発掘倉庫 (ケツアゴ)
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狂人達の恋の唄 ①

 とある人里離れた山中に其の池はある。澄み切った水面はまるで磨きぬかれた鏡の様で、満月の晩にその池を眺めれば誰しもその美しい光景に息を飲むだろう。その池に近寄る影が一つ。茶色い毛並みの犬で、山中に捨てられたのか、それとも飼い主とはぐれて迷い込んだのかは分からないが、その首には先が切れたリード付きの首輪が巻かれていた。

 

 犬は池に近寄るとそっと口元を水面に近づけ、喉が余程乾いていたのかぺチャぺチャと音を立てながら水を飲んでいた。そして満足したのか頭を上げたその時、カサリという音が鳴り、犬は反応して耳を動かして周囲を伺う。だが、周囲に何者の気配もなく、犬の優れた嗅覚も他の生き物の匂いを感じ取れなかった。

 

 喉を潤した犬は池から離れ茂みの中に入って行き、

 

「キャウン!」

 

 最後に悲鳴だけ上げて息絶えた。

 

 クチャクチャと下品な食べ方をする音が響き、周囲に血が飛び散る。灯りなど有るはずもない場所が怪しく光り、何かが蠢く音がした。

 

『ヒヒ、ヒヒヒヒヒ……』

 

『美味い、美味いぞぉ』

 

『やはり肉が一番じゃ』

 

 其の灯りは茂みから飛び上がり、正体を晒す。現れたのは人間の頭部。個体差はあれど、どれも肉が腐り落ちて骨が露出し、中には左の目玉が辛うじてぶら下がっているだけのモノも居る。数は計三つ。光の正体は鬼火と呼ばれる火で、其れに包まれた頭部達は口元を血で濡らしながら飛び交っていた。

 

 空想上の存在と思われていた化物達は犬の死体を喰らい続け、最後には骨をバリバリと噛み砕いて食べ尽くす。頭部だけの存在が食べた物が何処に行くのかという疑問はあるが、存在自体が異質故に其れは無視して良いだろう。只分かるのは化け物である、それだけだ。

 

『しかし、暫く人の肉を喰ろうてないな』

 

『儂は女が良い。生きたまま食った時に聞こえる悲鳴が堪らんわい』

 

『最近は異国の化物が入り込み、本当に住みづらくなったわい』

 

 三体の化物は口々に人の肉の旨さを語り、最後には子供の肉が一番だという結論に達した。そんな時、一体の目玉がギョロリと動いて少し離れた場所を向く。人の目には決して捉えられない距離だが人外の目には十分な距離であり、その視線の先には人間の子供の姿があった。年の頃は五歳ほどで大人しそうな顔付きの黒髪の少年。それを見た三体は口角を釣り上げ、一気に飛んでいく。

 

『ああ、美味そうじゃ美味そうじゃ』

 

『こんな時間にこんな場所に来るとは悪い子じゃ。仕置に喰ろうてやらねばな』

 

『煮ても焼いても美味かろう』

 

 化け物達は少年を囲むように飛び交いながら嗤う。待望の獲物を見付けた事に歓喜し、自らが絶対の捕食者だと信じて疑わない。だからこの様な時間にこの様な場所に幼子が居る事など大して疑問に思わず、何かあってもどうにでもなると思っていた。

 

 

「いただきます」

 

 あどけない笑顔と共に少年が口にした言葉の意味を理解しようとした化け物達の視界が二つに割る。その言葉の意味も、少年が今手にしているものを何処から取り出したのか、それを何時抜いたのか、そして何時自分達が斬られたのかも理解出来ないまま此の世から消滅する。

 

 だが、最後に化け物達は理解した。自分達は食べる側ではなく、《食べられる側だった》、という事を……。

 

「うげっ、不味っ!?」

 

 少年は化け物共など最初から存在しなかったかの様な表情で舌を出しながら顔を顰めると腕時計に視線を向ける。時刻は間もなく十二時になる。この時になって彼の表情に焦りが生まれた。

 

「早く帰らないと怒られる! 急げ急げー」

 

 荒れ果てた獣道を難なく疾走する少年は崖の直ぐ側で立ち止まる。遠目に僅かに見える灯りに目を向けた少年は躊躇する事無く飛び降りた。ほぼ垂直の崖の僅かに出っ張った岩から岩へと憶することなく飛び移って下って行き、数分も掛からずに崖下まで辿りついた彼は灯りがあった方向まで再び走り出す。

 

 

 そして時刻は十一時五十九分になったばかりの頃、少年は大きな屋敷の前に辿りついた。大名屋敷と呼ぶに相応しい日本家屋。広大な面積を持つその敷地内に躊躇なく入っていく少年だが、門を潜った所で足を止めて振り返る。門のまえに居るべき誰かを探すように周囲を見回すも誰の気配もなく、首を傾げながら其の先に進んだ。

 

 

 

「あら、居らへんと思ったらお仕事やってんやなぁ」

 

「……え?」 

 

 その先に広がっていたのは正しく地獄絵図。老若男女問わず尽く屍を晒した屍山血河だ。そんな中、ただひとりだけ無事な者が居た。少年の母親は頭を半分潰され、父親は上半身と下半身が分かれている。生まれたばかりの可愛がっていた妹は首を後ろを向くまで捻られていて、祖父母は二人纏めて剣で串刺しにされている。周囲の死体も悍ましい殺され方をされている中、ただ一人だけ無事な彼女は微笑みながら少年の方を向いた。

 

 全面を殆ど曝け出した服装に背負った巨大な瓢箪。左手の大盃には並々と酒が注がれており、それをクイッとから向けた彼女は喉を鳴らしながら一気に飲み干す。やや発育しきっていない体付きだがその美貌は確かであり、このまま成長すれば絶世の美女になるだろう。だが、その姿を見た時、きっと多くの物が注目するであろう部分がある。彼女の頭からは角が、鬼の象徴が生えていた。

 

「……大婆様? 一体、何が……?」

 

「ウチがこの光景を作り上げた理由? 気紛れやで。昨日ふと思うてなぁ。可愛い可愛いアンタラを皆殺しにしとぅなったんよ。じゃあ、龍洞ちゃんとも今日でサイナラ……ん?」

 

 鬼は龍洞に近付いて行き、恐怖からか震えて動けない彼目掛けて祖父母から引き抜いた剣を振り下ろそうとして手を止める。彼の腕に巻かれた腕時計が十二時を告げていた。

 

「そういえば、今日が誕生日やったなぁ。一人だけ居らへんかったんも何かの縁やろうし、龍洞ちゃんは可愛いから殺さんとってあげる」

 

 クスクスと笑いながら鬼は剣を地面に突き刺すと龍洞の頭を優しく撫で、そう身長差が無いにも関わらず、その細腕で軽々と抱き上げた。

 

「もう遅いし、今日はウチの屋敷に来ぃ。久しぶりに子守唄でも歌うたるわ」

 

 彼女の足元から影が立ち上り、龍洞ごと其の体を包み、まるで地中に沈むかのように消えて行った……。

 

 

 

 

 

 それから数年後、高校生になった龍洞は遠く離れた場所にある街の、周囲の近代的な家屋とは全く異質な日本家屋である自宅に帰宅した。表札に書かれているのは『仙酔龍洞(せんすい りゅうどう)』という彼の名前だけ。事実、家の中には人の姿はない。

 

 

「今帰りましたよ、琴湖(ことこ)

 

 家に入って直ぐの部屋に其の犬は居た。鋭く尖った牙に針金の様な灰色の毛。目付きは鋭く、見るからに獰猛そうな其の犬は畳の上で寝転がり、龍洞の方を一瞬だけ見ると直ぐに目を閉じる。龍洞はその姿に苦笑すると鞄を部屋に放り込み、別の部屋へと進んだ。

 

 その部屋は家屋からは想像も付かない構造をしていた。温室と呼ぶべき底に存在するのは無数のゲージや虫かご。中では虫や爬虫類が蠢いており、それらを一瞥しながら進んだ先には一番大きなゲージがあった。中に居るのは立派な白蛇。まるで高い知能があるかの様に龍洞の方を向いている白蛇は喜んでいるかの様に見える。

 

 そして龍洞はゲージの蓋を開けると躊躇なく右腕を差し入れ、人差し指を向けた。すると怪我もないのに指先から真っ赤な血が滴り落ち、待ちかねていたかの様に口を開けた白蛇の口の中へと吸い込まれていった。白蛇はそのまま差し込まれた腕に巻きつくかのようにして登って行き、彼の肩から背後へと飛び降りる。

 

 

 

 

 

「ただ今帰りましたよ、清姫」

 

「お帰りをお待ちしておりました、旦那様」

 

 龍洞が振り返った先に居たのは白蛇ではなく、三つ指をついてお辞儀をしながら笑顔を向けてくる少女。金の瞳に水色の髪をした彼女の頭からは角が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……毎回言っていますが、先に服を着てください」

 

「もぅ。妻である私が貴方様に肌を晒す事の何が問題だというのですか! 恥ずかしがる必要などないというのに……」

 

 龍洞は目を逸らしながら、一糸纏わぬ姿の彼女にそっと着物を差し出した。 これはまだ龍洞が小学生だった頃、何処かで道草を食っていたのか、何時もより遅い時間帯に下校路を走る彼の服には少々の汚れがあった。息を切らしながら長い階段を駆け上がった先にあるのは寂れた神社。長らく参拝客が訪れていない其処は荒れ果てており、雑草が生い茂り石畳は苔むしている程だ。

 

 突如カァカァとカラスの鳴き声が響き、数匹のカラスが所々欠けた鳥居の上から龍洞を見詰める。何処か怒っている様に聞こえるのは近くに巣があって彼を警戒しているのか、其れ共別の理由があるのか、其れは何も知らない者には分からない。

 

 龍洞はカラス達を見上げ、其の儘鳥居を潜る。その時一陣の風が吹いてカラス達は飛び去り、神社には人っ子一人居なくなった……。

 

「ただいまー」

 

 龍洞の視界に広がるのは先程まで居た場所とは全く異質な世界。まだ逢魔ヶ刻前だったというのに既に天には満月が昇り、サラサラという和流の音に混じって遠くから祭囃子が聞こえて来る。其の音が聞こえてくるのは川の上の小島に建てられた屋敷。そして屋敷に通じる赤い手摺の橋の前には異形の存在がいた。

 

 烈火の様に赤い皮膚に逞しい巨体。針金のような体毛を生やした腕は人の胴程もあり、自分の身長と同等の長さを持つ金棒を持っている。服装は虎皮の腰巻一枚であり、その頭に生えるのは日本の角。それは正しく人が赤鬼と聞いて先ず思い浮かべる姿だった。

 

 赤鬼は龍洞の姿を血走った眼で捉え、刃のような牙がびっしり生えた口を開いた。

 

「今日は遅かったでねぇか、坊ちゃん。あまり寄り道してると姐さんに叱られっぞ」

 

「う、うん。明日からは気を付けるよっ!」

 

 龍洞は其の恐ろしい異形にも、周囲の光景にも臆する事なく橋を渡っていく。其れもその筈。常人にとって超常なこの光景は彼にとって日常であり、空想の存在である妖怪は彼にとって現実の存在に過ぎないのだ。

 

 

 

「坊ちゃん。汚れた服は直ぐに脱いで下さい! 体も汚れてますが、お風呂に入りますか?」

 

「怪我はないですか、坊ちゃん?」

 

「分かった、分かった! 先に部屋に戻るよ!」

 

 屋敷に入った彼を出迎えたのは全身に目玉がある鬼や着物を着た骸骨。その姿も見慣れた彼には驚く物ではなく、ランドセルを大切そうに抱えながら廊下を走る。広い屋敷だけあって目当ての部屋までは走っても数分かかり、口煩い者に廊下を走らないように注意されながらも漸く目当ての部屋が見えてきた。

 

「……ふぅ」

 

 飛び込むように襖を開け中に入った龍洞は、安心したのかフッと息を吐き出して床に座り込んでランドセルを開けて中を覗き込む。中には教科書と筆箱、そして一匹の小さな白蛇は入っていた。

 

「何とかバレなかった、かな?」

 

「何がバレなかったん?」

 

 正面から聞こえてきた声にギョッとしながら顔を上げると、其処には彼の家族を皆殺しにした鬼の少女が立っていた。彼女は直ぐに白蛇を見付けると、龍洞が何かを言う前に摘まみ上げながら舌舐りをした。

 

「美味しそうな蛇やなぁ。刺身か蒲焼か、どっちにしても酒が進みそうやわぁ」

 

「あの、大婆様」

 

「何やの? 言いたい事はハッキリ言えって何時も言っとるやろ?」

 

 その様な言葉を掛けながらも彼女の瞳には威圧感が混じり、龍洞は蛇に睨まれた蛙の様に竦み上がる。しかし、その耳に白蛇のシューというか細い鳴き声が聞こえた時、真っ直ぐ其の瞳を見つめながら立ち上がった。

 

「その子、飼いたいです!」

 

 彼女は一瞬だけキョトンとした顔になり、直ぐに笑うと白蛇を龍洞の頭に放り投げ、其の儘横を通り過ぎて襖を開けた。

 

「ちゃんと世話をするんやで? ああ、そうや。その子の名前、ウチが付けたる。……清姫。その子の名前は清姫や」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をしたその頭にそっと手が置かれ優しく撫でられる。その姿はとても彼の家族を皆殺しにした張本人とは思えず、彼女に向ける龍洞の笑顔も家族の敵に向ける其れではなかった……。

 

 

 

 

 

「旦那様、はい、あーん」

 

 既に四月になっており季節は春。実際、窓から庭を眺めれば見事な桜が咲いており、時折吹く風に桃色の花びらが散っている。にも関わらず食卓の上にはグツグツと湯気を上げる鍋。中には腐る前で丁度食べ頃の熊の肉や山菜、そして奇妙な物が幾つか。只、漂う香りは食欲を誘う。

 

 そんな熊鍋を食べているのは二人、いや、正確には二人と一匹。少し離れた場所ではお揃いの茶碗と湯呑、所謂夫婦茶碗と夫婦湯呑で食事を取る龍洞と清姫を見ている犬が一匹、名を琴湖。熱々の鍋を仲良く突く熱々の二人を眺めるその瞳には心なしか呆れの色が見え、まるで高い知能を有している様だ。

 

「では、清姫も、あーん」

 

「あ、あーん」

 

 甲斐甲斐しく世話を焼く時とは違い、自分が口に運んで貰う番になった途端に恥ずかしさが込み上げて来たのか、両頬が赤く染まって来ているのは鍋の熱さのせいではないだろう。

 

「……フゥ」

 

 やはり犬を超越した高い知能を有しているのか、琴湖は溜息を吐いて熊鍋を口にする。それが聞こえていない二人ではないだろうに、二人は遣り取り其の儘で鍋を食べ勧め、シメには饂飩を食べた。その量、鍋の材料を合わせて十人前。だが、流石に二人で半々ではなく、清姫が食べたのは一人前にも満たなかった。

 

 

 

 

 

 

「やはり私はこうしていると落ち着きます」

 

(わたくし)もこうしていると幸せです」

 

 夕食後、二人は和風の造りに似つかわしくない洋風のソファーで寛いでいた。龍洞が深く座って広げた足の間に収まる様に座った清姫は其の背を預けながら恍惚の顔になり、その両手は自らの細身は両側からしっかりと抱き締める手に重ねられている。

 

「愛していますよ、清姫」

 

「ええ、(わたくし)()()()()愛しております。あの日、お会いした其の日から……んっ」

 

 先程から只抱き締めていただけの手が着物の上から彼女の肢体をまさぐりだした。最初は脇腹や太股を撫でる程度だったが、徐々に場所は変わって行き、指先で敏感な部分を弄りだした。

 

「……あふぅ。もう……。裸は何時まで経っても慣れないのに、大胆なんですから。……其処もお慕いしておりますわ」

 

「アレですよ。本当に美しい物は決して見飽きない。ですから貴女の美し過ぎる肢体も……見慣れないだけです。だから私は悪くありません。貴女が美しいのが悪い」

 

「あらあら、それは申し訳ございません。では、お詫びに……」

 

 清姫は口元を袖で隠しながらクスクスと笑い、その場で半回転すると龍洞の肩に手を置き、唇にそっと唇を重ねる。

 

「あっ……」

 

 今度は腰と頭に手が回されギュッと抱き寄せられる。右手は腰に回され、左手は絹糸の様な髪を指で梳く。軽く触れ合うだけだった唇が強く押し付け合われ、清姫の吐息は荒くなっていた。

 

「だ、旦那様。(わたくし)、もう……」

 

 その言葉の返事とばかりに腰に回った手が帯に掛けられ解かれる……、

 

 

 

 

『何を盛っている。そろそろ依頼の時間だ』

 

 前に背後から聞こえてきた声に動きが止まった。歴戦の老兵の様な威厳と威圧感を併せ持ち、まるで地の底から響く様な其の声の主は琴湖。やはり先程からの知性を感じさせる行動や視線は間違いではなかった様だ。

 

「……仕方有りませんね。(わたくし)の為に貴方様の信用を損なうのは嫌で御座います。……参りましょう」

 

「そうですね。直ぐに終わらせて続きと行きましょう。……仕事で汗をかくかもしれませんし、帰ったら風呂に入りましょうか」

 

「ええ、宜しいですわね。お背中お流ししますわ」

 

『さっさと行け。風呂は吾輩が沸かしておいてやる』

 

 琴湖が床を前足で掻くと光り輝く梵字が現れる。二人は手を繋ぎながらその上に乗り、下から放たれる光に包まれて姿を消した。

 

 

 

 

 

 とある廃屋の床に梵字が出現し、其の上に二人の姿が表す。他に誰も居ないかに思える静かな空間だがふたりの視線は一点を見詰めていた。

 

「出て来い、はぐれ悪魔バイサー」

 

 その声に反応する様に不気味な声が聞こえてきた。声の高さから女性の様に聞こえるが、理性が途切れているように聞こえた。

 

『美味そうな匂いがするぞ。不味そうな匂いもするぞ。甘いのか? 苦いのか?』

 

 ボロボロになった壁を破壊して現れたのはケンタウロスに例えるのが一番近いだろか。一糸纏わぬ女性の上半身に巨大な獣の下半身。両手には槍を携え、声と同様に理性の感じられない瞳。自分を絶対の捕食者と信じて疑わない其の瞳で二人を見ながらの舌舐り。

 

 その言葉も動作も龍洞の癇に障るには十分だった。

 

「知りませんし、此処で死ぬ貴女が知る事はない」

 

 放たれた四枚の呪符は床の上を滑空するようにして進み、バイサーの四方を囲むようにして床に落ちると、其処から芽が生え、急激に成長して瞬く間に天井まで届く木へと成長した。

 

『馬鹿だ、馬鹿がいる。こんな木で私の動きを止められるとでも……』

 

 バイサーが侮るのも仕方がない。木は幹こそ太いものの枝は柳のように垂れ下がり、葉も非常に柔らかそうだ。バイサーは巨大な腕で木を押し退けようと枝に触れ、動きを止める。いつの間にか垂れ下がっていた枝は持ち上がり、柔らかい葉は鋭利な刃となって触れた指を切り飛ばし、体中に刺さっていたからだ。

 

「地獄に生息する刀葉樹です。……ああ、聞こえていませんか」

 

 剣樹の刃はバイサーの胸を、首を、腹を貫き、龍洞が指を鳴らすと瞬時に消え去る。木によって支えられていた巨体は前のめりに倒れ、刃が栓となっていた傷からは夥しい血が溢れ出す。忽ち床一面が血の海になるが、二人の前で透明の壁に遮られて止まった。

 

「賞金額は百万円。安いだけあって弱いですが……」

 

 龍洞が右手をバイサーの死体に向けると其の体から黒い霧の様な物が吹き出し、続いて開かれた彼の口に流れ込む。次の瞬間、龍洞は口元を押さえて涙目になった。

 

 

「……不味っ! 蟹の食べられない部分みたいな味がします」

 

「あらあら、では口直しと行きましょう」

 

 清姫は龍洞の両頬を手で挟み込み、爪先立ちでそっと口付けをする。やがて其れは激しい物となり、互いを抱きしめて舌を絡め合い唾液を交換する。ビチャビチャという水音が響く中、足音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぐれ悪魔バイサー! アナタを退治しに……えっと、お邪魔しました」

 

「バイサーなら先に倒しました。賞金首ですし、こういうのは早い者勝ちですから苦情は受け付けませんよ、グレモリー先輩。では、失礼します」

 

 赤毛の少女を先頭にした一行が固まる中、龍洞は平然と告げると来た時と同様に其の場から姿を消した。 昔話によく有る展開に、人間の娘を嫁にしようとした化物が退治されるといった物がある。其れと同じ様に助けられた動物が助けた男の妻になるという話も存在する。前者は化物が退治されてめでたしめでたしで終わり、後者は悲しい別れで終わる事が多いが……。

 

 とある時代のとある場所に一匹の蛇が居た。態々語るのだから当然普通の蛇ではなく、長き時を経て神通力を身に付け水神となった蛇だ。人の姿になる人化の術や天候を操る術を身に付けた其の蛇が住んでいたのは山中の深い深い池の底。其処に立派な屋敷を拵えていたが、其処に住んでいるのは蛇だけだった。

 

 ある年、その山の麓にある小さな村は酷い日照りで困窮していた。美しい娘を持つ男もその村の一人で、このままだと娘を身売りでもしない限りは皆揃って飢え死にするしかない。

 

「貴様の娘を我の嫁に差し出せば雨を降らせてやろう」

 

 其の取引が蛇から持ちかけられたのはそんな時で、男は勿論承諾した。そして、蛇は最後に化物として退治され、助けられた娘は化物を退治した英雄と結ばれた。

 

 しかし、蛇は退治されるべき存在だったのだろうか? 村を苦しめた日照りは蛇が引き起こしたものではない。蛇は助けられたのに何もしなかっただけで、自分を祀っている訳でもない人間達を助ける義理は蛇にはなかった、只それだけだ。

 

 この蛇は物語の悪役となる為だけに生まれてきた訳ではない。生まれてきたからには己の意思が有り、それまで積み重ねてきた物が有り、血の繋がった家族が居た。叶わない恋をした相手が居た。決して予定調和な茶番劇の道化師(ピエロ)ではない。

 

 

 

「……災難やったなぁ。悔しいやろ? なら、復讐や。アンさんの復讐はウチが代わりにしたるわ」

 

 そして、蛇には友人が居た。気紛れで残酷で酒好きな鬼の友人が蛇には居た。だから鬼は娘の一族に呪いをかけた。蛇が人間の女に恋して化物として殺された様に、何時か娘の一族の誰かが叶わない恋の末に化物になってしまう呪いを掛けたのだ。

 

 

 そして蛇や鬼とは全く関係ない理由で村は数年後に滅びる。大雨による洪水や土砂崩れで、娘の父親を含む村の住人は全て死んでしまった。

 

 今となっては確かめようのない話だが、もし娘が蛇に嫁いでいたとしたら……蛇は村を助けたかもしれない。

 

 

 

「……生まれたか!」

 

 時は流れ、とある裕福な家に第一子が誕生した。やがて美しく成長し、ある旅の僧に恋する其の赤子の名前は―――。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 本日二度目、いや時刻はとうに十二時を跨いでいる事から一度目の入浴を済ませた龍洞は軽く息を吐いて体を拭く。その後ろでは清姫が顔を真っ赤にしたまま体を拭いていた。先程まで汗などの体液で体中ドロドロに汚れており、風呂で全て洗い流してサッパリした心持ちだ。もっとも、二人共互いの体液ならば気持ち悪いとは思わず、洗い流すだけにしては少々時間が掛かっていた事から浴室で延長戦に突入したようではあるが……。

 

「それでは旦那様、そろそろ時間ですので名残惜しいですが……」

 

 清姫の瞳には涙が貯まり、悲しみから今にも泣き出しそうだ。龍洞は指でその涙を拭い、そっと抱き締める。清姫も同様に彼の背中に手を回し抱き締め返した。其の儘数分が経ち、二人は漸く離れると互いの顔をジッと見る。その瞳に篭っているのは恋慕の念。まるで遠く離れなければならない恋人同士の様な姿だった。

 

「……何時か必ず其の姿のままで居られるようにしてみせます」

 

「ええ、清姫は信じています。では、本日も正直で御健勝であらされます様お祈りしています」

 

 そっと口付けを交わすと清姫の姿は消え、着物が床にハラリと音を立てて落ちる。その中から這い出て来た白蛇は差し出された腕に絡みつき、そのまま温室のケースへと連れて行かれた。

 

「其れでは今日の夕方に……」

 

 ケースに入れる前、龍洞は白蛇に躊躇する事なく口付けを行い、最後に顎の辺りを優しく撫でると寝室へと戻って行った。

 

 

 逢魔ヶ刻から丑三つ時の間だけが二人の逢瀬の時間。その時間を使って二人は愛し合い、早く次の時が来れば良いのにと願いながら別れを惜しむ。毎日毎日、そう願う。この時間だけが二人にとって幸せな時間だった。

 

 

 

 

 

「其れでは行って来ます。愛していますよ」

 

 登校前に白蛇の姿の清姫と口付けを交わした龍洞は鞄を片手に屋敷を出る。街中からは離れているので自転車を使い、暫く走ると通っている学校が見えてきた。

 

 駒王学園。初等部から大学部まである大規模な学園で、元々は女子高だったのだが、昨今共学化。其れでも未だ女子の比率が高く、入学を希望する男子の中には淡い望みを持つ者も居る。男子が少ない事から女子が選り取りみどり、即ちハーレムである。だが一部の富豪に富が集中する様に、幾ら数が少なくても、結局は好意を向けられる者は一部の者でしかない。そうでなかった者は大勢の女子に好意を寄せられる者の姿を見ながら悔し涙を流す事しか出来なかった。

 

「せ…仙酔君、おはよう!」

 

「ええ、お早う御座います」

 

 龍洞はそんな一部の者の一人。肩まで伸ばした黒髪を後ろで括っており、穏やかで知的な瞳。背はスラッとした長身で、成績も運動神経も良い。学園では彼ともう一人に人気が集中しているのだ。

 

 今も世間一般的には美少女の部類に入る女子生徒が勇気を出して挨拶をしてきたのに対し、笑みを浮かべながら挨拶を返していた。その顔を見た女子生徒の顔は一瞬で赤くなり、周りの女子生徒も黄色い歓声を上げ、一部の者でない男子生徒は怨嗟と嫉妬の念を送る。

 

 だが、龍洞の心は小波一つ起きない穏やかな物。何故か学園の女子生徒は顔も選考基準にしているのかと言われそうな程に美少女が多く存在するが、龍洞には全く興味がなかった。多くの美少女にあからさまに好意を向けられようが、褒め称える言葉が聞こえようが、路傍の石ころにしか見えず、風の音にしか聞こない。

 

(ああ、一秒でも早く清姫に会いたい)

 

 愛想よく挨拶を返しながら、その瞳は相手を全く見ようとしていなかった……。

 

 

 

 

「おっと……」

 

 靴箱の蓋を開くとバサバサと手紙がこぼれ落ちてくる。ハートのシールで止められた便箋の数々。彼に恋心を抱く少女達が思いの丈を綴ったラブレターだ。龍洞はそれらを予め用意していた小さな袋に入れると鞄にしまう。この手紙を送った彼女達は自分の想いに応えて貰えなくとも、せめて想いを知って欲しい、その一心で心を込めて書いたのだ。何度も書き直し、必死に想いを伝える言葉を考えた其の手紙。……だが、彼に最初の手紙が送られてこの方、読まれた手紙は一枚も存在しない。

 

 

 この学園には悪い意味で有名な三人組が存在する。先程書いたような淡い期待を心に秘めて入学した者達で、一部の者に選ばれなかった事を嘆き、卑猥な言動を日々繰り返している。其の三人組は龍洞のクラスメイトであり、何時も三人は彼に嫉妬の視線と怨嗟の言葉を送っていた。……そう。送って()()

 

 龍洞が二年生に進級して少し経った頃、平和な街で殺人事件が起こり騒ぎになった。被害者は三人組の一人であり、何時もは猥談に興じる二人も此処最近は静かなものだ。そして、犯人は未だ捕まるどころか不明であり、判明する事は無い。

 

 何故なら犯人は人ではないのだから……。

 

 

 

 

「さてと……」

 

 昼休み、重箱を片手に下げた龍洞は屋上へとやって来た。昨日の晩の内に清姫が作って詰めていた弁当の中身は和食が多く、白米には桜田夫でハートが描かれている。何処の愛妻弁当かと問われれば私の愛妻弁当と答えるであろう彼は懐から今朝の手紙が入った袋を取り出す。袋を開けると手紙は蝶のように飛び出して一固まりになり、中心に発生した紫炎で一瞬の内に燃え尽きた。

 

「読まずに燃やすのかい? 酷いなぁ」

 

「読む必要がないから読まないだけですよ。だって時間の無駄じゃないですか」

 

 この時の彼の声には送り主を嘲る様子も卑下する意思も感じられない。まるで雨は降らないから荷物になる傘は持って出かけない、とでも言う様な口振りで、何かしらの感情も篭っていなかった。

 

 其の言葉を聞いた少年、彼と人気を二分する通称イケメン王子こと木場祐斗、その正体はこの街を縄張りにする悪魔であるリアス・グレモリーの眷属は、仕方なさそうに溜息を吐くと一枚の書類とペンを差し出した。

 

「バイサーを君が倒したけど、僕達も討伐の依頼を受けてたのは知っているよね? 流石に先に倒されましたとだけ報告書に書く訳にも行かなくって、君が倒したって書類にサインだけして欲しいんだ」

 

「まぁ、其の程度なら良いでしょう。前みたいに眷属のお誘いでなければね」

 

 其れでも龍洞は書類に目を通し、余計な事か書かれていないかを綿密にチェックした後でサインをする。其れを受け取った祐斗は書類をしまうと嫌な事を思い出したような表情のまま苦笑していた。

 

「流石に其れはないよ。部長もあの一件は軽いトラウマになってるからね」

 

 龍洞の強さを知ったリアスは眷属に勧誘を続けていた時期がある。欲望に忠実なのを良しとする悪魔の中でも、位の高い家の出身だからか特にワガママな部類に入るリアスは数度に渡り勧誘を続け、いい加減ウンザリした龍洞に何故眷属になりたくないのかというレポートの分厚い束を提出されたのだ。

 

 

 一切の感情を排除して理論的に具体例を上げながらのダメ出しにリアスは彼を眷属にする事を完全に諦め、それどころか暫くの間は家を継ぐことすら嫌になっていた。

 

 

「……終わったら直ぐに立ち去って頂けますか? 私と貴方が一緒に居る事が知られたら煩い方々が居ますので。……まったく、あの三人の猥談と同じだという事が分かっていないのでしょうか」

 

 この時、龍洞は女子生徒達に感情を向けていた。ただし、怒りの感情だ。男同士の絡みが好きな女子生徒達が二人を題材にして騒ぎ、あまつさえ同人誌まで制作していた。

 

「私が愛しい愛しい彼女以外に愛を囁くなど、噂でも許せません。私以外の女性に無駄な時間と力を使わず、その分私と一緒に居て下さい、と言われなければ呪っていましたよ」

 

「あ、うん。会長も厳しく取り締まるって言ってたし、勘弁してあげてくれないか」

 

 龍洞が予定した呪いの一つに悪夢を見せるという物がある。夜目覚めた時に怪異に遭遇し、何とか自室のベッドに潜り込んで意識が薄れるまでが内容であり、本人には悪夢と現実の区別がつかないというものだ。それが毎晩続けばどうなるか想像するのは容易い。だが、それは自分以外を見る事に嫉妬した清姫によって静止された。

 

 無論、今後も続くようならば実行に移すつもりであったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『帰ったな。……依頼が来ているぞ』

 

 放課後、屋敷に帰るなり琴湖が一枚の手紙を渡してきた。差出人の名前はV・Sというイニシャルだけしか書かれておらず、英語で書かれている事から外国からの手紙という事は分かる。

 

「あの方も大変ですね。立場に縛られて自由に動けないとは」

 

 龍洞は差出人が誰か知っているらしく、内容にも心当たりがあるのか手紙を流し読みすると共に入っていた容器を取り出す。その中には一本の金髪が入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

()()()どんな奴を見付けて保護するのだ?』

 

「アーシア・アルジェント。悪魔を癒して魔女として追放された愚かな元聖女です」

 

 その出会いは二人にとって正しく運命であった。幸か不幸かは別として、運命には間違いなかった……。

 

「お願いします。(わたくし)を貴方様のお嫁さんにして下さい」

 

 家の者以外の男の手を握った事すら無い純情な彼女にとって、その行動は考えられない内容だった。蝶よ花よと育てられ、生花料理、琴に踊りに唄に薙刀、様々な習い事を教え込まれ、行く行くは何処かの良家に嫁ぐものと自分も周りも思っていた少女の初恋の相手、其れは妻帯を許されぬ旅の僧。

 

『お嬢ちゃんにしよ。ご先祖様のした事の責任は、しっかり償いや?』

 

 僧と初めて会った時、そんな言葉が聞こえた気がしたが、次に瞬きをした時には忘れていた

 

 

 

 一晩の宿を借りに来た彼に彼女は一目惚れし、夜這いを掛ける。其れに対し彼は旅の帰りに再び立ち寄ると約束し、其の儘戻ってくる事はなかった。

 

 何時まで経っても戻って来ない彼の身を案じた彼女は一人旅に出て、漸く追い付くも嘘を付かれ逃げられる。怒り狂った其の身は何時しか龍と化し、逃げに逃げた男を最後は隠れた寺の鐘ごと焼き尽くして自らも入水して果てた。

 

 

 

 

 入水して果てた彼女が目を覚ますと其処は見知らぬ川辺。死に損なったのかと思い、再び死のうと三河に近寄った時、水面に映ったのは小さな白蛇だった。これが自らへの報いかと思い、其の儘水に入る。死ぬのは苦しかった。

 

 口や鼻から水が流れ込み、息が出来ない。苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで……漸く死んだかと思ったら今度は見知らぬ山の中だった。どういう事かと困惑する彼女の頭上から鷹が迫り、生きたまま身を裂かれ臓腑を喰らわれて死んだ。

 

 次に目が覚めたのは小さな村の近く。子供達に発見され、石で叩き殺された。

 

 次は煮えたぎった油を頭から浴びせられ、その次は空腹で死に、その次は熊に食われ、その次は病で、その次は寒さで死んだ。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、苦しみながら苦しみながら苦しみながら苦しみながら苦しみながら、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで、其れを数百数千数万回繰り返しても蘇る。

 

 終わらない地獄。繰り返される悪夢。恋に恋して、恋の先に狂った少女の心が壊れるのには十分だった。

 

 

 この日も彼女は死にかけていた。カラスにでも襲われたのか、野良猫にでも狙われたのか、車にでも轢かれたのか、何度も死んだ事で死の記憶が混ざり合い、其の死因が何時の物か何回前の物かさえ朧気で、決して慣れることのない苦しみだけがハッキリと感じていた。

 

 仏に祈るのは諦めた。八百万の神に縋るも救いの手は差し伸べられなかった。死に続けてきた間に知った異国の神にも助けを求めたが声が届いた様子はない。

 

 次はどんな死に方をするのか。出来れば楽な死に方が良い。壊れた心は既に苦しみからの解放を諦め、只其れだけを望む。

 

 だから、痛みが消えていくと同時に体が温かい物に包まれた時、今まで体験した事のない死に方をしたのだと勘違いした。何かの革のようなそうで無いような、奇妙な香りのする入れ物に書物と一緒に入れられ何処かへ運ばれる。何時もと違うと気付いた時、最初に見た顔はあどけない少年の顔。だけど其の顔が彼女には眩しく見えた。

 

 次に見たのは鬼の顔。どうやら自分を食べようとしていると理解し、結局苦しい死に方をするのだと辟易する。最早、死への恐怖など無くなっていた彼女だが、其の予想は外れる。少年が鬼に何かを訴え、自分は助かったのだと理解した。

 

「宜しくね、清姫!」

 

 其れは彼女の名前。久しく聞いていない名前だが、只其れだけはハッキリと覚えていた。其れと同時に感じたのは胸の高鳴り。自分を裏切った僧と初めて会った時の事が鮮明に蘇り、確信した。其れは思い違いかもしれないし、何かしら感じる物があったのかもしれない。真偽の程は兎も角、彼女の中では其れは真実だった。

 

 ああ、この子はあの御方の生まれ変わり。そして今度こそ結ばれる、そう確信した。

 

 其の想いは恋ではなく、只の理想の押し付けに過ぎず、狂愛と呼ぶのが相応しい物。とても常人では受け止めきれる物ではなく、先に待つのは再びの破滅だ。()()()()、破滅しか待っていない。

 

 

 

 

 煌々と松明が燃えさかり、時折火花が飛び散る。ホゥホゥと梟の鳴き声が聞こえ、庭を得体の知れない何かが這い回る中、龍洞は白装束に着替え手には数珠を持って呪文を唱えていた。

 

「三尸の蟲は肉を這い、庚申待ちの夜は開けず、三年峠は只嗤う」

 

 四方を囲うように配置された松明の火は激しく燃え上がり、中央に置かれた台座に置かれた古鏡が明かりを反射して輝く。其の鏡に一本の金髪が近付けられると鏡の表面に波紋が広がり、中から青白い手が伸びてきた。骨と皮だけの細長い手で赤い爪先は尖っている。その指先が金髪を摘み取り鏡の中に引き込むと波紋は最初からなかったかのように消え去り、代わりに何処かの建物が映し出される。

 

「……おや、此処は」

 

 其れが何処か知っているのか、龍洞は僅かに驚いたかのような顔をしていた。

 

 

 

 

 

 其の少女の人生は世間一般では不幸な部類に入るのかもしれないが、彼女自身は其れを恨んだ事はなかった。とある田舎で親に捨てられた孤児として教会の孤児院で育てられた彼女は当然のように神を信仰していた。

 

 人生の転機が訪れたのはある日の事。偶然が重なり、彼女の中に眠っていた力が目覚めたのだ。神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる其れは聖書の神が人の血を引く者だけに与えた道具で、彼女に宿ったのは傷を癒すという物。

 

 そして、この日の出来事が切っ掛けで少女は孤児の一信徒から、癒しの聖女になった。その立場に彼女自身など求められず、信徒が崇め、教会に都合の良い聖女である事のみを求められた。

 

 其れでも人々の役に立てるのならと喜んでいた少女だが、其の喜びさえも唐突に奪われる事になる。

 

 

 其れはある日の事、聖女である彼女の周囲に()()世話係の者も護衛も居ない時に、教会と敵対する悪魔が怪我をした状態で現れた。

 

 例え悪魔であっても傷き助けを求めて来たのなら、其れに応えるのが癒しの力を主より与えられた自分の役目だと、()()()()()()()()()彼女は悪魔を癒し、()()()()に其れを目撃されてしまった。

 

 崇拝の視線は侮蔑の視線へ、賛美の言葉は罵倒へと変わる。この日、彼女は聖女ではなく魔女と呼ばれるようになった。

 

 

 此処で少し疑問が浮かぶ。癒しの聖女は教会にとって都合のいい道具。ならば、その道具が置かれるのは然るべき場所であった訳だし、その様な場所に何故悪魔が現れたのか。

 

 其の事を疑問に思っていれば彼女の運命は変わっただろう。他人を疑わない事は美徳であると同時に欠点であり、たらればの議論に意味はない。

 

 只、彼女は悲しいとは思っても誰も恨まず、其処までの目に遭ってもたった一つの願いは捨てなかった。聖女ではなく、アーシア・アルジェントとして普通に友達を作り、普通に学校に行ったり普通に遊んだり、そんな有り触れた願いが幼い頃からの願いだった。

 

 

 

 

 

 

 この日もアーシアは神に祈っていた。故郷より遠く離れた言葉も通じぬ異国の地で、彼女を受け入れたのは神に反旗を翻した堕天使だった。

 

 神に敵対する方でも優しい方は居る。だからあの時の事は間違っていなかった。そんな希望が続いたのも僅かな間だけ。フリードという名の少年神父に連れて行かれた言家の外で覚えたばかりの人避けの結界を張っていた彼女は異変に気付き、家の中を覗き込んでしまう。其処には惨殺死体があった。

 

「此奴かい? 此奴は悪魔を呼び出し常習犯。だからお仕置きしてあげたのさ」

 

 血に塗れながらヘラヘラ笑う彼にアーシアは恐怖を覚え、この時になって堕天使達を疑い始め、その日の内に知りたくなかった真実を知る事になる。

 

 堕天使、レイナーレ達は自分を殺して神器(セイクリッド・ギア)を抜き取る気だと。そして抜き取るための儀式の準備は既に整い、今夜実行に移されると。

 

 部屋の周囲には見張りの者が居るが、アーシアは既に運命だと諦めていた。願った友達も僅かな希望すら感じられず、抜け出そうとする意欲も湧いて来ない。せめて神の元へと召されるようにと願っていた。

 

 彼女の心は儀式で死ぬ前に既に死を迎えようとしていた……。

 

 

 だからこそ、彼女はこの時の事を忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫です。どうしてかですって? 私が来ました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、もぅ! 素敵過ぎます、旦那様!!」

 

「ええ、貴女こそ素敵ですよ、清姫。貴女に比べればこの世は等しく醜悪で無価値な物ばかりだ」

 

「いえ! 旦那様は醜悪でも無価値でも御座いません!」

 

 色々な意味で、この日の事を忘れないだろう……。




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狂人達の恋の唄 ②

 龍洞にとって価値が有る存在は清姫を除けば、畏怖しながらも慕う大婆様と呼ぶ存在と其の部下達だけ。それ以外は路傍の石ころ程度の認識しかなく、何一つ興味を持っていない。

 

 だが、興味がないという事と全く知らなくても良いという事は別物であり、その路傍の石ころ程度の存在に価値ある存在を脅かされないようにと情報集めには余念がない。

 

 アーシア・アルジェントについて知っていたのも其の情報収集の結果だ。

 

「馬鹿ですねぇ。そんな場所で怪我をしているという事は、怪我を負わせたのは悪魔祓いではないかと推察できるでしょうに。……よく殺されませんでしたね」

 

 其れは悪魔にであり、教会関係者に、という意味である。この推測が正しい場合に彼女のした事を例えるならば、武器を持って暴れている凶悪犯の武器を警察官が叩き落としたが、確保の前に彼女が拾って渡してしまったので逃亡された、となる。

 

 今は悪魔堕天使天使の三すくみの勢力は冷戦状態であるが、所々で小競り合いは起きており、当然のように死者も出ているし、悪魔祓いの中には敵に与する人間を殺した者も居る。ならば自陣と言える場所で追い詰めた悪魔を癒した彼女は今までの者達同様に殺されても不思議ではなかった。

 

 追放で済んだのは彼女を慕う信徒の心情に配慮したのか、殺す程非情になれなかったのか、どちらにせよ世間をロクに知らない少女が身一つで生きていける程に神の恩恵は世界に広まっていない。運良く善人に助けられる確率よりも、悪人に利用されるか野垂れ死ぬ確率のほうが高かっただろう。

 

 事実、彼女は()ではないが、明確な悪に利用されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、非常に面倒臭い。こんな事に使う時間を貴女と話したり触れ合ったりする事に使った方が余程有意義だというのに」

 

「お仕事ですから、駄目ですよ。(わたくし)もずっと二人っきりで居たいのですが、より良い未来の為にお金が必要ですから。……もう少しの辛抱です。もう少しで私は……」

 

「ああ、そうですね。たった数時間だけでなく、ずっと貴女と話がしたい。色々な場所でデートもしたいですし、一日中貴女を抱いていたい」

 

 今回の依頼の対象であるアーシア・アルジェントが滞在する廃教会を術で探る龍洞は、胡座を掻きながら目の前の鏡に映る堕天使達の話を聞きつつ愚痴り、足の間にチョコンと収まっている清姫はメッとばかりにその態度を注意する。注意はしているが、向き合うように体の向きを変え、そっと体を預けてウットリとした表情になっていた。

 

 

『しかし、本当に大丈夫なのか? 上を騙している訳だし、何かしらの処罰が下るのでは……』

 

『ドーナシークは心配性っすね。元教会所属の人間より、堕天使であるレイナーレ様が回復の力を持つ方が便利っすし、上も文句は言わないでしょ』

 

『其れに此処の悪魔は契約者を殺されても何も出来ない臆病者だもの、問題ないわ。今夜、あの子を殺してさっさと街からオサラバよ』

 

 龍洞が立ち上がると鏡に映る映像は途絶え、元の古い鏡に戻る。歩き始めると一瞬だけ揺らいで松明の炎が消え去った。

 

「さて、行きますよ、清姫。直ぐに終わらせて、其の後はゆっくりと過ごしましょう。……今日くらいは月でも眺めながら語り合いますか?」

 

「ええ、其れも宜しいですわね。旦那様に抱いて頂くのも、(わたくし)がご奉仕するのも、静かに語り合うのも、ただ見詰め合うのも、影から一方的に眺めるのも、離れていてもお姿を想像するのも、全て大好きです。いえ、最早大好きだという言葉で言い表せません!」

 

 

 手を一度横に振るうと龍洞の服装が変化する。術を使う時に着ていた白装束から黒い着物へと変わり、何も持っていなかった手には刀が握られている。朱塗りの鞘に漆黒の鍔と柄、ただ、鞘には無数の札が貼り付けられていた。

 

 清姫もまた、懐から龍が描かれた見事な扇を取り出し、龍洞の背後を三歩下がって影を踏まぬようにして歩く。

 

『仕事か。なら、早く行くぞ』

 

 二人の前に琴湖が降り立つ。大型犬程の大きさの体は更に膨れ上がり、馬程にまでなっていた。まず龍洞がその背に飛び乗り、清姫が手を引かれて昇り、愛しい男の背中に抱き着く。その様な事をしなくても一人で飛び乗れ、何処かに捕まることなど不要にも関わらず毎度の様に繰り返される其の光景に対し、琴湖は僅かに視線のみを送るだけだった。

 

 呆れと諦めが入り混じった瞳のまま、琴湖は宙を踏みしめる。其処に見えない足場がある様に琴湖は空を駆け抜け、巨大な狗に乗る着物姿の男女という目立つ其の姿は偶々空を見上げた者でさえ気付かず、どの様な映像媒体にも映り込む事はなかった。

 

 

 

「……主よ、どうか私をお導き下さい」

 

 アーシアは部屋で一人静かに祈りを捧げる。時計の針はチクタクチクタクと無慈悲に進み、見張りの者が突如寝入ったり、逃げ出す為の天啓があったり、アーシアの姿が誰からも見えなくなる事も、一瞬で遠くに移動する事もない。

 

 故に、神は自分が生きる事を望んでいない、そう感じてしまった。

 

 やがて戸を挟んだ廊下の先から話し声が聞こえてくる。儀式の準備が済んだから早く連れて来いと、その会話は死刑宣告に聞こえ、近付いてくる足音は死神の足音だった。

 

「おい、付いて来い。レイナーレ様がお呼びだ」

 

「……はい」

 

 入って来た男はアーシアの腕を乱暴に掴んで引っ張る。か弱い少女への配慮など全くされていない腕の力は強く、力仕事など長らくしていない彼女の腕は強く痛んだ。この腕を振り払えば逃げる事が出来る、と心が叫ぶが、恐怖がそれを押さえ込む。後ろにも逃がさない為の見張りが居て、きっと庭にも居る。どうせ逃げても恐怖と苦痛が長引くだけだ、其の思いが全てを諦めさせていた。

 

 俯いたまま足元だけを見ながら廊下を進み、聖堂へと続く門へと続く曲がり角を曲がった時、急に男が止まりアーシアは背中にぶつかってしまう。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 この廃教会に居る男達は聖女時代に周囲に居た者達とは違い乱暴な言動が見られ、アーシアは彼らに恐怖していた。だからぶつかった事で殴られるかもしれないと直ぐに謝りながら顔を上げ、其の顔を更なる恐怖で引き攣らせた。

 

「な…なんだよ、此奴ら!?」

 

 曲がり角の先に居たのは廊下を埋め尽くさんばかりの蛇の大群。全長は三十センチ程の蛇が互いに覆い重なるようにして廊下に陣取り、その瞳でアーシア達をジッと見ている。

 

 此処に居る男達は元々は教会で悪魔と戦っていたが、堕天使に寝返った者達を始めとしたマトモでない者達だ。だからアーシアは兎も角、幾ら大群でも此処まで驚く筈がない。全ての蛇が其の体を異臭を放つドロドロに汚れた水で構成していなければ。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 一人が光の弾を放つ拳銃を蛇に向けて引き金を放つ。弾丸は蛇の体を貫き、其の儘床に穴を開ける。貫かれた蛇の体は周囲に飛び散り、他の蛇の体に吸収された。この事で恐慌状態に陥った一人が光の剣を振り回しながら蛇の群れに突貫し、その体中に蛇が纏わり付いた。蛇に触れた場所が焼け爛れ、肉の焼ける匂いが充満する。込み上げてくる吐き気を我慢できずに其の場に蹲るアーシア。この日、最後に食べたのは何時もの質素な料理ではなく、前祝いにと用意した物を気紛れで分け与えられた……肉のソテーだった

 

「うぇっ! おぇぇぇぇっ!!」

 

 蛇達は濁流の様に動き出し、口の中の酸味に涙するアーシアを無視して男達を飲み込んでいく。まるで溺れる者達のように蛇の群れの中で男達は手足をばたつかせて藻掻き、肉の焦げた匂いを周囲に充満させて静かになった。蛇達はまるで用が済んだとでも言うように窓から外に出ていき、後に残されたのはアーシアだけ。死体は蛇達に持っていかれた。

 

「うぇぇぇっ! おぇぇぇっ!1」

 

 まだ肉の焦げた匂いが彼女の鼻を刺激し、適当に焼かれて出された肉の味が無理やり思い出される。ビチャビチャという音が響く中、近付いてくる足音が二人分聞こえて来た。

 

 

「……悪泥水で作った(みずち)は失敗だったでしょうか?」

 

「いえっ! 旦那様の判断に間違いなど起こるはずがございません。……昨日も初めて行う体位で(わたくし)を喜ばせて下さいました!」

 

 続いて聞こえたのは聞いた事のない男女の声。少なくても廃教会に居る者達ではなく、年の頃はアーシアと同年代程度だ。

 

 

 彼女の心は儀式で死ぬ前に既に死を迎えようとしていた……。

 

 

 だからこそ、彼女はこの時の事を忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫です。どうしてかですって? 私が来ました!」

 

「ああ、もぅ! 素敵過ぎます、旦那様!!」

 

 姿を現したのは着物姿の少年少女。一人は黒髪で物静かな少年。もう一人は長髪の少女。ただし、その頭には角が生えていた。

 

「ええ、貴女こそ素敵ですよ、清姫。貴女に比べればこの世は等しく醜悪で無価値な物ばかりだ」

 

「いえ! 旦那様は醜悪でも無価値でも御座いません!」

 

 色々な意味で、この日の事を忘れないだろう……。

 

 

 

 二人は見つめ合いながら互いの手を胸の高さで取り、まるで聖女になる前に見た恋愛映画の一シーンのようだった。目の前のアーシアはガン無視だったが。

 

 

「それにしても先程は嫉妬してしまいました。其処の女にあの様な元気付けるような言葉を向けるなど……」

 

「ああ、これは心外です。今回は保護が依頼内容だから仕事として元気付けただけで、私にとって貴方以外の女性など、大婆様でさえ醜女にしか見えません。第一、この様などうでもいい方に態々優しい言葉を掛けるはずがないでしょう。……ああ、私は悲しい。やはり私の努力は足りていなかったのですね」

 

「っ! その様な事ございません! (わたくし)は嫉妬は致しましたが、決して貴方様を信用していないなど……。も…申し訳ございません! どうかっ! どうか見捨てないで下さいませ!」

 

「その様な事有り得ません。私はずっと貴女と一緒に、そう誓ったではありませんか」

 

 やがて二人はそっと口付けをする。尚、アーシアはガン無視である。

 

 

 

「あ…あの〜、お二人は? さっき、私を保護するみたいな事が聞こえましたが……」

 

 この時、アーシアは顔を真っ赤にしながらも勇気を出した。決して逃れられぬと思っていた状況から逃れられ、

 

「ああ、すっかり忘れていました。依頼主の名は立場があるので明かせませんが、貴女をよく知る方が用意していた保護先に受け入れさせる為に保護して欲しい、そんな依頼をして来まして。ああ、申し遅れました。私の名は仙酔龍洞です」

 

(わたくし)は妻の清姫と申します。……あっ、間違いました。愛する妻の清姫です。……ああ、本当に幸せです」

 

「ええ、私も幸せです」

 

「「これも全て……」」

 

 

 

 

 

「大婆様が私の家族を皆殺しにしてくださったからこそ……」

 

「あのお方が私に呪いをかけ、化け物にして下さったからこそ……」

 

 

 

 

 

 

「「本当に愛する方に出会えました」」

 

「!?」

 

 アーシアは今まで多くの目を見てきた。自分を聖女と崇拝する者や、優しい言葉を掛けてくる者。同じような者でも少しずつ目は違った。だが、この二人は違い過ぎる、そう感じた。

 

 

 

「では、行きましょう」

 

 次に向けられたのは優しい瞳。見るだけで人を安心させるその瞳には悪意が欠片も篭っていない。アーシアは違和感を感じながらも二人の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ふん。この小娘を空港まで連れて行けば良いのだな』

 

「ええ、お願いしますよ、琴湖」

 

 教会を出て直ぐの所に待機していた琴湖はアーシアを一瞥すると不機嫌そうな声を出しながらも乗り易いように身を屈める。針金のような毛はアーシアが乗る瞬間には柔らかくなり、少し擽ったい位だった。

 

 

 

 

「あ…あの! 有難うございました!」

 

「いえいえ、お礼は時間の無駄ですから結構です。早く行って下さい。時間が惜しい」

 

 この時、アーシアは違和感の正体に気付いた。龍洞は優しい瞳を向けながらも自分を見ていない。悪意が篭っていなかったのではなく、感情自体が篭っていなかったのだ、と。

 

 そして琴湖は来た時同様に宙を駆けて町の外れを目指す。残された二人は帰りを待つ事なく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「夜の散歩も良いものですね」

 

「いえ、旦那様との時間が良いものなのです」

 

 指を絡ませ合う恋人繋ぎで帰路に着く二人。既に二人の頭からは先程向けられたお礼の言葉も、斬り殺して魂を食らった堕天使達の命乞いの様子さえ綺麗に消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あの、旦那様。地下に拘束具が御座いましたが……」

 

「おや、そういったのをお望みで? まぁ幅を持たせるのも悪くは有りませんし。……今日はゆっくり月見をする予定でしたが……どうなさいますか?」

 

 清姫は真っ赤になって俯いてボソボソと呟くと、照れ隠しか龍洞の手の甲を抓る。其れに対し龍洞はただ笑っていた。 龍洞が通う駒王学園にはリアス・グレモリー以外にも悪魔の貴族令嬢が通っている。悪魔としての名前は『ソーナ・シトリー』、人間としての名前は『支取 蒼那』。学園の生徒会長を務める彼女は生徒の誰が異能力者かは把握しており、当然龍洞の事もリアス同様に異能力者だと知っている。

 

 いや、彼に関してはリアス以上に知っている、そう言って良いだろう。

 

「ッ!」

 

 この日、生徒会の仕事で中庭の一角を訪れたソーナの眷属で副生徒会長の『真羅 椿姫』は偶々其処で弁当を食べていた龍洞を見付け、思わず足を止めて顔を引きつらせた。其れは嫌っている相手に出会った時の物ではなく、恐怖を覚えて居る相手に出会った時の物。対する龍洞はチラリと彼女達を見て軽く会釈をすると直ぐに弁当に集中しだす。

 

「……彼奴、あんな量をよく食べれますよね。副会長?」

 

 彼女と一緒に歩いていたのは生徒会の新人でソーナ眷属としても新人の『匙元士郎』。男子生徒として女子から人気のある龍洞は面白くないのか、五段重ねの重箱を平然と食べ進める彼に向ける視線に僅かながら敵意の篭った彼は、今まで一般人だったせいか前を歩いていた相手の心境の変化には気付かず、まさか副会長も彼奴に気があるのか? 程度にしか思っていなかった。

 

「どうしたんっすか? 急に立ち止まって」

 

「い、いえ、何でも有りません」

 

「そうですか? 仙酔君を見た途端に様子がおかしくなりましたけど?」

 

「……気のせいでしょう」

 

 匙の同僚の『巡 巴柄』は退魔の家の出身だからか、同性だからかは分からないが椿姫の様子に直ぐに気付く。其れも、少なくても足が止まったのが恋心からではない事は分かっていた。

 

 だが、椿姫は心配する二人の問い掛けを何とか誤魔化そうとし、答えは出ない。其の代わり、当の本人から答えが明かされた。

 

「ああ、私の実家と言える所と副会長のご実家で抗争が起きた事がありましてね。その時に私が彼女を殺しかけたのですよ」

 

「んなっ!?」

 

 元一般人の匙にとって其の言葉は信じがたく、巡も驚きで物が言えない状態だ。椿姫は昔を思い出し顔を蒼白にさせ、龍洞は三人の様子を見て不思議そうな顔をしている。まるで地球は丸いと言われて驚く人を見ているようだ。何故殺し合いと聞いて驚くのか、其れが彼には理解できなかった。

 

「おや、おかしいですね。私は仕事の関係でシトリー家の関係者とお会いした事があるのですが、会長とアナタ方はレーティングゲームの学校を作りたいのでしょう? 子供達に()()()()を教えようとしているのに、何を今更……」

 

「違うっ! 俺達は殺し合いを教えるんじゃねぇ!!」

 

「匙っ!」

 

 今の言葉は匙達にとって放置する訳には行かない言葉だ。貴族と其の眷属にしか出場の機会が与えられないゲームを分け隔てなく出場出来る様にする、その為の足掛かりになる学校の設立が彼らの夢であり、其れを穢された気がした匙は駆け寄ろうとして、肩を椿姫に掴まれて止められる。彼女の顔は蒼白を通り越して真っ白だった。

 

「……止めなさい。貴方では絶対に彼には勝てません」

 

「あの、彼は何を怒っているのですか? レーティングゲームって要するに『私達はこんなに強いから、有事の時は役に立ちます。だから力に見合った評価をお願いします』とアピールする場でしょう? まぁ、ルールや評価基準のせいで実戦での力が出し切れないって事もありますが、戦争の役に立つ為の学校なのですから、敵の殺し方を教えるのでしょうに」

 

 其の言葉にはソーナの掲げた、匙が眩しいと思った夢を卑下する意図は全く篭っていない。話を聞いてすぐに無理だと否定する訳でも、手放しで賞賛するでもなく、道を聞かれたから答えるかのように、淡々と言っただけだ。事実、彼の目に悪意が篭っていないのは匙でも分かる。いや、全く興味を持っていない事を嫌でも分からされ、彼の言葉が真実だと思い知らされた。

 

「……それでも、俺達は」

 

 戦争、其の言葉がどういうものかは戦争を経験していない匙でも分かる。主であるソーナから三すくみの勢力の関係は知らされていて、考えられる有事とは天使や堕天使との戦争という事だ。同じ人間が土地や利益を巡って殺し会うのではなく、殺す為の殺し合い。なまじソーナの教え方が良かっただけに其れを理解してしまった。

 

「むぅ。何か落ち込んでいるようですが、全く関係ない私の言葉一つで揺らぐなら其の程度の想いだったという事ですが……良かったですね、早い内に気付けて。お役に立てたのなら何よりです。私、貴方には全く興味が有りませんが、人の役に立つのは悪い気はしませんから」

 

 嫌味でもなく、追い詰めようという害意が篭っていない其の言葉は、どの様な悪意ある言葉よりも匙の心を折るのには十分だった。無論、心を折られたのは匙だけでなく、椿姫達も自分達の夢が素晴らしい物だという想いに揺らぎが生じてしまう。

 

 当の本人は知る由もなく、知っても特に何も思わないのだが……。只居るだけで、関わるだけで厄を振りまく。その様な力を持つ妖怪は疫病神等と呼ばれ、嘗てはその様な正体不明の化物を総じてこう呼んでいた。―――『(おに)』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…旦那様ぁ。(わたくし)、もう…ひゃうんっ! あぁ…んひゃ…んっ…んんっ!」

 

 時刻は十二時前になる頃、龍洞と清姫は互いに求め合い、相手の体を貪っていた。既に被せられていた布団は投げ出され、寝巻きは既に体を隠す役に立っておらず、かろうじて引っ掛っている程度。布団には二人の汗と其の他諸々の体液で湿り、太ももの内側が特に酷い。

 

「ああ、貴女はやはり美しい。貴女を除く此の世と彼の世全ての美を集めても霞むほどに……くっ!」

 

 清姫を下に敷いた龍洞は、背中に爪痕を付けられながら無我夢中で欲望をぶつける。清姫も愛しい男を受け入れようと必死に細腕を、その見た目からは想像も付かない様な力で背中に回して爪を立て、両足を蛇が獲物を絞め殺すかの様に腰に絡みつかせる。既に互いに何度も果てており、それでも尚、衰える事なく続いていた。

 

 ポーン、という鼓の音が響いたのは、回数にして十回目に達しようとしていた時の事。最初の内は勢い任せだったのが、徐々に時間を掛けて相手を感じる様になっていたその時、非常にゆっくりとしたテンポで鳴った鼓の音に二人は動きを止め、非常に不快そうに体を起こす。

 

「……あっ」

 

 体が完全に離れた際、達してしまった清姫はややワザとらしい動作で胸の中に倒れこんだのだが。数える事、数十回目の為に腰に力が入らなかったのは本当ではあるが……。

 

 兎に角、この音は二人が行為を止める程の事を示す物――何者かの侵入……未遂を示していた。屋敷全体に貼った結界により、許可なき者は中に入れないのだが、何者かが転移しようとして門の前に放り出された事を鼓の音は表していた。

 

「……無粋な」

 

 不愉快を隠そうともせず鏡に手を向けると門の様子が映し出される。其処に映っていたのはリアスの姿だった。怪訝に思いながらも術を使うと、門に飾った鬼瓦が口を開木、彼の声を届けた。

 

 

「この様な晩に何用ですか?」

 

「依頼よ! 言い値を払うから、今すぐ入れて頂戴!! 私の処女を直ぐに貰って欲しいの!」

 

「……はぁ?」

 

「お願いっ! 祐斗は紳士だから拒否するし、貴方ってお金を払えばどんな依頼でも引き受けてくれるって聞いてたから、藁にも縋る想いで来たのよ!」

 

 龍洞は意味が分からず、次の瞬間には非常に不愉快な気分になる。心底惚れた相手を抱いているのを邪魔されたかと思えば、石ころ程度にしか思っていない相手に男娼扱いされたからだ。……横の清姫は既に怒りが頂点に達し、口から炎が漏れている。

 

「……焼き殺しましょう」

 

「そうしたいですが、彼女の兄は魔王。……あの様な汚物を処分する為に貴女を危険に晒したくない」

 

 龍洞は口から漏れる炎を気にせず清姫の口を唇で塞ぎ、舌を捩じ込む。当然清姫も其れに応え、ピチャピチャという隠微な水音が響いた。尚、二人の言葉は全て筒抜けで、経験はないが知識は有るリアスは欲望に忠実な悪魔にも関わらず真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「兎に角、無理ですし、嫌です。大体、私が感じる貴女の女性的魅力はドドリアさん程度です」

 

 ドドリアさん、その名はリアスも知っている。宇宙の帝王の側近でピンクの肌と頭や腕にある無数のトゲが特徴的な非常に不細工なキャラで――()である。

 

 

「ちょっとっ! ドドリアさんはないでしょ、ドドリアさんはっ!」

 

「では、魔王の妹という事でお世辞……は嘘と同じなので、女性的魅力が同じ程度でドドリアさんよりマシな……リクーム? ほら、人型ですし髪の色も貴女と同じ赤ですよ」

 

「……ドドリアさんよりマシね」 

 

「では、私は貴女と違って美しく愛しい()を抱くのに忙しいのでお帰り下さい」

 

 龍洞は術を解除し、再び清姫を押し倒す。一時は納得したリアスが我に返って戻ってきたが反応はなく、何処からも侵入出来ず、そうしている間に彼女を探してやって来たメイドに連れて帰られる。

 

 

 今晩の説明をするから明日の放課後に部室に来て欲しい、という置き手紙を残して。

 

 

 

 

 

 

 

「では、今日も寄り道せずに帰って来ますね」

 

 当然の様に、その呼び出しは無視されたのだが……。 時は平安、舞台は京都。悪しき鬼らが災い振りまき、其れを見かねて挑む者達。だがしかし、妖力秀でた鬼共に、優れた力のないモノノフが、幾ら挑めど勝てはせぬ。逆立ちしても勝てはせぬ。

 

 勇気絞って平和の為と、戦い挑んだ者達の命は儚く散り行きて、骨の欠片も残りはしない。親の敵と子が挑み、其の又子供が挑むとも、勇気と無謀は別物で、無駄に命を散らすのみ。

 

 だけれども、長き流転の物語にも、何時かはきっとケリが付く。四人の猛将従えし、勇者がいでしその日まで、醒めない悪夢は続けども……。

 

 

 夏草や、強者達が夢の跡。合戦場を思わせる草が生い茂る其の場所を進んで進んで進んだ先に、白い城が見えてくる。石ではない、何かで無い一種類の物のみで建てられた其の城には数多の魑魅魍魎が住み着いており、其のどれもが()()()()。何せ悪名高き悪鬼に挑み敗れたモノノフ達の成れの果て、弱い方が摩訶不思議。この城は固く閉ざされた天の門に拒まれた者達の墓場であり、()()()()である。

 

 そんな城の最上階に集められた者達は皆揃って異形の者達。人一人丸呑みに出来るほどに強大な宙に浮く首だけの鬼に、鬼の頭を持つ大グモ。割れた頭から赤児が這い出している若者も居る。だが、今宵の主役は若い二人。今宵の行事は百物語でも、百鬼夜行でもなく、目出度い目出度い婚礼だ。

 

「ほな、目出度い席やさかい皆はん、大いに騒いで(ゆおう)ってや」

 

 言の葉を吐いた本人も大盃に注いだ酒を喉に流し込み、コクリコクリと音を立てて飲み干す。妖し共から歓声が上がり、彼方此方で直ぐに騒ぎが起きだした。喧嘩をする者、肩を組んで歌う者、飲み比べ食い比べ、とても婚礼の場とは思わない惨状ではあるが、主役の筈の、放ったらかしの二人はそれでも幸せそうだ。

 

「なんやの、全然飲んどらへんなぁ。ほら、飲みや。それとも、ウチの酒が飲めへんって言うの?」

 

 口元は笑っているが、全く笑っていない目を見た龍洞はびくりと身を竦ませ、言外にお仕置きするぞと言っているのを感じ取った。目玉を抉る、両手足をもぎ取る、真っ赤に焼けた鉄の杭を突き刺す、これら全て大袈裟でなく、彼に悪戯を教えた額に目がある鬼と共に受けた内容である。

 

「頂きます……」

 

「ええ子やなぁ。素直なんが一番やで。清姫ちゃんはこっちの小さいのでええからなぁ」

 

「は、はい!」

 

 小さいといっても漂ってくる酒気は凄まじく、酒樽には『八塩折之酒』と書かれている。かの八岐大蛇退治に使われた酒で、酒に強い鬼でもキツい。二人は横目で目を合わせ、一気に飲み干した。

 

「ぶはっ!」

 

「ええ飲みっぷりやなぁ。ほな、明日から此処から出て外で暮らしぃ」

 

「……はい?」

 

 次の日、二日酔いに悩まされながら目を覚ました龍洞達は古びた神社の境内で寝ており、所有する家の住所と個人的な荷物、幾許かの金とお目付け役の琴湖だけを渡されて住み慣れた場所から追い出されたと知った。

 

 

 

 

 

「……未だ必要な領域には届かず。先は長いですね」

 

 手に持った籠手から吹き出す黒い霧の様な物を吸い取った龍洞は、用済みとばかりに近くに置かれた箱に投げ入れる。中には同じ様な形の籠手や蜥蜴の頭を模した奇妙な形の物、何れも此れも不思議な力を放っているが、当の本人は特に興味が無さそうにしていた。

 

『……勿体無いな。かなりの大金を注ぎ込んだだろうに。全て親方様に献上するのか?』

 

「ええ、私には不要なものです。私には皆から教わった剣と術、それに大大爺(おおおおじじ)様のお力添えが有りますしね」

 

 琴湖は箱に視線を送るも、聞かされた言葉に納得したのか床を爪で引っ掻く様にして梵字を描き、梵字に込められ力で箱を中身ごと転移させた。

 

「旦那様ぁ〜。お茶が入りました。お好きな塩大福も御座いますよ〜」

 

『吾輩の分の菓子はあるか?』

 

「ええ、琴湖さんがお好きな芋羊羹もご用意しております」

 

 用事が終わった頃を見計らい、急須と湯呑とお茶請けをお盆に乗せて入って来た清姫はイソイソとお茶の準備をし出す。舌が焼けるように熱いお茶をグビグビと飲み干し、大福に齧り付く龍洞の隣に座った彼女はお茶を啜りながら彼の方に頭を預けた。

 

「旦那様。(わたくし)、今とても幸せです。貴方を好きになって本当に良かった」

 

「ええ、私も幸せですよ」

 

 清姫の肩にソっと手が回され、優しく引き寄せられる。無言で互いに顔を近づけ軽く唇を合わせ、直ぐに恥ずかしそうに離れると真っ赤にした顔を同時に逸らす。

 

(此奴ら、何度も交尾しておいて何を今更……む?)

 

 半目で呆れた様な視線を送っていた琴湖は其の儘目を閉じ、耳をピクリと動かして片目を門の方角へと向ける。門の方から人の、正確には悪魔の気配を感じたのだ。其れが誰の気配かも、彼には見当が付いていた。

 

『……おい、来客だ。昨日の無礼な侵入者だが……跡形もなく食い殺してやっても良いぞ?』

 

「いえ、この町の管理者が無能だからこそ仕事が遣り易い。彼女には生きていて頂きましょう」

 

 やや鬱陶しそうにしながらも立ち上がり入り口へと向かう龍洞。その姿を少しだけ不機嫌そうに見る清姫に対し、琴湖は大アクビをしていた。

 

『……嫉妬か?』

 

「いえ、あの方に好意など欠片も向けてらっしゃらないのは分かるのですが、旦那様の時間を無駄に使わせるのはムカムカします。……いっそ、町ごと焼き尽くしたい程に」

 

『あまり殺しすぎると狐が煩い。高天原の連中もな』

 

 悔しそうに握り拳を震わせるも、それ以上の行動に出そうにない様子を見た琴湖は再び目を閉じ、今度こそ深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ。婚約が早まったのが気に入らないから、婚約解消の為にゲームをする事になったから、助っ人として雇いたい、ですか……」

 

「ええ、そうよ。今日の放課後、説明するはずだたんだけど、どうやらメモは見ていないようね」

 

「いえ、見ましたよ? 見た上で興味がなかったので向かわなかっただけです」

 

 来客はリアスと其の眷属三人。敷地内に入れるのも嫌なのか、態々門の前まで出向いた龍洞に対し、リアスは婚約者であるライザー・フェニックスとの婚約をかけての勝負の助っ人を依頼してきた。

 

 話によると準備期間として十日与えられ、更には余りにも戦力差が有るからと助っ人の参戦まで許可してきたというのだ。

 

(……非公式のゲームとは言え、随分と大盤振る舞いな。まぁ『不死』の特性を持つフェニックス相手ですから、徹底的に研究して運頼りのハメ戦略が上手く行っても……、っていう感じでしょうか?)

 

 龍洞にリアスへの関心があれば呆れや侮蔑を感じていただろう。公爵家の次期当主として何不自由無い生活を送り、様々な特権や金を好きに使ってきた彼女が、義務である婚約を拒否するというのだから。だが、全く興味のない相手を蔑視するほど龍洞は暇ではない。

 

「……前金で一億。勝利した場合に更に一億五千万。撃破した駒の価値一個に付き二百万円。更に諸経費を頂けるならお受けします。……弱みに付け込んでいるのでボッタクリですが、相手の弱みに付け込んで自分に有利な契約を行うのは悪魔の常套手段ですし、他に頼れる相手も居ないでしょう?」

 

 この婚約は公爵家と伯爵家、其れらに関係する家の他にもリアスの兄である魔王も関わっている。この時点で悪魔を雇うのは難しく、それなりに力のある上で悪魔以外の雇える人物といえば龍洞しか居なかった。

 

「……くっ。分かったわ。払うからお願い力を貸して」

 

「契約成立。此方も両家に睨まれる危険を冒している事をご理解下されば幸いです。……ああ、十日間の準備期間ですが、私も参加させるなら別途料金を頂きますよ。一日辺り百五十万で手を打ちましょう」

 

 リアスは蔑視するでも同情するでもなく、絞れるだけ絞れる鴨。そのお金も元を正せば公爵家の物で、修行に使う土地も宿泊場所も公爵家の物だが、龍洞はお金さえ貰えれば別に構わない。

 

 

(……清姫の嫉妬が大変ですね。夜中は帰らせて頂きましょう)

 

 こうしてリアスの将来をかけたレーティングゲームに、彼女の事など全くどうでも良い龍洞が出場する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

『アレを使うのか?』

 

「いえ、使う程の事では有りませんから」

 

 琴湖は居間に飾っている柄も鞘も鍔も刀身も、埋め込まれている宝玉以外全て赤い刀に目を向けるも、龍洞は笑いながら首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、荷物を置いたら早速修行開始よ!」

 

 翌日、グレモリー家所有の山にある別荘にやって来た一行は直ぐに修行を開始した。此処までの山道は体力のない悪魔には厳しい位だが誰の顔にも疲れた様子はない。リアスを口車に乗せて夜中は帰れる様に交渉した龍洞の荷物は最低限で、適当に放り込むと集合場所に真っ先に付いた。

 

 

「じゃあ、早速だけど仙酔君がどれだけやれるか見せて貰うわ。小猫と戦ってみて」

 

「……宜しくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げた小猫は、開始の合図と共に小柄な体格にあった素早さと、『戦車(ルーク)』の特性である尋常成らざる怪力で殴りかかる。その拳は真っ直ぐに微動だにしなかった彼の腹部に命中し、即座に顔を顰めさせた。

 

「……どうして効いていなんですか?」

 

「私が強く、貴女が弱いからです。やはり駒の特性が有るとは言え、小柄な貴女では()()()()()を持つ戦士には届きません。……今更ですが騎士(ナイト)の方が良かったのでは?」

 

 砂鉄がギッシリ詰まったサンドバックを殴ったかのような感覚に、眉一つ動かさない顔。小猫が眷属になって四年と少し程度だが、その間に受けた特訓は彼女にそれなりの自信を付けさせていた。だが、今それを否定された。自慢の拳が効いていないという事実を突きつけられながら。

 

「……あ〜、次は私が行っても? 全力は出しませんが、本気で行きますよ?」

 

「……耐えてみせま……っ!」

 

 プライドを傷付けられた小猫は既に彼我の実力差を感じ取っていながらもプライドで其れから目を背け、自分も同じように正面から受けて平気な顔をしてやろうと考えるも―――次の瞬間には顔を青ざめる。目の前の男が使っているのは、彼女が心の底から怖がる物であった。

 

「仙…術……」

 

 周囲の気を取り込み自分の力にする仙術。それも、あえて邪気を取り込んでいる。小猫にとってトラウマを深く抉る其れを見て足が竦み、過去の恐怖がフラッシュバックした。自分を囲み、殺せと口々に叫ぶ悪魔達。やがて意識が遠くなり、その場に崩れ落ちた。次に目を覚ましたのは夕暮れ時、帰る前にミーティングに参加していた龍洞が口を開いた時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、実はライザーさんと結婚したいし、させたいのでは? 少なくても先輩達二人からそう感じましたよ」

 

 其の言葉には偽りが感じられず、心の底から思っている事が伺えた……。 幼い頃の龍洞の遊びといえば体を動かす事が多かった。燃え盛る木を登ったり、荒れ狂う濁流を泳いだり、遊び相手になってくれる鬼は多く、退屈した事はなかった。

 

「な…泣くでない! 貴様は男だろう! 此の儘では吾が怒られる!」

 

 怪我は子供の勲章だ、等と言う言葉はあれど、やはり怪我をすれば痛いし幼い子供なら泣いてしまう。この日、一番遊ぶ事が多い茨木童子という鬼と木登りをしていたのだが、頂上付近で足を滑らせて直ぐ下にある岩に頭をぶつけてしまったのだ。

 

 幸い怪我は大した事はないが飛行術を未だ覚えていない龍洞では落下の恐怖と頭の痛みに耐えきれず泣き出し、茨木童子は直ぐ傍でオロオロするばかり。暴れ方なら得意中の得意な彼女も、泣いた子供のあやし方は不得意でどうして良いか分からない。

 

「あらあら、どうしたん?」

 

「ひぇっ!」

 

 そんな時、背後から突然聞こえてきた声に茨木童子はビクッと身を竦ませ、どうか勘違いであって欲しいと尊敬する鬼に願いつつ、ぎこちない動きで振り返る。背後に居たのは居て欲しくなかった尊敬する鬼だった。

 

「吾が泣かしたのではないぞ! 木から落ちただけだ!!」

 

 苛めたと疑っていると思わせるジト目を向けられ冷や汗を流しながら必死に弁解する茨木童子。少しでも距離を取ろうと後退りし、来るなとばかりに両手を前に突き出す。

 

「怪しいなぁ。ウチはなーんにも言うとらはんのに」

 

 目がスっと細められ、墓穴を掘って疑いを深めたと察した茨木童子の顔から血の気が引く。目が笑っていないまま笑って近づいてくる相手に恐怖して足が竦んで動かなくなったその時、思わぬ所から助けが入った。

 

「違うよ、大婆様。木の上から落ちたの」

 

 茨木童子に近付く彼女の袖を掴んで足止めする。泣き腫らした目を片手で擦りつつも空いた手で掴んだ袖をしっかりと掴んで離さない彼の頭にそっと手が置かれた。

 

「だからウチはなーんにも言うてないよ? 臆病モンの阿呆が勝手に怯えとっただけやさかい。……ほら、頭見せてみ? 痛いの痛いの飛んで行け〜」

 

 龍洞の頭に小槌を近付け、あやす様な声と共に軽く振るうと怪我が瞬く間に治って痛みも消える。泣いて赤くなった目も元に戻っていた。

 

「有難う、大婆様!」

 

「別にええよ。ウチと龍洞ちゃんの仲やないの。ほな、オヤツでも食べに行こか。今日は塩大福や。狐ん所の下っ端が態々買いに行ったのを奪おて来たんよ」

 

 お礼を言ってくる彼と手を繋ぐ時の顔からは愛情が感じられ、とても気紛れで彼の家族を皆殺しにした犯人とは思えない。嬉しそうに握る手に力を込める龍洞も家族を殺した犯人に対する態度とは思えなかった。

 

 

 

「でも、あの程度で泣くんは少ぉし情けないし、明日から特訓やな。ウチが金棒で頭をゴツンと殴るさかい、我慢せなあかんで?」

 

 残酷な事を言い渡す際の顔。間違いなく其の顔にも愛情は込められていた……。

 

 

 

 

 

「あの、力はこの程度で宜しいでしょうか、旦那様?」

 

「ええ、その調子でお願いします」

 

 縁側に座る清姫は少々不安そうにしながら手を動かし、寝転がった龍洞は不安を打ち払うかのように微笑む。其れだけで彼女の顔から不安は消え去り、先程と同様にゆっくりと動いた。

 

「ん……」

 

 先端が壁を掻く様に擦りつけられると自然と声が漏れ、余程気持良いのか顔が緩む。清姫は其れが嬉しいのか奉仕を続けていた。

 

 

 

「耳掃除終わりましたよ、旦那様」

 

「そうですか。でも、もう少しこのまま……」

 

「もぅ……」

 

 スベスベの太股を手の平で撫でて感触を楽しむ。触られる方も恥ずかしそうにするも、直ぐに気持ち良さそうに声を漏らし始めた。愛し合う二人の時間。其れはゆっくりと過ぎて行く。其の愛の深さに反して二人が触れ合える時間はあまりに短く、僅かな浪費も二人は拒む。

 

 

『……おい。悪魔共の様子はどうだ? 勝てなくとも良いが、あまりに無様に負けられればお前の評判にも傷が付くぞ』

 

 しかし、琴湖は容赦なく二人の時間に割って入り、二人は其れに不平不満を唱えない。只のお目付け役、其の筈なのに関わらずだ。それどころか龍洞は太股を撫でる手を止めて身を起こす程。少なくても敬意を払っていない相手には行わない動作だ。

 

「勝つ気が感じられません。仙術にトラウマがあるのか、邪気のみを吸収したのを見ただけで気絶した戦車や、普通に修行している剣士、この二人はギリギリ良しとしても、使いたくないという理由で有効な力を使わない眷属に、相手の事を少しも調べていない王。……恐らく心の奥ではライザーに惚れていますね。プライドと恋愛への憧れで認めたくないだけでしょう」

 

 ライザー・フェニックスは既に公式戦デビューしており、娯楽が少ない悪魔社会では貴族平民を問わずレーティングゲームは大人気だ。ならばゲームの映像や評論家の評価記事、ファンのブログ等、得意とする戦術や能力や武器等の資料は簡単に手に入る筈。だが、リアスはゲームの戦術に関する資料は集めたが、ライザーに関する情報は彼の一族の特性と女王の異名程度しか持っていなかった。

 

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。相手について調べるのは戦いの基本であり、十日間はただ能力を伸ばすには余りに短い。経験や人数に差がある以上、相手に有効な戦術を練り、それを行う為の特訓に費やすべきだ。

 

 其れをしていなかったからこそ、龍洞は彼女達に勝つ気がないと判断したのだ。

 

『番いなど能力で選ぶべきだろう。不死は良い遺伝子なのではないか?』

 

 恋愛など理解出来ないように呟く琴湖。彼からすれば男女間の愛など発情に過ぎず、意味が分からないのだろう。恋に生きえる二人は其の意見に苦笑するも否定はしない。

 

『だがまぁ、持っていたかもしれない権利を欲するのは分からんでもないがな』

 

 リアスは公爵家の次期当主だが、彼女の次の当主は其の子供ではない。魔王である兄の息子、ミリキャスだ。年の差十歳程と長命種の悪魔からすれば僅かであり、それならミリキャスが次期当主でリアスは他の家に嫁入りする筈だっただろう。其れならば次期当主として婿を取る今よりは自由が効き、社交界等で相手を探せたかもしれない。

 

 だがミリキャスは魔王である父の才能を受け継ぎ、次期魔王候補として既に彼を支持する派閥まで存在する。故に彼が魔王になった場合に当主をする為にリアスは家に残るしかなく、公爵家当主の婿となると選択の幅が狭まるし、家や派閥の兼ね合いも出てくる。

 

 其の結果、リアスの意思とは関係なしに結婚相手が選ばれた。

 

 

「まぁ私には彼女の幸せなど関係有りませんが、私と清姫が更に幸せになる為にはお金が必要ですから稼がせて頂きましょう」

 

「ええ、そうですね。……旦那様。私は貴方様の声も腕も足も肌も皮膚も血液も筋肉も内蔵も贅肉も顔も爪も毛も目も心も考え方も前世も強さも弱さも正直さも、全部好きです」

 

「当然です。私は貴女の全てを愛し、貴女は私の全てを愛する。この世の終わりまで、其れは変わりませんし、変わってはなりません。……あの約束は覚えていますね?」

 

「ええ、勿論。相手を他の誰にも何にも奪わせはしない。私が死ぬ時は貴方の手で、貴方が死ぬのも私の手で」

 

 清姫は甘えるように寄り掛かり、其の儘抱きしめられて逆に体重を掛けられる。琴湖が呆れながら離れた後、暫く水音が部屋から響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故邪気を吸収しても暴走しないのか、ですか?」

 

「……はい」

 

 仙術は周囲の気を吸収して力に変えるのだが、其の際に邪気を吸い込み過ぎると暴走状態に陥って心が邪念に支配されてしまう。だが、小猫は確かに龍洞が()()()()を吸収したのを見たし、目の前の彼は暴走していない。

 

 彼女にとって仙術はトラウマだが、暴走しない方法があるのなら、そんな思いが彼女を動かした。昨日、龍洞が帰った後のリアス達の落ち込み様を見て何か思う所があったのかもしれない。

 

 だから無理するなと言って会得に反対するかもしれない仲間に隠れて相談してきた。

 

「それはまぁ、そういう特訓をしたからですよ。邪気は例えるならばニトロの様な物。扱いは難しいですが、扱いきれば強力な武器になります。……貴女、先輩に恩があるのでしょう? 無様に負けられたら私の評判まで傷が付きますし、お教えしましょうか? かなりスパルタですけど」

 

「はい……グッ!? ウァァ? ウァァァァァァァァァァァッ!!?」

 

 返事をした次の瞬間、小猫の足が地から離れる。腹部に龍洞の掌底が叩き込まれ、体内に無理やり邪気を流し込まれた。

 

 

 

 

 

 

「毒を取り込んで抗体を作るのと同じです。先ずは体を邪気に慣らしましょう。大丈夫。危なくなったら限界量まで気を叩き込んで邪気を押し出しますから」

 

 頭を抱えて絶叫する中、龍洞は相変わらずの人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

 

「其れと邪魔が入らないように結界を張って偽物を向かわせていますからご安心を。……もう限界ですか?」

 

 耐え難い苦痛と恐怖によって小猫は顔を涙と鼻水と唾液でグチャグチャに汚し、其れを見た龍洞は転がり回っている小猫に近付き、面倒臭そうに脇腹に蹴りを叩き込む。怪我をしない程度の力加減で蹴り飛ばされた小猫は木にぶつかって漸く止まり、痛みが全く無いのに戸惑いながら立ち上がった。

 

「……何か、しましたか?」

 

「邪気を追い出す序でに気で自己治癒能力を増幅させました。つまり、この方法なら無茶しても死ににくいという訳です。後は心が死ぬかどうかですが、其れは貴女の責任ですから。では、次行きましょう」

 

「えっ? ま…待って……」

 

「いえ、待ちません」

 

 再び腹部に衝撃が走ると共に体内に邪気が流し込まれるのを小猫は感じ、再び限界になると先程の様に無理やり回復されて、の繰り返し。小猫の心は折れかけるも、今度は折れた心を何かしらの術で無理やり直されて邪気を流し込まれた。

 

 

 

 

 

「……さて、こっちは彼女次第ですが……あっちはどうでしょうか?」

 

 勝つ気が感じられない、とは言ったものの、其の理由は伝えていないのを思い出し、其れでも其の程度に気付かないならば同じだと伝えるのを止める龍洞。

 

 

 

 そして、十日の準備期間は過ぎ、ゲームの日がやって来た……。



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狂人達の恋の唄 ③

 龍洞が仕事に出掛けた後、清姫は明日の朝食とお弁当の支度を始め、この時間には何時も眠っている琴湖は珍しく門の外に出ていた。体で門を押し開け、少し進んだ所に立っている白髪の少年剣士、計六本の剣を持つ彼を見る瞳には剣呑な物が宿っているが、気付いている筈の彼は余裕綽々といった表情だ。

 

「怖い怖い。凶暴なワンちゃんだ。躾が必要かな?」

 

 肩を竦める余裕の態度からは圧倒的な自信と相手への卑下が読み取れ、彼自身から感じる強者のオーラからも強ち慢心とは言えないだろう。

 

「僕の名はジークフリート。かの英雄シグルドの末裔さ。今日は君のご主人様に用が・・・・・・・」

 

『シグルド? ああ、聞いた事があるな』

 

 得意げに話していた所を遮られた事で一瞬不快そうな顔になったジークフリートだが、知っているという言葉に直ぐに得意そうな顔に戻る。この後聞こえて来るであろう自慢の先祖への賞賛を心待ちにし、犬でも知っている自分の先祖はやはり素晴らしいと心が躍る。

 

『番いになる事を賭け勝負の不正に手を貸し、その事が妻の口からバレて殺された恥知らずの間抜けだろう。その様なクズの末裔が我輩を見下すな、虫酸が走る。今直ぐ自害せぬか、下郎』

 

 

「なっ……」

 

 だが、聞こえてきたのは賛美ではなく侮蔑の言葉。先祖を誇りに思い、英雄の名を名乗る彼にとって其の言葉は許せる筈がなく、ましてや相手は犬の化物、自分達に討ち滅ぼされる為に存在すると見下している相手だ。

 

「死ね!!」

 

 其の太刀筋は怒りに身を任せた衝動的な物ながら、長年の死に物狂いの特訓によって身に付けた見事な剣筋であり、流れる血と特訓によって裏付けられた自信は目の前の犬を一刀両断するには十分……少なくても本人はそう思っていた。

 

 皮膚を切り裂き肉を抉り骨を断ち切る感触は感じない。其の事自体には驚かない。彼の持つ剣は殆どが魔剣と呼ばれる物の中でも名品揃いであり、何かを切り裂く感触など久しく味わっていない程に刃が鋭いからだ。

 

 だから驚いたのは別の事。振り下ろした刃は地面のみを切り裂いて直線上にあった木々が余波で吹き飛ぶ。その光景を見ているジークフリートの視界に今まで見た事のない、見るはずのない物が映っていた。

 

 

 

『塵芥が。貴様程度が我輩の牙に掛かる事を誇りに思え』

 

 ジークフリートは首を食い千切られ胴体と分離した頭で自らの背中を見ながら其の言葉を聞き、意識を手放す。琴湖は首を地面に転がすと前足を振り下ろして踏み砕いた。脳漿や血液がぶちまけられ目玉が転がって行く中、琴湖は興味を失ったかの様に大アクビをしながら屋敷へと戻り、翌日見付かれば大騒ぎになるはずの亡骸には無数の虫が群がり、瞬く間に血の一滴も残らず食い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。我が儘姫にも苦労させられますな。元はと言えば自分のミスでしょうに。縄張りで堕天使に好きにさせて、挙句の果てに契約相手を殺されて眷属が襲われたのだから、お父上達が心配して結婚が早まるのは当然でしょうに」

 

「よりにもよって、助っ人に仙酔一族を選ぶとは……」

 

 リアス・グレモリー対ライザー・フェニックスのレーティングゲーム当日、両家に関係する貴族が招かれているだけあって観覧室の造りは豪華であり、一般庶民では一生口に出来ないであろう高価な食材を一流のシェフが使って作った料理や様々な種類の酒が用意され、給仕の者達が優雅さを保ちながら動き回っている

 

 そんな中、魔王でありリアスの兄であるサーゼクスの耳にフェニックス家と親交のある貴族達の会話が入って来た。聞こえないと思っているのか、其れ共ワザと聞こえる様に話しているのか、其のどちらかは分からないが、リアスを批判しているのは確かだ。

 

(……仙酔一族か。リアスには裏の汚い話をあまり聞かせていないのがアダとなったな)

 

 其の一族の名前は悪魔などを始めとした裏の世界でも有名だ。金次第で傭兵や護衛、ターゲットの討伐等を引き受ける一族で、詳細が不明な事や敵に対して余りにも容赦がない事で多くの勢力に雇われながらも警戒されている。特に五大宗家の真羅と確執があるらしく、何度も抗争が繰り広げられているらしい。

 

 その他にも黒い噂が絶えず、強い者を自陣に引き入れたがる貴族達でさえ深く関わる事を忌避しているのだ。其れはある日を境に全く動きがなくなっても、数年前から復活するも彼以外の一族の影すら見えなくても変らない。

 

 

「……サーゼクス様。仙酔様のご関係者がいらっしゃいました」

 

 サーゼクスの眷属であり妻であるグレイフィアの言葉が聞こえたのか周囲の貴族達がざわめき、其の視線が入り口に立つ小柄な人影に集まる。突如、小さな悲鳴が聞こえ、其の人影が竦み上がった。

 

「ひっ!? な…なんですかぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 ゲーム開始前、オカルト研究部の部室に集まったリアスは目の前の光景に絶句していた。羽織袴に二本差しという侍の様な恰好で、十中八九愛妻弁当だと思われるハート尽くしの弁当、それも三段重ねの大きい重箱を平らげていく龍洞。入っているのは日本ではあまり見ないルーマニア料理だ。

 

「貴方、そんなに食べて動けるの?」

 

「これで腹八分目ですから。軽い夜食ですよ、夜食。愛しい妻が作って下さったのですよ」

 

 その量は大食いの小猫でさえ軽いと言える量ではなく、其の小猫は何故か彼から距離を取っている。訳を聞いても誤魔化され、リアスの中でモヤモヤとした感情が溜まる一方。その空気に気付いたのか、祐斗が急に話題を変えにかかった。

 

「そ…そう言えば君って妻って言ってるけれど、まだ高校生だよね?」

 

「彼女は人間ではなく邪龍擬きですから法的に籍は入れられませんが、婚礼は上げてます。だから私達は夫婦ですよ」

 

「そ…そうなんだ」

 

「ええ、実に素晴らしい女性でして……」

 

 顔がパァッっと明るくなり、嬉しそうに結婚相手の事を話し出す龍洞。恋バナ好きの年頃であるリアス達も彼のノロケは重いのかゲンナリしており、早くゲームの時間が来てくれと心の底から願う。たった数分が数十分に感じる苦痛な時間が過ぎて行き、漸く其の時間がやって来た。

 

 

 

『時間が来ました。ゲームフィールドに転移致しますので魔法陣にお乗り下さい』

 

「おや、まだ語り足りませんが……早く終わらせて帰りたいので良しとしましょう」

 

 今回の審判であるグレイフィアのアナウンスが響き、リアス達はゲッソリした表情で魔法陣の上に乗る。戦いの前から精神的に疲弊してしまった一行であるが、其の原因である龍洞に気にした様子はなく、転移した一行は部室内と同じ作りの部屋に転移した。

 

 今回のフィールドはリアス達が通う駒王学園を模したもので、リアス達の本拠地は部室でライザー達は新校舎の生徒会室だ。

 

「では、私も準備して来ます」

 

 祐斗達が罠を貼りに行く中、龍洞も一人別行動に出る。向かったのは外にある排水溝の近く。懐から取り出した瓶の中に入った黒く濁った水、悪泥水を排水口に流し込み、最後にブツブツと何やら呪文を唱えると流れながら姿を変えて行った。

 

「細工は隆々、後は仕掛けを御覧じろ、ですね」

 

 場所を変えて繰り返す事数度、そろそろ準備時間も終わりゲームが始まる頃だと旧校舎に戻る龍洞。彼が戻って直ぐに祐斗達も戻り、開始を告げるアナウンスが流れた。

 

 

「さあ! 行くわよ、私の眷属達! ……と仙酔君! 私達の力、見せてあげましょう!!」

 

「別にこんな空気で『私は眷属ではありませんよ』、などと言いませんよ? 眷属には絶対になりませんけど」

 

 

 

 

 

 

 旧校舎を出た龍洞は途中で小猫と祐斗のコンビと別れ(この時、小猫はホッとしていた)、一人で新校舎を目指す。その道中、エンジンの様な駆動音が聞こえて来た。

 

「居た居た! 人間がたった一人だよ!」

 

「バラバラです〜」

 

「油断は駄目です」

 

 立ち塞がったのは三人の少女。何故か体操服にブルマのチェーンソー姉妹のイルとネル、そして眷属では一番無熟のミラ、資料によると三人とも兵士(ポーン)を一個消費している。リアスも誰が何の駒、程度の資料は集めていたが、龍洞はゲームの映像から戦い方を把握していた。

 

 弱さからか慎重さを身に付けているミラが様子見をしようとする中、その様な事知った事かとばかりに姉妹が迫る。駆動するチェーンソーの刃を地面に引き摺りながら左右から迫る二人に対し、龍洞は刀を真上に構えて地面を蹴った。

 

 其の動きは三人には瞬間移動にでも見えただろう。まるで最初から其処に居たかの様にイルの前に現れた龍洞は刀を振り下ろし、彼が現れた時に偶然振り上げる様にしていた為にチェーンソーで防げる格好になっていた彼女は衝撃に身構える。だが、確かに振り下ろしたにも関わらず手には全く衝撃が襲って来ず、一瞬放心していたネルとミラは背後から襲い掛かる。

 

「……え?」

 

 横薙ぎに振るわれる棍が空気を切る音と、飛び上がって頭から振り下ろそうとしたチェーンソーの駆動音に混じって金属が石にぶつかる音が聞こえイルは足元を見る。自分の手の中のチェーンソーは刃が半ばから綺麗に切断されて地面に落ちており、肩口から脇腹に掛けて赤い線が入る。切られた、と、そう気付いた彼女の体から鮮血が吹き出した。

 

 本来なら正面に居て真っ先に血を浴びる筈の龍洞は身を翻して血を躱し、噴水の様に吹き出した血は味方である二人の視界を邪魔する。棍の動きが一瞬乱れ、其の儘掴まれて引っ張られた事で手放すのが遅れたミラは前に蹈鞴を踏み、後頭部を掴まれる。

 

 一方のネルは視界を塞がれながらも落下の勢いを込めながらチェーンソーを振り下ろし、手に肉を断ち切る感触が伝わって来た。ただし、其の肉は龍洞によってチェーンソーに叩き付けられたミラの肉であるが。

 

「うわぁぁぁぁぁあああっ!?」

 

 目の前で自分の武器が仲間の肉を切り裂いて骨まで達する。流石は丈夫な悪魔の頭蓋骨といった所か刃は途中で止まり、龍洞は其の儘ミラの頭から手を離すと腰を捻り、背中目掛けて拳を振り抜いた。正面に居たネルを巻き込んで背後の壁に激突し、衝撃で抜けて再び動き出したチェーンソーの刃は跳ね返ってネルに襲い掛かる。咄嗟に顔を動かして顔面に直撃するのは免れたが肩を深く切り裂かれてしまう。

 

 そして、その腹をミラの腹から生えた刀が貫いた。昆虫標本の様に縫い付けられた二人に対し、刀を投げた龍洞はユックリと近付いて行き、刃が横を向いていた刀を容赦なく振るう。腹の半分を切り裂かれた二人は血を噴き出しながら消えていった。

 

『ライザー・フェニックス様の兵士(ポーン)三名リタイア』

 

「さて、次行きましょう」

 

 刀を振るって付着した血を払った龍洞は三人を倒した事に何かしらの感慨も感じた様子もなく、ふと立ち止まって遠目に見える体育館を見る。次の瞬間、落雷によって体育館は崩壊した。

 

『ライザー・フェニックス様の戦車(ルーク)一名 兵士(ポーン)三名リタイア』

 

「計八個分……少し惜しいですね」

 

 駒一個分ごとに報酬を約束されている身からすれば何かしら思う事があるらしく立ち止ったまま呟くも直ぐに歩を進める。体育館の上空では雷鳴と爆発音が響くも気にせず、其の儘一足先に新校舎に辿り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様が助っ人か! たった一人で来るとは良い度胸だな、人間っ! 見た所貴様も剣士。ならばこのカーラマインと一騎打ちだ!」

 

 現れたのは騎士(ナイト)の剣士。ゲームでは戦略よりも決闘を好む気性の荒い性格と評価されていた。

 

「いえ、手っ取り早いので其処にいらっしゃる方もどうぞ」

 

「……気付いてたか」

 

 出て来たのは仮面の戦車(ルーク)、名をイザベラ。格闘戦を得意とする事がゲームの映像から見て取れた。

 

「二人同時だが……良いのかい?」

 

「いえ、違います。離れた場所から見ていらっしゃる他の方々もどうぞ。一度に叩き潰した方が早いですし、お願いします」

 

「「……あっ?」」

 

 其の言葉は明らかな挑発であるにも関わらず、二人の耳にはさも当然の様に言われている様に聞こえ、事実そうだった。目の前の男は本気で言っている、それを悟った二人の頭に血が上った時、クスクスという笑い声が聞こえて来た。

 

 

「あらあら、良いじゃありませんの。ご本人が良いと言っているのですから、貴女方全員で潰しておあげなさい。初めまして、人間さん……えっと」

 

「これは初めまして、レイヴェル・フェニックス様。私は仙酔龍洞と申します。請負人をやっておりますので、今後何か有りましたらご依頼下さい」

 

 名を当てられた事に驚くレイヴェルだが、戦う気がないから活躍していないとは言え公式のゲームには出ているし、貴族の令嬢だから社交界にも出ている。これは彼女が特殊なのではなく、貴族の子供達なら当たり前の事だ。貴族の学校は物を教わるだけでなく、将来の為の関係作りの場でもあるのだから。故に婚約者の妹の顔をリアスが知らないはずがなし、味方にも教えているだろうと、そう判断した彼女は数歩後ろに下がると其の場に座り込んだ。

 

「せめての慈悲で訊いて差し上げますわ。本当に一人で私達をお相手する気でして?」

 

 レイヴェルの自身にも無理はない。此処に居るのは既に公式のゲームで経験を積んだ眷属で、騎士と(ナイト)僧侶(ビショップ)が一人ずつ、兵士(ポーン)と戦車《ルーク》が二人ずつ。数の利というものは確かであり、連携が取れない烏合の衆でもない。故に勝利を確信しても相手を舐めている事にはならない。

 

「退屈ですし、色々とお仕事をしているのなら戦わないでお話を聞かせて頂けません?」

 

「これもお仕事ですし、今回は舎弟が見に来てるのですよ。……それに、勝負はもう付いています」

 

ニコニコと笑いながら両腕を高く掲げ、地面に掌を勢いよく叩き付ける。ゲームフィールドでは特殊な設定でもない限りおきる筈のない地震。其の一撃が引き金となったかのように其の地震が発生し、少し離れた場所に居たレイヴェル以外の足元が罅割れて黒く濁った泥水が湧き出る。クモの巣状に広がった罅から湧き出る水の勢いは瞬く間に増し、一行が動く前に巨大な水の竜巻と化した。

 

「こんな物っ!」

 

 イザベラは力尽くで抜け出そうと濁流の中を泳ぎ手を伸ばす。水を突き破すはずの指先は硬い物に触れたかの様に弾かれ、更に勢いを増した水流に飲み込まれて行った。続いて異変が起きる。中に居る全員の肌が酷く爛れ、水中に居るにも関わらず燃え盛り始めたのだ。

 

鬼術(きじゅつ)悪泥水苦重楼(おでいすいくじゅうろう)!」

 

 水の正体は”悪泥水”。大叫喚地獄の吼々処、揉め事を引き起こし恩を仇で返した者が落とされる地獄で亡者の呵責に使われる毒で、塗られたところが燃え上がり、更に其の炎の中に居る黒虫に体を貪り食われる、という物だ。

 

 パンッと柏手を一度打つ音が響き、竜巻は巨大な九階建ての楼閣へと変貌する。中に居る者達は縛り付けられたかの様に微動だにせず、やがて溺れて気を失ったのかリタイアの光に包まれて消えていった。

 

 

『ライザー・フェニックス様の兵士(ポーン)二名 騎士(ナイト)二名 戦車(ルーク)一名 僧侶(びビショップ)一名 リタイア』

 

 もう一度柏手の音が響くと水の楼閣は消え去る。目の前で行われた陰惨な光景にお嬢様育ちのレイヴェルは顔を青ざめ、このゲームを観覧している貴族達の顔色も良くない。

 

 そんな中、龍洞は新校舎の屋上を見上げていた。

 

「……何やってるんですが、今回の依頼主さんは」

 

 屋上から感じるのはライザーとリアスの気配であり、どうやら一騎打ちを行っている様子。確かに王同士の一騎打ちは盛り上がるのだが、今回は事情が違う。

 

「これは魅せる為の戦いじゃなくて、勝つ為の戦いでしょうに。……お二人共、直ぐに向かって下さい」

 

「「は…はい!」」

 

 何時の間にか辿り付き、レイヴェル同様に目の前で起きた光景に固まっていた小猫と祐斗の二人に向かうように指示すると、自分はレイヴェルの方に近付いていった。

 

「こ・・・来ないで下さいまし!」

 

 今まで戦闘に参加して来なかった生粋の貴族令嬢であるレイヴェルは恐怖から全力で炎を放つ。風と炎を司るフェニックスの炎は龍の鱗すら焦がすと言われ、並みの悪魔では骨すら焼き尽くされる。人間なら尚更だ。視界が紅蓮に染まる中、息を切らしながら炎を連射するレイヴェルは軽いパニックに陥り気付かない。

 

 何時まで立っても彼がリタイアした事を告げるアナウンスが流れない事に。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖は更に増大する。紅蓮に燃えさかる炎の中、全く構うことなく近付いて来る人影が見えたのだ。無論正体は龍洞で、肌どころか服にすら焦げ跡一つ無い。

 

「随分と温い炎だ。私が毎日のように炙られた業炎はこの程度では有りませんでしたよ」

 

 焼き殺されかけたにも関わらず表情からは怒りの欠片すら感じられず、むしろ穏やかで逆に恐怖心を煽る。恐怖で足が竦んだレイヴェルの細い首にそっと手が伸ばされ、万力のような力で絞め始められた。

 

「あぐっ・・・」

 

 宙吊りにされて足がブラブラと揺れる。気道と動脈を完全に塞がれたレイヴェルを今まで味わったことのない苦しみが襲い、必死にもがくが手の力は緩まない。爪を立てて引っかき、必死に蹴りや殴打を放つも効果はない。口の端から泡が漏れ出し、顔面は蒼白だ。徐々に抵抗する力が弱まっていき、白目をむくと同時に手足がダラリと下がる。

 

 フェニックスは確かに不死に相応しい再生能力を持つが、あくまでも欠損した部分を再生出来るだけ。外から取り入れる酸素まで作り出せる訳ではない。体を傷つけて殺せないのなら、別の殺し方をすればいい、それだけだった。精神が擦り切れるまで攻撃を続ける必要も、魔王クラスの一撃で吹き飛ばす必要もない。少なくても自動で退場させる機能があるゲームなら方法は幾らでもあるのだ。

 

 ただし、ショーという側面が強い以上は思い付いても評価を気にして誰もしないだろうが。

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の僧侶(ビショップ)一名リタイア』

 

 グレイフィアの声は淡々としているが、既に会場の貴族達は顔色を悪くした者が出始め、若い貴族令嬢などの中には気絶した者すら出始めている。

 

 そんな中、其の光景をキラキラとした瞳で見ている者が一人だけ。

 

「うわぁ! 若様、流石ですぅ!」

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 目の前で消え始めたレイヴェルの首を絞める力を弱め屋上へ向かおうとした其の時、再びアナウンスが響き渡る。

 

 

『リアス・グレモリー様の女王(クイーン)一名リタイア』

 

 リアス眷属の中で最強である朱乃のリタイアは屋上で戦っているリアス達に激震を走らせる。されど龍洞は予想が付いていたような顔だ。

 

「まぁ、あの人って防壁張れない上に紙装甲ですし、良いの喰らえば負けるでしょう」

 

 既に消え去る寸前のレイヴェルをゴミを投げ捨てるかのように背後に放り投げる。一秒も経たない内に爆音が響き渡り、ライザーの女王(クイーン)であるユーベルーナが驚愕で固まっていた。自分に気付いていない様子の敵に不意打ちのを仕掛けた瞬間、放った爆発の魔力の前に主の妹が投げ出されたのだ。

 

 今度こそ完全に消え去るレイヴェルの体は爆発でボロボロになっており明らかな重症。其の原因となった二人には傷一つない。

 

「使える物はゴミでも使え。師となった方々から教わった事です」

 

 真顔で平然と告げられた言葉にユーベルーナは言葉を失う。次に怒りが感情を支配し、彼が居る校庭を埋め尽くす程の巨大な魔力を全力で放った。

 

「はぁ…はぁ…。これで……」

 

 後先考えずの一撃だが、ライザーなら残りを一人で倒せると信頼しているからこその全身全霊の一撃。其れは既に上級悪魔の域に達しており、彼女へのライザーの信頼に応えた物だ。

 

 校庭を埋め尽くす爆炎に校舎が震え窓ガラスが割れる。これで殺せなくても重傷を負わせていれば敵は取れた、ユーベルーナの顔に疲労と安堵が浮かび、それは紛れもなく油断だった。

 

 多くのゲームを経験した彼女なら分かっているはずだった。リタイアの光に包まれても最後の足掻きに攻撃する者は居る。完全に消え去るのを確認するまで気を緩めるべきではないと。

 

「さて、早くライザー様の所に……」

 

 予想外の苦戦と陰惨な光景で油断しきった彼女は校庭から視線を外して屋上へと向かう。故に気付けなかった。まるで土竜の様に地中に潜り、イルカが水中から飛び出すかのように自分へと迫る龍洞にこの時の彼女は気付けなかった。

 

 漸く気付いたのは自分に掛かる影が見えたから。バッと振り向いた時、脳天から唐竹割りに切り裂かれた。

 

「あっ……」

 

「失礼」

 

 血が勢いよく吹き出し、意識が途絶える。そのまま落下しながら消えていく彼女の顔を踏み台にした龍洞は屋上へと跳ぶ。数秒後、消えきる前に校庭に墜落したユーベルーナの四肢は踏み付けられた勢いと合わさって折れ曲がり、彼女が放った魔力で出来たクレーターは彼女自身の血で血の池の様になっていた。

 

 

『ライザー・フェニックス様の女王(クイーン)一名リタイア』

 

 

 

 

 時間は少しだけ遡り、余裕からか屋上にてライザーの許可が出て三人で挑むリアス達。戦況はライザーが圧倒的有利。リアス達は所々服が破け火傷をしているが、ライザーは服すら敗れていない。

 

「ほら、ちゃんと庇えよ」

 

 ライザーの炎の翼が肥大化して一向に迫る。この中で防壁が張れるのはリアスだけ、絶対にリタイアする訳にはいかないリアスだけが防ぐ力を持っている。祐斗の創りだす魔剣では上級悪魔の炎を防ぎきれず、リアスと協力して漸く、といった所だ。

 

 では、攻める時はどうと言うと、リアスの滅びの魔力は当たっているが直ぐに再生され、祐斗は高熱を放つ炎を駒の特性が意味を成さない隙間のない広範囲攻撃で近付けない。そもそも一撃で倒せない以上、近付かずに威力のある攻撃が出来るリアスを魔剣で守る為にも彼は近付けない、近付く訳にはいかない。この戦い、今はギリギリで喰らい付いているが、祐斗が負ければ一気に崩れるからだ。

 

 では、残った小猫はどうだろうか。実は彼女こそが今回の切り札になれる存在。生命の根源に直接攻撃できる仙術は不死の特性にも有効だ。……故にライザーは彼女を集中的に狙って絶対に近付かせない。

 

「其奴の仙術は近付かなきゃ意味無いみたいだな、リアス! 一応警戒しておいて良かったぜ」

 

 上級悪魔に共通する事だが、基本的に激しい努力はしない。才児と持て囃されるライザーも其の口だが、ゲームの研究にはそれなりに力を入れている。

 

 故に今回の敵であるリアス達の事は調べたし、小猫の姉が暴走させた仙術も一応調べ、使うようなら連絡するように眷属に命じていたのだ。体育館の戦闘中の会話と其の後の不意打ちを察した事から使えると見破られた小猫は最大限に警戒され、防御力が上がった訳ではない彼女が一番怪我が多い。

 

 時折聞こえてくるライザーの眷属のリタイアを告げるアナウンスにリアス達の士気は上がり、ライザーは冷静なまま。初めから可能性に入れていたかのようで、妹であるレイヴェルのリタイアを聞いても拳を握り締めるだけだ。

 

『リアス・グレモリー様の女王(クイーン)一名リタイア』

 

「朱乃がっ!?」

 

 崩壊の切っ掛けは其のアナウンス。絶対の信頼を受ける雷の巫女のリタイアは三人の心をかき乱し、行動をワンテンポ遅らさせる。それが致命的だった。

 

「止まっている余裕はないぞ!!」

 

 放たれたのは一点に集中された炎。リアスは慌てて防壁を展開するも乱れが生じ、不完全な防壁では力を凝縮された一撃を防ぎきれない。防壁にヒビが広がって音と立てて割れる。

 

「部長っ!」

 

 祐斗が咄嗟に前に飛び出し、小猫が庇う様にリアスに飛びかかる。ライザーの炎は祐斗を吹き飛ばし、小猫の背中に直撃する。二人の体から力が抜け、リタイアの光に包まれた。

 

 

『リアス・グレモリー様の騎士(ナイト)一名 戦車(ルーク)一名リタイア』

 

「あっ……」

 

 リアスは膝から崩れ落ち、その瞳から戦意が消え去る。唇から敗北を認める言葉が出ようとした時、ライザーの激昂が飛んできた。

 

 

「何を諦めている!眷属はお前を信頼して戦たんだ。なら! 王であるお前が最後まで戦わなくてどうする!」

 

 ライザーの言葉を受けてもリアスの瞳に戦意は戻らない。其の代わり、彼が指差した方向を無意識に見た。

 

 

 

「まだお前には希望がある! 目を逸らさず希望を見ろ!!」

 

 ライザーはリアスに背を向け、最も警戒していた相手に向かい合う。

 

 

 

 

「俺はフェニックス家が三男ライザー・フェニックス! 恨み言を述べるのは眷属への侮辱だが、仇討ちだけはさせて貰うぞ!」

 

「……熱い方だ。私にはそんなに熱くなれそうにない」

 

 ライザーは炎の翼を最大限広げ、龍洞は宙に浮く札の上に降り立つ。仲間の無念を背負って吠える王に対し、龍洞は感情を対して表に出していなかった。

 

 

「そうか。なら、何なら出来る?」

 

「まぁ、精々が……貴方に勝つ事くらいですね」

 

動き出したのは同時だが、先に拳が届いたのは龍洞。ライザーの体内に邪気が流し込まれ血管に直接聖水を流し込まれたような激痛が走り意識を手放しかける。だが、ライザーは舌を噛みきり痛みで無理やり意識を留めると炎を放った。直撃した炎はすぐに霧散するも、龍洞の皮膚に火傷を付ける。

 

「思いの力、という奴ですか」

 

「ああ、当然だ。俺は王であり兄だ。……簡単にやられるかっ!!」

 

 始まったのは殴打合戦。だが技量は明らかに龍洞が上で、ライザーの拳は殆どが逸らされ躱され防がれる。それでも炎を纏い放つ事で数発を当てて行った。誰が見てもライザーの敗北は明らか。最初の邪気で不死の力が上手く働かず、炎の勢いも徐々に失われていく。

 

(ああ、不思議だ。最初の一撃だけ邪気を込めましたが、何故か後からは込めてはいけない気がしてならない)

 

(クソッ! 絶対負けるな。だが! この男には俺の全てをぶつけたくなったっ!!)

 

 龍洞の蹴りがライザーを叩き落とし、屋上を突き破って一階まで落ちていく。衝撃で校舎が割れて崩壊を始めた。

 

 リアスが飛んで避難する中、瓦礫の中からライザーが立ち上がる。血を流しながら力無く垂れ下がる左腕を庇いながら立つ彼の体は全く再生しておらず、右目は流れる血で塞がっている。対して龍洞は未だ健在。最初に受けた怪我すら既に塞がって消えかけている。

 

 

 

 

「……お前強いな。どうして其処まで強くなった? 世界一でも目指しているのかよ」

 

「いえ、そんな称号なんて興味ありません。ただ、世界一の女性が妻ですので、彼女の為に強くなりたいのですよ」

 

 ライザーは目を丸くし、直ぐに吹き出すと痛みに耐えながらも歯を見せて笑った。

 

「……ハッ! 漢じゃねぇか」

 

「少なくても女性ではないです。……舎弟は詐欺みたいな見た目ですがね」

 

 ライザーは拳に全ての魔力を集め飛び立つ。フラフラと頼りない飛び方で、その気になれば打ち落とせるだろう。今の彼なら素手のリアスでも勝てる。だが、我が儘な彼女でさえ、手を出そうか迷うも、直ぐに今の彼には手を出してはいけないと理解した。吹けば飛ぶような力ない姿だが、今の彼は魔王よりも強く見えた。

 

 勝負が着いたのはこの一瞬後。ライザーの拳は届かず、彼の顔には深々と拳か突き刺さる。瓦礫の上で気を失ったライザーはボロボロなまま消えていくが、其の顔には笑みを浮かべていた。

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の投了を確認致しました。この試合……仙酔龍洞様の勝利です』

 

 リアスではなく龍洞の勝利を告げるアナウンスだが、会場から不平不満は上がらない。誰しもが今の試合に圧倒されていたからだ。

 

 

 

 

 

「フェニックス卿。この様な形になって申し訳ない」

 

「いや、構いません。息子はこの戦いで十分過ぎる物を得たようですからな」

 

 

 

 

 

 

 次の日、龍洞の家の食卓には一人分食事が増えていた。

 魔帝剣グラム――最強の魔剣とされる龍殺しの剣であり、強い魔剣に多くある様に意思を持って主を選ぶ。

 

……のだが、今のグラムは少し妙だった。荒々しいオーラが全くなくなり、まるでスイッチを切った機械の様になんの反応も示さない。横に置かれた他の魔剣同様に、只の剣にしか見えなかった。

 

 

「……侮っていました。前は大丈夫だったから今回も大丈夫だろうと思っていたのですが……グラムの龍殺しの力は桁が違った」

 

 夜中、フカフカの上等な布団で寝ている龍洞の顔色が悪く、少々生気が薄い。先程から苦しそうに唸り、具合が悪いのは一目瞭然だ。障子一枚隔てた先にある庭からは時折虫の音が聞こえるだけで誰の気配もない。無論、足音も聞こえない。

 

「旦那様。お薬をお持ち致しました」

 

 にも関わらず障子がスっと開き、異臭を放つ湯呑を持った清姫が現れた。この部屋に入って来た時の彼女は全くと言ってほど気配がなく、まるで床を滑るかのように体を上下させず音も立てずに龍洞の真横に座った。

 

「……其の匂い、脳吸い鳥の卵と人面樹の実の汁と其他諸々の薬種を煮詰めた物ですね?」

 

 一応聞きはするものの、其れが何かは匂いで検討がついているのだろう。顔を顰めながらプイッと横に逸らす。正直言って飲みたくないのだろう。事実、この薬は薬効は高いが……非常に不味い。飢餓状態の時の差し出されても口にするのを拒絶する程に不味いのだ。

 

「駄目ですよ! 折角あの子が作ってくれたのですから、ちゃんとお飲みにならないと」

 

 清姫は其れでも飲むのを嫌がる態度の龍洞を見て溜息を吐き、湯呑を持つと自分の口の中に流し込む。そして其の儘龍洞に抱き着いたかと思うと、無理やり唇を奪い、舌で唇をこじ開けてドロドロとした酷い味の薬を流し込んだ。

 

「んっ…ちゅる…じゅる……」

 

 舌が絡む音と共に龍洞の喉から薬と二人分の唾液をコクコクと飲む音が聞こえ、やがて離れた清姫は安心したような笑顔を浮かべていた。

 

「はい、これで大丈夫! ……もぅ、我が儘は駄目ですからね?」

 

「……分かりましたよ。先程の様に貴女にあの薬を口にさせるなどあってはならない事ですしね。……酷い味でしょう?」

 

「……ええ、正直言って二度と口にしたくはありません」

 

 後から来たのか口元を押さえる彼女の目には涙が滲んでいて不味さが伺い知れる。その肩に両手が置かれ、其の儘布団の中に引き摺り込まれた。

 

「きゃあ! だ…旦那様、駄目です! まだ調子が悪いのですから」

 

「……大丈夫。貴女の口の中に残っている薬を一応飲んでおこうと思っただけですよ。……私の理性が持てば、の話ですが……」

 

 驚いた声で抗議する清姫だが、言葉を聞いた後は目を蕩けさせ、『では、旦那様、今から獣になってくださいませ』、等と言いながらされるがまま。歯茎や葉の裏、舌の至る所までを舐め回され、残った薬を全て奪い取られる。

 

 

 

「……それで、理性はお飛びになりましたか?」

 

「……」

 

 若干……かなりの期待を込めての質問に対し、龍洞は沈黙で返す。獣に言葉はない、つまりはそういう訳だ。

 

 

 

 次の日、龍洞は学校を休んだ

 

 

 

 

 

 武家屋敷を思わせる作りである龍洞の屋敷だが、その一室、客間から部屋の作りに似つかわしくないカタカタとキーボードを叩く音が響く。其の部屋に置かれているのは旧式のパソコン、しかし独自にパーツやら何かを追加して機能を大幅に向上させたものだ。

 

 機械音痴の龍洞には勿体ない其の一品を操作しているのは金髪ショートの美少女……に見える少年だ。耳の先が尖っており、何故かダンボールに入った状態でパソコンを操作していた。

 

「不具合修正完了ですぅぅぅ。……機械音痴は遺伝でしょうか?」

 

 彼が思い出すのは恩人であり義兄弟の杯を交わした龍洞に連れて行かれた場所での生活。機械音痴ばかりで、録画やら何やらを全て任されていたのを思い出し顔が引き攣る。今は解放さされているが、帰ったらウイルスに感染したパソコンの復旧やら貯めに貯めた番組をディスクに落としたりと忙しいのは目に見えていた。

 

 其の後ろから大アクビが聞こえる。背後に居たのは琴湖。この屋敷で二番目に機械に強く、三番目と二番目には隔絶した差が存在していた。

 

『……まぁ、大半が大昔に生まれた奴らだ。特にあの馬鹿む……ッ!』

 

 言葉の途中で琴湖の表情が歪み、痙攣したように体がビクリと跳ねる。其れが起こったのは一度だけだったが、それでも琴湖は大量の汗を流し、顔を苦痛に歪めながら寝転んだ。

 

『……チッ! 早く魂を見つけねばな。琴湖として振舞うのもいい加減飽きて来たぞ』

 

 心の底から嫌そうな声で呟く琴湖。その頃、離れた部屋では愛し合う二人が相手を貪るように求め合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、部長」

 

「あら、何かしら、祐斗?」

 

 オカルト研究部の部室のソファーに座りながら祐斗は困ったような顔をしていた。原因は主であるリアス。先程から、正確に言うならばライザーとのゲームが終わった後からスキンシップが激しくなったのだ。今も真横に座って胸を当てたり息を吹きかけたり、モテているし鈍感でもない彼には向けられているのが恋心だと分かっていた。

 

(……困ったなぁ)

 

 リアスは今まで彼の事を精々が弟止まりにしか思っておらず、祐斗も女性として見ていなかったのだが、ライザーとの戦いで庇われながら戦った事により、つまりは吊り橋効果で恋に落ちてしまったのだ。

 

 小猫や朱乃は助けを求めて視線を送っても助けてくれない。小猫は我関せずとばかりに顔を逸らし、朱乃は何時もの様に『あらあら、うふふ』、といった感じ。主であるリアスを無碍にも出来ず、表情同様に心は非常に困惑していた。

 

「……あっ! お客さんですよ」

 

 だから彼にはノックの音が救いの使者の足音に思えた。すぐに立ち上がりドアを開く。其処に立っていたのは最近転入して来た一年生のギャスパー・ウラディ、龍洞の舎弟を名乗る少年だった。

 

 ちなみに服装は男子制服。趣味の女装は兎も角、女子の制服は性別を偽る行為、つまり『嘘』だからと許可が出なかったそうだ。

 

「あ、あの、若様はお休みですので、僕が請求書をお持ちしましたぁぁぁ」

 

「そうなの。じゃあ、お茶でも出すから座ってちょうだい」

 

 ビクビクと怯えながら請求書を差し出す姿はまるで小動物の様。その姿にリアスはついクスリと笑ってしまう。笑われた本人は何か拙い事でもしたのかと慌て出し、更に挙動不審な態度となって少々可哀想だ。

 

 

「ハーブティーは香りや味に好みが出るし、紅茶で良かったわね?」

 

「はいぃぃぃぃぃ」

 

 紅茶を出されても怯える態度は収まらず、カップを持つ手は震えている。リアスは悪戯心を刺激されながらも、龍洞のゲームでの姿を思い出し、どの様な報復があるか分からないと押し留める。

 

「えっと、前金は既に払ってるから……」

 

 成功報酬 一億五千万

 

 眷属撃破報酬一個分につき二百万 

 

 兵士×5(一千万) 

 

 騎士×2(千二百万) 

 

 僧侶×2(千二百万) 

 

 戦車×1(一千万) 

 

 女王×1(千八百万)

 

 計 六千二百万

 

 諸経費

 

 悪泥水 一瓶五百万×8 (四千万)

 

 札   一枚一万×50 (五十万)

 

 計   四千五十万

 

 総計 二億五千二百五十万

 

 

「……」

 

 リアスの手から請求書が離れ、ヒラヒラと風に舞いながら床に落ちる。貴族のお嬢様でワガママに育てられたリアスでさえ、この出費は予想外だった。

 

「あ…あの、支払い期限まで入金が無い場合、それ相応のペナルティを受けて貰いますので、宜しくお願いしますぅぅぅ」

 

 もはや限界が来たのかギャスパーが帰ろうとした時、又してもノックの音が響いて数人の生徒が入って来た。ソーナ率いる生徒会のメンバーの一部で、今日は新人二人を紹介しに来たのだ。

 

「ヴラディ君? ……ああ、貴方は仙酔君の部下でしたね」

 

「あ…あの、部下というよりは義兄弟ですぅぅ。お館様の指示とは言え、義兄弟の杯も交わしましたぁ」

 

 ソーナはギャスパーを一瞥し、直ぐに何の用か思い当たって納得するも、ギャスパーの指摘を受けて僅かに眉を顰める。主に未成年の飲酒についてだ。

 

「……そうですか。それは失礼しました。それで、彼の義兄弟は貴方だけなのですか?」

 

 其れは只の興味本位の質問で、答えたくないのなら答えなくても良いと思いながら問うた。だから返事が帰って来た時は内心驚いた物だ。

 

 

「いえ、僕以外にも若様が舎弟として赤龍帝と……」

 

「赤龍帝っ!? 今代の赤龍帝が仲間なのですかっ!?」

 

 先の大戦時に大暴れしながら乱入し、神器に封印された後も赤と白で戦っている天龍。その片割れの名を聞かされて流石のソーナの表情も崩れる。其れに対しギャスパーは困った様な顔をしていた。

 

 

 

 

 

「あの、その呼び方は若様の前では止めて下さい。()()()って呼び方、お好きじゃないので……」

 

 意味が分からず困惑するソーナ達。其の答えを知るのは暫く後の事だった……。     身内に優しく外に厳しい者は多く居るが、龍洞にとって身内以外の相手には無関心、敵とすら見ていない。故にその時も何も思わなかった。

 

「うっ…うぅ……」

 

 長い間マトモな生活をしていないのが一目で分かる様子の少女。ドロドロに汚れたボロボロの服に血や埃で汚れきった金髪だったと思われる髪。目は絶望ですらなく、自分に対して全てを諦め切った者の目だ。其れでも器量が良いのが分かり、親切心がなくても何らかの下心を持って助けようとする者、もしくは人間ではない事を察して退治しに掛かる者などが居るだろう。

 

(さて、頼まれたお土産を買いに行きますか)

 

 だが龍洞は違う。例えば路上の石ころに泥が付いていたからといって気にする人が居るだろうか? つまりはそういう事だ。何かに利用できるかもと言う発想すら浮かばない。何一つ価値を見いだそうとしない。

 

 目の前の死に掛けの他人より仕事が終わった後のショッピングの方が明らかに大切。いや、汚れた石ころを見に行く事と身内に頼まれたお土産を買う事を比べる方がおかしい。

 

「お菓子に織物に……吸血鬼の女の子? ああ、あのエロ尼僧ですか」

 

 『飛縁魔(ひのえんま)』或いは『縁障女(えんしょうじょ)』、菩薩のような美しさで男を惑わし堕落させて破滅に導き、最後には精力や血を吸って殺す妖怪で、知り合いの其れは最近は同性の人外を集めるのを趣味にしていた。

 

 昔から苦手な身内の顔を思い出した後は溜息と共に踵を返し、倒れている少女の襟首を掴んで持ち上げる。体格からの予想以上に軽かった。

 

 

「貴女を欲しがってる人が居るので連れて帰ります。どうせ死に掛けだ。なら、その人の役に立ちなさい」

 

  こうして少女と間違われたギャスパー・ヴラディは日本へと連れて行かれた。彼が見た目の通りの性別なら、その生涯をペットの様に飼い殺しにされて終わっただろう。ある意味幸福で、大体不幸だ。だが、ギャスパーは男だった。

 

 

「あらあら、困りましたわねぇ。この子、男の子ですわ。男の娘は趣味じゃありませんし、どう致しましょう?」

 

「まったく、見た目で判断するなんて、まだまだ未熟な証拠やなぁ。もう少し仙術を磨かなあかんよ? ほな、この子は龍洞ちゃんの舎弟な」

 

「はぁ、分かりました」

 

 龍洞は其の言葉に逆らおうという発想すら湧かず、この日の内にギャスパーと龍洞は杯を交わす事となった…‥。

 

 

 

 

 

 

「……雨、止みそうにないなぁ」

 

 その日、球技大会が終わってから空模様が急変、放課後にコンビニに週刊誌を買う為に立ち寄っていたギャスパーは傘を忘れて困っていた。雨は激しくなる一方で雲の切れ目は遥か彼方。半吸血鬼である彼の視力を持ってしても見えない程遠くで、止むのはまだまだ先のようだ。

 

「若様は今頃は清姫様と儀式の真っ最中でしょうし、僕は転移は未取得だし……」

 

 途方に暮れるギャスパーであったが、ふと横を見るとゴミ捨て場が目に入る。其の時其れを見つけた時の彼の瞳は、聖杯を見付け出した円卓の騎士の瞳に匹敵する物だった。

 

「ダ…ダンボールだ!」

 

 昔からダンボールの中に入ると落ち着いた。まるで揺り篭の様な、顔も声も知らない母の腕の中で抱かれて居る様な心地よさ。まさに理想郷(アヴァロン)。其れが目の前に捨てられていたのだ。目を輝かせながら駆け寄ると、雨に濡れているにも関わらず未だ使えそう。この様な時の為に常備している防水テープを使って形を整えると何処ぞの伝説の傭兵の様にダンボール箱を被って帰路に着いた。

 

 

 

 

『……そう言えばこの前、『此処も』だの『柔らか銀行』だの『防弾フォン』だのの子孫は何をしに来たのだったかな』

 

「さあ? 私は応対していませんので」

 

『英雄』の子孫を名乗るジークフリートだが、琴湖はその存在をロクに覚えていない。龍洞もそれなりの献上品を持って来た程度の認識で興味がなく、今は()()()使()()服を選んでいる清姫を待って居る所だ。尚、娯楽の為の演技と嘘は別物らしく、嘘が嫌いな彼女もそういった事は嫌がらない。逆に嫌な事にギリギリ接触しないことを同時に行う事で燃え上がるのだそうだ。

 

『……くだらんな。馬鍬うのに態々服を選び演技まで交えるとは……』

 

 フッと馬鹿にした様に息を吐くと琴湖はお気に入りのソファーの上で寝転がる。長毛種な為かソファーに毛が絡み付くのだが本人には気にした様子もなく、大アクビと共に目を閉じる寸前に耳をピクリと動かして瞼を開けた。

 

『血の匂い……あの小僧か』

 

「ッ!」

 

 初めて会った時は死に掛けていても興味の欠片すら湧かなかった相手、今は大切な身内。瞬時に立ち上がり気配がする門の方まで駆け出していく。空は相変わらずの曇天にも関わらず、庭には水の一雫も入って来ない。其の庭と外を隔てる門の前、其処には血を流すギャスパーの姿があった。

 

 

「……取り敢えずティッシュが必要ですね。家に入る前に顔を洗いなさい」

 

「ずみまぜんんんんん!」

 

 涙と鼻水と鼻血、顔から出るもの全てで顔をグチャグチャに汚したギャスパーは庭に設置された水やり用の水道を使って顔を洗い、ハンカチを探してカバンを漁った時に筆箱や弁当箱やノートがばら蒔かれる。慌てて拾おうとして今度は足が縺れて顔面から転んでしまった。

 

「全く、ドジは相変わらずですね。……それで何がありました?」

 

 ギャスパーの腕には僅かながら刃物による傷、其れも吸血鬼の弱点である聖剣による物があった。自然と口調が穏やかな物から剣呑へと変貌し、その手には何時の間にか鞘に無数の札が貼られた刀が握られていた。

 

「敵ですか? なら、この妖刀『三上七半(みかみやたらず)』のサビにしてあげましょう」

 

 刀はまるで餌を前にした獣が喜んでいるかの様に震え、唾液を溢すかの様に刀身から紫の雫が滴り落ちる。ジュッという音と共に雫は地面を溶かし、地面を腐らせながら吸い込まれていった。

 

 

 

 

「……リアス、この度は……おめでとう御座います」

 

「有難う、ソーナ。それで、祐斗も私のマンションに住まわせようと思うんだけど、既に服やら何やらで部屋が一杯なのよ。どうしたら良いかしら?」

 

「幾らか実家に送ってはどうでしょう?」

 

 この日、ソーナは幼馴染であるリアスのマンションを訪ねていた。普段は互いに干渉にしないようにしているが、やはり幼馴染が望んでいなかった婚約を破棄できた事に対し、立場からして言ってはいけないと分かっていても幸せそうな姿を見ると祝福の言葉を贈らずには居られない。

 

 ただ、両親はライザーとの婚約を破棄にしただけで祐斗を婿として認めた訳ではなく、当然の様に自由婚の権利を与えた訳でもない。その事に気付かず束の間の幸せと恋愛ごっこを満喫している姿を見せられ、言おう言おうと思いつつも言い出せないでいた。

 

 そんな事は知らず、考えようともせず、リアスは初恋の幸せに浸って微笑む。その姿を見る友人の悲痛な瞳に気付く事無く、自分の管轄地に何が侵入しているか気付きもせずに。

 

 数日後、教会よりの使者によって齎される情報。それにより……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この町の人間が幾ら死んでも私は興味ないし関係無い。でも、私の身内を襲ったケジメは付けさせます。既に破綻した計画が達成されるのを夢想し、束の間だけ楽しんでいると良い」

 

 

 

「いいか、龍洞? 一般人から被害者は出しても良いが、目撃者は出すな」

 

「じゃあ、殺せば良いの?」

 

「いや、其れだと神や狐の所の者共が鬱陶しい。巻き込まない為という大義名分の元に記憶操作にしておけ」

 

 これが幼い頃、厳しいながらも尊敬していた父親から受けた教え。ハッキリ言って最低な部類だが、龍洞はその教えを疑う事はなかった。

 

 彼にとって身内以外は道端の石ころや周囲を飛ぶ羽虫程度の関心しかないが、足元に転がっていたら邪魔だし、耳元や目の前で飛び回っていれば鬱陶しい。良心ではなく、そんな理由で納得した彼は一般人に人外の世界に関わる事を目撃されるのを避けて来たし、嫌がっていた。

 

 

 

「貴様ぁっ! あの時の屈辱、此所で晴らさせてもらう!」

 

「ちょっとゼノヴィアッ!?」

 

 だから、下校途中に昔仕事の最中に少し揉めた悪魔祓いの少女に詰め寄られ、今にも隠し持っている聖剣を抜きそうな相棒を止めようと初対面の栗毛の少女が慌て、同じく下校途中だった生徒達が遠巻きに此方を見ているのは非常に面倒臭い状況だった。

 

「……取り敢えず」

 

 懐から取り出したのは小さな鈴。それを軽く揺らすとリーンという音が周囲に響き、一般人の生徒達は何事もなかったかの様に帰っていく。記憶操作と思考操作の術で、一連の出来事は誰の記憶にも残らない。この時になって栗毛の少女が向ける目は一般人へ向ける物ではなく、自分達側、ただし味方ではない相手へと向ける警戒したものへと変貌した。

 

「貴方、何者?」

 

「異能者ですよ。請負人をやっていまして、其処の『斬り姫ゼノヴィア』さんの任務と異能者の犯罪組織の討伐の仕事がブッキングしたのですが、敵と間違われて迷惑を掛けられました。街中の拠点であるビルが半壊する等、いい迷惑ですよ」

 

「……あ〜」

 

「イリナ!? なんだ、その私が全部悪いに決まってるみたいな顔はっ! あの後大変だったんだぞっ! 足の動きを封じられて置き去りにされた為に警察の世話になってだな!」

 

 思い当たる事があったのか、栗毛の少女、イリナは龍洞に憐れみの視線を送る。恐らく彼女もゼノヴィアに苦労を掛けられているのか、そう言った感情が声に含まれていた。相方の反応に若干涙目になるゼノヴィアだったが、慰めの言葉は掛けて貰えない。

 

「……でっ、態々悪魔が縄張りとする学校に来たという事は……聖剣の件ですか?」

 

「知っているのかっ!? まさか、貴様もこの件に……」

 

 今度こそゼノヴィアは聖剣を抜き、荒々しい破壊のオーラを放ち今にも斬りかかりそうだ。イリナも迷いながらも極秘であるはずの事件を知っている相手に警戒し、紐に変えていた聖剣を手に取る。今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だが、それは彼女達だけ。一方的に剣を向けられている龍洞は構えようともしない。

 

 だから二人は気付かないでいた。ニコニコと人の良い笑顔を向けながらも腸は煮えくり返っており、今にも二人を殺しに掛かりかねない、という事を。

 

「貴女方の所の不始末で私の身内が怪我をしました。聖剣を使う若白髪の神父、例の施設出身の戦士と思しき者と教会の者との戦いに巻き込まれて腕を負傷。逃げる際に滑って顔をブロック塀に強打してしまいました」

 

 この時になって龍洞の瞳に感情が宿る。普段は身内にしか感情を向けないであるが、身内には決して向けない感情、憎悪である。

 

 なお、詳しく書くならばダンボール箱を被って視野が狭くなった上に最高にハイって奴になっていた為に戦闘に気付かず、真っ只中に突っ込んで怪我をしてから漸く気付き、慌てて逃げるもダンボール箱のせいで前がよく見えず、石で作られた仮面を踏みつけて転んだのである。

 

「……此方は勝手に報復させて頂きます。元々は其方の不手際が原因。邪魔をするのなら……」

 

「「なっ!?」」

 

 二人の視界から龍洞の姿が消え、鍔鳴りの音と共に何時の間にか二人の背後に刀を抜いて立っていた。

 

 

 

「次は首を落とします」

 

 イリナの髪型は両側で結んだツインテールと呼ばれる物。其れが今はサイドテールになっている。髪留めから解き放たれた髪が強風に攫われて飛ばされていく中、二人は動く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……さて、教会側への嫌がらせは十分。ですが……」

 

 その夜、自室で寛ぎながら龍洞は考え事をしていた。報復の計画において二人の力量を測るのは必須だが、今回の事件、教会からエクスカリバーが強奪された事件の主犯に比べ、弱点たる聖剣を加味してもあまりに未熟。イリナは少しいい評価を下しても中級クラスと互角程度で、ゼノヴィアも切り札を使っても運が良ければ上級に届くかも、といった所。

 

「……態と殺させて今回の事で戦争を再開させた時の戦意向上のネタにするのでしょうか? そういうの好きそうですからねぇ。まぁ良いか」

 

 計画には関係ない事まで考えたと直ぐに忘れ、グッと伸びをした時、襖が開かれて清姫が入って来た、ただし、何時もの着物姿ではない。

 

「だん…ご主人様。清姫と散歩に行きましょう」

 

 明らかに犬用と分かるリード付きの首輪に犬耳付きのカチューシャ。着物は肩に掛けているだけで、動くたびに中が見えている。

 

「ええ、良いですよ。室内は蒸しますし、庭を歩きましょう」

 

 そんな格好にも関わらず龍洞は僅かに動揺した様子すら見せず、誘われるがままに庭へと降りた。

 

 

 

 

 

「それで、今回はどういった趣向ですか?」

 

「それは勿論、(わたくし)を一匹のメス犬として躾て頂こうと思いまして」

 

 月明かりの下、着物は肩に掛けているだけで殆ど肌を晒した姿の清姫は四つん這いになって庭を進み、首輪に繋がったリードは龍洞の手にある。手足が土で汚れそうなものだが不思議と汚れておらず、何か術を使っているのだろう。其の代わり、顔は真っ赤になって息はハァハァと荒くなり、一目で興奮していると分かる。

 

「……さて、そろそろ止めましょう」

 

 庭を半分まで進んだ時、足をピタリと止める龍洞とショックを受けたような顔の清姫。四つん這いのままで背後を恐る恐る振り返り顔を伺う。

 

「あ…あの、何か粗相を……? す…捨てないで下さいませ! お望みならば芸でもなんでもします! ですからどうかお側に!」

 

「では…お手」

 

「はい!」

 

「お代わり」

 

「はい!」

 

 言われた通り犬の様な真似をするが、その顔に浮かぶのは屈辱ではなく羞恥と歓喜。どうも犬扱いに本格的に興奮しているらしく、焦点が合っていない目をしている。ハッキリ言って非常に危ない姿だ。……色々な意味で。

 

「貴女は相変わらず思い込みが激しいですね」

 

「それはもう! 思い込みで龍になった身ですから」

 

「……そうでした、まさか呪いは掛けたが彼処まで、と大婆様もおっしゃってましたし。……止めると言ったのは別の理由です。貴女が魅力的過ぎたのですよ。はしたない飼い犬に躾をするのは主の義務ですし……」

 

「きゃんっ!」

 

 四つん這いの清姫の腰に両腕を回し、そのまま抱き上げると履物を脱いで家に上がる。されるがままの清姫だが、其の顔を見る限りでは興奮は更に募っているようだ。

 

「ギャスパーは離れですし、琴湖も其方に行っています。……今日は風呂場でお望みの通りに躾て差し上げますよ」

 

 指先で胸やら下腹部をなぞる様に撫で、そのまま唇を奪う。既に浴槽にはお湯が張っており、二人が中に入ると結界が作動して内部の音を遮断した。

 

 

 

 

「……あの、出来れば優しく……」

 

「私の嗜虐心を刺激したのは貴女だ。それに……虐めて欲しかったのでは?」

 

 組み伏せられた状態で清姫は静かに頷き、今から始まる事を待ちわびる。

 

 

 

 二人が出てきたのは数時間後。その時にはグッタリとした姿でお姫様抱っこされながら出てきた清姫だが、肌はツヤツヤで甘える様な顔をしていた。

 

 

「……お時間はまだありますし、今度は旦那様を鎖で縛って(わたくし)が苛めたいです」

 

「ええ、構いません。むしろ楽しみだ。……期待していますよ」

 

 その時が待ち遠しいのか廊下を進む速度が上がり、部屋に到着した時には既に鎖まで用意していた。

 

 

「……では、縛らせて頂きます。ずっと貴方様を何処かに監禁して私だけを見て欲しいのですが……」

 

「私も出来れば貴女を何処かに監禁して他の奴に一目も見せずに居たいと思いますが、それでも貴女にこの世界を見て欲しい。楽しい事や素晴らしい景色を共有したい。……其処だけは妥協しませんよ」

 

「私の為……なのですね。でも……」

 

 清姫は頬を膨らませて不満そうだが、直ぐに嬉しそうに龍洞を拘束し始めた。

 

「……もう、我慢ができません。お腹の辺りがきゅんきゅんして来て……」

 

 その瞳は獲物を前にした肉食獣の物であり、龍洞はそれを受け入れ成すがままにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「木場さんの様子がおかしい?」

 

 翌日、時間ギリギリまで絞り尽くされた疲れも見せず、むしろ元気ハツラツといった様子の龍洞は、休日だというのにオカルト研究部に呼び出されていた。普段なら無視するところだが、ライザーの件で大金をせしめたので、今後の為に一回くらいは呼び出しに応じても良いかと気紛れを起こした結果だ。

 

 これは非常に珍しく、何時もならば蛇の状態の清姫にずっと話し掛けたり、琴湖との修行で死に掛けたり、育てている毒虫で蠱毒の準備をしたりしている所だ。

 

 そして気紛れでの行動はロクな結果を齎さないらしく、非常に面倒くさい話だった。

 

「昨日、教会から使者が来たのは知っているわね? あの二人が持つエクスカリバーを見てから様子がおかしくなって、行き成り決闘を申し込んで負けた後は……」

 

「ああ、彼は聖剣計画の生き残りって噂がありましたね。どうやら本当のようだ。……まぁ悪魔祓いは幼い頃から悪魔を倒す為に人生を捧げて来た訳で、聖剣計画の様に適合試験の合間に受けた訓練と、中止された四年程前から受けた修行程度では年期が違う。才能に余程の差がない限り勝てるはずがないでしょう」

 

 淡々と言い切る龍洞に聖剣計画の被験者への同情の念は欠片もない。適合の為に辛い実験を受けようが、失敗策として処分されようが、首謀者が殺されず実験のノウハウを持ったまま姿を消そうが気にも止めない。

 

「同性の貴方なら……って思ったのだけど無駄だったようね」

 

「当然です。私に他人の気持ちなど分かりませんし、分かりたくもない」

 

 一緒に修行してゲームで共闘した仲だから少しは仲間意識が芽生えたと思っていたリアスだが、それは一方通行に過ぎない。龍洞にとってリアス達は路傍の石ころのままでしかなかった。

 

 

「では、他に用事がないのなら」

 

 最後までリアス達に何の感情も向けないまま龍洞は部室を後にした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お昼、何がいいかなぁ。やっぱりラーメン?」

 

 本来吸血鬼はニンニクが苦手だが、『できる出来ないではなく、するか死ぬかだ』、が口癖の師によって克服しており、お気に入りのチェーン店へ向かって居た。

 

 其れを見付けたのはそんな時である。

 

 

 

 

 

 

 

「えー、お恵みを〜!」

 

「哀れな神の下僕に哀れみを〜!」

 

 

 

 

 

 

「物乞いって犯罪じゃ?」

 

 道の真ん中で物乞いをする悪魔祓いの少女達を見ながらギャスパーは固まってしまった。 恨みがなかった訳ではない。家族の敵討ちをしたくなかった訳でもない。龍洞は家族を愛していた。厳しい父を尊敬していて、優しい母には甘えていて、小さな手で指を握りながら笑う妹が大好きだった。だけど、それ以上に彼は彼女が怖かった。

 

 名付け親であり、顔を見せに来るたびに沢山のお土産を持って来て沢山遊んでくれた。そして気紛れで家族を殺した相手を当然の様に憎んでいたが、その憎しみを抑え込む程に恐怖が大きく、そして何処か狂っていた。

 

「ああ、何という事でしょう。やはり貴方様は安珍様なのですね!」

 

 それは全くの偶然の出来事、若しくは仕組まれた出来事なのかもしれないが、其の何方でも彼には関係無かった。偶々指を怪我していて、その血がペットの蛇である清姫の口の中に入った。異変が起きたのは其の直ぐ後、瞬く間に白蛇は一糸纏わぬ美少女、ただし頭に角の生えた、になったのだ。

 

 龍洞の周囲には美女美少女といえる者は多く居る。其の誰もが一癖二癖どころではなく、深く関わったら身の破滅に繋がりかねない傾国の美女揃いなのが玉に瑕だが、彼女達を普段から見慣れている龍洞は間違いなく目の前の少女に目を奪われていた。

 

「安珍様? どうかなさりましたか?」

 

 自分ではない誰かの名で自分を呼び、自分を通して知らない誰かを見ている少女だが、その様な事は些細に感じた。

 

 重要な事は一つだけ。自分は目の前の少女に恋をしたという事と、家族が殺されなければこの出会いはなかったという事。この瞬間から恨みや悲しみは感謝へと変貌し、彼は名も知らぬ少女への永遠の愛を誓った。

 

 それは間違いなく狂った愛だ。いや、狂っているからこそ狂った愛しか抱けないのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

「醤油ラーメン麺固め背脂ニンニク増し増し辛そうで辛くない、むしろ脳が辛いと感じるのを拒否するラー油三倍トッピング全乗せ三人前お待ちしました」

 

 三人が座るテーブルに地獄が現れた。灼熱地獄かと思わせる程の熱気に紅蓮の炎の如き赤、息を吸い込むと焼き鏝を喉に突っ込まれたかの様に熱く痛い。だが、本当の地獄は此処からだ。言ってみれば三途の川を渡っている最中でしかなく、十王の裁判すら始まっていない。そして地獄行きは間違いない事は確かだった。

 

「……すまない。これは何だ?」

 

「き…聞いてなかったんですか? 醤油ラーメン麺固め背脂ニンニク増し増し辛そうで辛くない、むしろ脳が辛いと感じるのを拒否するラー油三倍トッピング全乗せ、です」

 

 ギャスパーは人の話を聞かない駄目な人間に辛抱強く教えるように繰り返し、ゼノヴィアは目が死んだ店員が運んで来た物が食べ物であると認識できず、限界近い空腹にも関わらず体が食べるのを拒否しているのを感じていた。

 

(……神よ。これも試練なのですか?)

 

 

 

 時間は遡り、別行動をしていたイリナから告げられた言葉にゼノヴィアは固まってしまう。合流前には持ってなかった筈の変な絵を大切そうに抱えたイリナは日本語が分かるからと経費全てを持たせていたのだが、もうお金がないと言うのだ。

 

 正確に言うならば聖人の肖像画と自慢げに掲げる絵に全ての経費を使った、長年コンビを組んできた相棒はそう語ったのだ。

 

 

「これだから信仰心の薄い国は嫌なんだ! 曲芸でもやるか? その絵を切り刻むとか」

 

 空腹に耐え兼ねた二人が選んだ手段は人々の信仰心に訴える事、要するに物乞いだ。だが、二人の格好はフードと水着の様なピチピチの戦闘服。怪しい格好の怪しい外国人に関わりたくないと誰も彼女達に施さない。むしろ通報しないだけ温情があると言えるだろう。現代日本では物乞いは違法なのだから。

 

 

 

「……あ…あの、僕、若様の、龍洞様の身内ですが……ご飯が食べられる所に案内しましょうか?」

 

 この時、二人には彼が、ギャスパーが天使に見えただろう。実際は天使どころか彼女達が散々殺して来た吸血鬼と人間のハーフなのであるが……。

 

 

 

「……私達の詳しい任務内容と掴んでいる情報が知りたい? 悪いが彼奴の身内に教える事は……」

 

 腹の音が鳴り響く中、ゼノヴィアは恐怖からか震える手でレンゲを持ち赤いスープという名の麻婆を掬う。この時点で危険信号は最大限鳴り響くも手を付けないという選択肢は彼女達には存在しない。食べ物を無駄にしてはならないという理由ではなく、恐怖からだ。

 

 

「ほぉら、君達が残した麻婆だ。食べ物を残すのは良くないので全て食べたまえ」

 

 何故か店の隅にあった砂場。客の子供の遊び場とは衛生面から考えられず、其の存在理由は今示されている。数分前までの二人の様に注文した品に手を付けずに帰ろうとした客が首から下を砂場に埋められ、フォアグラを作る為に高濃度の栄養を無理やり流し込まれる家畜の様に残した品を流し込まれていた。

 

 だが、ギャスパーを始めとした普通に食べている客は其の光景に何の驚きも示さない。まるで最初から分かっていたかの様に。

 

 

 

「あの、トッピング全部乗せてますから一杯二千八百円ですけど……お金有りますか?」

 

「え? 奢ってくれるんじゃ?」

 

 イリナの疑問に対し、ギャスパーは心の底から何を言っているんだろうという顔をしながら首を傾げていた。

 

「ぼ…僕、ご飯が食べられる所に案内するって言いましたけど……奢るなんて言っていませんよ?」

 

 確かにギャスパーは奢るとは言っていない。あの状況であの台詞では奢って貰えるものかと誰もが思うだろうが、それでも言っていないものは言っていない。勘違いしただけだと言われれば其処までで、彼は虚言を吐いてなど居なかった。

 

 ガキンッ! と金属を打ち鳴らす音が厨房から聞こえ、先程の目の死んだ店員が二人を見ながら呟いている。

 

「最近は豚骨も高くなったからな。さて、肝臓などは何処で売ればよかったかな?」

 

 

「……情報料として此処の代金くらいは出しますよ?」

 

「「この外道っ!」」

 

「すいません。代金、僕の分は此処に置いていきますので……」

 

「話そうじゃないかっ!」

 

 殉教を美徳とする二人でも目の死んだ店員は怖かった。絶対に食い逃げが出来ないと本能で悟る程に。おそらく逃げようとした瞬間には八極拳的な何かで体を破壊された事だろう。

 

 そして二人は話し出す。今回の首謀者であり、聖書に記された古の堕天使幹部コカビエルと、聖剣計画の首謀者であるバルパー・ガリレイが組んだ事を。

 

 結局、計画が発覚した際にバルパーを捕らえて他の異端者のように()()()()()()今回の様な事にならなかった。たった一人の悪党を逃した為に大勢の罪無き命を奪う戦争へと発展しかねない事件が起きてしまったのだ。

 

 

「まぁ、切り札を使っても成功率は三割を切るだろう。最悪エクスカリバーを破壊して敵の手に渡すなとは言われているがね」

 

(……成功率はもっと低いんじゃないかなぁ)

 

 ギャスパーは二人を見ながらそう考える。見た限りや聞いている情報の限りでは長距離の転移も不可視化を始めとした高度な術や高度な隠密行動スキルも取得している様子はなく、何らかの逃亡に使える移動手段も持っていない。

 

 そんな二人がどうやれば遥か格上の敵のアジトを見つけ出し、盗まれた剣を奪取若しくは破壊できるというのだろうか、そう考えていた。敵前から逃げるという事にも力量は必要で、格上相手なら逃げても背中から狙われるか追いつかれるだけ、二人にそれが分かっている様子はない。

 

 恐らくは今まで其処までの格上を相手にして来なかったか、教会からの支援や増援が今回の任務よりもずっとあったのだろう。

 

(……多分死ぬだろうなぁ。成功する可能性なんて、若様が仰ってた現レヴィアタンの事くらい有り得ないですよね)

 

 せめてもと心の中で二人に黙祷を捧げるギャスパー。その間二人は決死の覚悟で地獄のようなラーメンという名の何かを流し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知っていますか、ギャスパー。今のレヴィアタンは魔法少女アニメのコスプレを普段からして、其の格好で番組まで作っているそうですよ。少し動くだけで下着が見えるほどスカートが短い痴女だとか」

 

「え? それって著作権の侵害じゃ……。それに同期に子持ちが居ましたよね? 幾ら何でも其処まで脳ミソお花畑のパッパラパーじゃないんじゃ……」

 

「いえいえ、更に言うなら外交の場でも巫山戯た言葉使いを続け、魔女の団体から敵視されているそうです。まぁ興味がないので詳しくは調べていませんけど。悪魔には其処まで調べる必要無いですからね」

 

 ギャスパーが知る限りレヴィアタンは外交担当。そんな内部にも外部にも敵を作るような真似をするはずがなく、何かの間違いだろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 その晩の事、龍洞と清姫が何時もの様に愛し合い、ギャスパーがネットをする中、人影が一つもない部屋から話し声がしていた。

 

 

 

『……大丈夫か? 俺が手を貸した方が良いと思うが』

 

『……だな。彼奴が迷惑をかける』

 

『気にするな。奴とは義兄弟の杯を交わした仲だからな』

 

 

 

 

 

 

 

『……随分と甘くなったな。白蜥蜴との戦いさえあれば良かったのではなかったのか?』

 

『その言い方だと俺は赤蜥蜴になるが? この毒蛇。……奴と本当に戦ったっと言えるのはあの大戦の時が最後だ。奴の言葉を聞いてそう思うようになった』

 

 「まぁまぁ、ギャスパー君もお人好しですわね。吸血鬼だと分かれば平気で殺しに来るような方々でしょうに……」

 

 あの後、二人にお金を貸したという話を聞いた清姫の言葉は呆れているようだが、顔はそれ程呆れている様子はない。お人好しさに関心半分呆れ半分といった感じだ。

 

「ですが十分過ぎる収穫がありました。掛かったお金は経費で落としてあげますよ」

 

「あ…有難うございます! でも、教会上層部に裏切り者が居るなんて……」

 

 コカビエル達と派遣されてきた二人の戦力差から出した結論、それは教会内部に戦争を望み、二人が殺されるように仕向けた者が居るという事。二人の死とエクスカリバーの奪還を戦意向上へと繋げる目的か、エクスカリバーを堕天使側に渡すのが目的の者が居たか。

 

「あの、上層部が無能という可能性は無いのでしょうか?」

 

「ああ、流石です清姫! その可能性は思い付かなかった」

 

「で…でも、今回の件、天界が下部組織の教会に全て任せたという事ですし、よほど信頼されているって事ですよね? あっ、でもそれならそれで戦争をしないという意に反する裏切り者を見逃した無能って事に?」

 

 三人は天界の意図が読みきれず悩む。今回の任務、どう考えても成功させる気がないどころか二人を死なせてエクスカリバーを差し出す気にしか思えないからだ。

 

 

 

 

「……天界は既に戦争の準備を整えており、機会を伺っている時に今回の一件が起きた、とか?」

 

 最後に出て来た可能性に三人は同時に溜息を吐く。落とし前を付けなくてはならないので手を引く気は無いが、今後邪魔者として天界に狙われるのは面倒だと思いながら……。

 

 

 

 

 

「計画を早める? 話が違うではないか」

 

 コカビエルは本部から抜け出す際、こっそり持ってきたアザゼル秘蔵のワインを飲みながら怪訝そうな声を出す。今回の計画は戦争を起こす為の物。其の序でに強い者との戦いを楽しみにしていた。

 

 先の大戦が続行されていれば堕天使が世界の覇権を手にしていたと心から信じる彼は、戦争そっちのけで研究に没頭するアザゼルが気に食わないが、総督の座を奪い取ろうにも正面から戦えば勝てないと理解しているから別の手を選んだ。戦争をする気がないのなら、戦争せざるを得なくすれば良い、と。

 

 聖剣を教会から奪い、魔王の妹二人を殺す。其処まですればどの勢力も戦争せざるをえなくなる。その為に聖剣計画の首謀者であるバルパー・ガリレイとはぐれ悪魔祓いのフリード・セルゼンと組んだ。他に協力者は数人いたが、とある理由で今やこの三人だけだった。

 

「そうだぜ、バルパーの旦那。それに教会のクソから追加の聖剣を奪ってねぇじゃん。どーすんの?」

 

 フリードもまた、予め聞かされていた時間より数日早い計画実行に疑問を持ったのか、ハンバーガー片手に尋ねる。二人共バルパーの聖剣の研究者としての腕を理解しており、だからこそ計画が早まる事に疑問を持っているのだ。

 

「私を侮るなよ。研究者は常に己を研磨してこそ、だ。故に七つに分かれたエクスカリバーをより強い状態で結合させる方法を見付けた。その実験の為に奴らは死んだがな。……明日の晩。其れが最適な日だ」

 

 不敵に笑うバルパーに対しコカビエルとフリードは面白くなりそうだとほくそ笑む。戦争狂のコカビエルに殺しが好きなフリード、そしてバルパーは研究の為ならどの様な非道も行える人間だった。他の協力者は既に死んでおり、今回の計画が失敗すれば後がないにも関わらず、二人は計画の成功を疑っていなかった。

 

 

 

「では、留守番はお願いします」

 

「は…はいぃぃぃぃ!」

 

 其の夜、龍洞は清姫と食後の散歩に出掛けようとしていた。幻術で角を隠し、普通の着物に着替えて髪を結った彼女は良家の箱入り娘だけあって品がある。留守番を任されたギャスパーは不手際を心配してかオドオドしており、其の背後からはキィキィと金属が擦れ合うような厭な鳴き声が聞こえて来た。

 

 

 

「ああ、楽しいです。旦那様と共に歩くだけでこれほど楽しいなんて」

 

「それも全て貴女のおかげです。貴女が居ない世界など無色で味気ない」

 

 月夜の下、二人は指を絡ませながら、恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方で街を歩く。共に容姿が優れており、お似合いの二人で人々の注目を浴びている。時折囁く声が耳に入り指先を向けてくる者が居るが二人の目には互いしか入っておらず、疎ましいとも感じていなかった。

 

 

「うげっ!」

 

 其れは学園の近くを通り掛かった時の事、まだ七時前だからか生徒会の仕事で遅くなった匙も帰る最中で、二人と校門前で出会すなり厭そうな声を出す。

 

 だが龍洞達は少しも気にした様子もなく、匙に気付いて居ないかのようにスタスタと通り過ぎていった。自分に全く関心を見せないその様子に匙は安堵する。自分の夢をボロボロに打ち砕かれ一度は挫けた。だがソーナや仲間に励まされ再び立ち上がる事が出来た彼はあの一件に決着を付けない限り前に進めないと思っていたのだ。

 

「おい、待て! 少し言いたいことがある!」

 

 一瞬迷い、二人に駆け寄ると清姫の肩を抱き寄せて歩く龍洞の肩に手を伸ばす。しかし其の手は触れる事なく弾き飛ばされた。手が上に弾かれても勢いは収まらず、後方に飛んでいく手に引っ張られるように匙は尻餅を付いてしまった。

 

「見て分かりませんか? (わたくし)達、散歩の真っ最中ですの汚い手で旦那様に触れないで下さいませ」

 

 この時になって二人は立ち止まる。匙の手を弾いた清姫は、その様な力があるとはとても信じられない細腕を向けながら匙を見下す。まるで耳元を飛び回る羽虫を殺す時の様な、何一つ感じる事がないといった冷たい瞳を向けられた匙は冷水に漬け込まれた様に体が冷たいにも関わらず全身から冷や汗が吹き出していた。

 

「お止しなさい。貴女の手が汚れますし、私以外の者を無闇矢鱈と瞳に映して欲しくはない」

 

 匙に向けられていた手は横から伸びて来た手が優しく包み込み、向けられていた瞳は顎に手を添えて顔を横に向かせる事で逸らせる。匙に掛かっていたプレッシャーが嘘の様に消え去り、酷く高鳴っていた鼓動が徐々に静かになって来た。

 

「それで何用ですか? 私は妻を眺めるのに忙しいのでお早めにして下さい」

 

「……俺は絶対にレーティングゲームの教師になる! 殺し合いの為じゃなく、ゲームに憧れるのに出られない子供達の為だっ!!」

 

 

 

 言いたい事を言い切った事で匙は心の底にヘドロの様に溜まった物が消えていくのを感じた。

 

「……は? 何の事ですか?」

 

 匙にとって重要な事は龍洞にとってどうでも良く、すでに記憶から消え去って居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今帰りました。……何かあったようですね」

 

 匙との会話など既に頭の中から消え失せた龍洞達は散歩から帰るなり風に乗って漂ってきた匂いに足を止める。濃厚な血の匂い、それも人間の血ではなく獣臭さが混じっている。

 

「……狐」

 

 特に慌てる事なく、それでも清姫を背に庇いながら庭に向かう血の海屍の山が現れていた。その近くに佇むのはギャスパー。屍山血河を築いたのは彼で間違いなく、その体どころか服にさえ傷一つない。僅かに靴の先に飛んできた血の染みが出来ているだけだ。

 

「お…お帰りなさい、若様! あの、狐さんの所の方が若様を狙って来て……」

 

「まぁ現在の九尾の姫君は抗争を嫌がっていますし、どうせ一部の者の独断行動でしょう。茨木童子さんに握り潰された彼は部下から愛されていたみたいですね」

 

 足元に転がっていた狐妖怪の死体を仲間だった物が固まっている所に蹴り込む。ぶつかった衝撃で山が崩れ死体が転がった。

 

「……私は一応追放の身ですから襲っても大丈夫だと思ったのでしょうが……ギャスパーは別ですよね。後は私の居場所がどうしてバレているかですが……大体予想は付きますね」

 

「あの、旦那様。和平協定を反故にして襲ってきた嘘吐き共を焼いても宜しいですか?」

 

 屍を見る清姫の口元は笑っているが目は正気を失っている。口元からチラチラと火が漏れ出した時、先ほど蹴り飛ばされた死体の目が動き龍洞と視線が重なった。重症だが彼は生きていた。

 

「頼…む。もう…すぐ子…供が生まれ…るん…だ…」

 

「では、殺した後で頂きますので景気良く燃やして下さい。匂いが立ち込めると嫌なので一気に焼いて下さいね」

 

「はい!」

 

 生き残った狐の視界が赤一色に染まり、熱いと感じる間もなく灰になった。

 

 

 

「では……頂きます。其れと安心しなさい。きっと子供とは会えますよ。ただし、敵としてでしょうけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日、コカビエルの姿は駒王学園の校庭にあった。宙に浮く椅子に座り、先程挑発したリアス達がやって来るのを今かと待ち構える。彼の目には自分を逃さない為か結界が張られようとしているのが見えており、魔王の援軍が来るものと楽しみに待ち構えていた。

 

 

 だが、不満な事もある。バルパーが土壇場で新しい方法を思い付き、自分を倒しに来る者の到着よりも先に計画の一つが終わってしまうのだ。七つに分かれたエクスカリバーの結合儀式はやって来た者の目の前で行うはずだったので少しだけ不満だった。

 

「そう睨むな。そろそろ終わる」

 

 宙に浮くのは派遣された未熟な悪魔祓いから奪った物を合わせて四本のエクスカリバー。青い光を放っており、光と共に徐々に力が膨張し始め、ついに青い光の柱となって全てを包む込む。

 

「フリード、こっちに来い。渡す物がある」

 

「ん? なんだい、バルパーの旦那?」

 

 バルパーの手招きに応じ近寄るフリード。差し出された物を受け取ろうとした瞬間、光が収まると同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「んなっ!? どういう事だよ、旦那っ!」

 

 この事態にフリードだけでなくコカビエルも動揺を隠せない。そのような中、バルパーだけが冷静な表情で笑うと渡そうとした物をフリードに投げる。

 

 

 

 

 

「どういう事だって? こういう事だよ」

 

 フリードの視界に映ったのはピンが外された手榴弾。それが何かと理解した瞬間、校庭に爆発音が響き渡った。

 始まりは純粋な憧憬だった。孤児院にあった古びた本の中の物語。聖剣に選ばれた勇者が人々を救う冒険譚。多くの少年が夢中になり、主人公と同じように聖剣に選ばれし勇者になる事を夢見る。バルパーもそんな普通の少年の一人だった。

 

 しかし、やがて夢は儚く消えゆく物。幻想は現実に塗りつぶされ、夢はやがて忘れ去られる。現実を知った子供達は存在しない物への憧憬を捨て去り、将来に向けて歩を進めるのが世の摂理だ。

 

 だけど、彼は違った。良いか悪いかは別として、彼は聖剣の実在を、幻想の存在が存在する事を知り、其れに関わる事への道が目の前に開かれていた。開かれていた……それだけだった。

 

 絶対に手が届かない夢物語ではない存在に必死に手を伸ばし、ライバルに劣らぬ努力は続けたが、世の中は非情で、現実は残酷で、無才という事実の前では努力など無意味だった。彼には聖剣を扱う才能がなかったのだ。

 

「……私は諦めない。私に使う力がないのなら……」

 

 この時から彼は狂い始めていた。他の者が諦め指を咥えて羨望するだけの中、彼は研究者として聖剣に関わり続けた。遅々として進まぬ研究の中、聞こえてくるのは彼と違い()()()()者達の活躍。

 

 やがて『羨望』は『嫉妬』に、『夢』は『妄執』に、『情熱』は『狂気』へと変貌を遂げ、多くの犠牲者を出した聖剣計画へと発展。その果にバルパーは追放の身となった。

 

 彼は願う。どの様な手段を持ってしても自らの手でエクスカリバーの使い手を完成させる事を。彼は恨む。自らを追放し、我が物顔で自分の研究成果を崇高な物の様に扱う教会と天界を。彼は気にしない。どれほどの者が死んでも、誰が死んでも、自分には関係なく興味もないと。

 

 

 

「あと少し。あと少しだ……」

 

 何の皮肉かバルパーを拾ったのは天界と敵対する堕天使で、今組んでいるのは戦争を引き起こそうと企むコカビエルだった。この事を追放前に知る事が出来れば教会の者は彼を殺していただろうが、彼は今生きており、今、多くの関係無い者が巻き込まれようとしていた。

 

 何処か儀式に穴はないか。より良い方法はないかと狂気を伺わせる眼で資料を調べるバルパー。故に彼は気付かない。

 

 窓の隙間から霧が入り込んできている事に。

 

 その霧が自分の背後に集まり、やがて人の姿になった事に。

 

 その人物が一瞬躊躇した後で、自分の首筋に鋭利な牙を突き立てようとしている事に。

 

「あがっ!?」

 

 首筋に鋭利な牙が突き刺さり、血液が一気に吸い出され初めて漸くバルパーは変異に気付く。気付くもときは既に遅く、

 

 

「ふぇぇぇぇ。やっぱり血は苦手ですぅぅぅ」

 

 何処か情けなさを感じさせる声が耳に届いた時にはバルパー()バルパー()でなくなっていた。

 

 

 

 

「では、ご武運をお祈りいたします」

 

 屋敷の表門で龍洞達を見送る清姫はペコリとお辞儀を行うと、そっと目を閉じて何かを期待する素振りを見せる。当然龍洞には彼女が何を求めているかなど考えるまでもなく分かっており、肩を優しく抱くと体を引き寄せそっと口付け。無論普通のではなく、濃厚な口付けだ。舌と舌を絡め、互いの唾液を交換するピチャピチャという音が響く。

 

(……またか)

 

 ギャスパーなどすっかり慣れたもので空を見上げて星を数える事に集中。見ないように、聞かないように、何時もの事だと動揺すらしていない。彼が背けていた顔を二人に向けたのは丁度終わった瞬間。大体の時間さえ体で覚えていた。

 

「あの、旦那様! お帰りになったら何に致します? お食事? お風呂? そ、れ、と、も……(わたくし)? 可愛い清姫ちゃん? 大切な愛妻? どれに致します? 勿論……さあ! さあさあさあさあ! お選び下さいませ!」

 

『早く行かんか、馬鹿者共!!』

 

 この様に最後に琴湖の一喝で終わるまでがワンセット。大阪名物の某喜劇のやり取りと同じである。

 

 

 

「……さて、お帰りになるまでにお夜食と明日のお弁当の準備をしなくては」

 

『吾輩は寝る。まったく、貴様らは毎度毎度……早く元の体に戻りたい。出雲でノンビリしたい……』

 

 琴湖は犬神、犬の悪霊。故に死ぬ程辛くても死ねない。ただ、苦しいだけ。胃潰瘍になりそうな心配をしつつ今日も寝床に着くのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様っ!!」

 

 二人が目的地である学園へと向かう途中、曲がり角の向こうからやって来たゼノヴィアと出くわした。龍洞の顔を見るなり聖剣を抜いた彼女だが、抜いた瞬間に刀身が半ばから断ち切られて地面に落ちてカラリと音を立てた。

 

「……あっ」

 

 抜いた刀を鞘に収めた龍洞の隣でギャスパーは『あーあー』、といった風な顔になり、ゼノヴィアは状況が飲み込めず固まっている。

 

「わ…私のエクスカリバーが……」

 

「あの、僕達今からコカビエルを倒しに行きますので此処で失礼……ひぇっ!?」

 

「……私も連れて行け」

 

 我に帰る前に立ち去ろうとしたギャスパーだが、其の肩をむんずと掴まれる。その形相は有無を言わせぬものであり、ギャスパーはその要求を飲むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「コカビエル!」

 

 三人が裏口から敷地内に入り、校庭までたどり着くと同時に学園を結界が覆い尽くし、校庭の上空で爆発が起きた。

 

 

「おや、仕留めそこねましたか」

 

「す…すみません〜。やっぱり即席の眷属じゃ……」

 

 冷静な二人とは違いゼノヴィアは校庭の様子を見て完全に理解できていない様子だ。だが、それも無理がないだろう。彼女の持っている情報と今の状況はかけ離れているからだ。

 

 

 

「……ふぃ〜、危なかったぜ」

 

 眼前に放られた手榴弾を咄嗟に蹴り上げたフリードはバルパーの視線が其方に向いた一瞬の隙に光の弾丸を発射していた。音もなく発射された弾丸は吸い込まれる様にバルパーの眉間に向かっていき命を刈り取る。

 

「……おいおい、マジかよ。吸血鬼じゃねーか」

 

 バルパーの死体を踏み付けながら顔を、正確には口の鋭利な牙を見ながらフリードは呟き、続いて三人のほうを向いた。

 

「コカビエルの旦那。敵さんのお出ましだ。一人は教会のクソ女だが……残りは誰だ?」

 

「構わんよ、フリード。悪魔共が来るまでの間、暇潰しに相手をしてやれ」

 

 フリードは怪訝そうにしながらも光の剣を抜き、コカビエルは余裕を崩さず椅子に座ったまま指を鳴らす。其の音に導かれるように唸り声が聞こえて来た。

 

『グルルルルルルル!!』

 

『……ケルベロス。地獄の番犬か』

 

 何処かから聞こえてきた聞いた事のある声にコカビエルは微かに眉を顰め、自分の手を見る。微かに震え、汗で湿っていた。

 

(……何だ? これは……恐怖?)

 

 直様有り得ないと顔を振って否定し、鼻を鳴らして忘れ去る。

 

「……有り得ん。計画が頓挫してイラついているだけだ……」

 

 

 

 

「ケルベロスが三匹にフリードか。……私がフリードを受け持つ。それまで耐えろ」

 

 ゼノヴィアは奥の手であるデュランダルを構える。未だ人工的な使い手の開発が進んでいない其の聖剣を持つ事にフリードは動揺する。今の彼の武器は有り触れた光の剣であり、どうして使えるかどうかは別として武器の性能に差は歴然。自信家で勝気な彼でも流石に冷や汗を流していた。

 

「じゃあ、私はフリードを殺しますので、ギャスパーはケルベロスをお願いします」

 

「はいぃぃぃ! 頑張りますぅぅぅぅ!!」

 

 だが先程の言葉や一連の流れ等無かったかの様に振舞う龍洞達は各々獲物と定めた相手へと向かって行った。

 

 

 

「あーもう! 邪魔なんだよ!」

 

 ゼノヴィアと戦う前に余計な体力など使いたくとばかりに弾丸を乱射するフリード。だが龍洞の駆ける速度は凄まじく、彼が居た場所に着弾した時には既にフリードの目前で瘴気を放つ刀を振り上げていた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に剣の柄を挟めたのは彼の経験のお陰だろう、但し全く意味はなく、音もなく柄は二つに絶たれる。しかしフリードが負ったのは手の甲の傷一つ。この後控えているゼノヴィアとの戦いには響くだろうが、少なくても大した傷ではない。ワザとそうした事をフリードは見抜いていた。

 

「へっ! なんだ……」

 

 相手をロクに傷付けられない臆病者かと嘲笑うフリードは銃口を向けようとして鼻に届いた異臭に気付く。肉が腐ったかの様な嫌なその匂い、其れは彼の足元から、足元と手から漂って来ていた。足元を見ると腐汁で濡れた肉の欠片、先程傷付けられた手の甲の肉だ。腐臭を放つ手からは白骨が覗き、自覚したと同時に激痛が走った。

 

「あがぁあああああっ!?」

 

 今まで彼は様々な傷を負ってきた。無論痛みに耐える訓練も受けたし、此処まで来るまでの実戦で痛みに慣れてきた。それでも耐え切れない程の激痛が全身を駆け巡り、腕の肉を中心に体の腐敗が進行する。まるで甚振るかのようにゆっくりと進むその現象にフリードは気絶する事すら許されず、のたうち回り更に腐肉をばら撒いていた。

 

「地獄の毒火で鍛えたこの『三上七半(みかみやたらず)』、相手を甚振るのには適しているのですよ」

 

 もはや声すら出せず、動く事すら出来ない状態のフリードはままならない思考で普段は忌み嫌う神に祈る。早く楽になりたいと。だが、彼の祈りは神には届かず死の安らぎは未だ訪れない。肉の腐敗が体中に周り、心蔵が露出するその時まで……。

 

 

 

 

「……えっと、もう終わりですか?」

 

 ギャスパーは戸惑っていた。コカビエルは自信有りそうな素振りで呼び出したにも関わらず、ケルベロス達は既に事切れていたからだ。

 

 まるでビデオの一時停止の様に空中で停まった三匹は、影から伸びてきた無数の腕の鋭利な爪先に体を貫通され、串刺しにされて死んでいた。

 

 

 

「……吸血鬼の力。いや、そこの小僧……小僧か? はハーフの様だが……そうか。全部お前達の仕業か」

 

 此処に来てコカビエルは椅子から立ち上がり黒い翼を広げる。其れは二人を敵として認めた証拠であった。

 

「貴様達は何者だ? 教会の手先ではなく、悪魔の手先にも思えない。俺を倒して名を上げに来たか? それとも下らぬ正義感で街を救いに来たか?」

 

「いえ、町の住民などどうなろうと気に成りませんし、武功も不要です」

 

「……なら、何しに来た? なぜ俺の邪魔をする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の舎弟が前を見ずに歩いていたせいでフリードの戦いに巻き込まれて怪我をした。その落とし前を付けに来ただけですよ」

 

 怪訝そうな顔のコカビエルに対し臆することなく答え切った龍洞は赤い刀を抜いた。柄に埋め込まれた緑の宝玉以外は鞘を含めて赤一色であり、その刀から放たれるオーラをコカビエルは知っていた。

 

「そうか。先程の声はドライグの声! 貴様、()()()()()()だなっ!!」

 

 少しは楽しめそうだと上機嫌になるコカビエル。だが、それに反し龍洞は見るからに不愉快そうな顔となる。ギャスパーでさえ嫌そうな顔になっていた。

 

 

 

 

「……貴方もですか。大戦で其の姿と力を目の当たりにした貴方でさえ……()()()()()宿()()()()()()()()()()の者を其の名で呼びますか。……非常に不愉快だ。赤龍帝とはドライグさんの偉大さに贈られた称号。それを穢すのですね……」

 

 龍洞は切っ先を下に向けたまま刀から手を離す。刀はまるで糸で吊り下げられているかの様に宙に浮いていた。

 

 

 

 

 

 

「ならば思い出すが良い! 二天龍と称される者の偉大さを其の身を持って知るが良い!!」

 

 龍洞は呪文を口にする。その瞬間、刀から放たれるオーラが膨れ上がり、余波で校舎が崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりだな、コカビエル。大戦の時以来、白いのとの()()()()()の時以来だな』

 

 この場に君臨するのは圧倒的な力の化身である『(ドラゴン)』。宿敵との戦いに世界中を巻き込んで暴れまわった赤き皇帝。何時しか誰かがこう呼んだ。―――赤龍帝と。

 

 

 戦争を望む堕天使の前に、かつての大戦に乱入し暴れまわった龍の片割れが降臨した。



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狂人達の恋の唄 ④

 コカビエルは闘いが好きだ。極限の状況下での血湧き肉躍る緊張感に高揚し、互いに限界まで力を絞り尽くしてぶつかり合う楽しさは忘れられない。

 

 だが、戦闘よりも戦争が好きだった。突出した個人の武が絶対ではなく、種族としての地力や連携、軍略など、全体と全体がぶつかるからこそ彼の持論が証明される。即ち、堕天使こそが至高の存在だと。だから大戦の勃発は嬉しく、死と隣り合わせの毎日に歓喜した。

 

 其れが狂ったのは二匹の龍の存在によるもの。戦場の真っ只中に決闘中の二匹、赤龍帝ドライグと白龍皇アルビオンが乱入し戦場は混乱に包まれた。

 

『たかが神如き魔王如きが我らの邪魔をするなっ!!』

 

 この二匹を鎮圧する為に三すくみの勢力は一時的に力を合わせ、やがて互いに多大な被害を出して終戦となった。それからのコカビエルの人生はつまらない物だ。神が作った道具に夢中の総督を始めとした戦争をする気のない仲間達。

 

 あのまま戦えば自分達が勝っていた。このまま冷戦が続くのなら散っていった仲間の死が無駄になる。どれほど言葉を尽くしてもアザゼル達は動かず、それが今回の事件を引き起こす結果となった。

 

 

 魔王の妹二人を犯して殺し、教会から奪ったエクスカリバーを使って大暴れする。最初から学園を強襲して二人を殺せば戦争は起きただろうし、教会にワザと潜伏場所を気取らせる必要もなかったが、どうせならと計画に遊び心を入れたのだ。どうせ上手く行くからと。……其れが予想外の二人によって狂わされた。

 

 

「汝、世に君臨し覇の理を神より奪いし二天龍なり」

 

 その呪文を聞いた時、コカビエルには何をする気か予想できた。二天龍を封印した神器の禁じ手中の禁じ手、『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』、生命力を大幅に削り一時的に二天龍と同等の力を得る技だ。

 

 それを知って尚コカビエルは邪魔をしようとしない。大戦時より強くなったという自負と、計画を邪魔された相手を叩きのめしたいという怒りからだ。

 

 幾ら二天龍の力を得ても使えるのは短時間のみ。ならばどうとでもなる、そう思っていた。

 

 事実、今までの所有者達は僅かな時間しか使えなかった。……つまり二天龍からすれば全力で暴れる、本人達からすれば龍の規格外の体力もあって少し疲れる程度だが、神器所有者からすれば文字通り命懸け。だが、其の戦いはニ天龍の戦いと認識され、所有者は赤龍帝や白龍皇と呼ばれている。

 

 

「自由を愛し、覇道を歩む」

 

 ・・・・・・・龍洞は其れが不快だった。彼からすればニ天龍への侮辱としか思えなかった。他人に興味を示さない彼が他人に怒りを感じる数少ない事、其れが神器を宿した()()の者を二天龍の名で呼ぶことだ。

 

「我、気高き御身を縛りし神の鎖を断ち切り この天の下に真なる支配者を呼び戻さん」

 

 何故其処までドライグ達に尊崇の念を感じるか。其の答えはこの場の誰もが理解した。宙に浮く刀より出でし赤龍帝の姿を見た者全てが理解した。忘れていたコカビエルさえ思い出した。

 

 

天理崩壊(てんりほうかい)天龍解放(てんりゅうかいほう)

 

 所有者同士の戦いなど、目の前の存在の戦いに比べれば、『ニ天龍ごっこ』、そう呼ばれても仕方ないのだと・・・・・・・。

 

 

 

 

「何なんだっ! お前達は一体何だって言うんだっ!」

 

 コカビエルは二天龍を憎んでいた。そしてそれ以上に恐怖していた。戦場で感じた圧倒的な力の差。経験や罠や知能でどうにかならない程の個体差。自分では決して届かない遥か高み。

 

 もはや自分に嘘はつかない。あの時声を聞いた時の震えは恐怖によるもの。その恐怖の対象が今、こうして目の前に君臨していた。

 

 コカビエルは必死に虚勢を張って叫ぶが心臓は高鳴り本能が危険信号を放つ。もはや背を向けて死に物狂いで逃げ出したい所だが、それでも歴戦の戦士としてのプライドが邪魔をしていた。邪魔をしてしまった。

 

『龍洞が、其処に居る俺の弟分が先程言っただろう? 貴様の手下に身内が傷付けられたと。戦争を起こしたいのなら、行動に出るべきだったな。魔王の妹を殺せば戦争になっただろうし、そうなれば天界も静観しなかっただろうに』

 

「貴方は選択を誤った。どうしても成し遂げたいのなら、娯楽要素など入れるべきではなかった」

 

 ドライグが復活した時に発生したエネルギーにより校舎は崩壊しており、その被害は校庭にも及んでいた。吹き飛ばされた土砂は砂嵐、いや津波の様に龍洞達に押し寄せたが、矮躯が飛ばされないようにと龍洞に押さえ付けられたギャスパーの目が妖しく光るとケルベロスの様に停止する。

 

「……一体何が起きているんだ」

 

 もはや状況に理解が追い付かず、信仰する神に封印された筈のドライグの復活と言う事実を呆然としながら認識するのがやっと。今の彼女の頭からは恨みのある龍洞への復讐や行方不明になったイリナの事、エクスカリバー奪還の任務の事すら抜け落ちていた。

 

 襲い掛かる土砂にはギャスパーの近くに居た為に飲み込まれなかったが、それでも余波で尻餅を着いている彼女はドライグの姿を眺めるしか出来ない。最早コカビエルの事など視界に入っても認識できない、其れほどの存在感が二天龍の称号を冠するドライグにはあった。

 

 

 

「ドライグさん。()は使わないで下さいね」

 

「ぼ・・・僕でもアレは停められませぇぇぇん」

 

『ああ、分かっている。そもそも使う必要すらない』

 

 ドライグは無造作に前足を振り上げる。まるで人間がアリを踏みつぶそうとするように、羽虫を手で払うかのように、其の挙動に敵意も殺意も籠もっていない。ドライグの目にはコカビエルは敵として映ってさえ居ないのだ。無論、それだけの力の差が有り、其れはこの場でコカビエルこそが一番理解していた。

 

 ドライグからすればコカビエルも下級堕天使も大した差はなく、一ミリと二ミリの差を目視で計るのはほぼ不可能。だが、二ミリの存在が目測不能な大きさと自分との間に測定不能な差が有るのを理解するのは容易かった。

 

「糞っ! 糞がぁぁぁっ!!」

 

 逃げられないのは分かっている。耐えられないのも防げないのも理解している。自分の攻撃などで痛痒を与える事など不可能だと、コカビエルが一番理解している。

 

 それでも! それでも諦めて死を待つだけの小物ではない。彼はコカビエル。聖書に名を記されし堕天使。自らの意志で偉大なる創造主に反逆し生き残った歴戦の戦士なのだ。

 

「此奴でも喰らいやがれぇぇぇぇええええええええええ!!!」

 

 其れは正しく決死の覚悟を込めた捨て身の一撃。生命力さえ光力に注ぎ込んだ生涯最強の槍。男の其の姿にドライグの口からさえ賞賛の言葉が漏れる。

 

『良い覚悟だ』

 

 

 

 

 

 だがやはり、圧倒的なのは・・・力の差。全身全霊の力を込めた光の槍は振り下ろされる前足に当たると同時に音を立てて砕け散る。最初から分かっていた結果だ。

 

「こんな筈じゃなかった! 魔王は死んだ! 神さえもだ! ならば我々堕天・・・」

 

 其れはコカビエルの最期の叫び。世界に自分達が君臨する事を夢見た男の言葉。だが、その言葉が終わるより前に、其の命は終わりを告げた。

 

 振り下ろされた龍の前足はコカビエルを肉片すら残さず消し去り、叩きつけられた地面は崩壊する。龍洞は咄嗟にギャスパーを掴んで跳び、退避が遅れたゼノヴィアは天地が逆転したかのように舞い上がる土砂に巻き込まれてしまう。

 

 

 

 

 計画が遂行されれば町一つ消え去る筈だった今回の一件は、駒王学園の完全崩壊という些細な被害だけで終わりを告げた。

 

 

「ドライグさん、何か言う事は?」

 

『すまん、すまん。久々に暴れたもので力加減を間違えた』

 

 土砂と瓦礫が混じり合い散乱する中、地面の一部が吹き飛んで、中から結界で身を守った龍洞とギャスパーが出てくる。ギャスパーは気絶し、龍洞はジト目。ドライグは誤魔化すかのように笑い、再び刀に戻ると自然と龍洞の手の中に収まった。

 

 

 

 

 

『所で明日は月に一度の飲酒の日だが肴は何だ?』

 

「ミノタウロス肉を仕入れています。酒は北欧の蜂蜜酒ですが良いですね?」

 

『おお! 其れは楽しみだ!』

 

 ギャスパーを背負いながら空を眺める龍洞。機嫌が良いし、口の中の物は余程美味しいようだ。先程の一撃で結界も決壊し、コカビエルの計画を外で警戒していたソーナ達は焦りを募らせながら遠目に姿が見えたリアス達を急かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・おや」

 

 帰宅途中、缶コーヒーを買おうと自販機に近寄った龍洞がふと空を見上げた時、遙か上空を白い全身鎧を着た者が飛行していた。向かっているのは駒王学園の方向だ。

 

『アレは白いの・・・・・・・の宿主だな』

 

「興味あります?」

 

『俺を宿していた奴の様に、彼奴が神器を抜き取らせてくれたら、俺みたいに神器を改造して実体化した白いのと戦えるからな。でなければ興味はない。覇龍を使っても、小さい体で短時間白いのの力を使うのと、俺が短時間俺の力を使うのとでは違う』

 

 例え力自体が互角でも、体が圧倒的に大きい事は其れだけで有利だ。一撃の重さも、耐久性も、的が大きくなる以上のアドバンテージが存在する。

 

 故に、アルビオンを宿す者が居たとしても、ドライグは其の人物自体に特に関心を抱かなかった。あくまでドライグの宿敵はアルビオンであり、宿した相手ではない。だから宿主同士の戦いも、今のドライグはニ天龍の戦いとは認めていなかった。

 

 

 

 

 

 事件の顛末を語ろう。崩壊した校舎は一晩で修繕できるレベルではなく、不発弾が爆発したという情報を流し急ピッチで修繕する事となった。大勢で魔力を使えば数日以内には直るだろう。

 

 イリナは土砂から救出されたゼノヴィアがコカビエルのアジトへと戻り発見。一命は取り留め、奇跡的に発見されたエクスカリバーの核と共に本国へと帰還した。・・・・・・・ただしゼノヴィアは日本に残ったが。コカビエルの言葉を電話で報告した所、追放されてしまったのだ。今はリアスやソーナ達の世話になって暮らしている。眷属に誘われているが、踏ん切りが付かずに保留中だ。相手の中に印象の良い者が居ないのだから仕方ないだろう。

 

 アルビオンの宿主は堕天使側の人間でコカビエルを捕らえに来たが、状況から死んでいると判断。警戒して何も話さなかったゼノヴィアを一瞥して去っていった。

 

 木場だがエクスカリバーの破壊もバルパーへの復讐も果たせず、かといってリアスの眷属を完全に辞める事も出来ず、今は意気消沈して食事もロクに喉を通らないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・三すくみの会談に出て欲しい、ですか。まぁ、丁度良いですね」

 

 龍洞はお得意先であるV・Sからの依頼書を手に取る。依頼内容は三すくみの会談内容が知りたい。出来れば傍聴か出席がしたい、という内容であった。

 

  他人の成功を羨むのなら、其の人がして来た苦労も含めて―――などという事を言う者が居るが、『彼』は正しくそうだろう。

 

 昔、京都に一人の狐妖怪の少年が居た。生まれた時から家無し親無し名すら無し。生きる為に盗み、奪い、殺してきた彼はその内、化物として退治されていただろう。

 

 彼は天を恨んでいた。自分にこの様な宿命を与えた天を恨み、空を見上げる時は何時も憎悪を瞳に宿していた。

 

 彼は人を恨んでいた。自分の不幸など知る由もなく、欲しくて欲しくて堪らない幸せの価値も知らずに世の中を謳歌する者達が嫌いで、彼らに何をしようとも心が痛まなかった。

 

 彼は己を恨んでいた。何故自分はこの様な生き方しか出来ないのかと、己の不甲斐なさ、無力さ、運の無さを恨み、何よりも自分が嫌いだった。

 

「……おやおや、これは珍しい。獣が剣を持っている」

 

 何時もの様に盗んだ刀を使っての金稼ぎ。彼にとっては何度も繰り返した日常で代わり映えのしない事。だが、この日を境に彼の人生は様変わりする。

 

「……殺せ」

 

 彼はこの日の獲物を舐めていた訳ではない。たとえ明らかな弱者でも、くり返し戦えば何時かは自分にその牙が届く。其の何時かが来ないように彼は手など抜いてはいない、いないのだが、獲物は自分と同じ狐妖怪で、自分とは違う世界の住民。煌びやかな服装も、気品のある顔つきも、彼にとっては癪で、少しだけ剣筋が乱れた。

 

 そして、元より獲物の方が遥か格上で、負けた彼は死を求めたが、それは叶わなかった。

 

「いえいえ、殺しませんよ。……刀を交えている時、名など無いと申しましたね。では、私が貴方の名を決めましょう」

 

「……は?」

 

 思いもよらぬ言葉を聞き呆ける彼を男は屋敷に連れて帰り、其処が彼の家になった。

 

 

 

(……何を企んでいるんだ?)

 

 屋敷の者が彼に向けるのは、彼が知っているゴミを見る目ではなく、戸惑いながらも屋敷で日々を過ごす。何度も逃げ出そうとするもその度に捕まり、何時しか逃げ出す事を諦めて屋敷で暮らしていた。

 

 

 彼は後にこの日の事を思い出し、こう語る。あの日私は一度死に、新たに生まれ変わったのだ、と……。

 

 

 彼にとっての二度目の人生というべき日々は満ち足りていた。想像もしなかった幸せは日常となり、友や家族と言える者が増え、この世全てに向けていた憎悪は消え去っていた。

 

 

 

 そして、彼は自分が獲物にしようとしていた男の娘と恋に落ち、娘も生まれた。美しい妻と並んで座り、覚束無い足取りで必死に自分達の所に向かってくる可愛い我が子。この幸せが何時までも続く……そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

「ふむ。所詮はこの程度。狐など鬼の敵ではないわ!」

 

 高笑いしながら其の鬼は巨大な手で、向かって来た狐妖怪を握り潰す。彼の側近で老いた母の面倒を見ている親孝行者だった娘だ。彼は体中真っ赤だ。無数の刀や槍や矢が突き刺さり、己と己が斬り殺した鬼の血で服は真っ赤に染まり、辺りは紅蓮の炎に包まれていた。

 

 毒でも塗られていたか足はフラつき視界は霞む。その霞んだ視界に映るのは武器を持った鬼達と……何処か熱に浮かされたような目をした狐妖怪……彼の味方だった筈の者達だ。共に盃を交わし、笑いあったはずの仲間。其れが彼に刀を向けていた。

 

「あらあら、まぁまぁ。随分と丈夫ですのね。驚いてしまいましたわ」

 

 聞くだけで脳が蕩けそうな程の色香が篭った声が響き、醜い鬼や狐達が声の主の方を向く。その瞳は欲情しており、恋に落ちていた。尼僧の姿をしているにも関わらず、其の姿は見た者を堕落させ色欲の道に引き摺り込む。多くの仲間を殺した相手にも関わらず、妻を愛しているにも関わらず、彼でさえ其の姿を見た途端に欲情に駆られ、慌てて顔を左右に振って振り払った。

 

「キサマら、何が目的だっ!」

 

 鬼と狐は手を取り合う仲ではなかったが、それでも此処までの敵対はして来なかった。そう、この日までは。ある日行われた強襲。体勢を整える間もなく多くの仲間が殺され、多くの鬼を殺した義父である恩人は途切れなくやって来る鬼に纏わり付かれ、高笑いを上げる鬼が仲間ごと焼き殺した。

 

 

 この場に残ったのは既に彼だけ。毒は全身を周り命がやがて尽きる事は誰よりも彼が分かっている。だが、彼は自分が不幸だとは思っていない。

 

(……俺には相応しい死に方だな)

 

 自分の死は因果応報と思っている。だが、其れでもこの場に居ない仲間達、何よりも妻子の為に一人でも多くの敵を道連れにする。それだけを思い彼は命を力に変え、既に見えない目や効かない鼻を捨て、ただ向けられる殺気にのみ集中。……その瞬間、全身が総毛立った。

 

 殺気にのみ集中したからこそ分かった圧倒的な格の差。自分が生涯かけても放てないであろう、恩人を殺された今でも、想像すらしたくはないが妻子を殺されても自分では放てない濃厚な殺気。自分とは全く面識のない、何一つ因縁のない自分に対し、最早素手でも勝てるほど弱った圧倒的格下の自分に対して其れを放っていた。

 

「何故この様な事を?」

 

 

 だからこそ気付かなかった。幼子が蟻を踏み潰すかの様に、庭弄りで雑草を抜くかのように、殺気も敵意も欠片も向けず、ただ武器だけを向けていた存在に。

 

 

「奪い。壊し。犯し。喰らい。そして殺す。其れが鬼というもの。ただ其れだけですよ」

 

 首に刃が入る感触を感じ、一瞬の痛みの後に彼は死ぬ。クルクルと宙を舞う頭を最後に過ぎったのは愛しい妻子の姿だった。

 

(すまない。や……)

 

 愛する妻の名を頭の中で呼ぶ前に、彼の意識は途切れる。頭を失った体は前のめりに倒れ、頭は地面を転がって行く。其の惨状を引き起こした少年はそれらに全く関心を示していなかった。

 

「……むぅ。最後の最後で美味しい所を持って行きおって! ズルだズル! 吾は断固抗議する! 汝もそう思うよなっ!」

 

 絶対に納得行かないと鬼は抗議し仲間に同意を求めて顔を向ける。

 

 

 

 

「いえ、私は思いませんが?」

 

「そうっすよ、茨木の姉御」

 

「勝ちは勝ちっすよねぇ」

 

「……そ、そうか? 今の、ズルじゃないか? ……そうなのか」

 

 同僚どころか下っ端の鬼にさえ同意して貰えなかった彼女は涙目になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……随分と懐かしい。やはり茨木童子さんは弄られてこそ輝く方だ。……ん?」

 

 この日の朝、懐かしい夢を見た龍洞は布団から体を起こそうとして違和感に気付く。最初に感じたのは濃厚な酒の香り。匂いだけでよってしまいそうな強い香りだ。そして誰かが右腕に抱きつくようにして眠っている。其の姿には見覚えが有り過ぎた。

 

 オカッパの黒髪に二本の角、着物を肩に羽織っただけで前面は一部を隠しているだけだ。幼さの残る未成熟な肉体で凹凸が殆どない体付きだが、其れでも妖艶さを感じさせる彼女は差し込む朝日に反応してそっと体を起こした。

 

 

「お早うさん、龍洞ちゃん。今日も良い天気やなぁ」

 

「あっ、お早う御座います、大婆様」

 

 目が覚めたらベッドの中に遠く離れた地に住んでいる知り合いが入り込んでいた。普通なら驚く所だが、この人なら何をやっても変ではない、そう思っているのか龍洞には大して驚いた様子はなかった。

 

 だが、どうも彼女はそれが不満そうだ。自分ではドッキリが上手くいって慌てふためく姿が見られると思っていたのだろう。不満を頬を膨らませる事で主張し顔を背けていた。

 

「なんや、つまらんなぁ。少しは驚いてくれてもええのんとちゃうの?」

 

「大して驚きませんでしたから」

 

「つまらん、つ〜ま〜ら〜ん! ……まぁ、ええわ」

 

 手足をバタバタと動かしていた彼女だが、急に落ち着いて龍洞を頭の先から爪先まで眺め出すと指先を胸に、心臓の真上にそっと当てた。

 

 

「随分と強ぉなったんとちゃう? オーラが段違いや。ウチ、嬉しいわぁ。ええもん送って来てくれとるし、ほんま龍洞ちゃんはええ子やなぁ」

 

 母が、もしくは祖母が子や孫を褒めるかの様に頭に手を持って行き優しく撫でる。暫く撫でた後、今度は頬にそっと手が添えられた。

 

「ほんま、あの小僧によぉ似て来たわ。中身も見た目も違うけど気の質がそっくりや。態々あの小僧の子を攫って孕んだかいがあったなぁ」

 

「小僧……大婆様を()()()()()()()ですね?」

 

「そやそや。色々と勝負しとったんやけど、最後には美味いけど鬼には毒な酒飲まされて首撥ねられたって聞かせっとったっけ? お(とう)がウチらの魂を別の場所に分けとらんかったらこうしておらんかったなぁ」

 

 昔の事を懐かしみながらケラケラ笑い、今度はスンスンと鼻を動かす。潜り込んだ布団には激しい情交の痕跡が残っており、酒の香りに隠れているが僅かに匂う。

 

「……そや。ええ事考えた」

 

「え?」

 

 龍洞は決して細身なだけではなく、筋肉はしっかりと付いている。にも関わらず気付けば彼女の細腕に組み伏せられて居た。

 

 

 

 

「どうせアレやろ? 毎晩清姫ちゃんとよーさん楽しんではるんとちゃうの? 押し倒したは良いけどどうすれば良いか分からへんと困っとたんが成長したわ。……少し遊んで見るのんも楽しそうやなぁ。ほら、近親相姦っていうの?」

 

「あの、大婆様。後ろ……」

 

 貞操の危機だが龍洞は少しも慌てない。そして彼女が警告通りに後ろを振り向こうとした時、その頭に牙が突き刺さった。

 

『朝から何を盛っているか、この馬鹿者!』

 

「あ痛たたたたたっ!? 勘弁! 勘弁や、おと……琴湖っ!!」

 

 琴湖は両前足を彼女の両肩に掛け、その牙を頭に容赦なく突き刺す。流れ出す血で布団は真っ赤に染まった。

 

 

 

「……後で洗濯ですね」

 

「ちょっと、龍洞ちゃんっ!? どこ行くんっ!? ウチを助けて……」

 

『助けんでいい。暫く仕置を続けるから朝飯でも食べていろっ!!』

 

 聞こえてくる悲鳴を無視し龍洞は寝室を後にする。悲鳴が止んだのは五分後の事だった……。

 

「そう言えば何しに来たのですか?」

 

「なんやの。行き成りご挨拶やなぁ。ウチが可愛い龍洞ちゃんの顔見に来たらあかんの?」

 

 昼過ぎ、煎餅を齧りながら自分を追放した相手の方を振り向く龍洞。彼女が自分を可愛がっているのは幼い頃からの付き合いで理解している。名付け親で、家族と一緒に居た頃はよく遊んで貰い、彼女の元に移ってからも散々世話になった。

 

 だが、自分より大きな瓢箪を傾けて酒をグビグビと煽っている相手が只それだけの為に来たとも思えない。十中八九ロ碌でもない事、ただし一般的に、なのは予想が付いていた。

 

「顔見に来たんは本当。渡すモンや伝える事があったさかい、それならと思うてな」

 

 ジャラリと音を立てて差し出されたのは勾玉で作られた首飾り。翡翠や瑪瑙や珊瑚など、いっこいっこ違う材料で作られているが、素人の作品なのか少々作りが荒い所がある。何かしらの術も掛けておらず、価値はそれ程でもなさそうだ。

 

「狐の所からこれが良いって指定して受け取った賠償の品なんやけど……先代が娘婿に贈ったもんや。個人的な価値は高いんやけど、抗争を防ぐ品としては足りない。でも、ウチはコレで宜しおす。狐の顔が愉快だったさかいになぁ」

 

「まぁ、貰っておきましょう。……私としては舎弟が襲われたので物足りませんが、大婆様の決定には従いますよ」

 

 もう十分だからあげるとばかりに無造作に放り投げられた首飾りを龍洞はキャッチし、近くにあった小物入れに投げ入れた。中に入れられていた爪切りや鋏とぶつかる音がしたので少し傷ついたかもしれないが、もっと価値のある物を多く所有しているので二人に気にした様子はない。

 

「ふふふ、素直で良い子で結構や。ほな、その首飾りは修学旅行で京都に行く時に持ってくるんやで? あんさんが持っている所を見た狐が面白い事になりそうやからなぁ」

 

「はぁ。それで、伝えたい事とはそれですか?」

 

「いやいや、ちゃーんと他にあるよ。今度授業参観が有るんやろ? 本当ならウチが行きたい所なんやけど、ぬらりひょんと酒盛りする予定やさかい、幹部を向かわせるわ。龍洞ちゃんを可愛がっとったキアラちゃんならウチが行くのと同じやさかいになぁ」

 

「……それなら茨木童子さんで宜しいのでは? 人間嫌いなあの人に人間の変装をさせてどう見ても背伸びしているようにしか見えないスーツ姿をさせるとか」

 

「……其れも宜しおすなぁ。でもまぁ、キアラちゃんが行きたいって言うたんやし、ウチとしては滅多に会えない龍洞ちゃんで遊びたいんよ」

 

「この人でなし!」

 

「そうやで? ウチは正真正銘の鬼や」

 

 何を今更と言わんばかりの彼女に対し、龍洞は心底嫌そうな顔をしているが、その顔を見る為にやって来たのだから意味がなかった。

 

 決して逆らえぬ相手。天災を前にした矮小な存在にしか過ぎず、頭を下げて通り過ぎるのを待つしかないのだ。

 

 

 

「所でギャスパーちゃんはどうしたん?」

 

「コンビニの新商品巡りです」

 

 

 

 

 

 

 

「……うーん。新商品って割には昔発売していた頃と大して変化が……」

 

 毎週入れ替わる商品を逃すまいとネットを駆使して向かえるコンビニ全てを回っているギャスパーは今回の新商品はハズレだと判断する。財布の中身は龍洞から貰えるお金や株の投資で余裕があるが、それでもハズレ商品で無駄に消費した事へのショックは大きい。

 

 其れよりもショックだったのは一円足りずにお札を出す羽目になった事だ。

 

「おや、こんな所に居たのか。彼の家に行く手間が省けたな」

 

「ぼ…僕に何か用ですか? お金なら貸しませんよ」

 

 ギャスパーは行き成り話しかけてきた彼女、ゼノヴィアに警戒した眼差しを向けながら財布を体の後ろに隠す。其の光景はか弱い外国人少女からカツアゲしようとする外国人少女にしか見えない。制服は男子の物だが、普段の服装まで五月蝿く言われていないので今のギャスパーは水玉のワンピース姿だ。

 

 

 

「あの二人、可愛くね? 特に金髪の方」

 

「ああ、金髪の方が明らかに勝ちだな」

 

 だが、男だ。無情だが、ギャスパーは男で、先程から負けてばかりのゼノヴィアは女だ。

 

 

 

「……まぁ、良い。最近、悪魔になる方に心が傾いてね。いや、主への信仰が無くなった訳ではないのだが」

 

「悪魔になるとか厨二臭い事を公共の場で話すのはどうなんでしょうか……」

 

「……ちょっと路地裏まで来てくれるか?」

 

 咄嗟に警察に電話しようとするギャスパーだが、どうもカツアゲをする気ではないと思い、直ぐにでも掛けられるように発信ボタンを押すだけの状態の携帯をポケットに入れると言われるがままに路地裏について行った。

 

 

 

「実はだ、悪魔になるにあたってどの様に生きれば良いか教えられてね。信仰は捨てなくても良いらしいし、言われた通り、欲望に忠実に生きようと思うんだ」

 

(……あれだけ食べるのは食『欲』に忠実なんじゃないかなぁ。行き過ぎた暴食は七大罪の一つだし。それに信仰を捨てなくても良いって言っても……。あっ、さっきは揚がっていなかったホットスナックが出来上がる頃ですし、買いに行きたいなぁ)

 

「……それでだな。私も教会に所属している時は出来なかった女としての人生を送ろうと思ってな……私と子供を作らないか? 君は強かったしフリーだろう?」

 

「あっ、すいません。話聞いていませんでした」

 

 

 

 

 

 

「……っという訳だ。相手が居る仙酔龍洞は主の教えに反するから君しか居なくてね」

 

「この人が運命の相手だって思って反対を振り切って一緒になるカップルって居ますけど、相手の嫌な所ばかりが目に付く様になった頃に魅力的な相手が見つかるらしいですよ?」

 

「いや、私は子供が欲しいだけだ。そうだな、子供が父親の愛を欲しがった時にだけ会ってくれたら良い。ああ、私も初めてだし君も初めてだろうが安心しろ。どうにかなるさ」

 

 遠回しに断るギャスパーと、全く気付かないゼノヴィア。ギャスパーの耳に新商品が揚がったというコンビニ店員の声が届き早く行きたいが、だからと言って普通に断っても面倒そうだと困るばかり。

 

 

 

 

「あの、信仰心を捨てなくても良いそうですが、悪魔になったら聖水や十字架に触れませんし、祈ったり聖書を読むのにも困りますよ? 其れに……日曜のミサにも出られませんし、幼児洗礼も無理ですよ?」

 

「……あ」

 

 この瞬間、ギャスパーは何処ぞの新世界の神の様な笑い方をした。付け入る隙が出来た。故に畳み掛けるなら今だ。

 

 

 

「其れに今は天界と悪魔は敵対していますし、争いになったら内通を疑われませんか? あ、あの、それに僕は未経験では無いですよ?」

 

「……確かにな。コカビエルの一件で戦争が起きた場合、私は聖剣を天使や悪魔祓いに向ける事になるのか。……すまない。先程の事は忘れてくれ」

 

「あっ、はい。喜んで忘れます」

 

 冷静になった事で悪魔になる事のデメリットに気付いたゼノヴィアはそのまま去って行き、ギャスパーはコンビニで無事に新商品を買う事が出来た。

 

 

 

 

 

「『超有名大熊猫監修の唐揚げ ジャイ○ンシチュー味』……ゲフッ!?」

 

 この日、ギャスパーは三週間ぶりに走馬灯を見た。彼が向かったコンビニの店名は『アンノウンマート』。この日開店したばかりの店で、夕方には関連する書類や記録ごと店は無くなっていた……。

 

 

 

 

 

 二日後、今は使われなくなった旧校舎……ではなく神社で、恐怖の一夜が幕を開ける……訳はなく、何故か巫女衣装の姫島朱乃に出迎えられた龍洞は境内に向かっていた。

 

(この人、神社には住んでいなかった筈ですよね? 情報ではバラキエルは近くに構えた家から仕事場に向かっていたそうですし……コスプレ?)

 

「あらあら、うふふ。私に何か?」

 

「いえ、巫女服って仕事着ですし、巫女としての修行もしていない貴女が着るのはどうしてかなと思いまして。いえ、貴女はどうでも良いのですが、姫島本家が知ったら何か行動するかもしれませんし、巻き込まれたら嫌だなと」

 

「……此方です」

 

 返答を聞かなかったかのように振舞う朱乃は其の儘、来日した重要人物が居る場所を指差す。其処に居たのは計十二枚の羽と光の輪を持つ天使、大天使ミカエルだった。

 

 

 

「初めまして、仙酔龍洞君。私がミカエルです」

 

「ああ、貴方が天界のトップのミカエルですか。コカビエルの一件で恨まれているかと思いましたが、その様子は……いえ、殺意を完全に隠しているという訳でしょうか?」

 

「私が貴方を恨む? 一体何故?」

 

 この発言にミカエルは首を傾げるしか出来ない。自分の配下を助けて貰い、事件を解決に導いた龍洞に感謝の言葉と品を贈ろうと来たのだからだ。

 

 だからつい訊いてしまった。聞き逃していれば良かったのにだ。

 

 

 

 

「いや、だって最上級堕天使相手に雑魚を送るなんて、エクスカリバーを献上するような物でしょう? そんな事も分からなかったり、下部組織に全部任せて放置で良い様な事件かどうかの判断もつかない無能かと思いましたが、自分が何かしらの手段で起こした奇跡を神の祝福と言う様な()()()()行為を長年続けられる方が無能な訳がありませんし、だから邪魔をした私を恨んでいるのかと」

 

「……申し訳ありません。私は無能だったようです」

 

 どれだけ屈辱的でも認めるしかない、相手から悪意が感じられないからこそ、この場で無能と認める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスカロンですか……。大婆様に献上ですね」

 

 貰えた物は大して嬉しくなかった。

 

 

 龍洞が十四になった日、誕生日を祝うという名目で―――実際は何時も行っているのだが―――酒宴が行われた。だが主役の―――殆ど放ったらかしだった―――龍洞は落ち込みながら自室へと入って行く。何時も自分の傍に居てくれる(スートキングをしている)清姫が途中から居なくなっていた。

 

「……はぁ」

 

 本人が居ない所でエロ尼僧と呼んでいる『縁障女』の”殺生院キアラ(基本レズ)”からは『私の部屋で慰めてさしあげましょうか?』等と言われたので、酒を飲まされてフラフラしている舎弟の半吸血鬼を生け贄に捧げた。先程、彼女の部屋の方から悲鳴が聞こえたので性的な意味で食べられたのだろう。

 

 縁障女は菩薩の様な美しい姿で誑かした相手の血と精気を吸う妖怪なので大丈夫かとは思うが、一応は身内なので大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。ふと思い出せば、彼女が超強力な精力剤を仕入れていた気がするが、記憶の彼方に追いやると自室の襖を開けた。

 

「今日はもう寝ましょう」

 

 

 

「ええ、(わたくし)と一緒に寝ましょう」

 

 其処にはさも当然のように身体にリボンを巻いた清姫が居た。枕を二個置いた大きめの布団を背後に置いて、熱に浮かされたような瞳、人によっては獲物を前にした獣の目で龍洞を見ている。見ているのだが、其の瞳は其処には居ない何処かの誰かを見ていた。

 

 

「お誕生日おめでとう御座います、()()()。”ぷれぜんと”の清姫です。さあ! さあさあ! さあさあさあ! お受け取り下さい!!」

 

 体を殆ど上下させず、長虫が這うかの様に音を立てずに龍洞の眼前まで進んだ清姫はそっと顔を上げて無言でキスを求める。その腰に手が回され、唇が重ねられる。その感触を清姫が堪能するよりも前に視界がクルッと周り、浮遊感に襲われる。

 

「あ…安珍様?」

 

「……」

 

 気付いた時、清姫は布団の上に寝かされ、龍洞は彼女に四つん這いになって覆い被さっていた。右手は彼女の腰に回ったまま左手が帯を解いていく。シュルシュルという衣擦れの音を聞いた時、清姫の鼓動が高まった。

 

 

「あ…あの、(わたくし)まだ心の準備が……」

 

 清姫は愛に狂っている。会って間もない僧に夜這いを仕掛ける程には。

 

 

 だが、其れは結局拒否されて終わり、彼女の体は清いまま。思いばかりが先行し大胆になってはいるのだが、根本は純情な箱入り娘。いざ本番となると怖気付くのは当然の結果であった。

 

「あ…あの? きゃっ!?」

 

 だが龍洞の手は止まらない。帯を解くと着物ごと布団の外に放り投げる。昔の生まれで、着物だと形が分かるからと下着を着けていないので当然の様に着物を失えば生まれたままの姿であり、ただ見られるのとは違い押し倒されているという状況に羞恥心が限界を迎えていた。

 

「……貴女は自分をプレゼントすると言って来た。ならば私が好きにして良いはずだ」

 

 左手が清姫の小柄な体に似合わない大きさを持つ胸を触ろうとし……躊躇ってギリギリの所で止まる。無理やりやらされた酒呑童子との飲み比べで―――二人共拒否したがやらされた―――たらふく飲んだ酒の影響で理性が少し飛んでおり此処まで来たが、此処で止まっていた。

 

 

「……意気地がありませんね」

 

「……申し訳ございません。あの、序でに言いたい事が有るのですが……」

 

「ええ、どうぞ。嘘をつかず正直にお申し下さいませ」

 

 此処へ来て余裕を取り戻したのかホッとした様子ながらも少し不満そうな清姫は、伝えたい事があると聞いて頷く。その間にも彼女の両手は龍洞の背中に回っていた。此の儘では胸が丸見えなので少し近付いて貰おうとしたのだ。

 

 だが、それが裏目に出た。童○の龍洞は今の状況に緊張しきっていて、引き寄せられた事でバランスを崩し倒れこむ。肌が触れ合い唇が触れるまで数寸の距離。

 

 

「私が安珍の生まれ変わりだと、貴女が言うのならば正しいのでしょう。なら、貴女は私を安珍の生まれ変わりとして好きでいて下さって構いません。ですが……私が抱く貴女への思いは私自身の物。其れだけは覚えておいてください」

 

 

 

 

「……はい! 旦那様が、龍洞様が安珍様の生まれ変わりだという事()お慕いする理由です。(わたくし)、貴方様の全てを愛しております」

 

 引き寄せられた体は密着し唇が重なる。この日、二人の想いは初めて交わった。

 

 

 

 

 

「……あの、なさらないのですか?」

 

「此処から先ってどうするのでしょうか?」

 

 

 

 

「仕方あらへんなあ。ウチが教えたるさかい、今夜は楽しみや?」

 

 そして先程からのやりとりは全部覗かれていた。

 

 

「いや、それは流石に」

 

「なんや、ウチは嫌やの? 仕方ないなあ……茨木、教えたり」

 

「吾がかっ!? む…無理だ!」

 

「そやった、そやった。アンタ、陵辱は心地良いとか言うくせに経験なかったなあ」

 

 そして茨木童子の扱いは基本この様な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

「よお! 勉強お疲れさん」

 

 龍洞とギャスパーが下校すると門の前に浴衣姿の中年男性が立っていた。彼の名はアザゼル、堕天使の総督だ。

 

 

「そうそう、駅前のケーキ屋が潰れるそうですよ、最後に何か買いに行きますか?」

 

「で…でも、彼処、不味いですよね? 納豆シュークリームや明太子ティラミスとかゲテモノばかりですし」

 

「でも琴湖はお気に入りなんですよね」

 

 二人はそのアザゼルをスルーして門を開けて中に入っていく。アザゼルが慌てて手を伸ばして門を掴むとようやく二人は今気付いたかの様に振り返った。

 

 

「それって不法侵入ですよ」

 

「やっぱり気付いてるんじゃねぇかよ……」

 

 他人に無関心とは聞いていたが、此処までとはとアザゼルは戸惑い、二人は再び背中を向けてしまった。

 

 

 

「おい、待ってくれよ! 少しお前に話があって来たんだ。土産あるから家に上げてくれや」

 

「……どうしますか? 私は早く家に入って清姫とイチャイチャしたいのですが」

 

「で…でも、あの人しつこそうですし、部下の方が上司を無碍に扱ったって襲って来ませんか?」

 

「ああ、コカビエルといい、先日の四人といい、部下の管理が出来ていない駄目上司ですし有り得ますね。……短時間でお願いします」

 

 本人を前にして容赦ない二人は話を進め、勝手に入って来いとばかりに背を向けて歩き出した。

 

 

「……やべ。心折れそう」

 

 

 

 

 

 

「ギャスパー、確か頂き物の玉露が有りましたよね? 勿体ないのでアザゼル総督には粗茶で、私達は悪くなる前に頂きましょう」

 

「はいぃぃぃぃ」

 

 ドタドタと廊下を走ってお茶を煎れに行くギャスパーの背中を眺めるアザゼルは今度は部屋の隅で寝転がる琴湖に視線を向ける。自分が何か妙な真似をすれば迷わず喉笛を噛み千切りに来る気だと感じていた。

 

(……ったく、これでフリーだっつうんだから怖いもんだぜ)

 

 アザゼルの情報では仙酔家は既に彼以外潰えており、仕事ではフリーを名乗っていると聞く。此処へ来る前は勧誘も考えたのだが、先程までのやり取りで自分以上に組織に向かないと判断を下していた。

 

「あ…あの、期限ギリギリのセール品ですぅぅぅ。粗茶ですがどうぞ……」

 

「粗茶ですって言いながら本当に粗茶を出されたのは初めてだぜ。……まあ、別に良いか。なあ、悪魔祓いの姉ちゃんが悪魔共に話したから俺にも情報が回って来たんだが……改造神器ってのを見せてくれねぇか?」

 

「嫌です。ドライグさんは無闇矢鱈と見世物になりたくないと普段から仰っていますし、どうせ他の勢力も言い出すでしょうから会談の時に持って行きますよ」

 

 取り付く島もない、とはまさにこの事かとアザゼルは逆に感心すらする。此処までの扱いを受けたのは初めてで、怒る気すらしなかった。

 

「まあ、ヴァーリの奴も興味を持ってるし……ああ、ウチに居る白龍皇……を宿している奴だよ」

 

 ヴァーリの事を白龍皇と呼ぼうとし、慌てて言葉を付け足す。神器の所有者を二天龍の異名で呼ぶ事を嫌っているというのも連絡を受けており、途中で明らかに機嫌が悪くなった顔を見たからだ。

 

「大変だったんだぜ。彼奴戦闘狂だし、二天龍……を宿す物の宿命に拘ってるからな。まっ、お前からすれば『ごっこ』なんだろうがよ」

 

「ええ、そうです、私からすれば玩具屋でヒーローのお面と変身セットを買って貰った子供がヒーローになった気でいるのと変わりません。既にドライグさんの許可なしでは力が発動しませんが、それでも所有者の私と戦いたいと言うのなら、この様にお伝え下さい。ごっこ遊びをしたいのなら、小さなお友達を探してしてください、と」

 

 実際、アザゼルも大戦でドライグ達の力を目にしており、其れに比べれば確かに……、と思ってしまう。二天龍の力を一時的に得る覇龍でさえ、本物と戦えばほぼ十割の確率で負けるだろう。巨体ゆえの重量や頑強さは同じ力だからこそ大きく響く。それに覇龍は短時間のみ。勝てるはずがないのだ。

 

 

 

 

「……んじゃ、帰るわ」

 

「ああ、ドライグさんからアルビオンさんに伝言です。『今の俺は、力を道具を使って使われているだけのお前と戦う気は起きん。自ら体を動かし力を使い、白龍皇としての力を、白蛇の名を取り戻したら相手をしてやる』、だそうです。……結界を張るのは誰だと思っているのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だとよ」

 

「『ごっこ遊び』か。舐めてくれるね。そう思わないか、アルビオン? ……アルビオン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(言ってくれるな、赤いの。だが、言われてみればそうだ。二天龍の名は我らの力を勝手に使う者に名乗られるほど軽いものか? 否! アレは我らのみ許された名! ……待っていろ、赤いの)

 

 薄暗い其の部屋は座敷牢という言葉が一番相応しいだろう。高温多湿な日本の夏の気温のせいか室内は蒸し暑く、入るとムワッとした空気が襲ってくる。

 

 室内には清姫の姿があった。目隠しをされた上で両手首を細い紐で縛られている。紐の先は天井に結ばれていて、何とか両足の裏が床に付く程の長さだ。

 

「……あっ」

 

 清姫は其の細身に何一つ纏っておらず、白い肌を完全に露出している。頬から流れ落ちた玉の様な汗が細い首に丸みを帯びた胸、括れた腰に小振りな尻を伝って床に落ちた。身動ぎすると軋む音が響く。暑さのせいか、それとも別の理由か肌は火照り息は荒い。

 

「……美しい。あまりに背徳的で魅力的な姿だ」

 

 背後から掛けられた声の主の手が汗が滲んだ肌に触れる。臍の辺りを円を描くように撫で回し、続いて腰に移動した手を上下にゆっくりと動かす。

 

「ひゃ…あっ……」

 

 手が動く度に清姫の口から声が漏れ、手の動きが激しくなる。やがて胸へと手が移動すると清姫は声を殺すように口を必死に閉じようとするのだが、手の平が胸を包み揉みだすと抑えきれなくなった。

 

「ふぁ…ひっ…‥ああっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、普通にしませんか?」

 

「もう! 駄目です、旦那様っ! 偶に変化を付ける事で激しく燃え上がるというものですよ? 思い込みで龍に転じた(わたくし)はSにもMにも自由自在になれます」

 

「この様な事をしなくても、私は貴女と激しく燃え上がれますのに」

 

「ええ、勿論です。(わたくし)でも御座います。では、今宵はこのまま激しく……」

 

 

 

 

 

「琴湖様。夜食のオニギリを買いに行きますけど、何が良いですか?」

 

『明太子』

 

 今日も龍洞家は平常運転である。

 

 

 

「……またか」

 

 コンビニからの帰り、門の前で憤慨していた招かれざる客に視線を向けたギャスパーは辟易した顔で門を潜る。背後では影から生まれた獣が肉を貪る声が聞こえ、後で血を掃除しなくちゃな、と呟いていた。

 

 

 

 

「それでは今から配った粘土で好きな物を作って下さい。そんな英語もある」

 

「有り得ません、先生。今は英語の時間であって美術の時間ではありませんし、全く面白くないのでウケを狙わないで真面目にやって下さい」

 

 この日、駒王学園では公開授業が行われていた。中等部や初等部の生徒、各学部の生徒の保護者が学園に入ることを許される中、龍洞のクラスでは英語の授業で何故か粘土が配られる。

 

 本来ならば保護者達が騒ぎ出すのだろうが、何故か騒ぐ様子はない。それどころか龍洞の言葉に賛同する者すらおらず、保護者も生徒も巫山戯た授業を始めようとしている教師でさえ唯一点を見詰めている。

 

「あらあら、皆様に見詰められて穴が空きそうで……濡れてきましたわ」

 

 其処に居たのは正に色気の化身。場違いな尼僧の服装に剃髪と言った姿にも関わらず彼女は扇情的で魅力的。まるで誰もが、それこそ老若男女問わずの誰もが好みのエロ本を見ている時のような発情した視線を彼女に贈っている。頬を染めてクネクネと体を動かす仕草一つ一つが劣情を誘い、誰もが彼女に魅了されていた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 こうなる事を予想していた様な溜息を吐く龍洞を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

「ギャスパー。……お互い苦労しますね」

 

「幾ら何でもキアラさんは……」

 

 授業後、廊下で顔を突き合わせた二人は互いの苦労を顔を見合わせただけで察する。ギャスパーの授業中も同じ様な空気だったらしく、今も先程の彼女を夢遊病の様になりながら探す者の姿がチラホラと存在していた。

 

「ソーナちゃん、待ってぇぇ!」

 

「来ないで下さい、お姉様ぁぁぁっ!!」

 

 そんな者達の間を縫うように、生徒達の手本となるべき生徒会長のソーナが羞恥に顔を染めながら走り、其の後ろを魔法少女アニメのコスプレをした女性が追い掛けていた。

 

 簡単に下着が見えるミニスカートに体のラインが丸分かりのピチピチの服。魔法少女のステッキまで手に持ち、学園で何時コスプレショーが開催されたのかと龍洞達が戸惑う中、二人は去っていった。

 

 

 

 

 

「……お姉様って呼んでいましたよね?」

 

「あ…あの噂って本当だったんでしょうか?」

 

 二人が思い出したのはソーナの姉で現レヴィアタンであるセラフォルーに関する噂。あまりに馬鹿馬鹿しいので裏を取る気にすらならなかった内容だ。

 

「いや、本当に脳味噌お花畑の痴女だったとは……。アレが魔王、つまり指導者で、外交担当?」

 

「悪魔って本当に人材不足なんですね。戦闘能力第一主義の弊害でしょうか?」

 

「まぁ、悪魔とは関係ない私達からすればどうでも良い話ですね。……いや、もしかしたら」

 

 龍洞がセラフォルーがあの様な言動を取る理由を考察しようとした其の時、離れた場所から騒めく声が聞こえてくる。その中には発情した身内の声も混じっていた。

 

「あ…あの、他人のふり、しませんか?」

 

「いえ、放置する方が後々恥になります。……出来れば関わり合いになりたくありませんが」

 

 

 

 

 

 この日、リアスの兄で現ルシファーであるサーゼクスも妹の授業を見る為に訪れていた。本人の羞恥心など全く気付かずビデオ撮影すら始め、良い映像が撮れたとご満悦だ。

 

 そんな彼に悲劇が、若しくは更なる幸福が訪れた。

 

 それは階段を上ろうとしていた時、ふと上を向いた彼の顔面に柔らかくも弾力がある物が押し当てられ、そのまま後頭部を強打する。階段からダイブするように落ちて来た彼女に押し倒される形でサーゼクスは仰向けに倒れ、左胸で顔面を塞がれた形で呼吸を封じられていた。

 

「むーむー!?」

 

「あっ……このような公共の場でその様に激しく……」

 

 サーゼクスは訳も分からず必死に息をしようと手を伸ばし、触れた柔らかい物を必死に押しのけようとする。傍から見れば学園の廊下で押し倒された男性(既婚者)が尼僧の胸を吸いながらもう片方を力強く揉んでいるようにしか見えず、男性陣は前屈み状態だ。

 

「舌まで使うなんて大胆な御方。あぁっ! 私、もう……」

 

 

 

 

 

「何をなさっているのですか、サーゼクス様?」

 

 廊下に絶対零度の声が響き渡る。人前で淫行を繰り広げているようにしか見えない二人に対し、銀髪のメイドが氷の様な視線を送っているが、サーゼクスは顔面を塞がれているので気付かず、必死に逃れようと手や顔を激しく動かし、女性はまずます身悶えるばかりだ。

 

 

 

 

「いや、廊下で何をしているのですか、キアラさん。その方、息が出来ない様ですよ」

 

「あら、龍洞君。……息? あらあら、まぁまぁ」

 

 この時になって彼女、キアラはサーゼクスの状態に気付くと立ち上がる。漸く解放されたサーゼクスは何があったか、何故グレイフィアが怒っているのかなど理解出来るはずもなく困惑するばかり。

 

 その様な中、頬に手を当てて困り顔をしていたキアラはサーゼクス達にそっとお辞儀をした。

 

 

 

「サーゼクス様とお見受け致します。私は龍洞君とギャスパーちゃんの関係者で……殺生院キアラと申します」

 

 以後お見知りおきを、と笑みを浮かべるキアラだが、サーゼクスの視線は彼女の胸を向いている。ほんの僅かな間にも関わらず、サーゼクスは軽くであるが魅了されてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「サーゼクス様、あちらでお話が」

 

「グ…グレイフィア……さん?」

 

 げに恐ろしきは女の嫉妬。かつて女性からの恋文を読まずに文箱に入れていた美男子が、中に溜まった陰の気で醜い鬼になった事もある。

 

 

 ギャスパーはそっと念仏を唱えた。サーゼクスがあまりに哀れだったから……。 地獄へ誘う穴が開く。其処から先は一方通行。口を揃えて皆が言う。老若男女変わりなく、迷いなく、躊躇なく。彼女こそが救世主だと。

 

 『魔性菩薩』、殺生院キアラをよく知る者は恐れを持って、そう呼んだ。その笑みは美しく、菩薩の如き慈愛に満ちる。だがしかし、綺麗な薔薇には棘がある。ならば綺麗すぎる薔薇には、美しすぎる存在には、棘どころか致死性の猛毒が有る。

 

 とある高僧が居た。長年仏への祈りを捧げ、悟りを開き、多くの人を導いて来た。そんな彼も当然の如く歳をとり、多くの者に惜しまれながら大往生を遂げる。其のはずだった。だが、その末路は悲惨なもの。キアラと出会ってしまったばかりに、彼女に魅了されてしまったばかりに。

 

 彼の最期、悟りを開き、一切の煩悩を捨て去った彼の死因は腹上死。齢八十を超えた老体で寝食を忘れ、色欲のままキアラの体を三日三晩貪り続けた。

 

 とある研究者が居た。多くの人を救いたい。その余りに純粋過ぎる情熱と類稀なる才能を持ち合わせた彼は、やがて数多くの難病の特効薬を開発する……其のはずだった。

 

 だが、キアラと出会ってしまった彼は、彼女を手に入れる事だけに全ての才能を、資金を、情熱を注ぎ込み、堕落の果てに恋煩いのまま死んだ。死因は過労死。たった一晩酒の勢いで犯した過ちが忘れられず、一睡する間も惜しいとばかりに動き続け、そして死んだ。何一つ成果を残す事もなく、かつての情熱など忘れ去ったまま。

 

 キアラは多くの者の人生を狂わせ、その周囲にまで破滅を齎せて来た。だが、自分の本来の未来を知っても直接関わった彼ら彼女らはキアラを絶対に責めず、彼女に救われたと断言するだろう。

 

 その様な悲劇を齎せ続けるキアラだが、彼女に悪意はない。彼女自体は菩薩のように慈愛に満ちている。だからこそ、その美しさと合わさって多くの者に求められているのだ、彼女の行動理由は純粋な、そう純粋な……性欲のみである。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは私は京都に帰りますね」

 

「ええ、出来れば私が京都に向かう時は出掛けていて下さい」

 

 そんなキアラに魅了されていない数少ない存在である龍洞は、はっきり言って彼女が苦手だった。彼女に性的に食われたギャスパーも、心まで毒に侵される前だったのでやや恐怖している。清姫は特に好きでも苦手でもなく、只の世話になった知り合い程度の認識だ。

 

 ただし、龍洞が苦手としているので深く関わろうとはしなかったが。

 

「あらあら、照れているのですね。……そうそう。この前、床を共にした方に誘われたのですが、三すくみの不穏分子が集まった組織が存在するようです。もしかしたらジークフリードさんとやらも其処のメンバーかもしれません。どうも英雄の子孫が中心の英雄派という派閥があるそうで」

 

「……いやはや、どれだけ世界に迷惑を掛ければ気が済むのか。そして下らない。英雄というのは……」

 

「高潔な信念と絶対的な力を持ち、自己犠牲の果てに其の人生に感銘を受けた者から受ける称号。昔から何度も聞かされていますから存じておりますわ。神から貰った他者の力を振るう道具に頼る者が二天龍を名乗るのも、英雄に足らない贋作が英雄を名乗るのも不快極まりない、でしたね」

 

 クスクス笑うキアラはまるで親戚の子供に接する大人のようで、じっさい彼女からすれば龍洞はその様な存在だった。ただ、隙あらば頂こうとは企んではいるのだが。

 

 尚、彼女自身は同性愛者だが、性欲の対象は赤子から老人まで男女問わず幅広い。

 

 

 

(今度出会ったらあの銀髪の彼女を誘ってみましょうか? 私と同じタイプだと噂でお聞きしていますし)

 

 今度のターゲットはグレイフィアの様だ。尚この噂だが、グレイフィアは夏休みまで知らずに居た。

 

 

 

 

 その後、街中で観光するサーゼクスと相変わらずのメイド服のグレイフィアと出会ったり、ついキアラの事を訊ねたサーゼクスが妻であるグレイフィアの嫉妬を買ったり、清姫と夜中のデートをしたり、色々あったが会談の日がやって来た。

 

 

 

「おや、お久しぶりですね、会長」

 

「……其れは?」

 

 ソーナは龍洞が片手でぶら下げた人形、胡桃割り人形に視線を向ける。この様な場所にそのような物を持ってくる理由はないし、其れからは何かしらの力を感じた。

 

「おや、聞いていませんか? 私が出席する条件として、私の知人が正体を隠して出席すると。中には彼の事を知っている方もいらっしゃいますし、人形を通すことにしたのですよ」

 

『S・Vとだけ名乗っておこう。君達に呼ばれる事はないと思うがな』

 

 人形から聞こえてきたS・Vの声はそれなりの歳の老人の物だとは分かるものの、何かしらの術が掛かっているのか、どの様な声か聞いたばかりにも関わらず思い出せない。ただ、その声には敵意が篭っていた。

 

 

 

 

 

「皆揃ったようだね。では会談を始める前に大前提を確認しよう。此処に居る者は聖書の神の死を知っている」

 

『……』

 

 S・Vも予め聞かされていたようで衝撃的な内容にも関わらず特に言葉を漏らさない。ただ、彼の本体は拳を握り締め今にも泣き出しそうだった。

 

 

 

 

「……以上が私とイリナが関わった……と言うのも烏滸がましいレベルですが今回の事件の概要です」

 

「まさか赤龍帝が復活するとは……」

 

「こうして改めて聞かされても信じがたい話ですね……」

 

 ゼノヴィアの話を聞いた三すくみのトップ陣はドライグに関する話にザワめき、龍洞に注目が集まる。そしてゼノヴィアが着席すると今度はミカエルが口を開いた。

 

「ご苦労様でした、ゼノヴィア。……追放の件、本当に申し訳ございません。ですが今の天界は神の残したシステムで運営していまして、神の死を知る者が本部に近づくとシステムに影響が出るのですよ」

 

『……聖女アーシアを追放したのもシステムに関わるのですね?』

 

 この時、ずっと黙っていたS・Vが会談が始まって初めて口を開いた。その言葉を濁すことは許さないという意思が込められた言葉にミカエルは頷くしか出来ない。

 

 

 

 

『……なら、何故追放した者達を受け入れる施設を極秘に作らなかったのですか? 彼ら彼女らはずっと教会で生きて来た。外で生きて行く術を持たない者も居たのですよ! 何故追放されたのか分からぬまま野垂れ死ぬ者も居たはずだ!』

 

 其の言葉に篭った怒りにミカエルは黙るしかない。何一つ言い訳のしようなどないからだ。

 

『……失礼しました。どうぞお続け下さい』

 

 その態度にS・Vが何処の勢力に属する者かこの場に居た全員が理解した。だからこそ故の怒りであると理解してしまった。

 

「では、次に私ですね。……これがドライグさんが今封じ込められている改造神器『龍刀・帝(りゅうとう・みかど)』です」

 

『久しぶりだな、と言った所か?』

 

 その刀に最も反応したのはヴァーリだった。アザゼルの傍で腕を組んだまま目をギラギラと光らせる。その他のトップ陣も聞こえてきたドライグの声と刀から発せられるオーラに其れが本物であると信じるしかない。

 

「昔、籠手の方の所有者と争いまして、最終的に体から抜き取って死んで頂きました。……っと言うより、世界中で何度も暴れて居るのですから、天界が責任持って回収後に封印すべきだったのでは? たまに親が放置していた銃を子供が弄って発射されたというニュースを見ますが、それを悪質化したレベルですよね?」

 

『そう言ってやるな。お前の所には被害者が出なかった訳だし、、屋敷の破損も直ぐに直っただろう? 其れに封印しても我らの力を求めて奪おうとする愚か者は居るだろうからな。なあ、白いの?』

 

 ドライグの挑発するような言葉にヴァーリの頬が愉快そうに釣り上がる。しかし何も言わず、アザゼルはその仕草に違和感を感じていた。

 

「ああ、アザゼル総督には言いましたが、この状態になった事でドライグさんの意思無しでは倍化も譲渡も使えません。なので仮に奪えても赤龍帝ごっこは出来ないとお伝え下さい」

 

「あれ? どうして私達を見て言うの?」

 

 態々自分達の方を向いて放たれた発言にセラフォルーは少し不満そうだ。服装こそスーツだが、何時もの軽い口調で抗議する彼女に対し、龍洞の方も何故言われたのか分からなさそうな顔を返した。

 

「いや、今でさえ悪魔貴族による理不尽な契約などが横行して、貴女方はそれを知っていても止めようとしていないでしょう? まあ家督を継いで経験を積む前に魔王に推挙された時点で、最初から傀儡にしやすいように仕組まれていたのでしょうね なら、一応無駄だとは思いましても言っておきませんと。行き成り来て眷属になれとか言われても迷惑ですし」

 

「……」

 

 その発言を聞いてサーゼクスはある事に思い当たった。最近、上級悪魔が数人行方不明になっているのだ。周囲の者によると誰かを眷属にしてくる等と話していたらしいが、其れに龍洞が関わっているのではないか、と。

 

「そうそう。無理やり眷属にしょうとして来たら此方も手荒な手段を取らせて頂きますし、その事で魔王として武力を使おうという気配がありましたらドライグさんが冥界で暴れるそうです」

 

『ああ、うっかり堕天使にまで被害が出るかもしれんから、アザゼルも馬鹿な悪魔には注意しておけ』

 

 だが、黙るしかない。こういう手段を相手が取ってくるのは予想がついたし、万が一そのような事になればドサクサに紛れて他の神話が介入してくるだろう。それこそ二天龍の力を無理やり引き入れようとした悪魔を危険視して、という大義名分を掲げてだ。

 

「……あー、なんだ。そろそろ次に移ろうぜ」

 

 アザゼルのこの発言はサーゼクスには助け舟に聞こえ、実際にそのつもりの発言だった。そして会議は続き、アザゼルが白龍皇等の戦力を引き入れた事を危険視しているとミカエルが言ったり、アザゼルがそれをノラリクラリと躱したりしながらも進んでいく。

 

 

「……あ、なんだ。俺から提案がるんだが、その前に世界をどうにか出来ちまう奴らに訊くぜ。龍洞……呼び捨てで良いか? お前は世界をどうしたい? ヴァーリもだ」

 

「ええ、別に構いませんよ。私にとって貴方はどうでも良い存在だ。だからどう呼ばれても気にしませんし、同じ理由で世界がどうなろうと興味は有りません。私は身内と……何より愛する人と笑っていられれば其れで十分です」

 

「そ…そうか。な、ヴァーリはどうなんだ?」

 

「……ヴァーリはどうなのか、か。今となっては意味のない質問だな。世界なんぞに興味がないのは此方も同じだ。俺は唯一の白龍皇として赤龍帝と決着を着けられれば其れで良い」

 

「……あん?」

 

 その不可解な返答にアザゼルが聞き返した時、学園内の時間が停まった……。

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あの、僕と同じ神器でしょうか? 多分禁手だとお…思いますけど、僕のとは違うようですね」

 

「いや、貴方と同じのがホイホイ居たら世界は終わりますって」

 

 室内では龍洞とギャスパーとヴァーリ、そしてトップ陣とグレイフィア以外はビデオの一時停止をされたように止まっている。外で陣取っていた警護の者達、揉めればその場で兵士になって市街地に存在する学園内で戦う事になっていたであろう悪魔天使堕天使達も停まっている。

 

「『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』か。ってか、其処の半吸血鬼も禁手に目覚めてんのかよ。……どんなんだ?」

 

『今はその様な場合か?』

 

 流石は研究者とでも言うべきか、アザゼルはこの様な時でも神器に興味を持っているようだ。停まっていなかったS・Vの責めるような声に誤魔化すように視線を外すも未だチラチラと見て来ていた。

 

 

「襲撃か」

 

「まあ、こんな会談の時には反対する過激派が出るもんだぜ」

 

『……分かっているのなら、何故市街地で会談を行った? 人間など巻き込まれても良い,そういう事か?』

 

 再び責めるような口調で言葉を放つS・V。今度の言葉はミカエルにさえ向けられている様にも聞こえた。ミカエルがその様な事に思い当たっていない筈がない。信頼するからこそ不信感を感じたのだろう。

 

 

「話は後だ。……お客さんだぜ」

 

 校庭に出現した巨大な魔法陣。其処から無数の魔術師が出現し校舎に攻撃を仕掛ける、だが、ミカエル達が張った結界に阻まれた。

 

「私達は結界に集中し襲撃者を市街地に逃がさないようにします。動ける方々で対処を……」

 

(……そもそも街中で行わなかったらその様な必要も無かったのでは? これがマッチポンプと言う奴ですか)

 

 街を守るような事を言っているが、そもそも街を危険に晒したのはミカエル達の選択ミスだ。龍洞がその様な事を考える中、無数の光の槍が魔術師達を串刺しにする。

 

「……キリねぇな。こりゃ首謀者が出てくるまで倒すしかねぇか」

 

 面倒臭そうに校庭に視線を向ける。大勢の魔術師が死んだが、魔術師達はどんどん出現していた。

 

 

「ギャスパー。少し勝負しませんか? どちらの兵隊が大勢倒せるか。……負けた方が全員に鰻重特上奢りで」

 

「は…はぃぃぃぃ! じゃあ、五十体ずつで……禁手化(バランスブレイク)!」

 

 その様な空気の中、龍洞とギャスパーは呑気な雰囲気で校庭を見詰める。

 

 

 

 

 

 其の瞬間、校庭中が闇に包まれる。それと同様に、まるで墨汁を入れたバケツを引っ繰り返したかの様に龍洞の影が広がっていく。

 

 

 

「な…何が起きてるんだ?」

 

 アザゼルが呟く中、闇から無数の魔獣が湧き出す。それはアザゼルでさえ知らない異形達だ。

 

 

 影からも同じように何かが湧き出す。まず出てきたのは黒い靄に包まれた太い腕。其の正体は人間の上半身と獣の下半身を持つ化物や頭部だけの化物。そして……八枚の黒い翼を持ち光の槍を持つ男。靄のせいで姿をハッキリと認識できないが、アザゼルは其れが誰か長い付き合い故に理解できた。

 

「コカ…ビエル…?」

 

「正確には其の食べ残しです。元より大分弱いですよ。……所でアザゼル総督。神器にお詳しいなら訊きたいのですが……」

 

 コカビエルはアザゼルの声が聞こえていないのか、そもそも理解する知能がないのか見向きもせずに校庭に向って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、禁手化する時に毎回叫んでいますが、喉を潰せば封じ込められます?」

 

「……さあ? 考えた事ないな」 人は何処か自分が特別な存在だと思っている。其れは類稀なる天才だとか、他人はゴミだとか極端な物ではなく、極々普通な内容だ。

 

 例えば事故。誰しもが自分も事故に遭う可能性を理解しているが、それでも何処かで思っている。まさか自分は、自分だけは大丈夫だ、と。

 

 彼もそうだった。魔術師の一族に生まれ、魔術師の組織に入り、組織の方針として三すくみのトップ陣に襲撃を掛けた。中級悪魔クラスという常人を超越した力には酔いしれているものの、だからと言って魔王クラスに勝てると思う程に愚かではない。

 

 だが、それでも人数は多いし、今回の襲撃の首謀者や自分達の後ろ盾から負けるとは思ってなかったし、それなりに被害者は出るとは分かっていても自分は生き残ると根拠もなく思っていた。

 

「なのに…。何なんだ、一体何なんだっ!?」

 

 彼に向かって来たのは黒い靄に包まれた男。靄のせいで詳しい姿は分からないが、其れでも背中から生えた蝙蝠に似た翼が悪魔だと証明している。其の心臓があるべき場所を魔法で撃ち抜いた彼は自分の強さに酔いしれ、次に恐怖で固まる。

 

 其の悪魔は()()()()()()()()()()()()()()()自分に襲いかかって来たのだ。口からドロドロとした煙のような血を吐き、掴み掛って来た指が肉に食い込む。其の儘肉食獣――或いはホラー映画のゾンビ――の様に涎を口から零しながら喉に食い付く。ブチリ、という音と共に首に激痛が走り、血が噴水のように吹き出す。

 

 肉を食い切られた、と、理解した彼が最後に見たのは自分に向かって放たれた魔力の塊だった……。

 

 

 

 

 

 

「あぁっ! ぼ…僕が負けそうです。……堕天使幹部は卑怯じゃないですかぁ?」

 

「はっはっはっ! 勝てば良かろう、ですよ」

 

 校庭は阿鼻叫喚の地獄絵図と変貌している。二人が呼び出した兵と魔獣達は己の身が傷付いても止まらずに蹂躙を続け、死兵と化した正体不明の敵に魔術師達は抵抗するも命を散らしていく。

 

 その断末魔の叫びが響く中、龍洞とギャスパーは呑気に撃破数を数えていた。特にギャスパーなど右半身が魔獣を生み出す物と同じ闇に包まれ目が赤く怪しく光っており、放つオーラは寒気がする程に凶悪だ。

 

「……おい、なんでコカビエルの野郎が居る? 彼奴はドライグに殺られたはずだろうが」

 

 誰もが心の何処かで怖気付き、二人を遠巻きに眺めるしかない中、アザゼルが話し掛けた。彼の視線の先には死んだコカビエル、ただし理性を失っているのが一目で分かる力任せなだけの戦い方だ。

 

 例え戦争の引き金になりかねなくても、永久に投獄するしかない凶悪犯でも、其れでも長命種の堕天使でさえ長いと感じる年月を共に過ごした仲間。黙って見ている訳には行かなかったのだろう。

 

 

「先程言ったじゃないですか。()()()()だって」

 

「……お前、まさかっ!」

 

 アザゼルが放っていた気迫は正に歴戦の戦士に相応しもの。真の実力は彼を大きく上回るサーゼクスでも出せない、培った戦歴こそがモノを言う戦士としての威圧感。

 

 だが、ギャスパーは固まるも龍洞は平然としている。まるで道を尋ねてきた老人に再び同じ説明を求められた程度の様な態度で少しも臆した様子はない。

 

「ええ、魂を食べました。私、先祖返りでか、魂や思念を食べて力の一部を吸収出来るのですよ。吸収しきれないのはああやってリサイクル出来ますし、便利な力でしょう?」

 

 

「てめぇ、ロクな死に方しねぇぞ」

 

 正に死者を冒涜する行いにアザゼルは苦言を呈する。本来ならば此処で胸ぐらをつかむなどをしていたかもしれないが、その様な短絡的な行動に出るようでは彼は今まで生き残って居ない。高い知能と戦闘力、そして危険感知能力があったからこそ古の堕天使であるアザゼルは未だ健在なのだ。

 

 

「ええ、その程度理解していますけど、()()()()()() 私も貴方方も存在し続ける限り不幸を撒き散らかす害悪で、マトモな死に方を望むなど図々しい話など理解しているでしょう? でも、私は死に方は決めています。愛しい妻の手で死ぬか、彼女を殺して自分もすぐに死ぬか。一般的には多分マトモではない死に方なのでしょうが、私からすれば最高の死に方です」

 

(此奴、何でそんな事を平然と……いや、子供が将来の夢を語るようなキラキラした瞳で言えるんだよっ!?)

 

 歴戦の戦士であるアザゼルは、この会談が始まってから初めて恐怖という感情を感じ、気付けば後退りしていた。まるで龍洞とは少しでも距離を取りたいとでも言う様に……。

 

 

「さて、此処で一気に突き放します」

 

 龍洞はそんなアザゼルから視線を外すと右手を前に突き出し、何かを握るように指を曲げる。顔に浮かべるのは勝利を確信した笑みで、異変は直ぐに訪れた。

 

 

 

「ガッ……」

 

 黒い靄に包まれた者達は一箇所に集合し、粘土細工のように体をくっ付け合う。無理に体を伸ばしたり曲げたりする事で骨が折れる音が響き、表情は分からないが叫ぶ知能があれば死を懇願した事だろう。

 

 

「なんだよ、あれ……」

 

 アザゼルが呟く中、校庭で完成したのは例えるならば巨大な長虫。口内――と言うより体内――にはヤスリの様な小さな牙がビッシリと生えている。其の体内に魔術師達は次々と飲み込まれて行く。

 

 

「ぎゃああああっ!」

 

「誰か…誰か助けてっ!!」

 

「お母ちゃぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 次々に上がる悲鳴も捕食者の慈悲を買えるはずもなく、次々と魔法使い達は飲み込まれて行き、今最後の一人が飲み込まれると同時に其の巨体が高速で回転し始めた。余りにも回転速度が早すぎて輪郭すら見る事が叶わず、竜巻と化して周囲を巻き込みながら回転を続ける。

 

 この時、アザゼル達は風の音が大きくて良かったと思う。もし風の音がなかったらば肉が引き裂かれ骨が砕かれる音を聴き続ける事になっただろうから。

 

 

 

「私の勝ちの様ですね」

 

「はい……」

 

 ギャスパーは何処か不満そうにしながらも頷き、元の姿の戻ると同時に魔獣達も消え去る。長虫の様な怪物も校庭まで伸びた龍洞の影の中に潜って消え去った。

 

 

「さてと、後は時間を停めてる奴らだが……ヴァーリ?」

 

 アザゼルが神のの持ち主の居るであろう方向、旧校舎の方を向くとヴァーリが背中から光る翼を出して飛び上がった。高く高く誰よりも高い場所で学園の敷地全てを見下ろすヴァーリの瞳は冷たい。其の口に超高密度のエネルギーが集まりだした。

 

「おいっ!? 一体何を……」

 

 アザゼルの言葉が終わるより前に、ヴァーリの口からドラゴンブレスが放たれた。拡散して驟雨の様に降り注ぐエネルギーは新校舎のみを態と避けるようにして数秒間降り注ぎ続け、旧校舎と()()()()を飲み込む。収まった後に残ったのは誰一人居ない穴だらけの荒野。その光景から最初に我に帰ったのはサーゼクスだった。

 

 

 

「アザゼル! これは一体どういう事だっ!」

 

 此処に来てアザゼルの信用の無さが疑念を加速させる。態々連れて来て会議室にまで入れたヴァーリが護衛を皆殺しにしたのだから仕方ないだろう。だがアザゼルは答えない。信用していたヴァーリが引き起こした事態に頭が付いていかないのだ。

 

 

「はははははははっ!」

 

 其の時、ヴァーリの口から笑い声が響き渡る。だが、その声はヴァーリの物では無い。

 

 

 

 

「……テメェ、何しやがった? 答えろ……()()()()()!!」

 

 そう、その声は白龍皇アルビオンの、ヴァーリの持つ神器に宿ったドラゴンの声だった。アザゼルの怒号は空気を震わせ、その威圧感は先程までの比ではない。

 

 

 

「何をした? あの小僧に私の名前と力の使用料を払って貰っただけだ。()()()()()()()()()()が一時とは言え白龍皇の名で呼んで貰えたのだから安いものだろう?」

 

 だが、アルビオンは動じない。動じるはずがない。()()()()()使()()()()の威圧に二天龍が怯むはずがない。アルビオンはアザゼルの威圧をそよ風にも感じていない顔で龍洞の手元に有る龍刀・帝を――其処に封印されているドライグを――見た。

 

 

 

 

『ほぅ。やはりな……』

 

「ああ、貴様の言葉のおかげで思い出せた。ヴァーリの魂を()()()()体を手に入れる事が出来たぞ、赤いの」

 

 其の言葉に龍洞とギャスパー以外の全員がドライグの方に視線を向ける。最初から気付いていたのか、という意思を込めて。

 

 

「……ヴァーリ君。いや、アルビオン。君が今回の主犯かい?」

 

 サーゼクスは滅びの魔力を体から放出しながら問い掛ける。だが、帰ってくる答えに予想が付いていた。

 

 

「いや、違うな。ヴァーリの奴が暴れたがってたから、せめてもの情けで叶えてやっただけ。……主犯は別に居るさ」

 

 アルビオンの返答が終わるのが合図だったかのように会議室に転移用の魔法陣が出現する。其処に描かれていた紋様を見たサーゼクスは歯噛みをした。

 

「旧レヴィアタン……」

 

 

 

「御機嫌よう、現魔王の皆さん」

 

 現れたのはメガネの女悪魔。前魔王の血を引くカテレア・レヴィアタンだ。其の瞳に宿るのは憎悪。己が継ぐ筈だったレヴィアタンの座を奪い、剰え巫山戯た格好と言動と番組でその名を貶めているセラフォルーに特に向けられていた。

 

 

「私が此処に来た訳は分かりますね? 貴方達偽の魔王を討ち滅ぼし……」

 

 

 

 

「若様っ! ()()()()来ました。あの予想は当たっていたんですね」

 

 誰しもがギャスパーの其の言葉の意味が分からず、最初に思い当たったのはカテレアだ。彼女は今まで以上に敵意を漲らせ、それ以上に屈辱に震えていた。

 

「……成る程、そういう事でしたか。……私はまんまと嵌められたという事ですね」

 

「え? え?」

 

「下手な演技はやめなさい。貴女の作戦は全て理解しました。……まさか私を殺すために自分の誇りを泥に塗れさせるなど……貴女を見くびって居ました」

 

 訳が分からず混乱するセラフォルーと何かを納得したようにしているカテレア。そんな中、アザゼルは龍洞に近付いていった。

 

「……おい、どういう事だ?」

 

「分かりませんか? 現レヴィアタンの言動は全て旧魔王派を抹殺する口実作りの為の捨て身の作戦だった訳です」

 

「えぇぇっ!?」

 

 驚く声を上げるセラフォルー、そして彼女以外の全員が納得したという顔をしている。サーゼクスなどは心底後悔した顔でセラフォルーの肩に手を置くほどだ。

 

 

 

「……すまない、セラフォルー。必ず内乱が再発するからと僕達は前魔王の血族を政治から追放した。何かしらの役職を与える事すら危険だったからだ。だけど、僕達じゃ上層部の意向を抑えきれず過激な手には出れなく、出たくもなかった。……君はその為に恥辱に耐えてきたんだね」

 

「あの歳を考えない馬鹿の様な格好に番組。同年代として恥ずかしいと思っていた自分が恥ずかしいです。全ては今回の様な襲撃事件を起こさせ、彼女達を始末する口実を作る目的だったとは感服いたしました」

 

「おいおい、マジかよ。脳味噌お花畑の痛い女かと思ってたが……俺も甘かったな」

 

「魔女の組織を敵に回してまで番組を続け、この様な阿呆を外交担当に据える様な種族との戦いで被害が出たことを内心恥じていましたが……その自分を今恥じています」

 

『私も噂を聞いた限りでは悪魔も終わったと安心していたが……愚かだったよ』

 

「あの様な愚か者が最強の女とは悪魔も堕ちたと思っていたが……見直したぞ」

 

「己の尊厳と魔王の名、そして悪魔の信用を貶めてまで私達を始末しようとしてたとは……其れを敬意と取り、こちらも全力で行かせて貰います! さあ、一騎打ちを受けなさい、セラフォルー!!」

 

 セラフォルー以外のトップ陣とカテレア、アルビオンまでが彼女を褒め称える。其れに対しセラフォルーは……。

 

 

 

 

 

 

「……あっ、うん。バレちゃったか〜」

 

 其れを肯定し、カテレアの誘いに乗って校庭に飛び出す。そう。全ては彼女の作戦だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

(何、何、何っ!? 皆、そんな風に思ってたのっ!?)

 

 訳はなく、全て楽しんでやっていた。だが、誰があの空気で其れを言えるだろうか。恐らく龍洞でもなければ言えない。

 

(取り敢えず番組は……思惑が広まったらアレだからって続けようっ!)

 

 

 

 

「セラフォルー! 今回の件が無事終わったら、引き起こした責任を取ってって番組を止めたら良い! 僕も協力しよう!!」

 

「……うん。そうするね」「くっ! まさか策謀だけでなく実力でも此所まで差があるとは……」

 

セラフォルー・レヴィアタンとカテレア・レヴィアタンの一騎打ちはセラフォルーの優勢で進んでいた。カテレアは自分は魔王の血族だから勝てるという理由にならない理由から来る慢心を捨て去り、セラフォルーを格上と認めた上で戦っている。

 

 魔王の血族ながら、絶大な被害が出るにも関わらず続戦を唱えるなどと魔王にして置く訳には行かないと魔王の座を奪われた彼女達だが、皮肉にもセラフォルーの捨て身の策が今の彼女を誇りある魔王の血族に相応しくしていた。

 

 だが、其れだけでは敵わない。元々実力が下回るからこそ魔王の座を追われ、上級悪魔の特徴として、何より何時しか決起する為に目立たないようにと本格的な修練を行ってこなかったカテレアと、何時しかこの時が来るからと番組の演出のためと言って技を磨いてきたセラフォルー。二人の間には嘗てよりも大きな差が開いていたのだ。

 

(こうなったら……いえ、魔王が取るべき手ではない!)

 

 カテレアはセラフォルーが敬意を払うべき相手だと認め、一切の慢心を捨てて戦っている。其所にあるのは真の魔王と名乗るに相応しい誇り。だからこそ、勝率を大幅に上げる為のアイテムの使用を考え、即座に其れを却下した。

 

「……流石ですね、セラフォルー。だからこそ、貴女には()()()()をぶつけたくなりました」

 

 カテレアが突き出した右手の平に魔力が集まる。其れは彼女の残った全てで、其れを放てば飛行する力すら残らない。それ程までの魔力を野球ボール大にまで凝縮するなど彼女に其処までの技術は本来ない、其のはずだった。

 

 自分を殺す為に誇りも名誉も捨て去り魔王の名を穢す愚か者の侮蔑を浴びる相手への敬意がカテレアを急成長させた。ただの慢心ではなく、真の誇りが彼女の中を流れる血に眠る力を覚醒させたのだ。

 

「さあ! お受けなさい!!」

 

 直撃すればセラフォルーでも無事では済まない一撃。其れを見てもサーゼクス達は避けろとも叫ばず、ましてや助太刀しようともしない。

 

 この戦いは二人の誇りを守る為の戦いだと、本能で察したからだ。

 

 

 

 

 

「……今、後ろから襲えば楽に倒せるんじゃ」

 

『空気読め、アホ』

 

 そのような事などどうでも良いと感じている者が居たが……。

 

 

 

「……そう、分かったよ。受けて見て! これが私の全力全開!!」

 

 ぶつかり合う二人のレヴィアタンの魔力は二人の中間で拮抗し、やがて地力で勝るセラフォルーの魔力が押し勝った。

 

 

 

 

 

「……ふっ。最後まで痛々しい馬鹿の演技を辞めさせれませんでしたね」

 

 セラフォルーの魔力に飲み込まれる瞬間、カテレアは少しだけ惜しそうに呟いて目を閉じた。

 

 

 

 

 なお、全員が勘違いしているが、セラフォルーは好きで魔法少女のコスプレをし、そのままの格好で楽しんで番組を作り、外交の場に相応しくない言葉使いも何の疑問も抱かずに使っていた。

 

 だが、良い様に勘違いしたままで逝けたのなら、其れは其れで幸せだったのかもしれない。

 

 

 

 

 其れは行き成りの事だった。空気を読んでか、其れ共二人に敬意を払ってかは誰も知らないが、先程から黙っていたアルビオンが口を開く。既に声は完全にヴァーリの物から変貌し、瞳も龍の瞳になっていた。

 

「……さて、では今から二天龍の戦いを始めよう。……っと言いたい所だが、この体は脆弱過ぎるのでな。せめて使い慣れてから戦うとしよう」

 

 アルビオンは片手を結界に向ける。侵入者を逃さない為にミカエル達が力を合わせて張っている結界、その一部の力が急激に『減少』し始めた。

 

「半減じゃないっ!?」

 

「ああ、知らなかったか。これが私の失われた力の一つだ。全く忌々しい。神器の時は力の一部しか使えない上に、使う度に何を使っているか態々音声で知らせるのだからな」

 

 アルビオンは声を上げたアザゼルに忌々しそうに答えると結界の力が減少した部分を虫を追い払うかのように叩く。ピシリ、という音と共に簡単にヒビが入ったかと思うと其処を中心に全体へと広がっていく。三すくみの勢力有数の者達が協力して張った結界が窓ガラスに石を投げ付けたかの様に音を立てて砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったな。まんまと逃げられちまった」

 

 アルビオンが去っていった方向を見て黄昏るアザゼルの背中は何処か寂しそうだ。彼にとってヴァーリは子供同然だった故に体を乗っ取られた事にショックを受けているのだろう。

 

 

 

「アザゼル。気持ちは分かるが結界を張り直して続きをしよう。……彼が魔王の血族だとアルビオンが言っていたが、其処についても話してくれるかい?」

 

「ああ、分かったよ。でも、その前に提案があるんだ。和平を結ばないか?」

 

 この後、アザゼルの口からヴァーリが前ルシファーのひ孫だという事が語られるなど会談は進み、最終的に和平が結ばれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうなると思いますか、若様?」

 

「何かあったら直ぐに崩壊しますね。これが小学生なら先生に『はーいお手々繋いでで握手して、それで仲良し喧嘩は御終い』、で済むでしょうが。共通の敵が居なくなるか別種族間で何か事件があれば……」

 

 三大勢力は長年争って来た。トップ陣が争いを止めて仲良くする、と、各種族の議会を通さずに決めた所で納得しない者は多くて当然。親を子を、兄弟姉妹を、隣人を、友人恋人を殺された怨みは簡単に消えない。一見消火したかに見えても火は燻り続け、何か起きれば一気に燃え上がる。

 

 そもそも、トップに争うように言われた直ぐに手を取り合うようなら、最初から戦争等起きなかっただろう。

 

 

 

 

 

『和平について少しお伺いしたい。今後、はぐれ悪魔を始めとした人間を害する存在への対処に付いてですが……』

 

「その事ですが、和平を結ぶからには悪魔祓いは不要になります。流石に悪魔の駒の取り扱いについて要求するのは内政介入になって貴族の反発を買いますし、和平の為にも……」

 

『成る程。良く分かりました……』

 

 事実、炎の一部は燻る事すらしなかった。和平が正式に決まった後、天界から悪魔祓いの縮小が知らされたのだが、其の数日後にはミカエルの耳に重大なニュースが届く事になる。

 

 

 

「我々一同、信仰心を守り抜くためにも今日をもって悪魔祓いを辞めさせて頂く!」

 

 前デュランダルの所有者であるヴァスコ・ストラーダと多くの悪魔祓いが教会を脱退。もはや天界は人を守りきれぬ、と言って人外から人を守る団体を創設し、匿名で悪魔や堕天使を嫌う神が支援を申し出たというのだ。

 

 

 

 理想というのは素晴らしい。だが、綺麗なだけの理想は泥船と同じ。夢を見るのは結構だが、運転者が転寝している様な車に載っていたい者など居ないだろう。居るとしたら其の事に気付いていない者か、同じように寝ている者だけだ。

 

 

 

 

 

「……S・Vとやらはあの人だったんだな」

 

 ギャスパーが登校途中、道の端で腕を組んで彼らを待っていたゼノヴィアは浮かない顔だ。ギャスパーは彼女を見て一瞬ギョっとした顔になるが直ぐに前を向いて素通りした。

 

「……一緒に行かなかったんですか?」

 

「私は悪魔の世話になり、一時期とはいえ悪魔に転生する事も考えていた。散々悪魔を敵として殺してきたのにな。……そんな中途半端な恥知らずがどんな顔して加われって言うんだ。追放されたとは言え、仲間を裏切って悪魔に着こうとした奴が、今度は世話になった悪魔を裏切って退魔組織に入るなど、私なら信用しないだろうな」

 

 ゼノヴィアそういう風に自嘲気味に呟く。本心を言えば付いて行きたかったが、自分が行っても和を乱すだけだと分かっているのだ。

 

 

 

 

 

(今日はお赤飯かなぁ……)

 

 話を振られたギャスパーは夕飯の事で頭が一杯だった。本心を言えば早く教室に行って読みかけの本を読みたかったが、正直に言っても面倒な事になると分かっているのだ。

 

 

 

「よっ! これから宜しくな。……なあ、お前の禁手を調べさせて……」

 

「ど…同盟相手でもないから嫌ですぅぅ。あ…あの、どうして居るんですか? 総督の座を追われましたか?」

 

 昼休み、オカルト研究部に呼び出されたギャスパーを出迎えたのはアザゼルだ。総督とは責任重大な立場であり、こんな所にホイホイ来て良い立場では無いので追放されたかと思ったギャスパーは正直にその事を口にした。

 

 

「違ぇよ。魔王の妹なんざ狙われるだろ? 幾らか神器所有者も居るし、此処で教師しながら指導する事にしたんだよ。ウチは有能な部下が居るから俺が居なくても良いしな。セラフォルーの妹に教師の地位貰ったし、女子高生でも食うとするか」

 

 手を出した場合、ソーナは抗議するどころではないだろうが、それでも相手は総督なのだから強くは出られないだろう。自分の立場を利用して教師という職業を馬鹿にした言葉ではあるが、ギャスパーは特に反応しなかった。

 

「総督って居ても居なくても成り立つんですね。……全部終わった時に椅子が残って居たら良いけど」

 

「おい、不安になるだろうが……。……所で仙酔の姿が見えねぇけどサボりか?」

 

「あっ、はい。漸く必要なだけの力が手に入ったらしくって……」

 

 

 

 

 

 龍洞の屋敷のとある部屋、香を焚き、壁床天井全てに血で文字が書かれた其の部屋に彼の姿があった。部屋の中心では白蛇状態の清姫が大人しくしており、時折舌を覗かせている。

 

「……はは、はははははははっ! 漸くだっ! 漸くこの時が来たっ!!」

 

 大声で狂ったように笑う龍洞の手の平から瘴気が吹き出し清姫を包む。渦を巻きながら小さな体を包み込むほどの大きさだった其れは徐々に大きさを増し、やがて小柄な人一人にまで膨れ上がる。部屋中の文字を書くのに使われた()()()()()()()()()()()が溶ける様に瘴気の渦に吸い込まれて行き、やがて瘴気が収まると其処には清姫の姿があった。

 

 

 

 

 

「ああ、最高の気分です、旦那様。…‥今の私に嘘はつかないでくださいね。食べちゃいたくなりますから……ふふふふっ」

 

 其処に居るのは確かに清姫だが、もはや別の存在だ。髪は白く染まり、反対に角は漆黒。何よりもその存在は余りにも禍々しい。もはや箱入り娘でもなく、蛇のまま死ねない呪われた身の少女でもなく、邪悪極まりない邪龍だ。

 

 

 

 

 

 

「ああ、上手く行ったんやなあ。おめでとうさん。ウチも嬉しいわあ」

 

 龍洞の背後からパチパチという拍手の音が響く。何時の間にか閉じていた扉が開かれて日の光が差し込んでいた。

 

 

「大婆様、何用ですか?」

 

「そろそろ清姫ちゃんにウチの掛けた呪いを掻き消す頃やと思うてな。お祝いついでに修行を言い渡しに来たんよ。夏休み、冥界で頑張っておくれやす。『カマイタチ』が鍛えてくれるさかいになあ」

 

 

 

 

 

 

「……えっと、三人の方ですか?」

 

「性格悪い方や。あの子の方が鬼術得意やろ?」

 

 この時、龍洞は心底嫌そうな顔をしていた……。

 



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狂人達の恋の唄 ⑤

 遙か昔、三上山に大百足という大妖ありけり。その身の丈凄まじく、三上山を七巻き半。その力、龍神さえも恐れ慄く程。矢も刀も通さぬ程に強靭な肉体を持ち、空さえ飛ぶとされた其の大妖も『英雄』の前に敗れ去った。

 

 其の英雄、大百足の弱点を突いて仕留め、確かに亡骸も見付けしが、何時しか亡骸の行方や知れず……。

 

 

 

 

「旦那様っ! 凄いです、本当に空を飛ぶのですね!!」

 

 車内に清姫の声が響く。窓ガラスに手を当てて外を眺めると、眼下に映るのは深い渓谷。通常、列車は空を飛ぶ筈がないのだが、其の列車は普通の列車ではない。

 

「……」

 

「……旦那様? あの、どうかなさいましたか?」

 

「いえ、燥ぐ貴女の姿に見蕩れていました。この世全ての絶景の美しさを足したとしても貴女の足元にも及びませんから」

 

「……もう。お上手なのですから。でも、本気でそう思っていて下さるのですね。清姫は幸せ者でございます」

 

 自分の言葉に対し無言を貫く龍洞に不安を覚えたのか、少々怯えた表情で振り返るも直ぐに両頬に手を当てて照れた仕草になる清姫。其の肩に直様手が伸ばされ引き寄せられると微塵も抵抗する事なく胸に体を預ける。そのまま上目遣いで目を合わせ、無言でそっと目を瞑る。何度も繰り返した口付けの要求だ。無論、其れは直ぐに叶えられた。

 

 

「ああ、(わたくし)は旦那様と僅かな時間でも共に居られれば幸せだと思っていましたが、こうして夫婦で出掛けると更に幸せだと知りました。……きっと、これから更に幸せになるのでしょうね」

 

「きっと、ではなく、必ず更に幸せにしますよ」

 

 肩に置かれた手は滑る様な動きで腰へと移動する。右手だけだったのが左手も加わり、腰に回した両手で清姫を優しく抱き締めると、恍惚の表情で息が荒くなって来た清姫の顔を愛しそうにそっと見詰めていた。

 

「あ…あの、旦那様。も…もう……」

 

「……駄目ですよ? 私としては直様、と行きたいのですが、観光前に疲れ果てては折角の旅行が台無しです。楽しみは夜に取っておきましょう」

 

 肝心な事は何一つ口にしていない清姫だが、その理性が失われている瞳に浮かんだ欲の色と赤く染まった頬、色気のある声と荒くなった息から察するのは容易い。無論、龍洞は愛する女性が何を言いたいのか直ぐに察し、人差し指の腹で小さな唇を塞ぐ。

 

「……むぅ。旦那様の意地悪…ひゃうんっ!?」

 

 口付けで塞いで欲しかったのか、其れ共要求が聞き届けられなかったのが不満なのか、頬を膨らませる清姫だったが、其の耳に至近距離から息をかけられると可愛らしい悲鳴を上げる。其の息を吹き掛けられた耳に今度はそっと囁きがあった。

 

 

「……其の体に慣れるまで御預けでしたから、()()()()()()のは私も同じです。今夜は存分に苛めて差し上げますよ。それとも、優しく愛しましょか?」

 

「両方です! 清姫はどっちもして欲しいです!! ……この様なはしたない女にしたのは旦那様なのですから、しっかりと責任を取って下さいませ」

 

 無言の龍洞の指が絹の様な白髪を漉き、もう片方の手で頭を引き寄せる。再び重なる唇だが、今度は少々激しい。舌と舌が絡み合い、淫靡な唾液の音が鳴っていた。

 

 

 

 

 

「……彼処まで二人の世界に入れるのは凄いな。何時もあんな風なのかい?」

 

『一々気にしても無駄だ。己の欲に生きて何が悪い』

 

 そんな光景を直ぐ近くで繰り広げられたゼノヴィアは、育ちが育ちだけに全く耐性がなく、顔を赤らめながら目を逸らす。琴湖は投げ掛けられた問いに欠伸をしながら答えた。

 

 

「……ううむ。私は詳しくなかったが、アレが今時のカップルの姿なのだろうか……」

 

 ゼノヴィアは顎に手を当てて悩みだすも。其れは違うと教えてくれる者はこの場には居なかった……。

 

 

 彼女達が乗っているのは冥界と人間の世界を渡る悪魔の列車の中。客人用の車内のフカフカの椅子に座る彼女は答えの出ない問いを到着までずっと考えていた。

 

 

 

 

 

 

「冥界に行きたい? 貴方、行った事無かったの?」

 

「ええ、必要無かったので。ですが、知り合いが私に修行を付ける為に冥界で待っているので行きたいのですが、生憎行く為に必要な手続きが面倒で。貴女なら実家のコネで楽に用意出来るでしょう? コカビエルに挑んでいたら相手が舐めプするという有り得ない事態にでもならない限り死んでいましたし、借りを少しは返して下さい」

 

 夏休み間近となり、眷属を連れて実家帰省しようかと、あわよくば祐斗を口説き落として家に交際を認めさせようと考えていたリアスを訪ねた龍洞の要求に対し、彼女は少し考えて直ぐに了承した。

 

「良いわ。じゃあ、予定を早めるから指定した時間に駅まで来て頂戴」

 

「あっ、大型犬も連れて行きますけど構いませんね?」

 

 龍洞の要求を呑んだリアスだが、彼が言う様にコカビエルの件の御礼という訳ではない。むしろ、自分の縄張りで起きた事件を勝手に解決したと思っているし、そのような思考回路でなかったのなら援軍を呼ばずに独力で対処しよう等と愚行も侵さなかった。

 

 無謀で自信過剰で我儘、そんなリアスが要求を呑んだ理由は一つ。サーゼクスからの指令が関係しており、アザゼルが学園に赴任してきたのも同じ様な理由だ。

 

(お兄様は彼を探って欲しいと言って来た。アザゼルも彼やヴラディ君の禁手に興味を持ったのが本当の理由みたいだし、此処は上手く懐柔して……)

 

 

 

「あっ、まだ貸しは沢山残っていますし、貴女方に情報を開示する気も、其の義務もないので悪しからず」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……しかし天界も大変なようだな。元々悪魔祓いは縮小する気だったようだが、アレだけの実力者に抜けられては戦力以前に面子が丸潰れだろう』

 

「匿名の出席者を認めたのは彼らですし、其の結果ですから私には関係有りません。……えっと、何って言ってましたっけ?」

 

 ヴァスコは教会を抜ける際に龍洞に連絡を入れたのだが、彼の信念や意気込みに何一つ価値を感じていない龍洞は既に内容を忘れてしまっている。

 

「まあ、良いではありませんか。あの方の言葉など、旦那様には全く関係有りませんわ」

 

『……”私達は信仰の為に教会に所属していたのであって、教会の為に信仰をしていたのでは無い。故に己の信仰や正義に反するのならば教会に居続ける意味はない”、だ。信仰を捧げる為に人が存在するのではなく、人の為に信仰が存在する、それだけの話だな』

 

 龍洞の言葉に間違い等有るはずがないという清姫と、そんな二人に呆れ気味の琴湖。ずっとこの様なやり取りを繰り広げている内に列車はグレモリー領へと到着した。

 

 

 

「……私は部長の家に招待されて居るけれど、君達はどうするんだい?」

 

「私達は一旦首都ルシファードに向かい、それからフェニックス領のホテルに向かいます。……しかし、彼もよく招待して下さいましたね。どんな神経をしているのでしょうか?」

 

 紹介無しには泊まれないホテルへの紹介状を用意してくれた相手に対し行った事を思い出す龍洞。どう考えても仲良く出来る出来事はなかった筈だと首を傾げていた。

 

 

 

「……ああ、そうそう。屋敷でグレイフィアさんに会えたなら、キアラさんが会いたがっていたとお伝え下さい。どうも同類と噂の彼女に親近感を持ったらしく……」

 

「……噂? 其のキアラって人、聞いた話じゃアレだそうだが……」

 

 

 

 

「ええ、凄いビッチです。基本は同性愛者ですが、色欲は老若男女構わずで、今は”部下を死地に送っておきながら、自分は我が身可愛さに鞍替えし、体を使って現政権に取り入った恥知らずの淫売”、だと噂の彼女に夢中なのですよ。まぁ負けた側の将が勝った側の指導者と結婚していれば、その様な噂をされても仕方ないですよね」

 

 清姫は、”そう言えば騎士が新選組の沖田さんらしいですが、彼も隊長でありながら我が身可愛さに怪しげな術に手を出し、挙句の果てに恩有る幕府や寝食を共にした仲間を見捨てた武士の風上にも置けない臆病者”だと噂だそうで、と付け加える。

 

 

「じゃあ、お願いしますね」

 

「伝えられるかっ!!」

 

「……ケチくさい人だ。じゃあ、私が伝えますよ」

 

「……そうしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、()()()は駅で待っていると言いましたが」

 

 出来れば会いたくないという気持ちがヒシヒシと表情に浮かぶ中、彼の背後から近付いて来る者が居た。

 

 

 

 

(だ〜れ)だ? 久しぶりだね、龍洞君、清姫ちゃん、琴湖さん」

 

「……ど…どうも。お久しぶりです、恋花(レンファ)さん」

 

 一見すると無害そうに見える黒髪ワンサイドアップの少女。中学生程の彼女に対し、龍洞の顔は引き吊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暫くは若様と清姫様のバカップルっぷりを見なくて良いし、平和だなぁ……」

 

 その頃、留守番を申し出たギャスパーはお茶を啜りながら平和を噛み締めていた……。

 

 

 まだ移動は残っているというのにドッと疲れたゼノヴィアは一刻も早くベッドで休みたくなった  『カマイタチ』という妖怪は二種類存在する。一つ目は『鎌鼬』、三匹一セットの妖怪で、一匹目が転ばせ。二匹目が鎌で切り、三匹目が薬を付ける、という誰もが『カマイタチ』と聞いて直ぐに思い浮かべるだろう。

 

 そして二つ目、中国の妖怪で窮奇と書いて『カマイタチ』と読む妖怪で……。

 

 

「いや、それにしても()()の成長は凄いね。正月に帰って来た時より伸びているね、色々とさ」

 

「……幹部である貴女にそう言って頂けると光栄ですよ」

 

 恋花と龍洞では彼の方が歳上に見えるのだが、其処は妖怪、見た目通りの年齢ではないのだろう。自分と龍洞の背を比べる顔は嬉しそうで、まるで年下の従兄弟を構う少女の様だ。

 

 対して龍洞の方は彼女から微妙に距離を取ろうとしている。目も合わせようとせず何処か余所余所しい。そんな態度を取られても恋花は気にした様子を見せず、今度は清姫の手を取って嬉しそうに笑っている

 

「清姫ちゃんも漸く総大将の呪いが解けたんだねっ! どう? 龍洞君には可愛がって貰っている? この年頃の子って性欲旺盛だから一方的な物になってない?」

 

「ええ、それは大丈夫です。最初は互いに不慣れでしたが、今はどうすれば相手に喜んで貰えるか分かっていますので」

 

 一行が居るのはフェニックス領の駅。無論公共の場であり、猥談を堂々と話すべき場ではない。だが、彼女達にその様な事を気にする精神は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

「仙酔様達ですね? お待ちしておりました」

 

 駅を出た一行を待っていたのは運転手付きの黒塗りの高級車。スーツ姿でビシッと背筋を伸ばして龍洞達にお辞儀をする彼が運転する車にはフェニックス家の家紋が刻まれていた。

 

 中に入ると列車以上に座り心地の良い椅子と飲み物が各種用意されていて、走り出しても殆ど揺れない。この車にどれだけの費用が掛かっているかを伺わせ、其れがフェニックス家の裕福さを示していた。

 

 

 

 車に乗り込んでから数分後、車内のテレビを付けて適当にニュースを観ていた龍洞は思い出したように恋花に頭を下げる。

 

「ああ、そう言えば直接言うのが遅れていました。胎児の血液をご用頂き有難う御座います」

 

 窮奇(カマイタチ)は悪人に遭えば其れを持て成すとされている妖怪で、翼の生えた虎の姿をしているとも、風を操る風神の類いだとも言われており、カマイタチの名は此処から来ているとされている。

 

「気にしなくて良いよ。内戦地で懸命に人を助けている夫婦を殺した時、奥さんの腹を裂いたら出て来たから丁度良いやって送っただけだからさ」

 

 もう一つ窮奇について重要な事が。窮奇は悪人は持て成すが、善人は食い殺してしまう妖怪で、四凶と呼ばれる中国で特に恐ろしいとされる妖怪の一角だ。

 

 尚、その話題に出た医者の夫婦だが、二人は痕跡一つ残さずに消えたので遂に周囲の人々を見捨てたとさえ噂されている。今まで頼りにされていたにも関わらず、二人の評判は最悪と言って良い物へと変貌してしまっていた。人とは勝手なもので、怠け者の働きや道を外れた者の更生を持て囃すが、その一方で勤勉者の常日頃の努力や、堪の愚行には厳しい。其れが全くの誤解だとしても……。

 

 

『続いてのニュースです。ドラゴン系神器を所有する眷属悪魔の謀反が増えており、政府はテロ組織との関連性を調査する方針との事です。尚、この一件を受けて一部貴族から悪魔の駒に謀反を起こした際に処分する為の術式を加えるべきだとの意見が挙がっており……』

 

『……下らん。グルメ番組はしていないのか?』

 

 ニュース内容に興味が湧かなかったのか琴湖はチャンネルを切り替えるも目当ての番組は放送しておらず、仕方なく音楽番組にチャンネルを合わせた。キラキラ光る装飾が施されたステージの上には露出度の高い服装をした仮面の幼女。首から『平行世界の』と書いた名札を下げており、楽器を持っているのは黒子とキグルミだ。

 

『今月のヒット曲ランキング〜! 第十位はパンダーズの話題の新曲『メロリンパッフェ』。六ヶ月ぶりとなる新曲とあって……』

 

「そろそろホテルに到着しますね」

 

 窓から外を見れば泊まる予定のホテル『フェニックスホテル』が見えて来た。紹介無しには泊まれないとなっていながらも、今の冥界に居る多種多様な眷属悪魔の種族に合わせて精霊やドラゴンなどの特殊な生態や巨体に対応できる造りとなっており、名の通りフェニックス家が経営しているらしい。

 

 

 

『しかしライザーは何故お前に親しげだったんだ? 今回も屋敷に泊れとまで行って来たが……可愛がっている妹の首を絞めてリタイアさせた男だぞ? その様な相手に親しみを持つなど、兄を再起不能にした男に妹が惚れる位有り得ないだろう』

 

「悪魔ってのは力で高い地位を得る事の出来る種族ですからね。獣並みに力がある者に魅力を感じるのでは? ほら、ライオンって群れを乗っ取ったら前のボスの子を殺しますが、母ライオンは子を殺した新ボスと交尾するでしょう? 其れと同じですよ」

 

『……いや、流石に其れは俺達龍よりも酷くないか? 赤いの』

 

『貴様は悪魔と余り関わっていないから分からんのだ。奴らはそういう種族だぞ。……さて、冥界の酒が楽しみだ』

 

「はいはい。ちゃんとドライグさんの予約も入れていますけど、弁償は嫌なので結界が壊れるほど暴れないで下さいね? ……弁償になったら、其の分酒とツマミを減らしますので」

 

『……分かっている。俺だって馬鹿じゃない』

 

 とドライグは語っているが、態々その様な苦言を呈される事と声に僅かに混じった物からして前科が有るようだ。

 

 

 

「よお! 久し振りだな。ったく、ウチに泊まったら良かったのに、わざわざ金を払ってホテルに泊まるなんてよ」

 

「他人の家にお世話になると落ち着かないので、ホテルの方が良いのですよ」

 

 車から降りると既に入り口に従業員に混じって出迎えるライザーの姿が有った。彼からすれば互いに全力を出してぶつかったのだから親近感が湧いているのだろうが、龍洞はその様な考え自体浮かばないので何故その様な態度なのか理解出来ないで居た。

 

 

「へぇ、其の子がお前の女か。美少女じゃんか」

 

「ええ、絶世の美少女です。彼女の前では傾国の美女も醜女同然だ」

 

「・・・・・・・おっふ。いや、俺も端から見ればこんなのか。改めよう・・・・・・・うん? こっちの子は? 二人目・・・・・・・冗談だって。そんなに睨むな」

 

 人の振り見て我が振り直せ、という言葉を実感したライザーは次に口は災いの元という言葉を実感する。基本的に他人に興味のない龍洞が怒る数少ない言葉、清姫への愛を否定するような言葉を慌てて訂正した彼に対して恋花は笑顔で手を差し出した。

 

「やあ、初めまして。私の名前は一風 恋花(イーフォン レンファ)だよ」

 

 

 

 

「あっ、今回お世話になりましたし、ご注意を。この人、脅迫が趣味みたいな物ですから。・・・・・・・私も昔はお小遣いを巻き上げられました」

 

「其れの何処が駄目なの? 相手は身の破滅を免れ、私は儲かる。まさにうぃんうぃんの関係って奴でしょう?」

 

 この時の彼女は心底不服そうで、脅迫行為に何一つ恥じる物がないと思っている者の目であった・・・・・・・。 冥界の空には太陽は存在しないのだが、それでも朝が来る。朝が来れば学生は学校に行き、社会人は職場へ向かう。朝さえ来なければと思う者も多いだろうが、其れは朝が幸せだと感じていないからだ。

 

 この日、龍洞の目覚めは爽やかなものだった。窓から朝日が差し込む事はないが、其れでも朝が来れば光が照らして訪れを知らせる。普段は布団なので寝慣れ無いベッドのシーツを見れば血の跡。背中に爪を立て様として肉を抉られてしまった時に流れた血だ。床を見れば綺麗に畳むのもまどろっこしいと脱ぎ散らかされた衣服。

 

「……ん。旦那様ぁ……」

 

 横を見れば、まるで蛇が獲物を絞め殺すかの様に両手両足を全身に絡み付かせている清姫の姿。透けるような肌は汗や何やらでシーツ同様に汚れているにも関わらず見苦しさを感じさせない。

 

 

 

 

 

『好きに勝手にお仕置きショー!』

 

 起き上がろうとするも、寝顔が気持ち良さそうだったのでとベッドで寝転がり続けると、イヤホンを耳に入れてテレビを付ける。丁度流れていたのは『マジカル✩レヴィアたん』の終了後に放送が決定した大人気番組だ。

 

 画面の中ではフリフリのセーラー服を着たツインテールの巨漢が巨大なヌイグルミのウサギを飛び蹴りで吹き飛ばし、体操服にブルマを着た中肉中背の独身男性が推定年齢10歳程の女幹部にプロレス技を仕掛けている。

 

『ビールっ腹フライングボディブレス!!』

 

『爆発オチなんて最低〜!』

 

 会社帰りのサラリーマンが不思議な生物(派遣社員)によって魔法の力を与えられ、少女ばかりの悪の組織や仕事のノルマや生活習慣病と戦うというストーリーで、視聴率が取れないので次回で終了するのが決定している。矛盾している様に感じるが、二巻程度で終わる連載のあらすじが『大人気〇〇ストーリ堂々完結』となっている事が有るので問題はない。

 

 

『緊急ニュースです! 昨日未明逃亡した眷属悪魔について話し合う為に開かれた貴族の会談に襲撃があり、多くの死傷者が出た模様です。未だ正式な発表はありませんが、入った情報によりますと死亡者の中には初代バアルであらせられる……』

 

 なので急に画面が切り替わっても視聴者からのクレームは来なかった。

 

「ロクなの放送してませんね……」

 

 どうせ今日から暫くの間このニュースばかりだろうと、龍洞は欠伸をしながらテレビの電源を落とす。旅行に来ているのだし、無理にテレビを観なくても構わないのだ。

 

「さてと、修行は明日からですし、ドライグさんは……」

 

 カーテンを閉めていないので外の様子が窓から見え、ドラゴンの様な巨体持ちが泊まる専用の部屋(天井の代わりに透明の結界が張られている巨大なドーム)が嫌でも視界に入る。

 

「やれやれ、鬼も龍も本当に酒が好きなんですから。……宿泊代より酒代の方が高いって……」

 

昨日は酒をしこたま飲んでいたから未だに寝ているのだろうと思い、二度寝するかと目を閉じる。スヤスヤと寝息を立てる清姫を抱き枕にしていると、睡眠欲以外の欲求が湧き上がって来たので其れに忠実に従った。

 

 

 

 

 

 

「……私に電話?」

 

 龍洞が泊まっているのはデラックススイートで、朝食も指定した時間に態々運ばれてくる。冥界独特の領地を食べつつ、『清姫の料理には劣りますね』や『もう、旦那様ったら……』、等と朝から()()()()後だというのに二人の世界に入っていた時、フロントから連絡があった。

 

「お茶会、ですか……どうします? 観光ガイドを買いましたが、ハッキリ言って興味が湧かない所ばかりですし」

 

 電話の相手はライザーで、屋敷でお茶会をするので来ないか、というお誘い。龍洞からすれば心が微動だにしないお誘いだ。

 

 

 

 

「まぁ、お茶会ですか。(わたくし)、少し興味がありますわ」

 

「行きましょう!」

 

 ただ、清姫が行きたいと言うのならば話は別だ。先程まで適当に返事して、其の後は適当に食べ歩きでもしようとしていた予定など忘却してしまった。

 

 

 

 

 

「よう! まさか来るとは思わなかったぜ」

 

「ええ、来る気は微塵もありませんでしたが、愛しい妻が興味があると言うのなら行きますよ」

 

「まぁ、恥ずかしいですわ。この様な人前で」

 

「貴女に愛しているという事に恥じる必要が? 少なくても私は感じません」

 

 誘ったライザーも、噂や何やらで龍洞の性格は把握している積もりなのか、元々駄目元で誘ったので来た事に心底驚いている。そんな呼んでおいて少し失礼だと言われかねない反応にも気にした様子はなく、それどころかライザーなど眼中にないという振る舞いだ。

 

「……おーい、そろそろ帰って来〜い」

 

 故にライザーの呼び掛けがあっても止まらず、恋花が口を挟むまで続けられた。

 

 

 

 

「じゃあ、私は()()()()()()()人達に挨拶して来るね。これから貴族は力が落ちるだろうし、今の内に回収しとかないと」

 

「ええ、絞れるだけ絞らないと損ですよね。……くれぐれも道連れにされないように」

 

「キヒッ! 私がそんな馬鹿な真似する訳ないじゃない。バレて困るのはアッチだけさ」

 

 恋花は()()()()()()()()者達を見つけ、自分を見て苦虫を噛み潰した様な顔をする者達に親しげな笑顔で近付いて行く。何を言っているかは距離や声の大きさで分からないが、少なくても慌てて恋花の機嫌を取ろうとしている様子は伺えた。

 

「貴族って大変ですね。まあ不正をするのが悪いのですが……おや?」

 

「うげっ!? 貴方はっ!」

 

 流石は裕福な家だけあって出ている軽食や紅茶も豪華で、其れを口にしつつ特に興味のない貴族達を眺めていた其の時、鉢合わせになった貴族令嬢が龍洞の顔を見るなり顔を引き散らせた。

 

 

 

「……お久しぶりですわね」

 

「ええ、何時か何処かでお会いした誰かさんでしたね。……ああ、フェニックス家のご令嬢でしたか。興味がないので誰だか分かりませんでしたよ。えっと、お名前は何でしたっけ? 直ぐに忘れると思いますが、一応訊いておきましょう」

 

「レイヴェルです! レイヴェル・フェニックス!!」

 

 

 

 

 

レイヴェルが貴族令嬢に相応しい振る舞いを忘れ、青筋を浮かべながら大声を出した頃、グレモリー家に来客があった。

 

 

 

 

「……お久しぶりですな、お嬢様」

 

「私はもうお嬢様ではないわ、アルフレッド」

 

客人は白髪の老紳士。足が悪いのか杖を持ち、感じる魔力も衰えている。何より顔に深く刻まれた皺が、彼が長命な悪魔の中でも長生きしている事を告げていた。

 

 彼、アルフレッドを応接間で出迎えているグレイフィアは何時ものメイド服ではなく、貴族に相応しい見事な物。普段は新政権への忠義の表れ、本当はメイドとしての仕事の方が症に合う等の理由でメイドとして振舞っている彼女だが、今日は特別に休日を取って彼の相手をしていた。

 

「いえいえ、私めにとっては貴女様は未だに忠義を捧げるルキフグス家のご長女。本日はこの老耄の身の程を弁えぬお願いを聞いて下さり有難うございます」

 

「顔を上げさい、アルフレッド。貴方は初代の頃から一族に仕えて居るのですから、こうして顔を見せるくらい当たり前です」

 

「し…しかし、私も亡くなった息子達も貴女様達に深い忠誠を誓っていましたので……」

 

 深く頭を下げ体を震わせるアルフレッドの姿に慌てて顔を上げさせるグレイフィア。長らく実家に仕えていた使用人の老体を慮って対応していた其の時、窓の外を歩く我が子の姿が目に入った。

 

「おおっ、あの方がお嬢様の……」

 

「ええ、私の息子のミリキャスよ。……少し話をしてみるかしら?」

 

「よ…宜しいのですか?」

 

 恐れ多いとばかりに狼狽えるアルフレッドの問いに肯定を示したグレイフィアは彼を連れて庭に出る。そして紹介しようとした其の時、屋敷に向かって無数の炎弾が降り注いだ。

 

「敵襲っ!」

 

 降り注ぐ炎弾は直径一m弱で、屋根や地面に着弾すると弾け飛んで炎を撒き散らす。何らかの守りのお陰か火に舐め尽くされたにも関わらず火事は発生していないが、母の顔から魔王の女王の顔に切り替えたグレイフィアの視線の先には宙を飛び回る襲撃者達の姿があった。

 

 

「居たぞっ! アレがサーゼクスの息子だっ!!」

 

「殺せっ! 奴からも家族を奪ってやるのだっ!」

 

 向けられる言葉と視線には殺意が篭もり、憎しみさえ感じさせる者すら存在する。直ぐに衛兵達が対処に向かうのだが、公爵家の衛兵にも関わらず押されていた。

 

 

「アレは覇龍(ジャガーノート・ドライブ)。それもあんな数が……」

 

 襲撃者全てが龍を思わせる鎧で全身を包み、全てが上級悪魔に匹敵する力を感じさせる。それを感じ取った彼女の判断は早かった。

 

 

 

「アルフレッド、ミリキャスをお願いしますっ!!」

 

 長らく自分に仕え信頼している彼に息子を任せ、直ぐ近くに居る魔王クラスの自分が対処する。それが彼女の決断で、間違っては居ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行きましょう、ミリキャス様。()()()()()まで……」

 

 彼女が間違った事。其れは彼が今も自分を慕っていると思っていた事。彼の瞳の奥に隠れた感情に気付かなかった事。旧魔王に仕えていたという事が何を示すか考えが足りなかった事。

 

 

 つまり、アルフレッドにミリキャスを任せてしまった事が彼女の間違いであり、其れはミリキャスが行方不明になるという結果を齎した……。

 ライザーとリアスのゲーム開始前、助っ人である龍洞の情報を得たレイヴェルは、仙酔一族に関する資料を集めていた。

 

「……使えるかもしれませんね」

 

 悪魔でさえも吐き気を催す、実際に悪魔であるレイヴェルは多少不快に思いながらも、其処まで言われる一族ならば縁を持てば何かしらの利益に繋がるかも知れない、覇が本質だと母親から評価される彼女はこの時そう思ってしまい、ゲームに出なければ良かったと後悔する事になる。

 

 曰く、父親の意識がある状態で体だけを操り、娘を陵辱の末に惨殺させ、発生した陰の気を使って母親を呪い殺した。

 

 曰く、何日も監禁した上で食事を与えずに居た相手に毒だと言って食事を出すが、含まれていた毒は苦しいだけで死には至らず、さらには空腹感を増大させる呪いを込めていた。

 

 そして、これはまだ優しいと言える範囲だ。

 

 金で動き、争う相手には老若男女問わず一切の容赦をせず、尽く苦しめて始末する。その事を()()()()()()レイヴェルは一種の合理主義だと判断した。残虐な手口は敵対する事への恐怖を与え、更には呪詛に使用する陰の気を手に入れる為の行為で、金次第で動くのは仕事に私情を挟まないという事だと。

 

 なら、裕福なフェニックス家なら取り込む事が可能で、他の家が忌み嫌う一族ならば劇薬となり得る。魔王派と貴族派の政争が絶えない今、更に上へ伸し上がるチャンスだと思ったのだ。

 

 

 だが、彼女は資料で読むのと実際に体験する事の違いを分かっていなかった。

 

 

 

 

(……何なんですの! アレは一体何だというのですのっ!?)

 

 首に掛けられた手がジワジワと力を増して首を絞め上げていく感覚。浮いた足をバタつかせ、炎を放って抵抗し、空に飛び上がって逃れようとする。その全てが無駄に終わり、次第に意識が薄れていく恐怖。

 

 (ライザー)の眷属になったのは下らない拘りから何度も頼まれたからと、今の社会はレーティング・ゲームに出るのが当然だという風潮だが彼女自身は王になって眷属を率いて戦う気が無かったから。だから興味のないゲームに出ても参戦しなかったし、不死の特性から戦いに対する恐怖など知らなかった。

 

 だけど、龍洞を相手にした事でそれを知った。どの様な抵抗も意味を成さず、その目にはレイヴェルなど映していない。ただ単に作業をこなすかの様に首を絞め続ける其の姿に恐怖を覚えたのだ。ゲーム後も悪夢は続き嫌な汗をかいて飛び起きる毎日。プライドから家族に相談できず、ただ兄の馬鹿に付き合うのは懲り懲りだとゲームに参加していない母の眷属になる事で漸く安心できた。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ。このケーキは美味しいですね」

 

「あらあら、旦那様。口元にクリームが付いていてだらし無いですわ。(わたくし)が舐めて差し上げます」

 

「しかし、最近のスイーツ市場の発展は素晴らしい。今までは子供向けのイメージがあった甘味ですが、ターゲット層を決めて其の世代にアピールする戦略を取ることで様々な物が生まれていますし、ネットの発展で遠くの店の商品を取り寄せる事も可能となっています。勿論通販をしていない店もありますが、行列に並んだり、遠くまで買いに行くのは一種のイベントですから苦痛には成りませんね。ギャスパーも予約しているゲームを買うための行列に並ぶのを楽しんでいるフシがありますし、そういう心理があるのでしょう。しかし、同じケーキといっても使用する小麦や卵、フルーツの品種などや付け加える材料によってガラッと味が変わりますし、高いケーキには高いなりの訳がありますよね。いや、スーパーで売っているような二個から三個で三百円程度の安いケーキ等も否定できませんよ? アレはアレで美味しいですし、子供のお小遣いでも手軽に買えるという利点があります。手軽といえばコンビニのスイーツですね。他社と競争するようにドーナツを始めとしたコンビニスイーツの発展は素晴らしく、どの様な時間帯でも手軽に様々なスイーツが味わえるのは素晴らしい事だと思います。ただ不満があるとすればスーパーなどでは頻繁に見かけないマカロン等のスイーツがあるのは良いのですが、もう少し和菓子の類にも力を入れて欲しいものです。洋菓子も素晴らしいですが、やはり日本の生まれならば和菓子を、日本本来の懐かしい味を心のどこかで求めているのではないでしょうか。ああ、勿論十円数十円で買える駄菓子も魅力的だ。なんと言っても・・・・・・・」

 

 しかし、今目の前に居るのは明らかに胃に入る量を凌駕しているにも関わらず未だ食べるスピードが衰えぬ龍洞と、其の世話を甲斐甲斐しく焼く清姫の姿。バカップルとも言える二人からは仙酔一族に纏わる悪評も、ゲーム時の恐ろしい姿も想像できない。

 

「そう言えばレイヴェルさんがお茶会のケーキをお焼きになったとお聞きしましたが、レシピを教えて下さいませんか? (わたくし)も旦那様に作って差し上げたくて」

 

「え・・・ええ、構いませんわ。すぐに教えられる物でよければ・・・・・・・」

 

 今も龍洞の為にお願いして来た清姫の嬉しそうな顔を見ていると本当に相思相愛なのだと思え、貴族令嬢なのに未だ婚約者どころか社交界で仲良くなった異性すら居ないレイヴェルは羨ましいとすら感じていた。

 

 

 

 

 

 

「では、旦那様。ケーキを作りましたら女体盛りにしますので食べて下さいますか? 食べてくださいますよね。体中に付いたクリームを舐めようと旦那様の舌が体中を這うのかと思うとゾクゾクして来ましたわ」

 

「ああ、其れでしたらホテルの部屋で予行練習でも行いましょうか。勿論夫婦ですので平等に互いを・・・・・・・」

 

「・・・・・・・貴方達、悪魔より欲望に忠実なのではなくて?」

 

 でも、流石に二人のように振る舞うのは嫌なレイヴェルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で為政者が欲望に忠実で更には其れを推奨する風潮って、領民からしたらどうなのでしょう? 私は悪魔になるメリットが皆無ですので絶対になりませんから大して興味は有りませんけど」

 

「ケースバイケース。領主として分別をつけての範囲内の方もいらっしゃれば・・・・・・・正直、他の貴族から見ても呆れる方もいらっしゃいますわ。特に貴族派に多くて、はぐれ悪魔もそういった家から出る傾向に有ります」

 

 レイヴェルは情けなさそうに溜め息を吐き出しながら言い切る。声は潜めているが、余り口にすべきでない内容だったので龍洞は、

 

 

「へぇ、そうなのですか。じゃあ、私の家に来た皆様も貴族派かもしれませんね」

 

 特に興味がなかったので反応する事もなく、レイヴェルも其の反応が予想していた内容だったのか特に表情に変化が無かった。

 

 

「でも、今後は変わっていくでしょう。貴族派の中心は、今では象徴の要素が強い魔王よりも力のある大王バアル家ですが、実権は初代が握っていると言うのが周知の事実。ですが、例の一件で亡くなられた有力な貴族派の中に初代も含まれて居ましたし、貴族派に傾いていたパワーバランスが変わるでしょうね。・・・・・・・ですが、貴族派の方も其れは分かっておいででしょうし、嫌な予感がしますわ」

 

 

 

 

 

「大変そうですね、清姫。あっ、お茶会の後、本屋でも行きませんか?」

 

「ええ、行きましょう。旦那様と一緒なら、この清姫、地獄の底までご一緒しますわ」

 

 必ず起きるであろう苛烈な政争を予期して意気消沈するレイヴェル。それでも二人には興味のない事であった。

 

 

 

 

 

 

「お帰り~。準備は出来てるよ。失敗したら死ぬけど、気合いで乗り越えてね」

 

 

 二人が帰りに寄った本屋からホテルに戻ると、良質な紙に印刷されたチラシ片手に寛いでいる恋花の姿があった。琴湖は散歩にでも行っているのか、若しくは部屋全体に充満した異臭が嫌なのか姿が見ない。異臭の発生元は昨晩も今朝も二人が愛し合ったベッド。それを囲う様に紫の瘴気が溢れ出し続けているドロドロの濁った赤い液体は龍洞の目をしても地獄へ続く毒沼にしか見えなかった。

 

「私達が使う鬼術は仙術の禁じ手、邪気のみを取り込んで己の力に変える邪法。だからさ、こうやるのが一番なんだよ。まぁ、心が折れて戻ってくる事を諦めたら死ぬけどね」

 

 恋花が口笛を軽く鳴らすと龍洞の体が室内で吹いた風に運ばれてフワッと浮き上がり、其の儘ベッドの上に運ばれる。其の際、吹き出している瘴気に触れた部分が爛れてしまっていた。

 

「ご隠居様、君からすれば大大爺様の血に善良な亡者を溶かした物だ。やっぱりさ、罪人は心の何処かで自分の悪を認めているから、真っ白な善人の方が苦しめた時に良質な陰の気が出るんだ。……って、聞こえていないか」

 

 恋花の言葉は本当に龍洞に届いていない。彼の視界に広がるのは地獄絵図、煮え滾る赤銅に放り込まれた亡者や、千の首を持つ龍や凶暴な獣に食われ、直ぐに再生しては再び食われる者達の姿。遠くでは燃え盛る木に締め付けられている亡者の姿、別の方向では気の遠くなる年月、それこそ弥生時代から炎の中を落ち続ける亡者の姿。

 

 責め苦を与える獄卒の笑い声や亡者の悲鳴、肉が裂け骨が砕かれる音、肉が焼ける匂いや強烈な腐臭。その全てを龍洞は感じ、その全ての責め苦を体験していた。

 

 

「……さて、後は三日後に生きてるか見に来るだけだし、私達は服でも見に出掛けようか、清姫ちゃ…‥」

 

「えい!」

 

「いやいやっ!? 何やっているのっ!?」

 

 自分の役目は終えたとばかりに部屋から出ようとする恋花だが、説明を聞くと同時にベッドに飛び込む清姫の姿に思わず声を上げてしまう。

 

 

 

 

「あら、おかしな事を言いますのね。夫婦なら楽しい事も辛い事も共有するべきではありませんか」

 

 飛び乗る際に清姫の白い肌は爛れ、見るも無惨な事になっている。悲鳴を上げずには居られない苦痛が襲っているにも関わらず清姫は笑みを浮かべながら当然の様に答え、其の儘龍洞に続いて地獄を体験し始めた。

 

 

 

 

「……うへぇ。まさか此処までとは思わなかったよ。じゃあ、私だけで服屋に行こうっと」

 

 恋花は先程まで読んでいたチラシで紙飛行機を作り閉まった窓に飛ばす。室内から吹いた突風が窓を開け、紙飛行機は空の彼方へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

「……所でどんな本を買ってきたんだろう? えっと、『ベッド上でのテクニック百選』?。……まさか此処までとは思わなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋花がそっと本を元の袋に戻して服屋に入った頃、先程飛ばした紙飛行機は公園の子供達の目の前に落ちる。

 

「紙飛行機? あれ、何か書いてる……」

 

 興味を抱いた子供が紙飛行機を開き、チラシを見る。子供達には良く分からない小難しい内容だったが、要約するとこうなる。

 

 

 テロは全て魔王派が中心に起こした自作自演である、と……。 戦争続行を推し進めようとした前魔王の血族と其れに組みした貴族達を力を合わせて倒した現政権であるが、一枚岩と言う訳ではない。あくまで魔王は代表であると唱えるバアル大王家を中心とした貴族派と、サーゼクス達現魔王を中心とした魔王派。更には其処から細かい派閥に別れ、日々政争に明け暮れている。

 

 

「では、我々は決してテロリストに屈しないという事で、サーゼクス様のご英断に感謝致します。これからほかの神話と同盟を結ぶ為にも信用は大事ですからね」

 

 貴族派と魔王派が揃って行っている会議で司会を進めている男も貴族派に属し、サーゼクスとは何かと意見が衝突する政敵の一人。この日はテロリストへの対応についての話し合いが行われ、サーゼクスは苦渋の決断を求められていた。

 

「……ああ、分かっている。僕はミリキャスを人質にした交渉には絶対に応じない」

 

 机の下で拳を握り締め、爪が食い込んだ部分からは血が滲む。其れでも必死に感情を押し殺し、此方に挑発するような笑みを向けてくる慇懃無礼な男に付け入る隙を与えまいとしていた。

 

「しかし、これから大変ですね。魔王様方に対する()()()()()が民衆に広がっていますし、各地で既に被害が出ています。暴動を避ける為にも慎重に対応せねば」

 

 態とらしい演技の男の手には先日何者かによってばら撒かれたチラシがある。テロリストとサーゼクス達がグルで、思うような政策を推し進める為の自作自演だ、などと書かれており、コカビエルの一件すら連絡がギリギリまでされていなかった事が暴露され、そもそもこれ自体が和平を結ぶ口実作りの八百長であるとすら書かれていた。

 

(……糞っ! 何をいけしゃあしゃあと……)

 

 其のチラシをばらまいた犯人が目の前の男だろうと予想しているサーゼクスであるが、証拠もないので口には出せない。ただ怒りを抑え込む事しか出来なかった。ミリキャスの一件も他家から被害者が出ている事や、魔王の息子がテロリストに攫われたままなのは悪魔全体の信用に関わると主張、何時根回ししたのか魔王派のサーゼクス派以外の者の一部まで抱き込んでミリキャスに関する交渉に応じないと公言する事を決定されてしまった。

 

 

「ではサーゼクス様。既にマスコミを待たせておりますので」

 

 サーゼクスは目の前の男を殴り飛ばしたい衝動を抑えながらマスコミが居る部屋へと向かう。彼は今日ほど魔王という自分の地位を捨て去りたくなった事はなかった……。

 

 

 

 

 

「しかし上手く行きましたな。現レヴィアタンの番組が引き起こした事といい、テロによって民衆の不満は高まって居る。だからあんなチラシで……」

 

「これはおかしな事を。私達はあのチラシに関与していない……其のはずですが?」

 

「おっと、これは申し訳ない。そうでしたな。しかし、民衆とは恐ろしい。今まで英雄のように扱っていた現魔王に対し、あそこまで不満を爆発させるとは」

 

「英雄だからこそ、ですよ。憧れるという事は、相手に理想を押し付けると言う事。そして理想と違うと分かった時、理不尽な怒りをぶつける物ですよ。さて、次の準備をせねば。不甲斐ない現魔王を出し抜き民衆の賞賛を浴びた後は……彼らの支持を受けて新しい魔王を決める選挙に出馬する必要がありますからね」

 

 貴族派も魔王派同様に更に幾つかの派閥に分かれているが、柱となっていた初代バアルの死亡で権威が揺らいだ事により、皮肉にも団結し始めていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキバキと骨が砕ける音が響く。一寸先も見えない暗闇の中、清姫は乾いた骨が散乱する道を歩き続けていた。人間ならば鋭く尖った先端が足に突き刺さるのだが、既に邪龍と化した彼女の皮膚を人骨如きが貫けるはずがなく、只々踏み砕かれるだけ。そんな道を清姫は歩き続ける。何日何十日何百日歩いたか覚えておらず、若しかしたら一日も歩いていないかもしれない。

 

「……歩き続けるのは別に構いませんが、時間の感覚がないのは堪えますね」

 

 誰の話しかけるでもなく独り言を呟く。そうでもしなければ退屈で仕方ないのだ。

 

「ああ、早く旦那様にお会いしたい……」

 

 終がないかに思えた死の繰り返しを味わった清姫にとって、修行という必ず終わりがあると分かっている事に然程苦痛を感じる筈がなく、必ず訪れる龍洞との再会の時を楽しみにして歩き続けた。

 

 

 

「よくぞ地獄の道を歩ききった」

 

 其れから数百数千数万日の道のりを歩き続けた清姫の前に大鬼が現れた。背後には常に悲鳴が響き続ける濁った泥のような物が入っている大釜と其の上に配置された大天秤。天秤の左右には其々一人ずつ男が乗せられていた。

 

「二人が誰か分かるな? 安珍と龍洞だ。では、助けたい方を選べ。選ばれなかった方は未来永劫の苦しみを……」

 

 

 

 

 

 

「旦那様をお助けします。(わたくし)に決して嘘をつかず、絶対に裏切らない旦那様以外の殿方には興味ありません」

 

 

 

 そうハッキリ言い切った清姫の視界が光で溢れ、光が収まると其処はホテルのベッドの上。隣には同じようにに目を覚ましたばかりの龍洞の姿があった。

 

「お早う御座います、旦那様」

 

「ええ、お早う御座います、清姫」

 

 家族か清姫かの選択を迫られ、彼女と同様に迷いなく家族を見捨てた龍洞は清姫と挨拶を交わし、其の儘口付けを交わした。

 

 

 

 

 

「やっほー! 三日ぶりの食べ物を持って来たよってっ!? 私、お邪魔虫?」

 

 ドアが強く開いて恋花が入ってきたのはそんな時、二人の口付けが激しくなって本番へ移る数秒前といった所。思わず手に提げた食料が詰まった袋を落としそうになった。

 

 

「あっ、別に初体験は大婆様の監修の下で行いましたし、身内の貴女なら別に気になりませんよ?」

 

「気にしてっ! って言うか、私が気にするからっ!? ……総大将に一言言っておかないとなぁ」

 

 だが、聞くような相手ではないと分かっているので結局言わないでいる恋花であった。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、存分に腹を満たした龍洞が連れてこられたのは深い山の中の開けた場所。何をするかも聞かされず連れて来られた彼の目の前には恋花()が笑みを浮かべながら立っている。

 

 

 

 

「ではでは、修行は次の段階だ。この山は私が弱味を握っている貴族の領地だから安心して暴れてよ……ドライグ。じゃあ、開始っ!」

 

『ククク、流石に此奴が死なない程度には手加減するがな』

 

 言葉と共にドライグの尾が撓り、岩石を巻き込みながら龍洞の体を薙ぎ払う。

 

「ちょっ!?」

 

 咄嗟に後方に跳び、間に刀を挟んで直撃を避けるが勢いを殺しきれず、龍洞の体は弾き飛ばされ1km程離れた山の頂上に激突。衝撃で山頂が音を立てて崩れた。

 

 

「頑張ってね、龍洞君。夏休み中ずっとこんな感じの予定だからさ」

 

 それは先程まで居た地獄すら生温く感じる宣言なのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

「すみません。少し宜しいでしょうか!」

 

 そんな頃、龍洞の家を和服を着た青年が訪ねて来ていた。彼がインターホンを鳴らすと数秒遅れてギャスパーの声が聞こえてくる。

 

『ど…何方ですか?』

 

「行き成りお邪魔して申し訳ございません。沖田総司という者ですが……」

 

『……沖田掃除? ハ…ハウスクリーニングでしたら間に合ってますぅぅぅ』

 

 インターホンの電源が切れる音がして、其れから沖田が何度押してもならなかった。 幼なじみを示す言葉に竹馬の友という物がある。幼い頃に一緒に竹馬に乗って遊んだ相手という事から来た言葉で、家族にさえ言えぬ悩みを打ち明けられる友が居る者は幸せだろう。

 

「……私は最低だな。妻との約束を守る為、妻との思い出を踏み躙るとは」

 

「いえ、旦那様は何一つ間違っておりません」

 

 龍洞達が修行の場に使う山を領地とする貴族にとって、竹馬の友は亡き妻と執事だった。貴族としての嗜みとして乗馬などの遊びを教わったが、口煩い親類の目を盗んでは許嫁だった妻と同年代の使用人だった執事と山を走り回ったものだ。服が汚れていたら叱られるからと用意しておいた安物の服を着て山道を散策し、川遊びをしたり果物を食べたりと、今でも彼は鮮明に其の光景を思い出せる。

 

「出来ればあの山が見える所にお墓を作って欲しいけど……無理よね」

 

 重い病に掛かり床に伏した妻が冗談交じりに呟いた願い。彼は其れを聞き届ける事が出来ず、山から遠く離れた一族伝統の墓に埋葬するしか無かった事を今でも悔いている。

 

 せめて思い出を汚されぬようにと強引なやり方で山への立ち入りを禁じ、こうして遠くから眺める事で幼い頃の妻の笑顔を思い出していた。

 

 だが、今その山に修行に入っている者達が居る。其れを許すしかなかったのは妻との約束だった。まだ幼い我が子二人を置いて逝く事を嘆く妻の最後の願い。

 

「あの子達の事、お願いね」

 

 どんなに苦しくても笑みを絶やさなかった妻が見せた悲しみの表情。最期の思いを託された彼は、その約束の為に数々の不正に身を染めた。少しでも領地を発展させ、子供達が不自由しないようにと。その為に上層部に賄賂を贈り、時に不始末を起こした我が子、特に凶児と呼ばれる次男を庇う為に事件其の物を揉み消し、高潔な精神を捻じ曲げてでも妻との約束を守ろうとして来たのだ。

 

 

 

 

「キヒッ! コレが露見したら貴方も息子も終わりだよね? この場所、修行に貸して欲しいなぁ」

 

 其の場所への思いを知ってか知らずかは彼には分からないが、彼の不正を知った少女――少なくとも見た目は――は、彼の山に対する思いを知りながら敢えて其の場所を選んだ。妻との約束を守る為の不正の代償は、妻との思い出に泥を塗りつける事だったのだ。

 

 

「ああ、願わくば何一つ変わらぬままの姿であってくれ」

 

「……旦那様、そろそろ。これ以上はお体に障りますゆえ」

 

 彼の体は健常とは程遠い。不正に手を染める事への罪悪感から逃げる為の酒と、どれだけ庇っても庇いきれない次男の愚行に対する心労によって体を壊して居た。きっと彼は長くないだろう。其れは別に構わない。今までの因果応報だと。只、家督を譲るために必死に教育してきた長男を不慮の事故で失い、家を背負う事がどのような事なのか理解していない次男の事だけが気掛かりであった。

 

「・・・・・・・そうだな。では、後少しだけ」

 

 最近の情勢や自らの体から、思い出の山を見る機会はこれが最後かもしれないと、哀愁の想いから目を細めて幼き日の光景に思いを馳せる。背後で彼の身を案じ、己が全てを捧げ家を守り抜こうと誓う彼もまた・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其の二人の目の前で地響きと共に山が、彼らの思い出の場所が崩れ去った。地面は捲れ、木々は尽く薙ぎ倒される。山頂にある飛べるにも関わらず必死に登った巨木も木っ端のように宙を舞い、粉々に砕けた其の破片が二人の足元まで届く。二人は何が起きのか理解出来ず、心が理解を拒否していた。

 

「うっ!」

 

「旦那様っ!?」

 

 数秒後、何が起きたか理解した彼は胸を押さえて倒れ込む。慌てて駆け寄る執事の声が遠くに感じ、目の前が真っ暗になった・・・・・・・。

 

 

 

 

『・・・・・・・死ぬなよ?』

 

 彼の命を大きく縮めた出来事、其の原因はドライグが放ったたった一撃の攻撃であった。真上からの尻尾の振り下ろし。最も勢いの乗った先端部分が龍洞へと振り下ろされ、既に足の骨に無数の罅が入り避ける余力のない彼は龍刀・帝を盾にする様にして正面から受ける。ドライグは言葉の通り死んでもおかしくない一撃を放っており、全力ではないが其の一は赤龍帝の本気が込められている。

 

 故に其の結果は必然であった。接触すると同時に地響きが起き、波紋が広がるかのように周囲が崩壊していく。土砂が舞い上がり、木々が巻き込まれていく。山の生き者達は訓練が始まると同時に逃げ出し、其れでも多くの命が一瞬で失われた。正に災害。龍という存在がどれほどに規格外なのか、どれだけ他の存在を超越しているのかをまざまざと見せつける結果となった。

 

「まぁ、こうなるよね」

 

 恋花は隣の隣の山、崩壊がギリギリ届いていない木の上で木の実を食べながら呟く。人の目では見ることが不可能な距離も妖怪である彼女の目には当然のようにハッキリと見えており、其の光景を必然とばかりに眺めて居た。其の視線の先、其処に未だ命の灯火を絶やさぬ龍洞の姿。右手は肘から先が吹き飛んでいるが、脇と左手で尻尾の先端を掴み、絶対に放すまいと歯を食い込ませる。

 

 其の体が動き、ドライグの山の如き巨大がグラリと動いた。

 

 

「うぉおおおおおおおっ!」

 

 最早意識を手放す寸前の状態で喉から血を吐き出しながらの絶叫。火事場の馬鹿力としか言いようの無い怪力を使い、其れでも微動だにする筈がないドライグを振り回した。

 

『ハハハハ! やるな! 中々だ!』

 

 無論、脱出は容易。ドライグなら造作もないが、誇り高き龍が子分との鍛錬で攻撃を避ける情けない真似をする筈がない。振り回される巨体が風を起こし竜巻の如く荒れ狂っても彼は嬉しそうだ。いや、実際に嬉しいのだろう。自分を信頼して慕い、自らも親しみを向ける男の成長が嬉しくてしょうがないのだ。

 

 

 龍洞の手がドライグの尻尾を解放し、勢い付いた体は岩山へと向かう。だが、ドライグはアッサリと空中で反転し、来ると分かっている、本来来るはずのない追撃に身構えた。

 

 ドンっという音と共に地面が爆ぜ、龍洞の体はドライグへと迫る。足の骨は衝撃で完全に砕け、筋肉に突き刺さり皮膚を突き破って外に飛び出す。其の状態で、誰が見ても瀕死の状態で彼は残った左手で刀を握り締め大上段に構える。そして斬った。

 

 

 

『・・・・・・・見事だ。よく成長した』

 

 其の一刀はドライグの右手首から血が吹き出す。世界最強クラスの龍の頑強な鱗と強靭な筋肉を切り裂き骨にまで届いている。其れを受けたドライグも、完全に気を失って彼に受け止められた龍洞も、二人して満足そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい! 早く治してやれ。十日ぶりの飯を食ったら直ぐに続きだ!!』

 

 満足したのは、あくまで今の段階の成果。修行は未だ終わりが見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。中々良い女じゃねぇか。俺の女にしてやるとするか」

 

 その頃、父親の状態など知る由もない男が清姫に下非た視線を送っていた。其れが己の破滅への片道切符だと知らずに・・・・・・・。



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狂人達の恋の唄 ⑥

 無茶無謀は若者の特権、若い頃は無理をしがちとされているが、前頭葉の発達が未熟なのが原因らしい。まだ若い、未来があるからと若者の失敗は見逃されるが、どの様な場合でもという訳では無い。

 

 特に大勢に影響を与える立場なら尚更だ・・・・・・・。

 

 

 

「私個人としては君の夢を完全に否定する気は無い。現に転生悪魔から最上級悪魔になった例も有ることだし、埋もれている才能を発掘する施設は必要だろうね」

 

若手悪魔の会合でソーナは自らの夢を肯定する男に驚愕を隠せない。サーゼクスにミリキャスを見捨てる事を公言させたこの男はサーゼクスの政敵であると同時にセラフォルーの政敵でもある。彼は彼女ではなくグレイフィアをレヴィアタンに推薦しており、妹の自分に対しても隙を見せれば何かしてくると警戒していた相手だったからだ。

 

 純血主義であるはずの其の男が自らの夢を応援するという不測の事態に冷静なソーナでさえも思考が追いつかず、セラフォルーは不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 

「ですが……貴女にだけは其れを任せる訳には行きませんね」

 

 絶望は時として笑みを浮かべ手を差し出しながら訪れる。そして、其の不安は的中する。

 

 

 

 

 

 

「ああ、糞っ! 俺の時代が来たってのによっ!」

 

 この日、とある貴族の次期当主は毒付きながら街中を歩き、民衆は彼に関わらない様に道の端に寄って少しでも距離を取ろうとする。この反応から分かる様に彼の素行は悪く、其の噂は大勢に知られているようだ。

 

 本来、貴族の子息でも次男三男は其れ程良い立場ではない。後継に領地や財産の殆どを相続させ、第二子以下は予備の役目が終われば金を渡されて外に出されるか婿入り先などを探すのが普通で、代を重ねる毎に弱体化しない為にも当たり前の事だ。

 

 その点純潔悪魔の貴族は恵まれていると言えるだろう。そもそも悪魔自体が欲望に忠実なのを良しとする上に、純血を残す事に躍起になっているから素行の悪さが婚姻に響かない。更には実家の領地についての学習は跡取りに力を入れて受けさせるから気楽な事が多い。

 

 だが、やはり婿入りなどで多少肩身の狭い思いをするよりは実家を継ぐ方が気楽だろうし、彼もそう思っていた。だが、野心を抱いていても兄から家督を奪う算段は思い浮かばず、貴族の地位を利用して好き放題してきた彼に運命の日が訪れる。家を継ぐはずだった兄が死んだ事により、凶児と呼ばれていた彼が次期当主となったのだ。

 

 だが、其れと同時に気楽な立場も失い、煩わしい父親は更に口煩くなる。なのでこの日は娼館にでも行き、昨日叱られた事の憂さ晴らしでもしようと思っていたのだ。

 

 

(……いや、どうせなら久々に素人の女でも抱くか。俺は貴族だし、親父も家に関わる事なら揉み消すだろうしな)

 

 純血主義の思想を周囲から植えつけられて育った彼は地位の低い悪魔や他の種族を見下しており、この日もどの女を手篭めにするかと下劣な思考に身を委ねる。だが、彼が街を歩いている事を知っている住民は年頃の娘を隠し、堪に目に付くのは彼を利用しようと企む相手。この日の気分では抱きたいタイプでは無かったので無視し、言い寄ってきた場合は力で追い払った彼の目に普段は見かけないタイプの少女の姿が映った。

 

 

 

「……はぁ、修業中は変に張り切るに決まっているからとお会いするのを禁じられてしまいましたが、せめて戻っていらっしゃった時に精一杯ご奉仕しなくては。……これなんて良いですわね」

 

 其処に居たのは白髪の美少女。彼も知識としては知っている着物を身に纏い、佇む姿は花の様。育ちの良さを感じさせる品のある仕草に彼は思わず生唾を飲み込む。あの女を無理やり犯したらどれだけ唆るだろうか、と。悪魔の気配は感じず、何処かの貴族の侍女という訳でも無いようだと判断した彼には迷いはなかった。

 

 そもそも自分の家はそれなりの地位であり、後でどうとでもなると、今までの経験から判断した。この世にはたった一度でも犯せば身を滅ぼす失敗があるとは知らずに……。 

 

 

「おい、お前。名前は……いや、どうでも良い。今すぐ俺に抱かれろ」

 

 店員は巻き添えを恐れてか姿を隠し、彼は後始末の手間が省けて丁度良いとほくそ笑み、一応と防犯カメラを破壊すると少女に手を伸ばす。堪にはこの様な場所で初対面の女を抱くのも一興かと有無を言わさずに乱暴に組み伏せようとした。彼は今まで地位の低い女を無理矢理モノにして来たし、この日もそうしようとしただけだ。

 

 

 

 

 

「……触らないで下さいませ」

 

 手に痛みが走り、扇で手の甲を打たれたのだと彼は理解する。次の瞬間湧き上がって来たのは怒り。純潔の貴族でも無い女如きが自分に逆らったという理不尽な怒りだ。

 

「許さねぇっ!! 散々犯した後はその顔グチャグチャにして……」

 

 其の怒りを暴力という単純で原始的な手段で発散させ様として、その前に彼は目の前に現れた大きな口に飲み込まれた。

 

 

 

「全く失礼な方ですこと。(わたくし)に好きに触れても良いのは愛しい旦那様だけ。……いえ、将来的には生まれてくる愛の結晶である子供達や孫も触れても構いませんわね」

 

 幸せな未来予想図を語る少女は胸の前で両手の平を合わせウットリとした表情になる。それでも彼女の気品溢れる佇まいに曇り一つ無いのだが、其の目は狂気に彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 

「其れでは最後に君達の今後の目標を語って貰おう。……彼が居ないのは残念だがね」

 

 数日後に開かれた若手悪魔の会合。一人だけ行方不明で欠席した者が居たが、彼の家自体が現当主が倒れた事で混乱しており、隠蔽し損ねた其の情報が既は広まっていたが、彼の素行の悪さも既に隠蔽しきれないレベルであった為に今回の会合をサボって遊び呆けている程度にしか認識されていなかった。

 

「私の夢はレーティング・ゲームの大会でタイトルを取る事です」

 

「ああ、リアス君。君の家の格ならば上に行けるだろう。魔王の兄君を持つ事だしね」

 

 遠回しに”お前が勝っても其れは家同士の兼ね合いによる八百長だ”、と、告げるのは若手悪魔を見下ろす席に座る者達の一人。立場的には魔王より下だが、実質的な権力は上の『下に付けども従わず』を体現した上層部、長命な悪魔の中でもそれなりに歳を重ねた者達の中で最も若い男、サーゼクスの政敵の彼である。

 

「……私達自身の力では勝ち進めない,そういう事でしょうか?」

 

「おっと、そう聞こえたのならば謝罪しよう。だが、どうしても貴族の権威を知らしめる為の要素がある以上、家の格も力の内だという事だ」

 

 其れは暗にレーティング・ゲームは八百長があって当たり前だと言っているような物。既に民衆も分かっている事ではあるが、この様な場所で発言する事ではない。だが、誰も咎めはしない。魔王にさえ苦言を呈する事の出来る者達でさえ彼には何も言わず、慇懃無礼に頭を下げる彼の浮かべた笑みが己の力を誇示している事を示していた。

 

「……俺の夢は魔王になる事です」

 

 先程の不正を認める様な発言に不満を持ったのはリアスだけではない。大王家の次期当主であるサイラオーグも彼女やソーナ同様にゲームに夢を見出している。

 

「大王家の者から魔王が選出されるのは異例な事だ」

 

 今まで其れ程魔王が代替わりしたケースはないが、大王家という貴族の中で最も力を持つ家の直系の者が魔王の一族と婚約したり、其の子が魔王に就くのはパワーバランス的に宜しく無いと避けられて来た。その為のこの発言だが、サイラオーグは()()()()()怯む事はない。むしろ顔には自信が溢れていた。

 

「民衆が俺を魔王に相応しいと認めればそうなるでしょう」

 

 其の態度に上層部の中から感嘆の声を漏らす者も出る。だが、拍手を送る者は一人しか居ない。

 

 

 

 

「ああ、流石だ。大した自信だね。流石は若手ナンバーワン。貴族のトップたる大王家は君にとって踏み台に過ぎないというのか」

 

 声色も表情にも敵意は無い。だが其の発言は敵意に塗れ、其れは周りの上層部達にも拡散する。発言の訳を聞いても居ないにも関わらず其の様な事になるのが彼の力を表していた。

 

「いえ、私はそのような事は一切……」

 

「ほぅ? 仮に君が魔王になったとしよう。その場合、必死に次期当主の勉強をしていた弟君が当主になる訳だが、君に負けて一度立場を奪われたという事実は消えはしない。……当主の名に泥が付くという事は家自体に泥がつくという事だよ? 嘸かし貴族のトップたる大王家に後ろ足で砂を掛けるに値する働きをしてくれるのだろうと期待しているよ」

 

 その表情にも声色にも相変わらず悪意は感じられない。だが、周囲に伝わったサイラオーグへの敵意が

どれほどの悪意が言葉に込められていたのかを知らしめていた。

 

「……大王家の事に口は出したくありませんでしたが、今度一度じっくり話す必要がありそうですな」

 

「大体、死んだ訳でもないのに一度決まった跡取りを変更するなど迷惑な……」

 

 先程までのサイラオーグを賞賛する空気は一変し、険悪な空気を作り出した張本人は肩を竦めてヤレヤレといった風な態度を取る。サイラオーグは拳を握り締めミシミシと筋肉を鳴らすもこれ以上何を言っても逆効果にしかならないと歯を食いしばって耐えるしかない。

 

 他の若手悪魔も己の目標を語りながらも彼に内心恐怖していたが、何故か続いての二人の夢に対しては何一つ言及しない。ただ手を組んで清聴するだけ。それが逆に不気味さを与えるだけであった。

 

 

 

 

「では、最後にソーナ殿。貴殿の目標を語ってくれたまえ」

 

 その様な中、自信に満ちた瞳で上層部を見据えていたのはソーナ唯一人。眷属達が不安から落ち着きをなくす中、其の態度が彼らに自信を取り戻させていた。

 

「私の夢はレーティング・ゲームの学校を、素質や身分の差なく学べる場所を作る事です」

 

 レーティング・ゲームは貴族の嗜みとされ、参加するのは貴族と眷属だけ。当然のように現存する学校、恐らくは体育大学の様な場所に通えるのも貴族だけだ。その上、素質が低い者は例え貴族でも入学を拒否される事さえあり得る。其れを変えたいというのがソーナの夢であり、その夢を語る姿に眷属達は感銘を受けたのだ。

 

 

 

 

「馬鹿馬鹿しい。夢見る乙女といった所ですな」

 

「ゲームの学校について語る前にゲームの基礎から学び直してはどうかね?」

 

 故に今の様な辛辣な言葉と視線を送られるなど予想すらしていなかった。サイラオーグに対して抱かれていた苛立ちも合わさって彼らのソーナへの態度は厳しいを通り越している。其れでもソーナは決して反論せずにまっすぐ彼らを見据える。

 

 

「待って下さい! 貴方が夢を語れって言ったから語ったのに、どうして其れを否定するんですか!」

 

 だが、平凡な家庭に生まれ貴族社会とは無関係に育ってきた新人眷属悪魔の匙は我慢できなかった。発言すら許されていない身にも関わらず上層部に食ってかかる。

 

「止めなさい、サジ! ……申し訳ございません。私の教育が足りませんでした」

 

「会長っ!?」

 

 ソーナは匙の頭を掴んで無理やり頭を下げさせながら自らも頭を下げる。匙は其の行動が理解できずに反論しようとするが、ソーナの瞳を潤ませながらの眼光に黙り込むんだ。だが、頭を下げても上層部の怒りは収まらない。

 

 

「全くですな! 大体、貴殿は……」

 

 続けざまにソーナ達を攻め立てようとする中、涙目のセラフォルーが今は中立であるべき立場、むしろ魔王として下級悪魔の匙を責めるべきを忘れソーナを庇おうとしたその時、パンパンと手を叩く音で彼が注目を集めた。

 

 

「皆様、お熱くならずにお願いします。彼の場と身分を弁えぬ言動に対する処罰は主であるソーナ殿に任せ、後でどの様な処罰を行ったか教えて頂こうではありませんか。そうそう、彼女の夢ですが、私としては全ては無理ですが、ある程度は認めても宜しいかと」

 

「……え?」

 

 まさかの相手からの助け舟にソーナは思わず言葉を漏らし、サーゼクスとセラフォルーは身構える。そして、話は冒頭へと続く。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてですかっ! どうして俺達には任せて貰えないんですかっ!」

 

「貴様っ! またしても」

 

「……ふむ。このままでは納得できないでしょうし、私が説明致しましょう」

 

 再び声を荒げる匙に今度こそ我慢が出来なかったのか一人が魔力を放とうとする。だが、その腕に置かれた彼の手が其れを制した。

 

 

 

 

()()()()数少ない眷属でさえ貴族への礼儀がなっていないというのに、大勢の子供達に貴族への敬意を持たせる事が出来るとは思えない。秘めた才能があれば上へと登るのは必須。ならば必要でしょう? 大体、将来の為の関係作りの場である貴族の学校に通ってすらいない彼女自体が貴族社会を軽視しているとしか思えないからですよ。その様な者に教育を任せる程我々は耄碌していません」

 

「全くですな。自分は魔王の妹だから特別だとでも思い上がっておりましたか?」

 

「これは今直ぐにでも冥界で貴族の何たるかを学び直すべきでは?」

 

 お分かりですか? とあくまで丁寧に語る彼の言葉に上層部の者達は賛同の声を上げ、ソーナ達を責め立てる。遂にソーナの瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

「さて、サジ君と言いましたか? これに懲りたら礼儀について学び直す事だ。君の軽率な行動が主を追い詰めたのだからね」

 

「ッ!」

 

 何時の間にか匙の前まで移動していた彼は教師が教え子に諭すような口ぶりで彼の肩に手を置く。匙は何一つ言い返せないでいる中、彼は大袈裟に手を広げながら芝居がかった動作で振り返ると瞬時に元の席に戻っていた。

 

 

 

 

「さて、そろそろ例の話に入りましょう、魔王様方。若手同士が競い合うレーティング・ゲームの話にね」

 

 

 

 

 

 

 

 彼が目覚めたのは見知らぬ場所だった。妙に生臭く暖かい場所で、肉の壁の様な物に挟まれて身動きが取れない。

 

「……此処は何処だ? 畜生がっ!」

 

 暴れまわって周囲の壁を破壊しようとするが腕が動かない。いや、正確には動かせない。何故ならば……。

 

 

 

「と…溶けてる。俺の腕が、足が、体が溶けてやがるっ!?」

 

 肉壁から分泌される液体は彼の体の力を奪い、ジワジワ甚振る様に彼の体を溶かしていく。痛みがない故に意識は飛ばず、皮膚が完全に溶け、肉が溶け、内臓が溶け出しても彼は意識を保ち、頭が完全に溶けるまで彼は其の恐怖を感じ続けた。

 

 彼が防犯カメラを壊した故に彼の居場所は分からず、普段の蛮行から関わろうとしなかった故に目撃者も見付からない。

 

 

 若さ故の過ちは必ずも許されるわけではなく、時に己の身の破滅へと繋がるのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、旦那様ですか? 声がお聞きしたかったので電話のご許可を取りました。ああ、早くお会いしたいです」

 

「私もですよ。飲まず食わず休まずで十日間の修行を続けたのですが、不眠症になってむしろ大丈夫な三日目までが辛かった。……終わったら貴女を抱き枕にして寝るとしましょう」

 

「きゃっ! 旦那様ったら大胆ですわ。では、其れまで身を清めておりますので……。そうそう、ギャスパー君を食べに来たキアラさんから連絡が御座いまして、出てくるのをずっと門の前で待っていた悪魔さんからピロートークで依頼の仲介を頼まれたそうです」「……はあ。御子息が攫われたけど、他の勢力と同盟を結ぶのに支障を来たすから堂々と動けない。だから私に頼みたいと? 赤の他人の家族同様に自分の家族を奪われるのも貴族の目を気にして黙っているしかないんですね」

 

 グレモリー領の一見さんお断りの高級レストランの個室、其処で龍洞と謹慎処分中の筈のグレイフィアの姿があった。グレイフィアはある程度年を経た悪魔の能力で年齢を変えて少女の姿になった上で髪を染めるなどの変装を行い、龍洞は普段の姿、身を隠す気など毛頭ない事は明らかだ。

 

「私も出身やミリキャスが攫われた経緯から内通を疑われている・・・・・・・という事にされ、サーゼクス様の立場を脅かす材料にされています」

 

 この様な時に政争ですか、と視線で言われている様に感じた彼女だが、其処まで興味を持っていない龍洞。意志疎通がイマイチなまま二人の話は続く。会合後、セラフォルーが妹を追いつめた彼に対し”ソーナちゃんを今度苛めたら私が貴方を苛めちゃうんだから!”、と()()する光景を()()()()()()()()()()()()()が撮影、ネットに流れてしまった。

 

 当の彼は自分は仕事を全うしただけと非難に反論するも、今は内輪もめしている場合ではないと告訴などは行わない意思を表明し、其れが逆にセラフォルーの立場を悪くしていた。

 

「・・・・・・・公私混同甚だしく外交担当失格と非難され、今ではネット上に現魔王に関する憶測やデマが広まっています」

 

 他にも優秀とはいえ部下に仕事を丸投げしているアスモデウスも非難されており、テロリストの危険が去っていない緊急事態であるにも関わらず退任を求める声さえ極一部で上がり、()()()()其れを裏で扇動しているようだ。

 

 龍洞はそもそも一部の能力が突出しているだけで貴族を纏めきる事が出来ない者ばかりをトップに据えたのが間違いだったのではと思いはするも、わざわざ口に出すのも面倒臭いと隅に追いやる。悪魔の社会が不安定になろうが迷惑さえ掛からなければ至極どうでも良いからだ。

 

「貴女達が今の地位を追われようが、批判されながらも特権にしがみついていようが興味有りません。其れより報酬と・・・・・・・一定条件下における取捨選択について話しましょう。もしご子息か身内かの二者一択を迫られれば迷い無く身内を選んで良いというのが最低条件ですが・・・・・・・悪魔以外の勢力の方とご子息を天秤に掛ける際、どういたします?」

 

 その言葉にグレイフィアは即答出来ない。もし彼の言う選択を行う状況の際、自分達が他の勢力の者を見捨てるように言っていたとなれば間違いなく関係が悪化する。今はトップが仲良くしているから関係が保っている堕天使や天使との間でさえ下の者の我慢が爆発するのは明らかで、其れが今から同盟を結ぼうという相手なら、今後の他の勢力との同盟にさえ影響がでる。

 

 此処で合理的な悪魔なら他に跡継ぎが居るからとミリキャスを切り捨てるべきだろう。だがグレイフィアは普段はメイドだからと、端から見れば馬鹿な発言に対して暴力で注意するなどメイドの仕事を逸脱しているにも関わらず、自分をメイドとして扱い母と呼ぶなと言い聞かせているが、其れでも彼女は母親だった。

 

「・・・・・・・少しお時間を頂けますか?」

 

「今日の拘束時間分のお金を頂けるのなら構いませんよ」

 

 こうしてミリキャスの救助に対する一回目の話し合いでは契約成立とは行かず、サーゼクスとグレイフィアは逆に新たな苦渋の選択を迫られる事となった。

 

 

 

 

 

「さて、どうでも良い話し合いは終わりました。……流石に我慢の限界ですからね」

 

 グレイフィアとの話し合いの後、店の格に相応しい金額を彼女に支払って貰った龍洞はトイレでスマホを取り出す。画面には画像付きのメールが清姫から送られて来たという表示があった。

 

 

 

『うふふふふ。旦那様と会えなくて寂しい思いをしておりますが、其方もそうだと思えば同じ気持ちを味わっていると感じ、少し幸せな気分になれます。ですが……溜まっておいでですよね? どうぞ(わたくし)めの痴態をお楽しみ下さいませ。感想待っています。貴方の愛する可愛い可愛い清姫ちゃんより(はぁと)

 

 添付されていた画像はメールの内容から察する事が出来る物。恐らく恋花が悪戯で贈ったであろう玩具(意味深)を使っている所の物もあり、修行をほっぽり出して会いに行きたくなった龍洞であった。

 

 一刻も早く会いに行きたい。会って愛を語り、言葉を交わし、彼女の手料理を食べ、ともに何気ない時間を過ごし、互いに肉欲の限り相手を貪りたい、其れが本心だ。

 

 

「ぐっ! ですが会いに行けば区切りが付くまで会わないって約束を破る事に。……苦渋の決断ですね」

 

 絶対に嘘を付かない、其れが幼い頃にした清姫との約束。故に龍洞は会いに行かずに直ぐに山へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

『何やら悪魔共が騒がしいな』

 

 ドライグは酒樽を傾け最後の一滴まで喉に流し込みながら山の麓に視線を送る。標高が高く悪魔の視力でも見る事が不可能な距離でも龍の目なら視認する事が可能で、数名の悪魔が山を登って来ているのが視認できた。

 

「そうなの? この山は今月一杯は貸して誰も入れないって約束だったのになぁ」

 

 其の貸した相手も家を家族を守る為苦渋の決断で貸したのであり、既に貸主の思い出の場所は無残に変貌していた。美しき木々や草花は全てなぎ倒され、鏡の様な池は枯れている。代わりに存在するのは毒や火炎を吐き出し悍ましい叫び声を上げる不気味な植物や、上を通った鳥や虫が一息で落下する程の毒を放つ濁った沼。地獄絵図というべき光景の中、ドライグと共に酒を飲んでいた恋花は僅かに不快そうな声を出した。

 

 

 

 

「……約束破ったし、バラしても良いよね」

 

 スマホを取り出し酒を飲みながら操作をすると一分もしない内に証拠資料と共に不正の証拠が流出する。それは貸主だけでなく多くの貴族も関わっていた事であるが流出させた犯人は誰にも分からず、彼らは疑心暗鬼に捕らわれる事となった。

 

 そして一つ余談だが、この事によって次期当主が行方不明で生死不明になっているにも関わらず七十二柱の内、残っている一つが事実上の断絶、領地を政府に返納する事となるのだが、其れには貴族派の男が関わっているらしい。

 

 

 

 

 

 

「聞きましたか? この山は現当主の意思で手付かずらしいですが、民衆の為の避難シェルターの候補地に上がったとか。其れを阻止する為に大分使っているとも……」

 

「其処までして守っている山だが、酒と女と金の力で既に息子と話がついているなど意識不明の彼が知ればどうなる事やら。……不祥事の証拠は貯めていますから当主就任と同時に此処一体を取り上げるとは夢にも思っていないでしょうね」

 

 山を登っているのはそれなりの地位に就いている者達だが、何故自分がこの様な場所に、と思っている様子はない。此処に行くように指示した相手への信頼であり、自分で思考する事の放棄の表れである。そんな彼らの体を強風が揺らし、上空からドライグが舞い降りた。

 

 

 

『……何の用だ?』

 

「じ…実はご依頼がありまして……」

 

 此処まで来るのに何一つ迷いがなかった二人であるが、二天龍の一角の威嚇が篭った声と視線を受ければ別だ。腰を抜かし、年甲斐もなく股間を濡らしながら持って来たアタッシュケースを取り出す。中に入っていたのは金塊だ。

 

 

『俺達は此処に誰も入れない約束で借りた。なのに貴様達は入って来た。迷惑を掛けたなら謝罪が必要だ……意味は分かるな?』

 

「は…はい! これはほんの挨拶代わりだと聞かされています」

 

 ドライグは暗に金塊を無条件で寄越せと要求し、男達は最初から其のつもりだと差し出してくる。本来龍には宝を集める習性があり、大きいアタッシュケースにギッシリ詰まった金塊はドライグの機嫌を取るのには十分であった。

 

『それで、話だけでも聞いてやる。……要件はなんだ?』

 

 

 

 

 

 

 

「はっ! 今度行われる若手同士のレーティング・ゲームですが出場枠が一つ欠けておりまして、仙酔家の方にゲストチーム枠で出場をお願いいたしたいと参りました」

 

「……全く。はぐれ化する眷属悪魔の続出には頭が痛いな」

 

 貴族派の一部の者が集まった会議室に一人の中年男性の疲れきった様な声と共に机を叩く音が響く。かつての大戦で生き残った武人であったが、今は権力で肥え太り顎どころか喉まで肉に埋もれている程だ。その瞳からは愚鈍さすら感じられた。

 

「同感ですな。考え無しに引き入れ、その上でマトモに制御出来ずに反抗されるとは……」

 

「眷属は本来私達がかつて率いていた軍団の代わり。其れを分かっておらぬ愚か者共が……」

 

 此処に居るのは純血主義の貴族達。だが非難の対象は反抗した眷属ではなく、反抗された貴族だ。基本的に彼らの様な純血主義者は他の種族を見下して自分達に無根拠の自信を持っている故に転生悪魔の台頭を嫌っているが、彼らは違う。

 

 他の種族の力を認めているからこそ其れが悪魔になった存在が自分達に取って代わる事が出来ると理解し、転生悪魔の台頭を嫌がっているのだ。

 

「……やはり自由に眷属を増やす事が出来る今の制度に問題があるのでは?」

 

「貴族とは関係無い社会で生きて来た者は礼儀に欠けるケースがありますからな。……ソーナ・シトリーの眷属の少年などマトモな敬語すら出来ていませんでしたぞ」

 

「……やはり例の計画を進めるべきですかな?」

 

「ええ、眷属悪魔になる者の事前研修施設ですな。危険分子を事前に排除し、軍団の代わりとなる存在に相応しい教養と貴族の忠誠を身に付けさせる。……魔王の姉と若さから来る無謀さ故の行動力で先に作られては二番煎じ扱いをされる上に失敗したら同じ目で見られる可能性もありますし、話を進めましょう」

 

 其れはある意味ではソーナ達の夢見る下級悪魔や転生悪魔の為の学校。彼らも貴族主義に目が眩んで将来の事を考えられなくなっている訳ではない。貴族派にそういう者が多いのは事実だが、彼らは純血貴族が冥界を引っ張り、残りは其れに従うべきだと考えた上で下の者の育成の必要性を認めていた。

 

 ただ、ソーナ達とは絶対的に考えが合わず、彼女達が其の学校に関わる可能性は無いのだが……。

 

 

 

「そうそう。今度ある若手同士のゲームだが……仙酔家にゲスト出場を頼もうとは正気か? 奴らは金で動かせても金で縛る事は出来んのだぞ」

 

 先程までの愚鈍さは影を潜め、かつての武人の鋭い瞳になった男は龍洞を推薦した彼に低い声で話し掛ける。怒鳴り声でもないのに空気がピリピリと張り詰め、視線を向けられても居ないのに何人かは冷や汗を流していたが、当の本人は涼しい顔でやり過ごしていた。

 

 

「ええ、分かっていますとも。彼は調べた限りでは一部の者以外には欠片も興味はなく、その力は強大で赤龍帝すらバックに居る始末。関わらないのが一番ですが、その事を分かっていない愚か者が私達の陣営にも居ます。そして彼はそういった者の目には魔王派と親しくしてる様に見える」

 

 資料にはリアスやソーナが管理する街の学校に通い、ライザーに招待されてお茶会にも出席したと記されている。一見すると確かにそう見えるだろう。

 

「……後先考えぬ馬鹿が危険視して愚行に走らんとも限らない、か」

 

「ええ、ですから私達はあくまでビジネスとして彼と関わるだけですが、彼の本質を理解出来ていない者には此方側の味方でもあると思わせる事が出来ます」

 

「後は余計な勧誘などをさせぬ様に傘下の者への周知を徹底し、もしもの場合は其の者達の家族ごと差し出しましょう。……此方に興味がないのが幸いですな。でなくば種族や陣営毎となっていた所だ」

 

 彼らは自陣営の愚か者に悩まされつつも会議を進める。全ては彼らが理想とする社会の為に。其れは自己愛によるものだが、其れでも冥界の事を想っているのは間違い無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「だってさ。どう思う?」

 

「……はあ。迷惑を掛けられないのならどうでも良いです。そんな事より今晩の夕食は何にします?」

 

 恋花は盗聴していた会議の会話を多少の脚色を加えながら伝える。金塊を持った使者が来た翌日、片腕で腕立て伏せをしている龍洞はその事を聞いても興味がないのか何を食べるかを考えていた。

 

「あらら。大して気にしてないんだ。利用されて少しは怒ると思ったのにさ」

 

『当たり前だ。此奴はどうでも良い相手が自分をどう思おうが気にせん。身内や、嫁への想いを侮辱されるようなことは気にするがな』

 

 ドライグは片手の指先の腹を龍洞の背に乗せ、其処だけでバランスを取りながらの逆立ち腕立て伏せを行う。肉体を取り戻せるようになってから動くのが楽しいらしく、飲み食いや昼寝以外の時間はこうして鍛えているのだ。

 

 

 

 

『早く白いのと戦いたいものだ。新しい能力も手に入ったしな。……酒は勿論付くよな? ツマミもだ。ああ、今日は赤ワインが良いな。肉よりは魚介類の気分だが、烏賊を炙った物か干物は買っていなかったか?』

 

 アルビオンとの再戦の時を楽しみにして笑うが、今は酒の方が楽しみのようだ……。

 

 

 

 

 

「あっ、親方様からの伝言で、"龍洞ちゃんはもう少し探知能力底上げせんとあかんよ?”、だって」

 

「何でまた? まあ大婆様の命令なら従いますが・・・・・・・」

 

「多分、清姫ちゃんの画像で発散してた所を私が撮影して送ったからだよ」

 

「いや、何を送っているんですか・・・・・・・」

 

「大丈夫。清姫ちゃんと親方様とキアラさんにしか送ってないから」

 

「大丈夫なところが見当たらないですが?」

 

「茨木に送るのは自重したよ? (多分親方様が無理やり見せてるけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・強くなりたい。もっと強く・・・・・・・」

 

 若手同士のゲームが決まってから数日後、別々に修行する事となったリアス達は各々修行に励んでいたが、小猫は行き詰まっていた。車を動かすこと自体が誰にでも出来るがマトモに運転するには相応の勉強が必要な様に、種族特性で仙術が使える小猫だが使いこなすには指導者が必要だ。

 

 だが、ミリキャスが浚われて慌ただしいグレモリー家に珍しい力である仙術の指導者を探す余裕はなく、我流での修行は思うようには進まない。

 

「こんな時、姉様が居てくれれば・・・・・・・」

 

 仙術を忌避する理由となった姉だが、最上級悪魔クラスの実力者で仙術の腕も小猫の遙か上。そもそも彼女が居なくなって居なければリアスの眷属になっていないという矛盾に気付きつつも愚痴が出る。

 

 そんな自分が嫌になり、休憩を兼ねて買っておいたお菓子、開店二時間前から並ばないと買えないシュークリームを食べようとしたが、目を離した僅かな隙に皿の上から消え去っていた。

 

「・・・・・・・殺す」

 

 怒りが思考を支配し、仙術で盗人の気配を察知。直ぐ隣の木の上から気配がした。

 

 

 

「はぁい、白音。久しぶりにゃん」

 

 其処に居たのは姉である黒歌。口元にはクリームが付着している。其れを指先で拭うと木の上から降り立ち、指先を小猫の口元に近寄せた。

 

「ほら、お菓子は食べちゃったけど、せめてクリームだけでも味わいなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず思いっ切り噛むかどうするか迷う小猫であった。

 

 はぐれ悪魔黒歌は最上級悪魔クラスであるSS級の評価を受けている。仙術を暴走させて主を殺害して逃げたとされ、同じように暴走する危険性から妹の小猫を殺そうと主張する者達から責められた事で小猫は仙術を忌避するようになった。

 

 そして一人で修行している小猫の目の前に今、その黒歌が突如現れたのだった……。

 

 

 

 

「ぎにゃぁあああああああっ!? 痛い痛い痛いっ! お菓子だったら弁償するから許して、白音ぇえええええ!」

 

 だが、今の彼女は危険極まりない犯罪者ではなく、只の駄目な姉にしか見えない。妹のお菓子を勝手に食べて、怒りを買って手を噛み付かれて涙目だ。流石に不意打ちで戦車の力を使った噛み付きを食らっては耐えられないのか、腕をブンブン振って振り払おうとするも小猫は動じない。其れ程までに食べ物の恨みは恐ろしかった。

 

 

 

 

「姉様、正座」

 

「いや、久しぶりに会ったんだし、もう少し……」

 

「正座」

 

「……はい」

 

 感情の篭らない声で地べたを指差す妹に対し黒歌はヘラヘラ笑って誤魔化そうとするも、まるで汚物を見るような目で繰り返されては従うしかない。身に付けているのは着物だけなので足は当然素足であり、細かい石ころが足に食い込んで痛かった。時折ゲシゲシと踏み付けられるのだから尚更痛かった。

 

 

 

「久しぶりに会って早速やる事が盗み食いですか。其れに弁償するって言いますけど、お尋ね者の姉様がどうやってするんですか? 人望ないから部下も居ないでしょうし、目立つから並んで買えないでしょう?」

 

 小猫は、目立つから、の所で姉の豊満な肉体と着崩した着物姿に目をやり露骨に舌打ちをする。その姿が信じられないのか黒歌は自分の頬を抓って夢ではないと確かめると、おずおずと手を挙げた。

 

「あの、白音? どうしちゃったのかにゃん? 大分変わったみたいだけど……」

 

「痴女みたいな格好とか取って付けた様な語尾とか、貴女がどんなキャラ付けをしようが勝手ですが、姉妹だけの会話の時くらいは辞めてくれませんか? って言うか姉様、何しに来たんですか? 私、仙術の修行で忙しいのですが」

 

「……うわ〜、妹が辛辣だぁ。……ってか、私が怖くないの? 仙術を暴走させて邪気に飲まれ……」

 

「いや、飲まれてないですよね? 少し前に修行で無理矢理邪気を体に叩き込まれ続けた私には分かりますけど、飲まれた形跡すら感じませんよ?」

 

 最後に、何を言っているんですか? と呆れた様に溜息を吐く小猫と、其の修行内容にドン引きの黒歌。彼女が言葉を失う中、急に小猫の両腕が背中に回される、すわっ。サバ折りっ!? と体をビクッとさせる黒歌であったが、聞こえてきたのは甘えるような声だった。

 

 

「……良かったです。姉様の事、少しは信じていましたから。本当は何か理由があるんじゃないかって」

 

「……そう。私のせいで辛い目にあったんじゃないの?」

 

「ええ、殺されそうになりましたし、最近までは姉様が暴走した事を疑っていませんでした。……家族なのに。でも……最近の政治のグダグダっぷりを見ていると貴族の言葉を鵜呑みにする気にならなくって」

 

「あっ、うん。私の知ってる素直で世間知らずな妹は居ないのね。逞しくなってお姉ちゃん嬉しいわ……」

 

 嬉しいと言いながらも黒歌の顔は引き吊って苦笑いだった。

 

 

 

 

 

「……ってな訳で、幼い貴女にまで仙術を使わせようとしたから殺したの。手を出さないって約束だったのにあのクソ貴族」

 

「まあ貴族にとって平民なんて家畜だなんて中世の人間社会ですらあった考えですし、欲望に忠実なのを良しとする悪魔じゃ仕方ないですよ」

 

 何が可愛かった妹を此処までシビアな考え方にさせたのかと本気で悩む黒歌。根っこの所は変わっていないが、この急変具合は流石にショックだったのだろう。二人だと逃げ切れずに殺されるからと一縷の望みに懸けて置き去りにし、何とか保護されたのだが、失敗だったかもと思い始めていた。

 

「……ん? ちょっと待って? 修行で無理矢理邪気を叩き込まれたのよね?」

 

 集めた情報と照らし合わせ、その様な事をしそうな人物を脳内検索する。わずか数秒で思い当たった。

 

 

「その修行したの……仙酔家の龍洞?」

 

「ええ、そうですよ。修行の最中、色々教わりました」

 

 

 

『努力自体に意味はありません。努力の成果を出して初めて意味が生まれるのです』

 

『此処まで頑張ったのだからと自分を慰めますか? それとも、もう十分頑張ったって褒められたいのですか? 馬鹿馬鹿しい。早く立ちなさい』

 

『敗者は勝者に全てを奪われる。其れが弱肉強食、この世の大原則。実力主義の悪魔社会なら尚更です』

 

 

 

 

「……って感じです。そんな事言われながら何度も死に掛けたら共感するようになりました」

 

「あんの糞餓鬼ぃぃぃぃぃっ!! 悪魔より悪魔じゃないの!! 人の妹を変なふうに洗脳すんなぁぁぁぁっ!! ……白音!」

 

 黒歌は拳を握り締めて天高く掲げて震わせると小猫の肩をガシッと掴む。

 

 

「私がちゃんとした仙術と常識を教えてあげるわ。ね?」

 

「仙術は兎も角、姉様に常識を教える事が出来るんですか?」

 

「……ちゃんとした仙術を教えてあげる」

 

 僅かな期間に妹を此処までにした龍洞に心の中で呪詛を唱えつつ、黒歌はどの様に修行をしつつ姉の威厳を高めながら過剰なスキンシップを取るかを模索していた。

 

 

 

「さあ! 張り切ってやるにゃん!」

 

「だから態とらしい語尾は貴女の威厳を減らす事に。このままでは威厳が零に……いえ、威厳など最初から有りませんでしたね」

 

「酷いっ!?」

 

 小猫の名誉の為に書いておくが、けっして声を出して拳を振り上げた時に胸が揺れたのが恨めしかった訳ではない。自分の絶壁を撫でながら羅刹の如き視線を送っていたが、胸の大きさが恨めしたかった訳ではない。……多分、恐らく、きっと、願わくば……。

 

 

 

「全く、背や胸は小さいままなのに口ばっかり大きくなっちゃって。私の威厳が零になる訳無いじゃないの。よし! お姉ちゃんの事は親しみと尊崇の念を込めて師匠って呼びなさい!」

 

 誇示するように胸を張り、揺れる其れと見比べるように小猫のまな板を見て鼻で笑う黒歌。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうでした。……既に減りすぎて負債でしたね。頑張らないと利子でドンドン急下落ですよ、()()()()。では、ご指導の程お願いしますね」

 

「既に他人行儀なんだけどっ!? 許して、白音ぇぇええええええっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか呪詛が飛んで来たので三倍返ししておきますね」

 

「じゃあ、私も協力しとくよ。……尊敬して欲しい相手から絶対に尊敬して貰えない呪いとかどうかな?」

 

 

 こうして黒歌の思惑は上手く行かなかったが小猫の修行自体は進み、祐斗は祐斗で少し頬が痩けている上に上の空の師匠に剣の修行を付けて貰い、リアスや朱乃も独自に修行を重ねながら日々を過ごす。

 

 

 

 

 

 そして、ついに若手同士のゲームの日がやって来た。このまま行方不明のままだと家の断絶は免れない男の代わりは上層部が選抜した混合のゲストチームが務める事となっており、記念すべき第一回目の相手は……。 遥か昔、とある天使が主張した。

 

 神よ、人間など醜い存在なので滅ぼすべきです、と。

 

 其の天使に神はこう言った。

 

 ならば私の出した試練に打ち勝て。其れが出来たならば一考しよう、と。

 

 結果、其の天使は堕天使となり、人類は存在している。だが、其の堕天使は神を恨まない。天に復讐しようとも思わず、されども天使に戻りたいとも思っていない。

 

 其の名の意味するのは『神より×××××××』。其の名は―――。

 

 

 

「もちゃもちゃもちゃ……美味いな」

 

 ゲストチームの待合室、其処でライザーは龍洞から分けて貰えたカニカマを咀嚼していた。貴族の上に裕福な家の生まれの彼は当然の様に高級食材を食べて過ごし、人間の世界の美食も堪能している。だが、庶民の味は味わった事がなかった。

 

「でしょう? 蟹が食べたいけど気軽に食べる事が出来ない人が蟹の味を楽しめる優れた食材なんですよ。私は気軽に買えますがこれは好きです」

 

「日本出身の転生悪魔と何度か会った事があるんだが、社会経験のない若い悪魔は厳しい身分制度とは無縁なせいか今一貴族と平民の差が分かってねぇから好きじゃなかったが……こういう食への貪欲さは感心するぜ」

 

 徳用パックのカニカマに手を伸ばしながら感心したような顔をするライザー。龍洞もカニカマを咥えながら納豆を掻き混ぜていた。混ぜる度に糸が箸に絡まり、独特の匂いが発せられる。十分に粘度が出た所でネギと生卵と一緒に熱々の白米に乗せ醤油を垂らすと一気に掻き込んだ。

 

「……よくそんなの食べられるな、おい」

 

「食文化はお国柄ですからね。悪魔が普通に食べているものも、国によってはゲテモノ扱いですよ? まあ私は愛しい妻の手料理ならゲテモノ料理でも美味しく食べますが」

 

「へぇ。お前の嫁さん、料理うまいのか」

 

 この時のライザーは後にこう語る。適当に相槌打っておけば良かったと……。

 

「清姫は料理だけでなく家事全般が得意で、元は良家の箱入り娘なので他にも生花踊り琴に三味線、薙刀にお茶まで習い事は多岐に及んでいます。特にお茶が趣味で、今度も野立てをする予定なのですが、ドビッチの身内も来るので関係ない方は中々呼びにくくて。いや、その方がどうにかなっても関係有りませんが、その人と連絡取りたがってしつこく頼まれれば流石に困りますので。そんな事はどうでも良いですね。清姫は本当に美人で気立てが良く、私を立ててくれて、気遣っての嘘でさえ許さず焼き殺しにかかる真面目さ、そしてストーカー気し・・・・・・高度な気配遮断スキルを持つ器用さに何時も近くに居たいという甘えん坊な所も可愛らしく・・・・・・」

 

「おーい、そろそろ・・・・・・」

 

 声を掛けて止めさせようとするも一向に止まらず、惚気話は一時間以上経過してもいまだ終わる様子がない。不死の特性の弱点である精神力がガリガリ削られていくのを感じたライザーは今回のゲームでは如何に回避するかが重要かと揃っている対戦相手のデータを思い出す事で今の状況から逃避していた。

 

 

 

 

 

「ですが、そんな彼女と私でも互いに認めることが出来ない事が一つだけ有るのです」

 

「はぁっ!? お前達みたいなヤンデレバカップルにそんなのあるのか!?」

 

「ええ、それは・・・・・・」

 

 この時のライザーは自分の耳を疑った。明らかに異常な恋愛観を正常な顔で語る姿に恐怖さえ覚え、この二人ならば、”あなたの為なら世界すら敵に回せる”、等と言った使い古しの安っぽい台詞でさえ真実みを帯びる。にも関わらず認めることが出来ない等と述べたのだ。

 

 尚、既に誰かに殺されるくらいなら相手を殺すと言うことまで聞いている。そしてライザーが固唾を飲むレベルで気にしだした事が告げられようとしていた。

 

 

 

 

 

「済まない、遅くなった」

 

「あっ、そろそろ時間ですね」

 

 だが、其の言葉は遅れてやって来たゲストチームの三人目、最上級悪魔で元龍王のタンニーンの登場で遮られてしまった。

 

「いや、続きは?」

 

「そんな事よりも試合の時間ですよ。出るだけで一億、勝てば更に二億頂けますから張り切りませんとね」

 

「では、行くぞ」

 

 ライザーが釈然としない気持ちを抱えたまま三名は転移魔法陣に乗る。瞬く間に光に包まれ、ゲームフィールドに移動した。

 

 

 

 

 

「寒っ! 何だよ、このフィールドは・・・・・・・」

 

 転移した途端に襲ってきたのは身を切るような極寒。雪が降り続ける一面の銀世界で、遠くの景色は白んでいて鮮明に見えない。水気のないサラサラの雪は踏み締める度に音が鳴り、子供ならはしゃいでいる所だろう。

 

「気温マイナス五十度から六十度程度でしょうか? 南極の冬くらいですね」

 

「うぇ、マジかよ・・・・・・・」

 

 ライザーは炎で全身を包んで暖を取り、タンニーンも少し寒そうにしているが耐えれる程度のようだ。

 

 

『皆様、後十分後のゲーム開始前にルールをご説明致します。制限時間は三十分。其れまでにゲストチームの方が王を討ち取るか降参させるか出来ない場合、ゲストチームの敗北と成ります。なお、互いの陣地はフィールドの両端に設置しており、今回の特別ルールとしてあらゆる手段の飛行を禁止させて頂きます。では、開始時間まで相手チームに接触する事の無いように・・・・・・・』

 

 陣地に用意された地図によるとフィールドは輪っかを縦に割った様な形をしており、地面以外は氷河となっていた。

 

 

 

 

「じゃあ、最短ルートなので泳いで行きましょう」

 

「正気か、お前?」

 

「・・・・・・・流石に死ぬぞ」

 

 平然と言い放つ龍洞に正気を疑うライザー達。確かに陸地を歩くよりも距離は短いが、其れでも数キロは優に有る。とても泳ぎ切って戦闘が出来るとは思えない。

 

 

 

「大丈夫ですよ。裸で八寒地獄の海に放り込まれて怪魚から泳いで逃げることに比べれば楽勝でしょう。相手も泳いで来るのでは?」

 

「比べる対象がおかしいだろ、おい!!」

 

「まあ悪魔貴族って修行が嫌いですし理解出来ませんよね。所で対戦相手って誰でしたっけ? 誰でも同じなので忘れてしまいました」

 

 

 

 

 

 

「サイラオーグだよ、サイラオーグ・バアル。若手ナンバーワンだぜ」

 

「どれも同じですよ。私はただ勝つだけです。私は客を盛り上げる必要は無いですから手段は選ばなくても良いですしね」

 

「おいおい、綺麗に勝てれば一番だろ」

 

 龍洞の言葉にライザーは肩を竦める。一流の選手はレーティング・ゲームの在り方からして一流のエンターティナーでなければならない。例え八百長でも手を抜いた無気力プレイは御法度なのだ。

 

 其れを抜きにしても綺麗な勝利は気持ちがいいと。ライザーはそう考えていた。

 

 

 

「いや、別に? 力に勝利に貴賤はないでしょう。八百長も努力の果ての泥臭い勝利も圧倒的実力差の完封も同じです。どんな努力家も結果が出なければ怠け者と同じですし、八百長で勝つ側に選んで貰えるのも力の一つでしょう? 其の方が都合がいいと思わせられるのですから。努力や熱意とかの価値のない物に拘ると負けますよ」

 

 だが、龍洞は心の底から其れが理解出来ず、只首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

「・・・・・・・随分と俺に有利な・・・・・・・いや、自惚れだな。相手にはタンニーン様を筆頭に格上ばかり。だが、タダでは負けん。必ずや何かを得てやる」

 

 試合開始の合図が響き眷属が数名を残して陣地から進む中、サイラオーグは闘志を燃やしていた。才能がない為に冷遇され、必死に努力を重ねて此処まで来た。何度屈辱にまみれ歩みを止めそうになったか分からない。当主になるべく努力をしてきた弟から体を鍛える努力しかしていない自分が次期当主の座を奪った事への負い目も有る。だからこそ立ち止まる訳には行かない。全ては夢の為に。

 

 

「さあ、行くぞ、お前達!」

 

 顔の前で腕を組んで目を閉じながら思いを馳せていたサイラオーグは眷属を鼓舞すべく顔を上げて前を向く。

 

 

 

 

 

「いえいえ、彼らには無理です。もう、何処にも行けません。・・・・・・・おや、靴に血が付いていますね」

 

 其処には血の海に沈む眷属達の()()とスーツ姿の男が立っていた。男は足下の布、サイラオーグの眷属であるクイーシャの服を死体ごと踏みにじって靴の血を拭う。この間、サイラオーグは何が起きたのか分からなかった。

 

 目を離したのはたった数秒で、ゲームフィールドには死亡を防ぐためのリタイア装置が存在する。だが、現に先程まで居なかった男に眷属達は殺されていた。

 

「全くゴミ掃除も楽ではありませんね」

 

 本当にゴミ掃除をしているかのように発せられたその言葉。其れはサイラオーグを激昂させるのに十分であり、立ち上がった彼は男を真正面から見る。其の顔には見覚えが有った。直接有ったことは無いが、家に残る大戦の記録映像で多くの悪魔を殺していた()()使()の顔だ。

 

「アザ・・・」

 

 

 

 

 

「お前如きが私の名を呼ぶな」

 

 男に殴りかかろうとしたサイラオーグの体、闘気と単純な頑強さによって上級悪魔の障壁を遥かに上回る肉体に無数の光の剣が突き刺さり、煙と血を噴き出しながら前のめりに倒れた。 常識を含む人間を構成する殆どの物は育った環境で決まる。法の整備が整った平和な地域で親の庇護の下に育った子供と紛争が絶えない危険な地域で暮らす孤児の価値観も考え方も違うようにだ。

 

 貴族は貴族として育ったから平民の事など分からず、平民も貴族の考え方を理解できない。同じ種族であったとしても、両者は同時に別の生き物でもあるのだ。

 

「龍洞ちゃん、ちょいと狐共を殺して来て貰えんやろか」

 

「はい、大婆様!」

 

 だから鬼と共に暮らし、鬼に育てられた彼が人間として何かが欠落しているのは仕方のない事だ。6才までは人の世界で暮らしていたが、それでも真っ当な生き方をしていない一族の長男としての生活。故に彼が異常なのが普通なのは当然であった。

 

 

 

 

「龍洞ちゃん。……右腕、食わせて貰うで? 後でちゃんと治してあげるさかいにな」

 

「はい、どうぞ。あっ、私も料理を手伝ってきた方が良いですか?」

 

 身の毛のよだつ恐ろしい頼みも平然と受け入れる彼であったが、そうなったのは育ちのせい。ならば、敢えてそういう風に育てられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……クリーニング代って出ないですよね」

 

 

 

サイラオーグが闖入者に襲わえれるという前代未聞の異常事態が起きている頃、観覧席では正常に進むゲームを画面を通して眺める貴族達の姿があった。先程までは談笑しながらワインなどを飲んでいたが、今は其れを口にしようとする者は居ない。料理人が腕に腕によりをかけて作った料理にさえ誰も手を付けようとしなかった。

 

 其の原因はフィールドの中央辺りの映像。サイラオーグ眷属とゲストチームとの初戦闘の様子だった。吹き荒れる吹雪の中でも悪魔の技術によって鮮明にその様子が映し出されている。最初に動いたのはサイラオーグの騎士。死神が操る『青ざめた馬(ベイルホース)』に騎乗し騎乗槍を構えた彼は龍洞に一騎打ちを挑んだ。

 

「ええ、構いませんよ。仕事ですし、ショーを盛り上げるのに少しは貢献しないといけませんもの。まあ本職の方程にはしませんが」

 

 一騎打ちの邪魔にならぬようにと互いの仲間は後方へと下がり、掛け声と共に蹄が雪道をものともせずに駆け抜ける。隙を伺っているのか攪乱するように駆け回る速度は人の目で追えるレベルではなく、主でさえ蹴殺す程の凶暴さでありながら使われる理由が其の能力にある事を示していた。

 

 きっと乗りこなすのに長い時間を掛けたのだろう。多分乗り手の馬も血の滲むような努力の果てに今の力を手に入れたのだろう。努力すれば此処までになるのかと、見た者に思わせる姿だ。

 

 努力しない兎は頑張る亀に競争で負ける。才があっても磨こうとしなければ努力する凡人に追いつかれる。

 

「行くぞっ!」

 

 隙を見付けたのだろう。一気に加速して得た速度が乗った騎乗槍の鋒が龍洞の胸目掛け突き出された。

 

 

 

「おや、私が前に見た個体よりも速いですね」

 

 だけど、其れは努力する兎には亀が何れ程頑張っても追い付く事が出来ないという事。龍洞の両腕は馬の頭と槍を正面から掴み完全に固定する。足元の雪は微かに踏み込まれた跡が残っているだけで、少しも後退した痕跡は存在していない。

 

 ミシリと何かが軋むような音が響き、其れが何処から鳴ったのか画面の向こうで貴族達が理解したのは掴まれた槍と頭が握り潰されるのと同時だった。脳症がぶちまかれ目玉が転がる。龍洞の服が返り血で汚れ、乗っていた馬の体が崩れ落ちた事でバランスを崩した騎士の体は前のめりに倒れこむ。

 

「では、まず一人」

 

 着ていた頑丈そうな鎧を龍洞の腕が貫き、腹の肉を引き千切りながら抜かれる。ハラワタが穴から飛び出し、貴族のフォークに刺さったソーセージが床の高価な絨毯の上に落ちる。観覧席の何人かが腹の中の物を盛大にぶちまけ、龍洞は服に掛かった血をどうやって除くか悩んでいた。

 

 

 

 

「ひっ!」

 

 その悲鳴を上げたのは誰だったのだろうか。サイラオーグの眷属の殆どは人の血が混じった為に復興が認められなかった元七十二柱の者達で、サイラオーグの進む道に夢を見た。己の実力に見合った評価を得られる社会を目指し、死に物狂いで努力してきた。何度も戦ってきた。

 

 だが、目の前の光景に恐怖を覚えている。もっと悲惨な姿になった者だって見た事があるし、実戦経験がない訳ではない。只、本能で恐怖を覚えたのはこれが初めてだった。

 

「あの、二人共。制限時間もありますし此処は私に任せて先に行って下さい。なにせ勝ったら報酬が増えるんですよ。お金が全てではないですが、無いよりはあった方が良いですからね」

 

 瀕死の重傷を負って足元でリタイアの光に包まれて消えていく仲間の姿と、手についた血をハンカチで拭いながら平然とした顔している龍洞。今までの敵は最初から無表情な奴や相手を傷付ける事が愉しそうな顔をしている者も居た。だけど其れがまるで当たり前のように平然としている相手は初めてだった。

 

 

「行きましょう、タンニーン様」

 

「ああ、そうだな」

 

 既に何度かゲームに参加し、犠牲などの戦略を取るライザーと戦いにこそ生きる理由を見出す龍であるタンニーン。この両名は龍洞の姿に眉一つ動かさず、それでもってサイラオーグの眷属の心情も理解した上で先に進む道を選ぶ。申し出を断る理由はなく、それが当然の事だからだ。

 

 二人が横を通り過ぎるのを手を出す素振りもなく見逃した彼らは今の状況に気付く。これからアレと戦わなければならないのだと。

 

 

 

 

 

「ああ、少し実験に付き合って下さい。格下相手に使うのはこれが初めてなのでコントロールの練習がしたいのですよ」

 

 そして相手は自分達を敵として見てすら居ないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

「おや、もういらっしゃいましたか」

 

「……誰だ?」

 

 罠どころか残りの眷属の襲撃も怒らず何事もなく本陣までたどり着いたライザーは出迎えた男の姿に眉を動かす。只者ではない事は不死の特性を持つ己の肉体が危険信号を全開で出している事で理解する。若手ナンバーワンの()()()()()()()()が下僕に出来る存在ではなく、リタイアせずに残っている周囲の死体が異常事態を指し示す。

 

 金髪をオールバックにした物静かそうなメガネの男。司書か何かを思わせる風貌だが目を見れば直ぐに分かる。

 

(……ヤベェ。戦ったら絶対に殺される)

 

「……逃げろ、ライザー。貴様では只殺されるだけだ」

 

 タンニーンの言葉が耳に入ってから男が足を少し上げ、ライザーが翼を出して飛び上がるのはほぼ同時。その()()の間に地面から突き出した無数の光の槍がライザーの体を串刺しにした。

 

 フェニックスの不死を破る方法は限られている。魔王クラスの一撃か精神がすり減るまでの猛攻。例外として窒息などの酸素不足など。

 

 

 

 

 

「おや、これで死なないとは……私も歳を取りましたかね? どう思います? タンニーン」

 

 つまり男は少なくても魔王クラスという事。ライザーは林の様に無数に生える槍に貫かれたままゆっくりと死に向かっている。咄嗟に飛び上がったタンニーンの頑強な鱗さえ貫いて肉を抉っていた。

 

「くたばれっ!」

 

 返事の代わりとばかりに吐き出されたのは巨大隕石の衝突に匹敵するとさえ讃えられるブレス。同じく魔王クラスの一撃に対し男はそっと右手を前に出し、ブレスが着弾した。炎が広がり大地を吹き飛ばす。無数の槍が砕けながら宙を舞い消え去っていく。

 

 

「おや、腕を上げましたか? ああ、悪魔の駒の力ですか。それ、同じ土俵で戦う場合に純血の皆さんから文句が出ませんか? 同じ王なら底上げされた方が有利でしょう。まあ、それを言ったら一族固有の能力とかもあるのですけどね」

 

 男は健在ではない。健在ではないが、魔王クラスの一撃を正面から受け止めたにも関わらずダメージは微小。袖が焦げ軋んだ腕が所々裂けている程度。だが、タンニーンに驚いた様子はない。予め予想していた様にさえ見える。

 

 

 

 

「……ふん。この程度では倒せんか、()()()()

 

「ええ、当然です。私の名の意味は『神に力を与えられし者』。偉大なる神に力を授けて頂いた私と悪魔如きに力を施して貰った貴方では雲泥の差がありますよ。其れと……」

 

 アザエルは薄ら笑いを浮かべながら服の煤を払う。その背中から計十四枚の翼が出現した。本気で来るのかとタンニーンが構えるもアザエルはその場から一歩も動かない。

 

 

(……何だ? 奴の手の平が今光った……ッ!)

 

 先程、光の槍を受けた場所から光の粒が溢れ出しアザエルの手の平の光と一本の糸の様に繋がる。

 

 

 

 

 

 

「今の私は貴方が知る私よりもずっと強い」

 

 光の糸が無数に枝分かれし光の鎖に変わる。全身を縛られたタンニーンは地に落ち、降り注いだ巨大な光の槍が標本の様に磔にした。

 

「さて、神を騙り人を動かす現セラフも、穢らわしい悪魔も、其れと組む我が元同胞も存在する価値がない。……そうは思いませんか? ねぇ、仙酔君」

 

アザエルの瞳は既にタンニーンを映していない。その後方に立つ無傷の龍洞を映していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、どうでも良いです。晩御飯に食べる予定の酢豚を何処の店に食べに行くか、そっちの方が重要ですよ。家だと絶対に許せないとパイナップルを入れて貰えませんからね。……其処だけは絶対に相容れない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、貴方もですか。私もパイナップルは入れる派ですよ。あっ、申し遅れました。私、堕天使のアザエルです。……ちなみにキノコとタケノコ、どっち派ですか?」

 

「キノコです。タケノコはクッキーがボソボソしていてちょっと……」

 

「……貴方とは仲良くやれそうにありませんね」

 

 

 

 

 

「あら、もう始まっていますのね。すっかり遅れてしまいましたわ」

 

 サイラオーグとゲストチームの白熱した激戦が画面に映し出されてから五分後のこと、入口から聞こえてきた鈴の音のように響く声が観覧室に響く。その声に思わず振り向いた貴族達のほぼ全てが彼女に意識を向けた。

 

「ご観戦を邪魔をしていまい申し訳御座いません。私、殺生院キアラと申します」

 

 尼僧を思わせる服装に菩薩を思わせる慈愛に満ちた表情。その全てが彼女の色気を際立たせる要因にしかなりえない。スリットから見える足に視線が向き、次に黒衣の下に隠されて尚主張する胸に注がれる。愛妻家の中年貴族も、血気盛んな若手悪魔も、未だ野望に燃える老貴族も最早ゲームになど興味を向けず、ただ彼女に欲情し、魅了されていた。

 

「……何故貴女が」

 

「あらあら、まあまあ。うふふふふ。聞いておりませんの? 私、貴族の方の何人かと色々と親交が御座いまして、こうして観戦にご招待頂きましたの」

 

 ()()に含まれていない僅かな存在の一人であるグレイフィアの彼女に向ける視線にはややキツい物がある。自分の事を恥知らずの淫売と思っていると知らされているので仕方ないのかもしれないが、その他にも彼女に会ってから様子のおかしい同僚(沖田総司)の事もあるだろう。

 

「あらあら、私嫌われているようですわね。貴女とは色々と仲良くしたいのに」

 

 頬に手を当てて困ったように小首を傾げる仕草にも色気があり、その言葉を聞いた貴族達は良からぬ妄想に囚われる。もはや其処に居るのは誇りある、若しくはプライドが肥大化した貴族ではなく発情期の獣だ。老若男女問わずに魅了し堕落させながらキアラは特に気付いた様子も見せずに用意された席に座る。彼女を招待した貴族が座るはずだった席ではあるが、今日はベッドから起き上がれないと連絡があった。

 

「席が丁度空いていますし、此方に知り合いを座らせても?」

 

 通常ならば反対する貴族達だが今の彼ら彼女らにキアラの言葉に逆らう者が居るはずもなく、後から入って来た清姫と恋花が彼女の両隣に座ると給仕の青年がキアラの元にやって来た。

 

「お飲み物は如何ですか?」

 

「……そうですわね。では、私はミネラルウォーターを。お二人はどういたしますか?」

 

「ではオレンジジュースで」

 

「私は赤ワインで」

 

 畏まりましたとお辞儀をして去っていく青年に貴族達から嫉妬の念が送られる。どのような理由であれキアラと言葉を交わし、近くに寄れる事が堪らなく羨ましい。それが貴族の誇りに唾を吐きかけるような事だとしてもだ。この場の殆どの者が給仕に成りたいと心の底から思っていた……。

 

 

 

 

「……何ですの、これは」

 

 部屋の気温が一気に上がり、グラスの割る音が響く。三人が観覧席に入ってから五分後、清姫の顔から表情が失われ握っていたグラスを粉々に握り潰していた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 見た目は小柄な美少女でしかないにも関わらず先ほどの底冷えのする声と背筋を凍らせる恐怖を与える表情に隣の二人以外の誰しもが固まる中、グレイフィアは冷静な態度で近付いて行く。清姫は表情を変えぬままゆっくりと画面を指差した。

 

 

「あの画面、全部嘘ではないですか。嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘……下らない物で旦那様を侮辱するなんて許せませんわ。全部、ぜーんぶ燃やし尽くして……」

 

「ひっ!?」

 

 何時に増して目から勝機が失われ口からは濃厚なニトロの香りが漏れ出す。その姿はグレイフィアでさえ悲鳴を上げる程で、清姫の体から炎が吹き出す……

 

「えい」

 

「はうっ!?」

 

 前に脳天にキアラの踵が落とされて意識が刈り取られる。殆どの者の視線はキアラのスリットの奥に注がれ、ま正面から見てしまったサーゼクスは鼻を押さえていた。

 

「……サーゼクス様?」

 

「いやいやいやっ!? 彼女の下着なんて見てないよ!?」

 

 

 

 

「ええ、私穿いていませんもの。だから本当ですわ」

 

「あっ、やっぱりだったのか……あっ」

 

 部屋が熱狂に包まれ得る中、サーゼクスに向けるグレイフィアの視線は何よりも冷たい。それこそコキュートスの気温さえも暖かく感じるほどに。

 

 

 

 

「……鬘」

 

「鬘がどうかなさいましたか?」

 

 アザエルが足を踏み締める度に地中から光の槍が飛び出す。その速度はライフルを上回り的確に急所のみを狙うかと思いきや、時に足元スレスレや死角から腕を狙って襲い掛かり、龍洞は両手に龍刀・帝と三上七半を握りやりを弾き切り落とす。顔面に迫った槍の鋒を柄頭で砕き、二つ同時に胸に迫る槍を鍔で防いで逸らした。

 

「いえ、()()()()()()()()()()ので非常に暇でして、少し他の事を考えてしまって。修行僧殺しを正当化した者が落ちる地獄って内部に刃が生えた鬘を被らされて釜で煮られるのですが、行く当てのない者を異端追放の名の元に追い出した人達って其処に落ちるんでしょうか?」

 

「いえ、そういう教会って大抵は日本以外ですし落ちないのでは?」

 

 二人の周囲には死に掛けのサイラオーグとライザー、アザエルの右手の手の平から伸びる光の鎖で縛られた上に串刺しになったタンニーンの姿、他死体が多数。本来ならば即刻ゲーム中止になる異常事態にも関わらずその様子は一向に訪れず、先程から戦いの合間に気の抜けた遣り取りが行われるばかりだ。

 

 

「……ふぅ。しかし、私の今所属している組織ですが、貴方に対する評価が色々と違っているのですよ。赤龍帝頼りの雑魚だからどうにでもなる、いや赤龍帝が厄介だから白龍皇に任せろ、とか結局は貴方を侮ってばかり」

 

「それは失礼な。ドライグさんは便利な道具に宿るだけの存在でも便利な使い魔でもないのですし、何でもかんでも頼れませんよ」

 

 深く溜息を吐くアザエルに特に気にした様子のない龍洞。吹雪が激しくなっていく中、数度目かのやり取りが終わった。

 

 

「さて、そろそろ終わらせますか」

 

 龍洞は靴を脱ぎ捨て数度跳ねると三上七半のみを腰だめに構え姿勢を低くする。居合の構えだとアザエルの知識が告げる。抜刀から繰り出される迅速の一撃を警戒してか地中から飛び出す光の槍の射出速度が上がり、龍洞は其れを踏みしめながら進む。

 

「いや、違うっ!」

 

 その様な認識を即座に否定するアザエル。足の指で槍の鋒を挟みながら次々に飛び跳ねているのだ。舌打ちと共に宙に浮かぶ光の槍を上空に出現させ上下から攻める。だが、龍洞の跳躍速度も同時に上がった。

 

「先ずは一太刀……とは行きませんか」

 

 硬質な物同士が激突する音が響き、龍洞は即座に背後に飛ぶ。首を狙った一撃はアザエルの左手の平の障壁で防がれたのだ。又しても槍が、今度は周囲を覆うように出現した。

 

「これで終わりです」

 

 高速の振りで前後上下左右全てから迫る光の槍を振り払いながら突き進む。だが、刀が触れる瞬間に槍は停止して刀が過ぎ去ると同時に一気に進んだ。まず足に刺さり、怯んだ所に脇腹に、背中に、肩に、そして胸に刺さり最後に頭を貫通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、まぁ簡単には行きませんよね」

 

 クルッと半回転したアザエルは左手を前に突き出す。その視線は無傷の龍洞に向けられていた。確かにやりが突き刺さった感触は遠距離操作した光の槍で何一つ違和感なく感じ取っている。故に、この動作は彼の長年の経験からなる直感によるもの。

 

「私の幻術も未熟ですね」

 

「いえ、危うく騙される所でした」

 

 この時まで危機感を感じさせぬ遣り取りを交わす二人。違ったのは龍刀・帝の刃はアザエルの障壁を存在しないかのように通り抜けた事。

 

 

 

(ああ、成る程。ドライグの『透過』ですか。他の能力も使えると見た方が良いですね)

 

 血飛沫が舞いアザエルの左腕が切り飛ばされ胸に横一文字の赤い線が入る。だが致命傷には至らず。軌道も速度もタイミングも完全であったが、障壁に刀が触れるよりも先に後退した事で命を繋いだ。又しても彼は己の直感に救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……素晴らしい。貴方は純粋な人間ではないが、其れでも人間を完全に否定していた昔の私は愚かでした。では、私も目的は果たした事ですし此処で失礼いたします」

 

 アザエルは右手から伸びる光の鎖を消すと最後まで余裕を崩さないままお辞儀をして消えていく。龍洞も服に着いた返り血を鬱陶しそうにしているが息も切らしていない。

 

「厄介なのに目を付けられた気が……」

 

『はっはっはっ! お前も龍の血を引くからな。女と戦いを引き寄せるぞ』

 

「私、結婚していますから他に女は必要無いですし戦いもどうでも良いのですが」

 

『ならば本気で闘え。奴も次は本気だろうよ』

 

 何処か楽しそうなドライグと心底嫌そうな龍洞。その背後では画面が切り替わり事態に気付いた悪魔達によってゲームの強制終了が始まっていた。

 

 

 

 死亡者 サイラオーグの『女王』『戦車』一名『騎士』一名『僧侶』一名 

 

 重傷者 タンニーン サイラオーグ ライザー サイラオーグの残りの眷属

 

 無傷  龍洞

 

 第一回目から起きた異常事態。主催責任者である魔王が責任を追及される事態となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー、朝焼けが目にしみるわ」

 

 この日の朝、急に海が見たくなった黒歌は日の出より前に砂浜に座り込んでいた。この時期にはクラゲが出るので海水浴客の姿はなく彼女一人。小猫には教えられる事は教えたし、どうなるかは祈るだけ。

 

 

 

 

 

 

「姉様、一緒にいるとバレたら厄介なので提案があります」

 

「え? それで何を……うにゃああああああっ!?」

 

 

 朝日が地上を照らし黒歌の体に光が当たる。髪の毛を一本残らず剃られた頭は光を反射して眩く光っていた。

 

 

 

 後、眉毛も序でにと剃られていた。

 

 



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狂人達の恋の唄 ⑦

 彼の生涯に貴族だった頃はないが、貴族であった頃の話を語る時の祖父の誇らしげな顔は良く覚えている。どのような生活をして、どのように活躍していたのかを何度も聞かされ、彼は己の身体に流れる血に誇りを感じるようになっていた。

 

「……復興は認められなかった。私達に人間の血が流れているのが理由だそうだ……」

 

 そんな祖父は家の復興を夢見たまま死んでいったが、志を受け継いだ父が必死に一族の者であるという証拠をかき集め、政府に家の復興を願い出た。政府も七十二柱の者は特別視しているし、きっと叶うはずだ、そのような希望は純血主義の上層部に踏みにじられ、父は無念のまま命を絶つ。

 

 だから彼は誓った。何時の日か上級悪魔になって一族を復興させることを。

 

 やがて彼はサイラオーグと出会い、何時しか彼に惹かれていた。同じ夢を見たいと思った。彼に尽くしたいと思うようになった。

 

 

 

 

 

「諦めた方が良いね」

 

 呼吸器半壊胃袋全摘、其れが一族復興の為の手段であるレーティング・ゲームで受けた傷。リタイアシステムが有っても傷は残るし死ぬことさえ有ると分かっては居た。ゲームで出世すると言う事は何時か起きる戦いの矢面に立つ事だと理解していた。だが、まさか夢を掴む最初の一歩で自分に降りかかるとは思っては居なかった。

 

「・・・・・・・何とか、何とかなりませんか?」

 

 そんな事を口にしながらも内心では惨めったらしいと自嘲する。どうにかなるなら諦めろとは言わないし、今回のゲームは異常事態が起きたとはいえ、自分達は普通にゲームをしていて負った怪我だ。これでは誰も責められず、責めるとすれば実力不足の自分自身しか居ない。

 

 

「・・・・・・・どうにもならないよ。胸部に受けたねじ込む様な一撃で肋骨が粉々に砕け、グチャグチャになった臓器や筋繊維の間深くに突き刺さっている。これではフェニックスの涙も意味を成さないんだ。ゲームばかりが生きる道じゃない。他の方法で主を支えることを考えなさい」

 

 ああ、やっぱりな、と思う。彼はもう自分が戦うどころか日常生活すらままならないと何処かで分かっていた。只、其れを認めたくなかっただけだ。

 

 

 

 

「・・・・・・・リハビリの方、お願いします」

 

「ああ、腕の良いのを紹介するよ。・・・・・・・取りあえず消化の悪い食べ物は控えるように。まあ、暫くは病院食だけどね」

 

 心の奥底で湧き上がった黒い感情を必死で抑え込む。手加減してくれれば、と考えた自分を責め立てた。其れは言ってみれば八百長をしてくれというようなものだ。力の温存は必須の策であるが、自分と戦っている相手に力を温存する事を求めるのは恥知らずだと彼は思っている。力の限りを出し尽くして競い合うからこそ彼はレーティング・ゲームに夢を見いだしたのだから・・・・・・・。

 

 

「・・・・・・・そうか。残念だな。ゲームが終わったら皆で焼き肉に行く約束だったのに」

 

 心底惜しそうにしながらも彼の心は新しい道を見据えていた。確かにレーティング・ゲームで活躍できないのなら出世は難しいが、其れでも可能性は零ではない。契約を頑張って主を支え、何時しか祖父と父の無念を晴らそうと心に誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「タン・ミノ三十人前ずつ追加ー! 五番テーブル様でーす!」

 

「またあの席か! 一体幾ら食べるんだ!?」

 

 冥界随一の高級焼肉店『暗之運』。可愛らしい白黒の珍獣の看板を掲げた超人気店で、貴族でも1ヶ月は前に予約を入れておかないと入れない程だ。厳選されたミノタウロスの肉を筆頭に正体不明の店主が調達してきた林檎のような謎の果物(天界関係者には絶対に見せないようにとマニュアルに記載)を使ったフルーティーなタレは極度のベジタリアンさえも夢中にさせる程。勿論、値段も其れ相応するのだが・・・・・・・。

 

 

「ちょっとっ! 其処のカルビは私が育ててたんだけどっ!」

 

「はっ! 子はやがて親元を巣立つもの。貴女が育てた肉は私の胃袋に旅立っただけですよ。あっ、ロース五十人前追加で」

 

 アザエルを追い返したという功績を称えて、という名目で貴族派が予約支払い全てを受け持ち龍洞達を招待していた。本来ならばキアラも来るはずだったのだが、ゲーム観戦の際に仲良くなった貴族達と親交を深めると言って遅れているのだ。

 

『隙有りっ!』

 

 龍洞と恋花が焼き具合の良いカルビに同時に箸を付け引っ張り合う中、残りの肉全ては大型犬ほどの大きさに変身したドライグがかっ攫っていく。焼き網の上には野菜と一枚の肉のみが残された。

 

「……ちぇ。仕方ないか。……生で食べよう」

 

 当たり前のように大皿を持ち上げて生肉を口に流し込む恋花だが、龍洞とドライグに止める様子はない。

 

「また生肉ですか? 焼いた方が良いって言っていませんでした? 焼けば良いじゃないですか」

 

「いやいや、人間は焼いた方が美味しいけど、牛は生の方が好きだよ? でもまぁ、生きたまま丸呑みにして腹の中で暴れるのを感じるのも良い気持ちなんだけどさ。……あっ、五個目の間違いみっけ」

 

 三十人前のモツを全て生のまま流し込みながら恋花は新聞の間違い探しを続ける。見出しには魔王に対するバッシングや貴族派の情報操作によって彼らと仲の良い龍洞の活躍を称える内容となっており、アザエルという大物堕天使やコカビエルの件から堕天使への不信を訴えるデモが加速しているらしい。

 

「さっきキアラから聞いた話じゃ貴族派も内部抗争が加速して、今のままだと大王家も元側近に契約やら何やらの権利を好きにされちゃうんだってさ。今の次期当主よりも元次期当主の弟の方が操りやすいから怪我を口実に一時的に交代して済し崩し的に、だそうだよ。腹上死した貴族が自慢げに語ったって」

 

「はぁ。貴族ってのは大変ですね。私達……えっと、もう戻って良いと言われているので私達で良いですよね?」

 

「あっ、うん。龍洞君が修学旅行で京都に帰ってきたら改めて所属させるって。……姫ちゃんも喜んでたよ」

 

「先生がですか……どういう喜び方なのだか」

 

 そもそもバアル家とはどのような家だったかさえ龍洞の頭からは抜け落ちている。精々が現当主が先代や初代の傀儡同然だという情報程度で、自分が再起不能にしたのが次期当主の眷属だという事さえ忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

「……あっ、そうそう。私の予想以上に強くなったから清姫ちゃんと会って良いよ。……残像っ!?」

 

 先程まで肉を食べていた格好のまま龍洞の姿は薄れていく。超高速でホテルへと戻った彼の座っていた席には報酬の詰まったケースが残っていた。

 

 

 

 

 

「あ、ああ……幻ではないのですね? (わたくし)の目の前にいらっしゃるのは本物の旦那様なのですね?」

 

 清姫は目に涙を溜めながら龍洞を見つめ、龍洞は無言で彼女を抱き締める。清姫も彼の背中に手を回し、万力の様な力で抱き締めた。

 

「……漸く会う事が出来た。貴女と顔を合わす事が許されない日々は何よりも……先生の修行の日々よりも辛く苦しかった。もっと、もっと貴女を感じていたい。いえ、正直に言いましょう。私は貴女を犯し……」

 

 龍洞の言葉は清姫の人差し指が口に当てられた事で止められた。

 

 

 

 

「……どうぞ。此方の準備は出来ています。旦那様も……ああ、準備万端ですわね。あの、自分で脱ぎますか? それとも旦那様がお脱がしに? それとも……」

 

「全て脱がすのもまどろっこしい」

 

「きゃっ! ……もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない。私では戦いでサイラオーグ様を支えられなくなった」

 

 呼吸器半壊胃袋全摘という重症の彼だが、生き残ったサーラオーグ眷属、つまりは龍洞と戦った眷属の中で彼が一番症状が軽く、今のように死んだ仲間の墓に花を供えに来れた。サイラオーグはいまだ予断を許さない状況で、フェニックスの涙も貯蔵庫がドラゴンの群れに襲撃され回ってくるのが遅れると聞いている。

 

「だが、見ていてくれ。必ずや……」

 

 ふと、妙な音が耳に入り振り返る。まるで水音のような、それでもって何かが蠢くような音。周囲には誰も居なかった。そして水場も水を発生させる物もない。だから聞こえるはずのない音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタダキマス」

 

「あっ、あぁあああああああああああああっ!?」

 

 ゴボゴボと水が排水口に流れ込む様な音と彼の苦しげな声が響く。数秒後、其処には平然と立つ彼の姿があった。 レーティング・ゲームは眷属の自慢合戦から始まり、今では貴族に人気の最高の娯楽とされている。チェスを模したとされてはいるが、あまりにもルールが懸け離れている物も幾つかあるものの、分かりやすく直接的な実力や戦術眼を示し、貴族の権威を民衆に知らしめる絶好の機会なのだ。

 

 故に、このゲームには本当の意味での闘争だけでなく、政治的なそれも絡んでくる……。

 

 

 

 

「糞っ!」

 

 ソーナとリアスが行った試合の結果はソーナの作戦勝ちに終わり、基本スペックを上回る見事な勝利だと讃えられた。逆にリアス達は相手の殆どを打倒した小猫以外に特に活躍した者は居らず、評価記事で散々に叩かれている。だが、評論家に叩かれているのは彼女達だけではない。

 

 

『確かに勝利の為に無茶は必要だが、これはやり過ぎだ。彼は長期的な事を考えてはいない。この様な事では選手生命は短いだろう』

 

『ゲームの学校を創りたいそうだが、私が親ならこんな無茶をする教師に子を任せたくはない』

 

格上である小猫と相打ちに持ち込む為、匙は己の生命力を力に変えて戦った。結果上手く行ったのだが、その行動はソーナの作戦の汚点と散々な評価を下されたのだ。ゲームは一試合ではなく、寿命が長い悪魔だけに総試合数も多い。確かに勝たなければならない勝負も存在するが、後々に響く様な無茶を続けるのは選手失格と言われても仕方ないだろう。其処に政治的な策略が絡んでいたとしても、匙はこの記事に反論が出来なかった。

 

 才能乏しい自分では格上相手には無茶をするしかなく、其れでは何時か致命的な故障を起こしてしまう。選手生命が絶たれたとしてもソーナは駒の交換をしないだろう。眷属を使い捨てにするようでは学校に関する信用度が下がる云々は関係なく優しい気質ゆえに。

 

 

 

「会長、すみません。俺はどうしたら……」

 

 会合の時といい、今回の記事といい、皆の夢の足を引っ張っている。その事実が匙の心に重く伸し掛っていた……。

 

 

 

 

 

 

「……旦那様。まだ出来ますでしょうか? まだ出来ますわよね?」

 

 早朝、漸く薄らと明るくなり鳥の囀りが聞こえて来た頃、目を覚ました清姫は龍洞に伸し掛りながら頬にそっと手を当てる。白い肌は所々汚れ、昨晩何があったかは一目瞭然で、今から何をしようとしているのかも然り。甘えるような声を出しながら密着させた体を揺らしていると、腰にそっと手が回された。

 

 

「……まったく。箱入り娘が随分と積極的に……いえ、前からですか」

 

「……もう。全ては旦那様のせいですわ。(わたくし)ったら随分と染められてしまって……あっ」

 

 思い起こしてみれば夜這いを掛けた上に一人で旅に出てまで意中の相手を探しに行く程までだから元からかと、其処まで思った所で安珍への嫉妬心が湧き上がる。抱き締める力を強めると其の儘転がる様にして上下を入れ替えた。

 

「では、染め直す意味を込めて何処が弱いか一から確かめましょう。貴女が止めてくれと懇願しても止めませんので悪しからず」

 

「きゃっ。一体どうなってしまうのでしょうか? ……うふふふふ。楽しみですわ」

 

 龍洞の手が清姫の体を弄り、既に何十何百何千と行った確認を一から始める。部屋からは時折悲鳴のような声や水音、体がぶつかり合う音が響いていた。

 

 

 

 

 

「……あ〜、今日も朝から盛っているなぁ」

 

 夏休み中、ギャスパーは基本平穏だった。何日かはキアラに一日中絞られ続けたが、それ以外の日は宿題をしたりゲームをしたり海外ドラマをワンシーズン一気に観たりと充実した引き籠もりライフを満喫したのだが、逆に其れが砂糖を吐きたくなる空間への耐性を弱めたようで、半吸血鬼の基礎能力と”先生”による地獄の特訓によって卓越した聴力は全ての遣り取りを捉えていた。

 

「あっ、朝食はフレンチトーストなんですね。楽しみだなぁ。とりあえず二度寝しよっと……」

 

 非常に砂糖を吐きたくなる遣り取りを耳にしたが、少しは慣れているので二度寝が出来ない程ではない。聞こえて来た会話から朝食のメニューが好物だと知ったギャスパーは惰眠を貪る。熱中し過ぎて作る時間がなくなるのでないかと不安に駆られてはいたが……。

 

 

 

 

「旦那様、あーん」

 

「ああ、貴女に食べさせて頂くと一際美味しく感じる。これが愛の力なのですね」

 

「旦那様ったらお上手なんですからぁ。……時間がないのが残念ですわ、くすん」

 

『ギャスパー、醤油』

 

「あっ、はい。濃口と薄口と出汁醤油のどれが良いですか」

 

『今日の吾輩は薄口気分だ』

 

 今日から新学期、仙酔家の食卓では何時も通りの光景が繰り広げられ、何時もの様に龍洞とギャスパーは学校へ向かう。その途中、ギャスパーはふと思い出した事を口にした。

 

 

 

「若様、漸く戻る許可を親方様が出されたそうですが、学校はどうするんですか? ……僕とすれば先生から離れられるから大学部まで此方に居たいのですけど」

 

「大婆様の話だと、”金稼ぐのに都合が良いから大学は卒業しておくれやす”、だそうです。……先生ですが、修学旅行で京都に戻った時に不甲斐ないと判断されたら家に住み込むかもしれませんよ」

 

「ひぃぃいいいいいいいいいいっ!? が…頑張って下さいっ! 止めてくれる人が居ないから多分修業中に殺されるぅぅぅっ!」

 

「一応琴湖が居ますけれど……不安だ」

 

 まだ九月で冷える時期ではないのだが、二人はまるで雪国の真冬の様にガクガク震えながら歩く。その姿は事情を知らない者の目には非常に奇異に映っていた。

 

 

 

 

 

 

「……そうそう。昨日になって漸く答えが出たようで、魔王夫妻は親の立場よりも魔王としての立場を優先させるようです。”他の貴族や他勢力の要人と天秤に掛けられた際、そっちを優先させて欲しい”、ですって。そんな事よりも今晩の鍋のシメは何にします?」

 

「確かキムチ鍋ですよね。僕はチーズ入りの雑炊が良いです」

 

「私はラーメンですが……清姫もラーメン派で琴湖は雑炊派で分かれますね。鍋、もう一つ出しておきましょう」

 

 悪魔のトップとして今まで出してきた犠牲の為にも我が子を見捨てる同然の判断を下したサーゼクス達。この選択によってリアスの婚約相手探しが加速する。民衆が不安に苛まれる時期だからこそ明るいニュースが必要であり、血を絶やさない為だ。

 

 だが祐斗に恋するリアスは反発するであろうし『魔王の妹』と縁を結びたい家は多く争いが起きるのは必須。グレモリー公爵の頭痛は増すばかりで、龍洞は鍋のシメで揉めない様に予備の大鍋の場所を思い出そうとしていた。

 

 

 

「……お父様達ったら。折角自由になれたと思ったのに……」

 

「あっ、この前割ったんでした。折角自由にシメを選べると思ったのに……」

 

 グレモリー家のリアスではなくリアスとしての結婚を望むリアスは思い悩み、新しい鍋を買うかどうかで龍洞は悩む。この日の放課後、次のゲームの予定が知らされた。

 

 

 

 

 

 

「……二対一ですか。いえ、実力差からして当然ですね」

 

「うん。そうなんだ…のよ、ソーナた…ちゃん」

 

 この日、テロが起きたばかりだとして他の神話の要人を招待する事を貴族派を中心に反対された為に暇が出来たセラフォルーは()()()()()()()()ソーナ達と会っていた。彼女からすれば全くの誤解なのだが全ては演技だったと勘違いされて(知られて)からソーナの態度も軟化した為、セラフォルーは着たい服も着ずに必死で本性を隠して真面目な姉を演じる。すると反応が良いので嬉しいやら悲しいやら色々だ。

 

「皆、聞いての通りです。私達はディオドラと組んでゲストチームと戦う事になりました。では今日から早速ですが相手への対策会議を……サジ? どうかしましたか?」

 

「いえ、何でもないっす……」

 

 ソーナは訝しげな視線を様子のおかしい匙に向ける。ふだが、この後幾ら問い質しても匙は答えようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今、なんと申しました?」

 

 この日の夜、事前の連絡もなしに勝手に家の敷地内に転移しようとした悪魔がリアス同様に門前に弾き出された。丁度鍋が煮えた頃にやって来た非常識な客をギャスパーが応対した時、其処に立っていたのは貴族らしい青年、ディオドラ・アスタロトだ。

 

「ああ、やっとこうして会えたね」

 

 彼はギャスパーの頭の上から爪先までを眺め、趣味で履いているスカートと靴下の間をもう一度眺めるとその場に膝を着いてギャスパーの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は君を愛してしまった。仙酔家の者なんかよりもずっと幸せにしてみせる。……だから僕と結婚して欲しい」

 

「……ふむ。これで良いのでしょうか? いえ、妥協は駄目ですが、あまり待たせすぎるのも‥…」

 

 グツグツと中身が煮立つ鍋の前で龍洞は顎に手を当て悩む。白い中身にパラパラと白い粒を入れ、小匙で掬って口に運んで咀嚼。どうやら満足いく出来栄えだったようだ。火を止めると小さい容器と液体が入った容器と共に離れた部屋へと持っていった。

 

 

 

 

「ケホ! ……申し訳御座いません、旦那様」

 

「ほら、無理しない。お粥を作ってきましたよ」

 

 何時もは二人が眠る布団に入って上体を起こした清姫は少し赤くなった顔でニトロ臭と炎が混じった咳をする。喉が痛いのか立て続けに咳が出ており、そっと差し出された水を飲んで喉を潤していた。

 

「旦那様の手料理……(わたくし)は果報者です。あ…あの、食べさせて頂いても?」

 

「ええ、当然ですとも。はい、あーん」

 

「あ、あーん……」

 

 目が潤んでいるのも赤みが濃くなっているのも風邪だけのせいではないだろう。風邪のせいかやや苦しそうな清姫であったが、こうして世話をして貰える事を役得とさえ思っていた。

 

「あの、旦那様。家事が出来なくて申し訳ございません。……其れに」

 

「こら。こんな時に心配する事ではないですよ」

 

 モジモジとしながら恥ずかしそうに向けられた視線の先は龍洞の下半身。つまり、そういう事だ。少々呆れながら龍洞の指先が清姫のデコを叩き、清姫は軽く舌を出している。こんな時でも二人の遣り取りは相変わらずだ。

 

「……しかしドラゴン風邪とは。……タンニーンから私を介して感染ったのでしょうか?」

 

「旦那様から感染ったのなら不満はありませんわ。……旦那様の体を通った物が(わたくし)の体の中に……うふふふふ」

 

「はいはい。後で大大爺様から教えて頂いた秘薬を持って来ますから寝ていて下さい。早く治って元気な顔が見たいですからね。……今の熱に浮かされる顔も色気があって素敵ですが」

 

「もう。旦那様たらぁ。……今の清姫ちゃんを召し上がります?」

 

 そっと龍洞の手に清姫の手が添えられ胸元へと持っていかれる。汗ばんだ肌と潤んだ瞳、荒くなった吐息は彼女の色気を際立たせ、龍洞は思わず生唾を飲み込んだ。

 

 

 

「……房中術。旦那様の気を私に注いで下されば早く治るかもしれませんよ?」

 

 最後の一撃とばかりに甘い囁きがなされ、口実を与えられた龍洞は彼女の両肩に手を置き、そっと押し倒す。左手は襟を開いて小柄な体格に対して成長している胸を包み込むように触り、右手はスベスベした手触りの太股を往復するように何度も撫でる。二人の息は次第に荒くなって行き、太股を撫でていた右手が帯を解くと服をはぎ取ろうとやや乱暴に掴んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何をやっているか、馬鹿者共がっ! 全く、色を知ったばかりの小象共はこれだから困る。ほら、吾輩が薬を作って来てやったぞ』

 

 突如襖が開き頭に湯呑が乗ったお盆を乗せた琴湖が入って来る。傲岸不遜な態度で足取り荒く清姫に近付くと湯呑が見えない手が持っているかの様に宙に浮いて差し出された。

 

「あれ? 私が作るのでは?」

 

『阿呆か。薬だぞ? 素人に作らせた物を病人に与えられるか。……それと貴様も龍の因子を持っているから早く出ろ。感染れば粗奴が気に病むのだぞ』

 

「だからこうして房中術で」

 

『其の後お前がドラゴン風邪に感染するというオチか? そしてその次も……何だ、その馬鹿のエンドレスは』

 

 龍洞の襟首を咥えた琴湖は其の儘引き摺って部屋の外へと運んで行く。龍洞も抵抗しようとしたが、まるで厳格な祖父に連れて行かれる悪戯坊主のように抵抗虚しく意味がなかった。

 

 

 

「……残念。ああ、続きは治った後で……」

 

「ええ、たっぷり愛して下さいませ……」

 

『……程々にしておけ。病み上がりは安静にな』

 

 最早突っ込む気力さえ尽きかけ、只々深い溜め息を吐く琴湖であった……。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばギャスパーがディオドラに求婚されたそうです」

 

『……男色家か? 関わりたくないな。次の試合、キャンセル出来ないのか?』

 

「いえ、其れが裏切り者の可能性があるとかで、次の試合で炙り出すそうです」

 

 事実、大規模なテロの可能性があるからと他神話の要人は何かしらの口実をつけて招待していない。むしろテロの可能性がある場所に自分達の指導者や幹部を呼ばれた場合、上が納得しても下の者の不満は燻り続けるだろう。

 

 それは必ず破綻へと繋がるだろう。組織のトップは体で言えば脳だが、下の其れこそ末端の者でさえ当たり前だが知性も自意識も価値観も持っている。組織と組織の協力関係は容易ではないのだ。

 

 聖書の陣営はそれが理解出来ていない者がやや見受けられるが、其れは実力主義の弊害だろう。誰もが納得する程の実力者且つリーダーに相応しい能力と人格を持ち合わせる者など早々居るはずがないのだから仕方がないのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそう。質問があるのですが。娘と孫、味方するなら何方ですか?」

 

『……孫だな。娘より孫の方が可愛い。って言うか吾輩の娘はな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来てくれたな。……正直ボイコットするかと思ったぜ」

 

「仕事ですからね。そうでなければ家へ直帰です」

 

 次の日の放課後、早く帰って清姫の看病をしたい龍洞だが、仕事に関する話だと言われたので仕方なくアザゼルのマンションを訪ねていた。

 

『早くしろ、アザゼル』

 

「へいへい。まあ、これを見てくれや」

 

 アザゼルがリモコンを操作するとディオドラとアガレスの試合の様子が映し出された。途中は見る必要がないと早送りで進んで行きゲーム終盤、互角に戦っていた筈のゲームはディオドラ一人の猛進撃で呆気なく終了した。

 

「ワンマンチームって評価が悪いんですよね?」

 

「いや、其処じゃねぇだろ。力を隠していたとか他にないのか?」

 

「どう見てもドーピングでしょう。ほら、龍のオーラが混じっていますし、拷問した魔女から聞き出したオーフィスとやらの力かと。……もう帰っても?」

 

 用は済んだとばかりに立ち上がり、出された飲み物にも手を付けずに帰り出す龍洞。その背後から慌てたアザゼルの声が聞こえてきた。

 

 

 

「おい! ゲームの時はソーナ達を守ってくれ! 囮になって貰う為に黙ってるんだ。ドライグも居るし、楽勝だろ? 迎撃は俺達も参加するからよ!」

 

「箔を付けたくて参加させるなら怪我はやむ無しですし、守りたいのなら参加させない事です。彼女達を守るなんてくだらない事にドライグさんは力を貸しませんよ?」

 

『ああ、その通りだ。戦いに出たなら自己責任。知らせずに出したならお前達の責任だ。其のような些事に俺は力を貸さん。文句があるのなら力尽くで来い。俺が相手をしてやろう』

 

 封印された状態にも関わらずアザゼルは威圧感から指先一つ動かせない。彼が動けたのは龍洞が帰った数分後の事であった。

 

 

 

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 アザゼルは封印前のドライグの力を知っている。アルビオン共々封印できたのは二匹が争いで疲れていたからで、そうでなければ乱入前まで戦争をしていた三すくみの付け焼刃の団結など役に立たず全滅していただろう。例えスペック上は互角の超越者二人が居ても、闘う力がある者と闘争のみに生きている者では違う。

 

 故にアザゼルはかの二天龍の威圧感を未だ覚えている。未だ憎む悪魔が居るのも恐怖が残っているという事を認めたくないからだ。

 

 そして、先程感じた威圧感は当時を上回っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと良いかしら?」

 

 この日、リアスは龍洞に頼みがあった。従兄弟であるサイラオーグの眷属がどうなったか彼女は聞いている。彼と戦った眷属は生きてはいるが日常生活を送るのさえ長いリハビリが必要に成る程の状態。当然其の話を聞いたリアスは憤ったのだが、話をしたサイラオーグは彼女にこそ怒りを感じていた。

 

 

「リアス、俺達はゲームに夢を託した。だからこそ今回の件、ゲームに関する部分では誰も恨む気はない」

 

「でも!」

 

「この事で怒るという事は、ゲームに夢を持つ全ての者への侮辱だからだ。リタイアシステムがあっても死ぬ事もある。リタイアで消えだした相手から手痛い反撃を受ける事もある。なら、力を温存するという策以外で必要以上に強力な攻撃をするのは当然だ。ルールを守っている以上は負けた方が悪い。勝者が欲しい物を手にし、敗者の夢が潰える。ゲームに必要なのは実力云々よりもその覚悟だ」

 

 

自分の眷属が手酷く負けた事に対しての発言にリアスは信じられないと憤慨する。情愛が強いグレモリー家の彼女には理解出来ない考えであった。

 

 故に戦力外で蚊帳の外故に今回の囮の一件を知らされていないリアスは、ソーナ相手には手加減をしてくれと頼む気であった。友情からの行為であるが、言ってみれば八百長の持ちかけで、スポーツ界では罰則を受ける事もある無気力試合の注文だ。

 

 

 ……もしソーナがこのお願いの事を聞けば怒るだろう。立場が逆ならリアスも憤慨するはずだ。だが、大切な幼馴染の為に動いているのも確かだった。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと良くありません。では、此処で」

 

 もっとも、それは相手が話を聞いてくれたらの話ではあるが……。「……さて、今月も大儲けです」

 

 この家でパソコンの操作がマトモに出来るのはギャスパーだけである。この日は趣味である株の売買で何時もの様に大儲けでご満悦。今月も龍洞が何時も受ける仕事の一回あたりの半額ほどの売上だ。彼が株を売った後で急激に値下がりが起き、何処かの堕天使幹部が暫くは趣味のSMクラブを我慢しなくてはならなくなったが彼が知る由もない。

 

ギリギリを見極める直感的な何かはギャスパーが上だっただけだ

 

「あっ、そうだ、龍洞さん。目標額貯まりましたけど、何時ごろ吸血鬼の国に強襲掛けます?」

 

『俺なら何時でも良いぞ』

 

 普段の臆病な彼からは想像もつかないような物騒な事を平然と言っているがドライグも驚くどころか”雨だから来るまで送っていこうか?”とでも言うような気軽さだ。半吸血鬼であるギャスパーは苛められて育っており、自分を救ってくれた幼馴染のヴァレリーを助けたいと思っている。だからこそ邪魔な国そのものを滅ぼしたいと前から言っているのだ。

 

 実際、既にそれだけの力はギャスパーだけでも有している。七百七十七回目の臨死体験の時に自分に宿る物の正体やその辺を全て知った彼は以前から計画を立てていた。抜け出した頃のギャスパーならおびえながらも同じ境遇の者全てを救いたいと思っただろうが、今の彼は大切な少数だけ守れれば其れで良い。

 

 一人残らず救う力も気も理由も今の彼には存在しないのだ。

 

 

 

「のちのゴタゴタを避ける為のお金ですが、どうもテロリストのせいで予定より高くつくそうですよ。それでも一刻も早く助けたいのなら私も協力致しますが……」

 

 答えは言うまでもない。否だ。国を滅ぼせても国民全てを殺す事は難しいしする気はない。だが、国に居るという事で抑えが効いていた吸血鬼が人を襲えば滅ぼした責任を取らされるし、そもそも人に害成す存在でも国を滅ぼせば他の勢力から警戒される。其れは非常に良くない。

 

 そして助けるという事は其の場の危機を乗り越えさせればいいという事ばかりではない。苦難に満ちた環境下であっても、其処でなら辛うじて生きていけるといい場合もある。なら、最後まで面倒を見て初めて助けたと言えるのだ。

 

 事実、ギャスパーは吸血鬼の国から逃げ出せたが旅の途中で死に掛けていた。国に居れば非常に生き難くともその様な目には合わなかっただろう。

 

 尊厳の欠片もない環境でも生きていられるから良しと思う者と、命よりも誇りが大切と思う者が居る。一々判別していられない。だから、全部見捨てる。救いたい者だけ救う。世の中などそんな物だ。結局、多かれ少なかれ救い手は取捨選択をしているのだから。

 

 「いっそテロリストのせいにできませんか? 彼らのせいで各勢力がピリピリしてリスクが増しているんですよね。……その方が相手した際のリターンが多くなりそうですし」

 

「それか元教会の戦士達をぶつけるとか? でも協力したのが知られたら厄介ですよね」

 

 二人にはマトモな倫理観は存在しない。それは育った環境のせいであり、本人達の本質的なものに起因するのだろう。だから自分達に害がなければテロリストがいくら暴れようと、それこそ勢力間のバランスが崩れてものんきにお茶を飲んでいるだろう。精々が収入が減って困ったとか其の程度だ。

 

 

 

 だが、この時から彼らはテロリストを明確に敵と認識した。自分達の計画の邪魔になるからという理由で……。

 

 

 

 

「旦那様、ギャスパーさん。お茶が入りましたよ。お茶請けは頂き物の栗羊羹です」

 

「ああ、それは良い。一旦話は止めて三人でお茶にしましょう」

 

 すっかり風邪が治った清姫。龍洞にも伝染ることなく、病み上がりから早速二人で……。

 

 

 

 

 

 

 

『ぶわっくしょい!! ……この状態でも風邪を引くのか』

 

 なお、琴湖にはバッチリ感染っていた。龍洞に感染らないようにと率先して看病したからだろうが、とんだとばっちりである。

 

 

 

 

 

 

「勝ち目があるかどうかも見極められぬ愚か者共が」

 

 テロ集団禍の団・旧魔王派の会議を途中から抜け出したアルフレッドは吐き捨てるように呟きながら扉を睨む。この日、会議では建設的な意見は出ず、ただ根拠もなく血筋の尊さで勝利が決まると本気で思っている愚かな若造が吠えるだけと彼は感じていた。

 

 サーゼクスの魔力は前魔王の十倍、真の姿になれば更に十倍。対する前魔王の血族は切り札であるドーピングアイテムを使って漸く前魔王を上回る。今の魔王に組みした貴族の方が数が多く、プライドが高い彼らは他の派閥との共闘は候補にすら上がらない。これで何故勝てると首を傾げるのは彼だけではなかった。

 

「やあ、久しぶりだね。……無能達の相手は疲れるだろう?」

 

「言質を取られるようなヘマはせぬよ、曹操君」

 

 横から話しかけてきた青年に無愛想に返事をする彼だが最早認めているのと同じ。そもそも彼は旧魔王派の指導者達に忠義心など持ち合わせていない。何せ彼にとっては家族の仇であるからだ。今はただ、利用するために偽りの忠義を捧げているだけ。

 

「先の大戦の後もせめてある程度復興してからで良かったのに、他の神話に根回しもせず疲弊した状態で再戦を唱えたんだろう? よく協力するよ。……ああ、そうか。共倒れを狙って居るんだね」

 

「さて、何の事やら。……君も口には気をつけたまえ。利用できる馬鹿も利用できなくなるぞ。何せ頭も能力も足りないが、プライドと血筋と余計な事をする時の行動力だけは一流の奴らだ。他の勢力の者と同じ組織に入ったり、光力を操る武器を使ったりなど、都合の良い時だけ相手を利用しているだけと抜かす程だからな」

 

 

「無能な働き者ほど手に負えない、か」

 

 曹操と呼ばれた青年は苦笑しながら肩を竦め、アルフレッドは無言でロケットの中の写真を眺める。其処にはクーデターの際の暴動で行方不明になった孫が、お気に入りだったペンダントを持っている姿が写っていた。

 

 

 

(……娘婿は忠義の果てにサーゼクスに消し去られた。娘は暴動に巻き込まれ死んだ。孫よ、お前が生きて同じ空の下で微笑んでいてくれる、私はそれを願うだけだ)

 

 合理主義の悪魔が何を感傷に浸っているのだと自嘲し、ロケットを胸ポケットに仕舞う。貴族の保護を優先した事で当時は民衆に甚大な被害が出た。幼い孫が生きているはずがないと彼にだって分かっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お父様、今なんと?」

 

 その頃、リアスは呼び出された実家の居間で父親から告げられた言葉に固まっていた。それは自由恋愛を望んで政略結婚から逃げ、本人にとっても領民にとっても将来的に有益にも関わらず貴族の学校に通わなかったリアスには聞き入れられない内容だった。

 

 

「……この情勢で何か明るいニュースが必要になる。だからリアス。……高校を卒業したら直ぐに結婚しなさい。来月、婚約発表会見を行う。準備も既に出来ている」

 

 差し出された写真の相手はリアスが知っている相手。ただ、知っているだけで面識はないが真面目な男だとは聞いている。ただし、リアスよりも大分年上で、数年前に先妻に先立たれていた。

 

「そんなっ! ライザーとの婚約を解消したばかりじゃない。それに私は今、あの街の領地経営を……」

 

「こう言っては何だがお前は大した功績をあげておらず、逆に此処最近失態が多い。……和平の象徴であるあの街の管理を任せるに値しないと議会で決まったんだ」

 

 数度に渡る堕天使やはぐれ悪魔の侵入やそれに伴う被害。例え彼女が全て解決したとしても、一部を除いて事の発端は彼女の失態であるからして評価に繋がる訳はないのが当然だ。ただ、プライドが高いリアスは其の言葉に怒りを感じていた。

 

「っ! いい加減にしてっ! 私は私が決めた相手としか結婚しないわっ!」

 

 リアスは静止する声も聞かず屋敷を飛び出していく。向かう先は勿論……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐斗! お願い……私を連れて逃げてっ!!」

 

 彼女は悪魔に相応しく欲望い忠実で恋愛には熱狂的。好きになった相手にファーストキスを捧げるどころか一緒に住んで平気で混浴や裸での同衾すら行う。そんな彼女が追い詰められればこの様な事態になる可能性は大いにあった。

 

 只、恋愛に夢を見ている彼女はどれだけアピールしても自分から告白はせず、相手から告白されるのを望む。それは言ってみれば相手に自分の理想を押し付けるという事で、相手を理想というフィルターを通して見るという事。

 

 皮肉な事に彼女が嫌う『貴族としての婚約の押しつけ』、『グレモリー家のリアスとして見る』と変らない事であった。 笛の音と共に鈴の音が響き荘厳な雰囲気の下、仙酔家の屋敷の庭では清姫による()()()の舞いが行われていた。龍洞が処刑場に生えていた木を削って作り出した笛の音を奏で、清姫は数百人を切り殺した刀を煮溶かして作り出した鈴を取り付けた扇を手に舞う。

 

 庭を得体の知れない何かが埋め尽くすが、耳を澄ませようと聴こえてくるのは笛と鈴の音のみ。この庭に居るもの全てが息を殺し笛の音と舞いに見惚れていた。

 

 やがて笛の音が止むと同時に清姫の舞いがピタリと止み、最後に、シャン!、という鈴の音が響き渡ると同時に庭からは影一つ消え失せた。

 

 

「……ふぅ。久々でしたが上手く舞う事が出来ました。総大将にお教え頂いたのですが、どうでございましたか?」

 

 額を濡らす汗を手で拭いながらの問いかけだが、既に答えは分かりきっている。龍洞が否定の言葉など投げかけるはずがないと理解していても尚、その言葉が欲しいのだ。

 

「ああ、私は自分の無知が恐ろしい。私の拙い語録では貴女を褒め称えるに相応しい言葉が出て来ないのです。このような私ですがお許し頂けますか?」

 

「何をおっしゃいますか! 例え芝居から抜粋したような有り触れた言葉あったとしても、旦那様の口から発せられたのなら至上の賞賛で御座います」

 

「それでも! 私は貴女を褒め称える言葉に妥協はしたくない!」

 

「……旦那様」

 

「……清姫」

 

 次第に言葉がヒートアップして行き、最後には手を取り合って見つめ合う。やがて龍洞の手は清姫の肩を抱き寄せ、清姫の手は龍洞の胸にそっと当てられた。

 

 

「あの、そんなに匂いを嗅がないでくださませ。今は少々汗をかいでおりまして……恥ずかしいです」

 

「ふふふ、その様な顔の貴女も美しい。それに良い匂いですよ。今日は仕事で不快な匂いを嗅ぎましたのであなたの匂いで上書きさせて下さい」

 

「では、せめて湯殿で……」

 

 龍洞は清姫を抱き上げると浴室へと運んでいく。その姿を離れた場所からギャスパーと琴湖が眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はさっさとお風呂に入って早めに寝ようと思っていたんですけど……三時間は出て来ませんよ」

 

『……いや、本当にスマンな。身内として謝っておく。しかし、今日は何の仕事だったのだ? 妙に不機嫌だったが』

 

「えっと、グレモリー先輩が眷属の木場祐斗と無理やり関係を結んだ挙句(に横恋慕の挙句の末に)強引に駆け落ちした(攫われてしまった)とかで、残留思念を探って行き先を突き止めました」

 

 部屋は事後だと分かる強烈な匂いが立ち込め、更には残留思念を察知した際に事の様子が頭に入って来たらしく、清姫の顔を見るまで龍洞は非常にピリピリとした様子だったとギャスパーは語る。

 

 

 

『……なら、自分達も我輩達の前で少しは抑えて欲しいものだ』

 

「む…無理だと思います」

 

二人の顔には少々哀愁が浮かぶ。どれだけバカップルの遣り取りに心労を重ねているのかが見て取れた。

 

 尚、グレモリー家の屋敷には悪魔が入ってはいけない場所に入る為の許可書が保管されているのだが、幾つかの地域の物がリアス(祐斗)の手で持ち出されていた。恐らくは攪乱するつもりだと思われるが、既に居場所は大体突き止めている。

 

 

「流石に悪魔を派遣出来ませんし、若様も面倒だからと断ったので親交のある魔術師や請負人に口止め料などを上乗せして捜索を頼むそうです。……どうせ本音は先生に会いたくないからでしょうけど。どうせ戻ったら毎日会うのに」

 

『……ふん。我を通す為の力がないからそうなるのだ。……そんな事よりも夜食は何だ?』

 

「ラーメンです。えっと、確か貰い物の焼き豚が……」

 

『フカヒレ! フカヒレラーメンが食べたい! それと酒! 八塩折の酒!!』

 

「いい加減懲りましょうよ。……何の話ししてましたっけ? まぁ、どうでも良いですね」

 既に二人の思考はラーメンの具を何にするかに切りかわり、冷蔵庫の中の物を確認しに向かう。既にリアスの事など完全に頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しいわね、祐斗! あっ! 忍者と記念撮影ができるわ!」

 

 恋する相手である祐斗が居るにも関わらず、又しても両親に一方的に結婚を決められた事に不満を持ったリアスは魅了の術などを駆使して無理やり関係を持った祐斗と共に京都に来ていた。

 

(ふふふ、私が京都の町並みが好きなのは皆知っているし、まさか敢えて此処にしたとは思わないでしょう。お金も有るだけ持ち出したし、このまま婚約が破断になるまで逃げ切って、その後絶対にお父様達を説得して……)

 

 リアスはまるで新婚気分で京都観光を楽しんでいる。変装のつもりなのか目立つ赤い髪を三つ編みにして眼鏡を掛けて帽子を被っていた。元々目立つ容姿な上に明白に変装だと分かる姿にすれ違う人は芸能人か何かと注目し大いに目立っている。聞き込みで足取りを追うのは容易だろう。

 

(多分僕は殺されるだろうね。でも、もうどうでも良いや。和平が結ばれたからエクスカリバーの破壊は困難だし、部長に最後まで付き合う事で恩を返して死のう)

 

 其れに反し祐斗の心は暗く冷めていた。自分は復讐の為に生きて来た事を聖剣強奪の一件で思い出し、復讐が叶わず生きる気力を失っていた彼であるが、婚約前の貴族令嬢と眷属悪魔が肉体関係を持てばどうなるかは理解できる程には冷静だ。

 

 元々は家同士の関係構築が目的で有り、死人に口なし、眷属の死因の捜査など主の家がやる事なのでどうとでもなる。リアスは其れが分かっておらずライザーの婚約の際も純潔を散らして破談にしようとしたが、成功しても無駄だっただろう。

 

 観光名所を巡り、名物を食べ歩き、京都観光を楽しむリアスと表面上は笑みを浮かべる祐斗。時折名前で呼ぶように言うリアスに対し祐斗はやんわりと誤魔化す。そんな彼に業を煮やしたリアスは町外れにある誰も寄り付かない寂れた神社まで彼を連れて行った。

 

(……あの時は勢い任せだったし、此処でもう一度関係を持てば……)

 

 神社は神を祭る場所であるがこの神社からは神聖な気配を全く感じない。事実此処は神が関わらない捨てられた場所。最早ホテルまで待てないリアスは強引に祐斗の手を引っ張り境内へと入っていった。

 

 

「あの、部長。もうそろそろ宿を決めた方が……」

 

「……リアスと呼びなさい」

 

 リアスは恋する乙女というよりは恋に恋する乙女と言ったほうが近い。故に理想の恋愛を相手に押し付ける傾向があり、位が高い家と甘い両親や兄に囲まれ、お金で大体の事を解決して来た。故に思い通りに行かないことが気に入らない。

 

 故に今も祐斗の前で胸元のボタンを外し、此処で先日の続きを行おうとした。祐斗はその事に辟易し、リアスは祐斗の事しか眼中にない。

 

 

 故に気付かなかった。二人が境内に入った途端にまだ青かった空が血の様な赤に染まった事に。数百数千羽の鴉が一言も発せずに二人を木の上から見ている事に……。

 

 

 

 

 

 

 

「其処の悪魔共。此処に何用だ?」

 

 虫の声すら聞こえない静まった境内に凛とした声が響く。先程まで其処に居なかった人物の出現に気付いたリアス達の視線は彼女に向けられた。

 

「聞こえなかったか? 悪魔がこの場所に何用だ?」

 

 其処に居たのは金糸の龍と銀糸の髑髏が描かれた黒い着物を着た美女。其の美しさは同性のリアスでさえ息を飲む程だが、其れは清姫の様な一輪の花を思わせる美しさでもキアラの様な妖艶さでもなく、研ぎ澄まされた刀身、抜けば玉散る氷の刃という言葉が似合う美しさ。鋭い眼光も腰の二本差しも彼女の美しさを際立てる材料でしかない。

 

 

 

「え、えっと、貴女は?」

 

「私は此処を所有する者の所の食客だ。……さて、これが最後だ。此処に何をしに来た? 立ち入る許可を出した覚えはない」

 

 流石に眷属を誘惑しに来たとは言えないリアスだが、既に今の姿が物語っており向けられる視線は鋭い。今出来る事は一つ。今居る事の正当性を主張する事だけだ。

 

「この通り許可書はあるわ。だから……」

 

「其れが有効なのは天照配下の神と狐共の支配地のみ。此処は別だ」

 

 彼女は早く出て行けとばかりに親指で外を指す。余りに素っ気ない態度にプライドを刺激されたリアスであったが、今の立場を思い出しトラブルは避けなければと思い直した。

 

「……そう、知らなかったのよ。だったら失礼するわ。行くわよ、祐斗」

 

「は…はい!」

 

 其れでも彼女の態度と彼女に見蕩れる祐斗が気に入らないのか向ける目付きを厳しくしながら横を通り過ぎていく。

 

 

 そして鳥居の前まで来た時、背後から声が掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。……頭上には気を付けろ」

 

 リアス達に突如影が掛かり、上を向く。何年も野晒しにされたかの様に色褪せた巨大な骨だけの足が二人を踏み潰した。

 

 

「むっ。注意するのが遅かったか」

 

「……うっわ。悲惨な光景だね。アレどうする? 今夜の鍋にでも入れる?」

 

 屋根の上から其の光景を見ていた恋花は彼女の横に飛び降りる。だが、声を掛けられたにも関わらず見向きすらされなかった。

 

「……あ〜、もしかして拗ねてるの、姫ちゃん? 龍洞君の指南を私が任されたから」

 

「拗ねてない。私がその程度で拗ねるものか。それと私を姫ちゃんと呼ぶな」

 

「良いじゃない。友達だし、私の方が年上だよ?」

 

 そうは言っているものの、その顔は明らかに拗ねた顔。先程までの研ぎ澄まされた刃のような顔に人間味が浮き出ている。

 

 

 

 

 

 

 

「もう! 貴女はどうせ京都に帰って来たら鍛え直すんでしょ? 五月姫(さつきひめ)ちゃん」

 

「ああ、当然だ。今のままでは価値のない塵に過ぎん。私が少しは価値が有る存在にしてやるさ」

 

 五月姫、又の名を―――。尚、彼女こそが龍洞とギャスパーが心底恐る師匠である……。



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狂人達の恋の唄 ⑧

「あれ? ギャスパー()()()、どうして男の子の制服着ているの?」

 

 この日。朝から龍洞達の甘ったるい空気を見せ付けられて辟易していたギャスパーは覚えがない少女に話し掛けられた。栗毛のツインテールで僅かだが天使の気配がする彼女の事など全く思い出せず、向こうも自分の事を男だとは知らないのなら大した関係でもないと結論づける。

 

「え…えっと、誰ですか?」

 

「えー!? 忘れちゃった? イリナよ、紫藤イリナ! ほら、六月くらいにご飯奢ってくれたじゃない」

 

「ご飯を奢った? ……あっ!」

 

 名前を教わり何時くらいに会ったかを教えられて漸く思い当たる。既に用が済んだ相手なので、例えるなら何年も前に街中で財布を落としてのを教えてあげた程度の認識しかなかったが、朧げに思い出せた。

 

「経費を使い込んで物乞いをしたけどお金が貰えないから、異教徒相手なら許されるって強盗を働こうとしたイリナさんですよね。……ひっ!? い、今はお金持っていませんよっ!?」

 

「確かにそう言ったけど! あの時は追い詰められていたからだし、パパとママにバレて叱られたからっ!」

 

「人間、追い詰められたら本性が出るって。ま、まさかこれ以上広まらないように口封じに!? ……ひぃいいいいっ! 殺さないでぇぇ!!?」

 

「殺さないよっ!?」

 

「や、やっぱり口封じはするんですねぇぇぇっ!? ひぃぃぃぃっ!?」

 

 目に涙を貯めながら怯えた様子で後退りするギャスパーと慌てて弁明するイリナ。二人の遣り取りは校門前という場所から多くの生徒の目に止まり、イリナの転校デビューは失敗に終わったが自業自得なので仕方がない。戦闘云々よりも道徳を学ぶべきであった。

 

 

 

 

「あっ、僕は男ですよ」

 

「ふぁっ!?」

 

 

 

 

「転生天使? あっ、あの、話も済んだと思うので帰って良いですか?」

 

「いや、終わってねぇよ。……話し続けるぞ」

 

 其の日の放課後、龍洞と共に呼び出されたギャスパーであるが、舎弟だし同居してるからと一人でアザゼル達の所に向かわされた。途中、転校早々に生徒会室に入っていくイリナの姿を見て根も葉もある悪い噂が流れるのだがこの時は誰も予想していない。兎に角、イリナの背中に生えた天使の羽に対する説明がなされていた。

 

「えっとね、悪魔の駒の技術を利用して天界も天使を増やそうって事になったの。……本当はゼノヴィアも誘われたんだけど、”天使を創り出して良いのは主の御技のみ。天界のする事に口出しはしないが、私は自らの信仰心に則って辞退させて頂く”って言われちゃって……ミカエル様を信仰しだした自分が少し恥ずかしくなったわ」

 

「……あ〜。ストラーダ達が創設した『聖戦士団』とかと同じ思想か。彼奴らも自分達は主に信仰を捧げ人を守る為に戦って来たのであって、教会に信仰を捧げ教会の為に戦って来たのではない、とか主張してるからな。今じゃ追放された奴らを保護して結構な戦力になってるとか」

 

 何処かの悪魔や堕天使が嫌いな神が後ろ盾になって結成された組織であるが、縮小を始めた悪魔祓いでは同盟によって人の仇なす悪魔であっても容易に攻撃できず、其の分倒すべき数が増えた悪魔も元々後手後手に回っていた上に、テロ組織の出現で貴族に被害者が出ない限り更に優先度が下がっている。

 

 そんな悪魔や魔獣を退治して人を救って回っているストラーダ達の組織は結成して間もないにも関わらず既に多くの神話が出資者に名乗り出ている。信仰する神は自分達ではないが、其れでも神は人が好きなのだ。

 

「あの、彼らが本当の信仰心を持っていようが、イリナさんの信仰がブレブレだろうと僕には関係ないですよね? 本題がないなら、か、帰っても?」

 

「悪い悪い。……先日アルビオンがシトリー達と接触してな……ディオドラに警戒しろだとよ。奴はやっぱり黒のようだ」

 

 その時のアルビオンは会談の時よりもヴァーリの体を侵食し、既に両手は龍のモノになっていたらしいとアザゼルは悔しそうに語る。育ての親であるアザゼルからすれば不甲斐なさを感じているのだろう。

 

 

 

 

「あっ、それは良かったですぅぅ。ドライグさんに良い土産話が出来ました」

 

 ただ、ギャスパーにはその様な心情など些事で、ドライグが喜びそうな話だったので嬉しささえ感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あれ? 此処は何処?)

 

 リアスは意識が覚醒して直ぐに状況の確認を始める。まるで興奮作用のある脳内物質が分泌されないかの様に頭が冴え渡り落ち着いていた。

 

 周囲を見渡そうにも首が動かず手足もピクリともしない。それどころか感覚さえなく、ただ視覚と聴覚だけが働いている状態だ。それでも焦りを感じず、ただ真っ直ぐ前に集中する。

 

 

 

「あっ、も、もう無理……」

 

「あらあら、まだお若いのですから頑張って下さいませ」

 

 聴こえてくるのは生気のない祐斗と、同性であるリアスでさえ情欲を刺激されかねないキアラの淫靡な声。僅か数メートル先、何時ものリアスならば数歩足を踏み出して手を伸ばせば届く距離にある寝台の上、其処で一糸纏わぬ姿の二人が絡み合っていた。正確に言うならば仰向けに寝転んだ祐斗に跨ったキアラが腰を動かしている。

 

(……嘘、嘘よ)

 

 リアスの目に映る祐斗の顔は苦しそうだが其れでも快楽に染まっている。その顔は自分と結ばれた時の罪悪感や焦りが混じった物とは大違いで、リアスは必死に顔を背けようとするがやはり体は動かない。

 

「……うあっ!」

 

 其れが何度目か本人にも分からない程であるが、祐斗は堪えきれず精を放つ。極上の快楽で満たされた顔のまま彼の手足から力が抜け、彼の短い生涯は終わった。

 

 

「あらあら、たった()()()搾り取り続けただけですのに……困りましたわね」

 

 頬に手を当て溜息を吐きながらキアラは祐斗の首元に柔らかそうな唇を近づけ……鋭い牙を突き立てて血を一気に飲み干した。その光景すら色気があり、リアスは愛する男が殺されたにも関わらずキアラに劣情を覚え始めている。

 

(綺麗だわ……)

 

「さてと……」

 

 そのまま干からびた祐斗の上から降りたキアラは其の儘の姿でリアスに近付いて行く。今度は自分の番かと恐怖と期待が混ざった感情を抱くリアス。だが、キアラが間近に来てようやく違和感に気付いた。あまりにも彼女が大きい。いや、自分が小さいのだ。その訳は直ぐに分かる。キアラに抱き上げられた自分の姿が鏡に映っていた。

 

 

(人…形…?)

 

 其処に映っていたのは黒い髪の日本人形。訳も分からず混乱しているリアスだが、キアラは鼻歌交じりに歩いていく。

 

 

 

 

 

 

「貴女、大変美味しかったですわ。煮ても焼いても素晴らしく、少し食べ過ぎたかもしれません。だからお礼に魂は人形に保存してあげました」

 

 太ってしまうかも、と冗談を交えながら木箱を取り出すキアラ。其処にリアスをそっと入れた。

 

 

 

 

 

 

(やめてっ!)

 

「でも、家出するような悪い子にはお仕置きです。悪い子は……しまっちゃいますね」

 

(やめて! やめ……)

 

 あくまで菩薩のような慈愛に満ちた顔で、聞き分けの悪い子供に諭すかのような口調でキアラはそっと箱に蓋をする。箱はそのまま蔵の奥深くに片付けられ、長い長い年月が過ぎ、リアスの心が完全に擦り切れても蓋は開けられる事はなく、何時しか誰の記憶からも消え失せた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しまっちゃうオバさん」

 

「酷いっ! 五月姫さんが苛めるっ! 私を苛めるっ!」 その日、日が差し込まぬ洞窟の奥に招かれざる客がやって来た。

 

「あれまぁ、けったいな蛇さんやなぁ。ウチ、驚いたわぁ」

 

 少しも動じた様子を見せない間の抜けた声の女からは濃密な酒の香りが漂ってた。顔は赤らみ足取りはふらついている。事実、彼女は酔っ払っていた。

 

その服装はその国の物ではあるが、その時代に相応しい物ではない。だが、その女は間違いなくその国のその時代の者だ。

 

『・・・・・・貴様は誰・・・いや、何だ?』

 

 洞窟の主は身動ぎしながら来訪者を見詰める。全ての頭の全ての瞳が彼女を見るが、記憶を探っても思い当たる名が浮かばない。ある者は勇気を振り絞り、又ある者は功名心から、若しくは気まぐれで要求した贄として、思い上がった顔や怯えた顔を自分に向ける生き物によく似てはいるが、その本質は全くの別物。むしろ彼に近かった。

 

「……そやなぁ、その内教えたるわ。ウチとあんさんは長い付き合いになるさかいにな」

 

 所有する宝の力を使い知った未来の言葉だと、聞きなれない言葉を使う彼女を胡散臭く思う一方、そんな宝を持っていると豪語する女にも僅かながら興味が湧いた彼は彼女を追い出さないことにした。

 

 

 そして月日は流れ……。

 

 

 

『……良い月だ。なあ、赤いの』

 

『封印中は月を愛でる気など起きなかったが……やはり月見は良い。酒が格別ならば尚更な』

 

満天の月明かりの下、琴湖とドライグは盃に並々と注がれた酒を口にする。一陣の風が吹き酒の水面に波を立て、常に咲かせている桜の花びらが僅かに散る。

 

『盃の中に浮かぶ桜の花びら。……風流だな』

 

『然り。今宵は静かで良い夜だ』

 

 それを惜しむように虫の音が……。

 

 

 

 

 

 

「ああっ! この様な格好でなど御無体なっ!」

 

「おや? 口ではそう言いますが体の方は正直なようで。……やはり貴女は美しい。羞恥に染まる顔すら見蕩れてしまいますよ」

 

「……旦那様は意地悪です。もう焦らさずに欲望のまま……」

 

「どうして欲しいのですか? ほら、そうやって腰を振って誘いながら言って下さい」

 

 

 

 虫の音をかき消す様に二人の情欲に塗れた声が聞こえてきた。家内の者に聞かれるのを気にしていないのか非常に大きい声が響いている。

 

 

 

 

 

『……おい、どうにかしろ。貴様の舎弟だろう』

 

『其れを言うならば貴様の子孫だろうが』

 

 取り敢えず場所を変えて飲み直す二人匹だが、非常に気不味い気分で酒の味が分からなかった。

 

 

 

 

 

『『……たまにはゆっくり飲みたい』』

 

 たまには、その言葉が全てを物語っている。この家の日常がどのようなものなのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

「聞き分けのない事を言うな! お前を守る為なんだっ!!」

 

「よくも抜け抜けと! あの時、母様と私を守ってくれなかったくせにっ!!」

 

 リアスが祐斗を強引に連れて駆け落ちし(によって攫われて)てから約一週間が経過するも途中から足取りが掴めず死亡の可能性さえ示唆された頃、アザゼルに連れられ朱乃の前に一人の男が現れた。

 

 名をバラキエル。堕天使の幹部であり、朱乃の実の父親だ。五大宗家の一つである姫島の娘であった朱璃とバラキエルの間に朱乃が産まれ、数年前までは三人で暮らしていたのだが、とある事件を切っ掛けに擦れ違いが始まった。

 

 元々堕天使を快く思っていない姫島家の者である朱璃の両親は娘が洗脳されていると思い込み、更には忌子である朱乃を本家の娘である従姉妹と仲良くさせていた事もあって危機感を募らせ刺客を送ったのだ。バラキエル達も身を守る為に雲隠れする様な事もなく過ごし、刺客は返り討ちにしていた。

 

 だが、恨みを抱いた刺客が堕天使と敵対する者達に住まいをリークし、偶々予定より遅くなったバラキエルの不在時に朱璃が殺されてしまった。

 

 朱乃が堕天使の力を使いたがらない理由は其れだ。母親が殺されたのは堕天使の血を引く自分が居たからで、自分が狙われたのはバラキエルが恨まれているから。その後、色々あってリアスの庇護下に居る限りは狙われないと姫島家と約定を結んだのだが、今回の件が露見すればまた狙われるだろうと危惧したバラキエルが迎えに来たのだ。

 

 だが、朱乃は父を許さず昔の様に拒絶する。その時に歩み寄っていればこの様な事にはならなかっただろうが、時は既に遅く、親子関係は修復不可能なレベルになっていた。

 

 

(……多分今度は悪魔への恨みを向けられるでしょうね)

 

 その光景を離れた場所で見詰める小猫の心は冷め切っていた。両親は居らず、たった一人の姉とさえ引き離された彼女からすれば朱乃の言っていることは自暴自棄からくる甘えにしか見えない。もはや自分が望んでも手に入らない物を目の前で捨てられている様な不快感さえ湧かなかった。

 

(まぁ、もはやどうでも良いですけど……)

 

 テロ組織のせいではぐれ悪魔の身内への風当たりも悪くなると思われ、次期当主が二人共行方不明のグレモリー家は慌ただしい。今は自分の身の振り方が重要だった。

 

 確かにリアスは恩があるが、そもそも兄であるサーザクスの政治力不足が原因の一端。猫は三年の恩を三日で忘れる、とまでは言わないが、リアスに拾われてから大体四年少し程度。帰って来たら普通に仕えようとは思うが、敵討ちの為に命を張るという考えは微塵も湧かない小猫であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では賛成多数により可決と致します。今後は通常の上級悪魔昇進試験に第三者の指導下での研修期間を設け、其処で合否を決める事になりました」

 

 議会の大半が賛成した内容にサーゼクスはガクリと肩を落とす。転生悪魔の為に考えられた昇給制度だが今回の事で狭き門が更に狭められるであろうからだ。

 

 

「では、続いて悪魔の駒を所有する為の試験の導入についてです。最近は反逆される者など部下の扱い方を知らぬ者が増えましたし、このままでは貴族の威信に関わります。力で押さえ付けるだけでは獣と変わりませんしね」

 

 場を仕切るはやはり彼。サーゼクスの政敵であり、今や貴族派の実質的なトップに立つ男だ。初代バアルを始めとした多くの貴族がアルビオン率いるドラゴン達に殺害されて混乱が広がる中、多くの貴族の不正を告発し、何故か見付かった見付かるはずのない証拠によって処刑。領地や財産を有能な成り上がりの転生悪魔等に分配して勢力を拡大していた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそう。事前にお知らせしていませんでしたが……コカビエルの件でリアス殿に利敵行為があったとして処分を求める案が出ています」

 

 

 

 

 これより数日後、遂に若手の交流試合の日がやって来た……。

 

 

 

 

 

 

 

『待っていろ、赤いの。復活したこの体で相手をしてやる』

 

 

  積み上げるのには長い月日を要するが、崩れるのは一瞬で済む。どの様な環境で育った者でも堕落するのだ。

 

「ねぇねぇ、知ってる? 尻拭いの手伝いが居るからって他の神話に仲良くして貰う為の予算だけど、魔王や魔王の実家から多めに徴収するんだってさ。王自ら身を切る事で対外的なアピールをするって名目」

 

「あ〜、だったら体を使った接待もあるかもね、まぁ、それ専用の人達も居るし、私達にまで回ってこないだろうけどさ。って今日裏切るからどっちでも同じか」

 

「そんなのどーでも良いよ。其れより警備隊にマイクってイケメン居るじゃん? お坊ちゃんに内緒で誘惑してみたんだけど凄かったよ。何処かの小さいの使った独りよがりの下手くそなのと違ってさ」

 

「知ってる知ってる。噂のプレイボーイ君でしょ? でも、お坊ちゃんに知られたらやばいって。彼奴、絶対ヒステリーだもん。殺されちゃうかもよ〜?」

 

 先程からこのような会話を続け、酒を飲み菓子を貪りつつ煙草を吸う。品行方正とは言えない彼女達だが、元々は聖女と呼ばれ敬われた敬虔な聖職者であった。だがディオドラによって悪魔になり、最早面影すらない。

 

 悪魔になって、又は屋敷に囲われた彼女達が得た物は豪華な食事に綺麗な衣服、数多くの嗜好品や娯楽の品々。何より教会に居た時に比べて遥かに自由であった。

 

『私達は悪くない。利用して捨てられたのだから被害者だ。悪いのは現政府や教会や天界の連中で、私達は生きる為にしたがっているだけ』

 

 清貧を良しとし、年頃の少女が好む物とは縁遠い暮らしの反動、教えられた神の不在を初めとした非を押しつける対象の存在。何より従わなければ生きていけないという口実は堕落の道へと進ませるのには十分であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……でっ、今日のゲームだけどどうなると思う? 私は勝てないと思うけどさ」

 

「私達所詮は転生悪魔だし、捕まったら楽には死ねないんじゃない? 見せしめで公開処刑とかさ。大体、今の魔王の内二人って二天龍クラスなんでしょ? 勝てない勝てない」

 

「あははは! 逃げても捕まるし、万が一勝てるかも知れないから、ヤバイと思ったら蛇飲んで上がった力で死のっか?」

 

「賛ー成! じゃあさ、最後の飲み収め食い納めでピザでも頼もうよ。カロリーとか気にしないでさ。実は屋敷から秘蔵のお酒を持ってきてるんだ」

 

「私、照り焼きピザ……いや、どうせなら全部頼んで味を比べようよ!」

 

 

 

 彼女達は既に諦めている。このままディオドラの玩具で終わっても良いと諦め、苦しんでまで生き続けたいとも思っていない。自分達其の物を既に諦めきっているのだ。

 

 部屋には彼女達の笑い声が響く。紛れもなく年頃の少女の其れではあるが、目は濁りきり人間らしい感情が感じとれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「危機に陥ったグレモリー領の援助に現ベルゼブブが名乗りを上げた……友情ですねぇ」

 

 ゲーム開始前、控え室で清姫特製のお弁当を食べつつ広げた週刊誌(グラビア記事は既に燃やされている)を眺めながらの呟きにギャスパーは顔を上げた。

 

「そう言えばあの二人って友達でしたっけ? そう言えば若様って友達は……」

 

「おや? どうして其処で言葉を詰まらせるのですか?」

 

 龍洞はあくまでにこやかに笑い、ギャスパーはそっと目を逸らす。その時、アナウンスが流れた。

 

 

 

 

『間もなくゲストチーム対ソーナ・シトリー様とディオドラ・アスタロト様のチームの試合を開始致します。転移用の魔法陣の上にお集まり下さい』

 

「さ、さあ行きましょう、若様!」

 

「こらこら、何を慌てているのかは知りませんが、慌てて転んだら危ないですよ? 師匠に足腰の鍛錬が足りないと針山登山を課せられてしまいますからね」

 

「ひぃいいいいいいいっ!? 足元には注意して行きましょう!!」

 

 二人が乗ると同時に魔法陣は光り輝き、次の瞬間には二人の姿は控え室から消え失せた。

 

 

「……行き成りこんな所に出るなんて。まさか短期決戦(ブリッツ)? でも、ディオドラの姿が……」

 

 転移したのは砂漠のフィールド。熱気で空気が揺らめき、地平線の彼方に黄金に輝く宮殿が見えている。龍洞の直ぐ間近に現れたソーナ達は囮の為か話を聞かされていないらしく身構えていた。

 

(確か彼女達の護衛も仕事の内でしたね。正直言って面倒臭い……)

 

 椿姫は怯え切った顔を龍洞に向け、匙の顔からは敵意どころか戦意さえ感じられない腑抜け切った物。その他の面々も事態について行けず戸惑っている。守るどころか説明すら面倒くさいと感じた龍洞がとった手段。それは……。

 

 

「汝、世に君臨し覇の理を神より奪いし二天龍なり」

 

 龍刀・帝を抜き頭上に投げると空中で回転しながら飛んでいき、ピタリと止まる。

 

 

「自由を愛し、覇道を歩む」

 

 徐々に溢れ出すオーラはやがて龍の姿へと変わり、輪郭がハッキリ見えてきた。

 

 

「我、気高き御身を縛りし神の鎖を断ち切り この天の下に真なる支配者を呼び戻さん」

 

 やがてオーラはより濃密になり、ドライグの姿がうっすらと見て取れる状態になる。ソーナ達は発せられるオーラに圧倒され動く事が出来なかった。

 

 

天理崩壊(てんりほうかい)天龍解放(てんりゅうかいほう)

 

 悪魔の前で再び行われた赤龍帝の復活。この時、ソーナ達は二天龍が其の名で呼ばれる所以を本能で感じ取った。

 

 

 

 

 

 

「ドライグさん、面倒なので説明お願いします。ギャスパーは別の場所に飛ばされてて私しか居ないんです」

 

『いや、俺ってお前の兄貴分だよな?』

 

「ええ、義兄弟の盃を交わしたでしょう? では、説明を」

 

「……いえ、大体の事情は察しました」

 

 二人の遣り取りに呆れているのかついて行けないのか何方かは分からないが、、ソーナは抑揚のない声で空を向く。旧魔王に傾倒した悪魔の魔法陣が無数に出現していた。

 

『言っておくが俺は戦わんぞ、小娘。あの程度、龍洞で十分だ』

 

「ええ、十分です。何なら十分で片付けましょうか?」

 

『掛け過ぎだ。五分以内に片付けろ』

 

 魔法陣から出てきたのは上級悪魔を中心とした通常は雑魚とは呼ばれるはずのない無数の悪魔。其れを見ても龍洞は動じず、ドライグとの呑気な会話は悪魔達の神経を逆撫でする。

 

(……しかし妙ですね。幾ら負け馬に乗った阿呆とは言え、ドライグさんが居るのに……ああ、そういう事ですか)

 

 

「少々マグレが続いた為に調子に乗っている下等な人間に偽りの魔王の血縁者どもめ。今日こそ我々の偉大さを教えてやろう」

 

「いえ、オーフィスでしたっけ? 世界最強を神輿にしているだけの癖に偉そうにしないで下さい」

 

ブチッ、と何かが切れる音が聞こえ、悪魔達の掌に魔法陣が出現する。

 

「皆、来ますよ!」

 

 咄嗟に障壁を張って身構えるソーナ。眷属達も慌てて後に続きサポートする。だが多勢に無勢。降り注ぐ魔力相手にはあまりに儚い盾だ。数秒後には呆気なく砕けてしまうだろう。

 

 

 

 

 

「鬼術・火炎樹縛」

 

 ただし、放たれればの話ではあるが。地面から生えた樹齢数百年は経っているであろう巨木の枝は悪魔達を縛り付けながら燃え盛る。地獄で亡者を拘束しながら燃え盛る火焔樹だ。

 

「熱い! 熱い!! 骨が砕ける!!」

 

「誰か、誰か助けてくれっ!!」  

 

 辛うじて逃れたのは口上を述べた指揮官らしき男一人。残りは骨が砕けんばかりに縛られながら燃やされ、其の儘地面に沈む。だが、たった一人残ったにも関わらず彼の顔には余裕があった。

 

 

「ははははは! 下等種族にしては中々やるな。さては事前に力を譲渡されていたな。小細工を弄しよって」

 

『いや、これは此奴の力だが』

 

 ドライグは否定するも男は其れが信じられぬといった風に鼻を鳴らし、マントを翻す。彼の背後には彼の自信の根拠である存在が出現していた。

 

 

 

 

『久しぶりだな、赤いの』

 

『……白いの』

 

 男の背後に出現したのは龍門と呼ばれる物。其処から元の姿を取り戻したアルビオンが出現する。ソーナ達は自分達の優位性が崩れた事で余裕を失い、龍洞はドライグと視線を交わすと僅かに頷いた。

 

「では、私は彼女達を安全な場所へ案内します。……向こうに地下シェルターがありますから急ぎましょう」

 

「……はいっ! 皆、急いでっ!」

 

 先導するように走り出す龍洞に続いて駆け出す。当然、それを見逃す男ではない。

 

「行け、アルビオン! ドライグとじゃれ合う前に奴らを殺せ!!」

 

 本人は認めていないつもりだが、龍洞に敵わないことは理解していた。だからこそアルビオンに始末させようとしたのだろう。だが、当然のように返事はない。完全に力を当てにしておきながら無視された事に腹を立てて彼はアルビオンを睨もうと顔を向ける。

 

 

 男を挟む形で睨み合う二天龍はブレスを放とうとしていた。

 

 

「お、おいっ!? まだ間に私が……ぎゃああああああああっ!?」

 

 ぶつかり合うドラゴンブレスは膨大な熱気を周囲に広げながら拡散する。熱波で周囲の砂が黒焦げになりながら舞い上がる。急激な温度上昇が引き起こした気流で荒れ狂う砂嵐の中、二天龍の声が響いた。

 

 

 

 

『『ははは……ははははははははははっ!!!』』

 

 二匹の心を支配したのは歓喜。自分達に比べれば児戯にも劣る戦いを自分達の代理戦争にしてきたが、今まさにかつての戦いの再開がなった。その事がとてつもなく嬉しかった。

 

 

 

 

 ただ、この勝負は長くは続かない。其れは二匹とも分かっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この装置が切り札?」

 

 ディオドラや他の眷属とは別の場所でアルフォンスはガーゴイル像に似た奇妙な装置に視線を送る。無数の管が地面に伸びて空間からエネルギーを吸い上げている。ガーゴイルの口の中にはミリキャスの姿があり、顔だけが外に出ていた。

 

「ああ、そうだ。空間中のエネルギーを全てこの子に注ぎ込み、首都ルシファードを中心に増幅した滅びの魔力を放つ。既に数回使用するに十分なエネルギーは充填されていて、阻止するには装置を壊せば良いが、この子は死ぬ。……後は現ルシファーに知らせるだけだ」

 

 アルフレッドは吐き捨てるように呟きながらミリキャスの紅い髪に視線を送る。サーゼクスから、彼の子を殺した男から受け継いだ髪の色だ。

 

 彼も彼の子達もルキフグスに忠義を誓い、其の結果命を落とした。孫も内乱時の混乱で行方不明、恐らく命はないと思っている。

 

 だが、ルキフグス家の令嬢であるグレイフィアはサーゼクスと恋に落ち、剰え其のエピソードは人気の恋愛劇に使われている。ルキフグスの為に戦い、サーゼクスの手で家族を失ったのは彼だけではない。

 

「思い知らせてやるのだ。自分だけはのうのうと家族を作り、剰えメイドの真似事をして我らの誇りや忠義に後ろ足で砂を掛けた小娘にな。……其れまでは死ぬ訳には行かん」

 

 アルフォンスは知っている。彼が余命幾ばくもなく、もはや気力だけで生きている状態だと。だからアルフォンスは彼にそっと近付き。

 

 

 

 

 

「……死ね」

 

 隠し持った短剣で心臓を刺し貫いた。こうして復讐の為にだけ生きていた老人は復讐を果たす事なく死に、アルフォンスはこみ上げてくる笑いを抑えながら装置を作動させる。

 

 

『発射まで三十分。発射まで三十分』

 

(……長いな。何か暇潰しになるものは……うん?)

 

 ふと、アルフレッドの胸ポケットからこぼれ落ちたロケットが目に入り、つまみ上げて蓋を開く。入っていたのはアルフレッドと……幼い頃のアルフォンスの肖像画だった。

 

 今まで靄がかかって朧気だった記憶が鮮明になる。自分を肩車していたのは大好きだった祖父で、其の祖父はアルフレッドだった。アルフォンスは其れを理解し、込み上げて来る衝動が抑えきれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははははははははっ! 最高だっ! 最高の気分だっ!!」

 

 今まで感じた事のない途轍もない高揚感。もはや恩人との約束もどうでも良い。彼が望むのはただ一つ……。

 

 

 

「もっとっ! もっと悲劇が見たい!!」

 

 

 

 

 「……やはり苦戦しているか」

 

 ディオドラの裏切りを確信しての今回の作戦、当初は他の神話の助けを借りて襲撃に加わった三大勢力の裏切り者の討伐をする予定であった。だが、貴族派からの”これから同盟を結ぼうとする他勢力の要人を危険に晒すなど、他の神話からも裏切り者を出す気か”や”自分達の尻拭いも出来ないと恥を晒す気か”等の反対に合い、今は自分達だけで自分達の元身内を討伐している。

 

しかし、戦場に立っているのは魔王派のみ。貴族派は同時作戦で市民に危険が及ぶ可能性があるとして別の場所で待機し、危険な仕事は全てサーゼクス達が引き受ける事になっていた。

 

 戦況は現政権がやや有利。だが、オーフィスの蛇を飲んでいるのか一部の者を除いて個々の能力はテロリスト側が高く、サーゼクス自ら救援要請が出てる場所に向かっていた。

 

 

 

 

『現政権の皆様、御機嫌よう。ディオドラ様の眷属のアルフォンスです。早速ですか此方をご覧ください』

 

「ミリキャス!」

 

 突如空中に映像が現れ、サーゼクスは思わず足を止めてしまう。彼の耳には先程から鳴り響く救援要請のアラームが響いているが聞こえていない。奇妙な装置に取り込まれたミリキャスの姿が映っていたからだ。

 

『この装置は空間からエネルギーを吸い上げてこの子の滅びの魔力を増幅し市街地に放ちます。止めるには装置を破壊すれば良いですし、まだ発動まで三十分近くありますのでお急ぎ下さい』

 

 今直ぐ来いとばかりに新たに地図が追加され、救援要請を送ってきた者達の居る場所から大きく離れた場所が指し示されている。今直ぐ向かおうとするサーゼクスだが、この時になって先程から鳴り響くアラームに気が付いた。

 

「……グレイフィア、向かってくれ」

 

「しかし……」

 

 グレイフィアが懸念しているのは貴族派によって約束させられたミリキャスよりも魔王の職務を優先させるという事。今助けに行けば其れに背くことになる。だが、グレイフィアも母として今直ぐにでも息子を助けに行きたかった。

 

「……大丈夫。市街地への攻撃を阻止する為だ」

 

 気掛かりな事もある。何故、敵は其れを教えたのかという事だ。態々手の内を敵対する相手に教えるなど正気の沙汰ではなく、ブラフを疑うのが普通だからだ。

 

 

 

 

 

『ああ、言い忘れる所でした。装置を破壊すればこの子は死にます。破壊しなければ民衆が死にます。お好きな方をお選び下さい』

 

 この言葉から映像が消えるまで僅か数秒。其れだけでサーゼクスは彼の言葉が本当だと確信する。アルフォンスは心底警戒している扇動の天才と同じ目をしていた……。

 

 

 

 

 

「……さて、ディオドラ様の様子でもお聞きしましょう」

 

 計画では旧魔王派の幹部がサーゼクスに勝負を挑んで勝利した後にミリキャスの事を知らせるという事になっていたが、最初から前提が無理だと思っていたアルフォンスはアルフレッドの死体に腰掛ける。死に体の体を復讐心なだけで動かしていた実の祖父。復讐を果たす事だけを望んでいた彼が計画の発動前に死ぬと思うと我慢できずに殺してしまったが、もう少し時間を掛けて殺せば良かったかもと後悔していた。

 

(どうせなら私が孫だと知って、その孫に殺される絶望を味わうとか楽しそうでしたね)

 

 ヒステリックなディオドラの事だから喚き散らされると思うと少々億劫で、向こうにバレないように音声を字幕に変える術式を加えて念話を発動させる。

 

(確かあの少年を犯すとか言っていましたね。……あっ、少女だと思ったままだ)

 

 念話を送ればどんな反応が帰ってくるかは予想がつくが、勘違いが是正された時の反応を想像すると笑みが溢れてくる。そして、念話は直ぐに通じた。

 

 

『痛い痛い痛い痛いっ! も、もう嫌だっ! 生きたまま食べるくらいならいっそ殺して……ぎゃああああああああっ!! 痛い痛い痛い痛……』

 

「さて、問題なし」

 

 実に楽しそうな光景が繰り広げられていそうだが、此処で見に行くと今後楽しい思いが出来そうにない。そう判断したアルフォンスは内通者に渡されたスクロールを使い一人だけフィールドから脱出していった。

 

 

 

 

 

 此処はディオドラの居る場所へと続く建物の中、彼に命じられて龍洞を待ち構えるのはオーフィスの蛇で大幅に強化されたアルフォンス以外の眷属全員だ。

 

 

 

「鼻が曲がりそうだ」

 

 腐臭が漂う。腐汁が滴り落ちる。腐肉が散乱する。此処に存在するのは屍山血河ですらなく、只の腐った物の集まりだ。

 

 元々は見目麗しい美少女や美女だった。死して存在しない神に祈りが届くと信じて疑わない信者だった。彼女達は紛れもなく悪魔の被害者であり、天界の犠牲者であった。

 

「まぁ、こうなりますよね」

 

 龍洞は三上七半(みかみやたらず)を振るって臭気を薙ぎ払う。刀身から濛々と立ち込める瘴気はピタリと収まり、部屋中に立ち籠ていた瘴気も刃に吸い込まれるように消え去った。

 

 三上七半の素材となったのは大妖大百足の毒牙。龍神さえ恐れ慄く怪物で、当然のように龍殺しの力を込めている。其の牙を地獄の毒火で汚染して鍛え上げた刀。龍の因子を持たぬ者の骨肉さえ容易く腐らせ溶かす其の毒に、蛇を飲んで龍の因子を取り込んだ者が耐えられる筈がなかった、其れだけの事だ。

 

 

 

 

「ああ、早くギャスパーを探して帰らなくては」

 

 刀を鞘に収め軽く息を吐く。腐った物が一気に燃え上がり、灰となって消え失せた。

 

 

 

『行くぞ、赤いのっ!!』

 

 アルビオンとドライグの戦いは古代より繰り広げられて来た。数々の神話を巻き添えにし、多くの神の恨みをかいながらも続けられるその戦いは厄災其の物。

 

 だが、此処で疑問が一つ。十秒毎に能力を倍加するドライグと十秒毎に触れた相手の力を半減し自分に付加するアルビオン。龍の強大な生命力から二匹の戦いは長期戦となるのは必然で、他の能力はあれど能力の内容からアルビオンの方が圧倒的有利。ならば何故今まで決着しなかったのか。

 

二匹の口から無数の炎弾が機関銃の様に放たれ衝突する。速度も威力も互角。だが、衝突地点はアルビオン側へと少しずつ動いていく。ドライグの炎弾はアルビオンの其れとは正面から衝突せず、直前で僅かにズレて弾きながら進んでいたのだ。

 

 二匹の決着が付かなかった理由。能力ではアルビオンが上。肉体もほぼ互角。だが技量ではドライグが能力の不利を補う程に上。ただし、其れは嘗ての話だ。

 

 

『ぐっ! ぐぬぅっ!!』

 

 一発目が着弾するとアルビオンの口が苦痛に歪み、炎弾が止まる。其れを切っ掛けとして堰を切ったかの様に次々と押し寄せ、アルビオンの口から血が溢れ出た。

 

『……数十年。たった数十年だが差が出たな』

 

 二匹には大きな違いが二つある。一つ目、体を取り戻してからの時間。ドライグは先代の神器所有者から赤龍帝の籠手が抜き取られた後で今の様に実体化を可能とした。だがアルビオンが其れに至ったのは極最近。長命種たる龍からすれば瞬きする程度の僅かな時間だが、戦闘の勘を取り戻し更に鍛え上げるには十分な時間。

 

 そしてもう一つ。アルビオンにとって致命的な物だ。

 

 

『おい、長々と続けても意味がない。……次の一撃で勝負を付けるぞ』

 

『……望む所だ』

 

 ドライグとアルビオンは同時に口内に炎を貯める。今の自分が出しうる限りの最大の一撃。其れは同時に放たれた。死力を込めた至高の一撃は完全に互角……だった。

 

 

 

 

 

『白いの、これが俺の新たな能力だ。”増幅”、譲渡を行わずとも放った攻撃の威力を底上げ出来る』

 

 ドライグの放った一撃は急激に膨張し、アルビオンの一撃を軽く飲み込むとアルビオンに命中、溜め込まれたエネルギーで周囲を炎の海へと変貌させた。

 

 

 

 

 

 

『……ふん。私も貴様のように自分自身の体であったならば……』

 

 

 アルビオンとドライグのもう一つの違い。其れは肉体の差だ。ドライグは己の肉体を実体化させ、アルビオンはヴァーリの肉体を己の肉体へと変貌させている。強大すぎる力に其の体が耐えられなかったのだ。

 

 

 ドライグは既に気付いていた。宿敵の不調に。その命の炎が消えかけている事に。其れでも口に出さず、龍洞にも口にさせず挑まれた勝負を受けた。

 

 二匹の戦いは龍の誇りを懸けた物だったが、何時しか神器の持ち主に力を使わせるだけの行為を其れだと思ってしまっていた。

 

 例え命を削っても、例え全盛期の力を振るえず惨敗しても、其れでも自分自身が戦いたかった。

 

 

 

 

(負けて不快だが……悪くはない気分だ)

 

 アルビオンは最後に長年の宿敵の姿を瞳に捉え、笑いながら息絶えた……。 ディオドラ・アスタロトは多くの聖女を狙い、おのが物にして来た。被害者たる彼女達や教会関係者からすれば間違いなく忌むべき『悪』であろう。

 

 だが、彼は悪魔だ。信仰とは神々にとって力の源であり、聖書陣営と悪魔は敵対していた。ならば彼は貴族として育ち所属している悪魔社会に敵勢力の弱体化という貢献をしていたに過ぎず、少なくとも悪魔から非難されるべきではない。

 

 もし非難する悪魔が居るのなら、彼はこう言い返すだろう。悪魔は欲望に忠実に生きる存在だ。それに自分たちの祖先は契約で魂を奪ってきたし、娯楽で殺害もやって来た。其れに比べれば自分など善良な方だ、と。

 

 悪魔社会に貢献し、敵勢力の力を削いで来た彼の行いは悪魔社会に限っては正しい行為であり、欲望を満たすという我欲と両立させる選択は間違っていなかった。

 

 ただ、この日ばかりは彼の選択は間違いで、取るべきでない行動を取ってしまったが……。

 

 

 

「……良いね。その怯えた顔、そそるよ……」

 

 龍洞とギャスパーのコンビとディオドラとソーナの混成チームの試合を狙ったテロ、其れの手引き役のディオドラは予め用意していた罠により自分の下に呼び寄せたギャスパーを見て舌舐りをする。

 

 彼と彼の眷属においてアルフォンス以外は知らないがギャスパーは男である。だが女装が趣味で見た目も美少女なので知らなかれば女と判断するだろう。

 

「ひっ!? ぼ、僕に何をする気ですかぁぁぁっ!?」

 

「なぁに、彼が来る前に彼が君にしている事を楽しませて貰うだけさ」

 

 ディオドラは聖女などの教会関係者の女が趣味ではあるが、其れ以外には()()しない訳ではない。幼い見た目のギャスパーが覚えている姿は彼に興奮を覚えさえ、予め予定していたシスター服を着せて犯すという予定も後回しにしてっまずは服を剥ぎ取ろうと右手を伸ばす。

 

 

 ディオドラの右腕の肘から先が消え去った。

 

 

「……え?」

 

 まず、呆然として腕を見る。血が吹き出してギャスパーの顔を濡らす。

 

 次に何が起きたか理解する。焼け付くような痛みが襲ってきた。

 

 何故その様なことが起きたのか。それは叫び声を上げる前にディオドラの顔を床に叩きつけた存在だと確信した。

 

 

 

「タノシイ! タノシイ! ギャクサツハ、タノシイ!」

 

「あ、あの、殺さないで下さい。ぼ、僕が叱られます」

 

 ギャスパーの声は先程まで同様に怯えた声だが、ディオドラは最早可愛らしいとは思えない。その華奢な姿の右半分は闇に覆われ、右目の辺りが赤く輝いている。石造りの床を硬質的で鋭利な足先が歩き回る音がして目を向けるとディオドラは言葉を失った。

 

(怖い怖い怖い怖い怖いっ!)

 

 その者達の姿は言葉で言い表すことを心が拒絶するほど悍ましく、広がったギャスパーの影の中から湧き出続けている。人間そっくりの歯をガチガチと鳴らし、鋭利な足先でカツンカツンと足音を立てながらディオドラの周囲を取り囲んでいた。

 

「何なんだっ!? 何なんだその力はっ!」

 

 ギャスパーを指さし、震える声で叫ぶ叫ぶディオドラを嘲笑うかの様にガチガチと歯を合わせる音は大きくなり、当の本人は困り果てていた。

 

 

(手の内をペラペラ話すとか有り得ませんし、馬鹿のふりをして隙を伺っているのでしょうか? ブラフを警戒させる為に敢えて本当の事を話す手もありますけど……)

 

 彼と龍洞の師である五月姫曰く、”手の内はバレバレでも隠せ。警戒させた者勝ちだ。ただ、たまにはひけらかして嘘の成功率を上げろ”、だそうだが、今回の件で本当の事を話す必要性が見当たらなかった。

 

(僕の禁手『邪眼魔王の百鬼夜行(バロール・ビュー・ヘルパレード)』は殺した相手の恐怖心を吸い取ってより強力な怪物を生み出しますけど……この人、殺したら駄目って若様から厳命されてますし……)

 

 この後の尋問で悪魔達に情報が漏れるのも面倒になるなと思ったギャスパーは芋虫のようになってのたうち回るディオドラに向かって蟲の大群を差し向ける。耳障りな羽音と共に殺到した蟲達は皮を食い破るとディオドラの体内に潜り込んだ。

 

 

 

「ぎゃぁああああああああああっ! 痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 体内を異物が蠢き、生きたまま食べられていく感覚。いや、其れだけではない食べられた部分が別の何かに変わっていくのを感じていた。

 

 

「あ、あの、五月蝿いので騒がないで下さいっ! 食べられた部分は体内で孵った卵から産まれた幼虫に置き換わりますので死にませんから……」

 

 ビクビクとディオドラの声が怖いかのように振る舞いながら叫ぶギャスパー。痛みで気絶しようとするが、気を失っても直ぐに激痛で無理やり覚醒させられる。

 

 

 昔、奴隷の骨を砕き、助けてくれが殺してくれに変わるまでの本数を賭けるという遊びがあったそうだが、ディオドラは其れを思い出していた。

 

 

 

「頼む、殺してくれぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 其の願いが聞き届けられることは・・・・・・無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミリキャス!」

 

 サーゼクスの命令を受けたグレイフィアは漸く愛しい息子の前にたどり着いた。此処へ来るまでに数々の妨害にあい、最強の女王であるグレイフィアでも無傷とはいかない。髪は乱れ、所々傷が見られる。だが、遂に我が子に再会した彼女はそのような事など気にした様子は無く、嬉しさのあまりに涙さえ流していた。

 

 

「今、助けるわ」

 

 

 此処に居るのは冷静沈着な女王ではなく、ただ子を守ろうとする母親。装置に駆け寄ったグレイフィアは意識の無いミリキャスを起こそうと声を掛けながら装置の解析を進める。テロリストの発言など鵜呑みにする方がおかしく、罠が無いか詳しく調べるのは当然だ。・・・・・・ただ、今の彼女はそういった理由ではなく、嘘であって欲しい、我が子を見捨てないと多くの命が危険に晒されるなど間違いであって欲しい、そう願っていた。

 

 

「・・・・・・そんな」 

 

 グレイフィアは優秀だ。優秀で有るがゆえにたどり着きたくない真実に行き着いてしまった。装置を破壊しなければ多くの命が奪われ、装置を破壊すればミリキャスが死ぬ。

 

 

 魔王の眷属、最強の女王の立場からすれば装置の破壊が優先だ。首都が破棄されれば命だけでなく社会機能や他勢力からの信用すら失われる。

 

 だが、母としてグレイフィアはミリキャスを見捨てる事が出来なかった。その場に崩れ涙を流すグレイフィア。背後から声が掛けられた・・・・・・。

 

 

 

 

 

「ディオドラが片付いたので来ましたが・・・装置の話は本当ですか?」

 

「・・・・・・はい。時間も既に僅かで・・・・・・」

 

 

 どうすればミリキャスを殺さずに装置を破壊できるか、背後の相手が誰か確認する余裕もないグレイフィアはそう口に出そうとして、耳に入ってきた音に顔をあげる。

 

 

 

 

 

 

「あ・・・あぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・」

 

 龍洞の手により装置は一刀両断され崩れ落ちる。何が起きたかグレイフィアは理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「契約では息子さんは優先させなくて良かったですし、これで依頼完了、町は救われましたね」

 

 この日、ミリキャス・グレモリーは其の短い生涯に幕を閉じた・・・・・・。 グレイフィアは休日以外はメイドとして家の者に接していた。実の子にさえ母と呼ぶ事を禁じ、本来なら格下のリアスの眷属に対しても様付けをするほどだ。ただ、サーゼクスに対して馬鹿な発言の仕置として手を出すなどメイドごっこと言われても仕方がないのだが。

 

 そもそも何故その様にしているのかというと、対外的には忠義を示すためとしているが、身内はグレイフィアが魔王の妻として動くよりメイドとして細々とした事をする方が好きだからと知っていた。

 

 つまり、好きな事をする為に魔王の妻としての業務も、母として子に接する事さえも放棄している、そう取れる。仕事とはただこなすだけではなく、自分の立場に相応しい態度をとる事も含まれるのだから……。

 

 

「ミリ…キャス…。目を…覚ましなさい……」

 

 残骸になった装置は消滅し、中に囚われていたミリキャスの体は重力に従って落ちていく。我が子が地面に激突しないようにと受け止めたグレイフィアは其の身を揺さぶり声を掛ける。既にこと切れていると頭で分かっていても、僅かな希望に縋っている。

 

 ただ、死人に口なし。ミリキャスが返事をする事は絶対にない。

 

「お願い。お願いだから目を開けてっ! もうお母様って呼んだら駄目なんて言わないからっ! お願い……」

 

 其処に居るのは魔王の忠実な配下ではなく、愛する子を失って悲しみに暮れる一人の母親。そんな彼女に目の前の現実を受け入れる事など出来る訳がなかった。

 

 

 

(……お腹が空きましたねぇ。流石にミリキャスの魂を食べたらギャスパーが怒るでしょうし。面倒事になるって……)

 

 背後で何れ程悲しむ声が聞こえてきても龍洞は気にしない。契約時に他の貴族や彼の身内の安全を最優先させる事を決めており、この時点で何も文句を言われる筋合いがないからだ。

 

 

 

「……なんで。なんでミリキャスを……」

 

「いや、彼を見捨てないと大勢が死ぬでしょう? まぁ必要な犠牲ですよ」

 

 だからグレイフィアの質問の意図が本当に理解できなかった。

 

 

 

 鬼子母神の伝説はこの様な内容だ。我子を育てる為に他人の子を攫い食べさせていた彼女は、我が子を仏に隠されて初めて他の親の気持ちを知った。

 

 サーゼクス達は転生悪魔に関する問題を把握していながらも具体的に動いていない。ただ悲しいなどと思うだけだ。悪魔の発展の為等という口実で逃げて。

 

 

 

「貴女も今まで随分と悪魔社会の為に犠牲を出して来たのでしょう? なら悪魔社会の為だと思って我慢してください、鬱陶しい」

 

 この瞬間、グレイフィアの頭の中が真っ白になる。もう興味はないとばかりに歩き出す龍洞の背中を睨み、手の平に魔力を集中させた。

 

「よくもミリキャスをっ!!」

 

 彼女の実力は魔王クラス。その力を全力で龍洞の無防備な背中に向かて放とうとする……前に横から伸びてきた拳が彼女を殴り飛ばし、壁に叩きつけて意識を刈り取った。

 

 

 

「……ふん。気持ちが分からんでもないが、此処にどの様な立場として来ているのやら。……こうして会うのは初めてかな? 仙酔殿」

 

「……あ〜、何時か何処かで関わった何とかさんでしたよね? あの時は大変だったと覚えていますよ、朧ろげに」

 

「思い出せないのなら思い出せないと言いたまえ……」

 

 

 元悪魔祓い、ヴァスコ・ストラーダは呆れながら溜息を吐いた……。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁまぁ、随分とお疲れになって。お風呂の準備は出来ていますので……もぅ」

 

 テロリストの一件が集結した後、其の後の方が龍洞にとって面倒であった。ミリキャスを見捨てなければならないというアルフォンスの発言をグレイフィア自身が肯定した事はヴァスコが証言し、錯乱したから殴って止めたと主張。サーゼクスは機を見計らっていたかの様に現れた貴族派の言葉もあって、魔王として()()()()()を告げるしか出来なかった。

 

 この後、直ぐに帰れれば良かったのだが、約束の報酬などの手続きがサーゼクス派の嫌がらせか遅くなり、清姫と会う時間が遅くなった事で精神的に疲れた龍洞は風呂まで待てぬとばかりに背後から抱きしめた。

 

「肉体的には疲れていませんが精神的に疲れました。キヨヒニウムを補給させて下さい」

 

 着物の裾から手が入り、下着など付けていない胸を鷲掴みにする。当然清姫は抵抗せず成すがままだ。やがて龍洞にお姫様抱っこで運ばれていった。

 

 

 

 

 

「……変態に言い寄られたり、攫われたり、フィールド回って戦ったり、帰る早々にバカップルのやり取りを見せ付けられた僕の方が疲れていますよ」

 

 ギャスパー的には特に最後のが精神的に来るらしい……。

 

 

 

 

 

「では、賛成多数で可決と致します」

 

 数日後、毎回に激震が走った。貴族派によるマスコミ工作で龍洞は英雄とされ、ミリキャスは哀れな犠牲者として対テロリストの士気を上げるのに利用されたのだが、彼の死は別の事にも利用されてしまった。

 

「本日を持ってサーゼクス・ルシファー様を罷免と致します」

 

 次期当主であったリアスの失踪と次期次期当主であったミリキャスの死によるグレモリー家の継承者問題、グレイフィアの行動、そして高まる政権への不満の解消。それらを口実にしてサーゼクスはこの日を持って魔王ではなくなった。

 

 

「では、次のルシファーを決める選挙まで代理の者が業務を引き継ぐということで」

 

 その代理は今から決めるという事になっているが、既に決まっている。職務怠慢や問題行動により現魔王に近しい者達では民衆が納得せず、貴族派の者が着任するのは誰の目にも明らかだった。

 

 

 

(……さて、ご老害には精々頑張って頂きましょう。……傀儡としてね)

 

 ルシファーとなるのは先の大戦での実績を持つ老将。ただ、政治に関しては分野違いから秘書官を始めとした部下に任せる事になっており、既に老いて戦えない彼の仕事は判子を押す事と用意された原稿どうりに発言する事。

 

 実質的な権限は貴族派のトップが握る事となった。この事はその彼から龍洞の所へも挨拶文が届き、今後とも良いお付き合いを、と名産品が大量に送られた。

 

 

 

 

「金になる内は相手をしておきましょう。そうでないなら無視するだけですし」

 

 龍洞は特に興味もなさそうに挨拶文をギャスパーに渡し、適当に内容を把握しておくようにと指示する。ギャスパーも読むのさえ面倒くさいが仕方ないので事細かに把握するしかなかった……。



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9話

「さて、本日の会議を開始いたしましょう」

 

 ミリキャスの犠牲によって無事であった冥界の首都ルシファードでは連日のように会議が行われていた。相次ぐテロリストの出現報告に民衆の中に高まる不安と不満。各地で起きる暴動に人手が足らず、普段は部下に仕事を押しつけているファルビウム・アスモデウスでさえも仕事に没頭するしかない。まあ、仮にも魔王なのだから実際上手く行っていたとは言え仕事を丸投げは拙いだろう。

 

 その様な中、様々な理由をつけて休職に追い込まれたサーゼクスの代理である先代バアル、その更に代理である彼に他の魔王達の視線が突き刺さる。引継ぎ業務の多忙を理由に代理として出席した彼こそサーゼクスを追い込んだ張本人であり、サーゼクスの友人であった三人は彼に明確な敵意を持っていた。

 

「まずは北欧のオーディン様が日本神話の方々との会談の為に来日する予定でしたが……観光がしたいからと予定よりも早く来られるそうです」

 

 要人の護衛には緻密なスケジュール管理と綿密な計画が必要だ。ましてや相手は同盟を結びたいと思っている相手であり、天界が嘗てやらかした諸々の理由から下手に出るしかない。非常に頭の痛い議題は進み、護衛をどうするかの話し合いが始まった。

 

 

「本来なら護衛に適した実力者を数十人単位で派遣する所ですが、観光目的とあらばそうは行きません。堕天使側からはガイド兼護衛としてアザゼル総督とバラキエル殿が来られるそうで、天界も選抜中だそうです」

 

「はいはいはい! ならソーナちゃん達はどうかな? アザゼルちゃんともそれなりに付き合いがあるし、最適だと思うよ!」

 

 元気良く手を挙げて妹を推薦するセラフォルー。アザゼルとバラキエルという実力者が居るのならば悪魔側からは其処までの実力者を出さなくても、との考えや、溺愛する妹への贔屓目もあっての発言だ。

 

 少なくとも他の組織のトップの護衛に複雑な親子関係にある者達を付けるなどよりはマシだろう。少なくともギスギスとした空気を出しはしないだろうから。

 

 

 

 

 

「……セラフォルー様、脳みその足りない馬鹿の演技はもう結構ですよ。貴女が実は聡明である事は既に周知の事実ですので」

 

 だが彼はその提案を即座に却下する。いや、それは当然だろう。相手が観光目的で堅苦しい護衛を嫌ったとしても、同盟相手が幹部クラスを派遣するのに自分達は学生だけを派遣するなど有り得ない話だからだ。少なくとも遠くから護衛する者達が必要だろう。

 

 

 結局、接待の意味も込めて実力があり容姿も優れた女性悪魔を数人派遣し、魔王眷属が遠くから護衛するという形で決定した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巫山戯んな畜生!!」

 

 ミリキャスの死亡に関する記事を読むなり匙は新聞をグシャグシャに握り締める。貴族派のマスコミ操作によってミリキャスは非業の死とされ、龍洞は多くの命を救った英雄と讃えられていた。

 

 匙は其れが気に入らないのだ。

 

「親の目の前で子供殺しといて何が英雄だっ! なんでそんな簡単に見捨てられるんだよ!」

 

 まだ未就学児童であるミリキャスをあっさり見捨て、親の前でその命を絶った龍洞の行為に憤りを感じずにはいられず、他の眷属達も口には出さないが同じ意見だという事が顔を見れば分かる。

 

「落ち着きなさい、サジ」

 

 だが、この中でミリキャスと唯一面識が有り、同じように怒ると思っていたソーナは冷静な声で匙を諌めるだけだった。予想外の反応に驚き彼女の方を見る匙だが、その表情から龍洞への怒りが感じられない。その事に匙は軽い失望さえ感じてしまう。

 

「どうしてですか、会長!?」

 

「ミリキャスを見捨てなければ多くの命が失われていました。……サジ、私もあの子も貴族なのですよ。悪魔社会で貴族がどの様な役割を果たすかは教えました筈です」

 

 かつて七十二柱の悪魔は軍勢を率い、今は眷属を率いて戦う。そう、悪魔社会において貴族とは軍人でもあるのだ。レーティング・ゲームでの活躍が貴族としての評価に繋がるのもこれが理由であり、当然の様に非常時には民衆を守る為に戦わなければならない。

 

 だからこそソーナは幼子ながら貴族のミリキャスがより多くの命を救うために犠牲になった事を理性では仕方ないと理解している。だが、感情は別だ。時間がなかった、あの時は他に方法がなかった、それらの理由を理解していても、それでも知っている子が死んだのなら思う所はある。

 

 だが、ソーナは貴族であり、シトリー家の跡取りだ。そして彼女の夢の為にも絶対に感情を押し殺さなければならなかった。

 

 

 

 

 

「言っておきます。この一件で龍洞君に何らかの接触を図ることを絶対に禁じます。分かったのならそろそろ会議を始めますよ。生徒会の仕事が山積みなのですから」

 

「会長っ!?」

 

「話は終わりです。では椿姫、最初の議題を……」

 

 話を無理やり切り上げるソーナと感情的なままの匙。ソーナは匙を絶対に止められる言葉が思い当たっていたが、其れは言えなかった。立場からすれば間違っているのは匙であるが、それでも匙が憤るのは仕方ない事と思っているからで、匙自身が気付いてくれると信じていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、若様……。生徒会の匙とかいう悪魔が若様を出せって怒鳴っていたから沈めましたけど……どうしますか?」

 

 放課後、ギャスパーは生徒会の仕事を抜け出してやって来た匙を簀巻きにして門前に放置した後で龍洞にどうするかを訊きに来た。明日からも学校に行くので同じように絡んできたら嫌だなと思いながら障子を開けると清姫に膝枕されて耳掃除されており、この瞬間にマトモに話は出来ないなと。長い付き合いで瞬時に理解してしまった。

 

「適当な所に放置で。私は至福の時間の真っ最中ですから……あ〜、もう少し強めで」

 

「はい、畏まりました、旦那様」

 

 この時、清姫とイチャイチャしていて機嫌が良くなければ適当に始末しておけと言われただろうから匙は運が良かった。

 

 

 

 

「……ギャスパーさん、そろそろ何か用事があるのでは?」

 

 無論、用事はない。ただ、今すぐ出ていかないと龍洞との時間の邪魔だと清姫の笑っていない目が告げており、ギャスパーは運が悪かった……。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、旦那様。耳掃除は終わったことですし、夕食のカレーは既に出来ております。その……」

 

 耳掃除を終え、もう少し膝枕をと言って来た龍洞の顔を幸せそうに見詰めていた清姫だが、三十分ほどそうしていた時に不意に口を開く。龍洞が目を向けると顔を赤らめ口元を隠しながらサッと視線を逸らし、それだけで何を要求しているのかを察する事が出来た。

 

 

 

「ふふふ、仕方がありませんね。まだ夕方だというのに欲しがりな人だ」

 

「も、もう! 意地悪しないで下さいませっ!」

 

 起き上がりニヤニヤとした笑みを向ける龍洞をポカポカと叩く清姫の顔は更に真っ赤になり、其の肩にそっと手が置かれる。帯に手が掛けられシュルシュルと解かれると直ぐに着物が宙を舞った。

 

 

「ああ、やはり貴女は美しい。……直視出来ない程にだ」

 

「……どうか目を逸らさずに(わたくし)をお見詰め下さい。それが細やかな願いで御座います」

 

 清姫の背中に手が回され、そのまま畳の上に押し倒される。だが、その動きは不意に止まった。ふたりが視線を向けた屋敷の庭、其処から途轍もない熱気が発せられていたのだ。其処に居たのは地獄の業火と見紛う程の烈火を背負った異形の存在。天を衝かんばかりの巨体を持つ其れは鋭利な牙を口元から晒しながら爛々と輝く瞳で二人を見下ろしていた。

 

「夕暮れどきから盛るとは結構な事だ! 汝らは相変わらずだな!! しかし吾に直ぐに気付いたのは結構だ。後少し遅れれば喰ろうてやった所だぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、お久しぶりです茨木さん。今から事に及ぶので客間でお菓子でも食べていてください。頂き物のチョコレートが有りますよ」

 

「お夕飯食べていかれますか? 今日はカレーですよ」

 

「何? ちょこれいと、だとっ!? じゅるり。……所でカレーは甘口か? 吾は辛口は好かん。舌がヒリヒリするのだ」

「もしゃっもしゃ…鬱陶しい蝙蝠に付き纏われてる? ごくん……放っておけ、下らん」

 

 匙がミリキャスの一件で文句を言おうと聞いた茨木童子はカレーを食べながら吐き捨てる。皿に注ぐのもまどろっこしいと釜――龍洞の家では炊飯器ではなく釜で米を炊く――にカレールーを豪快に注いで抱えるようにして食べているのだ。

 

「まぁ、相手するのは面倒なので避けていますけど。大体、貴族の統率や旧政権の監視を怠った魔王の職務怠慢の結果を私の責任にされても困りますよね。……まったく、多数の凡人の平民よりも一人の才能溢れる貴族の方が大切なのですかねぇ」

 

「あらあら、旦那様。お代わりは如何ですか? 茨木童子様もどうなさいます?」

 

 もう話は終わりと判断した清姫は茨木童子が土産として持って来た猪や熊の肉を使った料理を二人の前――龍洞の前に少し多めに――置いていく。会った事もないどうでも良い子供の死よりも愛する夫、序でにそれなりに世話になっている相手が食事に満足する方が重要なのだ。

 

「無論大盛りだ! 喰ろうてやるぞっ!!」

 

「ああ、私は幸せだ。貴女の手料理を毎日食べる事が出来るのですから。……おっと、此処にもご馳走が」

 

 清姫を抱き寄せ頬に口付け、この為に付けていた米粒を舐めとった。

 

 

 

 

 

「所で何しに来たのですか? 貴女には大婆様の生に……相手をするという重要な役目があるのでは?」

 

「今、生贄と言おうとしただろう。……まったく、汝もまだまだ未熟者よな。あれ程の存在と戯れる事の楽しさを知らぬのだから」

 

「いえ、大婆様は貴女()戯れるではなく、貴女()戯れるのが楽しいと言っていましたよ。まぁ玩具ということでしょう」

 

「……そんな事よりも琴湖は暫し京に帰還する事になった。その間、吾が鍛えてやるから覚悟しておけ」

 

 龍洞が明様に面倒そうな顔をしている間、門の前には匙の相手をしているギャスパーの姿があった。要するに相変わらず匙の相手を押し付けられているのだ。

 

 

 

 

 

「だ、だから今は来客があるから若様は出れないんですぅぅぅ!」

 

「そんなん知るかっ! 最低のクソ野郎の客の事なんて俺に関係あるかよっ! 学校では逃げられたけど、もう逃がさねぇぞ!!」

 

 何度も文句を言い損ねて頭に血が昇っている匙はギャスパーの胸ぐらを掴み持ち上げる。何時もの様にビクビクとした程度のギャスパーは両手で顔を庇うようにしながら身を竦ませる。匙は空いた手を振り上げ今にも殴りかかりそうで、ギャスパーは思わず教えてしまった。

 

「そ、そんなにミリキャスって子が死んだのがショックなら、吸血鬼の国に行って幽世の聖杯(セフィロト・グラール)の使い手のヴァレリー……!」

 

 思わず口を塞いてこれ以上の情報流出を防ごうとするが、匙は聞き逃さない。ミリキャスの死をどうにか出来る、そう理解したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この前観たTVCMの通りです」

 

 ギャスパーから無理やり情報を得た……つもりの匙が意気揚々と去っていく中、その背中を見つめるギャスパーは漸く顔を庇っていた手を下げる。顔には恐怖は浮かんでおらず、逆に嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

殺せば(捨てれば)ゴミ、利用すれば(分ければ)資源、でしたよね……」

 

 

 

 

 

 数日後、ソーナの耳に無断で冥界に行った匙がグレモリー家敷地に侵入したという連絡が届く。ミリキャスの死とリアスの行方不明でピリピリしていたグレモリー卿は激怒し捕らえた後で厳罰に処そうとしたが、サーゼクスとグレイフィアによって無事にソーナのもとに戻る事が出来た。

 

 

 ただし、無事なのは匙の身柄だけなのであるが……。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、此処が仙酔龍洞さんのお宅でしょうか? 私、北欧の主神であらせられるオーディン様の使いの者でロスヴァイセと申します」

 

 匙がどうなったか自体には興味がなく、もう絡んでこなくなった事で存在すら忘れかけた頃、幸薄そうな銀髪の女性が訪ねてきた。見た目は十代後半、二十代手前程なのだが何処か疲れきった様子で婚期を焦っている風にみえる。そんな彼女に応対したのも当然ギャスパーだ。むしろ親しい相手か上客以外は基本的にギャスパーである。

 

 

「若様に御用ですか? えっと、今は……」

 

 懐を探って取り出したのは小さな鈴。鳴らすと耳障りのいい静かな鈴の音が周囲に広がり、本来ならば聞こえないはずの距離に居る二人の耳にも届く。それに呼応するかのように二人の声もギャスパーの耳に届いてきた。

 

 

 

 

 

『おや、来客ですか。……行かないと駄目ですかね?』

 

『ええ、名残惜しいですがお仕事ですから。でも、その前に私と一緒にイキましょう。其れに腰をしっかり掴んだ上に此れほど奥に入れられては……』

 

『おや、今日は自分が上になるからと言い出し、激しく腰を使ったのは貴女でしょう』

 

『もう! はしたない発言はお忘れ下さいませ! ……あんっ! もう、旦那様ったら……』

 

 

 

 

 

 

「チッ!」

 

「あの、どうかしましたか? 急に舌打ちを……」

 

「な、なんの事ですかぁぁぁぁっ!? ぼ、僕は舌打ちなんてしてませんよぉぉぉぉっ!?」

 

「いや、今確かに……まぁ、良いでしょう。それで仙酔さんは……」

 

「わ、若様は今大切なお仕事中ですから先に僕がお相手しますぅぅぅ」

 

 早く仕事を終わらせて休みたいと、セクハラ上司に悩まされているロスヴァイセは忘れる事にした。今日のギャスパーが珍しくボーイッシュ風の女装なので美少年と言える姿だし、喪女のロスヴァイセからすれば話をするだけでも楽しみだった。具体的に言うと精神的に癒されそうで……。

 

 

 

 実際は腹黒の上に経験済み(意味深)なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ソーナ殿。貴女方は非常に拙い立場にいます。……理由はお分かりですね?」

 

 呼び出しを受けて椿姫と共に出向いたソーナの前には、テロ組織対策に設立された部隊の隊長の姿があり、応接間に招かれたが茶の一杯も出ない事からも向けられている感情が伺えた。

 

「……はい。眷属のサジがグレモリー領に侵入した事ですね。全ては私の監督不行届です」

 

「いえ、其れだけではございません。……テロ組織との密通疑惑ですよ」

 

「……え?」

 

 何を言われたか分からないと言った顔のソーナの前に数枚の書類が差し出される。英雄である龍洞やギャスパーを恫喝する匙の姿が撮影された写真が貼られた書類や数ヶ月前の聖剣強奪騒ぎの調査報告書だ。

 

 

 

 

 

 

()()、魔王様達に連絡しなかったな。これは明らかな利敵行為。まさか姉君であるセラフォルー様が私的な理由で戦争を始めるとでも言うまいな? 仮でなくとも外交担当。その様な事、発言するだけでも無能が過ぎる。流石に我々も其処まで人材不足ではない。暫く身柄を拘束させてもらうぞ!」

 

 既に周囲を部隊に囲まれており、ソーナ達は大人しく拘束を受ける。この時、ソーナは何故自分が捕まったのかを理解した。

 

(民衆の不満を逸らす為の生贄ですか。……儚い夢でしたね)

 

 セラフォルーなら職権を乱用しても自分達を助けるだろう。だが、民衆の心に植えつけられた疑念は消えはしない。経歴に傷は残らなくとも彼女の夢は絶たれたも同然であった。

 

 

 

 

 

 

 

「恨むなら馬鹿をやった眷属を恨め。あの様な者を勧誘しなければこのような目に合わなくて良かったものをな」

 

「……恨みません。全ては私の責任ですから」

 

 そう言いつつもソーナの拳は強く握り締められ、爪先が手の平に食い込んでいた。この数日後、ソーナはセラフォルーの力で釈放され、拘束されていた眷属達も数日遅れで解放される。無論、戻って直ぐに再び拘束された匙もだ。ただし、匙がソーナ達の前に現れる事は二度となかった……。

 

 ロスヴァイセは北欧の主神オーディンのお付きである。言ってみれば一国の大統領の専属秘書官でありエリート街道まっしぐら……ではなかった。

 

 介護ヴァルキリー、それが彼女の渾名である。お付とは名ばかりの好き勝手する老人の世話係な上にセクハラが多く、離職者が多い仕事であった。別の部署に居た十九程の彼女が一番長く勤めているのだから何れ程続かないのかが伺える。

 

 彼女の名誉の為に追記しておくが、決して無能ではない。元々は戦乙女らしく勇者の魂を導きお世話するという、今では勇者となり得る者の減少から人員が飽和状態の職場で、肝心の勇者より強いという理由で居場所がなく窓際だった程の実力者だ。

 

 そんなまだ若いのに婚期を焦っている喪女で貧乏性の彼女は今、オーディンの命令で龍洞の家を訪ねていた。

 

 

 

「……粗茶ですが」

 

 龍洞が来る間、話を聞いておくように命じられたギャスパーはそっと期限間近のお茶を出す。通常仕事の話ならもう少し上等のお茶を出すのだが、薄給の為にスーツが安物なのを見抜かれ金にならないと安物を出されていた。

 

(大きい屋敷……きっとお金持ちなんだろうなぁ)

 

 聞いた話によると住んでいるのは三人だと思い出し、ロスヴァイセは格差社会を思い知らされる。それと同時に写真で見た龍洞の顔を思い出し、お金持ちの上に美形だと知って、自分の彼氏だったら何れ程良いかなどと考え出していた。

 

「あ…あの、もう少しお待ちください」

 

(この子でも良いなぁ。セクハラ爺の相手をして疲れて帰宅しても、こんな子がエプロン姿で出迎えてくれたら疲れなんて一気に吹き飛ぶのに……)

 

 北欧では婚期が早いのか、行き遅れる事を十代なのにも関わらず本気で心配するロスヴァイセ。理想が大分高くなって来てはいるが、それなりにチョロイので簡単に惚れかけていた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。私が仙酔龍洞です」

 

 数十分後現れた龍洞は身嗜みを整えており仄かに石鹸の香りが漂う。どうやら風呂に入っていたらしいと判断したロスヴァイセの頭の中にとある考えが浮かんだ。

 

(ま、まさか私に合う時に綺麗にしておきたかった!? こ、これは行き成りフラグが立ったのでしょうか!?)

 

 

 

 

 尚、実際は……。

 

 

「旦那様、お客様にお会いする前に湯殿に向かいましょう」

 

「確かに匂いますね」

 

「ええ! 旦那様自身の放った精の香りが(わたくし)から移っています。……その香りは妻であるこの清姫だけの物で御座います」

 

 例え匂いだけでも他の者に渡したくは無いと頬を膨らませ嫉妬を露にする姿は可愛らしく思わず抱きしめてしまう。結果、風呂場でも盛り上がってロスヴァイセの所に向かうのが更に遅くなった。

 

 つまりロスヴァイセは微塵も眼中にないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「高天原の連中との会談の前に観光がしたいから私達に護衛を頼みたい?」

 

 ロスヴァイセから告げられた依頼に怪訝そうな声が返る。既に悪魔側からは接待の意味も込めて器量と実力を兼ねた女性悪魔、堕天使側からは幹部であるアザゼルとバラキエル、天界はまだ決まっていないが他の二つが出す護衛からしてそれなりの地位の者が来る事は予想でき、更にはヴァスコ・ストラーダが率いる北欧神話やギリシャ神話勢がスポンサーとなっている聖戦士団も護衛を派遣すると聞いている。

 

(まあ私に対する興味と……ドライグさんでしょうね)

 

 二天龍と呼ばれていたドライグとアルビオンの二匹は先日決着を付けたが、それまで多くの神話に被害を出しながら争い続けてきた。神器に封印される前も後もだ。其れ故に何か思う所があるのか、もしくはそれ程の力が必要になるという不安要素があるのか、その両方かと推理する。

 

「報酬ですがオーディン様はじゅ、十億出すとおっしゃています」

 

 その金額からかロスヴァイセは舌を噛みそうになり、龍洞は更に怪しんだ。美味い話には裏がある。ならば自分が感じている予感は的中しているのだろうと……。

 

「お断りしま……」

 

 

 

 

 

『良いではないか、龍洞。俺は賛成だ』

 

「ドライグさん……」

 

『白いのを倒したばかりで気が昂ぶっていてな。暇潰しにはなりそうだ。出た被害の補償を全て其方が持つというのならば受けよう』

 

 だが、断りの返事はドライグによって遮られる。二人の関係は義兄弟でドライグの方が上。ならばドライグの意見を聞かない訳には行かず、渋々受ける事にする龍洞であった。

 

 

 

 

 

 

 尚、この他にも勢いで無茶な条件を飲まされたロスヴァイセは責任を取らされ減給処分となるのだが、始まっても居ない恋の予感に打ち震える彼女が知るよしもない。この世は無常である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様、そろそろ紅葉の季節ですね」

 

「ええ、近い内にお弁当を持って紅葉狩りに行きましょう。……勿論二人きりで」

 

 オーディンの来日まであと数日といった頃、龍洞は清姫と街路樹を見上げる。まだ紅葉狩りには時期尚早ではあるが目を奪われるには十分で、他人に興味のない二人も景色の美しさには心を奪われた。清姫は暫し見上げた後、抱き着いていた腕に込める力を強め、龍洞の肩に頭をそっと乗せた。

 

「……本当に呪いを掛けられて良かった。あのまま人として生きていれば望まぬ婚姻をさせられて、この幸せを知らないまま一生を終えたことでしょう」

 

 清姫が受けた呪いは常人ならば気が狂ってしまう程の物。かつて安珍を焼き殺した龍への変化、そして蛇として死と復活を繰り返して生き続けさせられた。

 

 だが、それらが軽く思える程に今の暮らしは彼女にとって幸せで、龍洞も家族を皆殺しにされた事で彼女に会えたのだと感謝すらしている。

 

 狂人、まさに二人に相応しい言葉であった。だが二人はそれでも良い。いや、狂っているのは承知の上で、其れでも相手が隣に居れば其れで良いのだ。

 

 

 

 

 

「……所で茨木さんが庭掃除をしていましたが、どんなお菓子で釣ったのですか?」

 

「まあ、酷い。幾らあの方でもお菓子程度で庭掃除を引き受けては下さいませんよ。……血まみれの服をそのまま洗濯機に放り込んでいらっしゃったので、罰として引き受けて頂いただけです。してくださらないと今晩のデザートを抜きにするとは言いましたが……」

 

「摘み食いしていないでしょうか……」

 

 茨木童子は京都の悪鬼の中でも上位の地位に就く存在であり、元々は総大将でもあった。だが、二人の会話からどういう認識なのかが伺える。本人は恐れられ尊敬されていると思っているが……。

 

 慕われては居る、とだけ記載しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で人でも喰らったのでしょうか? あの方、抜けているから証拠隠滅もロクにしていないでしょうし」

 

「それなら大丈夫です。雑誌に載ったお店目当てで街に来ていた恋花さんが後始末をなさったそうですから。どうも首吊り自殺をしようとしたものの種族の頑丈さで死にきれなかった方を見つけて勿体無いから食べたとか。……人と龍と悪魔の味が混ざって美味しくなかったそうですが……」

 

 清姫の言葉を聞き、食われたのが誰か思い付いた龍洞は顔を顰める。茨木童子の行動は非常に拙かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勿体無い。大婆様が神器を集めてらっしゃるのに抜く前に殺すなんて」

「チョッコレート、ビスケット♪ 今日のオヤツは大量だ♪ グミにキャンディ、明日のオヤツも……今日の夕飯は何だ、清姫?」

 

 お菓子が大量に入った紙袋を抱えながら帰って来た茨木童子は恒例の摘み食いの為に台所に入っていく。京都では摘み食いをすると怖い者達が居るので根が小心者の彼女は出来ないがこの家では別だ。

 

 なにせこの家に居るのは自分より地位が低い者達、誰にも文句は言わせない。……のだが、行き過ぎた所業はしっかりと報告されているので京都に帰り次第色々と待っているのではあるが。

 

「ええ、本日はお野菜を中心にしようかと。お酒のお摘みも用意しています。所でそのお菓子は?」

 

「うむ! ”ぱちすろ”は悪くない。吾は人は好かんが人の菓子と娯楽は嫌いではないぞ! ……金平牛蒡か。金平といえばあの小僧を思い出す。息子を攫って犯した相手が誰か知った時の奴の顔は何時思い出しても……」

 

「茨城童子様はその様な幼い見た目なのによく店に入れて頂けましたね。……ああ、成る程」

 

 茨城童子は幼い見た目で本来なら角を隠した程度ではパチンコなど出来るはずはない。だけど彼女は変化の術の達人で、かつてとある侍に斬られて奪われた腕を身内に化けて取り戻したほど。他にも首を切られても逃げおおせたという逸話もあり、変化と生き汚さにおいては他の追随を許さない。

 

 

 

 

 

「偽の姿……つまり嘘をついたのですね?」

 

「ひぃ!? 待て待て待て待て! 言ってみれば仮装だ! 汝だとて芝居は気にせぬし、龍洞と交わる時にしておるであろう!? そ、それに吾はとうに二十を過ぎておるから未成年ではないぞっ!? ただ姿を変えただけだっ!」

 

 ただし其の臆病さも京都の悪鬼でも最上位に位置するのではあるが……。

 

 

 

 

 

 

「……こうして振り返ると長い間住んでいた気がします。悪魔の寿命からすれば寸の間ですのに」

 

 ソーナは椿姫と共に自分が()()()()()家を眺めながら思い出を振り返る。日本の学校につて学ぶ為の留学先としてリアスが任される事になったこの街を選び、昨日まで住んでいた。そう、昨日までだ。

 

 この日、彼女は眷属達と共に冥界に戻る。もう戻る事はないだろう。

 

 

 

「……あ〜、何だ。形式的にはお祝いを言うべきなんだろうな」

 

「ええ、何せ婚姻が決定したのですから、同盟先の指導者であるアザゼル先生……いえ、アザゼル総督はそうなさるべきかと」

 

 教師として学園で関わった縁で見送りに来たアザゼルは複雑そうな表情でソーナに話し掛ける。その瞳には同情の念が込められ、政府に生贄に選ばれた少女達を哀れんでいた。

 

 三大勢力間の戦争を起こそうとしたコカビエルの計画を政府に伝えず、更には眷属がテロを阻止した英雄に襲撃を掛けた。この事からソーナ・シトリーと其の眷属はテロリストと繋がっている可能性がある、その様な理由で彼女達が拘束された事はセラフォルーが手を打つ前に冥界に広まった。それも尤もらしい説を付けてだ。

 

「……貴族の学校に通って将来の関係作りをしていなかったのも今の貴族社会に意味がないと思っていたから、などと言われましたよ。リアスが行方不明な今、溜まりに溜まった民衆の不満をぶつけるには丁度良かったのでしょうね。特に私を目障りだと思っている方々には……」

 

其れでも少し強引に思える説を民衆が信じた事にソーナは嘆く。其れは信じて貰えなかった事への嘆きではなく、其処まで貴族が疎まれていたという事だ。民衆も馬鹿ではない。信じる者も居るだろうが、怪しいと勘付く者だって多く居る。其れでもソーナ達が責められているのは何故か?

 

 彼らは貴族を叩ける絶好の機会を失いたくないのだ。テロが起こる前から民衆の貴族への不満は長い月日を掛けて沸々と溜まっていた。それこそ政府が混乱した時に少し煽るだけで眷属悪魔の暴動が起きる程に貴族の下の者への扱いは悪く、それらを制御できない魔王達への不満も募る一歩。今まで爆発しなかったのは力の差が開いていたからに過ぎない。

 

 だからこそ、責めても問題のないソーナ達は不満をぶつける相手としては最適であった……。

 

「……元気でな」

 

「ええ、アザゼル総督もお元気で」

 

 今回の一件でシトリー家は力を大きく削がれ、ソーナは次期当主の資格を失った。魔王であるセラフォルーにも資格はなく、先の大戦で他の親族位は生き残っていない。それならばシトリー領は誰が継ぐのか? 其れはソーナが将来生む子である。

 

 ただし、シトリーではなく別の家の当主の側室として、ではあるが。親子程に年の離れた貴族に嫁ぎ、衰退した家への援助をして貰う。其れは吸収合併であり実権を完全に奪われる事になるのだが、シトリー家を残すにはそれしかなかった。

 

「……会長」

 

「私はもう会長ではありませんよ、椿姫。気にしないで下さい。私は貴族としての義務を果たすだけです。……貴女達には本当に謝りきれません。……こんな私ですがこれからもついて来て下さいますか?」

 

「はい! ソーナ様!」

 

 女王の頼もしい声に微笑むソーナ。もう夢は叶えられず、名も汚辱に塗れた。だが、その笑顔は曇り一つなく輝いている。残念ながら欠けてしまった眷属は居るものの、残った仲間とならどんな辛い事が待ち受けていても前を向いて生きていける。ソーナはそう確信していた。

 

 

 

 

 

「さあ! 明日から忙しくなりますよ!」

 

 彼女達はこれからも立ち止まる事なく歩み続けるだろう。思い描いた学校は作れなくとも恵まれない者達の為に何か出来る事は有るはずだと。今は進む先が暗く見えなくとも、きっと明るい未来が待っていると信じて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひょひょひょ! ええのぅ、ええのぅ! やはり美女は最高じゃ!」

 

 来日したオーディンは護衛の女性陣を見て鼻を伸ばす。いずれも押しも押されもせぬ美女揃い。中でも特にオーディンの視線を集めているのは天界から派遣された護衛のガブリエル、天界一の美女と讃えられる大天使の彼女だろう。

 

「オーディン様! その様なだらし無い顔をなさっては……」

 

「五月蝿いのぅ。そんなんじゃから彼氏の一人も出来んのじゃぞ?」

 

 ロスヴァイセが苦言を呈しても馬に念仏糠に釘、全く効き目がなく何時もの様に気にしている事を言われる始末。後は何時もの様に涙目で叫ぶ。主神の秘書官である彼女が他勢力の前でその様な醜態を晒すのもオーディンのだらし無い行動同様に問題なのだが……。

 

 

 

 

「……若様、北欧って人手不足なのでしょうか。あんなメンタル紙装甲な人を……」

 

「さあ? まあ無様を晒して高天原の連中と揉めて下されば都合が良いでしょう。……須佐之男とか死なないでしょうか。こう、グングニルでグサッと」

 

 泣き叫ぶロスヴァイセの姿に若干引いているギャスパーの問いに対し龍洞は槍で心臓を突き刺す真似をする。メンタル紙装甲は貴方もですよ、とは言わない。他人なら兎も角ギャスパーは身内である。既に挨拶も済ませているし、必要以上にオーディンと関わるのも嫌な二人であった。

 

 

 

 

 

「んで何処行くよ、爺さん?」

 

「うーむ、寿司屋に遊園地にゲームセンター……何より美女が居る店が良いのぅ」

 

「ならウチが経営する良い店があるんだ。美女ぞろいだぜ」

 

 だらし無い表情で笑う二人に呆れた顔をするロスヴァイセと、呆れながらも顔には出さないようにするガブリエル。テロリストの殆どは自分達の勢力から出ている為、過去の確執を脇に置いて同盟を結んで貰うためにするべき事は何でもしなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。私は天使信仰には鞍替えしなかったが、其れでも敬意は払っていたのだがな。少々物悲しくなるよ」

 

「まあ先立つ物が必要なのは何処でも同じですし、時には誇りだって捨てなくては駄目でしょう。貴方だって今回悪魔や堕天使と共にスポンサーの護衛をするでしょう?」

 

 軽く溜め息を吐くヴァスコと呑気そうな龍洞。今まで依頼で関わってきた二人だが、こうして会うのは数える程しかない。故に身内ではなく、お得意様だったので慰めはするものの其処までだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で貴方も彼らが行く店に入る事になるのでは? 私とギャスパーは未成年ですから女性陣と共に待合室で待つ事になると思いますが」

 

「……むぅ。今から気が重い事だ」

 

 ヴァスコは敬虔な信者で長い間教会の信者として信仰を捧げた来た。弟子に女性も居たから全く耐性がない訳ではないが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず回転寿司に行くぞー!」

 

「……寿司か。初めて食うな。この老体ではそう多くは食えんがな。君は多く食べるのかね?」

 

「いえいえ、せいぜい三十分は寿司が回らなくなる程度です」

 

(……日本人は食べる事に貪欲だと聞くがこれが普通なのか?)

 

 少し日本人を誤解するヴァスコであった……。



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狂人達の恋の唄 ⑨

オーディンの愛馬スレイプニルは最高の馬と称えられている。では、其のスレイプニルをどのようにして手に入れたのか。其れは少し面倒な話しになる。

 

 アース神族がヴァルハラを建設するなどして暮らしていた時、石工に変装した巨人がとある提案を彼らにしてきた。強く、高い、新しい壁を作る代わりに太陽と月、そして妻としてフレイヤが欲しい、と。

 

 これに対しアース神族の悪神ロキの提案で半年以内に誰の力も借りずに完成したら報酬を払い、無理なら報酬は無しという条件を提示した。

 

 これに対し巨人は愛馬である、スヴァジルファリを使って良いならと承諾した。この時、神々は巨人を侮っていた。半年の間に広大なヴァルハラや市街地を囲む壁など出来はしないと思っていたのだ。

 

 だが、壁は期日内に完成しそうになり、責任を追及されたロキは牝馬に化けてスヴァジルファリを誘惑し、期日内に完成出来ないと悟り、正体を現した巨人はロキに討たれた。

 

 ……話は此処で終わりではない。この後、ロキは八本足の一匹の仔馬、スレイプニルを連れて来た。馬に化けた彼は心も馬になっており、スヴァジルファリとの間にスレイプニルをもうけたのだ。

 

 これがスレイプニルの誕生に関わる話であり、スレイプニルはオーディンに献上されて彼の愛馬となった。

 

 

 

 つまり、スレイプニルはロキの子として有名なフェンリルなどの三匹の怪物の兄弟なのだ……。

 

 

 

 オーディンの我が儘から始まった三竦みによる接待観光。アザゼルなどのトップ陣の計画により順風満帆に進み、このまま同盟も結べるかと思われたが・・・・・・・。

 

「鬱陶しい! 食事の時は幸せで救われていなければならないというのに!」

 

 珍しく龍洞が声を荒げ、隣を歩くギャスパーは服に臭いが移っていないか心配して袖を嗅ぎ、顔をしかめる様子から嫌な予想が当たったようだ。直ぐ上を飛んでいたドライグは臭いが届かない上空に逃れ、オーディンも不快そうに歩いている。

 

 場所は住宅地から離れた老舗の寿司屋の傍。静かで落ち着ける景観が広がる其の場所は、横転したバキュームカーから漏れ出した糞尿の悪臭が充満していた。

 

「楽しみにして来たのじゃが・・・・・・・これなら期日ギリギリまで北欧に居るべきじゃったな」

 

「オ、オーディン様! 案内して下さるアザゼル総督達もいらっしゃるのですから・・・・・・・」

 

 スレイプニルに引かれた空飛ぶ馬車の中、不機嫌を隠そうともしないオーディンを宥めようとするロスヴァイセだが、王という地位故か、本来の性格か、彼女の言葉程度では機嫌は直らない。接待役として選ばれた女性悪魔も近寄るのを躊躇う雰囲気の中、アザゼルはバラキエルと顔を突き合わせて話し合っていた。

 

「こういう姑息で意地の悪い嫌がらせはアザエルの仕業だろうな」

 

「ああ、ただ刺客を送るだけなら撃退されて力のアピールをされるだけだが・・・・・・・これでは戦闘力も役に立たん」

 

 見た目重視で選ばれた女性悪魔を含め、此処にいるのはかなりの実力者達。にも関わらず接待相手のオーディンが此処まで不機嫌になる理由。其れは相手の手口にあった。

 

 

 今回の観光、当初はオーディンも機嫌が良かった。堕天使が経営するパブに行ったりショッピングを楽しんだり、護衛の女性陣にセクハラしたり、ギャスパーを戯れに口説こうとした挙句に性別を知って悶絶したりと順調だった。

 

 

「・・・・・・・む? 事故か?」

 

 其れは遊園地に行った時の事。女性陣と一緒にコーヒーカップに乗って嬉しそうな顔をしていたオーディンだが、急な停電による停止に折角の気分を害されたという顔をする。この時はアクシデントを装っておさわりを決行しようとしてロスヴァイセに止められたのだが・・・・・・・これは始まり時に過ぎなかった。

 

 

「何じゃ、またトラブルか・・・・・・・」

 

 次に向かったゲームセンターでは機械の故障によって順調に進んでいたスコアが台無しになり、ホテルでは火災報知器の誤作動や嘘の通報で夜中に何度も起こされ、レストランは水道管の故障で床が水浸しになる騒ぎ 。

 

 直接的でない危機には戦闘力は役に立たず、相次ぐトラブルの後には遠くからの犯行声明による煽りを受け、オーディンに対する接待は見事に失敗に終わりそうだった。

 

 

 

 

「このまま日本神話との会談も失敗して戦争にでも成ればいいのに」

 

「君は日本神話の神に恨みでも有るのかね? どうも気になってな」

 

 馬車による空の旅の途中、ポツリと呟かれた内容が気になったのかヴァスコは尋ねる。龍洞だけでなく横のギャスパーも賛同するかの態度で、異教の神とはいえ今はスポンサーなので思うところも有ったのだろう。

 

 

 

 

「有る・・・・・・・どころの話では有りませんよ。私は身内が大切でして、今回も報酬の九割と引き換えに便利な物を二つも貸して頂けて感謝しているんです。本人達は好き勝手やったのだから文句はないと言っていますが、奴らには身内が散々煮え湯を・・・・・・・」

 

 突如馬車が揺れて止まる。二人は即座に会話を切り上げ武器を構えて飛び出した。今居るのは海の上、目の前には腕を組んで此方を見ている男が一人。無論、宙に浮かんでいる男がただ者な訳はない。

 

 

「ロキ様、何故この様な場所に居るのですか!? この馬車にはオーディン様が乗っておられるのをご存知なのですか!?」

 

(……北欧の悪神か。身内内でのゴタゴタは此処まで深刻ではないと聞いていたのだが……)

 

 名を聞いた事で目の前の男の正体とある程度の目的を察したヴァスコはフッと溜め息を吐く。彼自身も天界の意向が気に食わず、自分の信仰を貫く為に協会を脱退した身であるから、トップの決定に不満を持つ部下が出ても当り前だと思っている。むしろ、国の様に膨れ上がった集団で、上が決めたら下も無条件で従うと思う方がどうかしているのだ。

 

 

 

「無論知っているとも! 我らが神話領域から抜け出し他の神話と関わろうなど我慢出来んのでな! カオスなんちゃら、とか言う組織に便乗させて貰った!」

 

 ロキの様子からして戦闘も辞さないと行った様子。其の姿に何か告げようとオーディンが前に出たその時、龍洞の手が襟首を掴んで強引に引き寄せる。当然、息が詰まった。

 

「ぐえっ!? な、何をするんじゃ!」

 

「いや、貴方の護衛は仕事ですから。・・・・・・・その他は知ったことでは無いですけど」

 

 先程までオーディンの頭が在った場所、其処を高速の何かが通り過ぎる。其れは小型の光の槍だった。小型の上に光の屈折で不可視化された超高速の狙撃はもう少しでオーディンの頭を貫いていただろう。だが、即座に察知した龍洞の活躍で助かった。もし殺されていれば北欧と、今回の護衛を引き受けた三大勢力の関係は悪化していた事だろう。

 

 

 

 

「・・・・・・・え?」

 

 だから、少しの犠牲は仕方ない。放たれたのは一本だけでなく二本。其れもとっさに防げるのはどちらか一本という絶妙な距離とタイミングによるもの。だから龍洞もオーディンを選んだし、ヴァスコもオーディンに向かっていた槍を優先せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・さてと。本命は当然無理でしたが、これはこれで関係や立場に悪影響でしょうし・・・・・・・帰りましょう」

 

 つまりロスヴァイセの犠牲は仕方がなかった事なのだ・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「奴め、余計な真似を。・・・・・・・だが、これはこれで良い。ではオーディンよ! 此処まで来た以上、最早後戻りはできぬ! 今此処で! ラグナロクを始めようではないか!」

 

 ロキの掛け声と共に巨大な狼が現れる。名をフェンリル。神殺しの牙と爪を持つ最強の魔獣であり、二天龍クラスの力を持っている。

 

 

 今もうなり声を上げながら歯をむき出しにし、其の姿にオーディンの顔にも焦りが浮き出た。

 

 

 

「・・・・・・・所でロキ達はどうやって私達の居場所を知って行動したのでしょうか?」

 

 その言葉が合図であったかのようにフェンリルが飛びかかる。

 

 

 

 

 

 

「なっ!? どうした、息子よ!」

 

 ただし、ロキのいる方向に、で、明らかに殺気を剥き出しにして、だ。驚愕でロキが固まる中、鮮血が飛び散る。其れも明らかに重傷の量であった・・・・・・・。 ロキの息子にして北欧神話最強の魔獣フェンリル。今回のオーディン襲撃の際の最大の切り札であるこの存在をロキは信頼しており、衰退著しい三大勢力の護衛など取るに足らないと侮っていた。

 

「フェンリル!?」

 

 だが、そのフェンリルはオーディンではなく自分に向かって襲い掛かったかと思うと、脇腹から血を噴き出して倒れ込む。強靭な毛皮は赤く染まり、動脈を傷付けたのか鮮やかな色の血がドクドクと流れ出す。傷口を注視すれば、うっすらと骨さえ見えていた。

 

『ほぅ。やはり昔話同様に犬には気付かれるのか。いや、アレは口元の灰を餡子ごと舐めとったからか?』

 

 何もなく誰も居ない筈の空間、フェンリルが飛び掛った其処からロキが最も警戒していた者の声が聞こえて来た。何処か感心したような歓喜の声であったが、続いて緊張感のない訳の分からない内容を呟きながらドライグが姿を現す。その右前足の指先で小汚い蓑を摘んでいた。

 

『おーい! 其の辺どうだったか?』

 

「私が聞かされた話では灰を塗りたくって盗み食いした饅頭の餡子を舐めとったのが先です。そんな事よりも壊さないで下さいね、其の隠れ蓑は借り物なのですから」

 

「ちょっ、待てっ! ドライグの奴、何処から現れやがったっ!?」

 

「最初から居ましたよ? 天狗の隠れ蓑って昔話知りません? アレと同じ物を使いました。灰にしなければ全身を覆う必要はないので」

 

 オーディンの護衛の面々が気の抜けた様子で話す中、フェンリルは立ち上がる。通常ならば立ち上がれる怪我ではないが、最強の魔獣の称号は伊達ではない。其の命尽きる時までフェンリルは戦い続ける闘争心と生命力、其れこそが神殺しの爪牙を超える最大の武器だった。

 

 

『……ほぅ。暇潰しの積もりだったが・・・なぁっ!!』

 

 ドライグの口から放たれたブレス。フェンリルならば避けるのは容易いがフェンリルは避けない。いや、避ける事が出来ない。直線上にロキが居たからだ。ロキの防御用魔法陣では防ぎきれないと悟ったからだ。

 

 親を庇う息子という美しい光景ではあるが、同格の敵が相手という状況では悪手でしかない。フェンリルへと向かうブレスは直前で握りしめた手を広げたかの様に拡散し、強靭な生命力で塞がり始めた傷に直撃して其の身を焼く。

 

 毛皮を焦がし肉を焼き骨を焦がす。其れでも矜持からか、フェンリルは声を上げず、牙を剥き出しにして闘志の篭った瞳を向けた。

 

「……此処が引き時か。相手の戦力を見誤った」

 

「させるかっ!!」

 

 ロキが腕を振るとロキとフェンリルを転移の術式が包み込み、ドライグの最後のブレスは一瞬遅れて二人が居た場所を通り抜けて真下へと向かって行く。山が幾つか吹き飛んだ。

 

「あらら。アレは隠蔽が面倒そうだ。此方が出した損害は全部北欧任せの契約で助かりましたね」

 

 大勢の人が巻き込まれたかもしれないにも関わらず龍洞の口調は穏やかで呑気そう。ギャスパーも何か言おうとしたが結局言わなかった。

 

 

 

 

「……さて、これからどうするか」

 

 アザゼルもまた、出たかもしれない人の被害よりも、これからの事に頭を悩ませる。だが、直ぐにドライグの姿を見て大丈夫かと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃま、今度の会談中の警備について話そうぜ。……どうせロキが何かしてくるだろうよ。多分アザエルの野郎もな」

 

 アザゼルは集まった者達と共に予想される日本神話と北欧神話の会談への襲撃の対策を始めようとしていた。だが内心ではフェンリルの相手はドライグに任せるのは決定していたのだが。直ぐに口にしないのは意地からで、アルビオンを倒した今のドライグなら先程同様に問題ない。そう思っていた。

 

「あの嬢ちゃんは可哀想だったが、今は其れ所じゃねぇし、爺さんを観光で散々不機嫌にしちまったから張り切らねぇとな」

 

 残酷な様ではあるが、オーディンの付き人であるロスヴァイセには政治的価値はない。主神の付き人といえば重要そうではあるのだが、彼女自身には特別な価値は無いのだ。

 

 田舎出身で年若く、元々は窓際社員。付き人も十代で貴族でも何でもない田舎出身の小娘で、そんな彼女でさえ一番長く続いている程に離職率が高いという事は、主神の付き人は北欧でさえ重要とされていないという事。簡単に辞められるという事はそういう事だ。

 

 故に護衛中に付き人を殺されたという政治的不利になる材料となったものの、次に挽回すれば良いとしか思われていなかった。

 

 

 

 

 

 

 だから、聞こえてきた言葉をアザゼルは直ぐに理解出来なかった。

 

「あっ、勘違いしないで下さいね。私達は観光中の護衛であって、今度の会談中は仕事外ですし、私としては日本神話の神には死んで貰った方が都合が良いので引受けませんよ? って言うかこんな時こそ実力主義の悪魔の出番でしょう。魔王なりゲームのチャンプなりに出て貰えばどうですか? 私は知りません」

 

 持ち込んだ問題で被害が出たからって戦争になったら万々歳です、と言って去っていく龍洞とギャスパー。止める事が出来る者は居なかった……。

 

 

 

 

 

 

「さてと、宿題も終わらせましたし暇ですね。茨木さん、何かして遊びますか?」

 

「花札だ! 今度こそ吾が勝たせて貰うぞ! ・・・・・・・しっかし、よくロキとやらはオデンの居場所が分かったな」

 

 通算三百二十連敗中の茨木童子は鼻息荒く花札を取り出し、今までの負け分を散り返そうと意気込む。明日以降、彼女のオヤツ代は消え去る運命にあった。

 

「まぁロキの子が引く馬車ですから、幾らでも探す方法は有るのでしょう。猪鹿蝶こいこい月見酒花見酒こいこい青短」

 

「ぐぬぬ! もう一度だ! 次は秘蔵の菓子を賭ける!」

 

「あっ、喰付。・・・・・・・一緒に食べましょう」

 

「・・・・・・・うん、食べる」

 

 茨木童子がガチ泣きしそうになった時、襖が静かに開いてギャスパーが入って来る。入って来る時の動作は兎も角、声を掛けずに入って来た事を咎めようとした龍洞だが、其の顔を見て何があったかを察した。

 

「見事に引っかかりましたか」

 

「は、はい! あのサ・・・何とかさんに感謝です!」

 

 

 

 

 

 

 

「あ奴、随分と嬉しそうだな。汝ら、何を企んでいる?」

 

 縁側を走るギャスパーからは何時もの臆病で消極的な姿は想像出来ず、まるで早く散歩に行きたがって飼い主を急かす子犬の様だ。其れが訝しいのか茨木童子は龍洞に不信感を込めた視線を送っていたが、突如吹き出した。

 

「し、しかし、護衛には奴が居たのであろう? あの酒の席での笑い話に必ず挙がる姫島家の大間抜けの夫が! ククク、何度思い返しても笑えるな!」

 

「私は聞き飽きましたよ。実家の立場や仕事も、夫の事で何を失うかも考えず、家と縁も切らず敵対も逃亡もせず、襲撃があっても護衛を付けない所か、実家の子と娘を仲良くさせようとした挙げ句に敵対組織に情報を売られて殺されたって話しでしょう? まぁ落語に登場する間抜けな男の話みたいですが・・・・・・・」

 

「ハッハッハ! 其の挙げ句に娘は何かあったら戦争になる敵種族の仲間入り。内通を疑われるか人質が関の山だろうさ。何せ堕天使の幹部の娘。恨む悪魔は大勢居ようぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人共、早くして下さい! グレイフィアさんが吸血鬼の国に侵入して、ヴァレリーを誘拐しようとしてくれているんですから!」

 

 雪降りしきる寒空の元、非常に熱い二人が居た。

 

「旦那様、はい、あーん」

 

「あーん」

 

 先程から振る大粒の雪は見えない屋根に遮られるかのように其処には届かない。大きく広げられたピクニックシートの上では何段にも重ねられた重箱にギッシリと詰め込まれた料理を美味しそうに食べる龍洞と、幸せそうに彼に食べさせる清姫の姿があった。

 

「ああ、私はなんて幸せなのでしょう。貴女の様な妻を持てて世界一の幸せ者です」

 

「違います。貴方様の様な夫を持てた私こそが世界一の幸せ者です」

 

「では、同点という事で」

 

「ええ、それが良いでしょう」

 

 何時の間にか箸は止まり、清姫は龍洞の胸にそっと寄りかかる。その背に手が回され抱き寄せられる。重なる視線と視線、そして唇と唇。静かに雪が降りしきる中、舌を絡め合う音が響いていた。

 

 

 

 

 

 

『おい、ギャスパー。俺の背中の上でイチャつく馬鹿二人を振り落としたいから千回ほど旋回して良いか?』

 

「む、無駄ですぅ。その程度じゃ僕しか落ちません」

 

 天狗の隠れ蓑で姿を消し去ったドライグは自らの背中の上だろうと構わずに何時も通りの二人に呆れ、相手が居ない自分を嘆きながらも飛び続ける。やがて人里から遠く離れた場所に存在するギャスパーの故郷が見えてきた。

 

 

 

 

 

 吸血鬼の国の王が住まうのは中世を思わせる城ではあるが、城下町まで中世の町並みではない。むしろ近代的だ。これは吸血鬼にされた人が住まう為であり、車だって普通に走っている。そんな街の中で一人の兵士が休暇を満喫して来た。

 

 

「今日は何処で遊ぶか。……馴染みの娼館はツケが溜まってるからな」

 

 彼は人から成ったのではなく、身分こそ低いが純潔の吸血鬼。だから人から変化した者達よりは上に見られるのである程度の勝手は効くのだが、やはり先立つ物がないと力も振るえない様だ。

 

「痛っ!?」

 

 ふと、雪が乗った頭にチクリとした痛みが走る。何故その様な痛みが走ったか、其れを考えるよりも前に彼は前のめりに倒れ込んだ。周囲の吸血鬼達も同じように倒れこみ、直ぐに起き上がる。ただし、其処に居たのは先程までの彼らではない。

 

 

 

 

「相変わらずエグい。ですが……其れが良いっ!」

 

「えへへ、そうですか?」

 

 親指を立てて褒め称える龍洞にギャスパーは照れ笑いをする。今この国に降っているのは只の雪ではない。ギャスパーの禁手によって作り出された寄生能力を持つ超小型の魔獣だ。雪の結晶の形を持つこれらは対象の頭の皮を食い破り、頭蓋骨を削って脳まで進むと溶解液でドロドロに溶かし、其処に同化すると同時に再生を始める。まるで蛹の中で体を芋虫から蝶に作り変える様に脳と同化した魔獣は対象の体を自らの物へと変えていた……。

 

 

 

「所でギャスパーさん。故郷に来ましたけど何かご感想は?」

 

「え? 特に無いですよ?」

 

 清姫の問いにギャスパーは返答する。無論、清姫は何も反応しない。其れは彼の言葉が紛れもない真実だと言うことであり、事実街を見下ろす彼の目は路傍の石ころを見るようであった。今、眼下では虐げられていた下級身分の吸血鬼達が武器を持って立ち上がり王城を目指す。刃向かう庶民など容赦なく兵士に斬り殺されるが、其の兵士もまた突如反転して主へと牙を向く。

 

 この日、吸血鬼の国は未曾有の大混乱に見舞われていた。

 

 

 

 

 

 

「……待っていて、ミリキャス。直ぐ貴方を抱き締めるから」

 

 雪を踏みしめる音が静かな森に響く。地面も木々も純白に染まる中、吸血鬼の城に進入し『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』の所有者であるヴァレリーを連れ去ったグレイフィアの口からは白い息が漏れ出し、流した涙は忽ち凍てつく寒空の下で氷の結晶と化す。

 

 突如勃発した暴動によって混乱に陥った城に侵入するのは容易く、ヴァレリーを連れ去るのは拍子抜けするほど容易だった。

 

 上手く行き過ぎだと、冷静な彼女ならば思っただろう。だが、我が子を失った母の悲しみが、復讐を許されない屈辱が、失った息子を取り戻せるという希望が、失敗する訳には行かないという焦燥が現実から目を逸らさせる。我が身に付いた操り人形の糸に気付かぬまま、グレイフィアは冥界へと通じる魔法陣の隠し場所へと突き進む。

 

「ん……」

 

 眠らせたヴァレリーが寝言で何やら言っているが、今は気にする暇もない。ただ、グレイフィアは彼女を悪く扱う気はない。いや、虐げられている半吸血鬼を救い出すという大義名分で自分を騙しているからこそ今回の行動に出られたのだ。

 

 全く関わりのない種族から貴族の子女を連れ去るなど、今の冥界の、混乱を来たしている悪魔社会に更なる混乱と苦境を招くだけだとグレイフィアとて分かっている。だが、それでも会いたいのだ、抱きしめたいのだ。失った我が子の笑顔をもう一度見たい。その気持ちだけが原動力だ。

 

 

 

 

「あっ! 此処までご苦労様です。ヴァレリーを助けるのにご協力頂いて有難うございます」

 

 だからこそ、我が子を殺した仇敵の仲間が目の前に現れた時、グレイフィアは何が起きたか理解できなかった。

 

 

「な、なんで貴方が……」

 

「だって僕の代わりにヴァレリーを攫ってくれた貴女から彼女を受け取る必要がありますから」

 

 この瞬間、グレイフィアは全てを理解した。匙にヴァレリーの情報を漏らしたのはギャスパーだ。そしてそのギャスパーの目当てはヴァレリー。まんまと嵌められた、そう悟ったグレイフィアの頭に血が上るより前に首が飛ぶ。唖然とした表情のまま、姿を消して背後から忍び寄った龍洞に刎ねられたグレイフィアの首はクルクルと宙を舞い、飛び出た血が白い雪を赤に染める。

 

 

 

「若様、コレはどうします?」

 

 ギャスパーは仰向けに倒れる首なし死体を蹴りつけ、龍洞は背後からやって来た兵士達を手招きする。彼ら全員既にギャスパーが創り出した魔獣に寄生された者達だ。

 

「取り敢えず今回支配した者達に辱めさせた後で誘拐犯の死体として提出させなさい。そろそろ暴動も鎮圧させる頃ですし……妻の無残な死体を見たサーゼクスがどう出るか楽しみですね」

 

「そんな事よりも、今日は一旦ヴァレリーを京都に預けますし、ついでに出席する宴が楽しみです」

 

「私もです」

 

 

 

 後日、サーゼクスの元にズタボロされた屍姦済のグレイフィアの遺体が届けられる。この者に貴族の一人が連れ去られたという手紙と共に。その手紙は敵対する貴族にも送られており、先日のロキ率いるフェンリル達との戦いで親友であるアジュカ等の有力な味方達と右手を失った今の彼には余りにも辛い知らせだった。

 

 

 

 現政権が作り上げた悪魔社会。他種族を踏みにじってでも手に入れようとした安寧と繁栄は静かに終わりを迎え始めた……。 高校生活にはイベントが目白押しだ。その中でも修学旅行は格別だろう。この日、駒王学園二年生は新幹線に乗り京都へと向かっていた。

 

 ただ、生徒達の顔は晴れやかとは言えない。4月から相次いで生徒が次々と姿を消し、転校していった。その中でもリアス・グレモリーや支取蒼那、木場祐斗などの特に人気があった生徒が居ないのが特に影響しているだろう。

 

 そんな中、喜色を浮かべている生徒も居た。

 

「……車内販売侮りがたし」

 

 山のように積まれた弁当箱の空き箱に更に一個積まれ、新しい弁当に手が伸ばされる。コンビニの新作弁当を町にある全部の種類のコンビニで買い求め、更にスーパーの弁当に駅の売店の弁当、そして車内販売の弁当、その全てを平気で食べている者こそ仙酔龍洞。

 

 彼は今、故郷である京都に行く道中で小腹を満たしていた。

 

 

「いや、よく入るな、そんなに」

 

「何処に入ってるんだよ……」

 

 呆れ顔なのは修学旅行で同じ班になった元浜と松田。イケメン王子と呼ばれていた木場が居なくなった今、女子の人気が更に上がった龍洞を利用すべく班に誘い、彼らを使って女生徒を避ける為に龍洞は誘いに乗った。

 

 尚、既に彼らへの嫌悪を利用して女性を避ける術を発動しているので二人の思惑は潰えているのだ。

 

 

 

 

「そういや仙酔って京都出身なんだろ? しかも凄い金持ちとか」

 

「芸者さんのお店とか良い所知ってる?」

 

「聞いたことはありますが利用はしていませんね。……あと、行くのなら自腹でお願いしますね」

 

 そんなこんなを話している内に新幹線のアナウンスが到着間近だと告げる。そして京都駅のホームを出た瞬間、途轍もない殺気が向けられた。

 

 

 

 

(狐が……二十匹程。随分と殺気立っていますね)

 

 ちらりとカバンに付けた勾玉の首飾りに目を向ける。昔、協定を無視して襲撃をかけた際、京都の妖怪の多くを支配する九尾の姫の夫を殺したのだが、その彼の持ち物だ。

 

 今回、態々其れを目立つようにして持って来いと言われていたが、効果はあったようだと笑みを浮かべる。態とらしく手を振ると更に殺気が増したのだが襲っては来ない。今は一般人が居るからだと判断した龍洞はそのまま他の生徒と共にホテルへと向かっていった。

 

 

 

「アザゼル先生も転勤しちまうし面白くねぇよな」

 

「あの人なら遊び方とか教えてくれそうだったのにな」

 

 ホテルは二人部屋だが、生徒数が奇数だったので龍洞だけは一人部屋だ。松田達と一旦別れ、部屋に着くなり背後から手が伸びる。全く抵抗をしないまま龍洞は目を手で覆われた。

 

 

 

 

 

「だーれだ?」

 

「私の愛しい妻である清姫」

 

「正解です、旦那様」

 

 龍洞は振り向くなり清姫をお姫様抱っこするとベッドまで運び、そのまま覆いかぶさる。慣れた動きで着物を脱がし、全身をまさぐった。

 

 

 

 

「あ、あの、僕も居るんですけどぉ? ……もう無駄ですね、分かってました」

 

 ギャスパーは大きく溜息を吐き、バスルームに向かっていく。二人はシャワーよりも風呂派であった。

 

 

 

 

 

「まさか部屋に着くなり寝ちまうとはっ!」

 

「早く女子と合流しなくては!」

 

 三時間後、()()()部屋で眠ってしまっていた松田と元浜はこの機に彼女を作ろうと女子を探しながら京都を散策する。その隣に龍洞の姿がないのだが、二人に気付く様子は無かった。

 

 

 

 

 

 

「……さてと、そろそろ出て来たらどうですか?」

 

「態々此方から襲いやすい場所に来たというのに無礼な方々ですこと」

 

「こっちは急な帰還命令で学校をサボってきたんです! じゃ、邪魔しないで下さいぃぃぃぃ」

 

 一方、龍洞達は人気のない古びた神社の前で立ち止まると武器を取り出す。龍洞は刀を抜き、清姫が扇を口元に当てると蛇の形の炎が彼女の周囲を舞い、ギャスパーは情けない声を出しながらも何時でも神器を発動出来る様にする。

 

 其れに応えるかの様に現れたのは武装した妖怪達。狐の面を被り、武器を構え一歩ずつジリジリと寄ってくる。そんな中、一人の巫女服の幼女が現れた。

 

 

 

 

「悪鬼共め! 母上を返せ!!」

 

「おや、九尾の姫の娘ですね。確か九重でしたっけ? 私は九尾の姫が攫われたなど聞いていませんが?」

 

「恍けるなっ!! 父上でだけではなく母上まで害そうとは許せぬっ!! 者共かか……」

 

 九重が配下の者達に命令を下そうとした時、龍洞はカバンに付けていた首飾りを外し、其れを見せ付けるように突き出すと九重の表情が固まる。物心つく前に父を失った九重にとってその首飾りは形見であり、一部のものが襲撃をかけた為に慰謝料として奪われてしまった物だ。

 

 固まったその顔を見て笑みを浮かべた龍洞はゆっくりと前進し。九重が容易に受け取れる様にしゃがむ。返してくれるのかと九重の顔に希望が宿った。

 

 

「これ、もう要りませんね」

 

「な、なら……」

 

 返して欲しい、そう九重が告げるよりも前に首飾りは地面に落ち、龍洞の足が踏み下ろされる。勾玉が砕ける音が響いた。

 

 

 

「な、何で……それは父上の」

 

「今は私の物ですから壊そうが捨てようが勝手です。……ですがまぁ、()()を放置するのも駄目ですよね。……清姫」

 

「はい、旦那様」

 

 清姫の口から青い焔が吹き出し、首飾りの破片を焼き尽くす。後に残ったのは白い灰だけで、九重がそれに手を伸ばすよりも前に風が吹いて飛んでいった。

 

 

 

 

 

「……てやる」

 

「おや、震えていますが寒いのですか?」

 

「殺す! お主だけは絶対に殺してやる!!」

 

 涙をポロポロと流しながら九重は狐火を操り、配下の者共も一斉に武器を構える。一触即発の空気の中、九重達の動きが停まった。

 

 

 

「ご苦労様です、ギャスパー。……ご褒美は狐の襟巻きで良いですか? どうせ九尾の姫は大婆様の仕業でしょうし」

 

「でしょうね」

 

 あの人ならやりかけないと二人が思った時、背筋に冷たい物が走る。錆び付いた絡繰の様に振り向くと其処には刀を構えた皐月姫が立っていた。

 

 

 

 

「うむ。久しぶりだな、二人共」

 

「「お久しぶりです、師匠!!」」

 

 一瞬で二人の顔が青褪め、即座に土下座。もはや九重達の事など忘れ去り、気温。が高いのにガタガタ震えていた。

 

 

「お久しぶりです、皐月姫様。先日帰還した時はお会いできなくて残念でした」

 

「ん。久しぶりだな、清姫ちゃん。どうだ? 馬鹿弟子とは仲良くヤってるか?」

 

「はい。毎日可愛がって頂いています」

 

「そうか。それは結構。……おい、馬鹿共。何時までそうしている? 立ち上がらないのなら足は要らないという事だな?」

 

 即座に立ち上がる二人。皐月姫は僅かに微笑むと何もない空間目掛けて刀を振るう。空宙に切れ目が入り、悪鬼の住まう屋敷が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、言うのを忘れていた。お帰り。元気そうで何よりだ」

 

 そう言って向けた笑顔は彼女に恐怖する二人でさえも安堵を覚える優しい物だった。



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無限龍の子 1

「お前の病気は私が絶対に治してやる」

 

 あの頃、慕っていた父は僕の肩に手を置きながらそう言った。幼い子供にとって親は絶対的な信頼の対象で、母親は僕を捨てて逃げたと聞かされていたから、幼い僕にとって父は唯一無二の存在だったんだ。

 

 僕が父に連れて来られて過ごす事になったのは一面真っ白で無機質な部屋。重く硬い扉に取り付けられた食事を通す穴以外は外と繋がっている物といったら監視カメラとスピーカー。部屋の中にあるのは机と椅子とベッドとトイレだけでまるで囚人の様だったけど、これが普通だと聞かされていた僕は父の言葉だからとすぐに信じた。

 

 今は辛いけど、父は僕の為に頑張ってくれるんだから我慢しよう。純粋な幼心でそう決意した僕だけど、この日から僕の地獄は始まった。

 

 

「投薬開始します」

 

 手術室の様な部屋のベッドに拘束された僕の腕に注射針が刺さる。痛くて泣きそうになったけど、僕のためだからと聞かされていたから我慢した。だって、我侭を言って唯一の家族である父に嫌われたくなかったから……。

 

 最初は薬を注入されて様子を観察するだけだった。体の中に赤く熱せられた鉄芯を埋め込まれたみたいな熱を伴う激痛や、全身が凍りついたかのような寒さを感じ、其れでも僕は我慢した。

 

 だって、父は相変わらず僕に微笑みかけてくれていたから……。

 

 

 でも、毎日繰り返される投薬に僕の心は擦り切れていったよ。お前は強い子だから我慢できる、そう言った父の期待に応えたかったけど、痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが、徐々に僕の心を犯していった。

 

 実は薄々気付いていた。僕は病気なんかじゃなくって、父はテレビの悪の組織みたいに僕を実験台にしているんじゃないかって。でも、父を信じたかった。いや、信じるしかなかった。だって、たった一人の家族を失ったら僕は誰を信じて良いか分からなかったから……。

 

 

 

 

「今までよく頑張った。今日で手術は終わりだ、少し痛いけど頑張れるな?」

 

「うん! 僕はお父さんの息子だもん!」

 

 今でも偶に夢に見る光景。父は何時もよりも厳重に拘束された僕の頭を撫で、何時もの様に笑っていた。だから僕も笑い返したんだ。……父が僕を見る目が道具を見る目だって既に気付いていたのにさ。

 

 

 

 

 

 

「これで実験も終了ですね。成功すれば良いのですが」

 

「良い、じゃない。絶対に成功させるんだ。()()には貴重な研究素材を費やしたのだぞ」

 

「しかし所長も運が良いですよね。奥さんが絶好の素材だって分かったのに実験の途中で自殺されたけど、息子がそれ以上の適合率だったんですから。それで麻酔はしなくて良いんですか? 多分激痛で精神ぶっ壊れますよ?」

 

「貴様は馬鹿か? 後で洗脳するのだから心は壊していた方がやり易くて都合が良い。……始めろ」

 

 これは後々知ったことなんだけど、父は何処かの魔術師組織の研究者だったらしい。一部の者と繋がっていたからか何処の神話や勢力と繋がっていたかは分からないんだけどね。

 

 

 まず、最初に変化が起きたのは骨だった。肥大化し先端を鋭く枝分かれさせた骨は急成長をしながら肉や皮を突き破り、体内では内臓を貫通した。そりゃ痛いってモンじゃなかったよ。当時の僕はまだ四歳で声も上げられなかった。次に風船が破裂するように皮膚が弾け、肉が蠢き肥大する。粘土細工のようにウネウネと姿を変え、龍の鱗が現れたり、鋭い牙を持つ無数の口が体中に出来たり、目玉が瞬時に沸騰したり、今でもハッキリ覚えているよ。

 

 痛かった。死にたいとさえ思った。でも、其れでも僕は死ねなかった。破裂した皮膚は無理矢理折りたたまれるように動いて癒着して、目玉も物を押し出すように新しい物が作り出される。死は何よりも恐ろしいって言うけれど、死にたいのに死ねないってのも恐ろしものだよ?

 

 

 

 

「ははははは! 見ろ、お前達! あの再生力! そして体中に現れ続ける千差万別な特徴! アレの身体を調べた時に確信したよ! 天は私に究極のキメラを創り出せと言っていると! 悪魔、天使、魔獣、そして龍の細胞すら適合してみせるアレの存在こそがその証明だ!!」

 

 僕が、実の息子が苦しんでいるのに父は笑っていた。まぁ、父である前に研究者だったって事だろうね。偶にこの時のことを思い出すけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……あっ、でも研究資料は有り難く相続させて貰ったけど。血縁者だもん、構わないよね。

 

 

 父も幸せだったんじゃないかな? 研究者として最高の瞬間、長年の研究が上手く行ったその瞬間に……死ねたんだからさ。

 

 突如起きた振動。何が起きたか、いや、何が現れたか外に居た警備の魔導師だけが研究所の人間の中で唯一知れたんだ。突如空いた次元の穴から現れた巨大な赤い龍。その存在を知っていたのに。知っていたからこそ恐怖で混乱したのかな? どうも攻撃しちゃったみたいなんだ。

 

 蚊に刺された以下、何も感じない程の力の差が有ったけど、まぁ資料によれば見ていただけで怒りを買った奴も居るらしいし、当然の結果なんだろうね。一瞬、否、刹那で研究所は消し飛ばされた。跡に残ったのは大きなクレーター。其処には生物が居た痕跡すら残っていない。誰一人として生き残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……僕を除いてね。そんな中、僕だけは生き残った。うん、父さんに感謝だね。あの人の実験のお陰で不死身に近い再生能力を……あれれ? 抑も実験がなければ巻き込まれなかったのかな? ……別に良いや!

 

 

 ボロ雑巾以下の体は赤い龍が去った其の場所で再生を終えた僕の前に其れは現れた。僕の人生は此処から始まったんだ。

 

「グレートレッド追ってきたけど遅かった。・・・・・・・お前、何?」

 

「僕は・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソっ! 俺だけおっぱい見れなかったのにたこ殴りだよ、納得行かねぇ!」

 

「相変わらずイッセーは駄目だなぁ」

 

 近年共学化した駒王学園、僕も通う其処には三名の変態がいる。その中の一人が僕の前で愚痴をこぼす兵藤一誠、通称イッセー。覗きや猥褻な品の校内持ち込みの常習犯で女の子からは蛇蝎の如く嫌われている有名な変態だ。

 

 根は悪人じゃないんだけどエロが絡むと常識とか倫理が飛んでいくのが欠点だね。僕とは中学の時から残りの二人と共に仲良くやってる。イケメンだなんだって目の敵にするような事を言ってくるけど、其れでも遊びに誘ってきたりするんだ。

 

「覗きで退学にでもなったらオバさん達泣くよ?」

 

 ぷいって顔を背ける辺り、悪いことだって自覚は有るんだろうね。でも 、どうして捕まらないのかな? やっぱり共学化したばかりで性犯罪が発覚したり、其の制裁で暴力事件が起きてるからかな? 私刑も合法じゃ無いからね。

 

「汚い。教育機関汚い」

 

「どうしたんだよ、九龍?」

 

「いや、現代日本の教育における腐敗が嫌になってね」

 

 イッセーは訳が分からないって顔だけど、僕からすれば君の胸への執着こそ訳が分からないよ。実に興味深い。できれば脳を解ぼ・・・・・・・ゲフンゲフン。

 

 あっ、九龍ってのは僕の名字。僕は九龍 正義(くりゅう まさよし)って偽名を名乗ってるんだ。本名は捨てたから覚えてないや。

 

 

「よく分からないけど、学校経営者が隠蔽してるから俺達は退学にならないって事だな?」

 

「あ、うん。たぶん被害者の保護者が騒いだりするまではね。でも、続けてたら彼女できないよ? あっ! 実は松田や元浜とデキていて、覗きとかはカモフラージュとか?」

 

「阿呆かぁあああああっ!」

 

 無論冗談。にしても退学にも停学にも成らない理由って・・・・・・・昼と夜に分かれて管理してる彼女達の為かな? 汚点を作らない為にって・・・・・・・どうでも良いか!

 

 

 

「んな事よりも帰りに四人でカラオケ行かねぇ? お前が居るとナンパが成功しやすいんだ」

 

「でも、女の子達は結局僕の周囲に集まるよね? 拗ねた君達の相手面倒臭いし、今日は用事が有るから一人で帰るよ」

 

 何度も繰り返してるのに懲りないなぁ。其れでも遊びに誘ってくれる辺り、友達って認識に間違いないんだろうけどさ。

 

 

 

 

 

 帰り道、校庭で擦れ違った紅髪の悪魔に少し敵意の籠もった視線を向けられたけど気にせずマンションへと戻る。一通りの生活の道具や趣味の品が有るんだけど、実は此処は本当の家じゃない。常人には見えない魔法陣を使い転移した先、其処こそが僕の家であり、家族が居る場所なんだ。

 

 

 

「えっと、負けい・・・・・・・旧魔王派からの依頼の品は三番の引き出しに入れていて、中二病達から経過報告を纏めたら・・・・・・・後回しで良いや! ただいま、オーフィス」

 

 面倒なことは後回し! 今は大切な家族の顔を見るのが先決だ!

 

 

 

 

 

「ん。おかえり、正義」

 

「あっ、姿変えたんだ」

 

 出会った時お爺さんだった家族がロリになってた。・・・・・・・取りあえず前面露出で胸にバッテンシールとか僕の趣味と思われたくないから別の服を着せよう。

 

 

 あっ、僕は高校生兼魔術師兼テロ組織の研究者をやってるよ。たった一人の家族の為にね。

 

 

 

 



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無限龍の子 2

 最初はまぁ、僕も一人になるのが怖かったからだし、オーフィスも僕の中の力に興味を持っただけの希薄な関係だった。取りあえず僕の家で一緒に暮らすことになって、代々造って来た命令に従うだけの感情も自我も存在しない人造人間(ホムンクルス)に世話をさせて、人里離れた其処で暮らしたんだ。

 

 力の使い方は研究資料や、僕と同じ研究対象だった母さんの日記で知って覚えた。そうしないとオーフィスは僕の側から居なくなるって思ったから。人形同然の使用人を除けば僕の周囲には誰も居なくなったから、会ったばかりでも僕を見てくれたオーフィスが居なくなって一人になるのが嫌だった。

 

 

 

「ん、正義、手を繋ぐ。このくらいの身長差の時、よく手を繋いでた」

 

 子供の頃は大きく見えた父親の背中が成長したら小さく見えたって感じの歌詞があったけど、まさか本当にそうなるとは思わなかったよ。幼女になったオーフィスの手は小さく、昔とは逆に僕の手が包み込んでいる。相変わらず無表情だけど、今の僕にはオーフィスの機嫌が良いって分かるよ。きっと勘違いじゃなくって、本当に絆を結べたんだと思う。

 

 少なくても僕にとってオーフィスは親なんだ。だから僕だけはオーフィスを裏切らないし、どんな結果が待っていたとしても願いを叶えて上げたいと思う。其れが僕なりの親孝行だ。

 

 

 

 

「おい、小僧! 例の物は出来ているのだろうな!」

 

 だから、其のオーフィスを利用しようって奴らは僕の敵だ。例えばこのシャルバ・ベルゼブブ。先の大戦で魔王が死んだ際、此奴等は先見の明を持たず、感情のまま戦争続行を唱えてクーデターを起こされた。結果、名だけの役職すら与えられず、危険視して処刑も抹殺もされずに辺境で特に監視もなく放置されていた。

 

 まぁ同情はするけど、血筋以外に武勲とかの誇れる物が無くて、プライドと部下の数だけは多い負け犬さ。オーフィスの故郷を奪ったグレートレッドを倒す手伝いをするって近付いて来たけど、嘘だって事は理由付きでオーフィスに伝えてある。

 

 え? ならどうして処分していないかって?

 

「はい、これがオーフィスの蛇に改良を加えた『魔神丸(まじんがん)』だよ。一個摂取で魔王級の力が付与されて、二個三個と短時間に摂取すると効果が跳ね上がるんだ。・・・・・・・ただし、二十四時間のインターバル無しに四個目は危険だよ。破って副作用が出ても僕は責任取らないからね?」

 

「ふん! 多少頭がキレるだけの人間に責任など求める事態に陥るはずがないだろう。下らぬ事を言う暇が有るなら馬鹿な偽りの魔王共から金を更に巻き上げる方法でも考えていろ!」

 

 僕が渡した紙袋の中の黒い丸薬を見詰めながらシャルバは偉そうな態度で去っていく。これが僕が奴らを放置している理由。被験者は多い方が良いし、大っぴらに動いてくれれば僕にも都合が良い。今のままじゃ入手できる研究材料の種類も頻度もたかが知れているからね。

 

 

 

「正義、シャルバ消して良い?」

 

「駄目。その内ね。・・・・・・・そんな事よりも『魔獣母胎(グレートマザー)』の所に行こう。・・・・・・・そろそろ次のが成っている筈だよ」

 

 オーフィスの力を利用したい奴らが作った組織の名は『禍の団(カオスブリゲード)』。そのアジトにはオーフィスの力で封印してて僕かオーフィス、そして同行する時のみ彼奴の三人しか入れない場所がある。全部僕のための部屋。研究室や作品が置いてある部屋で、今から向かうのは作品の一つ、人工神器『魔獣母胎(グレートマザー)』の保管室。馬鹿共を出し抜くための大切な部屋だ。

 

 

 

 

 

 

「さあ今日も頑張って準備をしよう。例え世界を滅ぼしてもオーフィスの願いを叶えてみせる!」

 

「ん、頼りにしてる」

 

 その結果、一人になっても、死んでしまっても構わない。僕は大切な家族の為なら何だって我慢してみせるさ・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、イッセーが告白された。悪戯に三千円」

 

「罰ゲーム・・・・・・・は悪戯と同じか。 ドMもしくは破滅願望に五千円」

 

「・・・・・・・なら僕は大穴で本気に一万円」

 

「テメェらぁああああああっ!」

 昨日、他校の生徒にまで変態が知れ渡っているイッセーが告白されたという話題になって、中学からの付き合いの僕達三人の反応がこれだ。我ながら酷いとは思うけど、事実はもっと残酷だから怒らないでよ、イッセー。

 

 先日、街に堕天使が侵入して廃教会に潜伏してる。でっ、堕天使は、聖書の神が見境無しに人に宿した不思議な道具である神器(セイクリッド・ギア)の中でも力の有る物を危険視してて、死ぬと分かってて抜き取ったり所有者を殺したりしてる。

 

 でっ、イッセーに告白してきたのは堕天使。はい、イッセーが狙われてるね、確実に。これが他人なら狙う理由も理解できるし放置か横取りだけど、友達なら話は別だ。

 

 

 

 ・・・・・・・街を管轄してるリアス・グレモリーがもう少しちゃんとしていればなぁ。廃教会は何処の管轄でもないから居座るのは拙いのに放置しているし。・・・・・・・侵入には気付いているけど、もしかして居場所は分かっていない?

 

 彼処が放棄されているなんて直ぐに分かるし、一年の頃から居るはずの管轄者が知らないわけがないか。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・仕方ないか」

 

 三人に聞こえない程度の声で呟く。出来れば平穏に過ごして貰いたかったんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

「イッセー・・・・・・・」

 

「ん? うぉおおおおおおおおお!?」

 

 帰る途中、人気のない所で背後から話しかけるなり共に転移する。場所は摩天楼の如きビルが建ち並ぶ異国の遥か上空。勿論見えなくしているし、空中で止める。普通なら夢か幻と思うけど、頬を打つ風や行き交う車の音が否が応でも現実と教えてくれる。

 

 

「実は僕は魔法使いなんだけど・・・・・・・信じてくれるかい?」

 

「・・・・・・・お、おう」

 

 うん。やっぱり論より証拠。分かり易い説明は実践だね。只頷くしか出来ないイッセーを見ながら僕はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

「夕麻ちゃんが俺を狙ってる!? そのセイク・・・・・・・何とかいう奴の為に!?」

 

 取り合えずとカフェに入り話を始めること数分。最初に分かり易い形で例を見せたからかイッセーは此方の世界、ファンタジー小説みたいな話をすんなり信じてくれた。

 

 

「いや、魔法使いが居るなら堕天使も居るんだろうけど・・・・・・・」

 

「半信半疑なのは分かるけど・・・・・・ 友達の僕と初対面で惚れた理由も言わない彼女のどっちを信じてくれるんだい?」

 

「・・・・・・・お前?」

 

 少し間があったし疑問符が付いているけど、友達になって長いから何とか信じてくれて一安心。さて、次の段階だ。僕は何を宿しているか確かめる為、僕は魔法陣を出現させてイッセーの頭に手を翳す。・・・・・・・結果、予想以上に事態は最悪だった。

 

 

 

「きゅ、急に深刻な顔で黙り込むなよ。・・・・・・・ヤバい物なのか?」

 

「・・・・・・・端的に言うと世界最強クラスの赤いドラゴンを宿した籠手で、多分このままだと暴走して死ぬか、宿主は関係ないのに毎回の様に争ってる白いドラゴンを宿す奴に殺される。・・・・・・・其奴は堕天使の仲間だし、堕天使に取り入って暴走しないように鍛えても貰えない」

 

 流石にテロリストになれとは言えないし、感情で動く奴だから組織には向かないから居てほしくないし・・・・・・・あっ、うん。恩を売るついでに押し付けよう。敵になっても殺さないでおける力だし。

 

 

 

「・・・・・・・ねぇ、イッセー。人間辞めるのと死ぬの、どっちが良い?」

 

 僕の説明を受けて絶望で固まっている友人に対して言った其れは正しく悪魔の囁きだったんだろうね。

 

 

 

 

「・・・・・・・お、おい。本当にこの二人が?」

 

 夜、僕は魔法使いとして呼び出した二人の前にイッセーを連れてきた。一人は二大お姉様と呼ばれて男女問わず人気のリアス・グレモリー。もう一人は生徒会長の支取蒼那ことソーナ・シトリー。どっちも実は悪魔の貴族だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、急な話だけど訊かせて貰うよ。・・・・・・・伝説の二天龍の片割れが欲しくない?」

 

 冥界で行っているとある研究のせいで僕に対して敵意さえ向けている二人だけど、その表情が驚愕に染まった。

 

「ちょっと待って! 話が急すぎて・・・・・・・」

 

「じゃあ、本人ならぬ本龍に説明して貰おうか。頼むよ、ドライグ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『非常に遺憾だがこの小僧は俺を宿している。・・・・・・・非常に遺憾だがな』

 

 イッセーの腕に出現した赤い籠手。その宝玉が光って発せられた声に二人は固まる。・・・・・・・うん。やっぱり無理に起こして良かった。僕は信用されて居ないし嫌われて居るけど、こうやって証拠を示せば楽で良いや。



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無限龍の子 3

 暗く湿り気を帯びた部屋、其処に巨大な薔薇が存在する。いや、薔薇みたいな奇妙な植物と言った方が正しいかな?

 

「また沢山出来た。これ飲んだら我も強くなる?」

 

 オーフィスは茨に生った一抱えもある巨大な実をもぎ取ると興味深そうに見詰めながら二つに割る。中は空洞になっていて、虫が卵を植え付けた実の様に中で黒い物が蠢いていて気持ち悪かった。

 

 少し前、ヘラクレスって奴が所属していたんだけど、僕が栽培していた虫を育てる為の果物を勝手に食べて……うげぇ。噛み潰されて出た体液とヘラクレスの涎に塗れた大量の虫を口から吐き出した姿を思い出しちゃった。

 

「それは無理かなぁ。元はオーフィスから産まれた物だし、これを幾ら摂取しても元よりは強く成らないんだ」

 

 蠢く物体を摘みオーフィスに手渡す。試しに飲んでみたようだけどやっぱり強さに変動はない。この蠢いているのはオーフィスの蛇の劣化品。だけど通常よりも強めのを用意して貰ったからシャルバ達が有り難がっていた物と同等かな?

 

「むぅ。残念。……次は『魔獣母胎(グレートマザー)』で何を作る? 我、ミノタウロスが良い!」

 

「そう言えば暫く食べてないね、ミノタウロス」

 

 僕が指を鳴らすと天井に魔法陣が出現し、研究用に捕獲していたミノタウロスが転移してくる。そのまま重力に従って床に激突……する前に薔薇の中央から伸びてきた舌に絡め取られ飲み込まれる。丸呑みにされたミノタウロスは断末魔を上げる暇もなく溶けて行った。

 

 

「何時頃出来る?」

 

「ミノタウロスなら半日かなぁ。味を落とさない為に其れくらい掛かる」

 

 この薔薇みたいな植物こそが僕が創り出した人工神器『魔獣母胎(グレートマザー)』。特定の種族限定だけど食べさせた対象の劣化した存在を大量に生み出すのが能力さ。勿論、僕の忠実な下僕としてね。他の欠点といえば強さとかによって生産される時間に差が有る事だね。

 

 

 

「じゃあ、オーフィス。少し付いてきて。……面白い物を作り出したんだ」

 

「面白い物?」

 

 オーフィスは首を傾げながらも疑う事無く僕と手を繋いで其の部屋に向かう。……気に入ってくれたら良いんだけど。

 

 

 

 

「……此処、次元の狭間?」

 

「正確には其処を模した空間かな? 寛げる部屋が欲しいかなって思ってね」

 

 オーフィスを連れて来たのは僕達しか入れない通路の先に新しく作った部屋。其処には静寂と闇が広がっていた。オーフィスの目的は故郷である次元の狭間をグレートレッドから奪い返す事。其れには戦力が必要で。集まった戦力はオーフィスを利用したいだけなのが殆どだ。

 

 だからまぁ、僕の準備が整うまで気晴らしに使って貰えたら良いなってこの部屋を用意した。広さは駒王学園の敷地位しか無いけどね。

 

 最悪、此処を更に広くした空間にグレートレッドを閉じ込めるってプランも考えている。次元の狭間で泳げていたら満足らしいし、上手く騙せるなら其れで良いんじゃないかな? あっ、オーフィスに妥協させる気はないよ?

 

「どうかな?」

 

 少し不安になりながらも尋ねると、何を思ったのかオーフィスは僕の体に攀じ登り、小さな手で頭を撫でてきた。

 

 

 

「ん。感謝する。我、正義を拾って良かった。我の自慢の子。……どうした? 何処か痛むのなら我が摩る」

 

「……大丈夫。人ってのは嬉しくても泣くものなんだ」

 

 ……あ〜、やばい。久々に涙が出た。自慢の子かぁ。頑張って創ったかいがあったね。

 

 

 

 

「じゃあ、一緒に少し休む。次元の狭間に似た此処と、正義。この両方で我、凄く落ち着く」

 

「はいはい。少しお昼寝しようか。……其れ共今代の赤龍帝について話そうか?」

 

 さてと、最近研究で忙しかったしのんびり話そう。親子の会話って大切だもんね。

 

 

 

 

 思えば父とはあまり話をしなかった。死んだって聞かされている母は顔も知らない。……ただ、少し疑問がある。写真も絵も一切家には残っていなかった。日記は書庫に紛れ込んでいた一冊だけ。まるで何かに怯えるかのように、あの人は自分の妻の存在を抹消しようとしていた……どうしてだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は眷属にするのは無理ですね。駒が足りないでしょう」

 

 ソーナ・シトリーは然程残念でもないようにそう言い切る。あぁ、最近眷属増やしたんだっけ? 確かに神滅具は魅力かもしれないけどイッセーは素行がアレだし、叶えたがっているって聞いた夢には向かないか。じゃあ、リアス・グレモリーはどうだろう。

 

「……ねぇ、お兄様から聞いたのだけど、例の腕輪って今有るかしら?」

 

 まぁ、そうなるよね。イッセーの校内での評判は最悪だし、何か切っ掛けがあって興味を惹かれない限り。この人、身内になったら甘いけど、そうじゃないと無関心な所があるし。

 

「……あの腕輪なら私もお姉様から聞いています。少し興味がありますね」

 

「うん。一個だけ有るよ。っと、イッセーに説明しなきゃね」

 

 僕は魔法陣を出現させて腕輪を一つ取り出す。表面がツルツルとしていて小さな液晶画面が付いている白い腕輪。此れは悪魔貴族の要望を叶える為、多額の研究資金や成功報酬の代わりに創り出した一品。其の名も『試用の腕輪(トライアル・リング)』。

 

 貴族は『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』で眷属を増やすんだけど、駒には其々価値が有る。例えば戦車(ルーク)なら兵士五個分、とかね。でも五個分の駒で転生させたけど実は一個から四個分の価値しかなかった。とかのケースもある。

 

 でも、駒は一人一セットまでだから取り返しは付かない。交換もある程度制限があるしね。

 

 

「この腕輪を嵌めて液晶画面に兵士(ポーン)を翳せば其奴が何個分の価値が有るかが分かるし、腕輪に吸い込ませる事で一時的に眷属に出来るんだ」

 

 不正防止の為に使用限度期間があるし対象一人に一回しか使えない上に、完成品は政府が管理して貸し出すらしいけどね。これは完成品で誰かに試験運用して貰おうと思っていた所なんだ。

 

 

 

「……此れがあればもっとチャンスが」

 

「じゃあ、早速試して良いかしら、兵藤君?」

 

「は、はい!」

 

 ソーナ・シトリーが興味深そうに腕輪を見詰める中、リアス・グレモリーの胸をマジマジと見ていたイッセーは言われるがままに腕輪を取り付け駒が翳される。結果は……『八個』

 

 

 

 

「……うわぁ。君の神器『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の価値を考えると宿主の価値って……0.1位?」

 

「酷いなっ!?」

 

 此処まで低いとは思わなかったよ。多分足りないからそれなりに身分の高い悪魔に紹介されて、僕は其奴に恩を売る気だったのにさ……。

 

 

 

 

「兎に角此れから宜しくね、イッセー! 私の事は部長と呼びなさい」

 

「はい、部長!」

 

 ……さてと、僕は早く帰らないとね。余計な事を言われる前に。

 

 

 

「貴方もこんな便利な腕輪が作れるのにどうしてあんな非道な研究をするのかしら?」

 

 遅かったか。イッセーは疑問符を浮かべる中、お嬢様方二人は不満そうだ。あれだね。死の商人呼ばわりされたノーベルの気持ちが分かるよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの研究は四大魔王の支援を得ている。世間知らずのお嬢様には分からないだろうけど、其の腕輪よりもずっと悪魔の為になるのさ」

 

 さてと、帰るか。其れにしても腹立つなぁ。夢の為であるソーナ・シトリーは兎も角、我が儘で貴族の学校に通わないお嬢様に僕の研究の何が分かるのさ。

 

 

 

 

 

 

 ……まっ、本当は悪魔の為じゃなくってオーフィスの為なんだけどね。

 

 



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無限龍の子 4

「人だ、人が食いたい」

 

 悪魔は眷属を増やすけど、其の全てが絶対忠実滅私奉公って訳じゃない。僕の目の前にいる獣の下半身に人の上半身の怪物の様な悪魔みたいに主を裏切って逃げ出した『はぐれ悪魔』も存在する。

 

 まぁ、悪魔社会って中世っぽい考えが未だ残ってるし、あの頃は貴族以外は家畜同然って考えだったし、実際、眷属悪魔を大切にしていない貴族は多い。理不尽な契約で眷属になったり、奴隷同然の扱いで耐えかねたり、元々いかれた奴で力を得て調子に乗った奴とか色々居るけど、今の冥界じゃ全部罪人ってのが基本。

 

 だって貴族に逆らったからね! 理不尽な様だけど、貴族社会だから仕方ないよね! 実際は使ったら責められたそうだけど日本にだって切り捨て御免とかあったし。

 

 

「一応確認するけど、君って元眷属悪魔で間違ってないよね? 使われた駒は……どっちでも良いや」

 

 そう、あまり関係ない。駒を宿しているかどうかが問題だからね。

 

「あぁ? お前、何を言って……」

 

 異形の存在であるはぐれ悪魔の前で僕の腕が蠢き変形する。目の前の巨体を掴める程に巨大になった腕の色は緑で無数のトゲが生えていて、相手が動くより前に全身を握りしめた。皮膚が破け肉を貫いて骨までトゲが届き、激痛で声すら上げさせない。

 

「苦しいかい? でも、魔王の捕縛許可リストに乗るくらい調子に乗った君が悪いんだからね」

 

 調べた結果、この悪魔はそれなりの数の人間を食べているらしい。典型的な調子に乗って力に溺れた例で、多分此奴が潜伏している街の管理者であるリアス・グレモリーにそろそろ討伐令が出る頃だろうね。だから早い内に済ませようと思って僕自ら来た。

 

 そろそろ腕の中で暴れなくなって来たので目当ての物を回収する。懐から取り出した小型のケースの中身は薬品が入った注射器。其れを血塗れになった相手目掛けて突き刺し注入すると異変は直ぐに現れた。もがき苦しみ、口からチェスの駒を吐き出すと、其処に居る奴からは悪魔の気配が消え失せた。

 

「……戦車(ルーク)か。出来れば女王(クィーン)が欲しかったんだけど」

 

 まぁ我が儘言っても仕方がないので瀕死の元はぐれ悪魔を研究所に転移させ、一応の礼儀としてリアス・グレモリーに討伐した事を書いた手紙を送りつけた。

 

 さて、帰ろうか。オーフィスと遊ぶ約束があるし、面倒だけど手紙に付けた盗聴機能で話を聞いておかないと……。

 

 

 

 

 

 

「巫山戯ないでっ!」

 

 手紙をグシャリと潰す音が聞こえてくる。これはかなり怒っているな。さっきから聞こえる声からして今夜は契約に誰も向かっていないみたいだけど、眷属達は主の怒りを遠巻きに眺めているみたい。

 

 

「まぁ落ち着いて下さい、部長。研究に使うからってリストに載っているはぐれ悪魔なら無条件で好きにして良いって魔王様が許可しているんですから」

 

「此処は私の縄張りよ! まず私に話を通すのが筋って物でしょう!」

 

 あ〜、明日煩く言って来そうだな、と僕が思っていた時、イッセーの声が聞こえてきた。

 

「あの、部長。九龍の奴がしてる研究が気に入らないからって嫌っているそうですけど……どんな研究なんっすか?」

 

 

 

 

「…悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を核にした人造悪魔『造魔(ぞうま)』、其れを造り出す為の研究をしているのよ。好きな力を持たせた好きな見た目の忠実な部下を人工的に作るだなんて、そんなの絶対に許せないわ!」

 

 リアス・グレモリーは怒っているし、ソーナ・シトリーも同様だけど、ちゃんと魔王や貴族達は支援してくれているんだから、其の理由を考えて貰わなきゃ。

 

 貴族悪魔は強く美しく忠実な眷属が手に入って満足。魔王達は無理な契約や、其れに伴う眷属のはぐれ悪魔化によって考えられる被害を減らし、それらによって受ける他種族からの反感を軽減できるって苦肉の策と思いながらも支援してくれているんだからさ。

 

 あっ、いや、ソーナ・シトリーはそんなの認めたら、唯でさえ少ない下級悪魔に与えられるチャンスが更に減るって思っているのかな?

 

 

「神だって天使を作ったし、人もクローンの研究を進めている。奴隷狩りを黙認するしかない現状よりはマシだと思うけどなぁ。……現実を知らないんだね、きっと」

 

 魔王二人は妹に甘いらしいし、そういった汚い部分をまだ知らなくて良いって思っているんだろうな。貴族の学校に通って情報を得たら違ったんだろうけどさ……。

 

 

 楽しみだなぁ。僕の造魔達が悪魔社会で重要な戦力になるんだ。……実に都合が良い。研究費も貴重な素材も魔王の支援があるから使い放題。グレートレッドを倒す為の戦力が揃うのが本当に楽しみだよ。



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 一目惚れって言葉は知っているけど、僕は生まれてこの方体験した事はない。僕の人生は親であるオーフィスの為にあるし、今の楽しい生活は其の序でのオマケ程度の認識だ。

 

 身体に電流が走る感覚とか、その人の顔が頭に浮かぶとか信じられないよ。

 

 

 でもこの日、僕は其れを体験する。そして其れは紛れもなく初恋だった……。

 

 

 

 

 

「……うげっ! 悪魔社会ってそんなにひでぇの?」

 

「悪魔って他種族見下してるからね」

 

 翌日、僕の研究について聞いたためか食ってかかってきたイッセーだけど、親切丁寧に洗脳混じりに説明したら納得してくれた。友達って良いね!

 

 まぁ適当に納得させたから良しとしようと思ったその時、ヴェールが飛んでくる。見ればシスター服の少女が転んでいた。イッセーは慌てて駆け寄るけど僕は立ち止まって其の様子を眺める。見知らぬ男二人が駆け寄ってきてもアレだし……って言うか、この街の教会って未だ堕天使が根城にしてる所だけだしね。

 

 多分他にターゲットが居ると思うんだけど、あの子、何処かで見たことがあるような。喉まで名前が出かけていた時、丁度イッセーと話しているのが聞こえてきた。

 

 

 

「アーシア・アルジェントといいます」

 

 あっ、堕ちた聖女、『魔女』アーシア・アルジェントだ。聞けばこの街の教会に赴任してきたとか。イッセーのも危険だからと堕天使が居ることを教えているし顔が微妙に強ばっている。道を尋ねられたが、目の前の善良そうな女の子を見捨てる訳にもいかず困ってそうだ。

 

 仕方ない。……押し付けよう!

 

 

 

 僕はそっとイッセーに耳打ちをした。

 

 

「……その子、聞いたことがある。教会の敷地内で悪魔を癒して追放された聖女だよ。因みに新撰組の隊員が屯所内で重傷を負った坂本龍馬を発見して、仲間に報告せずに傷の手当てをするみたいな物ね。……間違いなく君を狙った堕天使の仲間。傷を癒す神器を持ってるし戦いをするのかも知れない」

 

 忘れ物を取りに戻る振りをしてリアス・グレモリーに報告させに行き、僕は探るために道案内をすることにした。

 

 道中したのは何気ない会話。話す途中で認識したけど、この子は筋金入りのお人好しで世間知らずだ。善良な行為が絶対に正しいと思ってるタイプ。……だから騙されるんだよね。確か旧魔王派(負け犬)と繋がってる奴が聖女マニアだっけ。……あ~、成る程ね。

 

 引っ掛かっていた物全てが組み合わさり、一つの絵が出来上がる。この子の運命も大体予想が付いた。

 

 

 

 

「じゃあ、僕は此所で」

 

 関係ないし、探る意味もないから廃教会まで案内したから帰ろう。この子の神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』なら闇オークションで何個も買ったし興味湧かないし。

 

「あっ。お礼に中でお茶でも……」

 

 

 

 

 

「んー? 漸く来たんっすかー?」

 

 お茶の誘いを断ろうとした時だった。その子が中から現れたのは。金髪のツインテールに青の瞳。

 

 

 

 

 あっ、やばい。これが一目惚れか。この日、僕は一人の少女に恋をした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何処に、何処に居るの? 私の私の私の私の私の私の私の、愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい、大切な大切な大切な大切な大切大切な―――」

 ウチの組織には僕とオーフィスを除いて三種類居る。まずは旧魔王派の様に目的の為に利用する気だけの奴ら。次に英雄の子孫を中心とした人間の集まりである。英雄派はグレートレッドを自己満足の為に倒す気はあるようだけど、承認欲求と名誉欲の固まりだからオーフィスに牙を向く可能性も高い。

 

「にゃん! 暇だし何か手伝えることある? 頭脳労働以外で」

 

 最後に他の組織から追われたりしたはぐれ者達。この元猫妖怪でSS級はぐれ悪魔の黒歌も其れに該当する。仙術っていうリスクの高い技術を妹に強要することを企んだ主を殺し、仙術で暴走したとして指名手配されてるんだ。因みに妹は一緒に逃げても共倒れだからと一縷の望みに懸けて置き去りにした結果、殺されそうになったけどリアス・グレモリーの眷属になって助かった。

 

 まぁ、魔王の妹の眷属だから厄介事に巻き込まれやすいけどね。

 

「取りあえず集中してるから邪魔しないでくれる? 其の邪魔くさい脂肪の固まりを押し付けてないであっち行ってよ」

 

 彼女のことは嫌いではない。その場凌ぎにしか成らなかったけど、家族を守ろうと自分を犠牲にしたからだ。結果、妹には嫌われたけど。何か訳が有った筈って信じて貰えない所を見ると姉妹関係は其れほどでもなかったのかな? 主に過重労働させられてコミュニケーションを取る時間が無かったとか考えられるけどさ。

 

「え~? 正義くらいの男の子なら嬉しいでしょ? やっぱロリコ……ごめん、ごめん。でっ、何をしてるの?」

 

「害虫の品種改良。蝗と白蟻の繁殖力を劇的に高めてるんだ」

 

 僕達の目の前の容器にビッシリ入った虫の卵。下で光る魔法陣に反応してか時折蠢いて気持ち悪い。後はこれを所定の場所に置いたら作戦開始だ。

 

「こんなのどうするの?」

 

「現魔王と密接な関係の貴族の工場が河川に薬品を流出させているから、其れが原因で変異を起こした蝗に作物を食い荒らして貰うんだ。白蟻にはドラゴンアップルの木を食い荒らして貰うよ」

 

 確かに今の魔王は強い。サーゼクス・ルシファーとアジュカ・ベルゼブブは超越者と呼ばれ世界でも十本の指に入る実力者。……でも、それがどうかした?

 

 幾ら強くても、お腹が減らない訳じゃない。幾ら強くても、疲れない訳じゃない。幾ら強くても、眠らない訳じゃない。幾ら強くても、病気にならない訳じゃない。

 

 

 君達は僕の研究を社会を良くする為に使おうって考えて、僕も其れに協力して権利を任せて居るけどさ……忙しくなって大変だよね。民衆は結果を求めるから被害が出たら非難されて心労がたまりそうだね。

 

 

 

 

 

「そうそう。僕さ……恋をしたんだ」

 

「ロリ?」

 

 訂正。やっぱ此奴嫌いだ。

 

 

 

 

「黒歌、殺す?」

 

「殺さなくて良いよ、オーフィス。……今はね」

 

 取りあえず軽くモンペア気味のオーフィスをどうにかしないと。……って言うか何処から来たんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん~」

 

「どうかしたの、ミッテルト?」

 

 廃教会にて僕が恋した少女、堕天使ミッテルトは腕を組んで考え事をしていた。あの後折角だからとお茶を貰った僕を探るためか数度言葉を交わした彼女は僕に見覚えが有ったのか必死に思い出そうとしていた。

 

「いや、アーシアを案内してきた人間なんっすけど……何処かで覚えがあるような無いような」

 

「そんな奴なんてどうでも良いでしょう。其れより今はアーシアよ。どうも此所を支配する悪魔に怪しまれて居るみたいで使い魔を見掛けたわ。別の場所に移らないと計画に支障が出るかもしれないわ。私がアザゼル様達に愛される至高の堕天使に成る為にも……」

 

 どうもミッテルトの上司でイッセーを殺そうと近付いた堕天使、レイナーレがアーシアの神器を手に入れたいと思ってるみたい。……馬鹿だよねぇ。悪魔の縄張りで上を騙して勝手な行動する奴が神器を持ったところで没収されるだろうけどさ。それが組織ってもんだよ。

 

 

 

「あー! 思いだしたっすよ!」

 

 

 

 

 

「堕天使達は動きを見せないわね。イッセー以外に強力な神器を持っている人間が居るのでしょうけど。……少し興味が有るわね」

 

 僕のアドバイスを受けたイッセーから報告を受けたリアス・グレモリーは使い魔で監視する一方で次のターゲット(多分居ない)を探したいみたいだ。多分眷属にしたいんだろうね。ただでさえ欲望に忠実なのを良しとする悪魔で、更に甘やかされている貴族令嬢。コレクションを増やしたいみたいだよ。

 

 眷属が討伐対象を甚振るのも別に気にしないし、グレモリー家は情愛が深いって話だけど、自分に逆らわない相手に限るって後に付くだろうね。だから造魔には怒ってもはぐれ悪魔への人体実験には憤りを感じないみたいだ。

 

「あの、部長。流石に動きが不穏ですし、上に報告しては?」

 

 女王(クィーン)である姫島朱乃が意見するも首を横に振る。因みに彼女は実は堕天使の幹部であるバラキエルの娘なんだ。今は悪魔堕天使天使間で冷戦状態だけど小競り合いは起きているし、有事の際は人質か密通を疑われて拘束かな?

 

 騎士(ナイト)も元々は教会側の人間だし、イッセーに宿るドライグは各勢力から恨みを持たれている。……爆弾だらけだ。実は領地の悪魔に被害が出にくいように追い出されたんじゃ?

 

「駄目よ。此処は私の縄張りだもの」

 

 にしても貴族の学校で領地経営とかを学んだりする物だろうけど、家にも頻繁に帰っていない彼女は何処で学んでいるんだろう? 仕事を任された以上、未熟とかは言い訳には成らないよ、お嬢様。ほう・れん・そうを怠るなんてさ。

 

 

 誰かが巻き込まれたら、其れは君が加害者同然なんだからさ。

 

 

 

「でもまぁ、最終的に悪魔になるのを選んだのはイッセーだし、試用期間後に正式に眷属になったら其処から先は知らないや。……友達だから命は助けるかもしれないけどね」

 

 盗聴の魔術を切り、グッと背を伸ばす。研究用の植物を育てている『箱庭』のメンテナンスも終わったし、宿題でも終わらせて少し休もう。

 

 ……あれ? そういえば今日は何曜日だっけ? 確か昨日オーフィスが食べたがったコンビニスイーツの商品入れ替えが……。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方、確かアザゼル様が興味を持っていた研究者ね。……頭さえあれば良いし、手足をもいで連行しようかしら? 傷口はアーシアに癒させれば良いし」

 

 少しだけ眠りつもりがしっかり寝てしまい、夜ご飯を楽しみにしていたオーフィスに不満を口にされてしまった其の日の夜中、次の日が商品入れ替えだったと思い出し急いでコンビニを回ったんだけど、その帰り道に気紛れで徒歩で帰ったのが拙かったみたいだ。

 

 僕を挟む様に堕天使が三人。ミッテルト以外の堕天使で、矢張り人を見下しているのか僕を侮っている。あっ、よく見れば若白髪の神父と、彼に抱えられたアーシア・アルジェントがやって来た。

 

 

「へいへーい! レイナーレ様、その男をぶっ殺すんですか? こうスパっっと。さっき悪魔君を殺し損ねたからむしゃくしゃしてんっすよ、僕ちゃん」

 

「殺しちゃ駄目。此奴は生かして連れて帰るわ。手足だけにしておきなさい、フリード」

 

「正義さんっ!? 止めて下さい、レイナーレ様っ!」

 

 あー、うん。止めようとしてくれているけど、無駄だよ? 其奴ら、君を殺して神器を奪うつもりだし。レイナーレの許可と同時に僕に振るわれた光の剣や撃ち込まれる祓魔弾を躱しつつ、どうやって切り抜けようかと考える。そういえば堕天使を使った実験をしたかったけど、上が騙されている以上はぶっ殺したら拙いよなぁ……。

 

 って言うかフリードから人の血の香りがするし、何やってるんだよ、管理者。

 

 

「畜生っ! さっさとぶっ殺されやがれ!」

 

「何やってるの、フリード!」

 

「やれやれ、仕方ない。私が出よう」

 

「さっさと捕縛しましょう」

 

 あっ、他の二人も出てきた。あまり戦うとウザい紅髪が居るし、スイーツを早く持って帰らなきゃだし……よし、転移で逃げよう。……魔王に襲われたの知られると、護衛やら秘書やらを付けたがりそうで嫌だから黙ってようっと。

 

 

「なんだっ!? 爆発っ!?」

 

「町外れの様だぞ!」

 

 

 あ、はい。どうやら魔王以上に知られてはいけない相手に昨日の事が知られたようです。昨日、悪魔の仕事である契約の仕事に行ったら相手がフリードに殺されていて、更には襲われたイッセーの為に抗光力薬を渡したんだけど、持ち出した際に黒歌に見付かって何があったかを話したら……オーフィスにうっかり話しちゃったってさっき連絡してきた。因みに廃教会が吹き飛んだ。おかげで振動と音が学校まで伝わって教室がパニックだよ。

 

 

 あまり関わりすぎると次元の狭間を奪い返した際に影響が出るって言っているのにさ。一応気配を変容させるアイテムは渡してあるけど、一応様子を見に行かないと。

 

 僕は急いで廃教会まで転移する。リアス・グレモリー? 体の不調を理由に休んでいるイッセーが心配で探しに行ったみたい。眷属が向かう前にオーフィスの痕跡を消さないとね……。

 

 

 

 

 

 

「……不発弾って事で誤魔化せるかな? フリードの一件は迷宮入りかな?」

 

 それなりに広かった廃教会は瓦礫一つ残さずに消え去り、地面は深く抉れて水道管から水が溢れ出して底に溜まっている。土砂が周囲に舞い上がり、周辺の建物は窓ガラスが割れたり飛んで来た土砂で汚れたりと散々だ。……さて、オーフィスが居た証拠は消したし僕も帰ろう。少し疲れたよ……。

 

 

 

 これも全部あの我が儘姫のせいだっ! 何易々と侵入されているんだよ!

 

 

 

 

 

 

「……其れで、どうして彼女が?」

 

「黒歌から聞いた。正義、この堕天使が欲しいって」

 

 アジトの僕の部屋まで戻るとソファーに座ってお菓子を食べるオーフィスと、角で震えているミッテルトの姿があって意味が分からない。取り敢えず黒歌は媚薬でも大量に摂取させたあとで無人の『箱庭』に閉じ込めよう。

 

 

「えっと、大丈夫? 御免ね、色々と」

 

「ひぃっ!?」

 

「オーフィスも意味が違うから。一目惚れしたけど無理やり連れてくるのは……分からないか」

 

 態々言った僕が馬鹿だった。オーフィスは首を傾げている。そうだよね。分からないよね。……さて、この子どうするか。アジトまで連れてきちゃったし、このまま記憶を消して帰しても拙いよね。

 

 

 

「あ、あの、何でもするので命だけは助けて欲しいっす!」

 

 何でも……か。いや、邪な事は少しし考えてないよ? 僕も龍の因子混ざってるから通常よりも女の子が好きだけどさ。

 

 

 

「じゃあ三食と休日付きで実験体になって。命の保証はするし、後遺症が残る実験も……」

 

「するんっすか!?」

 

「取り敢えず秘密を話さないように術掛けるから」

 

「どっちなんっすかぁあっ!?」

 

 あっ、この子ツッコミだ。まぁ好みだしそれなりに大事にしよう。……オーフィスの邪魔にならない限りはね。

 

 

 

 

 

「……ってな訳で、この子を学校に通わせてね」

 

「急な話ね……。その子、堕天使でしょ」

 

 翌日、僕はリアス・グレモリーの所にミッテルトを連れて行った。どうやら抜け出していた様でアーシア・アルジェントが何故か本拠地である旧校舎の部室に居た。聞く所によるとイッセーと街で出会して、教会が吹き飛んだから仕方なく保護したらしい。

 

 

 

「実は僕、堕天使に襲われてね。其れで捕らえたから実験体にしようと思って。既に魔王側から向こうに話を通したら、イッセーを殺す以外は独断行動だから追放だってさ」

 

 嘘は言っていないよ? 昨日、この子以外の堕天使に襲われたのは本当だもんね。

 

「ちょっと待てよ、九龍!? 其奴、危ないだろ!? あのフリードって奴の仲間なんだぞっ!」

 

「力なら僕が許した条件以外で使えないようにしてるから大丈夫大丈夫。大体、それを言ったら君の仲間にもさ……」

 

 そう言いながら姫島朱乃に視線を向けたら睨まれる。怖い怖い。イッセーは訳が分からないって顔してるし、聞かされてないのかな?

 

 

「あっ、これ魔王様方の許可書」

 

「……何よ。もう手続きは終わらせてるんじゃない」

 

 自分の頭を通り越して話を通されたからか不機嫌そうだけど、知った事じゃないね。

 

 

 

「まぁ、そう怒らないでよ。……この研究はそれなりに重要だからね。ほら、ミッテルト」

 

「はいっす!」

 

 さっきから黙っていたミッテルトが背中の翼を広げる。でも、黒い翼じゃない。純白の天使の翼だった。

 

 

 

 

「堕天使を天使に戻す術式の経過観察及び、学校という集団の場で過ごす事による堕天防止薬の効果実験。天界と交渉を行う際に大きな切り札になる重要案件。……まぁ、この子を傍に置くのは別の理由もあるけどさ」

 

 むしろそっちの方が重要かな?

 

「別の理由?」

 

 

 

 

「僕を取り込もうと秘書やら何やらの名目で女の子を差し出そうとする貴族が多くてね。……正直言ってうんざり」

 

「リア充爆発しろっ!」

 

 パーティに呼ばれたら明白に色仕掛けを受けたりとか大変なんだよ。気苦労も多いし、睨まないで欲しいなぁ、イッセー。アーシア・アルジェントが君に向ける視線、少しだけど恋愛が混じっているし其れで良いでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 しかし勝手な行動をした下っ端とは言え、あっさり実験動物に差し出すとか思わなかったな。もっと交渉が長引くと思ったのにさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「総督、宜しかったのですか? 戻って来ても処刑でしょうが、何があったか聞き出す必要もあったのではないかと……」

 

「こんな時に悪魔との関係を悪化させてまでする事じゃねぇ。……あの性悪女が復活した今はな」

 

 目覚ましのけたたましい音に目を覚まし、僕はベッドから上半身を起こす。少し虚脱感を感じたけど、多分昨夜のせいだろう。オーフィスは次元の挾間を模した部屋が気に入ったのか最近は彼処で過ごす。朝ご飯を終えて僕が学校に行った後、帰るまでずっと過ごし、僕が寝る前にまた入っていく。

 

 まぁシャルバ達も服用したらどの様な事になるか知らないで魔神丸に満足しているからか何も言ってこない。いや、むしろ居たら目障り位には思っているのかな? 利用する気しかないからね。

 

「……う~ん。……あと五時間」

 

「駄目だって。遅刻どころじゃないよ、ミッテルト」

 

 めざましのアラームを止めようと伸ばされる手を掴んで止めると、渋々と言った様子でミッテルトが起き上がる。眠そうに目を擦り、昨日放り出した兎柄のパジャマとピンクの下着を探していた。

 

 そう。今の彼女は全裸で、更には僕と同じベッドだ。何故こうなったのか、簡単に説明するとこうだ。

 

 まず、旧魔王派やら英雄派とかの存在でアジトの居心地が悪いので研究中以外も僕の側に居ることが多い。オーフィスが怖いが僕の側が一番安全だと思ったらしい。

 

 次に打算が働いた。要するに色仕掛けで僕の中での自分の価値を上げようとしたのだろう。積極的に話しかけて来るようになったんだ。……其れでまぁ、最初の時にオーフィスから庇った事から吊り橋効果が現れたり、ストックホルム症候群の効果もあってさ。

 

 

 

「か、勘違いするなっす! ただの色仕掛けっすからっ!」

 

 とか言いながら真っ赤な顔でベッドに入って来て、堕天使って男を誘惑するのも仕事の内だし、知識はあったらしい。……あっ、うん。知識はね。どうもこういった体型に欲情する相手と偶々会わなかったせいで知識ばっかり高まって、僕も経験はないから、二人ともおっかなびっくり……恥ずかしいね、思い出すと。

 

 

 あっ、『本番』は未だだよ? 怖いって言ってるし、僕も無理にはしない。手や口、胸……もまぁ寄せて上げれば? で、僕も指とか舌とか使ってね。そんなこんなで関係は続いている。

 

 

「……うぇ。体が汗やら何やらで臭いっすよ」

 

「シャワー浴びる? お先にどうぞ」

 

「一応ウチはアンタの研究材料っすからね。先に浴びるって訳にはいかないし、其れに臭いのはアンタのせいなんだから背中くらい流せっす。……ウチも流してやるから」

 

「背中だけで良いんだ?」

 

「……馬鹿、スケベ。両面お願いするっす」

 

 この遣り取りも初めてじゃない。結局、前も後ろも洗いあったけど、計算して起きてるから遅刻はしないんだ。其れにしても意地悪な質問をした時のミッテルトが顔を逸らした時の表情は可愛いなぁ。……ついつい苛めたくなっちゃうよ。

 

 

 あっ、これも堕天を防止する実験の一貫だから。実験はパターンを変えながらも何度も繰り返さなきゃね。……今晩は何が良いかな? 一昨日は黒歌の馬鹿が用意したナース服で、昨日はシンプルに全裸だったけど。

 

 

 

「しっかしウチが学校にねぇ。考えたことも無かったっすよ」

 

「その割には授業態度も悪くないって聞くけど?」

 

「そ、それは、その・・・・・・・(アンタの顔を潰さない為に)

 

 思わず抱きしめて頭を撫でくり回したい衝動に襲われるも我慢我慢。今晩、弱いところを重点的に撫で回すとして、忘れる前に渡す物を渡さなきゃ。

 

「はい、これあげる」

 

「あっざーす! ……って指輪ぁぁああっ!?」

 

 そう。ミッテルトに渡したのは指輪型の神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』。アーシア・アルジェントのと同じだ。まぁ、彼女のは他のよりも強力みたいだけど、本人の気質や信仰心でも関係してるのかな? その辺は要実験だとして、ミッテルトの様子がおかしい。

 

 何故かブツブツ何かを呟きながら顔を逸らしてるよ。

 

 

 

(こここ、これはアレっすよねっ!? プロポーズ!? いや、組織に捨てられて唯一の味方だし、一目惚れされてるし、篭絡しようとしたら逆にされた気もしないでもないっすけど。守って貰ったし? 生活も前より良い暮らししてるし……あっ。婚約ってことは夜は……何故昨日の内にしてないし。今日一日悶々と過ごす事になるっすよっ!?)

 

 取り敢えずこの他に人工神器を二つほど渡そう。ヘラクレスの一件で僕を直接狙う事はなくなったけど、僕の周囲を狙う可能性はあるからね。助手は僕が造った中でも特に優秀だし、僕に次ぐ他の造魔への指揮権も渡してあるから大丈夫だけどさ。

 

(……こうなったらアンタとかじゃなくってラブラブな呼び方にするべきっすかっ!? ダーリン・ 呼び捨て? ……あ、貴方、とか言っちゃうすか、ウチ!?)

 

「取り敢えず他の神器と合わせて性能実験を帰ったらしようか」

 

「はい、貴方……ふぇ? 性能実験?」

 

あー、どんなこと考えてたのか理解したぞ。少し惜しかったかな? そのまま押し通して学校はサボってマンションで……まぁ、オッケーはして貰えるっぽいし、このまま今の関係をもう少し楽しもうか。

 

 顔を真っ赤にして逃げていくミッテルトを眺めながら僕はそんなことを考える。さて、同じ教室で隣りの席だし、どんな顔するのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

「なあ、部長の様子が最近おかしいンだけど、何か知らなねぇか?」

 

 昼休み、自分を殺そうとした奴らの一人なのに平然とミッテルトも加えてお昼を食べる中、最近正式に悪魔になったイッセーが急に聞いてきた。隣に座るアーシア・アルジェント(まだ悪魔になるかどうかは決めていないが、取り敢えず能力が有用なので保護状態)も気にしている様子だ。

 

「そりゃ大学卒業後だったはずの結婚が早まったからだね。まぁ、イッセーみたいな爆弾が加わって眷属が危険因子だらけになったから仕方ないよ。子を想う親心だね」

 

 結婚すれば向こうの家と繋がりが大きくなるし、束縛も増えるけど安全になる。状況が変われば約束が変更されるのも当然だって。給料だって会社が赤字になれば減るもんね。

 

「部長が結婚んんんっ!? まぁ、貴族のお嬢様だから居るのか……」

 

 イッセーのはどうも貴族云々は理解出来ないみたいだから時代劇で分かりやすく説明しておいた。藩主、つまり殿様が貴族の当主で、貴族令嬢は姫様だと思えば良いってね。時代物の官能小説も読んでるみたいだから少しは理解出来たいみたい。

 

「まあ下級悪魔で眷属悪魔のイッセーは足軽みたいなもんだし、気にしても仕方ないよ」

 

「なんか足引っ張ってばかりな気がするな、俺」

 

 まぁ、他にもって言うか堕天使やらはぐれ悪魔が短期間に侵入して犠牲者も出ているし、楽観視して放置とかありえないんだけど、黙っていよう。ドライグを宿す事への危険性は教えたし、少しは自覚して貰わないとね。

 

 

 

 ぶっちゃけ、友達としては戦いの場に出て欲しくないな。レーティング・ゲームも含めてね。十秒毎に能力を倍加して動いた際の負担は体に残っている。あの能力は強靭なドラゴンだからこそ耐えられるのであって、悪魔の長い長い一生の殆どを日常生活すらままならない程に故障した体で過ごすのは可哀想だからね。

 

 だからさ、早く結婚して領地に篭っていてよ、お嬢様。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で次の授業は……げっ! あのパンダっすよっ!」

 

「ミッテルトは安野雲先生が苦手だからね。あの人…‥人? の歴史の授業って面白いのに」

 

 歴史を担当する教師は何と喋るパンダだ。まるで見てきたかのように豊富で詳細な歴史の豆知識に加えてパンダだから生徒の人気も高い。なんでパンダが喋るのかは分からないけど、胸に『教員免許を持っているパンダ』って書いた名札を貼っているし喋っても不思議じゃないのかな?

 

「あーもう! 今日は帰りにケーキでも食って帰るっすっ!」

 

「デートのお誘い? 良いよ」

 

「違っ……わないっすけど」

 

 イッセーが嫉妬の視線を送るけど構わない。うん、照れてるミッテルトは可愛いいや。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り、正義。……お土産?」

 

 マンションから魔法陣を通ってアジトに戻ると既に部屋から出て居たオーフィスがトコトコと寄ってくる。その視線はケーキの箱に注がれていた。

 

「フルーツタルト買ってきたからお茶にしようか。紅茶とココア、どっちが良い?」

 

「我、アイスココア」

 

「ウチも」

 

「じゃあ助手を呼んで……あっ、今居ないのか」

 

 英雄派のジークの経過観察の為に同行させてたっけ。少し文句言われたけど。うん。他の造魔に口答えする機能を付けないで良かった。

 

 僕がココアの用意をする中、オーフィスはミッテルトの正面に座ると顔をジッと見つめる。どういう存在か既に知っていて、それが無表情で顔を見て来ているから怖いだろうね。僕はオーフィスは怖くないけど。あっ、捨てられるのは怖いかな?

 

 

 

 

「正義、学校ではどう?」

 

「う、うまくやってるっすよ? 友達も多いし……」

 

「……ん、安心した。我、安心」

 

 微かだが嬉しそうな顔になったオーフィスを見てミッテルトはホッと胸をなでおろす。昔は僕にも少ししか興味がなかったオーフィスだけど十三年も一緒に居たかそれなりに重要だと思って居てくれているみたい。

 

 

 

 

 

「ミッテルト、これからも正義と仲良くして欲しい。あれ、我の子だから心配」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もし裏切ったら魂さえ消し飛ばす。正義が許しても、我が許さない」

 

 ……あー、駄目だ。泣きそうだよ。

 この世界には僕の興味を引く物が溢れている。例えば聖書に記された三匹の怪物。四大魔王の一角であるレヴィアタンに謎の怪鳥ジズ、そしてベヒモス。レヴィアタンの子孫は余計な不純物である悪魔の血が混ざってるから其れほど興味は無いけど、残りの二匹は是非解剖して調べ尽くしたいな。

 

 

 

「あはは。正義ちゃんのお陰で天界との話し合いがうまく行きそう。最近、小競り合いが増えてて困ってたんだ☆」

 

 今日、僕は苦手な女と食事をしている。貴族御用達で紹介がなければ入店拒否される老舗の高級店。どうせならオーフィスかミッテルトと来たかったけど、変わりに目の前にいるのは現魔王のセラフォルー・レヴィアタン。計算なのか天然なのか、考えが読みづらいので苦手だ。

 

 大体、自分主演の魔法少女番組を放送するって誰か止めろよ!? 王なんだから仕事以外でも襟を正すのが普通なのに、子持ちが同世代にいる年齢なのに少女って・・・・・・・何かの作戦かな? うん。矢張り最も警戒すべきは此奴だな。

 

「其れは良かったよ」

 

「其れにしても匿名で眠りの病の初期治療薬を発明して送って来たのが実は十歳の子供だったと知ったときはビックリしたけど、その後の六年で沢山貢献してくれたよね」

 

「・・・・・・・まぁ、報酬さえ貰えたら僕は構わないから」

 

 正直言って早く帰りたい。オーフィスとトランプしたり、ミッテルトを風呂場で隅々まで洗ったり、捕らえたはぐれ悪魔に薬物を注入したりしたいのに、セラフォルー・レヴィアタンは僕の望みに気づく様子もなく話を続けた。

 

 うん。此奴だけは絶対に殺そう。さっきから自分の番組の話に移って終わらせないし、こんなのが外交担当って、人材不足極まったね、悪魔。仕事を部下に丸投げしてる奴は論外。特別顧問とかで良いじゃん。他の奴に任せなよ。

 

 

「其れでさぁ、リアスちゃんも大変だね。結婚が早まるなんてさ。サーゼクスちゃんの恋愛話って有名だから小さい頃から憧れていたのに」

 

「愛なんて捧げるもので育むものだよ。貴族なんて大概政略結婚だし、其れでも上手く行ってる所は行ってるでしょ」

 

 恋愛がしたいと、決められた婚約に反発して冥界の貴族の学校に通わないらしいけど、只嫌だ嫌だと反発するんじゃなくて、貴族の学校で恋人見つけて、だから嫌だと両親を説得すれば良いのにさ。人間の世界でどうやって貴族に相応しい相手を見つけるんだ? 貴族学校で作るべき関係性や、学ぶべき知識を手に入れ損ねて居るんだから、其れを補う相手が必要なのに・・・・・・・。

 

 

「まぁ、あの子も青いよね。新しいルシファーと、旧ルシファーの側近の一族の結婚に政治的意味が無いはずが無いのにさ。恋仲だってだけで許されるほど当時の情勢は甘くないのにね☆」

 

 ・・・・・・・本当、此奴は苦手だよ。敵の多い悪魔が攻め込まれて居ないのは此奴の貢献が多い。なのに道化を演じてヘラヘラ笑ってさ。腹にどんな怪物飼って居るのやら。

 

 此奴に王座を奪われたカトレアは何故か侮って居るけど、レヴィアタンと並んで記されるベヒモスを眷属にしている時点で気付こうよ。此奴は前魔王より強いってさ。ねぇ、前魔王より弱い正当なる血統さん。

 

 

 

「其れで次の御披露目の場なんだけど、サーゼクスちゃんに何か考えが有るみたい」

 

「そんな事よりベヒモスの血を採取させて。大きいし二~三リットル」

 

 御披露目がどんな場か何て興味ない。演出したければすれば? どうせ馬鹿な貴族が絶賛して金をつぎ込むのは何時もの事なんだしさ。

 

 そんな事よりもベヒモス、ベヒモス! 悪魔の駒程度の影響なら簡単に取り除けるし何に使おうかな? 魔獣の材料? 造魔の強化素材? 先ずはクローンを作って実験だよね。テンション上がって来たー!

 

 ・・・・・・・護衛として連れてきた奴の視線が冷たいような気がするけど無視しよう。其れともバラしてガラクタにしてやろうか。

 

 

「時間の無駄と進言します、ドクター九龍」

 

 ・・・・・・・言葉で指示する手間を省くために僕の思考が伝わるようにしたのは失敗だったね。おのれ、助手。機能の作成中に笑ってたのはこの為か。

 

「その予想を支持します、ドクター九龍」

 

 うん。やっぱり失敗だった。悔しいから直さないけど!

 

 

 

 

 

 

『イッセーは頭悪いし、漫画で勉強した方が良いよね』

 

 って言いながら九龍が貸してきた数冊の漫画。中世の貴族について描かれて居るんだけど、エッチなシーンも有って読み進めてたら真夜中だった。

 

 

「・・・・・・・貴族怖いな」

 

  面白いことは面白いんだけど、『残酷』とか『本当は怖い』とかタイトルに付いているだけあって背筋が寒くなるシーンも有った。うん、貴族舐めてた。刑事物以上の派閥争いとか確執とか、その上基本的人権何其れ状態だもんなぁ。今の魔王様が穏健派だから此よりはマシらしいけど、此みたいな貴族も多くて、そんなのに限って力を持ってるってんだから不安になるぜ。

 

 喧嘩も碌にした事がない俺は組み手で同僚の木場や小猫ちゃんに負けっぱなしだしさ。九龍が言うには力だけで出世しても、その力が振るえなくなったら先はないらしいし、政治とか礼儀作法の勉強もした方が良いよな? 今度部長にお願いして・・・・・・・。

 

 出世してハーレムを築く為、一大奮起したその時、突如俺の部屋に魔法陣が現れて部長が現れた。あれ? 深刻な顔だけど下っ端の俺に相談するはず無いし・・・・・・・俺、何かやらかした?

 

 契約上手く行っていない事とか、今までの俺の悪行が部長の実家にバレたとか? ヤベェ。思い当たりすぎる・・・・・・・。

 

 

「イッセー。今すぐ私を抱いてちょうだい」

 

・・・・・・・マジっすかぁああああっ!? 下着姿になっていく部長の姿からしてそういった意味で間違いないんだろうけど・・・・・・・何で俺?

 

 ぶっちゃけ、其処まで好意を持たれる理由が分からない。いや、可愛がってはくれるけど、あくまで眷属としてだし? デートもしてないからそれほどショックは大きくないけど、初めての彼女に騙されていたから少し不安なんだよな。

 

 

「あの、部長。確か婚約者が居るんじゃ?」

 

 悪魔社会の貞操概念がどんなのかは知らないけど、婚約者が居るお嬢様に手を出すのって拙いよな? 以前の俺なら迷わなかったけど、貴族社会の勉強をしたからか冷静でいられた。いや、直ぐにでも吹き飛びそうですけど、理性。

 

 

「あんな奴が婚約者だなんて私は認めないわ!」

 

 ・・・・・・・あっ、これってアレだ。結婚が嫌だから破談にするつもりだ。・・・・・・・どうする? どうするよ、俺? 此処で手を出せば出世の道は絶たれるかも知れないけど、一生手が届かないかも知れないレベルの美女を抱けるんだぞ!? 

 

 いや、もしかしたらアーシアって俺に好意を持ってるかも知れないし、十分美少女だけど勘違いかも知れないし。

 

 

 そんな事を考えている間にも部長は服を脱ぎ捨て・・・・・・・理性よさらば! だが、俺が手を伸ばすより先に新しい来客があった。

 

「お嬢様、この様な真似はお止め下さい。その様な下賎な男に貞操を捧げるなどサーゼクス様も悲しみます」

 

 非常に惜しいけどセーフ! これ、多分出世じゃなくて命が絶たれてた! 現れた銀髪のメイドさんと口論する部長の様子からしてよっぽど婚約者が嫌いなんだな、と思う。明日にでも九龍に詳しく聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・でも部長。俺が手を出していた場合、どんな事になるか分かってたのかな? 命の恩人だから恩は返すし、出世の為に頑張るけど、少しだけ不安になった・・・・・・・。

 



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 ウチの一日は少し前に比べたら平和なもんになったっす。……テロリストになったのに平和になったとはこれ如何に。

 

 まず、朝起きたら正義と一緒にお風呂に入って、まぁ色々な物を落とす。その際、少しだけ……それなりに晩の続きをするんだから我ながら爛れているとは思うっす。最初はハニトラの積もりだったんっすけどねぇ。ウチ達堕天使は誘惑も仕事の内だし、体もそれ用に成長しやすい。だから知識はあったんっすけど、冷戦状態の今じゃ余計なイザコザを避ける為にって上の方針でそういう仕事が回ってこなかったので知識だけっすけど。

 

 いや、彼奴だって知識だけなのになんでウチが一方的に落とされるんっすかねぇ。もしかしたらそっちの方面に特化した何かの血でも引いてるんじゃないかって聞いたら、母親に関しては父親が記録を徹底的に破棄したから分からないし、あまりに色々混ざってるキメラなので自分の腕を切り落としたり心臓を取り出して調べてもよく分からない、だそうっす。

 

 ……うん。ウチ、彼奴に惚れちゃったっす。好きだって言って貰えて、夜は楽しくって、手や頬に触れて貰えたら嬉しい。小っ恥ずかしいから言わないけど。……夜、事の最中に叫んでる気がするけど記憶が飛んでるからノーカンっすよね?

 

 学校は……楽しいっすね。人間の娯楽は好きな方だったし、勉強は面倒だけど知識が増えるには悪い気はしないし、ウチって美少女だからチヤホヤされて楽しいっす。あっ、アーシアとはそれなりに上手く行ってるっす。彼奴、お人よし過ぎないっすか? 因みに殺そうとした事は言ってるのに。……変な奴。調子狂うっすよ。

 

 まぁだリアス・グレモリーにはすれ違いざまに睨まれるっすけど。こっちが普通っす。

 

 学校帰り、日常生活も実験の内だからって寄り道……デートして、たまに他の友達と遊んで帰ったらアジトに転移。機材で体を調べたり、神器の適合訓練をしたりと少し大変っす。

 

 んで、夜は……まぁ天使が堕天使になる理由のそれなりを占める性欲に関する実験。淫欲に溺れて奉仕したり奉仕されたり、何度も何度も気持ち良くして貰って、もう元の生活には戻れないっすよね。まぁ未だその時じゃないからって初めてを貰って貰えないけど。

 

 

 

 

 

 

「そりゃ殺されてたっすね。いや、グレモリーは情愛深いらしいっすから(タマ)取られずに(タマ)取られるだけで済んだかもしれないっすけど」

 

 何か昨日、リアス・グレモリーがイッセーを誘惑して婚約を破談にしようとしたらしい。いや、そんな事したら口封じとかで此奴が殺されるし、本人も自由を減らす事に成りかねないって。結婚する際にも下級悪魔相手に純潔を散らしたとあっちゃ、どんな条件要求されるやら。少なくてもウチが親ならガチガチに監視を付ける。

 

 抑も婚約破棄に繋がるくらいには欲望に忠実な悪魔にとっても大切な物っすよね? 短絡的すぎるっすよ。

 

 それにしても今日の弁当のサンドイッチは美味いっす。魔術で手を加えた空間でホムンクルスに栽培させた新鮮野菜にミノタウロスのローストビーフが具っすけど、朝早くからオーフィスが手伝っていたのには驚いたっすよ。親だから、って言われてダーリン泣いてた。

 

「タマじゃなくてタマ、ですか? あの、どういう違いが?」

 

 あっ、アーシアは分かっていないっぽい。命と玉、どっちも言葉ではタマっすからね。イッセーは理解したのか股間を押さえて青ざめてる。そりゃリアス・グレモリーは綺麗だけど、その一回で抜かれたらねぇ。

 

 さて、其れはそうとしてアーシアにどう教えるか。うん! 此所は面白さ優先でっ!

 

「……つまりさぁ」

 

「はぅ!?」

 

 ゴニョゴニョと耳打ちすれば真っ赤になるアーシア。あー、駄目だ。こりゃ癖になりそうっすね。こういう純粋無垢な奴に性的知識を教えるのってさ。

 

 

「なぁ九龍。部長って俺達の事を可愛がってはくれるけど……ペットみたいなもんなのかな?」

 

「でしょう。強い力を持つ眷属ってのは珍獣のペットや貴重なコレクターズアイテムって認識が殆どだもん。あっ、僕が言っていた事は秘密ね。自覚無いっぽいし五月蝿そうだから」

 

 うわっ、キッツ。イッセーの悩みにど直球だよ。でもまぁ、あれは飼い主に近いっすよねぇ。其れも可愛い可愛いって言いながら必要以上に餌を与えたりするタイプのね。契約を取った褒美に胸を触らせてくれたらしいけど、それって男として意識してないって事だろうし。下々の者なんて動物と同じって所っすかね?

 

「……そっか。やっぱそう見えるのか」

 

「あ、あの……」

 

 あからさまに落ち込んだイッセーにアーシアはどう励ますか慌てている。うーん。励ます言葉が見当たらない。にしても信用低いっすね。まぁレイナーレ様に殺されて復活させて貰ったとかじゃないし、付き合いがずっと長い友達の方を信用してもおかしくないっすか。

 

 

 

「……別に其れで良いんじゃない? 元々後ろ盾が欲しくて近付いたんだし。イッセーは自分自身が守りたいって思える人を見付ければ良いよ。その人の為に頑張れば? 家族は当然としてね。そう言う相手は原動力になるよ? 主はその為に必要な存在って割り切りなよ」

 

 最後に、僕にとってのミッテルトみたいにさ、と言いながら肩を抱き寄せられる。……あー、駄目だ。今のウチ、顔が真っ赤だわ。

 

 

 

「……うん、そうだよな! 家族とか、まだ出来ていない本当の彼女とか、そう言った人の為に頑張るよ。どうせ上の方の難しい話なんて俺には分からねぇし! ……今の俺にはな。勉強しなきゃ」

 

「うん、君は馬鹿なんだから難しい事は考えない方が良いって。でもまぁ、一度もデートもした事のない君じゃ恋人が出来ても不安でしょ?」

 

「う、うるせぇ! リア充のお前と一緒にすんなっ!」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、放課後ダブルデートでもする? 試しにアーシアさんでも連れてさ」

 

「は、はい! 私、イッセーさんとデートしたいです!」

 

 うんうん。少しだけど前進したっすね、アーシア。ウチも安心っすよ。手を挙げて勢いよく立ち上がったアーシアを眺めながらウチは保護者みたいなことを考えていた。

 

 

 

 因みにイッセーは照れてた。これはくっつくのも時間の問題っすかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、愛しのリアス」

 

 最近、予定されていた婚約が早まった俺は其の相手であるリアスの所まで転移した。正直言って人間の世界の風は嫌い……()()()。だが、あの人がこの世界に居るのなら話は別だ。同じ空気を吸っているだけで気持ちが良いからな!

 

「お茶です」

 

 どうも俺は嫌われているらしくリアスの女王(クィーン)も目が笑っていない。はっ! あの人との逢瀬の為にも、もっと上の地位が必要なんだ。邪魔をするなよ、リアス。

 

 怪しまれないようにと俺はあの人と会う前の俺らしく女誑しの三男坊を演じる。正直言ってあの身体で味わう快楽を知った今じゃ眷属を抱いても詰まらない。あれ程欲しかったリアスさえもどうでも良いと思う。ああ、早く抱きたい。叶うならばあの人を独占したい。あの人相手の腹上死なら大歓迎だぜ。

 

 

 

 

「いい加減にして! 私は貴方と結婚する気はないわ!」

 

「おいおい、純血悪魔は其の血を残す義務がある。この結婚は必要なことなんだ」

 

 次期次期当主であるリアスの甥っ子は魔王の有力候補だし、支持する貴族も多い。つまり、其の子どもが産まれるまでは入り婿の俺が使える権力が大きいって事だ。

 

 ……にしても面倒臭ぇ。こりゃ結婚しても尻に敷かれるだけだな。その辺考えなきゃいけないが……。

 

 

 腹の中では冷め切ったとは正反対にリアスはどんどん熱くなり、俺もフェニックスの一人として黙っているのは不自然な状況に発展する。……ちっ!! 公爵は娘にどんな躾けしてんだ!

 

 

 俺も負けじとヒートアップした振りをした時、現ルシファーでありリアスの兄のサーゼクス・ルシファーの女王であるグレイフィア様が割って入る。

 

 

「流石に此所から先は見過ごせません。双方矛をお鎮め下さい。……こんな事になると当主様方も予想し、一つの案を出していらっしゃいます。レーティング・ゲームでお決め下さい」

 

「お父様達はとことん私の生き方を決めようって言うのね」

 

 いや、散々公爵家の権力や財力を使って、更には貴族の学校にも通っていないくせに何を言ってるんだ、この我が儘娘は? お前が構築しなかった他の領地との関係や学ばなかった事のツケは婿入りした俺が払うってのによ。

 

 

 

 あの人に会いたい。あの人の肉体に溺れたいと、其れだけを考えながらも俺は必死に演技を続け、双方の合意と相成った。

 

 だが、此所で予想外の事態に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此所で補足事項が御座います。今回のゲームですが、只のゲームでは詰まらないとして九龍様の作品のお披露目会も同時に行うことに成っています。あの方側の選手は第三勢力としお二方の妨害をしたら面白いのではないかとサーゼクス様の提案が御座いまして」

 

 

 ……はあ!? 何考えて居るんだ、あのシスコン魔王!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと言う訳で、イッセー達に与えられた十日間の訓練期間の後でレーティング・ゲームに出てよ。僕は助手と一緒に見学するからさ」

 

「はあっ!? いや、何其れ急過ぎるっすよっ!?」

 

「大丈夫大丈夫。もう一人……一体も一緒に出るし。あっ、そうだ。活躍したらご褒美あげるよ。何が良いか決めて置いて。……遠慮は要らない。全力で闘ってね。其れだけの力はあげたからさ」 傲慢な悪魔が妾腹とはいえ、繋がりの為に子を差し出そうとする程に天才な僕、大切な事だからもう一度、天才な僕でも造魔を作るのは一苦労だ。

 

 まず、核となる悪魔の駒を用意する。次に魔獣等の生物のパーツと共に特殊溶液の混合液に入れ、最後に起爆剤替わりに何らかのアイテムを入れるんだけど、混合液の割合が小数点5桁の違いやパーツやアイテムの相性で生まれてくる奴の能力に差が出てくる。

 

 尚、最悪の場合はパーツやアイテムが無駄になるんだ。……クロウクルワッハの爪と最上級死神の鎌が無駄になった時は意識が飛んだよ。心配したオーフィスに少し怒られた。

 

 

 そして、今僕の目の前で混合液に入れられているのは今までで最上級の素材。古代メソポタミアの都市ウルクを滅ぼす為に女神イシュタルが放った天の牛(グアンナ)の角の欠片と玉手箱。そして駒は女王(クィーン)。あー、これで失敗したらまた意識飛ぶかも。闇オークションで何とか手に入れた一品だからね。

 

「数値安定しています」

 

「合成開始しました。完了までおよそ十秒……数値が振り切ったっ!?」

 

 研究員用ホムンクルスが騒ぐ中、カポセルの中で混合液が沸騰する。やがて目も眩むほどに発光し、光が収まるとカプセルの中には赤い結晶だけが残っていた。

 

 

「……成功だ! はははは! これは最高傑作ができたよ。少し自由を与えてやろうか。うん! 此処まで優秀ならそっちの方が良い」

 

 結晶を拾い上げると触手の様な物が伸びてきて僕の頭に触れる。そして脳内に直接語りかけてきた。

 

『創造主様、どんな姿になれば良い?』

 

 僕が答えると結晶はイメージを読み取り、その姿へと変わっていく。……うん。自由を与えたし、番号で呼ぶ他のとは違って名前を与えよう。さて、どんな名前が良いかな?

 

 

 

 

 

 

 

「グレモリー所有の別荘で合宿か。トレーナーとかは……無理か。流石に其処まで寛容じゃないだろうし、グレモリー先輩が依頼するにしても、グレモリーとフェニックスの両家を敵に回す事になるもん」

 

 トレーニングってのは我武者羅にやれば良いわけじゃない。その為にスポーツ医学があって、トレーナーって職業が有るんだ。根性論なんて古臭いよ。ちゃんとして指導者による研究に基づいたトレーニングこそが一番さ。

 

「じゃあアーシアは家で居残りっすね」

 

「……はい。部長はこの機に悪魔に成らないかって誘ってくださったのですが、どうしても踏ん切りが……」

 

 落ち込むアーシア・アルジェントだけど、悪魔になる事の教徒としてのデメリットは大きいからね。まず、聖水や十字架に触れたらダメージ。聖書を読んだり祈ったらダメージ。ミサにも出席出来ないし、将来子供が出来たととしても教会で祝福を受ける儀式も受けさせられない。天使や悪魔祓い、神父やシスターとも敵対。

 

 まぁ学歴も職歴も住処も身内も充分な蓄えも着替えも社会常識もロクにない状態で追放されたんだから敵対しても良いと思うけど、信仰を捨てられないから無理だろうね。……っていうか改めて思い出すど酷いな。こんなのよほど親切な相手に会わない限り野垂れ死ぬか体を売るかしかないじゃんか。……実際、堕天使に騙されて神器を奪われる所だったし。

 

 いや、よく信仰を続けられるね、この子。……神なんて既に死んでるけど、赤穂浪士が忠義を貫いたように、死を知っても信仰を続けそうだよ。

 

 

「イッセーさんが無理強いは良くないって反対して下さって、取り敢えず保留に成りましたけど……」

 

「別に良いんじゃない? 確かに学校に通わせて貰ってるけど、その分癒しの力で貢献すれば良いし、家はイッセーの所にホームステイしてる訳だしさ」

 

「其れはそうとアーシアって出掛けるイッセーにキスしちゃったそうっすよ」

 

「ミ、ミッテルトさん!? あれは事故だって言ったじゃないですか! 貴女が応援の為にほっぺにチューしたら良いって昨日アドバイスするから……うぅ」

 

 此れはくっつくのも間近だと思いつつもディオドラの件があるから一筋縄では上手く行かないとも想う、そこまで世話するのもアレだし、知った事じゃないけどさ。

 

 

 

 そしてゲーム当日までの十日間、二人とお昼を食べたり、ミッテルトとデートしたり、ミッテルトに裸エプロン着せたり、チャイナドレス着せたり、スクール水着着せたり、メイド服着せたり、ついでに女教師の格好させたけど似合ってなかったり、ベヒモスのクローンが完成したり、其れをサイボーグにしたり、魔神丸を量産したり、オーフィスとお昼寝したり遊びに行ったり、助手からとある堕天使の血液を受け取ったりして有意義に過ごした。

 

 

 

 

 そして十日後、僕はゲームを観戦すべく観戦用の貴賓室までやって来た。両家に関係する貴族が集まって使用人達が手早くながら優雅に動いている中、僕の姿を見るなり近付いて来た悪魔が居た。

 

 

「ドクター! ドクター九龍、お久しぶりです!」

 

「やぁ、サイラオーグさん」

 

 彼の名はサイラオーグ・バアル。貴族の中で最も身分が高い大王家の次期当主。そんな彼が真っ先に僕に挨拶して来たかというと、僕が悪魔に近づく為に創り出したのは眠りの病の初期治療薬だけど、彼の母親は重度だから意味がない。だから僕が重度の治療薬を完成させるのに期待しているって訳だ。

 

 まぁ後は造魔に興味を示している貴族達の相手を適当にして席へと向かう。隣には魔王であるサーゼクスが居たけど、これは僕への期待を示している。其れ程重要ってことさ。

 

 

「ルシファー様、久しぶり」

 

「うん。久しぶりだね。……君は今回のゲーム、どちらが勝つと思うかい?」

 

「ライザー・フェニックスの勝率は九割以上かな? 難しいけど妹さんが勝つ方法もあるけどさ」

 

 イッセーが譲渡を使えるようになっていたら、最大まで倍化して王か女王に譲渡。全力の魔力を叩き込んで、さらにダメ押しで残った方が最大の一撃。ただし、外したら終わりだし、最低でもイッセーとリアス・グレモリーの消耗を最低限に抑えてライザー・フェニックスの所まで向かう必要がある。

 

 つまり理想としては残りの三人で十五人を相手して姫島朱乃がある程度の余裕を残す事が必要。ライザーの炎を防ぐ為には木場祐斗が冷気を放つ魔剣を作って同時に冷気の魔力を放つ位じゃなきゃ。障壁張れるの、つまり盾役に成れるのがやられたら負けのリアス・グレモリーだけってのが痛いね。

 

 理論上は可能だけど実際には無理な机上の空論って奴だ。はい、負け決定。イッセーが暴走して覇龍を使うか奇跡が起きて禁手に至った上に隠された力が覚醒するでもしないと無理。……彼女達が嫌がってる力を使えばワンチャンあるかな? セラピーでも受けて立ち直ってりゃ使ったかもね。

 

 

 

「あははは。手厳しいね。……じゃあ、君の部下が勝利の鍵かな?」

 

 あっ、うん。僕の説明を聞いて笑ってるけど、ミッテルト達が情から妹に有利に動くのを期待してるのかな? 建前は娯楽の為って聞いてるけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ誰が相手でも容赦なく叩き潰せって言ってるし、今回のルール上、王とは戦わないけど他は全部倒すくらいの力は与えてるよ」

 

 ……馬鹿が。僕はお前なんかに踊らされたりしない。利用するのはこっちの方だ。……今回は趣味の品ばかりだけどね。「レーティング・ゲーム? 軍事パレードの役割を持つプロレスだよ。堕天使に密かなファンが居るらしいね。……まあ公爵家の次期当主で魔王の妹ならそこそこ上に行けるんじゃない?」

 

 悪魔について勉強中の俺はゲームについて九龍に尋ねたんだけど、悪魔社会での盛り上がりとは正反対に冷めた口調だった。

 

 曰く、貴族同士の試合だから家の関係が勝敗に関係するし、上層部の意向も反映される。抑も民衆に力を示す為の物で、堅実で地味な戦いよりも魅せる派手な戦い方の方が評価が高くなる。要はお偉いさんに気に入られる奴が良い評価を貰えるんだとよ。なんか色々聞いてると利権が絡むから其れ程夢がある物じゃないらしい。結局、政治的駆け引きが大切だそうだ。部長なら上に行けるってのは……そういう事なんだな。上からすれば活躍は都合が良いから。

 

 政治的駆け引きとか良く分からねぇし、冷静に考えれば無理に眷属にするでもしなけりゃハーレムメンバーを眷属という形で集める必要はないんだよなぁ。俺を好きって子を集めれば良いんだしさ。強さが格好良さな悪魔なら強さを示せばモテるらしいし……。

 

 でもなぁ、ハーレムは抜きにしても出世したいよなぁ。悪魔って出生率が異様に低くて、不妊治療とか試しても百年掛かる例もあるそうだし、両親に孫の顔を見せてやれないかもしれない。だから少しでも出世して良い思いをさせてやりたい。其れくらいしか親孝行が出来そうにないし……。

 

 

 其れはそうとして……今はアーシアの方が重要だ。合宿に行く前、キスされた。いや、応援替わりにほっぺにしようとして失敗したらしいけど……幾ら世間知らずでも友達程度にしないよな、普通。言葉の方は九龍が提供してくれた道具(有料)で学んで、今は日本の常識を頑張って覚えているし……。

 

 やっぱ、好かれてるのかな、俺? そうなら嬉しいと思う。やっぱ年頃だしエロい事に興味津々だけど、同年代の美少女との甘酸っぱい青春に興味がないわけじゃないしさ。でも、そうなのかって聞いて違ったら気不味いよな。家にホームステイしてるから毎日顔を合わせるし。

 

 

 ……うん。逃げちゃ駄目だよな。でも、今は切っ掛けが欲しい……。

 

 

 

 

 

 

 

洋服崩壊(ドレスブレイク)!!」

 

 ゲームの舞台は駒王学園をコピーした空間。互いの拠点の中間にある体育館ではイッセーと塔城小猫がライザー・フェニックスの兵士三人と戦車一人と戦っていた。

 

 ……う〜ん。イッセーの神器が鍵だって分かってるはずだよね? 自分達も魔力を全力で放ったら疲れるし連発は出来ないって位理解してるはずだし、神器を使った際の継続戦闘力を試してないのかな? ……馬鹿だねぇ。無理に本来の数十数百倍の力を出すってのが体に何れ程負担を掛けているか想像しないのかよ。まさか。極めれば神も殺せる道具って話だしノーリスクよね、とでも思ってた?

 

 

「……馬鹿だねぇ」

 

 因みにこの言葉は我が儘姫とイッセーに向けて放った物だ。画面には十日間必死に頑張って女の子の服を破壊する技を誇っているイッセーの姿が映り、多くの貴族が唖然としていた。僕だって唖然とするよ!

 

「あははは! 彼、面白いね。君の友達だろ?」

 

サーゼクス・ルシファーは笑っているよ。奥さんの目が冷たいのに気付いてる?

 

「今は友達とは思いたくないよ」

 

 ……にしても無理に脱がして何が面白いんだろう? 焦らすようにしたり、羞恥心を感じながら一枚一枚脱いでいく姿の方が良いだろうに。瞬時に全裸にするなんて面白くもない。……彼とは性癖に関しては分かり合えなさそうだ。

 

 

「まっ、品性は兎も角、装備を奪う技ってのは有効なんじゃない? 後は鎧とか頑丈な防具や神器にも有効かどうか。動きを止める効果もあの通り。……お前はどう思う、助手?」

 

 

「大衆向けの娯楽としての面からすれば一定の需要はあると思われます、創造主様。……ですが数を重ねれば飽きられるし度を越せば引かれます。下ネタばかり連発する芸人と同じでしょう」

 

 彼女が口を開いた途端に唖然としていた貴族達、正確にはその中の男性陣が注目する。もう彼らの注目はコイツにしか集まっていない。闇夜の様な黒の長髪に月明かりの様に輝く瞳。美という言葉が人の姿をとったと言うべき美貌。純白のドレスの露出は多く、其処に魅惑を感じているんだろうね。

 

 名をクロロ。製造番号九百六十六番、故にクロロ。僕が初めて名を与えた作品だ。因みに名前じゃなくって役職で呼んでいるのは名を付けた時、そのままですね、と言われたから。この大人しそうな態度は演技である。うん! さすがは僕の最高傑作。演技も中々だ。

 

(あっ、自画自賛してる顔)

 

 

 

「さて、そろそろ試合が動くかな?」

 

 体育館では服を失って蹲っているのが三人、拳を受けて動けないのが一人。……それにしても連携とかしてなかったな。いや、これからするのかもしれないけど。まさか僅か十日間で強くなる肉体トレーニングばかりして、連携とかを初めとした勝つ為の訓練をしてない訳ないし。

 

「うん。そろそろ動く頃合だね。……僕の手駒がさ」

 

 ・・・・・・・其れにしてもイッセー張り切ってるな。悪魔社会で出世なんて目指さないで良いように色々教えたのにさ。君の力は負担が大きすぎるから、出番の少ない下っ端のまま安寧に過ごすのが一番だよ?

 

 

 

 

 

 

「予定通り! そろそろ朱乃さんが……」

 

 イッセー先輩が最低な技で三人の動きを封じ、私が一人を叩きのめすなり体育館を脱出。此処は重要拠点……故にこの作戦は相手の裏を掛ける。

 

 

「お二人共ご苦労様ですわ。では仕上げです!!」

 

 

 体育館上空で待機した朱乃先輩が溜めた魔力を放ち特大の雷撃を放つ。それで体育館は完全に破壊……其のはずだった。

 

 体育館に落ちる寸前、朱乃先輩の雷の魔力は大きく軌道を変えて飛んでいく。その先に居たのはミッテルトさん。彼女が持った盃に吸い込まれるようにして全力の雷の魔力は消え失せました。

 

 

「……あら、何の真似かしら? 元堕天使さん?」

 

「いや、ウチは両チームの敵っすから。雇い主の意向通り、作品のお披露目に全力を尽くすだけっすよ」

 

 堕天使に対する憎悪が込められた声に動じる様子もないミッテルトさんはヘラヘラ笑いながら盃を揺らす。アレが恐らく作品とやらでしょうが、他にも驚くべきことが。確かに下級堕天使だった彼女の背中の羽。天使の純白の羽になってるのは知っていましたが、数が増えて四枚になっていました。

 

 

 

「これっすか? 体を弄って強化して貰ったんっすよ。強い力はお手軽に、欲しい力はお気軽に、其れがあの人の売り文句っす。っと、まだ使い慣れてないから失敗したっすね」 

 

 

 見れば僅かに電撃で負った火傷跡が有る。でも、緑の光に包まれると即座に修復しました。アレはアーシア先輩と同じ・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「今回ウチが渡されたのは三つ。オークションで手に入れた『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』。そして人工神器『暴食の盃(グラード・グラトニー)』、最後は・・・・・・・後のお楽しみっす」

 

「随分余裕ね!」

 

 指を三本立てて説明する姿を挑発と取ったのか朱乃先輩は激しい口調で再び雷を放ち、背後に迫った爆炎共々、再び盃に吸い込まれる。アレはライザーの女王!?

 

 

 

 

 

「んー。役者は揃ったっすね。じゃあ・・・・・・・蹂躙を開始するっす!」

 

 二人の魔力の威力は恐らく上級悪魔に匹敵する。なのにあの余裕は一体・・・・・・・。私が底知れぬ不安を感じた時、突如地響きが起き部室棟の方面から煙が上がります。彼処は祐斗先輩が向かった方向のはず。・・・・・・・まさか先輩に何か!?

 

 

 

 

 

『リアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』一名 ライザー・フェニックス様の『兵士(ポーン)』三名リタイア』

 

 流れたアナウンスは無情にも私の不安が正解だと告げていました。

 「ねぇ、ミッテルト。強化案だけど、サイボーグとキメラと魂レベルの改造と新しい肉体に魂を移植するの、どれが良い?」

 

「ロクでもねぇ選択肢ばっかっすね!?」

 

 正直言ってダーリンは頭の良い馬鹿だと思う。後、ナチュラルで外道。頭に浮かんだ案を試しているだけであえて非道な手を使おうとしている訳じゃないけど、浮かぶのがアレな内容ばっかなんっすからさ。

 

 でも、好きっす。大好きっす。

 

 黒歌とははぁまぁ仲良くやってる……そういや最近見かけないけど、何処に行ったんっすかねぇ?

 

 オーフィスともそれなり。……うん。嫌われたら確実に消されるっすね。これが嫁姑戦争って奴か。噂には聞いていたが怖い。いや、マジで。戦争って言うか一方的な虐殺だけど、こう龍が蟻をプチッと行くみたいな。

 

 だけどまぁ、今の生活は充実してる。ウチも頑張ってお仕事お仕事!

 

 

 

「取り敢えず……邪魔者は排除っすね」

 

 右手を天に掲げると光の槍が五本現れる。指先を体育館目掛け振り下ろすと天井を突き破って床に刺さった。勿論、こんなんじゃ中に居る奴らは倒せない。威力は兎も角、見えない相手に槍を刺すには数が足りないし、気配を読んで居場所を探るスキルは未習得っすからね。

 

 でも倒すだけなら直接ぶっ刺す必要は無いんっすよ。……爆ぜろ。

 

 天井に空いた穴から光が漏れる。ウチが放った槍は形成する光力を解放し体育館の内部に行き渡った。

 

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士(ポーン)』三名『戦車(ルーク)』一名リタイア』

 

「うっし!」

 

 思わず拳を握り締めてガッツポーズ。んふふ〜。これは褒めて貰えるっすね、確実に。

 

 

「随分と余裕ですわね」

 

「あの四人を倒したくらいで調子に乗らない事ね」

 

 さて、本番は此処から。眷属の中で最も強いのは基本的に女王(クィーン)。三つ巴だけどヘイトは稼いだしウチが優先的に狙われる可能性は高い。……望む所っすよ! ダーリンから貰った力、存分に見せてやるっす!

 

 

 

 

 

 

「朱乃さん! 俺達も力を貸します!」

 

 ……五月蠅いっすねぇ。ウチが珍しく真面目モードに入ってるって言うのに横合いから。下で叫んでいるイッセーに視線を向け、急に飛んできた爆炎を盃で吸い込むと光の球を放って牽制。正面から相殺された。

 

 ってか、飛ぶのが基本なのに飛べない奴が出るって……犬掻きしか出来ない奴がママチャリでトライアスロンに出る様な物っすよね。これで降りて来いとか叫んだ日には失笑物っす。まっ、流石に自分は神滅具なんて反則クラスの物を使っておきながら、出来て当たり前のことをやってる相手に其れをやめろとか言うほど恥知らずじゃないか。

 

「イッセー先輩、此所は任せて私達は先に……うっ!?」

 

「小猫ちゃんっ!?」

 

 冷静な判断だと評価してやるっすよ、小猫。だけど其れは相手が並の相手だった場合っす。ウチが視線を再び向けた時、イッセーの袖を引っ張り連れて行こうとしたその時、彼方から放たれた光線が腹を貫通した。

 

 

『リアス・グレモリー様の『戦車(ルーク)』一名リタイア』

 

 

 

 

 

 

「あははははははっ! 流っ石! 頑強さが特性の戦車を一撃だなんてさ。あっ、お酒飲めないからソーダ持って来てよ、秘書。ついでにローストビーフ」

 

「畏まりました、創造主様。(……ちっ、面倒くさい)

 

 座り心地の良い椅子に背を預けて拍手しながら笑う。隣のサーゼクス・ルシファーは少し複雑そうだけど、顔に出しちゃ駄目だって。僕はニヤニヤ笑いながらクロロが持ってきた物を受け取る。……小声は聞かなかったことにしよう、うん。

 

「ねぇ、さっき彼女が小声で……」

 

「さて、そろそろ使うかな?」

 

 ……うーん。やはりウチのホムンクルスに作らせた物の方が美味しいかな? イッセーは一端この場所から離れ、ライザー・フェニックス側の陣地近くで隠れている。今は通信機で連絡を取っている所だ。

 

 

 

 

「部長、今ライザーの陣地の近くです」

 

「……そう。なら、朱乃が勝ったら直ぐに合流するわよ!」

 

 リアス・グレモリーは自分の側近の勝利を確信してるみたいだね。……馬~鹿。

 

 

 

 

 

「敵発見! 敵発見! ミッション開始します!」

 

 僕の作品を舐めすぎなんだよ!

 

 突如、物陰に隠れていたイッセーの目前に其奴は現れた。三メートルに迫る碧い巨体。ずんぐりとしたボディと一体化した頭部の中心では緑のモノアイが妖しく光り、四本の逞しい腕を組み、足裏のブースターから魔力を噴射しゆっくりと地に降り立つ。

 

 

「ロ、ロボットォオオオオオオオッ!?」

 

「否! 我は魔導機兵! 名をエンプティー! 偉大なるドクター九龍を創造主とする誇り高き騎士なり!!」

 

 そう! 其の姿はまさにロボットだった! ……いやぁ、昔のロボアニメを一気に観たら作りたくなってね、ロボットをさ。魔法と機械のハイブリットなんだっ!

 

 其の姿にイッセーは驚いて立ち尽くし、声を聞きつけてライザー・フェニックスの眷属がやってくる。

 

 

「愚か者、声が丸聞こ……ロボットォオオオオオオオ!?」

 

「しかも昭和臭漂うタイプだぞっ!?」

 

 そう。そうなんだよ! 今時のシャープなデザインじゃなくって、昭和の胴長短足タイプの方が僕の趣味なんだよね。

 

 現れたのは大剣を持ったのと短剣を持った二人。両方騎士で、更に後方には猫の獣人の双子や戦車、そしてライザー・フェニックスが趣味で眷属にした妹や和装の僧侶も居る。王以外の残った眷属達全員が戦闘に突入した瞬間だ。

 

 

 

 

 

「デリート! フィンガービィィィィィィム!!」

 

 イッセーの方に前面を向けたままエンプティーは四本の腕の内、右側後方の指先を向ける。全ての指先からビームが放たれ、僧侶二人以外を貫いた。

 

 

 

『ライザー・フェニックス様の『騎士(ナイト)』二名『戦車(ルーク)』二名『兵士(ポーン)』二名 リタイア』

 

 

「我はロボットではない! 魔導機兵である! そして最新型のデザインだっ!」

 

 

 

 

 

「ねぇ、ルシファー様。彼奴、どう思う?」

 

「……うん。妹達の敵じゃなかったら手放しで大喜びしている所だよ」

 

「でしょ? やはりロボットは昭和風に限るよ」

 

 ……え? エンプティーの主張? 彼奴、少しプライド高いからなぁ。古臭い呼び方が嫌なんだってさ。

 

 

「……創造主様、そろそろ向こうが決着の頃合かと」

 

 出来ればロボット談義をしてみたい所だけど、どうやらミッテルトが使う気になったらしい。僕のプレゼントの中で最も重要なアレをね。

 

 

 

「んじゃ! いよいよお披露目っす!」

 

 其れを観た途端、姫島朱乃の表情は固まり、僕の隣のサーゼクス・ルシファーは立ち上がる。画面越しに其の姿を観ていて、今も其の姿を目にした貴族達がざわつく中、僕は勿体ぶった動作で立ち上がり、背後の貴族達の方を見る。

 

 

 

 

 

「さあさあ、皆様ご照覧下さい。アレこそが今回のお披露目会の目玉! 闇オークションで手に入れたレア神器でも、一から作った人工神器でもない、複製神器……いや、()()()()()!」

 

 画面の中、見せ付けるように掲げられたミッテルトの腕にはこの世に一つしかないはずの赤い籠手が装着されていた。

 

 

「……名を『赤龍帝の籠手・偽(ブーステッド・ギア・フェイク)』。贋作なれど……真作に迫る性能を保証いたします」

 

 さあ、殲滅の始まりだ。今回の催しの主役が誰か教えて上げるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は私が誰か知りませんでした。何処で産まれ、何処で育ち、どの様な経緯で彼の場所に居たのかも知らず、知ろうとも思いませんでした。只、その日その日の生活の糧を得る為に殿方に身体を許す、俗に言う娼婦が私の生業。

 

 ですが、其の暮らしに嫌悪感を感じる事もなく、達成感も感じていませんでした。只、蟷螂の雌が交尾後に雄を食べるように、カッコウが本来の卵を捨てて託卵をするように、其れは私にとって自然なこと。皆様が呼吸をする程度の認識です。

 

 あの人と出会ったのは何時もの様に殿方の袖を引き、私の身体に溺れて頂こうとした日の事。……ああ、今でも思い出します。アレこそが運命でしたのでしょう。寡黙で笑うことはない方でして、私を買ったのも偶然、仲間と一緒にスラム見物に来て、付き合いで偶々私を選ばれただけ。

 

 

 うふふ、でも、あの方ったら朝起きたら私の手を握って、また会いたいなんて言うのですもの。つい……お屋敷までご一緒してしまいました。それからの日々は本当に幸せで……今となってはどうでも良い日々です。

 

 そう、私が誰か……何かを思い出してからはね。思い出して直ぐ、私はあの方に囁きました。もっと欲望に忠実になって、自制心など捨ててしまいなさい、と。

 

 

 うふふふふ。あんなに私を大切にして下さった方が、其の言葉の後でとても酷いことをするのですもの。ついつい興奮して……流石にはしたないですね。

 

 

 私の本当に幸せ、其れは彼を壊す前に訪れました。ああ、何と素晴らしい瞬間だったでしょう。

 

 

「さて、そろそろ彼も用済みですわね。絶頂の中、安らかに眠って頂きましょう」

 

 今ならあの子の気持ちが分かる。あの強気な子が落ち込んだ理由が。この世界はなんて素晴らしいのでしょう。だって、何よりも大切な宝物が何処かに存在するのですもの。絶対に見つけ出しましょう。例え世界を滅ぼしても……。



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「じゃあさ、交渉の前に少し準備しておこうか、イッセーの価値を上げなきゃね」

 

 イッセーの神器がやばい物だったので、リアス・グレモリー達に紹介して、どうせ眷属に出来ないだろうから他の悪魔に紹介して貰おうと僕のマンションまで連れてきた。今からドライグを起こすんだ。だって僕は面倒臭いから使い方のレクチャーなんてしたくないからね。

 

「相変わらず豪勢な所だな、おい。……一億はしたんじゃねぇの?」

 

「此処? そのくらいしたかなぁ」

 

 龍脈とかの関係上都合がいい所を探して選んだから値段を気にしてなかったけど、オートロックだしソコソコ立地も便利なマンションの一室にイッセーを招待する。普段はここからアジトに直行なんだけど、偽装とかプライベート空間の為に生活するに十分な家具とかは常備しているんだ。

 

 でもまぁ、この部屋を利用するのは僕一人だし、少し勿体ない気も……あれ?

 

「誰か居る」

 

「え? 一人暮らしだって言ってたじゃんか。……まさか泥棒!?」

 

 此所本来の防犯設備と僕が張った結界でその辺は万全の筈だけど、其れを突破できるほどの実力者も居ない訳じゃない。慎重に音のする方に進み、そっと扉を開ける。

 

「よし! クリアー!! やっぱレトロゲーは良いねぇ」

 

 クロロが大量のスナック菓子をパーティ開けして手掴みで頬張りながら僕のゲームをやっていた。どうしよう。頭が痛くなって来たよ。

 

「えっと、知りあいか?」

 

「……僕の助手にして、僕が作った人造生命体」

 

 今のクロロはジャージ姿に丸眼鏡で色気の欠片もないので節操のないイッセーですら反応しない。喪女という言葉が服を着て歩いているような状態だ。因みに眼鏡は能力を抑えるための物。普段はうっかり使ってしまわないように注意してるけど、アレが有れば其の必要もないので作ってやったんだ。

 

「あっ。創造主様、お帰り。友達も一緒なんだ」

 

「……おい。此奴は一般人じゃないからいいけど、説明が面倒くさいから其の呼び方するなよ。ってか、何やってるんだ、僕の部屋で」

 

「ボン○ーマン5。休日だけど、私の部屋のゲームは酔った時に壊しちゃってボス戦まで進めるのは面倒だし、そう言えば創造者様も其処まで進めてたなぁって思い出してさ」

 

「……分かった、もう良いから続けていろ。だけど一言言っておく。……スナック菓子食べた手でコントローラー触るなっ!」

 

 ……疲れた。本当に疲れた。あと、イッセー置いてけぼり。

 

 

 

「えっと、どれだったかなぁ?」

 

 僕の部屋の一室は棚で埋め尽くされているんだけど、其の棚には無数の箱庭が飾られている。ガラスの様な透明のケースの中に浮かんでいる箱庭は全て違う物。雪山だったり、温泉地帯だったり、海水浴場だったりと精密に作っている。

 

「あった」

 

 そんな中から僕が探し出したのは他のと比べて殺風景な品。荒野の中央に祭壇があるだけの寂しい場所だ。僕はそれをイッセーの前のテーブルに置くと手を翳す様に指示する。僕も同じように手を翳し目を閉じる。目を開いた時、僕達は荒野の中央にある祭壇に立っていた。

 

「うおっ!? 此処ってさっきの!?」

 

「そう。僕が作った異空間に繋がる『箱庭』さ。大体がリゾート用なんだけど、研究用に時間の流れを弄っているものもあって……此処は儀式用。強力な力を使ってもグレートレッド……まぁ凄く強いドラゴンを誘き寄せないで済むんだ。じゃあ、神器出して、もう自分の意志で出せるからさ」

 

 僕はそう言いながら右手の指先を変化させる。刃の様に鋭く研ぎ澄まされた指先にイッセーの視線が注がれていた。

 

「これ? 実の親に実験台にされてね。……不気味だろ?」

 

「いや、なんか格好いいな。ダークヒーローぽくてさ」

 

「サンキュ。……じゃあ、手を出して」

 

 左の掌を軽く切り、籠手の宝玉に血を垂らす。その際、僕の中にある一番強い存在の力が流れ出すようにしてだ。効果は直ぐに現れた。宝玉が光り輝き、声が聞こえてくる。

 

 

『随分と強引に起こされた物だ。……此奴が宿主か』

 

「何だよ、其の外れっぽい言い方はっ!?」

 

『いや、実際外れに近い……む?』

 

 僕が血を垂らした宝玉がグラグラと動き、籠手から外れて落ちる。そのまま地面を転がり、僕が其れを拾い上げた。

 

「少し力が強すぎたみたいだね。あっ、どうせ直るからこれ貰うよ。手数料としてさ」

 

 

 

 

 

 

「……って感じで手に入れた宝玉を使って複製したんだ」

 

 話したら不味いところは省いて説明したけれどサーゼクス・ルシファー達は唖然としている。まっ、宝玉一つで神滅具を複製するなんて僕じゃないと出来ないから仕方ないね。あのアジュカ・ベルゼブブですら無理でしょ。

 

「量産は?」

 

「無理。結構貴重な素材を使ったし、暫くは無理だね」

 

 絶対に出来ないとは僕のプライドが許さないから言わないけど、簡単に出来るとも言わない。戦争に反対する現魔王に警戒され過ぎても駄目だし、あえて濁しておく。

 

 後は話は終わりとばかりに画面に視線を向けた。

 

 

「其れにもう一つ欠点が。……ドライグが居ない分、能力の発動には其れなりのエネルギーが居るんだ」

 

「彼女は其のエネルギーを出せるのかい?」

 

「ミッテルトが出す必要はないよ。……ほら、彼女の手元を見てごらん」

 

 ミッテルトの腕に出現した籠手は力こそ発するが宝玉から光が失われている。中の龍が居ないからで、それは向かい合う二人も気付いているようだ。アレは恐れるに足らず、とね。

 

 

 

 実にその通り。だからこそ感謝しよう。君達が優秀だからこそ最高のプレゼンテーションになったとね。

 

 

「アンタらの力、使わせて貰うっすよ!」

 

 叫ぶなりミッテルトは暴食の盃(グラード・グラトニー)を傾ける。黄金に輝く液体が宝玉に吸い込まれた瞬間、力強い輝きが宝玉から放たれた。

 

 

「倍化!」

 

 その声と共にミッテルトの力が二倍になる。この時になって二人の顔から余裕が完全に消え去った。三つ巴という本来のゲームでは有り得ない状況に対し二人は即座に協力態勢をとる。だが、遅過ぎた。

 

「もういっちょ倍化!」

 

 宙を華麗に舞うようにミッテルトは放たれる魔力を避け、盃で吸収し、負った傷は即座に癒す。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の所有者に必要不可欠なのは生存能力。だからこそ、オーフィスや黒歌に協力して貰って回避能力を・・・・・・・あっ。黒歌で思い出した。

 

 

(悪戯が過ぎるから媚薬投与して箱庭に閉じこめたままだった。食料も寝床も一応あるけど・・・・・・・アーサーにでも迎えに行って貰おう)

 

 

 

 

「あはははは! 今のウチは最上級堕天使一歩手前っすよ! そーれ!」

 

 ミッテルトの背後に無数の光の球が出現し、姫島朱乃とユーベールーナに殺到する。

 

 

 

『リアス・グレモリー様の女王(クィーン)一名 ライザー・フェニックス様の女王(クィーン)一名 リタイア』

 

 

 

 

「無敵無敵ぃ!」

 

 うん、頑張ったね。後で反動が来て体がガタガタになるだろうけど、今は少ない胸を張って喜んでいたら良いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったらご褒美と・・・・・・・お仕置きかな?」

 

 成果は上げたけど、今回のプレゼンテーションに来ていない貴族の為に自分で使う力を言う必要があるとかの説明をしなきゃ駄目じゃないか。

 

 

「今回お見せしました複製神滅具ですが、量産のためには莫大な研究費用が必要です。是非ご支援のほどを・・・・・・・」

 

 さて、お仕置きだけど、どんな事をしようかな? ・・・・・・・最近Mっ気が出て来たし、並大抵の内容じゃ僕とミッテルトが楽しいしかメリット無いしなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 あっ、今回って一応リアス・グレモリー達が主役だったっけ? すっかり忘れてた。

 

「ジェノサイドスパイラルっ!!!」

 

 ロボットと言えばロマン武装。その一つはやっぱりドリルだろう。高速回転する事によってどんな強固な物質さえも貫き通す、正に男のロマン。僕だって好きだ。

 

 エンプティーの膝から突き出たドリルはライザー・フェニックスの妹であるレイヴェル・フェニックスの腹を貫き、再生のために現れた炎を血肉諸共周囲に巻き散らかし、背中のブースターから()()を放出して高速で飛んでいるので無理に逃れることも出来ない。

 

 不死の特性を持つフェニックスを倒す方法は魔王クラスの一撃か精神が磨り減るまでの波状攻撃。でもまぁ、外傷以外にも生物を殺す方法もあるし、ショーであるレーティングゲームじゃ無理な方法で良いのなら簡単だよね。

 

「このドリルには痛覚が増す呪いが込められている! 幾らフェニックスでも耐えられまい!!」

 

 膝のドリルでレイヴェル・フェニックスの腹を貫いたまま、エンプティーは校庭に急下降、衝撃で地面が割れて新校舎が傾いた。土煙が舞う中、エンプティーは高々に笑う。白目をむいて気を失っているレイヴェル・フェニックスが光に包まれて消えていた。

 

『ライザー・フェニックス様の『僧侶(ビショップ)』一名リタイア』

 

「さて、ドクター九龍の友人はどの武装で倒すべきか」

 

 エンプティーが最後に残ったイッセーにモノアイを向ける中、観覧席は騒然となっている。そりゃそうだ。まさかフェニックスがたった一撃でリタイアになったんだからさ。来ていたフェニックス卿なんか顔面蒼白だけど、ゲームに出る以上は仕方ないし、僕は悪くない。

 

 

 

 痛みを増す呪いを込めたドリルで肉を貫かれ内臓をかき回される。下手に再生する分、フェニックスにこそ有効な武装だね、うん。

 

 

 あっ、因みにもう片方の眷属は超高熱の有刺鉄線のような鞭『ペインウイップ』で皮膚を破り肉を引き裂いてリタイアに追い込んでいるよ。顔には残る傷を付けていない。

 

 

 

『Boost!』

 

イッセーの能力が倍化する。二人がやられている間も神器を発動させていた結果、二十秒も稼げたからね。うんうん、大したものだよ。逃げていたら真っ先にビームの餌食だったからね。

 

 

「ドラゴンショット!!」

 

 人数差のある戦いでは如何に自陣営の被害を抑えつつ敵陣営に損害を与えるかに勝敗がかかってくる。でも、この新校舎にたどり着いた時、既にイッセー側は三人しか居なかった。圧倒的不利なときに有効な手といえば不意打ちが思い浮かぶし、それはイッセーも同じだったんだ。だからリアス・グレモリーを待つ間、ジッとして倍化に努めていた。

 

 今の彼の能力は十三回ほどの倍化によって上級悪魔クラスに跳ね上がり、その全てをエンプティーに放つ。巨体を飲む込むほどの巨大な魔力でエンプティーの姿は見えなくなり、直進し続ける魔力は新校舎を破壊し、生徒会室に居たライザー・フェニックスが飛び出す中、魔力が消え去ってイッセーが元の力に戻ると目の前にいたのは無傷のエンプティーだった。

 

「んなっ!? 無傷かよ!?」

 

 驚くイッセー。そして今の魔力を見ていたライザーも驚いている。いや、妹が倒された時点で余裕が無くなった顔をしたけど、今は更に顔色が悪い。

 

 うん。サーゼクス・ルシファーも深刻そうな顔色だね。可愛い妹が嫌がる婚約をしなくちゃならないのが耐えられないんだろうね。だってイッセーはこの時点でリタイア確定だもん。

 

 身内を贔屓したがる気持ちは分かるし、僕だって贔屓する。でもさ……彼女だけが望まぬ形で結婚しなくてもいいって理由は欠片も無いんだぜ? 君の先祖も、他の貴族も代々そうして来たんだからさ。

 

「耐魔装甲! 今程度の魔力ならば傷一つ付かない!」

 

 正確に言うならば光力や聖剣などのオーラも今程度の出力なら耐え切れるんだけどね。流石に魔王級だと傷が付くけど、自己再生能力も与えているし、破壊するのは困難だ。

 

 

「どうだい? エンプティーは凄いだろ。あれ作るの苦労したんだ。……ん?」

 

 

 

「イッセー!」

 

 この時になって漸くリアス・グレモリーが到着。さて、此処からどうするか。王には攻撃しないってルールだし、今のイッセーを倒しても兵器の強さは伝わりにくい。……うん、アレだ。

 

 エンプティー、第二まで開放を許可する。君の強さを此奴らに示せ。

 

 

 

 

「了解、ドクター九龍。第一、第二魔力生成炉稼働。安全装置解除」

 

 エンプティーの体から光の柱が立ち上り、胸部に魔法陣が浮かび上がる。

 

 

 

「……ねぇ、魔力ってのは悪魔独自の力だけど、どうして量や質に個人差があると思う? 僕もそれが気になって、捕獲した奴らで解剖や実験を繰り返して漸く突き止めた。……心臓に魔力を造り出す機関に関わる場所が備わっているんだ。家によって魔力に特徴があるのは其処が違うんだよ」

 

「一族の特性を持たないで産まれた悪魔はその働きの異常みたいなものかい? 何らかの要素でその機関が上手く働かないとか」

 

 サーゼクス・ルシファーは年の離れた従兄弟、サイラオーグ・バアルを見る。ごく微小な魔力量の上に一族の特性である滅びの魔力を持たずに生まれてきた彼が気になるんだろうね。

 

「まっ、そんな所。……そして僕はそれを人工的に作り出し、エンプティーに搭載している。あと五年、五年以内に外部取り付け式の小型魔力生成炉を実用化の段階まで進めてみせる」

 

 実際は既に完成してるのは内緒。これで労せずに強大な魔力が手に入ると貴族達は投資をするだろうね。後は利権の関係で自分達が独占できれば今まで以上に力で下の者を押さえつけられる。それこそ、他の勢力に戦争を仕掛けてくれるかも知れない。

 

 オーフィスは悪魔に協力を求めたいけど、僕は上手く行くとは思っていない。精々グレートレッドの力を測る為の物差しになってくれよ?

 

 

 ……だけどまぁ、そんな貴族たちの行動を予測してかサーゼクス・ルシファーの表情は硬い。例え止められなくても、其の動きを遅くすることは出来るからね。ああ、セラフォルー・レヴィアタン程じゃないけど此奴も厄介だよ。

 

 

 そんな事を考えている間にエンプティーのチャージが完了する。三人が止める暇もなく胸部の魔法陣が輝き、上空目掛けて極大の魔力の波動が放たれた。

 

 

滅殺灰燼砲(めっさつかいじんほう)!!」

 

 僕が特に名前を付けておらず適当に超ビームと名付けている(こういう奥の手はあえて名前を付けないことで対策会議の時に即座に呼び方が決まらず嫌がらせになる)最終兵器の名前を高々と叫ぶエンプティーが放った緑の魔力は遙か上空まで進み、拡散、作られた空間を歪ませた。

 

 

「さて、このままではゲームが強制的に終わってしまう。最後はこれで締めるとしよう」

 

 ぐっと右の前部の腕をイッセー目掛けて突き出せば肘の辺りから激しい音が聞こえる。この時、この観覧席の殆どの者とライザー・フェニックス、そして今から其れを受けるイッセーが何が起きるかを直感で理解した。

 

 ほんの僅かだが心が踊ったことだろう。ロボットロマンの代表格を目の当たりにするのだから。

 

 

 

 

 

 

「ロケェェェェェトパァァァァァァァンチィィィィィィィィッ!!」

 

『キターーーーーーーー!』

 

 

 

 

 歓声が上がる。其れと同時にイッセーの身体が跳ね飛ばされた。……うん、まさか此所まで盛り上がるとは思わなかった。軽く引くね、正直。

 

 

 

「……(馬鹿ばっかだねぇ)

 

 おい、聞こえてるぞ、クロロ。猫被るならちゃんとしろ。

 

 

『リアス・グレモリー様の『兵士(ポーン)』一名リタイア』

 

 此所で眷属最後の一人がリタイアし、飛んでいったロケットパンチがエンプティーの腕に戻る。フィールドは超ビームによって崩壊を始め、最早まともにゲームが続けられる状態ではないだろうね。実際、後は仕切り直しで一騎打ちをするって流れになってるしさ。

 

 

 

 まあ今回のメインは僕の作品のプレゼンだし、用事が終わったから帰ろうと僕は席を立った。

 

「見ていかないのかい? 今からリアスの一騎打ちがあるけど」

 

「時間の無駄だよ。最初から分かっていただろ?」

 

 少し力がある程度の素人が十日やそこら頑張った程度で其れなりの実力のプロに勝てる筈がないって。プロになって活躍することを夢にしている奴への侮辱だよ、そんな甘い考えは。

 

 魔王級の一撃か絶え間ない攻撃なら勝てる。確かにそうだけど、可能性があるのと実際に出来るってのは別なんだし、どんなに強くても殺すことが出来れば勝てるって言ってるのと変わらないよ。

 

 

 

 この後、当然のようにライザー・フェニックスが勝って婚約は成立。僕も結婚式には呼ばれたけど興味がないから欠席することにした。

 

 

 そんなことよりも重要なことがある。黒歌の件だ。最初はアーサーに押し付けようと思ったんだけど、頼むなり嫌な顔をされた。

 

 

「嫌ですよ、馬鹿馬鹿しい。私は彼女に襲われたくないですからね」

 

「えー。良いじゃん。どうせ実家に残してきた恋人とはくっつけないんだしさ」

 

 このアーサーは実家で使用人と恋に落ちたんだけど、其れが発覚したら彼女が追い出されるからって家出をして、序でに強い相手と闘うためにテロリストになったらしい。妹のルフェイは兄を追って家を出たって話だ。

 

 ……あー、高い確率で近しい使用人は責任を問われるだろうね。教育係やらお付きのメイドとか。組織内では其れなりに話す方だからあえて黙っているけど気付いてるのかな? 其れにテロリストになったって知られたら下手すれば家にも……。

 

 

 

「大体、貴方は考え無しに他者を実験台にしすぎなのですよ。私もオカマ口調にされたり二時間に一回一発ギャグを言わされたり変なパンダに付きまとわれたり」

 

 最後のは僕は関係ないんだけど。ってか、パンダ?

 

「自分で行くかホムンクルスにお任せすればいいのでは? それかクロロさんとか」

 

「ホムンクルスは二十四時間フル稼働で働かせてるし、クロロには頼んでみたけど『いや、幾ら創造主様の頼みでも無理。尻ぬぐいとかあり得ない』って言われてね。後腐れ無く頼めそうなの君しか居ないんだ」

 

「嫌です」

 

 そう言うなりアーサーは去っていく。

 

 

 

 

 

 

「……仕方ない。クロロとの再戦を餌に彼奴に行って貰うか」

 

 丁度神器の破片も欲しいところだしね。僕がどうするか決まったので胸を撫で下ろすと不意に袖を引かれる。振り返ればミッテルトがモジモジしながら此方を見ていた。

 

 

 

「あ、あの……」

 

「トイレなら一人で行ってね」

 

「違うっすよ!? ご褒美っす、ご褒美!」

 

 ミッテルトは周囲を見渡し誰も居ないことを確かめると深呼吸を数度繰り返し、意を決した様子で言った。

 

 

 

 

「ダ、ダーリンって呼んで良いっすか?」

 

 え? どうしたかって? 拒否する理由がないし、勿論承諾してそのまま何時もの通り可愛がったけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……其れで彼奴は何って?」

 

「構わないってさ。元々前に会った時から目を付けてたし序でに勧誘もするつもり」

 

「しゃーない。そういう話なら受けてあげるよ」

 

 うん、やっぱり持つべきは有能な部下だ。少し前に調査に出かけた時に闘った教会のポンコツコンビみたいのじゃなくって良かった良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で結婚式の前日に消えたライザー・フェニックスだけど、三日後にミイラになって発見されたそうだよ。物騒だし、創造主様も気を付けな」

 

「不死のフェニックスがミイラか。……遺体を解剖してみたいね」

 

 最近は大王家の方から興味深い物が送られてきたし、この世界は最高だよ、やっぱりね。

 

  有望な若手だったライザー・フェニックスの失踪からの変死というショッキングなニュースは冥界全土を騒がせ……る程では無かった。

 

 誰しも思ったんだ。犯人はリアス・グレモリーじゃないかってさ。だからあえて騒がれなかった。期待されていた魔王や公爵家との繋がりが帳消しになったフェニックス家の味方をした場合に得る利益よりも、不確定な話を騒ぎ立てて魔王や公爵家に睨まれるデメリットの方が大きいからだね。僕だって彼らの立場ならそうするよ。

 

 まぁ、其れは貴族の多くがリアス・グレモリーが黒幕だって思っているんだけど。……あのお嬢様にそんな知恵や繋がり有るのかな? ……もしかして浅からぬ仲のセラフォルー・レヴィアタンが何かしたとか。

 

 そんなことを考えて遅くまで起きていたからか、この日の僕は少し寝坊した。目覚まし時計を破壊し睡魔に身を任せようとした時、胸の上に何かが乗って顔をペチペチと叩かれるのを感じた。

 

「正義、起きる。我が起こしに来た」

 

「……うん」

 

 ムクリと起き上がるとオーフィスが掛け布団の上に少し雑に畳んだ着替えを置いてくれる。昔は自分の服にさえ無頓着だった事を考えると進歩したよね。

 

「今日の朝ご飯、何?」

 

「フレンチトースト。オーフィスが好きなバターも蜂蜜もタップリで、飲み物はアイスミルクティー」

 

次元の狭間にしか興味がなさそうなオーフィスではあるけれど、僕や一部の相手、そして美味しい食べ物には興味がある。あまり変わりすぎると取り戻した後で次元の狭間に影響が出るから偶に僕が体を調整しているんだ。いや、流石に無限龍の体を解析した上で手を加えるのは毎回大変だよ。

 

「我、今日はココアの気分」

 

「分かったよ。煎れる」

 

 僅かだけど後ろ姿を見れば喜んでいるのが分かる。……少し懐かしいな。僕の実家で暮らしだした頃、食べ物のお礼がしたいって言われたっけ。

 

「ねぇ、オーフィス。僕が初めてしたお願い覚えてる?」

 

「我、忘れない。正義、家族が欲しいって言った。だから我、親になった」

 

 まぁ最初は親になるって言ったのは良いけど、親ってのがどんな物か分からないからって無茶苦茶してたよね。落語でご隠居の話を聞いて真似をしたがった八っつぁんが状況が違うのにそのまま押し通そうとするみたいにさ。

 

 でも、知らない事は知ればいい。補い合うのが家族だもん。

 

「うんうん、そうだね。じゃあ、急いで作るからお皿出していてよ」

 

 オーフィスは分かったって言いながら食器棚に向かっていく。さて、偶にスープ皿を持ってくるから注意しておかないとね。

 

 

 

 

 

 

「正義。ミッテルトは?」

 

「感度上げて目隠し拘束の放置プレ……実験の途中。朝ご飯が出来たら呼んでくるよ」

 

 

 

 

 

 

 この日のお昼、僕はたまにはと松田達とお昼を食べていた。ミッテルトは友達と学食に行ってるし、イッセーはアーシア……まぁそれなりに仲が良くなったしさん付けで良いか。アーシアさんと何時もの様に二人でお昼だ。いや、何時もの様にというのは語弊があるか。

 

 

「畜生。九龍は兎も角奴に先を越されるとは」

 

「事故で怪我をして看病から告白に繋がるとは……どこのラブコメだ!」

 

 そう。あの二人、付き合う事になったんだ。エンプティーのロケットパンチを食らったイッセーはそれなりの怪我を負ったんだけど、その治療中にいい雰囲気になったから思い切って告白したってアーシアさんが言ってた。

 

 ……ディオドラの奴はどうするんだろう? 舞台を盛り上げて手に入れる気だったらしいけど、恋人出来ちゃったよ、ざまぁ。ぶっちゃけ、今の僕も繋がりが大きいから彼奴一人が協力しなくてもあまり支障がないんだよね。シャルバ・ベルゼブブ達も僕の邪魔にならないようにと僕の事は話してないしさ。

 

 彼奴、計画性もなさそうだし始末しようかな?

 

 

「まぁ、これを機にイッセーを覗きに誘うのは辞めなよ? 唯でさえ転校時に彼奴と仲が良いって事で、あのイッセーで良いなら俺でもって告白する奴が居たんだし」

 

 つまりは男なら誰でも良いって思われてたって事で、これでイッセーが変態行為を続ければアーシアさんは悪趣味のビッチと噂されかねない。

 

 その辺を伝えると二人は頷いた。

 

「まぁイッセーなら変な噂されても大丈夫だけどあの子はな……」

 

「イッセーだけなら悪評流すけど、アーシアさんまで巻き込まれるのはな」

 

 僕が言うのもなんだけど、この二人って本当に友達なのかなぁ?

 

 

 

 

 

「あの二人、横から見ていてる方が恥ずかしいくらい甘酸っぱい空気醸し出しているっすよ、ダーリン」

 

「あの煩悩だけで生きてそうなイッセーが意外だよね。っと、その聖剣はこっちの棚に飾って。核は抜いているとは言え行方不明の七本目だからさ」

 

 僕にだって趣味はある。最近はミッテルトへの堕天防止の実験が主だけど、収集癖だってあるのだ。集めるのは世界各地の武器防具、当然何らかの力を宿している物ばかり。他の趣味である研究の対象でもあるから、多めに用意した棚には空欄が目立つ。この前も結構使っちゃったからなぁ。

 

 ミッテルトが聖剣を飾った棚に鍵を掛け、次に魔剣に付着した埃を拭き取る。さて、バアル家に頼まれた複製神滅具だけど、普通に同じものを作ったんじゃ芸がないし、何にしようかと悩んでいると、ミッテルトの動きが止まる。指を絡み合わせ何かを期待しているかのような表情だ。

 

 

 

 よし、無視しよう!

 

 

 

 

「あ、あの、ダーリン? ウチ、こうして仕事サボってるし……」

 

「疲れてるの? なら休んでいて良いよ。これは僕の趣味だしさ。クルゼレイさんに貰ったお菓子が有るからオーフィスと先にお茶にしてて」

 

 旧魔王の一人であるクルゼレイ・アスモデウスは他の奴には相変わらずの高飛車な態度なのに、僕に対しては何故か親しげだ。媚を売るとかするタイプじゃないし、油断させようって意図も感じない。何かしたのかって恋人のカテレア・レヴィアタンに問い詰められたぐらいだ。

 

 さて、ミッテルトだけど僕の予想っていうか赤らんだ顔からして何を期待しているのかは一目瞭然だ。特に昨晩から今朝にかけて何時もヤってる事をしてないし、欲望の強い堕天使として生きてきたから堪えるんだろうね。でも翼は点滅しない。

 

 あれ? 少し思ったんだけど禁欲的な生活をしてきた天使が堕天の危険がなくなったからって欲望に走ったら碌でもない事になるんじゃ? 下手に遊び慣れてないだけにさ……良いね。邪魔者の統率が乱れるのは結構だ。

 

「もー! そうじゃないっすよね。ってか、他の旧魔王には辛辣なのにどうして彼奴には普通に接するんっすか? 向こうも何となく親しみを持ってるみたいっすけど」

 

「さあ? 僕も向こうも何となく親しみを感じてるんだ。どうしてだろう?」

 

 オーフィスを利用する気だけの奴なんて敵のはずなのにさ。誰かに何かされたのかなぁ。でも、それならオーフィスが気付きそうなもんだし。

 

 顎に手を当てて考えていると足元に服が脱ぎ捨てられる。上着もスカートもで、下着にはまだ手を掛けていない。僕は脱がすよりも脱ぐ所を眺める派だと知っているからだろうね

 

 

 

 

「て、天使が聖剣の近くでこういう事するのも背徳的っすよね?」

 

 ミッテルトは聖剣の棚に背を預け、右手の指先をブラに引っ掛けて少しずらし、左手を誘うようにこっちに伸ばす。あまり成熟してるとは言えない体型だけど淫靡だった。

 

「ああ、成る程。そういう口実で虐めて欲しいんだね?」

 

 仕方ないなぁ。今日は夜まで焦らす積もりだったんだけど、計画に固執するのも良くないし。僕が右手の拳を数度開閉すると肘から先が変化する。ウネウネ蠢く伸縮自在の無数の触手。ヌメヌメと湿っていて自分の体ながら気持ちが悪い。

 

 

「うげっ!? それはちょっと……」

 

「これはお仕置き兼何れ程欲に溺れれば堕天するかの実験だし拒否権はないよ? 言いだしっぺは君だ」

 

 さて、オーフィスがお菓子が待ち遠しくて顔を見せに来る前に終わらせなきゃね。

 

 

 

「んにゃぁあああああああああっ!?」

 

 あー良い声。苛めがいがあるなぁ。

 

 

 

 

 結果、夢中になってたら終わらなくってオーフィスが来ちゃった。うん。適当に誤魔化したけど信じるオーフィスが少し心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世の何処とも知れぬ場所。僕が存在を知る由もないその場所で会合が行われていた。集まったのは四人。ただし、上座にある一番豪華な席を含めて空席が幾つかあって、座る奴らにも協調性が存在しなかった。

 

 

「今日はどんな集まりだっけ? 千年ほど寝る予定だったんだけど?」

 

ルービックキューブから目を逸らさずに発言したのは幼い子供。少年とも少女とも判断がつかない其奴は今にも眠りそうな寝ぼけ顔だ。だけど他の奴らに其れを注意する気はないようだ。諦めているというよりも興味がないって感じかな?

 

 

「じゃあ近況報告会開始ね! 私は特になーし! オジ様達は相変わらず仲が悪いみたい!」

 

「あれは脳筋が一方的に嫌ってるだけでは? 詰まらない理由で赤白の事も嫌っていましたしね」

 

「……ふぁ。そんな近況報告なら欠席するんだったよ。何人か欠席してるしさ」

 

 元気良く手を挙げて発言したのは頭の足りなさそうな少女。それに反応したのは理知的なメガネの青年だ。そしてさっきの奴は半分寝かけている。

 

 

 そんな空気を破ったのは最後の一人。軍服を身に纏った眼帯の女だった。

 

 

 

 

 

「奥様が目覚めていた事が発覚した。此方に合流せぬ意図は分からぬが……これで我らが主が復活なさる日も近いやもしれん。各自、己が職務を全うせよ。……以上」

 

 瞬時、四人の姿が消える。そしてこれから数日後、世界中で災害が多発しだした……。

 



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 世の中が平等だった事なんて無いって、ウチは物心が付いた頃から悟ってたっす。才能の差、身分の差、財力の差、本人じゃどうしようもない差が生まれ付き存在する。相手が十倍の速度で成長するなら十倍努力すればいい? じゃあ、相手が一日六時間努力するなら一日六十時間努力しろってか? 時間は皆『平等』に一日二十四時間なのに?

 

 そして今もウチは不平等を感じていた。

 

「いやぁ、女子会ってのも良いモンだにゃ。彼奴、ヤリ始めると中々休ませてくれないくせに勢いだけの下手くそだから私がリードしなきゃいけないし。毎日会えないってのも良い物ね」

 

「はいはい、惚気乙。会う度に随分とベタベタ甘えてる奴が何を言ってるのさ」

 

 ダーリンの箱庭の一つであるビーチリゾートでバーベキューをしながら三人での女子会。さっきまでおよいでいたから水着っす。ただし、クロロさんは女だけだからって裸で泳いでたっすけど。序でに言うなら黒歌はビキニ。それも少しサイズが小さい奴。

 

 彼奴、戦闘にしか興味がないっていうか戦闘しか知らなかったせいで、逆に黒歌との肉欲に溺れちゃってるんっすね。ほら、遊び慣れていない奴ほど遊びに嵌ると熱狂するって奴。神器を封じる空間だと知らずに入って媚薬で興奮しきった黒歌に襲われちゃってさ。

 

 そんな事はどうでも良いから横に置いて、何が言いたいかというと二人が動く度に揺れるんっすよ。そりゃもうブルンブルンと。……ちっ!

 

 ウチは舌打ちをしながら肉に齧り付く。あーミノタウロス美味い。こうやって肉食ってりゃ胸に肉付かないっすかねぇ? まぁダーリンは今のウチでも愛して可愛がって虐めてくれるっすけど?

 

 

「そう言うクロロはどうなのよ? ミッテルトはアレとして……アンタも正義とはそういう関係じゃないのかにゃ?」

 

「無い無い、絶っ対無い! 其れだけは有り得ない」

 

 クロロさんは身振り手振り表情で否定する。慌てている様子はないっすし、普段の関係からしてウチも有り得ないって思うっす。それにウチも疑って訊いた時、心底嫌そうな顔でダーリンが言ってたっすもん。

 

 

「いや、有り得ない。僕、彼奴を作品として造ったんだぜ? 自分が芸術作品として書いた裸婦画に欲情する奴居る訳無いじゃんか」

 

 まぁ、気持ちは分かるっす。そういう事を言い続けたせいでクロロさんが近くに居ても縁談とかの話が来続けたってのは失敗だと思ってるそうっすけど。

 

 

「でも、主と配下の恋ってのもロマンチックじゃないかにゃ?」

 

「私達と創造主様の関係はそんなんじゃないのさ。主と配下でも、神と信徒でも、親と子でもない。脳味噌と手足、それが一番近いかねぇ」

 

 うーん。よく分からないっすけど、この人がダーリンを裏切る事はないってのは分かったっす。

 

 

 

 

「それにしても無かったら欲しいけど、あったら邪魔よね、これ」

 

「私も大きさを控えれば良かったと今更後悔だよ。……創造主様に頼んでみるかね? どうせロリコン扱いだし、部下の胸を小さくしても驚かれないだろうしさ」

 

 二人は自分の胸を下から持ち上げてユサユサ揺らす。……死ねっす!

 

 

 

 

 

「あっ、そうそう。昨日彼奴から、ヴァーリから聞いたんだけど、コカビエルが教会から聖剣エクスカリバーを三本奪って消えたんだって」

 

 

 

 

 ってな事があったのが数日前、お風呂でダーリンに背中を流して貰ってる時にふと思い出したウチが話したんだけど、どうも興味がなさそうな感じっす。

 

「ふ〜ん。最近そこそこの堕天使が街に侵入したみたいだけどコカビエルだったんだ。確か戦争狂って聞いてるけど、実際どうなの? 今更三大勢力で戦争起こしても他神話に漁夫の利を取られるだけと思うけどさ」

 

「あー。ウチは下っ端だけど噂くらいなら。会議の度に開戦を主張してるとか何とか。ってか、ウチらやはぐれ悪魔が二体程侵入したばかりっすけど、お嬢様は何してるっすか?」

 

 まぁ貴族令嬢としての婚姻の義務を放棄して、その為に管理者としての職務と学生の義務である学業を十日間も放棄する奴っすからねぇ。期待するほうがアレっすか。

 

 それにテロリストとしては魔王の妹の不祥事は有難いっすしね。あれ? 何かあったらウチが内通を疑われる?

 いやいやいやっ!? バラキエル様の娘も居るし、そっちに疑いの目が向く……っすよね? 魔王ってシスコンだし、ウチをスケープゴートにして不祥事をもみ消そうとかしない?

 

 ウチが少し不安を感じた時、そっと手が回されて抱き寄せられる。

 

「大丈夫大丈夫。僕が何とかしてあげるからさ」

 

 そうっすよね! ウチにはダーリンが居るっす。何を不安になる必要があるんすか。

 

 

 

 

「あっ、じゃあこのまま前を洗ってあげるよ」

 

「ちょ!? 流石に其処は覚悟が……ひゃんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても三本のエクスカリバーか。どうせなら教会に残った三本も纏めて手に入れてコンプリートしたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨か。……たまには良いっすよね。あっ、彼処にある水溜りっすけど、あの辺りに穴があったはずだから多分深いっすから注意しないと」

 

 数日後の球技大会後、ウチとダーリンは一本しか持って来ていなかった傘に二人で入って帰宅してたっす。いや、転移で楽に帰れるっすけど、風情てもんが有るっすからね。ぶっちゃけ相合傘がしたかった。腕を組み肩を寄せ合って帰っていると幸せて物を感じるっす。最近は侵入した教会関係者が殺されてるっすけどリアス・グレモリーは後手後手っすね。折角教えておいてやったのに。

 

 自分が何とかするから何もするなって偉そうに言っておきながら。球技大会では生徒会長と饂飩の奢りを賭けてテニヌ(誤字にあらず)してたし、上に報告はしないんすかね? ダーリンだけでなく学園にはそこそこ魔法使いや異能者が居て、街にも人外が幾らか住んでるってのにそんな無責任な真似はしないっすか流石に。そんな事したら利敵行為で危険な辺境に……は魔王の妹だから無いとして、家で大人しくさせられるとかはあるっすよね。

 

 

 

 

 ウチが馬鹿馬鹿しい考えをしていた時、反対側からアイツはやって来た。これが奴らとウチらの初会合だったっす。

 

 

 

「……ん?」

 

 反対側からやって来たのは赤い軍服と軍帽で身を飾った金髪の女。黒い眼帯で右目を覆った彼女は腰まである金髪を揺らしながら寸分の隙もなく歩いてきたっす。カツカツと雨音に紛れて軍靴の音が耳に入る中、擦れ違うまでウチは違和感に気付かなかった。

 

 ギラギラとした飢えた獣の様な瞳の彼女は土砂降りの中で傘をささずに歩いているにも関わらず一滴も水が滴り落ちていなかった。

 

 

 其れに気付いた時、チャキリと鍔鳴りがして、ダーリンが急に頭を掴んだかと思うと地面に顔面を叩きつけたっす。

 

 

 

 そして女が抜いた軍刀の刃はさっきまでウチの首があった辺りで止まっていた。

 

「……ふん。寸前で止めたが其れすらも分からぬか。……しかし何故私は止めたんだ?」

 

「急に危ないなぁ。……教えてくれるとは思わないけど一応聞くよ。何処の神話?」

 

 なんか話してるっすけど今のウチにはよく聞こえないっす。

 

 

 

 

 

「教える気はないが……さて、其れでは詰まらんか。自己紹介だけでもしておこう。私はナースだ」

 

 行き成り人を殺そうとする奴の何処がナースっすかっ!? ナイチンゲールに謝れっすっ!!

 

 

「危ない危ない。あんなのが居るんじゃ護衛を置いていた方が良いかな?」

 

 ダーリンは自称ナースが去って行くと呑気な声を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぼがぼがぼがぼ」

 

 そんな事よりも去っていったなら早く手を離すっすっ! こっちは深い水溜りに顔を突っ込まれて息できねぇんっすからっ!!

 

 

 

 

 

 

「やあ。先日のパーティ以来だね、ドクター九龍」

 

 今、僕の前にはレーティングゲームのトップランカーの一人である……アバドン家の何某が握手を求める手を差し出しながら立っていた。立場上、偶にパーティに参加するんだけど、多分三ヶ月位前のパーティで会ったのが初めてだと思う。

 

 名前は忘れた。家は特殊な能力持ちだから覚えてるけど……。

 

「どうもお久しぶり。あっ、これはお約束の複製神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』だから」

 

 此奴が来ることが事前にセラフォルー・レヴィアタンから聞かされている。今回の報酬として複製品を欲しているって聞いてるし、既に代金は貰っているからこうやって用意した。箱に入れていた指輪を取り出した何某・アバドンは興味深そうに見詰めている。

 

「……これが。ふむ。凄いな」

 

 即座に自分の腕を傷付け、癒す。満足そうな表情を浮かべて指輪を箱に戻し懐に仕舞った。

 

「では今から管理者の所に行かなくてはな」

 

 抑もどうして此奴がこの街にやって来たか、其れは少し前まで遡る。具体的には自称ナースの軍服女に襲われた日の夜の事だ。

 

 

 

 

 

 

「酷い目にあったっす! って言うか、どうして反撃しなかったっすか!」

 

 ベッドの中で正面から僕の首に手を回したミッテルトは不満そうに頬を膨らませながら僕の頬に舌を這わせる。これは彼女がキスを強請る時の合図で、ご期待通りに唇を重ねると蕩けた顔になる。これで舌を絡ませたらもっと凄いんだけど、ちゃんと説明しておかないとね。

 

「彼処でやりあったら街が只じゃすまなかったんだよ。……僕も本気を出さなきゃいけないしね」

 

 僕はあくまで頭脳労働担当。研究材料は自分で集める主義だから出張ったりするけど専門じゃない。っていうか、僕が戦う危険を冒すよりもそれ専門のを作って戦わせたほうがデータも取れるし安全だしね。だから周囲に被害を出さずに強敵と戦うのは苦手だ。全力は反動も大きいし

 

 それと、多分オーフィスが出張る事態になる。だから今回の事は秘密だ。アレが僕の予想通りの存在だったなら、公的な認識での世界トップ十の内、二人とその部下を追加で敵に回すし、高確率で冥府や悪魔も出張ってくる。だから極力関わらない。

 

 暫く街に居ないのが一番だけど、オーフィスに勘繰られたら不味いからなぁ……。

 

 

 

「あっ、そうだ。少しお願いがあるんだけど」

 

「処女なら何時でもOKっすよ?」

 

「いや、それは検証が一通り終わったら貰うから別の件。……恥知らずな真似をして貰いたいんだ」

 

 まぁ、どんなプレイでもOKな子だから既に恥知らずな真似はしてるんだけどね。本人が言い出したんだけど、箱庭の中の夜の公園で……少し引いたな流石に。

 

 

 

 

 

 

「其処までよ! それ以上はこの魔法少女レヴィアたんが許さないんだから☆」

 

 派手派手しい音楽と共にパンツ丸見えのコスプレ衣装のセラフォルー・レヴィアタンはビシッと指を突き出す。其の先に居るのは天使の羽を出したミッテルト。黒を基調としたゴスロリ風のドレスを着て、悪魔に光の槍を突きつけていた。

 

 

「ちっ! 来たっすね、レヴィアたん! だけど、今日此所でお前は終わりっす! この『秘密結社セラフィー』の幹部ミッテルの手で死ぬが良い!」

 

 ミッテルトは赤龍帝の籠手・偽を出現させると羽を広げて向かって行き、其処で第三者の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「はい、カット!!」

 

 この日、行われたのはセラフォルー・レヴィアタンが主演を務める『マジカル☆レヴィアたん』の新シリーズの収録。旧レヴィアタンに喧嘩を売っているこの番組からミッテルトに出演依頼が来たのだ。

 

 因みに番組内で敵は悪魔以外の種族だけど、これって悪魔こそが至高の存在だって視聴者の幼心にインプットしてるのかな?

 

 

 

「いやぁ~、良かったよ、ミッテルトちゃん。貴女、九龍ちゃんの側にいるからって有名になってるし、複製神滅具の件もあって注目されてるの。多分番組も大ヒットだよ」

 

「……うぅ、赤っ恥っす。羞恥プレイとして受け入れるしかないんっすか?」

 

 笑顔でノリノリのセラフォルー・レヴィアタンに対しミッテルトは羞恥に染まっている。あっ、うん。高校二年だしギリギリセーフかも知れないけど恥ずかしいよね。

 

 ただしセラフォルー、君は駄目だ。同世代に子持ちが居るんだし、千年も生きていなくても成人には変わりないだろ。

 

「そんな事よりも報酬は忘れないでね。超越者二人の血液サンプルをさ」

 

「うん、了解了解!」

 

 この番組に興味はないけれど、撮影時には本気で魔力を放ったりするから、其れに対抗するミッテルトの訓練やデータ取りには結構効率が良いんだ。……見てて楽しいしさ。

 

 

「それはそうとさ、九龍ちゃん。少しお願いがあるんだけど」

 

 そして場面は冒頭に向かい、次の場面はオカルト研究室の部室へと移る。

 

 

 

 

 

「……申し訳御座いません。今、何と?」

 

「やれやれ。目上の者の話はちゃんと聞いておくべきだぞ? 暫くの間、この街の管理は私に任されたと言ったのだ。魔王様直々の依頼でね」

 

 相手が目上の存在でありレーティングゲームのトップランカーと言うこともあって丁重に出迎えたリアス・グレモリーだけど寝耳に水の話に動揺と不快感を隠せていない。政治的駆け引きが出来ない子だねと、魔法で覗いている僕は呆れていた。

 

 

 

「君には今回の一件、役者不足過ぎると上が判断した。かなり高位の堕天使が侵入しているとドクター九龍から報告を受けたにも関わらず上に報告していなかったそうじゃないか。功を焦ったか、うん?」

 

 これは明らかな挑発行為。多分大王派に所属して居るんだと思う。彼処ってグレモリー家に良い印象を持ってないからな。

 

 しかし流石にコカビエルだと断言するのは不味いから高位のだとだけ伝えたけど、上に報告も無しなのか。管理者って事は自分達側の世界の揉め事から街の住民を住む世界や種族に関わらず守る義務が有るってのにさ。って言うか、僕ってかなり重要人物だよ?

 

「確かに君は才能を評価されている。眷属も……まぁ中々だろう」

 

 途中、一誠を見て鼻で笑う。あー、僕の作品で一誠の価値が急降下したからな。量産出来るなら多少質が上な真作でも使用者がアレだしさ……。

 

 

「ですがっ! 私は自分の責任を果たそうとしたまでで……」

 

「貴族としての責任をロクに果たそうとしていない我が儘姫が何を言う。兎に角、魔王様方の判断だ。君に逆らう権利はない。精々学生の義務に励みたまえ」

 

 リアスは感情に任せて両手を机に叩きつけるけれど、相手は政治でも戦闘でも遙か格上。軽く受け流され、魔王のサイン入りの書類を出されては黙るしかなかった。

 

 

 シスコン魔王が妹の役割を奪うとは驚きだけど、悪評が立っている今はこれ以上の失態を避けたいんだろうね。後は同じシスコンのセラフォルーが妹を守ろうと思ったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「部長、泣きそうだったよ……」

 

 次の日の昼、イッセーは紙パックのジュースのストローを咥えながら呟く。どうやら今日はアーシアさんの手作り弁当らしく、少し可愛らしいキャラ弁だ。うん。男子高校生にはきつそうだね。

 

「あ、あの、でも臨時の管理者の方ってお強いんですよね? だったら安全なのでは? ほら、もし堕天使さんが暴れ出したら……」

 

「……そうだよな。経験豊富な人の方が安心か」

 

 イッセーも納得しているけど、確かにね。高校生には荷が重すぎるよ。家族が住んでるんだし、そっちの方が良いよね。少なくても短期間で何度も侵入を許して気付けなかった奴よりはさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んな事よりも二人はもうヤったんっすか?」

 

 そして空気を読まないミッテルトの発言にイッセーが固まり、アーシアさんは疑問符を浮かべている。

 

「やった、って何をですか?」

 

「例えばウチとダーリンなら、まずはお風呂で《自主規制》の後、胸をこうやって《自主規制》してあげて、その後は《自主規制》で毎回《自主規制》させられるんだけど、そこも可愛いって言って貰えて。洗い流したら、《自主規制》したり《自主規制》だったり、偶に箱庭に入って公園や浜辺で《自主規制》っすね。……でもまぁ、いい加減《自主規制》して欲しいもんっすけど」

 

「おい、マジで止めろ!? アーシアは純情なんだっ!?」

 

「はわわわわわわっ!?」

 

 真っ赤になっているアーシアさんを庇うイッセー。うん、仲が良いね。少し前に聞いたんだけど、アーシアさんは悪魔になる気はないみたい。一緒に居られる時間が成った時より減るのは悲しいけど、その分一緒の時間を大切にしたいんだってさ。

 

 

 

「私は信仰を捨てられず、悪魔になれば苦しむと思います。そしてイッセーさんはそんな私を見て悔やむでしょう。だから、私は人間として一生傍に居るつもりです」

 

 だってさ。思いっきりプロポーズだよね。それを聞いたイッセーも照れながらも嬉しそうだったし、いいカップルじゃない? 付き合ってる相手の名誉まで疵付くって言ったら覗きしなくなったしさ。

 

 イッセーの異様な性欲は心が重要になる神器とは相性が良い。元がカス以下でも十秒毎に倍加するならあまり関係ないし。でも、この事でそれが減ったら……そっちの方が良いか。強ければ戦いに駆り出されるし、大きい力は負担も大きい。友達としてはそっちの方を望むよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ヤバ。思い出したら下着が少し拙い事になったっす」

 

 そして君はブレないね、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様はっ!」

 

「あの時のっ!」

 

 この日の帰り、少し前に会った悪魔祓い達と遭遇した。腕も足も首も顔も丸出しの水着を思わせる戦士の衣装の上からローブ姿という異様に目立つ姿で街中を歩く。幸い近くに人は居ないけれど、多分此処に来るまでに注目を浴びたんだろうなぁ。

 

 

 

 

 さて、今にも斬りかかってきそうな二人をどうしようかと考える。前は聖剣を砕いてやったんだよね。面倒だから核は回収しなかったけれど『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の破片を回収できたのは良かった。どうせならまた回収しようかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

 一触即発の空気の中、ミッテルトが前に進み出る。天使の羽を広げながらだ。

 

 

 

 

 

「お止しなさい。これ以上の狼藉はウ…私が許しませんよ」

 

「「はっ!」」

 

 即座に膝を付く二人、まぁ羽が四枚って事は中級天使の証。実際は違っても、そうだと言ってないしね。

 

 

(さて、このまま勘違いさせたまま……!?)

 

 僕が二人をどうやって誂うか考え出した時、不意にコカビエルに付けていた監視が全滅した反応が伝わってくる。何か嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雑魚が。強者に成れなかったのなら……死ね。貴様達に存在価値などないわ」

 

 町外れの森の中の廃墟、崩れかけた壁が血飛沫で染まる中、軍服の女は斬り殺した男達を見下ろしていた。嗤うでもなく、怒りを向けるでもなく、蔑むでもない。死ぬのが当たり前という、何も感じていない顔だった。

 

 ふと足元を見た彼女は転がってきた結晶体に目を向け、そのまま踏み砕く。結晶に込められていた何かが誰かの元に行こうとしたけど、彼女が手を翳すと何かは苦しむような声を出しながら消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の小僧、少し興味深かったな。何故か殺す気が湧かなかったが……少し遊んでみるとしよう」

 

 

 

 僕がポンコツ悪魔祓いコンビと出会ったのは貴重な研究素材、聖剣を手に入れる為だった。某国に存在する古代遺跡の罠を掻い潜り、少しだけ苦労して漸く聖剣を手にして遺跡から出てきた時、二人と出会ったんだ。

 

「その聖剣を渡してくれるかしら?」

 

「うむ。遺跡に潜らずとも聖剣が手に入るとは主のお導きだな」

 

 こういった手合いは他人の話を聞かないし、基本的に意見を変えない。自分達が崇拝する神は絶対的な存在であり、其の神の為に行動する自分達は絶対正しいってな具合にね。馬鹿みたいだね。正当化しなきゃ駄目な時点で自分にとって其れ程大切じゃないって事なのにさ。

 

 本当に大切な存在の為なら、オーフィスの為なら僕はどんなに間違った事でもしてみせる。この時入手した聖剣もその為で、勿論断ったら強硬手段にでようとした。……から、持っていた聖剣をへし折って、面倒事を避ける為に核は残して破片は回収したんだ。

 

 それから何度か会ったんだけど……こいつら馬鹿だった。樹海で道に迷って遭難したからって聖剣のオーラを放って木々を破壊して道を作ったり、最低限の常識すら信仰の為に捨てる程だ。

 

 

 そんな二人だけど、今、ミッテルトに騙されている。

 

 

 

「彼は天界にとって有益な研究をしています。貴女方が彼に攻撃するという事は主に仇をなす行為っす…ですよ」

 

 時折、地が出ながらも完全な虚偽はなしに二人を言いくるめて行くミッテルト。天使の言葉だからと無条件で信じている二人は考える力ってのを何処かに忘れてきたのかな? 騙している方が言うのもアレだけどチョロ過ぎでしょ。

 

「わ、私達はなんという事をっ!?」

 

「主よお許し下さい!」

 

 人の目がないとは言え街中でこんな目立つ格好で祈り出すなんて。でも、これはチャンスだ。欲しかった物を手に入れる、ね。

 

 

 

 

「気にしなくて良い。君が持っている擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の破片を十キロ分貰えれば問題ないよ。砕いても伸ばせば再生するし問題ないでしょ?」

 

「分かったわ! ああ、なんて優しいのかしら」

 

「君に主の祝福があらんことを!」

 

 あくまで向こうからくれるんだから僕は悪くない。嘘は言っていないしね。

 

 

 

 

「……それで、あの二人の目的はコカビエル? 主戦力はどんなのが来るのかな?」

 

 この日の夜、椅子に座った僕は研究資料を作成しつつ眼前で膝を着いた男に尋ねる。あの二人の片方、紫藤イリナはライザー・フェニックスの『騎士(ナイト)』を聖剣ありで後々残る怪我を負わせる事も出来ない程度で。もう片方、ゼノヴィアも相棒だけど切り札も入れればようやく上級悪魔に食らいつける程度。

 

 つまり、コカビエル相手には時間稼ぎすら怪しいレベル。最上級堕天使相手に派遣するには足りなさ過ぎる。だからあくまでサポートで、後から大物が来ると思ったんだけど……。

 

「いえ、増援に対しては何も言っていませんでした。むしろ二人だけで解決するから手を出すなと言う程で……」

 

 此奴も戸惑っているけど、あくまで一時的な管理者という事もあって反論はしないし()()()()言い含めて、リアス・グレモリー達にも伝達したらしいけど……怪しいね。流石に聖剣を持たせているらしいし、あえて殺させて戦争の口実にしようってでもない限り、繋がりを警戒して秘密にしている増援が居るだろう。二人にも伝えていない可能性も有るね。

 

 

「……でしょうな。流石に教会の連中も馬鹿ではないでしょう。指示したものが密通でも……いえ、バレバレ過ぎて有り得ませんか」

 

「そうだよね。警戒は続けさせるね。じゃあ、お仕事に戻ってよ。造魔877号。……いや、今はビィディゼ・アバドンだったね」

 

「ええ、左様で御座います、創造主様。この体の名前はビィディゼ・アバドンで御座います」

 

 877号は僕に一礼すると背後に控えさせた同族(眷属)達と共に転移していった。

 

 

 

 

 さて、面倒な事が起きないと良いけどね。戦争が今起きても僕に旨みは少ない。もっと僕の価値を上げて搾り取れるだけ搾り取らなきゃね。一応監視を付けているので二人の様子を見てみるか。明日は少し忙しいからね。

 

 

 

 

「……悪魔のようだな。私達に何用だ?」

 

「君達が持っているエクスカリバーを渡してくれ。僕はそれを破壊しなきゃいけないんだ」

 

 はい、起きました! 何やってんだよ、リアス・グレモリーはさ。暴走の危険が有る眷属に監視くらい付けておけよな!!

 

 

 

 

 

 

 

「あのイケメン、拘束されたんっすか。どうりで居ないと思ったっす」

 

 翌日、僕は学校を休みミッテルトは普通に登校して、何時もの様にイッセー達とお昼を食べている。そんな時、ふと話題に上がったのが木場祐斗。この日、学校を休んでいた。一部の腐女子が同時に休んだ僕と駆け落ちとか騒ぎ立てたけど、報告は受けているから後で呪う。

 

「ああ、イリナ達を襲撃して、街を警邏していたビィディゼ様の眷属に取り押さえられたらしいんだ。そのせいで部長は冥界に呼び出しを食らったらしいし……内通の疑いがどうとか言っていた」

 

 木場祐斗のやった事はそういう事だ。エクスカリバーを奪ったコカビエルの目的はこの街からして戦争だろうけど、悪魔が悪魔祓いを襲ってエクスカリバーを奪えば戦争の可能性が上がる。更に女王が堕天使幹部の娘なんだから、更にその嫌疑は濃厚だ。

 

 

「まっ、眷属の精神状態に注意して居なかったお嬢様に非があるっすよ。……しかし聖剣を憎んでいるらしいっすけど、それを行わせた教会や、その上部組織の天界には同じくらいの恨みを向けてないんっすよね?」

 

 理解できないといった様子のミッテルト。僕も理解できないよ。物に当たるなよな、物にさ。

 

「其れはそうとミッテルトさん。今日は九龍さんが居ないのにご機嫌ですよね。何か良い事でも?」

 

 アーシアさんが訊いた途端、ミッテルトの目が輝く。嬉しい事、自慢したい事は他人に話したくなるものだ。僕も発明品を誰かに自慢するのは好きだしね。クロロは助手だし、オーフィスは反応悪いから黒歌や美猴くらいしか相手が居ないけどさ。

 

 

 

 

「実は堕天化の実験が大詰めを迎えて、早ければ今日の内に終わるんっすよ。つまり、ウチは本格的にダーリンのモノって訳……伏せろっ!!」

 

 二人の頭を掴んで無理に伏せさせたミッテルトは即座に悪食の盃(グラトニー・グラール)赤龍帝の籠手・偽(ブーステッド・ギア・フェイク)を出現させる。硬質な物が砕ける音と共に光の粒が宙を舞い、ほぼ同時に校舎が揺れて悲鳴が上がった。今の時刻は丁度お昼休みの中頃。

 

 そんな太陽が高くで輝いている時間帯に、街中の学園に無数の光の槍が突き刺さった。

 

 

「イッセー、あんたも早く倍加を進めてウチに譲渡するっす。……畜生、イカれているって聞いた事はあるっすけど、此処までとは思わなかったっすよ!!」

 

 吸い込みきれなかった光の槍は屋上中に突き刺さり、校舎内からは貫かれた生徒の断末魔の叫びやパニックに陥った人の悲鳴が響く。平和な日常は一転して恐怖の非日常へと変わり、その元凶は宙に浮かんで学園を見下ろしていた。

 

 凶悪そうな顔に堕天使に証である黒い翼。此奴こそが今回の騒ぎの元凶、聖書に名を記された堕天使コカビエルだ。

 

 

 

 

 

 

「魔王の妹達よ、出て来い!! このコカビエルが相手をしてやる!!」

 

 これは警告だとばかりに宙に出現した巨大な光の槍。十枚の黒い翼を広げたコカビエルは腕を振り上げ、まだ混乱醒めやらぬ校舎目掛けて振り下ろす。

 

「な、何だアレっ!?」

 

「あの化物、あれを放つ気か!?」

 

 一般人の多くを巻き込んでの魔王の妹への宣戦布告。三大勢力間どころか他の神話さえも敵に回す行為だけどコカビエルに迷いはない。むしろ楽しんでいるくらいだ。事実、顔に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

『スパイラルニー!!』

 

「なっ!?」

 

 だが、その笑みはすぐに困惑へと変わる。特大の、それこそミッテルトの通常時の槍が爪楊枝なら鉄棒くらいありそうな其れはドリルによって正面から削り砕かれた。

 

 

 

 

「ロ、ロボット!?」

 

「これ、何かの撮影!? ドッキリ!? ドッキリなの!?」

 

 当然、学園は更なる混乱に陥るけど、ソーナ・シトリー達が暗示を使って避難誘導を始めたから問題ないだろう。

 

 

「皆、私達では邪魔にしかなりません。それよりは生徒の避難が優先です!」

 

 この辺は食えない姉と同様に優秀で厄介だと思う。そしてエンプティーは屋上へと着地した。

 

 

『ミッション開始。目標、コカビエルの生命停止……エラー発生! エラー発生!!』

 

「な、何が起きたっす!?」

 

 

 

 

 

 

 

『コカビエルは生存していません! コカビエルは既に死亡しています!』

 

 五体満足で宙に浮くコカビエルに向け、エンプティーは混乱した声でそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕はというと……。

 

 

 

 

 

 

 

「約束は分かってるよね? 彼の死因を解明する代わりに遺体から筋繊維を三割、血管を二割、皮膚と脳と臓腑を三割貰う」

 

 僕の目の前にあるのはライザー・フェニックスの遺体。誰にも死因が解明できなかったからと漸く僕に依頼が回ってきたんだ。

 

 

 

 

 

(……早く終わらせよう。今日は上手く進めばミッテルトとお楽しみだし)

 



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「執刀…開始」

 

 ライザー・フェニックスの遺体を調べ死因を解明するという依頼を受けた僕はクロロと二人で遺体を切り開く。腹部や胸部を切開し、内臓を取り出す。心臓を中心に調べるもいずれも異常無し。次に頭蓋骨を切って脳を調べるも、死因に繋がる物は出てこない。

 

 絞り尽くされていた事以外、ライザー・フェニックスの体には何一つ異常がなく、ミイラとなって死亡する筈がないんだ。そう、体には異常はなかった。

 

「これはアレだねぇ。昔、悪魔が魂を対価にしていた頃の資料のまんまだよ」

 

「……夢魔に襲われた症状にも似ている」

 

 魂と精気を吸い尽くされて死んだ。それが僕が下した判断だ。だけど、一体何処の誰が? ライザー・フェニックスは不死の特性を持ち、更には才児とまで呼ばれる存在だった。それが夢魔になすがままにしてやられ、その上で魂を抜かれるような契約を結ぶだろうか? 魂の痕跡を調べたが無理やり抜かれた様子はない。つまり合意の上で魂を失ったんだ。

 

「まっ、犯人探しは僕の仕事じゃないし、どんな奴だけか調べてやれば良いでしょ」

 

 脳に電極を挿し生前の記憶を無理やり再生させる。電極に繋がったコードの先には液晶画面があって、ライザー視線で最期にヤっていた女の姿が映し出された。

 

 画面越しでも伝わって来るのは濃厚な色香。それでもって下品さはなく、むしろ上品で見る者を安心させる母性すら感じさせる。感じる印象は貞淑でお淑やかで色っぽく、そして優しい。その他の男の勝手な理想が体現化したような印象を受けるその女を見た時、頭痛が走った。

 

「創造主様っ!?」

 

「……何でもない。魅了を無効化した反動だ」

 

 頭を押さえて倒れ込みそうになった時、慌てたクロロが僕を支える。すぐに頭痛は治まって、画面越しでも女がどんな存在か解析出来た。画像にも関わらず超強力な魅了の術が掛かり、そしてライザーの症状。間違いなくこの女は夢魔の類いであり……紛れもなく人間でもあった。

 

 

 

 

 

「……こんな女、僕のデータには存在しない。一体何者だ?」

 

 オーフィスの為、持ちうる限りの手段を使って厄介そうな奴のデータは集めているのに、僕はこの女を知らなかった。

 

 もう一つ、口には出さないが確信があった。女を見た時の強烈な既視感。僕はこの女を知らないはずなのに、この女を見た事がある。一体何時何処で見たのか分からないけれど、確かに見た事がある。それも一度や二度ではなく……。

 

 

 

 

 

「まぁ良い。このデータを提出すれば仕事完了だ。遺体を適当に縫合して葬儀の際に見苦しくなくしておいて、助手。僕はこれから会食があるからさ」

 

 これから会うのは魔王を上回る権力を持つが既に表舞台からは引退した悪魔、ゼクラム・バアル。……今後の事で色々と話があると急遽会食を持ち掛けてきた。

 

 

 

 ああ、非常に運が良い。まさか大王家を手に入れるチャンスが回ってくるなんてさ。

 

 

 

 

 

 

「俺が死んでいる? ふん、ポンコツが」

 

 コカビエルはエンプティーの言葉に怪訝そうな顔をした後、見下した笑みを浮かべる。自分の光の槍を正面から砕いたことで強さは認めても知能は認めていないって感じだね。

 

「……さて、魔王の妹を先に殺すとしよう」

 

 再び現れた光の槍。構築に使用される光力は先程の特大サイズと同じだが、大きさは通常サイズ。凝縮され威力を底上げされているそれをコカビエルは投擲する。それが向かう先はエンプティー達ではなく眷属と共に一般生徒を避難させているソーナ・シトリーだった。

 

 

 

「残念だが思い通りにさせる気はない」

 

 突如槍は宙に現れた穴に吸い込まれ、コカビエルの背後にも出現した穴から飛び出す。避ける間もなくコカビエルの腹を貫通した。

 

「ビィディセ様っ!」

 

 イッセーの視線の先にはビィディセ・アバドンこと877号と眷属達。

 

「あの悪魔祓い達との約定で手出し不可だったが……襲撃を受けたなら話は別だ。行くぞ、お前達!」

 

 一切の容赦をしないとばかりに877号と眷属達は魔力を放っていく。しかも普通に高威力のを放つだけでなく、避けられた物も穴に吸い込まれ、再び空いた穴から飛び出していく。全部を当てるためではなく、中には動きを封じる為の物もあって確実にコカビエルの防御が手薄な所に魔力が打ち込まれていった。

 

 これこそがアバドン家の特性である『(ホール)』。吸い込んだものを放つだけでなく、ある程度分離とかも出来るんだから興味深いよね。ぶっちゃけ、同じ魔力量で同じ技量なら特性を持つ方が有利だ。転生悪魔なら神器を持っていない奴より持っている方が有利で、持っていない同士なら元々の種族差も大きな差になってくる。

 

 結局レーティング・ゲームって生まれ付きの強者の為にあるんだよね。活躍してる奴の殆どがそういった奴らだもん。

 

 

「これでトドメだ!!」

 

 コカビエルの周囲を無数の穴が囲む。それこそ周囲から姿が見えない程にビッシリと。その全てから魔力が吐き出され中心のコカビエルに全命中。確実に致命傷を与えた。実際、右肩から右脇腹の下まで大きく抉れたように欠損し、下顎も吹き飛んでいる。

 

 

 

 

 

「ふははははは! どうした? 俺には傷一つ与えられていないぞ!」

 

 異変は直ぐに起きた。耳障りな虫の羽音と共にコカビエルの断面が黒くなって蠢き、即座に肉が盛り上がって傷が修復される。それだけならフェニックスの特性と似ているから何かしらの道具なり術を使ったんだと思うんだけど、奇妙なのはコカビエルの言葉だ。まるで傷など受けていないかの様な、体が修復した事など知らないかの様な口振りだ。

 

 

 

(……ダーリンの仕業っすかね?)

 

(創造主様の仕業だろうか?)

 

(ドクター九龍の仕業?)

 

 この瞬間、ミッテルトとエンプティー、そして877号と眷属達、この場にいる僕の陣営全ての思考が一致した。全く酷いもんだ。どうして僕の仕業だって思うんだろうか?

 

 

 

 

「……厄介な」

 

「どうしたどうした! 貴様は魔王クラスなのだろう!! これは好都合。貴様を殺しても戦争が起きそうだっ!!」

 

 実際、最上級悪魔と眷属達の体を持つ877号達を殺した方がコカビエルの望みは叶う。戦争永続を唱え続ける戦争狂。こんな奴に表向きだけとは言えあんな雑魚二人しか送らないなんて教会は何を考えているんだ?

 

 

 コカビエル自体は強い事は強いけど877号達なら対処出来るレベル。ただエンプティーは大規模兵器ばかり装備させているので後方援護には向かないし。ミッテルトとイッセーは倍加中。

 

 どれだけ傷を負わせてもコカビエルの体はすぐに再生し、そもそも傷を負う事を恐れずに向かってくる為877号達が徐々に押され始める。突き出される槍を穴に吸い込み、光の剣を魔力で破壊する。だけど千切た腕がそのまま振るわれ、即座に再生する為に体の直前で槍や剣が生成されて防御が間に合わず傷を負う。徐々に追い込まれている中、コカビエルの頭をミッテルトの光の槍が貫いた。

 

「直ぐに再生するなら……ぶっ殺し続けるっす! それとこっちに来るっすよ!!」

 

 コカビエルの頭を貫いた状態で光の槍は固定され内部を焼き続ける。蠢く黒い何かに徐々に押し出されようとしているけど、それよりも前に877号はミッテルトとイッセー傍にやって来て、その体に二人が触れた。

 

「譲渡!」

 

『Transfer!!』

 

 最上級堕天使クラスと上級悪魔クラスの力が877号に削ぎこまれ、その力は元々の魔王クラスを大幅に超えた物となった。

 

 

 

 

「……これは良い、これで……吹き飛べぇええええっ!!」

 

 放たれた全力の魔力はコカビエルを飲み込んでも勢いを衰えさせず、遥か上空の雲を吹き飛ばし余波で街の建物の屋根に損害を与えて空に吸い込まれていった。これ、後処理するの877号かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「制服からしてあの時間には小僧が居ると思ったのだが……まぁ良い。面白い物も見れたことだしな」

 

 学園から少し離れた廃ビルでナースを名乗った軍服の女は呟く。彼女が指を鳴らすとその体は無数の蠢く蝿へと変わり、直ぐに散らばって居なくなった。

 

 

 これが奴らと僕達の最初の戦い。だけどこの時の僕達にはこれから待つ戦いの事なんて知る由もなかったんだ……。

 

 

 

 

 

「……ふぅ。これで私の領地が戻って来るわね」

 

 後日談を語ろう。877号が管理者を任されたのは事件の間だからと後処理が終わるなりリアス・グレモリーに権限が戻された。イッセーは家族が住んでいるからと少し心配そうだったけど口には出していない。木場祐斗は未だ拘束されたままだけど、夏休みまでには公爵家の権限もあって釈放だって。次期当主の眷属がつかまったままってのもね。

 

 

 

 

 

「……すまない。交通費を貸してくれないだろうか」

 

「食費もお願い。水で誤魔化してるけど空腹が限界なの」

 

「日本にある支部まで歩いて向かえば? ほら、それも君達が好きな主の試練だよ。それか信仰心を試す荒野の悪魔の誘惑に勝てなかった罰かもよ?」

 

 エクスカリバーは877号が見付けて悪魔祓い二人に場所を教えたんだけど、二人は何故か学園の前で僕を待ち伏せていた。紫藤イリナが聖人の絵と騙されて落書きに経費を全て注ぎ込んだらしく帰りの交通費もないらしい。

 

 任務って信仰の為にしているんじゃ? その経費を使い込むって……。

 

 ぶちゃけ以前戦った時に血液を採取してるから二人に価値は感じない。……ただ来たであろう、もしくは未だ潜伏しているかもしれない本命の悪魔祓いには興味があるんだけど未だ発見出来ない。途中で帰った? いや、連絡の為の電話代も無いって話だし、何処かから戦いを見ていたのかな?

 

 

 取り敢えず放置で。神様が居るってんならどうにでもなるでしょ。既に死んでいるけどさ。

 

 

 

 

 

 

 ああ、忘れてた。ミッテルトに行った最終実験について語ろうか。そもそも何故堕天するのか。其れは聖書の神が創り出した『システム』に関係する。定められたルールに違反、欲望に溺れるなどしたらシステムに察知されて堕天使になる。

 

 

 

 

「つまり、堕天使になる条件を満たしている間はシステムとの間に力の通る道が出来るって事だ」

 

「はいはい。説明は良いから早く終わらせようよ、創造主様。私、見たいテレビが有るんだ」

 

僕の研究室でも最も重要な研究を行う部屋の中、クロロと共に準備を進めていく。と言っても機器は既に用意しているから被験者、ミッテルトの準備だけだ。

 

 

 

「あの〜。どうしてこんな格好っすか?」

 

 部屋の中央のベッドに拘束されているミッテルトは体のラインが丸分かりの特殊素材で出来た翼だけ出しているボンテージスーツ。色は黒。少し白めのミッテルトの肌に映える。僕の趣味……は三割程度。

 

「大体君の趣味。そっちの方が興奮するでしょ?」

 

「た、確かに一切身動きが出来ない拘束状態とか全身を締め付けるようなぴちぴち感とか……って、今何を注射したっす!?」

 

「媚薬」

 

 注射器を見せつつ息が荒いミッテルトの質問に答える。まだ効果は現れないはずだから、今の状態は彼女自身の性癖によるものだ。さて、もう出る頃かな?

 

 人差し指で脇腹を軽く撫でる。

 

「ひゃん!? あっ……」

 

 効果は絶大。少し触っただけで達したようだ。面白くなってきたので左腕を触手に変えて全身をまさぐる。

 

「ッ~〜〜!!」

 

 もう声すら出せずだらし無い顔を晒している。うん。僕も限界だから早く終わらせよう。

 

「助手、数値の方は?」

 

「安定してるよ。システムからの干渉は薬で防いでいる」

 

 僕がミッテルトに投与しているのは予防薬みたいなものだ。システムの干渉に対する抗体を上げ堕天を防ぐ。さらに堕天の効果を取り除く薬も作れるあたり僕は本当に天才だよね。

 

(また自画自賛してる顔だ)

 

「今、まさにシステムとミッテルトは繋がっている。……後は」

 

 この日の為に組み上げてきた魔法陣を展開させる。システムに感知されないように繊細で静寂に、それでもって防壁を突破できるような力強い術式。それは聖書の神が創り出したシステムへの侵入を可能とした。

 

 

 

 

「完成だ! 極一部だけどシステムを掌握したぞ!」

 

「はい、お疲れさま〜」

 

 相変わらず付き合いが悪い奴だ。クロロは余韻に浸る僕を置いてさっさと部屋から出ていくその姿を見送った僕だけど、ドアの隙間から差し込まれたメモを発見した。

 

 

『ごゆっくり』

 

 ……そういう事か。気を使ってもらった訳だね。後始末を全部押し付けられた気もしないでもないけど。僕は未だ意識がハッキリとしないミッテルトの耳元で囁いた。

 

 

 

「その服、もう要らないし破くね」

 

「は、はひぃ」

 

 呂律の回らない舌での返事。もう我慢できないし、我慢する必要もない。僕は服を脱ぎながら拘束したままの彼女に跨り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼクラム殿、どうかしましたか?」

 

「いや、少し頭が痛かっただけだが直ぐに収まった」

 

 頭を押さえていたゼクセム・バアルは心配する部下に医者は必要ないと言って下がらせるとフカフカの椅子に座り込む。事実、頭はもう痛くない。

 

 

 

 

 

「……老人の体というのはアレだが、まぁ良いだろう。全ては創造主様の為だ」

 

 ゼクセム・バアル()()()()は不敵に笑い、机の上のワイングラスにワインを注ぐ。僕がゼクラム・バアルと会食を行ったのがこの五日前。そしてゼクラム・バアルが900号になったのはこの瞬間だった。

  禍の団のアジト、冥界の政府には知られていない古城を魔法で弄って広げたその中を私は歩いていた。ああ、私の名はクルゼレイ・アスモデウス。偉大なるアスモデウス……いや、―――――の末裔だ。

 

 本来私が継ぐはずであったアスモデウスの称号は仕事を部下に任せて怠惰に過ごす者に奪われてしまっているが、正直言ってどうでも良い。ああ、流れる血に誇りを持ってはいるが()()()()()()()()()()には全く興味がないな。

 

 だが、それは口にしない。偉大なる初代が口にしなかった事を私が口にする訳にはいかないからだ。今は埋伏の時。その時が来れば――――を名乗ろう。時は近いと流れる血が告げてくれる。何より、あの御方の情報がそれを確信に変えて下さった。

 

「あら、クルゼレイ。何処に行っていたのかしら? ……まさかあの小僧の所じゃないわよね?」

 

「大丈夫だ、カテレア。引退した配下に力を貸す栄誉を与えに行っていただけに過ぎん」

 

 私が口にしない理由はまだある。動くのに不都合が生じるというのもあるが、彼女、カテレア・レヴィアタンの存在が大きい。悪魔は欲望に忠実ではあるが、愛情を否定している訳ではない。人に比べ希薄な所もあるが、彼女と私は確かに愛し合っていた。

 

 もしかすれば嫌われるかもしれない。その思いから彼女にさえ本当の事を教えられないでいた。

 

 私には四大魔王の名など興味はないが、彼女がそれを望むのなら奪い返す事に躊躇いはない。……何時か偉大なる御方が冥界を支配なさった時、その時彼女の助命を願い出て全てを打ち明けよう。それまで私は彼女を失わないために彼女を欺き続ける。良心の痛みは……存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

「むっ、風呂上がりか」

 

「やあ、クルゼレイさん」

 

 九龍正義、それがこの組織で二番目に重要な存在の名前だ。シャルバや英雄派のリーダーである曹操はオーフィスに気に入られただけの便利なアイテム製造機程度の認識だが……馬鹿共が。この御方……御方? いや、この少年の有する戦力だけでなく、本人が持つ力もオーフィスと私以外を圧倒できる程だ。私も圧倒はされんが勝てはしない。

 

 しかしだ、先程何故か御方と頭の中で呼んでしまったが、人である彼に対して私は侮蔑を感じない。普通、キメラなだけの人の子に力を上回れたら認めたくない心から卑下しそうなものだが……。

 

 横を見れば彼同様にパジャマに着替え体から湯気を上げている幼女の姿がある。黒歌とかいうはぐれ悪魔が買ってきたウサギの着ぐるみパジャマが似合っているが、これが所属する組織のトップかと思うと少し脱力だな。

 

 いやまぁ、トップではないが幹部であるあのお二方も争い続けていると聞くし、所詮力が全ての種族にカリスマ性を求めるのが無理があるのか?

 

 

「んっ。久々に正義の髪を洗った」

 

 オーフィス、最強のドラゴン。先程会いに行っていた彼……彼ら? よりも遥かに強いこのドラゴンは突如幼い少女の姿になった。老人の方が威厳があると思うのだが、唯一といって良い程にオーフィスに意見が出来る彼は本人が気に入っているからと何も言わない。シャルバ達も利用するだけの存在にヘソを曲げられたら厄介なので極力関わらない。

 

「……ねぇ、そっちの派閥のトップをどうにか説得してよ。今度開かれる三大勢力の会談だけど、僕の手駒を警邏に紛れ込ませてその場で戦争を起こすって案に反対するんだ。誇り高い我々がその様な姑息な手を取れるか、ってね」

 

「アレはアレなりに独自の美学を持っているんだ。……諦めろ」

 

 偶に私でも引くくらいド外道な彼だが、その為かちっぽけな矜持を大切にするシャルバや曹操とは意見が合わない。故に自分と考えが違うからと愚かだ何だと馬鹿にし、それでもって彼が作った物は使う。……反吐が出るな。

 

「……んっ」

 

 少し不機嫌そうな声でオーフィスが彼の裾を引っ張る。私が気に入らないというよりは……ああ、そうか。

 

 

「あまり長く話していたら湯冷めするな。では、私はこれで失礼するよ」

 

 あまり話し込んでカテレア達の不興を買うのも困るしな。私は彼らに軽く手を振ってその場から去っていった。

 

 

 

 

「早くトランプする」

 

「はいはい。じゃあ、部屋に戻りましょう」

 

 相変わらず仲が良いと聞こえてきた会話に思わず頬が緩む。彼でなければ下らんと一蹴する所だがな。

 

 

 

 

「……アスモデウスか」

 

「ふん。人の血が混じった半端者でもその程度は覚えられるか」

 

 私は別に人が好きな訳ではない。いや、嫌ってもいない。そもそも見下し利用するだけの存在に好きも嫌いもありはしない。だからこそ堕天使を密かに裏切り此方に付いているこの男、ヴァーリ・ルシファーは侮蔑の対象だ。白龍皇を宿しているが、それがどうした? 所詮は他者の力ではないか。己が作った物を使うなら兎も角、忌々しい神が作った物に宿る忌々しいドラゴンの力を己の力と勘違いしている此奴は滑稽さすら感じる。

 

「随分とご挨拶だね。今から俺と一戦やり合うかい?」

 

「いや、それには及ばない。……強がるな。既にボロボロではないか」

 

 平静を装ってはいるが既にヴァーリは万全ではない。彼の手駒の中でも最強の存在にして最高傑作と呼ばれるクロロと先程まで戦っていたからだ。それが組織加入の条件の一つだったそうだが、他の条件であるアースカルズとの戦いはどうする気だ? 美猴の奴が勧誘の時に言ったらしいが、シャルバやカテレアはオーディンに協力を求める気だぞ。……アイツ等に老神を御しきれる器はないし、利用されるだけだがな。

 

「その内相手をしてやるさ。……全力でな」

 

 そう。時期が来たら私の狂暴なる真の力を見せてやろう。その時の為、かつての大戦やクーデターの時に敗北の恥辱を味わってまで隠し通した力をな。

 

 

 

 

 

「おや、これは旧魔王派のクルゼレイじゃないか」

 

「真なる魔王だ、人風情が」

 

 部屋に戻る途中、最も会いたくない者と出会す。かの魏の王である曹操の子孫で黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)の所有者、曹操だ。しかし、確かに曹操は人にしては面白かったと父が言っていたが……その子孫だからどうした? 息子は確かに父が成れなかった皇帝になったり詩聖と呼ばれただろう。だが、子孫はどうだ? 偉大な祖先が築いた物を簒奪されたではないか。

 

 

 つまりだ、更にその子孫の此奴は……むっ、私達はどうか? 悪魔は寿命が長いからな。初代と旧魔王派は其れ程離れていない。

 

 

 

 

 しかしだ、今日は色々と同じ組織の者と出会ったが……よく空中分解しないものだ。私でさえ他の派閥の者に色々と思う所が有るのだからな……。

 

 

 

 

 ああ、一刻も早く偉大なる七人の御方々の下で戦いたい物だ。何故か今も下で戦えている気もするのだが……。「いや、だからさぁ。どうして皆、そういう奇妙なことは僕の仕業だと思うのさ?」

 

 コカビエルの一件から数日後、オーフィスの髪型を弄っている時にエンプティーに文句を言われた。コカビエルに何かしたのなら先に言っておいてくれと。 

 

 いや、知らないからね? フェニックスの特性を持たせるとかあの頃の僕には出来ないから。今? 全然オッケー。限界を超え続けてこその天才さ。

 

 だけどまぁ、僕としてみれば冤罪な訳で文句も言いたい。だから言ったんだけど、この場にいる僕の身内の反応はこうだ。

 

「何時もの行動のせいじゃないかい?」

 

 僕の最高傑作にして助手、造魔クロロ。

 

「マッドな日常が原因っす」

 

 恋人兼実験材料、(元堕)天使ミッテルト。

 

『同意します、ドクター九龍』

 

 僕が作ったロボット、エンプティー。

 

「正義が悪い。反省」

 

 育て親、無限龍オーフィス。

 

 ……ちょっと酷くない!?

 

 少し落ち込んだ時、オーフィスの視線に気付く。先程まで髪型を変える為に背中を向けていたのに、何時の間にか僕の方を見ている。此方の瞳を覗き込むその瞳は飲み込まれそうに深く黒く、少し怒っていた。

 

 

「……何を隠している? 話せ」

 

 オーフィスは僕の膝の上に立って肩に手を置くと力を入れる。直ぐにメキメキと音を立てて骨が軋みだした。痛い。でも、それ以上に情けない。オーフィスがこんな事をしてくる理由、それは僕を心配しているからだ。オーフィスを心配して黙っていたけど、隠し通せなかった自分が情けない。

 

 

 

 

「……駄目、言えない」

 

「言え」

 

 肩の骨が握りつぶされる。正しく粉砕、粉微塵。潰れた肉の隙間に粉末になった骨が入り込み、直ぐに再生していく。普段オーフィスは僕に絶対に手を上げない。それがこうして手を上げるということは、きっと何かを感じているんだろうね。大体の攻撃が微塵も効かないオーフィスは危機感を持っていない。だけど今のオーフィスはそれを感じている。

 

 

「我、親。親は子を守る」

 

 ただし、それは自分に対してではなく、僕への危険を感じ取ってだ。……あーあ、本当に情けないや。

 

 

 

「言わない。僕にも意地がある。……大丈夫。どうしようもない時には絶対に頼るから」

 

 だけど、親が子を守るっていうのなら子も親を守る。オーフィスに敵を作らない為とか、第三者の介入とかを考えるという事はない。それがグレートレッドを除いて圧倒的頂点である強者故の欠点。だからこそ、オーフィスを表に出す訳にはいかないんだ。

 

 僕は目を逸らさずオーフィスの目を見つめる。一分、もしくは一時間にすら感じる時間の後、オーフィスは頷く。微かに笑っていた。

 

「分かった。でも、約束。絶対に無理しない」

 

 差し出された小指に小指を絡める。……うん。オーフィスの力を借りなくて良いように頑張らなくちゃね。

 

 

 

 

「そうそう、助手。明日、ミカエルとの密談があるから影から護衛お願い。……怪しい動きをしたら」

 

「任せときな。首根っこへし折ってやるよ」

 

「我が滅ぼす?」

 

「助手に任せるからお菓子でも食べていてよ」

 

 上手く行くかなぁ……。

 

 

 

 

 暴食、嫉妬、色欲、憤怒、怠惰、傲慢、そして強欲。それが人を罪悪に導く要因とされている。だけど、実は八個目があると言われる場合もある。それは……正義だ。

 

 人は正しいと思う事の為に罪を起こしうる。それは勿論人だけではなくて……。

 

 

「本日は会談に応じて下さって有難うございます。私が天使長ミカエルです」

 

 僕の目の前に居るのは黄金の翼を持つ青年。ただし年齢は天使長と名乗るだけあってそれなりだ。本来僕は悪魔側の所属ではないけど協力者であるから天界、しかもトップが会うのは対外的に良くない。下手をすれば謀反が起こりかねない程にね。それはそれで都合が良いんだけど、今日の話し合いが成功する方が都合が良い。だから撮影だけしておこう。

 

「この話し合いは悪魔天界双方共に一部の者以外に知らされていない極秘の物。それは分かっているね?」

 

「ええ、セラフォルーも細心の注意を払ってセッティングをして下さいました」

 

 うんうん、本当にこういう時だけは感謝してやるよ、セラフォルー・レヴィアタン。なにせ君のおかげで天界の危機は救われる。本当に優秀な外交担当だ。……早い内に消しておかないとね。いや、焦りは禁物か。

 

 

「色々と腹の探り合いも面倒くさいし率直に言おう。神が不在の今、決して生まれない天使だけど……僕なら生み出せる。其方が協力してくれば一週間で人造天使を完成してあげるよ」

 

 今回の話し合いにおいて僕が聖書の神の死を知っている事は伝達済み。研究をしていて気付いたって伝えている。

 

「……そうですか。それは良かった」

 

 ……あまり乗り気じゃないって感じだね。まあ神の領分に人が踏み入るんだし、下僕として複雑なんだろうけどさ。

 

「今までシステムを守るって名目で大勢の人間を犠牲にして来たんだ。大天使の矜持くらい犠牲にしなよ」

 

 いやはや、どれだけの人が絶望を感じた事やら。しかもそれは天界の為、正当化出来るんだから怖いよねぇ。正当化ってのは歯止めを無くすには充分だから怖い怖い。

 

「……分かりました。では、此方がお約束の報酬です」

 

 今回の依頼を受ける際、成功報酬は前払いって伝えている。ミカエルが差し出したのは布に包まれた聖なるオーラを放つ剣。昨日の騒動の原因となった……。

 

「結合された六本のエクスカリバー、確かに受け取ったよ」

 

「貴方の研究には期待しています。どうか我々の窮地をお救い下さい」

 

 深々と頭を下げるミカエル。こーんな姿、信者に見せられないよね。でも、今からするお願い……いや、指示の内容はもっと見せられないよ。

 

 

「じゃあ人造天使を造る為に研究素材が必要だから男性の天使……出来れば上級以上で十人程に協力して欲しいだけど、無理なら貴方に頑張って貰うしかないね。時間は『箱庭』で何とかなるし」

 

「私一人で何とかなるなら……」

 

 今度の三大勢力の会談で和平を申し出る予定って聞いたけど、それが正式に決まるまでは身内にも内密にしていた方が良いって考えだろうね。

 

 まあ頑張るって言ってるし、もしもの際の脅は……交渉材料になるしそっちの方が都合が良いか。

 

 

 

 

 

「じゃあ今から僕の家に来て人造人間(ホムンクルス)を十人程抱いて。堕天防止薬と精力剤は用意してあるから」

 

「うぇっ!?」

 

 多分生まれて一番だろうなぁって程の間抜け顔のミカエルだった。しょうがないでしょ? 精液が一番適してるんだ。ちゃんと子宮を試験フラスコ用に調整して造った奴らを用意したんだし断らても困る。

 

 

「ほら、これからは人造だけでなくって自然な行為で新しいのが生まれてくるだろうし、トップが率先してヤらないと」

 

「い、いえ、しかし……」

 

「煮え切らないなぁ……大勢を犠牲にしてきたんだ。自分の貞操くらい犠牲にしなよ」

 

「……はい」

 

 この後、時間の流れを調整した空間でミカエルが十人に交代で絞り尽くされた。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。今の主に不満ねぇ」

 

「不満って訳じゃないけどよ……本当に大丈夫なのか心配なんだ」

 

 注がれたミカエルの子種を子宮内部で研究用に調整した十人をバラして子宮を取り出した翌日、何時もの様にお昼を食べている時にイッセーに相談された。

 

 この事に関しては僕も責任を感じなくもない。

 

「まさかイッセーに此処まで才能がないとは思わなかったからね。君、消費数は八個中0.1程度だよ? せめてもう少し鍛えていたら別のマトモな貴族を紹介して貰えていただろうに」

 

 サーゼクスは僕に良い顔がしたいだろうし、向こうも紹介する方がする方だから無碍な扱いは出来ない。なのに、まさかリアス・グレモリーが中堅クラスの神滅具持ちを転生させる事が出来るだなんて。

 

『……あれだ、小僧。お前はもっと頑張れ。じゃないと贋作を手にした小娘の方が赤龍帝だと認識されるぞ』

 

 結構辛辣なドライグ。しかし自分の力を模されて不満じゃないのかな? 少し疑問だから聞いてみた。

 

『こうして侮った相手に封印されて能力を使われている時点でアレだからな。それに知恵を凝らし道具を作り出すのが力無い者の力だ。それを否定はせん。……それに禁手の方は異質の様だしな』

 

 ……へぇ、気付いたんだ。そう。既にって言うか、作った時点で禁手化は使えるようにしてある。まだ使いこなせないから前回は使わなかたけど……。

 

 

 

「大丈夫です! イッセーさんには私がいますから! き、昨日だって元気がなかったから……」

 

「あっ照れてる。……ヤったんっすか?」

 

「ま、未だです。……本の通り、は、挟んだり、舐めたりしただけで……」

 

 ……取り敢えず言おう。ディオドラ、ざまぁ。ぶっちゃけ、あの程度の内通者は必要無いからね。

 

 

 

 

「……アレは」

 

 ミッテルトが顔色を悪くして下を見詰める。……ああ、入って来たなとは思っていたけど、まさか彼処までの大物が来るとはね。下見だとしても自由過ぎない? 公的な物なんだし、普通は正式な使者を使ってさぁ。

 

 

 

 

 

「イッセー。今、学園に君を殺せと命じた奴が、アザゼルが来てる」

 

 安心させる為、ミッテルトを抱き寄せながら視線を向ければ向こうも此方を見てくる。さて、誰が目的なのやら。



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10

「おいおい、そんな突っかかるなよ。下見だよ、下見。会談があるのは知ってるだろ?」

 

 突如学園にやってきたアザゼルだけど、僕達が応対するよりも前にリアス・グレモリーが文句を言いに行っていた。管理能力不足で一時的に管理者を外されたからって使い魔や何やらでガッチガチに監視をしているからね。……そろそろ苦情入れておこう。

 

「来るなら来るで事前に連絡を入れるのが礼儀でしょ!」

 

 荒れてるねぇ。僕達が屋上から見下ろす中、アザゼルに食ってかかるリアス・グレモリーだけがヒートアップしていく。……今度の会談に自分達が出席出来ないのが不満なんだね。ソーナ・シトリーは出席できるから尚更悔しいんだ。

 

「解った解った。んじゃ、今度改めて来るわ」

 

 本来なら貴族の子女に過ぎないリアス・グレモリーに遠慮する立場じゃないけれど、余程面倒だったのかアザゼルは帰って行く。こっち見てきたし接触してくるかな?

 

 

 

 

 

「よお! お前が九龍か。俺は……」

 

「知っているよ。アザゼルでしょ。……やっぱり来たよ」

 

 放課後、校門近くで待ち伏せをしていたアザゼルが接触してきた。ミッテルトを庇うように背後に隠し、笑いかけてくるアザゼルに視線を向ける。オーフィスとも顔見知りだし、侮れない相手だよね。

 

「そっちが確か……ミッテルトか」

 

「ど、どもっす」

 

 流石に最近までトップだった相手に苦手意識があるのか僕の背後から出てこない。彼女に……いや、彼女が持つ物に興味が有るのか視線を向けて来ているけど……気にくわない。そっちは彼女を捨てたんだ。今更近付いてくるな。

 

「僕の人工神器は調べさせない。作った物を他人にあれこれ弄くられるのは嫌いなんだ」

 

 だからこそ助手であるクロロでさえ『魔獣母胎(グレートマザー)』を初めとした重要な物には許可なく近づけない様にしている。

 

 どうやら目的は読み通りだったのかアザゼルは残念そうな顔だ。ヴァーリの話じゃマニアの領域だそうだからあね。

 

「おいおい、つめてぇな。同じ物を研究している同士、話が合うと思ったのによ。ってか、どうだ? 正式な悪魔の所属じゃねぇし、俺の所来るか?」

 

「興味ないね。僕は僕の作りたい物を作る。あれこれ指示されるのは嫌いだし、だからこそ所属していないんだ」

 

 話は終わりとばかりに去っていく僕。僕が何かを作るのは趣味かオーフィスの為だ。他の誰かの為になんて何一つ作る気はないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、一つ訊かせろ。……××××、其の名前に心当たりは有るか?」

 

「知っているけれど封印された筈でしょ? 王である息子の手でさ」

 

 でもまぁ、その封印が解けている可能性も高いんだけどね。ライザー・フェニックスを殺したのはアレの仕業と見るのが可能性が高いし。

 

「……須弥山とかには問い合わせるが、何か要求されるかもしれねぇ。もしかしたらお前の作ったモンを欲しがるかも知れねぇが、その時は宜しく頼む」

 

「報酬次第。ってか、信用できるの? 今は敵対してるけど、元々は味方だったじゃん。口裏を合わせる可能性は?」

 

 それも二人が敵対してるだけで、元々の所属は抜けただけで敵対してる訳でもないしね。……本当に厄介な連中だよ。トップが気紛れで自殺してから大人しくなったらしいけど、どうして今頃動き出したんだ? 流石にオーフィスに出て貰うしかない案件で頭が痛い……。

 

 

 最低でも二天龍クラスなのが七体ってさぁ……。ヴァーリが暴走して二、三体くらい命懸けで道連れにしてくれないかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「正義。我、これに出る」

 

「駄~目!」

 

「……出る」

 

 面倒くさい行事が行われる事になった。数年に一度、初等部や中等部の生徒や保護者達が高等部の授業を見学する公開授業。確か三年に一度くらいだったかな? そのお知らせプリントだけど面倒だからオーフィスに渡さない気で居たのに、ミッテルトに伝え忘れていた。いや、君も少し考えれば拙いって解るでしょ!?

 

「……暫く無し」

 

「えぇ!? せ、せめて緊縛しての放置プレイで……」

 

「そう言うのも禁止。少しは反省して」

 

 僕も禁欲は辛いしお互い様だ。さて、それは兎も角厄介だよね。オーフィスは何が何でも授業を見学したいみたいだし、どうしたもんかね。

 

「サーゼクス・ルシファーが出るって情報もあった。セラフォルー・レヴィアタンも出るみたい。流石に今、僕の所属が知られるのは良くない」

 

「……我、正義の授業風景見たい」

 

 不満そうなオーフィス。これは何を言っても無駄だ。でも、幾らオーラを隠すリボンを付けても何かしらのハプニングって可能性もあるし。それでも、願いは叶えてあげたい。今まで授業参観の類はあったことを後から知って怒らせてきたし……。

 

 

「見るだけで良いの?」

 

「うん。……良い?」

 

 袖を掴んで上目使いに訊いてこられたら駄目とは言えない。だって全てを家族のために捧げるって決めてるんだから。

 

「……助手。親戚のお姉さんって役で参加してよ。君とオーフィスの視覚と聴覚を一時的に繋げるから」

 

「了解。んじゃ、準備してくるよ。でも、術式は出来てるのかい? オーフィスと繋げるのは厄介だよ」

 

「直ぐに完成させれば問題ないよ。簡単簡単」

 

 これで解決。オーフィスも機嫌が良さそうだ。

 

 

「無理言った。……怒っている?」

 

「怒らない怒らない。さっ、術式を考えるから待ってて」

 

 こういう何気ない時間が幸せだと思う。グレートレッドを倒して次元の狭間を取り戻したら終わってしまうけど、それまでは、お別れの時間までは一緒にいて精一杯親孝行しよう。少し寂しいけど何時か子は巣立っていく物だからね。

 

 

 

 

 でも、本当に寂しいな……。

 

 

 

 

「じゃあ今から粘土で好きな物を。そう言う英語も……」

 

 そんなこんなでやって来た公開授業当日。担任は何をトチ狂ったのか英語の時間に粘土細工をしろと言い出した。クビになったら? でも、保護者も生徒も異論を唱えない。それは文句がないんじゃなくって別のことに意識を向けているからだ。

 

「随分と変わった授業ですね。……この学校大丈夫なのでしょうか?」

 

 相変わらず僕達だけの前以外では猫を被っているクロロ。着ているのは闇夜のような漆黒の髪と真逆な純白のチャイナドレス。イッセー松田元浜だけでなく多くの男が見惚れてスケベな視線を送り、女さえも視線を向けざるをえない。まぁクロロは僕の知識を総動員した多数の理想の美貌の持ち主。僕は少しも魅了されないけど傾国の美女と呼ぶに相応しいってのは分かる。

 

 因みに普段は丸眼鏡に芋臭いジャージ姿だけど、人前では自分は美しい=人に讃えられるべき=だから美しい肌を見せる、らしい。馬鹿じゃないのかな? いや、僕の最高傑作だし頭が悪いはずがないし……。

 

「……なぁ九龍。あの美人のお姉さん、お前の保護者だろ? 紹介して……痛っ!?」

 

「むぅ」

 

最近自衛の為にアーシアさんには軽い魔法を二つほど教えている。僕みたいに魔法障壁を張れる奴には効かないけど侮ってる奴への不意打ちには使えるからね。

 

 一つ目は単純な身体強化。それも局所的に右手の握力だけを強化する。範囲が狭い分、その効果はそこそこだ。

 

 二つ目は念動力。自らの握力に依存して狭い範囲内の物を握れる。

 

 さて、今のイッセーの言葉が聞こえた彼女が何処に掛けたのかは怖いから黙っていよう。取りあえず男として死んでいないか心配だし、今度からは脇腹にするように言っておこう。

 

 

 

 

 

「……あー、酷い目にあった。……にしても女子連中元気ねぇな。やっぱ木場が居ないからか」

 

 あの後、結局クロロに見惚れる奴が多くて殆どが粘土細工を完成させられなかった。僕は犬を作り、イッセーはアーシアさんを作ってたけど、途中で裸なのに気付いて直ぐに作り直したから未完成だった。ミッテルト? 形容しがたい物を作ってたよ。

 

 授業後、自販機の前でチラリと周囲を見れば確かに落ち込んだ様子の女子生徒。木場祐斗が()()()()()学校を休んでいるからだろうね。

 

「もうすぐ釈放だとは聞いているけどね。まぁあの二人に対してやり過ぎたし、公爵家の関係者だから軽い罪で済んだけど……下級なんて簡単に殺されてもおかしくないよ?」

 

 暗に君も行動に気を付けろと忠告するとイッセーも通じたのか顔を青くして頷く。まぁ最近はアーシアさんが居るからって卑猥な言動を抑えてるし、女子からの評価は最悪のままだけどどうにかなるでしょ。

 

 そんな事を話していた時、ふと通りかかった男子生徒の会話が耳に入る。曰く、魔法少女のコスプレ撮影会をやっているとの事。丁度セラフォルー・レヴィアタンの気配の辺りで行っているようだ。

 

(……そんな訳無いか、馬鹿馬鹿しい)

 

 きっと同好の士でしょ、と馬鹿な考えを切り捨てる。外交担当が、政治のトップが、プライベートといえど公共の場でそんな事をするはずがない。それこそ無能を演じ、挑発に乗った相手を誘い込む目的以外では。

 

「……見に行ってみるか」

 

 美少女だ、パンツが丸見えだと聞こえたからか興味を示すイッセー。放置が一番だけど、まぁ友人だから止めてあげよう。

 

「止めときなよ。今度こそ潰されるよ?」

 

 瞬時、イッセーは股間を押さえて青ざめた。

 

 

 

 

 後から聞いた話だけど、セラフォルー・レヴィアタンで間違いなく、姉の自分への対応に対する羞恥から逃げ出したソーナ・シトリーを追い掛け学園内を走り回ったらしい。

 

 ……分からない。挑発行為にしてはやり過ぎだ。態々品位を貶めてまで何を企んでいる? 馬鹿の振りか。もしくは彼奴は傀儡で側近が牛耳っているとか? どちらにせよ考えが読めなさすぎて怖い。

 

 

 

 ……寄生型造魔の生産の為、材料を集めなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 冥界のとある大貴族の後継が所有する屋敷、その中にいる女達の顔からは、かつて浮かべていた希望が消え去っていた。浮かんでいるのは媚びと諦め。絶望する事すら忘れ、ただ惰性で生きているだけの存在だ。

 

 だけど全員じゃない。中には屈辱と反骨を浮かべているのも居た。

 

「……もう嫌。こんな毎日沢山よ。あんな奴の欲望の捌け口になるなんてゴメンだわ!」

 

 その場に蹲り、腕で顔を覆いながらの呟きに対し、周囲か浮かべたのは恐怖と苛立ちだ。辟易した表情を浮かべ、嘲笑を向けるのも居る。

 

 だけど彼女は気付かない、此処に来て日が浅い彼女は心が完全に折れていないから、周囲の心が折れている事が分からなかった。

 

「皆、逃げよう! 希望を捨てずに頑張ればきっと主がお助けに……」

 

 立ち上がった彼女は一番近くで座っていた少女に手を伸ばす。彼女の予想通りその手は捕まれ、予想に反して強い力で握られて引っ張られ体勢を崩してしまった。

 

「……馬鹿みたい。神様が助けてくれる訳ないじゃない。分かってる? 教会ってのは神様が取り零した者を助ける為にあるんだよ? その教会に捨てられた私達を誰が助けてくれるのさ」

 

「そんな事はない……ッ!?」

 

 その言葉は途中で遮られる。腕を掴んでいた手が胸ぐらを掴み締め上げだしたからだ。

 

 

 

 

 

「……分かりなよ。彼奴に目を付けられた時点で私達の人生は終わってるのよ! 逃げ出してもビクビク怯え続けて、それで結局捕まる! そしてもっと痛い目に、酷い目に合わされるのよ!」

 

「く、苦し……」

 

 胸ぐらを締め上げる力が増し、歯が強く当たったのか、少女の唇から血が流れた。それはまるで流す事を忘れた涙の代替の様で……。

 

 

 

 

「ハイハイ言う事を聞いてればこれ以上酷い目に合わない! 貴女が逃げれば私達まで責任を負わされるの! 力のない私達が何をやったって虚しいだけなのよ! ……だから諦めなさい。直ぐに楽になるから」

 

 少女はそう言って手を離しへたり込む。だけどその言葉を聞いても彼女の瞳からは希望の光は消えなかった。

 

「……嫌だ。私は諦めない。どんな惨めになっても自分だけは自分を裏切ったら駄目だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……反抗的な態度が嗜虐心を煽り、結果行われた()が完了した三日後まではね。「あの子達が……」

 

 三大勢力の会談が三日後に迫った日の事、僕はミカエルを箱庭の一つに連れてきた。彼が慈しみととまどいの表情を向けている先には三人の幼児と七人の赤ん坊、そしてそれを世話する人造人間(ホムンクルス)だ。

 

「今は五歳くらいだけど、無事協定が成立する頃には成長してるよ、個人差はあるけどね。本人の嗜好が影響するから。今後は一から造れるけど、あの子達は間違いなく君の子だ」

 

 僕からすれば即戦力が欲しいなら全員の歳を統一するべきだと思うけど、今回の事を知っている幹部の中には一から育てるべきだって主張するのが居て、妥協案で三人だけ成長した姿で受け入れ、残りは一から自分達が育てる気らしい。

 

 人造天使達を優しい瞳で見詰めるミカエルは優しい性格なんだなとは思う。だけど、その瞳が時折何かを探しているように動いているのにも気付いた。……ああ、そういう訳ね。

 

「彼女達なら居ないよ。純粋な天使、それも今後の希望となる、次世代を担えるほどの天使を造る為にいろいろ調整した結果、寿命が極端に短いのしか造れなくてね。……自分達の分まで子供達を愛して欲しいって言ってたよ」

 

「……はい」

 

 情を交わした相手が既にこの世に居ないってのは何か思う所があるんだろうね。でも、僕がこの前に指摘した通り、野垂れ死にするのが簡単に分かるのにシステムを守る為に何人も追放してきたんだ。それに予め決まっていた寿命なら仕方ないと納得するしかないんだろうね。

 

「今後は堕天防止薬も売ってあげるけど、天使も悪魔同様に出生率がそれほど高くないし人造天使を供給すれば良いのかな?」

 

「お願いします。天使は神がお作りになられていましたから先の大戦で数が減ってしまったからといって子を作れば良いというわけにはいかないので。堕天のリスクがありますし……」

 

 本当に面倒な生き物だと思うよ。生物が持つ欲求を禁止しなければ駄目だなんてさ。

 

 

「でもまぁ全ては協定が結べてからだ。もし無理でも僕の部下として使うし安心して今は遊んであげたら?」

 

「……そうですね。そうします!」

 

 気を取り直したのか笑顔で遊ぶ子供達の元へ向かっていくミカエル。彼は良い親になれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はははははははっ!! 一から育てる? この子達が希望? 馬鹿馬鹿しい! 全員、造った時点で知能も人格も完成させてあるんだ。僕への絶対的な忠誠いや、僕に付き従うって本能をね!

 

 うんうん、期待しているよ。君達が僕の道具になる日がさ!

 

 

 

 

 

「俺に相談? ……後にしてくれ。今は疲れているんだ」

 

 いよいよ会談の前日、アジトにやって来ていたヴァーリは疲れきった表情でソファーに寝転がっている。この日はクロロと戦いに来たんじゃなくて黒歌とヤり来ていた。女には興味ないって顔してたくせに、一度襲われて経験したらドラゴンの女好きの習性もあるのか色々頑張ってる。

 

 黒歌曰く、耐久力はないけど回復力は高いし血筋も能力も一級品。力押しになりがちだからテクニックが要努力、らしい。

 

「君って戦いが全てじゃなかったの?」

 

「アレも戦いだ。負けっぱなしは趣味じゃない」

 

 格好付けているけれど、内容はアレだからなぁ。しかも良いように絞られているって聞くし。完全敗北らしいよ。

 

『まぁ牝を屈服させてこその牡だからな』

 

 アルビオンも少し複雑そう。付き合いが長いから戦い以外にも興味を持ってくれて嬉しいのかな? でも、負けっぱなしだから複雑なんだね。

 

「それに黒歌が強い子が欲しいって言っていたのを聞いて思ったんだ。俺は世界中の強者と戦って、全部倒したら退屈だから死のうと思っていたけど……俺の子を俺が育てれば強くなりそうだ」

 

 ……これだからこじらせたバトルジャンキーは。戦うために子供を作って育てるの? なんだかなぁ……。

 

「じゃあ黒歌以外にも手を出すの?」

 

「彼女を完全に屈服させたらね。勝てていない相手がいるのに次の相手を捜すほど馬鹿じゃない」

 

 なんか話していると疲れてきたし、さっさと本題に入ったら、ミッテルトとヤって寝よう。

 

 

 

「君は明日の会談に出て、そこで裏切る予定だけど、僕はもう少し味方の振りをする予定だってのは知ってるよね?」

 

 この事は負け犬連中にも伝達済み。会談には魔王が二人しか出ないから倒しても即政権奪取とはならないって分かってるし、バカ正直に正面から挑んでも絶対に倒せないって分かっていないけど、僕が向こうの味方の振りをしておくメリットは理解できたそうだから了承している。

 

 取り敢えずターゲットだけ倒したら帰還する予定らしい。ヴァーリは戦いの時に助太刀して裏切りを表明するらしいけど、その際にして欲しい事があるんだ。

 

 

 

「あの子と闘ってよ。オーフィスじゃ圧倒的すぎるし、アジトでじゃ必死さが出ないかもだからね。魔王とかの前じゃ全力を出さざるをえないでしょ」

 

「……了解。彼女は知っているのかい?」

 

「鬼畜! どS! 休日丸々使って虐めてくれなきゃ怒るっす! ……だそうだよ」

 

「君も相変わらずだな……」

 

 あっ、ヴァーリなんかに呆れられた。結構ショックだ。

 

 

 

 

 

 虫ってのはカブト虫や芋虫みたいのじゃなくて、人に獣に魚に鳥以外を指す言葉らしい。つまり人など虫けら同然だという悪魔は多いけど、日本語的には悪魔も虫と同じだという訳だ。

 

「……まぁ、それを言ったらミッテルトまで虫になちゃうんだけど、こうして見ると虫とかの類っぽいよね、君達」

 

 会談前日の夜、僕の目の前にはビィゼィゼ・アバドンと眷属達が跪き、手元の容器の中には培養液の中を漂う糸屑のような姿の造魔が居る。

 

「君達の同輩だけどさ、素材が貴重すぎて此奴が最後の一体に成るかもしれないんだ。その体から得た知識からして誰に使うべきだと思う?」

 

 本来僕のポリシーから同じ造魔は造らないんだけど、此奴らは別だ。兵士(ポーン)悪魔の駒(イーヴィル・ピース)擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)、そして老熟した金毛白面九尾の狐……の体内で妖怪化した寄生虫、これらを使って完成した造魔の能力は寄生。

 

 外気の中では一分も生きられない貧弱な存在だが、上級悪魔以上の魔力を持つ純血悪魔の体内に入り込む事で能力を発揮する。皮膚を溶かして血管に入り込み、本人が気付かない速度で脳を溶かし、即座に体を溶かした部分に変化させて周囲と同化。個体差はあるが数日以内に記憶や能力や人格を受け継いだ状態で体を乗っ取る。

 

 いや、うん。ポリシーは大切だけど、目的の為ならそれを忘れるのも大切だよ。

 

「……そうですね。バアル家は初代を乗っ取りましたから、魔王派の有力者などどうでしょうか? ただ、現魔王は超越者や創造主様が警戒している現レヴィアタンですからリスクが高いかと」

 

「最後の一体ってのが痛いよね。まぁリストを作成しといて」

 

「……あの、老熟したのが必要ならばクロロ様の能力を使えば宜しいのでは?」

 

 確かにその通りだと思う。って言うか僕も考えていた。考えていたんだけど……。

 

 

「少し前に京都に旅行に行った時、抜け出してきた九尾の姫の娘と知り合ってね。……偽装の為に子供の姿になっていたオーフィスと仲良くなったし、少し抵抗が有るかな?」

 

 いや、必要に迫れば母娘ともかっ攫うのも吝かじゃないけれどオーフィスは反対するだろうし、無理だよね。

 

 

 

 

 

 

 

「……知り合ったのは幼女ですか?」

 

「おい、どうしてそんなこと訊く? 目を逸らすな」「ああ、退屈っすねぇ……」

 

 三大勢力の会談っすけど、当時その場に居なかったダーリンは出席していないっす。天界からしても重要な存在になるあの人に万が一の事があったら、とバアル家の初代当主が貴族派を使って当初予定されていた出席を断固反対、結果、助手であるクロロさんとウチが代理で出る事になったっす。

 

「会場は此方の部屋となります」

 

 まだトップが入る前からソーナ・シトリーは眷属と共に出てきて会場への案内役をやってた。ウチはこの学園に通ってるっすけど、一応は重要な出席者っすから生徒会メンバーの案内の元で会議室に向かうと既に堕天使側、アザゼル様とヴァーリが来てたっす。

 

 まあ貴族令嬢つっても他の主席者に比べたら下っ端っすし、先に来て準備したり動いたりするのが当然っすよね。悪魔も天界もまだやって来ていないっすけど、こういった会場に最後に入るのって気不味いっすよねぇ。他を待たせるんだし。

 

(……あれと戦うとかどんな罰ゲームっすか。黒歌相手に腹上死してりゃ良かったのに)

 

 今日、襲撃の際にヴァーリは裏切り、ウチが相手をする予定だ。事前情報によるとこういった時には妨害が入るし、襲撃前提で予定を立てているから何かあった時はトップ陣の殆どで結界を張って校舎を守り、襲撃者を逃がさないようにするらしいっすけど、それなら最初から街中でやるなよとも思ったウチっすが、ダーリンはこう言ってたっす。

 

「他に適当な場所が無いんだよ。トップは相手を信頼してても下は違うからね。何処かの勢力の縄張りに行くとなると反対意見が出るし、事件の中心地なら其処で行う理由になる。……何かあったら流石に呑気な日本神話が出張ってきそうで怖いけど」

 

 基本来るもの拒まず静観主義の神々らしいっすけど、八百万の名の通り力の差はあっても神が多いから厄介な勢力らしい。しかも専門分野に特化してるのが多いとか。

 

 

「しかし警備の者達は随分とピリピリしていますね。何かあれば即戦場へと変わるのですから当然ですが……」

 

 クロロさんの言う通り、校庭に居る無数の警備達は他の勢力を視線で牽制しあっている。さて、もし戦争になったらウチ達はどうなるんっすかねぇ。少なくても利用価値はあるから天界は殺すよりは人質にするとかで済ませそうだけど。……まぁクロロさんが守ってくれるから良いけど。

 

(ぶっちゃけ、警備の中に数%でも襲撃者の仲間が居たら堤防が切れる様に一気に戦争に突入させられるっすよね?)

 

 お気に入りの店もあるし街が吹き飛ぶのは少し困ると思っているとミカエルと悪魔、魔王二人と今明信勲章であるビィディゼ・アバドンが案内役のソーナ・シトリー達と共にやって来た。

 

「遅ぇーよ、てめぇら」

 

 アザゼル様が巫山戯た様子で言い、護衛の悪魔や天使が鋭い視線を向けるもミカエル達はそれを手で制する。

 

 

「全員揃ったね。じゃあ会談を始めようか」

 

 さて、ここからが正念場っす。ウチも腹を括るしかないっすよね!

 

 

 

 

「私達では戦力外にしかならないと判断し……」

 

 まず大前提として聖書の神の死を知っている。それを一応確かめた後で始まった会談は順調に進んでいた。ウチは特に発言する機会がないので生徒達を避難させている時の話を聞き流しながら旧校舎の方向をチラリと見る。当初の予定では彼処に封印されているリアス・グレモリーの眷属の神器を利用する筈だったらしいっすが、当の本人が会談に出席しないので、何かあった時の為に封印場所を一時移転したらしいっす。

 

 しかし夜中は封印が解かれて校舎内を歩けるのにイッセーは封印されている事すら知らなかったとか。仲間なんだし、せめて文通とかメールでやり取りすらさせなかったのはどうしてっすかね? 人見知りの引き籠もりとは聞いたっすが、無理に会わすのもアレっすけど、せめてカウンセラーとかを利用するとか出来たはずっすけど。パソコンは有ったんだし……。

 

 退屈からウチが関係無い事を考えている間も話し合いは進む。途中、アザゼル様は今回の件に自分は関係していないし、コカビエル様の異変にも思い当たる節がないと主張したっすけど、説明が雑だからって周囲の反応が良くないっす。

 

「……覚えておきなさい。取り繕うことばかり考える者も問題ですが、少しも考えない者は信用に値しないという事を」

 

 人前だから猫を被っているクロロさんが小声で囁いた頃、アザゼル様がどうして戦力を集めているかの話に移る。

 

 その途端、ヘラヘラした笑い顔が消えたっす。

 

「……無限龍オーフィス。奴が率いる組織の存在を知ったからだ。まだ詳細どころか名前さえ知らねぇがな。だが、そんなもんよりもっとヤベェ奴らが動き出しやがった可能性がある」

 

 ウチら禍の団(カオス・ブリゲート)よりヤバい組織? オーフィスは最強なのにそんな奴らが? そういえばダーリンもそんな感じの事を言っていたような……。

 

 ピロートークで聞いた話なので絶頂の余韻に浸っていた上に疲弊しきったウチの記憶はアヤフヤで、思い出そうとするも思い出せない時、校庭の上空に無数の魔法陣が出現した。

 

(予定より早いっすけど、例の眷属が居なかったからすかね?)

 

 時を停める神器だったらしいすからそれを暴走させて出席者を停めるつもりと聞いていたウチが校庭に視線を向けると魔法陣から大勢の魔術師達が現れた。

 

「……おいおい、嘘だろ。襲撃はあるとは思ってたけど、こんな奴らが居るとは思わなかったぞ……」

 

 アザゼル様の額を汗が流れる。現れた魔術師達の内、十人程から魔王級の力が発せられていたっす。恐らく魔神丸を旧魔王派閥から貰ったんだろうっすけど、不意を打て現れた予想外の実力者に警備は混乱を来たし次々と撃墜されていく。彼処まで混乱したら体制を整えるのは無理だろうっすね……。

 

 

 

 

「……あそこまで味方が居たら大規模な攻撃は無理だな」

 

 相手は魔王級、それ以下の奴らも居るけれど次々に現れるし生半可な攻撃じゃ効かないだろうと思った時、サーゼクス・ルシファーが前に進み出た。

 

「僕が出よう。ビィディゼ君。隙を見て(ホール)で警備の者達を避難させてくれ。勿論種族問わずだ」

 

「了解しました、ルシファー様」

 

 サーゼクスの周囲に野球ボール大の滅びの魔力が無数に現れる。それが高速で飛んで行き魔術師のみの体を貫通し次々と仕留め、怪我人を優先して次々と穴を通して避難させられていった。

 

 これが最強の悪魔、超越者。強力な滅びの魔力を先代魔王の十倍の魔力量をもつテクニックタイプが持つとかヤベェっす。更に聞いた話じゃ禁じ手的な最終形態もあるとか。

 

「しかしどうなってんだ? 流石に魔王クラスの魔術師なんて俺達の耳に入ってくるはずだろ。それがあんなに居たとか……また来やがったっ! 今度は二十人かよっ!?」

 

 サーゼクス・ルシファーに疲弊の色は見えない。まぁ一発一発の消費量は低そうだし。動かしているだけだから精神的に少し疲れるだろうっすけど、それよりもアザゼル様が言う通り、またしても現れた二十人の魔王級に驚いている様子っす。

 

「避難完了しました」

 

「そうか。なら君も眷属を率いて撃退を頼む。グレイフィアも頼めるかい? 魔王級は僕が相手をしよう!」

 

「おい、クロロっつたか? お前は戦えるのか?」

 

「勿論ですよ、総督殿。でも、私は彼女を守るように仰せつかっていますから」

 

 要約するとあんなヤツラ楽勝だけど戦う訳にもいかないし、ウチの護衛にかっこつけて傍観させてもらうよ、っすね。

 

「っち! おい、ヴァーリ。お前も出ろっ! 俺は結界に集中しなきゃならねぇ!」

 

「まあ敵の強さが予想外だからね。良いよ、出てくる。少しは楽しめそうだしね」

 

 そして追加で現れた三十人の魔王級の魔術師達がやられた時、会場内に魔法陣が出現する。この紋章は……。

 

 

 

 

「お久しぶりですね、現魔王の皆様」

 

 魔術師をある程度消費して、多分こっちが消耗したであろうタイミングで現れたカテレア・レヴィアタン。その体からは魔王級の三倍以上の力が放たれていたっす。まぁ流石にドーピングアイテムがあるなら最初から使うっすよね、普通。しかも限度数の三粒とか少しは警戒してるんっすね……。

 

「……おいおい、どうなってんだ。テメェは魔王級ですらなかっただろ。ドーピングか? ……おい、サーゼクス。放置してた奴らが此処まで力付けたとか後で面倒なことになるぞ」

 

「ああ、でも、後の事は後で考える。……どうやら話し合いが出来る相手じゃないようだしね」

 

 カテレアの目は血走り少し様子がおかしい。まぁダーリンの事っすからワザと副作用を残してるとかだろうだけど、流石に此処まで強い敵に他の勢力のトップが居る所で話し合いを持ち掛けるほど間抜けじゃなかったって事っすね。

 

「ソーナ君。眷属と共にミッテルト君達を護衛しながら避難を。ビィディゼ君も(ホール)で避難路を作ってくれ。……彼女の相手は僕がする」

 

 相手を逃がさないための結界ということはこっちも逃げられないって事で、ウチ達は会談の会場である新校舎から即座に避難。それでも学園の敷地内っす。流石に直ぐに勝負が付かないのか轟音が響く中、校庭に異変が起きたっす。

 

 

「……なんだ、アレは」

 

 アザゼル様が視線を向けたのは先に避難していた怪我人達。彼らの体内から皮膚を突き破って芽が出てきたっす。

 

「うわっ!?」

 

「何が起きて……」

 

 芽は急速に成長し、養分を吸い取られて萎んでいく悪魔達の姿は冬虫夏草に寄生された蝉を思わせる姿だったすけど、成長して咲いた花はとても薬になるとは思えない毒々しい色と少し離れた此処まで漂ってくる刺激臭。

 

 

「全員飛べぇえええええええっ!!」

 

 アザゼル様の言葉に従って飛び退いた瞬間、その花はカビの繁殖の様子を高速再生しているかのような規模で増え、周囲を花畑に変える。一体、何が起こってるっすか……?

 

 

 

 

 

 

(創造主様は関係しているのかねぇ?)

 

(創造主様の仕業だろうか?)

 

(ダーリンの所業っすかね?)

 

 取り敢えずダーリンへの認識はこんなもんっす。

 



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11

これで最後


「ほらほら! どうしましたか!!」

 

 正直言って正面から襲撃をかけてくるだけはあると思うよ。前魔王の血統のカテレア達の魔力は魔王級には至らず、だからこそ僕達が魔王になることに賛同し、彼女達を追放する事に賛同してくれた貴族は多かった。今となっては領地運営の経験のない僕達ならば御しやすいと思われていたからかもしれないが。

 

 ただ、魔王の三倍以上の魔力を振るい僕に襲いかかるカテレアだけど、その力の使い方は何処か不安定だ。例えるなら途轍もない水圧のホースを支えきれずに周囲を水満たしにしている感じかな? おそらく何かしらのドーピング。……アザゼルの言う通りだ。僕たちに怨みを持っていると分かっているのに放置していた彼女達がこんな力を得て襲って来るなんて失態以外の何物でもないよ。

 

「貴方達も手伝いなさい!」

 

 更に魔王級の魔術師数十名による援護。……だが、僕には全く届かない。僕の魔力は前魔王の十倍程。ただ戦うのなら問題はない。だけど、この校舎を守る必要がある。会談が襲撃されただけでなく、その会場が跡形もなく吹き飛ばされたなんて今後に支障を来すからね。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 ドーピングでも核となる物が何処かにあるのなら其処だけを破壊すれば良い。でも、ドーピングのタネが薬品の類なのか体全体に行き渡っている。流石に此処までの相手だけを吹き飛ばすのは骨が折れる。

 

 ただ、この時僕は何処か楽観視していた。この場さえどうにかすれば終わりだと。

 

 

 

 

「……なんだ? かっ!?」

 

 異変は直ぐに訪れた。突如校庭中、いや学園の敷地中に咲き乱れる毒々しい色の花。其処から花弁と同じ毒々しい色の花粉が吹き出し、周囲に霧の様に漂う。魔術師の一人にまず症状があらわれた。口から泡を吹き出しながら首を掻き毟る。やがて眼球が毒々しい色へと変色し、体中の穴から血を噴き出して落下していった。

 

「なんだ、どうした!?」

 

「九龍とやらの仕業か!?」

 

 ……どうやら向こうの仕業じゃないみたいだ。僕は冷静に頭を働かせながら滅びの魔力で周囲の花粉をかき消すが次々に花粉は噴出される。

 

「雑草を駆除するときは……根っこからだね!」

 

 幸い、と言うべきではないのだけれど魔術師達はこの花粉で次々に倒れ僕の邪魔をする余裕はない。今が好機だ。

 

 僕が放った魔力はカテレアの胸部を消し飛ばし、そのまま眼下の花を消し飛ばす。地面を削るように放った魔力は視界に収まる全ての花を消滅させた、だが、この花は広範囲に生えている。恐らくは避難した皆の所でも。

 

 

「……行かないと」

 

 僕は急ぐべく壁に空いた穴から飛び出そうとし動きを止める。心臓を消し飛ばして息絶えたカテレアの死体から尋常ならざる力を感じたからだ。

 

「この力は今の僕以上!?」

 

 そう。間違いなく感じる力は今の僕を圧倒する程。あの大戦において三大勢力を混乱させた二天龍に匹敵するほどの力がカテレアから。正確にはカテレアの死体の内部から放たれる。やがて彼女の口から一輪の花が生えたかと思うと蕾が肥大化し、中から一人の青年が出てきた。

 

 

 

 

「やあ、初めまして」

 

「……初めまして。君は誰かな?」

 

 異常な状況下での出会いにも関わらず彼は平然と、それこそ道でバッタリであったかの様な自然な流れで話し掛けて来て、僕も思わず挨拶を返してしまう。

 

 眼鏡を掛けて黒いシャツの上から白衣を着ており、だらしなくネクタイを締めた短髪の青年。知的な風貌で理系の研究者を思わせる彼は開いた蕾の中からゆっくり降りるとカテレアの死体を見下ろした。

 

 

「彼女、馬鹿だと思わないかい? 数日前から体内に潜んでいたから知ったんだけど、最初から最後まで他人の力を借りる事を計算に入れて計画を練っていたんだ。それで誇り高いとか言うんだもんなぁ。いや、僕だって相棒と組んでるけどさ此処までじゃないよ」

 

 ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべる彼の前でカテレアの死体は急速に枯れ、やがて消え去る。まるで体内から生えた花に全てを吸われたかのように。

 

 

「君は誰だと聞いたんだけどね」

 

 分かる。この男は危険だ。そして間違いなく敵。少しでも情報を引き出す必要があり、それは僕にしか出来ない役目だ。他の皆じゃ無駄に死ぬだけだと思う。いや、正義君の助手の彼女は分からないけれど。

 

 

 

 

 

「僕かい? 僕の名はザリチュ、『乾き』のザリチュ。今日は僕達の組織『ダエーワ』の活動再開を祝して知らせに来たんだ。……不吉をね!」

 

 

 『ダエーワ』、その名を聞いた僕の背中に嫌な汗が浮かぶ。話にだけ聞いた事がある。全ての悪を司る神『アンリマユ』を頂点とした七大魔王に率いられたゾロアスター教の存在。アンリマユが気紛れから自殺してから殆どが表舞台から姿を消したと聞いている。

 

 

「では、まず君に届けようか」

 

 ザリチュの瞳の色が変わる。先程までの軽薄な青年の物ではなく、獲物を甚振り殺戮を好む化物の瞳。咄嗟に構えた瞬間、腹部に違和感を感じる。

 

 

 

 

「君は僕達クラスって聞いていたんだけど……本気を出す前に終わっちゃったか」

 

 床から生えた茨が僕の腹を貫き内蔵に絡みつく。消し飛ばす前に主要な器官を全て締め付け、そして潰されたと理解した。退屈そうに欠伸をするザリチュの背中を見ながら僕は助からないと理解する。ああ、フェニックスの血でも引いていてそれが急に目覚めたら助かるのかなと馬鹿なことを考えていると自然と笑みが浮かぶ。

 

 

 変だな…もう…死ぬのに。とても…苦しいのに……。

 

 頭に浮かぶのは死への恐怖ではなく大切な家族との思い出。死の瞬間の走馬灯って本当にあるんだなと感心してしまった。……うん。僕だって悪魔の為と多くを切り捨ててきたんだ。僕が踏みにじられる番が来ただけだ、仕方ない。

 

 

 

 

 だけど僕もタダでは終わらない。皆にお前達の事を知らせて……お前だけでも道連れだ!!

 

 

 

「おや? おやおやおやおや? これは面白い!! 実に面白い!!」

 

『この姿を見ても驚かないんだね』

 

 僕の真の姿は悪魔とは別のもの、化物だ。人の姿をした滅びの魔力、触れるもの全てを消し飛ばす危険な力。この姿ならまだ持つ。もう死が確定した僕じゃ僅かな延命措置にしかならないけれどそれで十分だ。

 

 まず、空に魔力を打ち上げて文字を描く。ただ簡潔に『ダエーワ』と。もう視界もぼやけて狙いも付けられない。だから消し飛ばす。校舎ごと消し飛ばしてでも此奴は倒さなくてはならないんだ!!

 

 

 

 

『お前も…一緒に…来い!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力の塊と化した僕の中で巨大な存在が吹き飛ぶのを感じ、僕の意識は途絶える。ああ、心残りが一つ。僕の可愛いミリキャス。もう一目だけでも君に会いたかったよ……。

 

 

 

 サーゼクス・ルシファーの葬儀は魔王なだけあって盛大に行われた。最期に新たな脅威が何であるかを伝え、強襲を仕掛けてきた犯人を道連れにしての立派な終わり方だと誰もが称え……た訳じゃ無かった。

 

「役立たずが。本当にダエーワの者を倒したのかさえ不明とは」

 

「戦闘能力があったからこそ他神話への牽制の為もあって魔王にしてやったのに期待外れだ」

 

 出席する老貴族は建前として悲しみと賞賛を浮かべながらも、実際は侮蔑と嘲笑、次の傀儡を誰にするかの迷い。出来れば自分達の近親者を押したいが、立場が上の者に睨まれたり失敗の責を問われたらとの迷い。魔王の後継者としての権利は欲しいけど、義務は嫌だって何処かのお嬢様みたいなあ連中が多かった。

 

 まぁ、欲望に忠実なのが良いって種族だし、これから他の勢力とも仲良くやる必要があるから仕方ないと言ったら仕方ないんだけどさ。

 

 

「私はビィディゼ・アバドンを推そう。他の勢力のトップを避難させた功績もあり、トップランカーだ。問題はあるまい。魔王としても、傀儡としても」

 

 そんな時こそ老貴族のナンバーワン、ゼクラム・バアルの出番さ。ビィディゼがゼクラムにとって都合の良い道具である事は上層部の多くが知っているし、発言者が発言者だから文句は出ない。

 

 

 

 

「これから前の魔王と比べられるだろうけど、悪魔ごときの評価なんて気にしないでね。今日から君に名前をあげるからさ。ビィディゼで良いよね?」

 

「ははぁっ! 有り難き幸せで御座います、創造主様っ!」

 

 勿論文句なんか言わせる気はないけれど、どうやら嬉しいのか感極まった様子。忠義とかよく分からないけれど、クロロももう少し……うぇ。傅く彼奴を想像したら気持ち悪くなったや。

 

 

 

「さて、これで魔王派と貴族派に僕の手駒を送り込めた。……アジュカは能力的にグレートレッド戦では捨て駒にしかなりそうにないし、ダエーワとならワンチャン有るかな? 出来れば数体纏めて相打ちになればいいのにさ」

 

 世の中そんなに上手く行くわけ無いし、ちゃんと作戦を考え何重にも準備をしておかないと考えながら僕は椅子に身を預ける。三大勢力は結局協定を結んだ。これから駒王町がその中心で、僕達以外の構成員は彼処を中心に攻撃に出るだろう。人を巻き込めば奴らの評判に傷が付くしね。

 

 

 

 

「まずは人造天使。天界に頼まれた転生システムも考えなきゃ……」

 

 同盟を組んだとしても、少し前まで敵対していた種族に命運を託すのは反発が大きいから、そう言ったのは僕の所に依頼が来る。アザゼルは自分で作りたいからって僕の研究に興味津々だったけど教えない。これから忙しくなると思うと急に眠気がやってきて、僕はそのまま目を閉じて睡魔に身を任せた……。

 

 

 

 

 

 

「ふぅーん。総督自ら出張ってくるって事は、堕天使は下の者が有能優秀なんだね」

 

「おうよ! 俺より書類仕事に向いてるからな」

 

 君はそれほど必要じゃないって言う嫌味が通じているのかいないのか、町に滞在することになったアザゼルはゲラゲラ笑っている。流石に協定の行われた地という事で何時までも領地運営の素人に任せるわけにも行かず、取りあえずの責任者をアザゼルにして、悪魔と天使から補佐官を派遣、重要な判断はトップ同士の話し合いで決めるらしい。

 

 サーゼクスが死んだし、リアス・グレモリー達も帰還するのかと思ったけど、非現実主義者の貴族達が反発、誇り高き悪魔が消えかけていた勢力に臆して逃げるわけには行かないって馬鹿騒ぎし始めた。

 

 僕も餌が有る方が旧魔王共を操りやすいし、サーゼクスの死亡で発言力の低下した魔王派じゃ抵抗しきれなかったから、残る奴らをどう利用するか考えなきゃね。

 

 

 最強の魔王という戦力を失い、純血悪魔を死なせるわけには行かない今、戦力の補充は急務とだけあって使えそうな人間や人外探しが活発化、セラフォルー・レヴィアタンは今後必要となる他神話との同盟に支障がでないように駆けずり回って過労気味らしい。

 

 造魔の予約も一杯だし、元から居るのと併せて獅子身中の虫は確実に悪魔社会を蝕んでいた。トップの一角と事実上のトップが敵なんだから仕方ないけど。

 

 

「新しい魔王の評判はどうだい?」

 

「上々だな。いくらサーゼクスが強くても実際に戦う姿を知ってる奴は民衆にゃ少ないし、それよか誰もが知っているトップランカーの方が分かり易いんだろ」

 

 悲しいけど其れが現実。どんな奴か分からない敵と相打ちになった最強って噂の魔王より、他勢力のトップを避難させて恩を売った有力選手の方が人気が出るもんだ。

 

 本当に笑えるよ。・・・・・・・使い易い駒が減ったのは残念だけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、この子達が新たな同族です。暖かい拍手を!」

 

 堕天使も悪魔も生殖が可能だ。だけど天使は可能だけど不可能だった。一定の条件下で互いに欲を捨てて励むことで漸く人との間に奇跡の子と呼ばれるハーフが生まれる。でも、実例は少ないし、所詮は男と女、欲を捨てきれないのが当たり前だ。

 

 

 だからこそ、ミカエルの血を引く十人の人造天使の御披露目は盛大に行われた。天界中の天使を集めただけでなく、同盟相手である悪魔や堕天使の所でも中継を流すらしい。

 

 最初は育て親に選ばれた天使に抱かれた七人の赤ん坊。セラフで話し合って決めた名前と共に顔のアップが映し出されるのを僕もテレビで観ていた。

 

 

「赤ちゃん・・・・・・・良いですね」

 

「だな・・・・・・・」

 

「君達さぁ人前でイチャイチャしないでくれる? こっちはミッテルトへのお仕置きで禁欲中なんだからさぁ」

 

 お披露目の様子を観たいと言い出したアーシアさんの為にリビングを解放するのは良いけれど、人肌寂しい思いをしている僕の前でラブラブなのを見せないで欲しい。

 

「其れではこの時より天界を支える三名の紹介です」

 

 これより始まるメインイベントは天界にとって記念すべき日の始まりであり、僕にとっては愉快な茶番だ。前に出てきた三人に注目が集まる。背中に生えた七対の黄金の翼が力を示し、美しさに天使達が息をのむ。イッセーは見とれてアーシアさんの嫉妬を買った。

 

「ハニエルです。パパの為に頑張るね!」

 

 一人目は母胎であるホムンクルスに酷似した美女。夜魔の因子が入っている為、強烈な色香を放ち、何人かの天使が翼を点滅させていた。

 

 あの見た目で幼い中身はあざとい。

 

「・・・・・・・レマディエル」

 

 二人目は機械的な印象を与える黒髪赤目の少女。右半分を髪で隠していて、隠れている異形の瞳は見えない。どうもコンプレックスらしく作り直しを求められたけど拒否した。僕が作り直しとか有り得ない。

 

 

「儂はラミエル。宜しく頼むぞ」

 

 最後は青い髪のロングヘアーの幼女。何故か偉そうだ。

 

 三名ともキャラが濃いからか一瞬の沈黙が流れ、続いて万雷の喝采が響く。皆、新たな同士を、これからを担う同朋を祝福してくれているんだね。

 

 あの十人は天界の為、天使の為に働くという本能をインプットしている。だから役に立つよ。・・・・・・・僕の命令で天界に仇をなすその日まではね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、死ぬかと思ったよ、タルウィ」

 

「実際一度死んだじゃん。・・・・・・・もう寝るね、ザリチュ」

 

 

 

 

朝起きたら幼女(ただし育て親)がベッドの中で眠っていた。どういう状況かはすぐに思い出す。昨日、一人で眠ろうとしたら急にやって来たんだ。

 

「正義、油断したら駄目。足下掬われる」

 

「無限だからって防御も何もしないオーフィスに言われても・・・・・・・」

 

「むぅ」

 

 この後、久しぶりに一緒に寝ながら説教するって言い出して、ものの五秒で熟睡。しかも僕に抱きついてきたから締め落とされて気絶したんだった。

 

「んっ、其のプリン、我の・・・・・・・」

 

 寝涎を垂らしながら眠る姿はとても最強のドラゴンとは思えない。なんかもう、アレだよね。昔から物を知らないせいで老人の姿なのに子供っぽかったけど、今の姿だと尚更だ。

 

 

「早くグレートレッドを倒そうね・・・・・・・」

 

 寝冷えするわけは無いけど、黒歌が買ってきたアニメキャラのパジャマに手を伸ばし外れたボタンに手を掛ける。

 

 

 

「創造主様ー。朝御飯・・・・・・・悪かったね」

 

 クロロが入ってきて僕たちを視界に納め、直ぐに出て行こうとした。

 

「おい、分かって言ってるだろ?」

 

「うん。創造主様は確かにロリコンだけど、オーフィス様とそういう事にはならないって分かってるさ。冗談だよ、冗談」

 

 本当に此奴は質が悪いと思う。製造番号こそ九百代後半だけど、失敗も多いから付き合いは長い。此奴以降は材料を厳選しているしね。

 

 

 

「全く。偶に労いの言葉を掛けてやろうって気が無くなるよ」

 

「言葉より物でご褒美が欲しい。気持ちだけじゃ何の意味もないよ。現状を嘆くばかりの魔王達じゃあるまいしケチケチしないでさぁ」

 

「お前は最高傑作だけど性格は最低のゲスだな」

 

「いやいや、創造主様には適わないよ」

 

 ・・・・・・・やっぱり此奴は性格が悪い!

 

 

 

 

 

「夏休みは旅行に行こうか。バアル家の避暑地とかにさ」

 

 もう直ぐ夏休み、ミッテルトは宿題やら補習の課題が忙しそうだけど、まぁ旅行先で頑張って貰おう。何やら縋るような目をしているけど、ホムンクルスは手が足りていなくて量産中だから代理は無理だし。

 

「我も行く! 我も行く!」

 

 オーフィスが珍しくテンションを上げて主張。まぁ良いかな? ゼクラムには静かに過ごしたいって伝えてホムンクルスやらに警護させればご機嫌伺いに来る貴族も避けられるし、大王家の実質的な支配者に喧嘩を売る馬鹿は居ないでしょ。

 

「じゃあオーラ偽造のアイテムを新調して姿も九重と会ったときのにして一緒に行こうか」

 

「ん。我、嬉しい」

 

 オーフィスが嬉しいと僕も嬉しい。じゃあ準備に取りかかろうか。

 

 

 

 

 

 

 っと言うわけでやって来ましたバアル領。冥界だから照りつける太陽の日差しも海も存在しないけど、泳ぐには十分な大きさの湖と、その近くに建てられたログハウス風の別荘。ここら一体がバアル家の所有だから鬱陶しい悪魔と出会うことも無く、結界とホムンクルスの警備の合わせ技で不意にアザゼル辺りが来ることもない。

 

 湖に目をむければ、魔法によって異様なまでの透明度を得て丸見えの湖底を泳ぐオーフィスの姿。隣ではミッテルトがサンチェアに座ってドリンクを飲んでいる。そろそろエンプティーがバーベキューの準備を終える頃だし、最高の気分だ。

 

「いやー! バカンスは最高にゃ」

 

「黒歌、この後なんだが・・・・・・・」

 

「はいはい、ベッドで一勝負ね。今日は私が先攻だから」

 

「お前さん達、イチャイチャすんならあっちに行って欲しいぜぃ」

 

 此奴らさえ居なければ! バカンスを聞きつけて勝手に同行してきた馬鹿トリオ追い出そうとしたら、ならここら辺りで暴れて悪魔の警護を付けるって脅してきた。後で報復しよう。・・・・・・・口に含んだ物、其れも水を含めて納豆の味しか感じないようにするとか?

 

 

 

 

「って言うかヴァーリ。堕天使を裏切るって計画はどうするのさ」

 

 会談の時はそんな空気じゃなくって裏切り損ねたけど、今ならまだ魔王主催のパーティーがあるし、そこで裏切れば貴族連中がアザゼルに不満を抱くだろう。血筋を含めて暴露して、其れをゼクラムに非難させれば・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「今朝、裏切る旨を書いた手紙を各勢力に送ったけど、不味かったか?」

 

「君の思考能力がね」

 

 よし。ヴァーリには何かしらの嫌がらせをしよう。僕は頭脳をフル回転させてヴァーリへの嫌がらせを考案しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冥界に帰るわよ」

 

 最近、部長が本当に不機嫌だ。任されていた領地を今までに不始末を理由に管理能力無しとして取り上げられたのが不満らしい。コカビエルの件では計画書に詳細が載っていて知ったんだけど、下手すれば街が吹き飛んでいたらしい。つまり、俺の両親もアーシアも死んでいたかも知れないんだ。

 

 アーシアと恋人になって、将来結婚を考えているって二人に話した時、俺の前に母さんが宿し、生まれなかった兄弟について教えられた。俺がどんな想いを託されて育てられたかも知って、申し訳なくって涙がでた。

 

 性犯罪をし続けてゴメン。危険な悪魔社会の一員になってゴメン。親不孝でゴメン・・・・・・・。

 

 口には出さないけど俺は安心している。部長が管理者でなくなって良かったと。テロ組織やダエーワに対抗するために必要な今後の同盟の為にも、協定の象徴であるこの街はキチンと管理して守って貰えるらしいし一安心だ。

 

「そうだわ。アーシアも一緒に来ないかしら? これから戦力も必要だから目を付けた他の誰かに取られても嫌だし」

 

 只、これから部長について行って本当に良いのか不安だ。今だから分かる。この人の言う慈愛はコレクターがレア物に向ける愛情で、自分に懐いている子は可愛がり余所余所しい方の子は粗雑に扱う母親の様だ。

 

「アーシアなら天界の人が何か用が有るからってイギリスに行く予定ですよ、部長」

 

「そう、残念ね。実家を見たら気が変わるかもって思ったのに。そうだわ、イッセー。写真に撮って、どんなに良い所か教えて上げて頂戴」

 

「・・・・・・・はい」

 

 ああ、俺の心が冷めているのにも気付かないんだろうな。木場の奴は相変わらず不安定なままだし、これからどうなるんだろ? ・・・・・・・一度悪魔になったら戻れない。悪魔に魂を売るってこういう事か。神様が要らない物を押しつけなくちゃ俺は普通に生きていたんだよな。アーシアと出会えただけでチャラだけど、出生率も低いし、子供ができないまま死別した時、俺は何を心の支えにしたら良いんだろう・・・・・・・。

 

 

 

 

 そういや今後は悪魔祓いを削減するらしいけど、危険なはぐれ悪魔の対処はどうするんだろう? 何か対策するよな。テロとか居るんだし、厳しく取り締まる口実は出来たし。

 

 

 

 うん! だったら大丈夫だ。悪魔社会も明るくなってきたな! ・・・・・・・大丈夫かな?「あー暇暇暇暇暇暇暇!」

 

 バカンス六日目、早くも飽きた。毎日釣りや湖水浴をして、バーベキューをする。それなりに楽しかったけど、冥界のテレビはあまり面白くないし、そろそろ帰ろうかなと思う。

 

 しかし、どうして此処まで娯楽が少ないんだろうね。

 

「まぁ仕方ないっすよ。戦争で絶滅の危機に瀕したんっすから。人にとっては長くても、ウチ達のような一万年生きる種族からしたらそれ程っす」

 

 とは、ミッテルトの弁。まぁ最重要な戦後の復興ばかりに力を注いで娯楽が発展する暇が無かったって事か。他の国による支援も無いだろうしね。旧魔王は娯楽を制限していたのかな?

 

 でも、街に出かけるのは億劫だ。言いつければ買い物をしてくれるホムンクルスも居るし、出掛ける理由がない。

 

「我、退屈。街に行きたい」

 

「よし。買い物にでも行こう。クロロ、護衛お願い」

 

 オーフィスの希望なら仕方ないよね!

 

 

 

 

 

「やはり注目されていますね、創造主様。この美しすぎる私が!」

 

 

 取り合えずバアル家の避暑地だけあって庶民が暮らす街からは遠かったけど、転移は使わずに魔獣に乗っての移動も娯楽の内。景色を楽しみながら着いた街からは活気が失われていた。食料品店に並ぶ商品の数は少なく、そして高い。今注文を待っている喫茶店も随分と高価だ。

 

「悪魔に混じって堕天使もチラホラ。敵意は感じないし、何かして来たら処分で。どうせ生半可な事じゃ僕に碌な抗議も出来ないからさ。ほら、口元ベトベト」

 

 それでもクロロが言う様に此方を伺う奴らが複数人。髪型と姿を変えたオーフィスの口元に付いたクリームを拭いつつ、ミッテルトが差し出したスプーンを口に入れる。

 

「はい、あーんッス。……所で随分と騒がれてるッスね」

 

 先程買った新聞にはサーゼクスの死を悼む声や新魔王ビィディセが多くの貴族の不正を暴いた事を評価する記事、そして僕が前に作った駒の消費数計測器によって約束されていた眷属の座を失った奴が貴族に楯突いて粛清されたという記事が掲載されている。

 

 因みに不正を暴けたのはバックにいるバアル家のお陰だ。実質的のトップだからね、ゼクラム・バアル(造魔寄生済み)はさ。

 

「この世は我が世と思う望月の……って事ばかりじゃないのが癪だけどさ」

 

 冥界の作物に打撃を与える為に用意した害虫型の魔獣だけど、それ以外の要因で予測以上の食料危機が発生している。その結果が価格の高騰による景気の悪化だ。

 

 どんどん枯れていっているんだ、作物がさ。

 

「ダエーワの六大魔王の仕業ですね。資料にそういった記述がありました。会談の時の事から判断すると、サーゼクスと相打ちになった……事になっている奴の相方でしょう」

 

「景気の悪化で僕に入ってくるお金も減るし、腹立つよね」

 

「……潰しますか?」

 

「敵の情報と戦力が整ったらね」

 

 行き当たりばったりとか下策中の下策だし、確実に倒せない相手とは戦わないに限るよ。ただし、敵は潰す。弱くても潰す。それが大切な存在を守る手段だからね。

 

 

「あっ、そろそろ人造天使から定期連絡が来る頃か」

 

 

 

 

 

 

 今の天界の情勢は厳しい。最高指導者であり管理者である神の不在。我々の根幹を揺るがす事実をひた隠しにして多くの者を騙し切り捨てる毎日は良心の呵責との戦いだ。何度か何もかも投げ出してしまいたいと思った。

 

 

「パパー!」

 

 だが、今は違う。投げ出さなくて本当に良かったと心の底から思っている。その理由たる幸せを多くの者から奪っていると自覚していながら……。

 

「おや、お仕事は終わりましたか?」

 

「うん! ハニエル、パパの為に頑張ったの」

 

 駆け寄って来た()の頭を撫でてやる。この子の母親は私の最初の相手をしたホムンクルスだ。母親そっくりのハニエルを見ていると、あの時の事を思い出してしまう。込み上げて来る劣情を必死で押し殺し、自分の娘だと自分に言い聞かせる。

 

(若い頃はアザゼル達を軽蔑したものですが……)

 

 あの快楽は抗い辛い。もう一度彼女達と会いたいとの想いが込み上げて、私でもこれなのだから、今後この方法で増える天使の親も堕天使になる危険がないからこそ、今までの禁欲の反動が出ないか少し怖くなる。

 

「あのねあのね! ハニエル、パパとお散歩したいな!」

 

「そうですね。私も仕事が一段落したことですし、他の二人も誘いましょう」

 

「うん!」

 

 腕にじゃれついて来る娘とのんびり歩く。幸せとはこんな事を言うのですね。

 

 

「そうそう。今度、アザゼルとの会談がありまして、貴女も出ますか?」

 

「あのオジさん、臭いから嫌ーい」

 

「そうですか。なら、仕方ありませんね」

 

 我ながら親馬鹿だと思う。……この子が成長すれば私の事も臭いとか言うのでしょうか? 加齢臭を抑える薬がないか九龍君に相談してみましょう。

 

 

 

 

 

 

「……散歩に同行? それはご命令でしょうか、ミカエル様」

 

「いえ、命令ではありませんよ、レマディエル」

 

 ハニエルと共に向かった勉強室で自習をしていたレマディエルを誘ったのですが、どうもこの子は感情が薄い。髪で隠れていない左側は人形のようで少し心配だ。

 

「もう少し感情を出す練習をしましょう」

 

 だけど、この子も私の娘だ。この気持ちが父性なのか断言は出来ないが、私はこの子の幸せを望んでいる。

 

「感情? この状況における価値を認めず。主の命に従う僕たることが天使の存在意義なれば」

 

 少し痛ましい。この子は私達が天界の存続の為に作り出した信者そのものだ。死すら神の為なら厭わず、自分を徹底的に押し殺す。いや、この子はそのような物を持っていないのかもしれない。

 

「私は貴女に笑っていて欲しい。それでは駄目ですか? それと私の事はお父さんと呼んでくれれば嬉しいです」

 

「……分かりません。ですが、ミカエ……お父様の望みならば努力致します」

 

「ええ、ならばまず一歩目として一緒に遊びましょう」

 

 少しだけ感情を見せてくれたレマディエルを肩車し、次は私もと言ってくるハニエルを宥める。ああ、これが子育ての難しさという幸せですかね?

 

 

 

 

 

 

「なんじゃ、ハニにレマではないか。それに父上も。儂に何か用か?」

 

 三人目の娘(本人は長女だと主張)のラミエルは青い髪の幼い少女だ。だが、その実力も力への貪欲さも姉妹の中でトップ。今も修練場で上級天使数名を相手取っている。」

 

「ラミエルも一緒にお散歩しよー!」

 

「ご飯まで時間もあります。トレーニングのクールダウンには最適かと」

 

 私の肩車争奪戦を終えた二人は今は両側で手を繋いで歩いている。二人に誘われ顎に手を当てたラミエルは最後に私に視線を向ける。

 

「ふむ、まぁ良いじゃろう。だがっ!」

 

 その速度は凄まじく、瞬く間に私に正面から抱き付いたラミエルは得意顔だ。

 

 

 

「父上の抱っこは儂が貰った! ふはははははっ!!」

 

 そして何だかんだ言って一番甘えん坊なのもこの子。まだ赤子の娘息子達も大きくなったら今回みたいに無邪気な争いに参加するのでしょうね。......不思議と母親に会いたいと言いませんが、彼女達の分まで私はこの子達を愛する。さて、忙しくなりますね。

 

 

 

 

 

 

「......ナース、今まで何処に?」

 

「何も成し遂げていない癖に英雄を名乗る小僧共が調子に乗って居たのでな。おびき寄せて狩っておいた。霧を使う眼鏡と魔獣を生み出す小僧を瀕死にしてから残りを逃がすと言ってやったが......仲間を置いて逃げた奴が背中から攻撃された時の顔は最高だな。面白かったので瀕死の二人は放置しておいた」

 

「あー暇暇暇暇暇暇暇!」

 

 バカンス六日目、早くも飽きた。毎日釣りや湖水浴をして、バーベキューをする。それなりに楽しかったけど、冥界のテレビはあまり面白くないし、そろそろ帰ろうかなと思う。

 

 しかし、どうして此処まで娯楽が少ないんだろうね。

 

「まぁ仕方ないっすよ。戦争で絶滅の危機に瀕したんっすから。人にとっては長くても、ウチ達のような一万年生きる種族からしたらそれ程っす」

 

 とは、ミッテルトの弁。まぁ最重要な戦後の復興ばかりに力を注いで娯楽が発展する暇が無かったって事か。他の国による支援も無いだろうしね。旧魔王は娯楽を制限していたのかな?

 

 でも、街に出かけるのは億劫だ。言いつければ買い物をしてくれるホムンクルスも居るし、出掛ける理由がない。

 

「我、退屈。街に行きたい」

 

「よし。買い物にでも行こう。クロロ、護衛お願い」

 

 オーフィスの希望なら仕方ないよね!

 

 

 

 

 

「やはり注目されていますね、創造主様。この美しすぎる私が!」

 

 

 取り合えずバアル家の避暑地だけあって庶民が暮らす街からは遠かったけど、転移は使わずに魔獣に乗っての移動も娯楽の内。景色を楽しみながら着いた街からは活気が失われていた。食料品店に並ぶ商品の数は少なく、そして高い。今注文を待っている喫茶店も随分と高価だ。

 

「悪魔に混じって堕天使もチラホラ。敵意は感じないし、何かして来たら処分で。どうせ生半可な事じゃ僕に碌な抗議も出来ないからさ。ほら、口元ベトベト」

 

 それでもクロロが言う様に此方を伺う奴らが複数人。髪型と姿を変えたオーフィスの口元に付いたクリームを拭いつつ、ミッテルトが差し出したスプーンを口に入れる。

 

「はい、あーんッス。……所で随分と騒がれてるッスね」

 

 先程買った新聞にはサーゼクスの死を悼む声や新魔王ビィディセが多くの貴族の不正を暴いた事を評価する記事、そして僕が前に作った駒の消費数計測器によって約束されていた眷属の座を失った奴が貴族に楯突いて粛清されたという記事が掲載されている。

 

 因みに不正を暴けたのはバックにいるバアル家のお陰だ。実質的のトップだからね、ゼクラム・バアル(造魔寄生済み)はさ。

 

「この世は我が世と思う望月の……って事ばかりじゃないのが癪だけどさ」

 

 冥界の作物に打撃を与える為に用意した害虫型の魔獣だけど、それ以外の要因で予測以上の食料危機が発生している。その結果が価格の高騰による景気の悪化だ。

 

 どんどん枯れていっているんだ、作物がさ。

 

「ダエーワの六大魔王の仕業ですね。資料にそういった記述がありました。会談の時の事から判断すると、サーゼクスと相打ちになった……事になっている奴の相方でしょう」

 

「景気の悪化で僕に入ってくるお金も減るし、腹立つよね」

 

「……潰しますか?」

 

「敵の情報と戦力が整ったらね」

 

 行き当たりばったりとか下策中の下策だし、確実に倒せない相手とは戦わないに限るよ。ただし、敵は潰す。弱くても潰す。それが大切な存在を守る手段だからね。

 

 

「あっ、そろそろ人造天使から定期連絡が来る頃か」

 

 

 

 

 

 

 今の天界の情勢は厳しい。最高指導者であり管理者である神の不在。我々の根幹を揺るがす事実をひた隠しにして多くの者を騙し切り捨てる毎日は良心の呵責との戦いだ。何度か何もかも投げ出してしまいたいと思った。

 

 

「パパー!」

 

 だが、今は違う。投げ出さなくて本当に良かったと心の底から思っている。その理由たる幸せを多くの者から奪っていると自覚していながら……。

 

「おや、お仕事は終わりましたか?」

 

「うん! ハニエル、パパの為に頑張ったの」

 

 駆け寄って来た()の頭を撫でてやる。この子の母親は私の最初の相手をしたホムンクルスだ。母親そっくりのハニエルを見ていると、あの時の事を思い出してしまう。込み上げて来る劣情を必死で押し殺し、自分の娘だと自分に言い聞かせる。

 

(若い頃はアザゼル達を軽蔑したものですが……)

 

 あの快楽は抗い辛い。もう一度彼女達と会いたいとの想いが込み上げて、私でもこれなのだから、今後この方法で増える天使の親も堕天使になる危険がないからこそ、今までの禁欲の反動が出ないか少し怖くなる。

 

「あのねあのね! ハニエル、パパとお散歩したいな!」

 

「そうですね。私も仕事が一段落したことですし、他の二人も誘いましょう」

 

「うん!」

 

 腕にじゃれついて来る娘とのんびり歩く。幸せとはこんな事を言うのですね。

 

 

「そうそう。今度、アザゼルとの会談がありまして、貴女も出ますか?」

 

「あのオジさん、臭いから嫌ーい」

 

「そうですか。なら、仕方ありませんね」

 

 我ながら親馬鹿だと思う。……この子が成長すれば私の事も臭いとか言うのでしょうか? 加齢臭を抑える薬がないか九龍君に相談してみましょう。

 

 

 

 

 

 

「……散歩に同行? それはご命令でしょうか、ミカエル様」

 

「いえ、命令ではありませんよ、レマディエル」

 

 ハニエルと共に向かった勉強室で自習をしていたレマディエルを誘ったのですが、どうもこの子は感情が薄い。髪で隠れていない左側は人形のようで少し心配だ。

 

「もう少し感情を出す練習をしましょう」

 

 だけど、この子も私の娘だ。この気持ちが父性なのか断言は出来ないが、私はこの子の幸せを望んでいる。

 

「感情? この状況における価値を認めず。主の命に従う僕たることが天使の存在意義なれば」

 

 少し痛ましい。この子は私達が天界の存続の為に作り出した信者そのものだ。死すら神の為なら厭わず、自分を徹底的に押し殺す。いや、この子はそのような物を持っていないのかもしれない。

 

「私は貴女に笑っていて欲しい。それでは駄目ですか? それと私の事はお父さんと呼んでくれれば嬉しいです」

 

「……分かりません。ですが、ミカエ……お父様の望みならば努力致します」

 

「ええ、ならばまず一歩目として一緒に遊びましょう」

 

 少しだけ感情を見せてくれたレマディエルを肩車し、次は私もと言ってくるハニエルを宥める。ああ、これが子育ての難しさという幸せですかね?

 

 

 

 

 

 

「なんじゃ、ハニにレマではないか。それに父上も。儂に何か用か?」

 

 三人目の娘(本人は長女だと主張)のラミエルは青い髪の幼い少女だ。だが、その実力も力への貪欲さも姉妹の中でトップ。今も修練場で上級天使数名を相手取っている。」

 

「ラミエルも一緒にお散歩しよー!」

 

「ご飯まで時間もあります。トレーニングのクールダウンには最適かと」

 

 私の肩車争奪戦を終えた二人は今は両側で手を繋いで歩いている。二人に誘われ顎に手を当てたラミエルは最後に私に視線を向ける。

 

「ふむ、まぁ良いじゃろう。だがっ!」

 

 その速度は凄まじく、瞬く間に私に正面から抱き付いたラミエルは得意顔だ。

 

 

 

「父上の抱っこは儂が貰った! ふはははははっ!!」

 

 そして何だかんだ言って一番甘えん坊なのもこの子。まだ赤子の娘息子達も大きくなったら今回みたいに無邪気な争いに参加するのでしょうね。......不思議と母親に会いたいと言いませんが、彼女達の分まで私はこの子達を愛する。さて、忙しくなりますね。

 

 

 

 

 

 

「......ナース、今まで何処に?」

 

「何も成し遂げていない癖に英雄を名乗る小僧共が調子に乗って居たのでな。おびき寄せて狩っておいた。霧を使う眼鏡と魔獣を生み出す小僧を瀕死にしてから残りを逃がすと言ってやったが......仲間を置いて逃げた奴が背中から攻撃された時の顔は最高だな。面白かったので瀕死の二人は放置しておいた」

 

 



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