SAO帰還者のIS (剣の舞姫)
しおりを挟む

入学前
プロローグ


少し暇つぶしに書いてみました。もしかしたら続けるかも?


SAO帰還者のIS

 

プロローグ

 

 1万人もの人間を死の牢獄に捕らえた最悪のVRMMORPG、ソードアート・オンライン。ゲームでの死が現実での死に直結するデスゲームは2年も続き、そして遂に終焉の時を迎えようとしていた。

 75層ボスを倒した直後に判明した最悪の真実、最強ギルド血盟騎士団、その団長ヒースクリフが、デスゲーム発起者にしてSAO開発者である茅場晶彦であるという事を最強のソロプレイヤー黒の剣士キリトが暴き、ゲームクリアを賭けた最後の戦いが行われようとしている。

 

「キリト! やめろー!」

「キリトー!!」

「キリトさん!!」

 

 キリトが背中の二刀、エリュシデータとダークリパルサーを抜いてヒースクリフの前まで歩くのを、麻痺した身体で動けないまま叫び呼び止めようとする者が三人居た。

 一人はキリトの兄貴分にして親友とも呼ぶべき黒人男性、エギル。もう一人は同じく兄貴分にして親友のクライン。そして最後にキリトの弟分にしてSAO開始初期からずっとキリトを慕ってきたソロプレイヤー白の剣士ナツだ。

 

「エギル」

「…っ」

「今まで、剣士クラスのサポートありがとな。知ってたぜ、お前が儲けの殆どを中層プレイヤーの育成に注込んでいた事」

 

 もう、エギルからは何も言えなくなってしまった。まるで、最後の挨拶とも言うべきキリトの台詞に、キリトの覚悟が垣間見えて、これ以上、言葉にならなかったのだ。

 

「クライン」

「…っ」

「あの時お前を…置いて行って悪かった」

「っ! てめぇキリト!! 謝ってんじゃねぇ! 今、謝んじゃねぇよ!! 許さねぇぞ! 向こうでちゃんと飯の一つでも奢らねぇと、ぜってぇ許さねぇからなぁ!!」

「わかった、向こう側でな」

 

 クラインの涙ながらの叫びに、キリトは現実世界での再開を約束した。現実世界で再開して、その時に一緒に飯を食おうと。

 

「ナツ」

「キリトさん…」

「こんなビーターの俺を、ずっと慕ってくれてありがとうな……俺、妹は居るけど弟は居なかったから、お前の事、本当の弟みたいに思えて、凄く嬉しかったぜ」

「俺も…俺も姉は居るけど、兄貴が居なかった! だから、だからキリトさんの事、本当に…兄貴みたいで…だから、死なないでくださいよ!! 向こうで、向こうで絶対! 会って一緒に遊ぶ約束を、守ってくださいよ!!」

「ああ、向こうでIS/VSを教えてくれる約束、楽しみにしてるよ」

 

 弟分が、いつの間にか本当の弟の様に思えてきたナツとの現実での約束、現実世界で、一緒にゲームをしようという嘗て交わした約束を、必ず果たそうともう一度約束してした。

 

「ユリコ」

「…はい」

 

 最後のもう一人、キリトを呼び止めた者ではないが、もう一人だけ声を掛けたかった人物が居る。血盟騎士団副団長補佐にして、白の剣士ナツの妻、キリトにとっては妹分の様な存在である第三のユニークスキル使い、無限槍のユリコだ。

 

「向こうでナツと一緒に会えるのを楽しみにしてるよ……ナツと、俺とアスナとお前で、また一緒に遊ぼうぜ」

「…はい、必ず。だから生きて、必ず勝ってください、お義兄さん」

 

 そして、最後にキリトは最愛の少女の方へ目を向け、少しだけ微笑むと直ぐにヒースクリフと対峙した。

 

「悪いが一つだけ、頼みがある」

「何かな?」

「簡単に負けるつもりは無い。でももし俺が死んだら、少しの間で良い、アスナが自殺できないよう計らってくれ」

「ほう……よかろう」

 

 キリトからヒースクリフへの願いは一つ、もしも自身が破れ、死んだ後は最愛の少女であるアスナが自殺できないようにして欲しいという物だった。

 もし、キリトが死ねば、アスナが後を追って自殺するのは確実だ。だから、キリトはアスナに自殺ではなく、ゲームクリアを目指せるよう、自殺という道を奪う事を選んだのだ。

 

「キリト君ダメだよ! そんなの…そんなの無いよー!!」

 

 アスナの叫びを背に、キリトとヒースクリフの戦いが始まった。

 互いにユニークスキル使い、神聖剣と二刀流の激突は最硬と最速のぶつかり合いで、キリトが繰り出す二刀の連撃をヒースクリフは大型の盾で悉くを受け止め、受け流していく。

 レベル的には互角の2人で、実力も互角と言って良いのだが、やはり武器の相性、戦い方の相性が悪いのか、それともキリトが未だ二刀流を完全に使いこなしていないのが悪いのか、完全にキリトは押さえ込まれてしまっていた。

 

「キリトさん…っ!」

「ナツ君…お義兄さん、勝てるよね?」

「…正直判らない。キリトさんがソードスキルを使わない理由は判るけど、でもソードスキル無しの地力だけでの戦いは、限界がある」

「…そんな」

 

 やがて、ヒースクリフが一瞬の隙を突いた一撃がキリトの頬を掠り、反射的にキリトがソードスキルを発動してしまった。

 キリトが発動したのは二刀流最上位スキル、ジ・イクリプスという超最速の27連撃技。だけど、ソードスキルを開発したヒースクリフはその連撃の悉くを完璧に受け止めきって、最後の一撃が盾に阻まれた瞬間、ダークリパルサーが耐久値限界で折れてしまう。

 

「危ない!!」

 

 スキル後の硬直で動けないキリトは、完全無防備の状態をヒースクリフに晒してしまう。そして、未だ動けるヒースクリフに対して、それは完全な隙であり、絶好の好機となった。

 

「さらばだ、キリト君」

 

 キリトの命を奪う一撃が、茅場の剣がスキルのライトエフェクトを発しながら振り下ろされた。

 しかし、そこで奇跡が起きた。システムにより麻痺して動けなくなっていた筈のアスナがキリトの前に出て、ヒースクリフの一撃をキリトの代わりに受けて、そのHPを散らしてしまったのだ。

 

「アスナさん!」

「お義姉さん!」

 

 システムを上回る人の想いの奇跡、だがその奇跡はアスナの死という最悪の結果を齎した。

 目の前で消えたアスナを見て、キリトは完全に戦意喪失、ヒースクリフに剣を突き刺されてキリト自身もまた、そのHPを散らしてポリゴンの粒子になり消える…筈だった。

 

「キリト…さん?」

 

 だが、キリトが消える直前に、拾っていたアスナの細剣ランベントライトがヒースクリフを貫き、ヒースクリフもまた、HPが0となって相打ちになってしまった。

 その瞬間、2人が眩い光に包まれ、そして…ナツとユリコは気がつけば真っ白な光の中で向かい合っていた。

 

「此処は…?」

「もしかして、ゲームクリアされたのかな?」

「かもしれない、ヒースクリフもHPが0になったって事は、相打ちとはいえ、賭けに勝った事になるんだし」

 

 ならば、後はもうログアウトされて現実世界に戻るのを待つだけだ。もうそれほど時間は掛かるまい。

 

「ねぇナツ。現実で私を探してくれる?」

「ああ、必ず探し出して、会いに行くよ」

「そっか、じゃあ本名を教えておくから、会いに来て?」

「ああ」

 

 もうログアウトまで残り少ない。ナツとユリコは抱き合いながら互いに現実で必ず会えるようリアルネーム…本名を教えあう。

 

「俺は、織斑一夏、多分向こうではもう15歳だ」

「私は、宍戸百合子、同じく15歳だよ」

 

 これで、現実世界に戻ったらお互いに探しあえる。必ず再会できる、そう信じて、やがて2人の意識が暗くなり、最後の口付けを交わしたのと同時に、完全にログアウトするのだった。

 




妄想で終わるかもしれませんが、もしかしたら続きます。
一応、学園祭終了までのプロットも出来ていたりするので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 「帰還した戦士達」

なんか、物凄い好評だったので、第一話投稿です。


SAO帰還者のIS

 

第一話

「帰還した戦士達」

 

 最悪のデスゲームと化したVRMMORPG、ソードアート・オンラインに囚われ、2年で生き残った6147名はゲームクリアと共に現実世界に開放された。

 だが、その内300名だけが意識を取り戻さなかったものの、世間に知られることの無い本当に最後の戦いの末、残る300名も開放され、漸くSAO事件は本当の意味で終焉を迎える。

 SAO帰還者にして、後のアルヴヘイム・オンライン、通称ALOで起きたSAO帰還者300名拉致、人体実験が行われていたALO事件でも解決に貢献した黒の剣士キリトと白の剣士ナツ、無限槍のユリコと、SAOクリア後にALOの世界樹頂上に幽閉されていた閃光のアスナの4人もまた、漸く訪れた平和をリハビリと今後進学予定となっているSAO帰還者専用の学校の下見など、思い思いの生活をしながら過ごしていた。

 

「んで? 何で俺とナツは此処に居るんだ?」

「あ、あはは…すいませんキリトさん、弾の奴が忘れ物したからって蘭に頼まれて」

 

 現在、黒の剣士キリトこと桐ヶ谷和人と、白の剣士ナツこと織斑一夏は藍越学園という高校の受験会場となっている市民ホールに来ていた。

 和人は市民ではないのだが、丁度一夏の所に遊びに来ていた時に今回この場所に来る事になった理由に巻き込まれたのだ。

 

「それにしても俺、その弾って奴には会った事無いけど、良いのか?」

「良いですよ、それに俺も弾にキリトさんの事紹介したいって思ってましたし…俺の、兄貴だって」

 

 二人がこの場所に来ている理由は、一夏の親友である五反田弾という少年が今回、藍越学園受験の為にこの場所に来ているのだが、その弾が受験に必要な物で忘れ物をしたと彼の妹から報告を受け、用事で届けに行けないという彼女に代わり、届けに来ていたのだ。

 

「それにしても、何で受験会場が市民ホールなんだ? 普通高校の校舎でやるもんだろ」

「何でも去年の受験の時にカンニング事件があったみたいで、その対策とか」

 

 昨年と言えば一夏も和人もまだSAO内に囚われていた頃だ。なのでカンニング事件の事については最近になって人伝に聞いた話になる。

 

「でさナツ……」

「はい……」

「ここ、何処?」

「…さあ?」

 

 男二人、市民ホール内で迷子になっていた。

 仕方が無いだろう。そもそもこの市民ホールが出来たのは一夏がSAOに囚われている頃の事なので、最近目を覚ましたばかりの一夏は来た事が無い。和人に至ってはそもそも住んでいる県が違う。ここは東京都であり、和人が住んでいるのは埼玉県だ。

 

「案内板とか無いか?」

「それらしいものは…あ、あそこに扉がありますけど、入ってみますか? 中に人が居れば道を聞けば良いですし」

「そうするか」

 

 丁度二人が居る場所から少し歩いた所に扉がある。中に人が居れば道を聞けるし、居なかったら居なかったでまた別の道を探せば良いだろうと、二人は扉の前まで行き、開けて中に入る。

 

「あれ? 結構暗い…でも人は居ませんね」

「だなぁ…って、あれ?」

 

 部屋の中央、薄暗い部屋の中央にライトアップされている物体が和人の目に止まった。それは人の身長以上の大きさを持った機械の鎧。

 

「これって、ISだよな?」

「ええ、確か…打鉄だったと思います」

 

 世界最強のパワードスーツ、インフィニット・ストラトス…通称、IS。世界初のVRMMORPGを開発した天才科学者、茅場晶彦とは分野が異なるもう一人の天才、篠ノ之束が開発した宇宙進出を目的とながら、世界では兵器として認識されてしまった最強の兵器。

 

「何で市民ホールなんかにISが?」

「いや、俺も判りませんよ…でも、此処にあるって事はIS関係者が居るって事ですよね?」

 

 ISは未だ開発者の篠ノ之束博士以外全てを知る者は存在しないブラックボックスが多々存在している。

 特に、ISをISたらしめているコアは、その製造方法を博士が公表しない為、実質製作できるのは篠ノ之束ただ一人、しかも博士はコアを467個造った時点で、それ以上の製作を止めてしまった。それ故、ISは絶対数が決まっている貴重品とも言える。

 その貴重なISを無造作にこんな所に置いておくわけが無いので、間違いなく此処にIS関係者がいるという事は、簡単に予測出来た。

 

「丁度良い、その関係者探して道を聞きますか?」

「そうだな。でもその前に少し見て行かねぇか?」

「興味あるんですか?」

「そりゃ男ならロボットには興味持つだろ」

 

 ロボットではないのだが、その気持ちは一夏にも理解出来た。特に、一夏の姉はIS関係者であり、その世界のVIPでもあるので、常々ISには興味があったのだ。

 

「へぇ、近くで見ると結構スマートなんだな」

「装甲も変にゴツゴツしてないですね」

 

 無造作に置かれている打鉄に近寄り一夏と和人は前から後ろから、様々な角度から打鉄を眺める。

 

「確か打鉄って第2世代だっけ?」

「ええ、第1世代型ISである暮桜をモデルに倉持技研だったかな? そこが開発した機体らしいですよ、量産機なんで他の国にもあるみたいです」

 

 暮桜については一夏も詳しく知っている。何故なら暮桜は一夏の姉の嘗ての愛機、未だ脳裏に焼きついている、SAOに囚われる前に起きた事件で目にした機体なのだから。

 

「良いよなぁ、これに乗れば現実でも空飛べるんだろ?」

「俺達はALOで飛ぶくらいしか出来ませんからね、現実で空飛べるのは確かに羨ましい」

「何で女にしか起動出来ないんだろうな」

 

 和人が口にした台詞、それは世界最強の兵器であるISの唯一の欠陥、男では動かすどころか起動する事すら出来ず、女にしか扱えないというものだ。

 故に、世界最強の兵器であるISを動かせる女は必然と男より上の存在だという女尊男卑の風潮が広まり、今ではそれが当たり前の世の中になってしまった。

 

「まぁ、乗ったら乗ったで戦ったりとかするんだよな? 流石にそれは勘弁願いたい」

「ですね、もう俺も戦いは勘弁して欲しいです」

 

 SAOの2年間と、その後のALOでの戦いの日常、普通に暮らしていればまず経験する事は一切無い経験をしてきた二人は、もう戦いはコリゴリだと、ゲームでの戦い以外の…命懸けの戦いは勘弁して欲しかった。

 正直、疲れたのだ。命を賭けた戦いをする事に。2年もそんな戦いをしていれば、それも当然と言えば当然だろう。

 

「そろそろ行くか?」

「あ、はい…って、うおっ!?」

「あ、おい馬鹿!」

 

 もう十分に見物したし、そろそろ行かねば不味いと部屋を出る事にしたのだが、一夏が打鉄の足元で躓いて咄嗟に打鉄に手を付いてしまった。

 和人も転びそうになった一夏を支えようと手を伸ばしたのだが、一夏が打鉄に手を付いて踏みとどまった為にその手は空を切り、打鉄の装甲に同じく手を付く形になってしまう。

 そして、それが二人の運命の転換だった。本来、女にしか起動出来ない筈のISが、一夏と和人が触れた瞬間、起動して様々な情報が二人の頭に流れ込んできたのだ。

 

「い、今の…」

「ISが、動かせる…のか?」

「おい! 君達此処で何を……って、男がISを起動させてる!?」

 

 打鉄が起動した事で異常を察知したのか、何処かの職員らしき女性が部屋に入ってきて、打鉄を起動させている一夏と和人を見て、二人が男だという事に気付いて絶句していた。

 二人は顔を見合わせると、どうやら厄介事に“また”巻き込まれたのだと溜息を溢しながら、自分たちから離れてくれない戦いの運命とやらを恨むのだった。

 

 

 数日後、世界中に男でありながらISを起動させた存在として、織斑一夏と桐ヶ谷和人のニュースが連日流れ続けていた。

 その件の二人と言えば、何故か和人の恋人である閃光のアスナこと結城明日奈と、一夏の恋人である無限槍のユリコこと宍戸百合子も入れた4人で明日奈の父が少し前までCEOを務めていたレクト本社に来ていた。

 レクト本社の応接室にて、和人、明日奈、一夏、百合子の4人は向かい側の席に座る明日奈の父、結城彰三と兄の結城浩一郎と何故か向かい合っている。

 

「それで、何で俺達は呼ばれたんですか?」

「うむ、明日奈から聞いたが、桐ヶ谷君と織斑君はIS学園に入学する事になったのだったね?」

「ええ、SAO帰還者の学校への入学が取り消されて強制的に」

 

 そう、一夏の言うとおり、本来であれば一夏と和人は4月からSAO帰還者の為に政府が用意した学校に通う事になっていたのだが、二人がISを起動してしまった事が原因で、保護の意味も込めて二人は強制的にIS学園への進学が決まってしまったのだ。

 しかも、本来なら高校2年生になるはずの和人もIS学園では1年生からスタートなのだ。

 

「実は、君達がIS学園に入学が決定したのと同時に、明日奈と百合子君も本人の希望でIS学園に入学させる事となった」

「あ、アスナ!?」

「ユリコも! 何でだよ!?」

「だって、キリト君が居ないのに向こうの学校に行っても仕方が無いもん。だったらキリト君と同じIS学園に行こうって思ったの」

「私も、ナツ君とずっと一緒に居るって約束があるから」

 

 だが、勿論明日奈と百合子のIS学園入学は容易ではない。だが、明日奈の場合はある意味特例なのだ。

 未だリハビリを続けていて、杖なしでは歩く事もままならない明日奈をIS学園に入学させる事で、IS学園にある大型スポーツ・リハビリ施設でリハビリをさせるのが目的だ。

 向こうには専属のスポーツドクターも居るとの事なので、今のまま病院でリハビリをするよりもより高性能なリハビリ器具と、徹底されたスケジュールでリハビリ出来るIS学園に行った方が効率的なのだとか。

 

「まぁ、明日奈を入学させるのに、百合子君をドサクサで紛れ込ませられたのは運が良かった」

 

 豪快に笑う彰三氏だが、4人は冷や汗が止まらなかった。物凄い無茶をしたのではないだろうかと、そう思えて仕方が無い。

 

「それと、もう一つあるのだよ、君達を呼んだ理由は…浩一郎」

「はい、父さん。みんな、これを見てくれ」

 

 浩一郎が差し出してきたのは何かの資料だった。そこに書かれているのは一夏、和人、明日奈、百合子の専用機についての詳細スペック等々。

 

「専用機!? と、父さんこれって!!」

「うむ、我がレクト社と倉持技研の共同開発で4人の専用機を急造中だ。名目上、4人はレクト社所属のテストパイロットという扱いになる」

 

 更に資料を読み進めていると、スペックの欄にナーヴギア搭載というISのスペックとしては変な単語が書かれているのに気付く。

 しかも、その単語は4人の専用機全部に共通している。

 

「4人ともSAO帰還者だからね。SAOでの戦い方が一番慣れているだろうと思って、ISにナーヴギアを接続する事で、ナーヴギアに保存されたSAOのセーブデータを読み取ってSAOでの皆のスキルデータをISに反映出来る仕様にしてある」

「それって、ソードスキルがISで使えるって事ですか?」

 

 和人の問いに、浩一郎は頷く事で肯定した。

 そう、4人のISに共通するスペックとして、各人のナーヴギアを接続する事で彼らのSAO時代に使用出来たソードスキルや、その他の戦闘用スキルをISで再現可能にしてあるという物がある。

 和人であれば二刀流スキルと片手剣スキル、投擲、体術など。一夏なら片手剣スキルに投擲、体術、明日奈は細剣に体術、百合子は槍スキル、無限槍スキル、投擲、体術だ。

 

「武器に関しても4人がSAOで使っていた武器を再現して作らせている。思う存分、SAO時代の戦い方が出来るよ。更に言えば魔法こそ無理だが、空を飛ぶという点でALOでの戦い方もやろうと思えば出来るから、君達は君達自身の戦いが出来るんだ」

 

 それから、和人と明日奈の専用機にだけ、サポートAIとして元SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムにして和人と明日奈の娘であるユイを移動させられる様にしてあるとの事だ。

 

「ナツ君、どう思う?」

「ああ、これは良いな…正直、俺もキリトさんも、もう黒の剣士と白の剣士はALO事件が解決した事で出番が終わったと思っていたけど、ISに乗る以上もう一度必要になる可能性も十分考えられたし、有り難い」

 

 このスペックなら、黒の剣士キリト、白の剣士ナツとしての戦いが出来る。正直、今の立場を考えればそれは有り難いの一言だ。

 

「専用機の完成は流石に入学式までには間に合わないから、入学後に直接IS学園へ送る。なのでナーヴギアは入学前に預けてもらえると助かる」

 

 彰三曰く、レクト側でナーヴギアのデータを読み込ませておくとの事なので、後日一夏と和人、百合子はナーヴギアをレクトに送る事になった。

 因みに明日奈は既にナーヴギアを預けているとの事なので、その必要は無い。

 

「うむ、話はこんな所か。一応、君達にはレクトの仮社員としての立場を与えるので、これを渡しておく」

 

 そう言って彰三が差し出したのはレクト社のIDカードと写真入りネームカードだった。これがあればいつでもレクト本社に出入りする事が出来る上、専用機の共同開発を行っている倉持技研にもある程度は利くとのことだ。

 

「4人とも、IS学園に入学したらくれぐれも怪我などには十分気をつけて、偶にで良い、元気な姿を見せに来てくれたまえ」

 

 そう言う彰三の顔は、娘の明日奈だけではなく、和人も一夏も、百合子の事も、まるで我が子の様に心配していると言わんばかりに、父親の顔だった。




一応、メインで投稿しているのはSAOLの方なので、こっちの更新は結構遅いかもしれませんが、次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編
第二話 「戦士達の入学」


ほんと、凄い反響です。


SAO帰還者のIS

 

第二話

「戦士達の入学」

 

 時は流れ4月。世間では新入学、新入社の季節に、ここIS学園でも新入生が入学して最初のHRが行われていた。

 無事、IS学園に入学できた一夏、和人、明日奈、百合子は全員1年1組になり、その教室の席に座っているのだが、クラス全員の視線が一夏と和人に集まっていて、二人は居心地の悪さを感じている。

 

「ナツ…マジで辛い」

「いや、俺もなんですけどね」

 

 特に和人はコミュ障ということもあり、余計に辛そうだ。

 

「では次、織斑君、自己紹介をお願いします」

 

 教壇の上に立つ1年1組副担任の山田真耶、見た目は(胸以外)中学生がスーツを着て紛れ込んだとしか思えないような童顔と低身長の女性で、眼鏡の奥の瞳はまるで子犬のごとく純粋に透き通っている。

 彼女に言われ、一夏は自己紹介の為に立ち上がると一番前の席なので振り返ってみると、和人と明日奈、百合子以外のクラスメート全員の瞳がギンギンに輝いていたのに少し引いた。

 

「え~、織斑一夏です。えと…趣味はALOかな? それと家事も得意です。よろしく」

 

 最近、和人がALOで茅場晶彦から受け取ったという世界の種子<ザ・シード>によってALO事件でサーバー停止に追い込まれる筈だったALOが復活した為、一夏も和人も明日奈も百合子も、4人ともALOをプレイしている。

 今では嘗てのSAO時代の仲間、友人もALOをプレイしているので、ほぼ毎日ログインしていると言っても良いだろう。

 

「まだゲームをしていたのか、貴様は」

「っ!? ゲッ!? 千冬姉!? あだぁ!?」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 物凄く聞き覚えのある声に振り返った一夏が見たのは、一夏の実の姉にして両親の居ない一夏にとっては唯一の家族である織斑千冬の見目麗しいスーツ姿だった。

 しかも、先生と呼べということは、彼女はこの学園の教師であるという事を意味しているわけで、今まで姉の仕事が何なのかSAOに閉じ込められていたのもあって知らなかった一夏にとっては寝耳に水だ。

 

「きゃああああ千冬様よーー!!」

「私ファンですーーー!!」

「私も! 千冬様に会うために九州から来ました!」

「ああ、お姉さま! 私も罵ってください!」

 

 物凄い人気がある姉だが、千冬の立場から考えれば当然だと思う。

 そもそも千冬はIS業界で知らぬ者は居ないVIPの存在、世界最強…ISの国際大会であるモンド・グロッソの第一回大会で総合優勝し、ブリュンヒルデの二つ名を獲得した世界中のIS乗りの憧れでもあるのだから。

 

「はぁ、まったく馬鹿共しか入学して来なかったのか今年も…このクラスの担任になる織斑千冬だ。今日から一年間、私の仕事は貴様らの基礎を鍛え上げる事だ。いいか、私の言う事には従え、嫌でも従え、それが私のやり方だ。付いて来れなければ来年は無いと思うように!」

 

 あまりにも理不尽な自己紹介だった。もっとも、千冬は一夏がSAOに囚われる少し前から一年間、ドイツ軍で教官をやってたという話なので、これくらいの厳しさは当たり前か。

 

「それで…織斑、貴様はまだVRMMOをやっているのか? 言っておくが此処に来た以上、そんなものをやっている暇など無いと思え」

「いや、そんな物って千冬姉…そんな言い方は無いだろ?」

「黙れ、そして織斑先生だ」

 

 物理的に黙らされた。

 

「え? もしかして織斑君って千冬様の弟?」

「ええー、良いなぁ」

「VRMMOでALOって言えば巷で有名なゲームだよね? 織斑君ってもしかしてオタクなの?」

「え~、イケメンがオタクってショックかも」

 

 ALOを知らない人間が好き勝手言ってくれる。内心歯軋りしながら表には出さず、渋々と一夏が席に座ると、自己紹介が続いた。

 そして、出席番号の都合上、和人の番が来る。

 

「えと、桐ヶ谷和人です。ナツ…っと、一夏と同じでALOが趣味で、ジャンクパーツから自作PCを作るのが得意です」

 

 女顔のイケメン和人に女子が騒ぎそうになったが、一夏と同じALOという言葉が出て来た時点で、和人もまたオタクなのかと、溜息が教室の所々から聞こえた。

 更に自己紹介が続き、続いてSAO帰還者組みで自己紹介するのは百合子だ。

 

「宍戸百合子です。趣味は園芸とALO、料理と裁縫が得意です」

 

 小柄ながらスタイルの整った容姿端麗クールビューティーな百合子、艶のある黒髪をストレートに伸ばした大和撫子な彼女に、見惚れそうになるクラスメート達だが、一夏、和人に続き3人目のALO趣味に空気が凍った。

 百合子の様な美人がオタク趣味なのかと、落胆している者が数名確認出来る。

 

「結城明日奈です。ちょっと事情があってリハビリ中なので、杖が無いと歩くのが辛いのですが、後数週間もすれば普通に歩ける様になると思いますので、気にしないでください。趣味は料理とALO、オリジナルレシピ開発が得意です」

 

 年齢離れした美貌を持つ明日奈だが、やはり現れたか、と4人目のALO趣味持ちに誰もが明日奈と、それから百合子に美人なのに勿体無いと言わんばかりの視線を向けていた。

 

「自己紹介が終わったな、ではこれでSHRを終える。1時限目は山田先生のIS基礎理論の授業だ、準備しておくように」

 

 HRを終えて千冬と真耶が教室から出て行くと、クラスメート達は思い思いの時間を過ごす。勿論、一夏達も4人集まって談笑中だ。

 

「キリト君ちゃんと自己紹介できたねー、偉い偉い」

「いや、物凄い緊張したけどな…」

「キリトさん、まだコミュ症改善されないんですね。シリカやリズさんとは普通に会話できるのに」

「いや、シリカは妹分みたいなものだし、リズは……女って気がしない」

「キリト君失礼だよー、リズに怒られても知らないんだから」

 

 リズには内緒にしてくれ! と明日奈に頼み込む和人を眺めながら一夏と百合子は苦笑していた。

 もし今の会話をリズが聞いていれば間違いなく和人は血祭りだっただろうと予想しながら。

 

「お義兄さん、必死だね」

「そりゃ、リズさん怒ると怖いし」

「優しいと思うけど…」

「そりゃユリコはリズさんに可愛がられてるんだし当然だろ、俺とキリトさんなんて何度リズさんに追い掛け回された事か…」

 

 最も、一夏が追いかけられた理由はSAO時代、剣の打ち直しに持っていった際、毎回耐久値ギリギリまで持ってこない事にお説教され、その度に軽口叩いていたのが原因だったりする。

 

「ちょっと、良いか?」

 

 そうやって、SAO時代の思い出を交えつつ和気藹々としていた所に割り込む者が居た。

 ユリコと同じ艶のある黒髪をポニーテールにした何処か気の強そうな少女、一夏にはその少女に見覚えがある。

 

「…箒?」

「ああ、ちょっと来てくれ」

「って言ってもな…」

「ナツ君、行って来て良いよ」

「ユリコ、良いのか?」

「うん」

 

 百合子にGOサインを出されては仕方が無いと、一夏は箒と呼んだ少女と共に教室を出て行き、彼女に先導されるまま屋上に向かった。

 ただ、一つ気になったのは百合子が一夏をナツと呼び、一夏もユリコと呼んだ時、箒が百合子を殺気混じりの目で一瞬だが睨んだ事だが、気付いている筈の百合子が何も言わなかったのであれば特に問題無いと思い、これ以上は気にし無い事にする。

 

「久しぶりだな、一夏」

 

 屋上に着き、箒はそう切り出した。

 そう、一夏は箒と初対面なのではない。彼女…篠ノ之箒とは幼馴染なのだ。

 ただし、箒は6年前に引っ越してしまい、それ以降は連絡も取っていなかったので、今日が6年ぶりの再会ということになる。

 

「ああ、久しぶり。元気そうだな」

「…お前もな」

 

 先ほどまでは強気な目をしていた箒が一夏と二人っきりになった途端に何処かうろたえているような印象を受ける。

 それに、彼女表面には出していないつもりなのかもしれないが、頬が少し赤くなっている点を見るに、一夏を前にして緊張しているらしい。

 

「ところで、先ほどの女は何者だ? 随分と親しそうだったが」

「ユリコの事か? まぁ…俺の彼女だから親しくて当然だな」

「か、彼女だと!? い、いい、一夏! どういうことだ!!?」

「どういう事って、そのままの意味。ユリコは俺の恋人って事だ」

「こ、こい、びと……だと?」

 

 まるで絶望でもしたかの様に箒の顔が真っ青になった。

 だが、百合子という恋人を得ても根本的に百合子が苦労する程の超絶鈍感朴念仁の一夏はその理由に気付かない。この場に第三者(和人を除く)が居れば間違いなく理由に気付いていたであろうが。

 

「箒? 随分と顔色が悪いけど、風邪か?」

「い、いや、私はいたって健康だ……そ、そうか…恋人、か…嘘だ」

 

 後半ぶつぶつと何かを呟いているようだが、生憎一夏には聞き取れなかった。

 

「おーいナツ!」

「あれ、キリトさん?」

「そろそろ戻らないとチャイム鳴るぜ!」

「あ、判りました! 今行きます! 箒、教室戻ろうぜ? 授業に遅れちまう」

「あ、ああ……」

 

 迎えに来た和人に付いて屋上を出て行く一夏の後ろを、箒が俯きながらフラフラと歩いていく。まるで心此処にあらずと言った具合で、朴念仁兄弟は「本当に風邪じゃないのかなぁ?」などと見当違いの心配をしているが、大きなお世話だった。

 

「そういえばキリトさん、何で迎えに?」

「……あの教室に男一人残されるのは、辛い」

「……ごめんなさい」

 

 平謝りするしか無かった。

 唯でさえコミュ障に加え、仲の良い女性と言えば明日奈、百合子、リズベット、シリカ、ユリエール、ヨルコくらいしか居ない和人には、あの空間は厳しいものがあっただろう。

 そんな空間に和人を残してしまった事を、一夏は心の底から深く反省するのだった。




次回は英国お嬢様登場、一悶着あります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「戦士の侮辱」

オルコッ党の方、暫く彼女の扱いが悪いのはご勘弁ください。ちゃんと決定戦終わった後は良くなりますので。


SAO帰還者のIS

 

第三話

「戦士の侮辱」

 

 1時限目の授業は滞りなく終わった。途中、真耶が一夏と和人に解らない所があるかと聞いてきたが、二人とも確りと参考書を読んでいたので問題なく付いて行けている。

 もっとも、一夏は危うく古い電話帳と間違えて捨てそうになっていたのを、家に遊びに来ていた百合子が偶然見つけて咎めたという隠れエピソードがあるのだが。

 そして1時限目を終えて休み時間は相変わらず一夏達SAO帰還者組が集まって本日のALOでの予定の話し合いをしていた。

 

「今日はどうする? 特に目ぼしいクエストも無いし、イグドラシルシティにスグ達と集まるか?」

「良いね、IS学園入って直葉ちゃんも心配してるだろうし」

「あれ? でも直葉ってスイルベーンに居るんじゃ?」

「あ、そっか、ならスイルベーン…は俺達からだと遠いな」

 

 ALOで集まろうにも和人の妹である直葉のアカウント、リーファはシルフ族長のサクヤに呼ばれてスイルベーンに居るため、彼女だけは直に集まる事が出来そうにない。

 他のメンバー、クラインやエギル、リズにシリカなら集まれそうだが、直葉だけ仲間はずれというのも悪いと、ならば集まるのは如何するか、それを考えていたのだが、そんな4人の所に歩み寄り、一夏と和人に話しかける存在が居た。

 

「ちょっとよろしくて?」

「「ん?」」

 

 声がした方に振り返ると、金髪の英国人生徒が立っていた。彼女の事は自己紹介の時に聞いている。名をセシリア・オルコット、イギリス代表候補生で、専用機を持つ事が許されたエリートにして、入試では学年1位に輝いた生徒だ。

 

「まぁ! 何ですのそのお返事は!? この私が声を掛けた事すら光栄に思っていただきたい程なのですから、それ相応の反応があるのではなくて?」

 

 これは世の中が女尊男卑の風潮で満たされた事による弊害だ。彼女の様にあからさまに男を見下す女性が増え、中にはまるで奴隷のように扱う者、傍に居たからとパシリに使う者、逆らえば問答無用で警察に引き渡す者など、悪質な女性が急増しているのだ。

 彼女、セシリアもまたそういった女性の一人であるらしく、一夏と和人を視線だけで思いっきり見下しているのがよく判る。

 

「キリト君」

「ナツ君」

「いや、気にするなアスナ…それで、入試主席のセシリア・オルコットさんが何か?」

「俺達、今まで話をしていたの理解出来ないのかな?」

「ふん! 話をしていたって、下らない低俗なゲームのお話でしょう? 此処はISについてを学ぶ神聖なる学び舎ですわよ、そのような低俗な話より、この私の話の方が重要かつ優先されるべきなのは当然の理ですわ」

 

 低俗なゲーム、その言葉だけで4人はカチンと来るが、ここは2年の殺伐とした世界を生きた経験上、表に出す事無く表面上は普通にする。

 

「それで、何か用だったのか?」

「まだ物言いに物申したいところですが、まぁ良いでしょう。それより貴方方男二名、男の分際でISを使えるからと、どのようなものか見物していましたが、まさかただのオタクという下等生物でしたとは、とんだ期待はずれですわね」

 

 まぁ、ただALOをやっているというだけではオタクという評価も仕方が無いのかもしれない。一夏も和人も、明日奈も百合子も、4人ともSAO帰還者だという事は世間に知られていない。

 この学園でも4人がSAO帰還者だということを知っているのは千冬と真耶、それから一部の教師くらいなのだから。

 

「まぁ、私は優しいですから、貴方方のようなオタクであろうと、ISについて学びたいと泣いて頼むのでしたら、お教えして差し上げても良くてよ?」

「遠慮する、あんたに教わる事は無いだろうし」

「俺もだな、キリトさん同様、あんたから教わる事は無い」

「なっ!? なにを…」

 

 丁度良くチャイムが鳴った。次は千冬の授業なので、早々に席に着かなければ悲惨な目に合うとセシリアも理解しているのか、顔を真っ赤にしたまま一夏と和人を一睨みすると、席に戻っていった。

 4人も自分達の席に座ると、丁度千冬が教室に入ってきて、教卓の所に立つ。

 

「では、2時限目はISの各種武装についてだが…その前にこのクラスのクラス代表を決めようと思う。クラス代表はその名の通りクラスの代表者だ、各種委員会の集まりや会議、その他にも今度の学年別クラス代表対抗リーグに参加する事になる。誰か、立候補でも推薦でも構わん、居ないか?」

「は~い! 折角このクラスには男が居るんですし、織斑君か桐ヶ谷君を推薦します」

「あ、そうだね。折角の見世物を使わない手は無い!」

「賛成!」

 

 明らかに一夏と和人を見世物として他のクラスに宣伝するのが目的に思えてならない。だが、一夏も和人も人の上に立つなど苦手なタイプなので、当然だがクラス代表にピッタリな人物を推薦する事にした。

 

「俺は明日奈を推薦する」

「き、キリト君!? わ、わたしは無理だよー」

「何言ってるんだよ、血盟騎士団副団長殿、明日奈なら人の上に立つの慣れてるじゃん」

「そ、そうだけどー……」

「俺もアスナさんを推薦するよ」

「ナツ君も!?」

 

 まさか弟分にまで裏切られるとは思わなかった明日奈が涙目で一夏を睨むが、なんとも迫力が無い。

 SAO時代のアスナの睨みは震え上がるほど恐ろしいものがあったが、今の和人の恋人である明日奈の睨みは、何処か可愛らしいものがあり、恐怖より微笑ましさの方が際立ってしまうのだ。

 

「な、ならわたしはユリコちゃんを推薦します!」

「ちょ、お義姉さん!」

「だって、ユリコちゃんもわたしの補佐してたから人の上に立つの得意でしょ?」

「ええー……」

 

 これでSAO組4人が推薦された事になる。だが、それに意を唱える人物が一人だけ居た。そう、イギリス代表候補生セシリア・オルコットだ。

 

「納得いきませんわ!!」

 

 バンッ! と音を立てながら立ち上がった彼女は推薦された4人では納得いかないと不満を爆発させる。

 

「男だからと物珍しさで下等な存在をクラスの上に立たせるなど、冗談じゃありませんわ! そこの女生徒二人も男二人と同じオタクという存在ですし、私は下等生物共の下になる気などありませんわ! そもそも、文化としても後進的な極東の島国で暮らすこと自体苦痛ですのに、あんな下等生物の下だなどと、私に1年間屈辱の生活をしろと仰るんですの!?」

「…はぁ、日本が後進的、ね」

「あら、事実ではありませんか。日本など、私の祖国イギリスと比べれば品の無い国ですわ」

 

 一夏の呟きが聞こえたのか、セシリアはまだ日本を侮辱し続ける。だが、それはこのクラスの大半を占める日本人全員に対する侮辱も同じだ。

 

「そもそも、ISやVRMMO技術を開発したのは日本人だぜ? そのどっちも開発出来なかったイギリスの何処が日本より上なんだ?」

「そもそも、イギリスなんて飯マズ世界一何年連続ナンバー1だっての」

 

 和人、一夏と続いた言葉に、今度はセシリアがキレる番だった。

 

「な、あなた方! 私の祖国を侮辱しますの!?」

「先に日本を侮辱したのはどっちだっての、それに…理解してるのか? あんたはイギリスの代表候補生で、このクラスの大半と担任、副担任は日本人だぜ? あんたの言葉は此処じゃイギリスの言葉だ。つまりあんたが日本を侮辱するという事はイギリス国家が日本を侮辱している事と同意だって」

「っ!?」

 

 一夏がそこまで言うと、セシリアは何かに気付いたように青褪めた表情でクラス中を見渡した。当然だが、1組に在籍する日本人生徒は全員がセシリアを不快な表情で睨んでおり、千冬すらも若干だがセシリアを睨んでいる。

 

「理解したか? 代表候補生を名乗るなら、言動に気をつけろよ…この国際社会であんたのような軽はずみな言動をすれば、即国際問題に発展しかねないぜ?」

 

 代表候補生という立場はただエリートだ、専用機持ちに選ばれただけでは済まないのだ。国を代表するものの候補生に選ばれたという責任が言動に圧し掛かってくる。

 勿論、国家代表の方が責任としては大きいが、それでもその候補生というものにだって大いに責任というものは存在しているのだから、セシリアの様な言動は日本で、特にIS学園では不味い。

 

「く…よくも、私に恥を掻かせてくれましたわね……決闘ですわ!」

 

 恥を掻かせるも何も、一夏は当然の事を言っているに過ぎないのだが、何故か逆切れしたセシリアが一夏と、それから和人にまで決闘を申し込んできた。

 

「どうしますキリトさん?」

「俺は良いぜ? せっかくだ、IS戦ってのも経験しておきたい」

「あ~あ、キリト君の悪い癖が始まった」

「ああなると、お義兄さんは止められませんね」

 

 元々がバトルジャンキーな所のある和人だ、当然ながらセシリアの決闘を受け入れた。ならば仕方が無いと一夏もその決闘を受ける事となる。

 

「それで、俺とキリトさんはどこまでハンデが必要だ?」

 

 一夏の言葉、それはセシリアを睨んでいた生徒たちすら笑わせるには十分な言葉だったらしい。クラスの全員(箒、明日奈、百合子を除く)が爆笑している。

 

「織斑君本気? 代表候補生相手にハンデって、それは舐めすぎだよ」

「そうそう、ゲーマーじゃ代表候補生にハンデ貰う側になるんじゃない?」

「そうかな? 俺もナツも、アスナもユリコも、彼女よりは実戦経験があるんだ…経験の差では俺達の方が上だぜ」

「え~? だって桐ヶ谷君も織斑君もIS初心者でしょ? 実戦経験って言われてもねぇ?」

「うんうん、ALOの経験なんて役に立たないって」

 

 一見すれば確かに、ただのゲームでしかないALOの経験は役に立たないと思われがちだろう。だが、一夏の次の言葉がクラスを凍りつかせた。

 

「俺と、キリトさん、アスナさん、ユリコはSAO帰還者だ…命懸けの戦いの経験なら2年間だ」

 

 出来るなら隠しておきたかった。だけど、これ以上舐められるのも癪に障るというか、いつまでも自分達が愛するVRMMOを馬鹿にされるのも我慢出来なかった一夏が、自分達の正体を現わす。

 日本人なら、SAOという言葉だけで一夏達がどんな存在なのか、理解出来ただろう。実際に死者も出ている最悪のゲーム、その生還者というだけでも奇跡の存在なのだから。

 だが、セシリアの様に海外出身の者はSAO事件の事を知ってはいても所詮は海の向こうの話、実際に死者を出したゲームと言われてもピンと来ないものだ。

 

「ふん、SAO帰還者がなんだと言うんですの? それに、そんなもの所詮はゲームなどという下らない物で2年という時間を無駄に過ごした落伍者でしかありませんわ」

 

 2年を無駄に過ごした。それは一夏達が一番許せない言葉だ。当然だが、セシリアの言葉に一夏達4人は殺気を滲ませてセシリアを睨んでいる。

 今の4人はIS学園生徒の織斑一夏、桐ヶ谷和人、結城明日奈、宍戸百合子ではない。SAOにて最前線を戦った攻略組最強クラスの戦士、白の剣士ナツ、黒の剣士キリト、閃光のアスナ、無限槍のユリコの雰囲気を身に纏っていた。

 

「セシリアさん、そこまで言ったからには…わたしも、戦わせて貰うよ」

「手加減出来ません、アインクラッド攻略組の力、思い知ってください」

 

 彼等にとっては大切な2年間だ。嬉しい事、悲しい事、辛い事、様々な経験や思い出が2年という短くとも長い時間に凝縮されている。

 その2年を侮辱された以上、4人は誰一人として引かない。手加減すらしない、あの2年間を侮辱した報いを受けてもらう必要があった。

 

「決まったな、では一週間後にクラス代表決定戦を行う。最初は織斑とオルコット、その後は桐ヶ谷とオルコット、翌日に結城とオルコット、宍戸とオルコットの試合を行う」

 

 2日連続計4連戦をセシリアに課す辺り、千冬もセシリアの日本侮辱には思うところがあったらしい。まぁ、それでも余裕の表情を浮かべているセシリアは、今はまだ幸せだろう。

 だけど、試合の日、彼女は思い知る事になる。自身が侮辱したゲーム、SAOを命懸けで生還した者の実力が、如何なるものなのかを。




ついに言っちまったぜセッシー…。
次回は部屋割りです。此処でチッピーブラコン魂というか、寮長という権力を大いに使ってきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「戦士を思う姉心」

今回の千冬が行った行為、やりすぎと思う人は居るかもしれませんが、彼女はIS原作とは違いSAO被害者家族という立場もあるので、やりすぎと一言には言えない点があります。


SAO帰還者のIS

 

第四話

「戦士を思う姉心」

 

 入学一日目の授業が全て滞りなく終わった。

 今は帰りのHRを行っており、連絡事項などを千冬が伝えているのだが、その途中で一夏達4人が名指しで呼ばれた。

 

「織斑、桐ヶ谷、結城、宍戸の4名は明日の放課後、整備室に集合しろ。レクトからお前達4人の専用機が到着する予定になっている」

「えーっ!? 専用機!? この時期に!?」

「うそー、良いなぁ」

「でも何で代表候補生じゃない結城さんと宍戸さんまで?」

 

 一夏達に専用機が届く、その知らせにクラス中が騒いでいる。だが、男である一夏と和人は仕方が無いにしても、何故明日奈と百合子にまで専用機が用意されているのかと、殆どの生徒は疑問を持ち始めた。

 

「静かにしろ、今名前を挙げた4人はレクト所属のテストパイロットだ。レクト社と倉持技研共同開発の第3世代機のテストを行うのに、4人は選ばれたというだけの話だ」

 

 企業所属のテストパイロットなら皆納得だ。

 実際、専用機を与えられるのは国家代表や代表候補生だけではなく、企業と契約してテストパイロットとして企業が開発した試作機を専用機にするパターンも存在している。

 

「織斑先生」

「何だ、桐ヶ谷」

「俺達の専用機は明日の何時頃搬入予定なんですか?」

「明日の17時丁度だ。到着次第最適化(フィッティング)を行うから遅れるなよ」

 

 到着時間を頭に叩き込み、翌日の予定を組み上げたところでHRは終了した。

 殆どの生徒は放課後を思い思い過ごすのに部活見学へ行く者、真っ直ぐ寮に帰る者が大半だったが、一夏と和人は真耶に帰る前に来て欲しいと言われたので、まだ教卓の所に居る千冬と真耶の所へ移動する。

 

「織斑先生、山田先生」

「来ました」

「む、そうか…では山田先生」

「はい。織斑君と桐ヶ谷君、この後住む場所については政府から聞いてます?」

 

 寮は準備があると聞いているので、初日に関しては一夏は自宅から、和人は学園近くのビジネスホテルから通う事になっている筈だ。

 だが、真耶曰く、何かあっては不味いので初日から寮に住める様、急遽手配したとの事。これには感謝するしかない。

 

「あれ? でも荷物は?」

「安心しろ、お前の荷物なら私が昼休みの間に取りに行った。必要最低限の物で良いだろう? とりあえず着替えとケータイ充電器、勉強道具一式とだけ鞄に詰めて部屋に置いてある」

「え、ちょっと待ってくれ千冬姉! アミュスフィアは!?」

「必要無いだろうあんな物、家に置いて来た」

「な!? キリトさん! すいません、先行きます!!」

「おう、後でな」

 

 千冬の非情な言葉に一夏は大急ぎで教室から出て行った。例え危なくとも、寮へ行くのが遅くなってもアミュスフィアだけは無いと困ると、自宅まで取りに行く事にしたのだ。幸いにも財布の金額を確認すればタクシー代くらいは十分あるので問題ない。

 

「織斑先生、いくらなんでもアミュスフィア持って来ないのはやりすぎじゃあ…」

「黙れ桐ヶ谷、これは私と一夏の問題だ。部外者のお前が口を挟むな」

 

 和人には目も向けない千冬、本気で和人の事を嫌っているというより、視界にすら入れたくないという意思の現れだ。

 一夏から千冬はVRMMOに関係するものは人間関係すら拒否している節があるという事は聞いていたが、まさかここまでとは少しキツイものがある。

 

「あ、織斑君に部屋の鍵渡すの忘れてました…桐ヶ谷君、後で渡してもらって良いですか?」

「わかりました…アスナ、そろそろ行こう」

「良いの?」

「ああ、織斑先生…一度、本気でナツと話をしてみた方が良いですよ」

「…あいつは一夏だ、ナツなどと忌々しい名で呼んでくれるな」

 

 真耶から部屋の鍵を受け取った和人は明日奈の付き添いでリハビリ施設に向かった。ついでに暇していた百合子も誘って、現在は3人で向かっている。

 

「織斑先生、やっぱりわたし達の事嫌いなのかなー…?」

「SAO事件被害者家族は、そういうものだって聞いてますけど、ちょっと異常ですね」

「いや、判らなくも無いぜ…ナツに聞いた話だけど、両親が居ないからナツって織斑先生に育てられたようなものなんだって。しかも、凄く大事にされてきて、ナツ自身も織斑先生には感謝してるし、SAO事件で心配掛けた事には負い目もあるって」

 

 たった二人だけの家族、その家族がSAO事件でいつ死ぬかも判らない寝たきりの生活を余儀なくされた。

 しかも、その時千冬は一年間ドイツに行っていて、その間は一度もお見舞いに行けなかったと聞く。

 漸くドイツから帰ってきて病院に駆けつけた千冬は眠り続ける一夏を前にして随分と錯乱したらしい。

 

「わたしもね、母さんがやっぱり織斑先生と同じなんだ…SAO事件の所為でVRMMOを快く思ってないの…SAOの仲間と会う事すら嫌そうな顔するくらいだもん」

「私の両親も、表面上は笑ってますけど、似たような感じです」

「そっか……まぁ、俺も母さんはやっぱり心配してくれてるんだよな」

 

 SAO被害者家族とは、得てしてそんなものだ。和人の両親は理解があるのか、特にALOをやる事に何も言わないが、それでも心のどこかでは心配しているし、和人もそんな両親に少しだけ良心が痛む時がある。

 

「あ、着いたねー」

「大きい、ですね…」

「すげぇ、トレーニング施設だけでも俺やナツが行ってるジムの何倍もある…」

 

 流石は国家施設でもあるIS学園のトレーニング・リハビリ施設だけあって、その規模は洒落にならない。

 

「あら、結城さん、お待ちしてました。私、スポーツドクターを兼任してます保険医のレミィ・G・室谷と申します」

「あ、結城明日奈です、お世話になります」

「はい、では早速ですが始めて行きたいと思いますので、まずは更衣室にご案内しますね」

 

 学園常駐のスポーツドクター資格を持つ保険医の室谷という茶色のセミロングヘアーにした女性が明日奈を更衣室に案内して行ったので、残された和人と百合子は少し施設の中を見学する事にした。

 二人もまだまだ筋力が完全に戻っている訳ではないので、これから先この施設には随分と世話になるだろうから、何処に何があるのか把握しておきたいし、同じく使う事になるであろう一夏にも教えたいのだ。

 

 

 自宅からアミュスフィアを持って学園に戻ってきた一夏は随分と暗くなってしまった空を眺めながら寮に向かっていた。

 これはもうALOにインするのは時間的にも難しいだろうと思いながら、そういえば寮の部屋は一人部屋なのか相部屋なのか聞き忘れていたなぁなどと暢気に考えている。

 

「え~と、ここか…でっかい寮だなぁホント」

 

 寮の玄関先で、その大きさに圧倒されながら中に入ると、内装もまた随分と豪華な作りになっている事に驚き、そこで漸くまだ鍵を貰っていない事に気付いた。

 

「あ、やべっ!? 鍵貰ってねぇ!?」

「ナツ」

 

 和人の声が聞こえたのと同時に何かが投げつけられる。

 上手くそれをキャッチすると、寮の部屋の鍵と思しき物が握られており、飛んできた方を見れば和人が私服姿で缶コーヒー片手にエントランスの柱に寄りかかっていた。

 

「遅かったな」

「いやぁ、帰りの為にタクシー待たせるの忘れてて…」

「アホ…」

 

 お恥ずかしいと、照れ臭そうに頭を掻く一夏に、和人は苦笑しながらポケットからもう一本缶コーヒーを取り出すと一夏に向けて放り投げる。

 キャッチしてプルタブを開けると、すぐに飲み始める一夏は飲みながら鍵に書かれた部屋番号を確認した。

 

「1025室か…キリトさんと同じ部屋ですか?」

「いや、俺は1130室でアスナと同室」

「じゃあ…ユリコ?」

「ユリコは俺とアスナのお隣、1129室だった」

「え~…俺だけ随分と離れてません?」

 

 何か悪意を感じてしまう。

 

「寮長は織斑先生だったぜ、部屋割りは織斑先生に決定権があるんじゃないか?」

「うわ、絶対に千冬姉が何かしたなこれは…そこまで俺がキリトさん達と一緒に居るのが嫌なのか…」

「それもあるだろうけど、お前とユリコが付き合ってるのも気に入らないんじゃないか? だって、1025室って事はアスナともユリコとも違う別の女子と同室って事だぞ?」

「…後で、ユリコにフォローしときます」

「そうしとけ」

 

 兎に角、早々に休みたい一夏は飲み終えた珈琲の缶をゴミ箱に捨てて1025室に向かった。和人も自分の部屋に戻ったので、今は一夏一人だ。

 

「え~と、1023、24、25っと、あった」

 

 意外にも直に見つかった1025室の扉を開いて中に入ると、中に居たルームメイトが丁度ベッドの上に座っていた。

 しかも、そのルームメイトというのが、何を隠そう一夏の幼馴染、篠ノ之箒だったのだ。

 

「い、ちか…?」

「箒…?」

 

 浴衣姿で呆然と一夏を見上げる箒は、普段ポニーテールにしている髪を下ろしてストレートにしていた。しかもシャワーを浴びた後なのだろうか、少し髪が湿っていて、肌も少しだが赤く火照っているのが妙に色っぽい。

 

「る、ルームメイトって箒なのか…」

「何? では一夏もこの部屋なのか!?」

「ああ、ほれ」

 

 一夏が見せた鍵には間違いなく1025室と書かれている。そして、それは箒が持つ鍵も同様だ。つまり、この1025室は間違いなく一夏と箒の部屋という事だ。

 

「な、馬鹿な!? 貴様! 男女7歳にして席を同じゅうせずという言葉を知らんのか!? こ、高校生にもなって、男女が同じ部屋などと……」

「いや、だってこれ、間違いなく千冬姉が決めた事だろうからなぁ…俺は部屋割りについてノータッチだし」

「む、千冬さんが……」

 

 大方、百合子との付き合いが気に入らない千冬が昔馴染みである箒と同室にでもして、何とか百合子と一夏を別れさせて、せめて箒と付き合うなら、とでも考えていたのだろう。

 だけど、一夏にとって百合子との関係はただの男女交際とは訳が違う。SAOを共に戦い抜いた相棒であり、あの世界で確かな絆を育んだ最愛の妻であり、戻ってきたこの世界でもあの世界と変わらず永遠に愛すると誓った恋人なのだ。そう簡単に別れるわけが無い。

 

「とりあえず、箒はどっちのベッド?」

「ま、窓側だ」

「そっか、じゃあ…とりあえず荷物だけでも出すか」

 

 一夏用のクローゼットに着替えを仕舞い、机に勉強道具を置いて一夏のベッド側にあるコンセントにケータイ充電器を差すと最後にベッドサイドにあったLANコネクタにアミュスフィアをセットした。

 

「これで良し」

「一夏、それは確か…あみゅすふぃあ、だったか?」

「ああ、ナーヴギアに代わる新しいVRMMO端末、SAO事件が終わった後に政府から無料で配布されたんだ」

 

 でなければこんな高価な代物、持っているはずが無い。

 

「あ、あまり感心はせんぞ? ゲームばかりに感けているのは」

「まぁ、そうだろうけど…ALOは止められないからなぁ」

 

 あの空を飛ぶ快感に魅了された。SAO時代の仲間達と、今度は命を賭ける事の無い冒険やクエスト攻略をする楽しさ、止められる訳が無い。

 

「(それに、もう直ぐなんだよな…“アレ”がアップデートされるのは……また、あの場所で今度こそ……!)」

「…そんなに、あの3人と一緒にゲームするのが楽しいのか?」

「ん? まぁな、SAO時代じゃ考えられなかった命賭けなくて良いゲームをSAOで苦楽を共にした仲間と一緒にプレイってのは、やっぱ何者にも代え難いよ」

 

 殺伐としない、心行くまで楽しめるという事の、なんと素晴らしい事か。これはSAOを経験したからこそ、解る感情なのかもしれない。

 

「……ふん」

 

 何が面白くないのか、不機嫌な表情になった箒は早々とベッドに潜り込んでしまった。

 一夏も流石に眠いので、電気を消すと自分のベッドに入り、そのまま眠ってしまう。明日は専用機が届くという事なので、それを少しだけ楽しみにしながら。




次回は皆様お待ちかね、キリト達の専用機が登場!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「戦士達に鎧を」

結構アンチ? って言う意見が多いので、この場で説明をさせて頂きます。
当作品はアンチ作品ではありません。特にアンチだと言われそうな千冬の態度ですが、彼女のSAO被害者家族という立場を考えると、結構普通の反応なんですよね。実際、アスナの母である結城京子さんが似たような反応してますし。


SAO帰還者のIS

 

第五話

「戦士達に鎧を」

 

 入学二日目の放課後、一夏達は昨日言われた通りにIS整備室に訪れていた。時刻としては16時50分、専用機の搬入予定時刻の10分前に到着したので、十分余裕がある。

 そして、先に来ていたレクト社と倉持技研の社員と詳しい専用機受け渡しに関する話をしている内に10分はあっという間に過ぎ、遂に専用機が整備室に運び込まれてきた。

 

「ではまず一つずつ説明します、織斑さんの機体がこちら、白式です」

 

 レクト社員の男性が一夏に紹介した一夏の専用機、白式。全体を白の装甲で覆った白の剣士たる一夏に相応しい色合いの機体だ。

 

「それから桐ヶ谷さんの機体はこれですね、黒鐡です」

 

 和人の専用機は姿形は白式と酷似し、真逆の色合いの機体、全身余すところ無く漆黒の装甲は正に黒の剣士の名を体現している。

 

「明日奈お嬢様の機体はこちら、瞬光ですね」

 

 明日奈の機体は一夏や和人の機体より装甲がやや薄く、少ないスリムな機体だ。スピードを意識しているのか、防御をほぼ捨てたかのような印象を受ける白と紅で彩られた機体だった。

 

「最後に、宍戸さんの機体がこちら、槍陣です」

 

 最後に紹介された百合子の機体は明日奈よりは装甲が厚く、多くなっているものの、それでも和人や一夏の機体より薄く、少ない装甲となっており、抜群のスピードと申し訳程度の防御力で槍による神速の攻撃を意識した機体となっている。

 機体の色は明日奈の機体と同じ白と紅なのだが、白が多い明日奈の機体とは逆に紅が多い色合いとなっていた。

 

「それでは、これから最適化(フィッティング)を行いますので、皆さん乗り込んでください」

 

 倉持技研の社員に言われた通り、それぞれの専用機に乗り込むと、その周囲に技術者達が集まって早速だが最適化(フィッティング)の作業が行われる。

 時間にして30分少々だろうか、それくらいで作業は完全に終わり、4機とも一次移行(ファースト・シフト)が完了して装甲の形などが若干だが変わった。

 

「では皆さん、武器など問題無いか確認をお願いします」

 

 まず武器を取り出す前に搭載されている武装を確認する。

 注文通り、一夏の白式には片手用直剣が一本、和人の黒鐡には片手用直剣が二本、明日奈の瞬光には細剣が一本、百合子の槍陣には長槍が一本と短槍が拡張領域(バススロット)の最大容量ギリギリまで搭載されていた。

 更に、明日奈の機体以外全てに投擲用ピックが十数本搭載されていて、それについては拡張領域(バススロット)ではなく、腰周りの装甲内部に収納されており、必要なときに装甲が開いてピックが取り出せるようにしてあった。

 

「あれ? すいません、俺の機体、注文してない武装が搭載されてるんですけど…」

「ああ、すいません説明していませんでしたね。白式に搭載されている武装で一つだけ開発初期から搭載予定だった武装が入っています。雪片弐型、あなたのお姉さんが暮桜で使用していた雪片の後継武装ですよ」

 

 試しに実体化してみると、確かに形は若干だが変わっているが、その見た目は間違いなく姉が嘗て世界最強に輝いた時に使用していた武装、雪片だった。

 

「う~ん…でも雪片だとソードスキル発動しないな、これは」

 

 一夏の戦い方が出来ないので、恐らく搭載していても使う事は無いだろうと、量子化してもう一本の注文していた剣を実体化した。

 それは、アインクラッドにて白の剣士ナツが最終決戦まで愛用した刀身から柄まで全てが純白の鍛冶師リズベット作プレイヤーメイドの片手用直剣、トワイライトフィニッシャーそのままの姿だ。

 

「すげぇ、トワイライトフィニッシャーそのままだ…感じる重さも、問題ないな」

「ナツ、こっち見てみろよ」

「お、キリトさんも忠実に再現されてますね」

 

 和人の方を見れば、彼の両手には黒の片手剣エリュシデータと、白の片手剣ダークリパルサーが握られていた。

 明日奈の右手にも彼女の愛剣だったランベントライトが握られており、百合子も最後まで使用していた深紅の槍、ルー・セタンタを展開している。

 

「何だか、こうしてあの頃と同じ武器を皆で持っていると、SAO時代を思い出すねー」

「はい、懐かしいです…思えば4人で何度も模擬戦をしていましたね」

 

 各員、それぞれ思い思いに武器を素振りしながら具合を確かめつつ、SAO時代に戻ってきたかの様な錯覚を覚えて懐かしさに頬が緩む。

 最後にソードスキルシステムのチェックという事になり、簡単なソードスキルの発動をそれぞれ行う事になった。

 

「じゃあ、キリトさん、俺から行きます」

「おう」

「……はぁあああっ!!」

 

 一夏が使ったのは片手剣ソードスキル“レイジスパイク”だ。片手剣スキルでも比較的簡単なスキルで、初期から使えるスキルの一つだ。

 トワイライトフィニッシャーの刀身がライトエフェクトまで再現して放たれたレイジスパイクは空を斬りながらも、光の軌跡を描き、それは美しい光景だった。

 

「ナツが片手剣スキル使ったし、俺は二刀流スキルでも使うか…」

 

 和人が選んだのは二刀流ソードスキル“ダブルサーキュラー”、二刀を使った突進スキルで、やはりこちらもエリュシデータとダークリパルサーの刀身がライトエフェクトによって輝いていた。

 

「じゃあ私も行くね」

 

 次に明日奈が使ったのは彼女の最も得意とした細剣スキル、リニアーだ。こちらも問題なく発動したのがランベントライトの刀身がライトエフェクトによって輝いた事で確認出来る。

 

「最後は私ですか」

 

 最後、百合子が選んだのは槍スキル“ツイン・スラスト”という2連続刺突技だ。

 槍全体がライトエフェクトに輝いていたので、こちらも何も問題は無さそうなので、これでチェック項目の全てを確認し終えた事になる。

 

「チェックはこれで終わりです。それでは皆さん、ISを待機状態にしていただけますか?」

 

 倉持技研の研究者に言われた通り、ISを解除する事で待機状態にする。

 白式は白いガントレッドになって一夏の右手首に、黒鐡は黒い指輪となって和人の右手薬指に瞬光は白い指輪となって明日奈の右手薬指に、槍陣は紅いガントレッドとなって百合子の右手首に、それぞれ装着された。

 

「はい、無事に待機状態になりましたね。それとこれを皆さんお読みになっておいてください、専用機所持に関する各種決まりごとやマニュアルなどが書かれてます」

 

 手渡された分厚い本、読んでおいてくださいと言うが、ちょっと遠慮したい分厚さだ。勿論、文句を言う訳にもいかないので、後ほど読む事になるのだが。

 

「以上で全て終わりましたので、私どもは帰ります。それでは織斑さん、桐ヶ谷さん、お嬢様、宍戸さん、頑張ってください」

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 レクト社員、倉持技研社員および研究員が帰っていったので、一夏達も早々に整備室を出る事にした。

 途中、整備室の一角でこちらを覗き見ていた水色の髪の眼鏡を掛けた少女が居た事に気付いていたが、特に気にした事ではないので、そのまま出て行く。

 

「あの4機の所為で…打鉄弐式が……」

 

 

 

 寮に帰宅する一夏達は早速だが渡された専用機についてそれぞれの感想を話していた。

 どの機体も彼等の要望通りのスペックとなっており、武器に関しても、名目上第3世代技術に分類するソードスキルシステムについても満足出来る仕上がりになっていて、4人とも大変満足している。

 

「そういえばキリトさんは、決闘の時二刀流使うんですか?」

「あ~…必要にならない限りは使わないつもりだ、だから暫くは一夏と同じ片手剣スキルだけで戦う事になるだろうな」

『パパは二刀流を使えば最強ですから、能ある鷹は爪を隠す、ですよ』

 

 急に、4人ではない別の少女の細い銀糸を鳴らすような愛らしい声が聞こえた。

 だが、4人とも慌てる事無く和人が取り出した携帯端末の画面に目を向けており、その画面には黒い髪の少女が映っていて、ニコニコと笑顔を振り撒いている。

 

「ユイ、それは言いすぎだって」

「えー、でもユイちゃんの言うことも一理あると思うなー」

『です! ユイのパパは二刀流を使えば世界最強です!』

 

 この少女の名はユイ、和人と明日奈の娘にして、嘗てSAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムという立場を持っていたトップダウン型の最先端を行くAIだ。

 

「でもな、俺も片手剣一本だとナツと殆ど実力は変わらないぞ?」

「いや、確かにキリトさんが剣一本なら俺も良い勝負出来る自信ありますけど、二刀流使われたら手も足も出ませんって」

『ナツお兄さんも強いですけど、やっぱりパパが一番ですね』

 

 パパ大好きを地で行くユイはキリトを世界最強だと言って疑わない。愛娘の揺るがない信頼に和人も満更ではないのか、否定しつつも、やはり何処か嬉しそうだ。

 

「お義兄さん、やっぱり親馬鹿だね」

「アスナさんも、な」

 

 一夏、百合子の二人は親子で和気藹々とする和人、明日奈、ユイに、人間とAIの差があれど、間違いなくこの3人は本物の親子だと、改めて思う。

 

『ところで、パパ、クラインおじさんからメールが入ってますよ?』

「お、そうか…何々?」

 

 曰く、IS学園入学して初日に何の連絡も寄越さないたぁどういう了見だこの野郎! この幸せハーレム野郎羨ましいぜ! あと、近いうちオフやろうぜ。との事だ。

 

「オフの連絡がついでみたいに書くなよな…」

「あ、あははー…クラインさん、相変わらずなのかな?」

「大方、女の花園に俺とナツだけ自由に出入り出来て羨ましいって事じゃないのか? アイツ、モテないし」

「もう、失礼だよキリト君」

 

 でもクラインがモテないのは事実だ。人間としては凄く出来た良い人なのだが、如何せんモテたいという願望が前面に出すぎるきらいがあるのが駄目なのだ。

 

「お、俺の方にもエギルさんからメール着てますね…何々? クラインの奴がまともなメール送ってないだろうから俺が代わりに詳細を送らせて貰う。近いうち、アインクラッド攻略記念パーティーをダイシー・カフェで行う企画をリズベット主催で立てているから、参加して欲しい…へぇ」

 

 参加者は一夏達4人とクライン、エギル、リズベット、シリカ、シンカー、ユリエール、ヨルコ、カインズ、シュミットなど、SAO時代に一夏と和人達が知り合った交友のある人物達だ。

 

「良いね、ナツ君達が行くなら私も行く」

「わたしも勿論参加するよ」

「そうだな、そうだ! 折角だからスグも誘うか、アスナ救出にはスグにも世話になったし」

 

 和人の妹、桐ヶ谷直葉はALOに明日奈が捕らえられていた時、助けに行く和人、一夏、百合子に多大な協力をしてくれた。ならば、参加させても誰一人文句を言う者は居ないだろう。

 

「集まれるとしたら、クラス対抗リーグが終わった後だな、それまでは結構忙しいみたいだし、アスナのリハビリもそれまでには良いとこまで行くだろ?」

「うん、この学園の施設が凄過ぎてリハビリが前以上に進むよー、もしかしたら後数週間で杖無しでも歩ける様になるかも」

 

 それは良い事だ。

 この分ならアインクラッド攻略記念パーティーは同時に明日奈の回復祝いにも出来そうだと、早速一夏はエギルにこのことをメールで返信する。

 

「お、流石エギルさん、返信が早い…何々? それは結構な事だ、無理しない程度に、頑張って元気に歩く姿を見せてくれ、ですって」

「そっか…エギルさんに頑張るって伝えておかなくちゃ」

 

 やはり、クラインもエギルも、この4人にとっては本当に頼りになる、優しい兄貴分だ。嘗ての仲間達に元気な姿を見せる為にも、翌日より明日奈はより一層リハビリに専念するようになるのだった。




次回、箒との剣道対決からクラス代表決定戦直前まで行きたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「生身の戦士達」

何かね、リターンが進まなくなった。
次の話はスカル・リーパーとの戦い直前なのに。


SAO帰還者のIS

 

第六話

「生身の戦士達」

 

 クラス代表決定戦を4日後に控えた入学三日目の放課後、一夏達は何故か剣道場に来ていた。

 そもそも何故、こんな所に居るのかというと、一夏の幼馴染である箒が一夏に決闘の為に稽古を付けてやると言ってきたのが始まりだ。

 当初は断るつもりでいた一夏だが、あまりの気迫につい断りきれず、ジト目で睨んでくる百合子に後ほど頭を下げたのは記憶に新しい。

 そして現在、大勢の観客が道場の入り口にたむろして、道場内の隅には和人と明日奈、百合子が見学している中、中央には道着を着こんで防具を付けた一夏と箒が竹刀を構えて向かい合っていた。

 

「ゲームで2年間眠っていたという話だ、その軟弱な腕を此処で鍛えてやる」

「へいへい」

 

 箒の言葉に思うところはあるが、正直な話、技術はともかくとしても肉体的にはまだまだ衰えが抜け切れていない現状、軟弱という言葉に反論できないのも事実だ。

 故に、たいした反論をする事も無く構える一夏の態度が、箒としては気に入らない。

 

「手加減せんぞ! めぇえええん!!」

「っ! ふっ!!」

 

 もっとも、いくら衰えが抜けていないとは言っても、それでも目覚めてからリハビリして、それ以降もジムで身体を鍛えている一夏はSAO時代に培った洞察眼と反射神経、反応速度を駆使して上段からの振り下ろしを紙一重で避けると、逆に竹刀を右手一本持ちに持ち直しながら胴目掛けて一閃する。

 しかし、その一閃は箒が瞬時に反応して竹刀を交差させる事で受け止められてしまった。

 受け止められて鍔迫り合いをする気など無い一夏は直に後ろに飛び退くと改めて構えた。今度は両手持ちの剣道の構えではない、右手に竹刀を持ったまま、その右手だけで正眼に竹刀を構え、左半身を半歩後ろに下がらせて半身の状態になる。SAO時代の白の剣士ナツが常に使っていた構えだ。

 

「一夏、なんだその構えは! 剣道をする気があるのか!?」

「悪いな箒、流石にもう剣道は覚えてねぇわ。今の俺に使える剣技はSAO時代の名残、白の剣士ナツとしての俺の技術が、今の俺の剣の全てだ」

「くっ…どこまでも馬鹿にするか……あの頃の思い出も全て捨てて、ゲームの技でも使って格好良いとでも自己陶酔したいのか貴様は!?」

「何とでも言え…この剣技は、俺を2年間支えてきた、2年間を生かしてくれた技術だ……殆ど覚えてない剣道よりは、絶大な信頼を寄せているぜ」

 

 話しながら駆け出した一夏は上体を低くしながら箒の懐まで飛び込む。

 話の途中で動いた一夏に慌てた箒も直にルール無視を平然と行う一夏に怒りを覚え、その腐った性根を叩き直してやるとばかりにもう一度上段から竹刀を振り下ろした。

 だが、やはり鍛え上げられた一夏の洞察眼からは見え見えの太刀筋はまたも紙一重で避けられ、逆に竹刀に一夏の竹刀が叩きつけられる。

 危うく弾き飛ばされるところだった箒の竹刀だが、両手持ちの箒の竹刀が片手持ちの一夏の竹刀に弾かれはしても弾き飛ばされるまではいかず、だけども明らかな隙が生まれた。

 

「そこだ!」

「くっ!? 舐めるなぁ!!」

 

 現状、生身でいくつか再現出来るソードスキルの一つ、ホリゾンタル・スクエアを使おうとした一夏だったが、半身を反らす事で箒に避けられ最初の一撃が空振りに終わる。

 更に半身を反らしながら右手を竹刀から放した箒はそのまま左手一本による片手面を一夏に叩きつける事で勝負有りとなった。

 

「あっちゃ~…やっぱあそこで竹刀弾き飛ばせなかったのが痛いなぁ、システムアシスト無しだと筋力まで落ちてるからあんなものかぁ」

 

 SAOでのナツと、生身の一夏では筋力が違う。ナツならあそこで竹刀を弾き飛ばすか破壊する事は出来ただろうが、一夏では弾くのが精一杯で、それが勝敗の分かれ目となってしまったようだ。

 

「お疲れナツ、やっぱ筋力の問題か?」

「です、もう少し筋トレ続けて筋力アップが課題ですよ」

「なら俺も同じだろうなぁ」

 

 アク○リアス片手に近づいてきた和人はそのままそれを一夏に手渡すと、面を外した一夏は一気飲みする。

 二人の様子を見ていた箒は相変わらずゲームの話を現実に持ち込む一夏と和人に嫌悪感を隠せない。

 

「一夏、桐ヶ谷、ゲームでの話を現実にまで持ち込むな。此処はゲームの世界じゃない」

「いや、判ってるんだけどな、やっぱ生身では限界があるし…でも、ISを使えば別だ」

「な、何?」

「俺達の専用機はソードスキルシステムが搭載されている。SAO時代の戦い方が出来る様になってるんだ…しかもISなら生身では出来なかった動きや力すら行使可能になる、俺達にとってはSAOでの戦い方は既にゲームだけの話じゃないって事だ」

「そういうこと。それにしても篠ノ之さんって剣道強いけど、大会に出た事があるのか?」

「む、去年は全国優勝している」

 

 去年の全中女子剣道全国大会と言えば和人の妹の直葉も参加した大会だ。直葉はその大会でベスト8に輝いている。

 

「へぇ、じゃあ桐ヶ谷直葉って知ってるか?」

「桐ヶ谷直葉…ああ、大会で戦った相手だ」

「あ、じゃあスグが負けた相手って篠ノ之さんだったのか」

「む? そういえば苗字が同じだが…親戚か?」

「ああ、兄だ」

 

 そう言えばクラスメートにも言っていない事があった。なので、一夏は明日奈も呼んで改めて箒に和人と明日奈の事を紹介する事にした。

 

「桐ヶ谷和人さん、箒が去年の全国大会で戦った直葉の兄で、俺達より一つ年上なんだよ」

「と、年上だったのか? いや、それはすまん。あ、いや…すいません」

「いいよ普通で、俺もそこまで気にしないし…ってかナツもいい加減に敬語止めろっての」

「いや、俺はまぁ…キリトさんはいつまでも尊敬するべき対象ですんで……んで、キリトさんの恋人の結城明日奈さんは俺達より二つ年上で今年18歳になる」

「改めてよろしくねー」

「は、はいっ」

 

 流石の箒も本物のお嬢様として気品ある雰囲気を持った明日奈を前にして少し緊張している様だ。

 それも仕方が無いだろう、大抵の人間は明日奈を前にすると、その気品ある雰囲気に年齢不相応の美貌、柔らかい笑顔と包容力のある優しい声に誰もが緊張してしまうのだから。

 

「んで、百合子は俺達と同い年だ」

「む…」

 

 そして、百合子を改めて紹介すると、箒の表情は明日奈を前にした時の緊張した面持ちから一変、難しい表情というか、普段の不機嫌そうな表情に早変わりする。

 一夏と、和人は気付かないが、その表情は完全に恋敵を見る嫉妬に溢れた表情で、明日奈も百合子もそれで何もかもを悟っていた。

 

「篠ノ之箒だ…宍戸、百合子だったか」

「はい、ナツ君とお付き合いさせてもらってる、宍戸百合子です」

「…ナツ…とは一夏のあだ名か?」

「いえ、SAO時代から使っているアバターのキャラネームです。SAO時代はずっとナツ君と呼んでましたから、癖で今でもナツ君と呼んでしまうんです」

 

 2年もナツ君と呼び続けていれば今更呼び方を変えるのも難しい。実際、明日奈も和人の事を未だにキリト君と呼んでいるし、一夏もキリトさんと呼んでいる。

 

「クッ……私は、認めない、諦めないぞ」

「どうぞ、お好きに。これくらいの苦労はSAO時代から当たり前にありましたし」

 

 何故か思い出して疲れた様な深い溜息を溢す百合子に事情を知る明日奈だけが苦笑する。可愛い弟分は相変わらず兄同様にモテている様で、妹分の苦労が痛ましい。

 

「よし、紹介も終わったし、キリトさん、一戦やりませんか?」

「俺も? まぁ、良いけど・・・じゃあちょっと着替えてくるわ」

 

 折角剣道場に居るのだからと、一夏は和人と試合する事にした。

 着替えてきた和人に壁に掛かっていた竹刀を二本、投げ渡すと、和人も心得たとばかりに二本の竹刀を構えて一夏と向き合う。

 

「待て一夏! 桐ヶ谷は二刀流なのか? なら二刀流用の小刀を用意するぞ」

「いや、これで良いんだよキリトさんは」

「だが、剣道のルール上…」

「箒、俺達がやるのは剣道じゃない、見ておけ…アインクラッドをソロで戦い続けた俺達の戦い方を」

 

 向かい合った一夏と和人の間に冷たい空気が流れた。

 様子を見守っていたギャラリーも息を呑んで二人が動き出すのを待っているのだが、一向に動く気配が無い。

 

「やっぱりナツ君、キリト君に攻め入る隙が見つからないみたいだね」

「え?」

「お義兄さんが二刀流使うと、ナツ君は勝った試しがありませんからね」

「な、なに!?」

 

 暫く睨み合いが続き、そして誰かが睨み合う二人の気迫に気圧されて一歩足を後ろに逸らした瞬間、遂に二人が動いた。

 

「せぇえええあああああっ!!!」

「ぜぁああああああああっ!!!」

 

 本当に筋力が衰えているのかと疑いたくなる速度で互いに近づき、一夏の竹刀と和人の左の竹刀が交差する。

 同時に、和人が左の竹刀を振りきり、一夏の竹刀を弾きながら右の竹刀で横一閃に薙ぎ払ってきたのを後ろに飛び退く事で回避し、着地と同時に追って来た和人の右の竹刀を振り払いながら柄尻で左の竹刀を叩いて弾くと空いている左手を拳にしてアッパーカットを叩き込もうとした。

 

「おっと! 良い一撃くれようとするなナツ!」

「あなた相手に、手加減する訳にいきませんからね!」

 

 アッパーカットを避けられた一夏は、左から右から、連続で振られる和人の竹刀を何度も弾き、時に避けながら再び反撃の隙を窺った。

 互いにソードスキルを熟知している以上、再現しただけのソードスキルは役に立たないのは理解している。だからこそ、己の力量だけの、己の技術だけの勝負になるのだが、やはり和人の二刀流は生身でも反則気味の凄まじさだ。

 

「くっ! (不味い、防戦一方だ! このままだといつも通りの展開になる!)」

 

 元々、一刀対二刀の対決である以上、こうなるのは仕方が無い事だが、何としても一夏は己の土俵に持って行きたいと考え、今まで試した事の無い策を此処で使う事にした。

 それは、アインクラッドで和人…キリトが対人戦で主に使用していたシステム外スキル、武器破壊(アームブラスト)を参考に一夏…ナツがモンスターだけでなく、プレイヤーでも使用可能に出来るよう考案したスキル、武器落とし(ディスアーム)だ。

 

「うぉっ!?」

 

 実際、和人の左の竹刀の鍔元に力一杯竹刀を叩きつける事で、見事和人の左手から竹刀を手放させる事に成功した。

 和人が武器の何処を攻撃すれば武器を破壊出来るのかを考案して武器破壊(アームブラスト)を開発した様に、一夏もまた、武器の何処を攻撃すれば相手の武器を落とす事が出来るのかを考案した結果、本来であれば武器落とし(ディスアーム)属性持ちのMobしか使えなかった武器落とし(ディスアーム)をプレイヤーでも使用出来る様にしたのだから、その考案者たる一夏に、和人の竹刀を落とす事が出来ない筈が無い。

 

「やるなナツ…まさか白の剣士お得意の武器落とし(ディスアーム)を俺が受ける事になる事になるなんて思わなかったぜ」

「いえ、二刀流のスピード相手には結構賭けに近い選択でしたけどね」

「よく言うよ、動体視力なら俺より上の癖に」

 

 和人は落とした竹刀を拾う事無く、右手の竹刀を後ろに持って行き、右半身を後ろに逸らしながら左手を開いて身体の前に持ってくる。黒の剣士キリトの一刀流時代の構えだ。

 対する一夏もまた、白の剣士ナツの構えで相対し、二人同時に動いた。

 互いに一刀、故に互角となった剣戟は次第に激しさを増していき、そろそろお互いに体力が限界を迎えようとしている。

 

「生身って、これだから不便だな」

「ホント、SAO時代ならまだまだ戦えたんですけど」

 

 これが最後の一撃になりそうだと、一夏も和人も、そして見守る明日奈と百合子、箒が考えていた。

 そして、それは確かで、最後の一撃を決める為、二人が接近して竹刀を振りぬこうとしたその時だった。和人の右足が何かを蹴り上げ、その何かを左手でキャッチするのと同時に一夏の竹刀を弾き返し、右の竹刀で一夏の胴を叩く。

 

「あ…落ちた竹刀を…」

「注意力散漫だぜ、ナツ」

 

 そう、あの一瞬で和人は床に落ちていた竹刀を右足で蹴り上げて左手に持ち直し、再び二刀流となって勝負を決めたのだ。

 

「やっぱ、キリトさんってチートですよ」

「そりゃ、元ビーターだからな」

 

 互いに礼をして、一夏と和人は笑い合う。

 あの頃とは違い、生身ではあるが、嘗て何度も模擬戦をした黒の剣士と白の剣士の試合は、今日もまた、白の剣士の黒星で終わるのだった。




次回、遂にセッシーVSワンサマー。

そういえば、一夏のキャラネームはナツですが、実は案が幾つかありました。
一つはイチ、もう一つはワンサマー。
ワンサマーは流石にギャグだろと思い、即ボツにしたので、イチとナツで迷った挙句、ナツの方が好みだったので決めたという裏話が。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 「白を纏う戦士」

一夏VSセシリア、始まります。


SAO帰還者のIS

 

第七話

「白を纏う戦士」

 

 クラス代表決定戦当日、既に一夏達は第三アリーナのAピットに集まっており、初戦である一夏とセシリアの試合時間まで本日戦う一夏の白式と和人の黒鐡のチェックを行っていた。

 ピットには一夏達SAO組4人の他には箒と真耶、千冬も集まっており、自身のISのチェックに余念が無い一夏と和人を見守っている。

 

「織斑、白式の武装は確認したか?」

「ああ、ちゃんと注文通りにトワイライトフィニッシャーがあった、性能も問題なしだ」

「違う、雪片弐型の方だ」

「あ~…使う事は無いと思ってチェックは簡単にして後は全部後回しにしてる。どうせトワイライトフィニッシャーしか使わないだろうから」

「…雪片を使う気は、無いのか?」

「ああ、万が一の事が無い限りは無いと思う」

 

 躊躇う事も無く頷く一夏に複雑な感情を滲ませる千冬。聞けばトワイライトフィニッシャーは一夏がSAOで使っていた剣を再現した物との事なので、使用を禁止したいところなのだが、白式の第3世代型装備であるソードスキルシステムを使用するにはトワイライトフィニッシャーでなければならないという事実があり、それも出来ない。

 ならばソードスキルシステムを禁止させれば良いのかと言われればそれも出来ないのは理解している。態々手札を減らすのは、しかも白式の現状メインシステムと言っても良いシステムを封印するのは愚かだ。

 

「そろそろ時間だ」

「了解」

 

 カタパルトに移動する一夏はふと止まり和人、明日奈、百合子の方を向いて笑顔を見せながらサムズアップする。

 

「じゃあ、勝って来ます」

「おう、見せてもらうぜ、鈍ってないかどうかを」

「頑張ってねナツ君」

「はい」

 

 兄貴分の和人と姉貴分の明日奈から激励を貰い、最後に百合子が一歩前に出てきて一夏を見つめた。

 

「…待ってるから」

「…ああ、待っていてくれ」

 

 数秒間、静かに見つめ合い、やがて前を向いた一夏は発進してアリーナへとその身を投げ出した。

 二人の様子を見ていた箒は嫉妬に内心激怒し、千冬は何処か、忌々しそうな表情を浮かべているが、直ぐに気を取り直して管制室に移動するのだった。

 

 

 アリーナに出た一夏は既にアリーナ中央で浮いているセシリアの前まで移動すると、トワイライトフィニッシャーを取り出して右手に握り締めた。

 

「ふん、逃げずに良く来ましたわね」

「逃げる理由がねぇからな」

「…まぁ、良いでしょう。チャンスを上げますわ」

 

 セシリアは自身の専用機、イギリス第3世代型ISブルーティアーズの専用武装、大型レーザーライフルであるスターライトmkⅢの銃口を一夏に向けながら優雅に笑う。

 

「この試合、私の勝利は絶対不変の揺ぎ無きもの。敗者になるあなたに慈悲を差し上げます。今ならまだ土下座をする事で私とイギリスを侮辱した事、恥を掻かせた事を、特別に許して差し上げてもよろしくてよ?」

「はぁ……黙れよ命賭けたことも無い小娘が」

 

 ゆっくりとトワイライトフィニッシャーを構えた一夏から、途方も無いプレッシャーが放たれた。それはセシリアを人間と思っていないのではないかとすら錯覚しそうなほど恐ろしい殺気が含まれており、若干だがセシリアの表情が青くなって怯えが滲み出た。

 

「な、ならば残念ですがここで…」

【試合】

「お別れですわね!」

【開始】

 

 試合開始の合図と共にスターライトからレーザーが放たれた。しかし、そのレーザーは紙一重どころか余裕を持って一夏にかわされ、ほんの一瞬で懐まで距離を詰められてしまう。

 

「なっ!?」

「最初から銃口向けてたら狙いがバレバレだアホ」

 

 トワイライトフィニッシャーの刀身がライトエフェクトにより輝きながら振られ、セシリアの前後左右4方向に移動しながらの水平4連撃、片手剣スキルの一つ、ホリゾンタル・スクエアの直撃が決まった。

 

「きゃあああああ!?」

「まだまだぁあああああっ!」

 

 吹き飛ばされたセシリアを追って一夏が飛ぶ。追いついて直ぐに斬撃を繰り返しセシリアのシールドエネルギーを奪い、一気にアリーナ地面まで叩き落す。

 再びセシリアを追おうとした一夏だったが、嫌な予感が脳裏を駆け抜けその場を即離脱。一夏が居た場所をセシリアとは全く別方向からのレーザーが通り抜けた。

 

「あれは…?」

 

 そこにあったのは蒼いビット、しかも1基だけではなく、別の場所にも計4基が一夏に銃口を向けている。

 

「これが私のブルーティアーズが第3世代型ISを冠する由縁、イギリスが開発した第3世代兵器、ブルーティアーズですわ!」

 

 再び飛び上がってきたセシリアが少しボロボロのブルーティアーズの装甲を纏いつつ、一夏を憎悪の視線で睨んでいた。

 どうやら男にあそこまでボロボロにされたのが気に入らないようだが、戦いに男も女も関係無いというのがSAO時代を生き抜いた一夏の考えであり、女尊男卑など戦いの場には何の意味も成さないという事を知っている。

 

「お行きなさい! ブルーティアーズ!!」

 

 4基のブルーティアーズが縦横無尽に動きながら一夏にレーザーを連射してきた。流石に当たってやる訳にもいかないので、一夏もALOでの飛行によって慣らされた空中機動を駆使して飛び交うレーザーを避ける。

 しかし、完全に全てを避けるというのは些か難しいものがあり、少しずつだが一夏の被弾も増え始めていた。

 その事に気を良くしたのか、セシリアは再び余裕の表情を浮かべながらブルーティアーズを操作して、どんどん一夏を追い詰めていく。

 

「ふん、所詮は男、私の足元にも及びませんわ! この私相手に剣一本で挑もうとしたその愚かさを、敗北という結末を持ってして後悔なさい!!」

 

 もう一発、直撃軌道に居るブルーティアーズに指示を出し、一夏に向けてレーザーを放とうとする。しかし、その瞬間レーザーを撃とうとしていたブルーティアーズが突然爆発して落ちてしまった。

 

「な、何が起きましたの!?」

「悪いな、俺が近距離しか攻撃手段を持っていないと思ったお前のミスだ」

「なっ!?」

 

 2基目、3機目、4基目と次々爆発して、全てのブルーティアーズが落とされてしまった。

 一体何事かと思った次の瞬間だった、ブルーティアーズにある右側の非固定浮遊部位(アンロックユニット)が小規模の爆発を起こしてスラスターの使用が不可能になってしまう。

 

「これは…っ!?」

 

 見れば、爆発を起こした場所には一本の投擲用ピックが刺さっていた。

 一夏の方を見れば左手に同じピックを持ってセシリアにも見えるようヒラヒラと振りながら、これだよとでも言いたげに主張している。

 

「し、しかし…ただの投擲でここまでの威力が、出るわけがありませんわ!?」

「それが出るんだわ…投剣のソードスキル、シングルシュート…これも立派なソードスキルの一つだぜ」

「くっ! ゲームの技ですか…馬鹿にして…! ゲームの技なんかが現実で何の役に立つと言うんですの!?」

「今、こうしてお前を追い詰める事が出来るぜ」

 

 事実、セシリアを序盤で追い詰め、ブルーティアーズ4基全てを落としたのはソードスキルあっての事だ。

 

「さぁ、これでお前の攻撃手段はそのライフルだけか? なら、そろそろ決めさせてもらう!」

 

 トワイライトフィニッシャーを構え、一直線にセシリアに突っ込んできた一夏だったが、対するセシリアはニヤリと一夏の行動のミスに嘲笑った。

 

「残念ですが…」

 

 不味い、そう思った時一夏は慌ててソードスキルを発動させる。

 トワイライトフィニッシャーがライトエフェクトによって輝くの同時にブルーティアーズのリアスカートアーマーの下から、2基のミサイルが発射された。

 

「ブルーティアーズは6基ありましてよ!」

「2基は弾頭型か! クソッタレ!!」

 

 高速で飛行し突っ込む一夏に、同じくミサイルが高速で迫ってきた。

 だが、土壇場で一夏が発動したソードスキルの選択は、運よくこの場を切り抜けるのに適している。

 

「うぉおおおおああああああああ!!!!!」

「っ!?」

 

 発動したソードスキルは片手剣ソードスキル、バーチカル・スクエア。垂直4連撃のスキルで、迫り来るミサイル2基を正方形を描く様にトワイライトフィニッシャーを振る事で斬り裂き、爆炎の中に一夏の姿が消えた。

 

「ふ、ふん! ミサイルに反応出来たのは評価しますが、これで終わりですわね…全く、無駄な時間でしたわ」

「無駄か如何かは、これで判断してもらおうか!!」

「っ!? まさか!?」

 

 黒煙の中から、ジェットエンジンのような爆音と共にトワイライトフィニッシャーの切っ先をセシリアに向けたまま一夏が飛び出してきた。

 

「おおおおおおおおおっ!!!!」

「な、い、インターセプター!!」

 

 一夏が発動しているソードスキルは、白の剣士ナツが最も得意とし、SAO時代は白の剣士の代名詞とまで呼ばれたソードスキル、ヴォーパル・ストライク。

 ジェットエンジンの様な音を響かせながら赤い光芒を剣に纏わせて放つ強力な突進刺突技、それは一直線にセシリアの懐に入り、防ごうとしたブルーティアーズ唯一の近接武装であるインターセプターというナイフの刃を砕きながら胴体に直撃した。

 

「きゃあああっ!!? あああああ!!」

「終わりだぁああああ!!」

 

 ライトエフェクトによって輝くトワイライトフィニッシャーと白式の左拳から放たれる斬撃と打撃が次々とブルーティアーズに決まり、装甲をボロボロに砕いていき、タックルによって吹き飛ばされたセシリアに更に剣と拳の嵐が襲い掛かる。。

 片手剣と体術の複合ソードスキル、メテオブレイク。その連続技によって遂にブルーティアーズのシールドエネルギーが0になった。

 

【試合終了。勝者、織斑一夏】

 

「ふぅ…」

 

 試合終了の合図が出たので攻撃を止めると、目の前のブルーティアーズとセシリアの惨状を見て少しヤバイと思った。

 

「(キリトさんの試合、できねぇんじゃないかこれ…?)だ、大丈夫か?」

「くっ…わ、私の、負けですわ」

「お、おう…どうだった? 男だってやるもんだろ?」

「ええ…まさか、ゲームの技と侮って負けるとは思いませんでした」

「そりゃ、ゲームの技とは言ってもSAOでの命懸けの2年間を生き抜くのに、ずっと俺を支えてくれた技術だ、絶対の自信を持つのも当然だろ? お前が代表候補生としてそれまでの努力に誇りと自信を持つのと、何も変わらない」

「そうですわね…ええ、本当に、そうですわ、あなたは、あなた方はその技術で、2年を生きてきたのですから、侮辱するのはあなた方の2年の戦いを侮辱するも同じという事ですか」

 

 実際に戦って理解出来た。一夏達の、一夏の使うソードスキルは、例えゲームの技、技術と言えど、そこに込められた魂は、本物だという事が。2年という短いようで長い時間を支えてきた技術だからこそ、その2年間の想いと言うものが、込められているのが、戦う事で感じ取る事が出来た。

 

「申し訳ありませんでしたわ、たかがゲームだと、男だからと、あなた方と、あなた方の愛する物を侮辱してしまって」

「いや、今度は油断も何も無いお前と、もう一度戦えるのを楽しみにしてるぜ」

「ええ、その時は今度こそ、勝たせて貰いますわ」

「言ってろ」

 

 軽く笑って、一夏はAピットに戻っていった。

 その後姿を見つめながらセシリアは、右手にある刃の砕けたインターセプターに視線を下ろし、フッと薄く微笑みを浮かべる。

 

「重い、とても重たい一撃でしたわね」

 

 ボロボロのブルーティアーズを待機状態に戻し、歩きでBピットに戻るセシリアは次の和人との試合を如何するのか、ピットに戻ってきてシャワールームでシャワーを浴びている最中に漸く気付いて頭を抱えるのだった。




次回はキリトとセシリアの試合になります。ただ、キリトは方針として二刀流を必要にならない限りは使わない予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 「戦いの準備をする戦士」

すいません、キリトVSセシリアの直前までで終わります。戦いは次回に。


SAO帰還者のIS

 

第八話

「戦いの準備をする戦士」

 

 Aピットに戻ってきた一夏は白式を手早く待機状態に戻すと、待っていた和人達の方に歩み寄った。

 そこでは、一夏の勝利を確信して疑っていなかった和人、明日奈、百合子が笑顔で迎えてくれていて、一夏も彼等に笑顔を向ける。

 

「よう、お疲れ」

「流石白の剣士だねー、ソードスキルのキレ、全然鈍ってなかったよ」

「いえ、正直まだまだ被弾なんかしている時点で鈍ってる感がありますよ」

「それは、仕方が無いよ。ナツ君も、私達も、銃の相手と戦った事が無いから」

 

 百合子の言うとおり、ずっと剣や槍、斧などの物理武器を使う世界で戦い続け、その後も魔法を使う世界で戦ってきたが、流石に銃を使う相手との戦闘経験なんて無い。

 ずっと銃口を向けられていたスターライトの射撃を避けるのは簡単でも、ブルーティアーズの全方位からの射撃を避けるのは中々に難しいものだ。

 

「いや、やっぱレーザーって魔法より速いですね。避けるのって結構慣れるまで大変かも」

「そうか…俺もレーザーや銃弾を避ける練習した方が良いのかな?」

「キリト君の場合は避けるより斬るなんて事をしでかしそうだよねー」

「ナツ君もそれに感化されそう」

「「失敬な…あ、でもアリかも」」

 

 アリかも、ではない。

 呆れたと言わんばかりの表情をそれぞれの夫に向ける明日奈と百合子に、その夫達は顔を向き合わせて苦笑した。

 

「い、一夏!」

「ん? おう、箒か」

「ふ、ふん…まぁ、とりあえずは勝てたからな、褒めてやる」

「おう、サンキュー」

「だ、だが! 勝ったからといって慢心などするものではない! け、剣もまだまだゲームの技ばかりで心許なさそうだから、剣道の練習もしておくことだな」

「そっちはまぁ、気が向けばな」

 

 勿論、竹刀を振るというのは生身で剣技を鍛えるのに適しているので、これからも続けようとは思うが、特に剣道をしようとは思っていない一夏だった。

 寧ろ、これから考えなければならないのは新生ALOに新しく導入されたOSS(オリジナルソードスキル)を如何するかだ。

 もしもオリジナルソードスキルをALOで開発したら希望によってはISに反映させて貰えるという話も聞いているので、手札を増やす為にも色々と考えなければならない。

 

「次はキリトさんの試合ですね、でも大丈夫かな…?」

「あ~、向こうは装甲ボロボロだったもんなぁ」

 

 どうにもソードスキルは威力が絶大過ぎるようで、ISの装甲も簡単にボロボロにしてしまう威力があるようだ。

 特に大きかったのはやはりヴォーパル・ストライクとメテオブレイクのようで、この二つでブルーティアーズのダメージ値は相当なものになったらしい。

 

「桐ヶ谷君、申し訳ないんですが…」

「山田先生?」

 

 管制室に居た筈の真耶がピットに来て、和人に少し難しそうな顔を向ける。

 

「オルコットさんのISのダメージが結構大きくて、これから突貫で修理しても次の試合が出来るのは明日になりそうなんです」

「あ~、今日は無理って事ですか?」

「はい、申し訳ないんですが…」

「ナツ、お前の所為だぞ」

「…すいません」

 

 流石にあそこまでボロボロにするのは不味かったか。と、少し反省して項垂れる一夏の頭をよしよしと百合子が撫でていた。

 

「でも、俺の試合を明日にしたら、本来明日の予定になってるアスナとユリコの試合は如何するんですか? 時間的に厳しいんじゃ…」

「あ、それならキリト君、わたしはいいよ、模擬戦は中止するから」

「私も、特に代表に拘りがある訳じゃありませんから」

「おい、逃げる気かよ」

 

 まさか~、と目を逸らす明日奈と百合子に疑惑の眼差しを向ける一夏と和人だが、正直な話、セシリアに一夏が勝った以上、もう明日奈と百合子が勝負をする意味合いは無い。

 元々、明日奈と一夏と百合子の実力は百合子が無限槍を使わない限りは互角なのだから、セシリア戦の結末は見えている。

 寧ろ、無限槍を使った百合子はこの場の誰よりも、それこそ和人よりも強い。

 

「まぁ、俺も戦う意味は無いんだけどなぁ…」

「キリトさん、逃がしませんからね?」

 

 自分だけ戦って同じ男の和人は戦わないなど、一夏が許さない。まぁ、和人はどの道戦う気満々なので、その心配は無いのだが。

 

「それでは明日は桐ヶ谷君だけが試合で、結城さんと宍戸さんは辞退でよろしいですか?」

「ええ」

「はい」

 

 この場に千冬が居れば明日奈と百合子の辞退は許されなかっただろうが、彼女はまだ管制室に居る。

 なので、この場での最高権力者である真耶の判断で明日奈と百合子の辞退が承認された。

 

 

 翌日、土曜日の為、午前授業で終わった放課後、和人とセシリアの模擬戦の為、既に一夏達は第3アリーナに来ていた。

 昨日は一夏がやっていた作業を今日は和人が行っており、黒鐡のチェックを行いながら、どう戦うのかを明日奈と話し合っている。

 

「キリト君、二刀流使うの?」

「いや、使わない。流石に二刀流は切り札にしておきたいし、手の内を晒すのは嫌いだ」

 

 今日の試合は和人の試合という事で、一夏の試合ではないからと、箒は一夏を誘って観客席に行こうとしていたのだが、一夏が百合子と共にピットに残る事を選んだ為、不機嫌そうな表情でピットの隅に居た箒が、和人の台詞に疑問を持った。

 

「桐ヶ谷は二刀流でなくても戦えるのは知っているが、いくらなんでも本気を出さないのは失礼ではないのか?」

「まぁ、そうなんだろうけど、二刀流じゃなくても本気は出せるからなぁ」

「箒、キリトさんは一刀流でも俺と同じレベルの実力があるから、心配は無用だぜ?」

「む、そうは言うが…」

「寧ろ、キリト君は二刀流より一刀流の方が経験は多いから、問題ないよ」

 

 そうだ、黒の剣士キリトは元々、二刀流を手に入れるまで白の剣士ナツと同じ片手剣一本で戦ってきた。

 故に、二刀流が本気とは言え、慣れているのがどちらなのかと言われれば一刀流だと答える。

 

「それにしても、今日の管制って山田先生だけか? 千冬姉は何処行ったんだか…」

 

 一夏はピットに居る真耶の隣に千冬が居ないのを気にしている様子で、真耶がその疑問に答える。

 

「織斑先生でしたら職員会議があるので来れません。なので、今日は私だけです」

「あ、そういうこと」

 

 また和人を嫌って来なかったのかと思ったが、職員会議で来れないだけだったのかと、安心した。やはり一夏としても千冬が和人達を嫌っているのは心苦しいものがあり、何とかしたいと思っている。

 だけど、そもそも千冬がSAO関係の話を一切受け付けず、話を持ちかけようとしても絶対に聞く耳持たないという状態なので、どうすれば良いのかと、ずっと悩んでいた。

 

「そろそろ時間だな」

 

 時計を見た和人が試合時間が迫っている事に気付き、黒鐡を展開した。

 何処か、アインクラッドでキリトの着ていたコート、ブラックウィルム・コートを彷彿とさせる形の漆黒に塗られた装甲と、白式と同デザインの非固定浮遊部位(アンロックユニット)が、まるで黒の剣士キリトが現実に投影されたのかと思わせる。

 黒鐡を展開し終えた和人は右手に黒の片手剣エリュシデータを展開して、カタパルトに移動すると、一気に射出されてアリーナに飛び出す。

 

「あら、お早いのですわね?」

「少し余裕を持った方が良いと思ってな」

「ふふ、紳士的で大変よろしいですわ。やはり恋人がいらっしゃる男性は女性に対する紳士的マナーが確りしていらっしゃるのかしら?」

「さぁ、な……それより、昨日で随分と態度が激変したな」

 

 和人の言うとおり、今目の前に居るセシリアの態度は昨日までとは一変しており、その瞳も決して和人を見下したものではなく、これから対戦する相手への敬意すら窺える。

 

「ええ、織斑さんとの試合で、随分と男性という存在への印象が変わりましたわ。ですので、もう決して油断など致しませんことよ?」

「そっちの方がありがたい、油断してる相手を倒しても面白くないからな」

「あら? 中々可愛いお顔をして、過激な殿方ですわね」

「……可愛い顔は、やめてくれ、気にしてるんだから」

「……それは、申し訳ございません」

 

 正直、何がここまでセシリアを変えたのか疑問は尽きないが、これなら面白い勝負が出来そうだと、試合開始の合図が待ち遠しくなる和人だ。

 

「ユイ」

『はい、パパ』

「正直、お前にBT兵器の射撃ポイント予測とかしてもらおうと思ってたけど、キャンセルするよ。この戦い、見ているだけで良い」

『大丈夫なんですか?』

「ああ、俺だけの力で、思いっきり楽しみたくなった」

『わかりました、頑張ってくださいね、パパ』

 

 ウインドウに映し出された愛娘が激励の言葉を伝えて消えた。恐らくアスナの瞬光かスマートフォンにでも移動したのだろう。

 

「今のは、サポートAIですの?」

「まぁ、似たようなものだ」

「しかし、AIにパパと呼ばせるのは…如何なものでしょう?」

「う……」

 

 確かに、和人も明日奈もユイの事は目に入れても痛くない程可愛い、まるで天使か妖精の如く愛らしい愛娘と認識しているが、やはり普通の人からするとAIにパパと呼ばせている変態としか映らないようだ。

 

「色々事情があるんだよ、ユイには…」

「ちょっと興味が湧いてきますわね、先ほどのAI…ユイさんと仰るんですの?」

「ああ、俺とアスナの可愛い娘さ」

「確かに、可愛らしいお顔とお声でしたわ…娘と仰るという事はVRMMOでもお会い出来るんですの?」

「ああ、ALO…アルヴヘイム・オンラインっていうゲームで実際に会えるぜ?」

 

 今度、アミュスフィアを購入してみましょうか…? などと呟くセシリアに、何となく気分が良くなる。もしかしたら彼女もALOで仲間になれるのかもしれない、そうなればALOの仲間を紹介しようとも考えた。

 

「そろそろ、時間ですわ」

「だな」

 

 試合開始のカウントが始まった。

 10、9、8、7、とカウントが減っていき、エリュシデータを構えた和人とスターライトmkⅢを構えたセシリアが静かに睨みあう。

 そして、カウントが遂に3、2、1、0になった瞬間…。

 

【試合、開始】

「行きますわ!!」

「行くぜ!!」

 

 蒼と黒がぶつかった。




次回、キリトVSセシリアが本格的にスタート。
せっしーALOプレイフラグが立ちました。せっしーの種族は何が良いですかねぇ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定 「ナツのSAO記録」

一夏のSAOでの歩みを知りたいという方が結構いらっしゃるようなので、簡単にですが、SAOでの一夏の行動記録をまとめました。
他に知りたいこと、此処はどうなったの? などありましたら、教えてください。お答えするか、また設定集を載せますので。


SAO帰還者のIS

 

設定

「ナツのSAO記録」

 

第1層

 

ナツ、キリトがクラインにソードスキルなどの指導をしている所を発見、便乗して教えてもらう

                ↓

デスゲーム開始、クラインと別れキリトとナツの二人で次の街へ

                ↓

第一層ボス攻略戦にてキリト、アスナ、ナツの三人パーティー結成、ボスクリア

 

 

第2層

 

キリト、アスナと別れ一人で行動、強化詐欺の被害に遭う

                ↓

同じく強化詐欺の被害に遭ったアスナと、付き添いのキリトに遭遇

                ↓

アスナのウインドフルーレ+4奪還成功するもナツの剣は奪還不可能でorz

                ↓

第2層ボス攻略戦参加、キリト、アスナと共にエギルのパーティーに入って攻略開始

                ↓

ボス攻略クリア、強化詐欺事件解決

 

 

第3層

 

キリト、アスナと共に(ダーク)エルフのクエストを進行

                ↓

クエストクリア後、二人と別れてソロ活動開始

                ↓

第三層ボス攻略参加、同じく参加していたキリト、アスナと共にパーティー組んで攻略開始

                ↓

ボス攻略クリア、以降キリト、アスナとは基本的に別れて行動することに

 

 

第30層

 

最前線が第30層に到達した頃、ギルド『白夜剣舞』に加入

                ↓

ギルド内で最高レベルのプレイヤーとして他のメンバーの指導を行い、ギルド全員で攻略組を目指す

 

 

第46層

 

ギルドのレベルが上がり、もうすぐナツ一人ではなく、全員で攻略組に参加出来るという所まできて笑う棺桶(ラフィン・コフィン)にナツを除く全メンバーが殺害される。殺害理由不明。

                ↓

ギルド壊滅後、ソロとして茫然自失になりながら仲間の仇を討つために鬼気迫る勢いでレベリング開始

 

 

第55層

 

いつも通り最前線迷宮区でレベリングをしている所、血盟騎士団の団体を目撃。その中で唯一の少女の表情が暗い事に気付く

                ↓

血盟騎士団の団体内部で少女が他の男性メンバーに性的暴行を受けそうになったのを目撃して救出、即座に血盟騎士団副団長になっていたアスナにメールで連絡を取る

                ↓

少女・ユリコをアスナに預けて再びレベリングに戻ろうとしたところを血盟騎士団に入らないかとアスナより勧誘されるも拒否

                ↓

せめてとばかりにリズベットを紹介され、リズベット作の剣を購入

                ↓

ユリコよりお礼のメールと、直接会って何かお礼をしたいと言われるも拒否してレベリングを続ける

 

 

第60層

 

リズベット武具店でキリトと遭遇、キリトがリズベット最高傑作の剣を折る所を目撃して大爆笑、リズベットに殴られる

                ↓

クリスタライトインゴット入手イベントをキリト、ナツ、リズベットの三人で開始、58層の山へ向かう

                ↓

クリスタライトインゴット入手、同時に白竜の牙を入手

                ↓

クリスタライトインゴットよりキリトのダークリパルサーが、白竜の牙よりナツのトワイライトフィニッシャーが完成

                ↓

アスナと共にリズベット武具店に来たユリコと再会、アスナが強引に二人を食事に行かせた

 

 

第65層

 

この頃からユリコとは頻繁に会うようになり、パーティーを組む機会が増える

                ↓

ユリコ、無限槍取得。嫉妬する多くのプレイヤーから守るためナツと毎日行動を共にする事に

                ↓

キリトやアスナとも時々会い、アスナは会うたびにユリコとの仲を進展させようと色々手を焼く

                ↓

ボス攻略戦で死に掛けたナツをユリコが必死の思いで救出、泣きながらHPを回復させるユリコにナツの気持ちが若干変化を表し始める

 

 

第69層

 

第61層セルムブルグにあるユリコのホームにアスナの手引きで何故かナツも暮らす事に

                ↓

ユリコ、ナツへ猛アピールをするも気付かれずorz

                ↓

嘗てユリコを強姦しようとした団員が再びユリコを狙う

                ↓

ナツがゲットしたレアアイテムをエギルの店に売りに行っている間、先に帰宅しようとしたユリコが誘拐される

                ↓

強引に倫理コード解除されたユリコが後一歩の所でアスナとキリトに救出される

                ↓

駆けつけたナツ、アスナに大目玉、キリトにも殴られる

                ↓

深く落ち込んだナツをユリコが慰め、以降何があろうとユリコを守ると決意。同時にユリコへの想いを自覚

                ↓

 

ボス攻略直後にユリコへ告白、後の白の剣士告白事件となる

 

 

第71層

 

アクティベート完了後、ユリコにプロポーズ。結婚してセルムブルグのホームを引き払い、同街の一等地に新居を購入

                ↓

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐作戦の会議にユリコと共に参加

                ↓

討伐作戦当日、嘗てのギルドの仲間を殺された恨みからナツ暴走。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)メンバーの内、10名を殺害、自身も深手を負って途中後退

 

 

第74層

 

夫婦で迷宮区に挑んでいる時にキリト、アスナと遭遇、途中でクライン率いる風林火山とも合流する。

                ↓

コーバッツ率いる軍の集団と遭遇、先にボスの部屋の前まで行っていたらしいキリトがマッピングデータを渡すのを反対するも、渡されてしまう

                ↓

悲鳴を聞いてキリト、アスナ、クライン達と共にボスの部屋の前まで移動、ザ・グリーム・アイズとの戦闘開始

                ↓

キリトの二刀流解禁、ユリコの無限槍とキリトの二刀流によってボスクリア

 

 

第75層

 

キリトが血盟騎士団入団したという情報をユリコから聞きショックを受けるも、経緯を聞きヒースクリフへの疑念を持つ

                ↓

暫くしてキリトとアスナが結婚したという知らせを受けて二人の新居にユリコと共に遊びに行くと、ユイの存在に思わずキリトに疑いの目を向ける

                ↓

はじまりの街へユイの両親を探しに行くというキリト、アスナの手伝いのため、ナツ、ユリコも同行

                ↓

ユリエールの依頼で彼女と共にはじまりの街地下迷宮へ赴く

                ↓

シンカー発見、死神と遭遇して戦闘開始

                ↓

ユイの正体露見、死神消滅後キリト、アスナ、ナツ、ユリコがユイより事情を聞く

                ↓

ユイ、消滅。ユイの心をペンダントにしてアスナが所持

                ↓

ボス攻略の為呼ばれる。再びキリト、アスナと遭遇して、アスナを置いていこうとするキリトに賛同する様にユリコも置いていこうと考えるも、アスナ、ユリコに拒絶されて結局一緒に行く事に

                ↓

ボス攻略戦開始、14名の犠牲者を出しつつクリア

                ↓

ヒースクリフの正体が茅場晶彦だとキリトの手によって明らかに

                ↓

キリトVSヒースクリフ開始、アスナの死亡という犠牲を払い相打ちになる

                ↓

ゲームクリア、現実での再会を約束して織斑一夏、宍戸百合子の本名を伝え合ってログアウト




次回はキリトVSセシリアの試合を投稿しますので、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 「英雄と呼ばれた戦士」

キリトVSセシリア戦です。セシリア、一夏と戦ったときより強いのですが、その更に上を行くのがキリトクォリティーww


SAO帰還者のIS

 

第九話

「英雄と呼ばれた戦士」

 

 ブルーティアーズの主力武装、スターライトmkⅢから放たれるレーザーを黒鐡を纏った和人が何度も避け続けながらアリーナを何度も周回している。

 右手にエリュシデータを持ちながらも一向にセシリアへ接近する様子を見せない和人に観客達は防戦一方なのかと思われているが、相対するセシリアは一切油断などしていなかった。必ず何か、動きを見せるはずだと。

 

「どうされましたの? 折角の恋人がいらっしゃる殿方との背徳のダンス、私が一方的では些か風情に欠けましてよ?」

「そりゃ悪いな…なら、そろそろ動かせてもらうぜ!」

 

 次の瞬間、セシリアの視界から和人の姿が消えた。

 

「ど、何処に!?」

「後ろだぜ!」

「っ!? うそ、いつの間に!? きゃあああ!?」

 

 突然背後から現れた和人がソードスキルを発動して斬り掛かってきた。発動させたのはバーチカルアークという上段からの振り下ろし後、更に斬り上げるという2連続技。

 今の攻撃により、セシリアのブルーティアーズの内、弾頭型に異常を来たして発射不可能になってしまう。

 

「いつ、後ろに移動しましたの?」

「いや何、ALOの時の要領で急加速したら出来ただけだ」

瞬時加速(イグニッションブースト)…存在も知らない高等技術を、やってみたら出来たなどとは……ダンスのお相手としてはステキ過ぎて困ってしまいますわ」

「お褒めに預かり光栄」

「では、今度は私の番ですわね…お行きなさい! ブルーティアーズ!!」

 

 セシリアから射出された4基のビッド、ブルーティアーズがそれぞれ別々の軌道で動き、和人に向けて射撃を開始した。

 4方向からの射撃に回避行動が随分と難しくなってきたが、それでも和人は避ける、避け続ける。そして、避けながら考える。射撃相手に、避けるだけでは解決しない、接近するには先ほどの様に急加速を利用する以外に何か手段は無いのか。

 

「やってみるか……」

 

 動体視力は一夏にこそ劣るが、それでも2年で鍛え上げられたそれは常人を遥かに凌駕するものだ。

 そこに加え、同じく2年間で鍛え上げた反応速度、反射神経を駆使する事で、和人は自身に向けられたブルーティアーズの銃口から放たれたレーザーにエリュシデータの刃を薙ぐことで、霧散させるのだった。

 

「…へぁ!?」

 

 レーザーを斬るなどという荒唐無稽なことをやらかした和人に、セシリアが妙な声を出した。いや、管制室で様子を見ている真耶も、Aピットで観戦している一夏達も、呆然とするほか無い。

 基本的に、レーザーは速い、ハイパーセンサーを使う事で初めて軌道を目視する事が出来る程度で、それに反応出来たとしても回避するのがやっとなのだ。

 だが、まさか回避ではなく、レーザーを斬るなんて選択を誰がしようか。いや、確かに一夏達も和人とレーザーを斬るなんて話をしていたが、まさか実際にやってくれるとは思わなかった。

 

「桐ヶ谷さん…本当に人間ですの?」

「失礼だな…そうだな、今のは銃口からレーザーの軌道を見切ってそこにエリュシデータの刃を置いただけって言えば納得するか?」

「……」

 

 納得出来る訳が無い。

 

「だけど、上手く行ってよかった。名づけるなら光線破壊(レーザーブラスト)って所だな、うん」

 

 ナツにもやり方を教えておこうと言っている和人に、セシリアは段々と難しく考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 むしろ、光線破壊(レーザーブラスト)などという常識外れの絶技を見せるこの男は、相手として不足無しと思うようにしたのか、先ほど以上のキレのある動きでブルーティアーズを操作し、各所からレーザーを発射する。

 今度は、斬る暇など与えないとばかりに。

 

「うぉ!?」

「多方向からの同時射撃なら、光線破壊(レーザーブラスト)もする暇がありませんわよ?」

 

 確かに、二刀流ならある程度対処可能だろうが、一刀流にしている現状では厳しいものがある。勿論、ダークリパルサーを出す気は無い。

 世界で2人しか居ない男性IS操縦者という立場上、様々な思惑で狙われているということを理解しているからこそ、早い段階で自身の切り札を切る訳にはいかないのだ。

 だから、この場を切り抜けるには捨て身の攻撃をするしかない。

 

「後は、隙を見つければ、一気に勝負に出られる」

 

 黒鐡のシールドエネルギーが尽きるのが先か、それともセシリアが隙を見せるのが先か、二人の勝負はそのどちらかで決まると言っても言いだろう。

 4方向からのレーザーを避けながら、和人はその内、避けながらも直撃しそうなレーザーだけを見切って光線破壊(レーザーブラスト)によって直撃を阻止するようになった。

 勿論、和人の急成長にセシリアは慌てる事無く、油断無くブルーティアーズを操作し、どんどん和人を追い詰めた。

 

「くっ…隙が見つからない、いや……無いなら、作るか」

 

 一向にセシリアが隙を見せない事に焦りを感じるが、それで冷静な判断力を失えばあっという間に敗北は確実、ならばどうするのか考えた結果、無いのならば作れば良いという考えに至る。

 和人は腰のアーマーからピックを3本取り出し、左手の指の間に挟むと、投剣のソードスキルを発動させる事でピック自体をライトエフェクトで輝かせた。

 

「来ますわね…何をするつもりかしら?」

「見てれば判るよ」

 

 投擲された3本のピックが扇状に放たれ、上手く誘導された先にあったブルーティアーズの銃口に吸い込まれる様に入っていく。

 丁度レーザーを撃とうとしていたブルーティアーズは衝撃で内部から爆散、そのことに驚いたセシリアが残る1基の動きを思わず止めてしまった。

 

「せあああ!」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)で残るブルーティアーズに近づき、エリュシデータを一閃、それだけでブルーティアーズを斬り裂いて一夏の時同様、セシリアの残り武器をスターライトmkⅢとインターセプターだけにする。

 

「流石ですわ、まさかピック同時投擲とは…」

「投剣ソードスキル、トライシューター。3本の投擲武器を同時射出するソードスキルだ」

「お見事ですわ」

 

 一夏以上のピックの扱い、そして一夏とほぼ同等と言っても過言ではない剣捌き、どれを取っても戦士としては超一流以上だ。

 IS操縦者としては、まだまだ甘いところも見受けられるが、それでも飛行能力などの点は素人とはとてもではないが思えない。

 総合すると、和人は間違いなく一夏以上の強者、しかも一夏以上に底が見えない、何か隠しているのは明らかな存在だった。

 

「これであなた方がISの操縦も完璧にしたら、どれほどの化け物になるのか、想像するのが恐ろしいですわ」

 

 だけど、彼等ほどの戦士と戦えるなど、IS操縦者としては僥倖、光栄の極みとも言えよう。一夏の時は、自業自得とは言え、慢心して最初から全力で戦えなかったのは、残念極まりないのだが。

 

「たとえ、射撃武器がこのスターライトだけになろうと、失ってインターセプターだけになろうと、最後まで戦い抜いて勝利を渇望させてもらうとしましょう」

「良いぜ、その方が相手にとって不足無しだ」

 

 スターライトmkⅢから放たれるレーザーが和人を襲うも、持ち前の反応速度と、黒鐡の速度を持ってして回避、避けつつもセシリアへ接近してエリュシデータを一閃する。

 しかし、一閃したエリュシデータの刃は接近してきた和人に対抗して射撃を止め、左手に展開したインターセプターの刃で受け止められてしまった。

 

「へぇ、やるじゃねぇか」

「いえ、あなたの刃を受け止めるだけでの精一杯ですわっ!」

 

 鍔迫り合いになった段階で、セシリアは後が無くなった。此処は受け止めるのではなく避けて距離を取るべきだったのだが、完全にセシリアの戦術ミスだ。

 

「あなたや織斑さん程の剣の腕前です、SAOでは何かしらの渾名があったのではないかしら?」

「あったぜ、俺は黒の剣士、ナツは白の剣士って呼ばれてた」

「あらあら、見た目通りですこと」

 

 白い装甲に白い剣の白式を纏う一夏が白の剣士、黒の装甲に黒い剣を持つ黒鐡を纏う和人が黒の剣士、まさに見た目通りであり、渾名を持つに相応しい実力を兼ね備えている。

 鍔迫り合いをしている間に、セシリアはスターライトを和人に向ける事を考えたが、そもそもこれだけ接近されていると、スターライトの長い銃身は届かず、第一に向ける前に切り伏せられてしまうのは明白だった。

 

「くらえ!」

 

 鍔迫り合いをしていたエリュシデータの刃がライトエフェクトによって輝いた。

 そのままインターセプターを弾かれ、垂直4連撃のソードスキル、バーチカル・スクエアが直撃、ブルーティアーズのシールドエネルギーが残り1割を切る。

 

「くぅ・・・ですが、先ほどの鍔迫り合いで、稼がせて頂きましたわ!」

「なにっ!?」

 

 和人に向けられたスターライトの銃口、そこにはチャージされたレーザーの光が今にもあふれ出しそうになっている。

 連射モードにしているスターライトmkⅢを、チャージする事で砲撃モードにするチャージショット、その強力無比の一撃が、和人に迫った。

 

「っ! おおおおおっ!!!」

 

 ライトエフェクトによって輝いたエリュシデータの刃が閃き、迫り来るレーザーを切り裂く。今一度使われた光線破壊(レーザーブラスト)によってレーザーはかき消されて、続くようにセシリアの右側に現れた和人が更に一閃、続いて後ろ、左と同じ事が続いた。

 ソードスキル、ホリゾンタル・スクエアの変則使用によって、光線破壊(レーザーブラスト)と攻撃の両方を実現した和人は、これにて勝利となる。

 

【ブルーティアーズ、シールドエネルギーエンプティー。勝者、桐ヶ谷和人】

 

 試合終了を告げるアナウンスに、エリュシデータを下ろした和人は何処か晴れ晴れとした顔で同じくスターライトmkⅢを下ろすセシリアと顔を合わせた。

 彼女はこの勝敗を確りと受け止め、そして…頭を下げる。

 

「とても良い試合をさせて頂きました。学ばせて頂く点も多々で、大変有意義な戦いでしたわ」

「いや、俺も勉強させてもらったよ、ありがとう」

「それでは、私はシャワーを浴びたいので、お先に失礼させて頂きますわね」

「ああ」

 

 Bピットに戻っていくセシリアを見送り、和人もAピットに戻った。ピットに戻ると、最初に明日奈が出迎えてくれて、黒鐡を解除した和人に真っ先に抱きつく。

 

「お疲れ様キリト君、大丈夫だった? 怪我は無い?」

「だ、大丈夫だから、ほら、抱きつくのは…」

 

 流石に人目のある所で抱きつかれるのは恥ずかしい和人なのだが、見ている一夏からしたら散々人目のある所で見ている方が恥ずかしくなるほどイチャイチャしている癖に何を、と言う感じだった。

 最も、一夏も人の事を言えた義理ではない。彼も和人同様に無自覚で百合子とイチャイチャする所があるというのはクラインとエギルの言だ

 

「ALOでは殆ど一刀流ばっかりでしたから、特に心配はしてませんでしたけど、ソードスキルのキレ、変わりませんね」

「まぁ、2年の内殆どは一刀流だったからなぁ」

 

 二刀流より一刀流の方が慣れているのは事実、切り札たる二刀流より使い慣れてる感があるのは当然だ。

 

「ところで山田先生、俺もキリトさんもセシリアには勝ちましたけど、代表はどうするんですか?」

「え? そうですねぇ…正直、もう織斑君と桐ヶ谷君が戦う時間も無いので、話し合いという事になりますが…」

「キリトさん、やりましょうよ?」

「いや、お前がやれよ」

 

 互いに押し付け合い。

 結局、明日奈の一喝が入るまで、一夏と和人は何か理由を付けては互いに押し付け合い続けるのだった。




次回、クラス代表決定! 初のIS実習授業と、クラス代表就任パーティーまで一気に行きたいです。
もう間もなく、セカンド様の登場ですな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 「選ばれた戦士」

すいません、パーティーまで行けませんでした。


SAO帰還者のIS

 

第十話

「選ばれた戦士」

 

「と言う訳で、1年1組のクラス代表は織斑君に、副代表は結城さんに決定しました」

「ちょっと、待ってください先生。ナツ君? どうしてわたしが副代表なのかな~?」

 

 和人とセシリアの試合が行われた翌日のHRで、一夏がクラス代表に決定した旨が真耶よりクラス全員に伝えられるが、同時に副代表として明日奈が就任した事も伝えられた。

 その事に初耳だと明日奈が一夏に詰め寄ると、一夏は冷や汗を流しながら目を逸らし、震えそうになるのを堪えながら口を開く。

 

「い、いや…アスナさんって血盟騎士団の副団長やってましたし、ソロだった俺より人纏めるのは上手いだろうって、キリトさんも賛成してくれた訳でして…」

「キリト君?」

「いや! 俺は提案しただけで…ナツ!」

「勧めてくれたのキリトさんでしょうが!」

 

 アスナの怒りを向けられるのは一夏も和人も恐ろしいと理解しているからこそ、互いに責任を擦り付け合う。

 だが……。

 

「キリト君、ナツ君」

「「は、はい!?」」

「二人とも、後で“お話”があります」

「「はい……」」

 

 輝くような笑顔で言われて、青褪めた顔のまま、二人は頷くしか無かった。

 

「え、え~と…それでは織斑君と結城さん、これから代表、副代表としてよろしくお願いしますね?」

「はい…」

「わかりました」

 

 未だ落ち込む一夏と、仕方がないと納得する事にした明日奈が返事を返し、満足そうに頷いた真耶はHRを続けた。

 一夏もいつまでも落ち込んでいるわけには行かないので、授業の準備をしながら真耶の話に耳を傾ける。

 

「もう直ぐクラス代表リーグマッチがあります。織斑君が代表として試合に参加する事になりますので、訓練は怠らない様にお願いしますね」

「はい」

「結城さんはサポートです。織斑君の訓練に参加するのも良し、訓練で忙しい織斑君に代わって雑務をこなすのも良し、その辺りはお任せします」

「わかりました」

 

 一夏と明日奈が納得した所でHRは終了、真耶が教室を出て行ったところで一夏は和人、明日奈、百合子と相も変わらず集まっている。

 

「もうナツ君ったら、いつの間にわたしを指名してたのかなー?」

「う…実は昨日の内に、山田先生に」

「全く…今度はちゃんと相談する事!」

「はい」

 

 ポカッと軽く一夏の頭を小突いて、一夏もそれで反省した。

 ふと、一夏は先ほどから黙っていた百合子に目を向けると、丁度彼女も視線に気付いて一夏の方を向く。

 

「どうしたの?」

「いや、実はユリコにアスナさんの補佐をして欲しいんだ。血盟騎士団でも副団長補佐って立場でアスナさんの補佐してたし、慣れてるだろ?」

「う~ん…ん、わかった」

 

 明日奈を長い事補佐してきた百合子なら適任だろう。後は、上手い事逃げた和人だが、一夏も明日奈も、逃がす筈も無い。

 

「キリトさんには俺の補佐をお願いします」

「ちょっと待て! お前の補佐はアスナがするんじゃ…」

「勿論、副代表として俺の補佐はアスナさんがしてくれますけど、副代表に副代表補佐が居るのに、代表に代表補佐が居ないのはアレですし、代表補佐、やってくれますよね?」

「ぬぅ……わかった、やれば良いんだろ?」

「ええ、わかってくれて嬉しいです」

 

 話が纏まると、それを見越してセシリアが近づいてきた。

 特に敵意などは無く、それどころか随分とにこやかに、柔らかい雰囲気を醸し出しているところを見ると、大分変わったと思わざるを得ない。

 

「皆さん、お話は終わりましたの?」

「あ、セシリアちゃん、うん終わったよー」

「そうですの…所で一夏さん、和人さん、明日奈さん、百合子さん、皆さんはまだIS操縦について素人という事ですので、よろしければ如何でしょう? 放課後にでも私が色々とご指導致しますわ」

 

 あの試合の後から、セシリアは一夏達に頭を下げ謝罪し、許しを受けるのと同時に名前で呼ぶ事を許された。

 そして、今回セシリアが提案してきたのは実に在り難い申し出だ。

 ALOで飛行経験があるから飛行するだけなら問題無いのだが、飛行の際のテクニックなどは全く知らないので、代表候補生としてその辺りの知識が豊富なセシリアが教えてくれるのは助かる。

 

「助かるよセシリア、頼んで良いか?」

「ええ、一夏さんも和人さんも、明日奈さんと百合子さんもALOで飛行経験がお有りですから、コツなんて直ぐに掴めますわ」

 

 代表候補生と仲良くなれたのはありがたい事だ。おかげでISの操縦技術を向上させるのに随分と近道が出来る。

 学園の授業で学ぶだけでは到底得られない技術を、知識を代表候補生から学べる、これほどの幸運は中々無い。

 

「わ、私もそれに参加するぞ!」

「箒? いや、でもお前…」

「な、なんだ!? 私が参加すると何か不味いとでも言う気か?」

「いや、別に俺は良いさ、セシリアは?」

「私も別に気にしませんが…ですが篠ノ之さん、専用機をお持ちではないでしょう?」

「…う、だが訓練機で参加を」

「貸し出しに時間掛かる」

「っ! だ、黙れ!」

 

 百合子の最もな指摘に敵意剥き出しで怒鳴りつけてきた箒だが、特に百合子が怯む様子は無い。

 いつも通り、クールな表情で何を考えているのか一夏や明日奈以外には中々読めない目で箒を見つめている。

 

「な、何だその目は」

「別に、ただ訓練機を申請して、借りられたら参加すれば良いだけの事」

「くっ…貴様に言われずともそのつもりだ!」

「おい箒、何を怒ってるんだ? 別に仲間はずれにするってわけじゃないから、ユリコに当たるなよ」

「なっ!? 貴様はこの女の味方をするというのか!?」

「味方も何も、事実だろ? それに自分の恋人の味方をするのは当然だって」

 

 何故箒が怒っているのか、それを理解出来ない一夏にも問題はあるが、その後の恋人発言が不味い。

 完全に頭に血が上った箒が百合子を指差していつぞやのセシリアみたいな台詞を吐いた。

 

「私は認めん! 貴様が一夏の恋人などと…勝負しろ! 私よりも弱い奴が一夏の恋人など認める訳にはいかない!!」

「勝負って?」

「剣道だ!」

「剣道、やった事無い」

「ぬぐ…な、なら私が訓練機を申請して借りられたら勝負だ!」

「良いけど…」

 

 セシリアは思った。完全に勝負にはならないだろうと。

 一夏や和人から聞いた話だが、一夏と和人、明日奈、百合子の4人はSAO時代、常に最前線で攻略に参加していた攻略組。しかも4人とも実力としてはトッププレイヤーに属していたほどの腕前だと。

 ゲームの話だと笑う事無かれ、事実それを体験したセシリアだからこそ判る。彼等の実力は命懸けのゲームによって鍛え上げられた本物だという事が。

 

「篠ノ之さん、いくらなんでも無謀ですわ、あなたはいくら篠ノ之博士の妹でも、ISの搭乗時間は一般生徒と変わらず、剣道の腕はあるかもしれませんが、それはあくまで剣道の試合のお話……SAOで命を賭けて戦ってきた百合子さんに勝つのは無謀の極みでしてよ?」

「ふん! ゲームで強くなったからと言って、現実で強くなる訳ではない! ここはゲームではなく現実なのだという事を思い知らせてやる」

「駄目ですわこれは…百合子さん、出来れば手加減して差し上げてくださいな」

「うん、切り札を使う気は無い」

 

 これも一夏から聞いた話だが、4人とも実力としては互角らしいのだが、和人と百合子の二人は切り札さえ使えば一夏と明日奈を上回る。

 しかも、百合子の切り札は和人の切り札をも上回り、実質的に4人の中で最も強い…というと語弊があるが、最も厄介と言うべきなのは百合子なのだ。

 

「箒、少し熱くなりすぎだって。それにいくらお前でもSAOを馬鹿にするなら俺だって許せないぜ?」

「一夏! 貴様がそこまで堕落したのはゲームとこの女が原因だ! 堕落した貴様を矯正するには邪魔なものを排除する必要があるんだ!」

「…なぁ、箒、俺が怒らないとでも思ったか?」

「っ!? な、何を…」

「SAOを、ユリコを侮辱するのは、俺が許さない。そう言ってる」

 

 一夏の言葉に箒が顔を青褪めさせてしまうが、直ぐに矛先を百合子へと向けた。

 箒からしてみれば6年間想いを寄せていた一夏に、ぽっと出の、何処の馬の骨とも知れない女が急に恋人を主張してきたという泥棒猫でしかないのだ、百合子は。

 更に、自分が一夏との絆だと、ずっと続けてきた剣道を、一夏は簡単に捨ててゲームなどという軟弱者がやる娯楽にのめり込み、あまつさえゲームと現実を重ねているという堕落っぷりは見るに耐えない。

 ここまで一夏を堕落させたのは、この泥棒猫なのだと、自分を見てくれないで泥棒猫ばかり見ているのはその所為なのだと、そう思うと殺意すら湧いてくる。

 

「絶対に、貴様を認めない…貴様が一夏の恋人であって良い筈が無いんだ…」

「……負けられない理由、出来たなぁ」

 

 箒の殺意には気付いていた。だから百合子は負けられない理由が出来たと、そして恋人の罪作りな所に対して、溜息を溢すばかりである。

 

「ねぇナツ、織斑先生に頼んで篠ノ之さんに訓練機優遇してもらって、今日の放課後だけ」

「判った…でも、良いのか? 俺が戦っても構わないが」

「別に、勝つことが決まってる試合に、夫の手を煩わせるのは、妻として失格だから」

「お、おい…流石に現実で妻は恥ずかしいんだけど」

「ふふ」

 

 和人、明日奈のラブラブっぷりに負けず劣らず、この夫婦もまた、現実でもラブラブなのは変わらなかった。

 益々百合子に殺意を向ける箒とは別に、セシリアは少し苦めの紅茶が飲みたくなり、早々に退散する事にする。

 和人と明日奈は、SAOの時から慣れていたので、苦笑する程度だ。

 そして、チャイムが鳴って1時限目が始まるので、各自席に戻って授業の準備をする。教室に入ってきた真耶は、教室に漂うただならぬ気配を感じて、首を傾げるのだった。




遂に箒爆発。
次回はユリコVS箒
結果はまぁ決まってますね。そして、早々に決着が着くでしょうから、パーティーまで行けそうな予感。
鈴が出てきたらまた爆発を書く事になるのかな? う~む……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 「白と連れ添う戦士」

えっと、言い訳的な何か。
序盤の箒って、どうしても扱いが悪くなってしまう。話が進めば良い扱いも出来るんですが、どうしても序盤の箒は自分勝手というかなんというか、そんな印象が強く、扱いは最悪と言えるかもしれません。
ただ、後々に千冬と同様に和解イベントは用意してますので、その辺で納得してくれればと思います。


SAO帰還者のIS

 

第十一話

「白と連れ添う戦士」

 

 放課後、一夏が千冬に頼んで箒のこの日の放課後だけで良いので訓練機を優遇してもらう事に成功した為、早速だが練習にと第三アリーナを貸切にして一夏達4人とセシリア、箒は第三アリーナに来ていた。

 既に箒は貸し出し用の訓練機、純日本製第2世代型量産IS“打鉄”を纏ってアリーナに出ており、百合子もアリーナに出て待機状態にしていた専用機、槍陣を展開する。

 

「行きましょうか、ルー・セタンタ」

 

 展開した真紅の槍、その穂先を箒に向けると、近接戦闘用ブレードを構えた箒は剣道の時と同様、正眼に構えて百合子を睨んだ。

 

「貴様など、ただゲームで強くなった事が現実でも強くなったと勘違いしている馬鹿者だという事を、証明してやる」

「現実で強くなったなどとは、思ってませんよ。ただ、ISに乗る事でSAOの動きを再現出来るから、生身よりは強いという自信はありますが」

 

 未だ、百合子も含めて一夏達は生身で満足な戦闘を行えない。SAOの動きを再現するなどそれこそ持っての外だ。

 だけど、SAOの動きを再現出来るISに乗っているのなら、自分達はSAO攻略組としてのプライドもある、そう簡単に負けるつもりは無い。

 

「それでは、よろしいですか? 始め!」

 

 セシリアの合図と共に先手必勝とばかりに箒が動いた。

 ブレードを上段から振り下ろし、反応も出来ずに百合子に大ダメージを与える事を予想して口元を歪めるが、それは大いに間違いだ。

 振り下ろされたブレードに槍をぶつけて絡め取り、箒の手からブレードを大きく弾き飛ばして素手状態にする。

 

「ナツの得意とした武器落とし(ディス・アーム)、私も使えない道理は無い」

 

 夫が得意としたシステム外スキル、妻である百合子に使えないはずが無い。

 武器を落とした箒は慌ててブレードを拾いに行こうとしたのだが、そんな事を許す百合子でも無く、一瞬で箒の背後に移動して強烈な刺突を一発入れると、面白いように箒が地面に激突した。

 

「グッ!?」

「ソードスキル、リヴォーブ・アーツ」

 

 ルー・セタンタがライトエフェクトによって輝き、そこから5連続の刺突技が放たれた。

 倒れていた箒は避けようにも回避行動を取る前に神速の如き槍が襲い掛かり、5連撃全てを受けてしまう。

 唯でさえ威力の高いソードスキルを、専用機ではなく訓練機で受けて、しかも5連撃全てを受けてしまった結果、打鉄のシールドエネルギーは残り僅か、最後に心臓部目掛けて放たれた一発が、絶対防御を発動してシールドエネルギーを0にしてしまった。

 

「そ、んな…私が、何も出来ずに」

「剣道の腕は確かだと思う。でも、圧倒的に実戦経験が不足しているから勝てない」

「くっ、何が実戦経験だ…たかがゲームの経験が」

「たかがゲームでも、命を賭けた戦いという時点で実戦と何も変わらない」

 

 ルー・セタンタを量子化した百合子は後ろを向いて既にセシリアに空中軌道について教わっている一夏達に合流した。

 残された箒は悔しさに涙を流し、もはや自分を見ていない百合子を睨みながら怒りで震える拳を地面に叩きつけ、怨叉の声を呟く。

 

「許さん…絶対に、どんな手段を使おうと、絶対に貴様を超えてやる…絶対に、貴様の存在など、認めないっ!」

 

 だから、箒は専用機を求めた。それも、誰にも負けない絶対の力となる最強の専用機を。そしてそれを作れるだけの人間が、彼女の身内には居る。

 

「姉さん…に、電話するか」

 

 姉に頼んで百合子をISに乗れなくする事も可能だろうが、それでは箒の気がすまない。百合子だけは自身の手で下さなければ意味が無い。

 だから、姉に求めるのは敵の無効化ではなく、自身の力だ。最強無敵、絶対無比、全てのISの頂点に立てるだけの力を、姉に求める。

 

 

 放課後の訓練を終えて、一夏達が寮に戻ってくると食堂で一夏のクラス代表就任パーティーが開かれた。

 最初こそALO趣味でオタクと思われていた一夏だったが、SAO帰還者だという事が判明してからは同情的な視線で見られていたりしたものの、それでも好意的な感情を向けられて、更にはセシリアとの試合で圧倒的な実力を見せた時点で一夏や和人に対する1組の反応は既に好評の一言だ。

 

『織斑君! クラス代表就任おめでとう!!』

 

 クラッカーの音と共にパーティーが始まった。

 沢山のお菓子やジュースが並べられ、一夏達も思い思いのお菓子を食べながら話しかけてくるクラスメートの対応を行っているのだが、一夏と和人に寄って来る女子が多すぎる。

 元々、一夏はイケメン、和人は女顔という女子としてはアイドルみたいな存在、当然だが寄って来るのは当たり前だ。

 

「ねぇねぇ織斑君ってALOをやってるんだよね?」

「ああ、結構楽しいよ。空も飛べるからISの飛行イメージなんかには丁度良いし」

「そうなの!? ならあたしもALOやってみようかなぁ」

「アミュスフィア持ってたら出来るから、先ずはアミュスフィア入手からだな」

「うわ、高いんだよねぇアレ」

 

 一般家庭で買えない事は無いが、それでも購入するには躊躇するくらいの値段はする。今では製造も販売もしていないナーヴギアだって同じだったのだから、彼女達の反応も当然か。

 

「桐ケ谷君! もしALO始めたら色々と教えてくれる?」

「え、と…そ、その時は、ね」

「買ったら教えてよ、キリト君と一緒にわたしも教えるから」

 

 一方、和人は元来のコミュ障が災いして四苦八苦していた。隣で明日奈が色々とフォローしていなければ会話は成り立たなかっただろう。

 

「あら百合子さん、一夏さんの隣に行かなくてよろしいんですの?」

「ちょっと、飲み物のおかわり」

「あら、そうでしたの…そういえば私、昨日の夜に通販でアミュスフィアとALOのソフトを注文しましたわ」

「あ、買ったんだ」

「ええ、今度色々と教えてくださいな」

「うん」

 

 百合子は先ほどまで一夏の隣に居たのだが、飲み物の御代わりを取りに席を立ったところをセシリアに捕まり、彼女がALOを購入したという事で話が弾んだ。

 

「それで、ALOは始める時はどうするんですの?」

「先ずは種族を選ばないといけないの、9種類の種族が居て、その中から一つを選ぶ。風妖精(シルフ)水妖精(ウンディーネ)火妖精(サラマンダー)土妖精(ノーム)闇妖精(インプ)影妖精(スプリガン)猫妖精(ケットシー)工匠妖精(レプラコーン)音楽妖精(プーカ)の9つ」

「あら、御伽噺に登場する妖精の名前ですわ…なるほど、自分が妖精になるとは浪漫がありますわね」

「因みに私とナツは風妖精族(シルフ)で、キリトお義兄さんは影妖精族(スプリガン)、アスナお義姉さんは水妖精族(ウンディーネ)を選択しているよ」

「むむむ…私は、どうしましょう」

 

 それからキャラネームというVR世界での自身の名前となるものを決める必要がある事も百合子は説明していた。

 一夏ならナツ、和人ならキリト、明日奈と百合子は自身の名前にしてしまっているが、基本的には一夏や和人の様に自分の名前とは違う名前を考えなければならない旨も忘れずに。

 

「お、セシリアもALO始めるのか?」

「あら一夏さん。ええ、購入しましたので、届き次第始めようかと」

「そっか、なら最初は俺達のパーティーに入れるから、一緒にスキル上げとかしないとだな」

「スキル、ですの?」

「そう、魔法や剣、斧や槍、弓などといった攻撃手段や、料理や釣り、鍛冶などの戦闘に直接関係の無い趣味のスキルなど色々ある、それに今のALOはSAOで導入されていたソードスキルも使える様になってるから、それを覚えるのも有りだし、自分でオリジナルのソードスキルを開発するのも面白い」

「まぁ」

 

 いつの間にかセシリアにしていた筈のALO講義はクラス全員が聞いていた。

 皆、一夏や和人の強さの秘密であるVRMMOに興味を示しているらしく、教えている一夏としては大変嬉しい事だ。

 

「ねぇねぇ織斑君、RPGゲームって事はレベルなんかあるの?」

「ALOはレベル制じゃなくて完全スキル制だからレベルの概念は存在しない。スキル熟練度や本人の腕が全ての世界だ。勿論、魔法なんかは腕よりスキル頼りだから魔法に特化した人も居るな」

「ほうほう、魔法かぁ…子供の頃は魔法少女に憧れてたなぁ」

「ただし、呪文は暗記しないといけないから大変だぞ?」

「うへぇ」

 

 頭の良い明日奈と百合子は呪文なんかは暗記しているが、一夏と和人は使う魔法だけ暗記して、それ以外は全く覚えていない。

 そもそも剣で戦うのがメインの脳筋系だから魔法は殆ど使わないので覚える必要が無いとも言える。

 

「はいは~い! 失礼するよ!」

 

 一夏がALO講義をしている最中、突然2年生の女子が割り込んできた。手にはカメラとメモ用紙、それからペンが握られていて、見るからに新聞部辺りの人間だというのが解る。

 

「私は新聞部の黛 薫子、今話題の男性IS操縦者である織斑君と桐ヶ谷君にインタビューに来ました~!」

「インタビュー?」

「そそ、君が織斑君だよね? 早速だけど良いかな?」

 

 インタビューくらいなら構わないと、了承の意を示すと、何処から取り出したのか薫子はマイクを一夏に向けた。

 

「じゃあ先ず、代表候補生であるオルコットさんを倒してクラス代表に就任したわけだけど、その意気込みなんかを聞かせて頂戴」

「意気込みねぇ……クラスを背負った以上、無様な戦いはしない! で、どうでしょう?」

「おお! 良いねぇ。それじゃあ次! ALOが趣味って聞いたけど、強さの秘訣はやっぱりそれ?」

「ええ、飛行に関してなんかは特に、ALOは実際に空中戦闘なんかも行いますし、移動なんかでも飛ぶことが多いので、ISで飛ぶ時はALOで飛んでる時のイメージで飛ぶと結構イメージ通りに飛べます」

「おお、これは記事にしたら学園でALOブームが来るかも!?」

 

 来たら来たでALOをこよなく愛する一人としては嬉しい事だ。

 

「じゃあ、最後に織斑君と宍戸さんが付き合ってるなんて噂があるけど、本当かな?」

「はい、間違いなく俺と百合子は付き合ってます」

「わお!? これは記事にしても構わないのかな?」

「良いですよ、特に隠してるわけでもないので」

「やったね! それじゃあ次は桐ヶ谷君!」

 

 続いて薫子は和人の所へ向かい、和人にマイクを向けた。

 少し困った顔をする和人だが、明日奈が発破をかけた事で仕方がないとばかりにインタビューに答える事に。

 

「桐ヶ谷君は何でクラス代表にならなかったの?」

「元々、俺自身がコミュ障で、人の上に立つとか苦手だから」

「へぇ、それじゃあ次は織斑君と同じでALOをやってる訳だけど、やっぱり織斑君と同じ感想なのかな?」

「ああ、飛行については随分とIS操縦の上で助かる」

「本当にブーム来るかもねーこれは……、それじゃあ次は、桐ヶ谷君と結城さんが付き合ってるって噂と、二人が実は1年生より年上だって噂、これについて!」

「事実だ。俺と明日奈は付き合ってるし、俺は今年で17になる」

「わたしは今年で18だよー」

 

 食堂に驚愕の声が響き渡った。

 そういえば言ってなかったねー、と笑う明日奈は大物なのか、天然なのか。和人もまた、言ってなかったなー、などと明日奈同様に笑っているので、似た者夫婦とは彼等の事を言うのだろう。

 

「え~と……取りあえず、記事には出来るね、うん。それじゃあ最後に専用機持ち全員で写真を撮りたいから織斑君と宍戸さん、桐ヶ谷君と結城さん、オルコットさん集まってくれる?」

 

 言われた通りに集まり、薫子がカメラを構えた。

 5人全員が中央で手を重ねた格好になり、シャッターが押されるのを待つ。

 

「じゃあ、いくよー! 49+56÷6×4は?」

 

 暗算しろとでも言うのだろうか。

 微妙の表情になった一同に薫子がシャッターを切った瞬間、一夏達の後ろにクラスメート全員が集まって写真に収まった。

 何気に箒も一夏の後ろに立っているので、これでクラスの集合写真と化したのは言うまでもない。

 

「あ~、まぁ良いか」

 

 これはこれで記念になると、強引に納得する事にした薫子であった。




次回は遂に中華娘が襲来!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学年別クラス代表リーグ編
第十二話 「中国より来る戦士の友」


え~、お待たせしました。
感想でもありましたが、感想返しについて私なりの考えがあるのですが、それはあとがきにて語ります。


SAO帰還者のIS

 

第十二話

「中国より来る戦士の友」

 

 クラス代表が一夏に決まり、いよいよクラス対抗リーグ戦が近づいてきた。

 昨日パーティーをして盛り上がったクラスメイト達は翌日になれば若さで体力を取り戻せるのか元気一杯で、それどころか真新しい話題の噂話に花を咲かせている。

 教室に入ってきた一夏達4人と箒、セシリアは席に着くなり噂について聞いたのだが、何でも隣の2組に転入生が入ったらしい。

 

「随分とまぁ、こんな時期に入るって事はIS学園に当初は入る予定じゃなかったって事か?」

「なのかな? それに中国からってことは、代表候補生?」

 

 一夏と百合子が顔を向き合わせて話をしていると、それを聞いていたセシリアが会話に加わってきた。

 

「間違いなく中国代表候補生でしょう。入学式を終えてからの一般生徒転入は余程の例外が無い限り原則不可能と聞いてますし、出来るとしたら代表候補生くらいですわ」

「そっか、中国かぁ…そういえば、SAOに居る間にアイツ、中国に帰ったんだよなぁ」

「アイツ…?」

 

 一夏が口にしたアイツとは誰なのか、百合子が聞きたいと言葉に出さずとも目を向ければ一夏も何が言いたいのか理解して2年も会っていない幼馴染を思い出した。

 

「小学5年からSAOに囚われるまでの間、ずっと一緒に遊んだりしてた幼馴染が居てさ、そいつが中国人だったんだよ。SAOから帰ってきてから弾に聞いたら一昨年の末に中国に帰ったって話なんだよな」

 

 一夏の幼馴染と聞いて、この場に居る幼馴染である箒が驚愕の表情を浮かべた。

 幼馴染のアドバンテージを持つのは自分だけだと思っていたのに、まさか同じ一夏の幼馴染というポジションを持つ存在が居るなど、彼女にとっては寝耳に水だ。

 

「い、一夏、その幼馴染というのは、女か?」

「ああ、名前が…」

「凰 鈴音よ!」

 

 懐かしい声が、聞こえた。

 一夏にとっては2年ぶりに聞くことになる、懐かしい友人の声、もう聞くことは無いかもしれないとまで思っていた声が聞こえて、教室の入り口の方へ振り返ると、そこにはIS学園の制服を身に纏ったツインテールの少女の姿が。

 

「鈴…? 鈴なのか!?」

「久しぶりね一夏…本当に、目が覚めてたんだ」

「あ、ああ…去年の末に、な」

「そっか、良かった…おかえり、一夏」

「…っ、ただいま、鈴」

 

 少女、鈴音は一夏がSAOに囚われる直前まで一緒に遊んでいた幼馴染だ。当然だが、一夏がSAOに囚われて直ぐ傍で千冬に代わりお見舞いなどをしていた事もあり、SAO生還は彼女にとっても本当に嬉しい出来事だろう。

 

「そっか、転入生って鈴なのか」

「そう、2組に転入した、泣く子は更に泣かす中国代表候補生、凰 鈴音とはアタシの事よ!」

 

 泣かしてどうする。

 

「このクラスの代表は一夏、アンタよね?」

「ああ」

「ならクラス代表戦を楽しみにしてなさい。アタシの力、存分に思い知らせてあげる」

「上等だ、楽しみにしてるぜ」

 

 言うや否や早々に自分のクラスに戻って行く鈴音、その後ろでは叩き損ねた事に不満を感じたのか、少し機嫌の悪そうな千冬が立っており、鈴音も去ったところで教室に入りHRを始めた。

 

「ではHRを始める」

 

 千冬の号令と共にHRが始まり、今日もまた平和な一日が始まるのだった。

 

 

 昼休み、一夏は百合子、和人、明日奈、セシリア、箒を誘って食堂に来ていた。

 昼食には一夏と百合子、箒が和風定食を、和人がアメリカンクラブサンドセットを、明日奈とセシリアはサンドウィッチセットを注文し、受け取って席へ行こうとしたところ、ラーメンの乗ったトレイを持つ鈴音が待っていた。

 

「おそかったわね一夏」

「なんだ、待ってたのか? ラーメン伸びるぞ」

「う、うっさいわね! アンタが早く来ないのが悪いんじゃない!」

 

 約束をしていたのであれば御尤もなのだが、生憎約束はしていない。なので鈴音の言っていることは随分と見当外れなのだが、昔から鈴音の性格を熟知している一夏は苦笑してスルーし、鈴音も誘って大きいテーブルへ向かい、それぞれ腰掛ける。

 一夏の右隣には当然の様に百合子が、左隣には鈴音が、向かい側には箒が座り、その隣にセシリアが、反対側には明日奈と、その向こうに和人が座った。

 

「それで鈴、いつ帰ってきたんだ? 俺がSAOに囚われてる間に中国行ったって弾から聞いてたけど、親父さん元気か?」

「ちょっと、いっぺんに質問しないでよね。それよりアンタこそ目が覚めたなら連絡くらい寄越しなさいよね、散々心配掛けといて」

「あ~…それについては、ごめん。本当に、心配掛けた」

 

 特に鈴音は一夏が目覚める前に中国へ行ってしまったため、その心配の度合いは弾たちよりも高い筈だ。

 故に、一夏は改めて頭を下げた。大切な友人に、心配を掛けてしまった事の謝罪と共に、無事に帰ってきたという意味を込めて。

 

「それで一夏、さっきから聞きたかったんだけど、アンタと同じもう一人の男って、あそこの?」

「ああ。俺と同じSAO帰還者で、俺自身もSAO時代は凄く世話になった人で、桐ヶ谷和人さん」

「桐ヶ谷和人だ、よろしく」

「ふぅん、そっか…一夏が世話になったわ、ありがとう」

 

 一夏が世話になった人物だからと、鈴音は頭を下げる。少なくとも彼女は礼儀というものを弁えているらしく、それを見た和人と明日奈は逆に頭を上げるように言うしかない。

 

「それでより一夏、アンタなんでISなんて動かしてるのよ? SAO事件といい、アンタってトラブルに巻き込まれる体質でもあったのかしら?」

「いや、ただ弾が受験で忘れ物したってんで届けに行ったらISがあって、キリトさんと一緒に触ったら動いたとしか言い様がないなぁ」

 

 因みに、鈴音は知らない事だが、SAO事件とIS起動事件だけではない。

 中学1年の時に第2回モンド・グロッソを観戦しに行った時には誘拐され、その後は半年もしない内にSAO事件で2年も眠り続け、その後のALO事件を解決に導き、そしてIS起動事件だ。

 確かに言われてみればトラブルに巻き込まれてばかりな気がする。

 

「それで? 代表戦出るならアンタも練習とかしてるんでしょ?」

「まぁ、とりあえずIS搭乗時間を増やす程度には」

「はぁ!? 戦闘訓練とか、飛行訓練や射撃訓練はしてないっての!?」

「飛行訓練はまぁ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)とかの加速系は練習してるけど、飛行自体は問題なく出来るからそんなには」

「い、一夏…まさか、アンタ…噂は本当だっていうの?」

「噂って?」

「アンタが、ALOをやってるって」

 

 肯定しておいた。

 実際、一夏達がALOをやっているおかげでISでの飛行が素人離れしているほどの腕前であるというのは学園中に広まっている事だ。

 実際、あれからALOを始めたという生徒も居て、ALOで飛行をしてからISに乗ったら前より上達したという生徒も居るくらいなのだ。

 

「一夏、確かにアミュスフィアはナーヴギアと違って安全が確立されてるってのはアタシも知ってるし、ALOが健全だってのも知ってるけど、怖くないの? SAO事件で死ぬかもしれない状態になったってのに、またVRMMOやるのが」

「怖くはないよ、確かにALO事件なんてのもあったけど、今の新生ALOについては信頼出来るところが運営してるし、そもそも死なないゲームなら怖がる必要も無いしな」

 

 いつだったか、キリトが言っていた、死なないゲームなんて温すぎるという言葉。ALO事件の時であればそうも言ってられなかったが、今ならその言葉も真実味が増している。

 寧ろ、その温さが一夏達には心地良いのだ。散々死と隣り合わせのゲームをしてきたのだから、微温湯のような心地でゲームをしたいと思うのは当たり前と言えよう。

 

「信頼出来るところって、一夏、アンタその会社知ってるの?」

「いや、でも仲間の伝で信頼出来るって話を聞いてるから、問題無い」

 

 戦友でもあるエギルが信頼出来ると言ったのだ、それだけで一夏達が全幅の信頼を置く理由としては十分だ。

 

「何なら鈴もALOやってみると良い。すっげー面白いし、弾や数馬もやってるぜ?」

「へぇ、弾と数馬も…あの二人もやってるのなら信頼しても良いのかしらね」

 

 一夏がSAOに囚われて、鈴音と同じく心配していた弾と数馬、二人の友人も今ではALOプレイヤーだというのなら、鈴音としてもやってみようと思える。

 

「所で一夏さん? そろそろご紹介頂きたいのですが」

「あ、セシリア悪い、えっとコイツは凰 鈴音。小学5年の時に中国から転校してきた幼馴染で、俺がSAOに囚われてる間に中国に帰ったらしい。んで、今では中国の代表候補生か?」

「そうね」

「そうでしたの。では凰さん、よろしくお願いします、私はイギリス代表候補生のセシリア・オルコット、イギリス製第3世代型IS、ブルーティアーズの専属操縦者ですわ」

「あら、イギリスのBT兵器搭載試作機のアレ? ふぅん、よろしく、鈴で良いわ、中国製第3世代型IS、甲龍の専属操縦者よ」

 

 中国の第3世代機についてはセシリアも知っていたらしい。甲龍という名前でピンと来るものがあったらしく、納得顔をしている。

 

「んで、鈴、キリトさんの隣に座ってるのがアスナさん」

「結城明日奈です。歳はキリト君の一つ上で、凰さんの二つ上になるの。レクト社所属のテストパイロットです」

「と、年上!? って、そっか…SAO帰還者なら普通よね。よろしく、一夏が世話になったわ」

 

 此処までは何も問題無かった。だが、次と、その次の人物の紹介で一波乱あるのは、恐らく誰もが予想していただろう。

 

「んで、俺の向かい側に座ってるのが篠ノ之箒、前に話しただろ? 鈴が転入してくる前の年に転校してった剣道場の娘で、俺のファースト幼馴染」

「へぇ、あの時の話に出て来た子ね」

「む、篠ノ之箒だ」

「よろしくね」

 

 何故だろう、一夏以外の全員に箒と鈴音の間に火花が散っているのが見える。

 

「で、最後に俺の隣に座ってるのが宍戸百合子、同じくSAO帰還者だ」

「…よろしく」

「よろしく、アンタにも一夏が世話になったみたいね」

「気にしてないよ」

「でまぁ、俺の彼女なんだ」

 

 鈴音の時間が止まった。

 ゆっくりと、一夏の方を振り向いた鈴音はまるで冗談だと言って欲しいとでも言いたげな表情で一夏を見ていて、だけどそれは無常にも事実であると一夏と百合子が肯定してしまう。

 

「SAO時代に一緒に戦ってな、ゲームの中でだけど恋人になって、結婚もした」

「「結婚!?」」

 

 流石に結婚という言葉が出てくるとは思っていなかったのか、鈴音だけでなく箒まで驚いていた。

 確かに、ゲームの中での結婚とは言え、アイテムと金銭の共有化に互いのステータスを見れる様になるというのは、互いに信頼関係を築いていないととてもではないが出来ない事だ。

 SAOでの結婚について説明すると、鈴音は何とも言えない表情になる。

 それもそうだ。鈴音にとって一夏は初恋であり、今も尚、想いを寄せる相手であり、今回日本に帰ってきたのだって、あわよくば一夏とそういう関係になれたらという思惑もあったのに、それがまさか最初から思惑を打ち砕かれてしまうなど、誰が予想しようか。

 

「ねぇ、一夏……アンタ、百合子の事が好き、なのよね?」

「ん? 当たり前だろ、SAOで一緒に戦って、SAOの中でも、現実でも、守ると誓ったんだ。俺の剣は百合子を守るための剣だって、俺は自信を持って言えるぜ」

「そう…」

 

 想いを伝える前に、失恋してしまった。

 元来、鈴音は諦めが良いとは言えない性格だが、一夏の言葉、そしてその瞳にある百合子へ向けられた深い愛情を見て、もう自分の初恋は実らないのだと、確信してしまったのだ。

 

「そっか…アンタがSAOに囚われた時点で、あたしの想いは、届く事は無かったという事か……」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわよ!」

 

 だが、此処にはもう一人、諦めが良くない者が居る。

 そう、箒だ。彼女は一夏の言葉を聞いて、自分と一夏を繋ぐ筈の剣が百合子を守るために使われているのだと知って酷く不愉快な気持ちを抱いていた。

 一夏の隣に立つのが自分以外の女であるという現実が許せない。自分が一夏の隣に立てないという事が気に入らない。一夏が、自分を見てくれないのが、何よりも認められない。

 誰よりも最初に一夏に好意を寄せていたのは自分だ。一夏と一番長い時間を過ごしたのは自分なのに、何故一夏は自分を見てくれないのか、何故他の女に想いを寄せ、自分には寄せてくれないのか、ただそれだけが箒の胸の内を支配する。

 

「そろそろ教室戻ろうぜ、チャイム鳴っちまう」

「だな、アスナ」

「うん」

 

 一夏の言葉で全員席を立って、明日奈は和人の腕に抱きついて歩き出し、セシリアは百合子にALOの事を聞きながら、一夏は鈴音と昔の話をしながら歩いていたのだが、箒だけは席に座ったまま、一夏の後姿を眺めていた。

 

「箒、行くぞ? 遅れるぜ」

「む、ああ…」

 

 でも、こうして一夏が自分も確りと気に掛けてくれただけで胸が温かくなるのは、恋する乙女の性なのだろうか。




感想返しについて、私の考えをこの場で語らせて頂きます。
まず、感想返しについては、私自身が小説を投稿する上で自身に課した制約と言いますか、それがありまして、その制約というのが、『次話を投稿するまで感想返しをする資格は無い』というものです。
次話を投稿出来る状態になってもいない癖に頂いた感想へ対する返しをする資格は無い。次話を投稿出来るようになって初めてその資格を得るというのが私自身の考えです。
故に、私は感想返しは必ず次話投稿時にしています。
以上が、私の感想返しについての持論でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 「水の乙女と白き戦士」

遅れてすいません。
イカ釣りに行ってきまして、船だったのですが、物凄く体力を消費し、体力回復に2~3日掛かりました。
船釣りは中々に体力使うんですねぇ。しかも帰りの車の運転、私だし。


SAO帰還者のIS

 

第十三話

「水の乙女と白き戦士」

 

 鈴音を交えた昼休みの後、午後の授業が滞りなく行われ、現在は放課後。

 和人は明日奈の付き添いでリハビリ施設に行っており、百合子はトレーニング施設で筋トレをしに行っている。

 本当なら一夏も筋トレをしようと思っていたのだが、何故か百合子は一夏にトレーニングウェア姿を見られるのを恥ずかしがり、一緒にトレーニングさせてくれないのだ。

 

「はぁ~、暇だなぁ…ALOにインするかな…あ、でもこの時間だとまだ誰も居ないか?」

 

 一人で狩りしているというのも良いが、それも何だか寂しいと、元ソロプレイヤーらしからぬ事を考えている一夏だったが、ふと待機状態にしている白式がSAO時代に取得した索敵スキルを発動、一夏に何者かが背後を付回している事を知らせた。

 

「誰だ?」

 

 白式に格納していたトワイライトフィニッシャー(1/1サイズのレプリカモデル)を取り出して構えながら背後を振り返った。

 こんな時、レクトに頼んでトワイライトフィニッシャーの人間サイズレプリカを作ってもらって良かったと思いながら、木の影に隠れる人物に切っ先を向ける。

 

「あら、物騒な物を乙女に向けるものじゃないわよ? 織斑一夏君」

 

 木陰から出て来たのは水色の髪の少女、その手には扇子を持っており、開かれたそこには『銃刀法違反』の文字が書かれている。……何故か筆書きで達筆だ。

 

「それで? 何で付回してた」

「あら、私は生徒会長よ? なら今注目の男子生徒について確りと把握する義務があるのは当然よ」

「生徒会長?」

「ええ、生徒会長の更識楯無、学園最強を名乗らせてもらってるわ」

 

 一度閉じられた扇子を再度開いた楯無、そこには先ほどの『銃刀法違反』ではなく『最強♪』の文字が。

 

「最強、ね…それって教員も含めてってことか?」

「え?」

「学園最強を名乗るってことはブリュンヒルデの千冬姉より強いって事だろ?」

「い、いや~…織斑先生(バグキャラ)に勝てるほど強くは、ないかな~……」

 

 それはそうだ。あの(バグ)はIS公式大会で遠当斬撃なんてやらかした公式チートなのだから。

 

「ああ、つまり最強(笑)って事か」

「ちょ!? (笑)って何よ!?」

「だって、学園最強なんて、千冬姉差し置いて名乗ってるんだろ?」

「う…生徒最強、です」

「うむ」

 

 何故か満足気に頷く一夏。何気にIS業界で世界最強の座に輝いた姉が学園に居るのに、その姉を差し置いて学園最強を名乗られるのは嫌だったらしい。

 千冬とはVRMMOに対する意見の食い違いで距離が離れてしまったのはあるものの、それでも一夏にとってはISで世界最強に輝いた尊敬する姉なのだ、シスコンここに極まれり。

 

「で? 俺を付回してた理由は?」

「あら、さっき言わなかったかしら?」

「さっきので、本当に納得するとでも?」

「…へぇ」

 

 普通なら、否、SAOに囚われる前の一夏であれば、納得しただろう。だけど、戦闘以外にも様々な修羅場を経験してきた一夏は、そういった陰謀などにも敏感になっていた。

 まぁ、相変わらず恋愛関係に関してだけは鈍感のままなので、百合子も本当に苦労している。

 

「そうね、確かにさっきのは表向きの理由よ。本当の理由は君の護衛」

「護衛?」

「そう、世界で二人しか居ない男性IS操縦者にして、SAO事件を解決に導いた英雄達の一人、白の剣士ナツ君」

「っ」

 

 SAO事件を解決した人物が居るというのは有名だ。だけど、それが誰なのか、本名もキャラネームも、その一切が明かされていないというのに、彼女は一夏が英雄達の内の一人だという事を知っていた。

 アインクラッド75層、あの最後の戦いを勝ち抜いた英雄達、一夏がその一人だという事を。

 

「何故、それを…?」

「私の家系、ちょっと特殊なのよ。だからよく知っているわ。白の剣士ナツこと織斑一夏君、黒の剣士キリトこと桐ヶ谷和人君、閃光のアスナこと結城明日奈さん、無限槍のユリコこと宍戸百合子さん、絶対生還ギルドのクラインこと壷井遼太郎さん、商いの斧戦士エギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズさん」

 

 あの戦いに参加していた一夏の仲間全員の通り名とプレイヤーネーム、そしてリアルの名前をフルネームで知っている。

 特殊な家系とは言っていたが、この女…場合によっては危険かもしれない。と、警戒心を高めた一夏だったが、一夏の警戒心が上がったのに気付いた楯無は慌て出した。

 

「そ、そんなに警戒しないで? 私が護衛って事はIS学園からの依頼なのよ。それに特殊な家系っていうのも裏社会に属する家系だから普通は知らない事を知る事も出来るってだけなんだから」

「裏社会ですか…?」

 

 裏社会の存在なら一夏も知っているし、若干だが和人と共に関わりがある。

 総務省の菊岡誠二郎と知り合ってから色々と社会の裏事情というものに関わりを持つようになったのだ。

 特に、VR関連の裏事情なんかには精通していると言えよう。時々だがまだ表に出せないVR関連の協力というアルバイトも行っているのだから。

 

「それで、護衛という事ですが」

「ええ、本来なら桐ヶ谷君にも付けるべきなのだけど、貴方はある意味桐ヶ谷君以上に重要な存在なのよ。ブリュンヒルデ織斑千冬とIS開発者である篠ノ之束博士の後ろ盾を持つ貴方は」

「キリトさんは、重要ではない、と?」

「そうは言わないわ。事実、桐ヶ谷君は実験用に使おうという意見も色んな所で言われていたけど、全て日本政府とレクトが突っぱねて更識家から人を出す事になったもの」

 

 他国や国際IS委員会から見れば和人より一夏の方が重要だと言われているが、日本政府から見れば一夏よりも和人の方が重要な存在だった。

 SAOクリアの真の英雄にしてALO事件を直接解決した功労者、これだけでも日本政府…特に総務省にとって和人の方が一夏以上に大切な人材なのだから。

 

「そうですか、まぁ護衛というのなら構いませんけど、せめて気配くらいは消してくださいね、気になってしょうがないですし」

「あら? お姉さんが気になるのかしら?」

「いえ、外敵かと思ってしまいそうで」

 

 気配だけでそれが誰なのか、など一夏には判別出来ない。故に護衛するのであれば気配を消して一夏に悟られないようにして欲しいのだ。

 

「外敵って…」

「SAOはそういう世界だった、それだけの事です」

 

 白式の索敵スキルも楯無ほどの実力者が気配を消せば見つける事は出来ない。生憎と一夏はSAO時代に索敵スキルをコンプリートした訳ではないのだ。

 楯無が気配を完全に消しても索敵スキルで見つけられるとしたら、それは恐らく唯一索敵スキルをコンプリートした和人くらいだろう。

 

「そう、ならこれからは気をつけるわね」

「そうしてください、一々殺気を向けるのも大変なので」

 

 自然と、一夏達は自分たちに向けられる敵意や殺意、尾行などについて敏感になってしまった。

 それが何なのか不明だと、現実世界でモンスターが居ないというのは理解出来ても構えてしまいそうになる。

 

「と、こ、ろ、で~」

「何か…?」

「実は一夏君のクラスメートの布仏本音って子が居るでしょ?」

「ええ」

「彼女、ウチのメイドなわけなんだけど、あの子ALOやってるのよね~」

「はぁ」

「それで、あの子、私の妹も誘うつもりでいるみたいなんだけど、ALOの何処が面白いのか、教えてもらえるかしら?」

「俺が、ですか?」

「うん」

 

 姉として、妹がやるかもしれないゲームの魅力を知っておきたいと彼女は言う。

 一夏としても、これが切欠で楯無もALOに興味を持って貰えるのなら願ったり叶ったりなので、自身が知る情報と、魅力、その全てを伝えたところ、楯無も随分と興味を持ってくれた。

 

「へぇ、やってみようかしら…アミュスフィアがあれば出来るのよね?」

「ええ、アミュスフィアとALOのソフトがあれば寮の部屋にLAN回線もありますから」

 

 ならば今度の休みに購入しに行くと決めた楯無に一夏は鞄の中に入れていたALOのガイドブックを渡した。

 購入するまでこれを読んで事前知識を備えておけばゲーム開始後もスムーズにプレイ可能になる。

 

「ありがと、お礼に今度は桐ヶ谷君たちも一緒にISの訓練してあげるわ」

「楽しみにしてます」

 

 IS学園生徒最強であり、現役のロシア国家代表である楯無の訓練を受けられるというのは中々に魅力的だ。

 まだまだISの基礎的な動きは素人レベルであり、ALOでの動き方で誤魔化しているだけの一夏達にとっては在り難い申し出と言えよう。

 

 

 楯無と別れ、寮の部屋に戻ってきた一夏はまだ箒が帰宅していないという事もあり、本格的に暇になってしまったのでソロで狩りでもしようとアミュスフィアを被った。

 

「リンク・スタート」

 

 アルブヘイム・オンライン、ALOにログインした一夏…ナツは早速だが宿を出てアルンの外へ向かい、適当なクエスト攻略をしたり、レアアイテムをドロップするという噂のモンスターを狩ったりと、暇つぶしに興じている。

 右手に持った片手剣を振る度に短く切り揃えた金髪の髪が揺れ、蒼いラインの入った白の外套が踊る。

 

「ふぅ…新しい剣、欲しいな」

 

 今、ナツが使っている剣はアスナ救出の時に使っていたNPCの店で購入した物だ。

 それなりに使って長いので愛着もあるが、やはりSAO時代に使っていたトワイライトフィニッシャーほどの性能があるわけではないので、もう少し高い性能の剣が欲しくなる。

 

「確か、この辺で希少なインゴットが採れるって話だったよな…行ってみるか」

 

 インゴットが手に入ったらリズベットの所に持って行って剣を作って貰おうと決め、ナツは目的地に向かって飛んで行くのだった。




え~、次回の投稿は少し遅れます。
また少しリターンの方に集中しようと思いますので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 「激突する中国と日本の戦士」

たいっへんお待たせしました~!!
スランプを乗り越え、年末年始の仕事の忙しさを乗り越え、漸く更新です!


SAO帰還者のIS

 

第十四話

「激突する中国と日本の戦士」

 

 クラス対抗リーグ戦初日、第一試合は一夏が代表を務める1組と、鈴音が代表を務める2組の試合となった。

 既にアリーナに出て白式を纏った一夏がトワイライトフィニッシャーを、中国第三世代型IS“甲龍(シェエンロン)”を纏った鈴音が青竜刀型武装、双天牙月を構えて向かい合っている。

 

「いくわよ一夏、あんたが寝てる間に身につけたアタシの力、見せてあげる」

「ああ、俺も寝ている2年間で手に入れた実力ってやつを、見せてやるぜ」

 

 試合開始の合図と共に鈴音が動いた。

 双天牙月を振り上げ、一気に一夏へと突っ込んできて渾身の力を持ってして肉厚で巨大な刃を振り下ろす。

 しかし、大振りの攻撃など一夏にとってみれば見慣れたもの、アインクラッドのボスモンスターよりも遅い攻撃など当たる道理も無く、紙一重で避けて見せた一夏は逆にトワイライトフィニッシャーで双天牙月を思いっきり弾き返した。

 

「なっ!?」

 

 細身の片手用直剣であるトワイライトフィニッシャーで重量もそこそこある双天牙月を弾いた事に驚いたのか、鈴音の動きが一瞬だが止まる。

 勿論、ただ弾いても逆にトワイライトフィニッシャーが負けてしまうが、一夏は双天牙月の重さを利用し、振り下ろした事で発生する刃の遠心力に上乗せする形でトワイライトフィニッシャーの刀身を当てて、鈴音を前のめりにしたのだ。

 当然だが、前のめりになりそうになって慌てて体制を整えようと動きを止めた鈴音の隙を突いて一夏はトワイライトフィニッシャーの切っ先を向けると、腰の捻りを加えた渾身の刺突にて鈴音を思いっきり吹き飛ばした。

 

「きゃああああ!?」

「まだまだぁ!」

 

 パワー系ではなくスピード系ISの長所は攻撃から次への動作の動きがスムーズで、迅速な行動が出来る点にある。

 白式もまた、スピード系のISであるため、攻撃直後からの移動という動作の流れをスムーズに行い、吹き飛ばされた甲龍(シェンロン)を追って行った。

 

「せぁあああああ!」

 

 即座に接近され、大振りでしか扱えない大型武器である双天牙月を渾身の力で振り上げるしか出来ない鈴音は、振り上げた双天牙月を容易に避けられ、更なる一撃を受けて地面に叩き付けれた。

 更に追って来た一夏を見上げ、鈴音はもう少し隠しておこうと思っていた切り札を、切らざるを得ないと判断する。

 

「くらいなさい! これが中国の第三世代兵器の味よ!!」

「っ! ぐぅっ!?」

 

 鈴音に接近しようとした一夏が、見えない何かの直撃を受けて弾き飛ばされた。

 見ればシールドエネルギーも減っており、明らかに何か攻撃を受けたのは間違い無いのだが、生憎一夏の肉眼でも、ハイパーセンサーでも一夏に攻撃をしたモノの正体を捉えることは出来なかった。

 

「今のは…弾丸か?」

「そうよ、中国が開発した第三世代兵器、龍咆はね、空間を圧縮・固定して見えない砲身と弾丸を作るの」

「見えない弾丸か…」

 

 衝撃砲、一般的にはそう言われる兵器だ。空間という不可視のものを圧縮・固定し、弾丸として撃ち出すので、基本的に肉眼で視認する事も、ハイパーセンサーで捉えることも出来ない。

 更に、甲龍(シェンロン)非固定浮遊部位(アンロックユニット)から放たれるソレは、360度全ての方向へ向けて発射可能なので、事実上の死角は存在していない事になる。

 

「真下や真上なんて論外よ、衝撃砲はアタシの両腕にも装備されてるんだから」

 

 左右の非固定浮遊部位(アンロックユニット)と両腕の合計4門存在する衝撃砲は360度周囲だけでなく上下すらも射程に捉えている。

 つまり、見えない弾丸を何とかしない限り、これ以降一夏が鈴音に接近して攻撃する手段は無いという事になったのだ。

 

「なるほどな……面白い」

 

 だけど、そんな状況下であっても、一夏の表情に焦りは無かった。寧ろ喜んですらいる。

 相手が強敵ならば尚の事。SAO時代ならば焦りもしただろうが、命賭けのSAOが終わって、ALOという命懸けではない戦いをするようになった弊害か、若干だが一夏は命懸けにならないなら強敵相手に燃えるという驕りが出てしまうようになった。

 

「いいぜ鈴、ならば突破してやるさ……!」

 

 再度、宙に浮き上がりながら衝撃砲を放ってくる鈴音に対し、一夏は数あるソードスキルの中からこの状況に対し最適なスキルを選択し、モーションを起こした。

 一夏のモーションによって選択されたスキルを脳波からキャッチした白式が自身のシールドエネルギーをトワイライトフィニッシャーの刀身へと伝達させ、その身をライトエフェクトによって輝きかせる。

 黄色の輝きを放つトワイライトフィニッシャーを上段に構え、瞬時加速(イグニッションブースト)も併用して突撃する。片手剣ソードスキル、ソニックリープだ。

 同じ突進、突撃系のレイジ・スパイクやヴォーパル・ストライクより射程こそ短いものの、上空の敵に対しても有効なスキルであり、射程の短さは瞬時加速(イグニッションブースト)によってある程度解決出来る問題なので、現状最も最適だと、このスキルを選択した。

 

「おおおおおおぁああああああああ!!!」

 

 迫り来る衝撃砲を半ば直感で避けて、時には掠り、足や腕、腹などにも直撃を受けながらも真っ直ぐ直進しながら一夏はトワイライトフィニッシャーの刃を鈴音の胸目掛けて振り下ろそうとする。

 迫り来る刃を防御しようとした鈴音だったが、直撃する前に、一夏の口元がニヤリと歪み、そのまま刃の向かう先が胸から上へ……左の非固定浮遊部位(アンロックユニット)にある衝撃砲の発射口を斬り裂いた。

 

「なっ!?」

「まだだ!」

 

 トワイライトフィニッシャーがによって斬り裂かれ爆発を起こした左の衝撃砲は使い物にならなくなっただろう。

 更に畳み掛けるように一夏の左手に展開した白式に搭載されているもう一本の剣……雪片弐型を甲龍(シェンロン)の右非固定浮遊部位(アンロックユニット)に突き刺した。

 

「これで、小細工無しのガチバトルだ」

 

 再度、トワイライトフィニッシャーを構え、回収した雪片を量子化して格納した一夏は改めて鈴音と向き直る。

 鈴音も威力が非固定浮遊部位(アンロックユニット)に搭載されていた物よりも劣る両腕の衝撃砲を使うつもりは無いのか、双天牙月を構えて一夏の誘いに乗った。

 彼女自身も、こういったガチバトルというのは好みらしい。

 

「単純明快ね。好きよ、そういうの」

「だよな、お前は昔っからそうだ」

 

 お互いにニヤリと笑いながら、次の瞬間には再び刃を交えた。

 トワイライトフィニッシャーと双天牙月の刀身が火花を散らし、白式と甲龍がハイスピードで動きながら付かず離れず一定の距離を保ち、時には急接近して再度刃を交わす。

 銃器や特殊兵装を一切用いない原始的な戦闘方法ではあるが、見応えのある戦いに観客席のボルテージも最高潮へと達して、正にこれから熱くなるという時だった。

 

「「っ!?」」

 

 再び接近しようとした二人の間に一筋のレーザーが振り、何かがシールドをぶち破ってアリーナに落下してきた。

 落下物はアリーナの地面に激突して大きく土煙を昇らせ、その姿を隠してしまうが、白式と甲龍のハイパーセンサーは未確認のIS反応を捕らえている。

 

「侵入者か?」

 

 既に非常警報がアリーナに響き渡り、生徒達や来客の避難が始まっている。

 ただ二人、アリーナに居る一夏と鈴音はお互いの武器を構えて未だ晴れない土煙を睨み付けて、何が来ても対処出来るようにしていた。

 

「煙が晴れるわよ!」

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 土煙が晴れて、姿を現したのはやはりISだった。

 しかし、そのISは一夏や鈴音の知る物とは大きく違っている。全身装甲(フルスキン)タイプという一般的には見ないタイプのISで、大きな腕が特徴的な機械兵士という言葉が似合いそうな姿だ。

 

「何者よアンタ! どこの所属!?」

 

 所属不明ISからの応答は無い。代わりに腕を上げて拳を一夏達に向けたかと思うと、そこからレーザーを放ってきた。

 間一髪、一夏が鈴音の前に飛び出てトワイライトフィニッシャーを一閃。和人がセシリアとの戦いの際に見せた光線破壊(レーザーブラスト)を見事に再現してみせる。

 

「い、一夏!? あ、アンタ今!?」

「いや~、やれば出来るもんだなぁ」

 

 勿論、普通は無理だ。恐らく光線破壊(レーザーブラスト)などというデタラメを可能にするのは世界広しと言えど一夏と和人、千冬くらいしか出来まい。

 

『織斑君! 凰さん! 今すぐ避難してください!』

 

 真耶からの通信が入ったが、正直避難は難しそうだ。

 既に所属不明機は動き出し、レーザーを連射してきていて、一夏も鈴音もそれを避けるのに精一杯。とてもではないが避難している暇など無いだろうし、未だ避難が終わって居ない観客席を見れば、自分達で避難誘導が終わるまでの時間を稼がなければ危険だという事を理解している。

 

「山田先生! 避難誘導が終わるまで俺達は逃げられませんよ。それより、そっちにユリコやキリトさん、アスナさんが居ると思うんで、今すぐアリーナに来てもらうよう言ってください!」

『なっ!? 駄目ですよ!? もう直ぐ先生方が到着しますから、生徒のお二人に危険な事をさせる訳には……』

「そのもう直ぐなんて待ってられません! 兎に角早く!」

 

 それだけ言って通信を遮断すると、一夏はトワイライトフィニッシャーを構えて刀身をライトエフェクトによって輝かせる。

 

「ちょっと一夏、何で助っ人なんて呼んだのよ?」

「あ~……正直、このまま俺と鈴だけで戦うのは厳しいから、俺とコンビ組みなれてるあの3人が来てくれれば大分楽になるんだよ」

 

 何せ、アインクラッドでは何度もPTを組み、コンビを入れ替えながらボス戦に挑んできたのだ。

 一夏と百合子、和人と明日奈、この鉄板コンビは勿論だが、一夏と和人、明日奈と百合子というペアや、一夏と明日奈、和人と百合子というペアで共に戦った事だって何度となくある。

 

「兎に角、3人が来るまで時間を稼ぐぞ鈴!」

「あ~もう! やってやろうじゃない!!」

 

 高速機動をしながらレーザーを放ってくる所属不明機へ向かって、一夏と鈴音は飛び出して行く。

 双天牙月による重い斬撃と、トワイライトフィニッシャーから放たれるソードスキルが、所属不明機の拳とぶつかり合い、火花を散らした。

 

「頼むぜ白式!」

 

 一夏の言葉に応えるかの様に、白式から送られたエネルギーがトワイライトフィニッシャーの刀身を更に輝かせた。




次回はゴーレム戦。
リアルで遂にアインクラッド最強の2大コンビが復活!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 「浮遊城を駆け抜けた戦士達」

第十五話です。


SAO帰還者のIS

 

第十五話

「浮遊城を駆け抜けた戦士達」

 

 所属不明機がアリーナに侵入してきてから管制室は慌しくなっていた。

 真耶はオペレート席で通信遮断した一夏達に再度通信を繋ごうと必至に呼びかけているが、それに応えは無く、千冬はずっと腕を組んだまま険しい表情でアリーナの様子が映し出されたモニターを睨み付けている。

 

「山田先生、織斑は何と?」

「それが、時間を稼ぐからその間に生徒達の避難を完了させて欲しいそうです」

「……教師部隊の突入可能時間は?」

「最短で10分ほどです」

 

 遅すぎる。ならば一夏の言う通りに一夏と鈴音が時間を稼いでいる間に生徒達の避難を終わらせる方が一番安全だろう。

 

「それから、桐ヶ谷君と結城さん、宍戸さんを援軍として呼んで欲しいと」

「あの三人をか?」

「はい……その、桐ヶ谷君達とならコンビネーションは抜群らしいです」

 

 思わず舌打ちしたくなった千冬だったが、管制室の窓からピッド内を見下ろすと、そこには既に和人と明日奈、百合子がスタンバイしているのが見えた。

 どうやら騒ぎが起きた時から既に動き出していたのだろう。それと、それに少し遅れる形でセシリアも駆けつけている。

 

「桐ヶ谷、結城、宍戸、オルコット」

『織斑先生?』

 

 千冬が和人達に通信を繋ぐと、明日奈が出てくれた。

 

「現在、アリーナに侵入した所属不明機は織斑と凰が交戦している。お前達は直ぐに出撃して二人の援護に当たれ。生徒達の避難誘導は現在遅れている、避難が完了する方が教師陣がアリーナに到着するより早いだろうから、それまで時間を稼ぐんだ」

 

 早急に、手早く簡潔に用件を伝えると、4名のIS展開許可を出し、4人が出撃するのを見送ってから、すっかり冷めてしまったコーヒーを口にする。

 冷めたコーヒーの苦さの不快故か、それともそれ以外の理由からか、表情を不快感に歪めた千冬はモニターへと視線を移した。

 そこには、和人達が駆けつけた事で一気に攻勢へと転じた一夏達の姿が、鮮明に映し出されているのだった。

 

 

 千冬から一夏が和人達を援軍として望んでいる事を聞いた和人達は直ぐに出撃するべく、己がISを展開すべく、待機状態にしているISへと視線を落とした。

 

「来い、黒鐡!」

「行こう、瞬光!」

「舞え、槍陣!」

「参りますわよ、ブルーティアーズ!」

 

 一瞬の輝きの後、4人はそれぞれのISを身に纏って順番にアリーナへと飛び出して行った。

 アリーナでは一夏と鈴音が所属不明機と交戦中であり、若干だが一夏が鈴音の援護を受けながら押している状況だ。

 

「ナツ!」

「キリトさん! アスナさん! ユリコ! セシリア!」

 

 到着した和人達に一夏の表情が明るくなる。アインクラッド攻略組最強PT、ここに復活した瞬間だった。

 すぐさま一夏は百合子と、和人は明日奈と、鈴音はセシリアとツーマンセルを組み、三方向からの波状攻撃を仕掛ける用意をする。

 

「ナツ、久しぶりだね……こうして組むの」

「ああ! 背中は任せたぜユリコ!」

「うん!」

 

 最初に鈴音が双天牙月で斬り掛かり、その肉厚の刃を所属不明機が受け止め、反撃にとレーザーの照準を彼女に向けた瞬間、一夏と和人がトワイライトフィニッシャーとエリュシデータをライトエフェクトによって輝かせながら突っ込んだ。

 二人が使ったのは片手剣ソードスキル、スター・Q・プロミネンスという6連撃だ。赤いライトエフェクトが炎の様に輝き、所属不明機の両手両足を斬り落とす。

 

「「スイッチ!」」

 

 スキル後、直ぐに所属不明機から一夏と和人が距離を取ると、すかさず明日奈と百合子が飛び込み、ライトエフェクトによって輝かせた細剣ランベントライトと長槍ルー・セタンタから細剣ソードスキルと、槍ソードスキルを発動する。

 

「はぁあああああ!」

「せぇあああああ!」

 

 明日奈が発動したのは彼女が最も得意とし、最も使用してきた彼女の代名詞とも言われたソードスキル、リニアーだ。

 一撃のみという少ない攻撃数だが、彼女のリニアーはアインクラッドで最も速かった。当然だが、ISに乗っている現在ならその速度は嘗てに劣る事も無く、目にも止まらぬ素早い刺突が所属不明機に突き刺さった。

 そして、百合子が使ったのは同じく一撃のみの刺突技、フェイタル・スラストというスキルだ。こちらも速度で言えば槍のソードスキルの中でも随一で、明日奈のリニアーが敏捷値によって速度が変わるスキルなら、こちらは筋力値によって速度が変わるスキル。

 アインクラッドにて、ナツとキリトにこそ及ばなかったものの、ユリコの筋力値はアスナを超えていた。その筋力から放たれる強力な刺突は所属不明機に突き刺さるどころか、そのまま貫通して大きく吹き飛ばしてしまう。

 

「セシリア! 今だ!!」

 

 一夏の合図に、上空待機していたセシリアは既に展開済みのブルーティアーズ4基の発射口を所属不明機に向けており、優雅に微笑んでいた。

 

「待ちくたびれましたわ! さあ、ブルーティアーズが奏でる終焉の葬送曲(レクイエム)をご堪能あれ!!」

 

 一斉射撃によって放たれたレーザーの嵐が所属不明機を襲う。

 あまりの激しさに所属不明機が土煙の中に消えたのだが、あれだけのダメージだ。もはやシールドエネルギーは残っていないだろうし、恐らくはスクラップになっているだろう事は容易に予想出来た。

 

「如何でしたでしょうか? わたくしとブルーティアーズの奏でるダンス、皆様方にもご満足頂けたかと存じますが」

「いや、油断するなセシリア……まだ敵の反応が消えてない!」

「え!?」

 

 煙の向こうからレーザーが放たれた。

 真っ直ぐ明日奈と百合子目掛けて放たれたレーザーは直感で動いた一夏と和人の光線破壊(レーザーブラスト)で如何にか霧散したが、続けざまに煙の中から出てきた切断した筈の両腕を繋ぎ直した所属不明機のタックルによって、一夏が百合子を巻き込んで大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「ナツ!」

「ナツ君!」

「一夏さん!?」

「一夏!!」

 

 吹き飛ばされた一夏を見ればギリギリで雪片を展開し、トワイライトフィニッシャーとクロスさせる事でガードしていたらしく、目立ったダメージは無い。

 百合子も一夏の後ろに居たため、さほど大きなダメージは負っておらず、まだまだ二人とも戦える。

 

「っ!」

 

 だが、畳み掛けるように所属不明機が一夏に接近して拳を叩き込む。トワイライトフィニッシャーと雪片でどうにかガードしているが、一撃の威力が大きすぎて長く防ぐのは不可能だ。

 援護するために和人達も動くのだが、所属不明機は先ほどの一戦でソードスキルのパターンを覚えたとでも言うのか、和人と明日奈の攻撃は一切当たらず、鈴音とセシリアの攻撃も余裕を持って回避されてしまう。

 

「ぐっ……クゥッ!」

 

 反撃する間も無く攻撃され続け、一夏も、そして後ろから支える百合子も、そろそろ限界が近づいてきたその時だった。

 アリーナ内一杯に放送を使った声が響き渡ったのは。

 

『一夏ぁあああああああ!』

「ほ、箒!? あのバカ!」

『一夏! 男なら、男ならその程度の障害を乗り越えずしてどうする!!』

「しまっ!?」

 

 箒の声に反応してか、所属不明機のターゲットが一夏から放送席に向いてしまった。

 所属不明機は一夏を押さえつけたままレーザーの照準を放送席に向けると、発射口にレーザー特有の光が収束していく。

 

「キリトさん!」

「ああ!」

 

 間一髪、放たれたレーザーは和人がガードしたのだが、今の一撃によりエリュシデータを弾き飛ばされてしまい、武器を失ってしまった。

 所属不明機は武器を失った和人に再度レーザーを向けると、トドメを刺そうとしたのだが、それを見ていた一夏が所属不明機の横っ腹に渾身の蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

「いい加減に、しやがれぇええええ!!」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):零落白夜、起動】

 

 突如、一夏と白式が黄金の光に包まれ、雪片弐型の刃がスライドしてレーザー刃を展開。みるみる内にシールドエネルギーを食い荒らしていく。

 

「おおおおっらあああああああああ!!!」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)によって一気に所属不明機の懐に飛び込んだ一夏が左手の雪片を一閃すると、所属不明機のシールドバリアーを掻き消し、本体を直接斬り裂き、胴体にあったコアを真っ二つに切断した。

 コアを切断された所属不明機は機能を停止させ、漸く戦いが終わると、シールドエネルギーが尽きた白式が強制解除され、一夏がアリーナの地面に座り込む。

 

「おつかれ、ナツ」

「ああ、ユリコもおつかれ」

 

 一夏の視界には、一夏を労う百合子の微笑みと、漸く駆けつけた教師陣の乗る打鉄やラファール・リヴァイヴの姿が映し出されているのだった。




次回は所属不明機について、一つ原作との乖離が…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 「戦士達の祝い」

書きたかったシーンが漸く書けた~!


SAO帰還者のIS

 

第十六話

「戦士達の祝い」

 

 所属不明機が沈黙した後、一夏達は一先ず寮へと帰され、件の所属不明機は現在学園地下にある解析室に運ばれて、解析が行われている。

 現状、解析を進めて判った事は所属不明機が無人機である事と、そのコアが467個あるどのコアとも一致しない未登録ナンバー……つまり、468個目のコアである事だ。

 

「ふむ……」

「織斑先生、何か心当たりでも?」

「いや、今はまだ……な」

 

 解析に参加していた真耶と千冬だったが、千冬には未登録のコア、無人機であるという点から犯人の凡その検討は付いていた。

 だが、真耶からの問いに答える事無く、視線を無人機に移したのだが、ふとポケットに入れていた携帯電話に着信が来たのに気付き、真耶に一言断りを入れると、解析室から廊下に出ると、携帯電話の画面を見る。

 

「束からだと……?」

 

 着信の相手は彼女の親友にして、ISの開発者である篠ノ之束だった。

 何の用事で電話してきたのか気になり、怪訝そうな表情を浮かべるが、意を決して通話ボタンを押すと、受話口を耳に当てる。

 

『もすもすひねもす~? ハァ~イちーちゃん、皆のアイドル、篠ノ之束ちゃんで~す!』

「……切るぞ」

『わわわ! 待って待って切らないで~! ちゃんと用事があるんだから~』

 

 開口一番にふざけた親友についイラッ★とした千冬が通話終了ボタンを押そうとしたのだが、止めようとする束の声に違和感を感じて受話口を再び耳に当てた。

 

「それで、何の用だ?」

『今日そっちに無人機が行ったでしょ?』

「……やはり、あれは貴様か」

『ん~、本来なら頷くんだけどなぁ』

 

 本来なら、とはどういう意味なのか。つまりあれは束が犯人ではないとでも言うのか。

 

「どういうことだ?」

『今日そっちに行った無人機……あれは束さんが開発したゴーレムⅠって機体なんだけどね? 実は1ヶ月前に盗まれた機体なんだよ~』

「待て、盗まれただと?」

『そそ、だから束さんはゴーレムⅠを開発したけど、そっちに送った犯人じゃないんだよ~! 参ったか!』

 

 ではあのゴーレムⅠを送りつけてきたのは誰なのか、そして束の所からゴーレムⅠを盗み出すなどという、とても不可能と思える芸当を行ったのは何者なのか。

 

『犯人の目星は付いてるよ、たぶん亡国機業だろうね』

「なるほど。だが亡国機業がお前のセキュリティーを突破するなど、出来るのか?」

『……ね、ちーちゃんも知ってるでしょ。私は電子関係に関してだけは世界一じゃないこと』

「……ああ」

『結局、私はこれまで一度だって晶彦君に電子関係で勝ったことは無いんだ。でも彼はもう死んでいる』

 

 束が口にした名前、それは嘗てSAOを作り出し、1万人をデスゲームという死の牢獄へと閉じ込めた茅場晶彦の事だった。

 しかも、束は茅場晶彦の事を晶彦君と、随分と親しげに呼んでいる。

 

『でもね、もう一人居るんだよ、束さんと電子関係が殆ど同レベルの人間が』

「馬鹿な! 晶彦さん以外にお前を上回る奴など……まさか!」

『そう、居るでしょ……晶彦君の大学時代の後輩に一人』

「須郷か……だが、あいつは今、留置所に居るはずだ」

『残念、実は既に亡国機業の手によって脱獄済み。今は亡国機業に身を寄せてるみたいだね』

 

 最悪の男が最悪の組織に居る。それが判明しただけでも頭が痛くなる思いだ。更に束は千冬の頭痛の種となる事実をもう一つ告げた。

 

『盗まれたISはゴーレムⅠが1機、ゴーレムⅢが5機だよ。迎撃に当たったゴーレムⅡは大破して、何とか回収したから盗まれてないけど』

「つまり、まだゴーレムⅢの襲撃がある可能性がある、ということか」

 

 亡国機業が、否、須郷がこの学園を襲撃した理由は流石に不明だが、一夏と百合子、和人、明日奈が原因ではないかと予想した。

 彼はレクトに勤めていた時にSAOサーバーの責任者としてデスゲーム開始から終了まで携わっていたのだから、何かしらの関係がありそうだ。

 

『兎に角気をつけてねちーちゃん、須郷は晶彦君より劣るとは言え、それでも電子関係では私に並ぶ天才だから』

「ああ、忠告感謝する」

 

 話はそれだけ、と通話終了ボタンを押し、千冬は解析室に戻る。

 解析室では相変わらずゴーレムⅠの解析が行われていたが、千冬の入室に気付いた真耶が作業を中断して千冬の方へ歩み寄ってきた。

 

「どなたからでした?」

「知り合いからな。それより解析結果については後でレポートに纏めておいてくれ」

「了解です。それと、篠ノ之さんについてですが……」

「今は営倉に放り込んである。何かあったのか?」

「あ、はい……その、IS委員会が彼女を2日後には出せ、と」

 

 現在、箒は危険行為をしたという理由で学園の営倉に入れられている。本来なら彼女の行為は危険極まりないとして、1ヶ月の謹慎から最悪は退学もありえたのだが、IS委員会は箒の姉である束を恐れてか、箒を2日で開放するよう命じてきたらしい。

 

「学園上層部は何と?」

「委員会とほぼ同意だそうです」

 

 頭が痛くなる事案がまた増えた気がして、今度こそ千冬は頭痛薬と胃薬の常備を検討するべきかと、本気で悩むのだった。

 

 

 トーナメントの翌日、放課後になって一夏と和人、百合子、明日奈の4人はセシリアを連れてIS学園の外に出ていた。

 学園を出てモノレールに乗り、目的の駅である御徒町で降りると、和人の妹である桐ヶ谷直葉と合流し、更に少し歩く。

 

「久しぶり、お兄ちゃん」

「ああ、そっちは変わり無いか?」

「うん! 一夏君と明日奈さん、百合子ちゃんもお久しぶりです」

 

 桐ヶ谷直葉、ALO事件の際に明日奈救出の為に力を貸してくれたシルフ、リーファのリアルの姿であり、和人の妹。

 今は埼玉県内の高校に通っていて、今はその帰りに合流した形になる。

 

「えと、それからそちらは?」

「セシリア・オルコットですわ。ティアと名乗った方が判りやすいでしょうか? リーファさん」

「あ! ティアさん!? わ~、本当にIS学園の生徒だったんですね!」

 

 セシリアもつい最近になってALOを始め、明日奈と同じウンディーネを選択、アバターネーム“ティア”としてキリト達パーティーと共に行動している。

 もっとも、リーファとティアとしてではなく、リアルで桐ヶ谷直葉とセシリア・オルコットとして会うのはこれが初めてだ。

 

「ところで一夏さん、今日はどちらへ行かれるんですの?」

「ああ、もう直ぐ着くよ。それまでお楽しみ」

「はぁ」

 

 何処へ向かっているのか、まだセシリアには内緒にしている。折角ALO仲間になったのだから、これから行く先で驚いてもらい、そして輪に溶け込んでもらいたいのだ。

 

「ところで、直葉とセシリアはエギルさんとはもう会ったの?」

「あ、うん! 百合子ちゃんに予め聞いてたけど、大きい人だよね~」

「見たところ、アフリカ系アメリカ人の方のようですが、日本語がお上手な方ですわね」

「あはは、本人見たら驚くぞ? アバターまんまだし。それにエギルは生粋の江戸っ子アメリカ人なんだよ」

 

 そうこうしている内に目的地に着いた。

 6人の前にあるのはダイシー・カフェという喫茶店だが、見た目はバーの様にも見える少し小洒落た店だ。

 店の扉には『本日貸切』の札が掛けられており、一般客は入れないようになっているのだが、和人が何の躊躇いも無く扉を開けると、中には既に大勢の客が来ていて、入ってきた和人達を笑顔で出迎えていた。

 

「おいおい、俺達遅刻はしてないぞ」

 

 約束の時間通りに来たと和人は言外にそう言うが、ピンクのカーディガンを着た制服姿の女子、リズベットこと篠崎里香が近づいてくると、和人の隣に立って何故か一夏にサムズアップする。

 

「主役は最後に登場するものですからねぇ、ナツに言ってアンタ達にはちょっと遅い時間を伝えてもらったのよ」

「ナツ! お前か!」

「い、いや~……リズさんには逆らえませんって」

 

 そんな事より、とばかりに里香が和人の手を取って店内の奥に設置した台の上に和人を立たせると、何処から取り出したのかマイクを片手に皆へと振り返った。

 

「え~、それでは皆さんご唱和ください! せ~の!!」

『キリト! SAOクリアおめでとう!!』

 

 今日は前々から企画していたオフ会、それもSAOクリアを記念してのパーティーなのだ。

 SAOがクリアされて数ヶ月が経ち、漸く元SAOプレイヤー達のリハビリが終了したり、仕事が軌道に乗り始めたりして、落ち着き始めた今だからこそ、こうやって黒の剣士キリトと交流のあったメンバーを集めてパーティーを行う事になった。

 見れば和人達以外にもエギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズ、クラインこと壷井遼太郎、リズベットこと篠崎里香、シリカこと綾野珪子も居るし、他にもクラインが率いていたギルド風林火山のメンバーや、圏内事件で知り合ったヨルコやカインズ、ユイの一件で知り合ったシンカーとユリエール、サーシャも居る。

 

「はぁ、マスターバーボンロック」

「あ、俺も同じのを」

 

 パーティーが始まって明日奈と百合子は直葉とセシリアを連れそれぞれ知り合いと話の輪に入ったので、和人と一夏はカウンター席に座る。

 注文を入れると和人と一夏の目の前に茶色い飲み物がロックグラスに入れられて出されたのだが、まさか本当にバーボンなのかと、店主であるエギルの方を見れば、不敵に笑っているだけだ。

 

「……んぐ、って、なんだ烏龍茶かよ」

「ですね」

 

 一口飲んで直ぐにそれが烏龍茶だと判明した。まぁ、当然と言えば当然である。

 

「エギル、俺には本物くれ」

「クラインさん、良いのか? この後会社に戻るらしいじゃん」

「うぃ~っ! 残業なんて飲まずにやってられるかっての」

 

 一夏の隣に座ったクラインが本物のバーボンをロックで飲みながら随分と社会人として如何なものかと思える言葉を口にする。

 しかも、バンダナ頭に巻いてスーツ姿という異様な姿が随分と不恰好極まり無い。

 

「お久しぶり」

「シンカーさん!」

「お久しぶりです、シンカーさん」

 

 今度は同じくバーボンを持ってシンカーが和人の隣に座った。

 彼もクラインと同じくスーツ姿なのだが、こちらは随分とスーツ姿が似合っていて、正に社会人の鑑と言わんばかりだ。

 

「そういえば、ユリエールさんと入籍したそうですね」

「遅くなりましたけど、おめでとうございます」

「いや、まぁ……まだ現実の世界に慣れるのに精一杯って感じなんですけどね。結婚式もまだ未定で……決まったら招待状をIS学園に送りますよ」

「そういや、見てるっすよ新生MMOトゥデイ」

 

 クラインの言う新生MMOトゥデイとはシンカーが務める会社で運営しているMMOゲームの攻略情報やニュースなど、プレイヤーご用達の大型情報サイトの事だ。

 シンカーは主にVRMMORPG関連の担当をしているらしい。

 

「いやぁ、まだコンテンツなんかも少なくて、今のMMO事情じゃ、攻略情報とかニュースは無意味になりつつありますしね」

 

 SAO登場以来、従来のMMOが減りつつあり、本来ならVRMMOが増えていく筈だったのだが、SAO事件とALO事件の影響でMMOそのものの数が減ってしまったのだ。

 これからまずます増えてはいくのだろうが、現状ではシンカーの会社も運営が少しばかり心許ないとのこと。

 

「エギルさん、そういえばあれから種の方はどうなりました?」

「すげぇもんさ。今、ミラーサーバーがおよそ50、ダウンロード総数が10万、実際に稼動してる大型サーバーが300ってとこかな」

 

 和人がALO事件の際に茅場晶彦から託されたというVRMMO環境を動かすプログラムパッケージをエギルの伝で世界中がダウンロード出来るよう手配している。

 そのおかげで今の新生ALOがあり、今も尚VRMMOゲームは増えつつあるのだ。

 

「おい、二次会の予定は変更無いんだろうな?」

「おう、今夜11時、イグドラシルシティ集合だ」

 

 SAO攻略記念パーティーは、まだまだ終わりを見せなかった。

 

 

 一次会が終了し、一夏達もIS学園に戻り夜、アミュスフィアを被ってALOにログインする。

 ログインして直ぐ、ナツはユリコとティアを連れて上空へと上がり、イグドラシルシティを目指して飛行していた。

 

「ティア、まだ随意飛行に慣れないか?」

「え、ええ……どうも、ISで飛ぶのとは訳が違いますので、苦戦してしまいますわ」

「慣れ、だよ。何度も飛んでれば慣れるから」

 

 ナツの隣を飛ぶシルフの妖精、薄い金髪の髪と翡翠色の瞳以外は殆どリアルのままのユリコがスピードを落としてサファイアブルーのウェーブ掛かった髪が美しいウンディーネの妖精、ティアに並んだ。

 

「手、繋ごう? 少し飛ばすから」

「判りました。お願いしますわ」

 

 もう間もなく約束の11時。ようやくイグドラシルシティ上空に着いた時、それは現れた。

 

「あ、あれは……いったい何ですの?」

 

 遥か上空からゆっくりと降りてくる物体。雲の向こうから降りてきて、月を覆い尽くした瞬間、ライトアップされて照らし出されたのは巨大な浮遊城だった。

 

「ま、まさかあれは……」

「ああ、あれが俺達が2年間戦い抜けた浮遊城」

「アインクラッド」

 

 新生ALOに、アインクラッドが実装された瞬間だった。

 

「前の時は75層で終わったけど、今度は違うぜ」

「え……?」

「うん、今度こそ……」

「ああ、今度こそ100層までクリアして、あの城を征服し、あの2年間に決着を着けるんだ!」

 

 見れば少し上空の方にキリトとリーファの姿が見えて、下からは多くの仲間達が飛んでくるのにも気がついた。

 皆、考える事は一緒なのだろう。少し笑ってナツとユリコはティアの手を確り掴むと、アインクラッド目掛けて飛び出していく。

 

「キリトさん! お先!!」

「先に行くよ」

 

 二人に手を引かれながら飛ぶティアが見たのは、アインクラッド目指して生き生きとした瞳をまるで子供の様に輝かせるナツとユリコの姿。

 それを見て、自分もこれから彼らの仲間になり、あの夜空に輝く浮遊城を攻略していくのだと思うと、胸が熱くなった。

 

「ナツさん! ユリコさん! わたくし、自分で飛びますわ!」

 

 二人に手を引いてもらうのではなく、自分の翼で、あの浮遊城を目指す。彼らの仲間として、先ず最初にするべきことはそれだと思ったティアは、二人の手を放すと、自分で飛び始める。

 そんなティアの様子に、ナツとユリコは顔を見合わせて微笑むと、自分達もまた、蘇った城を目指して羽を羽ばたかせるのだった。




ここらでセシリアのALOでのアバター紹介

アバターネーム:ティア
種族:ウンディーネ
武器:杖
ビルド:魔法型(主に遠距離狙撃魔法をメインにしている)
見た目:サファイアブルーのウェーブ掛かった髪を腰まで伸ばした瑠璃色の瞳の妖精。若干リアルのセシリアにも似ている。


因みに、箒については原作から変更は殆どありません。原作乖離したのはゴーレムⅠの事でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学年別タッグマッチトーナメント編
第十七話 「新たな転入生を迎える戦士達」


お待たせしました。
風邪がぶり返して危うく肺炎になりかけてました。


SAO帰還者のIS

 

第十七話

「新たな転入生を迎える戦士達」

 

 クラス代表決定戦が終わった翌週の中頃、箒も独房から出されて授業に復帰した後になる。

 今まで通りにHRが行われて授業になるはずだったのが、この日だけは違った。何故なら教室に入ってきた真耶と千冬の後ろから、更に二人の少女が一緒に入ってきたのだから。

 片方は小柄な銀髪の少女。ゲルマン系の顔付きからドイツ人なのだろうことは予想出来るが、眼帯をしていて、片方の目しか見えないものの、その目付きの鋭さが印象的な少女だ。

 そして、もう片方は明らかに異色と言える。欧州系……恐らくはフランス辺りの出身だろう。金色の長い髪を一つに束ねた中性的……よりやや女性的な顔の少年(・・)

 

「え~、今日は皆さんに転校生を紹介します」

 

 真耶の言葉の後で一歩前に出たのは少年の方だった。

 姿勢正しく、紳士然とした雰囲気の彼から発せられる声は、この歳でまだ声変わりしていないのかと言いたくなるほど、高い。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね」

 

 一見すれば男装女子に見えなくも無いが、まさかそんな事をするメリットなんて今のところ思い浮かばず、ただ単に和人と同じで女性に見える男、という事なのだろうと、一夏は納得した。

 

「おいナツ、今不愉快な事考えただろ」

「ま、まさか~……?」

 

 鋭い。でも本人に言えば絶対に怒るので誤魔化した。

 

「お、男、のこ?」

「はい、同じ境遇の方が2名此処に居るという事なので、僕も転校して来ることになりました」

 

 シャルルが男だという事に、教室が割れるほどの歓声が湧いたのは、言うまでも無い。

 一夏も和人も恋人が既に居る男というのもあり、フリーの男が居ないこのIS学園に新たな男の登場で、年頃の女子が騒がない理由など無いだろう。

 それから、もう一人。銀髪のドイツ人少女の自己紹介がまだだ。

 

「自己紹介くらいしろ、ボーデヴィッヒ」

「はい、教官」

「私はもう教官ではない。ここでは織斑先生と呼べ」

 

 ボーデヴィッヒと呼ばれた少女が千冬を教官と呼んだ。その理由に一夏は心当たりなど一つしか思いつかない。

 まだ一夏がSAOに囚われていた頃、千冬はドイツからの要請でSAOに囚われたままの一夏を日本に残し、泣く泣くドイツへ渡って1年間の教官生活をしていたことがあるとのことで、恐らく彼女はその時の千冬の教え子なのだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 名前だけの簡素な自己紹介にクラス中が困惑するが、当のラウラは我、関せずとばかりに目を閉じてクラスメートと視線を合わせる気は無いという態度を貫く。

 しかし、ふと目を開けたとき、丁度一夏と目が合い、千冬と似た目元から間違いなく織斑千冬の弟である織斑一夏だと確信したのか、ずかずかと一夏の前まで歩み寄ってきた。

 

「貴様が織斑一夏だな?」

「そうだけど?」

「っ!」

 

 唐突に平手打ちが飛んできた。だが、寸でのところで一夏がラウラの手首を掴んで止めたことで防ぐ事に成功する。

 

「チッ……認めん、貴様のような出来損ないが教官の弟だなどと、私は絶対に認めん!!」

 

 憤怒の表情で一夏を見下ろしながら叫んだ後、ラウラは手荒く一夏の手を振り払い宛がわれた教室の一番後ろにある席に向かい、その席に座った。

 シャルルもその隣の席に座った事で漸く落ち着いたのか、千冬が教卓の前に立ち、残りのHRを進める。

 

「それでは、1時限目は2組と合同でISの実習だ。着替えてグラウンドに集合しろ」

 

 これにてHRは終わり、生徒達は急ぎ更衣室まで行かなければならない。IS実習は千冬が担当する授業、遅れれば待っているのは鉄拳制裁だ。

 

「織斑、桐ヶ谷、デュノアの面倒を見てやれ、同じ男子だ」

 

 千冬の指示を受けるまでもなく、そのつもりだった。

 この学園で今まで一夏と和人の二人しか居なかった男子という肩身狭い思いをしていたのだから、ここに来て三人目の男子というなら、是非も無い。

 

「君達が織斑君と桐ヶ谷君? よろしくね、僕は……」

「あ~デュノア、それは後にしろ」

「ですね、千冬姉の授業なら遅刻はマズイ、急いで更衣室行かないと」

 

 シャルルを連れて教室を出ると更衣室に向かって急ぐ。

 一夏と和人専用に用意された男子更衣室は教室から遠く、少しでも無駄話をしていれば確実に遅刻してしまうほどの距離なので、話をするのなら歩きながらの方が良いのだ。

 

「さて、んじゃあ歩きながらになるけど自己紹介な……俺が」

「あ! 織斑君と桐ヶ谷君みっけ!」

「噂の転校生男子も一緒よ!」

 

 最悪だった。一夏が自己紹介しようとした矢先に別のクラスの女子に見つかってしまい、このままでは囲まれて身動き出来なくなってしまう。

 それはつまり、1時限目の授業……千冬の授業に遅刻してしまう事を意味するのだ。一夏と和人の顔色が真っ青に染まるのも無理は無い。

 

「シャルル、悪いけど」

「ちょっと無茶するぜ」

「え、え? 一体何を、おおおおおおお!? ちょ、きゃあああああああああああ!!!?」

 

 一夏と和人がシャルルを両脇から持ち上げると開放されてる窓の枠に足を掛けて、そのまま外に飛び出す。

 因みに、現在一夏達が居るのは2階であり、窓から外に飛び出れば待っているのは落下という結果なのだが、一夏と和人は冷静に部分展開した白式と黒鐡の腕に持ったトワイライトフィニッシャーとエリュシデータを校舎の壁に突き刺しながら減速したため、無事に着地する事が出来た。

 

「ふ、二人とも……無茶苦茶だよぉ」

「ああでもしないと撒けないからなぁ」

「あれくらいしか思いつかないしな」

 

 前後を挟まれたのだから、出来るのは窓からの脱出しか無かった。こんな時に専用機を持っていて良かったと思うのは不謹慎かもしれないが。

 

「さて、急ごう。ショートカットしたとは言え、それでも結構ギリギリだし」

「あ、うん」

 

 和人に諭され、シャルルも気持ちを切り替えたのか一夏と和人に続いた。

 漸く更衣室に着いた頃には授業開始5分前になっており、着替えも急がねばならないので、一夏はシャルルに好きなロッカーを使うよう指示してから制服を脱ぎだす。

 

「わぁ!?」

「ん?」

「どうした?」

 

 制服の上着を脱いで上半身裸になった一夏と和人を前にして、何故かシャルルの顔が赤くなった。

 細身なのに引き締まった身体、リハビリと筋トレのお陰で得た美しいとさえ言える肉体美に、整った顔立ちの一夏と女性的な顔の和人だ。女性なら見惚れるほどだろう。

 

「あ、あの! 着替えるから、こっち見ないでね?」

「いや、別に男の着替え除く趣味は無いからいいけどさ」

「キリトさんなら覗かれる側ですしね」

「うるさい」

 

 軽口を叩きながらISスーツに着替え終えると、丁度シャルルも着替え終えたらしく、振り向いた一夏に何故か引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「えと、行こうか?」

「だな、キリトさんはもう良いですか?」

「ああ、行こう」

 

 三人揃って更衣室を出ると、グラウンドに向かう。

 既にグラウンドにはISスーツを着た女子生徒が集まっており、走り寄ってきた一夏達に歓声を挙げている者も何名か。

 

「相変わらず、目のやり場に困る光景だな」

「ですよねぇ……まぁ、ユリコ以外に興味ありませんが」

「同じく、アスナ以外に目を向けたら風穴開く」

 

 丁度、明日奈と百合子も来ていたらしく、こちらに向かって手を振っていたので、そちらへシャルルと共に向かうと、セシリアも一緒に居た。

 

「随分早かったねキリト君、もう少し遅れると思ったのに」

「いや、そこまで時間掛けられないしな。それより、足は大丈夫か?」

「うん、もう殆どリハビリは終わってるし、長時間の激しい運動をしなければ問題無いって診断されてるもん」

 

 最近になって漸く杖を使わずに歩けるくらいにまでリハビリが進んだ明日奈は、既に杖無し歩行に切り替えていた。

 それでも長時間は歩けないので、時々歩けなくなれば和人が抱き上げて移動しているのだが、本人達はそれが幸せのようで、一夏と百合子も呆れる事がしばしばある。

 

「あ、シャルル君だったよね? わたしは結城明日奈、こちらのキリト君……和人君とお付き合いしてます」

「宍戸百合子、ナツ……一夏と付き合ってます」

「あ、よろしくね。僕はシャルル・デュノア、シャルルでいいよ。ところで、キリトとか、ナツって和人と一夏の事だよね? 渾名か何か?」

 

 ずっとシャルルが気になっていたのは、和人がキリト、一夏がナツと呼ばれている理由だ。

 まだこの4人がALOをやっている事を知らない彼からして見れば不思議に思うのも無理は無いだろう。

 

「渾名というか、ALOでの俺達のプレイヤーネームかな。癖でつい呼んじゃうんだよ」

「俺はキリトの名を出すなって何度も言ってるんだけど、ナツをナツって呼んでる時点で人の事は言えないんだよなぁ」

「へぇ、ALOって確か今流行りのVRMMOゲームだっけ? 皆やってるの?」

「ああ、俺もキリトさんも、アスナさんもユリコも、それにセシリアもやってる」

 

 その他にも最近はIS学園内でもALOブームが到来したのか、何名かプレイしているという声が聞こえてくる。

 

「やっほ~一夏!」

「お、鈴!」

 

 話をしていると、2組の鈴音が輪に加わってきた。

 因みにだが、鈴音もついこの前にアミュスフィアを購入してALOを始めたらしい。プレイヤーネーム“スズ”として猫妖精族(ケットシー)を選択している。

 

「そうだ一夏、今晩もINするんでしょ?」

「そのつもりだけど?」

「ならさ、アタシとセシリアのクエスト手伝ってくれない? アタシとセシリアの武器を新しくするのに、そのクエストで出るアイテムが欲しいのよ」

「じゃあセシリアもINするのか?」

「ええ、世界樹の枝が欲しくて、お願い出来ますでしょうか?」

「んじゃ、ユリコと一緒に手伝うよ。今晩、イグドラシルシティに集合な」

 

 見れば百合子も頷いていたので、今晩のALOは一夏と百合子、鈴音、セシリアの4人でパーティーを組む事になりそうだ。

 

「武器作る時はリズベットに頼めば良いのよね?」

「ああ、リズさんなら最高の武器を作ってくれるからな」

 

 今晩の事を話し合っている内に、チャイムが鳴った。

 グラウンドには既に1組と2組の生徒全員が揃っており、千冬がジャージ姿でグラウンドに入ってくる。

 ただ、気になるのは、ALOの話をしている間、ずっとこちらを睨んでいた箒と、もう一人……ラウラの事が気になった一夏だが、ラウラが千冬を教官と呼んでいた事を踏まえると、少しだけ考えねばならない事が出来たと、予想するのだった。




鈴のALOデータ

キャラ名:スズ
種族:猫妖精族(ケットシー)
武器:戟(スキル的には槍扱い)


セシリアのALOデータ

キャラ名:ティア
種族:水妖精族(ウンディーネ)
武器:杖

鈴は一夏や和人と同じ脳筋ビルドで、殆ど魔法は使いません。逆にセシリアは魔法メインで近接戦闘は殆どしません。予備で短剣は持ってますが、ほぼ魔法職メインの後方支援型です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 「元日本代表候補生を知る戦士達」

すいません、リターン更新するとか言っておきながら、こっちが完成してしまったので、投稿します。


SAO帰還者のIS

 

第十八話

「元日本代表候補生を知る戦士達」

 

 この日、最初の授業はIS実機を使った実習を1組2組合同で行われる事になっている。

 もっとも、IS実機を使っての実習は本日が初めての為、予定しているのはISに実際に乗って歩く程度の事だけだ。

 これから順調に生徒達がISに慣れて行けば半年以内にはISでの飛行や模擬戦闘なども行われる事になるだろう。

 

「では、最初に実際にIS同士の模擬戦闘を見てもらう。オルコット、凰、前に出ろ」

「わたくしと鈴さんが、ですの?」

「え~、メンドー」

 

 千冬の指示でセシリアと鈴音が前に出てくると、彼女達は中々やる気を見せないので、千冬がチラっと一夏の方に視線を向けた。

 

「真面目にやれ、アイツに良い所を見せるチャンスだぞ?」

「チャンスと言われましても……」

「そもそもチャンスになんてならないじゃないですか」

 

 セシリアはそもそも一夏達に好意を持っていてもそれは仲間や友人に対する友愛であり、鈴音は一夏への恋心が未だにあっても半ば諦めているのだ。

 一夏へのアピールチャンスだと言われたところで、やる気が出るはずも無い。

 

「まぁ、いいさ。それより、お前達の相手をしてもらうのは……」

 

 てっきりこの二人が模擬戦をするのかと思いきや、突如上空から一機のISが降って来た。

 緑色の装甲の機体、学園に配備されている訓練機であり、フランス製の第二世代型IS、ラファール・リヴァイヴだ。

 そして、それに搭乗しているのは1組副担任の山田真耶、元日本代表候補生であり、射撃部門であれば国家代表としてヴァリキリーに輝けたであろうというほどの当時日本代表候補生最強と呼ばれた実力者だった。……だったのだが、今何故かコントロールを失い、回転しながら落下してきている。

 

「って、こっちに落ちてくる!?」

「ナツ!」

「ええい! ちくしょーっ!!」

 

 慌てて白式を展開した一夏は飛び上がって真耶の右腕を掴み、勢いを殺しながら地面へと着地、黒鐡を展開していた和人が上手くキャッチした事で大事には至らなかった。

 

「あ、ありがとうございます、織斑君、桐ヶ谷君」

「先生、元代表候補生なんですから、もう少し確りしてくださいよ」

 

 一夏の言う通り、元日本代表候補生なのだから、コントロールくらいお手の物の筈。

 そもそも、真耶の当時の専用機は第二世代機だった筈なのだから、同じ第二世代のラファール・リヴァイヴで何故コントロールをミスるのか疑問だ。

 

「先生、もしかしてアタシたちの相手って」

「山田先生ですの?」

「そうだ」

 

 2対1、流石に元代表候補生とは言え、現代表候補生であるセシリアと鈴音を纏めて相手出来るのか、と二人は若干だが抵抗を覚えるも、次の千冬の言葉で闘士を燃やす事になる。

 

「安心しろ、今のお前達では直ぐに負ける」

「っ! 上等ですわ!」

「やってやろうじゃない!」

 

 簡単に頭に血が昇った二人は早速ブルー・ティアーズと甲龍(シェンロン)を展開して、飛び上がる。

 同じくして、真耶も二人と同じ高度まで浮かぶと、いつもの実年齢より幼く見える笑顔を向けて、何とも頼り無さそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「元日本の代表候補生だからと言って、手加減はしません事よ?」

「速攻で潰してあげるわ」

「お手柔らかに~」

 

 鈴音とセシリアペアと真耶の模擬戦が始まり、地上では千冬がシャルルを指名して真耶の使うラファール・リヴァイヴの機体説明をさせていた。

 流石に自国の、それも自身のファミリーネームの会社が作った機体というだけあり、シャルルはリヴァイヴの事について熟知しており、千冬も満足出来る模範解答をしている。

 

「それにしても、さっきまで頼り無かった山田先生なのに、随分と強いなぁ」

「ああ、あの射撃の腕は正直凄いよ。それに近接戦も、ブレードの扱いが苦手とは思えない……多分だけど、山田先生は射撃が得意というだけで、苦手な距離は無いんじゃないか?」

 

 和人の言う通り、真耶はオールマイティーに戦える汎用性の高い操縦者だ。

 射撃が最も得意だからと近距離が苦手、などという事は無く、寧ろ苦手な距離を作らないように鍛え上げたと言うべきか。

 

「完全近接型のわたし達とは違うねー」

「あの二人なら鈴音さんが中距離型で遠近両方行けるけど、錬度が違う」

 

 そう、鈴音も真耶と同じで全距離対応が可能なのだが、真耶は鈴音以上に距離の使い方が上手いのだ。

 自分と相手の距離を計算し、その場その場で使う武器を変えながら最適な攻撃を行うのが神業と言っても良いほどにレベルが高い。

 

「あ、終わったみたいだよ」

 

 明日奈が目を向けた先では、一箇所に纏められたセシリアと鈴音が真耶のグレネードランチャーによって落とされていた。

 

「まぁ、今の奴らではこんなものか。諸君もこれで教員の実力は理解出来ただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 模擬戦が終わった後は実際に訓練機を用いての歩行訓練に移る。

 各専用機持ちがリーダーとなって一般生徒の訓練を見るという形になり、一夏、和人、明日奈、百合子、セシリア、鈴音、シャルル、ラウラの8名が用意された打鉄4機とラファール・リヴァイヴ4機から1機選んで担当する一般生徒達に順番で搭乗、歩行まで行ってもらうのだ。

 

「という事で、各自自由に専用機持ちの所へ行けと言ったがな……ちゃんと均等に分かれんか貴様等!!」

 

 自由に、と千冬が言ったのも原因だろう。

 一夏、和人、シャルルの周囲に殆どの生徒が集まってしまったので、千冬の渇が入り、今度はちゃんと均等に分かれて訓練が始まった。

 

「んじゃ、やるか……えっと、じゃあ相川さんから出席番号順にやるから」

「は~い」

 

 一夏の所では打鉄を使っての訓練となり、一般生徒達が出席番号順に並んで順番に打鉄への搭乗、歩行を行っている。

 順調に訓練が進み、四十院神楽の訓練が終わったところで次は箒の番になった。

 

「次は箒か、じゃあ乗ってくれ」

「ああ……だが、どうやって乗れば良い?」

「へ? あ……」

「あ、ごめんね織斑君! 打鉄、前屈みにさせておくの忘れてた」

 

 どうやら神楽が降りる際に次の人が乗り易いよう前屈みの状態にさせるのを忘れていたため、このままでは乗る事が出来ない状態になっているようだ。

 仕方が無いと一夏は白式を一度展開すると浮かび上がり、打鉄に乗り移って白式を待機状態に戻し、打鉄を前屈みにしてから降りて箒に搭乗するよう促す。

 

「皆も降りるときは必ず次の人が乗り易いように前屈みにしておくのを忘れないでくれ」

 

 皆が頷くのを確認すると、一夏は引き続き訓練を見ていく。

 他の班でも特に問題が起きる事無く訓練が進み(元々コミュ障の和人や他の生徒を無視しているラウラの班は進みが若干遅かったが)、授業を無事終えた。

 授業が終わると直ぐに一夏と和人は訓練機を片付ける作業に入り、他の生徒達は着替えて教室に戻って行った。

 

「今日は凄かったですね、山田先生」

「ああ、元日本代表候補生って話だから、それなりに強いとは思ってたけど」

 

 それに、動く度に揺れるあの豊満な双丘は実に眼福であった。ISスーツを着ていたのもあり、そのライン、動きが実に麗しい。

 

『パパ、ナツお兄さん、鼻の下を伸ばしちゃ駄目ですよ! ママとユリコお姉さんに報告しちゃいますから』

「ゆ、ユイ!? いや、違うぞ!?」

「そ、そうだってユイちゃん! 俺達は別に……」

『嘘です! パパもお兄さんも山田先生のお胸を見てデレデレしてました!!』

 

 この後、ユイの報告を受けた明日奈と百合子に、和人と一夏がこってりと絞られたのは、言うまでもないだろう。

 今後、ユイが常に目を光らせているのを忘れず、真耶の前では絶対に胸へ目を向けないという事を、涙ながらに誓い合った思春期の男子二人であった。




次回はシャルの出番が少し増えるかもですね。
皆さんに質問、シャルにALOをやらせるなら、どの種族が似合うでしょう?
私的にはシルフかなぁと思ってるんですが。
ちなみに、これはアンケートではなく、純粋な疑問による質問ですので、あしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編1 「最悪と最悪が最悪と手を結ぶ時」

え~、今回のお話は、下種が脱獄したときの話を載せるべきだという声を参考にし、番外編という形で作ったものです。


SAO帰還者のIS

 

番外編1

「最悪と最悪が最悪と手を結ぶ時」

 

 これは、一夏達がIS学園に入学する少し前の話。

 世界初の男性IS操縦者が二人、見つかったという事で、世間が騒がしくなったばかりの頃の事だ。

 数ヶ月前、レクト・プログレスにて管理運営をしていたVRMMORPGゲーム、アルヴヘイム・オンラインことALOにて非道な人体実験を行っていた事と、某病院駐車場で傷害事件を起こした事により罪に問われ、警察の留置所に留置されている男がそのニュースを聞いたのは殆ど偶然だった。

 

「おい、聞いたか? 男がISを動かしたんだってよ」

「うそっ! マジかよ?」

「ああ、しかもその動かした男ってのが二人居て、その内の一人はブリュンヒルデの弟、織斑一夏なんだってさ」

「へぇ……血なのかねぇ?」

 

 留置所の看守をしている警察官の話を、牢獄の中で聞いていた男は、出て来た名前を聞いた瞬間、今まで身動きせず顔を俯かせていたのに、一瞬だがピクリと動いた。

 

「それで、もう一人は?」

「それがさ、この前留置所に入った男が起こした傷害事件の被害者だったんだよ、俺ビックリしたわ」

「うわぁ、偶然って怖いなぁ」

 

 その犯人が聞いているというのに、無遠慮に話を続ける警官達だが、気付いているだろうか。先ほどからその男が表情を歪め、カリカリと自分の爪を齧り続けているのを。

 

「(間違い無い、あの小僧共だ……ちくしょう! 何で、何でこの天才である僕がこんな罪人みたいな扱いを受けているのに、あの凡人の極みみたいな小僧共が世界に注目を受けているんだ……っ)」

 

 それはある意味、嫉妬だった。

 見下すべき凡人が世に注目され、本来世の注目と脚光を浴びるべき自分が罪人として留置されているという現状が、男の心にドス黒く醜い感情を湧き立てている。

 

「そうだ……本来、僕はこんな所に居る筈じゃないんだ」

「そうね、貴方はこんな所で潰すには惜しい才能を持っているわ」

 

 突如、男の独り言に答える声が聞こえ、俯いていた男は顔を上げた。

 そこには金髪の女性が一人、恐らくはアメリカ辺りの出身らしき美女が立っていた。しかも、その彼女の足元には先ほどまで話をしていたであろう二人の警察官が倒れている。

 

「Mr.須郷、貴方を迎えに来たわ」

「僕を、迎えにだと?」

「ええ、貴方の才能を、大いに発揮できる場所へご案内しに来たのよ」

 

 彼女の口ぶりから、この拘置所から脱獄する手助けをするという事だろう。つまり、彼女は警察関係者ではない。

 

「申し遅れました。私、亡国機業が幹部の一人、スコール・ミューゼルと申します。以後、お見知りおきを、Mr.須郷」

「ぼ、亡国機業だと!? あの、50年以上も前から裏社会で暗躍している、秘密組織の……」

「流石はMr.須郷ですわ。私たちの事も既にご存知とは……そうです、その亡国機業が、貴方の才能を是非欲しているのです。貴方の才能は、こんな所で腐らせるには余りにも惜し過ぎる」

 

 男……須郷伸之にとってこれはチャンスだった。

 あらゆる手段を考えては無罪を勝ち取る事が出来ず、このままでは刑務所へと入れられることになると思っていたのだから、これを逃せば自由の身になる機会は訪れないかもしれない。

 

「僕の才能が欲しいと言ったね」

「ええ」

「良いだろう、僕を連れて行け。僕はこんな所に居るべき人間じゃない! 必ずや世界中に僕の研究の素晴らしさを見せ付け、いずれはこの世界の神にも等しい人間になるんだ!! その為なら、亡国機業だろうと何だろうと、利用させてもらおうじゃないか」

「素晴らしい野心ですわ。その野心、我々の組織にとっても役立ちましょう」

 

 この日、ALO事件の首謀者たる須郷伸之が留置所から脱獄した。

 この事を知った日本政府は、彼の逮捕に最も貢献した少年、桐ヶ谷和人には詳しい事が判明するまで、伏せておく事を決定し、調査が進められる事となる。

 

 

 亡国機業幹部、スコール・ミューゼルが日本での活動拠点としている某所にある高級ホテル、そこのスイートルーム全てを借りているスコールは早速だが連れてきた男、須郷伸之を自分の部下達に紹介するため、部屋へ部下達を呼び出した。

 呼び出しをして集まってきたのは5人の人物。一人は黒髪のロングヘアーが美しい美女、もう一人は同じく黒髪のまだ10代と思しき少女、それから膝下まであるポンチョを被り顔を窺い知ることが出来ない男3人だ。

 

「紹介するわMr.須郷、彼女達と、それから彼らが私の部下、左からオータム、M、Poh、ジョニー・ブラック、ザザよ。特にPoh達三人は同じ日本で最近スカウトしたばかりだから、仲良くして頂戴」

「ケッ、研究者風情が役に立つのか? スコール」

 

 須郷の事は予め紹介されていたのだろう、本人を目の前にオータムが見下した態度で須郷が役に立つのかをスコールに問うてきた。

 

「彼には実働部隊としてではなく、バックアップとして動いてもらう予定よ。それと、彼の研究も進めてもらうわ……M、アレは用意してあるわね?」

「ああ、アミュスフィア……言われた通り100機、隣の部屋に用意してある。それと、ナーヴギアも回収先から50機ほどだが、盗み出して同じく隣の部屋に」

 

 須郷の研究に必要不可欠なVRマシン、アミュスフィアと、それから既に製造禁止、回収処分を受けているナーヴギアまでもが揃っている。

 更に須郷に用意された部屋には彼がレクト・プログレスに勤めていた時の研究室並の設備が整えられているので、研究を進めるのには十分な環境が整えられていた。

 

「それで、僕は先ず何をやれば良いんだ?」

「そうねぇ……貴方という最高の頭脳を手に入れたことだし、今まで計画していて、決定打に欠けるから実行出来なかったことをやりましょうか」

「ほう……それは僕が居ることで成功するというのかね?」

「ええ」

 

 その計画とは、少しばかり興味が湧いたのか、須郷はその先を促す。

 

「篠ノ之束博士の居場所を突き止めて、襲撃するわ……そこで、出来れば博士の身柄を、無理でも博士が作っているかもしれない未登録のコアかISを頂いちゃいましょう。実働部隊はオータム、M、Poh、ザザ、ジョニーブラック、お願いね」

「はっ! オレ一人でも十分なんだけどな」

「そう思うならお前一人で行け……篠ノ之束を甘く見ていると大怪我をするぞ」

 

 睨み合うオータムとMの隣で、同じく実働部隊になったPoh、ザザ、ジョニー・ブラックの三人は、特に何も言わず不敵に哂っている。

 彼らはこの人選に特に異があるわけではないらしい。

 

「所でよスコールさんや、篠ノ之博士以外に人が居たら殺して良いのかい?」

「それはザザの好きになさい。必要なのは博士の身柄か、コア、もしくはISそのものなのだから」

「ありがてぇ! ヘッド! 早速オレ達の力を試せますぜ!」

「Wow……ああ、楽しい楽しいショータイムの、始まりだぜぇ……笑う棺桶(ラフィン・コフィン)現実世界での復活だ」

 

 かつて、SAO事件にて浮遊城アインクラッドを震撼させた殺人集団、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)が亡国機業に拾われたのは偶然だった。

 元々、彼らはSAO事件が終結して被害者が現実世界に意識を取り戻した後、政府の調べで積極的殺人暦アリという事でカウンセリングと経過観察を受けていたのだが、その事を何処で調べたのかスコールがスカウトに現れたというのがそもそもの始まりだ。

 

「上手く事を運べれば貴方達にも素敵な玩具をプレゼントするわ……Mr.須郷と協力して、必ず成功させて頂戴。オータムはアラクネを、Mはサイレント・ゼフィルスを使用して、恐らくは居るでしょう防衛を突破して頂戴ね」

「任せな」

「了解した……」

 

 この数日後、篠ノ之束の隠れ家は須郷の手によって暴かれ、襲撃を受ける。

 迎撃に当たったゴーレムⅠ、ゴーレムⅡ、ゴーレムⅢの内、ゴーレムⅡが大破、ⅠとⅢが中破状態で亡国機業に奪取されてしまった。

 隠れ家襲撃において、ゴーレム以外の防衛措置が施されていたが、その全てを篠ノ之束を上回るハッキング技術を持つ須郷により無効化され、進入した笑う棺桶(ラフィン・コフィン)によってクロエ・クロニクルが重傷、篠ノ之束は無傷だが、クロエ・クロニクルを連れて隠れ家を放棄する事になる。




ここらで、束と須郷、それから茅場の力関係について解説。

まず、電脳関係(ハッキングやVR技術など)はこちら

茅場>須郷>束

続いてIS作成などの工学関係

束>茅場>須郷

おまけで下種度合い

須郷>>>(超えられない壁)>>>束&茅場


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 「未来の為に動き出す戦士達」

今回はオリジナルの話です。


SAO帰還者のIS

 

第十九話

「未来の為に動き出す戦士達」

 

 シャルルとラウラが転入してきた日の昼休み、一夏達SAO生還者組は屋上に集まって共に弁当を食べていた。

 和人と明日奈の弁当は明日奈が、一夏と百合子の弁当は一夏がそれぞれ手作りした物で、その味は嘗てアインクラッド2大シェフの名を欲しいがままにしていただけあり、現実でも相当な腕前だ。

 

「そうだ、ナツ」

「何ですか?」

「確かこの学園って部活への入部は強制だったよな?」

「学園特記事項にはそう書いてありますね」

 

 学園特記事項の一つに、学園生徒は必ず部活動に参加するものとする。という項目が書かれているのだ。

 これは普通の学校と同じように部活動を通じて青春を謳歌してもらう事もあるが、IS学園らしく様々な人脈を築いて将来に繋げられるようにするという目的もある。

 この部活動という学年クラスを超越した集まりだからこそ手に入る人脈というのも存在しているので、生徒達も楽しむだけではなく、将来の為に色々と画策しているわけだ。

 

「でも俺たち4人ってまだ部活入ってないよな」

「まぁ……そうですね」

「わたしは料理部とか興味あるけどねー」

「私は、茶道部に興味ある」

 

 明日奈は料理部に興味があるらしい。それも当然だろう、彼女の趣味は半ば料理になっているのだから。

 そして、百合子もまた茶道部に興味があるのは簡単、SAOに囚われる前まで彼女は茶道を習っていたのだ。

 

「まぁ、アスナ達が興味あるものが他にあるなら無理強いはしないんだけどさ……俺達で部活を作らないか? って相談しようと思ったんだ」

「部活を、ですか?」

「そうだ。学園の特記事項を見ると、最低5人以上の部員候補者を集めて、顧問となってくれる先生に了承を取り、生徒会に申請すれば部活動として認められるし、部室や部費も貰えるようになるんだ」

 

 人数については現在和人と一夏、明日奈、百合子の四人しか居ないが、他に部員を最低一人集めて、顧問になってくれる先生を見つければ条件をクリア出来る。

 問題は、何の部活を作ろうとしているのか、だが。

 

「キリト君、何の部活にするか決めてるの?」

「ああ、VR研究部って名づけようかと思ってさ……ほら、俺達って元々はSAO生還者の為の専修学校に通う筈だっただろ? 俺はそこで本来は学びたかった事があるんだけど、IS学園に来たことでそれも無理だからさ……ならせめて部活にしてしまえば堂々と勉強出来ると思ったんだ。部費があれば設備も揃えられるし」

 

 本来、和人は専修学校でメカトロニクスコース専行の授業を受ける予定だったのだが、IS学園に入学したことでそれも出来なくなり、和人が後々に考えていることが出来なくなってしまった。

 勿論、個人的に勉強することも考えたが、設備が圧倒的に不足しており、資金も足りない現状ではそれも不可能。

 ならば部活動という形にして設備と資金の問題をクリアしてしまえば存分に勉強出来るのではないかと考えたのだ。

 

「ナツもさ、専修学校でやろうとしてたこと、あるんだろ?」

「まぁ、確かにあります」

 

 一夏もまた、専修学校ではインフォメーションコースを専行し、情報工学を学ぼうと思っていた。

 もし、VR研究部が設立され、その勉強を思いっきり出来るのであれば一夏にとってもそれは大変ありがたい話だ。

 

「でも、部を設立しても、最初の部費は少ないです」

「ユリコの言いたいことは分かるよ。でも、じゃあ実績を出せればどうだ?」

「実績……?」

「ああ、俺達でひとつ……VRゲームを作っちまえば良いんだよ」

 

 和人の計画、それは部を作り、最初の部費で揃えられるだけの設備を揃えて実績作りの一環としてVRゲームを作成、その成果でもって部費を増やそうというものだ。

 

「で、でもキリト君……VRゲームなんてそんな簡単に」

「出来るさ……俺達にはオリジナルのザ・シードがある。それに此処はIS学園だぜ? 中小企業や大企業も吃驚な超大型サーバーだってあるんだ」

 

 流石にそれだけでは和人や一夏たち個人で作るのは難しいが、彼らには頼もしいコネがあるし、VRについてこの世で最も詳しい娘が居るのだ。出来ないはずが無い。

 

「やれるだけやってみようぜ、駄目だったらまた別のアイデアを考えれば良いさ」

「……そうですね、面白そうだし、上手くいけば堂々と勉強出来るんだから、俺は乗りますよ」

「ナツがやるなら私もやる」

「じゃ、じゃあ……わたしもやろうかな、キリト君は目を光らせないとすぐに無茶するし」

 

 後は最低一人、仲間を作り、顧問を見つけるだけだ。

 早速昼休みが終了してから、四人は動き出すことになる。部活を作り、それぞれが思い描く未来へと歩みを進めるために。

 

 

 放課後、一夏たちは早速だが動きだした。

 まずは親しい友人……ALO仲間であるセシリアや鈴音に声を掛けたのだが、彼女達は既に部活に入部しているらしく、セシリアはテニス、鈴音はラクロス部に、ということで時々顔を出すくらいは出来るだろうが、入部は難しいとの事だ。

 勿論、掛け持ちも彼女達は考えてくれたが、そこまで迷惑を掛けるのは申し訳ないと断り、他を当たることになった。

 

「ごめんね~織斑君、桐ヶ谷君、アタシもう華道部に入部してるから」

「あたしは水泳部に」

「文芸部」

「手芸部」

 

 とまぁ、手当たり次第に聞いてみたのだが、やはり特記事項のこともあり、既に何かしらの部活動に入部している者が大半で、どうするか悩んでいた所に以外な人物からOKを貰えた。

 

「いいよ~、おりむーとき~りんがやるなら楽しそ~だもん」

「ほ、ほんとか!? のほほんさん!」

「うん~」

 

 OKしてくれたのは、一夏達のクラスメイトであるのほほんさんこと布仏本音だ。

 制服のダボダボになった袖をブンブンと振りながら、彼女はほんわかとした笑顔で了承してくれたので、思わず一夏と和人、本音の三人で小躍りしてしまった。

 

「あ~、そうだ~かんちゃんも誘って良い~?」

「かんちゃん?」

「うん~、友達のかんちゃん~。4組なんだけど~」

「勿論だよ! 一人でも多い方が良いですよね、キリトさん」

「ああ、そうだな」

 

 後は顧問を探している明日奈と百合子が上手く見つけてくれれば生徒会に申請を出すだけだ。

 と、そのとき丁度後ろから明日奈と百合子がやってきて、指で小さく丸を作ってみせた。それはつまり……。

 

「山田先生が顧問になってくれるって」

「山田先生……まだどこの顧問もやってない」

「よっしゃ! こっちも丁度一人……いや、二人確保したところだ」

「二人? あ、本音ちゃんじゃない!」

「お~、あーちゃんとゆ~りんだ~」

 

 早速だが、本音にもう一人の部員候補となるかんちゃんとやらに会いに行くこととなった。

 放課後は基本、そのかんちゃんという人物は整備室に居るらしいので、一同は整備室に向かう。そして整備室に入ると、中は殆ど人が居らず、ただ一箇所の整備用ハンガーにISが一機固定され、その前で作業をしている生徒が一人だけ居る。

 青いボブカットの髪の先が癖毛なのか内側を向いていて、眼鏡を掛けている少女……彼女が恐らく本音の言うかんちゃんなのだろう。

 

「お~い、かんちゃ~ん!」

「本音……何しに来た、の……」

 

 かんちゃんと呼ばれた少女が本音の声に反応してこちらを向いた瞬間、その表情が凍りついた。

 正確には本音の後方から歩いてくる一夏達の姿を見て、だ。

 

「紹介するね~、この子がかんちゃんで~、私のご主人様~」

「ご主人様!?」

「ちょっ……本音、誤解を生むような事、言わないで」

「え~、だって本当のことだよ~?」

 

 そっちの趣味があるのか、と懐疑的な視線を向ける一夏達に気がついたのか、かんちゃんは若干涙目で首をブンブンと横に振り、否定した。

 

「ち、ちがう……本音は、その、家のメイドだから」

「メイド?」

「そそ~、私は~、かんちゃん付きのメイドなのです」

 

 なるほど、それはつまり彼女はお嬢様ということになる。

 

「あ、自己紹介まだだったねー、わたしは1組の結城明日奈、よろしくねー」

「同じく1組の宍戸百合子です」

「俺は織斑一夏、よろしく」

「桐ヶ谷和人だ、よろしくな」

「更識簪……4組、代表です」

 

 かんちゃん改め簪は、口でこそ友好的な自己紹介をしたが、その視線に含まれているのは、若干の敵意だった。

 嫉妬、とも言えるかもしれない視線に何事なのかと思い本音に視線を向ける四人に対し、本音はやはりのほほんとした口調でその疑問に答えた。

 

「えっとね~、かんちゃんは日本の代表候補生で~、専用機も持ってるんだけど」

「あなた達の……正確には織斑君の白式の所為で開発が遅れて、未だ未完成」

「お、俺の!? ってことは簪の専用機ってレクト社の?」

「違う……倉持技研」

「え……それって開発元違わね?」

「あ~、えっとねナツ君、ナツ君の専用機って実はベースが倉持技研で開発凍結になった機体を、レクトが買い取った物なの」

 

 つまりこうだ。倉持で開発凍結されていたISをレクトが買い取り、それを一夏の専用機として作り直す過程で、倉持からデータ取りがしたいという申し出があり、それをレクトが了承した結果、簪の専用機開発のメンバーまでもがレクトへ来てしまい、簪の専用機開発を行う人員が居なくなってしまったのだ。

 それを聞いて一夏と和人は何とも言えない表情になり、倉持技研の考え無しな行動に呆れてしまった。

 

「普通、開発途中の……それも自国の代表候補生の専用機を放り出すか?」

「うわ、俺罪悪感が……」

 

 この後、一夏が頭を下げて謝罪し、簪も別に一夏が悪いという訳ではないのを理解しているので気にしないことにしてくれて何とか和解出来た。

 倉持技研の方には明日奈から父である彰三に伝えておいてくれるとのことで、簪の専用機開発は再度スタートであろう旨を伝えると、簪は自分で開発を続けたいと言い出した。

 

「でも、それだと時間掛かりすぎるよ? 倉持の方は何とかなるし、いつまでもこの子を未完成にしておくのも可哀想だよ」

 

 明日奈の言いたいことも理解出来るが、簪としては半ば意地になっているらしく、仕方がないので暫くは様子見、という事になった。

 

「所で、何で此処に?」

「あ、忘れてた……実は、俺達新しく部活を作るんだけど、布仏を誘ったら君も一緒にって言ってね」

「部活?」

「そ~、かんちゃん部活入ってないでしょ~?」

「……忘れてた」

 

 学園の特記事項がある以上、簪も何か部活に入らなければならない。となれば今、誘われたのは幸いかもしれないと考え、そしてその部活が興味を持っていたVRゲームに関する物だと聞かされれば断る理由も無かった。

 

「入る……本音とALO始めようと思ってたから、VRは興味がある」

 

 こうして、6人目の仲間をゲットし、ついでに新しいALOの仲間も増えた一夏たちは、早速忙しい簪を除く5人で生徒会室へ向かう事になった。




次回は生徒会長とのお話と、VR研究部設立のお話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 「始動する戦士達の部活」

お待たせしました。
ちょっと学校とバイトで忙しく、執筆が遅れました。


SAO帰還者のIS

 

第二十話

「始動する戦士達の部活」

 

 新しい部活の開設申請のため、生徒会室に来た一夏達。本音がノックして返事が返ってくると、彼女を先頭に中に入った。

 生徒会室には立派なデスクが入り口対面に設置されており、そのデスクの向こう側では先日一夏が出会った生徒会長、更織楯無が座っており、その後方には3年生の女子生徒が立っている。

 

「いらっしゃい、織斑君、桐ヶ谷君、結城さん、宍戸さん」

「かいちょ~、私は~?」

「あら、本音ちゃんは生徒会役員じゃない、来るのは当たり前でしょ?」

 

 驚愕の目で本音を見る一夏達、まさかこののほほんとした本音が、生徒会役員だなんて思わず、失礼だが心底驚いてしまう。

 

「それで、今日は何の御用かしら?」

「それは俺から」

 

 一歩前に出た和人は予め明日奈が真耶から受け取っていた部活動設立申請用紙を差し出した。

 来る前に既に必要事項を全て記入してあるので、もうこれを生徒会長に渡し、申請許可の印を貰うだけでVR研究部は正式に部活動として認められる。

 

「部活動申請ね……っ! そう、あの子も参加するんだ……」

 

 記載箇所をチェックしていた楯無は、部員候補者の中に更織簪の名前を見て一瞬だけ驚き、そして何処か嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「うん、記入漏れも無いし、顧問も既に了承を取ってるみたいだから何も問題無いわね。じゃあ、承認しちゃいます」

 

 ポン! と承認印を押した。これでVR研究部はIS学園の正式な部活動となり、部室と部費の初期費用10万円が与えられる事になった。

 

「部室はそうねぇ……虚ちゃん、どこか空いてる場所ある?」

 

 虚と呼ばれた三年生の少女は直ぐに用意していた資料の中から学園内の施設と、部活の使用施設を確認していく。

 

「ありました。VR研究部の内容から恐らくはピッタリの場所ですね」

「へぇ、どれどれ? ……ああ! あそこね」

 

 一夏達にも見せてくれた。指差された場所はIS学園の地下1階にあるバーチャルルームだ。

 元々、学園の整備課がOSについての授業を行う際に使う教室で、放課後は基本的に誰も使用していない場所なのだとか。

 そして、バーチャルルームの名に相応しく、相応の設備も用意されている。

 

「よっしゃ、これで後は活動するだけですね、キリトさん」

「だな。それで生徒会長、一つ頼みがあるんだけど」

「何かしら?」

「学園の大型サーバーの一部を借りたい」

 

 楯無に学園のサーバーを使ったVRゲーム作りについて説明し、作ろうと思っているゲームも伝える。

 すると、楯無は面白そうな表情を浮かべ、直ぐに学園長へ内線を入れ、許可を取ってくれた。

 

「はい、これで良いわよ。それにしても、VRゲームでそれは良い考えよね、今まではどうしても既存の物では限界があったのに、これならその限界を簡単にクリア出来るわ」

 

 それと、楯無が一つだけ条件を出してきた。

 

「私も入部して良いかしら? 生徒会長の仕事もあるし、顔を出すのはそんなに多くないだろうけど」

「それは構わないよ、妹さんが心配か?」

「まぁ、ね……貴方も兄だって聞いたから気持ちは解るでしょ?」

「一応は」

 

 同じ妹を持つ身の上同士、和人と楯無は存外話が合う。明日奈が隣で和人の背中を抓ってなければもっと妹談義をしたいところだったのだが、それは断念した。

 

「実を言うと、私が入部する理由はもう一つあるのよ。これは前に織斑君に伝えてあるけど、私は織斑君の護衛も勤めることになっているから、本当なら織斑君と桐ヶ谷君には生徒会に所属してもらいたかったのだけど、部活に入るなら、私も入部して護衛することになるわ」

 

 ついでに、虚も所属してくれるとの事なので、基本生徒会役員である楯無と虚、本音はあまり参加出来ないかもしれないが、それでも部員数は当初の予定以上のメンバーを揃えられた。

 

「ああ、それとね……電子関係なら私より簪ちゃんに頼んだ方が良いわよ? あの子、自覚は無いけどそっち方面では私より優秀だから」

「へぇ、それは願っても無いな。流石に俺とナツだけだと限界があるし、もう一人電子関係に強い人が居れば確実性が増す」

 

 ユイが居るとは言え、プログラミングを実際に行うのは和人と一夏なのだから、二人ではどうしても限界が出てくる。

 そこにもう一人加わるというのは、正直有難い事この上ない。

 

「ただまぁ、あの子もあの子で専用機の組み立てに忙しいから、如何ともし難いというかねぇ」

「そこは時間掛けて説得するよー、レクトから人を派遣してでも完成させるから、一人で頑張らないでって」

 

 明日奈の言葉に楯無も少しは安心してくれたのか、表情が穏やかになった。

 一夏達の機体が原因の一端とは言え、簪一人で専用機を組み上げるなどという無茶をさせるのは心配なのだろう。

 

「まぁ、とりあえず承認は出来たけど、実際にバーチャルルームを部室として使用出来るのは明日以降からね? 今日中にあそこをVR研究部の部室として色々と伝えないといけない所があるから」

「わかった。じゃあ、今日のところは帰るとするか」

「キリト君、今日はわたしの検診に付き合ってくれるんだよね?」

「ああ」

 

 明日奈のリハビリ後の経過検診のため、担当のスポーツドクターのところへ向かった和人と明日奈。

 生徒会室には楯無と虚、本音、そして一夏と百合子の5人が残される形となった。

 

「ところで、一夏君と宍戸さんに聞きたいんだけど」

「はい?」

「……何でしょうか?」

「今日、君たちのクラスに転入してきた男の子、いるじゃない?」

 

 シャルルのことだ。どうやら情報は既に生徒会にも行っているみたいだが、生徒会という組織の性格上、当たり前なのかもしれない。

 特に、このIS学園という様々な国籍の生徒が在籍する学園の生徒会ともなれば、それも当然だろう。

 

「彼を見て如何思った?」

「まぁ、まず第一に違和感を感じましたね」

「ちょっと、不審な点が多すぎる」

「あら、参考までに聞かせて貰えるかしら?」

 

 一夏と百合子が挙げた不審な点、違和感はまず第一に世界で3番目の男性IS操縦者だというのに、転入してくるまでその情報が一切世間に公開されていないこと。

 フランス政府、もしくは彼の実家たるデュノア社が隠蔽していたのかもしれないが、それでは不自然だし、そもそも隠すメリットなど無い。

 デュノア社は現在主流の第2世代型量産IS、ラファール・リヴァイヴを開発してシェア世界3位という業績を出しているものの、現在は第3世代型ISの開発に行き詰まり、業績不振に陥っているというのは知っている。

 そんなデュノア社の社長の身内から3人目の男性IS操縦者が見つかったとなれば恰好の客寄せパンダになるのだから、公開しないというのは逆にデメリットにしかならないだろう。

 第二に体格が男にしては華奢過ぎる点だ。

 もちろん、和人という華奢な男が居るので、シャルルのような華奢な男が全く居ないとは言わないが、それにしては骨格からして違和感が感じられる。

 あれでは男装している女だと言った方がまだ納得出来るほどだ。

 

「そして第三に視線ですね」

「視線?」

「ええ、シャルルは俺やキリトさんと話をしているとき、俺たちの顔こそちゃんと見て話してましたけど、時折待機状態にしている俺たちのISに視線が向かってましたから」

 

 聞けば、彼も専用機は持っているとのことで、同じ専用機持ちなら別に専用機が羨ましいとか、珍しいということも無い。

 態々視線を向けるなどありえないというのはセシリアや鈴音と話をしていて分かったことだ。

 彼女たちは一夏や和人と話をしている最中に待機状態のISに視線を向けるなどということをしたことが無いのだから。

 

「私の推測では、シャルル・デュノアは性別を偽った女性……目的はナツやキリトお義兄さんのデータ、もしくはその専用機のデータを盗むこと」

「なるほどねぇ……わかった、調べておくから、何か分かったら一夏君に報告するわね?」

「お願いします」

 

 連絡先を交換したので、何か判れば一夏の所に連絡が来ることになった。

 このことは先に帰った和人と明日奈には後に報告することにして、用事も無くなった一夏と百合子は生徒会室を後にし、二人揃って仲良く帰路に着く。

 

「ね、ナツ」

「うん?」

「もし……デュノア君が本当にスパイだったら、どうするの?」

「う~ん……まぁ、シャルルの出方次第かな。もし、命令されて仕方なくってなら交渉の余地があるけど、あいつが進んでスパイをするために来たってんなら……少しお仕置きかな」

 

 敵対するなら容赦しない。それはアインクラッドで戦っていた頃に学んだことだ。

 SAOにおけるレッドプレイヤー……殺人ギルドの連中は甘さを捨てて掛からなければ逆にこちらが殺されてしまうような連中ばかりで、そんな連中とも戦うことがあったからこそ、一夏は戦いにおいて相手が誰であろうと敵対する以上は甘さを捨てるようになった。

 自分の甘さが、自分だけではなく、周りに居る人まで危険な目に合わせることになるのなら、そんな甘さは戦いにおいて捨ててしまった方が良いと、あの2年で学んだ。

 

「安心して」

「ん?」

「ナツは、私が守るから」

「……ああ、そうだったな。俺のことはユリコが守ってくれる、だからこそ俺はお前を守るんだ」

「うん」

 

 放課後の夕暮れに染まった道を、手を繋いで歩く二人は、これから訪れるかもしれない戦いを想い、決意と覚悟を決めるのだった。

 




次回は速攻でシャルルの秘密を暴いてしまいます。
正直、原作より勘が鋭く、色々と考える頭もあるこの作品の一夏がいつまでもシャルルの秘密を暴けないなんて無理ですしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 「貴公子の秘密を暴く戦士」

お待たせしました!
今回はシャルの秘密を公開です。


SAO帰還者のIS

 

第二十一話

「貴公子の秘密を暴く戦士」

 

 部活申請も無事に終わり、寮に帰ってきた一夏は部屋に戻る途中で真耶に会った。

 顧問になってくれたことの礼を述べると、彼女は気にしなくて良いとほわほわ笑いながら言ってくれて、ついでに何か用なのかと聞くと、驚くべきことを口にする。

 

「実は、篠ノ之さんにはお引越しをしてもらうことになりまして」

「引越し?」

「はい、デュノア君が転校してきたので、織斑君と同室になって貰おうと思いまして、それで篠ノ之さんには鷹月さんと同室になって貰うことになりました」

 

 成る程、いつまでも男子と女子が同室というのは不味いと判断し、元々恋人である和人と明日奈より恋人ではなく唯の幼馴染というだけの一夏と箒の同室を解除する事にしたのだろう。

 一夏の部屋に着き、早速帰ってきていた箒に真耶がそのことを伝えると、彼女は思いのほか狼狽し、まるで助けを求めるかのような目を一夏に向けてきた。

 

「別に可笑しな話じゃないだろ? 元々男子と女子が同室ってのに問題があったんだし」

「し、しかし桐ヶ谷さんと結城さんも同室ではないか!」

「あの二人は恋人同士だし、まぁ問題が無いとは言わないけど、それでも恋人でもない男女の同室よりはまだ健全だよ」

 

 恋人でもない男女、その言葉が箒の癪に障った。

 まるで恋人じゃないからいつまでも同室でいるつもりは無いとでも言われたような気がして、それでは一夏の恋人を自称する百合子が同室だったのなら、問題は無かったとでも言いたいのかと、そう邪推してしまう。

 

「それでは、篠ノ之さん? 荷物を纏めるの手伝いますので、お引越し、お願いしますね」

「……はい」

 

 渋々引越しを了承した箒は荷物を纏め、その間も何やらPCの前に座って作業をしている一夏へとチラチラ目線を送っていた。

 少しは期待していたのだ。一夏なら、もしかしたら引き止めてくれるのではないか、幼馴染と同室なら少しは気楽だから引越しを無しにして欲しいと真耶へ進言してくれるのではないか、と……。

 だが、結局荷物を纏め終えて箒が部屋を出るまで、一夏が引き止める事は無く、箒は消沈したまま新しい部屋へと向かう事になるのだった。

 

 

 箒が部屋を出て少ししてから、部屋に入ってくる者が居た。

 今回、新しく一夏と同室になる転校生、シャルル・デュノアだ。彼は部屋に入ってくるなりPCの前に座っていた一夏を見つけると、その隣まで来て挨拶をする。

 

「一夏、今日から同室だね。よろしく」

「おう、よろしく」

「うん! ……ところで、何してるの?」

「うん? これか……ちょいとな」

 

 シャルルがPCの画面に目を向けると、何やら難しいプログラムが組まれている途中だった。

 ISのOSではない。では何なのかが気になり、一夏に答えを求めると、少々驚きの答えが返ってくる。

 

「今日、俺やキリトさんが作った部活があるんだけど、その部活で作ろうと思ってるVRゲームのプログラムを試作してるんだ」

「ゲームのプログラム!? それって学生個人で出来るの!?」

「出来るさ、相応の知識とか必要だけど、簡単なゲームなら個人でも作れるぜ」

 

 勿論、今一夏が行っているのはそのレベルを遥かに超越しているのだが、ゲームを作るという事自体は個人で出来ないというわけではないのだ。

 

「ん~と、ベースはザ・シードを使うから必要なのは基幹プログラムとかその辺か……えっと、そうなると……」

 

 カタカタとキーボードを叩き続ける一夏を見て、シャルルは一夏が凄い人間なのではと思えてきた。

 そもそもVRゲームを作るなど学生個人で出来るものではないという事くらいシャルルだって理解している。

 勿論、相応の知識と環境があれば出来るのだろうが、一夏はシャルルと同じ15歳の少年だ。そんな彼にそのような芸当が出来るのかと少々疑ってしまう。

 しかし、一夏の手付きといい、PC画面上に映し出されている複雑なプログラムといい、これは既に高校生のレベルではない。

 よく見れば本棚には一夏の物であろう本が並んでいるのだが、そのタイトルからしてシャルルには内容が理解出来そうにない代物ばかりだ。

 

「うわぁ……電子工学理論とか絶対読んでも僕じゃ理解出来なさそう」

 

 試しに本を手にとって開いてみたのだが、思った通り1ページ読んだだけで降参してしまった。

 

「あはは、やっぱ難しいだろ? それ」

「うん、ていうか一夏は理解出来るの?」

「そりゃあ、この分野を目指して勉強したからなぁ」

 

 SAOから帰って来てからというもの、リハビリをしながら電子工学の勉強をしていた。だから今の一夏にとってシャルルが理解出来ないと断念した電子工学理論の本の内容を理解するなど朝飯前なのだ。

 

「それに、IS学園卒業したらアメリカの大学へ留学しようと思ってるしな」

「え……? 一夏、IS操縦者にならないの?」

「ん~、興味無いなぁ。正直、ISに関わる前からこの道に進もうって思ってたし、ISに関わったからって夢を捨ててまでISに一生関わるつもりは無いよ」

「でも、世界初の男性IS操縦者なんだから、絶対周りが許してくれないんじゃないかな?」

「まぁ、そうだろうけど、でもさ……俺の人生だぜ? 周りに決められる謂れは無いな。俺は将来、VR技術の研究者になろうって決めてるんだ、だからISに関わるのはIS学園に居る間だけ。卒業したらもう二度とISに関わるつもりは無い。俺の人生を決めて良いのは、俺だけだ」

 

 確固たる意思を感じて、シャルルは何も言えなくなった。

 確かに、一夏の人生を決めて良いのは一夏本人だけだろう。他の誰かが強要して良いものではない。

 だけど、一夏はその立場上、それが許されないのも事実だ。

 世界で最初に発見された男性IS操縦者、ブリュンヒルデの弟、それだけでも世界中が一夏を一生ISの世界へ縛りつけようとするだろうし、VR研究者という道など許しはしないだろう。

 

「それよりさ」

「ん? どうしたの?」

「シャルルはいつまで男装してるつもりだ?」

「っ!? ……え?」

「こう言えば判るか? いつまでシャルル・デュノアを演じてる(・・・・)つもりだ? フランス代表候補生、シャルロット・デュノア」

 

 シャルルへと振り向いた一夏の後ろにあるPCの画面には、フランス代表候補生の名簿から抜粋したであろう一人の少女の顔写真が映し出されていた。

 そう、紛れもなくシャルル・デュノア本人の顔が、本名と共に。

 

「な、何で……それを」

「ん? ああ、デュノア社がフランス政府に言って名簿から消したんだっけ……まぁ、そんなもの簡単に見つけられるさ」

 

 一瞬だが、一夏のPC画面の縁にピンクの服を着た黒いストレートヘアーの少女が妖精のような羽を羽ばたかせながらチラリとこちらを見た気がした。

 

「シャルロット・デュノア。デュノア社社長の娘であり、正妻との子ではなく愛人との子供。実の母は既に鬼籍に入っており、現在の親権は父親であるデュノア社社長にある……まぁ、此処まで情報が出て来たらIS学園に来た理由なんて簡単に予想出来るわな」

「……言い逃れは出来ないね。そうだよ、僕は父に命令されて男と偽り入学してきたんだ」

「目的は俺やキリトさん、もしくはその専用機である白式と黒鐡だな?」

「うん」

 

 デュノア社が経営難になっているのは有名な話だ。

 つまり、シャルル……シャルロットは社長に命令され、白式や黒鐡のデータを盗むのが目的で入学したということになる。

 男と偽ったのは広告塔の意味合いが一つと、一夏やキリトに近づき易くするため。

 

「あ~あ、結構自信あったのになぁ」

「まぁ、歩き方とか結構男のものを再現してたけどさ、所々で不自然な点が出てたし、何より色々と怪し過ぎ」

「だよねぇ」

 

 苦笑しながらシャルロットは自分に割り当てられた窓際のベッドに腰掛けた。

 

「まぁ、別に実害があった訳じゃないし、俺はお前を責めるつもりは無いよ」

「……どうして? 僕は君たちを欺いていたんだよ?」

「言っただろ? 実害があった訳じゃない」

 

 だから責める必要も無いし、そもそも命令だったのだから欺いた事を責めるのはお門違いだ。

 

「その様子だと、親父さんとは上手くいってないんだろ」

「……うん、直接会話したのは2回だけ。本妻の人には泥棒猫の娘が! って言われて殴られたよ……跡取り息子になんてレイプされ掛けたし」

「そりゃ……ひでぇな」

「仕方ない、とは言いたくないけど、でも……僕の立場上、何かを言う権利は無かったからね」

 

 確かに、仕方ないで済ませて良い問題ではないが、彼女の立場上ではどうしても泣き寝入りするしか無かったのだろう。

 

「シャルル、お前はさ……今の境遇に少しでも不満があるなら、自由になりたいって思わないか?」

「なれるならね。でも無理だよ、バレた以上、僕は国に強制送還。良くても牢獄行きだろうから」

「無理じゃないぜ。お前が本当に自由を望むなら、俺は力を貸せる。自由にしてやることが出来る」

「……どうやって?」

 

 絶対の自信を持って言う一夏に怪訝そうな表情を向けるシャルロットだが、一夏は変わらず自信に満ちた表情でシャルロットを見返した。

 

「その前に、答えてくれ。お前は、自由になりたいか? 助けが欲しいか? 手を伸ばす勇気はあるか?」

「……本当に、自由にして、くれるの?」

「ああ」

「……なら、一夏、お願い……助けてぇ」

 

 涙ながらに助けを請うシャルロットに、一夏はPC画面へ目を向ける事で答えとした。

 画面にはいつの間にか黒髪の可憐な少女が映し出されており、一夏は何の疑問を抱く事無くその少女へと口を開く。

 

「と、いう訳だからさ、ユイちゃん」

『合点承知です! 既にパパとママにもお知らせして許可は頂いてますので、目一杯やってきますね!』

「おう! 俺やキリトさんを利用しようとした馬鹿共に一発くれてあげようか!」

『はい!』

「あの、一夏? この子は……?」

「ああ、この子はキリトさんの専用機とアスナさんの専用機でサポートAIを務めてるユイちゃんだ。あの二人の可愛い娘」

「AI!? え、こんなに高性能なAIがあるなんて……っていうか、娘?」

『はじめまして、パパとママの娘のユイです。今回はナツお兄さんのお願いという事でシャルロットさんのご実家へハッキングして国際IS委員会へ今回の件を全て公開してきますね』

 

 細い銀糸を弾いたような可憐な声で物騒な事を口走るユイに一夏は口元を引き攣らせる。

 まぁ、一夏がお願いした事なので間違ってないのだが、あまり妙な事を覚えさせてしまうと彼女の母が鬼の様に恐ろしくなるので、少しは自重しようと心に決めるのだった。




今回、一夏が自分の希望している進路と将来の夢について語りました。
この話は今後の話において結構重要になってくるので、今後読んでいく方は覚えておくことをお勧めします。

あ、それと百合子のイメージが出来ない方に。
百合子のモデルはハイスクールD×Dのセラフォルー・レヴィアタンです。
彼女をツインテールではなくストレートヘアーにして、真面目な表情にした感じをイメージしてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 「迫るドイツと相対する戦士」

今回のサブタイの戦士は、一夏でもキリトでもアスナでも百合子でもありません。


SAO帰還者のIS

 

第二十二話

「迫るドイツと相対する戦士」

 

 シャルル改めシャルロットの事は一夏から和人と明日奈、百合子にも伝えられた。

 彼女の境遇を知ったとき、特に明日奈が怒り狂い、本来ならユイの教育に悪いと止める立場のはずの彼女が一番デュノア社を潰す事に乗り気になるほどだ。

 レクト社からも圧力を掛けることになり、ユイが掻き集めたデュノア社の不正事実の証拠や、シャルロットの証言の全てをフランス政府と国際IS委員会に提出したところ、フランス側は即座にデュノア社を切り捨てた。

 結果としてデュノア社は倒産し、デュノア社社長、社長夫人、そしてその長男は行方知れず。シャルロットの身柄は日本へ亡命という形で受け入れられ、その親権は明日奈の父である結城彰三が一時的に持つ事になる。

 

「これでシャルロットちゃんはわたしの妹だねー、よろしくねシャルロットちゃん」

「は、はい……その、義姉さん」

「~っ! もう! シャルロットちゃん可愛いよぅ~!」

 

 一時的にとはいえ、義理の姉妹になった二人の仲は良好で、明日奈の妹分である百合子が若干嫉妬するほどなのだが、兎に角これでシャルロットの問題は片付いた。

 残る問題は未だ一夏を敵視……というより、憎しみの視線を向けているラウラ・ボーデヴィッヒだけとなる。

 その問題も、直ぐに事が起きてしまうのだが……。

 

 

 事の起こりはシャルロットの事があった翌々日の放課後だった。

 第1アリーナを使って訓練をしていた一夏、和人、明日奈、百合子、シャルロット、セシリア、鈴音だったのだが、そこにラウラが現れ、一夏へと喧嘩を売ったのだ。

 

「貴様も専用機持ちだったな。ならば話は早い、私と戦え」

「断る。別にお前と戦うのは別に構わないけど、今ここで戦うと他の一般生徒を巻き込むからな」

 

 アリーナには現在一夏たち以外にも一般生徒が居り、こんな所で第3世代型機が本気の戦闘を行おうものなら他の訓練機に乗る順番待ちをしている生徒への被害が尋常ではない。

 だが、ラウラにとって他の生徒が怪我しようが死のうが知ったことではないのか、自身の専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備されている大口径レールカノンの発射口を一夏へと向けてきた。

 

「貴様が居なければ、教官はモンド・グロッソ2連覇という輝かしい偉業を達成出来た。それを邪魔した挙句、ゲームなどという低俗な遊びで2年も寝たきりになり、教官に無用な心配を掛け、それでもまだゲームを続ける貴様を、私は教官の弟だなどと認めない……故に、此処で消えろ!!」

 

 他の生徒を気にする事無く発射されたレールカノンの弾丸。

 だがその弾丸をシャルロットが防御しようと前に出るより速く一夏がトワイライトフィニッシャーの刃を閃かせて真っ二つにした。

 

「他の生徒が居るのにお構いなしか……ドイツ軍人ってのは一般人を守るのが仕事じゃないようだな。千冬姉がそんな基本的な事を教えないはずが無いし、それほどお前は千冬姉の教え子の中で出来損ないってことか?」

「っ!! 貴様ぁ!!!」

 

 一夏の言葉がラウラの逆鱗にでも触れたのか、再びレールカノンの銃口を一夏に向けるラウラだったが、一触即発の空気は直ぐに振り払われる事になった。

 

『そこの生徒! 何をしている! 学年とクラス、名前を言いなさい!!』

 

 管制室に居る教師の声にラウラは「ふんっ」と鼻を鳴らし、ISを解除するとそのまま立ち去ってしまった。

 残された一夏は立ち去ったラウラの方を何処か冷めた目で見つめた後、訓練という空気じゃなくなったこの場を解散という形にする。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……千冬姉がお前に教えた筈の“力”ってのは、そんなんじゃないだろ」

 

 

 翌日の放課後、第1アリーナにはセシリアと鈴音の二人だけが来ていた。

 一夏達は部活の方で少し用事があるとの事なので、少し遅れて来ることになっており、先に二人で訓練を始めておくことになったのだ。

 

「ねぇ、セシリアってさ、一夏達の部活に興味あるの?」

「わたくしですか? どうでしょう……? 流石にVR技術に興味を持っていても本格的に研究しようとは思いませんわね。わたくしには荷が重過ぎますわ」

「でしょうねぇ。アタシだってそこまで頭良いわけじゃないし、でもあいつ等はそれをやろうとしてるのよね……何か、昔の一夏を知る身としては、アイツの背中が遠くなった気がするわ」

 

 少しだけ、一夏達が作ろうとしているVRゲームのプログラムを見せてもらったが、構築途中だというのに、既に二人には理解不能なプログラムで、しかもそれを構築しているのが一夏だというのだから、何故か二人には一夏達の存在が遠く感じられたのだ。

 

「ま! アタシ達はアタシ達ってね! さっさと始めましょうか」

「そうですわね、先ずは軽く模擬戦といきましょうか」

 

 ISを展開して、早速模擬戦をしようと思った矢先、二人のハイパーセンサーが乱入者の情報を伝えてきた。

 アリーナに現れたのは、昨日も見た漆黒の機体。ドイツ第3世代型IS、シュヴァルツェア・レーゲンと、それに搭乗するラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

「貴様等だけか……」

「あら、何か用事でもあるのかしら?」

「お生憎様ですが、一夏さんはまだいらっしゃいませんことよ」

「ふん……イギリスのブルーティアーズと、中国の甲龍か。データで見た時は中々に強そうだったが、実際に見れば大したことも無さそうだな」

「……喧嘩売ってんのかしら?」

「喧嘩だと? 馬鹿を言うな、喧嘩とは実力が対等の者同士が行うものだ。貴様等が相手では喧嘩にすらならん」

 

 それは、セシリアと鈴音二人束になって掛かろうとも、ラウラの足元にも及ばないと見下した発言だった。

 そして、セシリアも鈴音もそこまで言われて我慢出来るほど沸点が高くない。

 

「上等じゃない! 何ならそのご自慢の機体、この場でスクラップにしても良いのよ?」

「ふん、ゲームに現を抜かす愚か者共が、私に適うとでも? 所詮貴様等も、織斑一夏同様、いや、桐ヶ谷和人や結城明日奈、宍戸百合子もそうだが、ゲームなどという下らんお遊びで2年を無駄に過ごした落伍者と同レベルでしかない」

「その発言、見逃せませんわね」

 

 ラウラの発言に、セシリアが噛み付いた。

 セシリアは、あの日、ALOにアインクラッドが実装された夜、一夏や、彼らの仲間達と共に夜空に浮かぶアインクラッド目指して飛んだ身だ。

 彼らが、あの2年間にどれほどの想いを抱いているのか、それを僅かでも知っているからこそ、あの日、あの浮遊城を目指した彼らの眼差しを知っているからこそ、ラウラの発言は許せない。

 

「一夏さん達の2年を知らないで、彼らの2年を侮辱するなどわたくしが許しませんわ! あの死のゲームで2年間戦い続けた彼らの気持ちを、漸く死の恐怖から開放され、それでもあの2年間に決着を着けようとしている彼らの想いを、貴女のような者が土足で踏み荒そうというのなら、この場で潰して差し上げますわ!!」

 

 スターライトmkⅢの銃口をラウラに向けたセシリアと、同じくして双天牙月を構えた鈴音を、ラウラは嘲笑いながらレールカノンの銃口を向け、戦いは始まった。

 

 

 部室での用事を切り上げた一夏、和人、明日奈、百合子の4人は少し遅れ気味なので急ぎ足でアリーナに向かっていた。

 途中でシャルロットとも合流して、校舎を出た所で何やらアリーナの方角が騒がしいことに気付く。

 

「どうしたのかな?」

「騒がしい……」

 

 すると、一夏達のクラスメートの相川清香が走りながら一夏達の所に来て、慌てた様子でアリーナで起きてることを説明してくれた。

 

「い、今! 第1アリーナでセシリアと鳳さんが、ボーデヴィッヒさんに! 助けてあげて!!」

「っ! キリトさん、先に行きます! ユリコ!」

「うん」

「俺とアスナも直ぐに行く!」

 

 まだ走れない明日奈の事をキリトに任せて、一夏と百合子、それからシャルロットは駆け足で第1アリーナを目指した。

 そして、辿り着いたアリーナのピットから見た光景は、ボロボロになった甲龍を纏った鈴音が気絶しているのか、アリーナの隅に横たわっている姿と、傷一つ無いシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラが甲龍同様ボロボロになったブルーティアーズを纏うセシリアにレールカノンの砲弾を放っているところだった。

 

「っ! アイツ!!」

「待ってナツ……セシリアが」

「え? あ……」

「オルコットさん、もうボロボロなのに、まだ立ち上がろうとしてるなんて……」

 

 レールカノンの砲弾によって更に装甲が傷つき、もうシールドエネルギーも底を尽きそうになっているはずなのに、それでもセシリアは立ち上がった。

 既にブルーティアーズ4基は大破し、弾頭型の2基も異常が発生して発射出来ない状態。スターライトmkⅢも半ばから断ち斬られ、使い物にならなくなっているというのに、それでもインターセプターを展開しながら、セシリアの瞳から戦意は失われていない。

 

「解せんな。もう勝敗は明らかだろうに、何故立ち上がる? 弱者がいくら立ち上がろうと、絶対的な力の前には無力だという事は、理解出来ているはずだ」

「……力……力ですか。馬鹿馬鹿しいですわね。貴女がいつ力を見せたと? ただの暴力を振るっていただけの貴女が、力を語るなど片腹痛いですわ」

 

 頭から血を流し、右目を閉じている状態で、セシリアの開いている左目が鋭くラウラを睨んだ。

 左腕は骨が折れているのか、力なく垂れ下がり、ISスーツも至る所がボロボロになって、右胸は既に豊満な乳房が露わになっている。

 だけど、セシリアはそんな事を気にしてないのか、ただインターセプターを右手に持ち、その刃をラウラへと向けながら、折れる事無く口を開いた。

 

「わたくしは、知っていますわ。本当の力が何なのか……そして、それを振るう彼らが如何に強いのか。それに比べれば貴女如き、彼らの足元にも及びませんもの、倒れる理由はありませんわ」

「私があの男の足元にも及ばない? 笑えない冗談だな」

「それはそうでしょう。だって、冗談では、ありませんから!」

 

 ブースターを吹かし、一気にラウラへと接近したセシリアには、右手に握るインターセプターが、何故だろうか、ALOでサブ武装として使っているリズベットが作ってくれた短剣と重なって見えた。

 

「(ブルーティアーズは、ソードスキルシステムが存在しないから、ソードスキルを使えない……でも、あの動きだけは、わたくしの心に刻まれている!!)」

 

 余裕の表情でセシリアを迎え撃とうとしたラウラの表情が、次の瞬間、驚愕の表情に変わった。

 

「なにぃっ!?」

「はぁあああああああっ!!!」

 

 ギリギリでラウラのレーザー手刀を避けたセシリアは、ALOで覚えた短剣のソードスキルの内、最も好んで使うスキルを、模倣する。

 ソードスキルシステムの存在しないブルーティアーズであっても、動きを再現するのはセシリア本人だからこそ、スキルとしてライトエフェクトが輝かずとも、放つ事が出来た。

 短剣の2連撃ソードスキル、クロス・エッジ。クロスするように放たれた斬撃は、確かにシュヴァルツェア・レーゲンに届いた。

 その胸の装甲に、クロスを描くように刻まれた傷は、セシリアの最後の意地の証。

 

「この、雑魚風情がぁああああ!!!」

 

 大きく蹴り上げられ、アリーナの地面を転がったセシリアは、もう立ち上がる体力が残っていないのか、倒れたまま顔だけラウラの方を向き、自分に向けられるレールカノンの銃口を静に見守っていた。

 今の蹴りでシールドエネルギーは0になり、恐らくあの一撃を受ければ自分はもしかしたら死ぬかもしれない。

 絶対防御があろうとも、これだけのダメージを受けている現状では、あの砲弾は絶対防御を貫けてくる可能性もある。

 だけど、己の死が間近に迫っているというのに、セシリアは何処か余裕だった。何故なら、ラウラの後ろから純白の剣を構え、飛んでくる白き騎士の姿が見えていたのだから。




セッシー格好良かったですかね?
あの夜を知るセシリアだからこそ、一番初めに一夏たちと戦ったセシリアだからこその、今回のセシリアの姿です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 「黒兎と白の剣士、激突する戦士」

ちょっと、一身上の都合により、こちらの更新を優先します。


SAO帰還者のIS

 

第二十三話

「黒兎と白の剣士、激突する戦士」

 

 セシリアの最後の意地、クロス・エッジを放った所を見届けた一夏は、ようやく白式を展開して、トワイライトフィニッシャーを握った。

 その隣では百合子とシャルロットも槍陣とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを展開して、それぞれ武器を構えていつでも飛び出せる準備を整えている。

 

「行くぜ」

「ええ」

「うん」

 

 ラウラがレールカノンの発射口をセシリアに向けているのを見て、一気に一夏たちは飛び出した。

 瞬時加速(イグニッションブースト)で一気にラウラとの距離を縮めながら、トワイライトフィニッシャーにライトエフェクトの輝きを纏わせる。

 この場で最も最適なソードスキル、セシリアを助ける上に、ユイに調べて貰ったシュヴァルツェア・レーゲンのスペック、武装データなどから算出される最適なスキルを選択した一夏はまずラウラが振り返った瞬間に一撃目を叩き込んだ。

 

「がぁっ!? こ、この劣等がっ!」

 

 だが、ラウラが一夏の動きをAIC……アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、慣性停止結界によって止めようとした瞬間、一夏の姿はラウラの視界から消えて、その真横を通り過ぎ様に斬り裂く。

 更に一夏の姿を追おうとするラウラだが、今度は背後に移動した一夏に再び斬られ、再び真横へ移動されて斬られる。

 計4回の斬撃、水平4連撃ソードスキル、ホリゾンタル・スクェアが決まり、シュヴァルツェア・レーゲンに大きなダメージを与えた。

 

「オルコットさん、大丈夫?」

「デュノアさん……ええ、ですが、ちょっとだけ疲れましたわ」

「ピットまで運ぶから、もう少しだけ我慢してね」

「お願い致しますわ」

 

 セシリアをシャルロットが、鈴音を百合子がピットへ運ぶ。

 その間も一夏はラウラと対峙しており、レールカノンの砲弾を切り裂き、レーザー手刀を弾き返し、AICなど使わせる間も無く動き続けた。

 

「くっ、このっ……! ちょこまかと動き回って、それが貴様のゲームで得た力だとでも言うのか! そのような臆病者の手段が!」

「臆病? なんだ、近接戦闘型は愚直に真正面から攻めないといけないのか? これは立派な戦闘手段だぜ」

「愚かな! 教官であれば真正面からぶつかって勝利を得てきた!」

「そうかい、残念ながら俺は千冬姉じゃないからな。SAOで戦ってきた戦闘法が、俺の戦い方なんだよ」

 

 アインクラッドのボスは、真正面からぶつかって勝てる相手ではなかった。

 だからこそ、一夏達の戦闘方法は動き回って相手を翻弄しながら隙を見て攻撃するというヒットアンドアウェイを基本としている。

 

「ボーデヴィッヒ、お前がやった行動は千冬姉がお前に教えた力を正確に表しているとでも思ってるのか?」

「当たり前だ。力とは何者をも寄せ付けない、己が前に立つあらゆるを悉く叩き潰す絶対的なものだ!」

「……やっぱお前、千冬姉の教えを全然理解してねぇわ。千冬姉がんなこと、教えるわけがない。千冬姉は力というものをちゃんと理解してるはずなんだからな……そうじゃなきゃ、俺が千冬姉を尊敬するわけがない」

 

 そう言って一夏はラウラとの距離を取って、トワイライトフィニッシャーを構えた。

 それは明らかな突きの構えだが、そこから放たれるソードスキルは、嘗てアインクラッドにて白の剣士と名高きナツが最も得意とし、他のプレイヤーの追随を許さなかった絶対の信頼を寄せるスキルだ。

 

「見せてやるよボーデヴィッヒ、お前に本当の力が何なのか……セシリアが、何故お前にその傷を付けられたのか、力というものを理解出来てないお前に、俺が最も信頼するスキルで、叩き込んでやる」

「ふん、ならば私は貴様を真正面から受け止めて叩き潰してやろう。ゲームの技が、この私に通じるなどと思うな!!」

 

 一夏が近づいた瞬間、AICで止めようとしているのだろうが、一夏にはこのスキルへの絶対の自信がある。

 例え何者であろうと、今まで一夏が……ナツがこのスキルを使った時、ナツを止められた者は居なかったのだから。

 

「うぉおおおおおあああああああっ!!!!」

 

 一夏の咆哮と共に、まるでジェットエンジンの如き爆音が発せられ、赤い光芒を輝かせながら一気にラウラ目掛けて突進する。

 片手剣上位スキルにして、白の剣士の代名詞、ヴォーパルストライク。このスキルだけは、キリトにすら負けないと嘗て、ナツが言葉にしたこともあるくらい、信頼し、多用してきた。

 たとえAICがあろうと、このスキルだけは、止められやしないと、一夏は一気にトワイライトフィニッシャーの剣先を突き出し、ラウラがAICを発動するより早くその突き出された右手を、突き破った。

 

「なっ!? 馬鹿なっ!?」

 

 完全に右腕を破壊され、AICを発動出来なくなったラウラは慌てて一夏へ一撃入れようと左手のレーザー手刀を展開し、叩き込もうとしたが、それは無理な相談だ。

 何故なら……。

 

「スイッチ!」

「せぇええええええい!!」

 

 いつの間にか戻ってきた百合子がルー・セタンタをライトエフェクトによって輝かせ、その左腕を破壊するためにソードスキルを放っていたのだから。

 

「グッ!? 貴様、いつの間にっがぁ!?」

 

 一撃目で安心してはいけない。槍のソードスキルは基本連撃技が多いのだ。

 百合子がこの場で使用したスキルはツイン・スラストという2連撃ソードスキル、一撃目で左腕を破壊し、二撃目で胸の装甲、丁度セシリアが与えた十字傷の中心を射抜いた。

 

「お前には無い力、それが理解出来ないなら……お前はその程度だってことだ」

 

 倒れ伏すラウラに、一夏の冷たい言葉が浴びせられた。

 いつの間にか、百合子だけではなく、シャルロットも戻ってきており、黒鐡を纏った和人と瞬光を纏った明日奈も駆けつけてそれぞれエリュシデータとランベントライトを構えている。

 ラウラには無い力、それは何かを守ろうとする意思、仲間を信頼する心、それこそが一夏達が持つ力であり、ラウラが未だ理解していない力の本質だ。

 

「ぐっ……ふざけるな。私が、貴様等のような劣等に見下されるなど、あってはならない……力を理解していない? 馬鹿が、理解していないのは、貴様等だというのに! 力とは、あらゆる全てを叩き潰し、破壊し、屈服させ、滅ぼすものだ!! 貴様の言う力とは弱者の馴れ合い、お遊びというものだ! そのようなものに、私が敗れるなど、あるわけがない!!!」

 

 その瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンに異変が起きた。

 装甲がまるで粘土の如く変質し始め、全身から紫電を奔らせながらラウラ自身をも飲み込み、その姿を変えていく。

 

「う、ぐっ、ああああああああああああ!!!!」

 

 ラウラの苦痛に満ちた叫びが木霊しながら、ラウラを飲み込んだシュヴァルツェア・レーゲンは完全に原型を失い、再構築を始めた。

 

「何が、起きてるんだ……?」

「ナツ……あれ、危険な気がする」

「シャルロットちゃん、ちょっと……先生を呼んできて」

「え?」

「ああ、その方が良いな……多分、不味い事態になる」

 

 明日奈と和人の言葉に、シャルロットは急いでピットへ向かい、恐らくは事態収拾が可能であろう千冬を呼びに行った。

 その間に、シュヴァルツェア・レーゲンは完全に姿を変えて、とあるISの姿と、それに搭乗する人型を作り上げる。

 

「あ、うそだろ……あれって」

 

 その姿を、一夏は見たことがある。

 忘れもしない。SAO事件の前年、第2回モンド・グロッソの際に誘拐された自分を助けに来た姉が乗っていた機体。

 嘗て、ブリュンヒルデが搭乗し、世界最強へと輝いた彼女の愛機、暮桜。シュヴァルツェア・レーゲンは姿こそ真っ黒だが、暮桜と、それに搭乗する千冬の形を完全に模した姿へと変貌したのだ。

 

「雪片まで再現してんのかよ!」

 

 突然襲い掛かってきた黒暮桜が右手に握る雪片を一夏へと振り下ろしてきた。

 トワイライトフィニッシャーでそれを受け止めた一夏は黒暮桜の後ろからルー・セタンタを突き刺そうとした百合子に目線を合わせ、次の行動へと移ろうとしたのだが。

 

「あ、きゃああああ!?」

「百合子!」

 

 後ろ手にルー・セタンタの穂先を掴んだ黒暮桜はそのまま彼女を振り回し、一夏へと叩きつけて来た。

 何とか受け止めた一夏だったが、そのお陰で動きを止めてしまい、黒暮桜に吹き飛ばされてしまうも、まだこの場には戦える者が二人いる。

 

「アスナ!」

「うん!」

 

 横薙ぎに振るわれた雪片をランベントライトで弾いた明日奈は前屈みになりながら足払いをして、黒暮桜のバランスを崩すと、一気にその場を離脱する。

 

「スイッチ!」

 

 すかさず明日奈の後ろからエリュシデータを構えた和人が追い討ちを掛けようとした黒暮桜の雪片をエリュシデータで受け止め、同時に展開したダークリパルサーを鞘から抜き放ちながら、その刃を叩き付ける。

 

「久しぶりの二刀流だ。手加減は期待するなよ、ボーデヴィッヒ」

 

 ようやくここに、アインクラッド最強の黒の剣士が降臨した。

 右手に黒の片手剣エリュシデータを、左手に白の片手剣ダークリパルサーを構え、アインクラッド最強は、世界最強を模した存在と相対する。




次回はついに解禁された二刀流VS世界最強モドキ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 「黒と黒、戦士の力」

ラウラ編終わり!


SAO帰還者のIS

 

第二十四話

「黒と黒、戦士の力」

 

 対峙する黒鐡を纏った和人とラウラを飲み込んで黒い暮桜へと変貌してしまったシュヴァルツェア・レーゲンは互いに得物を握ったまま、硬直したかのように動かない。

 だが、長い静寂を破るように黒暮桜が動き出すと、一気に和人との距離を縮めて雪片を振り下ろす。

 対する和人は冷静にダークリパルサーで下から弾き返しながらエリュシデータを袈裟に振り下ろすも素早く雪片に受け止められ、反射的にダークリパルサーを横薙ぎに振るい、黒暮桜が後退しながら避けたのを追いつつダークリパルサーの刃を返し、追うようにエリュシデータの刃も奔らせた。

 

「っ! せぁっ!」

 

 雪片によってダークリパルサーの刃は受け流されたものの、エリュシデータの刃は黒暮桜の装甲を浅くだが斬り裂き、放たれた手刀を紙一重で避けると回し蹴りを叩き込んだ勢いで一気に上空へと飛び上がる。

 追随してきた黒暮桜をハイパーセンサーで確認しながら、一気に急旋回すると、黒暮桜へ瞬時加速(イグニッションブースト)で急接近、迎え撃とうとした黒暮桜の雪片をエリュシデータで受け流しながらダークリパルサーの刃を叩き付けた。

 

「世界最強を模してるとは言っても、模造品だと完全再現は無理なのか……」

 

 今の所、和人は一度も被弾していない。もしこれが本物の千冬ならばこんな事にはならなないだろうが、所詮相手は世界最強を模造しているだけの存在だ。

 嘗てアインクラッド最強の騎士と名を馳せたヒースクリフと対等に戦った和人が、そのような模造品に劣る訳がない。

 ましてや、今の和人は一刀流ではなく、二刀流だ。二刀流を使った和人は……否、キリトは彼自身が謙遜していようがアインクラッド最強と、その実力を認められている。模造品相手に、被弾するなどあり得ないのだ。

 

「ッ! チッ!!」

 

 斬った箇所が修復された黒暮桜を見て、和人は思わず舌打ちしてしまう。

 シールドエネルギーが健在なのかも不明の相手に、これではジリ貧な気がするが、今はこれ以外に方法が無い以上、戦うしかない。

 それに、最初に斬ったとき、微かだが人の肌が見えた気がしたのだ。もしかしたらラウラを助けられるかもしれないと思い和人は、雪片を振り翳し迫ってくる黒暮桜へ再度突撃、迫り来る刃を弾き返しながら二刀流の手数を利用して何度も、至る所を斬り付けた。

 

「流石に、世界最強を模倣してるな……」

 

 和人の攻撃の内、3割は防がれ、受け流されてしまった。

 流石に世界最強、模倣した存在であっても、その強さは並の代表候補生以上かもしれないと思い直し、和人は両手の剣にライトエフェクトの輝きを纏わせる。

 

「セァッ!!」

 

 二刀流ソードスキル、シャインサーキュラー。高速15連撃という流れるような素早い連撃が黒暮桜を襲い、両手を斬り飛ばして首を落とし、機体表面を斬り裂いて中で意識を失っているラウラの姿を剥き出しにした。

 

「スイッチ!!」

 

 その声が聞こえた瞬間、和人は後ろに下がり、入れ替わるようにいつの間にか追いついて来た明日奈が前に出てラウラを掴み、黒暮桜から引きずり出した。

 

「スイッチ!」

 

 救出したラウラを抱き締めながら明日奈が後ろに下がると、今度は百合子が前に飛び出し、ライトエフェクトの輝きを纏うルー・セタンタを構え、無人状態になってもまだ動こうとする黒暮桜に高速の突きスキル、ダンシング・スピアを放つ。

 踊るような華麗な動きから放たれる5連突きは両手を失い、操縦者という名の生体部品を失った黒暮桜の全身を穿ち、風穴を空けた。

 そして、最後の締めとして……。

 

「スイッチ!」

「うぉおおおらあああああああ!!」

 

 一夏が百合子と入れ替わるように前に出ながら、トワイライトフィニッシャーを構え、ソードスキルを発動する。

 片手剣最上位ソードスキル、ファントム・レイブ。6連撃からなる高速で、そして重たい斬撃は最後の一撃でアリーナ地面まで黒暮桜を叩き落し、今度こそ完全に黒暮桜は沈黙した。

 

「アスナさん、ボーデヴィッヒの奴……どうですか?」

「うん、今は気を失ってるみたい。多分、さっきので随分と身体に負担を掛けちゃったんだねー」

 

 下に降りながらラウラの状態を軽く診たところ、外傷は特に無く、ただ負担が掛かった事による一時的な意識不明状態のようなので、おそらく暫くすれば目を覚ます筈だ。

 そして、ようやくアリーナの地面に降り立つと、丁度先生を呼んできたシャルロットが手を振っており、その隣には何処か険しい表情をした千冬と、慌てている真耶が立っていた。

 

「織斑、何があった?」

「……その前に、織斑先生。いや、千冬姉(・・・)に話があるんだけど?」

「……何だ?」

 

 一夏は白式を解除して千冬の前に立つと、その襟首を掴んだ。

 

「千冬姉、アイツにどんな教育をしたんだ!!」

「それは、どういう……?」

「後で医務室に行って鈴とセシリアの様子を見てみろ、特にセシリアをな……それが答えだ」

「アイツが、怪我をさせたのか」

「怪我? 怪我で済むか! アイツは、セシリアを殺そうとまでしていた! 力は全てのものを捻じ伏せて叩き潰すものだとまで言ってたぜ、んな事を千冬姉が教えるわけがない。なら! アンタの教育がちゃんと行き届いて無かったって事だろうが!!」

 

 ラウラの様子は、千冬だって気づいていたはずだ。なのに、今日まで彼女はラウラに対して何もして来なかった。

 先日のラウラが行った一般生徒が居る中でのレールカノン発砲についても、千冬の耳には入っているはず、それでも何もしなかった千冬は、一体何をしていたのか。

 

「私は、お前に期待したかった……私が言うより、お前がアイツを正しい方向へ導いてくれれば、アイツの為になると、そう思ったから」

「ふざけんな! 何で俺に押し付ける! アンタの怠慢を、何で俺に押し付けるんだ! 期待されるのは勿論嬉しいさ! 千冬姉の期待に応えるのだって、別に吝かではないとすら思うよ、でも! その結果がセシリアの大怪我だ!」

「……そう、か」

 

 ようやく、手を離した一夏は項垂れる千冬に背を向けて和人達の方に向かった。

 

「なぁ、千冬姉」

「……何だ?」

「一度、ボーデヴィッヒと話せよ。今度こそ、アイツの元教官としてさ、その責任を果すべきだと思うぜ」

「そうだな、そうするとするか……」

「それと、セシリアと鈴の見舞いもな。あの二人の怪我の原因は、千冬姉にだってあるんだから」

「ああ、勿論だ」

 

 その後、大破したシュヴァルツェア・レーゲンは回収され、今回の騒動の原因を調査された。

 そして、調査の結果判明したのは、シュヴァルツェア・レーゲンには、国際法で製造・使用共に禁止されているVTシステムを搭載していることだった。

 直ちに学園側はドイツへ報告し、同時に自国の代表候補生が大怪我したことについて、イギリス、中国からもドイツへ正式に苦情が入れられる。

 ドイツはVTシステムについて政府は容認していないことを表明し、一部の者の独断だとして、その者を処罰しようとしたのだが、その者を含む所属研究所が何者かによって研究所ごとこの世から消滅してしまった為、それも不可能となった。

 更に、イギリス、中国からの苦情について、ドイツはラウラ・ボーデヴィッヒ少佐をドイツ軍から除籍、ドイツ代表候補生資格剥奪、専用機取り上げ、ドイツ国家から国外追放処分を下し、両国へ賠償金を支払うことで何とか事なきを得た。

 

 

 IS学園医務室。あの騒動から丸1日、ラウラは眠っていたのだが、ようやく目を覚ました彼女は傍に立つ千冬を見て慌てて立ち上がろうとしたのだが、突如身体に奔った痛みに立ち上がることが出来なかった。

 

「寝たままで構わん」

「は、教官がそれでよろしいのであれば」

「ああ……」

 

 千冬の口から、今回の騒動の全容と、ドイツ、イギリス、中国の対応が説明された。

 暫く呆然としていたラウラだが、自分がドイツ軍席を除籍され、専用機取り上げの上、代表候補生の地位剥奪、更にはドイツ国家からの国外追放処分を受けたことを知り、大いに慌てた。

 

「わ、私が……そんな!?」

「今回の騒動、本来であればお前の国外追放ではなく、処刑すらあり得た。だが、お前の部下たちの懇願と、私からも同じく懇願することで国外追放程度で済ませられたんだ」

「しかし、これで私は……行くところも無いのですね。あの男にも負けて、無様としか」

「……そうだな、お前がやったことだ。お前の責任だと言えばそれまでだが、今回に限っては私にも責任がある」

 

 そう言って、千冬はラウラに向かって頭を下げた。

 勿論、それに慌てたのはラウラだ。尊敬する人物がいきなり目の前で自分に頭を下げてきたのだから、それも当然か。

 

「きょ、教官!?」

「すまんな、私の指導不足で、お前に間違った認識を植え付けたままだった」

「間違った、ですか?」

「ああ、お前は力を他者を叩き潰し、蹂躙するだけのものだと思っているようだが、それは違う」

「え……?」

「私は、そんなものを力だとは思わん」

 

 力とは、何かを守るためのモノ。それはプライドだったり、大切な人だったり、国だったり、人様々だが、ソレが無いまま振るわれるのは、それは力ではなく唯の暴力だ。

 千冬は、自分は弟であり、唯一の家族である一夏を守るために、今まで力を振るってきたと説明する。

 モンド・グロッソでも、優勝して賞金が入れば、それだけ一夏の生活を豊かにしてあげられる。ただ、それだけを考えて、あの大会で優勝したのだ。

 

「そんな……では、私がしてきたのは」

「そうだ、守るモノなど何も無い、ただの暴力だ。オルコットがお前に傷を付けられたのが何故なのか、お前には分かるか?」

「……いえ」

「アイツもまた、何かを守ろうとしたからだ。それが原動力となり、お前に一矢報いることが出来た」

「……」

「オルコットの攻撃は、重かったか?」

「……はい、思い出してみれば、よく分かります。あの攻撃は……何故でしょうか、避けられる気がしませんでした」

 

 そうか、と……それだけ答えて千冬は黙り込んだ。

 ラウラも何も言葉を発しないまま、10分くらい時間が経っただろうか、ようやく沈黙を破るように千冬が再び口を開く。

 

「ああ、それからな」

「はい?」

「私はお前が思うほど完璧な人間ではない。料理なんて出来ないし、掃除をしようとすれば逆に散らかしてしまう。日常生活において、私より一夏の方が偉かったりするぞ」

「あの男の方が、ですか?」

「ああ、私は家事一切において一夏に頭が上がらない。部屋を汚したままにしようものなら、一夏に怒られるくらいだからな」

 

 一夏に怒られるのは怖いから、なるべく汚さないように心掛けるのだが、結局汚してしまって、一夏が学園に入学する前もこっ酷く叱られたと、千冬は苦笑した。

 釣られてラウラも笑みを零し、場の空気が若干だが軽くなった気がする。

 

「ラウラ」

「はい」

「お前さえ良ければ、私はお前を家族として引き取りたいと思っている」

「!?」

「形式的には私が身元引受人になるということになるから、家族になるというのも、あながち間違いではないであろう?」

 

 ずっと、千冬に憧れていた。ドイツで出来損ないと呼ばれ、蔑まれていた自分を、見捨てること無く鍛え上げてくれて、育ててくれた千冬を、何処か姉のように思っていた。

 だから、その千冬の本当の家族である一夏が羨ましくて、嫉妬して、勝手に憎んだ。

 一夏を排除すれば、自分が千冬の家族になれるのではないか、そう思って行動したけど、結局一夏には勝てなくて、結果として国を追われることになってしまったのに。

 千冬は、それでも見捨てなかった。こんな自分でも、受け入れてくれると、そう言ってくれた。

 だから、ラウラは、千冬が差し出した手を、呆然と見つめ、やがて涙を零しながら、ゆっくりとその手を、握り返すのだった。




ラウラへの処分ですが、流石に処刑する訳にもいかないので、こういう結果となりました。
なので、シュヴァルツェア・レーゲンはここで退場。この後ドイツへ返却と相成ります。
代表候補生資格剥奪、専用機取り上げ、ドイツ軍席抹消、国外追放、まぁ順当ですよね?
因みに説明不足分は次回の頭でやるつもりです。

さて次回からタッグマッチトーナメント編。
これはまぁ、流す程度になるかと思いますので、臨海学校編は早く出来そうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 「白と閃光、黒と無限、最強ペア結成」

今回の話に、後々重要になる内容が含まれています。


SAO帰還者のIS

 

第二十五話

「白と閃光、黒と無限、最強ペア結成」

 

 これはラウラとセシリア、それから鈴音が医務室に運ばれた後の話だ。

 一夏から説教を受けた後、千冬は直ぐに今回の一件を学園に報告、セシリア達の状況と、解析が終わり、VTシステムの存在が確認されたシュヴァルツェア・レーゲンのことも説明した。

 そして、学園からすぐさまイギリス、中国、ドイツへと話が行き、話は大きく荒れることになる。

 まず、中国とイギリスがドイツへ賠償を要求、挑発に乗ったセシリアと鈴音も問題だが、そもそも先に挑発したのはラウラであることから、ドイツの立場は弱く、更にイグニッション・プランの為の試作中の機体でもあるブルーティアーズを、大破させたことからイギリスはドイツがイギリスのイグニッション・プラン参加を妨害しようとしているのではないか、とまで言い出したものだから、更に話が大きくなってしまったのだ。

 中国としても、最新鋭の機体である甲龍を大破されたことでドイツを非難、そこに加えて中国とイギリスはシュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが搭載されていたことも問題視した。

 そもそも国際法で使用及び製造、研究が禁止されている代物がドイツ代表候補生の、それも他国のISが多く集まるIS学園へ転入したラウラの専用機に搭載されていたのだから、ドイツがIS学園を乗っ取り、支配下に置こうとしたのではという憶測まで出てしまった。

 結果として、ドイツは世界中からの非難を浴びる形となり、トカゲの尻尾切りの意味も込めてラウラの意識が戻り次第、即座にドイツへ帰国させ、帰国した段階で拘束、軍施設へ収容後すぐに処刑すると千冬たちの前で断言したのだが、それに待ったを掛けたのは、千冬だ。

 彼女としては、ラウラは昔も、そして今も教え子だ。教え子を死なせるという結末を回避する為に、日本国家代表時代のコネと、ドイツ軍教官時代のコネを利用し、頭を下げてラウラの処刑回避及び、日本への亡命の許可を求めた。

 

「しかしね織斑くん、ボーデヴィッヒ嬢を我が国に亡命させようにも、彼女は一度問題を起こしている。その彼女を我々は何の条件も無く受け入れるつもりは無いよ?」

「わかっています。ですので、ボーデヴィッヒが何か問題を起こせば、それ相応の責任を取りたいと思っています」

 

 総理大臣の言葉に千冬はそう返した。

 そして、結果として条件を呑むことでラウラの日本亡命は認められ、IS学園にも残れる事となる。

 更に、未婚である千冬が身元引受人となるための条件も加えられた。その条件というのが……。

 

・ラウラ・ボーデヴィッヒが何か問題を起こした際、事の大小を問わずその責任を本人及び身元引受人となる織斑千冬が取る事とする。

 

・今後、ラウラ・ボーデヴィッヒの代表候補生資格取得を認めない。

 

・今後5年間、ラウラ・ボーデヴィッヒのISへの搭乗を禁止する。

 

・織斑一夏がIS学園卒業後、織斑千冬は3年間、日本の航空自衛隊IS部隊の教官を行う事とする。

 

・ラウラ・ボーデヴィッヒのIS学園卒業後の進路に自衛隊及び警察を選択する事を認めない。

 

 以上、これらの条件となる。

 勿論、もしラウラが問題を起こせば即座にラウラはIS学園を退学、日本政府により拘束され、然るべき施設へ入れられる事となり、千冬はIS学園の教員を辞する事になっている。

 

「我々日本政府が与えられる温情は、これが限界だ。織斑くん、くれぐれも……分かっているね?」

「重々……承知しています」

 

 それだけ言い残し、通信は終わった。

 通信室のモニターの前に立っていた千冬は重々しい溜息を零すと、踵を返して通信室の扉の前まで向かい、ふと回収したシュヴァルツェア・レーゲンに残されていた交戦記録を思い出す。

 

「まだ、チェックしてなかったな」

 

 ついでなのでチェックしておこうと思い、通信室を出ると、そのままシュヴァルツェア・レーゲンの修理が行われている機密ドックへ向かった。

 ドックでは無人機械によるシュヴァルツェア・レーゲンの修理が行われており、それを尻目に千冬は回収された交戦記録を端末から呼び出し、空間投影デスプレイで先のVTシステムによる暴走前から、その後までの記録映像を見始める。

 映っているのはシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラが鈴音とセシリアを撃破し、セシリアがラウラに最後の一撃を加え、その後一夏が攻撃してくる姿だ。

 

「……」

 

 戦闘は続き、一夏がヴォーパルストライクでAICを使用不可能にして、和人達と共にラウラを取り囲むところになった。

 

「あんなシステムを使わずとも、今の一夏であれば雪片と、零落白夜でもっと早く終わらせる事が出来るだろうに……」

 

 ソードスキルよりも零落白夜の方が優秀だと、ソードスキルを使う事が戦闘において時間を無駄にしていると、そう評価した。

 今の一夏の実力なら零落白夜を使う事でもっと早く、ソードスキルを使うより早く戦闘を終わらせる事が出来るはずなのに、それをしない、ソードスキルに頼っていると、そう思う千冬だ。

 

「む?」

 

 すると、映像はVTシステムが発動した所に切り替わり、そして……二刀流で戦う和人が映し出された。

 

「二刀流……奴め、今まで本気ではなかったという事か、小賢しい小僧だ」

 

 二刀流で戦う和人の姿は、今まで何度か見た一刀流で戦うときより数倍強いと思った。否、間違いなく強いのだろうと、そう思う。

 

「そもそも、何故日本政府は一夏よりこんな小僧を優先したがる。世界各国も、委員会も、一夏を優先したがっているのに、何故日本政府だけはこの小僧を優先するんだ」

 

 散々、世界各国やIS委員会は和人よりも一夏を優遇するべきだと、寧ろ和人を実験に使わせろとまで言っているのに、日本がそれを拒んでいる。

 日本政府にとって、特に総務省にとって優先すべきは、優遇すべきは一夏ではなく、和人なのだという事は、千冬も知っていた。だからこそ、それが気に食わない。

 このままでは、一夏が、弟が日本政府によってISの実験材料として差し出されるのではないかと、そう思ってしまった。

 

「一夏に、何があろうと零落白夜を使わせなければ……あの力はソードスキルとやらよりも強い。あの力で、一夏が私の跡を継ぐほどの実力を身に付ければ、一夏はISの世界で誰にも手出し出来ない存在になれる。日本政府も、そうなれば理解するはずだ……あの小僧より、一夏の方が有能だと。その為にも、一夏には日本代表候補生になってもらって、ゆくゆくは日本国家代表としてモンド・グロッソに出場し、そして嘗ての私のように、総合優勝してもらわなければ」

 

 嘗て、自身が立ったあの表彰台に、今度はその跡を継いで弟が立つ姿は、さぞ誇らしいのだろう。

その姿を、いつか見てみたい。

 

「秋にある日本代表候補生選抜試験、一夏に受けさせるべきだな……」

 

 そう呟きながら、千冬は映像を切って、ドックを出て行くのだった。

 

 

 ラウラの騒動が終わった後、一夏達はシャルロットも交えて学園施設内にあるカフェに来ていた。

 ケーキと紅茶を注文し、話す内容は今度行われるタッグマッチトーナメントについてだ。

 

「タッグマッチ、どうするか……」

「ナツはユリコと組むつもりだろ?」

「そう、思ってるんですけど、それだと面白くないんですよねぇ」

 

 因みに、シャルロットはタッグマッチに参加しないらしい。

 亡命する際、フランスの代表候補生資格も無くなったので、専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡもフランスへ返却しなければならないため、その手続きをするのに不参加という事になっている。

 

「そういえば、シャルルは日本国籍を正式に取った後はどうするんだ?」

「一応、改めて女として転入し直すよ? 結城シャルロットとして」

「そうそう、それにレクト社所属として、わたし達と同じレクト社専属テストパイロットって扱いになるんだー」

「そうなると、専用機、も……?」

「ううん、それはまだ。秋にある日本代表候補生選抜試験を受けて、日本代表候補生になれたら正式にレクトから専用機を受け取ることになってるんだ」

 

 そう、シャルロットはこの秋に行われる日本代表候補生選抜試験を受ける事にしていた。

 元々、フランスで代表候補生になっていたので、知識や技量に関しては特に問題は無いだろうから、一夏たちの予想では間違いなく合格するだろうと思っている。

 

「それより、僕の事はいいとして、皆はどうするの? タッグマッチのペア申請、確か明日までだった筈だよ?」

「あ~……そうだなぁ」

 

 シャルロットに言われて、再び悩んだ一夏だったが、ふと何かを閃いた。

 

「アスナさん、良ければ組みませんか?」

「え、ナツ君と?」

「ええ、それでキリトさんがユリコと組んで参加するんです」

「私がキリトお義兄さんと?」

「へぇ……面白そうだな」

 

 普段、タッグを組むときは一夏と百合子、和人と明日奈で組むのが普通だった。

 勿論、今一夏が提案したペアは組んだことが無いわけじゃない。寧ろSAOに居た頃は何度かやっている組み合わせだ。

 

「閃光のアスナと白の剣士ナツが相手か……こりゃ二刀流使わざるを得ないか」

「私も、無限槍を使う事になりそう」

 

 二刀流と無限槍、アインクラッドに3人しか居なかったユニークスキル使いの内の二人がペアを組むというのは、中々に悪夢なのだが、一夏と明日奈のペアも中々に凶悪なのだ。

 

「わたし達、敏捷ステ振りペアに、翻弄されないでね?」

「やるからには、俺もアスナさんも、本気で動きますから」

「うへぇ、捕まえるの大変そうだ」

「大丈夫、私の無限槍の面制圧力は、敏捷ステ振りペアを捉えられる」

 

 こうして、ユニークスキルペアと、敏捷ステ振りペアという、アインクラッドを一度は震撼させた凶悪ペアがここに再び蘇えるのだった。




ちょい、千冬を悪役に感じる方がいるかもしれませんが、今回の千冬の考えが今後の和解イベントにおいて、重要な内容になります。

そして、ユニークスキルペアと敏捷ステ振りペア、その激突はトーナメントで!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 「閃光の戦い」

今回は明日奈の戦いがメインです。


SAO帰還者のIS

 

第二十六話

「閃光の戦い」

 

 シャルロットとラウラの一件が片付き、ついにタッグマッチトーナメント当日になった。

 今回の大会において、本来参加予定だった専用機持ちの数が減ったのは既に全校生徒に告知済みだ。

 セシリアと鈴音は先の怪我と専用機のダメージレベルがCだったという事でドクターストップ、シャルロットは女として転入し直す為にこの日はレクト社へと赴いており、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンがドイツへ返却され、更にはISへの搭乗が禁じられている為に参加不可、簪はそもそもまだ専用機が完成していないので訓練機での参加となっている。

 よって、この大会で専用機を持って参加するのは一夏と和人、明日奈、百合子、楯無、ダリル・ケイシー、フォルテ・サファイアだけだった。

 勿論、この大会は学年別トーナメントなので、1年の専用機持ちは一夏たちのみ、事実上決勝がこの4人による対決であるのは火を見るより明らかなのは言うまでもないだろう。

 

「あ、キリトさん」

「キリト君お疲れ様ー」

 

 一回戦を勝利で終えた一夏と明日奈の二人は丁度休憩中なのか、アリーナの休憩室でスポーツドリンクを飲んでいる和人を見つけて近寄った。

 百合子の姿が無いのは、彼女がトイレに行っているからだというのは和人の言だ。

 

「ようアスナ、ナツ。二人も順調みたいだな」

「勿論だよ、キリト君と戦うまで負けるつもりは無いから」

「俺もですよ」

 

 因みに、順調に勝ち進めば一夏と明日奈のペアが和人と百合子のペアと戦うことになるのは決勝戦だ。

 参加ブロックが違うので、決勝戦まで激突することは無い。

 

「因みに俺達の次の相手が更識なんだけど、そっちは?」

「俺達の相手は箒ですね」

 

 2回戦で和人と百合子は簪と本音のペアと戦うことになっており、一夏と明日奈は箒と鷹月静寐ペアとの試合になっている。

 

「んじゃ、決勝で会おうぜ」

「勿論です」

「キリト君たちも、負けないでね」

 

 和人と別れて一夏と明日奈は整備室に向かった。

 次の試合に向けて整備をして、どの試合でも万全の戦いが出来るようにしなければならない。そのため、IS操縦者にとって自分でも簡単に整備出来るようにするのは必須だ。

 

「ナツ君、ISのプログラム調整上手になったよねー」

「まぁ、俺は電子系専門ですし。キリトさんには劣りますけど」

 

 和人は機械工学が得意だが、電子工学が出来ないという訳ではない。寧ろ、電子工学ですら和人は一夏よりも上なのだ。

 

「わたしはどうにも苦手かなぁ」

「……アスナさんのも、やっておきますね」

「うん、お願いね」

 

 明日奈は元々、こういった専門分野の人間ではないので、仕方がないのかもしれない。

 結局、一夏が白式と瞬光の調整をして、二人は2回戦を迎えるのだった。

 

 

 2回戦、第3試合。この対戦カードは一夏・明日奈ペアVS箒・静寐ペアという、ある意味注目されるものだった。

 方や世界最初の男性IS操縦者、方やIS開発者の妹。世界中から集まった政府関係者が注目するのも無理は無いだろう。

 

「一夏」

「ん?」

 

 既にアリーナに出て対峙する4人、カウントを待っている間に箒が一夏に話しかけてきた。

 

「この試合、私が勝ったら……何でも私の言う事を、一つ聞いてもらう」

「聞いてもらうって……いや、別に良いけどさ」

 

 そもそも負けるつもりは無いので、一夏としては別にこんな約束をしても構わないと思っている。

 専用機を使う一夏と明日奈に対し、箒も静音も使うのは訓練機である打鉄とラファール・リヴァイヴであり、更には実戦経験の差が圧倒的過ぎるのだ。

 正直、箒と静寐に勝ち目は無いというのが一夏たちだけではない、モニター越しに試合を見ているセシリア達の見解だった。

 

【試合、開始】

「はぁあああああああっ!!」

 

 試合が始まり、先手必勝とばかりに箒が飛び出した。

 打鉄の標準装備となっている近接戦闘用ブレード“葵”を振り上げ、上段の構えで一夏へと迫り、一気に振り下ろそうとしたところで、一夏がトワイライトフィニッシャーを素早く振り上げる事で弾き返す。

 

「スイッチ!」

 

 すぐさま一夏と入れ替わるように明日奈が前に出て、一夏は静寐の方へ向かい、明日奈が既にライトエフェクトを輝かせたランベントライトの切っ先を箒へと突き出す。

 放たれるソードスキルはアインクラッドにて明日奈の代名詞とも呼ばれた彼女の愛用するスキル、同じ細剣使いでも彼女に並び立つ者は居ないとまで言われた彼女が最も信頼し、最も多用してきたリニアーだ。

 正に閃光の名に相応しき剣速は、ハイパーセンサーを以ってしても捉える事は適わず、一直線にランベントライトの刃が箒の心臓部分のシールドを穿ち、絶対防御を発動させた。

 

「グゥッ!?」

「箒ちゃんなら真っ直ぐにナツ君を狙うって思ってたよー。でも、それが仇となったね」

 

 箒が葵を横薙ぎに振るうも、紙一重で避けた明日奈は瞬時加速(イグニッションブースト)を使用、圧倒的な瞬発力で初動を見切られること無く箒の背後へと回り、箒が振り向く前に彼女を踏み台に真上へと飛び上がると逆さまの体制のまま箒の手をランベントライトで払い、葵を手放させ、そのまま真下へ向かってブースターを吹かせながらすれ違い様に打鉄のスラスターを斬り裂いて急停止する。

 体制を戻しながら葵を取りに行くのに打鉄の標準装備の一つであるアサルトライフル“焔備”を乱射しながら牽制しようとする箒へ向かってもう一度瞬時加速(イグニッションブースト)を使った。

 

「くっ、なんという速さだっ! 動きが、捉えられない!?」

「それがわたしの持ち味、閃光の名の所以だよ」

 

 初動の速さ、瞬発力という点で言えば恐らく瞬光は第3世代型ISの中でもトップクラスと言えるだろう。

 そして、それを操るのが明日奈だという時点で、瞬光の敏捷力は世界トップクラスまで引き上げられるのだ。

 

「油断した……明日奈さんは、凄く穏やかというか、ふんわりとした雰囲気があるから、正直言って此処まで強いなんて、思わなかったです」

「う~ん、昔は寧ろ鬼呼ばわりされてたんだけどねー」

 

 そう言いながら、変わらずほわんとした笑顔を浮かべる明日奈。

 結城家という名家のお嬢様であり、物腰穏やかで、いつもクラスメートを少し離れた所から見守っている1組のお姉さん的存在である明日奈が、まさかここまで強いとは、箒も予想外だった。

 一夏達と同じゲームをしていて、SAO生還者だという彼女だが、どうにも彼女がゲーマーだとは思えない。

 箒はずっと疑問に思っていたことを、思わず口にしてしまったのも、明日奈の雰囲気が故、なのだろうか。

 

「どうして、明日奈さんはその……ゲームなんかに手を出したんですか? 正直、あなたはゲームをするような人には見えないし、そもそも……戦いとか、そういう事をする人には見えないです」

「わたしがゲームをする理由かぁ……そうだね、元々ゲームは興味が無かったんだけど、お兄ちゃんがね」

 

 軽くだが明日奈がSAOへと巻き込まれることになった理由を話した。

 それで納得したのか、箒も腑に落ちないという表情が無くなり、改めて目の前に立つ細剣使いと対峙する。

 

「正直、私は今でもあなた達の使うゲームの技を認められないです。所詮はゲーム、現実で技を磨こうとしない軟弱者のするお遊びだという認識を、改めるつもりはありません」

「……うん、それは仕方が無いのかもしれないね。わたしは無理に認めて、なんて言うつもりは無いし、それを強要しようなんてしない。ただ、わたし達の技を、わたし達が絶対の自信を持って使えばそれで良いんだから」

 

 何とか葵を拾い上げた箒は既に戦闘不能になっていた静寐の姿を確認し、こちらの勝負に手出しするつもりが無いのか、離れた所で見ている一夏へチラリと視線を向け、再び明日奈へと戻す。

 

「行きます」

「うん」

 

 葵を正眼に構え、一気に明日奈へと距離を詰めようと生き残っているブースターを吹かす箒。

 そして、それに対して明日奈は右手に持つランベントライトをダラリと刃を下に下げたまま、その刀身を輝かせる。

 

「うぉおおおあああああ!!」

「っ!」

 

 一瞬だった。

 明日奈へと肉薄し、振り上げた葵の刃を叩き付けようとした箒は、気がつけばアリーナの地面に倒れており、シールドエネルギーが0になっている。

 明日奈はといえば、いつの間にか箒の背後上空に居て、ランベントライトを腰の鞘へと収めていた。

 

「さっすが、アスナさんのフラッシング・ペネトレイターの速さは人外染みてるなぁ」

 

 最後に明日奈が使ったのは細剣最上位ソードスキル、フラッシング・ペネトレイターだった。

 リニアーが閃光の如き剣速のスキルであるのに対し、フラッシング・ペネトレイターは明日奈自身が文字通り閃光となり、最速の一撃を叩き込む奥義なのだ。

 

【篠ノ乃箒、シールドエネルギーエンプティー。勝者、織斑一夏・結城明日奈ペア】

 

 こうして、一夏と明日奈は2回戦を突破した。

 この後、二人は順調に勝ち進み、決勝戦へと挑むことになるのだった。




次回はキリトとユリコのペアVS簪・本音ペアです。
んで、その次が決勝戦で、それが終われば水着を買いにいく話を挟んでようやく臨海学校編へ突入できますねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 「心を解きほぐす戦士達」

今回はキリトとユリコのペアVSかんちゃんとのほほんさんです。


SAO帰還者のIS

 

第二十七話

「心を解きほぐす戦士達」

 

 二回戦最終試合、第2試合と同様に世界中のVIPが注目するこの試合のカードは、2番目の男性IS操縦者であり、日本政府がブリュンヒルデである織斑千冬の弟を差し置いて擁護しているという桐ヶ谷和人と、そのパートナーである宍戸百合子VS日本代表候補生である更識簪とパートナーである布仏本音ペアだ。

 各国政府関係者が注目する理由は、本来であれば男性がISを使えるようにする為の実験体として使う筈だった和人がどれ程のものなのか、日本政府が何ゆえ何の後ろ盾(ブリュンヒルデや篠ノ乃束)も無い、モルモットにしても何の問題も無い筈の少年を擁護しているのかを確かめる為である。

 各国は、もしこの大会で和人が目立った力も無い、操縦者として使うよりモルモットとして使った方が有意義だと世界中が判断すれば、日本政府の反対を押し切ってでも和人をIS委員会直属の研究施設へ搬送して、実験体として使うつもりだった。

 つまり、世界中のVIPが注目しているのは、和人が無様に負けてくれることを祈っているが故なのだ。そうすれば、和人をモルモットとして使う大義名分が立つのだから。

 

「まぁ、他国のお偉いさんの考えとしてはこんなところなのかな」

 

 そう呟いたのは、日本政府代表として来賓した一人の男だ。

 宛がわれたVIP室の椅子に座り、これから行われる和人の試合を心待ちにしながら、世界中から集まったVIP達の考えを予測して嗤っていた。

 

「馬鹿だよねぇ、彼がそんな弱い訳がないのに。リアルであろうと、黒の剣士として戦える状況でキリト君が、無様を晒すなんてあるはずがない」

 

 ずれたメガネを直しつつ、男……総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室に勤める菊岡誠二郎は、アリーナに姿を現した黒の剣士を見て、満面の笑みで拍手をするのだった。

 

 

 アリーナ中央では、ピットから出てきて試合開始を待つ4人の選手が対峙していた。

 黒鐡を纏う和人と槍陣を纏う百合子、そして対するは共に打鉄の簪と本音だ。本音は近接戦闘用ブレード“葵”を持ち、簪は未だ未完成の専用機に搭載予定の、唯一完成している武装である超振動薙刀“夢現”を握り締めている。

 

「まさか、同じ部活仲間同士で戦うことになるなんてな」

「だね~、かんちゃんも私も本気で行くよ~」

「……負け、ない」

「こちらも、同じです」

 

 和人と百合子も、それぞれエリュシデータとルー・セタンタを構えたところで、試合開始のカウントダウンランプが点灯した。

 赤いランプが一つずつ点灯し、三つ目が点灯した所で全員が集中し、最後の青いランプが点灯したとき、一斉に動き出す。

 

【試合、開始】

「うおぁああああ!!」

 

 和人が簪に向かってエリュシデータの刃を振り下ろすと、簪が夢現でそれを受け止め、一瞬で離れた和人は、自分が居た所に本音が葵の刃を振り下ろしていたのを確認、百合子に視線で合図を送る。

 百合子は本音が刃を振り下ろしたばかりで隙だらけになっている所にルー・セタンタの穂先を突き出すが、今度は簪が夢現の刃で弾き返してきたが、その反動を利用して石突で夢現を弾いた。

 

「スイッチ!」

 

 夢現を弾いた百合子が下がり、和人が簪にエリュシデータの刃を横薙ぎに叩き込んだ。

 その和人を斬ろうと接近してきた本音は百合子のソードスキルによって弾き飛ばされ、アリーナの壁に激突、簪も同じく和人の蹴りで本音の所まで飛んでいった。

 

「ユリコ!」

「はい!」

 

 和人の合図で百合子がルー・セタンタをライトエフェクトにより輝かせる。

 発動したのは新生ALOで開発し、先日レクトにて槍陣で使えるソードスキルに加えて貰ったオリジナルソードスキル、クレーティネだ。

 赤いライトエフェクトによって輝くルー・セタンタを投擲の構えで持つ百合子は、その穂先を簪と本音に向けて、渾身の力を持って投擲する。

 

「本音!」

「うん~!」

 

 轟音を響かせながら飛来するルー・セタンタを何とかその場から離脱する事で避けた二人だったが、ルー・セタンタが地面に突き刺さるのと同時に、まるで大爆発が起きたかのような衝撃が発生、観客席を守るシールドすらもスパークして、簪と本音も爆風に吹き飛ばされてしまった。

 

「う、うそ……」

 

 吹き飛ばされた簪がルー・セタンタの着弾地点を見た瞬間、息を呑んだ。

 地面に突き刺さるルー・セタンタを中心にクレーターが発生して、観客席を守る壁も崩壊、辛うじて剥き出しになった観客席はシールドが守っている状態だった。

 

「余所見厳禁」

「っ!?」

 

 いつの間にか、百合子が予備武装である黄色い短槍、ヴェガルダ・ボウを構えてソードスキルを発動していた。

 槍のソードスキル、ヴェンドフォースによる4連面制圧撃が簪の打鉄を正確に捉え、いつの間にか本音のシールドエネルギーを0にしてきた和人が追撃を掛ける。

 

「はぁっ!」

「くぅっ!?」

 

 何とか夢現で受け止めたものの、その一撃はあまりに重く、完全に衝撃を殺しきれずにバランスを崩す。

 やられる、そう思って目をギュッと閉じた簪だったが、絶好のチャンスだったはずなのに、和人も百合子も攻撃してこない事を不思議に思い、恐る恐る目を開けると、目の前にエリュシデータの切っ先が突きつけられているのが見えた。

 

「っ!」

「……なぁ、簪さん」

「……?」

「どうして、本気でやらないんだ?」

「え……?」

 

 何を言っているのか、判らなかった。

 本気でも何も、最初から自分は本気で戦っているつもりだったのに、何故和人は簪が本気じゃないなどと思ったのか。

 

「簪さん、無意識に思ってない? 専用機を持つ俺たちには訓練機を使う自分じゃ絶対に勝てないって」

「っ!」

「いや、違うか……君は無意識に本気で戦うことを抑えているんだ」

 

 思い当たる節は、あった。

 あの日(・・・)から、自分は無能なのだと自覚して、本気で何かをやることを諦めていたのは確かに自覚している。

 だけど、本気でやりたいと思った事は、ちゃんと本気でやってきた筈だし、この試合だって本気で戦ったつもりだ。

 なのに、自分は全然本気を出せていない。自分で押さえつけてしまっていたのだろう、今までも、そして今回も。

 

「簪さん、薙刀……上手だよな、習ってただろ?」

「……実家で、薙刀を」

「だろうなぁ……でも、何でそれが通用しないか、もう判るだろ?」

「私が、本気じゃ……ない、から?」

「ああ、君は自分の本気を無意識に抑え付けて、本来の実力を出し切れてない」

「……そう、かも」

 

 自慢ではないが、幼少の頃から続けていた薙刀には自信があった。

 実家の、更識家の本家や分家などで同じく薙刀を習っていた同年代の中では飛び抜けて上達していたし、正直薙刀なら誰にも負けた事が無い。

 姉とは薙刀を使って勝負したことが無かったけど、でも薙刀だけなら姉にも負けないと、昔は自信を持って言えたのは確かだ。

 そう、昔は……。

 

「簪さんに何があったのか、俺は知らないし、無理に聞くつもりは無い。だけど、もう少し自分に自信を持ってみたらどうかな?」

「自分に、自信を……」

「ああ、俺は本気の君と戦ってみたい。君の本当の本気、見せてほしい」

 

 自信なんて、まだ持てない。あの子を……打鉄・弐式が完成するまでは、自分に自信を持つことは恐らく出来ないだろう。

 だけど、今は……今だけは、本気を出しても、良いのかもしれない。

 

「勝てる勝てないじゃなくてさ、本気の勝負を、楽しもうぜ」

「本気の勝負……うん!」

 

 そうだ。勝てないのは最初から判ってることだ。だけど、だから本気を出すことから逃げるのは、相手に失礼だ。

 ならば、最初から本気を出して、この勝負を……楽しもう。

 

「っ!」

 

 エリュシデータの刃が下げられたのを確認し、簪は改めて夢現を構えた。

 和人も、今までとは違う隙の無い構え、一撃必殺を決めた迷い無き気迫の瞳を見て、改めて目の前の強敵を迎え撃つため、エリュシデータを構える。

 そして、その二人を静かに見守っていた百合子は、この戦いに手出しするつもりは無いのか少し下がった位置に退避して、本音の横に並んだ。

 

「かんちゃん、吹っ切れたみたいだね~」

「後は、周りに頼ることを教えるだけだよ」

「お~、き~りん凄いね~」

 

 恐らく、勝負は一瞬だろう。

 簪の打鉄のシールドエネルギーは残り僅かなので、一撃のみの全力勝負。

 

「行き、ます」

「おう」

 

 エリュシデータがライトエフェクトの輝きを纏い、夢現がその刃を振動させる。

 一瞬の静寂の後、二人が同時に動き……そして。

 

【更識簪・布仏本音、シールドエネルギーエンプティー。勝者、桐ヶ谷和人・宍戸百合子ペア】




次回は遂に最強対決!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 「最速ペアVS最多ペア」

今回も百合子がやらかします。


SAO帰還者のIS

 

第二十八話

「最速ペアVS最多ペア」

 

 ついに、学年別タッグマッチトーナメントも決勝戦を迎えた。

 1学年の部の決勝は誰もが予想した通り、一夏・明日奈ペアと和人・百合子ペアの対決となり、専用機持ち4人による大激突を皆、待ち望んでいる。

 

「ユリコ、決勝では無限槍を使うのか?」

「最初から、そのつもりです。キリトお義兄さんは?」

「ああ、俺も最初から二刀流で行く」

 

 一夏と明日奈が相手なのだ、最初から全力で臨まなければ負けるのはこちらだ。

 敏捷力がアインクラッドで飛び抜けていた二人を相手にするには、どうしても手数が必要となる。そして、それを可能とするのが和人の二刀流と百合子の無限槍なのだ。

 

「向こうの作戦は多分、高速機動を活かした高速戦闘だろうな。アインクラッドに居た頃もあの二人がコンビ組んだ場合は持ち前の敏捷力で動き回ってたし」

「私たちは、ユニークスキルの手数と、筋力値の高さを活かしたパワー戦闘、ですね」

「ああ、向こうが速度で勝負するなら、こっちは技と力だ」

 

 警戒すべきは一夏のヴォーパルストライクと明日奈のフラッシングペネトレイターだろう。

 一夏のヴォーパルストライクは完成度で言えば和人のソレを上回り、速度特化の一夏だからこそ、その速さは危険だ。

 明日奈のフラッシングペネトレイターはまず、スキルを使われればもう手遅れだ。彼女が使うフラッシングペネトレイターの動きを目視出来た者など今まで誰一人として……たった一人を除いて居ないのだから。

 

「向こうも俺のスターバースト・ストリームとジ・イクリプスを警戒している筈だから、使えるかどうかだな」

「上位剣技と最上位剣技は、どうしても警戒されます」

「ああ、ユリコの無限槍だって上位と最上位のスキルは凶悪そのものだから、警戒されてるだろうな」

 

 因みに和人達が警戒しているフラッシングペネトレイターは細剣の最上位スキル、ヴォーパルストライクは片手剣の上位スキルだ。

 上位と最上位のスキルを警戒するのは、お互い様だろう。

 

「そろそろ時間だ、行こう」

「はい」

 

 控え室を出てピットに向かい、それぞれISを起動するとアリーナへと躍り出る。

 アリーナにて対峙するは4人の剣士、純白の片手剣を構える白式を纏った白の剣士ナツ、エメラルドの如き輝きを持つ細剣を構える瞬光を纏った閃光のアスナ、黒の片手剣と白の片手剣を構える黒鐡を纏った黒の剣士キリト、赤い長槍と黄色の短槍を構えた槍陣を纏う無限槍のユリコ。

 今、この場に居るのは織斑一夏でも、桐ヶ谷和人でも、結城明日奈でも、宍戸百合子でもない。嘗て、アインクラッドを駆け抜けた戦士達だ。

 

「この時を楽しみにしてましたよ、キリトさん」

「ああ、俺もだ」

「わたしとナツ君の速度に、付いて来れるかな?」

「私とキリトお義兄さんの、パワーで粉砕します」

 

 いよいよ試合開始時刻となった。

 試合開始のカウントダウンが始まり、観客達も固唾を呑んで見守る中、ついにカウントランプが赤から緑の光に切り替わる。

 

【試合、開始】

 

 試合開始と共に、4人の姿が観客達の視界から消え失せた。

 何事かと目を凝らそうとした観客達だが、突如鳴り響いた金属同士のぶつかり合う甲高い音を複数聞いて、そちらに目を向けると、一夏が振り下ろしたトワイライトフィニッシャーの刃を和人がエリュシデータとダークリパルサーをクロスさせて受け止めていて、そのすぐ近くでは明日奈と百合子が互いにランベントライトとルー・セタンタ、ヴェガルダ・ボウによる刺突の応酬が行われているのが見える。

 更に4人は再びその場から消えて今度は全く正反対の位置で一夏と百合子が、和人と明日奈がぶつかり合っていた。

 

「らぁっ!」

「せぁっ!!」

 

 二刀流による圧倒的な手数から繰り出される連撃を、明日奈はランベントライト一本で捌き、時折鋭い刺突を放つ。

 和人は攻撃の合間に繰り出される刺突を避けながら、連撃の手を休めないのだが、やはり敏捷値の差から、明日奈が動き回る所為もあって中々クリーンヒットが出ない。

 

「ふっ! はぁっ!!」

「くっ! うらぁ!」

 

 一夏と百合子の方も接戦だった。

 百合子の両手にある長槍と短槍による刺突や払いの連撃を、トワイライトフィニッシャーで捌き、受け流しながら、一夏は時折ピックを投擲して注意を逸らし、反撃を繰り返している。

 百合子も投擲されたピックをヴェガルダ・ボウで弾き、ルー・セタンタでトワイライトフィニッシャーの刃を受け流し、再びヴェガルダ・ボウの穂先を一夏に向けて刺突を放つ。

 ヴェガルダ・ボウの穂先は真っ直ぐ白式の左腕を貫き、その代わりにトワイライトフィニッシャーの刃を返した一夏が槍陣の右肩装甲を斬り落とした。

 

「ナツ君!」

「はい!」

 

 明日奈の合図と共に一夏は瞬時加速(イグニッションブースト)と同じ加速系技術の一つ、後退加速(リトリートブースト)という、簡単に言えば後ろへ瞬時加速(イグニッションブースト)を行うという技術を使って一気に後退した。

 そして、和人から同じく距離を取った明日奈と合流して、一夏と明日奈の二人で今度はアリーナ中を縦横無尽に動き回る。

 それもただ飛ぶのではなく、ジグザグに、規則性など全く無いように見えて完璧なコンビネーションで絶対にぶつからないように持ち前の敏捷力と瞬発力、速度を活かした動きに、和人と百合子は二人に狙いを定めて接近することが出来ない。

 

「隙を見せたら即座にっ! 襲ってくるってか!!」

 

 和人の言葉通り、隙を見ては急接近して一撃入れて、また離脱しては動き回る二人に、中々反撃のチャンスが無い。

 ならば、どうするのかと言われれば、答えなど一つしか無かった。

 

「ユリコ!」

「了解」

 

 一気にアリーナ上空まで飛翔した百合子と、その側で守るように和人も隣に並んだ。

 そして、百合子は今まで使わなかった奥の手、アインクラッド最高の手数を誇ったユニークスキル、無限槍を開放する。

 

「全ヴェガルダ・ボウ、展開」

 

 アリーナ上空を、無数のヴェガルダ・ボウが穂先を地面に向けて覆った。

 その短槍群は重力に引かれて穂先を下に向けたまま一気に地面へと落下し、それに続いて百合子達も急降下する。

 

「ソードスキル、エンドレス・ループ」

 

 一夏と明日奈は何とか降り注ぐ槍の雨を避けたのだが、地面に突き刺さる全てのヴェガルダ・ボウがライトエフェクトの輝きを放った事で青褪めた。

 そして、上空から一気に急降下してきた百合子は一夏へと右手に持ったライトエフェクトを纏うルー・セタンタを叩き付け、地面へと落とす。

 

「グッ!?」

 

 何とか地面との激突は避けた一夏だが、飛来するヴェガルダ・ボウとルー・セタンタを見て慌ててトワイライトフィニッシャーを一閃、二閃、弾き返すのだが、その隙に一夏の背後に移動した百合子が近くに刺さっていたヴェガルダ・ボウ二本を引き抜いて刺突を放つ。

 それも弾いた一夏だが、槍を弾き飛ばした端から地面に刺さるヴェガルダ・ボウを引き抜いては攻撃してくる百合子に、防戦一方となってしまった。

 

「相変わらず厄介だなっ! エンドレス・ループは!」

 

 無限槍の上位ソードスキル、エンドレス・ループ。

 元々無限槍というユニークスキルは両手の手持ち装備にしている槍だけではなく、自分のストレージに保管してあった槍であればオブジェクト化して地面に置いていても敵に奪われても、その所有権を自分に維持していられるというスキルだ。

 つまり自分のストレージに入っている槍全てをオブジェクト化し、周囲の地面に刺しておく事で武器を落としても直ぐに近くの槍を拾って攻撃出来る、無限に槍が途切れる事の無いスキル、故に無限槍。

 そして、エンドレス・ループというソードスキルは、自分の持つ槍と、周囲にある槍全てを用いて行う合計40連撃という二刀流をも上回る凶悪スキルなのだ。

 

「弱点は、自分の所有権がある槍全てを使わないとエンドレス・ループとして成り立たないって事くらい、かっ!!」

 

 もちろん、その程度の弱点は百合子とて承知済み、そしてその弱点は、アインクラッド最強の槍使いだった彼女には弱点足り得ない。

 

「アスナさん!」

「ごめん! ちょっと、難しいよ!」

 

 見れば明日奈も和人の二刀流スキル、シャインサーキュラーによる15連撃を何とか受け流そうとしている最中だった。

 

「しまっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 やはり、一夏も明日奈も剣一本で二刀流と無限槍を相手するのは無茶だったようで、受け止め、流しきれなくなってまともに攻撃を受けてしまった。

 二人纏めてアリーナの壁に吹き飛ばされ、折り重なるように倒れた所を、百合子がトドメを刺す。

 

「終わり」

 

 地面に転がるヴェガルダ・ボウ全てを一気にルー・セタンタで跳ね上げて自身も飛翔すると、宙を舞うヴェガルダ・ボウと、百合子の持つルー・セタンタがライトエフェクトの輝きを放つ。

 

「ソードスキル、インフィニティ……モーメント!!!」

 

 ルー・セタンタをフルスイングし、ヴェガルダ・ボウの石突を叩く。

 全てのヴェガルダ・ボウが弾丸となって二人に降り注ぎ、ついに白式と瞬光のシールドエネルギーが0になった。

 

【織斑一夏、結城明日奈、シールドエネルギーエンプティー。勝者、桐ヶ谷和人・宍戸百合子ペア】

 

 無限槍の最上位ソードスキル、インフィニティ・モーメント。

 その威力は、絶大だった。




改めて、無限槍について説明。
ユニークスキル、無限槍。
自身のアイテムストレージに入っている槍全てをオブジェクト化して地面に刺して、通常であればその状態だと一定時間が経てば所有権を失うのだが、それが起こらなくなり、敵Mobや他のプレイヤーに拾われても所有権の移行状態にもならないというスキル。
槍であれば、ユニークスキルを適用中は自分が所有権を持つ限り永遠に失わない、奪われないというのが、この無限槍の特徴。
故に、フィールドの至る所に槍を用意して、例え戦闘中に槍を弾き飛ばされたり、投擲して手元から失われても直ぐ近くの槍を拾って直ぐに攻撃出来るが故に、その槍が側にある限り無限に攻撃出来るという特性故に、無限槍と名づけられた。
ただし、このスキルは集団戦やボス戦などに使う方が効率的らしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 「貴公子改め、第一次姉弟喧嘩」

ちょい短め。
そして、ついに一夏と千冬が……。


SAO帰還者のIS

 

第二十九話

「貴公子改め、第一次姉弟喧嘩」

 

 学年別タッグマッチトーナメントが終わり、1学年の部は優勝者が和人と百合子に決まった。

 一夏と明日奈は準優勝ということになるので、世界各国に男性IS操縦者の実力と知名度を広げた形になった。

 そして、トーナメント翌日のHRでは、またもや一騒動が起きようとしていた。何故なら、この日は1組に新たな転入生が来るのだから。

 

「え~、今日は皆さん新しいクラスメートを紹介します……新しい、というか、何というか、これって転入扱いなんでしょうか?」

 

 教壇に立つ麻耶が目の下に隈を作って引き攣った笑みを浮かべながらHRを進行している。

 その隣に立つ千冬も同じように目の下に隈を作り、空ろな表情で空を見上げているのを見るに、相当疲れているらしい。

 

「では、どうぞ~……」

 

 力なく呼ばれ、教室に入ってきたのは、IS学園女子の制服をギリギリまで短いスカートに改造している金髪が美しい美少女だった。

 それも、その顔はつい数日前にクラスの全員が見たばかりで、昨日のトーナメントは休みだった元男子生徒。

 

「結城シャルロットです。皆さん、改めてよろしくお願いしますね」

 

 その瞬間、一夏、和人、明日奈、百合子の4人は両耳を塞いだ。

 同時に教室が割れんばかりの絶叫が響き、その声に半分眠っていた千冬が目を覚まして出席簿をブーメランのように投擲してクラスの大半を机に沈める。

 

「えっと、デュノア君は、デュノアさん、だったみたいで……今は結城さんの妹さんってことになるみたいです」

 

 正式に日本への亡命が認められ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはフランスへ返却、更にデュノア社の悪事が暴かれたことでデュノア社長は一家共々行方不明になったので、親権を明日奈の父が獲得するのは容易かった。

 現在は日本国籍を取って正式に結城家の養女として認められたので、結城シャルロットとして改めてIS学園に入学し直したのだ。

 

「遅れました」

 

 誰もが騒然としている中、教室の後ろのドアが開かれ、ラウラが入ってきた。

 つい先日、シュヴァルツェア・レーゲンをドイツに返却して、現在は日本国籍のドイツ系日本人として千冬の保護下に入った彼女は、ISへの搭乗こそ禁じられているが、整備士志望の学生としてIS学園に残れることになったのだ。

 そんな彼女は、教室に入ってきてまずは一夏の前まで来ると、勢い良く頭を下げてくる。

 

「すまなかった」

 

 頭を下げたまま、一夏の言葉を待つラウラ。

 一夏はそんなラウラを黙って見つめた後、デコピンを一発くらわせる。

 

「俺じゃなくて、セシリアや鈴に謝ることだ。俺は特に気にしてないし、何かされた訳じゃないしな」

「……ああ」

「もうお前は処罰されたんだから、これ以上は何もしない。それでいいな?」

「感謝する」

 

 スッキリした顔で自分の席に座ったラウラを見て、麻耶が改めてHRをスタートさせた。

 これでようやく、一夏たちも落ち着くことが出来たのだと、このときは思っていたのだが、どうにも一夏に平穏が訪れるのは、まだまだ先になりそうだった。

 

 

 一日の授業が終わり、部活に行こうとしていた一夏だったが、千冬に職員室に来るように言われたので、和人達には先に行くよう伝えて一人、職員室に向かっていた。

 ノックをして職員室に入ると、自分の席で待っていた千冬の所に向かい、その前に立つと、千冬が一枚のプリントを手渡してくる。

 

「これは?」

「今年の秋に行われる日本代表候補生選抜試験の案内だ。既にお前をエントリーさせてあるから、試験本番までゲームなぞやってないで勉強しておけ」

「はぁ!?」

 

 寝耳に水だった。

 そもそも、代表候補生になんてなるつもりは欠片も無いのに、この姉は自分に何の相談も無く何を勝手なことをしているのか。

 

「ちょっと待てよ千冬姉! 俺は代表候補生になんてなるつもりは無いぜ!?」

「馬鹿者、この先IS操縦者として生きて行くのだから、せめて代表候補生には早い内からなっておけ。幸いにもお前の実力ならソードスキルなど使わず零落白夜を使えば間違いなく代表候補生になれるだろうから、筆記試験対策をしておけば問題は無い」

「だから! そもそも俺はIS操縦者になるつもりは無いんだっての! 何勝手なこと言ってるんだよ!」

「……何?」

 

 IS操縦者になるつもりは無いという言葉に、千冬が鋭い瞳を向けてきた。

 

「そもそも、俺はIS学園を卒業したら、もうISに関わるつもりは無いんだよ。アメリカのカリフォルニア州にある大学に留学したいと思ってるんだしな」

「留学、だと? 馬鹿なことを言うな! そんなもの、認めるわけがないだろう! お前は世界で二人しか居ない男のIS操縦者だ、そのお前がIS操縦者以外の人生を歩むなど、出来るわけがない!」

「それはそっちの都合だろうが! 俺の人生を何で他人に決められないといけない!? 俺の人生を決めて良いのは周りの大人でも、千冬姉でもない! 俺だけだ!!」

「まだ自分の足で立って歩けないガキが生意気を言うな! いいか! お前の留学など認めん! 大人しく秋の代表候補生選抜試験を受けろ!」

「お断りだ! 誰が受けるかそんなもの!」

 

 大喧嘩を始めた織斑姉弟に職員室に居た教師全員が慌てて間に入って止めに掛かる。

 相当興奮しているようで、止める声が耳に入らなかったため、総員で羽交い絞めにすることで何とか揉み合いになりそうになっていた二人を引き離すことに成功した。

 

「織斑君、ほら落ち着きなさい!」

「織斑先生もです!」

 

 まだ興奮している二人だが、とりあえず話は出来そうなので、冷静になるよう促し、話し合いをさせることにしたのだが、その話し合いはずっと平行線を辿っている。

 千冬は一夏がIS学園卒業後に留学するなど認めないと言い張り、頑なにIS操縦者の道を歩ませようと代表候補生選抜試験を受けろと言っていて、一夏は絶対に留学すると言ってIS操縦者になるつもりは無いと主張していた。

 

「で、でもですね織斑君? 織斑君がIS操縦者以外の道を行くのは無理があると先生も無理があると思うんですよ」

「それはそちら側の都合です。別に先生方に認められなくても日本政府は俺やキリトさんをIS操縦者にするつもりはありませんから」

「何だと!?」

 

 真耶が何とか説得しようとしていたのだが、一夏の言葉に千冬が驚愕した表情を浮かべて声を上げた。

 その通りなのだ。日本政府は一夏と和人をIS操縦者の道に進ませるつもりは無く、将来的にはVR技術の方に貢献して欲しいとすら思っている。

 故に、日本政府の考えとしては、二人が現在IS学園に通っているのは安全の都合上仕方が無く通わせているのであり、IS学園を卒業したら相応の大学に行って知識を蓄え、VR技術に関連した仕事をしてもらいたいのだ。

 勿論、それが日本政府の総意というわけではなく、一部の者は二人をIS操縦者にしようと画策しているのだが、それは本当にほんの一握り程度であり、大半は二人をVR技術の道に進ませようとしている。

 千冬が勝手に出した日本代表候補生選抜試験のエントリーが受け入れられたのは、その一部の者の独断ということだ。

 

「で、でも何で日本政府はそんなにお二人をVR技術の方へ進ませようとしているんですか? 確かにお二人はSAO生還者というのは聞いてますけど、それだけでは理由として弱いと思うんですが……」

「それに関しては政府も黙認してますよね? なら俺から言うわけにはいきませんよ。一応は機密扱いみたいですし」

「……チッ、政府の馬鹿共め、私がどれだけ日本に貢献したと思っているのだか……」

 

 確かに、千冬が日本国家代表として日本にした貢献は相当なものだが、日本政府としてはこれから先のVR技術発展のことを考えれば過去の栄光しか持ち合わせていない千冬の言葉など耳を貸す価値が無いとすら考えている。

 所詮はISというスポーツの世界大会優勝者という肩書きしか無い千冬では、6000人もの人間の命を救った英雄達という肩書きには敵わないのだ。

 

「とにかく、俺は日本代表候補生なんてならないし、ISに関わるのはIS学園に通ってる3年間だけだ。卒業したらもう好きにさせてもらう」

「……留学など、させんぞ。未成年であるお前が留学するのであれば、当然だが保護者である私の許可だって必要だ。私は絶対に許可など出さん。お前には絶対に試験を受けてもらう」

 

 結局、この日は話が平行線のまま一夏が帰ることになった。

 この日から、一夏と千冬の仲は拗れてしまい、間もなく臨海学校があるというのに、1組の教室が二人の放つ極寒の如き空気で冷え切ってしまうことになるのは、余談である。




今回の喧嘩は前哨戦です。
この後、臨海学校でもひと悶着あり、解決は恐らく夏休みでしょうね。
それまでに箒ともひと悶着ありますし。
そして次回はデート回! 一夏と百合子、和人と明日奈による水着購入のためのデート回です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校編
第三十話 「デート・白と無限編」


今回は一夏と百合子のデートです。


SAO帰還者のIS

 

第三十話

「デート・白と無限編」

 

 臨海学校を目前に控えた休日、この日は多くの1年生の生徒達が街に繰り出して水着を買いに出かけていた。

 そして、それは一夏達も同じで、この日は一夏と百合子、和人と明日奈がそれぞれ水着を買いに行くという目的でデートをすることになっている。

 IS学園から出るモノレールの改札口では、いつもより少しお洒落をした一夏が既に百合子を待っていて、既に何度もデートをしているからか、その表情は随分と落ち着いていた。

 

「ナツ、お待たせ」

「お……その服似合ってるじゃん」

「ん……ありがと」

 

 白い半袖のブラウスに空色のミニスカート、白いハイヒールのサンダルという姿の百合子に、一夏はちょっと見惚れた。

 明るい服は百合子の黒髪をより映えさせているので、実に見事なコーディネートだと言えよう。

 

「行こ?」

「だな」

 

 差し出した一夏の左腕に自らの右腕を絡ませた百合子を確認して、二人は歩き出した。

 

「まず何処に行く?」

「ん、と……レゾナンスに新しく紅茶をテイクアウト出来るお店が出来たんだけど」

「よし、じゃあ先にそこに行くか」

 

 モノレールに乗った二人は適当な席に並んで座り、街へと向かった。

 モノレールが動き出して景色が流れる窓の外を眺めながら、ふと一夏は気になっていた事があり、それを百合子に尋ねる。

 

「そういえば、ユリコっていつから俺をナツ君じゃなくてナツって呼び捨てするようになったんだ?」

「ん? 覚えてないけど……嫌だった?」

「いや、呼び捨ての方が嬉しいかな、なんか対等な感じがするし」

 

 いつかはアバターネームではなく、本名で呼んで貰いたいが、今はこうしてナツ、と呼び捨てにして貰えただけで満足だった。

 そして、二人を乗せたモノレールは目的の駅へと到着する。

 

 

 レゾナンスのある駅に着いてモノレールを降りた二人は早速だが一夏の言っていた紅茶のテイクアウトが出来るという店に向かった。

 その店は喫茶店というわけではなく、普通のクレープ屋みたいな小さな出店みたいな物だったのだが、実際にテイクアウトした紅茶を飲んでみれば中々どうして、実に良い味をしている。

 

「へぇ、店見たときはあんまり期待してなかったけど、結構イケルな」

「うん、クラスの子が話してたの、気になってたんだ……この店は正解」

 

 今、二人が飲んでいるのは両方ともアイスティーなのだが、茶葉が違った。

 あの店はただ紅茶をテイクアウト出来るというだけの店ではなく、その紅茶の種類が豊富で、紅茶のみを扱った店だったのだ。

 好みの茶葉を選んで、ホットかアイスかを選んで、アイスであれば水出しとオンザロックのどちらか好みの淹れ方を選ぶというシステムになっている。

 

「ナツが飲んでるのは何?」

「俺のはディンブラってやつのオンザロック。ユリコが飲んでるのは?」

「私はキャンディのオンザロック。水出しは、あの独特の薄さが好みじゃないから」

「へぇ、一口ちょうだい」

「ん」

 

 差し出されたコップに刺さっているストローに口を付けて一口、するとキャンディの独特な甘みが口に広がり、一夏は思わず「これ好きだな」と呟いてしまった。

 

「ナツ、そっちのも一口」

「ほら」

「ん……うん、おいしい」

 

 ディンブラは渋みこそキャンディより強いが、同時にちゃんと甘みと紅茶独特の香りも楽しめて、アイスティーには最適な紅茶とも言われている。

 

「次はどうする?」

「ん~……水着買いに行こう?」

「おう」

 

 飲み終わった紙コップを近くのゴミ箱に捨てて、腕を組んだ二人は一路、水着売り場へと向かう。

 水着売り場では流石に季節なのか、大勢の女性客やカップル客が居たのだが、手早く一夏は自分の水着を選んでユリコと共に女性用水着コーナーに来た。

 

「ナツ、どんな水着が好み?」

「え、そうだなぁ……」

 

 別に百合子の好みでも良いのではないか、とも思ったのだが、そこは明日奈によるリハビリのおかげで本当に若干だが鈍感が直った一夏は百合子が一夏の好みの水着を着たいのだと予想して周囲に並んでいる水着を見渡す。

 ビキニ、ワンピース、セパレート、様々な水着が並ぶ中、ふと一夏の目に留まったのは一着のビキニだった。

 

「……」

「ナツ?」

「っ!? え、ああ……悪い」

「……へぇ」

 

 呆っとしていた一夏に声を掛けた百合子は、次いで一夏が目を向けていた先を見る。

 そこには薄いピンクのフリルがアクセントとなった白いビキニがマネキンに着せられた状態で展示してあった。

 

「うん、これにする」

「え!? いや、もう少し選んでも……」

「だって、ナツが目を奪われるほどだもん、これが一番」

 

 絶対に譲らないという表情の百合子に苦笑しながら一夏は水着に付いている値札を手に取り、書かれている値段を見る。

 

「うわ、7900円だってさ」

「結構、するね」

「う~ん……よし、俺が出す」

「え? いいよ、自分で……」

「いいから、ここは彼氏に格好着けさせてくれよ」

 

 幸い、百合子もそうだが、一夏もレクトの仮社員としての給料を貰っているし、何より男性IS操縦者としてのデータ提供をしているので、その報酬もあるから、実はそれなりにお金があるのだ。

 1万円もしない水着を一着購入するくらい、今の一夏の懐事情からすると大した痛手ではない。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「んじゃ、レジ持って行くか」

「うん」

 

 二人でレジまで行き、会計を済ませる。

 店を出る前に百合子がお手洗いに行っている間、一夏は何か百合子の水着のワンポイントになりそうなアクセサリーは無いかと店内の水着アクセサリーコーナーを見ていたのだが、ふと目の前に何故か女性物の水着が差し出された。

 

「この水着、買うからあなたお金出しなさい」

「は?」

 

 見れば随分と派手な服装の見知らぬ女性が一夏にその差し出した水着を買えと言って来た。

 何気に見えた値札には1万2千円という数字が書かれており、そんな高価な水着を、見ず知らずの男にいきなり声を掛けて、更には奢れとは、随分と女尊男卑思考の強い人間なのか、それともただの礼儀知らずなのか。

 

「さっき、女に水着奢ってたの見たわよ? お金あるんならアタシの水着も奢りなさい」

「何で見ず知らずのアンタなんかに水着を奢らなきゃいけない? 常識って言葉を小学校で勉強して来い」

「はぁ!? アンタ、男の分際で女のアタシに逆らうっての? 良い度胸してるじゃないのさ」

「……あ~、あれだ、小学校じゃアンタに教えられることは無さそうだから、大人しく動物園でも行って檻に入ってろ」

「なっ!? ……男の癖に、アタシにそんな口を利いたことを後悔させてやるわ! アンタなんか、警備員を呼べば直ぐに捕まるんだから!」

 

 溜息を零しながら、一夏は腕に付いているガントレッド……待機状態にしている白式を見せた。

 最初こそ、何のつもりなのかと不振そうな目をしていた女だが、それが何なのかを理解して、そして改めて一夏の顔を見て、その傲慢な表情が一気に青褪める。

 

「あ、ああ……アンタ、まさか」

「随分と世間知らずみたいだから、いっぺん警察の世話にでもなるか?」

「し、失礼しました~!!!」

 

 水着を放り投げて逃げ去った女を呆れた目で見送りながら、放り投げられた水着をキャッチしていつの間にか隣に来ていた百合子に手渡す。

 

「これ、戻しといて」

「うん、ナツは?」

「流石に騒ぎが大きくなったから、先に店の外に出て待ってるよ」

「わかった」

 

 店を出て、少ししてから同じく出てきた百合子と合流した一夏は改めて百合子と腕を組み、少し急ぎ足で水着売り場から立ち去る。

 野次馬にこれ以上注目されるのは勘弁願いたい。

 

「次は何処に行こうか?」

「ナツは、行きたいところ無いの?」

「俺? そうだな……」

 

 この辺りで良い所は無いかと周囲をキョロキョロとしていると、丁度時計が見えて、その針が12時半を指し示していた。

 時間的に丁度良い頃合だし、そろそろ空腹感を感じ始めていたので、一夏は百合子の腕を引いて歩き出す。

 

「飯にしようぜ、この辺で美味い店、知ってるからさ」

「うん、お腹空いた」

 

 こうして、少々ハプニングこそあったものの、二人のデートはこの後何事も無く無事に終わった。

 学園から帰ってきた後、同じくデートをしてきた和人と明日奈の二人と一緒に食堂でお互いの盛大な惚気話をして、周囲に居た生徒達に砂糖を吐かせ続けたのは、言うまでも無いだろう。

 因みに、この日の夜は至る所で壁を殴る女子生徒が大多数見受けられたのだが、その理由は不明である。




次回はキリトとアスナのデートのお話。
時系列的には一夏たちがモノレールに乗ってから一時間後がスタートです。
キリト、アスナ、そしてユイの親子団欒をお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 「デート・黒と閃光編」

あ、あれ? ピザ食べながら書いてたのに、ピザが甘くなった……? タバスコ持ってこーい!!


SAO帰還者のIS

 

第三十一話

「デート・黒と閃光編」

 

 一夏と百合子がデートに向かった1時間後、全く同じ場所に一人の少年が現れた。

 黒いジーンズに黒いTシャツと、その上から紺色の半袖ジャケットを着た黒髪の少年は、IS学園に在籍するもう一人の男子生徒、桐ヶ谷和人だ。

 和人も本日、明日奈と水着を買いに行くデートをすることになっており、その待ち合わせを一夏たちと被らないよう、彼らより一時間遅い時間を明日奈に伝えてある。

 

『パパ、ママからメールです。もう直ぐ来られるとのことですよ』

「そっか、サンキューなユイ」

『いえ、それより楽しんできてくださいね。ママ、凄く楽しみにしていましたから』

「ああ、でもユイもパパやママに遠慮しないで、いくらでも話しかけて良いからな? 今日は俺とアスナのデートだけど、ユイも居るから親子でのお出掛けのつもりでもあるんだし」

『はい! お邪魔にならない程度にお話したいです!』

 

 和人がスマートフォンの画面に映るユイと会話をしていると、待ち合わせ5分前ジャストで明日奈が来た。

 今日の明日奈の服装は真っ白なロングスカートタイプの半袖ワンピースだった。胸元がピンクのフリルで構成されたタイプで足元には百合子とお揃いで購入した白いハイヒールのサンダルを履いて、手にはピンク色のポーチを持っている。

 

「お待たせ、キリト君」

「ああ、ユイと話してたから、そんなに待ってないよ」

「そうなんだー、ユイちゃんもごめんね? 待たせちゃって」

『いえ、パパとお話して楽しかったですよ』

 

 合流して直ぐに自然と和人の腕に自らの腕を絡ませた明日奈は和人の手にあるスマートフォンの画面に映る愛娘と会話を始めた。

 今日はデート恋人同士のデートであり、親子3人でのお出掛け、始まりから随分と楽しくなりそうな予感だった。

 

 

 モノレールを乗り継いでSAO生還者が通う学校近くにあるショッピングモールに来た二人は先に水着売り場まで来ていた。

 早めに目的の物を購入して、後は存分にデートを楽しむというスケジュールを組んでいるので、時間的に全然余裕がある。

 

「ね、キリト君はどんな水着が似合うと思う?」

「え? そうだな……アスナなら何を着ても似合いそうだけど」

「もう、キリト君わかってなーい! わたしはキリト君に選んで欲しいんだよ?」

「う、その、だな……ビキニ、とか」

「ビキニ? へぇ……あ! 可愛いのある~!」

 

 明日奈が見つけたのは赤と白のストライプのビキニだ。胸元の大きな赤いリボンがワンポイントになっており、彼女の好みによく合っている。

 キリトもそれを着た明日奈の姿を想像するが、良く似合っている気がするので、それを勧めてみた。

 

「キリト君もこれが良いと思うの?」

「ああ、赤と白って所なんてアスナに一番似合っているしな」

 

 血盟騎士団の制服も、そしてISの装甲カラーも赤と白で構成されているのだから、これほど明日奈に似合う色の水着は無い。

 

「じゃあ、これにしよっと」

 

 籠の中に水着をハンガーラックから取って入れると明日奈は和人の手を引いてレジではなく、何故か今度は子供用水着コーナーに連れて来た。

 見た感じ10歳くらいの女の子用の水着がずらっと並んでおり、その値段も子供用にしてはそれなりにする。

 

「ここ子供用じゃないか?」

「うん、実はユイちゃんの水着を作ってあげようと思って、それで参考になりそうな水着を調べてたんだけど、やっぱり実物見た方が良いじゃない?」

「なるほどな」

「ユイちゃん、どんな水着が好きかなー?」

『わたしですか? ママが作ってくれるのでしたら何でも好きですけど』

「でもやっぱり作るならユイちゃんの好みで作りたいの! 何か無い?」

『そうですねぇ』

 

 すると、ユイは和人のスマートフォンから明日奈の瞬光に移って三次元投影されたARウインドウに姿を現した。

 いつも和人と明日奈の二人と一緒に居る時だけ見せる白いワンピースを着た少女の姿、ユイが二人の娘として本当の姿だと認識する姿で。

 

「あらユイちゃん、こっちの方が見やすかった?」

『はい、携帯電話の中ですとカメラレンズでしか視覚情報を確保出来ませんけど、ISの中からでしたらハイパーセンサーで360度全ての景色が見えますから』

 

 視界が良くなったユイは子供用水着コーナーに並ぶ水着を一つ一つ見渡していくと、一つの水着が目に入った。

 ピンクのワンピースタイプ、フリルがあしらわれた可愛らしいその水着がユイの心を見事に掴んだらしい。

 

『ママ! あの水着が良いです!』

「あのピンクのやつ? うん、あれなら作れそう……じゃあ今晩INした時に作るから、楽しみにしててね?」

『はい! ありがとうございます、ママ!』

 

 微笑ましい母娘の会話を隣で見ていた和人は、ふと先日ALOで購入した物があるのを思い出した。

 そして、ユイが選んだ水着を見て、恐らく似合いそうだと思い、明日奈の隣に映るユイに話しかける。

 

「ユイ、俺のアイテムストレージって見れるか?」

『可能ですけど、どうかしたんですか?』

「ああ、この前イグドラシルシティの店でユイに似合いそうな麦藁帽子が売ってたから買っておいたんだ、あの水着に似合うだろうから、今度ALOで海に行って被ってみないか?」

『わぁ……行きたいです!』

「よし、じゃあ決まりだな」

『パパ、大好きです!』

「おう、パパもユイが大好きだぞ~」

 

 今度は父娘の会話になってしまった。

 ユイを黒鐡に移して明日奈の水着をレジで会計して、店を出ると再び腕を組んだ二人は近くのレストランに入る。

 そろそろ昼食時なので、込む前に席を確保しておいた方が時間の無駄にならなくて済むのだ。

 

「ね、キリト君は泳げるの?」

「人並み程度にはな、スグが泳ぎは苦手だけど」

「え? 直葉ちゃん泳げないの? 運動神経良さそうなのに」

「ちょっと昔溺れ掛けたことがあってな、それ以来だ」

 

 話をしている間に注文した料理が来た。

 普通のファミリーレストランにしては中々美味しいのだが、明日奈の料理やIS学園の食堂の料理を食べなれている和人にしてみれば、イマイチ物足りないと感じるものの、食べられないということはない。

 

「明日奈が頼んだのって何?」

「これ? シーフードドリアだよ、キリト君は……ハンバーグ定食かぁ、相変わらずだねー、君も」

「良いだろ、好きなんだし……それより、そっちの一口ちょうだい」

「え~、じゃあキリト君のも一口!」

「じゃあ、先に食うか?」

「うん!」

 

 頷いてフォークを切ってるハンバーグへ向けようとした明日奈だったが、何故か和人の手によって止められてしまった。

 不思議そうな表情を向ける彼女だったが、次の瞬間にはその顔が真っ赤に染まることになる。

 

「ほら、あ~ん」

「き、キリト君!?」

「ほら早く」

 

 明日奈が食べようとしていた一口大にカットしたハンバーグを自分のフォークで刺して明日奈の口元へ持っていく和人、その表情は随分と楽しそうだ。

 

「あ、あ~ん……」

 

 観念して顔を赤くしたまま差し出されたハンバーグを口に入れた明日奈はお行儀良く口元を隠しながら租借して飲み込むと、頬を膨らませて和人を睨んだ。

 

「もう、人前なのに」

「嫌だったか?」

「い、嫌じゃないけど……もう! キリト君の意地悪!」

「はは、悪い悪い」

 

 お返し! とばかりに今度は明日奈がドリアをスプーンで掬って和人の口元に持っていった。

 今度は和人が口元を引き攣らせて周囲を見渡しながら顔を赤く染める番だ。

 

「キリトく~ん? まさか食べられないなんて言わないわよね?」

「え、いや……」

「はい、あ~ん」

「……あ~ん」

 

 スプーンに乗ったドリアを口に入れた和人は、満足そうな表情を浮かべ離れようとする明日奈を咄嗟に捕まえて、その唇に自分のソレを重ねる。

 口の中で飲み込まずに残っていたドリアを半分明日奈の口の中へ移し、ゆっくりと唇を離すと、口元を押さえて先ほど以上に真っ赤な顔をした明日奈が驚愕の表情で和人を見ていた。

 

「んぐっ……ごちそうさん」

「き、キリト君ーーーーっ!!!!?」

 

 後日、このレストランに『バカップル禁止』の張り紙が張り出されてしまったのは、当然の結末だった。




次回は遂に海!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 「臨海学校へ」

お待たせしました。
遂に臨海学校編本格スタートです。


SAO帰還者のIS

 

第三十二話

「臨海学校へ」

 

 誰もが寝静まった深夜、IS学園の学生寮屋上に一人の人影があった。

 黒くて長い髪をポニーテールにして緑のリボンで結んだ年不相応に発達した胸が特徴の女子生徒、篠ノ之箒だ。

 

「……っ!」

 

 しばらくじっと空を見上げていた彼女だったが、突然険しい表情になって目の前にある鉄柵に拳を叩き付けた。

 

「もう、我慢の限界だ……もう、私はこれ以上負けられない、これ以上負けたら、一夏の隣に立てなくなる……あの女に横取りされたままで、良い訳が無い!」

 

 いつもいつも、一夏の隣には百合子が居た。

 教室でも、放課後でも、食事時でも、とにかく常に一夏の隣に居るのは自分ではなく百合子なのが許せない。

 一夏の隣に居て良いのは自分だけだ、自分こそが一夏の恋人に相応しいのだと、入学してから今日まで、ずっとそのことばかり考えていた。

 

「そうだ、一夏が剣道を辞めたのも、ゲームなんかに現を抜かすのも、全部あの女の所為だ……私に力があれば、あんな女、排除してこの学園から追い出してやるのに!」

 

 以前の模擬戦で圧倒されたことを思い出した。

 正直、ISこそ自分は初心者に近いが、それでも剣道で全国優勝を果たしただけの実力がある。

 剣の腕前であれば、近接戦闘であれば、この学園で千冬以外の誰にも負けないとも思っていたのだ。

 なのに、あの模擬戦では百合子の使う槍の前に手も足も出なかったのが悔しい。しかも、タッグマッチトーナメントで見せた百合子の無限槍を見る限り、彼女は今までずっと本気を出していなかったのだ。

 実際のところは百合子は無限槍を使わずとも常に本気で戦っているが、箒から見れば手の内を隠している時点で卑怯者、本気を出さずに見下しているのだと思わざるを得ない。

 

「力が欲しい……誰にも負けない力が、あの女を完膚なきまでに叩きのめして、二度と一夏に近づけなく出来るだけの、絶対的な力が!」

 

 そこまで言って箒はポケットから携帯電話を取り出した。

 電話帳の中から検索されたのはずっと隠し続けてきた一つの番号、政府の者にもこの番号の存在だけは隠してきたし、何より箒自身がこの番号に掛けることを忌避していたのだ。

 だけど、今望む力を得るには、もはやこの番号に頼る他に無い。

 代表候補生でもなく、企業のテストパイロットですらない自分が力を得るには、もうこれ以外に方法は無いのだから。

 

「……」

 

 静かに発信ボタンを押して、相手が出るのを待つまでも無い。何故なら相手はコール一回で直ぐに出たのだから。

 

『もすもすひねもす~? はぁ~い! 皆のアイドル、篠ノ之束さんだよ~ん!』

「……切りますよ」

『わ~! 待って待って箒ちゃん! 切らないで切らないで~!』

「……それで、姉さん」

『んふふ~、わかってるよ~箒ちゃんが連絡してきた理由! 欲しいんだよね? 箒ちゃんだけの力が』

 

 電話の相手は箒の実の姉であり、ISの生みの親、現在絶賛行方不明で指名手配中の篠ノ之束だった。

 電話に出た当初はウザイと感じてしまった箒だが、自分が連絡した理由を察していた姉に、期待を寄せる。

 

「では……!」

『でもその前に』

「え?」

『箒ちゃんは、何で力を望むのかな~?』

「……もう、二度と負けないためです。私は、一夏の隣に立ちたい、あの邪魔な女に、二度と負けないために、あの女が奪った一夏の隣を、奪い返すためにです」

『……そう。今度の臨海学校に、顔を出すね~』

 

 それだけ言って束の方から電話を切ってきた。

 珍しいこともあったものだと思う、いつもであれば箒の方から切らなければ延々と話し続けているのに、今日に限っては束の方から電話を切ってくるとは。

 

「忙しかったのか?」

 

 恐らくそうなんだろうと特に気にすること無く、箒は先ほどより幾分か上機嫌で屋上から出て行く。

 その様子を、監視カメラが捉えていて、その映像がハッキングされていることも知らずに。

 

 

 某国某所にあるラボ、そこは篠ノ之束が隠れ家として使用している彼女のアジトだ。

 その隠れ家の一室にある束の研究室では、束が携帯電話片手に椅子に座りながらIS学園の屋上(・・・・・・・)の監視カメラから送られてくる映像を見つめている。

 

「う~ん……箒ちゃん、その理由だと渡せないよ~。誕生日プレゼントとして渡すつもりだったけど、どうしよっかなぁ?」

 

 束が振り返って視線を送った先、そこには紅の装甲が美しい一機のISが鎮座していた。

 

 

 海、それは生命の母なるもの。海、それは夏のバカンス地として賑わうもの。海、それは少女達の戦場である。

 と、無駄な能書きを記したが、現在IS学園1年生一行は臨海学校のためバス移動をしていた。

 向かうのはIS学園から車で数時間ほど掛かる海岸線にある宿であり、IS学園が臨海学校のための合宿地として契約している場所だ。

 

「へぇ、じゃあシャルとラウラもALO始めたんだ」

「うん、僕はシルフを選択して、今はラウラと一緒にスキル上げしてるんだ」

「私はスプリガンだ」

「へぇ、何だかどこかで聞いたことあるコンビだね」

 

 バスの中では一夏と百合子が前の席に座るシャルロットとラウラと話をしていた。

 シャルロットは明日奈の勧めでALOを始めたらしく、それに付き合ってルームメイトとなったラウラも一緒にプレイしているらしい。

 シャルロットはアバターネーム「ラファール」として風妖精(シルフ)を選択し、ラウラはアバターネーム「ハーゼ」として影妖精(スプリガン)を選択してプレイしている。

 

「今はわたくしと鈴さんのパーティーに入ってスキル上げをしていますのよ」

「なるほど、セシリア達とパーティー組んでるなら安心か」

 

 セシリアも鈴音もALOプレイヤーとしては随分と上達しているので、現在は一夏と百合子のパーティーから離れて自分たちでパーティーを組んでプレイしているのだ。

 そして、シャルロットとラウラはそのパーティーに参入しているという形らしい。

 

「二人とも武器はどうしてるの?」

「僕は片手剣と魔法を併用したオールラウンダータイプを目指してるんだ。リズさんに杖にもなる特殊な片手用の杖剣を作ってもらったから、それを装備してるの」

「私は短剣と魔法、それからサブウェポンとして弓を選択した。私もオールラウンダーで戦えるようにしているが、どうしても軍人だからだろうか、短剣がメインになってしまうな」

 

 何でもラウラはソードスキルとは相性が悪いらしく、短剣も軍式ナイフ術の動きになってしまうので、ソードスキルを使うのには向いてないらしい。

 なので、ラウラのALOでの戦闘は専ら短剣と体術を合わせたドイツ軍式格闘術がメインとなり、魔法や弓は後方支援に使う程度なのだとか。

 

「しかし、流石に私も世界は広いと感じたな。シリカの短剣の扱いは見事だった」

「あれ、ラウラはシリカに会ったのか?」

「うむ、シリカとリズ、リーファとは共にパーティーを組ませて貰ったことがある」

「僕はエギルさんと組んだことがあるよ、あの人の斧使いは凄いよねぇ」

 

 SAO生還者は基本的に2年間も実践で武器を振るってきたのだから、その熟練度は軍人だったラウラを以ってしても唸らざるを得ないほどのものらしい。

 事実、ラウラはシリカと模擬デュエルをしたことがあるが、勝てたものの、何度か良い一撃を貰ったとの事だ。

 

「因みに、シリカってキリトさんの一番弟子なんだぜ?」

「何!? そうなのか?」

 

 ラウラが和人の方を向くと、当の和人は明日奈の肩に頭を乗せて寝ていた。

 明日奈が苦笑しながら和人の代わりに頷いたので、事実なのだとラウラは和人に尊敬の眼差しを向ける。

 

「前のVTシステム事件のときの映像を見せて貰ったが、確かに和人の二刀流は凄かった。私も彼に師事すれば強くなれるのだろうか……」

「いやぁ、キリトさんはそういうの苦手だからなぁ」

 

 実際和人がシリカを弟子にしたというのは一時的なものだと聞いている。

 しかも、和人は否定しているのだけど、シリカ本人は和人の弟子を自称しているので、話がややこしくなるのだ。

 

「そろそろ旅館に着く、全員席に座れ」

 

 千冬の言葉に皆が窓を見れば、既に海が見えており、バスの進行方向には遠目ながらも旅館らしき建物が見えた。

 いよいよ臨海学校が本格的にスタートする。初日の自由時間を楽しみにしている生徒達が皆、一様にそわそわしている中、一夏だけは何処か胸騒ぎを覚えて表情が芳しくない。

 

「ナツ……?」

「ん、いや……」

 

 何でもないと、百合子に笑顔で返し、窓から見える海に目を向けた一夏。

 これから3泊4日、一体何が待ち受けているのか、それはまだ、誰にも分からない。




次回は水着回、真夏の太陽の下でうら若き乙女達の戦い(笑)が始まる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 「海の胸騒ぎ」

おや、書きあがってしまった。自分でびっくり。


SAO帰還者のIS

 

第三十三話

「海の胸騒ぎ」

 

 バスが旅館に着いて、生徒達が降りると1組から順番に旅館入りすることになった。

 千冬と麻耶が先導して旅館に入ると、旅館の女将が慣れた対応をしてくれて、ただ今回だけ特別な事情があるためか、少しだけ普段とは違う点があるのにプロだけあり、対応がスムーズだ。

 

「ようこそおいでくださいました、IS学園の皆様」

「今年もよろしくお願いします。それと、今年は諸事情で男湯も貸切にしていただくことになり、申し訳ない」

「いえいえ、そちらのお二人ですか?」

「ええ、愚弟とその友人です。一応騒ぎにならないように指導はしてますので」

「ええ、その辺りは心得てますよ」

 

 挨拶も終わり、ようやく1組の生徒達が各々の割り振られた部屋へ向かう中、一夏と和人だけが千冬と麻耶に呼び止められた。

 

「織斑、お前は私と同じ部屋だ」

「桐ヶ谷君は、私と同室ですよ」

 

 一夏が千冬と同室、和人が麻耶と同室とのことだ。

 てっきり二人は男二人で同室だと思っていたのだが、違うらしい。

 

「お前たち二人を同室にしたら、馬鹿な女どもが夜中に押し寄せないとも限らんからな。教師と同室にしておけばそんな心配もいらんだろう」

 

 なるほど納得だ。

 旅館の消灯時間を過ぎて二人の部屋に押しかけるなんて問題行動を起こされるくらいなら二人を教師と同室にして、更に部屋を別ける事で無用な混乱を避けたということだろう。

 

「じゃあ、キリトさん」

「ああ、海でな」

 

 和人と別れて千冬と共に割り振られている教員用の部屋に入ると、自分の荷物を置いて部屋の中をチェックする。

 これは臨海学校前に和人と一夏の二人が電話で総務省の菊岡から指示されていたことで、臨海学校へ行く際は自分の部屋に隠しカメラや盗聴器、隠し進入経路が無いか如何かのチェックをしておくようにとのことだ。

 

「おい一夏、何をしている?」

「何って、部屋のチェックだよ、怪しいところとか無いかチェックしておかないと安心出来ないからな」

「怪しいも何も、普通の旅館にそんなものがある訳無いだろう」

「何を日和った事を言ってるんだよ、俺もキリトさんも世界で二人しか居ない男性IS操縦者だ、当然だけどその身柄は常に狙われているんだし、隠しカメラや盗聴器、誘拐の為の隠し扉みたいなのとか警戒するのは当たり前だろ」

 

 いくら教員が警備をしているとは言っても、実戦経験など皆無のなんちゃって警備でしかないIS学園の警備を、一夏も和人も信用していない。

 だからこそ、自分の身は自分で守れるようにこうして警戒しているのだ。

 

「ん、こんなところか」

 

 見たところカメラや盗聴器、隠し扉などの存在は無いようだった。

 更に窓の外を見れば所々に更識と総務省から派遣された護衛が上手く隠れているのが見えたので、旅館の中に居る間は大丈夫だろうとようやく肩の荷を降ろした。

 

「さてと、千冬姉、悪いけど着替えるから部屋出てくんない?」

「む、ああ、私も他の教員と警備の話をしてから海へ行く、楽しんでこい」

「言われずとも」

 

 千冬が部屋を出てから服を脱いで荷物の中から百合子と一緒に買いに行った海パンを取り出す。

 白地に青いラインが左の腰部分から膝まで伸びた半ズボンサイズの海パンを穿いて、更にタオルを数枚とシートを取り出すと部屋を出た。

 

 

 明日奈と百合子は5人部屋で同室になっており、現在は荷物を置いて海に行くため水着に着替えているところだった。

 他の同室の者は同じ部活の仲間である本音と相川清香、四十院神楽の三人で、皆が着替えのために既に服を脱いでいる。

 

「うわぁ、明日奈さんスタイルすごっ!!」

「ホント、モデルみたい……」

「そ、そうかな……?」

 

 清香と神楽は明日奈のモデル並みに整ったスタイルを見て羨ましそうな声を挙げていた。

 確かに、明日奈は同年代と比べても年不相応に整ったスタイルを持っている。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、正に美の究極とも言うべきスタイルは同姓であっても目を惹かれる。

 

「良いなぁ明日奈さんは、美人でスタイルも良くて頭も良い、それでお金持ちのお嬢様で気立ても良くて料理も上手な上に美形の彼氏まで居るんだから」

「キリト君が美形……うん、カッコイイけど、どっちかって言うと彼は女顔じゃないかな?」

「そうだね、女装とか似合いそう」

「あ~女装はキリト君、なんだかトラウマがあるみたいだよ?」

 

 直葉が言うには昔、まだ幼い頃の話だが、母親に女物の服を着せられて、それも何着も着せ替え人形の如く着せられていたのがトラウマになったらしい。

 

「へぇ、でも女顔でも美形は美形だよね桐ヶ谷君って。しかもIS戦闘だって強いし!」

「明日奈さんも百合子ちゃんも、それに織斑君も同じSAO生還者だもんね、剣はそこで?」

「うん、私は槍だけど、三人は皆、剣だった」

「明日奈さんは何で細剣なの? フェンシングやってたとか?」

「ううん、ただ軽い剣が良かったからっていうのが最初の理由かなぁ……で、何度も使ってる内に愛着が出来たの」

 

 短剣でも良かったのだが、短剣だとリーチが短いので、ちょっと怖かったから軽くてリーチもある細剣を選択したのが始まりだった気がする。

 それからウインドフルーレを入手して、限界まで強化して、それからも鉱石に戻しては新しい細剣に打ち直してもらい、最終的にランベントライトになった。

 ランベントライトは言わばウインドフルーレ(あの子)の子孫とも言える剣であり、明日奈が最も信頼を置く剣なのだ。

 

「ほら、もう着替えも終わったから海に行こう?」

「は~い」

「はい」

 

 清香と神楽が我先にと部屋を出て、明日奈も部屋を出ようとしたのだが、まだ部屋に残っていた本音と百合子にどうしたのかと振り向く。

 

「本音ちゃん、ユリコちゃん、どうしたの?」

「ゆーりんはね~なんだか胸騒ぎがするんだって~」

「胸騒ぎ?」

「うん、ナツがバスの中で感じたっていう胸騒ぎ、もしかしたら同じ予感なのかも」

「……ユイちゃん、居る?」

『どうかしましたか? ママ』

 

 ユイを呼び出すと瞬光から空間投影されたウインドウディスプレイに愛娘が映し出された。

 

「わ~、ゆっちゃんだ~」

『こんにちは、本音さん』

「うん~、こんにちは~」

 

 実は本音はユイに会ったことがあるのだ。

 部活が同じということもあり、簪と本音はユイを紹介される機会があり、既に何度か会話をしていて、特に簪は打鉄・弐式の開発の際にユイの意見を貰っていたりする。

 因みに、同じく部員である楯無と虚は諸事情で部活に顔を出せないので、まだ紹介されていない。

 

「ね、ユイちゃん、何かこの臨海学校のことで調べられることってあるかな?」

『何かあったんですか?』

「ナツ君とユリコちゃんが胸騒ぎがするんだって、二人の嫌な予感って結構当たるから、ちょっと心配になったの」

『わかりました、調べられる範囲で調べてみますね。ですので、ママとユリコお姉さんは海を楽しんできてください』

「ありがとう、ユイちゃん。ごめんね、今度ALOで海に連れて行くから、今日は我慢してね?」

『はい! 楽しみにしていますね、ママ』

 

 ウインドウディスプレイが消えると明日奈達も部屋を出て海に向かう。

 少し時間を掛け過ぎたので、もう和人達も着いているかもしれないと、少し急ぎ足になったのは、仕方が無い。

 

 

 真夏の太陽が照りつける砂浜に到着した一夏は、丁度同じタイミングで着いた和人と合流して、砂浜に入った。

 ビーチに来た二人に気がついた女子生徒達は一様に賑わいを見せているのだが、当人たちはマイペースに持ってきたシートを適当な所に敷いてタオルなどの荷物を置くと和人が海の家で借りてきたパラソルを開いて明日奈と百合子を待つ。

 

「キリトさん」

「ああ、胸騒ぎのことだろ?」

「やっぱり、キリトさんも?」

「今朝からな……この臨海学校、唯では終わらないかもしれない」

 

 やっぱり、一夏や百合子が感じている胸騒ぎは和人も感じていたらしい。

 今日はこの自由時間のみなので、恐らく何かあるとしたら明日の武装テストの時になるだろうとは思う。

 だけど、何が起きるのかまでは流石に予想出来ないので、先ほど明日奈に頼まれてユイが調べる事になったと言っていたので、それで何か情報が掴めるのを祈るしかないのだ。

 

「何か……起きるとしたらIS関係の事件でしょうね。動けるのは俺達4人と、セシリア、鈴くらいですか」

「そうだな、簪さんは弐式の完成がまだだから動けない。シャルとラウラはもう専用機持ちじゃないから、同じくだ」

 

 シャルロットが専用機持ちになれるのは早くても秋になって日本代表候補生選抜試験を受けて、それに合格して無事に日本代表候補生になってからだ。

 

「シャルが受ける代表候補生選抜試験はいつだっけ?」

「えっと、確か9月ですね、9月の15日にランク適正試験、16日に筆記試験で、17日に実技試験が行われるみたいです。んで、結果発表は9月の30日だから、キャノンボール・ファストには間に合わないみたいです」

「詳しいな?」

「……ええ、まぁ」

 

 何故か一夏が不機嫌になった事に疑問を感じた和人だったが、丁度明日奈達が来たことで頭の片隅に追いやることにした。

 今日は水着のお姫様達と目一杯遊んで、胸騒ぎの事は後で考える事にした二人であった。




次回は前半が海で遊び、後半は旅館で夕食。
うまく行けば原作での千冬とヒロインズのガールズトークの所まで、行けるかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物設定

必要かなぁと思って設定載せました。


SAO帰還者のIS

 

設定

 

人物紹介

 

名前:織斑一夏

アバターネーム:Natsu

年齢:15歳(誕生日が来たら16歳)

所属:レクト社IS武装開発局

IS適正ランク:B+

専用機:白式

備考:IS〈インフィニット・ストラトス〉主人公。SAO生還者の一人で、SAO時代は白の剣士ナツというソロプレイヤーだった。一時期は白夜剣舞というギルドに加入していたが、ギルドが壊滅したため、それ以来は一度もギルドに入ったことが無い。

SAO時代に殺人歴があり、その人数はレッドプレイヤーではないプレイヤーでは最も多いであろう10人。

SAOで出会った宍戸百合子と交際しており、将来は彼女と結婚し、電子工学の道を進んで和人と共に何故自分たちはSAOに囚われなければならなかったのか、何故SAOはデスゲームでなければならなかったのか、その答えを探しながらVR技術の発展の礎になりたいと思っている。

ALOでは風妖精族(シルフ)を選択してSAO時代と変わらぬ敏捷力主体の近接戦闘オンリーの脳筋ビルドとして活動している。

 

 

名前:桐ヶ谷和人

アバターネーム:Kirito

年齢:16歳(誕生日が来たら17歳)

所属:レクト社IS武装開発局

IS適正ランク:A-

専用機:黒鐡

備考:ご存知ソードアート・オンライン主人公。SAO生還者の一人で、SAO時代は黒の剣士キリト、またはビーターという名で呼ばれるソロプレイヤーだった。

一夏同様にSAO時代に殺人歴があり、その人数は3人。

SAOで出会った明日奈と交際しており、将来は明日奈と結婚を視野に入れ、愛娘であるユイのため、現実と仮想現実の境界を越える事を目指している。

現在は独学ではあるが機械工学と生体工学を勉強しており、大学に入って専門的に勉強し、いつかはユイに現実世界でも活動出来る身体を作りたいと思っている。そのためにISの人口筋肉などの技術はIS学園に居る内に学びたいと考え、最近は整備科の勉強もしようかと考えているところ。

ALOでは影妖精族(スプリガン)を選択して、SAO時代と同じ筋力優先スピード重視の近接戦闘オンリー。

 

 

名前:結城明日奈

アバターネーム:Asuna

年齢:17歳(誕生日が来たら18歳)

所属:レクト社IS武装開発局

IS適正ランク:A

専用機:瞬光

備考:ソードアート・オンラインのメインヒロイン。SAO生還者の一人で、SAO時代は血盟騎士団というギルドで副団長を務め、攻略の鬼、閃光のアスナという名で呼ばれたSAOでもトップクラスの実力を持った美少女剣士だった。

SAOでの殺人歴は無いが、いざという時は殺すことも厭わないと考えていた。

SAOで出会った和人と交際しており、もう既に和人の奥様気分。愛娘ユイの事も目一杯可愛がっており、将来はずっと和人と一緒に居ることを考え、経済学の勉強を独学でしながらも、将来の夢は専業主婦だったりする。

ALOでは水妖精族(ウンディーネ)を選択、細剣を使っての敏捷力主体の近接戦闘から杖を使っての魔法戦闘主体や回復魔法主体まで幅広くプレイスタイルを選べるオールラウンダー。

 

 

名前:宍戸百合子

アバターネーム:Yuriko

年齢:16歳(既に4月に誕生日を迎えている)

所属:レクト社IS武装開発局

IS適正ランク:A++

専用機:槍陣

備考:本作のオリジナルヒロイン。SAO生還者の一人で、SAO時代は3人しか居なかったユニークスキル使いの一人、無限槍のユリコと呼ばれ血盟騎士団の副団長補佐を勤めていた。

SAOでの殺人歴は無く、人を殺す勇気は無いのだが、本当に決断を迫られた場合は実行するだけの決断力と覚悟はある。

SAOで出会った一夏と交際しており、将来は華道の家元をしている実家が跡継ぎになれと言ってるのを無視して一夏と結婚し、情報工学の道を進みたいと思っている。

ALOでは|風妖精族を選択、筋力優先スピード主体の槍使いとして、時には杖を使っての魔法戦闘主体として、主に戦闘力に力を入れたプレイスタイルを貫いている。

 

 

名前:織斑夏奈子

アバターネーム:無し→(10年後はカナ)

年齢:6歳(実年齢は2~3歳)

所属:無し

IS適正ランク:S+

専用機:テンペスタ→無し

備考:その出生は一夏と束のハイブリットクローン。生まれて2~3年ではあるが強制成長技術で肉体年齢は6歳程度まで引き上げられている。

元々は亡国機業(ファントム・タスク)に所属してコードネーム:Kと名乗っていたが、一夏に保護されてからは織斑夏奈子と名付けられ、一夏と百合子の娘として両親から一身に愛情を注がれている。

一夏をパパ、百合子をママ、束を束ママと呼び、3人によく懐いている他、千冬を千冬伯母さんと呼んでからは千冬が執拗にお姉さんと呼んでくれと懇願してくるため、千冬の事は少し苦手になった。




専用機の設定もその内載せます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 「最悪を知る戦士達」

申し訳ない、ガールズトークは次回へ持ち越しです。
今回の話が結構必要だったので、どうしても長くなってしまいました。


SAO帰還者のIS

 

第三十四話

「最悪を知る戦士達」

 

 臨海学校一日目は夕方まで自由時間となっており、生徒達は目一杯海で遊んでリフレッシュした。

 夕方には風呂に入ってのんびりとして、夜の夕食では大宴会場に集まって豪華な食事が振舞われている。

 

「すっげぇ、流石に俺でもこんな豪華な飯は母さんが休みの時に料亭に連れてって貰わないと食えないぞ」

「わたしも実家では洋食が多いから、京都の結城本家ならいつもこんな食事だったけど」

「俺なんてこんな豪勢な食事初めてですよ、和食だと」

「私は、何度か……」

 

 和人の場合は母と出張中の父の収入がそれなりにある中流家庭なので、時々は料亭で食事出来るだけの余裕があった。

 明日奈の場合は結城家のお嬢様なので、京都にある本家へ行けば必ず食事が豪勢な和食を三食食べられる。

 一夏は和食では豪勢な食事というのは経験が無いが、昔……誘拐された時の第2回モンド・グロッソに出場する姉の応援の為に現地ホテルで豪華な食事を食べた記憶があった。

 そして百合子の場合、実家が華道の家元なので、まぁこんな豪勢な食事を食べる機会は結構あったのだ。

 

「キリト君」

「ん?」

「はい、あ~ん」

「あ、アスナ……周りに人いるだろ?」

「あれー? 前にファミレスで同じ事をしたのは誰かなー?」

「う……」

 

 差し出された刺身を前に、和人が言葉に詰まった。

 確かに前のデートの時、ファミレスで人前だというのに同じ事を先に行ったのは自分だったことを思い出して強く言えないのは事実。

 仕方なく和人は口を開けて明日奈が差し出す刺身を頬張り、何度か租借をして飲み込むのだった。

 

「美味しい?」

「ああ、美味いよ。アスナに食べさせて貰ったから余計にね」

「もう、キリト君ったらぁ」

 

 隣でイチャイチャするバカップル夫婦に煽られたからか、一夏と百合子も同じ事を始めた。

 百合子が差し出した刺身を一夏が食べて、今度は一夏が百合子に刺身を差し出し、食べさせる。二組のバカップル夫婦のイチャイチャに周囲に居る生徒達は刺身醤油にワサビを次々と追加しているという光景が広がった。

 

「相変わらず仲のよろしいことですわね」

「うん、見てるこっちが胸焼けしそうだよ」

「アタシはもう慣れたわ……」

「うむ、あれがクラリッサの言っていたバカップルというやつか」

 

 テーブルで食事をしていたセシリア、シャルロット、鈴音、ラウラは二組のバカップル夫婦を見て、もう慣れたものなのか少しワサビを追加していたものの見て見ぬ振りをして食事を続けていた。

 あのバカップル共はALOでも同じ事をしているのだから、同じALOプレイヤーの彼女達が慣れない筈もない。

 

「そういや、刺身って言えば、ニシダさん元気にしてるかな……」

「あ~、あの時の釣り師のおじさん? 確か東都高速線の保安部長さんだったよね?」

「刺身で思い出してさ、お世話になったし、また会いたいなってなんとなくな」

「だね~、わたしも会いたいかな」

 

 夏休みになったら会いに行こうか、と二人で計画を立てている和人と明日奈は携帯端末に何かメッセージが入ったのに気がついた。

 見ればユイがメッセージという形で自分もニシダに会いたいとの事で、ならば夏休みに会いに行ったとき、ユイの事も紹介せねばならないと決めた。

 あの時、紹介することの叶わなかった二人の大切な愛娘です。と……。

 

 

 夕食後、生徒達が部屋で同室になった者同士、話に花を咲かせていたり風呂へ行ったりと、各自自由な時間を過ごしている。

 そんな中、一夏と和人も二人揃って男湯に浸かり、心行くまで日本人の魂の洗濯を行っていた。

 

「良い湯ですねぇ」

「だなぁ」

 

 一夏がグッと背筋を伸ばして凝り固まった筋肉を解してやれば、お湯の温かさと共に感じる心地よさが癖になる。

 

「あ~……この後のフルーツ牛乳が楽しみだなぁ」

「ナツ、フルーツ派か」

「そうですけど、キリトさんは?」

「俺はコーヒー牛乳だな」

 

 どちらも脱衣所の自販機に入っていたので、上がったら飲もうと決めたところで、和人の指輪……待機形態になっている黒鐡に通信が入った。

 これは和人のプライベートチャネルに通信が入ったことを意味しており、空間投影ディスプレイに映像を投影すると、そこには総務省の菊岡が映し出される。

 

「菊岡さん?」

『やあキリト君、それとナツ君、おや入浴中だったみたいだね、すまない』

「まったくですよ、何か用ですか?」

 

 一夏が相変らずふてぶてしい笑みを浮かべる菊岡に用件を尋ねる。

 

『うん、ちょっと君達の耳に入れておきたい情報があってね』

「情報?」

『そう、特にキリト君には知っておく義務がある』

「俺が……?」

 

 何事なのかと先を促したのだが、結論から言えば一番聞きたくなかった名前を聞いてしまうことになった。

 

『もう3ヶ月以上になるかな、ちょうど君達がISを操縦できることが判明して少ししてからなのだけど、警察本庁の留置所に収容されていた須郷伸之が何者かの手引きによって脱獄した』

「「なっ!?」」

『本来ならその時点で君達には知らせるべきだったんだけどね、警察上層部の一部の馬鹿が警察の威信に関わる事だからって言って、詳しいことが判明するまで外部に洩らす事を一切禁じたんだ。おかげで今日まで君達に知らせることが出来なかったよ』

 

 何でも、須郷の脱獄を手引きした何者かが本庁の留置所に侵入して、看守を殺害し、須郷を脱獄させて共に逃亡したらしい。

 その犯人の手掛かりは一切が不明で、現状の予想でしかないが、恐らく須郷は既に日本には居ないだろうとの事だ。

 

『だけど、これはあくまで警察の見解だよ』

「警察の、ってことは菊岡さんは違うと?」

『そう、キリト君の言うとおりだ。僕の、延いては総務省及び自衛隊上層部の見解は別にある』

「それは?」

『その前にナツ君、君は3年前の第2回モンド・グロッソの際、誘拐された事を覚えているかい?』

「覚えてるけど……」

 

 それがどうしたというのか。

 

『その時の犯人は既に何処の組織の者なのかは判明していてね、それでその組織が須郷を脱獄させたのだと我々は考えているんだ』

「俺を誘拐した組織が?」

『そう、何せ警察庁の、それも本庁の留置所に、誰にも気づかれずに侵入して須郷を脱獄させるなんて普通は無謀だ。あそこの警備は厳重だからね』

 

 だからこそ、須郷の頭脳を欲している組織の大半も中々手が出せなかったのだ。

 勿論、やろうと思えば可能なのかもしれないが、リスクが大きすぎるからこそ、どこの組織もやらなかった。

 

『でも、そんなリスクを物ともせず実行するだけの決断力と実行力がある組織なんて、僕が知る限り一つしか無い』

「いったい、どこの組織が?」

亡国機業(ファントム・タスク)、裏社会ではそう呼ばれているね……100年以上前から裏社会で暗躍する巨大組織、その実態、構成人数、幹部や首領の正体も一切が不明に包まれた正に亡霊(ファントム)の如き組織さ……最近だとイギリスとアメリカ、イタリア、フランス、中国などでISの強奪事件を起こしているらしいよ』

 

 盗まれたISはイギリスの第2世代型ISにしてイギリス製量産機として主流のメイルシュトローム、アメリカの第2世代型ISアラクネ、イタリアの第2世代型ISテンペスタ、フランスの第2世代型ISラファール・リヴァイヴ、中国の第2世代型IS(ロン)、そして大物として挙げられるのがイギリスの第3世代型ISにしてセシリア・オルコットの専用機であるブルーティアーズの姉妹機、サイレント・ゼフィルスがつい最近盗まれ、その際に迎撃に当たった者の大半が重症を負ったらしい。

更には1年前にアメリカで当時完成したばかりの最新鋭機、第3世代型IS、ゴールデン・ドーンも完成した直ぐ後に盗まれている。

 

「おいおい、そんな組織が須郷を脱獄させたってのかよ」

『狙いは他の組織同様に彼の頭脳だろうね。かの篠ノ之博士に並ぶ頭脳を持ち、電子工学分野ではその上を行くとまで言われていたから』

 

 そもそも、束は機械工学において世界一の頭脳を持つ天災と呼ばれているが、電子工学においては彼女は世界一ではない。

 須郷伸之は電子工学では束と同等か、それ以上とも言われ、かの天才にして犯罪者である今は亡き茅場晶彦は更にその上、つまり事実上の電子工学世界一だった。

 

『須郷が旧ALOで行っていた人体実験、確か精神操作技術だったかな? その技術に目を付けたのだろう。方法はどうであれ、彼はその技術を半ば完成させ掛けていたからね、そんな天才が考案した技術だ、亡国機業としては是非とも自分達の下で完成させて、その技術を組織で使いたいのだろうね……因みに、政府が保管していた回収済みのナーヴギアも数十個盗まれていたから、間違いないよ』

「おいおい……」

 

 そうなると、本当に危険だ。

 ナーヴギアが手元にあり、研究に対して金を出してくれるであろうパトロンが居て、十分な環境があれば間違いなく須郷は悪魔の研究を完成させるだろう。

 悔しいがあの男は間違いなく天才で、邪魔をする者が居ないのであれば確実に完成させられるだけの技術力もある。

 裏社会の組織だ、人体実験に使うモルモットくらい用意するのも容易いだろうから、完成など時間の問題だ。

 

『気をつけたまえよ、特にキリト君』

「俺?」

『そうだ。君達、その中でも特にキリト君は須郷に憎まれているだろうからね、何か報復があるかもしれない。もしかしたら、組織ぐるみでの報復も考えられる、そうなれば一番危険なのか君と、それからアスナ君だ』

「……」

『守ってあげるのは君らしいけど、だけど自分を守る事も忘れちゃいけないよ? これは大人として、まだ子供の君に伝えるべき言葉だ』

「……ああ」

『うむ……では僕はそろそろ仕事に戻るよ。君達も臨海学校を楽しみたまえ』

 

 通信が切れて空間投影ディスプレイが消えた。

 後に残るのは不気味なくらいの静寂と、和人と一夏から滲み出る闘気とでも言うべきものだ。

 須郷が脱獄したという辺りから、二人から剣呑な雰囲気が滲み出て先ほどから鳥などの動物が一切近くに来なくなっている。

 

「キリトさん」

「ああ、分かってる」

「最悪の場合は、どうしますか?」

「前はALOの中で、今度はリアルで、もしかしたら奴と対峙する事になる、か……」

 

 そうなった時、はたして自分達は戦えるのだろうか。

 生身の、ISも使えない人間を相手に、剣を向けられるのか……。いや、向けなければならないのだろう、大切な人達を守るためならば、最悪の場合は例え犯罪者と罵られる事になろうとも。




次回はキリト達が風呂で菊岡さんと話してる間の女子たち、つまりガールズトークの回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 「認められない関係、譲れない想い」

修羅場、と呼ぶにはお粗末かも。


SAO帰還者のIS

 

第三十五話

「認められない関係、譲れない想い」

 

 これは、一夏と和人が風呂に入っている頃の話だ。

 二人が正に最悪の報告を受けている事も知らずに、明日奈と百合子は遊技場にある卓球台で汗を流して、その後に風呂でさっぱりさせてから部屋に戻ろうとしていたのだが、ふと後ろから来た鈴音に呼び止められる。

 

「いたいたアスナさん、ユリコ!」

「鈴ちゃんじゃない、どうしたの?」

「いや、それがね~、二人を呼んできてくれって千冬さんに言われて」

「……織斑先生に?」

 

 百合子が聞き返すと、鈴音が同意するように頷いた。

 おそらくは近い内に来るだろうと思っていた事が、とうとうやってきたのだろう。この時、漠然とだがそう思った。

 未だ、一夏が和人、明日奈、百合子と友達付き合いをしている事、一夏と百合子が付き合っている事を、千冬は許すどころか認めてすらいないのだから、きっと何かアクションを起こしてくるのは間違いないだろうと、そう思っていたのだから。

 

「他に誰か居るの?」

「アタシとセシリア、ラウラとシャルロット、それに……箒よ」

「うわぁ、修羅場の予感がするねー」

 

 明日奈がほわほわとした口調で物騒な事を言う。

 だが、千冬と箒、この二人が居るとなれば修羅場になるであろう可能性が高まるのも事実、否……確実に修羅場になるだろうと思った。

 少しだけ心配になった明日奈はふと百合子の顔色を伺うが、当人は特に気にしていないのか、普段と変わらないクールな表情だったので一安心。

 

「行きましょ、もうみんな待ってるから」

「うん」

「……ん」

 

 道中、ALOで次のクエストをどうするかという話をしながら、千冬と一夏の部屋に来た三人は、鈴音がノックをして、中から千冬の声で入室許可の声を聞き、中に入った。

 部屋の中には既に千冬と、それからセシリア、シャルロット、ラウラ、箒も揃っており、座椅子に座る千冬の前に四人が座るという形になっている。

 端に座るセシリアの隣に腰掛けた鈴音に続いて、その隣に明日奈と百合子も座ると、部屋に入るなり明日奈と百合子を鋭い眼光で見つめていた千冬が口を開いた。

 

「ようやく揃ったな……では、まず聞こうか、この中で家の愚弟に惚れている者は挙手しろ」

 

 挙手したのは百合子と箒、鈴音のみ。

 明日奈はそもそも和人と付き合っているので除外、セシリアは惚れているというより仲間意識や尊敬の方が強い。 そして、同じくシャルロットやラウラも一夏に対して持っている感情は恋愛感情ではなく仲間意識、尊敬の念といったもので、三人とも好意こそ持っているが、恋愛対象としては見ていないのだ。

 勿論、もし一夏が百合子と付き合っていなければいつか好意が恋愛感情に昇格する事もあっただろうが、それはあくまでIFの話。

 鈴音は今でも恋愛感情を抱いているものの、一夏と百合子の関係を見てきて最早自分が割り込む余地が無いというのを既に悟っている。

 だからいつか、一夏より良い男を彼氏にして自慢してやろう、くらいの事は思っているので、恋愛感情こそ持っていても、もうそれは淡い初恋の記憶として封印しようとしていた。

 百合子は言わずもがな一夏と恋仲であり、SAOの中では結婚までしていたので、半ば夫婦みたいな関係だ。

 故に、一夏への感情は恋愛感情を超え、一般的な妻が夫へ向ける物と何一つ変わらない愛情を抱いている。

 そして、最後に箒。彼女は何度も言うように未だ一夏への想いを諦めていなかった。

 何があろうと一夏と付き合うのは自分じゃなければ認めない。一夏と付き合って良いのは自分だけだと、一夏に最も相応しいのは自分だと信じて疑わない。

 

「ふん、おい箒、鈴、お前達は一夏と付き合うつもりはあるか?」

「はい!」

「いや、無理でしょ、ユリコと付き合ってるのに」

 

 千冬の見当外れの問いかけに箒は当然だと頷き、鈴音は何を言っているのかと半眼になって千冬を睨んでいた。

 

「私はそこの小娘と一夏が付き合うのを認めた覚えは無い。寧ろ今日は伝えるべき事があったから呼んだ」

「……何でしょうか?」

「宍戸、貴様には即刻一夏と別れて貰う。一夏がいつまでも貴様と一緒に居るから、VRMMOを辞めないのだからな。SAO生還者だという時点で、貴様には一夏と付き合う資格は無い」

「……」

 

 この言葉が来るだろうとは、予想していた。

 前々から千冬が和人達……取り分け百合子の事を忌々しく思っているという事には気づいていたし、いつかは言ってくるだろうと、思っていたのだ。

 たった一人の家族、他の何者にも代え難い大切な弟がSAOという悪魔のVRMMOによって2年も生死を彷徨っていたのだから、その弟を危険な目に遭わせたVRMMOという存在そのものと、それに関わるあらゆる全てを千冬は憎んでいる。

 本当なら、もう二度と一夏にはVR関係には関わって欲しくない。だからSAOで出会ったという仲間との縁も、断ち切ってしまいたかった。

 だけど弟は千冬の言葉をまるで無視してALOを今でも続けていて、仲間達との交流も絶とうとしない。

 歯がゆい、出来る事なら強引にでも断ち切ってしまおうと何度も考えたが、それが切欠で一夏との関係が、姉弟としての関係が壊れるのが怖かった。

 だから、IS操縦者としての道を示し、一夏に自分の跡を継ぐという道を選ばせようとした。多少強引になってはしまったが、それが一夏の為だと自信を持って言える。

 VR技術は一夏に悪影響しか与えない。ISなら、一夏をきっと輝かしい栄光に導いてくれる、少なくとも自分の目の届く範囲に一夏が居てくれる、きっと一夏なら最初は反発してもいつか理解してくれる筈なのだ……IS操縦者の道に進んで良かったと。

 

「一夏は今後、日本代表候補生になり、いずれは日本の国家代表としてモンド・グロッソへ出場し、私が立った総合優勝の表彰台に立つという人生がある。その人生に、宍戸……貴様という存在は汚点でしかない」

「その人生を、ナツが受け入れると本気で思っているんですか?」

「ああ、勿論だ。あいつはIS操縦者になるべきなのだ、それをきっと理解する日が来る。そうなれば貴様という存在は邪魔にしかならん」

 

 二人の会話を聞いていて、明日奈はふと、自分の母を思い出していた。

 似ている。千冬と明日奈の母は、考え方が似ているのだ。VRMMOというものを認めない所、自分の示した人生こそが絶対だと信じて疑わない所、そして……その為に付き合っている相手を邪魔に思っている所が。

 

「織斑先生」

「……何だ、結城」

「織斑先生の言う人生は、本当にナツ君が望んでいる人生なんですか?」

「何が言いたい?」

「織斑先生の言っていることは、全部押し付けだと言っているんです。IS操縦者としての人生……ええ、確かにナツ君の実力があれば将来は凄いIS操縦者になれるでしょう、それだけの才能も彼にはあるんでしょうから。でも、それはナツ君の望んでいる人生ではない」

「……」

「ナツ君は、VR技術の研究者になると、そう言ったはずです。お姉さんなんですから、弟の望む道くらいは知っていますよね?」

 

 明日奈の問いに、千冬は沈黙した。だが、その沈黙こそが答えだ。

 

「ナツ君が望む研究者になるという人生、それを織斑先生は無視して、いえ……押し潰してまでIS操縦者としての道を、強要するのですか?」

「強要ではない、あいつ自身が悟る」

「では、一生その道に進むことは無いでしょう。彼はIS学園を卒業したらアメリカの大学へ進学を希望しています。日本政府も、彼が留学するのであれば全面的に支援する用意があると言っていますから、先生が望むまいとしても、彼は必ずアメリカ留学するでしょうね」

「未成年者は保護者の同意無しに留学など出来ん」

「ええ、普通はそうですね。ですが、日本政府は正直、キリト君とナツ君がVR技術関係の道に進むのであれば全面支援をすると断言していますから、例え織斑先生の同意が無くとも、日本政府が本来個人に対して行う事などあり得ないはずの特例を出してでも留学させるでしょう」

 

 特例を出してまで日本政府は一夏と和人をVR技術の道へ進むのであれば支援するという言葉、それには当然留学も含まれると知って箒が慌てた。

 当然だ、留学なんてされたら、それこそ一夏と距離が離れてしまう。ようやくIS学園で再会したというのに、また離れ離れになるなど到底認められないのだから。

 

「ちょっと待ってください明日奈さん! 何で日本政府がそんなにVR技術を推しているんですか? そもそもISの開発者が日本人である以上、普通はISの方を推すはずです!」

「ううん、日本はISが開発された当初こそISを全面的に推していたけど、今のVR技術の発展と、今後のIS技術とVR技術の発展予想から見て、IS技術よりもVR技術を優先すべきという意見が大多数を占めているの」

 

 現在、日本政府は将来的にIS技術を最低限残して、VR技術の方を優先的に発展させていこうと計画している。

 その理由はIS技術の先の見通しが暗いことと、VR技術を発展させて世界トップになった方が日本の為になるという考えがあるからだ。

 ISは確かに兵器として見た場合は世界最強なのだろう。だが、所詮は戦争の道具であり、戦うこと以外に技術転用出来る事は宇宙進出と災害救助くらい。

 だが、それくらいなら別に技術を最低限残しておけば可能なので、これ以上の発展をする必要性が無いのだ。

 更に言えばISはたった一人の人間によって急に全てのコアが停止させられてしまう可能性だって十分考えられるブラックボックスの塊、その技術の全てを知るのが世界でたった一人しか居ないという不安定な技術だ。

 だが、VR技術は現在でも既に医療への転用実験が行われており、試験的に医療用VRマシンというのも稼動している。

 その他にも進化の仕方によっては日常生活へも進出して、いずれは生活の一部にすらなる事が可能であろう技術なのだ。

 ブラックボックスという訳でもなく、将来性がISよりも高いVR技術を日本政府が選ぶのも当然だろう。

 

「そもそも、理解できん。何故政府は一夏と桐ヶ谷をそこまで支援する? 数多く居るSAO生還者の中から、何故あの二人がそこまで特別視されている?」

「織斑先生は、知らないんですか?」

「何……?」

 

 どうやら、本当に何も知らないようだ。

 知ろうとしなかったからなのか、それともただ知らされていないからなのか、それは定かではないが、一夏と和人が日本政府に、特に総務省に特別視されている理由を、彼女は知らない。

 

「ご自身でお調べください。わたし達が話すのが本来なら筋なのでしょうけど、政府が機密扱いしていますから、SAO生還者でも一部の人間しか知らない事なんです。他者へ漏洩だけはしないようにと、念を押されてますから」

「いいだろう。だが、どのような理由があろうと、私は宍戸と一夏の関係を認めるつもりは無いし、留学も認めない。留学を推進する日本政府には私から問い詰めて馬鹿な真似はしないように言う必要がありそうだ」

「どうぞ、ご自由に」

 

 そう言い残し、明日奈は百合子と共に立ち上がり、部屋を出て行った。

 残された面々もセシリア、シャルロット、ラウラが二人の後を追うように立ち去った事で解散となり、こうして臨海学校1日目の夜は過ぎ去っていく。

 

 

 アメリカ、ハワイ沖にあるアメリカ軍IS実験施設、ここでは現在、アメリカとイスラエルが共同開発した第3世代型軍用ISの起動試験を夜に控えており、厳重な警備体制が敷かれている。

 その施設近くにあるホテルの一室から双眼鏡を使って施設を眺めている者が居るのだが、現状施設の者に気づいている者は居ない。

 

「なるほど、つまり僕はあそこで今夜起動実験が行われる事になっているISにハッキングを仕掛ければ良いんだね?」

「ええ、ミスター須郷の手腕があればISをハッキングして暴走させるのなんて容易いでしょう?」

「勿論可能だとも。だけど解せないのは、暴走させるメリットだ。どんなメリットがあるのか、聞かせてくれないかな? スコール」

 

 ホテルのその部屋に泊まっているのは、現在逃亡中の須郷伸之と亡国起業の幹部の一人、スコール、それから護衛として着いて来たオータムとMの4人だ。

 

「メリットはISが暴走を起こせばアメリカ軍のことですもの、必ず凍結処分を下すでしょう。そうなれば後は凍結された機体は搭乗者が居ないのだから、強奪するのが随分と楽になるわ」

「なるほど、サイレント・ゼフィルスの時は搭乗者の決まっていない機体だったから暴走させなかったけど、今回は搭乗者の決まった機体だから暴走させる、ということか」

 

 納得した須郷は早速ノートパソコンを開いて電源を入れた。

 このノートパソコン、見た目こそ市販の、それこそパソコンショップなどに普通に売ってそうな代物だが、中身は亡国機業のテクノロジーを結集して作り出した化け物スペックとなっている。

 使う者が者ならこのパソコン一台で大国のホストコンピューターにクラッキングしてデータを盗み出し、証拠を残さないなんて事はお手の物というほどで、それを扱うのが須郷という、現在電子工学世界一の頭脳と言って良い存在が扱う以上、このパソコン以上に凶悪なスペックのパソコンは存在しないだろう。

 

「ふん、ただ暴走させるだけでは面白くないな……オータム、IS学園の現在のスケジュールは分かるかい?」

「あん? 確か臨海学校つったか? 暢気に海で遊んでるらしいぜ」

「ほうほう、正確な場所は?」

「んっと……ああ、これだ」

 

 オータムが見せたデータに載っている地図のマークされているポイント、そこは間違いなく現在IS学園1年生が臨海学校で来ている場所だ。

 

「おや、太平洋側か……好都合だ」

 

 一つ、忌々しい小僧に復讐のチャンスが巡って来たと思うべき好機。

 軍用ISを暴走させる、それだけでは面白くないと思っていた矢先に巡って来たチャンス、これを逃す手は無いと、須郷は嬉々として施設にて起動実験を待つISへのハッキング準備に入るのだった。




次回、ついに皆さんお待たせしました!
兎の登場です! そして、どうなる紅き椿の花は。
それは次回をご期待ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 「篠ノ之束」

お待たせしました。
今回、今作での束の立ち居地が決まるでしょうね。


SAO帰還者のIS

 

第三十六話

「篠ノ之束」

 

 臨海学校二日目、この日は各種装備の実習訓練と専用機持ち達は本国より送られてきたパッケージのテストが行われる事になっている。

 朝、和人は目を覚まして顔を洗い、朝食を皆で食べた後、ISスーツに着替えて集合場所である海岸へ向かおうとしていたのだが、携帯電話に着信を知らせるバイブレーションが鳴った事に気づいた。

 

「朝早くから誰だ?」

『パパ、シンカーさんからみたいです』

「シンカーさんから!?」

 

 急いで通話状態にして受話口を耳に当てる。

 

「もしもし、シンカーさん?」

『やあキリトさん、お久しぶりです』

「はい、オフの日以来ですね」

『ええ、朝早くにすいません』

「いえ」

 

 それで、何の用があって電話してきたのかを問うたら、それはとても嬉しい報告だった。

 

『実は、ユリエールとの結婚式の日程が決まりまして、IS学園に君たち宛てで招待状を郵送しましたという報告だったんです』

「決まったんですか! おめでとうございます!」

『いやぁ、ありがとう。式は君たちが夏休みに入ってからの日程になってるから、今は臨海学校だっけ? 学園に戻ったら招待状を確認してくれたら大丈夫だよ、場所も書いてあるからね』

「わかりました、アスナやナツ、ユリコにも伝えておきますね」

『うん、ユリエールも君たちが来てくれたら喜ぶと思うから、もちろん僕もね』

「ええ、必ず出席します」

『ありがとう、それじゃあ僕もこれから仕事に出ないといけないから、これで失礼するよ。朝早くからごめんね』

「いえ、それじゃあ」

 

 シンカーとユリエールの結婚式が決まった。

 SAO時代に知り合い、今もALOで時々共にプレイする仲間である二人が、既に入籍しているのは知っていたが、ようやく結婚式を迎えることになったというのは、本当に嬉しいニュースだ。

 

「ユイ、夏休みになったら楽しみが一つ増えたな」

『はい、ユリエールさんのウェディングドレス姿、楽しみです』

「ああ、シンカーさんのタキシード姿もな」

 

 ふと時計を見ると、そろそろ行かなければ不味い時間になっていたので、ユイとの会話を切り上げ、彼女を携帯電話から黒鐡に移すと部屋を出た。

 途中で明日奈と合流し、更に道中で一夏と百合子の二人とも合流したので、丁度良い機会だからと、先ほどシンカーから電話が来たこと、シンカーとユリエールの結婚式の日程が決まったという事を報告する。

 

「わぁ! ホントに!? じゃあ学園に戻ったら結婚式に出席する為のお洋服買いに行かないとねー」

「ああ、そっか……じゃあ俺とナツとユリコと、アスナの4人で買いに行こうぜ。レゾナンスに礼服売り場とかあるよな?」

「ありますけど、学生の俺達は制服でも良いんじゃ?」

「ナツ、ナツとキリトお義兄さんは有名人、少しでも目立たなくするなら、礼服の方が良い」

 

 そうだ。和人と一夏は唯でさえ世界に二人しか存在しない男性IS操縦者として有名なのに、その二人がIS学園の制服で結婚式に出席しようものなら、下手したら混乱すら招きかねない。

 そうなればシンカーとユリエールにも迷惑を掛けてしまうので、ここは礼服を買って、それを着て出席した方が無難だ。

 幸い、4人ともレクトのテストパイロットという立場上、給料も貰っているので懐事情はそれなりに潤っているため、礼服一着を購入する程度なら問題無い。

 

「あ、着いたねー」

 

 砂浜に到着すると、既に来ていたセシリア達と合流する。

 今回、専用機持ちと他の生徒はグループ別けされているので、残念ながらシャルロットとラウラの二人は一般生徒のグループに入ってしまっていた。

 なので、一夏たちと同じグループに入るのはセシリアと鈴音の二人だけだ。

 

「千冬姉たち来たみたいだ」

「ですわね、それはそうと一夏さん? 一夏さんたちはパッケージがありますの?」

「いや、無いからセシリア達の手伝いになりそうだ」

「あら、なら手伝わせてあげるわよ。丁度人手欲しいしね」

 

 千冬と麻耶が来て、麻耶は訓練機を使う一般生徒組の方へ向かい、千冬は専用機組の方へ来た。

 ただし、何故か箒を連れて、彼女を専用機持ちのグループに入れたのには疑問を抱いたが。

 

「では、これより専用機持ちには各自パッケージ換装後にテスト稼動を行ってもらう、パッケージの無い者は手伝いをするように」

「えと、ちふ……織斑先生」

「なんだ、鳳」

「何で箒がこっちに居るんですか? 専用機持ちじゃないんだから山田先生の方だと思うんですけど」

「ああ、それは……」

 

 その時だ。

 大声で千冬のあだ名、「ちーちゃん」という呼称を叫びながら爆走してくる一人の人影が見えた。

 頭に機械で出来たウサ耳を付けて、不思議な国のアリスに登場するアリスの着ている服にも似たファッションで身を包むその人影は、真っ直ぐに千冬に抱きつき、熱烈なハグを交わしている。

 

「ちーちゃんちーちゃん! 会いたかったよ! さぁ! 愛を確かめぐっ!?」

 

 言葉の途中でアイアンクローされ、変な呻き声になってしまった。

 そのままアイアンクローをした千冬は呆れた溜息を零しながらゆっくり手を離す。

 

「いてて、ひどいよちーちゃん!」

「束……自己紹介くらいしろ」

「え~メンドイ……って、言いたいけど、実はそうもいかないんだな~これが! 私が天才! 篠ノ之束さんだよ~ん! よろぴー」

 

 驚いた。“あの”束が何の文句も言わずに自己紹介をしたのだから、当然なのだが、だが納得した。

 何故なら束の視線は和人や明日奈、百合子に向けられていたのだから。恐らく束のことだ、一夏を含めた4人のことは調べてあるのだろうし、知っているのだろう。

 

「やあやあ箒ちゃん、久しぶりだね~、元気そうだね~」

「……どうも」

「もう! クールなのは箒ちゃんの魅力だけど、お姉ちゃんにまでクールじゃなくて良いのに~。ねぇいっくん、いっくんもそう思うよね?」

「え? ああ、えっと……まぁ、折角の姉妹の再会ですし、ね」

「うんうん! 流石いっくん! 話が判るね~」

 

 さり気なく束が一夏に近寄り、何度か身体をペタペタと触って感触を確かめた後、耳元に顔を寄せてきた。

 

「いっくん、無事で良かったよ~……束お姉ちゃん、心配したんだからね?」

「束さん……」

「おかえり、いっくん」

「はい……ただいま、束さん」

 

 2年間、SAOに囚われた一夏のことを、束は本当に心配してくれていて、無事に帰ってきたことを、心から喜んでいるのが判った。

 束は昔から一夏のことを本当の弟の様に可愛がってくれていて、それこそ千冬に隠れて一夏に「お姉ちゃん」と呼ばせていた程だ。

 

「それで、君達がいっくんのお仲間さんかな? えっと、桐ヶ谷和人君と結城明日奈ちゃん、宍戸百合子ちゃん」

「は、はい」

「えっと?」

「……?」

「う~ん、じゃあかず君にあーちゃん、ゆりりん! いっくんと……束さんの大事な弟君と仲良くしてくれて、ありがとうね~」

 

 それから、束は一夏の時と同様に和人に近寄り、その耳元に顔を寄せる。

 

「特にかず君には、本当にありがとうだよ~」

「え?」

「いっくんをSAOから開放してくれて、ありがとう。開放の英雄君♪」

「っ!?」

 

 まさか束にバレているとは思わず、少し驚いたが、同時に天才と名高き束であれば知られていても不思議ではないと納得した。

 和人から離れた束は何故か千冬に拳骨を貰っていたのだが、気を取り直して千冬は束に今日、ここに来た用事を済ませるよう促す。

 

「じゃあ、早速だけど皆の衆! 大空をご覧あれ~!!!」

 

 見上げた先に、そこで一瞬何かが光、次の瞬間物凄い速度で銀色の物体が落下してきた。

 砂浜に落下したソレは、銀色の菱形のコンテナで、束がスイッチを押すとコンテナが消えて中に入っていた物が太陽の下に照らされる。

 それは、紅に染まった一機のIS、どこの国にも見られない作りをした、まだピカピカの恐らくは最新鋭と思しき機体。

 

「じゃじゃ~ん! これぞ、束さんが我が最愛の妹、箒ちゃんの為に誠心誠意、丹精込めて作り上げた最新鋭の第4世代型IS! 紅椿!!」

 

 最新鋭、第4世代、その言葉を聞いた時、箒の表情が暗く歪んだ笑みを浮かべたのを、束だけが気づいていた。

 そんな妹の様子を見て、束は一瞬だけ悲しげな表情を浮かべたものの、それは誰にも気づかれず、静かに己が手で生み出したばかりの紅椿を見上げる。

 

「(ごめんね、紅椿……きっと箒ちゃんなら、いつか君の本当の力を使える日が来るから……それまで、我慢してね)」




次回、束の言葉の意味が判明します。
紅椿に我慢してもらうこととは一体何なのか、本当の力を使える日が来るとはどういう意味なのか、それは次回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 「紅椿、力を持つ事の意味」

紅椿がどうなったのか、ご開帳。


SAO帰還者のIS

 

第三十七話

「紅椿、力を持つ事の意味」

 

 篠ノ之束が持ってきたIS、世界中が未だ第3世代型ISの試作実験を行っている中に現れた第4世代型のIS、紅椿。

 それは彼女から最愛の妹への誕生日プレゼントという名目で用意された篠ノ之箒専用機という話だった。

 世界中に混乱を招きかねないその存在に、少々呆然としていた千冬が我に返った途端怒鳴り散らすのも無理は無い。

 

「束! やりすぎるなと言ったはずだ!」

「いや~、やっぱり束さんが作る物は十全じゃないとね~。第3世代でも良かったかなぁとか思ったんだけど、まぁ……でも問題は無いよ?」

「何……?」

「だって、この紅椿は確かに世代分別では第4世代で間違い無いけど、現状だと性能的に第2世代相当のスペックしか無いから」

「なっ!? どういうことですか!? 姉さん!!」

 

 第4世代という未知の力を目の前にして喜びの絶頂にあった箒が、束の言葉で一気に怒りを露にした。

 当然だ。第4世代などという現状世界最強の力とも言えるであろうISが、何故第2世代相当のスペックしか無いのか、その理由が理解出来ないのだから。

 

「だって~、今の箒ちゃんには正直、第4世代のISを渡すつもりは無いんだもん。でもじゃあ紅椿をあげないなんて誕生日プレゼントを用意した意味が無くなるし~。なら紅椿を渡せて、尚且つ第4世代の性能を持たせないようにするならどうするか、簡単な話だよね~、リミッターを付ければ良いんだから」

「リミッター……?」

「そうだよ。今の箒ちゃんじゃ、正直な話をすると第4世代型ISとしての紅椿の性能を120%発揮するなんて無理。なら箒ちゃんのレベルに合わせてリミッターを掛ける事でスペックダウンさせれば良いだけの話なんだよ」

 

 現状、紅椿には4つのリミッターが設けられており、全リミッターが掛かった状態だと第2世代相当のスペックしか発揮出来ない。

 今後、箒がこの紅椿に乗って操縦者としてレベルをアップさせていく事で、それに応じて自動でリミッターが外れるようにしているのだとか。

 一つ外れれば第2,5世代相当、2つ目で第3世代相当、3つ目で第3,5世代、そして最後のリミッターが外れる事で初めて第4世代型ISとしての性能をフルに発揮出来るようになる。

 

「だから、現状だと第4世代型ISとしての真骨頂である展開装甲は使用不可能、武装も展開装甲を利用したビット兵器は使えないから、レーザー射出型の刀、“雨月”と“空裂”の二本しか使えない状態。速度はまぁ通常の第2世代ISの打鉄やラファール・リヴァイヴよりは出るけど、多分速度重視の第2世代であるイタリアのテンペスタと同等クラスかな?」

「そ、そんな……なんでそんな余計なことを!!」

「余計……ね」

「そうでしょう!? 私は最強の力を求めて貴女に連絡したんだ! なのに出てきたのは第4世代とは名ばかりの枷を嵌めた機体じゃ、態々貴女に連絡した意味が無いじゃないですか!!」

「つまり箒ちゃんにとって、お姉ちゃんは自分の都合の良いときだけ連絡して、最強のISを用意させるだけの存在なのかな?」

「っ! そこまでは言ってない! でも、貴女の所為で私の生活が滅茶苦茶になったんだ! なら、貴女は私の言うことを聞く義務がある!!」

「うん、だから紅椿用意したよね?」

「だったら、リミッターを今すぐ外してください。そんな物、私には必要無い」

「それは駄目、言ったよね? 箒ちゃんには第4世代相当の力を扱うだけの実力が無いし、その覚悟も無い」

 

 いつも、箒には笑顔を向けていた束が、このときばかりは真剣な表情を向けていた。

 その鋭い眼光に、一瞬怯みそうになる箒だが、負けじと睨み返しても束には何処吹く風、一切妹の眼光に恐れ戦く様子は見られない。

 

「箒ちゃん、箒ちゃんが電話してくれた時、お姉ちゃん聞いたよね? 何で力が欲しいのか」

「ええ、その問いに私はちゃんと答えました」

「うん、その答えが理由。あんなふざけた答えしか持てないのに、第4世代の力を持つなんて無理な話だよ。今の箒ちゃんは正直、専用機を用意してあげただけでも幸運だったと思うべきなんだから……今の、この場の誰よりも、色んな意味で弱い箒ちゃんには」

「っ!」

 

 弱い、その言葉が我慢ならなかったのか、箒は何処から取り出したのか木刀を片手に目の前に束へその木刀を振り下ろそうとした。

 脳天目掛けて、その結果がどうなるのか考えもせず、ただ自分の思い通りにならない事に癇癪を起こした子供のように。

 だけど、その木刀が束の脳天をかち割る事は無かった。何故なら束を守ろうと一夏達が動くよりも早く、束が量子化していた刀を展開、抜刀して箒の木刀を断ち斬ったのだから。

 

「なっ!?」

「箒ちゃん、いつまで子供みたいな癇癪を起こして暴力を振るうような真似を続けるのかな? 確かに、そうなった原因の一端はお姉ちゃんにあるし、それについては反省もしてるし、これから償うつもりだよ? でも、箒ちゃんはその性格を改善する努力すらしない……ううん、性格の事だけじゃない、あらゆる事で努力をしているように見えない」

 

 性格だけじゃない、ISの事にしたって、彼女はISが嫌いだからとIS学園に入学するまでISの勉強などして来なかった。

 IS学園に入学してからも、操縦を上手くなろうという努力をした事も無い。ただ流されるままに、抗いもせず、言葉では姉を嫌っている癖に、篠ノ之束の妹だという立場に甘えている。

 

「箒ちゃん」

「っ!」

 

 束の持つ刀の切っ先が箒の喉元に突きつけられ、箒は身動きが取れなくなった。

 

「それからちーちゃん」

「わ、私もか……?」

「そう、二人とも……もう少しさ、現実を見ようよ? 現実を見て、そしていつまでも前に進まず立ち止まっているのは自分たちだって事を、自覚しなきゃ駄目だよ?」

「何を馬鹿な」

「ちーちゃんはそう言うけど、自覚してないだけ。束さんから見たらちーちゃんはずっと2年……もう3年になるのか、3年前から前に進んでない」

 

 刀を鞘に戻して量子化した束は、今度は別の物を展開した。

 出したのは2本の木刀、その片方を自分で持ち、もう片方を何故か一夏に投げ渡す。

 

「束さん……?」

「いっくん、一撃だけで良いから立ち会ってくれるかな?」

「えっと……?」

「今の君を、ソードアート・オンラインというゲームで、アインクラッドという世界で磨き上げた白の剣士としての君の全てを、一撃に込めて見せて」

「……わかりました」

 

 正眼に木刀を構えた束と対峙して、一夏は同じく木刀を構えた。

 その構えはいつも通りの、白の剣士ナツとしての構え。生身である以上、出来る動き、スキルは限られているが、それでも魂を込めた一撃を見せる事は可能だ。

 

「行きます」

「うん」

「っ!」

 

 速度も威力も何もかもが本来の物に劣るが、一夏が見せた動きは片手剣上位スキル、ヴォーパル・ストライクのもの。

 白の剣士ナツの代名詞、一夏がアインクラッドで最も愛用し、最も信頼を寄せ、魂にまで刻み込んだと自負する動き、その一撃は束の頭にあるウサ耳の左側を破壊して、避けた束が木刀の切っ先を一夏の鼻先に突き付けた事で勝負が着いた。

 

「うん、良い一撃だったね」

「簡単に避けてたのに何言ってるんですか」

「いや~、避けるとき、結構ヒヤッとしたよ~? いっくん、強くなったねぇ、束さんに一瞬でもヒヤッとさせるなんて、ちーちゃんにだって無理なのに」

 

 それはつまり、千冬ですら出来なかった事を一夏がやってみせたという事だ。

 

「今の見てて、ちーちゃんと箒ちゃんはどう思ったかな?」

「どうも何も、相変わらずゲームの技ばかり使って、何と愚かな、としか思いません」

「私も同感だ。所詮はゲームの技、現実では何の役にも立たん」

「はぁ……まぁ、後は自分たちで気づけないと意味が無いし、束さんからはもう何も言わないよ~。それより箒ちゃん、紅椿に乗って? 初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を済ませるから」

「む……」

 

 どうしようか、迷った。

 確かに専用機を望んだ箒だが、こんなリミッターに縛られた機体など望んでいなかった。正直いらないと言いたいのだが、一応専用機である事に代わりは無い。

 ならばさっさと乗りこなしてリミッターとやらを早急に外してしまえば第4世代型という世界最強の力を手に入れることが出来ると考えた。

 

「わかりました」

 

 箒が紅椿に乗り込んだところで、黙って見ていた一夏はまだ痺れる(・・・・・)右手をプラプラさせながら和人達の所に並び、心配そうに見つめてくる百合子に苦笑で返した。

 

「やっぱ、束さん強ぇや」

「篠ノ之博士って、剣道やってたの?」

「いや、あの人がやってたのは篠ノ之流剣術の方……実は千冬姉って剣術だと束さんに勝った事が無いんだぜ?」

「へぇ、そんなに強いのか」

「ええ、何せ、箒は何故か知りませんけど束さんって篠ノ之流剣術の師範代でしたからね」

「へ~、天才にして剣術の達人……何だか団長みたいな人だねー」

 

 そう言えば、確かにそうだ。

 あの男も、稀代の天才にして、アインクラッド最強の聖騎士と呼ばれていたのだから、何処か似ている。

 

「ねぇ一夏……本当に大丈夫なのかな? 篠ノ之さん」

「シャルの心配は判るけど、大丈夫じゃないかな?」

「どうして?」

「どうしてって、ラウラなら判るよな?」

「うむ、確かに第4世代というのは世界中が是非ともデータが欲しいであろう存在だが、リミッターが掛けられ第2世代相当のスペックしか発揮出来ないのであれば稼動データなど無意味。全てのリミッターが外れるまでは精々機体データくらいしか役には立たん」

「そうですわね。機体データだけでは第4世代のISのデータとしては不足していますし、展開装甲とやらも現状では使えないのであれば、稼動データが取れない現状ではどうする事も出来ませんわ」

「それと、リミッターもそうよね。博士手ずから掛けたリミッターなら、多分本当に自動で外れる以外に外す方法なんて無いっていうか、誰にも外せないだろうし」

 

 つまり、現状では紅椿は第4世代とは名ばかりの第2世代相当のISでしかない。機体データだけ取れたら、後はリミッターが外れるまでは何の役にも立たないだろうと、世界中が判断する筈だ。

 

「お、織斑先生~!!」

「む?」

 

 そのときだった。

 一般生徒達の方を見ていた筈の麻耶がタブレット端末片手に何やら慌てた様子でこちらに走り寄っている。

 

「た、大変です!! 今、学園上層部から通達があったんですが、非常事態特例が発令されました!!」

「何!? テストは一時中止! 一般生徒は旅館の自室にて別働あるまで待機! 織斑、オルコット、鳳、桐ヶ谷、結城姉、宍戸……それから篠ノ之も一緒に来い! ボーデヴィッヒと結城妹は私達のサポートとして山田先生に続け!」

 

 楽しい海は、これにて一度終わりを迎える。

 昨日から感じていた嫌な胸騒ぎが、現実となる瞬間だった。




次回はついに銀の福音戦です。
ただし、原作とは随分と違う展開になるでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 「銀の福音」

今回、原作とは違う作戦が採用されます。


SAO帰還者のIS

 

第三十八話

「銀の福音」

 

 旅館の一室、作戦会議室に様変わりした大部屋に集められた専用機持ち達とシャルロット、ラウラの合計9人は中央に設置されたAR投影機を囲む形で座り、投影機の隣に立つ千冬が全員揃ったのを確認すると、早速だが今回の事態の概要説明を始める。

 

「今から2時間前、ハワイ沖にて試験稼働中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が突如暴走を始め、試験場を爆破して逃亡、その後は米軍の追撃を振り切って領海から離脱したとの事だ」

 

 そして、衛星からの監視によれば銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は太平洋上を日本へ向けて飛行中との事で、1時間以内にはここから2kmの海域を通過して、その後は首都東京の上空へと向かってしまうことになる。

 

「当然だが、暴走状態の軍用ISが東京上空に行って万が一のことがあれば被害は甚大だ。そこで学園上層部は我々がこの事態の収拾を行う事を決定した」

「俺達が? 実戦経験に乏しい面々を暴走している軍用機の鎮圧って大丈夫なのかよ?」

「織斑の言う事はもっともだが、事態は急を要する。当然自衛隊所属のIS部隊にも要請を出しているが、正直1時間以内に到着するというのは無理との事で、だからこそここに集めたメンバーで迎撃、最悪は自衛隊のIS部隊が到着するまでの時間稼ぎを行う事になる」

「なるほど」

 

 自衛隊のIS部隊なら今のご時勢だ、荒事にも慣れているだろう。

 ならば自分たちの役割は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の迎撃、もしくはIS部隊の到着まで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を逃がさないように目標海域に留めて置くこと。

 

「では、まずここまでで何か質問のある者は居るか?」

「はい! 目標の詳細なスペックデータの開示を要請しますわ」

「わかった。だがこれは機密データに該当する物だ、万が一外に漏らした場合、諸君には査問委員会による裁判に掛けられ、最低でも2年は監視が付く事を頭に入れておけ」

 

 皆が頷いた所でAR投影機に目標である銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の全体像と、武装や機体スペックなどが詳細に書かれたデータが映し出される。

 高機動型の広域殲滅を可能とする特殊射撃を得意とした全身装甲(フルスキン)タイプのIS。高い機動性と広域殲滅に特化した射撃武装は厄介だろうし、全身装甲(フルスキン)という事は防御力も並のISとは比べ物にならないだろうと予測出来た。

 

「オールレンジが可能な射撃型……私のブルーティアーズと同じタイプですが、少し畑が違いますわね」

「速度は……あっちゃあ、アタシの甲龍(シェンロン)じゃ追いつけないわ、こりゃ」

「それにこの特殊武装も厄介だよ、連続しての防御は難しいかな」

「うむ、データ上では近接戦闘武装が無いが、データに無いだけで搭載されている可能性も考慮するべきだ」

 

 流石に現代表候補生と元代表候補生は見るべき視点をちゃんと弁えていた。

 そして、元アインクラッド攻略組の面々もまた、データを見ながら戦略シュミレーションを頭で組み立てながら、迎撃に当たる機体を誰が担当するか、などを検討している。

 

「アスナさん、どう見ますか?」

「う~ん、本当なら一回くらいは偵察したいけど、でもこの速度ならアプローチ出来るのは一回が限度かな? となるとぶっつけ本番になるから、確実性のある手段っていうのが思いつかない」

「私も、同意見……作戦を立てるなら二重三重の手段を考慮するべき」

 

 アプローチ出来るのは一回限り、その一回の迎撃で何とか仕留めなければアウトだ。

 そうなると、確かに百合子の言うとおり、二重三重に作戦を重ねて立てていくのがベストだろうと、考えられる。

 

「いや、作戦は既に決まっている」

「え?」

「たった一度のアプローチが限界なら、その一回に最大の一撃を叩き込んで落とす。それが今回の作戦であり、その要となるのが白式の零落白夜だ」

「はぁ!?」

 

 なるほど、確かに相手の防御性能が高いであろうこの作戦において、零落白夜は有効かもしれないが、流石にそれは無謀にも程がある。

 

「ちょっと待てよ千冬姉! それはいくらなんでも短慮が過ぎる! 確かに零落白夜なら一撃で決められるだろうけど、外したらどうするんだ? 一回でも使えば白式のシールドエネルギーが激減して長時間戦闘が出来なくなるのに、外した場合のデメリットを考えたらその作戦は反対するぜ」

「外さなければ良い、それで話は解決する」

「自分を基準に考えるな! そりゃ千冬姉なら楽勝だろうさ! でも俺はまだ千冬姉ほどISの操縦技術が優れてるって訳じゃないし、それに銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は暴走してるんだろ? ならスペックオーバーな速度で動く可能性だって十分考えられるんだ、絶対に外さない、なんて根性論は論外だ!」

「ならばどうする? 他に作戦があるなら言って見ろ」

「それは……」

 

 確かに、千冬の作戦は根性論まで交えた論外な代物だが、成功すれば一撃で終わらせられるというメリットもある。

 それに、他に作戦が無ければ反論する資格が無いのも確かで、口篭った一夏から視線を外した千冬は自分の作戦で行く事を決定しようと口を開こうとしたのだが、それに待ったを掛けた人物が居た。

 

『待ってください!』

「ゆ、ユイ!?」

「ユイちゃん!?」

「……何者だ? 桐ヶ谷、貴様はこの機密情報が混じった作戦会議に外の者と通信をして傍受させていたのか?」

「い、いえ……この子は、AIなんです」

「……AIだと?」

 

 

 黒鐡から投影された空間投影ディスプレイに映るユイを見るが、どう見ても通信先に居る人間にしか見えない。

 そもそも、こんなに人間に見紛うほどのAIなど今まで何処の国も開発に成功したという話を聞いたことが無いのだから、和人が嘘を吐いているのではと疑いの眼差しを向ける。

 

「千冬姉、ユイちゃんはAIで間違いないぜ、それは俺が保障する……まぁ、出来ればしたくはない保障だけど」

「黒鐡搭載のAIという事か? だが、黒鐡のスペックにAIが搭載されているなどという報告は受けていないぞ」

「いや、ユイは黒鐡の搭載のAIって訳じゃないです。この子は俺とアスナの……まぁ、こんな言い方は嫌いだけど、所有物っていう扱いですね、個人の……まぁ、俺的には娘っていう認識を持ってるけど」

「個人所有のAI……まぁ、今は時間が惜しい。それより、そのAIが何の用だ?」

『織斑先生の作戦は論理的ではありませんでしたので、わたしが代わりとなる作戦を提供します』

 

 AI如きが何を、と千冬は思っていたが、好きにさせる事にした。

 AIは確かに人間よりも高度な演算能力を持っているが、所詮はAIだ。何を言おうが人間に対する影響力などありはしない、そう思っていたのだが……。

 

『まず、今回の作戦に零落白夜は使いません。ただし、ナツお兄さんには出撃メンバーとして参加して頂きます』

「理由は?」

『ナツお兄さんの白式は現状ですとこのメンバー内で最速の機体だからですね。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に速度では劣っていません』

「なるほど」

『それから、ママにも出撃して頂きます』

「わたしも速度は白式に並ぶし、瞬発力は白式よりも上だから、だよね? ユイちゃん」

『はい』

 

 ママ、というのが誰なのか判らなかった千冬と箒、麻耶だったが、さも当然の様に明日奈が自分のことだと認識していた事で明日奈がAIにママと呼ばせているのか、と少し引いてしまった。

 

『それから、パパ……パパも戦闘メンバーです』

「速度は二人に劣るけど、二刀流の手数か?」

『はい、今回の作戦は海上ですので、ユリコお姉さんの無限槍は使えませんから、パパの二刀流が福音を抑え付ける役目になりますね』

「わかった」

『それから、お三方を目標地点まで運ぶ役が必要になります。ティアさんのストライクガンナー搭載型ブルーティアーズ、箒さんの紅椿、それからラファールさんには訓練機のラファール・リヴァイヴと学園から持ってきているテスト用高機動パッケージを装備しての出撃が望ましいです。最後にスズさんの甲龍(シェンロン)とユリコお姉さんは後方から遅れて来る形で到着次第、衝撃砲による援護射撃で運送役でエネルギーが激減しているであろう三名の護衛と、槍による近接戦闘で戦う3人と合流するという形になります』

 

 ユイの立てた作戦の概要を説明すると、まずセシリアと和人が先行して二刀流の手数とブルーティアーズの援護射撃による福音の抑え込み。

 続いて箒が運ぶ一夏が到着次第、和人と共に近接戦闘による抑え込みと、なるべく多く福音のシールドエネルギーを減らす。

 その間、セシリアは援護射撃をしつつ、実戦素人の箒の護衛を勤め、最後にシャルロットに運ばれた明日奈が合流して完全包囲網を敷く。

 そして、遅れてきた鈴音がセシリアとシャルロットと共に箒が後退するまで護衛を勤めつつ、援護射撃、百合子は一夏達に合流、トドメとして槍の最上位ソードスキルを叩き込む。

 

『スペック上、福音には近接武装がありませんから、とにかく距離を詰めて戦うのが最も最適でしょうし、万が一近接武装があってもパパ達の実力を加味するなら並大抵の事では負けないです。この作戦なら最悪落とせずとも自衛隊のIS部隊到着までの時間稼ぎも可能かと思いますよ』

 

 ぐうの音も出ないとはこの事か。

 確かに、千冬の作戦では福音を落とすのが前提となっている為、失敗時の事を何も考えられていないが、ユイの作戦は福音を落とすのが最善、出来ずとも自衛隊の到着までの時間稼ぎが可能というベストとベターが揃ったものだ。

 これには千冬も反論する余地が無いのか、何も言い返さずユイの作戦を了承したのだが、そこに待ったを掛けたのが箒だった。

 

「織斑先生、紅椿のリミッターを姉さんに外して貰えれば私と一夏だけで織斑先生の作戦を成功させられます!」

「だが、束が素直にリミッターを外すと思うか?」

「緊急事態ですよ? 姉さんの我侭で作戦遂行が出来ないなんてことになれば姉さんの責任問題になります」

「ふむ……」

「外さないよ~」

「「っ!?」」

 

 いつの間にか一夏の隣、百合子の反対側に束が座っていた。

 いつ入ってきたのか、いつから居るのか、誰一人として気づけなかったが、束は特に気にせずニコニコと笑顔で紅椿のリミッターを外す事を却下して、手でバッテンを作っている。

 

「良い作戦があるんだから、紅椿のリミッターを外す必要は無いよね~?」

「し、しかし! そこのAIが提案した作戦で行くにしても、紅椿のリミッターを外さなければ戦いにならないではないですか!」

「え? だって箒ちゃんの役目はいっくんを運ぶ事であって戦うことじゃないでしょ? 戦わないのに何でリミッター外す必要があるのかな?」

「敵を前にして戦わず指咥えて見ていろと!?」

「そうだよ、今の箒ちゃんの実力じゃ、それしか出来ることは無いんだから」

「紅椿のリミッターが外れればこの場の誰にも負けません!」

「ざんね~ん、リミッター外しても勝てないんだな~これが」

 

 ただリミッターを外したからとて、箒の腕が追い付いていないのだから、紅椿を使いこなすことは現時点で不可能、逆に足枷になってしまう状態で誰に勝てると言うのか。

 それを束が指摘すると、箒は顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべながら押し黙るしか無かった。

 

「ああ、そうそう……セッシーだっけ?」

「せ、セシリア・オルコットですわ、篠ノ之博士……」

「うん、だからセッシーね? セッシーのブルーティアーズはストライクガンナーだっけ? そのパッケージのインストールにどれくらい時間掛かるかな?」

「30分は、掛かるかと」

「ふむふむ、じゃあ束さんが手伝ってあげよう! そうすれば10分もあれば終わるよん!」

「本当ですの!?」

「もっちのろ~ん! いっくんはそっちの子……シャルルンの乗るラファール・リヴァイヴにパッケージ取り付けるの手伝ってあげて? いっくん、電子工学の勉強してるみたいだし、プログラム入力とか出来るでしょ?」

 

 それなら問題は無い。

 もともと学園の訓練機に、学園所有のパッケージを取り付けるだけなら20分と掛からないで終わらせる自信が今の一夏にはあった。

 

「では、作戦開始時間は25分後、集合場所は砂浜だ。早速作業に取り掛かれ!」

「「「「「「了解!!」」」」」」

「……了解」

「ボーデヴィッヒはこのままこの作戦司令室で山田先生と共にオペレートを頼む、手順は山田先生に教わるんだ」

「了解!」

 

 作戦司令室を出た一夏は早速シャルロットと百合子と共にシャルロットが乗る事になる訓練機、ラファール・リヴァイヴの所へ行き、和人と明日奈は鈴音を連れて作戦の再確認と万が一の事があった場合の対処の話し合いに、セシリアは束と共にイギリスから送られてきたストライクガンナーが保管してあるトレーラーの所へ向かった。

 完全に出遅れた箒はどうしようかと悩んでいたが、せめて紅椿のスペックと武装を確認しておこうと砂浜へと向かうのだった。

 




実際、原作の作戦って穴だらけなんですよね。
今回の話にも出しましたが、一発目で仕留めるのは成功したときのメリットとしては大きいけど、それ以上に失敗したときのデメリットの方が大きいし。
むしろ、こういう状況では零落白夜って邪魔でしかないと思った。自分のエネルギーが減るって事は、失敗した後に長時間戦えないという事を意味しているわけだし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2 「亡国機業の日常」

今回、亡国機業の首領が登場します。オリキャラです。
声のイメージは若本さんを脳内再生していただければ。


SAO帰還者のIS

 

番外編2

「亡国企業の日常」

 

 某国某所にある地下巨大施設、そこは100年以上も昔から存在し、裏社会で暗躍する秘密結社、亡国機業(ファントム・タスク)の基地だった。

 多くの構成員がその施設では暮らしており、日夜訓練などに励んでいるというのは、どこぞの軍施設と何ら変わりない。

 そして、その施設内にある大会議場、そこには組織の幹部達が集まって定例会議がたった今、行われようとしていた。

 

「首領遅ぇな」

「どうせまたどっかで飲んでるんだろ」

「チクショウ! 俺も誘ってくれれば一緒に行けたのに!」

 

 会議が始まったというのに、姿を見せない首領に幹部達は慌てる様子も無く、むしろいつものことだと言わんばかりの態度で、この場で最も首領に近しい人物である金髪美女……幹部の一人であるスコールへと目を向けた。

 

「あ~はいはい、じゃあ首領(飲んだくれジジイ)が来るまでの間、司会進行は私がするわね」

『いいとも~!』

 

 随分とノリの良い幹部達だった。

 会議にて話し合われる内容は主に今後の予定だ。テロ計画、IS強奪計画、某国で起きている内戦への介入などなど、様々な話し合いが行われ、どの幹部の部下がそれを実行するのか、など役割分担などもこの会議にて話し合われていたのだが、会議が始まって1時間経った頃になってようやく首領が会議室に入ってきたのだ。

 しかも、随分と具合悪そうに。

 

「あ~、二日酔いで頭いてぇな~」

「首領……また夕べはお飲みになってたみたいですね」

「おおう、キャバクラの姉ちゃん達とな? そりゃあもう朝まで飲み比べしてたんだけんどよ、おじさんその所為で二日酔いなのよ」

「あのですね首領……組織のお金でキャバクラ行くなって何度言わせれば気が済むんですが!!」

「あ~もう大声だすなってヴぁ! 二日酔いで頭いてぇんだって~の! 仕方あんめぇ、自分の金でキャバクラ行ったら女房に怒られるし、娘に白い目で見られるんだからよ~お? パパ大嫌いなんて言われたらおじさん、思わず某国の核ミサイル盗んで撃ち出すかもしれねぇしよ?」

 

 このスコールに怒られているサングラスを掛けた初老の男こそ、現在の亡国機業(ファントム・タスク)の首領にして、若き日は幹部でナンバー1の実力者とまで謳われた凄腕なのだが、今はもう昔の面影など見る由も無いスケベな飲んだくれのオッサンと化していた。

 

「それで首領、先ほどまで話し合われていた内容ですが」

「あ~いいよ別に、おめぇたちの好きにやんな」

「……あのですね、一応首領の承認が必要な案件もあるのですが」

「承認だぁあ? んなもん勝手にやりゃあ良いだろうがよ、おじさんこれから行くとこあるのよ」

「行くところ、ですか?」

「ああ、これは特S級の任務になるやもしれん」

「それほどの!? 一体、首領自ら赴かれるほどの任務とは……何なのですか?」

「それはなぁ……」

「それは……?」

 

 スコールのみならず、他の幹部達もゴクリと息を呑んで首領の言葉を待つ。

 

「今日これから、娘が彼氏とデートだっつうんだよ! しかも! チャラ男が彼氏だっつうじゃねぇか! 大事に育ててきた娘の彼氏がチャラ男なんてパパりんぜってぇ認めねぇからよ、ちょっくら娘の彼氏、抹殺してくるんだってヴぁ!!!」

『仕事しろーーーー!!!』

 

 結局、首領は他の幹部連中に縄で縛られて執務室の椅子から動けなくなり、スコール監視の下、仕事をさせられる羽目になった。

 執務室で仕事を黙々と続けている首領を、鋭い眼光で監視するスコールは、ふと目の前にいる男と出会った過去を思い出したのだが、命を救われて、一時期惚れていたなど、一時の気の迷いだろうと、頭を振る。

 

「スコール」

「何ですか?」

「おめぇんとこで匿ってる科学者……名前はなんて言った?」

「……須郷伸之ですわ」

「あ~、んな名前だったかぁ? まぁ、いい。それでよぉお? その男の研究、どれくらい進んでるんだ?」

「現段階で70%ほどですね、人体実験を行わないと、これ以上は進まないかと」

「そこはおめぇに任せる。ただまぁ、気をつけろぃ」

「気をつける……ですか?」

「あの男には一度会ったがなぁ、何ともキナ臭ぇ感じがしたんだよ。それに、随分と誰かを恨んでいるみてぇだしな、私怨で動くのはマドっちで慣れてっけんどよ? ありゃあマドっち以上に厄介かもしれねぇよ」

 

 たった一度会っただけで、そこまで見抜いている首領の観察眼には、恐れ入った。

 普段はただの飲んだくれスケベジジイなのに、やはりこの男は組織の首領として、見るべき所は確りと見ているようだ。

 

「ところでよ、おじさん喉が乾いちゃったから、茶ぁ入れてくれい」

「かしこまりました……」

 

 首領の頼みとあらば、部屋に備え付けの簡易キッチンで出来るだけ美味しい紅茶を用意してみせようとキッチンに立ち、紅茶を淹れて戻ってきてみれば……。

 

「……」

 

 首領の姿は何処にも無く、デスクの上にはいつの間に書いたのか書置きが残されていた。

 

『仕事に飽きたから昼キャバ行ってくる。戻ってきたら続きやるから許してちょ☆』

「……あ、の……っ! 駄目親父ぃいいいいいいいい!!!!!」

 

 亡国機業幹部、スコール・ミューゼル。首領のお目付け役まで押し付けられ、ストレスで胃薬のお世話になる毎日を送る苦労人として、組織内では有名になっているのだが、残念ながら彼女の立場を交代しようという者は、一人も居なかった。




超短いですが、まぁ筆休めに書いただけですので、ご容赦を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 「激戦」

戦闘パート!


SAO帰還者のIS

 

第三十九話

「激戦」

 

 作戦開始の時間になった。

 現在砂浜には白式を展開した一夏が紅椿を展開した箒の上に乗り、その隣にはストライクガンナーを装備したブルーティアーズを展開したセシリアの上に和人が、高速機動パッケージを装備したラファール・リヴァイヴを展開したシャルロットの上に明日奈が、それぞれ乗って出撃準備を整えている。

 更に後方には甲龍(シェンロン)を展開した鈴音と槍陣を展開した百合子がスタンバイしていた。

 

「うんうん、みんな準備は出来たみたいだね~。それじゃあ改めて説明するけど、運送隊で最速のブルーティアーズが先行してかず君は二刀流の手数でとにかく福音から離れないこと、セッシーはスターダスト・シューターによる援護射撃と、超高感度ハイパーセンサー“ブリリアント・クリアランス”による戦況把握を常に行っての現場指揮ね」

 

 束の説明を聞き、頷いた和人とセシリアに満足すると、今度は第二陣となる一夏と箒の方を向く。

 

「続いて現状の紅椿の速度なら先行二人に追いつけるのは長く見積もっても5分かな? 到着次第、いっくんはかず君と連携して、同じ様に福音から距離を取らないこと」

「はい」

「箒ちゃんはセッシーの後ろから離れないで、セッシーの指示に従う事。必要があれば天月と空裂のレーザーで援護射撃ね」

「……はい」

 

 続いて第三陣となる明日奈とシャルロットの番だ。

 

「あーちゃん達がいっくん達に追いつくのはそんなに時間掛からないと思うから、あーちゃんは到着次第いっくん達と合流ね」

「わかりました」

「シャルルンはセッシーと同じで援護射撃、それからセッシー達の防御をお願い」

「了解です」

 

 そして最後に遅れてくる形になる鈴音と百合子。

 

「りんりんはセッシー達と同ポジ、ゆりりんはいっくん達とスイッチして最大の一撃」

「任せて」

「了解」

「これで落とせなくても時間を兎に角稼いで。ちーちゃんの話では40分くらいで自衛隊のIS部隊が到着するって話だから、最悪落とせなくても自衛隊さえ到着したら拿捕は可能みたいだからね」

 

 自衛隊は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を捕獲する為の準備として電磁ワイヤーを用意しているらしい。

 一夏達で落とせなければそれを使用して捕獲する手筈になっている。

 

「じゃあ、束さんは福音暴走の原因調査をしなきゃだから、もう旅館に戻るけど……皆、これだけは言わせて」

 

 作戦概要の再確認の為に開いていたコンソールを閉じて旅館へと向かう前に、束は振り返って出撃するメンバー全員の顔を見渡し、口を開いた。

 

「必ず、生きて帰ってね」

『はい!』

 

 返事と共に出撃していった皆を見送り、束は旅館へと戻る。

 その道中、束は胸元に手を突っ込むと、目的の物を取り出して目の前に掲げた。それはシンプルな造りのロケットペンダントであり、中に写真を入れておけるタイプの物だ。

 

「……」

 

 ロケットを開くと、当然だが中には写真が入っており、その写真に写っていたのは、まだ中学生の頃の、セーラー服を着た束と千冬と、それから当時大学生だった茅場晶彦が並んで立ち、束が困惑顔の茅場の腕に笑顔で抱きつき、千冬がそっぽを向いている姿だった。

 

「晶彦君……お願い、あの子達を守ってあげて」

 

 

 先行する和人とセシリアはストライクガンナーの機動力から引き出される最高速度で飛行し、間もなく銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が通過するポイントへと到着しようとしていた。

 既にセシリアの上に立つ和人はエリュシデータとダークリパルサーを構えていつでも飛び出せるようにスタンバイ完了していて、セシリアはブリリアント・クリアランスの索敵範囲に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が入った事をキャッチする。

 

「和人さん! 間もなく目標とエンゲージしますわ!!」

「了解だ! ユイ!!」

『はい! 衛星からの情報を見る限り福音はスペック中の最高速度で飛行中、このまま行けば30秒ほどでエンゲージします!』

「よし!」

 

 ようやく黒鐡のハイパーセンサーも銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の存在をキャッチした。それから間もなく、目視でもその姿が見えるようになり、両手に握る剣を更に強く握り締める。

 

『今です! パパ!!』

「おおおおおああああああああ!!!!」

 

 セシリアの背中から一気に飛び出し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用して最高速で飛行する銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へ急接近。

 両手の剣がライトエフェクトによって輝いた頃には銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)もセンサーで和人達をキャッチして敵対反応として対応しようとした。

 

「遅い!!」

 

 叩き込んだのは二刀流ソードスキル、ダブルサーキュラー。

 二刀を使っての突進スキルで、その切っ先を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に命中させるためブースターを一気に吹かせたのだが、その刃はバク転の要領で回避されてしまった。

 

「チッ、まだだ!!」

 

 距離を詰められる前にセシリアの援護射撃を回避した福音に再度接近、エリュシデータの刃を振り下ろし、腕で受け止められた瞬間にはダークリパルサーを振り上げ弾き飛ばし、追いかけながらエリュシデータとダークリパルサーをクロスさせるように振り下ろし、再度振り上げる事で連撃を行う。

 やはりというか、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は近接戦闘武装を装備していなかった様で、和人の攻撃を腕で防御しながら回避行動を取り、距離を開こうとしているのだが、執拗に連撃による刃の嵐と、レーザーによる援護射撃がそれを許さない。

 

「キリトさん! スイッチ!!」

「っ!」

 

 追いついて来た一夏が箒の背中から飛び出してトワイライトフィニッシャーの刃をライトエフェクトによって輝かせ、和人と入れ替わる形で前に出て垂直4連撃……バーチカル・スクェアを決める。

 更にスイッチして和人が再び前に出るとエリュシデータのみをライトエフェクトによって輝かせ、水平4連撃……ホリゾンタル・スクェアを決め、スキル使用後のIS機能低下状態であっても更に連撃を繰り返し、再びソードスキルが使用出来るようになったら直ぐにダークリパルサーからのソードスキル、シャープネイルによる3連撃を直撃させた。

 

「ユイ! 福音のシールドエネルギー残量は判るか?」

『現在2500まで落ちました……流石に軍用機というだけあり、競技用の機体よりエネルギー量が多いですね、防御性能も桁違いです!』

「だな……っ! ナツ!!」

「はい!」

 

 実質2対1の状態になったというのに、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は二人の攻撃を掻い潜って上昇、距離を開いてきた。

 恐らくこの短時間で若干でも戦闘経験を積み、和人達の戦闘パターンを解析したのかもしれない。

 

「来ますわ! データにあった銀の鐘(シルバーベル)です!! 全員回避!!」

 

 セシリアの指示で全員回避行動に出た所で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の主装備、36の砲門からエネルギー弾を全方位へと射出する広域殲滅武装、銀の鐘(シルバーベル)が発射された。

 迫りくるエネルギー弾の雨を全員が必死に回避している中、和人と一夏は回避出来る物は回避して、直撃しそうな物は剣で弾きながら|銀の福音へと接近し、それぞれの剣を叩き込む。

 

「くっ!」

「このっ!」

 

 二人の剣を両腕で受け止めた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が迎撃しようとしたそのときだ。和人達の後方から第三陣が駆けつけたのは。

 

「スイッチ!!」

 

 聞こえた合図と共に和人と一夏が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を蹴りつけて一気に距離を取った瞬間、一筋の閃光が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の胴体を穿つ。

 結城明日奈が駆る瞬光が、その手に持つ細剣ランベントライトをライトエフェクトによって輝かせながら銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を穿っているのは、細剣最上位スキル、フラッシングペネトレイターによるものだ。

 持ち前の瞬発力により、明日奈の初動は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)には捉える事が出来なかったようで、大きく体制を崩してしまい、明日奈の攻撃に続いて左右から同時にシャインサーキュラーとメテオブレイクを放つ和人と一夏に対応が遅れてしまった。

 

「……」

「セシリア! 篠ノ之さん!」

「シャルロットさん!」

「お待たせ!」

「ええ、ですがまだまだ時間が掛かりそうですわ」

「だね、援護射撃、いくよ!」

「まいりますわ!」

 

 それぞれ銃を構えて援護射撃を開始したセシリアとシャルロットの後ろでは、両手に刀を持った箒が何ともいえない表情で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦う一夏の姿を見つめていた。

 何で、自分はあの場所に、一夏と共に立つ事が出来ないのか、せっかくその為に求めた力も、蓋を開けてみればこんな役立たずの鎧で、剣士である筈の自分に与えられた役目は一夏の運送役と、援護射撃という剣士に似つかわしくない役割。

 何が悪いのか、何で誰も認めてくれないのか、自分なら一夏と共に戦って必ず|銀の福音を落とし、名実共に一夏のパートナーとして相応しいと証明出来るのに、何で誰も彼も邪魔をするのか、それが理解出来ない。

 

「何で、私はここにいるんだ……」

 

 箒の視界の先には、丁度駆けつけた百合子が鈴音の衝撃砲による援護の下、銀の福音(シルバリオ・ゴゴスペル)に深紅の槍の穂先を叩き付けている姿があった。

 どうやら、百合子の一撃で相当なダメージを負ったらしい銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がバランスを崩したらしく、トドメとばかりにセシリア、シャルロット、鈴音による射撃の嵐で、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のシールドエネルギーを0にすることに成功していた。

 

「お疲れ、ナツ」

「ああ、ユリコも最高の一撃サンキューな」

 

 一夏と百合子と同様に、他の面々も互いを労い合っていた。

 機能停止した銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はセシリアが預かり、中のパイロットをユイが診断した所、気絶しているだけで命に別状は無いとの事で安心していたのだが、その時だった。

 

「っ! ユリコ!!」

「え? きゃああ!?」

 

 ギリギリで、百合子を襲った銀色の閃きを一夏が弾き返した。

 そして、攻撃してきた相手の姿を見た瞬間、一夏の、和人の、明日奈の、百合子の……SAO生還者組は目を見開く。

 

「Ho-Ho-Ho……久しぶりだなぁ、黒の剣士、白の剣士」

「な、何で……」

「嘘、だよね……?」

「そんな……」

「……っ!!」

 

 そこに居たのは、3機のISと、それを身に纏う3人の()

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)……っ!!」

 

 その時、この場の誰もが……和人達SAO生還者組以外の者は初めて聞いた。

 一夏の、深い憎悪に染まった、その声を……。




さて、ラフコフの三人が何故ISに乗れるのか、ですが。
この場ではネタばれになるので語りません。後の本編にて語りますが、ヒントだけ出します。
ヒントは無人機です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話 「白の憎悪、憎しみの因縁」

今回、ラフコフの三人が何故ISを動かせるのか、その答えが出てきます。
ヒントは無人機だと言いましたが、さて予想と合っていた人は挙手!(←する必要ないじゃんw)


SAO帰還者のIS

 

第四十話

「白の憎悪、憎しみの因縁」

 

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)、それは嘗てソードアート・オンラインプレイヤーを恐怖に染め上げたアインクラッド最悪の殺人集団。

 ゲーム内での死が現実での死も意味するSAOにて積極的にプレイヤーを殺していた快楽殺人者達、殺しはSAOプレイヤーに与えられた権利だとして人の命を奪う事に何の躊躇いも持たず多くの命を奪った最悪の人種。

 そして、今……一夏達の目の前に居る三人こそ笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のボスと、その側近であり、アインクラッドで最も人を殺してきたであろう人物達、リーダーのPoh、赤目のザザ、ジョニー・ブラックだ。

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)……っ!」

「Wow! 白の剣士は変わらず俺達に剥き出しの殺意を向けてくるなぁ……サイコーだ!!」

「黙れっ!! よくも、よくもおめおめと、俺の前にその薄汚い面を出せたな!! Poh!!!」

 

 一夏の声、表情、その全てが今までにない、少なくとも和人達SAO生還者組以外の面々は聞いた事も見た事も無いものになった。

 雰囲気も、今までの優しげな好青年というものから、どす黒い、殺伐としていて、見ているだけで震え上がりそうになるほど剣呑な雰囲気に変わっている。

 

「い、一夏……どうしたというのだ?」

「今までの一夏さんとは、まるで別人ですわ」

「あ、アタシもあんな一夏、見たこと無いわよ」

「うん、なんか怖い……」

 

 箒達が一夏の変わり様に驚いていたが、和人達は、ある意味当然というか、仕方が無いと思っていた。

 彼が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を憎んでいる理由を、知っているから。

 

「和人さん、彼らは一体何者なんですの?」

「あいつらは、俺達と同じSAO生還者だ」

「え、じゃあアンタ等も顔見知り?」

「顔見知り、で済めば良いんだけどね……わたしもキリト君もナツ君も、それにユリコちゃんも」

「お義姉ちゃん、それってどういう……?」

 

 今になってよく見てみれば和人も明日奈も百合子も、表情が暗くなっていた。何処か青褪めていて、身体も決して寒さではない別の理由で若干だが震えている。

 

「あの人たち……笑う棺桶(ラフィン・コフィン)っていうギルドのプレイヤーだった」

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)? 随分とゲームにしては薄ら寒い名称だな」

「聞けばもっと薄ら寒くなるさ……笑う棺桶(ラフィン・コフィン)っていうのは、アインクラッドではアスナが副団長を務めていた攻略組最強ギルド、血盟騎士団と並んで最も有名なギルドだったんだ」

「そう、それも悪い意味でね」

 

 その内容を、今この場に居る箒達の中で誰が予想出来ようか、SAOの事は話やニュースで知っているからこそ、到底信じられない内容を。

 

「あの人たちは、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)は、ゲーム内での死が現実での死になるSAOで、積極的に殺人を行い、それを楽しんでいた集団」

「なっ、殺人を、楽しんでいたですって!? ちょっと待ちなさいよ! アンタ等プレイヤーだってSAOで死んだら現実で死ぬって知ってた筈よね!?」

「ああ、それはゲーム開始時に茅場本人に聞かされていた」

「それで尚、彼等は人を殺していたというんですの!?」

「そうだよ、彼等はSAO内での殺人は、プレイヤーに与えられた権利だと主張して、何の罪悪感も躊躇いも無く、当然の様に人を殺していたの」

 

 ゲームクリアまでの間にアインクラッドで笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に殺されたプレイヤーの数は100人は確実に超える。

 モンスターやボスに殺されるのではない、同じプレイヤー……同じ人間に、それだけの数の人が殺されたのだ。

 

「では、一夏があれほど怒っているのは、それが原因でか?」

「いや、それだけなら俺達だって同じくらいあいつ等を憎むはずさ……だけど、違う。ナツはこの世の誰よりもあいつ等を憎んでいて、そしてそれだけの理由があるんだ」

「ナツは、SAO時代に一時期だけギルドに所属していたことがあったんだけど」

 

 白の剣士ナツ、彼はSAO時代に黒の剣士に憧れ、黒の剣士と同じくソロプレイヤーとして申し分ないほどの実力を身に付けていた。

 もっとも、その事を黒の剣士キリトは気にかけていて、出来れば何処かギルドに所属して、自分と同じ事はして欲しくないと兄貴分として思っていたのだが。

 そんな中、ある日突然ナツがギルドに所属したと聞いた時は随分と喜んだものだ。

 

「俺もナツが入ったギルド、白夜剣舞のメンバーとは一度だけ会ったことがあるけど、良い奴らだったよ。レベルこそ当時既に攻略組に名を連ねていたナツには及ばなかったけど、それでもいつかレベルが追いついたらナツと一緒にギルドとして攻略組の仲間入りしようって、そう言ってナツと一緒に笑い合っていて、あのときは俺も安心してたんだ……これでナツにこれ以上ソロプレイヤーをさせなくて済むってな」

 

 だけど、悲劇は起きた。

 

「これは人伝に聞いた話だけど、ある日……白夜剣舞のメンバーがナツを除いて全滅したんだ」

「全滅!? 人数ってどれだけ居たの?」

「キリト君が言うには、ナツ君を入れて9人くらい、だったかな……?」

「じゃあ、8人全員が死んだってわけ?」

「ああ、それも……モンスターに殺されたんじゃない、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に、ナツの目の前で殺されたらしい」

 

 言葉が出なかった。

 一緒にゲーム攻略を目指そうと笑い合っていた仲間が、目の前で無残に殺される光景を、一夏は見せられていたという事実に。

 

「ナツは、大勢で押し寄せてきた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーと交戦していて、数の多さに手間取っている間に殺されたって話……私も、これについては人伝に聞いただけだけど」

「そっか、そういえばユリコはその頃はまだナツとは知り合ってなかったな」

「その後だったもんね、ユリコちゃんとナツ君が出会ったのは」

 

 SAO時代の一夏……ナツと最も付き合いが古いのはキリトとアスナだった。

 だからナツの本当に昔の話となるとユリコでも又聞きの話になってしまうのは無理も無い。

 

「ちょっとお待ちください。彼等がその最悪のギルドの人間だとして、何故……此処に、それもISに乗っているんですの?」

「っ! そうよ! 確かSAOで積極的殺人歴のある人はカウンセリングと政府の監視があるんじゃなかった!?」

 

 そうだ。セシリアと鈴音の指摘は尤もだった。

 Poh達みたいな積極的殺人歴のあるプレイヤーはSAOクリア後、政府によってカウンセリングを義務付けられ、更にしばらくは監視が付けられている筈なのに、何故こんな所にいるのか、しかも男であれば一夏と和人にしか動かせず、基本は女性のみが動かす事の出来るISに乗っているのか。

 

「簡、単……だ。俺、達……今は、日本に、いない」

「そういうこった! 俺達は政府の監視を掻い潜ってとある組織にスカウトされたんだぜ!」

「組織、だと……?」

「亡国機業……白の剣士、てめぇが昔誘拐されたときの実行犯たる組織らしい」

「っ!」

 

 Pohの言葉で脳裏に蘇るのは、第2回モンド・グロッソの時の記憶。

 決勝戦に出場する事になった姉の応援に行って、誘拐され、そして暮桜を駆る姉に救出された日の出来事だ。

 

「Year! そして! 俺達がISに乗れるのは簡単だ。IS学園に先日襲撃してきた無人機、それがヒントさ」

 

 無人機。シャルロットはまだ転校してくる前の事なので知らないが、その他のメンバーは皆が当事者なので当然だが覚えている。

 そして、無人機がヒントという事から導かれる答えは……。

 

「まさか……そういう事ですの?」

「せ、セシリア……どういう事だ?」

「あのですね箒さん、そもそもISを起動させるという事がどういう意味なのか知っていますか?」

「む……いや」

「はぁ……まぁ、まだ授業でやってる範囲ではありませんので、仕方ないですわね。そもそも、ISを起動するというのは、正確にはISコアを起動させている、という意味ですわ」

「コアを……?」

 

 そう、IS操縦者はISに乗り込む事でコアを起動させている。

 それはつまり、自動車に運転手が乗り込んでエンジンを掛けるという事と同じであり、自動車に乗り込んでもエンジンを掛けなければ自動車が動かないのと同じで、コアを起動させなければISは動かない。

 

「男性がISを操縦出来ないのは、男性が乗ってもコアが起動しないからなんだ。まぁ一夏と和人は例外だけど」

「つまり、ISってのはコアを起動させて始めて動かせる代物って事よ」

「な、なるほど……だが、それと奴らがISを動かせる事と何が関係あるんだ?」

「簡単な話ですわ。無人機とはつまり、本来なら人間が乗らなければ起動しないコアを無人で起動させるシステムを搭載しているから無人機なのです。つまり……」

「っ! そうか! コアを無人機のシステムと同じ方法で起動させてしまえば……!」

 

 そう、無人機であれば専用システムによってコアを起動させ、戦闘用AIが機体を動かしているが、機体を動かす事だけを人が代わりに行えば……。

 

「Wow! 正解だぜ、お嬢ちゃん。無人機と同じシステムでコアさえ起動させてしまえば、別に動かすのは女だろうが男だろうが関係無い」

「なんて事を……! そんなシステムが、もし世界中に広まったら!!」

「最高だね! 世界中で混乱が起きる!! ヘッド、上に上申してみましょうぜ?」

 

 今まで、ISを動かせるのは女性だけだったからこそ、今の女尊男卑の風潮が生まれ、随分と多くの男性が虐げられてきた。

 だが、もし笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の乗るISのように、男でもISに乗れる方法があると知られ、その方法、システムの制作方法が世界中に広まれば、間違いなく混乱が起こる。

 最悪の場合、世界中で男と女の戦争が起きるかもしれないのだ。

 

「話は、もう終わりか……?」

「ナツ……?」

「Ho……ああ、終わりだ」

「ならもう御託はいらねぇ……さっさと来いよ」

 

 今まで黙っていた一夏が、俯いていた顔を上げて姉譲りの鋭い眼光に危険な光を灯しながらトワイライトフィニッシャーの切っ先をPoh達に向けた。

 

「今この場で……お前等全員……殺してやる!!!」




憎しみに染まった瞳、向けられる刃は憎悪の刃。
仲間の制止を振り切った剣士は笑いを携えた棺桶達に挑む。
次回! SAO帰還者のIS!
「憎悪の刃、落ちた白の剣」
悲しき暴走の果てに、涙が流れる。

次回予告風に締めてみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 「憎悪の刃、落ちた白の剣」

ふ、二日酔いで頭が……。


SAO帰還者のIS

 

第四十一話

「憎悪の刃、落ちた白の剣」

 

 ドンッ! という爆音にも似た音が響き渡った。

 そして、その音をこの場に居る誰もが認識した瞬間には、既に一夏の姿は先ほどまでの百合子の隣ではなく、Pohの目の前に居て、トワイライトフィニッシャーの刃を振り下ろしていた。

 だが、その刃をPohはアインクラッドで使っていた物とよく似た包丁型の短剣……友切包丁(メイト・チョッパー)で受け止め、その隙にエストックを持ったザザと短剣を持ったジョニー・ブラックが斬り掛かるも、左手に雪片弐型を展開してエストックを受け止め、右足で短剣を蹴り上げながらバク転して雪片を収納、ピックを投擲しながら再度Poh目掛けて瞬時加速(イグニッションブースト)で接近する。

 

「ナツ! 止まれ!!」

「ナツ君だめぇ!!」

「ナツ!!」

 

 和人達は一人飛び出していった一夏へ静止の声を上げるが、その一夏は既に憎しみに思考が支配され、周囲の声は一切耳に届いていない。

 それどころか、トワイライトフィニッシャーを再び受け止めたPohに背後からザザが振り下ろしたエストックの刃を握り締めることで受け止め、その刃を無理やりPohの顔面目掛けて突き刺そうとしている。

 もちろん、ザザもエストックを引っ張り、阻止しようとしているので、刃がPohの顔面に突き刺さる事は無く、逆にジョニー・ブラックの短剣の刃を右肩の装甲に受けてしまった。

 

「グッ!?」

「油断大敵だ! 白の剣士!!」

「がぁっ!?」

 

 腹部に衝撃を受けた一夏は、そのまま後ろに弾き飛ばされてしまう。

 Pohの蹴りがどうやら一夏の腹に入ったらしく、シールドエネルギーが随分と減ってしまっていた。

 

「殺す……殺してやる!!!」

「良い殺気だぁ……良い、良いぜ白の剣士! やっぱテメェはそうじゃなきゃなぁ!! ならばその殺意に敬意を評して行かせてもらうぜ……イッツ・ショウ・タイム!!」

 

 Pohが動き出した。

 マズイ、そう和人達は直感してそれぞれ武器を手に飛び出そうとしたのだが、その前に……。

 

「セシリア! 他のみんなと一緒に下がっていてくれ!!」

「な、なぜですの!? みんなで戦えば数ではこちらが」

「駄目だ! ヤツらは今までの相手とは訳が違う! 本気で殺しに来る相手なんだ!」

 

 まだセシリアも鈴音もシャルロットも箒も、本物の殺意を持った相手と戦ったことなど無い。ましてや本気で殺しに来る相手との戦闘など未経験だ。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)相手に、最初から捕縛を考えて戦うのは、あまりに無謀、更に先ほどまでの一夏との戦闘を見る限り、奴らの戦闘技術はアインクラッドに居た頃より更に上回っている事から、セシリア達では敵わないのは明白。

 むしろ、援護など入られても逆に邪魔になってしまう可能性だって考えられるのだ。奴らがセシリア達を人質にでもしたら、負けるのはこちらなのだから。

 

「アスナ! ユリコ! 行くぞ!」

「うん!」

「はい!」

 

 Pohも攻撃に回って劣勢になっている一夏の下へ行き、和人がザザに、明日奈と百合子がジョニー・ブラックにそれぞれ斬り掛かる。

 

「黒の……剣士……あの時の、決着……!」

「あの時……? そのエストック、なるほどな」

 

 嘗て、アインクラッドで起きた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐作戦の際、和人はエストック使いと戦った記憶があった。

 つまり、あのエストック使いが、このザザだったということだろう。あの時、エストック使いとの戦いは和人の勝利で終わり、拘束したのは記憶にあるので、ザザの言う決着とは、どちらかが死ぬまで戦うということか。

 

「ヒャッハー! 閃光と無限槍じゃねぇか! あの時以来だな! 今度こそその綺麗な顔、切り刻んでやるぜ!」

「黙りなさい! もうこれ以上、あなた達の好きにはさせないわ!」

「大人しく、私たちに裁かれるか、法の裁きを受けるか、選んでもらう」

「ハッ! 俺たちが死ぬかよ! リアルで殺しの出来ないお嬢ちゃんは大人しく震えてな!」

 

 和人がザザと、明日奈と百合子がジョニー・ブラックと戦ってくれるおかげ、一夏はPohと一対一になった。

 

「Yeah! イイ、イイねぇ! やっぱ殺し合いってのはこうじゃなきゃなぁ!!」

「うううぉおおおおおあああああああ!!!」

「Ha! まるで獣だな! 白の剣士の殺意は心地良いが、獣臭くてたまらん!!」

「死ねぇええええええ!!!」

 

 一夏の攻撃の一切がPohに受け止められ、受け流されていく。

 まるで攻撃が通らないPohに次第に一夏のフラストレーションも溜まっていき、どんどん冷静さを失って憎しみと焦りが攻撃から精細さを無くしていた。

 ただただ、その憎悪が指し示すがまま、まるで本能だけで剣を振るい、ソードスキルも何も無い戦い方は、まさしく獣そのもので、少し離れたところからいつでも援護に入れるようにしていたセシリア達に言わせてもらうなら、あまりに……無様。

 いつもの一夏らしくない、織斑一夏を織斑一夏たらしめているソードスキルありきのアインクラッド流とでもいうべき剣技など、欠片も無い姿は、見るに耐えなかった。

 

「セシリア、どうしよう? せめて一夏の援護だけでもした方が……」

「駄目ですわ……いくら一夏さんがいつもの彼らしくない戦い方をしていても、近接戦闘という分野であの二人の戦闘は正直、国家代表クラス同士の戦いと言えます。私たちでは、恐らく援護などしても邪魔にしかならないですわね」

「でも、このままじゃ一夏だってマズイじゃない!」

「せめて、和人さん達が一人でも援護に、と思うのですが……難しいですわね」

 

 和人はザザと互角状態なので無理だろう。

 明日奈と百合子はジョニー・ブラックの戦い方を見る限り、二人で戦った方が良いのは明白だ。ジョニー・ブラックは隙あらば和人か一夏に奇襲を掛けようとしているので、一人で抑えるのは無理、二人で抑えて奇襲させないようにしないと危険なのだ。

 現状、セシリアも鈴音もシャルロットも、近接戦闘という面で見れば誰一人、援軍として行けるほどの腕前は無いと自覚しているから、どうすることも出来ない。

 願わくば、一夏が冷静さを取り戻してくれることを祈るしかない。

 

「それにしても、自衛隊、遅くない?」

「もう来ても良い頃、だよね?」

「何か、あったのでしょう……彼らが組織の人間だというのなら、考えられるのは」

 

 他の、同じ組織の者が自衛隊を落としたか、それとも現在交戦して足止めしているか。

 

「最悪、自衛隊の援軍は期待出来ないですわ」

 

 ならば、一夏がまずくなれば、援護に出よう。例えPohに勝てずとも、連携して撤退するだけの時間を稼げればそれで良い。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と、その操縦者は鈴音が担いでいるので、彼女は無理でも、最悪逃げるのに徹すれば、何とかなる。

 だが、その予定は大幅に狂う事となった。

 

「もう、我慢出来ん!!」

「ちょっと、箒!!」

「止まりなさい! 箒さん!!」

「私なら剣の腕であんな奴らに遅れを取るものか!! 私が一夏と共に戦えば、勝てる!!」

 

 これだから下手に剣道で全国優勝して腕前があると自覚している人間は厄介だとセシリアは思っていた。

 箒は確かに剣の腕前で言えば代表候補生である自分たちよりも上だろう、それは認める。だけど、それ以前に箒は自分と相手の力量差を見極める能力が欠けているのだ。

 少しは相手の力量を判別することは出来るだろうが、変に実力がある分、彼女は若干相手を見下している所がある。

 自分は剣道で全国優勝するほどの腕前だから、剣の腕だけなら自分に勝てる者など居ないと、そう思っている節があった。

 

「一夏! 援護するぞ!!」

「っ! 邪魔だぁああああ!!」

「なっ! 何を!!?」

 

 一夏の援護をしようとPohに斬り掛かろうとした箒を、一夏が蹴り飛ばした。

 何をするのか、と怒鳴ろうとした箒だったが、自分が居た場所に友切包丁(メイト・チョッパー)を振り下ろしているPohの姿を見て背筋が冷っとする。

 Pohの動きが見えなかった。もしあのまま一夏に蹴られなければ、あの肉厚の刃は、自分を斬り裂いていたかもしれない。

 

「Wow、お嬢ちゃん……雑魚は引っ込んでな」

「なっ!? だ、誰が雑魚だ!」

「邪魔するな箒……お前の援護なんて、必要無い!! こいつを殺すのは、俺だけだ!!」

「い、一夏……」

 

 一夏の言葉が、箒には信じられなかった。

 昔の一夏は、優しい少年で、こんな簡単に殺すなんて事を言えるような人間ではなかったのに、SAOが、一夏をこんな風に変えてしまったのかと、一瞬思いそうになったが、先ほどの話を聞いてSAOが、ではなく、Poh達が、一夏の仲間を殺したから変わってしまったのだと、そう理解した。

 

「Pohーーーっ!!」

「Yeah! 最高のショウだぜ!!」

 

 駄目だ、このまま一夏を戦わせては駄目だ。

 劣勢なのは勿論だが、それ以上に今の一夏は冷静ではない。だからこそ、このまま戦わせては、何かが壊れてしまう。

 そう思った時には箒の身体が自然と動いており、両手の刀を構えてPohに向かって飛び出していた。

 

「はぁああああ!!」

「チッ……ショウの邪魔だぜ!」

 

 友切包丁(メイト・チョッパー)がライトエフェクトによって輝いた。それはつまり、一夏達と同じソードスキルシステムを、ISに搭載しているという証拠であり、そして同時に……嫌な予感を、否……嫌な予想をしてしまう原因になった。

 

「チッ!」

 

 自分の記憶が確かなら、Pohが好んで使うソードスキルは一つしかない。

 そして、それがどういうスキルなのかを知っているからこそ、一夏は箒を蹴り飛ばして、その身でPohのソードスキル……、ファッド・エッジを受けるのだった。

 

「カハッ!?」

 

 普通なら、生身の部分に刃を受ければ、絶対防御が発動するのに、何故かこのときは発動しなかった。

 絶対防御が発動しないということは、その肉厚の……ISサイズの刃はそのまま一夏の左脇腹を抉り、臓物や血を撒き散らして、白い装甲を赤く染め、意識を刈り取られた一夏は海へと落下する。

 

「い、一夏ぁああああああ!!!」

 

 箒の絶叫が響き渡る中、海へ落ちた一夏は、海面を血に染めながら深く暗い、海の底へと……沈んでいく。




落ちた白の剣、響き渡る乙女の絶叫、嘲笑うかのように高らかと死の宣告をする男達。
残された剣士達が涙を流しながら戦いを続ける最中、白の剣士は嘗ての聖騎士と対面する。
次回、SAO帰還者のIS。
「受け継がれる盾、二人の天才の祝福」
白は、紅と兎の洗礼により目覚める。


次回予告、もはや意味不明w
ああ、それとセッシー達も戦えよ、という意見があれば先に言います。
SAO組の戦闘があまりに高度すぎて援護が逆に邪魔になるんですよ。
寧ろ、ラフコフ相手に大人数で乱戦は危険という。

それから今回の最後、一夏に絶対防御が発動しなかった理由は兎ではないのであしからず。ちゃんと理由があったりします。
ヒントは肩の傷。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 「受け継がれる盾、二人の天才の祝福」

な、長くなった……。
PCの調子が悪いし、もう最悪。


SAO帰還者のIS

 

第四十二話

「受け継がれる盾、二人の天才の祝福」

 

 一夏が落ちる少し前、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)が襲撃してきた時、丁度旅館の作戦司令室ではモニターにその様子が映し出されていた。

 モニターの前には作戦指揮を執る千冬とオペレーター作業をしている麻耶、ラウラ、それから解析として部屋に居る事を許可された束が居て、一夏の憎しみに染まった声を聞き、一瞬だが作業の手が止まってしまう。

 

「今の声、織斑君……なんですか?」

「……そう、だ」

 

 麻耶の問いに答える千冬自身、困惑していて自信の無い答えになってしまう。当然だ、姉である彼女自身が弟のこんな声、聞いたことなど一度だって無かったのだから。

 

「あいつら……前に束さんの隠れ家に襲撃してきた奴らだ」

「何……? 束、それは確かか?」

「うん、間違いないよ……でも、何でいっくんとかず君以外の男がISに?」

 

 一夏と和人がISに乗れる理由は束自身もまだ不明なのだが、まさか笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーも彼ら同様に例外、とでも言うのか。

 だが、その疑問は直ぐに笑う棺桶(ラフィン・コフィン)が語って聞かせた事で判明した。天才の頭脳を持ってすれば、理屈さえ理解出来れば後は実行可能かなど、簡単に計算出来る。

 

「どうですか? 篠ノ之博士……奴らの言うこと、本当だと思いますか?」

「うん……多分、間違いなく私の所から盗んだ無人機……ゴーレムの起動理論を応用してるんだろうね。ゴーレムはコアを無人で起動させるシステムを搭載していて、戦闘用AIによって操縦させているから、AIの部分を人間が代わりをするだけなら、別に男だろうが女だろうが関係無いもん」

「そんな!? それじゃあ、そんな技術が広まったら大変じゃないですか!?」

「デメリットも、あるのだろう?」

 

 千冬の問い、束は頷いて答えた。

 そう、理論を聞いて直ぐに束は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の男でもISに乗れる技術のデメリットを思いついたのだ。

 元々の無人機システムの開発者でもあるのだから、それくらい簡単に思いつくのも当然ではあるのだが。

 

「本来ISっていうのはコアを起動させた人と、そのコアとが繋がって、操縦者の思いに応じてコアが力を引き出すものなんだ。二次移行(セカンドシフト)なんかはその大きな例で、あれは操縦者の思いをコアの人格が大きく受け取り、共感して、操縦者に力を貸したいと願った果ての進化だから」

「では、あの人たちの機体は……」

「うん、無人機のシステムでコアを起動させてるって事は、あの男達はコアと繋がってない、だからコアから力を引き出せないから、本来のIS操縦者みたいに土壇場で大きな力を発揮するとか、二次移行(セカンドシフト)するとかは無いし、当然だけど自己進化機能も働かない」

 

 そんなデメリットもあるが、当然メリットとなるのもある。

 男でも乗れるようになるのは当然のメリットとして、もう一つのメリットがコア出力が常に安定しているということだ。

 

「コアと人が繋がっていれば常に安定した出力を得られるなんて理論上不可能なんだけど、コアと機械が繋がっているのだったら常に安定した出力を得られる。それはつまり、本来の操縦者ならコア出力が低下するような精神状態にあっても、あいつ等の機体ならそれは無い。どんな状況下であろうと安定していられるってわけ」

「機械故の安定性ということか……」

「うん、束さん的にはナンセンスというか、美的意識の欠片も無いけどね」

 

 人の可能性を切り捨てたのが、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の機体ということだ。

 

「あ! 動きました!!」

 

 麻耶の声に、モニターを見ると、一夏が動き出した所だった。

 トワイライトフィニッシャー片手に笑う棺桶(ラフィン・コフィン)3人と戦う姿を見て、まず思ったのは、いつもの一夏らしくない、ということ。

 いつもなら剣筋は流れるようにスムーズに、流麗に動いているのに、今の一夏の剣筋はあまりに出鱈目で、ただ感情の赴くままに剣を振るっているようにしか見えない。

 

「いっくん……っ! 落ち着いて、そんな憎しみの感情だけじゃ!」

 

 距離があるので通信が繋がらないのがもどかしい。声こそ拾えるものの、こちらの声は届かないというのが、遣る瀬無い。

 

「一夏の仲間を、目の前で殺した、か……」

「教官……?」

「いや……いったいSAO事件で死んだ4000人近くの内、あいつ等に殺されたのはどれだけの人数なのだろうな、と少し思ってな」

 

 昨夜、明日奈に言われ、自分で調べる事にしたSAO事件の事、それには当然だが笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のことも含まれているのだろう。

 積極的殺人歴のある人間も、あの事件では存在しているという事を思い出して、今更ながら異常な事だと認識していた。

 そして、弟はそんな殺人歴のある人間に、殺意を抱いているのだと知り、いったい弟はアインクラッドで、どんな経験をしていたのだろうか、疑問を抱いてしまったのだ。

 今まで、もう二度と弟をVRMMOになど関わらせたくない、そう思ってSAO事件から目を逸らし、一度だって一夏からアインクラッドでの事を聞いたことが無かった。

 ずっと、話そうとしていた弟の言葉を無視して、頭から拒否していたからこそ、千冬は何も知らない自分を初めてもどかしく思っている。

 

「一夏があそこまで憎む理由、仲間を目の前で殺された時の気持ち……無視してしまえば、私は二度と一夏に歩み寄ることは出来ないのだろうな」

「……ちーちゃん」

「認めるつもりは無い。今でも一夏はISに進むべきだという気持ちは変わらないし、これからも変えるつもりは欠片も無い。だが、あの憎しみに目を曇らせる一夏を見てしまった以上……姉として、知る義務がある」

「もう……まだ無視するつもりだったら、束さんが思いっきり引っ叩いてたよ?」

「勘弁してくれ……お前にビンタなどされては頭が消し飛ぶ」

「そこまで力強くないよ!?」

 

 戦いは架橋に入っていた。

 一夏がPohと、和人がザザと、明日奈と百合子がジョニー・ブラックと戦っている様子がモニターに映し出されており、現状は互角……否、一夏だけが劣勢だ。

 

「っ!? た、大変です!!」

「どうした? 山田先生」

「び、白式の絶対防御機能に、エラーが発生してます!!!」

「なっ!?」

「うそっ!?」

 

 各人の機体をモニターしていた麻耶が白式の異常に気がついた。

 慌てて束は目の前のコンソールから白式の状態をチェックすると、その異常の原因は直ぐに判明する。

 

「何これ……!? 白式に、ウイルスが侵入してる!!」

「ウイルスだと!?」

「しかもこれ、ISを機能停止させるとか、暴走させるとか、そんな奴じゃなくて、絶対防御機能を停止させる為だけのウイルスみたい」

「そんなウイルス、一体いつ入った!?」

「……あった! これは……あの時の!」

 

 束がウイルスの逆探知をした結果、侵入経路が右肩からだというのが判明する。

 そして右肩といえば、先ほど一夏がジョニー・ブラックの短剣による攻撃を受けたところであり、おそらくウイルスの侵入経路はそこで間違い無い。

 

「あの武器、多分ウイルスを斬った相手に侵入させる特殊な短剣なんだと思う」

「ゲームで言う毒剣という奴だな」

「そっか、ラウラウはALOやってるから判るよね……そう、ゲームとかで出てくるステータス異常を起こす武器、それをリアルで再現させたんだと思うよ」

「チッ! 厄介な武器を……!」

 

 ゲームで言う所のステータス異常、それは今回、リアルでは絶対防御機能のエラーという形で発生した。

 

「っ! 箒ちゃん!? 駄目ぇ!!!」

「あの馬鹿!!」

 

 モニターには、箒が一夏の加勢をしようと飛び出していく瞬間が映し出され、その彼女が乱入した事により、一夏のバイタルは若干だが落ち着きを取り戻し始めたが、箒の乱入は、最悪の結果を齎した。

 

「い、一夏……」

「いっくん!!」

「そんな……っ!?」

「一夏ぁ!!!」

 

 モニターには、左脇腹から臓物と血を撒き散らしながら、海へと落下していく一夏の姿があった。

 

 

 何も無い、真っ白な空間……脇腹を抉られ、死んだと思っていたのに、何でこんな場所に居るのか、一夏は理解出来なかった。

 いや、もしかしたらこれが死後の世界という奴なのかもしれない、そう思いながら横たわる一夏は、ふと抉られたはずの脇腹からの痛みが無い事に気づいた。

 

「傷が、無い……?」

 

 全くの無傷のまま、白式も何も無い、ISスーツ姿のまま、一夏は真っ白な空間で横たわっていたらしい。

 

「ああ、でも死後の世界ならそんなものなのかな……俺、結局何も出来ずに、あいつ等の仇を討つ前に、死んじゃったのかよ……っ」

 

 情けない、あまりにも無様が過ぎる。そんな思いで涙が流れそうだった。

 

「ごめんな、みんな……」

「それは、誰に対しての言葉なのかね?」

「っ!?」

 

 無人だと思っていた空間に、一夏の言葉への問いかけが聞こえた。

 しかも、その声は随分と聞き覚えがあり、そして同時にとても懐かしい、今ではそう思える声だ。

 

「あ、あんたは……!」

「久しぶりだね、ナツ君」

 

 慌てて起き上がった一夏の目の前に居たのは、真紅の鎧と純白のマントを身に纏い、大きな盾と十字の剣……剣と盾の二つで一つの武器であったリベレイターと呼ばれる武器を持った青年だった。

 

「ヒースクリフ……茅場晶彦!?」

 

 そう、この男こそ、かつてアインクラッドにて最強の聖騎士と呼ばれ、同時にSAO事件を引き起こした張本人でもあったヒースクリフこと、茅場晶彦だ。

 

「な、何で……あんたが」

「ふむ、状況を理解出来ていないようだな……ここは、死後の世界ではなく、君の専用機、白式の中……まぁ、簡単に言えば白式のコアと繋がっている君の精神世界と言えようか」

「俺の、精神世界……」

 

 この真っ白な何も無い世界が、一夏と白式の世界なのかと思うと、らしいと言えば良いのか、寂しいと言えば良いのか。

 

「んで? その白式のコアと俺の精神世界に、何でアンタが居るんだ?」

「キリト君から聞いてはいないかね? 私はアインクラッドでの最終決戦の折、彼に破れ茅場晶彦としての意識を電脳空間へとスキャンさせたという話を」

「……ああ、そういえば」

 

 そんな話、聞いたことがあった。

 

「そして、そのとき私はキリト君とアスナ君、ナツ君、ユリコ君の4人のナーヴギアのローカルメモリに私の意識のコピーを紛れ込ませていたのだ」

「何で、そんな真似を……」

「興味があった、ただそれだけだ……システムを上回る人間の意志の強さを見せ付けたキリト君と、そんな彼と共にある君たちに」

 

 ただ……、とヒースクリフは続ける。

 

「先ほどの君の戦いを見せて貰ったが……嘗ての君らしくなかったな。無様なものだ」

「っ!」

「君の話はアスナ君から聞いたことがあるから知っている。白夜剣舞のメンバーが彼らに殺されたそうだね」

「ああ……だから、俺は奴らを、この手で殺さないといけないんだ!」

「その結果が、今の君ではないのかね?」

 

 憎しみに目が曇り、その結果が無様にも脇腹を抉られ、ここに居る。

 勿論、一夏だって理解はしている。憎しみに支配されれば、いつも通りの戦い方が出来るわけ無いなんて事も、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)はそんな理性を失った戦い方で勝てる相手ではないことも。

 だが、理解はしていても、どうすることも出来ないことだってあるのだ。

 

「君は、あの世界で何を学んだのだね」

「……何?」

「君は、あの世界で憎しみしか学ばなかったのか?」

「それは……」

 

 そんな訳ない。あの世界で、大切なことを学んだ。命の大切さ、生きるという事の意味、仲間との絆、そして何より……愛する人の存在を。

 

「ユリコ君を守る、それが君の誓いだったはずではないかな? 君とユリコ君が結婚すると報告に来た時、君は私にそう誓った筈だ」

「……そ、れは」

「そのユリコ君を守るどころか、彼女の制止の声を無視して戦い、無様を晒した君は……何がしたかった?」

「……」

「過去にばかり目を向け、今守るべき者を守る事を忘れる……白の剣士とは、その程度だったのか?」

「違う……ああ、違うさ! そんなこと、あっちゃいけない!! 俺は、ユリコを守ると誓った! もう二度と、大切な人を失わないと、ユリコを愛すると決めた時に俺は誓った!!」

「ならば、君がするべきことは何だ?」

「……戦う! 白夜剣舞の皆の仇もあるけど、それ以上に……俺はユリコをこの先、一生守り続ける為に、戦う! こんな所で死ぬわけにいかない!!」

 

 その時だった。

 今まで真っ白なだけだった筈の空間が突然青空が広がり、一夏達は一面に広がる水の上に立っていた。

 

「これは……」

「どうやら、君は合格ということらしい」

「合格……?」

 

 すると、ヒースクリフが一夏の背後を指差す。

 振り返ってみれば白いISを纏った黒髪の女性と、白いワンピースを着て、白い帽子を被った少女が立っていて、ジッと一夏を見つめていた。

 

「あなたは、力を求めますか?」

「……ああ、力が欲しい」

「それは、何の為に?」

「守るため……あの日から、俺の戦う意義はユリコを守る為にある」

 

 その答えを待っていたとばかりに問いかけていた女性ではなく、その傍らに立つ少女が一夏の前に歩み寄った。

 

「これは、お母さんの気持ち……生きて帰ってって、お母さんは言ってた」

「おかあ、さん……束さんか」

「うん……だから、私はあなたを生かすよ」

 

 少女の手のひらに淡い光が集まり、現実世界では抉られている左脇腹を覆った。

 

「ナツ君」

「……」

「これを、受け取りたまえ」

「これって……リベレイターの、盾?」

 

 ヒースクリフは一夏に自身が持っていた盾を差し出した。

 彼をアインクラッド最硬たらしめていたリベレイターの盾、それを受け取った時、何かが一夏の中に流れ込んでくる。

 

『晶彦君……もし、いっくんが生きて帰ってきたら』

『ああ、そうだね……束くんの弟君だ、一度くらいは……助けてあげよう』

『お願いね』

「っ!? い、今のは……」

 

 脳裏に再生された映像、それは束と茅場晶彦が何処かの山小屋らしき所で話をしている光景だった。

 

「アンタ、もしかして束さんと……」

「……時間だ、もう行きたまえ」

「待ってくれ! せめて、一つだけ答えてくれ!」

「何かね?」

「……何で、俺たちだったんだ?」

「……運命、だったのだろう」

 

 その言葉をヒースクリフが口にした時、既に一夏の姿は無かった。

 

「これで、私の役目は終わった……さぁ、戦いたまえナツ君! 君の戦いを、アインクラッドとの決着を、君自身の手で着けるんだ!」

 

 

 海底に沈み続ける一夏は目を覚まして直ぐに白式のチェックを軽く済ませた。

 先ほどまでとは大きく姿を変えた白式に大きく頷き、全身の展開装甲(・・・・・・・)と、雪片弐型が変形した大型の盾を展開し、一気に海面へと浮上していく。

 

「行くぞ……白式・聖月(びゃくしき・みつき)!!」

 

 天災の加護(全身展開装甲)天才の加護()と共に、進化した白の剣士は飛び立った。

 もう、憎しみに支配されるだけの戦いをしない為に、愛する人を、生涯守り続けるという誓いを、貫く為に。




絶望と涙の戦場を駆ける黒と閃光と無限。
己が過ちに涙を流す紅と無力を嘆く乙女達の前に進化した白が目覚める。
次回、SAO帰還者のIS。
「神聖剣」
聖騎士と兎の加護が、憎しみを打ち払う。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の機体のメリットは書きました通り、男でも女でも乗れるというものと、常に安定したコア出力を維持出来るという点。
逆にデメリットはコア出力が常に一定だから普通のISのように出力を急上昇させるといった事が出来ないという点です。
ギャラクシーエンジェルをご存知の方がいれば判るかと思いますが、普通のISを白き月の紋章機、ラフコフのISを黒き月の紋章機……ダークエンジェルだと思っていただければ、わかりやすいかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 「神聖剣」

血便が出たの……どうしよ。


SAO帰還者のIS

 

第四十三話

「神聖剣」

 

 一夏が、落ちた。それを見ている事しか出来なかった百合子は、一瞬頭が真っ白になって、危うくジョニー・ブラックの毒剣の刃が直撃する所だった。

 何とかギリギリで避けたものの、胸の装甲をかすり、明日奈が横からランベントライトによる突きが無ければ追撃されていただろう。

 

「うそ……ナツ、うそ……いやぁあああああ!!?」

 

 一夏が沈んだ海面が真っ赤な血で染まっていた。

 周囲には脇腹を抉られた時のものであろう臓物なども浮かんでおり、思わず目を反らしたくなる。

 

「ユリコちゃん! Pohを!!」

「っ!」

「箒ちゃんじゃアイツに勝てないから! 早く!!」

「はい……!」

 

 悲しむ間も与えてもらえない。

 だけど、それも仕方が無いのだろう。だからこそ、百合子は槍陣を操り呆然としている箒に斬り掛かろうとしているPohの下へ飛び、友切り包丁(メイト・チョッパー)の刃をルー・セタンタで受け止めた。

 

「無限か。恋人が死んだのに戦えるとは、最高にCOOLだな」

「っ!」

 

 弾き飛ばされてしまうものの、百合子は未だに呆然としている箒に目を向けると苛立ちを隠さずルー・セタンタの石突で彼女をセシリア達の方へ突き飛ばす。

 

「グッ!? な、何をする!!」

「邪魔!! 何も出来ない癖に、ただ足を引っ張るだけなら、戦場に出ないで!!」

「なっ! 私だって、戦おうと……っ」

「それでナツの足を引っ張って、ナツが落とされたのに、寝ぼけたこと言わないで!!」

「っ!」

 

 何も、言い返せなかった。

 ただ、自分は一夏の隣に立ちたくて、自分だって一夏と一緒に戦えると証明したくて、自分こそが、一夏のパートナーに相応しいのだと見せ付けて、目の前の敵を倒す事でそれを誰もが認めてくれると思ったのに、結果は一夏の死という現実。

 何を言われようと、何があろうと一夏の隣に立つのは自分だと、そう信じてきた箒の心が、初めて……折れ掛ける。

 

「話してる暇があるのかぁ? 無限さんよぉ!!」

「くっ!? せぁああ!!」

 

 Pohの猛攻を受け流しながらソードスキルを叩き込み、だけどアインクラッドの頃より実力が上がっているPohの攻撃を、全て避けきるのは難しかったのか、ソードスキルの合間に左肩の装甲や右の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に傷が出来て、更に左の剥き出しになっている二の腕を若干だが斬られてしまった。

 

「っ!? うそ、絶対防御が……!?」

 

 通常、生身の箇所には絶対防御が発動して操縦者を保護するのがISの機能なのに、今の攻撃に絶対防御が発動せず、生身の二の腕を斬られた。

 おかしい、これは先ほどの一夏の時と同じだ。あの時、一夏も絶対防御が発動せず脇腹を抉られていたのだから。

 

「HA! 毒は効いてるみたいだな!!」

「ど、く……っ!?」

「ジョニー・ブラックの剣はな、ソードスキルが使えない代わりに日和ったIS操縦者にとって最悪のウイルスを仕込んであるんだ」

「ウイルス!?」

「そう、傷口からISのシステムに侵入して、絶対防御の機能をシャットダウンさせる、絶対防御を無効化する事にのみ特化した強力なウイルスだ」

 

 男でもISに乗れるシステムといい、そのウイルスといい、随分と世界にばら蒔かれれば危険な技術が多い。

 絶対防御無効化ウイルス、そんなものが世間に出回ればISの絶対安全説が崩れてしまう。操縦者は絶対防御に守られて死ぬ事は無いと油断しているIS操縦者達を、簡単に殺せてしまうのだ。

 

「なら、攻撃を受けなければ……っ!」

「やってみろ、無限!!」

 

 最悪、その一言だろう。

 和人も明日奈も百合子も、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)相手に苦戦していて、明日奈と百合子に至っては状況が不味い。

 明日奈は何度もジョニー・ブラックに出し抜かれ、和人や百合子への奇襲を許してしまい、今では明日奈と和人の二人も絶対防御機能をシャットダウンされてしまっていた。

 

「キリト君……ごめんね」

「いや……仕方が無いさ」

 

 ジョニー・ブラックを相手に奇襲を防ぐには一人では難しいのは、アインクラッドに居た頃から知っている。

 だけど、一夏が落ちた今は判っていても明日奈一人で相手しなければならない状況で、奇襲を許すなというのが無理な話なのだから。

 

「セシリア! 福音と篠ノ之を連れて旅館へ戻れ!」

「し、しかしそれでは和人さん達が撤退出来ませんわ!!」

「いいから! 早く戻って織斑先生と山田先生を何とか出撃させてくれ! それまで時間を稼ぐ!!」

 

 正直、自信は無い。

 だから、最悪は死を覚悟しなければならないが、セシリア達が巻き込まれるよりはマシだ。それに、嘗て日本国家代表として世界最強に輝いた千冬と、千冬を除けば日本最強とまで呼ばれた元日本代表候補生の真耶が来てくれれば撤退も可能なのだ。

 

「逃がすと思ってるのか?」

「っ!?」

 

 いつの間にか、囲まれていた。

 セシリア達も含めて、無人のIS10機ほどに囲まれ、銃口を向けられている。

 

「メイルシュトローム!?」

「あれ、中国の(ロン)じゃない!」

「リヴァイヴもある……!」

 

 不味い状況になった。これではセシリア達も逃げられないし、福音を抱えているセシリアは戦えず、鈴音とシャルロット、箒ではあれだけの数の無人機を相手に、戦えはするだろうが、勝てるかと問われれば……難しい。

 

「終わりだ、黒の剣士、閃光、無限……ショウタイムも、いよいよ終盤だぜ」

「くそっ!」

 

 恐らく、自衛隊が来ないのは無人機達が原因なのだろう。

 そして、その無人機がここに居るということは、自衛隊が来る事は無い。それはつまり、増援も無く、絶体絶命のこの状況で、勝つ見込みが……無いということ。

 

「ナツ……」

 

 和人は一夏が沈んだ海面を見つめ、死んだ弟分と、自分たちは同じ末路を辿る事になるのだと、もうすぐ、自分たちも弟分が眠る場所へ行く事になるのだと、考えてしまった。

 そう、そう考えた時だった。

 

「っ!?」

 

 一夏が沈んだ海面から、巨大な光の柱が天高く昇ったのだ。

 青白い光の柱は和人達に攻撃しようとしたPoh達の動きを止め、無人機達もまた、想定外の事でAIが誤作動を起こしたのか、一瞬だがフリーズしてしまった。

 

「あれは……ナツ!!」

「え……ナツ君!?」

「生きてた……のか」

 

 光が収まり、その数瞬後に海面から飛び出した人影……全身展開装甲によって青いエネルギーを放出し、右手にトワイライトフィニッシャーを、左手に装甲と同じく展開装甲によって青いエネルギーを放出する白い盾を持った白式を纏う一夏が、無傷の身体で姿を現した。

 

「ナツ!」

「心配掛けたな、ユリコ……ごめん」

「ううん……良かった、生きてて」

「ああ……少し待っててくれ、今……終わらせるから」

 

 軽く百合子の唇に口付けをして、一夏はPoh達と対峙する。

 その瞳は、先ほどまでの憎悪に染まったものではなく、強い決意を秘めた男の眼光だった。

 

「Wow……生きてたのは、驚いたが、随分と様変わりしたな白の剣士」

「ああ、お前達を倒す為に、地獄の底から這い上がるのをどこぞの天才様が手伝ってくれたんでな」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):神聖剣、発動】

 

 一夏の身体が、黄金の光に包まれ、トワイライトフィニッシャーが紅のライトエフェクトを纏った。

 

「ユニークスキルなんて、初めて使うから慣れてないんだ……手加減は期待するなよ!!」

「なに……っ!?」

 

 一瞬、一夏の姿を見失った。

 そして、気がついた時にはジョニー・ブラックが落とされていたのだ。

 

「Wo-Wo-Wo……おいおい」

「神聖剣のソードスキル、ゴスペルスクェア……ヒースクリフが使っている所を何度か見ていて良かったよ」

 

 我に返り、エストックの刃を振りかぶって飛び出したザザだったが、その刃を盾に受け止められて逆にソードスキルの餌食となった。

 神聖剣のソードスキル、水平十字斬りを行う2連撃のディバイン・クロスがザザのエストックを破壊し、シールドエネルギーを大きく奪い去る。

 

「まだまだぁ!!」

 

 一度ザザからバックステップの要領で距離を取った瞬間、盾を前面に一気に突進し、盾がザザと激突した瞬間、その横からトワイライトフィニッシャーの刃を突き刺した。

 爆発を起こしたザザのISの非固定浮遊部位(アンロックユニット)が落ちて、スラスターが片方だけになったため、バランスをPICのみで取る必要があるザザは、もはや動けない的に過ぎず、嘗てアインクラッドにてヒースクリフがアスナを殺したソードスキル、ガーディアン・オブ・オナーによる斬り下げでザザは完全に落ちる。

 

「キリトさん達は周囲の無人機を! Pohは俺一人で大丈夫です!」

「……わかった、気をつけろ!」

「はい!」

 

 周囲の無人機に和人、明日奈、百合子、鈴音、シャルロットが攻撃を開始したのを確認して、一夏はPohと向き合った。

 仲間が落とされたというのに、Pohは未だ不敵に笑い、右手に持った友切り包丁(メイト・チョッパー)を構えている。

 

「決着の時だぜ……Poh」

「HA! いい、いいぜぇ……最高だぜ白の剣士!! 最高のショウにしようじゃないか!! イッツ・ショウ・タ~イム!!!」

 

 トワイライトフィニッシャーと友切り包丁(メイト・チョッパー)の刃がぶつかり、火花を散らした。




聖騎士と兎、二人の天才の加護を受けた白き剣。
宿敵と交えた刃がついに最終奥義を放った時、織斑の因縁が姿を現す。
次回、SAO帰還者のIS。
「サイレント・ゼフィルス」
静かなる蝶が、不敵に笑う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ソードスキル設定

とりあえず、キリト達の使えるスキルについてだけ載せます。
本編はまだお待ちください。
これくらいなら問題無いけど、後は静養してますね。


SAO帰還者のIS

 

設定2

「ソードスキル設定」

 

片手剣

 

レイジスパイク:片手剣による突進突刺、一発のみ

 

ソニックリープ:片手剣による突進斬り、上空の相手にも有効、一発のみ

 

スラント:片手剣にて対象を斜めに斬りつける一撃のみのスキル。

 

ホリゾンタル:片手剣にて敵を水平に斬り裂く単発スキル。

 

バーチカルアーク:片手剣によるVの字斬り、2連撃

 

シャープネイル:片手剣による三連撃。切り口が縦三本の獣の爪の跡のように見える。

 

メテオブレイク:片手剣と体術のスキルを持っていなければ習得不可能な混合スキル。パワー重視の連撃によって出来た隙にタックルで相手のバランスを崩し、更にパワー重視の連撃を与える。

 

スター・Q・プロミネンス:片手剣による六連撃、爆発力のあるパワー重視スキル

 

バーチカルスクエア:片手剣による垂直四連撃

 

サベージ・フルクラム:片手剣による真横からの斬撃、そのまま刀身を押し込み、振り返りながら敵の内部を斬り裂きつつ剣を敵の身体から取り出すというエグイ重3連撃

 

ホリゾンタルスクエア:片手剣による水平四連撃

 

デットリー・シンズ:片手剣による7連撃ソードスキル。魔法破壊(スペルブラスト)という独自のシステム外スキルを導入する事で対魔法戦用のスキルとしても使える。GGOにて連射された銃弾を斬るという所業を基にしているので、リアルで使用する場合は対銃戦にも使える。

 

ハウリング・オクターブ:片手剣による8連撃ソードスキル。突刺5回、斬り上げ、斬り下げ、更にもう一度斬り上げる計8回

 

ノヴァ・アセンション:片手剣による10連撃、速度重視で防御を度外視しているため、使用中は無防備になってしまう。

 

カーネージ・アライアンス:敵の攻撃を捌きつつ放つ片手剣6連撃ソードスキル。主に防御重視のスキルなので、カウンター系と言い換えても良い。

 

ヴォーパルストライク:片手剣による突進突刺、片手剣上位ソードスキル、使用時に紅い光芒と共にジェットエンジンの如き爆音が鳴り響く

 

ファントム・レイブ:片手剣による六連撃、片手剣最上位ソードスキル、高速の六連撃、スター・Q・プロミネンスがパワー重視ならこちらは速度重視。

 

ブレイジング・ファントム:片手剣によるナツの5連撃オリジナルソードスキル。相手の両手足、頭もしくは胸を狙って超高速で動きながら攻撃するため、剣筋の残像によって一度に五箇所を同時攻撃した様に見える。

 

 

細剣

 

リニアー:細剣による高速突刺、一発のみ

 

パラレル・スティング:細剣による2連続突刺。

 

オブリーク:細剣による下段への突刺。リニアー同様に一発のみだが、体重を乗せる分、こちらの方が威力が上。

 

ストリーク:細剣による速度重視の斬撃、一発のみ

 

アヴォーヴ:細剣によるパワー重視の斬撃、一発のみ

 

オーバーラジェーション:細剣による突刺、10連撃

 

リップ・ラヴィーネ:細剣による速度重視の斬撃、2連撃

 

アクセル・スタブ:細剣によるパワー重視の3連突刺

 

ニュートロン:細剣による5連続突刺。4発まで高速連撃を与えた後、最後に身体を回転させながら遠心力を加えた最後の一撃を入れる。

 

カドラプル・ペイン:細剣による稲妻の如き速度で放たれる4連撃。

 

スピカ・キャリバー:細剣による6連撃ソードスキル。重突進系のスキルなので速度よりパワーを重視している。

 

ヴァルキリー・ナイツ:細剣による9連撃ソードスキル。速度を重視した突進突刺で、その速度はフラッシングペネトレイターに一歩及ばないが、細剣スキルの中では2番目の速度を誇る。

 

スター・スプラッシュ:細剣上位ソードスキル、中段突き3回、切り払い攻撃の往復、斜め切り上げ、上段への二度突き、以上の連続八連撃

 

フラッシングペネトレイター:細剣最上位ソードスキル、1撃のみの突進突刺だが、使用者は文字通り閃光となって敵の胴体を貫く

 

スターリィ・ティアー:細剣によって星の頂点を突くように放つ5連撃オリジナルソードスキル。

 

マザーズ・ロザリオ(未修得):十字を描くように神速の十連続突きを放ち、フィニッシュとして十字の交差点に一番強烈な十一撃目の突きを放つ。アスナが絶剣ユウキの死の間際に受け継いだ11連撃オリジナルソードスキル。本来片手剣のスキルだが、細剣でも使用可能。

七十一話時点でユウキ未登場なので受け継いでいない。

 

 

二刀流

 

ゲイル・スライサー:勢いよく前進しながらすれ違い様に2連撃を与える斬撃。

 

エンド・リボルバー:左右の剣それぞれ一発ずつの計2連撃の斬撃

 

カウントレス・スパイク:左右の剣それぞれ2発ずつの計四連撃の斬撃

 

スペキュラークロス:防御の構えを取り、相手の攻撃対してカウンターを行う。

 

ダブルサーキュラー:左右の剣による突進突刺、右の剣が一発目、左の剣が二発目の二段構え

 

ローカス・ヘクセドラ:二刀による高速7連撃

 

デプス・インパクト:二刀によるパワー重視の5連撃

 

シャイン・サーキュラー:二刀による高速15連撃

 

クリムゾン・スプラッシュ:二刀によるパワー重視の8連撃

 

インフェルノ・レイド:二刀による高速9連撃、命中精度を上げているので、反撃されやすい

 

スターバースト・ストリーム:二刀流上位ソードスキル、超高速16連撃。スキル発動中は無防備になるので、連撃の合間に攻撃される危険があるという、ある意味防御を捨てた攻勢スキル

 

ジ・イクリプス:二刀流最上位ソードスキル、超高速の27連撃。吹き上がる太陽のコロナのごとく相手に剣尖が全方位から殺到する

 

 

 

ツイン・スラスト:槍による高速2連突刺、基本的に点を穿つだけの一箇所への連撃技

 

ヘリカル・トワイス:槍による高速2連突刺、面制圧の基本技なので、2箇所への攻撃が可能

 

ソニック・チャージ:槍による溜め技、目一杯力を溜めて渾身の力で槍を突き刺す1撃技

 

フェイタル・スラスト:槍による高速突刺、動き回って相手の隙を穿つ1撃技

 

リヴォーヴ・アーツ:槍による高速5連撃、パワー重視の5連撃で相手を穿つ

 

ヴェント・フォース:槍による高速4連撃、速度重視の5連撃で相手に避ける暇を与えない

 

トリップ・エクスパンド:槍による高速6連撃の広範囲スキル。

 

ジャッジメント・ピアッサー:槍によるパワー重視7連撃広範囲ソードスキルで、主に敵の負傷した部分などの弱点を狙う。

 

ダンシング・スピア:槍による高速5連撃、槍の上位ソードスキル。まるで踊っているかのようなステップで動き、舞うように敵を穿つ速度重視のスキル

 

ディメンション・スタンピード:槍による超高速6連撃、槍の最上位ソードスキル。相手の急所へと6連撃による突刺を放つ槍スキル最速のスキル

 

クレーティネ:槍を投擲する1撃のみのオリジナルソードスキル。渾身の力を込めて槍を投擲し、相手に突き刺し、穿つ槍スキル最強のパワーを持った凶悪の一撃必殺スキル

 

 

神聖剣

 

ユニコーン・チャージ:盾で攻撃を防御しつつバックステップで後ろに下がり、剣を握る腕に力を込めて渾身の突進突刺を放つ一撃のカウンター技

 

カーネリアン・シールド:防御の構えから敵に向かって走り出し、勢いのまま盾を突き刺して殴り飛ばす盾のみを使ったスキル

 

ノーブル・ガスト:ダッシュで間合いを詰めて、突きを放つ

 

アヴェンジャー:防御の姿勢を取った後、盾を振り払う。その際、攻撃してきた相手にカウンターで横薙ぎの斬撃を放つ

 

ルーラー・パニッシュメント:勢いよく盾を突き出し、剣を振り下ろす

 

ブレイブ・カルテット:斬り払いから3連続の突刺を放つ4連撃

 

ファランクス・ロア:周囲に向かって無数の高速突刺を放つ

 

テンペスト・トラック:力を溜め込み、チャージした勢いで2回転の回転斬りを放つ2連撃

 

ザ・ユニヴァース:突刺を伴って突進し間合いを詰め、激しい10連続攻撃を放つ11連撃

 

ディバイン・クロス:十字を描くように敵を斬る2連撃

 

パーフェクション・スタイル:敵の攻撃を見切り、一切を盾で受け止める防御スキル

 

ガーディアン・オブ・オナー:盾で攻撃を防御した後、一撃のみの斬り下げを行うカウンター技

 

ゴスペル・スクエア:神聖剣上位スキル、菱形を描くように敵を斬る4連撃。このとき、垂直水平どちらでも構わない

 

アカシック・アーマゲドン:神聖剣最上位スキル、敵の攻撃を防御しつつ8連撃を叩き込む攻防一体にして最硬最強の剣技

 

 

無限槍

 

ホロウ・フラグメント:槍で敵を攻撃する際、手持ちの槍で攻撃すると見せかけて足元に転がる槍を蹴り上げキャッチしたそれで不意打ちをした後、残る手持ちの槍で突き刺す。初見では効果的なスキルだが、一度使えばある程度警戒されてしまうので、なるべく一撃必殺を狙わないと後々は使い難くなる。

 

アンリミテッド・シェイバー:自身の持つ槍全てを投擲した後、周囲の槍を拾っては投擲、また拾っては投擲する連続投擲スキル。投擲の際、槍そのものにジャイロ回転を掛ける必要があり、貫通力は通常の投擲スキルを遥かに上回る。

 

エタニティ・ホラー:両手に持った槍を使っての突進スキル。突進した際に槍を突き刺したまま相手の身体に残し、拾った槍で再度突進というのを手持ちの槍が尽きるまで繰り返す。

 

ロスト・ソング:手持ちの槍一本で敵を攻撃しつつ、足元に呼び出した槍を蹴り上げて真下から敵を穿つ無限槍上級のソードスキル。手持ちの槍にばかり気を取られていると顎下や下腹部に蹴り上げられた槍に穿たれる危険があるので、敵は足元にも注意を向けなくてはならなくなる。

 

エンドレス・ループ:無限槍上位ソードスキル、周囲に展開した槍全てを利用して敵に刺しては次の槍を拾ってまた刺して、を繰り返す40連撃とい二刀流をも上回る手数を誇る。ただし、手数の多さの代わりに上位スキルでありながら一撃の威力が中位スキル程度しか無いという事と、手持ちに槍全て使わなければエンドレス・ループとして成立しないという欠点がある。

 

インフィニティ・モーメント:無限槍最上位ソードスキル、周囲の槍全てを上空へ跳ね上げ、自身も飛び上がって跳ね上げた槍と手持ちの槍全てを相手に射出する最強の面制圧スキル。威力は無限槍スキル、槍スキル全てを合わせても最強、場合によってはヒースクリフの防御すら突破可能という可能性を秘めている。

 

 

 

旋車:刀を水平360度に払う事で周囲の敵を攻撃する単発スキルで、スタン効果を持つ。

 

浮舟:刀を下から振り上げる単発スキル。

 

絶虚断空:刀を上から振り下ろす単発スキル。

 

緋扇:上下に素早く斬りつけてから一拍子置いて突刺を放つ3連撃スキル。

 

辻風:居合いで相手を斬る単発スキル。相手はこのスキルを使用されてしまってから動いたのでは回避が確実に間に合わなくなる程の速度を誇る。

 

幻月:上下にランダムで攻撃するフェイント系2連撃スキルで、使用後の硬直が短い。

 

鷲羽:垂直4連撃後に突刺を放つ高速5連撃スキル。

 

羅刹:上下に横薙ぎの斬撃を行った後、相手の脳天から刀を振り下ろすパワー重視の3連撃。

 

暁零:突進しながら敵を2回斬りつけた後、背後から背中を斬りつける速度とパワーが一体となった3連撃スキル。

 

東雲:刀上位ソードスキル。超高速で3回敵を斬る3連撃だが、攻撃中は無防備なので反撃を受けると大ダメージを負う。

 

散華:刀最上位ソードスキル。素早く動き回りながら敵の隙を突いて斬り掛かる刀スキル最速の5連撃。

 

 

短剣

 

アーマー・ピアス:短剣を鎧などの防具の合間を縫うように突き刺す単発スキル。

 

サイド・バイト:相手の両サイドを行き来しながら斬りつける2連撃スキル。

 

ラウンド・アクセル:相手の周囲を走り回りながら斬り付ける2連撃スキル。

 

クロス・エッジ:短剣で相手の胴体にクロスを描くように斬りつける2連撃スキル。

 

ラピッド・バイト:突進しながら短剣を2度突き刺す2連撃スキル。

 

トライ・ピアース:アーマー・ピアスの上位互換、鎧の合間を縫う様に3箇所を突き刺す。

 

ファッド・エッジ:短剣で4回突き刺す高速4連撃。

 

インフィニット:短剣で5回突き刺すパワー重視の5連撃

 

シャドウ・ステッチ:相手の懐や背後に忍び寄って短剣の峰や柄で3回殴る打撃スキル。

 

アクセル・レイド:短剣で斬り掛かるパワー重視の9連撃。

 

グラヴィティ・マグナム:短剣上位ソードスキル。弾丸の如き速度で敵の脇を通り抜け、背後から斬り掛かる4連撃。

 

エターナル・サイクロン:短剣最上位ソードスキル。超高速で動き、パワー重視の斬撃を行う4連撃スキル。

 

 

片手棍

 

サイレント・ブロウ:棍を突刺の様に叩き付ける単発スキル。

 

パワー・ストライク:相手の頭上から棍を叩き付ける単発スキル。

 

アッパー・スイング:上から一発振り下ろした直後に下から振り上げて相手の顎へ直撃させる2連撃スキル。

 

ストライク・ハート:前、背後、左の三箇所から相手の心臓部目掛けて棍を叩き付ける3連撃スキル。

 

ダイアストロフィズム:回転しながら棍を5発側頭部に叩き込む5連撃スキル。

 

トライス・ブロウ:相手の武器を持つ腕、頭、股間部に棍を叩き付ける3連撃スキル。

 

トリニティ・アーツ:相手の攻撃を受け流しながら重い攻撃を叩き付ける3連撃スキル。

 

ハートビート・ブレイカー:片手棍上位ソードスキル。棍のスキルに珍しい速度重視の8連撃スキルだが、スキル後の硬直が異常に長い。

 

ヴァリアブル・ブロウ:片手棍最上位ソードスキル。棍を相手の攻撃ごと敵に叩き込み、相手の攻撃すら破壊する片手棍スキル最大のパワーを持ったスキル。

 

 

両手斧

 

ワール・ウィンド:両手斧を振り回して2度、相手に刃を叩き込む2連撃スキル。

 

グランド・ディストラクト:横薙ぎに両手斧で薙ぎ払う単発スキル。

 

スマッシュ:相手の頭上から渾身の力で両手斧を叩き付ける単発スキル。

 

ランパー・ジャック:相手の両足を斬りつけてから、股下から思いっきり振り上げる3連撃。

 

アルティメット・ブレイカー:相手の両腕を斬りつけてから脳天をかち割る3連撃。

 

クレセント・アバランシュ:突進しながら上段から斧を振り下ろしつつ相手の横を通り抜け、背後から斜めに斬り上げ、反対から再び振り下ろし、回転しながら3回斬りつけ、頭上から一気に振り下ろす7連撃。

 

クリムゾン・ブラッド:重たい両手斧を担ぎながら高速で移動しつつ、移動時の慣性で斧を叩き込む高速3連撃スキル。

 

トランプル・アクト:構えた状態で全筋力を腕に集中(チャージ)してから一気に3発叩き込む為、回避されやすい。

 

エクスプロード・カタパルト:カタパルトによって射出されたが如き速度で突進しつつ、すれ違い様に斧を叩き込むのを3回繰り返す爆発力ある3連撃スキル。

 

ディザスターホロウ:両手斧上位ソードスキル。両手斧を高速で振り回す8連撃スキルだが、ただでさえ重い斧を長時間振り回す為に自身もダメージを負ってしまう。

 

ダイナミック・ヴァイオレンス:両手斧最上位ソードスキル。上段から叩きつけ、その反動で飛び上がりながら再び上から叩き込み、着地と同時に回転しながら横薙ぎに2回斬りつけるパワーと速度を最大限に生かした4連撃スキル。

 

 

体術

 

弦月:エクストラスキル体術の一つで、簡単に言えばサマーソルトキック。基本は立ったまま仕様するが、倒れた状態からでも使用可能で、空中の相手にも有効だが失敗すると転倒・硬直のリスクを負う。

 

水月:エクストラスキル体術の一つで、単発の水平蹴りをする。

 

閃打:エクストラスキル体術の一つで、片手での単打を行う。

 

エンブレイザー:エクストラスキル体術の上位スキル。零距離から貫き手で相手を貫き大ダメージを与える。場合によっては一撃で相手を殺傷するほどの威力を持つ。

 

 

投剣

 

シングルシュート:投剣スキルの基本。投擲武器を一発投げるだけのスキルだが、敏捷値が高ければその分だけスキル補正が掛かる。

 

ツインシュート:投剣スキルの一つ。投擲武器を二つ同時に投げる。敏捷値が高ければスキル補正が掛かる。

 

ダブルシューター:投剣スキルの一つ。投擲武器を二つ、交互に投げる。敏捷値が高ければダブルシューターでありながらツインシュートの同時投擲並みのタイムラグで投擲出来る。

 

トライシューター:投剣スキルの一つ。投擲武器を三つ同時に投げる。敏捷値が高ければ速度が、筋力値が高ければ投擲後の軌道が、それぞれ補正される。




神聖剣については次の更新のときに載せます。
あと、感想返しも、すいません、次回にします。

食事制限が辛い……。肉食いたい……野菜オンリー生活はもう嫌やぁ(涙)

神聖剣スキル追加しました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 「サイレント・ゼフィルス」

ようやく復帰しました!
大変、ご心配お掛けしまして、申し訳ありませんでした。


SAO帰還者のIS

 

第四十四話

「サイレント・ゼフィルス」

 

 アインクラッド後半からずっと愛用してきて、リアルでも忠実に再現された白の剣士ナツ……織斑一夏の愛剣、トワイライトフィニッシャーと、元々白式に搭載されていたという雪片弐型が変化して生まれた盾、リベレイターⅡ。

 この二つの武器を構えた一夏は同じく友切包丁(メイト・チョッパー)を構えたPohへと突撃する。

 リベレイターⅡを前面にしてトワイライトフィニッシャーを腰溜めに構え、Pohが振り下ろした友切包丁(メイト・チョッパー)はリベレイターⅡで受け流しながらトワイライトフィニッシャーの切っ先を突き出した。

 

「Ha!」

 

 だが、その刃もまるで曲芸のように一回転しながら避けられ、更にPohはそのまま回転しながら遠心力を利用して友切包丁(メイト・チョッパー)の刃を横薙ぎに振るう。

 肉厚の刃はトワイライトフィニッシャーを持つ右側から迫って来たので、トワイライトフィニッシャーで受け止め、体当たりの要領でリベレイターⅡを前にしてタックルをカウンターでぶつけた。

 思いの外ダメージが大きかったらしく、Pohは衝撃で大きく仰け反るが、それでもやはり彼とて戦士だったらしく、仰け反った拍子にバク転しながらのサマーソルトキックを一夏の顎へクリーンヒットさせてくる。

 

「がっ!?」

 

 二次移行(セカンドシフト)したことでウイルスが消去され、復活した絶対防御のおかげで脳震盪にこそならなかったが、それでも衝撃事態は相当なものだったので、一夏も大きく仰け反ってしまった。

 ここぞとばかりに反撃してくるPohをふらつく頭を無視しながらリベレイターⅡで受け止め、時に受け流し、またはカウンターを仕掛ける。

 脳裏に過ぎるヒースクリフの戦い方を思い出しながら、その動きを模倣し、所々に自分のスタイルを取り入れてアレンジしながら、使い慣れない神聖剣を扱い、Pohと互角の戦いを演じた。

 

「Wow! 楽しいな、楽しいじゃないか!」

「相変わらず、殺し合いを望んでるんだな!」

「そうだとも! 黒の剣士がSAOをクリアして、この腐った現実に帰還して思ったのは、温過ぎるってことだ!! 殺しは犯罪? HA! 今更俺達がそんな陳腐な言葉で殺しが辞められるか! 殺しは権利だ! 俺達SAO生還者は、皆がアインクラッドで殺しの権利を持っていた! 現実に帰ったくらいでその権利を奪われる謂れは無ぇ!!」

「そんな権利、存在するものか!!」

「HA! だがお前とて俺達を殺したいと今も願っている! やれよ坊ちゃん! SAO生還者であるお前にだって、復讐で殺す権利はある! 同じSAO生還者だからこそ、殺す権利がある!!」

「っ!」

 

 復讐……そう、復讐という言葉は先ほどまで一夏が囚われていた言葉だ。

 白夜剣舞の皆を、共にゲームクリアしようと誓い合った、一緒に現実へ帰ろうと誓い、杯を交わした仲間達を、目の前で殺したPoh達を、絶対に殺すと、そう思っていた。

 

「(だけど……!)」

 

 ふと、無人機を倒し終えた百合子の方へ視線を向ける。

 心配そうな、今にも泣きそうな、そんな顔をしている恋人を見て、Pohの言葉で再度燃焼しようとしていた憎しみの心が静まり返った。

 

「お前の言うとおり、今でも俺はお前達が殺してやりたいほど憎いさ」

「なら、殺してみろ!」

「……殺さない」

「Wow?」

「俺が復讐に囚われたら、悲しむ人が居る……ユリコを、もう悲しませないって、俺はアインクラッドで誓ったはずなのに、さっきそれを破っちまった。だからこそ、もう二度と……」

 

 アインクラッドで嘗て行われたラフコフ討伐戦、あの時に暴走して死にかけたナツを見て、ユリコを悲しませてしまった。

 泣きながら回復結晶を使うユリコを見て、もうユリコを悲しませないと、そう誓っておきながら先ほどの醜態だ。

 だからこそ、二度と百合子を悲しませない。百合子には、一緒に居るときも、そうじゃないときも、いつだって笑顔で居て欲しいから。

 

「だから……お前を裁くのは俺じゃなく……法だ!!」

 

 その言葉と共に、トワイライトフィニッシャーの刃が眩いばかりの光を放った。

 クリムゾンレッドのライトエフェクトを纏い、シールドエネルギーを大きく削って発動されたソードスキルは、ヒースクリフの切り札にして、神聖剣を受け継いだ一夏の最終奥義。

 

「アカシック・アーマゲドン……行くぜぇえええええええ!!!」

「Yeah!!! 来い、白の剣士ぃいいいいい!!!」

 

 神聖剣の最上級ソードスキル、アカシック・アーマゲドンと、短剣の最上級ソードスキル、エターナル・サイクロンが発動し、一気に互いに距離を縮め、その刃が交差しようとしたその時だった。

 突如、二人にレーザーの嵐が襲い掛かり、ギリギリで気づいた二人が回避する。

 

「あ、あれは!?」

 

 レーザーの発射ポイントと思しき場所を見上げたセシリアが悲鳴のような声を挙げた。釣られて全員がそこに目を向けると、1機のISが浮かんでいるのが見える。

 ブルーティアーズと同じように大型のスナイパーライフルを持ち、周囲にBT兵器と思しきビットを展開した、まるで蝶のようなフォルムを持つIS。

 搭乗者は大きなバイザーで目ごと顔半分を隠してしまっているので、その顔を窺い知る事は出来ないが、小柄な体格から一夏達と同い年か、少し下程度といった所だ。

 

「Wow、随分と無粋な真似をしてくれるじゃないか、M」

「フン、貴様がその程度の雑魚に梃子摺っているようだったからな、援護射撃をしてやったのだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いは無い」

 

 M、Pohにそう呼ばれた少女は辛うじて見えている口元を歪めてPohの文句を封殺した。

 

「それより、無人機とザザ、ジョニー・ブラックの回収は終わったから貴様も戻れ」

「……チッ」

 

 仕方が無いという顔でPohは一気にその場から離脱した。

 追おうとする箒達だったが、一夏が道を塞いで止める。

 

「一夏! 敵を逃がすというのか!?」

「逃がすしか無いだろう……正直、素直に追わせて貰えそうにないみたいだからな」

 

 見れば、少女がライフルとBT兵器の銃口をこちらに向けて、いつでもレーザーの一斉射撃が出来るようにしていた。

 少しでも追う動きを見せれば撃つ、態度がそう語っている。

 

「なぜ……イギリスのサイレント・ゼフィルスを!」

「ふん、よく見ればイギリスのBT1号機操縦者か……簡単な話だ。このBT2号機、サイレント・ゼフィルスを我々亡国機業が盗み、そして私の専用機にしたのだ」

「っ!」

 

 少女の乗っている機体はイギリスの第3世代型ISにしてセシリアの乗るブルーティアーズの姉妹機、ティアーズ型BT2号機サイレント・ゼフィルスだった。

 

「なるほどな、イギリスで盗まれたって話は聞いていたけど、まさかもう実践投入してくるなんてな」

「キリト君、知ってたの?」

「昨日な、ちょっと聞いたばかりの話だ。イギリス以外にも色々と盗まれているみたいだけど」

 

 さてどうしたものか。

 全員、シールドエネルギーが残り心許ない上に、和人と明日奈、百合子の三人は今もまだ絶対防御が復活していない。

 この状況では例え1対8でも安心して戦えない。それはつまり、勝てる可能性も決して高くは無いという事でもある。

 

「今日はPoh達の回収に来ただけだ。戦うつもりは無いが……もしやるというのなら、ここで全員殺すのもアリだが?」

「くっ……!」

 

 悔しそうに一夏は白式のシールドエネルギー残量を確認した。

 先ほどのアカシック・アーマゲドンの発動で随分と削られてしまっているので、残り200を切っている。これ以上戦えば危険なのは明白だ。

 

「懸命な選択だな……まぁ、いい。今日のところはこれで帰らせてもらうが、置き土産だ。精々生きて帰ることだな」

 

 サイレント・ゼフィルスの全レーザーが発射された。

 慌てて一夏が前に出ると、和人達が一箇所に全員を集め、リベレイターⅡとトワイライトフィニッシャーでレーザーを防ぎ、斬って霧散させる。

 レーザーが止んだ後には、既にサイレント・ゼフィルスも去っており、残された一夏達は何とか作戦が無事に終了したことに安堵した。

 

「帰りましょう、アタシ疲れたわ」

「僕もクタクタかなぁ」

「シャワー浴びたい……」

「シャルちゃん、一緒にシャワー浴びよう?」

 

 女性陣がノロノロと旅館向けて飛んでいく中、一夏と和人、それから箒の三人がまだその場に残っている。

 

「あ、あの……一夏」

「ん?」

「その……すまなかった、私の所為で」

「まぁ、怪我の事は気にすんな。でも、あの時お前が飛び出したのは叱らせてもらうぜ」

「ナツ、俺は戻った方が良いか?」

「いえ、キリトさんも居てください」

 

 そして、一夏の説教が始まった。

 

「いいか? お前は紅椿を貰ったのは束さんのおかげであって、お前の実力が専用機持ちと同等になったからじゃない。それを勘違いするな」

「それは……」

「本来高性能な第4世代機なのに、リミッターが付いている理由を、束さんに聞いているはずだ」

「私の、実力が追いついてない、から……」

「そうだ、実際に束さんの意見は正しい。お前は確かに剣道で全国優勝もしたんだろうさ。近接戦闘で言えばIS学園でも上位に食い込めるかもしれない。けどな、お前が強いのはあくまで剣の腕だけだ」

 

 キョトンとした箒を見て、一夏の言いたい事を理解していないのだと判った。

 

「剣の腕だけで専用機が貰えるのか? それなら同じ理由で銃の腕が良ければ貰えるってことになる。そうなればIS学園に専用機持ちがもっと沢山居る事になるだろうが」

「何が、言いたいのだ?」

「だから、剣の腕が強いだけじゃお前はまだまだ専用機を持つ器になれないって事だ。いや、もっと正確に言うなら、戦場に出て良い人間じゃないって事だ」

「何故だ! 剣の腕が良ければ戦いに支障は……」

「結果がさっきの出来事だろうが」

「っ!」

 

 剣の腕だけでは駄目なのだ。

 戦場に出るということは剣の腕が良い、銃の腕が良い、それだけでは足りない。それを理解してないからこそ、箒は専用機を持つのが尚早なのだった。

 

「箒、これはお前への宿題だ」

「……宿題、だと?」

「お前が戦場に出るのに、剣の腕以外に何が必要なのか……その答えを自分で見つけてみろ。それまで、俺はお前と戦場に立つつもりは無い」

「それを、見つければ……」

「その時は、安心して背中を任せられるだろうな。それに、紅椿のリミッターも、解除されるのが早くなるだろうぜ」

 

 それだけ言い残し、一夏は和人と箒を残して旅館の方へ飛んでいってしまった。

 残された和人は、まだ思い悩んでいる箒を見て、少し頭を掻くとポンと背中を叩く。

 

「和人さん……」

「今度、ALOをやってみると良い。君の言うたかがゲームでも、そこにナツが出した宿題のヒントがあるからさ」

「ヒントが……」

 

 帰ろうぜ、と言って旅館へ戻る和人を追うように箒もスラスターを吹かせる。

 旅館に戻ってきた時の箒は、悩んでいるのか難しい顔をしていたが、それが解決した時、きっと彼女は変わる筈だと、帰還を出迎えた束が安心していたらしい。




戦いが終わった。
帰還した戦士達と、天災によって語られる真実は白き魂に宿る憎しみ。
知られざる戦士達の2年を知った時、桜の姉と白の弟は互いの気持ちをぶつけ合う。
次回、SAO帰還者のIS
「英雄は、かく語りき」
英雄達の秘話、ついに明かされる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 「英雄は、かく語りき」

2~3話でSAO語りは終わります。ALOのことについては……語るべきですかね。


SAO帰還者のIS

 

第四十五話

「英雄は、かく語りき」

 

 旅館へと帰還した一夏達を出迎えたのは束と千冬、真耶、ラウラの4人だった。

 長時間にも渡る戦闘を終えて疲労困憊となっていた彼らは簡易的な報告だけ済ませて、入浴後に改めて正式な報告を行うことになり、現在は全員が大浴場に居る。

 勿論、男女別にはなっているが、それぞれ温泉で戦闘の疲れを癒し、浴衣に着替えた一同は作戦司令室に集まった。

 

「改めて、ご苦労だった。これより報告を聞く、代表で一人、報告を聞かせろ」

「では、僭越ながら現場指揮を行っていたわたくしが報告させて頂きますわ」

 

 立ち上がったセシリアがまず銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いについての報告を行う。

 特に目立ったミスも無く、順当に作戦通りに事が進み、無事に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を撃破、操縦者のアメリカ国家代表ナターシャ・ファイルスも意識不明ではあるものの、気を失っているだけで命に別状は無い旨を伝えた。

 

「これが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)戦における詳細です」

「うむ、問題は無さそうだな。では、その次の報告を……恐らく事情に詳しいであろう結城姉、聞かせろ」

「はい」

 

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)との戦闘については同じSAO生還者の方が詳しいだろうという事で報告の指名を受けたのは明日奈だった。

 

「まず、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)撃破直後に彼ら……SAO時代に最悪の殺人者ギルドと呼ばれていた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の幹部三名が襲撃してきました。リーダーのPoh、側近だった赤目のザザ、ジョニー・ブラック。これらはアバターネームなので本名は総務省にお聞きください、私達も彼らの本名は知りませんので」

「……続けろ」

「彼らは亡国機業(ファントム・タスク)という組織にスカウトされ、その組織の命令で襲撃に来たのだと思われます。理由は不明、使用していたISについての出所についても不明ですが、恐らく同時に襲撃してきた無人量産機同様に強奪してきた物だと思われます。それで、男性である彼らがISに搭乗出来た理由については無人機のシステムを応用していると本人達からの説明がありましたが、詳細についてはわかりません」

「そちらは束が調べている」

「了解しました。次に、戦闘について彼らをよく知るわたしと桐ヶ谷和人、宍戸百合子、織斑一夏が時間稼ぎをしている間にセシリアさん達には銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を旅館まで運んでもらい、織斑先生及び山田先生を応援に呼びに行ってもらおうと思ったのですが、無人量産機によってそれが不可能になります」

 

 無人量産機が出てこなければ明日奈の選択は概ね間違ってはいないだろう。

 実戦経験の乏しい面々とお荷物になっていた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を逃がし、その間の時間稼ぎをしつつ、戦力としてセシリア達を上回る千冬と真耶が駆けつければ全員の撤退が可能だったのだから。

 もちろん、それはIFの話なので、論議しても意味は無い。

 

「戦闘中、篠ノ之さんの乱入によって織斑君は彼女を庇い一度は撃破され、その後二次移行(セカンドシフト)した白式によって戦線復帰した織斑君が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の赤目のザザとジョニー・ブラックを撃破、Pohも後一歩の所まで追い詰めたのですが、敵の増援により結果として敵を逃がす形となりました」

 

 モニターに映し出されたのはサイレント・ゼフィルスに乗ったMの姿だ。

 それを見て、セシリアが表情を顰めたのだが、それも仕方が無いだろう。彼女の祖国で作られたISが敵として現れたのだから。

 

「なお、無人量産機およびサイレント・ゼフィルスに関してはそれぞれの開発国で強奪されているという報告があります。恐らく近日中にもIS学園に報告が来るかと」

「なるほどな……ご苦労だった」

 

 以上で戦闘報告は終了だ。これで解散になるのだと思っていたのだが、まだ千冬の口から解散という言葉が出てこないことから、まだ何かあるのかと思った。

 しかし、沈黙している千冬に困惑していると、傍で見ていた束が呆れたという表情になりながら彼女に変わって口を開く。

 

「えっとね、いっくん、かず君、あーちゃん、ゆりりん、ちーちゃんはね、SAOでの事を聞きたいんだよ」

「束さん、それって……」

「うん、Poh達に向けるいっくんの憎しみを目の当たりにしてSAOでいっくんに何があったのか、どんな経験をしたのか、ようやく知ろうと思ったみたいだよ」

 

 それは、今まですれ違ってきた姉弟が、ようやく向き合おうとしている証。

 今まで、千冬はSAOの話を聞くどころか、その名前を出すのすら拒否していて、一切の興味を向けなかったのに、一夏の尋常ではない憎悪の表情を見て、やっと向き合う事を決めてくれたのだ。

 

「でも口で言ってもたぶん完全に理解するのは難しいよね。だから、こんなのを用意してみました~!」

 

 そう言って束が取り出したのは大きな機械だった。

 見た目は何かの立体映写機のような物で、何かを再生する為の機械だというのは分かるが、こんな物を取り出して何をするというのか。

 

「えっと、いっくん達のISを貸して貰えるかな?」

「キリトさんやアスナさん、ユリコのもですか?」

「うん、4人のISにはそれぞれが使っていたナーヴギアのローカルメモリが搭載されているんだよね? そのメモリが必要だから、ISをこの機械に繋げたいんだ~」

 

 そう言われては断れないので、4人とも待機状態になっているISを束に渡す。

 ISを受け取った束は4つの待機状態になっているISを機械の中に入れて、起動スイッチを押した。

 すると、真耶に指示して部屋の電気を消してもらうと、機械の上にARモニターが現れて4つの映像が映し出される。

 

「あ! キリト君これって!」

「ああ、まだ鏡を使う前の俺だ……」

 

 映像に映っていたのはこの場に居る誰にも似ていない4人の人物の姿だった。

 だけど、その人物の事は4人ともハッキリと覚えている。それはSAOに初めてログインした当初の4人の姿、まだ現実の姿に切り替わる前のアバターの姿だ。

 

「これって、一夏達なの? ALOでのアバターとも結構違うわね」

「姉さん、この機械は……」

「そう! ナーヴギアのローカルメモリから読み取ったSAO内部の出来事を映像記録として再生する束さんの発明品! その名も『剣の記録』!」

 

 今まで、SAO内部で起きた出来事を知っているのはSAO生還者だけだった。

 勿論、話で聞いて何があったのか知っている者も生還者以外に居るだろうが、それは話に聞いただけの事であり、実際にどんな事が起きたのか、それを正確に知る者は居ない。

 総務省の者でも、それは同様であり、SAO内部の出来事はモニターしていても、それを映像記録で知っているのではなく、プレイヤー達のアバターがどの階層のどこに居るのか、などの位置情報くらいしか分からなかった。

 SAO内部の映像記録は存在していないので、解明する事が今まで出来なかったのだが、今回の束の発明は、それを可能にするという代物。

 

「うわ、懐かしい! クラインさんと一緒にキリトさんにソードスキルの使い方をレクチャーされてる時だ!」

「ああ、そういえばクラインと一緒にお前にもレクチャーしてたなぁ」

「私も、槍の練習してる……」

「え~、皆そんな映像なんてずるい! わたし、初めてのゲームに大はしゃぎしてる映像じゃない!」

 

 実に懐かしい。

 この頃は、まだ純粋にゲームとしてのSAOを、世界初のVRMMOというゲームに興奮して楽しんでいた。

 この後に待ち受ける、最悪のデスゲーム開始宣言があるなど、予想だににしていなかったからこそ、楽しかったというのを、今でも覚えている。

 

「お姉ちゃん達は最初、デスゲームになるなんて知らなかったんだよね?」

「うん、様子がおかしいなって思ったのはある程度遊んでログアウトしようとしたら、そのログアウトボタンが消失しているのに気づいた時だったよ」

 

 映像でも調度、ログアウトボタンが無い事に気づいて様子がおかしいと気づいた4人の姿が映し出されていた。

 そして、4人とも……クラインも含めて5人は突如、はじまりの街の中央広場に強制転移され、SAO公式サービス開始のセレモニーが行われる。

 それは、開発者である茅場晶彦本人による、デスゲーム開始の宣言と、ひとつのプレゼントだった。

 

「こんなことがあったんですね……私もニュースで丁度、SAO被害者が次々と出始めたって見てました」

「ドイツでもその情報は掴んでたが、やはり日本では相当な問題になったのだな……」

 

 モニターでは、プレイヤーに渡された鏡によって、全プレイヤーの姿がアバターの姿から現実での姿に変わった所になっていた。

 デスゲームが始まり、まず迅速に動き出したのはキリトとナツの二人、クラインと別れて次の町までキリトとナツの二人がパーティーを組み、向かっていった。

 アスナとユリコについては二人ともはじまりの街の宿に篭り、恐怖によって動けなくなっているところだ。

 

「あら、明日奈さんと百合子さんは動かなかったんですのね」

「うん、SAOが始まって暫くはわたし、怖くてはじまりの街の外に出られず宿に引きこもってたから」

「私も、同じく」

 

 やがて、アスナとユリコも何かを決意したのか街の外に出てレベル上げを始め、SAO開始から1ヶ月、2000人の犠牲を出しながらもやっと第1層のボス攻略が始まった。

 この頃には既にアスナがボス攻略参加可能なレベルに追いついていたので、キリト、ナツ、アスナの3人がボス攻略に参加している。

 攻略の為に5~6人のパーティーを組み、レイドを作るという段階になり、ここで初めてキリト、ナツ、アスナの3人パーティーが結成された。

 

「懐かしいね、ここで初めてキリト君とパーティー組んだんだよね」

「ああ、会ったのは少し前の、アスナが無茶なレベル上げしてるときに助けたのが最初だったけどな」

「もう! そのことはもういいでしょ!」

「あはは、ごめん」

 

 始まったボス攻略、イルファング・ザ・コボルトロードの姿に、SAO組以外の面々は、特にALO未体験の千冬、真耶、箒、束の4人は驚いていた。

 現実では存在しない巨大な化け物、そんなモノを相手に戦うという事がイマイチ理解出来なかったが、実際の姿をこうして映像で見て、こんな化け物と2年も戦ってきたのかと、よく戦おうという気になれたものだと、そう思った。

 

「あ……」

 

 最初に声を出したのは誰だっただろうか。

 映像に映し出されたコボルトロードが、武器を斧と盾から、野太刀に持ち替えてレイドリーダーたるディアベルが斬られ、キリトに皆を託して死んだ所、それはボス攻略における一番最初の犠牲者だった。

 

「ディアベル……」

「キリトさん、あれはキリトさんの所為じゃない。βテストの時と正式サービスの違いを誰も知らなかったのが原因ですよ」

「判ってるけど、やっぱまだな……あの時、無理やりにでもポーションを飲ませてればって……そう思ったら」

 

 そうこうしている間に、コボルトロードへの怒涛の攻撃を開始したキリト、ナツ、アスナが、ピンチを周りに助けられながらもコボルトロードを追い詰め、キリトのバーチカルアークによってトドメを刺した。

 歓声が挙がり、誰もがラストアタックを決めたキリトを称える中、キバオウがキリトを批難する。ディアベルを見殺しにしたこと、βテスターだった事を隠していたこと、その所為でディアベルが死んだのだと。

 

「愚かな、この男は何を言っている? 桐ヶ谷のおかげで倒せたのだろうに、その桐ヶ谷を責めるとは」

「まぁ、言ってることは、俺も理解出来るんです。だから、βテスターと他のプレイヤーとの間に確執が出来ないよう、俺は全てのβテスターに向く筈だった批難を、俺一人に集中させる事にした」

 

 それが、ビーターという黒の剣士の他にキリトの持つ渾名の始まりだ。

 そして、第1層が攻略され、最前線が第2層に移り、ユリコもようやく行動を開始した所で、アインクラッド攻略は怒涛の勢いで進められる事となった。




次回予告飽きたw

次回はアニメソードアート・オンライン3話の話からスタート!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 「犠牲と、殺意と、初めての出会い」

お待たせしました、SAO語り続きです。


SAO帰還者のIS

 

第四十六話

「犠牲と、殺意と、初めての出会い」

 

 映像の中でアインクラッド攻略の最前線が30層になっていた。

 ある程度必要な情報のみをピックアップしているので、2年の冒険を短縮して映し出しているから進みは早い。

 そして、その頃にはキリトの方で月夜の黒猫団壊滅の話が出てきて、当時の事を思い出した和人が暗くなったのを明日奈が隣で支えていた。

 一方、ナツの方では白夜剣舞というギルドに加入した所だった。このギルドが後に壊滅した事で、一夏の心に暗い闇を生む事になるのだ。

 

『これからよろしくな、ナツ』

『ああ、よろしく。でも良いのか? 俺、みんなより随分とレベルが上だぜ? 正直、俺じゃ皆のチームワークを乱すんじゃないか?』

『気にすんなって! それなら俺達がナツのレベルに追い付けば良いだけじゃねぇか、なぁ?』

『そうそう! だから俺達の指導、頼むぜナツ!』

『私たち、皆で強くなってナツの仲間として堂々と攻略組入りしてみせるわよ』

 

 そう、元々攻略組入りを目指していた白夜剣舞はナツが加入した事でナツの指導があれば本当に攻略組になれると希望を見ていた。

 そしてナツもまた、自分を仲間に誘ってくれて、そして共に仲間として攻略組に参加しようと言ってくれた彼らと、一緒にボス戦に参加する日を夢見るようになったのだ。

 ナツ一人じゃない、白夜剣舞というギルド全員がいつか……攻略組の仲間入りして、ゲームクリアを目指そう。それが、白夜剣舞の目標にして、スローガンだった。

 だけど、最前線が46層になり、白夜剣舞の面々もナツの指導により最前線クラスまでもう少し、ボス戦での安全マージンが取れるレベルまであと少しという所に来て、悲劇は起きた。

 

『ベル!』

 

 いつものようにダンジョンでレベル上げを行っていた白夜剣舞一行はそろそろ帰ろうか、という話になり、転移結晶を使おうとしたのだが、突如背後から奇襲を受けて、メンバーの一人が……死んだ。

 モンスターの襲撃かと思ったが、見ればボロボロのローブを纏った人影が一人、二人……少なくとも10人以上は周りに居て、白夜剣舞のメンバー全員を囲んでいる。

 

『何なんだお前ら!!』

 

 リーダーが仲間一人の死に動揺しながらそう叫ぶが、男達は何も答えない。だが、ナツ一人だけは彼らの姿を見て、そしてその手の甲に描かれたマークを見て、その正体に気がついた。

 

『気をつけろ皆! こいつら、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)だ!!』

『あの最悪の殺人ギルド!? うそ!? 何でこんな所に居るのよ!?』

『さぁ、最高のゲームの始まりだ! イッツ・ショウ・タ~イム!!』

 

 皆一斉に武器を構えて襲い掛かってきた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーと交戦を開始した。

 流石にもう少しで攻略組入り出来るであろうというレベルの白夜剣舞が一方的にやられるという事は無かったのだが、仲間一人が殺されて動揺しているのか、全員いつもの調子で戦えず苦戦を強いられている。

 何より、最初から殺しに来ている笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の攻撃には一切の躊躇いが無いのに対し、白夜剣舞の方は最悪の殺人ギルドのレッドプレイヤーとはいえ、同じプレイヤーを殺す事に躊躇いがあるのか攻撃にキレが無い。

 

『う、うわあああああ!?』

『バーダック!! くそっ!? ぎゃああああ!!』

『バーダック! セイ!!』

 

 一人、また一人と仲間が殺された。残りはナツと白夜剣舞のリーダーであるホワイトを入れても4人、ここまでで既に5人が殺されてしまっている。

 

『ホワイト! とにかく逃げることだけ考えるんだ!!』

『くそっ! わかった! レイン! オーガ! 続け!!』

『ええ!』

『チックショウめ!!』

 

 殿としてナツ一人が三人の後ろに付いて笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を牽制しつつ、何とか退路を確保しようとしたのだが、このときほどナツは自身の未熟を恨んだことは無い。

 何故なら確保した退路に、赤目のザザとジョニー・ブラックが待機しており、ホワイトを除く紅一点のレインと、唯一の大人だったオーガが殺されてしまったのだから。

 

『レイン! オーガ!!』

『そんな……っ!』

 

 まずい状況だった。ナツのHPにはまだ余裕があるし、バトルヒーリングのスキルのおかげで少しずつではあるがHPが回復してくれている。

 だけどホワイトは襲い掛かる赤目のザザとジョニー・ブラックを相手に苦戦どころか追い詰められていた。

 結果として、赤目のザザのエストックがホワイトの心臓部分を貫き、そのHPを散らしてしまうのだった。

 

『ホワイト!!』

『ナツ……お前は、生きて……ゲーム、クリアを』

 

 ポリゴンの粒子となって消えたホワイトを見て、ナツの中で何かが切れた。本人はその時の事を覚えていないが、こうして映像で見ると、随分とんでもない事をしていると改めて思う。

 映像の中のナツはまるで理性の無い獣のように大暴れして襲い掛かる笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーを蹴散らし、殺しこそしなかったが、甚大な被害を与えて何とか一人で離脱する事が出来たのだ。

 

『皆……くそぉおおおお!!!』

 

 仲間を失った悲しみを地面に叩きつけるナツの姿に初めて皆が涙を流していた。

 和人の……キリトの月夜の黒猫団の時でも涙を流していたが、これはあまりにも辛すぎる現実だった。

 

『許さない……絶対に、皆殺しにしてやるっ!!』

「っ!」

 

 ナツの呪詛の如き言葉を聞いて、千冬が息を呑んだ。先ほどもモニター越しに憎しみに染まった弟の声を聞いたが、これは本当に最初の……最も憎しみが強く出たばかりの呪詛の声だ。

 仲間を目の前で殺されたばかりの頃の弟が、どんな思いをしていたのか、どれほどの憎しみを笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に向けていたのか、それを今まで無視していたのかと思うと……ゾッとする。

 

『そうだ……強くなれば良いんだ……誰にも負けないくらい強くなって、奴らを皆殺しにしたらいいんだよな』

 

 フラフラと、ナツは街へ戻らず、そのまま迷宮区へと歩き出した。

 それからというもの、ナツは街へ一切戻らず鬼気迫る勢いでレベル上げを始めて、最前線が50層を超えて55層にたどり着いた時だった。

 周囲の心配を無視していつも通りレベル上げの為に迷宮区に潜っていたナツは攻略組の大手ギルド血盟騎士団の制服を着た集団を見つける。

 その集団は男集団に少女……そう、ユリコが一人という、SAOではさして珍しくもないパーティーだったのだが、このときナツは何か嫌な予感がしてその集団を追跡した。

 

「俺とユリコが初めて出会った時か」

「懐かしい、ね」

 

 百合子にとっては忌まわしい記憶であるのと同時に、愛する恋人との初の出会いの記憶でもあるのだ。中々に感慨深いものがあるのだろう。

 

『あれは……!?』

 

 ナツが追跡した先にあった光景は、先ほどの血盟騎士団の男集団がパーティー唯一の女性プレイヤーだったユリコを麻痺毒のナイフで斬り付け、麻痺して動けなくなった彼女を押し倒し、手を無理やり動かし倫理コード解除設定を行い、レイプしようとしている所だった。

 それを見ていた女性陣はその光景に表情を顰めて、大丈夫だったのかという眼差しを百合子に向けている。

 だが、その心配は無用だ。何故なら映像の中では間一髪のところでナツが血盟騎士団の男達を殴り倒し蹴り飛ばしと、全員をノックアウトしてユリコを救出していたのだから。

 

『大丈夫か?』

『あ……いや、いやぁ……』

『……ショックを受けてるみたいだな』

 

 無理もない。まだ当時14~5くらいの少女が大の大人数人に囲まれてレイプされ掛ければ誰だってショックで動けなくなるものだ。

 

『安心して、俺は君の所の副団長の知り合いだから』

『あ、アスナ様の……』

『うん、今からアスナさんを呼ぶから、ちょっと待ってて』

 

 そう言ってナツはアスナにメッセージを飛ばして、急ぎ来てもらう事にした。

 メッセージを送って30分ほどが経った頃に、ナツが血盟騎士団の男連中を拘束しているとアスナが到着する。

 アスナの他に数名の血盟騎士団の団員も来ており、すぐさまレイプ未遂を行った団員達を回収して、アスナはユリコに話しかけていた。

 

『あなた、確か最近ウチに入った娘よね?』

『は、はい……ユリコ、と言います』

『ええ、覚えてるわ。槍捌きがソロの中でも群を抜いていたからって団長が直接スカウトしたのよね』

 

 ユリコの血盟騎士団入団の経緯はその辺にして、アスナはユリコを立たせると、彼女の体を支えながら歩き出し、その場から動く様子を見せないナツの方を怪訝そうな表情で見つめた。

 

『ナツ君、あなたは街に戻らないのかしら?』

『俺は、まだレベル上げしていくつもりですから。それに、俺は血盟騎士団の団員ってわけでもないですしね』

『そう……ねぇ、キリト君にも前に聞いたんだけど、ナツ君……血盟騎士団に入らないかしら?』

 

 アスナとキリトはこの当時で既に白夜剣舞の事は話に聞いて知っていた。

 随分と心配を掛けていたようで、今更ながら一夏は和人と明日奈に頭が上がらない思いで一杯になるが、二人は気にするなと笑っている。

 兄貴分として、姉貴分として、弟分のことを心配するのは当然だと、二人とも当たり前のように言ってくれたのだ。

 

『俺は、この先もギルドに入るつもりはありません。俺が所属するギルドは、ずっと白夜剣舞だけですから』

『……わかった。無理に誘わないけど、でも無理だけはしないでね? 君ってばキリト君の悪い所まで真似しちゃうんだから』

『すいません……』

『ううん、今に始まったことじゃないから気にしてないわ。でも、せめてお節介だけさせて? 48層のリンダースにわたしの友達がやってる鍛冶屋があるんだけど、もし武器を新調するときや研ぎに出すならそこを利用して。腕は確かな娘だから、きっと満足出来るはずよ』

『ありがとうございます。近いうちにでも行ってみますよ』

『うん、向こうにはわたしから連絡しておくから。さ、ユリコちゃん、行きましょう?』

『あ、はい……あの、ありがとう、ございました』

『おう、今後はなるべくアスナさんと行動した方が良いかもな。女同士、色々と話も合うだろうし』

『それは良い考えね! となるとユリコちゃんをわたしの補佐にできるよう団長に進言しなきゃ』

 

 ユリコを連れて急ぎ転移したアスナを見送ったナツは再びレベル上げのため、迷宮区の奥へと足を向けるのだった。




次回のSAO語りは皆様大変お待ちかねの、『白の剣士告白事件』が登場!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 「白の剣士告白事件、露見する罪科」

お待たせしました! 皆様が見たがっていた白の剣士告白事件がついにお披露目です!


SAO帰還者のIS

 

第四十七話

「白の剣士告白事件、露見する罪科」

 

 アインクラッド攻略の最前線が65層に到達した頃、ナツとユリコはよくアスナの手引きで共に行動する機会が増えた。

 一緒に食事をしたり、クエストを消化したり、レベル上げをしたりと、何かとコンビを組む事が多々あり、少し前からユリコはボス攻略にもナツ、アスナ、キリトの三人と共にパーティーを組み参加するようにもなったのだ。

 そんな中、まだお披露目されていなかったが少し前にキリトがユニークスキルであり、後の黒の剣士の代名詞となった二刀流を習得して、65層に到達した段階でユリコも同じくユニークスキルを習得した。

 後に彼女の渾名ともなったユニークスキル、無限槍。血盟騎士団に所属している彼女はソロのキリトとは違い、大々的にユニークスキル取得を公表される。

 アインクラッドで3人目、未公開状態のキリトを除けば2人目のユニークスキル取得者が攻略組に現れた事でゲーム攻略への希望が湧いたのは確かなのだが、しかしそれは同時に、多くのプレイヤー達からの嫉妬の感情を向けられる事と同義だ。

 

「だからだよね、アスナお義姉さんの……アスナ様の意向で私とナツが毎日行動を共にする事になったのは」

「ああ、そうだった……それまでは時々一緒に行動するってくらいだったけど」

「へぇ、僕としては一夏と百合子がそれまで毎日一緒じゃなかったって信じられなかったけど」

「まだこの頃の俺は、ユリコを異性として意識してなかったからな……毎日一緒に居る事になったのも、半ばユリコの護衛が理由だったし」

 

 そう、まだこの頃はナツもユリコを異性として意識した事は無かった。

 ユリコは大分ナツの事を意識していて、結構なアピールをしていたのだが、肝心のナツがそれに気づかなかったのだ。

 

「一夏の鈍感って、この頃はまだ健在なのねぇ。この頃のユリコの姿、小中学生時代の一夏に惚れてた女子とよく似てるわ」

 

 だが、そんなナツの意識にも変化が訪れる機会が訪れた。

 それは65層フロアボス攻略の時の出来事だ。ボスの予想外の攻撃に対処が遅れて致命的な一撃を受けたナツがHP全損寸前まで追い込まれ、死にかける。

 その映像を見て全員が、特に千冬と箒が大きく身を乗り出して息を呑んだ。

 

「安心しろって、これで死ななかったから俺は今ここに居るんだから」

「そ、そうか……いや、そうだな」

 

 事実、このときナツはギリギリで助かった。

 トドメの一撃を受けそうになったナツをヒースクリフが自慢の防御で守り、その隙にキリトがナツを戦線から離脱させて後方へと運んだ。

 一緒に下がってきたユリコがナツに回復結晶を使っている間にキリトが再び前線に戻ると、ショックで意識を失っていたナツが目を開けて、泣きながらナツを回復しているユリコの姿が目に飛び込んでくる。

 

「このときからなんだろうな……俺がユリコを、異性として意識し始めたのは。まぁ、当時の俺は変化した感情が何なのか、まだ解らなかったけど」

「ふむ、俗に言う戦場の恋という奴か……軍人をやっていた頃、上官にも似たような経験をした者が居たと聞いた事がある」

 

 戦場の恋、そう……最初はナツとユリコだけじゃない、キリトとアスナも同じだった。だけど、それはいつしか本物の恋へと発展し、そしてお互いがお互いを愛し、大切に想う関係へとなった。

 最前線が69層に到達して、何故かアスナの手引きでナツは61層のセルムブルグにあるユリコの自宅に一緒に住む事となり、それまで50層のアルゲードにあった部屋を引き払ったのだ。

 それからは一緒に住んでいることもあり、ユリコがナツへ猛アピールをしたが、意識に変化が訪れても持ち前の鈍感さは健在のナツに通じる筈も無く、ある日のことだった。

 ナツとユリコがレベル上げの最中に入手したレアアイテムを珍しくナツ一人でアルゲードまで行き、商いをしているエギルの所へ持ち込んでいる間、ユリコは一人でセルムブルグへ戻る事になったのだが、先に転移したナツの後で同じく転移しようとしたユリコに背後から何者かが麻痺毒ナイフで襲い掛かる。

 

「まぁ!? この男は!!」

「ああ、このときは油断した……まさか前にユリコを強姦しようとした男達が、隠蔽スキルをコンプリートしてまで再びユリコを強姦しようとするなんてな」

 

 索敵スキルをまだコンプリートしていなかったナツでは隠蔽スキルをコンプリートした相手に本気で隠れられると、見つける事は容易ではない。

 キリトであれば、この頃は既に索敵スキルをコンプリートしていたので、簡単に見つけられたのだろうが。

 同時に、コンプリートしていないユリコもまた、男達を見つける事ができるわけもなく、簡単に背後を許してしまった。

 

「間一髪だったよ、運良く俺とアスナが同じ場所でレベル上げしてなければ、助けることは出来なかった」

「本当に、ギリギリだったよー」

 

 倫理コードを解除され、防具装備も全て解除されて下着のみの姿になったユリコを、ギリギリの所で駆けつけたキリトとアスナが救出、男達は拘束され黒鉄宮へと送られた。

 その後、駆けつけたナツはユリコを一人にした事でキリトに殴られ、アスナからも大目玉を食らう。そして、ユリコを危険な目に合わせてしまった事で落ち込んだナツをユリコが慰める事に。

 

「そう、これが決定打になったんだ……もう二度とユリコを危険な目に合わせない。ユリコは、俺が絶対に守るんだって、そう決意して……そこで初めて気がつけた、俺はいつの間にかユリコに惹かれていたんだって」

 

 決意してからの行動は早かった。

 ユリコのレイプ未遂事件から翌日、ボス攻略会議が行われ、その次の日にはボス戦となったのだが、ボス自体は特に大きな被害も無く、順当に倒せた。

 ボスを倒して、さあアクティベートに行こう、という運びになった時だ。

 

『ごめん、ボス倒したばかりで悪いけど……ユリコ、話がある』

『……? な、何? ナツ君』

『俺……一度は君を危険な目に合わせた駄目な男だけどさ、でももう二度とあんな目に合わせないって誓うよ。今後は、何があろうと、どんな時だろうと、俺が君を守る、ずっと俺だけに君を守らせてくれ!!』

『……え?』

『好きなんだ……俺、ユリコのことが好きだから! 他の誰にも、君を守る役目を譲りたくない! 俺だけが、君を守れる人になりたいんだ!!』

 

 映像の中の攻略組と、その映像を見ていた全員の空気が凍った気がする。

 当人である一夏と百合子はお互いに顔を真っ赤に染めて俯き、当時その時の事をリアルタイムで見ていた和人と明日奈は、二人の様子を見てほんわかしていた。……後にこの二人の同じようなシーンが映し出される事になるとも知らずに。

 

『俺と付き合ってほしい……駄目、かな?』

『ほ、本当、に……? 私が、ナツ君の、恋人に、なれるの?』

『なってほしい、君をずっと守り続けるナイトの役目、俺じゃ駄目かな?』

『ううん……じゃあ、ずっと、守ってください。その代わり、ナツ君を守るのは、私の役目』

『じゃあ!』

『はい、お付き合い……します』

「もうやめてくれぇえええええええ!?」

 

 そこで一夏が発狂した。

 無理も無い。一夏にとって大切な思い出であるのは確かでも、流石に告白シーンを友人達や幼馴染、そして実の姉に見られる事ほど恥ずかしい事は無いのだから。

 それと、映像の中でも告白シーンをリアルタイムで見ていた攻略組の面々も大絶叫を挙げている。それもまた、無理も無い事だろう。閃光のアスナと同じく、数少ない女性の攻略組プレイヤーで、美少女に分類されるユリコに、公衆の面前で告白されたのだ。

 

「いや~、いっくんてば情熱的な告白だったねぇ」

「た、束さん……普通、ここはカットしてくれるところでしょう!?」

「え~? だっていっくんの大事な告白シーンだもん、カットする理由は無いよん♪」

「グッ!? この、悪魔め……!」

「悪魔で良いよ……悪魔らしいやり方で、いっくんの羞恥心を煽ってあげるから!」

 

 多少ネタに走ったが、映像は71層まで到達していた。

 丁度、ナツがユリコにプロポーズをして、無事に結婚し、セルムブルグの一等地に引越しをした所だ。

 

「結婚だと? SAOでは、未成年でも結婚が出来るのか?」

「あら、箒ってば知らないの? MMORPGって結構そういう結婚システムがあるの多いのよ。無い物もあるけどね」

「SAOでは結婚システムが存在していたんですのね。ALOには無いからピンと来ませんが、どのようなメリットがあるんですの?」

「えっとね? SAOでは結婚すると二人のアイテムストレージが共有されるようになるの。今までお互いそれぞれのアイテムストレージに保管していた物とか、お金とか、全部一つに纏められて、夫婦で一つのストレージを共有するって感じかな」

「へぇ、お姉ちゃん詳しいね?」

「うん、だってわたしもキリト君と結婚してたから」

 

 それは詳しいはずだ。

 だが、71層の問題はそこではない。既に和人も明日奈も、一夏と百合子も、SAO組は全員思い出していた。

 最前線が71層に到達した頃に起きた出来事を……。

 それは、忘れもしない大規模作戦。最悪のレッドギルド、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐作戦の事だった。

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の活動はこの頃から結構深刻化してきたんだ、だからアスナが陣頭指揮を執って攻略組の面子を集めて奴らの討伐作戦を決行する事になった」

「既に中層プレイヤーだけじゃなく、上層のプレイヤーからも被害が出始めていたから、いずれは攻略組からも被害が出るかもしれないと思ったんだ。だから、そうなる前に彼らを捕縛して、ゲーム攻略に支障が出ないようにしなきゃいけなかったの」

 

 大勢の攻略組プレイヤーが集められた。

 知っている人物だけでもアスナ、キリト、ナツ、ユリコ以外ではクラインとエギル、シュミットなど、攻略組の中では最高レベルクラスの実力者も参加していたのだ。

 

「だけど、討伐作戦当日……思いも寄らない事が起きた」

「……何が起きた?」

 

 百合子の言葉に、千冬が聞き返す。

 一夏の笑う棺桶(ラフィン・コフィン)への憎しみを考えれば、そこで何かが起きたのは確実だろうと思い、断腸の思いで聞いた。

 

「作戦内容が漏洩していたらしいんだ。討伐隊は、奴らに事前に情報が漏れた所為で奇襲を受けて、乱戦になった」

 

 丁度、映像ではその乱戦模様が映し出されていた。

 全員、武器を手に襲い掛かってくる笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバー達と交戦し、本気で殺しに掛かって来る相手に苦戦を強いられている。

 そんな時だった。討伐隊の一人……攻略組に属していて、レベルも相当高かった筈のプレイヤーが一人、犠牲になったのだ。

 それを見て、キリトとナツが動いた。二人はそれぞれ黒の剣と白の剣を片手に、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーを、気絶させて捕縛するのではなく、その首を落として殺した。

 

「なっ!?」

「……」

「……」

 

 それからは壮絶なものだった。キリトとナツが切欠となり、他の討伐隊メンバーの誰かも一人殺し、キリトも二人目を殺してからザザと交戦し、ナツは……憎しみから暴走を始めた。

 暴走したナツは目に入った笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーを片っ端から殺し始め、10人目を殺した所で自身も受けたダメージの大きさから見かねたアスナが強制的に戦線離脱させる事になったのだ。

 

「そう……これは、俺達の罪だ」

「総務省は、俺もキリトさんも、これが積極的殺人歴だとは認めなかったけど、でも俺達は確かに、この手で人の命を奪った罪人だ」

 

 特に一夏は、レッドプレイヤーでもないのに、人を殺しすぎた。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を殺したこと自体は、今でも後悔なんてしていない、でもそれでも……人の命を奪った事実は変わらない。

 

「篠ノ之博士には感謝するよ……おかげで、俺は自分の罪を、忘れずに済んだ。これが無きゃ、もしかしたら俺は、過去に目を反らして、罪を忘れようとしていたかもしれない」

「きーりん、それにいっくん……君達は人を殺した事実から目を背けてなんかないよ。確かに、これが無ければ今後、忘れてたかもしれないけど、でもそんなIFの話に意味なんて無い。今、こうして自分の罪と向き合う事が出来て、それを忘れずに居られるなら、きっと君達は真人間で居られる」

 

 束の言葉が、二人の胸に沁みる。

 過去に犯した罪、決して裁かれる事は無いけど、でもこれからは忘れずに、向き合う事が出来るだろう。

 二人とも、それが出来る強い男の子なのだから。そう、束は思いながらも映像を進めるのだった。




次回はキリトの二刀流解禁とキリト、アスナの新婚生活、そして決着と妖精の世界へ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 「黒と閃光の恋」

すまぬ、先読みが甘かった。
プロポーズまでしか行けなかった……未熟。


SAO帰還者のIS

 

第四十八話

「黒と閃光の恋」

 

 一夏と和人、二人の罪が明かされた。

 浮遊城アインクラッドで犯した殺人という罪、この場に居る誰もが……元軍人であるラウラを含めても人を殺した経験がある者は居ない。

 だからこそ、二人の犯した罪に何を言えば良いのか言葉が出てこなかった。それは一夏の姉である千冬も同じで、彼女は弟が人を殺したという事実を知り、今後弟とどうやって向き合えば良いのか、それが判らないのだ。

 

「皆がキリト君とナツ君に何を言えば良いのか判らないのは、仕方がない事だと思います」

「ただ、こういう事実があった……でも、それはあの2年間の間のほんの一端でしかない。あれだけが、あの世界の全てじゃない」

 

 そう、和人と一夏が人を殺した事実、それだけがあの2年間の全てではない。それだけであの2年を決め付けられたくはない。

 あの世界で、4人は……帰還した6000人の人たちは、確かにあの世界で生きていた。あの世界は、嘗ては人の営みが確かにあった、もう一つの現実なのだから。

 

「続き、行くよ~」

 

 そう言って、束は映像の続きを再生した。

 それは、最前線が74層になった時の事だ。いつも通りキリトが一人で迷宮区に潜り、レベル上げとマッピングをして、その帰り際にラグーラビットという珍しいMobと遭遇し、それを倒したキリトがS級レア食材であるラグーラビットの肉をドロップしていたのだ。

 

「え!? キリトさん、ラグーラビットの肉ドロップしたんですか!?」

「あ……えっとだな、ごめん」

「呼んでくださいよ~、あれ滅多に出ないS級食材じゃないですか! まさか、食べたんですか!?」

「あ~うん、アスナに調理してもらって、一緒に」

「アスナさん!?」

「あはは……ご、ごめんねナツ君」

 

 見ればユリコもジト目で和人と明日奈を睨んでいる。

 ラグーラビットの肉と言えば嘗て、アインクラッドでも滅多にお目に掛かれないS級という超レア食材として有名だった。

 

「ほ、ホントはさ、エギルの店に売ろうかなぁって思ってたんだけど……ほら、映像にも出てるだろ? アスナが偶然、エギルの店に来て、それで一緒に食べる代わりに調理してもらってさ」

「アスナさんの自宅で、ですよね?」

「……はい」

「俺とユリコが住んでたのもアスナさんと同じセルムブルグだったんですけど?」

「そう、でした」

「なのに呼ばなかった、と……?」

「「……ごめんなさい」」

 

 二人っきりで仲睦まじく食事をしているキリトとアスナの映像を見て、怒るのは無粋だというのは解るが、それでも一夏と百合子もアインクラッドではS級食材を結局食べる事が出来なかったからこそ、食べ物の恨みは恐ろしい。

 

「この頃なら、俺だって料理スキルをコンプリートしてたのに」

「いや、だって俺、お前が料理スキル取ってたなんて知らなかったし」

「うっ……」

 

 確かに当時のキリトとナツは戦闘スキルの事で意見を交し合ってばかりで、その他の釣りスキルや料理スキルといった娯楽系スキルの話は一度だってした事が無かった。

 なので一夏の自業自得と言われればそれまでだ。

 

「ところで、こいつがクラディールですか?」

「うん、ユリコちゃんも彼のことは知ってるよね?」

「はい……嫌いでした」

「つか、アイツを好きって奴は居ないだろ」

 

 話題に出たのは映像で調度、キリトと決闘(デュエル)をしているクラディールの事だ。

 血盟騎士団副団長、閃光のアスナの護衛役として就任した大剣使いのクラディール、レベルこそキリトやナツは勿論のこと、アスナやユリコにすら劣っていた彼が何故アスナの護衛など勤められたのか、今もって疑問ではあるが、今思い出しても良い思い出のある男ではない。

 

「この後ですね、74層の迷宮区でキリトさん達に会ったの……は、って! 何でキリトさんボスの間の扉空けてるんですか!?」

「いや~……ちょっと覗くつもりだったんだけど」

 

 キリトとアスナがフロアボスの部屋を見つけて、そのボスが登場した所で急いでその場から逃げた後、仲良く食事をして、そして同じ迷宮区のマッピングをしていたクライン率いる風林火山と、ナツとユリコのパーティーに合流した。

 それとほぼ同時刻に、迷宮区に現れたのは25層フロアボス戦で大きな被害を出してからはボス攻略に参加しなくなっていたアインクラッド開放軍の一団が現れる。

 

「コーバッツか……今思えば、このとき無理にでも引き止めるべきだったんだろうな」

「いや、たぶんキリトさんやアスナさんでも止められなかったと思いますよ? それこそ武力行使をしたならまだしも、言葉で止まれるような男じゃなかったですし」

 

 キリトが提供したボスの部屋までのマップデータを持って、コーバッツ率いる軍の団体は疲労が明らかなのにも関わらず、無理を押して迷宮の奥へと進んで行った。

 当然だが、フロアボスとの戦いなど先ほどの軍の団体の倍以上の人数を持ってして挑むのが今までのボス攻略におけるセオリーだ。

 25層以来、ボス攻略に一度も参加しなかった軍は既に攻略組のレベルからは外れている状況で、更にブランクまであるというのに、無事なわけもなく、たちまち響いてきた悲鳴を聞き、キリト達はボスの部屋まで走った。

 

「無茶ですわ! ただでさえボス戦が出来る人数ではないのに、そこに一夏さん達が加わったところで!」

「そうよ! あんな奴ら、自業自得じゃない!」

「そうだけど、でも見捨てられなかったんだよ」

 

 和人の言葉通り、見捨てられなかったからこそ、走った。走って、そしてようやくたどり着いたボスの部屋の中では、軍の団体の誰もがHPを大きく損壊しており、腰が抜けて座り込む者や逃げ出そうとする者も居る。

 更に悪いことに、ボス……グリームアイズの攻撃により、コーバッツのHPが全損、その身体をポリゴンの粒子へと散らしてしまった。

 

「この部屋は結晶無効化エリアと同じ状態だった。だから転移結晶なんて使えないから、誰も逃げる事が出来ない」

「最悪だな。軍と名乗っておきながら司令塔が居ても連携が成っておらず、その司令塔を失って完全に崩壊状態の奴らが大多数、そこに和人達が来ても、足を引っ張られるだけだ」

「ラウラの言う通りさ。だから、俺たちは風林火山のメンバーが軍の連中を部屋の外へ避難させている間にグリームアイズの足止めをする事になった」

 

 キリト、ナツ、アスナ、ユリコ、クライン、攻略組でもトップクラスの実力とレベルを持つ5人がグリームアイズと戦闘を開始した。

 ユリコの無限槍、クラインのエクストラスキルであるカタナによる斬撃、アスナの閃光のごときスピード、ナツとキリトの速度とパワーを合わせた攻撃も、流石に74層のフロアボスを相手には、相当厳しい。

 だからこそ、キリトはここで己が切り札を切ったのだ。

 

「アインクラッドで公式的に使ったのはこれが初めてだったな」

「キリトお義兄さんの代名詞、ユニークスキル二刀流」

 

 二刀流を開放したキリトは、グリームアイズの振り下ろされた剣をエリュシデータとダークリパルサーで受け止め、そこから二刀流上位スキルを発動した。

 二刀流上位スキル、スターバースト・ストリーム。超高速の16連撃を叩き込む代わりにスキル発動中は無防備になってしまうという諸刃の刃は、確かにグリームアイズのHPを全て削りきった。

 だが、その代わりキリトのHPも反撃により後一撃でも受ければ死んでしまうという状況まで追い込まれてしまう。

 

「これで勝ったから良かったものの、もし勝てなかったらキリト君死んでたんだよ?」

「いや、あれは反省してるよ……ただ、形振り構ってられなかったからな」

 

 ところで、先ほどから千冬がクラインを……正確にはその手に持っている刀を見て何やら思案顔している。

 

「千冬姉?」

「ん、いや……一夏、何故お前は刀がアインクラッドにあるのに片手剣を使っていた? 剣道経験者のお前なら刀の方が使いやすかろうに」

「あ、それね。元々カタナスキルはエクストラスキルでさ、曲刀スキルを上げてないと取得出来ないスキルだから、ゲーム開始初期から使えたわけじゃないんだ。だから最初から曲刀を使ってれば問題無かっただろうけど、正直曲刀より片手剣の方が使いやすかったんで、ずっと片手剣を使ってたって事さ」

「曲刀というと、シミターみたいなものか?」

「そそ、クラインさんが一番最初に使ってただろ?」

「なるほど、確かに剣道経験者ならアレよりは片手剣の方が使いやすいか」

 

 もしくは両手剣でも良いのだが、両手剣ではスピード主体のナツの戦術には合わない。

 

「さて、話は更に進んだな……これは、俺とヒースクリフのデュエルか」

 

 映像には闘技場で戦うキリトとヒースクリフの姿があった。

 ユニークスキル二刀流の圧倒的手数でもって戦うキリトと、同じくユニークスキル神聖剣の絶対的防御力による堅牢な守りを見せるヒースクリフの戦いは、正に頂上決戦に相応しいものだ。

 

「あれ? 一夏、確かあの人の使ってる剣と盾の戦術って、海で一夏が使ったのと同じだよね?」

「お、流石はシャルだな。そう、今でこそ白式の単一使用能力(ワンオフアビリティー)になったけど、元々はこいつ……血盟騎士団団長ヒースクリフのユニークスキルなんだ。名を神聖剣、守りにおいては圧倒的かつ絶対の防御力を誇る、ヒースクリフをアインクラッド最強の聖騎士たらしめていた奴の代名詞だ」

 

 そして、そのデュエルの結末はキリトの敗北という形になったのだが、VRMMOゲーム未経験の千冬と箒は気づかなかったが、他のALO経験者は気づいていた。

 ヒースクリフが最後に見せたあの動き、いくら仮想世界の身体だからといって、明らかにおかしいという事に。

 

「おい、一夏、和人……今のは」

「その答えは、後でな」

「ああ、今は語る時じゃない」

 

 そう、それよりも今は血盟騎士団に加入する事になったキリトが、ゴドフリーという男と、それからクラディールと3人PTを組んでフィールドに訓練しに行く所を見るべきだ。

 そこで起きるのは和人と明日奈、二人の罪の証。

 

「こいつ!」

 

 鈴音が怒声を上げた。当然だろう、クラディールが毒入りの水でキリトとゴドフリーを麻痺させて、動けなくして、更には身動き出来ないゴドフリーを嘲笑いながら殺したのだから。

 

「真正の屑だな」

「ラウラ、もう少し言葉を選ぼうよぅ……まぁ、僕も同意見だけど」

「こんな非道な真似をする者が居たというのか……ゲームが人格を変えるというのは、色々なメディアで話題にしているが、これはあまりにも……」

「箒ちゃんの言いたい事は解るよ。でも、この男はね、多分だけど最初から腐ってたんだと思う……考えてみれば血盟騎士団にクラディールが入った時から色々と変な雰囲気があったもん」

 

 明日奈は初めてクラディールと出会った時の事を思い返し、今になってその頃からアスナを見る目が明らかに欲情していたのに気がついた。

 つまり、あの男は最初から屑だったという事を、最悪の時まで気がつけなかったのだ。

 

「俺はクラディールに殺され掛けて、本当に後一歩という所で……アスナが助けてくれた」

 

 ギリギリでキリトを救ったアスナは回復結晶でキリトのHPを回復させて、クラディールをランベントライトの刃から放たれる閃光の突刺によって戦意を殺いだ。

 だが、本来ならここでアスナは、命乞いをしたクラディールを容赦なく殺すべきだったのだ。だから、油断してしまったアスナを殺そうとしたクラディールを、キリトの格闘スキル、エンブレイザーで殺した。

 

「これは、わたしの罪……本来ならわたしが殺すべきだったのに、わたしの油断がキリト君にその役目を押し付けてしまった」

 

 だからこそ、本当はアスナは二度とキリトと会わない道を選ぼうとした。

 泣きながら、キリトに謝り、その言葉を口にしようとして……キリトの唇に塞がれてしまう。

 

「お、おいおい……まさかこのパターンって」

「わぁ~……ちょっと恥ずかしいねー」

『俺の命は君の物だ……アスナ。だから君の為に使う、最後の一瞬まで一緒に居よう』

『わたしも、わたしも絶対に君を守る……これから永遠に守り続けるから、だから……』

『君は、何があろうと帰してみせる、あの世界に……アスナ』

『……ん』

『今夜は、一緒に居たい』

『……っ! うん』

「は~い! ここからはR-18指定だからカットするよ~!」

 

 突然、束の大声で映像がカットされた。

 取りあえずあの後の二人の情事は見られずに済むと安堵する和人と明日奈だが、R-18指定という束の言葉に何があったのかを誰もが悟ってしまった事に気づいて顔を真っ赤に染める。

 

「キリトさんも大概だよな?」

「ナツより、男前」

「ゆ、ユリコ!?」

「事実」

「……はい、仰る通りです」

 

 顔は女顔の和人より一夏の方が男前なのに、言動は和人の方が実に男前で、だからこそ一夏は和人を色んな意味で尊敬しているのだ。

 それはそうと、カットされた映像が次に映し出したのは、裸のままシーツを身体に掛けて寝息を立てるアスナを、ベッドサイドに座ったキリトが優しく見つめているシーンだった。

 

「って、ここからかよ!?」

 

 眠り姫の頬を優しく指で突くと、まだ眠りが浅かったのか薄く目を開いて、キリトの姿を目にすると嬉しそうに微笑む。

 

『ごめん、起こしちゃったかな?』

『うん……ちょっとだけ、夢見てた。元の世界の夢……おかしいの、夢の中で、アインクラッドの事が、キリト君と出会った事が夢だったらどうしようって、とっても怖かった……良かったぁ、夢じゃなくて』

『変な奴だなぁ、帰りたくないのか?』

『帰りたいよ? 帰りたいけど、ここで過ごした時間が無くなるのは嫌、わたしにとっては大事な二年間なの、今ではそう思える 』

 

 それは、とても大切な言葉だった。

 明日奈だけではない、和人も一夏も百合子も、それにALOを今も続けているSAO生還者の一部の者達が、同じ想いを今でも胸に抱いている。

 

『ねぇキリト君……ちょっとだけ前線から離れたら、駄目かな?』

『え……?』

『なんだか怖い……直ぐに戦場に出たら、また良くない事が起こりそうで……ちょっと疲れちゃったのかな?』

『そうだな、俺も……疲れたよ』

 

 本当なら、何を悠長なと言うべき所なのだろうが、そんな事を言えるような雰囲気ではなかった。

 確かに、ナツやユリコだけではない、キリトもアスナも、色々な事があり過ぎて、これまでずっと傷付きながら戦い続けて、一度も休まる時は無かったのだ。

 だからこそ、ほんの僅かでも、戦士達には休息が必要だったのだろう。

 

『22層の南西エリアに、森と湖で囲まれた小さい村があるんだ』

 

 突然、キリトがそんな事を口にした。

 そして、それが何なのかを知る当事者二人は真っ赤な顔で慌てて映像を止めてくれと束に言うが、束も興味があるのか二人の意見は無視する事にしている。

 

『二人でそこに引っ越そう、それで……』

『それで……?』

『……っ! け……結婚しよう』

『……はい!』

 

 二人のカップルが羞恥心に沈んだ。

 誰もがニヤニヤとした表情を二人に向けていて、でもいつもナチュラルにバカップルやってる二人がこの程度で羞恥心に悶えるかと、何故か理不尽な怒りも感じられる。

 

『わ~! パパのプロポーズ、素敵です!!』

「ゆ、ユイ!? お、お前、見てたのか!?」

『勿論です! わたしがパパとママの愛の記念を見逃すなんてありえません!』

「ちょっとユイちゃ~ん! 恥ずかしいからやめてー!」

『えへへ、プロポーズする時のパパ、格好良かったですし、ママもとても可愛らしかったですねぇ』

「「うぐぅ……っ」」

 

 愛する娘にプロポーズのシーンを見られた。これ以上の羞恥は無いだろう。

 愛娘にこの事は他の人……クラインやリズ、シリカ、エギルには内緒にしておいて欲しいと懇願する和人と明日奈に、その愛娘は今度ALOで目一杯甘えさせて欲しいとおねだりするのだった。




新しく立てた予定では後4話でSAO編終わりです。
ALO編は……もう一気に端折って2話くらいで終わらせよう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

機体設定

え~、本編じゃなくてごめんなさい。
前々から希望があった機体設定を載せます。
ただし、オリジナル設定のある機体や、本作オリジナルISの設定のみとなっています。
現状不明な点などは話が進むにつれて編集し、付け加える予定です。


SAO帰還者のIS

 

機体設定

 

機体紹介

 

機体名称:白式

世代:第4世代型

使用者:織斑一夏

武装:片手用直剣「トワイライトフィニッシャー」、試作型展開装甲搭載式近接戦闘用ブレード「雪片弐型」、投擲用ピック

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム(通称SSS)」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):零落白夜

詳細:元々は倉持技研が開発途中で凍結した機体を束が引き取って一夏用に調節した後、レクト社IS武装開発局にて倉持技研のスタッフと共に最終調整した機体。

一夏のナーヴギアから抜き取ったローカルメモリを搭載し、レクトが開発したソードスキル・システムというオリジナルシステムによってローカルメモリにセーブされたSAOのプレイヤー情報からソードスキルの情報を読み取り、ISでソードスキルを使用出来るようにしてある。

SAO時代はスピード主体だったという一夏の情報から速度重視の機体として調整されており、スラスターやブースターの出力が並の第3世代機を大きく上回っている。

また、体術スキルにも対応するため、手足の装甲を他の装甲より頑丈な素材にしているのも特徴。

 

機体名称:白式・聖月

世代:第4世代型第二形態

使用者:織斑一夏

武装:片手用直剣「トワイライトフィニッシャー」、片手用直剣「ブレイブハート」、展開装甲搭載型大盾「リベレイターⅡ」、投擲用ピック、IS用M1911A1型拳銃「コルト・ガバメントカスタム」、IS用FN型拳銃「ブローニング・ハイパワーDAカスタム」、M82A1型IS用対物ライフル「ファイヤーバレット」、光剣「カゲミツMk-Ⅱ」

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」、第4世代型システム「展開装甲」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):神聖剣

詳細:白式が二次移行(セカンドシフト)した姿。開発者()の想いの結晶である全身展開装甲と宿敵(茅場晶彦)から託された盾であるリベレイターⅡと神聖剣を合わせ持つ、二人の天才の祝福を受けた奇跡の機体。

全身展開装甲になった事と、大型化されたウイングスラスター、増設されたブースターの影響で最大瞬間速度は現存する全てのISを大きく上回り、通常時の速度でも追い付ける機体は存在しない。また、一夏本人が存在を知らないので現状は使えないが個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)も可能。

元々搭載されていた雪片弐型は二次移行(セカンドシフト)の際に不要と判断され、リベレイターⅡという展開装甲を搭載した大盾に変化している。

また、単一使用能力(ワンオフアビリティー)も変化しており、零落白夜の使用が臨海学校までの段階で1度しか無かったというのもあり不要とされ、代わりにヒースクリフが託したユニークスキル神聖剣となった。

神聖剣を発動する事で初めて神聖剣のスキルが使えるが、ユニークスキルなので使用時に消費するシールドエネルギーは通常の片手剣スキルの2倍と、全身展開装甲でただでさえエネルギーを馬鹿みたいに消費するのに、更に燃費が悪くなるので、今後はエネルギー消費軽減の為の調整が必要となる。それでも零落白夜ほど燃費は悪くないので、一夏の新たな切り札として活躍する事になるだろう。

余談だが二次移行(セカンドシフト)に伴い拡張領域(バススロット)の要領が広がった事と、零落白夜をオミットした影響で今までトワイライトフィニッシャーと雪片弐型だけしか搭載出来なかったのが解消されたので、新たな武装を搭載しようと思えば出来るようになった。

現在はGGOで使用している銃をIS用サイズで作成した武装を新たに搭載している。

 

 

機体名称:黒鐡

世代:第3世代型

使用者:桐ヶ谷和人

武装:片手用直剣「エリュシデータ」、片手用直剣「ダークリパルサー」、片手用直剣「ユナイティウォークス」、片手用直剣「フェイトリレイター」、投擲用ピック

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」

パッケージ:高速機動パッケージ「閃空」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:既に形が出来上がっていた白式を基に作成したため、最初は白式のコピーだったのだが、そこから和人用に調整を加えて今の形になった。

元々が白式のコピーだったため、非固定浮遊部位(アンロックユニット)のウイングスラスターやその他の装甲の形状などが似通っているのは仕方が無い。

こちらは和人のナーヴギアのローカルメモリを搭載しているので、和人のプレイヤーデータからユニークスキルである二刀流まで再現されている。

また、ユイが入れるように調整してあるので、その分のメモリの空きスペースは確保されている。

スピード重視のパワー型という和人の戦闘スタイルからスラスターやブースターの出力こそ白式に劣るもののパワーフレームの強度が白式を上回っている上、装甲も白式より厚いので、一撃の重さ、大きさという点では白式以上。

白式同様、体術スキルに対応するために手足の装甲は頑丈な素材を使っている。

 

 

機体名称:瞬光

世代:第3世代型

使用者:結城明日奈

武装:細剣「ランベントライト」、細剣「ウインドフルーレ」、細剣「レイグレイス」

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」

パッケージ:高速機動パッケージ「閃空」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:黒鐡同様、元々は白式のコピーから明日奈専用として調整された機体。

こちらは女性である明日奈が使うという事も考慮してか、ウイングスラスターや装甲などの形は白式や黒鐡よりもやや丸みを帯びてスマートな印象がある。

同じく明日奈が使っていたナーヴギアのローカルメモリが搭載されているので、明日奈のプレイヤーデータから細剣スキルが使用可能となっている。

黒鐡同様、ユイのためにメモリの空きスペースが確保されているのは当然。

完全スピード重視の明日奈の戦闘スタイルに合わせて装甲を限りなく薄くして、尚且つ形状を空気抵抗が少なくなるように手を加えているので、二次移行(セカンドシフト)前の白式よりも最大瞬間速度は上で、通常時は白式と同等か少し上。

装甲が薄いので防御性能が他の機体と比べて著しく劣るものの、明日奈のスピードがあまりにも速すぎるので、基本的に当たらなければ良いというコンセプトになった。

白式、黒鐡と同様に体術スキルに対応するため、手足の装甲は頑丈な素材で出来ている。

また、予備の武装としてウインドフルーレという細剣が搭載されているが、今のところ出番は無い。

 

 

機体名称:槍陣

世代:第3世代型

使用者:宍戸百合子

武装:長槍「ルー・セタンタ」、長槍「パラディン・スピーア」、短槍「ヴェガルダ・ボウ」を最低でも20本以上、投擲用ピック

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」、第3世代型システム「AIS」

パッケージ:高速機動パッケージ「閃空」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:黒鐡、瞬光と同様に元々が白式のコピーから百合子専用に調整を加え、瞬光と同じくウイングスラスターや装甲をスマートにして、丸みの帯びた形にしている。

百合子の使っていたナーヴギアのローカルメモリが搭載されているので、彼女のユニークスキルである無限槍も使用可能。

和人と同じスピード重視のパワー型なので、速度こそ白式や瞬光には劣るがパワーという点では黒鐡と同等。

装甲は白式、黒鐡、瞬光の三機よりも厚いので、防御性能は四機中ダントツで、一対多の戦闘もしくは室内戦を主眼に入れた近接戦闘型ISというコンセプトになっている。

室内での戦闘においては恐らく四機中最強で、更に無限槍を使用すれば一夏、和人、明日奈の三人が百合子には勝てないと断言するほど。

 

機体名称:紅椿

世代:第4世代型

使用者:篠ノ之箒

武装:拡散型レーザー発射式ブレード「雨月」、直射型レーザー発射式ブレード「空裂」

特殊兵装:第4世代型システム「展開装甲」(リミッター制限の為、非固定浮遊部位(アンロックユニット)の物以外封印中)、自己開発型操縦支援システム「無段階移行(シームレス・シフト)」(リミッター制限の為、リミッター解除機能のみを残して現在封印中)

単一使用能力(ワンオフアビリティー):絢爛舞踏(リミッター制限の為、現在封印中)

詳細:IS開発者である束自らの手によって世に放っていないコアを使用して開発された最新鋭の第4世代型IS……という事になっているが、現在はリミッターの影響で性能は第3、5世代型ISと同等レベルとなっている。

 

 

機体名称:ジャック・ザ・リッパー

世代:第3世代型

使用者:Poh(本名:???)

武装:包丁型短剣「メイト・チョッパー」

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」、コア起動用独立システム「???」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:Pohが乗るISで、名称は現状不明。

元々は束の所から強奪したゴーレムⅢのデータから亡国機業(ファントムタスク)で開発された事実上、世界初の男でも操縦出来るIS。

須郷がレクトにハッキングして盗み出したソードスキル・システムのデータを流用しているので、白式などと同様にソードスキルを使える。

ただし、コアを無人機のシステムを使って起動しているので、コアとのシンクロが出来ないため、ISの利点である自己進化機能や段階移行などは一切行われないが、常に安定した出力のエネルギーをコアから供給出来るので、エネルギー出力にムラが無い分、普通のISより扱いやすい。

 

 

 

機体名称:ハングドマン

世代:第3世代型

使用者:赤目のザザ(本名:新川昌一)

武装:刺剣エストック、L115A3型スナイパーライフル「無音の暗殺者(サイレントアサシン)

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」、コア起動用独立システム「???」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:赤目のザザが乗る亡国機業製第3世代型IS。イタリアのテンペスタのデータを基にしているので、同型機のジャック・ザ・リッパーやポイズンより速度という点では突き抜けている。

 

機体名称:ポイズン

世代:第3世代型

使用者:ジョニー・ブラック(本名:金本敦)

武装:絶対防御無効化ウイルス混入型短剣「毒剣」、無名の短剣(こちらはソードスキル用)

特殊兵装:第3世代型システム「ソードスキル・システム」、コア起動用独立システム「???」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:ジョニー・ブラックの乗る亡国機業製第3世代型IS。小回りが利くようにとオーストラリアの第2世代型ISオーシャンズ・マリッジのデータを基にしているので、同型機であるジャック・ザ・リッパーやハングドマンより小回りと瞬発力に優れている。

 

 

機体名称:橙風

世代:第3世代型

使用者:結城シャルロット

武装:大型レーザーライフル「颯」、対ISライフル「ウルティマラティオ・ヘカートS」、レーザーマシンガン「暦」、近接戦闘用物理光学切り替え式ブレード「梔子」、ガトリングパイルバンカー「鬼殺し」、大型石弓型IS用ロングボウ「アーバレスト」

特殊兵装:第三世代型武装“多目的武装腕「雷切」”

パッケージ:高速機動パッケージ「閃空」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:今後、日本代表候補生になる予定のシャルロットの為にレクト社IS武装開発局にて開発されている純レクト社製で初のIS。

レクトが独自に開発した第三世代型武装である雷切は、簡単に言えば操縦者の脳波によって動く第3、第4の腕。本来の操縦者の腕二本と合わせて合計6本の腕になり、多くの武装を一度に扱えるようにしたのがこの雷切という武装だ。

 

 

機体名称:雪椿

世代:第4世代型第四形態

使用者:織斑一夏

武装:片手用直剣「トワイライトフィニッシャーⅡ」、片手用直剣「ブレイブハートⅡ」、展開装甲搭載型大盾 「リベレイターⅢ」、投擲用ピック、試作第五世代型武装“量子崩壊砲「スターダスト・シンドローム」”、IS用M1911A1型拳銃「コルト・ガバメントカスタム」、IS用FN型拳銃「ブローニング・ハイパワーDAカスタム」、M82A1型IS用対物ライフル「ファイヤーバレット」、光剣「カゲミツMk-Ⅱ」

特殊兵装:第4世代型システム「展開装甲」、自己進化型操縦支援システム「無段階移行(ネームレス・シフト)」、自立起動型遠隔操作ユニット「雪走」、第3世代型システム「ソードスキル・システム」、デュアル・コア起動システム「倭」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):神聖剣

単一使用臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト):神聖白夜

詳細:白式、紅椿というプロトタイプを経て束が完成させた第4世代型の完成系IS。現在はまだ組み立て途中で束のラボに保管されているが、その性能は束の計算では事実上世界最強のISだと断言出来るほど。

近距離、中距離、遠距離、全ての距離に対応し、攻撃、防御も完璧に整えられ、速度はこの世のIS全てを凌駕、挙句の果てに広域殲滅すら可能というある意味ではISという存在そのものの完成型とも言える。

開発者の束は白式の調整をしていた時から既にこの機体のコンセプトを構想していたらしく、しかし展開装甲のデータが無いという事で開発に時間が掛かってしまった。

しかし、白式が二次移行(セカンドシフト)した事で全身展開装甲になり、データが取れるようになった事で一気に開発が進み完成した。

開発当初より操縦者に一夏を想定しているため、基礎フレームから装甲の強度や削り角、システム等々、一夏が操縦する事で初めて機体の性能を120%発揮出来るようにした完全一夏専用ワンオフ機であり、白式から移植したコアと夏奈子が乗っていたテンペスタのコアの二つを搭載したデュアル・コア起動システムのお陰でエネルギーが従来のISの2倍となった全く新しいタイプのIS。

 

 

機体名称:打鉄弐式

世代:第3世代型

使用者:更識簪

武装:連射型荷電粒子砲「春雷」、対複合装甲用超振動薙刀「夢現」、独立稼動型誘導ミサイル「山嵐」、攻防一体式複合兵装「ヘカトンケイル」

特殊装備:第3世代型システム「マルチロックオン・システム」

単一仕様能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:元々は倉持技研が開発中だった機体だが、白式の方へ人員全てが行ってしまった為に開発凍結される筈だったのを簪が引き取りIS学園にて独力で完成させようとしていた機体。その後、明日奈の伝でレクト社IS武装開発局にて完成された。

元々の予定していた武装はそのまま完成させた他、レクトで独自に開発した攻防一体式複合兵装「ヘカトンケイル」を新たに追加した。

ヘカトンケイルは攻撃、防御、機動の三つの形態を持つ武装で、普段は複数の板のようなパーツに分けられている状態だが、パーツの組み方によって形態を変化させる。

一つ目の形態が攻撃形態「コットス」。夢現を核にして巨大な剣のような形になり、レーザー刃が刃の部分を覆い、敵を叩き斬る武装形態。また、この形態の時のみ発動する最強の一撃「フルンテイングの剣」は刃の部分に展開されたレーザー刃へシールドエネルギーの90%を注ぎ込んで放つ最大火力の斬撃となる。

二つ目が防御形態「ブリアレオース」。巨大な盾となって正面を守るか、バラバラに分解した状態で周囲を覆い、シールドを発生させて全方位を守るフィールドを発生させる。

三つ目が機動形態「ギューゲース」。非固定浮遊部位(アンロックユニット)に接続して独自のスラスターを機動用に使うという簡単に言えば推進力の増設を行う。

 

機体名称:ブルー・ティアーズ・アンダイン

世代:第3世代型第二形態

使用者:セシリア・オルコット

武装:大型レーザーライフル「スターライトMK-Ⅲ」、ショートブレード「インターセプター」

特殊兵装:射撃型誘導兵器「アンディーン」×4、弾頭型誘導兵器「アンディーン」×2、突撃型誘導兵器「ディープブルー」×2

単一使用能力(ワンオフアビリティー):ディープクライム・ネプチューン

詳細:ブルー・ティアーズが二次移行(セカンドシフト)した姿。装甲などに変化は無いが二次移行(セカンドシフト)によって変化した元々のビットと、新たに増えた2基のビットの分、非固定浮遊部位(アンロックユニット)は大型化され、ブースター及びスラスターの増設が行われた。それに際して通常時の速度は今までの倍あり、ストライクガンナーを装備した場合は第4世代機にも並ぶ。

新たに追加されたビット兵器であるディープブルーはレーザー刃を出して相手に突撃し、そのまま相手を突き刺した後、敵内部でレーザー刃を拡散し、内部破壊を引き起こす。

発現した単一使用能力(ワンオフアビリティー)は全ビットを展開して敵を覆い、ビット同士をレーザーで繋いで敵を内部に閉じ込めたまま特殊なフィールドを形成。その後、ナノマシンがフィールド内部に散布されてフィールド内部温度を5000℃~-218℃まで急激な温度変化を繰り返す熱凍地獄を作り出す。ただし、使い所を誤れば確実に相手を殺傷してしまうので、使用には十分注意が必要。普通に使用すれば絶対防御を無視して対象を蒸発させてしまう。

 

 

機体名称:トーデストリープ

世代:第3世代型(暫定)

使用者:スカイ

武装:全距離対応広域殲滅用戦斧「ジェノサイド」、銃剣「エイメン」、対城破壊殲滅兵器「パイン砲」、全方位一斉射撃ビーム砲「ジェームズ」

特殊装備:コア起動用独立システム「???」、収束型超高エネルギー速射砲「ボルメテウス」

単一仕様能力(ワンオフアビリティー):無し

詳細:亡国機業が開発したスカイ専用機で、本来なら第4世代を目指して開発していたのだが、展開装甲のデータが無いので第3世代機として暫定的に完成させた。

今後、展開装甲のデータが手に入れば第4世代に改造予定。




感想返しが終わったら、俺……寝るんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 「新婚生活と最愛の愛娘」

お待たせしました。
キリト夫妻(もう黒の剣士一家で良いよね?)の生活です。


SAO帰還者のIS

 

第四十九話

「新婚生活と最愛の愛娘」

 

 キリトとアスナは無事に結婚して22層にあるコラルの村から少し離れた森と湖に囲まれたログハウスを購入、そこへ引っ越して二人っきりで新婚生活を始めた。

 殺伐とした世界で、常に最前線に立って戦い続けた二人の束の間の休息は実に平凡で、それでいて本当に心休まる穏やかな日々だ。

 朝は一緒に起きてアスナの作った朝食を食べて、昼は散歩しながら適当な場所でアスナ手作りのお弁当を、夜は星空を映し出す湖を眺めながら夜風に当たり、一日の終わりは同じ寝室で眠る。

 そんな夫婦としてごく当たり前の日常が何より楽しくて、幸せを感じられて、二人の間には笑顔が絶えない。

 

「ねぇ、アタシさ……そろそろ砂糖吐きそうなんだけど」

「奇遇ですわね、わたくしもですわ……」

「あはは、二人とも、和人もお姉ちゃんも常にこんな感じだよ?」

「うむ、これがクラリッサの言っていた万年バカップル夫婦というやつか、流石は日本通のクラリッサ、言い得て妙だな」

「取りあえずラウラ、そのクラリッサさんっての日本に連れて来い……ちょっと説教が必要だ」

 

 一夏のラウラへのツッコミはともかく、映像ではナツとユリコ、そしてキリトとアスナが似たような日常を過ごしている。

 だが、ナツとユリコの方が結婚歴は長いのに、何故だろうか……キリトとアスナ夫婦の方が格段に甘い雰囲気を漂わせていた。

 

『ねぇキリト君、今日はどこに行こうか?』

『ん……そうだ、良い所、あるよ?』

「あ……これって」

「ああ、覚えてるよな?」

「勿論だよー、新婚生活の中で一番大事な日なんだから」

 

 キリトとアスナは中睦まじく森を散策しており、少し薄暗い所まで来ていた。そして、映像の中のキリトはアスナにとある怪談話を始める。

 

「む……ゲームの中なのに怪談なんて存在するのか?」

「ううん、これって実はキリト君の作り話なの」

 

 箒の疑問に明日奈が答えた所で、映像ではアスナが視界に何かを見つけたのか、突然怯え出した。

 何事かと一同が注目していると、キリトもその人影を発見して視覚情報を拡大してみれば、そこには白いワンピースを着た黒髪の少女の姿が。

 

『あ、パパ、ママ、これって』

「そうだよ、わたし達がユイちゃんに初めて会ったとき」

『わぁ……!』

 

 ユイも覚えていたようだ。それも当然か、ユイにとってこれは最愛の両親と出会って、そしてキリトとアスナの娘になった記念すべき日なのだから。

 

「そこのAI……SAOで出会ったのか」

「なぁ千冬姉、ユイちゃんをAIって呼ぶのやめてくれないか? 流石に不愉快だからさ」

「AIはAIだろう、確かに人格があるのだろうが、それはあくまで人工物だ」

「織斑先生、それは流石にわたしも看過出来ませんよ? ユイちゃんは確かにAI……元々は人工的に生み出された存在かもしれない。でも、わたし達にとってこの子は何より大切な娘なんですから」

「ああ、その通りだ。だからユイをこれ以上AIって呼んだり、物扱いするなら織斑先生であろうと、俺は許すつもりは無い。誰が何と言おうがユイは俺とアスナの愛する娘なんだからな」

 

 ユイはただのAIではない。だからこそ、和人と明日奈の娘として扱っているし、ユイ自身も二人を両親として認識して、そして甘えてくれている。

 

「理解出来んな、高性能なAIなのは認めるが、それを娘扱いなど……」

 

 まぁ、それが普通の反応なのも理解は出来る。だが、それでもユイだけは、他のAIと一緒にされたくはない。

 その理由はこの後になれば嫌でも理解出来るだろうから、今は怒りを押し殺して先へ進む事になった。

 

『やぁユイ、俺の名前はキリトだ、呼んでごらん?』

『き、ぃと……?』

『キリトだよ、キ、リ、ト』

『ん~……きぃと?』

『ちょっと難しかったかな? 好きなように呼んで良いよ』

 

 記憶を無くし、感情すら幼子になってしまったユイは舌っ足らずな口調でキリトの名を呼ぼうとしているが、上手く発音出来ないらしい。

 苦笑しながらキリトがユイの頭を撫でて好きに呼ばせてみれば、次に出てきた言葉は今でも驚き、そして同時に少し嬉しかったのを和人は覚えていた。

 

『……パパ』

『お、俺……?』

『あうなは、ママ……』

『……っ』

 

 記憶が無いからこそ、無意識に親の愛情を求めたのかもしれないが、当時の事をユイに聞いても本人は何故か恥ずかしがって話してくれないので、今もって謎だ。

 

『うん……っ、ママだよ、ユイちゃん』

『……! パパ、ママ!』

『~っ! お腹減ったでしょ? ご飯にしよ?』

『うん!』

 

 キリトとアスナとユイが、初めて親子に、家族になった瞬間だった。

 この時はまだ、仮初だったのかもしれない。でも、間違いなくこの時、この瞬間から、三人は家族になったのだ。

 この日は一日、本当の親子の様に過ごした。アスナが作ってくれた朝食を食べて、三人で手を繋いで散歩をして、ユイの好奇心の指し示すがままに歩き回っていたらいつの間にか夕方になっていた。

 三人で夕食を食べて、アスナとユイが二人で風呂に入り、安楽椅子に座るキリトの膝の上に座ったユイが楽しそうにキリトとお話をして、最後はユイの希望で三人一つのベッドで眠る。

 

「ユイ、覚えてるか? この時、ユイは眠りながら俺の手に抱きついて離れなかったんだぜ?」

『お、覚えてませんよ~! この時、わたし寝てましたもん!』

「ふふ、ユイちゃんってばこの頃から甘えん坊だったもんねー?」

『それは……だって、パパやママに甘えるのが好きなんです』

「もう! 何でALOにログインしてなかったのかしら~! 今すぐユイちゃん抱きしめたい!!」

『IS学園に帰ってからログインした時、それまで我慢しますね、ママ』

 

 しかし、そんなささやかな親子の平和はこの日一日だけだった。

 翌日、まだ当時ユイがAIだという事を知らなかったキリトとアスナがユイの本当の両親もSAOにログインしているのではないかと思い、はじまりの街へ向かう事にしたのだ。

 それと、丁度二人を訪ねてきたナツとユリコにユイを紹介して、五人ではじまりの街へ行くと、はじまりの街を根城にしている軍の連中が徴収と称して非戦闘プレイヤー……それもまだ子供のプレイヤーから金や装備を巻き上げようとしているのを目撃する。

 

「あれ? ねぇ一夏……アタシが知ってる限りだとSAOって年齢制限が掛かってなかった?13歳以下が禁止だった記憶があるんだけど」

「ああ、鈴の言うとおりSAOには13歳以下の子供は使用しないようにってソフトのパッケージにも注意書きがされてたけど、好奇心の強い子供がほとんど生身のような感覚で冒険が出来るっていうゲームに心惹かれないわけがない」

「なるほど、そういうことね」

 

 当時のシリカでもログイン当初は13歳でギリギリだったが、それよりも下……小学生のプレイヤーはまずほとんど居ないのだが、本当に極少数ながら存在していた。

 子供達は基本的に命賭けの戦いをする度胸の無い者ばかりなので、はじまりの街の教会でサーシャという女性プレイヤーに保護され、ゲーム終了まで共に暮らしていたのだ。

 

「極少数というわりに、それなりの数は居るのだな」

「まぁ、1万人の内のって考えればこれくらいは少数だろうぜ」

 

 箒の呟きに一夏が答えたところで、映像では、キリト達がサーシャにユイをはじまりの街で見た事があるかという質問をしている場面になっている。

 残念ながら、恐ろしく広いはじまりの街を隅から隅まで隈なく保護できる子供達を捜したサーシャでも、ユイの事は見た事が無い。

 一応、黒鉄宮にある生命の碑に書かれている現在存命のプレイヤー名を確認したが、ユイの名前は存在していなかったのも確認している。

 いや、ユイというプレイヤーは存在しない事も無かったが、そのプレイヤーはSAO開始初期の頃に既に死亡が確認されており、その他のユイと名の付く名前……ユイのステータス画面を開いた時に見た「MHCP-01 Yui」という名はどこにも存在していない。

 途方に暮れていたキリト達だったが、突然教会を訪ねてきた者が居たので、一度中断してサーシャが来客対応に出たのだが、来客者は先ほど子供達から金を巻き上げようとしていた軍の人間だった。

 女性だったので、先ほどの一団の一人というわけではないようだが、もしかしたら先ほどアスナが軍の人間を撃退した事に抗議にでも来たのかと勘ぐってしまうのも無理は無い。

 

『軍の方、ですよね? 先ほどの事で抗議に来たんですか?』

『いえいえ、とんでもない! むしろ、よくやってくれたとお礼を言いたいくらいですよ』

 

 その女性……ユリエールはアインクラッド解放軍のリーダーであるシンカーの側近を勤めているのだが、その彼女が現在の軍の情勢を説明してくれた。

 軍はリーダーであるシンカーが部下達を纏めきれていないのが原因で、副団長のキバオウが事実上のトップとして狩場の独占や徴収と称した恐喝紛いの事まで行ってはじまりの街で暮らす非戦闘プレイヤーを苦しめている。

 だが、キバオウは25層のボス攻略の際に軍から多大な被害を出した事を切欠に発言力が日に日に低下して、ついには74層での軍の部隊の壊滅を契機に発言力を完全に失ってしまった。

 そこで、キバオウははじまりの街の地下で新たに発見された迷宮を独占して自身の地位回復を図ろうと画策していたらしい。

 

『それで、つい昨日の話です。キバオウはシンカーに二人っきりで話がしたい、お互いに腹を割って話をしたいから武装を一切持たずに話し合おうと言って地下迷宮の奥へ行き、そこにシンカーを置き去りにしたんです!』

「キバオウさんって、確か桐ヶ谷君がビーターって名乗る事になった原因になった関西弁の人ですよね?」

「ええ、あのキバオウですよ」

 

 幸い、まだシンカーは安全地帯に逃げ込んでいるのか、無事は確認されている。

 しかし、いつまでも一人でそんな所に残しておくわけにはいかないし、シンカー不在の今、キバオウがトップとして軍を動かす事になるから、事態は最悪と言えるだろう。

 そこで、ユリエールはキリトとアスナ、ナツ、ユリコの4人にシンカー救出の手伝いを依頼しに来たという事だ。

 何でも、地下迷宮はユリエールのレベルでは一人で攻略してシンカーの居る場所まで行くのは不可能らしい。

 涙ながらにそう言って頼み込むユリエールに、どうするか悩んでいたキリト達を動かしたのは、ずっと話を聞いていたユイだった。

 

『このお姉さん、嘘言ってないよ』

『ユイちゃん、そんなことがわかるの?』

『うん……上手く言えないけど、でもわかるの』

 

 子供の意見とは言え、ユイの言葉には不思議と説得力が感じられた。

 だからだろうか、4人ともシンカー救出に協力する旨をユリエールに伝え、ユイには教会でサーシャと留守番してもらおうとしたのだが。

 

『嫌! ユイも行く!』

『ユイちゃん、これから行く所は危ないの、だからお利口にして待っていようね?』

『嫌!』

『おお、これが反抗期ってやつか』

『馬鹿言ってないで! ユイちゃん……』

『嫌! パパ……』

 

 結論、愛娘の涙に勝てる父親は存在しなかった。




次回はユイの秘密とその後のニシダさんとのお話、アインクラッドでプレイヤー達は確かに生きていたのだと、それを語るときです。


あ、それと千冬がユイを物扱いしたことですが、また色々と言われるのも面倒なのでここで釈明を。
千冬の認識って、別に間違いじゃないっていうか、真相を知らなければ極々普通の反応、認識なんじゃないかな、と思うんです。
確かにSAOを知っている生還者や読者さんにとってユイはただのAIじゃないって解ってますけど、千冬も含めて真耶とか箒は当事者じゃない上に、ユイを見たのが今回の福音事件の時が初めてなので、ちょっと高性能なAIとしか思えないのも無理は無いですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話 「ユイの真実」

え~、ナツとユリコが加わってる分、ユイのシーンにも少し加筆があります。


SAO帰還者のIS

 

第五十話

「ユイの真実」

 

 はじまりの街の地下迷宮、そこは第一層の地下でありながら、出現するMobが60層クラスのモンスターばかりで、25層以降のボス攻略に参加しなくなって攻略組から外れた軍がこのダンジョンを独占するのは不可能だった。

 キバオウはそれでも独占を諦めていないらしいが、その前にシンカーという邪魔者を排除したいからこそ、この迷宮の奥に彼を置き去りにしたのだろう。

 

「にしても危険よね、はじまりの街って軍以外だと非戦闘プレイヤーとかが住んでいたんでしょ? もしそんなプレイヤーが地下迷宮に迷い込んだら大変じゃない」

「後でシンカーさんに聞いた話だと、発見されて直ぐに出現モンスターが60層クラスだって判明して、非戦闘プレイヤー立ち入り禁止って旨をはじまりの街に住んでるプレイヤーに伝えて周ったらしいよ」

「確か、シンカー派の連中がそれをやったってユリエールさんが言ってましたよね、キバオウ派はそんなの無視しろって言ってたらしいけど」

「キバオウの考えとしては勝手に入って死んだ奴の事なんか知らんって事らしい」

 

 まぁ、そんなキバオウもこの後シンカーが救出された事で完全に失脚し、はじまりの街からも追い出されて行き場を失くしたらしいが、自業自得だろう。

 

「地下迷宮はまぁ、確かにMobのレベルは高かったけど、所詮は60層クラスだからな、この時で既にレベルが90を超えてた俺たちなら難なく進めたよ」

「主にキリトさんが無双してましたよね」

「うん、キリト君がすっごく楽しそうに蛙倒してたよー」

「あそこまで行くともう病気、です」

 

 スカペンジトートという蛙型モンスターを倒して、スカペンジトートの肉という食材アイテムを大量ドロップしたキリトがアスナにそれを片っ端から捨てられるというコントもあったが、一行は無事にシンカーの居るフロアまで来た。

 長い通路の先にある部屋の中、そこが安全地帯となっているらしく、その部屋の中にシンカーの姿があって、ユリエールは一刻も早くシンカーに会おうと駆け足になる。

 キリト達は苦笑しつつその後を追おうとしたのだが、次の瞬間キリトとナツが敵の存在を察知し、慌ててキリトがユリエールを押し倒し、ナツがトワイライトフィニッシャーで襲い掛かってきた鎌の刃を逸らした。

 

「何に、これ……もしかしてこのダンジョンのボスなの?」

「ありえん! 新アインクラッドのフロアボス並か、それ以上の力はあると見えるぞ!?」

 

 流石はラウラ、ナツが剣で鎌を逸らすのが精一杯だったというのが見ただけで分かったらしい。

 

「ユリエールさんとユイちゃんが居る状況でこのボスと戦うのは無理があったらか、わたし達は二人をシンカーさんの居る安全エリアに退避させて、4人でこの死神と戦う事になったの」

「でも、正直苦戦した。スピードも、一撃の大きさも、グリームアイズ以上で、たったの一撃で私達全員のHPを半分も持って行かれたから」

 

 言葉を失った。

 ここまでの映像で見ても、この四人の実力は他のプレイヤーとは桁違いだったし、ISでも代表候補生どころか、国家代表レベルにすら届くほど近接戦闘能力は高いというのに、その四人ですら一撃でそんなに危険な状況に追い込まれるなど、勝てる要素が見当たらない。

 

「そう、勝てなかったんだ、俺達は……だからこそ、ユイは」

 

 ユイがどうしたのか、そう問う前に、映像の方で答えが出てしまった。

 映像の中でユイが、アスナに言われて転移結晶を使ってユイと共にはじまりの街へ避難しようとするシンカーとユリエールから離れ、転移していく二人に目もくれずキリト達の前……死神の目の前に立ったのだから。

 

「ちょ、ちょっと! ユイちゃん危ないじゃない!」

「そう、思ったよ、俺だって……でも、ユイちゃんは」

 

 ユイ目掛けて死神が鎌の刃を振り下ろす。

 だが、その刃はユイの脳天に突き刺さる事無く、その手前で紫色の障壁に阻まれていた。その障壁には破壊不能オブジェクトの文字が。

 

「破壊不能オブジェクト……そっか、ユイちゃんってAIって事は、プレイヤーじゃないもんね」

 

 シャルが安堵した様に呟いた。

 その通り、ユイはSAOでは破壊不能オブジェクトという扱いを受けており、攻撃しようとも一切の攻撃を受け付けない。

 そして、ユイは突如浮かび上がって炎に包まれると、その手に巨大な剣を召喚し、炎を纏った剣を死神の脳天に叩き込んだ。

 その一撃で炎に包まれた死神は一切の抵抗も許されず消滅し、炎は消え、ゆっくりと地面に降りたユイに、両親であるキリトとアスナが声を掛けた。

 

『パパ、ママ……全部、思い出したよ』

 

 今にも泣きそうな声で、ユイがそう言った。

 ユイに案内されて先ほどシンカーが居た安全エリアに入った四人は、真っ白な部屋の中央に黒いコンソールらしき物体がある部屋を見渡しながら、そのコンソールの上に座って俯くユイを見つめている。

 記憶を取り戻したということは、当然だがユイはこれから自身の正体について、説明してくれるのだろうから。

 

『ユイちゃん、思い出したの? 今までの事』

『はい……キリトさん、アスナさん、ナツさん、ユリコさん』

 

 この時が初めてだった。ユイがパパ、ママ、ナツお兄さん、ユリコお姉さんと呼ばず、名前で他人行儀な呼び方をしたのは。

 

『このソードアート・オンラインというゲームは、一つの巨大なシステムによって支配されています。システムの名はカーディナル、24時間人間がフルタイムで対応せずともメンテナンスを可能にする為に設計されたこのシステムが、自らの判断でゲーム内のバランスを制御しているのです』

 

 カーディナルの名はALOをやっている面々にも初耳だったので驚いていた。

 このカーディナルシステムはALOでもSAOで使われていたカーディナルシステムのフルスペックバージョンの複製が使われている事を説明すると、更に驚いている。

 

『モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランスなど、何もかもがカーディナルシステムのシステム群に支配されています……プレイヤーの、メンタル的なケアすらも』

 

 そう、本来であればSAOはデスゲームではなく、普通のゲームだった。普通のゲームと同じでプレイヤーキル、所謂PKも楽しめるゲームだったのだ。

 そういったプレイヤー殺しをゲームで行う事が出来るからこそ、メンタルケアすらもカーディナルの役割だった。

 

『メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号、コードネームYUI……それがわたしです』

『『『『っ!?』』』』

 

 ユイが己をAIだと明かして、正直最初に思ったのは、とてもではないがAIには見えないという事だ。

 それもそうだろう。現在でも既に人間と大差ないどころか、完全に人間と全く同じ仕草、反応、応答も出来るユイだが、当時からそれは変わらなかったのだから。

 

『プレイヤーに違和感を与えないように、わたしには感情模倣機能が組み込まれています……』

 

 そう言い切ったユイは、俯きながら涙を流していた。涙を流しながら、それでもキリト達に心配を掛けないようにと、笑っている。

 

『偽物なんです、全部……この涙も。ごめんなさい、アスナさん』

 

 何も、言えない。映像を見ている者達も、全員が何も言えなくなった。

 

「いや、待て……AIが記憶喪失になるのか? 桐ヶ谷達と出会った当初は、記憶喪失になって、感情模倣機能すらも幼児化していたであろう?」

「それは……」

 

 SAOの正式サービスが開始された時、カーディナルシステムはユイにとある命令を下した。それは、プレイヤーへの一切の干渉禁止というもの。

 やむなく、ユイは干渉出来ないのであればと、プレイヤーのメンタル状態をモニタリングしていた。だが、状態は……最悪だった。

 

「当然だよな、なんせあの頃は全てのプレイヤーが混乱してて、本当に死ぬかもしれないっていう恐怖に苛まれて、自殺する人や自棄になって他のプレイヤーを殺そうとする奴、女性プレイヤーをレイプしようとする奴、そういった奴の被害にあって憎む奴、多くのプレイヤーが恐怖、絶望や怒りっていう負の感情ばかり募らせていたんだから」

 

 一夏の説明で雰囲気が一気に暗くなった。しかし、それは事実であり、SAO開始から1ヶ月で自殺したプレイヤーは100人を超えるのだから。

 だが、本来であればそういったプレイヤーの為にメンタルヘルスカウンセリングプログラムとしてユイが存在していて、直ぐにでも駆け付けなければいけない筈なのに、カーディナルの命令で接触出来ないユイは、ただ絶望していくプレイヤー達を見ている事しか出来なくて、段々とエラーをその身に蓄積して、崩壊していった。

 

『でもある時……他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメーターを持った四人のプレイヤーに気づきました』

 

 それが、キリト、アスナ、ナツ、ユリコの四人だった。

 

『喜び、安らぎ……でもそれだけじゃない。そして、特にその感情パラメーターが大きかった二人、その二人に少しでも近づきたくて、わたしはフィールドを彷徨いました』

 

 エラーを蓄積し、崩壊寸前の身だったからこそ、自身の救いを求めて四人の内、最も喜びや安らぎ、愛情といった感情の大きかった、強かった二人の下に、ユイは現れた。

 

『それで、22層の森に……』

『はい、キリトさん、アスナさん……わたし、二人にずっと会いたかった。おかしいですよね、そんな事、思えるはず無いのに……わたし、ただのプログラムなのに』

 

 涙を流し続けるユイの言葉が、こうして改めて見ていると和人と明日奈の胸に突き刺さる。

 

『ユイちゃん……あなたは、本当の知性を持っているんだね』

『わたしには……わかりません。わたしが、どうなってしまったのか』

 

 すると、ずっと無言でユイを見つめていたキリトが動いた。

 ゆっくりとユイに近づいて、俯いたまま涙を流すユイの顔を、優しい表情で覗き込む。

 

『ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。一時的にでも、俺達の事をパパ、ママって呼んでくれて、ナツやユリコの事もお兄さん、お姉さんって呼んでくれた……だから、自分の望みを言えるはずだよ。ユイの望みは何だい?』

『……わた、しは……わたしはっ! ずっと、一緒に居たいです……』

 

 ゆっくりと、ユイがキリトに向かって手を伸ばしてきた。

 真っ直ぐにキリトを見つめて、ただキリトと、アスナだけをその瞳に映して……、親の愛情を、温もりを求めて。

 

『パパ、ママ……っ!』

 

 堪らず、アスナがユイに駆け寄って目一杯抱きしめた。アスナ自身も涙を流しながら、同じように涙を流す愛娘の温もりを、腕一杯に感じようと。

 

『ずっと、ずっと一緒だよ……ユイちゃん』

『ああ、ユイは俺達の子供だ』

 

 アスナごとユイをキリトが抱きしめ、そしてその様子を見つめていたナツとユリコもゆっくりと三人に近づいた。

 

『俺だって、ユイちゃんの事、短い間だったけど可愛い妹みたいに思ってるから、だからさ……ナツさんなんて他人行儀な呼び方しないでくれ』

『私も、ユイちゃんにお姉さんって言われて、凄く嬉しかった……ユイちゃんは、私にとっても、大切な妹だよ』

 

 だけど、ユイの表情は晴れなかった。むしろ、何かを諦めようとしているような、そんな顔をしている。

 

『もう……遅いんです』

『え……?』

『遅い……?』

『な、何言ってるんだよユイちゃん、これから……』

『遅いなんて、そんな事』

 

 しかし、事実とは残酷なもので、ユイが座っているコンソールはGMがシステムに緊急アクセスする為に設置されたコンソールなのだ。

 ユイはこのコンソールを使って先ほどの死神を消去したのだが、それと同時にユイはカーディナルによってプログラムチェックをされている。

 カーディナルの命令に違反してキリトとアスナに接触して、更にはモンスターをメンタルヘルスカウンセリングプログラムに備わったGM権限を行使して消去したユイは、システムにとって異物とされ、直ぐにユイという存在は……消去されてしまう。

 

「お待ちください! それでは今ここに居るユイさんは!? 消去されてしまったのなら、ユイさんがここに居る理由は……!」

「セシリア、落ち着いてくれ……大丈夫、ユイが此処に居る理由はちゃんと映像に出てくるからさ」

 

 そう、消去されてしまったのなら、ユイが今もこうして和人達と一緒に居る訳が無い。だがその答えは、映像を見ていればわかるからと、とりあえずセシリアを宥めて映像の続きを再生する。

 

『パパ、ママ、ナツお兄さん、ユリコお姉さん……ありがとう。これでお別れです』

『……っ! 嫌っ!!』

 

 涙を浮かべて、泣きそうになりながら、それでも笑ってお別れを言うユイに、アスナが抱きついた。

 

『そんなの嫌よ! これからじゃない……! これから! 私とキリト君とユイちゃん、親子三人で仲良く楽しく暮らそうって!』

 

 アスナの願いは、だけど叶わない。何故ならユイの体が徐々に光の粒子となって消え始めたのだから。

 

『ユイ! 行くな!!』

 

 キリトも堪らずユイの手を掴むが、そんな事でユイの消滅が止まるわけも無く、ユイの身体はどんどん透明になって、向こう側が透けて見える程になっている。

 

『パパとママの傍に居ると、みんなが笑顔になれる……ナツお兄さんやユリコお姉さんみたいに、みんなが仲良くなれる……お願いです、これからも、わたしの代わりにみんなを助けて、喜びを分けてあげてください』

『やだ、やだよ! ユイちゃんが居ないと、わたし笑えないよぉ!!』

 

 消えて行く娘を抱きしめて、アスナが泣きじゃくる。

 そんな母の姿に、ユイは笑顔でそっと頬に手を添えた。その温もりを忘れないように、最後まで感じていられるように。

 

『ママ、笑って? ユイの大好きな、ママの笑顔を、見せてください……』

 

 その言葉を最後に、ユイの姿は完全に消えて、その名残である光の粒子も少しずつだが消えようとしている。

 

『そんな……ユイちゃん!』

『うそ……嘘だよ』

 

 何も出来なかった。ただ、消えて行くユイを、見ているだけしか出来なかったナツとユリコも、涙を流しながら遣る瀬無さに拳を握り締めて、自分への怒りを、何処にもぶつけられずに震えていた。

 完全に消えて、光の粒子すらも消えて、アスナが泣き崩れるのを、呆然と見ていたキリトは、だけど直ぐにその表情を憤怒に染める。

 

『っ!! カーディナル!! いや、茅場!!! そういつも、お前の思い通りになると思うなよ!!!』

 

 突然、コンソールのキーボードを操作し始めたキリトは必死の形相で、ただただ無我夢中になって愛娘を奪ったカーディナルと、茅場晶彦への怒りを熱意に変えた。

 

『キリトさん、何を……?』

『キリト君……?』

『っ! 今なら、今ならここのGMアカウントで、システムに割り込めるかもしれない!』

『っ! キリトさん、手伝います!!』

 

 ナツもまた、無我夢中だった。

 気がつけばキリトの隣に立ってもう一つ出現したキーボードを操作して、キリトとナツ、二人の作業が完了した瞬間だった。

 

『『うわっ!?』』

 

 コンソールから発せられた光に二人は弾き飛ばされてしまう。

 

『キリト君……!』

『ナツ君……!』

 

 アスナとユリコが弾き飛ばされた二人に駆け寄ると、ナツは不敵な笑みを浮かべ、キリトも同様の笑みを浮かべながらアスナに何かを握り締めている手を差し出す。

 

『…・・・え? これって』

 

 アスナに渡されたのは、小さな水滴のような形をした水色の水晶だった。

 小さくて、今にも壊れてしまいそうなのに、何故かとても暖かくて、その宝石にはあり得ない温もりを、アスナは知っている。

 

『ユイが起動した管理者権限が切れる前に、ユイの本体をシステムから切り離した』

『その後、俺が切り離されたユイちゃんの本体をアイテムとして、こっちにオブジェクト化したんです』

『っ! じゃあ、これって……!』

『……ユイの、心だよ』

 

 こうして、ユイの本体はカーディナルシステムから切り離され、そのコアプログラムはキリト……和人のナーヴギアにあるローカルメモリに保存された。

 

「いやぁ、いっくんもかず君も凄いねぇ! まさかカーディナルシステムからプログラムの一部を切り離すなんて荒業、よく出来たものだよ!」

「いや、ナツが手伝ってくれたおかげですよ……俺一人じゃ、間に合ったかどうか」

「俺なんて殆ど無我夢中で……昔、束さんが電子工学の事を少し教えてくれなければ、とても」

「ううん、それでも二人は凄いことをしたんだよ……晶彦君の作ったプログラムを、一部でも切り離すなんて偉業を成し遂げたんだから」

「束さん……もしかして、茅場と知り合いなんですか?」

「……それは、今はまだ話せないかなぁ。まだ、時期じゃないから」

 

 時期じゃない。それがどういう意味なのか、束は何も言わなかった。

 ただ、束はARスクリーンに映るユイの姿を見て、不思議そうな表情で見つめ返してくる彼女に、ただ微笑みを浮かべるだけ。




次回はニシダさん登場と、最後の決戦へ

あ、それと機体設定に一つ、謎の存在を追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話 「最後の平和と最後の決戦」

ついにSAO編も残すところ2話(これ入れて)



SAO帰還者のIS

 

第五十一話

「最後の平和と最後の決戦」

 

 ユイが消えてからの日常は、至って平和なものだった。

 相変わらず朝起きて朝食、昼には遊びに出かけて夜になればログハウスで夕食を食べてという何気ない普通の生活をしていたキリトとアスナだった。

 だが、とある日、キリトが釣りをしていると、一人のプレイヤーとふとした事から知り合うことになった。それがリアルでは東都高速線という通信会社に勤務しているというニシダと名乗る壮年の男性。

 SAOでは戦いに出る事は無く、基本的には釣りをして生計を立てている彼は、その日も釣りに出かけた所でキリトと出会ったのだ。

 

「大人でも居るのだな、戦いに出ないで生活している者も」

「そりゃあそうですよ、ニシダさんみたいにゲームがしたくてSAOにログインしたんじゃなくて、会社の関係で視察といった理由からログインした人だって居たんです。そういう人は最初から戦う事への覚悟なんて無いから、当然だけど剣を持って戦うなんて出来ない」

「それに、2年も経てば攻略組の人ですらSAOでの生活に馴染んで、それぞれ自分の生活っていうものを送る人だって居ましたから」

 

 SAOと他のVRMMOゲームの違いは、デスゲームか、そうではないか、の違いだけではなく、そこに現実世界と変わらない日常が、生活があったという点だろう。

 前線やフィールドは確かに殺伐としていたが、街の中などでは殆どが生活感を感じさせていたものだ。

 

『パパ、ママ、夏休みにはニシダさんに会いに行くんですよね?』

「うん、ユイちゃんの事、ちゃんと紹介したいし、やっぱり少しでもお世話になったからね」

「今度はリアルで釣りを一緒にやりたいからな」

「キリト君、リアルでも釣れなかったら流石に笑うからねー?」

「う、いや……大丈夫、だと、思うよ?」

 

 ニシダとの交流は楽しかった。

 ヌシ釣りでは多少のトラブルこそあったものの、どれもが良い思い出で、彼との交流があったからこそ、アインクラッドでも普通に生活している人達が沢山居るのだと改めて思う事が出来たのだ。

 

「でも、それが俺達にとって最後の平和だった……ヌシ釣りが終わって直ぐに、ヒースクリフからメールが届いたんだ……緊急招集命令のメールがな」

 

 緊急招集命令、それを聞いて全員の表情が強張った。

 緊急という言葉が意味するのは、間違いなく良くない事態が起きた事。そして、最後の平和という事と、現在の最前線が75層だという事から、最後の戦いが来る事を悟る。

 SAOが75層という途中でのクリアになった事はニュースでも報じられていて、クリアしたプレイヤーの名前こそ公開されていないが、途中クリアの事そのものは結構有名なのだ。

 

「俺とアスナがヒースクリフの所で聞かされた招集理由は簡単さ。ボスの部屋が見つかった事と、先遣隊が全滅した事だった」

「全滅だと!? 先遣隊は何人だったんだ?」

「調査隊20人の内、先遣隊は10人で構成されていた……その10人全員がボスの部屋に入った時、ボスの部屋へ通じる扉が突然閉じたらしい。調査隊の残された10人が何とか扉を開こうとしたらしいけど、結局5分後に自動で開くまで空けられなかった」

「それで、調査隊の残った10人が部屋の中を覗き込んだんだけど、先遣隊の10人の姿もボスの姿も、そこには無かったの」

 

 生命の碑を確認した所、先遣隊10名全員の名前に横線が引かれていたので、ボス部屋の中で死んだのは間違いない。

 誰一人転移しなかった事からも、ボス部屋は結晶無効化空間になっているのは明白で、最後のクォーターポイントの強力なボスが、更に手強くなるのは簡単に予想出来た。

 

「入ったが最後、死ぬかボスを倒すまで出られない……ね。流石にそれはアタシでも戦うのは遠慮したいわ、命が掛かっているのなら尚更よ」

「わたくしも、それは遠慮したいですわね」

「まぁ、普通はそうだろうな。でも俺達攻略組はそうも言ってられないから……だから俺もキリトさんも、ユリコとアスナさんだけでもこの時の攻略には参加して欲しくなかった」

 

 ヒースクリフから話を聞かされた後、ユリコと共に来たナツにもキリトとアスナがヒースクリフから受けた説明をした。

 そして、次の戦いは本当に不味いという事でキリトとナツはアスナとユリコに今回の戦いには参加しないで欲しいと願うが、二人は涙ながらにそれを拒否、結果として4人とも参加するという事になる。

 

「集まった攻略組全員がボスの部屋に移動して、いよいよ攻略が始まったけど……ボスの部屋に入っても何も居なかった」

 

 百合子の言う通り、映像では攻略組がボスの部屋に突入して直ぐ、扉が閉じたものの、ボスの姿は無かったのだが、アスナが物音をキャッチして真上にボスが潜んでいるのを察知した。

 そこに居たのは巨大な骨で出来たムカデのようなボス、両腕の鎌が凶悪なその名は、スカル・リーパー。

 一気に天井から落下してきたスカル・リーパーを避けようと避難する攻略組だが、避難に遅れた二人がスカル・リーパーの鎌の餌食となり、たったの一撃でその命を散らす。

 

「一撃!? そんな、攻略組ってレベルが相当高いんだよね? なのに、一撃で?」

「こんな、簡単に死ぬのか……」

 

 シャルロットと箒が、たったの一撃で死んだ二人のプレイヤーを見て、驚き、そして呆然としてしまう。

 一般のプレイヤーより明らかにレベルが高く、HPだって多い筈の攻略組プレイヤーが、一撃でその命を散らしてしまうなど、何の冗談なのか、この時はキリト達ですらそう思ったものだ。

 

「熾烈な戦いだった。巨体の割りに素早いスカル・リーパーの攻撃は防御しても直ぐに回りこまれて無防備な所を攻撃されてしまうし、後ろから攻撃しようとしても尻尾の攻撃すら当たり判定が出てしまうから、迂闊に近づけないんだ。しかも一撃でも食らえば死ぬというのが最初の二人でよく判っているから、本当に攻撃を避けるので精一杯だったぜ

「俺は二刀流だったから、攻撃を片方で受け止めて、もう片方で攻撃しようとも思ったんだけど、攻撃が重すぎて二刀共防御に回さないと受け止める事が出来なかった」

「私の無限槍も同じ……正直、攻撃する余裕なんて無かったかな」

 

 だから、一番厄介な鎌はダントツの防御力を誇るヒースクリフと、攻略組で最もレベルの高かったキリトとアスナの三人が食い止めて、他の全員が側面から攻撃する方向で攻撃が始まった。

 ナツ、ユリコ、クライン、エギルの四人がメインアタッカーとなって、とにかく側面からダメージを与え、他のメンバーも必死に攻撃を加えている。

 鎌を抑えるヒースクリフ、キリト、アスナも防御や回避を駆使して何とか所々で攻撃を加えているものの、クォーターポイントのボスの名は伊達ではなく、スカル・リーパーのHPの減りは随分と遅い。

 そうこうしている内に死者がどんどん増えて、攻撃するメンバーが減っていく中、長い時間を掛けてようやくスカル・リーパーを倒した時には、全員疲労困憊状態で、まともに立てる者などヒースクリフだけだった。

 

「一夏、結局この戦いでは何人死んだ?」

「……14人」

「そんなに……っ!?」

 

 千冬の問いかけに答えると、そのあまりの数に真耶が息を呑んだ。

 精鋭だったであろう攻略組から、そんなにも死者を出したのは25層以来で、本当に苦しい戦いを乗り越えてきたのかと、改めて思い知らされる。

 

「しかし、この男は凄いものだな……一夏や和人さん達ですら座り込んでいるのに、一人涼しい顔をして立っているなど」

 

 箒が指差したのは映像に映るヒースクリフの姿だった。

 確かに、何も知らなければヒースクリフは本当に凄いプレイヤーだと思うだろう、尊敬もしよう、だけどこの男の事に関してだけは和人も一夏も、それに明日奈と百合子までもが表情を歪める。

 

「箒、こいつは凄いのは確かだけど、でもそれだけじゃないんだ」

「? それは、どういう……」

 

 簡単な話だ。何故なら映像で今からそれが判明するのだから。

 映像の中のキリトが突如ヒースクリフに攻撃をしたのだが、その隙を突いた攻撃はヒースクリフに直撃するものだと思われていたのだが、剣でも盾でもない、全く別の物によって遮られてしまったのだ。

 

「破壊不能オブジェクト!? ハァッ!? 何であれがプレイヤーに出てくるのよ!! ヒースクリフってユイとは違って間違いなくプレイヤーでしょ!?」

 

 プレイヤー……確かにヒースクリフ(・・・・・・)というアバターはプレイヤーなのだろう。

 だが、その正体は……。

 

『システム的不死……どういう事ですか団長?』

『この男のHPゲージは、どうあろうとイエローまで落ちないよう、システムに保護されているのさ』

 

 キリトの説明、それを聞いた時、セシリア達は嫌な予感がしていた。

 そもそも、何故SAOが75層という中途半端な所でクリアになったのか、スカル・リーパーを倒した時、その時だって今までのボス戦の時と何も変わらず、この後で76層のアクティベートをするだけの状態だった。

 であれば、この後直ぐに何かがあってクリアになったのだろうが、そのクリアとなる原因があった筈で、それはつまり……。

 

『この世界に来てから、ずっと疑問に思っていた事があった……あいつは今、どこで俺達を観察し、世界を調整してるんだろうってな』

 

 それは、明確に疑問に思っていたのは恐らくキリトくらいだろうが、心の何処かではプレイヤーの誰もが思っていた事なのかもしれない。

 だが、キリトがそれを明確な疑問として持てたのは、カーディナルの存在を知っているから。カーディナルがあっても、細かな調整をするゲームマスターは、この2年間どこでアインクラッドでの様子を観察しているのか。

 そんなの、ゲーマーであれば少し考えれば簡単に判る事だった。

 

『でも俺は、単純な心理を忘れていたよ。どんな子供でも知ってる事さ、他人のやってるRPGを、傍らから眺める事ほどつまらない事は無い』

 

 そう、RPGというジャンルのゲームは自分でプレイしてこそ面白いのだ。他人がやっているのを眺めるだけなど、そんなつまらない事は他に無いだろう。

 子供であれば誰もがそれを知っている。ゲーマーじゃなくても、それは今のゲームが多く溢れている現代を生きる者であれば子供の頃にゲームをやっているだろうから、殆どの者が必ずは経験している筈だ。

 

『そうだろう? ヒースクリフ……いや、茅場晶彦』

「馬鹿な! この男が……晶彦さんだと!?」

 

 ヒースクリフの正体、それをキリトが口にした時、千冬が驚きの声を上げた。いや、声を出さなかっただけでセシリアや鈴音、シャルロットにラウラ、それに真耶とて驚いている。

 写真や映像で見た事がある茅場晶彦の顔と、ヒースクリフの顔は一つも一致していないのに、何故……キリトがそれに気づいたのか。

 

『何故気づいたのか、参考までに教えて貰えるかな?』

『最初におかしいと思ったのは、決闘(デュエル)の時だ……最後の一瞬だけ、アンタ余りにも速すぎたよ』

 

 あ……、と声を出したのはセシリアと鈴音だ。彼女達は最初のキリトとヒースクリフの決闘(デュエル)の時に感じた違和感はそれだったのか、とようやく気づいたのだ。

 

『やはりそうか、あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった……確かに、私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階100層で君達を待つ筈だった、このゲームの最終ボスでもある』

 

 なんとも趣味の悪いシナリオだ。最強のプレイヤーが一転して、最悪のボスとして登場するなど、彼の性格の悪さとでも言うのか、それが滲み出ている。

 

『最終的に私の前に立つのは、キリト君……君だと予想していた。ユニークスキル二刀流は、全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者にこの世界におけるラスボスにして魔王として登場する私を倒す勇者の役目を担う筈だった。だが……君は私の予想を超える力を見せた、そこに敬意を評するが、まぁ……こういった想定外の事態も、ネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな』

 

 キリトの二刀流には、そんな役目が与えられていたのかと、ただ二刀流というスキルを持っているだけではなかったのかと、ヒースクリフの言葉に驚かされてばかりだ。

 すると、血盟騎士団の一人が、今まで信じてきた団長の裏切りとも言える行いに怒りを表して斬り掛かってきたのだが、ヒースクリフは冷静にGM権限を行使してキリト以外全てのプレイヤーに麻痺のバッドステータスを付加する。

 

「うそ! お姉ちゃんまで!」

「む、これは不味い状況だ……疲弊して、HPとて満足に回復していない状況で和人一人しか動けないのでは、奴が襲い掛かって来ても対処出来んぞ」

 

 まさしくラウラの言う通り、絶体絶命のピンチだった。

 それはキリトとて思っていた事らしく、麻痺状態になって倒れたアスナを抱きかかえながら真っ直ぐヒースクリフを睨んでいる。

 

『どうするつもりだ? このまま全員殺して隠蔽する気か?』

『まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方ない、私は100層の紅玉宮にて、君達が来るのを待つ事にするよ。ここまで育ててきた血盟騎士団、それに攻略組の諸君を途中で放り出すのは不本意だが、なぁに君達の力ならきっと辿り着けるさ』

 

 それで本来は終わる筈だった。ヒースクリフは皆の前から去って、残された攻略組は76層からの攻略を進めていく事になる、それが本来のシナリオだった。

 だが、最後にヒースクリフが何を思ったのかキリトへ自身の正体を看破した事への報酬を出すと言って来たのだ。

 

『チャンスをあげよう』

『チャンス?』

『今この場で私と一対一で戦うチャンスだ、無論不死属性は解除する。もし君が私に勝てば、ゲームはクリアされ、全プレイヤーをログアウト出来る……どうかな?』

 

 これが、SAO途中クリアの真実。この戦いでキリトが勝利したからこそ、SAOはクリアされたのだと判明したが、本当にキリトは勝てたのだろうかと、少し疑問に思ってしまう。

 確かに、決闘(デュエル)の時は良い勝負を出来ていたが、今度のヒースクリフは一切の油断も無く、キリトの動きとて既に覚えているだろう。

 更に言うならヒースクリフが茅場晶彦だというのなら、当然だが自分が開発したソードスキルの動きや予備動作など全て記憶している筈だから、ソードスキルの一切が通じない可能性があるのだ。

 

「戦ったよ……戦ったから、SAOはクリアされて、俺は日本政府から解放の英雄と呼ばれているんだ」

 

 この後、アインクラッドの勇者にして後の開放の英雄と、アインクラッド最強の剣士にして魔王の戦いが始まる。

 その激闘を、頂上決戦を、この場の全員がついに目にする事になった。




次回遂にSAO編お終い!
ALO編はさっと流してとっとと臨海学校編終わらせます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話 「死闘の末、妖精の世界へ」

やっとSAO編終わったぁ!!


SAO帰還者のIS

 

第五十二話

「死闘の末、妖精の世界へ」

 

 ヒースクリフから告げられたキリトとの一対一の勝負、それに勝てばSAOは即クリア、全プレイヤーが一斉にログアウト出来るという大チャンス。

 だが、相手はアインクラッド最強と名高き聖騎士であり、レベルこそキリトの方が上であっても実力の上では互角、そして手数ではキリトが上回っていてもヒースクリフの防御はそれを更に上回る。

 正直、キリトが不利の戦いではあったが、キリトは告げられた瞬間から今までの2年間で死んでいった者、涙を流したアスナ、消えていったユイの事を思い出し、ヒースクリフへの怒りという感情が込み上げていた。

 

『……ふざけるな』

 

 こんな簡単にクリア出来るのなら、今まで死んだ人達は何だったのか。100層到達を目指して、その中で散っていった人達、デスゲームという脱出不可能の現実に絶望して自ら命を絶った者達、彼らの死が、まるで無意味であったかのように思えて、我慢ならなかった。

 だけど、ここでクリア出来れば、今生き残っている人達が救われる。ならば、キリトがやるべきは、一つだったのだ。

 

『いいだろう、決着をつけよう』

『キリト君……っ!』

『ごめんな、ここで逃げる訳にはいかないんだ』

『死ぬつもりじゃ、ないんだよね?』

『ああ、必ず勝つ。勝って、この世界を終わらせる』

 

 後に6000人もの人を救った英雄は、このとき何を思って戦いに臨んだのだろうか。まだ当時16の小僧が一人で命賭けの戦いに赴き、そして大勢の人を救う。

 その肩にはどれほどのプレッシャーが圧し掛かっていたのか、その場に居なかった者には想像する他ない。

 

『キリト! やめろー!!』

『キリトー!!』

『キリトさん!!』

 

 エギル、クライン、ナツ、三人の叫び声が木霊する。一人で戦おうとする弟分を、兄貴分を止めるために。

 思えばいつもそうだった。彼はいつも一人で何かを背負い込み、一人で傷ついて、そして今回だって一人で命を賭けた戦いに赴こうとしているのだから。

 

『エギル』

『っ!』

『今まで、剣士クラスのサポートありがとな。知ってたぜ、お前が儲けの殆どを中層プレイヤーの育成に注込んでいた事』

『……!』

 

 まるで今生の別れのようなキリトの口調に、エギルが何かを言おうにも言葉が出なくなっていた。キリトの顔を見て、キリトがどんな覚悟で戦いの臨もうとしているのか、解ってしまったから。

 

『クライン……あの時お前を、置いて行って悪かった』

『っ! てめぇキリト!! 謝ってんじゃねぇ! 今、謝んじゃねぇよぉ!! 許さねぇぞ! 向こうで飯の一つでも奢ってからじゃねぇとぜってぇ許さねぇからなぁ!!』

『わかった……向こう側でな』

 

 クラインにも、解ってしまったのだ。弟分の悲痛な覚悟を、背負っているプレッシャーを、だからこそ、死んで欲しくないからこそ、共に現実世界に帰る事を約束させたのだ。

 

『ナツ……こんなビーターの俺を、ずっと慕ってくれてありがとうな……俺、妹は居るけど弟は居なかったから、お前の事、本当の弟みたいに思えて、凄く嬉しかったぜ』

『俺も…俺も姉は居るけど、兄貴が居なかった! だから、だからキリトさんの事、本当に…兄貴みたいで…だから、死なないでくださいよ!! 向こうで、向こうで絶対! 会って一緒に遊ぶ約束を、守ってくださいよ!』

『ああ、向こうでIS/VSを教えてくれる約束、楽しみにしてるよ』

 

 ナツにも、止められない。慕い続けた兄貴が、死をも覚悟の上でこの戦いに挑む事を、悟ってしまったから。

 止めたい、でも止められないと、キリトの性格をよく知っているからこそ。

 

『ユリコ、向こうでナツと一緒に会えるのを楽しみにしてるよ……ナツと、俺とアスナとお前で、また一緒に遊ぼうぜ』

『……はい、必ず。だから生きて、必ず勝ってください、お義兄さん』

 

 もう、誰も止められなかった。

 ナツ達だけじゃない、周りに居る攻略組の……キリトより年上の者達にも、止める事は出来ない。ずっと年下のキリトにだけ戦わせて、自分達大人が子供に重荷を背負わせる事になった事が、みんな何より悔しいかった。

 

「和人さんの覚悟、まさしく騎士……いえ、戦士のそれですわ」

「ああ、軍人でも何でもない……元々はただの一般人だった筈なのに、この覚悟は見事だ」

「そんな大したものじゃないさ……ただ、この時は必死で、ヒースクリフを倒す事だけしか考えられなかった」

 

 でもそれがSAOクリアに繋がったのだから、和人には英雄としての素質があったのかもしれない。

 事実として、彼は意図せず、本人にはそのつもりが無くとも日本政府から英雄扱いされているのだから。

 

『悪いが、一つ頼みがある』

『何かな?』

『簡単に負けるつもりはない……でももし俺が死んだら、少しの間で良い、アスナが自殺できないよう計らってくれ』

『ほう……良かろう』

 

 その言葉にアスナがキリトの死を予想してしまった。キリトが死んで、一人になってしまう自分を、後を追う事も出来ずにただクリアを目指して戦い続けなければならない日常を想像してしまったのだ。

 

『キリト君駄目だよ! そんなの……そんなの無いよぉー!!』

 

 アスナの叫びも空しく、キリトとヒースクリフは互いに剣を構えた。もはやアスナにすら、キリトを止める事は出来ない。

 

『キリト君!!』

 

 アスナの叫びを最後に、静寂が訪れ……そして、勝負は唐突に始まった。

 キリトの両手に握ったエリュシデータとダークリパルサーがヒースクリフに襲い掛かり、対するヒースクリフはそれをリベレイターの盾で受け止め、時に避ける。

 互いに一進一退、紙一重の剣戟を繰り広げ、勝負は互角、ソードスキルを一切使っていないのに、その戦いは正しく頂上決戦の名に相応しいものだった。

 

「す、すごい……」

 

 ハイレベルの戦いに、箒が思わず呟いた。

 自身も紅椿で二刀流を使っているのもあり、二刀流自体は学んでいる。だが、キリトの二刀流は箒のように流派による型など無い我流のものであるのにも関わらず、魅せられたのだ。

 はたして、自分にここまでの戦いが出来るのか、そう思ったが……無理だと首を振る。

 確かに剣に関しては決まった流派を持つ以上、箒の方がもっと上手に扱えるだろう。だが、キリトの剣は、流派を持たないが故に流派を持つ箒では決して真似出来ない高みを感じてしまった。

 

「やっばいわ、アタシじゃ絶対に勝てないわね……」

「僕も無理、かな」

 

 鈴音とシャルロットもヒースクリフの戦いを見て、自分達がもし剣のみで彼と戦った場合を想像してみたが、絶対無理だと首を振る。

 

「ちーちゃん、どう?」

「……晶彦さんが優勢だ。桐ヶ谷は確かに善戦しているが、決定打が無い」

「うん、同感かな。それに晶彦君はソードスキルをデザインした張本人だから、ソードスキルは全て読まれてしまう……正直、かず君に勝ち目が無いっていうのが本音だよ」

「だが、桐ヶ谷は勝ったからSAOがクリアされたのだったな……なるほど、日本政府が一夏よりも奴を優遇する理由が理解出来た。桐ヶ谷は6000人の命を救った英雄本人であって、一夏はIS世界大会優勝者の弟でしかない……大勢の人を救った訳でもない人間の弟と、実際に救った人間では、どちらを優先するのか問われるまでもないのか」

 

 それでも、一夏を含め攻略組として75層のボスと戦ったメンバーは日本政府からSAOクリアの切欠へと至った英雄達の一人として数えられている。

 実際にクリアした英雄である和人とは別に、英雄達の一人として一夏はカウントされているので、優先度こそ和人より低いものの、日本政府にとっては大切な人材なのだ。

 フルダイブ環境への親和性が高く、実力もあり、将来性のある10代の若者という事で、色々と便宜は図られていた。

 

「あ! 事態が動きましたわ!!」

 

 ヒースクリフの一撃がキリトの頬を掠り、それによって冷静さを欠いてしまったキリトがついにソードスキルを発動してしまった。

 発動したスキルはまだSAO生還者組ではない誰もがまだ見た事の無い二刀流最上位ソードスキル、ジ・イクリプス。

 キリトの最強の切り札である27連撃は確かに凄まじいのだが、やはりその全てがヒースクリフに読まれてしまい、攻撃の全てを盾によって阻まれてしまう。

 そして、最後の一撃となったダークリパルサーは盾に阻まれた際に折れてしまい、それと同時にキリトの心までもが折れてしまった。

 スキル後の硬直によって死を覚悟したキリトに、無常にもヒースクリフの剣が振り下ろされ、その体に剣が届こうとした……その時。

 

「え!? お姉ちゃん!?」

 

 麻痺状態で動けなかった筈のアスナが、システムを上回る人間の意志とでも言うべきなのか、キリトの前に身を投げ出して、ヒースクリフの剣をその身に受けてしまった。

 

「ウソ……何で明日奈さん、え……だって生きてるじゃん」

 

 鈴音の言う事も最もだが、映像ではアスナはそのHPを全損して、キリトの腕の中でポリゴンの粒子となって消えてしまった。

 愛する者を目の前で失ったキリトは完全に戦意喪失状態になり、折れたダークリパルサーの代わりに残されたランベントライトを拾い、力無くヒースクリフに攻撃するが、簡単にエリュシデータを弾き飛ばされてしまう。

 

「キリト君……あの後、こんな事が」

「君が死んだと思ったあのときは、絶望してたんだろうな……ただ惰性で剣を握ってた気がするよ」

「……ごめんね?」

「いや、こうして生きていてくれたから、もう気にしないでくれ」

 

 和人の右肩に頭を乗せる明日奈を安心させるため、その頭を優しく撫でる和人は、改めてアスナを失ったと思った時の事を思い出し、この温もりを二度と失わないと誓った。

 そして、映像の中で、ヒースクリフの剣がキリトを貫いてHPを全損させてしまい、キリトまでもが死んだ……筈だったのだが、そこで奇跡が起きたのだ。

 

「まぁ……」

 

 消える直前、キリトは最後の力を振り絞ってランベントライトをヒースクリフに突き刺し、ヒースクリフのHPを全損させる事で相打ちとなった。

 

「これが、SAOの全てだ……この戦いの後、キリトさんとアスナさんは、奇跡的に助かり、俺を含めて全プレイヤーがログアウトされた」

「でも、300人のプレイヤーがログアウトした筈なのに意識を取り戻さなかったという事件が、この後待ち受けていたけどな」

 

 それが、ALO事件の始まり。

 キリト、ナツ、ユリコの三人が囚われの身となったアスナを救うため、妖精の世界へと旅立つ始まりでもあった。




次回は崩れ去るアインクラッドを見て、まぁALOを軽く語ってお終いかな?
ようやく臨海学校が終わる……。
夏休み編楽しみだなぁ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話 「語り終わり」

お待たせしました、ついに語り終わりです。


SAO帰還者のIS

 

第五十三話

「語り終わり」

 

 SAOの物語もついに終わりを迎えた。

 キリトとアスナ、ナツとユリコがそれぞれ崩れ落ちる浮遊城を上空から見下ろし、互いに現実での再会を約束してログアウトして、現実で目覚めた事で映像も終わる。

 2年分の記録を編集して短時間で要点を見せるだけだったのに、随分と長かったように思えるが、これを実際に2年過ごしていた一夏達は本当に凄いと誰もが思った。

 常に命と隣り合わせの状況で戦い、そしていつしかアインクラッドでの生活を、本来なら非日常の筈のものを日常として過ごして、現実と変わらない“生活”というものを築いていたのだから。

 

「あれ? お義姉ちゃんの映像だけまだ残ってる……」

「ああ、それはね……」

 

 すると、明日奈だけではなく、和人や一夏、百合子の映像も再び始まった。

 しかし、映っている姿はSAOのアバターではなく、アスナ以外はALOをやっているメンバーからしたら普段ALOで見ている姿そのままだ。

 

「これってもしかして、噂の旧ALOにログインしたって事よね? 確か、アスナさんってSAOクリアしても未帰還だった300人の内の一人だって話だし、助けに行ったって話も聞いてるから、多分その映像じゃない?」

「正解だ鈴、これは旧ALOにアスナさんが囚われてると確信したキリトさんに誘われて俺とユリコもALOにログインしてからの映像だな」

 

 影妖精(スプリガン)のキリトは当時の髪をツンツンに立てている姿で、風妖精(シルフ)のナツとユリコは今のALOと特に変わらない姿だ。

 

「途中でキリトさんが妹の直葉……ALOではリーファか、リーファと出会って二人でシルフ領に来た時にやっと合流してなぁ……いや、あの時はどの種族で行くか始めに決めておくべきだった」

「私とナツは、偶然同じ種族だったけど……」

 

 キリト一人だけが別種族だったので、合流するのが遅れてしまったのだ。

 合流するまでの間にナツとユリコが初期装備をスイルベーンにある武器屋で購入した鎧、剣、槍に持ち替えて、合流してきたキリトも装備を初期装備から一新している。

 

「それから俺達三人とスグを入れた四人で世界樹を目指して旅をして、グランドクエストを知り合ったサクヤやアイシャの助けも借りてクリア、俺一人になったけどアスナを助け出したんだ」

 

 旧ALOの謳い文句だった世界樹頂上にある天空都市など存在しておらず、そこにあったのは須郷率いるレクト・プログレスの研究チームによる非合法な人体実験施設と、アスナを閉じ込めておく鳥籠という名の牢獄のみ。

 旧ALOとは須郷の実験の為の研究施設そのものだったのだ。

 

「下種にも程があるな、人間の脳を操り思考や記憶、精神まで自在に操ろうなど……虫唾が走る」

 

 元ドイツ軍人としての意見なのだろう、ラウラが須郷をそう言って吐き捨てる。

 いや、ラウラでなくとも全員が全員、須郷という男を下種な存在だと、キリトが須郷のアバターである妖精王オベイロンを倒した後に現実で逮捕されたという話を聞いた時は自業自得だと断じた。

 

「いっくん、かず君、もう知ってると思うけど……」

「ええ、須郷が脱獄したって話ですよね?」

「俺達も菊岡さんから聞いてますよ」

「そっか……どうやら笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と同じ組織に居るみたいだから、気をつけてね?」

 

 つまり、亡国機業(ファントム・タスク)に須郷が身を寄せているという事になる。

 それを知って一夏達の表情が少しだけ強張った。

 

「まぁ、それは追々考えるとして……千冬姉、これで分かっただろ? 俺がアインクラッドでの思い出を大事にしている事も、ALOをやっている理由も、今のALOでの仲間の事も」

「……ああ、理解したさ。理解しなければならん、それくらいはわかる……だが、やはり心配ではあるのも理解して欲しい、私はお前が眠っている間、ずっとドイツに居なくてはならなくて、海の向こうでずっとお前がもし死んだらと、それを考え怖かったのだと」

「……それは、勿論。心配掛けてごめん」

 

 これで、すれ違って来た姉弟も和解かと思ったが、やはり千冬には、根本的にVR技術の道に一夏が進むのは反対していた。

 

「一夏、お前は世界に二人しか居ないIS操縦者だ。いくらお前がVR研究者になりたいと希望していようと、日本がそれを支援していようと、国際IS委員会や、世界各国がそれを許す筈が無い。当然だが無理にその道に進むのであれば命を狙われるか、研究材料として身柄を狙われる事になる」

「覚悟の上だ。例え命を狙われることになろうと、俺は俺を貫く! それがアインクラッドで学んだ俺の剣士としての矜持だから」

「ならば……姉として、お前の剣士としての矜持、示してもらうぞ」

「……それって」

「IS学園に帰って直ぐだ、アリーナを開けて置くから来い。もし私が勝てばお前はVR研究者の道を諦めて秋の日本代表候補生選抜試験を受けろ。私が負けたのなら……ブリュンヒルデとしての持てるツテ全てを使ってでもお前を支援してやる」

 

 それが、千冬が姉として弟に与える最後の試練だった。

 己の道を進むのであれば、それを剣で示せと、剣士として、姉として、そして世界最強のIS操縦者として、織斑千冬に出来る最大限の譲歩だ。

 

「束、お前に頼みがある」

「何かな?」

「暮桜の封印を解除して貰いたい」

「……本気、なんだね」

 

 暮桜、嘗て千冬が世界最強へと至った愛機であり、世界最強の象徴。第1世代機という型遅れであるのにも関わらず、今尚最強の機体として名を馳せる千冬の剣、その封印を解いてでも、一夏の前に立ち塞がり試練を与えるという事か。

 

「どうする? この試練……お前は受けるか、それとも」

「受けるさ」

「ほう……」

「受けてやるよ……例えIS操縦が未熟だろうと、剣士としてなら、俺は千冬姉にだって負けない。それを、見せてやる」

 

 千冬と一夏がIS学園に戻り次第、戦う事が決まり、話は束と千冬、そして茅場の関係についてとなった。

 どうにも、この三人は知り合いらしいというのは話の中で何となく察する事は出来るのだが、どういう関係なのかまでは語られていない。

 

「晶彦君との関係か~……簡単に言えば小学生時代の先輩後輩かなぁ」

「そうだな、私たちが小学校に入学して直ぐ、束と晶彦さんは学校の二大天才児として有名になった」

 

 茅場は電子・情報工学の天才として、束は物理・機械工学の天才として、当時小学生ながら既に天才として学校側から扱われていた。

 二人の天才は直ぐに意気投合、千冬も束を通して茅場と知り合い、三人はよく一緒に居るようになったらしい。

 

「それから晶彦君が中学に上がって、高校、大学に行っても交流は続いていたんだけど」

「私と束が中学の時だな、束がISの開発に晶彦さんを頼ったのは」

「茅場が……IS開発に関わっていたのか!?」

 

 世間ではISは束一人で開発した事になっているが、実を言えばISのソフト面の殆どは茅場がその雛形を作ったとのことだ。

 束が直接手掛けたのはハード面のみ、更に驚くべき事はコアの開発も実は束と茅場の合作なのだとか。

 

「実はね、世間でブラックボックスになっているっていうコアの内部、その中でも晶彦君が手掛けた部分だけは未だに束さんでも解明出来てないんだよね~」

「つまりそれって、博士でもコアを新しく開発する事は出来ないという事ですの!?」

「そうなるかな、コア自体は晶彦君と一緒に500個だけ作って、それ以降は白騎士事件の影響で離れる事になったから」

 

 つまり、コアは実は500個存在しており、未だ世界に配られていないコアが束の手元にあるという事。

 紅椿やゴーレムのコアは、その束の手元に保管していたコアを使って作ったという事になる。

 

「多分、晶彦君が死んだ今となっては、コアを新しく作るのは無理かもしれないね。晶彦君が手掛けた部分の解明は、きっと無理だと思うから」

「じゃあ、ISが女性にしか乗れないという理由は……」

「あ、それは束さんが設定したからだよ~」

 

 真耶の問いにあっさり答えてしまった束に何度目になるか判らない驚愕が洩れ出てしまう。

 更に爆弾発言となる言葉が、束の口から飛び出てきた。

 

「いっくんとかず君がISを動かせる理由、もしかしたら晶彦君の手掛けた部分の何かが二人を認めてISを動かせるようにしたのかもしれないよ?」

「茅場が……」

 

 もしかしたら、死んで電脳化している茅場が何かをしたのかもしれない。

 結局のところ、一夏と和人が何故ISを動かせるのかという疑問は解決しなかったが、予想自体は出来るので良しとする。

 

「じゃあ、これで解散! あ、ちーちゃんはちょっと残ってね? 話があるから」

「む、わかった……では解散だ!」

 

 一夏達が部屋を出た後、残された束と千冬は互いに向き合って話を始める。

 

「それで、何の用だ?」

「そろそろ束さんも身を隠すのを止めようかと思ってね」

「何?」

「IS学園に身を寄せようかなぁって思ってるんだけど」

「馬鹿者、こちらの迷惑を考えろ」

「う~ん、でも安全性と、束さんの立場を考えると、IS学園に身を寄せるのが一番無難なんだよねぇ」

 

 それは確かにそうだが、ただ来られても学園としては迷惑以外の何者でもないのは確実だ。

 

「その代わり、束さんを学園で教師として雇ってくれるかな?」

「教師だと?」

「そう! ISの整備課の教師として、IS学園の教師になって後進育成するとなればIS委員会も納得はしなくとも文句は言えない筈だから」

 

 なるほど、それならば確かに問題は無さそうだ。

 後は学園の警備を強めれば良いだけなので、その点を見直せば文句も無いだろう。

 

「住まいはどうする?」

「IS学園の寮で空いてる部屋ってあるかな?」

「……教員用の部屋で良いのなら、空きはあるが」

「ならそこで」

 

 後日、国際IS委員会を含む世界政府に篠ノ之束より直接の連絡が入った。

 篠ノ之束はIS学園にて教員として後進育成に努める事にしたので、今後は一切の手出し無用、もし自分の身柄を求めてIS学園に攻め入り、生徒に危害が加わるような行為をした場合は、この世に存在する全てのISコアを強制停止すると。

 その通達が入った直ぐは混乱したが、IS学園学園長よりそれが事実であるとの確認が取れたことにより、IS委員会は世界政府に束及びIS学園への一切の手出し無用の旨を伝える事になるのだった。




次回はIS学園への帰還。
序盤に銀の福音の操縦者であるナターシャさんに登場して頂きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話 「アメリカ国家代表」

ちょっとオリジナル設定が加わってます。


SAO帰還者のIS

 

第五十四話

「アメリカ国家代表」

 

 SAO事件の語り終わりの翌日、いよいよIS学園一行は学園へと帰る事になった。

 既に殆どの生徒がバスに乗り込み、残るは教員が乗り込むだけとなっている中、千冬は見送りに来た束と話をしている。

 

「じゃあ、一旦ラボに戻って準備してからIS学園に行くね?」

「ああ、こっちもお前が来るまでに学園長に話をしておくさ」

「うん……あ! それと、一人IS学園に転入させたい子が居るんだけど」

「転入だと?」

 

 束が転入させたい子、何かとんでもない秘密でも隠されているのではないかと若干警戒してしまう千冬はたぶん、悪くない。

 

「名前はクロエ・クロニクル、束さんが娘として引き取った子なんだけど……まぁ、戸籍上の娘には未婚だから出来ないんで、保護責任者って立場なんだけど」

「お前の娘か……クロエ、だったか? クラスは恐らく3組になるだろうが、構わんか?」

「うん、大丈夫。それと一応だけど束さんが作った専用機も持ってるから、その辺だけ注意ね? 仕様書は後でちーちゃんの端末に送っておくから」

「トンデモ機体じゃないだろうな?」

「い、一応戦闘用じゃないから、そこまでオーバースペックな機体じゃないよ?」

 

 ただ、相手に幻惑を見せるという程度で、まともな戦闘は出来ないとのことだ。

 ならば大丈夫だろうと一先ず安心した千冬は、ふと視界の隅に見覚えのある金髪が映ったのに気がついた。

 その人物は明らかに日本人ではなく、そしてIS学園の生徒でも教員でもない人物、この旅館に現在居る人物でIS学園関係者以外の外国人となれば一人しか居ない。

 

「来ていたのか、ナターシャ・ファイルス」

「あらブリュンヒルデにドクター・篠ノ之、お久しぶりね」

「おやおや~? 懐かしい金髪が居ると思ったらなっちゃんじゃないか!」

「……あのですね束先輩、いくらIS学園の後輩だからって、この歳でなっちゃんはいい加減にやめてください」

 

 アメリカ国家代表にしてアメリカ空軍中尉、そして銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の専属操縦者、ナターシャ・ファイルス。

 実は彼女、千冬と束、それから真耶とは知り合いなのだ。

 千冬と束がIS学園第一期生で、ナターシャと真耶が二期生、まだ今のIS学園のように校舎や設備も充実していなくて、制服だってセーラー服だった頃に四人は一夏達と同じ学び舎で過ごしていた。

 

「しかし、あの頃はまだ専用機どころか、代表候補生ですらなかったナターシャが、今では国家代表とは、随分と成長したものだな」

「おやぁ? ちーちゃんってば、遠距離では一般生徒でダントツだったなっちゃんの事を認めてた癖に、随分な言い分だな~」

「……近接戦闘では負けん」

「近接戦闘だけ、の間違いでしょ?」

 

 公式戦無敗を誇る千冬だったが、実はIS学園在学時の成績は近接戦闘こそ学年どころか学園トップを誇っていたが、中距離、遠距離では然程良い成績だったとは言えなかった。

 それこそ中距離では真耶に、遠距離ではナターシャに負けていたのだ。

 

「先輩が現役の時はまだようやく代表候補生になったばかりだったけど、国家代表になったのは20過ぎた頃ですね。それで第三世代機のテストパイロットを任せて貰える事になったのに、今回の事件……正直、我が身の不幸を呪うわ」

「……すまんな、恐らく凍結されるであろう福音の事については力になってやれそうにない」

「いえ、構いませんよ。それより……先輩の弟君と、そのお友達に興味があったりしますね」

 

 暴走していたとは言え、アメリカとイスラエルが持てる最高の技術を使って開発された最新鋭の軍用ISである福音を撃破して見せた一夏達に、ナターシャは興味を持っているらしい。

 彼女がアメリカに居る時に入ってきた情報では素人ながら剣の腕前が高いけど、IS操縦はまだまだ未熟、という程度だったが、それがまさか福音を倒して見せたのだから、興味を持たない方が無理というもの。

 

「ああ、会っていくか? ……と言いたいが、今日は勘弁してやってくれ」

「あら?」

「どうやら寝てるらしい」

 

 バスの窓から見えた一夏や和人の姿を見て、呆れる千冬と笑みを浮かべるナターシャ及び束、どうやら随分と疲れているらしいので、このまま寝かせておく事にした。

 

「ねぇなっちゃん」

「何ですか?」

「良かったら福音、凍結されないように手を打とうか?」

「良いんですか?」

「うん、今回の事件の裏を調べてるとね……下手に凍結するのは不味いかもしれないから」

「詳しく、聞かせて貰えますか?」

 

 後輩としての表情から一変して、軍人としての表情になったナターシャに、束も先輩としての表情ではなく、科学者としての表情でナターシャと向き合う。

 

「今回の事件の裏には、亡国機業(ファントム・タスク)が絡んでる。この名前はなっちゃんも聞いたことがあるよね?」

「ええ、裏世界の更に裏……所謂、第三世界に根を下ろす最大のテロリスト組織だとか」

「そう、その組織が絡んでるっていう確証を得たのは、福音を倒した地点に都合良く亡国機業(ファントム・タスク)の人間が現れた事」

「なるほど……」

「更に、福音が暴走した理由はハッキングを受けたからだっていうのは調べて直ぐに判明したよ」

「あの……一応機密扱いされてる機体なんですが?」

 

 その辺を束に突っ込んでも無駄なのは理解してるので、一応は言葉にしても半ばスルーして続きを促す。

 

「奴らの狙いは多分、福音の強奪だと思う。手順としては先ず福音を暴走させて、その後は暴走した危険な機体という事で凍結された福音を……持ち主の手から離れる事になった福音を強奪する。持ち主が持ってるISより、持ち主の手から離れたISの方が強奪はし易いからね」

「強奪……その為にあの子を暴走させたという事ですか」

 

 ギリィッ! っと、ナターシャが歯を食い縛った。これから愛機になる予定だった大切な機体、製作の段階から関わって、人一倍愛情を注いでいた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を、強奪しようとしているというのも勿論だが、その為の手段として暴走させられたという事に怒りを感じているらしい。

 

「となると、確かに凍結は不味いですね……自分で言うのもアレですが、あの子は軍用機として最新鋭の名に相応しい性能を持っているわ。当然だけど亡国機業(ファントム・タスク)に渡ったりした場合、悪用されれば並の競技用として調整されてるISでは歯が立たない可能性が高いもの」

「そうならない為に、この束さんが手を打とうと思ってるんだよ~。てわけで、これ」

 

 束がナターシャに差し出したのは一本のUSBメモリーだった。

 

「この中に今回調べられる限りの裏付けとなる証拠全てを保存しておいたから、福音が凍結される前にこれを軍に見せてね。これで福音凍結は防げる筈だから」

「……では、確かに受け取らせていただきました」

 

 メモリーを受け取って着ていたスーツのポケットに仕舞ったナターシャがようやく軍人としての表情から後輩としての表情に戻る。

 堅苦しい話はこれで終わりだと、改めて千冬と束に頭を下げた。

 

「お世話になりました、千冬先輩、束先輩」

「ああ、元気でな」

「また会おうね~」

「はい、それでは」

 

 踵を返してバスから遠ざかったナターシャはすれ違った嘗てのクラスメートである真耶に一言二言挨拶を交わしてから去っていった。

 残された千冬と束も、そろそろ時間だと向き合う。

 

「それじゃあね」

「ああ、来る時は連絡の一つでも入れろ。迎えにくらいは行ってやる……校門で、だがな」

「ありがと……それじゃあ、最後に一つだけ」

 

 立ち去ろうと踵を返す束だったが、頭だけ千冬の方へ振り向いて笑みを浮かべた。

 

「いっくんとの試合までに剣の鍛錬、しておいた方が良いよ……正直、今のいっくんの剣の腕はちーちゃんより上だから」

「それは、篠ノ之流師範代としての言葉か?」

「そうなるかな~? ちーちゃんは確かに競技者としての腕前は超一流だし、才能もピカイチだけど、実践的な剣の才能は皆無だからね。実践だって競技用の剣の腕でカバーしてるだけでしょ?」

「……」 

 

 事実だった。

 嘗て、千冬は剣の師であり、目の前に居る親友の父親でもある篠ノ之流師範、篠ノ之龍韻に指摘された事があるのだ。

 曰く、千冬の剣道の才能は正しく天賦の才と言って過言ではない。このまま修練を続ければ剣道の世界で確実に名を残す名選手になれるだろうが……残念ながら実践的な剣術の才能は皆無である、と……。

 その証拠として、何年か前のとある人物との戦いの後、暮桜の封印凍結を余儀なくされた。千冬はその戦いで、負けたのだ。

 

「いっくんは凄いよ……剣道の才能はちーちゃんにこそ劣るけど、高いものがあるのに、その上で実践的な剣術の才能が異常なんだもん。多分、剣術という分野でならいっくんは間違いなく私を超えるよ」

「お前をもか……」

 

 目の前に居る束も、一夏と同じタイプだった。

 束も競技である剣道の才能は確かに高いが、それは妹である箒の方が確実に高い。しかし剣術の才能は鬼才と呼べるだけのものなのだ。

 その束すらも上回れるほどの才能を、一夏は持っていると、束は断言している。

 

「今はまだ束さんが勝てるけど……、後一年くらいいっくんが実践を経験したなら……もう勝てないね」

 

 今の一夏は確実に千冬より剣の腕が上だと束は見ている。つまり、千冬が一夏に勝つにはISの操縦技術でカバーしなければならないという事だ。

 ISの操縦技術という点で言えば、確かに千冬は世界一で、彼女以上のIS操縦技術を持つ者など、束以外に存在しない。

 

「それじゃ、今度こそ帰るね」

「ああ、気をつけて帰れ」

「うん、じゃあね~」

 

 一瞬の風が吹いた。

 顔を打ち付ける風に目を閉じた一瞬で、千冬の目の前から束の姿は消えており、もう近くに束の気配は無い。

 

「あの、織斑先生?」

「ん、ああ……いや。それより山田先生、生徒達の点呼は終わりましたか?」

「あ、はい。もういつでも出発出来ますよ」

「わかりました、では我々もバスに乗り込みましょう」

「はい!」

 

 千冬と真耶が一組のバスに乗り込むと、バスの扉は閉じられてエンジンが作動する。

 

「では、これよりIS学園へと帰る。一同、お世話になった旅館へ礼!」

『ありがとうございました!』

 

 こうして、臨海学校は終了した。

 この後に待ち受ける期末テストの事を思うと、憂鬱になる生徒達だったが、今だけは疲れを癒す為に多くが睡眠を取っていく。

 千冬と真耶も、学園に着くまで交代で睡眠を取って疲れを癒しながら、生徒達が騒がないように見張るも、それほどの元気は流石に無いらしい。

 バスに揺られながら、IS学園一行はゆっくりと、学園への帰路へと着くのだった。




ようやく臨海学校編が終わったぁ!

次回は期末テスト通り越して直ぐに夏休み突入! と同時に束がIS学園へと引っ越してきて、暮桜の封印解除が行われ、いよいよ始まります最後の姉弟喧嘩! 一夏VS千冬の戦い!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み編
第五十五話 「世界最強の剣」


お待たせしました、ようやく学園に帰ってきましたよ~。


SAO帰還者のIS

 

第五十五話

「世界最強の剣」

 

 臨海学校が終わり、一年生は皆、学園へと帰ってきた。

 そして、帰ってきて直ぐに期末テストに向けての猛勉強をしている中、学園の地下深くにある最高機密ルームに二人の人影がある。

 部屋の中央に鎮座する石像の前に立つのは織斑千冬と篠ノ之束の二人。二人揃って目の前の石像を見上げながら静かに佇んでいる。

 

「久しぶりだな……暮桜」

 

 ふいに、千冬が口を開いて、目の前の石像に話しかけた。

 そう、この石像こそが嘗ての千冬の愛機であり、世界最強へと導いた剣、コアナンバー002を使って作られた世界で二番目のISにして今も尚、最強の名を欲しいがままにする第一世代型IS暮桜だ。

 

「束……頼む」

「うん」

 

 移動型ラボ、『我輩は猫である(仮)』を展開した束はケーブルを石像に挿して作業を始めた。

 これから行われるのは石像となって凍結状態にある暮桜の復活、再び嘗てと同じく千冬の剣として動けるようにするための作業だ。

 

「う~ん……やっぱり長いこと石像状態だったから色んな所にガタが来てるなぁ。ちーちゃん、動かすなら解凍後に一度オーバーホールしないと駄目かもしれないよ?」

「全て任せる。元々こいつを作ったのはお前だ、お前の好きなようにしろ」

「りょうか~い! じゃあ天才・束さんにお任せコースで行くよ~」

 

 暮桜の解凍自体は30分で終わるらしい。

 後のオーバーホールは全て束に任せて千冬は一人剣道場へと向かった。

 今はテスト準備期間中なので部活動は全て活動禁止になっているため、剣道場を普段使用している剣道部員は一人も居らず、千冬一人貸切状態だ。

 

「剣道着に身を通すなど、何年ぶりだろうな」

 

 剣道着に着替えた千冬は一緒に持ってきた真剣を腰に差し、道場の中央に立つと刀を抜き、得意としている篠ノ之流の技の一つ、一閃二断の構えを取る。

 

「……っ! ふっ!!」

 

 力強い踏み込みと共に振られた刀は白銀の閃光と共に空気を一閃し、鋭い音を響かせた。

 もしこれが対人であったのなら、相手の身体は脳天から股下まで真っ二つに両断されていただろう。

 

「衰えたな……やはり現役を退いてから剣を握る事が少なくなったのが原因か」

 

 まだ20代の千冬が年齢が原因で衰えるという事は考えられない。つまり考えられる衰えの原因は鍛錬をしなくなった事だ。

 いくら千冬が剣道の腕や才能に恵まれていようと、鍛錬を欠かせば衰えるのは必至、それでもまだまだ未熟者に負けるとは思わないが。

 

「ふむ……」

 

 ふと、何を思ったのか千冬の構えが変わった。

 それまでは篠ノ之流剣道としての構えだったが、今の構えは篠ノ之流剣術……つまり実戦を想定した剣術の構えだ。

 

「っ!」

 

 一閃、二閃と技を振るうが、恐らく束が見ていればこう言うだろう。「何とも無様な太刀筋だ」と……。

 いや、剣閃は確かに美しい。剣道の才能があるからこそ、剣筋というのは実に美しいのだが、剣術に求められるのは美しさではなく、確実に相手を殺す事であり、剣筋が美しいから見事だという評価は貰えないのだ。

 むしろ、実戦剣術において剣筋の美しさなど不要、そんなものをより確実に相手を殺す事を第一に考えなければならないのだから。

 これが、千冬に剣術に才能が無い理由の一つ。千冬の剣はどうしても見栄えが良くなる剣筋になってしまい、剣術を使おうとも不要な要素ばかりが目立って本当に必要な要素を詰め込む隙間が無い。

 言ってしまえば千冬の剣とはどこまで行っても剣道向きの剣であり、本来ならば実戦で扱うべきものではないのだ。

 しかし、それでも、と千冬は考えていた。

 

「一夏が私より強い……? なるほど、実戦経験もあり、その中で剣を磨いてきたのなら確かに実力があるのも当然と考えるべきだろう。所詮はゲームだなどと言うつもりは最早無いが……だが、それでもまだ」

 

 一夏が千冬よりも強くなってしまっては、もう一夏を守れないではないか。

 ずっと、一夏を守るために剣を、ISの腕を磨いてきたのに、その一夏が15にしてもう千冬より強くなってしまっては、もう守る側ではなく守られる側になってしまう。

 まだ、まだ千冬は一夏を守る側で居たいのだ。愛する弟を、大切な家族を守る姉で居たい……まだ、早いのだ。

 

「織斑先生」

「……桐ヶ谷か」

「ええ……少し、付き合って貰えますか?」

「……」

 

 一体何の用なのかと怪訝に思うも、和人の真剣な表情から大事な用事なのだろうと思い、着替えに少し待たせてから道場を出て和人に付いて行った。

 向かった先は千冬が寮長を務めるIS学園学生寮の1年生スペース、その中の一部屋である和人と明日奈の部屋だ。

 

「あ、おかえりキリト君、それといらっしゃいませ織斑先生」

「ただいまアスナ、準備は?」

「出来てるよー」

 

 中で待っていた明日奈が笑みを浮かべると、ベッドを指差した。

 そこには和人が使用しているベッドに二つ、明日奈が使用しているベッドに一つ、それぞれアミュスフィアが置かれており、既にLAN回線に繋がれてスタンバイしている。

 

「何のつもりだ?」

「何も言わず、ALOにログインしてください……先生に、今のナツが居る領域を、見せます」

 

 VRMMOをやれと突然言われて、はいそうですか、という訳にはいかない。断ろうとしたが、一夏が今居る領域というものに興味が湧き、そして同時に一夏が見ている世界を、魅了された世界を一度は見てみるのも一興かと渋々だが明日奈のベッドに置かれているアミュスフィアを被り、電源を入れた。

 

「それで、どうしたら良い?」

「えっとですね、まずは先生がその状態で全身をペタペタ触ってください。キャリブレーションをしますので」

 

 明日奈がALOへの初ログインにおける手順を説明している間、和人は自身のアミュスフィアをセットしてログインする準備を整える。

 

「あ、それから先生、ログインするのに必ず決めないといけない事があるんですけどー」

「決めなければならないこと?」

「はい、種族なんです。ALOは自分が妖精になって冒険をするゲームですので、まず初ログインの際に自分の種族を決めないといけないんです」

 

 前に一夏達がそんな話をしていたのを思い返し、なるほどと思ったが、そこで困ってしまった。

 

「な、何を選べば良いのだ……?」

 

 数ある種族から一つを選ばなければならないという決まり、だがどの種族を選ぶべきなのかという疑問にぶち当たってしまう。

 

「攻撃重視な種族でしたら火妖精族(サラマンダー)、スピード重視なら風妖精族(シルフ)がお勧めですね。他にも回復役に徹するなら水妖精族(ウンディーネ)、サポート魔法でしたら影妖精族(スプリガン)闇妖精族(インプ)が良いですし」

「ふむ……」

 

 ならば火妖精族(サラマンダー)が性に合ってそうだと思い、種族を決めた。

 後はログインして実際に初回設定時に種族を設定するだけだと、早速だが三人ともそれぞれベッドに横になる。

 

「「「リンク・スタート」」」

 

 

 アルヴヘイム・オンライン、その世界にある火妖精族(サラマンダー)領に、一人のプレイヤーがログインした。

 透き通る様な美しい桜色の長い髪とルビーの如き紅い瞳が特徴の女性、プレイヤー名をサクラと言う。

 

「これが……ALO」

 

 初めてALOにログインしたサクラは行き交う人々や街並みを見渡し、次いで自身が腰に一本の片手剣を差しているのに気がついた。

 

「しかし……どうすれば」

 

 困った事になったと思いながら途方に暮れていた千冬だったが、突然目の前に一人の男が下りてきて、慌てて剣を抜き警戒する。

 

「待った待ったぁ! 俺は怪しいモンじゃねぇっすよ!?」

 

 バンダナを頭に巻いた武士の様な装いの火妖精族(サラマンダー)、一体何者かと警戒するサクラに、男が意外な名前を口にした。

 

「俺はクライン、アンタがキリトやアスナちゃんの言ってた今日ログインするってビギナーで間違い無いか?」

「キリト……アスナ……あ、ああ、そうだ」

 

 その名は普段から聞いている名前なのでよく知っている。

 この男……クラインからその名が出てきたという事は、クラインは二人の知り合いという事になるが……。

 

「一応、アンタがどの種族を選んでも良い様に仲間内でそれぞれの種族の領で待っていたんだが、俺んとこが当たりたぁなぁ」

 

 そういえば、このクラインという男の顔、名前は見覚えがあった。

 そう、あれは確か臨海学校のとき、SAO事件の詳細を映像で見ていた時の事で、確かキリトというプレイヤーと一緒に映る事が多くあったクラインという野武士面のプレイヤーが居た気がする。

 

「まぁ、それは兎も角としてだ。これからキリトとアスナさんの居る所に案内するからよ、俺に付いて来てくれねぇか?」

「む、それは……遠いのか?」

「ん~、あの二人が居る場所はイグドラシルシティだから、まぁ飛んでいけば30分くらいで着くだろうぜ」

「と、飛ぶのか……」

 

 ISで飛んだ経験は豊富にあるサクラだが、ALOでの飛行は初めてだ。

 最初は補助コントローラーを使って宙に浮き、ヨロヨロと拙い飛行ではあったが先を飛ぶクラインを追いかけるサクラ。

 だが、だんだんとISも使わずに空を飛ぶという事が楽しくなってきたのか、先ほどまで仏頂面をしていたサクラの表情が少しだけ爽快感に緩む。

 

「気持ち良いだろ? アンタはIS使って空飛ぶのに慣れてるってナツから聞いてっけどよ、やっぱあんな機械使って飛ぶより自分の羽で空飛ぶってのは何よりの快感だからな」

「む、ああ……確かに、これは良いものだな」

 

 30分ほど経って、ようやくイグドラシルシティに到着した。

 イグドラシルシティに入ったクラインとサクラは、まずサクラの装備を整えなければと武具屋へ向かい、防具一式を選ぶ。

 

「金なら気にすんな、今回は俺の奢りだからよ」

「しかし、流石に初対面の人間にそれは」

「良いって! 報酬はちゃんと貰ってるから、アンタは気にせず装備整えなって! じゃないと大変だからよ」

 

 大変とはどういう事なのか、それを問いただす前に装備の購入が終わり、早速だが今の初心者装備である防具から購入した防具に着替える。

 白を基調として桜の花弁が描かれた着流し、紺色の袴のようなズボンと黒いブーツを履いて、手には茶色の皮製オープンフィンガーグローブを装備、ストレートに伸ばしたままになっていた髪はサクラのリアルの姿である織斑千冬の時と同じ髪型に結んで準備は完了した。

 

「よし、じゃあこっちだ」

 

 クラインに案内されて着いた場所はイグドラシルシティにある公共デュエルスペース、その一角にて全身黒い姿で、同じく右手に黒い片手剣を持つ影妖精族(スプリガン)の少年と、それに寄り添う形で水妖精族(ウンディーネ)の少女が立っている。

 更にはその周囲に猫妖精族(ケットシー)の少女や工匠妖精族(レプラコーン)の少女、それから明らかに日本人には見えない土妖精族(ノーム)のアメリカ人青年も居た。

 

「お前は……」

「俺ですよ、キリトです」

「そうか……ここでは現実の名はマナー違反なのだったな?」

「ええ、なので俺の事はここではキリトでお願いします」

 

 すると、キリトは工匠妖精族(レプラコーン)の少女……リズベットが差し出した一本の刀を受け取ってサクラへ投げ渡した。

 受け取った千冬は目の前に出たウインドウにあるトレード画面を見て、そこにリズベットよりサクラへの刀……ユキサクラの受け渡し確認のOKをタップする。

 

「んじゃあ、アタシの仕事はこれでお終い! それ、一応はアタシが作った傑作だから、大事に使ってくださいな」

「君が作ったのか……」

 

 鞘から抜いて刀身を見るが、その雪の如き白銀の輝きは実に見事で、正にプロの仕事だと言わざるを得ない。

 

「それで桐……キリト、お前の用事を聞かせろ」

「ここまで準備されてて、気づかないわけないですよね? 俺と、今から勝負して貰えますか?」

 

 キリトがシステムメニューを操作してサクラへデュエル申請を行う。それと同時に右手に持つ剣とは別にもう一本、黒い片手剣を出して抜くと、二刀流の準備を整えていた。

 サクラはその申請画面を見ながらキリトの真意を理解し、同時に剣士として、そして何よりナツの姉として一度はキリトとぶつかって見るべきだと思っていたのもあり、OKをタップ、完全決着モードでデュエル申請を受ける。

 

「条件は地上戦オンリー、先生はソードスキルがまだ使えないんで、俺はソードスキルを一切使いません」

「構わんが、別に危なくなれば使っても構わんぞ?」

「……なら、使わせてみてください」

 

 不適に笑うキリトに、サクラも同じような笑みを浮かべてユキサクラを抜いて構える。

 デュエル開始のカウントが進む中、それぞれ剣を構えるキリトとサクラを、アスナ、リズベット、シリカ、クライン、エギルが見守り、やがてカウントが0となり、デュエル開始となった瞬間、二人の戦いは始まった。




くーちゃん登場はもう少し待ってください。

姉と弟の戦いの前哨戦、それは苛烈の一言だった。
弟の見てきたもの、感じてきたものを理解しようと剣を振るう現実世界の最強と、そんな彼女へ弟分の見てきたもの、感じてきたものの一端を見せるために剣を振るう仮想世界の最強、二人の剣が火花を散らす時、頑なだった心に大きな兆しが芽生える。
次回、SAO帰還者のIS
「現実世界最強VS仮想世界最強」
戦いの火蓋が今、切られた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十六話 「現実世界最強VS仮想世界最強」

キリトVSサクラ、始まります。


SAO帰還者のIS

 

第五十六話

「現実世界最強VS仮想世界最強」

 

 黒と赤がぶつかった。

 デュエルがスタートした瞬間、キリトとサクラは同時に走り出して右手に持つ剣を振りかぶり、交差させるようにぶつけ合う。

 だが、キリトはサクラとは違い二刀流、左手にはもう一本の剣があるのだ。当然だが空いている左の剣がサクラへと振り下ろされるも、紙一重で避けられ、交差している右の剣を弾いたサクラが突刺をキリトの胸目掛けて突き出してきた。

 しかし、その突刺は半歩身体を傾けたキリトに避けられ、更に下から左の剣で叩き上げられ、サクラは大きく上体を反らしてバランスを崩す。

 

「せぁっ!」

「くっ……!」

 

 右の剣で突刺を放つキリトに対し、サクラはバランスが崩れた体勢から流れるようにバク転してキリトから距離を取り、突刺をかわした。

 しかし、それをキリトは追いかけて丁度サクラがバク転を終えて体勢を整えた時には既にサクラの目の前で左の剣を振り被って、今まさに振り下ろそうとしている。

 

「チッ!」

 

 刀で防御しようとしたサクラだが、受け止めたキリトの剣の余りの重さに思わず膝が屈してしまい、左から迫ってくるキリトの右の剣をまともに受けてしまった。

 

「……やはり、強いか」

 

 吹き飛ばされてしまったが、何とか足から地面に着地したサクラだったが、今ので左腕を斬り落とされてしまって、もう刀を両手持ちにするという手段は取れなくなってしまった。

 HPゲージも、今ので3分の1は減ってしまっていて、対するキリトには未だダメージが無い。なるほど、流石は嘗て英雄と呼ばれる地位にまで上り詰めただけの事はあると、改めてサクラはキリトの実力に感服している。

 

「強いな……まさか今の一合で決めるどころか、逆に斬られるとは思わなかった」

「これが、俺達アインクラッド攻略組の領域です」

「なるほど……面白い!」

 

 再び、サクラとキリトがぶつかった。

 そして、それを観戦しているアスナ、エギル、クライン、リズ、シリカ、ユイは冷静にサクラの剣技を分析して、彼女がどれほどの実力なのかを測っている。

 

「アタシにはサクラって人も相当強いって事しかわかんないんだけど……」

「私もです、キリトさんとまともにぶつかれる人なんてそんなに居ないですし」

 

 リズとシリカは元々攻略組ではないので仕方が無いかもしれないが、攻略組だったアスナ、クライン、エギル、それからずっとキリトの傍で彼の戦いを見ていたユイの四人はサクラの実力を凡そ測る事が出来ている。

 

「ありゃあキリトが勝つな」

「ですね」

「ああ、確かに彼女は強いが……あれは魅せる剣だ。殺し合いとかに使う剣じゃなく、競技に使う為のもの。確かに競技用の剣でも鍛え抜けば実戦でも使えるだろうが、本当に殺す為の剣を磨いた人間には、それを極めた人間には敵わん」

 

 その典型例がキリトであり、ナツでもある。アインクラッドにおいて剣士として最強だと言える人間をエギルは四人しかしらない。

 一人は勿論キリト、それからナツ、アスナ、そしてヒースクリフ。この四人の剣の腕は正しく最強を名乗るに相応しいもので、それぞれが剣士としての名に恥じない存在だとエギルだけではなくクラインも思っている。

 

「お、キリトのやつ、ようやく本気出すみたいだぜ」

「ソードスキル使わないって時点で、キリの字が本気なのかは疑問だがな」

 

 二刀流こそ使っているが、ソードスキルを使わない時点でキリトは本気ではない。

 アインクラッドの、そして今のALOの剣士にとってソードスキルを使わないというのは本気を出さないといっても過言ではないのだ。

 

「だが、その条件下で出せる最大で挑むだろう? それがキリトって奴だ」

「まぁな、キリの字は……俺達の弟分は、その辺は弁えられる奴だ」

 

 

 先ほどより明らかに速くなった。そうサクラはキリトの剣を何とか弾きながらも感じ取っていた。

 先ほど以上に洗練され、鋭く、速くなった剣筋は一撃一撃がサクラのHPを大きく削れるだけの威力があり、弾き切れず避け切れなかった剣が掠っただけでもHPをどんどん削られている。

 今も、右から迫ってきた剣を避けて左の剣を受け止めたと思えば、避けた筈の右の剣が再び迫ってきて、それを避けきれずに胸元を掠っていた。

 途切れる事の無い剣戟の嵐は、確実にサクラから攻勢に出る隙を奪い去り、完全な防戦一方な状況へと追い遣る。

 

「くっ……! (これが、一つの世界で頂点に立った人間の、人を救った人間の剣か……っ! 戦いの中で磨かれた天賦の剣、これはまずいな……っ)」

 

 キリトにも剣術の才能はある。だがそれはナツほどの鬼才と呼べるほどのものではないが、それでもナツ以上の実力をキリトが有しているのは、偏に電脳世界への親和性の高さがずば抜けている点と、戦いというものの才能がナツ以上に高いからだ。

 戦いの才能、それに加えて剣術の才能を併せ持つキリトは正に天賦の才の持ち主、それはおそらく剣術の鬼才ナツですら到達し得ない領域までキリトを押し上げた理由の一つなのだろう。

 

「まさか、私がここまで追い詰められるとはな……なるほど、たかだか競技の世界大会で優勝して世界一になったからと、無意識に天狗になっていた私が、敵わないわけだ」

 

 残るサクラのHPは半分を切っている。

 対するキリトのHPは未だグリーン、僅かに減っていてイエローになろうかというほどにはなっているが、それでもサクラよりもまだ余裕があった。

 

「しかし、それでも私にだって意地がある……まだ16~7の小僧に、完敗を期すわけにはいかん!!」

 

 サクラの動きが変わった。

 今まではキリトの速さに翻弄されるだけだったが、ようやく目が慣れて、キリトの動きにも反応が追い付けるようになったのか、今までギリギリ避けられるか避けられないか、といった剣を完璧に避けて見せて、受け止めていた剣も受け流して反撃に出るようになる。

 

「せいっ!」

「くっ……!」

 

 今度はサクラの反撃の番だ。

 既に片腕のサクラだが、その片腕でキリトの剣を弾き返し、その反動でキリトが上体を逸らすと、もう片方の剣が動く前に袈裟に刃を奔らせ、回し蹴りをキリトの腹に叩き込む。

 吹き飛ばされたキリトを追いかけるサクラはキリトが体勢を整える前に刀の刃を叩き込み、地面にキリトの身体を叩き付けた。

 

「ぐっ……けほっ」

「っ!」

 

 一気に攻めるとばかりにキリトへ刀の切っ先を向けて振り下ろそうとしたサクラだったが、視界にキラリと光る物を捉え、同時に直感めいた何かが警報を鳴らしたので慌てて上体を反らすと、サクラの頭のあった場所を何かが空を切りながら奔る。

 

「はぁっ!」

「っ!? チッ!」

 

 下段から振り上げられた剣をバックステップで避けたサクラは、ふと先ほどの物が何なのかと気になっていたが、地面に音を立てて落ちた物体を見て納得した。

 そこに落ちていたのは細長いピック、所謂投擲武器だ。

 

「そう言えば、貴様は投剣も出来るのだったな」

「最近は使う事が減ったんですがね」

 

 本当に油断も隙も無いとはこの事か。

 一気に攻めに転じようとしたサクラをあっという間に均衡へと持っていく手腕は正に見事と言うべきものだ。

 

「それで、まだソードスキルとやらは使わんのか?」

「う~ん……まぁ、本当に使うのをお望みなら、今から一個だけ」

 

 そう言ってキリトが剣を構える。すると、右手の剣がライトエフェクトによって輝き、キリトの表情も一気に引き締まる。

 

「言っておきますが……このスキルは魔法属性が付加された上位のソードスキルです、まともに受ければ今の先生のHPだと一気に全損します」

「なるほど、ならばそれを受けなければスキル後の硬直がある貴様に私は攻撃し放題という訳か」

 

 ISでもソードスキルを使用した後に硬直という名のシステムの一時機能低下が存在しているのをサクラは知っている。

 恐らくこのALOでもそれは健在だろうというのは予想出来ているので、上手くいけば逆転を狙えるだろうと気を引き締めて刀を構えた。

 

「……」

「……」

 

 一瞬の静寂の後、キリトが動いた。

 

「はぁああああああっ!!!」

「っ!」

 

 一気にサクラへと距離を詰めたキリトは、ライトエフェクトの輝きを放つ右の剣を横一閃、その一撃をサクラは何とか刀で受け止めたが、回転しながらサクラの右側面へと移動したキリトが再び一閃、それをまともに受けてしまい、続けざまの背後からの一閃と、腕を失っている左側面の一閃をも直撃してしまう。

 振り切られた後に4つの属性を持った剣の軌跡が四角を描くように広がって消える光景を見て、サクラは己が敗北を悟った。

 水平4連撃のソードスキル、ホリゾンタルスクェアは残ったサクラのHPを全損させ、サクラはリメインライトとなってデュエルに敗北する。

 

「(これが……この領域が、お前の立つ場所なのか……一夏)」

 

 リメインライトになったサクラの意識は、背中の鞘に剣を収めるキリトの後姿と、そんな彼の肩に舞い降りて笑みを浮かべるユイ、そして、寄り添うように駆け寄るアスナの姿を見つめていた。




黒の剣士とブリュンヒルデの戦いは終わった。
弟は姉に自分の剣士としての矜持を、自分の信念を貫く為、ついにその剣を家族へと向ける。
姉は弟の矜持、信念を試す為に自ら封印した嘗ての剣を取り戻り弟の前に立ちはだかった。
嘗て世界最強に輝き、今なお世界の頂点に君臨する最強の剣。それは弟を守る剣から、弟と対峙する為の剣となり、今……姉と弟、ブリュンヒルデと白の剣士の信念を賭けた闘いが始まる!
次回、SAO帰還者のIS
「姉弟対決、白の剣士VSブリュンヒルデ」
姉は弟に、弟は姉に、想いを剣に乗せぶつかり合う。


次回予告は感想を頂いた警備さんのアイデアをリスペクトして、少しアレンジしました!
警備さん、アイデアを頂きましてありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話 「姉弟対決、白の剣士VSブリュンヒルデ」

ついに始まりました姉弟対決!


SAO帰還者のIS

 

第五十七話

「姉弟対決、白の剣士VSブリュンヒルデ」

 

 IS学園はつい先日、学期末テストが終了して夏休みに入った。

 海外から来ている生徒の大半が夏休み初日には帰国しており、IS学園に居るのは日本人の生徒ばかり。

 その日本人生徒達も地方から来ている者はそれぞれの故郷へ帰郷しており、本当に残っているのは家が首都圏内にある者や事情があって帰らない者だ。

 一夏は自宅が東京都内にあるので時々帰宅して掃除などをするが、安全の為に一応は大半が学園内で過ごす事になっており、埼玉県在住の和人も同じ理由で時々の帰省はあるが、同じ様に殆どをIS学園で過ごす事になっている。

 百合子は千葉に自宅があるのだが、本人は帰る気が無いらしく、IS学園に留まり、明日奈も実家からの呼び出しが無い限りは同じだ。

 

「ナツ、今日だね」

「ああ……」

 

 そして、夏休み初日は一夏にとって大事な日でもある。それは姉である千冬との約束の日、姉との矜持を賭けた戦いの日なのだ。

 朝、朝食を食べ終えて、ある程度の準備を整えた一夏は百合子と和人、明日奈を引き連れて指定された第一アリーナを目指している。

 途中でシャルロットやラウラ、箒とも合流して辿り着いた第一アリーナでは、既に千冬が嘗ての愛機、白地に桜色のラインや桜模様が描かれた装甲が美しい最強のIS、暮桜を纏ってスタンバイしていた。

 

「あれが暮桜か……」

「ええ、あの頃のまま……千冬姉が世界最強に輝いた時のままですよ」

 

 嘗て憧れた姿、今では憧れは和人へと移っているが、それでも世界の舞台で戦い、更には誘拐された一夏を助け出してくれた時の姿が、そこにある。

 静かに目を閉じた一夏は精神統一をして、大きく深呼吸をした。

 

「……行くぞ、白式・聖月」

 

 白式・聖月を纏った一夏は右手にトワイライトフィニッシャーを展開し、カタパルトに接続する。

 管制室に居る真耶へOKサインを出すと、カタパルトに電源が入り、いつでも出撃可能な状態になった。

 

「ナツ、気負うな」

「頑張ってねナツ君」

「信じてる」

 

 一夏の勝利を願い、そしてそれを信じてくれる仲間達にグッと親指を立てて返し、静かに見守る箒、シャルロット、ラウラへ目を向けた。

 

「織斑先生のIS操縦技術は最高レベルだから、気をつけてね一夏」

「技術で勝てないからと、勝利を諦めるな」

「……ぶつかって来い!」

「おう!」

 

 気合は十分だ。後は、己の信念を、想いを、戦い抜いてきた大切な2年間で学んだ全てを、右手に握る剣に込めるだけ。

 

「頼むぜ白式……相手が世界最強だろうと、斬れない相手じゃない。ただ近づいて斬る、それが俺達のやり方だ……それを貫こうぜ!!」

 

 一夏の気持ちに応えるかのように、白式・聖月の駆動音が更に大きくなった。

 まるで、白式も気合が十分だと、世界最強が相手であろうと、臆する事無くぶつかって行こうと、そう語りかけるかの様に。

 

「織斑一夏……いや、白の剣士ナツ、白式・聖月……行くぜ!!」

 

 カタパルトが射出され、白式・聖月を纏った一夏はアリーナへ飛び出て行った。

 アリーナで待っていた千冬は、ようやく来た弟の姿を確認すると、嘗て暮桜を纏って世界最強に輝いた要因の一つであり、最強の剣である雪片を展開、右手に持つと、その切っ先を一夏に向ける。

 

「昔、お前に刀を持たせて言った事があったな……それが、人の命を絶つ武器の重さだと」

「ああ、覚えてるよ……いつだって、忘れた事は無かったさ。この手で人の命を奪ったからこそ、余計にな」

「お前は、その手に持つ武器の重さを、血に染まった手になって余計に理解して尚、己が信念を貫く為に握る……そうだな?」

「そうだ、いずれは剣を置く日も来るだろうけど、でもそれを決めるのは俺自身だ。誰かに言われるままに、国だとか威信だとか、そんな下らない物の為に、ずっと握り続けるつもりは無いぜ」

「自らの意思で剣を置くその時まで……お前が信念を貫くと言うのなら、それを証明して見せろ」

 

 試合開始のカウントダウンがスタートした。

 赤いシグナルが点灯して、一つずつ消えていく中、一夏はこの試合を見ているであろう仲間達や、この学園で知り合った友人達が見守っている事も全て頭から捨て去り、ただ一途に……目の前の“敵”を見つめる。

 これから挑むのは姉でも教師でも無い。世界最強、その名を持つ、一夏の信念と、歩む道を阻む敵だ。

 

「……」

「……」

 

 互いに剣を構えた白の姉弟は、ただ目の前に立つ者を斬り捨てるために、視線を交わす。ただ、唯一二人で異なるのは、一夏から明確な殺気が放たれているという事のみ。

 そして、遂にシグナルが青に変わり、試合開始の合図となる音がアリーナに鳴り響いた時、二人は一斉に動き出した。

 

「はぁああああああっ!!!!」

「ぬぅん!!」

 

 試合開始と共に全身の展開装甲を開いた一夏が瞬時加速(イグニッションブースト)で千冬に突っ込んだ。

 だが、剣の腕前や才能は兎も角、ISの操縦技術という点において、一夏よりも圧倒的に上である千冬から見れば一夏の瞬時加速(イグニッションブースト)など、まだまだ荒削りで、その軌道を予測するのが容易だった。

 振り下ろされたトワイライトフィニッシャーを雪片で弾き、そのまま懐に潜り込んで零落白夜による一撃必殺を決めようとしたのだが……。

 

「っ! グゥッ!?」

「あああああああ!!!」

 

 弾き返せなかった。いや、それどころか逆に押し込まれそうになって慌てて雪片を両手持ちし、何とか持ち直したと言っても良い。

 しかし、片手がまだ空いている一夏は千冬が雪片を両手持ちにした瞬間、空いている左手に持ったピックを投擲スキルのシングルシュートによって千冬の剥き出し状態になっている腹部へ投擲する。

 当然だが、絶対防御が発動してピックは突き刺さる事無く地面へ落下したが、今ので暮桜のシールドエネルギーが多少減少、更に拮抗していた剣は一夏がトワイライトフィニッシャーの刃を雪片の刃に沿って滑らせる事で千冬のバランスを崩し、回転する勢いで一夏の回し蹴りが千冬の後頭部に直撃した。

 

「甘いんだよ千冬姉! ISの操縦技術で劣っていようと、剣の勝負なら俺は負けない!!」

 

 そう、これはIS操縦技術の勝負ではなく、ISを操縦しながらの剣の勝負でもあるのだ。

 超近接状態での剣の交じり合いならば、一夏の方に分があるのも当然。

 

「なるほど、ならば……!」

 

 本当なら使うつもりは無かった。だが、出し渋っていても仕方が無いと判断し、まだ試合が始まったばかりではあるが、千冬は零落白夜以外の暮桜の切り札を切る。

 

「見るが良い! これが世界で唯一、三次移行(サードシフト)を果たしたISの力だ!!」

三次移行(サードシフト)!?」

 

 通常、ISには初期設定の状態から操縦者に合わせてフィッティングを行い調整する一次移行(ファーストシフト)と、その後の操縦者の戦闘経験から機体が操縦者の戦闘方法によって更なる調整と進化を遂げる二次移行(セカンドシフト)が存在している。

 だが、その更に上である三次移行(サードシフト)なるものが存在しているなどと、初めて知った。

 いや、そもそもその存在を知るのは、世界広しと言えど千冬と束、それから今は亡き茅場晶彦の三人しか存在しない。

 開発段階で、束と茅場が設定したISの進化の段階というものがあり、操縦者とISのコアが、真に一つへと近づく事で進化を遂げるように設定していたのだ。

 その段階というのが、一次移行(ファーストシフト)二次移行(セカンドシフト)三次移行(サードシフト)四次移行(フォースシフト)、そして最終段階の完成移行(パーフェクトシフト)

 勿論、四次移行(フォースシフト)へ至ったISは誕生から10年の間に一つとして存在せず、今では殆ど机上の空論状態になっているが、三次移行(サードシフト)だけは確かに存在している。

 それが千冬と、その愛機である暮桜だった。

 

「いくぞ暮桜……単一使用臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト)、発動!!」

単一使用臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト):零落白夜・夢幻、発動】

 

 聞き覚えの無い単語が出てきた。単一使用臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト)という言葉、呼んで字の如く意味を受け取るのなら、通常の単一使用能力(ワノフアビリティー)を超えた力だという事になるが。

 

「悪いが、この力を使って負けた事は一度しか無い……だからこそ、二度目の敗北は無いと思え!」

「なら破ってやるよ……それが俺の乗り越えなければならない壁だというのなら、俺はそれを乗り越えて俺の道を行く!! 白式!!」

 

 全身の展開装甲から放たれる青白いエネルギーと、構えたトワイライトフィニッシャーの刀身が光り輝く。

 あからさまな突刺を予想させるその構えは、白の剣士ナツの代名詞にして最も信頼し、絶対の自信を持つスキルだ。

 

「俺はこのヴォーパル・ストライクで、千冬姉の零落白夜を越える……!」

 

 ジェットエンジンの如き爆音と共に、トワイライトフィニッシャーを包むライトエフェクトの光芒がその輝きを増していく。

 千冬もまた、全身を黄金のオーラで染め上げ、青緑色の光……零落白夜の光を纏う雪片を構え、篠ノ之流、一閃二断の構えを取った。

 

「おおおおあああああああ!!!」

「うぉおおおおおおおおお!!!」

 

 激突する零落白夜とヴォーパル・ストライク、ブリュンヒルデと白の剣士、姉と弟、千冬と一夏、全ての想いを込めて、再び両者の気持ちがぶつかり合った。




姉弟の激突、世界最強と英雄の一角の戦いは熾烈だった。
弟を想う姉の気持ちが込められた剣は弟の進む道を阻み、今まで守ってきてくれた姉からの独立の道を歩む為に己の信念を貫こうとする弟の剣は、壁として立ちはだかる姉の剣を跳ね除ける。
互いに譲らぬ戦いの果て、遂に過激すぎる姉弟喧嘩の決着が!
次回、SAO帰還者のIS
「姉の意地、弟の意地」
ぶつかり合った果てに、開いていた溝は塞がる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編3 「ちょっと未来の話」

今回のお話は本編の未来、所謂IFのお話です。
直接本編とは関わりがあるやら無いやら……。
それと、本編のネタバレも含まれている点があるので、その辺りを注意。
まぁ、今後の本編の展開を見て、ああこれが結果こうなるのか、みたいに楽しんで頂ければ幸いです。


SAO帰還者のIS

 

番外編3

「ちょっと未来の話」

 

 これは、もしかしたらあり得るかもしれない未来のお話。

 一夏達が無事にIS学園を卒業してから10年の月日が流れ、もはやあの頃の出来事も昔話だと笑って話せるようになった頃の出来事である。

 

 

 日本で有名な人物は誰かと問われれば、昔なら誰もが口を揃えて篠ノ之束と織斑千冬の名前を出しただろう。

 しかし、それはあくまで10年前までの話であり、10年経った今では彼女達は、そんな人物も居たなぁと時々思い出される程度。

 現在では日本で有名な人物と問われた際に必ず出てくる人物の名は、織斑一夏と桐ヶ谷和人。この二人の男性の名前だ。

 電子工学の権威、次世代VRマシン開発計画……通称NL計画の主導者であり、ブレイン・インプラント・チップに代わる新たな量子接続通信端末を完成させた事で注目を浴びている織斑一夏博士。

 機械工学及び生体工学の権威、視聴覚双方向通信プローブや高性能な義手・義足、更にはメディキュボイト無しでは生きられない人の為に、現実世界を本来の身体の代わりに動き回れる、人間と何ら見た目が変わらない義体を世に送り出し、身体的不自由な人々や、メディキュボイト利用者の助けとなる様々な発明をしているとして注目され、更には20年前にISを世に送り出した天災こと篠ノ之束の愛弟子としても有名な桐ヶ谷和人博士。

 二人は正に日本の科学者として世界的知名度を誇る存在だった。

 

 そして、そんな二人の科学者の内の一人、織斑一夏博士の朝は随分とのんびりとしたスタートを切る。

 

「おはよ~」

 

 朝、自宅で起床した一夏がリビングに入ると、味噌汁の良い香りが漂ってきて、寝起きだというのに食欲をそそられてキッチンに目を向けた。

 

「おはよう、あなた」

「おう、良い匂いだなぁ……」

 

 朝食の用意をしている妻が起きてきた夫である一夏がテーブルに着いたのを確認して、朝食のご飯、味噌汁、漬物、鮭の切り身を並べた。

 

「あなた、今日は?」

「ん~? 昼過ぎまでプロジェクトの方を進めて、その後は実際の製作って所かな」

「そっか」

「百合子は?」

「今日はお休み。買い物とかやっておこうと思ってる」

 

 妻、織斑百合子は情報工学の権威として嘗ては大学で教鞭を取っていたのだが、結婚し、そして妊娠を機に退職して、出産後は近くのパソコン塾で講師をやっている。

 

「おはよ~……ふぁ~」

 

 すると、リビングに一人の少女が入ってきた。

 年の頃は16といったところで、黒く美しい髪をセミロングにしている美少女だった。ただし、今はヨレヨレのパジャマ姿に、自慢の髪も寝癖でボサボサになってしまっているが。

 

「遅いよ夏奈子、それに女の子なんだから寝起きでも身嗜みはきちんと」

「うぅ~、顔洗う時にやるよぅ」

「それなら先に洗ってきなさい」

「は~い……あ! お父さん! もう食べてるの!?」

「ゆっくり食べてるから、早く顔洗って来い」

「はいは~い!」

 

 織斑夏奈子、一夏と百合子の血の繋がらない娘で、所謂養女という奴なのだが、二人の愛情を一身に注がれて育った大切な愛娘。

 今年で16になる彼女は、1歳の弟を目一杯可愛がるお姉ちゃんとして立派な時もあるのだが、弟の居ない所では何と言うか、すこしだけズボラな所があるのだ。

 脱いだ服は脱ぎっ放し、風呂上りに父が居るのにも関わらずバスタオル一枚でリビングをうろつくなど日常茶飯事、挙句には今のようにボサボサになった寝癖をそのままにリビングに入ってくるという何とも姉を見ている様だと一夏は語る。

 

「さっぱりした~」

 

 ようやく顔を洗って寝癖も整えた夏奈子がリビングに入ってきて父の向かい側に座り、母が用意した朝食を食べ始めた。

 

「そういえば、今は夏休みだったか?」

「そだよ~」

「宿題はちゃんとやってるだろうな?」

「うっ……な、夏休み後半になってから本領発揮するよ!」

「そんなこと言って、いつも終盤までやらないじゃないの」

 

 母の駄目出しに言葉を詰まらせる娘に苦笑しながら、一夏は朝食を食べ終えて、一度部屋に戻ってスーツに着替えると、鞄を持ってリビングに戻る。

 リビングでは朝食を食べ終えた夏奈子がソファーで寛ぎながらテレビを見ており、百合子は洗物をしていた。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい……気をつけてね」

「いってらっしゃ~い!」

「おう、いってきます」

 

 リビングにあるベビーベッドで眠る息子にも挨拶をしてから一夏は家を出た。

 今日も忙しい一日が始まるが、夢を叶えた今、全てが楽しいと意気揚々に通勤する一夏の姿は、嘗てのIS学園に通っていた少年の面影を残しつつ、大人として立派に成長していると言えるだろう。

 

 

 父が出勤した後、朝食を食べ終えた夏奈子は本来なら部屋に戻って二度寝を楽しむ所だったのだが、母に二度寝は許さないと言われてしまったので断念。

 仕方がないと適当にショッピングでもしようかと思い、身嗜みを整え、着替えてから母へ出かける旨を伝えると、寝てる弟の頭を一撫でしてから家を出た。

 

「あっづ~い……」

 

 真夏の外は正に炎天下、早速だが外に出た事を軽く後悔しつつ、近所にあるショッピングモール、レゾナンスへ向かう夏奈子だったが、途中のモノレール駅で見知った顔を見つけた。

 身長は160cmほどだろうか。黒く美しい髪をストレートに腰まで伸ばした白いワンピース姿の女性、その足元には3歳くらいであろう栗色の髪の男の子と黒髪の女の子も居て、三人を見つけた夏奈子は一目散に駆け寄り声を掛ける。

 

「おはよう~! 結ちゃん! 明! 和!」

「あら? カナちゃん! おはようございます、一昨日ぶりですね」

「かなちゃん!」

「おはよー、かなちゃん!」

 

 幼少時からの付き合いであり、年上ではあるが幼馴染の桐ヶ谷結、現在は都内にある国立大学に通う大学生で、時々アルバイトとして彼女の父の仕事を手伝っている才女だ。

 そして彼女が連れている男の子が桐ヶ谷明、女の子が桐ヶ谷和、結の弟と妹である。

 

「結ちゃんは今日は双子ちゃん連れてお出かけ?」

「はい、今日はパパのお仕事がお休みなので、パパとママ夫婦水入らずでデートなんです。なので私は明と和を連れてお出かけを」

「そっかぁ……良かったねぇ明、和! お姉ちゃんと一緒にお出かけできて!」

「「うん!」」

 

 結と手を繋ぐ双子は大好きな姉と一緒にお出かけという事もあってか、大変嬉しそうで、そして元気だ。

 

「カナちゃんも今日はお出かけですか?」

「そうなの、折角の夏休みなんだし家で二度寝しようかと思ってたらお母さんに怒られちゃったから」

「あはは……百合子お姉さんらしいですねぇ。でも、カナちゃんも夏休みだからってだらけてたら駄目ですよ? 今度、私が夏休み中の生活状況をチェックしに行きますからね」

「え~、結ちゃんまで~」

「可愛い妹分がだらけた生活をしないようお姉ちゃんがチェックしなければいけませんから」

 

 そう言って微笑む姉貴分に、夏奈子は何も言えなくなった。

 昔から、姉と慕う結に対して夏奈子はどうも強気に出ることが出来ず、彼女の笑みを見せられると反論する気すら起きなくなってしまうのは、一種の洗脳なのではないかとすら思ってしまう。

 

「おねえちゃん! ものれぇるきた!」

「ねーねー! はやくのろう!」

「はいはい、ちゃんとモノレールが止まってドアが開いてからね? 危ないからお姉ちゃんの手を離しちゃ駄目よ?」

「「は~い!」」

 

 この後、行き先が同じだったという事もあり、夏奈子は結達と共にショッピングを楽しんだ。

 夕方になってそろそろ帰ろうという時間になって、まだ一緒に遊びたいとぐずる双子を結があやして、後ろ髪引かれつつも帰宅した夏奈子は、この日も宿題に手を付ける事は無かった。

 

 

 東京都の御徒町にあるダイシー・カフェ。夜はバーとして営業しているその店には、常連であり、巷で有名な人物が顔を見せていた。

 

「ようギル、バーボンロックで」

「俺も同じので」

「わたしはカクテルをお願いします」

「あいよ」

 

 店主、アンドリュー・ギルバート・ミルズは来店した常連にして、長い付き合いの友人二人に注文の酒を出すと、いつものサービスとして軽いおつまみも出した。

 来店した三人、一人は一夏だ。そしてもう一人は、電子工学の権威、桐ヶ谷和人と、そしてその妻である桐ヶ谷明日奈だ。

 

「ようカズ! 一夏、! 明日奈さん! 先に一杯やってるぜ」

「こんにちは桐ヶ谷君、織斑君、結城さん」

「なんだ、遼太郎と真耶先生もう来てたのか」

 

 先客として同じカウンター席に座る男女、片方はギルバートや一夏、和人、明日奈の長年の友人である壷井遼太郎、もう一人はその妻であり、一夏、和人、明日奈の恩師でもある壷井真耶だった。

 

「なんでぇ、今日はカズは休みだったのか?」

「ああ、昨日で凡その実験は終わってたからな」

「それで今日はデートしてたんです。結ちゃんが双子ちゃんを連れてお出かけしてくれるって事だったんで」

「で、仕事帰りの俺とばったり、じゃあ一緒に飲むかって事になってね」

 

 つまり、偶然にも会ったので一緒に飲むという話になり、このダイシー・カフェに来たら、遼太郎と真耶夫妻が居たという事だ。

 

「そういえば、最近は織斑君が作ったニューロリンカーを使ってる人が多くなりましたね」

「お? そういえばそうだな。どうよ一夏、自分が開発した物が実際に大勢に使われてる感想は?」

「いや、嬉しいような恥ずかしいような、そんなところ」

「因みにウチの明ちゃんと和ちゃんもニューロリンカー使ってるよー?」

「うへぇ……」

 

 身内に使用者が居るというのは中々に恥ずかしいものだ。

 一夏はたまらずテーブルに突っ伏すが、ポンっと遼太郎が肩に手を置いたので顔を上げてみると……。

 

「来年生まれる俺の子にも持たせるぜ!」

「……は?」

 

 来年、生まれる……? どういうことなのかと真耶に目を向けると、少し恥ずかしそうにしつつ、嬉しそうに下腹部へ手を当てて頷いていた。

 それはつまり、今まさに真耶のお腹には遼太郎の子が宿っているという……。そういえば真耶はいつも飲んでるカクテルではなくオレンジジュースを飲んでいるという事に気がつくと。

 

「先生! おめでとうございます!!」

「ありがとうございます、結城さん。母親としては私の方が後輩ですから、色々と教えてくださいね?」

「勿論ですよ! あ、百合子ちゃんにもお願いしておきますね!」

 

 明日奈と真耶、女同士が盛り上がってる横で、ギルバートと和人、一夏が遼太郎と改めて乾杯していた。

 

「おめでとう、遼太郎……そっか、お前も父親になるのか」

「サンキュー、へへ……そういう訳だからよ、親父になる心構えってのを三人に教わろうと思ってんだ」

 

 和人、一夏、ギルバート、三人とも遼太郎より先に結婚して、そして人の親になった先達だ。故に、これから父親になる遼太郎もまた、妻同様に色々と学ばなければならない。

 

「そういえば一夏、お前の姉はどうした? 彼氏が居るって聞いたが?」

「まだ結婚するって話は聞かないですねぇ……ほんと、いつ結婚するんだか。マドカだって来月には結婚するってのに」

 

 まだ結婚する様子を見せない姉と、翌月には結婚する事になる妹を思い、深い溜息を零す一夏だったが、とりあえず今は友人と恩師のお目出度い話題に頭を切り替える事にする。

 命懸けの戦いをする事も無くなった今の、平和な暮らし、普通の日常を送る事の幸せ、仲間や友人達と変わらず笑い合える日々を噛み締めながら。




次回はちゃんと本編やりますよ。
ちょっとネタが詰まったというか、プチスランプになってしまったので、番外編を描きましたが。
まぁ、多分大丈夫です。


以下、未来人物設定。

織斑 一夏 26歳
ニューロリンカーという次世代の量子接続通信端末を開発した事で世界的に有名な電子工学の権威。
茅場晶彦の再来とまで呼ばれる若き天才にして、世界屈指の研究者。

織斑 百合子 26歳
織斑一夏の妻。嘗ては情報工学の権威として国立大学の講師という立場で教鞭を取っていたものの、出産を機に退職。
現在は専業主婦の傍ら、近所のパソコンスクールの講師のアルバイトをしている。
2児の母。

織斑 夏奈子 16歳
織斑家の長女であり、一夏・百合子夫妻の養女。
現在高校一年生で、IS学園には通っていない。というよりISそのものに興味が無い。
普段はだらけた生活をしているが、実は生身の戦闘能力もVRワールドでの戦闘能力も馬鹿みたいに高い上、頭脳もやる気を出せば父親よりも上になれるはずなハイスペック少女。
将来の夢は父親の研究を手伝うこと。

織斑 由夏 1歳
織斑家の長男で、一夏・百合子夫妻の実の子。
名前の読み方は「よしか」
現在は乳幼児なので、基本的に家に居る事が多く、両親不在のときは父方の叔母が面倒を見ている。

桐ヶ谷 和人 27歳
機械工学、生体工学の権威であり、長年の夢だった愛娘ユイの現実での身体を完成させた事で、その技術を認められて世界的に有名になった若き天才。

桐ヶ谷 明日奈 28歳
桐ヶ谷和人の妻で、レクト社経営顧問兼専業主婦。
基本的に家で家事をしている事が多く、職場に行くのは週に2~3日程度。
子供達に精一杯の愛情を注いでおり、夫とも毎日が新婚のように熱い夜を送っている所為か、最近は再び月の物が来なくなって……。

桐ヶ谷 結 便宜上20歳
桐ヶ谷家の長女という扱い。
現在は都内の国立大学に通いつつ、アルバイトで父の仕事を手伝っている。
その正体は旧SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラム、つまりAIなのだが、父が完成させたボディにコアプログラムを移す事で現実で動ける身体を得た。

桐ヶ谷 明 3歳
桐ヶ谷家の長男、名前の読み方は「あきら」
髪と瞳の色は母に、顔つきは父に似ている双子の兄の方。
両親と姉からの愛情を注がれて元気一杯に育っている上、3歳にして既に細剣の才能の片鱗を見せている。

桐ヶ谷 和 3歳
桐ヶ谷家の長女だが、立場上は次女。名前の読み方は「のどか」
髪と瞳の色は父に、顔つきは母に似た双子の妹の方。
両親と姉からの愛情を注がれて元気一杯に育っている上、3歳にして既に剣の才能の片鱗を見せている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話 「姉の意地、弟の意地」

お待たせしました! ついに姉弟喧嘩の終幕です。


SAO帰還者のIS

 

第五十八話

「姉の意地、弟の意地」

 

 姉と弟の戦いは、序盤から早くもクライマックスへ突入しようとしていた。

 二次移行(セカンドシフト)をして、爆発的なスピードを得た白式・聖月を纏い、白の剣トワイライトフィニッシャーを一夏は自身が最も信頼を寄せるソードスキル、ヴォーパルストライクのライトエフェクトによって輝かせる。

 対する三次移行(サードシフト)という未知の領域へ達している嘗ての世界最強の暮桜は緑色の光を纏った雪片を構え、全身を黄金の光に包んで彼女が最も信頼する単一使用能力(ワンオフアビリティー)の進化した力を発動している。

 両者、共に信頼する技にて、今まさにぶつかろうとしていた。

 姉は弟に、目指す夢は無謀だと、姉が指し示す道こそが弟の為になる道だと諭し、弟の道を阻む壁とならんがため。

 弟は姉に、自らの道は己で決めると、己が信念を貫き通し我が道を行くと示し、壁として立ちはだかる姉を打倒せんがため。

 

「……っ!!」

「……っ!!」

 

 タイミングは同じ。流石は姉弟だというだけあって、動き出すタイミングは全く同じだった。

 ヴォーパルストライクの、白式の爆発的な加速度を持って放たれる超高速の突刺は真っ直ぐ姉を穿たんと突き進み、零落白夜・夢幻の力を纏った篠ノ之流一閃二断の構えから放たれる高速の斬撃は眩い光とジェットエンジンの如き爆音を響かせるトワイライトフィニッシャーの刃を横切り、鍔元を狙う。

 ここで一つ、説明しなければならないのは、千冬が使う篠ノ之流一閃二断の構えについてだ。

 一閃二断の構えとは、その名の如く初撃の一閃にて敵を真っ二つに一刀両断する一撃必殺の構え。

 それはまるで示現流の二の太刀要らずの剣によく似ているが、実は大きく違う点が存在しているのだ。

 示現流の二の太刀要らずも確かに一撃必殺、初撃にて敵を一刀両断する鋭い斬撃だが、当然、初撃を避けられた時の為の対策も存在する。

 しかし、篠ノ之流の一閃二断の構えは避けられた時の事を一切度外視し、確実に初撃にて敵を斬る事のみを追求した完全一撃必殺の技。

 避けられる事を、受け止められたり受け流されたりするかも、という余計な考えを一切捨て去り、必ず一撃で仕留める事のみを追求し、それ以外の一切を無用とした構えこそが一閃二断の構えなのだ。

 そして今回、千冬が一閃二断の構えでトワイライトフィニッシャーの鍔元を狙ったのは、一夏のアインクラッド時代の象徴とも言うべき剣、トワイライトフィニッシャーを叩き折り、その勢いのまま一夏に刃を届かせて、その一撃で勝負を決める狙いがあってのことだ。

 トワイライトフィニッシャーを折る事で、アインクラッドでの事を一夏に捨てさせる。雪片弐型は消滅したが、そんな物は束にもう一度作らせれば良い。

 とにかく、トワイライトフィニッシャーを折ることで一夏の心を折る。それだけが千冬の狙いだった。

 

「ぜらぁあああああああああっ!!!」

「な……っ!?」

 

 だが、千冬の狙いは大きく外れる。

 確かに雪片の刃はトワイライトフィニッシャーの鍔元に直撃した。後はそのまま折ってしまうだけだったのに、折れなかった。

 いや、折れるどころか……千冬が、押し負けている。

 

「あああああああああ!!!!」

「くっ……!」

 

 このままでは不味い、そう思って千冬はトワイライトフィニッシャーの切っ先が届く前に雪片で刀身を逸らし、その勢いのまま回転して横切っていく一夏に何とか一撃を入れた。

 

「零落白夜・夢幻、解除……っ」

 

 ただでさえ燃費が馬鹿みたいに酷い零落白夜の進化系である零落白夜・夢幻は普通の零落白夜以上の勢いでシールドエネルギーを暴食していた。

 ただ、それにしては暮桜のシールドエネルギーの消費が随分と少ないのは何故なのか。それは零落白夜・夢幻の能力に秘密がある。

 

「これが零落白夜の進化した力だ。敵のシールドを無効化して直接相手を攻撃するのが零落白夜なら、零落白夜・夢幻は敵のシールドを吸収して直接相手を攻撃する」

「当たれば消費した分の回復が出来るって訳か……」

 

 これこそが、暮桜が三次移行(サードシフト)した事により、進化した零落白夜の新たな力。

 単一使用臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト)、零落白夜・夢幻。ただエネルギーを消費して敵を直接攻撃するのではなく、消費したエネルギーは敵のシールドを吸収する事で回復しながら直接敵を攻撃する、千冬を世界最強たらしめた奥の手。

 

「チッ……今のでシールドエネルギーが三分の一持って行かれたか……」

 

 回復してシールドエネルギーが残り半分の千冬と、残り三分の二の一夏。

 まだ一夏の方が有利ではあるが、IS操縦技術という点で圧倒的に上回る千冬に、剣腕だけで勝てると確信出来るほど一夏は馬鹿じゃない。

 とりあえずシールドエネルギー消費を抑える為に全ての展開装甲を閉じて超高速戦闘モードをOFFにすると、改めてトワイライトフィニッシャーを構える。

 

「すぅ~……はぁ~……」

 

 目を閉じて何度か深呼吸を繰り返した一夏は、一切の雑念を捨て、再び目を開く。同時に、千冬はまるで背筋に氷でも入れられたのかと思ってしまうほどの寒気を感じた。

 それは、元々の鋭い眼光が更に鋭くなり、瞳の奥から垣間見える冷たく黒い炎が直接千冬に襲い掛かったかのような濃密な殺気だった。

 臨海学校の時の、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を前にした時のような憎悪に染まった狂おしいほどの殺気ではなく、ただ純粋に目の前の敵を斬るという意思の下に発せられる透き通った殺気とでも言えば良いのか。

 恐らく、この場に和人達アインクラッド組が居たのなら、こう言うだろう。今の一夏の殺気こそ、白の剣士ナツの本来の姿だと。

 

「っ!!」

 

 無言のまま、一夏は一気に距離を詰めて来た。

 一瞬の事で反応が遅れた千冬だが、長年培ってきた経験が自然と千冬の体を動かしており、咄嗟に二重瞬時加速(ダブルイグニッションブースト)を使用、瞬時加速(イグニッションブースト)で迫ってくる一夏の剣を弾きながら後ろに回りこむ。

 

「っ!」

「はぁっ!」

 

 振り下ろされた雪片をトワイライトフィニッシャーで弾いた一夏は、すぐさま真上へ上昇、それを千冬も追う。

 追いかけてくる千冬を振り返りながらピックを投擲した一夏は、急停止した瞬間に真下へ一気に瞬時加速(イグニッションブースト)で急降下、ピックを弾いた千冬へ肉薄した。

 

瞬時切替加速(クイックターンブースト)だと!?」

 

 まだ一年のこの時期では教えていない技術を、一夏は何処で知ったのか。そんな疑問は後にして迫ってきた一夏を迎え撃とうと雪片を構えなおした千冬だったが、その顔は更なる驚愕に染められる事となる。

 

「何っ!?」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)に入ったまま、目の前まで迫った一夏が速度をそのままに真横へと再び瞬時加速(イグニッションブースト)する。

 それはアメリカ国家代表にして第三世代型ISファング・クエイクの専属操縦者、イーリス・コーリングですら成功率が40%しか無いと言われている瞬時加速(イグニッションブースト)の発展系技術、個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)と呼ばれる技術だ。

 勿論、一夏の様に進路を変える用途で使うなど本来の使い方ではない。いや、寧ろそれはあまりに無謀であり危険すぎる使い方だった。

 瞬時加速(イグニッションブースト)中に方向転換するというのは、機体と操縦者双方に多大な負担を掛けてしまい、最悪は操縦者の内臓が潰れて骨が折れてしまうような危険極まりないものなのだ。

 しかも、それを個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)で行うなど、正気の沙汰ではない。

 事実として、今も白式の駆動部が軋みを上げているし、一夏も内臓を損傷したのか口から血を吐いている。

 

「グッ!?」

 

 しかし、それでも一夏の執念は途切れない。

 真横を擦れ違う千冬にトワイライトフィニッシャーの刃を叩き込み、逆に雪片の刃を受け、それを何合も繰り返した。

 もはや互いにシールドエネルギーが心許なくなってきたところで、一気に急旋回してきた千冬の斬撃に対し、下段からの斬り上げで思いっきり雪片の刀身にトワイライトフィニッシャーの刀身を渾身の力で叩き付ける。

 それによって千冬の右腕が大きく上に逸らされ、バランスを崩すのと同時に、トワイライトフィニッシャーの勢いがあまりに凄まじかった所為か二人を中心に衝撃波が発生した。

 衝撃波はアリーナのシールドを大きく揺さ振り、シールド発生機が幾度もスパークするが、そんな事知る由も無い二人の戦いはいよいよ架橋へと近づいている。

 

「これで、トドメだぁ!!!」

 

 再び白式の展開装甲全てが開いて青白いエネルギーを放出、更には左手にリベレイターⅡを呼び出して、同じように展開装甲を開いた。

 

単一仕様能力(ワンオフアビリティー):神聖剣、発動】

 

 白式・聖月が黄金の光を纏い、トワイライトフィニッシャーの刀身が真紅のライトエフェクトで光り輝く。

 

「迎え撃つぞ、暮桜!!」

単一仕様臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト):零落白夜・夢幻、発動】

 

 勝負は、一瞬だった。

 互いに二重瞬時加速(ダブルイグニッションブースト)で接近して、千冬の雪片が緑色の光を纏って一夏を斬ろうとするが、それを一夏がリベレイターⅡで受け止め、そのまま押し込みながらトワイライトフィニッシャーの刃を振るう。

 敵の攻撃を盾で防御し、逆に押し込みつつ、剣にて、唐竹、袈裟、右薙、右斬上げ、逆風、左斬上げ、左薙、逆袈裟、計8つの斬撃をランダムに放つ、神聖剣最強の最上位ソードスキル、アカシック・アーマゲドンは、暮桜のシールドエネルギーを全て奪い去り、勝負を決めた。

 

【暮桜、シールドエネルギーエンプティー。勝者、織斑一夏】

 

 暮桜、シールドエネルギー残量0。白式・聖月、シールドエネルギー残量2。ギリギリのところで一夏の勝利だったが、もし最後の千冬の攻撃を受け止められなければ、負けていたのは一夏だった。

 ヒースクリフから託された盾が、一夏に勝利を齎したのだ。

 

「まさか、負けるとはな……」

「最後は、殆ど俺も博打だったよ」

「だろうな、シールドエネルギーが残り少ないというのに展開装甲を開き、尚且つユニークスキル、だったか? それを使うなど、まだまだ未熟な証拠だ」

「だろうな……コホッ」

 

 言葉の途中で、一夏が咳き込み、口から血を少量だが吐き出した。

 そういえば試合中に無謀な機動をやらかした所為で内臓を損傷してしまっているのを思い出し、途端に激痛を自覚する。

 

「アタタタタ……っ! ち、千冬姉、ちょ、洒落になんないくらい痛い」

「自業自得だ馬鹿者め、あんな無謀な事をしおって……私のことはいいから、さっさと医務室へ行け」

「そ、そうさせてもらう……っ」

 

 ふらふらと飛びながらピットへ戻っていく弟の姿を見送った千冬は、暮桜を解除するとアリーナの地面に座り込んだ。

 正直、さっきまで平気な顔をして一夏と会話しているのも結構無理していたのだが、姉の意地なのか、我慢していたのだ。

 

「おつかれ、ちーちゃん」

「……ああ」

「負けちゃったねぇ」

「ああ……ISの操縦技術では負けていなかったが、剣の腕も、気持ちも、信念も、操縦技術以外の全てが私はあいつに劣っていたのだろうな」

 

 弟離れ出来ない姉の意地とISの操縦技術だけで勝てるほど、弟は甘くないほどの存在に、いつの間にか成長していたようだ。

 それが、嬉しいやら、寂しいやら、こういうときにどんな顔をすれば良いのか、千冬はまだ知らなかった。

 

「ふぅ……明日から忙しくなるな」

「ん?」

「明日からは……一夏の卒業後の留学について色々と準備を始めなければな。今からやっておけば、いざ留学する時に慌てずに済む」

「そっか……楽しみだなぁ、この先いっくんとかず君が作る世界が訪れるの。きっと、私が滅茶苦茶にした今の世界より、ずっと素敵な世界になってるだろうね」

「当たり前だ」

「?」

「私の弟と、生徒が作る未来だ……良い未来になるのは当然の事だろう?」

「……意地っ張りだねぇ」

 

 そっぽを向いている千冬に、傍らに立つ束は苦笑しながら空を見上げた。

 今までと何も変わらず、そしてこの先もきっと変わらないであろう、蒼穹の如く澄み渡った、この大空を。




少女は憧れた。
世界最強の姉を持ちながらも己を貫き通す少年の矜持に。
少女は嫉妬した。
自分には出来ない事をやってのける力がある少年に。
少女は涙した。
自分というモノを確りと持ち、何者にも流されぬ意思を持つ少年の輝きに。
眼鏡の奥にあるのは諦めと、何も出来ない自分への怒り。
貰ったのは一歩を踏み出す勇気という名の確かな繋がり。
次回、SAO帰還者のIS
「更識簪の決意」
少女の決意が、剣を誕生させる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話 「更識簪の決意」

お待たせしました。


SAO帰還者のIS

 

第五十九話

「更識簪の決意」

 

 織斑一夏と織斑千冬の非公式な試合を、こっそりと観戦している少女が居た。

 最初は明日奈に見に来ないかと誘われたが、遠慮して断ったものの、どうしても気になって見に来たのだが、断った手前堂々と皆の前に姿を現すのが恥ずかしくて観客席の入り口から隠れて見学していたのだ。

 少女の名は更識簪、一夏達と同じVR研究部のメンバーであり、一年四組のクラス代表、そして日本の代表候補生でもある。

 簪は、目の前で行われている試合を見ていて、どうしてだろうか、涙が流れそうになった。

 

「凄い……綺麗」

 

 一夏を、一夏の振るう剣を見ていて、思わず呟いていた。

 目の前に居る世界最強を相手に臆する事無く剣を振るうその様は、一切の迷いも恐れも無くて、そんな彼の信念が伝わってくるようで、とても美しく見えたのだ。

 

「私には、無理……」

 

 簪にも、学園最強と呼ばれる姉が居る。その姉に比べて凡人でしかない自分はいつも姉の影に怯えて、姉を超えようとか、姉に挑もうとか、そんな事とてもではないが出来ない。

 なのに、一夏は世界最強の姉を相手に、簪には出来ない事を平然とやって退けている。同じ最強、天才、そんな呼び名を持つ姉を持った者同士なのに、どうしてこんなにも違うのか。

 

「私にも、織斑君みたいな勇気があれば……お姉ちゃんに、挑めるのかな」

 

 いや、そもそも、その勇気を得る為に、その足掛かりとなる為に、専用機を自分で作るという決断をしたのだ。

 今でこそ和人と百合子に頼る事の大切さを教わり、明日奈の伝でレクト社の手伝いが入っているので、近々打鉄弐式も完成するが、果たして打鉄弐式が完成した時、自分は姉に挑む勇気が持てるのだろうか。

 

「無理……だよ。私は、お姉ちゃんみたいに、織斑君みたいに、強くない」

 

 ALOでも一夏達の戦いは見た事がある。リアルだろうとALOだろうと、彼らは変わらず強い。意志や技術、何もかもが強くて、簪には真似出来ない。

 

「強くなりたい……どうしたら、あんなに強くなれるの?」

 

 強くなりたい、でも怖い。強くなったとしても、それでも姉に敵わなかったら? もし、強くなった自分を簡単に下されて、それであの時(・・・)みたいに……。

 

「簪ちゃん」

「っ!? あ、明日奈さん……」

 

 驚いた。いつの間にか簪の後ろに明日奈が立っていて、いつものほわほわした笑顔を浮かべながら簪の隣に歩み寄ってきた。

 

「ご、ごめんなさい……断ったのに」

「もう、どうして謝るの? 気になったんだよね? ナツ君の試合が」

「それは……はい」

 

 明日奈に誘われて、入り口近くの席に座りながら今も戦う一夏と千冬の試合を観戦する。

 こうして席に座って見ていると、余計に一夏の姿が眩しく感じてしまい、今の自分の姿があまりにも惨めに思えてしまった。

 

「ね、簪ちゃん」

「は、い……?」

「今日この後なんだけど、用事ってあるかな?」

「今日……?」

 

 確か、今日は特に何も無かった筈だ。

 打鉄弐式は残す所マルチロックオン・システムを完成させるだけなので、そんなに忙しくはないし、それ自体はレクトの方で何とかしてくれるという話だから、正直簪がする事は何も無い。

 

「それならちょっと付き合って欲しいんだけど……良いかな?」

「わ、わかり、ました」

 

 何の用なのか気になったが、今は目の前の試合に集中する事にした。一夏がギリギリで千冬に勝利したのを、やはり眩しく見つめながら。

 

 

 一夏と千冬の試合が終わった後、簪は明日奈に連れられて学園内のカフェテリアに来ていた。

 紅茶とケーキのセットを注文して、商品が運ばれてきたら、一口飲んで一息すると、簪はチラッと明日奈の方へ目を向ける。

 流石は本物のお嬢様というだけあって、紅茶を飲んでいる姿にも気品があり、それだけで有名絵画にも負けないほどの絵になると思った。

 更に人柄は温和で優しく、ふわふわとした雰囲気で年上なのに接しやすい、聞いた話では料理も上手で、そして和人という素敵な恋人まで居るという、何とも姉とは違うベクトルで完璧を絵に描いた人だ。

 もし、こんな人が姉だったのなら、もしかしたら今の自分のようにはならなかったのかもしれないと、そんなIFの話を想像してしまった。

 

「ねえ簪ちゃん」

「はい……?」

「お話っていうのはね? 今夜、ALOでクエストがあるんだけど、それを手伝って欲しいっていうお願いなの」

「クエスト……?」

「うん、ちょっとそのクエスト報酬で欲しい物があって。でもクエスト参加条件が女性プレイヤーの二人PT限定っていうものでね? リズかシリカちゃんか、それかリーファちゃんでも良かったんだけど、三人とも都合が付かなくて。それで簪ちゃんも結構強かったのを思い出したの」

「そ、そんな! 私は強くなんか……」

「そんな事無いわ。簪ちゃんだからこそ、お願いしたいの」

「……ど、どんなクエスト、なんですか?」

 

 何でも水中系クエストらしく、水精霊族(ウンディーネ)がPTに居るのが前提のクエストとの事だ。

 そして、幸いにして明日奈も簪もALOでは水精霊族(ウンディーネ)なので、水中クエストなら問題は無い。

 

「じゃあ、その……お手伝いします」

「ありがとー! じゃあ、今夜9時にイグドラシルシティのわたしのホームに来てくれるかな? クエストの場所は近くだから」

「わかりました」

 

 結局、明日奈の用事とはALOのクエストの事だったのだろうか。どうにも釈然としない気持ちを抱えたまま、ケーキを食べ終えて解散した後、簪は部屋に戻って早めにALOにログインする事にした。

 ALOの最終ログイン地点は水精霊族(ウンディーネ)領の首都なので、イグドラシルシティはちょっと遠いのだ。

 

「……リンク・スタート」

 

 

 

 ALOでの更識簪の名はそのままカンザシという。

 まさか簪という普通は人の名前にするとは考えにくい名前が本名と思う人は居ないだろうという考えから、そのままの名前にしたのだ。

 種族は水精霊族(ウンディーネ)を選択しており、瞳の色こそウンディーネ特有の蒼い色をしているが、リアルと同じ水色の髪は有料サービスでリアルと全く同じ髪型にしている。

 武器は薙刀があったので、それを選択しており、部類としては刀に分類されるが、薙刀の長所は刀スキルと槍スキル、両方が使えるという利点があったので、リアルでも薙刀を幼少時から習っていたのもあり、レアドロップ品の薙刀を愛用していた。

 

「イグドラシルシティの、アスナさんのホーム……」

 

 時計を見てみれば、そろそろ約束の時間になろうとしていたので、イグドラシルシティの雑貨屋を出たカンザシはアスナのホームへ向かっている。

 前に招待してもらった事があるので、場所は知っているから迷う事は無い。

 

「ここだ……」

 

 以前来た事のある建物が目に入り、深呼吸をしてから扉をノックする。

 しばらくして中からアスナではなく別の少女の声が聞こえて、扉が開かれると、これまたアスナではない別の少女が出てきた。

 

「あ! カンザシさん! いらっしゃいませ!」

「こ、こんにちは、ユイちゃん……あの、ママは、居る?」

「はい! どうぞ入ってください」

 

 アスナとキリトの愛娘、ユイ。

 彼女ともカンザシは何度か面識があり、最初こそ二人の娘だと聞かされて驚いたものの、仲睦まじい三人の姿を見ていると心が和むと、最近ではユイがキリトとアスナに挟まれる形でソファーに座っている姿を眺めているのが好きになった。

 

「いらっしゃいカンザシちゃん! 待ってたよー」

「あ、ご、ごめんなさい、遅くなって……」

「ううん、まだ約束の10分前だもん、もう少しゆっくりでも良かったんだよ?」

「いえ、それは流石に……」

 

 とりあえず、話はそこそこにしてアスナとカンザシはクエストへ向かう事にした。

 ユイも一緒に行くのかと思ったが、何でも今日はこれからキリトと一緒にお出かけなのだとかで、「パパとデートです♪」と言ってご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた様子が大変可愛らしかった。

 

「今日はごめんねー、突然クエストに付き合って貰って」

「いえ、その……特にやる事も無かったので」

 

 クエスト場所に到着して、クエストNPCに話しかけてから早速開始されたクエストを進行しつつ、そんな話をしていた。

 因みにクエスト内容は地下水脈に生息し出した生物の退治であり、現在は地下の水脈を泳いでいる最中だ。

 

「あ、もうすぐ陸に上がるみたい。カンザシちゃん、一応武器は構えていてね?」

「わかりました」

 

 長かった水中移動もようやく終わったらしく、水面に向かって上昇する。

 水から出ると、そこは洞窟になっており、水から出てきた二人の前には5体の蛙型Mobが出現して二人を威嚇していた。

 

「これくらいなら特に回復はいらないかな……」

 

 アスナは冷静に腰の鞘から細剣を抜いて、カンザシも少し遅れる形で背中のホルスターに固定していた薙刀を手に持って構える。

 

「じゃあ、軽く準備運動感覚でね?」

「は、はい!」

 

 流石は元SAOプレイヤー、この程度のMob相手では軽い準備運動にしかならないらしい。

 

「じゃあ、行くよ! せぇえええええええい!!!」

 

 一瞬だった。カンザシが瞬きした瞬間、隣に立っていた筈のアスナの姿はMobの軍団の中にあって、目にも留まらぬ連撃で早くも一匹倒していた。

 慌ててカンザシも薙刀を構えて突撃すると一匹を刃で薙ぎ払い、背後の奴を槍状になっている石突で突き刺す。

 突き刺さったままのMobを身体全体の力で持ち上げると、目の前の刃で薙ぎ払ったばかりのMobに叩き付け、飛び上がって石突で二匹纏めて貫き倒した。

 

「アス……! ナ、さん……」

 

 直ぐにアスナの援護を、と思っていたのだが、カンザシが二匹倒し終えた時には既に残り全てをアスナが倒し終えていた。

 しかも、アスナ本人は本当に軽い準備運動程度の事だったらしく、特に疲れた様子も見せず、寧ろ少し物足りないという顔をしている。

 

「あ、ご苦労様ー。凄いじゃないカンザシちゃん、二匹纏めて倒すなんて!」

「い、いえ! その……薙刀は、小さい頃から、習ってるので」

「そっかぁ、刀スキルと槍スキルの両方が使える薙刀使いのカンザシちゃんの存在は、すっごく助かるねー」

 

 回復役(ヒーラー)も出来る水精霊族(ウンディーネ)だから、本当に助かるよー。と言ってほわほわ笑うアスナに、カンザシは照れながら笑みを浮かべた。

 

「あの、アスナさん」

「んー?」

「今日は、どうして私を、その……クエストに?」

「理由、言わなかったー?」

「その、本音は別にあるんじゃ、ないかなって」

「そっか」

 

 教えてくれるのか、そう思ったが、特にアスナは何も言わず二人揃ってダンジョンを進む。

 途中で出てくる水棲系Mobを連携して倒しながら奥へ奥へと進み、ついにクエストボスとの戦闘が始まった。

 クエストボスの居る場所は水中、それはつまり近接戦闘は剣の動作が遅くなり、魔法も雷撃系は使えない上、相手が水属性のボスなので水、氷系の魔法は一切効果が無い。

 因みにクエストボスは巨大……とまでは言わないが、人の身長の2倍くらいの大きさはあろうかという半漁人(マーマン)だ。

 手にはトライデントと呼ばれる槍を持っているので、恐らくは槍系のスキルを使用してくるのだろう。

 

「う~ん……カンザシちゃんは刀スキルと槍スキルの上位系は取得してる?」

「は、はい、一応……ただ、槍の最上位スキルはまだ」

「そっか、それじゃあまずは私が前衛で出てみるから、カンザシちゃんは後衛、援護魔法をよろしくね」

「はい!」

 

 細剣を抜いたアスナの後ろでカンザシは装備を薙刀から杖に切り替えて魔法詠唱の準備に入った。

 

「行くよ!」

「はい!」

 

 アスナが水中高速移動の魔法を使ってボスへ突っ込み、一気に距離を詰めると、リニアーを使用して初撃による様子見を行う。

 スキル後の硬直が入った瞬間、カンザシが使った風属性の魔法でボスからの反撃が止まり、硬直が解けた瞬間にアスナが再び距離を取ってボスの周囲を周回した。

 

「物理耐性はそんなに高くはない……でも魔法耐性の方が高いね、そうなるとカンザシちゃんと連携しての近接戦闘かな? 片方がダメージを負ったらもう片方がヒールを掛けるのに下がるよう連携していけば……カンザシちゃん!」

「はい!?」

「作戦変更! カンザシちゃんも近接戦闘にして! ダメージ負ったらもう片方が瞬時にヒールのために下がる戦術で行くよ!!」

「わ、わかりました!」

 

 ボスのトライデントによる突刺を細剣で弾きながらカウンターで逆に突刺を入れつつ、アスナがカンザシに指示を出すと、カンザシも直ぐに武装を杖から再び薙刀に変更して水中高速移動魔法を使用してボスに斬りかかった。

 そして、アスナの作戦は見事に成功、特に大きなダメージを受ける事も無く無事にボス討伐を果たしてクエストクリアとなる。

 

「お疲れさま!」

「はい、アスナさんも」

「ううん、カンザシちゃんが居てくれて良かったよー」

「そんな、私なんて……」

 

 寧ろ、同じ水精霊族(ウンディーネ)でアバターを作った姉の方がもっと上手く戦えたと思う。もっとアスナと上手に連携を取って、今より早い時間でクエストを終えていたかもしれない。

 

「ねぇ、カンザシちゃん」

「?」

「わたしは、カタナちゃんじゃなくて、カンザシちゃんだからパートナーに選んだんだよ?」

 

 因みにカタナとは更識楯無のアバターネームだ。流石は姉妹と言うべきか、楯無の本名である刀奈という名をそのまま使っているのだが、まさかカタナという名がリアルでも本名であるなどと考える人は誰が思うだろうかという理由から付けている。

 それはつまり、カンザシと全く同じ理由からアバターネームをリアルの本名と同じにしているのだ、姉妹揃って。

 

「カタナちゃんの代わりとかじゃなくて、わたしはカンザシちゃんが良いって思ったから、誘ったんだから、そんなに自分を卑下しないで?」

「で、でも……私より、お姉ちゃんの方がずっと強いし」

 

 先にALOを始めたのはカンザシの方なのに、カタナはあっという間にカンザシを追い抜いて強くなった。

 いや、そう思っているのは実はカンザシだけであり、周囲の者でカタナとカンザシのどちらが強いかと問われてカタナだと即答する者は居ない。

 確かに魔法戦闘ではカタナの方が上だ。水属性魔法を使ったカタナの戦術は見事で、それに加えてランスと蛇腹剣を切り替えながら戦う戦術は上手いと言えるだろう。

 しかし、カタナはその分ソードスキルの取得が遅れているのだ。

 

「カタナちゃんは魔法、剣、槍、この三つを平行して使えるように練習して、その分ソードスキルの取得が疎かになっている。でもカンザシちゃんは魔法を中級まで使えるようにしてからはソードスキル取得を重点に置いて、他の魔法を覚えるのはその後にって考えているでしょ?」

「はい……」

「どっちが良いとかは言える事じゃないけど、わたしは今回の場合はカンザシちゃんを選んだ理由として今の理由を挙げるかな」

 

 水中戦闘なら魔法を取得していた方が有利だと言われる事もあるが、それが絶対とは言えないとアスナは思っていた。

 むしろ、それで魔法耐性のある敵に遭遇したら確実にアウトだろう。ならば魔法をある程度取得しつつも近接戦闘手段も確りと鍛えていないければ水中戦闘などするべきではないと。

 

「だから、ソードスキルを確り取得してるカンザシちゃんを選んだんだよ。決してカタナちゃんの代わりになんて、わたしは選ばない」

「私、だから……?」

「うん、カンザシちゃんはもう少し自分に自信を持って良いと思うの。確かにカタナちゃんはリアルで凄く強いみたいだし、噂では天才とも言われてる子だけど、でもね……?」

 

 アスナから見れば、リアルでのカタナは決して噂通りの何でも出来る天才なんかじゃない。

 

「お姉ちゃんが、天才じゃない?」

「うん、カタナちゃんは天才なんかじゃない、努力家。あの子はいつも笑顔で周りに自分の努力を見せないようにしてるんだろうね……でも、わたしには分かる、あの子は笑顔の裏で自分の弱みを見せないようにいつもビクビクしてるのが」

 

 幼少の頃から様々なタイプの人間を見てきたアスナだからこそ見抜けたのだ。

 カタナは、いつも自信たっぷりの笑みの裏で、絶対に人に自分の弱みを、努力を見せないように勤めて、それがばれないように隠そうと怯えているのが、手に取るように分かる。

 

「カンザシちゃん、きっとカンザシちゃんとカタナちゃんは擦れ違ってるだけだよ。カタナちゃん、器用に見えるけど意外と不器用な所があるし、カンザシちゃんを傷つけるつもりが無くても、口にした言葉がカンザシちゃんを傷つけちゃった事があるかもしれない……でもね、カタナちゃんは決してカンザシちゃんを見捨ててなんかいない。だってあの子、カンザシちゃんが見ている前では絶対に完璧なお姉さんを崩そうとしないでしょ? それって、カンザシちゃんにはいつだって自慢の姉で居たいっていう気持ちの表れだから」

「私の、自慢の……お姉ちゃんで」

 

 ただそれが、カンザシとの擦れ違いの所為でカンザシに劣等感を与えてしまった。ただそれだけなのだ。

 

「だからカンザシちゃん、貴女はもっと自分に自信を持たなきゃ駄目」

「自信を……」

「そう、カタナちゃんがカンザシちゃんの自慢の姉で居られる様に頑張ってるなら、カンザシちゃんもカタナちゃんの自慢の妹で居られるようにならなきゃ」

「私が、お姉ちゃんの自慢に……」

 

 なれるのだろうか、自分が。

 いつも姉の影に怯えて、頑張る事を放棄してきた自分が、今更そんな事を、出来るのだろうか。

 

「一度だけ、頑張ってみない? 当たって砕けろって言葉、昔は嫌いだったけど、今はね、こう思うの……砕けても、きっと仲間が、大切な人がわたしを繋ぎとめてくれるって。カンザシちゃんにも、大切な人や、仲間が居るでしょ?」

 

 わたしとか、そう笑うアスナを見ていて、カンザシは涙が流れた。

 そうだ。例え頑張って挑んで、それでも駄目だったからって、一人で悲しむ事は無い。今の自分には、こんなに頼りになる人が、仲間が居る。親友も居る。

 

「私……」

「ん?」

「お姉ちゃんに、伝えたいです」

「……」

「今の私の、全部を……何も出来ないままで居るなんて、そんなの嫌! 私は、お姉ちゃんの自慢の妹で居られる自分になりたい! 納得出来る自分になりたい!」

「うん、応援するよ」

 

 こうして、カンザシ……いや、更識簪は決意する。

 自分も、一夏のように姉に挑もう、それで変わるんだ……今までの弱い自分の殻を、脱ぎ捨てて、新しい自分に。

 




結婚、それは恋人達の到達点であり、もう一つのスタート地点。
浮遊城で出会い、そして現実で結ばれた二人は、遂に門出の日を迎える。
集うのは開放の仲間達、浮遊城での苦楽を知る同士達、今……新たな人生のスタートを迎える二人がヴァージンロードを歩き出す。
次回、SAO帰還者のIS
「結婚式、シンカーとユリエール」
いつまでも、お幸せに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十話 「結婚、シンカーとユリエール」

あ~、人の結婚の話を書くことほど苦痛なことは無い。


SAO帰還者のIS

 

第六十話

「結婚、シンカーとユリエール」

 

 夏休みに突入したIS学園学生寮、その食堂では現在四人の学生が着慣れない服装に身を包み、仲間達に囲まれていた。

 一夏、和人、明日奈、百合子の四人は礼服という冠婚葬祭の中で結婚式用にと用意した服を着ていて、一夏と和人は無難なスーツを、明日奈はピンクのワンピースドレス、百合子は水色のワンピースドレスを着ていて、普段は見られない四人の姿に皆が見惚れている。

 

「ねぇ一夏、今日って何かあるの?」

「ん? ああ、今日はシンカーさんとユリエールさんの結婚式なんだよ」

「え!? うそ、今日だったの!?」

 

 そう、今日は一夏達SAO生還者組の仲間であり年上の友人でもあるシンカーとユリエール夫妻の結婚式が行われる日なのだ。

 招待状を貰い、臨海学校から帰ってきて直ぐに礼服を購入し、今日ようやくそれに袖を通したが、特に問題も無く、寧ろ全員似合い過ぎているほど。

 

「あ、お姉ちゃん、今日は何時頃に帰るの?」

「う~ん……二次会でダイシー・カフェに行く事になってるから、多分夕飯は向こうでだと思うの。だから遠慮しないで先に夕飯済ませておいてね?」

「そっか」

 

 因みに、最初は全員制服で行こうかとも考えていたのだが、よくよく考えてみればただでさえIS学園の制服は目立つというのに、そこに加えて世界で二人しか居ない男性IS操縦者が、IS学園の制服を着て結婚式に参列しようものなら返ってシンカーとユリエールに迷惑が掛かってしまうと、急遽礼服を用意したのだ。

 

「そろそろ、時間」

「お、そうだな……じゃあアスナ」

「うん」

「ナツも」

「おう」

 

 朝食を食べ終えた四人はそれぞれ鞄やハンドバックを持って出掛ける準備を整える。

 

「シンカーさんとユリエールさんの写真、頼んだわよー!」

「二人によろしくね」

「行って、らっしゃい」

「その、気をつけて行ってこい」

「留守は任せろ」

 

 鈴音、シャルロット、簪、箒、ラウラに見送られ、四人は出掛けていった。

 残された五人もそれぞれ朝食を食べ終えると、やる事が無くなってしまい、どうしたものかと考えていたのだが。

 

「あ、その……皆に頼みがあるのだが」

 

 突然、箒がそんな事を言い出した。

 

「実は、だな……姉さんがアミュスフィアを買ってくれて、その……ALOを今日から始めようと思うのだが」

「箒が? へぇ……」

 

 なんと、あれだけVRMMOを嫌悪していた箒がALOを始めると言うのだ。

 いったいどんな心境の変化があったのか、気にはなるが良い傾向だと特に追求するのを止めた鈴音は他のメンバーに目を向ける。

 全員、頷いてくれた。

 

「ならアタシ達でビシバシ指導してあげるわ! 一夏達直伝の指導だから根を上げるんじゃないわよ?」

「よ、よろしく頼む」

 

 こうして、箒はこの日ALOデビューを果たした。

 種族には火妖精族(サラマンダー)を選択した刀使いとして鈴音、シャルロット、ラウラ、簪というALOでは先輩になる四人に指導を受けながら、一夏から出された宿題の答えを探して……。

 

 

 結婚式の会場は銀座にある式場との事で、四人はIS学園のある島から先ずはモノレールで本土へ渡り、その後は電車を乗り継いで銀座まで来た。

 銀座に着いたらそのまま式場へ行くのではなく、待ち合わせをしているので駅前まで行くと既に遼太郎、ギルバート夫妻、里香、珪子、直葉が待っており、どうやら四人は一番最後になってしまったらしい。

 

「おう! 遅ぇぞキリト! ナツ!」

「しょうがないだろ、IS学園から銀座は結構遠いんだから」

「寧ろこれでも急いだんですよ?」

「急いだのは良いが、おめぇら飯食ったのか?」

「ああ、朝一番でな。それよりエギル、お前ん所、今夜は大丈夫だよな?」

「勿論だ! 今夜は貸切にしとくぜ」

 

 全員揃ったところで式場へ向かって歩き出す。女性陣は女性陣で、男性陣は男性陣で集まって歩き、話に花を咲かせていたが、突然黒鐡から映像が投影された。

 それはいつもユイを映していたARウインドウではない。投影されたのはALOにおいてナビゲーションピクシーではなく、本来の姿の時のユイそのままの姿の立体映像だ。

 ただ、服装は白いワンピース姿ではなく、明日奈と御揃いでピンクのワンピースドレスを着た姿で、更には父親と同じ黒髪も母親と同じ髪型にしている。

 

「お、ユイ、チェック終わったのか?」

『はい! 黒鐡、瞬光、共にシステム異常無しでした!』

「お、おお!? ユイちゃんじゃねぇか! 何だ? 今までのARウインドウじゃなくなったのかよ!?」

「ああ、夏休みに入って少し暇が出来たからな。ちょいと弄ってユイの姿を立体映像で実体化出来るようにしたんだ……まぁ、あくまで立体映像だから物に触れるとかは出来ないんだけどな」

 

 その代わり、黒鐡や瞬光の周囲5mまでなら立体映像としていつでも現実世界に姿を現す事も出来るし、ハイパーセンサーを利用しているので視聴覚もリンクしている。

 因みにだが、こうやってユイを現実世界に立体映像として出現出来るようになった背景には束の協力もあったが、それは後日語るとしよう。

 

「因みに、今日のユイちゃんのドレスと髪型は、わたしと御揃いにしてみましたー」

『えへへ、ママと御揃いです!』

「よく似合ってるよユイ、可愛いな~」

『わぁい! パパに褒められちゃいました!』

 

 出来ればちゃんと頭を撫でてあげたいし、歩くのだって手を繋いで歩きたい和人と明日奈だったが、今はまだ技術的に無理だから我慢している。

 もっとも、今夜は二次会が終わってALOでの三次会へ突入した際には、それはもう思う存分愛で倒す予定だが。

 

「ねぇナツ、あの二人……いつもあんな親馬鹿全開なわけ?」

「まぁ、概ね」

「いいな~、アスナさんとユイちゃん……私もキリトさんに可愛いって言って貰いたかったなぁ」

「シリカ、どんまい」

「はぁ、お兄ちゃんったらユイちゃんが可愛いのは分かるけど、もう少しデレデレしないでキリッとしていて欲しいなぁ」

 

 結局、黒と閃光の一家、ミルズ夫妻の仲睦まじい姿に、一同はゲンナリしながら歩く事になるのだった。

 

「いやいやいや!? ナツとユリコ嬢ちゃんも同じだからな!?」

「「?」」

「ナツ君とユリコちゃんも大概だよね」

 

 隣で呆れる直葉に、一夏と百合子が首を傾げている中、ようやく目的地の結婚式場が見えてきた。

 

 

 結婚式には大勢の招待客が訪れていた。

 シンカーの勤める会社の人間は勿論、新郎新婦の親族、それから友人でもあるSAO生還者達。特にSAO生還者達には見覚えのある人間だけでもサーシャやヨルコ、カインズ、シュミット、それだけではなく風林火山のメンバーやアインクラッド開放軍の面々もいくつか見覚えのある顔がある。

 

「流石にキバオウは招かないよな」

「あのねキリト君、何処の世界に自分を殺そうとした人を結婚式に招くのかな」

「いや、言ってみただけだって……まぁ、アイツが居たら流石に俺も困るからな」

 

 来ているアインクラッド解放軍の面々だって恐らくは当時のシンカー派の人間ばかりなのだろう。キバオウを含めたキバオウ派を招くほど、シンカーも空気が読めないわけじゃない。

 

 

「っていうか、呼ぼうとしてもユリエールさんが拒否しそうですよね」

「絶対する、当たり前」

 

 と、話している間に式が始まった。多くの拍手と共に入場してきたシンカー、ユリエール夫妻は幸せ一杯の顔をしていて、たくさんの人に祝福された結婚式は何事も無く無事に進行するのだった。

 

「やぁ、お久しぶりですね」

 

 料理を食べていると、何故か新郎のシンカーが和人達のところに来た。因みにユリエールは衣装直しで退場している最中だ。

 

「シンカーさん! 良いんですか? 新郎がこんなところに」

「良いんですよ、キリトさん。せっかく来ていただいた皆さんに挨拶の一つもしておかないと妻に怒られちゃうからね」

「シンカーさん、早速尻に敷かれてませんか?」

「いやぁ耳が痛い、実は同棲してたときからもうね、僕は彼女に頭が上がらなくて」

 

 そう言って笑うシンカーだが、その顔は本当に幸せそうで、ユリエールの尻に敷かれる事すら幸せだと言わんばかりだ。

 

「そういえばキリトさん、ナツさん、夏休みが終わったら直ぐに学園祭があるらしいですね?」

「よく知ってますね」

「いえ、妻が君達の事を色々と心配していてね。それでIS学園についても調べているんだよ、行事とか」

「ユリエールさん……」

「それで、学園祭についても知ったんだけど、もう招待チケットを送る人は決めてるのかな?」

「いえ、それはまだ」

 

 聞いた話では一人につき二枚まで招待チケットを貰えるとの話なので、最低でも八人は仲間内から学園祭に誘える。

 

「俺はスグに渡すのは決まってるんだけど」

「わたしはリズとシリカちゃんに渡すつもりだよ」

「私は、エギルさんと奥さんに」

「って、キリト! そこは俺に渡せよな!?」

 

 クラインはそんなに学園祭に行きたいのだろうか。

 

「俺は友達の弾に一枚は決まってるんですけどね」

「そっか、なら良ければユリエールを招待して貰えると嬉しいかな」

「ユリエールさんにですか? まぁ……それも良いですね」

 

 自分たちの事を心配してくれていたらしいので、ここはその恩も込めて学園祭に招待するのもアリだろう。

 

「おっと、そろそろユリエールの衣装直しが終わるみたいだから、僕は席に戻るよ……じゃあ、二次会でね?」

 

 シンカーが席に戻って少しすると、衣装直しを終えたユリエールが入場してきたため、式が再開される。

 式は夕方まで続けられ、シンカーとユリエールは沢山の祝福の中、本当に幸せそうな笑みを絶やす事は無かった。

 

 

 




それは、一人の妖精からのお願いだった。
真夏のALO、海辺で戯れる妖精達。
目指すは海底ダンジョンと、妖精の願い。
海の底で妖精達は何を見るのか。
次回、SAO帰還者のIS
「目指せ、海底ダンジョン」
少女の願いのために、戦士達は集う。



なんだろう、最近執筆してて苦痛を感じるというか……、スランプですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十一話 「目指せ、海底ダンジョン」

は~い! 今回から夏休み編の目玉イベント! Extra Edition編スタート!


SAO帰還者のIS

 

第六十一話

「目指せ、海底ダンジョン」

 

 夏休みが中盤に差し掛かった7月25日、和人は政府の菊岡に呼び出されているので現在不在で、明日奈と百合子は直葉の水泳の練習に付き合うため、里香、珪子と共にSAO生還者の支援学校にあるプールへ行っている。

 残る一夏はというと、VR研究室の部室で以前から作成していたオリジナルゲーム作成の作業をしていた。

 部室には部員である簪や本音も来ていて、他にも部員ではないが手伝いという事で鈴音や箒、シャルロットにラウラも来ている。

 

「……」

「箒、どうしたのよ?」

「っ!?」

 

 作業に没頭して只管キーボードを打つ一夏の姿を、電子工学関係の資料を整頓していた手を止めて、呆然とした表情で眺めていた箒に気づいた鈴音が声を掛ける。

 すると、我に返ったのか箒が止めていた手を慌てて動かした。

 

「あ、そっか、箒ってば此処に来るのは初めてよね」

「ああ、その……一夏はあんなことも出来るのだな」

「アタシも初めて見た時は驚いたわ、アイツってばいつの間にあんな芸当が出来るようになったんだか」

 

 正直、今一夏が行っている作業や、一心不乱に見つめている画面を見たところで、箒や鈴音には何一つ理解出来ない。

 恐らく、この場で理解出来るのは簪と、本音くらいだろうか。

 

「あれ? でも僕が一夏の同室になったときは部屋に電子工学の本があったけど、箒はそれ知ってるよね?」

「む、ああ……だが知っているのと実際に見るのとでは全然違うものだな」

「うむ、あれほどの技術力は16という歳を考えても十分過ぎるものだ、どこぞの軍に勤めていたなら電子関係で相当な地位に登りつめていただろう」

 

 すると、ずっとキーボードを叩きながら画面と向き合っていた一夏が作業を止めて伸びをすると、掛けていたブルーライト遮断用眼鏡を外して目頭を揉みつつ本音が差し出した紅茶を一口飲んだ。

 

「ふぅ……」

「お疲れだね~、おりむ~」

「まぁなぁ……基幹プログラム群の形成は凡そ完了して、細かな微調整してたんだけど、やっぱ何箇所かエラーあったみたいだから、その修正がな」

「わ~、それは大変だ~」

「……手伝う?」

「いや、修正そのものはもう終わるんだ。それより簪はグラフィック関係に集中してくれると助かるかな」

「ん、わかった」

 

 簪が作業に戻ったので、一夏も眼鏡を掛け直すと、残りのエラー修正作業へ戻った。

 因みに、三人の会話の内容については、他の皆には一切チンプンカンプンで、三人の存在が何処か遠く感じられたりもしたのだが、気にするほどではない。

 

「やっほ~い! いっくん! 愛しのお姉ちゃんが来たよ~!!」

「……束さん、あなたは箒の姉であって俺の姉じゃないでしょうに」

「え~! だって束さんにとっては、いっくんだって大事な大事な弟君だよ~!」

「いや、そう言ってくれるのは嬉しいんですけど」

 

 昔から束は隙あらば一夏を自分の弟にしようとしては千冬と喧嘩していたのを思い出す。

 まぁ、確かに昔は……それこそ一夏が幼い頃、姉の親友である束は、いつも一夏に優しくしてくれて、一緒に遊んでくれて、千冬不在時はご飯を作ってくれて、剣道の手解きもしてくれた美人で憧れのお姉さんだったが、今は流石に恥ずかしいものがあるのだ。

 

「もう、昔は一緒にお風呂にも入ってくれたのに~」

「だから昔の話ですってば!」

 

 因みにこのお姉さん、当時小学生の頃から既に同学年より発育が良くて、今思い出すと……ここに居ない筈の百合子から殺気を感じた気がするので止める。

 

「おやおや~? おお~!? ねえねえ! これっていっくんが全部組んだの!?」

「いや、流石に全部じゃないですよ、ザ・シードにあった旧SAOの基幹プログラム群を参考に色々と手を加えながら組んだり、いくつか流用したりしましたから」

 

 束が一夏の組んだプログラムを見て関心したような声を出した。どうやら天才の目には一夏の仕事はお気に召す出来で映ったらしい。

 

「あ、でもここ」

「え?」

「ちょっと気づきにくいかもしれないけど、ここに小さなエラーがあるから修正した方が良いよ? じゃないと後々にエラー蓄積してバグを起こすから」

「うわ! マジですかそれ……いや~やっぱ束さんに比べると俺もまだまだかぁ」

「でも本当に気づきにくい所だから、たぶんプロでも気づけないよ。アマチュアでここまで出来れば十分天才って言っても通用するレベルだよ?」

 

 本物の天才からの言葉は実に重みがあるというか、実感が篭っていた。

 

「ねぇいっくん、VR研究部の顧問って誰?」

「山田先生ですけど」

「あ~、あのおっぱいか……よし、じゃあ二学期から束さんが副顧問になっていっくんやかず君に束さんが直々に電子工学や機械工学について教えてあげるよ!」

「マジですか!?」

 

 それは、正直本気で嬉しい。

 元々IS学園に入学した事で独学を覚悟していたのだが、天才である束が直々に教えてくれるというのは本当に助かるのだ。

 

「よっしゃああ! テンション上がってきたぁ!!」

 

 おかげで、一夏のテンションは天元突破、先ほど以上の速度でキータッチをしてエラー修正作業を進めるのだった。

 

 

 同日、リアルでは夜になるという時間だがALOのウンディーネ領から南にあるトゥーレ島と呼ばれる島の海岸は真昼間だった。

 そして、まさにその海岸では海に入って遊ぶ美しき妖精達の姿があり、ビーチに居る男達には実に眼福な光景が広がっている。

 

「うりゃうりゃあ! STR型のパワー全開!」

「くぅ! 負けませんよ! ピナ! バブルブレス!!」

「きゅあ~!」

「はっしゃー!」

 

 一方ではリズとシリカが水を掛けあって遊んでおり、ピナにはピクシー姿となったユイが騎乗して実に楽しそうにしている。

 他にも……。

 

「ほらハーゼ、そっち行ったよ!」

「任せろラファール! はぁあ!」

「ツバキ!」

「くぅっ! この! スズ今だ!」

「まっかせなさい!」

 

 ハーゼ、ラファール、スズ、そして新参のツバキと呼ばれた火妖精族(サラマンダー)の少女がビーチバレーをしている。

 因みにツバキと呼ばれた少女は最近になってALOを始めたばかりの箒のアバターであり、姿は火妖精族(サラマンダー)特有の赤い髪をポニーテールにしたナイスバディーの美少女だ。

 

「ユリコ、これ」

「ん……カンザシ、ナイス」

 

 それからユリコとカンザシの大人しいコンビは貝殻を拾っては鑑定してストレージに保管するという意味不明な行為をしていて、その近くではアスナに指導されながら息継ぎの練習をするリーファの姿があった。

 

「おいキリト、マジなんだろうな? 今回のクエストにクジラが出るってのは、ユイちゃんすっげぇ楽しみにしてたぞ? これで巨大クラゲとかクリオネとかだったら洒落になんねぇぞ」

「巨大クリオネだったら、ちょっと見てみたいけどな」

「いやいやキリトさん、クリオネってあれで凶暴ですよ? 食事シーンを動画で見たことありますけど、あれはグロイ」

「ああ、あれは俺も見たぜ……女房なんざクリオネの幻想壊れたって落ち込んでた」

 

 今回、こうしてALOに皆が集まったのには理由があった。

 それは、昨日ユイがクジラを見たいと言ったのが始まりで、現実でもクジラを見る事は出来るだろうが、なんとユイはクジラに乗ってみたいと言い出したらしい。

 それで親馬鹿なキリトとアスナはユイの願いを聞き入れるべく、巨大クジラが出現するというクエストが近くにあるというトゥーレ島に仲間を集めたという訳だ。

 

「問題はそのクエストがレイドで挑めるのかって事ですが……エギルさん、その辺はどうですか?」

「一応情報は集めてきたが、なんせこんなワールドマップの端っこにあるクエストだから、知ってる奴自体少なくてな、まぁレイドで挑めるって事と、そのクエストの最後にどえらいサイズの水棲型モンスターが出現するってのは確かだ」

「お! そりゃ期待出来るんでねぇの!?」

 

 まぁ、その巨大な水棲型モンスターの正体がクジラなのかはともかく、レイドで挑めるというのは助かる。

 今回集まったメンツは合計で14人、1パーティーの人数制限が7人なので、どうしても2パーティーに分けなければならなかった。

 レイドで挑めるという事は、1パーティー7人の2パーティーレイドでクエストに参加出来るという事なので、今回集まった全員でクエスト攻略が出来る。

 

「クライン、ツバキの方はどうだ?」

「おう、元々剣道してるって話だからそれなりに近接戦闘は出来てたからな、剣道の太刀筋を実戦向けに方向修正させてソードスキルもいくつか習得させたから、少なくとも戦闘で足引っ張ることは無いぜ……まぁ、まだ随意飛行は出来ないみたいだけどな」

 

 今回のクエストは水中クエストなので随意飛行が出来ないというのは特に問題ではないから、戦闘について問題が無いのならツバキもクエストに参加して大丈夫そうだ。

 

「ま、そういうこったから、そろそろ行こうぜ! みなさーん!! そろそろ出発の時間ですよー!!」

「はーい! 今行きまーす!!」

 

 少女達が海から上がってキリト達の所へ歩き出す。

 水着という薄着姿なので、全員その身体のラインがはっきりと判るからか、クラインは次第に鼻の下を伸ばしていくが、少女達が水着から武装へと衣装を変更すると、クラインが呆然としてしまった。

 

「あ、あの……みなさん? 今日はその格好で?」

「あったりまえでしょー? 戦闘するんだから」

 

 クラインがorzの格好で涙を流した。

 そして、いつの間にか同じように戦闘用装備に切り替えていたキリト、ナツ、エギルの所に少女達が集まると、今回のレイドリーダーを務めるキリトが口を開く。

 

「え~、僭越ながら今日は俺がレイドリーダーを勤めさせて頂きます。クエストの途中で、目的の大クジラが出てきた場合は、俺の指示に従ってください」

「それから、今回はこういったクエスト初体験のツバキが居るので、後方支援のメンバーはなるべくツバキを気に掛けておいてください、前衛組でもサポートするけど、ツバキは無理だけしないように」

「わ、わかった」

「よし、じゃあこのお礼はいつか精神的に……それじゃみんな、頑張ろう!」

『おー!!』

 

 こうして一行は目的の海域目指して飛行を始めた。

 目指すは目的地、海底ダンジョン。ユイが望む巨大クジラを見つけて、絶対にユイの可愛らしい願いを叶えようと、一同張り切って飛んでいく……クラインを残して。




深き海底に眠るダンジョン。
そこは水棲型モンスターが溢れる巣窟だった。
奥に眠る秘宝目指し、戦士達は剣を取り戦いに挑む。
次回、SAO帰還者のIS
「深海の戦い」
火妖精族(サラマンダー)の少女はこの戦いに何を見るのか。



はい、というわけで始まりましたExtra Edition編
今作ではオリジナル要素として深海クエストをレイド攻略可能という要素を加えました。
因みにパーティー編成は

キリトパーティー

・キリト
・アスナ
・リーファ
・クライン
・エギル
・シリカ
・リズ

ナツパーティー

・ナツ
・ユリコ
・ツバキ
・スズ
・ラファール
・ハーゼ
・カンザシ

以上が今回のレイド内容です。

それと、ツバキの装備ですが。
所謂剣道小町みたいな衣装で、下は紺、上は白の道着に似た服装に胸にライトアーマー、手には籠手に似たガントレットを、武器はリズベット作の刀を使用したスタイルです。

では、年内の更新はこれでお終い! 正月三が日はゆっくり休みますので執筆はしない予定です。
なので、みなさん来年またお会いしましょう! よいお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十二話 「深海の戦い」

お待たせしました。
いやぁ、PCで動画が見れなくなったという危機を乗り越え、やっと投稿できました。


SAO帰還者のIS

 

第六十二話

「深海の戦い」

 

 トゥーレ島のビーチから飛び立って暫く飛んでいると、目的の海域まで来たので全員その場で停止し、キリトが現在位置と目標海域の地図を照らし合わせていた。

 

「座標はこの辺りのはずだよな……ナツ、クライン、何か見えるか?」

「いえ、俺の方には何も」

「ん? お! あれじゃねぇの?」

 

 クラインが指差した先には海面が不自然に光っている箇所があった。

 何も無い海の海面が太陽光とは全く違う輝きを放っているという事は、そこには何かがあるということで、この海域にあるものといえばクエストのポイント以外あり得ない。

 

「じゃあ、ウォーターブレッシングの魔法を掛けるね。カンザシちゃんはそっちのチームにお願い」

「はい」

 

 潜るべきポイントを確認したので、各チームの水精霊族(ウンディーネ)であるアスナとカンザシがそれぞれのチーム全員に潜水用魔法ウォーターブレッシングの魔法を掛けるため、詠唱を始める。

 

「「オース ナーザ フョール フィスク バラム スバール バトン!」」

 

 ウォーターブレッシングによるバフ効果が全員に付加されたのを確認し、キリトとナツはそれぞれのチームへ目配せをすると、一気に光る海面へ突入を開始した。

 海に飛び込んで海底まで潜水して行くと、キリト達の視界に入ってきたのは、遺跡と思しき古びた建造物で、その入り口らしき場所には一人の人影が見える。

 

「ん?あれはクエストNPCみたいだな」

「海で困ってる人とくりゃあ人魚って相場が決まってらぁ! マーメイドのお嬢さ~ん!!」

 

 エギルの言葉で真っ先に反応し、無用心にもクラインが一人突っ走ってNPCの下へと泳いで行き、他の皆も呆れ顔になりながらそれに続いた。

 どの道、あのNPCがクエストNPCに違いないと予想していたので、傍まで行かなければクエストが始まらないのだ。

 

「何かお困りですか? お嬢、さ……ん~!?」

 

 果たしてそこに居たNPCはクラインの期待していたマーメイドのお嬢さんではなく……。

 

「お嬢さんではなくお爺さんでしたね」

「きゅ~」

 

 ユイの言う通り、そこに居たのは白いローブを纏った白髪白髭の老人、いわゆるお爺さんだったのだ。

 クラインは現実逃避を始めたのか石化してしまい、キリトはそれを華麗にスルーしながら老人の前に立つと話しかける。

 

「どうされましたか? 御老人」

 

 キリトが話しかけた事でクエストフラグが立ち上がった。キリトの前にクエスト開始のメッセージウインドウが開かれる。

 深海の略奪者、それが今回チャレンジするクエストの名前らしい。そのウインドウの「○」をタップすると、クエスト受注が完了し、無言だった老人がようやく口を開いた。

 

「おお、地上の妖精達よ。この老い耄れを助けてくれるのかい?」

 

 ようやく全員が合流した所でNPCの名前を見たリーファとカンザシの二人が何か引っかかったのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「どうしたの? リーファちゃん、カンザシちゃん」

「あ、いえ……」

「ちょっと、あのお爺さんの名前、何処かで見た事があるなって」

 

 カンザシの言う老人の名前とは、NPCの頭上に出ている「Nerakk」という文字の事だろう。確かに妙な名前だとは思う。

 名前にしても読み方がイマイチわからない。ネラク、と読めば良いのかもしれないが、スペル的にはそんな読み方はしない。いや、そもそもあれではスペルとして成立していないのだ。

 

「実は、古い友人への土産物を、この神殿に居る盗賊共に奪われてしまってのぉ」

 

 その土産を奪い返してきて欲しいというのが、今回のクエスト内容だった。キリトがそれにYESで答えると、フラグが完全に成立してクエストが正式にスタートとなった。

 因みに老人が言うには土産とは相当な大きさの真珠らしい。

 

「よし、じゃあまず確認な。クエストは探し物系クエストだけど、神殿の中には当然だけどモンスターも出てくる筈だ。前衛は水中だと武器の振りが遅くなるから気をつけてくれ」

「後衛は雷系魔法は使用禁止、水や氷系、それに炎系魔法は効果が無いだろうから、基本的に風や土、聖、闇属性の魔法を使うように。それからツバキは前衛って事になるけど、まだ不慣れでスキル熟練度もそんなに高くはないから、必ず誰かと一緒に攻撃をする事」

「わ、わかった」

「俺たちのパーティーの後衛はカンザシとラファールの二人で頼む」

「こっちはアスナとリーファだ」

 

 陣形と役割も決まった所で早速出発となった。

 神殿の入り口から中に入り、一番前をキリト、クライン、ナツの二人が歩き、一番後ろにはアスナ、リーファ、カンザシ、ラファールの四人が着いて行く形になる。

 

「おい、キリトよ……」

 

 しばらく歩いていると、クラインが声を潜めながらキリトに話しかけてくる。

 

「リーファちゃん、水中戦闘苦手なんだろ? もうちょい気ぃ使ってやらなくて良いのか? ただでさえ、おめぇは普段IS学園に居るから中々会えないんだろ?」

「そうは言ってもな……俺とリーファ、それにナツとユリコのパーティーの時はともかく、こうして仲間内全員でレイドパーティー組んでると、接し方に迷うんだよなぁ」

「でもキリトさん、自然体で良いと思いますよ? 兄なんだし、もう少し妹の面倒を見ても……」

「でもな、最初にリーファとして出会った時はアイツが妹だなんてっ!?」

「「っ!?」」

 

 突如、三人の足元が無くなり、渦巻く穴の中に落ちていく。

 

「「「ううわあああああ!?」」」

 

 必死に泳ぎながら上へ登り、何とか淵に辿り着くと呆れ顔のエギルが三人を見下ろしていた。

 

「見えてる落とし穴に落ちる奴があるか……たっく」

 

 エギルが三人を引き上げているのを後ろで見ていた一同は、元アインクラッド攻略組トッププレイヤーにあるまじき失態に全員呆れ顔だった。

 特にアスナ、ユリコ、リーファの三名は笑みこそ浮かべていても、その口元は思いっきり引きつっている。

 

「もう、不注意だよナツ」

「足元注意だ、戦士なら油断は禁物だぞ」

「これが元攻略組トッププレイヤーとはねぇ」

「ナツの幼馴染として、アタシは恥ずかしいわ……」

 

 ラファール、ハーゼ、リズベット、スズの言葉がグサッと胸に突き刺さる。

 

「っ! パパ!! 後ろです!!」

 

 突如、ユイの声が響き渡り、その言葉通りに三人の後ろで落とし穴の底から光と共に何かが出てきた。

 その大きさは巨大と言えるほどの大きさではないが、人と大して変わらないサイズのシーラカンス型モンスターだ。

 

「戦闘用意!!」

 

 全員一斉に武器を手に取り、始めにキリト、クライン、ナツが斬り掛かる。

 シーラカンスは素早い動きでキリトに突っ込んで来たので、キリトは剣で迎え撃ったが、頭が意外に硬かったためか、ダメージは通らず、軌道を逸らすので精一杯だ。

 

「頭はダメージが通らない! 俺がタゲを取るから、皆は側面から攻撃してくれ!!」

「よっしゃああ!」

「任せろっ!」

「せぇああああ!!!」

 

 キリトがシーラカンスの頭を剣で受け止めている間にナツ、クライン、エギルが側面から斬り掛かり、リズ、シリカ、ハーゼ、ユリコ、ツバキも動き出した。

 

「あ、あたしも! って、う、うわぁっ!?」

 

 後衛ではあったが、前衛に加わった方が良いかと思ったリーファが剣を抜きながら走り出そうとしたものの、一歩踏み出しただけで水中の浮力に足を取られて上手く動けなかった。

 

「リーファ! アスナ達と一緒に、魔法で援護頼む!!」

 

 シーラカンスの頭を受け止めながらキリトがリーファに指示を出し、受けたリーファは剣から手を離して後衛のアスナ達と目を合わせると、一つ頷く。

 アスナ、リーファ、カンザシ、ラファール、シルフとウンディーネ二人ずつの援護魔法によってパーティーメンバー全員に攻撃力と防御力強化のバフを掛けた。

 

「サンキューみんな! ええいっ!!」

「はぁっ!」

「行くぞユリコ! ツバキ! スズ!」

「うん」

「ああ!」

「任せなさい!!」

 

 リズベット、シリカが斬り掛かったのと同時に、ハーゼ、ユリコ、ツバキ、スズもそれに続く。

 更に追撃でクライン、エギル、ナツもどんどん攻撃を加えて行き、シーラカンスのHPはイエローゾーンからもう少しでレッドゾーンへと突入しようとしていた。

 

「っ! (何やってるの? あたし……皆と、お兄ちゃんと……何処までも一緒に行くって決めたのに!!)」

 

 前衛で戦っている皆を見ていて、リーファは前に決めた事を思い出し、こんな所で後衛に甘んじて兄と共に剣を振れない自分を恥じた。

 だからこそ、リーファはもう一度剣へと手を伸ばし、抜き放ちながら今度こそ浮力に足が取られないように走り出す。

 

「リーファちゃん!?」

「大丈夫です! 今度こそ!!」

 

 アスナの制止を振り切って、リーファは剣を上段に構え飛び上がると、シーラカンスへ一気に振り下ろそうとした。

 しかし、HPが丁度レッドゾーンに入ったシーラカンスは今までとは全く違う動きを見せてしまった事でリーファにピンチが訪れる。

 受け止めていたキリトを振り切ったシーラカンスは落とし穴の真上へ移動すると、そのまま渦を巻くように高速で泳ぎ出し、強烈な渦潮を発生させた。

 全員、剣や槍を床に指して引き込まれないようにしたのだが、丁度飛び上がっていた為に地面から足の離れているリーファはバランスを崩して渦潮に引き込まれてしまう。

 

「う、うわ、うわぁあぁあああああああ!? っ!?」

 

 渦潮の先にあったのは、先ほどキリト達が落ちそうになった落とし穴だ。

 何とか淵を掴んで落下は防げたが、未だ渦潮を作るシーラカンスを何とかしなければ、リーファは落とし穴に落下してしまう。

 

「リーファ!! くそっ……キリトさん! リーファを!!」

「っ! ああ!!」

 

 何とかしようとしていたキリトは、ふと上を向くと、何かを思いついたのか態と剣を床から抜いて飛び上がり、渦潮の中へ突っ込んでいく。

 

「キリトぉ!!」

「キリト君!!」

 

 クラインとアスナの心配する声が聞こえるが、キリトは冷静に渦の流れに身を任せ、体が天井付近へ来た所で思いっきり天井を蹴りつけた。

 

「うぉおおおああああああああ!!!」

 

 目指すは渦の中心に居るシーラカンス、それを目指して剣先を真っ直ぐ向け、一気に突進すると、頭の付け根に剣を深々と突き刺す。

 今の一撃でHPを完全に奪ったのか、シーラカンスがポリゴンの粒子となって消え、同時に渦潮も収まった。

 

「さっすが、キリトさん……」

「……」

 

 キリトの行動を見て、ナツがそう呟いたのを、偶然聞いたツバキが、リーファを引き上げているキリトへ目を向けて、それから先ほどまでの戦闘を思い返していた。

 全員、ただのゲームなのに、どこか真剣で、ユイの為にという共通の目的があるにしても、死んだところで現実に何の影響も出ない戦いを、絶対に死なないようにと戦っている。

 全員が協力し合って、一つの目的の為に共に戦う、それは今までツバキが考えたことも無かった事だ。

 

「独り善がりの戦いじゃ、ない……か」

 

 もしかしたら、このクエストをクリアしたら、何か見えてくるのかもしれない。ナツに出された宿題の答え、そのヒントが……。

 そう考え、ツバキは刀を鞘に納めて歩き出した一行に着いて行った。




深海での戦いは続く。
幾度の困難を乗り越え、宝物を手に入れた戦士達。
だが、それは大いなる存在に仕組まれた罠だと気付いた時、強大な敵が姿を現す。
次回、SAO帰還者のIS。
「大いなる海の支配者」
小さき少女の願いは今、叶う……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編4 「亡国の陰謀計画」

筆休めに番外編の第4段!
そして、今回の番外編は本編とリンクしています。


SAO帰還者のIS

 

番外編4

「亡国の陰謀計画」

 

 某国某所の地下にある広大な秘密基地、そこは世界の裏の更に裏に属する巨大組織、亡国機業(ファントム・タスク)の本拠地だ。

 首領をトップに10名の幹部を添えて、1000人を超える構成員で結成された組織は、世界各地でテロや暗殺、買収などの犯罪を手掛けている。

 勿論、1000人も超える人間が全員基地に居るわけではなく、その殆どが世界中に散って潜入任務を行っており、軍や政府、財閥や巨大企業などに諜報員として潜り込んでいるのだ。

 

「ふぅううい……あ~、暇だなぁ、暇過ぎておじさん思わず暴れたくなっちゃうな~、暴れちゃおうかなあ~ぃ」

 

 そして、このブランデー片手にタバコを吸っているサングラスを掛けた初老の男こそ、亡国機業(ファントム・タスク)の首領であり、若き日は幹部のナンバー1で『デストロイヤー』の異名で知られる今なお現役の生きた伝説、コードネーム:スカイだ。

 

「首領、貴方が暴れたら小国が一つ滅びますからご自重ください」

「なんでぇいノリが悪ぃなぁスコールはよぉ」

 

 首領室のソファーに腰掛けるスカイの向かいの席に座って、同じくブランデーを傾けるスコールは冷や汗を流しながらスカイが暴れるのを何とか阻止していた。

 何を隠そうスカイという男、若い頃に大暴れして本当に小国を一つ、滅ぼした事があるのだから冗談では済まされないのだ。

 

「そんで? 今日は一体どういう風の吹き回しだ~? オータムの嬢ちゃんとマドっちまで引き連れて来るたぁ、何か話があんだろ?」

「ご推察痛み入ります……実は、近々計画している作戦の実行許可を頂きたく参りました」

「作戦だぁ~? 話してみろぃ」

 

 スコールの言う作戦とは、IS学園で夏休み明けに行われる学園祭にて、スコール率いる部隊を襲撃させるというものだ。

 作戦決行前に学園祭が行われているIS学園にオータムと、後一名を潜入させて事を起こし、学園外に待機させた他のメンバーが同時に襲撃する。

 

「目的は織斑一夏の持つ白式と可能であれば篠ノ之箒の持つ紅椿の奪取及び、桐ヶ谷和人の暗殺と結城明日奈の誘拐です」

「はぁん、白式と紅椿の奪取はまぁわかるが……後者は須郷の計画だな」

「はい、彼はやはり必要以上に桐ヶ谷和人と結城明日奈に拘っている模様で……」

「チッ、だから私怨で動く小物は嫌ぇなんだよ、おじさんは」

 

 一応頭脳は優秀なので欠番になっていた幹部の椅子を一つ与えたが、スカイは須郷という男の事は一切信用も信頼もしていない。

 あの手の男は必ず裏切るだろう。裏切り、そして自分こそが首領に相応しいだの何だのと言ってスカイを殺して亡国機業(ファントム・タスク)トップの座を奪おうとするはず。

 

「ケッ、安心しろオッサン、あの男とラフコフの連中には俺とM、それにKが目を光らせてっからよ」

「あ~それは安心だ、それよりKはどうしたぃ? 来てねぇみてぇじゃん」

「アイツはもう寝た。今何時だと思っている?」

 

 Mと呼ばれた少女がスカイの疑問に答え、スカイも時計に目を向ければなるほど、今は夜の11時だ。

 

「ガキは夜更かししないでベッドへってな、俺が無理やり寝かしつけた」

「そうかい、オータムの嬢ちゃんにもそんな一面があったたぁな……んぐっ、ぷぁああ~! おうスコール、注いでくれぃ」

「どうぞ」

 

 空になったグラスにスコールがブランデーを注ぐと、スカイは口を付けるでもなく、ただそれを眼前に持ってきて琥珀色の液体の向こう側に透けて見える景色を眺めた。

 

「作戦については構わねぇぜ、好きにやんな……ただ、もし須郷が一緒に行くってんなら、奴の動向については逐一監視して報告しろぃ」

「はっ!」

「まぁ奴も、今の段階で尻尾掴ませるようなマヌケは演じないだろうが……そうさな、須郷監視用にオーガスト連れて行け、奴にゃあ俺から話を通しておいてやんよ」

「オーガストを、ですか? しかし彼は今、確か中東へ潜入している筈では……」

「IS学園の学園祭までには帰ってくるさ、心配すんな」

 

 ならば大丈夫だろうと判断したスコールはグラスに残ったブランデーを飲み干してオータムに注がせる。

 手元に置いてある資料に書かれたIS学園襲撃作戦の事はこれで良しとして、次の資料をテーブルの上に置き、それをスカイに見せた。

 

「こちらを」

「あ~ん? ……ほぅ」

「首領……スカイ様専用機の開発計画の進行報告ですわ」

「作業進行率30%……先月始めたばかりにしちゃあ順調じゃあねぇの」

 

 それは、亡国機業(ファントム・タスク)最強の男の為のISを作成する企画だった。

 開発計画の責任者は組織のナンバー2であるスプリングの名前が記入されており、開発主任として須郷の名前もある。

 

「世代としては第4世代を目標としていますが、ベースはどうしても現状第3世代にせざるを得ないそうです……これで白式か紅椿が手に入れば間違いなく第4世代機として完成するのですが」

「それは後の話だな、だがオッサンの要望通りの武装や特殊兵装を用意してある」

「ほう……良いじゃねぇか、実に俺好みの機体だ」

 

 そこに書かれた予定スペックや搭載予定の武装について読んでいくにつれて、スカイの顔に笑みが浮かぶ。

 心の弱い者が見れば、間違いなく恐怖に失禁してしまうような、そんな恐ろしい笑みではあったが。

 

「機体の開発コードは『デストロイヤー』、正式名称をトーデストリープと名づけました」

「破壊衝動か……おじさんにピッタリな名前だ、気に入った!」

 

 その名の通り、万物あらゆる物を破壊する事を前提とした機体、それがスカイの専用機となる機体だ。

 今はまだ未完成だが、それが完成した時、恐らく世界は……恐怖と混乱、そして混沌の海へと誘われる事となるだろう。

 

「最高の機体をご用意いたしますので、完成まで楽しみにしていてくださいませ」

「おうよ! ん~気分が良くなってきちゃったなぁ、おじさん今サイッコーにハッピーな気分~! マドっち、おめぇも仏頂面してねぇでこっち来な!」

 

 バンバン! と隣に座れと催促してくるスカイに、Mは溜息を零しながらてこてこ歩いてスカイの隣に座ると、スカイが何処からかオレンジジュースを取り出してMの前に置いた。

 差し出されたのを飲まないというのも失礼な話なので、ちびちび飲みながら豪快に笑う酔っ払い親父に相槌を打っていたのだが、そろそろ頭をガシガシ撫でるのは止めて欲しかったりする。

 

「……ひゃぅ!? ジジイ! 頭撫でるのはまだ良いとしても、お尻を撫でるのを許した覚えは無いぞ!!」

「ガハハハハハ!! ロリっ娘マドっちも随分と女らしい尻になったでねぇの~、胸も尻も大分おじさん好みn」

 

 スカイの頭にファイルがめり込んだ。血飛沫を噴水のように噴出しながらスカイは犯人の方を振り向く。

 そこには素敵な笑顔を浮かべながらも額に太っい青筋を浮かべたスコールと、そのスコールを見て顔を青くしながら距離を取るオータムの姿があった。

 

「首領? まだ未成年のMにセクハラとは良い度胸ですわね」

「カァッ! こちとらテロ組織の首領やってんでぇい! セクハラなんざ軽いテロもお手のもんでなぁにが悪い!!」

「未成年にするなと言ってるのよクソジジィ!!!」

 

 未成年じゃなければ良いのか、と思ったオータムだったが、それはスコールのセクハラするなら自分にしろという無意識のアプローチである事には気づかなかった。

 とりあえず、睨み合うスカイとスコールに挟まれて、スカイに触られたお尻を押さえながら涙目で助けを求めるMに、普段はいけ好かないガキだから嫌っているという事も忘れて救出する事にした。

 

 

 スコールとスカイの睨み合いが何とか終わって再び報告の方へと話が軌道修正された。

 元々話を逸らしたのはスカイだが、そこはスカイだから仕方が無いと強引に納得し、スコールは最後の資料をスカイの前に差し出す。

 

「……おい、スコール……こいつぁマジなんだろうな?」

「はい」

「そうかい……あ~あ、全く困ったもんだなぁ、おじさん困っちゃったなぁ~……」

 

 資料に書かれているのは、篠ノ之束がIS学園の教師になる事が正式に決定したという情報だった。

 前々から、亡国機業(ファントム・タスク)は束を組織にスカウトする事を検討していたのだが、その束がIS学園に所属する事になってしまっては、迂闊に手を出せなくなってしまう。

 

「如何いたしますか? もし首領がご命令下されば襲撃の折に博士の身柄も押さえますが」

「……確か篠ノ之束にはデザインベビーの助手が居たな」

「はい、ドイツのデザインベビー計画の失敗作として破棄されたものを保護したという話です」

「丁度良い、彼女が学園に居るのならそのデザインベビーもIS学園に入るだろうから……持って来い」

「了解ですわ」

 

 クロエという少女を、まるで物のように話すスカイに対し、スコールも同じように返した。

 

「邪魔が入れば殺せ、学園の生徒だろうと関係無い」

「よろしいので?」

「カッ! 平和ボケしたガキどもにゃあ良い薬になるだろう?」

 

 こうして、亡国機業(ファントム・タスク)の企みは正式に首領の承認を得て動き出す。IS学園の夏休みが明けて、学園祭が始まれば……学園は戦場となるだろう。

 

「んじゃあこれで話は終わりだな」

「はい」

「うっしゃああ!!! それじゃあおじさん、これから出掛けr」

「キャバクラでしたら行かせませんよ」

「ばっきゃろい!!! んなとこ今の時間やってるわけねぇでしょうが!! おじさんが行くのはおっぱい大きい姉ちゃんが居るお店だ!」

「おっ○ブもこの時間にやってるわけないでしょうがエロジジィ!!!!!!!」

 

 結局、二人を止める役をする事になったオータムとMが就寝したのは朝日が昇り始めてからになってしまう。

 二人はもう二度とスコールとスカイの話し合いには同席しないと心に誓い、ベッドに沈みながら襲い来る睡魔の誘惑に身を委ねるのだった。




あ、亡国機業の組織図みたいなの載せますので、そちらもご覧くださいね~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

亡国機業設定

SAO帰還者のIS

 

亡国機業設定

 

 

組織図

 

首領:コードネーム・スカイ(本名:パイン・スターチ)

 

副首領:コードネーム・スプリング(本名:織斑百春)

 

副首領専属秘書:コードネーム・シーズン(本名:織斑秋十)

 

幹部

 

ファントム1:コードネーム・オーガスト(本名:ウォルター・J・リーヴル)

主な任務:潜入工作及び諜報活動

 

ファントム2:コードネーム・スコール(本名:スコール・ミューゼル)

主な任務:IS関係(スコールのみ首領の監視……という名の手綱を握る人を兼任、簡単に言えば秘書)

 

ファントム3:コードネーム・マーチ(本名:不明)

主な任務:暗殺

 

ファントム4:欠番→コードネーム・オベイロン(本名:須郷伸之)

主な任務:開発、ハッキング、クラッキング

 

ファントム5:コードネーム・ウインター(本名:不明)

主な任務:テロ誘導、戦争誘発活動

 

ファントム6:コードネーム・サン(本名:不明)

主な任務:ハニートラップ、風俗経営による情報収集

 

ファントム7:コードネーム・サイクロン(本名:不明)

主な任務:破壊工作

 

ファントム8:コードネーム・S(本名:ガブリエル・ミラー)

主な任務:資金調達および組織の表面上の活動である企業の経営

 

ファントム9:コードネーム・X(本名:不明)

主な任務:基地防衛、白兵戦担当

 

ファントム10:欠番

主な任務:雑務(ただいま指揮する者が欠番なので部隊は存在せず、他ナンバーで仕事を分担)

 

 

ファントム1指揮下

不明

 

ファントム2指揮下(部隊名:モノクローム・アバター)

 

コードネーム:オータム(本名:不明だが偽名として巻紙礼子を名乗る)

 

コードネーム:M(本名:織斑マドカ)

 

コードネーム:Poh(本名:ヴァサゴ・カザルス)

 

コードネーム:赤目のザザ(本名:新川昌一)

 

コードネーム:ジョニー・ブラック(本名:金本敦)

 

コードネーム:K(本名:K-075)

 

ファントム3指揮下

不明

 

ファントム4指揮下

不明

 

ファントム5指揮下

不明

 

ファントム6指揮下

不明

 

ファントム7指揮下

不明

 

ファントム8指揮下

不明

 

ファントム9指揮下

不明

 

ファントム10指揮下

無し

 

 

 

さて、文字数が足りない。どうするか。

 

スカイの専用機について

専用武装については、スカイの声のイメージが若本氏であるという事からお察しくださいというか、想像してみてください。

たぶん、だいたい予想出来るはずです。かなりのネタ武装でありながら危険極まりない武装、機体が出来てしまいました……おお怖っ!

 

須郷について、まぁ須郷ですから当然ですが誰かの下の立場で甘んじてるわけがありません、狙ってますよ~亡国機業(ファントム・タスク)の首領の座。




実はKと呼ばれる人物、過去の番外編に出てます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十三話 「大いなる海の支配者」

エクストラエディションもこれで終わり。


SAO帰還者のIS

 

第六十三話

「大いなる海の支配者」

 

 シーラカンスとの戦いを終えてから一行は更に奥へ奥へと進んでいた。

 途中で出てきたMobも前衛にリーファが加わったり、ツバキがメインで戦って倒したりと、旧SAOの仲間達に置いてきぼりになって疎外感を感じていたリーファや、初の大型クエストで緊張しているツバキのフォローを確りこなしている。

 

「はぁああああ!!!!」

 

 今も、大きな蟹型モンスターを相手にツバキが炎を纏った刀で属性付与のソードスキルを使い、その燃え盛る刃を振り下ろしてモンスターを倒して見せた。

 剣道全国優勝の実力があるので、やはり剣の基礎は出来ているから、後はクライン指導の下で戦い方を学んで随分と実戦にも通用するようになっている。

 

「おうツバキ嬢ちゃん、随分とソードスキルにもキレが出てきたな」

「い、いえ……師匠に比べればまだまだです」

 

 因みにツバキ、クラインの事を師匠と呼んでいる。

 刀の扱いだけでなく、戦い方、ソードスキル、あらゆる面でクラインはツバキを上回っており、正直剣道経験者のツバキですらクラインには今でも勝てないらしい。

 確かに、クラインはSAO時代は攻略組のトッププレイヤー集団に名を連ねていた程の実力者で、刀の扱いはSAOで最も長けていた。

 この場に居るリズ、シリカという攻略組ではなかったSAO生還者から言わせて貰うのなら、SAO攻略組でトップ10に入るプレイヤーにクラインは間違いなく入っているとのこと。

 

「あの、師匠」

「ん?」

「前にお話した、いち……ナツとキリトさんに言われた宿題のヒント、何となくですが見えてきた気がします」

「そうかい……なら、まだまだ頑張ればお前さんはALOでも、ISでも間違いなく強くなれるぜ。答えを見つけな、それがお前の強くなる為に必要な要素だ」

「はい!」

 

 ALOをプレイして、IS学園の仲間と共に戦ったり、クラインの教えを受けたり、SAO生還者達に鍛え上げられたりしている内に、ツバキは良い意味で成長していると横目で見ていたナツは思っていた。

 まだまだ背中を預けて戦うには心許無いと思うし、未熟だと断言出来るが、それでも今の成長速度で行けば、一年以内には宿題の答えを見つけて来そうだ。

 

「おい、お喋りもそこまでにしておけ、どうやら一番奥の部屋みたいだ」

 

 エギルに言われて全員表情を引き締めて目の前に現れた扉を見上げる。これまでのダンジョンの内容から考えて、恐らくこの扉の向こうが遺跡の最深部なのは間違いない。

 恐らくダンジョン最深部となればボスが出てくるだろう。全員武器を構えて、扉の前に立って開ける用意をしていたエギル、クラインに頷いて見せた。

 エギルとクラインもそれに頷き返し、武器を片手に扉へ手を当て、ゆっくり押して開いていく。完全に開かれた扉の向こうには祭壇らしき物が見えて、そこにはクエストNPCの老人が言っていた宝らしき巨大真珠が祭られている。

 

「あれを、持っていくのか」

「ナツ、妙だと思わないか?」

「ええ、扉を開いたってのに、ボスが姿を現す気配が無いですね」

 

 慎重に中へ入るが、それでもボスが出てくる気配が無い。ならば真珠に手を出すのがボス出現フラグなのかと思い、代表してキリトが真珠に手を伸ばし、ゆっくり持ち上げてみたが……それでも出てこなかった。

 

「どうなってるんだ……?」

「ねぇナツ、普通はこういうダンジョンって最後にクエストボスが出てくるものよね? これ見よがしに最深部の部屋だってあるんだし」

 

 スズの問いに頷くだけで答えなかった。彼女の言う通り、普通はこのようなダンジョンの最深部というのはボスが出現するのが通例パターンなのに、このダンジョンではボスが出てこないのが妙だ。

 いや、おつかい系クエストだからと言われれば確かに納得出来なくもないが、ここまで大掛かりなクエストならボスが出ないのも変というもの。

 

「一先ずボスが出ないみたいだから、あの老人の所へ持っていこう。念のため道中でボスが出ないか全員警戒しておくように」

 

 キリトの指示に従い、ダンジョン入り口までは全員武器を抜いた状態で移動する事になった。もしかしたら持ち出したプレイヤーにボスが襲い掛かるタイプの可能性も考えられる。

 真珠をキリトが抱えて全員ボスの部屋から出るが、ボスが現れる気配も無いので、そのままダンジョンの入り口目指して歩き出した。

 途中でボスではなくMobが出現したが、難なく倒しながら進み、結局入り口に戻ってくるまでボスが現れる事は無かった。

 

 

 ダンジョンから出てきた一行は一先ずキリトとアスナが老人のところへ真珠を持って行き、残りは入り口の段差に座ってクエスト完了を見守っていた。勿論、ここでボスが出現する可能性も考慮して武器はいつでも抜けるように警戒しているが。

 

「あ~あ、俺ぁ当分海老だの蟹だの見たくねぇな」

「イカとタコもな」

 

 Mobで散々見て戦ったから、しばらく見たいと思わなくなった。食べるのもしばらくは遠慮したいところだ。

 

「結局、最後までクジラ出てこなかったね」

「うむ、巨大海洋生物は色々出たが、クジラは一度も出なかったな」

「クジラは、出ないのかな……」

 

 ラファールとハーゼ、カンザシはクジラが出なかった事を残念に思っていた。ユイのためというのは確かにあるが、実は自分達も巨大クジラに乗るのを密かに楽しみにしていたので、それがこのクエストの心残りだ。

 ツバキはクジラが出なかったのは確かに残念だが、今回のクエストに参加出来た事そのものが有意義だと感じているので、特に思う所は無い。

 

「お土産、取り返して来ましたよ」

「おお~! これぞ正しく」

 

 キリトが老人に真珠を差し出している様子をリズ、シリカ、リーファ、ユリコが眺めていた。クエストの疲れもあるが、何やら腑に落ちないという表情をしている。

 

「あの真珠をお爺ちゃんから盗ったっていう盗賊も、出てこなかったわね」

「そういえば……」

「Mobは海洋モンスターばかりで、盗賊系は出ませんでした」

「……何だろう、嫌な予感」

 

 すると、キリトが真珠を老人に渡そうとしたその時だった。アスナと、ナツが何かに気づいて走りより、アスナが真珠を取り上げて頭上に翳す。

 海面から差し込む太陽光に照らされた真珠は、真珠ではありえない現象が起きた。太陽光に照らされた真珠が透き通ったのだ。

 

「これは!」

「アスナさん、これ!」

「おい、嘘だろ……」

「これ、真珠じゃないわ!」

 

 透き通った真珠の中には、何かの幼生体が動いていた。それはつまり、この真珠は真珠ではなく、生き物の卵であるという事を意味している。

 

「もしかして、クエスト名になってる深海の略奪者って、俺たちの事か……!?」

 

 真珠を盗賊が盗み出したから略奪者なのではなく、生物の巣からプレイヤーが卵を盗み出したから略奪者、という事だ。

 

「さぁ、早くソレを渡すのだ……」

「っ!」

「渡さぬとあらば……仕方ナイノウ!」

 

 老人の姿が、異形へと変化していく。大きさは人間サイズからALOで言う所の邪神クラスのボスと同等サイズへと大きくなり、特徴的な髭は触手に、肌は白く染まっていった。

 更に、頭上にあったNPCネームである「Nerakk」はアナグラムであったのだろう、本来の名前である「Kraken」に変わる。

 そして何より驚いたのは出現したHPバーの本数だ。新生アインクラッドのフロアボスどこか、旧アインクラッドの上層ボス以上の本数がある事だ。

 

「クラーケン!? 北欧神話に登場する海の怪物だよ!!」

 

 フランス人であるラファールが即座に名前を見て反応した。北欧神話は欧州では有名な神話の一つだ、欧州人であるラファールが知らないはずも無い。そして、当然だが同じ欧州であるドイツ人のハーゼもクラーケンの名は知っている。いくら軍人だとはいえ、神話くらいは話に聞いた事があるのだ。

 

「礼を言うぞ妖精達よ! 我を拒む結界が張られた神殿からよくぞ御子の卵を持ち出してくれたのう! さあ、それを我に捧げよ!!」

「お断りよ! この卵は、私達が責任を持って神殿に戻します!!」

 

 卵を抱えて拒否の答えを返したアスナと、その周りで全員が武器を構え、カンザシとシリカ、リーファ、ラファールが詠唱準備に入る。

 

「愚かな羽虫達よ! ならば深海の藻屑となるがよい!!」

「来るぞ! みんな構えろ!!」

 

 ナツの声と共にクラーケンが触手を振り下ろしてきた。

 直撃コースの触手をクラインとエギル、ツバキ、スズが受け止めたのだが、あまりにも重過ぎて受け止めるだけで精一杯になってしまう。

 

「ナツ!」

「はい!!」

 

 剣に炎を纏ったキリトと、同じく剣に闇のオーラを纏ったナツが触手に斬り掛かったが、斬られた所は直ぐに修復され、修復しながら水の泡を傷口から放って目潰しをしてくる。

 更に、触手が複数二人に襲い掛かり、それに気づいたリズがキリトを、ハーゼがナツを押し倒して避けようとしたのだが、触手の数が多すぎた。

 

「「ぐっああああ!?」」

「きゃあああああ!?」

「ぐぅうううううう!?」

 

 触手が四人に直撃して吹き飛ばしてしまった。

 倒れた四人が、いや……今ので同じく吹き飛ばされたクラインとエギル、ツバキ、スズも入れた

八人がHPを確認してみれば、満タンだったのが今の一撃だけでレッドゾーンへ突入して残り僅かという異常事態。

 

「キリト君!」

「ナツ!」

 

 アスナとユリコが四人に伸ばされた触手を何とか斬り払うが、正直に言ってジリ貧もいいところだ。

 

「パパ、あのタコさんステータスが高すぎます! 新生アインクラッドのフロアボスを遥かに上回る数値です」

「そんなにか……」

 

 Hpバーの本数からある程度予想していたとはいえ、予想を上回りすぎだ。これでは2パーティーのレイドでは足りない、もう1~2パーティーほどレイドに組み込まなければ勝てる相手ではないだろう。

 

「まずい……っ」

 

 クラーケンが巨大な口を開いて迫ってきた。あの口で全員を丸呑みするつもりなのだろう、そうなればレイドが全滅、それぞれの種族の首都へ死に戻りしてデスペナを受ける事になる。

 巨大クジラを見に来た筈が、まさかこんな邪神クラスのボスと遭遇する事になってしまうとは、予想外にも程があった。

 

「くっ!」

 

 誰もが終わりだと思ったその時、クラーケンの目の前に突如頭上からトライデントと呼ばれる三又の巨大な槍が降ってきて床に突き刺さった。

 トライデントによって行く手を阻まれたクラーケンは動きを止めて視線を上に向ければ、巨大な人影が降りてくるのが見える。それはキリトやナツ達にも同じで、その人影が一行の後方に降り立つ。

 現れたのはクラーケン以上のHPバーを持つ大男、カーソルが敵を示す赤ではなく、味方を示す緑である事から、キリト達を助けに来たと見るべきか。

 

「久しいな古き友よ、相変わらず悪巧みが止められないようだな」

「そう言う貴様こそいつまでアース神族の手先に甘んじてるつもりだ! 海の王の名が泣くぞ!!」

 

 海の王、トライデント、そして何よりクラーケンを古き友と呼んだ事、これらを総合して考えるに、この大男の正体は間違いなくポセイドンかと思ったのだが、名前の表記を見ると、そこに書かれていたのはリヴァイアサンの文字だ。

 

「私は王であることに満足しているのさ。そして、ここは私の庭……そうと知りつつ戦いを望むか? 深淵の王」

「……今は退くとしよう。だが友よ、ワシは諦めんぞ! いつか御子の力を我が物とし、忌々しい神どもに一泡吹かせるまでぇえええええ!!!」

 

 その言葉を残し、クラーケンは去って行った。どうやら、なんとかピンチは切り抜けられたと考えても良さそうだ。

 すると、リヴァイアサンが膝を着いて卵を抱えるアスナの方を向く。

 

「その卵はいずれ全ての海と空を支配するお方のもの、新たな御母座へと移さねばならんので、返してもらうぞ」

 

 リヴァイアサンがアスナの持つ卵へ掌を向けると、卵が消える。彼の言う新たな御母座へと転移したのだろう。

 同時にキリトの前に映し出されるのはクエストクリアの表記、どうやら今までの工程を経て今回のクエストは初めてクリアされるようになっていたらしい。

 

「これで、クリアなのか?」

 

 ツバキがそう尋ねると、キリトも戸惑いながら頷く。だが、何とも釈然としないというか、助かったのは確かだが、物足りないとも思える。

 

「アタシ、おじさんとタコの会話からもう何がなんだか……」

「今はそれで良い」

 

 スズの言葉にリヴァイアサンが返してきた。まさかクエストNPCであろう彼がこちらの会話に反応してくるとは、随分と高度なAIを使用しているようだ。

 

「さぁ、そなた等の国まで送ってやろう、妖精達よ」

「お、送るって……」

 

 戸惑いの声を上げるシリカの問いに答えたのは、突如全員の頭上に現れた影が物語っていた。それは、このクエストに挑む事になった本来の目的……。

 

 

 トゥーレ島の沖合い数kmの場所で、突如何かが海面に飛び出してきた。それは巨大な体の海洋生物であり、その上にはキリト達の姿もある。

 

「クジラさーん! すっごくすっごく大きいです!!」

「きゅあい!」

 

 そう、キリト達を乗せる白い巨体の正体こそ、キリト達がクエストに挑む切欠となった本来の目的、巨大クジラだった。

 ユイは目的だった巨大クジラに乗る事が出来て大変ご満悦の様子で、両親二人もそんな愛娘の様子を微笑ましげに見つめている。

 

「ようツバキ、ご苦労だったな」

「ナツ……ああ、そうだな」

 

 遠くにある夕日を見つめていたツバキにナツが歩み寄ってきて声を掛けた。その傍らにはユリコの姿もある。

 

「初めての大型クエスト完了して、どうだった?」

「む、そうだな……楽しかった、かな」

 

 ユリコの問いに、そう言って小さく笑みを浮かべたツバキ、そんな彼女の様子を少し離れた所で見つめていたスズ、ラファール、ハーゼ、カンザシも微笑みを浮かべている。

 そんな妖精達を乗せたクジラはゆっくりとトゥーレ島へと泳ぎ、夕日に染まった海を進んだ。

 今回のクエストは、ツバキやリーファにとっても、有意義なものだったと、きっと胸を張って言えるだろう。そんな、一日だった。




黒と閃光の二人は嘗てお世話になった人に会いに行く。
アインクラッドにて大切なことを教わった恩人、その人に自分達の無事を伝えんが為に。
白は無限を連れて嘗ての親友に会いに行く。
数少ない男の友人、彼に自分が元気にやっていることを教えるために。
次回、SAO帰還者のIS。
「今の自分達」
これが、今の自分達の姿。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十四話 「今の自分達」

お待たせしました、ニシダさんおよび五反田家登場!


SAO帰還者のIS

 

第六十四話

「今の自分達」

 

 夏休みももう少しで終わろうとしているある日の事だ。この日、学園で今もっとも有名な二組のカップルは学園内に居なかった。

 その二大(バ)カップルの片割れ、和人と明日奈はSAO時代に世話になった男性ニシダの自宅をユイが調べてくれたので、そこへと向かっている。

 幸いにしてニシダは都内に奥さんと共に住んでいるらしく、IS学園から和人のバイクで移動出来る距離という事もあり、二人は現在和人が運転するバイクに乗っていた。

 

「それにしても、キリト君のバイクって黒じゃないんだねー」

「ん? ああ、ホントは黒が良かったんだけど、エギルの伝で買った中古車だからなぁ、紹介してもらった中で一番色と性能が良かったと思ったのがこれなんだよ」

 

 このバイク、IS学園に入学する前に二輪免許を取得した和人が、入学後にエギルの伝手で購入した中古バイクなのだ。

 普段はIS学園にある外部通勤の教職員が利用している駐車場の一角を借りて駐輪しているため、殆ど乗る時間は無いが、こうして街に出る時などは何かと重宝している。

 

「ナツも今度の誕生日が来たらバイクの免許取るって言ってたから、エギルの伝手でもう一台探して貰ってるんだ」

「へ~、エギルさんって本当に色々な所に伝手があるねー」

「ホントにな、アイツには世話になりっぱなしだよ」

 

 エギルから言わせて貰うのなら、弟分の役に立つのならと喜んでやっている事なのだから、気にしなくて良いとのことだが、世話になってばかりなのは和人や一夏にとって些か心苦しいものがある。

 

『パパ、その道を右です!』

「お、もう直ぐだな」

『はい、曲がったら300m真っ直ぐ進んだところの左手にある一軒家が西田家の自宅ですよ』

「オッケー、アスナ確り掴まってろよ」

「うん!」

 

 信号を右に曲がり、ユイがナビしてくれた通り300m進んだところの左手にある一軒家の表札には西田という文字が書かれていた。

 エンジンを切り、バイクを降りてヘルメットを脱ぐと、明日奈がインターフォンを鳴らしてくれる。しばらく待つと玄関が開かれ、中からは当時のニシダと同じくらいの年齢であろう年嵩の女性が出てくる。

 

「どちら様ですか?」

「あ、わたし結城明日奈と申します……あの、ご主人はご在宅でしょうか?」

「主人なら居ますが……」

 

 まぁ、突然老夫婦の家に年若い二人が訪ねて来たら不審に思うのも無理は無いかと思ったが、丁度奥から一人の男性が出てきた。

 あの頃と何も変わらない、あの人の良さそうな笑顔が特徴的なニシダその人だ。

 

「誰が来たんだ? ……っ!? お、おお……おおおおお!! キリトさん! 奥さん!」

 

 ニシダが和人と明日奈の姿を目にした瞬間、靴を履くのも忘れて飛び出し、二人の下へ駆け寄ってきて手を握り締め、涙を流す。

 

「お元気そうで、本当にお元気そうで! よかった、良かった!!」

「お久しぶりです、ニシダさん……ニシダさんも、お元気みたいで、良かったです」

「またお会い出来て嬉しいです、ニシダさん」

「ええ、ええ!! 私もですよ、お二人にはどれだけ感謝していることか! どれだけお会いしたかった事か!!」

 

 ニシダは立ち話もなんだからと家の中に入れてくれて、リビングに案内された。ニシダの妻はお茶を用意すると言ってキッチンに消え、リビングのソファに和人と明日奈が座ると、その向かい側にニシダも座る。

 

「いやぁ、あの時に転移門でお別れして以来ですなぁ。あの後少しして突然ゲームクリアしたとアナウンスが流れて、ああきっとあなた達がゲームをクリアして下さったのだと確信していましたよ」

「そう、ですね……確かに、あのとき75層のフロアボスとの戦いに行って、その後色々あってゲームがクリアしたんです」

「詳しいお話は、お聞かせ頂けるのですかな?」

「はい、ニシダさんにはお話しておきたいと思って」

 

 和人と明日奈が語り出すのは二人がSAOでニシダと別れた後、75層フロアボスとの戦いから始まり、ヒースクリフを倒してゲームクリアまでの経緯だ。

 最初は神妙そうな表情で話を聞いていたニシダと、お茶を持ってきてその隣に座ったニシダの妻も、話が進むにつれて段々と悲痛の表情を浮かべる。

 特に、明日奈が身を挺して和人を守って死亡し、和人がヒースクリフと刺し違えた所まで話し終えると、ニシダは涙を流した。

 

「私は、あなた方のような若者の命懸けの行動の末に、今こうしていられるのですなぁ……例えお二人がこうして生きていても、キリトさんと奥さん、お二人の犠牲があって初めてクリアされたなどと聞くと、あなた方のような若者より、本当なら私のような老い耄れが、身を挺して戦うべきでしたと、心から思いますよ」

 

 老い先短いからこそ、未来ある若者達の犠牲の上で今を生きているという事を改めて実感し、そしてそれが悲しくなる。

 本当なら、犠牲になるべきは自分達であるべきだったのに、どれだけの若者があの世界で犠牲となり、その命を散らしてしまったのか。

 

「キリトさん、奥さん……改めて言わせてください。開放してくださって、ありがとうございます。それから、生きていて下さって、本当に……ありがとう!」

 

 涙を流しながら頭を下げるニシダに、和人と明日奈は何も言えなかった。こうして、生きていてありがとう、という言葉は確かに家族から似たようなニュアンスで言われた事はあれど、他人から言われたのはこれが初めてなのだ。

 だけど、ニシダの心からの言葉であるという事は痛いほど伝わってくるから、しばらく頭を下げるニシダを黙って見つめていた。

 

 

 話は変わり、和人達はニシダの妻が昼食を用意してくれるという事になったので、その言葉に甘え、今はニシダの話し相手をしていた。

 

「キリトさん、どうです? こちらに帰って来てから釣りはやってますかな?」

「いや、それが全然やってる暇が無くて……でもやるならニシダさんとって決めてたから、その内行きませんか?」

「おお! 良いですなぁ、私もね? 事件後に前の会社を早期退職して暇を持て余していたので、最近は釣りくらいしか趣味が無かったのですよ、もしキリトさんがよろしければ、いつでもお付き合い致しますぞ」

「そのときは是非」

 

 釣り談義をする男二人に、隣に座る明日奈は苦笑しつつ、リアルでちゃんと釣れるのかと和人をからかったりして楽しんでいる。

 キッチンで昼食の用意をしている奥さんも、聞こえてくる話に耳を傾けて随分と嬉しそうにしていた。恐らく息子か、孫と話をしているかのように楽しそうな主人を見て、随分と安心しているようだ。

 

「そうだ、ニシダさん」

「お、どうされましたか? 奥さん」

「実は今日、ニシダさんに紹介したい子が居まして」

「ほう、私にですかな?」

「はい……ユイちゃん、出ておいで」

 

 すると、明日奈が身に付けていた待機形態の瞬光からユイの姿が立体投影されて映し出された。本日の服装は青いミニスカートに白のブラウスの上からピンクのカーディガンを羽織った可愛らしい姿だ。

 

『はじめまして、ニシダの小父様。元SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムにして、今はパパとママの娘のユイといいます!』

「こ、これは……」

「この子……ユイはSAOにおいて本来、プレイヤーのメンタルを管理、カウンセリングをする為に用意されたプログラム……つまりAIだったんです」

「AI……」

 

 ユイとの出会いから別れまで、そしてALOでの再会の話をすると、ニシダも納得してくれたのかユイに挨拶をしてくれた。

 

「こんにちはユイちゃん、私はニシダ。君のパパとママには大変お世話になったんだ」

『パパとママから聞いてます、ニシダさんには大切な事を教えて貰った、ニシダさんは恩人だって』

「いやいや、私の方こそ、大切な事をお二人から教えて貰いましたからなぁ、君のパパとママは立派なお方だ」

『えへへ』

 

 両親を褒められて嬉しいのか、ユイは頬を少し染めて笑みを浮かべた。立体映像故に触れる事は出来ないが、ニシダはまるで自分の孫でも見ているかのようにユイを慈しみの目で見つめている。

 

「良い子ですなぁ、お二人の教育がきちんと行き届いている。きっと将来は立派な女性に成長するでしょう」

「はい! わたし達自慢の娘ですから」

「教育はきちんとしてます」

「あ、キリト君はユイちゃんを甘やかし過ぎ! もうパパはいつも娘に甘いものなのよねぇ」

「うっ……お、俺だって厳しくしてるつもりだぞ?」

 

 とは言え、和人がユイを叱ったことは一度も無い。いや、そもそもユイ自身が良い子なので明日奈も叱った事は数える程も無いのだが、それでも叱るときは全部明日奈の仕事だ。

 

「いえいえ、父親というものは娘に甘いものなのですよ? この人だって、娘には甘くて、叱るのはいつも私の役目でしたから」

「お、おいおい」

 

 丁度昼食作りもひと段落したのか、ニシダの妻も話に参加してきた。どうやらニシダも娘には甘いようで、母親同士話が盛り上がる中、父親二人は肩身狭い思いをする事になるのだった。

 

 

 さて、話は切り替わり一夏、百合子の方に移る。

 二人は和人達のようにバイクがある訳ではないのでモノレールでの移動になるが、一夏の実家がある街に来ていた。

 目的地は一夏の小中学時代の親友の家が営む大衆食堂、五反田食堂と呼ばれる店だ。

 

「ナツ、あれ?」

「そうそう……へぇ、変わってないなぁ」

 

 一夏の親友、五反田弾とは退院後も何度か会っているものの、食堂に来たのは退院後初となる。そして百合子にとっては人生初の五反田食堂だ。

 

「ここの業火野菜炒めが絶品なんだ」

「へぇ」

「お~い! 一夏! 百合子さん!」

 

 声がした方を見れば食堂の入り口からバンダナを頭に巻いた赤髪の少年が出てきて手を振っていた。

 彼が一夏の親友にして、この五反田食堂の跡取り、五反田弾だ。

 

「よう一夏! IS学園入学前以来か?」

「おう弾! お前は藍越学園入学したんだろ?」

 

 ガシッと腕をクロスさせて組んだ男子二人、ニヤッと笑い合い、直ぐに腕を下ろした。

 

「久しぶり百合子さん、こいつIS学園でちゃんとやれてる?」

「久しぶり五反田君……大丈夫、キリトお義兄さんも居るから」

「そっか、和人さんも居るんだもんな」

 

 和人とも面識のある弾は、一夏の事を本当の弟のように想ってくれている歳が一つしか離れていないのにも関わらず大人と相対しているかのような雰囲気を感じさせた少年の姿を思い返していた。

 確かに、和人が居れば、明日奈が、そして何より百合子が一緒に居るのなら、目の前の親友はIS学園であろうと元気でやっていけるだろうと。

 

「そんで今日は飯、食ってくんだろ?」

「おう、久しぶりに厳さんの作る飯が食いてぇ」

「私も、話に聞いてたから楽しみにしてた」

「そっか、んじゃ二名様ご案内~!」

 

 弾に案内されて店の中に入る。平日の昼間という事もあってか、中には昼食を食べに来ているサラリーマンなどが座って賑わいを見せているが、事前に弾に連絡を入れておいたお陰で一夏と百合子の席は用意されていた。

 早速席に座った二人は業火野菜炒めと鯖の味噌煮定食を注文し、弾は受けた注文を厨房へ伝えに行く。

 そして、弾と入れ替わるようにして一夏の所に来た一人の女性。妙齢であるにも関わらず若々しいその女性の名は五反田蓮、弾の母親にして五反田食堂影の看板娘だ。

 

「いらっしゃい一夏君」

「あ、蓮さん……はい、お久しぶりです」

「ええ、本当に元気そうで……良かったわ」

 

 少し涙ぐんでいる蓮に、一夏ももう何度目になるのか申し訳なさそうに頭を下げた。

 弾から聞いた話なのだが、一夏がSAOに囚われて入院している間、ドイツに行っている千冬の代わりに蓮が毎日足繁く病室に通って様子見や花瓶の花の取替えなどをやってくれていたらしい。

 本当に毎日、一夏が目を覚ますまでずっと、一夏は蓮の世話になっていたのだ。それを聞いているからこそ、迷惑を掛けた事と、お礼と、何より無事に帰ってきた事を伝える為に、深々と頭を下げる。

 

「本当に、蓮さんにはお世話になりました」

「いいのよ、ご両親の居ない一夏君と千冬ちゃんは、私にとって息子と娘みたいなものだもの。一夏君が大変な時だからこそ、母親の私がお世話をするのは当然でしょ?」

 

 蓮には、頭が上がらない。弾と友達になったときからずっと、蓮は親の居ない一夏と千冬のことを気に掛けてくれていて、それこそ本当に二人の母親は自分だと言わんばかりに色々としてくれた。

 千冬がIS操縦者を引退した後に誘われたIS学園教師の仕事の事、一夏の授業参観、その全てに蓮は一夏と千冬の母親として参加し、相談に乗ってくれていたのだ。

 千冬も、当時は大人というものを信用出来ずに随分蓮に対してつっけんどんな態度を取っていたが、今では千冬ですら蓮には頭が上がらず、心の底から感謝している。

 蓮だけなのだ、まだ未熟な小娘だった頃の千冬を、本気で叱ってくれたのも、真正面から向き合って話をしてくれたのも。

 だからこそ、五反田蓮という女性は、織斑姉弟にとって胸を張って母親だと言える存在なのだ。たとえ血は繋がっていなくとも、例え戸籍上は親子ではなく身元引受人でしかなくとも。

 

「そういえば一夏君、そちらは?」

「あ、彼女は……」

「宍戸百合子です。ナツ……一夏と同じSAO生還者で、IS学園のクラスメイトで、恋人です」

「あら、あらあら……あらあらまあまあ! 一夏君の恋人さん!? まあまあ!」

 

 昔はモテるのに本人の鈍感の所為で恋人など出来た事の無い一夏に恋人、驚きはしたものの、やはり嬉しかった。

 勿論、相手が予想していた鈴音や娘ではないのは残念であるが、それでも恋人という百合子は礼儀正しく、見目麗しく、息子のように思っている一夏の恋人として十分合格点だ。

 

「おう一夏! 来てたのか!」

「厳さん! どうも、久しぶりっす!」

「テメェも大変だったな、元気そうで何よりだぜ」

 

 蓮の父であり、弾の祖父、そして五反田食堂の料理長にして店長の五反田厳。高校生の孫が居るだけあり、老体と言っても良いのだが、腰は曲がっておらず、筋力の衰えも無いパワフルな老人だ。

 

「今日の飯代はタダにしてやるよ、俺からの退院祝いだ! 何せお前が退院したってのに何もしてやれなかったからな」

「いや、そんな悪いっすよ」

「気にすんな! もうテメェも俺にとっちゃあ孫みてぇなもんだからな! それから百合子嬢ちゃんの飯代もいらねぇ」

「そんな……」

 

 五反田家の人たちは皆そうだった。血は繋がっていないのに、弾の親友というだけで家族扱いしてくれる。厳も蓮も、それに蓮の夫も、全員が一夏と千冬を息子、娘、そして孫のように思ってくれて……。

 

「じゃあ、ご馳走になります」

「ありがとう、ございます」

「おう、今持ってくっからよ、待ってな」

 

 そう言い残して厨房に厳が消えてから数分で二人の注文した料理が弾によって運ばれてきた。出来立てで湯気と美味しそうな匂いが何とも食欲をそそる。

 

「ほれ一夏の鯖味噌煮定食と百合子さんの業火野菜炒め定食、おまち!」

「サンキュー弾……そういえば蘭は? 姿が見えないけど、上?」

「あ~……今は出掛けてる。もう直ぐ帰ってくるだろ」

 

 どうやらこの店の看板娘にして弾の妹、五反田蘭はお出掛け中らしい。待っていても仕方がないので食事を始める。どうせ食べている間に帰って来るだろうし、もし帰ってこなかったらそのときはそのときだ。

 そうして一夏と百合子が食事を終えて食後のお茶を楽しんでいた時、ようやく五反田家最後の一人が帰宅した。

 

「ただいま~!」

「お帰り蘭、一夏君が来てるわよ」

「え!? い、一夏さん!?」

 

 兄と同じ赤い髪にバンダナを巻いた少女、五反田蘭が母の言葉に喜色の声を上げ、店内を見渡せば確かに一夏の姿があるのに気づき満面の笑みを浮かべそうになるも、その向かい側に座る百合子の姿を見て固まってしまった。

 

「おう蘭! 久しぶり!」

 

 一夏が蘭と会うのはまだ目が覚めてリハビリしていた頃以来だ。久しぶりに会う妹分は前と何も変わらず、元気そうで安心したのだが、何やら蘭の様子がおかしい事に気づいた。

 

「お、お久しぶりです一夏さん……あの、その人は?」

 

 一夏の下へ歩み寄って一言、蘭は百合子について尋ねてきた。確かに蘭は百合子とは初対面だが、一夏の恋人である事は知らないのだろうか。

 そう思って弾の方へ視線を向ければ、弾は一夏に向かって手を合わせて謝罪のポーズ。どうやら教えていなかったらしい。

 

「宍戸百合子、よろしくね」

「は、はぁ……五反田蘭です。あの、IS学園の方ですか?」

「そう、ナツ……一夏のクラスメイトで、同じSAO生還者」

「っ!? SAO、生還者……一夏さん、本当なんですか?」

「ああ、それと同時に俺の恋人だ」

「っ!?」

 

 やはり初耳だったらしい。しかも、これは一夏が百合子を弾に紹介した時に聞いた話なのだが、蘭は一夏に好意を寄せていたらしいので、そのショックは相当に大きいだろうなと思う。

 だけど、一夏もそれについて申し訳ないとは思うが、誰かを愛し、愛されるという事は時としてそういう事もあり得るのだと理解しているからこそ、蘭には悪いが謝るつもりは無い。それは、自分に好意を寄せてくれた蘭に対する侮辱でしかないから。

 

「こ、こい、恋人って……え、うそ、ですよね?」

「嘘じゃない。SAOで共に戦って、お互いに愛し合い、結婚して、リアルでの再会を約束した。そしてこうしてリアルで再会を果たして、あの頃と変わらずお互いを愛してるからこそ、今は恋人として一緒の道を歩んでいるんだ」

「そんな……」

 

 箒、鈴音、そして蘭、自分は一体何人の女性に涙を流させれば良いのだろうか……。この時一夏は漠然と思っていた。

 しかし、後悔はしていない。してはいけない。これは自分が選んだ事なのだから、自分の選んだ道を、行いを後悔し、過去を振り向くのは一番してはならない事なのだ。

 それからもう一つ、蘭には話しておかなければならない事がある。弾に相談され、そして電話で蓮、厳とも話した事について。

 

「なぁ、蘭……一つ、確認して良いか?」

「何ですか……?」

「弾から聞いたんだけど、お前……IS学園を志望してるんだって?」

 

 現在、蘭は中学3年生。つまり受験生であり、もうこの時期になれば志望校も決定して、それに向けて受験勉強をしているはずだ。

 弾から聞いた話によれば、蘭は以前家族の前でIS学園を受験したいと言い出し、日本政府のIS推奨派が主導で行っている全国IS適性検査でAランク判定が出たとも言われたらしいのだ。

 

「はい、その……ISには興味がありましたし、もし入学出来れば一夏さんのご指導を受けられたらと、思っていたので」

「……それは、自惚れじゃなければ、俺が居るからIS学園を志望したと捉えて良いのか?」

「そ、それは……その、はい……」

「そうか……」

 

 ならばこそ、余計に話すべきだろう。見れば周囲の他の客は全員店を出たらしく、蓮と厳が閉店の看板を出して近くの椅子に座っていた。

 

「これは、弾から聞いて蓮さんと厳さんとも話しておいた事だけど……蘭、そんな理由でIS学園を志望するのなら、ハッキリ言う……ISに乗るという事を甘く見るな!」

「っ!」

「蘭、ISをファッションの道具とか、スポーツ道具だと思っているのなら、その認識を改めろ。あれは何と言い繕うが兵器だ、簡単に人が殺せて、そして自分もまた死ぬ危険が普通にあり得る武器だ」

「な、何を言ってるんですか? だってISには絶対防御があるって聞きました! 人を殺せるとか、自分が死ぬとか、あり得ないですよ!」

「あり得ないなんて事はあり得ない……これは俺がアインクラッドでの二年間で学んだ一つの真理だ」

 

 そう、あり得ないなんて事はあり得ない。これはどんな場面でも通用する言葉だと一夏は考えている。

 ISで人を殺せるなんてあり得ない。ISに乗っていて死ぬなんて事はあり得ない。そんなものはただの詭弁だ。

 

「ISで、ISに乗っていない人を攻撃したら、当然だが簡単に殺せる。もしかしたら模擬戦の、テストの流れ弾が生身の人間に当たってしまって死なせてしまうかもしれない。これはあり得て当然の事だ。それに、絶対防御だって確実に操縦者を守ってくれる訳じゃない。何らかの要因で絶対防御が発動しなくなるかもしれない、絶対防御を超えてくる攻撃があるかもしれない、そうなれば操縦者だって簡単に死ぬ」

 

 事実、一夏は臨海学校の時、それで死に掛けた。

 

「ランクA適性を持っていれば、日本政府のIS推奨派の事だ、蘭を既にマークしているだろう、IS学園に入れば代表候補生へと推薦が来るかもしれない……いや、代表候補生にならずともそれだけ高い適性だ、万が一戦争が起きれば操縦者として引っ張られる可能性だってある……蘭、お前に人を殺せと言われて殺せる覚悟はあるのか? 死ぬ覚悟は? 捕虜にされて、死を選ぶ方が何倍もマシだと思えるような陵辱を受ける覚悟は?」

「……せ、戦争なんて」

「起きないなんて言わせない。今、世界はギリギリのバランスの上で成り立っているんだ……少しでも誰かが、何処かの国が踏み外せば、即座に世界大戦が始まる」

 

 蘭の表情が真っ青になっていった。一夏の表情が、そして蘭を見つめる百合子の表情が、冗談を言っているのではないと物語っているのだから。

 

「蘭、一夏君に聞いた話だとね? 今、世界中ではいつでもISを使った戦争が出来るよう準備が始まっているみたいなの……それは、日本も同じ」

「俺も最初は信じられなかったがなぁ……一夏の奴ぁ政府にも顔が利く、その伝手で色々と教えて貰ったぜ。政府のIS推奨派の連中は極秘裏に戦争用のIS装備やISを開発してるってな」

「蘭、俺はお前にそんな先の暗いISの道を歩ませたくない……大事な妹を、そんな危険な道に進ませたくないんだよ」

「お母さん……お祖父ちゃん、お兄……」

「そして、私もナツも、長くISの業界に関わるつもりはない」

「え……?」

「俺がISに関わるのはIS学園に通っている間だけだ……今、日本は政府の大半がVR技術をメインにした技術革新への道を歩もうとしている。今後の日本でISの道に進んでも良い事は無い」

 

 特に、操縦者志望であれば日本ではこの先の未来、航空自衛隊の国土防衛IS部隊に配属されるだけ。

 日本は代表候補生や国家代表制度も廃止して、モンド・グロッソへの出場も近々あるという第3回大会を最後にするのだ。

 

「蘭、悪い事は言わない……今の聖マリアンヌ女学院なら安定した道を進める。IS学園ではなく、そっちの平和な道へ進んでくれ」

 

 この日の夜、五反田家では家族会議が開かれた。内容は蘭の進路について。

 一夏から聞いた話、それと一夏の伝手で菊岡を紹介され、菊岡から聞かされた話を総合した結果、五反田家は全員が蘭のIS学園への進学を反対した。

 蘭も、何日か考え、考え抜いた末にIS学園への進学希望を諦めた。一夏から聞かされた話から怖くなったのもあるが、何より大きかったのは……自身の失恋故に。




もう間もなく夏休みという戦士達の休息は終わる。
英国へ帰国中だった仲間も戻ってきて、戦士達は遂に一つの集大成を完成させた。
今、戦士達の夢への第一歩となるソレが、世界中に広がろうとしている。
次回、SAO帰還者のIS。
「VRMMO最新作、IB~インフィニット・バースト~」
加速世界の原型が、ここに誕生する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十五話 「VRMMO最新作、IB~インフィニット・バースト~」

ついつい筆が乗った。


SAO帰還者のIS

 

第六十五話

「VRMMO最新作、IB~インフィニット・バースト~」

 

 IS学園夏休みも残り僅かとなった。実家や祖国に帰省、帰国していた生徒達の大半も既に学園に戻ってきており、学校自体は休みでも生徒達は夏休み前と何も変わらない日常を学園内で過ごしていた。

 そんな中、一夏達VR研究部はというと、いよいよ発足時より開発していたオリジナルVRMMOゲームが完成しようとしていたのだ。

 部室には現在、ゲーム製作をメインで取り仕切っている一夏がメガネを掛け、制服の上から白衣を纏った姿でキーボードを一心不乱に叩いており、隣で和人も同じ作業をしている。

 その後ろでは百合子が別のパソコンで何やら作業をしており、明日奈がゲームのパッケージデザインの追い込みをしていた。

 

「キリトさん! そっちはどうですか?」

「現在カーディナルシステムのアップデート作業中だ! 残り120秒!」

「よし! ユリコ! そっちは!」

「凡そ終わり!」

「アスナさん!」

「完成したよー!」

 

 修羅場……そんな言葉がピッタリの現場を見ていた箒、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは自分達に何か出来る事は無いかと思っていたのだが、出来そうな事は何も無い。

 むしろ一緒に居た簪と本音からも手伝いは必要無いから大人しくしているかお茶の用意でもしておいて欲しいと言われる始末だ。

 そして、その簪と本音も今はパソコンの前で作業の追い込みをしていて、話しかけられる状況ではなかった。

 

「簪!」

「こっちはOK」

「のほほんさん!」

「おっけ~!」

「よっし!」

 

 修羅場なのも仕方が無いだろう。いよいよ一夏達が開発しているゲームが完成しようとしているのだから、この状況にも納得出来る。

 顧問である真耶も邪魔になるといけないからと、今は職員室に引っ込んでいるし、まだ正式な教員ではないが、夏休み明けには副顧問になる束も何やら一夏に頼まれて別室で作業をしているのだから。

 

「ナツ! アップデート完了、システム異常無しだ!」

「じゃあこっちに転送してください! 全部組み込みます!」

「ユイ!」

『はいです! 転送しますよー!』

「ナツ、こっちも完成」

「私の方も」

「全部送って! 纏めてやっちゃうから!」

 

 和人が送ってきたカーディナルシステム、ユリコが送ってきたISのデータ、簪と本音が完成させたグラフィックやSE等々、全てが一夏のパソコンに送られてきて、素早く基幹プログラムと組み合わせていく。

 最後に一夏がEnterキーを押す事で、ついに……。

 

「か、かんせぇえええええええい!!!!」

 

 テンションが天元突破して変な方向へ向かっているが、立ち上がった一夏の咆哮によって同時に部室内の全員が歓声を上げる。

 そのテンションに付いていけない5人も、完成という言葉にホッと胸を撫で下ろした。

 

「おめでとう! 一夏!」

「おう、サンキューシャル!」

「ようやく一夏さんの夢の第一歩が始まったのですわね!」

「ああ、やっとだ!」

 

 長かった。本当に長かった。VR研究部を発足してから、今日まで、ゲーム製作を続けてきて、その苦労がようやく実ったのだ。

 

「後はこいつをソフトにインストールして……よし」

 

 完成したゲームのソフトを取り出した一夏は明日奈が完成させたパッケージに収めて蓋を閉じる。

 パッケージに描かれているのは打鉄やラファール・リヴァイヴ、テンペスタやメイルシュトロームなど第二世代ではあるがISに乗った人物が剣や銃を向け合っている姿。

 震える手でソフトを収めたパッケージを頭上へ掲げてみれば、本当にこのゲームを自分が製作したのだという実感が湧いてくる。

 

「これが……俺の、俺達の作ったゲーム……っ!」

 

 どうしてだろうか、自然と涙が込み上げて来る。

 ふと、肩を叩かれたのに気づいて横を見れば、和人が笑みを浮かべながら手を差し出していたので、一夏も同じように笑みを浮かべると、その手を確り握り締めた。

 

「おめでとう、ナツ」

「キリトさんこそ……本当にありがとうございました!」

「いや、お前にはプローブ製作も手伝ってもらってるんだ。お互い様だろ?」

 

 周りが二人の握手に対して拍手を送ってくれる。だが、それも程々で早速遊んでみたいというのがゲーマーというもの。

 

「ね、ねぇ一夏! 早くテストプレイしてみましょうよ! アタシ、ずっと楽しみにしてたんだからさぁ」

「うむ、リアルではISに乗れない私でもVRワールドでならISに乗れる。ずっと待ち焦がれていた」

「アミュスフィアは全員分用意したぞ!」

 

 箒の手にはこの場の全員分のアミュスフィアがあり、彼女がそれを一人ずつ配っていく。一夏もまだパッケージに収めていないソフト人数分を手渡し、明日奈と百合子が床に布団を敷き始めた。

 

「準備出来たよー」

「アミュスフィア、セット完了」

 

 簪がアミュスフィアを部室にあるLANコネクタに接続して、全員布団に横たわるとアミュスフィアを被る。

 電源を入れて、いざ……新たなVRワールドへの旅が始まろうとしていた。

 

『リンク・スタート!!』

 

 

 一夏達が製作した新たなVRMMOゲーム、その名はIB~インフィニット・バースト~。プレイヤーは仮想世界でIS操縦者となり、武器や防具などを様々なクエストをクリアしたり、店などで購入したりして入手しながら無人機を模したMobや他のプレイヤーと戦う。

 特に力を入れたプレイヤー対戦については、従来のRPGのような戦闘方式ではなく、プレイヤーとの戦闘が決まった際に専用のバトルフィールドへ転送されて行われる格闘対戦ゲーム方式が採用された。

 バトルやMobとの戦闘で勝利する事で経験値が得られ、プレイヤーのレベルが上がるだけでなく、BP(バトルポイント)と呼ばれるものを得られ、そのBPを利用して自身が使用するISの強化も行える仕組みになっているのも特徴だろう。

 また、プレイヤーの初期のISとして支給されるのは今は懐かしい第一世代の量産型ISであり、そこから特別なクエストをクリアするなどして第二世代機や、レアな第三世代機、もしくは有名な選手などの専用機だったISをゲットして乗り換える事も可能な他、このゲームで自分だけのオリジナルISを作成する事も出来るというのも魅力の一つ。

 ただし、今はまだ専用機を入手するという事は出来ない。製作の段階でデータが手に入らなかったのが理由なので、今後の売れ行き次第で世界各国が自国の専用機のデータを是非組み込んで欲しいと言ってくれれば随時アップデートしていく事になるのだ。

 

「あ~楽しかった!」

 

 そして、テストプレイを終えた面々がログアウトして現実世界に戻ってくると、皆が皆、それぞれの感想を言い合っていた。

 

「ISの動きなどに違和感はありませんでしたわ」

「そうだね、リアルでIS動かしてるのと全く感覚が変わらないから、ISのシュミレーターと言っても過言じゃないよ、このゲーム」

「その辺は特に拘ったんだ。特にIS学園で作るゲームという事でISのシミュレーターにもなるゲームなら部活の実績としては十分だろうからな」

 

 だが、このゲームの何よりの強みはリアルとは違い仮想空間だからこそ、男でもISに乗れるという点にある。

 リアルではISのコアが男には反応しないが、ゲーム内であればコアなどというものは存在しないので、男であろうとISに乗り放題なのだ。

 

「まぁ、男でもISに乗れる分、カーディナルで設定したハラスメントコードは他のゲームより若干厳しめになってるけどな」

「キリトさんにその辺任せましたけど、どうです?」

「とりあえず男性プレイヤーは女性プレイヤーに執拗に対戦を迫るという行為はハラスメントコードに引っかかるように設定してある」

 

 リアルで女性に虐げられて来た男が仮想世界で女性に対し執拗に対戦を迫り、結果女性が悪戯に攻撃されるのを避ける為の措置だ。

 

「ナツ、これってGGOを参考にしたよね?」

「お、流石はユリコ」

「GGO? 何だそれは?」

「あ~、箒は知らないよな。GGOってのは最近アメリカが発売したVRMMOゲームなんだけど、簡単に言えば魔法無しの武器は銃メインな近未来型ガンアクションゲームだ」

 

 このゲームを作成する上でGGO……ガンゲイル・オンラインというゲームの存在を知った一夏は何度かGGOにコンバートしてGGOというゲームについて色々と調べ、それがIBにも応用出来ると判断してからは、色々と参考にさせてもらったのだ。

 

「一夏、このゲームはいつ発売するの……?」

「う~ん、まずは学園に提出して出来を見てもらう。んで、学園長からの承認を得られれば正式に学園から全世界に発売する事になるかな。特許は俺」

 

 名目上、一夏が製作者という形にして運営は学園に任せる予定だ。

 どの道、一夏が卒業した後は学園が完全運営を行う事になるのだから、今から学園に運営を任せるのが一番だろうと千冬からのアドバイスを受けた結果だった。

 

「早速だけど、俺はこれからこいつ持って学園長と生徒会長の所へ行くんだが……キリトさん、一緒に来て貰っても?」

「ああ、わかった」

 

 パッケージに包装したゲームとサンプル用に用意したソフト数点を持って一夏と和人は部室を出て行った。

 二人揃って白衣を纏い、完成したゲームを持って歩く二人の後姿は、まだまだ未熟ながらも研究者の風格が出始めている。

 

「う~ん、アタシもう少しこのゲームやりたいわ。このソフト、貰っても良いのよね?」

「うん、良いよー。みんなが使ったソフトはそのままあげるってナツ君も言ってたから」

「さっすが一夏! 太っ腹よね! セシリア! 早速このゲームにコンバートして遊ぶわよ!!」

「ちょ、ちょっとお待ちなさいな鈴さん! 私、まだ紅茶飲んでる途中ですわ!」

「んなもん後よ後!」

「理不尽ですわー!!」

 

 この日、世界中に激震が走る。IS学園が世界中に発売した最新のVRMMOゲーム、IB~インフィニット・バースト~はIS操縦者にとって従来の物を遥かに上回る高性能なシミュレーターと言えるそれに驚き、男でもゲーム内でならISに乗れるという事に世の中の男達が歓喜した。

 ただ、このゲームの誕生を快く思わないのが女性権利主義者団体で、彼女達は早速ゲーム内で男がISに乗れるという事を批判し、IS学園に即刻販売中止をするか、男はプレイ出来ないように設定するよう求めたが、製作者である織斑一夏がそれを拒否し、篠ノ之束がその名の下にIBの存在を認めた事により、表面上は沈静化を見せる。

 また、このIBのシミュレーターとしての側面がIS学園でも評価され、来年度からの授業カリキュラムにIBを使ったIS操縦訓練を取り入れる方向で検討される事になったのだが、それは先のお話。




夏休み終了目前、ついに完成した専用機。
学園最強の姉の影に怯えるのはもう辞めにするため、少女は遂に立ち上がる。
対するは学園最強の少女。愛する妹の気持ちに応えるため、自身の全力で持って最愛の妹を叩き潰すと宣言した。
次回、SAO帰還者のIS。
「更識姉妹、涙の戦いの果てに」
流した涙の数だけ、少女達は成長する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十六話 「更識姉妹、涙の戦いの果てに」

ある意味、明日奈無双。


SAO帰還者のIS

 

第六十六話

「更識姉妹、涙の戦いの果てに」

 

 夏休みも残すところ後3日となるこの日、ついにレクト社より更識簪の専用機、打鉄弐式が完成したという報告が来た。

 早速だが操縦者となる簪と、付き添いという形で明日奈、和人、それから何故か簪同様にレクト社に呼ばれたという事でシャルロットも一緒にレクト本社まで来ている。

 本社受付で手続きを済ませた四人が先ず向かったのは、明日奈の父が待っているという会社地下にある研究室だ。

 

「失礼します、父さん……来ました」

「おお! 明日奈! 桐ヶ谷君! シャルロット君も!」

 

 研究室で待っていた明日奈の父、結城彰三は入ってきた愛娘である明日奈と、義娘となったシャルロット、そして明日奈の恋人として、そして将来の娘婿として期待している和人を歓迎する。

 更に、一緒に入ってきた簪へと目を向けると、優しそうな目を細めて手招きした。

 

「?」

 

 首を傾げながらも、てこてこ歩いて近づく簪に章三は後ろのガラス窓の向こう側を指差して見せた。

 防弾性のガラス窓の向こうには、レクトと倉持技研の研究員が大勢作業している中で威風堂々と鎮座する一機のISの姿が。

 

「打鉄弐式……!」

「うむ……日本代表候補生、更識簪さん、本日を持って専用機・打鉄弐式を君に受領する旨を、日本内閣総理大臣の代理としてレクト社元CEO結城彰三の名の下に宣言する」

「……!」

 

 早速だが中に案内され、ハンガーに固定された打鉄弐式の前に立った簪に研究員が説明をしていた。

 武装面は元々倉持で開発されてた通りにしてあり、簪個人での開発で一番のネックだったマルチロックオン・システムも完成、更にはレクト社で設計し、倉持の研究者が完成させた新規の武装も装備されている。

 

「後は最適化(フィッティング)をするだけですので、更識さんは搭乗して頂いてもよろしいですか?」

「はい」

 

 簪の最適化(フィッティング)を行っている間、手持ち無沙汰になってしまう明日奈達だったが、そういえばシャルロットを呼んだ理由についてまだ聞いていない事を思い出した。

 明日奈がその旨を父に尋ねると、今いる研究室の隣へと案内される。

 

「シャルロット君、君は今年の秋に日本代表候補生選抜試験を受ける事になっているね?」

「は、はい」

「正式に君が候補生になった時に受領することになっている専用機だが、実は既に完成しているんだ」

「本当ですか!?」

「ああ、あれを見てご覧?」

 

 そう言われて三人が目を向けた先、先ほどと同じガラス窓の向こう側には研究者こそ居ないが打鉄弐式の時と同様に一機のISがハンガーに固定され鎮座していた。

 以前の専用機だったラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡと同じオレンジ色の装甲が美しいそのISは、どこか瞬光や槍陣にも似た雰囲気がある。

 いや、恐らくは同系なのだろう。装甲の形は瞬光だが、ウイングスラスターの形は黒鐡を意識しつつも槍陣に近い形をしていた。

 

「名を“橙風”と言う」

「橙風……」

「完全レクト社製オリジナルの第3世代型ISとして完成させたシャルロット君専用機。開発コンセプトは完全オールラウンダーの極みだ」

「完全オールラウンダーの極み?」

 

 内容はまだ秘密との事で、シャルロットが正式に日本代表候補生になり、橙風を受領する時に詳細スペックを説明してくれるらしい。

 

「あれが、僕の専用機……よし!」

 

 俄然、選抜試験のやる気が増してきた。今はまだ、こうしてガラス窓越しに見る事しか出来ないが、日本代表候補生になれば、あの機体がシャルロットの手に渡り、そして共に空を翔る事が出来るのだ。

 

 

 簪の方は最適化(フィッティング)が終わり、正式に受領が完了したという事で和人達は簪と合流してレクト社を出た。

 このまま真っ直ぐIS学園に戻ろうかとも思ったが、折角街まで出てきているので、ギルバートの店に顔を出すか、という話になり、四人は早速だがギルバートの店へ向かう。

 

「ん? よう、いらっしゃい」

 

 店に到着して中に入れば、カウンターでグラスを磨いていたギルバートが四人を出迎えてくれて、カウンター席に座ってそれぞれ注文をする。

 和人がウーロン茶、明日奈とシャルロットがアイスティー、簪はオレンジジュースだ。

 

「そういや、俺もプレイしてみたぜ? IB」

「お! どうだった?」

「ALOで飛ぶのとは訳が違うが……あれはあれで良いもんだったな」

 

 どうやらギルバートも早速一夏達が作ったVRMMOゲーム、IS~インフィニット・バースト~をプレイしたらしく、ISに乗るという事がどういうものなのかを体験したらしい。

 

「まぁ、確かにISは便利だけどな……やっぱ俺はALOで自分の手で斧握ってるのが性に合ってるようだ」

「まぁ、IBだとソードスキルは使えませんからねぇ」

「一夏はソードスキルをISで使うのは第3世代システムだからレクトの許可が要るって言ってたけど、その辺はどうなの?」

「今のCEOが今後の売れ行き次第って言ってたみたいだよー」

 

 彰三がALO事件解決の際にレクト社CEOの職を辞した後、その後釜となった人物は彰三を長年支えてきた人物なので、明日奈も信頼している。

 

「そういえば簪ちゃん、楯無ちゃんにはもう?」

「うん、昨日の内に約束は取り付けてある……明日、模擬戦をする事になった」

「そうか……俺も何度かアイツに訓練見てもらう過程で何度か模擬戦はしてるけど、操縦技術は流石のロシア国家代表ってだけあって抜群だったな。槍の腕前も相当高いし、蛇腹剣も体術も相当の腕前だった」

「僕も何度か見せて貰ったけど、あれは僕の切り札を使っても勝てそうになかったかなぁ」

 

 ALOでなら、和人でも楯無に勝つ事が出来るが、ISでの戦いとなると未だに勝てるとは思えない。勿論、和人が黒の剣士として、守る者を背負った時の本当の本気で戦えば勝てる可能性もあるだろうが、模擬戦では勝てる相手ではない。

 

「因みにわたしは一回だけ勝ったよー?」

「え、うそ……!?」

「本当にマグレだったけどねぇ。あの子がわたしのスピードにまだ完全に反応出来る前だったから、今だと流石に無理」

 

 だが、マグレだとしても一度は楯無に勝てたという明日奈に、簪は尊敬の眼差しを向けた。彼女から見れば完璧を絵に描いたような姉を、一度は下した明日奈という人物は簪にとって尊敬の対象なのだ。

 学園で、そしてALOで明日奈とは何度も話をして彼女の性格は理解しているから、姉に対する感情と同じものを持つ事は無い。

 いや、本来なら姉だって尊敬出来るはずだったのに、今の簪は姉への劣等感から楯無という人物を理解する事を放棄してしまっている。だから、姉を尊敬の対象で見れなくなってしまっているだけなのだろう。

 

「ねぇ、簪ちゃん……楯無ちゃんに勝つ為のアドバイスを二つしてあげる」

「アドバイス?」

「それはね? 絶対に止まらない事、これだけは必ず意識しておいて。それから、自分とISを信じる事」

「信じる……」

「簪ちゃんは今まで楯無ちゃんへの劣等感を抱えながら必死に努力してきたでしょ? 努力ってね、絶対に裏切らないものなの。無駄な努力なんてこの世に存在しない、人は努力した分だけ必ずどこかで報われる……簪ちゃんが幼い頃からずっと努力して練習してきた薙刀の腕、ずっと一人で作り上げようとしてきた打鉄弐式というパートナー、この二つを信じぬけば必ず応えてくれるよ」

「……」

 

 何故だろう、明日奈の言葉は今までの誰よりも、どんな言葉よりも信じられる気がした。努力は必ず報われる、絶対に裏切らない。その言葉を、簪は信じてみようと思った。

 

「やります……私、お姉ちゃんに私の全てをぶつけたい!」

「頑張れ、簪」

「頑張って! 僕も応援するから!」

「簪ちゃんの想い、きっと届くって信じてるからね」

 

 この日、簪の目の色が変わった。今までおどおどして、どこか儚げな、頼りなさ気な眼差しだったのに、その瞳の奥に確かな自信という名の炎が芽生えた。

 

 

 翌日、第3アリーナには専用機である霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)を纏った楯無と、同じく打鉄弐式を纏った簪が対峙していた。

 

「簪ちゃん、まずは専用機完成おめでとう」

「うん……」

「明日奈さんから聞いたわ……簪ちゃんは私に伝えたい想いが、ぶつけたい気持ちがあるって」

「そう……私は、お姉ちゃんが胸を張って自慢出来る妹になるって、この戦いで証明する」

 

 そんなことしなくても、昔から簪は楯無にとって胸を張って自慢出来る可愛い妹だと、口で言うだけなら簡単だ。だけど、そんな口だけの言葉で簪が納得しないというのも姉だからこそ理解している。

 だからこそ、楯無は右手に持ったランス……蒼流旋の穂先を簪に向けた。

 

「本気で来なさい。あなたが言う私が胸を張って自慢出来る妹の姿を、お姉ちゃんに見せて」

「……うん!」

 

 簪も超振動薙刀の夢現を構え、その切っ先を楯無に向ける。

 

【試合、開始】

 

 ランプが赤から青に変わった瞬間、楯無が素早く簪へ接近した。対する簪も冷静に薙刀でランスによる突刺を弾きながら石突を楯無の鳩尾目掛けて突き出す。

 楯無はそれを読んでいたのか、左手に即座に展開した蛇腹剣「ラスティー・ネイル」で斬り払いながら高圧水流を発生させて簪を巻き込んだ。

 

「くっ……! これで!!」

 

 水流に流されながらも簪は楯無へ視線を向けたままターゲットロック、山嵐による48発のミサイルを連続で発射させる。

 

「へぇ、良い判断ね……でも!」

 

 迫り来るミサイルの嵐に不敵な笑みを浮かべた楯無はラスティー・ネイルを格納して改めて蒼流旋を構えると、ミサイルを避けながらも蒼流旋に内臓されたガトリングで迎撃した。

 

「あら、ちょっと多いかしら? まぁ大丈夫よね」

 

 流石にガトリングだけでは対処し切れなかったのか、今度は全身を覆う水のヴェールを全方位に放射した楯無。

 全方位から迫っていたミサイルは攻性形態となって全方位に放出されたナノマシンの水によって全て迎撃されてしまう。

 

「ミストルテインの槍の応用だけど、上手くいくものね~」

 

 どうやら咄嗟に思い付いた方法らしいのだが、案外彼女は和人や一夏同様にその場の判断を躊躇い無く行うタイプのようだ。所謂、天才型と言えば良いのだが、これは楯無の自らのISへの信頼と、己の腕なら出来るという確信から来た行動なのだ。

 

「でも、今なら防御は疎かだよね?」

「っ!?」

 

 気がつけば、妹は楯無の頭上を取っていた。腰に展開した二門の荷電粒子砲「春雷」が連射され、強力な砲撃が楯無を襲う。

 

「くっうぅ……これは、流石に勘弁願いたいわ!」

 

 即座に水のヴェールを纏い直しながら、荷電粒子砲の連射を避け始めた楯無は最初の2~3発は受けてしまったものの、何とか体勢を整えた。

 

「それにしても、高速で動きながら荷電粒子砲の連射なんて、随分と思い切った事をするじゃない?」

「勝つ為……その為に考えた」

「そう……」

 

 だが、いくら連射型の荷電粒子砲とはいえ、何発も連射するわけにもいかないので、ようやく簪は攻撃を止めて再びミサイルを発射しながら迎撃する楯無へ一気に迫った。

 

「くっ! まさか、お姉ちゃんがここまで追い詰められるなんて、予想外よ!」

「うっ!? ま、まだ!」

 

 ミサイル全てを迎撃した上でランスで夢現を弾きながら回し蹴りを叩き込んで来た楯無に驚き、咄嗟に防御姿勢は取れたが、まともに吹き飛ばされてしまった。

 

「今度はこっちが行かせて貰うわ!!」

 

 蒼流旋の周りを螺旋状に回る水が簪へと放たれる。水の弾丸となって襲い掛かり、簪は避けられない物を斬ろうとしたのだが……。

 

「う、うそっ!? きゃあああ!?」

 

 斬った先から通常の弾丸が襲い掛かった。蒼流旋内臓のガトリングから放たれたのだろう。水の弾丸を放ちながらも、通常の弾丸も交える辺り流石と言わざるを得ない。

 

「そこよ!」

「ああああああ!!!」

 

 怯んでしまったのが致命的。その隙を逃さず瞬時加速(イグニッションブースト)で急接近してきた楯無の強力な突刺が命中して絶対防御が発動、そのまま壁に叩き付けられてしまった。

 

「終わりよ」

 

 直ぐに離れた楯無が指を一つ、パチン! と鳴らせば、簪が居る場所で大爆発が発生する。

 これが楯無の切り札の一つ、ナノマシンによって制御された水を霧状にして散布し、対象物の周囲で一気に気化させ水蒸気爆発を起こす清き情熱(クリア・パッション)だ。

 

「ふぅ……簪ちゃん、前に言ったわよね? あなたは何もしなくて良いって。あれは、あなたは何もしなくても私にとって可愛い妹だから、私があなたを守るから何もしなくて良いって意味だったのよ」

 

 煙の中に居るであろう簪に声を掛ける楯無だが、返事が無い事から気絶でもしているのかと少し心配してしまった。

 だが、その心配は無用というもの。何故なら煙が晴れたとき、楯無の目に飛び込んできたのは清き情熱(クリア・パッション)によるダメージを一切負っていない簪の姿と、その周囲に漂う板状のパーツらしき物体が簪を包むように防護フィールドを発生させている光景だったのだから。

 

「攻防一体式複合兵装……ヘカトンケイル。その防御形態のブリアレオースが発生するフィールドが間に合わなければ負けてた」

「ヘカトン、ケイル……? 何よそれ! 倉持で開発してた時はそんな武装は……」

「当然。だってこれ、レクト社で作った武装だもん」

「レクトの……!?」

 

 清き情熱(クリア・パッション)は楯無が信頼を置く切り札であり、並の相手であれば今の一撃で倒せるだけの威力がある。それを防ぎきるとは、なるほど防御能力は相当高いと見える。

 

「因みに、この防御形態は第二形態……第一形態飛ばしてしまうけど、第三形態も見せてあげる」

 

 簪がそう言うと、防護フィールドが消失して7つあるヘカトンケイルのパーツの内、6つが打鉄弐式の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に接続され、最後の一つが背中の装甲に接続された。

 

「ヘカトンケイル機動形態、ギューゲース……行きます」

 

 その瞬間、楯無の目の前から簪の姿が消えた。

 

「っ!? ど、どこに……!」

「ここ」

「っ! きゃあ!?」

 

 初動が速過ぎて簪を見失った楯無は真横から聞こえた簪の声に反応した時には既に夢現による斬撃を受けてしまっていた。

 

「くぅっ! この!!」

「っ!」

 

 だが、接近さえしてくれればこっちのもの。楯無が真下から振り上げた蒼流旋の穂先がギリギリで避けようとした簪の胸の装甲を掠る。

 

「逃がさないわ!」

「たたみ掛ける!」

 

 夢現と蒼流旋が何度もぶつかり、火花を散らす。互いに高速機動で動きながら刃を交えているので、ヘカトンケイルによるスタスター増設の恩恵で機動力の増した簪が若干押しているように見える。

 しかし、実際は楯無の方が押しているのだ。機動力で負けていようと、近接戦闘技術は楯無が勝っているのだから。

 

「まだ、頑張るつもり!?」

「頑張る……! だって、私は私が納得する形でお姉ちゃんの自慢になりたいから! お姉ちゃん一人で納得しないで! 私にだって、お姉ちゃんの妹としてのプライドがあるんだから!!」

「っ!?」

 

 夢現による薙ぎ払いが蒼流旋を弾いた。

 

「お姉ちゃんが私を自慢の妹だって言ってくれるのは、嬉しい……でも、それじゃ私が納得しない! 私は、更識刀奈という立派過ぎる人の妹の名に恥じない私になりたい!! だって姉妹だよ!? お姉ちゃん一人で頑張らないでよ!! 私だって、自慢のお姉ちゃんの妹として恥ずかしくない妹になる努力を、一緒にしたいよ!!」

「簪ちゃん……っ!」

 

 涙を流しながら訴える妹の姿に、いつの間にか楯無の目からも涙が零れた。

 ああ、自分はなんて愚かな事をしていたんだろうか。妹は、こんな自分を自慢だと言ってくれて、そしてその妹として恥ずかしくない妹になる努力をしているたのだ。なのに、自分はあの時に何と言った? 頑張る必要は無い? ふざけるな。

 

「明日奈さんが、言ってた」

「え……?」

「お姉ちゃんは、不器用だって」

「……そう、だね」

「私のこと、凄く大事にしてくれてるけど、不器用だから時々色々と間違えちゃうって」

「うん……お姉ちゃん、簪ちゃんに掛ける言葉を、あの時に間違えちゃったんだね」

「間違ったなら、正せば良い……人は、間違いから学んで、正せる力がある」

 

 すると、ヘカトンケイルが分離して夢現を包み込む様にドッキングを開始した。夢現を核に7つのパーツ全てが一つの形へと繋ぎ合わされ、現れたのは一本の巨大な剣。

 

「ヘカトンケイル武装形態、コットス……これが、最後の一撃。これで、私は今までの自分を脱ぎ捨てる」

「そうね、お姉ちゃんも今までの自分を、一新しなきゃ」

 

 楯無の蒼流旋にも変化が起きた。先ず楯無の全身を覆っていた水のヴェールが全て蒼流旋へと集まり、その制御しているナノマシン全てが攻性形成を成す。

 

「行くわよ」

「負けないよ」

 

 刃の部分にレーザー刃を展開した巨大な剣と膨大な量の水を纏ったランスが、そのエネルギーを臨界まで高め、その正反対に姉妹の心は一気に落ち着いていく。

 

「はぁあああああああ!!!!」

「てぇえああああああ!!!!」

 

 同時に動いた二人は、全く同じタイミングで剣とランスを振るう。

 

「ミストルテインの槍、発動ーーーーっ!!!!」

「フルンテイングの剣、発動ーーーーっ!!!!」

 

 直後、二人を中心に大爆発が発生し、その姿は煙の中へと消えていった。

 

 

 星空の美しい夜、楯無は一人で寮の屋上へと来ていた。屋上の柵へ背中を預けて夜空を見上げながら、今日の妹との模擬戦を思い返しているのだ。

 

「楯無ちゃん」

「……明日奈さん?」

 

 ふと聞き覚えのある声で呼ばれて視線を向けてみれば、屋上との出入り口から明日奈が歩み寄って来きたのに気づいた。

 明日奈は両手に持った二本の缶ジュースの内一本を楯無に手渡すと、楯無の横に立って同じ様に柵に背中を預けてジュースのプルタブを開ける。

 

「簪ちゃんに、勝ったんだって?」

「……はい」

「簪ちゃん、次は勝つって張り切ってたよー」

「そう、ですか……」

 

 ふわふわとした笑顔を見せる明日奈に対し、楯無の表情は何処か優れない。それも当然だろうか、昔の簪に掛けた言葉が如何に妹を傷つけたのかを、改めて思い返していたのだから。

 

「ねぇ、楯無ちゃん」

「?」

「楯無ちゃんは、もう少し肩の力を抜いた方が良いと思うよ?」

「え……?」

「まだ17歳の女の子なんだから、四六時中肩肘張ってたら大切な何かを見失っちゃうよ」

 

 その結果が、今までの簪との擦れ違い、なのだろう。だが、楯無の立場がそれを許さないのも事実だ。

 

「わ、私は、更識家の当主になった日から、肩の力を抜く暇なんて……」

「当主だから、17歳の子供であろうと肩の力を抜くのは許さない?」

「……」

 

 いや、そんな事はない。ただ、楯無が自分でそう決めただけであり、両親はいつでも頼れと、疲れたのなら言ってくれと、そう語りかけてくれている。

 

「楯無ちゃんは、責任感が強すぎるんだと思うなー。それで、周囲に気を配りすぎて逆に身近なモノに目が向かなくなる……ううん、向ける余裕が無くなるのかな? 楯無ちゃん、不器用だから」

「私が、不器用……簪ちゃんにも言われましたけど、そんなに解りやすかったですか?」

「うん、隠してるみたいだけど、すっごく不器用だなぁって思った所が結構あるよ。まぁ、流石姉妹と言うべきなのか、簪ちゃんにも不器用なところがあるけどねー」

 

 そうなのかもしれない。いや、その通りなのだろう。不器用だからこそ、あの時、簪に投げ掛ける言葉を間違え、そして今までも上手く接する事が出来なくなってしまっていたのだ。それも、姉妹揃って。

 

「っ!」

 

 すると、楯無は頭に温かな感触がしたのに気づいた。見れば、明日奈が優しい笑みを浮かべながら楯無の頭を撫でているではないか。

 

「ユイちゃんがね、こうすると凄く喜ぶの」

「私、ユイちゃんじゃないですよ?」

「うん、でも落ち着くでしょ?」

「……はい」

 

 ずっと、更識家の人間として、当主として、姉として生きてきた楯無は、幼い頃なら両親に頭を撫でられた事はあれど、この歳になって誰かに頭を撫でてもらうなんて経験は無い。

 考えてみれば、学年こそ楯無の方が上だが、年齢で言えば明日奈は楯無の一つ上なのだ。

 

「大丈夫、楯無ちゃんが肩の力を抜いても、今度は簪ちゃんが支えてくれる。虚ちゃんが、本音ちゃんが、支えてくれる……楯無ちゃん一人が頑張る必要は無いんだよ?」

「……っ」

「それに、もし弱音を吐きたくなったら、私が聞いてあげる……これでも、楯無ちゃんよりお姉さんですから!」

 

 ああ、何となく妹が明日奈を慕う理由が判った気がする。こんなにも温かくて、優しい人を、慕うなという方が無理だ。

 だって、今……楯無もまた、明日奈という姉のような人の胸を借りて、更識刀奈という一人の少女として涙を流しているのだから。




IS学園2学期がついに始まった。
もう直ぐ迎えるIS学園学園祭の出し物を決める話し合い。
そして新たな仲間との出会いと、天災の赴任が新風を巻き起こす。
次回、SAO帰還者のIS。
「クロエ・クロニクル」
二人の銀の少女が、合い間見える。


あ、ヘカトンケイルですが、イメージはナイトウィザードに登場する志宝エリスのアイン・ソフ・オウルです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園祭編
第六十七話 「クロエ・クロニクル」


スランプまだ抜け出せませんが、何とか形になったので投稿します。
あ~でも、まだまだ駄目だなぁ、全然次の話が思い浮かばない……。


SAO帰還者のIS

 

第六十七話

「クロエ・クロニクル」

 

 長かった夏休みが遂に終わりを迎え、IS学園2学期が始まった。2学期初日は全学年の生徒が講堂に集められ全校集会が行われる事になっており、そこで一年生は生徒会長との初対面が待っている。

 勿論、一年生の一部は既に生徒会長と会った事があり、それなりの関係を築いている者も居るのだが、大半がまだ生徒会長の顔を知らない。

 

「さて、一年生は顔を見た事がある子も居るかもしれないけど、ちゃんとした挨拶はこれが初めてね。私の名前は更識楯無、この学園の、君達生徒の長よ。以後よろしく!」

 

 講堂の壇上に立つ楯無の挨拶が始まった。今日こうして全校生徒が集められて行われる集会の議題となるのは今月行われる学園祭の事についてだ。

 

「今月行われる学園祭だけど、各学年各クラス、及び各部活動でそれぞれ出し物を決めて貰います。勿論、クラスの方は強制だけど部活動の出し物は希望した部のみです。当日まで期間は短いですが、クラス、部活、それぞれ皆で頑張って出し物を決めるように!」

 

 バッと楯無が開いた扇子には達筆な筆文字で「締切間近」と書かれている。

 

「もし出し物が決まったクラス、部活動は速やかに担任教師、顧問へ了承を取って申請書及び必要経費などを計算して生徒会へ報告をお願いね?」

 

 それから、集会ではもう一つ重大な発表があった。それは、二学期からという中途半端な時期にはなってしまったが、新任の教師が赴任するという話だ。

 

「たぶん、みんな絶対に驚くと思うけど、騒がないようにね? じゃあ、篠ノ之先生お願いします」

「はいは~い! ご紹介に預かりました新任教師の篠ノ之束で~す! いや~先生って呼ばれるのって何か嬉しいもんだね~」

 

 今までは博士やらドクター篠ノ之、とばかり呼ばれてたから新鮮だよ! なんて壇上で軽快に喋って千冬に背後から殴られている新任教師。

 程なくして講堂は大混乱に陥った。当然だろう、突然ISの開発者が教師として赴任してきたなんて話、驚くなという方が無理だろうから。

 

「因みに時期が中途半端だから私は担任とか副担任をやるのは来年から! なので今年度は整備科の2~3年生の授業と、1年生の後期選択授業にある整備講座及び実習の講師を務めるからね~」

 

 それとVR研究部の副顧問にもなりました。とのことだ。

 とまぁ、色々と騒ぎにはなったが、これで一先ず集会は終わりと相成り、生徒達はそれぞれ自分達の教室に戻りHRが行われる事となった。

 各クラスの担任は束の赴任による会議が急遽行われる事となったので、HRは全クラスが副担任が受け持って早速だが学園祭の話し合いが行われる事になる。

 

 

「え~、というわけで我が1組でも学園祭の出し物を決める為にアンケートを取った訳だが……」

 

 現在、1年1組ではクラス代表の一夏と副代表の明日奈が壇上に立って学園祭の出し物を決める為の話し合いを全員でしているのだが、一夏と明日奈が電子黒板に書かれたそれぞれの案を読み上げて笑顔を浮かべながら青筋浮かべて口元を引き攣らせていた。

 

「この、織斑一夏と桐ヶ谷和人によるツイスターゲームってのは、何だ? 発案者の夜竹」

「その名の通りお客さんと織斑君か桐ヶ谷君がツイスターゲームをするの!」

「じゃあ、織斑一夏と桐ヶ谷和人によるポッキーゲームって何かなー? 発案者の相川さん」

「その名の通り織斑君と桐ヶ谷君が(以下略)」

 

 その他にも「織斑一夏と桐ヶ谷和人によるホストクラブ」とか、「織斑一夏と桐ヶ谷和人による野球拳」とか、まぁとりあえず……。

 

「「出来るかアホォオオオオオ!!!!」」

 

 男二人、魂の叫びだった。当然、女子全員(百合子、明日奈を除く)からブーイングの嵐到来。

 

「つうかな! 彼女居る男にやらせる事じゃねぇだろ!!」

「それはそうだけど、でも織斑君も桐ヶ谷君も宍戸さんや結城さんの彼氏であるのと同時に私達クラスの共有財産だよ!」

「……(にっこり)」

「ごめんなさい」

 

 まぁ、お馬鹿な発言した女子は壇上に立つ明日奈の満面の笑顔を向けられた瞬間、顔を真っ青にして土下座していた。明日奈の手にランベントライト(1/1スケール)が握られていたのも、理由の一つだろうが。

 

「メイド喫茶など、どうだろうか?」

 

 そのときだった。全く持って意外な人物から、これまた意外な提案が飛び出てきたのは。

 クラス中の視線がその声の主に集中する。そこには挙手のポーズのまま目を閉じているラウラの姿があり、本人は至って真面目に意見したとでも言いた気だ。

 

「ラウラちゃん、メイド喫茶やりたいの?」

「やりたい、というより提案だ。メイド喫茶ならば客受けはまず良いだろうし、飲食店ならば経費も回収出来る」

 

 成程、確かにラウラの言う通りだ。昨近の喫茶店というものは、やれメイド喫茶だの、やれメイド喫茶だの、とにかくイロモノが多いが人気も高いという話をちらほら耳にした事もある。

 そして何より経費の回収が出来るというのは学園としても有難い話だろうから客受けだけではなく学校受けも間違いなく良い筈だ。

 

「うん、良いんじゃないかな? 一夏と和人さんは執事の格好をするか厨房を担当して貰えば良いもんね」

 

 クラスの良心、シャルロットも賛成した事を切欠にクラス全体がメイド喫茶に賛同し始める。執事、という点に物申したくなる男子二人だが、まさか女装してメイド服着ろなんて言われないのであれば、まぁ我慢出来るので、これで決めてしまっても良いかもしれない。

 

「では、ご奉仕喫茶で決まりですね!」

 

 静寐の一声で全員賛成してくれたのだが……、とりあえず一夏は一言だけ言いたい。

 

「セシリアは厨房禁止な」

「な、何故ですのーーーっ!?」

 

 保健所に来られては大問題だからである。

 

 

 HRが終わり、一時間目はまだ職員会議が終わっていないため全クラス自習という事になり、一夏と百合子は3組の教師前に来ていた。

 実は昨夜の話になるのだが、一夏の部屋に束が尋ねて来て、束の娘が本日3組に編入する事になったからHRが終わってからでも良いので顔を出してあげて欲しいとお願いされたのだ。

 一夏としても束の娘という事もあり無下にする気は無いし、もし困っている事があれば絶対に助けてあげようと思っていたから当然頷いたので、こうして百合子と共に3組まで来たという訳だった。

 

「あ、ちょっと良いか?」

「え、お、織斑君!? ど、どうしたの3組に!」

 

 丁度教室から出てきた女子に声を掛けてみれば大騒ぎになってしまった。当然か、普段知り合いの居ない組に顔を出す事は全く無かったのもあるから、3組の生徒とは殆どが初対面みたいなものだ。

 

「すまんけど、今日編入したクロニクルさん呼んで貰って良いか?」

「クロニクルさん? ちょっと待ってね」

 

 女子生徒が教室に入って少しすると、教室から一人の少女が出てきた。

 フリルをあしらった制服に身を包んだ銀髪の少女は、その瞳を閉じたまま杖一本付いて転ぶ事も無く一夏と百合子の前まで歩み寄る。

 

「えっと、クロエ・クロニクルで、合ってるよな? 束さんの娘の……」

「はい、クロエは私です」

「そっか、束さんに聞いてると思うけど、俺は……」

「織斑一夏さん、宍戸百合子さん。お二人とも束様からお話は伺っています……」

「ん、よろしくね」

「はい」

 

 それにしても、と一夏は思った。クロエは誰かに似ている気がしてならない。それもよく知る身近な誰かに。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒに似ている……そう仰りたいのですね」

「っ!? そ、そっか、誰かに似ていると思ったらラウラに」

「確かに……似てる」

「それは当然です。私は彼女と同じ生まれの存在……完成系のラウラ・ボーデヴィッヒになれなかった者ですから」

 

 ラウラの生まれについては一夏も百合子も聞いている。ドイツが行っていた胸糞悪くなる実験……遺伝子強化試験体を生み出す為に作られた試験管ベビー。

 つまり、このクロエという少女もまた、ラウラと同じという事は……。

 

「じゃあ、君も……」

「はい。私は出来損ないとして廃棄処分されそうになった所を束様に救って頂き、そして束様はそんな私を娘だと言って下さいました」

「そっか」

 

 生まれがどうとか、そんな事はどうでも良い。ただ、今この場で間違いなく言える事は唯一つ。

 

「改めて、俺は織斑一夏だ。君のお母さんには凄くお世話になったよ……よろしくな、クロエ」

 

 この少女は、篠ノ之束の娘、クロエ・クロニクルという一人の少女だという事だけだ。

 

「……?」

 

 差し出された一夏の手を不思議そうに首を傾げながら見つめる(目は閉じているが)クロエに苦笑した一夏は、そのまま差し出していた手をクロエの頭の上に持ってきた。

 

「! ……?」

 

 ラウラと同じ、身長の低い彼女の頭は丁度良い位置にあって実に撫でやすかった。

 きっと、束もこうしてクロエの頭を撫でているのだろうなぁなんて思いながら首を傾げたまま見上げてくるクロエに笑いかける。

 

「あの……」

「あ、ああ……まぁ、なんだ。何か困った事があったら遠慮しないで俺や百合子に言ってくれ」

「うん、私もナツも、クロエが困ってたら必ず助けるから」

「はぁ、ありがとう……ございます?」

 

 因みに、この光景を廊下の片隅から見つめている一人の女性が居た。

 いつもの機械で出来たウサ耳はそのままに、ぴっしりとスーツに身を包んだ束が、娘と、そして弟と言っても過言ではない存在と、その恋人が、仲良くしている光景に、自然と涙を浮かべている。

 

「ありがとう、いっくん、ゆーちゃん……くーちゃんも、良かったね」

 

 母であるが故か、束には不思議そうな顔で一夏を見上げているクロエが、どこか嬉しそうにしているのが手に取るようにわかる。

 

「本当に、この学園にくーちゃんを連れてきて良かったよ~」

「ああ、あの光景を見れば私でもそう思う」

「ちーちゃん……」

「どうだ? 私の弟は凄いだろう」

「そんなの、最初から知ってたよ……いっくんなら、きっとくーちゃんとも仲良くなれるって、信じてたからね」

「そうか……なら、もう用事は無いな?」

「……え゛?」

「職員会議の途中で抜け出してこんな所に居るどこぞの馬鹿が居てなぁ……さて、私がこれから何をしようとしているのか、当ててみろ」

 

 次の瞬間、学園中に一人の女性の悲鳴が響き渡ったのだが、真相は闇の中に葬り去られる事となった。




少年少女は出会う。二人にとって運命と呼べる出会い。
幼き運命、残酷な現実の道標となる運命の出会いは、未来へと繋がってゆく。
少年は、少女は、幼き運命に、どう向き合うことになるのか。
次回、SAO帰還者のIS。
「K」
未来への第一歩が、始まる。


え~突然ですがこの話を持って今月の投稿はお終いにします。
次の投稿は恐らく……来月ですね。
引越しのための荷造りとか色々手続きしなきゃで忙しいもので、引越しも3月10日に決まったものの、ネット環境を整えなければならないというのもあり、下手したら4月にならにと投稿出来ない可能性も一応考慮してます。
なので、次回投稿が大変遅くなること、どうぞご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十八話 「K」

引越し後最初の投稿です。
まぁ、まだスランプ脱してないのと、仕事に慣れるまで忙しいので続きはまた時間掛かるかもです。


SAO帰還者のIS

 

第六十八話

「K」

 

 学園祭の出し物は凡そのクラス、部活動で決まった為、最近の学園内は学園祭準備で大賑わいだった。

 1年1組も例に漏れず喫茶店の準備を開始しており、メニュー及びその値段の話し合い、当日のシフトスケジュール、キッチン担当を誰にするのか、食器類、衣装、店内の装飾、一夏と明日奈を先頭に滞りなく進められている。

 因みに、和人はホールでの接客オンリーに決まっていて、一夏はキッチンとホールを交互に行う事になっていた。1組の料理上手として名高いスリートップである一夏、シャルロット、明日奈は全員に料理を期待されているのだ。

 そして現在、授業も終わり、学園祭準備をしていた一夏と百合子は買い出しを行うのにモノレールでショッピングモールまで来ている。

 

「テーブルクロス、花瓶、色画用紙、ナプキン……後は何があったっけ?」

「ん、買い物じゃないけど、食器類で何か良いのが無いか見てきてって」

「となると……お、モール内にティーカップ専門店があるみたいだな、行ってみるか?」

「うん」

 

 大型ショッピングモール「レゾナンス」、その品揃えは本当に凄いものだ。まさかティーカップ専門店まで出しているとは。

 

「へぇ、結構な種類があるもんだ」

「あ、これ可愛い……」

 

 来てみればなるほど、専門店というだけあって相当な数、種類のティーカップが並べられている。中にはティーカップとしての役割を果たせないだろうという感想を抱きたくなるような奇抜な物まであるので、興味深い。

 

「つか、これなんてそもそもティーカップって言って良いのか? ……ビールジョッキ型ティーカップって、まんまビールジョッキじゃん!」

「こっちには網目のティーカップ……注げないよね? 注いだ瞬間に漏れちゃうよね?」

 

 因みに網目のティーカップには但し書きで「使用する時は一回り大きいカップの中に入れてから御使用ください」などと書いてある。

 他にもトイレの便座型ティーカップ(和風バージョンと洋風バージョンでのペア)や、ドラム缶型やら。

 

「普通ので、良いよな」

「それが無難」

 

 一先ず目ぼしいのを吟味してから店を出る。何故だろうか、店に入る前より疲れてしまった気がしてならない。

 

「とりあえず凡その目的は完了したかな」

「帰ろう?」

「ん~……少し寄り道してこうぜ?」

「ん」

 

 という訳で寄り道デートと洒落込む事にして、レゾナンスから少し歩いた所にある公園まで来た。夕方の時間帯なので人は居ないが、逆にその静かな空気が二人の好みに合っている。

 

「そろそろかな」

「だね」

 

 公園の真ん中辺りで立ち止まった二人はISの格納領域(バススロット)に入れているトワイライトフィニッシャー(1/1サイズ)とルー・セタンタ(1/1サイズ)を取り出して剣先と穂先を後ろの茂みに向けた。

 

「いい加減に出て来いよ。レゾナンスからずっと追けていたのは知ってるぜ」

「何の用なの?」

 

 すると、茂みが動いて中から一人の人間が出てきた。出てきたのは一人の少女、それもまだ5~6歳くらいの黒い髪が特徴の幼子だ。

 普通ならこんな年齢の幼子が出てきたら剣や槍を降ろすのだろうが、二人とも降ろさない。何故なら少女の手には銃が、それも明らかに本物の銃が握られていて、一夏と百合子に殺気を向けているのだから。

 

「女権団体か、それとも」

亡国機業(ファントム・タスク)?」

「……任務、失敗。逃亡のため、迎撃する」

 

 その瞬間、二人が左右に分かれてその場を飛びのくと、一発の銃弾が二人の居た場所を穿った。少女の手にある銃からは硝煙が昇っていて、銃口は二人の居た場所に向けられている。

 

「あの銃、ベレッタM84か……女性でも扱える反動の少ない銃だけど、あんな幼い子が使ったら普通は肩が外れるし衝撃に負けるはずなのに……」

 

 いくら少女の銃が女性でも扱えるとはいえ、5~6歳程の少女が簡単に扱えるような銃ではない。なのに、その少女は平然と片手撃ち、どうにも普通の少女ではないのは確かだ。

 

「女権団体じゃないか、となれば亡国機業(ファントム・タスク)辺りの非合法施設で作られた強化人間か?」

「ナツ!」

「っ! チッ!」

 

 銃口を向けられているのに気づいて慌てて銃口の向きから外れようとしたが、少し遅かったらしく右肩を掠った。

 

「GGOみたいに銃弾斬るなんて真似、リアルじゃ出来ないなぁ」

 

 当たり前だ。

 

「あなたは、何者なの?」

「私は、K……いずれ、織斑一夏と篠ノ之束を殺す者」

 

 少女……Kが一夏に気を取られている隙に百合子がヴェガルダ・ボウ(1/1サイズ)を出して投擲、それを少女が避けた瞬間に近づいてルー・セタンタで銃を弾き飛ばして、更に一夏が接近しトワイライトフィニッシャーの刃を少女の首に添える。

 観念したらしいKに百合子が名を尋ねてみれば、その名はどうにも名前とは思えないアルファベット一文字のみという怪しさ満点のもの。

 

「コードネームか何かだな……それで、お前は何故、俺と束さんを狙う?」

「織斑一夏と篠ノ之束は、私を捨てた……だから、私はお前達を許さない」

「捨て、た……?」

 

 Kが何を言っているのか、理解出来ない。捨てたなどと人聞きの悪い事を言っているが、一夏と束が、このKという少女を捨てたなんてありえない。

 

「俺はお前とは初対面だ。なのに何で俺と束さんがお前を捨てたなんて話になる?」

「初対面のはずが無い……私は、生まれて直ぐに、二人に捨てられた」

 

 生まれて直ぐ、という事は5~6年前という事になるが、その頃には既に束は行方知れずになっているかIS学園の3年生だった筈だ。

 当然だが、その頃に一夏と束が会った事は一度だって無い。ましてや、その頃に一夏が赤ん坊と直接関わった事など一度も無い。

 

「ナツ」

「ん、ああ……とりあえず、お前にはIS学園まで来てもらう。拘束する事になるが、抵抗するなよ?」

「……油断、大敵」

「なっ!?」

「ナツ!?」

 

 一瞬の出来事だった。Kの姿が突然光りだしたかと思えば、Kはイタリアの第2世代型量産ISテンペスタを纏っていて、その場から一気に離脱したのだ。

 流石に速さを売りにしているイタリアの機体、第2世代であってもその速度は相当なもので、もう見えなくなる距離まで逃げてしまった。

 

「逃げられたか……」

「ナツ、あの子の言ってた事……」

「わからない……一応、帰ったら束さんにも聞いてみるか」

 

 とりあえず、Kの事は後ほど報告するということにして、銃声で騒がしくなってきたから早々にその場を立ち去りIS学園へ帰る事にした。

 

 

 IS学園に帰宅して直ぐ、一夏は百合子に荷物を教室へ持っていって貰い、自分は職員室に居る束の所に来ていた。

 少し大事な話があると説明したら、束と、それから念のため千冬も一緒に生徒指導室へ行き、中に入ってドアをロックする。

 

「それでいっくん、お話って?」

「これを」

 

 見せた映像は白式に保存しておいたKの映像。あの時、念のためにと白式の記録保存機能を起動させて映像記録としてKの姿を残しておいたのだ。

 

「この少女に見覚えはありますか?」

「……無い、かなぁ。ちーちゃんは?」

「いや、私にも無い」

「K、この少女は自分をそう名乗っていました……俺と、束さんを殺す者だとも」

 

 どういう事なのかと、二人の視線が語っていたので、先ほどの襲撃について説明し、更に少女が一夏と束に捨てられたと発言した事も話す。

 

「束さんといっくんが捨てた、ねぇ……年齢的に5~6歳、生まれて直ぐに捨てたって言うけど、覚えが無いよ」

「もちろん、この馬鹿が妊娠していたなどということも無い」

 

 束に今も処女だとカミングアウトもされたが、それはどうでも良い情報なのでスルー。しかし、ならばこの少女は一体何者なのか。

 

「ん、待て……この娘、何処となく束に似てる気がしないでもないな」

「え? ……ホントだ。確かに似てるね~」

「それに、どこか一夏の面影もあるな」

「マジか?」

 

 確かに、一夏と束、二人の面影がある。だが全く身に覚えが無いし、5~6年前に一夏と束がそういう関係になったという事実も無い。

 先ほど束も自分が処女だとカミングアウトしていたし、一夏自身もそういう関係になった相手は百合子以外に居ないのだ。

 

「束、お前の両親は何処に居るのか把握しているか?」

「え? う、うん……一応、お父さんもお母さんも現在の居場所くらいは」

「一応、お前の両親に確認してみろ……6~7年前くらいに、何か異変が起きたかどうか」

「……もしかして、ちーちゃん達の親?」

「ああ、奴らが生きていたら、もしかしたらと考えてな……もし、生きていて亡国機業(ファントム・タスク)に居たとしたら、そんな可能性の話だ」

「……今夜、確認してみる」

 

 この日の夜、束は10年ぶりに両親に連絡を取り、話をした。

 最初こそ両親共に歓迎するような口調ではなかったが、事情を話すと真剣に聞いてくれて、そして6~7年前に何か無かったかという質問には特に何も無く平穏だったと答えた。

 結局、千冬の抱いていた疑惑は外れという事になったのだが、そうなれば一夏と束の面影を持つKという少女の正体は一体なんなのか、謎は暗礁に乗り上げる。




学園祭、それは生徒達の祭りであり、招待された者にとっての出会いの場。
戦士達を見守ってきた侍もまた、一人の女性との出会いが運命となる。
そして近づく闇と、それを迎え撃つ為に立ち上がる戦士達。
戦いの舞台は、もう間もなくやって来る。
次回、SAO帰還者のIS。
「学園祭開始」
一組の男女が運命と出会う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十九話 「学園祭開始」

書き溜めてたのもこれで終了。
次は時間掛かります。間違いなく。


SAO帰還者のIS

 

第六十九話

「学園祭開始」

 

 結局の所、Kの襲撃以降、学園祭が始まるまで特に何事もなく準備は進められ、無事に学園祭当日となった。

 一夏達も準備期間中に招待状を仲間内に送っていて、全員来てくれるとの事だから出し物にも気合が入るというものだ。

 因みにそれぞれ招待状を誰に送ったかというと。一夏は五反田弾とエギルの二人。和人はクラインと直葉、明日奈はリズベットとユリエール、百合子はシリカとシンカーだった。それから招待客したい人が特に居なかったセシリアがエギルの奥さんに招待状を送っている。

 そんな招待された彼ら彼女らが楽しみにしているのが当然だけど1年1組の喫茶店なのだ。そして、その喫茶店はというと……。

 

「ちょっとそこ行くお嬢様方」

 

 1年1組の教室の前、そこには執事服を纏った金髪の貴公子の姿があった。

 懐かしきシャルルスタイルとなったシャルロットが本当ならメイド服が着たかったと、内心涙を流しながらもアルカイックスマイルを浮かべて学園祭を楽しんでいた中学生であろう、制服を着た少女二人を呼び止める。

 

「え、あの……?」

「私達、ですか?」

「ええ、麗しき花を咲かせる君達の事ですよ」

 

 男装の麗人にそんな言葉を投げかけられれば年頃の少女など簡単に頬を赤く染めてしまうものだ。実際、シャルロットが呼び止めた少女二人も頬どころか顔全体を真っ赤に染めていたのだから。

 

「よろしければ、1年1組のご奉仕喫茶で羽を休めて行かない?」

「ご奉仕喫茶……?」

「そう、クラスのみんなはメイド姿だけど、僕や、それから世界で二人だけの男子が執事姿でご奉仕するお嬢様方の癒しの空間ですよ」

「あ、あの織斑一夏さんと桐ヶ谷和人さんが!?」

 

 やはりニュースなどを見て一夏と和人の名前は知っていたらしい。これは好都合とばかりにシャルロットは笑みを浮かべながら少女達を自然と扉の前へと誘導する。

 

「本日限りの学園祭ですから、最高のご奉仕をお約束致しますよお嬢様方……さあどうぞ、乙女の休息所、ご奉仕喫茶へ」

 

 ゆっくりと扉が開かれ、少女達の視界に入ったのは大勢のメイドを背後にして立つ二人の執事の姿。

 白い薔薇を片手に横向きの体勢のまま顔だけ少女達の方を向く和人と、赤い薔薇を片手に真正面から少女達にウインクする一夏の姿がそこにあった。

 

「ようこそ乙女の休息所、1年1組ご奉仕喫茶へ」

「今日は帰さないよ。子猫ちゃん達」

 

 一夏と和人のキザなセリフが少女達の乙女心を撃ち抜いた。執事服だというのに、まるでホストのような二人の姿に、少女達はただただ見惚れるばかり。

 

「さぁ、HotでCoolなPartyの始まりだ……!」

 

 一夏の言葉と共に、男二人その手に持った薔薇を投擲すると、その薔薇は一直線に少女達の胸ポケットに納まる。

 

「「……って、何やらせるかぁああああああああああああああ!!!!!!」」

 

 バッと後ろを振り返った二人はクラスメート達に何度目となるのかわからない魂の咆哮を放った。恋人の居る男が何故に女を口説くようなセリフを吐かねばならないのかと。

 

「いや~でも二人とも結構ノリノリだったよ?」

「ほんとほんと! まるでホストみたいだった!」

 

 まるで、じゃなくてまるっきりホストみたいなことさせられていたのだが……。

 

「とりあえず俺は厨房に引っ込む」

「あ、ナツずるいぞ!? 俺一人をホールに残すのかよ!」

「すいません、キリトさん……俺、ユリコに殺されたくないんで」

「俺だってアスナに殺されたくないわ!」

 

 結果としては、一夏が厨房に入るのをクラスの女子大半が拒否して男子二人揃ってホール担当になり、それぞれの恋人からの突き刺さるように痛い視線を我慢する事になるのだった。

 

 

 一騒動あって、取りあえず通常営業に戻った1組のご奉仕喫茶。一夏や和人達の仲間達や友人が訪れては二人の執事服姿を笑ってきたのでクラインにだけ和人直々の拳骨が落とされたが、まぁ平穏無事だったと言えるだろう。

 そして、これは一夏達のご奉仕喫茶を訪れた後、それぞれ好きな出し物を見て回るという事で別行動を取る事になった一行の一人、クラインこと壷井遼太郎の話だ。

 

「にしても、流石は天下のIS学園ってだけあんなぁ……うへぇ、可愛い子が一杯いやがる」

 

 流石に大人として鼻の下を伸ばして歩く訳にもいかないので、良識として平静を装って歩く遼太郎だったが、余所見をしていたのが原因だろう、一人の女性とぶつかってしまった。

 

「うぉっ!? す、すんません!」

「い、いえ! こちらこそごめんなさい!!」

 

 遼太郎とぶつかったのは生徒ではない。低身長で童顔のメガネを掛けたスーツ姿がアンバランスなその女性は、一夏達1組の副担任と、VR研究部顧問を務める山田真耶だったのだ。

 

「もしかして、キリトやナツの言ってた山田先生っすか?」

「? えっと、桐ヶ谷君と織斑君のお知り合いの方ですか?」

「やっぱり! 俺、あいつ等と同じSAO生還者で、まぁ……ダチやってます壷井遼太郎つって、クラインって呼ばれてるっすね」

「あ! 聞いてますよ! クラインさんってお名前は。お二人とも口では否定してますけど、結城さんや宍戸さんはクラインさんは桐ヶ谷君と織斑君にとってお兄さんのような存在だって」

「兄貴……まぁ、そっすね。俺ぁ確かにあいつ等の事は弟みたいに思ってる節があるわなぁ……」

 

 友達だと、対等な友人関係のつもりではいるが、それでもどこかで遼太郎にとって一夏と和人は弟のように見ている所があるのを自覚はしていた。

 それはエギルことギルバートも同じで、SAOに居た頃からずっと、そんな気持ちを抱いて接していたのも確かなのだ。

 

「あいつ等……いや、アスナさんやユリコ嬢ちゃんもか。4人とも、元気にやってますかね?」

「ええ、4人ともとても良い子です。特に結城さんと桐ヶ谷君は年上ってこともあってか、クラスではお兄さん、お姉さんみたいな扱いを受けてますね」

「そっか、そいつぁ良かった……いえね? キリトの奴ぁ人見知りっつぅか、まぁコミュ障みたいな所もあったから、少し心配はしてたんすよ。周りは年下ばっかの女ばっかで、ちゃんとやって行けるのかって」

「そうですか……でも、桐ヶ谷君も最初こそぎこちなかったですけど、最近は自分からクラスの子達とも交流しようとしていますから、きっと人見知りを克服しようと頑張ってるんでしょうね」

「だと良いんですがね。あいつは時々一人で抱え込む事があるから、すまねぇけど先生の方でも注意して見てやってくれねぇか? どうか、頼んます!」

 

 そう言って遼太郎が頭を下げると、真耶は慌てて顔を上げるように言う。

 

「だ、大丈夫ですよ! 私、先生ですから、生徒の事はちゃんと見てますから……その、だから顔を上げてください」

「……すんません、迷惑掛けたかな」

「いえ、それだけ壷井さんが桐ケ谷君達のことを気に掛けていらっしゃるんだって事ですから」

 

 正直、真耶の中で壷井遼太郎という男の評価は高評価だった。聞いた話では女好きな面もあるちょっとノリの軽い男だという話だったが、気さくで、何よりも仲間想いの好青年だというのが、遼太郎と話して見て真耶が抱いた印象だ。

 

「あの、ところで山田さんって今は見回り中っすか? なんか引き止めちまったみたいだけど」

「いえ! 実は交代で今は自由時間みたいな状態だったので、全然大丈夫ですよ」

「じゃあ、あの……突然、こんな事を言うのもあれなんすけど、良ければこれからお茶でもどうっすか?」

「ふぇ!? えと、あの……」

 

 話には聞いていても、初対面であることに変わりはない。しかし、真耶は23年間生きてきてナンパなどされた経験はあれど彼氏が居た事が無いので、男慣れしていないのだ。

 故に、23とはいえどもいい加減に彼氏だって欲しいとも思うし、遼太郎という人物も少しは信用出来ると判断した結果、お茶くらいならと、そう思ってしまった。

 

「そ、それじゃあ、次の見回りの時間までで良いのなら……」

「ほ、ホントっすか!?」

 

 壷井遼太郎と山田真耶、二人の未来は今日、ここから始まろうとしていた。

 

 

 遼太郎と真耶が良い雰囲気になっている時、別の場所では休憩時間となり学園祭を見て回っていた一夏と百合子、和人、明日奈の所に楯無が訪れていた。

 4人は突然の楯無の来訪に何事かと思っていたが、先日の一夏と百合子の襲撃事件に関連する内容だと聞かされ真剣な表情に切り替わり生徒会室へと移動する。

 

「それで、楯無さんの用事というのは?」

「それについてだけど、まず大前提として話すわ……恐らく、今日の学園祭の、たぶん後半辺りになると思うけど、亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃が間違いなくあるのよ」

 

 情報の出所としては更識家の情報機関ということなので信用は出来るらしい。もっとも、Kの襲撃もあったので、多分何かあるだろうとは思っていたが。

 

「既に確認しただけでも学園内に侵入者が一人かしら……特に怪しい動きを見せてはいなかったから、監視だけ付けて泳がせてるわ」

 

 そう言って楯無は二枚の写真を机の上に置いた。そこに写っているのは黒髪の女性で、二枚とも同じ人物だが写っている角度が違う。

 

「入場履歴から確認したところ、名前は巻紙礼子というらしいけど、多分偽名ね。IS武装開発を専門とする会社、ミツルギの営業担当と名乗っていたそうよ」

「ミツルギって、聞いたことあるわ」

「明日奈さんはレクト社の元CEO令嬢ですし、あるでしょうね。でもミツルギに確認したところ巻紙礼子という人物は社員に存在しないという話だったわ」

 

 目的は一夏と和人への接触だろう。IS武装開発を主としている会社の社員だと名乗れば、専用機の武装が近接戦闘用しか存在しない二人に接近し易くなると踏んだか。

 

「第一候補は、俺ですね」

「だな、ナツの白式は第4世代機だ。ならば第3世代機の黒鐡は二の次って考えるのが普通だろう」

「良くて二人のISを、最悪でもナツのISを、それが目的……」

「ええ、そこまでは予想してたし、巻紙礼子の目的もそれだとは思うのよ……でも、腑に落ちないのが次」

 

 差し出された写真に写っているのはIS学園の敷地の外だ。海に面した崖下だろう、そこに小さいながらも一隻のボートと、それに乗る複数人の人影がある。

 

「いくら一夏君が強くて、第4世代機だからって、強奪目的ならこれだけの人数を待機させるのは大袈裟過ぎるのよね」

「確かにそうかも、勿論キリト君のISも狙っているなら考えられなくもないけど、それでも少し多い、かな」

 

 明日奈も楯無と同意見だった。投入人数が余りに多すぎる。これではISの強奪以外にも何か目的があるのではないかと。

 

「箒の紅椿も狙ってるとか?」

「それはあるでしょうけど、それでも大袈裟過ぎる人数なのよ」

「……」

「ユリコちゃん?」

「この人影、どこかで……」

 

 百合子が指差したのは、写真に写る人影の内の一人だ。

 遠すぎてピントが合っていない為か顔などの人物特定は不可能だが、確かに百合子の言う通り一夏も和人も、そして明日奈も、どこかで見た覚えがあるような気がする。

 

「「っ!」」

 

 その時だった。一夏と和人の背筋が凍るような殺気を感じたような気がして二人が急に立ち上がったのは。

 

「キリトさん……」

「ああ、嫌な予感がする」

「ど、どうしたの二人とも?」

「楯無、悪いけど学園内の警備をもう少し厳重に出来るか? 俺の勘が正しければ今のままじゃ、最悪死人が出る……もしかしたら、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)が来ているかもしれない」

「っ!?」

 

 和人の戦士としての勘は電脳世界である筈のALOですら敏感だったのを楯無も知っている。それが現実世界でも同じなのも当然だが、これまでの付き合いで把握しているつもりだ。

 それに、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)についても報告は聞いている。SAOでの積極的殺人歴のある者であり、臨海学校の折に亡国機業(ファントム・タスク)の一員としてISを纏って姿を現したということも。

 だからこそ、楯無は和人の勘を信じて学園長へ内線を入れて隠密警備レベルを最大まで引き上げるよう通達した。

 

「楯無さん、俺とユリコは取り合えずこの巻紙礼子に接触してみます」

「……危険よ?」

「百も承知です。だから、最初は接触してIS武装についての話を聞くフリだけをするんです」

「後は向こうが脈ありだと感じてくれれば、後で自分から接触してくるはず……多分、そこで向こうも動く」

「なるほどね。なら一応警備として来園してる更識家の人間を付けるわ。なるべく無茶な行動だけはしないでね?」

「了解です」

「ん」

 

 一夏と百合子の行動は決まった。後は和人と明日奈の方だが、二人はクラスの方に戻ってクラスメート達の護衛をするつもりだ。

 

「もし学園が戦場になれば、専用機を持たない一般生徒が危険だろ? だからなるべく直ぐ動いて守れる状態にしておきたいんだ。特に、三組にはクロエの存在もあるし」

「この待機してる人影の事もあるから、専用機持ってるわたし達が対処出来るようにしないとね」

「そうね、それじゃあ二人はそっちをお願い。念のため白兵戦出来る人間を更識家から派遣しておいたから、その人達と協力して頂戴」

 

 一般生徒を守る。特に1年生は何が何でも守りたいと、和人と明日奈は思っていた。年上として、年下の彼女達を守るのが義務だと思うから。

 

「じゃあ、私も彼らを誘き寄せる為に生徒会主催の出し物という名の茶番に力を入れようかな」

 

 楯無も、生徒会主催の出し物という名目で亡国機業(ファントム・タスク)を誘き寄せる計画をしていたらしいので、楯無は楯無でそちらに集中する事となった。

 こうして、密かに亡国機業(ファントム・タスク)に対抗する為の作戦が練られている中、IS学園学園祭は後半を迎えようとしているのだった。




白き剣士に迫る亡国の蜘蛛の影。
仮面の笑みを貼り付けた剣士と蜘蛛の邂逅の裏ではもう一つの悪意が黒と閃光に迫ろうとしていた。
そして再び現れる運命の少女、剣士は少女と剣を交えて何を見出すのか。
次回、SAO帰還者のIS。
「亡国の蜘蛛」
華々しき青春の裏で、激しき火花が散る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十話 「亡国の蜘蛛」

スランプ継続中……ネタが浮かばないし、また盗作されてるっぽいし、もうね、何で書いてるんだろ、盗作されてまでなんて思ってしまう事が。


SAO帰還者のIS

 

第七十話

「亡国の蜘蛛」

 

 楯無達と別れた一夏と百合子は早速だが巻紙礼子を探して校内を歩き回っていた。

 恐らく二人揃っていては見つかっても話しかけて来る事は無いだろうから、発見したら自然と相手にこちらへ気づいて貰い、そのタイミングで別行動するフリをする事になっている。

 

「居た。ナツ、あそこ」

「ん、写真の通りだな……じゃあ、自然と向こうの視界を横切る感じで行くぞ」

 

 探し出して30分ほどで巻紙礼子を発見し、二人は腕を組んで歩いたままなるべく自然に巻紙礼子の視界を横切り廊下を歩く。

 向こうも一夏の姿を確認してからは堂々と、それでいて周囲の出し物をキョロキョロ見渡しながら付いて来ているので、作戦の第一段階は完了だ。

 

「ナツ、ちょっとお手洗いに行ってくる」

「ん? わかった。じゃあ、そこの掲示板の前で待ってるから、早くな」

「うん」

 

 自然な流れで百合子が近くの女子トイレに入ると、白式と槍陣のプライベートチャネルの起動、周辺音声録音モードに設定する。

 そこで漸く一人になった一夏に巻紙礼子は急接近してきて、ごく自然な笑みを浮かべながら一夏の前に立った。

 

「あの、織斑一夏さんですよね?」

「はい?」

「私、IS武装開発を専門に扱っているミツルギという会社の営業担当をしています、巻紙礼子と申します」

 

 差し出された名刺は偽物であろう。だが本物の名詞と見紛う程の完成度の名刺だった。

 

「ミツルギって確か近接戦闘系の武装を主に扱っている会社でしたっけ?」

「あら、ご存知でしたか?」

「まぁ、俺自身が近接戦闘タイプなんでそれなりに調べてますから」

「それでしたら是非、一度我が社の商品を使ってみませんか? こちら、カタログになるのですが」

 

 カタログは本物だ。このカタログは一度職員室で見た事があるので間違いない。

 

「織斑さんは近接戦闘がお得意という事ですし、こちらの脚部に仕込むタイプのブレードなんかがオススメですね」

「へぇ、蹴り上げる時にブレードを展開して避けようとした相手の意表を突くタイプの武器か……面白いな」

「他にも同タイプの武装で腕部へ仕込むタイプもございます」

 

 どうしよう、レクトには悪いが本気で面白そうな武装があったりするので困ってしまった。

 やはり根っからの剣士、近接戦闘タイプの人間というだけあり、こういった近接戦闘用の面白い武装には心惹かれてしまう。

 

『ナツ……』

『わ、わるい』

 

 プライベートチャネルで百合子に叱られてしまったので興奮しかけていた気持ちを抑えて本来の目的に移る事にした。

 

「あの、ミツルギって完全に近接戦闘用の武装しか無いですかね?」

「と、申しますと?」

「いえね? 実は俺の専用機に銃火器系の武装を搭載しようかって検討していて、それで色々な会社の銃火器武装を調べてるんですが、ミツルギはまだ調べてなかったんですよ」

「銃火器ですか……そうですねぇ。それでしたらこういうのもありますよ?」

 

 巻紙礼子がカタログのページを捲ると、そこにあったのは所謂ガンブレードと呼ばれる武装と、銃剣と呼ばれる武装だ。

 

「ガンブレードは近接戦闘用と思われがちですが、一応は中距離でも戦える武装ですし、銃剣は基本銃として扱い、接近してきた相手には装着している剣で迎撃する事が可能となっています。当社のガンブレードはリボルバータイプなので装弾数は6発、銃剣ですとオートマチックタイプなので30発となっていますね」

 

 本気で、欲しいと思ってしまったが、グッと堪えて悩むフリをする一夏。今度、レクトに頼んだ銃火器が搬入されてくるのを待つのだと自分に言い聞かせる。

 

「ちょっと、考えさせて貰って良いですか? まだ即決って訳にもいかないんで」

「ええ、よろしければカタログは差し上げますので、お考えください。本日は私も最後まで見学して行く予定ですので、もし考えが決まったのでしたら探して頂ければ」

「わかりました。それじゃあ、これで」

「はい、それでは」

 

 一礼して去っていく巻紙礼子を見送り、一夏は女子トイレから出てきた百合子と合流。そして通信端末で楯無に連絡を入れる。

 巻紙礼子と接触して、後ほど再接触する事になるであろうと説明すると、楯無の方でもそれに合わせて計画を練るとのことだ。

 

『そんな訳で、こっちの計画に一夏君を組み込むから、動いてほしい時には分かりやすい形で通達を出すから、合流をお願いね?』

「了解です。それまでは自由にしていても?」

『ええ、その辺は任せるわ。百合子ちゃんも、なるべく一夏君と一緒に動いてね』

「わかりました」

 

 作戦の第一段階は終了した。第二段階に移るまでの束の間の休息を楽しむため、二人は学園祭の出し物を見て回る事に。

 そこには戦士としての顔ではなく、年頃の恋人同士の姿があったそうな。

 

 

 一夏達と別れてからの和人と明日奈は休憩時間終了まで他の出し物を見て周り、その後は教室に戻ってクラスの喫茶店の仕事に戻っていた。

 いつ襲撃があっても対応出来るように常に気を張っているが、それを周囲に悟られず表面上は普段通りにクラスメートと接し、来場したお客さんに接客している。

 

「ふぅ……とりあえずピークは過ぎたな」

 

 少し忙しかったのも何とか片付き、バックヤードに入って椅子に座った和人が一息吐いていると、目の前にティーカップに入った紅茶が差し出された。

 見れば、もう片方の手にも同じくティーカップに入った紅茶を持つ明日奈が微笑みを浮かべている姿がある。

 

「お疲れ様、キリト君」

「ああ、明日奈も急にホール頼まれて疲れただろ」

「うーん、ちょっとだけ、かなぁ」

 

 明日奈から受け取った紅茶を飲みながら和人はホールの視線を向けた。

 お昼のピークを過ぎてようやく落ち着きを取り戻したので、現在はそれほど忙しくないようで、ホールに出ているクラスメート達も何人かは談笑したりしているのが見える。

 

「ユイ、どうだった?」

 

 明日奈が隣に腰掛けたところで和人は愛娘を呼んだ。実はユイに学園の監視システムへ侵入してもらって不審者の動向を探らせていたのだ。

 

『はい! どうやら二グループに分かれて纏まっているみたいですね。片方はナツお兄さんやユリコお姉さんの居る講堂側の方へ。もう片方は校舎の方に集まっています』

 

 最近のお気に入りらしい明日奈と同じ髪型にして、メイド服を着たユイが立体映像となって現れ、調査報告をしてくれる。

 人数としては一夏達の所に三人、和人たちの所に三人、これが恐らくメインの実働部隊で、他に数名補佐的な人材が紛れているらしい。

 

「14~5人って所かな?」

『そんなところでしょうか。ただ、こちらは数が多いとは言えど専用機持ちも多く居ますから、対処は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)さえ出て来なければ難しくはありません』

「……いや、恐らく来てる。あの背筋の凍るような殺気は、奴らに間違いない」

 

 随分前から、学園内の何処からか感じられる冷たい気配、これが奴らじゃなければ何だと言うのか。

 

「アスナ、セシリア達には?」

「警戒しておくように伝えてあるよ。シャルちゃんには万が一のときの為に生徒達の避難誘導を頼んであるし、鈴ちゃんにはクロエちゃんの事を頼んであるから」

「となると、こっちで戦えるのは俺とアスナとセシリア、簪、箒の5人か……ラウラは?」

「ラウラちゃんは白兵戦が必要になった時に対処をお願いしてるよ。元軍人だし、非常時に白兵戦する分には戦力として申し分ないから」

 

 ならば、後は招かれざる客を待つだけだ。気合を入れ直した二人は、休憩を終えてホールに出たのだが……最悪は、すぐ目の前にあった。

 

「やあ、キリト君、明日奈さん、お久しぶりですねぇ」

「須郷……っ!?」

「須郷さんっ!?」

 

 平然と、爽やかな笑みを浮かべながら客としてコーヒーを飲んでいる青年、須郷伸之。因縁と、ついに巡り合う事となった。

 

 

 講堂では現在、生徒会主催の出し物である演劇が行われていて、一夏と百合子はその手伝いという名目で裏方の手伝いをしていた。

 そして、一夏が一人で倉庫から荷物を持ってくる為に移動していた時、ついに亡国の影が動きを見せる。

 

「こんにちは織斑さん、今お時間……よろしいですか?」

「……ええ、まだこの荷物をステージまで持っていくには時間に余裕あるんで、大丈夫ですよ」

「では、ちょっとこちらへ」

 

 そう言って、巻紙礼子が案内したのは更衣室だった。今の時間は使う者が居ないので、薄暗くなっているこの場所を選んだということは……仕掛けてくるらしい。

 

「それで、お話って何ですか?」

「はい。実は、是非ともあなたの持つ白式を頂きたく思いまして」

「……やっぱりな。そんな事だろうと思ったぜ亡国機業(ファントム・タスク)!」

 

 いつの間にか、一夏の手にはブローニング・ハイパワーと呼ばれる銃が握られており、その銃口は巻紙礼子へ向けられ、驚く彼女に向かって引き金を引いた。

 

「チッ!」

 

 一瞬の出来事だった。一夏が引き金を引くのと同時に、巻紙礼子は光に包まれ、アメリカ製の第2世代型ISアラクネを纏って銃弾を弾き返したのだ。

 

「テメェ、いつから気づいてやがった!?」

「んなもん、最初からに決まってるだろ。もう少し素人に成り切る練習くらいしとけよ、おばさん」

「おばっ!? 俺はおばさんなんて歳じゃねぇ! 頭に来たぜ、テメェはこのオータム様が直々にぶっ殺して白式はその後に頂いてやる!!」

「やれるもんなら、やってみろ!!」

 

 一夏も白式を展開し、トワイライトフィニッシャーの切っ先を巻紙礼子改めオータムに向ける。

 生憎この狭い空間では展開装甲は使えないし、リベレイターⅡも邪魔になってしまうので出していないが、長いこと剣一本で戦ってきたのだ。盾が使えないから、翼が使えないから戦えないなどという事は、ありえない。

 

「来いよ亡国機業(ファントム・タスク)……亡霊如きが、アインクラッド攻略組に噛み付いた事を、後悔させてやるぜ!!」




祭りは終わりを告げ、戦いが始まった。
白と無限と水の乙女に襲い掛かるは蜘蛛と運命と毒。
黒と閃光達を襲うは蝶と棺桶と泥棒の王。
戦士達が戦う中、蒼き雫の少女が進化へと一歩足を踏み出そうとしていた。
次回、SAO帰還者のIS「偏向射撃(フレキシブル)、貴族たる少女の新たなる一歩」
ノブレス・オブリージュを掲げし少女の、新たな始まり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十一話 「偏向射撃、貴族たる少女の新たなる一歩」

この作品、セシリアがむっちゃ強くなってますねぇ。
セッシーはどこまで行くのか……。


SAO帰還者のIS

 

第七十一話

偏向射撃(フレキシブル)、貴族たる少女の新たなる一歩」

 

 更衣室で一夏とオータムの戦いが始まった頃、校舎の方でも動きがあった。

 国際指名手配中の筈の須郷が恐らく偽名を使っているのだろうが、それでも顔を隠すこと無く堂々と1年1組の教室に客として入り、我が物顔で紅茶を飲んでいるのだから、教室に入った和人と明日奈は驚くしかない。

 

「お久しぶりですねぇ明日奈さん、相変わらずお綺麗だ」

「ええ、本当にリアルではお久しぶりですね。私が目を覚ました時にはもう、貴方は逮捕されてましたから」

「おや、婚約者に対して随分と冷たいですな」

「そのお話でしたら、貴方が逮捕された時点で白紙になっています。誰が好き好んで犯罪者の妻になりたいものですか!」

「やれやれ、聡明な貴女なら理解出来ると思っていたのですがね。こんな小僧を選ぶより、僕を選んだ方が良いという事を」

 

 一度和人に痛い目に合っているというのに、相変わらず須郷は和人を思いっきり見下していた。この自身に満ち溢れた態度、どうせ亡国機業(ファントム・タスク)という、組織クラスの後ろ盾があるからこそのものだろうが、いつになってもこの男は何か大きな名を着飾っていなければ大物ぶれないようだ。

 

「それで須郷、お前の目的は……いや、お前たちの目的は、ナツや俺、それに箒の専用機って事で良いのか?」

「ふん、お前のような小僧が僕に口を利くなどおこがましいにも程があるが、まぁ教えてやるか。組織としては確かにその通りだが、僕の目的は単純明快さ……君に奪われた婚約者を取り戻す事と、そしてその婚約者を奪った君を、この場で殺す事だ!!」

 

 次の瞬間、教室の窓が何者かによって打ち破られた。幸いにして偶然にも窓側の席に座る客は居なかったのと、クラスメートも近くに居なかったので人的被害は無かったが、入ってきたモノが最悪だ。

 

「赤目のザザ……っ!」

「Pohも……」

 

 入ってきたのは海の時と同じISを纏ったザザとPohの二人。更にその向こうにはサイレント・ゼフィルスを纏ったMの姿もある。

 

「シャルロット! ラウラ!」

「うん!」

「任せろ!」

 

 客や生徒達の事は二人に任せて、和人と明日奈、それから騒ぎを聞きつけて出てきたセシリアはそれぞれ専用機を展開する。

 

「本当は僕が小僧の相手をしようと思ってたけど、僕の専用機はまだ未完成でね。ならば君が死ぬところをじっくり見学する事にしたよ」

 

 須郷はザザに抱えられて外の地面に降ろされ、その周囲を亡国機業(ファントム・タスク)の構成員であろう黒服達に囲まれた。

 そして外に出たPoh、ザザ、Mを追って和人、明日奈、セシリアも外へ飛び出す。

 

「俺がPohの相手をする。アスナはザザを、セシリアはサイレント・ゼフィルスを頼む!」

「わかった!」

「了解しましたわ!」

 

 エリュシデータとダークリパルサーを構えた和人、ランベントライトを構えた明日菜、スターライトMK-Ⅲを構えたセシリアがそれぞれの相手へ向かっていく。

 

 

 学園校舎から少し離れた所で戦うのは、互いに同じイギリス製の第3世代機同士、ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルスだ。

 それぞれ姉妹機というだけあり、お互い同種の武装であるビット兵器、ブルーティアーズとエネルギーアンブレラによる多方向射撃と、メインアームであるスターライトMK-Ⅲとスターブレイカーによる通常射撃の応酬が始まっている。

 

「ふん、データにあったより射撃の腕は上達しているようだが、まだまだ私の足元にも及ばんな。何より……!」

「っ!? くっ!」

 

 一基のエネルギーアンブレラから放たれたレーザーは、セシリアの居る所とは全く正反対の方向に向かったのだが、その途中で折れ曲がり、セシリアに直撃する。

 

偏向射撃(フレキシブル)……」

「そう、貴様がイギリスで最もBT適正値が高かったのにも関わらず、未だに習得出来ていない偏向射撃(フレキシブル)を、私は習得している。つまり、貴様が私に勝てる道理は無いということだ!!」

 

 一斉に偏向射撃(フレキシブル)による予測不能の射撃がセシリアへ襲い掛かった。

 だが、相殺しようとブルーティアーズから放たれたレーザーをエネルギーアンブレラのレーザーが偏向する事で避けたのを、ブルーティアーズのレーザーが……折れ曲がる(・・・・・)事で直撃して相殺する。

 

「な、に……?」

「私が偏向射撃(フレキシブル)を習得出来ていないですか……いったい、いつの話をしているんですの?」

 

 次々と、ブルーティアーズから放たれたレーザーが折れ曲がり、今度はサイレント・ゼフィルスにレーザーが襲い掛かった。

 

「馬鹿な!? 貴様が偏向射撃(フレキシブル)を習得しているなど、データには無い!!」

「ですから、いつのお話ですの? それ……そもそも」

 

 今度はブルーティアーズとスターライトMK-Ⅲのレーザーが何度も折れ曲がってサイレント・ゼフィルスに直撃する。

 

「後方支援は水精霊(ウンディーネ)の特権ですわ! 苦手をいつまでもそのままにしておくなどという愚考、このセシリア・オルコットが良しとするなどとお思いですの?」

 

 確かに、セシリアは夏休み前までは偏向射撃(フレキシブル)が出来なかった。だが、夏休み中に猛特訓を重ね、英国貴族として、イギリス代表候補生としての意地に賭けて習得を果たしたのだ。

 夏休み中、一度もALOにログインする事無く、セシリアはイギリスで努力を続けてきた。社交界やコンクール、オルコット家当主としての仕事に代表候補生としての仕事、訓練以外の全ての時間をブルー・ティアーズに搭乗して過ごし、寝るのですらブルー・ティアーズに乗ったまま寝るという生活を自らに課していた。

 結果として、セシリアはISへの搭乗時間だけで言えば並の国家代表よりも多くなり、その分ブルー・ティアーズが己の身体の一部だと言えるほどに馴染んだのだ。

 セシリア・オルコットとブルー・ティアーズは常に一心同体、その絆は他のどのIS操縦者にも負けないという自負が、今のセシリアにはある。

 

「さあ共に参りましょうブルー・ティアーズ! 私達の奏でる円舞曲(ワルツ)で、世界を圧倒して差し上げましょう!!」

 

 次の瞬間だった。セシリアと、纏っているブルー・ティアーズが突如眩いばかりの光に包み込まれたのは。

 

「な、なんだっ!?」

「これは……」

【Second Sift Stand by Ready Set up】

 

 セシリアの目の前に表示された画面に映る文字は二次移行(セカンドシフト)するというもの。それはつまり、今この瞬間、ブルー・ティアーズは進化を果たそうとしているという事だ。

 

「そうですか、あなたは私と共に、どこまでも踊り続けてくださるのですわね……ならば、今度こそ本当に、参りましょう! ブルー・ティアーズ・アンダイン!!」

 

 光の中から飛び出したセシリアが纏うのは、進化して新しくなったブルー・ティアーズの姿。スターライトMK-Ⅲには変化が無いが、装甲がよりスマートに、空気抵抗を減らした作りに変わり、ビットは発射口が縦に二重となり一基につき二つのレーザーが撃てるようになった。

 更に特筆すべきなのは非固定浮遊部位(アンロックユニット)の左右外側に一基ずつ追加された新たなビット兵器だ。先端が鋭利になり、射撃型とは異なる形状をしている。まるで突撃槍のような……。

 

二次移行(セカンドシフト)だと……っ! このタイミングでか!」

「いつまでも驚いている余裕はありませんわよ!!」

 

 4基の射撃型ビット「アンディーン」から放たれた8本のレーザーの光が何重にも偏向してサイレント・ゼフィルスに襲い掛かる。

 舌打ちしながらMはレーザーを避けるものの、やはり数が多すぎて避け切れない。装甲の所々にレーザーが直撃し、エネルギーアンブレラも大半が落とされ、残った物も中破寸前だった。

 

「お行きなさい! ディープブルー!!」

 

 更に非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に残っていた新たに追加されたビット「ディープブルー」が射出され、レーザー刃を展開しながら突撃してきた。

 他のレーザーを避けながら突撃してくるディープブルーの対処をするのは流石のMでも難しかったのか、一つは避けたものの、もう一つがサイレント・ゼフィルスの左の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に突き刺さり、内部でレーザー刃のレーザーを全方位に放射し、内部破壊を引き起こす。

 爆散した左の非固定浮遊部位(アンロックユニット)を素早くパージしたMは忌々しげな表情でバイザー越しにセシリアを睨むが、当のセシリアは優雅に微笑むだけ。

 

「なるほど、認識を改めようかイギリス代表候補生セシリア・オルコット……貴様は少し力を持っただけのお嬢様だとばかり思っていたが、その実……その腹の底にあるのは戦士の魂だということを」

「光栄ですわ。本物の戦士をいつも間近で見てきて、私も鍛えられましたから……自分も戦士であろうと鍛えた甲斐があるというものでしてよ」

「だからこそ、私も本気を出させてもらおうか。この私に本気を出させたのは、貴様が3人目だ!!」

 

 エネルギーアンブレラを失って、残る武器はスターブレイカーというロングライフルとナイフのみになったというのに、Mにはまだ余裕があった。

 何故ならサイレント・ゼフィルスには亡国機業(ファントム・タスク)で奪取した後に追加・改造された武器がまだ残されているのだから。

 

「目覚めろ、スターブレイク!!」

 

 スターブレイカーの銃身が縦に割れて巨大なレーザー刃が伸びる。銃の持ち手とトリガーが付いたレーザーの剣……所謂ガンブレードとなったスターブレイカー改めスターブレイクを構えたMは、そのレーザーの切っ先をセシリアに向けた。

 

「私は元々射撃も得意だったが、それ以上に剣が得意でな……剣で貴様に負けるつもりは無い」

「あら、お生憎ですが」

 

 剣での勝負なら、セシリアとて負けるつもりは無い。

 インターセプターを展開したセシリアはALOで短剣を使う時の構えになって意識を切り替える。このインターセプターを上手く使う上で参考にしたのはALOでの自分自身。故に、このインターセプターを使う時に限って己はセシリア・オルコットではなく、水精霊(ウンディーネ)のティアとして戦うのが一番シックリ来るのだ。

 

「ふん、付け焼刃の短剣が、私に通じると思うな」

「付け焼刃かどうか、嫌というほど思い知らせて差し上げますわ」

 

 インターセプターがレーザーを纏った所で、両者同時に動き出す。イギリス製第3世代機同士の戦いは、まだまだ終わりを見せそうになかった。




ぶつかり合うは互いに細剣の担い手。
片や己が信念と守るべきものを守るための剣。
片や己が欲望と殺すための剣。
血の盟約を結びし騎士団の副団長は今、硝煙を燻らせる殺人者に裁きの閃光を放つ。
次回、SAO帰還者のIS。
「閃光VS赤目」
閃く光は栗色の残像と共にヘイゼルの瞳に映る敵を討つ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十二話 「閃光VS赤目」

ぎゃあああ携帯使えなくなった!!!

戦闘描写が一番書きやすいっすね……スランプ関係無く。
でも、まだスランプ継続しています。今回は本当に長い……日常系が全くとは言いませんが、すんごく思い浮かばなくなってしまっています。
ハイスクールD×Dやリターンが全然ネタ浮かばなくなって、困った。
この作品だって、戦闘シーン終わったら恐らくスランプ継続していれば思い浮かばなくなりそう。


SAO帰還者のIS

 

第七十二話

「閃光VS赤目」

 

 セシリアとMが戦っている頃、教室で一般生徒や来場者の避難誘導を行っていたラウラとシャルロットは丁度休憩で学園祭を見て回っていた箒、それから騒ぎを聞きつけた簪とクロエの三人と合流を果たした。

 二人から事情を聞いた箒と簪は直ぐに紅椿と打鉄・弐式を展開して避難する人達に万が一が起きないように空中から護衛を兼ねての避難誘導と、クロエの護衛を開始する。

 

「箒、すまないがハイパーセンサーを広域索敵モードにして避難客の誘導先に武装した人間が居ないか確認してくれ」

「了解した……よし、大丈夫だ。この先に危険は無いようだ」

「でも、さっきの騒ぎで一部校舎の壁が崩れそうになっている所がある……箒、クロエをお願い」

「頼む」

「簪さん、僕も一緒に行くよ」

 

 簪がクロエの護衛を箒に任せてシャルロットを抱えながら脆くなっている校舎の壁の撤去に向かった。

 残った箒とラウラはクロエの護衛をしながら避難誘導を続けているが、やはり人数が人数というだけあって思うように進まない。

 

「よう! ハーゼの嬢ちゃんにツバキ嬢ちゃん」

「お前は……クライン!?」

「師匠!」

 

 すると、三人の所に現れたのは真耶と共に避難誘導の手伝いをしていた遼太郎だった。一応、彼も一般人として避難する側の筈なのに、何をやっているのか。

 

「クラインだけじゃないぜ」

「エギルもか」

「アタシ達もね!」

「お手伝いしますよ!」

「お兄ちゃん達が戦ってるんだから、協力くらいするよ」

「リズベットさんに、シリカ、リーファも」

 

 それだけじゃない。エギルの妻と流石に避難したらしいが、シンカーとユリエールの二人も協力に駆けつけている。

 

「流石に戦えっていうのは無理だけどよ、避難誘導くらいなら俺達にも出来るからな。それに、子供達が頑張ってるのに大人の俺達がおめおめ逃げてたんじゃ男じゃねぇ!」

「ちょっとクライン、あたしとシリカとリーファは女なんだけど」

「ユリエールさんもですよリズさん!」

 

 こんな騒ぎだっていうのに、流石はSAO生還者というだけあって随分と落ち着いている。人手が足りないのもあるので、今回は彼らの協力を得る事にしたラウラは早速だが指示を出して避難誘導の振り分けを行う。

 その際、遼太郎には真耶が付いていて、何かあれば真耶が教員用にと学園祭の間持たされている訓練機へ通信を入れる事になっているので、問題は無い。

 

「後は頼む……」

 

 避難が随分とスムーズになってきたのを確認したラウラは、上空へと目を向ける。そこでは、瞬光を纏った明日奈がザザを相手に正しく閃光の如き応酬を繰り広げていた。

 

 

 学園上空では、瞬光を纏った明日奈がランベントライトを片手にザザのエストックと激しい火花を散らしていた。

 お互いに獲物は細剣であり、使用するソードスキルも同じ細剣スキル。更に付け加えるのなら、二人ともアインクラッド時代は同じスピード重視のステータス振り分けをしていた完全速度型のプレイヤーだったという事もあり、戦い方は非常によく似ている。

 

「っ!? くっ、はぁあああ!!!」

「……っ」

 

 明日奈の目にも留まらぬ突刺の嵐をザザはエストックで捌き切って逆に同じように突刺の嵐をお見舞いする。

 明日奈もザザ同様にランベントライトでエストックの刃を弾くことで捌き、隙を見てはランベントライトの刃をエストックの刃に思いっきり叩き付けて弾き飛ばそうとしていた。

 

「くっ!」

「男と、女の、力の差……わからないお前じゃ、ない」

「そうね……でも、だからこそ速度で負けるわけにはいかない!!」

 

 ここで、ザザの乗るISについて説明する。

 赤目のザザこと、本名:新川昌一が乗る専用機ハングドマンはイタリアの第2世代型ISであるテンペスタを元にして亡国機業(ファントム・タスク)が束の所から強奪した無人機ゴーレムのデータと融合させ完成した第3世代機だ。

 故に、Pohやジョニー・ブラックの機体よりも速度という点では抜きん出ており、瞬間最高速度はイタリアの第3世代機であるテンペスタⅡをも上回っている。

 その漆黒の装甲に、まるで返り血を浴びたかのような赤いペイントが施されたハングドマンという機体は、正しくザザが乗る事を前提にして作られており、赤いペイントはまるでアインクラッドで彼が手に掛けた者達の血潮なのではないかとすら思ってしまうほど。

 

「衰えた、な……アインクラッドに、居た頃の、閃光のアスナは、もっと速かった……もっと、鋭かったぞ」

 

 ザザの放ったリニアーを同じリニアーで相殺しようとして出来ず、胸の装甲を掠った明日奈を見て、ザザがそんな事を言ってきた。

 

「っ! ええ、そうでしょうね。確かに、あの頃に比べれば今のわたしは衰えたのかもしれない」

 

 明日奈だけじゃない。和人も、一夏も百合子も、あの世界で戦っていた時と比べて実力は間違いなく劣っている。

 確かにISは一歩間違えれば相手を殺しかねない物で、それに乗って戦っているとはいえど、やはりルールに則って命を掛けない戦いというのは剣士達の刃を衰えさせるのに十分だったようだ。

 無人機襲来やシュヴァルツェア・レーゲンの暴走、臨海学校の時の銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いなど、これら命懸けの実戦はあったが、その3回だけの実戦で、しかも日常的に行っているのではなく間を置いての戦いでは実戦の勘というのも鈍るのは当然だろう。事実、4人とも自分の実力が衰えたという実感があるのだから。

 

「それでも! 守るべきものが背中にある以上、わたし達は負けられない!!」

 

 ゆっくり、明日奈は右手のランベントライトを肩の高さまで持ち上げ、切っ先をザザに向けると、体を横に向けて左手を刃に添える。

 閃光のアスナ、そしてバーサク・ヒーラーのアスナが得意としている必殺の構え、この構えを取った時の明日奈は間違いなく本気の証。

 

「はぁああああああっ!!!」

「む……っ!」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に接近してきた明日奈のランベントライトによる横薙ぎを受け止めようとしたザザだったが、そのエストックの刃に明日奈はランベントライトの刃を滑らせるよにして弾いた。

 瞬間、もの凄い金属音が当たり一面に響き渡り、地上に居る者達もあまりの音に耳を塞いでしまった程だ。

 

「んぬぅっ!」

「っ!」

 

 突刺、払い、薙ぎ、様々な攻撃を放つザザに、明日奈は悉くを弾いて応戦し、カウンターのようにランベントライトにライトエフェクトの輝きを纏わせる。

 

「せぇええあああああ!!!」

 

 四発の突刺を放ち、更にその場で回転しながら遠心力を加えた五発目の突刺を出す細剣ソードスキルの一つ、ニュートロンがザザに直撃した。

 だが、ザザもやはり元々の実力だけなら攻略組クラスに届いていた程の人間というだけあり、ニュートロンの後、スキル後の硬直代わりとして設定されているISの一時的な機能低下の隙を突いて同じく細剣ソードスキルを発動する。

 

「っ! くぅっ!?」

「ふん!」

 

 突進しながらの6連撃は元々速度重視系スキルの多い細剣スキルでは珍しいパワー重視系のスキルの一つ、スピカ・キャリバーだ。

 

「きゃあ!?」

 

 最後の一撃が相当に重かったらしく、明日奈の手からランベントライトが弾き飛ばされてしまった。

 武器を失った明日奈に、トドメとばかりにザザのエストックの凶刃が向かうが……あろう事か明日奈はエストックの刃を左腕の装甲に食い込ませる事で受け止め、右手を手刀の形にして右手をライトエフェクトによって輝かせる。

 

「せぁああああ!!」

「ぬぅううっ!!」

 

 エクストラスキル体術の上位スキル、エンブレイザー。ゼロ距離から手刀を相手に突き刺すという強力な一撃はザザの乗るハングドマンの左の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に突き刺さり、スラスターの一部を破壊した。

 

「まだ!!」

 

 更に追い討ちとばかりに左手の装甲に食い込んだエストックの刃を抜くと、その左手に高速切替(ラピッドスイッチ)の要領で素早く展開した一本の細剣でソードスキルを発動する。

 

「その剣は……!」

「力を貸して、ウインドフルーレ!!」

 

 明日奈が持つ細剣、ウインドフルーレはアインクラッド攻略がまだ第1層だった頃から暫くの間、ずっとアスナが愛用してきた細剣だ。

 流石にウインドフルーレでは通用しなくなってからは鉱石に戻して、その鉱石で新しい細剣を作り、その繰り返しの果てにランベントライトが生まれたという経緯がある。

 ランベントライトとは言わば明日奈にとってウインドフルーレの子孫のようなもの。このウインドフルーレこそが、明日奈の剣士としての原点だった。

 

「これが、今のわたしよ!!」

 

 明日奈とザザ、お互いに発動したソードスキルは全く同じ、速度重視の突進系細剣ソードスキル、ヴァルキリー・ナイツ。

 速度重視の9連撃という超高速の突刺の応酬は、目にも留まらぬ速度で行われ、お互いにスキル後の一時機能低下が終わった直後に素早く動き出した。

 だが、ここで明日奈は距離を取るべきではなかったのだ。何故ならザザはエストックを持つ右手とは逆の左手に、新たな武器を出して、明日奈に向けたのだから。

 それは、誰がどう見ても判るスナイパーライフルだった。それも、L115A3という銃に詳しい者であれば誰もが顔を顰めるであろうある意味凶悪な狙撃銃。

 無音の暗殺者(サイレント・アサシン)と呼ばれるそれは、銃口が真っ直ぐ明日奈に向けられ……。

 一発の銃弾が、サウンド・サプレッサーによって小さくはなっているが確かな銃声と共に明日奈へ向かって放たれた。




激突する黒と黒。
人の命を奪った咎を、十字架を背負う二人の戦い。
片や奪った命の重みを忘れず罪を背負う覚悟を持つ剣士。
片や奪った命の重みに快楽を覚え罪の意識を持たない殺人者。
血に濡れた手に握る剣は、背負った覚悟の差によって輝くか、鈍く光るか。
次回、SAO帰還者のIS。
「人殺しの十字架」
さぁ、パーティーの始まりだぜぇ!! イッツ・ショウ・ターイム!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十三話 「人殺しの十字架」

オール戦闘回……苦労したぁ。


SAO帰還者のIS

 

第七十三話

「人殺しの十字架」

 

 黒の剣士キリトがアインクラッドでPohと遭遇したのは、実はそれほど多い訳ではない。片手で数える程しか顔を合わせていなかったが、それでも剣を交えなかった事が無いわけでもない。

 Pohは強かった。アインクラッド攻略組トッププレイヤーの一角だったキリトですら、Pohを相手には苦戦するほどで、勿論勝てないわけじゃなく、むしろキリトが苦戦しつつも確実に勝てていた。

 しかし、今この現実世界での桐ヶ谷和人は、嘗ての黒の剣士キリトであった頃よりも確実に実力が衰えている。そんな状況で、恐らくあの頃より更に実力が上がっているであろうPohに、勝てるかどうか。

 

「っ!」

「Yeah!!」

 

 ガギンッ!! という甲高い金属音と共にクロスしたエリュシデータとダークリパルサーの刃が友切り包丁(メイトチョッパー)の刃とぶつかり火花を散らした。

 片手剣と短剣、どちらが重いのかと問えば普通は片手剣だと答えるだろう。更に言うなら、和人が好んで使う剣は片手剣でありながら非常に重量の重い剣である傾向が強い。

 そんな片手剣で短剣を受け止めたというのに、押し返す事すら出来ないというのは、Pohのリアルでの筋力が和人を上回っているという事だ。

 

「どうしたぁ? 黒の剣士様の実力ってのは、こんなもんか!? あの浮遊城で俺に魅せたどす黒い殺意に満ちた剣はどこ行ったんだぁ!?」

「くっ! Poh……お前は、相変わらずか」

「Ha! 変わる必要がねぇな! リアルに帰って生温ぃ空気に汚染されるより、こうやって殺し合いしてる方がよっぽど楽しいねぇ!」

「その為に! 何の関係もない一般人を巻き込むのか!!」

「くだらねぇ。Partyにはお客さんが付きもんだろう? なら、鮮血と悲鳴と怨叉で飾るのがマナーってもんだ」

 

 横薙ぎに振るうダークリパルサーの刃を友切り包丁(メイトチョッパー)で弾かれたが、続けざまにエリュシデータの刃がPohに迫る。

 しかし、エリュシデータの刃は腕の装甲に受け止められ、しかもそのまま刃が装甲に食い込んだまま抜けなくなってしまった。

 

「シェアアア!!」

「チッ!」

 

 和人がエリュシデータから手を離して距離を取ると、Pohは腕に食い込んだままのエリュシデータを投げ捨てて再び構える。

 左手のダークリパルサーのみになったキリトだが、冷静に格納領域(バススロット)へ先日追加してもらった新しい剣を取り出して右手に構えた。

 和人の右手に現れた剣は新生ALOで使用している黒の片手剣を模した剣で、この剣は元々新生アインクラッド15層フロアボスのラストアタックボーナスでドロップしたレア武装で、銘をユナイティウォークスという。

 

「まだ足りねぇなぁ! もっとあの頃を思い出せよ! もっと殺意を持てよ! じゃねぇと思わず下をうろちょろしてる客を殺しちゃうぜぇ?」

「させるか!」

 

 斬り掛かってきたPohの斬撃をユナイティウォークスで逸らしつつ回避して、横を通り抜ける際にダークリパルサーの刃をライトエフェクトで輝かせ、一気に斬りかかる。

 更に背後から一撃、再び横を通り抜け様に一撃、最後に正面から斬り掛かる。水平4連撃のホリゾンタルスクエアがPohに直撃した。

 

「かぁっ! 良いぜぇ。昔のお前に比べれば雲泥の差だが、悪くねぇホリゾンタルスクエアだった……なら、俺もお返ししなきゃなぁ!!」

 

 友切り包丁(メイトチョッパー)の刃がライトエフェクトによって輝き、光の軌跡を残しながら和人に斬り掛かった。

 短剣の超高速9連撃ソードスキル、アクセル・レイド。短剣での斬撃系スキルでは最多にして最速のスキルだ。

 

「っ!」

 

 スキル後のISの機能低下が影響して上手く捌き切れない。重たく、そして速い斬撃は最初こそ何とか捌いたものの、6発は直撃してしまった。

 しかし、これで向こうは同じように機能低下を起こしている筈で、更に言うのなら、こちらは機能が元に戻っている。

 

「うぉおおあああああっ!!!」

「チィッ!」

 

 怒涛の連撃でPohを追い詰める。向こうに攻撃のチャンスを与えては不利になる可能性の方が高いのは確実。ならば攻められる時に攻めて、少しでも向こうのシールドエネルギーを削り、戦闘が長引くのを阻止せねばならない。

 だが、そんな和人の考えをPohは見抜いていたらしく、ローブで隠れた顔を不満気に歪ませて殺意の篭った眼差しを和人へ向けた。

 

「おい黒の剣士……まさかお前ぇ、この期に及んで俺を殺さずに倒そうなんて考えてんじゃねぇだろうな?」

「それが、どうした?」

「Ha! 温ぃ! 温すぎんぜ黒の剣士! てめぇも、白の剣士も! リアルに帰って随分と糞みてぇな空気吸いすぎて甘ちゃんになったみてぇだなぁ! そんなんじゃ血に染まった手が錆びれちまうぜぇ!?」

「っ!?」

 

 血に染まった手、そう言われて息を呑んだ。けっして忘れていたわけではない。寧ろ束のおかげで己の罪と向き合う事が出来たのだから、今更忘れる筈も無いのだが。

 この手は、この剣を握る両の手は、3人もの人間の血で汚れている。勿論、VRワールドでの事なので、実際に血に染まった事は無いが、人を殺したという意味では確かに血に染まっていると言っても間違いじゃない。

 それだけじゃない。殺した3人だけではなく、救う事が出来なかった人達……目の前で死なせてしまった大勢の人達の命を、背負っている。

 コペル、ディアベル、サチ、ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー、コーバッツ、ゴドフリー、少なくともこれだけの人の命を、和人は背負っているのだ。

 人を殺した罪、見殺しにした罪、救えなかった積み、多くの罪をその背中に背負っていて、両手の剣は、殺した人、死なせてしまった人達の血に染まっている事を、今だって忘れてなんかいない。

 

「……感謝するよ、Poh」

「あん?」

「確かに、俺の手は血塗れで、俺の背中には罪の十字架が背負われている……片時も忘れてなんかいないさ。いや、忘れようとしていたけど、忘れちゃいけないんだって、それを改めて思い知らされた」

「はん! 甘ちゃん過ぎんぜぇ。罪の十字架だぁ? んなもん背負うよりもっと殺意に身を任せて自分の罪を受け入れて楽しめよ! お前と白の剣士は、俺達の同類なんだからよぉ」

「一緒に、するな……っ!」

 

 すると、和人はダークリパルサーを格納して、別の剣を取り出した。

 それは、黒い柄にエメラルド色の刀身で出来た片手用直剣。新生ALOにおいて二刀流用にとリズベットが作成した二本目の剣で、銘をフェイトリレイターという。

 

「俺は、俺とナツは! お前達みたいな外道にはならない!! 俺達の罪は、十字架として背負って奪ってしまった命の分も、見殺しにしてしまった命の分も、救えなかった命の分まで生きる!! それが俺達の贖罪だ! 罪の意識を持たず、ただ殺す事を楽しむお前達みたいな外道とは、背負ってる物も、血に染まった手の使い方も、覚悟も! 全部違うんだ!!」

 

 それは、和人と一夏が束に見せられたSAO記録映像で改めて殺人を犯した罪と向き合って抱いた決意であり、覚悟だ。

 自分達は助けられなかった人や見殺しにした人、殺してしまった人の分も生きなければならない。例え世界中の誰もが殺人という罪を批難しようと、決して後ろを振り向かず前を向いて歩こうと、そう決めたのだ。

 

「その上で……本当にお前達を殺さなきゃならないっていうなら」

 

 法による罰を、それが一番だというのは理解しているし、楯無からもなるべくは捕らえる方向でと言われている。

 だが、もし……本当にどうしようもないという時は、それ以上を楯無が口にする事は無かったが、和人も一夏も、明日奈も百合子も、理解していた。

 

「Ho-Ho-Ho……やっと昔のお前らしい殺気が戻ってきたじゃねぇかぁ」

「例え新たな十字架を背負う事になろうと……俺はお前を倒す!」

「Yeah! なら仕切りなおそうぜぇ!! 俺とお前の、愉快で楽しいPartyをなぁ!!! イッツ・ショウ・ターイム!!!」

 

 興奮が最高潮に達したPohが瞬時加速(イグニッションブースト)で和人へ急接近してくる。

 Pohの乗るIS、ジャック・ザ・リッパーはゴーレムⅠ、ゴーレムⅢ、それから中国の第2世代型ISである(ロン)のデータを基にした機体であり、パワーと安定性、燃費という点では第3世代型ISの中でも高い水準にある機体だ。

 つまり、瞬時加速(イグニッションブースト)を使った所で消費するエネルギーは随分と抑えられているのだ。

 

「せぇあああ!!」

 

 だが、和人も負けてはいない。同じく瞬時加速(イグニッションブースト)に入り、お互いに超高速移動している中で刃をぶつけ合い、物凄い金属音と衝撃が響いた。

 

「無茶しやがる! だが、それでこそ!」

「おおおおおぁあああああああ!!!!!」

 

 ユナイティウォークスを振り下ろし、Pohがそれを友切り包丁(メイト・チョッパー)で防いだ瞬間、真横からフェイトリレイターの刃が友切り包丁(メイト・チョッパー)の刃に叩き付けられた。

 舌打ちしながらもPohは痺れた右手ではなく左手に友切り包丁(メイト・チョッパー)を持ち替えて和人の首目掛けて刃を一千する。

 

「っ! ぜらぁ!!」

 

 その刃を逆手に持ち替えたユナイティウォークスの刃で防ぎ、そのまま刃の上を滑らせて斬撃の軌道を逸らす。

 流石に斬り掛かった時の勢いそのままに受け流され前のめりになってしまうPohに、和人はフェイトリレイターで袈裟に斬り掛かり、順手に持ち替えたユナイティウォークスの刃を振り上げてPohの下顎へ直撃させた。

 

「ぐごっ!?」

「っ! 今だ!!」

 

 Pohの意識が一瞬飛んだその隙を、和人は見逃さなかった。両手の刃をライトエフェクトによって水色の輝きを纏わせる。

 

「スターバースト……ストリーム!!」

 

 リアルでは、恐らく使うのはこれが初めてだろう。ユニークスキル二刀流が上位ソードスキルにして、黒の剣士キリトの代名詞となった超高速16連撃の剣技。

 星穿つ剣嵐が、狂気の殺人者へと迫る。自身へと迫りくる刃を眺める殺人者は、その口元を恐怖ではなく、愉悦に歪めていた。




愛する白の下へ駆けつけようとする無限に迫るは姑息な毒の刃。
殺人快楽に呑まれた毒剣と交わる無限の槍。
今ここに、アインクラッド最強が認める真の最強が毒を穿つ。
次回、SAO帰還者のIS。
「無限槍のユリコ」
静かなる少女が魅せる無限の槍舞、ここに。


あ、クイーンズ・ナイトソードとリメインズハートはキャリバー編でキリトが使っていた二本の剣です。
あれ、名前が公式発表されてなかったのでオリジナルで適当に付けてみました。
クイーンズ・ナイトソードが黒い方、緑色の刀身のがリメインズハートです。

修正入れました。てか、ALOで使ってるキリトの剣の名称が判明した……というか、ロスト・ソングで判明したのでそっちに切り替えます。
黒い方がユナイティウォークス、緑色の刀身の方がフェイトリレイターです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十四話 「無限槍のユリコ」

勝手な想像ですが、ラフコフ三人の中でジョニー・ブラックが最弱。


SAO帰還者のIS

 

第七十四話

「無限槍のユリコ」

 

 百合子は楯無の手伝いという形で生徒会の出し物に裏方として参加していた。

 生徒会の出し物は楯無と虚、本音の三人で抽選会をやるらしく、事前に販売していた抽選くじを購入した生徒が講堂に集まっているのをステージ裏から眺めつつ、いつでも動けるように周囲への警戒を怠らない。

 そして、ついにステージ上に居る虚から合図があり、百合子と楯無は直ぐに動き出した。楯無は一夏の方へ向かい、百合子は先ほどから感じられる殺気の方へ。

 

「……居るんでしょ」

 

 やってきたのは舞台袖から地下へ向かう為の通路、その一角で立ち止まった百合子は槍陣を展開して右手に握ったルー・セタンタの穂先を曲がり角に向ける。

 そこから現れるのはいつかのISを纏った一人の男の姿。頭巾を被っているので、顔こそ判らないが、その頭巾を被った姿は百合子にとっては見慣れたもの。

 

「ジョニー・ブラック……」

「へへ、なんだ無限の小娘かよ。俺的には黒の剣士とか閃光とやりたかったんだがなぁ」

「お生憎様……誰が相手でも、あなたに勝ち目は無い」

 

 ジョニー・ブラック、実力こそPohやザザに劣るが、それでも攻略組の人間を殺せるだけの実力を持ち合わせていた暗殺者タイプの男だ。

 小柄な体格を生かした小回りと瞬発力の利いた戦闘は、メインアームである短剣と相まって厄介だと和人本人に言わしめるほど。

 

「舐めた口利くじゃねぇか。知ってるんだぜ? お前達はリアルの腐った空気吸いすぎて腕を錆らせてるってな。海で閃光とお前の二人掛かりで俺を倒せなかったのが良い証拠だ」

「……」

「それに……人を殺した事も無ぇ小娘に、俺が負けるわけねぇだろぉ!」

 

 海でも見たウイルスを仕込んだ短剣を右手に、それとは別の……恐らくソードスキル用であろう短剣を左手に、短剣の二刀流で斬り掛かって来たジョニー・ブラックを、百合子は何処か冷めた目で見つめながらルー・セタンタを一閃する。

 その一撃を小回りの利いた動きで潜り抜けたジョニー・ブラックは一気に百合子の懐へ飛び込み、右手の短剣でウイルスを仕込もうと斬り込もうとしたのだが……。

 

「忘れた? 私、“無限槍”のユリコだって」

 

 左手に握られた短槍ヴェガルダ・ボウが短剣の一撃を防ぎ、二撃目として来た左手の短剣をルー・セタンタで受け止める。

 いや、それだけではない。よくみれば百合子は両手に持つ二本の槍だけではなく、大量のヴェガルダ・ボウを戦場となった通路の辺り一帯の床、壁、天井に突き刺すように展開しているのだ。

 

「あなたと遊んでる暇は、無い……ナツの所に行くんだから、邪魔しないで」

 

 百合子が持つ二本と、周囲にある全ての槍が同時にライトエフェクトを纏った。周囲で輝き出す槍に流石のジョニー・ブラックも冷や汗を流してしまうのも無理は無いだろうか。

 

「一つ、教えてあげる……こういう閉鎖空間では、私の無限槍はキリトお義兄さんの二刀流よりも、強い」

 

 次の瞬間、ジョニー・ブラックの眼前に紅い槍の穂先が飛び込んできた。何とかギリギリ頭をずらす事で避けたものの、頬を掠ったようでパックリと切れた頬から血が流れる。

 だが、そこで安心して良いわけではない。何故なら続けざまに黄色い槍の穂先が眼前に迫っていたのだから。

 

「あっぶねぇ!?」

「まだ」

 

 両手の槍を投擲した百合子はすかさず手近な槍を引き抜いては投擲を繰り返した。ジャイロ回転しながら投擲される槍は、直撃すれば間違いなく大ダメージを受けるであろう。

 これこそ無限槍のソードスキルの一つ、アンリミテッド・シェイバー。槍にジャイロ回転を掛けながら次々と投擲する貫通力重視のソードスキルだ。

 この通路という狭い空間で、次の槍を直ぐに手に取れる状況は正しく無限槍の独壇場、途切れる事無く襲い掛かる槍は相手に恐怖心を植え付ける。

 更に言うなら、短剣はそのリーチの短さと軽さから投擲された槍を弾くには向かない。つまり、ジョニー・ブラックは飛来する槍全てを避けなければならないわけで、当然だがジョニー・ブラックでも全てを回避するのは不可能だった。

 

「く、くそ……っ」

 

 ジョニー・ブラックの乗るIS、ポイズンはオーストラリアの第2世代型ISオーシャンズ・マリッジのデータを基にしているので小回りが利く機体だが、この狭い空間では小回りが利く程度、無限槍相手に通用しない。

 

「休んでて良いの?」

「なっ!?」

 

 再び、周囲全ての槍がライトエフェクトによって輝く。

 慌ててジョニー・ブラックは左の短剣をライトエフェクトによって輝かせて百合子へ突っ込んだ。オイズンの特性は小回りの良さと瞬発力、その瞬発力は百合子の槍陣よりも上だ。

 

「っ!」

「遅ぇ!」

 

 ジョニー・ブラックお得意の短剣ソードスキル、アーマー・ピアス。百合子の胸の装甲の端、つまりISスーツに包まれた生身との境へ鋭い突刺が叩き込まれた。

 

「ぐっ!? でもっ!!」

 

 絶対防御が発動してシールドエネルギーを大幅に削ってしまったが、この至近距離まで近づいたのはジョニー・ブラックの失策だ。

 ジョニー・ブラックの腹に一発蹴りを入れて引き剥がすと、そのまま弾き飛ばされたジョニー・ブラックへ両手の短槍を持って突進する。

 両手の槍をポイズンの非固定浮遊部位(アンロックユニット)へ突き刺したまま手放し、後方まで突っ走ると、そのまま近場の槍を拾い上げて振り返り様に再び突進、再度突き刺しては別の槍で突進を繰り返す。これこそが無限槍のソードスキルの一つ、エタニティ・ホラーだ。

 

「最後……っ!」

 

 最後に突き刺す槍、他の黄色い短槍ヴェガルダ・ボウではなく、愛用の紅い長槍ルー・セタンタを確実に絶対防御が発動するジョニー・ブラックの腹部……装甲の無い部分に突き出した。

 穂先は絶対防御に阻まれて突き刺さる事は無かったが、派手に吹き飛んだジョニー・ブラックは突き刺さったままの槍を散らばしながら壁に激突する。

 

「そういえば、これは非公式だったから、当時はアスナ様しか知らなかったけど……私、模擬戦で一回だけ団長に勝った事があるの」

「け、血盟騎士団のヒースクリフに、だと!?」

 

 あれは、無限槍を取得したばかりの頃の話だ。当時、血盟騎士団の模擬デュエルに珍しくヒースクリフが顔を出して、ユニークスキル取得したばかりというユリコに模擬戦を申し出たのだ。

 結果としてユリコはヒースクリフの神聖剣を突破して、初撃決着デュエルに勝利したのである。

 

「団長の絶対的防御を誇った神聖剣すら突破した無限槍を、あなたに抑えるのは不可能」

「チッ」

 

 例え槍術としての腕前は錆付いていようと、そもそも無限槍の戦い方とは槍の腕前による勝負ではなく、圧倒的な槍の数による数の暴力での勝負だ。そこに腕が錆付いているかどうかなど関係無い。

 ならばとジョニー・ブラックは槍を奪えばと思い、近くにあった槍を拾い上げて構えようとしたのだが、その槍が突如消えて百合子の手に納まる。

 

「無駄、クイック・チェンジのスキルはISでも再現出来る」

 

 クイック・チェンジは無限槍を使用する上で必須のスキルだ。当然だが百合子の槍陣にはクイック・チェンジのスキルを再現するシステムが存在しており、シャルロットに教わった瞬間切替(ラピッド・スイッチ)と合わせて重宝している。

 更に、百合子は瞬間切替(ラピッド・スイッチ)とクイック・チェンジを合わせたIS専用オリジナルスキルとして瞬間交換(ラピッド・チェンジ)という技も編み出しているので、武器の持ち替え速度は……。

 

「一瞬で、だと……」

 

 一切のタイムラグ無しに周囲の槍と手持ちの槍の持ち替えが可能となった。

 この瞬間交換(ラピッド・チェンジ)を応用すれば臨海学校の時は不可能だった海上や空中でも無限槍を使用可能になる。

 無限槍の使用可能空間が限られていたこれまでの弱点を百合子は夏休みの間に改善し、より一層の力を手に入れたのだ。

 

「チィッ、こりゃ分が悪すぎるぜ……出直すか」

「逃がすと、思う?」

「へっ! 逃げるんじゃねぇ! てめぇは、俺が必ず殺すって決めたからな! 今日は出直して確実に殺す準備を整えるだけだ!」

「そう……」

 

 次の瞬間、ライトエフェクトを纏った紅い槍がジョニー・ブラックに飛来し、直撃と同時に大爆発する。

 百合子のオリジナルソードスキル、クレーティネによる投擲槍は、破壊力だけで言えば間違いなく槍スキル最強。その一撃を受けたのだから、確実にジョニー・ブラックのポイズンはシールドエネルギーを失ったか、あるいは大幅に減った筈だ。

 

「……いない」

 

 煙が晴れて爆心地を確認した百合子は、そこにジョニー・ブラックの姿が無く、ルー・セタンタだけが転がっているのを見て、逃げられたのを確信した。

 恐らくだがポイズンはシールドエネルギーを失ったのだろう。故にジョニー・ブラックは走って逃げ、そのまま姿を隠したのだ。

 

「後は、更識の人の仕事、かな」

 

 逃げられてしまったのなら仕方が無いと、百合子は一夏が居るであろう更衣室を目指す。既に楯無が合流して、戦闘は終わっているかもしれないが、それでも恋人の近くへ行きたかった。

 

「……ジョニー・ブラック」

 

 次は、確実に殺しに来るであろうアインクラッド時代からの因縁ある男を思い出しながら、百合子は槍陣を待機モードにした後、生身用のルー・セタンタを取り出して歩き出す。

 

「次は、絶対に逃がさない……万が一の時は、もう躊躇わないから」

 

 人殺しの咎を、和人と一夏だけに背負わせるつもりはない。だから次にジョニー・ブラックと相対した時、その時は……。

 

「その時は……殺す事も厭わない」




白の剣閃き蜘蛛を斬る。
剣士と鎧の絆断ち切る機械は白の剣士には届かない。
追い詰められた亡国の蜘蛛は己が無知を思い知ることとなった。
次回、SAO帰還者のIS
「白の剣が断ち斬るは蜘蛛の糸」
白と水の舞が蜘蛛を散らす。

あとがきの次回予告すら思い浮かばなくなった私です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十五話 「白の剣が断ち斬るは蜘蛛の糸」

仕事、出張になるかも……。


SAO帰還者のIS

 

第七十五話

「白の剣が断ち斬るは蜘蛛の糸」

 

 講堂下の薄暗い地下更衣室では白式・聖月を纏った一夏と、アラクネを纏ったオータムが対峙していた。

 トワイライトフィニッシャーを片手に構えた一夏はカタールを両腕とアラクネの装甲脚でもある8本の腕に握るオータムの実力を凡そだが計っている。

 IS操縦技術こそ不明だが、近接戦闘技能は間違いなく自分の方が上で、オータム自身に目立った技術が無いのは構えからして判るものだ。

 一言で言えば戦場で鍛え上げた剣、武術といった技術を鍛え上げた剣ではなく、戦場で我武者羅に剣を振るい続けて身に付いた剣といったところか。

 

「なんだ、腕が10本もあるってのに、随分と冷静だな」

「たかが10本腕がある程度で今更驚いたりしないさ……アインクラッドでは6本腕の敵とだって戦ったんだからな」

「はっ! これだから現実とゲームをごっちゃにするガキは駄目なんだよ! 言っとくがな、オレはテメェが今まで相手してきた奴とは訳が違う。ゲームと現実をごっちゃに考えているようじゃ、勝てる相手じゃねぇってことをその身に刻みな!!」

 

 アラクネの腕が、その手に握られたカタールの刃が迫る。

 だが、一夏は冷静にそれを見つめると、1撃目と2撃目を避けて不意にトワイライトフィニッシャーの刃を一閃、二閃。

 3撃目と4撃目を弾くと、そのまま弾いた勢いで構えを強引に作り出してトワイライトフィニッシャーにライトエフェクトを纏わせた。

 

「はぁあああああああ!!!!」

「な、にぃっ!?」

 

 発動したソードスキルは、6連撃のカウンター系ソードスキル、カーネージ・アライアンスだった。

 迫りくる刃一本一本に対してカウンターの如くトワイライトフィニッシャーの刃をぶつけ、逆にカタールを破壊してしまう。

 オータムの手に残ったカタールは最初の避けた二本と、弾いた二本の計四本のみになってしまい、他の6本は根元から刃が叩き折られてしまって使い物にならなくなってしまった。

 

「チィッ!」

 

 だが、オータムとてプロだ。直ぐに折れたカタール全てを投げ捨てて武器を失った六本の腕と、無事だったカタールを収納した二本の腕を装甲脚として機能させ、そこに装備されていたエネルギー砲の砲門を開くと、その砲口を一夏へ向ける。

 それを察知した一夏は一旦オータムから距離を取り、狭い更衣室内を動き回りロッカーを壊しながら盾とした。

 

「甘ぇ!!」

 

 オータムは壊れたロッカーが道を塞ぐのを構わず、寧ろ自分からロッカーに体当たりする勢いで動き、ロッカーを弾き飛ばしながら一夏を追いかけた。

 邪魔なロッカーを二本のカタールで斬り飛ばし、逃げ回る一夏目掛けて八本の装甲脚から放たれるエネルギー砲で狙い撃ちして追い詰めているのだが、エネルギー砲は中々当たらず、寧ろ障害物を増やしてしまってイライラしてくる。

 

「テメェ! 逃げてばかりかよ!! 所詮はゲーマーなんざその程度ってかぁ!?」

「そうだな、いつまでも逃げていたって仕方が無い……なら、さっさと決めさせてもらうか!!」

 

 そう言うと、一夏は狭いからと使わずにいた全身の展開装甲を全てオープン、青い余剰エネルギーを放出しながら散らばるロッカーを物ともせず更に加速した。

 あまりの加速によって、一夏の身体に衝突したロッカーは天井高くまで舞い上げられ、オータムの視界の向こうに居る一夏をエネルギー砲で狙い撃とうにも落下するロッカーが邪魔で撃てなくなる。

 しかし、一夏の狙いはロッカーを盾にする事ではなく、ただオータムの視界を悪くして攻撃の手を休める事だったのだ。

 

「うぉおおおおおああああああああああっ!!!」

 

 オータムの視界の向こう、落下する沢山のロッカーの向こうで、一夏がトワイライトフィニッシャーを突刺の構えにしたままライトエフェクトによって輝かせていた。

 紅い光芒と共に一夏の咆哮とジェットエンジンの如き爆音が響き渡り、オータムの耳が狭い空間に響き渡った大音量で一時的に使い物にならなくなる。

 次の瞬間、一夏は青い余剰エネルギーの光の残像と共に瞬時加速(イグニッションブースト)を併用したヴォーパルストライクを使用して跳ね上げて落下してくるロッカーをぶち抜きながらオータムへと一気に突進してきて、そのまま胴体へトワイライトフィニッシャーの切っ先を叩き込んだ。

 

「グッ!? あああああああああああ!?」

 

 馬鹿みたいな速度で突進してきた重量物が剣の切っ先という狭いポイントへその全ての力を注ぎ込むというのは相当なもので、直撃したオータムはまるで剣が本当に胴体を貫いたのではないかと思う程の衝撃と激痛にのた打ち回る。

 実際は装甲こそ貫いているものの、絶対防御のお陰で装甲の下の生身には一切の傷は無いのだが、それでも痛覚自体は存在する訳で、オータムはその激痛により反撃すら忘れてしまった。

 

「たかがゲームと侮るからそうなるんだ……こっちは剣一本で2年間生き抜いてきたんだ。お前みたいな男を見下して、男が自分より強いわけがないと思っているような奴に、負けるつもりはない」

 

 一夏の言葉は、正しかった。

 これまでオータムは女尊男卑の考えに染まっていて、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)ですら素人にしてはそれなりだが、所詮は男で、しかもゲーム如きで2年間眠っていた落伍者なのだから、確実に自分より下だと見下していたのだ。

 だが、実際のところ、彼女の上司であるスコールから見ればオータムよりもPohとザザの方が強いと判断しているし、ジョニー・ブラックはオータムと同等だろうと見ている。

 

「クソッ! クソッ!! クソがっ!! ふざけんなよ糞ガキィ!!」

 

 ようやく痛みが引いたのか、オータムは憎悪に染まった目で一夏をにらみ付けながら、振り返り様に蜘蛛の糸のような粘着性のある網らしき武装を放ってきた。

 だが、その蜘蛛の糸は一夏の右手に握られたトワイライトフィニッシャーと、左手に瞬間切替(ラピッド・スイッチ)の要領で展開された刀身から鍔元、柄まで全てが真っ白な片手用直剣によって断ち斬られてしまう。

 

「何っ!? 織斑一夏が二刀流を使うなんざ聞いてねぇぞ!!」

「ああ、それは間違いないぜ。俺は二刀流をソードスキルとしては使えない……が、別に剣2本使う程度なら二刀流ソードスキル使えなくても問題無いだろ?」

 

 一夏が左手に展開した剣は、先日レクト社に注文して作ってもらった剣で、新生ALOで使用している工匠リズベット作、純白の片手用直剣ブレイブハートだ。

 その形状はダークリパルサーに似ているものの、鍔元の所はトワイライトフィニッシャーに似ていて、まるでダークリパルサーとトワイライトフィニッシャーのデータが混濁して生まれたような剣だと、仲間内で笑っていたものだったりする。

 

「とは言っても、俺はキリトさんや箒みたいに器用じゃないから、長々と二刀を使うのには向いてないんだがな」

「チィッ!」

「あ、それと……」

「今度は何だ!」

「後ろ、気を付けた方が良いぜ? 何せ、とっても強いお姉さんが素敵な笑顔を浮かべてるから」

「は……?」

 

 いったい何を言っているのかと怪訝そうな表情をしたオータムが後ろを振り向くと、そこには水色の髪の美少女が扇子を片手に水色の装甲と水のヴェールが美しいISを身に纏って笑みを浮かべていた。

 

「はぁい♪」

「なっ!? ガッ!?!?」

 

 オータムの後ろに立っていた人物……更識楯無が、その手に持っていた蒼流旋の強烈な突刺がオータムの喉元に突き刺さった。

 勿論、絶対防御が発動しているので実際には刺さっておらず、皮膚の手前でシールドによって防がれているものの、喉への衝撃はそのまま直撃している。更に、蒼流旋から放たれたガトリングの弾丸が顔面を直撃し、同じく絶対防御によって無傷で済んでいるものの、至近距離でガトリングの弾丸が顔面に連射で直撃する衝撃にオータムの意識が飛びそうになってしまう。

 

「一夏君! 今よ!!」

「せぇああああっ!!」

 

 楯無が蒼流旋でオータムの両手のカタールを弾き飛ばして手放させた所で一夏がブレイブハートで装甲脚二本を切断、同時にトワイライトフィニッシャーで発動したソードスキル、シャープネイルで三本を破壊、残る三本は楯無が潰した。

 

「クッ……チクショウ!!」

「残念ね亡国機業(ファントム・タスク)さん、先入観で相手の力量を決め付けている内は、まだまだ3流よ?」

「クソッタレが! この貸しはデケェぞ! 覚えてやがれ!!」

 

 そう叫んだオータムがアラクネのコアだけを持って身体が飛び出した。乗り手とコアを失ったアラクネ本体は膨大なエネルギーが内部で膨れ上がり、今まさに自爆しようとしている。

 

「一夏君は彼女を! 私は自爆の被害が起きないように水で抑え込むわ!!」

「はい!!」

 

 楯無がアクアヴェールの水を使ってアラクネ本体を包み込むのと同時に、逃げ出したオータムを追って一夏は更衣室を出た。

 どちらに逃げたのかと探してみれば、視界の先にオータムの後姿があり、黒服の男達と共に逃亡しようとしている様子がハイパーセンサーで察知出来る。

 

「逃がすか!!」

 

 追いかけようとした一夏だったが、スラスターを吹かそうとした瞬間、ハイパーセンサーが新手の敵を察知した為、その場から立ち退くと、マシンガンらしき銃弾が一夏の居た場所を抉る。

 

「お前は……」

「織斑、一夏……貴方を、殺します」

 

 目の前に現れたのはイタリア製の第2世代型量産ISテンペスタに乗る幼女、以前一夏と百合子の前に現れて銃口を向けてきたKだった。

 

「K、だったか?」

「……問答をするつもりは、ありません」

「お前には、聞きたい事があったからな……悪いけど、幼子だろうと気絶してもらうが、文句言うなよ!」

 

 ブレイブハートを格納して、代わりにリベレイターⅡを展開。残りのシールドエネルギーを考えて全身の展開装甲をスラスター以外全てOFFにしてトワイライトフィニッシャーを構えた。

 

「白式……一撃だけだ。一撃だけ、アレを使う」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):神聖剣、発動】

 

 白式と、一夏が黄金の光に包まれ、トワイライトフィニッシャーの刀身が真紅のライトエフェクトを纏った。

 同時に、Kの両手にあるマシンガンが火を噴き、無数の弾丸が一夏に迫るも、リベレイターⅡで受け止めながらバックステップで一度後ろに下がり、そのままリベレイターⅡを前面に押し出したまま一気に突進する。

 

「せぁああああああっ!!!」

「なっ!?」

 

 突進したまま、リベレイターⅡの影から突き出された強烈な突刺がKの胸に直撃する。

 神聖剣のソードスキル、ユニコーン・チャージは神聖剣の基本スキルではあるが、ユニークスキルである以上、その一撃は並のソードスキルの基本の比ではない。

 

「う、ぐぅううううう!?」

「眠れ……」

 

 リベレイターⅡを投げ捨てながら至近距離まで詰め寄った一夏は、Kの鳩尾に一発、拳を入れてKを気絶させる。

 オータムにはこれで逃げられてしまったが、一先ずはこのKという少女だけでも確保出来たので、これで楯無に納得してもらう事にしようと、楯無への引渡しを考えた一夏だった。

 しかし、テンペスタを解除して一夏の腕の中で眠るKのあどけない寝顔を見た時、ふと胸の内によく分からない感情が芽生えた気がしたのだが、それに一夏が気づくには、もう少しだけ時間が必要だった。

 

「……んぅ、パ……パ……」




あとがきの次回予告風、思い浮かばなくなりました。
なので、暫く次回予告はおやすみします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十六話 「戦いの後夜祭」

セシリア、キリト、アスナの戦いの結果を描写しなかったのはあえてです。
後で描写する予定です。


SAO帰還者のIS

 

第七十六話

「戦いの後夜祭」

 

 学園祭の戦いが終わった。学園の教師陣は亡国機業(ファントム・タスク)が撤退した後、戦後調査をして今回の被害について報告書を纏め上げて千冬と学園長、それから生徒会長である楯無へと提出した。

 現在、学園長室に集まった千冬と楯無、それから学園の真の支配者である轡木十蔵は読んでいた資料から目を上げ、それから空間投影したモニターに映る被害状況へ視線を移す。

 

「校舎自体の損壊は軽微、織斑と宍戸が交戦した地下も2週間あれば修理可能か……」

「人的被害は一般生徒に軽傷者10名、一般来場者及び重役来場者への被害は無し。これは奇跡ですね」

 

 千冬と楯無の言葉の通りだとすれば、学園としての被害は然程大きくはないという事になるが、問題は学園所属の専用機持ちだ。

 

「オルコットさんと二次移行(セカンドシフト)したブルー・ティアーズ・アンダインは殆ど無傷ですが、結城さんは専用機が中破の上、本人が左肋骨に罅、桐ヶ谷君は右腕の骨折と左肩の脱臼、専用機の大破……敵こそ退けられましたが、これは痛いですね」

 

 轡木の言う通り、モニターには医務室で治療を受けている二人の姿と、整備室のハンガーに掛けられた黒鐡及び瞬光が映っている。

 

「幸い、二機とも修理は可能でしたので、篠ノ之博士が主体となって修理作業が始まっています。博士の見立てでは2週間もあれば完全に修理が完了するとの事ですね」

「そうですか……織斑先生、弟さんの方で保護した少女の様子は如何ですかな?」

「今はまだ全身を拘束した上に薬で眠らせています。使用していたテンペスタと所持していた武装全てを没収しているので、逃げ出す心配は無いと判断し、意識が回復後に事情聴取を行うつもりです……それと、校医の調査で判明した件が一つ」

 

 モニターが切り替わり、3つのDNAグラフが表示される。そのグラフにはそれぞれ束の名前と一夏の名前、それからKの名前が書かれていた。

 

「校医の話によれば、このKと呼ばれる少女のDNAの遺伝子配列、全体の50%が一夏と、残りの50%が束と一致したそうです」

「先生、それってあの子は一夏君と博士の子供って事ですか?」

「普通に考えれば体外受精で生まれた二人の子供だと思えるが……実際は違った」

 

 校医の診察と、束の調査の結果判明したのは、Kが一夏と束の子供なのではなく、別の存在だという事だった。

 

「このKという少女は……一夏と束の遺伝子を組み合わせて作られた合成クローンらしい」

「合成……」

「クローンですか」

「それも、束が言うには見た目通りの年齢ではないとの話ですね」

「それって……」

「そこからは私が説明するよー!」

 

 楯無が何かを言う前に、天井の一部が開いて、そこから束が降りてきた。紺を基調としたスーツに白衣を身に纏い、頭にはいつものウサ耳を付けている姿は非常にシュールだ。

 

「はぁ……まぁいい、束、説明しろ」

「ほいほ~い! このKという少女は生まれてまだ2~3年って所みたいだよ~!」

「2~3年? しかし博士、この少女は見た目で言えば5~6歳ほど」

 

 轡木の疑問に対して、束は一つのモニターを表示して見せる。

 

「見ての通り、この子の遺伝子は若干だけど負荷が掛けられた痕跡があるんだよ。恐らくだけど強引に成長を早めたんだろうねぇ」

「成長を早めるって、そんなこと可能なんですか?」

「おやおや? 暗部の更識でもそこまで掴んでいないんだ? なら説明しよう!」

 

 どこから取り出したのか、束はホワイトボードにマジックペンで細胞らしき絵と、人間の赤子の絵、それから幼子の絵など様々な絵を描いていった。

 

「じゃあまず、どうやって成長を早めたのかという疑問だけど……まず、外部からヘイフリック限界を操作して、細胞死の促進をしたんだね。それによって新生細胞を活性化して、尚且つテロメアの強制リライトで成長促進を何度も繰り返せば1年くらいで赤子を小学生くらいまで成長させる事が可能なんだ。それを更に2~3年繰り返せば理論上では成人くらいまで成長させられるけど、それは流石に技術的に無理。ただでさえ強制成長促進技術だから、下手したら細胞が耐え切れず崩壊する可能性もあるから、たぶんこの子もそれが理由でこのくらいの成長で自然成長に切り替えたんだろうねぇ」

 

 技術上の限界年齢まで成長させるのはデメリットが大きいので、その手前で強制成長から自然成長へと切り替えたという事だ。

 

「たぶん、あの子……生まれて1年くらいで今言った操作を受けたんじゃないかな? 流石に新生児には厳しい技術だし、生まれてから1年くらい経てば行使しても問題が少ないから」

 

 倫理上の問題は別にして、と束が呟いた。それにはこの場の全員が同意する。

 

「あ、因みにだけど、束さん単体でクローンを作らなかったのは、多分だけど私の細胞があまりにオーバースペック過ぎて唯でさえ難しいヒトクローン作成で、完璧なクローニングが出来なかったからなんだと思うよ」

 

 そこで考えたのが、女である束の細胞に男の細胞を加える事で、擬似的な人工授精のようなクローニングを行う事なのだろう。

 だが、普通の男では束のオーバースペックな細胞に負けてしまうのは明白、ならばと目を付けられたのが、束と同等クラスの身体能力を持つブリュンヒルデ、その弟である一夏の細胞なのだ。

 

「私の細胞は実家に行けば手に入るし、いっくんの細胞は第2回モンド・グロッソの時いっくんが誘拐された時に入手した物かな」

 

 束の細胞に関しては実家だけではなく、過去に何度か占拠された事のある隠れ家がいくつかあるので、そこで入手した可能性もありえる。

 とにかく、そうして手に入れた束と一夏の細胞を使ってクローニングされたのが、あのKという少女なのだ。

 

「今後、彼女の身柄はどうするのですか?」

 

 轡木の問いに返って来た意見は、日本政府もしくはIS委員会への引渡し、もしくは学園内での保護だ。

 

「引渡しはやめた方が良いかなぁ。何せ半分とはいえ、この天災束さんのクローンでもあるんだから、確実に人体実験に使われるか、量産の研究に使われると思うよ」

「ならば、学園での保護か……だが、誰が世話をする?」

「あ、織斑先生……それでしたら一夏君と百合子ちゃんにお世話させてはどうでしょう?」

「何?」

「実は、あの子が運び込まれてからずっと、二人が看病しているんです」

 

 命を狙われたのにも関わらず、その命を狙ってきた相手の看病をするというのは、随分と肝が据わっているのか、それともただの鈍感なのか……恐らく両方だろう。

 

 

 所変わってIS学園の医務室、そのベッドの上にはKが眠っていて、そのベッドサイドでは一夏と百合子が椅子に座って眠っている少女の寝顔を見つめていた。

 

「束さんから、聞いたんだ……」

「ん……?」

「この子、俺と束さんの遺伝子を組み合わせた合成クローンなんだとさ」

「クローン……」

「ああ、確かにクローンだって言われれば俺や束さんに似ているのにも納得出来るよな」

 

 Kの寝顔を見ていると、なるほど一夏や束に似通っている点が多々見受けられる。黒い髪は一夏譲りだろうか、垂れ目なのは束だろう、それ以外にも口元や輪郭、色々な所が二人に似ていた。

 

「どうなるのかな……この子」

「多分、亡国機業(ファントム・タスク)の人間って事で尋問を受ける事にはなると思うけど……その後だよな」

 

 千冬が考えているプランとして聞いたのは二通り。一つは尋問後に国際IS委員会へと身柄を預けるというもの、もう一つはIS学園内で保護するというものだ。

 

「正直、IS委員会に預けるのは、反対だな」

「良くて委員会で教育を受けて直属のIS操縦者として使われるか、最悪は人体実験?」

「ああ、何せこの子は世界で二人しか居ない男性IS操縦者の片割れと、天災・篠ノ之束の遺伝子を持っているんだからな」

 

 IS委員会や各国政府の人間にとって、これほど上質な実験材料は中々無いだろう。織斑一夏と篠ノ之束の遺伝子を持つクローンなど、研究材料として特級の価値を持つのだから。

 

「この子はさ……眠りながら無意識に『パパ』って呟いたんだ」

「クローン故に、親の愛情を知らない?」

「温もりもな……だから、俺が抱き上げた時に無意識に求めたんじゃないかな、親ってのを」

 

 クローンとはいえ、一夏の遺伝子を半分受け継いだという時点でクローンというよりは娘に近い存在だ。

 ならば、この先どうするのか、そんなものKを抱き上げた時から、パパと呟く少女の寝顔を見た時から、一夏の中では既に決まっている。

 

「俺が、この子の面倒を見ようと思うんだ……出来れば、父親役として」

「そう……なら、私は母親役だね」

 

 まるで和人と明日奈、そしてその娘であるユイみたいだと笑い合う。

 いつの間にか、Kの小さな手を下から一夏が、上から百合子がそっと握り締めていて、眠り続けている少女が無意識に握り返していたのに、気がついた。

 

「名前、考えないとな」

「うん」

「守るべきものが、増えたよ」

「私も、同じ」

 

 少女が目を覚ましたら、きっと最初警戒されるだろう。だから、父親として、母親として、目一杯の愛情を与えよう、沢山の事を教えて、亡国機業(ファントム・タスク)の構成員“K”としてではなく、クローンとしてではなく、一人の普通の少女として生きていけるよう、育てていこうと、そう決めた。

 

「きっと、この子はこれから|亡国機業にすら狙われるだろうな……俺は、もっと強くならないといけない」

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)……?」

「ああ、キリトさんとアスナさんが、負けこそしなかったけど、大怪我を負ったらしいからな。今の俺じゃ、奴等に勝てないかもしれない」

 

 臨海学校の時は二次移行(セカンドシフト)した事で意表を突いたに過ぎない。まともに戦えば恐らく負けるのは一夏だ。

 

「でも、守るものがある白の剣士に、負けは無い……どんな相手だろうと、どんな不可能な状況だろうと、守るべきものを背にした白の剣士はいつだって不可能を可能にしてきた」

「その通りだ……だから、その不可能を可能にする為に、俺はもっと強くなるよ」

 

 愛する恋人と、そして今この手に握り締める小さな手を、守る為に。一夏は更なるレベルアップを決意するのだった。




Kの正体、ついに判明。
彼女が後の夏奈子です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十七話 「白と無限の愛娘」

ついに、番外編に出ていた彼女が完成します。


SAO帰還者のIS

 

第七十七話

「白と無限の愛娘」

 

 薬で眠っていた少女が漸く目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開けたKの視界に最初に飛び込んできたのは真っ白な天井と、それから憎しみを抱いていた殺害対象である一夏と、その恋人だという百合子の姿だ。

 

「おり、む、ら……一夏! っ!?」

 

 飛び掛ろうとしたが、身体が拘束されて身動きが取れない事に気づいて悔しそうに俯く。だが、ふと自分の左手が温かい何かに包まれている事に気づいてそちらに目を向けてみれば、一夏と百合子の手に、己の左手が包み込まれているではないか。

 

「何を……しているのです?」

「あ、これの事か? そうだな……特に意味は無いよ。それより、君は今の状況を理解出来ているかな?」

「あなたに負けて、拘束されている……尋問担当はあなたですか? 織斑一夏」

「いや、そういうわけじゃないけど……そうだな、ひとつだけ。君の名前を聞かせてくれるか?」

「コードネームではなく、ですか?」

「ああ」

「……K-075」

 

 やはり、この少女には名前なんて存在しなかったようだ。コードネームであるK以外にこの少女を指し示すのは今少女が口にしたK-075という型番号だけ。

 

「そっか、ありがとう……それじゃあ、悪いけどこれから君には付いてきて貰わないといけないんだ。良いかな?」

「文句を言う理由はありません。私は、捕虜です」

「んじゃあ」

 

 規則なのでまだ拘束を外す事が出来ないので、一夏はKをお姫様抱っこという形で抱き上げた

 

「っ! な、何を……?」

「いや、拘束が足まであるから歩けないだろ? だからこのまま連れて行くよ」

「そ、それは……ん」

 

 何か言おうとしたKだったが、抱き上げられる事で密着して感じられる温もりに気づいて、何故か何も言えなくなってしまった。

 

「じゃあ、ユリコ」

「うん、先生には連絡入れたから、早速来てくれって」

「わかった」

 

 Kを抱き上げた一夏と百合子が向かった先は生徒会室だ。そこには既に千冬と束、それから楯無が待っていて、生徒会室に入ってきた三人を向かい側のソファーに座らせた。

 丁度、Kは一夏と百合子に挟まれる形で座り、その向かいのソファーに千冬たちが座っている状態だ。

 

「いや~、こうして見ると、ホントそっくりだねぇ」

 

 束が改めてKの顔をまじまじ見つめて、自分と、それから一夏と似ている点を見つけて関心している中、早速だが尋問が始まった。

 

「まず名前を聞かせて貰えるかしら?」

「K-075」

「そう……それじゃあ、コードネームのKで呼ばせて貰うわね?」

「どうぞ」

「じゃあK、まず聞きたいのは、何故一夏君と束博士を殺そうとしているのかしら?」

 

 Kが語った理由は前と同じ、一夏と束がKを生まれて直ぐに捨てたからというものだ。だが、真実を知った今となっては、それが何を意味するのか容易に察する事が出来る。

 

『一夏君……この子に、真実を教えるべきだと思う?』

『いえ、まだ早いんじゃないかなって思って……だから、少し誤魔化しながら話そうかと』

 

 Kは、何も教えられてないのだ。己が作られた存在……一夏と束の合成クローンであるという事を。それ故に、組織から一夏と束の間に生まれた直後に捨てられたと教え込まれ、教育された。ある意味で洗脳を受けたのだ。

 

「なぁ、K……俺と束さんは、お前を捨てたんじゃない」

「そう、聞かされた」

「それは、あくまで組織の意見だろ? 俺たちにとっては、お前は誘拐された存在なんだ」

「誘拐……?」

「ああ、お前は生まれて直ぐに誘拐されたんだよ」

 

 まだ幼いKに、真実を教えるのは酷というもの。だから、今はあえて真実を教えず、都合の良い言葉で誤魔化し、何とか組織から引き離す事を優先する事にした。

 もうこれ以上、こんな幼い少女がテロリストとして活動するのを容認するわけにはいかない。

 

「でも、スカイが嘘を言うわけ……」

「スカイってのは、組織の人間かしら? はっきり言ってあげるわ、テロ組織はあくまで犯罪組織、そこにいる人間はみな犯罪者、犯罪者の言う言葉はほとんどが虚言よ」

「虚言……嘘?」

「ええ」

 

 自分たちも嘘を言っているのだが、少女の為の嘘だと割り切って話す楯無を尊敬してしまう。流石は暗部組織の人間というべきか。

 

「じゃあ、織斑一夏は……敵じゃなくて、パパ?」

「ああ」

「篠ノ之束も……ママ?」

「あ~……」

 

 そればっかりは、流石に困ってしまう。確かに遺伝子上の関係で言えば間違いではないのかもしれないが、実際の人間関係的に言えばそれを認めてしまうと一夏に血の雨が降る事になるのだ。

 

「束さんは、確かに血縁上ではママかもしれないけど……パパが結婚してるのは、このユリコなんだ。だから、もし君がパパと一緒が良いと思うなら、ユリコがママだし。束さんと一緒が良いと思うなら、束さんがママだ」

 

 その場合、一夏もパパは名乗るがKと一緒に居る事は出来ない。束の下へ預ける事になってしまう。

 

「ん……じゃあ、百合子……ママ?」

「うん」

「篠ノ之束は……束ママ」

「えっと、良いのかな……ゆりりん?」

「私も、ママですから……良いです」

 

 結局、Kは一夏をパパ、百合子をママ、束を束ママと呼ぶ事で落ち着いた。後は、Kの名前を決めるのと、それからKが知る限りの亡国機業(ファントム・タスク)の情報を聞き出すだけ。

 

「名前か……一夏、決めているのか?」

「ああ、この子が名乗ったK-075って番号を聞いてから、ずっと考えて、ようやく決めた名前がある」

 

 一夏はKを抱き上げて膝の上に向かい合わせで座らせると、真っ直ぐ同じ色の瞳を見つめる。

 

「夏奈子、織斑夏奈子……それが、今日この瞬間から、君の名前だ」

「私の、なまえ……?」

「ああ、俺と、ユリコの娘、織斑夏奈子だ」

 

 まだまだ父親、母親になりたての未熟な両親かもしれない。だけど、こうして名前を付けて、親になると決めたからには、全力で愛情を注ごう。

 一夏と百合子はきょとんとしているK改め、夏奈子の頭を撫でて、そっと抱きしめて、父親と母親の温もりを教える。

 

「それじゃあ、かなちゃんの戸籍偽造は束さんにお任せだよ!」

「良いんですか?」

「もちだよいっくん! 取りあえずいっくんの義理の娘って事で戸籍作っておくね~」

 

 養子申請を正規の手続きで行う場合、一夏では夏奈子の養親にはなれないが、戸籍を束が作成するのであれば問題は無い。

 正直、事情が事情なので正規のルートで手続きが出来ない以上、束か楯無の力が必要だったので、色々と無茶が通るのだ。

 

「さて、と……それじゃあ、最後にK……いえ、夏奈子ちゃんね。夏奈子ちゃんに聞きたいのは、亡国機業(ファントム・タスク)の事についてよ」

 

 なるべく聞き出したいのは首領の正体や幹部の人数に名前、構成員や本拠地などについてだが……。

 

「首領の名前は、知らない……コードネームはスカイ」

「スカイ、さっき出た名前ね……そう、首領だったんだ」

「本拠地は、わからない……思い出せない」

「思い出せないだと? おい、束……もしや」

「暗示、だろうねぇ」

 

 構成員には予め暗示が掛けられていたのだろう。敵の捕虜になった時の為に、一度本拠地から離れたら、幹部の人間と共に戻るまで本拠地の場所を思い出せなくする為のものが。

 だが、本拠地以外のことであれば、だいぶ聞き出せた。幹部の人数や、夏奈子が知る限りの幹部のコードネーム、それに夏奈子の直属の上司についても。

 

「スコール・ミューゼルねぇ……名前からして、アメリカ人辺りかしら?」

 

 一先ず、夏奈子の話で判明したのは、夏奈子が所属していたチームのリーダーが幹部の一人であるスコール・ミューゼルという女性で、その下には夏奈子の他にオータム、M、Poh、ザザ、ジョニー・ブラックが居るという事。

 それから、あの須郷もまた、亡国機業(ファントム・タスク)にて幹部の一人として席を与えられているという事だ。

 

「んぅ……」

「ん? 夏奈子……眠いのか?」

「疲れた……パパ」

「喋り疲れたんだね……夏奈子、ママのお膝を枕にする?」

「ん……」

 

 夏奈子が一夏の膝から降りてソファーに座りなおすと、そのまま横になって頭を百合子の膝の上に乗せた。

 一夏が制服の上着を脱いで夏奈子に掛けてあげると、そのまま夏奈子は目を閉じて上着に包まりながら頭を百合子の膝に擦り付けるようにして眠ってしまう。

 

「今日は、この辺にしましょう。こんな小さな子に長い時間尋問するのも可愛そうだし」

「では、私は今日の話を報告書に纏めなければならん。先に失礼する」

「束さんもかなちゃんの戸籍作るから先に戻るね~!」

 

 千冬と束が生徒会室から出て行き、一夏と百合子、楯無、それから寝ている夏奈子の4人が残された。

 

「一夏君、百合子ちゃん……強くなりなさい。今よりもっと、もっと。今日から、二人は命を掛けて守らないといけない存在が出来たんだから」

「「はい」」

 

 いつの間にか、百合子の手を握り閉めながら寝ている夏奈子に目を向けると、可愛らしい寝顔で小さな寝息を立てる姿がそこにあった。守らなければならない、一夏と百合子にしか守れないものが……。




実は、スランプまだ続いてるみたいです。
戦闘シーン以外が全然進まなくなってしまって……どうなるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十八話 「指輪」

何か……詰め込みすぎた気がしないでもない。


SAO帰還者のIS

 

第七十八話

「指輪」

 

 IS学園学生寮にある和人と明日奈の部屋には、ベッドの上で安静状態の明日奈と、椅子に座って左手でキーボードを打つ和人の姿があった。

 肋骨を折った明日奈は歩く事は可能でも、出来る限りは安静にしていなければならないので、こうしてベッドに横になっていて、脱臼した左腕は填め直しているものの、骨が折れている右腕は固定して三角布で吊るしている和人は利き腕が使えない不便に若干の不満を表情に表している。

 

「それにしても、骨折したってのに全治1~2週間って凄い早いんだねー」

「普通は3~4週間は掛かるけどな。でも俺らはほら、治療用ナノマシンを注射して貰っただろ? だから早いんだよ」

 

 この治療用ナノマシンというのは、ラウラの唾液などに含まれている常時体内に住まうタイプのナノマシンではなく、一時的に体内に入れて患部の治療を行い、直った後は尿と一緒に体外へ放出されるタイプの物だ。

 この技術は一般医療にも浸透し始めているが、まだまだ保険の対象外なので料金が高いという難点がある上、外科治療用にしかまだ実用化されていないので、発展はこれからという事になる。

 ただし、IS学園ではナノマシン治療は一般的に使われており、治療費も国が負担するため、IS学園の生徒は最先端医療を本人負担一切無しで受けられるという贅沢を味わえるのだ。

 

「ところでキリト君は何を?」

「ん? ああ、菊岡さんの伝手で日本政府から俺に話が来てな……IS学園へのメディキュボイド導入計画をVR研究部部長の俺主体に進めて欲しいんだってさ」

「メディキュボイド……?」

「簡単に言えばアミュスフィアを大きくして医療用にした物……かな? 通常治療が困難な患者の意識を電脳世界へダイブさせて、その間に現実の身体の治療を行うっていう目的で開発が進められているんだ。確か、今は試作1号機が既に治験者の治療に稼動してるらしいな」

「へぇ……」

「んで、今回IS学園に入れたいって言ってるのは試作3号機らしい」

 

 試作2号機も既に完成して都内の大学病院に導入されるのが決まっているらしく、今回IS学園への導入を検討されているのは試作3号機。

 試作1号機は内科医療用に使われており、試作2号機はPTSDなどの精神医療に、今回の試作3号機は外科治療用になるのだ。

 

「代わりにメディキュボイドを使った実験の枠を一つ、俺に分けてくれるらしいぜ」

「それってもしかして……」

「ああ、ユイの現実世界での身体を作る為の第一歩……視聴覚双方向通信プローブの実験だ」

 

 和人と明日奈、二人の共通の夢の一つ。この現実世界で和人と明日奈と、ユイと親子三人で本当の意味で親子として生活する事。

 その夢の為に必要なユイの身体を作る第一歩として、和人はプローブの作成を計画しているのだ。

 

「そっかぁ……あれ? そういえばユイちゃんは?」

「ユイならスグがクエストに協力して欲しいって連れて行ったぞ」

「あらら、ユイちゃん大人気だねー」

「スグにとってもユイは姪だからな。あの二人は結構仲良いんだ」

 

 とりあえず和人は仕事を終えたとばかりにPCの電源を落として出掛ける身支度を整えた。それを見ていた明日奈はきょとんとした顔をしている。

 

「キリト君、出掛けるの?」

「ああ、午後から外出届けを出してたからな……ちょっと買わないといけないものがあるんだ」

「そっかぁ、こんな身体じゃなければ一緒に行くんだけどねー」

「アスナは安静にしてないと、すぐに帰ってくるから」

 

 ベッドに近寄り、明日奈の唇に自分の唇を軽く重ねる程度のキスをした和人は、そのまま部屋を出て行く。

 残された明日奈は頬を赤く染めながら和人にキスをされた余韻に浸かり、悶えた瞬間に折れている肋骨の激痛で涙目になってしまうのだった。

 

 

 IS学園からモノレールで出発した和人は都心まで走り、目的地の近くの駅で降りると、今度は徒歩で街中を歩いていた。

 しばらく歩いた先に見えてきた目的の店は、都内でも有名なジュエリーショップで、主に結婚を控えたカップルが多く訪れる店だ。

 

「いらっしゃいませー」

「あの、予約してた桐ヶ谷なんですが……」

「あ、はい。桐ヶ谷様ですね? 少々お待ちください……はい、確認出来ました! ご予約の際に注文頂いていましたエンゲージリングでしたら直ぐにサンプルをお見せ出来ますので、どうぞこちらへ」

 

 歳若い女性の店員に案内され、店の中ほどに移動した和人は、早速だが差し出されたサンプルの指輪数点をじっくり観察する。

 シルバーやプラチナのリングが並び、どれもダイヤモンドが装飾された婚約指輪なのは一目瞭然、それをじっくり選んでいる和人の姿は店内でも相当に目立っていた。

 

「ねぇ、あれって男性IS操縦者の桐ヶ谷和人じゃない?」

「え? ホントだ」

 

 カップル客や店員達の注目を浴びて居心地悪さを感じながらも、指輪を一つ一つ見ている中で、和人は一つの指輪に注目した。

 プラチナリングに0,1カラットのブルー・ダイヤモンドをハート型にカッティングして装飾されたそれは、ALOでのアスナの瞳の色によく似ている。

 

「これ……」

「あら、お客様お目が高いですね! これは希少なブルー・ダイヤモンドを使用した商品でして、大変品薄なのですが、先日偶然にも入荷するチャンスがありまして、今回こうしてご紹介させて頂いているんです……ただ、ダイヤの方が大変希少性の高い物ですので、お値段が少々普通の物より高くなってしまうのですが……」

「いや、これにします。支払いは一括でも大丈夫ですので、これをお願い出来ますか?」

 

 幸いにもサンプルとして見せてもらっている指輪自体のサイズが明日奈の指のサイズにぴったりなので、このまま購入してしまおうとサイフからカードを出して見せた。

 レクトから毎月給料が支払われているのと、専用機のデータ提出による報酬、それから菊岡からの依頼による報酬などで、和人の懐は随分と温かい。この程度の出費ではビクともしないのだ。

 

「では、このまま包装してもよろしいですか?」

「ええ、お願いします」

 

 専用の指輪ケースに入れて貰って、カードで一括払いする。一緒に和人用の同じデザインで宝石が一切付いていないプラチナリングも購入したので、そのまま店を出た。

 高い買い物をした上客である和人を最大級の笑顔でお見送りしてきた店員一同に苦笑しながら店から離れた和人は、買ったばかりの指輪が収められたケースを眼前に翳しながら、表情を引き締める。

 

「Poh……確かに、今の俺じゃあアスナを、ユイを守りきるなんて、難しいのかもしれない。でも……」

 

 あの日、学園祭でのPohとの戦いのとき、スターバースト・ストリームを使った後の事を思い出した。

 そう、あの戦いで、黒の剣士の代名詞でもあった、切り札とも言うべきソードスキルを、Pohに破られてしまったあの時……。

 

 

 二刀流ソードスキルの上位剣技、16連撃という脅威の連続攻撃を放つスターバースト・ストリームは青白いライトエフェクトの軌跡を描きながらPohが駆るジャック・ザ・リッパーに襲い掛かる。

 嘗てアインクラッドにて74層のフロアボスを葬り、アインクラッド最強の聖騎士ヒースクリフの防御すら突破した黒の剣士の切り札にして代名詞となったそのスキルは、Pohにも確かに届いた。だが……。

 

「軽い! 軽すぎるぜ黒の剣士ぃ!!! そんな軽い剣じゃあテメェの大事な閃光はいずれ守れずに殺されちまうぜぇ!!!」

「なっ!?」

 

 スターバースト・ストリームの弱点は、攻撃中は一切無防備になってしまうという点にある。グリーム・アイズとの戦いの際に使った時も、それが理由でキリトのHPがギリギリまで削られてしまったのだ。

 Pohはその弱点を初見で見破ったのか、連撃を受けながらも、友切包丁(メイト・チョッパー)にライトエフェクトを纏わせる。

 

「Yeah!!」

 

 Pohが使ったのは短剣ソードスキルの一つ、アクセル・レイドだ。スターバースト・ストリームの連撃を9発受けてから10発目に合わせる形でパワー重視の9連撃が放たれ、16連撃を終えた和人にアクセル・レイドの残り2発が直撃した。

 一発は右腕に叩き込まれ、骨が折れる嫌な音が響き渡り、最後の一撃も左腕に直撃しそうになったが、直前で和人が回避しようとした結果、左肩に直撃して脱臼してしまう。

 

「グッ!? あ、あああああああっ!!!」

 

 骨折と脱臼、同時に襲い掛かる激痛が和人の意識をPohから完全に逸らしてしまい、Pohの回し蹴りが腹部に直撃してそのまま地面に叩き付けられてしまった。

 だが、Pohはそこから追撃はしないで友切包丁(メイト・チョッパー)を握る右手を眼前に翳して忌々しそうに舌打ちをする。

 

「チッ、痺れてやがるな……シールドエネルギーも心許ない。ザザ、撤退するぞ……須郷サンを担いで離脱しろ」

 

 これ以上の戦闘は不味いと判断したのか、Pohは明日奈を撃破して調度須郷と共に彼女を攫おうとしていたザザに声を掛けた。

 

「待て! 彼女を連れて行け!」

「見ろよ、無理だなあれだと」

 

 須郷がこのチャンスに明日奈を攫ってしまえと言うが、既に気絶した明日奈の傍には簪が打鉄・弐式を展開して守っていた為、手出しが出来ない。

 勿論、無理にやろうと思えば出来るだろうが、簪の後ろにはラファール・リヴァイヴを纏ったシャルロットと真耶も居て、迂闊に手出しをすれば損害が大きくなるのは明白だ。

 

「M! 撤退するぜ」

「チッ! ……セシリア・オルコット、この勝負はお預けだ」

「逃がしませんわ!!」

 

 唯一自由に動けるセシリアが、逃げようとするPoh達を追おうとしたが、直前に投げ捨てられたフラッシュグレネードが空中で爆発、閃光によって視界を奪われたセシリアが漸く目を開いた時には既にPoh達の姿は無かった。

 

 

 あの戦いの後、気絶した和人と明日奈は真耶の指示で簪とシャルロットの手で医務室へ運ばれて治療を受け、今に至る。

 

「もっと……今よりもっと強く、あの頃より強くならないと。この指輪は、その誓いでもあるんだ」

 

 明日奈を、ユイを……愛する恋人と娘を、守る為に。SAOやALOと同じように、リアルでも指輪を左手薬指に填める決意を固めた瞬間だった。

 

「そして、今はこの状況を何とかしないとなぁ……」

 

 指輪ケースをポケットに仕舞った和人が周囲に目を向ければ、一般人の姿は無くなり、変わりに重火器で武装した集団が銃口を和人に向けて取り囲んでいるではないか。

 それも、その集団は全員が女性で、何やらTVで見たことがあるような気がする顔すらある。

 

「ああ、ニュースなんかで見た顔だな……確か、女性権利団体」

「桐ヶ谷和人、今すぐ専用機をこちらに渡せ」

 

 狙いは和人の専用機である黒鐡と、恐らくだが和人自身の命だろう。

 

「貴様と、織斑一夏は男の分際で女性の神聖なる象徴であるISを汚す汚染物質だ! 更には男でもISに乗れるゲームを世に広めた大罪人、もはやこの世に生きる資格は無い!!」

 

 リーダー格の女性が和人を狙う理由をご丁寧にも説明してくれたが、まぁ予想通り過ぎて笑いが込み上げてきた。

 

「な、何を笑っている!!」

「いやぁ……だってさ」

 

 今現在、黒鐡は自己修復モードに入っているので展開不可能だが、だからといって和人がピンチになったというわけではない。

 

「俺が、何の準備も無くIS学園の敷地から出てきたと思ってるのか?」

「何っ!?」

 

 次の瞬間、全員の手から銃が弾き飛ばされてしまった。長距離からの狙撃で銃を狙ったのだろう、近くには銃弾の跡が見える。

 

「ど、どこから!?」

「きゃああ!?」

「なっ!?」

 

 直ぐに、黒服を着た屈強の男達が襲撃してきた女性集団を取り押さえ、残るはリーダー格の女性だけになってしまった。

 

「くっ、こうなれば!!」

 

 銃が手元に無くなってしまったからか、懐からナイフを取り出して和人目掛けて走り、心臓へ突き立てようとしたのだろう。だが、それは和人相手には悪手だ。

 

「ぐっ!?」

 

 たとえ黒鐡が自己修復モードに入っていようと、収納していた白兵戦用の武器は取り出せるのだ。

 白兵戦用のダークリパルサーを取り出した和人は、左手に握ったそれでナイフを弾き飛ばし、身体を横にずらしながら女性の足を掛けて転ばせる。

 

「くそ……っ!」

「動くな」

 

 首元に突きつけられたダークリパルサーの切っ先が女性の動きを封じた。

 しかし、流石に人殺しは出来ないだろうと、これはただのハッタリだと無視して起き上がろうとした女性だったが、和人の目を見た瞬間、その表情を真っ青に染める。

 

「ヒッ!?」

「悪いけど……人を殺した事が無い訳じゃないんでね」

 

 動けば殺されると、和人の殺意の篭った冷たい瞳を見て悟ってしまった。女性はガクガク震えながら腰を抜かしたように座り込み、その尻の下はいつの間にか生暖かい液体が広がっている。

 

「大方、俺が怪我したことを突き止めて狙ったんだろうけど……考えが甘いよ、素人(ビギナー)

 

 ダークリパルサーを収納した和人は黒服に連行されていくリーダー格の女性を見送り、黒服の代表に挨拶をする。

 

「ありがとうございます……助かりました」

「いえ、こちらは楯無様のご命令で護衛している身ですので、当然です」

 

 この黒服達、実を言うと更識から派遣されている和人の護衛なのだ。基本的に和人がIS学園の外に出る時は必ず彼らが隠れて護衛してくれている。

 

「じゃあ、俺はそろそろ学園に戻ります」

「はい、私らもまた護衛に戻りますんで……ああ、それと」

 

 歩き出そうとした和人を、黒服リーダーが何かを思い出したかのように呼び止めたので、何事かと振り返った和人に、黒服リーダーはサングラスを掛けたままイイ笑顔を浮かべる。

 

「あまり奥さんとのイチャイチャは外でやらんでください。うちの若い連中が嫉妬に狂うのを宥めるのも面倒ですんで」

「……はい」

 

 今度から外では自重しようと心に誓った。




次回からキャノンボール・ファストへ向けての授業が始まるのと同時に、シャルロットの日本代表候補生選抜試験に向けての話がスタートです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャノンボール・ファスト編
第七十九話 「高速機動は大変」


キャノンボールファスト編突入です。


SAO帰還者のIS

 

第七十九話

「高速機動は大変」

 

 学園祭騒動による多少の混乱も落ち着いた頃、IS学園では既に次のイベントに向けた動きが始まっていた。

 学年別対抗キャノンボール・ファスト。ISの国際大会であるモンド・グロッソにおいて高速機動部門で行われている競技がこのキャノンボール・ファストというもので、簡単に言えばISを使ったレースだ。

 しかし、ISを使う以上、ただのレースではなく、障害物を避けながら対戦相手の妨害も行いつつゴールを目指す高速機動戦闘を前提としたレースでもある。

 現在、キャノンボール・ファストに向けて、全学年のIS実習にてその為の特別授業が行われており、一夏や和人達1年1組と2組の合同授業でもそれは同じだった。

 

「本日より、キャノンボール・ファストへ向けた実習訓練が始まる。この第6アリーナは大会当日のレースフィールドになる場所であり、現在アリーナの設定はそのまま大会仕様になっているから、まずは代表して2名にコースを飛んでもらおうか……オルコット、織斑!」

「「はい!」」

 

 千冬に呼ばれて前に出たのは、高機動強襲用パッケージ「ストライク・ガンナー」を装備する事で高速機動戦闘を可能とするブルー・ティアーズ・アンダインを専用機とするセシリア・オルコットと、全身の展開装甲を起動する事で超高速機動戦闘を可能にする白式・聖月を専用機とする織斑一夏の二人だ。

 両者共に専用機が二次移行(セカンドシフト)しているので、注目する生徒達の視線は大いに期待に溢れている。

 

「華麗に、そして優艶に舞い踊り、舞台の華となりましょう……ブルー・ティアーズ・アンダイン!!」

「飛ぶぜ、何処まで共にな……白式・聖月!!」

 

 ガントレットとイヤーカフスが輝き、白と青の光が二人を包み込むと、両者ほぼ同じタイムでISを起動した。

 

「ふむ……態々口上を口にするのはどうかと思うが、まぁいい。一先ず二人にはコースを1週して来てもらおうか」

「妨害は必要でしょうか?」

「いや、今回は飛ぶだけで良い。まぁ、高速機動の何たるかを見せてくれればそれで十分だ」

「よっしゃ、なら俺の得意分野だな。セシリア、負けないぜ?」

「ええ、わたくしも負けませんわよ?」

 

 ISを起動した二人は超高感度ハイパーセンサーを起動させて飛行準備を整えた。後はもう飛び出すだけになっている。

 

「一夏さんは超高感度ハイパーセンサーのご使用経験は?」

「一応、レクト社に言われてテストした事はあるけど……正直言って嫌いだな。別にこんなの無くても高速機動戦闘は出来るしさ」

 

 基本的にIS操縦者というのは高速機動戦闘において超高感度ハイパーセンサーを用いるのが常識だ。

 だが、ALOで高速機動飛行戦闘に慣れている一夏や和人、明日奈、百合子の4人は超高感度ハイパーセンサーを邪魔になると言って嫌い、使わずとも高速機動戦闘を行う事が出来るのだ。

 

「周囲がスローになって見えるってのがホント邪魔なんだよなぁ」

「一夏さん達くらいですわ、そんな事を仰るのは」

 

 千冬ですら高速機動戦闘を行う時は超高感度ハイパーセンサーを用いるというのに、どうしてこうもSAO生還者という人種は出鱈目が多いのかと、セシリアは小一時間問い詰めたいくらいだ。

 

「無駄話はそれくらいにしておけ。準備は良いな?」

「いつでも」

「どうぞ」

「うむ、では……スタート!!」

 

 合図と共に、二人は小規模なソニックブームを発生させながら一気に飛び出し、コースへと突っ込んでいった。

 ブルー・ティアーズ・アンダインは全てのBT兵器「アンディーン」及び「ディープブルー」をスカート上のスラスターにして、全てを点火させる事で超高速機動を実現、速度で言えば第3世代型IS最速と謳われるイタリアのテンペスタⅡシリーズすら上回る。

 一方の一夏が乗る白式・聖月は飛び出した瞬間から全身の展開装甲を開き、青白いエネルギーをスラスターとして放出しながら全てのブースターを駆使して超高速機動に乗った。その速度はブルー・ティアーズ・アンダインをも上回り、事実上の世界最速の名を体言している。

 

「くっ! やはり展開装甲というのは厄介ですわね!! 二次移行(セカンドシフト)して更に速度が上がった筈のティアーズですら、追いつけないなんて反則もいいところですわ!」

「エネルギー馬鹿食いするけどな!!」

 

 折り返し地点まで来て既に白式のエネルギー残量は半分を切っている。白式自体のエネルギー効率は調整して随分と改善しているが、まだまだ展開装甲のエネルギー効率が悪いという欠点は完全に拭えていないらしい。

 

「なら、エネルギー切れること前提にラストスパート行くぜ白式!!」

 

 折り返しのカーブを曲がり切った所で、個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)を研究して開発した応用技術を使った。

 通常の個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)は一発目と二発目、三発目と、それぞれの間に数秒の空きがある。

 だが、一夏が開発したのはその空きを極力無くしつつ個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)の体を保つというもので、それぞれの間の空き時間というのがコンマ1秒以下という、反動だけでG制御機構を抜けて操縦者に暴力的なGが襲い掛かる荒業だ。

 ほぼ一瞬と呼べる間に連続して全てのブースターを用いて行われた|個別連続瞬時超加速《リボルバーイグニッションブーストマキシマム》は、一夏の身体に相当なGによる圧力を与えながらも、白式を一気にゴールまで運び、完全にセシリアを引き離してしまった。

 

「やりすぎだ馬鹿者!」

「あいたー!」

 

 戻ってきたところで千冬の出席簿が一夏の頭に直撃した。しかも、シールドバリアーや皮膜バリア、絶対防御全てを貫いてきたのが驚きだ。

 

「ちふ……織斑先生の出席簿は、零落白夜でも搭載してるんですか」

「そんなわけあるか馬鹿者が」

 

 生身の力だけでISのシールドと絶対防御を貫けて来るなど、本当に我が姉は人間なのかと、疑いたくもなるが、そんな事をした日には明日の朝日を拝めなくなってしまうので断念し、ようやくゴールしてきたセシリアにVサインをする。

 

「はぁ、一夏さんの機動は流石と申しましょうか、それとも無茶苦茶だと申しましょうか……伊達にALOで高速戦闘の貴公子と呼ばれてませんわね」

「おいやめろ、その名前をリアルで出すな」

 

 ブラッキー先生ことキリト、バーサクヒーラーことアスナ、串刺し女公のユリコ、高速戦闘の貴公子ナツ、ALOではそれぞれそう呼ばれているのだ。

 

「まぁ、とりあえず今二人が見せたのが高速機動の見本だ……織斑は例外にしてもオルコットのは見習うように」

『は~い!』

「酷くね?」

「自業自得ですわ」

 

 少なくとも、一夏レベルの超加速を使いこなせるのは、数える程しか居ないし、そもそも真似しようと思う人間は居ないだろう。

 

「わたくし思ったのですけど、白式の加速力はリーファさんとも相性が良さそうですわね」

「あ~、アイツも相当なスピードホリックだしなぁ」

 

 和人の妹の桐ヶ谷直葉、ALOでリーファと呼ばれる少女は、高速戦闘を得意とし、ALO内でもトップクラスのスピードの持ち主だ。確かに彼女なら白式を乗りこなせるだろう。

 いや、むしろ彼女の方が一夏より乗りこなせるかもしれない。何故なら高速飛行という点では一夏より直葉の方に一日の長があるのだから。

 

「ま、普通高校に進学したアイツがISに乗る機会は無いし、そんなの置いとこうぜ」

「ですわね。しかし、白式の残りシールドエネルギー……もう少しエネルギー消費効率を考えてみては如何です?」

「……うん」

 

 

 授業の後半は専用機持ちのキャノンボールファストに向けた調整に使われ、一般生徒達はその調整の手伝いや調整の見学をしながら一人コース一周だけ使える訓練機の順番待ちをする事になった。

 各々の専用機の調整には二つのパターンでグループ分けされる。一つは高速機動用パッケージを搭載、調整するパッケージ使用組み。これに属するのはセシリア、鈴音、百合子、和人、明日奈だ。

 もう一つはパッケージではなくスラスターやブースター、エネルギー効率の調整などを行うパッケージ非使用組み。こちらは一夏と箒の第4世代型IS使用の二人のみだ。

 

「和人さん達にもパッケージがあったのだな」

「ん? ああ、レクトで開発した新型高機動パッケージがあるんだよ。本当は白式用にもあったんだけど、二次移行(セカンドシフト)したら装備出来なくなったんだ」

「ああ、全身展開装甲になったからか」

「そういう事……つっても、この展開装甲がなぁ」

 

 展開装甲はエネルギーを馬鹿食いするのだ。折角調整して白式本来のエネルギー効率の悪さを改善したのに、展開装甲がエネルギーを馬鹿食いしては元の木阿弥である。

 

「紅椿はまだ封印が解除されてないから展開装甲が使えないのでわからんが……そんなにエネルギーを食うのか?」

「ああ、だからお前も封印が解けた後、展開装甲使えるようになったら絶対にエネルギー関係の調整はしとけよ……正直言って洒落にならねぇ」

「う、うむ」

 

 そんな話をしながら、一夏の手は白式に繋がれたコードの先、つまり手元のキーボードを打ち続けていた。

 一夏の目の前にある空間投影ディスプレイには白式のOSやら設定データやらが展開されており、一夏がキーボードを打つ度に少しずつ調整されていっている。

 

「ん~……一先ず調整はこれで大丈夫だろうけど、後はキャノンボールファストに向けた特別な設定となると……いっそキャノンボールファストの間はソードスキル封印して、そっちのエネルギーを推進系に回すか? いや、でもそれだと……」

 

 ふと、一夏が武装一覧の画面を展開すると、その一覧に書かれている武装の名前を順に見ていき、何かを思いついたように顔を上げる。

 

「うん、いっそこうしてしまえば……」

 

 素早く設定を変えてソードスキルと単一使用能力(ワンオフアビリティー)を封印して、その分のエネルギーを推進系へ回すようにした。

 

「よっしゃ設定完了! 箒、俺ちょっと飛んでくるわ」

「あ、ああ……後で私の設定も見てくれ」

「おう! んじゃなー!」

 

 そう言い残して白式に乗り込んだ一夏が飛んでいくのを見送り、箒は目の前にある紅椿とコードで繋いだキーボード、それから空間投影ディスプレイに映った設定画面を見つめる。

 

「……どうしよう、設定のやり方がわからない(涙)」

 

 一夏に教えて欲しいと言おうとして、そのあまりに真剣な表情に言い出せず、手元を見てやり方を盗もうと思うも早すぎて理解不能になり、結局は頼みの綱だった一夏が飛んで行ってしまって涙目になる箒が残されてしまった。

 篠ノ之箒、座学におけるISの電子情報理論の授業は……赤点ギリギリなのだ。




次回は、シャルロットの日本代表候補生試験についてのお話かな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十話 「代表候補生になるには」

最初に説明。
夏奈子は一夏達が授業中はIS学園の保健室に預けて、昼休みは一緒に食事、放課後に迎えに行って一緒に寮に戻るという生活をしています。


SAO帰還者のIS

 

第八十話

「代表候補生になるには」

 

 突然だが、ここでISの国家代表及び代表候補生について説明しよう。

 国家代表とはその名の通り、その国を代表するIS操縦者を意味し、ISにおける国際的な会談の場に出席したり、ISの国際大会であるモンド・グロッソに出場したりする正に国の顔とも呼べる存在なのだ。

 そして、その国家代表を選出する上で必要なのが代表候補生。企業もしくは国が選出したIS操縦、知識において優秀な者が選ばれるのが代表候補生であり、代表候補生の中でも特に優秀な者が国家代表に選ばれる。

 代表候補生になるには、先の通り企業や国が選出……つまり指名した者が選ばれるのが基本だが、その他に試験を受ける事で代表候補生になる事も出来る。これが所謂、代表候補生選抜試験と呼ばれるもので、各国毎年の秋に一度だけ行っているのだ。

 

「でも、試験で代表候補生になるのは狭き門で、一人も選ばれない場合もあるのか……」

 

 今度の日本代表候補生選抜試験を受ける事になっているシャルロットの勉強会が行われている寮のロビーでは、一心不乱に勉強しているシャルロットと、その勉強を見ているセシリア、明日奈、鈴音、簪と、それから和人が椅子に座っており、和人が何気なく見ていたパンフレットを眺めながらそう呟いた。

 

「因みに、セシリアと鈴、それに簪はどうやって候補生になったんだ?」

「わたくしは国の推薦でした」

「あたしは中国でやってた選抜試験よ」

「私は、セシリアと同じ……更識家の人間だからって事で」

 

 つまり、鈴音だけは選抜試験経験者という事だ。因みにだがシャルロットがフランスで代表候補生になったときはデュノア社の推薦という形で選ばれていたので、彼女は選抜試験の経験が無い。

 

「選抜試験は筆記試験、適正試験、稼動試験の三種類。筆記試験でISに関する知識を見て、適正試験で適正ランクを、稼動試験でISをどの程度動かせるのか、戦えるのかを見るのよ。主に重視されているのは適性試験と稼動試験ね。まぁ、だからって筆記試験が悪ければ落とされる事もあるから、軽視しちゃ駄目だけど」

 

 適正に関してはシャルロットはA+、稼動に関しても元フランス代表候補生だった上に第2世代機で第3世代機と渡り合った程の実力者なので問題無い。

 故に、シャルロットが現在力を入れているのは筆記試験の勉強だ。元々頭が良く、学園内の成績も良い彼女でも、やはり勉強しなければ良い成績を残せるわけが無いのだから。

 

「そういえば……明日奈さんと、和人さんは、受けないの?」

「俺達? ああ、興味無いからな」

「レクトのテストパイロットって身分で十分だもんねー」

 

 実は、シャルロットが日本代表候補生選抜試験を受けると聞いた一部の教師が和人と一夏、明日奈、百合子にも話を持っていこうとしていたのだが、千冬と真耶に妨害されているという裏話があるのだが、それは今は関係無いだろう。

 

「ところで、一夏と百合子はどうしたのよ? 来るんじゃなかったの?」

「ナツ君はもう直ぐ来るよー。ユリコちゃんはリズに呼ばれてALOにINするって言ってたから、今日は無理かなぁ」

 

 因みにALOに呼ばれたのは百合子とラウラ、それから楯無の三人だ。何でも工匠妖精族(レプラコーン)の領土で見つかったクエストを手伝うことになっているらしい。

 

「お、揃ってるな」

 

 噂をすれば影とでも言うのか、一夏が廊下の向こうから歩いてきた。その右手は隣を歩く小さな少女の左手を握っており、少女の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いている辺り、父親になったのだと実感させる。

 

「こんばんは、夏奈子ちゃん」

「ん……こん、ばんは」

 

 明日奈が歩み寄って目線の高さを合わせるようにしゃがむと、夏奈子も若干の笑みを浮かべた。このくらいの年頃の子供はこうして目線を合わせるだけでも随分と安心してくれるものなのだ。

 

「ユイちゃん、夏奈子ちゃん来たよ」

『はい! こんばんは! カナちゃん!』

「ユイ、お姉ちゃん……」

『そうです、ユイお姉ちゃんですよ!』

 

 これは、ユイと夏奈子が初めて会った時の事だ。

 ユイは初めての同世代(見た目年齢)との触れ合いが本当に嬉しかったようで、まだ若干の常識知らずな面のある夏奈子のお姉ちゃんになると言ってそう呼ぶように言ったらしい。

 これについてはユイにも夏奈子にも良い影響が出るだろうと、双方の両親が合意して温かく見守っているので、現状は何も問題なく仲の良い姉妹のような関係になっている。

 

「ナツ、ここ座れよ」

「はい、キリトさん」

 

 和人の横が空いていたので、一夏は夏奈子を連れて和人の横へ行き、椅子に一夏が座ると、その膝の上に夏奈子を座らせた。

 ユイもそれを真似してか、立体映像ではあるものの、和人の膝の上に座ったので、ここに親馬鹿極まれりな父親二名が誕生する。

 

「いやぁ、やっぱウチの娘は可愛いなぁ……ねぇ、キリトさん」

「いやいや、ウチの娘はもっと可愛いぞ、ナツ」

「いやいやいや、夏奈子は最近甘える事を覚えたのかすっごく甘えてきてくれて、本当に可愛いんですよ」

「いやいやいやいや、ユイなんて最初から甘えん坊でな。よく俺の膝の上で寝る事があるんだぜ」

「……」

「……」

 

 父親二人(親馬鹿)の睨み合いになったが、これも最近では見慣れた光景で、いつも通り明日奈が鎮圧した事で収まる。

 

「まったく、馬鹿やってないの。ユイちゃんも夏奈子ちゃんも可愛いのは当然なんだから、今はシャルちゃんの勉強を見ましょう?」

「「はい……」」

 

 明日奈に叱られる二人を眺めていた鈴音達は、何とも言えない表情をしていた。特に、嘗ては一夏に恋心を寄せていた鈴音は尚更だ。

 

「鈴さん、今のお気持ちは……?」

「何ていうか……100年の恋も冷めそうよ」

「あはは……」

「ご愁傷様」

 

 雑談はこの辺にして、シャルロットの勉強の続きに入った。

 現在、シャルロットが勉強しているのは、ISのOS関係についての内容で、これに関してはシャルロットも流石に完全な理解が出来ていない内容であり、一夏と和人の得意分野だ。

 IS電子工学の授業において、一夏と和人は学年トップの成績を持っているので、この分野に関しては二人に教わるのが一番。

 

「ねぇ一夏、この局地戦闘用OS設定におけるブースター出力の推移ってどういうこと?」

「ん? ああ、これは局地戦闘って言っても色々な場面があるだろ? その場面ごとにブースター出力を変化させて排熱、ブースター熱の調整をするんだけど、その推移ってのは場面ごとに置ける出力差の事だ」

「例えば?」

「例えば寒冷地仕様の場合はブースター出力がこのグラフ、排熱量が少ないだろ? これは排熱しなくても寒冷地だから勝手に冷えるんだ。だからブースター出力が高く設定されてる。逆に砂漠みたいな熱帯地仕様だとこっちのグラフだな。排熱量が多くて、ブースター出力が低い代わりにPICによる飛行補助を大きく掛けてる」

「そっか! 熱帯地だと排熱を沢山しないとブースターに熱が篭り過ぎて熱暴走を起こす危険があるから……」

「そういう事だ。んで、その設定出力を調整する際の効率的な設定方法ってのは……」

 

 流石は電子工学においてIS学園でもトップの成績を誇るだけあり、一夏が教えるとシャルロットの勉強は随分とスムーズに進んだ。

 勿論、和人が教えても良いのだが、どちらかというと和人は電子工学より機械工学や生体工学の方に秀でており、IS整備の座学において和人もまた学年では簪に並びトップクラス。

 しかも、和人は現在、あの天才・篠ノ之束によって直接機械工学と生体工学の指導を受けているので、次の中間考査では簪にも勝てるかもしれない。

 

「パパ……お腹すいた」

「ん? あ~……」

 

 ふと、夏奈子がお腹を小さな手で押さえながら空腹を訴えてきたのだが、テーブルにはシャルロット達が用意したお茶菓子が並んでいるのに、夏奈子が手を出した様子が無い。

 

「テーブルにあるの、好きに食べて良いぞ?」

「良いの?」

「ああ」

「ん……」

 

 どうやらテーブルにあるお菓子は勝手に食べてはいけないと思っていたらしい。なので好きに食べるよう言えば今度は何を食べようかと悩みだして大変微笑ましい。

 

「夏奈子さん、よろしければこちらを召し上がりませんこと?」

「?」

「イギリスから取り寄せたマカロンですわ。貴族ご用達最高級店の品物ですので、是非とも味わってくださいな」

「……ありがとう」

 

 セシリアから受け取ったマカロンを両手に持って小さく齧り付くと、今度は目を輝かせて食べ始めた。

 余程美味しかったのだろう、ポロポロと食べかすが一夏の膝に落ちるが、当の一夏は嫌な顔せずハンカチを取り出して夏奈子の口元を拭う。

 

「んぅ」

「ほら、ママが居たら怒られるから、もう少しお行儀良くな?」

「うん」

 

 再びセシリアからマカロンを受け取って食べ始めた夏奈子の頭を撫でると、一夏は和人の前に置いてある代表候補生選抜試験のパンフレットに目を向けた。

 それは、嘗て千冬が一夏に日本代表候補生になれと言って差し出してきた物と同じパンフレットだ。

 

「試験の日って、あれ……これってキャノンボール・ファストの日かよ」

「みたいだよ。それで、だいたい一週間くらいで結果が出て、その後は面接やるんだって。面接したら、その2~3日くらいで合否が決まるって聞いたかな」

「ふ~ん……そっか、じゃあキャノンボール・ファストと代表候補生選抜試験と、俺の誕生日、全部同じ日なんだなぁ」

 

 何気なく呟かれた言葉を、セシリアと簪、シャルロットの三人が理解するのに、数瞬の間があった。その間に、鈴音も思い出したように「そういえばそうだったわ……」などと呟いていて、和人や明日奈、ユイは思い出した様に一夏に言うのが遅いとジト目を送る。

 一夏の膝の上で相変わらずマカロンを食べている夏奈子は首を傾げるものの、直ぐにマカロンに夢中になってしまった。

 

「「「ええええーーーーーっ!?」」」




次回はクロエを出したいなぁ……。
というわけで予定としては一夏とクロエのお話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十一話 「天災の娘」

今回はクロエと一夏のお話です。


SAO帰還者のIS

 

第八十一話

「天災の娘」

 

 1年3組に転入してきたクロエ・クロニクルがIS開発者である篠ノ之束の義理の娘であるという事は学園内の者であれば誰もが知る事実である。

 更に、束謹製の専用機を持つ専用機持ちではあるが、そのISが戦闘用ではないことから、3組のクラス代表交代は起きなかった。

 故に、クロエは現在、3組の一生徒としてそれなりに馴染んで来て、一夏達や鈴音、簪といった別のクラスの者とも親しくしている。

 特に一夏が一番クロエに懐かれており、授業が無い時に廊下で偶然会った場合は常にクロエが後ろを付いて歩くという光景が時々だが見られる程だ。

 

「……な、なぁクロエ?」

「何でしょう……?」

「せっかくの休日なのに、何で付いて来るの?」

「いけませんか?」

「いや、別にいけなくはないけど……」

 

 ちょっと街まで買い物に出掛けようとして寮を出た所で、偶然にもクロエと遭遇し、そのままクロエはいつも一夏と偶然会う時と同じように今回も一夏の後ろを付いて歩き、ついには街まで一緒に来てしまった。

 

「織斑一夏さんは、何を買いに?」

「うん? いや、何でもアメリカの有名な量子物理学者の書いた学術書の日本語訳版が発売したとかでな、それを探しに」

「アメリカの……ああ、最近ニュースになってる電子工学理論の応用と展開、その展望が書かれた本ですか」

「それそれ、レゾナンスの本屋なら結構大きいし、あるかと思ってな」

 

 ショッピングモール『レゾナンス』に到着して、直ぐに二人は本屋に向かった。

 レゾナンス内にある本屋は全国チェーンもあるほど大きな本屋で、大抵の本であればこの店で買えると言われている程だ。

 

「そういえばクロエは目を閉じてても普通に歩けるんだな」

「ええ、私の専用機のことは束様からは……」

「ああ、聞いてるよ。生体同期型のIS『黒鍵』だっけ?」

「はい。元々、私が失敗作と言われていたのは生まれつき心臓が弱く、長くは生きられないという理由からでしたが、束様が開発した黒鍵と同期する事でコアを心臓と融合して普通の人間と変わらない生活を送る事が出来るようになりました。結果としてISを常に起動している状態になったので力の塊になった瞳を閉じなければならなくなりましたが、ハイパーセンサーが目を閉じていても周囲の景色といった情報を脳に直接送り込むので、目で見えずとも視えて(・・・)いるのです」

 

 理論は理解出来るし、どのような方法を取っているのかも、一夏の頭で解る事だが、それが一歩間違えれば外道な手法であるのも同時に判明してしまった。

 しかし、それのおかげでクロエは今も生きていられるというのも事実であり、束がクロエを実験体として黒鍵と同期させたのではなく命を救う為に行ったのだと判るからこそ、何も言わなかった。

 

「だから、束さんは命の恩人なのか」

「はい」

 

 本来、宇宙に行く為の翼として開発されたISの技術が兵器として利用されてしまった中で、束はISの技術で人の命を救った。

 きっとそれは、翼を兵器にされてしまった束にとって何より大きな進歩であり、ISという存在の意義を少しでも改善させる結果になったのだろう。

 

「お、あったあった」

 

 話もそこそこに、一夏は目的の本を見つけてレジへ持って行き、会計を済ませて店を出た二人は、まだ時間が余っているのもあって昼食ついでに休憩する事にした。

 

 

 レゾナンスのレストランフロアに移動して、適当な喫茶レストランに入ると、ようやく落ち着く。

 

「クロエはもうIS学園には慣れたか?」

「はい、クラスの皆さんも最初こそ束様の娘という事で余所余所しくもありましたが、学園祭準備の際に色々とお話した結果、随分と打ち解ける事が出来たかと」

「そっか、そりゃ良かった」

 

 注文した食事が届いて二人で食べながら一夏はクロエにクラスでの事を聞いていた。

 彼女が束の娘である事は転入当初より有名な話で、それ故に何かトラブルや問題を抱えてしまうのではないかと心配していたものの、どうやらその心配は無用だったらしい。

 

「部活には入ったのか?」

「いえ、それはまだ……剣道部とVR研究部で迷ってます」

「ん? 何だ、剣道やVR技術に興味が?」

「VR技術の方は束様の助手をしていた事から知識はある程度ありますし、興味があります。剣道に関しては束様より篠ノ之流の手解きを受けていますので、一応は篠ノ之流門下生です」

 

 確かにクロエは何かしらの武道をやっているであろうというのは気づいていたが、まさか篠ノ之流をやっていたとは驚いた。

 だが、篠ノ之流師範代の束の下に居たという事を考えれば、そうおかしな話でもない。

 

「そういえば、先日束様がお父上に電話で正式に篠ノ之流師範を名乗る事を許可されたらしいですよ?」

「へぇ、龍韻さんから……って事は、束さんが師範の篠ノ之流道場が開けるって事だな」

「はい、その門下生第一号が私です」

 

 箒も門下生になって束から篠ノ之流を鍛えてもらうらしく、彼女の剣の腕もこれから更に上達する事が見込まれる。

 暫くはIS学園の第2剣道場が束の道場となる事になり、千冬もそこで師範代として剣を教える事になったらしい。

 門下生も剣道部員から希望者が入る事になっていて、これから束の道場も大きくなるだろう。

 

「織斑一夏さんは、門下生にならないのですか?」

「俺? 俺はもう篠ノ之流から離れて久しいし、今はアインクラッド流とも呼ぶべき剣技があるからなぁ……やらないわ」

 

 と、そこで一夏は気になる事が一つ出来た。

 

「なぁクロエ」

「何でしょうか?」

「俺の事さ……フルネームで呼ぶのやめない?」

 

 そう、クロエはずっと一夏の事をフルネームで呼んでいたのだ。勿論、一夏だけではなく、和人達の事もフルネーム呼びしているので、そろそろそれを何とかしていと思っていた。

 

「そう言われましても……」

「一夏でもナツでも、好きに呼んでくれて良いぜ? 束さんの娘なんだから、俺に変な遠慮はしないでくれ」

「……それでは……お兄様、そうお呼びしても?」

「……うぇ!?」

 

 素で驚いてしまった。今まで、実の姉や兄貴分に姉貴分が居ても弟や妹、弟分に妹分というのがユイ以外に居なかったので、実は兄と呼ばれるのが今でも照れ臭いのだ。

 勿論、ユイにお兄さんと呼ばれるのは嬉しいし、彼女の事を本当の妹のように可愛がっているから文句は無い。

 しかし、ここに来てまさかクロエまでもが一夏を兄と呼びたいと言ってくるとは思わなかった。

 

「駄目、でしょうか……?」

「あ、いやいや! 全然大丈夫!! そう呼びたいなら呼んでくれて構わないぜ!」

 

 シュンとしてしまったクロエに慌ててお兄様呼びを許可する。するとクロエも何が嬉しいのか口元を喜色に歪めて喜びを表した。

 

「いよいよ俺の呼び名も、増えてきたなぁ……」

 

 一夏、一夏君、一夏さん、いっくん、ボウズ、小僧、一の字、白の剣士、ナツ、ナツ君、ナツさん、お兄さん、パパと来て遂にお兄様と来たか。

 

「お兄様が皆さんに慕われる理由、何となくわかった気がします」

「ん?」

「お兄様は、お優しい方だと、そう思いました」

「……優しい、か」

 

 優しい自分、それは確かにあるのだろう。だけど、その一方で非情で、残酷な自分も確かに居るのを一夏は自覚している。

 優しさだけでは戦いの世界で生き残る事は出来ないと、アインクラッドでの2年間で学んだ。優しいだけではただの弱者で終わるという事も、すぐに死んでしまうという事も、あの世界で嫌という程、思い知らされたのだ。

 

「クロエ、俺が優しいっていうのは、少し違う……俺は優しさを見せる一方で、敵を必要とあらば殺す事も厭わない所を併せ持った……殺人者だ」

 

 この手は、10人の人間の命を奪い、血に汚れた殺人者の手。今の一夏が見せる優しさなど、その罪の意識による贖罪から来る物ではないとは決して言えない。

 時々、笑っている自分や、優しそうな表情をしている自分の姿を窓ガラスや鏡で見てギョッとする事がある。

 その時、どうしても頭の中でもう一人の自分が囁くのだ、「何を笑っているんだ。お前は、そんな風に笑う資格があるのか? 人殺しの罪人の分際で……」と。

 

「そう、亡国機業(ファントム・タスク)が攻めて来た時だって、別に殺せなかった訳じゃない……ただ、殺す必要が無かったから殺さなかった。楯無さんに生け捕りにしろと指示されていたから殺さなかった。ただそれだけの事だ」

 

 言い換えれば、それは殺す必要があれば、殺せと指示があれば殺していたという事に他ならない。

 今更、殺した人間の数が増えようと、それは背負うべき罪が、十字架が増えるだけの事で、今と何一つ変わらないのだから。

 

「私は……そうやって己を殺人者だと認め、殺した事の罪を背負う覚悟を持った貴方は、やはり優しいのだと思います……束様も、白騎士事件で報道こそされなかったものの、確実に出てしまった犠牲者の事を今でも悔み、白騎士事件のあった日は毎年欠かさず喪に服していますから」

 

 だから、クロエは束を優しいと言う。そして、その束と同じ一夏の事も、優しいのだと断言した。

 

「サンキュー……クロエ」

「いえ」

 

 何故か、少しだけ心が救われた気がした。きっとこれからも一夏の罪は消える事無く一夏の背中に重石の如く圧し掛かったままだろうが、それでもそんな自分が、今を笑って過ごしても良いのだと、許された気がしたから。




次回からはいよいよキャノンボール・ファストとシャルロットの日本代表候補生選抜試験当日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十二話 「キャノンボール・ファスト」

お待たせしました。
出張で岡山に来てます。


SAO帰還者のIS

 

第八十二話

「キャノンボール・ファスト」

 

 ついにキャノンボール・ファストの大会当日となった。

 この日まで、出場予定の生徒は高速飛行に慣れる為の訓練を、整備科及び開発科の生徒は高速機動仕様の調整を只管続け、学んできたので、その結果が今日ようやく発揮される。

 レース自体は1年生、2年生、3年生の順番に行われ、その後に1年生専用機持ちによるレースが開催される事になっていた。

 これは今年の1年生の専用機持ちの数が例年より多い事から急遽用意されたプログラムであり、今年のキャノンボール・ファストのメインイベントと言っても過言ではないだろう。

 

「お~、流石楯無さんだなぁ」

 

 自分たちの出番までまだ少しあるという事で一夏は夏奈子と百合子の三人で観客席に来ていた。

 今行われているプログラムは二年生の部、二年生の専用機持ちであるギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアと、専用機持ちではないがイギリスの代表候補生であるサラ・ウェルキン、そしてロシア国家代表である楯無が表彰台を独占するのは間違い無いと予想されているが、その通りだった。

 現在、二年生の部のレースではトップを楯無が独走して、その後ろでサラとフォルテが2位3位争いをしている。

 

「フォルテ先輩の機体……コールド・ブラッド? どういう機体なのかな?」

「ん? 何でも中近距離に対応した機体らしいぞ。冷気を操る機能が第3世代武装になるらしい。それで氷の壁を作ったり氷の槍を降らせたり」

 

 顔を見たことはあっても、会って話した事も無い先輩の専用機の情報など詳しく知るはずも無い。

 因みにもう一人の知らない先輩であるサラに関してはセシリアのイギリスでの先輩という事で話には聞いた事がある。BT適正がセシリアと同レベルにあれば間違いなく彼女がブルー・ティアーズの操縦者になって、セシリアがサイレント・ゼフィルスの操縦者になっていたであろうという話だ。

 だが、サラのBT適正は残念ながら低かったため、彼女には第三世代の専用機が与えられなかった。

 

「にしても、てっきりサラ先輩は訓練機のメイルシュトロームを使うのかと思ったけど、リヴァイヴなんだな」

「多分、汎用性を重視した」

「なのかね?」

 

 メイルシュトロームはイギリスの第二世代機だ。ブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルスの原型となっているので、当然だが射撃主体の機体となっている。

 

「テンペスタ使ってる生徒もいるけど、やっぱ近接格闘戦重視の高速機動型のテンペスタだからって、トップになれるわけじゃないってことか」

 

 テンペスタは正直、第二世代の中では強すぎる。何せ元々テンペスタが開発されたばかりの頃の、まだ量産される前のテンペスタの操縦をしていたのはイタリアの国家代表で、千冬が辞退した第2回モンド・グロッソ決勝戦の対戦相手でもあったのだ。

 世界でも数少ない単一使用能力(ワンオフアビリティー)発現者、その彼女が使っていたテンペスタの量産型は、訓練機用にダウングレードしていても、性能は相当に高い。

 

「そういえば、夏奈子もテンペスタに乗ってたね」

「ん? うん」

 

 一夏の膝の上に座ってリンゴジュースをちびちび飲んでいた夏奈子が、以前まで乗っていたテンペスタの事を思い出して百合子を見上げながらこくりと頷いた。

 あのテンペスタは学園に回収された後、そのまま解体されて調査をしている。その後は再度組み立ててイタリアへ返却される予定になっているのだ。

 

「テンペスタって使い心地はどうなの?」

「ん……速い、動きがスムーズ」

 

 聞いた話では白式が暮桜と打鉄をベースにした機体だという話だが、話を聞く限りだとコンセプトがテンペスタに近い気がする。

 暮桜は高速機動近接戦闘型だが、打鉄は高速機動型ではない。だが、テンペスタは高速機動近接格闘戦型という事で白式はそれに近いのだ。

 

「さて、そろそろスタート控えの所に行かないとだな」

「うん」

「パパ、ママ……もう行くの?」

 

 夏奈子を抱っこしたまま立ち上がった一夏と、それに寄り添う百合子を夏奈子が見上げて不安そうな顔をした。

 幼いなりに、彼女も一夏達が感じている不安を感じ取っているらしい。もしかしたら、亡国機業(ファントム・タスク)が来るかもしれないという事を。

 

「夏奈子は千冬伯母さんと束ママの所で待っていてくれ」

「ん」

「管制室でパパとママのレース、見ててね」

「うん」

 

 千冬と束は管制室に居るので、夏奈子を預ける上では一番安全な所と言える。世界最強と世界最強よりも強い天災に守られる。これほど安心出来る事は無いだろう。

 

 

 キャノンボール・ファスト三年生の部が三年生の専用機持ちであるアメリカ代表候補生ダリル・ケイシーの優勝で終了し、ついにメインイベントである一年生専用機持ちの部が始まろうとしていた。

 既にスタート位置にて並んでいるのはスラスター及びエネルギー調整をした白式・聖月の一夏と紅椿の箒、打鉄弐式の簪、それから高速機動用パッケージを装備したブルー・ティアーズ・アンダインのセシリアと甲龍の鈴音、黒鐡の和人、瞬光の明日奈、槍陣の百合子の、合計8人だ。

 

「キリトさん、今日はユイちゃんは?」

「ユイなら束さんに預けてあるよ。束さんがユイ用に作った携帯端末があるんだけど、そっちに移ってる」

「へぇ」

 

 さて、そろそろ時間だ。スタートラインに全員が並び、カウントランプが点灯する。

 全員、スラスターとPICを起動して一気にスタートダッシュを決めるために集中し、ランプが一つずつ消えていくのを見つめた。

 そして、最後の赤ランプが消えて青いランプが点灯した瞬間、一斉に飛び出す。

 

「お先ですわ!」

「一気に行くわよ!!」

「負けないよ!」

 

 最初のスタートダッシュを決めたのはセシリアと鈴音、それから明日奈の三人だった。セシリアがトップに立ち、その後ろを鈴音と明日奈が並んで、その後方には箒と和人が、そして最後尾には一夏と簪、百合子が並んでいる。

 

「お行きなさい! アンダイン! ディープブルー!」

 

 トップに出ているセシリアが速度を落とすのを覚悟でBT兵器を射出し、後方の鈴音と明日奈にレーザーと突撃刃を向けた。

 明日奈は持ち前の瞬発力で飛んでくるレーザーを避けながらランベントライトで突撃してくるディープブルーを弾き、鈴音は衝撃砲で迎え撃つ。

 しかし、それが仇となったのか、三人の横を和人と箒が追い抜き、トップは和人と箒のバトルに突入した。

 

「このパッケージ、中々良いな……」

「くっ、こんなに速いのか!」

 

 現在、和人と、それから明日奈、百合子が装備しているパッケージはレクトが開発した高速機動パッケージの閃空と呼ばれる装備だ。

 その性能はスラスター及びブースターの増設だけではなく、ソードスキルの威力を下げる代わりに、その分のエネルギーをスラスター出力へ回す事が出来るという、速度を上げる事にのみ特化したパッケージなのだ。

 

「一夏、そろそろ行く」

「ん? 簪もか」

「そっちも?」

「おう、俺も百合子もそろそろ温まってきたからな」

「二人とも、負けないから」

「私、も……! 行こう、弐式!! ヘカトンケイル起動、モード“ギューゲース”!!」

「槍陣、閃空最大出力!!」

「行くぜ白式! 展開装甲起動、最大出力だ!!」

 

 打鉄弐式がヘカトンケイルを非固定浮遊部位(アンロックユニット)に装着され、一気に速度を上げる。

 同時に、槍陣もブースター出力を最大まで上げて速度を上げ、白式も全身の展開装甲を開いて青い余剰エネルギーを放出しながら最大速度まで一気に高めた。

 

「まずはセシリア達を抜くぜ! 白式!!」

 

 一夏は両手に今までとは違う武装を展開する。それは剣を使い続けてきた一夏のイメージを大きく覆す新たな武装。

 

「なっ!? 一夏が銃!?」

「なんですって!?」

 

 白式の両手に現れたのはIS用の拳銃だった。それも、サイズをISサイズにしただけの銃に詳しい者なら一目で分かる銃だ。

 

「あれは、ブローニングハイパワーとコルト・ガバメントですわ!」

「ナツ君、GGOで覚えたんだ……」

 

 IS用の拳銃、ブローニングハイパワーDAカスタム、コルト・ガバメントカスタム。白式の新たな武装として追加された白式の中遠距離用武装だ。

 

「さぁて! 銃はリアルで撃つのが初めてだから流れ弾注意だぜ!!」

 

 前方に出ていたセシリア達に向けて引き金を引きつつ、それを迎撃または回避しようとしているのを尻目に一気に追い抜いていった。

 残るはトップ争いをしている和人と箒の二人で、今度は両手のハンドガンを格納し、新たにスナイパーライフルを展開する。

 

「バレット……っ!」

「お、簪よく知ってるな」

 

 一夏が展開したのは、一般的にバレットと呼ばれるM82A1という対物ライフルのIS用で、IS専用武装としての名はファイヤーバレットという。

 その銃口から放たれる銃弾は本来のM82A1など比べ物にならない程の巨大な銃弾で、万が一生身の人間に直撃しようものなら跡形も無く消し飛ぶ程だ。

 

「い、一夏!? まさかそれを私達に……」

「ああ……ファイヤ!」

 

 迎撃しようと剣を構えた和人と箒だが、その銃弾が二人の間をすり抜けていった事に唖然とし、そしてその直後だった。

 

「よく、気づいたな」

 

 その手に持つスナイパーライフルで銃弾を受け止めたため、真っ二つになったスターブレイカーを持つサイレント・ゼフィルスと、その操縦者であるMが降り立った。

 そう、一夏が放った銃弾は和人と箒を狙った物ではなく、その向こうから狙撃しようとしていたMを狙った物だったのだ。

 

「やっぱり来たか、亡国機業(ファントム・タスク)

「ああ、織斑一夏……今日は貴様を殺してKを取り戻しに来たぞ」

 

 そう言って、Mは折れたスターブレイカーを格納してナイフを展開すると、BT兵器を射出して銃口を一夏に向けた。

 

「そろそろ貴様は、この世界から消えるべきだ! 織斑一夏!!!」

「っ!!」

 

 襲い掛かるレーザーの嵐に、一夏はファイヤーバレットを格納してトワイライトフィニッシャーとリベレイターⅡを展開して迎え撃とうと一気にスラスターを吹かして直進する。

 その真上から、一夏の調度真上から降ってくる存在に、気づかずに……。




次回はついにあの男が動き出す!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十三話 「亡国の破壊神」

ついに、あの男が動きます。


SAO帰還者のIS

 

第八十三話

「亡国の破壊神」

 

 攻め込んできたのはMだけではなかった。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)こそ来ていないようだが、M以外にも無人機らしき各国の量産型ISが来ている。

 専用機持ち全員が無人機を迎撃する為に武器を構える中、一夏は真っ直ぐMへ向かって行った。

 キャノンボール・ファストの為の設定をした為にソードスキルを封印してしまっているので、ソードスキルこそ使えないが、その分のエネルギーをスラスター類に回しているから速度は今までの比ではない。

 超高速機動で動く白式・聖月の動きを捉えられる者など、それこそモンド・グロッソ上位の者や千冬、束くらいだろう。

 

「チィッ! ちょこまかと!!」

「甘いんだよ!!」

 

 青い余剰エネルギーを放出して動く白式は幻想的で、残像まで残しているから余計にBT兵器で捉えられない。

 偏向射撃(フレキシブル)を使った所でそれは同じで、接近してきた一夏にナイフで迎え撃っても、そもそも近接戦闘ではMは一夏に圧倒的に劣る。

 

「くっ!?」

「剣の腕はあるみたいだが、荒削りだな!」

「っ!」

 

 一夏の目から見て、Mの剣は荒削りもいいところだった。何故かは知らないが千冬の太刀筋を真似ているようだが、本格的な剣術を学んだ事が無いのだろう、完全に猿真似にしかなっていない。

 ただ、その猿真似でも実践で磨き上げているから何とか形になっているのだが、そんな荒削りの刃では一夏には届かないのだ。

 

「援護しますわ!」

「セシリア!」

 

 メイルシュトロームを破壊したセシリアが一夏の援護に入った。これで2対1、確実にMに勝ち目は無い状況になった。

 流石にMも状況の悪さに焦りを見せ始めたのだが、そんなMに一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に距離を詰めようとしたその時だった。

 

「ぶぅるぁあああああああああ!!!!」

「っ!? がぁああああっ!!!」

「一夏さん!!?」

 

 突如、一夏の真上から何者かが落下してきて、その勢いのまま一夏を叩き落してしまった。

 

「何者ですの!?」

「ふぅういぃ……おじさんかぁ? おじさんは亡国機業(ファントム・タスク)首領のスカイってんだ」

「首領……ですって!?」

 

 現れたのは、漆黒の装甲に包まれ、所々に黄金の装飾が施された悪魔的なフォルムのISに乗る初老の男だった。

 その男……スカイは両手に銃剣らしき武装を握り、くるくると回しながらタバコを加えてサングラス越しにセシリアではなく、落とした一夏を見下ろしている。

 

「どうしたぃ? テメェはそんなもんかぁ?」

「ぐっ……突然、降って来て……何を言っているんだか」

 

 何とか持ち直してセシリアの横に浮かび上がってきた一夏だが、今の一撃で随分とシールドエネルギーを消失し、装甲も所々が罅割れてしまっている。

 

「マドっち、おじさんが織斑一夏とやっからよ? マドっちはあっちのお嬢ちゃんとダンスしてな」

「……わかった」

 

 Mがセシリアに突っ込み、そのまま一夏達から引き離してしまった。残された一夏とスカイは、互いに剣と銃剣を構えてにらみ合っている。

 

「改めて自己紹介しようかぁ? おじさんはスカイ、亡国機業(ファントム・タスク)の首領やってる。この機体は先日完成したばかりのおじさん専用機で、トーデストリープってんだ」

「随分と、お喋りだな」

「ガキ相手すんだ、大人のおじさんが出来るせめてもの情けさぁ……殺す前のな」

「っ!」

 

 気がついた時には、目の前にスカイが迫っていた。

 慌ててリベレイターⅡで防御しようと銃剣を受け止めたのだが、スカイは構わず刃がリベレイターⅡに受け止められたまま引き金を引く。

 

「エェイメェン!!!」

「ぐっ!?」

「ぶるぁああああああ!!!!」

「がはっ!?」

 

 銃口から放たれた銃弾がリベレイターⅡの表面に当たった瞬間、物凄い衝撃が走り、それに怯んだ隙に脇腹へ回し蹴りを入れられてしまった。

 大きく吹き飛ばされた一夏を追ってスカイは更に銃剣の刃を一閃するが、今度は一夏も反応してトワイライトフィニッシャーで弾き、もう一撃をリベレイターⅡで受け流してタックルを入れる。

 

「ぬぅっ!?」

「せぁ!!」

 

 タックルを入れた瞬間にトワイライトフィニッシャーとリベレイターⅡを格納し、スカイの腕を掴んで背負い投げをする。

 

「ぬぉおおおおお!!」

「バレット!!」

 

 真下に投げ飛ばしたスカイにファイヤーバレットの銃口を向けて引き金を引いた。

 ISサイズの対物ライフルの銃弾は真っ直ぐスカイに向かうが、流石に一夏に銃の才能は無かった様で、トーデストリープの左の非固定浮遊部位(アンロックユニット)を貫通して爆破するに留まる。

 

「やるじゃねぇか! ならこれならどうだぁ!!」

 

 銃剣を格納したスカイは一振りの斧を取り出した。巨大な大小両刃の刃に中央の紫色の宝玉が特徴的な凶暴なフォルムは、一振りで万物を薙ぎ払わんとする印象を受ける形をしている。

 

「こいつを取り出したからには、テメェは死ぬ! おじさんを本気にさせた事を後悔しながら死ねぇい!!!」

 

 片方のスラスターが使えなくなったというのに、それでも相当な速度でトーデストリープを動かしたスカイは一気に一夏に肉薄する。

 一夏はファイヤーバレットを格納してトワイライトフィニッシャーとブレイブハートの二刀流で迎え撃とうとしたのだが。

 

「今死ね! 直ぐ死ね!! 骨まで砕けろぉい!!!」

「っ!!」

「ジェノサイド!!! ぶるぁあああああああああああ!!!!!!」

「グゥッ!? ああああああああっ!!!」

 

 剣をクロスして受け止めたが、そのあまりの重さに両腕の筋肉が悲鳴を上げる。前身の展開装甲とブースターを最大出力で吹かして押し返そうとするのだが、それでも力負けしてしまっていた。

 

「っ!?」

 

 その時だった。これまで、一夏を支えてきたトワイライトフィニッシャーと、そして新たな刃として一夏とともに歩く事になるであろう筈のブレイブハートの刃に、罅が入ったのだ。

 そのままスカイの斧の刃が食い込み、甲高い音と共に剣が両方とも半ばから折れてしまった。

 

「カハッ!?」

 

 袈裟から斧が叩き込まれ、地面に叩き付けられた一夏にトドメを刺そうとスカイは右手を向けた。次の瞬間、トーデストリープの右腕は巨大な砲身となり、膨大なエネルギーが収束する。

 

「ボルメテウス!! 発射ぁあああああ!!!!!」

 

 収束型超高エネルギー速射砲ボルメテウス、トーデストリープ最大最強の武装であり、その一撃は一夏の意識を刈り取り、白式を完全大破させてしまった。

 

「ふん、んじゃあ白式を回収して……っとぉ!?」

「はぁああああ!!!」

 

 スカイが白式を回収しようとしたとき、背後から斬り掛かってくる存在に気づいて回避した。

 そこには、暮桜を纏った千冬が雪片を構えて鋭い目付きでスカイを睨み付けている。大切な弟を落とした男に対する憎しみに染まった瞳で。

 

「ふぅん、ブリュンヒルデか……」

「貴様……よくも一夏を!」

「……あ~あ、なんか白けちゃったなぁ。おめぇさんは殺す価値も無ぇし、回収するのも面倒になっちまったなぁあ……帰るか」

「逃げられると思っているのか?」

「ふん! てめぇみてぇな雑魚が、おじさんを止められるとでも思ってるのか? 小娘が」

 

 小娘、そう呼ばれたとき、千冬の脳裏には一瞬で己が殺される光景が過ぎった。雪片を握る手がガタガタと震え、悪寒で背筋が冷え込む。

 

「ふん、殺し合いもした事が無ぇような小便臭ぇ生娘にゃあ用は無ぇんだよ。殺しの処女(ヴァージン)捨ててから出直して来い」

 

 そう言い捨てて、スカイはセシリアと戦っていたMと、残存する無人機を引き連れて去って行った。

 直ぐ様、千冬は医療班を手配して一夏を集中治療室へ搬送するよう指示を出すと、束をこの場に呼び、その間に一夏の所へ向かう。

 既に和人達が一夏の周りに集まっており、百合子が一夏に縋り付いて泣いていた。

 

「織斑先生……」

「桐ヶ谷か……遅くなってすまんな」

「いえ……」

 

 見れば、簪が白式のチェックを行っており、ダメージレベルがどの程度なのか簡易的にだが計測している。

 千冬は今にも百合子同様一夏に縋り付きたいのを我慢して簪に歩み寄ると、チェックの結果を尋ねた。

 

「ダメージレベルF……修復不可能レベルです」

「そんなに、か……」

「コアは、無事でした……でも、機体はもう」

 

 一から作り直した方が良いというレベルだという話だ。

 

「……最悪の状況だな」

 

 キャノンボール・ファスト。そして一夏の誕生日であるこの日、一夏が落とされ、白式が修理不能レベルで大破してしまった。

 この事態は、今後のIS学園での行事に大きな影響を及ぼす事になるのは、間違い無いだろう。

 




トーデストリープの詳細は機体設定に載せますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十四話 「落ちた白」

仕事が忙しい……。


SAO帰還者のIS

 

第八十四話

「落ちた白」

 

 亡国機業が撤退した後、一夏は校舎の医務室ではなく、地下区画にある集中治療室へ緊急搬送された。

 相当な重傷で、右足大腿骨骨折、左足腓骨骨折、左腕上腕骨の罅と右腕尺骨骨折、肋骨が2本罅と3本骨折、胸骨の罅と、全身至る所の骨が折れている状態の為、ナノマシン治療を行っても全治2週間は掛かるとの事だ。

 大破した白式についても学園地下の施設へ移送され、束によって精密検査に掛けられたが、結果は簡易検査でのダメージレベルを上回るダメージレベルF、完全大破状態であり、もはや修理は不可能、1から作り直した方が良いという状態だったらしい。

 幸いにしてコアは無事だったのを確認したので、新しく白式を作り直してコアを搭載する事も出来るのだろうが、その場合はせっかく二次移行(セカンドシフト)したのがリセットされる。

 更には白式をもう一度作るとなると予算や材料などの都合を付けるのに少なく見積もっても半年以上は掛かるのだとか。

 

「束、白式はもう……」

「うん、もう束さんでも修理出来ないよ。作り直そうにも1からとなると時間が掛かるから、いっくんの立場を考えると得策じゃない」

 

 一夏は世界で二人しか居ない男性IS操縦者であり、ブリュンヒルデ織斑千冬の弟であり、女権団体にってはIB~インフィニット・バースト~を作り出した大罪人でもある。

 将来、一夏がアメリカへ留学するまでには何とかするつもりではいるが、現状では一夏はまだまだ身柄を多くの組織から狙われているので、専用機を長い間持たない状況に置いておくのは不味いのだ。

 

「作り直したとして、最短で半年か」

「それくらいは掛かるかなぁ……」

 

 学園の訓練機を一機、一夏の臨時専用機に回しても良いのだが、白式という高性能な第4世代機に慣れている一夏に今更第2世代の、それも訓練機用にダウングレードしている機体では一夏の能力に機体の方が追いつけなくなり、返って足枷になってしまう。

 

「ね、ちーちゃん」

「何だ?」

「ちょっと見てもらいたい物があるんだけど……」

「なんだ、まるであの時(・・・)と同じ台詞を……」

 

 束が千冬を案内して連れて来た場所は学園の地下区画に用意された束専用ラボとなっている区画だった。

 ラボの中に入ると、そこには簡易ベッドと簡易キッチンの他に大型コンピューター、それ以外にもさまざまな機材が所々に置かれている。

 

「この扉の奥に、置いてある物なんだけど」

「……」

 

 部屋の壁の一箇所が以前は普通の壁だったのに、今は扉に変わっていた。恐らく束が改造したのだろうが、それは今は追及しない事にして、今はその扉の奥にある物とやらを見せてもらう事にする。

 束が壁のスイッチを押すと、ゆっくり扉が開かれ、そこには薄暗い部屋が奥に広がっていた。だが、暗くても何かが安置してあるのはわかる。すると、束が壁にあるもう一つのスイッチを押す事で照明が点灯した。

 

「これ、は……っ!」

 

 そこにあったのは、“白”だった。まるで新雪の如き眩い輝きを放つ白が、そこに安置されていたのだ。

 

「“コレ”を、完成させていっくんに渡そうと思うんだ……これなら、後一月あれば完成する」

「束、お前……」

「本当は、作っても暫く、世界が第4世代の開発に着手するようになるくらいまで表に出すつもりは無かったんだけど……いっくんの為に渡すよ。それに、これはいっくんが操縦する事を前提にして開発した物だから。いっくん以外の人間には扱えない」

 

 千冬は目の前にある“ソレ”に改めて目を向けた。

 変わらず眩いばかりの白い装甲が美しい……白騎士や白式とも違う、第3の白の姿を、その目に焼き付けるように。

 

 

 IS学園地下集中治療室、そこでは先ほど手術を終えた一夏がベッドの上で眠っていた。

 心電図等の様々な機器が身体に繋がれ、口には呼吸マスクが付けられた状態で横たわる一夏の両腕両脚にはギプスが巻かれていて、痛々しいことこの上ない。

 

「パパ……」

「ナツ……」

 

 一夏の眠るベッドの傍らには百合子と夏奈子が椅子に座って寄り添い、手を握って涙を浮かべながら一夏を見つめていた。

 先ほど手術を担当した執刀医から受けた説明によると、折れた肋骨が一部肺に刺さっていて危険な状態だったが、何とか一命は取り留めたとの事だ。

 既に医療ナノマシンを注射しているので、折れた骨に関しても2週間あれば完治するらしく、3週間程で日常生活に戻れるらしい。

 

「夏奈子」

「何……?」

「パパね、少しの間は動けないから……治るまではママと一緒に寝よう?」

「……うん」

 

 夏奈子を引き取って以来、百合子は千冬の計らいで一夏の部屋に引っ越して親子三人で暮らしていた。

 その際、夏奈子は一夏のベッドで一夏と一緒に寝ていたのだが、怪我が治るまでは隣のベッドで百合子と一緒に寝ようと提案したところ、夏奈子もそれを了承してくれた。

 

「ユリコちゃん、カナちゃん」

「ナツの容態はどうだ?」

「お義姉さん、お義兄さん……今は、麻酔が効いているから、寝てます」

 

 集中治療室に明日奈と和人が来てくれた。二人はキャノンボール・ファストの騒ぎの後片付けを楯無達生徒会と共に終わらせた後、急いで来てくれたらしく、少し息切れしている。

 

「さっき、楯無ちゃんの所でナツ君の戦闘記録を見てきたんだけど」

亡国機業(ファントム・タスク)の首領……」

「あれは、化け物だったな。正直な話をするなら、俺でも勝てる自信が無い」

 

 和人もキャノンボール・ファスト仕様の調整ではなく、本来の戦闘用の調整をした状態であっても、勝てるとは思わなかった。

 勿論、負けるつもりは無いが、それはSAO時代まで実力を戻して、尚且つスカイを最初から殺すつもりで、相打ち覚悟で戦った場合の話だ。

 だが、殺すつもりで戦ったとしても勝てないと断言出来るのは、スカイの実戦経験や戦闘センスが今まで戦ってきた誰よりも圧倒的に高いからだろう。

 今の、殺すことを忌避している和人では、確実に勝てないのは間違いない。

 

「織斑先生も一睨みで動けなくなったみたい。織斑先生は自分では勝てないって言ってたから……」

 

 現状、IS操縦技術など関係なく、純粋な実力という点で言えば千冬が学園最強というわけではない。

 千冬より実力のある束も居るし、本気で戦えば和人や明日奈でも千冬に勝てる。一夏と百合子も、千冬相手に勝てないわけではないのだ。

 つまり、千冬ではスカイと戦うには実力と実戦経験が不足しているということで、まともにスカイと戦える可能性があるのは和人と束、明日奈、百合子、一夏の5人のみということになる。

 しかし、それでもスカイに勝てるのかと言われれば、勝てる可能性があるのは束くらいか。

 

「でも、博士には専用機が無い」

「だよな……今まで師匠(先生)がIS使う所なんて見たことが無い」

 

 因みに、和人なんだが最近になって機械工学及び生体工学について束に弟子入りしたため、博士と呼んでいたのを師匠(先生)と呼ぶようにしたのだ。

 束も人生初の弟子という事で和人に熱心に教え、既に和人は束にとって愛弟子と呼べるまでになっていた。

 

「ただ、気になるのは最近の師匠(先生)は時々一人で何かやっているって事だ」

「何かを?」

「ああ、それとなく聞いてみたことがあるんだが、誤魔化された」

 

 束が何をやっているのかは気になるが、今はそれを気にしても仕方が無い。今考えるべきは一夏の事、白式の事、そしてスカイの事なのだ。

 

「アスナ、レクトに俺達の機体作った時の素体みたいなのの予備は無いだろうか?」

「あ、そっか! 私達のISって元々は白式のコピーなんだよね」

「それを、白式として完成させれば……」

 

 少なくとも訓練機を使うよりは一夏の使い慣れた機体なのでマシだろう。二次移行(セカンド・シフト)していないのが問題ではあるが。

 

「アスナ、悪いんだけど彰三さんに聞いてみてくれないか? レクトで白式素体がまだ余ってないか」

「うん、今夜にでも聞いてみるよ」

「ユリコは……そうだな、夏奈子ちゃんと一緒に少し外の空気を吸ってくると良い。その間くらい、俺とアスナでナツの事は見ておくから」

「……はい。夏奈子、行こう?」

「ん……和人お兄ちゃん、ありがとう」

 

 お兄ちゃんと呼ばれて頬を緩ませている和人とその和人の嬉しそうな表情に苦笑している明日奈に一夏の事を任せ、百合子は夏奈子と手を繋いで病室を出ると、そのまま外へ向かって行った。

 残された和人と明日奈は、とりあえず二人が座っていたパイプ椅子に腰掛けて未だに眠る一夏に目を向ける。

 

「アスナ……」

「何?」

「ユリコには言わなかったんだけどさ……さっき、菊岡さんから連絡が来て」

「菊岡さんから?」

 

 百合子には聞かせられない話なのは確かだろう。だが、いったいなんなのか。

 

「俺とナツに、日本政府から正式に国内でのテロリスト殺害許可が出たんだ」

「っ!? そ、それって……」

「ああ、日本という国が、俺とナツにテロリストを殺せと言っているようなもんだな」

 

 それから、明日奈と百合子にも万が一テロリストを殺した場合、国内であれば罪に問わないとも言ってきている。

 

「ナツ君には……?」

「出来れば、言わないつもりでいたかったけど……でも、こんな姿を見ると、な」

 

 正直、殺すつもりで戦わなければならない相手に、殺さないなんて選択をすれば、今の一夏と同じ状況になってしまう。いや、最悪の場合はこちらが殺されてしまう。

 

「でもキリト君は!」

「……俺はまだ、ナツほど殺してないから、まだ平気だよ。でも、ナツにはこれ以上、人を殺させたくないって思ってな」

「私は、ナツ君にもキリト君にも、もうこれ以上人を殺して欲しくないよ……」

「アスナ」

「……っ」

 

 わかっている。殺さなければならない時というのは、確かに存在しているのだ。明日奈とて、本当に殺さなければならない時、その手を血に染める覚悟はあるし、それを実行出来るだけの意思もある。

 だけど、人を殺した事で傷ついている和人と一夏を見ていて、これ以上二人にだけ辛い思いをさせたくはないのだ。

 

「キリト君、約束して」

「アスナ……?」

「もし、誰かを殺すのなら……そのときは、一緒に」

「……」

「きっと、ユリコちゃんもナツ君に同じ事を言うよ……だから、後でユリコちゃんにも菊岡さんの話を聞かせてあげて? キリト君にはわたしが、ナツ君にはユリコちゃんが居るって、忘れないで」

「……ああ、そうだな」

 

 次は、己の手を血に染める事になるかもしれない。だが、覚悟は決まった……愛する人が傍に居てくれるのなら、例え背負っている十字架の数が増えようとも、きっと耐えられるから。




次回は少し時間が流れてシャルロットの合否、そして専用機持ち限定タッグマッチトーナメントの企画が立ち上がります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十五話 「日本代表候補生シャルロット」

お待たせです。


SAO帰還者のIS

 

第八十五話

「日本代表候補生シャルロット」

 

「そうなんだ……一夏が」

 

 キャノンボール・ファスト当日の夜、一日目の試験を終えて寮に帰宅したシャルロットが寮のロビーで事のあらましを明日奈と和人から説明されていた。

 一応の説明をしておくと、一日目の試験であるランク適正試験についてシャルロットは当然ながらランクA+を叩き出し、本日の受験生の中で最高ランクを記録したらしい。

 

「今、一夏は医務室に?」

「ああ、ユリコが付きっ切りでな……もう少ししたら俺が交代に行く事になってる」

「カナちゃんはその間、わたしが預かってるの」

 

 見れば、ソファーに座る明日奈の膝を枕にして眠る夏奈子の姿があり、その隣にはユイが立体映像となって見守っている。

 

「夏奈子ちゃん、寝ちゃったんだ」

「うん、さっきまでパパが起きるまで寝ないって言ってたけど、まだ子供だから睡魔には勝てなかったかなー」

 

 眠る夏奈子の頭を優しく撫でる明日奈の姿は、本当に母性に溢れていると思う。勿論、明日奈はユイの母親であって夏奈子の母親ではないのだが、それでもまるで親子であるかのような光景はなんとも心が温まる。

 

「ねぇ義兄さん、一夏はまだ?」

「主治医の話では今は麻酔が利いているから、たぶん目を覚ますのは明日くらいだろうって話だ」

 

 最近、シャルロットは時々だが和人の事を名前ではなく義兄さんと呼ぶ事がある。確かに、将来和人と明日奈が結婚すれば明日奈の義理の妹であるシャルロットにとって和人は義理の兄になるわけだから、間違いではないのだが、和人としては気恥ずかしさがまだ残っていた。

 それに、明日奈と結婚するにはまだまだ乗り越えなければならない壁がいくつもあるので、気が早いにも程がある。

 

「ねぇキリト君、カナちゃんもこのままだと風邪引いちゃうし、今日はわたし達の部屋に泊めてあげようか」

「そうだな……」

 

 そっと、和人が夏奈子を抱き上げると、その軽さに驚いた。

 今まで、SAOやALOでユイを抱き上げる事は何度もあったが、こうして現実で人間の子供を抱き上げる経験が無かったが、子供というのはこんなにも軽いのかと、改めて実感する。

 

『パパ』

「ん? どうした、ユイ」

『今夜、わたしも抱っこしてください』

「……ああ、そうだな。ALOにログインしたら、一緒に寝るか?」

『はい!』

 

 ユイの可愛らしい嫉妬にほんわかしていると、夏奈子が身動ぎしたので、和人はユイと共に直ぐに部屋へ夏奈子を連れて行き、明日奈とシャルロットはまだロビーに残っていた。

 

「ところでシャルちゃん、明日と明後日も試験だよね?」

「うん、勉強は確りしてるし、起動試験も今まで通りやれば良いかなってところかな……まぁ、試験機は打鉄だっていうのが不安ではあるけど」

 

 ずっとラファール・リヴァイヴを使ってきたシャルロットは打鉄に慣れていない。一応は学園の打鉄を使って練習はしているが、やはり彼女本来の実力はラファール・リヴァイヴでなければ発揮出来ないようだ。

 

「そういえば橙風ってどういう機体なのかな? オールラウンダーの極みってお義父さんが言ってたけど」

「ん~……確かラファール・リヴァイヴの流れを汲んで一から設計し直した第3世代って聞いてるよ」

「リヴァイヴ系列の亜種……ってところ?」

「たぶん、そうかな?」

 

 ラファール・リヴァイヴを参考にして一から設計したのが橙風だと明日奈は聞いていた。元々がシャルロットに合わせた機体だという話だから、それも当然なのだろうが、シャルロットに受領されるのが本当に楽しみだ。

 

「でも、新しい専用機を貰っても……その一夏を倒したって男には、勝てないんだよね」

「……そう、だね」

 

 あの男と戦うには本気の、殺す気で戦う一夏や和人、明日奈、百合子、楯無、千冬でなければまともに戦えない。勿論、それでも勝てるのかと言われれば無理だと断言出来る。

 だが、問題なのは千冬は殺しが出来ないということ、明日奈と百合子と楯無は殺す覚悟はあっても未だ殺しの経験が無い事だ。

 このIS学園で人を殺した経験があるのは一夏と和人、それからラウラの三人だけ。そして、いざという時に千冬だけが人を殺せない。

 

「でも、織斑先生が普通なんだよ」

「お義姉ちゃん……」

「本当は、人を殺すなんて、出来ない方が良いの。だから織斑先生は人としてわたし達よりずっとまとも……」

 

 明日奈の言葉を聞いていて、じゃあ自分は人を殺せるか、と自問自答してみたが、シャルロットにも人を殺すなんて出来ないという答えが出てきた。

 人を殺すということが、どれだけ重たい事なのか、それを考えたから。人殺しは犯罪だとか、そんな小さな事ではない、人一人のこれまでの人生やこれからの人生を奪い、背負うという事を考えれば、普通なら殺しなんて選択は出来ない。

 

「ねぇ、お義姉ちゃんも人を殺そうと思った事がある、そうだったよね?」

「うん、クラディール……彼を、キリト君が殺してなければ、多分わたしが殺してた」

 

 だから、明日奈も人を殺そうと思えば殺せる。それだけの実力も、覚悟も、意思もあるのだから。

 

「シャルちゃん、シャルちゃんは絶対に、人を殺すなんて選択、しないでね?」

「え……?」

「わたしとユリコちゃんは、キリト君とナツ君の業を一緒に背負うっていう覚悟があるから、殺せって言われれば殺せるけど、シャルちゃんは、ううん……箒ちゃんも鈴ちゃんもセシリアちゃん、簪ちゃんも、みんなそんな覚悟を持っちゃ駄目」

 

 それは、とても重たく、大きな決断をしなければならない事だから、絶対に彼女達には選択させたくない、それが明日奈の気持ちだった。

 

「わかった……」

 

 だけど、本当にそれで良いのか、シャルロットは疑問を抱きつつも明日奈の言葉に頷くのだった。

 

 

 数週間後、シャルロットの日本代表候補生試験が全て終わり、いよいよ結果が出る日を迎えた。

 一夏についてだが、あの翌日には麻酔が切れて目を覚まし、先日ようやく退院して寮に戻ってきている。

 

「シャルロットさん、日本代表候補生就任おめでとうございます!」

『おめでとー!!!』

 

 ちなみにシャルロットの試験の結果は、セシリアの音頭で行われた乾杯を見れば明白だろう。

 現在、寮の食堂では1組の生徒と鈴音、クロエ、簪も交えてシャルロットの日本代表候補生就任を祝うパーティーが行われていた。

 生徒だけではなく、束や千冬、真耶といった教師陣に、夏奈子とユイという子供達も参加しているので、食堂内は相当に賑わっている。

 

「シャルロット、これで私と同じ……」

「うん! 改めてよろしくね、簪」

 

 日本代表候補生の先輩として簪がシャルロットに激励をしている。ただ、激励だけではないらしいが。

 

「来週から、だよね? 新人候補生の就任合宿」

「そう聞いてるよ」

「……相当、辛いよ」

 

 日本の代表候補生は就任した翌週から1ヶ月ほど合宿に参加を義務付けられている。シャルロットもその例に漏れず来週から合宿へ参加する事になっているのだ。

 合宿経験者である簪は、その合宿が如何に大変なのか、辛いのかを知っているからこそ、神妙そうな表情で、そしてどこか憂いを帯びた表情でシャルロットに同情的な視線を向けている。

 

「え、何……? 合宿で何があるの?」

「そうか、更識もアレの経験者だったか……」

「織斑先生も……?」

「私もですよ……」

「や、山田先生……」

 

 元日本国家代表の千冬と元日本代表候補生の真耶も、当然だが合宿経験者だ。二人とも簪と同じような視線をシャルロットに向けるものだから、シャルロットの不安がより大きく煽られる。

 

「な、なんなのもー!!」

 

 そんなシャルロットの様子を車椅子に座りながら遠目に見ていた一夏は膝の上に座る夏奈子が小さな手で差し出したシュークリームを笑みを浮かべながら食べていた。

 

「パパ、美味しい?」

「ああ、夏奈子に食べさせて貰ったから余計に美味しいな」

「……ん」

 

 頭を撫でれば嬉しそうに目を閉じて頭を一夏の胸に擦り付けてくるのが本当に可愛いと、見ていた女子達がキャーキャー言っている。

 

『パパ』

「何だ? ユイ」

『えへへ、どうですか?』

「ああ、ママとお揃いなのか……うん、可愛い」

 

 見れば和人もまた、ユイが立体映像で明日奈と同じ髪型にIS学園の制服姿を見せているものだから親馬鹿な顔を見せていた。

 

「ねぇ箒」

「何だ? 鈴」

「一夏のあの親馬鹿な顔見てたらさ」

「……言いたい事はわかる」

 

 一夏に恋していた少女二人、親馬鹿と化してしまった初恋の少年の姿に、なんとも複雑な表情をしている。

 そして、そんな二人を慰めるようにウーロン茶を差し出したラウラは……何故か束に着せられた黒ウサギの着ぐるみ姿で、周りの女子生徒に愛でられていた。

 

「束様、どうされました?」

 

 そんな中、束が一人で壁際に背を預けながらカクテルを飲んでいたのをクロエが見つけて、ラウラと同じく束に着せられた白ウサギの着ぐるみ姿でリンゴジュースの入ったグラスを両手に持ちながらてこてこと近寄って来た。

 

「くーちゃん……うん、実はアレが、完成したんだけど」

「っ! ついに、ですか……お兄様が喜びますね」

「それが……思うように出力が上がらなくってね」

「出力が、ですか」

「そう、それをどうしようかと考えてたんだ」

 

 束が何を考えているのか、助手としてずっと一緒に暮らしてきたクロエには理解出来た。だからこそ、クロエが取れる選択はただ一つ。

 

「でしたら、彼女を使っては如何でしょうか? 彼女でしたら、きっとお兄様の力になってくれる筈です……自分の担い手の父であるお兄様であれば、きっと」

「……それしか、無いか。いつか、近い未来でカナちゃんの専用機を作ろうかと思ってたけど、それで解決するなら」

 

 束は、白衣のポケットにずっと入れたままにしていたある物を取り出した。それは、ISを知る者であれば誰もが何なのか理解出来るだろう。

 何故なら、それは……ISのコアだったのだから。




次回からシャルロットは暫くお休み。
そして舞台は専用機持ち限定タッグマッチトーナメント編に入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

専用機持ち限定タッグマッチトーナメント編
第八十六話 「百合子と箒」


お待たせしました。
今回から専用機持ち限定タッグマッチトーナメント編です。


SAO帰還者のIS

 

第八十六話

「百合子と箒」

 

 この日、講堂に集められたIS学園全校生徒達の前で生徒会長の楯無がとある宣言をした。それは、今年に入ってからイベント事の度にトラブル続きの中止続きになっている事への挽回イベントとして提案されたものだった。

 

「というわけで、全学年合同専用機持ち限定タッグマッチトーナメントを開催します!」

 

 楯無が提案したのは1年生から3年生まで、全ての専用機持ちが学年の枠を超えてタッグを組み、トーナメントで戦うというものだ。

 勿論、試合に出る専用機持ち以外の一般生徒が楽しめるよう、優勝ペアを予想して見事に的中した生徒には食堂の食券半年分をプレゼントするというギャンブルめいたイベントも用意している辺り、隙の無いイベントだと言えるろう。

 

「このトーナメントで、少しでも落ち込んだ学園イベントのイメージが良くなる事を祈ってるわ」

 

 今年のIS学園のイベントは殆どが中止を余儀なくされているか、トラブルが起こってばかりで、生徒や各国の来賓からも不評が出ているのだ。

 それを、今回のトーナメントで少しでも回復出来たらと、楯無は生徒会長として、学園の長として学園長と協議して、今回のイベントを企画した。

 これで、本当に何も起こらなければ良いのだが……。

 

 

 専用機持ち限定タッグマッチトーナメント開催が決定してから、各学年の専用機持ち達はパートナーを誰にするかある程度決めていた。

 2年のフォルテ・サファイアは3年のダリル・ケイシーと組む事になっており、楯無は妹の簪と組む。残りのペアはセシリアが鈴音と組む事が決まっており、そして意外だったのは……。

 

「私と……?」

「ああ、宍戸……私と、ペアになって欲しい」

 

 あの箒が、百合子にペアを組んで欲しいと頭を下げてきたのだ。最初こそ、何事かと思っていたのだが、真剣そうな箒の表情を見ていて百合子は何故明日奈や和人ではなく自分なのかを問うた。

 

「……一夏に出された宿題の答えが、やっと見つかるかもしれない。そして、その答えは宍戸と組む事で完全に得られると思った」

「そう……ん、いいよ」

「そ、そうか! 感謝する」

 

 これにて、残るペアは箒と百合子ペア、和人と明日奈ペアに決まった。残念ながら合宿に出発しているシャルロットと白式を失った一夏は参加不可能なので、これで全ての参加者がペアを決めたことになる。

 百合子は早速だがペアとなった箒と共に訓練をするため、第一アリーナに来ていた。そこで槍陣と紅椿を展開した二人は現状の実力を図る為に、模擬戦をする事に。

 

「こうして、あなたと模擬戦するのは、あの時以来……」

「そうだな……あの時の私は無様を晒していた。だが、今回はあれから成長した私がお前にどこまで戦えるのかを試したい」

「ん、勝負」

 

 ルー・セタンタを構えた百合子に雨月と空裂を構えた箒が斬り掛かって来た。百合子は冷静に後退しながら避けようとしたのだが、空裂の刀身がレーザーを帯びている事に気づいて後退しながらルー・セタンタを自身の前で回転させる。

 空裂から放たれたレーザーの刃は回転するルー・セタンタによって掻き消されたが、箒が既に動いていた。

 

「っ!」

「はぁっ!!」

 

 雨月で突きを放ちながら拡散レーザーが発射されてルー・セタンタで数発は霧散させられたものの、3発のレーザーが直撃してしまった。

 更に後に続いた雨月の突刺を避けた百合子は反撃とばかりにルー・セタンタの石突で箒の下顎を突き上げる。

 

「ガッ!?」

「……まだ」

 

 ルー・セタンタがライトエフェクトを纏った。脳を揺さぶられ一瞬だけ意識が飛んでいた箒は即座に距離を取ろうとしたのだが、本当に数瞬だけだが身動きすら出来なかった。その数瞬が命取りで、何とか距離を取り始めた箒にルー・セタンタの穂先が迫る。

 高速の突刺が4発、紅椿の四肢を穿つ。槍のソードスキル、ヴェント・フォースによる高速4連撃は紅椿のシールドエネルギーを大幅に奪い去ったものの、箒とてそれで負けはしていない。

 

「はぁあああああ!!!」

「っ!? その構え……!」

 

 ライトエフェクトこそ無かったが、雨月を格納して空裂だけを構えた箒が百合子の上半身と下半身に横薙ぎの斬撃を放ち、最後に脳天からの振り下ろしを行った。

 それは、SAOを知る者とALOプレイヤーならばよく知っている刀のソードスキルの一つ、パワー重視の3連撃である羅刹だ。

 

「ぐっ……うぅ」

「今のは、師匠から初めて筋が良いと褒められたソードスキルだ」

「クラインさんから……なるほど」

 

 クラインの弟子としてALOで鍛えている箒が、刀スキルを現実で再現出来るまで動きを反復していない訳が無い。

 クラインはあれで、ソードスキルについての指導は中々に厳しいらしいのだ。箒もクラインの弟子になってからは随分と成長している。

 

「でも、ソードスキルの扱いは私に一日の長がある」

「っ!?」

 

 ルー・セタンタがライトエフェクトを纏ったのを見て、箒はすかさず斬り掛かったのだが、それは百合子の軽やかなステップによって避けられてしまう。

 まるで舞いでも踊っているかのうような華麗な動きをしながら、高速の突刺を5発、槍の上位ソードスキルであるダンシング・スピアが箒の手から空裂を弾き飛ばし、全身に突き刺さった。

 

「まだだぁ!!」

「え……っ!」

 

 終わらないと、終わらせないとばかりに雨月を展開した箒が刃を振り下ろしてきたので、何とか展開したヴェガルダ・ボウで受け止めるが、短槍では受け止め切れず、弾き飛ばされた。

 振り下ろされた雨月の刃を肩で受け止めた百合子はダメージを受けたのもお構いなしに雨月を握る箒の腕を取って背負い投げの要領で真下へ投げる。

 同時に、ルー・セタンタをライトエフェクトによって輝かせながら投擲の構えを取った。

 

「不味いっ!?」

 

 今から回避行動を取ろうとしても、直撃こそ避けられるだろうが、ダメージは否めない。このままでは百合子のオリジナルソードスキルであるクレーティネの大ダメージを受けてしまう。

 そう思って何とか回避しようと少しでもダメージを減らせる方法は無いかと模索した時だった。

 

【Limiter removal】

「っ!?」

 

 突如、紅椿の出力が上がった。ウインドウに表示された【Limiter removal】の文字と共に閂の絵が一つ、開錠されたのを見るに、紅椿に掛かっていたリミッターの一つが解除されたのだと悟った。

 

「いっけぇええええええ!!!」

 

 全力で出力の上がったブースターを吹かすと、投擲されたルー・セタンタを何とか完全回避する事に成功したが、地面にルー・セタンタが突き刺さった瞬間に大爆発を起こした地面から吹き上がってきた噴煙と爆風に箒は流されてしまう。

 

「……へぇ」

 

 まさか、今のタイミングでクレーティネを避けられるとは思っていなかった百合子は驚きはしたものの、箒の成長を確実に感じ取れて感心していた。

 言い方は悪いが、入学当時は取るに足らない存在だった箒が、ここまで成長を遂げ、切り札をギリギリではあるが回避出来るまでに成長したのだと思うと、最早油断など出来ない。手加減すら、していられない。

 

「これを貴女に使うことになるとは、思わなかった」

 

 百合子が地上に降り立つのと同時に、その周囲に多くのヴェガルダ・ボウが突き刺さった。それは、百合子が己の真の切り札である無限槍を使うという合図に他ならない。

 

「改めて、貴女には名乗らなければ失礼かな……私は織斑一夏の恋人、宍戸百合子。そして……白の剣士ナツの妻、無限槍のユリコ!!」

 

 煙が晴れて箒の姿が見えた瞬間、百合子は手元にルー・セタンタをクイックチェンジにて回収して周囲のヴェガルダ・ボウを上空に跳ね上げた後に自身も飛び上がった。

 

「インフィニティ……モーメント!!!!」

 

 次の瞬間、煙が晴れた事で視界が明瞭になった箒の目に飛び込んできたのは、上空からライトエフェクトを纏いながら降り注ぐ、無限とも思える程の大量の槍の穂先だった。

 

 

 模擬戦が終わった後、紅椿と槍陣を修理していた箒と百合子はお互いに無言だった。何も話す事が無い、のではなく……ただ単純にインフィニティ・モーメントによってトラウマを刻まれた箒が百合子に怯えているのが原因なのだが。

 

「あの、ごめんね?」

「お、怯えてないぞ!?」

「……」

「うぅ……な、何なのだ、あのスキルは……空を見たら絶望とか、ありえん」

「そ、そういうスキルだから」

 

 そういえば、一夏もインフィニティ・モーメントにはトラウマを持っている事を思い出して百合子は冷や汗をかいた。

 まさか、あの無限槍の最上位ソードスキルは人に使うには危険過ぎるのではないかと、今更ながら思ってしまったのだ。

 

「でも、篠ノ之さんも強くなった……リミッター、一つ外れたね」

「ああ、やっと今の私が認められた気がする……でも、まだリミッターは残っているな」

「ん……でも、この調子で成長したらきっと全部外れる日も近い」

「そう、かな」

「きっとそう」

 

 だからこそ、今の箒ならば百合子はパートナーとして申し分ないと思った。

 

「な、なんだ?」

「これからよろしく、パートナーさん」

 

 握手をしようと百合子が手を差し出したのを見て、箒は困惑よりも先に何とも言い知れぬ感覚を覚える。

 最初は、一夏の事で憎悪の感情を向けていて、臨海学校以来は憎悪ではなくなったものの、それでも恋敵として嫉妬こそしていた相手だが、それと同時にALOプレイヤーとしても、女としても、あの一夏の隣に並び立つ姿に憧れを抱いていた。

 そんな相手に、こうして握手を求められて、戸惑ってしまった箒だが、一度だけ深呼吸をした後、真っ直ぐ百合子と視線を合わせて差し出された手を握る。

 

「ああ、足を引っ張るかもしれないが……よろしく頼む」

 

 手を取り合う二人の少女が、互いにパートナーとして認め合った瞬間だった。

 そして、その後ろでは自動修理中の紅椿が二人には見えない角度でウインドウを表示させていたのだが、それに気づく者は誰も居ない。

 

【Limiter removal】




~合宿中のシャルロットちゃん~

教官「良いか!! 貴様らは人間ではない! 今の貴様らは蛆虫以下のクソ虫共だ!! 俺の仕事は、この合宿で貴様らクソ虫を一端の兵隊に鍛えぬく事だ!! どうだ! 嬉しいか!!!」

候補生達「さ、さー・いえっさー」

教官「声が小さいぞ!! 男のモノを咥えるように大きな口を開けクソ虫共がぁ!!」

候補生達「Sir! Yes Sir!!」

教官「ふん、ではこれから合宿生活はこの無人島でサバイバル生活をしてもらう! いいか! 逃げたい奴は今の内だ!! この合宿は根性の無い奴に用は無い!! そして、生き残れなかった奴にも用は無い!!」

候補生達「Sir! Yes Sir!!」

シャルロット(ひ、ヒェ~!? な、何なのこの合宿は~!?)

頑張れシャルロット! 君の冒険はこれからだ!!

教官「そこのフランス人!! ちんたらケツ振って走るな!!! 俺を誘っているのか!!!!」

シャルロット「ひぇ~ん! 誰か助けてー!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十七話 「専用機を失った一夏」

今回は一夏のお話。


SAO帰還者のIS

 

第八十七話

「専用機を失った一夏」

 

 専用機持ち限定タッグマッチトーナメントの開催と、出場選手達のペアが決まってから、学園内は正にお祭り騒ぎだった。

 どのペアが優勝するか予想する生徒達、その期待に応える為に修練に励む出場者達。そんな中で一人、一夏は毎日放課後になれば学園の地下に来ていたのだ。

 

「また、来てたんだね……いっくん」

「ええ」

 

 地下の特別区画にある部屋の中、そこで車椅子に座りながらガラス窓の向こうを見つめていた一夏の後ろから束が歩み寄ってきて同じようにガラス窓の向こう側を見つめた。

 そこには大破したままの状態である程度の修復を行っている白式の姿があった。最早修理不可能ではあるが、そのままにしておくのはどうかという事で修理出来る所は修理しているらしい。

 

「これでもね、全体の30%も修理出来ないみたいだよ」

「そんなに……」

 

 一応、束の話では年単位で時間を、億単位で金を掛ければ5年以内には修理可能らしいが、現実的ではないので修理不可能としているらしい。

 そして、レクトと倉持に問い合わせたところ、白式のコピー機の予備はもう既に無いという事なので、一夏は現状で専用機を完全に失った事になる。

 

「別に俺はタッグマッチトーナメントに出れない事について思う事は無いんですよ」

「……」

「ただ、俺が不甲斐ないばかりに、白式をこんな目に逢わせたのが、悔しいんです」

 

 約半年ほどの付き合いでしかないが、それでも一夏にとって白式はリアルの相棒とも呼ぶべき、大切な存在だった。

 確かにIS学園を卒業したらもうISに乗る事も無いので、3年間だけの付き合いのつもりでいたが、それでも確かな愛着があったのは事実だ。

 

「白式も喜んでるよ、いっくんにそこまで想われているんだもん」

「だと、良いんですがね」

 

 ふと、一夏は現状で修理出来る白式の30%の部分が何処なのか気になったので束に聞いてみると、どうやら右腕のマニュピレーターと、それからヘッドセット、後は一部の展開装甲や細かなパーツが数点らしい。

 

「本当に……ボロボロっすね」

「うん」

「俺は、強くならなきゃ……守りたい存在が増えたから。ユリコも、夏奈子も、俺は守るって誓った……」

 

 車椅子を操作して一夏は部屋の片隅に立て掛けられていた白兵戦用トワイライトフィニッシャーの柄を握り、その刀身を眼前に翳した。

 

「誓ったんですよ……俺は、剣に誓ったんだ。俺が握る剣は、愛する者を守る為の剣だと、この剣が届く限り、愛する人達を守るって」

 

 でも、今の一夏にリアルでの力は無い。己の不甲斐なさで失われてしまったのだから。

 

「束さん」

「な~に?」

「もう少しだけ、一人にしてもらえますか?」

「……うん」

 

 束は部屋を出た後、どうしても一夏を一人にしておくことに躊躇いを覚え、閉じた扉に背を預けていた。

 部屋の中からは、静かにすすり泣く一夏の声が、聞こえていた……。

 

 

 IS学園地下の特別研究室(自称:束さんラボ)に戻ってきた束はそのまま部屋の奥の扉を開いて中に入り、そこに安置している機体を見上げていた。

 

「急がなきゃ……あのシステムの方も目処が立った。出力も安定する計算になっているし、武装も完成している。でも、このまま渡してもいっくんの心に届かないかもしれない」

 

 ならば、どうするのか。それは白式の残骸を見つめていた一夏の姿を見た時から、束の中で答えが見えている。

 だけど、それをするには技術的問題が多少残っていて、勿論だが束の頭脳を持ってすれば直ぐに解決するのだ。

 

「やるしか、ないよね。弟の為ならお姉ちゃんはどこまでも頑張るんだよ!」

 

 完成は見えている。もう殆ど完成したようなものだが、今以上に完璧を求めるのであれば、それが一夏の為になるのであれば、束は労力を惜しまない。

 現存する全てのISを凌駕する究極のワンオフ機、一夏の為だけに作り出す最高峰のオンリーワンを、この手で。

 

 

 地下から出てきた一夏は夕焼け空を眺めながらIS学園の敷地を車椅子で移動していた。

 寮に戻る気になれなかったからか、当て所なく適当にぶらぶらしていたのだが、ふと偶然通りがかった学園内カフェから歓声が聞こえたので、そちらに目を向けてみれば。

 

「夏奈子?」

 

 何故か夏奈子が一人でカフェのオープンテラス席に座り、冷たいアップルティーを飲みながらショートケーキを食べていた。そして、それを見て可愛いと大勢の学園生徒が騒いでいるのだ。

 

「お~い! 夏奈子!!」

「? ……あ、パパ」

 

 夏奈子の所へ行ってみれば、どうやらカフェのマスターがカフェの前でうろうろしていた夏奈子に声を掛けて、こうしてケーキとアイスティーをご馳走していたらしい。

 後ほど千冬へ連絡を入れて迎えに来てもらうつもりだったのだが、父親がこうして来たので、それは不要になった。

 

「あ、じゃあ御代を」

「いえいえ、これは私からの好意ですから、御代は結構ですよ」

「いや、そんな……」

 

 結局、人の好いマスターのご好意に甘える事になった。

 いつの間にか一夏の膝の上によじ登って来た夏奈子の頭を撫でながら、一夏は夏奈子がケーキを食べ終えるのを待つ。

 

「パパ」

「ん?」

「パパは、飛ばないの?」

「……」

 

 「飛ばないの?」それは一夏は大会に出ないのかという問い掛けだった。

 

「パパは、翼を失ったからな……飛びたくても飛べないんだ」

「そう……」

 

 戦う剣は、心は未だ残っているが、戦場に立つ為の翼が無い。いや、代わりの翼は多くあっても、それが一夏に合わないのだ。

 

「速度だけを求めるなら夏奈子の乗ってたテンペスタに乗るんだけど、あれはもうイタリアに返却したらしいし」

「訓練機は?」

「訓練機のテンペスタはあくまで訓練機用にチューニングされてるから本来のテンペスタより性能がダウンしてるんだよ」

 

 だから、現状で一夏に合う機体は存在していない事になるのだ。

 一応、日本政府が新しく用意すると言って倉持とレクトに依頼しているが、今から作るにしても時間が掛かる。

 

「……ごちそうさま」

「んじゃ、帰るか?」

「散歩、したい」

「よし、じゃあ一緒に行くか」

「ん」

 

 お会計は必要無いという事なので、一夏は夏奈子を膝に乗せたまま車椅子を操作して敷地内を見て回った。

 行き先は全て夏奈子の気の行くままに、親子二人でのんびりと。

 

 

 亡国機業のアジト、その会議室には首領であるスカイを始めとして、幹部たちが集まっていた。

 それぞれが手元に持つ資料にはファントム1ことオーガストのチームが集めたIS学園の次のイベントが書かれている。

 そして、そこには勿論だが、楯無が急遽用意したばかりのイベントである専用機持ち限定タッグマッチトーナメントの情報が載せられていた。

 

「というわけで、今回のイベントには織斑一夏は不参加です。更には全ての専用機持ちが試合に集中しているので、回収されて学園に保管されているであろう白式を奪取するには絶好の機会かと」

 

 小柄で中性的な顔の男性、オーガストの報告を受けてスカイはスコールに目を向ける。それに対して頷いたスコールは立ち上がると、自分が用意した資料を手に持った。

 

「今回の作戦につきまして、実行部隊はMとオータムがアメリカでの仕事で出撃不可という事もあるので、私自らが出ます。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の三名と、それから無人機部隊を使いますわ」

 

 出撃メンバーが決まった所で、ずっと沈黙していたスカイが突然立ち上がった。

 

「スコール、今回も俺ぁ出撃するぜ?」

「首領……本気ですか?」

「ああ、トーデストリープのテストがまだ終わってねぇからな。それも兼ねてだ」

 

 今度のトーナメント、どうやらただでは終わらないようだ。

 亡国の破壊神、再び。




~合宿中のシャルロットちゃん~

教官「このクズ共! とろとろ走るんじゃない!! まったく、代表候補生を目指した癖になんたる様だ!! 今の貴様らは貴様らが見下す男よりも更に最底辺のクズだ! ダニだ!!」

候補生A「も、もう、駄目……」

教官「また貴様か……この程度でもうへばったのか。所詮貴様はISが無ければその程度の負け犬だ。もう無理なら帰ると良い、帰って貴様が大好きな彼氏に泣きついて寝るが良い! まぁ、もっとも貴様のようなクソ虫にも劣るようなクズの彼氏のことだ、さぞや救いようの無いヤリ○ンなんだろうがな」

候補生A「た、たっくんの悪口を、言うなぁ! きゃあ!?」

教官「何度でも言ってやる。たっくんはヤリ○ンだ! 違うというのなら根性を見せろ!! ブレード二本抱えて後15往復だ!!」

シャルロット「(も、もう帰りたいよぅ……)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十八話 「アインクラッド最強ペア」

ま、間に合った……。


SAO帰還者のIS

 

第八十八話

「アインクラッド最強ペア」

 

 タッグマッチトーナメントでペアを組む事となった和人と明日奈のペアは、二人を知る者であれば今大会の優勝最有力候補だ。

 互いに近接戦闘特化型ではあるが、それを補って余りあるほどの卓越した剣技、常軌を逸した反応速度やスピード、反射神経、剣速、どれを取っても参加者中で最高位に位置する。

 和人は二刀流から繰り出される圧倒的な手数と剣技が誰よりも強力で、明日奈は剣速と初速のスピードが群を抜いている為、その動きを目視出来る者は殆ど居ない。

 そんな二人は今、自室で夕飯を食べながら今度の大会についての話し合いをしていた。

 

「ねぇ、キリト君が今回警戒してるのは誰?」

「俺は、セシリアかな……二次移行(セカンドシフト)して機体性能が向上したのもあるが、偏向射撃(フレキシブル)を習得した今、あいつは一番手強い」

「そっか……わたしは、簪ちゃんと楯無ちゃんのペアかなぁ」

 

 だが、二人が一番警戒しているのは、他の誰でもない百合子だ。無限槍の脅威は二人もよく知っているし、そのペアとなる箒はクラインに弟子入りしてからどんどん剣の腕を上げているだけでなく、二人の話ではつい最近リミッターが二つ外れたという事なのだから。

 紅椿に掛かったリミッターが二つ外れた。それはつまり、今の紅椿は第3世代相当までスペックが上がったという事を意味している。

 

「作戦というほどでもないけど、各個撃破で行くのが一番良いよな」

「うん、1対1で戦うのが一番セオリーかな。それで先に相手を倒したらもう片方に合流して2対1で戦う」

「だな。まぁ、俺とアスナなら咄嗟の時に、どんな対応でも可能だろう」

 

 黒鐡と瞬光は既に整備状態良好、調整も済んでいる。タッグの練習など、この二人には今更だ。精々練習と言える事をするとしたら、これからALOにログインして、二人で……いや、ユイも入れて三人で過ごす事、それこそが和人と明日奈のタッグの練習だ。

 

「ふぅ、ごちそうさん」

「はい、おそまつさまでしたー」

 

 そういえばいつもならこの時間はユイが一緒に食卓に座っている筈なのに姿を見ない事に気づいた和人が明日奈に尋ねると、ユイは既にALOにログインしてホームで先に来ているリーファのお相手をしているらしい。

 

「んじゃ、俺達も行かないとな」

「うん、食器洗っちゃうから先にログインしてて良いよー?」

「いや、一緒にログインするさ。それまで俺はこっちやってる」

 

 そう言って和人が手に持ったのは作りかけの機械らしき物。それを見て明日奈も納得した。それは和人の、そして明日奈の夢の為の機械。

 視聴覚双方向通信プローブという電脳世界から現実世界をカメラレンズ越しに見る事が出来るようになるという機械だ。

 

「師匠に色々とアドバイスを貰って随分と進んだからな……これなら今年度中にテストが出来る段階まで行けそうだ」

「そっかー、それじゃあ来年にはユイちゃんも」

「ああ、ISが無くても現実世界を見る事が出来るようになる」

 

 行く行くはこれを進化させてユイが現実で生きていける身体を作る。ユイに現実での身体を与えて、家族三人で過ごす。それが、和人と明日奈の夢だ。

 それから暫くして、明日奈が洗物を終えて準備が整ったので、二人ともアミュスフィアを被ってベッドに横になる。

 

「「リンク・スタート」」

 

 

 アルヴヘイム・オンライン中央、イグドラシルシティの居住区にあるプレイヤーホームの一つ、そこはキリトとアスナの二人がユイと共に過ごすホームだ。

 そこにログインしたキリトとアスナはリーファと共におやつを食べているユイに姿を目にして苦笑する。

 

「ユイちゃん、ただいま」

「あ、ママ! パパ!」

 

 キリトとアスナの姿を見つけたユイが座っていた椅子から飛び降りて駆け寄ると、真っ先にアスナの腕の中に飛び込んだ。

 アスナもそんな愛らしい愛娘をギュッと抱きしめている横でキリトはリーファの所に歩み寄っている。

 

「よ、ユイの面倒見てもらってサンキューな」

「ううん、ユイちゃん凄く良い子にしてたから。ホント、お兄ちゃんに似なくて良かったよねぇ」

「うっ……ユイはアスナに似たんだよ」

 

 とは言え、アスナに言わせればユイがキリトに似てきたと思える点が多々あるらしいのだが。

 

「そういえば今日はクエストに行くの?」

「う~ん……何か目ぼしいクエストがあれば行くけどなぁ」

「まぁ、そうだよねぇ。あたしの方でも調べたけど、最近はクエストもそんなに良いの出てないみたい」

 

 アスナから離れたユイがキリトの背中をよじ登り、その間にアスナが紅茶を淹れにキッチンへと向かった。

 キリトもよじ登る愛娘を支えて自然とおんぶすると、ユイが満面の笑みを浮かべるのでリーファが微笑ましげにしている。

 

「そういえばお兄ちゃん、ナツ君は元気?」

「……元気、だとは思うけど」

「そっか……やっぱ、専用機を失ったのがショックなのかな? あたしはISとか興味無いからよく分かんないけど」

「ISを失うこと自体はそんなに大したことじゃないんだ……俺もナツも、ユリコやアスナもISに一生関わるわけじゃないからな。でも、今の時期に戦う力を失うのは、不味い」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の攻撃が激化してきた現在、主戦力の一人であるナツが専用機を失うというのは非常に痛い。

 勿論、戦力という意味ではまだまだIS学園には強力なメンバーが残っているが、キリトが懸念しているのは、いざと言うときに敵を殺せる人間が減る事だ。

 キリトとて、殺す事が無い方が勿論良いと思うが、戦いというものは時としてそんな甘い考えが通用しない事を理解している。

 そして、もし殺さなければならない状況になった時、それを実行出来るのはナツを除けば4人だけ。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「真面目な話をしてるのは良いんだけどさ……ユイちゃんの頭撫でながらだと締まらないよ?」

「……あ」

 

 キリトにおぶさったまま頬を摺り寄せるユイの頭を撫でていたキリトは、先ほどからずっとそのまま話をしていた事に気づいた。

 とはいえ、気づいても撫でるのを止めない辺り、キリトの親馬鹿っぷりも相当なものだが。

 

「さてと、それじゃあたしはそろそろ行くね」

「ん? 用事があったのか?」

「いや、用事って程じゃないんだけどねぇ。サクヤに会いに行こうと思って」

「そっか、サクヤさんによろしくな」

「うん、それじゃアスナさん、あたし行きますねー!」

「は~い! 今日はユイちゃんの面倒見てくれてありがとうね、リーファちゃん」

 

 リーファが出て行って直ぐ、アスナが紅茶を淹れて戻ってきた。

 椅子に座ったキリトは隣の椅子にユイを座らせて目の前に差し出された紅茶を一口飲むと窓の外に見える空を……その向こうに浮かぶ浮遊城を見つめる。

 

「パパ?」

「キリト君?」

「あ、いや……今度の12月には21層から30層まで開放のアップデートがあるなって思ってさ」

「あ……そっか」

「またあの家でパパとママと暮らせますね!」

 

 そう、現在新生アインクラッドでは20層までが開放されており、既に20層のフロアボスがクリアされている。

 次のアップデートで21層から開放されて、22層まで上がれば……あの森のログハウスに、もう一度暮らせるようになるのだ。

 あのログハウスを購入する為の資金は既に集まっている。家具も、それからベッドも親子三人で眠れるような物を買ってあるから、後は開放されて21層フロアボスをクリアするだけ。

 

「でも、アップデートまでに俺達にはまだまだやるべき事がある」

「今度のタッグマッチトーナメントに、その後の体育祭、それから修学旅行よね?」

「そのどれでも、もしかしたら襲撃があるかもしれない。向こうに笑う棺桶(ラフィン・コフィン)や須郷が居る限り、俺達の行く所、やる事全てに関わってくる筈だ」

 

 キリトは、須郷にとって憎悪の対象であり、殺したいほど憎まれている。アスナもまた須郷にとっては執着の対象になっているのだ。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)とは、SAO時代からの因縁があるから、どうしても対決は避けられない。

 

「でも、わたしとキリト君なら、きっと……」

「アスナ?」

「大丈夫だよ。わたしとキリト君、それにユイちゃんが揃っていれば乗り越えられないものなんて無い。今までだって乗り越えて来たじゃない?」

「そうです! パパはわたしが消え行くのを救ってくれましたし、ママの事だって助け出しました!」

「アスナ……ユイ……」

 

 いつだって、どんな時だって、キリトとアスナ、ユイの親子三人が揃っていれば、どんな苦難だろうと乗り越えられる。

 キリトもアスナも予想している、今度のタッグマッチでも来るであろう襲撃だって、ナツが居ない状況でも、きっと乗り越えていけると、信じているのだ。

 

「だからキリト君、あのログハウスを目標に頑張ろう? リアルでも、こっちでも」

「……ああ、そうだな」

 

 窓から差し込む光に照らされて、寄り添う親子三人の影が、すっと伸びている。

 また、あの森の家で穏やかな日常を送る日々を夢見ながら、ついに専用機持ち限定タッグマッチトーナメント当日を迎えるのだった。




~合宿中のシャルちゃん~

教官「いいか! 今の貴様らの恋人はその手の銃だけだ! その銃を彼氏のモノだと思って愛○してやれ!!」

候補生A「フフフ……とっても綺麗だよトーマス」

候補生B「素敵なフォルムね、ジェームズ」

候補生C「黒光りするまでピカピカにしてあげるわよ、嬉しいかしら……トム」

候補生D「貴方の為なら死ねるわ、スティーブン」

シャルロット「あは、あはははは……アハハハハハ、一生離さないよ、ドミニク」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十九話 「第一試合と第二試合」

タッグマッチスタート。


SAO帰還者のIS

 

第八十九話

「第一試合と第二試合」

 

 ついにタッグマッチトーナメント当日を迎えた。既に朝から全校生徒の寮の部屋にトーナメント表が配られているらしく、全員がそれを見て優勝チームを予想していた。

 学園最強である楯無と簪の姉妹ペアはシード扱いされているらしく、残る四組で試合をする事になるのだが、その組み合わせというのが、第一試合で和人・明日奈ペアVS鈴音・セシリアペア、第二試合が百合子・箒ペアVSダリル・フォルテペアの試合だ。

 試合は第一試合を第一アリーナで、第二試合を第二アリーナで同時に行う事になっている。

 

「セシリアとは戦った事があるけど、鈴とは初めてだったな」

「わたしは両方とも初めてだねー」

「あれから進化したわたくしとティアーズの力、特とご覧頂きますわ」

「アタシだって、簡単に負けるつもりは無いわよ」

 

 ここ、第一アリーナでは既にアリーナに四人が出てきて向かい合っていた。方やアインクラッドにおいて最強のペアと謡われた黒の剣士こと桐ヶ谷和人と、閃光のアスナこと結城明日奈。

 対するはISに関わって僅か一年で中国代表候補生に上り詰めた才能溢れる鳳鈴音と、イギリス代表候補生にして、その弛まぬ努力の末に専用機の二次移行(セカンドシフト)を果たしたセシリア・オルコットだ。

 

「俺もアスナも、最初から本気で行く」

「二刀流と閃光、わたし達に追い付いてきてね」

 

 すると、和人と明日奈が展開した剣は、いつものエリュシデータとダークリパルサー、ランベントライトではなかった。

 和人が両手に握るのはユナイティウォークスとフェイトリレイター、明日奈が右手に握るのはレイグレイス、二人がALOでメインウェポンとしている片手剣と細剣だ。

 

「アタシだって、今日まで遊んできた訳じゃないわ」

「わたくしの銃が、剣が、お二人にどれ程届くのか、どれ程追い付けたのか、ご覧に入れますわ!」

 

 双天牙月を構えた鈴音とスターライトMk-Ⅲの銃口を二人に向けたセシリアは、実力が圧倒的に上の二人を前にして臆することなく真っ直ぐな戦意を向けている。

 第一アリーナの試合は、もう間もなく始まろうとしていた。

 

 

 第二アリーナでは今まで考えられなかった百合子と箒という異色のペアがそれぞれの専用機を纏ってアリーナに飛び出してきた。

 そして、それに相対するように、既にアリーナにて待機していた二人の少女の姿がある。このIS学園においてペアを組ませれば最強とも謡われる通称『無敵の防壁“イージス”』と呼ばれている二人、二年生のギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアと、三年のアメリカ代表候補生ダリル・ケイシーだ。

 フォルテの専用機であるコールド・ブラッドは装甲が少ない代わりに氷の結晶をあしらったかのような大型シールドが左右に展開されているギリシャの第3世代型機。

 そしてダリルの機体はアメリカのファング・クェイクと銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)、それから強奪されたゴールデン・ドーンとは別口の第3世代型機、犬の頭を模した非固定浮遊部位(アンロックユニット)が特徴的なヘル・ハウンドVer2.5。

 

「お、来たな一年小娘二人」

「ようこそっス、私とダリル先輩のお相手は噂の第4世代と男子の片割れの恋人っスか」

 

 既にダリルは双刃剣、パドル・ブレードと呼ばれる風変わりの剣、黒への導き(エスコート・ブラック)を展開し、その刃に炎を纏っている。

 フォルテもまた、その周囲を冷気で覆い、いつでも氷を精製出来るようにスタンバイしているので、二人とも試合が始まる前から既に戦う準備を整えていた。

 

「あの顔、随分と舐められているようだ」

「……そう」

 

 箒がダリルとフォルテの余裕綽々といった表情を見て、随分と舐められていると断じた。そして、それは正解で、百合子にとっては付け入る絶好の隙に他ならない。

 

「先輩方……」

「あん?」

「なんっスか?」

「……5分です」

 

 そう言って、百合子はルー・セタンタ……ではなく、別の蒼い槍を展開した。それはALOにて百合子がメインウェポンとして使用している長槍パラディン・スピーアだ。

 

「5分で、私達が勝ちます」

「へぇ……随分と思い上がりが過ぎるんでねぇの? ゲームオタクの小娘」

「私らに舐めた口を利く一年は初めてっスね」

「お、おい宍戸……!」

「……弱い犬ほど良く吼える。その肩のワンちゃん、よくお似合いですね」

「……ぶっ潰す!!」

 

 ダリルのターゲットが完全に百合子に固定された。挑発に乗せられたダリルに、ペアであるフォルテは呆れつつも、自分に向けて刀の刃を構える箒に笑みを浮かべる。

 

「私の相方は専用機同様に熱い人間っスから、まぁしゃあないっス」

「先輩は、違うと?」

「私はどっちかって言うと、氷タイプっス」

「クールには見えませんが」

「冷静って言って欲しかったっス」

 

 相手は代表候補生を少なくとも2年は勤めているであろうベテラン、今の箒がどこまで通用するのかはわからないが、それでも無様な戦いをするつもりはない。

 今の箒には、箒が握る刀には、篠ノ之流の剣だけではない、クラインに教わったソードスキルの教えも込められているのだ。故に、師である父とクラインの顔に泥を塗るような真似だけは、しないと心に誓った。

 

「いくぞ一年小娘ぇ!!」

「……勝負」

「いくっスよ!」

「篠ノ之流アインクラッド剣技……篠ノ之 箒、参る!!」

 

 かくして、一回戦、第一試合と第二試合が始まった。一回戦から、怒涛の組み合わせに観客達のテンションも沸き上がり、そしてそれは……水を差す者達にとって絶好のチャンスとなる。

 

 

 第一アリーナでの試合は、開始早々に激しいぶつかり合いとなっていた。

 鈴音の双天牙月と和人のフェイトリレイター及びユナイティウォークスがぶつかり、甲高い金属音と共に火花を散らす。

 そして、和人の背後から飛び出した明日奈がレイグレイスで和人の頭上を払えば、その先にあったディープブルーから放たれたレーザーを斬り裂き、一気にセシリアへと距離を詰めるも四方八方から偏向射撃(フレキシブル)で放たれたレーザーが襲い掛かった。

 

「……っ! ここ!!」

 

 だが、明日奈にはそんな大量のレーザーも役には立たなかった。何故なら明日奈はレーザー全てを偏向軌道すら読み切って持ち前の瞬発力を活かし回避してしまったのだから。

 勿論、いくら明日奈でも全てを回避するのは不可能なので、何発かは掠ったものもあるが、大半は回避したか、もしくはレイグレイスで切り払っている。

 

「せぇあああっ!!」

「くっ! インターセプター!!」

 

 急接近してきてレイグレイスによる突刺を放ってきた明日奈に対してセシリアもスターライトMk-Ⅲを格納、インターセプターを展開して迎え撃つ。

 

「スイッチ!」

「ま、まさか!? 鈴さん!」

「駄目! 追いつけない!!」

「アスナ!」

「了解!」

 

 明日奈がスイッチする事で、鈴音を振り切って明日奈の背後からセシリアに突っ込んで来た和人と選手交代、今度は和人を追い掛けて来た鈴音と激突した。

 和人と明日奈の作戦はこうだ。まず明日奈がセシリアと、和人が鈴音と戦う状況を作り出し、和人が鈴音を抑えている間にセシリアの武器をライフルからインターセプターに持ち替えさせて近接戦闘に切り替えさせる。

 そして上手くセシリアが近接戦闘に切り替わった瞬間に明日奈がスイッチして和人がセシリアと、明日奈が鈴音と戦う状況に交代するというものだ。

 セシリアの短剣だけでは和人の二刀流を捌ききるのは至難の業、鈴音のパワー戦闘では明日奈の速度を捉えきるのは不可能に近い、そんな状況を見事に作り上げた和人と明日奈のペアは、正しく最強ペアの称号を持つに相応しいだろう。

 

 

 第二アリーナの試合は方や文字通り炎と風の如きぶつかり合い、方や氷と炎の如きぶつかり合いの試合となっていた。

 ダリルと戦うのは百合子、フォルテと戦うのは箒が勤め、ダリルと百合子は互角に見える試合運びをしているが、箒はフォルテ相手に苦戦を強いられている。

 

「オラオラオラオラァ!! どうした一年小娘! 5分でオレ達を倒すんだろぉ!? 残り2分だぜぇ!!」

「……」

 

 ダリルの炎を纏った黒への導き(エスコート・ブラック)が振るわれる度に、百合子はパラディン・スピーアで弾き、突刺で反撃する。

 それ以外にもダリルの両肩にあるハウンドヘッドから発生した炎がそのまま百合子に襲い掛かるものの、それは百合子が槍を回転させる事で盾とし、自身に向かってくる炎をかき消していた。

 

「はっ! 埒が開かねぇな!! 一年小娘! テメェいつまで手の内隠してるつもりだ!? 噂に聞く大量の槍を使ってみろよ!!」

「……図に乗らないでください。確かに強いですが、あなた如きに、無限槍を使う必要は、無い」

「んだと……?」

「だって……未だに気づいてないのに互角のつもりだなんて」

 

 すると、突如ヘル・ハウンドVer2,5のハウンドヘッドが爆発したのだ。

 

「な、にぃ!?」

 

 ダリルが慌ててチェックすると、ヘッドの口部分、つまり炎を出す為の開口部に異物が入り込んでいたことが判明した。

 百合子の方を見れば、パラディン・スピーアを握る右手とは逆、つまり左手に小さなピック……投剣を持ってクルクル回しながら遊んでいたのだ。

 

「じゃあ、そろそろかな」

 

 百合子がフォルテと戦っている箒に目を向ければ、箒も百合子と目を合わせて小さく頷いた。

 

「っ!」

「なっ速い、だと!?」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)でダリルとの距離を一気に詰めた百合子は黒への導き(エスコート・ブラック)を弾き飛ばして背負い投げの要領でアリーナの壁まで投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたダリルは慌てて体制を整えようとしたのだが、丁度その真上を箒が通過して、何事かと考えるよりも先に何かと激突した衝撃によって思考を停止させてしまう。

 

「あいたたたた……って、ダリル先輩っスか」

「フォルテ、お前何してんだよ!」

「いやぁ、篠ノ之追い掛けてたらダリル先輩に気づかずにぶつかったっス」

「いや、それより!」

 

 この状況は不味いと思ったダリルが動こうとしたのだが、もう遅い。既に二人の上空ではパラディン・スピーアをライトエフェクトで輝かせながら投擲の構えを取る百合子と、両手の刀にレーザーを纏わせて、いつでも発射可能な状態にしている箒が、その照準をダリルとフォルテに合わせていたのだから。

 

「フォルテ! アレやるぞ!!」

「ええ!? こんな観衆の前でっスか!? ハズいっス……」

「んな事、言ってる場合かぁ! いいからやるぞ!!」

 

 百合子のオリジナルソードスキル、クレーティネによる超強力な投擲槍と、箒の二刀からのレーザーが放たれたのと同時に、ダリルはフォルテを抱き寄せて、その唇に己の唇を重ねた。

 

「いくぞ……凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)!!」

 

 次の瞬間、炎を内包する氷のアーマーに包まれた二人に、投擲されたパラディン・スピーアとレーザーが襲い掛かるのだった。 




~合宿中のシャルロットちゃん~

教官「今日で合宿も終了だ。いいか! 今日この時をもって貴様らは糞虫を卒業する!! 貴様らはラガーウーマンだ!!」

全員(シャル含む)「Sir yes sir!!」

教官「貴様らは、これから日本国が誇る代表候補生として、常に自分と、そして周りという最大の敵と戦う!! 全てを得るか、地獄に落ちるか、その瀬戸際だ!! どうだ、楽しいか!!」

全員(シャル含む)「Sir yes sir!!」

教官「良い面構えだ……ならば問おう! 貴様らの特技は何だ!!」

全員(シャル含む)「殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!」

教官「代表候補生になった後の目標は何だ!!!」

全員(シャル含む)「殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!」

教官「俺達は日本を愛しているか!! ISを愛しているかぁ!!!!」

全員(シャル含む)「ガンホー! ガンホー!! ガンホー!!!」

教官「よし、これを持って、貴様らは日本代表候補生だ!! 合宿終了!!!」

全員(シャル含む)「うぉおおおおおおおおおお!!!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十話 「力無き白の剣士に兎の加護を」

今回、いよいよ第三の白の正体が。


SAO帰還者のIS

 

第九十話

「力無き白の剣士に兎の加護を」

 

 第二アリーナの観客席で百合子と箒の試合を一夏と夏奈子は、純粋に百合子と箒の応援をしていたのだが、ふと嫌な視線を感じた一夏が夏奈子を膝から下ろす。

 突然膝から下ろされた夏奈子は不満そうな表情を父に向けたのだが、その父親の表情が強張っていた事に驚き、心配そうな表情をした。

 

「夏奈子、悪いけど千冬伯母さんの所に行ってくれるか? このアリーナの管制室に居るから」

「パパは?」

「パパは……ちょっと用事、かな」

 

 隣で一緒に観戦していた鷹月静寐に夏奈子の付き添いを頼んで見送ると、一夏も車椅子を操作して移動を始めた。

 とは言っても、移動距離はそう大したものではなく、アリーナ観客席の出入り口、その扉の前に移動しただけだ。

 

「……っ!」

 

 いつでも来い、そう思ってアリーナに目を向けた時だった。

 丁度、百合子がクレーティネを、箒がレーザーを放った瞬間、アリーナ上空に影を見つけたのは。

 

「全員、頭を下げて耳を塞げ!!!」

 

 次の瞬間、物凄い衝撃と爆発音と共にアリーナのバリアが一部破壊され、アリーナ内に何者かが侵入してきた。

 同時に、アリーナのシャッターが閉じられたのと、アリーナの出口が電子ロックで閉じられてしまった。

 

「やっぱりな……! アンタが来るって思ってた」

 

 持ち込んでいた携帯キーボードと空間投影ディスプレイを扉の電子キーに差し込んだ一夏はハッキングされている事を即座に察知、撃退してロックの解除をしようとした。

 後ろから生徒達が次々と集まってきて、恐怖に染まった顔で一夏を見つめているのを背に、作業を進める一夏の脳裏には、先ほど一瞬だが見えた襲撃者の顔がはっきりと映し出されている。

 

「スカイ……!」

 

 早くここから脱出して、何とかしなければ百合子と箒、それにダリルやフォルテが危ない。いや、もしかしたら第一アリーナでも襲撃が起きている可能性がある。そうなれば和人や明日奈、セシリア、鈴音、楯無、簪、みんなが危ないのだ。

 そう思い、一夏はキータッチの速度を更に上げるのだった。

 

 

 第一アリーナでは襲撃してきたスコール率いる笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と対峙する和人、明日奈、セシリア、鈴音、それから即座に駆けつけてきた楯無の姿があった。

 

「あら、こっちに厄介なメンバーが揃っているみたいね」

「Ha! 黒の剣士に閃光くらいしか厄介なのはいねぇぜ?」

「後は、雑魚、ばかり」

「へへ、今日はどれくらい殺せるかねぇ?」

 

 最悪、だとは言えない。少なくともこの場で互角に戦えるのは和人と明日奈、楯無の三人のみだが、セシリアと鈴音がツーマンセルを組めば互角に届くレベルになる。

 

「どうやら勘違いしているみたいだけど」

 

 すると、スコールの背後にあるアリーナのバリアに開いた穴の向こうから5機の無人機が入ってきた。つまり、戦力差は5対9、完全に不利になってしまった。

 

「和人さん」

「セシリア……?」

「わたくし、今……凄く怒ってますの」

 

 静かに、セシリアが笑みを浮かべながら突入してきた無人機と対峙した。5機の無人機を相手に、セシリアは自分一人で戦おうとしているのだ。

 

「相手が無人機ならば、わたくしの全力が出せますわ。ですから、皆さんは亡国の方々のお相手を願えますか?」

 

 そう言って、セシリアはディープブルーとアンディーンを操作して無人機全てを攻撃、そのターゲットを全て自分に向けさせた。

 確かに、今のセシリアなら大丈夫だろうと、そう判断した楯無は渋る和人と明日奈、鈴音を諭してスコール達と対峙する。

 

「さあ、鈴さんが心配ですし、直ぐに終わらせてさしあげますわ!! 参りますわよブルー・ティアーズ・アンダイン!!」

 

 そのとき、セシリアと、ブルー・ティアーズ・アンダインの姿が黄金の輝きに包まれた。それは、単一使用能力(ワンオフアビリティー)発現の証。

 

単一使用能力(ワンオフアビリティー):Deep Climb Neptune、発動】

 

 

 百合子と箒、ダリル、フォルテの4人と、駆けつけた簪を加えた計5人はスカイ率いる無人機軍団と対峙している。

 だが、実際に戦う事になるのは百合子と簪、箒、フォルテの4人だけで、ダリルは何故かやる気を見せず、挙句の果てには面倒だからとアリーナの隅に行ってPICを利用しながら空中で寝転ぶという有様だ。

 

「協調性の無い人……」

 

 そう呟いてしまう百合子の心情も当然だろう。口にはしなかったが箒も簪も同じ事を思っているのだから。

 ただ一人、ダリルの恋人であるフォルテだけは彼女を庇おうとしているも、フォルテ自身も実はダリルに少しは手伝って欲しいなぁと思っていたりする。

 

「だぁっははははは!!! 協調性の無い仲間で残念だったなぁ! まぁおじさんも優しいからよぉお? ちったぁ手加減してやるぜ」

 

 一夏を圧倒した実力の持ち主であるスカイを相手に、この場でまともに戦えるのは百合子だけだ。他の全員を無人機に当てたとして、つまりそれはスカイ相手に百合子が一人で戦うという事になる。

 

「来て、ルー・ゼタンタ」

 

 右手のパラディン・スピーアと、左手に展開したルー・セタンタ、紅と蒼の二槍を構えた百合子は深呼吸を2回、目を閉じて行うと、ゆっくり瞼を開いた。

 目を開けた後の百合子の瞳には、静かな殺気が宿っており、その意思からは……明確な殺意が感じ取れる。

 

「ほぉ、目立たねぇ小娘かと思ったが……良い殺気を出すじゃねぇか! まだ殺しの処女は捨ててねぇみてぇだが、やろうと思えばいつでも殺せるって言ったところか」

 

 勝てるとは思わない。だけど、この場に居る箒や簪、フォルテを守るために、百合子は刺し違えてでも殺すつもりで戦う決意を抱いた。

 

「宍戸……その、本当に一人で大丈夫か?」

「うん、篠ノ之さんは簪とフォルテ先輩と一緒に無人機を」

「あ、ああ……その、私よりずっと強いお前に、こう言うのはアレだが」

「?」

「絶対、負けるな……頑張ってくれ、百合子」

「……うん、そっちも気をつけてね……箒」

 

 この瞬間、紅椿のリミッターがまた一つ外れた。3,5世代相当まで性能が発揮出来るようになった紅椿を駆り、無人機へと突撃して行く箒を見送った百合子はニヤニヤとこちらを伺っていたスカイと向き合う。

 

「お話は終わったのか?」

「……」

「ケッ! おじさんとは話す事なんてありませんってかぁ? なら二度と話せなくしてやるよぉ!!」

 

 銃剣「エイメン」を構えたスカイが突撃してきたのに対し、百合子も二槍を構えて一気に突っ込んだ。

 事実上の世界最強の男を相手に、百合子の戦いが始まった。

 

 

 観客席のドアのハッキング解除して何とか扉を開けた一夏は生徒達を避難させた後、自身は百合子と箒の居たピットへ向かった。

 ピットからはアリーナの様子が辛うじて確認する事が出来るので、そちらから状況を確認しようとしたのだ。

 

「っ! やっぱり、スカイ……」

 

 あの男を相手に、百合子一人では厳しすぎる。せめて後一人……和人か明日奈が居てくれれば、まだ何とかなったのだろうが、現在二人は第一アリーナに居る。

 そして、一夏が出ようにも専用機が無い。ピット内には訓練機の打鉄もあるが、スカイを相手に打鉄では勝負にすらならない。

 

「クソッ! このままじゃ百合子が!」

 

 今、一夏の視界の先では百合子がスカイの一撃をまともに受けてアリーナの地面に叩き付けられていた。

 

「ユリコ……っ!」

 

 最愛の恋人が傷つく姿を、こうして眺めているしか出来ない今の自分が情けなくて、不甲斐なくて、まだ微かな痛みのある足を無視して車椅子から立ち上がった。

 だけど、立ち上がっても、その足で行くべき戦場向かう為の翼は、無い。

 

「俺は、どうすれば……」

 

 戦いたい、百合子と、愛する人と共に戦い、守りたい。己の剣は、意思は、まだ折れていないのに、翼を失っただけで、この体たらく。

 

「いっくん」

「……束さん?」

 

 一夏の後ろに、いつの間にか束が立っていた。そして、立ち上がった一夏の足を見つめて、それから一夏の目を真っ直ぐ見据えた。

 

「君は、まだ折れていない。例えまた負けるかもしれない相手と戦う事になろうと、翼さえあれば、その手に剣を握るんだね?」

「……はい、愛する人を守る為なら、例え相手が誰だろうと、俺は剣を握ると、そう誓ったんです」

「もう一度、翼を得て空を飛びたい?」

「……勿論です」

「……なら、付いて来て」

 

 束に案内されて一夏はアリーナから学園地下に降り、そして校舎側への通路を歩いた先にある束のラボに来た。

 ラボには何度か来た事があるので、内装は知っていたが、その中で一度も中に入った事の無いもう一つの扉の前に連れて来られたのだ。

 

「ここに、いっくんが求める物があるんだ……開けるよ」

 

 束がスイッチを押すと、ゆっくり扉が開かれた。真っ暗な部屋、その中に入るように言われたので、その通りに中へ入ると、やはり真っ暗なままなので何も見えない。

 だが、束が電気のスイッチを入れて通電する事で部屋が一気に明るくなった。突然明るくなった事で目が眩んだ一夏は思わず目を閉じてしまったが、ゆっくり目を開いた瞬間、その視界に見えた物を見て驚いた。

 

「これ、は……」

 

 そこにあったのは、白だった。10年前の白騎士でもない、ましてや一夏の相棒たる白式ですらない、まったく新しい第三の白の姿が、そこにあった。

 

「これを、いっくんに授けるよ……この、第4世代型完成系IS“雪椿”を」

 

 雪椿、それが……この第三の白の、名前だった。




合宿終了のため、あとがきのミニコーナー終了です。
次回は、ついに第三の白こと雪椿の本格的な登場です!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十一話 「新たな翼、雪椿」

第三の白こと雪椿、本格登場!


SAO帰還者のIS

 

第九十一話

「新たな翼、雪椿」

 

 その機体の設計自体は、束が白式を調整していた頃から既にあった。だが、その当時はまだ設計段階で、実際に形にする事は無かったのだが、紅椿を箒に渡して、そして白式が二次移行(セカンドシフト)した事によって本格的な開発がスタートしたのだ。

 本来は圧倒的な展開装甲のデータ不足で設計段階のまま止めていた計画も、白式・聖月のおかげで展開装甲のデータが取れるようになりスムーズな開発が出来るようになった。

 この時点で、既に束の中では操縦者として一夏を想定していた。故にパーツの一つ一つ全てを一夏に合わせて作り、組み上げている。

 そして、最終的に完成まで漕ぎ着ける為、白式のコアと生きているパーツの一部、それから夏奈子が乗っていたテンペスタのコアを組み込んで、白騎士と白式・聖月、それからテンペスタの魂を受け継ぐ第三の白として完成した。

 

「それが、この第4世代型完成系IS……雪椿」

「雪、椿……」

 

 雪椿を見上げた一夏は、その全体を細かく見ていく。ウイングスラスターは白式・聖月とほぼ同等の大きさだが、白式・聖月のような機械的なフォルムではなく、美しい曲線を描いた形をしている上、展開装甲を搭載しているのだろう、継ぎ目も確認出来た。

 腕はそのまま白式・聖月の物を流用しているらしく変化は無い。脚部は紅椿に似たフォルムになっており、こちらの方が若干角ばっている。

 だが、何より大きいのは腰周りだろう。リアスカートアーマーの形状が白騎士によく似ているが、白騎士との違いは展開装甲用の継ぎ目がある事とブースターが取り付けられている事だ。

 

「武装はそのまま白式の物を修理して搭載してあるし、ソードスキルシステムも健在だから、いっくんが使おうと思えばいつでも使える状態だよ」

「……束さん」

「な~に?」

「ありがとう、ございます」

 

 雪椿から目を離すこと無く束に礼を言う一夏に、束は微笑を浮かべて一夏が雪椿に乗り込めるよう手元のスイッチを操作、雪椿を屈ませた。

 

「さあ、いっくん……新しい翼を受け取って」

「はい!」

 

 初めて白式に乗った時と同じ様に、機体に背中を預ける様にして乗り込むと早速だが初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が開始された。

 そして、それと同時に一夏の意識は途切れてしまうのだった。

 

 

 真っ白な空間、そこに一夏はいつの間にか立っていた。あの時……白式が二次移行(セカンドシフト)したときと同じ空間に居るのだと気づくのに時間は掛からなかった。

 

「いるんだろ? 白式、白騎士」

 

 何も無い空間に声を掛ければ、背後に気配を感じて振り返る。

 すると、そこには白いワンピースを着た少女と純白の鎧を着た女性が立っていて、そしてそれぞれの横には少女と同じ白いワンピースを着た幼女と、ライムグリーンのドレスを着た少女が立っていた。

 

「なんか、増えてるな」

 

 白いワンピースの幼女は、恐らく雪椿なのだろう。だが、ライムグリーンのドレスを着た少女については見当がつかない。

 

「君は、誰だ……?」

「私は、あなたの娘の翼」

「……ああ、そっか」

 

 テンペスタだ。束は雪椿に白式のコアと一緒にテンペスタのコアも搭載していると、そう言っていた。

 そのテンペスタが、夏奈子の乗っていたテンペスタで、一夏の娘の翼というのも間違いではない。

 

「白式……」

「なぁに?」

「ごめんな……俺が不甲斐ないばかりに、君を壊してしまって」

「……ううん、わたしも、貴方の力になれなくてごめんね?」

 

 白式が謝る事なんて無い。そう言おうとした一夏を止めたのは、白騎士だった。

 

「あなたは、我々の最高のマスターです。強敵を恐れる事無く、再び力を求め、その力を愛する者を守る為に使うと、その意思を曲げない」

「当然だって。俺の剣は、ユリコと、夏奈子を守る為にあるんだって、今でも胸張って言えるぜ」

「だから、わたしはそんな貴方の力に、最後までなれなかったのが悔しい」

 

 白式も、悔いていたのだ。もっと機体性能を一夏に合わせて、枷を無理に外してでもソードスキルを使える状態にしていれば、あの時一夏は、もっと戦えていたのに、と……。

 

「だけど、俺たちはこうして新しい翼で再会出来た。雪椿とテンペスタっていう、新しい相棒と一緒にな」

 

 一夏が雪椿とテンペスタの頭を撫でると、二人は何処か心地良さそうな表情で頭を一夏の手に摺り寄せる。

 

「私はずっとコアネットワークから見ていました。あなたが、あなたの娘を……私の操縦者を、心から愛しているのを。だから、私はあなたと一緒に、あの子を守りたい」

「いっしょに、たたかおう?」

「……ああ、一緒に戦おう。今度は、絶対に負けない! 俺にはユリコや夏奈子だけじゃない、白騎士、白式、雪椿、テンペスタ、お前達が居る。俺達が一緒なら、もう誰にも負けやしないぜ!」

 

 一夏が右手を差し出すと、それが何を意味するのか気づいて白騎士が手を重ねた。そして、それに続くように白式が、雪椿が、テンペスタが、それぞれ手を重ねると、重ねられた手を中心に眩い光が一夏達を包み込んだ。

 

 

 雪椿の最適化(フィッティング)を行っていた束は、最後の調整を終わらせてEnterキーをタッチした。

 これで、一次移行(ファーストシフト)が行われて雪椿は正式に一夏の専用機として完成する。

 だが、しかし……雪椿と一夏の姿が光に包まれた瞬間、束にすら予想出来なかった事象が発生した。

 

【Fist sift stand by……complete】

【Second sift stand by……complete】

【third sift stand by……complete】

【Fourth sift stand by……complete】

 

 白騎士、白式、雪椿、テンペスタ、その全てと心を通わせた一夏だからこそ起きた奇跡。ISが世に送り出されて10年、未だ誰一人として到達し得なかった4段階目の進化……四次移行(フォースシフト)を、初めて乗ったばかりの機体で、一夏は果たしてしまったのだ。

 

「うそ……」

 

 完全に束の予想外な出来事を目の当たりにして、呆然と呟いてしまった。今まで、束も存在こそ知っていたが、机上の空論に過ぎなかった四次移行(フォースシフト)が、まさかこの様な形で実現されるとは、思いもしなかったのだから。

 

「あ、あはは……あはははははは! やっぱりいっくんは凄いなぁ……いつも束さんの予想を超えてくるんだもん! いっくんを見てると、こんな世界でも絶対に退屈しないね」

 

 一度は、こんなつまらない世界を壊そうとも考えた事があった。いや、今でも壊すべきだと判断してしまえばいつでもテロ行為と呼べる事を行って世界を滅茶苦茶にしてしまう事も考慮している。

 だけど、織斑一夏という無限の可能性を秘めた存在が居るこの世界は、きっとこれから楽しくなるのだと、束は確信しているのだ。

 

「束さん、ありがとうございます。これで俺は、また戦える」

「そう……それじゃあ、早く行ってあげて。君の愛する子の所へ」

「はい!」

 

 束が手元の装置を操作すると、天井が開き、幾層ものシャッターが次々と開く事で地上が見えるようになった。

 

「織斑一夏、雪椿……行くぜ!!」

 

 PICを起動して宙に浮いた雪椿の全身にある展開装甲が開かれる。すると、今までの白式・聖月の展開装甲のように蒼いエネルギーが放出されたのだが、腰や脚部の装甲は白式のように刃のような形に放出されているのに、非固定浮遊部位(アンロックユニット)になっている大型ウイングスラスターの展開装甲は、まるで天使の翼のような形となって一夏の全身を包み込むように放出された。

 そして、ゆっくりと蒼いエネルギーの翼が開かれると、同じ蒼いエネルギーの羽を撒き散らしながら大きく羽ばたき、瞬時加速(イグニッションブースト)を使ったわけでもないのに、それ以上の速度で一気に飛び上がる。

 

「グゥッ!? す、凄い加速だ……っ!」

 

 超高速機動は白式で慣れていたのに、それでもキツイと感じてしまうほど、雪椿の加速は圧倒的だった。

 間違い無く世界最速であろう速度で飛んだ雪椿に乗る一夏の視界には、飛び立って10秒と経たず第2アリーナが見えてくる。

 

「さあ! デビュー戦だ!! 派手に行こうぜ雪椿!!!」

 

 右手に展開されたトワイライトフィニッシャーⅡを加速しながら構えてライトエフェクトの輝きを纏わせた。

 ジェットエンジンの如き爆音と、紅い光芒、それは白の剣士ナツこと一夏にとって己の代名詞と言うべきソードスキル。

 IS学園でも何度も使用してきて、既に生徒達の間でも有名になっている程、一夏を象徴する最強の突進突刺スキル……片手剣上位ソードスキル、ヴォーパルストライクだ。

 

「うぉおおおおおおおああああああああああっ!!!」

 

 気合の咆哮と共に、一夏のヴォーパルストライクはスカイと無人機が突入したシールドの穴からアリーナへと飛び込み、百合子へボルメテウスを放とうとしていたスカイを……捉えた。




雪椿が展開装甲の翼を広げたシーンですが、劇場版新機動戦記ガンダムW Endless Waltzのウイングガンダムゼロカスタムの初登場シーンをイメージしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十二話 「新たな翼の力」

夏風邪辛い……。


SAO帰還者のIS

 

第九十二話

「新たな翼の力」

 

 強すぎる。それがスカイと戦う百合子の素直な感想だった。フォルテと簪、箒が無人機を引き付けてくれている間、百合子は一人でスカイと戦っていたのだが、正直戦いにすらなっていなかったのだ。

 百合子の槍は悉くが捌かれ、逆にスカイの攻撃は回避するのに精一杯どころか、完全に避けきるのが難しい。

 

「なるほどなぁ、今まで戦ってきた女共と比べれば格段に強ぇ、が! まだまだおじさんを相手にするにはひよっ子だ!! エェイメェン!!!」

「グッ、きゃあ!?」

 

 両手に握ったルー・セタンタとパラディン・スピーアをクロスして銃剣を受け止めたが、男と女の腕力の差から力負けして弾き飛ばされてしまった。

 

「軟弱! 脆弱!! 貧弱!!! 所詮は女の腕力程度でおじさんの豪腕を受け止めるなど夢のまた夢と知れぃ!!!」

「ぐぅぅぅっ!!!」

 

 暴風の如き連撃、それを受け流すだけで百合子は精一杯になってしまった。勿論、受け流しきれずに直撃する事もあり、ダメージをどんどん蓄積してシールドエネルギーも減少していく。

 何とかソードスキルを使うタイミングを見つけようと先ほどから何度もスカイの挙動を伺っているが、そんな隙はどこにも無い。これではジリ貧だ。

 

「本当は、まだ調整が完璧じゃないんだけど……出し惜しみしてられない」

 

 それはかつてラウラが所持していた専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの武装の一つ、A(アクティブ)I(イナーシャル)C(キャンセラー)の理論を応用してレクトが開発、その後に槍陣へと搭載されたソードスキルシステムに並ぶ槍陣第二の第3世代システム。

 AIS……アクティブイナーシャルストッパー、慣性静止結界と呼ばれるそれを起動し、そして槍陣に格納されている全てのヴァガルダ・ボウを展開した。

 展開されたヴェガルダ・ボウは慣性に従って地面へと落下するものだ。だが、AISを展開した結果、ヴェガルダ・ボウは百合子の周囲に展開されたまま空中に静止している。

 

「これが、空中で無限槍を使う為の切り札」

「こいつぁ、ドイツのシステムだな」

「前に、ラウラの日本への亡命の際に、ナツとキリトお義兄さんへドイツが危害を加えようとした訳じゃないという誠意を示す意味でドイツから日本へ密かに提供されたAICの基礎概念をレクトが独自に組み上げたのがAIS」

 

 更に、このAISの魅力は百合子が移動する事にある。AISが擬似的な床となって静止させているので、百合子が移動する事でAISという床に乗った槍も一緒に移動するという仕組みなのだ。

 

「これで、私の本気を出せる……無限槍のユリコと呼ばれたアインクラッドに三人しか居ないユニークスキル使いの実力、見せてあげる」

「はっ! 面白ぇ!! やって見せろぃ!!! ぶるぁああああああ!!!!」

 

 再び、二人がぶつかる。無限槍を使えるようになった百合子は槍を弾き飛ばされようと即座に瞬間交換(ラピッド・チェンジ)を使用してヴェガルダ・ボウを手元へ瞬時に呼び出して対応する。 

 しかし、スカイにとってそれは、所詮は小手先の技に過ぎないのか次々と槍を弾き飛ばされて反撃の余地が無い。

 

「っ! でも!!」

 

 無限槍を使った以上、その名を渾名としていた者として負けられない。

 再び手元にルー・セタンタを呼び出してスカイの銃剣を避けながら構えた百合子は強引にソードスキルのモーションを起こしてルー・セタンタに空色のライトエフェクトを纏わせた。 

 

「ロスト……ソング!!」

 

 ライトエフェクトを纏ったルー・セタンタによる突刺の猛襲がスカイを襲う。流石に槍で2年という戦いの日々を行き抜いただけあり、百合子の槍捌きは歴戦の勇士たるスカイの目から見ても相当に高い技量があると言える為、銃剣で何とか捌いていたのだが。

 

「ぬぅっ!?」

「っ!」

 

 突如、スカイの足元から飛んできたヴェガルダ・ボウを何とか避けたが、それでも顎を掠ったのか立派な顎鬚が若干削れてしまった。

 これこそ、無限槍上級のソードスキル、手持ちの槍で攻撃しつつ足元に呼び出した槍を蹴り上げて隙を突く対人戦用のスキルであるロスト・ソングだ。

 

「ふんぬぅうううううううううう!!!!」

「え、あ、きゃあ!」

 

 行ける。そう思っていたのだが、突如スカイの全身の筋肉が膨れ上がったかと思った瞬間、ルー・セタンタが……半ばから叩き折られてしまった。

 

「え……」

「あ~あ、おじさんの自慢の髭が台無しになっちまったでねぇの。小娘、覚悟は出来てるんだろうなぁ?」

「あ……」

 

 急いで変わりの長槍であるパラディン・スピーアを手元に呼び出したのだが、スカイが銃剣エイメンから戦斧ジェノサイドに持ち替え、渾身の力で振り下ろしてきた。

 

「ぶるぁああああああああ!!!!」

「きゃあああああ!?」

 

 パラディン・スピーアまでもが折られて、そのまま百合子の肩へジェノサイドの刃が食い込んだ。肩のアーマーが砕かれ絶対防御を発動したものの、確実に鎖骨が折れているだろう。

 激痛を感じながら百合子はアリーナ地面へと叩き落されてしまい、AISも停止してしまったのかヴェガルダ・ボウも全て地面へ落ちてしまった。

 

「これで終わりだぁ! 今死ね! 直ぐ死ねぃ!! 骨まで砕けろぉい!!!!」

 

 スカイの乗るトーデストリープの肩にキャノン砲が展開され、エネルギーが一気に充填された。あの一夏と白式をも破った凶悪な砲撃、ボルメテウスが百合子をロックオンしている。

 

「ボルメテウス、発射ぁあああ!!!」

 

 トリガーが引かれ、凶悪なエネルギー砲が放たれる、そう思った時だった。突如アリーナのシールドに開いた穴から超高速で飛び込んできた光がスカイに襲い掛かったのは。

 

「うぉおおおおああああああ!!!」

「っ!? 何ぃ!?」

 

 全身を蒼いエネルギーで覆いながら黄色のライトエフェクトを纏った剣による強烈な突進突刺がスカイの胴体へ直撃してボルメテウスは不発に終わった。

 激痛を堪えながら空を見上げた百合子は、そこで天使を見る。白い鎧を纏い、白い剣を握り、蒼い羽根を散らしながら翼を広げる天使……そう、百合子がこの世で最も愛する、一夏の姿を。

 

「ぬぅ!? 貴様ぁ、白式は破壊した筈だがなぁ」

「ああ、白式はもう直らない。だが、白式の魂は死んでない!! この、雪椿と、俺の胸に!! 今もこうして生きている!!」

「チィッ、新型か」

 

 ジェノサイドを構えたスカイが雪椿を纏ってトワイライトフィニッシャーⅡを構えた一夏と対峙する。

 

「なら、貴様を殺してその雪椿とやらを頂くだけだなぁ」

「やってみろよ……今度は、簡単に負けるつもりは無ぇぜ」

 

 トワイライトフィニッシャーⅡがライトエフェクトを纏った。そして、スカイが先手必勝とばかりに動こうとした瞬間、その横を蒼いエネルギーの羽根が舞う。

 

「ぬ?」

「こっちだ」

「ぬぅおおおお!?」

 

 シャープネイルによる3連撃が襲い掛かり、爪痕のような傷がトーデストリープの装甲に刻まれる。

 一瞬でスカイの背後に回った一夏の動きが、スカイは肉眼で捉えられなかった。この事実に驚愕すると共に、今もスカイの周りを蒼い翼を広げながら羽根を撒き散らしつつ個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッションブースト)で動く一夏の姿を追い掛けられない事に関心した。

 

「まさかハイパーセンサーですら追いつけない程の加速たぁ、随分と高性能な機体らしいな……だが、おじさんにとっては速いだけだぁ!!」

 

 ただ速いだけでは、スカイを圧倒するなど不可能だったらしい。一夏の姿は肉眼で捉えられずとも、ただの勘だけで高速機動の中から斬り掛かって来た一夏のトワイライトフィニッシャーⅡをジェノサイドで受け止められた。

 

「チッ」

「ふぅい……」

「何てな!」

「ぬ?」

 

 瞬時に一夏の左手に展開された大盾、リベレイターⅢの展開装甲を開きながらスカイの視界一杯に叩きつけ、同時に一夏の全身が黄金の光に包まれる。

 

単一使用能力(ワンオフアビリティー):神聖剣、発動】

 

 トワイライトフィニッシャーⅡが紅いライトエフェクトを纏った。リベレイターⅢでスカイの視界を覆った状態からトワイライトフィニッシャーの刃を振り上げ、そのまま一気に振り下ろす。

 神聖剣のソードスキル、ガーディアン・オブ・オナーによる斬り下ろしは簡単にスカイのバックステップによって避けられてしまうものの、既に一夏は対策していた。

 

「キャンセル!」

 

 振り下ろしている途中で、突然ライトエフェクトが消えた。そして、消えた瞬間に別の構えを取ると再び紅いライトエフェクトを纏う。

 

「これがALOで編み出したシステム外スキル! 剣技消去(スキルキャンセラー)だ!!」

 

 元々これは、SAO時代にキリトとヒースクリフの最後の戦いを見ていた際、ソードスキルを発動しそうになったキリトがその前に途中キャンセルしていたのを思い出してALOにて一夏が開発したシステム外スキルだ。

 ソードスキルは発動してから実際に使用する前であればキャンセル出来るが、一度剣を振るってしまえば本来であればキャンセルなど出来ない……と、思われていたが、そこを一夏は突いてみたら、何と上手くいったという経緯がある。

 

「うぉおおおおおおおおお!!!」

 

 紅いライトエフェクトを再度纏ったトワイライトフィニッシャーⅡの刃がスカイに襲い掛かった。そこから放たれるのは神聖剣上位ソードスキル、菱形を描く様に敵を斬り裂く4連撃ゴスペルスクェアだ。

 

「ぶるぁあああああああああ!!!」

 

 だが、スカイとて負けていない。ジェノサイドの刃で迎え撃ち、ゴスペルスクェアを全て受け止められてしまったのだ。

 

「前よりはやるようになった……が! まだまだおじさんには届かん!!」

「っ!」

 

 一瞬、ほんの一瞬だがスカイが放った殺気に、思わず怯んでしまった。殺気など、もう慣れている筈なのに、それでも一夏が怯むほどの殺気を放つスカイは、やはり格が違う。

 そして、その一瞬はスカイにとって絶好のチャンスであり、一夏にとっては致命的な隙でもあった。

 

「っ! うぉおあああ!!」

「ふんぬぅううううううう!!!」

 

 一夏の首目掛けて襲い掛かるジェノサイドの肉厚な刃をリベレイターで受け止め、逆にトワイライトフィニッシャーの刃を振り下ろしたが、それはスカイが素手で握り締めて受け止められてしまう。

 

「ふん!!」

「ぐ、お……っ!?」

 

 一夏の息が、詰まった。見れば、スカイの膝が一夏の鳩尾に突き刺さっており、膝蹴りされたのだと気づいた時には既に弾き飛ばされてしまった後だった。

 

「ぐ、げほっ……!」

「ぶるぁああ!」

「っ!」

 

 脳天目掛けて振り下ろされたジェノサイドの刃を何とか避けた一夏は再び翼を広げて羽根を散らしながら飛び回った。

 速度では確かに一夏に分があるし、こうして飛び回っている間はスカイも手出し出来ないが、一度接近すれば技量だけでは一夏を完全に上回るスカイを相手に劣勢を強いられてしまう。

 

「何とか、何とかしないと……」

 

 新しい翼は、何の為に受け取ったのか。それを思い返す。

 

「そうだ……俺は、百合子を守りたいから、この場所に戻ってきたんだ……そうだよな、雪椿!!」

 

 それで良い。そう言わんばかりに雪椿が再び黄金の光に包まれた。それは、先ほどの神聖剣を発動した時よりも強く、眩く。

 

単一使用臨界能力(ワンオフアビリティー・オーバーブースト):神聖白夜、発動】

「ありがとう……雪椿、白騎士、白式、テンペスタ」

 

 高速移動していた一夏は突然飛び回るのを止めて構えた。再び構えたのは神聖剣の構え、そのモーションによって自動でシステムが判断し、トワイライトフィニッシャーⅡの刃に紅いライトエフェクトを纏わせる。

 しかし、先ほどまでと違うのは、紅いライトエフェクトの上から緑色の光が剣を覆っている点にあった。

 

「これが、俺が白の剣士ナツであるのと同時に、ブリュンヒルデ織斑千冬の弟、織斑一夏である証の進化だ!!」

 

 神聖剣と零落白夜の融合、その力が今……発揮される。




次回は……最悪の事態が。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十三話 「奪われた白式」

お待たせしました。本来なら昨日の段階で書きあがったのですが、ちょっと納得いかなかったので、修正してから投稿しました。


SAO帰還者のIS

 

第九十三話

「奪われた白式」

 

 IS学園地下区画、そこにある秘密ラボには回収した無人機や大破した白式が保管してあるスペースがある。

 一般生徒の立ち入りを禁じられているその場所は学園内でも屈指のセキュリティーを誇り、容易く侵入者を許す構造にはなっていないのだが、亡国機業(ファントム・タスク)が幹部、潜入専門のプロフェッショナルであるオーガストにとってはそのようなセキュリティー、無いも同然だった。

 

「さて、残るはこの扉を開くだけですが……どうやらお客のようですね」

 

 大きな扉の前まで来て立ち止まったオーガストがゆっくり後ろを振り向くと、そこにはラファール・リヴァイヴを纏って銃を構える真耶が立っていた。

 そして、真耶の姿を見てオーガストは感心したとばかりに口笛を吹き、緊張感を漂わせない余裕を浮かべる。

 

「これはこれは、嘗て日本代表候補生最強と謡われし銃央矛塵(キリング・シールド)殿と直接合間見えるとは光栄ですな」

亡国機業(ファントム・タスク)ですね、大人しく両手を上げてください。ここで拘束させてもらいます」

「ふ、ふふふふ……なるほど、確かにISを纏った貴女に、生身の僕が勝てる訳が無い。ええ、常識ですねぇ……ですが、それは世間一般の常識です」

「っ!?」

 

 一瞬の出来事だった。真耶が瞬きをしたその一瞬で、オーガストの姿は真耶の目の前にあり、その両手に握った肉厚のナイフを真耶の眼前に突き刺そうとしていたのだ。

 

「くぅっ!」

 

 何とか回避して距離を取り、銃の引き金を引いたが、オーガストはまるで銃弾が見えているかのように右往左往、時には壁や天井までも利用して動き回って銃弾を避けている。

 とてもではないが人間の動きではない。しかし、それでも彼が生身の人間である以上、ISを使う真耶には傷を負わせる事など出来ないだろうと、油断があった。

 

「甘いですねぇ、甘すぎますねぇ!」

「え? きゃあ!」

 

 脇腹に痛みが走った。見れば着ていたISスーツが裂けて露出した肌に一筋の斬り傷ができていて、そこから血が流れている。

 ISの絶対防御を、生身の人間が、ただのナイフで突破したというのかと、真耶は唖然とするが、直ぐに思い直した、そう……あれはただのナイフではないと。

 

「おや、気づかれましたか? そうですよ、これはただのナイフではありません……このナイフの根元を見てください」

 

 そう言ってオーガストが見せたのはナイフの刃の根元……そこには見覚えのある球体が填め込まれている。

 

「それは、ISのコア!?」

「そうです。ISコアを埋め込み、ISの機能の一部を搭載出来るようにした特別製のナイフです。その機能として選択したのが、我が組織の開発した絶対防御無効化ウイルス」

 

 流石にナイフサイズの物に完全な絶対防御無効化ウイルスを仕込むのは不可能だったので、斬りつける一瞬だけウイルスを発して斬る部分の絶対防御だけを無効化するだけの機能に限定されてしまったが、それでも十分過ぎる。

 

「で、ですが……それだけでは」

「勿論、それだけではありませんよ。僕自身が特別な血筋でして、暗殺者としての教育を幼き頃から受けていただけですから」

「特別な、血筋……?」

「ええ、そういえばまだ名乗っていませんでしたか。僕は亡国機業(ファントム・タスク)が幹部の一人、コードネームはオーガストと申します。そして、本名はウォルター・J・リーヴル……先祖はジャック・ザ・リッパーと申します」

「っ!? 切り裂きジャックの、子孫……?」

 

 切り裂きジャック、ジャック・ザ・リッパー呼ばれる名は、Pohの専用機であるのと同時に世間では1888年のイギリス、イーストエンドで発生した連続猟奇殺人事件の犯人とされる人物の通称だ。

 100年以上経つ現代になっても未だ未解決事件の代名詞として語られるその事件の真犯人は、今も尚不明のままで、様々な諸説が語られるものの、どれも信憑性の薄い話ばかり。

 だが、この男は自らをその真犯人であるジャック・ザ・リッパーの子孫であると名乗ったのだ。驚かない筈が無い。

 

「このナイフ……」

 

 そう言ってオーガストが掲げたのは右手に持つコアが埋め込まれたナイフとは反対の、左手に持つ普通の大型ナイフだ。

 

「これは先祖から代々受け継ぐナイフでして、ジャックが実際に殺しに使ったナイフだという話ですよ」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)でもナイフに付着していた血液反応からDNA鑑定を行った結果、ジャック・ザ・リッパー事件の被害者の一人、メアリー・ジェン・ケリーのものと一致したらしい。

 100年以上も前の被害者の血液を、どうやって保持していたのかは、亡国機業(ファントム・タスク)の不可解な点ではあるが。

 

「まぁ、そういう訳で僕家系は先祖である切り裂きジャックの殺しの技術を暗殺技術として昇華し、受け継いでいたのです。何せ、先祖は小説シャーロック・ホームズシリーズに登場するジェームズ・モリアーティのモデルとなった当時のイギリス犯罪界のナポレオンとも呼べる人物から殺しの技術を学んでいたのですから」

 

 故に、殺しの技術において、オーガストは亡国機業(ファントム・タスク)の中でも屈指の人間だという事になるのだ。

 そんな人物と対峙する事になった真耶は、生身の人間が相手だという慢心を捨て、これから戦う相手は尊敬する上司、織斑千冬と同等か、それ以上の化け物だと、気を引き締めた。

 

 

 第一アリーナと第二アリーナでの戦いは激化し、戦いの舞台はアリーナを飛び出して学園上空へと移っていた。

 スカイが纏うトーデス・トリープと戦う雪椿を纏った一夏、Pohの纏うジャック・ザ・リッパーとは黒鐡を操る和人が、ハングドマンに乗るザザとは瞬光の明日奈が、ポイズンとは驚く事にブルー・ティアーズ・アンダインを纏ったセシリアが互角の戦いを繰り広げている。

 他には無人機と戦う鈴音、フォルテ、箒が善戦をしていて、簪は戦闘不能となった百合子を回収して避難させる為にこの場には居ない。

 最後に、スコールが纏うゴールデン・ドーンとは霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)を纏った楯無が戦っている。

 

「ふ、ふふふ……」

「あら、何が可笑しいのかしら?」

「いえ、ただ此処まで必死に戦うお嬢さん達が余りにも滑稽で思わず笑ってしまっただけよ」

 

 戦いの最中だというのに、突如笑いを零したスコールに、楯無が理由を聞いて怪訝そうな表情を浮かべた。

 滑稽とは、どういう意味なのか。襲撃者を撃退する為に戦っているこの状況が滑稽……必死に撃退する為に戦うのが滑稽というのは、ただ馬鹿にしているだけの言葉ではないのは確かだ。

 

「っ! まさか……っ!」

 

 そこまで考えて、楯無はひとつの仮説が思い浮かんだ。それも、最悪のパターンと言っても過言ではない、本当に不味い仮説だ。

 

「織斑先生!!」

『どうした? 更識』

「急いで白式の保管場所へ人を!!」

 

 だが、もう遅い。突如、学園地下で爆発が起こり、グラウンドの地面が抉られて大穴が開いたのだから。

 

「っ!」

 

 そこには、恐らく奪取された物であろうラファール・リヴァイヴを纏った男が、その手に白い装甲の機体の一部……非固定浮遊部位(アンロックユニット)の片方を持って出てきた。

 

「あら、早かったわねオーガスト」

「いえいえ、これでも遅かったと反省しているんですよ? 何せ途中でかの有名な“銃央矛塵(キリング・シールド)”と鉢合わせて戦闘になったのですから」

「山田先生と……!? 山田先生は!」

「ご安心をお嬢さん、銃央矛塵(キリング・シールド)殿には少々眠っていただいただけですから」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の幹部の一人、オーガストと呼ばれた青年が口にした渾名、銃央矛塵(キリング・シールド)とは元日本代表候補生である山田真耶の現役時代の異名、銃を使わせれば日本最強とまで噂された真耶に付けられた二つ名だ。

 

「それでは、僕はこれで失礼しますよ。もう目的の物は手に入れた訳ですから」

 

 楯無が止める間も無く、オーガストは早々に去って行った。

 最悪だ。それが楯無の今の心境だろう。IS学園へ侵攻、秘密区画への侵入も勿論だが、何より白式の一部とはいえ、第4世代の技術を亡国機業(ファントム・タスク)に奪われてしまったのだから。

 

「それじゃあ、私達もそろそろお暇しましょうか」

「っ! 逃がすと思っているのかしら?」

「ええ、だってこっちに首領が来ている時点であなた達に勝ち目は無いもの……まぁ、彼が首領と互角とまでは言わないでも、それなりに戦えているのは意外だったけれども」

 

 スコールの視線の先、そこにはスカイと戦う一夏の姿があった。互角の戦いをしている訳ではない。だが、それでも今のところは何とか無傷でスカイの攻撃を捌いている一夏にスコールも感心していた。

 

「では、お嬢さん……そろそろ失礼するわ」

 

 スコールの専用機、ゴールデン・ドーンのソリッド・フレアが膨大な炎を生み出して戦場一帯を覆った。

 全員、突然の炎に防御姿勢を取ったのだが、それが原因で亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃者が無人機含み全て逃げてしまう。

 

「本当に……最悪だわ」

 

 楯無の零した独り言は、恐らくこの戦闘に関わった全ての者の心境と、同じなのだろう。




次回は被害報告と、シャルロットの帰還、ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十四話 「最悪の事態」

し、仕事が忙しくって遅くなりました。
最近は疲れが取れなくてもう……はぁ、癒しが欲しい。


SAO帰還者のIS

 

第九十四話

「最悪の事態」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)が撤退した後、IS学園に在学する全ての専用機持ちが会議室に集められていた。

 会議室の上座に座るのは千冬であり、その隣の席……本来なら真耶が座る筈の席には負傷して治療中の彼女に代わり生徒会長である楯無が、そして千冬の後ろには束が立っている。

 

「最悪だな」

「ええ、最悪の事態です」

 

 千冬の一言と、それに同意する楯無の言葉が現状の全てを物語っていた。何故なら敵に……亡国機業(ファントム・タスク)に白式の一部を奪われてしまったのだ。

 それはつまり、敵に第4世代の技術である展開装甲の技術を与えてしまったという事を意味しており、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)や、最悪の敵であるスカイが今後、その専用機を第4世代へと強化して襲撃してくる可能性が出てきてしまった。

 

「しかし、実物があっても簡単に模倣出来るものなのでしょうか? わたくしには須郷伸之が電子工学において篠ノ之博士以上の天才であっても、それは不可能だと思いますわ」

 

 そう、確かに須郷は電子工学においては束を超えるが、機械工学では束に及ばない。

 無人機システムなどは完全な電子工学なので模倣も簡単に出来たのだろうが、展開装甲は機械工学の分野だ。そう簡単に模倣出来るものではないはずだ。

 

「出来るだろうな」

 

 だが、セシリアの疑問に答えたのは束ではなく和人だった。それも出来ると断言している。

 

「レクトプログレスが開発したアミュスフィア、あれは元々須郷が茅場の作ったナーヴギアを模倣した物だ。奴は模倣技術においても相当の天才で、たとえ分野違いであろうと模倣するのは容易いはず」

「不味いわね、それ……考えようによっては無人機すら展開装甲を搭載してくる可能性もあるって事でしょ?」

 

 この中で、展開装甲を搭載している機体は一夏の雪椿と箒の紅椿のみ。そして紅椿は最近になってようやく一部の展開装甲が使用可能になったばかりだ。

 

「一夏、頼みがある」

「展開装甲の使い方、だろ?」

「ああ、私はまだ展開装甲を使った事が無い。使い慣れない装備を実戦で使うなんてしたくはないからな」

「わかった。俺も雪椿の速度に慣れる為の訓練が必要だと思ってたし、そのついでで良いなら教えるよ」

 

 それと一緒に、他の専用機持ちとの対展開装甲搭載機の訓練も行う事になり、その相手役として一夏が勤める事になった。

 ただし、その訓練にはダリル・ケイシーだけが参加を断り、その流れでフォルテ・サファイアも断る事となる。

 ダリル曰く、年下に訓練を付けてもらうなど正気の沙汰ではないとの事だが、本当に協調性の無い3年生だと、1年生全員が思ってしまった。

 

「次に一夏、お前の雪椿についてだが」

「ああ、束さんが言うには登録はレクト社IS武装開発局……表向き俺が所属している会社の名前になっているらしい」

「一応、雪椿はいっくん専用として開発したからね~、完成させる前に結城彰三さんに話は通しておいたんだ」

 

 いつの間に、という疑問は今更なのでスルーするとして、千冬が求めている答えはそれではなく、雪椿の性能についてだ。

 

「雪椿は、簡単に言えば第4世代型完成形ISって分類かな」

「完成形……それはつまり、私の紅椿と、それから白式というプロトタイプを経た完成形という事ですか?」

「箒ちゃん正解! その通り雪椿は白式、紅椿という試作機を経て展開装甲の技術を完成させた第4世代型としての極致、事実上の世界最強のISなんだよ~」

 

 世界最強の性能を持ち、そしてその性能の全てが一夏が搭乗する事で初めて発揮される完全一夏専用のワンオフ機。

 雪椿という機体は世界最強のISではあるが、一夏が乗らなければその世界最強の力を発揮できない欠陥を併せ持つのだ。

 

「それで、織斑先生……ナツの雪椿については」

「流石に桐ヶ谷は鋭いか……ああ、その通りだ。国際IS委員会の馬鹿共や他国は一夏と雪椿の所属を日本の、レクトにしているのが不満らしくてな、日本代表候補生にならないのであれば他国の代表候補生になるか、国際IS委員会所属のIS操縦者になれと言ってきた。もし聞き入れられないのなら雪椿は研究の為に委員会が徴収するなどとほざいている」

「まぁ、その辺は束さんが手を打って黙らせたよ~。いっくんと雪椿が日本のレクト所属であることに文句があるなら現存する全てのISコアを停止させるって」

 

 勿論、停止させるというのは出任せだ。流石の束も停止させるのは不可能、開発に関わった茅場亡き今となっては、コアは永久的に稼動を続けることになる。

 勿論、そんなことを知らないIS委員会や他国の人間には束がコアを停止させると言えば十分過ぎる程に効果があった。

 

「まぁ、レクトには迷惑を掛ける事になったからお詫びに少しだけ技術提供したんだけどねぇ」

「うわ、レクトが世界一の企業になりそうだ」

「父さん、また忙しくなりそうだねー」

 

 元CEOなのに、未だ忙しく動き回っている結城彰三氏にとっては、ご愁傷様な事になりそうだ。

 

「更識姉、今回の人的被害についての報告を頼む」

「はい。まず重症者ですが、こちらは山田先生だけですね。意識はあるみたいですが、脇腹の裂傷と両腕の骨折です」

 

 それ以外だと軽症者が数名程度で、特に大きな被害は生徒に出ていない。

 

「あ~、そろそろ終わりって事で良いか? 眠くなってきたし、オレは部屋に戻らせてもらうぜ」

「あ、ならアタシもっス」

「ふむ……ああ、構わん。他の者も解散だ……それと、織斑と結城の二人だけすまんが残ってくれ」

 

 解散となり、一夏と明日奈以外が部屋を出て行く。残された二人が同じく残った千冬と束に用件を尋ねると、話が二つほどあるとの事だった。

 

「まず結城妹の件だが、昨日無事にレクト本社で専用機を受領したという話だ。明日、学園に戻ってくる」

「シャルが! そっか」

「よかったぁ」

「まぁ、私としてはあの合宿に参加したという時点で奴の人格面への影響を心配しているのだがな……」

 

 千冬が顔を真っ青にしてガタガタ震えながら呟いた内容に一夏と明日奈は目を見開いて驚いた。

 あの千冬がここまで怯える程の合宿だという事は、シャルロットみたいな普通の女の子では……恐ろしいことになりそうだ。

 

「てかおい千冬姉、そんな恐ろしい合宿やる羽目になるって知ってて俺を日本代表候補生にしようとしてたのかよ」

「……お前なら大丈夫だ?」

「疑問系になってんじゃねぇか!!」

 

 本気でIS操縦者の道を選ばなくて良かったと心の底から思ってしまったのも無理はない。明日奈も同じような事を横で考えていたのか、苦笑している。

 

「こほん……それで、もう一つの話だが、一夏と結城に頼みがあってな」

「頼み、ですか?」

「ああ、今後も亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃が激化されるだろう事は簡単に予想出来る。そこでお前達二人に戦闘時に置ける学園の専用機持ち達の指揮を任せたい」

「俺とアスナさんが!?」

「そうだ。二つの部隊に分けてそれぞれ指揮をして貰いたいと思ってな。私も一応は有事の際の指揮権を持っているが、正直な話をするなら学園の教師への指揮権を束に譲り、私自身は束の指揮下に入ろうと思うんだ」

 

 正直、自分は指揮官タイプではなく前線で剣を握っている方が楽との事だ。そしてそれはつまり、今後の有事の際に千冬という世界最強のIS操縦者が戦闘に加わる事も出てくるという事になる。

 

「振り分けは考えてるんですか?」

「ああ、そこは束が上手く考えてくれた」

「はいはい、発表するよ~! いっくんの部隊にはゆーちゃん、せっしー、シャルルン、たっちゃん、箒ちゃんが。あーちゃんの部隊にはきりりん、リンリン、かんちゃん、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシーが入る事になるよ」

 

 教師部隊は指揮官として束が収まり、千冬と真耶、それから学園の戦闘要員としても所属する教員が今まで通り活動する事になる。

 本来なら生徒を指揮官とする事に思うところのある千冬だが、正直に言って指揮能力で言えば明日奈の方が自分よりも上だと認めているし、一夏に関しては何と言えば良いのか……一種のカリスマ性を持っていると考えて二人を指揮官として任命したのだ。

 

「敵は今後、更に強力になってくることは白式を奪われた事からも容易に予想出来る。お前達二人には負担を掛けてしまう事になるが、どうか引き受けてくれるか?」

「……千冬姉、負担なんて思わないぜ俺は」

「わたしもですよ。大勢の人を指揮するなんてアインクラッドに居た頃から経験してますから、今更ですし」

 

 明日奈は嘗ては血盟騎士団副団長として大勢の人間を指揮して戦った経験があるし、一夏とて指揮経験が無い訳ではない。

 だから、今更指揮権を与えられた所で負担だなんて思わない。むしろ千冬にそこまで評価されたのなら、頑張ろうとすら思える。

 

「そうか……頼んだぞ、一夏、結城」

「「はい!」」

 

 この翌日、雪椿と瞬光に束が開発した指揮官機専用システム、高速リンク指揮システムが搭載される事となった。




次回はついに合宿からシャルロットが帰ってきます。
さて、あの合宿を終えたシャルロットはどうなっているのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十五話 「疾風の帰還」

手遅れ……手遅れだったんじゃ。


SAO帰還者のIS

 

第九十五話

「疾風の帰還」

 

 IS学園の各所で修復工事が行われている中、本日とうとう日本代表候補生合宿からシャルロットが帰ってくる事となった。

 先にレクト本社へ寄って専用機の受領をしてから来るとの事なので、学園に戻ってくる頃にはシャルロットは再び専用機持ちとなるのだ。

 

「みんなー! ただいまー!!」

 

 そして、そのシャルロットが遂に帰ってきた。時間としては既に夕飯も過ぎて、寮生達も入浴を済ませて歓談している時間帯だが、寮の玄関からシャルロットの元気な声が聞こえた一夏達は歓談ルームから出迎えに出てくる。

 

「おかえりシャルちゃん」

「お義姉ちゃん! うん、ただいま!」

 

 帰ってきたシャルロットの姿を見て、一夏はそっと胸を撫で下ろす。千冬から聞かされた過酷だという話の合宿を終えたシャルロットの事を心配していたのだが、どうやら気にし過ぎていただけらしい。

 

「シャルロット、専用機はもう受領したのか?」

「うん、これだよ」

 

 和人に問われてシャルロットが胸元から取り出したのはオレンジ色のロザリオだった。中央に椛の花を模ったサファイアがあしらわれたソレは、シャルロットの専用機の待機形態だ。

 

「橙風、それがこの子の名前なんだ」

「橙風……オレンジの風、シャルロットにぴったりだね」

 

 オレンジ色のラファール・リヴァイヴを嘗ての専用機としていた彼女に、確かにぴったりの名前だ。

 

「そういえば、噂で聞いたんだけど一夏も新しい専用機を受領したんだよね?」

「ああ、これだ」

 

 一夏の右手首にあるチェーンブレスレット、青い翼をモチーフにしたソレをシャルロットに見せた。雪椿の待機形態であるブレスレットは、白式の時のガントレットより軽いと実は密かに一夏の好評を受けている。

 

「実はまだ橙風の試運転がまだで、一度もテスト戦闘してないんだ。だから……」

「そういう事か……良いぜ、俺も丁度雪椿に少しでも慣れなきゃいけないって思ってたからな」

 

 互いに受領したばかりの新しい専用機、まだ慣れない機体同士での模擬戦は言わば稼動テストのようなものだ。

 剣士としての実力の高さも相まって一年最強の座を和人や明日奈、百合子と競い合っている一夏と、IS操縦者としての才能が一年の誰よりも高く、その秘めたポテンシャルは千冬にすら迫ると密かに束が注目しているシャルロット、その模擬戦ともなれば見所満載の激しいバトルになると予想するのは容易い。

 

「勿論、やるからには勝ちに行くよ」

「へぇ……ならこっちも負けられないな」

 

 IS操縦者としての矜持を持って、勝ちに行くと宣言するシャルロットと、剣士の矜持に誓って負けられないと受けて立つ一夏の間に見えない火花が散った。

 この後、千冬に翌日のアリーナ貸切申請に行くと、新型機のテストという名目で許可が出る事になる。二人の対決は、翌日の放課後、第3アリーナにて、行われる事が決まった。

 

 

 翌日、一夏とシャルロットの姿は第3アリーナにあった。アリーナの管制室には千冬と束、それから和人と明日奈、百合子、夏奈子の姿もある。

 

「あれ? 山田先生は?」

「そういえば、居ないねー」

「山田君なら今日はデートだそうだ……チッ」

 

 和人と明日奈の疑問に答えた千冬が舌打ちをしていた。その隣で束が親友の様子に苦笑しつつモニターに映る一夏とシャルロットの様子を伺う。

 雪椿を纏ってブレイブハートⅡを構えた一夏と、ラファール・リヴァイヴをモチーフにしつつ、白式や瞬光をベースにした意匠の機体、橙風を纏ったシャルロットは、お互いに緊張した様子は見られない。

 

「それじゃ~いっくん、シャルルン! 模擬戦を始めるよー!」

 

 試合開始のブザーを鳴らすと、二人の間にARウインドウのランプが点灯し、三つの赤ランプが消え、青に切り替わった瞬間、二人はぶつかった。

 

 

 アリーナ中央、そこでぶつかる白と橙、互いに剣を握り火花を散らし金属音を響かせている。

 

「せぇああ!」

「てぇええああ!!」

 

 一夏が右手に握るブレイブハートⅡの一閃をシャルロットが握る近接戦闘用物理光学切り替え式ブレード「梔子」が受け止め、逆にシャルロットは左手に展開したレーザーマシンガン暦を連射する。

 その名の通りマシンガンとなって連射されるレーザーを剣で弾きながら距離を取った一夏は左手にブローニングハイパワーDAカスタムを展開して発砲、遠距離でもシャルロット相手に応戦していた。

 

「一夏が銃だなんて珍しいね!」

「相変わらず銃は苦手だけどな!」

 

 レーザーと実弾が入り乱れる中、一夏はシャルロットの様子の変化に気づいていた。最初こそ、真剣な表情をしていたというのに、次第に口元が歪み、瞳から理性の光が失われ始めているのだ。

 

「あは……」

「お、おいシャル……?」

「あは、あはははははははははは……あーっはははははははははははは!!!!」

 

 レーザーの連射速度が、心成しか上がった気がする。それと同時にシャルの顔には狂気の笑みが浮かび、瞳からは完全に理性の光が失われていた。

 

「って!?」

 

 いきなり、シャルロットが右手に巨大なリボルバーマガジンを搭載したパイルバンカーを展開して突撃してきた。

 ギリギリでリベレイターⅢを展開して受け止めたのだが、その直後に6連発で襲い掛かった暴虐的なまでの衝撃にリベレイターを弾き飛ばされてしまい、一夏本人もアリーナの壁へ突き飛ばされてしまった。

 

「くっ……重いなぁ」

「チッ……生きてたか」

「って、おいシャル!?」

 

 舌打ちして不穏当な事を口走ったシャルについツッコミを入れた一夏だったが、その姿を見た瞬間に頬が引き攣る。

 何故ならシャルロットの……橙風の腕が従来の2本に加えて4本の機械アームが展開された6本腕に増えていたのだから。

 

「これが橙風の第三世代型システム、多目的武装腕「雷切」だよ!!」

 

 その6本の腕にはそれぞれ違う武装が装備されている。先ほどのレーザーマシンガン暦に、 梔子、ガトリングパイルバンカー鬼殺し、大型レーザーライフル「颯」、対ISライフル「ウルティマラティオ・ヘカートS」、大型石弓型IS用ロングボウ「アーバレスト」がそれぞれの腕に構えられ、遠距離武装に関しては全てが一夏に向けられていた。

 

「ヤバッ!?」

 

 慌てて一夏は全身の展開装甲を開き、青い翼を羽ばたかせながらその場を離脱する。次の瞬間には一夏が居た場所を大量のレーザーと矢、実弾が降り注いで地面を抉っていた。

 

「うわぁ」

 

 ドン引きである。一先ずシャルロットに近づくにはあのえげつない武装を攻略する必要があるようで、そして一夏の持つ武装で遠距離での破壊力があるのはファイヤーバレットだけ。

 

「でも俺、あれ苦手だしなぁ」

 

 やっぱり自分は根っからの剣士であり、どこまで行こうと、銃を持とうとも剣だけしか取り得が無いようだ。

 取り合えず右手のブレイブハートⅡだけでは心許ないと左手の銃を格納して新たな剣を展開した。その手に握るのは機械でできた柄のような物、その柄からピンク色のレーザー刃が展開される。

 

「GGOで数少ない剣をモチーフにした光剣カゲミツMk-Ⅱ、ALOとGGOのコラボ二刀流、キリトさんより先に行かせてもらうぜ!!」

 

 残念ながらカゲミツではソードスキルが使えないものの、武装としては優秀だ。実弾や矢に関してはブレイブハートⅡで、レーザーはカゲミツで弾きながら一夏は世界最速を誇る雪椿の超加速に瞬時加速(イグニッションブースト)を加えた速度で突撃し、驚愕するシャルロットの懐目掛けてブレイブハートの刀身をライトエフェクトで輝かせる。

 

「いっけぇえええええええええ!!!!」

「チッ! 一夏ぁああああああああ!!!」

 

 結果だけを言うとしよう。勝負の行方はギリギリで一夏の勝利となったのだが、一夏の心には確かなトラウマが刻まれ、アリーナは……3ヶ月間の使用不可能との診断が下される事となるのだった。




次回は原作で言うところのワールドパージ編、ですがここはクロエが味方に居るので少しオリジナルな展開を用意しますた。
まぁ、簡単に言うなら敵の電子工学に強い人間が、ね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘇る浮遊城の守護者編
第九十六話 「狙われたIS学園」


今回より原作で言うワールドパージ編です。短いです。


SAO帰還者のIS

 

第九十六話

「狙われたIS学園」

 

 某国某所にある亡国機業(ファントム・タスク)のアジト、その首領の執務室に二人の男が豪華な机を挟んで睨み合っていた。

 

「だから、ちゃんと説明して貰えませんかねぇ? なぜ僕の専用機開発を凍結するのか」

「しつけぇなぁおめぇは。おじさんさっきから何度も説明してんでしょーが! おめぇにはトーデス・トリープ、ゴールデン・ドーン、サイレント・ゼフィルス、アラクネ、ジャック・ザ・リッパー、ハングドマン、ポイズンの7機と、無人機部隊全機の第4世代へのバージョンアップを優先して貰うからおめぇの専用機なんざ作ってる暇は無ぇって」

 

 言い争っているのは亡国機業(ファントム・タスク)のトップ、首領であるスカイと、幹部の1席を与えられ研究開発を一任している須郷伸之の二人だった。

 

「だから、その程度で僕の専用機を遅らせるならまだしも凍結など納得出来るわけが!」

「言わねぇと分かんねぇか? 雑魚に回すコアの余裕は無ぇって言ってんだよ」

 

 スカイの言い分としては、須郷のような戦いのたの字も知らない素人に専用機を作るくらいなら、その分のコアで無人機を作った方が戦力になるというもの。

 対する須郷の言い分は自分は天才だから、戦いだって自分用にフルカスタムした専用機があれば誰にも負ける事は無いというものだ。

 

「とにかく、これは亡国機業(ファントム・タスク)首領である俺の決定であり、命令だ。おめぇは素直に従いな」

「くっ……!」

 

 これ以上反抗するのであれば反逆罪で処刑する。そう暗に言われた須郷は屈辱感で顔を歪めながら踵を返し部屋を出た。

 部屋を出た後、須郷は早足で自分の研究室まで戻ってくると、振り向き様に閉じた扉を思いっきり殴りつける。

 

「クソッ! クソッ!! クソがっ!! 何故僕があんな低脳な男に従わなければならないんだ!! 首領だからだって? ふざけやがって!!! あんな脳筋な低脳男より、僕の方が首領に相応しいというのに……っ!」

 

 何とか、自分こそがこの組織で最強の存在なのだと、首領の座に最も相応しい人間なのだと認めさせなければならない。

 ならばどうすれば良いのか、簡単な話だ。誰も成し得ていない結果を、明確な結果を叩き出せば良いのだ。

 

「ふん、スコール達では無理だったIS学園の制圧、僕ならば可能だ」

 

 制圧とは、何も武力で行う事だけが全てではない。自分ならもっとスマートに、確実な方法でIS学園を制圧する事が出来る。

 

「ククク……あの小僧への復讐も出来る一石二鳥、いや明日奈さんを取り戻す事も出来るから一石三鳥な手段があるなぁ」

 

 そう言って須郷はポケットから取り出したメモリースティックを手に研究室奥にあるスーパーコンピュータの椅子に座った。

 メモリースティックに張られたシールには文字が書かれている。『システムSAO』と……。

 

 

 場所は移りIS学園は現在秋の体育祭に向けた準備が始められようとしている時期に入っていた。

 体育祭はIS学園で修学旅行と同じISが一切絡まない行事なので専用機を持たない生徒も純粋に楽しめるイベントとして毎年人気行事の一つとして挙げられている。

 

「んで、千冬姉……俺に会いたいっていうのは倉持の人なんだよな?」

 

 そんなある日、IS学園の職員室に呼ばれた一夏は千冬から倉持技研の方で一夏と直接話がしたいというアポイントメントが来ているという話を受けていた。

 

「そうだ。お前の所属はレクトだから正直な話、今更受ける謂れは無いが……白式が倉持とレクトの共同開発した機体だったから完全な無関係ではいられないのでな……是非とも倉持本社に来て欲しいとのことだ」

「篝火ヒカルノさんねぇ……確か千冬姉と束さんのIS学園時代のクラスメートだっけ?」

「ああ、よく知っているな」

「昔、ウチに遊びに来たじゃん。千冬姉が束さん以外の友達を連れてきたのは初めてだったから覚えてるんだよ」

「友人、ねぇ……」

 

 現在の倉持技研第二研究所所長、篝火ヒカルノは有名だ。倉持技研でも変人として有名だが、かの束と千冬の元クラスメートとしても、実は有名だったりするのだ。

 

「私はアイツを友人だと思った事は無いが……まぁいい。それより奴が望むのは雪椿の情報だろう。メンテナンスをさせて欲しいと言っていたからな」

「あ、なら断って。あれは束さんが作った機体だし、そもそも完全にレクト所属の機体として登録されてるんだから、倉持がメンテして良い理由は無い」

「だろうな。私も最初からそのつもりだ……ただまぁ、奴はしつこい所がある、注意だけしておけ」

「了解」

 

 一先ず話はそれだけだという事なので職員室を出ようとした一夏と、自分の仕事に戻ろうとした千冬だったが、突如鳴り響いた警報に姉弟揃ってその鋭い目付きで警報ウインドウを睨み付ける。

 

「千冬姉、何事だろう?」

「わからん、取りあえず山田君の療養中は更識姉が役割を担っているから、あいつに確認するか」

 

 学園中のシャッターが閉じて窓すら開かなくなり、職員室でもパニックが起きている中、千冬が楯無に連絡を取ろうとするも、どうやら通信系も遮断されているらしく、連絡が取れない。

 

「千冬姉! 放送!」

「そうかっ!」

 

 職員室にも放送設備はあり、校内放送で楯無を呼ぶ事も出来る。

 

「しかし、どこに呼ぶか……恐らく校外に出られないだろうからアリーナは無理だな」

「警報が鳴ってるのに衝撃や爆発音が無いって事は襲撃じゃないな……となると学園コンピュータにウイルスとかか?」

「となると……」

 

 学園地下にあるVR研究部の部室であるヴァーチャルルームの更に下の階層にある特別区画、そこに専用機持ちを集める。そう結論した千冬はそう校内放送で伝えると一夏と向き合う。

 

「これから地下へ向かう。途中で閉じている扉やシャッターについては、非常事態だ、破壊して構わん」

「オッケー!」

 

 一夏と千冬、二人の姿が光に包まれると、次の瞬間一夏は雪椿を、千冬は暮桜を纏ってトワイライトフィニッシャーと雪片を構えた。

 

「行くぞ!」

「おう!!」

 

 世界最強姉弟が動き出す。職員室の壁をそれぞれの剣で粉微塵に斬り裂いた二人は全速力で学園地下の特別区画へと向かうのだった。

 

「ふむ、織斑先生……減給ですね」

 

 最も、学園最高権力者に壁を粉微塵にした所を見られているので、後ほど千冬は酒代が減る事を嘆く事になるのだが、それはまた別のお話。……早い話、粉微塵はやり過ぎた。

 

 

 一夏と千冬が特別区画の管制室に到着する頃には学園の専用機持ちはダリルとフォルテ以外が揃っていた。

 ダリルとフォルテが来ていない理由は丁度二人とも校舎の外に出ていた為、校舎閉鎖と共に締め出されてしまったのが理由らしい。

 

「しかたないか……一先ず今いるメンバーで対処に当たる。現在IS学園は何者かのハッキングを受けて全システムがダウンし、非常シェルター機能を残し一切のシステムが使えなくなっている」

「今は私がハッキングに対して対処してるけど、こりゃ難しいねぇ」

 

 束をしてハッキングの対抗に困難を極めるなど、犯人は一人しか思い浮かばないが、今はそれを言っても仕方が無い。

 

「今のところ、学園の生徒に被害は出ていないが、いつまでもこのままでいる訳にもいかん。そこでだ、専用機持ちにはISコアネットワークとアミュスフィアを併用した電脳ダイブを行ってハッキングに対処して貰いたい」

「で、電脳ダイブ……」

「それって確か」

「IS操縦者の保護神経バイパスを経由して行うのが本来の仕様だったはずだよ。理論上可能って話は僕も聞いた事あるけど、あくまで理論上の話だから今回はアミュスフィアを併用するんだと思う」

 

 ただ、残念なことにこの状況で用意出来たアミュスフィアの数はこの場に居るメンバー全員分ではない。

 電脳ダイブを行えるのは6人だけ。となると誰が電脳ダイブをするかという話になる。

 

「織斑、確かお前と桐ヶ谷、結城姉、宍戸の四人はフルダイブ環境への耐性が強いのだったな?」

「ああ、2年もフルダイブした状況で過ごしてたからな。SAO生還者は基本的にフルダイブ環境への耐性が一般人より高い」

「ならば四人は確定だ。残り二人をどうするか……」

「いや、待ってくれ千冬姉、俺はダイブしない。万が一を考えて学園の防衛に当たるぜ」

「む、そうか……となると宍戸、お前も織斑と共に学園防衛の為に残れ。ダイブするメンバーは桐ヶ谷、結城姉、結城妹、オルコット、クロニクル、更識妹だ。織斑、宍戸、篠ノ乃、鳳、更識姉は学園の防衛だ」

 

 千冬の号令と共に各自動き出す。和人、明日奈、セシリア、シャルロット、クロエ、簪の6人は電脳ダイブの為にダイブ用ベッドへ横になりアミュスフィアを被って、一夏、百合子、箒、鈴音、楯無は特別区画から千冬と共に出て行った。

 

「じゃあいっくよ~!」

 

 管制室に残った束は全員のスタンバイが完了したのを確認し、右手でハッキングの対処をしながら左手で電脳ダイブの為のシステムを起動、それぞれのメンバーの意識を専用機のコアネットワークにアミュスフィアを解して電脳化、そのままIS学園のシステム内へフルダイブさせた。

 

「須郷……ついに、動き出したんだね」

 

 電子工学において、自分と同等か、それ以上の天才である須郷を相手に、このまま現実世界でハッキングの対応をしていては、最悪負ける事も考えられる。

 だから、もしもの時は……。

 

「私も、本気を出すよ」

 

 束は、白衣のポケットからアミュスフィアを取り出し、そっと握り締めた。




さて、次回はリアルとVR、どちらの戦いを先に持ってくるかなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十七話 「蘇るは蒼き目の悪魔」

お待たせしました。まずは電脳ダイブ組の戦いからです。


SAO帰還者のIS

 

第九十七話

「蘇るは蒼き目の悪魔」

 

 電脳ダイブをした和人達は真っ暗な空間に降り立った。

 一向がまず始めに行ったのは自分達の姿を確認する所からだ。何をするにしても、自分の状況と装備を確認しない事には始まらない。

 

「へぇ、懐かしいな」

「だねー」

 

 自分達の格好を確認していた中で、和人と明日奈はそれぞれ己の姿を見て、その懐かしさに頬を緩めている。

 それも当然だろう。何せ二人の姿はIS学園の制服姿ではなく、あの浮遊城にて戦っていた頃の自分達の服装……ブラックウィルム・コートを着込み、背中にエリュシデータとダークリパルサーを交差して差している黒の剣士キリトと、血盟騎士団の制服を着て、腰にランベントライトを下げる閃光のアスナの姿だったのだから。

 

「わたくし達はリアルの姿にALOでの服装ですわね」

「わ、ホントだ」

「落ち着く……」

 

 セシリア、シャルロット、簪については姿こそリアルのままだが、服装がALOでの彼女達の物になっており、手にはALOで使用している短剣、杖剣、薙刀が握られている。

 ただし、ALO未プレイのクロエだけはリアルのIS学園の制服姿だったが、本人は特に疎外感を感じている様子は無いようだ。

 

「パパ! ママ!」

「ユイ!」

「ユイちゃん!」

 

 すると、これからどう動こうか考えていた和人と明日奈の前に、光と共に愛娘が現れた。ALOでのピクシーとしての姿ではなく、SAO時代の人間の少女の姿、ユイが和人と明日奈の娘としての本当の姿だと認識している姿で。

 

「この世界は電脳世界ですから、わたしもパパとママのお手伝いに来ました!」

「そっか、ユイが手伝ってくれるなら百人力だな」

「うん! ユイちゃん、頑張ろうね」

「えへへ、パパとママのお役に立てるよう頑張りますね!」

 

 和人がユイの頭を撫で、明日奈はユイの肩に手を置き、腰を下ろして視線の高さを合わせると頬を寄せる。

 ユイも頭を撫でる父の手の感触を味わいながら頬に感じる母の温もりに笑みを浮かべ、母の頬に自分の頬を摺り寄せた。

 

「あの~ユイさん? わたくし達の姿は……」

「あ、そうでした! 皆さんのお姿はパパとママに関しては黒鐡と瞬光に内臓されたナーヴギアのローカルメモリに保存されているSAOのセーブデータを使用したもので、ティアさん達はALOのデータを少し拝借しまして作成しました。ただ、クロエさんについてはALO未プレイなので現実での姿のままなのですが……」

「構いませんよ。私は黒鍵の力がありますので、電脳世界なら黒鍵の本領を発揮できます」

「それなら良かったです。それから、クロエさん以外の皆さんはこの世界では全員ソードスキルが使えます。パパについては二刀流も勿論使えますよ」

「お、それはありがたいな」

 

 それと、ALOのデータを使用していることで服装と装備だけALO仕様になっているセシリア達は当然だが、それぞれALOでの羽根を出して飛べるが、SAOのデータを使用している和人と明日奈は飛べないのではないかと思われた。

 しかし、ユイに抜かりは無く、ちゃんと和人と明日奈にもALOのデータは使っているので、姿こそSAO時代のものだが、背中にはそれぞれのALOでの羽根が出現するようになっている。

 

「さてと、一先ず動かなきゃだけど……アスナ、あれ、どう思う?」

「あからさまだねー」

 

 和人と明日奈の視線の先にある物、そちらにセシリア達も目を向けてみれば、巨大な扉がいつの間にか現れており、そこから只ならぬ威圧感のようなものを感じた。

 

「あの扉、見覚えがあるよな?」

「キリト君も? わたしも実は見覚えがあるんだよね……っていうか、あれってアインクラッドの」

「ああ、74層フロアボスの間に通じる扉だ」

 

 勿論、まだ20層までしかアップデートしていない新生アインクラッドのではなく、旧アインクラッドの74層フロアボスの扉だ。

 

「まさか、いるのか? 奴が……」

「たぶん、学園にハッキングしている犯人が使ってるハッキングプログラムが、旧SAOのボスデータを流用しているならね」

 

 和人と明日奈の脳裏に浮かぶのは、浮遊城で戦った青眼の悪鬼、3人の命を奪った蒼き悪魔の姿だ。

 映像でその存在を見た事のあるセシリア、シャルロットはそっと息を呑み、簪も四人の様子に緊張してきたのか不安そうに薙刀を強く握り締める。

 

「どうされますか? このままここでジッとしていてはIS学園は敵の手に落ちてしまいます」

「ああ……クロエの言う通りだな」

 

 勝てるかと問われれば、あの頃ならまだしも、今の衰えた和人と明日奈では、確実に勝てるとは言えないだろう。

 しかし、戦わなければならない以上、逃げるつもりは毛頭無い。

 

「開けるぞ」

 

 代表して和人が扉に手を掛けると、振り返って仲間達の様子を伺う。

 全員、己の武器を構えて静かに頷き返したので、和人は再び扉と向き合うと、そっと扉を押した。

 

「……っ!」

 

 中に入ってみれば、長い通路に蒼い炎が灯され、その奥に巨体が見えた。

 大きな斧のような剣を右手に持ち、蒼い巨体と蛇の頭の形をした尻尾、牛のような顔つきと角を持つそれは間違いなく……。

 

「グリーム……」

「アイズ……」

 

 和人と明日奈が呆然とするように呟いたその名は、嘗てアインクラッド第74層フロアボスの名、アインクラッド解放軍から3人の犠牲を出す事になった悪鬼を示す名だ。

 

『グゥオオオアアアアアアアアア!!!!!!』

「っ! 来るぞ!! 全員散開!! 一箇所に固まらずに多方向から攻撃だ!!」

 

 ユイをクロエに任せた和人は背中からエリュシデータとダークリパルサーを抜き、同じくランベントライトを抜いて走り出した明日奈に目で合図すると、互いに左右へ別れて攻撃を開始する。

 セシリアとシャルロットは短剣と杖剣を構え同じように走り出し、簪は薙刀を構えながら羽根を出して宙へ飛び上がるとグリームアイズの背後へ回った。

 

「せぇあ!!」

「やぁっ!!」

 

 和人の二刀から繰り出される連撃と明日奈の神速の突刺がグリームアイズを左右から襲い、グリーアイズの口から苦痛の雄叫びが漏れ出る。

 二人に続くようにシャルロットとセシリア、簪がそれぞれ獲物を手に斬り掛かり、確実にダメージを与えているのだが、正直に言ってSAOやALOのようにグリームアイズのHPゲージが存在しないため、どれだけのダメージを与えているのか判らなかった。

 

「セシリア、スイッチ!!」

「は、はい!!」

 

 和人が近くに居たセシリアにスイッチの合図を出すと、先にセシリアが短剣のソードスキルを発動、ライトエフェクトによって輝いた短剣から繰り出された突進2連突刺、ラピッド・バイトが決まりセシリアが後退した瞬間、入れ替わるように和人が前に出て両手の、ライトエフェクトによって輝くエリュシデータとダークリパルサーによる高速の7連撃、ローカス・ヘクセドラが決まる。

 

「こっちもだよ簪ちゃん! スイッチ!!」

「はい!」

 

 簪が薙刀を使った刀のソードスキル、浮舟による下段からの斬り上げを放った後、明日奈が前に出てライトエフェクトを纏ったランベントライトの切っ先を、その目視すら不可能な剣速で放つ。

 

「せぇえええええええ!!」

「お義姉ちゃんスイッチ!」

 

 明日奈が放ったリニアーの直後、今度はシャルロットが片手剣ソードスキルであるシャープネイルを放った。

 これで全員のソードスキルが決まった事になるのだが、やはりまだグリームアイズを倒すには至らない。

 いや、それどころかグリームアイズを本気にさせたらしく、突如グリームアイズは咆哮を放ち、その場から飛び上がって真下……つまり一箇所に集まってしまった和人達へブレスを放つ。

 

「回避!!!」

 

 全員、羽根を出して一気にその場から離脱、何とかブレスを回避したのだが、シャルロットは自分の姿を影が覆ったのに気づいて上を向いてみれば……グリームアイズがその手に持った肉厚の斧剣にライトエフェクトを纏わせて振り下ろそうとしている所だった。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に杖剣を盾にして受け止めたが、グリームアイズの放った両手斧ソードスキル、スマッシュによる渾身の振り下ろしを受け止めるには余りにも弱々しく、そのままシャルロットは地面に叩き付けられてしまう。

 

「カハッ!?」

「シャルロットさん!! きゃあ!?」

 

 急いでシャルロットの下へ行って援護しようとしたセシリアだったが、真横から襲い掛かるグリームアイズの尻尾が直撃し、壁まで吹き飛ばされた。

 

「簪! アスナ!! 二人を頼む!!」

「で、でも……っ!」

「わかった、キリト君も気をつけて!」

「ああ!」

 

 和人がエリュシデータのみをライトエフェクトで輝かせ、ヴォーパルストライクを発動、そのままグリームアイズに突撃した隙に明日奈と簪はシャルロットとセシリアの救出に向かった。

 

「大丈夫? シャルちゃん」

「セシリア……無事?」

「うん、僕は何とか」

「わたくしも、一応生きてますわ」

 

 ただ、まだダメージが残っているのか動けるようになるまで回復するのに時間が掛かりそうだ。

 

「明日奈さん、こっちは大丈夫だから、和人さんの援護に行って」

「簪ちゃん……?」

「正直、あの化け物を相手に和人さん一人は危険過ぎる……私じゃ和人さんの足を引っ張るだけだから」

「……わかったわ。ユイちゃん!! クロエちゃん!!」

「はい!」

「了解しました」

 

 ユイとクロエが移動してきてシャルロットとセシリアを庇う簪の隣に並んだのを確認し、明日奈はグリームアイズと剣戟を繰り広げる和人の援護に向かった。

 再び蘇った青き悪魔との戦いは、第2ラウンドへと突入しようとしている。嘗ての浮遊城の時より衰えた英雄と、その伴侶は……厳しい戦いを強いられる事になるのは、言うまでもない。




次回はリアル側の話、当然ですが須郷が電脳だけしか手を打たなかった訳じゃないのです。
そして、更に事態をややこしくしてくれる空気を読まない団体も登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十八話 「血に染まる新雪」

お待たせしました! そして、今回の話はグロ注意。


SAO帰還者のIS

 

第九十八話

「血に染まる新雪」

 

「さて一夏君、百合子ちゃん、箒ちゃん、鈴ちゃん、私達は学園内の警備よ。特に地下特別区画は広大な上に機密を多く扱っている場所だから」

「侵入者が居たら、撃退し拘束する、ってわけか……」

 

 現在、一夏達は楯無指揮の下で特別区画の廊下を歩きながら警備区画の割り当てを聞いている所だった。

 

「楯無さん、この、私と鈴の配属場所ですが」

「ああ、箒ちゃんと鈴ちゃんは機体の性能的に結構派手な武装が多いから広めの場所にそれぞれ当てたわ。私はISが無くてもある程度戦えるからこの狭い箇所、百合子ちゃんは無限槍の特性上狭い方が良いって事で同じく狭い場所を選んだのよ。そして一夏君は……」

「俺も、楯無さんと同じでIS無しでもそれなりに戦えますからね」

 

 既に白兵戦用のトワイライトフィニッシャーと、コルト・ガバメントを取り出して手に持つ一夏は戦闘準備が完了している。

 現実世界に帰還して以来、ほぼ毎日のようにリハビリと、その後の筋トレを続けた結果、一夏は生身で十分一流の戦闘者として戦える程の身体能力を得た。

 勿論、生身でISと戦って勝てというのは不可能……だとは思うが、ある程度の戦闘は出来るという確信もある。

 

「じゃあ楯無さん、俺は先に行ってます……どうも、キナ臭いんで」

「任せたわ……そうそう、一夏君」

「はい?」

「……今回、場合によっては許可するわね」

「……了解です」

 

 その言葉を聞いた瞬間から、一夏の瞳の奥に底冷えするような冷たい何かが宿った事に気づいた者が何名居ただろうか。

 分かれ道で楯無達と一夏が別れると、楯無はそっと握り拳を作り。学園の防衛が手薄になってしまった事が原因とはいえ、後輩に……それもSAOで散々人の命を殺めて心を痛めた一夏に再び人殺しをさせてしまう命令をしなければならない状況に、怒りの感情を胸に抱くのだった。

 

 

 IS学園地下駐車場、そこは学園外から通勤する教員の車や、和人と、それから最近は一夏も免許を取って購入したバイクが駐車されている場所だ。

 そこに、招かれざる客が大勢、黒装束に身を包んで侵入してきた。背格好、髪型や体型などから全員女性なのは間違い無い。

 数にして10名程度、全員が手に銃やナイフなどを装備していて、妙に殺気立っている。

 

「良いわね? 私達に依頼されたのは結城明日奈の誘拐と雪椿、紅椿の奪取、それから桐ヶ谷和人と織斑一夏、元亡国機業(ファントム・タスク)構成員であるKの殺害よ。私達以外にもプロの軍人が雇われてるみたいだから、ここで先に目標を達成出来れば私達の組織の名が世界中に広まるわ……そうすれば世の女性全てが私達の考えに賛同するはずよ」

 

 彼女達は裏社会ではそれなりに名が知られ始めたテロリスト認定を受けている女性権利団体だった。

 女性権利団体「イヴの楽園」、女性のみで構成された団体なのは他の女性権利団体と変わらないが、その思想は郡を抜いて過激だったのだ。

 一般的な女性権利団体の思想は女性は男性よりも立場が上、男性は女性に奉仕する奴隷というものなのだが、このイヴの楽園では違う。

 この世に存在する人間とは女性のみ、男性という存在は人間ではなく女性のペット、女性が次世代の子を産む為の装置であり、壊れても変えの利くただの肉の塊だというものだ。

 つまり、イヴの楽園にとって人間とは女性の事であり、男性は人間ではないという思想が当たり前のように語られているらしい。

 

「まぁ、依頼人が男だというのは気に食わないけど、ISをくれるって言うなら是非も無いわ。まだ私達はISを所持していないから、ISが手に入ればイヴの楽園はより完璧な組織になるのよ」

「ええ、そうですねリーダー! さぁ、早く行きましょ? あたし早くISが欲しいわ!」

「そうね……行くわよ!」

 

 もう自分達が依頼を達成するのが決まったかのような口ぶりでテンションを上げたイヴの楽園メンバーは地下駐車場から校舎へ侵入をするために前進しようとしたのだが、一発の銃声と共にリーダーと呼ばれた女性の歩みが止まった。

 後ろに居たメンバーは突然足を止めたリーダーを怪訝に思いつつも前に回り込んでどうしたのか尋ねようとしたのだが、前に回り込んだ瞬間、その表情は青褪める。

 

「り、リーダー!?」

「あ……う、そ……」

 

 口から血を吐き出すリーダーの女性の左胸には穴が開いていて、そこから大量の鮮血が溢れ出している。

 

「誰!? 誰がこんな事を!!」

 

 倒れ、絶命したリーダーの女性に目もくれずメンバー達は周囲を伺う。すると、一台のミニバンの陰から一人のIS学園生徒が出てきた。

 身を包む白い男子制服に、剣と銃を持つ男子生徒……そう、一夏だ。

 

「織斑、一夏!!?」

「聞かせて貰ったぜ、イヴの楽園……誰の依頼なのかは、まぁ一人だけ生きてれば良いか」

 

 そう言うや否や、一夏は左手の銃を発砲、先ほどのリーダーの横を歩いていた女性の心臓を銃弾が貫く。

 

「き、貴様ぁ!!」

「俺の可愛い娘まで狙ったんだ……生きてIS学園から出られると思うな!!」

 

 銃を持った女性達がその銃口を一夏に向け、発砲する。

 駆け出した一夏は己に向かってくる銃弾を避けるわけでもなく、かといって剣で弾くわけでもなく、そのまま直進した。結果、無数の銃弾は一夏の体を……貫かず、見えない壁に阻まれたかのように兆弾して天井や壁へ飛んでいってしまった。

 

「う、うそ!?」

「馬鹿が! 俺は専用機持ちだぜ? とっくに部分展開してシールド張ってるっての!!」

 

 見れば、一夏の頭には雪椿のヘッドセットがあった。どうやら部分展開する事で生身の肉体をISのシールドで守って銃弾を弾いていたようだ。

 

「はぁっ!」

「ひっ!? ぎゃあああああ!!!」

 

 銃を持つ女性の一人の懐まで潜り込んだ一夏は、右手のトワイライトフィニッシャーを一閃、腰から肩に掛けて斬り裂き、返り血を浴びながら左手の銃を斬った女性の下顎に付きつけ……引き金を引いた。

 

「あ……ああ……な、何なのアンタ!? 何でそんな簡単に人殺しが出来るのよ!?」

「もう何人もこの手で人を殺めたんだ……今更、殺した人間の数が増えようと、背負う十字架が増えただけの事さ」

「何よそれ……こ、こんな事をして、あんたは犯罪者の烙印を押されるだけよ!!」

「悪いな、お前達テロリスト相手なら、俺は殺しても罪にならないんだってよ」

 

 今、話をした女性はその言葉に青褪め、腰が引けたのか逃げ出そうとしたが……遅い。既に一夏はその女性の横を駆け抜け、すれ違い様に右腕を斬り落とす。

 

「ぎゃあああ!? う、腕、私の腕ぇええええええ!?」

「耳障りな雑音だな」

 

 喚く女性の背後からトワイライトフィニッシャーの刃を突き刺し、心臓を潰す。断末魔の声を上げて絶命した女性から刃を引き抜くと、次の獲物の足目掛けて一夏は左手の銃を発砲、我先にと逃げようとした女性の足を撃ち抜いて、その女性の所へ歩き出した。

 これ以上、仲間を殺されるわけにはいかないと、女性達もようやく応戦する事にしたらしく、銃を持っていた者はナイフを握り、元々ナイフを装備していた者はいち早く駆け出して刃を一夏の身体に突き立てようとする。

 

「遅い、握りが甘い、殺気で狙いがバレバレだ阿呆」

 

 背後から襲われたというのに、一夏は振り向く事も無く身体を逸らす事で凶刃を回避すると、そのまま女性の足を払う。

 バランスを崩した女性は、しかし生きて倒れる事は無かった。何故なら払われた瞬間、既に一夏の左手の銃が、その銃口を女性の頭に向けられていて、倒れようとする女性に一切の慈悲無く引き金が引かれたのだから。

 

「ヒィッ!?」

 

 先ほど、足を撃ち抜かれて動けなくなった女性は殺されるかもしれない恐怖に悲鳴やら何やら、全身から色々な物を漏らすが、一夏はその女性を生け捕りの対象に定めたのか別の女性へ向かって駆け出した。

 

「く、来るなぁあああ!!」

「銃の腕は俺より上だな……まぁ、ISを未だ所持出来ていない自分達の組織の不甲斐なさを恨め」

 

 こうして、残り5人の内、4人がトワイライトフィニッシャーの刃に、銃弾に倒れ、純白の制服を真っ赤な返り血で染めた一夏は残った一人の所へ歩み寄る。

 

「あ、あ……いや、こ、殺さないで……」

「殺さないさ……テメェには色々と喋って貰わなきゃいけないんだからな」

 

 そう言って、一夏は雪椿の録音機能をONにすると、トワイライトフィニッシャーを格納して懐からナイフを取り出した。

 

「んじゃ、まずは誰の依頼で来たのかを話して貰うぜ?」

 

 先ほどまでの殺意の篭った瞳は何処へやら。爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら、一夏はナイフを一閃し、女性の右手小指を……切断する。

 数分後、一夏の前には足元を漏らした糞尿で汚す、両手の指と右耳の無い女性が倒れていた。幸いにもまだ生きているのだが、死んだ方がマシだと思えるレベルで拷問を受けたのだろう、意識を失って尚、その顔は恐怖によって歪められているのだった。

 

「また、増えたな……俺の十字架は」




次回は再び電脳世界、グリームアイズと戦う和人達のお話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十九話 「ソードスキル総進撃! 開かれる力、黒鍵」

お待たせしました。九十九話になります。


SAO帰還者のIS

 

第九十九話

「ソードスキル総進撃! 開かれる力、黒鍵」

 

 今、クロエは目の前で繰り広げられている戦いに目が離せなくなっていた。話には聞いていたSAO事件における開放の英雄と、そのパートナーの戦い。

 ISを用いるわけでもなく高度な戦闘を行い、正に一瞬の判断ミスが生死を分ける戦いをしている和人と明日奈は、クロエから見れば驚くなという方が無理だろう。

 

「これが、英雄の力……」

「そうですわ。あんな巨大な敵と、2年も戦い続け、生き残ってきたからこそ、今の彼らがあるのです」

「セシリア・オルコット……もう大丈夫なのですか?」

「ええ、そろそろわたくしも、和人さん達に合流しませんと」

 

 いつまでも休憩していては、後方支援の水妖精族(ウンディーネ)の名が廃るというものだ。と言って笑うセシリアの魂に、戦士のそれを感じたクロエには同じように立ち上がったシャルロット、簪からも同じように戦士の魂というものを感じられる。

 

「わかりました。では、私も本気を出して皆さんの支援をしましょう……」

 

 一同が頷き、セシリア、シャルロット、簪が武器を手にグリームアイズへ向かって飛び出すのと同時に、クロエは普段閉じていた目を開いた。

 黒い眼球に黄金の瞳、生体同期型IS“黒鍵”の能力を発動させるには、この眼球を露出しなければならない。

 つまり、クロエが目を開いたという事は、黒鍵の力を解放したという事を意味しており、束が電子戦において無敵のISとして開発したその能力を、発揮する合図だ。

 

「さあ、黒鍵よ……今こそ束様に救われたこの命を役立てる時です!!」

 

 黒鍵の力が部屋全体を覆った。そして、その力によって今までとは変わった部分が、明らかに変わった部分が戦う和人達の目に映し出される。

 

「っ! HPバーだと!?」

 

 そう、先ほどまでグリームアイズにはHPバーが存在しておらず、どれだけ攻撃すれば倒せるのかの目安が無かったのだが、黒鍵の力によってグリームアイズの頭上に5本のHPバーが表示されたのだ。

 5本あるバーの内、既に2本のバーは色が消えており、グリーンのバーが入っているのは残り3本。更に3本目のバーも3分の1が消失している。

 

「ありがたい!! セシリア!!」

「了解ですわ!!」

 

 グリームアイズの斧を和人がクロスした両手の剣で受け止めた瞬間、セシリアがその斧を持つ腕を斬り裂き、斧を持つ腕の力が抜けた瞬間に和人が斧を弾き返す。

 

「セシリアちゃんスイッチ!!」

 

 セシリアが後退し、代わりに明日奈がランベントライトにライトエフェクトを纏わせて飛び出す。剣速すら常人には追えない程の超高速の突刺、閃光のアスナが得意とし、閃光のアスナの名が有名となる発端となったスキルの一つ、リニアーだ。

 

『グォオオオオアアアアアア!!!』

 

 腕へのダメージでグリームアイズのHPバーがイエローゾーンに突入した。HPは残り半分を切り、此処で一気に畳み掛けるチャンスだ。

 

「っ!! 今だ!! 全員ソードスキルの総攻撃!!!」

「行きますわ!!」

 

 まず最初に、セシリアがライトエフェクトを纏った短剣で斬り掛かる。合計9連撃のパワー重視短剣ソードスキル、アクセル・レイドがグリームアイズの腕から駆け上がったセシリアによって胴体のいたる所に傷を付けた。

 

「僕も忘れないでよね!!」

 

 続くようにシャルロットが杖剣の刀身をライトエフェクトによって輝かせながら飛び上がり10連撃の片手剣ソードスキル、ノヴァ・アセンションによる高速連撃でグリームアイズの全身を斬り裂く。

 

「行く、よっ!!」

 

 簪は飛び上がったシャルロットとは対照的に姿勢を低くした状態で駆け出し、グリームアイズの股下まで潜り込むと、ライトエフェクトを纏った薙刀から刀ソードスキルを発動させる。

 股下から斬り裂いて、更に高速で移動しながら合計5連撃を与えるそれは、刀の最上位ソードスキル、散華だ。

 

「キリト君、先に行くね! せぁああああああ!!!」

 

 簪が後退した瞬間、明日奈がジャンプしてグリームアイズの中段に3回の突刺、着地しての斬り払いを往復、再び飛び上がりながら斜め斬り上げ、最後に上段への突刺を2回の合計8連撃を与える。

 細剣上位ソードスキル、スター・スプラッシュが決まった瞬間、明日奈が後退して和人が飛び出して来た。

 

「うぉおおおあああああああああああああああああ!!!!」

 

 エリュシデータとダークリパルサーが蒼いライトエフェクトによって輝き、次の瞬間グリームアイズに襲い掛かったのは、まるで吹き上がる太陽のコロナの如き激しさを持った27連撃だった。

 二刀流最上位ソードスキルにして、旧SAOに存在する全てのソードスキル中、最大の連撃数を誇るそれは、嘗てヒースクリフに全てを受け止められた時とは違い、その連撃全てがグリームアイズに叩き込まれる。

 

『グ、ガァアアアアアアア!!!』

 

 グリームアイズのHPが5人の連撃スキルによって一気にHPがレッドゾーンに入り、4本目のバーも色を消失、最後の5本目が……ギリギリで残ってしまった。

 

「くっ!」

 

 大半の者が上級スキルを使用している為、スキル後の硬直が残っている。特に和人と簪、明日奈は上位、最上位のソードスキルを使っているのでセシリアとシャルロットよりも硬直時間が長い。

 

「クロエ!!」

「了解です……黒鍵よ、蒼き悪鬼に鉄槌の刃を」

 

 斧を振り上げて、和人へと振り下ろそうとしたグリームアイズだったが、突如背後から胸へと貫通するように突き刺さった巨大な刃によって動きを止めた。

 巨大な刃は、クロエが黒鍵の力によって生み出した実体を持った幻影の刃、役目を果たして幻影らしく刃が消えると、胴体に大穴を空けたグリームアイズは、斧を振り上げた体勢のまま、ポリゴンの粒子となって消える。

 

「勝ったか……みんな、無事か?」

「うん、わたしは大丈夫だよ」

「僕も何とか」

「わたくしも問題ありませんわ」

「私も、大丈夫」

 

 全員、何事も無く無事だった。クロエも少し離れた所でピースサインを出しているので、彼女も特に問題は起きていないのだろう。

 

「お、グリームアイズを倒した事で変化が出たな」

 

 和人の台詞に反応して、全員が彼の視線の先へ目を向けてみれば、そこには先ほどまでは壁だった場所に、扉が出現している事に気づいた。

 

『やっほー! かず君、やっと連絡が出来るようになったねぇ』

「師匠!?」

 

 すると、和人の前にARウインドウが開かれ、そこに現実世界の束の姿が映し出された。どうやら現実世界からこの電脳世界に通信を繋げられるようハッキングに対処しながらプログラムを組んだらしい。

 

「師匠、こっちは敵のハッキングプログラムと思わしき奴と戦って、今倒したところです」

『うんうん! こっちでも確認したよー。おかげでハッキング速度が急激に落ちたから、こっちもやり易くなったんだから』

「それで、何か新しく扉が現れたんですが」

『扉? え~と……へぇ、これは、良い度胸してるねぇ』

 

 和人の言う扉について手早く解析したらしい束の表情が、笑顔が一転して極寒の如き冷たい表情になる。

 どうも、束にとっては嬉しくない結果が出ているようだが……。

 

『それ、ハッキング主が誘ってるみたいだよー。ハッキングを止めたければ扉を潜ってハッキングプログラムのマスターコアを倒せって事みたい』

「マスターコア……」

 

 それを倒せば、敵のハッキングプログラムは崩壊してIS学園へのハッキングは止まるという事だ。

 

『よっぽどマスターコアの実力に自信があるのかねぇ?』

「……さっきの相手は、グリームアイズだった……つまり、あれ以上の力を持ったコアプログラム、か」

 

 嫌な、予感がする。それは、嘗てどこかで感じた事のある予感であり、この背筋を振るわせる恐怖は……もし、和人の予感が当たっていたら。

 

「不味い……」

 

 だが、無常にも扉が突如勝手に開き、7人を物凄い風が襲う。

 

「くっ!? み、みんな!! 手を繋げ!!!」

 

 全員が踏ん張りながら何とか手を繋いだところで、踏ん張りが利かなくなったのか、足が床から離れ扉へと吸い込まれていった。

 

『かず君! あーちゃん! くーちゃん! 皆!!』

 

 束の悲鳴と呼ぶべき叫び声も空しく、7人の姿が扉の向こうへと消えて、扉はゆっくりと閉じられた。だが、一瞬だけ、そう……一瞬だけだが束は扉の向こうに見えた影に気づいていた。

 長大な骨のようなシルエットと、巨大な二振りの、鎌の光を……。




次回は記念すべき百話目!
そして、再び降臨する冷酷なる殺人者、織斑一夏。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百話 「殺人者」

リアルサイドです。


SAO帰還者のIS

 

第百話

「殺人者」

 

 過激派女性権利団体、イヴの楽園のメンバーを、一人残して全滅させた一夏は、生かした一人を引き摺って他の仲間達の所へ向かっていた。

 返り血を浴びた一夏が合流するのなら、箒や鈴音は不味い。同じ理由で千冬もよろしくないだろうという事で、目指すのは楯無の居る場所だ。

 

「っ!」

 

 だが、いざ楯無と合流という所で一夏は嫌な予感がしたのか、引き摺っていた女性をその場に放置して走り出した。

 そして、曲がり角で立ち止まると、懐から鏡を取り出して壁に背中を預ける。そのまま角の向こうを鏡で覗き込んでみれば、数人の男性が気絶していて意識の無い楯無を攫おうとしているのが見える。

 

「軍人か……?」

 

 男達が持っている銃はH&K HK416と呼ばれるアメリカ軍特殊部隊が主に採用している小銃だ。更に男達の服装はプロテクターという明らかに素人集団ではない姿……確実に軍人であろう。

 

「考えられるのは、アメリカ軍だが……IS学園にこうして侵入しているって事は、正規な軍じゃないのか、それとも後ろ暗い特殊部隊なのか」

 

 まぁ、どっちにしろ一夏がやることなど決まっている。今、こうしている間にも連れ去られようとしている楯無を救出する事、それだけだ。

 

「行くぞ、雪椿!!」

 

 一夏が走り出したのと同時に、その姿が光に包まれた。次いで蒼い翼が光の中から大きく羽ばたくように広げられ、蒼い羽根を撒き散らしながら光が弾ける。

 当然、そんな事をすれば男達に気づかれるのだが、銃を構えて振り返った時には既に遅い。新雪の如き純白の装甲と、光り輝く蒼い翼が、男達の視界に入った時には既に、男達の首が身体から離れ宙を舞っていたのだから。

 

「……さて、と」

 

 トワイライトフィニッシャーⅡに付着した血を払った一夏は、背中の鞘に納めた後、楯無を抱きかかえる。

 

「楯無さん! 楯無さん、起きて下さい!」

「う、ん……い、ちか、君……?」

 

 目を覚ました楯無だが、彼女の表情が直ぐに苦痛で染まる。見れば彼女は脇腹を撃たれたのか、穴の開いた脇腹から血が流れて、ISスーツを汚していた。

 

「ISスーツを貫通する銃弾が、開発されてるのか……」

 

 基本的に、代表候補生や国家代表に支給されているISスーツは一般に販売されているISスーツよりも高性能で、防弾・防刃・耐熱・耐電の機能が桁違いに高い。

 当然、ロシア国家代表の楯無のISスーツもそれに倣い防弾機能は並のISスーツを大幅に上回っている筈なのに、こうして銃弾が貫通しているのを見るに、間違いなく使用された銃弾はISスーツを貫通しうる特殊な弾丸だ。

 つまり、どこの軍かは知らないが、対IS操縦者用の白兵戦兵器の開発が進んでいる証拠となる。

 

「楯無さん、大丈夫ですか?」

「ええ……っ! ちょっと、痛むわね」

 

 楯無を下ろした一夏は雪椿を解除しつつ、拡張領域(バススロット)から応急キットを出して応急処置を始めた。

 簡単にだが止血を行い、ガーゼを傷口に当てた後、包帯を巻いて、処置を終えると、ふと楯無が周りを見ているのに気づいて一夏も同じように周囲を見渡す。

 

「殺し、ちゃったのね」

「ええ」

 

 そう、楯無が見ていたのは周囲にある首の無い死体と、転がっている人間の頭部だ。先ほど、楯無を連れ去ろうとして、一夏に殺された男達の死体に、楯無は何を思っているのだろうか。

 

「……安心なさい。彼らの正体は予想出来るから、テロリストじゃなくても殺した一夏君が罪に問われる事は無いわ」

「そっちの心配は、してませんよ」

「そう……なら、彼らを殺した事を、自分の責任だなんて思わないで」

「……?」

「あなたが彼らを殺した原因は、その責任は、油断して不覚を取った私にあるわ」

 

 自分が油断して撃たれなければ、そもそも一夏が彼らを殺す事にはならなかったのだと、楯無はそう言っている。

 だから、一夏に責任は無い。こんな事態にならざるを得ない状況を作ってしまった楯無自身にこそ責任があるのだと。

 

「……そう、言ってくれるのは嬉しいですが、それでも手を下したのは俺です。殺さない選択も出来たのに、安易に殺す事を選んだのは俺自身ですよ」

 

 だから、一夏は甘んじて人殺しの汚名を着るつもりでいた。

 元より自分は10人以上の人間を殺めた殺人者だ。人殺しなどと呼ばれても今更の話で、初めて人を殺したその時から、人殺しの十字架を背負っている。

 故に、たとえ人殺しと罵られようと、それで傷つくような心は……当の昔に死んでいるのだ。

 

「それより楯無さん、動けます?」

「ええ、傷はちょっと痛むけど……これじゃ戦闘は無理ね」

「なら、楯無さんは束さんのところに戻って下さい。俺は箒達の所に行かないと」

 

 相手はテロリストだけではなく軍人もだと判明した以上、箒と鈴音では手に余る可能性がある。ならば戦い慣れていて、いざと言う時に殺す選択も可能な一夏が応援に行かなければ危険だ。

 

「それなら安心して、二人の所に侵入者が来る事は無いわ。全部、私の所に引き付けるように誘導したから」

「……そうですか」

「でも、織斑先生も出てるみたいで、向こうの様子を見に行ってくれるかしら?」

「了解です」

 

 姉も出ているのなら、心配するのが弟の心情だ。一夏は再び雪椿の展開装甲を開くと、一気にトップスピードでホバリングしながら移動を開始する。

 それを見送った楯無は痛む傷口を押さえながら立ち上がり、束の所へ移動を開始するのだった。

 

 

 IS学園地下のとある区画では、2機のISが今まさに激突している所だった。

 方やアメリカの第3世代型ISであるファング・クェイク、方や日本の第1世代型ISである暮桜、世代差で見れば明らかにファング・クェイクの方が圧倒的に有利に見える戦いだが、操縦者の腕の差が世代差を大きく覆している。

 

「そら、どうした? 世界最強が居ると判って侵入してきた割に随分と劣勢の様だが」

「クッ……!」

 

 暮桜を操る千冬は雪片を手にファング・クェイクを操縦する侵入者の女を終始圧倒していた。

 やはり、相手が規格外過ぎる事が無い限り、千冬は世界最強の名に相応しい圧倒的実力を発揮出来るようだ。

 ましてや、相手は軍人とはいえ、ISに依存し、絶対防御に頼って自分が死ぬ事は無いと油断している愚か者、そんな相手に、千冬が負ける道理は無い。

 

「悪いが、これで決めさせてもらうぞ!」

単一使用能力(ワンオフアビリティー):零落白夜、発動】

「っ!? やらせるかぁあああああ!!」

「……ふん!」

 

 暮桜が黄金の輝きを纏ったのを見て、雪片が緑色の光を纏ったのを見て、ファング・クェイクの操縦者は焦り、剣を振るう前に倒そうと拳を構えて突撃したのだが、それを千冬は冷静に見つめ、その場から動く事無く雪片を一閃する。

 たったの一閃、その一撃でファング・クェイクのシールドエネルギーは0になり、解除されてしまった。ファング・クェイクが解除され、その場で膝を付いた女性は後ろから雪片の刃を突きつけられ、これ以上の抵抗は無駄かと、両手を上に上げた。

 

「それで良い。悪いが拘束させて貰うぞ」

 

 女性を後ろ手に手錠で拘束して、立たせる。その時だった、一夏が駆けつけたのは。

 

「あれ、千冬姉……」

「何だ、今頃来たのか? ここにお前の活躍の場は無い。悪いが、私が貰った」

「ちぇ」

 

 千冬は、雪椿の装甲と、それから一夏自身に付着している返り血を見て、一瞬だけ眉を動かしたが、それ以上の反応は特に見せず軽口で返してくれた。だから一夏もそんな姉の気遣いに感謝して同じようにおどけて見せた。

 

「お、織斑……一夏」

「……あんた、軍人だな。悪いけど、あんたの部下らしき男達なら、殺したぜ」

「っ! ……そう、か」

 

 なお、それを聞いて抵抗を見せるのなら、千冬が止めようと容赦なく殺すと、一夏の目が語っていた。

 その目を見て、女性も悟ったのだ。もう、本当に抵抗は無駄だという事と、一夏の事を所詮はゲームで2年間を無駄に過ごした落伍者でしかない、軍人であり、相当の訓練を受けた自分達なら簡単に雪椿を奪えるだろう雑魚だと、油断していた自分達が、今回の任務を成功させるのは、最初から不可能だったのだと。

 何故なら、女性の目に映るのはISを動かせるだけの平凡な少年の姿ではなく、敵であれば容赦なく命を刈り取る……鮮血を纏った白い死神の姿だったのだから。




次回は再び電脳空間、そこでSAOの登場人物が一人、今作に初登場!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百一話 「天災と天才と未来の天才」

お待たせしました。
ちょっとトラブルがありましたが、何とか百一話の更新です。


SAO帰還者のIS

 

第百一話

「天災と天才と未来の天才」

 

 和人達が扉に吸い込まれた先にあったのは、嘗てのアインクラッド75層フロアボスの間そのままの部屋だった。

 和人が感じた嫌な予感は、この部屋を見た瞬間に当たってしまっていた事を確信してしまい、この部屋の主と実際に戦った事のある和人と明日奈は勿論、映像で見て知っているセシリア達も緊張感が走る。

 

「前と同じなら……」

「あそこよ!」

 

 姿を現さない敵の姿を探そうと、アインクラッドの時の記憶を思い返し、明日奈が天井を指差した。そこには、全員の予想通りの光景があった。

 天井付近にある突き出た岩の上、そこから見下ろす巨大な骨……両手の鎌と長い胴体が特徴的なそいつは、嘗てアインクラッド攻略組から14人の死者を出した最強最悪のフロアボス。

 

「あれが……」

「スカル・リーパーですの……?」

 

 まだ距離がかなり離れているというのに、こちらを見下ろすスカル・リーパーの眼光と、その鎌の鈍く輝く怪しげな光が、否応なしに恐怖を与えてくる。

 あれが、14人もの実力者達を殺した最悪のボス、攻略組の大半がギリギリの戦いを強いられ、やっとの思いで勝利出来た強敵なのだ。

 セシリア達の武器を握る手にも、自然と力が入った。

 

「皆さん、気をつけて下さい。この世界での死は、精神の消滅を意味します」

 

 クロエの言う内容、それは即ち、この世界での死は現実の死に等しいという事だ。つまり、状況的にはSAOの時と何も変わらない。

 

「命を懸けるなんて、今更だ……っ! 行くぞ!!」

『おう!』

 

 クロエとユイ以外の全員が羽根を出して飛び上がり、和人と明日奈を先頭にスカル・リーパーへ突撃する。

 スカル・リーパーもこちらが飛び上がったのを機に鎌を構えながら飛び降りて来たので、和人はエリュシデータとダークリパルサーを構え、ライトエフェクトによって刀身を輝かせた。

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

 和人とスカル・リーパーがすれ違い様に剣と鎌を激突させた。二刀流ソードスキル、ゲイル・スライサーと鎌の激突は相当な衝撃波を発生させ、一瞬だがスカル・リーパーの動きが止まる。

 その隙に、和人の後ろから閃光が奔り、スカル・リーパーの胴体を穿つ。明日奈による細剣最上位ソードスキル、フラッシングペネトレイターによる文字通り閃光の一撃はスカル・リーパーの体を持ち上げた。

 

「スイッチ!!」

「スイッチですわ!!」

 

 二人と入れ替わる形で今度はシャルロットとセシリアが飛び出した。それぞれ剣をライトエフェクトによって輝かせ、片手剣ソードスキルであるソニック・リープと短剣ソードスキルであるクロス・エッジで再び振り抜かれた二本の鎌を迎え撃ち、大きく弾き返す。

 

「簪さん!」

「今だよ!」

「うん! せぇええええええ!!!」

 

 最後に、薙刀を構え、刀身をライトエフェクトによって輝かせた簪がスカル・リーパーの顔面へ突撃する。

 薙刀から放たれるは刀ソードスキルの一つ、上下に一撃ずつ素早く斬り裂き、一拍子置いて放たれる突刺の計3連撃、緋扇が決まり、スカル・リーパーを地面へと叩き落した。

 

「油断するな! まだ来るぞ!!」

 

 硬直が解けた和人は間髪入れず両手の剣をライトエフェクトによって輝かせ、一気に急降下すると、煙の中から振るわれた鎌にエンド・リボルバーで迎え撃った。

 

「キリト君スイッチ!!」

「っ! せぇあ!!」

 

 エンド・リボルバーの2撃目で鎌を弾き、後ろへ後退するのと同時に明日奈がリニアーによる一撃を叩き込み、即座にセシリアと簪が両サイドから鎌を受け止めてシャルロットが明日奈とスイッチする。

 凄まじい連携で一同、スカル・リーパーを追い込んでいるかのように見えるが、実は違う。誰もがスカル・リーパーの一撃を受ける訳にはいかないという緊張感の下で戦っているのだ。

 スカル・リーパーの鎌の一撃は、嘗てのアインクラッド攻略組の凄腕達ですら一撃で死に至る程の強力無比なもの、そんなものを受ければ和人達とて無事では済まない。

 

「皆! 畳み掛けろ!! 攻撃の手を緩めるな!!」

 

 和人の呼び掛けに応え、全員が一斉に攻撃へと移る。スカル・リーパーとの激戦は、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

 千冬が侵入者の対処に向かった後、一人残された束は和人達のサポートの為、ずっとハッキングの対応を行っていた。

 和人達が戦うハッキングプログラムのコアが倒されなければ、学園に仕掛けられているハッキングが止まる事は無い。だからこそ、束は休むことなく続くハッキングの対処に対応しなければならないのだ。

 

「駄目だ、かず君達苦戦してる……! このままじゃ、みんな……」

 

 正直、先ほどからハッキングの勢いが更に強くなっていて、束一人では対処するのに手一杯となり、和人達のサポートを行う事が出来ずにいる。

 何とかしなければ、このままでは大切な愛娘と、愛弟子や、弟分の友人達が、死んでしまう。

 

「どうしたら……っ」

『篠ノ之博士、お手伝いは必要ですか?』

「っ!?」

 

 その時だった。突如、通信画面が開いて束に声を掛けてきた人物が一人……通信画面には一人の可憐な少女が映っていた。

 

「な、ななちゃん!?」

『はい、七色・アルシャービンですよ。お久しぶりです』

「え、で、でもどうして……」

『IS学園がハッキングを受けているのに気づいて、それに乗じてハッキングして状況を理解したためですよ』

 

 何やら凄く不味い事を口走ったこの少女、七色・アルシャービンとはVR技術の研究で世界的に有名な人物で、裏の茅場晶彦と表の七色・アルシャービンと呼ばれる程の知名度を誇る天才だ。

 実は、嘗て束とは面識があり、一時期は匿って貰ったりもした事がある。歳の離れた友人とでも言えば良いのか、そんな関係だ。

 

「ななちゃん、手伝ってくれるの?」

『博士が必要と言うなら、喜んで』

「じゃあ、お願い!」

『わかりました! 七色・アルシャービン、これよりお手伝いに入りますね』

「うん! 二人なら、きっとかず君達をサポート出来るよ」

「二人、じゃなくて、三人ですよ……束さん」

「!? いっくん!!」

 

 背後の扉が開いて、一夏が中に入ってきた。その後ろからは千冬や百合子、箒達も揃っている。

 

「……いっくん」

「今は、気にしないでください」

 

 一夏の全身を染める返り血を見て、束が悲しそうな表情をするが、今はそんな時ではないと、一夏は隣の席に座ってコンソールを立ち上げた。

 

「えっと、七色博士?」

『ええ、男性IS操縦者の織斑君ですね』

「ああ、俺も手伝うけど、良いよな?」

『博士からは貴方も電子工学に強いと聞いてるわ。だから、頼める?』

「勿論だ」

 

 立ち上がったコンソールに手を添えた一夏は既に準備完了。それから百合子達に目を向けると、百合子、箒、鈴音、千冬は頷いて電脳ダイブの準備を始めた。

 

「よし、じゃあ束さん」

「おっけー!」

「七色博士」

『準備完了!』

「じゃあ……行くぜ!!」

 

 天災と天才、そして未来の天才の三人によるハッキングへのカウンターアタックが始まった。同時に、百合子達の電脳ダイブも開始され、電脳世界で戦う和人達への本格的な援護が行われる。

 

「須郷、お前の思い通りに行くと思うなよ……!」




次回、電脳世界での戦いも決着。仮想世界最強と現実世界最強が揃ったんですから、まぁ敵無しでしょうよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二話 「絶対最強、黒の剣士」

お待たせしました!


SAO帰還者のIS

 

第百二話

「絶対最強、黒の剣士」

 

「おおおおおおあああああ!!!」

 

 電脳空間に和人の咆哮が響き渡り、次いで甲高い金属音が鳴り響いた。

 振り下ろされる鎌を剣で受け流しながらスカル・リーパーの懐へ飛び込み、走りながらライトエフェクトで輝かせていたエリュシデータによるヴォーパルストライクを突き刺す。

 その横では明日奈が鎌を抑えるシャルロットと簪の後ろから飛び出してリニアーをスカル・リーパーの顔面に叩き込み、スイッチしたセシリアがアクセル・レイドを決めていた。

 

「まだだ! 散開してもう一度波状攻撃!!」

 

 スキル後の硬直が解けた和人がシャルロットと共に明日奈に振り下ろされた鎌を弾き返し、簪がクロエの作り出した巨剣と共にセシリアの防御を行うと、二人も硬直が解けたので一度距離を取る。

 同時にクロエ以外の全員が散ってスカル・リーパーの全方位から休む間の無い攻撃を展開すると、スカル・リーパーも誰をターゲットにするのかでラグを起こしたのか動きが少しだけ鈍くなった。

 

「避けろ桐ヶ谷!!」

「っ!!」

 

 突如、頭上から聞こえた声に、和人は咄嗟に反応してその場から飛び退くと、スカル・リーパーの顔面が頭上から顎下まで一振りの刀が振り下ろされた。

 刀のソードスキル、絶虚断空による一撃は、その威力からスカル・リーパーを吹き飛ばし、その先に大量の槍が降り注ぐ。

 

「あれは……無限槍!」

「遅くなったな桐ヶ谷」

「お、織斑先生!?」

 

 無限槍の最上位ソードスキル、インフィニティ・モーメントがスカル・リーパーに降り注いだのだと気づいた和人の横に降り立った一人の女性、それは千冬だった。

 ALOにおけるサクラの服装と刀のユキサクラを右手に持ち、そしてサラマンダーの羽を生やした千冬は不適な笑みを和人に向けている。

 

「お待たせ」

「加勢に来たぞ」

「一気に倒しちゃいましょ!」

 

 千冬だけではない。百合子、箒、鈴音もそれぞれSAOとALOの服装と装備で降りてきた。やはり、先ほどのインフィニティ・モーメントは百合子によるものだったらしい。

 

「織斑先生……いつの間にソードスキル?」

「何、夏休みの間は時間を見つけてALOにログインしてスキル熟練度を上げていたからな……もう一度、お前にリベンジする為に」

「あ、あはは……」

 

 あの時、千冬はALOでのデュエルで和人に負けたのが悔しかったらしく、あれ以来ALOに何度もログインしてスキル熟練度を上げてソードスキルを鍛え上げていたようだ。

 だが、今はそれが頼もしい。仮想世界最強と、現実世界最強、二人の最強がこうして揃って最悪のボスと相対するのなら、これほど心強いものはない。

 

「結城姉、お前が指揮を執れ」

「は、はい! 織斑先生はシャルちゃんとツーマンセル! 箒ちゃんは百合子ちゃんと、セシリアちゃんは鈴ちゃん、簪ちゃんとわたしは……」

「いつでも行けるぜ、アスナ」

「うん! わたしはと簪ちゃんはキリト君と一気に行くよ!! クロエちゃん!!」

「スカル・リーパーの残りHPから算出……全員が最上位ソードスキルを使って、私がトドメを入れる事で決着です」

「よし! なら出し惜しみは無しだ!! 全員、最上位ソードスキルで、スカル・リーパーのHPを削り切る!!」

『了解!!』

 

 先ず最初に動いたのはリアルでもALOでもコンビを組む事が多いセシリアと鈴音だ。

 短剣と戟を構えながら走り出し、それぞれ刃をライトエフェクトで輝かせると、振り下ろされたスカル・リーパーの鎌を和人と明日奈が弾き返した隙に飛び上がる。

 

「やぁああああ!!」

「せいやぁあああ!!」

 

 放たれた短剣による超高速4連撃と戟による超高速6連撃、短剣最上位ソードスキルであるエターナル・サイクロンと槍最上位ソードスキルであるダンシング・スタンピードが決まり、スカル・リーパーが大きく仰け反った。

 

「箒!」

「先に行け百合子!」

「うん!!」

 

 次いでスイッチして二人と交代したのは箒と百合子だ。真っ直ぐスカル・リーパー目掛けて走る箒とその周りの槍を蹴り上げながら自身も飛び上がった百合子、二人の刀と無限槍の最上位ソードスキルが、発動した。

 

「はぁああああああ!!!!」

 

 高速で動き回る箒から放たれた5連撃、刀の最上位ソードスキルである散華がスカル・リーパーに叩き込まれた瞬間、その頭上で無数の槍がライトエフェクトを纏いながら……打ち出された。

 

「インフィニティ・モーメント!!」

 

 無限槍最上位ソードスキル、インフィニティ・モーメントは百合子が持つ全ての槍が頭上から降り注ぐ広範囲スキルだ。巨体のスカル・リーパーにとっては全身を槍が貫く凶悪スキルとなるだろう。

 

「織斑先生!」

「続け、結城妹」

「はい!」

 

 更にスイッチして箒と同じ刀の最上位ソードスキル、散華を使う千冬が先にスカル・リーパーにスキルを叩き込み、そしてその後ろからシャルロットが片手剣最上位ソードスキル、超高速6連撃ファントム・レイブを決めた。

 

「せあぁあああああああ!!!」

 

 シャルロットがファントム・レイブを決めた瞬間だった。一筋の閃光がスカル・リーパーの顔面を穿ったのは。

 それは明日奈が十分な助走を取って放った全力の細剣最上位ソードスキル、フラッシングペネトレイターだ。

 

「簪ちゃん!」

「スイッチ!!」

 

 後退する明日奈と入れ替わり、簪が薙刀を構えてスカル・リーパーに箒や千冬と同じ、刀の最上位ソードスキル、散華を叩き込み、残りHPを確認した簪は一気にその場から飛び退く。

 

「和人さん!」

「ああ、行くぜ!」

 

 更なるスイッチと共に、和人が最後の一撃を決める為に出てきた。後はその両手のライトエフェクトで輝く剣を叩き込む、それだけだったのだが、スカル・リーパーが突如目を光らせ、高速で移動して和人の後ろに回りこんだ。

 

「なっ!?」

 

 不味い、もう和人はスキル発動状態に入っているので、回避行動は取れない。このままでは和人は……死ぬ。

 

『その人は、死なせねぇ!!』

 

 だが、スカル・リーパーの鎌が和人を貫く事は無かった。何故なら、聞き覚えのある声と共に、スカル・リーパーの動きが止まり、その身を巨大な剣が貫いたのだから。

 

「ナツ! クロエ!」

『キリトさん! 今だ!!』

「決めてください」

「キリト君!」

「パパ!!」

「キリトお義兄さん!!」

「和人さん!」

「和人!」

「義兄さん!」

「和人さん!」

「和人さん!」

「桐ヶ谷!!」

 

 一夏が、クロエが、明日奈が、ユイが、百合子が、セシリア、鈴音、シャルロット、箒、簪、千冬、皆が和人に最後の一撃を託した。

 その想いに応える為に、和人は強引に身体の向きをスカル・リーパーの方へ向けて、更に強くライトエフェクトで輝いたエリュシデータとダークリパルサーを強く握り締める。

 

「うぉおおおおあああああああああ!!!!」

 

 放たれたのは太陽のコロナのごとくスカル・リーパーに襲い掛かる連撃、二刀流最上位ソードスキル、超高速にして脅威の27連撃、ジ・イクリプスだ。

 

「これで、終わりだぁあああああ!!!!!!」

 

 ジ・イクリプス最後の一撃が、ダークリパルサーの刃が、スカル・リーパーを貫いた。一瞬の静寂の後、スカル・リーパーの全身が歪み、派手な音と共にポリゴンの粒子となって消える。

 

「終わった……な」

 

 ゆっくりと、両手の剣を背中の鞘に戻した和人は、後ろを振り返った。そこには、この戦いを共にした仲間達と、それから和人の所へ駆け寄る愛する恋人と、愛娘の姿が。

 

「キリト君!」

「パパ!!」

 

 抱きついて来た二人を、抱き止めた和人はそっと二人を抱き締める。戦いを終えた後は、やはりこの二人の温もりを感じるに限ると、最近の和人の戦闘後のマイブームだ。

 

「お疲れ、アスナ」

「うん、キリト君もね」

「パパ、カッコ良かったですよ!」

 

 嬉しい事を言ってくれる愛娘には、お礼に抱っこをしてあげる事にした。嬉しそうに笑うユイに、和人と明日奈は釣られて笑みを浮かべる。

 

「やっぱりキリト君は、最強だよ」

「いや……俺一人の力じゃない」

「え?」

「皆が居てくれたから、それに何よりアスナとユイが、傍に居てくれるから……だから俺は、強くあろうと出来るんだ」

 

 電脳世界最強の和人が、最強たる所以、それは仲間の力があってこそであり、そして何より大きいのは、愛する恋人と、愛娘が傍に居る事、それが何よりも和人を最強とする理由だ。

 

「ナツ、ハッキングの方はどうだ?」

『お蔭様で、キリトさん達がスカル・リーパーを倒した事で止まりましたよ』

「そっか」

 

 なら、後は現実世界に帰るだけなのだが……。

 

「パパ、ママ……」

 

 SAO時代の姿でユイと一緒に居られる滅多に無いチャンスなので、和人と明日奈は先に現実世界に戻る仲間達を尻目に、少しの間だけ親子三人の時間を過ごすのだった。

 ……決して、ユイの寂しそうな顔に負けた訳ではないと、親馬鹿二人は後に語ったそうだが、誰が信じるか。




次回、今回の件の後の須郷のお話が。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三話 「亡国のスリートップ」

今回、須郷の処分と、意外な人物の登場。


SAO帰還者のIS

 

第百三話

「亡国のスリートップ」

 

 現在、須郷伸之は非常に怯えていた。屈辱的な土下座をしながら、対面に座る男の放つオーラと殺気に当てられ、無様にも股間を濡らしながら怯えている。

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはぁぁ! カァッ! やっぱ昼間から飲む酒は美味ぇなぁオイ! ……テメェが勝手な真似してなけりゃ、もっと美味かったんだろうけどよぉ? なぁ、須郷」

「……っ」

「あ~、何だっけ? 確か勝手にIS学園にハッキング仕掛けて、勝手に電脳空間で戦闘行動を起こして、勝手に負けたんだっけ? なぁ須郷よぉ、おじさん確かに勝手な真似はするなとは言ってねぇけどよぉお? 少なくともIS学園にハッキングしろなんて指示した覚えは無ぇんだけど、そこんとこどうよ?」

 

 何も、言い返せなかった。計算では、成功する確率が高かった今回のハッキングだったのに、蓋を開けてみれば電脳ダイブすると思われた織斑一夏がダイブせず現実空間で戦い、更には殺しまで実行に移し、挙句には束一人なら何とかなったのに、その束に加勢する形で織斑一夏と七色・アルシャービンが参戦するとは、計算外にも程がある。

 もっとも、スカイに言わせてみれば、戦いというのは常に計算外の出来事ばかり。計算で戦いの何もかもが進む筈が無いという事だ。

 

「とりあえずテメェの処分だが、まぁ普通に処刑だわなぁ」

「なっ!? ま、お待ち下さい!!」

「ああん?」

「た、確かに失敗は、しましたが……か、完全な失敗とは、違います」

「どういう事でぇい?」

 

 報告書を読んだが、完全に失敗しているとしか思えないのに、何を持って完全な失敗ではないと言い切れるのか。

 

「じ、実は……今回のハッキングの際に、IS学園データベースから良いデータを入手する事に成功しました」

「ほう?」

「し、篠ノ之束がIS学園データベースに保管していたらしき展開装甲の稼動データ、それから来年度入学予定の専用機持ちのデータです」

「展開装甲の稼動データか、そいつぁ……」

「ええ、これがあれば完璧な形で第四世代型ISを作れます」

「ほほぅ……つまり、その功績を持って処刑は勘弁してくれと?」

 

 確かに、完全な失敗ではなかったようだ。こちらが第四世代型ISを開発する上でどうしても足りなかった稼動データが手に入り、来年度のIS学園専用機持ちのデータを入手した事でこの先の作戦の参考資料と出来る。

 

「ふん、まぁ今回限りだが良しとするかぁ……ただし、完全な処分無しって訳にはいかねぇぜ? テメェへの処分は処刑から凍結予定だった専用機開発計画の完全抹消処分に変更だ」

「っ!? そ、それは……」

「あ~? なんだ、処刑のが良いってか?」

「い、いえ……」

「なら文句言うんじゃねぇよ」

 

 ただし、と……スカイは続けた。

 

「今回のハッキング、成る程、成功こそしなかったがテメェの実力は見せてもらった。今後の活躍如何では、テメェの専用機開発、考えてやるよ」

「っ!」

「ここは完全な実力主義組織だ。実力さえ示せばある程度の便宜が図れるのが亡国機業(ファントム・タスク)の良い所なのさ」

 

 今回のハッキングの件で、女尊男卑過激派組織“イヴの楽園”とのパイプが出来た。前々から接触を考えていた組織なので、須郷の功績と認めても良いだろうとスカイは判断したのだ。

 

「それで、専用機開発の件は別としてだ……今回はテメェに聞きてぇ事があんのよ」

「き、聞きたいこと、ですか?」

「テメェ自身の研究……ナーヴギアを使った脳の書き換えはどうなった?」

「ああそれですか……研究自体は既に成功、既に臨床試験も終盤に差し掛かってますよ」

「そうかい……なら、その臨床試験を終えたら早速だが書き換えを行って貰いたい奴らが居るんだがぁ」

「と、言いますと?」

「イヴの楽園の創設者だよ。今回の一件で接触出来そうだからなぁ、テメェには奴と、そして楽園メンバーの洗脳を頼みてぇ」

「……なるほど」

 

 それは、須郷の役目だろうと思った。あの技術は、まだまだ須郷でなければ使えない技術、それに上手くいけばスカイに隠れて自分の私兵団を作れるかもしれない。

 

「ああ、別に楽園の連中をテメェの私兵団にするのは構わねぇぜ?」

「なっ!?」

「テメェの私兵になろうと、作戦に参加出来りゃあ十分だ」

 

 つまり、反乱分子を作る事を、スカイは認めた。スカイが反乱分子を認めたのだ。

 

「まぁ、とにかく臨床試験を終わらせな、話はそれからだ」

「は、はぁ……では、私はこれで」

 

 須郷が立ち去るのを見送りながら、スカイはコップに残っていたブランデーを飲み干す。すると、空になったグラスに新たにブランデーが注がれるのを見て顔を上げた。

 

「よぉ、スプリング、シーズン」

「御機嫌よう首領、どうぞお飲み下さい」

「おう、サンキューな」

 

 シーズンと呼ばれた妙齢の女性が注いだブランデーを口にしながらスカイはスプリングと呼んだ男性が自分の前に移動するのを見つめている。

 

「それで、今回の一件はどうだ? テメェらの息子が随分と暴れたみたいだぜ?」

「そうですな……まぁ、千冬の方ではなく、まさか出来損ないの方があそこまで戦えるとは思いませんでした」

「出来損ないねぇ……おじさんから言わせてみりゃ、姉の方より弟の方がおっかねぇがな」

「SAO事件、どうやらアレが一夏を完成させるに至ったみたいですわね」

「ふん、どうして君は出来損ないの息子を認めたがるのか理解出来んな。俺には千冬こそが至高、アレほど完成度の高い娘は中々……マドカとて、あそこまでには至らなかったのだからな」

「そうですか? 私には千冬は至高とは言えませんでしたが……そう、生まれたばかりの一夏を抱き上げたあの時に感じた予感、あれが一夏の可能性を示す天啓だったのではないかと、今でも思います」

「カッ! どうやら見る目の高さはシーズンのが高いみてぇだな」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)副首領スプリングと、副首領秘書シーズン、それぞれ本名を織斑百春(おりむら ももはる)、織斑秋十(おりむら ときと)、二人の正体は織斑千冬と織斑一夏の、行方不明になっていた筈の、実の両親だった。

 

「しかし、織斑家ってのは中々どうして、随分と業の深い一族だなぁおい」

「そうですか?」

「そりゃそうだろうよ、なんせ……てめぇら実の兄妹だってんだからな」

「それはまぁ、織斑家は昔から武の才能と知の才能、どちらかに優れた者を多く排出してきた一族で、大昔からその才能を確実に後世へ受け継がせる為に近親交配すらも手段として取り入れる一族ですのでね」

「私と兄も、それぞれ知と武の分野に優れていたので、両親からは近親交配で子を残すよう命令されましたから」

「それで生まれたのが織斑千冬と織斑一夏、それに織斑円夏の三人か」

 

 武に優れる千冬と円夏、そして知に優れる一夏……いや、知と武、両方の才能を併せ持った一夏と言うべきか。

 

「それで、スプリングが織斑一夏を出来損ないと断じるのは何故だ? おじさん的には織斑千冬より織斑一夏のが脅威なのによぉお?」

「アレは確かに才能があるのでしょうが、千冬のような身体能力が生まれつき常人以上というわけではありません。故に出来損ないなのですよ……才能だけでは、人は強くなりません」

「んで? シーズンが織斑一夏を認めるのは、その天啓とやらだけが理由か?」

「いいえ、私にとっては千冬は確かに身体能力も常人以上で、才能も高いですが、所詮は武道の才能でしかない……ですが、一夏は身体能力こそ常人のそれですが、武術……それも人を殺める技術の才能が天賦の才と呼べる物です。身体能力など、鍛えればどうにでもなります。むしろ、鍛える事で一夏は何処までも上へと駆け上がれるのですよ」

 

 本当なら、百春は千冬に、秋十は一夏に亡国機業(ファントム・タスク)に来てほしかった。だが、それは忌々しき篠ノ之家と関わった事で叶わぬ願いとなったのだ。

 

「あの突然変異……篠ノ之束さえ、いなければ今頃は」

「ふぅん……まぁ、おじさん的には織斑一夏が敵で良かったがなぁ。何せ、張り合いがある」

 

 話はそれくらいだろうか、スカイがブランデーを飲み干すと、シーズンが空いたグラスを回収してキッチンに向かった。

 

「それで首領、次の作戦ですが……」

「ああ、次はIS学園へ潜伏してるレインからの報告待ちだ」

「そうですか、では俺とシーズンも次の作戦には参加させて頂きたい」

「ほほう、久しぶりに子供達に会いたいってか?」

「俺は千冬に、ですがね。妹は一夏に会いたいそうですが」

「ふん、まぁ……好きにしな」

 

 スカイは不適に笑い、葉巻を加えて火を点ける。吐き出す紫煙を見つめ、次の作戦で、宿敵となるかもしれないと認めている織斑一夏が、両親と再会してどう出るのかを、楽しみにしながら。




父にとって、努力とは無駄な行為。努力しなくとも完成する千冬は最高の完成度を誇る子供。だが一夏は努力などという無駄な行為をしなければ完成しない出来損ないという考え。

逆に母にとって努力無くして真の完成は無い。努力せずとも完成する千冬よりも、努力をする事で何処までも上へと駆け上がり、完成すらも上回れる可能性を持つ一夏こそ魅力を感じている。

とまぁ、これが織斑姉弟の両親です。そして、両親は実の兄妹同士という……まぁ、最悪の家庭環境です。

次回から新章突入! 秋の体育祭編です。原作9巻ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭編
第百四話 「(純粋な)爆弾」


こっちが先に書きあがりました。
そして、新章突入!


SAO帰還者のIS

 

第百四話

「(純粋な)爆弾」

 

 IS学園ハッキング事件が終結したその晩、一夏達は夕飯を終えた後にALOへログインして今回の事件について話し合いを行う事となった。

 既にALOのイグドラシルシティにあるアスナのホームにはキリト、アスナ、ユイ、ナツ、ユリコのSAO組、それからIS学園組であるツバキ、スズ、ティア、ラファール、ハーゼ、サクラ、タテナシ、カンザシ、それから束ことアップルとクロエことクロも揃っている。

 

「ではたb……アップル、今回の事件の首謀者は間違いなく須郷伸之なのだな?」

「うん、私といっくんとナナちゃんの三人でどうにか撃退出来たけど、私一人の時は完全に互角か、こっちが負けてたから。そんな事が出来るのはアイツしか居ないよ」

「須郷、か……」

 

 須郷の名を呟きながら、キリトの脳裏に浮かぶのは須郷との最後の戦いだった。あの、雪の降る夜の駐車場で静かに繰り広げられた最後の戦い。

 あの時、須郷が向けてきた殺意は、殺し合いをした経験の無い素人でありながら、殺す事に躊躇いなど持つ隙間の無い妖しさを孕んでいたのを覚えている。

 

「キリト君?」

「あ、ああ……ちょっと、な」

 

 キリトが危惧しているのは、今回の一件で須郷が組織内で追い詰められているのではないかという事だ。

 あの男は追い詰められたら何を仕出かすか分からない所がある。あの駐車場での最後の戦いの時の須郷もまた、追い詰められた末の行動だったのだから。

 追い詰められた須郷は、それこそ危険極まりない行動を突発的に行いかねない。

 

「それで、だ……これから先、我々が考えなければならんのは亡国機業(ファントム・タスク)対策だ。現状、判っている向こうの戦力に対して、こちらはどう対処するのかだが……」

「サクラ先生、俺はPohと戦う。ナツには悪いが、アイツとの決着は……あの世界との決着は俺が着けるべきだと思うんだ」

「それはわたしも同じだよキリト君、わたしも……赤目のザザとの決着がまだだから」

「ジョニー・ブラックは、私がこの手で倒す」

「サイレント・ゼフィルスの相手は、譲れませんわ」

 

 キリトはPohと、アスナはザザと、ユリコはジョニー・ブラックとの決着を望んでいた。それだけではない、因縁という意味ではティアもサイレント・ゼフィルスを操るMと、タテナシも個人的にスコール・ミューゼルを自身の標的として決着を望んでいる。

 

「俺も、奴と戦う」

「いち……ナツ、お前の言う奴とは、まさか」

「ああ、サクラ姉の予想通りだと思うぜ……スカイ、アイツとまともに戦えるのは、多分俺とキリトさんくらいだ。なら、俺が戦うべきだと思う」

「しかし……」

 

 スカイ、あの男は危険だ。殺す事に躊躇いが無い上に、その実力は全盛期の織斑千冬ですら赤子の手を捻るかの如く容易く叩き潰してしまうであろう程。

 サクラとしては、そんな危険な男の相手を弟にさせたくはない。出来るのならあの男との戦いは自分が務めるのが一番良いと思っているのだが、スカイの殺気を前にして小娘の様に怯え、身動き出来なくなった自分とは違い、互角レベルで戦ったナツの方が、対スカイ戦に向いているのも、理解している。

 スカイにとって、殺しの経験が無い織斑千冬など殺しの経験がある織斑一夏と比べれば戦う価値すら無い雑魚に過ぎないのだと、あの対峙にて思い知らされた。

 

「あのオータムって女の実力はどうなのよ? アタシ的にはツバキとアタシとラファールの三人で掛かれば十分戦えるかなって思うんだけど」

「そうねぇ、もう少し実力を上げて欲しいっていうのが、お姉さんの感想かな。特にツバキちゃんは紅椿のリミッターを完全に解除するのが条件」

「やはり、そこですよね……」

「でも、リミッター4つも解除されたのは凄いと思うよ。僕も最新鋭機を受領してから何回かツバキと模擬戦してるけど、時々危ないって思わされるもん」

「……出来れば、ラファールとの模擬戦は今後遠慮させてくれ」

「ええ!? なんでー!?」

 

 毎度命の危機を感じるから、などと本人を目の前にして言葉にするのは憚れるツバキだったが、その気持ちは合宿から帰ってきたラファールを知る者全員共通の心境だ。

 

「後、忘れてるよ……山田先生を倒した男」

「あら、カンザシちゃんナイス! そうよ、その男のこともあるわね」

 

 ISに乗った真耶を生身で下した男、コードネーム“オーガスト”、本名はウォルター・J・リーヴルと名乗ったという青年の正体は、本人曰くジャック・ザ・リッパーの子孫だとの事だ。

 相手が第2世代とは言え、嘗て日本代表候補生最強と謡われた銃央矛塵(キリング・シールド)が駆るラファール・リヴァイヴを、生身で下した実力は脅威の一言だろう。

 

「ハーゼ、貴女は白兵戦でISに勝てますか?」

「む……無理だな。そういうクロはどうだ?」

「黒鍵を使えば或いはとも思いますが、使う隙を与えられなければ流石に無理です」

「だろうな」

 

 つまり、現状で白兵戦でオーガストを相手に出来るのはサクラとアップルくらいだろう。そして、サクラとアップルでは勝つのが難しい理由が、やはり殺人経験の有無か。

 最初から殺す事に躊躇い無く攻撃してくる相手に捕縛を考えて挑むのは、中々骨が折れるのだ。

 それに、アップルは万が一もう一度須郷がハッキングをしてきた場合、それの対処をしなければならないので、場合によっては戦力として数えられなくなる。

 

「カンザシちゃんは、山嵐とか敵無人機軍に十分有効かな?」

「うん、それは、思います」

 

 アスナの指摘通り。残るカンザシについては打鉄弐式の武装である山嵐の特性を考えれば無人機軍を掃討するのに最適だ。

 教師陣を率いての掃討戦においてカンザシならば十分過ぎる戦力になるだろう。

 

「取りあえず、オーガストについては今後の課題にしよう。この場に居ないサファイアとケイシーについても追々配置を考える」

 

 最後にサクラが指揮官として締め括った。同時にこれにてサクラの指揮官としての仕事は終わり、今後の戦闘における現場指揮はアスナとナツが務める事になる。

 

「パパ、もうお話は終わりですか?」

「ああ、終わったよ」

「そういえば、ユイちゃんも今回はお疲れ様! 助かったよー」

「えへへ、パパとママのお役に立てて良かったです!」

 

 大人達の話し合いが終わったと見るや、ユイは隣に座るキリトの顔を覗き込み、キリトもそんな愛娘の自分と同じ黒い瞳を覗き込みながら頭を撫でる。

 ユイを挟んで反対側に座るアスナもユイの肩に手を置いて微笑みかけていた。

 

「ユイにはご褒美をあげないとな」

「ご褒美ですか?」

「そうだよー、ユイちゃん頑張ってくれたから、パパとママからユイちゃんに何でも欲しいものをプレゼントしちゃうよ!」

「わぁ……! じゃ、じゃあユイ、弟か妹が欲しいです!!」

 

 ……空気が、凍った。

 

「え、っとだな、ユイ? 何故、弟か妹なのだ?」

 

 場の空気が凍る中、ツバキが勇気を出してユイに尋ねてみれば、当の本人は純粋な瞳で、そして興奮しているのか若干頬を赤くしていた。

 

「えっと、カナちゃんのお姉ちゃんをやっていて思ったんです。パパとママの子供なら、私にとっては本当の妹か弟になるんですよ! きっと可愛いんだろうなって、お姉ちゃんって呼ばれたら、きっと嬉しいんだろうなって思ったんです」

「あ~……えっと」

「う、うぅ……」

 

 生暖かい視線がキリトとアスナに向けられ、二人は顔を真っ赤にしながら顔を背けたり俯かせたりしている。

 

「でも不思議なんです。子供ってどうやったら出来るのか分らなくて、調べようとしたらパパに絶対駄目って言われたんですよ。皆さんは赤ちゃんがどうやったら出来るのか知ってますか?」

 

 再び……空気が凍った。

 

「キリトさん、俺そろそろログアウトするっす」

「私、も……」

「ちょっ!? こ、この空気そのままに逃げるな!!」

「そうだよ! こ、これって何て答えるのー!?」

「ガンバですわ」

「……私は、知らん」

「あ、アタシも知らないかな~?」

「お姉ちゃん、子供の性知識については親の仕事だと思うの」

「因みにクラリッサから教わった知識が……」

「はいは~い、ハーゼちゃんは余計な事言わないの」

「お姉ちゃん、こういうノリ苦手なんだね」

 

 ナツを始め、ユリコ、ツバキ、ティア、スズ、ラファール、ハーゼ、タテナシ、カンザシが次々とログアウトしていく。

 残ったクロ、サクラ、アップルに縋るような視線を向けたキリトとアスナだが、アップルはニヤリと笑って無言のままログアウト、クロもそれに続いた。

 

「さ、サクラ先生!」

「助けて下さい!」

「馬鹿か貴様ら!? 結婚どころか彼氏だって居た事の無い私に子育ての相談をするな!!!」

 

 自分で言って自分で傷ついたサクラは目を輝かせて見つめて来るユイの視線から顔を逸らすも、変わらず感じられる視線に脂汗を流す。

 どうする。どうしたら良い。確かにこの場で唯一の大人は自分だけで、でもユイはキリトとアスナの娘なのだから二人に押し付けるべきなのだが、二人もまだ高校生で、知識はあるだろうし、実際に行為もしているだろうが、それでも親として未熟なのであれば周りの大人が手助けするべきなのだろうか。

 等と、色々と考え込んだ末にサクラの口から紡がれたのは……。

 

「こ、コウノトリが、キャベツ畑から運んでくるんだ……」

 

 そんな、子供騙しが精一杯だった。




体育祭編開始! この章ではISは出ません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五話 「体育祭前」

お待たせしました。今回は難産だった……。


SAO帰還者のIS

 

第百五話

「体育祭前」

 

 体育祭、それは学生達の秋の風物詩。それは青春の汗と魂のぶつかり合い。男女問わず、血で血を争う陸上の祭典。

 ここIS学園でもそれは同じで、ISというパワードスーツを使う事無く、生徒達が己の肉体を限界のその先まで使い、体力の続く限り競い合う。

 

「てな訳で、1組が優勝する為に俺達はどんな手を使ってでも勝利を捥ぎ取る!!」

「はいナツ君落ち着こうねー」

 

 クラス委員長である一夏は教卓に立ってSHRという時間をクラスメート達の出場競技決めに割り当てていた。

 そんな競技決めで何故か熱くなった一夏を、隣で副委員長の明日奈がハリセンを一夏の後頭部に叩き付けて黙らせる。

 

「それで、競技なんだけど、100m走、200m走、400m走、1500mリレー、借り物競争、ハードル、砲丸投げ、走り高跳び、軍事障害物競争、仮装競争、パン食い競争、二人三脚、騎馬戦、玉打ち落とし……誰がどれに参加するかで勝敗を分けそうだよー」

 

 IS学園の生徒は基本的に運動神経が良い。なのでどれに参加しても問題は無いのだろうが、それぞれ得意な競技、持久力などが異なるので、上手く人員を割り振るのが優勝への鍵となる。

 

「アスナさん、俺は仮装競争に出たいんですが」

「え、ナツ君が?」

「ええ、仮装となれば黙ってられません」

 

 何故か仮装に乗り気な一夏に疑問を持つも、本人が出たいというのなら文句は無い。なので明日奈は仮装競争の出場者に一夏の名を書き込んだ。

 

「はいは~い! わたし、軍事障害物競争やるよ~」

「えっと、のほほんさんが軍事障害物競争、他に軍事障害物競争やりたい人は? ……夜竹さんと国津さんね」

「では、私は200m走を」

「四十院さんが200m、他は? ……相川さんに鏡さん、百合子か」

 

 順調に参加種目が決まった。和人も400m走に、明日奈が100m走に、それから和人と一夏、明日奈、百合子の4人が1500mリレーのクラス代表選手として参加する。

 因みに一夏が参加する仮装競争には箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、明日奈、和人、百合子も参加する事になった。

 

「うん、こんなところか……じゃあ最後にクラス代表として一言、狙うは優勝の二文字だけ! その為にお前ら!! 敵を捻じ伏せてでも貪欲に勝利を渇望するんだ!!!」

「はい熱血禁止ー」

 

 熱血が再発した一夏にクラス中が引いている中、再び明日奈のハリセンが一夏の後頭部に叩き付けられるのと同時にSHRが終了するのだった。

 

 

「ええ!? い、一夏が仮装競争に出るですってぇ!?」

 

 昼休み、いつもの専用機持ち+ラウラを入れたグループで食堂に集まり、昼食を食べていた際、一夏が体育祭にて仮装競争に出るという話になったとき、鈴音が驚愕の声を挙げていた。

 

「お、おい鈴、一夏が仮装するのがそんなに可笑しいのか?」

「はぁ!? 箒、アンタ知らないの?」

「いや、何をだ?」

「そっか、一夏のアレってまだ箒が居た頃に完成した訳じゃないのね……」

 

 アレとは何なのか、全員が聞きたそうに鈴音に注目するが、一夏が話すなと目で語っていた為、鈴音もため息を零しながら誤魔化しつつ説明する。

 

「一夏には十八番とも呼ぶべき仮装……てかコスプレがあるのよ。しかも、そのクォリティの高さが馬鹿みたいに高すぎて笑うに笑えないレベルのね」

 

 鈴音から言えるのはそれくらいだ。彼女の脳裏には中学時代のクラスパーティーで一夏が行った宴会芸と称したコスプレが浮かんでいる。

 あの姿を見て鈴音も、友人の弾や数馬も、クラスメート達も、そのクォリティの高さに爆笑ではなく戦慄したのだ。

 

「ところで、体育祭も重要だけど、1年生は体育祭後に修学旅行よね? その辺の話もそろそろ話題になるんじゃない?」

 

 この中で唯一の2年生である楯無は去年、修学旅行に参加した人間だ。彼女が言うにはIS学園の修学旅行の行き先は京都、修学旅行と言えば京都なのはIS学園も普通の高校といったところだろうか。

 

「京都、か……」

「アスナさん?」

「あ、ううん……京都って、わたしの家、結城の本家があるんだよねー」

 

 日本において結城家とは京都を本拠地とする超が付くほどの有名な名家だ。京都を中心に地方銀行を経営しており、政財界と太いパイプを持つ正真正銘の良家。

 

「そういえば、明日奈さんがIS学園に居る事って結城本家は何も言ってないの? 私とお姉ちゃんは更識家が特殊だから名家でも事情が違うけど、結城家は普通の名家でしょ?」

「う~ん……正直な事を言うなら母さんと本家、両方が大反対してるかな。母さんも本家も、ISは野蛮人の玩具っていう認識を持ってるみたいで、それを学んでいる事が気に入らないみたいだよ。むしろリハビリを終えたなら早く普通の進学校に転校しろとも言われてるから」

 

 それが嫌だったから明日奈は夏休みに帰省しなかったのだ。勿論、その事で母が大層ご立腹だという話を父から聞いているので、冬休みは京都の結城本家への正月恒例の挨拶へ行く事もあって帰省する必要があるのだが。

 

「冬休みといえばアレですわ! アインクラッドのアップデート!」

「確か、クリスマスだったわよね? 今は確か19層までクリアされてるみたいだから、それまでには20層が攻略される筈よ」

 

 そうだ。そうなればアップデートされる事で21層が開放され、22層へ行く為のフロアボス戦に挑める。

 その日はキリト達が総戦力で21層を攻略し、フロアボス戦をアップデート当日に行う予定を立てているのだ。

 

「アップデートのことはまた今度にしませんこと? 今は体育祭の話ですわ」

「そうだね……僕も話したい事があったんだよ。何で軍事障害物競走に手を挙げようとしたのにラウラが僕の手を押さえたのか、とかね?」

「っ!? い、いや、それはだな……」

 

 シャルロットに銃を持たせてはいけない。これは今の1組全員の共通認識である。日本代表候補生の合宿から帰ってきたシャルロットが最初の銃の授業で見せた暴走、それを知れば誰もが彼女を銃を使う軍事障害物競走に出そうなどと思うまい。

 そして、それがシャルロットにとっては不満だったようで、隣の席から乗り出して手を挙げようとしたシャルロットの手を強引に押さえつけたラウラに満面の笑顔を向けていた。

 

「ラウラ♪ 今度の休みは一緒にお買い物しようね~♪」

「ヒィッ!? い、嫌……買い物は、買い物は……嫌だぁあああああああ!?」

 

 一体ラウラに何があったのか、シャルロットとの買い物がトラウマになっているようで、今も真っ青な顔でガクガク震えながら壊れたラジオのように「キセカエ……キセカエコワイ、キセカエコワイ、キセカエコワイ……」などと呟いている。

 

「何があったのよラウラに……」

「え~? 前にラウラが私服を持ってないからって事で一緒に買い物に行っただけだよ?」

 

 まぁ、そのときに店員と一緒になってラウラに散々着せ替え人形の如く様々な服を着せて楽しんでしまったのだが、それが原因だろう。

 

「一緒に買い物……あの、お兄様」

「ん?」

「実は、私も私服はそれほど多くないのです」

「あ~……じゃあ、今度の休みにでも街に行くか?」

「本当ですか!?」

「お、おう?」

 

 シャルロットとラウラが一緒に買い物に行ったと聞いて、クロエが隣に座る一夏の制服の裾を掴んで目を閉じたまま彼の顔を見上げる。

 そんなクロエの言いたいことを理解した一夏は、せっかくの妹分の我侭を叶えてやりたいと思い、百合子が頷いたのもあってか了承した。

 恐らく、次の次の休みには百合子とデートを要求されるだろうが、それは願ったり叶ったりなので問題は無い。

 

「あれ? キリト君、どうしたの?」

 

 ふと、明日奈が先ほどから大人しくしている恋人に話しかけると、和人はハンバーグを箸で突きながらボーッとしていたのか、少しだけ反応が遅れた。 

 

「ん? いや……そうだな、アスナ、今度の休みなんだけどさ」

「うん?」

「俺達も、デートに行かないか?」

「!? ほ、ホントに!?」

「ああ、渡したい物が……あるんだ」

 

 渡したい物が何なのか、それはこの場で黙秘されてしまったが、アスナは純粋にデートを喜んでいたので良しとする。

 そうして休み時間が終わりを向かえ、食事を終えた面々は教室に戻るのだが、一人残った和人はポケットから取り出した指輪ケースを眼前に持ってきて、そして……ポケットに戻すと歩き出した。

 




次回は早々に体育祭開始!
一夏君の十八番とは、一体何なのか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六話 「青春のぶつかり合い」

大変、大変お待たせしました。
サルベージが全く進まず、結局1から書き直しました。


SAO帰還者のIS

 

第百六話

「青春のぶつかり合い」

 

 ついに始まったIS学園体育祭。

 それは青春の汗と汗のぶつかり合い、体力の限界まで魂を燃やし、熱き血潮滾る白熱のバトル。

 

『さあ! そんな訳で始まりました体育祭! 実況はこの私、新聞部部長の黛 薫子と!』

『はぁい♪ いつもニコニコ貴方の隣に這い寄るお姉さん、解説の生徒会長、更識 楯無よん♪』

 

 現在、IS学園は体育祭が開催されていた。

 只今、行われている競技は100m走、1年1組からは明日奈が出場する競技であり、2組からはアメリカ代表候補生のティナ・ハミルトンも出ている。

 

「あのレクト社の社長令嬢とこうして対決出来るなんて、光栄ね」

「こっちも、アメリカのHMTエレクトロニクスのCEO令嬢と競えるなんて光栄よ」

 

 スタート位置に隣り合わせで立つ明日奈とティナは大企業の元CEO令嬢と現CEO令嬢、お嬢様対決となった100m走は3組と4組が空気の状態だ。

 

「位置について」

 

 スターターの教師が右手に持ったスタートピストルを天空へ向けたのと同時に、スタートラインに立つ全員がクラウチングスタートの体勢に入った。

 因みに、明日奈は元々運動神経が良い方ではなかった。幼い頃から母の指導でエリートコースの道を歩んできた彼女は勉強が第一で、運動など学校の体育の時くらいしか縁が無かったのだ。

 しかし、SAOがクリアされ、ALOの檻から開放されてからリハビリや剣技の練習などで身体を動かすようになった今、明日奈の身体能力は昔とは比べ物にならない程に向上している。

 そして、その最たるものが……。

 

「よーい」

「っ!」

 

 パン! という音と共に、明日奈は誰よりも早く駆け出した。そう、SAOで戦い続け、現実に帰還してから運動を続けた明日奈が最も鍛え上げたのは瞬発力だ。

 閃光のアスナと呼ばれていた当時の彼女は、SAOで最も瞬発力のある存在だった。その瞬発力は黒の剣士や白の剣士すら上回り、SAO最強の聖騎士すらも一目置いていた程。

 

「は、はやっ!?」

 

 結果、明日奈は序盤で一気に3名を引き離して1位でのゴール、2位にはティナが着いた。

 

「ふぅ……リハビリの効果あったねー」

「いや、ホントにリハビリ明けの人間の瞬発力なのかしら」

「筋トレもしてるからねぇ」

 

 でなければ明日奈の歳不相応に整った抜群のスタイルを維持出来る訳が無い。彼女の持つ並のモデルや女優すらも霞む程のスタイル維持は、やはり大変なのだ。

 当然、その筋トレの影響は運動神経にも出ていて、昔とは比べ物にならない程の運動神経を明日奈は手に入れていた。

 

『いやぁ、結城さんのスピード、凄かったですねぇ』

『それはそうよ、明日奈さんは瞬発力に関しては学年1位と言っても良いし、足も速いというか……そうね、身体の動かし方が上手なのよ』

『身体の動かし方?』

『そうね、薫子ちゃんは走る時にどんな風に身体を動かしたら速く走れるかって考えて走った事はある?』

『それは、まぁ一度くらいは。腕の振り方とか足の幅とか?』

『明日奈さんの場合、それを考えずに自然と上手に動かせるのよ、それも日常的に』

 

 楯無の言う通り、明日奈は幼い頃から良家の令嬢という立場から作法というものを叩き込まれてきた。それこそ綺麗な作法を意図しなくとも出来るように。

 勿論、それならお嬢様と呼ばれるような者なら誰でも出来るのではないかと思われるが、明日奈の場合は桁が違う。

 彼女の作法を厳しすぎる程に鍛え上げてきたのは母であり、明日奈の母は元々は田舎出身だったという事もあってか結城家という良家に嫁いで苦労してきた分、娘の明日奈には礼儀作法について鬼の様に厳しかった。

 一切の妥協を許さず、国内最高レベルの礼儀作法を明日奈に身に付けさせるべく教育してきた成果は、こうして明日奈が身体の動かし方を場面に合わせて自然と上手に行える程になったのだ。

 

『ほほう……さて、そろそろ100m走も終わりのようですね。続いての競技は!』

『200m走と400m走よん♪』

 

 200m走は百合子と箒が出場する競技、400m走は和人、シャルロットが出場する競技だ。

 

「百合子! 箒! 今日は負けないわよ」

「鈴……200m走だったんだ」

「ホントは100mの予定だったんだけどね、事情があって200mの方に移ったのよ」

「なるほど、ならば相手にとって不足は無いな百合子、どうやら直接対決はお前のようだ」

「うん、負けない」

 

 鈴音の隣には百合子が、その後ろには箒が次の走者として立っている。しかし、と鈴音は箒と百合子を交互に見つめた。

 

「それにしても、あんた達って随分と仲良くなったわね」

「む、まぁ確かに前は一夏の件で私が一方的に嫌っていたが……」

「今は仲良いよね」

「うむ、この前なんか学園の喫茶店で一緒にケーキを食べにも行ったな」

「タッグを組んだのが良い方向に向かったのかしら?」

 

 最近の1年生女子ALOプレイヤー組みは仲の良いペアが決まってきている。鈴音とセシリア、シャルロットとラウラといった感じに、箒と百合子、明日奈と簪といった具合だ。

 

「そろそろ私と鈴の番」

「そのようね……負けないわよ」

「ん」

 

 200m走、スタートラインにて百合子と鈴音を含めた1組から4組までの生徒がクラウチングスタートの体勢に入る。

 方や専用機を持つ代表候補生、方や同じ専用機持ちであってもSAO事件の被害者という事で2年間眠りっぱなしだった元寝たきりの企業代表のテストパイロット、お互いに訓練やリハビリで身体を日常的に動かす者同士、一般生徒の3組や4組など眼中に無いようだ。

 

「よーい!」

 

 ピストルが鳴った瞬間、鈴音と百合子が真っ先に飛び出した。

 序盤は百合子が制したものの、50m付近の段階で鈴音が抜いてトップを走り、150mまではそのままだったが、そこから百合子が更に追い上げて鈴音と並ぶ。

 

「っ!」

「負ける、かぁ!!」

 

 並んだ状態では胸囲の差で百合子が勝ってしまう。己の貧乳を理解している鈴音は最後の力を振り絞って僅かに百合子の前に出た。

 

「いよっしゃあああ!!!!」

「負け、た……はぁ、はぁ」

 

 鈴音のラストスパートによって、結果は鈴音が1位、百合子が2位に終わった。

 この後、箒の番になったが、箒自身は運動神経で言えば一般生徒よりも高い為か問題なく1位でゴール、これで点数的には1組が総合1位で2組と4組が僅差で追い駆けている状態だ。

 

「次は俺とシャルだな、俺達二人で1位を独占すれば総合で1組が圧倒できる」

「うん、頑張ろう!」

 

 遂に全校生徒が待ち望んだ男子生徒の出番が来た。

 中性的な顔とクールな性格、そして優しさを感じさせる雰囲気が人気を博している男子、桐ヶ谷和人はしなやかな四肢の筋肉をTシャツ短パンで晒しながらゆっくりストレッチをしている。

 そんな姿に女子生徒達は黄色い歓声を上げていて、1組の席では一人の生徒が専用機の撮影機能をフル稼働させながら和人の姿を撮影していた。

 

「きゃーー!! キリト君カッコイイよー! キリト君ステキだよー! キリト君愛してるよー!!」

「ちょ、明日奈さん落ち着いてくださいまし!」

「うぅ、キリト君の二の腕、太もも……hshs」

「だ、誰かー! 明日奈さんが変態さんになってしまいましたわー!? ゆ、ユイさんはいらっしゃいませんの!?」

『パパー! パパカッコイイですー! パパ大好きですー!!』

「親が親なら子も子でしたわ!?」

 

 ガッデム! と言わんばかりにセシリアが絶叫しながらも何とか明日奈とユイを落ち着かせようとしているものの、効果は無さそうだった。

 そして、結果としてシャルロットと和人がそれぞれ1位になったとき、明日奈とユイのテンションが天元突破してしまい、発見されたセシリアがグロッキー状態になっていたのは言うまでもない。

 

「セシリア、大丈夫か……?」

「バカップル……こわいですわ」




次回は軍事障害物競走に出場するセシリアとラウラ、本音のお話と、ついに始まるコスプレ競争……中の人ネタが溢れます。一夏以外は。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七話 「真のコスプレとは」

大変、たいっへんお待たせしました!!
トラブルなどもあり、中々執筆が進まなかったのですが、ようやく書き終わりました。
次回は、いつになるかな……ちょっと、仕事で宮古島まで2週間ほど出張しなければならないので、遅れるのは確定です。


SAO帰還者のIS

 

第百七話

「真のコスプレとは」

 

 午前最後の競技は軍事障害物競走だ。内容としては普通の障害物競走に軍事らしくライフルの組み立て、組み立てたら的を狙って射撃が加えられたものであり、足の速さだけではなく銃の組み立て技術や射撃技術までもを必要とする中々に難しい競技なのだ。

 

「お~い! おりむ~!!」

「んぉ? おお、のほほんさんだ」

「わたし~、この競技なんだよ~」

「そっか、頑張れ」

「えへへ~、頑張るよー」

 

 軍事障害物競走に参加する一組の生徒は布仏本音、夜竹さゆか、国津玲美の三人だ。

 因みに結果だけを言うなら夜竹は3位、玲美は2位でゴール、そして本音はライフルの組み立てこそ瞬時に終わらせて1位になったかと思われていたものの、彼女の狙撃能力の皆無さが原因で全く的に中らず、結果的に本音は最下位ゴールとなってしまった。

 

 

「これで四組に追い付かれて、二組には僅差で抜かれたか……不味いな、この後の仮装競争で何とか挽回せねば」

 

 昼食を終えて午後の競技が始まる前、一組の席で得点板を見つめていた一夏はそう呟くと、膝を叩いて立ち上がる。次の競技は今言った仮装競争……つまり、一夏が出場する競技だ。

 

「織斑一夏、出陣する!」

 

 肩に掛けてあったジャージの上着を投げ捨てていざ、一夏は戦場(グラウンド)へと歩みを進めた。

 それは正に命を賭して戦う戦士が己の戦場へと向かうが如く。

 

「こらこらーナツ君、熱血禁止だよー」

 

 もっとも、直ぐに後ろから明日奈にハリセンで打っ叩かれてしまって鎮火してしまったのだが。

 

 

 グラウンドのスタートラインに立ったのは一夏を始めとする一年生の専用機持ち全員だった。まさか、鈴音と簪までもがこの仮装競争に出場するとは思わなかったが、だが三組が出場していない上に二組からは鈴音だけ、四組からは簪だけならば、勝率は上がる。何故なら一組は専用機持ち全員+ラウラが出場しているのだから。

 

『あ、因みに一夏君ってば勘違いしているみたいだから言うと、仮装競争に得点は入らないわよん』

「っ!? な、なんですと!?」

『当たり前じゃないの、数を数えなさいな』

 

 確かに、一組の人数が圧倒的に多いのに得点を与えてしまっては、余りにも一組に有利過ぎる。

 

『え~この仮装競争はあくまでレクリエーションみたいなものとお考えください。では、全員揃った所で競技説明に入ります』

 

 薫子が一夏と楯無のやり取りに呆れつつ手元の紙に書かれているルール説明を読み始めた。

 内容は簡単、全長500メートルの徒競走になっており、50メートル地点に設置してある仮装ボックスの中に入る。中にはそれぞれが用意したコスプレ衣装が入っているので、そこで着替えて着替え終えた者からボックスを出て残りを走り切るというものだ。

 因みに本来はくじ引きをして他人が選んだコスプレを着るという内容になっていたのだが、それを知った一夏からの猛反発を受けて楯無が泣く泣くルール変更をしたらしい。

 

「それでは位置に着きましたね~」

 

 スタート台には真耶が立っており、ピストルを天高く向けている。スタート位置には既に一夏達が立ち並んでおり、スタートの構えに入っていた。

 

「よ~い……っ!」

 

 パンッ! という小気味良い音と共に各者が一斉に走り出す。

 先ず最初に前に出たのはやはりと言うか、瞬発力に最も優れた明日奈だ。それを追う形で鈴音と箒が続き、ラウラと一夏、和人、セシリア、シャルロット、簪、百合子の順番で続く。

 

「っ!」

 

 そして、明日奈が自分の名前が書かれたボックスの入り口に飛び込んだ直ぐ後に、後続の全員が同じようにそれぞれの名前のボックスに入った。

 中からは服を脱ぐ音やゴソゴソとしている音が聞こえるので、全員着替えを行っているのだろう。

 

『さぁーて! 全員ボックスに入りました!! さてたっちゃん、皆はどんなコスプレをするのでしょうねぇ?』

『さぁ? でもそんなに変なコスプレじゃないと……思いたいわ』

 

 そう言えば一人変なテンションなの(一夏)が居た事を思い出したのか、楯無は特に一夏がどんなコスプレを披露するのか気が気ではなかった。

 そんな中、真っ先に着替え終えてカーテンから飛び出してきた者が一名、鈴音だ。

 その小柄な身体を包む衣装は黄土色のブレザーと白いブラウス、茶色のチェックのスカートに胸元の赤いリボン姿、そしていつものツインテールをやや後ろにリボンではなくゴムで結っている。

 

「やっほ~! 津田コトミで~す! 好きな科目は保健体育の保健の方です!」

『や、やりやがったぁ~!!!? こ、これガチのコスプレ!? え、マジ!?』

「おい、待たんかコトミ!」

『って、また一人ガチ!?』

 

 続いて出てきたのは最初の一人と同じ制服姿に身を包む箒だった。ポニーテールを下ろしてストレートヘアーにした姿で、普段と変わらぬ凛々しさを感じさせる。

 

「む、桜才学園生徒会長、天草シノだ。よろしく頼む」

『何なのこの二人!? マジでなんなの!?』

『あらシノっち、元気そうね』

『たっちゃん!? って、あんた誰!?』

『あら、私? 英稜高校生徒会長の魚見です』

 

 何故か薫子の隣に座っている楯無が箒と鈴音のコスプレを見ていつの間にか自身までコスプレをしていた。

 そんな愉快な事になっている実況席はさておき、次々と選手がカーテンの向こうから出てくる。

 

「じゃじゃじゃ~ん!、乃木さん家の園子で~す」

「そのっち、挨拶は後よ。早く走らないと」

「あ~、待ってよ~わっしー」

 

 紫色の戦闘服らしき衣装に身を包むシャルロットと、同じく白と蒼の戦闘服らしき衣装を見に纏う簪、それぞれ手には槍と狙撃銃を持っていた。

 

「ナンバーズⅤ、チンク・ナカジマ出るぞ!」

 

 出てきたラウラはというと、青いボディースーツの上に外套を羽織り、いつもの眼帯を逆の目に着けて出てきた。

 

「行くぞ、東洋方面第一巡航艦隊旗艦、大戦艦コンゴウ出撃」

 

 ラウラの後から出てくるのはいつもの金髪をピッグテールにして、漆黒のドレスを纏ったセシリアだ。

 その冷たい眼光に睨まれれば、一部の人間にはご褒美待った無しである。

 

「否定するわ~、こんな格好で出てくる自身を、私は否定するわ」

 

 更に、黒い着物姿の明日奈が花の付いた扇子片手に登場、その表情は普段の彼女からは信じられない程に皮肉気だ。

 

「ほらさっさと走れましろ!」

「空太、強引だわ」

「強引でも何でも頼むから走ってくれ!! 走ってくれたら今度ハシモトベーカリーの究極メロンパン食わせてやるから!」

「遅いわ空太」

「って、走れるなら最初から走れぇええ!!!」

 

 謎の掛け合いと共に登場したのは青いのブレザーと赤いネクタイ姿の和人と百合子だ。

 普段のクールな一面はどこに行ったのやら、ツッコミにキレのある和人と、どうにもやる気の見られない無表情な百合子という、珍しい姿がそこにあった。

 

『え~、本気でガチなコスプレを見せる方々ばかりですが……おっとぉ? 織斑君はまだ出てこないのか?』

『いいえ、来たようよ』

 

 楯無がそう言うや否や、閉じたままだったカーテンが開き、中から一人の人物が姿を現した。

 

「騒がしいぞ、貴様ら!」

『って、織斑先生!?!?!?』

 

 何と、出てきたのは一夏ではなく、黒いスーツ姿の千冬だった。一夏が入ったはずのボックスから何故千冬が出てくるのか、と思った生徒達だが、教員席を見て驚愕する。

 何故ならそこには、白いジャージ姿の千冬が目を見開いて、珍しく驚愕した表情で椅子に座っていたのだから。

 

『え、あそこに織斑先生が座ってる? え、でもボックスから出てきたのも織斑先生で……えええええ!?』

 

 織斑一夏、彼のお得意とする十八番のコスプレは……実の姉のコスプレだった。しかも、本人瓜二つ、声まで同じにするなど、謎のこだわりを見せていた。




さて、コスプレ内容ですが。
箒→天草シノ
セシリア→コンゴウ
鈴音→津田コトミ
シャルロット→乃木園子
ラウラ→チンク・ナカジマ
簪→東郷美森
明日奈→否定姫
百合子→椎名ましろ
和人→神田空太
一夏→織斑千冬

因みに、一夏が千冬の声を出しているのは、メラニー法をこの為だけに習得して千冬の声真似を練習したからという謎のこだわり設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八話 「チームワーク最高峰、最後のリレー対決」

な、何とか出張前に一話だけ書き上げられた。


SAO帰還者のIS

 

第百八話

「チームワーク最高峰、最後のリレー対決」

 

 完成度の高い千冬のコスプレをした一夏、しかしその姿は最早コスプレというより変装と言って差し支えないレベルで、本物との身長差と肩幅くらいしか違いが見分けられないというのは、姉弟だからこそなのだろうか。

 結局、仮装競争は着替えを最初に終えた鈴音が1位という形で終わり、今は全員が一夏の周りに集まっていた。

 

「……相変わらず、アンタのそれって変装レベルね」

「これが、鈴さんの仰っていた……」

「きょ、教官と殆ど見分けられないとは見事だ」

 

 鈴音は前々から知っていたので然程驚かないが、今回初めて見る面々は一様に驚きと好奇心に満ちた表情で一夏(千冬ver)を観察している。

 

「興味を持つのは良いが、そろそろ着替えろよ。次の競技に遅刻でもしてみろ、グラウンド100週を言い渡す」

 

 千冬の声でそう言うと、特にラウラが思いっきり反応した。最早彼女の場合は条件反射なのだろうが、声真似でここまで反応するという事は、それだけ完成度が高い証拠だ。

 

「Zzz……Zzz……Zzz……」

「ちょ、シャルロット……起きて、着替えないと」

「ん~……わっしー、だめだよ~。それはミノさんの醤油ジェラートだよー……Zzz」

「……そのっち、起きなさい。着替えないとそのっちの分の牡丹餅、食べちゃうわよ」

「っ!? わわわっ! お、起きてるよ~!」

 

 一夏達の後ろでそんな愉快なやり取りもあったが、兎に角競技は終わりだ。全員着替えを済ませて自分達のクラスの席に戻った。

 当然だが、一夏はクラスメート達に囲まれたのは言うまでもないだろう。

 

「ねね、織斑君、今度先生の格好で教壇立ってみてよ!」

「うんうん、違和感無いかも!」

「それなら山田先生にあの格好で声掛けて貰って気付くか試してみたいよね~」

「あはは……また今度な。それより次の競技は何だっけ?」

 

 次の競技を確認しようと一夏がプログラム(今時珍しい紙製)を取り出そうとしたら、後ろからプログラムを差し出された。

 振り返ってみれば和人が後ろに明日奈を引っ付けているではないか。

 

「次、俺達のチームリレーだってさ」

「お、なら連続ですね。でもまぁ、俺達にチームプレーなら、これくらいの疲労は丁度良いハンデか」

「そう思うか?」

 

 見てみろと言って和人が指指す先では、2組の鈴音とティナ・ハミルトン、4組の簪、それから3組も専用機持ちではないもののメキシコ代表候補生の生徒が代表としてストレッチを開始していた。

 

「どのクラスもこのリレーの大量得点を狙って本気(ガチ)メンバー揃えてるぜ」

「へぇ……でも、キリトさん」

「ああ」

「「負けるつもりは無いけどな」」

 

 男二人、ニヒルに笑って拳をぶつけ合った。そんな二人の様子を、それぞれの恋人達は、見惚れたように見つめているのは、最早1組ではデフォというべきだろう。

 

 

 クラス対抗チームリレー、各クラスから4人の代表選手を選び、2000mを走るリレー競技だ。一人500m、個人が走る分には大した距離ではないので、注視すべきはやはりバトンパスだろう。

 チームの息が合っていなければバトンパスは上手くいかない。万が一バトンを落としてしまえばそれだけで他チームから大きく引き離されるというロスが発生するのだ。

 

「まぁ、SAOで大体この4人パーティーばっか組んでた俺達なら、チームワークなんて今更だな」

「一番手はわたしが、次にユリコちゃん、ナツ君、そしてキリト君、この編成で良いんだよね?」

「ええ、血盟騎士団同士息の合っているアスナさんとユリコなら確実にバトンパスも上手く行くはず、んで俺とユリコも言わずもがな、キリトさんは」

「何気にナツとパーティー組んだ回数はアスナと同等だからな、それなりに息は合ってる筈だ」

 

 一番手は瞬発力の高い明日奈が勤めて序盤から一気に他クラスとの距離を稼ぎ、二番手の百合子がペースを維持、三番手の一夏で更に引き離してアンカーの和人がそのままゴールする。

 これが今回のリレーにおける1組の作戦だ。バトンパスの事も視野に入れれば、恐らくこれが一番確実で、勝率が最も高い作戦だろうとユイのお墨付きだった。

 

「それでは、これよりリレーの開始ですので、各選手は所定ポイントまでお願いしまーす!」

 

 真耶がスタート台に立ったのを確認して、各々が自身の持ち場へ移動した。

 チラッと一夏が他のクラスのメンバーに目を向けてみれば、2組は1番手にティナを、アンカーに鈴音を入れているのが見えて、4組は意外にも簪が1番手だった。

 

「色々考えてるな……だけど、負けるつもりは無い」

 

 このリレーで1組が勝てば、僅差ではあるが2組が2位になったとしても逆転出来る。何としても、このリレーで負けるわけにはいかないのだ。

 

 

 各クラス代表がそれぞれのスタート位置に立った。右手にバトンを持ち、静かにクラウチングスタートの体勢に入ったのを確認した真耶は右手に持ったピストルを天高く掲げる。

 

「それでは、よーい!」

 

 全員の形の良いヒップが高く上げられ、下半身の爆発力を高めるために全神経を集中……そして。

 

「っ!」

 

 小気味の良い渇いた破裂音と共に1組から4組までの第一走者が一斉にスタートした。

 先ず、先頭を走るのは持ち前の瞬発力を活かして瞬時にトップへと躍り出た明日奈、その後ろにティナが続き、簪、そして3組の選手が続く。

 

「……っ! ここ!!」

 

 順位をそのままにコーナーへと差し掛かった時、簪が仕掛けた。比較的小柄な体型を活かして身体を屈めながらコーナー内角へと入り、そのままティナを抜かして明日奈へと迫る。

 だが、明日奈も当然だが内角側を走っているので、簪が明日奈を抜くには外角へと出る必要があるが、コーナーで外角から内角側の人間を抜くのは容易ではない。

 

「んっ! 明日奈さん、流石……っ!」

 

 簪は明日奈を抜く事を諦めて、このまま2位で次のクラスメートにバトンを託す選択をした。兎に角、後ろから追い上げてくるティナに抜かれない事を意識しながらストレートを走る。

 

「ユリコちゃん!」

「……」

 

 第一走者が第二走者に近づいた。最初にゆっくり走り出したのは百合子で、左手を後ろ手に明日奈へ顔を向ける。

 

「スイッチ!!」

「っ!」

 

 掛け声と共に、百合子の左手にバトンが当たった瞬間、百合子がバトンを握り、明日奈が手放す。完璧なタイミングで行われたそれは、二人の速度を落とす事無く、一切のロス無しで百合子へとバトンが送られた。

 

「っ! 行って」

「任せたわ!」

「GO!」

 

 続いて簪、ティナ、3組の生徒がバトンパスを終えて第二走者が走り出した。

 第2走者達のレースは、簡単に言えば第一走者の延長線といった所だろう。順位は変わらず、百合子が一位のままコーナーを走りきってストレートへ入ると、そのまま一夏の背中が見えてくる。

 

「ナツ!」

「ああ……っ」

 

 一夏がゆっくり走り出して右手を後ろ手に差し出した。百合子は左手のバトンをそのまま一夏の右手へと差し出し……。

 

「スイッチ!」

「行くぜ!!」

 

 明日奈と百合子の時と同様、完璧なタイミングで行われたバトンパスによってロス無く右手にバトンを持った一夏が全力で走り出した。

 ALOにおいて、高速戦闘の貴公子と呼ばれる程、速度に秀でた戦闘を得意とする一夏は、当然だがリアルでも足の速さには相当意識して鍛えている。

 速度を重視した戦いをする自分がリアルでは、ISを降りたら足が遅いなど笑い話にもならないからと、それこそ陸上のスプリンター並の練習量を自身に課して鍛えてきた。

 いや、お前もうそれリハビリじゃないだろ、などと言われながらも鍛え抜いた一夏の脚力は、今正に、ここで発揮される。

 

「このまま……っ!」

 

 一気に後方の選手達との距離を引き離し、トップを独走する一夏は、コーナーを素早く駆け抜けてストレートへと躍り出る。

 視線の先には既に和人が構えていて、左手を後ろ手に差し出しているのが見えた。

 

「キリトさん!!」

「ああ」

 

 和人がゆっくり走り出した。それを見て一夏も右手のバトンを差出ながら速度を上げて和人の背中に追いつくと、バトンを和人の左手に当てる。

 

「スイッチ!!」

「っ!」

 

 言うまでも無いが、完璧なタイミングでバトンパスが行われ、和人が一気にトップスピードへとギアを上げた。

 このまま行けば間違いなく1組が一位のままゴール出来る。そう思って安心して和人の背中を見送った一夏だったが、いつの間にか4組を抜いて2位になっていた2組の第三走者からアンカーの鈴音へとバトンが渡り、彼女が走り出した事で驚愕する事となった。

 

「ぬぅおおおおりゃあああああああああ!!!!!」

「なっ!?」

 

 女子としてそれはどうなんだ。という雄叫びと共に鈴音が物凄い速度で走り出してどんどん和人との距離を縮めているではないか。

 和人もそれに気付いて更に速度を上げるが、距離が縮む方が圧倒的に早い。

 

「くっ!」

「まぁけるかぁあああああああ!!!」

 

 コーナーを出て、最後のストレートに差し掛かった時には二人は並走状態、追い付く為にスタミナを使いすぎた鈴音はこれ以上速度が上がる事は無かったが、それでも油断すればゴール直前で逆転される。

 

「負けないわよ和人!」

「……ああ、だけど」

 

 フッと、和人が意味深に笑う。

 

「スタミナを使いすぎたな、鈴」

「なっ!?」

 

 最後の最後で、スタミナを残していた和人がゴール直前、身体一つ分だけ鈴音より前に出てゴールテープを切った。

 

『やったー!! パパが勝ちました!! パパー!! 格好良いですーー!!』

「ああもう、ユイさん落ち着いてくださいまし!」

 

 呼吸を整える和人の耳に愛娘の声が聞こえて、そちらに目を向けてみれば束からユイの投影用端末を預かったセシリアの傍で愛する娘がチアガール姿で和人に手を振っているのが見えた。

 折角の愛娘の声援だ、これに応えるのが父親というものだろうと、和人もユイに向かって手を振れば、彼女は愛らしい満面の笑みを浮かべてくれる。

 

『やっぱり、ユイのパパは世界一格好良いです!』

「はいはい、全くもう……馬鹿親子ですわね」




次回はまた未定です。
一先ず出張で宮古島へ行きますので、暫くは無理ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九話 「潜入」

お待たせしました。
体育祭編もいよいよ終わりに近づいて参りました。


SAO帰還者のIS

 

第百九話

「潜入」

 

 特に問題らしい問題も無く、無事に体育祭は終了した。何気に中断する事無く最後まで終えることの出来た学園行事は、この一年で数える程しか無い気がするが、それを考え出すとキリが無い。

 体育祭の優勝は1年生が1組、2年生は3組、3年生は4組という結果になり、優勝クラスの生徒達は各々が後日祝勝会を行うという話になり解散した。

 そして翌日、一夏は夏奈子を百合子に任せて一人で学園の外に出てきていた。目的は先日和人が指輪を購入したという店、そこに一夏も予約を入れていて、今日はその店へ行く日なのだ。

 

「よし」

 

 学園から買ったばかりのバイクでレゾナンスまで来た一夏はバイク用のコインパーキングにバイクを停めてキーを抜くと目的のジュエリーショップへ向かって歩き出した。

 因みに一夏が購入したバイクはギルバートの伝で中古ディーラーから紹介されたKAWASAKIのNINJA250というバイクの白。

 正直、最初は和人の様にオフロードを買う予定だったのだが、一目見て気に入ったのがこのNINNJAというフルカウルだったので、予定を変更してこっちを購入したのだ。

 

「さてと、確かこっちだよな」

 

 ナビを頼りに暫く歩いていると、目的のジュエリーショップを見つけた。店内に入って予約していた織斑だと伝えれば店員は営業スマイルを浮かべてガラスケース前に案内してくれる。

 

「ご予約の際に伺ったご希望が婚約指輪というお話でしたので、当店で見繕った品をいくつかご紹介させて頂きます」

「お願いします」

 

 そう言って店員が奥から持ってきたのは3種類の指輪だった。

 一つはプラチナの繊細なリングにラウドブリリアントカットされた0.1カラットのダイヤの指輪、これはティファニーというメーカーのものらしい。

 もう一つは18金のリングに0.05カラットのハートシェープのダイヤがあしらわれた指輪、最後にプラチナリングに無数のダイヤと中央にエメラルドがあしらわれた指輪だ。

 

「最初の、この指輪だと金額はどれくらいに?」

「ティファニーの指輪ですね? こちらですと……26万4千円となります」

「ふむ」

 

 幸い、懐事情は然程厳しくないので、提示された値段を払う分には問題無い。ならばと、一夏はサイフから黒いクレジットカードを取り出して差し出す。

 

「これを、一括で」

「あ……えっと、失礼しました。ご購入ですね? ありがとうございます」

 

 明らかに未成年の一夏が所謂ブラックカードと呼ばれる物を出して学生には大きすぎる値段を一括というのに面を食らった店員だが、そこはプロとして表には出さず営業スマイルより一層輝かせながら支払いへと進んだ。

 

 

 店を出た後、一夏は小腹が空いた為、適当な屋台ワゴンを見つけてホットドックを購入、行儀が悪いとは思いつつ食べながら歩き、コインパーキングへ向かおうとしていたのだが、そこで見知った顔を見つけた。

 

「何やってんだあの人……」

 

 一夏の視線の先には水色の髪が特徴の少女がコソコソと物陰に隠れている姿があった。

 言うまでも無くIS学園生徒会長の更識楯無なわけだが、気になったのは偶然にも姿を見つけたからこそ認識出来ているものの、随分と気配が薄い事だ。

 

「楯無さん、態々気配殺して何してんすか?」

「っ!? い、一夏君!?」

 

 同じように気配を殺して楯無の後ろへ回り込み、声を掛けてみれば案の定、驚きと共に楯無が振り返った。……その際に手刀を貰いかけて防御する羽目になったが。

 

「もう、気配殺して後ろから声掛けるなんて悪趣味よ?」

「すんません、つか気配殺してる楯無さんに言われたくないっす」

「そ、それはその……ああ、もう!」

 

 何かを諦めたように溜息を零した後、楯無は無言で視線だけアーケードに向けて一夏に見るようサインを出す。

 一夏も気配を殺したまま楯無の視線の先へと目を向けてみれば……。

 

「あれ、確かアメリカ国家代表の……」

「ええ、イーリス・コーリング代表よ。しかも、来日してるなんて情報は一切無し。入国記録も無いわ」

 

 二人の視線の先に居たのは、アメリカの国家代表IS操縦者にしてアメリカ製の第3世代型IS“ファング・クエイク”1号機の専属操縦者だ。

 彼女は現在軍服ではなくラフな私服姿でアーケードの街並みに目を向けながらウインドウショッピングを楽しんでいる。

 

「入国記録が無いって、つまり不法入国って事ですよね?」

「ええそうね、そうなるわね。それよりも問題は、何の目的でって事よ」

「この前の騒ぎでアメリカの特殊部隊が学園に潜入してきたから、その救助とか?」

「可能性としては考えられるけど、もっと別の事かもしれないわ」

 

 一夏か和人の誘拐、それが目的ではないかとも可能性としては考えられる。

 

「実は、既にこの近くの臨海公園から沖へ30kmの太平洋上にアメリカ国籍の秘匿空母が停泊しているわ」

「それはまた……アメリカの秘匿空母にアメリカ国家代表の不法入国、関係性ありますよって言ってるようなもんじゃないですか」

「そこで、この後なんだけど……お姉さん、その空母に潜入するつもりなのよね~」

 

 一夏君も来る? などと気軽に聞いてくる楯無に苦笑しつつ、一夏は残っていたホットドックを飲み込んで軽く頷いて見せた。

 

 

 夕方になり、一夏と楯無は臨海公園に来ていた。そこの林にある茂みの中から楯無は二人分のダイバースーツと酸素ボンベ付シュノーケル、足鰭を取り出して片方を一夏に渡す。

 

「何でこんなモンを」

「実家に連絡して用意して貰ってたのよ」

 

 太い木を挟んで着替えながら二人は話をしていた。脱いだ服は専用機の格納領域に収納してISスーツの上からダイバースーツを着込む。

 

「一夏君、君……30km泳げる?」

「無理っす」

「だよねー」

 

 そこで用意されたのが個人用小型潜水機、低音モーターの力で潜水しながら海中を進めるスパイご用達の一品だ。

 

「へぇ、便利な物があるんですね」

「今なら交換用モーターをセットで付けて398,000円よん♪」

「通販か!」

 

 そんなやり取りをしながら二人は潜水を開始、海中から沖合い30kmに停泊するアメリカの秘匿空母を目指した。

 

 1時間程の潜水を楽しんだ後、二人が空母に到着して気配を殺しながら潜入すると、まずは近くの調理室へと潜り込んだ。

 

「ところで、態々危険を冒してまで潜入した目的って何なんですか?」

「……そうね、君には話しておくべきかしら」

 

 楯無が言うには、アメリカは亡国機業(ファントム・タスク)の情報を握っているという話だ。IS学園でも度重なる襲撃で構成員などの情報を僅かに持っているが、アメリカが握っているのはそれを遥かに上回るのだという。

 

「なるほど、それは確かに欲しいですね」

「でしょう? でも基本的に軍事機密扱いだから素直にアメリカが渡す筈も無い。なら……」

「渡すつもりが無いなら奪っちまえって訳ですか」

 

 “正解♪”と書かれた扇子を開いて笑顔を見せる楯無に呆れつつ、一夏は格納領域に収納していたコルト・ガバメントを取り出してセーフティーを外す。

 更に夏奈子が持っていた物を預かったままになっていたベレッタM84を楯無に渡した。

 

「銃、使い方は大丈夫ですよね?」

「あら、これでもIS学園2年生よ?」

「なら安心です」

 

 そう言いながら白兵戦用トワイライトフィニッシャーを取り出した一夏は完全に白兵戦モードだ。

 

「それにしても、妙だと思わない?」

「潜入してから調理室に来るまでに誰とも会わなかった事が、ですか?」

「ええ、いくら秘匿空母とはいえ、このサイズの空母なら乗員が結構いる筈よ……なのに人の気配がまるで無い」

 

 運が良いのか悪いのか、果たしてどちらなのか。

 

「おお~い! 腹減ったぞー、何か作ってくれー」

 

 やはり悪いらしい。調理室に人が入ってきた。

 咄嗟に身を隠した二人は影からこっそり入ってきた人物の顔を確認してみれば、そこに居たのは先ほど街で見かけたイーリス・コーリングだった。

 思ったとおり、彼女とこの空母は繋がっていた。街で見た私服姿ではなくISスーツらしき姿である事からも容易に想像出来る。

 

「んだよ、誰もいねぇのか……いや、鼠が二匹居るじゃねぇか」

 

 気付かれた。銃を構えた一夏と楯無は互いにアイコンタクトをして楯無は出口へ向かい、一夏はイーリスの前へと飛び出した。

 

「よう、初めましてだな……織斑一夏」

「ああ、初めましてイーリス・コーリング、ちょっとお邪魔してるぜ」

「お邪魔するときはちゃんと玄関からインターフォン鳴らして入って来いよなぁ、ったく」

「そいつは済まなかったな、何分アンタみたいな美人が居るって聞いて緊張しちまったんだ」

「そうかい、お前さんみたいな色男に美人って言って貰えるたぁ光栄だね」

 

 それ以降、会話は無かった。

 方や銃と剣を構える少年と、拳を握り締めて構える女性、二人の間にあるのは互いを倒すという意思のみ。

 

Well then, will you fight?(じゃあ、戦るか?)

Of course!(勿論!)

 

 そして、同時に動き出した二人の姿が光に包まれ、次の瞬間。

 

「オラァアアアア!!!」

「シッ!」

 

 ファング・クエイクを展開したイーリスの拳と、雪椿を展開した一夏の剣がぶつかり合った。




次回、亡国機業(ファントム・タスク)から二人登場、原作知ってる人なら誰が来るかわかりますよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十話 「モノクローム・アバター」

お待たせしました。
ようやくモノクローム・アバターの名前が出せた。


SAO帰還者のIS

 

第百十話

「モノクローム・アバター」

 

 一夏とイーリスの激突は、剣と拳のぶつかり合いだった。

 純白の装甲に蒼い翼を羽ばたかせる雪椿が握る白の剣、トワイライトフィニッシャーⅡの刃がタイガーストライプカラーのファングクエイクの無骨な拳とぶつかる度に火花が散る。

 船の中にしては広いが、IS同士の戦闘フィールドとしては狭い調理室の中で壁や天井をも足場にしながら二人は剣と拳を交えては離れを繰り返し、その都度調理道具が散乱して宙を舞った。

 

「チッ、狭すぎんだろ此処は」

「なら、戦いやすい場所にエスコートしてやるよ!」

「っ!! 何っ!?」

 

 トワイライトヒーリングがライトエフェクトによって輝き、三本の軌跡が爪痕のように壁に刻み込まれる。

 その次に雪椿の非固定浮遊部位(アンロックユニット)の一部が分離、展開装甲のエネルギーを放出しながら分離したパーツがBT兵器のような遠隔操作ユニットとなってエネルギー砲を発射した。

 これこそが雪椿の遠距離広範囲攻撃用の自立機動型遠隔操作兵装“雪走”だ。

 

「おいおい、一気に外まで風穴開けるなんざ、どんだけ出力高いんだよ」

「……今、初めて使ったから自分でも驚いてるよ」

 

 雪走を戻し、壁や船の装甲板が融解しているのを引き攣った顔で眺めながら気を取り直して外へ飛び出した。

 イーリスも一夏を追って外へ飛び出し、二人の戦いの舞台は屋内から屋外へと変わる。

 

「へっ! 外に出ちまえばこっちのモンだぜ!」

「それはこっちの台詞だ!」

 

 外に出た事で行動の制限が無くなったイーリスは先ほどまでは使わなかった個別連装瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)で一夏を翻弄しようとしたのだが、個別連装瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)が使えるのは、イーリスだけではない。

 

「なっ!?」

「悪いな……コレ(・・)、俺も使えるんだよ」

 

 そう、一夏と雪椿もまた、個別連装瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)を使える。しかも、イーリスが成功率40%なのに対し、一夏は既に80%オーバーをキープしているのだ。

 

「テメェ、本当に素人なのかよ……これだから嫌になるぜ、天才って奴ぁよ」

 

 まだISに乗り始めて1年も経ってない人間に、自身ですら成功率が半分に満たない切り札を簡単に使いこなされる現実に、イーリスは理不尽だと感じつつ、そんな天才を相手に戦える事に楽しみを見出していた。

 この天才は、次は何を見せてくれるのか、どれほど楽しませてくれるのか、それがイーリスの好奇心を刺激してならない。

 

「さあ、アタシをもっともっと楽しませてくれよ! 織斑一夏!!」

 

 

 一夏とイーリスが戦っている頃、楯無は相変わらず誰にも会う事無く艦内を進み、遠くから聞こえてくる戦闘音を聞きながらセントラル・ルームを目指していた。

 

「変ね、これだけ騒がしくなっているのに相変わらず誰一人として人が出てこないなんて」

 

 先ほども爆発音が聞こえてきたのに、それでも人の動く気配が無い。これだけの規模の空母艦内で、それは普通ならあり得ない。

 

「イーリス・コーリングとこの空母が繋がってるって考えたけど、もしかして本当に唯の偶然だった? 同じアメリカ国籍の艦だから、補給に来ただけだったのかも……だとすると、この艦はもう既に何者かによって無力化されている?」

 

 いや、何者かではない。犯人はおそらく……。

 

「急がないと」

 

 もし楯無の予想が当たっているのなら、動きが早すぎる。もたもたしていると取り返しがつかなくなる可能性があると、駆け足気味にセントラル・ルームへ向かおうとした、そのときだった。

 

『現在、コノ艦ハ自沈装置ヲ作動サセテイマス。乗員ハ、タダチニ退艦シテクダサイ』

 

 直訳すると、そんな内容の英語が放送された。英語に関しては一通り話せる楯無はそれを聞いて冷や汗が止まらなくなった。

 

「冗談……っ! やってくれるわ」

 

 秘匿空母とはいえど、アメリカ国籍の、これだけの規模の空母を、そう簡単に自沈させるなど、いくらなんでも派手にやり過ぎだ。しかも、ここはまだ日本の領海内、亡国機業(ファントム・タスク)のやり方にしては、妙だと言わざるを得ない。

 

「着いた……」

 

 自沈装置が起動している以上、長居は出来ない。手早くコンソールに持ち込んだ端末を繋いでデータを読み込み、閲覧を開始する楯無は一人の人物の名前を検索した。

 

「スコール……ミューゼルっと……っ!?」

 

 以前戦った亡国機業(ファントム・タスク)の女幹部、アメリカ製のゴールデン・ドーンというISに乗っていた女の名前を検索して、出てきた結果を見て、驚愕した。

 何故なら、アメリカ軍の軍籍リストにはスコールの名前は無かったのだが、戦死者及びMIA認定後の死亡扱いとなった者のリストに、その名前があったのだから。

 

「スコール・ミューゼル……12年前の、戦死者ですって? しかも、MIAじゃなく、戦死。遺体の検死結果も、そのときの画像も、ある……でも」

 

 当時のスコール・ミューゼルなる人物の遺体写真を見てみたが、自分が戦ったあの女と比べて、写真の方が若干だが年齢が高く見える。

 もし、これが偽装だったのだとしたら、今のスコール・ミューゼルはもっと老けていないとおかしいのに、むしろ若返っているようにしか見えないのは、どういうことなのか。

 

「っ!」

 

 そうして、食い入るようにデータを閲覧していたからか、楯無は周囲の警戒を怠ってしまった。

 背後に浮かぶ火球が大きくなっていくのに、気付いたとき既に遅く、振り向いた瞬間、楯無諸共大爆発を起こしたのだ。

 

 

 外で戦っていた一夏とイーリスは空母から聞こえた爆発音に気付いて動きを止めた。そしてセンサーにロック警報が表示された瞬間、示し合わせたようにその場を飛び退くと、二人が居た場所を無数のレーザーが通り過ぎていった。

 

「あれは……」

「やっとお出ましのようだな」

 

 一夏とイーリスの視線の先に居たのは、3機のISだった。一つはイギリス製の第3世代型IS、ティアーズ型2号機として作られたサイレント・ゼフィルス、それからアメリカ製の第2世代型ISのアラクネ、同じくアメリカ製の第3世代型ISであるゴールデン・ドーン。

 いずれも、亡国機業(ファントム・タスク)によって盗まれた機体だ。そして、それを操るのは、コードネーム:M、オータム、スコールの三人。

 

「うふふ、これで更識楯無は死んだかしら」

「んじゃ、次はあいつらだな。さっさと殺してISを奪おうぜ」

「今日こそ決着の時だ、織斑一夏」

 

 一夏は三人を見つめながら、周囲を索敵する。彼女たちが居るという事は、あの三人も居る可能性があるのだ。

 

「心配いらないわよ織斑一夏君、君が探している嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)なら既に私達、モノクローム・アバターを抜けて別の幹部の下へ配属されたから」

「別の幹部だと……?」

「ええそうよ、私ことスコール・ミューゼル率いるファントム2、コードネーム:モノクローム・アバターからファントム8の部隊にね」

 

 つまり、この場にあの三人は居ないという事だ。なら、この場は彼女達を片付けるだけで事足りる。

 

「楯無さん、油断しましたね」

「ええ、申し訳ないわ」

 

 振り向かずに声を掛ければ、海中から霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)を展開した楯無が飛び上がってきた。

 

「イーリスさん、すいませんが」

「気にすんな、アタシの任務も奴らの捕縛か抹殺だ」

 

 即席ではあるが、一夏と楯無、イーリスのスリーマンセルが完成した。

 これで3対3、全員が国家代表、もしくはそれクラスの実力者、相手が亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊であっても、簡単に負けはしない。

 

「スコール、オータム、織斑一夏は私の獲物だ。手を出すな」

「ええ、良いわよ。私は更識のお嬢さんに用があるもの」

「チッ、んだよオレの相手はアメリカ国家代表か、萎えるぜ」

 

 それぞれ、相手が決まったようだ。

 楯無とイーリスが己の相手目掛けて飛び出し、向こうも同じように飛んでいく中、一夏とMはその場か動くことなく互いに見詰め合った。

 

「そういえば、貴様にはまだちゃんと挨拶をしていなかったな」

「……何?」

 

 そう言って、Mはバイザーを取り素顔を露わにした。バイザーによって隠されていた素顔、それを見た一夏の表情が驚愕に染まる。

 

「……ち、ふゆ、姉」

「改めて初めまして織斑一夏。私の名はマドカ、織斑マドカだ」

「織斑、マドカだと……?」

「そうだ! 貴様を殺し、そして姉さんを迎えに行く、貴様はこの世に不要の存在となるのだ、織斑一夏!!」

「……迎えに、か」

 

 どうやら、彼女……マドカのバックには、あの二人か、それに近い誰かが居るようだ。

 

「今更、あの人達の事はどうでも良い、か……マドカと言ったな」

「なんだ?」

「俺を殺すとか言っていたが……」

 

 トワイライトフィニッシャーの切っ先をマドカに向け、突刺の構えを取った。同時に、その刀身がライトエフェクトによって輝き、ジェットエンジンの如き爆音を響かせる。

 

「俺を殺すなら、もっと腕上げてから出直せ……小娘が」

「っ! なら、お望み通り殺してやる!!」

 

 マドカが構えたスターブレイカーからレーザーが放たれ、折れ曲がりながら一夏へと迫った。だが、不敵に笑った一夏は、次の瞬間。

 

「ラァッ!!」

 

 己が代名詞、ヴォーパルストライクを雪椿の圧倒的加速により発動、そのまま真っ直ぐマドカの胸元に突き出すのだった。




次回、一夏VSマドカ、楯無VSスコール、イーリスVSオータムとなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十一話 「世界最強の弟と妹」

今回、織斑家のことに触れます。


SAO帰還者のIS

 

第百十一話

「世界最強の弟と妹」

 

 突然だが、ここで織斑家の家庭事情について説明しなければならない。

 古くから近親交配で文武の高い才能を受け継いできた織斑家の現代の当主、織斑百春とその妹の織斑秋十は先代当主である父、織斑四季からの指示で子を作った。それが百春と秋十の間の最初の子、長女の織斑千冬だ。

 だが、織斑家は千冬が誕生して暫くした時に滅亡した。スカイ率いる亡国機業(ファントム・タスク)から一族纏めて受けていた再三のスカウトを四季が断り続けていたのが原因だった。

 だが、百春と秋十はスカイに自ら組織に加入すると申し出た為に難を逃れ、秋十が当時既に二人目の子を妊娠していた為に加入は子供が生まれてからという話になる。

 その後、秋十は無事に男の子を出産、長男の一夏だ。

 だが、一夏が生まれて数ヶ月後、千冬の時は既に生後1年に満たずとも這い這いを覚えて並の赤子よりも体力があったのに、一夏は平凡な赤子と殆ど変わらない事が発覚した。

 百春は千冬と秋十だけを連れて組織へと行こうとしたのだが、一夏を育てる者が必要だからという理由で秋十は百春に内緒で組織に行く際に千冬を一夏の下へ残してきた。

 千冬を置いて来た事に百春は大層不満そうにしていたものの、その翌年に三人目の子供が生まれて、その子が千冬並とは言わずとも一夏と比べれば十分普通を逸脱した赤子だった事に満足したのだ。その赤子こそが後のコードネーム“M”、織斑円夏だ。

 円夏は父から姉に次ぐ才能を持つ天才だと言われて育ち、剣に若干の適正と射撃の才能を見込まれて英才教育を受けた。

 しかし、そんな円夏にとって唯一の不満は母の態度だ。勿論、母は円夏の事を愛してくれている。それは十分感じられるのだが、いくら上達した剣や射撃を見せても、母は決して円夏を褒めなかった。逸脱した才能と恵まれた身体能力があるのだから、出来て当然だと、そう言われる事ばかり。

 何故、母は自分を褒めてくれないのか、それを一度だけ尋ねた事があった。その時、母が話したのは円夏の兄の話だ。兄は才能こそあるかもしれないが、身体能力が並の人間と変わらない、円夏や姉のような逸脱した身体能力を持ち合わせていない兄、そんな兄だからこそ円夏や姉では絶対に辿り着けない高みに行ける筈だと。

 

「(認めない……そんな高み、存在すらするものか。私と姉さんこそが、他者を見下せる高みに行ける唯一の存在だ。だから……)貴様を殺して、私は証明する! 貴様など存在する価値も無いという事を!!」

 

 そう言って、円夏……否、マドカはスターブレイカーの銃口を一夏へと向け、レーザーを放った。

 しかし、そのレーザーを一夏はトワイライトフィニッシャーⅡで簡単に斬り裂き、先ほどのマドカのセリフ以降俯いていた顔を上げる。

 

「正直、お前の出自も、その背後に居るであろう二人についても、俺はどうでもいい。興味なんて欠片も無いからな……だけどな」

 

 トワイライトフィニッシャーの切っ先をマドカに向け、ライトエフェクトで刀身を輝かせると、一夏の瞳には確かな殺意が、殺気が含まれた。

 

「俺には、守らなきゃならない恋人と、娘が居るんだ。だから、お前如きに殺されるわけにはいかない……守るものも無いお前が、簡単に殺すなんて口にするなよ小娘」

 

 一瞬だった。マドカが瞬きをしたほんの一瞬で、一夏の姿がマドカの視界から消えて、同時に右から衝撃が奔る。

 続いて背後、左、そして正面、合計4回斬られたマドカを中心に四つの斬撃の軌跡が拡散した。水平4連撃の片手剣ソードスキル、ホリゾンタルスクエアが直撃してサイレント・ゼフィルスのシールドエネルギーが大幅に減少する。

 

「グッ、このぉ!!」

「無駄だ!!」

 

 シールドビットを射出して全方位からの攻撃をしようとしたマドカだが、それを察知した一夏に射出した瞬間に投剣によって全てを破壊されてしまう。

 更に、先ほどのホリゾンタルスクエアでスターブレイカーの銃口が斬り落とされてしまったらしく、レーザーを撃てない。

 

「目覚めろ、スターブレイク!!」

 

 ならばとスターブレイカーを変形させてレーザー刃の大剣形態にしたマドカは上段に構えたそれで斬り掛かる。

 だが、一夏相手に近接戦闘……それも剣での勝負を挑むなど自殺行為にも等しいという事を、マドカは理解しているのか、それも剣の腕が自分よりも一夏の方が上だということを認めたくないのか。

 

「大振り過ぎる、無駄な動きが多い、剣術にすらなってない……餓鬼のチャンバラごっこがしたいなら余所でやれ小娘」

「そん、な……」

 

 そもそも剣術なんて習った事も無いマドカの剣は、ただ戦場で我武者羅に振るってきた剣でしかない。

 それでは嘗て篠ノ之流を学び、アインクラッドにてソードスキルというある意味剣術とも言える剣を2年も使って生き残ってきた一夏に通用する訳が無かった。

 当然、スターブレイクは根元から断ち斬られ、マドカに残された武器はサイレント・ゼフィルス標準装備のナイフ一本のみとなる。

 

「お粗末だな、俺を殺すとか、俺の存在を認めないとか、大層な事を口走っていた癖に、お前の実力では俺に剣を掠らせる事すら出来ない」

「くっ……こ、こんな筈では」

「俺とお前では……潜って来た修羅場の数と質が違うんだよ!」

 

 とうとう、最後の武器であるナイフまで破壊されてしまい、マドカは攻撃手段を失ってしまった。対する一夏は冷たい眼差しでマドカを睨み付けて、トワイライトフィニッシャーを構えている。

 

「お前は、俺を殺しに来ている……なら、お前も俺に殺される覚悟はあるという事だな?」

「ヒッ!?」

「もし、殺される覚悟も無いのに俺を殺すなんて言っていたのなら……お前は、もう俺と戦う資格すら無い。……雪椿、終わらせるぞ」

単一使用臨界能力(ワンオフアビリティーオーバードライブ):神聖白夜、起動】

 

 リベレイターⅢを展開し、全身の展開装甲を開いた雪椿が眩い黄金の光に包まれる。

 神聖剣に零落白夜の能力を付加した一夏と雪椿の切り札、アインクラッド最強を誇ったソードスキルにIS世界最強を誇った力の融合は、一夏と白式から続く雪椿との絆の証だ。

 

「わ、私を……殺すと言うのか? 貴様が、貴様に、殺せると言うのか?」

「逆に聞くが……殺せないと思ったか?」

「なっ……!?」

「言っただろうが……俺とお前じゃ、潜って来た修羅場の数が違うんだよ!!」

 

 そう言いながら、展開装甲から広がるエネルギーの翼を羽ばたかせ、瞬時加速(イグニッションブースト)でマドカに接近した一夏は、トワイライトフィニッシャーⅡの刀身を深紅のライトエフェクトで輝かせた。

 

「これが、神聖剣の力だ!!」

「う、わぁあああああ!?」

 

 九つの斬撃を同時に放つ神聖剣最強の最上位ソードスキル、アカシック・アーマゲドンはマドカのサイレント・ゼフィルスを完全に破壊して、同時にマドカの意識を刈り取った。

 意識を失ったマドカを抱えた一夏は、その姉にそっくりな寝顔を冷たい眼差しで見つめた後、待機モードになったサイレント・ゼフィルスを奪い取って一息吐く。

 

「悪いが、まだ殺さねぇよ……お前には吐いて貰わないといけない事が山ほどあるからな」

 

 マドカの背後に居るであろう2人の人間について、一夏と、千冬は知らなければならない。織斑家の問題を、10年以上抱えてきた問題を、ようやく解決するチャンスなのだ。

 

「場合によっては、俺は2人を殺すぜ……お前もな」

 

 一夏と千冬が本当の意味で過去に決別し、前に進むためならば、例え肉親であろうと殺す。親殺しの咎を、背負う覚悟は出来ているのだ。

 既に多くの十字架を背負っているからこそ、一夏はその咎を背負う覚悟を決めている。これは、千冬にだけは絶対に譲れない。背負わせるわけにはいかない。

 

「まぁでも、まずは……」

 

 まずは、この状況を脱しなければならないだろうと、一夏は他の2人の戦況に目を向けた。

 オータムと戦っているイーリスは問題無さそうだ。流石は長いこと国家代表を務めているだけあるが、問題となるのは楯無の方か。

 

「仕方ない……援護しますかね」

 

 すると、一夏は雪椿の展開装甲を閉じてマドカを背負うと、両腕に非固定浮遊部位(アンロックユニット)を接続した。

 

「こいつは雪走と同じで使うのは初めてだからな……加減なんて期待すんなよ、スコール・ミューゼル」

 

 一夏の右目にターゲットサイトが展開され、両腕に接続した非固定浮遊部位(アンロックユニット)が再び展開装甲を開く。

 しかし、展開装甲を開いたら本来出る筈の青い余剰エネルギーは放出されず、突き出した両腕の間で膨大なエネルギーが収束しながらスパークした。

 

「ホント、束さんは非常識だけど……こいつは予想以上だったよ、この試作第5世代型兵器は」

 

 雪椿標準装備、試作第5世代型兵装“量子崩壊砲スターダスト・シンドローム”は真っ直ぐスコールを照準に入れてエネルギーが臨界に達した。

 

「スターダスト・シンドローム、発射!!」




次回はスコールと楯無、それからイーリスとオータムの戦いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十二話 「アメリカの闇」

あけましておめでとうございます!


SAO帰還者のIS

 

第百十二話

「アメリカの闇」

 

 オータムとイーリスの戦いは奇しくも同じアメリカ製の機体同士の対決になった。

 アメリカ製の第2世代型ISアラクネと同じく第3世代型ISファング・クエイク、製造会社の違いはあれど、どちらもアメリカという国が生んだISに違いは無い。

 

「この性能、やはり解体前だったプロトタイプのアラクネを盗んだのは貴様らだったのか!」

「ハッ! だからどうした! どうせ解体するんだったら俺達が有効活用してやろうって気遣ってやったんだろうがよ!」

「少なくとも、テロリストに使われる事が有効活用なんて思わねぇな!!」

 

 イーリスの言う事はご尤もだ。だが盗まれたのは事実であり、それは完全にアメリカの失態であり責任だ。

 だからこそ、アメリカの軍人として、国家代表として、目の前のアラクネを取り戻すか、もしくは完全に破壊する事がイーリスの為すべき事だった。

 

「オラァ!!」

「チッ!」

 

 アラクネの8本ある装甲脚から放たれるエネルギー砲を悉く回避したイーリスは分厚い装甲に覆われた拳を叩き付けようと接近、しかしオータムもモノクローム・アバターの一員として多くの実戦を越えてきた猛者であるのに違いは無く、両手のカタールでイーリスの拳を受け止めた。

 だが、完全に格闘戦をメインにしているイーリスを相手に拳を受け止めたからと安心してはいけない。目の前の拳に集中していたオータムは、一瞬で息を詰まらせる。

 

「カッ……ハッ」

 

 見れば、オータムの鳩尾にイーリスの膝がめり込んでいて、力が抜けたオータムの顔面にイーリスの鋼の拳が叩き込まれた。

 

「ラァッ!!!」

 

 アメリカ国家代表イーリス・コーリング。代表候補生時代から多くのライバルを拳と蹴りだけで下して今の地位に上り詰めた生粋の格闘馬鹿。

 しかし、その格闘馬鹿も極めれば銃火器だろうが剣や槍だろうが己が拳と脚だけで下せるだけの実力を得られるという典型。

 イーリスはアメリカ空軍所属でありながら、陸軍の人間にMACPを直接習って自らの格闘能力を高め、そして極めた兵なのだ。

 

「どうしたテロリスト! テロばっかやって格闘技なんて習わなかったのか!? その程度じゃ俺はもとより織斑一夏にも到底及ばねぇぜ!!」

「っ! ぬかしやがれ!!」

 

 イーリスの言葉がオータムにとって苦い記憶……嘗て、一夏にボロ負けした時の記憶を刺激した。

 あの記憶はオータムにとって忘れたい記憶であり、一夏が自分よりも強いなどと認めたくない記憶なのだ。

 

「ざっけんじゃねぇ!! このオータム様があんなクソガキに、男なんかに負けるわけねぇんだよ!!!」

「グッ!?」

 

 怒りが、オータムの潜在能力を引き出した。8本の装甲脚全てにカタールを装備し、合計10本の刃がイーリスを襲う。

 その隙を突いてイーリスから距離を取ったオータムはアラクネのシステムコンソールを開き、何かのプログラムを呼び出した。

 

「使いたくはなかったが、仕方ねぇ……アメリカ代表のテメェなら知ってるよな!? このプロトタイプのアラクネに仕込まれた禁忌のプログラムをよぉ!!」

「テメェ、まさかアレを使う気か!? やめろ!! 人間じゃなくなるぞ!!」

「ヒャ~ッハハハハハハハ!!!! 知るかよ!! これで俺はスコールに近づけるんだ!!! なら本望だぜ!!!」

 

 プログラムが起動した。すると、オータムの体の表面に血管らしき筋が浮き上がり、激しく明滅しながら脈動する。

 

「ギッ!? ガッアアアアァアアアッアアアアァアアアア!?!?!? こレだ、コレだぁあああアア!! こいつハ、スげぇゼ!! このちかラナラ、誰にモ負ケねェ!!!」

 

 アラクネから伸びる複数のケーブルがオータムの延髄に突き刺さり、オータムの瞳が白く濁っていく。これこそがプロトタイプのアラクネにのみ搭載された禁忌のプログラムにしてアメリカが生み出した闇、融合移行(フュージョンシフト)システムだ。

 

融合移行(フュージョンシフト)システム……文字通りISと操縦者を融合して機械と人間を一つにする禁断の力……政府の馬鹿共め、解体する前に消去しとけよな!」

 

 今のオータムはアラクネであり、アラクネがオータムである。イーリスの言った通り、オータムという人間と、アラクネというISが融合して一つの存在となったのだ。

 もう、目の前にオータムという人間は存在しない。アラクネ・オータムという新たな機械生命体となった存在が、イーリスの前にいる。

 

「どウだ!! コのオータム様ノ姿は! これデ俺は無敵ダ!!」

「無敵ねぇ……テメェ、そのシステムの弱点を知らないみたいだな」

「ハッ! 弱点!? 弱点なンざネェんダよ!!!」

 

 操縦者がISを動かす上で必ず発生するコンマ以下のタイムラグ、そのタイムラグ自体が今のアラクネ・オータムには存在しない。

 圧倒的な素早さで動くアラクネに対し、イーリスは冷静に攻撃を捌き続けながら自身が知る融合移行(フュージョンシフト)について説明する。

 

「たしかにそいつぁ操縦する上で必ず発生するタイムラグが存在しなくなるっていうアドバンテージがある。だがな……っ!」

「ぐ、ガァ!?」

 

 拳が一発、アラクネ・オータムに命中。それだけでアラクネ・オータムは激痛に見舞われ、通常ではありえない量のシールドエネルギーが消費された。

 

「痛覚は一切遮断されない上に、発生するシールドバリアーは全てが絶対防御になってしまう。そして何より」

 

 何度も何度も、イーリスは説明しながらアラクネ・オータムの攻撃を避けつつ反撃とばかりに攻撃を与え、どんどんシールドエネルギーを消耗させていく。

 

「今のテメェの生命エネルギーは全てシールドエネルギーに依存しているってのが最大の弱点だ」

「な、ニ……?」

「つまり、シールドエネルギーが無くなった瞬間……テメェの生命活動は停止するんだよ」

 

 生命活動が停止する、それは即ち死を意味している。

 アラクネ・オータムとなった時から心臓や脳の活動はシールドエネルギーに依存しており、シールドエネルギーが無くなるという事は心臓を動かしたり脳を活動させるエネルギーが消失するという事、つまりアラクネ・オータムはシールドエネルギーが無くなった瞬間に死ぬのだ。

 

「ウソだ……うソダ、うそダ、ウそだ!!!」

「嘘じゃねぇよ、実際そのシステムの実験段階で何人もシールドエネルギーが無くなった瞬間死んでるんだからな」

 

 事実だ。まだアメリカがアラクネを開発したばかりの頃、このシステムの実験の過程で多くの代表候補生を死なせてきた。

 結果的に弱点の解決が出来ないままファング・クェイクやゴールデン・ドーンが開発された為、アラクネのプロトタイプはシステムをそのままに解体される事になったのだ。

 もっとも、その解体をされる前に亡国機業(ファントム・タスク)によって奪取されてしまったのだが。

 

「オラァ!」

「ガァアア!? ま、マテ!! も、モウえねルギーが」

 

 アラクネ・オータムのシールドエネルギーは残量31、次に絶対防御が発動すれば間違いなく0になってしまう。

 必死に命乞いをするオータムだが、イーリスがその程度で止まる訳がない。ましてや、テロリストの命乞いを、アメリカ軍人であるイーリスが聞く必要など、無いのだ。

 

「これで、終わりだ!!!」

「や、ヤメろォオオオおおおおお!?!?」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)で接近してきたイーリスの攻撃を何とか避けたアラクネ・オータムに、個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)によって再度接近したイーリスの右拳が叩き込まれた。

 発動する絶対防御、それによってアラクネ・オータムのシールドエネルギーは0となり、その生命活動が停止する。

 

「……」

「ふん」

 

 白く濁った瞳から生命の光が失われ、力が抜けて海へと落下していくアラクネ・オータムをイーリスは冷たく見下ろす。

 後味の悪い結末に舌打ちしたくなる気分だが、これもアメリカ代表として、軍人としての仕事だと割り切り、イーリスは他の面子の戦闘の様子を伺った。

 

「へぇ、織斑は終わったようだな」

 

 見れば楯無に加勢する一夏の姿があり、既に彼がMを制圧したのだと分かる。

 

「なら、俺も加勢すっかね」

 

 3対1に持ち込んで確実に勝利を得る為、イーリスは改めて拳を握り直し、新たな戦場へと飛び出すのだった。




次回は楯無とスコールの戦闘です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十三話 「亡国の炎」

二日連続~


SAO帰還者のIS

 

第百十三話

「亡国の炎」

 

 楯無とスコールの戦いは文字通り水と炎のぶつかり合いだった。

 楯無の纏っているアクア・ヴェールが海水を吸い上げて増量し、そのまま水流となってスコールに襲い掛かるのに対し、スコールはプロミネンス・コートと呼ばれる熱線バリアで水流を受け止めて蒸発させ、そのままソリッド・フレアという火球を放って楯無を襲う。

 迫りくる炎を水の壁で受け止めた楯無はそのまま瞬時加速(イグニッションブースト)で接近して蒼流旋の穂先を突き出した。

 

「甘いわね」

「そっちこそ!」

 

 先端を展開した黄金の尾で穂先を受け止められるが、蒼流旋はバルカンも内臓されたランスだ。そのまま槍に仕込まれたバルカンを発射すればゴールデン・ドーンの尾が爆発を起こしながら離れた。

 

「ふふ、どうかしら水の弾丸の味は」

「この程度、私の炎を消すには至らなくてよ」

「なら、こんなのはどうかしら!」

 

 すると、先ほどから海水を吸い上げて水を補給していた楯無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)が、そのアクア・ヴェールを更に高密度にしつつ量を更に増やしていく。

 その水が蒼流旋の表面の水と連結して巨大な水の槍へと形状を変化させていった。

 

「(ミストルティンの槍は最後の切り札、清き情熱(クリア・パッション)はこんな開けた場所じゃ使えない……なら現状で使える手段を取るまでよ)これは結構きついわよ」

 

 水の槍が超高周波振動を起こして震える。それを見て妖艶な笑みを浮かべたスコールは頭上に巨大な火球を生み出した。

 

「来なさいな、全てを蒸発させてあげるわ」

 

 その言葉を合図に、楯無は巨大化した水の槍を振り被り、その水の穂先を螺旋回転させながら発射する。

 ドリルのような唸りを上げながら螺旋回転する水の槍が後方へ激しい水流を放って加速し、スコールへと迫った。

 対するスコールは迫り来る水の槍目掛けて頭上に生成したソリッド・フレア……巨大な火球を放ち、螺旋回転に対抗するようにジャイロ回転を発生させる。

 螺旋回転する水の槍とジャイロ回転する火球、この二つがぶつかり、水が蒸発する音と水蒸気が白煙となって視界を奪った時、二人は同時に動いた。

 

「はぁ!」

「ハァアア!!」

 

 水蒸気の煙が立ち込める中、再び交差する蒼流旋と黄金の尾が火花を散らし、再度離れては接近して槍と尾がぶつかる。

 何度も何度もぶつかって火花を散らしては離れを繰り返し、時折ガトリングの音が響く中、漸く水蒸気の煙が消えた時、そこには息を切らせる楯無の姿と、涼しい顔をしているスコールの姿があった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……うぐっ」

「あら、手負いだったのね」

 

 突然、楯無が脇腹を押さえたかと思えば、ISスーツの上からでも分かるぐらい赤く染まっているのが見えた。

 そう、そこは以前、楯無が撃たれた場所であり、実はまだ完治していない傷が開いてしまったらしい。

 

「この程度の傷、良いハンデよ……っ」

「ウフフ、強がりも過ぎれば哀れに見えるわよ?」

 

 実際、唯の強がりだった。スコールの実力は今の楯無では互角まで持っていく事は可能だっただろうが、傷が開いて少なくない血を流した今は確実に苦戦する。

 

「さぁて、これ以上甚振るのも趣味じゃないわ。さっさとトドメを……っ!?」

 

 突然の警報、同時に迫り来る高エネルギー反応に緊急回避行動を取ったスコールだったが、黄金の尾が間に合わず蒼い光に飲み込まれ、まるで量子崩壊を起こしたかの様に崩れ落ちた。

 

「い、今のは!?」

「間に合いましたね、楯無さん」

「い、一夏君……」

「織斑、一夏……!」

 

 楯無を庇うように純白の機体が蒼い翼を広げながら降り立った。その手には装甲と同じ純白の剣を握り、もう片方の手には見に覚えのある人物を抱えている。

 

「M!?」

「悪いが、コイツは拿捕させて貰ったぜ」

 

 Mを楯無に渡した一夏は全身の展開装甲を開いたまま翼を一度羽ばたかせ、蒼いエネルギーの羽が舞う中でトワイライトフィニッシャーをライトエフェクトで輝かせながら構えた。

 

「ふぅん、それがドクター・シノノノの造った最新鋭の機体なのね」

「ああ、俺が乗る事を前提にして造られた完全ワンオフ仕様の機体だ」

「へぇ、それじゃあ奪っても乗る意味は無さそうねぇ」

 

 一夏以外では性能を完全には引き出せない機体など奪う意味は無い。だが、その機体データだけは盗る意味がある。

 

「さてと、更識楯無ですら勝てなかった私に、勝てるつもりかしら? 坊や」

「逆に聞くが……お前こそ俺に勝てるつもりなのか? オバサン」

 

 妖艶な笑みを浮かべていたスコールの蟀谷が一瞬だけヒクリと動いた。そして、頭上に5つの火球を生み出して構えると、いつでも放てる準備を整える。

 

「炎か……その手の攻撃をしてくる奴を相手するのは、むしろ得意分野だ」

 

 そう呟いた瞬間、スコールと楯無の目の前から一夏の姿が消えた。そう思った時には既に一夏はスコールの背後に居て、その刃を振り下ろしていた。

 

「グッ!?」

 

 片手剣ソードスキル、スラントによる一撃を背中に受けたスコールは慌てて距離を取りながら生成していた5つの火球を放つ。

 しかし、その火球による攻撃は一夏にとってSAOやALOで見慣れた攻撃手段、剣一本での対処方法などいくらでも思い浮かぶ。

 

「セァ!!」

 

 まずは一つ目の火球をトワイライトフィニッシャーを一閃する事で斬り裂き、その勢いのまま前進しつつ二つ目を斬り捨てて三つ目を回避、四つ目も回避して五つ目は縦に一閃、そのまま二つに分かれた炎の間をすり抜けてスコールへと肉薄する。

 

「迂闊ね!」

「お前がな!!」

 

 真正面から接近してきた一夏に対し、スコールはプロミネンス・コートで炎の壁を生成、そのまま飛び込んでくる一夏を丸焼きにしようとしたのだが、対する一夏は炎に臆する訳でもなくそのまま突っ込んで、炎の壁の中に飛び込んだ。

 

「なっ!?」

「だから、その程度の防御なんて見慣れてるんだよ!!」

「あああっ!?」

 

 ソードスキルでも何でもない、ただの突刺をスコールの顔面に突き出した。

 絶対防御が働いてスコールの顔を貫く事は無かったが、それでも激痛が顔面を襲うスコールに構う事無く、一夏はスコールの髪を掴んで振り回し、回転の勢いをそのままに放り投げて一気に加速しながら追いかける。

 

「ラァ!!」

 

 加速の中で構えを取り、トワイライトフィニッシャーをライトエフェクトによって輝かせる。そうして追いついたのと同時に放つソードスキルは一夏がALOにおいて開発したオリジナルソードスキル。

 残像を残す程の超高速で放たれる5連続の斬撃、高速戦闘の貴公子ナツのオリジナルソードスキル“ブレイジング・ファントム”はスコールにまともな回避行動を許す事無く叩き込まれ、炎を生成するスフィアが破壊されてしまった。

 

「イーリスさん!」

「おっしゃあ!! 加勢するぜ!! オラァアア!!!」

「っ!?」

 

 ダメージで動きが止まった瞬間を狙ったように、加勢に来たイーリスの、ファング・クェイクの拳がスコールの鳩尾に叩き込まれて、そのままスコールは海へと叩き付けられてしまった。

 

「あ、やべ」

 

 水柱が消えるのと同時に、沈んで行ったスコールを見て、イーリスはやばいと慌ててハイパーセンサーで海の中を調べる。

 案の定、スコールが沈んでいったポイントには潜水艦らしき反応があり、恐らくはそのままスコールを回収してしまったのだろう、スコールが浮かび上がってくる事は無かった。

 




次回は学園に戻ってMの尋問などなど、かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十四話 「織斑」

さて、寝る。


SAO帰還者のIS

 

第百十四話

「織斑」

 

 スコールを倒した後、イーリスは今回の共闘の件を持ち出して見逃してもらう事を楯無に持ちかけた。

 楯無も共闘したイーリスは少なくとも敵ではないと判断し、それ以上に早く学園に戻って開いた傷の手当をしなければならない事も考慮して見逃す事にしたのだ。

 そして、イーリスと別れた後、二人は学園に戻り、楯無は急ぎ医務室へ向かい、一夏はマドカを背負ったまま千冬の所に来ていた。

 

「千冬姉」

「一夏か、報告は受けている……そいつが?」

「ああ、亡国機業(ファントム・タスク)の戦闘員、モノクローム・アバターの一人、Mだ」

 

 千冬は自分と同じ顔で眠るM……マドカを見て複雑そうな顔を浮かべたが、直ぐに切り替えて一夏と共に学園地下の独房へ向かい、そこの一室にマドカを拘束する。

 

「ああ、そうだ千冬姉、これ……サイレント・ゼフィルス」

「む? ああ、預かろう」

 

 ポケットに入れていた待機形態のサイレント・ゼフィルスを千冬に預けると、再び姉弟の間に会話が無くなった。

 それも仕方が無いだろう。何せ目の前には二人の両親について繋がる手掛かりが横たわっているのだから。

 

「一夏……お前は、父さんと母さんについては」

「興味無いよ。別に会いたいとか思った事は無いし、そもそもコイツが敵として現れたんなら、二人だって敵として現れる可能性が高いって事だ……なら場合によっては殺すさ」

「そうか」

 

 千冬も同じ考えだった。もし、両親が敵として現れるのなら、千冬も両親を殺す事を考えていたのだ。

 そもそも千冬にとって両親とは幼い自分と生まれたばかりの一夏を捨てて出て行った憎むべき存在、憎悪の感情しか持ち合わせていない。

 

「コイツは……妹って事になるのかな?」

「……だろうな。顔が私と瓜二つな時点で間違いなく私達の妹という事になる。まぁ、お前にとっては」

「今まで会った事も無い妹なんて家族と思える訳が無い……敵として俺達の前に現れて、実際に命を狙ってきたんだ。ならコイツは妹でも家族でもない、ただ倒すだけの敵だ」

「……殺すなよ?」

「殺さないさ。まだコイツには利用価値があるからな……利用価値が無くなればどうするんだ?」

「さて、な……」

 

 普通に考えればテロリストの一人として国連へと身柄を引き渡す事になるのだろう。そうなれば、情報はIS学園で全て引き出していれば待っているのは処刑、もしくはIS委員会所属のパイロットとして飼い殺すのが関の山だ。

 

「ちーちゃん! 呼ばれて来たよ!!」

 

 突然、独房の扉を開いて束が中に入ってきた。どうやら千冬が呼んだらしい。

 

「束、コイツの検査を頼む……体内に何か仕掛けていないかをな」

「りょ~かい! よいっしょぉ!!」

 

 束が服の胸元に手を突っ込み、胸の谷間から明らかに物理法則を無視した大きさの機械を取り出した。

 その機械はレーダーだと一目で判る形状をしており、その端末をマドカに向けると、早速だが反応が出る。

 

「おやおや~? どうやらナノマシンみたいだけど……ふぅん、監視用と自害用、遠隔殺害用の3種類かぁ……えいやっ!」

 

 ブツブツと何やら呟いていた束だが、手元のボタンを押すと、機械から特殊な電波が発せられてマドカに照射される。

 

「おい、何をした?」

「この子の体内にあったナノマシンを全部死滅させただけだよ~」

 

 死骸は全部尿と一緒に出るから安心、などと言うが、先ほどの電波自体に人体への影響が無いのか心配になってしまう。

 もっとも、束曰く人体にも環境にも無害の安心安全でエコな電波を使用しているとの事だ。

 

「にしても、カナちゃんといい、この子といい、織斑家の血筋ってのはどうしてこう……ねぇ?」

「おっと束さん、夏奈子は世界一可愛くて良い子ですよ。こんなテロリスト如きと一緒にしないで頂きたい」

「いや、良い子な点だけ口にすれば良いのに、世界一可愛いって言葉が自然と出てくる辺り、いっくんも大概親馬鹿だねぇ」

「親馬鹿上等、夏奈子が世界一可愛いのは俺の中で世界の真理です」

 

 既に一夏の中で夏奈子がテロリストの一員だった事など無かった事になっているらしい。

 

「それで、いつまで狸寝入りしてるつもりなのかな?」

「……チッ」

 

 束の指摘で、いつの間にか起きていたらしいマドカが目を開ける。とは言え、身体を拘束されているので起き上がる事は出来ないが。

 

「よう負け犬、どうだ? 拘束されてる気分は」

「最悪だ……貴様如きに負けた事も、今の状況もな」

「ふん、俺如き……ねぇ」

「ああ、お前如きだ。私や姉さんとは違い、才能はあっても人並み外れた身体能力を持って生まれなかった織斑家の出来損ない」

 

 織斑家の出来損ない。マドカは一夏をそう呼び吐き捨てた。それに対して、千冬が何か言おうと前に出たが、束が差し出した腕に阻まれてしまう。

 

「織斑家ね……別に俺は織斑家がどうとか、そんな下らない物に拘った事は無いぜ」

「だろうな、貴様は織斑家のことなど何も聞かされていないのだろうから」

「ああ、聞いたことも無いし、興味も無い」

 

 事実、何度か千冬が話そうとしてくれた事はあった。しかしその度に一夏は断ってきたのだ。一夏にとって織斑家とは、家族とは千冬ただ一人だけで十分だったのだから。

 

「しかしまぁ、お前のお陰で判った事がある」

「……何?」

「いるんだろ? お前の後ろに……亡国機業(ファントム・タスク)に、織斑百春と織斑秋十が」

「っ!? ……だったら、どうなんだ? まさか今更父さんと母さんに会いたいとでも? 出来損ないの貴様が?」

「だから、興味無いっての……ただまぁ、言える事があるのだとすれば、親殺しの業を背負う覚悟が決まったって事だけだな」

 

 今も背負う人殺しの十字架に、親の分が追加される。ただそれだけの事だと一夏は語るが、後ろで聞いていた束と千冬は殺すことを躊躇わない一夏の姿に胸を痛めていた。

 

「ちーちゃん……」

「ああ、一夏に背負わせるつもりは無い……あの二人を殺すのは、私だ」

 

 胸を痛めたからこそ、改めて千冬は誓った。親殺しの業を、弟に背負わせはしないと、その業を背負うのは、自分だけで良いと。

 

「ふん……貴様如きが父さんと母さんを殺すか……無理だな、父さんなら可能かもしれないが、母さんを殺すのは、貴様には不可能だ」

「何?」

「私達の母……織斑秋十は、貴様も知っているスカイに並ぶ実力者だ」

「っ!?」

 

 スカイに並ぶ実力、そう言われて素直に驚いた。スカイの実力は実際に戦った一夏が一番よく知っている。

 一度は負けた事もあるあの男に並ぶ実力を、母は持っているのだとマドカはハッキリ口にしたのだから、驚くなと言う方が無理だ。

 

「織斑家は昔から文と武、どちらかの才能を持つ者が数多く排出されてきた。父は武に、母は文に優れた才能を持っていると言われていたが……実際は違う、母は文武両方に優れた才能を持っていた……それも人知を遥かに超える人外の才能だ」

 

 父の織斑百春は武の才能と高い身体能力だけしか持ち合わせていない。勿論、それだけでも

十分な脅威なのだが、織斑秋十は武の才能と文の才能を掛け合わせているから戦い方が上手いのだ。

 

「正直、如何に戦いを自分有利に進めるか、そしてそれを実行に移す事において、母さんはスカイすら上回る」

「ふむ……」

 

 厄介だ。正直にそう思う。戦い方が上手い人間とは、それだけで脅威なのだ。そして、そんな人間を一夏は一人だけ知っている。

 

「ヒースクリフ……いや、茅場みたいな人間って事か」

「晶彦君?」

「あ、そっか……束さんも千冬姉も茅場とは知り合いなんだっけ?」

「ああ、昔な」

「それについてはいつか聞くけど、そうだよ。茅場はSAO時代、最強と呼ばれていたんだけど……奴は剣の腕も然ることながら、何より戦い運び方が上手かった」

 

 天才故の頭の良さが、あそこまで上手い戦いの運びを実現出来たのだろう。今になって思えば、そう感じる。

 

「ククク……まぁ、未だにゲームと現実の区別の付かない貴様如きが、勝てる相手じゃないって事だ」

「ゲームと現実の区別、ねぇ」

 

 はたして、それは付けるべきなのだろうか。勿論、一般的に考えれば当然なのだろうが、SAOに関してだけは、素直に頷けない。

 だってあれは、あの世界は……一夏達SAO生還者にとって、もう一つの現実だったのだから。




風邪で頭が……すいませんがあとがきは簡潔に。

次回、新章開始です。
修学旅行、始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行編
第百十五話 「菊岡」


新章突入!


SAO帰還者のIS

 

第百十五話

「菊岡」

 

 体育祭も終わり、IS学園は1年生の修学旅行に向けて準備が忙しくなっていた。

 行き先は京都なので生徒達は楽しみにしているものの、不安を隠せないでいるのは教師陣だろう。

 過去、今年のIS学園のイベントは悉くが襲撃者によって中止に追い込まれてきた実績があり、今回の修学旅行も襲撃があるかもしれないと警戒しているのだ。

 しかも、もし襲撃があれば、戦場となるのは日本の古都、歴史的文化遺産も多数存在する京都の空だ。万が一にも戦闘の余波が京都の文化遺産を傷つけたりしようものなら……目も当てられない。

 だからこそ、教師達は念入りに準備を行っているのだが、そんな事は露知らず、一夏と和人は休日のこの日、学園外に出て銀座に来ていた。

 

「この店ですか?」

「ああ、らしいな」

 

 白を基調とした私服の一夏、黒を基調とした私服の和人、その二人の目の前にある建物は一件の喫茶店だ。

 この店で二人はとある人物と待ち合わせをしていて、この店もその待ち合わせの相手から指名された場所なのだ。

 

「とりあえず、入るか」

「ですね、もう待ち合わせ時間ですし」

 

 男二人でこんな女の子向けの店に入るのは少し躊躇われたが、意を決して中に入ると、店員に待ち合わせだと伝えれば予約されているという席に案内された。

 

「やあキリト君、ナツ君!」

 

 既に待ち合わせの相手は来ていたらしく、案内された席に座って暢気にケーキを食べている。

 スーツ姿に眼鏡の男性、彼こそが二人の待ち合わせの相手であり、その正体は……。

 

「休日だからって、こんな高そうな店でケーキ食ってて良いのか? しかも、経費で」

「いやぁ、君達に会うとなれば経費なんて使い放題だからねぇ」

「良いご身分だな、菊岡さん」

 

 そう、この男こそ日本政府の人間、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室の職員の菊岡誠二郎だ。

 彼は嘗てSAOがクリアされた際に現実世界へと帰還した和人と接触し、事情聴取を担当した他、SAO内部での出来事を話す対価として明日奈の入院先を和人へ教えてくれた人物でもある。

 現在はザ・シードによって混沌としたVRMMO世界の監視や調査を行っている他、密かに総務省の権限で和人や一夏に協力している。

 

「それで菊岡さん、俺とキリトさんに用事って何なんです?」

「おっと、気が早いねぇナツ君、先ずは君達の注文を済ませてからにしようか」

 

 そう言って店員を呼ぶ菊岡に呆れつつ、二人は席に座ってメニューを開くと、適当にケーキとコーヒーを注文して、運ばれてきたそれに手を付けること無く改めて菊岡に用件を尋ねた。

 

「ふぅ、まったく近頃の若者はゆとりが無いねぇ、ゆとり世代の僕にとっては嘆かわしい事だよ」

「いいから、さっさと話してくれ」

「ああ、はいはい……まずは確認なんだけど、君達は今度修学旅行があるんだよね?」

「ええ、3泊4日で」

「うん、多分またあると君達は考えてるだろうけど……間違いなくあると見て良いよ、襲撃」

 

 菊岡はフォークをテーブルに置いて隣の椅子に置いていたカバンからタブレットを取り出すと、画面を二人に見せる。

 画面に映っているのは空港の監視カメラの映像だった。

 

「これは昨日の大阪国際空港の税関の監視カメラなんだけど……見て欲しい」

「……スコール」

「そう、先日君が撃退したスコール女史が確認されている。彼女だけでなく、怪しい人物が複数名居るけどね」

「……っ!? ちょ、ちょっと待って下さい! こいつは!!」

 

 タブレットを見ていた一夏がある人物を映した映像を見て驚愕の声を上げる。とてもではないが信じられない人間がそこには映っていたのだ。

 

「ナツ君?」

「ナツ……どうした?」

「どうして……どうして死んだ筈のオータムが」

 

 そう、そこに映っていた人物とは、先日の戦闘でイーリスに敗北し、死亡した筈のオータムだったのだ。

 

「死んだって、本当にその時に彼女は死んだのかい?」

「イーリスさんの話では、間違い無いと……融合移行(フュージョンシフト)した人間は、シールドエネルギーが0になれば生命活動を停止し、死亡すると言ってました」

「それは……妙な話だな」

「しかし、現にここにはオータム女史の姿も映っている。何らかの方法でオータム女史が蘇生したのか、それとも良く似た他人なのかは分からないけどね」

 

 真実は、会ってみない事には判らないという事だ。

 

「ん? あれ……これって」

 

 ふと、タブレットに目を移した和人は、そこに映っていた人物を見て疑問符を浮かべた。何故なら、どうにもよく知った人間の顔が映っているのだから。

 

「おいナツ、織斑先生と同じ顔した人間って、この前お前が連れてきたマドカ以外に居るか?」

「……はい?」

「いや、だってここ」

 

 そう言って和人が指差した先、そこにはタブレットに映された人物が居た。その顔は確かに千冬やマドカによく似ていて、二人との違いは目尻が吊目ではなく垂目であるという点だけか。

 

「っ!! おいおい……嘘だろ」

 

 その顔は、昔一度だけだが見た事があった。

 直接会った訳ではない、ただ小学生の頃に家で見つけたアルバム……それも隠されていたアルバムを見つけて、興味本位で開いた時に中にあった写真で見ただけだったが、間違いない。

 

「織斑……秋十」

「おい、織斑ってナツ……」

「もしかして、彼女は……」

「俺と千冬姉と、マドカの……母親ですよ」

 

 既に40代だろうに、映像に映っている秋十はどう見ても20代半ばくらい。どんな若作りだと言いたくなるが、間違いなく写真で見た顔そのままなので、織斑秋十本人だろう。

 

「じゃあ、隣に居るお前そっくりの男は」

「織斑百春、父親ですよ」

「それはまた……じゃあ、君のご両親は亡国機業(ファントム・タスク)の人間で間違いないという事だね」

「でしょうね……今更、この二人を親だとは思いませんが」

 

 だが、これで確定した事がある。今度の京都修学旅行には、間違いなく亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃があるという事。

 その襲撃メンバーに、一夏と千冬、マドカの両親が含まれているという事だ。

 

「ああ、それともう一人、亡国機業(ファントム・タスク)じゃないけど、面白い人物が入国しているよ」

「面白い人物?」

「ああ、これさ」

 

 タブレットに新しく映したのは一人の女性だった。肩から胸元まで露出した着物姿に赤髪をツインテールにして、眼帯と隻腕が特徴の彼女はIS操縦者なら誰もが知っている。

 

「イタリア国家代表、アリーシャ・ジョセスターフ?」

「第2回モンド・グロッソで千冬姉と決勝で戦う筈だった2代目ブリュンヒルデ……」

 

 アリーシャ・ジョセスターフ、イタリアの現役国家代表にして世界でも数少ない二次移行(セカンドシフト)到達と単一仕様能力(ワンオフアビリティー)発現を成した人物であり、第2回モンド・グロッソ総合部門にて決勝で本来千冬と戦う筈だった人物だ。

 千冬が決勝を放棄した事で不戦勝となり、総合優勝して2代目ブリュンヒルデとなる筈だったが、ブリュンヒルデ受賞を辞退しているものの、世間では2代目ブリュンヒルデの名で呼ばれている。

 

「何でアリーシャ代表が?」

「さてねぇ、亡国機業(ファントム・タスク)の動きを察知して来日したのか、それとも別の理由があるのか……」

 

 現状、最も動きが読めない人物だろう。先の行動の予測が全く出来ないのだから。

 

「まぁ、何にしても気をつけたまえよキリト君、ナツ君、君達を失うのは日本にとって大きな損失なんだからね」

 

 話はそれだけだと、菊岡は伝票を持ってレジへと向かった。

 残された和人と一夏はようやくケーキを食べ始め、食べながら先ほどの映像の話をしていた。

 

「俺の母は、スカイと同レベルだって話です。なら、戦うのは俺かキリトさんが最適でしょうね」

「大丈夫か? お前が戦う事になったら、お前は……」

「大丈夫です。既に覚悟していた事ですし……まぁ、もしキリトさんが戦う事になったら、ご迷惑をお掛けしますって事で」

「俺の事は気にしなくて良いよ……でも、そっか、スカイと同レベルか」

 

 何か気に掛かる事があるのだろうか、和人が随分と渋い顔をしていた。

 

「いや、スカイと同レベルなら少し厳しいと思ってな……黒鐡が」

「黒鐡が?」

「ああ、最近黒鐡の反応が鈍いっていうか……」

 

 和人の常人離れした反射神経に黒鐡の反応が追いついて来れなくなってきたというのだ。成るほど、スカイと同レベルの相手と戦うのに、それは致命的だろう。

 

「一応、OSなんかの設定も弄って反応レベルを上げているんだけど、それも限界があってな」

「束さんは何て?」

「師匠は二次移行(セカンドシフト)するか、別の高性能な機体に乗り換える以外に方法は無いってさ」

 

 黒鐡には愛着もあるので乗り換えはそもそも論外だ。黒鐡自体も相当に高性能な機体なので、黒鐡以上の機体となると直ぐに用意出来ないという事もあるが。

 二次移行(セカンドシフト)はそもそもやろうと思って出来るものではない。故に現状ではどうする事も出来ない。

 

「まぁ、追々考えるよ」

 

 反応が鈍いと言っても直ぐに大問題に発展する訳ではない。反応が鈍いのならそれ相応の対応をして操縦すれば良いだけの話なので、今は考えない事にした。




次回はマドカの処遇について言及します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十六話 「司法取引」

マドカの処遇です。


SAO帰還者のIS

 

第百十六話

「司法取引」

 

 この日、亡国機業(ファントム・タスク)の戦闘員、Mこと織斑マドカはIS学園の学園長室に両手を後ろに手錠で繋がれた状態で居た。

 周囲には学園の長である轡木十蔵だけでなく、織斑千冬、織斑一夏、篠ノ之束、更識楯無といった学園における戦闘関連の幹部とも言えるメンバーが揃っている。

 

「さて、今回決めるのはM……いえ、織斑マドカさんと言うべきですか? 彼女の処遇です。何か、この件について意見のある方は居ますか?」

「はい」

「織斑君、何でしょう?」

「即刻処刑すべきでは? 所詮はテロリスト、殺した所で文句を言う奴は居ないでしょう」

 

 自身の血縁であるのにも関わらず血も涙も無い意見を言う一夏に、楯無は流石に口を挟もうとしたのだが、それより先に十蔵が反対意見を出した。

 

「それは早計に過ぎますよ織斑君、無闇矢鱈と殺生を行うのは我々の本意ではありません」

「……十蔵さん、それは甘さですよ。一組織の長を名乗るなら、甘さは捨てるべきだ」

「では逆に言わせて頂きますが、織斑君は何故そこまで殺す事に拘るのです? 今の貴方の考えは殺人鬼のソレと何ら変わり無い」

「テロリストに人権は無い。そんなもの、国際条約にも載っている事ですよ。テロリスト相手に無益な殺生とか、それこそ無益な考えだと言ってるんです」

 

 暗に、一夏はテロリスト相手なら殺す事に躊躇いは無いと言っていた。それに気づいて胸を痛める面々だが、マドカだけは一夏の考えを忌々しくも賛同せざるを得ないといった顔をしている。

 

「一夏君……テロリスト、テロリストって言うけど、彼女は一応あなたの妹という事になるのよ? 自分の妹を処刑するなんて、躊躇う気持ちは無いのかしら?」

「ありません。妹と言われても知らない間に増えていた血縁ってだけで、家族ではありませんから。俺の家族は姉の千冬姉と、妻になる百合子と、娘の夏奈子だけです。例え、妹だと言われ様と、敵として、テロリストとして俺の前に立ったのなら、この女を殺す事に躊躇う理由はありませんよ」

 

 これも、SAO事件の後遺症と言うべきなのだろう。SAOで……アインクラッドで、一夏は余りに人を殺し過ぎてしまった。

 そして、現実に帰還してからも、この学園を守る為に多くの人間をその手に掛けてしまった。それ故か一夏は殺す事に対して一切の躊躇いが無くなってしまっている。例えそれが血縁者であろうとだ。

 

「とにかく、織斑マドカさんの処刑は無しです。私が考えているのは、彼女と司法取引をする事です」

「司法取引ですか? それは……」

「ええ、織斑先生の言いたい事は理解出来ますが、このまま彼女を国際IS委員会に引き渡すのも不味いと考えているのです……今の委員会の状況を考えると、特に」

 

 今の国際IS委員会はキナ臭いと、十蔵は語る。

 2年前、代替わりした国際IS委員会の幹部は大半がISを戦争へ導入する事を密かに計画しているという噂が絶えない。

 事実、世界中でISを使った戦争準備が行われているのを、委員会は黙認しているのだから、噂も唯の噂だと切って捨てる訳に行かない状況なのだ。

 

「そんな所に、彼女のような適正ランクSのIS操縦者を送ったらどうなります? 確実に子飼いの操縦者として飼い殺し、いずれ戦争の道具として利用されてしまいます」

 

 そんな事をさせるわけにはいかないというのが十蔵の意見だ。

 

「それで? 十ジィの言う司法取引って何する気なのかな?」

「彼女にはIS学園に入学して頂きます。年齢的には織斑君の一つ下という事なので、特例で飛び級という形を取って頂きますが……そして、取引の内容としては、篠ノ之博士の護衛を彼女に頼みたい」

「束の護衛を、ですか?」

「そうです。彼女の持っていたサイレント・ゼフィルスは既にイギリスへ返却していますので、学園から訓練用のISを一機貸し出す形になりますが、常に博士の側に付いて貰い、博士の身を守って貰いたいのです」

 

 成る程、確かに束の護衛は必要だ。その護衛にIS適正ランクSで、国家代表レベルの実力を持つマドカが就任するというのは理に適っているだろう。

 しかし、一夏はそれでも完全には納得していない。

 

「束さんの護衛をさせて、もし裏切ったらどうするんです? こいつは所詮テロリスト、卑怯卑劣何でもござれの犯罪者だ」

「ふん、そこまで心配なら首輪でも付けたらどうだ? 心配性の兄さん?」

「テメェ……今、ここで首を撥ねられたいか?」

 

 険悪ムードになる一夏とマドカだが、千冬の拳骨で何とか静まった。だが、一夏は首輪という単語に良い考えだと思い束に提案する。

 

「束さん、こいつの首に遠隔操作で締め付けたり、爆破出来る首輪を着けられますか?」

「え……作れるけど、どうして?」

「もしこいつが裏切るような真似をしたら、直ぐに殺せるようにです。そのスイッチは、俺と千冬姉、束さんが所持すれば良い」

 

 その首輪をマドカが四六時中首に巻いて過ごすのなら、司法取引にも納得すると一夏は言った。束としてはそんな物、作りたくは無いが、それでも一夏が納得してくれるのなら仕方が無いと、用意は出来る旨を十蔵に告げた。

 

「そうですか……では、仕方無いですね。用意して頂けますかな?」

「りょ~かい」

「それで、織斑マドカさん……君はこの取引、乗りますか?」

「……良いだろう、どうせ組織に戻るつもりも無い。IS委員会に行く気も無いんだ、司法取引とやら、受けてやる」

 

 対価として、IS学園は国際IS委員会にマドカを拿捕している件の報告はしない。マドカの学園での衣食住を保障するという事になった。

 マドカは常に束か千冬の側に居る事と、裏切りや逃亡を防止する首輪を首に巻く事を条件にではあるが、自由の身となりIS学園に飛び級で編入する事となる。

 話し合いはこれで終わり、学園長室を出た一夏達、廊下を歩く時一夏は後ろから付いてくるマドカの横に並んだ。

 

「これからよろしく、に・い・さ・ん」

「……あまり調子に乗るなよテロリスト、お前の命は俺も握っている事を忘れるな」

 

 皮肉気に兄と呼ぶマドカと、忌々しいとばかりに殺気を撒き散らす一夏、兄妹の仲は最悪の一言だろう。

 前を歩く楯無と千冬、束は二人がいつ殺し合いを始めるかという空気を醸し出してる事に不安を覚え、こそこそと話し合っていた。

 

「ちーちゃん、まーちゃんの事は任せて……絶対にいっくんに喧嘩売らないようにさせるから」

「ああ、一夏は私が見てる……あの殺気、今のあいつを見てると、マドカが気分を害したからなんて理由で本当に殺しかねない」

「えっと、マドカちゃんの編入手続き……やっておきますね?」

「「任せる(よ~)」」

 

 殺気を放つ弟に胃が痛くなる千冬と、殺気が放たれる原因を作る護衛に胃が痛くなる束を見て、楯無は自分が確りせねばと決意新たにしたのだが、ふと後ろを見て……早速心が折れそうになるのだった。

 

 

 IS学園一年生の寮の一室を与えられたマドカは部屋に入るなり束から渡された首輪を首に巻いて立ち鏡の前に立っていた。

 首輪のデザインは首輪というよりチョーカーと言った方が良い可愛らしい物で、ファッションセンスに疎いマドカでも良いものだというのが判る。

 

「しかし、まさかこれほどの物を歩きながら作るとは、流石は篠ノ之束といったところか」

 

 真に驚くべきは首絞めや爆発機能、GPS機能なども組み込まれたこの首輪を、束が歩きながら30分で作り上げた事だろうか。

 

「ふぅ」

 

 部屋には既にマドカ用の制服や寝巻き、当面の私服が用意されており、冷蔵庫を開ければ飲み物も入れてあるではないか。

 

「流石に毒入りな訳が無いな……ふむ」

 

 適当にお茶のペットボトルを取り出してキャップを開けると、一口飲む。

 

「結果的に父さんと母さんを裏切る事になってしまったが……仕方が無い。まぁ姉さんと兄さんが母さんに勝てるとは思えんが……まぁ高みの見物をさせて貰うさ」

 

 今後、姉と兄がどうなるのか、父と母との因縁がどのような結末を迎えるのか、精々楽しみにさせて貰おうと口元を歪めながらマドカは服を脱いでシャワー室に入っていった。

 シャワーを浴び終えた頃には、上機嫌になったマドカが裸のままベッドに入り、そのまま就寝、翌朝用事で起こしに来た束を驚かせる事になるのは、言うまでも無いだろう。




次回、修学旅行が京都という事で、明日奈に……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十七話 「結城家」

3連休、終わりますねぇ。


SAO帰還者のIS

 

第百十七話

「結城家」

 

 ここ最近、京都への修学旅行が近づくにつれ明日奈の表情が優れない事が多くなった。

 それに気づいたのは和人とユイであり、何があったのか尋ねても笑顔ではぐらかされるばかりで理由はわからない。

 ただ、何となくだが察する事は出来た。京都といえば日本でも有数の名家、結城家の本家が置かれている地だ。

 そこに結城本家直系筋の明日奈が行くという事は大きな意味があるのだ。例えそれが修学旅行という学校行事であろうと関係無い。

 

「……」

 

 この日も、明日奈は寮の屋上で一人、白兵戦用のランベントライトを使って素振りをしていた時にスマートフォンに掛かって来た着信に気づき、画面に映し出された名前を見て憂鬱そうに溜息をこぼした。

 

「……はい、明日奈です」

『出るのが遅いわよ明日奈、家からの電話なのですから、直ぐに出なさい』

「……ごめんなさい、母さん」

 

 電話の相手は結城京子、明日奈の実の母であり、大学教授を勤める程の才女で、家で最も厳しい人間だ。

 

「あの、それで用件は……?」

『決まっているでしょう? 先日から言ってますが、修学旅行で京都に行くのなら、必ず本家へ顔を出してご挨拶とSAO事件でご迷惑をお掛けした事の謝罪をしてくるという件です』

「それは……勿論しなければいけないっていうのは理解してるけど、折角の修学旅行なのに水を差すような事はしたくないっていうか……そもそも、そんな事をしてる暇があるかどうか」

『言い訳は結構です。暇があるかどうかではありません、時間を作ってでも行くのが礼儀というものでしょう? 友人とやらとの時間と、結城本家へ行く時間、どちらが最優先事項なのか、結城家に生まれた貴女に理解出来ない筈がありません』

 

 正直、明日奈の中では結城本家なんかより友人との時間の方が大切で、最優先事項である事は間違いない。

 だが、そんな事を口にしてしまえば厳しい母の事、烈火の如く怒り狂うのは目に見えている。

 

『良いですね? 必ず本家に顔を出すのですよ? 夏休みにこちらへ帰って来なかった件も、それで水に流します』

「……はい」

 

 結局、母の言う事に逆らう事が出来ず、修学旅行の際には結城本家に顔を出す事が決まってしまった。

 通話を終えてスマートフォンをベンチに置いた明日奈は暫く俯いて無言のまま佇んでいたが、少しすると顔を上げて右手のランベントライトを構える。

 

「……せぇああああっ!!」

 

 ライトエフェクトこそ無かったものの、放たれた突刺は、その軌跡は間違いなく明日奈が得意とするソードスキル、リニアーのソレだった。

 

「…………意気地無し」

 

 

 西の都、京都の地にある結城家の本家、古くから京都に根を下ろす名家であり、京都を中心とした地方銀行を運営する他、政財界や芸能界などにも多くの著名人を輩出してきた由緒ある家柄だ。

 そんな名家、結城家当主は齢70を向かえ、それでも尚現役で銀行頭取を務める他、本家筋から分家筋まで、一族の人間を一睨みで震え上がらせられるだけの威厳とオーラに満ちている男だった。

 

「当主様、東京の京子様よりご報告が入っております」

「うむ」

「明日奈お嬢様がIS学園の修学旅行で京都にいらっしゃるとの事で、その際に当家へ向かわれると」

「そうか」

 

 執事の男性からの報告を受ける当主……結城家の頂点に君臨する男、結城源蔵は腕を組んだまま目の前の碁盤の盤面から目を逸らす事なく頷いて見せた。

 

「明日奈の成績についてはどうだ?」

「は、一般教養科目については常に学年トップの成績を維持していらっしゃる御様子です。ただ、専門科目に関してはトップとは言えず、それでも高い成績を維持している模様ですな」

「ふん、玩具の専門科目の成績など如何でもいい。一般教養科目が常にトップなら申し分無いな……所詮は玩具の専門学校と言えど、国立高校だ。確か一般教養科目の内容も国内最高レベルだと聞いている」

「ええ、そのレベルは兵庫にあるN高校を遥かに凌ぐ偏差値だと聞いています」

 

 IS学園が出来るまで日本最高の偏差値を誇っていた兵庫県のN高校、その高い偏差値をIS学園は軽く上回る。

 そんな日本最高レベルの偏差値を誇るIS学園で一般教養科目が常に学年トップだというのなら、名門・結城家の令嬢として申し分無いと源蔵は考えていた。

 

「ところで、彰三は愚かにも明日奈に専用の玩具を与えているのだったな?」

「は、専用機という形でISを一機、レクト社IS武装開発局所属のテストパイロットという肩書きをお嬢様に与えた上での事とか」

「全く、あの愚息めが……明日奈にあのような玩具を与えて何を考えているのか」

「如何なさいますか?」

「こちらに来た際に明日奈から取り上げる。後日、彰三のところへ返せばあの愚息も文句は言うまい」

 

 普通、いくら親族と言えど専用機を取り上げる権限は無いのだが、源蔵にとって結城家の人間に関わる全ては自分の意見が絶対だと考えている。

 だから、明日奈から瞬光を取り上げる行為は結城家当主なのだから許されて当然、文句を言われる筋合いは無いということらしい。

 

「IS学園側から何か言ってきませんか?」

「所詮は玩具の学校だ、結城家に意見するというなら圧力を掛けて潰せ」

「御意」

 

 因みに言うが、結城家は別にIS学園設立に関してお金を出した訳でもない。当然だが理事会に結城家の血筋の人間が居るわけでもないので、圧力を掛けようにも何処の国家にも所属していないIS学園に圧力を掛けられる訳が無いのだ。

 だが、源蔵にとっては日本にあるのだから、結城家の意見に逆らう事は許されない。日本において結城家は絶対だという考えからIS学園もまた、結城家の圧力を無視出来ないだろうと本気で考えていた。

 要するに、結城源蔵という男は考え方が昔気質の石頭、現代においても昔ながらのやり方が通用すると思っているのだ。そして、それが今まで本当に通用していたから尚、性質が悪い。

 

「それから京子に伝えておけ、奴に言われた明日奈に宛がう婚約者……正月までには見繕っておくとな」

「畏まりました」

 

 明日奈と歳の近い人間で有名大学に通う者は結城家の直系にも分家にも何人か存在する。その中から将来性のある男を宛がえば京子も納得するだろうと執事に話す源蔵だが、果たしてそれは明日奈という人間の幸せを考えているのかどうか。

 少なくとも、源蔵の中にあるのは結城家という家の事だけ。家の事の前に一族の者の感情など不要だと考えているのは、間違い無いだろう。

 

 

 数日後、ついにIS学園1年生は修学旅行に出発する。寮を出る前に一夏と百合子は夏奈子を見送りに出てきた楯無に預けてズボンを掴んで離さない愛娘の頭を撫でていた。

 

「夏奈子、楯無お姉ちゃんの言う事、ちゃんと聞いて良い子にしてるんだぞ?」

「……パパ、ママ」

「お土産、沢山買ってくるから」

 

 涙を浮かべて俯く夏奈子に笑いかけて、百合子がもう一度頭を撫でると、夏奈子は漸く一夏のズボンから手を離してくれた。

 

「じゃあ楯無さん、夏奈子の事……よろしくお願いします」

「ええ、任せておきなさいな。二人は修学旅行、存分に楽しんできてね?」

「はい」

 

 未だ傷の療養中の楯無は、京都に亡国機業(ファントム・タスク)が来ている可能性があると報告は受けていても、出撃は許可されていない。

 だから、今回は彼女に出番が無いからこそ、夏奈子を預ける事になったのだ。

 

「じゃあ」

「いってきます」

「いってらっしゃい、二人とも」

「……いってらっしゃい」

 

 楯無と夏奈子に見送られて寮を出た一夏と百合子は直ぐに和人と明日奈の二人と合流する。そして、4人は揃って集合場所であるモノレールの駅へ向かい、いよいよ修学旅行本番が幕を開けるのだった。




次回から京都! いやぁ、作者自身は京都なんて高校の修学旅行で行って以来一度も行ったことが無いんで、結構現地の記憶などうる覚えですわ。
すき焼きが超美味かったのは覚えてる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十八話 「事前調査」

お待たせです。


SAO帰還者のIS

 

第百十八話

「事前調査」

 

 京都へは東京駅から新幹線で2時間弱程で着く。その道中である新幹線の中では既に班毎に席割りが決められており、一夏と百合子、和人、明日奈は4人で一班なので、席を向かい合わせにして互いに恋人を隣に座っていた。

 因みに、京都へは明日奈も百合子も何度となく行った経験があるが、一夏と和人は初めてなので男子二人、密かに京都を楽しみにしている事は明日奈も百合子も実は気づいている。

 

「なぁナツ、先ずは二日目の自由行動、何処に行く?」

「ん~、一日目で清水寺には行くみたいだから……定番なのは金閣寺とかですけど、俺個人の希望を言うなら西本願寺とか壬生屯所旧跡とか行ってみたいです」

「お、新選組か」

「ええ! やっぱ日本男児たるもの、侍には憧れますし、侍といえば幕末、幕末と言えば……」

「「新選組!!」」

 

 こうして見てると、一夏も和人も普通の男の子なのだなぁと感じてしまう。

 

「なら池田屋跡とか外せないよな?」

「蛤御門の銃痕は絶対に見ておきたいですね」

「それから油小路の天満屋跡地や京都御所にも行かなきゃだな」

 

 この二人、絶対に事前調査をしてる。明日奈と百合子はそう思いながら苦笑しつつ持って来ていた京都観光のパンフレットを開いた。

 

「百合子ちゃんは京都に行ったらいつも何処行ってるー?」

「ん~……祇園、です」

「祇園かぁ、祇園祭は子供の頃とか行ってたねー」

「私も、祇園祭の時期になると毎年行ってました」

 

 因みに、明日奈も百合子も、祭と言えば祇園祭、天神祭、神田祭が基本で、この三つは毎年行っていたが、地元の祭といったものには行った事が無い。

 

「そうだ、鞍馬寺には久しぶりに行きたいかなー」

「良いですね、私は伏見稲荷大社が好きなので、また行きたいです」

 

 流石はお嬢様二人、行き着けの観光スポットはあるらしく、小さい頃から何度も行っているらしい場所の名前を挙げてくる。

 

「わたくし、シンセングミに興味がありますわ! ジャパニーズサムライの代表! チェルシーにシンセングミの隊服をお土産にしますわ」

「お、セシリアわかってんな!」

「え~、アタシは新選組より舞妓かなぁ、あの着物着たいし」

「僕も舞妓に興味あるよ、日本に来たら一度は着物を着ておきたいって思ってたんだ」

「ふむ、私はセシリアと同じでシンセングミに興味があるぞ、日本刀を土産に買いたい」

 

 海外出身組は和人や一夏に同意するのがセシリアとラウラだけのようで、他はみんな明日奈と百合子に同意するか、もしくは自分達それぞれに興味のある物を楽しみにしている様子。

 

「あはは、みんなホントに京都を色々調べてるみたいだねー……」

「……ん?」

 

 クラスメート達の様子を微笑まし気に眺める明日奈を見て、和人が違和感を覚えた。やはり少し前から様子が変だと感じていたのは気の所為では無さそうだ。

 

「……ユイ」

『はい、何ですか? パパ』

「京都では、なるべくママから離れないようにしてくれるか?」

『……了解です』

「ありがとう。ママの事、頼むな」

『はい』

 

 もし何かあればユイが直ぐに和人へ知らせてくれる。考えてみれば京都と言えば明日奈の実家、結城家の本家がある地だった筈で、もしかしたらその関係で何か悩んでいるのかもしれない。

 

「……アスナ」

「キリト君?」

「あ~、えっと……楽しもうな? 一緒に」

「あ……」

「考えたらさ、二人きりじゃないけど……こうして一緒に旅行するなんて初めてだろ? だから、さ」

「キリト君……」

 

 不器用なりに、自分を元気付けようとしてくれているのが明日奈には分かった。だからだろうか、現金なもので、少し気落ちしていた気分が良くなった気がする。

 

「うん、そうだね……一緒に楽しもうね、キリト君」

「ああ」

『パパ! ママ! わたしも一緒ですよ!』

「勿論! ユイちゃんも一緒に楽しもうねー」

『はい!』

 

 こうして、IS学園1年生一同を乗せた新幹線は京都へ向かってまだまだ進む。その間、生徒達は間もなく到着する京都の地へと思いを馳せるのだった。

 

 

 1年生が修学旅行に行って不在となったIS学園、その生徒会室に生徒会長である楯無の他に2年生のフォルテ・サファイア、サラ・ウェルキン、3年生のダリル・ケイシーといった上級生の代表候補生が集められていた。

 

「んで? 俺達を集めたのは何でだよ」

「1年生が現在、修学旅行で京都に行っているのは、知っての通りよね……実は、亡国機業(ファントム・タスク)が京都に来ているらしいという情報が入ったのよ」

「マジっすか?」

「ええ、日本政府からの正確な情報よ」

「それが事実だとすると、不味いわね……」

 

 1年生には専用機持ちが多数存在するが、1年生全員を合わせて100人以上の人間を10人に満たない人数で守りきるのは不可能だ。

 勿論、千冬という世界最強も専用機、暮桜を復活させて所持しているとは言え、それでも彼女一人に出来る事など限られている。

 

「つまり、私達は増援というわけ?」

「そうよ、専用機を持つあなた達なら直ぐに動けるでしょ?」

「ん? 待つっす、サラは代表候補生でも専用機は持っていないんじゃ」

「ああ、そういえばそうだ」

 

 そう、サラ・ウェルキンはイギリス代表候補生ではあるが、専用機を与えられていない。つまり、その点で言えば一般生徒と変わらない筈なのだが。

 

「大丈夫よ、私も専用機を受け取ったから」

 

 そう言ってサラは藍いペンダントトップのネックレスを見せる。

 

「イギリス製第3世代型ISの試作量産機、そのテストパイロットに選ばれたの」

「なるほど、それなら安心っす」

「ええ、怪我で動けない私に代わってサラに急遽、お願いしたのよ。ついでに、山田先生への贈り物を届けて貰う役目もね」

 

 その届け物についてはサラと楯無にしか知らされていない。つまり、いくら味方でもダリルとフォルテには教えられないらしい。

 

「とにかく、三人はこれから京都へ向かって頂戴。滞在するホテルについては1年生が泊まるホテルの別館に部屋を取ってあるから、そこを使って」

「お、随分と気前が良いじゃねぇの……因みに、動きがあるまでは自由にして良いんだな?」

「ええ、京都観光するなり、なんなり、ご自由にね」

 

 そうさせて貰うと、ダリルはフォルテを連れて生徒会室を出て行く。

 残されたサラは楯無と向き合い、ずっと黙っていた虚が差し出したブローチを受け取ると、それを眺めた。

 

「これが……」

「ええ、山田先生の為に用意した専用機……“ラファール・リヴァイヴ・スペシャル『幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)』”よ」

「完成したのは今朝?」

「そうなの、だから山田先生の出発には間に合わなかったわ」

「成る程ね……了解、必ず届けるわ」

「サラ」

 

 受け取る物は受け取ったので、サラも生徒会室を出ようとしたのだが、それを楯無が呼び止める。

 

「ストライク・ティアーズ、整備は万全?」

「ええ、大丈夫だけど……」

「そう、なら良いわ」

 

 何だったのだろうか、そう思いつつもサラは今度こそ生徒会室を出て、旅支度をする為に寮へと向かう。

 

「さてと、貴女も行くんでしょ?」

「……ああ」

 

 校舎を出た所で何者かに声を掛ける。すると、校舎の影から一人の女性が出てきた。

 

「まさか、織斑先生に負けたからって理由でIS学園の傭兵になるなんてねぇ」

「敗者は勝者に従うまで、それだけだ」

 

 彼女は以前、IS学園に潜入して千冬に敗れたファング・クェイク使い、アメリカの特殊部隊隊長だった女性だ。

 あの後、捕虜となっていたのだが、釈放されてからはIS学園に留まって学園を守護する為の傭兵として雇われたらしい。

 

「お互い大変ね、人使いの荒い人の下働きなんて」

「まぁ……慣れっ子だ」

 

 違いないと笑い合いながら、二人は寮へと向かう。そして、この後IS学園から3人の増援と、密かにプラス1名が京都へと送られるのだった。

 

 

 京都タワー、京都でも有名な観光名所の一つ、そのタワーの上に一人の女性が立っていた。美しい黒髪をポニーテールにして、桜色の着物の腰には一本の日本刀が差してある。

 

「もう直ぐね……千冬、そして……我が愛し子(一夏)




次回は京都観光、やっと京都ですねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十九話 「京都に舞い降りたバカップル」

大変、長らくお待たせしました。
長きに渡るスランプを乗り越え……たのか? まぁ乗り越えて、何とか最新話の投稿です!

さぁ、ブラックコーヒーの貯蔵は十分か!


SAO帰還者のIS

 

第百十九話

「京都に舞い降りたバカップル」

 

 京都、古の都……古都と呼ばれるその地は、日本の嘗ての都だった場所。数多くの歴史的建造物が建ち並び、日本の歴史上でも多くの出来事が京都で起きた。

 今では国内外問わず多くの者が観光に訪れる地であり、幕末の世に多くの血を流した地は、現代にて多くの笑顔が溢れる地となった。

 そんな京都にIS学園の生徒達が降り立ち、修学旅行一日目が始まろうとしている。

 

「よし、点呼は終わったな? これよりバスでの移動となる。最初は清水寺から観光する事になるが、IS学園の制服を着ている事の意味をよく理解し、マナーと節度を守って行動するように」

 

 学年主任である千冬が号令を掛け、京都駅前で整列する生徒達に京都観光における注意事項を説明している。

 曰く、修学旅行は決して遊びではない。何のために制服を着て観光をするのかを理解し、そしてその制服を着ているからこそ守らねばならない節度とマナーを忘れるなと。

 

「それではクラスごとバスに乗車しろ。早速だが出発だ」

 

 全4クラス分のバスに生徒達が乗り込む。一組である一夏や和人も同じくバスに乗る為に整列していたのだが、一瞬……二人は背筋に身の毛が弥立つ様な悪寒と視線を感じて、その視線の方へ勢いよく振り返った。

 二人の見つめる先にあるのは……京都タワーだ。

 

「……キリトさん」

「ああ、確かに何かが居た」

 

 一瞬だけだが、二人の視界には確かに人影らしき何かが見えた。今はもう何も見えないが、だが確かに何かが京都タワーの頂に居た。それは間違いない。

 

「おい織斑、桐ケ谷、何をしている?」

「……織斑先生、あなたは気付きませんでしたか?」

「ん? いや……京都タワーに何かあるのか?」

「いいや……千冬姉、いや織斑先生が何も感じてないなら、いい」

 

 気のせいではない。それだけは間違いないのだが、今はまだ修学旅行が始まったばかりだ。他の生徒達に無用の不安や混乱を与えるわけにもいかないので、無理やりにでも気のせいだったという事にして、二人もバスに乗り込む。

 そして、出発したバス、それを見送るように一組のバスに熱い視線を向ける人物が人込みの中に紛れている事に、気づく者は居なかった。

 

「流石は私の愛し子(一夏)……そして解放の英雄ね」

 

 

 修学旅行一日目の最初の目的地、清水寺。恐らく京都のお寺の中でも特に有名な寺だろう。日本人なら誰もが知っている寺であり、毎年多くの観光客が訪れる観光の定番名所。

 そして修学旅行で訪れる年頃の乙女にとっては恋愛祈願のスポットでもある。清水寺にある羽音の滝も有名な恋愛成就のスポットだが、その他にも境内にある地主神社は大国主命を祀る縁結びの神社であり、恋占いの石やしあわせのドラといった縁結びのご利益があるスポットが存在している。

 当然、年頃の乙女であるIS学園の生徒達も清水寺に辿り着くや否や羽音の滝、恋占いの石、しあわせのドラへ真っ先に向かった。

 

「やっぱ女子校育ちが多いんだろうな、みんな縁結びに夢中だ」

「キリト君は興味無いの?」

「観光スポットという意味ではあるよ。まぁ、別に縁結びのご利益に与らなくても、俺にはアスナが居るから、十分だ」

 

 誰もが恋愛成就の為に必死になる中、真っ向から喧嘩を売るように恋人繋ぎで境内を歩くのは我らがバカップル代表、和人と明日奈だ。

 

「ね、折角清水寺に来たんだから少し見て回ろう? キリト君、初めてでしょ?」

「そうだな、案内頼めるか?」

「任せて!」

 

 周囲のIS学園生徒達がバカップルのイチャイチャを見て歯軋りする中、和人と明日奈は清水の舞台に向かって歩き出した。

 漸く視界からバカップルが消えてくれたと安堵した生徒達だったが、次の瞬間再び歯軋りをする羽目になる。

 

「ナツ、何処に行く?」

「ん~、音羽の滝に行くか? 学業成就の水に興味がある」

「ん、行こう」

 

 IS学園が誇るもう一組のバカップル、一夏と百合子が和人と明日奈同様に恋人繋ぎでイチャイチャしながら歩いているではないか。

 しかも、音羽の滝の恋愛成就には一切興味を向けず、学業成就にしか興味無いと言わんばかりの台詞、これが持つ者と持たざる者の違いか。

 

「リア充め……」

「おのれリア充……オ・ノーレ!」

「リア充滅ぶべし慈悲は無い……」

 

 彼氏居ない女子達の怨念めいた呟きが響き渡る中、二組のバカップルはそれぞれ己の道を行く。この日、京都でブラックコーヒーが異常なほど売れる事になるのは、まだ誰も知らない。

 

 

 その後も行く先々でバカップルの猛威が他の生徒達を襲った。例えば昼食、学園生達は大きなレストランを貸し切っての食事となったのだが、当然席には同じ班同士が座る。

 勿論、同じ班になっている二組のバカップルの猛威が振るわれる絶好の機会が訪れるわけだが。

 

「はい、キリト君、あ~ん」

「あー……ん、美味いなコレ」

「でしょ? この店、京都に来たら時々利用するから美味しいのは知ってたの。だからキリト君には是非ともお勧めを食べて欲しくて」

「なら、アスナもはい、あーん」

「あ~ん……うん! 美味しいねー」

 

 食事の殆どを食べさせ合いで済ませる和人と明日奈、その隣では……。

 

「なぁユリコ、食べ難くないか?」

「ん?」

「さっきからくっ付きっ放しだし」

「大丈夫、私は平気」

「そっか、なら良いや」

 

 食事中だというのに、ずっと身を寄せ合って離れない一夏と百合子の姿が。マナー云々の問題もあるだろうが、それ以上に恋人の居ない人間には目の毒だった。

 更に、観光を終えて宿にチェックインした後も。

 

「あ、これ可愛い! リズやシリカちゃんのお土産に良いかも!」

「お、木刀だ。スグへの土産はこれかな」

「ナツ! これ夏奈子に」

「ああ、それは良いな、こっちもどうだ?」

 

 旅館の土産物コーナーでそれぞれ腕を組みながら土産を選ぶバカップル達、おかげで先ほど旅館内の自動販売機からブラックコーヒーが売り切れた。

 しかし、そんなバカップル達が居る中、一人土産物コーナーに居る強者が居た。

 

「えぇっと……あ、これなんか遼太郎さんに良いかもですね」

 

 浴衣を爆乳で押し上げる眼鏡の童顔教師、山田先生こと真耶だった。彼女が見ているのはペアのマグカップ、侍と書かれたソレを見て最近付き合いだした彼氏への土産に丁度良いと可愛らしく笑みを浮かべている。

 

「リア充が増えた」

「増えたわ」

「増えたわね」

「オ・ノーレ!」

 

 因みに、真耶がリア充の仲間入りをしてしまった事で、同じ教師でありながら独り身の同僚達はというと。

 

「くそぅ! 真耶にも彼氏が出来て、何故私は……!」

「あはは、ちーちゃん結婚願望あったんだ」

「当たり前だ!! 私だってなぁ、一夏が立派になれば彼氏の一人や二人と思っていたんだ……! なのに」

「まあまあ織斑先生、飲み過ぎですよ」

「あ、さっきー! お水頂戴、ちーちゃんに飲ませるから」

「はい、篠ノ之先生」

 

 ヤケ酒で完全に酔っぱらっている千冬の相手をする束と榊原先生は、この日の夜を境に仲良くなり、時々一緒に飲みに行く仲となるのだが、まぁ完全な余談だろう。




次回は修学旅行2日目、結城家に呼び出される明日奈と、動き出す亡国の死者(誤字にあらず)、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十話 「亡国の死者」

大変長らくお待たせしました。
ようやく続きが書き終えたので投稿します。


SAO帰還者のIS

 

第百二十話

「亡国の死者」

 

 修学旅行2日目、この日は明日奈一人だけが他のメンバーとは別行動をしていた。

 旅行前から言われていた京都にある結城本家への訪問、先のSAO事件で要らぬ心配を掛けてしまった事へのお詫びをして来いと母から厳命されていたため、この日を選んで足を運んだのだ。

 

「こちらでお待ちください。ただいま御当主様が参りますので」

 

 結城本家の大豪邸に着いた明日奈は屋敷の使用人に案内され、当主が普段来客と会う際に使っている応接間に通された。

 下座に腰かけると使用人が退出する前に玉露を淹れてくれたので、遠慮なく一口頂くと、窓から見える立派な日本庭園を眺める。

 

「キリト君達は今頃、映画村に着いた頃かな? ユイちゃん、ちゃんと良い子にしてるよね」

 

 母を案じて自分も瞬光の中に入って着いて行くと言っていた愛娘は、心配無いからと言い聞かせて和人の所に居る。

 普段から我儘を言わない良い子な愛娘が一夏達に迷惑を掛けるなんて事、万が一にもあり得ないのだが、それでも心配してしまうのは、やはり自分が母であるという証でもあり、それが明日奈には誇らしかった。

 

「入るぞ」

 

 愛娘がどんな着物姿でいるのかなどと考えていると、応接間の外から声が聞こえ、次いで入室してきた老人に目を向けると、明日奈は姿勢を正して静かに頭を下げる。

 

「お久しぶりにございます、お爺様」

「うむ、お前も変わりないようだな、明日奈よ」

 

 入ってきた男の名は結城源蔵、この結城本家の現当主にして明日奈の祖父、結城の本家筋から分家まで全てを支配する結城家の頂点、結城の名と血筋を有する者であれば誰一人として逆らう事の許されない男だ。

 

「して、明日奈よ。先の事件において、貴様は2年という貴重な時間を無駄に過ごしたそうだが、その弁明は今聞かせて貰えるのだな?」

「っ! ……はい、要らぬご心配とご迷惑をお掛けした事、誠に申し訳ございませんでした」

「ふん、口だけの謝罪など要らぬ。聞けば貴様は未だゲームに現を抜かす愚か者だと京子より聞いておる。更にはISなどという玩具にまで手を出して遊んでいるというではないか。これの何処が反省している者のすることか」

 

 言い返したい事は山ほどある、だけどここでそれをしてしまえば自分はともかく、父や母、兄の立場が悪くなってしまうのをよく理解しているからこそ、明日奈は何も言わなかった。

 結城家において源蔵の意見は絶対、彼の機嫌一つで御家潰しも簡単に起こりえるのだから、下手な事は言えない。

 

「京子にはもう既に話してあるが……明日奈、貴様の持つISを没収する、そして本日より貴様が結婚するまでの間、当家敷地内より外へ出る事を禁ずる」

「なっ!? そんな、無茶な!」

「何が無茶か愚か者が、結城家においてワシの言葉は絶対だ。故に貴様の意見も意思も必要無い」

 

 さっさと出せと言わんばかりに手を差し出す源蔵に対し、明日奈は指輪として指に填めている瞬光を手で抑え、拒絶の意思を示した。

 

「お言葉ですがお爺様、ISは所属こそ決まっていても、その管理や搭乗者のデータは国が管理している物です。いくらお爺様が政財界に顔が利くと言っても、お爺様の独断で私から専用機を取り上げるのは国際法令に違反する犯罪です」

「ふん! 玩具の法令如きがこの結城源蔵の意見に歯向かうなど無礼に等しいわ! 国が何か言おうものならワシの言葉一つで如何とでもなる」

「お爺様、いつまでそんな……」

「なんだ、ワシの言葉に何ぞ言いたい事でもあるのか? 2年という時間を無駄に浪費した落伍者風情が」

 

 いつまで、古い時代を生きているつもりでいるのか。今の時代、結城源蔵の意見が国を動かす事はあり得ない、結城源蔵の意見が国の決定を、国際条例を無視する事を許されるなどという事がある筈が無い。

 既に結城源蔵という男は日本という国の上層部にとっては唯の厄介者、老害としか見られていないというのに、自分こそが日本の頂点だと言わんばかりの源蔵の言葉に、明日奈から見ても正気とは思えないのだ。

 

「さあ、その玩具をさっさと渡せ」

「お断りします。お爺様にISの事で意見する資格はありません」

「貴様……このワシにそのような態度で、家族が路頭に迷う事になっても構わんという事だな?」

「なに、を……」

「レクトの株主、その中で最も発言力があるのが誰なのか、知らぬ貴様でもあるまい」

 

 言われるまでもなく、それは源蔵だ。それはつまり、源蔵の一言で父は完全にレクトを追われ、兄すら解雇されてしまうという事に他ならない。

 いや、それだけでなく、母が教授を務めている大学の理事会にもこの男は名を連ねているのだから、母にすら影響を及ぼすだろう。

 

「卑怯なっ!」

「ふん、卑怯? 何を言うか、結城に連なる全てはこのワシの傀儡も同じ、結城の名を持つ者は全てがこのワシの支配下、ワシの意思に反する事は許されぬ」

 

 支配者気取りで畜生にまで身を堕とした祖父を、明日奈は最早祖父とは思えなくなった。今、目の前に居るのは結城家を我が物顔で支配する傲慢な支配者、今を生きる結城明日奈の、敵だ。

 

「っ」

 

 だけど、その敵を前に、明日奈が出来る事など何一つとして無い。家族を人質に取られ、何一つ言えなくなった明日奈に、源蔵の意思に逆らう術は無いのだ。

 

「ああ、そうだ、貴様を誑かした桐ケ谷なる小僧にも制裁を加えねばならぬな。彼奴めの両親が務める会社は既に調べてある、ワシの方から圧力を掛けておかねばならぬ」

「っ! キリト君に、手を出すおつもりですか?」

「当然だ、市井の凡愚風情が結城の者に手を出したのだ、制裁は必要じゃろうて」

 

 最早、家族がどうなるか、などと言っていられない。愛する人に、その家族にまで手を出すつもりなら、もう明日奈は容赦しない。

 目の前の男を祖父ではなく、完全に敵として認識し、排除すら考えだしたその時だった。瞬光のハイパーセンサーが所属不明機接近の警報を出したのは。

 

「っ! これは!」

「なんじゃ、騒がしい。その警報音を止めぬか」

「黙ってください、今、ここに所属不明のISが接近しているんです!」

「ふん、玩具が来るから何だと言うんだ」

「テロリストの可能性が高いんです!!」

 

 すぐさま立ち上がって応接間を出た明日奈は、制止する源蔵の声を無視して庭に降り、瞬光を展開してランベントライトを構えると、上空を見上げてハイパーセンサーの感度を高めた。

 すると、映し出された情報に目を通して驚愕した。何故なら、接近中の機体はアメリカ製第2世代型IS、アラクネだったのだから。

 

「うそ、アラクネって……オータムは死んだってナツ君が言ってたのに」

 

 いや、搭乗者を代えているのかもしれない。亡国機業(ファントム・タスク)の人材がどれほど居るのか不明な現状、それもあり得ると判断し、迫りくる敵へ意識を向ける。

 

「うっ……何? この臭い」

 

 すると、アラクネが迫るにつれ、強烈な臭いを感じて顔を顰める。この不快感しか与えない臭いは、間違いなく腐臭、肉が腐る嫌な臭いだった。

 そして、アラクネが庭に降りてくると、その腐臭は更に強烈になり、アラクネに乗っている人物を見て、明日奈は悲鳴を上げそうになった。

 

「ア、アア……ギ、ギギギ」

 

 身体の至る所が腐敗し、眼球も片方が無くなって、所々が骨すら剥き出しになっている為、殆ど顔の判別が出来ないが、照合した結果、そのゾンビとも言える状態の搭乗者は……オータムだった。

 

「ギギギギ……アアアア!! ギュルルル」

 

 舌も腐ってまともな言葉すら発せないのか、そもそも精神が生きているのかすら怪しいオータム、その時、ふと明日奈の脳裏に浮かんだのは融合移行(フュージョンシフト)という言葉だった。

 

「まさか、まだ繋がったままだったの?」

 

 前回の戦いでシールドエネルギーが零になり、生命活動を停止させたオータムは肉体が腐り果てて、それでもアラクネにエネルギーを供給する事で再び生命活動を再開させたのだろう。

 しかし、それは最早人として復活したのではない。ただ、アラクネというISのパーツとして蘇っただけの死人、生命活動をしているだけの死体だ。

 

「こちら、結城です。織斑先生」

『状況は既に確認している。が、援軍は送れそうにない。他の専用機持ちの所にも現れた』

「そうですか……幸い、こちらはアラクネ一機のみ、何とかします」

『頼むぞ』

 

 千冬との通信を終えた明日奈は、ランベントライトを持つ右手を肩の高さまで上げ、切っ先をアラクネに向けたまま半身になり、左手を刀身に添えた。

 今この瞬間、この場に立つは結城明日奈に非ず、ましてバーサクヒーラーですらない。閃光と呼ばれた血盟騎士団副団長、閃光のアスナだ。

 とはいえ、表面上でこそこうして戦士の面構えで立っているが、内心は……。

 

「(ふえ~ん! リアルゾンビなんて、わたしこういうの一番苦手なのに~!!)」

 

 リアルホラーに内心涙目になっている明日奈は、実に締まらなかった。




次回は明日奈とオータムゾンビの戦い。
ゾンビとか苦手な明日奈は恐怖を押し殺す事が出来るのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十一話 「織斑の父と母」

ついに登場した一夏と千冬、円夏の両親! その実力は……。


SAO帰還者のIS

 

第百二十一話

「織斑の父と母」

 

 結城本家で明日奈が生きる屍と化したオータムと対峙する少し前、修学旅行二日目の観光先で西本願寺に来ていた和人は一夏と百合子に断りを入れてお手洗いで用を足すと、駆け足で二人に追い付こうとしたのだが、剣呑な気配を感じて足を止めた。

 

「ほう? 凡人風情がよく俺の気配に気づいたな」

「殺気立ち過ぎだ。それだけ殺気を放っていれば嫌でも気づく」

 

 建物の影から出てきたのは一人の男性だった。腰に日本刀を下げたその男の顔は、和人にとって見覚えのあり過ぎるものだった。いや、正確に言うのなら、よく知る顔が歳を取れば近づくのではないかという顔。

 そう、男の顔は和人の弟分によく似ているのだ。

 

「アンタが織斑百春か」

「ふん、凡人が気安く俺の名を呼ぶな。俺の名が汚れる」

 

 弟分と顔が似てても、目は明らかに違う。この男は和人を、明らかに格下だと見下し、侮っているのがよく分かった。

 

「貴様は凡人でありながら英雄と呼ばれているらしいな。我が最高傑作()を差し置いて凡人である貴様が英雄など片腹痛い」

「娘……ああ、織斑先生……千冬さんの事か」

「そうとも、最強の称号も、英雄の地位も、その全ては千冬にこそ相応しいというのに、貴様が名乗っていては英雄の称号が汚れるというものだ」

 

 別に、和人は自分から英雄だと名乗った事は一度も無い。周りが解放の英雄と呼ぶだけであって、自身は己が英雄だなんて思わない。

 

「それで、その腰の刀……そいつで俺を斬りに?」

「ふん、ISを持つ貴様に生身で挑むなど愚の骨頂、当然だがこちらも同じ土俵に立たせて貰うぞ……来い、我がIS、童子!!」

 

 百春が光に包まれ、その身に群青色の装甲を纏った。イギリスのサイレント・ゼフィルスを彷彿とさせる脚部、大型のスラスターを備えた非固定浮遊部位(アンロックユニット)、どちらも展開装甲の物と思しき継ぎ目が存在しており、武装らしい武装は腰の刀のみ。

 

「これこそが我が最強のIS、第四世代型IS“童子”だ」

「……来い、黒鐡」

 

 対する和人も 黒鐡を展開し、両手にエリュシデータとダークリパルサーを握って構える。

 百春もまた、腰の鞘から刀型の武装を抜刀し、身体を横にして刀を目線の高さまで持ち上げると、切っ先を和人に向けた独特の構えを取った。

 

「その構え、確か神道無念流の霞の構えだったか」

「ほう? 凡人風情でもこの構えは知っていたか」

「これでも元剣道経験者なんでね、他流派の事も爺さんから嫌ってくらい教えて貰ったよ」

 

 京都の地にて神道無念流の使い手と戦うなど、普通なら心躍る展開なのだろうが、今はそんな気分になれなかった。

 流石に相手の人間性が悪すぎるのが原因なのだろうけど、和人としては残念な気持ちで一杯だ。

 

「一つ、良い事を教えてやるよ凡人。千冬の人並外れた身体能力は俺の遺伝だ……それがどういう事なのか、理解出来ないほど頭が悪いわけではあるまい?」

 

 それはつまり、この男……織斑百春もまた、千冬と同じように人並外れた身体能力を持つ存在だという事だ。

 なるほど、確かにこの男が慢心するのも理解出来るというもの。なまじ人並外れた身体能力を持っていて、恐らく今までそれだけで戦って勝ち続けてきたのだろう、だからこその慢心であり、そして……油断だった。

 だけど、百春は知らないのだ。今、自分が相手をしようとしているのは、目の前の英雄は、仮想世界でブリュンヒルデを下して以来、現実世界でもISを使って戦い、何度も勝利しているという事を。

 

「それならこっちも教えてやるよ……身体能力がいくら人並外れて高かろうと、付け入る隙は十分あるし、決して勝てない相手じゃないって事をな」

「何……っ!?」

 

 突然、和人が距離を詰めてエリュシデータを振り下ろして来た為、百春は慌てて刀の腹で受け止めたが、ダークリパルサーの刃が胴に入り、横に吹き飛ばされた。

 

「二刀流の相手をするのは初めてか? 剣一本に気を取られていたら、あっと言う間に負けるぜ?」

「グッ……こ、小僧……凡人の分際で、この俺に一撃入れた程度で良い気になるなよ」

 

 今度は百春が全身の展開装甲を開いて瞬時加速(イグニッションブースト)を使用、和人と距離を詰めようとしたのだが、残念ながらISを使用した経験は和人の方が圧倒的に上だ。

 和人から見ても、百春の操縦者としての腕は素人に毛が生えた程度でしかなく、剣の腕も千冬以下、身体能力こそ千冬以上に高いだけで、正直に言おう、織斑百春は和人の敵足り得るほどではなかった。

 

「……」

 

 素人にしては中々の加速で迫ってくるのを冷静に見据えながら、和人は右手のエリュシデータを構え、その刃をライトエフェクトで輝かせると振り下ろされた刀にエリュシデータの刃を叩きつける。

 

「っ!?」

「ソニックリープ……片手剣ソードスキルの中でも基本のスキルだ。アンタには二刀流スキルは必要無い」

 

 ダークリパルサーを格納し、久しぶりのエリュシデータ一本のみの状態になった和人は刀を弾かれて距離を取った百春にエリュシデータの切っ先を向けた。

 

「来いよテロリスト……アンタの言う凡人が、超人を下す方法ってのを教えてやる」

 

 

 和人が百春と対峙している頃、西本願寺の境内に入っていた一夏と百合子は自分達に向けられた視線に気づき、警戒していた。

 

「出て来い! 京都駅からずっと、俺達を見ていたのは知ってるぜ」

「本当に……成長したのね、我が愛とし子(一夏)

 

 本堂の影から出てきたのは、桜色の着物を着た黒髪の女性だった。紺色のストールを羽織り、腰に一本の日本刀を差したその女性の顔は……千冬と円夏に、瓜二つ。

 

「ナツ……あの人」

「ああ……織斑秋十だな」

「まぁ、母さんと呼んでくれないの? 一夏」

「呼んで貰えるとでも? テロリストの一員であるアンタを、俺が母と呼ぶとでも思ったのか? だったら随分と御目出度い頭をしているな」

 

 雪椿と槍陣を展開した一夏と百合子に、秋十は変わらず微笑みを浮かべたままISを展開する様子すら見せない。

 ただ、その微笑みが二人にはどこか恐ろしく見えた。

 

「そうね、生まれたばかりの貴方を置いて出て行った私を、恨んでいるのも無理は無いわ……でもね、私は今でも一夏、あなたを心の底から愛しているわ。それだけは、何年経とうと、何処に居ようと変わらない」

「反吐が出るな。生憎俺は親の愛情なんてものを望んだ事は一度だって無い、アンタを家族だなんて思った事も無いし、これから先だって思う事なんてあり得ない」

 

 言いながらトワイライトフィニッシャーを展開し、右手に構えた一夏と、それに続く様にルー・セタンタを展開して構えた百合子は同時にライトエフェクトで武器を輝かせる。

 

「百合子、合図したらスイッチしてクレーティネを使うんだ」

「でも、生身の人だよ?」

「どうせ向こうもISを持ってるだろうぜ」

 

 咄嗟の時にはISを展開するはず。だから百合子には構わず最大の威力を持つオリジナルソードスキルを使うように言って一夏は前に出た。

 

「今更俺の前にのこのこと出てきたんだ……殺される覚悟はあるんだろうな?」

「……ふぅ、乱暴な言葉遣いだわ。これは母として一つ、教育してあげるべきかしら?」

 

 頬に手を当ててため息を零す秋十にいい加減堪忍袋の緒が切れそうになった一夏、もう生身だからなどと言って手加減する気も失せた。

 全身の展開装甲を開いて蒼い翼を広げると、片手剣ソードスキル、シャープネイルの構えで一気に瞬時加速(イグニッションブースト)に入る。

 

「はぁあああああ!!!」

 

 変わらず無防備に微笑んでいる秋十を殺す勢いで、シャープネイルを放った一夏。そして、その刃を、笑みを浮かべながら見つめていた秋十は左腰に差していた刀を抜刀して……。

 

「……え?」

「強くなったみたいだけど、まだ太刀筋に無駄があるわね」

 

 気が付けば、目の前に居たはずの秋十は一夏の後ろに立っており、右手に握った刀には血が滴っていた。

 そして、刀身の半ばから()()()()()()トワイラトフィニッシャーを握る一夏は……胸を奔る一筋の太刀傷から血を吹き出し、その場に倒れるのだった。




え~、最近彼女と別れて傷心中の私。
次回は裏切り者やイタリアの代表、それからIS学園からの援軍の話になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編5 「クラインと真耶の一日」

超久々の投稿となるのに、番外編で申し訳ない。
これは修学旅行の前のお話になります。


SAO帰還者のIS

 

番外編5

「クラインと真耶の一日」

 

 クラインこと壷井遼太郎、SAO生還者の一人であり、現在はSAOに囚われる前から務めていた輸入商社に復職して仕事をするバリバリの営業マンだ。

 普段は大変な外回りばかりの仕事をして、休日などはALOで遊び、SAO時代からの仲間達と交流を深めつつ、年下ばかりの仲間達の兄貴分として彼ら彼女らを見守る遼太郎に、最近になって春が訪れていた。

 切っ掛けは仲間が通うIS学園の学園祭に招待されて訪れた時、弟分のクラスの副担任を務める山田真耶という女性と偶然知り合い、一緒にお茶をして連絡先を交換し、以降は何度か食事などのデートをする内に遼太郎の方から告白して恋人という間柄となった。

 この日も休日という事もあってお互いに職場が休みなので、昼間からデートという話になり、遼太郎と真耶は映画館に来ている。

 

「楽しかったですねぇ」

「だな! 話題の映画ってだけあって、俺も途中で寝るとかしなかったぜ」

 

 二人は先ほどまで見ていた話題の最新映画の感想を言いながら映画館から出て来て、真っ直ぐ近くのカフェに立ち寄っていた。

 二人の手に持っているのは見ていた映画のパンフレットであり、お互いの趣味に合ったのか、感想は止まるところを知らない。

 

「やっぱさ、あの主人公を救出するシーン! あれは本気で胸が熱くなるよな!」

「私は最後の救急車に乗る前に駆け付けた奥さんとのシーンが良かったですね! シリーズの定番らしいですけど、やっぱり王道が一番です」

「確かこの映画って、本来なら前作が本当に最後って言われてたんだよな?」

「ええ、前々作が本来は最後って言われてたのが、前作が作られる事になって、それで本当にこれが最後って言われてたんですよ」

「なのに今回の最新作だろ? やっぱファンの熱望が大きかったって事だよな」

 

 二人の手元のパンフレット、海上保安官が主役の人気シリーズ映画で、そこには長年主人公役を務める俳優の逞しい背中が写っている。

 

「あと、あれ! 後輩がより逞しくなって主人公と同じ特殊救難隊に配属されたっていう最初の方の展開、あれも良いよなぁって思ったぜ」

「前々作から出てきた人物ですよね? 前作でも出てましたけど、やっぱりああ言うのはファンとしては嬉しいです」

「お? 前々作から出てたのか、それは知らなかった。やっぱ今度、シリーズ全部見てみるかなぁ」

「是非! 映画だけじゃなくてTVドラマもシリーズの中にあるので、時系列順に見ると最高ですよ」

 

 過去シリーズならネットの月額動画サイトに存在しているという話で、遼太郎が契約しているサイトでも見れるとの事だから、時間を見つけて見る事にした。

 そして、二人は随分と長い時間、映画について語り合っていたらしく、カフェに入ってから既に1時間以上経っている事に気づいた。

 

「真耶ちゃん、この後はどうする? もし良ければ俺が懇意にしてる店でも」

「えっと、良いんですか?」

「おう! そこはダチが経営してる店だからよ、真耶ちゃんの事も紹介するぜ」

 

 そう言って遼太郎が連れてきたのはダイシー・カフェと呼ばれるバー喫茶だった。

 ドアを開けて店内に入ってみれば、カウンターに立っていたのはスキンヘッドの黒人男性と白人女性の二人、客はそれなりに居るらしく、遼太郎と真耶はカウンター席に座った。

 

「ようエギル、いつものと……後は何かテキトーに飯頼むわ」

「あ、えっと……私は生を中ジョッキで」

「はいよ。珍しいな、今日はデートか何かか?」

 

 遼太郎が入店してきて直ぐに飲み物の準備をしていたらしいエギルと呼ばれた黒人の男性はバーボンのロックを遼太郎の前に置き、そう言って揶揄っていた。

 

「ま、まぁな……その、紹介するぜ。こちら山田真耶ちゃん、お前もキリト達の学園の学園祭に行って顔くらいは見たことあるだろ?」

「や、山田真耶です! 遼太郎さんとは、その、少し前からお付き合いをさせて頂いてます」

「ああ、キリトやナツ達のクラスの……初めまして、アンドリュー・ギルバート・ミルズだ。この店のマスター……ってより、SAO生還者の一人で、御宅のクラスの和人、明日奈、一夏、百合子のダチやってるって言った方が良いかな?」

 

 そう言えば、真耶はこのエギルという男性に見覚えがあった。遼太郎や、自身が副担任を務めるクラスの生徒の年上の友人、SAO時代からの仲間だという男性の一人が、確か彼だったと。

 

「んで、こっちは俺の女房の……」

「パトリシア・ミルズです。よろしくね」

 

 パトリシアは真耶が注文した生ビールを差し出して挨拶をすると、遼太郎から注文された食事を作りに厨房へと引っ込む。

 基本、この店の厨房は奥さんであるパトリシアの仕事で、ギルバートはカウンターで注文を受けて酒などの用意をするのがメインらしい。

 

「真耶さん、食事は何にする? ウチは幅広くやってるから、大抵の物は出せるぜ。特に名物なのはボストン風ベイクド・ビーンズだ」

「えっと、じゃあそのベイクド・ビーンズと、ビーフシチューで」

「あいよ、ちょっと待ってな」

 

 注文を受けたギルバートが厨房に居るパトリシアにオーダーを飛ばすと、他の客の対応を始めたので、真耶は店内を見渡してみる。

 ジュークボックスやダーツなどのアメリカンな雰囲気のあるインテリアがありながら、何処か下町のような雰囲気も感じられる落ち着いた色合いの内装、今まで同僚や先輩に付き合って入った御洒落なバーとは違い、変に緊張せずにお酒を楽しめそうだというのが率直な感想だった。

 暫くすると、奥で調理していたパトリシアが料理を運んできた。真耶が注文したベイクド・ビーンズとビーフシチュー、それから遼太郎にはジンジャーポークのソテーだ。

 

「お! 来た来た」

「わぁ、美味しそうですね!」

 

 出されたビーフシチューやベイクドビーンズを食べて、その味を噛み締めて真耶は決意した。今度、千冬を連れて来ようと。

 酒は美味い店の雰囲気も良い、出される料理の味も絶品となれば千冬も絶対に気に入る筈だ。

 

「そういえば、ギルバートさんはSAO生還者だというお話ですけど、この店には桐ケ谷君達もよく来るんですか?」

「ああ、来るぜ。ウチは昼間から夕方までは普通のカフェとして営業してるから、未成年でも入店OKなんだ。それに、この店で何度もオフ会を開いてる」

 

 それに夜の営業時間であっても和人達なら特別入店を許可しているので、酒こそ出さないが、休日に和人達が夕飯を食べに来る事もあるのだ。

 

「まぁ、口うるさい年配リーマンとかは夜にキリト達が出入りする事に文句言う奴も居るが、ダチ招く事に文句がある奴の意見なんざ知らねぇ。俺はこの店の経営者である以前に、あいつらのダチで、兄貴だ、あいつらを特別扱いする事については誰にも文句なんざ言わせねぇさ」

 

 店に来てくれる客よりも友達を、弟分や妹分の方が何よりも大事だと、ギルバートは臆面も無く断言した。

 それについて遼太郎も頷いていて、やはりこの二人にとって何処まで行っても和人達は対等な友人であり、大切な弟分と妹分なのだと少しばかり微笑ましくなった。

 

「良いですね、そういう関係って……少し憧れます」

 

 そう言ってビールを一口飲み、改めて遼太郎とギルバートを見る。二人とも和人達の話をする時の表情が本当に楽しそうで、優しい目をしている。

 真耶自身、SAO事件が発生した当初は大学生で、身近に被害者が居なかったから他人事の様に可哀そうだな等と身勝手な哀れみを向けていた。

 しかし、教師となって自分の教え子に4人もSAO生還者が居る今は他人事ではない。和人達が入学して直ぐに真耶は改めてSAO事件について調べ直して犠牲者の数や実際の生還者の声という物をSNSなどで知る事が出来た。

 真耶が得た情報では、SAO生還者の大半がゲームの中で友人を失ったり、目の前で仲間が殺されたり、自分自身が殺されそうになったりと、悲しい出来事や恐怖を経験してVRという物自体を嫌悪してしまった、トラウマになってしまったという事だ。

 例えSAO内では親しくしていたのだとしても、SAOでの辛い事を思い出してしまうから絶対にリアルでは会いたくないと、SAOでの人間関係全てを拒絶する者も居るらしい。

 

「ああ、そんな話は聞くな」

「俺も会社の同僚によく聞かれるぜ。あんな残酷なゲームで出来た友人に会うのは怖くないのかってな……まぁ、二度と会いたくねぇって奴が居ないとは言わねぇけどよ、少なくともエギルやキリト達は別だわな」

「だな。寧ろ殺伐とした世界だったからこそ、そんな世界で出来た大切に思える仲間は、ダチは、リアルでも大事にしたいってのが俺もクラインも……キリト達だって思ってる事だろうさ」

 

 良い話を聞くことが出来たと思う。少なくとも和人達の教師として、教え子の友人達からの率直な意見という物を聞くことが出来た今日という日は、教師・山田真耶としては間違いなく良好な日と言えるだろう。

 

「おっと、もうこんな時間か。真耶ちゃん、そろそろ駅まで送るぜ」

「あ、はい! ギルバートさん、お会計は……」

「もうクラインから貰ってるぜ」

「ええ!? ちょ、遼太郎さん! 夕飯代くらい出しますって言ったじゃないですか~!」

「そりゃ勘弁だぜ真耶ちゃん、デートの飯代くらい持たないと男が廃るってもんだ」

 

 いつの間にお代を払っていたのか、遼太郎は飄々としながら店を出ようとして、真耶は慌てて文句を言いながらそれを追った。

 そんな仲睦まじい友人カップルを見送ったギルバートはそっとため息を零しながら二人が食べ終えた皿等を回収して厨房に居る妻に渡すと、洗い立てのコップと布巾を手に取り磨き始める。

 

「ったく、今日の分はツケとくからなクライン」




ホント、お待たせして申し訳ございません。
ここ半年ほど全然執筆に集中できず、筆が乗らない日々が続いて、一時は引退も考えてしまった程です。
しかし、話の構想は出来てるのに、まだ完結してない作品を放置して引退はしたくないと思って、何とか現状を誤魔化す為に番外編を書きました。
ホント、誰かタスケテ……。

あ、それと転職が決まりました。今月の22日からお仕事開始です。場所は地元北海道で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。