように洗面台で鏡と睨めっこしながら歯磨きして顔を洗う。

 

これが彼の平穏なる日常、自宅にいた時は色々と言われ放題だったが今は違う、何故なら自分よりグータラな奴が二人もここにいるのだから、つまり気が楽になった。

 

グータラと言ってもユウキはまだマシかもしれない、彼女は和人よりも若干遅めに起きるぐらいで、それに目覚めた瞬間すぐに切り替えスイッチを入れてハキハキと動ける。

 

問題は銀時の方だ、彼はほおっておくと昼過ぎどころか、たまに夕方に起きたりすることがある。おまけに起きてしばらく経ってもスイッチが入らずずっとボーっとしている、しかもやや機嫌が悪くなったりする時もあるのでめんどくさい。

 

「おかげで毎日起こされ役になってるこっちの身にもなって欲しいもんだ……」

 

居間に戻ると銀時の私室は相変わらず閉まっている、昨日大分遅めに帰って来たみたいだし、コレは今日も起きるのは遅い時間だろう。

 

「いつも俺の事バカにしてるけど、ぶっちゃけあの人の方が俺よりニートしてるんじゃないか?」

 

鬼が寝てる間にそんな愚痴をボソッとこぼしながら、とりあえずテレビでも見るかと和人はソファの方へと移動する。

 

だがその時

 

「ん?」

 

足下にコツンと何か当たる感触が、結構大きめなモノを軽く蹴った感触を覚えて和人が見下ろしてみるとそこには

 

「う~ん、いきなり魔法少女になろうと言われても困るんだけどボク……もうそんな年でも無いし……」

 

「うぇ!」

 

なんと冷たい床の上で寝間着姿のユウキがゴロンと転がって横になっていた。

 

おまけにしかめっ面を浮かべて変な寝言を呟いている。

 

いつもは押し入れの中、もしくは銀時と一緒に寝ている事が多い彼女がどうして床で……

 

「おいユウキ起きろ、朝だぞ」

「え? 25才なのに現役で魔法少女やってる人もいる? いやそれはもういい加減誰かが言って辞めさせてあげるべきじゃ……あ、キリトおはよう」

 

和人が軽く体を揺すってやるとユウキはすぐにパチッと目を覚ました。相変わらず目覚めからの覚醒が異常なほど早いので、和人は頬を引きつらせながら軽く挨拶。

 

「おはよう、なんださっきの寝言、お前一体どんな夢見てたんだ……」

「夢? あ~そういえばついさっき見てたような……でも思い出せないや、なんか白い変な生き物がいたような気はするけど……あれ?」

 

起きる直前まで見ていた夢の内容が思い出そうと、半身を起こしながら頭を捻っている途中でふとユウキは気付く。

 

自分が床の上に座っている事に

 

「……なんでボク、床の上にいるの?」

「お前、少なくとも俺が起きた時からここで寝てたぞ」

「え? どういう事?」

「それはこっちが聞きたいんだが?」

 

キョトンとした様子で床を手でなぞりながら疑問を呟く彼女に、和人はジト目で見下ろしながら返事する。

 

「お前、昨日どこで寝てたんだ?」

 

「んー最初は押し入れの中で寝てて、その後銀時が寝たタイミングを見計らって彼と一緒の布団で寝たよ?」

 

「当たり前のようにあの人と一緒に寝てるんだな……」

 

男女が一緒の布団の中で寝るという時点で、それはもうそういう仲だと公言しても良いじゃなかろうかと思いつつも、とりあえずなぜ彼女が床の上で寝ているのか起きたばかりの頭で和人は推理し始める。

 

「ま、一番確率高いのは寝ぼけたあの人に廊下につまみ出されたって所だ」

 

「あーそれよくある、銀時の眠りが浅い時に部屋に行っちゃうと追い出されるんだよね」

 

「めげないなお前も……じゃあ今回もそうかもしれないな」

 

まあ大方銀時が彼女をここに寝かせたのだろうと即決で推理を終わらせると

 

本人に聞けばすぐわかるだろと和人は銀時の寝ている私室へと歩み寄って襖を手で掴む。

 

「おいもう朝だぞ、今日は決野アナが朝から出演するんだろ? それとアンタ、もうちょっとユウキには優しくしてやっても……」

 

まだちょっと眠たそうにしながらも和人はスッと襖を開けてこの家の家主を起こしにかかった。

 

しかし

「………………………………………え?」

 

彼の私室を開けた直後に

 

眠りたそうな彼の脳は完全に目覚め、その目は大きく見開かれた。

 

まるで朝から”とてつもなくヤバい光景”を目撃してしまったかのように

 

「どったの?」

「!?」

 

不意に後ろからユウキに話しかけられた瞬間、和人は反射的にピシャリと襖を閉めた。

 

首筋から嫌な汗が流れ落ちるのを感じる、頭の中が完全にパニックになっているのも……

 

後ろで「?」と首を傾げるユウキの方へ、和人は必死に平常心を装いながらゆっくりと振り返る。

 

「わ、悪いユウキ……そういえば歯磨き粉切れかけてるからちょっと薬局行って来てくれないか? トイレットペーパーの予備も買わなきゃだし……」

 

「それは別にお安い御用だけどさ、で? なんか焦ってるみたいだけど銀時になんかあったの?」

 

「あ、焦ってねぇし! 別に部屋の中も特におかしい事無かったし!」

 

「いやいやさっきから物凄い動揺した感じで汗が流れ落ちてるからね?」

 

尋常じゃない程汗を流している和人を見れば誰でも何かあったのかぐらい容易にわかる。

 

「ちょっと銀時見せてよ、なに? まさかいきなり天パからストパーにフォルムチェンジしてたとか?」

 

「ダメだ! お前だけには絶対に見せられない!」

 

「えーなんでボクにだけ見せられないのさ」

 

「どうしても無理! お前にだけは! お前にだけはこんな真実を見て欲しくないんだ!」

 

だったら自分で確認しようと立ち上がって歩み寄って来たユウキに、和人は銀時の私室の前で背を向けて通せんぼ。頑なに部屋の中を見せようとしない和人にますますユウキは怪しむ様に目を細める。

 

「大丈夫だって、銀時との付き合いは長いんだよボク、例え彼がストパーになっていてもそれを受け入れられる自信があるから」

 

「いいからユウキは買い物に行ってくれよ! ほら! 歯磨き粉とトイレットペーパー! 人類において最も大切なモノがこの家から二つも無くなりかけてる危機なんだ! ユウキも無かったら困るだろ!?」

 

「からくり仕掛けのボクには両方とも必要ないモノだけど?」

 

断固部屋の前から動こうとしない和人を手で押しのけると、ユウキは遂に強引に襖を開けようとし始めた。

 

「だからボクはちっぽけな事じゃ動揺しないって、いいから開けて見せてよ」

「や~め~ろ~や~! この部屋の奥でどんだけ恐ろしい光景があると思ってんだ!」

「いいからいいから」

 

そう言って非力な和人を無理矢理脇に押しやると、ユウキは両手でバッと勢い良く襖を開けた、否、開けてしまった。

 

「銀時ー朝だよー、ストパーになってもボクは全然平気だからさっさと起き……」

「………………………………………」

 

銀時の部屋を開けた瞬間、ユウキは襖を開けたポーズのまま無言で固まった。

 

それを見て和人は頭を抱えて「あちゃー……」と呟きつつ、そっと彼女と共に部屋の中を覗き込む。

 

そこにある光景は……

 

 

 

 

 

布団の中で涎垂らして熟睡してる銀時と

 

 

 

 

 

そんな彼と寄り添うように同じ布団で幸せそうに寝ている金髪のロリっ娘の姿があったのだ。

 

「……」

 

オッサンが幼女と添い寝してる状況、そんな光景を前にしてユウキの思考は停止し完全にフリーズしてしまった。

 

すると彼女達の気配に気づいて銀時の方が、ゆっくりと目蓋を開けてやっと起きた。

 

「……あ? 朝っぱらからどうしたお前等?」

「……」

 

 

まだ寝ぼけてる様子でポリポリと頭を掻きながら、半身を起こしてこちらに死んだ目を向ける銀時。

 

だがそんな彼を見つめる今のユウキは彼以上に目が死んでいる。

 

返事をせずにただ黙って見つめて来る彼女に銀時は違和感を覚えるとふと自分の布団を見下ろしてみると

 

「スゥー……」

「……え?」

 

隣りで安らかな寝息を立てて眠っている洋風の恰好をした、小さな金髪の女の子がいる事にやっと気付く銀時であった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数分後

 

「腐ってる……」

「……」

 

居間で坂田家緊急会議が始まった。

 

和人とユウキが同じソファに座り、起きたばかりの銀時は向かいに座っている状態。

 

そんな中で最初に口を開いたのはやはり和人であった。

 

「前々からいつかやるだろうとは思っていたけど……まさかあんな小さな子に手を出すなんて……アンタ本当に最低のクソ野郎だな、あっさりと底値更新だよ、おめでとう」

 

「いや待てって……頼むから俺にもちょっと考える時間をくれよ、本当に何も覚えてないんだって……」

 

「ただでさえ合法ロリのユウキとセットの時は怪しい絵面だったのに……まあ薄々はわかってたよ、アンタがロリコンだって事ぐらい、いやもはやペド野郎だな……」

 

「だから違うんだって!」

 

心底幻滅した表情で汚物を見る様な目を向けて来る和人に、遂に銀時が声を大きくして真ん中にあるテーブルを強く叩いた。

 

「覚えてねぇんだよ本当に! 昨日の晩はちょっくら街で呑んでから帰った! けどそん時にこんなガキをテイクアウトした覚えなんかねぇんだよ!!」

 

「朝からそんな大きな声で怒鳴っちゃダメよ、休日ならもっと心をリラックスしてゆっくりしなさい、はいお茶」

 

「あ、どうも」

 

必死に自分はあんな幼子を連れて帰った覚えはないと主張する銀時をよそに

 

金髪碧眼の白いフリルを付けた上掛けに青色のスカートを付けた少女が、優しげな声をしながら彼の前に置かれたテーブルの上にコトッとお茶を出す。

 

「記憶が無いとかそんなの理由にならないだろ、アンタは現にここに、俺やユウキが住んでいるこの家で堂々とあの金髪ロリっ娘と添い寝してたじゃねぇか、もうその時点で人として終わってるよ」

 

「もう、その金髪ロリっ娘って呼び方止めて欲しいんだけど、これでも私は一人前のレディなんですからね?」

 

「あ、すみません」

 

つい本人が横にいるのに失言してしまい、思わず平謝りする和人。

 

「とりあえずアレだな、自首しようぜ」

 

「いやなに軽いノリで人に自首進めてんのお前!? どうしてそんな早く結論出したがるかなーお前!」

 

「どうせ前科持ってんだろ、金髪ロリの吸血鬼とか瞬間移動できるツインテ娘とかと仲良くしてたんだろ?」

 

「それ別の世界の銀さんだろうが! あんな中学生ばかりはべらかしてるクズ共と一緒にするな! この世界の銀さんは至ってまともだ!」

 

「そもそも原作自体、14歳の娘をヒロインにして同居生活を送っているという時点で危ないんだよ」

 

「それは銀さん悪くねぇだろ! 悪いのは原作描いてるゴリラだろうが!」

 

こればっかりはもう援護のしようがない、よもやこんな小さな幼子を家に連れて帰り自分の部屋で一緒に寝るとは……もはや立派な犯罪である、言い逃れは許されないのだ。

 

金髪少女が自分と銀時の間に立っている中で、ソファにもたれながら和人ははぁ~と重いため息をつく。

 

「ったく、なんて事をしてくれたんだよアンタ……主人公として以前に人としての道を踏み外すなんて……」

 

「誰だって道の一つや二つ外れて歩きたくなるモノよ、大事なのは外れてもなお元の道に戻れるかどうか、でしょ?」

 

「はぁ、そうっすね」

 

「おい待てよ和人君、さっきから人の事を散々ロリやらペドやらと非難するのは勝手だけどな、まだそうと決まった訳じゃねぇだろ、俺自身そんなのに興味無いって身の潔白をすればワンチャン残ってるだろ」

 

「今更言い逃れなんてするなんてあなたらしくないわ、隠し事をするから余計に怪しく見えるのよ、これからは日が差す明るい場所に出て堂々とみんなに言ってやればいいの」

 

「はぁ、そうっすねって言えるかァァァァァァァァ!!!」

 

和人と銀時の傍を行ったり来たりしてアドバイス的な事を送り始める金髪碧眼少女に、遂に銀時が立ち上がって指を突き付けた。

 

「つうかなんなんだよさっきからお前! なんで自然にこの家の中を歩き回りながらお茶まで出してんの!?」

 

「だってさっきからみんなイライラしてるじゃない、だから私が落ち着かせようとなだめてあげてるの」

 

「イライラしてるのは主にお前が元凶だからなんですけど!?」

 

見た目は完全に小さな女の子なのにかなり大人びた感じだ。今時の子はみんなこういう感じなのだろうか?

 

銀時に対しても負けずに言葉を突っ返す彼女を、和人はぼんやりと眺めながらそんな事を考えつつ

 

さっきからずっと自分の隣で黙り込んでいるユウキの方へ視線を向けた。

 

「だ、大丈夫かユウキ……いや大丈夫じゃないよな、信じた男がまさかの金髪娘をテイクアウトして来るなんて……」

 

「……いや、君が考えてるよりはショック受けてないよボク、君が考えてるよりは、だけど」

 

「え?」

 

彼女に言葉を投げかけると意外にもあっさりと返事した。そしてユウキはしかめっ面のまま銀時の方へ顔を上げ

 

「大丈夫だよ銀時、この子は多分酔った銀時が連れて帰ってきた訳じゃないと思うから、だって夜中に銀時の部屋に行った時、寝ていたのは君だけだったから」

 

「へ、本当に?」

 

「ていうか本人に直接尋ねればすぐわかると思うよ?」

 

「ああ、そういやそうか……」

 

機嫌が悪そうなのは相変わらずだが、自らこちらに話しかけてくれたユウキに銀時は若干嬉しそうな反応を見せつつ、すぐに少女の方へと振り返った。

 

「なあ小娘、ちょいとばか聞きてぇ事あんだけど?」

 

「ごめんなさい、今から洗濯物を干さないといけないの」

 

「お茶出した次は洗濯物!? いいからいいから! 俺がやっておくからとにかくこっち来て!」

 

いつの間にか勝手に家の洗濯物を干そうと小さな体で奮闘している少女に、慌てて銀時が呼び止めて自分の隣に座らせた。

 

「あのさ、つかぬ事をお聞きしますけど、自分がどうしてこの家にいるのかちゃんと覚えてます?」

 

「うん、私が自分から入って来たの」

 

「へ~……自分から!? いつ!?」

 

「今日の早朝よ、みんながぐっすり寝てる時に」

 

「はぁ!?」

 

ソファに座りながら床に着かない足をパタパタさせる少女があっさりと言った言葉に、銀時だけでなく和人も口を開けて言葉を失ってしまう。

 

「おいちょっと待て! 俺達みんなが寝てる時間帯にやって来たって! じゃあお前どうやってこの家の中入って来たんだ!? 戸締りはしっかりしてた筈だぞ!?」

 

「そうそう、あなたに言いたかったんだけど、今時戸締りが鍵一つだけって物騒だから危ないわよ? 戸の鍵なんて針金1本あればプロなら簡単に開けられちゃうんだから」

 

「開けられちゃうんだから、じゃねぇよ! 人の家にピッキングして入ってくんじゃねぇ! 普通に家宅侵入罪じゃねぇか!」

 

得意げにキラリと光る曲がりくねった針金を取り出して見せる少女に銀時はすぐにツッコミを入れる。

  

なんなんだこの少女、どうしてこの家に入り込んだんだ……

 

「もしかしてお前、その年で人の家に盗みでも働いてんじゃねぇだろうな?」

「あ、ひっどーい! 私がそんな真似する訳ないでしょ! 私がこの家に来たのは!」

 

銀時に言われた事に気分を害したのか、頬を膨らませてちょっと怒った様子を見せながら、少女はビシッと向かいに座ってしかめっ面のまま睨んで来るユウキを指差す。

 

「最近全然メンテナンスに来ないから連れて来いっておじいちゃんに言われたからなの!」

 

「……」

 

「……は? メンテナンス?」

 

メンテナンス、おじいちゃん……その言葉を聞いて和人はピンと来た感じで目を見開く。

 

「あ、そういえば長い金髪の女の子……もしかして……!」

 

「そうだよ和人、ボクはこの子を前に会った事があるの、源外のじいちゃんの所でね」

 

「!」

 

居間より結構前な時期、和人がこの家に住む様になってからの時に一度だけユウキから聞いた事がある。

 

江戸一番の発明家・平賀源外の研究所には弟子から貰った不思議な家政婦ロボがいるという事を

 

つまり目の前にいるこの少女こそ……

 

「そうよ、私はからくり仕掛けの家政婦ロボ。人々のお手伝いをする為に造られただけの存在」

 

自分の正体をあっさりと笑いかけながら答える少女、それはどっからどう見てもからくりとは思えない自然な笑顔だった。

 

「アリス・ツーベルク、それが私を造ってくれた人が付けてくれた名前なんだ」

 

「ア、アリスゥ!?」

 

アリスと名乗る家政婦ロボに突然素っ頓狂な声を上げる銀時。

 

「お前まさか! EDOとかやってないよな!?」

 

「EDO?」

 

突然の質問にアリスは小首を傾げて考える仕草を取ると、すぐに首を戻して銀時の方へ顔を上げて

 

「EDOの事はおじいちゃんからたまに聞くし私もちょっとお手伝いしたりするけど、直接プレイした事は一度も無いわよ?」

 

「ああそうか……良かったぁ、てっきりあのアリスかと思ったぜ、同じ金髪碧眼だし妙に顔付きが似通ってるし……」

 

「いきなりどうしたの? 変な人、フフ」

 

目の前で安心したように胸を撫で下ろす銀時にアリスは無邪気に笑って見せた。

 

本当にからくりとは思えない精巧な動きだ。感情の表現も違和感なく人間とまるで大差ない

 

「あ、そうそう! 早く行きましょうユウキ! おじいちゃんをこれ以上待たせちゃダメでしょ!」

 

「……はぁ~、いや行けと言われれば大人しく行くけどさ、メンテが大事なのは確かだし……」

 

そしておもむろに思い出したかのようにバッと身を乗り上げてユウキに叫ぶアリス。

 

するとユウキの方は片目を釣り上げながら嫌そうな表情を浮かべて

 

「ところでアリス、一つ聞いていい? 今日どうして君、銀時と同じ布団で一緒に寝てたの?」

 

「この人があまりにも気持ちよさそうに寝てたもんだから、つい釣られて眠くなっちゃって一緒に眠っちゃったの」

 

「からくりの君がねぇ……それでさ、実は君が銀時と一緒に寝る前にボクも彼の布団の中にいたんだよ、それで朝起きたら今の床の上に転がっていたの、なんでかな?」

 

「知らない」

 

「……」

 

二つの質問に一つ目はあっさりと答え、二つ目は即答でわからないと回答。

 

ユウキはますます険しい表情を浮かべると、特に気にしていない様子でアリスはニッコリと笑ったまま

 

「それじゃあ、みんなで行きましょ、おじいちゃんの研究所に」

「は? 俺達も?」

「俺としては嬉しいけど……」

「いいのいいの、沢山お客さんが来てくれた方がおじいちゃん喜ぶから」

 

彼女に案内され三人はユウキのメンテナンスの為にすぐに研究所へ向かう事に

 

江戸一番のからくり技師・平賀源外の下で日々働く家政婦ロボのアリス・ツーベルク

 

ユウキが苦手とするもう一人のアリスである。

 




ゲームにかまけ過ぎると話のストックがゴリゴリ削られていくので、ぶっちゃけ今かなりの修羅場です。自業自得だけど週4本同時連載は流石にキツい……


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第六十七層 隙あらばあなたを改造手術





突如朝から不法侵入して家へとやって来た上に銀時と添い寝までした謎のからくり娘・アリス・ツーベルク。

 

銀時達は、ユウキの身体のメンテするという事もあって、アリスの案内の下、平賀源外のいる研究所へと向かうのであった。

 

「ほらみんな、私に離れず付いて来てね。道草食わずに真っ直ぐ行くから」

「見た目は子供なのにやたらと仕切りたがるなこのからくり娘……」

 

江戸では場違いなフリル付きのスカートをなびかせ、輝く金髪を揺らしながらアリスは楽しそうに街中を歩いている。

 

そんな彼女の後ろから眺めながら、和人はふと隣を歩くユウキの方へ視線を泳がした。

 

「ユウキに至っては随分とテンション低いし……」

「いやぁ前にも話したけど、ボク苦手なんだよねあの子……」

 

アリスが家にやって来てからユウキはちょっと無口になっている。

 

トボトボと歩きながらもあまり行きたくないという様子で、仕方なくアリスに付き合ってあげている感じだ。

 

「メンテナンスに言ってなかったのもさ、あの子とあんま顔合わせたくなかったからなんだよねぇ……」

 

「お前がそこまで言うなんて珍しいな、確かに変わった子ではあるがそこまで嫌がる相手か?」

 

「嫌がってる訳じゃないんだけど、妙にボクの世話を焼こうとしたりするから相手すると疲れるんだよ、それに」

 

以前初めてアリスと出会った時は、彼女にまるで妹みたいな扱いを受けるという苦い体験をした覚えのあるユウキ。

 

そして彼女がアリスを苦手としている理由はもう一つあって

 

「なーんかウチの人に興味津々だったから余計に警戒してたんだ、現にあの子、初めて会った日に一緒に寝始めたり、挙句の果てには現在進行形で、銀時の手を握って街中を歩かせる羞恥プレイを強要させている真っ最中だし」

 

「あー、アレ通報したら一発で逮捕だな」

 

「おいテメェ等! さっきからヤバいと思ってんなら助けろよ!」

 

ユウキと和人が視線を前に戻すと、前を歩くアリスの右手には銀時の左手を強引に掴んでおり、半ば引っ張る様な形で歩かされている感じであった。

 

決して手を離そうとしない彼女に引っ張られながら、銀時は必死にユウキ達の方へと叫ぶ。

 

「コイツ見かけによらず力半端ねぇんだよ! さっきから手を振りほどこうとすると、ゴリラみてぇな握力で俺の手を握り潰そうとして来やが……イデデデデデデ!」

 

「ほらほら、無駄話してないでさっさと行きましょう、おじいちゃんが待ってるんだから」

 

 

「わかった! わかったから一旦手を離そう! あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

アリスの事でわかった確かな事、それは可愛らしい見た目とは裏腹にとんでもない怪力の持ち主だという事。

 

仕事の手伝いをする為に必要なのかもしれないが、大の大人を引きずり回せる上に握力は人の手を簡単に握り潰せるレベルだ。しかしいささかオーバースペック過ぎないだろうか……

 

銀時が手を離そうとしたのでアリスは彼の手を更にグッと力強く握るも、表情は以前ニコニコと笑ったままだ。

 

「レディーが勇気を振り絞って殿方と手を繋いだというのに、それを無下にしようとする上にゴリラ呼ばわりするなんてダメよ?」

 

「なにが勇気を振り絞ってだよ! 玄関からずっと俺の手を握り潰そうとしてるクセに! おかげでご近所さんから白い目で見られたんだぞこっちは!!」

 

「白い目で見られようが黒い目で見られようが関係ないわ、周りの視線なんて気にせずありのままの自分を曝け出せばいいのよ」

 

「世間はそんなに甘くないんだよ! 周りを気にせずオッサンがロリっ娘を連れて街中を歩いていたら、それはもうさながら周りに「僕を通報してブタ箱にぶち込んでください」アピールしてるモンなんだよ!」 

 

親子には見えないオッサンと幼女が街中を手を繋いで歩き回っている、こんなの傍から見れば誰がどう見ても怪しい。

 

現にこうしてアリスに連れられながら歩いている銀時は、さっきから聞こえる周りのヒソヒソ声に敏感に反応し、焦りながらひとまず研究所に避難しようとやや早歩きで向かうのであった。

 

そしてその道中で銀時はふと自分の手を離そうとせずに鼻歌交じりに歩いているアリスを見下ろしこう思った。

 

このからくり娘……仮想世界にいた”彼女”と見た目も性格もどこか似てるような気がすると……

 

「本当に別人なんだよな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いて数分後

 

金髪ロリっ娘と仲良く手を繋ぎながら銀時はようやく平賀源外の研究所前に着く。

 

その間ずっと黙ってついて来ていたユウキは顔をしかめてジト目で銀時に

 

「会ったばかりに随分とその子と仲良くなったね、今度は真撰組屯所の前を二人で歩いてきたら?」

 

「ふざけんな、それは俺に死刑宣告してるのと一緒だぞコラ」

 

軽く嫌味を言ってくれる彼女を銀時が機嫌悪そうに睨みつけていると、一緒に付いて来ていた和人の方は「へ~」と興味津々の様子で源外の研究所を見上げる。

 

メカメカしい外見かつ内部から鳴り響く騒音、ちょっと古めのイメージのある研究所といった感じであった。

 

「ここがあの江戸一番のからくり技師・平賀源外の研究所か……なんか思ってたのより随分とボロッちいな」

 

「誰がボロッちいだコラ!! ケツの青いガキが人の研究所にケチ付けてんじゃねぇぞ!!」

 

「うわ!」

 

本当に思った事をつい漏らしてしまった和人だがすぐに驚きの声を上げた。

 

研究所の中かいかにも頑固そうな老人が、乱暴な口調で怒鳴り散らしながらスパナを手に持ったまま現れたからである。

 

「いきなりやって来て誰だテメェ等! またお登勢のババァが騒音を撒き散らしてるとかで文句を言いに来やがったのか!? かぶき町の住人がちょっとデカい音ぐらいでビビってんじゃねぇよ!」

 

「いや別に苦情に来た訳じゃ……あれ? もしかしてアンタが……平賀源外?」

 

「ああそうだよ、なんだお前、俺の事知らねぇでここに来たってのか?」

 

「俺はただのユウキの付き添いで見に来ただけだって」

 

「ユウキ?」

 

どうやらこの老人があの江戸一番のからくり技師と称される凄腕の発明家・平賀源外らしい。

 

出会って早々和人に喧嘩腰になりながらも、彼の問いかけに答えつつふと彼の隣にユウキがいた事に気付く。

 

「ようやく来やがったかポンコツ娘、使いを出したかいがあったぜ」

 

「今度からあの子じゃなくてじいちゃんが直接来てくれたら嬉しいんだけど……」

 

「そんなめんどくせぇ事出来っかよ、そもそもお前が直接ここに来ればわざわざ手間かけねぇんだよこっちも」

 

後頭部を掻きながらバツの悪そうな顔を浮かべるユウキにフンと鼻を鳴らすと、源外はまだ銀時と手を繋いでいる様子のアリスの方へと振り返る。

 

「おい! からくりのクセになにサボってんだ! 今からコイツのメンテやるから手伝え!」

 

「サボってなんかないよ! ちゃんとユウキを連れて来たでしょ!」

 

「うるせぇ! ゴチャゴチャ言ってるとスクラップにすんぞ!!」

 

「むぅ~……」

 

軽く脅しつけながら再び研究所の中へと入っていく源外に不満そうに頬を膨らました後、アリスは名残惜しそうに銀時から手を離す。

 

「ごめんね、ユウキのメンテナンスが終わったらまた一緒にお話ししましょう」

「いやアイツの用事が済んだら俺達すぐ帰るんだけど……」

「ほらユウキ、早くおじいちゃんの所へ行くわよ、怖がらなくて大丈夫だから」

「別に怖がってないって……」

 

名残惜しそうにしてない銀時に対して軽く頭を下げると、そのままアリスは微妙な表情をしているユウキを優しく中へと連れて行った。

 

残された銀時と和人も、とりあえず外で待つよりマシだと中へと入る事にした。

 

「さっきのじいさんがあの平賀源外か……結構な年な筈なのに随分と元気そうだったな……」

 

「あの年でまだ現役で働いてるぐらいだからな、ウチのババァが言うには昔からあんな感じだったんだとよ」

 

「昔と変わらないってのはいい事かもしれないけど、もうちょっと落ち着いた方が良いんじゃないか流石に?」

 

「年中落ち着かずにバリバリ動いてるからああして仕事出来るんだよ」

 

二人でそんな会話をしながら中へと入ると、これまた普段お目にかかれないような光景が目に飛び込んで来た。

 

「うわぁ、やっぱからくりばかりなんだなぁ」

「からくりっつうかガラクタじゃねぇのコレ?」

 

そこら中に雑に置かれている腕やら足やらの部品、壁にはいくつもの2メートルぐらいの古臭いからくりロボが飾る様に置かれている。

 

少々からくりに詳しい和人から見れば宝の山とも呼べるが、からくりにはてんで疎い銀時からすればゴミの山と言った感じだ。

 

「おいオメェ等、中に入っても構わんがその辺のモンに触るなよ」

 

そしてそれらを造ったであろう源外はというと、何本ものケーブルが接続された数台のモニターを同時起動させて、カタカタとキーボードを押しながらこちらに振り向こうともせずに銀時達に注意する。

 

「それにしてもお前さんがこっちに来るなんて珍しいな銀の字、柄にもなくテメーの女が心配になって来たのか?」

 

「そんな訳ねぇだろ、テメェの所のからくり娘に無理矢理ここへ連れてこられたんだよ」

 

「アレか……そういやユウキから話を聞いてから随分とお前さんに興味持ってやがったな……からくりのクセに特定の相手に興味を持つなんて、やっぱあの野郎が作ったモンはよくわかんねぇや」

 

銀の字、とクラインみたいな江戸っ子風味の感じで銀時の事を呼びながら、源外はモニターを確認しながら傍にいるアリスに指示を始める。

 

すると彼女はユウキを電気椅子みたいな所に強引に座らせ始めた。

 

「キツいんだけど……」

「これくらい我慢しなさい」

 

座り心地が悪いと文句を垂れるユウキの言葉も無視して、アリスが彼女が動けない様にと手首や足首にベルトを慣れた手つきで巻いて行く様を見つめながら、源外は今度は和人に対し

 

「それでそこの小僧は初めて見るが、何モンだ?」

「コイツは最近ウチにやってきた居候だ、桐ケ谷和人、童貞だ」

「なるほど、童貞か」

「童貞の情報はいらんだろ……」

「ん? 桐ケ谷……あ~どっか聞き覚えのある姓だな」

 

銀時の説明の仕方に和人がジト目でツッコミを入れる中、源外は桐ケ谷という彼の姓に聞き覚えがある様子だった。

 

「もしかしてお前、ちょっと前にくたばったあの桐ケ谷の親戚かなんかか?」

「ちょっと前に……ああ、祖父なら数年前に亡くなったけど?」

「あの野郎の孫だと? それにしちゃ随分と顔付きが似てねぇな……」

 

始めて和人に興味を持ったかのように源外は和人の方へ顔を上げてジッと見つめる。

 

ゴーグルの様なモノでじっとこちらを凝視して来るので和人は立ったまま怪訝そうに見つめ返す。

 

「まあ似てないってのは新八の親父さんからも言われてたけど……もしかしてアンタ、ウチの祖父と知り合いだったり?」

 

「まあな、あの野郎がお前さん位の年の頃は、よく二人でバカやってたモンだぜ」

 

「は? いやいやウチの祖父はバカやる様なタイプじゃないと思うんだけど……」

 

「そりゃガキだった頃のアイツの事を知らねぇからだよ、奴は俺より少し年上ではあったが、俺なんかよりもずっと……おっと」

 

和人に対して亡き祖父の武勇伝でも聞かせてやろうかと考えていた源外だったが、モニター画面に異変が生じたのですぐにそっちに視線を戻した。

 

「あーこりゃ左腕の方に相当負荷かけやがったな、付け根の部分が取れかけてるじゃねぇか」

 

「マジ? そういえば最近雑に振り回してた事あったけ? ロケットパンチ出るか試そうとして、直るの?」

 

「簡単に言うんじゃねぇ、まあ直るっちゃ直るが、いっその事新調するってのもあるぞ?」

 

「新調?」

 

固定された椅子で動けないでいるユウキに、源外はふと腕を取り換えてみたらどうかと提案する。

 

「最近面白いアイディアが浮かんでな、腕をサイコガンに改造しちまうって奴だ、どうだ興味あるだろ?」

 

「いやそれ浮かんだっていうか単にコブラ読んだけでしょ! 嫌だよサイコガンなんて! あんなの日常生活に支障が出ちゃうよ!」

 

「じゃあ機械鎧はどうだ? 傷の男に壊される事はあるが耐久性は高いぞ、錬金術だって出来る」

 

「傷の男って誰!? 錬金術なんて出来ないし普通の腕でいいんだよ普通で!」

 

どこぞの漫画でも読んで覚えた技術をユウキを使って実験しようと試みる源外だが、被検体である彼女の方は誰がやるかと本気で嫌がっているご様子。

 

そんなやり取りを見ながら和人は思わず頬を引きつらせてしまう。

 

「随分と無茶苦茶な事をやらかそうとするジーさんだな……これが江戸一番のからくり技師か……」

 

「おいジーさん、ユウキの腕よりもまず首をどうにかしてくれよ、最近すぐ取れっからよ」

 

「首? ああ~そっちもガタついてんのか、こりゃボロボロじゃねぇか、何があった……」

 

随分とイメージが違うなと彼が困惑する中で、銀時の方は彼女の首をどうにかしろと提案。

 

すると源外は首の付け根もマズイ状態だという事に気付くと軽く舌打ちをし

 

「こりゃもう、いっそ体全部替えちまった方が良いかもしれねぇな」

 

「体!? 嫌だよそんなの! この体が気に入ってるのに!」

 

「安心しろ、こういう事もあろうかとお前さんの予備の身体を造っておいたんだ、おい、ちょっくらアレ持って来てくれや」

 

「だから嫌だって!」

 

嫌がるユウキを無視して源外はアリスに指示すると、彼女はすぐに奥の倉庫へと引っ込むと、すぐに両手で担いで何かを持って来た。

 

「これでしょおじいちゃん」

「え、ちょっと待って、ボクどっかで見た事あるんだけどそれ……」

 

やや太めの黄色いボディ、丸い手足、首の付け根に鈴、お腹の部分には謎のポケット……

 

「良かったな、コレでお前さんも猫型ロボットに……」

 

「なるかぁぁぁぁぁ!!! 青い方じゃないからまだマシだけどそんな体になりたくない! 銀時もなんか言ってよ!」

 

「そうだよジーさん、流石にこればっかりは俺も一言言わせてもらうわ」

 

首から下をそんな体にされたくはないと椅子に縛り付けられたまま暴れるユウキ、すると彼女のピンチに流石に銀時も顔をしかめて

 

「どうせやるなら頭も替えろ、それと四次元ポケットも本物にしろ、秘密道具も入れてくれ」

 

「銀時ィィィィィィィ!! 君はそれでいいの!? ヒロインがドラ〇ちゃんになってそれでいいの!?」

 

「いやそろそろこの作品にもそんぐらいのインパクトが必要なんじゃないかなと思って、斬新だろ、ここでヒロインがドラ〇ちゃんになるとか」

 

「インパクトあり過ぎでしょ! 独裁スイッチで消されるよこの作品!」

 

ここでまさかの裏切り行為に走る銀時にユウキがキレて必死の形相で源外に訴える。

 

「新しい体とかいらないから元の体をなんとか修理してよ! ドラ〇ちゃんになるのだけは勘弁して!」

 

「仕方ねぇな、だったらこれからはもっとテメーの身体を労われよ」

 

「そうだぞ、今度またボロボロになったらマジでじーさんにドラ〇ちゃんに改造してもらうからな」

 

「だからなんで銀時はそっち側なのさ! なんでそんな頑なにボクをドラ〇ちゃんにしたいの!?」

 

源外はともかく銀時まで腕を組みながら偉そうに言ってくるのでユウキがツッコミを入れていると、そんな彼女にアリスが歩み寄って優しくポンと肩を叩き

 

「大丈夫、もしユウキがドラ〇ちゃんになったら、私がドラ〇もんになってあげるから」

 

「いや全然嬉しくないんだけど!? なにその励まし方!? そこで君がドラ〇もんになっても!ドラ〇ちゃんにされたボクの心の傷は癒えないからね!?」

 

微笑みかけてくれるアリスだが、彼女の提案は全く持って自分にとっては無意味な事であった。

 

同情で同じ猫型ロボットになってくれても全く嬉しくない。

 

「やれやれ、仮想世界のアリスといいユウキは、どっちのアリスにもたじたじだな……」

 

アリスのぶっ飛んだ性格に押され気味なユウキを眺めながら、すっかり他人事で苦笑すると、和人はおもむろに周りを見渡し始めた。

 

「さて、ユウキの体を修理してる間になにか面白いモンでも探してみようかな……ん?」

 

ここはからくりの山だ、興味があるモノならそこら中にある。

 

和人は早速後ろに振り返って、何かないかと探してみると、すぐにあるモノを見つけた。

 

しかしそれはからくりではなく、あまり使われていない物置に置かれていた、埃を被った写真立て……

 

「……」

 

その中に一枚の写真が入ってるのを見つけると、和人はおもむろに歩み寄ってそれをヒョイと掴み上げる。

 

そしてパッパッと手で埃をはたくと、入っていた写真が鮮明に映し出される。

 

「コレって……」

 

そこに映っていたのは今とあまり変わり映えしない平賀源外と数人の人物が映っていた。

 

真ん中で不機嫌そうに座り込んでいる源外だけ作業着に身を包み、他の者達は皆白衣を着て立っている。

 

「もしかして研究仲間か……? あ!」

 

そしてその白衣を着た人物の中の一人に、和人は目を見開き釘付けになってしまう。

 

写真に写っているメンバーの中で一番若い見た目の青年、線の細い体付きでありながら背は高めの男性……。

 

和人は見覚えがあった、マスコミ嫌いで滅多にメディアに顔を出さない人物だったが、雑誌のインタビュー記事で彼の顔を何度か見た事がある……

 

「おいガキンチョ、お前さんなに見てんだ?」

「うわ!」

 

不意に後ろから話しかけられて和人は思わずその場で飛び上がってしまう。振り返るとそこには源外の姿が

 

「なんだそれ、写真か? んなもんどこで見つけた?」

「いやここに埃被って置いてあったから、つい気になっちゃって……」

「ふーん……ああ、だいぶ前にあの若造に呼ばれて手伝ってやった時の奴か」

「その、もしかしてその写真に写ってる一番若い人って……」

「コイツか? コイツは一応俺の、弟子みてぇなモンだ」

「!」

「いや今となっては弟子だったのかどうかもわからねぇな、なにせコイツは俺なんかよりもずっと天才だったしよ、元々コイツは発明家の俺と違って学者だし」

 

 

和人はこの人物の事を良く知っていた、かつて彼がある功績を立てて様々なメディアに取り上げられた時は、片っ端からそれらの記事を探し回ったことだってある。

 

物理学者にしてゲームデザイナーであり、和人が強く尊敬するあの人物、その名は……

 

 

 

 

 

「茅場晶彦、お前さん知ってるのか? コイツの事?」

「……ああ、よく知っている、若くしていくつもの功績を立て、天才科学者と呼ばれた本物の傑物、そして……」

 

 

 

 

 

「究極の仮想世界を体験出来るVRゲーム・『EDO』を造り上げた男だ」

 

エターナルドリームス・オンラインプログラマー・茅場晶彦

 

他でもないこの人物こそ、自分達が今までプレイしていたEDOを立ち上げた人物なのだから。

 

 

 



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第六十八層 その男は偉大で狂気で孤独で哀れな……

感想数が598から593になった……他の作品でも度々あるんですけどなんかのバグですかねコレ……


「茅場晶彦?」

「知らないのか? アンタが絶賛プレイしているEDOを造り上げた人だよ」

「へーコイツがねぇ……」

 

平賀源外がユウキの腕と首の修繕をやっている頃、和人は銀時に研究所に放置されていた一枚の写真を見せていた。

 

その写真に写るのは源外と共に複数の者達も映っており、その中に彼はいた。

 

「俺よりずっとガキの頃から、誰よりも早く地球にやって来た天人が持つ科学力を重要視し、そこから上手く吸収し組み込んだ最先端技術をいくつも発明した人として有名なんだ、名前ぐらい聞いた事あるだろ?」

 

「生憎、俺はコイツと違ってガキの頃は田舎暮らしの上にすぐに戦争三昧だったからな、科学だの発明だのそんなモン無縁だったわ」

 

やや熱が込もった感じで説明して見せる和人だが、銀時は全く興味無さそうな感じで彼から写真を奪ってまじまじと見つめる。

 

「冴えねえツラした野郎だぜ……おいジーさん」

「あん?」

 

ユウキの腕を溶接してる途中の源外に向かって銀時が話しかけると

 

源外は振り返らずに作業に集中したまま返事だけした。

 

「和人君が言うには、この写真に写ってるこの茅場とかいう奴ってすげぇ科学者みてぇだぞ」

 

「そんなもんお前さんに言われなくてもわかってらぁ」

 

「俺が聞きてぇのは、なんでそんな奴がアンタみたいな墓穴に片足突っ込んだ堅物ジジィなんかと仲良く一緒に写ってるのかって話だよ」

 

「うるせぇ! こちとらまだ墓穴なんざ掘ってもいねぇよ!」

 

失礼な物言いをする銀時にキレ気味に答えながら、源外はめんどくさそうに頭をポリポリと掻くとため息をつき

 

「さっきからお前達が何度か名前を言っているゲーム、俺は奴に誘われてそいつを作るのを協力してやったんだよ」

 

「ウソだろマジか!? アンタも茅場晶彦と一緒にEDOを作った一人だったのか!?」

 

銀時より先に和人が素っ頓狂な声を上げる、源外がEDOに深く関与していた人物だと知ったからだ。

 

「知らなかった……EDOに江戸一番のからくり技師の手が入っていたなんて……」

 

「なにそんな大したことじゃねぇさ、報酬金目当てにちょいと奴に手を貸してやっただけの事だ」

 

「ちなみにちょい手を貸したってどのぐらいのレベル?」

 

「そうさな、色々とやったが特に俺の技術が備わっている奴と言ったら、お前等があのゲームやる時に使うナーヴギア、アレ造ったの俺だ」

 

「それちょっとの関与じゃなくない!? やっぱパネェ平賀源外!」

 

「なに一人で興奮してんのお前?」

 

仮想世界にフルダイブする為に設計された画期的なヘルメット型デバイス・ナーヴギア。

 

それを造ったのが今目の前にいる男だと知って、一人で勝手に盛り上がっている和人に銀時は顔をしかめる。

 

「たかがゲームのコントローラー造った程度じゃねぇか、それぐらいで驚くな、」

 

「おい、アンタのその発言は俺達ゲーマーに対して全力で喧嘩を売っている事になるぞ?」

 

「なら俺の喧嘩買うかゲーマー君? 今ここでゲームオーバーにしてやってもいいけど?」

 

「すみません、せめてコンテニューが出来るぐらいは残機残してください……」

 

勢いよく胸倉を掴み上げながら無表情で脅してくる銀時に、こっちの世界では貧弱な和人は頬を引きつらせながらすぐに降参。

 

するとそこへアリスが歩み寄って行き

 

「侍が弱い者いじめしちゃダメでしょ、早く下ろしてあげなさい」

「ああ?」

 

両手を腰に当ててこちらを見上げながら注意してきたアリスに、銀時は口をへの字にして眉をひそめた後

 

パッと和人の胸倉から手を離す。

 

「これでいいだろ、お嬢様」

「よろしい、けど私からあなたにもう一つ言っておかなきゃいけない事があるの」

「まだあんのかよ、なに?」

 

意外にも彼女の注意に従ってあげた銀時だが、彼に対してアリスは更に話を続けた。

 

「さっきおじいちゃんが造ったナーヴギアなんて大した事無いって言ってたでしょ?」

 

「だからどうしたんだよ、大事なのはコントローラーじゃねぇだろ? ゲームの中身だ」

 

「言っておくけどアレはどんな技術者でも産み出すことが出来なかった偉大な傑作デバイスよ、茅場晶彦が求めた仮想世界のリンクをより忠実にリアルにする為に、おじいちゃんが頑張って設計して見事に組み立てた、正にプレイヤーをもう一つの世界へ案内する為の扉なの」

 

「はぁ、んで?」

 

「とどのつまり、そんな凄いのを発明したおじいちゃんもまたとっても凄いって……うわ!」

 

首を傾げながらめんどくさそうに話を聞いてあげている銀時の前で、自慢げに源外の凄さを証明して見せようとするアリスだが、その源外から突然後ろ襟を掴まれズルズルと引きずられて行ってしまう。

 

「サボってねぇでさっさと仕事に戻れコノヤロー、ったくからくりのクセにちょっと目を離すとすぐコレだ……」

 

「ちょっと待っておじいちゃん! 今私はおじいちゃんが凄いんだって事をあの人に説明している所で……!」

 

「余計なお世話だ、俺が凄い事なんて俺が一番よく知ってる、からくりはからくりらしく人間様の言う事に黙って従ってればいいんだよ」

 

「むぅ……」

 

後ろ襟を掴まれたままなおも抵抗しようとするアリスだが、源外に冷たく言われると渋々といった感じで大人しくなった。

 

そんな光景を見ていた銀時はふと気になった様子で

 

「なんだジーさん、随分とそのガキには手厳しいじゃねぇか。俺はからくりの事はさっぱりだが、そんな人間らしい動きや行動をするからくりは見た事ねぇぞ、そんなすげぇモンをそんな手荒くコキ使っていいのか?」

 

「ケッ、人間らしかろうがなかろうが、からくりはからくり、テメーの仕事をサボるなんざ百年早ぇんだよ」

 

彼の問いかけに、アリスを掴んだまま源外はぶっきらぼうにフンと鼻を鳴らす。

 

「からくりっつうのは人の役に立つ為だけに人が産み出したモノだ、そいつだけはからくり技師として忘れちゃならねぇと思ってる、だからこそ俺はアレを甘やかすつもりは毛頭ねぇ」

 

そう言い終えると、源外はアリスから手を離して彼女を仕事場に向かわせる。

 

退屈そうにメンテナンスが終わるのを待っているユウキの下へ、楽しげな様子で駆けていく彼女の後ろ姿を見つめながら、源外は嘆くようにため息をこぼす。

 

「そもそもアレは俺が造ったもんじゃねぇ、造ったのは俺と昔から反りが合わない発明家の林流山と、さっきお前等に話していた茅場晶彦って奴が共同制作して生まれた代物だ」

 

「茅場晶彦が?」

 

源外の言葉に銀時よりもまた先に和人が反応した。

 

そういえばアリス自身は源外の所にいるが、彼自身が造った者ではないと前にユウキから聞いた事があったのを思い出す。

 

「もしかして、自分の弟子とライバルが造ったからくりに……嫉妬して冷たく当たってるとかじゃないよな?」

 

「俺がそんな心の狭い男に見えるか? いや、見えるかもしれねぇな……」

 

「?」

 

直球で思ったことをつい口に出してしまう和人だが、源外は返事する途中でフッと小さく笑った。

 

「坊主、俺は別にアレを嫌ってる訳じゃねぇ、むしろいい話し相手だとも思っている、見ての通りベラベラと余計な事まで喋りたがるお節介な野郎だ、からくりのクセに」

 

「確かに普通のからくりにしちゃ……随分と人間みたいに会話出来るなとは不思議に思ってたな……」

 

「長くからくりに関わった俺だからこそ、あいつらが造り出したモンがとんでもなくヤベェモンだってわかってんだ、だからこそアレとどう接っしていいのかよくわかってねぇのよ」

 

源外がそう答えると和人と銀時はふとアリスのほうへ目をやる。

 

人に近い感情を持つからくり……確かにどう扱っていいのやら全く見当がつかない。普通のからくりとしてコキ使うのか、人間の様にたまには自由にさせてあげるべきか……

 

「茅場の野郎がアイツをここに持ってきたのは随分前のことだ、年も年だしそろそろ俺には身の回りを助けてくれるモンが必要だろって、無理やり押し付けてきやがった」

 

「随分と師匠思いの弟子じゃねーか」

 

「アイツがそんな優しいタマかよ、奴はまずこの俺に最初に証明したかったのさ、江戸一番だのと言われている俺に、今までの常識をひっくり返す前代未聞の全く新しいからくりって奴をよ」

 

適当なことを言う銀時に源外は軽く首を横に振りながら

 

椅子に縛られた状態で暴れて抵抗しているユウキに、笑顔で高速回転するドリルを向けるアリスのほうへと目をやる。

 

「最初にアレを見つけたときは奴の思惑通り度肝を抜かれたぜ、なにせここまで人間に近い感性を持ったAIを持ったからくりなんざ、俺は到底不可能だとずっと確信していたからだ」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「は~い、痛くないですよ~~」

 

「あの、ちょっと待って、シリアスな雰囲気流してるところ悪いけど、ウチのユウキが今、あんたが度肝抜いたからくりに体くり抜かれそうそうになってんだけど?」

 

「そして俺はいざそいつが前に現れたと知った瞬間、いずれこのからくりの技術は、国だけでなく世界そのものにを大いなる過失と変革させるぐらいヤベェもんだとすぐに察したんだ」

 

「オイィィィィィィ!! たった今ここでそのからくりによって一人の命が過失して体を変革されかけてんだけど!?」

 

ドデカいドリルをユウキの口の中に突っ込もうとしているアリスを、慌てて銀時が叫びながら止めに駆け寄っていた。

 

それも無視して源外は一人残った和人のほうへと振り返る。

 

「ほぼ人間と変わりないからくりを造るってことは、それはつまり人間そのものを創り出すみてぇなモンだ、茅場の野郎が流山とやったことはつまり……人類に取って代わるやもしれん新たな存在を産み出したっつう事なんだよ」

 

「ハハ、随分と大袈裟だなぁ、確かにすごくリアルな動きや感情を持つ、俺たちとなんら変わらない思考をしたからくりだとは思うけど、人間にとって代わるってのは……」

 

「奴らには普通のからくりとは違って感情を持っている、いずれアレみたいなモンがどんどん作られていったら、いずれ俺達、人間に反抗する輩が表れても俺はおかしくねぇと思ってる」

 

「人に従うべき存在のからくりが人を襲う様になる、か……まるでよくあるSF映画だな、ドラ〇もんの映画でもあったし」

 

彼が言っていることはよくわかった、しかしそれは流石に考えすぎではないかと、和人は軽く笑い飛ばしながら答える。

 

からくりにだって限界はある、いくら高度で複雑な技術で造られたからといって所詮は人間が造りしモノ。

 

そんな存在が人間に反旗を翻すなんて現実じゃ到底ありえない。

 

しかし源外は冗談で言ったという感じは全く無かった。

 

 

「なあ坊主、アレに組み込まれているAIには、なにが搭載されていると思う?」

 

「は? また唐突だな……う~ん、人間に近い感情を表現できるんだし……やっぱ周りの人間の行動や思考を学習して学び続けるスポンジの様なモノかな?」

 

「悪くねぇ答えだ、だがそれじゃあ不正解だ」

 

中々筋の通った答えだとちょっと感心しながら和人に頷くと、源外は僅かに口を開いて小さく呟くとニヤリと笑った。

 

「まあコイツの答えはちとヤバ過ぎてガキのお前に聞かせるのはまだ早ぇ、知りたきゃテメー自身で探してみるこった」

 

「は!? いやここまで聞かせておいてそれは……!」

 

「だが最後に、コレだけはお前さんに言っておくぜ」

 

銀時が必死にユウキからドリルを持つアリスを引き剥がそうと奮闘している所へ歩み寄りながら

 

源外はまだ話を聞きたがっている和人の方へ振り返り

 

 

 

 

 

「茅場晶彦って奴は紛れもなく天才だ、しかしそれと同時に奴は」

 

 

 

 

 

 

「それ以上に大バカ野郎だ」

 

 

 

 

 

 

 

ユウキのメンテナンスが終わったのは、すっかり夜になった頃であった。

 

背中でグッタリした様子でいるユウキを背負いながら、銀時は和人を連れて研究所から出る。

 

「ったくドリルだのレーザーだの危なっかしいモンでこいつの体を弄りやがって、嫁入り前の娘になんて真似してんだこのマッドサイエンティスト」

 

「知るか、テメェが貰えば済む話だろそんなの、俺はただからくりを修理してやっただけだ、金の方はいつも通り倉橋から請求しておくぜ」

 

「ついでに倉橋さんに言っておいてくれ、メンテナンスの担当を替えてくれって」

 

「誰が言うか、テメェ等は俺の貴重な金ヅルなんだからな、これからも頼むぜ」

 

研究所の前でそんな悪態を言い合う銀時と源外、するとそこへアリスがやってきて銀時の服を小さな手で掴み

 

「また遊びに来てね」

「はいはい、気が向いたらな」

「もーあやふやに答えないで!」

「ぐふ! パンチ重ッ!」

 

両手が塞がって無防備になっている銀時のお腹にアリスが理不尽な腹パン。

 

じゃあなんて答えりゃいいんだよ……と舌打ちしつつ、銀時は隣にいる和人の方へ目を向け

 

「次からはお前がコイツの相手してくれ」

「いやこの子が懐いてるのは明らかにアンタの方だろ? 俺には荷が重すぎる」

「あなたもまた来てね!」

「ぐっは! なぜに俺にまで腹パン!?」

「なんとなく!」

「理不尽!」

 

急に寄ってきたアリスから突然の腹パンをモロに食らい、銀時以上のダメージを受けてフラつく和人。

 

なにも言ってないのになんで……と腹を押さえながらそう思う和人にアリスはニッコリ笑って答えるのであった。

 

「もし来なかったから、またこっちから家にお邪魔しに行くから!」

 

「それだけは勘弁してく上げてくれ、またご近所さんから家に幼女連れ込んでると思われちゃうからな、この人が」

 

「なんで俺だけ疑われるハメになるんだよ、ふざけんなお前も道連れだ」

 

「いやロリコンの称号はアンタ一人で背負ってくれ」

 

アリスを前に銀時と和人がそんな不毛な口論を続けていると、源外の方がポツリと彼らに話し始めた。

 

「そういえばお前達、EDOで遊んでるんだってな、なんか困ってたことがあったら金さえ払えば色々やってもいいぜ」

 

「ジジィが今時のゲームでやれる事なんてあんのかよ? 言っておくけどワープ土管なんてモンはねぇぞ」

 

「オメェもう忘れたのか、俺はあのゲームの製作に取り掛かってんだぞ。手始めに己の分身であるアバターの容姿・年齢・性別、自由に変更させてやろうか?」

 

「え? そんな事出来んの?」

 

「データをちょこっと改竄してやれば簡単に出来るぜ」

 

EDOで操作するアバターの設定を自分本来の姿から全く別人に変更出来ると言い出す源外に銀時は軽く驚く。

 

そういえば随分前に出会ったあのキバオウとかいう男も、現実と仮想では見た目が全く違うように改造していると言っていたが……

 

「現実の姿を捨て去り、向こうの世界で仮初の別人として振る舞いたいって連中が、俺の噂を聞いてよくやって来んだよ」

 

「マジでか、じゃあ俺も小〇旬とかになれんの?」

 

「ああ、そいつは現実の壁を越え更にそのまた現実を越えねぇと無理だな、せいぜい大泉〇だ」

 

「大〇洋はいけんのかよ!」

 

源外の話を聞いて早速興味を持つ銀時だが、残念な事にあっさりと断られてしまう。

 

そして二人のそんな会話を聞いていた和人は、恐る恐るといった感じで源外にポツリと尋ねる。

 

「なあそれ……運営側からすれば思い切り違反行為なんだけど……バレたら利用者じゃなくてアンタ自身もヤバいぞ……」

 

「細けぇ事は気にすんな、別にアバターを強化したりしてる訳じゃねぇ、見た目を替えるぐらい大したことねぇだろうが」

 

「いや大したことあると思うんだが……」

 

当然の事だがデータの不正改竄はEDOの運営側から厳しく止められている。もし改竄がバレればそのプレイヤーは即座に永久垢BAN、仮想世界の引退を余儀なくされる。

 

それを知った上でそんな危ない商売をしているのかこの男……もしかしてEDOを造った茅場に対する嫌がらせのつもりなんだろうか……

 

「悪いが遠慮しておくよ、もうすっかり今のアバターに馴染んでるし、今更他の体になるのもちょっとな……」

 

「容姿だけじゃねぇぞ、性別だって変える事だって出来る、女の体に興味ねぇか?」

 

「興味は年相応にあるが、生憎自分が女体になっても全く嬉しくないんで……」

 

リアルで女装してオカマとして働いた事はあるが、流石に己自身の身体が女性になるというのはいささか抵抗感があるので、和人は源外の誘いをやんわりと断った。

 

「まあ、アバターの改竄については遠慮しておくけど、たまにEDO内で困った時に相談にやって来るよ」

 

「あばよジーさん、今度ユウキの身体を診る時ははもうちょっとデリケートに頼むぜ」

 

「そいつはその小娘次第だな、自分の体を手荒く使わなければ軽いチューニングだけで終わらせてやるよ」

 

「じゃあねみんな!」

 

銀時の背中で、意識はあるモノのぐったりとした感じで声を出すのも辛そうな顔色を浮かべるユウキ。

 

こりゃあ今日一日使いモノにならないなと思いつつ、銀時はユウキを背負ったまま、源外とこちらに手を振るアリスに一瞥して帰宅するのであった。

 

それに続いて和人も彼の後を追おうとする。

 

「それじゃあ俺も行くわ、あ、それとアンタが話してた茅場の話、また機会があったら話して欲しいんだけど?」

 

「そいつは俺の気分次第だな、あいつの話なんざ聞いて面白いか?」

 

「まあ個人的に尊敬してる男だし興味があるんだよ」

 

「アイツを尊敬か……」

 

銀時の後を追う和人の背中をしばし見つめた後、源外はクルリと振り返って研究所に戻る。

 

「よし、戻るぞクソガキ、飯の支度と風呂の準備忘れんじゃねぇぞ」

「うん!」

 

アリスを連れて研究所へと戻る源外

 

だがその時ふと目の前を先導して歩くアリスの背中に目をやると

 

「茅場よ、コイツを俺に預けた本当の目的はなんなんだ……」

 

彼がなぜ自分にこのからくりを預けに来たのかはまだよくわかっていない。

 

和人には自慢する為だとか言っておいたが、あの男の事だろうから単に自慢したかった訳ではないなろうとわかっている。

 

「コイツには色々なモンが搭載されている、世界そのものを変えちまうヤベェモンだ、故に俺はそれを活かしてオメェの最高傑作に度々ちょっかいをかけている、まさかそいつがオメェのお望みだってぇのか?」

 

「おじいちゃん早く! 家の前でブツブツ独り言してたら遂にボケたかってご近所さんに誤解されちゃうよ!」

 

「うるせぇ! まだボケてねぇよクソったれ! いいからさっさと風呂沸せ風呂!」

 

早く来いと元気一杯に叫んでくるアリスを怒鳴り散らしながら、源外はやれやれと首を横に振りながらようやく研究所へと戻るのであった。

 

「ったく、持ってくるんならもっと大人しいからくりにしろってんだバカヤロー……」

 

 

 

 

 

「一体どんな”オリジナル”を選びやがったんだか……」

 

平賀源外、彼はアリスがどの様にして生まれたのかはすべて把握している。

 

唯一彼が知らないのは

 

彼女が生まれる為に使われた”種”であった。

 

 

 

 




次回はリズベット武具店からスタート。

長らくお待たせしました……40話以上引っ張りましたからね……


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第六十九層 それは無数の刃を持つ黄金の剣

余談ですが銀さんは他人の事を基本的に呼び捨てか仇名で呼ぶのが多いですが

唯一、ユウキの担当の主治医の事はさん付けで呼びます。彼なりに大切な人を護ってくれている事に敬意を称しているのかもしれません。

後、レア物のナース系エロDVDをユウキに隠れてこっそり貸してくれるので

そっちの意味でも凄く感謝しているんだと思われます


ここは四十八層のリズベット武具店。

 

銀時は今、この店の中で退屈そうに欠伸をしながら椅子に座って何かが完成するのを待っていた。

 

「ったくあのガキ、いきなり呼び出しておいてそっから一体何時間待たせんだよ……ユウキの奴もいきなりどっか行っちまうし……」

 

「慌てて何処かに行ってしまいましたね、まあ私としては都合が良いので良しとします」

 

「そしてお前はなんでナチュラルにここにいんの? 呼んだ覚え無いんだけど」

 

ここに来る途中でいきなりユウキが消えてしまった事も引っかかるのだが、なにより銀時が顔をしかめる原因は、ここに数十分待たせている事ではなく、いきなり現れたアリスがいつの間にか自分の隣で座っているからである。

 

「第六十層攻略の集合時間はまだ先だった筈だよな、俺、そん時に会おうって言ったよね?」

 

「偶然です、私もここに用事があって来ました、ここの天井にあるシミがやたらと気になっていたんで見に来たんです」

 

「そうか偶然か、でもそんな事する為にわざわざここへ来たんなら逆に怖ぇから本当の事だけ言ってくれ」

 

「わかりました、実は今日一日、お前を後ろからずっと監視していました、女性とよからぬフラグが立ちそうになったらこの手でお前とその女性を真っ赤に染め上げる為に」

 

「ごめん、やっぱ嘘の方で良いわ、真実の方が百倍怖ぇ」

 

凛とした強い眼差しをこちらに向けながら、真顔で闇が深い発言をするアリスに銀時はそっと目を逸らして話を打ち切った。

 

彼女の事は嫌いではないし好意を持たれるのは悪くは無いと思っているが

 

せめてもう少し愛情表現を一般的にしてほしいモノだと思いながら

 

「ていうかおたくさ、聞きたいんだけどリアルだとお前どんな感じなの? もしかして金髪ロリっ子のからくり娘とかじゃないよな?」

 

「……言ってる事がわかりませんが? 私は私です、アリス・シンセシス・サーティこそが本当の私であり、金髪ロリっ子なだというふざけた名称を付けられる者になった覚えはありません」

 

「でもよー、源外のジーさんの所にお前がちっちゃくなったような感じのからくり娘がいたんだが。強引な所とか話聞かねぇ所とか色々似てるし、全く無関係って訳じゃねぇとは俺は睨んでんだけど?」

 

「お前の推測は見当違いだとここでハッキリと明言しておきましょう、これ以上は追及しないで下さい、私自身己の正体がなんなのかまだ思い出せていないのに、勝手に正体はロリっ子にされてはいささか不愉快です」

 

「あーそうかいわかったよ、これ以上はもう聞かねぇ事にすっから」

 

ふと思い出して銀時が尋ねた質問に対し、アリスは表情は変わっていないものの、微妙に眉が吊り上がってる様に銀時には見えた。

 

どうやら自分の正体をちっちゃい女の子なんじゃないかと言われてちょっと不機嫌になったみたいだ。

 

そう察した銀時はすぐに話も止めて、再び大きな欠伸をしながら椅子に腰かけたまま店主が戻って来るのを待つ事にするのだが

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……なんでさっきから無言でジッと銀さんの横顔見つめてくる訳?」

「気にしないで下さい、特にやる事が無い時は、いつもお前を凝視して細かな部分もハッキリと脳内に記憶するのが私のライフワークなのです」

「いや気にするわ! なんだそのライフワーク! お前人が気付ていない所でそんな事してんのかよ!」

 

一点の曇りも無い二つの碧眼でジッとこっちを凝視して来るアリスに、銀時は勘弁してくれと椅子から立ち上がって彼女から距離を置こうとすると……

 

「はーい、長々と待たせてしまったわねお客様……ようやく仕上がったわよ~……」

「あ? なんだやっと戻って来やがったかって顔怖ッ!」

 

店の奥から大事そうにあるモノを両手で抱えながらやって来たのは店主のリズベット。

 

銀時はすぐに振り返ると、そこには年端の女の子であるにも関わらず、人前に出てはいけない姿だった。

 

ここは仮想世界であって当然プレイヤーは本当の身体ではない、にも関わらず今のリズベットは一目見ただけで何日も徹夜して、ようやく締め切り前に投稿完了した燃え尽きた漫画家の様にひどく疲れ切っているのが容易に分かった。

 

「おい大丈夫かお前! 店の奥から現れた時一瞬ゾンビかと思ったぞ! EDOじゃなくてバイオハザードなんじゃねぇのここって考えちまったぞ!」

 

「大丈夫よ、ちょっと休めばすぐに回復するわ……それよりコレを見なさいよ、フヘヘヘ、遂に私が己の知恵と実力を振り絞って造り上げた傑作がここに誕生したわ、ヒヒヒ……」

 

「なんで笑ってんだよ……いやそれちょっと休んだだけじゃ無理だろ、今すぐログアウトして病院行けって……」

 

まともに立つ事さえ難しいのか、その場で左右に体を揺らしながらこちらに力なく笑みを浮かべるリズの姿は、きっと小さな子供が見れば泣き叫ぶであろう。

 

流石に銀時も散々待たされた事に悪態の一つや二つ突いてやろうと思っていたのだが、ここまで疲弊しているのが見てわかるとちょっと不憫に思えて何も言えなかった。

 

「ヤベーよ完全に末期状態だろアレ、なんで薄ら笑み浮かべてんの? なんでさっきからブツブツ呟いてんの?」

 

「あんな状態のままではいっそこちらで楽に葬ってやった方が良いのではないかと私は進言します」

 

「まあいきなり俺達に笑いながら襲い掛かって来たらその手で介錯してやってくれや、とりあえず今は……」

 

突然笑いだしたり呟き始めたり、終いには店の壁にゴンゴンと頭をぶつけ始めるリズベット。

 

このまま人に恥を晒し続ける余地もいっそ早急に始末してあげるべきではと、アリスが眉を顰めるが

 

銀時は冗談交じりに彼女に返答しながら、自分はリズベットの方へ恐る恐る歩み寄る。

 

「とりあえず例のモンが出来たんだろ? ありがたく受け取っておくぜ」

「さあ私が渾身込めて作った力作よ、ありがたく受け取りなさい、グヘヘヘヘヘ……!」

「だからその笑い方止めろ! 夢に出そうでおっかないんだよ!」

 

受け取りに来た銀時に、リズベットはいきなり目を血走らせたまま奇怪な笑い声を上げつつも

 

両手で抱えていたそれを銀時にスッと渡すのであった。

 

それは長い布袋に包まれて中身は見えないが、形的には侍の魂である刀の様だった。

 

銀時は怪訝な表情でそれを片手で受け取るが、すぐに「うお!」とそれを握ったままちょっと驚いて見せる。

 

「なんだコイツ、すげぇ軽いぞ! まるで覆っている布袋の重さしか感じてねぇみたいだ!」

「恐らくEDOに存在する刀系統の中でも最も軽い筈だわ……布袋を取ったらもっと軽く感じるわよ」

 

まるで重さを感じないそれに銀時は片手で軽々と掲げて見せた。大きさ的には一般的な刀と同じぐらいの大きさであるというのに……

 

そしてほんのちょっぴり回復した様子のリズベットが椅子にドカッと座りながら促すと

 

銀時はシュッと縛っていた紐を引っ張って布袋を取って見せた。

 

すると中から現れたのは

 

 

 

 

 

「おお……」

「凄い……」

 

銀時が思わず感嘆した声を上げ、反応が鈍いアリスもまたちょっと目を見開いてボソリと呟く

 

布袋の中から現れたのは黄金の鞘に収められた美しき刀であった。

 

銀時がそれを両手で持ち直して、鞘からゆっくりと抜いてみると

 

これまた直視する事も躊躇してしまう程の綺麗な黄金の刀身が現れたではないか。

 

 

 

 

 

「『神器・金木犀の刀』、ぶっちゃけ名前は適当だけど、私が造り上げたこの世に二つとない最高の神器よ」

「安心しろ、俺は名前なんざ気にしねぇから、しかしこりゃまた……すげぇの造りやがったな」

 

胸を張って答えられる自慢の逸品だとリズベットは金木犀の刀を愛おしそうに見つめる。

 

それもその筈、この武器はそんじゃそこらの鍛冶師では到底作り上げることが出来ない、あの最高レアリティを誇る神器なのだから

 

銀時から金木犀の枝を預かってから死に物狂いで造り上げ、しばしの時を費やしてようやく完成できたのだ。

 

まさかここまで予想以上のモンを造ってくれるとは思っていなかった銀時も、コレはもう素直に褒めざるを得ない。

 

そしてアリスもまた彼が掲げている金木犀の刀をジッと見上げながら、その美しさと底知れぬ性能に目を光らせている。

 

「見栄えも良いですが切れ味も鋭そうですね、武器の重さが軽いという事は威力よりも速度を重視したという事ですか?」

 

「実際剣はそれなりに重い方が扱いやすいんだけどさ、銀さんって色んな重さの武器を手足の様に簡単に扱うことが出来るでしょ? だったら重くするよりうんと軽くして、素早く立ち回れる銀さんの動きに合わせられるように調整したって訳よ」

 

「そこまで彼の事を考えていたとは……もしや一時の感情に身を任せてこの男に恋心を抱いていませんか?」

 

「ハハハ、いや全然」

 

あくまで仕事人として、依頼主に合わせた武器を作ったまでの事で、銀時に対してそんな感情を持ったことなど一切ないとヘラヘラ笑いながら断言するリズベット。

 

彼女の返事を聞いてアリスは腰に差す木刀に伸ばしかけていた右手をそっと元の位置に戻した。

 

「命拾いしましたね」

 

「……なんで? あ、それと補足するけど、それの素材って金木犀の樹から取れた枝なのは当然知ってるでしょ? つまりそれって刀は刀でも正確には木刀なんだよね」

 

「マジでか? 現実世界で持ってる俺の木刀とはえらい違いだな」

 

鋭く光る刀身を見つめながら、これが木製だと言われてもイマイチピンと来ない銀時。

 

「普通の木刀は相手をぶっ叩くモンだけど、こっちは普通の刀と同じくぶった斬るって感じか、こりゃツッコミで使う事は出来ねぇな」

 

「いや普通の木刀でもツッコミに使っちゃダメだから……」

 

「相手をぶった斬っちまったらツッコミとして成立しねぇから、これは対キリト君用のツッコミ武器として活用させてもらうぜ」

 

「いやだからツッコミじゃなくて普通に使ってよ、あとそれだとあの厨二男が不憫すぎるわ」

 

一通り見れて満足したかのように銀時は刀を鞘に戻しながら変な事を言い出すので

 

リズベットがジト目でツッコミながら、店のカウンターから出て来てメインメニューを開き、出掛ける準備を始める。

 

「とりあえず実戦で試してみてよ、一応私は造り手だし性能はキチンと把握してるけど、果たして本番で上手くやれるのかこの目でしっかり確認したいし」

 

「っておい、まさかお前、この後のフロアボス戦についてくるつもりか? もう仕事は完了したんだからいい加減休めよ」

 

「そりゃ眠くて眠くて仕方ないけど、私の仕事はまだ終わってないのよ……初めて造った神器が果たして本当に完成しているのかどうか見届ける、それを終えてこそあなたの依頼を達成できるのよ」

 

「不真面目なのか真面目なのかよくわかんねぇ奴だな本当に……ま、途中でぶっ倒れても俺は知らねぇからな」

 

目蓋を擦りながらも眠る暇など無いとリズベットはあくまで銀時達と同行するつもりだ。

 

今から銀時達が向かうのは六十層のフロアボス。ここを超えてこそ銀時は晴れて上級者の仲間入りを果たすことが出来る。

 

つまりキリトとユウキに追いつく為の重要な戦い、彼等のいる七十五層に辿り着く為の大切な一歩なのだ。

 

「今回ばかりは足手まといに構ってるヒマは無ぇからよ」

 

「なら私の眠気が吹っ飛ぶぐらいの活躍を期待しておくわ、退屈な戦い見せたらその場で寝ちゃうわよ私」

 

「安心しろ、こっちにはテメェが造ってくれたこの刀があんだから、コイツがこの世界でどこまで通用するか……」

 

ニヤリと笑いながら軽口を叩いて来たリズベットに対し銀時は鼻で笑いつつ、手に入れた新たな得物をしっかりと鞘に収めたままの状態で握り締めながら

 

「しかとその目ん玉に焼き付けやがれ」

 

「フ、神器の名に相応しい力を見せてくれる事を期待しておくわ、それと言っておくけどその子にはまだあなたに教えてない能力が隠されてるんだからね?」

 

自信満々と言った感じの銀時に、肩をすくめながらリズベットが答えていると……

 

店のドアがバタン!と勢いよく開かれた。

 

「良かった! まだ店にいたんだ銀時!」

「んだよユウキじゃねぇか、血相変えてどうした?」

 

店の中へと入って来たのはユウキであった。

 

大事そうに何かを小脇に抱えながら慌てた様子で駆け寄って来た彼女に銀時が首を傾げていると、彼の右手に納まっている金色の刀を見つけてユウキは目を丸くした。

 

「ってあれ? もしかして遂に神器が完成したの? それが造ってもらった奴?」

「ああ、金ピカでちと趣味は悪いが、どんな性能かは実戦で確かめる事にするわ」

 

そう言って銀時はすぐに持っている神器を彼女に差し出してよく見せてあげる。

 

ユウキは軽くしゃがんでそれをまじまじと見つめながら「へー」と短く呟くと

 

「本当に金ピカだね、まるで成金が道楽で飾ってる鑑賞用の刀って感じだし、”銀”時とはちょっとイメージが違うけど……凄く綺麗なデザインだしカッコいいからボクは好きだよ」

 

「ありがとう、けど前半の台詞のせいで褒められてる気が全くしないんだけど……」

 

ケロッとした顔でズバズバと痛い所を突いて来るユウキに、頬を引きつらせながらリズベットが返事していると

 

ユウキの前に突き出した刀をスッと自分の手元に戻した銀時が彼女に問いかける。

 

「つうかお前こそそんなに慌ててやって来てどうしたんだよ」

「あ、そうだった、銀時に渡すモノあったんだった」

「は? 俺に渡すモン?」

 

つい神器に見取れてしまってここに来た用事をうっかり忘れてしまっていたユウキは、すぐに小脇に抱えていたモノを両手で持って銀時に差し出す。

 

「銀時の神器が完成するタイミングに渡そうと思ってたんだ、ギリギリ間に合って良かったよ、はいコレ」

「なんだよコレ、もしかして……」

 

ユウキが差し出したモノを受け取ると銀時はバッとそれを開いてみる。

 

するとそれは丁度銀時のサイズに合った着物であった。

 

流水紋の刺繍が流れる雲の様に施された真っ白な着物、袖と裾には空の様な水色が入っている。

 

銀時はそれを見るとすぐに「ああ?」っと軽く声を上げて

 

「現実世界で俺が着ている奴のとクリソツじゃねぇか、どこで手に入れたんだこんなの?」

「完全オーダーメイドで作ってもらったんだよ、アシュレイっていう腕の良い洋服作りのプロがいてさ」

 

その着物は正に銀時が現実世界で常に身に着けているモノと瓜二つであった。

 

一体何処で手に入れたのだとユウキに尋ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに朗らかに笑いながら答え始めた。

 

「ちゃんとインナーやブーツも揃えて作っておいたから」

 

「わかってるじゃねぇか、そうだよ銀さんなら普通この格好……っておいちょっと待て、よく作れたなコレ、触り心地からして現実のモンより上物じゃねぇのコレ?」

 

「まあね、なにせ高級のレア生地素材を持ってこないと注文は受け付けない所だったし」

 

見た目は現実と同じだが、手で軽く撫でてみるとかなり高価なモノを生地に仕立てているのがすぐわかる。

 

どうやら要求する素材がかなり高い服屋で造って貰ったらしいが、それを聞いて突然リズベットが目をギョッとさせて振り返る。

 

「ちょ、ちょっと待って! いきなり会話に入り込んで申し訳ないけど! アンタさっきアシュレイって言ったわよね!? もしかしてそれって、カリスマお針子のアシュレイ!?」

 

「うん、七十層で洋服屋を営んでいるやたらとキャラの濃いアシュレイ」

 

「ウソでしょ……アンタ、あの人に服をオーダーメイドして貰ったの……? しかもワンセット一式って……」

 

アシュレイ、その名をユウキの口から聞いてリズベットは絶句する。

 

ここよりかなり上の階層である七十層で服屋を経営しているその人物は、多くの女性プレイヤーから羨望の眼差しを向けられているカリスマデザイナーだ。

 

その腕から生み出された服は正に特級品としてプレイヤーの中でも一目置かれているが

 

難点があるとするならば目玉が飛び出る程の高い値段と

 

その服を造って貰う為にプレイヤー側が用意しなければいけない希少素材の入手難易度だ。

 

「それ仕立てて貰う為にアンタどんだけ頑張ったのよ! アシュレイって希少レアの素材でないと絶対造らない主義なんでしょ! しかも値段もべらぼうに高いって聞くし!」

 

「いやー本当に大変だったよ、ボクの予想を遥かに上回る金額と素材を要求されて焦った焦った、あちこち行ってモンスターを山ほど倒して素材を集めながらお金を貯め続ける毎日で……おかげで作って貰うのにかなり時間がかかっちゃった」

 

「アスナも全身のコーディネートを頼んだ時は、何度も死ぬ思いしながらようやく作って貰ったらしいわよ……大変だったわねホントに……」

 

 

アシュレイもまたリズベットの様に一切妥協はせず完璧なモノを造り上げる事を日々探求している人物。

 

だからこそプレイヤー側にもそれ相応の対価を払ってもらう必要があるのだ。

 

きっとユウキもその対価を払う為に色んな場所へ出向いてひたすらモンスターを狩り続けてレアドロップするのを待ち、ちまちまとコルを稼ぎ集めていきながらようやく作って貰えたのだろう。

 

しかも作って貰った服は自分のではなく銀時のである、彼女の献身的な努力を垣間見たリズベットは、思わずちょっぴり泣きそうになった。

 

「でも一番大変だったのは、銀時達に気付かれぬ様にソロでコソコソとやらなきゃいけなかった事かな?」

 

「俺達に気付かれない様ソロでコソコソ……あ、まさかお前」

 

彼女の話を聞いてそういえばと銀時は思い出す、ここん所最近、彼女が自分達から離れてソロでプレイし続けていた事を

 

「コイツを俺に渡す為に一人で素材探しやら金の準備やらしてやがったのか……」

 

「ハハハ、神器の素材を探す並に大変だったよ。けど間に合ってよかった、銀時が神器を手に入れた時に渡そうってずっと前から思ってたんだ」

 

「お前……」

 

前々から怪しいとは思っていたがまさかコレの為だったとは……頬杖を掻きながら照れ臭そうにはにかむユウキに、銀時もまた髪を掻き毟りながら黙り込んだ後

 

「ったく、別に秘密にする必要ねぇだろうが、ちゃんと言えば俺だって手ぐらい貸してやったっつうのに……」

 

「サプライズする相手に言ったら台無しじゃん、それにどうしてもボクだけの力でやりたかったんだ」

 

「はぁ~なんだそりゃ? 意味わかんね……まあいいや、とりあえずありがとよ、俺の為に色々と頑張ってくれて、こりゃ随分とでけぇ借りが出来ちまった」

 

「あーいいよ別に気にしないで、銀時のせいで苦労するのはもう慣れてるし」

 

「人が珍しく褒めてやってるのに可愛くねぇ事言いやがって……」

 

ぎこちない感じで礼を言う銀時の反応を見て、ユウキは満足したかのような表情を浮かべて意地の悪い事を言ってのける。

 

それに銀時も口元に軽く笑みを浮かべていると、彼女は更に補足を付ける。

 

「それとボクがプレゼントするこの服はちゃんとした防具だからね、今の恰好のままじゃ六十層以上は難しいから、これで銀時も上級者になる為の準備が整ったって所かな?」

 

「だから俺が六十層のフロアボスに行くまでに渡したかったのか」

 

「ま、神器とアシュレイ手製の防具を装備している時点、それと銀時の持つポテンシャルから見て、既に普通の上級者よりはそこそこ上なんじゃない?」

 

「そこそこかよ」

 

ボロボロのジェダイの恰好とはここでお別れ、ここからは現実世界と全く同じ格好で再出発だ。

 

しかし彼ならきっと問題ないだろうと、ユウキは冗談を言いつつも、いずれ彼が自分と同じ階層に昇りつめると確信している

 

「それじゃあ行こっか銀時、みんなの下へ、新しい力でみんなやフロアボスの度肝を抜いてやろうよ」

「そうだな、さっさとボスをぶっ倒して、全員でパァーッと打ち上げに洒落こもうぜ」

 

ユウキから貰った着物を肩に担ぐと、金木犀の刀を手に持ったまま銀時はユウキと共に歩きだす。

 

武器と防具を新調し、ここから更なる飛躍を遂げる為に……

 

 

 

 

 

しかし

 

「ちょっと待つであります」

「ぐえ!」

「銀時!?」

 

カッコ良く颯爽と店を出ようとした銀時だが、そこへ空気も読まずに彼の後ろ襟を掴んで引き止める人物が

 

ユウキが来てからずっと無表情で、ユウキが銀時にプレゼントしたり互いに笑い合いながら楽し気に喋っているのをやや険しい顔つきで眺めていたアリスである。

 

「なにやら仲良さげに会話していたので入る事もままならない状態でしたが、ここで私からもお前に渡すモノがあります、その着物も確かに素晴らしいのは認めます、ですが私が渡すモノの方がもっと良いモノです」

 

「どうして毎回お前は首を責めて来るんだよ、銀さんの首に恨みでもあんのかお前は……渡すモンってなに?」

 

どうやらユウキが銀時にプレゼントしていたのが少々気になったみたいで、負けじと自分も彼に何かを渡そうと思ったらしい。

 

首を押さえながら銀時が口をへの字にして首を傾げると、彼女はピッとメニューを開いてそこから

 

 

 

大人三人が簡単に入れる位の巨大袋を小さなメニューから無理矢理引っ張りだして

 

思いもよらぬモンを出されて銀時だけでなくユウキとリズベットも唖然としていると、袋の中でジャラジャラと鳴り響かせながら、アリスはそれをヒョイと手に取って結び口を銀時の方へ突き出して

 

 

 

 

「お金です、これで好きなモノをなんでも買いなさい」

「やっぱり金かよ!! いいってもう! その金のせいでユウキに色々と怒られてんだよこっちは!」

「お前に拒否権などありません、つべこべ言わずに受け取るのです」

「アリス、悔しいのはわかるけど流石に現ナマで対抗しようとするのは勘弁してよ……」

「生々しいわね……これが女同士の戦いって奴か……」

 

たんまりとお金が入った巨大袋を無理矢理銀時に押し付けながら真顔で受け取らせようとするアリス。

 

一体そんな大金をどこで手に入れたのだと疑問を浮かべながらも、そんな彼女にユウキは呆れた様な視線を送る。

 

リズベットもまたとにかく金があれば解決出来ると思い込んでいるアリスによる、是が是非でも銀時の主導権を奪おうとする執念を目の当たりにして、頬を引きつらせながらドン引きの表情。

 

結局、銀時はユウキからのプレゼントはありがたく頂いたが、アリスからの生々しいプレゼントはなんとか抵抗して拒否する。

 

その時の揉め事が原因で、彼等が待っている仲間達の下へ集まったのは、約束の時間がとっくに過ぎた頃であった。

 

前途多難な幕開けではあるが、ここからいよいよ

 

坂田銀時の進撃が始まる。

 

 




Qアシュレイってどんな人ですか?

Aマドモーゼル西郷と仲良くなれそうな人です、もしくは一緒に働いてる可能性もあります


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第七十層 白銀の鬼神

ここいらでようやく銀さんの成長に一区切りできました、まだ完全究極体ではないですけど攻撃力2600ぐらいはあります(遊戯王風


六十層のフロアボス・ナラカ・ザ・パニッシャーは石で造られた鎧武者の様な出で立ちだった。

 

この先へ進もう頭する侵入者を排除する事だけを考え、声も上げず感情も見せず、ただ己の忠義を全うする為に戦う武士と言った所か

 

そして彼の強靭な肉体から放たれる瞬速の太刀は、動作さえも全く見えず回避するのが非常に難しい。

 

この先の階層へ進めば上級者プレイヤーとして認められる、しかしそう簡単にはいかぬと、挑戦者の前に立ちはだかる鎧武者は、無言の居合い切りで次々と葬っていく。

 

「おいおいおい! またこっちの何人かやられちまったぞ! ひょっとして残ってるのって俺達だけなんじゃねぇのか!?」

 

「あーもううっさいわねヒゲバンダナ! 今更確認しなくたって周り見渡せばすぐにわかる事じゃないのよ!」

 

「んだと! てかお前さん誰だよ! さっきから逃げてばかりじゃねぇか!」

 

「アンタこそ全く攻撃当たってないじゃないの! その刀はなまくらなの!? ああん!?」

 

残り少ない仲間がまた敵の太刀に斬り捨てられたのを見て慌てて距離を取っているのはクライン。

 

そしてそんな隣で一緒に後退していたリズベットが、初対面であるにも関わらず失礼な物言いを彼に放っている。

 

そのまま戦いそっちのけであーだこーだと口論を始めてしまうクラインとリズベットに呆れた視線を送りながら

 

今回は支援側ではなく攻略側として最前線で戦っているエギルが両手斧を携えて苦笑していた。

 

「やれやれ、急ごしらえで作ったチームとはいえ、よりにもよってここまでまとまりがねぇ連中を生き残っちまうとはな……こちとらカミさんに早く追いつきてぇんだからさっさと先へ行きたいってのによ」

 

「しゃーないやろ、己の実力不足も自覚していない雑魚はここでふるい落とされるんや、つまり今生き残ってるワシ等こそが真の状況者に相応しき……げふぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「おーいみんな、どうでもいい事だがキバオウの野郎が余裕ぶっこいてぶっ飛ばされたぞ、気を付けろ」

 

腕を組みながら上から目線で偉そうな事を言い出していたキバオウが、エギルの近くで鎧武者の鞘当てで軽く吹っ飛ばされてしまった。

 

一応まだHPは残っているみたいだが、壁に頭からめり込んで動けない様子のキバオウを確認しながら、エギルが気の抜けた様子で周りに伝令を飛ばす。

 

しかしそんな中で

 

「ってうおっと!」

 

鞘のみでキバオウを制したナラカ・ザ・パニッシャーは、次の標的をエギルへと切り替え、今度は太刀を振るって彼に襲い掛かった。

 

寸での所で両手斧で彼の斬撃を受け止めるエギルだが、その一撃一撃は重く、重量級の盾役である彼でさえもどんどん後退せざるを得ないぐらい苦戦を強いられることに

 

「クソ! マジで油断したら一気にやられちまう!」

 

この階層で攻略が止まってしまっているエギルにとって、このフロアボスには今まで何度も痛い目に遭っていた。

 

今回こそはと思い、なんとか健闘はしているものの、このままではまたもや奴の太刀の餌食にされてしまうであろう。

 

敵の猛攻を防ぐだけで精一杯のエギル、しかしそこへ

 

「盾役としてそうして時間稼いでいるだけで十分だよ、後はアタッカーのこっちに任せとけ」

 

「へ、いいからさっさと後ろで隠れてねぇで前に出ろっつうの」

 

無論、エギルもなんの意味も無くただ相手の攻撃を己の身を挺して防いでいた訳ではない。

 

こうして相手の太刀による連続攻撃を受け止めてる隙に、自分の背後から現れたアタッカーによって逆に相手にダメージを与える為だった。

 

そして荒っぽい口調を送りながらも、エギルが絶対的な信頼を寄せている人物が右手に剣を携えて颯爽と彼の真上を飛んだ。

 

「行くぞユージオ! 言っておくがお前の防御力じゃ奴の攻撃を掠っただけで即死に繋がるからな! 気合入れて避けろよ!」

 

「気合だけでどうにかなる相手じゃないと思うんだけどね! まあやるだけやってみるよ!」

 

エギルと入れ替わる形で鎧武者の前へと現れたのはキリトとユージオ。

 

流石に六十層ともなると今まで違いキリトもずっと後ろで様子を見守っている訳には行かない

 

最近ちょくちょくつるむようになったユージオを連れて、彼は右手に持つ片手剣・ディバイネーションで華麗に鎧武者を攻めていく。

 

「あーちくしょう! どこぞの誰かに俺の愛剣へし折られたから二刀流出来ないのが腹立つ!!」

 

「まだ根に持ってるの……いいじゃんその剣もかなり立派だよ? それにいずれ神器が手に入るんだろ?」

 

「ああ! どこぞのホラ吹き鍛冶師がちゃんと真面目に仕事してくれればな!」

 

かつて愛用していた二刀流化スキルを持つレア武器・エリシュデータを、不注意による事故でユージオに折られてしまった事をまだ引きずっている様子のキリト。

 

彼と入れ替わる形で鎧武者に青薔薇の剣を振るいつつ、ユージオはいい加減しつこいと言った感じで返事するも、キリトは恨めしそうにまだクラインと揉めているリズベットをチラッと横目をやる。

 

「先に来た依頼を優先するからもうちょっと待ってろだとさ! おまけに何度も金が足りないと催促して来るし! アルゴへの情報代を払いまくったせいでこっちがもう素寒貧な事ぐらいわかってるクセに!」

 

「なんかもう八つ当たり気味に敵に攻撃してるね……そんな状況で隙見せたらすぐやられるよ?」」

 

叫ぶたびに何度も剣で斬り付けていくキリトは、デタラメではあるが本当にこのゲームをやり込んでるんだなと思い現も、ユージオはそっと彼に警告したその時。

 

しかし

 

「うげぇ!」

「キリト!?」

 

案の定、苛立ちを募らせながら文句を垂れるキリトはつい油断してしまい、黙する鎧武者からの突然のカウンターを手痛く食らってしまう。

 

あっという間にHPを削り切れてしまう太刀による攻撃ではなく、相手を突き飛ばす為の兜による頭突きだったのが幸いだったが、キリトは派手に後ろに吹っ飛ばされてしまった。

 

「戦いの最中で他の事ばかり考えてるからだよ! 今はとにかく神器の事は忘れようよ! 戦いに集中して!」

 

「クソ、俺とした事がしくじった……やっぱここまで来るとソロで押し切るのは難しいな……」

 

ユージオに言われながらキリトは地面に頭から落下するも、すぐに上体を起こした。

 

「第六十層のフロアボス・ナラカ・ザ・パニッシャー……そういや俺が前にコイツとやり合った時が今のパーティーの三倍のプレイヤー人数だったな……あの頃も結構キツかった」

 

当時攻略した時のパーティー人数と比べて、今のパーティーはそれの三分の一以下程度、おまけに序盤でほとんどの参加者がやられてしまったのだ。

 

この戦況にはキリトも流石に攻略は難しいなと顔をしかめていると、そこへ即座に駆けつけてくる二人の男女。

 

「大丈夫、キリト君?」

 

「ほらポーション、僕等が余裕持って所持しているから遠慮なく受け取ってくれ」

 

「おおサンキュー、まだ生き残ってるとか凄いなアンタ達」

 

「テツオ達はやられてしまったけどね……月夜の黒猫団の残りは僕とサチだけさ」

 

キリトの下へやって来たのはパーティーの援護役としてメンバーに補助アイテムを渡す役に徹している月夜の黒猫団のサチとケイタだった。

 

彼等から体力回復のアイテムであるポーションを受け取って一気に飲み干すと、キリトはすぐに立ち上がった。

 

「てことは三人やられたのか……こりゃ本当にヤバいな、地味な役回りではあるけどメンバーにアイテムを配り歩く補給係は、こういった強敵なボス相手には必要不可欠だってのに……」

 

回復・補助魔法が扱えるALO型のシルフやウンディーネでもいれば良いのだが、今のパーティーにはいないので実質的に支援や回復はアイテムで補う事になる。

 

そしてそのアイテムを大量に所持して、タイミング良く前線で戦う者や身動き取れない者の所へ駆けつけて援護に徹するのが補給係であり、ここにいる月夜の黒猫団がそれを請け負っているのだ。

 

「面目ない、三人がもうちょっとうまく立ち回ってれば良かったんだけど、三人共”アレ”にばかり気を取られてしまっていて、その隙にあっさりとやられてしまったよ……」

 

「ああ、”アレ”か。いやアレは仕方ない、アレに目を奪わるのはなんら間違ってない、現に俺も数十秒に1回はあっちに視線に移っちまう」

 

「いやキリト君は戦いに集中……」

 

何やら気を逸らすモノがあったせいで、黒猫団のメンバーの他の三人はあえなく散ってしまったらしい。

 

申し訳なさそうに謝るケイタだが、キリトは意外にも気にしていない様子、それどころか自分も”アレ”にはかなり気を取られているとあっさり暴露。

 

流石に最前線のアタッカーが気を取られていてはマズいだろと、サチが呆れた様子で彼にボソッと呟こうとしていると……

 

「おい危ねぇぞテメェ等」

「え?」

 

不意に後ろから声を掛けられたのでサチが振り返るとそこには

 

こちらに向かって黒光りするバズーカを構える沖田の姿が

 

「死にたくなかったら俺の射線からどきな」

「沖田さん!? あ、伏せて二人共!」

 

サチがキリトとケイタに叫んだと同時に、慌てて沖田の前の道を開けると、次の瞬間ズドォン!という派手な発射音と共にバズーカが火を噴いた。

 

着弾ターゲットは勿論、鎧武者のフロアボス。バズーカの直撃を食らって流石に怯んでいる様子だが、まだまだHPには余裕がある。

 

「チッ、直撃したのにてんでHPが減らねぇ野郎だぜ、こりゃ飛び道具耐性持ちか?」

 

「おいアンタ! 危うくお陀仏になる所だったじゃねぇか!」

 

「何言ってんでぃキリト君、俺はちゃんと前置きで警告した筈だぜ、直撃しようがこっちは知ったこっちゃねぇよ、だから……」

 

バズーカを肩に担ぐ侍風の恰好というなんとも不思議なスタイルをしている沖田に対し、サチとケイタと共にギリギリのタイミングで前に倒れて避けたキリトがすぐに起き上がって抗議する、

 

だが沖田はそれに悪びれる様子も無く更に前方に向かってスッと指を差し

 

「ああやってボスと一緒に巻き添え食らおうが、俺の心はちっとも痛まねぇ」

「ユージオォォォォォォ!!!」

 

よく見ると鎧武者の前方でボロボロの状態でうずくまって倒れているユージオの姿が

 

どうやらボスと共に沖田のバズーカの餌食にされてしまったらしい。

 

キリトは慌ててサチとケイタを連れて倒れている彼の下へ

 

「しっかりしろユージオ! 傷は浅いぞ!」

 

「いや沖田さんの一撃のせいで彼のHPはもう大分真っ赤に染まってるんだけど……」

 

「ぼ、僕に一体何があったの……? キリトの代わりに一人で戦っていたら、いつの間にか後ろから爆発に巻き込まれて……」

 

「言い忘れてたぜユージオ、俺達の仲間には平気で味方を巻き添えにする事を、構わないと思っているとんだサイコ野郎が何人もいるって事をな」

 

「うん、酷いパーティーだね本当に……」

 

サチからポージョンを受け取りながらなんとか真っ赤に染まったHPを回復させつつ、キリトに対して力なく笑みを浮かべたままユージオはすぐに立ち上がった。

 

するとそこへ

 

「苦戦してるみたいですね、ならばここは私に任せない」

「みんなお疲れー、こっからはボク達が出番だから休んでて良いよ」

 

 

彼等の前に上からスタッと着地して現れたのはキリトとユージオと同じく前線で戦う役目のアリスとユウキだった。

 

負傷しているキリト達に変わってボスに出向くつもりなのだろう、あまり息の合わなそうなコンビだが目標を見定めると全く同じタイミングで足元を蹴って駆け出していく。

 

「おいおい、腕はいいがドロドロの因縁コンビじゃないか……大丈夫か?」

 

キリトの心配をよそにアリスは木刀、ユウキは片手の細剣を振りかざしながら、全く臆することなく鎧武者に突っ込んだ。

 

「あなたもです、ユウキ。ここで一番活躍するのは私です、なのであなたは帰りなさい、それか腹を切りなさい」

 

「なんで最終的に切腹要求されるのさ? どんだけ邪魔者扱いなのボク? 泣くよ?」

 

ここに来るまでに起きたある件の事をまだ根に持っているのか、今日のアリスは一段とこちらに対して辛辣だ。

 

それにユウキは顔をしかめつつも、鎧武者の脛辺りに狙いを定めて

 

「悪いけどボク、キミにだけはどうしても負けたくないんだよ! 色々な事でね!」

 

ユウキの細剣がピンポイントに脛の部分に深々と突き刺さった、強固な鎧のほんの僅かにある隙間を狙っての一撃

 

自慢の防御力を無視した斬撃にフロアボスがグラリと膝から崩れ落ちると、そこへ今度はアリスが彼の眼前に現れ

 

「何を言っているのかはわかりませんがコレだけは言っておきます」

 

薄汚れた洞爺湖と彫られた木刀を両手で構え、目の前の鎧武者目掛けて勢いよく降り下ろす。

 

「勝利するのは常に私です、今も昔もこれからも」

 

文字通りの兜割り、ナラカ・ザ・パニッシャーの兜はアリスの強烈な一撃を前に呆気なく崩れ落ち、彼の素顔を露にする。

 

兜の下の素顔はまさかの気味の悪い髑髏であった。

 

頭部が露出された今がチャンスと、アリスは右手に持った木刀で再度一気に振り抜いて吹っ飛ばす。

 

そしてそんな光景を回復しつつ次の出番を待つように待機していたユージオがぼんやりとした表情で見つめていた。

 

「あのアリスって子……」

「アリスがどうかしたかユージオ?」

 

彼の呟きに反応して、隣に立っていたキリトが振り返る。

 

「言っておくけどアイツは見た目は確かに美人だが性格は相当アレだぞ、それにもう惚れた男がいるみたいだから諦めとけ」

 

「いやいやそういう目で見てた訳じゃないから……ただ太刀筋が綺麗でちょっとカッコイイなーって思っただけだよ」

 

「見た目をどれだけ取り繕っても結局中身が肝心なんだよな、前に会った事あるだろ、血盟騎士団の副団長? アイツも見てくれは100点満点なのに、中身が絵に描いた様な正義バカだったろ? だから見かけに騙されちゃいけないって事だよ」

 

「人の話を聞いてよ……それと悪いけど君、その副団長さんの事を結構話したがるよね……」

 

「……ムカつく奴の事はとことん愚痴る性質だからな俺」

 

腕を組みながら持論を展開しつつ、いつもの血盟騎士団の副団長に対しての愚痴をネチネチと言い始めるキリトに、ユージオがひょっとしたらと、彼に対して疑いの眼差しを向けていると……

 

「よぉ、ちょいと通らせてもらうぜ」

 

そんな彼等の会話を遮って、真横からスッと通り抜ける人物が一人現れた。

 

二人だけでなくサチとケイタ、そして沖田も声がした方向に振り返ると

 

流れ雲が刺繍された空色の着物を右側だけを脱いで靡かせながら

 

死んだ魚の様な目をした銀髪天然パーマ・坂田銀時がフラフラした感じでやる気無さそうにボスの方へと歩いて行った。

 

「こうして延々と入れ替え形式で戦い続けるのはもう飽き飽きだわ、俺の番で終わりにしてやるよ」

 

そう言うと銀時は腰にぶら下げている金色の刀を鞘から引っこ抜いて肩に担ぐ。

 

見た目はやる気の無さそうなけだるさ全開の冴えない男に見えるが

 

神器・金木犀の刀をキラリと刀身を光らせながらゆっくりとボスの方へと向かう彼の背中をどこか頼もしく思え、ユージオは思わずフッと笑いながら呟く。

 

「確かに見てくれだけが全てでは無いかもしれないね……」

 

 

 

 

 

 

アリスとユウキのタッグを相手にダメージを負いつつも決して倒れる事のないナラカ・ザ・パニッシャー。

 

巨体を山の如くそびえ立たせ、二人を相手に太刀一つでなおも戦い続けている。

 

「簡単に倒せる相手ではないと思ったけど、流石中級者が上級者になる為のの登竜門……流石にボクでもコレはキツいかな?」

 

「キツいのであればさっさと後退するべきと思います、ちなみに私はあなたと違って余裕です、んぐッ!」

 

「ちょっとぉ!? 言っておいて思いきりやられてんじゃん!」

 

ボスの振る細長い得物が自分の体をスレスレで通過している中で、ユウキは背中から黒い翼を生やして上空からの攻撃に転じて死角を突く作戦に出始めている中

 

なおも真正面から攻め入ってなりふり構わず突っ込んでいくアリスが遂に鎧武者の一刀を前に吹っ飛ばされた。

 

しかし彼女がダメージを負うなんて珍しいな……と思いつつ、ユウキは上空から吹っ飛ぶ彼女に叫んでいると

 

「よっと」

「!?」

 

アリスが吹っ飛ばされた先にいたのはまさかの銀時。

 

飛んできた彼女に動じることなく、彼は後ろから両手で抱きしめる様な形で難なく受け止める。

 

「随分と珍しいねぇか、相手がボスとはいえお前があっさり一発貰うなんて」

「誰にでもミスはあるモノです、いかに私とて一本取られる事ぐらいあります……」

「あ~そうかい、じゃあちょっと休んでおけ、選手交代だ」

 

銀時に後ろから抱きしめられてる形のままその場から動こうとしないアリス

 

彼はちょっと不思議に思いつつも、彼女をその場に置いてボスの方へと向かい出した。

 

そんな光景を上から顔をしかめて見下ろしていたユウキはアリスの方へと目を向ける。

 

その時、アリスはこちらの方へ無言で顔を上げて来た。表情は相変わらず変化は無いが、なにか勝ち誇ってるような感じがしてユウキは更にイラッと来た、。

 

(相変わらず姑息な手を……そういうとこ本当に姉ちゃんとそっくりだよ、アリス)

 

ユウキにはわかった、あの時鎧武者の一撃を食らったのは、全ては銀時に弱い部分を見せて乙女アピールする策であったと

 

オマケに吹っ飛ばされた先に銀時がいたおかげで、後ろから抱きしめられるという美味しい特典まで付けた。

 

回りくどい手を使う彼女の姿にユウキは亡き姉の事を思い出しながら顔を険しくしていると

 

「おいユウキ、ボサッとしてんじゃねぇよ、飛んでても撃ち落とされるぞ」

「言われなくてもわかってるよ!」

 

下から呑気な調子で声を掛けて来た銀時にイライラしながら返事すると、ユウキは身を翻して鎧武者の太刀を容易くかわす。

 

そして銀時もまた腰に差した金色の刀の柄を握ると、ボスの目の前で悠長な動きでそれを軽く抜いた。

 

「そんじゃ、ま、いっちょ試し斬りすっか」

 

長い事時間をかけて造られた金木犀の刀をその手に強く握ると、銀時は遂に前へと出る。

 

宙を舞うユウキに気を取られていた鎧武者であったが、銀時が間近に迫っているとわかるとすぐに彼の方へ標的を切り替える。

 

無言のまま真横に振り抜かれる太刀、しかし銀時は表情一つ変えずに身を屈めてそれをヒョイと回避。

 

「ここに来るまで色々遭ったからな、おかげですっかりこっちの世界での動きにも慣れちまったよ」

 

太刀の下を掻い潜った先にいたのは当然得物の持ち主であるナラカ・ザ・パニッシャー。

 

「ま、それでもうっかりしてたら、あっけなくお陀仏になっちまうのがこのゲームの怖ぇ所でも……」

 

斬撃を避けられたからといってボスは動じることなく、足に力を込めて一気にこちらを蹴り飛ばそうとしてきた。

 

しかしその動きも読んでいた銀時は、横に身を反らして攻撃範囲から退くと、すぐに右手に持った金木犀の刀を一層強く握り

 

「面白れぇ所でもあるんだけどな!!」

 

雄叫びと共に銀時の振るう刃がフロアボスの振り上げた足に深々と突き刺さった。強固な硬さを誇る石の鎧をも貫通して

 

「ってヤベェ! マジで切れ味半端ねぇなオイ!」

 

すぐに得物を引き抜きながら、神器の切れ味に己自身で度肝を抜いてしまう銀時。

 

しかしこの刀の凄さはこの程度ではない、最高レアリティを誇る神器という異名は伊達では無いのだ。

 

「重さを感じねぇ剣が、こんなにも斬れちまうとは恐れ入ったぜ!」

 

腕を動かすだけで刀は己の思うがままに素早く反応し、ボスの身体の各部分を自由自在に斬り付けていく。

 

常人では何が起こっているかすらわからない程の驚異的な攻撃速度、そして正確に相手の急所を狙い続けられる精密性

 

前々から銀時が得意としていた戦い方を、この刀であればそれを更に飛躍的に上昇させることが出来るのだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

更に、更に連続攻撃を畳みかけろと言わんばかりに銀時は咆哮と共に鎧武者の崩れ落ちた膝に足を乗っけると、そのまま飛び上がって顔面に向かって神器を振るう。

 

飛び上がった時に空中で掴まれそうになるも、それすらも身を一回転して避け、そのまま回転を咥えながら鎧武者の首を斬り付けた。

 

だが

 

「チッ、現実と違って首を斬っても死なねぇのはやっぱ違和感あるな……」

 

首を刎ね飛ばす程の勢いで振るった一撃だったが、鎧武者は微かに首筋に赤い線、ダメージがヒットしたという印を浮かべているだけでまだ倒れはしない。

 

相手の反応に銀時が苦々しい顔で舌打ちするも、この時点でナラカ・ザ・パニッシャーのHPバーは最後の一本が半分以下に達する事に。

 

「あとちょっとだよ銀時! こうなったらフロアボスとサシで勝って見せてよ!!」

 

「テメェ! さっきから上で飛び回っておいて何もしねぇと思ってたら! そんな無茶な事やらそうと俺にだけ……うおっと!」

 

真上からやや興奮した様子でフロアボスとのタイマンを希望するユウキに向かって銀時が叫ぼうとするも、そこへすかさず体制を整え直したフロアボスが剣を振るう。

 

「いよいよ追い詰められて本気見せて来やがった……」

 

僅かに掠りはしたものの、直撃さえなければどうという事は無いと、銀時はトントンとブーツの踵を合わせながらすぐに金木犀の刀を構えた。

 

この世界のボスモンスターは、追い詰められると更なる力を発揮する、その事はとうの昔に学習済みである。

 

そしてナラカ・ザ・パニッシャーが追い詰められた時は何処を強化するのかというと

 

「こりゃ流石に、さっきの様にはいかねぇかもな……」

 

彼の足下から大量の岩がボコボコと沸き上がると、その巨大な全身を覆う様に更に頑丈そうな鎧を着飾ったのだ。

 

もはやその姿は武者というより巨大な岩石にも見える、いかに神器と言えど、この強化された岩の鎧を貫通する事が出来るのだろうか……

 

「考えても仕方ねぇや、コイツの性能だけでなく限界まで把握したかったし、丁度いい相手だぜ」

 

新調し、更に強化された兜を頭にかぶり直したフロアボスはその目を怪しく赤く光らせる中で、銀時は不敵な笑みを浮かべたまま金木犀の刀の限界を知りたいと、真っ向から立ち向かう事に

 

「テメェがコイツのデビュー戦の相手で良かったぜ!!」

 

叫ぶと同時に銀時は刀を掲げて正々堂々と相手に挑もうと突っ走り

 

それにどっしりと構えながら太刀を振り上げる鎧武者。

 

だが

 

「っとでも言うと思ったかコノヤロー!!」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

銀時の手に合った金木犀の刀が、いつの間にか脇差しの今剣に早変わりしているではないか。

 

しかもそれをヒュンッと相手の顔面に的確に投げて、まさかの飛び道具として利用して顔面に突き刺す。

 

さっき金木犀の刀の限界を確かめたいとか、デビュー戦の相手がお前で良かったとかいい感じの台詞を吐いてたクセに……

 

上からユウキが叫びながら頭の中でそんなツッコミをしている間でも、得物を手元から失くした銀時はすかさず次の武器にクイックチェンジ

 

「こちとらもう疲れてんだよ! パワーアップとかいらねぇから潔くくたばりやがれ!!」

 

新たに選んだ得物はGGO型専用武器・二つ刃のビームサーベル、仙封鬼。

 

右手でブォンブォンと音を鳴らして回転させながら銀時は振り上げると、ボスからの太刀による怒涛の連続攻撃を次々と弾き飛ばして受け流していく。

 

しかし

 

「うお!」

「銀時!」

 

ここに来るまで疲弊していたおかげで、流石に全てを弾く事は出来なかったのか、最後の一撃である振り下ろしには素早く対応しきれなかった。

 

頭からじゃなかったのが幸いだったが、あっさりと左腕をボトリと斬り落とされてしまう銀時。

 

プレイヤーが体の部位を破壊されたら大ダメージだ、当然彼のHPは一気に削れてしまう。

 

だが銀時は左腕を落とされた状態でありながらも平然とし

 

「へ、現実と違ってこんだけの状態でも死なねぇってのは、ちょいとした化け物気分だぜ……」

 

そんな冗談を飛ばしながら銀時はすぐに右手だけでショートカットメニューを出現させて即座に新たな武器を引っこ抜く。

 

それはHPが瀕死の状態だからこそ使えるとっておきの秘剣……

 

「ここで姉ちゃんの形見・物干し竿かぁ……」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

上からボソッと呟くユウキを尻目に、銀時は右腕一本という状態にも関わらずそれを肩に担いで目前の敵へと斬りかかった。

 

「コイツで!」

 

とっておきの切り札で、反撃の隙さえ与えない程苛烈に攻め続ける。

 

この物干し竿があってこそ

 

長いリーチ・高い攻撃力・速い攻撃速度、どの点を置いても理想的なこの武器があってこそ

 

銀時はここまで到達出来たのだ。

 

「どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ってそこで醤油ぅ!?」

 

そしてここに来て地味に使えるこの隠し技である、流石にユウキも予想出来ていなかったので叫んでしまう。

 

刀の柄を膝で思いきり叩いて刃の先から醤油を華麗にピューッと飛ばすと綺麗な曲線を描き

 

黙する鎧武者の顔面に当たり、その結果相手は一時的な盲目状態に陥ってしまう。

 

「さあて、そろそろトドメと行きますか!」

 

視界を失いその場でヤケクソ気味に刀を振り回す鎧武者相手に、物干し竿をショートカットメニューにしまうと銀時は素手の状態で飛び掛かる。

 

「とりあえず貸したモンは返してもらうぜ!」

 

身体の上に飛び乗ると銀時は鎧武者の顔面に突き刺さっていた脇差しをスポッと引っこ抜くと腰に差し直す。

 

そして最後の一撃を与える為に取り出した武器は

 

「さっきは無理だったが今度こそ飛ばしてやるよ!」

 

神器・金木犀の刀が再び銀時の手で抜かれた。相手のHPもほとんど見えないというこの状況であれば

 

先程出来なかった事が出来る筈だと踏んで銀時は正面か突っ込み、そして……

 

 

 

 

 

「あらよっとぉ!!」

 

振り抜いた金色の刃が光赤く染まったその瞬間、ナラカ・ザ・パニッシャーはガクンと遂に両膝から崩れ落ちる。

 

それと同時にポトリと銀時の足下に、彼の首が転がって来た。

 

「敵将、討ち取ったりってか」

 

目の前にラストアタックボーナスという画面が現れた

 

見事にフロアボスを打倒した銀時は、画面を確認する事無くため息をつく、なんだかひどく疲れた様子だ。

 

静かに右手に持つ金木犀の刀を腰に差す鞘にカチンと戻している彼を、しばし呆然と見つめていたユウキだったがすぐに我に返って彼の近くへとスタッと着地する。

 

「お疲れ様、さっきの動き凄かったよ銀時……まさかフロアボス相手にあそこまで圧倒して見せるなんて…」

 

「んだよ、妙に歯切れ悪い言い方だなオイ」

 

「い、いやぁなんというかその……本当に凄すぎて驚いちゃった、まさか銀時がここまで強くなるなんて……」

 

神器の力と新しい衣装を手に入れただけだからなのだろうか、いやそれだけでなくもっと鬼気迫る迫力が先程の銀時にはあった様な気がする

 

まるで昔、銀時と最初に出逢った時の様な、悪鬼の如く殺気を放ったあの血生臭い雰囲気……

 

「いや違う、銀時は強くなってるんじゃなくて……」

「おーい、よくやったな銀さん!」

 

彼の背中を眺めながらユウキが怪訝な様子で呟いていると、彼の下へ他のメンバーが集まって来た。

 

「お疲れさん! コレで俺達も晴れて上級者の仲間入りだぜ!」

 

「フン、調子乗るんやないで、お前等なんぞ所詮上級者の入り口に潜ったばかりのひよっ子や、むしろこっからが本番なんや」

 

「さっきまで壁にめり込んで動けなかった奴がよく言うぜ」

 

クライン、キバオウ、エギルに銀時は「濃い面子が三人揃って駆け寄って来るんじゃねぇよ」とウンザリした感じで悪態を突いていると、また別のメンバーが駆け寄って来る。

 

「いやーやりましたね銀さん! テツオ達にも見せてやりたかったですよ!」

 

「神器完成おめでとうございます、これで私達もランさんに少しは恩返し出来ましたかね?」

 

「二十一層でアンタを助けておいて正解でしたぜ、随分と斬り甲斐のある力を手に入れてくれたみたいで」

 

ケイタ、サチ、沖田と順に話しかけてくると、銀時は後頭部を掻きながらけだるそうに

 

「ったく揃いも揃ってギャーギャーとやかましいんだよ……とりあえずまた揃ったら今までのお礼にメシでも奢ってやるから、後で連絡しろよ」

 

ぶっきらぼうでありながらもケイタとサチには心の中で密かに感謝し、ドサクサに話しかけて来た沖田に対しては「いや別にお前に助けられてないよね? むしろ一緒に助けられた側だよね?」とツッコミも忘れない銀時。

 

するとそこへあまり接点の無かったユージオと、接点が多過ぎて最近恐怖も感じつつあるアリスがこちらへとやって来た。

 

「えーと、とりあえずおめでとうございます、銀さん……あんなに神器を上手く使いこなすなんて、正直僕も頑張らないといけないなと思いました、流石はキリトが一目置いてるだけありますね」

 

「ユージオ君、お前はもうちょっと肩の力抜け、堅っくるしい真面目な事言ってんじゃねぇよ、作文か」

 

「お前の成長性は凄まじく速いですが、それがまだ限界ではない筈。お前ならもっと上を狙えます、己の限界を決めずに更なる高みを目指しなさい」

 

「そしてお前に至っては一体誰目線なんだよ、師匠気取り?」

 

二人揃ってちょっと天然なのか不思議ちゃんなのか、とにかくまともそうに見えてちょっとおかしいユージオとアリスに銀時が仏頂面で返事していると

 

「アンタも遂に六十層突破か、まあ出会った時からいずれここに辿り着くのも時間の問題だと思ってたよ、アンタならそれぐらい出来るだろうって」

 

不意に背後から話しかけられたので銀時が振り返ると、そこには最も付き合いの長い一人のキリトがジト目を向けて立っていた。

 

「だからこそここまでアンタに付き合ってやったんだ、という事で今までの労いとして、俺にその金ぴかの刀くれ、お願いだから、土下座するから、妹献上するから」

 

「この野郎、ボスを倒した後に言う事がやっぱりそれかよ。お前はどんだけ株を下げればいいんだ、原作キリト君が泣くぞ、てかもう泣いてるよきっと」

 

「いいんだよ、代わりに向こうが株を上げてくれっから」

 

「いや向こうが頑張ってもお前が上がる事はないからね、とりあえず菓子折り持って謝りに行って来い」

 

年下のクセに先輩面したり、こっちがレア物手に入れれば下手に出たり

 

でも時にはキチンと助言したり、ぶっきらぼうでありながらも何かと世話を焼いてくれる不思議な少年

 

最初に出会ってから本当に変わらない奴だな思いつつ

 

素っ気ない事を言いながらキリトからプイッと顔を背ける銀時。

 

「……」

 

そんな彼をしばし無言で見守るように見ていたユウキだったが、すぐに首を横に振ってフッと笑った。

 

「まあ結果がどうであろうと銀時は銀時だもんね……昔じゃあるまいし、今更そんな事で心配する必要は無いか」

 

「おい、何してんだユウキ、先行くぞ」

 

フロアボスを倒した瞬間に垣間見せた銀時の圧倒的な戦闘力、その正体がどうであろうと気にする必要は無いだろう。

 

沢山の人達に囲まれながら、次々と話しかけられてウンザリしてる様子でこちらに助けを求めるかのように振り返って来た銀時の下へ、ユウキは吹っ切れた様子で駆けていくのであった。

 

「うん、今行くよ銀時」

 

 

 

 

アシュレイブランド特製の着物を着飾り、腰に脇差し、ビームサーベル、そして神器を差した

 

死んだ魚の様な目をした銀髪天然パーマの男性プレイヤー

 

短期間で六十層を突破し

 

敗北はしたものの最強の男・ヒースクリフの片腕を斬り落とし

 

二年間誰もが手に入れることが出来なかった素材から、神器を造り

 

いくつもの武器を操って戦うという決して真似の出来ないトリッキーな戦闘スタイル

 

そして坂田銀時は、この戦いを気にその名を様々なプレイヤーに知られ渡る事となった。

 

新たなる力を手に入れ、EDOでもそれなりに名の知れてきた彼は

 

更なる高みを目指し、今だ足を止めずにひたすら先へと進みだすのであった。

 

 

 

 

その先に、未だかつてない程の残酷で苦渋な選択があるのも知らずに

 




これにて波乱万丈編は終わりです、主に銀さんがパワーアップするキッカケを中心としたお話でしたね。

次回はちょっと銀さんサイドから視点を変えて”彼女”視点のお話。

真撰組、幕府などの連中と彼女が絡むお話です。新キャラも出ます

更には彼女の従兄妹であるあの男の謎の人間関係が徐々に明らかに……?

そして遂に、皆さんお待ちかねのCV子安のあの危険な男が参戦……!?

次章、鬼ノ閃光編、お楽しみに




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鬼ノ閃光編
第七十一層 無慈悲な暴力が天才を襲う


声は良いんだけどなぁ……スナフキンと同じなのに……


お昼、結城家の御令嬢・結城明日奈は神楽と共に住んでいる高級マンションの入り口前である人物を待っていた。

 

「遅いわね、何やってるのかしら」

 

「どうせどっかで道草食ってるに決まってるアル、アイツが時間通りに来ないなんて今に始まった事じゃないネ」

 

「一度近藤さんにビシッと言ってもらおうかしら、女の子二人を待たせるなんて男として最低よ全く」

 

 

二人でブツブツと待ち合わせをしている人物の愚痴を呟き合っていると、そこへふと一人の人物がフラリと歩いて来た。

 

「おや、明日奈さんじゃないか? どうしたんだいこんな所で」

「え? げ……」

 

妙に親し気に話しかけられて明日奈が横へ振り返ると、そこにいた人物にすぐに嫌悪する表情。

 

「なんであなたがこんな所にいるのよ、須郷さん……」

 

「ハハハ、嫌だなぁ人の顔を見るなりしかめっ面してくるなんて、たまたま偶然ここを通りかかっただけだよ」

 

「白々しい、どうせ私が住んでる場所を調べて、偶然を装って近づいて来たんでしょ……」

 

「ん~困ったなぁ、どうやら明日菜さんはまだ僕の事を嫌ってるみたいだ」

 

わざとらしいオーバーなリアクションを取りながらやれやれと首を横に振りながら苦笑して見せる男

 

彼の名は須郷 伸之。

 

明日奈の父が築いた会社で部下として働いており、若くして様々な分野で活躍し、遂には明日奈達が遊んでいるゲーム、EDOにも関係するフルダイブ技術研究部門の主任研究員にまで成り上がった天才である。

 

彼の父が父の腹心の部下という事もあって、明日奈や彼女の兄も須藤とは昔から面識があった。

 

だがこの男、一見物腰が丁寧な優しそうな感じではあるが、明日奈や兄は彼の本性をしっかりと見抜いている為、二人からは物凄く嫌われている。

 

その本性というのは……

 

「しかし少々その態度は問題だと思うがね、君がこれからも幸せな生活を送りたいのであれば、今の内に僕にそれなりの態度で接した方が君の為になるんじゃないかな?」

 

「おっしゃる意味がわかりませんが?」

 

「君の父上、つまりわが社の社長は僕の事をえらく気に入っておられてね、上手くいけば次期社長の候補として指名されるかもしれないんだ」

 

「は? あなたが?」

 

目上の人物に対しては猫を被る男だが、いざそれ以外の人間と相対する時はこういった見下した態度を取って来るのが須藤という男の本性なのだ。

 

明日奈は昔からこの男のそういう所が大嫌いで、正直今こうして会話している事さえ苦痛でしかなかった。

 

「冗談でしょ、父の跡を継ぐのは私の兄に決まっているじゃない、血の繋がりも無いあなたなんかに結城家が代々護り抜いた大事な会社を渡すモノですか」

 

「あぁ、君のお兄さんかぁ……彼は勿体ない事したねぇ、まさか名家の生まれでありながらどこぞの田舎娘を嫁に取ろうとするだなんて、名家の血にあるまじき不純物を交えようとするなんて馬鹿な事したら、僕等エリート達が果たして彼についていくかどうか……ま、その辺はきっと父親に似たのかな?」

 

「その辺にしておきなさい、これ以上兄や父だけでなく、母や兄の婚約者まで侮辱するというのなら絶対に許さないから」

 

「ああ、別に許さなくてもいいよ、実の所、君に嫌われようが僕は全く気にしてないんだ」

 

遠回しに自分の家族を馬鹿にしているこの態度が心底腹が立つ、明日奈は冷静を装いながらも目つきは鋭く

 

今すぐ目の前で小馬鹿にした感じで笑っているこの男を今すぐにでもぶん殴ってやりたいという強い衝動に駆られていた。

 

その内心を見破っているのか、須藤はますますこちらの反応を楽しむかのように笑みを浮かべ

 

「君の兄は田舎娘との婚約の件で一部の社員達から反感を買っている、そんな社員達の中で、次期社長を僕にすべきだと君の父に訴えてるみたいなんだ、僕を養子、つまり婿養子にして後を継がせるべきだという話を持ち掛けている所なんだよ」

 

「婿養子ってまさか……」

 

「君も一応は名家の生まれなんだからわかっているだろう、血を分けた息子よりも優秀で有能な部下を息子として後を継がせる、ゆくゆくは僕は君と政略結婚して結城家として生きていこうと思っているんだ」

 

「これ以上ない最悪ね、笑えないわ本当に……」

 

自分の兄に成り代わって須郷が次期社長に、おまけに自分を上手く利用して結城家に入り込もうとしているとは……

 

これ程までに最低な人間は見た事無いと、明日奈が頭を押さえて首を振ると、目の前の須藤は満足げに

 

「さあこれでわかっただろう? これ以上未来の亭主である僕に反抗的な態度を取ると、今後どんな酷い目に遭わされ……」

 

 

 

「ホワチャァァァァァァ!!!!」

「ぐべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

明日奈にトドメの一言を言ってやろうと須藤がサディスティックな笑みを浮かべている所へ

 

突如タイミングを見計らったかのように神楽が雄叫びを上げながら彼の顔面に強烈な飛び蹴りをおみまい。

 

さっきまでの余裕の態度はどこへやら、顔面にめり込む程の蹴りを食らった須藤はそのまま道路にまで吹っ飛ばされてしまうのであった。

 

それ見下ろしながら蹴った張本人である神楽はペッと地面に唾を吐き

 

「アイツの言ってる事よくわかんなかったけど、とりあえずアスナ姐を困らせてるみたいだったから思いきり蹴っ飛ばしったアル」

 

「ありがとう神楽ちゃん、やっぱりあなたが傍にいてくれると頼もしいわ」

 

難しい事も明日奈の家の事情なども深く考えない神楽にとって須藤などただのねちっこい小悪党に過ぎない。

 

そんな彼女の頭を撫でてあげながら、明日奈がさっきまでのキツイ目つきから一転して優しい表情に戻っていると

 

意外にも須藤はヨロヨロと自力で起き上がった。

 

「こ、この小娘! 一体僕を誰だと……!」

「知らねぇヨお前なんか、さっさと消えるアル、次会ったらぶっ殺すぞ」

「ねぇ須藤さん、この子、あなたが前に病院送りにされた人の娘よ」

「な! なんだとぉ!?」

 

小指で鼻をほじりながら半狂乱した様子で叫んでくる須藤を軽く流す神楽。

 

そして明日奈が真顔で彼女の情報を教えてあげると、生まれたての小鹿の様に足をガクガク震わせ。

 

「ぼ、僕を何カ月もの間病院送りにし! 危うく出世コースから脱線し掛けた僕にとって忌々しいあの化け物の!?」

 

神楽の父親には、ちょっと前に「お仕置き」された事があるらしく、その事が未だにトラウマであるものの須藤は負けじと強がりを見せつけようとする。

 

「フン、だが今の僕がその程度で怖がるとでも……」

 

 

 

 

「どるふぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

しかしその途中で突然、彼の方へ勢いよく黒い車が突っ込んで来たのだ

 

そのまま須藤は華麗かつ美しい回転を魅せながら宙を舞い、べちゃりと音を立てて地面に落ちた。

 

目の前の光景に特に動じることなく明日奈と神楽が眺めていると、目の前に停車したその黒い車の運転席のドアが軽く開く。

 

「おい、迎えに来ましたぜお姫様、チャイナは後ろのトランクに入れ」

「遅いわよ、おかげで変なのと遭遇しちゃったじゃない」

「くおらぁサド王子、私だけトランクってどういう事アルか、ああ?」

 

何事も無かったかのようにキョトンとした顔で運転席から現れたのは真撰組の一番隊隊長・沖田総悟であった。

 

ようやくやってきた彼に文句を垂れつつ、明日奈と神楽もまた人を轢いた車の後部座席を開けて車内へ

 

だが助手席に座っていた一人の人物だけが、血相を変えて車から出て来た。

 

「ちょっと沖田隊長!? 今明らかに誰か轢きましたよね!? すんごい勢いでほとんどわざとじゃないかってぐらいのスピードで人撥ねましたよね!?」

 

「え、そうなの? 俺全く気付かなかったけど? なんか車道の真ん中にデカいゴキブリがいるなーと思って踏み潰したのは覚えてるけど?」

 

真撰組では数少ない常識人の枠におさまっている密偵・山崎退がまだピクピクしながら倒れている、かろうじて生きている様子の須藤を指差すが、沖田は全く気にしてない様子で車内に戻った。

 

「ゴキブリ踏んだぐらいでギャーギャー騒ぐなよ、女かテメェは。さっさと行くぞ山崎」

 

「おいジミー、さっさと乗れヨ、こっちはもうさっさと用事済ませて帰りたいんだヨ」

 

「行きましょう山崎さん、心配しなくてもその内害虫駆除の人が回収してくれますから、あのデカいゴキブリ」

 

「沖田隊長とチャイナ娘はともかく明日奈ちゃんまで!?」

 

誰を轢いたのかわからないが、珍しく辛辣な態度で沖田や神楽と共にスルーする明日奈にビックリする山崎であったが、轢いてしまった相手をちょっと心配しつつ、彼等に従い車内へと戻り、再び沖田の運転で目的地へと向かうのであった。

 

どれだけ生まれが良くて天才と称されても、理不尽な暴力には勝てなかった哀しき男を路上に放置したまま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後、沖田の少々荒っぽい運転によって明日奈達はある場所へとやってきた。

 

そこは沖田や山崎、真撰組が拠点としている屯所である。

 

屯所前に車が停まり、明日奈がガチャッとドアを開けて外へと出てみると……

 

「全員敬礼ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「「「「「明日奈さんこんにちわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」

「こ、こんにちわ……相変わらずこの歓迎には慣れないわ……」

 

自分が来るのをずっと待っていたのか、屯所の庭ではいかつい顔した屈強な隊士達が一斉にこちらへと敬礼を取って。

 

綺麗に野太い声を揃えながら力強い挨拶。

 

こうしてここに出向く事は今まで何度もあるのだが、毎回こんな感じなので明日奈はその度に苦笑しながら挨拶を返す。

 

 

すると彼女は手に持っていたバスケットを両手に持って彼等にそれを差し出すように

 

「あのこれ、いつも江戸の治安を護ってくれている皆さんの為に、つまらないものですがクッキー作りましたのでよかったら是非……」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!! 明日奈さんの手作りクッキーだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「どけテメェ等! 俺がいの一番に貰う!!!」

 

「ふざけんなゴラァ!! 俺が貰うんだボケェ!!!」

 

「女の子の手作りクッキィィィィィィィ!!!」

 

「戦争じゃコラァァァァァァァァ!!!」

 

「えぇ!?」

 

突如一斉にこちらに向かって血走った眼で群がって来る隊士達。

 

野郎共しかないむさ苦しい環境で死と隣り合わせの生活を送っている彼等にとって

 

時折屯所に顔を出してくれる明日奈は彼等にとって至高のオアシス

 

そんな彼女から頂き物を貰えるという事はそれすなわち、鬼気迫る争奪戦の始まりである。

 

しかし

 

「アチョォォォォォォォォ!!!!」

「「「「「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 

大人げなく一人の少女に駆け寄って来た男達を、彼女の友人兼ボディガードである神楽が豪快に蹴りでぶっ飛ばす。

 

その迫力と強さに隊士達がたじろぐと、神楽は拳をポキポキと鳴らしながらやや低いトーンで

 

「貴様等モテない男共がそうやすやすとアスナ姐のクッキーを頂けると思ったら大間違いアル……欲しければこの私に一撃食らわし、己の力でもぎ取って見せるヨロシ……」

 

「てんめぇチャイナ娘! また来やがったのかぁ!」

 

「テメェは呼んでないんだよ! 明日奈さん置いてさっさと消えろ!!」

 

「早く私を倒さないとお前達が求むクッキー……ムグムグ、全て私の胃の中アル」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺達のクッキー食ってるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

挑戦的な物言いをしつつ、勝手にバスケットから明日奈が作ってくれたのであろうクッキーを、手掴みで一気に三個は口の中にほおり込んでいく神楽。

 

これには真撰組隊士達も黙ってはいられない、中股たちで争っている場合じゃない、真の敵はチャイナだと

 

「やろう今度こそぶっ殺してやる!!」

「明日奈さんのクッキーは俺達のモンだぁぁ!!」

「ここにいる全員の気持ちを一つにして、あの化け物をぶっ倒すんだ!」

 

男共が一斉に神楽の挑戦を受けると、どんどんクッキーを食べ続けている神楽の方へと方向転換。

 

そして明日奈はというと、自分が原因を生み出してしまった血生臭いクッキー争奪戦を、「ハハハ……」と頬を引きつらせて渇いた笑い声を上げるしかなかった。

 

「本当にみんな、いつも元気ですね……」

「あ~、まあ女の子が作ってくれたモノなんて、俺達には滅多に食えるもんじゃないからね……」

 

ちょっと引いている明日菜にフォローするかのように山崎が後頭部を掻きながら懐をそっと手で押さえる。

 

実は山崎、ここに来る以前に、車内で彼女からそのクッキーを貰っている、しかしこれは目の前で神楽相手に血を流しながら戦っている同僚には絶対に言えない、間違いなく矛先がこっちに向けられるからだ。

 

そして車を駐車場に停めて来た沖田はというと、堂々と彼女から頂いたクッキーを口に咥えながらけだるそうに

 

「おい、たかがクッキーぐらいでなに騒いでんだテメェ等」

「沖田隊長! ってあぁ!! これ見よがしにクッキー口に咥えてるよこの人!」

「隊長ズルいですよ! なんでアンタだけ普通に貰ってんですか!」

「山崎も車内で貰ってたぜ」

「「「「「山崎ィィィィィィィィィィ!!!!」」」」」

「いやちょ隊長!? ギャァァァァァァァァァァァ!!!」」

 

流れるように沖田が山崎を親指でクイッと指差しながらアッサリとバラしてしまい表情が強張る山崎

 

案の定複数の隊士に一斉に襲われ、屯所内で彼の叫びが木霊するのであった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、あのまま放置して大丈夫だったの? なんか暴動みたいになってたけど……」

「どうって事ねぇよ、それより近藤さんに会いに行く方が先だろ」

 

明日奈と沖田は、暴れる隊士と神楽、そして袋叩きにされている山崎をよそに屯所内の廊下を歩いていた。

 

須藤がやられた時は罪悪感はちっとも感じなかったが、彼等に対しては全く別だ、自分のクッキーでまさかあんな事になるとは……

 

「今度差し入れする時はもっと多めに用意しておかないとダメね……」

 

「俺としては差し入れ以前に毎回こうしてウチにやってくるのを止めて欲しいねぇ、モテない男共に群がれて優越感に浸りたいのはわかるが、生憎ここはオタサーの姫が遊びに来る場所じゃねぇからな」

 

「そんなモンに浸ってもいないしオタサーの姫でも無いわよ、それに今回は近藤さんの方に呼ばれてるんだから、直接出向くのは当たり前でしょ」

 

先頭を歩く沖田の嫌味を軽く受け流しながら、明日奈はふと廊下から見える庭の方へと目をやると

 

口元を隠した物凄いアフロ頭の隊士がクッキー争奪戦に参加せずにトコトコと歩いていた。

 

それに気付くと彼女は足を止めて

 

「あ、あの、こんにちわ斎藤さん!」

「……」

 

斎藤と呼ばれた男は彼女の挨拶に振り返ると、僅かに会釈しただけで再びまたどこかへと行ってしまった。

 

先程の隊士達とは打って変わって随分と冷めた対応であった。

 

「やっぱりあの人、私の事嫌ってるのかしらね……子供の時に会った時からずっとあんな感じだし」

 

「そりゃあ終兄さんはアイツ等とは格が違うからな、自分の仕事に関係ないガキなんざ興味ねぇよ」

 

「ガキって私、あなたと年一つしか変わらないんだけど」

 

「精神的な年齢で言えば場数踏んでる俺の方が遥かに上でぃ」

 

馬鹿にした感じでそう言うと沖田は「おら行くぞ」と言って再び歩き出したので、明日奈もまたムカッときながらも黙って後をついて行く。

 

その途中再び、チラリと先程の斎藤という男が行ってしまった方向に目をやると

 

「え!?」

「……」

 

てっきり行ってしまったと思っていた男が、物陰からこっそりと僅かにアフロ頭を出しながらこちらをジッと見ていたのだ。

 

明日奈が驚いて思わず声を上げると、男はサッと隠れて見えなくなってしまう。

 

「なんだったのかしら今の……ひょっとして私を警戒している?」

 

不思議そうに首を傾げつつ、明日奈は気になる様子で悶々としながらも沖田と共に近藤のいる所へ向かう事に

 

三番隊隊長・斎藤終

 

明日奈にとって真撰組隊士の中で最も謎めいた男

 

果たして彼の真意は……

 

 

 

 

 

 

斎藤との接触で少し不安になりつつも、沖田と共に近藤のいる私室の前へとやってきた明日奈。

 

しかしその部屋の前には瓶底眼鏡を掛けた一人の隊士が、背筋をピンと伸ばして立ち塞がるように立っていた。

 

神山五郎、沖田が率いる一番隊の隊士、つまり沖田の部下みたいなモノだ。

 

「お疲れまです沖田隊長!」

 

「おう神山、お前なにサボってそんな所に立ってんだ?」

 

「失礼ですが隊長、自分は隊長と違って業務を怠る事は決してありません! これも大事な仕事です!」

 

「おい、それだと俺がいつもサボってるみてぇじゃねぇか、隊長を侮辱にした罪でお前一カ月間休日無しな」

 

「イエッサー! それが隊長の命であるならば自分はバッチコイっス!」

 

近藤の部屋の前で何やってんだと、早速沖田が神山に口を尖らせるも、どうやら仕事の一環でここに立っているらしい。

 

そして神山は沖田だけでなく明日奈の存在にも気付くとすぐにビシッと敬礼して

 

「そこにおられるのは結城家の明日奈さんじゃないっスか! すみません! 自分、隊長の事しか全く見えてませんでしたから! 隊長以外興味無いしまったく眼中に無かったもんで挨拶遅れました! お疲れ様です!」

 

「神山さんもお疲れ様です、こんな人の部下としてコキ使われて毎日大変ですね」

 

「いいえそんな事ありません! 自分は隊長率いる一番隊にいる事こそが何よりの誇りだと思っているんで! この体を隊長に好き勝手に弄ばれる事こそ、自分が最も輝いてると実感できるのです!」

 

「え……ちょっと隊長さん、あなたまさかこの人と……」

 

「いや違うからね? 違うからそんな目で見ないでくんない? おい神山、テメェのせいで変に誤解されただろうが」

 

敬礼しながら隊長である沖田に対しての強い信頼と忠誠を誓う神山であるが

 

その言葉に少々引っかかるものを感じて、ふと沖田をドン引きした様子で見つめる明日奈

 

これには沖田も手を横に振ってすぐに否定すると、神山の方へと振り返る。

 

「大体なんでテメェが近藤さんの部屋の前にいやがる」

 

「は! ただいま神山! 局長の命によりこの部屋の警護を務めているっス!」

 

「なんで近藤さんの部屋を警護する必要があるんでぃ」

 

「近藤局長曰く、一人部屋の中でゆっくりと瞑想する為に誰も部屋に入れないでくれ、と」

 

「ふーん近藤さんが瞑想、ねぇ……」

 

神山の話によると、近藤は自室で瞑想に集中する為に他の者を部屋に入れない様にしているらしい。

 

だがあの近藤が瞑想などという似合わない真似をするとは到底思えない、沖田は怪しむ様に部屋を見つめる。

 

「ま、俺達には関係ねぇや、俺とコイツは近藤さんにちゃんと呼ばれて来てんだ、そこどけ」

 

「出来ません隊長! 自分はこの時間帯は何人たりとも入れてはいけないと命じられているのです!」

 

「いやお前が命じられてようがいまいがこっちはどうでもいいから、さっさと中へ入れさせろ」

「いくら隊長が相手でもそれは承諾できないっス! どうしても中に入りたいというのであれば……」

 

頑なに近藤の部屋に入れようとしてくれない神山に沖田が少々イラッとしていると

 

神山はおもむろに振り返ってプリッとお尻を突き出して

 

「その代わりに自分の尻穴へ入れる事を許可するっス! ささ! どうぞ遠慮なく!」

「おい、急になにどえらい下ネタ放り込んでんだ、いい加減にしないとマジ刺すよ?」

「刺してくだされ! 隊長となら本望です!」

 

顔を少し赤らめながらぶっ飛んだ要求をしてくる神山に、流石に沖田も引いている様子。

 

だがそれ以上に引いているのは、彼の後ろにまで後退している明日奈。

 

「ええ~……あのー沖田総悟さん……もしかしてあなた、やっぱりこの人とそういう……」

 

「おい頼むから止めろ、マジで変な想像するな、コイツだけだから、コイツだけ特殊なだけだから」

 

「い、いや大丈夫、私そういう趣味に対して別に否定的じゃないから……あなたが隠したいと思っているのであれば、私も何も見なかったと目を瞑っておくことにするわ……」

 

「なに急に俺に対して優しくなってんの? ムカつくんだけど? ちげぇつってんだろいい加減にしろお前等」

 

例え相手が沖田であっても彼の趣味趣向を否定する気にはなれないと、目を逸らしながらちょっとしたフォローを入れてくれる明日奈。

 

珍しく沖田が翻弄される立場に立たされると、彼は明日奈と神山両方に対してジト目で睨み付ける。

 

「おい神山、テメェの仕事なんてどうでもいいからマジで俺の視界から消えろ、そして二度と帰ってくな、さもないとテメェの汚ねぇケツから血が噴き出すぞ」

 

「バッチコイっす! 例え沖田隊長の奴のサイズがデカくても! ありのまま自分は受け入れ……アァーッ!!」

 

神山が言い終える前に、沖田はすかさず腰に差してた刀を思いきり彼の尻にブスリと躊躇なくぶっ刺した。

 

バタリと前から倒れた神山は、お尻に刀が突き刺さったまま動かなくなってしまう。

 

「おら、邪魔者は消えたし近藤さんの部屋へ入るぞ」

「……そうですね、それじゃあお邪魔しましょうか沖田さん」

「いやなんで敬語? ごめんちょっとお願いだから待って、頼むから俺の話を聞いて」

「いえ、だから私は大丈夫です、私はあなたの趣味を全て受け入れます」

「受け入れないで、それが俺への優しさになると思ったら大間違いだから」

 

近藤の部屋へと入る前にまず沖田にはやるべき事があった。

 

なんだか物凄く丁寧な物腰で、自分に対してちょっと優しくなっている明日奈が物凄く気味が悪く

 

そんな彼女に沖田は珍しく自ら謝って誤解を解こうとやや必死に話を始めるのであった。

 

 

 

 

そしてそんな彼等を、廊下の曲がり角で何事かとコッソリと見ているのは

 

「……ったくなにやってんだアイツ等?」

 

私腹の着物姿である真撰組・副長、土方十四郎が怪訝な様子でしばし眺めた後、踵を返して自分の部屋へと戻ろうとすると

 

「うお!」

「……」

 

ふと後ろに振り返ったら、気配も無くいつの間にか自分の背後に立っていた斎藤終とバッチリ顔を合わせる事に

 

どうやら彼も沖田と明日奈の様子を見に来ていたらしい。

 

土方が思わず驚きの声を上げると、斎藤はサッとその場から駆けて行き消えてしまった。

 

「……ったくどいつもこいつも何やってんだ全く」

 

思わずそう呟きながらため息をつき、土方はやれやれと首を横に振りつつ自分の部屋へと入ると

 

 

 

 

 

「さ、気を取り直して溜めていた今期のアニメを消化するでござる」 

 

それと同時に彼の部屋の中でボソリと謎の呟きが聞こえるのであった

 

 

 




終兄さん好きです、出番少ないけど……


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第七十二層 身内の色恋に首突っ込むのは大抵暇人

Qキリトの攻撃力はいくつですか?

Aヴェルズ・ウロボロス

Qユウキの攻撃力はどれぐらいですか?

A究極変異態・インセクト女王

前に銀さんの攻撃力を2600と例えたらメールでちょくちょく聞かれるようになったんで、とりあえず答えときます

その代わり結構適当な上に作中でキャラの戦闘力とか書きたくないんで、デュエリストのみに伝わるアンサーですけど

おまけ

Q屁怒絽さん

A CiNo.1000夢幻虚光神ヌメロニアス・ヌメロニア


「ったく余計に時間かけさせやがって……入りやすぜ近藤さん」

「あなた一回自分の部隊を再編制させたほうがいいわよホントに……失礼します」

 

真撰組の拠点である屯所へとやって来た結城明日奈は、沖田総悟と共に局長・近藤勲の部屋へと入った

 

「「……」」

 

しかしその瞬間、二人はすぐに無言になる。

 

てっきりいつものように胡坐を掻いてどっしり構えてる真撰組の大黒柱がそこにいるのかと思いきや

 

 

 

 

 

布団の上でローブ姿で横になった状態で頭と足の下に枕を敷き、ジャスミンの香料を放つ小瓶を枕元に置いて

 

意識高い系のOLがするようなリラックスできる完全体勢で

 

頭にしっかりとナーヴギアをハメて仮想世界を満喫している状態の真撰組の大黒柱がそこにいたからだ。

 

「え、ナーヴギア……え、近藤さんもしかして……」

「つうか今この人絶賛仕事中の筈じゃなかったっけ?」

 

 

 

 

 

 

それから数分後、二人に叩き起こされてようやく現実世界へ戻ってきた近藤。

 

ナーヴギアを外すと、制服に着替えて、改めて明日奈と沖田の向かいに座って豪快に笑い飛ばす。

 

「いやーすまんすまん! うっかり夢中になってしまって約束の時間をすっかり忘れてしまっていた!」

 

「勘弁してくだせぇ近藤さん、俺じゃあるまいし勤務中にゲームしないで下さいよ」

 

「最近のゲームはホントに進んでるんだな~! まさか「たけしの挑戦状」からここまで進化していたとは! すげぇな最新のたけし!」

 

「人の話聞いてますかぃ? てかアンタがやってるゲームたけしじゃないから」

 

あまり悪びれてない様子ですっかりEDOにハマってしまっている事を話し続ける近藤に、珍しく沖田の方が注意していると、そこへ明日奈が少々意外だと驚いた様子で

 

「て、ていうか近藤さん……いつの間にEDOやってたんですか? 私正直びっくりなんですけど……」

 

「最初は俺の愛するお妙さんとお近づきになる目的でやってみたんだが思いの外面白くて、今じゃすっかりドハマりしてしまいました」

 

「不純な動機ですね……まあ楽しんでくれてるなら嬉しいですけど」

 

何故か敬語でEDOを始めた経緯を語る近藤に明日奈が怪訝な表情を浮かべる。

 

「それでお妙さんとは仮想世界で会えたんですか?」

「……俺が買ってあげたナーヴギア、弟君にあげたんだって……」

「あ、ご愁傷さまです……」

 

ショックで項垂れる近藤に、やっぱり上手くいかなかったのかと、明日奈は頬を引きつらせた。

 

彼の恋を応援したいのは本音だが、それと同時にこれ以上お妙に付き纏うのは止めてほしいという思いもあるので、正直かなり複雑な気持ちだ。

 

「ていうか同じゲームやってるって言って下されば私お手伝いしたのに……」

 

「ハハハ、明日奈ちゃんにバレないよう手を借りずに、己の力で会いに行って驚かせようと思っていたのさ」

 

「今の時点で十分驚いてますよ……私の尊敬する人が女性にストーカーするだけじゃ飽き足らず、仕事をほったらかしにしてゲームに夢中になってると知って……」

 

「いいかい明日奈ちゃん、男ってのは不器用なんだよ、仕事も恋もゲームも、全部器用に出来る奴はいないのさ……」

 

カッコ良さげに腕を組みながら答える近藤に、明日奈は訳が分からんと呆れ気味に「アハハ……」ととりあえず苦笑していると

 

「近藤さん、それより俺達をわざわざ呼びつけた理由をいい加減話してくれやせんかね?」

 

「あ、そういえば私もその為にここに来たんだった……」

 

「おーそうだった、すまんすまん、俺の方から呼んだというのに余計に時間を取らせてしまって」

 

「心配しなくてもいいですよ、俺はともかくこっちの方は毎日暇ですし」

 

「暇じゃないわよ! 分刻みのスケジュールよ!」

 

「嘘つけこちとら浩一郎君から聞いてんだぞ、お前実家出てから仕事もせず……」

 

「いやしてるから! 江戸を護る為に働いてるから!」

 

隣に座る自分を指さしながらサラッとキツイ事を言ってくれる沖田に明日奈がムキになって返しているのをよそに

 

改めて「まあまあ」と近藤が話を始めた。

 

「実を言うとお前等を呼んだのは他でもない、単刀直入に言うとだな、今後しばらくは二人で揉め様を起こしてほしくねぇんだ」

 

「俺とコイツが? 近藤さん冗談はよしてくだせぇ、俺がいつこんな世間知らずのお嬢様と揉め事なんて起こしやしたか? コイツが一方的に突っかかって来るだけですよ」

 

「それはあなたの方でしょ……昔から事あるごとに私の事イジメて……」

 

「いやいやだから! そうやってギスギスした雰囲気を出してほしくねぇんだって!」

 

言った直後にまた睨み合って喧嘩腰になる沖田と明日奈に、近藤が慌てて仲裁に入る。

 

「総悟も明日奈ちゃんもわかってるだろ、今後近い内に」

 

 

 

 

 

「明日奈ちゃんの兄である浩一郎君と、総悟の姉、ミツバ殿が晴れて挙式を上げられる準備が出来つつあるって事を」

 

彼の言葉に沖田と明日奈もさすがに押し黙った。

 

そう、何を隠そう明日奈の兄は今、沖田の姉と結婚式の準備をしている真っ最中なのだ。

 

二人の事を良く知っている近藤にとって、これ以上にめでたい話は無い。

 

「浩一郎君の事は俺はガキの頃からよく知っている、それに当然ミツバ殿の事もだ。この二人が結婚すると聞いたときは俺も心底驚いたもんだが、兄貴分としてしっかり見送ってやりたいんだよ」

 

「そいつは俺もですよ近藤さん、何せ俺は浩一郎君の事はずっと気に入ってるんでね、そんな相手なら喜んで自慢の姉上を嫁に出せまさぁ、まあその妹とふてぶてしいニコチン中毒者と親戚関係になるのが不満ですが」

 

「私もミツバさんが義理のお姉さんになってくれるのは子供のころの夢が叶った気分で嬉しいですけど……余分な弟がセットで付いてくるのが嫌です」

 

「なんなの君達? 喋る度に争わないと気が済まないの? セリフに毎回相手への悪口を言わないといけない決まりでもあるの?」

 

昔からよく見た光景ではある沖田と明日奈の不毛な言い争い。

 

近藤派二人の仲が悪い原因も薄々気づいているので今まであまり強く言ってこなかったが、今回ばかりは状況が状況だ、ここは年長者らしくビシッと言っておかねば

 

「総悟、確かにお前の姉であるミツバ殿が浩一郎君と結婚するのはめでたい事だ、しかし実を言うと、名家である結城家に家柄もない田舎出身のミツバ殿が嫁ぐ事に不満を持つ輩も少なくないらしい」

 

「わかりやした、そいつ等全員粛清してきます」

 

「そういう方法で解決して来いって言ってんじゃないから!」

 

澄まし顔ですぐに腰に差す刀を抜こうとする沖田に慌てて近藤が叫んで止める。

 

「とにかく、俺としても腹の立つことだが……身分の差が大きすぎるという事でミツバ殿も立場上ツラい状況に置かれているんだ」

 

「そういう話は姉上からの手紙には書かれてやせんでしたが……結婚が遅れた事にはそういうのが関係してたんですかね」

 

「多分な、これ以上状況が悪くなると、最悪反対派に押し切られて当人の意志も関係なく婚約を無理矢理解消されてしまうという可能性もある」

 

「なるほどねぇ、家柄を気にするセレブ共には、どこぞの田舎から出てきた娘が、将軍家とも縁の強い名家の後継ぎと嫁ぐのが面白くねぇと……大層ご立派な考えなこって」

 

面白くなさそうに近藤が呟くと、沖田もまた表情に変化はないモノの、その目は鋭く気が立っているようにも見えた。

 

そして話を聞いていた明日奈もまた顔をしかめてここに来る前に出会ったある男の話を思い出す。

 

「そういえば父の下で働いているいけすかない男がそんな話してました……私の兄を厄介者として跡継ぎ候補から外して、いずれ自分が私と結婚して結城家を手に入れるとか……」

 

「よしわかった、真撰組全隊出撃してそいつ粛清してくる」

 

「いやそこまでしなくていいですから! それに既に先程粛清されましたから!」

 

真顔で重い腰を上げて真撰組に号令をかけようと動き始める近藤を明日奈が慌てて止める。

 

「兄がミツバさんと結婚するのを反対しているのは、もしかしたら彼を支持してる連中かもしれません、理由はどうあれ批判の声を大きくすれば兄の信用を失わせるチャンスだと思っているのかも……」

 

「う~む、ミツバ殿だけでなく浩一郎君の立場も危ういって事か……これじゃあますます結婚が上手くいくかどうか不安だ、とにかく今俺達が出来る事があるとするならば……」

 

明日奈の話を聞く限り、沖田の姉だけでなく婿である彼女の兄も色々と面倒な事に巻き込まれているらしい

 

おまけにこれを理由に家を乗っ取ろうとする不届き者まで現れる始末だ。

 

ならばここはやるべき事はまず……

 

「やはりここは総悟と明日奈ちゃんにはしばらく争う事を止めてもらう他あるまいな」

 

「だからなんでそこで私達が出るんですか……」

 

「花嫁の弟と花婿の妹の仲が険悪だと知られれば、反対勢力に上手く利用されるかもしれん、ここは上手く隠し通通して連中にこれ以上餌を与えないようにしよう」

 

近藤の言葉に沖田はやや不満げな表情でピクリと耳を動かす。

 

「ひょっとして近藤さんが俺とコイツをわざわざ呼んだのは、それを俺達に言い聞かせる為だったんですかぃ?」

 

「ああ、ここは俺も浩一郎君とミツバ殿の為に、お前等にもキチンと身の振り方を改めろと思ってたんでな」

 

「……そいつが本当に近藤さんが考えた事であれば俺は従いやすが、実際の所違うじゃないですかぃ?」

 

「どうしてそんな事わかるのよ」

 

「近藤さんにしては回りくどい手だ、恐らくどこぞの誰かに入れ知恵でもされたんだろうよ」

 

そのどこぞの誰かも当にわかっているような口振りで沖田が答えると、近藤は後頭部を掻きながら苦笑い

 

「やっぱお前には隠せなかったか、コイツは本人に口止めされていたんだが仕方ない」

 

「いったい誰なんですか? 近藤さんに指示できる人なんてそうそういないと思うんですけど……」

 

「トシだ、お前達に、自分の代わりに言ってくれとな」

 

「十四郎さんが!?」

 

意外な名前が出て来たので明日奈は思わず目を見開く、まさかあの鬼の副長がわざわざ自分達に忠告を?

 

「自分が言ってもどうせ聞かないだろうから、ってな」

 

「やっぱそうだと思ってやしたよ、あの野郎が考えそうな手だ、いけすかねぇ……」

 

「どうせ聞かないって……十四郎さんが言ってくれるなら私は素直に従うつもりなんだけど……」

 

「俺は聞かねぇからな、姉上が結婚する事になんの反応もしなかったクセに、俺達に根回したぁどういうつもりでぃ」

 

「……」

 

自分達に忠告したのは近藤ではなく土方だとわかり、沖田は段々荒っぽい口調になりながら悪態を突く。

 

いつもならここで明日奈がムキになった様子で突っかかるのがお約束なのだが、彼女はふと別の事を考えて彼の言葉に耳を傾けていなかった。

 

「十四郎さんはミツバさんが無事に結婚してもらう為に、余計な波風が立たないよう陰ながらフォローしていたのね……でもなんでかしら、私としては十四郎さんがミツバさんが結婚する事を素直に受け入れている事がちょっと……」

 

ミツバと土方は昔から交流があったのを明日奈はよく知っている。小さな頃によく土方に連れられて彼女の所に遊びに行ってた事をよく覚えている。

 

そしてすぐに自分達に素っ気なく背を向けて、自分と同じく小さかった沖田を連れてさっさと道場へ行ってしまう

彼を、何も言わずに見送る彼女の顔も……

 

「大丈夫かしら十四郎さん……それにミツバさんも……」

 

「野郎が望んだ結果だ、姉上も幸せになる為に、前々から姉上に惚れていたテメェの兄貴の所へ嫁ぐんだ。妹なら実の兄貴の幸せの事だけ考えてろ」

 

ふと二人の事が心配になる明日奈に沖田が目も合わせずにサラッと呟くと、彼女はジロリと目を向けて眉間にしわを寄せる。

 

「……あなた十四郎さんの忠告聞く気あるの? なんか早速私に噛みついてるみたいだけど」

 

「野郎の言う事を聞くのは勘弁だが、ま、姉上の幸せの為だ、人の目が多い所では、お前をイジめるの止めておいてやるよ、感謝しろ」

 

「できれば一生止めて欲しいんですけど……全くこの男といいあの厨二剣士といい、どうしてわざわざ私に突っかかって来るのかしら……」

 

ふと頭の中に一人の人物が浮かび上がり、その者と口を開けば言い争っている光景を思い出し、明日奈がハァ~と疲れた様子でため息をついていると。近藤は腕を組んだ状態でうんうんと頷いて

 

「とにかくこれ以上厄介事は勘弁だ、これからが大事な時期なんだから大人しくするんだぞ二人共、特に総悟、お前は明日奈ちゃん関係なくトラブルを引き起こす厄災みたいなモンだからな、流石にしばらく自重しろよ」

 

「わ~ってますよ、これからは犯人にバズーカ10発ぶち込むのを止めて9発にしまさぁ」

 

「いやわかってないじゃん! たった1発しか自重してないじゃん! 9発でも十分やり過ぎだから! ホント勘弁してお願い!」

 

絶対にわかってない口振りで平然と答える沖田、わかってはいたが、やはりこの男は全く人の話を聞かない……

 

「つーか俺達以前にもっと気を付けた方が良い奴がいるでしょ」

 

「え、誰の事?」

 

「近藤さん使ってまで俺達に忠告してきやがった土方さんでさぁ」

 

「十四郎さんが?」

 

「トシか……」

 

自分よりも自重すべきは土方だと沖田が肩をすくめて主張すると、明日奈は「は?」とわかってない様子で首を傾げ、近藤は察したかのように難しい顔をする。

 

「近藤さんだって気付いてるでしょ? ここ最近あの人の行動がおかしくなってるって事を」

 

「確かにここ最近のトシの様子はどうもおかしい……自室に籠る時間も増えたし一体どうしたんだ……」

 

「十四郎さんになにかあったんですか!? 部屋に籠るってまさか病気!?」

 

「いや、病気ではないとは思うが……最近のアイツはちと行動が読めなくてな」

 

あの鬼の副長がまさかの病の危機に瀕している、二人の会話を聞いてそんな風に危惧した明日奈に近藤は苦笑いを浮かべながら説明して上げた。

 

「真面目に業務をこなして副長としてのメンツは保ってはいるんだが、隙あらばいつの間にかアニメ観たり漫画読んでたり……部屋にオタクっぽい人形を飾ってしげしげと眺めていたりと、以前のトシには絶対にあり得ない事ばかり繰り返してるのをよく見てな」

 

「と、十四郎さんがアニメぇ!? そ、そんなこと絶対にあり得ないですよ! あの人はそんなモノに現を抜かす人じゃありません!」

 

「あと、携帯の着信音が妙にポップな感じになってたな、その音が鳴るとトシは突然慌ててどっか行ってしまうんだ」

 

「ポップな感じ……もしかしてプリキュアですか!?」

 

「いやプリキュアかどうかは知らないけど……てかプリキュアってなに?」

 

トシ、土方十四郎の様子が明らかにおかしくなっていると話してくれた近藤に、明日奈はワナワナと肩を震わせながら動揺する。

 

あの、隊士の誰もが(一人除く)尊敬してやまない鬼の副長が、自分の部屋にフィギュアを置いてそれを眺めているなんて全く想像できない、というかそんな現実を受け止めたくない。

 

ショックを受けて呆然とする明日奈を尻目に、沖田もまた近藤に口を開く。

 

「理由はわかりやせんが土方さんのオタク化はいずれ他の隊士達にもバレちまう、さっさと原因を突き止めねぇと真撰組の面目丸潰れですぜ?」

 

「しかし本人にも俺から何度か聞いてはいるんだがなぁ……なんでもねぇの一点張りで詳しく語ろうとしねぇんだアイツ……」

 

「なんでもあるから聞いてるってのに……困った野郎だ、俺達に口を出すよりテメーの身の振る舞いをどうにかしろってんだ」

 

「まさか俺にも言ってくれないとはな……せめてどうしてオタクに目覚めたのかぐらい教えてくれてもいいだろうに……俺は別にオタクだからって気にしないんだけどなぁ」

 

口を割ろうとしない土方に沖田は悪態を、近藤は顔を曇らせて素直に心配している中

 

そこで明日奈がハッとした表情で何かに気付いた。

 

「もしかして十四郎さんがオタク化したのって……交流関係にあるんじゃないですか?」

 

「交流関係? いやいや、俺達真撰組にオタク趣味の奴なんていないぞ」

 

「もし真撰組以外にいるとしたら……」

 

「真撰組以外、そういえばトシの奴、最近電話でちょくちょく俺達以外の誰かと話しているみたいだったな……」

 

「それです!」

 

彼女の追及に近藤はアゴに手を当てふと土方の不可解な行動の一つを思い出すと、彼に向かって明日奈はビシッと指を突き出した。

 

「きっと十四郎さんその電話の相手と知り合ってから変わり始めたんですよ! それもあのバリバリ硬派の十四郎さんを、オタク化させるぐらいという事は既にかなり親密な間柄の人物……」

 

「なにぃ!? 親密な間柄という事はもしかしてアレか!? いわゆる彼女的な!?」

 

「実は私、前に十四郎さんと出会った時に電話の相手に向かって叫んでいるのを聞いたんですよ……どうも相手は女性ぽかったです」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 未だお妙さんの携帯番号も知らない俺を差し置いて!! テメーは女と電話でイチャイチャしてやがっただとぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「いやそこまでは言ってないです……」

 

明日奈の話を聞いて近藤は両手で頭を抑えながら狼狽え始める。

 

長い付き合いである彼でさえも、あの土方が電話越しとはいえ女性と会話する事なんて絶対にあり得ないだろうと思っていたからだ。

 

「あの女にまるで興味の無かったトシが!? く! 気になる! 一体どんな女性とお付き合いしているんだ! すっげぇ気になって今からトシの所へ乗りこんで行きたい所だ!!」

 

「近藤さんならそう言ってくれると思っていました、私も常々十四郎さんにはいい人を見つけてほしいと思っていたんです……だからこそ! この千載一遇のチャンスをあの人に掴んで欲しいんです!」

 

「やべぇ、すっげーどうでもいい、早く部屋に戻って昼ドラ観たい」

 

一人冷めた表情を浮かべている沖田をよそに、近藤と明日奈は一体どんな相手なのかと強く気になり始め

 

遂にはその場で立ち上がって今頃自室にいるであろう土方の所へ向かおうとする。

 

「そうとわかればここで大人しく考えてる場合じゃねぇ! 直接アイツの所へ行って詳しく聞かねば! 部下の色恋に口を出す! これもまた局長しての責務!!」

 

「私もまた女性の立場で彼にアドバイスして上げたい! これもまた従兄妹としての責務です!」

 

「あ、俺は興味ないんでパス」

 

その場に横になって軽く手を振るやる気ゼロの沖田を置いて、土方のプライベートに理由をつけて首を突っ込みたがる近藤と明日奈は結託。

 

そしていざ尋常にと、二人は部屋を出ようとしたその時……

 

 

 

 

 

「トッシーィィィィィィィィ!!!!」

「「!?」」

 

明日奈達が部屋の襖を開ける前に、突然目の前で勢いよく開かれた。

 

二人の目の前にいきなり現れたのは真撰組の者ではなかった、茶髪にウェーブをかけた見慣れぬメガネを掛けた女性、明日奈は勿論の事、近藤も全く面識がない人物であり思わず驚いて言葉を失ってしまう。

 

「トッシー!? トッシーどこよ! ここにいるって聞いたんだけど!?」

 

「「ト、トッシー……?」」

 

「おおっとアバター名じゃ通じないか、あれ? てかトッシーの本名ってなんだっけ? う~ん、前に蓮から聞いたんだけど思い出せない……伊達政宗? 夏侯惇? ロロノア・ゾロ?」

 

困惑している自分達をよそに、どうやら彼女は誰かを探している様子。

 

メガネを指でクイッと上げながら顔をしかめて探し人の名前を思い出そうとしていると

 

「おいテメェ! そこでなにしてやがる!」

「あ!」

 

そこへ不意に後ろから彼女に向かって叫ぶのは、制服ではなく私服姿の、近藤と明日奈が会いに行こうとしていた土方十四郎その人であった。

 

彼女の声が聞こえたのか、慌てて土方が部屋から出て来ると、彼女はすぐ様後ろに振り返り

 

「ヘイ、トッシー! お邪魔してるんだぜ!」

 

「お邪魔してるんだぜじゃねぇ! ここは真撰組の拠点だぞ!」

 

ビシッと手を伸ばして物凄く軽い感じで挨拶する女性に明日奈がビクッとする中、土方はキレた様子でまたも怒鳴りつけた。どうやら二人は顔見知りらしい

 

「テメェみたいな奴が来ていい場所じゃねぇんだよここは! さっさと帰れ殺すぞ!」

 

「おーおー物騒な事言いなさる、しかしトッシーよ、今の我々には不毛な争いをする猶予は残されていないのだ、大人しく身柄をこっちに渡して抵抗せずに私に導かれたまえ」

 

「は? 何を言って……ぬお!」

 

相手が怒っている事もお構いなしに女性は友好的な態度で土方の方へ歩み寄ると、すれ違いざまにがしっと彼の後襟を掴み、不思議と慣れた様子で廊下をズルズルと引きずりながら行ってしまう。

 

「さあ行こうぜトッシー! ウチ等のリーダーがいる所へトゥギャザーしようぜ!」

 

「止めろテメェ! きょう別に顔会わせる予定なんて無かっただろうが!」

 

「フハハハハハ! 女が男と遭う事に予定なんて必要ないのだよ!」

 

大の男、ましてや鬼の副長である土方を引きずって行きながら妙に独特的な喋り方で窘めつつ

 

吠える土方を連れて女性はスキップしながら自分達の前で姿を消して行ってしまうのであった。

 

「……え? 今のなに? どゆこと? さっきの子はトシとどんな関係? ひょっとしたら噂の彼女と思ったけど、トシの反応を見る限り違うっぽいし……」

 

「すみません私も絶賛困惑中です……目の前にいきなり綺麗な女性が現れてその人が十四郎さんを無理矢理連れてどこかへ……あ、ダメだ、やっぱり頭の中で整理しても訳が分からない……」

 

その場で呆然と立ちすくみながら途方に暮れている近藤と明日奈、今から追えば間に合うのかもしれないが、一体あの二人にどこから聞けばいいのかさえわからず、ただただ困惑するのみ。

 

すると部屋でずっと横になって目を瞑っていた沖田がパチリと目を覚ますと

 

 

 

 

「なんでぃ、随分と面白れぇ事になってんじゃねぇか」

 

そう呟きながら一人天井に向かってニヤリと笑みを浮かべるのであった。

 

土方十四郎が一体どこで誰と何をしているのか

 

現段階では未だ不明の状態

 

わかる事はただ一つ

 

彼は近藤達には言えないなんらかの事情を抱え、その為にとある者達と関わっている事だけである。

 

 

 

 

一方その頃、そんな事も露知れず、真撰組屯所の入り口では

 

多くの真撰組隊士を倒し尽くした神楽が一人膝から崩れ落ちて地面を拳で叩いていた。

 

「ちくしょうぉ! アスナ姐のクッキー取られたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

猛者揃いである彼等を倒し続けて明日奈のクッキーを護り続けていた神楽が悔しそうに叫んでいる前で

 

「……」

 

三番隊隊長・斎藤終が黙々と彼女から奪ったクッキーを食べていたのであった。

 

 

 

 




銀さんには銀さんの物語がある様に

彼にもまた別の物語があるんです


もっともその物語を書くかは未定ですけど……


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第七十三層 人の話を聞かないオッサンは気を付けろ

鬼ノ閃光編は明日奈だけでなく、その従兄妹も出番多めです。


ある日、結城明日奈はとある人物に呼ばれて、昼頃に一人公園のベンチに座って待っていた。

 

公園というのもあって、多くの子供が遊び回っている。

 

「平日の昼間から一人で公園にいると悲しくなってくるわね……」

 

わいわい騒いではしゃぎ回っている子供達を遠目で眺めながら、明日奈は少しだけ胸が痛くなるのを感じていると

 

そこへ一人の男がフラリと彼女の方へ歩み寄って来る。

 

「やあやあ明日奈さん、また奇遇だね、真っ当な社会人がとっくに活動しているこの時間帯で、こんなリストラされたサラリーマンが時間潰してる様な場所で会えるなんて」

 

「……あなたこそ平日の昼間からこんな所で何してるのよ須郷さん……」

 

ごく自然に目の前に立って来た男を見上げて明日奈はため息をつく。

 

いきなり現れた男の正体は須郷伸之

 

少し前に”不運な事故”に遭ったというのに、生命力が恐ろしく強いのかもうすっかり回復しているご様子。

 

そして当然、今回も待ち合わせしている相手は彼ではない。

 

「もしかしてクビにでもなったんですか? 遂に父にあなたの醜い本性がバレてしまったとか?」

 

「ハッハッハ、ご心配なく、僕はちゃんと君の父の下で忠実に働いてるよ、”誰かさん”と違って」

 

「……」

 

皮肉に対して皮肉で返して来つつ薄ら笑みを浮かべて見下ろしてくる須郷に、明日奈は無言でただムスッとした表情で睨みつける。

 

腹は立つのだが言い返せなかったのだ。

 

「それと僕は今日休みなんだ、知っているかい明日奈さん? 真っ当な社会人というのは日々真面目に働いていれば、会社から有給休暇を貰えるんだよ?」

 

「知ってるわよそれぐらい……」

 

「ハハハ、まあ君には関係無いだろうけどね。全く君が羨ましいよ、僕等が汗水垂らして働いてる中、君はパパとママが稼いだお金を使ってあんな品の無い小娘と毎日遊び呆けているんだから」

 

「あ、遊んでないわよ! 人を勝手にニートみたいに呼ばないで!」

 

「おや? 図星だったから怒っちゃったかい?」

 

今度は遠まわしではなく直球で痛い所を突いて来た須郷に、遂に明日奈がキレて立ち上がった。

 

「今日だって幕府の重鎮の方と会う約束してるのよ! 自分より年下の娘にネチネチ言ってるあなたみたいな可哀そうな小悪党なんかの相手してる暇も無いんだから!」

 

「ふん、可哀そうな小悪党とは随分酷い事を言ってくれるなぁ、僕は君の将来のお婿さんだというのに……」

 

彼女の言葉に若干イラッと来たのか、須郷の顔からは笑みが消え、ひどく憤慨した様子で明日奈を睨み返す。

 

「仕方ない、最初はただからかってやろうと思っていたんだが気が変わった、今日はあの忌々しい小娘も性根から腐ってるあのドS小僧もいない、君を護ってくれる者がいない今だからこそ、たっぷりと僕の花嫁になる自覚を持つ為の教育を施してあげよう」

 

「ちょっと、子供のいるこんな昼間の公園でなにやらかそうとしてんのよ、バカな事言ってないでさっさと私の前から消えなさい」

 

既に自分の事を所有物としか見てない様な目で近づいて来る須郷に、明日奈は怖がりもせずに心底嫌悪する表情で言い返すも、彼は近づくのを止めずにジリジリと彼女の方へ……

 

と、その時

 

「ん?」

 

ふと真横からバシュゥ!と何かが発射されるような音が聞こえたので、不審に思った須郷がそちらに振り返った次の瞬間

 

 

 

 

「にぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「キャァ!!!」

 

明日奈の目の前で突然須郷が大爆発。

 

何か黒い塊が彼に向かって飛んで来たのは一瞬見えたが、いきなり目の前で爆発が起きて須郷が真っ黒こげで倒れているのを見て、何事かと彼女がびっくりしていると

 

「フー遅れて悪かったな明日奈ちゃん、おじさんちょっと用事でゴタゴタしてたから時間かかっちゃってさ」

 

そこへ何後も無かったかのように明日奈の方へ歩み寄って来たのは

 

明らかに発射直後の痕跡が残っているバズーカを肩に掛け、口に煙草を咥えた強面の中年の男であった。

 

サングラス越しにこちらをジッと見下ろしてくる彼に、明日奈は少々ビビりながらも声を震わせつつ

 

「ま、松平さん!? もしかしてさっきこの男吹っ飛ばしたのって!」

 

「いや~大変だったよおじさん、この俺が新人の子からメアドと電話番号聞くだけでこんなに時間かかるなんて、これじゃあキャバの帝王という二つ名も返上しなきゃな~」

 

「もしかして遅れた原因ってまたキャバクラ行ってたんですか!? いやそれよりもそのバズーカ!」

 

朝からキャバクラ通いしてたと平然と話す男の正体は松平片栗虎

 

明日奈にとって関わり深いあの真撰組を始め、この江戸の警察組織全てのトップに君臨する幕府の重鎮である。

 

二つ名は「キャバの帝王」もとい「破壊神」、文字通り江戸を護る為ならば全てを破壊尽くす事もいとわない(破壊対象は護るべき江戸も含む)恐ろしい人物。

 

「正直相手が相手だから別にどうでもいいけど! 流石にバズーカで吹っ飛ばすのはどうかと思うんですけど!?」

 

「ああなんだそんな事か、もしもし俺だ、ガキ共のいる公園に相応しくないデカいゴキブリが転がっている、掃除頼むわ」

 

黒焦げになってピクリともしない須郷を指さして明日奈が叫ぶと、松平はあっけらかんとした感じで答えながら携帯を取り出して部下に指示、そして何事も無かったかのように明日奈の隣にドカッと座った。

 

「まあそれでえー……あれ? どうして俺は明日奈ちゃんをここに呼んだんだっけ?」

「知りませんよ……」

「あぁ、そうだそうだ」

 

須郷の事など完全に無視に徹している松平に明日奈が怪訝な表情を浮かべながら答えると、彼はここに彼女を呼んだ理由を話し出すのであった。

 

 

 

 

 

 

「えぇぇぇぇ!? 私をしょしょしょしょ将軍様のお嫁にぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

「し~、明日奈ちゃん声大きいってば、女の子がそんなテンション高い叫び声上げちゃダメだって」

 

程なくして松平の部下らしき者達がやって来て、黒焦げ須郷を雑に引きずって車のトランクにほおり込んで何処かへ連れて行くのを見送った後

 

明日奈は先程の松平の話が何かの冗談なのではないかと困惑の色を顔に浮かべていた。

 

それもその筈、なんと彼が最初に言い出したのは、あの幕府のトップに君臨する徳川家の将軍様との

 

「すみませんいきなりとんでもない事言うもんだからビックリしちゃって……あのそれって将軍様との縁談話……って事ですか? リアルの話ですかそれ?」

 

「リアルもリアル、超リアルよ。まあ完全に決まっているわけじゃないが、俺が裏でコソコソと進めてるんだよ、明日奈ちゃんの親父にはちゃんと話を通してあるから安心してくれや」

 

「私が知らない所でまた勝手な事を……ごめんなさい今ちょっと頭の中がこんがらがってなんと言えばいいのやら……」

 

どうやらこの松平という男は、将軍と警察某長官という立場を超えて、かの徳川茂茂公と悪友的存在である立場を利用して勝手に明日奈との縁談を取り決めようという腹らしい。

 

しかしいきなりそんな話をこんななんでもない公園で聞かされては、流石に明日奈も内心酷く動揺してしまう。

 

「父には通したって言ってましたけど……私の父って確か私に自分ん所の社員を婚約者にしようとか考えてませんでしたっけ?」

 

「そんなもんとっくに白紙にさせる予定だよ、娘の相手が将軍ともなれば親父としてこれ以上に嬉しい事はねぇからさ、俺が話を持ち掛けた時にすぐにその場で舞い上がってフラメンコ踊ってたぜ」

 

「フラメンコ踊る父とか想像できないんですけど、てかどうしてフラメンコ?」

 

顔の広い松平は明日奈の父とも顔見知りだ、将軍と明日奈の縁談がすんなり進んでいるのもきっとその為であろう。

 

確かに自分の娘が将軍の下へ嫁ぐなど、父親としては涙を流す程喜ばしい話だろう。

 

「いやでも将軍様……茂茂様との結婚って私……正直荷が重くて遠慮したいんですけど、恐れ多いっていうか……」

 

「あれ? ひょっとして明日奈ちゃんって茂茂の奴嫌いだった?」

 

「いえいえそんな訳ありません! 茂茂様とは何度もお会いになってますからあの人がどれほど素晴らしいお方なのかはっきりとわかっています! 嫌いになるだなんて絶対にあり得ませんから!」

 

14代目征夷大将軍・徳川茂茂とは度々顔を合わせた事がある明日奈は彼の事をよく理解していた。

 

将軍という己の立場を鼻にかける事も無く、常に民の事を考え導こうと努力している心お優しい人物

 

そんな彼に対して明日奈は強く尊敬の念を抱き、いずれは彼がこの江戸を更に発展してくれるだろうと信じているのだ。

 

「けど私としてはもう雲の上の人の存在だと思っていたので……正直そんな方と縁談と聞いてもあまり現実感が湧きません……」

 

「いや~俺がやらなくてもいずれ明日奈ちゃんにはこういう話がやって来るのも時間の問題だったって、生まれも教養も文句無し、将軍の妹気味であるそよ姫からも懐かれてる上に当の将軍本人にも気に入られている、そして何より見た目がすんごい可愛い、キャバで働けば間違いなくナンバーワンになれる素材だ、これ以上に将軍の嫁に相応しい逸材はそうは見つからねぇよ」

 

「キャバで働く気はありませんよ私……うーん相応しいと言われてもあまり自覚ないんですけど私……」

 

「唯一明日奈ちゃんに足りない物と言えば、職歴ぐらいのモンさ」

 

「すみませんそれは言わないで下さい……さっきからずっと言われっぱなしで胸が痛いんで……」

 

須藤に続き松平にも言われたくない事に触れられて明日奈はちょっとブルーな気持ちになりながら呟き返す。

 

そこを突かれるのは本当に嫌なのだ……

 

「申し訳ないですけど今の私では将軍家の嫁になるなど到底無理です、ですからその話は将軍様の耳に入る前に無かったことにして欲しいんですが……」

 

「ええー!? おいおい江戸で最も権力の高いお殿様との縁談を自ら取り止めにするだなんて! いくらなんでも勿体なさすぎだろ!? この国に住む女性の誰もが羨む天下取りの嫁になれるんだぞ!?」

 

「そりゃそうですけど……私なんかじゃ将軍様の嫁なんて出来る自信が……」

 

「安心しな、明日奈ちゃん本人に自信なくても、このおじさんが絶対に上手くいくと保証してあげるから」

 

いきなり将軍の嫁になれと言われても、今の状態の自分じゃそんな話に乗る事は出来ないと拒む明日奈に

 

彼女の事を特別に思いやっている松平は煙草を咥えながら自信を持った様子で答える。

 

「おじさんはな、明日奈ちゃんが親父の金玉袋の中で泳いでた時から、ガキだった茂茂の面倒をずっと見ていたんだよ」

 

「すみません私の下りの部分って必要あったんですか? 物凄い不愉快な表現使われた気がしたんですけど?」

 

「アイツはガキの頃から俺と違って女性に対して積極的じゃねぇ、だからせめて気心の知れたいい娘を貰ってお世継ぎを作って欲しいと常日頃から考えていたんだ、そう思っていた矢先に、親父の金玉袋から飛び出て来て立派に成長した明日奈ちゃんを目に付けたんだ」

 

「だから親父の金玉袋の下り止めてくれません!? 怒りますよ!? もしくは訴えますよ!?」

 

年頃の女の子に対してド直球な下ネタをかましてくる松平に明日奈が本気でキレそうになっているが、それを軽くスルーして彼は淡々と話を進めていく。

 

「将軍の下へ嫁ぐ覚悟がまだねぇのはよぉくわかる、いきなりこんな話をされたらそら明日奈ちゃんも困惑するのは当然俺もわかっていた。だが今のアイツには支えてくれる存在が必要なんだ、心から信頼できる支えがな」

 

「噂は耳にしていましたけど、そんなに大変なんですか、幕府と将軍様は……」

 

「幕府は今、天人や攘夷浪士の連中に好き勝手に荒らされかつての威光は薄れている、当然この機を狙って将軍である茂茂に対して敵対する者も少なからずいる」

 

「敵って……もしかして攘夷浪士ですか?」

 

「いんや、そいつ等よりもよっぽどタチが悪い、茂茂を失脚させて新たな将軍を持ち上げようとする幕府側の人間だ」

 

「敵が身内に潜んでるって事ですか……穏やかじゃないですね」

 

天人と不当な条約を結んでからといういもの、幕府は侍を斬り捨てる事でなんとか生き延びている状態ではあるが、かつての栄光と権力はすっかり弱まってしまっているのが現実だ。

 

将軍と呼ばれる茂茂でさえも、天人の傀儡と化しいる幕府の状況を改善しようと試みてはいるものの、残念ながらそれを現実にする事は非常に可能性が低く、そればかりか幕府側から天人に媚を売って暗躍する者もいるらしい。

 

「だから俺としては早急に茂茂の奴に嫁さんでも持って少しは心休める時間を送ってほしいんだわ、アイツは常に幕府や民の事にばかりかまけて自分の事は二の次でよ、もしあいつが壊れちまったらそれこそ敵さん方の思うつぼだってのに」

 

「その点に関しては私も同意見です、以前将軍様にお会いした時は心なしか疲れてる様にも見受けましたし……けどだからと言っていきなり結婚だなんて向こうも困りますよ、そんな強引に私との縁談をやられても絶対に引き受けないと思います」

 

「いや~~俺としてはいいアイディアだと思うんだけどな~」

 

松平としては一種の親心で茂茂に心の安らぎを得て肩の力を抜いてほしいと思って、こうしてコソコソと明日奈の下へ会いに来て縁談の話を進めていたのだ。

 

と言っても、当の将軍や明日奈には全く伝えていなかったので、流石にここから強引に両者の結婚まで持っていくのはまだまだ時間がかかりそうだ、何より明日奈が全く乗り気じゃない。

 

「てか明日奈ちゃん、おたくさっきからずっと頑なに将軍との縁談を拒んでいるけどなに? もしかして今彼氏とかいんの?」

 

「い、いませんよそんなの!」

 

「そうか良かった、もし将軍との縁談の前に明日奈ちゃんに男でもいたら……」

 

唐突の質問に顔を赤らめて首を横に振る明日奈に松平はほっと一安心しながら

 

懐からカチャリと黒光りする拳銃を取り出す。

 

「おじさん殺し屋になっちゃう所だったよ」

 

「ちょ! いきなり拳銃なんて構えないでください!」

 

「だって心配なんだよおじさんは、俺はね、明日奈ちゃんの事はずっと昔から自分の娘のように可愛がってんだよ? 最近じゃ実の娘に口さえ聞いて貰えない様な俺みたいなおっさんと、こうして普通に喋ってくれるんだからそりゃもう可愛くてしゃーないんだよ」

 

どうやら明日奈に男の気配があったら、その男を即座に抹殺しようと企んでいるらしい。

 

拳銃に弾が込められているのを確認しながら松平は、驚いて飛びのく明日奈にため息交じりに本音をこぼす。

 

「もし明日奈ちゃんがどこぞの得体の知れねぇ変な男に引っ掛かりでもしたらと考えちゃうと、今すぐ江戸の男全員亡き者にしなきゃいけないって使命感に目覚めそうになるんだよ」

 

「そんなの目覚めさせないでください! それもう警察じゃなくて完全にテロリストの犯行ですから!」

 

「言っておくがな、もし原作で明日奈ちゃんが俺の知らねぇ男と結婚式を挙げるモンなら、例え原作という垣根を超えてでも俺はその結婚式に乱入して全力でぶち壊すと考えているんだよ」

 

「止めて下さい! 原作の私にまで迷惑かけないで! 頼むから向こうはそっとしておいて!」

 

明日奈の事は娘同然に思っている松平としては、例え別次元で彼女が結婚しようとしてもそれは絶対に阻止すると心に決めているらしく、どんだけ無茶苦茶な人なんだろうかと明日奈自身は頬を引きつらせて呆れるばかりであった。

 

「もうそうやって他人の事に一々首突っ込みたがるの止めて下さいよ……松平さんだって自分の事考えたらどうなんですか? キャバクラで遊んでばっかいるせいでロクに帰る事の出来ない家庭の事とか」

 

「俺の家族は問題ないさ、母ちゃんとはもう長い付き合いだしちゃんと俺の事をわかっている、俺が2、3ヵ月帰って来なくても心配なんてもうしねぇんだから」

 

「2、3日ならともかく2、3ヵ月!? それ逆に心配しない方がおかしくないですか!? とっくに愛想尽かれてますよ絶対!!」

 

「そもそも家庭に居場所がねぇんだよ俺は、娘にも汚物を見るような目で見られるし母ちゃんにもいない人扱いされるし、あーなんなんだよもう、結婚なんてするんじゃなかったよもー」

 

「さっき無理矢理縁談を取り決めようとしてた人が言う事ですかそれ!?」

 

ふと家庭の事と結婚について愚痴をこぼしてしまう松平であるが、ぶっちゃけ彼が家庭の居場所を失ったのは

 

毎日の様に夜の街に繰り出して、家族をほったらかしにして遊び呆けているせいである

 

そして今更結婚した事について後悔し始めてブツブツ呟き続ける彼をよそに、明日奈はスクッとベンチから立ち上がった。

 

「それじゃあ話も済んだ事ですし私はもう帰ります。まずは他人の縁よりも自分の縁を大事にしてくださいね、私と将軍様の件は無かったことにして構いませんから」

 

「無かった事にするのは無理だな、そういやちょいと頼みてぇ事あるんだが?」

 

「なんですか? 言っておきますけど私の方から将軍様に言い寄って欲しいとかナシですよ?」

 

「いやいやそっちの話じゃないから安心しな、俺が聞きてぇのは明日奈ちゃんが今ハマっているゲームについてだ?」

 

「ゲームって……もしかしてEDOの事ですか?」

 

「そうそうそれ、まあ俺はよく知らねぇんだけどさ」

 

今度はなに企んでいるんだと疑いの目つきを向ける明日奈に、意外にも彼の口からあるゲームについての話題を切り出してくる。

 

「実は俺のダチが最近そのゲームに興味持ち出してな、自分で遊んでみたいって言ってんだ。俺はゲームの事なんざ全くわかんねぇからよ、明日奈ちゃんにはそのダチの面倒を一日だけ見て欲しいんだ」

 

「ああそんな事ですね、変に怪しんじゃったじゃないですか、また将軍様絡みかと」

 

VRMMO初体験の初心者の指導、それぐらいの頼みなら引き受けても問題ないだろと、明日奈は疑う事も忘れて素直に頷く。

 

「初心者のお手伝いをする事ぐらいお安い御用ですよ、こう見えてゲームの世界では私、それなりに人に物事教えるの得意なんです」

 

「おーそんなにあっさりと引き受けてくれるなんて本当にいい子だな明日奈ちゃんは……おかげで計画が順調に進みそうだ……」

 

「え? なんか言いました?」

 

「いやなにも、おおっともう時間だ、そろそろ戻らねぇと」

 

一瞬松平が変な事を言ったかの様な気がしたのだが、彼は誤魔化すように自分の腕時計を見た途端すぐに立ち上がった。

 

「とりあえず俺はキャバに戻るとするわ、今日は色々と話聞いてくれてありがとな明日奈ちゃん、それと何時になるかはわからねぇが、俺のダチの件についてはいずれまた連絡するから」

 

「キャバじゃなくて家に戻って下さいお願いですから……ええ、いつでも待ってます、幸いにも最近私予定が空いてるんですよ」

 

「いや最近っつうかいつも空いてない? まあいいや、とにかく俺の代わりにダチを助けてやってくれ」

 

こちらに笑いかけ我ながら返事をするアスナにボソッとツッコミつつ、松平はその場を後にしようとした。

 

だがその時

 

 

 

 

 

 

 

「……通報があったから来てみたら……よりにもよってこの二人か……チッ、めんどくせぇ」

 

「ん? おおーなんだお前、トシじゃねぇか、もしかして俺の部下の代わりに迎えに来てくれたのか?」

 

「ええ!? と、十四郎さん!? いきなりどうしたんですか!?」

 

ベンチの背後から唐突に後ろから舌打ちしながら二人の方へ歩いて来たのは、いつもの制服に身を包んだ真撰組の副長・土方十四郎であった。

 

思いもよらぬ彼の登場に思わず驚いて立ち上がってしまう明日奈だが、それを尻目に松平は迎えに来たのだろうと安易に理解して彼の方へ歩み寄る。

 

「よぉ、今日は久しぶりにお前さんの従兄妹と喋れて楽しかったぜ、そんじゃあさっさとパトカー出してかぶき町に連れてってくれや」

 

「生憎だがとっつぁん、パトカーは用意しているがアンタをみすみすキャバクラに行かせる訳には行かねぇよ」

 

「あん? どういう事?」

 

口に咥えた煙草を携帯灰皿にポトッと入れると、土方は突然松平の両手首でガチャッと金属音を鳴らす。

 

するといつの間にか、松平の両手首にはガッチリ手錠がハメられているではないか。

 

「ついさっきウチに通報があったんだよ、子供がいる公園でいきなりバズーカぶっ放した危険なおっさんが未成年の少女を捕まえて長々と口説いてるってな」

 

「っておい! まさかお前! この警察庁長官である俺を捕まえに来たって訳か!? そりゃねぇだろトシ! 確かにバズーカは撃ったがありゃただの害虫駆除だ! それに俺は別にこの子を口説くつもりはねぇっつうの!」

 

「いや害虫駆除だろうがなんだろうが市民の居る公園でバズーカ撃っちゃダメだろ」

 

松平が逃げられないよう彼の肩に手を置きながら、相手が警察庁長官であろうとお構いなしに屯所へ移送しようとする土方、そして今度は明日奈の方へ開いた瞳孔を向けて

 

「それとお前もこんな平日の昼間からなにこんなオッサンとくっちゃべってんだ、傍から見ればオッサン相手に金目的で近づいてるようにも見えんだぞ、名家のクセに誤解が生まれかねない軽率な行動はよせって何度も言ってんだろうが」

 

「ご、ごめんなさい……でも私はただ松平さんの話に付き合ってただけじゃないのよ! これもれっきとした幕府の為の仕事……って十四郎さん!? なんで私にまで手錠!?」

 

「うるせぇ、暴れて抵抗されないよう速やかにテメェの実家へ移送する為に決まってんだろ」

 

「じ、実家!?」

 

会話の途中で不意に近づいて来た土方に松平と同じく自分の両手首に手錠をハメられて、しかも移送先が自分の実家だと聞いてビックリする明日奈

 

「実家に戻るなんて嫌ですよ! なんで連れてかれなきゃいけないんですか!」

 

「俺だって嫌々だけどな、テメェの母親に連れてこいって言われてんだよ」

 

「母さんが!? なんで!?」

 

「なんでってお前、決まってんだろーが」

 

 

 

 

 

 

「いつまで経っても「自分に合った仕事をしたい」とかほざいて定職に就かない名家の娘に、いい加減にしろって説教してぇからに決まってんだろ」

 

「……」

 

彼の言葉に明日奈は無言で頬を引きつらせて何も返す事が出来なかったのであった。

 

そして彼女は実家に連れてかれ、たっぷり精神を抉られる家族会議に参加させられたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 




ヨシヒコは無事に完結できたけどこっちは全く終わる気がしません……書きたい話が多すぎる……

いっそデビルマンエンド目指そうか(錯乱


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第七十四層 説教中に友人に遭遇すると気まずい

何故であろう、”彼女”の台詞を書いてると頭にうっすらパンチパーマのペヤングフェイスのおっさんが常に浮かぶ……



結城明日奈が土方によって実家に強制送還されて数日後

 

「ちーっす! 姉貴! お勤めご苦労様です!!」

「……お迎えありがと神楽ちゃん……」

 

彼女の実家は富豪中の富豪の名家達のみが住む事を許されるという、江戸の中で最も敷居が高い高級住宅地にある。

 

そこの欧米文化を取り入れて建てられた立派な家こそが彼女の家族が住む場所だ。

 

両親、特に母親から延々とお説教を食らうハメになってしまったが、ようやく神楽と一緒に暮らしているマンションへ戻る事を許されて、家を出る頃にはげっそりした表情で全く元気がない様子であった。

 

「ネチネチネチネチと何度も何度も就職しろ就職しろって……ホント地獄だったわ、EDOもやらせてもらえなかったし、挙句の果てには無理矢理ハローワークに連れて行かされそうになったし」

 

「ふーんよくわからないけど大変だったアルな、しばらく家で休めばいいヨロシ、なんだかアスナ姐、しばらく見ない間に大分やつれちゃってるネ、きっと色々と疲れちゃったアルな」

 

「今の私にとってあなただけが唯一の拠り所よ神楽ちゃん……」

 

元々母に対しては苦手意識を持っていた明日奈は、この数日ずっと共にいたおかげですっかり心身共に憔悴してしまっていた。

 

そんな彼女に神楽が気を遣って一緒に住んでいるマンションへ戻ろうと誘うと、明日奈は数日振りの笑身を浮かべながら甘んじて彼女の意見を受け入れようとする。

 

だがその時

 

「フッフッフ……やはり君が実家に戻らされていたのは事実だったみたいだね、明日奈君……」

 

「神楽ちゃんやっちゃって」

 

「はいヨー」

 

「へ!? ちょ、ちょっと待つんだ明日奈君! まだ僕は何も言っていないだろ!」

 

曲がり角からずっと待ってましたと言わんばかりに、いつもの嫌味ったらしい笑みを浮かべてヒョコッと顔を出してきたのは当然の如く須郷であった。

 

前回、かの警察庁長官であられる松平公のバズーカを食らい重傷を負った彼は、顔面を包帯で覆いすっかりミイラ男と成り果てていた。というかあれ程の重症であったのに数日で動けるようになるとは、本当に生命力がゴキブリ並である。

 

明日奈は彼の顔を見るなり反射的に指さして神楽に指示を飛ばすも、すぐに焦り顔で須郷が待ったと叫ぶ。

 

「第一声を放っただけの心優しき隣人をいきなり襲うなんて何を考えているのんだい君は! いくら名家のお嬢様であろうとそんなふざけた暴挙に出るのは君の両親が許さないぞ!」

 

「名家のお嬢様だから出来るのよ、これぐらいの問題すぐに私の親が上手くもみ消してくれるんだから」

 

「そ、それでもヒロインか!?」

 

極力親の力は借りたくないと思っている彼女であるが、心の底から嫌っている相手をぶっ飛ばす為であれば別だ。

 

しつこい須郷を追い払う為にはもう徹底的に神楽に痛めつけて貰わないとダメだと、明日奈が漆黒の意志に目覚めかけていると

 

「フ、フン! だが残念だったね! 僕は君の父上からも気に入られる程の優れた人間なんだ! たかが怪力娘を相手にする事など造作も無いのさ!」

 

すかさず須郷は焦りつつも、こちらに向かって拳を鳴らしながら静かに歩み寄って来る神楽に向かって

 

ここに来るまでに既に考えていた策を実行に移そうと自ら彼女の方へと駆け寄って……

 

「チャイナさん、君が大好きな酢こんぶが今近くの駄菓子屋さんでタイムセールで半額らしいじゃないか、君は行かないのかい?」

 

「マジでか!? 酢こんぶ半額とか駄菓子屋のばあさんなにを血迷ってるアルか!? ヤバいネ早く行かないと!」

 

「え!? ちょっと神楽ちゃん!?」

 

酢こんぶというのは神楽にとって最も好きなお菓子であり、毎日食べないと気が済まない程に愛好している代物だ。

 

須郷の口から放たれた酢こんぶという言葉に即座に反応し

 

既に明日奈を護るという最優先事項は一瞬で駄菓子屋にすっ飛んで酢こんぶを回収するに切り替わってしまい、既に明日奈の声は彼女の耳には届かない。

 

明日奈の周辺情報を把握していた須郷が狙っていたのは、一番の障害になるであろう神楽の排除であったのだ。

 

「ところで僕は別に明日奈君に敵意を持っているわけではないんだ、だからしばらく二人きりで話をさせてくれないかな? このお金で好きなだけ酢こんぶを買って来たまえ」

 

「うぉいなんアルかお前! めっちゃいい奴じゃねぇか! ありがとう! 好きなだけアスナ姐とお話するヨロシ!」

 

「神楽ちゃん!? 私の事よりも酢こんぶを買いに行く方が重要なの!? 私とあなたの揺るぎない強い絆は酢こんぶ以下の存在でしかないの!?」

 

言葉巧みにドヤ顔で懐から取り出した万札を太っ腹に神楽に渡す須郷。

 

あっさりと現ナマで釣られてしまった彼女に今度は明日奈の方が慌てて叫んで手を伸ばすも

 

「きゃっほぉぉぉぉぉい! 酢こんぶ祭りじゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 今の私はもう誰も止められねぇぜぇぇぇぇ!!!!」

 

「って全く聞いてない上に行くの早っ! 躊躇も無く私をこの場に残して行くとか!! この薄情者!」

 

「ハッハッハ! 見たかい明日奈君! これが次期社長候補である僕の実力さ!」

 

己の欲望に身をゆだね、自分の事をすっかり忘れて駄菓子屋に直行してしまった神楽の背中に明日奈が悪態を突いていると、須郷はすっかり勝ち誇った様子でこちらにニンマリと笑う。

 

「あの程度の小娘など僕にとってはモンキーなんだよッ! 完璧な頭脳をもってすればいとも容易く操る事が出来るんだ!」

 

「いやなにが完璧な頭脳よ! ただお金と酢こんぶで買収しただけでしょ! しょうもないのよやり口が!」

 

「なんとでも言いたまえ、さて、今度こそ君との関係についてじっくりとお話を……」

 

「あーもうめんどくさいわね! それ以上近づいたら家に逃げ込んで親にあなたの事を洗いざらい言いつけるわよ!」

 

「フン、どう言おうが無駄だと思うがね、残念だがご両親は君なんかよりも僕の方を信頼すると思うよ、僕はいずれ社長の椅子に座る実力を兼ね備えた真のエリート、君は所詮生まれだけが取り柄の世間知らずでワガママな小娘に過ぎないんだから」

 

「ホントにムカつく人ねあなた……!」

 

三度目の正直といった感じでしつこく付き纏って来る須郷に、明日奈はいい加減にしろと怒鳴りつけながらゆっくりと彼から距離を取ろうとする。

 

だがその時

 

「……おい、テメェなにやってやがる」

「ん?」

「あ……」

 

不意に後ろから方に手を置いて、何者かが低いトーンで言葉を投げかけて来たので須郷が振り返ると、そこにいたのは……

 

「こんなガキに言い寄ってなにやってんだって聞いてんだよ、さっさと答えろ」

「お、お前は鬼の……!」

「と、十四郎さん!?」

 

明日奈にとっては従兄妹にあたる、真撰組の副長・土方十四郎であった。

 

驚くアスナをよそに高級住宅地でふてぶてしく路上喫煙をしながら、須郷の肩に手を置いたまま土方の目つきは一層険しくなる。

 

しかしそれは須郷も同じ事で、彼に対してまるで不愉快が込められたかのような目つきで負けじと睨み返した。

 

「妾の息子が偉そうに僕に触れるなんて……」

 

「なんならこの場で現行犯逮捕しても構わねぇんだぞ、状況的に明らかお前の方が嫌がるあの小娘に近づいているのをバッチリ見えていたんでな」

 

「フン、悪いが誤解しないでくれないかな……僕等はただ今後の事についてゆっくりと語り合おうとしているだけさ、君こそこんな場違いな所で何の用事だい、鬼の副長の土方君、もしかして彼女の実家に乗り込んで自分も一族に加えてくれとでも懇願しに来たのかな?」

 

「相変わらず口を開けばべらべらと無駄口ばかり叩きやがる野郎だぜ」

 

一々人の神経を逆撫でにする言葉を言わないと気が済まないのであろうか、こちらに対して嫌な笑みを浮かべながら挑発してくる須郷に対し、土方は至って落ち着いた様子でタバコを咥えながら彼の肩から手を離さない。

 

「ま、会いたくは無かったが、こうして久しぶりに顔会わせたのも何かの縁だ、ガキ相手じゃなくて俺と仲良くお喋りしようぜ、エリートの坊ちゃんよ」

 

「お、おい離せ! この僕を何処へ連れて行くつもりだ!」

 

「まあまあ、ちょいとそこの角を曲がった所で話すだけだって、長くはとらねぇから」

 

「いやだから何をするつも……!」

 

目の前の光景に口をポカンと開けて固まってしまっている明日奈をよそに、土方は強引に須郷を引っ張っていくと彼女の目には届かない場所へ移動する。

 

そして明日奈が二人が見えなくなったのを確認すると……

 

「あ、あれ……?」

 

険悪なムード漂う二人が話し合いの為にいなくなったと思いきや、辺りが急に静まり返った。

 

すぐ様こっちにもはっきりと聞き取れるぐらいの声で二人が口論でも始めるのかと予想していたのだが、意外にも彼等の声どころか周りの時が止まったのではないとか感じるぐらい酷く静かになってしまう。

 

そんな得体の知れない不気味な感覚が5分ほど続いた後、ずっと一人で待っていた明日奈の前に、先程姿を消した須郷がスッと曲がり角から戻って来た。

 

「や、やあ……わ、わ、悪いが今日はここらでお暇する事にするよ、お、お父上にもよろしく……ハハハ」

 

「え? どうしたの? なんか顔色が悪くなってるみたいだけど」

 

「い、い、いや!? ぼぼぼぼ僕は至って平常だよ! 何も見てない! 何も言われてない! いつもの僕そのものさ! ハーハッハッハ!!」

 

さっきまであんなにしつこかった須郷が、やけにあっさりと身を引く様子でこの場を立ち去ろうとする。

 

明らかにさっきとは打って変わって顔面蒼白で言葉を震わせ、何かに怯えてるかのようにビクビクしている。

 

一体自分が見えていない所で土方と何があったのだろうかと、明日奈が思い切って彼に尋ねようとすると

 

「おい、まだコイツに用があんのか?」

「!」

 

そこへ土方がヌッと彼の背後に現れた、その瞬間須郷は頬を引きつらせた怯えた目つきを彼に向けながらあとずさり

 

「さっさと失せろ、それともまだ俺と楽しいお話してぇのか?」

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

まるで本物の鬼にでも遭遇したかのように悲鳴を上げながら慌てて逃げだして行ってしまった須郷。

 

彼のあの怯えた態度を見る限り、あの完全に静寂だった時間の中で、土方から予想も付かない目に……

 

「ったくこちとらどこぞのガキのせいでかなり頭に来てるっつうのに……おい」

「は、はい!」

 

須郷がすっかり見えなくなった後も、土方はひどくご機嫌な斜めな様子で明日奈の方へ振り返る。

 

いつも以上に瞳孔が開いている目つきでこちらを睨みつけて来る彼に、明日奈はビクッと肩を震わせ先程の須藤の様に委縮してしまう。

 

「今日はわざわざテメェの為にこんな所に迎えに来てやったんだ、ついて来い」

 

「え、え~と……すみません私状況が読めないんですけど……」

 

「お前が状況読めようが読めまいが俺には関係ねぇ、大人しく俺に従えって言ってんだよ、これ以上ゴチャゴチャ抜かすとさっきの野郎と同じ目に遭わすぞ……」

 

「は、はいぃ!」

 

彼女はすぐに分かった、彼の機嫌が悪い原因は自分にあるのではないかと

 

確かに普段から素っ気ない態度をしている土方であったが、ここまで怒っている様子を見せるのは滅多に無い。

 

こういう時の彼には大人しく言う事を聞かないと後が怖い、明日奈は怯えながらも素直に彼についていくという選択しか残されていないのである。

 

(ホントにどんな目に遭わされたのよ須郷さん……)

 

イライラしながら度々舌打ちしている土方の背中を追いつつ、明日奈はますます不安になりながら彼と共に近くにあるパトカーに乗るのであった。

 

 

 

 

 

 

数十分後、訳も分からず土方に連れてかれた明日奈は、話があるという事で近くの喫茶店に来ていた。

 

そこで彼女は予想だにしなかった話を聞くことになる。

 

「私がしばらく真撰組に身元を預けられる!? どういう事ですかそれ!?」

「どういう事も何もそういう事だ、てか声がデケェんだよバカ」

 

唐突に土方が言い出した事に明日奈は店内にも関わらず大声で叫んでしまう。

 

彼女の向かいの席に座りながら土方は、店員が持って来たコーヒーの上に所持していたマイマヨネーズをニュルリンと絞り出しながら静かにしろと指摘。

 

「松平のとっつぁんから話は聞いただろ、お前の輿入れ先が将軍様になるって話」

 

「ええまあ……けど私はお断りした筈なんですけど……」

 

「お前が断ろうが受けようがもうとっつぁんはすっかりお前を将軍に嫁がせる気満々だよ、だからその為にあのおっさんの傘下にいる俺達が駆り出されたんだ」

 

前に松平片栗虎が提案した自分を将軍の下へ嫁がせるという計画、既に土方の耳に入っていたと聞いて明日奈が驚く中、たっぷりマヨネーズがトッピングされたコーヒーを平然と飲みながら土方は話を続ける。

 

「最近じゃこの辺に攘夷浪士がウロウロしてるせいで、女子供が迂闊に外を歩き回るのは危険だという事で、お前と将軍の縁談をまとめるまで俺達に四六時中付きっ切りで警護に当たれだとよ……ったくめんどくせぇ、なんでそのウロウロしている攘夷浪士を追いかけずに、お前なんかの警護を務めなきゃならねぇんだ」

 

「えぇいくらなんでも急すぎますよ……ホントにあの時ちゃんと断ったんです私、なのになんであの人そんな勝手にホイホイと話し進めてく上に十四郎さん達にまで頼んでるんですか……私だって被害者ですよ」

 

「知らねぇよ、文句があるなら直接あのオッサンに言え」

 

不満げにこちらにジト目を向けて抗議する明日奈に、土方は軽く一蹴してコーヒーを飲み干すと、懐から取り出したタバコに火をつける。

 

「俺だって散々あのおっさんに反対したんだ、けど俺以外の隊士は揃いも揃ってお前の身元を預かる事に賛成しやがった、ウチのトップの近藤さんまでな、良かったなウチの隊士達にモテモテで、従兄妹の俺も鼻が高いよ」

 

「い、いや私は別に特にそういうの意識してなかったんで……」

 

面白くなさそうな表情でフンと鼻を鳴らす土方に明日奈は申し訳なさそうに目を逸らす。

 

彼がさっきからずっと機嫌が悪いのはこのせいなのだろう、自分の所の隊士達が女の子一人で浮かれまくるという状況は、副長である彼にとっては好ましくないのだ。それもその女の子が自分の身内だ。

 

「ていうか隊士の皆さんが賛成したって言いましたけど、あの性根の腐ったドSはどうしたんですか? あの人私の事嫌ってる筈ですから絶対十四郎さんと一緒に反対するでしょ?」

 

「生憎、その腐ったドSは一番お前を屯所に受け入れる気満々だ、さっき俺が出る前に庭で見かけたが、一人で犬小屋を作っていたぞ」

 

「なんで犬小屋!? まさか私をそこに住まわせる気ですかあの男!?」

 

「いや犬小屋はお前の所に居候しているチャイナ娘の方らしい」

 

スゥ~とタバコの煙を吐きながら土方は淡々とした口調で

 

「お前の住居はその隣にアイツが掘ってた墓穴だ、丁度お前サイズになってたぞ、良かったな」

 

「良くないですよ余計酷いじゃないですか! 墓穴ってもう既に私を殺った後まで想定してるじゃないですかあの畜生! どんだけ人の心が無いんですか!」

 

庭の土をスコップで掘りながら自分が収まる墓穴を作る沖田、それが容易に想像出来た明日奈は間違いなく冗談じゃすまないとお嬢様とは思えない口調で罵る。

 

「なんなんですかアイツは! 十四郎さんから厳しく言って下さい! もしくはアイツが掘ってる墓穴にそのままほおり捨てて下さい!」

 

「俺の話をアイツがまともに聞く訳ねぇだろうが、なんで俺がお前みたいな奴の為にフォローなんてする必要があんだよ」

 

「な!」

 

「そもそも嫁入り前の娘を警察が預かるなんてバカげた話になったのは、お前がしっかりしてねぇせいだ」

 

「えぇ!?」

 

自覚無しの明日奈に苛立ちを募らせつつ、土方は吐き捨てるかの様に答える。

 

「一日中ゲームばっかしてたり、危ねぇかぶき町をうろついたり、働かずにダラダラと無駄な時間を過ごしやがって」

 

「い、いやぁそれは……いつでも働こうと思えば働けるし探してはいるんですけど、私に見合う就職先が見つからなくて……」

 

「なんなのお前? 人生ナメてんの? 一生働かなくても親の金で生きていける悦に浸って俺達庶民が必死こいて働いてる様をワイングラス片手に見下してんの?」

 

「人生ナメてないですしワイングラスも持ってませんって! 十四郎さんの金持ちキャラってそんなイメージなんですか!?」

 

足を組んで不機嫌そうに煙草の煙を吐いて来る土方に言い訳しようとするも歯切れの悪い明日奈。

 

やはり相手が土方となると彼女もあまり強く出れないみたいだ。

 

「い、良いじゃないですか私の人生なんですから勝手にさせて下さいよ……十四郎さんには迷惑かけてる訳じゃないですし」

 

「かかってんだよ、現在進行形でお前のせいで迷惑かかってんだよ、殺すぞ」

 

「あ、そうでした、すみません……」

 

彼女にとって土方という男は心の底から尊敬しているし誰よりも頼りにしている存在。

 

故に彼本人直々にお説教される事は彼女にとって最も応えるのだ。

 

「俺も忙しがいが仕方ねぇ、今回ばかりはお前、とことんガツンと説教してやるから覚悟しとけよ」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

「言える立場かお前、ったく、ゆとり世代のガキはこれだから……」

 

引きつった笑みを浮かべる明日奈に舌打ちしながら、吸い終わったタバコを灰皿に捨て

 

「兄貴は立派にやってるのにどうして妹はこうなっちまったんだか……」

 

ブツブツ呟きながら再び新しいタバコを手に取り、今日は日が落ちるまで彼女にたっぷり言い聞かせようと決心する土方

 

だがその時

 

「いやー、前のゲリラ戦きつかったねー、なにあのシノンってスナイパー? あんな長距離から正確にドタマ狙って来るとか反則じゃね? 明らかに玄人の域を超えてるよ」

 

「それもそうだけど、私はやっぱ彼女のタンク役やってたあの白くてムキムキの化け物みたいなプレイヤーの方が忘れられないよ……夢にも出て来てホントトラウマになってんだから……」

 

「!?」

 

背後から聞こえた何者かの声に土方のライターの火を点火しようとする手がピタリと静止する。

 

声の主は女性の様であったが明らかにその声に反応して更に土方の表情が強張り始めた。

 

明らかに彼の様子がおかしくなっている事に、お説教を待つ態勢でいた明日奈が「?」と首を傾げていると

 

「まあアレもヤベェとは思うけど、一番ヤバいのはやっぱあの爆弾ばら撒くウザったい長髪のキャプテン……トッシィィィィィィィィ!」

 

「!?」

 

明日奈の前でメガネを掛けた女性と、かなり長身気味の女性二人組がこちらの席を通り過ぎようとしたその瞬間

 

メガネを掛けた方が土方を見るなり会話の途中でいきなり叫び出す。

 

突然の出来事に明日奈がビクッと肩で驚く中、すぐに気付いた、彼女は前に屯所に押しかけて土方を強引に連れ去った人だ。

 

そして当の本人である土方は叫ばれても聞いてないと言った感じで体を震わせながらそっぽを向く。

 

だがメガネの方はそんなのお構いなしに彼の方へ乗り上げて

 

「ヤバ! こんな偶然にトッシーに会うとかなんたる運命よ! やっぱり私達の絆はリアルでも一緒なんだね!」

 

「ねぇ美優……土方さん完全に私達から顔反らしてるんだけど……アレってきっと今は関わりたくないって意思表示なんじゃない? そっとしておいてあげた方が……」

 

「おいおいコヒーさん、私達の間にそんないらん気遣いは無用だぜ、大丈夫、トッシーはただただ私達といきなり出会えてしまった事に気が動転して高鳴る鼓動を抑えつけようとしているだけ、いい年になってもずっと思春期なのトッシーは、可愛い女の子に会うとパニックになっちゃうの」

 

「いや違うでしょどう見ても……」

 

土方が無視に徹しているというのに彼女達は堂々とその場で会話を続け出す。

 

一体この二人組は何者なのかと明日奈が気になり、呆気にとられながらも恐る恐る彼女達の方へ口を開こうとすると

 

「あ、あの~……」

 

「あぁぁぁぁ!!! なんかすんげぇグレード高い女の子がトッシーと一緒の席にいるぅぅぅぅ!!! あれ? なんか前にも見た様な気がする」

 

「はい!?」

 

「おいトッシーどういう事だオイ! 私達というモノがいながら他の女に鞍替えたぁ許さねぇぞ! 出すモン出してケジメつけんかいトッシーコラ!」

 

明日奈の存在に気付くとメガネを掛けた方の女性が更にテンション上げて指を差す。

 

完全に自分のペースでお構いなしに突き進みながら、土方の肩に手を置いて激しく揺さぶり始めると、彼のこめかみにピクっと青筋が浮かんだのが明日奈から見えた。

 

「うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぎゃぁぁぁトッシー様がお怒りじゃぁぁぁ!! 助けてコヒー!!」

「私に振らないで、頼むから……」

 

遂に我慢の限界が来たのかブチ切れる土方に、彼にちょっかいを掛けていた方の女性が慌てて飛び退く。

 

長身の女性の方はもう他の客の視線を気にしながら、赤の他人を装うとそっと距離を置くのであった。

 

「い、一体なんなのこの人達……」

 

土方の知り合いらしき謎の女性二人組の登場に明日奈はただただ頭の中が混乱し始める。

 

一体彼は自分が気付かない所でどんな交友関係を築いていたのだろうか。

 

「なんでテメェ等がここにいんだよ! しかもよりにもよってこのタイミングで!」

 

「え、なになに? もしかしてその小娘に告白でもしようとしてたの? そりゃねぇよ鬼の副長! 愛の告白を囁くならもっと良い店を選びなさいって!」

 

「おい! コイツをもういい加減に黙らせろ! お前の役目だろなんとかしろ! さもねぇと俺が永遠に黙らせるぞ!!」

 

「勘弁して下さいよ土方さん、いくら美憂と付き合いの長い私でも彼女の黙らせ方なんて知りませんよ……だからもう斬っていいですからその子、もう遠慮なく」

 

「ひど! まさかの親友に裏切られた! そっか、関ヶ原で大谷吉継に裏切られた石田三成もこんな気持ちだったのか……」

 

「いや裏切ってないから大谷、なに勝手に歴史を改竄してるのさ」

 

遂には土方も交えて三人で言葉をぶつけ合い始め、明日奈はただどうしていいのかわからない様子で呆然と見つめる。

 

「驚いた……十四郎さんってこういう人達とも仲良かったんだ……」

「仲良くなんかねぇ!」

「うわ!」

 

ポツリと呟いた明日奈に、すかさず土方は彼女の方へ振り返って反射的に怒鳴り声を上げるのであった。

 

一体彼と彼女達の関係は……

 

後編へ続く

 

 

 

 

 



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第七十五層 とある無職の童貞殺し

ここ最近ずっと風邪ひいていて、正直めっちゃ辛い状況の中で頑張って書いてるんですが、その状態で先日投稿した別作品が凄いカオスな話になっていました。

そしてこっちのお話の内容もかなり混沌と化しています。前回よりも更に増してふざけまくる彼女がその証拠です。

皆さん、季節の変わり目には体調管理に気を付けましょう


いつまで経っても一人前にならない明日奈を説教してやろうとファミレスに連れて来た土方の所に

 

偶然同じ店にやって来た、メガネを掛けた活発そうな女性と長身の大人しそうな女性

 

二人はどうやら土方と前々から知り合いみたいなのだが、明日奈は一体全体彼が彼女達とどういう関係なのかさっぱりわからなかった。

 

「えーととりあえず誰に聞けばいいのかわからないど、どういう状況なのコレ?」

 

「いやそれは私の方も聞きたいんですが……」

 

いつの間にか自分の向かいの席に座った女性はハーブティーを飲みながらこちらに素直に疑問を投げかけるが、明日奈もまた状況を理解出来ていないので頬を引きつらせながら苦笑い。

 

この女性、こうして間近に見ると本当に背が高い、座っているというのに。

 

あまり自分と年は変わらないであろうが、その長身と落ち着いた雰囲気によってかなり大人の女性という感じであった。

 

それに比べて……

 

「なんでちゃっかり俺達の席に座ってんだ! 店から出てけつってんだろ!」

 

「まーそう言うなよブラザー、こんな可愛い女の子を独り占めにするなんてズルいじゃないの。私達の仲なんだしいっちょ楽しく語ろうぜ」

 

「なにがブラザーだ! こちとらテメェ等なんかと仲良くお喋りしてる暇ねぇんだよ!」

 

「いやいやだって~、まさかトッシーにこんな凄いべっぴんさんの知り合いがいたなんて、アンタも隅におけないねー、お姉さんは嬉しいよ」

 

このメガネを掛けた女性は前に明日奈は一度見た事がある

以前彼女が屯所に出向いた時に突然嵐の如く現れ瞬く間に消え去った人物だ

 

さっきから相方とは真逆でずっと自分のペースで喋りっぱなしで、土方に何度怒鳴られようとケロッとしていて正直そのタフなメンタルが羨ましいとさえ明日奈は考えていた。

 

「十四郎さん、あの、出来ればこの二人の事を紹介して欲しいんですけど……一体十四郎さんとどんな関係なんですか?」

 

「うぉ! トッシーを名前呼び!? 一体どういう事なのコレ!? へいトッシー! アンタ一体このお嬢ちゃんとどんな関係なのさ!」

 

「だからうるせぇんだよお前は! 一から説明するからちょっと黙ってろ!」

 

隣に座り直した土方へ尋ねようとする明日奈の質問を遮るかのように彼女が身を乗り出して叫ぶので、土方は一喝するとため息をつき、少々疲れた様子を見せながら腕を組み

 

「コイツは俺の従兄妹だ、別にテメェが考えてる様な関係でもなんでもねぇ、ほらお前も名乗れ」

 

「あ、初めまして、結城明日奈です、十四郎さんとは従兄妹関係で幼い頃からの付き合いです」

 

「ああなんだ従兄妹か、って従兄妹ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「!?」

 

「こんな滅茶苦茶可愛い子にトッシーと同じ血が流れてんの!? 全然似てないじゃん! もはや突然変異レベル! 奇跡体験アンビリバボー!」

 

「お前は一々オーバー気味にリアクション取らねぇと気が済まねぇのか、いい加減マジでぶん殴るぞ」

 

明日奈が土方の従兄妹と聞いて素っ頓狂な声を上げてわざとらしいリアクションを取る女性を彼が人睨みしていると

 

もう一人の、大人しめの長身の女性が落ち着いた様子で明日奈の方に軽くお辞儀して

 

「初めまして結城さん、私は”小比類巻 香蓮”で、さっきからうるさいこっちは”篠原美優”っていう私の友達、なんかずっと騒いでいてごめんね、この子昔から好奇心旺盛でいつまで経っても精神年齢が子供のままだから」

 

「い、いえ別に気にしてないのでお構いなく……」

 

「ちょいとコヒーさん、さり気なく私の事ディスってるんでない? お前さんいつからそんな冷たい女になっちまったんだい、あーやだやだ、すっかり都会の女になっちまったねー」

 

「いや美優の扱いなんてずっと前からこんな感じで扱ってるよ私?」

 

長身の女性の方である香蓮が素っ気なくそう言うと、メガネを掛けた女性、美優はテーブルに頬杖を突いてやれやれと首を横に振りため息をつく。

 

そんな二人を眺めながら明日奈は、明らかに土方と仲良くなるタイプではない彼女達が、どうやって彼と知り合いになったのかますます気になった。

 

「あの、十四郎さんとは最近お知り合いになったとさっきおっしゃいましたけど、一体全体どういう関係の知り合いなんですか?」

 

「え、それはえ~と……う~ん、どう答えればいいんだろ……」

 

「?」

 

明日奈の直球的な質問にさっきまで落ち着いてた香蓮が突然困った様子で顔をしかめ、チラリと土方の方へ視線を向けた。

 

それに対して土方は彼女に目だけで

 

(余計な事言うんじゃねぇぞ、適当に誤魔化せ)

 

と訴えるが、香蓮の方は

 

(いやどう言えばいいんですか、ただでさえあなたのせいでややこしいのに……)

 

とジト目で視線を返していると、そこへまたしても美優が楽しげな様子で明日奈の方へ身を乗り上げて

 

「もしもしお嬢さん? もしかしてお嬢さんはトッシーと私達の関係が気になっちゃう系なのかな?」

 

「そうですね、十四郎さんって普段から女性の方と話すらしないお堅い人なので、個人的に……いた!」

 

つい美優に対して口を滑らせてしまう明日奈に、土方は無言で彼女の頭を叩く。

 

「なんでそんな事をテメェに個人的に気になられなきゃいけねぇんだよ、誰とつるもうが俺の勝手だろ」

 

「でも十四郎さんっていい年ですしそろそろ女性と結婚までは行かなくてもせめて人並みの恋愛して欲しいと……あだ!」

 

またもや土方に叩かれるような事を言ってしまう明日奈、どういう訳か彼女は彼を相手にすると普段より言わなくても良い事をついつい言ってしまう。

 

そんな二人のやり取りを美優は「ほうほう」と頷きながら微笑ましそうに見つめていた。

 

「つまり兄的存在であるトッシーが一生独り身で終わるんじゃないかとお嬢様は心配してる訳ですな、なるへそなるへそ」

 

「ああそういう事です、いやもう十四郎さんって昔からモテるのに女の人と接する事が皆無だからホント不思議で……最近では私もぶっちゃけこの人ホモなのではと……ごふッ!」

 

「あーうん、今トッシーにテーブルに頭叩きつけられたのはお嬢様が悪い」

 

つい心の底でひっそりと思っていた事を漏らしてしまう明日奈を、土方は容赦なく彼女の後頭部に手を回して勢いよくテーブルに叩きつけた。

 

これには美優も「しゃーない」と腕を組んでうんうんと頷く。

 

「でもまあお嬢様の頼みであれば私は別にトッシーと付き合ってやってもいいよ?」

 

「なんでアンタが上から目線なのよ……」

 

「まあ性格が多少アレでもイケメンでかなりの収入があるんなら私はすぐにでも結婚したい、専業主婦として嫁がせて下さいお願いします」

 

「上から落ちていきなり下から、どんだけ必死なのさ……」

 

香蓮が呆れてる中、美優の方はあまり深く考えてない様子でサラッと土方との縁談を承認するも、当の本人である土方は眉一つ動かさず真顔で

 

「ふざけんな、テメェなんかを嫁に貰ったら末代までの汚点として晒され続けるだろうが、テメェを貰うなら腐った牛乳をたっぷり吸い取った使い古された雑巾貰う方がまだマシだ」

 

「私の存在は雑巾以下!? あんまりだろチクショー!」

 

「そうですよ土方さん、美優は使い古された雑巾じゃなくてまだまだ新品の雑巾です」

 

「結局雑巾かい! 全然フォローになってないよコヒー!」

 

求婚相手にも親友にも軽んじられショックを受けたかのように両手で頭を押さえる美優だが、どうせ大して傷ついて無いだろうな、彼女の友である香蓮は静かに察していた。

 

「ていうか土方さん本人は別にそういうの必要としてないんだから、今は周りがとやかく言う必要は無いんじゃないかな?」

 

「そ、それじゃあダメなんです!」

 

「うわ復活した、インフェルノ・サイン?」

 

「美優、アンタの小ネタは一々変にマニアックでわかりにくい」

 

香蓮がボソッと呟いた正論に、先程までテーブルにつっ伏していた明日奈が蘇ってガバッと顔を上げた。

 

「そうやってダラダラと引き延ばすと絶対後悔します! 今若い内にさっさと候補を見つけておかないと! 十四郎さんの老後は誰が面倒見てくれるんですか!」

 

「えぇ~結城さん、土方さんの事そこまで先を見据えて考えてんの、なんか一気に重くなったな……いっその事あなたが土方さんの老後見てあげたら?」

 

「必要になる時が来れば覚悟してます」

 

「してるんだ覚悟……」

 

若い少女が従兄妹の老後の事まで考えるモノなのだろうか……香蓮は不思議に思いながら「う~ん」と難しい表情を浮かべる。

 

「そういや話が逸れに逸れちゃったけど、結城さんは私達と土方さんの関係とか知りたかったんだっけ? まあ上手く説明するのはちょっと難しいけど、私達は土方さんのお手伝いみたいな事をしてる感じと言えばいいのかな?」

 

「お、お手伝い?」

 

思い切ってちょっとした事情を語り始めた彼女に明日奈はちょっと意外だと目を見開くと、香蓮は核心は言わずに所々ボカした感じで説明する。

 

「実は土方さん、ここ最近の間でちょっとしたトラブルに巻き込まれちゃってて、それを私と美優がフォロー入れて解決させようとしてる訳」

 

「十四郎さんがトラブル!?」

 

「トッシーがTOLOVEる!?」

 

「美優は黙ってて、そろそろ私も怒るよ」

 

あの鬼の副長にトラブルに遭っていると聞いて驚く明日奈と、どさくさに彼女と似たような反応しながらふざける美優に香蓮は素っ気なく呟いて黙らせた。

 

「だから残念だけど結城さんが考えてる様な関係では無いから私達、なんというか……私達が助けてる立場で土方さんは助けられてる立場って関係なのかな?」

 

「うそ、十四郎さんがトラブルに巻き込まれて助けて貰ってるなんて初めて知ったんですけど私……」

 

「うんまあ、身内には言えない事だからね、特にあなたみたいな自分を慕ってくれる相手には……」

 

どうして教えてくれなかったのだと明日奈がショックを受けた反応をしている中、香蓮はチラリと土方の方へ視線を向ける。

 

すると彼は自分から身を乗り上げて、明日奈には聞こえないよう彼女の方へ顔を近づけて

 

「おい、核心は付いてねぇがいくらなんでも喋り過ぎだろ……余計な事まで話さなくていいんだよ」

 

「仕方ないじゃないですか、こっちだってどう説明すればいいかわかんないんですから……そもそもこっちはあなたの秘密を守るためにわざわざフォロー入れてあげてるんですよ? 少しは感謝してください」

 

「いや元はと言えばお前等がここで俺達と鉢合わせしなければこんな事には……」

 

そうやって二人でコソコソと小声で会話していると、それに気づかずに明日奈は一人はぁ~と深いため息をつく。

 

「いくら身内には話せない事情だからとはいえ、私ならいくらでも相談に乗ってあげたのに……」

 

「お嬢様、ここはとりあえずわかっておくれよ、トッシーはお嬢様が大事だからトラブルに巻き込みたくなかったのさ、大丈夫、お嬢様の代わりに私達がトッシーの面倒を見てあげるから」

 

「……なんか急にまともな事言い出しましたけどどうしたんですか美優さん……?」

 

「おいおいおーい! 私がまともな事言って何がおかしいのかなー!?」

 

「すみません、まともにお話出来ない人かと思っていたんで」

 

「おっと、どストレートに中々キツイ事おっしゃりますな」

 

さっきまでずっとふざけてばかりだった美優がフッと笑いながらまともな事を言い出したので、逆に違和感を覚えて怪しむように彼女を見つめると、明日奈はやや不満げな様子を見せながらますます顔をしかめ

 

「十四郎さんの身に起こっているトラブルってそんなに深刻なモノなんですか? もしかして私だけでなく他の真撰組の皆さんにも言えない様な?」

 

「当然だ、アイツ等に知られる訳には行かねぇ、特に総悟にだけは絶対に……いやホントマジでアイツにだけは知られたら俺は終わりだ……」

 

「……もしかして警察としてヤバい事とかやってませんよね?」

 

「それは誓ってやってねぇとはっきり言っておいてやる、俺はただテメーで必ず始末つけなきゃならねぇ事をやってるだけだ」

 

 

土方に限って絶対にあり得ないだろうとは思っているが、念の為に悪の道に片足突っこんでないかと尋ねる明日奈に、それに関しては土方はキッパリと違うと答えた。

 

「コイツは俺一人の問題だ、俺一人で起こした問題なら俺一人で解決するのが筋ってモンだろ」

 

キリッとした表情で明日奈に土方がそんな事を言っていると、美優と香蓮はコッソリと耳打ち。

 

「ねぇコヒーさん、トッシーは自分一人で解決とか言ってますけど、私とコヒーって思いきり巻き込まれてるよね?」

 

「うん、私達もう完全に土方さんの起こした問題に協力させられてるよね……」

 

「聞こえてんぞテメェ等」

 

二人が小声で話しているのをしっかり聞こえていたのか、土方はタバコを口に咥えたまま彼女の方へ横目を向ける。

 

「その代わりにテメェ等が”やらかした事”に目を瞑ってやってんだろうが、もしこれ以上手を貸さないっつうなら上に報告すんぞ、テメェ等の悪行」

 

「人聞きの悪い事言わないでよトッシー! 私達はただ自分達で楽しみたいからやってるだけだから! 別に周りに迷惑かけようだなんてこれっぽちも考えてないし!」

 

「でも美優、私達がやってる事って一応はあの世界のルールから逸脱した裏技だからね……」

 

どうやら土方は美優と香蓮の”ある秘密”を握っているらしく、それを利用して彼女達を自分のトラブルに協力させているらしい。

 

美優は己の行いに悪びれる気は無いみたいだが、香蓮はやや表情が曇る。

 

「周りに迷惑かけてないとはいえヤバい事なのは確かだよ……バレたら一巻の終わりだし」

 

「えー今更それ言うんすかコヒー先輩? だってその裏技をやりたがってたのは他でもないアンタじゃん、せめて向こうの世界では可愛くなりたいだのなんだのワガママ言うから、仕方なく私があのじいさんを紹介したらすぐに食いついて」

 

「だ、だって夢だったんだもん……」

 

やや嫌味っぽく言ってくる彼女に香蓮はますます言葉を濁らせ少し恥ずかしそうに呟いた。

 

「すでに諦めていた夢が叶うチャンスだと思ったら、そりゃリスク覚悟で賭けてみたくなるもの……」

 

「あー可愛いなこの娘は! 嫁に欲しい! 結婚しよう!」

 

「いやお断りします」

 

クールな雰囲気とかなりの長身を持つ彼女であっても、ちょっとした乙女心を持っている事に美優はギャップ萌えし、大胆なプロポーズと共に両手を広げて抱きつこうとするが、香蓮はそれを全力で拒否して彼女の頭を抑えつける。

 

しかしそんな内緒話の途中で美優がテンション上がって声を荒げてしまっていると、流石に明日奈も怪しむように彼女達をジーッと眺めていた。

 

「あの、さっきから二人してなにコソコソ話してたり抱き合おうとしてんですか……? 物凄く怪しいんですけど……」

 

「フ、やれやれ流石は鬼の副長の従兄妹様だ、鋭い洞察力をお持ちになっているようで……どうやらバレてしまったみたいだね」

 

こちらを警戒する明日奈に美優は首を横に振りながら鼻で笑うと、コーヒーを一口飲むとすぐにボソッと呟く。

 

「私達が実はデキている事に」

 

「土方さんもうこの眼鏡斬っていいです」

 

「おう」

 

「いやぁ斬らんといて土方さん! 腰に差してる物騒なモンを取り出そうとしないで!」

 

ここまで来てもやっぱりふざけっぱなしの親友にもう我慢ならんと、香蓮は真顔で土方に彼女の処断をお願い。

 

彼もまたノリノリで腰に差す刀を抜こうとするので、慌てて美優は両手を突き出して助命を懇願するのであった。

 

「ちょっとしたおふざけじゃん! ノリが悪いよみんな! お嬢様もそんな私達を警戒する必要なんか無いっしょ! 心配しなくてもおたくのカッコいいお兄さんは私が結婚して上げるから!」

 

「いえあなただけは勘弁して下さい、ていうかあなたのそのふざけた態度がますます胡散臭く見えるから、私は純粋に怪しんでるんですよ」

 

「うへぇ、初対面の女の子に嫌われちゃったぁ、しかもこんな可愛い子に、今日は厄日だわ、せっかく北海道からはるばる遊びに来てるってのに」

 

「だからそうやって会話を真面目に成立させようとしない所が……」

 

遂には後頭部を掻きながらヘラヘラ笑い出す彼女に、明日奈も徐々に不満げな態度を現し始めるが、美優はそんな事もお構いなしに自分のペースで

 

「ところでお嬢様って彼氏とかいんの? そんなに可愛いなら引く手あまてでしょ」

 

「この期に及んでまた話の路線をすり替えるつもりですか!? なんなんですかあなた!? どんだけフリーダムなんですか!」

 

「いやいやぶっちゃけトッシー絡みの話なんかより恋バナの方がしたいのよ私、で? いんの彼氏?」

 

「いませんし未だに誰一人とも付き合ったことありません! あーもう! 恋バナとかよりも十四郎さん絡みの話をして下さい!」

 

「え~いないの~? しかも恋愛経験なし? 嘘でしょ、そのチート級に整った顔立ちなら男なら大抵落ちると思うんだけどなぁ」

 

「しつこい人でねホントに……」

 

「あ、じゃあ試しにやってみる? あそこにいる連中で」

 

「え?」

 

急に恋人がいるのかと自分に全く関連性の無い会話を始め出す美優に、明日奈はすっかり彼女に翻弄されつつも一応は答えてあげる。

 

すると美優はにへらと笑いながら、チラリと隣のテーブルの方へ目を向ける。

 

そこに座っていた数人の男性客は、いかにも今まで一度たりとも女の子と手を繋いだ事すらない雰囲気を持つ連中であった。

 

「見て下さい隊長! 軍曹の奴! こんなの隠し持っていました! 寺門通親衛隊に身を置きながらなんて真似を!」

 

「ち、違うんです隊長! これはあの! 妹に頼まれたから買っただけで……ふんぐ!」

 

どこぞのアイドルファンの集いなのか、同じ格好をした男達が軍曹と呼ばれた男を囲ってなにやら揉めている様子。

 

すると突然、軍曹と呼ばれた男がズブリと鼻に二本の指で突き刺されたまま浮き上がり

 

「た、隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

どう見てもかなり体重の重そうな軍曹を、たった指二つで余裕で持ち上げているのは、阿修羅でさえも逃げてしまうのかと思うぐらい凄まじい憤怒の形相を浮かべた眼鏡の少年であった。

 

軍曹を密告した男が彼の事を隊長と呼んでいるので、恐らく彼が一番偉い立場の人物なのであろう。

 

「軍曹ぉぉぉぉぉぉぉ!!! 寺門通親衛隊隊規14条を言ってみろ!!」

「は、はいぃ! 隊員はお通ちゃん以外のアイドルを決して崇拝することなかれ! それを犯すものはスパイとみなすであります!」

 

「その通りだ軍曹! そして貴様はその隊期を破った! よって!」

 

綺麗に鼻フックされた状態でありながらも律儀に答える軍曹に、隊長はドスの低い声で叫びながらギラリと目を光らせたその瞬間

 

「鼻フックデストロイヤーの刑に処する!!」

 

「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ここがファミレスの店内だというのもお構いなしに、隊長は軍曹を豪快に投げ飛ばす。

 

哀れ軍曹がこちらのテーブルの真上を飛んで悲鳴を上げながらぶっ飛ばされると、自分達の頭上から彼の私物らしきモノがポトリと落ちて来た。

 

「あ、これって」

「神崎エルザの最新シングルだね……」

 

落ちて来たモノを見て美優と香蓮はいち早く何なのか気付く。

 

それは神崎エルザという最近人気急上昇中の女性シンガーソングライターのCDであった。実を言うと美優と香蓮も彼女の大ファンである。

 

どうやら軍曹がぶっ飛ばされたのは、これを所持していたせいだったのだろう。

 

「見損なったぞ軍曹……寺門通親衛隊でありながら、そんなよくわからん女の歌なんぞに惑わされるとは」

 

 

すると処罰を終えた隊長が、眼鏡をキリッと光らせながら未だ怒りが収まらない様子で、白目を剥いて倒れた軍曹に向かってまだ何か言っている。

 

「俺達の心を揺らせるのはお通ちゃんの歌だけだぁ! そして俺達が心をゆだねる女性もお通ちゃん唯一人だぁ! 神崎エルザだか神崎かおりだか知らねぇがなぁ! そんなどこぞの馬の骨に現を抜かすなど言語道断じゃボケェ!」

 

「おー、あそこまで言い切れるとは中々、ん?」

 

「なんだろう私、凄くムカつくんだけど……あの眼鏡カチ割って来ていい?」

 

「おおっと、生粋の寺門通ファンの心無い一言が神崎エルザファンの心に火をつけた、止めなさい、アンタそんな事する柄じゃないでしょ」

 

怒声を上げながら神崎エルザの事を馬の骨と罵倒する隊長に香蓮はイラッと来たのか、拳を構えたまま席から立ち上がりそうになった彼女を慌てて止める美優。

 

「いいかお前等よく聞け! 俺達にはお通ちゃんがいる! お通ちゃんこそ全てだ! 彼女を裏切り別の女に鞍替えするような不逞な輩は! この寺門通審援隊隊長! 志村新八が許さん!」

 

「はい隊長!」

 

「一生ついていきます隊長!」

 

周りの客や店員、そして白目を剥いて気絶したままの軍曹など気にもせず、隊長こと志村新八が拳を掲げて声高々に叫ぶと他の隊員達も彼を称えながら共に叫び続けるが、さっきからずっと騒がしいそんな連中に

 

「チッ、うるせぇな……」

 

土方はイライラしながら吸っていた煙草を灰皿で消す。

 

「こうなったら僕、いや俺の前でオタク論を展開するなんざ100年早ぇ事を、じゃなかった、店内で騒ぐアイツ等にいっちょ、アイドルだけでなくアニメもまた素晴らしい事を叩きこんで……ぐ!」

 

「十四郎さん? 今何か変な事言いました?」

 

「気のせいだ……クソ! オタク相手だとやはり俺の中の内なる存在が邪魔を……!」

 

「え、どうしたんですか急に……まさか厨二病的な何かですか?」

 

新八達にいっちょかましてやるかと立ち上がろうとした土方であったが、突然言動がおかしくなり必死に何かを抑え込んでるかのような苦悶の表情を浮かべて再び席に戻る土方。

 

苦しそうに顔を歪ませる彼を見て、様子が変だと明日奈が心配そうに見つめていると、美優は既に予想していたかのようにうんうんと頷き

 

「よぉしトッシーがダメならここはお嬢様が行ってみよう、さああの隊長にガツンと言ってくるんだ」

 

「私が、ですか?」

 

「声掛けるだけでいいからやってみ、ほれ」

 

「え~なんでそんな私に強引に……」

 

何かを確信してるかのようにグイグイと押してくる美優に明日奈はしかめっ面を浮かべて嫌そうにしながらも

 

「まあでも、十四郎さんの代わりに注意するだけなら別にいいかな……」

 

土方が動けない以上、ここは自分が代わり引き受けてあげようと楽観的に考え

 

明日奈は自ら席から立ち上がって恐る恐る隊員達に崇拝され崇められている新八の方へ歩み寄る。

 

「あのーすみません、私が言うのもアレなんですけど、他のお客さんに迷惑なんで暴れたり叫んだりするのはちょっと……」

 

「なんだぁ貴様! 俺の演説中に声を掛けるとは不届き千万! 隊長が隊員に喝を入れている時に邪魔をするのはご法度だとわからんのかぁ! そこに直れ! 貴様も鼻フックデストロイヤーの刑に……処……」

 

急に話しかけて来た明日奈に新八はまたしても憤怒の表情で振り返り、激昂した様子で再び怒鳴り散らすも

 

振り返った先にいた彼女の顔、とんでもなく綺麗な同年代の女の子の顔立ちがバッと視界に入ると、徐々にその表情から怒りが薄れていき……

 

(え、何この綺麗な美少女……もしかしてここ仮想世界? だってリアルでこんな女性の理想を描いたかのようなエレガントな女の子がいるってあり得ないでしょ、ウチのゴリラじゃまず描けないでしょ)

 

「あれ? どうしたんですか急に固まって……」

 

(ていうか今、もしかして僕は彼女に話しかけられてるの? なんで? こんな冴えない僕に彼女がいったいなんで? あ、ヤバいなんかテンパって来た、とりあえずどうしたらいいの? 彼女は一体僕に何を求めているの? 一体僕はどうすれば彼女を満足させることが出来るの? 僕はどうしたら……)

 

 

 

 

「がはぁぁぁぁぁ!!」

 

「なんでぇ!?」

 

「「「隊長ぉぉぉぉぉぉぉ!」」」

 

一瞬の間でパニック状態であるというのに無理矢理思考を駆け巡らせた結果、身内の姉、友人の妹以外の女性とロクに会話すらした事がない彼女いない歴16年の新八には

 

唐突に現れたとんでもなく可愛い美少女を前にして最適な答えを見つけるなど到底できず、思考がオーバーヒートしてそのまま喉から呻き声を上げ、先程自分が吹っ飛ばした軍曹の時に様に白目を剥いてぶっ倒れてしまうのであった。

 

「わ、私何もしてないんですけど!?」

 

「よくも隊長をこんな目に! タダで済むと……あれ? なにこの可愛い女の子? がはぁぁ!!!」

 

「俺達の隊長が! 許せん! こうなったら隊長に変わってがはぁぁぁぁぁ!!!」

 

「えぇ~~!? なんか勝手に全滅した!」

 

隊長である新八だけでなく他の隊員達も明日奈というチート級の美少女を前に成す総べなく倒れていく。

 

彼等もまた新八と同じく、女性に対して免疫力が無かったのだ。

 

目の前でバタバタとアイドルオタク達が倒れていく惨状を目の当たりにして、元凶である明日奈は何が起こったのかわからずただ呆然と見下ろすのみ。

 

「ど、どういう事なのコレ……」

 

「ハッハッハ、やはり私の予想通りだったよ」

 

訳が分からないと困惑している彼女の背後で、計画通りだと腕を組んで美優は一人ほくそ笑む。

 

「アイドルという決して手が届かない存在を追いかけている彼等にとって、己の目の前に美少女が現れたという現実を受け止める事が出来なかったみたいだね」

 

「いやだからどういう事なんですか!? なんでこの人達私を見るなり倒れたんですか!」

 

「まだわからないのかいお嬢様、アンタは生まれながらにしてとんでもない能力を身に着けているのだよ」

 

倒れた男達を眺めながら静かに分析すると、混乱している明日奈に美優はカチッと掛けている眼鏡を指で上げ

 

「モテない男共が常に抱いていた幻想を、視界に入れただけで跡形も無くぶち殺す程にハイスペックな美貌を持つ者のみこそが持つ能力……」

 

 

 

 

 

 

「『童貞殺し≪コカンブレイカー≫』さ!」

 

「パクリの上に最低なネーミングセンスなんですけどこの人!」

 

「心配しなくても『童貞殺し』を持ってるアンタなら並みの男共ならイチコロさね、アンタはもう一人前の能力者、これ以上私が口を挟む必要無いだろうしそろそろ消える事にするよ、行こうか香蓮」

 

「ってなに勝手にいい感じにまとめて行こうとしてるんですか! 適当にでっち上げてただ逃げたいだけでしょ!」

 

さも眠られた能力が解放された事を告げて静かに去る師匠的な雰囲気を漂わせて、呆れてため息をつく香蓮と共に店を後に出て行こうとする。

 

そうは行くかと明日奈は彼女に手を伸ばして掴もうとするが、美優はヒョイと身軽な動きでそれを避け

 

「私が教える事はもう何もない、後はその力を上手く制御できるのか己自身で考えたまえ……それではさらばだー!」

 

「はぁ~結局美優のおかげで私まで振り回されちゃったよ……」

 

「待ちなさいこのおふざけ眼鏡! こっちは真面目に話聞きたかったのに! 散々ふざけ尽くして全然本題を聞けなかったじゃないの!」

 

香蓮の手を引っ張ってこちらにキラキラとした笑みを浮かべながら美優はすたこらさっさと店から出て行ってしまった。

 

簡単に逃がしてしまった事に明日奈は悔しそうに歯を食いしばり、彼女のおかげでロクな情報が得られなかったと悔しそうにする。

 

「次会ったらタダじゃおかないんだから!」

 

「おい、そんな事よりもどうすんだコレ」

 

「え?」

 

またいずれどこかで見つけたら、今度こそ捕まえて徹底的に問い詰めてやると明日奈がそう心に決めているのをよそに

 

彼女の背後から土方が新しいタバコを咥えながら落ち着いた様子で話しかける。

 

「お前の『童貞殺し』のせいで周りが屍だらけになってんぞ」

 

「ってああそうだった! そんな能力も持ってないし私が悪い訳じゃないけど! この人達倒れたままだった!」

 

土方に指摘されて明日奈はすぐに思い出した、新八を始めモテない男共が皆白目を剥いて倒れている事に

 

このまま放置してしまったらお店に迷惑を掛けてしまう、現時点で十分迷惑なのだが

 

「ど、どうしよう十四郎さん!」

 

「ったくしょうがねぇな……」

 

慌ててこちらに助けを求める明日奈に土方はフンと鼻を鳴らすと、席から立ち上がって倒れている新八の方へ歩み寄る、そして自分の懐からゴソゴソと何かを取り出し

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず気付けとして俺の『超卵油砲≪マヨネーズガン≫をお見舞いするか」

「ぐっはぁ!」

「さすが十四郎さん!」

 

意識を失い倒れている新八の口に向かって直接ニュルニュルと容器から絞り出して注入するのは土方愛用のマヨネーズ。

 

なんて機転の良い発想だと明日奈が一人称賛しているなか、新八は夢心地な気分から一気に地獄に転落した。

 

 

 

 

翌日、とあるファミレスで騒いでいた集団が一人の女性客が現れた途端全員意識を失い倒れ

 

そんな彼等に一人の男が口にマヨネーズを直接注ぎ込んで更に追い打ちを掛けるという

 

前代未聞の恐ろしい事件があったというニュースが流れたのは言うまでもない。

 

 

 

 



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第七十六層 知り合いの友人となると距離感が難しい

Q銀さんはいつもどこでフルダイブしてるんですか?

A突然の来客が来てもいいように基本的に居間の自分用の椅子に座ってプレイしています。

おかげでゲーム終わった後は腰が痛いみたいです。



コレは今より大分前の出来事。

 

結城明日奈がまだ幼い頃、従兄妹である土方十四郎の所へ兄と共に疎開し、武州へと来ていた頃。

 

道場に向かうがてらに土方は毎回立ち寄る場所があった。

 

「”先輩”稽古の時間です、迎えに来ました」

 

「土方ァァァァァァァ!!!」

 

そこはこじんまりとした小さな家、庭の方から入った土方が無愛想に呟くと

 

すぐに中から一人の小さな少年が自分の家の襖を蹴破って彼に向かって飛び蹴り。

 

「二度とウチの敷居を跨ぐなって言っただろうがぁ!!」

 

「いや無理っす、自分、近藤さんに先輩を連れてこいって言われてるんで」

 

自分よりずっと背も高い年上の相手に向かって果敢に奇襲をかまそうとする少年は沖田総悟。

 

この頃から土方の存在を疎ましく思っており、事あるごとに隙あらば痛い目に遭わせてやろうとしているのだが

 

まだ小さな少年である彼ではそれも上手くいかず、こうして飛び蹴りを繰り出しても土方は平然とした様子で軽くいなしてしまう。

 

「そんじゃ先輩、遊んでないで行きましょうか、近藤さん待ってるんで」

 

「てんめぇ土方コノヤロー! それが先輩である俺に対する態度か!」

 

自分に対してなんで沖田がこんなにも苛立っているのかは知らないしどうでもいいので、とりあえずさっさと用事を済まそうと彼の後襟を掴みズルズルと引きずりながら、土方はこの家を後にしようとする。

 

するとその時

 

「あ、あの~……」

 

沖田を引きずって道場に向かおうとする土方に、おずおずと話しかける少女が一人。

 

彼の所で厄介になっている結城明日奈。この家に来る時は毎回土方は彼女もここに連れて来ているのだ。

 

その理由は自分が道場にいる間はこの家、強いて言うなら沖田の姉の所へ預ける為である。

 

「い、いってらっしゃい十四郎さん……」

 

「……」

 

「おい泣き虫娘コラ、土方の野郎には挨拶して俺には何も言わねぇってどういう事だコラ」

 

「ひ、ひぃ! ごめんなさい!」

 

縮こまった様子で頭を下げながら見送る明日奈に土方は何も言わずに顔を背け、彼に引きずられたまま沖田は彼女に中指を立てながら文句を垂れる。

 

この頃の明日奈にとって沖田という少年は正に天敵そのものであり、事あるごとに彼に泣かされていていつも怯えていたのだ。

 

「おい、言っておくが姉上に迷惑かけたら承知しねぇからな、姉上は体が弱いんだ、お前なんかと遊んでる暇なんかねぇんだよ」

 

「う、うん……」

 

「それと姉上は”俺の”姉上だから、前にお前、姉上の事を「ミツバ姉さん」とか呼んでただろ、次に姉上の事そんな風に呼んだら、お前マジで墓穴掘ってそこに生き埋めにすっから覚悟しろよ」

 

「先輩、そこまでいくと流石にシスコン過ぎてキモイっす」

 

「オメェが話に入ってくんじゃねぇよ土方コノヤロー!」

 

自分より一個しか違わない明日奈に対し、厳しく注文する沖田に対し、彼を引きずっていた土方が振り返らずにボソッとツッコミ。

 

殴り掛かろうとするも拳が届かず、悔しそうにしている沖田を連れて、最後に明日奈の方をチラッと視線だけ向けた後、土方は最後まで彼女に何も言わずにそのまま道場へと向かってしまうのであった。

 

「……」

「フフ、行ってくるぐらい言えないのかしらね。あの人」

「!」

 

いつも無言で行ってしまう土方を見送りながら、取り残された明日奈がガックリと肩を落とすが

 

背後から透き通った声がしたので、明日奈はすぐに後ろに振り返る。

 

そこには沖田と同じ髪色をした細い体付きの、とても優しそうな目をした女性がこちらを見守る様に立っていた。

 

「今度私から女の子の扱い方を教えてあげようかしら、それと総ちゃんにも女の子に意地悪しちゃダメって事も言ってあげなきゃ」

 

「ミツバ姉さん!」

 

それは沖田の実の姉であり唯一の彼の家族である沖田ミツバであった。

 

明日奈は先程の沖田の忠告もすっかり忘れて彼女に向かって叫びながら勢いよく飛び付く。

 

初めて会った時からすっかり自分に懐いてしまった明日奈を、ミツバはまるで本当の姉の様に優しく微笑みながら、腰にしがみ付いて来た彼女の頭を撫でてあげた

 

「さて、今日は明日奈ちゃんとどんな事して遊ぼうかしらね~」

 

嬉しそうに呟く彼女に頭を撫でられながら、明日奈はその感触を心地よく感じながら

 

そっと眠る様に目を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~……じゃあ前に近藤さんに教えてもらったベーゴマ遊び……ん?」

 

次に明日奈がパチッと目を開けた時、目の前に現れたのは異星の船が飛び交う大空であった。

 

先程まで幼かった筈の彼女は、そこからかなり成長している様子がうかがえる。

 

「……まさか昔の事を夢で見る事になるなんてね……あの頃はなんのしがらみもなく楽しかったわねホント……」

 

かつて武州にいた頃の思い出を夢として見ていた事に、明日奈は寝ぼけながらもふと懐かしく思っていると

 

「あれ?」

 

ふと自分がどうして空を見上げながら眠っていたのだろうと疑問に思い始めた、それだけではない、なんだか体の上にとんでもなく重たいモノが乗っかってる様な感覚が……

 

「え、動けない……どういう事? 私は確か真撰組の屯所で自分の部屋で眠っていた筈なのに……!」

 

体を上から圧迫されて身動きさえ取れないことに明日奈がますます不思議に思っていると

 

「お、なんでぃ、お目覚めかいお姫様」

「!?」

 

目の前に見える大空の中にヒョコッと顔を出して来たのは、子供の頃よりも更に捻くれて成長してしまった哀しきモンスター、沖田総悟。

 

一体どうして彼がここに……と明日奈がギョッとした様子で驚くのも束の間、沖田はこちらの顔を覗き込んだままスッとスコップを取り出して

 

「せっかくなんの苦しみも無く安らかに寝かせてやろうとしてたのに」

 

「ちょ! ちょっとなによそのスコップは! ってアレ!? もしかしてここって!」

 

土で汚れたスコップを持つ沖田に明日奈はどういう事かと問い詰める前に、自分自身で周りを見渡しながらすぐに気付き始めた。

 

よく見ると自分の周りは四方の土の壁で囲まれている、そして自分の体にのしかかっているのもまた土。

 

これらの情報で結びつく答えは……

 

「穴の中!?」

 

「惜しい、墓穴だ」

 

「同じじゃないの! てかどうして生き埋めにされそうになってるのよ私!」

 

「お前が寝てる間に俺が早朝からせっせと作っておいたのさ」

 

「なんで朝からそんなのせっせと作る必要があったのよ!」

 

「そこにムカつく野郎がいたからさ」

 

「頭おかしいんじゃないの!?」

 

どうやら自分が寝ている間に沖田は部屋に忍び込み、前もって既に庭に掘っておいた穴に埋めようとしていたらしい。

 

今まで散々自分に対して嫌がらせを行ってきた彼であったが、まさか早朝から生き埋めにされるとは予想だにしなかった明日奈であった。

 

「いい加減にしなさいよもう! せっかくミツバさんとの楽しい思い出を夢に見ていたのに!」

 

「なに人の姉上をテメーの夢の中に登場させてんだ、姉上に出演料払え出演料」

 

「だから私の体を土で埋めないでったら!」

 

自分の姉の夢を見ていたと叫ぶ明日奈に、沖田はイラッとした様子でジト目で彼女を見下ろすと、そのままスコップで彼女の上に土を被せるのを続行。

 

このままだと本当に彼の手によって生き埋めにされてしまうのではと、明日奈は慌てて頼れる親友・神楽の名を叫ぼうとしたその時

 

「あ、アスナ姐こんな所にいたアル」

「神楽ちゃん!」

 

助けを呼ぶ前にヒョコッとこちらに顔を覗かせて向こうからやって来てくれた神楽。

 

いつも自分の窮地に颯爽と現れてくれる頼もしき彼女の登場に明日奈が素直に喜ぶも

 

沖田によって埋められている状態の自分に神楽は何食わぬ顔で

 

「なんかさっきゴリラがアスナ姐の事探してたネ、なんか知らないけど、偉いオッサンがアスナ姐に用があるみたいだからすぐに客室に来て欲しいんだって」

 

「あ、そうなんだ、でもねぇ神楽ちゃん、それより今の状態の私を見てどう思う?」

 

「土の中から頭だけ出してるから、穴の中で転がってる生首が喋ってるみたいで正直不気味アルな」

 

「いや率直な感想はいいから助けてよ! どう見てもピンチでしょ私!」

 

「え? アスナ姐自分からそうなってるんじゃないアルか? 私てっきり最近若い娘の間で流行ってるとかいう土風呂をエンジョイしていると思っていたネ、いいなー今度私も入らせてヨ」

 

「流行ってるのは土風呂じゃなくて砂風呂よ! しかもだいぶ前にブーム過ぎてるし! ってだからどうでもいいのよそんな事!」

 

こちらを覗き込みながらキョトンとした表情で首を傾げる神楽、こちらの状況をまだ把握していない様子の彼女に、明日奈は助けを求めるよりもツッコミの方を優先してしまっていると

 

「お、いたいた! 探したぞ明日奈ちゃん!」

「近藤さん!」

 

神楽に続いてヒョコッと顔を覗かせて来たのは真撰組の頼もしき大黒柱、近藤勲であった。

 

誰の指図も受けないフリーダムな沖田にいう事を聞かせる事が出来る唯一無二の存在。

 

彼がやって来てくれた事でやっとここから解放されると明日奈がホッと安堵の表情を浮かべていると

 

「急ですまんが松平のとっつぁんが明日奈ちゃんに用があるって今客室に来てるんだ! 総悟達と遊んでいた所悪いがすぐに来てくれ!」

 

「あ、はいわかりましたすぐに行きます、ってそうじゃなくて!」

 

「よし! それじゃあ俺は先にとっつぁんの所に行ってくるから!」

 

「ちょ、ちょっと近藤さん!」

 

助けて貰えるどころか、用件だけ伝えたらさっさとどっか行ってしまう近藤に明日奈は叫ぶ事しか出来なかった。

 

来てくれと言われても出るに出れない状況だというのに、どうして誰も気づいてくれないのだろうか

 

「なんで! なんで私の周りの人達って人の話を聞かない連中ばかりなのよ!」

 

悲観して嘆く明日奈に対し、スコップを肩に掛けた沖田は澄ました顔でボソリ

 

 

 

「そりゃお前も人の話を聞かないタイプだからに決まってんだろ」

 

「……あ、そうか」

 

とどのつまり、同じ穴の貉

 

それに気付くと自然に自分で納得してしまう明日奈であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、沖田がちょっと離れていた隙をついて山崎が彼女を救出し

 

山崎が戻って来た沖田によって、自分の代わりに彼が生き埋めにされている事も知らずに

 

明日奈は近藤と来客のいる客間へと急いでやって来ていた。

 

「いや~急に来ちゃって悪かったな~明日奈ちゃん、あれぇ? しばらく会わない内にまた綺麗になった?」

 

「ハハハ、いくら女でもほんの数日の間じゃそんな変わり映えなんてしませんよ」

 

「つーかなんで寝巻きの上に泥だらけな訳?」

 

「あー……ちょっと朝から人知れずハプニングに遭遇してまして……すみません」

 

「どんなハプニング?」

 

客間で待っていたのはやはり警察庁長官である松平片栗虎であった。

 

明日奈がやってくるといつも通り機嫌良さそうにいつもキャバ嬢に言っているお世辞を言い

 

彼女の格好が泥だらけのパジャマ姿だという事に不審そうに尋ねると、鋭い目を明日奈の隣に待機している近藤に向ける。

 

「おい近藤、明日奈ちゃんは嫁入り前なんだからデリケートに扱えよ、しかも嫁に行く先はあの将軍だ、この子に何か遭ったらテメェ等の首全部飛ばしても示しつかねぇって事を肝に銘じておけ」

 

「安心しろとっつぁん、明日奈ちゃんが晴れて将軍様の嫁入りするまで俺達は徹底的にマークして警護に務めるさ、不逞な輩なんぞ誰一人彼女に近付けん」

 

「いや私にとって一番不逞な輩が絶賛朝から殺しにかかってんですが……」

 

念を押して忠告して来る松平に近藤は腕を組みながら力強く答える。

 

だが明日奈からすれば、護ってくれる真撰組内にいる一人の存在が最も近づいて欲しくない人物なのだが……

 

「この前も明日奈ちゃんに会いに来たとかほざいて、ああだこうだ言いながら無理矢理屯所に入ってこようとした貧弱な優男を隊士達で袋叩きにしてやったしな」

 

「絶対須郷さんだわ……」

 

「で? ちゃんと殺したのかそいつ?」

 

「いやーそれが中々にしぶとくてさ、弱いくせに生命力だけはゴキブリ並でよ、仕方ないから港に運んで海の底の沈めて来た」

 

「おい、ちゃんとコンクリートに詰めて沈めただろうな、ゴキブリってのはマジでしつこいんだぞ」

 

「すみません、さっきからお二人の会話が警察組織の会話には聞こえないんですけど……完全にヤクザの会話なんですけど……」

 

どうやら事あるごとに毎回自分の前にやって来ていた須郷は、今回は自分と会う前に真撰組によってシメられてしまったらしい。

 

近藤は港に沈めたと言っていたが、何故であろう、彼の事だからどうせ生きているんだろうなと明日奈ははぁ~とため息をついた。

 

「ていうかそろそろツッコミたいんですけど、私と将軍様の縁談話ってまだ解消されてないんですか? 確か私散々松平さんに断ったと思うんですけど?」

 

「あれぇ~? そうだっけ~? ごめんおじさん最近物忘れ激しいからさ~、年は取りたくねぇな~ホント」

 

「……」

 

明日奈の追及に松平はすっとぼけた様子で後頭部を掻く、それをジト目で見つめながら明日奈はすぐに察した。

 

この男、ハナっから自分が何言おうがお構いなしに将軍の縁談を進める気なのだと。

 

こちらの都合などお構いなしに勝手に裏で自分の縁談を進めていた松平に、明日奈は無言で非難の目を向けるも彼はおもむろに別の話題に切り替える。

 

「そういや明日奈ちゃん、今はここに住んでるみてぇだが不満とかあんならおじさんに言ってみな ただでさえ四方八方に汚ねぇ野郎共に囲まれてストレス溜まってるだろうに」

 

「そうですね、皆さん本当に優しいですし、一人除いて……」

 

「いや大丈夫だとっつぁん! 俺達は明日奈ちゃんが将軍の嫁になるまでここで預かると聞いてから! 隊士達は一丸となって清潔には気を付けてるんだ!」

 

明日奈は将軍との縁談を進めてる間は、真撰組屯所でその身を預かっている形となっている。

 

晴れて将軍の所へ嫁入りするまでの間、良からぬ虫が付かぬよう真撰組によって厳重に警護する為だ。

 

それも数日経った今、明日奈にも不満の一つや二つあるのではと松平が尋ねると、またしても近藤が自信をもって

 

「俺達は常に己の体に付着する汗と加齢臭を排除する為、肌身離さずファブリーズを携帯する事になったのさ!」

 

そう叫ぶと近藤はおもむろに立ち上がって、本来刀を差すべき場所に「クールアクアの香り、獣臭完全除去」とデカデカと書かれたファブリーズがしっかりと差してあった。

 

「己の体臭を消し去る為、何より明日奈ちゃんに嫌われない為に! 俺達は常にファブリーズをまんべんなく体に吹きかけてます!」

 

「かけてます、じゃねぇよ、おい無臭ゴリラ、刀はどうした刀は」

 

「刀? ああーアレはファブリーズ差す時に邪魔だったからよ、今はもう差してねぇや」

 

「おい、いくら体臭に気を遣っても侍の魂である刀を所持してなかったら、いざという時にどうやって明日奈ちゃん護るんだこの腐れ脳みそゴリラ」

 

「あーそうだった! ハハハ、俺とした事がうっかり! てへぺろ! ってうおわぁ!!」

 

江戸を守護する侍であるべき真撰組が、揃いも揃って刀を持たずにファブリーズを携帯しているという前代未聞の問題だ。

 

おまけにその真撰組の大将は、舌をチョロッと出して自分の頭をコツンと叩くという完全にナメた態度を取って来たので、警察庁長官として松平は冷静に銃口を向けて躊躇なく2、3発彼に向かって発射する。

 

「テメェ等に将軍の嫁候補を警護するという重要な仕事を命じたのは俺だ、つまりテメェ等がヘマしたら俺も責任を取らなきゃならねぇ、わかるな近藤? 俺とお前等の命も全て明日奈ちゃん次第だ」

 

「お、おう……」

 

「こちとらテメェ等と違って妻子持ちなんだよ、残すモンがあるとそう簡単にくたばる訳には行かねぇからさ、マジで頼むわホント」

 

「りょ、了解であります警察庁長官殿!」

 

「ま、それはそれとして……」

 

まだこちらに銃口を向けられているので近藤は半ば脅される形で慌てて敬礼すると、松平はゆっくりと立ち上がり

 

「俺も最近おっさん臭いってキャバ嬢に言われてっから、ファブリーズ頼むわ」

 

「わかりました! とっつぁんは特に加齢臭半端ねぇから全身まんべんなく吹きかけます!」

 

「いい加減マジでぶっ殺すぞテメェ」

 

「結局ファブリーズに落ち着くんですか!?」

 

自分もまた臭いを消して欲しいと思っていたのか、ちゃっかり近藤にファブリーズをこちらにかけろと指示。

 

そんな松平と、それに従い急いで彼にシュッシュッとファブリーズを吹きかける近藤の姿に

 

明日奈が唖然とした表情で声を出してしまうのであった。

 

 

 

 

 

それから数分後、近藤によって無事に体の臭いを消し去る事に成功した松平は改めて明日奈と向かい合うように座り直した。

 

「よし、それじゃあおじさんの臭いが無事にフローラルな香りになった所で、明日奈ちゃんにお願いがあります」

 

「フローラルかどうかは知りませんが……え? お願い?」

 

目の前でおっさんがおっさんにファブリーズという光景を見せつけられてちょっと参ってしまっている明日奈に

 

松平はようやくここに来た本来の目的を語り始めた。

 

「前に明日奈ちゃんと会った時に俺が話した事覚えてる? 明日奈ちゃんが今やってるゲームで、俺のダチを一日面倒見てくれって話」

 

「ああその話ですか、良かったまた将軍様絡みの話かと思った……大丈夫です、ちゃんと覚えてますよ」

 

「そうか、なら話は早ぇ、今からダチがそのゲームをやる予定なんでな、明日奈ちゃん、ちょいとその前に色々とゲームについての事を教えてやってくれねぇかな」

 

「え、今からですか……? 随分と急ですね」

 

彼との約束を覚えていた明日奈は、今から手伝ってほしいと言われて若干戸惑うものの、すぐにコクリと頷いた。

 

「まあ私は構いませんけど、今日は偶然にも私、丸一日予定がないんで」

 

「……偶然つかいつもじゃね?」

 

「今日は”偶然”にも私、丸一日予定がないんで」

 

「あーうん、これ以上ツッコむのは無しって事ね」

 

偶然、という部分を強調して二度同じ言葉を真顔で言う明日奈を見て、松平はもう何も言うまいと諦めた。

 

「あ、もうそろそろそいつがここに着く頃合いだから、ちょいとおじさん迎えに行ってくるわ」

 

「わかりました、それなら私はEDOをプレイする為の準備しておきますね」

 

「おう、カセットフーフーしながら待っててくれや」

 

「いや今のゲームは必要ないんでそういうの……」

 

ゲームの知識に関してはファミコンぐらいしかわからない松平、そして重い腰を上げてそそくさと客間を後にして行ってしまう彼を見送りながら、明日奈はやれやれと苦笑する。

 

「どうせあの人の事だから、友達とか言っておいてキャバクラのお姉さんとかなんでしょうね」

 

「ハハハ、違いねぇ、しかし明日奈ちゃんがゲームとはいえ人に物事を教える立場になるとはなぁ、昔は俺が明日奈ちゃんにメンコ遊びやベーゴマ教えてたってのに」

 

「そんな大袈裟ですよ」

 

隣でしみじみと昔の出来事を思い出す近藤に、遠回しにまだ子ども扱いされていると気づいて明日奈は不満そうに答える。

 

「これぐらい誰だって出来るモンじゃないですか」

 

「いやだって、俺の記憶の中の明日奈ちゃんっていつもトシやミツバ殿の後をついて回って、よく総悟に泣かされてる印象が強くてな」

 

「嫌な事思い出させないで下さいよ……そんなに子供扱いするなら見ててください、私はもう一人前ですから」

 

土方は自分を厳しく扱い、沖田は自分を蔑ろに扱い、そして近藤は自分を子ども扱いする。

 

これは幼少の頃からずっと変わらない三人との関係性なのだが、せめて子供扱いされるというのは勘弁して欲しいモノだと明日奈は考えていた。

 

「今から松平さんのお友達とやらに血盟組の副長としてビシッとコーチングして見せますから」

 

「ほ~ならお手並み拝見としますかな、明日奈ちゃんがどれだけ成長したのか楽しみだ」

 

表情をキリッと切り替えて、EDOでは鬼の閃光と呼ばれ血盟騎士団のナンバー2として君臨する「アスナ」としての貫禄を見せつける彼女に、近藤は笑いながら期待していると。

 

「たたたたた、大変です局長ォォォォォォォォォ!!!!」

 

突如、廊下の方から猛スピードでこちらに向かって駆けて来る音が聞こえたと思いきや

 

襖をパンッ!と開けて出てきたのは、全身を土塗れにした山崎であった。

 

「ととととと、とんでもないお人が! この屯所にとんでもない超大物が自ら足を運びあそばれましたぁ!!!」

 

「おいどうした山崎、日本語変だぞ、てかなんでお前まで明日奈ちゃんみたいに泥まみれなの?」

 

「いやぁこれはさっきちょっと沖田隊長にやられまして……って俺の事なんかどうでもいいんすよ! 早く迎える準備してください! 下手な真似したら俺達全員すぐに首飛びますから!」

 

「大袈裟だなお前は、何をそんなに慌てふためく理由があんだよ、今から来るのはとっつぁんのただの友人じゃねぇか、俺達は侍として落ち着いてどっしり構えとけばいいんだよ」

 

「さ、侍だからこそ丁重に迎え入れなきゃいけないお人なんすよぉぉぉぉぉ!!!」

 

「え?」

 

何時にも増して様子がおかしい山崎に近藤は眉間にしわを寄せる。明日奈もまたどうしたのだろうと首を傾げていると

 

「おーいお前等、俺のダチ公のお通りだよ~」

「!」

 

そこへ松平の気の抜けた声が廊下から飛んで来た、すると廊下に立っていた山崎はすぐにギョッとした表情を浮かべて、すぐにその場に正座して深々と頭を下げたのである。

 

そういえばいつも騒がしい屯所が、松平が友人を迎えに行った途端急に誰もいなくなったかの様に静まり返っていたがその原因は……

 

段々近藤と明日奈に緊張が芽生えてきたのも束の間、松平が開いた襖からヌッと顔を出し

 

「まあ汚ねぇとこだがその辺は我慢してくれや、おい明日奈ちゃん、コイツが例の俺のダチの……」

 

明日奈の方へ話しかけながら、松平は連れて来た友人を遂に彼女達の前にお披露目する。

 

その人物とは……

 

 

 

 

 

「将ちゃんだ、まあ気楽に接してゲームの事教えてやってくれや」

「「え?」」

 

 

将ちゃん、そう呼ばれた松平の友人を見て近藤と明日奈は時が止まったかのように静止して動かなくなった。

 

凛々しい顔立ち、真っ直ぐに整った髷、未来を見据えるかの様に遠くを見る瞳、誰もが一度は袖に通してみたいと思えるような煌びやかな着物。

 

明日奈はこの人物の事を知っていた、というのも以前から度々顔を会わせる機会があったのだ。

 

この江戸に建つ”最も偉い御方”がお住みになられる江戸城で

 

「征夷大将軍、徳川家の14代目、徳川茂茂だ、此度はよろしく頼む」

 

((えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?))

 

松平が友人として明日奈の前に連れて来た人物は

 

まさかまさかの松平によって縁談を進められている超大物の中の大物、現将軍・徳川茂茂公だったのだ。

 

思いもよらぬ人物の登場に明日奈と近藤は唯々心の中で雄叫びを上げるしかないのであった。

 

(松平さんが私に会わせたい友人って……!)

 

(将軍かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)

 

どうやら楽勝だと思っていたフルダイブ初心者へのEDO講座は

 

 

未だかつてない程慎重かつ強い緊張感の中で行う事になりそうだ。

 

「助けて下さい近藤さん!」

 

「い、いやさっき明日奈ちゃん自分一人でなんとか出来るって言ったから……頑張って」

 

「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

 



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第七十七層 ブリーフ、それは男の嗜み

徳川茂茂、日の本一の権力者、徳川家の十四代目・征夷大将軍であり

 

ただの一般市民ではそのお姿を肉眼で観察する事さえ難しい正に雲の上の存在。

 

そしてそんな将軍が今、あろう事か、荒くれ者だらけの真撰組の屯所に足を運び……

 

「い、以上がEDOについての説明と遊び方です……茂茂様」

 

「うむ、実にわかりやすい説明であった」

 

そこに居候して住まわせてもらっている明日奈に、EDOのゲームの簡単な説明と遊び方を教えてもらっていたのだ。

 

(な、なんで将軍がここに来てんのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)

 

高名な一族である明日奈は江戸城に召集され、茂茂との面会を行う事は今まで何度もあった。

 

しかしだからといって、いざこうして目の前に日の本一の将軍が現れると、その度に彼女は激しく緊張し言葉を震わせる、それ程までに将軍とはこの国に住む者にとって畏れ多い存在なのである。

 

「この手のモノに余は疎いのだが、非現実な世界を駆け回れるとはまっこと興味深い、そなたのおかげですぐにでもやってみたいと、将軍としてあるまじき好奇心が目覚めてしまった」

 

「そ、そこまでお褒めの言葉を下さるとは至極感謝の極み……結城家の長女として有難く受け取らせて頂きます……」

 

「かしこまらなくてよい、余とそなたの仲だ」

 

すぐ後ろにいる近藤と共に深々とこちらに頭を下げる明日奈に、茂茂は真剣な表情を向けながら静かに呟く。

 

「それに今は城の中でもない、ただの友人として接してくれて構わぬ」

 

「い、いくらなんでもそれだけは出来ません! 自らお越しくださった将軍様を一人の友人として接するなんて畏れ多いです!」

 

「そうですよ将軍様! 大体この子はあんま友達いないんです! 友達という存在そのモノにどう接すればいいか自体まだよくわかってない不器用な子なんですから!」

 

「将軍様この人打ち首にして下さい」

 

「あれ!? ひょっとして俺フォローの仕方間違えた!?」

 

後ろからあろう事か将軍に向かって余計な事を言い出す近藤に、明日奈はキッと振り返って。

 

(なんでここぞというタイミングで変な事を言うんですか! しっかり助けて下さいよ私を!)

 

(え? でも「自分は一人前だからこれぐらいの事簡単に出来る」とか言ってなかった明日奈ちゃん?)

 

(もう過去の私は忘れて下さい! 振り返らないでください! 今の私を見て下さい! つまらない虚勢を張っていた半人前のただの小娘を助けて下さいお願いします!)

 

もはや相手が将軍とわかれば四の五の言ってられない、プライドを捨てて藁にも縋る思いで近藤と視線で会話し終えると

 

(というかそもそもこんなことになった原因は……どう考えてもあの人が元凶よね)

 

前に向き直った明日奈の目の前には、将軍の隣で唯一胡坐を掻いて余裕たっぷりの感じでいる松平片栗虎がいた。

 

こっちの気も知らないで退屈そうに座っている松平、そんな彼を明日奈が無言でしばし睨みつけていると、ようやく彼がこっちに気付いた。

 

(先日会った時に「自分の友人にゲームを教えてくれ」と言われた時から疑っておけば良かった……最初からこれが狙いだったのねこの人)

 

(明日奈ちゃんよ、これはおじさんからの試練だ、将軍家の嫁入り前に将軍からの好感度を上げるのは上策、明日奈ちゃんの得意なゲームで将軍のハートを射止めてやるんだ、そしてあわよくばそのまま世継ぎを産んでくれ)

 

(なんでこっちに向かって親指立ててんですかあの人! 誰か! 誰でもいいからあの親指をへし折って!)

 

無言で合図だけで互いの心境を読みあう二人だが、近藤の時とは違いどうも噛み合っていなかった。

 

してやられた明日奈は、今すぐにでも松平に向かって全力でドロップキックかましてやりたいという衝動に駆られながらも、それよりもまず自分が成すべき事は将軍とのゲーム交流を穏便に済ます方が先だ。

 

「それでは将軍様、私は別室で準備させて頂きますので、フルダイブしたら打ち合わせ通りの手順を踏んで、指定された場所で待機していてください」

 

「うむ、あいわかった」

 

「え~、どうして別の部屋で準備すんだよ明日奈ちゃん、なんなら将軍の横で添い寝しながら同じ布団の中で……」

 

「将軍様その人も打ち首にして下さい」

 

「うむ、あいわかった」

 

「あれ? ひょっとしておじさんフォローの仕方間違えちゃった?」

 

余計な事を言い出す松平を冷たい視線を向けながらサラッと将軍に彼の内首を検討してもらうと、不安な気持ちに駆られながらもひとまず明日奈は立ち上がって、別の部屋に行ってEDOの準備に取り掛かるのであった。

 

「まあ成るようになるわよきっと……私は血盟組の副長・鬼の閃光のアスナ、経験、実績共にピカイチのエリート……普段通りにすれば絶対問題ない筈だわ、そう、例え相手が一国の主であろうと緊張なんてする必要ないのよ、平常心よ平常心……」

 

沸々と沸き上がる心配事を吹っ切るように明日奈は首左右にブンブン振ると、意を決したかのように歩き出すのであった。

 

将軍のEDOデビューの指導役として、何より優秀で模範的なプレイヤーの代表というプライドを賭けて

 

彼女の前に突如現れた大きな試練が今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、結城明日奈はEDOのプレイヤー・アスナとして仮想世界にフルダイブしていた。

 

場所は勿論、プレイをし始めたばかりの者達が必ず赴くことになる第一層だ。

 

「一層に来るのも久しぶりね、前に来た時は……」

 

上級者以上の実力を誇るアスナとしてはこの場所に来る事は滅多に無い、故に前にここに来たのも随分と前の話だ。

 

そう、アレは確か、前々から不審な動きを見せていたプレイヤー、ディアベルを調査するために身分を隠して彼の一層攻略メンバーに紛れ込む事に

 

そして最初こそ順調であったが、とある奇妙な三人組に絡まれた途端急に状況が悪化し始め……

 

「最悪、忌々しい男を思い出してしまったわ……」

 

ふと前の出来事を思い出してる途中でアスナは頭を抱えてため息をついた。

 

とある奇妙な三人組、その中で最も自分と相性の悪い、黒づくめの厨二剣士の事を思い出してしまったからである。

 

「私の記憶内にいるだけでも迷惑な存在だわホント……」

 

一度思い出すと脳裏に焼き付いて離れない彼のへらへら笑いながら小馬鹿にして来るあの顔……

 

初めて会ったその日から、アスナにとっては倒すべき宿敵とも呼べる存在だ。

 

「でも今回ばかりはキチンとあの男の事も忘れてしっかりしないとね、今日はあの将軍様のコーチングを務めるのだから、余計な事は一切考えずにただ結城家の長女として成すべき事をやりましょう」

 

自分自身に言い聞かせるようにブツブツと独り言を漏らしながら、今ここで行うべき事に全力で集中しようと決めるアスナ。

 

しかしそう心に強く決めた彼女が初参戦のプレイヤーが集まる広場に向かっていると……

 

「ねぇさっきの広場にいた奴見た? マジヤバくない?」

 

「チョー最悪だよね、なんなのアレ? 通報した方が良いってホント」

 

「ホントホント、人前でよくあんなみっともない真似出来るよねー、現実でやったらマジ打ち首だっつうの」

 

数人の女性プレイヤーとすれ違った所でアスナの耳がピクリと反応した。仲良く談笑しながら行ってしまう彼女達の会話を聞き逃さなかったアスナは眉をひそませる。

 

「あの子達の会話気になるわね……もしかしてこの先で犯罪まがいの事をしでかしてる不届き者が……は!」

 

この先にある広場で周りのプレイヤー達に害を与える不埒な者がいる可能性があると推測したアスナは、すぐに慌ててその場を駆け出した。

 

「攘夷プレイヤーというブラックリストに記されてもなお反省の素振りを見せず、私達血盟組にとってはこの世界の治安を脅かす危険分子、そして何故か私の前に毎回姿を現す、もしかしたら……!」

 

焦った様子で一刻も早く広場に向かわねばとアスナは一目散に走る。

 

絶対とは言い切れないが、まさかあの男が再び自分の邪魔をしに現れたのではないのだろうか

 

「あーもう! よりにもよってこんな時に!」

 

ちょっとの粗相でも即座に一族全員粛清もあり得るかもしれないのに、まさかこの最悪なタイミングで現れるとは……

 

閃光という二つ名に相応しい瞬足で駆けて行きながら、アスナはすぐに初心者プレイヤーが集う大広場へとやって来た。

 

「性懲りも無くいっつも私の前に現れるんだから! 一体どこに隠れ……!」

 

奴が傍にいる可能性があるとわかった途端、先程まで将軍の身の安全の事だけを考える事を決心していたにも関わらず、そんな事よりも奴を見つける事が先だとあっさり放棄するアスナ。

 

目を血眼にしてそこら辺にいるプレイヤー一人一人をくまなく睨みつけていると、その先に待ち構えていたのは……

 

「む? もしやそなたは?」

 

「ごめんなさい、今ちょっと正義の鉄槌を食らわす為に悪しき輩を探してる最中なんで邪魔しないで……え?」

 

広場の中心でキョロキョロと見渡すアスナに気付いて、一人のプレイヤーが声を掛けてきたので、えらくぶっきらぼうな態度で返事をしつつそちらの方へ顔を上げると、彼女の表情は一瞬で凍り付いた。

 

「そうか、それはすまなかった」

 

何故ならこんな人気の多い大広場の中心で

 

裸体を晒し、身につけたモノはブリーフ一丁という、EDOの中でも究極のラフスタイルを貫く

 

 

 

 

 

徳川家14代目、征夷大将軍・徳川茂茂がそこに立っていたのだ。

 

「ならば余は一人でこの世界を歩き回ろう、余に遠慮などせずそなたもまた仕事に励むといい」

 

「って将軍んんんんんんんんんんんん!!!!」

 

失礼な物言いをしたアスナに対しても寛容な態度で彼女の自由行動を許可する将軍・茂茂

 

彼がそこにいた事に対しても驚きはしたが、それよりもまず一番大事な事を彼にツッコまなければならなかった。

 

「どどどど! どうしてパンツしか穿いてないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「うむ、そなたの説明通りにプレイヤーとしての登録を済ませたばかり故」

 

「いやいやいや! いくら始めたてのプレイヤーでも服は支給されますよ! 初期仕様の服をどうして装備してないんですか!?」

 

「なに? アレは支給の品であったのか? 知らない服であったので着てはいかぬと思っていた」

 

ブリーフ一丁であろうと全く恥ずかしがる事無く裸体を公衆の面前で晒す茂茂を、アスナはもはや奴の事など忘れてすぐに服を着るよう指示

 

そういえば将軍の身であればフルダイブシステム最新型ゲームどころか、よくあるテレビゲームなどもやった事など無い筈、つまり彼にはゲームの基礎、いわゆるお約束的な知識さえも持ち合わせていないのだ。

 

「とにかく服着て下さい服! ていうかどうしてブリーフなんですか! しかも結構もっさりしてる!」

 

「将軍家は代々もっさりブリーフ派だ」

 

「知りませんよそんな事! いいから着て下さいホントに!」

 

腕を組み、鋭い眼光で力強く答える茂茂に思わずいつものツッコミでアスナが怒鳴りつけてしまっていると

 

ふと同じ広場にいた数人のプレイヤーが集まって騒ぎ出した。

 

「おい聞いたか? さっきあっちの平原でドデカいモンスターがプレイヤーを襲ってるらしいぜ」

 

「ああ、噂に聞くユニークモンスターだな、この辺じゃ「初心者泣かせ」とか「集英社泣かせ」とか呼ばれてる奴だろきっと」

 

「あまり滅多にポップしないレアモンスターなんだけどな、まあアイツに襲われる事は初心者にとってはこの世界の洗礼を受ける様なモンだし、良い経験になるだろうよ」

 

どうやら第一層に現れるユニークモンスターの事について会話しているみたいだ、上級者であるアスナはすぐに彼等が話しているそのモンスターの正体が何なのか勘付く。

 

「彼等が話しているのは恐らく、ここら一帯を縄張りとする『トガーシ×ハンター』という超大型のユニークモンスターの事ですね、将軍様もお気を付けください、一層に出るモンスターとはいえ初心者ではまず逃げる事しか出来ない程巨大で凶暴な犬で……ってあれ?」

 

 

ここらで少しずつこの世界の情報を教えてあげようと意気込んでアスナは将軍の方へ振り返るも、いつの間にかその姿は忽然と消えていた。するとまたもやどこからともなくプレイヤー達の叫び声が……

 

「お、おい! なんかブリーフ一丁の男が町中を走っているぞ!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 変態ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「誰か血盟騎士団に通報しろ! 一層目に走る猥褻陳列罪が現れたって!」

 

「あれ? てかなんか江戸の将軍の茂茂様に似てね?」

 

「バカかお前! 俺達の国の主が下着姿で街中を走る訳ねぇだろ! もしそんな事になったら俺達の国は終わりだ!」

 

 

何と将軍はこちらの話も聞かずに脇目も振らずに突然この場を走り去っていたのだ。

 

「将軍んんんんんんんんんんんん!!!!」

 

彼が向かっている方向は恐らく先程プレイヤー達が会話している中で出て来たユニークモンスターが現れた平原の方。

 

ここでは将軍という立場関係なく自由に行動出来るのをいい事に、つい普段では出来ない行動、つまり好奇心に身を任せて是非ともそのモンスターの姿を見ておきたいと行ってしまったのである。

 

「ヤバい! このままだと私完全に打ち首コースだわ! 天下の将軍様をみすみすブリーフ一丁で町中を走らせるのを許してしまうなんて! 早く捕まえないと!」

 

このまま将軍を一人、危険なモンスターの居る場所へ行かせるわけにはいかない。

 

自慢のスピードを使ってアスナはすぐに彼に追い付こうと走るも、あろう事か将軍は……

 

 

 

 

「ってあれ? もう見えないんだけど……」

 

気が付いた時にはあっという間に将軍の姿はアスナの視界から消えてしまっていた。

 

どうやらブリーフしか装備していない事で彼の俊敏度は恐ろしく上昇しているらしい。恐るべし裸の力……

 

ポツンと一人取り残されたアスナは、徐々に状況が悪化し始めている事に気付き、頭から大量の汗を掻き始める。

 

「ヤ、ヤバい……将軍様をお一人にさせちゃった……」

 

ゲームを始めて数分で護衛対象を見失うという大失態を犯してしまうアスナ。

 

果たして彼女は無事に将軍を見つける事が出来るのであろうか……

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、第一層の本来なら雑魚モンスターしか出現せず、狩場としては少々物足りない真っ平らな平原にて

 

「た、助けてくれでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

「ギャオォォォォォォォォォォス!!!」

 

先程プレイヤー達が話していた通り、現在この地にはかなり珍しいレアモンスターのトガーシ×ハンターが現れている。

 

犬型と言ってもその見た目は獰猛な狼の如く恐ろしく長い牙を生やし、ノコノコと戦いの練習にやって来た初心者を一方的に屠る事から

 

「奴が鳴りを潜めた時に新たな芽が生え、奴が現れた時は若い芽がつままれる」というなんともブラックな語り口さえ出来ている程、中級者クラスまでのプレイヤーから恐れられている。

 

そして今、トガーシ×ハンターはその巨体で大地を震わせながら一人の貧弱そうなプレイヤー目掛けて執拗に追いかけている真っ最中であった。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! こんな怖い犬が現れるなんて聞いてないでござるよフカ氏!! あれ? フカ氏は一体どこに? レン氏の姿も見当たらない、ひょっとして……」

 

獲物はこれまた奇妙な格好をした変な口調のオタクっぽい男であった。

 

背中には立派な刀が差されているにも関わらず、それを抜かないばかりか立ち向かいもせずに、ただただ悲鳴を上げながら逃げ惑うその姿はなんとも情けなかった。

 

 

「僕の事を放置して自分達だけで逃げたという事でござるか!? 酷いよフカ氏にレン氏! さながらキン肉マンのカナディアンマン氏の再来の如くあんまりな押し付けだよ!」

 

「グルアァァァァァァァァァ!!!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 助けてパイレートマン!!!! 僕を置いて逃げ出したあのビッグボンバーズにバイキングバスターを!!」

 

訳の分からない事をオタク特有の早口で喋り続けていたせいか、男はその場で躓いて平原の上に転んで倒れてしまう。

 

そしてそこを逃さず、大きな口を開けて凶暴なモンスターが唸り声を上げて彼に噛みつこうとしたその時

 

「!?」

 

音がトガーシ×ハンターに頭から噛み砕かれる寸での所で、何者かが素早い動きでサッとその間に入り、彼を急いで抱きかかえてその攻撃をギリギリのタイミングで避けたのだ。

 

「大事は無いか?」

 

「食べないで下さいでござるぅぅぅぅぅぅ!! あ、あれ?」

 

間一髪で助けられた事に気付いて男はポカンとした様子で自分を助けてくれた人物の顔を目にする。

 

その者こそ、将軍・茂茂、誰かが襲われていると聞いていても経っても居られず、ここまで全力疾走で駆けつけて来たのだ。

 

「ここは余がこの猛獣を惹きつけておく、すぐに動けるようなら今の内に逃げるがいい」

 

「ちょ、ちょっと待て! アンタどっかで見た様なツラしてるがもしかして……は!」

 

ブリーフ一丁ではあるがキリッとした頼もしい顔でこちらに振り返りながら早く逃げろと指示する茂茂だが

 

男はその顔付きを見て一瞬人格が変わったかのように口調も変化して何かを思い出そうとしていると……

 

「今はそんな事より言われた通りにこの場をスタコラサッサと逃げる方が先決でござる! どこに行ったでござるかァァァァ! レン氏ィィィ! フカ氏ィィィィ!」

 

しかしすぐにその人格は元に戻りヘタレの部分が強く強調され、茂茂に任せてその場で勢いよく逃げ出して行ってしまった。

 

仲間の名を叫びながら脇目も振らずに逃げて行った彼を見送った後、「さて……」と静かに腕を組みながら目の前に立ち塞がる巨大なモンスターをゆっくりと観察し始める茂茂

 

「コレがこの世界に現れるというモンスターという奴か……素晴らしい、まるで本当に生きているかの様な迫力だ、実に見事」

 

「ゴアァァァァァァァァァ!!!!」

 

「このような事は城の中では決して味わなかった体験だ」

 

威嚇してるかのようにこちらに向かって咆哮を上げるモンスターを前にしても、茂茂は至って冷静にこの世界の凄さを言葉通り肌で感じ取っていた。

 

民の声を間近で耳に入れ

 

だだっ広い平原を無我夢中で駆け回り

 

そして自らの手で民を助け、巨大な魔物に襲われる

 

どれもこれも自由からかけ離れた窮屈な生活を送っていた彼にとってはどれも素晴らしい体験なのである

 

「皆が平等であり意見を言い合い、各々何も縛られる事なく自由に世界を駆け巡り繋がりを持つ事が出来る……悔しいがこの世界は、余が実現させようとしている夢を既に叶えてしまっているという事か……」

 

現実と何ら変わらない大空を見上げ茂茂は少々自虐的にフッと笑った。

 

自分が未だ成し遂げていない大成を、ここではいとも容易く出来てしまうという事に改めてこの世界の凄さと、己の力が無い事に不甲斐なさを感じてしまったのである。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「ああ、すまぬ魔物殿、ついこんな状況で物思いにふけってしまった、さあ遠慮なく余を襲って来るがいい」

 

「ギャァァァァァァァァァァス!!!」

 

「しかし余もただではやられんぞ、この世界の事をもっと詳しく調べたくなったのでな」

 

トガーシ×ハンターの咆哮を再び食らって茂茂はすぐに我に返った。

 

彼に対して丁寧に言葉を呟くと、パンツ一丁の身であり未だ始めたての初心者でしかないにも関わらず、真っ向から挑もうとする茂茂。

 

如何に将軍と言えど相手は数多の初心者を食らい尽くした凶暴なユニークモンスター、彼の敗北は濃厚だろう。

 

しかしそこに……

 

 

 

 

 

「ギャオラッ!!!」

「む?」

 

突如トガーシ×ハンターの背中の部分から斬撃の様なエフェクトが発生、鋭い剣で一閃したかの如く綺麗な斬撃音がその場で響き渡る。

 

その音の直後、トガーシ×ハンターはこちらに向けて噛みつこうとしていたポーズのまま、グラリと体を傾けると

 

大きな音を立ててその巨体を横から地面に倒れ伏し、辺りに倒れた時による発生する砂埃を撒き散らした。

 

「なんと、コレは一体……」

 

口の中に砂が入りそうになったので、手で口を覆いながら茂茂は目の前で起こった状況を理解しようとしつつ、視界が良好になるのをしばし待つ。

 

すると次第に視界は晴れていき、目の前で倒れているトガーシ×ハンターをハッキリと捉えた。

 

そしてその上に堂々と立つ

 

 

 

 

片手剣を持った小柄な黒いコートを着た人物の姿も

 

「……おぬしがこの魔物を倒してくれたのか?」

 

「コイツは腰の部分が弱点なんだよ、ある程度筋力と幸運のパロメータをスキルで上昇していれば、クリティカル一度決めるだけで呆気なく沈む様に……あれ? なんか前にもこんな事あったような気がするな……」

 

少年らしい声で冷静にアドバイスしてくれる突然現れたその人物

 

茂茂が自分を助けてくれたその者を見ておきたいと思っていると、彼はこちらに振り返ってきた。

 

「ていうかアンタどうしてブリーフ一丁なんだよ、新手の変態か?」

 

その顔は一見見ただけだと中性的な雰囲気のある少年だった。

とても猛犬を一撃で仕留めれるような見た目ではない、線の細い体つきをしていた黒髪の愛想悪そうな少年であった。

 

「助けてくれて礼を言おう、ところでおぬしの名は?」

 

「人の名前聞くより先に自分の名を名乗ったらどうだ? もしくは服を着ろ服を」

 

「……すまぬ、身分上己の名を出す事は固く禁じられているのだ」

 

「ふーん、もしかして名を名乗るだけじゃなくて服着るのも禁止されてんのアンタ? それじゃあこっちで勝手に呼ばせてもらうよ、変態ブリーフ男で良いよな」

 

「うむ、好きに呼んでくれ、あだ名を付けられるのは新鮮だ」

 

「いいのかよ!」

 

相手が将軍だという事に気付ていないのか、かなり失礼なあだ名を付けようとする少年に、茂茂は快くその名を受け取ろうとするので、思わず少年の方は勢いよくツッコミを入れてしまうのであった。

 

「久しぶりに一層に来てみたらこれまたおかしな新参者が入って来たな……なんだろうな一体、随分前にここに来た時もあの幸運全振り天然パーマと遭遇したし……もしかしてここは変人の集いが揃う魔窟なのか?」

 

「して、おぬしの名は?」

 

「ああ、そうだったな」

 

一人ブツブツ呟きながら、自分は何かと変わり者と縁が多すぎるとぼやく少年に、茂茂が尋ねると彼はすぐに向き直って

 

 

 

 

 

「キリトだよ、よろしく変態ブリーフ男」

 

「そうか、改めて助けてくれて感謝する、キリトよ」

 

「いや別にアンタを助けた訳じゃ……てかこんな呼ばれ方してよく怒らねぇなアンタ……」

 

凛々しい顔立ちをしながら平然とした様子でお行儀よくこちらに頭を下げて来た茂茂に

 

攘夷プレイヤーと呼ばれ黒夜叉という二つ名を持つベテランプレイヤー・キリトは

 

これまたヘンテコな野郎と出会っちまったなと力なく苦笑する。

 

「もしかして現実世界でもブリーフ一丁で外を徘徊してたりすんのかアンタ?」

 

「残念ながら、余の身ではこのように自由な格好で動き回る事は出来ぬのだ」

 

「いや誰の身であろうがそんな恰好許されてねぇから! ったく裸で走るなんて余程ストレス溜まってんだな……可哀想に、きっとどこぞのブラック会社に勤める社畜だなこりゃ……」

 

そう、彼は気付いていないのだ。

 

先程から失礼な言動を使いまくっている相手は

 

うっかり間違えれば一族全員打ち首に出来てしまう程の底知れぬ権力を持った国の主だという事に……

 

 

 

そしてその頃、アスナは

 

「将軍様どこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

彼等とは少し離れた場所で必死に茂茂を探し回っている最中であった。

 

 



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第七十八層 世話の焼けるパートナー

「ハァハァ……! ご無事で何よりです……ですが異世界と言えどあまりはしゃぎ過ぎるのはよして下さい……そして服を着て下さい……」

 

「うむ、あいすまなかった」

 

将軍とはぐれてから数十分後、ようやくアスナは第一層の平原地区で彼と合流する事が出来た。

 

別れた時から変わらずブリーフ一丁の姿で腕を組みながら頷く茂茂に早く服を着てくれと申し上げつつ、アスナはチラリと彼の横にいる人物にジト目を向けた。

 

「……まさかあなたに助けられるとはね……非常に屈辱的だし血の涙を流しかねない程悔しいけど、とりあえずお礼だけは言っておくわ」

 

「はいはいどういたしまして、しかしまさかこのブリーフマンがアンタの所の連れだったとはな」

 

「次その方をふざけたあだ名で呼んだら問答無用で斬るわよ……」

 

歯がゆそうに睨みつけながらも、渋々といった感じでアスナが頭を下げた先にいた相手はキリトであった。

 

実はちょっと前に茂茂と合流した時、なぜか一緒にいた彼とも顔を合わせたので、いつも通りアスナはキリトに斬りかかろうとしたのだがそこに茂茂が止めに入り、彼に助けられた経緯を聞いたのである。

 

「この方を助けてくれたのは本当に感謝してはいるけど、この方に対する口の利き方には注意しておくことね、言っておくけどこのお方は高貴な生まれの強い権力を持った偉大な人物なの」

 

「何故にそんな高貴なお方がブリーフしか装備していないのか凄く気になるんだが?」

 

「もしいつものふざけた態度を取るのであれば、即その首が川岸に晒される事を覚悟しておきなさい」

 

「いやそんなとんでもない権力を持った偉大な人物を、パンイチのまま野放しにしてしまっていたお前の方が先に首飛ばされそうなんだが?」

 

アスナの注意を受けてもキリトはイマイチ納得していない、というかどう見ても変態にしか見えないこの男が高貴な身分の人間だとはとても思えない様子で不審そうに眺めていると、茂茂は相変わらずブリーフ一丁のままこちらに澄んだ瞳を向ける。

 

「おぬし達、先程から親しく話しているみたいだが、もしや知り合いであったか」

 

「な! 親しくありませんこんな男と! 敵です敵! 以前から私の行く所に現れては陰湿な嫌がらせをし続けて来るストーカーなんです!」

 

「人の悪行を勝手にねつ造するな、アンタなんかのストーカーするなら神器の素材にストーカーするわ。俺はただここにいるワン公からレアドロップを取りに来ただけだ、正直アンタなんかとは一秒たりとも顔を合わせたくない」

 

「私だって同じよ! これ以上面倒事が増える前にさっさと消えなさい! いや消えて下さい頼むから! これ以上面倒事増やさないでお願いします!」

 

茂茂の言葉にすぐさま反応してアスナはすぐにムキになり、これ以上コイツといたら将軍に変な誤解をされると思い、キリトの体をグイグイと押してあっち行けと怒鳴りつける。

 

しかし彼女の行動に茂茂は静かに「よい」と短く呟き

 

「詳しくは知らんがその者は余を救ってくれた恩人だという事は確固たる事実である、ならば余からの頼みとして、今日ばかりは敵と味方という立場を忘れ、皆仲良くこの世界を楽しもうではないか」

 

「そんな! いくらなんでもそれは承諾いたしかねます! この男は常に周りに厄災を振り撒く悪魔です! 他人に嫌がらせをして愉悦に浸る魔王なんです!」

 

「なぁ、一体俺はアンタの中でどんだけはた迷惑な存在になってんだ? 言っておくが俺なんかまだマシな方だぞ、ウチの銀髪天然パーマの方がよっぽど大魔王と評されるぐらい外道なんだからな」

 

いくら将軍の頼みであろうとこの男と仲良くする事なんて死んでもごめんだと主張するアスナに、キリトはめんどくさそうに髪を掻き毟りながら茂茂の方へ振り返り

 

「ていうか本当に誰なんだよこの男、いいから説明してくれよ、主にどうして頑なにブリーフ以外のモノを見に付けないのかという所を重心的に説明が欲しいんだけど」

 

「その点については私も知りたいぐらいよ……というかあなた、念のために聞くけどテレビとか観ない方?」

 

「全く観ないな、精々家主がいつも見ている天気予報ぐらいだ」

 

「なるほどね、それならこの方の御顔を見てもピンと来ない筈だわ……」

 

将軍と言えど茂茂は滅多に表に顔を出す機会は早々滅多に無い。

 

極まれにテレビで少しだけ映る機会があるのだが、テレビ自体全く観ないキリトからすれば今ここにいる将軍の顔を見てもすぐにはわからないのであろう。まあこの国で使われている紙幣に描かれている彼の御尊顔を見ればすぐにわかってしまうと思うが……

 

「あまり表沙汰にしたくはないんだけど……この方を助けてくれた恩はあるし一応話しておいてあげるわ、けど絶対に他言無用よ、もし周りにバレたらこの世界がパニックになる危険だってあるんだから」

 

「いいからもったいぶらずにさっさと教えてくれ、一体誰なんだこのブリーフマンは」

 

「……将軍様」

 

「あぁなんだ将軍様か、なんだよ散々引っ張った割には全然大した……え、将軍様?」

 

こちらに顔を近づけて耳元で小声で呟くアスナに、キリトはヘラヘラと笑い飛ばそうとするがすぐにピタッと表情が固まる。

 

「……将軍様ってもしかして……江戸城のてっぺんにいるあの将軍様?」

 

「徳川家14代目の征夷大将軍・徳川茂茂様よ」

 

「……そういえばアンタ、前にリアルで会った時に将軍様と知り合いとか言ってたっけ?」

 

「今回はその縁がキッカケで私がこの世界の案内役をやっているのよ」

 

「あーなるほど、へぇ~……」

 

目の前にいるこの御方こそが天下の将軍・徳川茂茂公……

 

しばし頭の中で冷静にそれを理解しようとフル回転させながら、キリトは黙って頷いて……

 

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 将軍!? このほとんど素っ裸で平原に仁王立ちしているこの男が将軍!?」

 

「うむ、余は将軍である、将軍だから将ちゃんと呼んでくれ」

 

「いやいや嘘だろ! こんな人前で裸を堂々と晒す様な変態が! 俺達庶民の上に立つ存在だなんて絶対に考えられない!」

 

「ちょ! 将軍様の御前でなんて失礼な口利いてんのよあなた! いい加減にしないと本当に首飛ばされるわよ!」

 

冷静に理解しようにもやはり混乱と疑惑の方が勝ってしまい、キリトはブンブンと激しく首を横に振りながら、目の前の男が将軍・茂茂などと到底思えずにアスナに向かって真っ向から否定し始めた。

 

「アンタもしかして俺をからかう目的でこんなの連れて来たのか!? こんな恥知らずなちょんまげ野郎を俺が将軍だと信じ込ませる為にわざわざ用意したんだろ! 騙されねぇぞ俺は!」

 

「そんなまどろっこしい手をあなた程度に使うわけないでしょ! この御方こそ正真正銘私達の国のトップ! 唯一無二の徳川茂茂様よ!」

 

「唯一無二のブリーフ愛好家の間違いだろ……そもそも将軍様が白ブリーフなんて穿く訳ないだろ、あんなもっさりブリーフ穿く訳ないだろ」

 

「将軍家は代々もっさりブリーフ派だ」

 

「なんだよ代々もっさりブリーフ派って……天下統一を成したあの徳川一族が揃ってもっさりブリーフ穿いてますとかそんな事実、悪夢でしかねぇよ」

 

目の前の相手が将軍などと到底信じられない様子で、ズバズバと失礼な事をぶつけまくるキリト。

 

これにはアスナも流石に血の気が引き、なんとかして彼を黙らせようとすぐに茂茂からグイッと引き離した。

 

「あの、言っておくけどコレマジの事だから……マジで将軍様だからあの方……頼むからホント止めて、私も頭下げるから、全力で土に頭こすりつけるからとにかく死ぬ気で謝りなさい……」

 

「なんだいきなり、なんか急にマジなトーンになってどうした……え? もしかして本当に将軍様? アレが? あの公然猥褻陳列罪を現在進行形で行っているパンツマンが?」

 

「いやだから下着関連の事にツッコまないで上げて、ちゃんと理由があるのよ……ブリーフしか穿いてない事にはちゃんとした理由があるのよ……」

 

「いやそこツッコまないと逆に可哀想だろ、どう見てもアレはツッコミ待ち側だろ、もう全力で見てくれと言わんばかりだろ」

 

とりあえず彼の格好に関しては詳しく追及するなと、厳しく忠告しながらここは一旦茂茂に土下座して謝ろうと聞かせるアスナ。

 

いくら敵対関係とはいえ、こんな形でキリトを亡き者にしてしまうのは流石に悪いと思ったのだろう。

 

だがアスナの思惑など関係なく、キリトはさっきからこっちを腕を組み、黙って様子を見ている茂茂にチラチラと振り返りながらしかめっ面を浮かべ

 

「大体冷静に考えて見ろよ、将軍と言えばこの国にとって何よりも大事な存在で、いわば国の主柱として君臨する忙しい御方なんだぞ? なんでそんなお人がEDOにフルダイブして、パンツ一丁のまま堂々と駆け回っているんだよ、おかしいだろ絶対」

 

「将軍様は確かに多忙な身だけれど少しの間でもいいから息抜きしたかったのよ……! その息抜きの場としてこの世界に遊びに来られたの、例えブリーフ一丁でも心は立派な将軍、誰からも憧れる存在であり続ける将軍様なのよ本当に……!」

 

「あんなの誰からも憧れねぇよ、露出狂からは憧れるかもしれないけどな、服だけでなく恥もプライドさえ脱ぎ去りし真の露出狂、完全究極変態・グレートモッサリとして後世に語り継がれるだろうさ」

 

「変なモンを語り継がせないで……! 確かに今はちょっと人としてどうかと思う点はあるし、ぶっちゃけ一緒に行動する事さえ私自身恥ずかしくて仕方ないけど……! 現実世界では本当に立派な志を持つ聡明な御方で……ってあれ?」

 

 

悪ノリしてきたキリトについ自分もうっかり本音をアスナがポロッとこぼしてしまっていると、ふと茂茂の方へ目を向けると、ずっと無表情だった彼の目下に光るモノが……

 

「なあ血盟騎士団の副団長さん、あれってもしかして……」

 

彼女と同じくキリトも茂茂の方へ目を細めて何かに気付いた。

 

黙り込む将軍の目がすこしウルウルと揺れ始めている事に

 

 

「泣いてね?」

 

「しょしょしょ! 将軍様ァァァァァァァァァ!!!」

 

「俺の見解が確かだと、アンタが「一緒にいる事さえ恥ずかしい」って告白した所でちょっと涙ぐんでだと思うんだが、アレ泣かしたのアンタじゃない?」

 

「え、私のせい!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そもそも私よりもあなたの方が将軍様に散々無礼な態度取ってたじゃない! 絶対あなたの言葉に傷付いたんだわ! そうに違いない! という事であなた一人で責任取って切腹しなさい!」

 

「なんでそうなるんだよ! 人に罪を擦り付けるなんてそれが正義の味方のやる事か! あのおっさん泣かしたのは間違いなくアンタだから! アンタの言葉に傷付いたんだよどう見ても!」

 

「だから違うわよ! 将軍様泣かせたのは絶対あなたのせい!」

 

「いや絶対アンタのせいだから! 俺は悪くねぇ!」

 

先程からずっと自分に関してキリトとアスナがヒソヒソと言い合っている事を黙って見ていた茂茂だったが

 

溜まりに溜まった悲しみが遂にポロリと目から溢れてしまったみたいだ。

 

天下の将軍・徳川茂茂公が一人傷付き寂しく泣いてる中

 

二人の若き剣士はそんな彼を放置して誰が悪いのかと醜く争い続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、ほんの少し離れた場所で

 

とある男もまた茂茂の様に涙を流していた。

 

「む、無理でござるよぉぉぉぉぉぉ!! 僕にあんな怖いモンスターなんて倒せっこない!」

 

「甘ったれんなぁ! 私がやれって言ってんだからやるんだよトッシー!!」

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!! だって怖いんだも~~~ん!!!」

 

トッシーと呼ばれた男は見る限り、ちょっと前に茂茂が身を張って呈して助けてあげたオタク風の格好をした人物であった。

 

そしてその場にうずくまって怯えた様子で泣き叫ぶ彼の尻を蹴りつけながら怒鳴っているのは

 

彼よりもずっと小柄で、軍用ヘルメット被った金髪の女の子であった。

 

「こんのバカチンが! そうやってビービー泣いてちゃ何時まで経っても一人前になれないよ! はい、という事でもう一回ソロでトガーシ×ハンターやっつけに行こうか」

 

「絶対無理でござる! 一層とはいえあのモンスターは五十層突破した猛者でもソロはキツいと言われてる猛獣!! 僕なんかじゃただ食われるだけに決まってるじゃないかフカ氏! 一人前になるとか僕はそんな事どうでもいい!」

 

「トッシーがどうでも良くても、”もう一人”のトッシーさんはそれを絶対に許さないんだよねぇ」

 

こちらにケツだけを向けたまま反論するトッシーに、彼にフカ氏と呼ばれた少女・”フカ次郎”は眉間にしわを寄せて首を傾げていると、そこへ彼女と同じぐらいの小柄な全身ピンクの衣装に身を包んだ少女が歩み寄って来た。 

 

「どうなのフカ、と言ってももう見た感じダメダメなのはわかってるんだけど」

 

「いやーホントにダメダメですなー、とことんヘタレだわトッシー、たかがトガーシ×ハンター一匹にビクついちゃってからに」

 

「いやトガーシ×ハンターが相手なら私等でもキツいし絶対無理だって……」

 

フカ次郎のスパルタ教育法に少女がジト目で異を唱えていると、彼女がいる事に気付いたトッシーは急いで彼女の方へと這いずるように駆け寄っていく。

 

「助けてレン氏ィ!! フカ氏が僕をまたイジメるんだ! 僕はただこの世界で二次元を愛する同志を探したいだけなのに!」

 

「あーそう大層な夢だねー、でもそう言われても私達はあなたにかかってる”呪い”を解かないと、”もう一人のあなた”に私達がやってる不正行為をバラすって脅されてるからさ、いい加減さっさと自立して欲しいなー……」

 

レン氏こと”レン”は苦い表情を浮かべながら足元にすがるトッシーに疲れたようにため息をついた。

 

思えば彼とは随分長い間こうして共に行動しているが、一向に成長しない事にいい加減うんざりして来ている。

 

しかも……

 

「あ、そういえばレン氏、ちなみに今期のアニメでの僕のイチオシはズバリ「けものフレンズ2」、レン氏にも是非チェックして欲しいなと思って、製作側が変わってしまったのは非常に残念ではあるが、前回の勢いに乗って上手くやっていければ、きっと覇権獲得間違いなし故」

 

「うわ、また勝手に自分の世界に入って唐突に変な話しだすんだから……けもの……? 何それ、フカ知ってる?」

 

「あぁ、なんかあったねそんなアニメ、けものになったロボットが敵味方に別れて惑星で戦うっていう奴でしょ、敵側の恐竜のリーダーが好きだったわー、あれ? ドラゴンだっけ?」

 

「いや多分それじゃないと思うんだけど……」

 

またいつもの、唐突にアニメトークをし始めるトッシーのノリには、アニメ物にてんで疎いレンは全くついて行けない様子、フカ次郎に至っては別のアニメ作品を思い出して懐かしむ始末だ。

 

「アニメとかどうでもいいからさっさと呪いを解く事に集中しようよ、はぁ~……私はただこの世界をちっちゃくて可愛くなった姿で遊び回りたいだけなのに、なのにどうしてこんな事を……」

 

「まあまあ良いじゃないの、こっちで発散してもらえればリアルでの支障も減るみたいだし、このまま気長にじっくりこのヘタレオタクを教育してやりましょうや」

 

「そうは言ってもこれからどうすんの? またトガーシ×ハンターに単騎突撃させんの? もしくはピトさんに預けちゃう?」

 

「いやーあのドSなお姉様にトッシー渡したら、それこそ一生モンのトラウマ抱えるだけで終わっちゃうだろうね」

 

レンの無茶な提案にフカ次郎はヘラヘラと笑いながら「それはそれで見てみたいけどさ」と呟きつつ、ふとあるアイディアがピンと浮かんだ。

 

「あ、そうだ、ならここはいっちょ”アレ”やっちゃいますか兄貴? ほれ、元の人格がいつも現実でやってる」

 

こちらに人差し指を立てて、フカ次郎は面白いこと考えたと一つ提案する。

 

「人間同士での戦いって奴を思い出させるのはどうでしょうかねぇ」

 

「それってもしかしてトッシーに対人戦、つまりPVPさせるって事? いやいや絶対無理でしょ、そりゃ元の人格は正直私もカッコいいしちょっと憧れるぐらい強い侍だってのはわかってるけど、このトッシーにそれが出来るとは……」

 

「あーPVPでは無いんだよねー、私が言いたいのはつまり……両者合意の上で行う試合形式の決闘じゃなくてさ、こちらから突然喧嘩を売ってそのまま相手を殺しにいっちゃうパターンの方」

 

「まさかそれって……」

 

フカ次郎の提案にレンはすぐに察して眉をひそめた。それは確か初心者が集まるこの第一層では禁止されているあの……

 

「元人格のトッシーはガチの殺し合いをやり続けているんでしょ? だったらその時の動きを体に思い出させる為に、久々にやりますかPK」

 

「やっぱりそれか……」

 

プレイヤーキル、略してPK、プレイヤーがダンジョンやフィールドで同じプレイヤーに襲い掛かって倒す行動の事で、少々荒っぽいこの世界では至極当たり前に行われている事だ、しかし

 

「でもここ一層だよフカ、ここでは始めたての初心者がいるから無闇に人を襲うPK行為はしちゃいけないって血盟騎士団が注意喚起してなかった?  バレたらマズくない?」

 

「そう簡単にバレはしないって、こんな初心者しか来ない所にノコノコと血盟騎士団が来る訳無いし、連中もヒマじゃないって」

 

この世界では色々とアウトローな事を行っているレンにとって血盟騎士団に目を付けられるのはあまり喜ばしい事では無いので、いくらトッシーに元の人格を思い出してもらう為だとはいえ、ここで堂々とPKするのはいささか不安だと表情を曇らせる。

 

しかし対照的にフカ次郎はニヤニヤしながら既にやる気スイッチが入っていた。

 

「初心者相手ならいくらトッシーでも簡単に殺せるでしょ、なんだかんだで私とレンで五十層まで到達させてやってんだし、ここらでちょっと彼に血生臭い戦場の味を思い出してもらおうじゃないか」

 

「とか言って本当は自分でも久しぶりに殺したいだけなんでしょフカは……」

 

「今宵の私の得物は、獲物の血を求めているんだぜ」

 

「うわ~しょーもないダジャレ……」

 

ドヤ顔で下らない事を言ってのけるフカ次郎に、レンが全く笑わずに無表情で感想を呟いていると、彼女達の話にようやくトッシがー気付いて起き上がった。

 

「フカ氏、レン氏、一体何を話しているのでござるか? ああ! さてはアニメの話でござるな! ならば僕から一つ! 僕が好きなフレンズは!」

 

「いや~フレンズの話はまた今度ね、ところでトッシーよ、私から君に聞きたい事があるのだが……」

 

期待の眼差しをこちらに向けてちょっと元気が出て来ている様子の彼に、フカ次郎は微笑を浮かべながらそっと彼に近寄る。

 

「こういう人の目が少ない場所で行動しているプレイヤーとか見かけなかったかな? フラフラと歩きまわっていていつでも闇討ち大歓迎ですよー的なマヌケなプレイヤーさんとか」

 

「プレイヤー? ならばちょうど先程、僕があの猛獣に襲われていた時に助けてくれた御仁がいたでござるな、見た目はブリーフしか穿いておらず、どっかで見たような顔でござったが……」

 

「ふんふんなるほどねぇ……」

 

「ブリーフしか穿いてないって何それ、ただの変態じゃん……」

 

トッシーの話を聞いてレンは絶対にそんな相手に関わりたくないと顔をしかめるが、フカ次郎の方は乗り気の様子でニヤリと笑い

 

 

 

 

 

 

「殺るか、ブリーフ狩り……」

 

「いちご狩りみたいに言うなっての!」

 

「ん? フカ氏? どういう事でござるかそれ?」

 

キョトンとしてよくわかっていない様子のトッシー、勢いよくツッコむレンを尻目に

 

フカ次郎はある人物にターゲットに狙いを定めるのであった。

 

トッシーの為としてではなく、一時の憂さ晴らしの為に

 

 

 

 

 




私はあのアニメならリョコウバトが好きです


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第七十九層 通りすがりの変態仮面だ、覚えておけ

ここ最近アニメの事で色々とネットで騒がれてますが

とりあえず面白いアニメ観て落ち着きましょう

「ケムリクサ」とかおススメですよ



素っ裸状態ではあるが将軍である茂茂を無事に保護出来たアスナ

 

しかしそれと同時に今最も会いたくない人物、悪名高き攘夷プレイヤーのキリトとも遭遇してしまうハメに

 

正直この場で斬り捨ててやりたいという衝動に駆られながらも、アスナは必死にこらえながら、今成すべき事を優先する事にした。

 

「という事で将軍様、いい加減服着て下さい……」

 

「うむ、しかしこのような広い大地の上で裸のままでいられるというのは、正直全てのしがらみから解放されたこの状態を失うのは惜しい」

 

「なにちょっと目覚めかけてるんですか! 惜しいってなんですか惜しいって!」

 

ゲームの中の世界とは思えない程に広々とした草原を前にして、いっその事このままブリーフ一丁のまま全ての事を忘れて駆け抜けたい衝動に駆られている茂茂に、思わず語気を強くさせて叱りつけるアスナ。

 

前々から色々とストレスを溜めこんでいたとは察していたが、まさかこれ程までとは……

 

「あの、駆け抜けるのは全然構いませんがそれは服を着た上でやって下さい、一応私この世界の治安を護る立場なので、目の前で下着姿でいる男性をこれ以上放置するのは流石にマズイんで……」

 

「そうか、それはすまなかった、そなたの立場も忘れてつい自分勝手な行いをしてしまっていた、我ながら迂闊な行動をし過ぎた事に反省している」

 

「い、いえわかって下さるのであれば良いので……! 将軍様がこのゲームを楽しんでくれるとわかっただけで正直私も嬉しいですし……!」

 

思い切って正直に意見をぶつけてみると茂茂はあっさりと己の非を認め、更にあろう事か頭まで下げようとして来たのでそれは流石に制止するアスナ、将軍に頭を下げさせるなど以ての外だ。

 

しかしそこへ空気も読まずにまたしてもあの男がシレッと……

 

「いやここはキチンと謝らせておくべきじゃないか副団長さん? こういうのはキチンとケジメつけないといずれまたやるぞこういう性質の悪い露出狂は、土下座だろ土下座、ここは土下座させるべきだって」

 

「ちょっとアナタねぇ! いい加減その態度なんとかならない訳!? このお方は将軍様だって何度も言ってるわよね私!? なんなの!? 死にたいの!?」

 

「いやだから、そんなふざけた話信じられる訳ないって俺も何度も言い返してるだろ。なんでこんなチョンマゲブリーフが俺達の国の将軍なのかキチンと証明をだな」

 

一度怪しいと思うととことん疑いまくる性分なのだろうかこの男は……そんな生き方で楽しいのかと、アスナはジト目で睨みつけながらそう思いつつ

このままでは埒が明かないと突然キリトの方へ歩み寄り、ガッと後襟を掴んで無理矢理引きずっていく。

 

「……将軍様、申し訳ありませんがしばし時間を頂きます、この男に話があるので」

 

服を着替える為にメニュー操作に難儀している茂茂にそう言うと、アスナは抵抗せずに黙って従うキリトを引きずって茂茂の耳には届かない位置にまで移動したのであった。

 

「あのさ、アナタが人の話をまともに聞こうとしないアホな厨二病だっていうのはこっちもわかってるのよ、けど今回はお願いだからその過ぎた言動をどうにかしてくれないかしら」

 

「どうにかしろと言われてもな、あんな格好されてたらいくらここが仮想世界でも注意はすべきだろ、本来ならアンタがやるべき事だぞ、血盟騎士団の副団長さん」

 

「私は血盟組の副長であると同時に将軍様の護衛の任を受け持ってんのよ」

 

肩をすかして悪びれる様子を見せないどころかこちらに言い返してくるキリトにアスナは殴りたい衝動を抑えながら話を続ける。

 

「今私があなたの為にこうしてわざわざ親切に警告してあげてるのは、「将軍様は何事もなく無事にこの世界をお遊びになられました」と将軍様の友人の警察庁長官に報告する為なの」

 

「警察庁長官って……おいおいまさかそんなデカい人物までアンタの口から出たとなると……ひょっとして下手な冗談じゃなくてマジでアレがウチの国の将軍なのか……?」

 

「だからさっきからずっと言ってるじゃない……」

 

口をポカンと開けて「しまった」といった感じで反応するキリトに、アスナは呆れた様子でジト目を向ける。

 

「ホントバカじゃないの? このままだと私まで首が危ないのよ、アナタなんかのせいで私達一族が没落したらどう責任取るつもりよ」

 

「マジかよ……あんなのがこの国を統率するお殿様だったなんて……もうこの国はダメだ……」

 

「人の話聞いてないし……」

 

自分が散々言った事について反省するどころか上乗せする始末、ここまで来るとアスナもアホらしくなってきた。

 

「言っておくけどあの将軍様は常に民の事を案ずるご立派な方よ、どこぞの自分の事しか考えずに好き勝手暴れるバカよりはましよ」

 

「おいおい自分を責めるなよ、アンタだってよくやってるよ、もうちょっと自分に自信持てって」

 

「私じゃないわよ! アナタよアナタ!」

 

相手が将軍だと気づいてもなお減らず口の減らないキリトだが、それに負けてたまるかアスナも声を荒げてツッコミを入れると、一通り彼との会話を終えた事で一気に疲れたかのようにフゥ~とため息をつく。

 

「とにかく、ここからはちゃんと将軍様を目上の人、いや雲の上の人として丁重に扱うのよ、幸い将軍様はあなたに助けられた事に恩義を感じてるせいもあって寛大な心で許して下さってるんだから」

 

「へーい、確かに国一番の権力者の割にはあんま偉そうにしてないしその辺については俺も好感は持ってるよ、パンツ一丁という完全ラフスタイルを貫く姿勢については如何なものかと思うがね」

 

「一々皮肉を織り交ぜないと喋れないのアナタ……? とりあえず将軍様に数々の暴言を吐いた罰として、これ以上将軍様がトラブルに巻き込まれないよう私と協力して護衛を……」

 

後頭部を掻きながらブツブツ呟くキリトを諫めながら、本来顔さえ見たくない相手であるし傍にいるだけで苛立つ一方だが、彼の実力は十分に認めているのでここは穏便に済ませて茂茂の護衛役に抜擢しようと試みる。

 

だがその時

 

「ってあれ? 何かしら、なんかこっちに向かって黒い塊が落ちて来る様な……」

 

「というかこっちといより将軍の方へピンポイントに落ちて行ってるな」

 

アスナとキリトから少し離れた場所、つまり将軍・茂茂がいる位置に向かって上空から不審なモノが綺麗な曲線を描いてヒュルヒュルと落ちて行きそして……

 

その塊が茂茂の傍へ落ちた瞬間、ズドガァァァァァァァン!!!と激しい爆発音と共に

 

彼の姿は一瞬でアスナとキリトの視界から消えてしまった。

 

「……え? ちょっと待って……もしかしてさっき降ってきた奴って……」

 

「GGO型のグレネードランチャー弾か、へーあんなクセが強いのを実戦で使う奴がいるなんて驚いたな」

 

「呑気な事言ってんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

冷静に茂茂に着弾したモノがなんなのか推測するキリト、アスナはそんな彼を怒鳴りつけた後慌てて茂茂がいた方へと駆け出す。

 

「しょしょしょ、将軍様ァァァァァァァ!!!」

 

「いよっしゃあ! 行っけぇトッシィィィィィィィ!!!」

 

「!?」

 

着弾地点に出来ているクレーターの大きさからしてかなりの高威力の飛び道具に直撃してしまったと瞬時にアスナが気付くや否や、突如小さな少女の様な甲高い声がどこから聞こえた事にバッと反応して顔を上げた。

 

「もしかしてプレイヤーキラー……!? 第一層では初心者の考慮としてPK行為は血盟組が全域禁止命令を出してるのに……!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!! ダメダメやっぱ僕には無理でござるぅぅぅぅぅ!!!」

 

「絶対に許さない、私達が治安維持の為に敷いたルールを無視し、あまつさえ将軍様を襲うなんて言語道断……! 確実にとっ捕まえて永久アカウント処分を与え……あれ?」

 

怒りで奥歯を噛みしめながら、絶対に将軍を襲った輩をとっちめると誓いつつも、先程聞こえた悲鳴にアスナはキョトンと戸惑いの色を浮かべてしまう。

 

何やら妙に聞き覚えのある叫び声がしたのは気のせいだろうか……

 

「い、いや気のせいよ絶対、だって私の知ってる”あの人”ならこんなヘタレで情けない声なんて死んでも上げない筈……」

 

「レン氏ィィィィ!!! 僕はもうダメだ! 後は君にすべてを託そう!!」

 

「あーもう! やっぱりこうなるんだとわかっていたよ全く!」

 

しかしすぐにその該当する人物な筈ないと首を横に振り自己否定するアスナ、するとそこへ何者かが怒った様子で猛ダッシュで突っ込んでくる足音が

 

「もう頭にきた! 殺す! フカもトッシーも加えてこの場にいる奴等全員殺してやる!」

 

「!?」

 

聞き覚えのある声にアスナが思わずその場で思慮を巡らせていた隙に、爆風によって起こった砂埃をカモフラージュにして何者かが彼女に向かって襲い掛かった。

 

全身をピンクに統一した軍服衣装を着飾る自分よりもずっと小さな可愛らしい少女、そして両手に持つのはこれまたピンク色という異様な短機関銃。

 

 

見た目は可愛らしい少女だが、間違いなく将軍をPKしに来た連中の一人だ。

 

「まずは一人目……あれ? この人なんかどっかで、つい最近リアルで会った人とそっくりな気が……まあいいか覚悟!」

 

「く!」

 

相手がGGO型の中距離戦を得意とする短機関銃を扱うタイプだと判断したアスナは

 

何故かこちらに銃口を向けながらポカンと口を開けて固まる少女に向かって腰に差す細剣を抜こうとするが、この距離だと後は引き金を引くだけの相手の方が有利だ。

 

このままだと先手を取られる、そう思った次の瞬間、アスナの背後から勢いよく……

 

「どっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「うえ!?」

 

彼女の背後から現れた新たな相手に少女が面食らった様な表情を浮かべる。

 

隙を見せていたアスナの前に遮ったのは、黒づくめの片手剣剣士、キリトであった。

 

「こちとら将軍様のお怒りを食らう前にポイント稼いでおかないといけないんでね、普段の俺ならPKなんて素通りする所なんだが……」

 

「新手!? しかも近接主体のSAO型!?」

 

「柄にも無い真似をするのは不本意だが、ここは副団長様を手助けしてやるよ」

 

「あーもう! だからまずは相手の情報を把握するのが先だって言ったのに!」

 

ここにはいない誰かに激昂しながらも、突如現れたキリトに向かって短機関銃・P90を乱射する少女。

 

無数の弾丸に襲われながらもなんとか回避して、キリトはその場で横に一回転しながら右手に持った剣を彼女目掛けて突き出す。

 

「距離を詰め過ぎたな! この距離なら多少無茶すれば剣一本でも押し通せる!」

 

「ヤバ……!」

 

自分の眼前にキリトの繰り出した剣先が見えた時、少女はやってしまったと目をつぶり敗北を悟る。

 

だが

 

「……おい、敵を目前にしてなに目をつぶってやがる」

 

「「!?」」

 

キリトと少女が同時に目を見開き言葉を失う。

 

 

キリトがアスナの前に立ち塞がって迎撃したかのように

 

討たれる少女のピンチに颯爽と駆けつけ、一人の男が禍々しく輝く怪しい刀でキリトの剣を防いで見せたのだ。

 

その男は一見古めのオタクっぽい格好をしてはいるが、開いた瞳孔は真っ直ぐに敵であるキリトを見据え……

 

「腹をくくって死ぬ覚悟をする暇があったら、何が何でも相手の喉笛を掻っ切ろうとする強い執念を持て、戦場では生きる事を諦めた奴が負けだ、覚えておけ小娘」

 

「ト、トッシー!?」

 

「ト、トッシー……?」

 

少女を護る為に現れたのはトッシーと呼ばれた謎の男。

 

しかしまさか彼に助けられるとは思ってなかったかのように意外そうに叫んでいるレンを尻目に

 

キリトはそのトッシーという男と剣を交えながら怪訝な表情を浮かべていた。

 

「なあ……アンタ前にどっかで会わなかったか、その……ラーメン屋とかで」

 

「ああ? 誰がテメェみたいなガキと……っていぃ!?」

 

こちらを全力で斬ろうという強い殺意に溢れているトッシーにキリトがポツリと尋ねると、彼は突然顔色を変えて焦った様子を見せた。

 

どうやらキリトが彼に見覚えがあったように、トッシーもまたキリトの顔をどっかで見た覚えがあったらしい。

 

やがて二人の間で微妙な空気が流れたのも束の間、そこへ……

 

「アナタだけに好き勝手やらせないわ! 私だって将軍様を御守りするんだから!」

 

血盟騎士団の名にかけてここで攘夷プレイヤーのキリトに負ける訳にはいかないと、剣を抜いて華麗にアスナが参戦

 

しかし彼女がキリトと相まみえている相手を直視した次の瞬間

 

 

 

 

 

 

「……え? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ん? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

両者互いの顔を見るなり大声を上げ、信じられないという表情で固まってしまう。

 

まるでずっと昔から深い関わりを持つ相手と思いもよらぬ場所で遭遇してしまったかのような反応だ。

 

「どどどどうして!? どうしてこんな所にとうし……!」

 

「ヒャッハー! 第二波かっ飛ばすぜー!」

 

「!?」

 

困惑しつつ声さえまともに出ない状況でありながら、アスナが全身を震わせながら男に向かって何か尋ねようとするが、またしても最初に聞こえて来たここにいる少女ではない別の人物が発した叫び声が木霊する。

 

そしてまたしても

 

「キャア!」

 

「どぅおわぁ!!」

 

下から真上に向かって発射し、上手い事こちらに向かって落ちて来たであろうがグレネード弾はアスナとトッシーのちょうど真ん中目掛けて振り落とされた。

 

またしても強力な爆発が発生し、今度はこちらではなく味方である筈のトッシーと少女まで巻き込む形に

 

「ゲホゲホッ! ちょっとフカ! 私達まで巻き添えにしないでよ!」

 

「めんごめんご~! 許してちょんまげ~!」

 

「古ッ!」

 

間一髪の所で後方に下がって直撃による一発爆死は免れたピンクの少女が、後方支援担当の味方に向かって怒りながら立ち込める砂埃にしかめっ面しながら口を手で押さえていると、次第に辺りの視界は晴れて来た。

 

「一旦仕切り直しになっちゃったじゃん、せっかくあの人にかかった呪いがようやく解きかけていたのに……」

 

「ったく、滅茶苦茶な奴等だなホント、ウチの鬼畜天パ&合法ロリといい勝負だ……」

 

少女が煩わしそうに砂埃を手で払っていると、その先に立っていたのは同じ様に手を振っているキリトであった。

 

そして彼の傍には、片膝をついた状態ではあるがなんとか爆撃を防いだアスナの姿も

 

「何処から撃っているのわからないけどここまで正確に撃ち込んでくるなんて……は!」

 

さっきから容赦なくグレネード弾を振らせて来る人物に腕は確かだと賞賛を送りつつも、彼女はすぐにある事を思い出してその場ですぐに立ち上がる。

 

「あの人は! あの人はどこ!?」

 

未だ健在である敵の少女をスルーしてアスナは必死に辺りを見渡し始め、男はどこへ消えたのだと歩き始める。

 

すると数歩歩いた時に、彼女は足で柔らかい変なモノを踏んだ感触を覚えた。

 

「え? 今私なんか踏んだの? 一体何を……ってあぁぁぁぁぁ!!!」

 

足元を見降ろしてかなにを踏んだのか確認したアスナだが、またしても何度目になるかわからない叫び声を上げる。

 

「しょしょしょしょ将軍様ァァァァァァァ!!!」

 

なんと自分が思いきり足で踏みつけてしまったのは、あろう事かこの国の征夷大将軍・徳川茂茂公の後頭部であったのだ。

 

どうやら一回目の爆発で吹っ飛ばされた彼は、自分達が乱戦してる中ずっとここで横たわっていたらしい。

 

「も、申し訳ありません将軍様! 私としたことがつい我を忘れて畏れ多くも将軍様の後頭部を!」

 

「……問題ない、余は平気だ、これしきの事で将軍は倒れん……それに」

 

自ら犯してしまった不祥事にいっそこの場で泣き崩れたいと思うアスナだが、誰よりも器のデカい将軍・茂茂は彼女の行いを咎めるつもりはないらしい。

 

そしてまるで何事も無かったかのように茂茂は彼女の前ですくっと立ち上がるのだが……

 

「何故だかわからんが、以前よりさらに清々しく開放的になった気がするのだ」

 

「「キャァァァァァァァァァァ!!」」

 

 

大丈夫そうに立ち上がって見せた茂茂に対して、アスナと敵の少女が同じような悲鳴を上げて慌てて彼から目を逸らした。

 

初心者でありながら二度の爆撃をなんとか耐え抜いた茂茂、しかし今の彼の状態は

 

 

 

 

 

 

 

股間の部分をモザイクで加工しただけの、紛れもなく全裸であった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんというお姿になってしまわれてるんですかァァァァァァ!!」

 

「うむ、先程の爆発の後、気が付いたらこうなってしまっていた」

 

「その状況においてもなんで冷静なんですか!?」

 

 

もはや生まれたままの姿でしかない茂茂にアスナは両手で目を隠しながら叫ぶしか出来なかった。

 

そしてこの状況を前にしてキリトも頬を引きつらせ

 

「やべーよ、遂に将軍様唯一身に着けていたブリーフを脱ぎ去って完全なる全裸になっちまったよ、しかも将軍あっちの方は全然”将軍”じゃねぇよ、”足軽”だよ」

 

「将軍家は代々、あっちの方は足軽だ」

 

「聞こえてたよ、もう俺達完全に打ち首拷問だよ」

 

全裸になってもなおどっしり構えて言葉を返してくる茂茂に、キリトは己の死期を静かに悟った。

 

ゲームの世界とは言え、公衆の面前で将軍を全裸にして晒してしまった、これはもう言い逃れは出来ない

 

「けどどうしてブリーフが無くなったんだ……爆風で体が吹っ飛ぶならともかくどうしてブリーフ限定で……」

 

「ハハハ、もうそんな事考える必要ないじゃない……どっちにしろ私達みんな死ぬんだから……ん?」

 

何故彼のブリーフだけが何処かへ消えてしまったのか疑問に思うキリトをよそに、アスナは既に諦めている様子でヤケクソ気味に渇いた笑い声を上げるのみ

 

しかしそこへ砂埃の中から一人の人影がスッと現れた事で、彼女の表情は一変した。

 

「そ、そこにいるのはもしや……!」

 

うっすらとシルエットが見えて、アスナは将軍が全裸だというのも忘れて目を凝らしてよく見つめる。

 

やがて少しずつはっきりと見えるようになると、そこに立っていたのは

 

「あのーすみません、何処の何方か知らないんすけどー、一体僕を誰と勘違いしてるんですかねー」

 

「へ?」

 

もしかしたらあの人かもしれないと、見えて来た人物を凝視していたアスナだったが

 

その先に見えたのは予想も付かぬ信じられない光景であった。

 

「いやだって、僕はただの」

 

 

 

 

 

 

「通りすがりの変態仮面っすから」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

現れたのは先程顔を合わせた男本人の筈なのだが

 

その恰好はさっきと打って変わって、身に着けているのは腰に穿いたブリーフと

 

顔面を覆うブリーフのみという紛れもなく変態スタイルであったのだから。

 

「ち、違う! 絶対に違うわ! さっきまで私がもしかしたらと思って人だなんて絶対にあり得ない! だって私が尊敬するあの人がこんな恥知らずな格好するなんて絶対にあり得ないわ!」

 

(よし、上手い事誤魔化せたようだな……)

 

彼を涙目で指さしながら何度も首を横に振るアスナの反応を見て、トッシーは若干傷つきながらもなんとか誤魔化せたとホッと胸を撫で下ろす。

 

(あっぶねぇぇぇぇぇぇぇ!!! アイツと顔会わせたとき終わったと思ったが、あの爆撃の隙に上手く変装出来て良かったぁ! しかし咄嗟に掴んで顔を隠すために被ったこのブリーフ、随分と臭ぇな一体誰の……)

 

だが最初から穿いているブリーフはわかるとして

 

顔を覆うブリーフは一体「誰」から入手したのだろう……

 

変態仮面ことトッシーは辺りをふと見渡して、誰から奪ってしまったのかと探してみると

 

その人物はすぐそこにいた。

 

「将軍様わかりました! 将軍様のブリーフを盗んだのはあの変態仮面! あろう事か徳川家の所有物を盗んだ大罪人です!!」

 

「……え?」

 

アスナがこちらを指さしながら非難する一方で、話しかけている人物を見てトッシーは思わず我が目を疑う。

 

そこにいたのは”仕事上”度々顔を合わせる事がある、一度見たら二度と忘れない整った凛々しい顔立ちをした人物、そして先程の彼女の発言から察するに、あの人物は間違いなく。

 

(ちょ、ちょっと待て……もしかして俺がブリーフを奪った相手って……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が国の名主たる徳川家に泥を塗った不埒な輩を!! どうかあの者を断罪する許可をお願いします!! 徳川家14代目将軍・徳川茂茂様!!」

 

(将軍かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!)

 

トッシー、思わぬ大失態

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いずれ新作を書く予定なのですが今の所忙し過ぎてて手が付けられません……

書きたい作品は沢山あるんですけどねぇ……


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第八十層 けだものフレンズ

投稿予定日から遅れて申し訳ありませんでした……

忙しいって訳じゃないんですけど、どうにも最近、やたらと一話一話が長くなってしまって……



代々長く続く徳川家にとって、かつてない程の大事件が起こった。

 

あろう事か、将軍の穿いている御召し物、ブリーフを強奪する賊が現れたのである。

 

仮想世界で起こった前代未聞の”珍”事に、将軍の護衛役であるアスナは素っ裸に剥かれた茂茂を、極力視界から外しながらワナワナと怒りに震え

 

「あなた達はやってはいけない事をしてしまったわ……ただのPKだったらアカウント処分で済んだのに……よりにもよって畏れ多くも将軍様のパンツを……」

 

 

 

 

 

 

 

「奪い取ったばかりかそれを頭から被るなんて! これ以上ない将軍様への侮辱行為だわ!」

 

(ヤッベェェェェェェェェェェェェ!!!!!)

 

将軍が唯一身に着けていたブリーフを頭から被った変態仮面ことトッシーは、こちらに指を突きつけ激昂するアスナに強い焦りを覚え始めていた。

 

彼女に正体がバレぬ様に咄嗟に奪い取った布切れが、まさか畏れ多くも征夷大将軍のモノだったとは……

 

(なんで上様がこんなゲームやってた上にあのガキとつるんでんだよ! つかなんでパンイチ装備!? アイツ将軍様になんちゅうプレイをさせてやがったんだ!)

 

「だんまりを決めたって無駄よ! 将軍様の下着を被っている時点でもはや言い逃れは出来ない! よって将軍様に代わって私がアナタを処罰します!」

 

「はぁ!?」

 

急いで将軍のブリーフをひっぺ返したいというのもあるのだが、ここで取ってしまったら自分の正体が彼女にバレてしまう。

 

それで彼女が自分に幻滅なり嫌うなりしても全然構わないが、ここで自分が何をしているのかだけは絶対に隠し通さないといけない。

 

(仕方ねぇ、コイツにバレると色々と面倒だ、こうなったらまずはコイツを追い払い、将軍様だけ残った状態にしてこのくっせぇブリーフを返さねぇと……)

 

故にトッシーは初めて見る彼女の鋭い目つきに若干驚きつつも、細剣をこちらに突き出して突っ込んで来たアスナにすかさず手に持っていた刀を振り上げ

 

「テメェ如きが俺に向かって剣振るうなんざ100年早ぇんだよ!」

 

「な!?」

 

こうして彼女と剣を交える事になるとは夢にも思わなかった……

 

アスナの繰り出した突きを刀で受け止めると、ブリーフの奥にあるトッシーの目の瞳孔が開き始める。

 

「変態仮面をナメんじゃねぇ!」

 

「く! 私の攻撃を受け止めるばかりか逆に返してくるですって……!」

 

トッシーの振るう剣は明らかに素人が成せる動きでは無かった、荒々しくもがむしゃらに振ってる訳ではなく、冷静のこちらの動きを分析しながら一撃必殺のカウンターを狙って目をギラギラと光らせている。

 

ブリーフ一丁で頭にもブリーフという完全なる変態ではあるが、只者では無いとアスナもその天に突いては素直に認める。

 

しかし

 

「変態のクセに私の剣捌きについて来れるなんて大したもんじゃない、けどそれだけで通用する程この世界は甘くは無いわよ」

 

「!?」

 

余裕綽々と言った態度で彼女はそう言い切ると、トッシーの刀を剣で容易く弾き飛ばし、彼と同じく瞳孔を大きく開かせる。

 

「それと私も甘くないから」

 

「コイツ……!」

 

己の技量が足りないのであればスキルやアイテム、そして武器で補えばいい、衣服を脱ぎ去り防具の付加ボーナスを破棄した時点で、アスナとトッシーの間には圧倒的に戦闘ステータスの差が出来ている。

 

ゲーマーとしての差、血盟騎士団の副団長として君臨し数多の戦いを繰り広げてきた彼女は、当然見逃す筈がなかった。

 

(まさか俺がよりにもよってこのガキに剣で押されるだと!? 洒落にならねぇ悪夢だぜ……)

 

「あら? またヘタレに戻ったのかしら? 急に動きが鈍ったわよ」

 

「抜かせ!」

 

現実世界では一度も見た事のない挑発的な言動と態度に段々イラつきを覚え始めるトッシー

 

まるで別人だと思えてしまうぐらい、今の彼女は彼の知るもう一人の少女は似て非なる者であった。

 

(ムカつくがコイツの剣の腕は確かによく洗練されてやがる……マジでムカつくがその点についてだけは認めてやる、いやホントムカつくが、現実に戻ったら絶対に泣かしてやろうと思うぐらいムカつくが)

 

まだまだ余裕たっぷりの表情で嘲笑まで浮かべて来たアスナに、トッシーはますます全力でぶった斬ってやりたいと強く思っていると、そこへまた新手が

 

「おい、選手交代だ、スイッチ戦法で手っ取り早くとっとと決めようぜ」

 

「ちょっと! 人が戦ってる時に勝手に横入りしないでよ!」

 

「あぁ!?」

 

突如横からヒラリとやってきた人物にトッシーは怪訝な表情を浮かべた。

 

アスナと自分の間に入って来たのはキリト、どうやら相方のレンは彼を抑えきれなかったみたいだ。

 

「おいピンク娘! コイツの相手はテメェだろうが! なにこっちにすんなり通してんだコラ!」

 

「え? あ、すみません、話しかけないでください、知り合いだと思われたくないんで……」

 

「オイィィィィ今更他人装ってんじゃねぇ! お前もう変態仮面組の一員だろうが! それはもう決して避ける事の出来ない事実だ!」

 

「いやいやもうマジで勘弁して下さい、私ホント清らかな乙女なんで、変態の知り合いとかいないんで」

 

ふとレンの方へ見ると彼女はコソコソとこちらからかなり距離を取って戦う事を止めていた。

 

完全に変態と化しているトッシーの仲間だと認識されたくないのであろう。

 

相方と全く連携出来ない残念な彼をよそに、キリトとアスナはいがみ合いしながらも交互に彼を攻め立てていく。

 

「いいからアナタは大人しくすっこんでなさいよ! これは私の戦いなのよ! ここで功績立てないと打ち首にされるんだから!」

 

「なに一人だけ助かろうとしてるんだ! ふざけんな俺がこの変態を倒す! 生き残るのは俺だ!」

 

「アナタはどっち道将軍様に対する数々の暴言の件でとっくに晒し首確定よ! 晒された時は見に行ってあげるから有難く思いなさい!」

 

口ではギャーギャー言い合いながらも二人の攻撃はトッシーをみるみる追い込んでいく。

 

しかしこんな子供二人に一方的に押されるなどという屈辱に、彼がそう長く耐えられる訳が無かった。

 

「ふざっけんじゃねぇ!!! 調子乗んのもいい加減にしろクソガキ共!」

 

「「!?」」

 

執拗に連撃をかましてくるアスナとキリトのコンビに遂にトッシーはブチキレる。

 

刀一本で彼女達の剣を同時に弾き飛ばすと、ブリーフ越しにある眼光は一層怒りに燃えていく。

 

「この俺を誰だと思ってんだテメェ等……! 戦場も知らねぇただの青臭いガキ共風情が、この俺を倒すだのなんだの笑えねぇ冗談抜かしてんじゃねぇぞコラ……!」

 

「なんなんだこの変態……さっきから異様に殺気が半端ないぞ、パンツ被ってるクセに……」

 

「あれ? この雰囲気もしかして……いやでもやっぱあり得ないわ、パンツ被ってるし」

 

「パンツパンツうるせぇよ! こちとら好きで被ってる訳じゃねぇんだからな! こうなったらテメェ等に本当の戦いってモンを優しく教育指導してやるッ!」

 

パンツ被っているというのにこの圧倒的強者感漂う威圧感は一体どこから湧いて出てくるのであろう……

 

そんなアスナとキリトの疑問をよそに、トッシーは突然バッと左手を高々と掲げると

 

「煙幕!」

 

「アイアイサー!」

 

彼の短い伝令に元気に答えたのはまだ見えぬ彼のもう一人の仲間。

 

するとトッシーの背後からボンッ!と勢いよく何かが発射されたと思った次の瞬間

 

「うわ!」

 

何かが地面に直撃した音が聞こえたと思いきや、それと同時にたちまち辺りが黒い煙の様なモノが充満し始め

 

二人の視界はみるみる悪くなっていき、あっという間に何も見えない状態に

 

「しまった煙幕か! おい、あの変態を見失うなよ!」

 

「大丈夫に決まってんでしょ、向こうだって私達と同じ状態なんだから、迂闊に動く事も出来ない筈よきっと」

 

何処から聞こえて来るキリトの偉そうな指示にアスナが不機嫌そうに問題ないとキッパリと答える、だが

 

「全く私を誰だと思ってるのよ、こんな目くらまし程度でそう簡単に後れを取る訳……きゃあ!」

 

向こうだって動ける筈が無いとタカをくくっていたアスナであったが、その予想はあっさりと裏切られる。

 

真っ黒な視界の中で何かがギラリと光ったと思いきや、こちら目掛けて鋭い剣先が飛んで来たのだ。

 

間一髪でそれを避けながらも、アスナはすぐに失敗したと慌てて口を抑える。

 

(迂闊だったわ、どうやら大声出したせいでこっちの位置を掴まれたみたいね、でもそれなら対応は簡単よ)

 

これならどうだと声を発しないよう黙り込もうとするアスナ

 

(こちらの声で位置を把握するというのであれば、その声を出さなければみすみすバレる事も……って!)

 

であったが、そこへまたもや正確に刃が現れた。

 

流石に避け切れないとここは剣で受け止めるも、徐々に後ろに押され始める。

 

「まだわかんねぇのか、見えてんだよ何もかも……いかなる死地においてもこの俺の剣から逃れるモノなんざ誰一人いねぇ……」

 

(この人まさか、”本当の戦い”を知っている……!?)

 

暗闇の中からこちらと剣を交えたままトッシーがユラリと現れアスナは本気でヤバいと思うようになってきた。

 

(あの人の様に日々死線を潜り抜けて来た強者だからこそ、五感に頼らずとも敵の気配を察知する事なんて朝飯前だって事!?)

 

類稀ない危機察知能力、いかなる状況においても冷静に相手の位置を掴み、死角を突くなんて芸当を持つ者等早々いない。

 

アスナだってかなりの修練を積んでいるおかげで戦闘技術はかなりモノにしているのだが、この男は自分以上、それをいとも容易くやってのけている、まるでアスナの知るあの男の様に……

 

「言っただろ、テメェみてぇなガキがこの俺に勝てるなんざ百年早ぇってな」

 

「う!」

 

こちらが視界不良だというのにあっちはもはや感覚だけを頼りにして優位に斬り込んで来た。

 

一撃一撃が段々と重くのしかかり、アスナの表情に段々焦りが見え始めていく。

 

ついさっきまでは押していた筈が一方的に押され始め、遂には彼女の持っていた剣がキィン!と強い音を立てて弾き飛ばされ

 

「あ!」

 

「これでしめぇだ……!」

 

得物を空中に弾き飛ばされ無防備を晒してしまったアスナに、トッシーは一歩前に詰め寄って容赦なく刀を横薙ぎに振るう、もはや彼女にこの一撃を止める術はない

 

(やられる……!)

 

抗う方法が見つからないと判断したアスナは素直に敗北を認め、彼の攻撃を食らう決意。

 

反射的に両目をつぶってその時を待つ彼女、しかし……

 

「あ、あれ?」

 

「な! なにィィィィィィ!?」

 

いつまで経ってもその時が訪れない、不思議に思ったアスナが両目を開けるとそこには

 

 

 

 

 

 

「アスナちゃんは俺が護る!!!」

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

なんとそこには丸太のよう大きく太い腕で、トッシーの剣を受け止める毛深い猛獣が立っていたのだ。

 

突然の珍獣の登場を前にアスナだけでなくトッシーもまた度肝を抜かれて彼女と同じく叫び声を上げてしまう。

 

「だ、誰だアンタ!? い、いやもしかしてその見た目……アンタひょっとして近藤さ……!」

 

「通りすがりのゴリラだ! 覚えておけ!」

 

「いや覚えるも何もぜってぇ忘れられねぇよその見た目じゃ!」

 

通りすがりのゴリラと自称する謎のゴリラ、しかしその正体にトッシーとアスナもなんとなく何者なのか察する。

 

間違いなく真撰組の局長・近藤勲だ。

 

「ここは俺に任せてくれアスナちゃん! アスナちゃんの傍にこんなきったねぇブリーフ被った変態野郎なんざぜってぇ近寄らせねぇ! このゴリラフェアリーが全力でぶっ飛ばしてやる!」

 

「どの辺がフェアリーなのかどうか甚だ疑問ですが……とりあえず助けてくれてありがとうございます近藤さん」

 

「近藤さんじゃない! 通りすがりのゴリラだ!」

 

「く! よりにもよってこの人が相手かよ……!」

 

危機一髪でアスナを護れた事でテンションが上がりっぱなしの近藤ゴリラに、アスナは戸惑いつつもとりあえず礼だけは言っておく。

 

そしてそんなゴリラと対峙する事になったトッシーは、流石にマズイと冷や汗をかき始める。

 

「仕方ねぇ……! 一斉射撃開始!」

 

「うぇーい! ほらレンも出撃用意!」 

 

「えぇ~ヤダ~、あんな変態と一緒に戦いたくない、まだヘタレのトッシーの方がマシだって~……」

 

トッシーの号令を合図に、他の仲間も動き始めた。

 

そしてそれと同時に、辺りに発生していた煙幕は消えていき、アスナ達の視界も晴れる。

 

「よし、これでまともに戦えるわね……」

 

「うおぉぉ~~~~! ちょっと待て! ちょっと待てって!」

 

「?」

 

すると何処からから必死そうに叫ぶキリトの声が飛んで来た。

 

どうやら何かに襲われ苦戦しているみたいなので、アスナが振り返るとそこにいたのは

 

 

 

 

 

 

 

「敵はあっち! あっちだって言ってんだろ! なんなんだよアンタ!」

 

「通りすがりのドSでぃ、覚えておくんだな」

 

「って何やってんのよアンタァァァァァァ!」

 

キリトを執拗にバズーカを撃ちまくって追いかけていたのは、どこぞの流浪の剣士をまんまパクった衣装に身を包んだプレイヤー、アスナと前々からよく行動を共にしている沖田総悟であった。

 

どうやら近藤と同じくこちらにフルダイブしたらしく、やって来たもののその場にいたキリトを勝手に標的にして襲っているらしい。

 

「お前倒すけど良いよね、答えは聞いてない」

 

「聞けよ! なに人の話聞かずに問答無用でバズーカ撃ちまくってんだよ! いい加減にしろドSバカ!」

 

「いやー、旦那は別としていっちょお前さんとも戦いたかったんでね、いい機会だからここらでやり合おうかな~って」

 

「どこが良い機会!? タイミング最悪だろ! 将軍護れよ警察!」

 

さっきからドッカンバッカンと滅茶苦茶に売って来る沖田に、逃げ回りながらもキリトはすぐにトッシーの方へ指を差し

 

「将軍が全裸で晒されて目の前に将軍のブリーフ取った不届き者がいるんだぞ! 狙うならまずそっちだろ!」

 

「将軍のブリーフを取った変態? あ、ホントだ、確かにありゃあ相当ヤベェわ」

 

「いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

ようやくキリトへの砲撃を止めた沖田が振り向くとそこには彼の言う通り確かにブリーフを被った変態仮面がいた。

 

しかしその変態仮面ことトッシーは、近藤だけでなく沖田までもが現れた事にいよいよ本格的に焦り始めていく。

 

(マ、マズイィィィィィィィィ!! 近藤さんだけでなくあの野郎まで来やがった! アイツはマズイ! アイツにだけは絶対にバレちゃマズイ! もし俺の正体を知られたら一巻の終わりだ!)

 

「ツラはパンツのせいでよく見えねぇが、なんか見てるだけですっげぇイラついて来るなあの変態仮面、さっさと殺して将軍のパンツを剥ぎ取って、そのツラを全国ネットに配信して晒してやるか」

 

(しかもヤベェ事まで企んでやがるし! あれバレてないよね!? まだバレてない筈だよね!)

 

生理的に受け付けないと、沖田は無表情でこちらに向かってバズーカの標準を合わせ始めたので、トッシーは即座その場から退いて彼の砲撃から逃れようとする。するとそこへタイミング良く

 

「おいゴラァ! ウチのトッシーに手ぇ出すなぁ!!!」

 

沖田が撃つ前に突然上空からグレネード弾が次々と落ちて来た、彼は撃つのを中断してすぐにそれをヒョイッと避けると、トッシーの背後から一人の少女が颯爽と現れる。

 

「このフカ次郎! 例え変態であろうと杯を交わした相手は絶対に護るんだぜ!」

 

それは両手にグレネードランチャーを携えた金髪のちっこい少女。

 

トッシー、レンの仲間の一人であり後方支援担当のフカ次郎だ。

 

「けどこればっかりは流石にヤバいぜトッシー! 変なゴリラとパクリ侍が出てきたせいで一気に数の差が出来たもんだから戦況最悪だし!」

 

「チッ、正にお前の言う通りコイツはマジで最悪だ……」

 

「これもう素直に諦めて撤退した方が賢明じゃないでしょうか!」

 

「確かにこのまま逃げれば正体がバレる事はねぇが……将軍の下着を盗んだ事になっちまうからそれは流石に……」

 

こちらにビシッと敬礼して撤退するべきかと意見を述べるフカ次郎、それにトッシーはどうするべきかと真剣に悩みつつ、ふともう一人にロリ娘、レンが見当たらないと気付く。

 

「おい、ピンク娘はどうした」

 

「我々を置いて一人だけ逃げようとした所を狙われ、絶賛襲われている真っ最中であります!」

 

「あの野郎……」

 

戦況的に危ういと判断して独断で逃げようとは薄情な奴だ……あの娘、リアルでは内気寄りの性格なクセにこっちの世界だと中々にしたたかな一面を持っている

 

苦々しい表情でトッシーが舌打ちしていると、その時レンの悲鳴が

 

「うぎゃあぁ! なんか得体の知れない妙な二人組に襲われたぁ! せっかく逃げようとしてんのに邪魔するなぁ!!」

 

「はん、俺達の事を知らねぇだと? だったら耳の穴かっぽじって聞いておけコノヤロー」

 

レンの前に突如現れた二つの黒い影、何処からともなく現れた新たなる敵の登場に彼女が驚き叫ぶと

 

二人組はザッと前に出て手に持つ得物を構えてこの混沌ひしめく戦いに参戦する。

 

「通りすがりの主人公だァァァァァァァァ!!!」

 

「通りすがりのヒロインだァァァァァァァ!!!」

 

「いや聞いても意味わかんないんですけど!?」

 

それはキリトがよくつるんで行動を共にしている人物、坂田銀時とユウキであった。

 

神器・金木犀の刀を携えながら名乗りを上げると、銀時はユウキを引き連れて容赦なくレンに襲い掛かる。

 

「うおらぁ! こちとら10話近く一切出番無かったんだぞ! その間になに続々新キャラ出して俺がいない間に勝手に盛り上がってんだコラ!! 主人公の俺を差し置いて話進めてんじゃねぇ!!」

 

「酷いよホント! ずっと銀時と二人でスタンバってたのに誰からも呼ばれなくて! いっそ余所の作品に引っ越そうかって銀時と相談してたぐらいなんだよ!」

 

「だから知らないし! 引っ越したきゃ勝手に引っ越せばいいじゃん! 好きなだけ余所の作品に迷惑かけてくればいいじゃん!」

 

ずっと前から溜まり続けていた不満を晴らすかの如く、その矛先をなりふり構わず周りに向け、久しぶりの登場に銀時とユウキは派手に暴れ始めた。

 

「まずはそこにいるテメェだァ!」

 

そう言って銀時は目の前にいるレン、ではなく、少し離れた位置に立つ一人の男に狙いを定め……

 

 

 

 

 

 

「公然の場で全裸になってんじゃねぇ!! この変態野郎が!」

 

「ってそれ将軍ぅぅぅぅぅぅん!!!」

 

「こんな所で何やってんだあの二人?」と呑気に彼等を眺めていたキリトだが、次の光景に思わず悲鳴のような声を上げる。

 

銀時の繰り出すドロップキックは、一人離れて戦いを見守っていた全裸の将軍様であった。

 

その一撃を無言で顔面で受け止めた将軍・茂茂は、悲鳴も出さずにそのまま派手に後ろに転がりながらぶっ飛んでしまう。

 

「この野郎、いくらゲームの世界だからって全裸はねぇだろ全裸は、コイツにしょーもない足軽サイズを堂々と曝け出しやがって、どうせ曝け出すなら将軍サイズにしろや!」

 

「勘弁してよね~ホント、この世界に汚いモノを持ってこないでよ、罰としてその足軽、ボクが斬り落とすから」

 

「いや待て待て待て! その人斬っちまったらダメだ! 足軽も斬っちゃダメだ!!」

 

仰向けに倒れて未だ恥部を晒し続ける茂茂を軽蔑の眼差しを向けながら早速失言を連発する銀時とユウキ。

 

そして慌ててキリトが二人を止める為に駆け寄って行く間、倒れている茂茂の下へ慌ててアスナがやって来て介抱する。

 

「だ、大丈夫ですか将軍様!?」

 

「うむ……少々驚いたがこのような仕打ちに遭うのもまた新鮮なり」

 

「どんだけ御心広いんですか!? もうそろそろ本気で怒った方が良いですよ!? 私もう白装束に着替えますんで!!」

 

「よい、全て許す、こうして民との戯れに興じる事こそ余が望んでいたモノ」

 

数々の暴言を浴びせられ続け、パンツを盗まれるわ、突然ドロップキックされるわと散々な目に遭ってばかりの茂茂だが、これもまた面白いと称するので、流石にアスナも心配するが、茂茂は何事も無かったかのように立ち上がろうとする。

 

だが

 

「時に理不尽な目に遭う事もまた世の定理、それは全ての人に平等に与えられし試練、ならば余も、将軍としてそれら全てを真っ向から受け入れ……るんぬッ!!」

 

「将軍様ァァァァァァァ!!!!」

 

真顔で茂茂がなんかカッコいい事を言おうとした直後、突如彼の頭上に向かって何者かが勢いよく落下してきたのだ。

 

その者は足元にいる茂茂を下敷きにしたまま、手を出して固まっているアスナの方へ直立不動のまま振り返り

 

「どうも、通りすがりのメインヒロインであります」

 

「って今度はあなたァァァァァァァ!?」

 

現れたのは金髪碧眼の謎の美少女・アリス、将軍を思いきり踏みつけながら登場してきた彼女は、全く悪びれる様子もなくアスナに挨拶。

 

「ここにあの男がいると察知して来てみたらどうやら争いが起こっている様子、ここは私が手を貸してやっても良いですよ?」

 

「手はともかく足は使わないで! 踏んでるのよ護るべき対象を!」

 

「そういえば先程から地面がやわらか……なんですこの卑猥な男は? 公の場ですっぱだかとは……”人前で裸を晒すような輩”は心底軽蔑します」

 

慌てたアスナに指摘されてアリスはふと自分の足元に目をやると、そこには全裸の将軍が

 

すると酷く不愉快なモノを見たかのような冷たい目つきで一瞥すると、アリスは腰に差していた木刀を握り締め

 

「排除します」

 

「どんだけ将軍様を乏しめれば気が済むのよあなた達!」

 

そこから躊躇なくゴルフスイングで思いきり振り抜き、茂茂の頭をかっ飛ばしてそのまま体ごと空へと吹っ飛ばしてしまうアリス。

 

そして上空でクルクルと回転しながら茂茂が地面に墜落し、アリスの頭を思いきり叩いたアスナがすぐにまた追いかける。

 

「もうダメです将軍様! ログアウトしましょう! この世界は将軍様に厳し過ぎます!」

 

「……フ、実に自由な世界だここは」

 

「へ?」

 

残りHPバーが真っ赤に染め上がり、力尽きるのも時間の問題だというのに、茂茂はどこか満足げな表情を浮かべて立ち上がる。

 

「見よ、あの者達は皆己の生きるがままに好きに暴れ呆けておる、なんのしがらみも無く己の思うがままに生き、誰に言われずとも己の道を迷うことなく突き進む、その姿は今の世には眩しく見えるのだ」

 

「いや自由というか……自由過ぎてもはやただの暴徒と化してるんですが……」

 

彼が指さした方向では、様々な者達が好き勝手に暴れ回っていた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!! 自然の力を思いしれぇぇぇぇ!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉ! ゴリラが股間からビームサーベル出たぁ!」

 

猛るゴリラが卑猥な長物を振り回し、それから全力で逃げ回るフカ次郎

 

「未だ敵が誰なのか把握できないので、妥協であなたにしておきます」

 

「なんでボクに斬りかかるの!? いい加減にしてよホントにもう~! 一応こっちは君とは仲良くしておこうと思ってるのに~!」

 

目的をイマイチ把握していないアリスとユウキは勝手に理由を作り上げて戦っている。

 

「はぁ? アレが将軍、おいおいキリト君さぁ、この国の殿様がこんな場所でテメーの足軽晒す訳ねぇだろうが、下らねぇ冗談言ってるとマジぶっ飛ばすよお前、そして俺の出番を返せ」

 

「はぁ~……ちょっと前の俺と同じ反応だ……いや確かにおたくの言い分はごもっともだが、どうやらあの全裸のチョンマゲは本物の将軍らしくてさ……」

 

腕を組んでしかめっ面を浮かべ、頑なに信じようとしない銀時にキリトが、前にアスナが自分にやってた様に話を始め

 

「おろ? よく見りゃお前、ウチの部下共としょっちゅうやり合ってるピンクのガキじゃねぇか、何してんのお前?」

 

「あ、よく見たらチームアマゾネスの……いや~これにはちょっと事情があって、どうにかしてさっきのパンツ被ってる変態仮面を更生させようとしている所で……」

 

「変態仮面を更生させるってどんな事情?」

 

「それが、実はあの人なんだか、中古のナーブギアを買ったら呪われたらしくて……」

 

「呪い? なんだか随分と面白ぇ話じゃねぇか、ちょいと聞かせろや」

 

「えぇ~……」

 

戦闘狂である沖田は意外にも偶然居合わせたレンを見つけて、何やら例の変態仮面の事を知りたいらしく、彼について詳しく情報を聞き出そうとしている真っ最中であった。

 

そしてこの騒動を起こした元凶でもあるトッシーはというと……

 

「ってアレ? あの変態仮面がどこにもいない! いつの間に! あ!」

 

アスナがふと周りを見渡して探してみると、もはやトッシーはいつの間にか忽然と消えていたのだ。

 

色々な連中がゾロゾロと増えて大騒ぎしているのを好機と見て逃げ出したのだろう、しかしただ逃げただけでなく……

 

「あ、あそこに将軍様のパンツが落ちてます!」

 

「そうか、きっと彼が置いてくれて行ったのだろう」

 

ふと岩場の上にぽつんと置かれた白い物体を見つけてアスナが慌てて指を差す。

 

そこにあったのは一枚の純白に輝くブリーフ、しかも一緒に「パンツ取ってすんませんでした」って書かれた置手紙まで添えられている。

 

「なんの真似かしら、たかがこんな紙切れ一枚で国家反逆罪が消えるとでも本気で考えてる訳? 将軍様、直ちにあの悪逆極めし変態を指名手配とし、私達血盟組の名の下に総力を持って捕まえる事を約束しますので……」

 

「よい、たかが戯れで下着を奪われただけだ、余に謝意を述べながら返してくれた事であるし、これしきの事で大罪人と扱う必要は無いであろう」

 

何も言わずに置き手紙だけを残して消えていったトッシーに憤りを覚え、今度こそ捕まえてみせるとアスナが意気込むも、茂茂は相変わらず特に気にしていないようで奪われたブリーフを手に取る。

 

「今日は楽しかった、なんのしがらみも無く民達が楽しくはしゃぎ回っている光景を、こんなにも間近で眺められた事にそなたにも感謝しておこう」

 

「いや私なんてホント何も役に立ってませんから……結局将軍様を酷い目に遭わせてばかりでしたし……いっその事切腹申し付けて下さい、将軍様の優しさのせいで返って罪悪感が半端ないです私……」

 

「気にするな、先ほどから余が言ってる様にここは皆が現実から解放され、やりたい事だけをやる世界。それを知る事が出来ただけで余にとって十分だ」

 

いくらなんでもここまで天下の将軍を散々な目に遭わせておいて、なんのお咎めなしだと返って申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

しかし深々と頭を下げるアスナをよそに、茂茂は夕焼けの空をすっぽんぽんの状態で静かに見つめていた。

 

「本物となんら変わらない美しい夕日だ……これ程の素晴らしき世界、今日一日だけで済ますのは勿体ないな」

 

「へ? それって……」

 

「片栗虎にもう一度無理を言って再びこの地に足を踏み入れようと思う、今度はキチンと身なりを整えてな」

 

茂茂がどうしてこの世界を気に入ったのかはまだアスナはわからなかった。一体彼はどうしてこんな無法者ばかりの集団に囲まれたというのにこんなにも楽し気なのだろう……

 

頭の上に「?」を付けてキョトンとしている彼女に、茂茂はキリッとした顔立ちでゆっくりと振り返り……

 

「そしてその時が来たらもう一度そなたに余の案内役をして欲しい、今度はもっと……」

 

 

 

 

しかしその時突然、チュンッ!と不吉な音がアスナの耳に入った。

 

一瞬何かとんでもなく速い、銃弾の様なモノも見えた気がしたのだが、アスナが気が付くと同時に茂茂の股の下からポトリとあるモノが地面に落ちていた。

 

それは先程からずっと彼の下半身にブラブラと付いていた、滑稽な……

 

(しょしょしょ! 将軍様の足軽取れたァァァァァァァ!!!!)

 

モザイク塗れのその物体を見下ろしながらアスナが心の中で悲鳴を上げると、男として大事な一部を失った事で資茂茂はグラリと横に倒れ、そのままドサッと倒れるのであった。

 

そして残されたHPがゆっくりと消えていく中で、茂茂は倒れながらもアスナの方へ顔を上げ

 

「こ、この世界の仕組みを是非とも教えて欲しい……余はこの自由な世界を、皆と同じように楽しみたい……」

 

「……」

 

そう弱々しく呟く茂茂を彼を唖然とした表情でしばし見下ろすと

 

アスナは疲れ切った様に重いため息を吐きポツリ

 

 

 

 

 

「……いや、将軍様はもうこの世界に来ない方がいいです……」

 

 

 

 

 

 

一方そこからずっと遠くに離れ、高い所から見下ろせる位置に、アスナ達に気付かれないように注意しながら二人の人物がいた。

 

一人は座って狙撃銃を構えている若い少女、そしてもう一人の男は……

 

「……言われた通りターゲットをダウンさせたよ……全く、あんなに小さくて汚い的を狙撃したのは初めてだよ……もう二度とあんなモノ撃たないからね私」

 

「よくやったシノン殿、これでこの世界に恥部を晒して変態行為を行う非道な輩をまた一人消す事が出来た、これぞ正に天誅なり」

 

狙撃銃に付いているスコープからずっと遠くにいるアスナ達を眺めていたのは、先程茂茂の足軽を打ち落とした張本人であるシノンであった。

 

スコープから目を逸らし、明らかに不満げな様子で顔を上げると、その先に立っていたのはうざったい長髪を伸ばし、眼帯を付けた怪しい男。

 

「しかしこの世界にはまだまだあの様な周りに害を与える悪人共ばかりだ、きっと今もどこかで全裸で街中を駆け回る破廉恥な連中がひしめき合っているに違いない」

 

「いやそんな連中でひしめき合ってる世界なら私二度とここに来ないんだけど……」

 

「だからこそ俺が変えねばやらぬ、例え世界は違えども、俺の成すべき事はただ一つ、世界を引っくり返し、新たな時代の夜明けを生む事」

 

冷ややかなツッコミを見上げながら呟くシノンをよそに、男は腕を組みながらこの世界を本気で変えようとしている強い眼差しを光らせ

 

 

 

 

 

「この突如現れた希望の明星、”キャプテン・カツーラ”が堕落に溢れ腐ったこの世界に天誅を下さん」

 

「……なんでこうなっちゃったんだか……」

 

そんな強い決意を胸に一人で盛り上がっている男に対し、シノンはやれやれと首を横に振って静かにため息をつくのであった。

 

キャプテン・カツーラ、彼の正体はいったい何者なのであろう……

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、アスナ達から運よく逃走成功したトッシーはというと

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 洗っても洗っても臭い落ちねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

近くにあった川の水で、他人のブリーフを被ったという不快感と耐え切れない臭いから解放されようと、必死に顔を洗う姿が数人の冒険者に目撃されるのであった。

 

 




これにて鬼ノ閃光編は終わりです。

次回からはあの少年、黒づくめの厨二剣士を主軸にしたお話です。

アスナの交友関係と同じように、一癖も二癖もある変人共に囲まれている彼の日常や冒険を書こうと思っています。

道場の再興とか言いながらアイドルの追っかけに夢中になっている眼鏡

自分の事を全く兄として見てくれない絶賛反抗期の妹

その眼鏡と妹の上に立ち、彼にとって最も敵に回したくない最強のキャバ嬢

そして忘れちゃならない職場の上司とマスコット

自堕落に生きていきたい彼ではあるが、なんだかんだで周りに振り回され穏やかな日々とは無縁な毎日……彼に平穏が訪れるのはいつの事やら

おかしな変人揃い踏み、黒ノ夜叉編、お楽しみに




と、言いたいのですがここで一つ大事なお知らせが……

本作品はしばらくお休みをさせて頂きます


理由はなんというか……一度話のプロットを整理したいってのがありまして……

現状、本作品ともう一つの作品を同時進行している状態なのですが、申し訳ありませんがしばらくはもう一つの作品の方だけを投稿し、こちらはその間休載という形を取らせて頂きたいと思います

と言ってももう片方の作品はもう近々終わるのは確定しておりますので、そんな長くは休まないとだけ言っておきます。

休んである間に、色々と勉強する為に、新作の読み切りとかそういうのも書いてみようとも考えてますので

自分の中の「好き」を書いてみようと思っているナ

勝手な理由で申し訳ありませんが、再びここで皆様と会える事をお待ちしております、



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黒ノ夜叉編
第八十一層 恋愛はチャンスではない、己の意志


皆さんお待たせしました、ようやく竿魂再開です。

随分と待たせてしまい申し訳ありません、引き続きこれからもよろしくお願いします


引きこもり生活から一転してかぶき町に住み始めて結構経った頃

 

急に話があると言われて妹の直葉に呼ばれた桐ケ谷和人は、面倒臭いと思いながらも久々に実家へと戻って来ていた。

 

「は? 新八の様子がおかしい」

 

「そうなの、数日前から急に変になっちゃって……」

 

久しぶりに返って来たというのに和人はすぐに1階のリビングのソファに座らせられると、向かいに座る直葉から突然おかしな話を聞かされることに

 

「なんか一人でブツブツと独り言呟き始めたり、自室に籠って出てこなくなったり、かと思ったら一心不乱に叫びながら壁に頭打ち付けたり……まるでお兄ちゃんみたいになっちゃって」

 

「おい妹よ、お前は自分の兄貴をなんだと思ってんだ? 流石に俺でも壁に頭打ち付ける事はチャレンジしてないぞ」

 

「レアモンスターが逃がしたとかなんとか奇声上げながら、自分の部屋で壁にゴンゴン頭打ちまくってたの忘れた?」

 

ソファの上で足を組んで平然としている兄に妹は真顔で彼の愚行をポツリと呟きつつ、ふとここから見える台所へチラリと視線を向けた。

 

「それと聞きたいんだけど、どうして”あの人”は平然と人の家に上がり込んで勝手に台所でなんか作ってるの? 私あの人呼んだつもりはないんだけど?」

 

「いやなんか、家にいても暇だからって勝手について来ちゃってさ……」

 

ここにいるのは和人と直葉だけではない、彼の後についてきて無理矢理家に上がり込んだ坂田銀時が、勝手に台所を使って料理を作っている真っ最中だ。

 

呼んでもない客人に直葉は不機嫌そうに睨みつけるも、銀時はお構いなしに冷蔵庫をパカッと開けて

 

「チッ、なんだよここイチゴ無ぇのかよ、しけてやがんな」

 

「しかも勝手に人の家の冷蔵庫物色してるし……」

 

「しゃあねぇ、味気ねぇけどイチゴ無しのショートケーキにすっか」

 

「ちょっとお兄ちゃんいい加減止めて来てよ、あの人我が家で勝手にケーキ作ろうとしてるよ、殴ってでもいいから追い出して」

 

「ハハハ、下手な冗談はよせ、そんな真似したら俺があの人に料理される」

 

生クリームやらスポンジやらを用いて勝手にお手軽ケーキクッキングをおっ始めようとする銀時に直葉が抗議するが、和人は即座に無理だと手を横に振って断った。

 

「勝手にやらせておけよ、あの人定期的に糖分摂取しないとイライラする性質だからさ、なんか甘いモンを適当に食わせて置けば大人しくなるんだからそっちの方が都合がいいだろ」

 

「お兄ちゃん随分とあの人の扱いに手慣れて来たね……まあそれならそれで良いけど、確かにあの人が絡むと凄く面倒臭くなりそうだし」

 

兄妹同士の話にあの男が現れるとどんどん話がこんがらがってしまうのは目に見えていたので、ああして大人しくケーキ作らせておいた方がマシか……

 

銀時の事をかなり理解している和人に感心しつつ、直葉は渋々といった感じで頷くのであった。

 

「それじゃあ本題に戻るんだけど、新八さんの様子がおかしくなった事でお兄ちゃんわかる事ある? 同じ思春期の男の子なんだから私より新八さんの事わかるでしょ」

 

「いやわかるつっても……まあアイツ昔から真面目な所あったし色々と我慢する性格だったよな、もしかしたら何かがキッカケで今まで蓄積されていたモンが爆発して、やり場のない感情に身を任せて突拍子もない行動として現れてるんじゃないか?」

 

「おい妹、あのクリームシャカシャカかき混ぜる奴どこにあんだコラ」

 

「上の戸棚の奥です……何かがキッカケってどういう事?」

 

「流石にそればかりは俺もわからないって、俺アイツの事ロクに知らないし、ていうかそこは本人に聞けばすぐわかる事だろ」

 

台所でゴソゴソしながら急に話しかけて来る銀時に嫌そうに答えつつ、直葉は和人の分析に耳を傾けながら首を傾げる。

 

「そうなんだけど私やお妙さんがしつこく聞いても「なんでもない」の一点張りなのよあの人……もしかしたら私やお妙さんには話せない事情があるのかも……」

 

「あのシスコン眼鏡があの凶暴姉に尋ねられても答えないってのは珍しいな、仕方ない、だったら同じ年頃の男である俺が直接聞いてみるか……」

 

「あれ、意外に親切だねお兄ちゃん」

 

てっきり面倒だから勝手にしろとか薄情な事を言うもんだと思っていたのだが、あっさりと力になってくれる事を了承する和人に直葉がちょっと驚くと、彼は気まずそうに僅かに彼女から目を逸らし

 

「アイツに借りの一つでも作ってやろうと思っただけだ、それでアイツ今どこにいるんだ」

 

「ああ、新八さんなら」

 

幼馴染のよしみで新八の面倒を見てやるからどこにいるのかと和人が尋ねると、直葉はスッとここから窓越しで見える家の庭を指さして

 

「さっきから私達の庭にある木に向かって一心不乱に頭を打ち付けてるよ」

 

「フン! フンッ! フンッ!! ふんぬらばぁぁぁぁぁぁl!!!」

 

「勝手に人の庭でなにやっちゃってんのアイツ!?」

 

見るとそこには確かに直葉が日頃お世話になっている和人の幼馴染、志村新八が

 

鬼気迫る凄まじい表情で額から流血しているにも関わらず、人の家の庭に生えてる木を両手で持って何度も頭突きを行っていたのだ。

 

これには和人も流石に唖然とした表情で立ち上がって窓から彼の奇行に目をやる。

 

「頭打ち付けたいなら自分の家でやれよ! なんで俺の実家でハッスルかましてんだあの眼鏡!」

 

「うん、前は自分の屋敷でやってたみたいなんだけど、お妙さんにいい加減にしろって怒られてから毎日ここに来てはああして打ち付けて、気が済んだら自分の家に帰るってのが習慣になってるの……」

 

「つうかアレはキチンと文句言わなきゃダメだろ……母さんも家の庭であんな真似されたら流石に怒るって……」

 

「撮ってネットに動画をupして笑ってたよ、「これで再生数稼いで広告収入貰う」とか言いながら」

 

「自分の子供の幼馴染をユーチューバーにして荒稼ぎしようとしてんじゃねぇよ!」

 

勝手に人の庭を借りて暴れる新八も新八だが、それを無許可で取ってネット上に流す母親もどうなのだろうかと、和人は複座な思いに駆られながらも改めて彼の奇行を目の当たりにして頬を引きつらせた。

 

「だが確かにアレはヤバいな……行動そのモノもヤバいがあの血走った目つきをしながら浮かべる表情が特にヤバい、呪いでもふっかけようとしてんじゃないのかアイツ」

 

「そんな丑の刻参りじゃあるまいし……とりあえずお兄ちゃん、新八さんに話しかけて来てよ」

 

「いや改めてこうして見ると正直関わりたくないというか……本当にアイツどうしたんだ?」

 

うっかり話しかけると奇声を上げながら地の果てまで追いかけてきそうな、そんなどこか恐ろしい雰囲気のある新八に思わずビビッてしまう和人。

 

一体何が彼にあんな真似をさせているのだろうと、ますますわからなくなった和人はしばらく彼の姿を眺めて考えていると

 

「フ、やれやれ、君達はどうして新八君があんな行動をしているのかわからないのかい」

 

立ち上がって窓越しから新八を眺めていた和人の直葉の背後から、不意に飛んで来た声に二人が同時に振り返ると

 

そこにはテーブルの上にコトンとお茶を二人分置く

 

私服姿の真撰組局長・近藤勲がこちらに笑みを浮かべ立っていたのだ

 

「しょうがないな、どうやらここは人生の先輩である俺が手を貸して……ぶふぅぅ!!!」

 

「なに自然に人の家でお茶出してんのよストーカーゴリラッ!!」

 

またもや自分の許可なく勝手に家に上がり込んでいた人物が現れた事に、直葉は突っ込んで豪快に彼を蹴り飛ばす。

 

近藤はそのまま鼻血を出しながら後ろに吹っ飛んで、銀時のいる台所にまで飛ばされた。

 

「おいゴリラ、ちょっとそこにあるバナナ取ってくれ、イチゴの代わりに使うから、間違ってテメェが食うんじゃねぇぞ」

 

「あ、はい……どうぞ」

 

いきなり吹っ飛んで来て傍に落ちて来た近藤に、銀時は調理に没頭中な為に全く動じずに指示を出すが、またもや呼んでも無い奴が勝手に家に上がり込んで来たという事に、直葉はひどくご立腹の様子である。

 

「どうしてあなたが私の家に不法侵入してるのよ! あなたお妙さんのストーカーでしょ! 不法侵入する家間違えてるじゃない!」

 

「いやそもそも不法侵入していい家なんて無いから」

 

和人の冷静な指摘を尻目に直葉はお妙直伝のストーカー抹殺術を試みようとすると、近藤は慌てて彼女に向かって立ち上がり

 

「お、落ち着いてくれ直葉ちゃん! 俺はただ将来的には俺の義弟となる事が確定している新八君の為に! 力になってやりたいと思いここにやって来ただけなんだよ!」

 

「確定してるってなんですか! ふざけた妄想抱いて勝手に人の家に上がり込むただの変態野郎の間違いでしょ! 新八さん以上にヤバいあなたが新八さんをどうこう出来る筈ないじゃないですか!」

 

「ハッハッハ、いいからここはタイタニックに乗った気持ちで俺に任せなさいって」

 

「タイタニック沈んだんですけど!」

 

勝手に上がり込んだばかりか新八の面倒まで見てやると豪語する近藤に、どんだけ面の皮が厚いんだと直葉が心底軽蔑している眼差しを向けていると、彼は腕を組んで不敵な笑みを浮かべ始めた。

 

「何を隠そう俺にもああいう衝動に駆られる事があったのさ、いや俺だけじゃない、男ってのは大体そうだ、どう足掻いてもこの病にだけは勝てない、そして何をすればいいのかわからなくなっちまって無性に暴れたくなるってモンだよ」

 

「回りくどい事言ってないでさっさと結論言ってくれませんか?」

 

「まあ聞きなさい、つまり新八君は今、初めて目の前に現れた大きな壁にぶつかり、どうすればいいのかわからず大きな病を抱いている、そしてその病とは……」

 

女である直葉にとっては意味が分からず、口をへの字に曲げてさっさと帰ってくれと願っていると、近藤はすっかり自分の言葉に酔いしれた様子でそっと自分の胸に手を当てる。

 

「恋、だ」

 

「……は?」

 

「思春期まっただ中で異性に興味持ちまくりの新八君は今、きっと誰かに恋の病を患ってるのさ」

 

そのツラでよくもまあそんな恥ずかしくて似合わない台詞を言えたモンだと直葉が口をポカンと開けて固まってしまった。

 

新八があんな真似をしているのは誰かに恋をしただと……

 

「全然意味わからないんですけど……え? 男って人に恋をするとあんな奇行に走る傾向があるんですか?」

 

「そうだよ、男ってのは女が考えてるよりもずっとバカで不器用な生き物なんだよ、かくゆう俺もお妙さんの事をこうして想っていると体が勝手に……」

 

自分の胸に手を当てたまま近藤はしばしうっとりした表情を浮かべると、次の瞬間バッと駆け出して家の窓を開けたと思いきや、新八が頭突きを繰り返す木に向かって駆け寄って

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! お妙さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

「ってお前もやるんかい!!」

 

新八と共に同じ木に向かって感情の思うがままに頭を打ち付け始める近藤に、思わず直葉の代わりに和人がツッコんでしまう。

 

人の家で勝手に何をやっているんだコイツ等は……

 

「最悪だ、眼鏡だけじゃなくゴリラまでウチの庭で暴れやがった……おい直葉、母さんに頼んでアレも動画に上げろ、見せしめに全国ネットに流してやれ」

 

「なんだか頭痛くなってきた……ホントに男って人に恋するとあんな真似やり出すの……」

 

「いや俺は知らん、経験ないから」

 

頭を抱えて男というモノの認識を改めないといけないのかと大いに悩む直葉を尻目に、色恋など全く興味無いのでどう答えれば良いのかわからない和人はふと台所にいる銀時の方へ振り返る。

 

「なあ、アンタも人のこと好きになったら勝手によその家の庭で木に頭を打ち付けるのか?」

 

「はぁ? 急になに言ってんだテメェ? そんなアホな事する訳ねぇだろ」

 

ケーキ作りをしてる時に変な質問をしてきた和人に、死んだ目を向けながら銀時はハッキリと答える。

 

「俺は結野アナが大好きだし本気で結婚したいとは思っているけどよ、想いってモンは木じゃなくて直接本人にぶつけなきゃ意味ねぇだろ、時間の無駄だ」

 

「まあそれが普通だな、けどアンタの場合それやると間違いなく死亡フラグだが」

 

「まあ確かにアレだよ? 何時か目の前に結野アナが現れてくれるのかと期待に胸を膨らましてはいるが、それはただ考えているだけでバカみてぇに突拍子もない行動に移る訳……」

 

真顔であっさりと結婚する女性は結野アナ以外に存在しないと宣言する銀時

 

だが話の途中で意中の相手を想像してしまった銀時は、突然肩を揺らし始め、次の瞬間、何か抑えきれぬ衝動に駆られたかのように全身を震わせ始めると……

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 結野アナァァァァァァァァァ!!!!」

 

「結局お前もやるんかいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

ケーキ作りを中断して、つい結野アナを意識してしまった銀時は、途端に抑えられなくなった強い恋心に屈して、窓を思いきり蹴破って庭に着地すると、本能のままに新八と近藤と共に頭突きを開始し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、皆さんすみませんでした……」

 

それから数分後、桐ケ谷家のリビングには桐ケ谷兄妹が座るソファの向かいに頭からダラダラと血を流しながら謝る志村新八の姿があった。

 

「ここん所ずっとおかしいのは僕自身わかってるんです……でも毎回何かに頭打ち付けないと気が変になってしまいそうで……」

 

「いやそれよりまず頭から流れる血を拭いてくんない? お前のせいで床が血まみれなんだけど?」

 

頭からダラダラと血を流しながら謝られても気味が悪いだけだと和人がジト目でツッコミを入れていると

 

新八の両隣に座り、彼と同じく頭から血を流しまくっている銀時と近藤が優しく声を掛けた。

 

「気にすんじゃねぇよ、人は恋する時誰しも原始に返るのさ」

 

「そうだぞ新八君、誰にだって、晴か太古の時代から男ってのはムラムラする生き物なのさ、つまりムラムラする事が男の証みたいなんだよ」

 

「お前等はとっとと原始に帰れアウストラロピテクス、二度とこの時代で恋愛を語るな」

 

三人揃ってなに余所の家で頭から血をが流してるんだと思いつつ、もはやここが殺人事件の現場と思われてもおかしくないなと、彼等の真下に広がる血の水たまりを眺めながら和人はぼんやりした表情で改めて新八の方へ視線を戻した。

 

「ていうかさ、この二人はさっきからお前が誰かに恋をしていると思っているみたいだけど、ぶっちゃけそれ本当なのか?」

 

「ここここここここ恋なんてしてねぇし!! 侍がそんなモンにうつつ抜かす訳ねぇし!!」

 

「あ、これ間違いなくクロだわ」

 

和人がちょいと指摘して見ると、すぐ様新八は激しく動揺を見せて顔を真っ赤にして必死に否定するというわかりやすいリアクション

 

どうやら近藤の予想は間違いなく当たっていたらしい。

 

すると彼の両隣に座る銀時と近藤がまたしても口を開いて

 

「今更そんな事言ってももう遅いって、俺等も好きな人ゲロったんだからお前もさっさと白状しろよ」

 

「そうだよ新八君ズルいぞ! もうわかってんだからさっさと言ーえーよー!」

 

「アンタ等中学生?」

 

完全に悪ノリして新八に正直に言えとせがむ銀時と近藤に和人がポツリと呟いていると、しばらくして項垂れて黙り込んでいた新八がゆっくりと顔を上げ

 

「え、えーとわかりました白状します、実はですね……ここ数日前に偶然ファミレスで物凄く可愛くて綺麗な女の子に出会ったんですけど……その日からずっとその子の顔が脳裏に焼き付いて離れないんです……」

 

「おぉー! 偶然バッタリ出会った女の子に一目惚れか! 青春じゃないか新八君!」

 

「べ、別に惚れた訳とかじゃないですよ! ただちょっと気になるってだけですから!」

 

「いやいやいや! ちょっと気になるって時点でそれもうかかってるから! 恋の病にかかってるから!」

 

隣でへらへらしながら茶化してくる近藤に、新八はムキになってこの期に及んでまだ好きになった訳ではないと言いつつも、途端にその表情に影が現れていき

 

「確かに僕は彼女にもう一度だけでも良いから会ってみたいとは思ってますよ、けど顔は覚えてるんですけど名前も知らないから、探そうにも探せなくて……というかそもそも彼女を探すという行動自体が奥手の僕には無理というか畏れ多いというか……」

 

「ったく情けねぇな最近のガキは、おい草食眼鏡系男子、今オメェの隣にいる男を忘れたのか?」

 

「え?」

 

自分なんかにそんなチャンスは巡って来る訳がないと、不安な様子で項垂れ、半ば諦めかけている新八に

 

軽く舌打ちしながら銀時がぶっきらぼうに口を開いた

 

「俺は万事屋銀さんだぞ、金さえ払えばなんだってやる、つまりお前が俺に依頼すればその娘を見つけてやる事も出来るし、お前に会わせてやることだって楽勝だっての」

 

「銀さん……!」

 

「もう木に頭打ち付けるのは止めるんだな、これからは頭じゃなく」

 

頼まれればどんな仕事でさやってのける、それが万事屋である銀時の生業だ。

 

もう二度と彼女に出会えないだろうと途方に暮れていた新八にとって、まるで銀時が自分を導いてくれる先導者にさえ見えてくると、彼はドヤ顔でビシッと自分に指を突きつけて

 

 

「”腰”を打ち付けて予習に励め」

 

「くっそ最低だなオイ!」

 

「男で大事なのは顔でも性格でも収入でもねぇ、いかに相手を満足させられるかという”テクニック”だ、まずはかぶき町にある店を片っ端に通い詰めて、お前は島耕作の境地に辿り着け」

 

「いや目指さねぇから島耕作!」

 

なんだかんだで頼りになる人だと思った次の瞬間にはコレである……

 

最低なアドバイスをする銀時に、さっきまで元気がなかった新八はようやくいつもの調子を取り戻してツッコミの感覚を取り戻していると、彼等の話を聞いていた和人は「はぁ~」とため息をこぼすのであった。

 

「なんだよ、結局ただの新八の色恋沙汰かよ、しょうもない……俺はこんな話に付き合う程暇じゃないっての……」

 

他人の恋愛事などぶっちゃけ銀時ぐらいしか興味が湧かない和人にとって、新八が誰とお近づきになろうがどうでも良かった、こんな話をわざわざ実家に戻って聞くぐらいなら、家に籠ってゲーム三昧してた方がずっとマシだ。

 

「大体直葉、お前が大事な話があるからって言うからわざわざ来てやったんだぞ、なのにこんな面白くもなんともない眼鏡の色恋話に付き合わせるとか……ん?」

 

「……」

 

ここは強引に自分を呼びつけた直葉に文句の一つや二つ言ってやろうと彼女の方へ振り返る和人であったが

 

さっきから不思議と一人、話に加わらずに黙り込んでいた彼女は、不意に窓の方へと歩み寄ってガララッと開く。

 

「どうした? ていうかお前、なんでさっきからずっと無言……」

 

「ごめんお兄ちゃん」

 

なぜ彼女が窓を開けているのか疑問に思った和人が話しかけてみると、彼女は別に変わった様子もなく、いつもの調子で声を出しながらこちらに笑顔を浮かべ振り返って来た。

 

 

 

 

 

「今ちょっと無性に木に頭打ち付けたくなったから邪魔しないでね」

 

「なんで!?」

 

それから数分後

 

ずっと昔から桐ケ谷家の庭に生えていた1本の立派な木が

 

 

なぜかへし折れた。




次回はまた別の話です

PS

原作の方もそろそろ完結みたいですし

近い内に銀魂クロスssの新連載を投稿しようと思っております。

今、短期連載で書いてる仮面ノリダークロスssが終わった頃になるかなと思うので、気長にお待ちください



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第八十二層 恐怖は向き合わない限り増していくモノ

第六十四層、フロアボスの部屋にて

 

「ここもクリアか……上級レベルに入っても未だ快進撃が止まらないなこの人は……」

 

「おつかれー銀時」

 

キリトはユウキと共に順調に銀時の攻略を手伝っている所であった。

相変わらず毎回危うい戦い方をする彼ではあるが、特に苦戦する事無く難なくボスを倒してしまった銀時は、無言でチャキンと刀を鞘に仕舞う。

 

「ったくどいつもこいつもてんで俺の相手にならねぇな、なに、もしかして俺って俺自身が思ってる以上に強かったりするの? 俺、なんかやっちゃいました?」

 

「何故か無性に腹が立つセリフだな……」

 

仏頂面でありながらも明らかに調子に乗ってる態度の銀時に、自分の得物を仕舞いながらキリトが顔をしかめて釘を刺す。

 

「言っとくがアンタが順調に進めているのは俺がちゃんとサポートに徹してるからだって事を忘れるなよ」

 

「はん、勝手について来てるだけだろうが、最強となった銀さんに子守りなんざもう必要ねぇよ」

 

「完全に調子乗ってるな……こりゃ絶対後で痛い目に遭って俺に泣きつくパターンだ」

 

神器を手に入れもはや並大抵の相手では、それこそ現在七十五層攻略中であるキリトやユウキクラスでないと倒せない所にまで急成長を遂げてしまった銀時。

 

もはやこの階層の難易度でさえ敵無しとなってしまい、このまま何事もなく進んで行けばあっという間にキリト達に追いつくであろう。

 

 

何事も無ければ……

 

「おいユウキ、次は六十五層だったよな、少しはこの最強銀さんの相手になる様な歯ごたえある野郎はいるんだろうな」

 

「六十五層……あー思い出した、六十五層といえば”あそこ”かー」

 

「あ?」

 

このまま絶好調の状態で次の層も難なくクリアして見せると意気込む銀時に話しかけられたユウキは

 

ふと思い出したかのようにポンと手を叩いて見せた。

 

「まあ”銀時なら”結構ヤバいかもね、ボクにとっては大した事無いけど、銀時にとってはキツイかも」

 

「は? どういう事だコラ、なんでオメェが大した事無くて最強銀さんがヤバいんだよ、テメェ俺を誰だと思ってんだ、最強銀さんだぞ」

 

「もしかしてその最強銀さんってフレーズ気に入ったの? ボクは正直微妙だと思うよそれ」

 

やたらと同じ言葉を使いたがって来る銀時にユウキは軽く笑って見せると、そこからは何も言わずにさっさと階段を上って進んでいく。

 

「ボクから話を聞くよりもさっさとここを上って自分の目で見てみれば良いじゃんきっと驚くよ。あ、驚く余裕があればの話だけどねー」

 

「なんだなんだテメェさっきからその思わせぶりな発言は、これで別に大した事無かったら源外のジジィにお前の見た目を夢の国に住む黒いネズミに改造させるからな」

 

「ハハハ、それマジで洒落にならないから止めてね、色々な意味で」

 

ユウキの軽口にカチンと来ながら悪態を突きつつ、銀時はキリト共に彼女の後を追って六十五層へと向かうのであった。

 

そこには彼にとって、かつてない恐怖を体験させる恐ろしい場所だというのも知らずに……

 

 

 

 

 

「……」

 

「どう銀時、面白そうでしょここ?」

 

そして数分後、銀時は六十五層に辿り着く事となった。

 

フィールド全般が暗い闇に閉ざされており、少し先にうっすらと灯りが見えたのでそこを目印に進んでみたものの

 

段々とその灯りの正体がハッキリと見えるようになって来ると、今までずっと余裕の表情を浮かべていた銀時の顔付きが段々険しくなっていく。

 

そう、その灯りの正体は……

 

 

 

 

どう見ても廃墟にしか見えない薄気味悪い街を、ほんのりと青い炎で照らしている

 

いくつもの人魂であったのだ。

 

「……なにここ?」

 

「なにって、第六十五層の街に決まってるじゃん、各層には絶対ダンジョンの前に街があるのがお約束でしょ、忘れちゃったの?」

 

「いやいや冗談よせよお前、明らかに街じゃないだろ、こんなのただの廃墟だからねどう見ても、誰も住んでる気配ねぇし紛れもなくただの廃墟だよ」

 

「住んでるよ住民」

 

「え?」

 

「よく目を凝らして眺めてみなよ、少しずつ”見えて”くるから」

 

とりあえず目の前でフヨフヨと浮かんでいる人魂は視界に入れずに、銀時はユウキの言われるがままボーっと町の中を眺めてみると

 

次第に街の所々にぼんやりとしたシルエットが浮かび上がって行き

 

最終的にその街に住むNPCだと確認出来るぐらいハッキリと見えるようになった。

 

ただし住民と言っても……

 

足が無い状態で浮いていたり、頭が無いのに平然と歩き回ってたり、死んだ目をした子供達が集まってこちらを凝視しながら指さしていたり、地面に着く程の長い髪を垂らした白い服を着た不気味な女がウロウロしながら徘徊していたりと

 

世にも恐ろしい光景が銀時の前に広がった。

 

「あ、あの……気のせいかな? ここの街にいるNPCって妙に薄かったり浮いてたりするんだけど……これって単なるバグかなんかだよな? 運営に報告して修正して貰おうぜ……」

 

「いんや、バグでもなんでもなくあれが正常、この六十五層ではな」

 

銀時の声に徐々に震えが生じて来ているのを、キリトは薄々とそれが得体の知れないモノに対する「恐怖」による影響だと勘付きながら、ようやくこの六十五層のテーマを教えてあげる事にするのであった。

 

「六十五層と六十六層はホラー系を主にテーマにしたフロアなんだよ、言わばここ等近辺全部、プレイヤーをビビらせる為の仕掛けが満載のお化け屋敷って訳だ」

 

「お、お化け屋敷……!」

 

 

生暖かい風を肌で感じながら銀時はゴクリと生唾を飲み込み戦慄する。

 

この街が、否、この階層全てがプレイヤーを恐怖のどん底に突き落とし続ける為に運営が練りに練った大掛かりな舞台……

 

そしてその舞台から降りるには、ここを攻略する以外に無いという事だ……

 

「アンタ本当に苦手なんだな……いい年して恥ずかしいと思わないのか?」

 

「はぁ!? この最強銀さんが苦手なモンなんてある訳ねぇだろうが殺すぞ!」

 

「そんな明らか「自分めっちゃビビってます」って表情で言われてもな」

 

「ビ、ビ、ビビッてねぇし!」

 

キリトはかなり前からずっとわかっている、この男が幽霊や怪奇現象の類に物凄く弱い事を

 

テレビでよくホラー特集の番組がやっていると、まるでフロアボス戦の時の様な、恐ろしい素早さで動いて即座にチャンネルを切り替えているのを見た事がある。

 

「お、お前こそビビってんじゃねぇのキリト君!? さっきから余裕かましてるツラしてるが内心ビクビクなんじゃねぇの!?」

 

「あ、俺昔からそういうの平気なんで、そもそも幽霊とか信じてないし」

 

「幽霊とか言うな! スタンドって言え!」

 

「なんでだよ! 幽霊をスタンドに変換させれば怖さが薄れんのアンタ!?」

 

もはや幽霊という単語自体にもビビりまくる銀時にキリトは思わずツッコんでしまった後、傍でキョトンとした様子で見守っているユウキの方へ振り向く。

 

「……この人昔からこんな感じなのか?」

 

「うん、姉ちゃんが作った下手な怪談話を聞いても三日は一人で厠に行けなくなるぐらい苦手だよ」

 

「子供か! どんだけ弱いんだよ!」

 

「戦場では容赦なく数十人の天人を相手にたった一人でぶった斬ってたらしいんだけどねー、まあ斬れない相手となると対処の仕方がわからないから怖いんだろうねきっと」

 

銀時がお化け嫌いなのはとっくの昔から知っていたユウキは、彼の武勇伝とこっ恥ずかしいエピソードを混ぜながら笑い飛ばすと、おどろおどろしいゴーストタウンへ一歩踏み出していく。

 

「いい加減ボクも何とかして欲しいって思ってるから、コレを機に少しは改善して欲しいモンだよ」

 

「っておいコラ! なに一人で街に入ろうとしてるんだ! 祟られるぞ!」

 

「いや銀時、これただの運営側が作った演出だから、モノホンのお化けじゃないって」

 

「お化けじゃねぇスタンドだ! 間違えんな!」

 

既に年齢的には大人である彼女は幽霊など特に怖いモノでも無いらしく、周りに気味の悪い絵面があろうとそこへズンズン進んでいく勇ましいユウキ。

 

しかし彼女とさほど年の変わらない筈の銀時は勝手に行こうとする彼女の後襟を慌てて掴んで制止させる。

 

「もういいって! 今回の冒険はひとまずコレで終わりにしよう! ボスも倒したしそろそろゲームは終わり! 平和な現実にログアウトしよう!」

 

「いやその前に街の探索だけでも済ませた方が良いよ、だって次のダンジョンに行く為のフラグとか回収してないじゃん、ここ等にいる情報を持ってそうな怪しいNPCを見つけて会話をしておかないと」

 

「怪しいNPCを見つけるって! むしろ怪しくないNPCが何処にいるんですかね!?」

 

ぱっと見でもまともな住人などどこにも見当たらず、かなり妥協してさっきからずっと自分の目玉を探しながらウロウロしている奇怪な老人ぐらいであろう。いやよく見るとあの老人、耳を傾けるとブツブツと何か呪詛みたいな言葉を延々と呟いている、やはり話しかけるのはマズイ

 

「とにかくボクは先進むよ、ああ別についてこなくて構わないよ、スタンドが怖いならさ」

 

「誰も怖いだなんて言ってねぇだろうが! 勝手に決めつけてんじゃねぇよ! 最強銀さんはスタンドなんざ屁でもねぇんだよ!」

 

銀時の極度の怖がり癖には前々から面倒な所があったらしく、さっさと克服して欲しいのであえて突き放す様な感じで対応し、上手い具合に銀時を誘い込むユウキ。

 

案の定彼はムキになった様子でこちらに向かってキレると、懸命に恐怖と戦いながらようやく街の中へと入って来た。

 

「おい行くぞキリト君! 離れずに俺について来いよ! 絶対離れるんじゃねぇぞ! お願いだから離れないでね頼むから! あ、なんなら手を繋ごうか!? こういう場所は迷いやすいからね、うん!」

 

「嫌だわ気色悪い……って手汗まみれの手をこっちに差し出すな! 汚ねぇ!」

 

そして手汗にまみれた手を必死に差し出しながら手を繋ごうと要求して来る銀時に、キリトは頼むから近づくなとドン引きしながら共に街へと繰り出すのであった。

 

だが彼はまだ知らない

 

ここには幽霊ではない何者かが潜んでいる事も、そして思わぬ発見を見つける事になる事も……

 

 

 

 

 

ユウキを先頭に銀時とキリトは街の中を進んでいくと、入り口の演出などただの前座に過ぎなかった事を理解した。

 

奥へと進む度に陰気な気配がそこら中に溢れ、まるで四方八方から見えない何かに見つめられている様な感覚さえも覚え

 

この街を作った担当者は、相当ホラーに精通しているに違いないと、キリトは背後から歩み寄って来る不気味な気配を無視しながら推測するのであった。

 

「日本ホラーのお約束をここぞとばかりに混ぜ合わせていながら、ごちゃまぜにならないよう大事な所はキチンと分けて演出、徐々に弱いジャブをかましながらプレイヤーの精神を削っていく煽り方。一体どんな奴がここ作ったんだろうな」

 

「そうやって冷静に分析してるお前が怖いんだけど……」

 

呑気な様子で周りを眺めながら街の分析をしているキリトに、前を歩く銀時が力なく呟いた。

 

彼はもう既に怖過ぎてまともに歩く事も出来ず、街に入ってからずっとユウキの首に両手を回してしがみ付いている。

 

「なあもう帰ろうぜ……もう十分歩き回ったじゃねぇか、やっぱここ何もねぇんだよ、俺達が来るべき場所じゃ無かったんだ、人間はもっと日が差す明るい場所にいるべきなんだよ……」

 

「銀時ちょっとくっ付きすぎ、ボクまでまともに歩けなくなるから」

 

自分の頭に顎を乗せてずっと体を密着して離れない銀時に少々うっとおしいと思いながら、ユウキはジト目のまま彼の意見を無視してどんどん先へと進んでいく。

 

「最近じゃ”ギャップ萌え”とか流行ってるみたいだけど、いい歳したおっさんがブルブル震えて怯えても冷めるだけなんだよね実際……だからこうして抱きつかれても全く嬉しくないし正直勘弁して欲しい……」

 

「なに一人でブツブツ呟いてんだお前、さてはスタンド攻撃を受けたか? 憑かれたか? じゃあもう帰るか?」

 

「あのさ、まだ街中に入って5分そこらしか経ってないんだよ? お願いだからちょっと黙っててよ頼むから」

 

何度引き離そうとしても一向に離れない事に関しては諦めたが、せめて耳元で数秒事に帰りを促してくるのは止めてくれと思いつつ

 

「とりあえずあの酒場に行ってみよう、前にボクがここに来た時、最初に情報を得られたのはあそこだったんだ」

 

銀時を引きずる様に歩きながらユウキはふと酒場らしき場所を見つける事が出来た。

 

まあ酒場と言っても既に何十年も使われてなさそうな、明らかに何か出そうなオンボロの廃墟にしか見えないのだが

 

「最強銀さんはすっかりチキン銀さんになっちゃったし、あそこで一旦食事取って休んでとりあえずこの街に慣れて貰おうか」

 

「誰がチキン銀さんだ! てか食事ってなんだよ! あんな所でそんなモン取れる訳ねぇだろ!:

 

「取れるよ、だって見た目は廃墟に見えてもここはちゃんとした街なんだからね、食事取る所があるのも当たり前じゃん」

 

そう言ってユウキは嫌がる銀時を無理矢理連れて行き、食事が取れるという不気味な酒場の戸をやや乱暴に足で蹴って開いて中へと入る。

 

「お邪魔しま~す、あ……」

 

すると彼女はすぐに気付いた、どうやらこの店には既に自分達より先に来店しているお客様がいた事に

 

店の中へと入るとそこには

 

 

 

 

 

「もぉ無理! 無理だからぁ! お願いだから堪忍して! ホント無理なのよぉぉ!! ログアウトさせてホント!」

 

「あーもうそうやってまた同じ事言って諦めるんだから! アンタのせいで私まで上に進めないのわかってんの!?」

 

「はぁ~、アスナのお化け嫌いはホントどうしようもないわね~」

 

古ぼけたテーブルに必死に爪を立てて抵抗する涙目のアスナと

 

それを無理矢理にでもテーブルから引き離そうとする神楽。

 

そして今にも壊れそうな椅子に座って、呑気に彼女達を眺めていたリズベットが、店に入って来たユウキ達にふと気付く。

 

「ってアレ? 誰が来たと思ったらアンタ達もここに来たんだ」

 

「へ~リズ達もいたんだ、偶然だねこんなあまり人気のない層で会うなんて」

 

「ん~まあ偶然って訳でもないのよね」

 

傍でアスナと神楽がギャーギャー言いながらもみ合っているのを気にも留めずに、ユウキは気軽にリズベットに挨拶すると、彼女はまずユウキにしがみ付いている銀時に首を傾げて

 

 

「てか銀さん、どうしてユウキちゃんにしがみ付いてるの? 遂に自分がロリコンだというのを公に公開する事にしたとか?」

 

「誰がロリコンだこのアマぁ! 俺はただコイツを怖がらせまいと寄り添ってるだけだボケェ!!」

 

「いや私視点から見ると、どう見ても銀さんが嫌がるユウキに無理矢理抱きついているというヤバい絵面にしか見えないんだけど?」

 

後ろからユウキにしがみ付くのを一向に止めない銀時を、冷静に眺めながらリズベットが呟いていると、彼女はふとある事に気付く。

 

「アレ? ていうかここに銀さんがいるって事は、遂に私等と攻略した層の数が一緒になったって事?」

 

「は? つー事はまさかお前等……」

 

「私達三人も攻略したのは六十四層までなんだよね、この層はまだクリアしてないのよ」

 

リズベットがそう言うとチラリとまだ暴れて嫌がっているアスナに視線を向ける。

 

「あのビビリな副団長様のおかげでね……もう随分と長くここで止まってるのよ私等」

 

「イヤァァァァァァァァ!! 明るい現実に帰らせてぇ!」

 

「いい加減に諦めるアル、アスナ姐! そうやっていつまでここに止まり続ける気ネ! たかが幽霊相手にいつまでもビクついてんじゃねーヨ!」

 

「幽霊じゃない! スタンドよ!」

 

テーブルから引き離されてもなお、壁の傍に置かれていた大きな樽に再度しがみ付いて激しく拒否する彼女に遂に神楽がキレて素の口調になるが、それでもなお抵抗を続けるアスナ

 

そんな醜態を堂々と晒す彼女を見て、ユウキは思わず口をポカンと開けて唖然とするのであった。

 

「うわ、これは流石にボクも言葉を失うわ……まさかアスナも銀時と同じぐらいに幽霊苦手だったなんて……」

 

「幽霊じゃねぇ! スタンドだっつてんだろ!」

 

「はいはい……しかしここでアスナのこんな意外な一面を見る事になるなんてねー」

 

先程のアスナと同じ言葉を抜かす銀時を軽く受け流しながら、ユウキはただ呆然と泣き叫ぶ彼女を眺めていると

 

「へー、こりゃまたまた面白い事が起こってるご様子で……」

 

ユウキの隣に立ちながら、じっくりアスナを見つめて意地の悪い笑みを浮かべる男が一人。

 

前々から彼女と深き因縁があり、顔を合わせれば散々悪態を突き合う事が当たり前となっているキリトであった。

 

散々ニートだの犯罪者だの彼女に罵倒され続けていた彼は

 

いつか彼女の弱みを一つでも握ってマウントの一つや二つ取って見たいとは思っていたのだ

 

そしてまさかここでその機会が巡って来る事になろうとは……

 

彼はおもむろに自分から彼女の方へ歩み寄ると、さも楽しげな様子で

 

「よう、随分とはしゃいでるようだけどなにか面白い事でもあったのか? 鬼の閃光殿」

 

「今日はちょっと体調がすぐれないから攻略はまた今度……ってげぇ!!」

 

神楽に首根っこを引っ張られながらもアスナは目の前にいきなり現れたキリトにギョッと目を見開いて驚くと

 

すぐに顔からダラダラと汗を流し始め、頬を引きつらせた。

 

「あ、あなたどうしてここに……!」

 

「ちなみに俺も面白い事があったぞ」

 

明らかに自分の状況を顧みて、動揺している様子を見せるアスナにしてやったりの表情で、キリトは勝ち誇った様子で彼女の反応を眺めつつ

 

「現在進行形でな」

 

嬉々としながら愉悦に浸るのであった。

 

 

 

 

 



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第八十三層 記憶は消えない、記憶は嘘をつかない

アスナが幽霊嫌いなのは別にこっちが設定いじった訳でなく原作通りです。

本編でも彼女はホラーダンジョンの65層と66層だけはどうしても攻略参加出来なかったと書かれていたり、何かとそういう類の話になると嫌な顔を浮かべるシーンがあります。

と言っても流石にどこぞの誰かさんと違っていきなり頭からツボの中に突っ込むような真似はしませんけど



遂に六十五層に到達する事となった銀時であったが、彼にとって最大の難関が遂に現れたのだ。

 

そこは一層丸ごとホラー要素満載の、怖がりの銀時にとっては正に一秒たりともいたくない恐怖のエリア

 

そしてそれは同じくホラー嫌いのアスナもまた同じ気持ちで、彼女がどうして六十五層を攻略できないかという理由でもあったのだ。

 

「へ~~~あの「鬼の閃光」だの「女神の皮をかぶった死神」だの「クソ真面目面白味ゼロ副長」だの言われているお前がね~~~」

 

「は? なに私に向かってヘラヘラ笑ってんのよ、殺すわよ」

 

偶然酒場で彼女と鉢合わせしたキリトはえらい上機嫌で彼女と椅子に座って向かい合っていた。

 

片方は楽しげに笑い、もう片方は顔をしかめて睨んでいるというなんとも不穏な状況である。

 

そしてそんな近寄りがたい雰囲気にも関わらず、キリトの同行者であるユウキは何食わぬ顔でアスナの方へ歩み寄ると

 

「アスナって幽霊とか苦手なの?」

 

「に、に、苦手じゃないから! そもそも苦手ってなにが!? そんな非科学的な存在に苦手とか怖いとか思う人いるの!? そっちの方が驚きなんですけど!?」

 

「あれ? あそこの窓から何か人影が見えた様な……」

 

「!?」

 

会話の途中でおもむろに酒場の窓を指さしたユウキが呟いた瞬間、アスナの動きは正に一瞬であった。

 

窓から彼女の方へ視線を戻すと既にそこにいなく

 

何処へ行ったのかとテーブルの下を覗いてみると、そこで体育座りしている彼女と目が合うユウキ。

 

「……アスナ、何してるのそんな所で」

 

「いや……テーブルの下で体育座りすると新陳代謝が良くなって健康になるって雑誌で読んだから……」

 

「……」

 

歯切れの悪い感じでやや小さめな声で言い訳をする彼女としばし見つめ合った後

 

背後からゴトっと音がしたのでユウキはおもむろに後ろに振り返ってみる

 

するとそこでは銀時が両足をジタバタさせながら置物の大きな壺に頭から突っ込んでいる姿が

 

「……なにしてんの銀時」

 

「いや……人間はツボの中に入ると神様に異世界という場所に連れて行かれ、そこではどんな能力も使い放題な上に女にモテまくるらしいから、ちょっと異世界転移しようかと思って……」

 

「……」

 

壺からスポット顔を出して長々としょうもない言い訳をベラベラと早口で喋り出す銀時としばらく目を合わせると、ユウキは呆れ感じで「はぁ~」とため息をこぼしながら改めて二人を確認して

 

「まさかこの二人が全くの同レベルの幽霊嫌いだったとはね~」

 

「何言ってんのユウキ! 私とこんな人を同列にしないで! 怖がってるのはこの人だけでしょ!」

 

「あぁ? ビビッてんのはテメェだろうが小娘、俺全然ビビッてねぇし、むしろビビるってなに? ここってなんかそういう要素ある訳? ゴメン全然わかんないわ俺」

 

「凄い、口を揃えて否定するのも息ピッタリだよこの二人」

 

基本キリト絡みでないとまともに会話する事さえない銀時とアスナが、ここに来て共通の弱点が発見。

 

二人は真っ向から否定はしているが、それもまた隠しきれずにバレバレな所もまたそっくりだ。

 

 

銀時はともかくアスナまで……ユウキは意外だったと目を見開いていると、隣にいた神楽も「ふ~ん」と呟き

 

「あの天パもアスナに負けず極度のビビリだったって訳ね、アイツも大した事ないわね」

 

「ボクはアスナの方が怖がりだったのが意外だよ、あの子ってそういうの平気だと思ってた」

 

「アスナのビビリナメんじゃないわよ、稲川先生の怪談話で泡吹いて気絶した事あるぐらいなんだから」

 

「いやそれなら銀時だって明らかに偽物だとバレバレの心霊写真を姉ちゃんが冗談で渡したら、地平線の彼方まで逃げて行って一週間ぐらい戻ってこなかったんだから」

 

「そんなの全然大した事無いわよ、アスナなんてテレビで井戸から幽霊が出て来るって映画観てから、江戸中にある井戸を全て破壊してくれって泣きながらウチのパピーに頼んだ事あるのよ、そしてそれを実行し掛けたのよ、あのハゲ親父」

 

「なにを~ウチの銀時なんか……」

 

「おいその辺にしてやれよ、なんでどっちが怖がりなのかで言い合いになるんだよお前等……」

 

二人して銀時とアスナの恥ずかしくしょうもない話を暴露合戦し始めるユウキと神楽を

 

いつまで経っても話が尽きないなと思い、キリトがテーブルに頬杖を突きながら止めに入った。

 

「俺としてはこの人がビビリなのは最初から知ってるしどうでもいいんだよ、面白いのは今まで散々威張り腐って他人を見下していた高慢ちきなエリート女が」

 

ここに来て彼女の最大の弱みを手に入れた事を嬉しそうにしながら、キリトはアスナの方へ目配せ

 

「実はこんなあられもない姿を人前に晒す程のみっともない小娘だというのが発覚した事さ」

 

「ホントに性格クズ過ぎるわねコイツ……一体どんな環境で生きればこんな卑屈な精神に成り下がるのかしら」

 

ジロリと睨みつけながらキリトに強い嫌悪感を放つアスナ、すると案の定、二人の間でバチバチと火花が鳴り出す。

 

「言っておくけど私はホントそういうの別に苦手でもなんでもないから、アナタが勝手に思い込んでるだけよ、お可哀想に、日頃妄想ばっかして自分の殻に閉じこもってるせいで現実というモノが認識出来なくなってしまったのね」

 

「そうやって早口で頑なに認めようとしないのもどうかと思うがね俺は、その年で幽霊如きにビビるとか情けないと思わないのか」

 

「そんな安い挑発で私が乗ると思ってんの? 言っておくけどこっちは本気になればあなた程度の小市民なんか簡単に社会的にも物理的にも消す事だって出来るのよ、幕府直属の名家ナメんじゃないわよ」

 

「おいおい遂に一族の権力を使おうとしちゃってるよコイツ、ようやく本性現したな悪徳令嬢、江戸を護るだの仮想世界の治安を護るだの綺麗事言っておきながら、結局は自分が一番可愛いって事ですねお嬢様」

 

「社会のゴミを抹消させる事も大事なクリーン活動よ、江戸もこの世界も綺麗になる為にまず一番デカいゴミをとっ払った方が後々楽で助かるでしょ、だからとっとと消えなさい、この世から」

 

弱みを付けこまれたことがそんなに嫌だったのか、以前に比べて更に口が悪くなってピリピリしているアスナに対し、負けじと応戦して同レベルの返しをして見せるキリト。

 

そんな二人のいつもの口論を顔をしかめて眺めているのは、何かとこの二人と面識のあるリズベット。

 

「毎度の如く飽きないわねコイツ等……顔を合わせれば喧嘩ばかり、いい加減にして欲しいんだけどそろそろ」

 

「全くだ、ガキ同士の痴話喧嘩なんざ見ててもなんの面白くもねぇ」

 

毎度付き合わされるこっちの身にもなって欲しいモノだとため息をこぼす彼女に、いつの間にか彼女の傍に立って傍観者になっていた銀時が賛同する様に頷く。

 

「喧嘩ってのはもっと派手にやるモンなんだよ、ネチネチ互いの悪口を言い合ってる喧嘩なんざ酒の肴にもなりゃしねぇわ、さっさとやり合えガキ共、腰に差してる得物はナマクラか?」

 

「いやなんか自然に会話に入って来てる所悪いんだけどさ、もう大丈夫なの銀さん、怖いんじゃないの?」

 

「は? 何それ? 俺がいつ怖いつったよ? なにお前喧嘩売ってんの? 派手な喧嘩をこの銀さんとやりたい訳?」

 

「こっちはこっちで凄くめんどくさいわね……ロクな奴いないわホント」

 

銀時も銀時で「怖い」というワードを使っただけでこの過剰反応。

 

どいつもこいつもめんどくさい奴等のオンパレードでリズベットは一人疲れ切っている中、それをよそに銀時はスタスタと酒場の中を歩き回る。

 

「こりゃ今日はダメだな、ウチのキリト君は完全にあのお嬢様とのお話に夢中みたいだし、やっぱ俺ログアウトして抜けるわ、いや別にここが怖い訳じゃねぇんだけどよ、そろそろウチにババァが家賃回収に……」

 

そう言いながら銀時はメインメニューを開き、適当な口実をつけてログアウトを押そうとする

 

だがその瞬間

 

「!?」

 

銀時の近くにあった大きな壺が

 

突然誰も振れていないのにガタン!と大きく揺れたのだ。

 

まるで一人でにその壺が意思を持って動いたかのように……

 

そしてその音はアスナの耳にも届いたのか、キリトとの口論を中断させてすぐ様そちらの方へと振り向く。

 

「……ね、ねぇ今そこの壺動かなかった……?」

 

「どんだけ神経過敏になってんだよアンタ、怖がり過ぎて遂に幻覚まで見えて来たか」

 

「あなた気付かなかったの!? 今さっき明らかにあの変な壺が思いきり揺れて……!」

 

全く気付いていない様子のキリトにアスナが慌てて説明しようとしたその時

 

 

 

 

バキバキッ!とその壺からヒビが突然現れ

 

そしてヒビを突き破ってと壺から手足が生えて銀時の前で立ち上がったと思いきや

 

壺の蓋がパカッと開いて中からニュッと

 

 

 

 

「奇遇ですね、お前もここに来ていたのですか」

 

「「ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」」

 

壺から手足を生やした状態で蓋を帽子みたいに被っているアリスが、平然と彼の前に現れたのだ。

 

いつもなら軽く驚くだけ済む事であったが、すっかり怖がっているこのタイミングでは別である。

 

彼女が現れた事で、銀時だけでなくアスナも悲鳴を上げ、一目散に酒場の出口へと駆け出して

 

「で、出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 妖怪壺女だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 誰か地獄先生呼んで来てぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

アリスに対しておかしな名称を付けながら、脇目も振らずに二人は薄暗い街中へと逃げて行ってしまうのであった。

 

この一連の出来事に対して銀時とアスナ以外のメンバーは、呆然と行ってしまった彼等の背中を見つめて

 

「銀時が逃げた……アリスに驚かされた程度で」

 

「アスナ姐……あんなので泣いて逃げるとかどんだけビビリアルかホント」

 

ユウキと神楽がポツリと呟いていると、事態を起こした元凶であるアリスはまだ壺を着飾ったまま真顔で腕を組み

 

「わざわざ私から挨拶してやったのにいきなり逃げるとは、なんとも無礼な男です」

 

「ちょっと壺女、それいい加減脱ぎなさいよ、アンタ美人だから余計にシュールな格好に見えるのよ」

 

壺から手足が生えてるというなんとも奇妙な格好だというのも気にせずに銀時の文句を付けるアリスに

 

椅子に座りながらリズベットが冷静に指摘して上げる事に

 

「それよりいいの、この街ってあちこちにホラーギミック満載の怖がり屋には最悪のスポットよ、早く誰か追いかけて連れ戻してあげないとあの二人最悪ショックで死ぬわよ」

 

「心配無用です、私が探しに出向くので」

 

「いやそりゃ驚かされた張本人が迎えに行くのは道理だけど、その恰好で探すのは止めておきなさい」

 

妖怪壺女が銀時の事を探しに行こうと早速酒場から出ようとするが、とりあえずその恰好をどうにかしてから行けとツッコんだ後、リズベットは平然と座ったままでいるキリトの方に振り返り

 

「ほら厨二剣士、アンタもアスナの事探しに行きなさい」

 

「いやいやどうしてこの流れで俺がアイツを探しに行く事になるんだよ、行くならアイツの数少ない親友であるチャイナ娘かお前だろ」

 

「そりゃ私が迎えに行ってあげたいけど、いい加減アンタ等の仲悪いアピールにはウンザリしてんのよこっちは」

 

物凄く嫌そうな表情で誰があんな女探しに行くかと文句を垂れるキリトに歩み寄ると、リズベットは彼の背中をかなり強めに叩いて

 

「ここらでいい加減、男らしく助けに行ってポイント稼いで来なさいよ、そしてせめてまともな会話が出来るぐらいには仲直りしなさいよね」

 

「いやだからなんで俺があんな奴と仲直りしなきゃ……」

 

「あーつべこべ言ってないでさっさと行きなさいっつうの!」

 

頑なに嫌がるキリトに遂にリズベットはキレて、彼を無理矢理立たせて思いきり背中を蹴りつけてやる。

 

「それとさっきまでアスナに向かって酷い事言いまくった事も含めて謝ってこい!」

 

「はぁ? 俺だってかなり言われてたんだぞ!? なんで俺がアイツに謝らなきゃならねぇんだよ!」

 

「異性で喧嘩したら真っ先に謝るのはまず男からって相場で決まってんのよ、文句ある?」

 

「く! これだから女ってのはイヤなんだ! 何かあるとすぐ女同士で組んで男を敵とみなすんだ!」

 

彼女の無茶苦茶な持論にキリトは精一杯の反論を行いつつも、これ以上ここにいるといつまで経っても言われ続けそうなので、渋々酒場を後にアスナを探しに出向くことに

 

「ったくどうして俺がこんな事を……」

 

ぼんやりと濃い霧が出てきた中で、ブツブツと文句を垂れながらキリトはポケットに両手を突っこみながらめんどくさそうに霧の中へと入っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく経った頃

 

妖怪壺女の襲撃を受けて街中へと逃げ出していった銀時の方は

 

ポツンと佇む現代風の白い家の門前で体育座りしながらボーっとしていた。

 

明らかに普通でない色白の子供と一緒に

 

「へー……俊雄君はここの家の子なんだー、お父さんとお母さんはいるの?」

 

「にゃーーー」

 

「へーお母さんはお父さんに殺されちゃったんだー、じゃあ今この家にいるのお父さんだけ?」

 

「にゃーーー」

 

「へーお父さんもその後お母さんに殺されちゃったんだー、あれ? でもお母さんってお父さんに殺されたんじゃなかった?」

 

色白の子供が喉から発しているのは人間の声ではなくまるで猫の鳴き声であった。

 

背後に佇む白い家の二階の窓から、チラチラと何か得体の知れない何かが映っている事にも気づかず

 

既に怖さが限界突破していた銀時は、そんな不思議な少年との会話を楽しむ様に引きつった笑みを浮かべ、傍から見ればまともに会話している様にも見える。

 

するとそこへ

 

「こんな所にいたのですか、お前」

 

銀時を探しに来てくれたアリスが迎えに来てくれたのだ、今度は壺ではなくいつもの金ぴか鎧の格好だ。

 

「随分と探し回りました、というかその色白の得体の知れない少年はどなたですか?」

 

「俊雄君だよ、ついさっき会って仲良くなった俺の友達さ、だよね俊雄君」

 

「にゃーーー」

 

「……」

 

明らかにヤバい類であろう存在と仲良さげに話す銀時、アリスは顎に手を当てしばらく少年をジッと見つめ

 

いつの間にか家の二階の窓からこちらに向かって凄まじい形相で見下ろしている髪の長い女を一瞥すると

 

少年と親し気に会話を続ける銀時の腕を強引に掴み上げる。

 

「……酒場に戻りましょう、友達に別れを告げるのです」

 

「えー、俺今から俊雄君の家に遊びに行く所なんだけど」

 

「遊びに行くのはまた今度です、ほら俊雄君に挨拶なさい」

 

「バイバーイ俊雄君、このお姉ちゃんがダメって言うからよ、また今度遊びに行くわー」

 

やつれた表情で焦点の定まらない目をしている銀時を強く掴んだまま立ち上がらせ

 

無理矢理彼をここから引き離す為にアリスは強引に連れて行く事に

 

銀時は力ない様子で少年に向かってヘラヘラと笑いながら手を振っている中、アリスもチラリと少年と家の方へ振り返る。

 

家の前にポツンと佇む少年と、二階の窓から除く”ナニか”は

 

自分達が視界に外れるまでずっとこちらを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

「あ? なんでお前ここにいんの?」

 

「ようやく気付いたのですか、私の事」

 

白い家から離れてしばらくした後、銀時はふと我に返った様子でいつの間にか手を繋いでいたアリスに向かっていつもの死んだ魚のような目をパチクリさせる。

 

どうやら壺女があまりにも衝撃的過ぎてそこから今ままでの記憶を失っているみたいだった。

 

「あれ、俺って確か汚ねぇ酒場にいたんじゃなかったか? なんでこんな所にいんだ俺」

 

「私を前にして逃げ出したんですよお前、だからわざわざ私が迎えに来てやったんです、感謝しなさい」

 

「はぁ? バカ言え、誰がテメェなんかに出くわして逃げ出す様な真似するかよ、俺は今最高に絶好調に達している最強銀さんだぞ、ナメんなコノヤロー」

 

「いつもの調子に戻ってきましたね、やはりお前はそっちの方が良い」

 

段々いつもの口調と態度に戻って来た銀時に、いつも真顔のアリスが若干微笑んだ表情を浮かべる、だがその時

 

 

 

 

 

 

『あなたってホント怖がりさんね、ちょっと私が驚かせただけなのにこんな所まで裸足で逃げてくるなんて」

 

『はぁ? バカ言ってんじゃねぇぞコラ、誰がテメェ如きに驚かされた程度で逃げるかよ、俺は今を駆ける攘夷志士の間でも最強と称される天下の白夜叉だぞ』

 

 

それは一瞬の出来事であった。

 

突然アリスの頭の中に覚えがない場所と、そこにいた銀時と会話している様な光景が映り込んだのだ。

 

「これは……」

 

「おい、どうした立ち止まって」

 

急に頭を抱えて立ち止まるアリスに銀時は手を繋いだままどうしたのかと眉をひそめる。

 

その間もアリスの頭の中ではここではない別の光景が……

 

『俺がこの山の中に来たのはアレだよアレ、オメェの妹がここにツチノコがいるって言ってたら、つい衝動的に探しに来ただけだって』

 

『あーもういいわよそういうの、そろそろあなたのその言い訳にツッコミ入れるの面倒になって来たから、正直に私に驚かされて逃げましたってカミングアウトなさいここで』

 

『だから逃げてねぇって! ツチノコなの! ツチノコが俺をここに誘い込んだの!』

 

『はいはい、それじゃあツチノコさんに別れを告げてさっさとお家に帰りましょ』

 

 

 

 

『木綿季が待つ、私達の家に』

 

「……つッ!」

 

「おいどうしたお前、なんかさっきおかしいぞ」

 

そこでグニャリと大きく歪む光景と同時に、突然、右眼からの凄まじい激痛に襲われるアリス。

 

思わず短く呻き声を上げて項垂れる彼女に、流石に銀時も明らかに様子が変だと気付く。

 

「しっかりしろってオイ、突然気分悪くなったのか、ログアウトした方が良いんじゃねぇか?」

 

「あ……あ……」

 

銀時に声を掛けられながらもアリスは今、信じられないモノを目にしていた。

 

それは先程から痛みが増し続ける右眼のみに映る……

 

『警告……コレ以上ノ記憶領域ノ拡大ヲ禁ズル……”オリジン”ノ記憶ニコレ以上ノ干渉ハ許可サレナイ……』

 

「……っ!!」

 

『再度警告……オリジンノ記憶ヲ、”アンダーワールドノ住人”ハ思イ出シテハイケナイ』

 

真っ赤な画面に機械じみた言葉でこちらに警告を促す文字

 

ハッキリと見えたその文字に、アリスはゾクリと背筋から寒気を覚え始めた。

 

「なんなんですかコレは……オリジン? アンダーワールドの住人? 意味が分かりません、それは私に関係ある事なのですか……?」

 

 

体から大量に冷や汗が流れ始めているのを感じつつ、アリスは今、目の前に映る光景をただ凝視し

 

傍で銀時が何やら叫んでいるのも聞こえずに、項垂れながら表情を苦悶に滲ませ

 

「私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰なんですか……」

 

 

吐き捨てる様に呟いた彼女の言葉に、右眼に現れた謎の文字は答える事無く

 

やがて痛みと同時にフッと消えて行くのであった。

 

 

 




銀魂が遂に終わりましたね。長かったです、いやホント……もう一生終わらねぇだろうなと半ば諦めてたぐらい。

まあでも、銀魂らしい最終回で良かったなと思います。何人か最後まで迷走し続けているキャラいましたが……

原作銀魂が終了してもこちらはまた続きますのでよろしく

新作銀魂も現在執筆中なのでもう少しお待ちください




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第八十四層 この世は常に祟りだらけ

ちなみに私は「怖いのは苦手なのに好奇心に負けてちょくちょく見ちゃうタイプ」です


「……」

 

「落ち着いたか電波娘」

 

アリスは今、銀時と一緒に偶然見つけた寂れた公園にあるベンチに座っていた。

 

周りから”見えない”子供の声だけがキャッキャッと聞こえてはいるが、銀時はそれを聞こえてないフリをしながら彼女に声を掛ける。

 

「ったくよぉ、いきなり立ち止まって呻き声上げた時はどうしたんだコイツと流石に焦っちまったじゃねぇか」

 

「……少々錯乱していたみたいですね、私は」

 

「前々から急に変なこと言い出す妙な奴だとは思ってたが……ホント大丈夫かお前?」

 

「……」

 

彼の話を聞きながらアリスはもう一度、ついさっきの出来事を思い出す。

 

アレは明らかにまともではない現象であった、見覚えのない記憶、片眼に伝わる激痛、そして目の前に浮かび上がったあの謎の言葉……

 

恐らく銀時にこの事を説明しても理解してもらえないであろう、というより彼にだけは絶対に言ってはいけない気がする

 

もし話したら、彼はもう自分の事を今まで通りに接してくれない気がして……

 

「……心配かけてすみませんでした、少々疲れていたみたいです、お前の前で無様な姿を晒す事になるとは」

 

「お前が無様以外の姿を晒してるの見た事無いんだけど? ていうか別に心配なんてしてねぇし」

 

なんだか妙に元気がなくなっている様子のアリスに、銀時は鼻を鳴らしてぶっきらぼうに言いながら、なんだか調子が狂うとしかめっ面を浮かべた。

 

「まさかアレか? お前本当はスタンド苦手なのか? ホントはビビッてんじゃねぇだろうな」

 

「そんな訳ありません、私はお前と違って幽霊など断じて怖くもなんともありません」

 

「幽霊って言うな、スタンドだ」

 

実はほんとは怖がりなのでは銀時に指摘されると、アリスはムッとした様子でそれを即座に否定。

 

幽霊など怖くもなんともない、むしろどこかで親近感的なモノを……

 

「いけませんね……今日は随分と混乱してるみたいです」

 

唐突に頭に浮かんで来たおかしな感情を振り払うかのように、アリスは首を横に振って見せた。

 

そんないつもよりもしおらしくなっている彼女を銀時はジッと見つめながら頬をポリポリと掻いて

 

「なんからしくねぇなお前、いつもなら隙あらば俺に褒めろだの頭撫でろだの訳の分からんアピールしてくるクセに、そんな大人しくなっちまったらこっちもどう対応すればいいのかわからなくなっちまうじゃねぇか」

 

「……」

 

「……まあいいや、よくわかんねぇけどお前にも少しは人間らしい所があるって事だな、安心したよ、お前って普段はまるで頭のネジが全部取れたからくり人形みたいだったし」

 

アリスの様子がおかしい事ぐらい銀時は既に察し済みだ。

 

しかしだからといって根掘り葉掘り彼女に理由を追求するような無粋な真似はいくら彼でもしない。

 

ここはしばらく彼女自身の時間を作らせてあげて、無闇に詮索しない方が良いだろうと考えたのだ。

 

「しばらくそうして物思いにふけってろ、俺はそれまで隣で座ってくつろいでいるからよ。話したい事があんなら適当に聞いてやらんでもねぇし」

 

「……そうですね、こうしてお前と二人きりでいると、不思議と心が安らぐ気持ちになれますし」

 

「俺は全然安らげねぇけどな、いつお前に襲われるかと思うと油断隙もあったモンじゃ……あ?」

 

相変わらず素直ではない銀時だが、そんな彼の肩にそっと頭を預けるアリス。

 

場所が不気味な公園というのがいささか不満ではあるが、それでもこうして銀時と二人きりでいられる事に

 

彼女は正直嬉しかったし何より”懐かしい”とさえ感じて来た。

 

「しばらくお前の肩を貸してください、こうしていると落ち着くんです」

 

「ったく勝手にしろ、別に誰に見られてる訳でもねぇし」

 

「私の様子がおかしいとは言ってますが今お前もまた随分とおかしいですね、なんだか優しくなっている気がします」

 

「張り合いが無くなってやる気無くしただけだ、あーあ、調子狂うぜホント」

 

自分の肩に頭を置いて来たアリスに銀時は眉一つ動かさず、けだるそうに呟きながらそのまま大人しく彼女の好きにさせてあげるのであった。

 

それからアリスはしばらく銀時に寄り添うようにもたれながら、自分の身に起こった不可解な現象がぼんやりと薄れていくのを感じつつあった。

 

そう、あの謎の忠告通り思い出す必要などない、こうして彼と一緒にいる”今”こそが、自分にとっての最大の……

 

 

 

 

「とぉーッ!」

 

「ごふッ!」

 

アリスが人知れず何かとても大事な事を吹っ切ろうと思ったのも束の間、突然銀時が背後からの謎の衝撃を食らって前のめりになる。

 

突如として銀時の背後に盛大に飛び蹴りをかまし、スタッと華麗に目の前に着地しクルリとこちらに振り返って来た人物は

 

「なに柄にも無くギャルゲの主人公みたいなのやってるの銀時、全然似合わないんだけど」

 

「テメェこそなにギャルゲのツンデレヒロインみたいな真似してんだコラ!」

 

会っていきなり冷たい視線をぶつけてくるのはやはりというべきかユウキであった。

 

どうやら彼女もまた銀時の事を探し回っていたらしい、そして最悪なタイミングに出くわしてしまったと……

 

「なにアリスと仲良さげに寄り添い合ってるの? 君そういうキャラじゃないよね? 絶対自分に頭預けてきたらその頭を笑顔で鷲掴みにして、「死ねー!」て叫びながら思いきり壁に向かってぶん投げるのが坂田銀時という男でしょ、ほらやって、アリスの頭を掴んで明後日の方向へぶん投げて」

 

「俺の事今までどんな風に見てたんだお前! 俺がいつそんな猟奇殺人者みたいな真似したよ! 完全に子供殺しまくる殺人ピエロじゃねぇか!!」

 

人のキャラ設定を勝手に捏造するなと銀時がユウキに叫んでいると、さっきまで幸せに満ちていたアリスは彼女が現れた途端、一瞬にしていつもの仏頂面に戻っていた。

 

「毎度毎度邪魔しに来ますねこの子は……一体何が目的なのでしょう、いっその事その生態を知る為に檻にぶち込んで飼ってみたいとさえ思って来ました」

 

「人の事を猛獣扱いにしないでくれる? そろそろ本気で怒るよボク、言っておくけど一度ボクがキレたら攘夷志士三人相手でも食い止める事が出来るぐらいヤバいんだからね」

 

「えらく限定的に表現しましたね、まるで実際にその連中と戦ったかのような」

 

平然とした口調でサラッと怖い事を言ってのけるアリスに、ユウキが負けじと力こぶでも見せつけるかのように腕を上げてアピールしていると、再度アリスは彼女に向かって口を開く。

 

「ていうかあなた、よく私達を見つけられましたね、ここら一帯は霧に覆われていて迷いやすいというのに」

 

「え? ああ、確かに上手く進めなくて結構迷ったんだけど、偶然銀時を見かけたって子供がいてさ」

 

「……子供?」

 

彼女の口から子供と聞いた瞬間、アリスは若干ピクリと反応した。

 

なんだかすごく嫌な予感がする……彼女がそう思ったのも束の間、何時の間にかユウキの隣には……

 

色白の肌を曝け出しながらも、その目は暗闇と表現する程に黒い小さな少年が、最初からそこにいたかのように立っていたのだ。

 

「ほら、この子が銀時の所まで案内してくれたんだよ、名前は俊雄君っていうの」

 

「にゃーーーー」

 

「やはり……」

 

「ギャァァァァァァァァァァ!!!! なんだそのホワイト修正されまくったガキは! なに平然と連れて来てんだこのアマ!」

 

「酷いなー、この子、銀時の事友達だって言ってたよ?」

 

「にゃーーーー」

 

「こんなブリーフ一丁の明らかにヤバいガキと友達になった覚えなんてねぇよ! てかオイ! オイ! 後ろ!」

 

それは紛れもなく銀時があの白い家の前で出会った少年であった。

 

ユウキは全く気にしていない様子で彼の事を紹介するも、記憶が飛んでしまっている銀時は彼が何者なのかわからない様子。

 

しかしそんな事よりも、子の少年よりもずっと恐ろしいナニかがこちらに迫って来ている事を銀時は確認するのであった。

 

「なんかこっちに向かって長い黒髪を地面に垂らした女が! 四つん這いの状態ですげぇスピードでこっち迫って来てるぞ!」

 

「うわホントだ、よくあんな体勢で走れるねあの人、すご」

 

「呑気に感想呟いてんじゃねぇよ! アレ絶対お前が俊雄君連れて来たせいだろ!」

 

ふと公園の外から四つん這いでありながらも尋常じゃない速さで迫って来る恐ろしい女を目撃してしまう銀時。

 

長い髪が地面に垂れる事もお構いなく、ただ一直線にこちらに向かって突っ込んでくる女

 

こんな光景を見れば当然彼は完全にパニック状態だ。

 

「と、とりあえず俊雄君返してこい! ありゃきっと俊雄君の母親だろ! いやもはや”アレ”に対してそういう表現が合っているのかどうかさえ微妙だけど!」

 

「うーん返しただけで許してくれるかなぁアレ、なんか一度アレに目を付けられたらもう絶対に逃げられないという気がするんだよね、ボク」

 

「それなら尚の事俊雄君を返して土下座なりなんなりして……! ってもうこっち来たぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

早く俊雄君を返してやれとユウキに叫ぶが、もはや今更何をやっても遅かった、アレはもう公園内に入り、こちらへと迫って来ている。

 

こうなったらもう自分達に残った手は逃げるしかない、銀時の中ではもうアレと戦うという選択肢は無かった。

 

勝てる気が全く起きないし何よりこれ以上視界に入れたくない。

 

「もういい俺は逃げるぞ! 追いつかれたら完全に祟り殺される! いやそれ以上に酷い目に遭わされるかもしれねぇ!!」

 

「ここにはあまり長居した事は無かったけど、あんなに凝ったNPCがいるんだねぇ、銀時の言う通りアレに接触されたらほぼほぼゲームオーバーになりそう」

 

「全くどいつもこいつも私の邪魔をして……止むを得ません、撤退しましょう」

 

女性から機械のノイズの様な呻き声が微かに聞こえて来た、銀時はもう限界だと脇目も振らずに一人で脱兎の如く逃げ出して、それにユウキと不機嫌そうなアリスもついて行くのであった

 

 

 

 

そしてアレの息子であると思われる俊雄君も

 

「にゃーーーーー」

 

「銀時、俊雄君もついて来ちゃってるよ」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! お前はこっち来んなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

何故か自分達の後を素足の子供とは思えないスピードで追走して来るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、銀時が必死に逃げ回っている中、彼と一緒にこの街に逃げ込んでいたアスナは

 

「はぁ~ホント自分でもどうにかしたいとは思ってるんだけど……」

 

独り言……ではなく、隣に座っている”ソレ”に対してブツブツと愚痴を呟いている真っ最中であった。

 

”井戸”の上で

 

「あの顔を見たらついカッとなって喧嘩腰になっちゃうのよねぇ、そりゃあの人が100%悪いんだから仕方ないんだけど」

 

「……」

 

「だって私はこの世界の治安を管理し、平和を脅かす者は速やかに排除するという大事な使命を抱えているんですもの、なのにそれをわかっているクセにあの人ったら自分が攘夷プレイヤーだというのを棚に上げて何度も揚げ足を取ろうと躍起になって……」

 

「……」

 

「ほんっと子供よねぇあの人、私と同年代とはとても思えないわ、あなたもわかってくれるでしょ?」

 

「……」

 

恐らくキリトの事について愚痴を言っているのだろうが、話し相手の、長い髪を前に垂らして一切素顔を見せず、鉄の臭いが染みついた純白のノースリーブを着た女性はずっと無言で彼女の隣に座っていた。

 

明らかにこの世のモノとは思えない雰囲気を放っているがアスナは至って普通に話しかけており、どうやら以前の銀時同様、絶え間なく続く恐怖の中で精神が崩壊してしまったみたいだ。

 

「はぁ~、なんだかんだで腐れ縁が続いてるけど、少しは私を見習って改心しようとか思わないのかしら普通」

 

女の方がずっと無言であっても延々と愚痴り続けるアスナ、するとそこへフラリと

 

「……何処をどう見習えばいいんだよ、アンタみたいな正義バカを」

 

「あら……あなたなんでここにいるのよ」

 

「誰のせいでわざわざ来てやったと思ってるんだ……」

 

彼女の前にやって来たのはしかめっ面のキリトであった。

 

彼が現れた途端アスナはすぐに不機嫌そうな表情で彼を睨みつけるが、キリトの視線は彼女ではなくその隣にいるナニかに釘付けだ。

 

「……というお前、ちょっと待て……大丈夫なのか? 今お前が隣にいる女って完全にあの……」

 

「山村貞子って言うのよこの子、なんかどっかで聞いた様な名前だけど、きっと気のせいでしょうね」

 

「気のせいでもなんでもねぇよ! 明らかにホラー映画界の大御所と同姓同名だよ! 誰もが知る超有名人だよ!」

 

どっか、というより夏になれば一度は必ずしも聞く名前である。

 

ニコニコしながら彼女を紹介するアスナに、キリトは信じられない様子でツッコミを入れた。

 

「ていうかなに平然と一緒にいるんだよお前! そいつは全世界にウイルスばら撒いて新人類を創り出そうと企むような奴なんだぞ! ホラーのクセにSF要素まで兼ね備えたヤバい奴なんだからな!」

 

「何言ってんの酷い事言わないで、貞子と私は友達よ、今から彼女の住処であるこの井戸の中でホームパーティする所なんだから、この子に酷い事言ったあなたは来ちゃダメよ」

 

「いやそこホームじゃなくてその人のデッドゾーン! どうしたお前、ビビり過ぎて遂に壊れたか!?」

 

彼女の事を友達だと言い張るアスナだが、その目はどこか虚ろであった、完全に思考を放棄している。

 

「しっかりしろ鬼の閃光! 血盟騎士団のナンバー2がお化け怖すぎて正気を失うとか一生の笑いモンだぞ!」

 

「アハハハ、失礼ね私はいつだって正気よ、おかしいのはあなたの方でしょ攘夷プレイヤー、貞子もそう思うわよね?」

 

「駄目だコイツ……早く何とかしないと……」

 

こんな一時的狂気に陥った状態の彼女では、いつもの調子で軽口叩いて挑発する気も失せてしまい、キリトはどうにかして彼女を正気に戻してやろうと説得を試みようとする

 

だがその時……

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァ助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「今度はなんだ……っての声はもしや……! うお!!」

 

こういう時に限って毎回厄介事を抱え込んでくる男が一人いた事を思い出すキリト。

 

背後から突然聞こえて来た悲鳴に急いで振り返ると、すぐに彼は表情をギョッとさせる。

 

「いい加減にしろぉ! どこまで追いかければ気が済むんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「ホント凄い執念で食らいついて来るねあの人、まるでアリスみたい」

 

「絶対に我が物にしてみせるという強い独占欲も感じますね、まるでユウキです」

 

「にゃーーー」

 

こちらに必死の形相で走って来るのは案の定、銀時、そしてそのすぐ後ろにはユウキとアリス、それと謎の色白少年。

 

極めつけは彼等に向かってドス黒いオーラを放ちながら四つん這いで追いかけている謎の女だ、一目見てヤバいとキリトはすぐに理解した。

 

「なにしに来たんだよアンタ! こっちはこっちで面倒事処理しようとしてるのに余計に増やしやがって!」

 

「おおキリト君じゃねーか! 丁度良かった、あの女どうにかしてくれ! それと俊雄君も!」

 

「出来るか! アイツ等は出現フラグ立てて付き纏われたら、こっちが死ぬまで延々と追いかけて来るんだぞ!」

 

「はぁぁぁぁ!? お前いつも自分は無敵だとか強すぎる己が怖いとか散々イキってたじゃねぇか! この期に及んでビビッてんじゃねぇぞテメェ!」

 

「和風ホラーの怨霊の類は強さとかそういう次元じゃないんだよ! アンタこそ散々最強銀さんとかアホみたいに名乗って調子乗ってたクセに!」

 

こんな最悪のタイミングで鉢合わせするとは思っていなかったキリトが、恐怖でキレ出す銀時と口論していると……

 

「全く騒がしいがね、せっかく静かだったのにゾロゾロとみんな集まってきちゃって……ほら見なさい、貞子だってなんか凄く怒ってるわよ」

 

「……!」

 

「あぁぁぁぁぁ!! こっちもこっちでヤバい事になってる! ウイルスばら撒かれて恐怖死させられるぅ!」

 

ウンザリした様子でアスナが呟いていると、隣にいる女が明らかに雰囲気が変化している

 

相変わらず一言も話さないが、長い髪の隙間から僅かに見える恨みがましそうにこちらを睨んでくる目が、こちらに対して強い殺意が芽生え始めているのだと物語っていたのだ。

 

「どうしてくれんだアンタ! よりにもよってホラー映画のツートップが揃い踏みになるなんて! 最近じゃコイツ等合体までするんだぞ!」

 

「知るかボケ! てかさっきから思ってたんだけどやけにこの手の話に詳しいなお前!」

 

「長年の引きこもり生活の中で俺が唯一妹にマウントを取るには! リビングでアイツの嫌いなホラー映画を鑑賞するしか無かったんだ!」

 

「その話聞いた上だとあの化け物共よりお前の方がずっと怖いわ! てかドン引きだわ!!」 

 

キリトのどうでもよく下らない悲しい過去を聞かされながら銀時が叫んでいる内に

 

いつの間にか前と後ろにもどことなく雰囲気が似た女によって逃げ場を失ってしまうのであった。

 

キリトと銀時達は合流すると、背中合わせになった状態でマズい事になったと状況を見渡す。

 

「あ、そうだ、ログアウトすりゃさっさとこの場から脱出……って出来ねぇ! なんでログアウト不可になってんだ!」

 

「この連中に襲われている時はログアウト不可能だ、これは演出みたいなモンで、街から脱出しない限り出来ない仕様になってるらしい……」

 

「そこまでしてプレイヤーをビビらせてぇの!? どんだけ全力で取り組んでんだよこの街に!」

 

「最初ここに来た時に言っただろ、凝った演出からして明らかに運営側の中にホラー好きの奴がいるんだろうなって」

 

ログアウトすら許さぬという悪意に満ちたイベントに銀時が怒りに震える中、キリトが冷静にしてきている内に

 

最凶の怨霊達がゆっくりとこちらへと迫って来る。

 

「ああマズイな……こりゃもう完全に逃げられないぞ」

 

「おいユウキ! テメェが俊雄君連れ来てたせいでこうなっちまったんだからな!」

 

「ボクは悪くないよ、そもそも最初に街に逃げ込んでみんなに探し回らせた銀時が悪いでしょ」

 

「にゃーーー」

 

這い寄って来る四つん這いの女

 

それから後ずさりしていく銀時とキリト、ユウキとアリス、それと何故か俊雄君。

 

そして彼等の背後にいるのは退路を塞いだ長い黒髪の女、と馴れ馴れしく一方的に話しかけるアスナ。

 

状況は明らかに最悪以外の何物でもなかった、もはや諦めるしかない、このまま一気にみんなまとめてゲームオーバー……

 

 

 

 

 

かと思われたのだがその時

 

 

「……おや? 誰かそこにいるのですか?」

 

「「!?」」

 

ふとそこへ聞こえて来たのは、とても低い男性の声

 

もはや助けが来てくれたのかと銀時とキリトが同時に声がした方向へ振り返ると、その声の主らしき人物がズンズンと重い足取りでこちらに近づいて来る足音が聞こえて来た。

 

「もしかして迷ってしまわれたんですか? この街は霧に覆われていて歩く事もままならないですからね、よろしければ私が一緒に街の出口まで連れてってあげましょうか?」

 

「お、おい! なんか俺達を出口まで案内してくれようとしてるっぽいぞ! 良い人だ! 絶対あの人良い人だ!」

 

「迂闊に信用するな、こういう甘い事言いながら近寄って来る奴ほどホラー映画じゃ黒幕率が高いんだ……俺達を本当に助けてくれるのかどうか……」

 

一筋の希望が見えたと銀時は喜ぶがキリトはまだ警戒してる様子。

 

すると彼等の前に深い霧の中からボンヤリと黒いシルエットが現れる

 

想像していたのよりもやや大きめな……

 

「いやーこんな所で人と会えるなんて思いませんでした、僕、いつも一人でこのゲームやってるんで心細かったんですよ」

 

「え、そうなんすか? んじゃここ脱出出来たら俺等と今度一緒にクエストでもなんでもやってやりますよ、こう見えて俺強いんで、最強銀さんと組めばもうどんな野郎も敵じゃないんで」

 

「ホントですか? いやー他のプレイヤーさんに誘われるなんて初めてです、嬉しいなー」

 

絶賛大ピンチなのにこの期に及んでまだ誰であろうと敵じゃないとのたまいつつ、相手に助けてくれれば協力クエストなりなんでもやりますと遠回しな取引を持ち掛ける銀時に、その巨漢のプレイヤーは喜んでる様子でゆっくりと銀時達の前へ現れた。

 

 

その人物は軽く銀時の背丈を超える程の身長で

 

全身緑色の体は決して人間では到達できない程に筋骨隆々で

 

頭には立派な二本の角を生やし、そして頭頂部にはちょこんとお花が一つだけ咲いていて

 

その下には鬼でさえも泣き叫んで逃げるであろうと確信してしまう程に

 

未だかつて見た事無い、まごう事無きの凶悪な面構えがあった。

 

「”屁怒絽”と言います、よろしくお願いしますね皆さん……」

「「「「「…………………………」」」」」

 

ギロッと二つの紅く鋭い眼光でこちらを見下ろし、鋼でさえも噛み砕けるのではと思うぐらいの鋭く尖った歯を出して友好的に名を名乗る屁怒絽を前に

 

その風貌と凄まじい形相に、銀時達、彼を取り囲んでいた人ではない存在も硬直したように固まってしまう。

 

「放屁の「屁」、憤怒の「怒」、ロビンマスクの「絽」で屁怒絽です」

 

「「「「「……」」」」」

 

「タイプはALO型、種族・ウンディーネ、回復や支援の魔法を得意としています、皆さんのお役に立てれば光栄です」

 

「「「「「……」」」」」

 

「争い事は苦手なので、よくお気に入りのお花畑を見つけてそこでのんびりと過ごすのが楽しみの一つです、それと可愛いモンスターとかとじゃれ合ったりするのも好きですね、フフフ」

 

「「「「「……」」」」」

 

銀時とキリト、そして彼を見た途端すぐに正気に戻っていたアスナが絶句の表情でポカンと口を開けて固まっている中、軽く自己紹介を終えて屁怒絽がこちらにニタリと笑いかけて来た瞬間

 

「まだまだ未熟な私ですがどうか皆さん、よろしくお願いします……」

 

もはやその場にいる事に限界を感じたのであった。

 

「「「ギャ、ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!」」」

 

「銀時ごめんね、ボク怖いモノなんて無いとか言ったけどウソだった」

 

「完全に私達を抹殺する目でした、間違いなく私達を皆殺しにする気です」

 

「……!」

 

「にゃーーーー!」

 

銀時、キリト、アスナが同時に悲鳴を上げて一目散にその場から逃げ出す、ユウキとアリスも流石に相手が悪過ぎると続き

 

更には井戸の傍にいた長い黒髪の女も陸上部のフォームで共に逃げ

 

ずっと銀時達を追いかけて来た女でさえも、俊雄君を抱えて普通に二本の足で、必死に彼等と共にその場から走り去るのであった。

 

 

かくして、後にホラースポットとして有名な第六十五層に新たな都市伝説が追加された。

 

特に霧が濃いタイミングで、街の中を長時間彷徨い続けていると……

 

 

 

 

 

頭に花を咲かせた恐ろしい悪鬼が現れ、生きたまま頭から食われるという伝説が

 

 

 

 

 

一方その頃酒場に残されたリズベットと神楽はというと

 

「アイツ等全員どこに行ったのかしら」

 

「知らないアル、ジェイソンにでも追いかけられてるんじゃないアルか?」

 

「あーそれはちょっと面白そうだから見てみたいわね、プレデターに襲われる銀さんとか」

 

「へ、あの天パならチャッキーだけで十分ビビッてチビるネ」

 

彼等とは対照的にほのぼのと過ごしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私が今まで観て来たホラー映画中でのベスト10

10・「着信アリ」あの着信音が未だに頭から離れない程にトラウマ……首グルグルとかギャグっぽい演出があるのでいい塩梅に、ラストはちょっと「は?」ってなるけど普通に怖い

9・「感染」登場人物がクズばかりの中で謎のウイルスが大暴れ! 怖い筈なんだけどなんかスカッとする作品

8・「リング2」恐怖もあるのだがそれと同時に謎を解いていくミステリー成分も含まれており、初代とは別の形で面白味がある作品、出てくる女優が綺麗な人ばかり

7・「学校の怪談4」子供向けのホラーなのに普通に大人でもゾクッとする怖さが所々盛り込まれている、特に無音からのアレがヤバい、キャッチコピーは「次は、お前だ」

6・「ヴィレッジ」ひたすら恐怖感を煽っていくスタイル、所々に伏線が貼られ、ホラーというよりもサスペンスに近いかも、見ごたえはあるし綺麗に終わる

5・「パラノーマル・アクティビティ」低予算で作ったB級映画が、口コミで全米に知れ渡った怪作、最初は何てことない日常が徐々に恐怖を増長させていく演出がたまらない。

4・「呪怨」理不尽極まりない怨霊が家に入る者全て皆殺し……彼女ほど最悪で最強な怨霊はいないでしょうきっと、最近は関わっただけの者やその存在を知っただけで呪い殺すという理不尽極まりない技を会得した。

3・「リング」言わずもがな、ホラー映画と言えば真っ先に頭に浮かぶ名作、続編作りまくって色々アレになってるけど初代は完璧

2・「仄暗い水の底から」怖いというより純粋に泣ける、いや確かにべらぼうに怖いんだけど最後のオチが悲しくて……ホラーなのに親子愛も含まれた傑作

1・「輪廻」完成度がずば抜けて高い、ホラー特有の後見悪いオチではなく伏線をすべて回収してすっきり終わるのがまた素晴らしい、作者はあまりにも好きすぎてこの作品の主題歌をモデルに長編SS書いたぐらい

私が観てしまったしょうもないホラー映画トップ3

3・「青鬼」とにかく酷い、映画館で観たら普通に熟睡出来るレベル

2・「デスフォレスト恐怖の森」設定がちぐはぐ過ぎてまず映画として成り立っていない、明らかに製作人は誰一人元のゲームをプレイした事ないんだろうなというのがよくわかる

1・「コトリバコ」元は2chのオカルト版なんだけど、元ネタがすごい怖かったのに、全くそれを活かしておらず、ただの後見悪い下らない茶番劇に、役者が全員、高校の演劇部の人かな?と思うぐらい棒読みなのがかろうじて癒しになる


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第八十五層 恋はいつでもハリケーン

話は再び新八の純愛物語編です、どうぞ


 

桐ケ谷和人は急遽かぶき町にあるファミレスに、妹の桐ケ谷直葉を呼び出していた。

 

理由は勿論、恋に悩みし哀しき童貞、志村新八の事である。

 

「お兄ちゃんの方から呼び出されるなんて初めてかもね……それで、私に用があるってなに?」

 

「ああ、まあ新八の事でとりあえずお前にも伝えておこうと思ってよ、なんかすげぇ気にしてたみたいだし」

 

「あーやっぱこれ飲んでると生きてるって実感が湧いて来る~~」

 

「私としては彼女の体の構造も気になりだしてるんだけど……アレ何杯目?」

 

隣の席でユウキがポリタンクに直接口を付けて美味しそうにガソリンを飲んでいる事にツッコミたいと思いつつも

 

迎いに座る和人の”格好”を見て、そんな些細な事はどうでもいいなと直葉は話を聞く態勢に

 

「それにしてもまさか覚えてたなんて意外、だってあのお兄ちゃんがだよ? 本当に新八さんが好きになった人を探し回ってたの? ロクに外出も出来なかったお兄ちゃんが?」

 

「おいおいそんな昔の話を蒸し返さないでくれよ、直葉、もうお前が知るのは過去の俺だ、今の俺はこうしてちゃんと真っ当な社会人として汗水流して働いているのさ」

 

「……そうだね、確かに以前のお兄ちゃんとは全く見違えるほど変わってるかも、だって今のお兄ちゃん……」

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんじゃなくて”お姉ちゃん”になってるんだもん」

 

「出来ればそこはツッコまいで欲しかったな」

 

直葉は改めて和人の今の格好を上からじっくりと眺めた。

 

やけに似合っている黒髪ロングのカツラを付け、女性の着物を堂々と着ているその姿、尚且つそれに対してなんの抵抗もなく人前に曝け出している和人に驚きを隠せない。

 

「……どういう事なのお兄ちゃん、いやお姉ちゃん……ちょっと私、頭の整理が追い付かないんだけど」

 

「いやお兄ちゃんでいいから、いやちょっとオカマバーでおっかない店主に拉致されてな、店員として無理矢理働かせられてんだよ、どこぞの誰かがロクに稼ぎが無いせいで」

 

「それで女の格好に……じゃあもしかして今も仕事中だったり?」

 

「ああ、今お昼休憩中だ、お前との話が終わったらすぐ店に戻って舞台の上でキリ子として踊らないと」

 

「お、踊るんだ……なんでだろう、お兄ちゃんが働いてるのは嬉しいんだけど、色々と複雑……」

 

腕を組みながらハッキリと自分の今後のスケジュールを話す和人に直葉は頬を引きつらせ苦笑する。

 

まさかしばらく見ない内に人前で女装したまま踊るなんて真似が出来る程にまでなっているとは……

 

しかも元々中性的な顔立ちなので、ぶっちゃけ女の直葉から見ても普通に小綺麗だと思えてしまうのが少し悔しい。

 

「これでも俺は店では常にトップの座に君臨しているからな、ようやくお前も兄の事を誇りに思えるな、妹よ」

 

「アハハ……安心して、絶対誰にも言わずに墓まで持っていくから……」

 

オカマバーでトップになった事をドヤ顔で語る和人に思わず直葉が目を逸らしてしまっていると、彼女の隣に座るユウキがポリタンクから口を離して彼の方へ顔を向ける。

 

「でもさー、最近キリ子が人気者になっちゃったもんで、ウチのパー子がすっごい機嫌悪いんだよね、俺の客奪わった卑怯者ーって」

 

「はぁ? あの人そんな事言ってたのか? ったく自分が客取れないからってトップの俺に嫉妬なんて言いがかりつけるなんて器の小さい奴だな、そんなんだからいつまで経っても俺の人気の足元にも及ばないんだよ」

 

「なにをー! パー子だって頑張ってるんだよ! 最近個人指名も増えて来たしパー子はパー子なりに需要あるのが証明されてるんだよ! いずれキリ子のその鼻をへし折ってやる!」

 

「はん、指名つってもほとんど知り合いばかりじゃないか、エギルとかお登勢さんとか、俺の首を狙うってなら将軍に指名されるぐらいにまでならないと勝負にもならないな」

 

「ごめんちょっとなに言ってるのかわからない……」

 

パー子こと銀時がいずれ彼を蹴落としてトップに立つ事を夢見るユウキと、望む所だと王者の貫禄を見せつけるキリ子こと和人。

 

そんなオカマ同士のトップ争いなど心底どうでもいい直葉は、勝手にしてくれと頭に手を置く。

 

「そんなのいいから早く新八さんの話してよキリ子さん」

 

「ああそういやそうだった、それでな……」

 

うっかりユウキとの言い争いに夢中になって新八の事を忘れていた和人だったが、すぐに胸元の襟からスッと一枚の写真を取り出した。

 

「新八が惚れている相手、遂に見つけたんだよ」

 

「え、もう!? ホントに!?」

 

「ああ、あの人と一緒に結構この辺探し回って、遂に相手の写真を入手した」

 

「見せて!」

 

「お、おう」

 

得意げにヒラヒラと写真を見せびらかすと、勢いよくテーブルを叩いて身を乗り出す直葉に、和人は少しビビりつつもすぐに彼女に写真を手渡した。

 

彼女は奪い取る様にその写真を手に取ると、そこに写っていたのは栗色ロングの超が付く程美人な人物が、こちらに向かって不機嫌そうな顔しながら撮られていた。それも今いるお店の中である。

 

「え……! なにこの世の男性の理想が具現化したような綺麗な人……! ホントに実在する人!?」

 

「そこまで言うか? まあ確かにツラは悪くないと思うけど」

 

「君はホントに見る目がないねー、女のボクからしても明日奈は本当に惚れ惚れするぐらい綺麗だと思えるのに」

 

「見た目良くても性格がアレじゃダメだろ」

 

「明日奈……?」

 

予想していたよりも遥かに綺麗な人物だと知って気が動転する直葉だが、テーブルに頬杖を突きながら和人と会話するユウキの口から出てきた名前にピクリと反応した。

 

「それが彼女の名前なの?」

 

「ああ、確かフルネームだと結城明日奈だっけな、将軍家代々仕える名門の一族のお嬢様、なにかと自分の事を優秀だの勝ち組だのアピールしたがる嫌な女だよ」

 

「そこまで把握してるって……ちょっとお兄ちゃん凄くない!? ホントの探偵みたい!」

 

「いや実は俺、元からそいつとは知り合いだからさ」

 

「!?」

 

憎らしげな表情を浮かべながら和人はあっさりとぶっちゃける、明日奈の事はずっと前から良く知っていると

 

「最初はゲームの中で偶然ばったり会ったのがキッカケで、その内リアルでも顔合わせる事があってな、それっきり何かとそいつとは腐れ縁が続いてるんだよ」

 

「へ、へ~そうだったんだ……お兄ちゃんがこんな美人な人と……」

 

まさか彼がゲームの世界でこんな綺麗な人と接点があったとは……できれば彼女の明るい未来の為に、厄病神である自分の兄と関わらせるのを止めさせたいが……

 

「ってアレ? てことは新八さんが好きになった人はお兄ちゃんの知り合いだったって事?」

 

「ああ、全く驚いたぜ、あの人と一緒に聞き込みを続けていたら最終的にまさかあの女が出てくるなんて……新八の奴頭おかしいんじゃないか? こんな世間知らずのお嬢様に惚れるなんて」

 

「いやこれは彼女いる歴0年の新八さんには刺激強過ぎでしょ……むしろお兄ちゃんがおかしいんだよ」

 

目が腐ってるんじゃなかろうかと実の兄を心配する直葉、こんな美人な人と接する機会があれば同年代の男の子なら是非土下座してでもお付き合いしたいと願うと思うのだが……

 

「ところで単刀直入に聞くけど、新八さんがこの人とあわよくば交際にまで持っていける確率は?」

 

「んー0だな、完全に0、まずあり得ない」

 

「やっぱり……」

 

「将軍家に連ねる名家のお嬢様と、潰れかけの貧乏道場の跡取り息子だぞ、まず初期ステータスから雲泥の差だ」

 

案の定、和人もこればっかりは無理だと考えている様子で、それを聞いて直葉もホッと一安心する。

 

彼の言う通り、新八と彼女では全く釣り合わない、新八には悪いが……

 

「あのお嬢様の事だ、新八なんて道端に転がってる眼鏡としか思わないだろう、ま、今回は相手が悪かったと素直に諦めさせるしかないな、新八には」

 

「そうだよね、確かにこんな綺麗な人、新八さんには分不相応だよ、あの人は高望みせずもっと視線を下に下げた方が良いと思う」

 

「元々アイドルの追っかけしてる奴だからな、現実が見えてないんだろきっと、掛けてる眼鏡は伊達かっての」

 

兄妹二人で新八に散々な評価を下す和人と直葉。付き合いの長い自分達からすれば、新八というのはツッコミ以外に特別な才能を持っている訳でもない極々平凡な少年に過ぎず、特徴は眼鏡ぐらいで基本目立たないツッコミキャラなのだ。

 

まあ和人からすれば彼がアイドルに熱中してる時とか、直葉から見ればEDOをプレイしている時とかは、多少違う一面を見せる彼を拝む事ができるが……

 

「それで新八さんには彼女の事話したの? やっぱ無理だから諦めろって」

 

「ああ、あっちはあっちであの人に任せてるから」

 

「ちょっと前に銀時が話をしに会いに行ってたからね」

 

この事は当然本人にも知らせているんだろうかと尋ねて来た直葉に、和人とユウキの両方が答えた。

 

どうやら彼の下にはあの胡散臭い大人の代表格、坂田銀時が出向いているらしい。

 

「多分あっさりと話を終わらせてると思うぜ、なにせよりにもよってアイツを連れて行ったからな」

 

「え、誰?」

 

「なに言ってんださっき写真で見ただろ」

 

ユウキと和人の意味深な際にピンと来ないでいる直葉に、和人がスッと彼女がまだ持っている写真を指差す。

 

 

 

 

「全く今回の依頼で一番大変だったぜ……その女全然話聞いてくれねぇからな、お前はあんな風に人の話を聞かない女になっちゃダメだぞ」

 

「ええ!? てことはもしかして……!」

 

 

 

 

 

 

 

和人が直葉と話している頃、銀時は志村邸にてある人物を連れて依頼人の志村新八、それと姉の志村妙と面会していた。

 

「ほれ、ご本人様を直で連れて来てやったぞ、さっさと告れ、そして玉砕しろ」

 

「……」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「あらビックリ、新ちゃんが好きになった人って明日奈ちゃんだったの?」

 

澄まし顔で銀時が紹介したのはよくわかっていない様子でジト目になっている結城明日奈

 

「あの、どういう事……私イマイチ状況呑み込んでないんだけど……お妙さんの所に行くからついて来いと言われただけなんだけど」

 

「まあ、お前は別に基本何もしなくてもいいから、ただ普通にあの童貞臭い眼鏡に「ごめんなさい」って言うか、もしくはアイツの顎にキツいアッパー食らわすだけでいいから」

 

「なんで私が初対面の人にそんな事……いや待って、この眼鏡の人どっかで会った様な……」

 

街を一人で歩いている所を、彼に半ば強引に連れて行かれた彼女は、今の状況がさっぱりわからない様子。

 

向かいに座る新八は突然の絶叫を上げてるし、その隣に座るお妙はのほほんとした感じで笑みを浮かべていてますます意味が分からない。

 

「あ、思い出した、この人、前に十四郎さんとファミレスにいた時に店内なのに大声で叫んで暴れてた人だわ、でもなんでこの人がお妙さんの家に?」

 

「そういえば明日奈ちゃんにはまだ紹介してなかったわね、この子は私の弟の新ちゃん、この道場の跡取り息子なの」

 

「ええ!? そうだったんですか!?」

 

あの店内で騒いで他の客に迷惑かけていた男がまさかの尊敬すべきお妙の弟だと知ってびっくりする明日奈。

 

確かによく見たら顔のパーツがどこか似ている……

 

「それでね、新ちゃんったら姉である私にも言わずに銀さんと和人君にお願いして、あなたの事を探して貰ってたのよ」

 

「お妙さんの弟さんが? 一体私になんの用なんですか?」

 

「ウフフ、大したことじゃないのよ」

 

未だ意図が読めない様子で小首を傾げる明日奈に、お妙は笑顔のままやんわりと

 

「ウチに嫁入りして是非一緒にこの道場の経営を支えて欲しいって事ぐらいかしら」

 

「思いきりプロポーズじゃないですかそれ!? いやいやいくらなんでも急過ぎます! 大した事あります!」

 

なに笑いながらとんでもない事を弟の代わりに言っているのだと、明日奈はツッコミながら隣に座る銀時に振り返り

 

「ちょっとどういう事なのよコレ……どうして私、お妙さんの弟にいきなりプロポーズされなきゃいけないのよ……」

 

「だから言っただろ、俺はあくまでコイツが好きになった人を見つけて欲しいって依頼を完遂したかっただけだ、後はお前がこの眼鏡と籍を入れるのもよし、「ごめんなさい」で終わらせてもよし、ぶん殴ってでもよし、とりあえずパパッと適当に片付けてくれ、報酬貰ってとっとと帰りてぇから」

 

「お金だけ持ち去って私に全部ほおり投げようとしてんじゃないわよ!」

 

彼に強引にここまで連れてこられた理由がようやくわかった明日奈は、すっかり部外者を装っている銀時を睨みつけながら叫ぶと、何故か天井を見上げて固まっている新八の方へ視線を戻し

 

「まあその……いくらお妙さんの弟さんとはいえロクにまともに会った事がない人と、いきなりお付き合いは流石に無理ですごめんなさい……」

 

少々ぎこちないものの、ここはしっかりと相手に伝えておくべきだろうなと、明日奈は丁重に彼との交際を断りながら頭を軽く下げる。

 

「そもそも私の好きなタイプって、上司と部下のフォローが出来て、タバコとマヨネーズが似合うキレ者って感じが理想なんで、まあ好きというより憧れの方が強いんですけど」

 

「タバコはともかくマヨネーズが似合う男ってなんだよ、慎吾ママ?」

 

「あら、やっぱり新ちゃんじゃダメだったわね、まあ~明日奈ちゃんみたいな可愛い子じゃ、ウチの愚弟じゃ不釣り合いも良い所だし仕方ないわ」

 

「そこまで言ってないですよ私!?」

 

元々色恋沙汰には興味はあるものの生まれてこの方縁が無いし、強いて言うなら憧れの男性が一人いる程度

 

そんな自分が何も考えずにあっさりと交際に踏み込むなどむしろ相手に対して失礼だ。

 

そう考えた明日奈に対し、お妙もよく分かっている様子であっさりと了承する。

 

「人にはそれぞれの身の丈にあった相手がいる筈ですもの、明日奈ちゃんにもきっと素敵な出会いがこの先きっとあるだろうし、新ちゃんもいつかきっと、童貞でもアイドルオタクでも眼鏡でも受け入れてくれる様なマニアックな人が見つかる筈よきっと」

 

「さっきからお妙さん、弟さんにキツ過ぎません……?」

 

中々エグい事を自分の弟に突きつけるお妙にアハハとアスナが苦笑していると、おもむろに銀時がゆっくりと立ち上がって、さっきからずっと天井を見上げているだけの新八にスッと手を差し出し

 

「んじゃ、残念でしたって結果が出た所で……おら、眼鏡、報酬寄越せ、フラれようがこっちはちゃんとやる事やったんだからよ」

 

「……います」

 

「あん?」

 

こっちは仕事はしたしその件についてはキチンと報酬を貰う義務がある。

 

しかし新八は急にボソッと呟いたと思いきや、ゆっくりと視線を天井から正面に戻して

 

「違います、僕が会いたがっていたのは……彼女じゃないんです」

 

「はぁ!? いやだってお前! コイツとファミレスでバッタリ会ったんじゃ……!」

 

「会いました! 確かにその時もときめきましたよ! こんな綺麗な人見た事無いって! 現にさっきも思わず雄叫び上げて失神しかけましたもの! けど!」

 

なんとここに来て人違いだと主張する新八、彼が恋した相手は明日奈ではないという事は……

 

「その後日、同じファミレスで! 僕はそれをも遥かに上回る強い衝撃を受けて恋に落ちた相手がいるんです!」

 

「……報酬払いたくないから口から出任せ言ってるんじゃねぇだろうな?」

 

「いやいや本当ですって! あの時出会った彼女に会ってから! 僕はおかしくなってしまったんです!」

 

適当な事言ってんならタダじゃ置かねぇぞといった感じで凄んでくる銀時に、新八は新たな情報を彼に伝え始めた。

 

「そう、アレはこの人と会った後のほんの数日後の事、僕が同じ店で寺門通親衛隊の月一恒例のミューティングをやっていた時です……」

 

「なに、急に語り出したんだけどこの眼鏡、ウザいんだけど」

 

「あの時は隊の中に別のアイドルの追っかけをしている裏切り者がいまして、それをいつもの様に僕が隊長として粛清している所だったんです」

 

「急に物騒になったんだけど!? 最近のアイドルオタクってそんな物騒な事になってんの!?」

 

自然な流れで裏切り者の粛清をファミレス内で執行した事を話す新八に、銀時が戦慄を覚えていると

 

彼はほんのり頬を紅に染めて

 

「そんな時に彼女はたった一人で店に入って来たんです、長い黒髪を揺らしながらスッとやってきた僕より少し背が低い、凄く綺麗な女の子が……」

 

彼女を思い出しただけで緊張したのか、ゴクリと生唾を飲み込みながら新八は話を続ける。

 

「偶然その子が僕の視界に入った時に感じたんです、その子は僕が今まで会って来た女の子とは何か違うと、まるで普通の女の子とは全くの別の生き方をしている人なんだと、不思議にそう思えてしまったんです」

 

「ああうん、全然意味わかんねぇわ、頭おかしいんじゃないのお前?」

 

「それと同時に気付いたんですよ! ああこれが恋なのだと! 僕はあの時! 寺門通親衛隊の隊長でありながら! 一目見ただけの少女に心を奪われてしまった! 真の裏切り者は他でもない僕自身なんだって!」

 

「やっぱ病院行け、頭の」

 

新八の長ったるい自分語りに小指で耳をほじりながら銀時がめんどくさそうに返すと、彼に向かってしかめっ面を向けながら

 

「んで? 今度はその女を探して欲しいって事か、けどそれだけじゃ全然相手を絞れねぇよ、もっとなんか特徴を言えよ」

 

「えーと髪は長くて色は黒で……体系は細身でスラっとしててですね……」

 

「だからそれじゃわかんねぇって、どこにでもいんだろそんな女、なんかこう……そいつにしかねぇような特徴をだな」

 

「彼女にしかない……あ! ありました!」

 

面倒だが報酬は欲しいしまた探してやる事にするかと銀時は彼から上手くその女性の特徴を聞き出そうとすると

 

新八はふと思い出したかのように表情をハッとさせて

 

「実はその子が店に入ってきた後に、知り合いっぽい人がその子のいる席に一緒に座った所を見たんですよ、いやその知り合いがホント、女性に対して言うのもアレですけどえらいブサイクで、それも物凄く特徴的な」

 

「なるほど、それなら探し方見えて来たな、ターゲットを探る前にその知り合いとやらを見つけて話聞けば良いんだし、んで? そのブサイクはどんな女だった?」

 

「ええ、そりゃもうハッキリと覚えてますよ」

 

一体どんなブサイクなのだろうとちょっと興味が湧いて来た銀時に、新八は思い出し笑いをしながらその人物の特徴を上げる

 

「銀髪でちょっと天パが入ったツインテールで、まるで死んだ魚のような目をしていました、なんかもう人生ナメ切ってるかのようなダメ人間臭が半端なかったですね、性格も悪そうでしたし」

 

「銀髪天パで死んだ目? ハハ、そりゃそんなバカっぽい特徴だったら嫌でも覚えるわ……うん?」

 

「あと、彼女から源氏名っぽい名前で呼ばれていましたね、確かパー子とか?」

 

「……パー子?」

 

新八から聞いた特徴を辿りながらへらへらと笑っていた銀時だがふと何かに気付いた。

 

しかし気付いたのは彼だけではない、隣で話を聞いていた明日奈も顎に手を当て

 

(え? パー子って確か……あのお店でこの人が使ってた……)

 

そのパー子とはもしや……明日奈がチラリと銀時を見上げながら考えていると、彼はもしかしたらと思い切って新八に再度尋ねる。

 

「……新八君、悪いんだけどもっかいその探して欲しい相手の特徴言ってくれない?」

 

「え、いやだから、髪は長くて色は黒で、体系は細身でどこか浮世離れした、僕と同い年ぐらいの女の子ですって」

 

「……」

 

「いやーまた会いたいですよホント、すっごく可愛かったんですから」

 

嬉々としながら語る新八をよそに、銀時と明日奈は徐々にその人物のイメージが完成しつつあった。

 

そしてそれはずっと黙っていたお妙も勘付いた様子で

 

(そういえば銀さん、前に西郷さんの店でパー子って名前で働いてたわよね、それで一緒に働いてたのは……)

 

(長い黒髪をした細身の……弟さんと同年代の子……)

 

(おい、まさかコイツが惚れた相手ってまさか……)

 

お妙、明日奈、銀時の順で各々推理していきながら

 

やがて同時に同じ答えが導き出された。

 

そう、新八がこれ程までに夢中になるほど好きになってしまった相手はまさかの……

 

 

 

 

 

 

 

(あらヤダ、どうしましょう、まさかこの子が好きになった相手て)

 

((キリ子ォォォォォォォォォォォ!!!!))

 

新八が好きになった人は

 

まさかのキリ子こと女装した桐ケ谷和人君でした。

 

とんでもない新事実が発覚した所で

 

次回に続く。

 

 

 

 

 

 

 




銀魂×ネギまのクロスオーバー、「三年A組 銀八先生! NEO!」を連載開始しました。

10年前に私が書いた処女作をフルリメイクした作品です。

機会があれば本作共々読んで下さったら嬉しいです


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第八十六層 言葉とは耳ではなく心で感じ取るモノ


春風駘蕩様からの応援イラストを頂きました。


【挿絵表示】


ログ・ホライズン」の主題歌、『Database/MAN WITH A MISSION』をイメージした竿魂の集合絵だそうです。銀さんはともかくsaoキャラの和服は新鮮だし違和感も無いし凄い! ggoのキャラもゲスト出演してます!

本作の為に描いて下さり本当にありがとうございました!


前回のあらすじ

 

新八が好きになってしまった人は結城明日奈ではなくキリ子(女装した桐ケ谷和人)でした。

 

「まあそういう事もあるわな、あるある、たまたま好きになった相手がオカマだったなんて」

 

「あってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

時刻は夜、かぶき町にあるファミレス。

 

マドモーゼル西郷が営むオカマバーでひと仕事を終え、いつもの私服のジャージ姿で戻って来た和人は

 

銀時からの報告を聞いて力強くテーブルを叩いて絶叫を上げる。

 

「嘘だと言ってくれ! 頼むから嘘だと言って!」

 

「全て紛れもない事実だ、良かったな和人君、80話以上やってようやくフラグが立って」

 

「立たなくていいそんなの! 俺はただ平穏かつ自堕落に生きられればそれで良かったんだよ!」

 

今まで誰とも色恋が成り立たなかった和人にようやく春が訪れた事を、銀時はパフェを食しながら適当に祝福。

 

しかし彼の向かいに座る和人本人はテーブルに釣っ伏してこの現実を受け止め切れないでいた。

 

「なに考えてんだアイツ! バカじゃねぇのホント! どうして俺が女装しているって事に気付けねぇんだよ! いや気付かれたらそれはそれで困るけど!」

 

「はーこれまたボクが見てない所で衝撃の新事実が発覚したみたいだね、ボクもその場に居合わせたかったなー」

 

「お前は他人事だからいいよなユウキ! くそ! キリ子じゃなくてパー子に惚れれば良かったのにあの眼鏡!」

 

「それは無理でしょ、ウチのパー子はクセ強いし」

 

よりにもよってどうして自分なんだと嘆く和人だが、関係ないユウキはすっかり楽しんでいる様子。

 

その上、銀時が女装した姿であるパー子の事を彼女なりに評価しながら得意げに

 

「ていうか色恋知らない眼鏡君じゃ彼女の大人の魅力はわからないよ」

 

「そうだよ、パー子ってのはどんな男にでも媚びへつらう尻軽キリ子なんかとは違う魅力持ってんだよ、わかる奴はわかってくれんだよ」

 

「ボクはちゃんとわかってるから、頑張って売り上げ成績伸ばそうね」

 

「伸ばすだけじゃ足りねぇよ、パー子が目指すのは常に頂点だけだ、目指すならやっぱてっぺん……つまり」

 

「オカマ女王に!」

 

「俺はなる!」

 

「勝手に二人して仲良く盛り上がるな! 王者の頂きなんざ返上するから俺の事を気にしてくれ!」

 

打ち合わせでもしたのかと思うぐらい息ピッタリな掛け合いを見せつけて来る銀時とユウキ

 

すっかりふざけまくってる二人とは対照的に、深刻な事態を抱えている和人は一人頭を抱え込む。

 

「今更本当の事なんてアイツに言えねぇよ……俺、ガキの頃からアイツの事ずっとバカにしてたんだぜ? そんな俺が今じゃ女装して舞台の上で踊り狂ってるなんてアイツに知れたら……」

 

「いいじゃない、洗いざらい全部告白して来なさいよ、底辺に生きるあなたがこれ以上落ちる事もないんだし」

 

「……」

 

新八の事はずっと昔からナメた態度を取ってバカにしていた……しかし今の自分の事を彼が知ったらその上下関係がひっくり返る恐れが……

 

するとそんな心配をしていた和人に対し、彼の隣に座っていた一人の少女

 

結城明日奈が口を押さえながら必死に笑いをこらえてる様子で

 

「あ、大丈夫だから安心して、私は例えあなたが殿方、それも幼馴染の男の子とフラグを立てようが気にしないから、フフッ!」

 

「この陰険お嬢様ぁ! さっきからどうして俺達と一緒にいんだよ! さっさと帰れ!!」

 

「は? 帰る訳ないでしょ、こうしてあなたが目の前でもがき苦しんでいる姿を拝める絶好の機会なのに」

 

長きに渡る因縁の中で、滅多に無い完全に優位に立てるこのポジション

 

ここから降りる事などどうして出来ようかと、明日奈は和人からマウントを取った形で嘲笑を浮かべる。

 

「それであなたどうするの? まさか本当に付き合っちゃうとかする訳? それなら私全力で応援するけど、ククク……」

 

「コイツ……人の気も知らないで完全にバカにしてやがる……なんて性格の悪い女なんだ、是非とも原作のお前に見せてやりたいよホント」

 

「明日奈が楽しそうで何よりだよ、普段はキリトと喋ってるとずっとしかめっ面だったからね」

 

「お前もお前でさっきからずっと楽しんでるだろユウキ……ったく俺の周りの女はこんなのばっかか?」

 

彼女が楽しんでいるのを見て喜んでいるユウキをジト目で睨みながら、和人は今の現状に嘆きながら銀時の方へチラリと目配せ

 

「まさかアンタまで人の不幸を見て楽しんでるんじゃないだろうな……」

 

「おい、俺をこんな奴等と一緒にすんな、テメェがあの眼鏡に惚れられようがどうでもいいんだよそんな事」

 

知ったこっちゃないとけだるそうにそう言うと、銀時はポリポリと頬を掻きながら

 

「だがどんな依頼であろうとキッチリこなすのが俺達万事屋だ、という事で和人君、数日後にキリ子としてあの眼鏡君と会ってデートしなさい、もう向こうには既に言ってるから、会わせてやるって」

 

「この人が一番タチが悪いの忘れてたぁ!!」

 

この男に関しては楽しむ以前にただビジネスをやり遂げる事しか考えていない。

 

もはや銀時は自分の仕事を終えて新八から是が是非にでも報酬を手に入れる事しか考えておらず、体よく和人を利用する気満々だ。

 

「ウチに寄生する居候の体を生け贄に捧げれば金が貰えるなんて、これ以上にうまい話があるか? 良かったな寄生虫、我が家の家計の助けになる仕事が出来て」

 

「まさか俺をキリ子としてアイツとデートしろって言ってんのか!? 100パーバレるだろ絶対!」

 

「平気平気、どうせあの眼鏡、緊張しすぎてお前の事なんか目を合わせる事すら出来ねぇから、ハッキリと視認されなければバレはしねぇって、キリ子でイケるって」

 

「イケねぇよ! いくら新八でも流石にナンバーワンのキリ子でも無理あるって!!」

 

既に新八と会わせる手筈は整えているらしく、このままだと和人はキリ子として彼に接触しなければならない。

 

しかしいくら相手が恋に盲目の状態だとしても、一応幼馴染である自分の事を間近で見れば流石に気付く筈

 

だがそんな危惧をする者は、この場にいる自分一人な訳で……

 

「やるだけやってみようよキリ子、ボクも応援してあげるから、1回デートするだけでいいんだし」

 

「デートの日付決まったら私にも教えてね、一生の思い出にする為にビデオカメラで一部始終を撮ってあげるから……」

 

「お前等全員地獄に堕ちろ!!!」

 

すっかり他人事で楽しんでいるユウキと明日奈を見て、もはや自分に味方などいないと悟った和人は、店内にもお構いなしに思いきりキレて見せるのであった。

 

「こちとらモノホンのデートすらした事無いのに! 初めての相手が新八って! 」

 

「おい、そんなカリカリしてる姿は本番で見せんなよ、バレたら報酬もパーなんだからな」

 

「デートなんて気楽になってやればいいんだよ、女の子側なら尚更ね、ボクも銀時と遊んでる時はそんな感じだよ」

 

「ブフッ! ゴメン私やっぱ耐えられない……!」

 

「だからさっさと帰れよアンタは!」

 

銀時、ユウキ、明日奈に助言と嘲笑をありがたく受け取りながら、彼は強引に話を進められ仕方なくデートをする羽目となってしまう。

 

果たしてこれからどうなってしまうのか……

 

 

 

 

 

そしてあっという間に数日後。

 

志村新八はようやく彼女と会えることに胸の高鳴りを覚えながら

 

「こぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

銀時が指定した待ち合わせ場所の初代将軍・徳川家康像の前で数時間前から凄い気合を入れた様子でスタンバっていた。

 

時刻が昼に差し掛かった頃、小鳥がさえずりだす早朝からずっと微動だにせずそこに突っ立っていた新八

 

するとそんな彼の下へ、目を細めながら怪しむ様にジッと見つめながら

 

彼を良く知る人物、桐ケ谷直葉が心配して彼の所へやって来たのだ。

 

「……ねぇ、もしかして新八さん……ここでずっと待ってるの……?」

 

「こぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

「確かに念願の初デートで気が昂るのもわかる気はするけど……もう少し余裕を持ったら?」

 

「こぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

「さっきからなんなのその呼吸の仕方、凄い怖いんだけど……」

 

どこから出してるのかわからない気味の悪い独特な呼吸を繰り返す新八、そんななんとも近寄りがたい雰囲気を持つ彼に、直葉は唖然とした様子で呟く。

 

「ていうか本当なの、本当に新八さんその人とデートするの……?」

 

「何度も言わせないでくれ、直葉ちゃん……銀さんからちゃんと連絡が来たんだ、彼女は僕と会ってもいいって……」

 

前々から直葉はこの事に関して何度も何度も問い詰めて来る、しかし新八の決意は揺るがない。

 

「だから僕はこの時をずっと待っていた! コレを逃がしたらこの先一生彼女なんて作れないんだと己に覚悟して! この平凡でモテない人生にピリオドを打つ為に!!」

 

「どんだけ必死なのよ……だって一目見ただけなんでしょその相手の人、何も知らない人にそこまで本気になっちゃうのはどうかと思うんだけど私……」

 

「関係ねぇ! 男ってのは積み重ねた色恋よりも一瞬の出逢いにときめきを感じるんだよ!」

 

「知らないよそんな事……」

 

確かに新八は平凡でこれといった特徴が無いモブ同然のアイドルオタクだが……

 

別にそこまで自分を追い込まなくても普通に探せば良い女性の一人ぐらい見つかるのではと直葉は素朴に考えつつ、そもそもどうして今回彼がデートする事になったのか疑問を覚える。

 

(お兄ちゃんは絶対にあり得ないとか言ってたのに……)

 

兄、和人は新八があんな高貴な生まれのお嬢様に相手にすらされないだろうと評していた筈。しかしどうしてまた新八と会う事を承諾したのか……

 

(あんな綺麗な人がどうして……ひょっとして新八さん騙されてたりしてないよね?)

 

頭の中で次々と疑問や不安が浮かび上がる直葉が、腕を組んでしかめっ面で一人で考え込んでいると……

 

「よう、随分と待たせたな眼鏡」

 

「あ、銀さん!」

 

そこへフラリとあの男が平然とやってきた、徳川家康像の裏からヒョコッと現れたのは坂田銀時、直葉からすればこれ程までに底の知れない胡散臭い大人は中々いない。

 

新八は彼がやって来た事に反応していると、彼女もまたすぐに警戒心をあらわにした様子でジト目で睨みつける。

 

「すみません、新八さんが一目惚れした彼女とのデートをセッティングしたのはあなただと聞いたんですが……」

 

「あ? なんでお前がいる訳? 俺はこの眼鏡だけを呼びつけた筈なんだけど」

 

「心配だから見に来ただけです! 新八さんがあなたに騙されてないか!」

 

こちらに対し面と向かってストレートに本音をぶつける直葉

 

明らかに敵意を剥きだす彼女に銀時はめんどくさそうに髪を掻き毟りながら

 

「ったく俺は万事屋だぞ、金さえキッチリ貰えば仕事はどんな事であろうとやり遂げるのがウチの流儀だ、大事な依頼人を騙す様な真似なんざしねぇから安心しろ」

 

「てことは本当にここに連れて来たんですか……彼女を」

 

「ああ安心しろ、ちゃんと払うモン払えば女の一人や二人ぐらい紹介してやらぁ、ほれ」

 

ぶっきらぼうにそう言うと、まだ怪しんでいる様子の直葉に見せてやろうと、銀時はグイッと家康像の裏に隠れていた人物の腕を、無理矢理引っ張って彼女達の前に曝け出した。

 

「ほれ、どうだ新八君、お前が木に何度も頭を打ち付ける程に恋焦がれていた……」

 

 

 

 

 

 

 

「キリ子ちゃんだよ」

 

「ど、どうも……」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

一瞬直葉は我が目を疑った。

 

銀時がさも得意げに紹介しようと引っ張って来たのは

 

数日前に写真で見たあの綺麗な女性、ではなく

 

その写真を持ってきた方の自分の兄、桐ケ谷和人が女装した姿、源氏名「キリ子」であったのだ。

 

「ちょ! い、一体これはどういう事なの!?」

 

新八に向かって頬を引きつらせながら挨拶して見せた彼に、直葉は叫びながらすぐにどういう事だと彼を問い詰めようとしたその時……

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ホ、ホンモノだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「は!? 新八さんいきなりどうし……!ってぇぇぇ!? ま、まさか!」

 

突然隣で雄叫びを上げながら顔を真っ赤に興奮する新八の反応を見て、直葉は最悪の展開が頭によぎる。

 

まさか彼が恋をしたのはあのお嬢様ではなく……

 

「どどどどどどうもぼ、ぼぼぼぼぼぼ僕志村新八って言いやがります! 童貞です!! な、何卒御贔屓に!」

 

「し、新八さん!? 何言ってんの!? この人どう見ても私のおに……!」

 

口をモゴモゴさせながら間違った日本語を用いて自己紹介する緊張しまくりの新八。

 

そしてすぐに直葉が彼に慌てて説明しようとするも、そこへキリ子こと和人が彼女に視線だけで訴えて

 

(なんでお前がここにいんだよ!)

 

(ちょっと! コレどういう事なのよ! 話が地平線の彼方まで飛んで行って全然見えないんだけど!)

 

(どうやらこのバカは俺の事を幼馴染の桐ケ谷和人としてではなく通りすがりの美少女、キリ子ちゃんと認識しているらしい……そしてコイツが惚れた奴ってのはあのお嬢様ではなく俺だったって事だ)

 

(やっぱ見たくなかったそんな現実! なんで新八さんわかんないのよ! 見た目以前に声で気付くでしょ普通!)

 

(知るか! とにかくここは穏便に済ませ! 俺の事は絶対にバラすな!)

 

目と目を合わせるだけで脳内で伝え合うという兄妹の絆が垣間見えた和人と直葉

 

そして二人が無言で喧嘩しているのをよそに、全てを知る銀時はとぼけた様子で新八の肩にポンと手を置き

 

「約束通り連れて来てやったぜ、言っただろ、俺は万事屋、金さえ払えばなんだってやるって」

 

「あ、ありがとうございます銀さん! アンタ見た目はホントに胡散臭いちゃらんぽらんなのに! まさか僕の為にここまでしてくれるなんて!」

 

「気にすんな、俺はただ、やるべき仕事を果たしたまでの事だ」

 

感謝してもし切れない様子で感激している新八に、銀時がフッとドヤ顔で答える様子に、直葉はカチンと来た様子で無言で睨みつける。

 

(なにふざけた事言ってんのこの人……仕事を果たしたってただお兄ちゃんを女装させただけじゃないの)

 

(うるせぇ、それもまた仕事に変わりねぇだろうが、コイツの夢を叶えたんだから有難く思えコノヤロー) 

 

(いやなんであなたまで兄妹の脳内テレパシーに加わってくるの!?)

 

勝手に人の頭の中に悪態を送信して来た銀時に直葉がすかさずムキになって返信していると、そこへ和人がジト目で

 

(落ち着け直葉、そりゃ俺だって散々イヤだって言ったんだけどこの人が無理矢理……)

 

(今更下らねぇ事言ってんじゃねぇ、ここはなんとしてでも何事もなく終わらせて、この眼鏡から大金せしめてやるんだ、その為にはお前がキリ子として頑張るんだよ)

 

(人の兄に無理矢理女装させて私の家族同然の人を騙そうとするなんて……なんなんですかあなた? もしかして私に対する嫌がらせかなんかですか?)

 

(おい、勝手に万事屋グループラインに割り込んでくるんじゃねぇよ妹、さっさと退出しろ)

 

興奮して悶絶しっぱなしの新八をよそに、三人で頭の中で論争が始まり出していると

 

そこへ……

 

「ふふ、どうやら間に合ったみたいね……」

 

「うわー、なんだか早速すごい事になってるねー」

 

「!?」

 

突然この場に新たにやって来た人物に直葉は驚く、銀時の連れであるユウキと一緒にいるのは、あの写真の女性、結城明日奈であったのだ。

 

それも何故か物凄く楽しげな様子でほくそ笑みながら、彼女はチラリと和人に目配せして

 

(あらあら、随分とおめかしして気合入ってるじゃないのキリ子さん、でもそんなにアピールしていると逆効果よ? 女の子はもっと控えめに出た方が魅力が冴えるのよ、私はよく知らないけど)

 

(なんでアンタがここにいんだよ……! もう用済みなんだからとっとと帰れって……!)

 

(いいじゃない、私はただちょっとその美貌を是非とも参考にしたいと思っただけだから……フ! ホントに何度見ても笑えるわねその姿! ていうか普通に女の子に見えるのがまた面白いんだけど!)

 

(クソ、剣が欲しい……! この女をぶった斬る為の剣が欲しい……!)

 

(普通に脳内会話してる!)

 

ニヤニヤしながらこちらの弱味を握ったかのように見下してくる明日奈に、いつもと逆の立場になっている事に悔しさと怒りを燃やしながら睨みつける和人。

 

そんな仲悪そうに見えてどことなく気が合う二人を見て直葉が驚いている中、銀時とユウキも

 

(銀時、家にあるトイレットペーパーが無くなってたよ、からくりのボクは使わないけど銀時達はマズイんじゃない? スーパー行って買って来たら?)

 

(え、マジで? じゃあコレ終わったらスーパー寄って買って来るか、他に足りないモンあったっけ?)

 

(キリトが朝、歯磨き粉が無いとかぼやいてた気がするけど)

 

(ああ? 歯磨き粉ならまだ全然残ってんだろ、全力で捻ればまだニュルニュル出るわ)

 

(いやもう無理でしょ、ペッチャンコじゃん今使ってる歯磨き粉)

 

「その会話は頭の中じゃなくて普通にしたらどうなんですか……」

 

どうでもいい日常会話をわざわざ頭の中で交信し合うユウキと銀時に直葉がボソッとツッコミを入れていると

 

「な、なんでこんなに人が増えてんすか!?」

 

「あー気にしないで良いから、コイツ等タダの野次馬なんで」

 

女装した和人を前にノックダウン寸前だった新八がようやく我に返って辺りを見渡した。

 

いつの間にか直葉や銀時だけでなく、明日奈やユウキまでいたので何があったのだと驚いているが

 

そこへ銀時がけだるそうに答えてなだめる。

 

「安心しろ、俺等はもう消えっから、後は若い二人だけでかぶき町でよろしくやってくれや」

 

「わ、わかりました……そ、それじゃあ……」

 

手をヒラヒラと振りながら銀時がそう言うと、新八はまだ緊張した様子で改めて和人の方へ振り向くと

 

「い、行きましょうか! キリ子さん!」

 

「ハハハ……よろしく」

 

顔を真っ赤にして目を血走らせる新八にドン引きしながら、頬を引きつらせながら和人は否応なしに彼とのデートを始める事に。

 

後ろでまだクスクス笑いをしている明日奈にイラッとしながら、彼は新八と共に歩きだすのであった。

 

そして

 

(絶対に納得いかないんだから!)

 

(まあまあ落ち着けって妹)

 

(そうそう、確かにボクも昔、姉ちゃんが銀時とデート行くって初めて聞いた時は全力で邪魔してやるという使命に駆られたけど、ここは見守ってあげようよ)

 

(どう見守れって言うんですか! 兄二人のデートを!」

 

直葉の方はまだ納得してない様子で、銀時とユウキに頭の中で諭されながらも和人と新八を睨みつけている。

 

果たしてこのなんともおかしなデートは無事に成功するのであろうか……

 

次回、キリ子と新八、かぶき町デート

 

 

 

 

 



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第八十七層 眼鏡をプロデュース

ひょんな事からまさかの流れで幼馴染の新八とデートする羽目になってしまったキリ子こと桐ケ谷和人

 

そしてそんな彼等を背後からコソコソと隠れて観察しているのは4人の男女

 

「おい、ターゲットの様子はどうだ」

 

「まだ動きは無いみたいだね、バレてもいないし上手くやってるみたい、キリト」

 

「これは完全にイケるわね、今日中にキスまでイケるんじゃない?」

 

「止めて下さい、そんな事になったら私トラウマになりますから確実に……」

 

昼下がりのかぶき町を二人で歩く新八とキリ子の後ろを付けて尾行しているのは喋った順に銀時、ユウキ、明日奈

 

そして直葉だ。

 

「まさかこんな光景を見る事になるなんて……どうしよ、これからはもう自分の事を一人っ子だと周りに言おうかな」

 

「もしくは姉が一人いるで良いんじゃないかしら」

 

「勘弁して下さい……」

 

兄が女装して同性相手とデートしたなんて、両親には絶対に言えないと直葉が頭を抱えながら呟いていると、明日奈はふと改めて彼女の事に気付いた。

 

「というかアナタがもしかして、あの厨二病の妹さん?」

 

「え? あ、はい、あの厨二病の妹の桐ケ谷直葉です、恥ずかしながら」

 

「薄々予想はしてたけど普通に厨二病で通じちゃうのね」

 

もはや和人=厨二病というのは家族内でも常識なのかと明日奈が再確認していると、直葉はそんな彼女を上から下へとジッと眺め出す。

 

「あなたがお兄ちゃんが言ってた結城明日奈さんですよね? 写真で見るよりやっぱ間近で見た方がホント綺麗ですね」

 

「ありがと、けど直葉ちゃんだって可愛いわよ、え? 写真?」

 

「はい、お兄ちゃんが持っていた写真で明日奈さんを見せて貰ったんですけど、あれどうしたんですか?」

 

「え、あの男が私の写真を……?」

 

兄・和人から写真を見せてもらったと直葉が話した直後、明日奈の表情に曇りが見え始めた。

 

いつも和人に見せているあの不機嫌だと全面的にアピールしているあの顔である。

 

「なんで私の写真を持ち歩いているのよあの人……気持ち悪いわね、今度真撰組に通報しようかしら」

 

「ああ私用で持ってた訳じゃないですから安心して下さい、私に見せる為に用意しただけっぽいですから……」

 

「ホントに? でもアレも年頃の男の子だし、一時的なテンションに身を任せて私に対して欲情を抱く事もあり得そうだから、写真だけは回収しておきましょ」

 

「はぁ……」

 

奴がいつ自分に良からぬ感情を抱くかわからないと警戒する明日奈に、直葉は改めて彼女と兄の仲の悪さを見た気がした。

 

「お兄ちゃんも言ってましたけど本当に仲悪いんですねお兄ちゃんと明日奈さん……」

 

「ぶっちゃけ互いに「死ねばいい」って思ってる関係だからね」

 

「一体どこまで憎しみ合えばそんな関係になれるんですか……」

 

真顔で物騒な事を平然と呟く明日奈に、直葉は正直に「この人もどこかおかしい……」と思うようになっていると

 

彼女達の先を歩いていた銀時が二人の方へ振り向く。

 

「おい、さっきからうるせぇぞお前等、尾行がバレちまうだろ」

 

「銀時、二人はあの店に入ったよ、ボク等も入ろう」

 

「よし、出来るだけ会話が聞こえるように接近を試みるぞ」

 

「いやそもそもどうしてあなた達がお兄ちゃんと新八さんの後を普通について行ってるんですか? それもかなりノリノリで」

 

和人と新八が最寄りの喫茶店に入ったのを確認してすぐに後を追おうとする銀時とユウキだが

 

そこへやっと直葉がジト目で口を挟む。

 

「新八さんにはすぐに消えるとか言ってたクセに」

 

「目の前からはちゃんと消えてんだろ、つうか後をつけてるのは俺達だけじゃなくお前もだろ妹」

 

「私は良いんです家族ですから、我が家の長男が禁断の愛に目覚めないか心配して見に来てるんです」

 

「なるほど、ただ暇だから覗きに来た俺達と違って真っ当な理由だな、悪かったよ」

 

「やっぱそんな理由だったんですね……お願いですから帰って下さいよ……」

 

確かに自分の兄があのまま女装続けてたらその内本当のオカマになってしまうかもしれない

 

それを心配するのは妹として当然であろうと銀時は納得するのだが、ユウキの方はそれを聞いて

 

「いや、禁断の愛であろうとそれが本物の愛なのであればボクは良いと思うよ、人を好きになるのに性別なんて関係無いよ」

 

「お前はお前で誰目線で語ってんだよ」

 

「だからキリトが新たな性癖に目覚めてあの眼鏡君の事を本当に好きになっちゃっても、ボク等は笑って認めてあげるべきだね」

 

「笑ってやるよ、死ぬ程な」

 

同性愛に対して差別や偏見を持たないピュアなユウキの意見に銀時は頷きながら、和人と新八のいるの店の中へと入るのであった。

 

「しっかしどうしてまたウチのキリ子なのかねぇ、確かに元々女みてぇなツラしてたから女装すれば普通に女に見えなくもねぇけど」

 

「見た目はともかく声で気付かないのかな、あの眼鏡君」

 

「声に関してはアイツが男だと見抜かれない様に上手い具合に調整して頑張ってるからな、もっとも頑張っているのは和人君じゃなくて”松岡君”だが」

 

「松岡君って誰?」

 

「俺の中の杉田君も頑張ればイケるんだけどなぁ」

 

「杉田君って誰?」

 

二人の席からは見えない死角に座りながらコッソリと眺めながら呟く銀時とユウキ。

 

そして彼等と一緒の席に座った明日奈と直葉もその点については疑問に思っている様子で

 

「ホント不思議よね、私があの弟さんなら真っ先に身近にいる直葉ちゃんの方に魅力を感じると思うんだけど」

 

「いや私と新八さんはもうホントの兄妹みたいなモンなのでそういうのは……私なんかよりも明日奈さんみたいな美人の方がずっと可能性ありますよ」

 

「私はあの弟さんあんまタイプじゃないのよね……でもなんか知らないけど腹立たしいわ」

 

「私もです……なんでここでお兄ちゃんを選ぶんでしょうかねあの人……」

 

明日奈と直葉はどうしても腑に落ちない事があった、

 

それは何故にあの新八が真っ先にキリ子の事を好きになってしまったのか……

 

女としては少々納得できないと思う明日奈と直葉だが、そこへ銀時がボソッと

 

「そりゃ決まってんだろ、あの眼鏡はお前等よりもウチのキリ子の方に魅力感じたからだよ、つまりキリ子に負けたんだお前等は」

 

「キ、キリ子に負けたですって……私が?」

 

「お兄ちゃんに負けたの私……え? あのお兄ちゃんに?」

 

銀時が言った事はつまり、女子である自分達のよりも、女装しているだけの和人の方が魅力的だと認識されたという事だ。

 

ぶっちゃけ新八にそんな認識されようがされまいがどうでも良いのだが(明日奈からすれば)

 

女としては酷く屈辱的だと明日奈と直葉は謎の敗北感を覚えてガクッと首を垂れる。

 

「改めて振り返るとなんか自分が惨めになるわ……無性に腹立ってくるし」

 

「私、ちょっと新八さん殴りに行って来ます」

 

「待て敗北者、ここでお前がアイツ等の前に出てきたら俺達もバレるだろ」

 

「その呼び方止めて下さい、代わりにあなたを殴りますよ」

 

見る目が無い新八に制裁を与えんと席から立ち上がろうとする直葉を銀時が窘めている一方で

 

そんな事も露知れず、彼等と少し離れた席にいる新八は興奮冷め上がらない状態であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁまさか本当に来てくれるなんて……こんな冴えない僕とで、デートして頂きありがとうございます!」

 

「ハハハ……いえいえ」

 

キリ子こと桐ケ谷和人は頬を引きつらせながらただただ曖昧な返事をするしか無かった。

 

ここに来てからずっと新八に同じ事を何度も言われているのだ、デートしてくれてありがとうと延々繰り返して。

 

(どんだけ自分に自信が無いんだコイツ……普通に直葉と話す感覚で良いじゃねぇか)

 

と呆れつつ、目をギラギラと血走らせまくっている彼にドン引きする和人であった。

 

「というかなんか頼んだらどうですかね、ここ喫茶店だし……」

 

「ああそうだった! すんません! 舞い上がり過ぎてすんません!!」

 

「いや別に良いけど……」

 

恐る恐る和人が指摘すると、新八はテンパった様子で力強くゴンとテーブルに頭を打ち付けながらいきなり謝り始める。

 

そして急いでメニューを取り上げると新八は慌てながら

 

「すんませぇぇぇぇぇぇぇぇん!! 店員さん来て下さぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

(うるせぇ! なんで店員呼ぶだけなのにそんな大声なんだよコイツ!!)

 

口を大きく開けてハイテンションで店の人を呼ぶ新八に和人が耳を押さえていい加減にしろと頭の中でツッコミを入れていると

 

新八の叫び声を聞きつけて、スタスタと一人の店員がこちらへとやって来た。

 

「お待たせしましたお客様、ハハハ、元気でたくましい雄叫びで店内を活気づかせて頂きありがとうございます」

 

(なんだそりゃ……あれ? つかこの店員……)

 

叫んだことに関して咎めるどころか新八を褒め称え出す奇妙な店員に、和人が不審に思って顔を上げてその店員をよく見てみると

 

(真撰組の所のゴリラ局長じゃないのか!? お妙さんのストーカーの!)

 

間違いない、志村邸の屋根裏に潜んでいたあの警察でありながらお妙のストーカーも掛け持ちしている変態ゴリラこと近藤勲だったのだ。

 

しかし新八の方はそんな店員に化けた近藤と顔を合わせても特に驚く様子を見せずに

 

「店員さん、この店で一番いい料理をお願いします、それも彼女に合う最高の料理を」

 

「おやおや、コレはまた随分と似合いのカップルですな、いやはや羨ましい、一目見ただけで相性バッチリだとわかりましたよ」

 

「や、やだな~カップルだなんて、やっぱそんな風に見えちゃいますか、こんど……店員さんからは」

 

(おいおいまさかこの眼鏡! まさか俺! キリ子とのデートを成功をさせる為に……!)

 

目の前で下らない茶番をいきなりおっ始める近藤と新八の掛け合いを見て和人はハッと気づいた。

 

そう、新八は偶然この店に寄ったのではない、事前から計画していたのだ。

 

店員に扮した近藤に協力して貰う為に

 

(頼みますよ近藤さん! これは僕が本物の男になる為の試練なんです! 絶対にキリ子さんのハートをゲットしたい! だから全力でフォローして下さいね!)

 

(任せろ新八君! 義理の兄として俺は全身全霊を持ってサポートに徹するよ! ここは泥船に乗ったつもりで任せなさい、弟よ!!)

 

(近藤さん! 僕はアンタの弟でもねぇし泥船だったら普通に沈むだろうがってここはツッコミたい所だけど! とにかくお願いしますよホント!)

 

目と目を合わせただけで頭の中で通じ合う新八と近藤。

 

やはりこの二人は、デートする前から事前に計画を練っていたようだ。

 

その事に気付いた和人は唖然とした表情で固まり……

 

「頼むならもっとましな奴に頼めバカ……」

 

彼等には聞こえないよう小さな声でボソリと呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてそんな光景を、当然離れて監視していた銀時達も見ており

 

「……オイ、なんであのゴリラがいやがんだ、さてはあの眼鏡、この日の為に仕込み入れやがったか?」

 

「デートに邪魔が入らないようきっちり根回ししてたみたいだね、なるほど、ボクも参考にしようっと」

 

「いやなんの参考にすんだよ」

 

新八と会話している店員をすぐに近藤だと見破った銀時はユウキと会話しながら眺めているのをよそに

 

彼がいる事を初めて知った明日奈は両手で頭を抱えながらテーブル膝をつき

 

「一体何やってんのあの人……真撰組の仕事をサボってこんな所でホント何やってんの……」

 

「新八さん、よりにもよって姉のストーカーに協力を求めるなんて……コレはもう本気で殴ってやらないと」

 

近藤が警察としての職務を全うせずに、他人の色恋に首を突っこんでいる事にショックを受ける彼女だが

 

直葉の方は静かに拳を鳴らしてそろそろマジで殴り込みに行きそうな気配を醸し出している。

 

するとそこへ

 

「おいテメェ等、さっきからなに注文せずに他の客をずっと覗き見してやがんでぃ、さっさと注文しやがれ」

 

「すみません、けどあそこの店員さんがどうしても気になって……え?」

 

突然男の店員が乱暴な口調で注文を要求してきたのだ。

 

明日奈がすぐに顔を上げてみるとそこに立っていたのは

 

「早くしねぇとその鼻にマヨネーズ突っこんで目玉飛び出るまで注入するぞコラ」

 

「……」

 

甘いフェイスをした澄まし顔のドS店員だったのだ。

 

どう見ても明日奈がよく知っている人物、真撰組一番隊隊長・沖田総悟である。

 

「ど、どうしてあなたまで……! ぐむ!」

 

「静かにしろい、テメェ等が騒ぐと近藤さんによるデートプロデュースがおじゃんになるだろうが」

 

突然現れた彼に思わず叫ぼうとした明日奈だが、彼女の口に手を押し当ててすかさず止める沖田。

 

「なんでテメェがこんな所にいるのかは知らねぇが、死にたくなかったらしばらく大人しくしてるんだな」

 

「ぐむむ……!」

 

「な、なんなんですかあなた……!」

 

明日奈の口を押さえながら警告する彼に直葉も困惑していると、銀時とユウキも何事かと振り返る。

 

「ああ? テメェは真撰組の……おいおいまさかあのゴリラ、ストーカー相手の弟の為にテメーの組織の連中駆り出したのか?」

 

「その通りでさぁ、旦那、女子供はべらしてハーレム築いてる所悪ぃんですが、お静かに頼んます」

 

「おい、どう見れば俺がハーレム築いてる様に見えんだコラ」

 

「そうだよ、てかボクは子供じゃないからね」

 

文句を垂れる銀時とユウキにも釘を刺すと、沖田はまだ明日奈の口を押さえたまま平然とした様子で

 

「実はですねぇ、この店にいる客やスタッフ、旦那達とあの眼鏡カップル以外は全員俺等の所の連中でしてね」

 

「は!?」

 

いきなりの言葉に銀時は驚きつつふと周りを見渡してみると、確かによく見てみると、他に座っているお客は皆強面の野郎共で埋め尽くされている、店員も同じく屈強そうな連中ばかりだ。

 

「たまたま空いていた席を旦那方が入って来たから仕方なく座らせてやったんです、まあアンタ等も事情があってあの眼鏡の後を追いかけて来たんだろうし、今回は大目に見ますんで」

 

「店一件丸ごと真撰組総動員で貸し切りにするって何考えてんだよテメェ等、それに本物の店員まで追い出しやがって……」

 

「そいつは近藤さんに言って下せぇ、俺等も嫌々やってんですよぶっちゃけ」

 

権力フル活用してどんだけ下らない真似をしているんだと呆れた様子の銀時に、沖田も心底めんどくさそうにため息をついて返事する。

 

「近藤さんが意中のキャバ嬢とお近づきになる為に、そのキャバ嬢の弟の色恋を協力するっていうんで、俺等に手を貸せって強引に話進めやがったんですよあの人」

 

「てことは十四郎さんもここに……むぐ!」

 

「テメェは黙ってろ、一生」

 

尋ねようとする明日奈の口を再び押さえ込む沖田。

 

その一方で新八と和人が座っている席に向かって、両手に料理を乗せたお皿を持った一人の店員が歩み寄っていた。

 

「お待たせしましたー、当店自慢のスペシャルメニューでーす」

 

「おお、どうやら当店一番の凄腕シェフが腕によりをかけてあなた方に料理を持ってきたみたいですな」

 

「本当ですか!? いやー楽しみですねキリ子さん!」

 

(いやいやいや! この店内で堂々とタバコ吸ってるふてぶてしい男もどっかで見た事あるぞ俺!)

 

料理を持ってきた男に近藤が説明して新八が嬉しそうに声を上げる中で、和人はすぐにこの男が誰かに気付いた。

 

先程明日奈がもしかしたらいるかもしれないと予感していた人物、真撰組副長・土方十四郎その人であったのだ。

 

似合わないコック帽を頭に被りながらやる気無さそうに棒読み口調で現れた土方に、和人が口をあんぐりと開けて固まっていると

 

土方は口に煙草を咥えたまま彼と新八の前にドン!と自慢の一品を置いた。

 

それは普通のカツ丼にマヨネーズをこれでもかと巻いてトッピングした、もはや黄色いアレにしか見えない……

 

「カツ丼土方スペシャルだ、とっとと食ってさっさと帰れ」

 

(いや食えるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

 

目の前に出された異様な料理を前にして和人は心の中で全力で叫んだ。

 

こんなゲテもの今まで見た事が無い……いや、前に仮想世界で明日奈が似たようなのを平然と食べていた様な気が……

 

(なんなんだよコレ、カツ丼に対する冒涜以外の何物でもねぇよ! イヌの餌だよこんなの!)

 

「おいトシ……いくらなんでもコレはマズイだろ……マヨネーズは流石に」

 

「ああ? 何言ってんだ、マヨネーズは生きとし生ける者全てが大好きなオールマイティーな存在だろ」

 

「トシ、そう思ってるのは地球上でお前だけだから、みんながみんなマヨネーズ大好きな訳じゃないから」

 

「ビビットの一色あかね氏はいつも美味しそうに食べていたでござる」

 

「え、あかね氏って誰? てかござるって、急にどうしたのトシ?」

 

流石に近藤もこれには困惑気味に難色を示すが、土方は首を傾げて素でこれが絶品料理だと思っている様子。

 

そしてこんなモンを出されて和人がどうするべきかと悩んだ末に

 

同じように土方スペシャルを眺めながら固まっている新八をチラリと見て

 

「新八、さん」

 

「え? あ、はい!」

 

「せっかくシェフが作ったんですから食べたらどうですか、あ、私お腹空いて無いんでよろしければこっちもどうぞ」

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

まさかのキラーパス、彼が自分に惚れているのを利用して、このゲテモノ料理を処理してもらおうと考えたのだ。

 

更に和人はしたたかに更なる一手を放って追い込んでいく。

 

「もしこれ完食出来たら、新八さんってすっごい男気あるんだなって尊敬しちゃうと思いますねー」

 

「キ、キリ子さん!? よ、よーし……!」

 

死んだ目で適当な事を言う和人に新八は戸惑いつつもすぐに腹をくくった様子で

 

右手に箸を握って目の前の強大な怪物に向かって口を開けて

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「わー新八さんカッコイイー」

 

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「速効吐いた!!」

 

一気に平らげようと試みて土方スペシャルを勢いで食べ始める新八、しかしものの数秒で口に入れたモノを丸ごと丼に戻してダウン。

 

 

ピクピクと痙攣しながら段々と青白くなって呼吸困難に見舞われている彼を頬を引きつらせんて見つめながら

 

(コレ、コイツ最終的に死ぬんじゃね?)

 

和人はますますこのデートの結末が不安になるのであった。

 

 

 

 

 

 



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第八十八層 恋は障害があるほど一層燃え上がる

新八に連れられて行った先に待ち構えていたのは、まさかのあの泣く子も黙る武装集団・真撰組の巣窟であった。

 

当然、銀時達も彼等と鉢合わせする事態になり

 

「おい、なんだこの食に対する冒涜的な物体Xは」

 

「ああ? テメェ、人が親切に作ってやった土方スペシャルに文句付ける気かコラ」

 

いつの間にか銀時達の前には全員分のマヨネーズてんこ盛りのカツ丼、土方スペシャルが並べられていた。

 

それを前にしてすぐに不満そうな声を上げる銀時に、作ったシェフである土方がジロリと睨みつける。

 

「テメェ等がここで余計な事を叫ばないよう口止め代わりに俺が奢りでメシ出してやったんだ、ありがたく食え」

 

「いやいやいや、こんな人の命を奪う的な意味での口止めなんて受け取れねぇよ、普通のパフェでいいから」

 

「ボクも普通のガソリンで良いよ」

 

「テメェ人がわざわざ手間暇かけて作ってやったのに……普通のガソリンってなに?」

 

銀時の隣で彼と一緒に注文して来たユウキに土方が眉をひそめているのをよそに

 

「十四郎さん大丈夫です、私しっかり食べ終えましたから土方スペシャル」

 

「ほれ見ろ、ちゃんと食える奴がいるじゃねぇか、俺の土方スペシャル」

 

「いやそいつは別だから、お前と同じ血じゃなくてマヨネーズが通ってるマヨネーズ一族だから」

 

平然とした様子で土方スペシャルを平らげながら、キリッとした表情で土方に完食した事を伝える明日奈。

 

彼女にとってこの程度のマヨネーズ、むしろ足りないぐらいである。

 

「あのな、そいつ無断でラーメンにマヨネーズ丸々一本トッピングしやがったとかで、俺の行きつけのラーメン屋から出禁食らってんだぞ、おたく一体どんな育て方したの?」

 

「なんで俺が育てた事になってんだよ、コイツを育てたのはコイツの親だろ、テメェの方こそどんな教育させれば平然とガソリンを飲める小娘を育てられんだ」

 

「ぷっはー! おかわり!」

 

「ユ、ユウキ!?」

 

唐突に説教をかましてくる銀時に対し、土方はすかさず彼の隣で躊躇なくガソリン一気飲みしているユウキを冷ややかに指摘。そしてその光景を初めて見る事になった明日奈も我が目を疑い始める。

 

「な、なんでそんなの飲んでるのアナタ!? 危ないから止めなさい!」

 

「さてはお前、まともなモン食わせてねぇなコイツに、児童虐待でしょっぴいてやる」

 

「いやコイツ確かに人間だけど体はからくりだから、そんでガキでもねぇ、俺と同年代」

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

素っ気なく呟く銀時のカミングアウトに土方よりも明日奈が驚いて見せた。

 

今の今まで、ユウキは自分と同年代の普通の娘だと思っていたのだが……からくりの体で実年齢が銀時と近いというのは流石に意外過ぎるというかなんというか……

 

「そんな私、今までユウキ、さんの事普通の女の子だと思ってた……コレから一体どう接すれば……」

 

「いや今まで通りの接し方で良いから、気にしないしボク、年下にタメ口利かれても平気だから」

 

「じ、自分よりも年上だとわかると、いつもの発言がすっごく大人な感じに聞こえる……!」

 

こちらに笑いかけながら今まで通りでいいとあっけらかんに答えるユウキだが、明日奈の方はますますどうしていいのか困惑している様子でガクッと頭を垂れた。

 

「考えてみれば私、ユウキさんとはもう結構な付き合いだけど本当に何も知りませんでした……」

 

「大丈夫大丈夫、これから知ればいいんだから、あと「さん」付けと敬語はいいからね」

 

「わかったわ……じゃあこれから改めてよろしくね」

 

「おっけー」

 

こちらに一礼する明日奈にユウキは軽い感じで答えると、二人は改めて自分達の身の上話を始めるのであった。

 

「とりあえずボクが攘夷戦争時代は死体からモノを剥ぎ取って、それで生計立てて暮らしてたのは前に話したっけ?」

 

「ううん初耳……え、死体!?」

 

初っ端からとんでもない話をへらへらしながら切り出すユウキに明日菜が素っ頓狂な声を上げてる中

 

銀時と土方はというと

 

「おいテメェ! 俺は普通のパフェ寄越せつったんだよ! なんでパフェまでマヨネーズトッピングしてんだよ!」

 

「ああ!? こっちが美味しくしてやろうと粋な心遣いを見せてやったのになんだその態度は! 殺すぞ!」

 

未だマヨネーズ絡みの事で二人で不毛な争いを続けるのであった。

 

 

 

 

そしてすっかり本来の目的を忘れてしまった彼等をよそに

 

キリ子こと和人はすぐに新八を連れてその店を後にすると、土方スペシャルでパンパンになった腹を押さえ苦しそうについて来る新八を連れてこの後の事を考えていた。

 

(さて、どうしてくれようかこの野郎、自分が恋愛経験皆無だからっておかしな連中に協力を求めやがって……)

 

「キ、キリ子さん、次はどこへ行きましょうか……うぷ」

 

「さあどうしましょうか~、とりあえず今吐いたらぶん殴りますよ」

 

腹を押さえて今にも吐きそうな青白い表情を浮かべる新八に、冷たい目を向けながら辛辣な言葉を浴びせる和人。

 

あのマヨネーズてんこ盛りのカツ丼を2杯も平らげればそら気持ち悪くなるのも当たり前だ、見てるだけでも胃がもたれそうだったのに

 

「まあアレ食べれるとは思ってなかったんでそのガッツは認めますよ、だから1ポイントあげます」

 

「ポイント!? そ、それって溜まったらどうなるんですか!? まさかキリ子さんにあんな事やこんな事を……!」

 

「10ポイント溜まれば、旧作1本タダになります」

 

「レンタルビデオォ!?」

 

鼻の穴を膨らまして興奮している幼馴染に哀れみながら真顔でボケると、いつものツッコミが返って来た。

 

やはりこんな状態でも彼の根っこの部分にあるツッコミスキルは健在のようだ。

 

「コイツなりのユニークスキルだな……戦闘には何の役にも立たないし全然羨ましくもないスキルだが」

 

「え? なんか言いました?」

 

「いいえ、それよりちょっと街の中ブラつきましょうか」

 

思わずゲーム用語をボソッと呟く和人であるが、そこは上手く誤魔化して新八と共にかぶき町の中を練り歩くことに

 

適当に時間を潰してさっさとこの茶番を終わらせようという魂胆らしい。

 

しかしそれより前にやる事があると新八は顔面蒼白の様子で

 

「す、すみません、それよりちょっとトイレに行ってきていいですか……うえっぷ!」

 

「あーはいどうぞどうぞ、好きなだけ吐いて来て下さい」

 

本格的に吐きそうになっているので、和人はさっさと行って来いと手を振って新八をトイレに促す。

 

彼が一目散に走って行くのを眺めながら、和人ははぁ~とため息を零しつつ勝手に歩き出した。

 

「デート中に吐くとかダメ過ぎるだろ……さてと、アイツが戻って来たらどうしてくれようかねぇ~」

 

しばらくすればすぐにこちらに追いつくであろうと思って、和人は一人街中を散策する。

 

「しかし考えれば主導権は完全にこっち側じゃないか、よし、色々貢がせて最終的に「脈無し」と宣告してさっさとおさらばしよう、新八が傷つこうが俺にとってはどうでも良い事だし」

 

幼い頃から家族ぐるみで親交があった仲とは思えない酷い事を平然と企みながら、ここはキリ子という立場を上手く利用してやろうと計画する。

 

「とりあえず最新型のパソコンでも買わせてやろうか……いやそれだと流石に俺の正体がバレるか、いやいやでも今の恋に盲目状態の新八なら……いた」

 

しかしそんな事考えてる事に気を取られ、前方を確認していなかった彼はドンと何かにぶつかった衝撃

 

すぐに和人は前に向き直るとそこに立っていたのは

 

「……おい嬢ちゃん、気ぃ付けて歩きや」

 

「へ? ぎょ!」

 

唐突に目の前にドスの利いた低い声で呟くその男性が現れた事に和人は反射的に声が上ずってしまう。

 

何故ならぶつかった相手の男はどう見ても堅気には見えなかったのだ、間違いなく”その筋”の人である。

 

髪型は七三分けで、口に楊枝を咥えた中年の男、舎弟らしき者達も率いており、それなりの地位を築いている様に見える。

 

「あり? お嬢ちゃん前にどっかで会わんかった?」

 

「テメェゴラァ!! ウチの兄貴にぶつかってなにボーっとしてんじゃあ! さっさと謝らんかぁ!!」

 

「は、はいすみません……つい考え事しちゃってて……ハハハ」

 

男の方は和人に向かって目を細めて、何故かどこかで会ったかのように呟くが、それを遮るかのように彼の後ろにいたいかにもチンピラっぽい舎弟が和人に向かって怒鳴り声を上げる。

 

すると男はめんどくさそうにその舎弟の前にスッと手を出して制止させ

 

「待て待て、たかがぶつかった程度で堅気に喚き散らすなんざなに考えてんねんボケ、俺等はチンピラやなくて正真正銘の極道、それもこのかぶき町を取り仕切る”溝鼠組”や」

 

「す、すんません若頭……」

 

(え? 溝鼠組の若頭ってまさか……)

 

たかが小市民の小娘相手に騒ぎ立てるなと一喝する男に舎弟が急いで謝っているのを眺めながら

 

彼等の中で出てきた言葉に和人はすぐに反応してピンとくる。

 

彼もまた今ではすっかりこのかぶき町の住人だ、だからこそ溝鼠組という極道の事も人伝に聞いている。

 

(そういえば聞いた事があるぞ、かぶき町にはかぶき町四天王という各地を収めるリーダー的存在がいて、その中の一人にいるのがウチの家の下に住むお登勢さん、そしてもう一人は俺が現在形でコキ使われている店のオーナーのマドモーゼル西郷……そして……)

 

どうやらヤバい連中とぶつかってしまったみたいだと、和人はゴクリと生唾を飲み込む。

 

(”泥水次郎長”……かぶき町にある一部の賭場を仕切り、歯向かうモノには相手だけでなくその家族や家にも手を出し、違法薬物を仕入れては街中に流しまくっていると噂されているマジモンの極道……)

 

「すまんの嬢ちゃん、ウチのボケが怖がらせしもうて、いやしかしそれにしても……ホンマどっかで見たツラしとんなぁ」

 

(そしてその次郎長が大親分として率いているのが溝鼠組……マズイな、そこの若頭って事はこの人かなりヤバい奴なんじゃないか……?)

 

男の方はこちらを女性だと思っているのか、意外にも紳士的に非礼を詫びて来た。

 

しかし気が気でない和人は、ここは何事もなく穏便に済ませようと慌てて頭を下げて

 

「いえいえこちらこそ前を見ずに歩いてしまっていてどうもすみません……それでは私はここで……」

 

「おいおい、そんな逃げる様にそそくさと行かんでもええやないか」

 

「はい!?」

 

サッと彼の横を通り抜けて行こうとする和人であるが、そんな彼の後襟をグイッと引っ張る若頭

 

「いや悪いんやけどな、お嬢ちゃんの顔見てると不思議とどこぞの坊主を思い出すんや、それもあんまええ印象が無い坊主での、クソ生意気で礼儀もなってない俺の嫌いなタイプや」

 

「へーそうなんですか……いやでも俺……じゃねぇや私はその坊主とは縁もゆかりも無いんで……他人の空似だと思いますけど」

 

「名前なんつったけのー、あーそやった、確か……」

 

和人は顔から汗を垂らしながら徐々に焦り出す、さっきから自分を掴む力が強くなっている気がするからだ。

 

すると彼を捕まえている若頭はジッと怪しむ様にこちらに目を細めながら

 

「キリトやったな、嬢ちゃん知ってる?」

 

(俺の仮想世界のアバター名!? てことはこの男! 仮想世界で俺と会ってるのか!?)

 

「なあ、それともう一つ直球的な事を聞くんやけどな……」

 

そこで若頭の目つきは一層鋭く光り

 

 

 

 

 

 

「お前本当に”お嬢ちゃん”か?」

 

(ギャァァァァァァァァ!! バレてるぅぅぅぅ!!!)

 

明らかに疑っている、というより完全にこちらが女装している事に気付いている様子の若頭に、和人は本格的に焦り出す。

 

そう、興奮して盲目状態の新八ならともかく、一般の人であればよくよく観察すれば普通にバレるという事を失念してしまっていたのだ。

 

それも仮想世界で会った事がある知り合いともなれば、ちゃんと見ればすぐに自分に気付くのも何ら不思議ではない。

 

「答えられへんなら質問変えよか、お前はあのキリトっちゅう坊主か? 正直に言ってみ」

 

「い、いやーなんの事やらさっぱり……」

 

「今時二刀流とかごっつカッコ悪いと思わへん? なに両手に剣って、ダッサ」

 

「ああ!? 二刀流は男のロマンだろうが! 男児に生まれれば一度は憧れるであろう伝統ある戦闘スタイルにケチ付けんなぁ!」

 

「おい」

 

「……あ」

 

彼の簡単なカマかけについ己の現状を忘れて本性を露わにしてしまう和人、それを見て若頭はすぐに彼の正体を見抜いた。

 

そして後襟をむんずと掴んだまま、若頭は軽々とヒョイッと彼を掴み上げると

 

「やっぱお前やないか、黒夜叉のキリト」

 

「あ、あのですね! この格好をしているのは深い訳が! だからどうかこの事はEDOの世界ではバラさないで頂きたいと!!」

 

「そいつは俺の気分次第や、それよりお前暇か? ちょいと付き合ってくれ」

 

 

完全に正体を見破った若頭は逃げられないよう和人を掴んだまま、舎弟達の方へ振り返り

 

「おい、ちょっとこのお嬢ちゃん連れてくで、港にある廃工場に」

 

「え、いやだって若頭、さっき堅気には手を出すなって自分で言うてませんでした……?」

 

「ドアホ、落とし前着けさす為に連れて行く訳じゃないわ、ちょいとコイツと話があるから連れて行くだけや」

 

そう言うと若頭は舎弟を連れ、そして和人をズルズルと掴んだまま何処かへ行こうとする、しかしそう簡単に連れて堪るかと和人は精一杯の抵抗しようと試みる

 

「待て待て待て! アンタとどこで会ったかは知らないが俺が一体何をしたって言うんだよ! 恨まれる事なんて山ほどした覚えしかないぞ!」

 

「覚えありまくりやないか! さっき言うたやろ! こっちは別に仕返しするつもりなんぞこれっぽちも無いわ! ただお前と話をしたいだけなんや!」

 

「嘘つけ! ヤクザが港に連れて行くって事は間違いなくコンクリ詰めコース一直線だろ! 止めろ! よりにもよってこんな格好で死にたくない!」

 

「あーもううっさいわボケコラカス! お前は黙ってこの溝鼠組の若頭、”黒駒勝男””に連れてかれればええんや!」

 

そこで初めて自分の名を名乗る若頭こと黒駒勝男

 

何もしないと聞かれても極道の話など全く信用できない和人は、彼の腕の中で必死に藻掻きながら叫ぶ。

 

するとそこへ……

 

「オイィィィィィィィィィィ!!! テメェ等なにやってんだコラァァァァァァァァ!!!」

 

「あん?」

 

怒りが混じった雄叫びを上げながら凄い勢いでこちらに駆け寄って来た者に勝男はクルリと踵を返して振り返る。

 

そこに立っていたのは先程までずっとトイレで吐き散らしていたばかりの……

 

「その子を放せぇ! さもないとこの志村道場の跡取りにして寺門通親衛隊隊長! 志村新八が全員まとめて相手にすんぞゴラァァァァァ!!!!」

 

相手が強面の集団だろうが知ったこっちゃないと、自分の前からキリ子を拉致にして、どこかへ連れて行こうとする彼等に、男新八が目を血走らせながら咆哮を上げる。

 

それとは対照的に勝男は口をポカンと開けたまま

 

「おい黒夜叉、このしょうもなさそうな眼鏡、お前の知り合いかなんかか?」

 

「あ~知り合いというか幼馴染というか……」

 

「なんやねん、こっちはただ話をしたいだけっちゅうのに変なモンが現れおって……めんどくさ」

 

これまた相手にするのも疲れそうな奴が現れたなと、和人を抱えたまま勝男はため息をつくと

 

「しゃあないな、堅気なんぞに喧嘩を売られて無視するのは極道の恥や、お前等、ちょいと痛めつけとけ」

 

「へい!」

 

手っ取り早く暴力で解決するのが一番楽だと判断した勝男は、舎弟達に向かって新八をとっちめろと冷酷に命令するのであった。

 

そしてそんな光景を少し離れた所から物陰に隠れて見ていたのは……

 

 

 

 

 

「あわわわわ……! なによコレ……! ちょっと目を離した隙にお兄ちゃんが怖い人達に捕まって新八さんも絡まれてる……!」

 

和人と新八を良く知っっている桐ケ谷直葉であった。銀時達が店の中でまだくっちゃべっているのを放置して、彼女は一人で彼等を追う事にしたのだ。

 

その結果、彼女の目の前に現れた光景は、まさかのヤクザに捕まっている兄と、そのヤクザの部下達にボコボコにされそうな新八の姿……

 

流石にコレは笑って流せる誤魔化せる問題ではないと血相を変える直葉だが、彼女の背後からヒョイと二つの頭が飛び出す。

 

「ありゃー運が悪いねー、アイツ等このかぶき町を仕切っている溝鼠組の連中とトラブってやがる、どうしやす近藤さん?」

 

「う~むまいったな……相手がヤクザとなると警察である俺等も迂闊に動けんぞコレは……」

 

同じく銀時と揉めている土方をその場に放置して新八達を追いかけに来た沖田と近藤であった。

 

腕っぷしと権力だけは強そうな彼等であっても、ここで表に出てしまうと溝鼠組と面倒な事態になりかねない……

 

近藤は厳しい表情で考え込むと、しばらくして出した結論は

 

 

 

 

 

「とりあえずすぐにレンタルビデオ店でアウトレイジのDVD借りて、極道の対処法を研究するか」

 

「そいつはタイミングが良いですぜ近藤さん、実は俺カードのポイント溜まってるんで旧作1本タダで借りれます」

 

「でかしたぞ総悟! よーしまずはレンタルビデオ店に行こう!」

 

「ダメだこの人達……ホント早く切腹して欲しい……」

 

今まさに和人が連れ去られそうになって新八が袋叩きに遭いそうな状況で

 

とち狂った作戦を捻り出して二人で納得する沖田と近藤に

 

本当にいい加減にしろと直葉は本気でイライラし始めるのであった。

 

果たして新八と和人の行方は……

 

次回に続く。

 

 



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第八十九訓 人の恋路を邪魔する奴は……

溝鼠組の若頭、黒駒勝男は目の前にぶら下がっているモノを見つめながら、どうしようか考えていた。

 

「んで? とりあえずボコボコにして逆さ吊りにしたんやけど、どないしよっか?」

 

場所は港にあるもう使われてない廃工場

 

人が近づかない所で彼が舎弟を連れて何をやっているのかというと

 

それはさっきから目の前でブランブランしながら白目剥いて気絶している眼鏡の少年の事であり

 

「とりあえず「山」か「海」、二択のお楽しみコースがあるんやけど、どっちがええと思う?」

 

「えーそれはつまりコイツを山に埋めるか海に沈めるかって意味?」

 

真面目な顔で尋ねて来る黒駒の隣で、女装している和人が怪訝な表情を浮かべる。

 

「どっちを選択してもコイツの姉がアンタ等に逆襲して、アンタ等も同じ末路に辿り着く未来しか見えないんだが?」

 

「おいおい何言うとんねん、こちとら溝鼠組やぞ、たかがこんな眼鏡の姉ちゃん一人にそんな真似出来るかいな」

 

「いやいや本当ヤバいんだってコイツの姉ちゃん、ただの人間と思うなよ、アレは正真正銘化け物だ」

 

「はん、化け物なんざウチのオジキだけで十分や」

 

流石に自分のせいで巻き込まれてしまった新八を犠牲にするのは忍びないと、和人はやんわりと彼の姉を出して穏便に済ませようと黒駒に説得を試みる。

 

正直ここでみすみす新八を見殺しにしてしまったら、自分も彼女の餌食にされてしまうのは目に見えているからだ。

 

「ていうか話があるのは俺の方なんだろ、コイツをボコボコにしてここに連れて来る必要なんてハナっから無いだろ、どうしてわざわざ連れて来たんだよ」

 

「アホかボケ、極道っちゅうのはナメられたらしまいや、それも堅気のこんな坊主に街中で喧嘩売られたらそら礼儀を教えてやるに決まってるやろ」

 

「たかが子供に突っかかれただけで寄ってたかってボコボコにして始末しようと企んでる時点で、アホなのは明らかアンタの方だろ」

 

相手が極道であろうと面と向かって堂々と和人が反論したその瞬間、黒駒ではなくその周りの舎弟達がゾロゾロと彼を囲むかのように

 

「おい小綺麗なネェちゃん! ウチの若頭にナメた口叩くと許さへんぞ!」

 

「いくらべっぴんだからって調子乗ったら痛い目遭わすぞコラァ!」

 

「せやで! お前がどんだけ可愛かろうがこちとら極道! 相手が女だろうが容赦せえへんぞ!」

 

「そんな褒めるな、ちょっと惨めになる、ていうかもう泣きたい」

 

正直彼等になにを言われようが、それと同時に可愛いだの綺麗だの言われるので全く脅しとして成立していなかった。

 

しかしそれはそれで和人はちょっと男としての自信を無くしかけてしまう。

 

「俺ってそんなに女顔なのか……確かに母さんにもよく言われていたが……」

 

「そういやなんでお前女装してんねん、もしやリアルではオカマやったんか?」

 

「そんな訳ないだろ! 俺は至ってノーマルだよ! 好みのタイプは俺を死ぬまで養ってくれる人!」

 

「そんなモンを望んでる時点で十分人としてアブノーマルや」

 

黒駒にいらぬ疑惑を持たれてついムキになって好みのタイプまで答えてしまう和人。

 

「コレはただ仕事でこんな格好してるだけだ! 雇い主からの命令でこの眼鏡から金を全部毟り取る為に!」

 

「なんやそれ、ゲームの世界でも現実世界でもホントやる事悪どいなー」

 

「いやいや、俺はどっちの世界でも唯々自由を求めてつっ走ってるだけで何も悪い事は……」

 

呆れて呟く黒駒に言い訳をしながらふと和人は一つ気になった。

 

さっきから彼は自分がEDOのキリトだとハッキリとわかっている、それも最初に偶然出くわしただけですぐに見抜くぐらいに

 

という事は彼とはあちらの世界で会った事ぐらいはある筈……

 

「というかアンタ、EDOのプレイヤーなんだろ? やたらと俺の事知ってるみたいだけど以前俺とどっかで会ったのか?」

 

「そやで、おいお前等、ちょっとあっち行ってろ、この嬢ちゃんと話あんねん」

 

思い切って和人が尋ねてみると、黒駒はまず身近にいた舎弟達を向上の出入口の方へ追い出すと、声を小さくして囁くように

 

「こう見えてもわしはあのゲームめっちゃハマっててのう……組のモンからバレないよう注意しながら遊んでるんや……そんでお前とも何度か共闘したり世話かけてやったりしてたんやで」

 

「え、ホントに!? 俺、記憶力は悪くない方だと思うけどアンタみたいな変な髪型のおっさん見た事無いぞ!?」

 

「ああ!? 何言うてんねんボケコラカス! この黄金比をつかさどる七三分けのどこが変な髪型や!」

 

自分の七三分けに誇りを持っているのか、綺麗に整った髪をせっせと両手で整えながら、黒駒は和人の失礼な言葉に舌打ちしながら話を続ける。

 

「まあでも、わからんのは無理ないわ、なんせわし、向こうの世界では全く別人の姿になっとるからな」

 

「へ? てことはアレか? 平賀源外っていうジーさんが作れるとか言っていた改造アバターを使ってるのか?」

 

「おお流石は黒夜叉、よくわかってるやないかい、そやねん、あのちんちくりんなからくり娘連れたじーさんに頼んで作ってもらったんじゃ」

 

彼の話を聞いて和人はすぐにピンときた、EDOでは本来用いるアバターは、そのプレイヤーの本来の姿がベースとなっている。

 

つまり性別を変えるなど完全な別人でプレイする事はまずできない仕様なのだ。

 

しかしそれを可能にするのが、EDOの開発に一役買っている平賀源外による改造行為である。

 

以前和人も源外に会った時に、やってみないかと誘われた事を思い出した。

 

「てことはアンタ、改造アバター、チート使ってるのか、つまりチーターだな」

 

「誰がチーターや! 何故かわからんけどお前に言われると無性に腹立つな! わしはただ身元バレへん為だけに使ってるだけや! それ以外はなんもイジってへんし全て実力や!」

 

廃人ゲーマーとしてはやはり改造に手を染めてしまうのは一種のゲームに対する冒涜だ。

 

冷ややかな視線で軽蔑の眼差しを向けて来る和人に、ムキになった様子で黒駒は否定する。

 

「現実では最凶の極道、そしてゲームの世界では凄腕のカリスマ一流プレイヤー! 現実でもゲームでも胡散臭い人生送ってるお前に比べたら格ってモンが違うんや! まいったかボケコラカス!」

 

「いやヤクザやってる事が果たして勝ち組なのかどうか疑問なんだが……ていうか本当にわからないからせめてプレイヤー名だけでも教えてくれ、聞けばわかるかもしれないから」

 

「なんでや! EDOでカリスマ一流プレイヤーつったら一人しかおらんやろがい! すぐわかるやろ!」

 

「生憎、そんな恥ずかしい異名を自分で言う様な痛いプレイヤーは俺は知らん」

 

腕を組みながらハッキリとわかる訳が無いと断言する和人。

 

さっきからずっと極道相手に怯みもしない態度を見るに

 

銀時を始めかぶき町の住人達との出会いによって随分と肝っ玉がデカくなったみたいだ。

 

そんな彼に黒駒は普段は堅気だろうがなんだろうがビビリ散らしていた極道としてのプライドが傷付けられ

 

話が終わったらコイツも沈めてやろうかと思いながら和人をギロリと睨みつけたまま

 

「よーしそんならわしのプレイヤー名を言ってやるわ、聞いて腰抜かすんやないぞ、実はわしのもう一つの正体は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「キバオウや!」

 

「うん、なんとなくわかってた」

 

「なんでやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ぶっちゃけ口調や性格からして薄々誰なのか勘付いていた和人。

 

キバオウというのはEDOでちょくちょく自分達の所に現れては脇でなんかやってるのだろうが

 

どうでもいいので大して印象に残っていないプレイヤーだ。

 

黒駒勝男の正体はキバオウ、それを聞いても和人がさほど驚く様子も見せず真顔で頷いていると

 

「う、う~ん……は! こ、ここはどこ!? なんで僕逆さまになってんの!?」

 

「お前どんだけわしが散々自分が正体明かすのを溜めていたと……! あ、眼鏡のガキが起きよった」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! お前は僕がキリ子さんを助ける為に叩きのめした連中のリーダー格っぽい七三分け!」

 

「なに過去を捏造してんねん! 叩きのめされたのお前やろがい!」

 

ここに来てようやく逆さ吊りにされていた新八がようやく目を覚ました。

 

彼はすぐに目の前にいる黒駒と、その隣にいるキリ子に気付くと目を血走らせ激昂し

 

「貴様ぁ! 僕のキリ子さんに何するつもりだコラァ! さては僕をこうして身動きできない状態を良い事に! 悔しさに涙を流す僕の前でキリ子さんにあんな事やこんな事をしようとしてんのか!!」

 

「するかボケェ! なんやその童貞特有のAVで覚えたしょうもないエロ知識!」

 

「つうかさり気なく僕のキリ子さんってなんだよ、いつの間にお前の所有物になってんの俺?」

 

不埒な事を想像して少しだけ興奮している新八に黒駒がキレてツッコんでいる中、勝手に自分のモン扱いされた事に和人は軽くイラッと来ながら懐から一枚の紙を取り出し。

 

「すみません新八さん、なんか私、このままだとこの極道に連れられて身売りされそうなんで、早い所手打ち金を用意してこの口座に振り込んで下さい」

 

「お前もお前でなに勝手にでっち上げてんねん!」

 

「わかった! 今すぐウチの道場を売って金にして来るから待っててねキリ子さん!」

 

「おい騙されんな眼鏡! いい加減目を覚ませ! コイツはお前から金を奪おうと騙そうとしているだけや! コイツの正体は女じゃなくておと……!」

 

和人に上手い事騙されて、自分が守るべき道場を簡単に売り払おうと試みる新八に思わず制止する黒駒。

 

そして彼が持つふざけた幻想をぶち殺す為に、和人の正体をここで明かそうとしたその時……

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

「ああ!? 今度はなんやねん!」

 

突然工場の出入口が聞こえて来たのは自分の舎弟達の悲鳴。

 

次から次へと一体なんなのだと黒駒がそちらに振り返るとそこには……

 

 

 

 

 

下っ端とはいえそれなりに腕が立つ溝鼠組の連中が、まるで恐ろしいモノを見たかのような表情で倒れ

 

「あなたがウチの弟を攫った親玉かしら?」

 

そしてキャバ嬢特有の営業スマイルを浮かべながら、その屍達を容赦なく踏みつけてこちらに歩いて来る

 

ポニーテールをした若い娘が拳をポキポキと鳴らしながら立っていた。

 

新八の姉、志村妙である。

 

「安心しなさい、私は凄く器が大きいの、「山」か「海」どっちにしたいかこの場で選ばせてあげる」

 

「なんかごっつうヤバそうな女が出てきおったァァァァァァァ!!!」

 

先程自分が言った台詞をそのまま返されて戦慄を覚える黒駒。

 

間違いない……溝鼠組の舎弟を一瞬で潰したのはこの女だとすぐに理解出来た。

 

しかし彼がそれを頭ではなく心で理解したと同時に、お妙は既に地面を強く蹴り出して……

 

「っとでも言うと思ったかぁぁぁぁぁ!!! テメェ等全員山でも海でもなく「地獄」行き直行じゃあ!」

 

「ごふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「いやそれアンタの弟ォォォォォォォ!!!!」

 

弟を危機に晒された事に強い怒りを燃やす彼女の渾身の飛び蹴りが

 

その弟の顔面に思いきり直撃。

 

思わず和人が叫ぶ中、彼女は再び白目を剥いて気絶した新八をほっといて

 

「私の弟になにしてくれとんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「いややったのはアンタ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんで今度は俺ぇ!?」

 

お妙が次に標的にしたのは当然新八を攫った張本人である黒駒

 

ではなくその隣にいたキリ子ちゃんだった、両手で高々と掲げるとそのままロビンマスクのタワーブリッジをかけて本気で落としにいく。

 

「ひょっとしてここに来る前にお酒飲んでた!? 仕事中だった!? うぐへ!!」

 

元々破天荒で暴力的な人物だと思っていたが、ここまで見境ないとなるとかなり酒を飲んでいる可能性がある。

 

しかし和人はそれを確信にする前に、腰の方からメキメキッと鈍い音を放つと

 

そのままグッタリしてドサッとお妙にぶん投げられた。

 

「次はお前か……? ウチの可愛い弟と、可愛くもねぇ弟分をこんな目に遭わせてタダで済むと思ってんのかコノヤロー」

 

「いやいやいやこんな目に遭わせたの他でもないお前自信! おい女ぁ! わしを誰やと思うとるんじゃ! あの溝鼠組の若頭やぞ! もしわしに指一本でも触れればそれは溝鼠愚全体に喧嘩を売るという事で……!」

 

「溝鼠なんて知るかボケェェェ!!! 私が好きな鼠は今も昔もファンシーな国に住む黒い鼠だけじゃあ!!!」

 

「あんぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

軽く脅しを吹っ掛けてここは隙を見てすぐに逃げ出そうと考えた黒駒だったが時すでに遅し

 

俊敏な動きで彼を拘束するとお妙は、ラーメンマンのキャメラクラッチをかましながら彼に断末魔の悲鳴を上げさせるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう……なんかとんでもない事になっちゃった……」

 

そしてそれを工場の入り口からコッソリ眺めていたのは、和人の妹であり、この場にお妙を呼んでしまった桐ケ谷直葉……

 

「仕事中のお妙さんに助けて欲しいって連絡したのはいいけど……まさかあそこまで酔っぱらってたなんて……」

 

「近藤さん、アウトレイジ借りに行かなくて正解でしたね、ここで観れましたし」

 

「あなたはなんでさっきから止めに行かないんですかもう!」

 

助っ人として呼んだお妙が新八や和人を含めて豪快に暴れまわるとは思ってもいなかった直葉が困惑しているのをよそに

 

未だ仕事もせずに自分と一緒に見物している真撰組の沖田総悟がひょっこりと顔を出す。

 

「ていうか近藤さんの方はどこ行ったんですか!」

 

「心配するな、近藤さんならほれ、あの女にキン肉バスター食らわされてる」

 

「ごっぱぁ!!!!」

 

「あ、本当だ、まああの人ならいいや」

 

沖田が指差すとそこでは既に黒駒はお妙によってKOされ、その次に近藤が何故か彼女の餌食になっていた。

 

そのことに関しては直葉もどうでもいいだと思ったので反応は薄くとても冷ややかだった。

 

かくして新八の初デートは、溝鼠組の介入や姉の介入によってグダグダな結末を迎えてしまうのであった。

 

そしてそんな事も露知れず、彼等の事をすっかり忘れてしまっていた銀時達はというと……

 

 

 

 

「……とまあ色々あったけど、ボクは今もこうして無事に銀時とよろしくやってる訳」

 

「グス……あなたにそんな悲しい過去があったなんて知らなかったわ……教えてくれてありがとうユウキ」

 

「てめぇいい加減にしろよコラ! 俺の人生と言っても過言では無いマヨネーズを言葉で汚しやがって! 表出ろ天然パーマ! 真撰組副長として粛清してやる!!」

 

「おう上等だやってみろ! マヨネーズで詰まったその頭をカチ割ってやらぁ!!」

 

最初にいた店でずっと4人で喋っており 

 

明日奈はユウキの身の上話を聞かされ感動し

 

銀時と土方は飽きずにずっと喧嘩腰で怒鳴り散らし続けるのであった。

 

次回、キバオウからの警告

 

 

 

 



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第九十訓 断ち切れぬ因縁、繋がる意志

新八とのデート事件があって数日後

 

桐ケ谷和人は久しぶりにキリトとしてEDOにフルダイブしていた。

 

やはり彼にとって貧弱ボディのせいでナメられまくる現実世界よりも

 

黒夜叉と呼ばれ一部のプレイヤーや天人から恐れられる程の強さでブイブイ言わせられるこっちの世界の方が気分が良い。

 

「っとまあこんな事合ってだな、全くあの時はホント酷い目に遭ったぜ……」

 

「う~ん僕としてはキリトよりも君に騙されていた方の新八君って人の方が可哀想だと思うんだけど……」

 

「なに言ってんだ、アイツ見かけによらず結構タフでバカなんだぞ。あの時も撤収する時に「キリ子さん! 僕は諦めませんよ!」とか最後まで俺の正体わかってない様子で叫んでたからな」

 

「ハハハ……なんか僕もその人に会ってみたくなったよ」

 

ここは第五十層、街から離れた所にある深い森。

 

近くにみずぼらしい村があるだけで、一見大したことのない場所ではあるが、過去にキリトはここで大樹から神器の素材を見事ゲットした所である。

 

そしてその神器クエストの為に彼に協力してくれたのが、現在彼と二人きりではなしているユージオという不思議な少年であった。

 

キリトとは対照的と呼んでいい程、人を陥れる事などという邪な考えを持たず、裏表なく心優しい少年

 

そんな彼だが何故だかわからないが、妙にキリトから気に入られており、こうして良き話し相手となってあげているのである。

 

「それにしても君ってホントおかしいね、女装して幼馴染からお金取ろうとするかな普通」

 

「仕方ないだろ、現実世界じゃウチは常に金欠なんだ……どうしてこう生きる為に人ってのは労働に準ずる必要があるのかね……」

 

「現実じゃなくてこっち側でもでしょ? リズベットから聞いたけど、君、今度はお金の方が工面できなくてまだ神器造って貰えないんだって?」

 

「まあな、あの女、素材集めに人件費割く必要があるからって、あの人の時よりも俺に大金要求して来やがったからな」

 

ユージオは温和な見た目の割には結構ストレートに正論を吐くことがある。

 

確かに彼の言う通り、今のキリトは現実世界だけでなくこちらの世界でもジリ貧であった。

 

理由は明白、神器の製作費用。

 

完成目前とまでされているが、その為に造り手リズベットから請求された金額はあまりにも莫大であり

 

その今までに見た事のない請求額にキリトは仕方なく小金稼ぎに奮闘している毎日なのだ。

 

「だからこうして手っ取り早く金稼ぐ為にここへ来てるんだしな、ここには”あのモンスター”がいるって聞いてるし」

 

「神器を造るのって大変だね、僕は最初から完成したモノを手に入れたから運が良かったんだねきっと」

 

「お、そっちから喧嘩を売って来るなんて珍しいねユージオ君、いいよ買ってやるよ、かかってこいコラ」

 

「ハハハ、僕を倒すより前にやる事があるんでしょ? あ、噂をすれば……」

 

悪意はなく天然で呟くユージオにキリトはジト目で軽く睨みつける。

 

誰よりも神器を欲するキリトとしては、彼が持つ神器・青薔薇の剣は本来自分が所有者になっていた筈だと未だに根に持って持っているからだ。

 

しかしキリトがユージオに喧嘩を吹っ掛けようとしたその時、前方からドタドタと凄いスピードでなにかとてつもく速いモノが接近して来た。

 

それはこの第五十層の森の近くに潜む、数あるユニークモンスターの中でもさらにレアな……

 

 

 

 

「俺」と書かれたTシャツを着飾ったふざけた顔をしている珍妙なゴリラ型モンスター

 

脱兎の如く速さでプレイヤー達から逃げ続ける事を特徴とする、”ソラチンタマ”なのであった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! 待ちやがれクソゴリラァァァァァァァ!!!」

 

そしてその後ろを追うのは、キリトのパートナーである坂田銀時。

 

「おいガキ共! 銀さんが犠牲者二名作ってでも手筈通りここまで誘導してやったんだぞ! さっさとこのゴリラぶち殺せコラァ!!」

 

「犠牲者二名、って事は……」

 

「アリスとユウキがやられたって事か……話は聞いていたが本当にヤバいなこのゴリラ」

 

迫りくるソラチンタマの背後から銀時の叫びがキリト達に飛んで来た。

 

彼等はすぐに彼の言う犠牲者がこの作戦に協力してくれていたアリスとユウキだと察し

 

相当な腕の立つあの二人を倒してしまう程の危険性を持つこのモンスターを改めて警戒する。

 

そしてこちらに向かって表情変えずにアホ面晒しながら突っ込んでくるソラチンタマ

 

「よし、ちゃっちゃっと捕まえてドロップアイテム奪わしてもらうか」

 

「そうだね、これ以上哀しい犠牲者を生ませないために……」

 

銀時達が上手くソラチンタマをここまで追い込んで、キリトとユージオがここで迎え撃つ。

 

二人は同時に得物を握り締め、迫りくるソラチンタマに同時に斬りかかるのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてしばらくして

 

「ゼェゼェ……! や、やっとやっつけたぞ……!」

 

「油断しないでキリト、また死んだふりかもしれないよ……! コイツ生き残る為なら手段選ばないから……!」

 

二人はやっとこさえユニークモンスター、ソラチンタマを倒す事に成功した。

 

うつ伏せでグッタリして動かなくなった彼を剣でツンツンしながら、ユージオは用心深く死んでるのかどうかチェックする。

 

「思ってた以上に強敵だったなソラチンタマ……臭いし逃げるし木に登るし臭いし、いやもうほんと勘弁して欲しい……コイツを問題ないと生み出した運営側に対して殺意まで沸いて来た」

 

「放屁による攻撃がこんなにも強力だったなんて……おえ、僕吐きそう……」

 

どうやら完全に死んだ様子でソラチンタマはもう完全にピクリと動かなくなったみたいだ。

 

倒し切るまでユージオとキリトは何度も酷い目に遭わされた、追い詰めてもすぐに木に登って逃げるわ、囲んでもオナラを放出して怯んだ隙にまた逃げるわ……ぶっちゃけ普通に強いモンスターよりも厄介な強敵であった。

 

「銀さんはよくこんなの倒せましたね……」

 

「あぁ、あん時は俺も大変だったよ、アリスの奴が我慢して一撃食らわしたおかげでなんとか倒せたからな」

 

「やっぱり凄いんですねあのアリスって人……ところで彼女ともう一人の娘は大丈夫なんですか?」

 

「さあな、そろそろ胃の中のモン全部吐き出してこっちに戻ってもいい頃だと思うけどよ」

 

「やっぱ吐いてるんですね……」

 

ソラチンタマのオナラの臭いはとてつもない悪臭であり、ハッキリ言ってオナラというよりもはや毒ガス・殺人兵器に等しい。

 

こんなのを食らえばいかにアリスやユウキと言えど、ひとたまりもないと、ユージオも容易に想像出来た。

 

 

するとさっき銀時が言った通り、胃の中のモノを全てぶちまけたかのようにグッタリしているアリスとユウキが

 

「終わったのでありますか……?」

 

「ふへぇボク死ぬ……間違いなく死ぬ……綺麗な川の向こうで死んだ両親が手ぇ振ってるのが見える……」

 

「私にも見えます、優しそうな男女がこちらに笑いかけて……」

 

「なんでアリスがボクの両親見えるのさ……アレ、ウチの親だからね」

 

ノロノロとした足取りと力が入らないのか下に垂らす両手、まるでゾンビだ。

 

そして二人で掛け合いをしつつこちらに近づいて来ると、自分達を散々酷い目に遭わせたソラチンタマが倒れているのを確認すると

 

「こんのぉ! よくもボクに近距離からとんでもなく臭いオナラ発射したなぁ!! 人の事を散々ナメ腐った態度して許さないんだから!」

 

「コイツのおかげで私はまたしても大恥をかきました、死んでも償い切れません、もう一度生き返って私に殺されなさい」

 

「ちょ、ちょっと二人共! もう倒れたモンスター相手に追い打ちかますのはマナー違反だよ!!」

 

ソラチンタマ許すまじと、二人して倒れた彼を怒りに任せて何度も踏みつけ始めた。

 

よほど屈辱的な目に遭わされたのだろう、ゲームマナーが良いあのユウキでさえ豹変して怒声を浴びせている。

 

これにはユージオも慌てて銀時に振り返り助けを求める。

 

「銀さん大変です! 可愛らしい女の子二人が寄ってたかってゴリラの屍を罵倒しながらオーバーキルするバイオレンスな展開に! あなたの力で何とかしてください!」

 

「いや、ここはアイツ等の好きにさせてやるべきだろう。何せこのゴリラは本当の性悪の中の性悪、死してなお辱めを受ける事すら生ぬるい程の重罪人だからな」

 

「そこまで言いますか!? 確かに今まで出会ったモンスターの中で最低最悪の部類に入りますけど!」

 

銀時にとってはここまでしてなおソラチンタマの所業は決して許されないらしい。

 

一体自分達が見てない間に彼女達はどんな目に遭わされたのだろう……

 

ユージオが一人心配していると銀時も倒れたソラチンタマに近づいていき

 

「くおらぁ! 寝てんじゃねぇぞ腐れゴリラ! とっとと起きやがれぇ!!」

 

「ええ! あなたまでやるんですか銀さん!?」

 

突如豹変して乱暴に彼の頭を蹴り上げたのだ、これにはユージオもビックリ仰天

 

「散々焦らしたクセに完結して終わりとかテメェみたいな奴に許されると思ってんのか! いいからさっさと描くんだよ!! 一発当てたぐらいで一生遊んで暮らせると思うなよコラァ!」

 

「ぎ、銀さん!?」

 

「おら四の五の言わずにとっとと新作のネーム提出しろ! 漫画家なら死ぬまで描き続けろ! 痔になろが腰が砕けようがテメェに休みなんかねぇと思え!!」

 

「なんかもう特定の人物に向けたメッセージにしか聞こえないんですけど!? 誰に!? 誰に言ってるんですか銀さん!?」

 

ソラチンタマというより別の誰かに対して檄を飛ばすかのように叫び続ける銀時。

 

ユウキとアリス、そして銀時までもが参入してソラチンタマの屍を蹴り続ける光景を、もはやユージオは唖然とした表情で彼等の気が晴れてくれる事を祈るしか無かった。

 

「酷い、既にやられたモンスターをいたぶり続けるなんて……ねぇキリト、君もなんとか言ってよ」

 

「おいおい俺がこの人達に何言っても聞いてくれる訳ないだろ、いいだろ別に、ここには俺達しかいないんだから満足するまでやらせてあげればいいんだよ」

 

「君、この中で一番強い筈なのにいつも発言力皆無だね……どんだけ人望ないの?」

 

「お前、たまに泣きたくなるぐらい酷い事言うよな、いいの? 俺この場で思いきり泣くよ?」

 

 

自分が何を言っても無駄だと実行する前からわかっている口振りで拒否するキリトに

 

ユージオが遠慮なしに友人として思った事をストレートに吐露していると……

 

「おおいたいた! 探したでお前等!」

 

「ん?」

 

突如背後から聞こえて来た野太い声にキリトは顔をしかめて振り返ると

 

そこに立っていたのはトゲトゲ頭の人相の悪い中年男性のプレイヤー。

 

「なんだ他のプレイヤーが近くにいたのか、ソラチンタマ狩りに集中していて探知に気付かなかったよ」

 

「ったくホンマ探したんやでこっちは……って何してるんやお前ら! 倒れてるゴリラを寄ってたかって!」

 

「やれやれバレちゃあ仕方ない、誰だか知らないが血盟騎士団に通報される前にアンタもこのゴリラと同じ目に遭ってもらうとするか」

 

「なんでや! てか誰だか知らないってどういう事や! お前ついさっき現実世界で会ったばかりやろがボケ!」

 

「え? そうだっけ?」

 

自分達の悪い噂がばら撒かれる前にここで彼を亡き者にしようとスッと得物を鞘から抜こうとするキリト。

 

そんな物騒な彼にユージオが慌てて

 

「待ってキリト、この人キバオウさんだよ、何度も一緒にフロアボス相手に共闘した事あるじゃないか、忘れちゃったの?」

 

「冗談だよ、ちょっと前にリアルで偶然出会ったしな、驚かせて悪かったな黒駒勝男さん」

 

「リアルネームで呼ぶなや! 身バレするやろ!」

 

そう言って得物を鞘に戻すと、シレッとした表情で彼の本名をバラすキリト。

 

彼とは以前、現実世界のかぶき町で遭遇したばかりだ、名は黒駒勝男、かぶき町を仕切る溝鼠組の若頭だ。

 

「あん時はホント酷い目に遭ったでホンマ……まさかあの眼鏡にあんな化け物の姉がおったなんて……」

 

「え? キバオウさんってもしかしてさっきキリトの話に出て来た極道の人なの?」

 

「ああ、アバター改造して自分の素性をバレない様にしてるんだとさ」

 

キリトから聞いて初めてキバオウ=黒駒勝男だと知るユージオ。どうも彼は知らぬ間にキバオウのリアルと接点があったらしい。

 

「ちなみにこれいつでも運営にチクっていいぞ」

 

「いやそれってマズいんじゃ……間違いなく永久アカウント停止処分だよね?」

 

「うおい! そんな真似しおったらマジで海に沈めたるからな!!」

 

そっとユージオに耳打ちして酷い事を言うキリトに、地獄耳のキバオウはすぐに気付いて怒号を上げた。

 

「てかそんなのどうでもええねん! わしはな、あの時出来なかった話をする為にわざわざここまで来たんや!」

 

「ああそういやなんか話があるとか言ってたな、新八とその姉のせいで聞きそびれちゃったけど……結局なにが言いたかったんだ?」

 

そういえばそんな話をする予定があった気がする、彼の話を聞いてようやくキリトが思い出していると、キバオウは軽く深呼吸すると改まった様子で

 

「実はな、こっちの世界でまた”例の現象”が起こり始めたんや、それもあちこち頻繁にな」

 

「ごめん例の現象って言われてもよくわかんないんだけど、そんな当たり前に言われても困るし」

 

「アホボケカス! わし等の話の中で出て来る例の現象と言ったらアレしかないやろが!」

 

例の現象と言われてもどんな現象なのかさっぱりピンと来ていない様子のキリトに、キバオウは機嫌悪そうに叫んで

 

「仮想世界なのに衝撃がリアルに伝達して痛みが生じるっちゅう現象の事や! ディアベルはんの話を忘れたんかコラ!!」

 

「え、その話ってまだ終わってなかったのか? ごめん、もうそれいつまで経っても展開始まらないから、てっきり有耶無耶にして無かった事になってるのかと」

 

「なってへんわい! なに勝手に終わらせとんのや!」

 

随分昔にそんな話があったなとキリトは久しぶりに思い出した。

 

銀時がこの世界に来て間もなくの頃だったか、プレイヤーがダメージを受けた時に実際に痛みが生じたという話がEDOの中で一時期流れていたのだ。

 

最近はそんな話聞いていないので、もう終わったのだろうと思っていたのだが……

 

「実はどうも情報操作が入ってるみたいでの、この現象の話をどこぞの誰かがプレイヤー達の間に広まらないよう隠蔽してるみたいなんや、お前等が今までこの話を聞かんかったのもきっとそのせいやな」

 

「情報隠蔽ねぇ……それは一体どこから仕入れたネタなんだ?」

 

「名前は明かさんが金にがめつい情報屋や、ネズミみたいな髭をしたちっこいガキンちょ」

 

「なるほどアルゴか、アイツの情報なら信頼できるな……」

 

どうも今まで自分達にその件の話を耳にしなかったのは、何者かが介入して上手くもみ消し工作を計っていたらしい。

 

情報の持ち主が信頼できる情報屋だとわかって、キリトはようやく真面目に話を聞く態度になった。

 

「てことは今もなおその現象は終わってないのか、ディアベルの言う通りだったな、いずれEDOの存亡に関わるって」

 

「そや、しかも最近じゃ日に日にこの現象があちらこちらで発生しとる、もはやもみ消してる奴が隠しきれない程にの」

 

「なるほど、こりゃ厄介な事になったな……」

 

事実をもみ消してる人物も気にはなるが、やはりその現象の原因を突き止めるのが先であろう。

 

そんな顎に手を当てどうするべきか考え込むキリトをよそに、ユージオは一人どこか思いつめた表情で

 

「……」

 

「ん? ああ、そういえばお前にはまだ詳しく話した事無かったな、いきなり今話聞いても混乱するよな」

 

「……いや、その話は別のどこかで聞いた事あるから僕も知ってるよ……」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん……」

 

間を開けて呟くユージオはキリトから目を逸らしたまま軽く頷いて見せた。

 

彼が一体何を考えているかはキリトも読めないが、まともなプレイヤーである彼の事だから、この現象に恐怖を抱いているのだろうと推測する。

 

「しょうがない、ディアベルと約束したしなんとかこっちで色々と探してみるか、この世界まで現実みたいに物騒になるのはゴメンだし」

 

「そうだね……僕もそう思うよ」

 

「やれやれようやくやる気になってくれたんか……それならもう一つ情報渡しておくわ」

 

ディアベルとの約束もそうだが、ユージオが持つ不安も晴らしてやろうとキリトはこの話に乗っかる事を決める。

 

するとキバオウはそんな彼にまた新しい情報を提供した。

 

「情報通のお前なら知っとるやろ、突如現れすぐに消える黒い髪の女の子の幽霊の話」

 

「ああ、前に一度だけ見た事あるぞ、逃げられたけど」

 

「ホンマか? なら話は早いわ、どうやらその幽霊、今回の現象となにかしら関わってるみたいやねん」

 

「なんだって?」

 

随分前の話だが、キリトはその黒髪の女の子らしき姿を目撃した覚えがある。

 

あの時は必死に探しても見つからなかったが、キバオウの話ではどうやらその彼女も今回の件に関わっているのだと……

 

「まずはそいつを見つけるのが優先した方がええかもな、なにか原因を突き止める鍵になるかもしれんし」

 

「わかった覚えとくよ。俺もあの子には少々引っかかる所があるんでね」

 

思ってた以上に有益な情報だとキリトは頷くと、この事を急いで他の者にも報告しよう背後にいる銀時達の方へ振り返る。

 

「おいみんな聞いてくれ、実はさっきキバオウから興味深い話が……って」

 

しかし彼が振り返ったその時、とんでもない光景を目の当たりにした。

 

そう、さっきまでノリノリで倒れたゴリラをボコボコにしていた彼等が

 

 

 

 

三人まとめてピクリともせずに地面に倒れていたのだ。

 

「な! おいどうしたアンタ等!」

 

「く……なんて事だ……!」

 

「!?」

 

キリトが慌てて声を掛けると、倒れている三人の内の一人である銀時だけがかろうじて意識がある様子で彼の方へ顔を上げた。

 

そして突然の事態に混乱しているキリトに対し、銀時は残った力を振り絞るかのように一つの方向へ指を差し

 

 

 

 

 

「あのゴリラ、死んだフリしてやがった……」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

そこには先程まで倒れていた筈のソラチンタマは何事も無かったかのように突っ立っていたのだ。

 

ボリボリと片方の手で尻を掻き、もう片方の手で鼻をほじるというなんともお下品な格好で

 

どうやら自分達が目を背けてる間に、彼をボコボコにしていた銀時達は彼の思わぬ反撃にやられてしまったらしい。

 

反撃方法は恐らく彼の放屁による一撃だろう

 

「なんであんだけ叩いたのに生きてんだよチクショウ! あ、逃げた!!」

 

「追いかけようキリト! 早く倒してアレがドロップするレアアイテムを奪わないと!」

 

「なんやアレ! もしかして噂に聞く伝説級のユニークモンスターか!? なんちゅうふざけた見た目しとるんや!」

 

回れ右して再び逃げ出そうとするソラチンタマを慌てて追いかけ始めるキリトとユージオ

 

咄嗟にキバオウも驚きつつも彼等と一緒に追いかけようとするが……

 

 

 

 

そこへ待ってましたかの様にこちらにケツを突き出してソラチンタマが

 

ブボボボボボボボォーッ!!と派手に音を鳴らして思いきりかます。

 

「ギャァァァァァァァァ!!! 目が! 目がァァァァァァァ!!!」

 

「うぐえ! ごめんもう僕無理オロロロロロロロ!!!」

 

「くっさぁ!! し、死ぬ~~~~~!!!」

 

見事にしてやられたキリトは、隣でユージオが吐いて、キバオウが断末魔の叫びをあげてる中、あまりの臭さに薄れゆく意識の中ふと思った。

 

この世界に生じる「痛み」が本来あっていけないモノというなら

 

どうせなら「臭い」も一緒に取り除いてくれないかと……

 

 

次回、第一部・最終章、開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終章・白銀ノ侍編

EDOで起こった不可解な現象を突き止める為

銀さん達が凶悪の根源と対峙し決着を着けます。

※次回の投稿は諸事情で3週間後とさせて頂きます。

その間、代わりに銀魂×劣等生と銀魂×東方の作品の話を投稿しようと思いますので

本作が再開するまでしばらくお待ちください。


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銀色ノ侍編
第九十一層 髭魂



【挿絵表示】


春風駘蕩様から頂いた竿魂の支援絵です。

色んなキャラが集まって描き込みが凄い……! 何気に未登場のキャラも出てる!

相変わらずの素敵なイラストを描いてくださりありがとうございました!

実はこれ、頂いたのは年末なんです、ずっと貰ったまま休んでて本当に申し訳ないです……


夜空に浮かぶ月が放つ光の下

 

ブルブルと全身を恐怖で震わせながら

 

”彼等”は深く生い茂った森の中を恐る恐る一歩一歩進んでいく

 

「ノォ~……」

 

「ビビッてんじゃねぇ、さっさと先行けや」

 

こんな薄気味悪い森ではいつなんらかのハプニングが起きてもおかしくない。

 

未知の恐怖を覚え、すっかりビビってしまっていながら無理矢理先頭を歩かせられている人物を

 

背後をついていく坂田銀時が仏頂面で急かす。

 

「お前、噂に聞くと相当凄腕のゴーストハンター様なんだろ? 頼むよホント、俺だってこんな陰気臭い所とっとと脱出したいんだからさ」

 

「オォ~マンマミ~ア……」

 

「ああ? まんま? 何言ってんのお前? ふざけてるとマジでシバきますよゴーストハンター様」

 

「ノォ~……」

 

さっきからまるで相手の言語が理解出来ない事に銀時は苛立ちと恐怖のおかげで少々機嫌が悪い様子。

 

そんな彼に背中を何度も小突かれながら、凄腕のゴーストハンターと呼ばれた人物は相も変わらずビクビクしながら奥へと進んでいく。

 

しかし突然、ガサッと小脇の茂みからなにかが動く音が

 

「オォ!?」

 

「うお! お、おい! 今あそこ動いたぞ! ひょっとして例のターゲットじゃねぇのか!? さっさと捕まえてこいゴーストハンター様!」

 

「ノォー!!」

 

「ノーじゃねぇよ! テメェにいくら出してやったっと思ってんだ! 働け腐れ緑!!」

 

ちょっとした音と動きに二人揃ってオーバーなリアクションを取りつつも、銀時は一目散に逃げようとする彼の後襟を掴み、無理矢理その動いた茂みの方へ突き出した。

 

「いいかここで逃げちまったらテメェはまた”永遠の二番手”に逆戻りだ、いい加減男になりやがれ」

 

「レ、レッティゴ~……」

 

「ほう、どうやら腹くくったみてぇだな、なら早速その手に持ってるご自慢のブツの威力を披露して貰おうじゃねぇか」

 

半ば脅しを吹っかけながら、銀時は彼の被る緑の帽子を引っ掴むと、観念したように男は気の弱そうな返事をした後、両手に持つある得物を掲げる。

 

それはまるで掃除機のような外見をしており、幽霊退治にはあまり向いてない様な奇天烈な得物……

 

そしてそれを勇ましく掲げる人物は、青いオーバーオールに緑の帽子、特徴的な髭を生やした……

 

「さあ行けルイージィィィィィィィィ!!!! ここで男見せて兄貴を超えやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「ヒャ、ヒャアウィゴォォォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャアウィゴーじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「オウ!!」

 

新たなる銀時の相棒、ルイージが必殺武器、オバキュームでターゲットを吸い取ろうとしたその瞬間

 

狙いを定めた茂みの中から突然何者かがバッと現れ、ツッコミと共にルイージと銀時を蹴り飛ばした。

 

その正体は、森の入り口からずっと彼等をつけて回っていたキリトである。

 

「のっけからなにふざけ倒してんだアンタ! いくら休みが長かったからってコラボ先間違えてんじゃねぇよ! これ銀魂×SAOだから! 銀魂×マリオじゃねぇから!」

 

「ああ? あらあら元コラボ先の所のキリト君じゃないですか、何してんですかこんな所で、今から銀さんとルイージの超ドタバタスタイリッシュクレイジーアクションをやる所なんで邪魔しないでくれます?」

 

「クレイジーな部分しかあってねぇよ!」

 

倒れたままのルイージをよそに銀時はすぐに起き上がると不機嫌そうにキリトを睨みつけながら立ち上がった。

 

そしてこちらに指を突き付け正論を吐く彼に対し、銀時はやれやれと首を横に振った。

 

「お前さぁ、わかってる? 俺達が長い間休んでた間に、今余所ではとんでもない事が起きてんだよ?」

 

「は? 余所?」

 

「そうだよ、知らねぇとは言わせねぇぞ」

 

何の事を言ってるのかさっぱりわからない様子のキリトを、突然んしらばっくれるなと真顔でキッと睨みつけながら、銀時はトーンを落として真面目な雰囲気を醸し出しながらゆっくりと呟いた。

 

「”ダンジョン潜って女漁りばっかしてる白髪のガキ”が”世界で最も有名なキャラクターである伝説の黒いネズミ”とコラボ始めやがりました」

 

「思ってた以上にクソどうでもいい話だった!!」

 

「参ったぜホント、俺達の作品がのし上がる為に最も警戒するべき相手は俺(銀魂)と作風が似ている山田〇之だと思ってたのによ、まさかのあのネズミと手を組む野郎が横から現れやがるとはな」

 

深刻そうに呟く銀時ではあるが、その内容はとてもキリト、否、こちらの世界にとっては至極関係ない話である。

 

だが銀時にとってはとてもショックだった様子で、顔を手で覆いながら深いため息をつくと、ようやく立ち上がったルイージの頭にポンと手を置き

 

「そこで俺は考えた、世界最強のアニメキャラクターに勝つ為には、こっちも世界最強のゲームキャラクターとコラボしてやろうってな」

 

「マンマミ~ア」

 

「つー事でオメェ等SAO側とはこれにて契約終了だ、タイトルも「竿魂」から「髭魂」に変えて、相棒枠はしょうもない引きこもりから地味な二番手にチェンジ、これで俺達の人気もまた一気にうなぎ上りに……どぶるち!!!」

 

「こんな終盤に差し掛かってるタイミングでなにとんでもないテコ入れしてんだアンタはぁ!!」

 

これからは新たに呼んだ頼れる助っ人、ルイージと共に完結まで頑張ることを誓い、新たなる出発を決意しようとした銀時であったが

 

そんな彼の顔面目掛け、キリトは咆哮と共に殴り抜ける。

 

「なに勝手にタイトル変えた上に俺リストラしようとしてんだ! 大体コラボするならそこは普通マリオとだろ! どうしてルイージの方なんだよ!」

 

「……馬鹿野郎、マリオさんは超有名人だぞ、ギャラが高い上に、下ネタ満載不祥事満載の銀魂と長期契約なんて結べねぇんだよ、ピーチさんやクッパさんも同じだ」

 

「なるほど、自分の立場ぐらいはちゃんとわかってるみたいだなアンタ……」

 

ここはやはり人気も実力もトップクラスのマリオを隣に置きたかったとぶっちゃけつつ、銀時はルイージに横目をチラリと向けながら

 

「でもルイージならほとんどタダでコラボ出来るって言うから仕方なくコイツで妥協した」

 

「ノォー!!!」

 

「まあ今はこいつで我慢するけど、適当なタイミングで死亡回とか作ってその後すぐに後釜入れる事にするわ、ノコノコとか」

 

「マンマミーア!!」

 

「ルイージの扱い酷くね!?」

 

自分は使い捨ての代役でしかないと言われた事に頬に両手を当ててショックを受けるルイージ。

 

そんな彼にどこか自分の扱いと似てるなと思い同情の目を送りつつ、キリトはやれやれと首を横に振った。

 

「そんじゃ茶番はそろそろお終いでいいか? こっちはそろそろ本題に入りたいところなんだが」

 

「本題ってなんだよ、俺は今からルイージとの冒険に出掛けるんだから邪魔すんな。今からオラリオに攻め込んで黒いネズミをこっち側に引き込むんだよ、ドナルドとグーフィー仲間にしてキングダムハーツみたいな事してぇんだよ俺は」

 

「向こうの作品はもういいから! ていうかアンタがいたらキングダムハーツ路線は絶対無理!!」

 

ウダウダとまだ文句を言い始める銀時にツッコミながら、キリトは腕を組むとジト目で話を始めた。

 

「ここはアンタがクリアした神器クエストがあった二十一層の森型ダンジョン、今回ここに俺達が来てる理由はちゃんとわかってるだろうな?」

 

「あ? ゴーストハントだろ、だからルイージの野郎をここに連れてきたんだろうが、コイツはその辺に関しちゃ一応スペシャリストだから」

 

「……やっぱ忘れてんじゃないか……」

 

小首を傾げながらはっきりと間違った回答をする銀時に対し、キリトは呆れた様子で項垂れてため息をこぼす。

 

「今回俺達がここに来たのは……黒駒勝男こと”キバオウ”の依頼だろ」

 

「え、そうだっけ?」

 

「あのなぁ……じゃあまた一から説明するからよく聞いとけよ社長さんよ」

 

依頼主の依頼内容をあっさり忘れるとは……

 

やはりこの男は切れ者なのかアホなのかよくわからないと思いつつ

 

キリトは数日前に遭遇したキバオウから依頼された内容を彼に教える事にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二十一層に出て来る謎の女の子のNPCを見つけろねぇ……」

 

「……それって有名な奴でしょ、なんか森の中を一人で彷徨う少女の幽霊が出て来るとかっていう……」

 

「そうや」

 

所変わってここは始まりの町、第一層地点。

 

銀時とキリト、プラス変なのが一人混じって二十一層にいる頃

 

彼等と別行動をとっていたユウキと、なぜか彼女と一緒にいるアスナは銀時達にある頼み事をしたというキバオウから話を聞いていたのであった。

 

「プレイヤーをリアルで傷付けるっちゅうこの謎めいた事件、コイツを解決するにはどうやらそのNPCを見つける必要があるみたいなんや」

 

「そのNPCが事件の解決を握ってるって事? そんな情報何処で手に入れたのさ」

 

「源外の爺さんや、リアルで直接乗り込んで吐かせてやったわ」

 

「あの改造大好きおじいちゃんから……?」

 

仮想世界と現実世界がリンクし、プレイヤーのリアルにダメージが発生する。

 

銀時達はこの事件を直に味わった体験し

 

そして事件を起こした容疑を被せられ、泣く泣く引退する羽目になったディアベルに頼まれ事件の真相を暴こうとしていた。

 

だがここに来て、まさかキバオウの話を下に解決のカギが見つかることになるとは……

 

「あの爺さんはこの世界を作ろうとしていた茅場の手助けしとったのは前から聞いとった、つまりあの爺さんはこの世界については俺らプレイヤーが知らん事も知っとると踏んだんや、だからこの事件の謎を解くのになんか手掛かりになるもんないかって問いただしてみた」

 

「確かにEDO開発に携わったあのおじいちゃんならこの現象の謎も解明できるかも、いや~サボテン君はボク達よりもちゃんとこの事件に取り組んでたんだね、偉い偉い」

 

「キバオウじゃボケ、わしはこの世界にデビュー仕立ての時にディアベルはんに偉い世話になったんじゃ、今はもうあの人はここにおらんが、せめてあの人が好きやったこの世界は守らなあかんやろ」

 

銀時達がワイワイとこの世界で遊んでる中、キバオウはただ一人この事件の究明を必死に探っていたみたいだ。

 

そんな彼をユウキなりにへらへら笑いながら褒めたたえるが、彼の方はフンと鼻を鳴らし当然と言った様子で

 

「受けた借りはキッチリ返さんとわしの気が済まんのじゃ、3借りたら7返す、つまり世の中七三分けで成り立っとるんや、嬢ちゃんも覚えとくとええで」

 

「んーでもウチの銀時とキリトは人に10借りても1も返さない所か更に毟り取ろうとするよ」

 

「いやそれただの人間のクズやから、そんなもん覚えんでええ」

 

受けた借りはキッチリ返してこそ人の道、リアルでは極道であってもそこだけは人としては忘れてはならないと珍しく良い事を言うキバオウだが、ユウキは小首を傾げてよくわかっていない様子。

 

そしてそんな彼女にキバオウが窘めていると、アスナの方がおもむろに口を開く。

 

「話が脱線しかけてるわよキバオウさん、私だって暇じゃないんだからね。二十一層の森のダンジョンにいる少女のNPCを探して見つける事が事件の謎を解くカギになる、その根拠を教えてほしいのだけど」

 

「あ? 知らんわそんなの、源外の爺さんはとにかく見つけて来いとしか言わんかったし、それ以外の情報はどんだけ問いただしても吐かんかったわ」

 

「はぁ? な、何よそれ、それしか教えてくれなかったって……」

 

「なんか隠しとる素振りは見せてたのは確かやな、わし等プレイヤーが困っちょるのに薄情な開発者やでホンマ」

 

唖然とした表情になるアスナにキバオウもしかめっ面を浮かべお手上げの態度。

 

ただ見つけさえすればわかるという源外の話に、果たしてあっさり乗っていいのだろうか……

 

「怪しいわね……ディアベルさんは黒幕は運営側にいるんじゃないかって疑ってたし……例の幽霊NPCの方へ誘導したのもなにか罠があるんじゃ……」

 

ディアベルはこの世界から去る前にアスナたちの前に現れた。その時彼が言った事は今でもはっきり覚えている。

 

本来一般プレイヤーのアカウントを乗っ取り堂々と不正を働く事など凄腕のハッカーでさえ難しい

 

しかしそこにEDOにいるプレイヤーを把握し、彼等の実権を握っている運営側の協力が介入されているとなると、それもまた容易であると……

 

つまりEDOの開発に携わった平賀源外であれば、なんらかの方法でディアベルのアカウントを乗っ取る事も……

 

幼少の頃は同年代の子供達との凄まじい学力競争を勝ち抜き、EDOでは血盟騎士団として日々、数多の犯罪プレイヤーと時に言葉、時に剣で交えていたアスナは人一倍警戒心が強い。

 

故に彼女はまず最初に「疑う」事を考える。有益かもしれない情報を貰ったからといってそう簡単に人を信じてはいけないと彼女自身の経験が嫌でもその考えに至らせるのだ。

 

しかしその一方で、彼女とは対照的にユウキはあっけらかんとした様子で

 

「え? もしかしてアスナ、源外のおじいちゃんが黒幕かもしれないとか思ってる? またまた~、ないない、それは絶対あり得ないって」

 

「確証は無いけどその可能性もあると思っただけよ……でもユウキ、絶対にあり得ないって考えるのは時期尚早じゃないかしら?」

 

「いやいや、だってボク、よくあのおじいちゃんの世話になってるけど、そんな悪い事企んでる人には見えないもん、鼻のきく銀時だって普通に接してたしね」

 

「どうかしらね、どんな聖人君子であろうと、人間ってのは腹の奥底になにを秘めているのかわかったもんじゃないわよ」

 

源外が何を隠してるとしても、それだけで疑うのはおかしいと断言するユウキにアスナはすかさず反論。

 

基本、ユウキに対してはキリトや銀時と違って優しく接している彼女だが、こればっかりは譲れない。

 

「特にその相手が自分の近しい間柄の人だと余計に読めなくなる事だってあるんだから気をつけなさい」

 

「そうかなぁ~、確かに銀時がなに考えてるかよくわかんない時はあるけど」

 

「私はあなたの誰でも信じようとするお人好しな所は好きだけど、それが弱味にになるんじゃないかとも思ってるから忠告してるのよ」

 

「う~ん……ま、一応心には留めておくよアスナの忠告、考えを改めるつもりはないけどね」

 

まさか自分よりずっと年下のアスナに説教される羽目になるとは……

 

彼女から見ればユウキは人を疑う事を知らないどこか世間知らずな甘ちゃんな所があるのだろう。

 

そういう風に言われたような感じがしてユウキはちょっとムッとした顔を浮かべ不満そうに口をとがらせて言葉を返していると、アスナはふと自分が言った事に「あれ?」と何か引っかかった様子でアゴに手を当て……

 

(そういえば私の近しい所にもそんな奴がいたような……見た目は善人ヅラして裏ではゲスな笑み浮かべてなんか企んでるアピールしてる奴……誰だったかしら? あれ? 私なんかすっごく大事な事を忘れてる様な気が……)

 

「もしも~し、ボクは考えを改めないって言ったんだよ、そこはいつものキリト時みたいにすぐに反論して見せる所じゃないのアスナ~?」

 

「え? ごめんなさいユウキ、今ちょっとすっごく大事な事思い出さないといけない気がするから邪魔しないでくれる?」

 

「んな! なんか今日のアスナ冷たくない!? いきなり説教かましたり突き放したり!」

 

頭を捻って何かを思い出そうとする彼女の肩を叩いてジト目で抗議するユウキだが、考え事に夢中になっていたアスナはつい素っ気なく突き放してしまった。

 

その事に頭を抱えて「あんまりだよ!」とユウキがショックを受けたと大げさな反応を見せていると

 

さっきから黙って二人のやり取りを見ていたキバオウが頭をボリボリと掻きながら居心地悪そうに

 

「なあ嬢ちゃん達、二人で仲良うしてるところ悪いけど、実はわしがここに呼んだのは情報を提供するだけやないんや、あの二人と違う別の依頼をちとやってもらおうと思うてな」

 

「え~なに~? 言っておくけど今のボクはご機嫌斜めで内容によっちゃ断るよ? 最悪なんの理由もなく君をこの場で斬り捨てるよ?」

 

「なんなんこいつ等!? サイコパス!?」

 

こちらに振り向き、真顔で物騒なことを口走って来たユウキにキバオウは戦慄を覚えつつ

 

斬られると言われて少し躊躇いは見せたものの、思い切って彼女に話しかけるのであった。

 

「コイツはじいさんからの情報じゃなく、わしが怪しいと思うたから調べてほしい事や、嬢ちゃん達の腕なら簡単に出来る事やからサクッと終わらせられるやろ」

 

「ふーん、すぐに終わらせられるなら確かに楽だけど、簡単過ぎるとそれはそれで面白味が無いのが不満かな。一応聞くけどどんな内容?」

 

「嬢ちゃん達にはある所に行って調査して欲しいんや、覚えてるやろ、ディアベルはんがわし等の目の前で急変し、更にそこにいたフロアボスがプレイヤーのリアルの肉体にダメージを与えられるようになった現象が起きた場所……」

 

 

 

 

 

「第一層、つまりここにある、新人プレイヤー最初の関門となる始まりのダンジョン、ここに行って調査をして欲しいのがわしの依頼や」

 

銀時達が深き森の中を進む中

 

ユウキ達も新たな任務へ

 

いよいよ事件解決へ物語はゆっくりと動き出す。

 

 

 




長い間休んでしまい申し訳ありませんでした。

今まで休んでいたのは白状しますと倦怠期です、SS書いてると数年に何度か書く意欲が突然無くなっちゃうんですよね……

すみません、書かないといけないとわかっていたんですけど、いつかやろうと思ってたらいつの間にか半年以上も経ってしまい……


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第九十二層 猪魂

またまた春風駘蕩さんがイラストを提供してくれました。
未だ出番は無いけど、こんな形でユニット組ませたら面白そうですね、若干二名どちらが上なのか競い合って殴り合いおっ始めそうですが……w

【挿絵表示】



そして春風駘蕩を始め、色んな方に支援絵を頂いた影響もあって、私も思い切ってペンタブを購入し自分でも描いてみる事にしました。

【挿絵表示】


あ、はいもちろん絵心なんて持ってません……絵なんて描いたの遠い昔の事ですしまだまだ全然です。とにかく勉強してまともに描けるよう頑張ります

勉強の成果はツイッターで時々描いた作品を上げておくので、たまに覗いて生暖かい目で見てください。


銀時達がいる深き森は神器クエストが終わってもなお多くのモンスター達が生息していた。

 

森というフィールドあって虫系や植物系が多数を占め、女性プレイヤーにとっては中々の難所となっている。

 

しかし二十一層は既に攻略済みの銀時にとってはこの辺のモンスターは全く相手にならなかった。

 

「おらおらぁ! テメェ等みたいな雑魚お呼びじゃねぇんだよ!!」

 

彼が振り回すは神器・金木犀の刀、木製とは思えない鋭き刃はあっという間に群がるモンスター達を蹂躙していく。

 

休む事無く繰り出される銀時の剣技は、勢いが衰えるどころかより鋭く、より精密に動きが活性化されていた。

 

だが彼の快進撃もここまでである、ダンジョンとは時に

 

油断していると寝首を掻いてくる恐ろしい怪物もまた潜んでいるのがお約束なのだから

 

「よぉし、このまま進めば一気に最深部に……ってうお!!」

 

粗方襲い掛かる敵を撃破して一息突こうとした銀時の前に突如、周りの木を踏み潰す程の巨大なモンスターが降り立った。

 

見た目は巨大樹のようだが禍々しい黒色に光り輝き

 

体の真ん中には数十本の獰猛そうな牙が生えた、粘液を垂らす大きく開いた口

 

枝と思われし部分はウネウネと触手のように気持ち悪く動かし

 

巨体を支える根にも見える足の部分には動物の蹄の様なモノが付いていた。

 

「チッ、もしかしてコイツ……例のユニークモンスターって奴か? しっかし今まであったモンスターよりもダントツで気持ち悪い見た目してやがるな……」

 

名称はわからないがこのおどろおどろしいデザインには銀時でさえ不快に感じるほどであった。

 

そのモンスターが起こすツンと来る悪臭に顔をしかめながら舌打ちすると、「しゃあねぇな」と得物を構えたまま呟き

 

「コイツの相手は俺一人じゃ骨が折れそうだ……おい、出番だぞコラ」

 

このモンスターは相当手強いと、それなりの修羅場を潜り抜けた実績を持つ銀時はすぐに察した。いくら神器を持ってるとはいえ、一人で相手にするには分が悪すぎると

 

無駄に時間を費やするのも得策ではない、そう思った彼はすぐに背後で待機している仲間の一人に声を掛ける。

 

「チームプレイで一気に仕留めるぞ、それとも自慢の”二刀流”を使ってお前一人で倒してみるか?」

 

「……」

 

彼の言葉に返事せず、背中に差した二本の得物を取り出し一呼吸終えて敵と対峙する銀時のパートナー。

 

そして次の瞬間……

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ滾るぜ滾るぜぇ! 久々の美味そうな獲物だぁ!!」

 

”酷く刃こぼれした二本の刀”を振り上げ、頭に被っている”猪の頭皮”の下から楽しむかのように”彼”は咆哮を上げた。

 

「鬼だろうが化け物だろうが関係ねぇぇぇぇ!! どこであろうと俺様が強ぇ事に変わりねぇんだ! 俺様にたてつく野郎は全員ぶっ倒してやらぁ!!!」

 

「行けぇ!  嘴平伊之助(はしびらいのすけ)!! テメェの力を見せてやれ!!」

 

「だひゃひゃひゃひゃ!!! 言われるまでもねぇ!! こんなの俺一人で十分だぁ!!」

 

被り物の中から寄生を上げるともう彼は止まらない。

 

突如現れた不気味なモンスター目掛け

 

銀時の頼もしき相棒、嘴平伊之助が二本の刀を振り上げ真っ向から突っ込むのであった

 

「猪突猛進!! 猪突猛進んんんんんん!!!!」

 

 

 

 

 

 

「猪突猛進じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「おっぐ!!」

 

しかしそこへ横槍が突然入って来た。

 

突っ込む伊之助に対し、彼の後頭部目掛けていつの間にかいたキリトがドロップキックをかまし

 

哀れ伊之助はズザァーと地面を滑って吹っ飛んでしまう。

 

「なんなんだコイツ! 一体どこから湧いて出てきたぁ!」

 

「おいおいキリト君いい加減にしてくれる? ルイージの時といいそうやって一々コラボ相手にいちゃもん付けて喧嘩売ると読者に反感買われるよ? 嫌われちゃうよ? 富岡義勇みたいに嫌われちゃうよ?」

 

「いい加減にしろ! 二度も余所様の所からキャラ拝借しやがって!!」

 

せっかく伊之助が暴れようとしてたのにいきなり邪魔しに現れた彼に対し、銀時は冷めた表情を浮かべボソリと忠告するがキリトからすれば「どの口が言うか」であった。

 

「アンタ本当になんなんだよ! 今更テコ入れなんてもう遅いって言ったよね俺!?」

 

「あ? 別にテコなんて入れてねぇし、なんか最近「鬼滅の刃」が女子から受けてるって聞いたからクロスオーバーしようと思っただけだし、新旧女受けの良い作品「銀魂」と「鬼滅の刃」がコラボすれば女性読者増えんじゃね?と狙ってみただけだし」

 

「思いきり下心丸出しの最低のテコ入れてんじゃねぇか!! だからアンタとクロスしてるのはこっちだから!! マリオでも鬼滅の刃でもなくSAOだから!」

 

どうやら銀時には銀時なりの狙いがあっての行動だったらしい、しかしそれはキリトからすれば自分達と手を切って別の所に鞍替えするようモノなので裏切られた気持ちだ。

 

そしてキリトが声を荒げて彼を怒鳴りつけていると、先程彼に吹っ飛ばされ大の字で倒れていた伊之助がムクリと起き上がった。

 

「おいテメェなにしやがる!! 俺様に喧嘩売るって事はやる気かああ!?」

 

「ややこしくなるから黙ってろイノシシ頭!! お前の所の原作、ラスボス倒して忙しいんだろ! なにこんな所で遊んでんだ!!」

 

「俺様に指図すんじゃねぇ!! ていうかなに背中に刀二本指してんだ! 俺様の真似かパクり野郎!!」

 

「誰がパクリだコラ! 今時二刀流のキャラなんて掃いて捨てる程いるわ!! それにお前より俺の方がずっと先に世に出てるんだよ!!」

 

キリトに蹴られてもピンピンしてる様子で復活した伊之助は見せびらかすように刀を二本振り上げると即座に彼に対して戦闘態勢。

 

眼前に巨大モンスターがいるというのに自分に喧嘩売ってくる彼に対し、キリトもまたパクリ呼ばわりされた事にキレて叫んでいると……

 

「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ルイージィィィィィィィィ!!!!!」

 

「レッティゴォォォォォォォォォォ!!!」

 

「ってまだいたんかい緑のヒゲオヤジィィィィィィィィィ!!!!」

 

伊之助に代わり銀時が戦力投入したのは

 

まさかの一発ネタ要因だと思われていた異世界の助っ人ルイージ

 

奇怪な化け物に対し怯えながらかつヤケクソ気味にビヨ~ンとSEを鳴らして高くジャンプする彼にキリトは振り返って驚きの声

 

すると偉大なゲームから生まれた産物の勇猛果敢な戦いを見て伊之助もハッと気付き

 

「なんてこった! 先陣をあんな弱そうなヒゲオヤジに取られるとは!! うおぉぉぉ!! 俺様も負けてらんねぇ!!!」

 

「止めろぉ! お前までしゃしゃり出て来るなぁ! 頼むから原作に帰ってくれぇ!!」

 

ルイージに後れを取った事に悔しそうに叫ぶと、伊之助もまたキリトの制止も聞かずにお構いなしにモンスターへと突っ込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後、不気味な巨大モンスターは呆気なく銀時達の前に崩れ去った。

 

銀時の頼れる仲間、ルイージ&嘴平伊之助の活躍によって

 

「よーしよくやったなテメェ等、けどテメェ等が勝てたのは俺の冴えわたる指揮があった事だと忘れんじゃねぇぞ」

 

「オ~ノ~」

 

「ああ!? お前ずっと俺様たちの後ろで隠れてただけじゃねぇか! ぶった斬るぞ毛虫頭!」

 

灰となって消滅していくモンスターを確認し終えた後、ようやく草葉の陰から戻って来た銀時にルイージが首を傾げ、伊之助がプンスカと怒って抗議している中

 

キリトだけはやや離れた場所から彼等三人をジト目で眺めている。

 

「おいおい遂に余所の所から二人もスカウトしやがったよ……どうすんだよコレ、こっからどう収拾つければいいのコレ?」

 

「はぁ? なに一人でブツブツ呟いてんだよキリト君、俺の頼れる仲間達になんか文句でもあるんですか?」

 

「いやそいつ等に文句は無いから、俺が文句あるのはアンタだけだから、マジいい加減にしろよアンタ」

 

なりふり構わず余所の作品からキャラを引き抜くという暴君っぷりに、流石にキリトもこればっかりはいい加減にしろと真面目に抗議

 

だが銀時は案の定というべきか、そんな事知ったこっちゃないといった感じで悪びれもせずに

 

「オメェになに言われようが俺は真面目にこの作品を思ってやってるだけだから、見ろ俺が選んだこの精鋭達を、ゲームで天下取ったマリオシリーズ、ジャンプで一躍スターに成り上がった鬼滅の刃、凄くね? これもう最高のクロスオーバーじゃね?」

 

「他人のふんどし何枚履くつもりだアンタ……クロスどころかトリプルだし」

 

「後はそうだな、読者層を考えてラノベで天下取った作品からでも引き抜けばこの作品は盤石の体制だ、なんかスライムとか骸骨とか流行ってんだろ最近? 適当にかっぱらおうぜ」

 

「それはもう既に間に合ってるだろ! 俺がいるだろ”俺”が!!」

 

この期に及んでまだ何処からキャラクターを強奪しようと計画する銀時に、キリトは自分を指さしてツッコミを入れながら話を続ける。

 

「だからもうそういうのいいんだって! 真面目にやれ真面目に! 俺達は今、キバオウに頼まれて森の中にいるとかいう謎のNPCを探してる途中! 事件解決のカギを握るのはその女の子のNPCらしいから俺達は一刻も早く見つけなきゃいけない! OK!?」

 

「へいへい、おーけーおーけー」

 

早口でここに来た経緯をスラスラと説明するキリトに銀時は気のない返事をした後、めんどくさそうに頭を掻きながらふわぁと欠伸をし

 

「ったく仕方ねぇな、ならこっからは真面目モードで仕事してやるよ。銀さんはふざけてばかりじゃない、たまにはシリアスだって出来るって所を読者の連中に見せてやるよ」

 

「いや読者とか関係なく普段から真面目にやって欲しいんだが……」

 

「要はその小娘のNPCをこのバカでかい森の中から探して捕まえれば良いって事だろ? だったら手っ取り早く奥の手を使っちまおうぜ」

 

「は? 奥の手?」

 

ようやく真面目に探す気になった様子の銀時、に見えるが奥の手は一体なんであろう……

 

キリトが顔をしかめて若干嫌な予感を覚えていると、銀時は軽くパチンと指を鳴らして

 

「よし、やれ伊之助」

 

「獣の呼吸……! 漆ノ型 空間識覚……!!」

 

「結局奥の手も他人任せじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

自分が何をするわけでもなく、再び余所から奪ってきたキャラを使いこなす銀時であった。

 

彼が指示するまでもなく既に伊之助は二本の刀を地面に突き刺し、両手を広げてしゃがみ込んで技を発動している。

 

獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚

 

伊之助が持つ優れた触覚を更に研ぎ澄まさせ

 

大気の微細振動を捉える事で、幻惑の術の類を無視して広範囲の索敵を行う事が出来る技である

 

なお、この技の際は集中のため刀を手放すので、一時的に無防備となる。

 

「おいなんで普通に獣の呼吸の技の解説してんだよ! どんだけしゃしゃり出て来るんだよ!!」

 

「あのさぁキリト君ちょっと黙っててくんない? 今伊之助が集中して探してる所なのわかんない? 彼、真面目に仕事してるんだから邪魔しないでくれる?」

 

「うるせぇ! そもそも索敵スキルなら俺だって持ってるよ! わざわざこのイノシシ頭に出番割くなよ!」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 静かにしろパクり野郎、集中出来ねぇだろうが! いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ!」

 

「やってみろよイボイノシシ!! ていうかさっきからお前、微妙に”俺と声が似てて”イライラしてたんだよ! ここでどっちが上か証明しても構わねぇんだぞ!!」

 

森の中でギャーギャーと互いに感情をぶつけ合う新生銀時パーティー。

 

そしてそんな彼等が騒ぐ一方で、そこから少し離れた場所ではというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

視界もロクに見えない更に暗い森の中で

 

白いワンピースを着たとても小さな少女が裸足で立っていた。

 

「……やっぱり、何度抜けようとしても全部塞がれてます……」

 

その姿はどこかぼんやりと薄く見え、まるで森を彷徨う幽霊の様であった。

 

しかし少女はまるで本物のプレイヤーの様にしっかりとした意思を持ってるかのように

 

酷く困った様子で独り言を呟き、その表情にはどこか焦りの色までもが見えている。

 

「もう時間がありません、早くここから出ないと……”あの人”がこの世界を壊す前に……!」

 

彼女が手の平をかざすと、そこにはプレイヤーと同じくメインメニューが開かれる。

 

この行為を数えきれない程やってるかのように手早い動作でいくつもの画面を開いて複雑に両手の指を動かして何やら作業を行っているみたいだ。

 

「やっぱり権限を持たない私にはこのプロテクトを解除出来ない……! ああ、”あの子”がいればこんな事には……!」

 

しかしすぐに彼女の前にある多くの画面は次々と真っ赤に染まって、警告音と共に消滅してしまった。

 

それが一体どういう事なのかわからないが、ただ一つ言えることは……

 

「誰か助けを呼ばないと、じゃないと私一人の力じゃ……」

 

 

 

 

 

 

「この世界を救えない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界を救うのは俺様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ってうひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

少女が作ったしんみりとしたムードをぶち壊し、林の中から物凄い勢いでイノシシ頭の男が両手に刀を構え飛び出してきた。

 

突然の出来事に少女は悲鳴を上げて驚き、その場に尻もちを着いて固まってしまう。

 

「え? あ、あれ……!? あなたはモンスター? プレイヤー? どっちなんですか……?」

 

「俺様は鬼滅隊だ!」

 

「なんですかそれ!? この世界でそんな名前のギルドも組織も存在しない筈ですよ!?」

 

「おいおい勝手につっ走るなよ伊之助君」

 

いきなり現れた珍獣の意味不明な言動に、少女は驚きつつもツッコんでいると、続いて別の男、銀時がガサゴソと現れる。

 

「こちとら野生の勘で動けるお前と違ってロクに前も見えな……あ」

 

「あ!」

 

銀時がけだるそうに現れるとその瞬間、尻もち突いている少女とはっきりと目が合った。

 

「あ、あなたは以前ここで”あの子”と一緒にいた……!」

 

しばしの沈黙が流れた後、呆気に取られていた少女がハッとして先に彼に向かって話しかけようとする、しかし銀時は彼女の姿を見てみるみる表情を真っ青にさせ……

 

「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! スタンドだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「スタンド!?」

 

「もしかして事件解決のカギを握ってる小娘ってこのスタンドの事だったの!? やべぇよ! カギ握ってるどころかコイツが事件の主犯に違いないよ! だってスタンドだもの! スタンドなら乗っ取りなり怪奇現象なりなんでもありだもん!!」

 

「ええ!? す、すみませんさっきから一人でなにを……と、とにかく私の話を聞いて……!」

 

「く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

冷静さを失い半狂乱の様子で一人で勝手に話を進め始める銀時に、少女は立ち上がって恐る恐る話し掛けながら接近を試みる。

 

しかしそれは失敗だった、幽霊、もといスタンドに対して強く恐怖を抱いている銀時は近付いて来る彼女に怯えながら叫ぶと……

 

「やれぇぇぇぇぇぇぇルイージィィィィィィィィィ!!!!」

 

「ヒャアウィゴォォォォォォォ!!!!」

 

「え、誰その緑の帽子を被ったおじさ……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

顔中汗びっしょりの銀時の助けを呼ぶ声に応えて

 

あの超有名なマリオブラザーズ、の弟のルイージが現れ、幽霊を吸い込む掃除機、オバキュームのスイッチを間髪入れずに入れた。

 

すると次の瞬間少女が反応する間もなく、オバキュームの物凄い吸引力が彼女に襲いかかるのであった。

 

「吸えぇ!!! 跡形もなく全部吸えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「レッティゴォォォォォォォォォォ!!!!」

 

「ま、待って! 私の話を聞いて下さ……!」

 

話を聞いてくれと悲痛な訴えも空しく、彼女は抵抗さえ出来ずにオバキュームによって徐々に吸い込まれていき、そして……

 

「ちょ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

最期の悲鳴を上げたと同時に

 

キュポンと短い音が鳴ると既にそこに彼女の姿はどこにも無かった。

 

ルイージのオバキュームが見事、銀時に恐怖を覚えさせた元凶である幽霊少女を吸い込んで封印したのである。

 

そして辺りが何事も無かったかのようにしんと静まり返ると

 

「元凶は始末した、これで俺達の長い冒険はしめぇだ……」

 

銀時は安堵した様子でフゥーと息を吐き、汗でてかった額を袖で拭き、全てが終わったのだと悟った様子で空に向かって微笑み

 

 

 

 

「マリオ、炭次郎、キリト君……終わったよ」

 

「終わってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「いぎぃ!!」

 

勝手に物語の締めに入ろうとする銀時に向かって

 

遅れてやって来たキリトが今日一日三度目のドロップキックを彼の後頭部におみまいするのであった。

 

彼等のお話はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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