ハリー・ポッター 新月の王と日蝕の姫 (???)
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賢者の石-philsopher’s stone-
第1話 Sol et luna concurrentibus


お久しぶりです皆々様。鍬形丸です。
今までのリメイクはプロットをかいていませんでしたが今回は違います。ちゃんとプロットを書いているのでエタらないように頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。

第1話 太陽と月の出会い


 私リーゼロッテ・シンクレアは今年度からホグワーツ魔法魔術学校に同い年の妹と入学する。その為にお父様と妹と三人で必要な学用品を揃える為ダイアゴン横丁に来ていた。来ていたのだが気付けば妹と共にお父様とはぐれていた。なぜこうなったのかと、狼狽える妹を睨みながら心なしか頭痛のしてきた頭を押さえため息をつく。

 

 事の始まりは妹のセラフィーナがふらふらとどこかに行きそうになるのを止めた時だろう。この時は軽くたしなめれば済んでお父様とはぐれずに済んだのだが、セラは端的に言って馬鹿というかなんというか抜けているところがあって、大した時間も空けずに再びふらふらと離れだした。

 しかも今度は先程よりも遠くに。時期が時期だから仕方ないのだがごった返す人波を搔き分け何とかセラの手を掴むまではよかったのだが体勢を崩していたため人波に流され、気付けば何やら全く見覚えのない場所に流され今に至るという訳だ。

 初犯のときはセラの気持ちを理解できなくは無かった自分で言うのも気恥ずかしいが私たち姉妹は箱入りと形容しても間違っていないだろうという位には溺愛されていたと思う。だからあまり外出することはなかったから今回のことで心躍っていたのは私もおなじだったから。

 

「ご、ごめんねお姉ちゃん」

「あら?べ つ に 怒ってなんかないわよ」

「ひぃっ、ご、ごめんなさいって」

 

 確かにわざと怒っていると思われるように言ったのは事実だがそんなにも怯えられると苛立ってくるが実際には言うほど不機嫌には成っていないつもりだ。痛い目を見ればしばらくは大人しくしているだろうと思っていたのだが、如何やら思っていた以上に私は怖いらしくセラが涙目で許しを請うように見つめてきたのは結構ショックだった。だから少しでも役に立とうとあんな事をしたのか。

 

「ねぇ、私たちあっちの方から流されて来たよね?」

「そうね」

「だったらきっとお父さんも探してくれているからさっきの場所まで戻れなくても大丈夫だよ」

「何を言っているのかしら?このお馬鹿さんは」

「お姉ちゃんだって早くお父さんに会いたいでしょ?」

「それはそうだけれど」

「じゃあ早速行こう」

 

 この時の最大のミスはセラの案に乗った事では無く、気が乗らなかったからといってセラに先導させたことだろう。もし過去に戻れるならばセラの頬を張ってでも止めるかせめて私が先頭を歩いただろう。というか三度目を味わされることになるとは思いにもよらなかった。

 

「本当にこの馬鹿はどうしてくれようかしら」

「ひぃっ、怖い。ごめんなさいってば」

「あら?何ですって?聞こえないわね。たいした時間も空けずに同じミスを繰り返す馬鹿の言葉なんて」

 

 セラが止まった場所は全く見覚えのない通りでどう贔屓目に見てもダイアゴン横丁とは雰囲気がまるで違った。全体的に薄暗く怪しい店が並んでいた。一目見るだけでわかる。とんでもなくヤバイところに迷い込んでしまった。いくつか並んでいる露店の店主はみなローブを深く被りその上で顔を布で覆い隠している。どう見ても闇の住民で、私たちを無機物でも見るかのような目でじっと観察してくる。

 

 このまま立ち止まっていても好転しないと来た方向に振り替えると、遠目から強面でがっしりとした身体つきの集団が向かってくるのが見えた。それだけでなら逃げだすような事では無いのだがその集団が丁度子どもが、一人か二人ほど入りそうな程大きな袋を肩にかけているのだ。人攫い。直感的にそう感じたがおそらく間違っていないだろうと思う。

 セラもようやく事態の深刻さを理解したのか私を見つめ、そして頷く。セラの手を取り踵を返し奥に向かって速足で歩いていく。すると後ろからも足音が聞こえてくるが恐ろしくて振り返れない。奥に進めば進むほど通りが入り組んでいき初見では迷子必須だろう。

 そうしてどれ程彷徨っただろうか、かなり歩いた気もするが実際は大したことないのかもしれない。疲れてきた足を鼓舞し目の前の角を曲がろうとしたら人にぶつかった。そのせいで距離をロスしてしまったがせめて謝ってから立ち去ろうとその人の顔を見上げ顔を見たら絶句してしまった。

 

「ごめんなさい、急いでい……」

 

 頭痛を伴う程に凄まじい既知感を覚えたから。だがおそらくあった事なんてないだろうというには理解できた。だってそうでしょう?銀髪蒼眼なんて特徴的過ぎる容姿のそれも同い年位の子供だったのだから。あったら絶対に忘れないだろう。

 

「あっ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてしまって」

 

 そのまま通り抜けようとする子を尻目に一筋の光明が差し込む。

 

「待って、少しいいかしら」

「……何?」

「実は私たちは迷子なのだけれど此処に居るということは貴女も迷子なのかしら?」

「……違う」

 

 こんなところに居て迷子では無いというのなら絶対に近くに保護者役の大人がいるだろう。まさかこんなとことに子どもひとりで行かせたりはするまい。ならば一緒にダイアゴン横丁まで連れて行ってもらえば安全だ。

 

「よかった、ならこの近くに貴女のお父様かお母様がいらっしゃるのね。一緒について行ってもいいかしら?」

「……違う」

「え?違うってどういう事なの」

 

 違うとはどういう意味だろうか。ひょっとして質問を額縁通りにしか受け取っていないのだろうか。

 

「……1人」

 

 どの返答を聞いて視界が歪みそうになった。現状を打破できるかもしれなかった唯一の命綱は被害者増加でしかないようだ。しかもどうしようかと頭を悩ませていると、通りを見ていたセラが切羽詰まった表情で口を開く。

 

「まずいよお姉ちゃん。あの人たちがっ」

「やあ、どうしたんだい?お嬢ちゃんたち。そんなに急いで」

 

 通りからそんな声と共に先ほど見た男たちがが話しかけてくる。それも怖気がはしる位に下手な猫撫で声で。思わず一歩下がると一歩詰めてくる。

 

「おや?ひょっとして迷子かい?」

「そりゃいけねぇや案内しよう」

「但しパパやママの所じゃねぇけどなぁ!」

「ギャハハハハハ!」

 

先程とは打って変わって威圧するようにどんどん詰めてくる。と、ここであの子が自然体で一歩前に出る。ふと気付くといつに間に抜いたのかその右手には短い捻じ曲がった杖が握られていた。

 

「おっと、お嬢ちゃん?その杖でどうするんだい?」

「戦う気かな。怖い怖い」

「お前らあまり傷は付けるなよ。値が下がるからな」

 

それを目にしても男たちは態度を変えないばかりか、むしろ馬鹿にする様な口調で笑い始める。が、それは唐突に止むことになった。私の目には一度すら見切れなかったが、魔法の閃光だけは4つ正確に煌めくのを捉えた。何の呪文かはわからないが男たちは、まるで糸が切れた操り人形のように倒れた。

一瞬のうちに仲間を失ったリーダー格の男に向かって、あの子は歩み寄り男の眼球スレスレの距離で杖を突き付ける。

 

「……去るか死ぬか、二つに一つ」

 

 雰囲気を変えることも無くあくまもで淡々と最後通牒を突き付けられた男は、猫撫で声より下手な媚びるような笑顔を張り付け派手に転びながら仲間を放置し背を向けて逃げ去って行った。

 前言撤回。やはりこの子は現状を打破できる私たちにとっての命綱だったようだ。先程の謝罪もかねてお礼を言おうと目の前まで出て来て、改めて恩人の顔を見つめる。髪は夜の月を思わせる銀色で陽の光を受けキラキラと輝き腰程まで伸ばされ、瞳は宝石のサファイアの様な紺碧だった。また顔立ちはとても整っているがいっそ奇妙に感じるくらいに中性的な容姿でこれほど近くで見ても女の子か男の子か判断がつかない。名前は随分と物々しいが、長い髪や綺麗な顔垂らしておそらく女の子ではないのだろうか。

 

「危ないところを助けてくれてありがとう。助かったわ」

「……必要ない」

「えっ、そ、それは助けたのは偶然だから気にする必要は無いとかそんなところかしら?」

「……そう。正解」

「ところで貴女は名前は何というのかしら?私はリーゼロッテ・シンクレアよ」

「私はセラフィーナ・シンクレアだよ。よろしくね」

 

 私たちが名乗るとこれまで一切変わることのなかった表情が僅かに揺れた気がした。

 

「……シンクレア。名はレクス。レクス・ヴァルトフォーゲン」

 

 今度は私たち、というよりセラは確実に気が付いていないから私だけだが、表情は驚愕で歪む。これは考えてみればすごい確率なのではないだろうか。数ある魔法族の中でも出会ったのが私たちシンクレアとあのヴァルトフォーゲンとは。両家共に古代魔法界の王家の直系血族でしかも、シンクレア(勝った側)ヴァルトフォーゲン(負けた側)である。古代魔法史における両家当主による決闘、俗に言う月蝕は魔法族なら誰だって知っていてしかるべき出来事だろう。

 

「それってあの?」

「……お互い様」

「え?何?なんでもう二人とも仲良くなってるの?」

「ああ、そうだわ。先程も言ったけど私たち迷子なの。だからダイアゴン横丁まで連れて行ってもらえないかしら」

「……構わない」

 

迷いそうになる迷路のように入り組んだ通りをめちゃくちゃに走ってきたから道を覚える暇が無かったので誘導に従うが、レクスが居なければあのまま人攫いに攫われていたことだろう。そう考えると今になって怖くなってくる。セラも同じだったのか自然と手が重なる。

 やがて通りが光も通らないほど憂鬱とした暗いノクターン横丁から、人通りの多く温かい印象を受けるダイアゴン横丁までたどり着くことが出来た。先ほどまでは鬱陶しいと思っていた人混みだが、今はとても心が安らぐ。

 ふと視界を向けると立ち去るのレクスを見つけ慌てて呼び止めるが足を止めないので塞がっていない方の手でレクスの手を掴む。新雪の様な白い手に反比例して驚くほど固い手や、私たち2人の重量を物ともせず牽引出来るほどの力強さには驚かされたが、離さずに居ると振り返って私の顔を見つめる。

 

「……何?」

「先程も言ったのだけれど私たちは貴女に感謝しているの」

「……だから、気にする必要は無い」

「ええ、聞いたわ。でも此処まで助けて貰っておいて、ハイじゃあさよならなんて出来ないわ」

「……はぁ」

 

 さてどうやってお父様の処まで連れて行こうかしら。などと、考えていると人混みの中から私たちの名前を呼び掛ける声が聞こえた。

 

「リーゼ!セラ!良かった無事だったんだね」

 

 人混みを搔き分けて来たのはお父様だった。俳優顔負けの顔に珠の様な汗を浮かべ髪は張り付いていた。見れば息も切れていてよほど心配だったのだろうと思うと心が痛んでくる。おそらくそのままの勢いで抱き締めるつもりだったのだろうがレクスの姿を見て困惑したように急停止する。

 

「あれ?これはどういった状況なのかな?」

「この子は恩人ですお父様」

「うん?恩人だって?逸れた時に一体何があったんだい?」

「実はノクターン横丁に迷い込んでしまった時に人攫いに攫われそうになってしまいまして、その時彼女(・・)に危機一髪といった所で助けて貰ったのです」

「なんだって!?そうだったのか……」

 

全てを話すには時間が足りないのでかい摘んで説明をする。こう話せばお父様がどう動くかなんてセラですら分かる事だ。レクスの顔を見て少し考え込んだかと思ったらしきりに頷きレクスの空いている左手を両手で掴んでぶんぶんと振り回す。

 

「いやぁ君は娘たちの恩人、いや僕の恩人だよ!本当にありがとう!」

「それでお父様、お礼をしたいのですけど」

「……無用。本当に、必要無い」

「ははは、そう言う訳にはいかないよ。というか君カイルの息子だろう?」

「……遺伝子上は」

「うん、あれだ。君はジョークがあまり得意じゃないみたいだね。実を言うと、さっきカイルと会った時にもし見つけたら君を捕まえておくように言われているんだ。だから大人しく諦めてお礼を受けるといいよ」

「……はぁ。……分かった」

 

 お父様のこういった時の押しの強さやフレンドリーさは尋常では無い。案の定弁の立つ方では無いレクスは勢いに押され逃げ道を塞がれ不承不承に了承する。というか今物凄い気になる発言をしていなかったでしょうかお父様。私の聞き間違いでしょうか。

 

「よし。じゃあそろそろお昼の時間だし漏れ鍋にでも行こうか。っと、その前に自己紹介を忘れていたよ。僕の名前はレクター・シンクレアというんだ。君は?ヴァルトフォーゲン君」

「……レクス。あと家名は嫌いだ」

 

 

 

 

 

 レクスはフリード(兄を名乗るだけの馬鹿)カイル(遺伝子上の父)ダイアゴン横丁に来ていたのだが人混みと隣でひたすら騒ぎ続けるフリード(兄を名乗るだけの馬鹿)に嫌気がさし、ヴァルトフォーゲンの城に似た表面上は静寂を保つノクターン横丁を歩いていた。そのノクターン横丁で出会ったリーゼロッテとセラフィーナという二人のシンクレアに出会った。これをヴェルヘイム(知識しか価値の無い塵)に伝えれば、いつもの発作で狂笑を浮かべ殺してヴァルトフォーゲンの威光を取り戻せとでもいうに違いない。二人を追っていた男たちが鬱陶しく四人を呪い精神を崩壊させ中央の男を脅し、二人をダイアゴン横丁に連れて行った。

 困ったのはその後で執拗につきまとい礼をさせろと迫ってきた。感謝されるき立場のボクが礼を迫られるとはどういった事だろうか。感謝されるなんてここ数年なかったため振り払いはしなかったが今思えばここで振り払い立ち去るべきだった。何故ならその後更に強く迫ってくる男が現れたのだから。結局押しに負けて礼を受ける事になってしまった。アレの性格上ただの友人に頼むとは考えずらいのでこのレクターとやらはそれなりに親しいのだろう。

 レクター主導で漏れ鍋に向かうことになったのだが運の無いことに丁度その時反対からフリード(兄を名乗るだけの馬鹿)カイル(遺伝子上の父)がこちらに向かってくるのが見えた。何が楽しいのかニコニコしているフリード(兄を名乗るだけの馬鹿)を見ていると憎たらしいとすら思う。

 

「おお!どこに行ってたんだレクス!」

「……関係無い」

「そんなことないぜ。でも何事も無くてよかった。なぁ父さん」

「……ああ、そうだな」

 

 これ以上話していると思わず杖を抜きたくなるのでこれらを無視して漏れ鍋の方向に歩いて行くと今度はレクターが口を開く。 

 

「ははは、ついさっきまではお礼を頑なに拒んでいたのにお腹でも空いたのかい?」

「お礼だと?レクター、一体何があったんだ?」

「いやぁ娘たちが迷子になった時にノクターン横丁の方まで行ってしまったらしくてね、そこでトラブルに巻き込まれた所を助けられたんだよ」

「へぇ!流石は俺の弟だな、ん?というかことはノクターン横丁に行ったのかよ。良いな」

「フリード、お前にはまだ早い」

「えぇ、でも父さんレクスは行ったじゃないか」

「あぁ……、それは、……レクスならば既に自衛を可能とするからな」

「……お前とは違う」

 

そうだ。ボクはお前とは違う。自分の立っている場所の裏で何が起きているか、それすらも知らない平和ボケしたお前とは。

 

「うぅむ。たしかにレクスの魔法は凄いからな」

「こんな所で立ち話もなんだし漏れ鍋で話さないかい?」

「レクターよ、流石に奢るなどと言いださんよな」

「おや?よく理解しているじゃないか。その通りさ。じゃ漏れ鍋に行くとしよう」



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第2話 per Nosferatu

第2話 常夜城にて


 ヴァルトフォーゲンという一族の歴史は長い。ではどれほど長いのか。1000年か?2000年か?いやいやヴァルトフォーゲンの歴史はその程度の物ではない。確かなところ紀元前1000年にはヴァルトフォーゲンなる魔法使いの存在が確認されている。つまり驚くべきことに3000年もの歴史を持つというのだ。まさに世界最古の魔法族を名乗るに相応しい規格外さといえるだろう。しかし紀元前600年にシンクレアを名乗る魔法使いの一団が現れ、ヴァルトフォーゲンは緩やかに衰退していった。そして今より1000年前両者の立場が入れ替わる。それが現代においてもよく知られている通称‵月蝕と呼ばれる事件だ。それ以降900年間歴史にヴァルトフォーゲンの名が乗ることはなかった。1900年代になり既に滅びたとされていたヴァルトフォーゲンの一族が現れる。

 ヴァルトフォーゲンの居城、常夜城(ノスフェラトゥ)はかつて現在のホグワーツ城の位置にあったといわれている。だが城を転移して以降常夜城(ノスフェラトゥ)の場所を知る者はいない。故に様々な伝説が伝えられる。ある一説によればそもそも移動していないだとか、また別の説によれば魔法界のどこかの山奥や森林に存在するだとか、はたまた月の裏側に存在するのだとか……。とまあ多くの説があるが最後の説はあまりに荒唐無稽すぎる為信じる者は極めて少ない。

 

 

 

 

 

 レクスがどこか研究施設の様な場所でパタンと本を閉じる。その本はそれなりに古いらしく年季が入っているように感じられる。レクスはその本を乱雑に本棚に放り込む。その本の題はヴァルトフォーゲンの歴史・121代目当主バルークス・ヴァルトフォーゲンとある。この本の厄介なところは開くと内容を解釈して聞かせるのだ。

 鬱陶しい本を黙らせたレクスは奥に戻り机の研究資料と向き合う。内容を軽く見るに研究内容は主に3つで人体錬成と時空に関連するモノと不老に関連するモノだった。既にそれらの紙には数多の魔術理論や魔法式が所狭しと書き込まれており、隙間が見当たらない程だ。それと並行して別に紙には魔法界マグル界問わず歴史であった事件が年代と共に詳細に書き出されており、不規則にバツ印が付けられている。

 

「……やはり不老は賢者の石が最短か」

 

 ひたすら考え詰めであったため鈍ってきた思考や、固まった思考をほぐす為に気分転換でもしようと席を立ち出口の梯子へと向かう。梯子を上がり扉と開け出るとそこはベットと、簡素な机と空の本棚のみが存在する極めて質素な部屋だった。レクスは研究室となっているトランクを閉め縮小し懐にしまい込む。

 部屋を出るとすっかり暗くなっており月が輝いて見えた。今日は朝食以降部屋を出ていなかったので時間の変化にわずかに驚く。そして気分転換にと常夜城(ノスフェラトゥ)内を気ままに歩き回る。燭台の光と月の光に照らされて光と影が入り混じり幻想的な雰囲気を醸し出している。そんな美しい雰囲気の廊下を歩くレクスはいつもの無表情な顔にわずかに嫌悪感を浮かべ、いつでも杖が抜けるようにしていた。折角気に入っている場所で気分転換をしていたというのに先程から殺気も隠さず付けてくる身の程知らずに塵のせいだ。やがてレクスの正面から10人の16歳程度の男女が立ち塞がり、後ろからも先程から隙を窺っていた10人の男女が来る。

 

「これはこれは、レクス・ヴァルトフォーゲン様。今宵はどちらへ?」

 

事情を全く知らない者が見れば16歳くらいの男女が11歳程度の少女を不良集団が脅している場面に見えるだろう。杖を持つ者だけでなく刃物まで持つ者がいて身体の見える部位に番号を彫ってあるならなおさらだ。

 

「なんなんだお前はっ!」

「どうしてお前だけ」

「同じ”名無し”だったはずなのにっ」

「血も涙も無い怪物め!」

「この殺戮者が!」

 

 常夜城ノスフェラトゥでは”名無し”と呼ばれる者達がいる。理由は様々だがが大きく分けて二つ。ひとつは育児放棄された者達。あるいは労働力としてここ常夜城(ノスフェラトゥ)で製造されたホムンクルス。ここ常夜城(ノスフェラトゥ)において”名無し”は蔑まれる存在で、特にホムンクルスの”名無し”は屋敷しもべ妖精以下の存在として扱われる。レクスを囲う10人が中性的で鏡写しのように同じ顔立ちな為彼らは後者だろう。

 

「……だから何?」

 

彼らの悲痛な慟哭(叫び)に対してレクスはどこまでも無感動だった。まさかこの塵共はこれだけのために来たのか?そうでは無いというのはこの塵共の装備を見ればわかるが。

 

「なっ!?」

 

 彼らとしてもそこまで無感動に一刀両断されるとは考えていなかったのか言葉を詰まらせる。予想外の返答に言葉を詰まらせたリーダー格の少年だったがよくよく考えれば自分達は話し合いをしに来たのでは無い。自分達は身の程を分からせる為に来たのだと持ち直し、口角を釣り上げて杖を向ける。しかしこの段階に至ってもレクスは杖を抜くどころか触ろうともしない。

 

「はっ!死んで身の程を知れ!ディフィンド!」

 

 まず放たれたのは切断呪文だが、レクスにとって避けるにすら値しない劣悪な練度の呪文であったため魔力を集めた左手の甲で弾き別の塵の頸動脈に当てる。鮮血が噴水の様に吹き出し周囲の塵を紅く染める。

 

「は?……な、え?」

 

 それは塵にはあまりに理解しがたい事だったようで思考ごと身体が固まる。誰の前で呆けていると内心嘲り人間を超越した速度で前方に駆け寄り手頃な位置に居る2人を右と左の手刀で頭を落とす。ここでようやく塵どもは我に返り現状を把握し絶叫交じりに呪文を連発する。

 流石に近距離で放たれた呪文は躱せない、故に再び弾き術者に返し吹き飛ばす。高速で石の壁に叩き付けられた塵共は頭から血を流して倒れ伏せる。後ろから放たれる呪文を長年の経験によって感じ取り振り向かず紙一重で避ける。すると射線上にいた塵に命中し倒れ伏せる。射線の先に何があるか位は把握しておけ間抜け。

 杖を振るえない程の超近距離で拳を握り心臓を殴り付ける。枯木の割れる様な音が響くが気にせず拳を押し通し心臓を殴り潰す。短剣を持った塵が切り掛かって来るが手首を掴み魔法の射線上に投げる。その間に手頃な位置にいる塵を蹴り飛ばし前方最後の塵に投げつけ、先程投げる時に奪っておいた短剣を投げる。短剣は1人目の首を裂き2人目の心臓を貫いた。

 振り返ると残りの10人は腰を抜かして震えながら逃げようとしていた。今更何をしているんだ?襲い掛かってきた塵供の分際で。

 ここでようやくレクスは杖を懐より取り出した。未だ殺戮は終わらないと悟った塵供は使い物にならない足を引きずりながら這ってでも逃げようとする。しかしレクスがそれを許すはずも無い。

 

「……フィンドファイア」

 

 そして選択した呪文は悪霊の炎、単純な破壊力なら死の呪いすら上回り最強の呪文の一つとも数えられる。ただしその威力故か並みの魔法使いが使えば制御できずに術者もろとも周囲一帯を焼き殺す呪文なのだがレクスはそれを完全に制御し焼き尽くす。

悪霊の炎は守護霊呪文と同じく何らかの生物の形をとって現れる。レクスの悪霊の炎の姿は一言で言うならば混沌。それ以上的確な答えはないだろう。混ざりすぎてレクス本来の生物がわからず、混ざっている獣で種別を判断できるのはごく一部で、頭は獅子と山羊、胴はドラゴンで、足は人の手と熊と鳥と狼、尻尾には無数の蛇と蠍の尾、鳥の羽根に竜の翼。それだけでなく全身至る所に苦悶の表情を浮かべる人の顔が浮かんでは消える。

 

「なんで?何が違うの?私たちと同じ___」

「……黙れ」

 

 それを見た"名無し"達は絶望し杖を手放し逃げる事もせず座りつくす。レクスは杖を一振りし次々に死体すら残らぬ程に焼き尽くす。絵画になっていてもおかしくない程だった白と黒の芸術に凄惨な赫を加えてレクスはその場を去っていく。常人ならば見ただけで狂ってしまうほどの殺戮をその手で成したレクスの精神は一切変わっていなかった。しかしレクスの心に波紋を残した”名無し”の罵倒があった。なんでお前だけが!か。そんな事ボクが知りたいと俯くレクスの表情は泣いていたのかもしれない。

 

「ほぅ、レクス、お主また力を付けたのではないか?」

 

 歩き始めたレクスだったがそう話しかけられた時、背筋が凍るような感覚に囚われ、嘗てその身に刻まれた恐怖を思い出し、そのせいで歯がうまく噛み合わなくなる。

 かの月蝕以降ヴァルトフォーゲンは表向きの皮を捨て去り闇の中で繁栄していった。全てはシンクレア(太陽)ヴァルトフォーゲン(満月)が呑み込まんとするため。

 力こそ全て。勝者こそが正義。敗者に口なし。そんな巫山戯た法がまかり通るヴァルトフォーゲンの居城常夜城(ノスフェラトゥ)で最も絶大な権力を持つ者は誰か。それは決まっているヴァルトフォーゲンにおいて最も強い者だ。それは当然次期当主たちではない。常夜城(ノスフェラトゥ)の主たる現当主ですらここでは最強ではない。

 では誰が最強なのか?答えはひとつだ。今レクスの目の前にいる、好々爺然とした孫を褒めるような表情を浮かべる老人こそが、ヴァルトフォーゲン最高位の魔法使いヴェルヘイム・ヴァルトフォーゲンだ。かつてはレクスらと同じく銀髪であったであろう髪は今は一本残らず見事な白髪となっており顎髭は腰のあたりまで伸ばしている。背骨は真っ直ぐで、老人らしい弱々しさは一切感じられず挙動ひとつひとつに覇気が感じられるが、対照的に目の蒼眼は濁り切り見るものを引き摺り込むような狂気すら感じられる。

 

「……ヴェ、ヴェルヘイム。……何故」

「そろそろ調整(・・)の時期だろう?着いてきなさい」

 

 ああ、恐怖が縛る身体を憎悪が解放し目の前を歩くヴェルヘイムを殺したくなるがまだだ。今はその時ではないと耐えて刃を研ぎ澄ませと無理やり押し込める。

 ヴェルヘイムの研究室へと入り、床に描かれたレクスをして複雑怪奇と言わざるを得ない程に緻密な魔法陣の上に横たわる。ヴェルヘイムはそれを尻目に逐次状況に合わせて魔法陣を書き換えていく。調整(・・)というだけあって自らの身体を弄繰り回される為、激痛が全身を迸るが意地でも顔に出さない。

 

「終わりだレクス。……そう言えば明日だったかホグワーツは」

「……」

 

 調整(・・)が終わりもう用は無いといわんばかりに立ち上がり去ろうとするレクスの肩をヴェルヘイムが、骨が軋む音がする程の強さで掴み掛かり目に自分の姿が映る程顔を近づけてくる。

 

「日蝕を。日蝕を何としても成し遂げるのだ」



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第3話 Hogwarts Express

第3話 ホグワーツ特急


 ホグワーツ特急のあるキング・クロス駅をレクスはフリードとカイルと歩いていた。マグルに混じって大荷物でカートを押して歩くホグワーツ生が見えるが、奇妙な事に2人は軽装でそんな大荷物など無くレクスに至っては本当に何も手にしていなかった。それに他のホグワーツ生は人混みを苦労して抜けているというのに、レクスの向かう先が拓け道となる。それはレクスの容姿だけでは無く近寄りがたい雰囲気も相乗してのことだろう。そのまま歩いて行き9番線を通り抜け10番線との間にある4本のうち3本目の柱の付近で立ち止まる。

 

「柱の向こうか……。本当に大丈夫かこれ?」

「大丈夫だフリード。ぶつかる心配はない」

「……邪魔」

 

 意を決したフリードが、勢い良く通り抜ける前にレクスがその背を蹴り9と四分の三番線に押し込む。変に力が入ったフリードは転びそうになったが何とか堪え後から入ってきた無表情のレクスの顔を軽くにらむ。その時カイルに話しかける声が聞こえフリードは声のした方を向くが、それを意に介さず足を止めないレクスの手を引いて止めるのを忘れなかった。カイルに話しかけたのは1人の少年を連れた男だった。

 

「おや?これは久しいなカイル」

「お久しぶりです。ルシウス先輩」

「そういえば君の息子も今年からホグワーツだったか。ドラコ挨拶しなさい」

「初めまして、ミスタ」

「これは丁寧にありがとう。……フリード、レクスも挨拶しなさい」

「は、初めましてミスタ」

「……」

 

 ドラコと呼ばれた少年が畏まった挨拶をするのを見てカイルは自らの息子にも挨拶するよう促す。フリードは見よう見まねでぎこちない態度で挨拶するが、レクスはちらりとルシウスの顔を一瞥しそれだけだった。ルシウスはそれに対し僅かに眉をひそめたがそれだけだった。その後ドラコに言付けて去って行った。

 

「そろそろ乗り込んだ方がいいだろうドラコ。穢れた血と同じコンパートメントになってしまうかもしれない」

「分かりました父上。それで君たちも一緒に行かないかい」

「おう。え~と、悪いな名前聞いてもいいか」

「手短にいこうか。僕の名前はドラコ。ドラコ・マルフォイさ」

「よろしくなドラコ。俺はフリード・・ヴァルトフォーゲンだ」

「……レクス・ヴァルトフォーゲン」

 

 3人はそのままホグワーツ特急に乗り込み空いているコンパートメントを探すが、途中でドラコが何かを思い出したように叫ぶ。

 

「ああ!くそっ。すっかり忘れていたクラッブとゴイルはどこだ」

「どうしたんだドラコ」

「なんでもないがすまない。父上に面倒を見ろと言われていた奴らを探さないといけないんだ」

「だったら手伝うぜ?」

「それには及ばないよ。彼奴等図体ばかりデカくてトロールみたいで5人も入らないんだ。だからまたホグワーツで。同じ寮になることを祈っているよ」

「ああ俺もだ。ホグワーツで」

 

 ドラコと分かれたその後も空いているコンパートメントを探すが見つからない。しかしちょうど覗いたコンパートメントに少年が1人だけ座っているのが見えた。フリードは軽くノックしレクスを連れて中に入る。

 

「よう、ここ空いてるか?どこもいっぱいでな」

「あ、空いてるよ。ここは僕1人だったから寂しかったんだ。あ、僕はネビル。ネビル・ロングボトムだよ」

「俺の名前はフリード・ヴァルトフォーゲン、よろしくな。この無愛想なのが弟のレクスだ」

 

 レクスはネビルの横に座りフリードはネビルの対面に腰掛ける。フリードとネビルが隣で会話するのを尻目に、ポケットからペンと紙を取り出し宙に浮かべて魔法薬の材料のリストと並べて改良していく。紙は次第に枚数を増やしていき既に5枚目の半ばまで埋まっていた。ペンを走らせる音はそれなりに離れているフリードにもはっきりと聞こえるほどだった。しばらくするとネビルが立って椅子の下を探ったりトランクの中を探り始めた。隣でそんなに動かれては気が散るし邪魔だとペンと紙をしまう。

 

「……何?」

「トレバーが、僕のペットのヒキカエルがいないんだ。知らない?」

 

 これはペットの管理も出来ない間抜けなのかと責めるのか、それともヒキガエルにすら逃げられるどんくささを笑えばいいのだろうか。そう考えたレクスだったがこれはめんどくさい事になったと内心ひとりごちる。こんな状況で動かないわけない奴がいるではないか。

 

「なんだって。そりゃ大変だ。俺らも探すの手伝うぜ」

 

 そして当然のような顔して此方まで巻き込んでくる。別に動かなくてもいいがその間騒ぎ続けられると思うと鬱陶しいので、ポーズだけでも取るのが得策かとコンパートメントを出る。この短時間でフリードもネビルが大層な間抜けであると気付いたらしく1人にしないように汽車前方に向かい歩いて行った。ようやく離れられると後方に向かって行く。とは言えトレバーとやらを探す気はさらさらない。そもそも探す気が有るならあの場で呼び寄せ呪文を使っている。

今ひとつひとつのコンパートメントを覗いてまわっているのは数少ない知人であるリーゼやセラを探すのとあのハリー・ポッターを探すのが目的だ。死の呪文を受けて死なないという事はある程度の推測は付いているが、それでも本当に不死であるという可能性も極めて少ないがあり得ると思っている。

そうこうしているうちに妙に甘い香りのするコンパートメントを見つけ気になって覗いてみればなんといるではないか。目的であった3人が。中にいるのは4人だが最後の赤毛は知らない奴だった。とりあえず軽くノックして扉を開ける。

 

「……久しぶり」

「あら、レクス。久しぶりね」

「やっほー。久しぶり」

 

中を見渡すと床一杯に菓子の山が出来ていた。先程からのカートを押すのを見たが買い占めたのはここだったか。にしてもこれほどまでの量をホグワーツまでに食べきれるのだろうか。そのやって見ていると赤毛が端に寄ってスペースを作ったので一瞥して座る。

 

「わぉ、とりあえず座ったらって言おうと思ったら言う前に座られちゃったよ」

「あれ?そういえばフリードはどうしたの?」

 

セラの問いには汽車の前方を顎で指して答える。そしてハリー・ポッターを近くで見て大凡の判断はついた。大穴の不死はやはり無く、それなりに古い強力な魔法、加護の領域まで達するモノだろうと判断し興味を無くす。

 

「それで君は誰なの?」

「……レクス・ヴァルトフォーゲン」

 

赤毛はマグル生まれでは無いようで名乗れば面白いくらいに顔を変え驚く。

 

「ヴァルトフォーゲンだって⁈わぉ本当に驚いた。それでレクスはどの寮に入りたいと思う?」

 

寮か。正直言ってどこに所属してもやる事が変わるわけでは無いが、寮の適正で選ばれるのであればボクの様なモノはスリザリンだろうか。慈しむ心なぞとうに捨て去ったし、ただ知識欲を満たした訳では無いし、勇気が無いわけではないだろうが蛮勇では無い。

 

「……スリザリン」

「何でまたスリザリンなんかに?あんなとこ闇の魔法使いが行く所だって聞くぜ」

「さっきも言ったけれどその言い方はどうかと思うわ。それに彼は人を助けられるヒトよ」

「ふーん。まあでも同じ寮になったらよろしくね。フレッドとジョージの話だとトロールとタイマンで喧嘩させられるんだって」

 

赤毛がそんなことを言い始めしかもそれを信じている様だ。少しは考えろ馬鹿か?寮の適正試験だぞ?100歩譲ってそうだったとしてもそれじだと勇気しか判断できないじゃないか。内心罵倒しているとドアが開かれフリードがネビルと知らない女を連れ立っていた。

 

「このネビルのヒキガエルを探しているんだが知らな__」

 

コンパートメント内を見渡したフリードがその言うと自分と目が合い憤怒の表情へと変える。そういえば名目はネビルのヒキガエル探しだったか。

 

「何やってんだお前は。ハーマイオニーまで手伝ってくれてるってのに呑気に座って休みやがって、此奴め」

「……じゃあリーゼ。ホグワーツで」

「え、ええ。ホグワーツで」

 

鬱陶しく絡んでくるフリードを引き剥がしながらリーゼに手を振り立ち去る。去り際に呼び寄せ呪文でトレバーを引き寄せネビルに渡す。

 

「おい!なんだその魔法は!あるなら最初から使えよ!」

「……煩い。黙れ」

「ガハッ⁈」

 

耳元で騒ぐフリードがいい加減鬱陶しくなり腹に軽く拳を当て黙らせる。腹を押さえて蹲るフリードの襟首をつかんで引き摺り元のコンパートメントに向かう。



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第4話 Et secundum partes ceremonia

第4話 組み分けの儀


 いつになったらホグワーツに着くのかと思っていると、やがてアナウンスが流れレクス達新入生はプラットホームの一角に集められる。すると暗がりから大の大人ですら軽々と持ち上げることが出来そうなほど屈強そうな大男が出てきた。人間にはあり得ない程の巨躯からレクスはその大男が巨人と人間の混血であると理解した。

 

「イッチ(一)年生!イッチ(一)年生はこっちだ!ほれ!」

 

 そんな大男がランタンを片手に掲げ新入生を先導する。しかし周囲の光源はそのランタン1つのみであり、鬱蒼としている森林を通り抜けるには少々心許ない。その為新入生たちは転びながら着いていくしかないが大男はそういった機微に疎いのか速度を落とすことなく慣れた調子で進んで行く。幸いにもレクスは闇夜であってもさしたる苦労のない程の瞳を有している為、感覚的には昼間とそう変わらないので新入生の間を通り抜け歩いて行く事が出来る。あの男は少なくともホグワーツ勤務のはずだろう?なら光源くらいなら出して見せればいいだろうに。

 

「おい、待てって、レクス」

「……」

 

 すいすいと人混みを進んで行くレクスを見てフリードは慌てて着いて行こうとするが、レクスはその抗議に取り合うこともせず歩みを止めない。何とかして追いついたフリードだったがちょうどその時、木の根に足を取られて体勢を大きく崩す。転びそうになったフリードは咄嗟にレクスの手を取ろうとするが、レクスに手を撥ね退けられ顔から大きな音を立てて転んだ。それを見ていたレクスは僅かに鼻を鳴らし表情を歪める。それは反省などではなく嘲りによるものではあったがレクスが杖を一振りし傷を癒す。

 

「おお、ありがとう、って元々はお前がどんどん先に行くせいだろうが」

「……ホグワーツ城」

「あ?何だって?」

「……見えた」

 

 レクスの視線の先に目をやると急に視界が開け大きな黒い湖畔が現れた。それと同時に集団中にざわめきが広がる。湖畔には巨大で荘厳な城が佇んでいた。その城はレクスから見ても常夜城(ノスフェラトゥ)に匹敵するだろうと思う程の巨城だ。大小様々な塔が建ち並び、背景には満天の星が広がっている。

 レクスとフリードを除いた新入生たちはこれほどまで巨大な建造物を見たことがなかったのか魔法族出身の生徒からも感嘆の声が上がる。

 湖を渡るためにレクス達は4人1組となってボートに乗り込み、崖下のトンネルを通って地下の船着場に到着した。その後船着場から岩場を削ってそのままらしいゴツゴツした岩の階段を上がっていくとやがてホグワーツ城の玄関前まで辿り着いた。大人が数人ががりで開けるような重厚そうな樫の扉を大男は軽々開け中に入る。住宅が数軒ほど入りそうなほど大きな玄関ホールに出ると1人の厳格そうな老魔女が新入生を迎える。

 

「ご苦労様です、ハグリッド。あとは私が誘導しましょう」

「マクゴナガル先生、後は頼みます」

 

 ハグリッドは緑色のローブを纏う老魔女 マクゴナガルに新入生を引き渡しその場を後にする。

 

「ひとまずはホグワーツ入学おめでとう新入生の皆さん。歓迎会が間も無く始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなければなりません。寮の組み分けの儀式は、これからの皆さんの生活に大きく関わってくる大切なものです。勉強するのも、寝起きするのも、自由時間を過ごす時にも関わってきます」

 

マクゴナガルは声を荒げなくともよく通る、自然と周囲のざわめきを鎮める声でホグワーツの説明を続ける。

 

「あなた方がこれから組み分けられる寮について軽く説明します。勇気を重んずる勇敢な獅子の寮 グリフィンドール。慈愛を重んずる誠実な穴熊の寮 ハップルパフ。知識を重んずる意欲の大鷲の寮 レイブンクロー。狡猾を重んずる野心の大蛇の寮 スリザリン。それぞれの寮に築いてきた輝かしき歴史があり、沢山の偉大な魔法使いや魔女を輩出して来ました。

 またホグワーツでの己の全ての行いは各寮の点数に影響します。模範となるような規律正しい行いをすれば加点を、それぞれ校則を破る等の非行を行えば減点を。些細なことであろうと自らの行いが学年末の寮対抗戦に影響を及ぼしますので注意なさい。それでは間もなく全校列席の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、出来るだけ身なりを整えておきなさい」

 

 マクゴナガルがそう言い残しその場を後にすると、抑えられていた分新入生たちのざわめきは先程よりも大きいモノであったが、さしたる時間もかけずにマクゴナガルが戻って来たせいで慌てて俯く生徒がちらほらと見えた。

 

「さぁ準備が出来ました。一列になって付いてきなさい」

 

 大広間はホグワーツの規格に相応しい荘厳で広大な空間だ。何千という蝋燭が広間を照らし、中央には4つの長テーブルが置かれている。そこには金色の皿やゴブレットが置かれ、そして何百人もの上級生達がすでに着席して一年生達を凝視していた。上座には5つ目のテーブルがあり、そこに座っているのは学校長のダンブルドアを始めとする教師陣だ。天井の装飾も見事の一言である。本当の空に見えるよう魔法がかけられたそこは、まるでプラネタリウムのように満天の星が広がっていた。

 その光景に新入生が見とれていると、おもむろにマクゴナガルが4本足の椅子を置きその上に汚らしい継ぎ接ぎだらけの魔法使いの被るような如何にもといった帽子を用意した。無論ただの帽子ではない。新入生たちの学校生活或いは人生を決めると言って過言ではないほどの重要な役割を持つのは、彼あるいは彼女こそが意思ある帽子、組み分け帽子だ。継ぎ接ぎの一部分が裂け口の様に動く。

 

私はきれいじゃないけれど

人は見かけによらぬもの

私をしのぐ賢い帽子

あるなら私をは身を引こう

山高帽子は真っ黒だ

シルクハットはすらりと高い

 

私はホグワーツ組み分け帽子

私は彼らの上をいく

君の頭に隠れたものを

組み分け帽子はお見通し

かぶれば君に教えよう

君が行くべき寮の名を

 

グリフィンドールに行くならば

勇気ある者が住まう寮

勇猛果敢な騎士道で

他とは違うグリフィンドール

 

ハッフルパフに行くならば

君は正しく忠実で

忍耐強く真実で

苦労を苦労と思わない

 

古く賢きレイブンクロー

君に意欲があるならば

機知と学びの友人を

ここで必ず得るだろう

 

スリザリンではもしかして

君はまことの友を得る

どんな手段を使っても

目的遂げる狡猾さ

 

かぶってごらん! 恐れずに!

興奮せずに、お任せを!

君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

だって私は考える帽子!

 

どうやら歌はホグワーツ4寮の特色を表すものらしい。組分け帽子が歌い終わると上級生や教師たちが拍手する。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被り、椅子に座って組み分けを受けて下さい」

「アボット・ハンナ!」

「ハッフルパフ!」

 

少女がかぶると一拍おいて進むべき寮を示す。するとハッフルパフのテーブルから歓声が上がり少女を温かく迎える。その後も組み分けは続いていくが現時点では組み分け困難者は1人もおらず間髪いれずに流れ作業に新入生は進むべき寮を告げられていく。最初に出た組み分け困難者はハーマイオニー・グレンジャーという名の少女だったが、やがてグリフィンドールの名を組み分け帽子は叫ぶ。次に組み分け困難者となったのは先程レクスとも会ったハリー・ポッターだったが彼もまたグリフィンドールであった。例年は知らないが組み分け困難者はグリフィンドールに選ばれやすい傾向でもあるのだろうか。

 

「シンクレア・リーゼロッテ!」

 

 組み分けの儀式に飽きてきていたレクスであったが数少ない知人のリーゼの名が呼ばれ組み分け帽子をジッと見つめる。リーゼもまた組み分け困難者のようでしばらく組み分け帽子を唸らせていたがやがて裂け目が大きく裂け進むべき寮の名を叫ぶ。

 

「フーム、難しい。他者を思いやる心が無いわけでは無いがそれは身内にのみ向けられる。頭も悪いわけではなくむしろ賢く知識を蓄えることを望んでいるか。だがあえて此処ならば……スリザリン!」

 

 スリザリンのテーブルから拍手と歓声が上がる。

 

「シンクレア・セラフィーナ!」

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドールのテーブルから拍手と歓声が上がる。組み分けの儀式も順調に進んでいき終わりが見え始め、空腹などの理由で皆がしらけ始めていた頃。

 

「ヴァルトフォーゲン・フリード!」

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドールのテーブルから生き残った男の子ハリー・ポッターの時と同じくらいの拍手と歓声が上がりフリードはグリフィンドール生と握手を交わす。自分が終わったなら次は弟のレクスだとフリードは同じ寮になればいいと思いながらレクスを見る。

 

「ヴァルトフォーゲン・レクス!」

 

 フリードは前に出て来るのにかなりの緊張を強いられたがレクスはそういったことはないようでどこまでも自然体そのものであった。レクスの名が呼ばれた時は先程のフリードやハリー・ポッターと同じようにざわめきが広がるがレクスが歩みだすとそれは自然と止む。

 静まり返った大広間をレクスは静かに歩いて行く。それだけだというのに教師を含めて皆レクスの雰囲気に呑まれ、なんの変哲も無い赤絨毯は王座までの道、見窄らしい椅子と帽子は玉座と王冠に見え、周りの生徒は王の凱旋を歓迎する民衆といったところか。

 もはや大広間にはレクスの歩む音のみが響いていた。

 ダンブルドアは自らの目を疑う。顔付きも、眼の色も、血筋も、何から何を含めても『彼』とは関係の無い筈。しかしそれでも連想させずにはいられない。在りし日の『ヴォルデモート卿』、すなわちトム・リドルを。

 

(ふぅむ。これは…)

 

 レクスの頭に直接声が響く。組み分け帽子の声だ。組み分け帽子はかのグリフィンドールより命を受けて以来1000年の間ホグワーツで生徒の経験と素質を見出しそして本人の意思を確認しその者にとって最良の結果となるよう選んできた。それは今回も変わらない筈であった。

 しかし組み分け帽子はレクスの思考を読み取ろうとしてもまるで読めない。それはホグワーツを1000年支えてきたという自負のあった組み分け帽子の自尊心(プライド)を深く傷付けた。意識せずに組み分け帽子を傷付けたレクスは内心ひどく落胆していた。常夜城(ノスフェラトゥ)の暗部で行われた虐待(教育)を潜り抜けて以降誰にも明かしたことの無い胸の内を読み理解してくれるのではないかと僅かにでも期待していた分だけ落胆は大きかった。

 そして組分け帽子にはレクスについて何一つとして理解出来なかった。思想はもちろんのこと、溢れんばかりの才能の上限すら計れなかった。組分け帽子に唯一理解出来たことがあるとすれば他者を一切信頼しない極めて強固な拒絶心のみ。それ程の拒絶心を持つ者などここ以外にはあり得ないと悔し紛れに進むべき寮の名を叫ぶ。

 

「…スリザリンッ‼︎」

 

 教員のテーブルに背を向け歓声と拍手の嵐の中スリザリンのテーブルに着くレクスをダンブルドアはジッと見つめていた。その時ダンブルドアはレクスについて考えていた。それは排除する(導く)べきであると。相反する2つの思考であるがどちらも紛れもなく真意である。

 かつての魔法戦士としての自分は危険だと認識していた。何故ならあの目には覚えがあるから。かつての既に袂を分けた友と夢を語り合った時の自分と同じ目であったから。しかし、今の自分は魔法戦士ではなくホグワーツの校長だ。教師としての自分からはレクスの背中が酷く脆く儚く見えた。少なくともあの頃の自分には心のうちを語り合える友がいたが彼はどうだろうか。

 

 歓声の中スリザリンのテーブルについたレクスはスリザリン寮の生徒と挨拶を交わしていた。とは言っても来た生徒に対して軽く一瞥するだけだが。その中にはドラコや彼の友人もいたのだが機嫌の良くなかったレクスはそもそも存在に気付いていなかったがリーゼが返ってくる頃にはいつもの無表情に戻っていた。

 

「結局同じ寮になったわね。改めてよろしくねレクス」

「…よろしくリーゼ」

 

 リーゼはレクスに手を差し出す。だがレクスはリーゼロッテの手を取らない。彼の同年代との交流はフリードと話すか襲い掛かってくる者を仕留めるか、の二択しかなくある意味で箱入りと言えるだろう。だからその意味の判断がつかなかったのだ。リーゼは羞恥心ゆえか顔を赤くする。

 

「ほら、握手よ。握手」

 

 そうされてようやくレクスは差し出された手の意味を知りリーゼロッテの手を握る。その後は出された豪勢な夕食を食べ、4階の右側廊下に立ち入らないなどの注意を受け、生徒全員でダンブルドアの指揮で校歌斉唱してそれぞれの寮に案内された。

 新入生は明日からの学校生活に心を躍らせていたのにたいしレクスの瞳はどこまでも冷めきっていた。



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第5話 Die-ut-die Hogwarts

第5話 ホグワーツでの日々


 レクスが目を覚ますと最初に目に付いたのが硬質的な石ではなく翠色を基調とした装飾の天井だった。一瞬ここはどこだと混乱し掛けたがすぐにホグワーツに入学したのだったと思い出す。同室となった者はドラコとセオドール・ノットとザビニ・フレーズの3人だったが、昨夜は3人とも疲れていたのか部屋が決まるなりベットに飛び込んでしまったのだった。

 レクスは長年の習慣により遅寝早起きという必要最低限の休息しか取らず、何があってもすぐ対応できるように浅い睡眠となるようになっていた。その為レクスが最後まで起きていてベットに入ったのは時計の針が頂点で重なったころであり、目を覚ましたのも同室内ではレクスが最も早かった。

 

 目を覚ましたレクスが手短に身支度を終わらせると例のトランクの研究室から表に出しても咎められない又は秘匿性の薄い魔術書を持ち出しトランクをしまう。部屋にあるテーブルを占領したレクスはそれらの魔術書の考察や訂正、更には理論の改良を行いそれらをレポートにしてまとめていく。他人に対する気遣いが皆無に等しいレクスは未だドラコたちが寝ているというのに高速でペンを紙に走らせ乱雑に魔術書をめくり新たな呪文の発音を確かめていく。

 そんなことをごく近距離で聞かされた3人、特に不運なことにテーブルに一番近いベットに眠っていたドラコはその被害をもろに受け、唸りながら上半身を起こし目をこする。

 

「な、なんだ……!?」

 

 ドラコが部屋を見渡すとレクスが凄まじい勢いで魔術書をめくりメモを書き殴っている。その鬼気迫る勢いに吞まれて話しかけづらく思ったドラコはそのまま再び眠りに着こうとしたが、このままではセオドールやザビニも起きてしまうかもしれないし、そもそもレクスの出す音が原因で目が覚めたというのにそれをどうにかしなければまた同じ事になると気付いたドラコは渋々と、話し掛けるなという雰囲気を醸し出しているレクスの背に声を掛けた。

 

「やぁおはようレクス。朝から熱心だね」

「……」

「あー、でもまだ早いからもう少し周りに気を配ってくれると嬉しいな」

 

 レクスはドラコに話しかけられても振り返るどころか作業している手を休める事すらしないため、心が折れそうになったが一応要求を伝えることができた。レクスはそれでもドラコの存在自体は知覚していたようで自身の周りに防音呪文を掛けて音が漏れないようにする。それを見たドラコは安心して眠りに着いた。次にドラコが目を覚ましたのは6時ごろでその頃になるとほかの二人も目を覚まし始めた。

 

「おはようマルフォイ、ヴァルトフォーゲン。ブレーズの奴はまだ寝てるようだな」

「おはようノット」

「……おはよう」

「そういえばヴァルトフォーゲンは初日の朝からいったい何をやっているんだ?」

「……研究」

「ヴァルトフォーゲンは優秀なんだな。まだ何も習ってないというのに」

「ああ、そうみたいなんだ。朝早くから起きていたみたいだしね」

「そうなのか。というよりもそろそろ急いだ方がいいんじゃないか?伝統あるスリザリン生として余裕を持って動くべきだろう」

「そうだな。ならブレーズも起こしていくか。おいブレーズ、起きろ、もう朝だぞ」

「あぁ……、すまないマルフォイ」

 

 レクスが資料を片付けている間にザビニも身支度が済んだようでレクスを先頭にして談話室への階段を降って行く。すると丁度女子寮の階段からもリーゼが降りてきた。まだ眠たいようで目をトロンとさせていたが良家の令嬢らしく装いは完璧だった。

 

「あら、おはようレクス。昨日はよく眠れたかしら?」

「……いつもと変わらない」

「そう。じゃあ大広間に向かいましょうか」

 

 スリザリンの談話室ではドラコたちが男女学年問わず談笑していたので、邪魔をしては悪いがさりとて1人では大広間に行きづらいと思っていたリーゼは丁度良く来てくれたレクスと大広間に向かう。

 大広間はまだ早い時間帯の為か人もまばらだったがそれでも赤、青、黄、緑とほぼ各寮ずつに別れていた。レクスとリーゼはスリザリン生なので緑に向かうと2人の分の椅子が座りやすいように引かれる。それをしたのはガタイの良い男子生徒でおそらく上級生だった。

 

「初日から余裕を持って行動するとはいい心がけだ」

「ありがとうございます。……それで先輩のお名前をお聞きしても?」

「ああ、すまない。俺はマーカス・フリントだ。ちなみにスリザリンのクィディッチのキャプテンをやっている」

「クィディッチのキャプテンですか」

「ああ。2人はクィディッチに興味あるか?」

「人並み程度には。レクスは?」

「……一回。フリードにせがまれて」

「それでどうだったんだ?」

「……ボコボコにして泣かした」

「初めてで?そりゃ凄いな!それなら来年クィディッチチームに入らないか」

「……興味無いが、考えておく」

「前向きに考えておいてくれ。後は俺からホグワーツ生活をアドバイスだ。取り敢えず2週間は寮を出るなら複数人で動くんだ。城の構造が複雑すぎるからな慣れていないと簡単に迷子になるぞ。それにホグワーツ自体が広いからな、もし迷子になってしまえば遅刻は避けられないぞ。初日なら先生方も見逃してくれるだろうが2回目以降はそうもいかないだろう」

「気を付けて動くようにしますね」

「そうした方がいいだろうな。俺はもう行くが君たちはゆっくりしていくといい。丁度他の新入生が来たようだからな」

 

 マーカスが示した方を見るとスリザリン生だけではなく他の寮生もゾロゾロと来るのが見える。レクスがそちらを見ると人混みの向こうでハリーとロンとフリードがドラコと言い争いをしているのが見えた。ドラコがロンを挑発しそれをフリードは気に入らなかったのか差し出された手を撥ね退けた。ドラコはアレに拒絶された事が余程ショックだったのか呆然としているところをレクスの知らない女生徒に慰められている。その一部始終を見ていたリーゼはため息をつく。

 

「彼は何がしたいのかしらね。あんな事言って仲良くなれるわけないじゃない」

 

 

 

 

 

 レクス達の記念すべき最初の授業は変身学だった。変身学の教室に着くとまだマクゴナガルは来ていないようだがその代わりに教卓の上には、眼の周りに眼鏡のような模様のあるトラ猫が自分が教師だと言わんばかりの堂々とした態度で座っている。レクスはその猫のらしくない仕草や人間臭さから猫が動物モドキ(アニメーガス)であると見抜きマクゴナガルであると推測した。動物モドキ(アニメーガス)はレクスも習得しようと思えば多少の時間を必要とする程には高度な技術である為、変身学の教師として腕の証明になるだろう。

 やがて授業開始の時刻となるがマクゴナガルが現れない為に教室中に困惑が広がる。スリザリン生の印象ではマクゴナガルは、スリザリンの寮監でもあるスネイプと同じように厳格な教師だと認知されていたからだ。騒めきを鬱陶しく感じたレクスは静めろという意思を込めてトラ猫を見る。するとレクスの推察通りにマクゴナガルは動物モドキ(アニメーガス)でトラ猫から人間の姿へと変身する。

 

「流石はスリザリン。遅刻者はいない様ですね。後ミスタ・ヴァルトフォーゲンは私が動物モドキ(アニメーガス)であると見抜いていましたね。スリザリンに10点差し上げましょう」

 

 授業がまだ始まっていないというのに加点されたレクスを他のスリザリン生は感嘆の声を上げる。点呼を取り遅刻者がいないことを確認したマクゴナガルはニコリと微笑むが、しかし表情を元の厳格そうな顔に戻す。

 

「変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なもののひとつです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒には出て行ってもらいますし2度と私のクラスには入れません。これは初めから警告しておきます。

なお、絶対にいないとは思いますが私の授業を妨害するようなことをした愚かな生徒には、罰として1日豚として過ごしてもらいます」

 

 その忠告をマクゴナガルなりのジョークであると受け取った大半のスリザリン生は笑うが、一部のスリザリン生はマクゴナガルの目が笑っていないことに気付いた。この教師はやると言えばやるだろうと。

 その後マクゴナガルは教卓を豚に変えてまた元の教卓に戻すということをやったが、生徒に対しておふざけが過ぎると豚に変えるぞと脅した後に教卓を豚に変えるとは趣味が悪いと生徒は顔を引き攣らせるが、レクスは別のことを考えていた。次にフリードが煩かったら豚か机に変えてやろうと。

 変身術の基礎部分の理論と魔術の仕組みと術の扱い方を黒板にまとめた。それらをノートにとった後は、一人一人にマッチ棒を配り、それを針に変える練習が始まる。

 レクスはそれらを配られてからも課題に取り掛からずに周りを観察していた。オーケストラの指揮者のように杖を振る者 何度やっても出来ず杖を投げ出してしまう者、杖で直接叩いて着火させた者、教科書の見本と見比べながら振る者、など様々だった。

 もしここに感情の機微に敏い者がいればレクスの僅かな表情から落胆の色が見えただろう。フリードの件からして大した教育など受けていないのは察していたが、それでも宝石の原石のような磨かずとも輝ける者は居ないのかと落胆のため息をつくが後ろの席からの歓声にかき消される。

 

「皆さんミス・シンクレアがやりましたよ。お見事ですスリザリンに5点差し上げましょう。皆さん彼女を見習って頑張りましょう」

 

 リーゼがマッチ棒を針に変えることに成功したのだ。落胆の色の無くなった瞳をレクスは好奇心に染める。やはり姉妹ではリーゼが太陽(・・)なのだろうか。無論ヴェルヘイムに従う訳がないが予言で自らに比肩しうると言われたのなら気になるだろう。

 レクスはしばらくリーゼを見つめていたが我に帰ると杖を取り出す。興が乗ったレクスは杖をマッチ棒に向ける。するとマッチ棒が金属光沢のある鋭角的な細い棒、すなわち針に変化した。

 

「まぁ、ミスタ・ヴァルトフォーゲンもやりました。スリザリンに5点差し上げましょう」

 

 課題を達成した実例が2件ある為、彼らは目の色を変えて取り組むが結局完璧にマッチ棒を針に変えることができたのは2人だけだった。そもそも僅かにでも変化させられたのがレクスとリーゼを入れても6人しかいなかった。

 

 次の授業は魔法薬学の授業だった為地下室に向かっている。担当の教師はスリザリンの寮監でもあるセブルス・スネイプだった。噂によればスリザリン贔屓が酷く他寮特にグリフィンドールを嫌っているらしい。

 皆楽しそうに談笑して歩いていたが途端に険悪になる。魔法薬学はスリザリンとの合同授業である為、教室が近くなるとどう足掻いても合流してしまう為だ。

 新入生は寮の先輩から色々な話を聞かされる。グリフィンドールからは、スリザリンは自尊心(プライド)が高いくせにすることが汚いと。スリザリンからは、グリフィンドールは阿呆の集団のくせして傲慢だと。こういう小さな事が長年積み重なってスリザリンとグリフィンドールの不仲を引き起こしているのだろう。

魔法薬学の教室に入ると緑と赤、すなわちスリザリンとグリフィンドールにきっちりと別れている。

 やがて授業開始の時間となりスネイプは時間ギリギリに来たグリフィンドール生を睨みつける。

 出席を取る為名簿を読み上げるスネイプだったがハリーのところで止まりその表情に嗜虐的な不快な笑みをニヤリと浮かべる。

 

「ああ、左様。ハリー・ポッター……我らが新しい ーー スターだね」

 

 出席を取り終えたスネイプは生徒を見渡し、朗々と己が受け持つ授業について語る。マクゴナガルと同じくそう大きくない声量だというのに自然と教室中に響く声だった。

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学んでもらう。このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げた事はやらん。これでも魔法かと思う者も多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち上る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……。諸君がこの素晴らしさを完全に理解することは期待してはおらん。我が輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。もっとも、我が輩がこれまで教えて来たウスノロどもより諸君がまだましであるならの話だが」

 

 スネイプは自らの魔法薬学に対する考えを詩的に表現するがそれを終えると教室を見渡し、ある一点を見つめ叫ぶ。

 

「ポッターッ!アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 ハリーは突然の名指しの質問にギョッとして目を白黒させるが、これは彼が悪いのではない。仮に手元にある教科書を隅から隅まで読んでいたとして載っているのは僅かな数行の記述のみで理解できないだろう。なにせその問題は本来なら六年生の問題だからだ。

そんなもの解るのはごく僅かな例外のみだ。そしてごく僅かな例外に属するグリフィンドールのハーマイオニー・グレンジャーだが、手を挙げていても空気の如く無視されている。

 

「わかりません」

「どうやら有名なだけではどうにもならないらしい」

 

 緑側つまりスリザリン生が手を挙げる。リーゼだ。それを見てレクスはジッと探るようにリーゼを見つめる。

 

「わかるのかね?シンクレア」

「はい。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを混ぜたならば『生ける屍の水薬』と呼ばれる分量によっては名前の通り屍の如く眠らせるほど強力な眠り薬となります。

また完成にはこれらに加えて他にも刻んだカノコソウの根、催眠豆の汁を加える必要があります。更に付け加えて言うのなら催眠豆の汁の成分は熱に弱いため作業は特に迅速に行う必要があります」

「正解だ。スリザリンに5点だ。ではポッター、挽回の機会をくれてやる。ベゾアール石を見つけて来いと言われたらどこを探すね?」

「……わかりません」 

「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな?ポッター」

 

 ひたすら手を上げ続けるハーマイオニーを空気の如く無視するスネイプはスリザリン生の顔を見渡しレクスと目が合った。

 

「ならば、次はお前だヴァルトフォーゲン。お前ならばわかるだろう?」

「……ベゾアール石は山羊の胃から取り出す。萎びた内臓のような形で大抵の解毒剤となる」

 

 分からなかったらこの場に既に居ないと内心毒吐きながら答える。

 ヴァルトフォーゲンの虐待(教育)のひとつに、強力な毒薬を飲ませて本人に解毒をさせると言うものがあったからだ。当然毒が回れば死に至り、回りきる前に解毒薬を配るなどと言う人道もある筈が無く、この教育のせいで千人近くの”名無し”が死んでいった。

 

「正解だ。だが教師には敬語を使うように。スリザリンに3点だ」

「……また、魔力を込めた水に付けると発光する為本物の判断は容易です」

「最近学会の報告で解ったことだというのに知っているとは。追加でスリザリンに10点」

 

 スリザリン生であれば挙手せずとも指名されるのでハーマイオニーは愕然としている。

 

「ではポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」 

「わかりません……ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

 これもわからなかったハリーはついに限界に達したのか言葉を選んでスネイプに意見する。

 その一言にハーマイオニーは自分が当てられるかもと希望を抱き半ば席を立ちながらさらに手を伸ばす。ハーマイオニーに座れと指示を出し、粘着質な不快な笑みを浮かべる。

 

「ポッター、教師に対するその物言いは無礼だ。グリフィンドール、2点減点」 

「さて、シンクレアかヴァルトフォーゲン、あるいは別の生徒でも構わんが、解る者はいるか?」

 

 レクスとリーゼは顔を見合わせる。レクスは首を横に振りリーゼに回答権を譲る。

 

「モンクスフードとウルフスベーンは呼び方が違うだけで同じ物で成分に違いはありません」

「正解だ、スリザリンに3点くれてやろう。更に付け加えるならばマグルの言葉でトリカブトと呼ばれるものだ。さて、諸君、何故いま言ったことを全てノートに書き取らんのだ?」

 

 その言葉で一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音が響いた。

 2人一組でペアを組ませおできを治す簡単な薬を作らせる。がその後もスネイプはグリフィンドールの粗を探し減点し、またはスリザリンに加点していく。

 大きな騒音が鳴り響いた。何事かと振り返るとネビル・ロングボトムが大失敗をして鍋を壊し、おできを治す薬の失敗作を周囲にぶちまけ自分も全身に浴びたようだ。

 

「彼が失敗すれば自分がよく見えると考えたな?グリフィンドール2点減点」

 

 レクスからはスネイプがハリーを相当憎んでいるように見えた。だがハリーを見るスネイプの目は憎悪だけでは無くレクスの与えられたの無い感情も混じっているようだった。あれはカイルがフリードに時折するような目であり、ダイアゴン横丁でレクターがリーゼたちと合流出来た時と同じ目だ。



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第6話 fuga disciplinae

第6話 飛行訓練


スリザリン生の多くは朝はそれ程早くは無いのだがその日は違った。なにせドラコを筆頭にあのクラッブやゴイルですらレクスと同じ時間帯で起きるほどである。

 何故それ程まで朝が早いかと言えばその日は飛行訓練の授業があるからだ。レクスにとってみれば箒やクィディッチなど心底どうでもいいのだが、彼らはそうでは無いようで皆が口を開けば各々の武勇伝を頼んでもいないのに聞かせてくるのだ。その為レクスはドラコが話し掛ける前に談話室に降りて避難することにしたのだが、談話室では上級生が下級生を捕まえて強制的に話を聞かせていた。その光景にレクスは小さく舌打ちをして談話室を見渡すと隅のテーブルでリーゼが小さくなっているのを見つけた。レクスがリーゼの座っている対の椅子に無言で座るとリーゼが顔を上げ、朝だというのに疲れたような顔を見せた。

 

「おはようレクス。今日は朝から大変ね」

「……同意。おはよう」

 

 レクスとリーゼの周りには奇妙な事に一年生、上級生問わず近寄っては来なかった。それはある意味スリザリン特有の状況と言える。多寮であれば最も権力を持つのは最上級生であるとかクィディッチチームのキャプテンだったりするのだが、スリザリン寮はマグル生まれを除いて殆どが貴族の家系であるため実際の権力とイコールで結び付くことがあるのだ。その為よく見れば話している者はいつも威張り散らしている者で、聞かされているのはパシリにされている者ばかりだ。

 レクスとリーゼは権力のヒエラルキーからは独立した地位を獲得しているので上級生といえども無理矢理とはいかず、又レクスが見た目に反して手が出るのが早いと知れているゆえに機嫌を損ねないように遠巻きにしているのだ。

 談話室が急にうるさくなったのを煩わしく思ったリーゼが談話室を見渡すと今降りてきたドラコらが自慢話に混ざり始めたのだった。

 

「今日の飛行訓練の授業は僕の待ち望んだ授業だね。まぁでも僕くらいになれば訓練なんて無用さ。なにせ僕はクィディッチが大の得意だからね。もし一年生がクィディッチの代表選手になれるのなら絶対にスリザリンを優勝に導いてやれるというのにね。本当に残念だ。

僕はよく近所の皆とクィディッチのやっていたんだ。その中でも僕はいつもスニッチを最初に見つけたしエースだったよ。それに箒捌きも速度もいままで誰にだって負けたことはない」

 

 ドラコは大声だけでなく身振り手振りすら入れて自らの自慢話をしていく。それは話が進めば段々とおかしくなっていく。ヘリコプターを紙一重で躱しただとかミサイルを弾いただとか馬鹿馬鹿しい程に大風呂敷を広げた話だがそれでも取り巻きは必死に褒め称える。

 聖28一族の頂点を成すマルフォイ家の長男であるドラコは上級生も含めてそれなりに上位の地位にいる為、彼の話を遮ることのできる生徒は驚くほどに少ない。そしてその数少ない上位権威者たちはレクスら同様に巻き込まれないよう遠目に見ているのだ。

 

「そろそろ時間かしら。混まない内に大広間に行きましょう」

「……アレも五月蠅いから」

「そうね。だから尚更早く行くわよ」

「ああ、ちょうど良いところにいた。レクスにシンクレア、聞いてくれないか」

「ごめんなさい。私たちこれから大広間に行くのよ。だからその話は聞きたがっているノットかフレーズにしたら?」

「何だそうだったのか。それならそうと言ってくれればいいというのに」

 

 ドラコの標的にされ掛けたがリーゼはさらりと受け流しセオドールとザビニに押し付けた。押し付けられた2人が恨めしそうに見ているがリーゼもレクスも無視した。

 

 

 午後の闇の魔術に対する防衛術が終わり、多くの生徒が待ちかねた飛行訓練の時間がやってきた。

グリフィンドール生とスリザリン生が1つの場所に集まると当然いつもの如く激しく罵倒し合う。何故か合同授業ではスリザリンとグリフィンドールが多いのは教師陣も改善しようと土壌を作ろうと思案しているからなのだろうが現状ではそれは逆効果であまり意味はないだろう。

 

「そういえばレクスは自分の箒を持っているのかしら?」

「……持ってない」

 

 持ってないとも。箒、ましてやクディッチなんて娯楽などやるような時間や余裕は無かった。

 それに必要性を感じ無い。移動なら姿現しをした方がはるかに良いと思うのだが。それに飛ぶことが必要ならば飛行魔法を使えばいい。そうして話しているうちに担当教官であるマダム・フーチが現れて生徒達の前に立った。

彼女は到着早々生徒達に対して怒鳴り散らした。

 

「何をボヤボヤしているんですか! 皆箒の側に立って。さあ早く」

 

 生徒はその声に慌てて箒に向かう。学校の用意した箒はだいぶ年季が入っているようで枝が今にも抜け落ちそうだ。用意された箒はシューティングスターという名前で発売当初はその名前に惹かれて多くの者が買った。

 そう名前だけは。

 シューティングスターは事故率が非常に高く使用者を名前の通りに落ちた星へと変える曰く付きの代物だ。なおこれを生産した会社はとうの昔に倒産している。

 

「右手を箒の上に突き出して、そして”上がれ”と言う!」

「上がれ!」

「……上がれ」

 

 皆指示されるままに手を突き出し叫ぶ。

 箒がフワリと浮いてレクスの手に収まる。スリザリンではドラコやリゼを筆頭に数名が一回で成功させていて、グリフィンドールではハリーやロンにフリードなど数名が成功させていて、ハーマイオニーの箒は浮き沈みしてたしネビルの箒なんかは彼から逃げるかのようにコロコロ転がっている。

 全員が何とか箒を手にした後マダム・フーチは箒の正しい乗り方をレクチャーし、生徒達の列を回って握り方のチェックをしていく。

 ドラコの握り方が間違っていたのを指摘され顔を真っ赤にしていたのを見てロンやフリードはニヤニヤしていたがその後2人も間違いを指摘され恥ずかしそうに俯いていた。

 

「私が笛を吹いたら地面を蹴ってください。箒を左右にぐらつかないように押さえながら二メートルぐらい浮上し、それから少し前かがみになって直ぐに降りてきてください。いいですね、笛を吹いたらですよ。一、二、さ――」

「うわぁぁぁぁっ⁈」

 

 極度の緊張感からか、あるいは無事に飛び上がれることへの不安からか、はたまたその両方だったのか。笛の音よりも早く、ネビルが悲鳴を上げ地面を蹴って飛び上がってしまう。

 

「こら、戻ってきなさい!」

 

 マダム・フーチの大声をよそに、ネビルの箒はどんどん上昇していく。どうやら箒を上手く制御できていないらしい。彼は今までに感じたことのない高さに顔を真っ青に染め、声にならない悲鳴を上げていた。

 そもそもネビルは地面にしっかり足をつけていても事故をしょっちゅう起こしていたのだ。ならば文字通り地に足がつかなければそれはある意味当然の結果だった。

高度が五メートルに差し掛かった頃、遂にバランスを崩し宙に放り出されて真っ逆さまに地面へと落ちていく。そうして大きな音を立ててネビルは、芝生の上に落ちて鈍い音を辺りに響かせる。誰もが言葉を無くし辺りは静まり返った。やがて呻き声が聞こえてきたところで、顔を真っ青にしていたマダム・フーチが駆け寄って容態を確認した。

 

「良かった。手首が折れただけですね」

 

 マダム・フーチがネビルの容態を確認しそう呟く。その一言にグリフィンドール生は安堵の表情を浮かべていた。スリザリン側ではレクスは我関せずといった感じだが何人かの生徒が露骨に舌打ちした。

 マダム・フーチは痛がって喚いているネビルを抱き上げて、医務室に運ぶ。途中で振り返り鋭い口調で厳しく言い放つ。

 

「それと、誰も動いてはいけません。もし勝手に箒を使って飛ぼうものなら、クディッチのクの字を言う間も無くホグワーツを追い出しますからね!」

 

 そう言い残し、医務室へと向かった。マダム・フーチの姿が完全に見えなくなったところでドラコが笑いだした。

 

「見たか?アイツの顔。あの大間抜け!」

 

 ドラコの嘲笑に賛同するかのように他のスリザリン生が笑い出す。それを見たグリフィンドール生は頬を怒りで赤く染め睨み付ける。

 その時レクスは足元に球体の水晶の様なものがあるのを見つけ拾い上げる。思い出し玉だ。これは所持者が何かを忘れていると赤く輝くのだが何かを忘れているのかは教えてくれないというほぼ意味の無い欠陥品で、思い出し玉を持つ位なら手帳を買ったほうが何倍もマシだ。

 

「ヴァルトフォーゲン!それを返せよ!」

 

 レクスが拾ったものを見てロンが血相を変えて詰め寄る。手を伸ばしてきたのでレクスは咄嗟にそれを払い除ける。それを見たフリードが

 

「レクス、それはネビルの思い出し玉なんだ。こっちに渡してくれ」

 

レクスが思い出し玉を渡そうとするといつの間にか隣にいたドラコが掠め取る。顔だけ動かしてそっちを向くとドラコは底意地の悪そうな笑みを浮かべ手の中の思い出し玉を弄んでいる。

 

「マルフォイ、それをこっちに渡せ」

「ふんっ……それじゃあ、後でロングボトムが取れる場所に置いておくよ。そうだな、木の上なんてどうだ?」

「渡せったら!」

 

ハリーが飛びかかるも、ヒラリと避けてマルフォイは箒に跨った。

そうして慣れた様子で飛び上がると、姿勢を維持したまま高度を上げて先ほどのロングボトムと同じぐらいの高さにて止まった。

地上からは良く聞こえないがどうやら挑発の応酬をしているようだ。

すると突然ドラコが思い出し玉を投げた。しかしハリーは何の躊躇いもなく、放物線を描いて落ちていく思い出し玉目掛けて一直線に向かっていった。その光景に誰もが息を飲むが、間一髪地面すれすれの所で思い出し玉をキャッチし体勢を立て直し着陸する。

それを見ていたグリフィンドール生は歓声を上げハリーに近付くが、急に冷水でも浴びせられたかの如く静まり返る。不思議に思ったハリーは振り向き顔を青くする。

そこには駆け寄っているマグゴナガルの姿があった。怒りかあるいは別の感情か身体を震わせている。

 

「まさか。こんなことはホグワーツで今まで一度も」

 

ハーマイオニーやロンたちがハリーを庇おうとするがマグゴナガルはそれをピシャリと跳ね除け項垂れるハリーの手を引き城内へと引き返す。

 

「これでポッターは退学だな」

 

 そのドラコの嘲笑交じりの一言は静まり返った中庭で嫌に響いた。

 それから直ぐにマダム・フーチが医務室から帰って来て飛行訓練を再開することになったのだがドラコはハリーには及ばないでも一年生としては相当高度な動きができていた。実際ロンやフリードらを歯牙にもかけない程にアクロバティックな動きで彼らも認めざるを得なかったが、皮肉にもドラコの伸びた鼻をへし折ったのはスリザリン生であった。というかレクスであった。

 レクスは鋭角のターンを容易く決めて、上空からの急降下も一切減速せず、また急な停止も顔色一つ変えずにこなした。安物のシューティングスターでは耐えきれない程の軌道だった為か上空20メートル付近でバラバラに爆散したがレクスは慌てず杖を取り出して透明の足場を作り悠々と降りてきた。

 箒が壊れるのを見たマダム・フーチはこれ以上の飛行を禁止したが誰もがドラコよりもレクスの方が優れていると確信しただろう。



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第7話 Cerbero vidi post duelli

第7話 決闘のちのケルベロス


レクスに鼻っ柱をへし折られ、すっかり意気消沈していたドラコだったが、彼にぞっこんなパンジーの下手くそな励ましによっていつもの増長慢なドラコに戻った。

 そんなドラコが最初にしたことと言えばハリーが退学になるだろうという事を吹聴して回ることだった。だが放課後になろうとも、人付き合いの悪いレクスは当然として寮内でそれなりの交友の輪を持つリーゼですら誰かが退学になるという噂すら耳にしなかった。それでもポッターが退学になると信じて疑わない一部の馬鹿は浮かれすぎて減点をされるほどであった。

 やがて夕食の時間となり珍しくレクスが連れたドラコと大広間に入ると、ロンやフリードや双子のウィーズリーに囲まれて何やら騒いでいるのが目に入った。さしものドラコといえども上級生に突っかかる気概は無いようで、双子がどこかに立ち去るとハリーたちに向かって歩み出す。

 

「やぁポッター、それが最後の晩餐か?荷造りは終わったかい?マグルのところに帰る汽車にはいつ乗るんだ?」

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もたくさんいるようだしご自慢のお友達といるからかな」

 

 冷たく返されたハリーのひと言が図星だったのか顔を赤くして言葉を詰まらせるが、直ぐに持ち直し良いことを思いついたと言わんばかりの表情へと変える。

 

「なら、僕一人だっていつでも君の相手になろうじゃないか。お望みなら今夜だって構わない。魔法使いの決闘でね。無論マグル共がする野蛮な殴り合いじゃない。まぁポッターやウィーズリーじゃあ聞いたことも無いんじゃないか?」

 

 ドラコの嘲りの色を含んだ問い掛けに対してむっとしたロンが食って掛かる。

 

「もちろん聞いたことくらいあるさ。場所と時間は?まあ、お前に本当に来るだけの勇気があるなら、だけどな」

「なら今夜の真夜中、トロフィー室でどうだ。こちらの介添人はこのレクスだ」

「……」

「分かった。ハリーを介添人にする。逃げずに来いよ」

「ふっ、当然だろう」

 

 スリザリンのテーブルに着くなりドラコはレクスに頭を下げる。ドラコがレクスを介添人に指定した時ドラコだけに聞こえる小さな舌打ちをレクスがしたのだ。寮内ヒエラルキーにて最低でも同格以上かつ既に7年生を超える知識と技術を持つレクスは騒ぐのは好きではようだからこのままでは杖を突き付けられる気がしたのだ。

 

「いきなり巻き込んで悪かった。今度何か埋め合わせをするから許してくれ」

「……好きにして」

 

 夕食が終わり寮に戻る前にドラコは管理人のフィルチに何やら耳打ちしていたようだった。その後寮に戻るなりドラコは決闘の件を自慢し始めたのだ。

 

「ねぇ、あれってどう言うこと?」

「…巻き込まれた」

 

 寮の騒ぎから少し外れた位置にあるソファにてレクスは今回の件のあらましをリーゼに教える。

 聞き終わったリーゼは失望の色の混じる溜息を深く吐いた。今回の件を聞く限りドラコにはトロフィー室に出向く気が無いだろうとリーゼは考えた。なにせドラコは普段威張り散らし君臨していようとも、根本的にずる賢い小心者だからだ。おそらくポッターたちを嵌めるだけの罠だろう。

 

「それってドラコ行く気あるのかしら」

「……無い」

「そうよね。別にマルフォイが何しようともどうぞご勝手にと思うけどその手段は気に入らないわ」

 

 ドラコらしいと言えばドラコらしいが決闘とまで言っておいて、そもそも行かずに他人を貶めるのは気に入らない。そして何よりも私の友人をそんなことの出汁に使うとは覚悟しておきなさい、と心の中で呟いた。

 

「ああ本当に気に入らないわ。ドラコを焚きつけましょうかレクス」

 

 レクスもどの道ドラコが決闘から逃げるなら何をしてでも連れて行くつもりだったのでリーゼの提案は渡りに船だった。豚か何かに変えて引き摺って行くか四肢を一本程折って大人しくさせるかを考えていたが、社会的制裁で話が済むならそれの方が楽だと静かにうなずいた。

 レクスが頷いたのを確認したリーゼは、未だに自慢を続けているドラコに近付いて行く。どうせ行かないのであれば黙っていればいいというのに。

 

「ちょっといいかしら?マルフォイ」

「ああ、何だいシンクレア。ひょっとして僕の話でも聞きに来たのかい」

 

 リーゼが話し掛けるとドラコは面白いくらいに動揺して髪を整えながら頬を赤く染める。

 

「ええ、その事よ。ポッターとウィーズリーが真に受けて寮を抜け出したらフィルチがミセス・ノリスとお出迎えなのかと思っていたのだけれど」

「なぁっ⁈なっ、何を言うんだリーゼロッテ⁉︎」

「……逃げたら蟲」

「虫って何を知るつもりなんだ⁈」

「……」

 

 ドラコは内心考えていたポッターとウィーズリーの減点の為の計画を暴露され顔を青くする。そして介添人に指名したレクスの氷の様に冷たい印象の蒼の瞳と発言に引攣らせる。

 面子を重んじるスリザリンで実際に決闘をすっぽかせば、例えハリーやロンがどれだけ減点されようとも向こう一年は軽蔑されるだろう。

 助けを求め周囲に目を走らせるが瞳に映るのは、行かないのか 行くよな 小生意気なポッターやウィーズリーをぺしゃんこにしてしまえ などのドラコを信じ激励する顔だらけだ。

 誇らしげにスリザリンの談話室で語っていた時点でこう切り出されたら保身の為に行くしかないのだ。いや保身以前に逃げればレクスから何されるか分からない。だが少なくとも荷物に虫を仕込む程度ではすむまい。そんな生温い性格でないことは解っている。

 

「そ、そんな訳無いじゃないか。こ、このドラコ・マルフォイに掛かれば憐れなポッターや貧乏人のウィーズリー如きなんかに臆するとでも思ったのかい」

 

 ドラコはリーゼとレクスに乗せられていると分かっていながら行くと宣言した。させられてしまった。きっと彼は内心泣いているだろう。

 

「そう。なら良いわ」

 

 そう言い残しリーゼは元のソファに戻る。

 

「ねえレクス。決闘に私もついて行って良いかしら?」

「……構わない」

「ありがとう。なら今のうちに仮眠してくるわ」

 

 リーゼが女子寮に戻った後レクスは暇を持て余したがドラコに乞われて軽く指南していた。

 

「それでレクス。どんな魔法が有効なんだ?」

「……死の呪い」

「いやいやいや、それは駄目だろう。そもそも使えないよ」

「……悪霊の炎」

「はぁ、そんな魔術一年生どころか七年生だって使えないよ。もっと僕でも使えるような効果的なのは無いのかい?」

「……杖を捨て殴れ」

「それは遠回しに馬鹿にしているのかい」

「……時間」

 

 レクスに促され時計を見たドラコがそろそろ行こうかと席を立つとちょうどその時女子寮の階段から降りてきた。

「あら、これから行くのね。ちょうどよかった。私も行くわ」

「レクス聞いていないんだが…」

「……言ってない」

「ま、まあ僕も言ってなかったからな。さぁ行くぞ」

 

 ドラコの勇ましいかけ声と共に寮を飛び出したはいいがその後の行動が腰抜け同然だった。壁づたいに歩き角を曲がる時は何度も確認する。物音一つに対しても過敏に反応し幽霊(ゴースト)と遭遇した時は危うく声をあげそうになった。

 だが管理人のフィルチとその飼い猫のミセス・ノリスに見つからずにすんだのは幸運だっただろう。レクスたちがトロフィー室に着いた時にはハリーたちはまだ居なかった。

 

「なんだあいつら、臆病風にふかれたのか?」

 

 ドラコがまだ来てないハリーたちにそもそも来る気の無かった事を棚に上げて文句を言いながら待つ事数分、ようやく来たのはいいがこっちに追加でリーゼが居るように向こうにも追加が居た。ハーマイオニーとフリード。此処までは予想の範疇だったが、更にセラフィーナとネビルまでついて来ていた。

 

「遅いじゃないかポッター。臆病風に吹かれたのかと思ったよ」

「ふん、そっちこそ来ないかと思ったよ」

 

 ドラコとハリーがいつものように言い合っているのを傍目にレクスとリーゼは兄妹と喋っていた。

 

「……何故お前が」

「ん?それはまぁ、あいつらが決闘をやるなんて言い出したからよ。つい気になってな」

 

 一年生同士の練習にすらならないだろうお遊びの決闘であっても決闘は決闘だ。気になるのは当然だとフリードは言う。

 

「はぁ、なんでセラまでいるのかしら?」

「わたしはハーマイオニーと一緒に止めようとしたんだけど締め出されちゃて、ていうかそれを言ったらなんでお姉ちゃんまでいるの!」

 

 しばらくするとその言い合いも決着が着き、決闘の作法を知っているハーマイオニーとリーゼが進行をする事になった。知っているドラコはともかく知らないハリーやロンは一体どうするつもりだったのだろうか。

 

「最初にすこし離れて、向かい合って立つ。次に、互いに一礼。

 お辞儀をしなさいウィーズリー。はぁマルフォイは知っているでしょう。お辞儀をしなさいって言ったでしょう。例え親の仇だろうとしなければいけないことになってるのよ」

「そうしたら杖を剣みたいに構えるのよ。3つ数えたら、互いに術を掛け合うの。そこっ、3つ数えたらって言ってるでしょう!」

 

 ちっともいう事を聞かない2人を制御するのに疲れたリーゼが扉の方を見たらさっと顔を青くする。レクスからはその時のリーゼの紅の瞳が妖しく虹色に変色し輝いているのが見えた。

 

「決闘は中止よ!」

「はぁ?何を言ってるんだ」

「そうだよシンクレア。なんで決闘を取りやめにするんだい」

 

 血相を変えたリーゼが小声で叫ぶ。

 

「いいから早く!フィルチが来るわ!」

 

 取り乱したリーゼはドラコやロンが抗議しようとも取り合わず、近くにいたセラフィーナの手を引いてトロフィー室の奥の扉に消えた。レクスの人外的な聴覚はフィルチの足音を捉えていた。いざとなれば全員の記憶を改竄した後、リーゼを連れて付き添い姿現しをすればいいと考えていたので黙っていたがリーゼは如何なる手段をもってフィルチに気付いたのだろうか。

 リーゼに続いてレクスまで出て行ってしまったのを怪訝そうに見ていたドラコら6人だが、硬い靴の歩く音とフィルチの低い声がレクスらが出ていった方とは反対側の扉のすぐ向こうで聞こえるのに気付いた。

 

「まったく、こんな時間に騒ぎまわりおって。よしよし、しっかり嗅ぐんだぞ、ミセス・ノリス。隅の方にも隠れてるかもしれないからな」

 

 残った6人もようやく事態の不味さを把握して慌ててトロフィー室を出て行く。最後に出たロンと入れ替わりでフィルチがトロフィー室に入って来た。間一髪のところだった。

 全身鎧がずらりと並んだ回廊を先に進んだ3人を追いかけ6人が走る。

 フィルチから逃れようと更に走ったロンはローブの裾を踏み転ぶ。目の前にいたネビルを巻き込んで。巻き込まれたネビルはドラコを掴み、ドミノ倒しの様に倒れ全身鎧も一緒に倒してしまった。

 鎧が倒れ凄まじい金属音が鳴り轟いた。

 後ろからフィルチの怒鳴り声が聞こえたが構わず走った。

 出鱈目に走った9人は気付くと妖精の魔法の教室の前にいた。

 

「このウィーズリーっ…、ロングボトムの大間抜けですら転ばなかったのに……」

 

 息も絶え絶えにドラコがロンを罵る。

 近くの教室の扉から青白い男が現れた。ピーブスだ。

 

「うぅ、また厄介なのが」

 

 ロンがピーブスを見て呻く。

 ピーブズはレクスたちをみつけると暗い目を輝かせ、癪にさわる嫌らしい甲高い笑い声をあげた。

 

「おやおや、真夜中にフラフラしているのかい?一年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、捕まるぞ」

「あなたが黙ってくれたらなら捕まらなくて済むわ。お願いピーブス」

「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君たちのためなる事だものね」

 

 ハーマイオニーが懇願に対してピーブスは当たりの良い言葉を使っているが、目は嗜虐心に満ちている。

 

「黙れ。下級霊風情が」

 

 ドラコが耐え切れずピーブスに怒鳴る。

 ピーブスが一瞬黙った後、大声で叫ぶ。

 

「生徒がベットから抜け出した!妖精の___」

「シレンシオ」

 

 レクスがピーブスに魔法を掛けるとピーブスは声が出せなくなり水揚げされた魚の様に口をパクパクさせている。

 それを見ていたドラコは歓声を上げるがすぐに我に返り近くの扉に飛びつく。

 

「クソッ、駄目だこの扉は閉まってる」

 

 ドラコが扉を開けようとするが鍵が掛かっているようで開かない。それを見たレクスは無言呪文で解錠した。鍵の開いた音がしたため扉の向こうへどっとなだれ込んだ。

 レクスは暗闇でも問題なく見えるが、残りの全員はそんな目をしていないので気付いていないようだがその部屋には自分達の他にもう一人、いや一匹いた。

 下手な小屋よりも大きい巨体に、子どもすら丸呑みに出来そうな頭が3つある巨犬、つまりはケルベロスだ。

 その頭にある一対の血走った目は探るように此方を見ているが、レクスと顔の1つと目が合うと僅かに後退りし怯えながら警戒するように唸る。

 

「連中はどっちに行った。さぁ言えピーブス!」

 

 フィルチが追いついて来て外にいるピーブスに聞くが呪文によってピーブスはしばらく喋れない。

 

「早く言え!ピーブス!」

 

 ピーブスは身振り手振りで罵りヒューと消える。

 

「フィルチも消えた。もう大丈__」

 

 フリードが安堵の表情を浮かべ振り返るがすぐに顔を引き攣らせた。漸く三頭犬の存在に気づいたのだ。

気付いたフリードたちは慌てて反対側に滑り込む。リーゼはケルベロスに杖を向けているレクスの手を引き脱出する。リーゼは知る由もないがレクスにとってはケルベロスだろうと子犬と脅威度は変わらない。

 

「クソッ、ダンブルドアは何を考えてるんだ⁉︎学校内であんな怪物を飼うだと⁈パパに訴えてやる!」

 

 レクスは寮に戻った後ベットで横になりながら何故ケルベロスがいたのかを考えていた。禁じられた廊下の件はケルベロスがいるからだろう。何故いるのかを考えるとやはり門番としているのが状況からしてしっくりくる。次にならば何を守っているのかだがこれは既に推測出来ている。賢者の石だ。

 リーゼと初めて会った日レクスはノクターン横丁にてフラメル夫妻、ひいては賢者の石の情報を探しに来ていた。ほとんどは無駄な情報であったがボージンという男から買った情報に、ニコラス・フラメルがかつての友誼を頼みに賢者の石をダンブルドアに託した、というものであった。

 賢者の石などという非常に強力な魔法の品を保管するのであれば、肌身離さず持ち歩くか金庫に入れて厳重な守りを敷くかのどちらかだろう。であるならば金庫に相当する場所があるではないか。

 レクスは自分の才能を正しく理解していた。才能は過去現在そして未来においても最上であると。いずれは森羅万象のあらゆる存在がひれ伏し、あらゆる現象を手中に収められると本気で思っているがそれは未来の話だ。

 現状ではまだダンブルドアには敵わないと理解している。

 ならば待とう絶好の機会を。

 



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第8話 Turpis forte tumultus fieret in trawl

約2か月の間お待たせしました。
色々忙しかったりで今回は難産でした

それではお楽しみ下さい

第8話 ハロウィンのトロール騒動


 スリザリン寮は地下にあるため他寮に比べて陰気臭いが、その日はいつにもまして空気が重苦しかった。ドラコに向けられた好意的とは言い難い視線や、中には舌打ちをする者までいた。ヒエラルキーの低い生徒たちは敏感に察し八つ当たりをされないように早々に寮を後にした。

 それはなぜか。今ホグワーツで流れているある噂のせいだ。

 それは”あのハリー・ポッターが規則を曲げてまでクィディッチチームに入れられた”というもので、これはハリーが箒程の大きさの包みを抱えているのを見たという者が多くいたのでほぼ確定情報とされている。

 スリザリン生はパンジーが落ち込んだドラコを励ますといった場面を目撃していたため、その飛行訓練で何があったのかは把握していたので例の噂に至るまでの経緯を察することが出来た。

 

「これは流石にどうなのかしら」

「……スネイプと変わらない」

 

 普段はそういった事を口にしないリーゼもその噂をレクスに話していた。噂を流す大体の者は箒を貰ったという事や100年ぶりのシーカーであるという事に嫉妬しているが、一部の者はマクゴナガルのクィディッチ絡みの贔屓が酷過ぎると批判している。

 レクスとしてはハリー・ポッターが何をしようとも関係無いと思っているのだが、噂を知ったマーカス・フリントがレクスを勧誘しようと強行策に出ようとしたのでみぞおちをえぐる様に殴って静かにさせた。興味は無いが結論を出すならば正直50歩100歩だろう。今回はマクゴナガルの贔屓が目立つが考えてもみろスネイプの贔屓の方が悪質だ。

 

「まぁそうね。でも教師が個人を贔屓するのはどうなのかしら。しかも今回のは校則を捻じ曲げての事なのよ」

 

 やがてハリーの噂についての話は終わり、授業の範囲を超えた魔法についてに移っていった。学年でトップクラスの成績のリーゼからしても、レクスの魔法に対する知識の深さや魔法力は底知れず、中でも闇の魔術や危険な魔法薬に対する知識は群を抜いている。

 レクスと予習をするというよりは教えてもらいながら上級生の範囲を学んでいたが、ふと気付くと寮には自分達の他には誰もおらず時間もかなり切羽詰まっていた。

 2人は小走りに大広間に向かうが途中で廊下が豪華に装飾されているのを見て今日がハロウィンであることを思い出した。

 やはり朝食が遅れていたので本日最初の授業である魔法薬学の教室に着いたのが授業開始の30秒前だったので、1年生としてはそれなりに難易度の高い質問をされたがレクスやリーゼにとっては常識レベルの問題であったので軽く5点ずつもらい悠々と席に着いた。

 その日の午後一番の授業が魔法史だったので多くの生徒が睡魔に敵わず机に突っ伏せている中でレクスは一心不乱にペンを走らせている。だが決して板書している訳では無く例の研究(・・・・)を暗号化魔法のかかったペンで進めていく。魔法史の時間はレクスにとっては非常に有意義な時間であった。

 次の授業は妖精の魔法であるがスリザリンの前にグリフィンドールも妖精の魔法の授業があったのだろう。グリフィンドールも授業が終わったのか妖精の魔法の教室から出てきたばかりだ。

 普段であれば犬猿の仲であるスリザリンとグリフィンドールが出会えばすぐに喧嘩が始まるのだが次の授業がお互いあるので余計なことをしている暇がない。そのためどちらの生徒も壁に寄って歩くのだが、そういったことに興味のないレクスとその隣のリーゼは堂々と真ん中を歩いていた。

 

「キャッ」

 

 妖精の魔法の教室から飛び出てきたハーマイオニーとリーゼはぶつかってしまい互いに尻餅をついた。リーゼは一方的にぶつかられたためじろりと睨むがハーマイオニーはそれすら気付かない程に動揺していたようで泣きながら走り去っていた。

 

「ちょっと。何なのよ……」

 

 タイミングが良いのか悪いのかぶつかってから泣き出した様にも見えた所為か、ハーマイオニーを泣かせたと勘違いしたグリフィンドール生が睨んできたので面倒ごとを避けるためリーゼはそそくさと教室に入った。

今までの妖精の魔法の授業は基本的に魔法理論の解説やら実演であった為、一部の生徒たちのやる気がそがれているのを察していたフリットウィックだが教卓から顔を出すなりニコリと微笑んだ。

 

「さぁ!今日からは皆さんが待ち望んでいたであろう実技をやっていきますよ!よく見てよく聞いているのですよ!ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

 そう言ったフリットウィックは浮遊魔法で手元の羽根を浮き上がらせ、杖を指揮棒の様に振るうと羽根はその通りに動き生徒の目を奪う。

 

「では今から挑戦してみましょう!今まで練習してきたしなやかな手首の動かし方を思い出して!ビューン、ヒョイですよ!いいですか?呪文の発音も正確に!呪文の発音を間違えると、術は正しく発動しませんからね!」

 

 フリットウィックは二人組を組むよう促し杖を一振りし授業で使う羽根を生徒一人一人の目の前まで飛ばす。二人組を組むとなれば自分よりも優れた者と組みたいもので、そうなった場合人気のある生徒というのはある程度固定されてくる。その中でも最も人気があるのはリーゼだ。学年トップクラスの成績に加えなんだかんだ言って面倒見のいい性格をしているため引く手あまただ。一方でそのリーゼを優に超える成績のレクスだが、とてもじゃないが面倒見の良いとは言えない性格に加えて常に纏っている張り詰めた雰囲気を苦手に思う者が多い為引く手が多いとは言えない。

 結局リーゼはダフネに誘われて組んだようでレクスはドラコと組む事になった。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 ドラコが杖を振りながら浮遊術を唱える。しかし羽根は机を動き回るだけで浮かない。

その時後ろから悲鳴が聞こえた。ゴイルが羽根を発火させて、しかもそれが机と駆け抜けネズミ花火の様になっていた。ドラコはゴイルを近くにいたマグル生まれに押し付けて来なければ組むのは自分であったと理解しているため、ゴイルと組まなくて良かったと言いたげな安堵の表情を浮かべていた。

 すると今度は前からさらに悲鳴が聞こえた。だがこちらには歓喜が感じられる声色だった。

 

「おおっ、シンクレアさんお見事!5点あげましょう」

 

 レクスにとってはこの程度の呪文は幼少の頃から使えるためやる気になれずドラコの机上を駆ける燃え盛る羽根を見ていたが、それがレクス側に来たので素手で叩き潰し消化した。

 

 

 レクスはこの程度のことも出来ないと思われるのも癪だと思いローブから杖を取り出し声を出さずに軽く振った。すると羽根は空中を自在に駆け回る。

 それを見たフリットウィックはいくら優秀とはいえ一年生が一回で浮遊術をしかも無言呪文で成功させたのを見て驚きのあまりひっくり返ってしまった。

 

「素晴らしい!一年生なのに無言呪文を使えるとは⁈スリザリンに10点あげましょう!」

 

 ドラコの羽根は火を噴かない様になりピクピクして浮きそうで浮かないくらいまで進歩したが浮かなかった。ドラコと同じ程度出来ているのは5人程度で後はピクリともしなかった。別に彼らが不出来なわけでは無い。むしろ初めての実技で成功させたリーゼや、無言呪文で成功させたレクスがおかしいのだ。

 ドラコら数人が教えて欲しそうに見ていたがレクスの視界には入らなかった。

結局浮遊術を成功させたのはレクスとリーゼの2人だけだった。最後にまた2人を褒めてフリットウィックは授業を締めた。

 

 

 

 

 

朝はいろいろと忙しかった為大広間の内装をゆっくり眺めることが出来なかったが、見てみれば無骨な石レンガを豪華で煌びやかな装飾で彩られていた。大広間を照らしている千を超える蝋燭の代わりにジャック・オー・ランタンが宙に浮き、煌々と輝く灯が金の皿に反射してより輝いて見える。

 その皿に乗っている料理はいつもよりも工夫の凝らされた逸品だ。ただ一つ言うならばどれも南瓜をふんだんに使った料理だという事くらいだろうか。

 同室のダフネやパンジーと共に創意工夫のなされた品々を食べていたリーゼだったが、不幸にも原因不明の腹痛に悩まされた為周りに一言告げて席を立つ。

 

「楽しんでいる最中にごめんなさい。ちょっとお花摘みに行ってくるわ」

「わかったよ。そういえば大広間付近のトイレは今ピーブスのせいで使えないみたいだよ」

「そう、助かったわ」

 

 ダフネの言う通りに付近のトイレはまるでマートルが居座ったかのように水があふれかえっていた。仕方なくそこから最も近いトイレに向かった。途中クィレルの姿を見つけ不審に思ったがそれどころではないと軽く小走りになる。

 ようやく見えてきたトイレに駆け込むが如何やら腹痛は一過性のものだったらしくすっかりなりを潜めてしまっていた。それ以外にも思わずため息をつきたくなる状況に出くわした。トイレの隅で泣いていたらしいグレンジャーを見つけてしまったのだ。

 この時さっさと回れ右してハロウィンパーティーに戻っていれば良かったのだが後退りする時に足音を立ててしまい、それに気づき顔を上げたグレンジャーと丁度目が合ってしまった。

 咄嗟の事にリーゼが固まっていると、何が呼び水になったのかグレンジャーが泣き出してしまった。

 

「……本当、何なのかしら」

 

 この状況を人に見られたら絶対に誤解されるじゃない、と。それが偏見が酷いグリフィンドール生だったら最悪ね、と。そうよ、それにこのまま立ち去ったら後で何言われるか分かったモノじゃないわ、と。そう自分を言い包める。

 リーゼロッテ・シンクレアは根本的に善に属する類の人種である。口調の強さなどで誤解されたりもするがそれらは面倒見の良さやお節介などが元である。故にこういった場面ではどう動いても結局は同じ行動をとるだろう。

 すなわち___

 

「はぁ……。グレンジャー?一体どうしたのかしら」

「シ、シンクレア?あ、貴女には関係ないじゃない。放っておいてちょうだい」

「ところがそうもいかないのよね。もしこんなところ誰かに見られたら面倒だし減点だってあり得るかもしれない。……何があったかは位は聞いてあげる、だからさっさと泣き止んで出てきなさい」

「何だか私勘違いたみたい。貴女って優しいのね」

「聞いてあげるとは言ったけどもさっきの事は謝ってもらうわよ」

「あ、そのごめんなさい」

「まあ良いわそれほど気にしてなかったしね。それで?貴女はハロウィンパーティーにも来ないでこんな所でどうしたのかしら?」

 

 ハーマイオニーが事情を話そうとすると何を思い出したのかまた泣き出しそうな顔になったのでリーゼは頭を撫でて宥める。

 

「どうして泣いているかというとね、妖精の魔法の授業の時にロンが浮遊魔法を全然できてなかったからコツを教えてやって見せたら不機嫌になって、授業が終わった後にアイツは悪夢みたいなやつだって、だから友達なんていないんだって、言ってたのを聞いてしまったの。

私にもセラがいるわって言い返そうとしたんだけど、もしセラも同じ事を考えていたらって思ったら怖くなって、それで走って出ていった時に貴女にぶつかっちゃったのよ」

「そうだったのね。でも一つ訂正させてもらうわ。セラのことだけど、年中お花畑のあの子がそんなこと考えているわけないでしょ。それは貴女の考え過ぎよ」

「そうかしら」

「そうよ。それに貴女はとても凄いと思うわ」

「え?」

「マグル生まれなのに教育を受けてきた私よりも成績が良かったりするじゃない」

「私を認めてくれるの?誰かに勉強で負けるなんてあなた達が初めてで悔しくて追い越そうって目標にして勝手にライバル視していたのに」

「なら同じね。私も貴女に負けないことを目標にしてきたのよ」

「そうだったのね」

「そういえば随分落ち着いたようねグレンジャー」

「ねぇシンクレア。何か匂わない?」

「本当ね。何かしらこの匂い」

 

 リーゼのからかう様な言葉に返答しようとしたハーマイオニーだったが彼女の嗅覚は異臭を捉えリーゼにも確認を取る。このどんどん強くなる異臭を捉えたのはハーマイオニーだけでは無いようでリーゼもハンカチを口元に当て顔を歪める。

 どちらから言い出したわけでは無いがこれを異常と捉え非常時に少数でいる事の危険性を理解した2人はトイレを出ようとするが、出口に差し掛かったところで思わず思考を止めてしまう。

 そこにいたのはホグワーツにいるはずのないトロールだった。ソレは2人の姿を認めるとニンマリと残忍な笑顔を顔に貼り付けた。

 

 

 

 

 

 大広間で行われているハロウィンパーティーでレクスは珍しく1人で座っていた。普段は大抵リーゼと過ごすことが多いが、そうでない時はドラコやらと行動を共にすることが多い為レクスが1人で過ごす時間はそうは無い。だがリーゼは他の女生徒に連れて行かれ、ドラコらはテーブルの中央で囲まれていた。

 ふと視線をやるとクィレルが大広間をこそこそと抜け出していたが自分の気にする事では無いと盛り付ける料理は常夜城(ノスフェラトゥ)での逸品にも勝るとも劣らない程のご馳走であった。

 しばらくするとクィレルが息を乱して大広間に駆け込みダンブルドアの元へ急いだ。

 

「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと……」

 

 クィレルはダンブルドアに用件を伝えると役目を果たしたと言わんばかりに倒れ込み気絶する。防衛術の教授ならそのまま追い払えよと生徒らが思う間も無く大騒ぎとなる。大広間は蜂の巣をつついたように騒ぎ始め皆が我先にと外に出ようと出口に向かう。

 そんな大騒ぎの中でも触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにレクスの周囲のみぽっかりと開けていてその中心で全く動じず優雅に料理を口に運び食事を楽しんでいた。

 

「監督生よ、直ちに自分の寮の生徒たちを率いて寮に戻るのじゃ!」

 

 ダンブルドアが杖先から爆発音を鳴らして生徒の騒ぎを鎮め寮に戻るように指示を出す。そんな中人の波に逆らいレクスの元まで1人のスリザリンの女生徒がいた。

 

「レクス大変なの!」

「……なに?」

 

 そのリーゼとよく一緒にいることは覚えているが名前までは覚えていない女生徒のただ事ならぬ剣幕にレクスは手を止め向き直る。

 

「リーゼが!リーゼがトイレに行っててトロールのこと知らないの!しかも多分地下に近いところのなの!」

 

 それを聞いたレクスはすぐさま立ち上がり出口に向かうが混雑していてとても通れそうにない。そのはずだったがレクスが進むと人波はさっと割れる。普段の雰囲気に加え殺意と怒気を受けて道を譲らぬ剛の者など居なかった。

 人混みを抜け出したレクスは人目を憚らずに生徒の群を走り抜ける。後ろから怒声が聞こえた。おそらく監督生だろうがレクスは知ったことかと脇目も振らずに加速する。

 レクスの並外れた獣に匹敵する嗅覚はトロール特有の吐き気を催す悪臭を捉えた。進めば進むほど強くなる悪臭だがそれはトロールに近付いていることを表していた。

 廊下を凄まじい速度で走り抜けるレクスだったがフリードとハリーとロンの姿を見つけた。3人は固く閉ざされた扉の前で何やら喜んでいる様だがレクスの記憶が正しければそこは女子トイレの筈だ。事実中からリーゼとハーマイオニーの声が聞こえる。

 悲鳴でようやく気付いた3人だが扉を開けるよりも異常な速度で走り寄るレクスの姿に呆気にとられていた。

 杖を取り出す際の僅かな失速すら煩わしく思ったレクスは、一切減速することなく扉2メートル手前で最後の加速として床がえぐれる程に踏み込み跳躍。更に空中で身体に捻りを加え固く閉ざされた扉を蹴り破り勢いを殺しつつ中に飛び込む。

 今まさに醜いトロールがリーゼに棍棒を振り下ろそうとしているところだったが背後で扉を蹴り破る音が聞こえた。トロールは思わず振り返りそして絶望した。

 知能が低く野生に生きるトロールだからこそ感じ取れる、感じ取れてしまった目の前のソレの異常さや怪物さは自身をここに連れて来た人間に憑いているモノとすら比べ物にならない。恐怖のあまりトロールは尻餅をつきそれでも必死に少しでも離れようとする姿はいっそ滑稽とすら思えた。

 レクスはいつの間に杖を抜いたのかそれをトロールに向けている。もはやチェックメイトであり後は教授らの到着を待てばそれで一件落着だろう。だがレクスは呪文を唱えた。

 

「……フィンドファイア」

 

 放たれた悪霊の炎はトロールを生きたまま燃やし尽くす。声ならぬ断末魔の叫びすら包み込んで。

 

「ありがとう、助かったわレクス」

「……別に」

 

 しばらく呆然としていた5人だったが、レクスの魔法に対する知識の深さを知っていたリーゼがいち早く我に返り礼を言う。

 それに続いてハーマイオニーが礼を言うがレクスは僅かに首肯するだけだった。

 

「これは一体……貴方たちは何をしていたのですか」

 

 何人かの先生がトイレに踏み込んできた。マクゴナガルを先頭にスネイプが入ってきた。恐らく物音を聞いて駆けつけたのだろう。僅かに息が切れていて杖を持っていた。

 マグゴナガルの声は冷静だったが同時に強い怒りも感じられるものだった。

 

「わ、私がトロールを探しに来たんです。色んな本を読んでいて、トロールのことも知ってましたから……一人でやっつけられると思い上がったんです。本当に、すみませんでした!」

 

 そう言いハーマイオニーは頭を下げる。グリフィンドール組は驚愕のあまり目を見開いた。続けてハーマイオニーが噓を重ねようとするがそれをフリードが遮った。

 

「違います」

「違うとはどういう事ですか?ミスタ・ヴァルトフォーゲン」

「ハーマイオニーが此処に居たのは俺たちが泣かしてしまったからです」

 

 フリードが恐る恐る告白すると続いてハリーやロンも説明を付け足し訳を説明した。

 

「何があったかのは理解しました。恥を知りなさい。淑女を泣かし放置し謝りもしないとは。あなた方3人に1人20点の減点とします。これでも加減してのことと知りなさい。それとミス・グレンジャー怪我がないのなら寮に戻りなさい。ミス・シンクレアが貴女のことを大層心配していました。行って安心させてあげなさい」

「はいっ」

 

 マクゴナガルがグリフィンドール組を返すと今度はスネイプによる詰問が始まる。

 

「貴様らが何故ここにいるかはもはや問わん。だがトロールをどうやって殺した。痕跡からして焼いたのだろうが単なる燃焼魔法ではああはなるまい」

「……悪霊の炎」

「なんですって⁉︎一年生が⁉︎」

「やはりか」

 

 マグゴナガルは驚愕し、闇の魔術の造詣に深いスネイプは想像どうりだと頷く。

 

「悪霊の炎は闇の魔術の中でもとりわけ制御の難しい部類の魔術だ。制御を誤ればポッター達を焼き尽くしていてもおかしく無いだろう。些か軽率だったのではないかと言わざるを得んな」

「……」

「最後に一つ、お前の行動は英雄的なものでは無い。それを勘違いするな」

 

 スネイプはローブをはためかせ立ち去った。おそらくダンブルドアに報告しに行くのだろう。

 2人になるとリーゼはレクスに向き合い再び礼を言う。

 

「レクス。本当にありがとう」

「……気にしてない」



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第9話 christmas holiday

ふぅ何とか書き終わった
あと警告ですが今回は残酷な描写タグがガッツリ仕事しますので苦手な方はお気を付けください。



 ホグワーツは全寮制の学校である。その利点といえば友とのより深い友誼であったり勉学における幅広いサポートだったり、単純に通学費用が掛からなかったりと色々あるが、それでも家族と長期間会えなかったり勉強ばかりだったりで皆少なからず心労を抱えるだろうとクリスマスの前後1週間をクリスマス休暇と称して家に帰る事が許されていた。

 帰る理由は家ぐるみで行われるパーティーに参加する為であったり手紙では伝えきれないホグワーツでの出来事を直接語るためであったりと様々である。だが中には家庭の事情で帰りたくない者やクリスマスを友と過ごしたいという者達もいる。そういった者らは少し前から大広間を出てすぐの掲示板のリストに名を書くことになっている。

 一見すると何の問題も無いように思えるが前述にあるように事情があってホグワーツに残る者を狙った中傷が横行しかねない、というよりもこの手のトラブルは毎年一定数報告される。

 ドラコがその在校者リストの中にハリーの名を見つけた際にわざとらしく憐れむような口調でハリーに聞こえるように呟く。

 

「可哀想に。クリスマスだというのに帰ってくるなと言われた子がいるんだね」

 

 ドラコからしてみれば会心の一言だったというのにハリーは全く気にした風も無く隣のロンと談笑と始めてしまい、当てが外れたと舌打ちしその場を離れようとするが何の気なしにリストの方を見るとさぁっと顔が青くなるのを感じた。

 在校者リストのスリザリンの欄に唯一レクス・ヴァルトフォーゲンと書かれていたのだ。

 更に間の悪いことにヴァルトフォーゲン兄弟とシンクレア姉妹が4人で大広間に向かって来るのが分かったがレクスがドラコをまっすぐ見据えたその蒼い瞳には強弱はあれどハロウィンでトロールに向けていたのと同じ色が存在していた。殺されると直感したドラコは踵を返しホグワーツ特急へと走る。

 

「何だマルフォイの奴。急に走り出して」

「何があったんだろうね」

 

 フリードからしてみればドラコがこちらを見たと思ったら怯えた目で全力疾走で逃げられたようなものだ。フリードは首を傾げセラは後ろに何か怪物でもいるのではと、恐る恐る振り返るが怪物はおろか人すら居なかった。

 レクスからしてみれば愉快ではない事を話題にしていたドラコを軽く睨んだだけだというのにあれ程大袈裟に動くとは思っていなかったがリーゼは状況からして何と無く察した。

 

「まあそんなことは置いといてだ。レクスもホグワーツに残るとは思わなかったぜ」

「……城には帰りたくない」

「何だそんなにホグワーツが気に入ったのか?」

「……」

 

 レクスとフリードの間に流れる空気がどことなく不穏なモノに変わったのを敏感に反応したセラは割り込んで話題を変える。

 

「ねえねえフリードはクリスマスのプレゼントは何が良い?」

「プレゼント?何でも良いぜ。こういうのはサプライズの方がおもしろいからな」

「じゃあ内緒にしておくね」

「セラ、そろそろ行かないと席が取れないわよ」

「え?もうそんな時間なの。それじゃあねフリード、レクス」

「ああ、また休み明けにな」

「休暇明けに会いましょうレクス」

「……元気で」

 

 

 

 

 

 リーゼとセラを見送った後その足でスリザリン寮へと向かう。石壁に趣味の悪い合言葉を言うと壁が十字に割れ引き込んだ。その中にある扉をくぐっていくとようやくスリザリンの談話室に辿り着いた。スリザリンでホグワーツに残るのはレクスただ1人の為そこは無人のはずだが中には2人の姿があった。

 片方はスリザリンの寮監のスネイプだったがもう1人はグリフィンドールの寮監のマクゴナガルだった。スネイプは寮監である為居ても別におかしくは無いがマクゴナガルがいるというのはどういうことだとレクスは2人に顔を向ける。するとスネイプが口を開く。

 

「見ての通りスリザリンでホグワーツに残るのは貴様だけだ。それを報告したところ吾輩はいいだろうと告げたのだが校長がいたく気にしておられた」

「その為特例として休暇期間中に限りグリフィンドール寮への出入りを許可します」

 

 スネイプの説明に補足としてマクゴナガルが話すがレクスは内心舌打ちをした。スネイプの言う通り1人で構わないというのにダンブルドアめ余計なことを。

 

「それではグリフィンドール寮の場所を教えるので着いて来なさい」

 

 マクゴナガルの案内について行くと、やがて8階の太った婦人の肖像画の前まで辿り着いた。マクゴナガルが合言葉であろう単語を太った婦人に告げると肖像画が扉の様に開けて道が開けた。そしてそのまま進むと中から炸裂音と共に花火やら糞爆弾やらが無数に放たれた。

 炸裂音に反応したレクスは瞬時に杖を抜き防壁を張る。だが流石ホグワーツの副校長の肩書きは伊達ではないようでマクゴナガルが防壁を張る方が僅かに速かった。それらの爆音が止んだ後マクゴナガルはこの襲撃の犯人の名を叫んだ。

 

「フレッド!ジョージ!いい加減にしなさい!」

「お、俺たちじゃないぜ。なぁ兄弟」

「お黙り!あなた方でないなら他に誰がやるというのですか。グリフィンドール10点ずつ減点です」

「そりゃないぜ先生」

「最後にミスタ・ヴァルトフォーゲン。よく瞬時に対応出来ましたね。スリザリンに5点とします」

 

 マクゴナガルはフレッドとジョージを減点した後レクスに微笑み加点しグリフィンドールの談話室を後にした。マクゴナガルが去ったのを確認すると減点された直後だというのにフレッドとジョージがレクスに駆け寄る。

 

「おおっ、すごいな」

「今のは俺たちなりの歓迎だったんだけどな」

「「ようこそグリフィンドールへ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。これを初めて見たのはいつだっただろうか。それも思い出せない程に何度も見せられた。最初にこれを見た時には魘されて3日ほど起き上がれなかった。目を塞いでも逸らしてもその光景が焼き付いて離れない。これに何の意味があるのだろうか。これほどまでに自分の才覚を恨んだことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、これは夢だ。かつて■■■■と呼ばれたモノの10年余の人生からしても最悪に分類される記憶の1つだろう。

 

 ■■■■■■■■■の魔法使いが端正な顔に獣の如き歪んだ笑顔を浮かべ呪文を唱える。杖から放たれたのは切断呪文だ。杖は渡したぞ、さぁ防いでみせろと嗤う。いくら何でもできるわけがない。確かに杖は渡されている。だが杖を手にすることを許されたのは今日が初めてだ。だというのに何度も執拗に切断呪文を当てられる。腕や脚は大きく裂け本来であれば見えるはずのない白いナニカが見えた。しかし数秒もすれば周りの肉が蠢き裂傷が塞がり始める。文字通り裂ける様な激痛であるが泣き喚いてもこのケモノを悦ばせるだけだ。ささやかな抵抗として何があろうとも叫ばず許しを乞わない。

 それが気に食わなかったのだろう。強化した肉体で腹を全力で蹴りぬいた。その小さな身体はサッカーボールの様に壁にぶつかるまで無機質な石床を転がりロクな受け身も取れず激突した。

 身体中を擦りむき咽せると吐血し白い簡素な服を紅に染める。置き土産として腹を踏みつけ、また明日も愉しもうと言い残しその場を立ち去る。

 周囲には同じく虐待(教育)を受けた同胞がノロノロと立ち上がる姿があった。まだロクに性差も現れていない、若いというより幼いといった年齢の子どもたちの姿は皆似通りすぎており双子の様だがその数は尋常では無く人形の様な容姿も相まっていっそ狂気すら感じられた。

 そんな中■■■■は隣でヒトの形をしたモノ(・・・・・・・・・)に縋り付く同胞をそっと抱きしめた。

 

「……ツェーン、タウゼントはもう……」

「■■■■……、わかってるよ。わかってるけど、なんでなのっ」

「……キミだけに背負わせないよ。……皆でタウゼントの生も夢も背負って進むんだ」

 

 ■■■■にツェーンと呼ばれた子どもはその腕の中でしばらく泣いていたが、やがて泣き疲れたのか気絶したように寝付いた。それを確認すると1人の名を呼んだ。

 

「……ツヴァイ、キミはツェーンを背負ってくれるかな」

「ああ、分かった」

 

 歩み寄ってきたツヴァイも例外なく鏡写しの様に皆と瓜二つであった。ツヴァイはほぼ同じ体格のツェーンを軽々と持ち上げ背中に担いだ。■■■■も同様にタウゼントを背中に担ぎ上げ、2人を待っていた同胞を率いて自分たちに与えられた離れの区画に向かう。

 自分たちの区画へは一度外へ出なければならず、外では満月が怪しく輝いていた。外を歩いていると自分たち以外の喋り声が聞こえ城の外周部の廊下ではこの城の主とその子どもが歩いているのが見えた。

 それを眺めていた■■■■らと城の主たる男と目が会った。だが男は気まずいのか、それとも別の感情かそっと視線を逸らし逃げるかのように息子との会話に戻ってしまった。

 この時■■■■の胸の奥では湧き上がるドロリとした濁った感情があった。

 なんでボクたちだけが。ああ、■ましい。

 

 

 

 

 

 ■■■はその時ゾッとする程濁った目と合った。

 

 

 

 

 

 レクスは引きつった顔で飛び起き毛布を跳ね除け胸に手を当てる。心拍数は物凄く速くなっており寝間着は汗でびしょ濡れだった。荒い呼吸を抑え深呼吸しながら、あれは夢だと、夢だったと言い聞かせようやくいつもの無表情な顔へ戻った。

 取り敢えず寮に備え付けのシャワーでも浴びようかとベットを出ると足元付近では大量のプレゼントが山のように積まれていた。レクスの覚えている人数とプレゼントの数が明らかに一致しないのでつまり大半がご機嫌取りだろう。ご苦労な事だ。とりあえず知らない名前のプレゼントは圧縮し小さな袋に詰めた。

 シャワーを出て身も心もさっぱりしただろうといつもの定位置に座りプレゼントを開ける。ドラコからは魔法界で有名なブランドの銘菓だった。気を見ていつかもらうとしよう。

 リーゼからは蒼と銀の狼の装飾が施された髪飾りだった。早速着けてみようかと思えば更に手紙が出てきた。内容は短いがこうだった。

 

 親愛なるレクスへ

 メリークリスマス、レクス。お父様に聞いたら貴方の家の紋章は狼がモチーフとの事だったのでそれを選びました。貴方の髪と瞳と同じ色なのできっと似合うと思います。休暇明けに良ければ付けているところを見せて下さい。それではよい休暇を。

 リーゼロッテ・シンクレアより

 

 ほぼ無意識にであるが手紙を読み終わった頃には、レクスの流れる様な銀の髪には蒼と銀の狼が潜んでいた。

 その後もいくつか開けていき残すところ最後の1つとなっていた。最後に残っていたのはフリードのものだった。何が出て来るのかと開けると贈り物はフリードらしからぬペンだった。見るからに安物ではあったが気が向いたら使ってやろうと懐にしまった。

 残り一週間の休暇であるが結果のみ言うとグリフィンドール寮に入るどころか、スリザリン寮からすらほぼ出なかった。

 その間何をしていたのかといえば例の研究(・・・・)であるがその手に収まっていたのはいつものペンでは無く、非常に書きにくい安物のペンであった。




ここまで読んだ人の中には今話はなんだこれ意味わからんぞと思う方がいらっしゃるかもしれませんが安心して下さい
作者もです


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第10話 A cotidiana in incredibili

とうとう夏休みも終わりですね

それではどうぞ
第10話 日常から非日常へ


レクスはたった1人のスリザリン寮で何時ものように席を占領し羊皮紙にペンを走らせていた。寮に入って来る者などいないはずなのに1人や2人じゃない人数の気配を感じ、そこでようやく今日で休暇が終わりだと思い出した。

 寮の入口付近の席を使っている為入ってくれば変な方向でも向いていない限り嫌でも視界に入ってしまう。一部の生徒からは魔王の如く恐れられているレクスと目が合ってしまった上級生は小さな悲鳴を上げ速足に奥に引っ込んでしまった。

 レクスからすれば有象無象が何をしようと知った事では無いがいちいち騒がれては面倒だと防音呪文を用いて遮断した。机に向き直ったレクスは知る由もないがスリザリン生の大部分が返ってくるまでに5人に1人の割合で驚いていた。

 

 その後もペンを走らせていたのだが後ろから触られる気配を感じ瞬時にペンを杖に持ち替え突き付ける。近付いて来ていたのはリーゼだった。リーゼはいくら話し掛けても反応の無いレクスを不審に思い、軽く肩を叩こうと手を伸ばしたのだが気付けば首元に杖を突き付けられていた。

 リーゼが何かを言っている様だが何も聞こえない。そういえば防音呪文を掛けたままだったと解除するが、何故かリーゼの怯えた顔を見ると胸が痛み杖を降ろした。

 

「その、レクス、驚かせてしまってごめんなさい」

「……いや、こっちも。……後ろから触らないで」

「ごめんなさい。あ、レクス髪飾り付けてくれたのね」

「……どう」

「とても似合っているわ。先に言うべきだったけどプレゼントの魔導書、とても分かりやすかったわ」

「……そう。ならいい」

 

 レクスが研究する傍らでリーゼが予習をする。稀にリーゼでも理解できない箇所がある時には気が向けば見てやる。その2人の背景としてドラコたちが自慢話で騒ぎクィディッチチームが作戦会議をする。そんないつもの日常に戻ったのだと思うと、レクスの胸の内に穏やかで抗い難い温かなモノが宿った。それに名前を付けるなら友情とでもいうのかと自然に頬が緩み微笑みを浮かべた。

 しかし___

 勉強していたリーゼがふと顔を上げると思わず目を見開き二度見するほどの衝撃があった。

 表情筋が存在するのかと言いたくなる程に変化の無いのレクスの気分を見分けるには唯一感情の読み取れる瞳を見るしかない。その筈だったがリーゼが見たその時はレクスが思わず見惚れる様な笑みを浮かべたのだ。

 だが直ぐにその衝撃は別種の驚愕に塗りつぶされた。レクスの顔を見ていたらいきなりペンをぐしゃりと握りつぶしたのだ。しかもそれに気付いていないのか尚も力をこめて粉砕し破片が手に食い込み手に血が垂れ羊皮紙を赤く染めた。

 

「レ、レクス⁈」

「……あ」

 

リーゼが慌てて声を掛けるとそこで始めて気付いたのか血の滴る腕を茫然と眺めている。そんなレクスが最初に取った行動は傷を塞ぐことでも、汚れた羊皮紙を拭うでも無く、砕け散ったペンを修復することだった。

 

「……良かった」

「ペン何かよりも先に治癒が先でしょう⁈いいから手を出し__え?」

 

リーゼが杖を取り出し治癒魔法を掛けようとレクスの右の手のひらを見ると色々なところにたこがあるくらいでペンが刺さったかの様な傷は存在しなかった。いつの間に治したのかと首を傾げるがリーゼに見られずに治癒できるタイミングなど無い。

 

「いつの間に治したのよ」

「……秘密」

「何よそれ。……まぁいいわ、でも次からは自分の身体を大事にしなさいよ」

 

リーゼがたしなめる様にそう告げるとレクスは驚いたような顔をした。

 

 

 

 

 

クリスマス休暇から開けて数週間が経つがその間事件らしい事件は起こらず平穏な日々であった。そのまま何も起こらず一年が終わってくれと多くの者が願う中それは破られた。レクスがリーゼと大広間に向かって歩いていると何重もの人だかりが出来ていた。一体何事なのかとリーゼが見渡すとセラがフリードと人だかりの方を見ているのが目に入った。

 

「あら丁度良かったわセラ。この人だかりは何なのかしら?」

「グリフィンドールが一晩で200点も減点されちゃったからね。みんなびっくりしてるんだよ」

「200点ですって⁈一体何があったのよ」

「ねぇフリード。言ったらだめ?」

「この二人になら大丈夫か。……あー、ちょっとここだと話しずらいから移動しないか」

 

 フリードはレクスの事は兎も角としてリーゼの事はあまり知らないが数少ない交流や又聞きの噂などから、こういった緘口令が引かれている事をぺちゃくちゃと話したりはしないだろうと信用することにした。

 グリフィンドールであったならば談話室でゆっくりと話すことも出来たのだろうが生憎レクスとリーゼはスリザリンだ。寮が違う者たちが交流できそうな場所など大広間くらいなものだが内緒話には向かない。ならばどこで話すのかと思えばフリードは図書館へと入っていった。

 

「それでな、話はハグリッドがドラゴンを育てようとしたところから始まるんだ」

「ドラゴンですって!?あの森番は何をやっているのかしら。普通に法律違反よ」

「ハグリッドからするとドラゴンも子犬も変わらないからね」

「……ちょっと待ちなさい。セラまさか貴女も関わっていたんじゃないでしょうね」

「うえっ、藪蛇だった」

「ことが事だからお父様やお母様には報告できないけど危険なことは止めなさい」

「あーもう、わかってるってば。それより話を進めようよ」

「じゃ続けるぞ。ちょっと考えれば解ってた事なんだが成長が早くてな。そこでルーマニアに居るっていうロンの兄貴がドラゴンキーパーをやってるらしく、ホグワーツまで回収に来て貰う予定だったんだ。だがロンの不手際でその手紙がドラコの手に渡っちまってな」

「無計画過ぎる上に杜撰。ドラコのあの変な笑いはそういう事だったのね」

「でも今更計画は変えられないと昨日俺とハリーとハーマイオニーでドラゴンを天文塔に運んだんだがその帰りにフィルチに捕まっちまったんだ。それでマクゴナガルに引き渡されて大目玉ってわけだ」

 

 フリードの語りが終わるとリーゼは頭が痛くなって手で抑える。彼らの計画の杜撰さなどは思わず口を挟んでしまう程だった。そんな事にセラが関わっていたなど冷や汗ものだ。

 

「そういえばドラコはどうしたのかしら。性格からして放置とは思えないけど」

「ああ、それなぁ。あいつが変な欲を出してくれて助かったぜ。お陰で現場は抑えられなかったし一足先にフィルチに捕まって減点されたからな」

「道理で朝から静かな訳ね」

 

 200点も失ったグリフィンドールとは違いスリザリンは減点が20点だけなのでそのくらいの減点では今の王座は揺るがない。寧ろ首位争いをしていたグリフィンドールが自滅してくれたお陰で寮杯獲得はほぼ揺るがぬ物となった。

 

「ああ、そう言えばレクス」

「……何」

「クリスマスプレゼントで渡したペン、使ってるか?」

「……拒否。あんな安物」

「仕方ねぇだろ。小遣いが無かったんだから」

 

 その時リーゼは休暇明けの日の事を思い出していた。あの時レクスが慌てて直したペンは見るからに安物に見えた。更に言えばそれ以降寮内で使っているペンはその時の物だ。ならば、そういうことだろう。

 

「ふふっ」

「何だよシンクレア」

「いえ、ごめんなさい。何でもないわ。……ただあなた達兄弟の事を少し誤解していたみたい」

「何だそりゃ。誤解するような事言ったか、なぁレクス」

「……知らない」

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち多くの生徒が悲鳴を上げる期末試験がやって来た。試験会場はその教科の場所な訳で結界スリザリンとグリフィンドールは大体の試験が合同であった。だが普段と違うところと言えば蛇蠍の如く嫌い合う2寮が隣り合わせても問題が発生しないという事か。

 レクスにとってみればこの程度暇つぶしににすらなりえない問題でしかなく、リーゼはこのままでも成績上位は堅いであろう。そのリーゼと最後の復習をしているハーマイオニーも同じくだ。その寮が違う2人であるがハロウィンの騒動を機に友好を結んだようだ。

 

 ドラコやセオドール、フレーズ、ダフネは最後に悪足搔きとして頭に詰め込んだものを忘れないようにブツブツと呟いている。グラップやゴイルは一転して余裕の風格だがあれは逆に何も考えていないだけだろう。そもそも勉強しているのかすら怪しい。

 フリードやハリーにセラ、ロンなども同じく必死に頭に詰め込んでいるがその内の何割が残るのだろうか。その隣ではネビルが派手に転んだ。普通に歩いても転ぶというある種の才能を持つネビルが暗記の為、上を見ながら歩けばどうなるかなどは解り切った事で、校則違反をしたハリーの前をスネイプが通ったらどうするかなどと聞くようなものだ。

 

 実際試験の内容はレクスにとって児戯に等しく思えた。ただ空白で提出するにはプライドが許さず全ての空欄を埋めた。そしてレクスが腕の動きを止めたのは試験開始より長針が五つ進む前の事であった。

 実技試験の存在する魔法薬学ではスネイプを唸らせ、妖精の魔法学ではフリットウィックを感嘆のあまりひっくり返らせた。また変身術学ではレクスの提出した課題を見たマクゴナガルはニコリと微笑んだ。

 試験を終えてホグワーツの廊下を1人歩いていたレクスは前方の曲がり角から興味深い内容が聞こえ、すぐさま壁の窪みに身を隠した。

 

「今夜ダンブルドアはいないしマクゴナガルは聞いてくれない。なら僕達が行くしかない。そうだろう?」

「気は確かか?ダンブルドアがいなんだぜ。俺たちに何ができるってんだよ」

「そうだよハリー」

「だめよ。マクゴナガル先生にもスネイプ先生にも言われたでしょ。退学になっちゃうわ」

「だからなんだっていうんだ!わからないのかい?スネイプが石を手に入れたら、ヴォルデモートが戻ってくるんだ!僕一人でも行く!」

「はぁ、1人でなんか行かせるかよ。俺も行くぜ」

 

 4人は今している会話に悪意ある者からすればどれほどの価値があるのかそれを知らずに続ける。

 ハリー達がその場を去った後も暫くレクスは動かないでいた。正に絶好の機会。恐らくこれも罠だろうが諸共餌を喰い千切ってやろう。ボク()を侮ったお前の負けだダンブルドア。

 そうレクスは嗤った。

 それはかつてリーゼに見られた微笑みとは真逆。真冬の吹雪の如く冷たく、しかし煉獄の炎を思わせる狂笑であった。

 

 深夜生徒達が寝静まる時刻になるとレクスは姿現しで禁じられた廊下に跳んだ。三頭犬は侵入者に気付くと低い唸り声で威嚇するが、レクスと目が合うと一転して怯える様な声に変わった。

 この三頭犬はハグリッドの手によって訓練された優秀な門番であるが、門番である前に獣であった。三頭犬は野性の勘で彼我の戦力差を悟り一度たりとも襲い掛かる事なく腹を見せて降参の意を示した。

 既に地下への扉は開かれているがレクスは、三頭犬に杖を向けると3つの禁じられた魔法のうちの一つ服従の呪文を使った。

 人間に向けて使用すればそれだけで世界最凶の魔法監獄 アズガバン行きは避けられない。そんな法と道徳を犯す呪文を使い三頭犬に自分以外を襲えと指示を出す。それだけでは意味が無いと三頭犬の最大の弱点である音楽を無効化する為に、その大きな耳を焼いて塞いだ。弱点を消して文字通り命懸けで敵を襲わせる。これならば多少の時間はダンブルドアを足止めできるだろう。

 

 次の罠である悪魔の罠にはいたるところに蛇を忍ばせた。全ての蛇の血に呪毒を仕込んみ条件指定の爆発呪文をかけある為無効化されても大丈夫だ。

その次の鍵の鳥は正解のものを引き寄せ扉を開けた後複製呪文で倍以上に増やし襲撃呪文をかけた。それらに紛れ込ませて透明化した剣を何本か浮かせてその部屋を後にする。

 次の罠たるチェスはすでに終わっておりロンが倒れているだけだった。扉に凍結呪文をかけその場を後にする。

 次の部屋には2匹のトロールとそれらに追い詰められたフリードとハーマイオニーがいた。片方のトロールは既に気絶させられたようだ。とは言えそれなりの代償を払わされたようでフリードも気絶させられその前にハーマイオニーがかばうように立っている。いつぞやのトロールとは違いきちんとした武装を身にまとっており一年生の魔法では太刀打ちできない為壁際に追い詰められたようだ。

 レクスに気付いた様子の無いトロールは緩慢な動作で棍棒を振り上げ、それが頭上まで来ると一気に振り下ろした。ハーマイオニーは思わず目を閉じているがこのままでは間違いなくフリードも巻き込まれて死ぬだろう。

 レクスは誰に手を出しているのだと悪霊の炎で2匹諸共に焼き払う。

 

「え?何で此処にヴァルトフォーゲンがいるの___」

 

 ハーマイオニーはレクスが入ることに驚いている様だがすぐさま気絶呪文で気絶させる。その後忘却呪文をかけレクスと会っていないように記憶を改竄する。

 その後恐らくスネイプが仕掛けたのであろう毒薬の論理パズルを見る。レクスの頭脳を最大限働かせて先に進む事ができる薬を飲んで炎の奥に進み最奥部の部屋へ向かった。

 




中途半端なところで終わってるので何とかして近日中にもう一話上げて賢者の石編を終わらせたいと思います


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第11話 Pre-lucem tenebras

セーフ、まだ一週間前。
次話以降は諸事情によりひょっとしたら投稿が遅れるかもしれないです。申し訳ない

それではどうぞ
第11話 夜明け前の闇より


 賢者の石を守る為に仕掛けられた教師陣による数々の罠を潜り抜けた先にある最奥の部屋にて2つの顔を持つ異形にクィレルとハリーは対峙している。

 

「捕まえろ!」

 

 かつて英国魔法界中を恐怖によって震え上がらせたヴォルデモートは恐ろしい叫び声で配下に命を下す。それをうけてクィレルが素早く動いてハリーの手首を掴んだ。しかしすぐさま掴んだ手首を離すことになった。触れた箇所から焼き鏝を当てられたかのような激痛が走りボロボロとまるで砂の様に崩れ落ちたのだ。

 この時のクィレルやヴォルデモートには知り得ない事だが、ハリーに掛けられた加護は真に愛する者に術者自身を捧げる事で発動する、最上位の守護魔法の中でも最古、つまり黄金の秘奥に近いとされるものだ。故にハリーの敵が触れば加護によって焼かれるのだ。

 

「アァァァァァァァッ!無理ですご主人様!触れることができません!」

「それなら殺せ!殺してしまえ!若造1人殺せんのか!」

 

 クィレルは杖をハリーに向け、白銀の秘奥たる■■の呪い(■■■■・■■■)より生まれし禁じられた呪文の最上位の死の呪い(アバダ・ケダブラ)を唱えようとするが、それを本能的に危険と感じたハリーはクィレルの顔に己の手を押し付ける。

 ハリーには何がどうなっているのか、何一つ分からないがひとつだけ確かなことがある。クィレルは自分に直接触れるとそこが焼かれるのだと。攻撃呪文どころかロクな呪文一つ使えないハリーにとって唯一の武器だった。

 

「アバダ_アァァァァァァァァッ⁈」

 

 クィレルの顔が焼かれて醜く爛れ罅が入る。普通に生きていれば味わうことの無いであろう激痛によってクィレルは自らの意識を闇に落とした。

 目の前のクィレルが倒れ込んでもハリーはしばらく実感がわかなかった。だがローブに感じる確かな重みが恐ろしい闇の魔法使いから賢者の石を守りヴォルデモートの復活を防いだのだと教え、誇らしい気持ちになった。

 

「あ、れ?」

 

 その場を後にしようと振り向いた時だった。ハリーの身体は言うことを聞かず地面に倒れ意識が暗闇に沈んでいく。無論毒や呪いなどではないただ単に疲労のあまりに倒れ込んでしまったのだ。

 だがそれも無理もないことだろう。学生の最大の試練といっても過言ではない試験を終えた足で、一流の魔法使いという看板に偽りの無いホグワーツの教師の仕掛けた渾身の罠の数々を、死んだわけでは無いが友を犠牲に潜り抜け、闇の魔法使いと命懸けの闘ったのだ。むしろ今の今まで立って入られたこと自体が称賛に値するだろう。

 

だが悪意は小さな英雄による大健闘を讃えようとはせずその命を刈り取ろうとする。気絶しているクィレルの後頭部からゴーストの様な黒い靄が出てきたのだ。その黒い靄こそがかの闇の帝王・ヴォルデモート卿の成れの果ての姿である。他者に寄生しなければ姿を維持することすら不可能な亡霊にすら劣る現在であるが、身体の持ち主の意識がない状態であれば宿主の命を削る事で操作権を奪うことが出来る。

 元々自我を持つ魂を身体に受け入れるということ事態が生命力を著しく削る行いだというのに加えて、クィレルはユニコーンの血を適切な処置をしないまま直接口にしたのだ。そして最後のリリー・ポッターによる加護に阻まれた事がとどめとなって自力では立てない程に衰弱していた。

 そしてヴォルデモートはかつて自分が最も頼り、また恐れてきた死をハリーに翳そうと杖を向ける。だが死の呪文を唱えようとした時素早く飛び退いた。一瞬前までヴォルデモートが立っていた場所に銀の短剣が深々と刺さっていたのだ。

 

「誰だ!ハリー・ポッターの仲間か!」

「……違う」

 

 明確な威嚇に対しヴォルデモートは誰何の声を荒げる。それに答えるかのようにレクスは静かに舞台に上がった。睨み付けるヴォルデモートであったがレクスの姿を認めると納得したかのように頷き、猫なで声で勧誘する。

 

「ああ、成程。その特徴的な蒼い瞳に銀の髪、ヴァルトフォーゲンの者か。お前は優秀な魔法使いだ。いずれは俺の右腕になれるほどにな。故に力を欲するならばお前は俺の下に来るべきだ」

「……その有様で説得力など無い」

「何っ。……いや確かにお前に一理ある。ならば俺様はいずれ力を取り戻す。その時に再び問うとしよう」

「……考えておく」

「今はそれで構わん。さぁ賢者の石を俺に譲るが良い。今渡せばその恩恵を分けてやってもいいぞ」

「……断る」

 

 ヴォルデモートの勧誘に対しては曖昧に濁したが、賢者の石を渡せという言葉に対しては明確に拒絶の意思を示し杖を抜いた。

 先程の威嚇などでは無く杖を向け明確に敵対の意志を表したレクスに対して、ヴォルデモートはならば力ずくで奪うまでと言わんばかりに呪文を放った。襲い来る閃光を僅かに上体をそれすことによって躱したレクスは攻撃に転じ麻痺呪文を放つ。それを同じ呪文で相殺したヴォルデモートは切断呪文を放った。しかしレクスは床を這うように見える程に前傾姿勢で躱しながら接近する。

 

 これはどこの国だろうと大体の魔法使いに当てはまる事だが戦闘と決闘を同義に捉え杖と魔法のみを注視する者が殆どだ。流石に歴戦の猛者であるヴォルデモートがそんなわけあるまいが身体能力はヒトのそれであろう。ならば近接戦闘に持ち込んでしまえば殺すのは容易だ。そう考えたレクスはヴォルデモートが放つ数多の呪文を紙一重で避けながら神速で迫り拳を握る。

 先程と打って変わって回避に専念し尋常ではない速度で迫りくるレクスを怪訝そうに首を傾げたがヴォルデモートだったが、握りしめられた拳を見て接近戦闘に持ち込む気だと理解した瞬間に飛行魔法で宙に飛んだ。そしてレクスの頭上を取ったヴォルデモートは氷結呪文によって無数の氷の弾丸を降らせる。

 

「そら踊れ。自慢の身体能力で避けて見せよ」

「……舐めるな」

 

 氷の驟雨を踊れるように避けるレクスだったがこのままでは埒が明かないと燃焼呪文をぶつけた。氷が一瞬で蒸発し凄まじい程の音と共に互いの姿が見えなくなる程の水蒸気が発生した。

 視界を遮られることを嫌ったヴォルデモートは杖を一振りし発生した水蒸気を薙ぎ払う。だがそこにはレクスの姿は無かった。何故、と一瞬のことであったが思考に生まれた空白を突かれヴォルデモートは頬に衝撃を受け床に叩き付けられた。

 レクスは氷に炎をぶつけ発生させた水蒸気で視界を遮ったと同時に壁を蹴って跳躍し、ささやかな意趣返しとして頭上を取った後に、隙だらけの頬を蹴って地に降ろしたのだ。

 

「ぐはっ!?」

「……これで終了」

 

 凄まじい膂力で蹴り付けられたヴォルデモートは地面に伏して動けないが、レクスはその背中に容赦無く悪霊の炎を放った。杖より放たれた炎は有体となり無数の生物の特徴を持つ獣の姿となりクィレルの身体を呑み込んだ。

 魂を焼くことが可能な程に悪霊の炎は強力な闇の魔術である。故にクィレル共々焼かれるのを回避するためヴォルデモートはクィレルの身体を脱ぎ捨てた。

 

「まさかここまでやるとは。次に会う時までにどちらに着くのか身の振り方を考えておくがいい」

 

 霊魂のみとなったヴォルデモートは物理干渉が出来ないがそれ故干渉も受けない。その特性のおかげでレクスの追撃を受けることも無くホグワーツを後にすることが出来た。残るはクィレルだが既に死に体で手を下すまでもないと一瞥し鏡付近に倒れているハリーの元へ向かう。

 ハリーのローブを漁りこぶし大ほどの赤い石を左手に持った。それこそがレクスの求めた賢者の石である。

 手に入れたのならば後は双子の呪文で複製を作ってここを去るだけだ、とレクスは立ち上がった時に目の前に鎮座するみぞの鏡を見てしまった。

 カラン、と何かが床とぶつかる音をレクスは聞いた気がした。

 

「……あ、……え」

 

 それを見たレクスは左手(・・)で鏡に手を伸ばした。どれほどの間そうやって鏡の映す願望に魅入られ手を伸ばしていただろうか。

 それはまさしくレクスの臨んでモノに違いは無く、だからだろうか。その距離に接近されるまで気付かなかったのは。

 

「罠を仕掛けたのはやはり君じゃったかレクス。あれ程の罠をその若さで、まったく恐ろしいほどの才能じゃ。だが少々血なまぐさが目立つのう」

「……なっ!?」

 

 ダンブルドアの接近に全くと言ってもいい程に気付いていなかったレクスは、驚きのあまり咄嗟に杖を向けようとするが手元にないことに気が付いた。

 

「ほっほっほっ、驚かせてしまった様じゃのう」

「…ダンブルド!?なぜ……」

「先生、じゃよ。スネイプ先生に気を付けるようにと言われておったじゃろ」

「……答えて、下さい」

「なにロンドンに着くなり、わしがおるべき場所に気づいたからじゃよ。それで君はなぜこんな所におるのじゃ?」

「……石を守る為です」

「おお、ヴォルデモートから賢者の石を守ろうと、それは素晴らしい心掛けじゃな」

「……」

「石はそこに転がっておるようじゃが欲しいとは思わなかったのかね」

「……それは、欲しい。……不老不死だ」

「ほっほっほっ、正直じゃのう。それは良い事じゃ。じゃがこうも言わせてもらおうかの_」

 

 一拍おいてダンブルドアは好々爺然とした口調をガラリと一転させる。

 

「_愚か、実に愚かな事じゃよ。石は君の思うほど素晴らしいものでは無い。若い君には分からぬじゃろうがそれは大した価値の無いものなのじゃ。しかし悲しい事に大方の人間がそれを望んでしまう」

 

 過去を思っていたのかダンブルドアはしばらく無言だったが我に返り、さて、と話を締めくくる。

 

「石を渡してくれるかのレクス。それは君を不幸にすれど幸福にはせぬよ。自然の摂理から外れては必ず罰が下ってしまうじゃろう」

 

 レクスの目的と為には賢者の石は必要だ。だが今手に入れようとするならば目の前のダンブルドアを倒さねばならない。だがそれは不可能に近いだろう。何せ賢者の石を落とした時に杖も一緒に落としてしまい完全に無手であるからだ。それにくわえ幾ら今世紀最も偉大な魔法使いと称えられようとも所詮相手は老人に過ぎないと言い聞かせ隙を伺っているのだが、第六感が攻めるべきではないと警鐘を鳴らしている。

 まるで隙だらけだというのに迂闊に手を出せばその瞬間こちらに敗北を突き付けてきそうなヴェルヘイムと似た得体の知れなさがある。

 

 あの時間を無駄にしなければどうにかなったかもしれないが既に八方塞がりで完全に詰んでいた。もはや賢者の石をダンブルドアに渡すしか道は無い。

 すぐ手の届くところに不老不死があるというのに渡さざるを得ず屈辱に顔を歪め賢者の石を拾った。それなりに力を込めて賢者の石を投げて渡したが、ダンブルドアの手に渡る瞬間失速し危なげなくその手に収まった。そしてそれをロクに調べもせずに懐にしまった。

 

「ふむ、本物に間違いないようじゃな。既に気付いているようじゃがその鏡はみぞの鏡というてな顔では無くその者の心の底からの望みを映すのじゃよ。よろしければこの老人に君が何にそれ程魅入ったのか教えてはくれぬかね」

 

 ついでにと言わんばかりの口調でダンブルドアはそう告げたがそれは擬態であることは確かである。何せ言い終わる前に開心術によるレクスへの干渉を始めているのだから。

 閉心術や開心術などの精神に関する魔術はその人物の心の在り方による。他人を理解したいと強く思えば開心術を、そして誰にも心を閉ざしていれば閉心術を。つまり未だに心が揺れているレクスの閉心術では防ぐことは叶わない。だがレクスは敢えて閉心術(・・・)の一部を解く事にした。

 開心術によって表層の記憶を読み取り、深層の意識に干渉しようとしたダンブルドアであったが突如としてレクスの精神より追い出される。黒の濁流とでも呼ぶべき夥しい怨念によってダンブルドアは弾き出されたのだ。

 

「今のは、……何じゃ」

「……夢の残骸」

「どういう事かね」

「……答える気は無い。……だが一つ、永遠は下らないと?」

「ああ、そうじゃな。その通りじゃよ。永遠の生なぞ得難い友に比べ一体どれほどの価値があることか」

「……なら、ダンブルドア」

「何かね」

「……今夜死ぬ者がいたとして、それでもお前は夜明けの美しさを語れるか?」

 

 そう問いかけたレクスだったが返答を聞く気はないのか踵を返しダンブルドアの横を通り過ぎる。あまりに残酷な問いと光を呑み込む様な昏い瞳を前にダンブルドアは最後まで答えを用意することはできなかった。

 

 ダンブルドアはレクスの学校生活にて垣間見える闇の麟片に脅威を覚え警戒していたのだが、覗けた限りの記憶を見て酷い憐憫を覚えた。

 闇への過程の一部を知ったダンブルドアから見てレクスは、バラバラに壊れた人形をそれでも無理やり繋ぎ合わせたかの様な歪に歪んだモノに見えた。今すぐ抱きしめねば儚く散ってしまいそうな背にダンブルドアは手を伸ばすことが出来なかった。本人は気付いていない様だったが現実と願望との差異に苛まれて涙を流していたというのに。

 ああ、生徒1人救えずして何が教育者か。遠くなるレクスの背を見てそう自らを責めた。

 

「次こそは……。諦めたりはせぬぞ。君を見捨てたりはせぬ」

 

 ダンブルドアが見たレクスの記憶の中での大半は暴虐のものだった。だがレクスの望み、即ちみぞの鏡で見たものとは大人となったレクスがフリードやリーゼなどを始めとした多くの人物と肩を並べ笑い合っている姿だった。故に片足突っ込むどころか闇の中で生まれ足掻いてきたレクスであっても手遅れではないと、光の差す方へ導いてみせると深く誓った。

 

 

 

 

 

 賢者の石の件から数日が経ち、学年末パーティーの日がやってきた。

 どうやら今年の寮杯を獲得したのはスリザリンらしく大広間の装飾はシンボルカラーの緑や銀で蛇の横断幕が掲げられている。

 スリザリン生は胸を張り自信満々な表情をしているが、対照的に他の3寮特にグリフィンドール生は顔を白くしこの世の終わりの様な表情をしている。

 だがレクスは他のスリザリン生とは違い顔をピクリともさせない。それはいつもの事であるが普段まとっている張りつめた雰囲気に比べどこか刺々しい雰囲気である。

 

「レクスどうしたのよ。ここ数日おかしいわ」

 

 いつもとまるで違う雰囲気のレクスを心配したリーゼは声を掛けるがレクスはリーゼにすら冷たく返す。

 

「……なんでも無い」

「そう」

 

 なんでも無い訳がないというのはリーゼにも理解できた事であるがこちらを一瞥した紺碧の瞳の奥で蠢くナニカに気圧され仕方なく引き下がる。

 

「また1年が過ぎた! 一同、ご馳走にかぶりつく前に老いぼれの戯言をお聞き願おう。

一年が過ぎ、君達の頭も以前に比べて何かが詰まっていればいいのじゃが……新学年を迎える前に君達の頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。

その前にここで寮対抗の表彰を行うとしよう。点数は次の通りじゃ。

4位グリフィンドール、368点。3位ハッフルパフ、352点。

2位レイブンクロー、418点。そして一位スリザリン、628点」

 

 スリザリンのテーブルから何かが爆発したかの様な歓声が上がる。優勝しかも二位と200点以上の差をつけての歴代最高記録だ。だがそこにダンブルドアが水を差す。

 

「よし、よし、スリザリン、よくやった。しかしつい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 大広間中がシンとする中、ダンブルドアの声のみが響く。

 

「駆け込みの点数をいくつか与える。えーと、まず最初はロナルド・ウィーズリー君。

この何年間かホグワーツで見る事の出来なかったような最高のチェス・ゲーム見せてくれた事を称えグリフィンドールに50点を与える」

 

 グリフィンドールのテーブルから歓声が上がり双子のウィーズリーたちを筆頭に椅子の上に立つ。

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー嬢。

火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処した事を称えグリフィンドールに50点を与える」

 

 またもやグリフィンドールのテーブルから歓声が上がる。

 

「3番目はフリード・ヴァルトフォーゲン君。

自らの危険を顧みず強敵に立ち向かうその勇敢さを称えグリフィンドールに50点を与える」

 

 学校内で流れた噂と現状のグリフィンドールに対する駆け込み点から何と無く事態を察したスリザリン生は顔を青くし事態を静かに見守る。

 

「4番目はハリー・ポッター君……その完璧な精神力と並外れた勇気を称え、グリフィンドールに100点を与える」

 

 後10点で同率首位だ。スリザリン生は顔を青を通り越して白くする。

 

「勇気にもいろいろある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。

しかし味方の友人に向かっていくのも同じくらい勇気が必要じゃ。

そこでわしはネビル・ロングボトム君に20点を与えたい」

 

 グリフィンドール生は歓喜の悲鳴を上げ大騒ぎする。スリザリン生は顔を引攣らせ何人かはショックで椅子から滑り落ちる。

 そしてダンブルドアを睨みつける。いくらなんでもこれは無いだろうと、何もこのタイミングで加点しなくてもいいじゃないかと、これでは自分たちはまるで道化では無いかと。

 

「最後にレクス・ヴァルトフォーゲン君。

その類稀なる才能と努力に敬意を評し、スリザリンに10点を与える」

 

 完全に落ち込んでいたスリザリン生はバッと一斉に顔を上げレクスを見る。

 レクスの加点のおかげで同率1位とはいえスリザリンの敗北を免れたのだ。スリザリン生がワッとレクスに詰め寄り担ぎ上げようとするが、ぎろりと睨まれ静かに椅子に座った。

 これは蛇足だがその後発表された試験結果ではレクスが2位のリーゼと100点以上差をつけて、2位のリゼは3位のハーマイオニーと一点差で勝利した。



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秘密の部屋━Chamber of Secrets━
第12話 Ab imo abyssi


第2章 秘密の部屋編スタートです
とはいえ本編にはまだ絡みませんが

それではどうぞ

第12話 深淵の底より


 ああ、これは罰なのだろう。かつて■■■が■■■■として■したモノを見せられるなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■は気付くと見知らぬ部屋に立っていた。部屋は暗いが5歩先まではかろうじて見える程度には光源があるようだった。部屋は薄暗いせいか奥まで見通すことが出来ずひょっとすれば無限に続いているのではないかと錯覚するほどに広大であるが飾り気などは一切無く、一定の間隔で配置されたガラス製の筒状のモノ以外の物は存在しない。その円筒を下から光が照らし、床には用途不明のコードが無数に張り巡らされていた。

 

 その円筒にしろ中は得体の知れない薄い緑の水で満たされ豆粒程の大きさのナニカが浮いていた。■■■は直感的にそれらはなにか良くない場所であると理解した。

後ろを振り向いてもあるのは無機質な石壁のみで扉どころか窓すら無い。ここから離れたい一心で出口を探す為自らの警告を無視して奥に足を進ませる。

 

 奥に進めば進む程に円筒の中のナニカは大きくなりどこか生物めいた造形に近付いていく。それは過去に読んだ本に載っていた胎児の絵に似ていた。

 そうやってどれほど奥に向かって行っただろうか。円筒の中のナニカは少なくとも見た目と大きさは人間の赤子の姿をしているが、それは偶然に過ぎないと理解していた。何故なら今見たモノの隣の円筒の中の赤子は柔らかそうな肌では無く爬虫類を思わせる鱗で覆われ、頭部からは角が突き出ていたからだ。その他にも何があったのか過程を想像したくない血で濁った赤い水と何かしらの臓器が数個浮いているだけのモノもあった。

 

 そんな倫理を犯し正気を疑うような冒涜的な光景を前にして■■■は胃の中の物が逆流する感覚を覚え口を押さえる。だが夢の中である為か実際に吐くことはなかったが精神的にはそれほどの強い衝撃を受けたのは確かだった。

 こんな場所など一刻も早く脱出したいとは思うが、進む程に円筒の中身は冒涜的なモノになっていく事を考えると無計画に歩き回るのはあまり得策とは思えない。しかし得てしてこういった夢はジッとしていても覚めることはなく、何かしらの行動が無ければ終わることはないだろう。

 

 さてどうしたものかと頭を抱えた■■■だったが、ふと耳をすませば人の声が聞こえた。こんな狂った研究所にいるのだからまともな人間であるはずないが、得体の知れないナニカと一緒にいるよりはまだマシだろうと声のした方に向かう。ただそれでも見たくない物は見たくないので床に張り巡らされたコードに足を取られないようにするといった名目で俯いていた。

 

 やがて声が聞き取れる位置まで来て足を止める。部屋自体が暗い為あまり読み取れる情報は無い。相手が2人であることと、片方の男はダンブルドアを想起させる様なシルエットとして出るくらいに長い髭を蓄えていた。

 

「御老公、指示通りにホムンクルスの鋳造は進んでいます。……ですが既に少なくない数の個体が魔法生物の因子に拒絶反応を起こし自壊しています」

「それがどうかしたか。指示は変わらん1万のホムンクルスを揃えよ」

「……っ、時代は変わったのです御老公。本当にあのような事を為さるつもりか!?」

「何も変わらんとも。我らが再び玉座に返り咲くのもな。___時にお主」

「馬鹿な!世界は王など求めてはいない。……何でしょうか」

「お主の息子は随分と有望な様じゃな」

「き、貴様!まさか、……。そんなことはさせん」

「であれば、どうすのが得策か既に理解していような。さぁ選択せよ1万の絶望か息子の絶望か」

「ぐぉぁ。___好きに、すればいい。だが、……もう、家族には、息子には手を出さないでくれ」

「ああ、分かっておるとも。全く最初から頷いておればいいものを」

 

 老公と呼ばれたモノは半歩後ろに立つ男と、聞くだけで耳、否魂が穢れる様な会話をしている。付き従っている方の男はまだ二十代前半に見える容姿で何処かで聞いたことのある声だと■■■は思った。突然老人に異を唱えるが思えば最初の報告の時に既に声が震えていた気がする。会話を聞く限りではこの冒涜的な研究の主導者はこの男では無いことは理解できたが、かみついた代償として太い釘を刺されてしまった様だ。

 

 男はヒトがするべきではない命の天秤のどちらを選ぶかを迫られて獣の様に唸り声をあげ葛藤した末にポツリと懇願の言葉を投げた。その言葉を聞いた老人はにこやかに微笑むがこれほどまでに温かさを感じない悍ましい笑顔は見たことが無い。そして男は前後不覚にでもなったかのように頼りない足取りで何処かに消えて行った。

 

「くく、ようやくだ。我が悲願の成就まで後僅か。ホムンクルスを最後の1人になるまで喰らい合わせる。それにより生み出されたモノは1万の憎悪を凝縮した怪物となるであろうな。それこそが我が■■■■■■■■■の蠱毒よ」

 

  老人は先程まで見ていた円筒のナンバープレートの汚れを拭い狂笑を上げ姿を消した。消す際に聞こえた特徴的な音からして姿現しだろう。

 だが狂笑は消えずそのまま響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レクスは背中に硬い石床を感じゆっくりと身体を起こすが、直ぐに顔を引き攣らせることになった。起きてすぐのところからヴェルヘイムがこちらを眺めていたのだ。何があったのか記憶を手繰り調整と途中で意識が途切れたのを思い出す。不甲斐なさと憎悪が混ざってレクスは顔を顰めその場を後にした。

 

「ん?レクスじゃないか。こんな所で何やってんだ?」

「……関係無い」

「そんな訳ねぇだろ。泣いた跡があるぞレクス」

 

 ヴェルヘイムの私室を後にしたレクスはフリードと出くわしてしまった。常のフリードであったなら、ばっさり切り捨てればそれ以上は踏み込んでは来ないのだが今回はやけにしつこかった。フリードに泣いた跡があると指摘され咄嗟にレクスは頬を拭おうとしたが、一拍遅れてそれこそがフリードの狙いであったと気付くも既に手遅れで、真剣な表情でこちらを見ている。

 

「泣いていたんだな。……俺は確かに頼りないかもしれねぇけど、それでも弟の、レクスの力になりたいんだ。なぁ何があったんだ」

「……お前には、関係無い」

「なら、もうそれは聞かねえよ」

 

 だがそれでもレクスは強引に押し通る。それしか生き方を知らないのだ。レクスの頑なな態度にフリードは悲しそうな表情を浮かべた。だがその直後にいつもの表情に戻り夕食は何かなどという話題を振ってきたがそれは無視した。

 フリードと話していたためそれなりに時間を使ってしまったが、レクスは別れた後常夜城(ノスフェラトゥ)の外に向かっていた。

 

 常夜城(ノスフェラトゥ)は自然に囲まれている事や城の造形などが何処かホグワーツ城に似た印象を受ける巨城である。だがその実態は真逆だ。城の人員の殆どが並の死喰い人など歯牙にもかけない程に闇の魔術に傾倒した者であるし、周囲の自然は木から小動物に至るまでが全て意図された障害である。もし仮にヴァルトフォーゲンの結界をくぐる抜けることが出来たとしても入城の許可なくば永遠にこの森を彷徨ことになるだろう。

 

 ホグワーツの森を禁じられた森と呼ぶならばこちらは彷徨いの森といったところか。だがそんな危険な森をレクスは1人進んでいた。彷徨いの森は侵入者にとっては処刑場に等しいが内部の者にとってはそうではなく、進行方向にある木が独りでに根を蠢かせて道を譲る故に迷う事すら無い。

 少し先が見えない程に鬱蒼と生い茂る木々が蠢いて確保したレクス1人分程度の隙間を進んで行くと、やがて森を抜け出てぽっかりと開けた場所に出た。視界の先にある建物は、城と比較すれば小さな建物であるがそれでも子ども1万人(・・・・・・)程度であれば問題なく収容できそうな大きさはあった。その建物に踏み入れたレクスの足取りに迷いは無く、奥の地下への階段を下りて行く。

 

 地下室どころかその建物にまともに立ち入るのは既にレクスしか居ない為か、照明の類は一切無い。だが暗闇であろうとも行動可能な目を有しているのでその点は問題無かった。

 1階は荒れ放題だったが、地下室はそれとは真逆の静謐な雰囲気が肌で感じられる。その部屋の最奥には巨石が設置してあり、何か文字が刻まれているようで、その場の雰囲気も相まって石碑というよりは墓碑の様に思えた。だがそれを墓碑と呼ぶには少々不可解な点があった。それは、レクスの背丈など軽く超える黒い巨石に刻まれている文字はいずれも番号なのだ。およそ縦に百、横に百の一万個に見えるがよく見ると、左端の上から一番目の場所には一つ書き込めそうな欠けを残し空いていた。

 

 地下室に降りてきたレクスの足取りは何かに取り憑かれたのかと勘違いする程に、様変わりし幽鬼の様にふらふらとした頼りないモノだった。やがて墓碑の前まで来たレクスは刻まれた文字を指でなぞる。鏡の様に磨かれた巨石は過不足なくレクスの表情を映している。その顔はかつての過去を偲び目元や頬が緩んだようにも、どうしようもない絶望に押し潰される一歩手前に出てくる渇いた笑みにも見えた。

 そんな相反する感情の笑みを浮かべるレクスだったが最終的にどちらに傾いたかは明白だ。

 

「……ぁあ、ツェーン、ツヴァイ……。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。……こんな、■■■(醜い怪物)が生き残るべきじゃ、なかった……」

 

 もし、この場にホグワーツの誰かが居たとしたら驚愕し目を疑うだろう。なにせあのレクス・ヴァルトフォーゲンが涙を流し、壊れたラジオの様に謝罪を繰り返し墓碑に縋り付いているのだから。そんな光景ホグワーツで最も親しいであろうリーゼはおろか、兄であるフリードや父親であるカイルですら見たことないのだから。

 

 そうやって蹲っているとレクスの特徴的な長い髪がまるで風にあおられたかの様に揺れる。室内どころか地下である為そんな強い風が吹く余地などないというのに揺れ動く。

 そこでようやく事態に気付いたレクスがあたりを呆然と見渡すと、まるでオブスキュラスの様な黒い靄がレクスを囲っていた。それに頬を撫でられるとその部位に鳥肌が立つような怖気が走ると同時に、信頼できる者の腕の中の様な安心感を覚えたレクスには受け入れがたいモノには思えなかった。

 

 レクスは黒い靄の特に濃い一点を見つめ夢遊病者の様に弱々しい手を伸ばす。そこに手を突っ込んだ瞬間、レクスの腕がズタズタに切り裂かれた。その痛みで我に返ったレクスは慌てて腕を引っ込めようとするが既に時遅し。黒靄が切り裂いた傷口にそれが入り込んだのだ。それ自体には痛みは無く直ぐに傷は塞がったが、入り込んできた時に身体が揺れる感覚がした。レクスはそんな魂を犯されるような異物感故に肉が裂けるほど強く掻き毟るが、直ぐにそれが何なのか、何をしにここへ来たのかを思い出し手を止める。

 精神を落ち着けるようにゆっくりと起き上がり再び巨石の前に立ったレクスは、先程の弱々しい態度とは異なり毅然とした態度ではっきりと告げる。

 

「……此処に来るのはきっと最後。だけど君たちは永劫忘れない。だから次に巡り合うまでさようなら」

 

 墓前でそう誓ったレクスはその場を後にする。だがその時レクスは暗闇の中にいて尚、ハッキリと見える程に闇より昏い輝きを纏っていた。




ほんと伏線の張るのが上手い人ってどうやってるんでしょうね

作者が言うのもなんですがウチの主人公毎回SANチェック失敗してるなと


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第13話 Novum ante semestri

2週間もお待たせしてしまい申し訳ございませんでした
しかもこれから2週間は執筆ペースが落ちることが予想されます
重ね重ね申し訳ないです

それではどうぞ
第13話 新学期前に


人の部屋を見ればその者の性格が分かるという。ならばこの部屋の持ち主はどの様な性格なのだろうか。

 部屋に配置されているのは、引き出しが1つ付いた程度のそれ以外に飾りも無い簡素な机と、ロクに埋まっていない本棚。それに加えて唯一常夜城(ノスフェラトゥ)という荘厳なる巨城に相応しい豪奢なベットだが、それには微かな汚れや匂い、皺などの生活感が一切無い。おそらく一度たりともこの部屋の持ち主は使ったことが無いのだろう。だがその部屋の隅には茶色く汚れ擦り切れた一枚の毛布が丁寧に畳まれていた。

 更に言えばその部屋の窓に取り付けられたカーテンは暗色系の物である為か、既に日中だというのにその分厚い生地は日光を遮っている。

 

 そんな陰気な部屋でレクスは黙々と机に向かってペンを走らせている。ホグワーツから出ていた膨大な量の課題は初日に片づけたので、今やっている物は全て個人的な研究に属するモノだ。それらはレクスであっても一筋縄ではいかない程の難題である。人体錬成は兎も角として不老、特に時空に関する研究は世界中の魔法使いが何千年に渡って研究しているというのに未だに不完全なままであるのだ。レクスと言えども頭を抱えざるを得ない。

 ただそれらの術式の開発の合間に手を付けていた自らの全力に耐え切れる出力機つまり、杖に相当する魔法道具の開発はほぼ終わっている為、後は調整をするだけだった。

 

 当初は難航していたがレクスをして使いたくないどころか目にすらしたくないと思わせる程の、今の自分にとっての極上の触媒の存在を思い出したおかげで一気に進んだのだ。

 ソレを手に取ったレクスは確認する様に色々な角度から光を当てる。今調べた限りでは問題無く運用出来ると確信したレクスは手に取っていた短剣(・・)を懐にしまった。

 レクスがナイフをしまったちょうどその時、ドアからノックが聞こえると同時に開け放たれた。そこに立っていたのはフリードだった。先日の兄の心構え云々の殊勝な態度は一体どこに消えたのかいつもの楽し気な笑顔を浮かべている。

 

「おいレクス。早く支度しろよ。今日はダイアゴン横丁に行くって父さんが朝言ってただろ」

「……終わってる。早い」

「あぁ、それは悪かったな。何しろ久しぶりの外出なもんでよ」

 

 ちなみにヴァルトフォーゲンはダームストロング以上に秘密主義であることは有名な話である。だだヴァルトフォーゲン一族は特徴的な容姿をしているので一目でそれとわかるだろう。

 ヴァルトフォーゲンの行き過ぎた秘密主義は城の内部にも及んでおり、常夜城(ノスフェラトゥ)の正確な位置を知るのは現当主のカイルをはじめとした内部のごく僅かな者のみで、下手をしなくとも1%を軽く下回る程しかいない。当然今レクスの前にいるフリードは城の位置を知らない。ならばどうやって外出するのかと言えば位置を知る者に付き添い姿現しをしてもらうのだ。

 

「まぁ、準備は終わってるんだな?よしなら行くぞ」

 

 外出できる事の何がそんなにうれしいのか、今にも踊り出しそうな様子でこちらの手を取って走り出そうとしたがそれは躱して並走してついていく。

 当然といえば当然だが向かった先の玄関ホールにはカイルが立っていた。そもそも許可なくここを離れることが許されるのは此奴かヴェルヘイムの二人しか居まい。カイルと目が合ったレクスはせっかくのちょっといい気分が台無しだと内心罵倒する。

 

「さて、では行くぞ。二人共私に掴まれ」

 

 そう言ったカイルは両手を差し出した。片手ずつに掴まれという事なのだろうがその構図が気に入らないレクスは、その手を取るくらいならば今ここで死を選ぶと宣言してもいい程にカイルを嫌っていた。そんなレクスがフリードの背から向ける視線には紛れもなく憎悪が混じっていた。

別に自力で姿現しをすればいいのだが、生憎とここにはフリードが居る。後々で酷く騒ぐのは目に見えている為、妥協案として仕方なくフリードの肩に手を乗せる。それを確認したカイルは姿現しをする。視界が歪み乗り物酔いのような感覚がレクスを襲う。

レクスはカイル・ヴァルトフォーゲンを憎んでるのは間違いないが、それと同時に苦手としていた。どれだけ睨みつけようとも揺るがないむっつりとした鉄面皮は澄んだ湖に浮かぶ満月の様だった。しかし、時折同じ色の瞳でこちらをじっと見つめるその時だけは湖に小石が投げ込まれた時に浮かぶ波紋の様に何かの感情が見え隠れしている。それを理解できないレクスからは得体の知れないモノに見えたのだった。

 

 

 

 

 

 新学期を間近に控えたダイアゴン横丁は例年通りまともに歩けない程に人波で溢れかえっていた。しかしそんな雑踏の中にあっても尚、埋もれない一組の親子がいた。その三人(・・)を一言で説明するならば黄金、それ以上に相応しい表現はないだろう。その黄金の内の1人であるリーゼロッテとその妹のセラフィーナは友人であるハーマイオニーの姿を見つけ歩み寄る。その2人が微笑みながら人波を進めば、絶えず流動していた人の動きが固まり自然と道が開けた。

 

「やっほー。久しぶりハーマイオニー」

「久しいわねハーマイオニー。一体何か月ぶりかしら」

「え、えぇ。久しぶりね二人共。……後ろ凄いことになってるわよ」

「別に気にする必要はないわ。そっちこそ家族はどうしたのよ」

 

 数ヶ月ぶりにハーマイオニーと会ったセラが飛びつくようにハグするのを見ていたリーゼは呆れたように苦笑いした。引っ付いて離れないセラを2人で引き剝がしながらも会話は進んでいく。

リーゼに親はどうしたのかと聞かれればハーマイオニーはすぐ近くにある白い壁の建物を指差した。

 

「パパとママならまだグリンゴッツで換金しているわ。それにここに立っていれば誰か見つからないかと思ったのよ。まぁ最初に会ったのは貴女たちだけどね」

「あ、そういえばロンたちも今日だっけ?」

「ええ、その筈よ。手紙の内容通りならハリーも一緒のはずね」

「いくら手紙出しても返事来なかったからからね。無事でよかったよ」

「手紙と言えば。ねぇリーゼ」

「何かしら?」

「結局ヴァルトフォーゲンには手紙届いたの?」

「届いたわ。ただし……、一か月後だけれどね」

 

 そうポツリとこぼしたリーゼの呟きは微かな怒りの他に待ち焦がれる様な色が混じっていた。ただそれは本人も気付いていないようで、セラとハーマイオニーはリーゼにばれないようにそっと互いに顔を見合わせた。するとそれからしばらくもしない内にリーゼは向けられたどことなく生温かい視線に首を傾げる。ちょうどその時先程リーゼとセラが割った人波からレクターが出て来た。

 

「去年の事を忘れたのかい。2人で進んで行くとまた迷子に待ってしまうよ、って……おや?君は」

 

 そんな言葉と共に現れたレクターだが声や表情には険が無く、歳不相応な少年じみた笑顔を浮かべていた。それでもハーマイオニーを視界に入れると怪訝そうな顔をした。

 

「お父様、この娘がハーマイオニーよ」

「ああ、君がそうなのかい。よく娘の話に出て来るから一度会ってみたかったんだ。いつも娘がお世話になっているね。ありがとう」

「リーゼとセラの……。そんなことないです。私の方こそお世話になっています」

「これからも仲良くしてくれると助かるよ。セラはともかくリーゼは勘違いされやすい性格をしてるからね」

「それなら大丈夫です。二人とも私の大事な友達ですから」

「それは良かった。ところでご家族はどうしたんだい。1人だと危ないから送るよ」

 

リーゼから説明を受けたレクターは納得した様に頷き少年の様な笑みとは別種の柔らかな笑みを浮かべた。その後の質問対して、ハーマイオニーはリーゼに言ったように返すとレクターはいつものように親切の押し付けで強引に首を縦に振らせ、そろそろ換金も終わるだろうからとグリンゴッツに向かうのだった。その道中で今思い出したと言わんばかりの態度でレクターはこう告げた。

 

「あぁそうそう、言い忘れていたよ。この後フローリッシュ・アンド・ブロッツでカイル達と待ち合わせしてるからね」

 

 

 

 

 

 おおよそダイアゴン横丁の反対側の地点では、レクスらも溢れかえる程の人波を裂いて進んでいた。結果は殆ど同じだがその過程はまるで違う。大衆がリーゼたちに見惚れた結果人波を割って進むことが出来たならば、レクスの不機嫌な表情が大衆にとっては恐ろしい重圧となり結果足を止め3人が通り過ぎるのを待っているのだ。

 

「フリードももう裾丈が足りないだろう。レクスは……、お前もだな。一応新調しておけ。学用品を揃えるのはその後だ」

 

 その年頃の男子としてはそれなりの体格をしているフリードは、1年前の制服では既にサイズが小さく不格好なので新調するという話は、常夜城(ノスフェラトゥ)にいた時から出ていた。だがレクスはどちらかと言えば華奢で小柄な為向こう一年位ならばなんとかなるだろうという事で、待っている間は去年と同じようにノクターン横丁にでも行ってこようと考えていたのだが、その企みはカイルに一言で阻止された。

 マダム・マルキンの洋装店は新入生や同じ様に裾丈を合わせようという生徒で混雑していたのだが、意外と回転率がよくそう待たないうちに二人の採寸が始まった。顔の長さなど要らない場所を採寸する巻尺を払いながらフリードは声のトーンを落としてとなりのレクスに話しかけた。

 

「なぁ、闇の魔術に対する防衛術の教科書ってロックハートのばっかだろ。前に読んでたよな。どんなのだ」

「……見るに堪えない」

 

 ロックハートの本を読んでレクスが最初に思ったのがそれだった。

 勲三等マーリン勲章であれば授与されるのは比較的容易であるが読んだ限りではまず嘘だろうという事は理解できた。そして、仮に百歩か万歩譲ってそれらが全て事実であるならば勲三等マーリン勲章などでは到底収まりきらないという事実が胡散臭さを助長させている。

 その内容は九割九分が主人公、つまりロックハート自身を讃えるのもので、描写には妙に薄い部分があって人から聞いた物をアレンジしたのかと思わせる様な箇所が存在していて、筆者に深い知識が無いのだろうという事が察せられる。

 読んでいて学べる物は1つも無いこれを教科書に指定する様な奴は頭が空っぽなのか塵で埋め尽くされているかのどちらかだろうとレクスは思った。

 

「お、おう。辛辣だな」

 

 口数は少ないが基本的に噓は言わないレクスの口から出た批評は、フリードが想像していたより数倍辛辣で思わず誰かに聞かれていないか心配になり周囲を見渡すほどだったが、幸いにも誰かに聞かれているということはなく、誰かに絡まれたり睨まれたりすることなく店を出る事が出来た。

 しかし大通りに出たレクスらを出迎えたのは割る隙間もない程に敷き詰められた人の波だった。しかも気の滅入る事に流れを見れば行きたい方向にあるフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店とは真逆の流れである。

 そのせいかダイアゴン横丁に来た当初よりも五割増しに不機嫌になったレクスは強引に搔き分けて進んで、その後ろをフリードが付いて歩いた。しかしそれでも到着は予定よりだいぶ遅れてしまい、レクスたちが書店に到着した頃にはリーゼたちはとっくについていたようだ。

 

「……何?」

 

 久しぶりにリーゼたちと再会したレクスは困惑していた。それは書店でサイン会をしているロックハートが予想以上に頭が空っぽそうだったからでも、偶然グリフィンドールの5人組が集まっていたからでも、双子のウィーズリーが馴れ馴れしく絡んできたからでも、赤毛の中年がマグルのおそらく夫婦であろう男女に妙な質問を立て続けにしているからでもない。リーゼがレクスをじぃっと見つめているからだ。原因に心当たりのないレクスはただ見つめ返すしかないが、やがてリーゼが小さくポツリと呟く。

 

「久しぶりねレクス。……それでなぜ返信があんなに遅かったのかしら」

 

 リーゼの詰問にも似た響きの問いを受けたレクスはその時はじめて疑問が氷解した。ただこれには訳があるのだ。常夜城(ノスフェラトゥ)の位置を知られるわけにはいかない、されど手紙を一切受け取らないといったことも出来ない。ならばどうするかと当時の当主が考え抜いた結果、ならばそれ用の別荘を立てればいいという結論に至ったのだ。またその別荘は一つや二つでは無いことや、その住所を知る者もほとんどいないといったことが余計に悪化させる。

 それらの事情のうち、知られても問題無いと判断した事柄から一つ一つ説明していけばリーゼの何処か険のあった表情も柔らかくなっていく。

 

「そうだったのね。ならどうすればすぐ届くのかしら」

「……両面鏡」

「そうよね。でもそう簡単に手に入る物じゃないわ」

「……」

 

 一対揃った両面鏡があるから渡そう、と言おうとしたレクスだったがそれは店内に響く騒音にかき消された。一体何事かと振り返ってみれば陳列棚も倒しそうな勢いでアーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイが殴り合っている。戦闘職でもある闇払いであるなら兎も角、事務職である魔法省の役人のアーサーやホグワーツの理事のルシウスでは、肉体的にそう鍛えられている訳ではないのでどちらも技術もへったくれも無いが、それ故に全力で殴り合っている。

 両者ともに右ストレートが相手の顔に炸裂したタイミングで後ろからレクターとカイルが取り押さえる。

 

「何をやっているんだいアーサー」

「こんな公衆の面前で何をやっているんだ二人とも」

 

 取り押さえられてもしばらくは逃れようともがいていたが、やがて冷静になったのか暴れることはなくなり手を放しても殴り合うことはなかった。二人とも酷い格好でアーサーは唇から血を流し、左目の周りが紫色になっていたルシウスだが注目されているのを嫌い舌打ちと捨て台詞を残してドラコと出て行く。

 

「まったくとんでもない一族だ」

「それは否定しないけど今回に限って言えば君は言えないよアーサー」

「君たちにも迷惑をかけてしまったか。すまなかった」

「それは別に構わないが店から出ていくべきだな」

「ああ。うん、そうだ。気分直しにグレンジャー夫妻も誘って漏れ鍋で一杯やらないか」

 

 漏れ鍋はそう大きなパブではないので四つの家族が来店すれば貸し切りでなくても実質そのようなものになってしまった。




豆知識じゃないけど本編に出るか分からない設定コーナー
なおこのコーナーは不定期です

レクスは~~を懐にしまった。

これは検知不可能拡大呪文の掛かったポケットを随所に仕込んであるということです。なので実は相当の量の物資を常に持ち歩いています

カイル・ヴァルトフォーゲンとレクター・シンクレア

この2人はいわゆる親世代
カイルは退職したがレクターはバリバリ現役の闇払い
今でこそ親友だが実はめちゃくちゃ仲が悪かった


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第14話 De nubilum novum semestri

二週間程とか言いながらもひと月以上もお待たせしてしまい申し訳ありません
ファンタスティックビーストの最新作を見てきたばっかでモチベを上げてきたので次はなるべく早めにしたいと思います。

それではどうぞ
第14話 曇天の新学期


 時が経つというのは早いものでダイアゴン横丁にて、新学期に向けて学用品の補充をしたあの日から既にひと月以上も経過していた。それはつまり新学期が始まるまでが秒読みというという事でもあり、キング・クロス駅は例年同様マグルや魔法族でごった返している。そんな混沌とした様相であったが九と四分の三番線ホームに入れば正気は狂気に、狂気は正気に裏返る。

 ホームを行く人々の殆どが魔法使い然とした格好の者か、中世の絵画から飛び出してきたのかと言わんばかりの時代錯誤もいいところの格好の者であるかのどちらかに当てはまるのだった。

 

そんなマグルから見れば異常な空間を搔き分けて進む銀の家族がいた。しかしその三人も例に漏れず中世の貴族めいた服装である。ただ違うところがあるとすれば他のコスプレめいた格好とは違い完璧に着こなしているという点であろうか。またそれらに加え天性の覇気とでもいうのだろう、良くも悪くも人を圧倒する雰囲気を纏っていた。

 その兄弟の内の兄と思わしき少年が周囲を見渡し一拍置くと、途端に超然とした雰囲気は消え去り欠伸した後に眠たそうに目を擦り弟に声を掛ける。

 

「ふぁぁ……。ねみぃ。なぁレクス」

「……何?」

「結局新学期が楽しみ過ぎて昨日は眠れなかったんだがレクスはどうだ」

「……一緒にするな」

 

 兄と思わしき少年つまりフリードが眠そうな顔で話しかけるがレクスはいつも通り平常運転で会話の糸口をばっさり切り捨てた。それだけに飽き足らずレクスは一歩下がった場所で見守っていたカイルに一瞥することも無くホグワーツ特急に乗り込みそれを見たフリードが慌てて付いて行く。

 

 出発時刻より相当早くにホグワーツ特急に乗り込んだ為か車内はまばらで廊下で他生徒とすれ違うことはなく殆どのコンパートメントが空室となっていた。それでも中に誰もいなかった訳では無いがレクスと存在を認めると、目が合ったら殺されるとでも思っているのか変な方向に顔を背け逃げ去ってしまう。

 

「ぶふっ……な、なぁレクス。お前魔法生物か何かと間違えられてるんじゃないか」

 

 それを見ていたフリードが眠気も忘れて吹き出す。

 フリードの必死に笑いを堪えようとしたとでも言いたげな表情が癪に障ったのかレクスは拳を握りしめて振るった。それを無防備な態勢で腹に受けたフリードの意識は暗転する。意識が薄れゆく中で最後に見たレクスは希望的観測も込みで多少は焦った様な表情をしているように見えた。

 普段であれば意識を失うまではいかず暫く悶える程度の力加減で殴ったはずだというのにどこからどう見ても気絶していた。レクスの膂力をもってすれば人一人などたやすく殴り殺せる為、殺した時の感触ではないと理解しつつも一応脈をとり生死を確認する。

 

 手に取った左手首からは確かな鼓動が感じられフリードが生きていることを確認した時のレクスの表情はほっとした時のモノであったが、それに気付くと忌々し気に顔を顰めた。その後このままでは邪魔になるだろうとレクスはフリードをひょいと持ち上げ近くのコンパートメントに入ると起こさないようにそっと降ろした。

長椅子に横たわるフリードの寝息は安らかで遠目に見れば死んでいるのかと思うほどであるが、近くで見れば呼吸音は聞こえ胸は上下に鼓動しているのが見える。

何故普段通りの力加減で殴ったというのにコイツは気絶したのだろうかとレクスはフリードの顔を眺めながら思索に耽るが、そういえば昨日は眠れなかったと言っていたなと思い出す。恐らくは徹夜による疲労が殴った時の衝撃と丁度重なり耐えられなかったのだろうと理解したレクスは懐から辞書の如くと形容できる程の分厚い本を取り出して静かに淡々と手に持った本をめくる。

 

 その一室にはレクスがページをめくる音とフリードの寝息の音のみが流れる、ある種の調和の取れた空間となっていた。その調和が崩れたのはそれから約十分程度が経過した時、レクスが不意に手を止め扉を見つめる。するとノックもせず乱雑にコンパートメントの扉が開かれると同時に入ってきた生徒は体格からしておそらく上級生のようだ。その上級生はレクスの感情を感じさせない凍てついた刃の様な印象を受ける蒼の瞳に捉えられ蛇に睨まれた蛙の様に身体を硬直させる。

 

 その上級生は見ていて哀れな程にさぁっと顔を青くして入って来た時とは打って変わり、まるで猛獣から逃げ出すようにそろりと退室し音をたてぬよう静かに扉を閉め去るのだった。

 おそらくその生徒は幸運にも空いているコンパートメントを見つけたとでも思っていたのだろうが、実際には極めて不幸な事に中にいたのはスリザリンの魔王などと恐れられているレクスだったのだ。不幸中の幸いにもレクスは追撃を考えるようなことはせず直ぐに興味を失い視線を本に落とした。

 

 それから何度か違う生徒がそんな失敗を繰り返すうちに、噂が広まりそのコンパートメントは不可侵領域となり不用意に立ち入る者は居なくなる。しかしホグワーツ特急が出発する直前となった時にその固く閉ざされていた扉は開かれた。読書に没頭していながらも扉が開かれる前に今まではそれに気付き何らかのアクションを起こしていたのだが今回したことと言えば僅かに窓側に寄った程度だろう。

それから数秒と時間を空けず、控えめに扉がノックされたかと思えばリーゼとセラの2人が入って来た。

 

「久しぶりねレクス。貴方のいるコンパートメントは一目で分かったわ」

「周りに誰もいないからね。あ、フリードは寝てるんだ」

 

 二つある内の一つの席はフリードが丸々占領している為それなりに窮屈になってしまうが2人はレクスの隣に座った。そもそもレクスの座っている位置が明らかに窓側に寄っているのは無言の肯定だろうと理解したリーゼは腰を下ろす。だがリーゼが廊下側の席に座ろうとした場所には、既に笑顔を浮かべたセラが座っていた。セラがニコニコ笑っているのはレクスが無表情なのと同じ事であるがその時の笑みは妙にイラっとさせるモノであったが、軽くため息をついたリーゼはぽっかりと空いている真ん中の席に腰を下ろす。

 

 

「ねぇ、フリードはどうしたの?」

「……、……睡眠不足」

「ふぅん。フリードらしいのかな」

 

 気持ち良さそうに爆睡しているフリードを見ているセラがそう問いかけてもレクスは頭を上げるどころか淡々とページをめくる手すら止めず囁くようにそう呟く。どう考えても原因は十中八九レクスが殴った事にあるというのに遠因に過ぎないであろう事実を告げると、元々フリードのイメージと合わさりすっかり信じ込み納得したように頷いた。少なくともホグワーツ特急に乗り込むまでは睡眠不足を訴えていたのでひょっとすればレクスが何もしなくてもこの状況になった可能性は無きにしも非ずなのかもしれない。

 

「ああ、そう言えばレクスはロックハートの、ロックハート教授の指定書は一通り目を通してあるのかしら?」

「……一部は。時間の無駄」

「そう。一応私は目に通したわ。……小説としてならまだ読めたものではあるけれど、教科書として指定するなんて何を考えているのかしら」

 

 リーゼの後半の愚痴に対してはレクスも大いに頷けるものであり、フローリッシュ・アンド・ブロッツで見た実物からしても期待のしようもない間抜けで、脳の代わりに塵屑でも収まっているか、さもなくば空っぽかのどちらかとしか思えない。思えないのだがアレを教師として認めたのはダンブルドアであるということが引っ掛かる。レクスやリーゼが違和感を覚えてダンブルドアの程の人物がそれを覚えないはずもないという程度には認めていた。故にあの道化っぷりがレクスの観察眼を欺くほどのカモフラージュであるという可能性もレクスがフリードに一発喰らうかもという程度にはあり得るのかもしれない。などと思考を巡らせていたレクスであったが結局はあり得ないだろうという結論に達しそれについて考えるのを止めると同時に開いていた本を閉じた。

 

 それからそう時間を空けない内に汽笛が鳴り響き、キング・クロス駅からホグワーツへ出発することを告げる。一度閉じた本を開く気になれなかったレクスはふと窓の外を眺めるが、流れてゆく人混みの中で自身と同じ瞳を見つけ小さく舌打ちする。そうすれば当然隣に座っているリーゼの耳に届き、またセラにも聞こえたようでレクスの方を向く。面倒なことになったと内心ため息をつきリーゼの心配する声をばっさり切り捨てた。

 

「いきなりどうしたのよ」

「……何でもない」

 

 リーゼのレクスとの付き合いはもう一年以上であるがそれでもレクスについて解っていることは多いとはけして言えない。

 そう知らないのだ。常軌を逸した身体能力や年齢を鑑みればあまりにも逸脱した魔力や知識を持つ訳も、腕も白く華奢であるのに手の平はたこだらけで硬いことだったり、何処の暗殺者かと文句を言いたくなる程に気配に過敏だったりする理由も、時折瞳の奥で蠢く昏い光だったり堅気では出せないような鋭い威圧感の正体も、何も知らないのだ。

 無論それらを切り貼りして勝手に推測することは出来る。だが例えその身勝手な推論にどれほど真実にたどり着いたモノがあろうとも、一体ソレに何の価値があるだろうか。所詮ソレはレクスから信頼を勝ち取り得た友情の産物とは程遠い全くの偶然に過ぎないというのに。

 レクスは自らの来歴をペラペラと話すような人種では無いし、今のように詮索を嫌う。

 リーゼの心配をレクスが突き放せば自然とコンパートメントの空気は静まり当事者であるリーゼは勿論セラも凍り付き空気が固形になったかの様に硬直してしまった。さしものレクスと言えどもこの状況で読書を再開するという選択は出来ないようであったが、場の空気を一新させる為なのだろうか唐突に誰何の声を上げた。

 

「……誰?」

 

 その声は明らかにコンパートメントの外へと向けられており、それの証拠にレクスの誰何に対して微かな驚愕を感じさせる声が聞こえた。それから一拍おいて扉を開けて入ってきたのはハーマイオニーとレクスの知らない赤毛の女生徒だった。

 

「えっと、ここ空いてるかしら」

 

 そう言って入って来たハーマイオニーはコンパートメントを見渡してフリードが片側を占領しているため空いてない現状を見てどうしたものかと悩みんでいたがそれはすぐさま解消されることになる。

 いきなり立ち上がったレクスがフリードのそばまで近寄ったかと思えば上体をそっと起こしその隣に座ったのだ。そして場所は作ったから後は好きにしろと言わんばかりに見渡した。とはいえリーゼやセラは右も左も分からないような新入生を知り合いと分断するような真似はしたくないようで、結局レクスの隣はリーゼとなった。

 

「ありがとう。ハリーとロンを探していたらもうどこも空いてなかったのよ」

「でも今一緒じゃないってことは見つからなかったの?」

「そうなのセラ。大体探したんだけど誰も見てないっていうのよ。もしかしたら乗り遅れたのかも」

 

 リーゼから見ても対角の隣に座っているジニーの顔はただでさえ緊張のせいか血色がいいとは言えなかったが、隣のハーマイオニーから兄たちが乗り遅れたのかもなどと言われて青を通り越して白くなっていた。そんなジニーの顔色を見かねたリーゼが呆れながら助け舟を出す。

 

「いくら何でもそれはないと思うけれど」

「でも、もしそうだったら……」

「はぁ……。それならそれで大丈夫でしょう?あの駅に何人の魔法使いがいると思っているのよ。落ち着きなさいハーマイオニー」

「あ、それもそうね」

 

 そうしてようやく平静を取り戻したハーマイオニーもリーゼに目配せされてジニーの顔色に気付き何とかやわらげようと色々と錯誤する。

 

「ジニーはどの寮に入りたいと思う?やっぱりグリフィンドール?」

「うん、グリフィンドールがいいわ。ところで寮はどうやって分けるの?パパもママも教えてくれないしフレッドとジョージはトロールと喧嘩だって冗談しか言わないし」

 

 大体の魔法族で受け継がれている組み分けについての情報を隠すというものは、今もウィーズリー家に受け継がれているようで兄弟がいるならば噓を吹き込まれて直前になって拍子抜けするまでがある種の様式美となっている。ただウィーズリー家の末の妹であるジニーは一つ上の兄であるロンとは違いトロールが出て来るなんてことはないと看破したがそれでも分からないモノは恐ろしいらしい。ハーマイオニーもリーゼたちも本心としては教えて不安を取り除いてあげたいのだろうが様式美を破壊してもいいのだろうかと悩み目で会話する。

 

「組み分けについて話せないけど少なくともケガをするような事は一切無いわ」

「ふーん。ところでハーマイオニーはグリフィンドールだしリーゼはスリザリンなのにどうしてそんなに仲がいいの?」

「それこそトロールが関係するのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新入生と在校生では進む道が違う為リーゼらはジニーと別れた後、去年向かった方向とは逆の道を歩いていた。するとやがて狭い道が開けた場所に出た。そこにはおそらくこれでホグワーツまで向かうのであろう馬車が何台も泊まっていた。

 だが奇妙な事にその馬車には牽引する為の縄はついていたがその先には何もいないのだ。そういう物だと考えれば別におかしいことはないはずだが、それが変に頭に引っ掛かるリーゼは自らの知識を総動員してソレの正体を探る。

 熟考すること一分経つと先頭にいた集団は殆どが馬車に乗り終わり、次がレクスやリーゼたちとなりステップを上がる。フリードやセラはその違和感に気づかず周りを眺めていて、同じく疑問に思っているらしいハーマイオニーと協力して推理していく。そんな中リーゼはふとレクスの横顔を見ると一点に視線が固定されていることに気付いた。

 

「ひょっとしてレクスは何か見えているのかしら?」

「……見えてる」

 

 完全な透明ではなくレクスに見えているということは何らかの条件があるということだろうか。とそこまで思考を進めたリーゼだったが、何故か自分でもなんて不謹慎なと思う程のある仮説が頭に浮かぶ。

 それが外れていますようにと願いながらも頭の中ではどこか納得している自分がいた。

 

「ねぇ……。答えたくなければ別にいいのだけれど馬車を曳いているのはもしかしてセストラル?」

「……正解」

 

 震えそうになる唇を何とか抑えながら吐き出したリーゼの問いに対する返答はレクスらしい簡潔なものだった。だがその表情は何処か痛みに耐える時の顔にも罪を告白する懺悔者の顔にも見え、その横顔は鋭いナイフの様にリーゼの心に突き刺さる。

 さして広い馬車では無いので声を抑えて会話しようにも出来ない為気まずい空気が流れそれっきり誰一人として喋ることはなかった。

 レクスにも皆にも申し訳ないことをしたと反省しているリーゼの気分は外の曇天の如く沈み新学期だというのに酷く憂鬱だった。




ファンタスティックビースト 黒の魔法使いの誕生は凄かったですよ。過去作を履修済みなら是非見に行く事をオススメします。


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