SIREN:FLEET (ギアボックス)
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前日譚

※アーカイブを追加しました。
※ご指摘のあった部分を修正しました。
※艦娘の体力描写について修正しました。
※リアリティの観点から、陸軍の部隊を特殊部隊から偵察部隊へと変更しました。


=====

 

翔鶴 佐世保鎮守府/提督執務室

   前々日 10:00:00

 

=====

 

 

 

「新島の偵察……ですか?」

 

 それはちょうど午前の訓練中だった。

 提督から午前中の訓練の切り上げと執務室への呼び出しを受け、瑞鶴と共に執務室へ向かったのだ。

 そして、その旨を告げられたときから妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 

 この1週間ほど前、豊後水道南方に突如として島が現れた。

 小さな島で大きさだけなら新島と呼んでも差し支えなかったが、海底火山の噴火や地殻変動もなく、嵐の後突然海上に現れたソレはあまりにも異常な存在だった。

 しかも、その島は突然現れたにしては建造物や岸壁と思しき人工物に固められていたこともあり、深海棲艦の関与が強く疑われる事となる。

 

「そうだ。あの島が現れてからすぐ、海軍が偵察機や哨戒艇を使って情報収集を試みたのは知っているね?」

 

「はい。」

 

「だが……まともな情報どころか、何一つ帰ってくるものは無かった。」

 

 この島の存在を知った海軍は即座に偵察機を飛ばし、周辺に哨戒艇を派遣、即座に情報収集を図った。

 

 豊後水道といえば内海であり、ここを深海棲艦に押さえられれば、戦略的にも国家的にも非常にまずい事態となる。

 海軍としては早急に情報を収集し、脅威が確認できれば全力を持ってでも即座に殲滅するつもりで事に当たっていた。

 しかし、情報収集に当たった筈の偵察機と哨戒艇は、数回の通信の後に消息を絶ってしまった。

 原因は未だ不明のまま……

 

 提督の言わんとすることを察したのか、今度は隣の瑞鶴が口を開く。

 

「───それで、私たちに白羽の矢が立った…」

 

「……その通りだ。例の損失の後、陸軍の偵察部隊を用いての強行偵察も試みたが、結果は同じだったらしい。」

 

 提督は重苦しく口を開きながら、今回の偵察任務の詳細を書いた作戦書を私に手渡してくる。

 私はそれを受け取りながら、そこに記載された内容の一つに不可解な箇所を見つけて眉をしかめた。

 

 

「──捜索救難?」

 

「……………あぁ。実は佐伯警備府の方から、先日水雷戦隊が新島の偵察任務に出たんだ。しかし───」

 

「……………………行方不明、ってことね……」

 

「そうだ。軽巡1隻に駆逐艦4隻の編制だった。が──全艦通信途絶の上行方不明。詳細はもっぱらの所不明だ。」

 

 

 提督はそう言うと席を立って窓際に寄り、普段私達の前では滅多に吸わない煙草に火を点ける。 

 彼とは決して短い付き合いではない。提督が考えていることはその仕草から読み取れた。

 

 

「提督……」

 

「……………正直な所、君たちをこの任務に着かせるのは気が進まん。ただ、そう考えるのは僕だけじゃないらしい────その作戦書は、全国中の鎮守府をたらい回しになった挙げ句、管轄の佐伯警備府に押し付けられた。そして、ウチに来たんだ。」

 

 提督は煙草をふかしながら、外の光景をじっと眺めている。

 訓練が切り上げになった為暇をもて余した艦娘たちが銘々に過ごしている様を眺めながら、提督は呟くように言った。

 

「佐伯警備府の提督、僕の後輩でな……そいつから泣きつかれてしまったんだ、“うちの娘達を助けて下さい”って。専ら近海警備が主任務の小さな部隊じゃ、使える戦力も資材もまともに無いはずだ。助けたくとも自分達だけではどうしようもない──断腸の思いだったんだろう。」

 

 佐伯警備府といえば、基本は豊後水道の哨戒と警備が任務の小さな部隊だ。

 長引く戦争で余分な資材など無い以上、小さな部隊にはそれなりの補給物資しかないし、独自の建造や開発は認められていない。上から実績に応じて派遣(ドロップ)される艦娘と哨戒艇部隊だけで細々と運用されているのだろう。

 

 今回の水雷戦隊喪失、佐伯警備府にとっては途方もなく大きな損失になったのではと思う。

 そして、残された提督や艦娘たちの想いもまた、想像に難くない。

 それを考えた私は、自分の中にある恐怖心と胸騒ぎを使命感で押し殺した。

 

「………わかりました、お請けしましょう。瑞鶴も…いいわね?」

 

「うん……正直ちょっと──いや、すごく怖いけど……ね」

 

 瑞鶴も、勿論私も、今回の任務が普段の任務とは全く性質の異なる任務であるというのは理解していた。

 訓練通り、普段通りにやっても生きて帰れないかもしれない。普段から命を懸けているとはいえ、生還の確率の方が低い任務なのだ。

 怖くない訳がなかった。

 

「…………」

 

 私達の返事を聞き、提督は一つ大きく息を吐くと振り返る。

 私達の意思を確認するよう長めの沈黙を保った後、提督は再び口を開いた。

 

「────前例の無い、危険な任務になる。正直な所、命の保証はできない。応急女神を装備してもらうにしても尚──だ。それでも、行ってくれるか?」

 

 提督もまた、自分の部下を易々と死線に追いやれるほど冷徹になれていない。

 提督の瞳にもまた、私達の喪失を怖れる心が垣間見えた。

 

 私は瑞鶴の方を向いて───瑞鶴も同様に思っていたらしく、同じタイミングで私を見る──お互いにしばらく見つめ合った後、頷き合った。

 

「「慎んで、拝命致します!」」

 

 私と瑞鶴の揃った声と挙手の敬礼に、提督は沈黙したまま姿勢を正し、答礼する。

 まるで剃刀のように鋭くなった瞳で私達を見つめ、詳細については後日話すと伝えると、提督は静かに退室を促した。

 

 

 

 

 

=====

 

赤城 佐世保鎮守府/提督執務室

   前々日 19:24:00 

 

=====  

 

 

 

「失礼します、提督」

 

「───その表情……どこかで知った、という事か。僕も詰めが甘いな。」

 

 

 当直秘書艦として午後の執務を行う傍らで新島偵察任務の作戦書を見つけた私は、他の空母が夕食に向かうタイミングを見計らって執務室へと来ていた。

 何処か表情の堅い5航戦姉妹を見てすぐにその作戦書が浮かび、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 

 提督は私の声を聞くなり、私の言いたいことを察したようだ。こちらを一瞥もせずに新聞を眺めている所を見ると、表情には出てないにしても苦虫を噛み潰したような想いなのだろう。

 提督が二の句を次ぐよりも先に、畳み掛けるように私は続けた。

 

「………提督の心中も、5航戦の子達の覚悟も察しております。しかし──」

 

「言うな」

 

 いつもよりずっと強い語勢で、提督は私に向けて鋭く言い放つ。しかし、それで挫けるほど私もヤワではない。

 

「いえ、言います。この作戦の実行は、艦隊の戦力(なかま)を……あの子達を、失います。帰ってくる見込みの薄い作戦を、秘書艦として看過する訳には──」

 

「──誰かがやらなきゃならないんだ、しょうがないだろう!?」

 

 そこまで私が言いかけたところで、今度は爆発したかのように提督が怒鳴った。

 普段の温和な口調からは想像もつかないような勢いに負け、私は一瞬たじろいでしまうが、気圧されないよう言葉を続けた。 

 

「っ──なら、私も行きます…戦力は大いに越した事はない筈です。」

 

 決してその場任せに言った訳ではない。空母が増えればそれだけ戦力は増え、リスクは軽減される。 

 それに、危険な任務ではあるものの、姫級深海棲艦との対決に比べればまだリスクは低いと信じたい。

 しかし、当然喪失時のリスクも増大する。案の定、提督は食い下がってきた。

 

「!……………いや、ダメだ。君を失えば、ここが鎮守府として機能しなくなる。」

 

「予備戦力も、秘書艦の代わりも十分にいます。そのように艦隊を育成されたのは提督ご自身です」

 

「だから赤城──」

 

「………お聞き入れ頂けないのなら、これは御返し致します。ご命令がなければ、私は脱走してでも作戦に同行するつもりです。」

 

 しつこく食い下がってくる提督を見て、私は切り札を使った。

 左手薬指に着けていた金色のリングを外し、提督の目の前に静かに置く。

 提督が大本営からの支給品ではなく、自分自身のお金で買い求め──私に贈ってくれたものだ。

 提督はそれを見て奥歯を噛み締めながらゆっくり俯くと、絞り出すような声で呟く。 

 

「っ…………………そこまでするのか、畜生…………わかった──行かせてやる………ただ─ンムッ!?」

 

 続きは言われなくともわかっていた。

 それ故、行動で示した。

 ほんのりタバコの匂いと味を感じながら、私は提督から離れる。

 

「プハ────えぇ、帰って参ります。必ずや…………作戦立案の方、宜しくお願い致します」

 

「……………卑怯なヤツだよ、君は…」

 

「卑怯ではなく、奇襲とお呼びくださいませ。それが空母の常套戦術という事、提督も既にご承知かと存じますが?」

 

「ふん………わかった、作戦の方は任せろ。ったく、君に勝てる未来が全然浮かばないよ」

 

「フフ、上々ね。」

 

 

 

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川内 新島?/???

   前々日 23:20:00

 

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 「はっ、はっ………!」

 

 粗い息をぐっと潜め、手に持つ赤錆た鉈を握り締める。

 暗闇が視界を支配する中、ただ瓦礫を踏み締める物音だけが小屋の中に響く。

 ガラクタまみれで荒れてはいたが、隠れ家には良さげな小屋だった。

 

 けど、この場所に安心できるような所なんて無いのかもしれない。

 部下の駆逐艦達を奥の部屋で休ませておいて正解だったと思う。

 

「────ッ!!」

 

 物音の主がいよいよ目前に迫り、私は物陰から勢いよく飛び出し、ソイツの首めがけて鉈の刃を叩き込んだ。

 鈍い衝撃と共に、声にもならないような呻き声があがる。

 

 艤装が無い状態とはいえ人間よりはずっと腕力もあるし、今までに培ってきた経験や技術は錆び付いていない。

 ゴリゴリと嫌な感触が手に伝わった後、鮮血が飛び散って壁を汚した。

 

 夜戦は好きだけど、この場所で過ごす夜は堪らなく不快でしかなかった。

 

「ハッ、ハッ─────…………っ……………………」

 

 動かなくなったソイツを私は何度か蹴飛ばす。

 外道かもしれないけど、()()()()はこうしないと死んでるかわからない。

 それに、コイツらは動かなくなっただけだ。ほっとけば、また動き出す。

 

「………っ!?」

 

 ゴソゴソと物音がしたので、私は反射的に鉈を向ける。

 

「ひっ!?せ、川内さん私です吹雪ですっ!」

 

 吹雪は怯えながら慌てて後ずさると、手に持っていたシャベルで体をガードしていた。

 

「あ、ご、ごめん吹雪……」

 

「───し、仕方ないですよ……こんな、状況ですし………」

 

 鉈を下ろし、吹雪に謝る。

 吹雪は疲労困憊という感じではあるが、それを取り繕うように笑みを見せる。苦笑いにしかなっていない。

 

「………また、現れたんですね。コイツら。」

 

「うん………白雪の様子は、どう?」

 

 緊張が解け、額に汗が垂れるのを感じて拭いながら言う。

 私の質問にやや表情が強張った所を見ると、白雪の状態はあまり良くないようだ。

 

「………コイツ、外に運んでくるからさ…………ちょっと、ここの見張り頼めるかな?」

 

「……………は、はい」

 

 吹雪は強張りながらも頷くと、手に持つシャベルを握り直す。

 

「すぐ戻るからさ………───よっ、と!」

 

 私はその様子を見た後すぐ、地面でうずくまっているソイツを肩に抱え上げた。

 身にずしりとした重さが走るが、ここにコレを放置しておくとまずいことになるのは経験済みだった。

 私はふらつきながらゆっくりと小屋を出ると、近くの岸壁まで歩く。

 岸壁から先は10m近い落差がある。その下はゴツゴツとした岩肌と、赤く染まった海があるだけだ。

 

「それっ───」

 

 コンクリの岸壁の縁にソイツの体を下ろすと、私はそれを勢いよく海へと落とした。一瞬間が空き、鈍い音が上まで響く。

 これで、4~5体目くらいだろうか。

 

 私は一息つくと、来た道を通って小屋へ戻った。それを見た吹雪は一瞬ビクッとなったが、私とわかるとホッとしたようだ。

 

「……あの、川内さん……これ、よかったら」

 

 吹雪が、どこからか見つけたらしい手拭いを差し出してくる。手拭いは白く清潔で、こんな場所でよく見つけたものだと内心感心してしまう。

 

「その…………ベタベタで気持ち悪いでしょうから、顔と体だけでも」

 

「あぁ………ありがとね、吹雪」

 

 吹雪から受け取った手拭いで体と顔をごしごしとこする。

 水に浸されている訳でもないが、体や顔のベタベタが取れて少しはマシな気分になった。

 

「あれ………」

 

 

 体を拭った手拭いを見て、一瞬驚いてしまう。

 汗と思っていたが、白かった手拭いは赤黒くなっていた。

 どうやら、返り血でベトベトになっていたようだった。

 

「…………馴れてきたってことかな………やだなぁ」

 

 改めて着ている服を見ると、折角新調した改二の制服は血でどす黒く変色してしまっていた。

 

 小さな部隊で、任務も近海警備ばかり。

 それでも、何とか練度を積んでやっと改二になった。部下の駆逐艦たちと提督、他にも部隊の皆が総出でお祝いしてくれて────その矢先だった。

 

 

「そう、ですね…………あの…………川内さんも休んでください。私が見張ってますから」

 

 吹雪の気遣いに一瞬遠慮しようと思ったが、体は正直限界だった。

 

「……………そうだね……じゃあ、ちょっと休むかな」

 

 吹雪に頭を下げ、奥の部屋への入り口に寄る。ちょうど物陰になっている棚の横に腰かけると、私は随分と重くなっていた瞼を閉じた。

 

「早く………帰りたいなぁ…………………………………提督──」

 

 部下の駆逐艦達の前では堪えてきた弱音。

 それでも、体の重さに負けて気が緩んだせいか、寝言のように自然と漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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No.001

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帝都新聞 朝刊
平正30年2月10日

『新島、豊後水道に出現』
 嵐の夜の怪異、深海棲艦との関連は?

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 今年2月10日に発行された新聞の第一面記事。
 新島についての記事と、それに関連した大本営の記者会見の内容について書かれている。





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当日

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赤城 佐伯警備府/艦娘寮

   前日 19:34:21

 

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「加賀さん、本当に大丈夫だったんですか?今ならまだ………」

 

「くどいですよ赤城さん。5航戦の子達だけでは荷が重いですから。」

 

 作戦実行に備え、作戦参加艦艇は最寄りの佐伯警備府へと移動していた。

 佐伯警備府にある応援部隊用の隊舎の部屋をそれぞれ割り当てられた私達は、明日の作戦に備えて英気を養うべく銘々に時間を過ごしていた。

 

 私はといえば、早めの夕食を済ませた後部屋でゆっくりしていた。

 そこへ、5航戦の子と打ち合わせをしていた加賀さんが戻ってきた為、しばらくは他愛ない世間話に興じた。

 しかしその後、どうしても気になっていた私は加賀さんに質問していた。

 

 加賀さんは、本来なら作戦参加艦艇からは外れていたのだ。

 しかし、私や5航戦の作戦参加を聞き付けた加賀さんは私同様提督に直談判し、無理矢理作戦に参加していた。

 

「今回の作戦は不特定要素が多い。ならば、姫級深海棲艦の討伐任務と同様、鎮守府の総力を持ってかかるべきなのです。鎮守府でのうのうと待機するなど、私には出来ません。」

 

「それはそうですけど……」

 

「私は私の意思で参加したのよ、赤城さん。心配いらないわ。」

 

 加賀さんは加賀さんで、大切な仲間であり後輩である5航戦姉妹の事が気にかかっているようだ。

 リスクが高い今回の作戦で、少しでもそのリスクを下げれるならと志願したのだろう。

 

 戦力的には加賀さんの参加は有り難いが、嫌な予感しかしない私からすれば不安もまた強かった。

 もし最悪の状況になった場合、鎮守府に残るのは2航戦と大鳳のみとなる。私的には加賀さんに残っていて欲しいと思っていた。

 

 

「………赤城さん、提督を勝ち取ったのはあなたよ。あなたが帰還できなければ、悲しむのは提督ということをお忘れなく。私は提督を悲しませないためにも、今回の作戦は誰一人欠けることなく終わらせるよう努力するつもりです。」

 

「!……加賀さん…………それに気づいているなら、尚更鎮守府に残るべきです。」

 

「赤城さん。私を後妻(ごさい)に添えるつもりですか?いくらなんでも怒りますよ」

 

「………………気を悪くしたなら謝るわ。でも、万が一─いえ、高い確率で起こる事態に、備えておかなければと思ったのよ。それに……あなた、あれからずっと寂しそうにして────」

 

「……………何も思うところがない訳ではありませんが……それをあなたが気にしてどうするんですか。あなたが選ばれ、私は選ばれなかった……ただ、それだけ──そう自分で納得したんです。そんな形で譲られても、全く嬉しくないわ。私にとっては──提督もそうですが、あなただって大切な人なんです。いなくなるなんて言わないで下さい」

 

「!………そう、ね……ごめんなさい。私としたことがとんだ思い違いをしていたわ。」

 

「わかってくれればいいんです。さぁ、もう今日は早めに休みましょう。明日は長丁場になるでしょうから」

 

「そうね…………」

 

 偵察任務。

 それだけなら、順調にいけば半日もかからず終わるだろう。救難も含めれば一日くらいはかかるだろうが、それでも明日の夜はまたここで夕食を食べれる。

 しかし、そう思ってもまだ私の胸は言い様のない不安に駈られていた。

 そんな不安を押し殺すように、私はベッドの中へ潜り込むと強く瞼を閉じた。

 

 

 

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榛名 佐伯警備府/艦娘寮

   前日 20:43:02

 

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「榛名、ちょっとタバコ付き合うネ」

 

「はいお姉様。」

 

「Thanks」

 

 提督の気を引くべく始められたタバコでしたが、今ではすっかりお姉様の日課となっていました。

 提督が赤城さんと契りを結ばれてからは、日に吸う本数が増えたような気もします。

 

 正直タバコの煙は苦手ですが、お姉様がこういうお誘いをされるのは話し相手が欲しい時なので、吸われるのは臭いのあまりしない電子タバコです。

 たぶん一人で行かれると普通のタバコを吸って帰ってくるので、お姉様の健康のためにもお付き合いしなければ。

 

 喫煙所に着いてしばらく電子タバコを燻らせた後、お姉様は口を開きました。

 

「榛名、今回の作戦指示。どう見ますカ?」

 

「……………保険、ですね。」

 

「Hm………That's what I thought.」

 

 私達は提督から、今回の作戦に辺り別途の指示を受けていました。

 最悪の状況──通信途絶が発生した場合、私とお姉様の2艦だけはどんな手段を使ってでも撤収し、あの島に関わった者に何が起こるのか……その情報を持ち帰るよう指示されました。

 

 転んでもタダでは起きないと言えば聞こえはいいですが、言ってしまえば空母や随伴艦は見捨てよ……万が一の時はそうするよう指示されたということです。

 大切な艦隊の仲間を見捨ててでも帰ってこい。そんな指示を提督が出されるのはいままで無かったのです。今回の作戦はそれほどまでに異例じみたものなのでしょう。

 

 しかし、不可解なのはその見捨てる対象に赤城さん──提督の伴侶たる存在がいることです。

 

 

「お姉様……作戦に必要であれば伴侶を見捨てれる程、提督は冷血な方だったということでしょうか?榛名にはわかりません……」

 

「Ah……榛名、提督はタダでは起きないということデス。赤城がいなくなった時のことを考えてるのヨ。」

 

「では、私達が持って帰った情報を元に──弔い合戦を?」

 

「しかも、徹底的にやるつもりデス。提督はAvengerになるつもりデース…私達が失敗すれば、次は海軍の総力を挙げた攻略作戦が行われるように。きっと今頃、あちこちに根回していると思いマース……」

 

「伴侶の屍を越えてでも、ですか」

 

「ハァ…………私も赤城くらい愛されたかったデス……選ばれなかった者はツライネー……Story of my life,デスネ」

 

 お姉様は未だ失恋のショックから抜け出せていません。それでも大分マシにはなりましたが、今でもこうしてセンチメンタルな気分に浸っていることが多い気がします。

 

 そんな喫煙所に、普段の利用者が現れました。我が鎮守府の提督よりも若く、士官学校を出たてのような青臭さが残る風貌。

 佐伯警備府の司令官さんでした。

 

 

「───おや、こんなところで艦娘さんに会うとは……」

 

「Oh,佐伯警備府の司令官サン?」

 

「こんばんわ」

 

「あなた方も吸うんですね。艦娘で吸ってる子なんていないと思ってたんですが……」

 

「付き合いで始めたネ。Anyway……お仕事はOFF、デスカ?」

 

「あぁ……まぁ、うちは今開店休業をさせてもらってますよ。とても任務ができる状態じゃないですから。」

 

「……お辛い…ですよね」

 

「辛くない、と言えば嘘になりますよ……皆、長い付き合いでしたから。覚悟はしてたつもりなんですが───実際にこうなると、ね──」

 

「……皆、決して低くない練度だと伺っています。きっと大丈夫です。機材トラブルか何かで帰れなくなってるだけだと─」

 

「………俺も、そう信じたい。俺が言えた義理じゃないが、どうか───ウチの子達を、お願いします」

 

「頭を上げてくだサイネ。やれるだけのことは、ハナからやるつもりデス」

 

 お姉様も私も口ではこう言っていますが、正直なところまだ水雷戦隊が無事かどうかなど確証はありませんでした。むしろ、最悪の状況にある可能性のほうが高いとも。

 

 原因不明の通信途絶、行方不明。

 深海棲艦が相手なら、そう易々と通信途絶になるような事はないし、徹底した轟沈対策が取られた現状では、全艦轟沈などやろうと思わなければできないのです。

 その上、哨戒艇や偵察機などはGPS信号やレーダーで常に観測されているのにも関わらず忽然と姿を消し、撃墜されたにしては残骸の1つも発見されていないとの事です。

 

 

 あの新島に近づいたものは、まるで魔法か何かで消し去られたようにいなくなる。

 まだ人類が確認していない何かが、あの島にはある。

 そう考えると、行方不明になった水雷戦隊もまた、そのよくわからない何かの歯牙にかかったのではないかと思えてなりませんでした。

 

 そして……

 今から私達がその歯牙にかかりに行こうとしていると思うと、ひどく身震いがしてなりませんでした。

 

 

 

 

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利根 佐伯警備府/艦娘寮

   前日 22:41:06

 

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「夜見島………ですか?利根姉さん。」

 

「うむ、まだ海軍も政府もエビデンスがない故に認めておらぬがの。こういう話題は、案外こういうゴシップ誌の方が詳しい時もあるものじゃ。」

 

 

 今回の作戦参加が決まる前、鎮守府近くの本屋で手に入れたオカルト系のゴシップ誌。

 その記事では、あの新島の形がおよそ30年前に海に消えた島に酷似しているというものだった。

 あの時は興味本意で買ったものの、まさか自分が行くことになるとは思ってもみなかった。

 

 ゴシップ記事を元に夜見島についての記録を調べたところ、30年前に姿を消したのは本当だったようだ。

 それに、島の写真と作戦資料として渡された新島の写真を見比べてみると、これがまたよく似ている。

 そうなってくると、記事がただのゴシップだと片付けてしまうのは早計だと思った。

 

「しかし……島が忽然と姿を消して、それが今になって浮上したというのは……しかも、かつての姿のままというのが不気味ですね」

 

「これでは、まるで島の亡霊じゃ。海に潜っていたのに建物も全く同じというのがな………しかし、海かぁ」

 

 海から来る、それも海中から。

 となると、我輩たちには非常に馴染み深い連中がいるのだ。艦娘ならば、それと島の関連性に気づいてもよさそうなものだが……

 もし、島そのものが深海棲艦のような存在だとしたらどうだろうか?

 連中が何らかの技術で島を再浮上させ、そのまま根拠地にしていたら───

 

「王手……というヤツかのぅ。」

 

「何がです?」

 

「いや、少しの。あの島に深海棲艦が居らぬことを祈るばかりじゃ。」

 

「………そう、ですねぇ」

 

 

 

 

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翔鶴 新島沖合い

   当日 09:45:24

 

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「皆さん、周辺に異常はないですか?」

 

 新島の沖合いを、私達は12隻の連合艦隊編成で進んでいた。

 ただの偵察任務で連合艦隊編成など普通は有り得ないのだが、今回は事が事だけにあらゆる局面への対処を想定した編成となっていた。

 

 第一艦隊を私と瑞鶴、1航戦、利根型姉妹。

 第二艦隊を神通、磯風、浦風、浜風、金剛、榛名。

 

 旗艦については当初は私だったものの、急きょの1航戦参加に伴って赤城さんへと変わっている。

 艦隊は赤城さんの指揮の下、順調に島を目指して進んでいた。

 

 周辺警戒の為水上機を数度に渡って飛ばし、対潜警戒も第二艦隊がしっかりと行っている。

 波はやや高めなものの航行に支障はなく、到って順調だった。

 

「これは………思ってたほどでもない感じ?」

 

「瑞鶴、まだ目的は達成してないんだから。気を抜いちゃダメよ?」

 

「はーい」

 

 こんな他愛ないお喋りができるくらい、普通の航海。

 既に偵察機や哨戒艇が行方不明になっている地点に入りつつある中、想像していたような最悪の状況にはまるでなる気配がなかった。

 

 そう、発生するまでは本当に何もなかったのだ。

 

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

 突然だった。

 本当にまばたきした一瞬のような間に、いままで青かった海は赤く染まり、うねりは気を付けなければ転覆しかねないほどの大時化となっていた。

 

 あまりに突然の環境の変化に、全員が体勢を崩しふらつく。

 

「ッ、各自自艦航行の安全を最優先!!針路反転、離脱!!」

 

 赤城さんの号令は波風によってまともに聞き取れなかったが、手の合図で反転の指示を出したことは理解できた。

 全員が針路を180度変え、最大戦速で島から離れ始める。

 

 しかし、まるで逃がさないとでもいうように、変針した私達の横っ腹に巨大なうねりが現れた。

 

「嘘でしょ……そんなっ」

 

 うねりというよりは、海面が意図的に隆起したようにも見えた。

 ベテランの赤城さんが、まさか波や潮流を読み間違えるとは思えない。そんな赤城さんが見過ごしたうねりは、そのまま私達に覆い被さるように崩れ落ちてくる。

 

「各艦、波に乗りなさいっ!!」

 

 第二艦隊の神通が声を張り上げると、水雷戦隊の艦娘達が波に対して体を平行にし、機関を振り絞る。

 

「これしきの波で!」

 

 神通が勇ましく波へと突っ込み、うねりを駆け抜けるようにして突っ走る。

 あとに続く駆逐艦達もまた、それに続くようにして各々波に乗っていった。

 プロサーファー顔負けの波乗りを見せる彼女たちに舌を巻くが、そうでもしないとこの状況を切り抜けられそうにない。

 

 遅れじと大型艦の私達も続くが、さすがに駆逐艦のような軽い身のこなしは難しく、それにこんな波乗りなど訓練していない。

 

「波が崩れ、って…あ─────」

 

 私達が波に飲まれたのは、それから僅か数秒後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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No.002

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謎解明マガジン
アトランティス 3月号

『現れた新島は消えたはずの島!?』
 新島特集:消えた夜見島とは何か?

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 利根が購入したオカルト系ゴシップ誌。
 報道などで公開された新島の望遠写真と沈む前の夜見島の写真が並べられている。



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当日 22:00:00~初日 00:00:00

※加賀の台詞を修正しました。
※艤装の描写について修正しました。


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赤城 夜見島港/ドルフィン桟橋  

   当日 21:10:22

 

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「……………流れついた…………ということかしら……」

 

 気づくと、見知らぬ港に漂着していた。

 体は真冬の海に曝されて冷えきっている。冷たい海からさっさと上がらなければ凍え死ぬと思い、打ち上げられていた救難用階段を這いずるように昇った。

 艦娘と言えど、2月の海の寒さは相当堪える。人間ならもう死んでいてもおかしくない程だ。今は頑丈な艦娘の体に感謝しなければ。

 

 艤装はダメコンのお陰でどうにか無事だが、戦闘に耐える状態ではなさそうだ。少なくとも艦載機の運用は難しいと思う。

 ボイラーから強い熱を感じるので、妖精さんが艤装のボイラーを稼働させて暖めてくれているのだろう。どのくらい海に浸っていたかわからないが、燃料の残量も気になるところだ。

 

「燃料は………あまり、心許ない」

 

 妖精さんが燃料の残量を報告してきた。

 妖精は艦娘の意思を汲んで動いてくれるので特別な指示はいらないのが助かる。しかし、妖精が報告してきた燃料の残量は、正直言って帰りの分ギリギリあるかないかというところだった。体が暖まり次第、ボイラーは火を落とすしかないだろう。

 

 そうとなれば、嫌が応でもこの島を探索して仲間と合流しなければならない。単身で引き返せば、もしかしたらまともに動けなくなる可能性もあるからだ。

 

「……一先ず、提督に無事だと打電を─────」

 

 妖精に指示するが、妖精から無理だとの返事がくる。電波状況が悪く、何度無電を打っても全く返答もなければ感もないとのことだった。

 

「これが通信途絶、ということ…………参ったわね……」

 

 必ず帰ると提督に告げて出てきたにも関わらずこの有り様。自分が程々情けなくなる。

 発光信号なら伝わるかと思い、一先ず四国側に向け信号灯でSOSを放った。

 無電と違い、発光信号は見ている者がいなければ意味がない。その後30分近く発光信号を打ち続けたが、応答らしい応答はなかった。まぁ、新島からもっとも近い沖ノ島でも20kmは離れているのだ。近くを船でも航行していない限りは見てもらえないだろう。

 

「………………合流が先決、かしら……」

 

 連絡を諦め、仲間を捜索する。

 もしかしたら、誰かの航空艤装が生きていて助けを呼んでくれている可能性もあるのだ。

 兎に角誰かと合流することを最優先に、私は島の奥へと歩を進めることにした。 

 

 

 

=====

 

翔鶴 夜見島/碑足岬

   当日 22:36:57

 

=====

 

 

 

「─────うぅっ…………………ここ、は…?」

 

 全身の倦怠感と共に目覚めた時、私は見知らぬ砂浜に横たわっていた。波に飲まれた後の記憶が曖昧で、なんでこんなところにいるのかもわからない。

 周りを見渡しても誰もおらず、物音1つしない。

 辺りはすっかり暗くなっており、波に飲まれてから随分と時間が経っているとわかる。

 

「新島……みたいね」

 

 事前に配られていた作戦資料を思い出す。

 まともな情報がない筈なのに、何故か用意されていた島の地図。理由はわからないが、あの地図があってよかったと思う。

 見上げてみると、木々の間からうっすらと観覧車のようなものが見えた。つまり、遊園地のような施設があるということ。

 新島の地図に何故か遊園地が記載されていて疑問ではあったが、そのお陰で強く印象に残っていた。

 

 私は砂浜から体を引き剥がすと、自分の状態を確認した。

 艤装は所々剥がれ落ちてはいるが、ひどく損傷してはいない。たぶん、事前に渡されていたダメコンのお陰だろう。このまま海へ出れば、そのまま航行することもできるはずだ。

 

 しかし、任務がまだ残っている。

 この島の情報を収拾し、行方不明となっている佐伯警備府の水雷戦隊を探す。

 幸か不幸か目標の島に打ち上げられ、装備も健在な状態。退路は確保できている。

 それに、はぐれた仲間や妹の安否の方が気になった。

 

「そうと決まれば………行くしかない、わね。」

 

 真っ暗な夕闇にうっすらと影が浮かぶ島を見上げる。

 風が殆どない筈なのに、ぐらぐらと揺れている木々。まるで手招きしてきているように思えて内心恐怖が浮かぶが、私はその恐怖心を振りほどき進む決意をする。

 

「方角は……………」

 

 ざっくりと方角を割り出し、それを記憶の中にある地図に照らし合わせる。

 記憶が正しければ遊園地は島の北側にあった筈だ。

 目の前には砂浜から上の道へ通じる階段もある。まずはそれを登り、上の道に出て観覧車を目印に進めば、恐らく遊園地へ出れるだろう。

 

「艤装格納─────と……」

 

 航行に必要な艤装は、そのまま身に付けていては陸上歩行に向かない。艤装の重量ゆえに、装備したままの徒歩ではひどく負担がかかるのだ。

艤装は魂──と呼ぶしかない部分に格納することができるので、その状態に切り替えておく。

 

 弓を落とした為艦載機が使えないのが残念だが、とにかくこの島の捜索を開始するしかない。

 もしかしたら他の空母や利根型の誰かが艦載機を飛ばしてくるかもしれないので、上空にもしっかりと気を配った。

 

「…………随分綺麗ね……」

 

 この島は、何から何までがおかしい。

 新島なのに人工物があるという点でそもそもおかしいが、目の前の階段はまるで人の手が入ったように綺麗だった。

 

 

 

=====

 

加賀 蒼ノ久集落/太田家

   当日 23:10:14

 

=====

 

 

「畜生、とんでもねぇ暴れ方しやがって………」

 

「お頭、こいつが使い女か!?」

 

「あぁ、間違いねぇ………この化け物女が」

 

 

 私の周りを、息巻いた男達が取り囲む。降りしきる雨と風の中、私はその男たちを睨み威圧しながら、男の一人から奪い取った木杖を握りしめた。

 何故こんな状況になっているのか?

 

 気づいた時、私は座敷牢のような部屋に入れられ、手足を縄で縛られていた。そんな状況だったから、当然脱走を図る。

 

 そして、艦娘としての力を発揮して縄を引き千切り、座敷牢の扉を破壊して外に出た途端、周りから見知らぬ男達が現れた。

 そこからは、有無を言わさぬ暴力。

 海軍だと言っても、女が海軍にいるわけないの一点張り。もはや友好的態度など期待できぬので、自衛のため交戦し今に至る。

 

 既に何人か地面に転がっているが、男たちは怯まず隙をうかがっていた。

 

「1つ忠告するわ。これ以上やれば、死人が出るわよ?」

 

「うるせぇ化け物女が!!村を守るためだ、テメエらかかれぇ!!!」

 

 頭目らしい一人に向け最後通帳を放つも、あっさり反故にされてしまう。

 頭目の合図に周りの男たちが一斉に飛びかかって来たため、私は渾身の力で木杖を振り回した。技もへったくれもなかったが、艦娘の力であればそれだけで木杖は凶器と化す。

 

「うごぉっ」

 

「ごふぅ」

 

 運悪く木杖に捉えられた男たちが一人、また一人と宙を舞い、来た方向と反対側の地面へ墜落する。

 その様子を見て流石に怯んだのか、他の男たちも後ろへ引き下がり始めた。適当に振り回していただけだが、上々な結果だ。

 

「鎧袖一触ね」

 

「くそっ………化け物め」 

 

 頭目が苦虫を噛み潰したような顔で私を睨むが、私は涼やかな顔で木杖をその頭目へ向けた。

 この男たちは恐らく若者組の類い。ならば指揮官を潰せば瞬く間に瓦解する筈だ。

 そう思った私は、頭目を地面に叩き伏せるべくゆっくりと間合いを詰めていく。頭目も自分が狙われているとわかっているのか、手に持っていた日本刀を抜き放つと私へ向けた。

 

「畜生がぁ!!俺に近づいてみろ、潮薙の錆びにしてくれるわ!!!」

 

「やれるもんならやってみることね……そんな刀、へし折ってあげるわ」

 

 吠える頭目が日本刀をギラつかせているが、気迫で既に私が勝っている。

 威嚇するように木杖を振り回すと、それだけで小さく怯んだ。 

 

「お頭ァッ!!」

 

「?────っ!?」

 

 ふと背後からの声に振り向くと、乾いた銃声が響く。

 体に強い衝撃が走り、私は思わず仰け反った。

 

 後ろに現れた男が私に向けていたのは、硝煙の立ち昇る黒い筒。

 銃に撃たれたと察した時には、肩から血がどくどくと溢れだしていた。

 

「ぐっ、うっ───っ」

 

 痛みに木杖を取り落とし、肩に開いた風穴を手で塞ぐ。艤装があれば、銃の弾丸程度なら大した傷にはならない。しかし、艤装のない私には十二分にダメージがあった。

 

「猪狩り用の粒玉ですけぇ、これなら長くは持たねぇ筈でさぁ」

 

「でかした!!流石に鉄砲は効いてるみてぇだな」

 

 頭目が銃を構える男を褒める一方で、私は雨に濡れた服が血で更に濡れていくのを感じていた。

 傷を押さえる手には生々しい嫌な感触が感じられ、嫌でも傷口の大きさを察してしまう。

 撃たれたせいで、右肩から先はまったく動かせなくなっていた。

 

 血が流れ出し、段々と体が冷たくなるのを感じる。

 頭目が私にトドメを刺すよう男に指示を出しているのが聞こえ、私はそこから少しでも逃げようと地面を蹴りつけた。

 兎に角物陰が何かに隠れて銃の射線から逃れなければ、次は確実に急所を撃たれる。

 こんな訳のわからない所で殺される訳にはいかなかった。

 

「赤城さん────提、督──────っ!?」

 

「逃がさねぇぞ、化け物女ぁ!!」

 

 思ったよりも近くから銃声がして、飛び出した弾丸が耳元を掠めていくのを感じた。

 頭が狙われているようだが、それよりも距離がまったく開いてないことに私は驚いた。

 全力疾走していたつもりなのに………

 

 必死で駆ける私に向け、更に1発、2発と弾丸が飛んできた。

 死を身近にしての恐怖に、私の心はどんどん凍りついていく。

 

「まだ、死ぬわけにはッ……赤城、さんにっ」

 

 その時だった。

 島全体に、まるで地震が起こったような地響き───というより、警音(サイレン)が鳴り響いたのは。

 

 

 

 

──00:00:00────

 

 

 

 

「なんだ!?」

 

「────っ」

 

 島を震わせるほどの音に、誰しもが動きを止める。

 集落の眼前に広がる海。その方向から、何か大きなゴウゴウという音がこちらへ迫ってくるのを感じた。

 

 暗闇に映るのは、巨大な赤い津波──────

 

「あぁ………」

 

 今から逃げても間に合わない。そう思った私は、あまりの絶望にすっかり力が抜けてしまった。

 

 何故、こんなことに…………

 そんな風に思いながら私は、為されるがままに赤い波へ呑み込まれていった。

 

 

 

=====

 

提督 佐世保鎮守府/執務室

   当日 00:10:47

 

=====

 

 

 

「……………提督────何か食べられませんと、お体が持ちませんよ。」

 

 大鳳が懇願するかのような声で話し掛けてくる。

 しかし、僕の心は食事どころではどうしようもないくらいぽっかりと穴が空いていた。

 

 執務机の周りには、破れた書類や壊れた道具が散乱してまるで嵐にあったような有り様だ。

 

「……………皆、赤城さん達が行方不明となって混乱しております。提督自らが説明を──」

 

「僕に、それをしろというのか?僕自身が受け入れきれてないというのに?……………冗談は止してくれないか」

 

「──冗談ではありません!!提督、覚悟は出来ているとおっしゃられていたではありませんか!それに、まだ赤城さん達が死んだとは決まって…」

 

「誰も帰ってこないんだぞ………!?保険をかけていたのに、金剛も神通も戻って来ない───軍令部は、今回の一件ですっかり及び腰だ!!情報もなく、危害も出ていない──だから傍観でも許されるとでも思っているのか、上はッ!!!」

 

「………て、提督……」

 

 大鳳にあたっても仕方のないことは、自分でもよくわかっていた。けど、弱い僕はそうしないと心が潰れそうだった。

 

「畜生ッ────許してくれ赤城、僕は────」

 

 根回しをした筈の軍令部からは、今回の結果から待機を命ぜられていた。

 

 『悪戯に艦娘を消失させ、原因も情報も掴めずでは手立ての打ちようがない。ここは1つ、向こうの出方を見るしかあるまい。』

 

 落胆なんてものではない。

 これでは、ただの犬死にではないか。僕の艦隊は───赤城は─────何のためにあの島へ行ったのか!?

 

 僕は、作戦資料に写る新島──非公式に夜見島と呼ばれるソレを、無駄とはわかっていても睨み付ける。

 最愛の艦娘を奪った島。しかし、非力な僕にはそれくらいしかできない。

 部下を送ることは、犠牲が増えることを意味する。

 僕は……無力だ。

 

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.003

=====

村田式散弾銃
 十八年式村田銃を改造した、30番系単発元込め式の猟銃。弾倉式が普及する以前の形式の為、一発撃つごとに弾込めがいる。
 ライフリングが削られており、精度はあまり高くない。

=====

 漁師の男性が使用していた猟銃。
 古い銃ではあるが、90年代頃までは銃砲メーカーで工場装弾が製作されていた。現在は絶版と化し、入手も困難となっている。


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初日 00:00:00~02:00:00

=====

 

赤城 夜見島/瓜生ヶ森

   当日 23:59:14

 

=====

 

 

 

 あれから随分と歩いたが、これといったものは見つけていなかった。

 行方不明となっている水雷戦隊はおろか、仲間すらまだ見つけていない。ただ夜のこの島を散策しているような状態となっていた。

 

 何か起こると思っていたのに、拍子抜けするくらい何も起こらない。それが却って不気味だった。

 

「何もない、わね………………ッ!」

 

 木々の合間にチラリと、懐中電灯か何かの明かりが見えた。

 

 もしもに備えて気配を殺し、向こうから見つかりにくいようしゃがんで様子を見る。

 枯れ枝を踏み締める音が近づいてきて、私の胸は早鐘を打ち始めた。

 

 今、こちらは丸腰だ。

 武器らしい武器は持っておらず、相手が危害を加えてくれば素手で応戦しなければならない。

 一応素手での格闘も訓練は受けているものの、体験程度のものを半日やったくらいだ。その程度では、もし相手が武器を持っていた場合挑んだところで返り討ちである。

 

 しかし、相手もかなり警戒しているようなのか、息を潜めている筈のこちらに気づいたらしい。 

 

 私が隠れている茂みに光が当たる。

 間違いなく存在に気づかれ、私は内心覚悟を決めたものの、相手の声を聞いてその緊張は一気に解けた。

 

「……誰?」

 

「────あぁ、よかった………私です、翔鶴さん。」

 

「えっ、あ、赤城さん!?よかった、ご無事だったんですね!」

 

 懐中電灯を持っていたのは僚艦の翔鶴さんだった。彼女も艤装が破損していて艦載機が飛ばせないらしく、私同様仲間を探してこの島を探索していたようだ。

 

「翔鶴さんも無事で嬉しいわ。けどその様子だと……他の人を見かけた、という感じじゃなさそうね」

 

「赤城さんも……ですか…………」

 

 翔鶴さんは落胆した様子だった。恐らく、妹の瑞鶴さんの安否が気になっているのだろう。

 

「小さいと言っても、歩けばそこそこの広さがありますからね。小一時間歩いて誰にも出くわさないくらいには………遊園地の方から歩いてきたんですが、誰もいませんでした。」

 

「夜だから……って訳でもなさそうね。多分、皆銘々に動き回っているんだと思うわ。港の方にいたけど、誰も来なかったし………」

 

 上陸は可能であれば行うことになっており、その場合の集合地点には港を指定している。発光信号を飛ばして暫く港に留まっていたのは、他の艦娘との合流を待つ意味もあった。

 しかし、皆集合よりもまず任務を優先したのだろう。恐らく、行方不明の水雷戦隊を捜索する傍らで誰かと合流できればいいと思ったのかもしれない。

 

「一先ず、情報だけでも共有しておきましょうか。私だけど、港から集合住宅群を抜けてこの森に入ったの。森の中………ほら、あそこの方向にある建物が気になったのよ。」

 

 私は、森の中にある謎の建物の影────自分の目が間違っていなければ、船のように見える物を指差す。

 何故こんな森の中にあるのかは知らないが、遠くからでもよくわかる大きな船体だった。

 

「赤城さんも、ですか?………私は遊園地の方からあれが見えたので」

 

 

────00:00:00────

 

 そんな時であった。

 私達の耳を、地響きと共に大きなサイレンの音がツン裂く。

 

「っ───!」

 

「何!?」

 

 まるで空襲警報でも思わせるような、背筋が凍りつく不気味な音だった。

 それが島中へと木霊していっているようだ。

 

「────あ、赤城さん!う、海が!!」

 

 翔鶴が海の方向を指差す。

 そこには目を疑いたくなる程の巨大な高さの津波が、今まさに島を飲み込まんとこちらへ向かってきていた。

 

「なん、なの……この島は……」

 

 来てからというものの、わからないことだらけ。

 突然の嵐に、誰もいない島。次々と人や物を呑み込んでいった割りには何も起こらず、そう思っていた矢先にあの津波。

 

 正直、頭はパンク寸前だ。

 怯えた翔鶴さんが寄り添ってくるのを抱き締めながら、私達は自分が津波に飲まれる瞬間を待った。

 

 

 

=====

 

瑞鶴 夜見島/蒼ノ久漁港

   初日 00:10:44

 

=====

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!?─────────あれ?」

 

 津波に飲まれたと思った。けど、気付いたら何事もなかったかのように静まりかえった漁港で一人叫び声を挙げていた。端から見たら間抜けな光景だ。

 

「…………とうとう、幻覚でも見え始めたのかな………」

 

 荒波に飲まれて、気付いたら私はこの漁港に浮いていた。

 艤装も服も何もかもが水浸し。

 凍え死にそうだったので、海から上がってすぐに目についた小屋へ入った。

 漁具をしまっていたので、多分漁師小屋だ。

 中には漁師さんが使っていたであろう火鉢があり、折角だからと体を暖めていたのだが、サイレンのような音がして外を見たら津波が押し寄せてきていた。

 

「間違いなく、飲まれていた………よね」

 

 濁流に飲み込まれる感触は残っているが、服も体もまったく濡れていない。むしろ火鉢に当たっていたお陰で綺麗に乾いている。

 

 津波に飲まれたと思ったら、激しかった嵐もすっかりと静まりかえり、漁港にはポツンと私だけが立っている。

 狐にでもつままれたか?

 

「どうなってるのよ、この島は…………私、頭おかしくなったのかな…?」

 

 

 嵐や津波だけじゃない。気付いたら、海は真っ赤に染まっていた。

 夕日とか朝日とかではなく、赤色の水になっていたのだ。それに、気温も2月にしては生暖かい。

 

 同じ場所の筈なのに、まるで別の世界───模型みたいに良くできてるけど、まったく違う。そんな違和感まみれの世界だった。

 

「ここにいたって始まらない……か。兎に角誰か探そう。」

 

 嵐や寒さが無い以上、ここに留まる理由も無くなった。私は小屋に戻り、外に出る準備をした。

 

「何か武器になりそうな物は………これ、何だろ?」

 

 艦載機も弓も海に落としてしまった。

 こんな訳のわからない島で丸腰なんて自殺行為だ。そうなると何か武器が欲しくなり、小屋にあった刀のような物を一本拝借することにした。

 見るからに強そうだったし、鞘から抜いてみると錆がなく真新しい感じだった。 

 

「ごめんなさい、借りてきます……と。」

 

 刀を木の鞘に納めて腰に差し、小屋を出た。

 まずは集合地点の港まで行ってみることにする。といっても、ここからだと大分あるだろう。その道すがら誰かに会えれば御の字、といった所か。

 海を行ければいいけど、艤装が壊れていて航行出来なさそうなのだ。

 

 港から上に続く道を見つけ、そこを昇っていく。

 周りはみかんか何かの木が植えられていて、明らかに野生のものではない。こんな島に、誰か住んでるとでも言うのだろうか?

 

「────ぅ……………」

 

「ん?…………………えっ!?」

 

 まさかこんなすぐに知った顔に会えるとは思わなかったが、お互いに再会を喜ぶなんてできる状況じゃなかった。

 みかん?畑の茂みに見慣れた青い袴が見えたので掻き分けてみたら、加賀さんがそこに倒れていたのだ。

 しかも、肩に怪我を負った状態で。

 

「た、大変…………加賀さん!加賀さん!!」

 

「────ぅっ………ず…いか…………」

 

「よかった、まだ死んでない……!加賀さんすぐ手当てするから、頑張って──」

 

「瑞、鶴…………ここ…は?」

 

「わ、わかんないけど多分、畑………って、そんなことより!えっと───兎に角傷を止血しないと…………」

 

 加賀さんの顔には血の気がなく真っ青だ。服も体も血と雨でぐっしょりと濡れており、間違いなく体力を消耗していた。放っておけば艦娘と言えど死んでしまう。

 

「……………ぐっ、ぅ…………ぅ…………っ…!」

 

 私が戸惑っているのを尻目に、加賀さんはヨロヨロと立ち上がって周りを見回した。

 

「だ、ダメだよ加賀さん!血が…!」

 

 私は慌てて制止するが、加賀さんはなにかを警戒している様子だった。

 

「瑞鶴っ…!とに、かく……どこか隠れられる場所を………手当てはその後でいい、から!」

 

「あ……は、はい…………」

 

 満身創痍の加賀さんに怒鳴り付けられ、まだ新入りだった頃を思い出して萎縮してしまう。

 加賀さんに普段の余裕は全く無く、フラフラとしながら周りを見渡していた。

 

「あっ!そうだ………加賀さん、こっち!」

 

 私はさっきまで自分がいた漁師小屋を思い出すと、ふらつく加賀さんに肩を貸し、小屋へと案内した。

 行きと比べて時間はかかったものの何とか小屋にたどり着くと、加賀さんを私がさっきまで座っていたゴザの上に寝かせた。

 火鉢は灰を被せただけなのでまだ燻っており、灰をどけて炭をくべ直した。小屋は私が出てからまだそんなに時間が経っていないので温かい。

 

「何か包帯になるもの…………あった!」

 

 周りを見渡すと綺麗な晒しがいくつか目に入ったのでそれを取り、加賀さんの元へ戻る。

 ついでに赤チンも見つかり、手当てに必要な最低限の道具は揃った。

 

「加賀さん、服脱がせるからね?」

 

「えぇ………頼むわ」

 

 加賀さんの上半身を起こし、襷と胸当てを外して血に染まった上衣をはだけさせる。

 傷は想像していたよりもずっと深く、骨すらうっすら見えていた。

 

「染みるけど……我慢してね」

 

「………………ぐっ───」

 

 赤チンを傷口にかけて消毒する。

 相当痛い筈だが、流石というか加賀さんは呻き声こそ漏らすも叫びはしなかった。

 いくらかマシになった傷口に晒しを麦の穂巻きにして縛り、再び加賀さんを寝かせる。

 

 銃創だから詰め物をした方がいいんだろうけど、詰め物に使えるような物はない。下手なものを詰めると化膿してしまう。

 

「手際がよくて、助かるわ………」

 

「まぁ訓練でやってるしね…………ちょっと、服洗ってくるからじっとしてて。」

 

 そう言うと、血に染まった加賀さんの上衣を手に取り外へ出た。

 海はあれだけど、どこか水道くらいはあるはずだ。

 

「あった」

 

 洗い場らしきものと水道の蛇口を見つけ、栓をひねった。

 しかし、出てきたのは赤い水。

 

「わっ!?嘘、でしょ……何なのよ」

 

 待っても待っても、赤い水が透明にならない。

 試しに手ですくって臭いを嗅いでみると、普通の水のような臭いだった。

 

「うっ………どうしよう……」

 

 見た目は赤いが、普通の水にも思える。

 加賀さんの上衣が赤くなってしまうかもしれないが、血でベタベタよりはマシかもしれない。

 私はその赤い水で加賀さんの服を洗い、きつく絞って小屋へ戻った。

 

 小屋に戻ると、加賀さんは余った晒しをゴザの上に敷いて寝ていた。唇を噛み締め、額からは大粒の汗が滲んでいる。傷の痛みに耐えているのがよくわかった。

 

「ごめん加賀さん、なんか普通の水が無くてその…………」

 

「服……洗えなかったのね…………」

 

 加賀さんは私の言葉を聞き、目に見えて落胆していた。

 服は赤い水で洗ったせいか薄紅色にうっすら染まっており、血もいくらかは落ちたもののあまり綺麗とは言えない有り様だった。

 絞った上衣を乾かすため火鉢の近くの梁に吊るし、適当な晒しを加賀さんにかける。

 

「………どうしてこんな…」

 

 薄紅に染まった加賀さんの上衣を見て一人言のように小さく呟く。

 ありふれている筈の水が、どうしたら全て赤くなる?

 理由などまったく想像がつかない。

 もう、訳のわからないことだらけだ。

 

 

 

=====

 

神通 夜見島/崩谷~金鉱社宅

   初日 01:09:57

 

=====

 

 

 

「参りましたね……こんな状況は、流石に想定外です」

 

 私の言葉に呼応する者はなく、代わりに人ならざる者たちが周囲にうごめいていました。連中の呻き声は、聞いていてあまり心地いいものではないですね。

 

 私はガラクタ置き場から手に入れたネイルハンマーを構えると、適当な一体に狙いを定めました。

 

 ソイツの獲物は角材、リーチは長いから本来は不利。しかし…………

 

 動きが鈍すぎる……!

 ソイツが角材で中段に薙ごうとするのを見極め、角材を足場に跳躍。

 身長の倍程度からの落下エネルギーも利用し、ネイルハンマーの重さと腕力で─────唐竹割りに一発。

 

「一本、取りました。」

 

 崩れる敵を見据え、次の獲物に視線を移します。

 

 連中にも恐怖心はあるのか、私に睨まれた敵は背を向けて逃走するような挙動を取りました。その方がむしろ好都合です。

 

 素早く間合いを詰め、ネイルハンマーによる一閃。

 ガラクタでも無いよりはマシと思っていましたが、取り回しやすさや最適な威力──ネイルハンマーの評価を見直す必要がありそうです。

 

「背を向けた者から死ぬ───戦場(いくさば)の鉄則ですよ?………まぁ、あなたたちに戦の講釈を垂れても、意味無いんでしょうが──」

 

 頭を失って倒れる相手を尻目に、残った連中を威圧する。

 それに怯んでチリジリになって逃げる連中から、手近なのを次々仕留めていくと、気付いたら周囲から連中の気配は消えていました。

 

「……………さて、駆逐艦たちを探しましょうか。」

 

 顔についた返り血を手で拭いつつ、私は部下たちを探して集合住宅の中へと歩を進めました。

 

 

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.004

=====

鮪切り包丁(一尺五寸)
 刃渡り45cmの刀と見まごうばかりに巨大な包丁。
 鮪などの大型魚類解体に用いられ、切れ味は抜群。

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 瑞鶴が入手した鮪切り包丁。
 加賀はズイズイ丸と命名した模様。



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初日 02:00:00~03:00:00

=====

 

川内 金鉱社宅/集会所

   初日 02:04:17

 

=====

 

 

 

「私が抑えてる間に───早く逃げなッ!!」

 

「もう嫌だ……おうち帰る………」

 

「初雪ちゃん早く!手伝って!」

 

 

 あの赤い津波。

 あれが幻覚でしかないことに気づいたのは昨日のことだ。そして、同時になるサイレンが何を意味するかを知ったのも昨日。

 

 こうなる可能性は十分にあった。けど、私はその可能性を考えたくなかった。

 希望的観測と言うやつだ。

 私達なら大丈夫、そう信じたかった。この島で起こることは、私たちにとって最悪の形にしかならないことは承知済みなのに。

 

 現実は残酷だ。

 この子の最期の言葉と、皆で最後を看取った時のことが頭の中に甦ってくる。

 

「なんで起きてきたのさっ、白雪ィ!!」

 

【あぁ───このっ────はな、せ────】

 

 この子の埋葬方法を皆で話していた時だった。

 突然、白雪が起き上がり、近くにいた深雪に噛みついたのだ。

 しかも尋常じゃない力で、それも急所になる首筋にだ。当然深雪は首から血が溢れ、吹雪と初雪によって外へ担ぎ出されている。

 

 私は白雪を羽交い締めにし、残りの駆逐艦達を避難させた。

 白雪は私の拘束を解こうと大暴れするが、私は渾身の力で白雪を押さえ込み続ける。

 

 只でさえ駆逐艦たちは参っているのだ。この上、白雪に襲われたらあの子達は心が壊れてしまう。

 

【────せっ、川内さん───】

 

「白雪、記憶が───」

 

【ふ、ふ────今ねぇ、最高の気分なんですよ………皆も、こっちに来ましょうよォ!!】

 

「っ!?あぁっ──」

 

 白雪に腕を噛まれ、痛みに耐えかねて拘束を解いてしまった。

 籠手を着けている為血は出ていないが、噛まれた部分はビリビリと痺れている。

 

【うふ、ふ───せんだいさぁん!】

 

「うわっ!?」

 

 白雪が、どこからか木製バットを持ち出してきてそれを振りかぶった。

 私は咄嗟に避けるが、白雪はバットを振り回して追撃してくる。

 

【いつもいつも───あなただけ提督にちやほやされて……私達は添え物扱いなんだから──】

 

「!?──ぐっ」

 

 ここにきて白雪の本音の吐露。

 それを聞いて一瞬動きの止まった私に、すかさず白雪はバットを振るう。

 横腹にその一撃が入り、その痛みに私は踞ってしまう。そこへ、白雪は立て続けにバットを振り下ろしてきた。

 

「ぐぁ、ぁう───や、めっ───」

 

【楽しいなァ───川内さんッ!!】

 

 白雪が漏らす声を聞き、私は今更になって初めて白雪の不満を知ることになった。

 

 白雪の瞳から流れる血涙。

 それが、彼女がいままで抱いていた不満が堰を切って流れ出ているように思えてしまい悲しくなる。 

 

 当然だ。

 提督は特別贔屓にしてるつもりはないだろうけど、私は佐伯警備府唯一の軽巡で、しかも特技は夜戦。

 負担の大きな夜間哨戒を私は進んで買って出るから、提督としても頼みやすい。自然と出撃頻度も増える。

 駆逐艦達とはどんどん練度に差が出てきてしまうのだ。

 

 多分、それが白雪──もしかしたら他の駆逐艦からも快く思われていなかったのかもしれない。

 

「ぐぅ──ぅ──っ───」

 

 私はバットで全身を打ち据えられ、苦悶の声を漏らしながら白雪を見た。

 それが気に食わなかったのか、白雪は大きくバットを振りかぶり、それを私の頭へと振り下ろす。

 

「うあ゛っ」

 

 強い衝撃で視界がはぜる。

 額に液体が伝うのを感じた。多分、気が少しでも緩めばそのまま気を失うだろう。

 

 けど───

 

「───しら、ゆ、き…………ごめ…ん………」

 

 私の本心を伝えるまで、気を失う訳にはいかなかった。

 それが白雪に伝わったかどうかはわからないが、私はその言葉を最後に気を失った。

 

【う、ふふー………ふふふ───】

 

「─────上官に手を挙げるとは………頂けませんね」

 

 

 

 

 

=====

 

神通 金鉱社宅/13号室

   初日 02:13:24

 

=====

 

 

 

「川内さんッ!!嫌です、死なないでェ!」

 

「大丈夫です。まだ死ぬほどの怪我ではないですよ」

 

 私が川内さんを抱えて集会所から出てくると、彼女の部下の吹雪さんが駆け寄ってきました。

 目の前で姉妹艦が連中の端くれになってしまい、更にはもう一人が負傷。彼女は相当追い詰められているのでしょう。

 彼女の慌て方を見れば、川内さんがいかに慕われ、心の支えになっているのかがよくわかります。

 

 私は川内さんを事前に見つけていた集合住宅の使えそうな部屋に連れていき、簡単な応急処置を施すことにしました。

 本来なら私の部下に使いたかったのですが、救護対象である彼女らを無下にするわけにはいきません。

 私は携行していた艦娘用ファーストエイドキットを開くと、痛み止めと修復ジェルを傷へ塗り、止血パッドを当てて包帯で巻き付けます。

 

「………これで大丈夫でしょう。もう一人の方を………」

 

 私は深雪さんの方へ寄ると介抱していた初雪さんに退いてもらい、深雪さんの傷の状態を見ました。

 

「───これは…………」

 

 見るに堪えない無惨な傷を見て、私は思わず顔をしかめてしまいました。

 急所をやられ、出血性ショック一歩手前の状態。

 私は修復ジェルを傷口に充填し、止血パッドを当てました。包帯は使ってしまったので、初雪さんが持っていた手拭いを包帯代わりに巻きました。

 

「……………これで、あとは安静にしておけば大丈夫でしょう。私にできるのはこれくらいです。」

 

「…………ありがと、ございました。」

 

 介抱していた初雪さんが頭を下げます。

 深雪さんは痛み止めが効いてきたのか、先程よりかは楽そうな息になりました。

 

「あの…………神通さん、ありがとうございました。何から何まで……」

 

「礼には及びません。あなた達の捜索も任務でしたから。」

 

「え……?」

 

「あなた達の司令官、全国の提督に救難を嘆願して廻っていたようです。無事帰還できたら、しっかり感謝するのですよ。」

 

「司令官………………っ、うぅ」

 

 吹雪さんはうつむき、小さく嗚咽を漏らしました。

 彼女たちはもう4日近くこの島で過ごしているはずです。満足に食事も休息も取れていないでしょう。

 いつか帰還できるという希望だけが、今の彼女たちの気力を支えているのだと思います。

 

「今日はもう休んだ方がいいでしょう。あなた達よりは私の方が気力も体力もあります。私が見張りますから、皆ゆっくり休みなさい。」

 

「っ、はいっ……」

 

 色々ありすぎて疲れているのか、吹雪さんはそのまま畳の上に横になったと思うとすぐに眠ってしまった。

 私は初雪さんにも横になるよう目配せし、二人が寝たのを確認して部屋を出ます。

 

 外に出て気配を探ると、周りに連中の気配が戻ってきていました。ここにきてから、私は妙な力が使えるようになっていたのです。まぁ、便利なので使わせてもらってますが。

 

 私はここを拠点化し、探索の足場とする事にしました。こういうRC構造で出来た集合住宅というのは、バリケードを昇降口に作っておけば容易に侵入を阻める砦となるのです。

 

 私はバリケード用の資材を収集しながら、ふと気になったことを頭に浮かべました。

 それは、彼女たちは固まっていられたということです。私達は波に飲まれた後、チリジリになってしまったことで大幅な戦力減となっています。それに対し、彼女たちはかなり早い時期からすでに合流できたのでしょう。そうでなければ、すでに何人か犠牲者が出ている筈ですから。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか背後にも1つ気配が迫っていました。

 

【うぅ───よ─くも───】

 

 どうやら、連中は()()()()()()()()しなければ復活してくるようですね。

 私は血に濡れたネイルハンマーを腰帯から外し、再び起き上がった白雪さんだったものに振り向くと、そのままハンマーを振り上げました。

 

 

 

=====

 

利根 夜見島港/ドルフィン桟橋

   初日 02:25::05

 

=====

 

 

 

「だーれも来んのぅ」

 

「そうじゃねぇ……利根さん、ウチらひょっとして場所間違えとるんかねぇ?」

 

「そうじゃな………なんか、段々そんな気がしてきたわ」

 

 我輩がこの港に座して2 時間ほどか。その間にやって来たのは浦風のみであった。

 浦風の服にちょっと返り血が付いてて驚いたが、深くは詮索しておらなんだ。

 

「利根さん、まさかとは思うけんど……皆連中にやられたんじゃなかろうか……」

 

「連中?」

 

「ありゃ、利根さんはまだ会っちょらんのじゃね?あ、あれじゃ、うーうーうなってフラフラ歩きよる人っぽい…」

 

「うおうっ!?何じゃあれは!」

 

「あれが連中じゃ利根さん。仲間を呼ばれると面倒じゃけのう……よし」

 

 浦風が来たとき驚いたのは服の返り血だけではない。片手に長物(サンパチ)を持ってきたのだ。

 ずいぶんと懐かしい代物であったが、それはよく手入れされてるのか機械油の薫る小綺麗な代物であった。

 

「磯風と射撃練習しとって良かったわ。こん島来てから、よぉ当たるけぇね。」

 

 銃を構え少し狙いをつけた後、浦風は発砲した。

 連中と呼ばれたそれは見事に頭を撃ち抜かれ崩れる。

 

「大人しくくたばっとれや。」

 

(ちくまぁ……最近の駆逐艦はおっかないのぅ………)

 

 三八式の槓捍を操作しながら浦風は吐き捨てるように言うが、我輩はその浦風に内心恐怖した。

 

 

 

=====

 

榛名 陸の船/左舷上甲板

   初日 02:34:02

 

=====

 

 

 

 こんな大きな船が陸の上にあるなんて……

 まさか、先程の津波でこの奥地まで運ばれたんでしょうか?

 暗くてよくわかりませんが、かなり大きいようです。

 

「戦艦か空母くらい………ですね」

 

 昼間に見てみないとわかりませんが、大体200mくらいはあるようです。

 こんな大きな船ですから、船の乗組員だって相当いたはず。その人たちは一体どこへ行ったのでしょうか?

 

【───誰か─いるのか────】

 

「!………っ」

 

 うめき声のような何かの声が聞こえ、私はその方を見て身構えます。

 その時でした。

 

 連なった甲高い銃声と共に鋭い痛みが左足と脇腹に走り、私はバランスを失って崩れました。

 まさか、突然発砲されるなんて…

 

「痛っ───」

 

 撃たれた箇所の痛みが段々と増してきて、それが全身を駆け巡っていきます。

 しかも、自分が撃たれたということを理解した直後に、今度は三発目が左肩を貫いていました。

 

「あぁああぁ!!!」

 

 真っ白な服に血がにじんでいき、あまりの痛みに思考が上手くまとまりません。

 敵はまだ私を狙って射撃を繰り返していました。

 私は甲板を転がり回るように走りました。そのお陰か、どうやら弾を避けきれたようです。

 

 弾倉交換のためか敵の射撃が一瞬止み、私はその隙に船内へ逃げ込むことに成功しました。

 

【──だ────れ──か───】

 

「うぅ………………………」

 

 三発の被弾に加え、激しく動いたせいで心拍数ははね上がり、流血量もそれに伴って増加していました。

 服はすっかり血に染まり、頭は血液不足でくらくらします。

 痛みはあまり感じなくなりましたが、一歩ずつ死に近づいていると思うと安心など出来ませんでした。

 

 それに、敵もまた船内へと入ってきた音が聞こえます。

 私は、自分が死ぬ時が刻一刻と迫っているような感じがして、気づいたときには恐怖から涙を流していました。

 

(金剛お姉様……比叡お姉様……霧島………提督…………榛名はこんなところで死ぬのでしょうか………覚悟は決めてたつもりなのに………怖い…このまま一人で死ぬなんて………)

 

「………いや…………」

 

 その時でした。

 別の方向から再び銃声がして、何かが倒れる音がしました。

 

「すんません、一藤さん──────ん?誰かいるのか………って、え?」

 

「ひっ────」

 

 ライトが向けられ、迷彩服を着た若い男性が入ってきました。小銃の銃口が向けられ、私は声にもならない悲鳴を上げました。

 そのくらい、私は惨めに追い詰められていたのです。

 

「あ、ご、ごめん!撃たないから大丈夫!えーと………少佐!生存者発見!」

 

「────了解」

 

 遠くからくぐもった低い男性の声がして、大きな体格の軍人が入ってきました。

 その軍人は私を見ると、若い男性の肩を叩き、首を横に振りました。

 

「永井───こいつは人間じゃねぇ。始末する」

 

「は─?」

 

「三発食らって、生きてる女がいんのか。それに、どう考えても格好が一般人じゃねぇだろ。」

 

 そういうなり、その軍人は私の眉間に銃口を突きつけました。艦娘といえど、艤装の加護もない状態で眉間を撃たれれば間違いなく死にます。

 

「ひっ!?ま、待って─お、お願いですから、撃たないで──」

 

「ちょっと待てよ!!何だよさっきからアンタ!!!」

 

 その軍人が引き金を引く前に、銃口が私の前から反らされました。

 あの若い軍人でした。

 

「おい、永井兵長───」

 

「畜生、前からアンタおかしいと思ってたんだよ!!!もうやってられっかよ!!!」

 

 そういうなり彼は私を抱き上げ、見るからに上官らしきその男に背を向けると、小走りで離れていきました。

 私はというと、一先ず命は助かったという安堵と、血を失いすぎたせいで意識が朦朧としていた為、気づいた時には気を失っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.005

=====

乙種警備艦についての訓示(秘)

 イ.通常の警備用艦艇に対し、対深海棲艦警備用の警備用艦艇を指す。
 ロ.所属を各鎮守府及び警備府警備艦隊とし、連合艦隊への配備は原則として行わない。
 ハ.一項
 倫理上の観点から機密管理は厳重とし、作戦上必要な場合のみ情報の開示を許可するものとする。
  二項
 情報の開示許可については、原則として国防大臣と軍令部総長が行うものとする。

=====

 海軍軍令部が艦娘の機密扱いについて定めたもの。
 これにより、艦娘の存在を知るのは艦娘運用関係者を除けば海軍上層部と一部政府閣僚のみとなっている。

 


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初日 03:00:00~04:00:00

※矛盾点があった為修正致しました。


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榛名 陸の船/士官室

     初日 03:00:59

 

=====

 

 

 

「──────…………う、ん…………ここは……」

 

 私はズキズキとした全身の痛みから目を覚ましました。マットレスのないベッドに寝かされており全身が固くなっていましたが、贅沢は言えません。

 

 体を見てみると、銃に撃たれた傷は止血パッドや包帯で丁寧に処置されており、血は止まっていました。

 

「あ、起きた?体は大丈夫?」

 

「え、あ……はい」

 

 どこからか見つけてきたのか、白磁の湯呑みと軍用水筒を抱えてあの若い軍人が現れました。

 彼は私が起きたのに気づくと急いで駆け寄ってきてきました。

 

「よかった…結構傷ヤバかったからさ……とー、君名前は?なんであんなところいたの?あ、あとこれ水!」

 

 彼はそう言って湯呑みと水筒を私の傍らに置き、自分は反対側のベッドに腰かけました。

 血の流しすぎか喉の渇きが酷かったので、彼の好意はとても嬉しかったです。 

 

「あ、ありがとうございます───えっと………その、海軍の任務でとしか……信じられないかもしれませんが、私は海軍の軍人で──」

 

「え、ひょっとして…………艦娘ってやつ?」

 

 それを聞いて、私は動揺を隠しきれませんでした。

 艦娘の存在は極秘利、故に存在を知る者は本当にごく限られた者しかいないのですから。

 一端の陸軍兵士である彼が艦娘のことを知っていたのには驚きを隠せませんでした。

 

「……………えぇ。よくご存じですね」

 

 けど、何より彼に私が艦娘だと知られてしまったのが何となく嫌だったのもあり、私は落胆してしまいました。

 

「そのー………噂くらいはあるしさ。でも何て言うか…………どんなのかと思ってたけど、すごい可愛い」

 

「か、可愛い……!?」

 

 顔が紅潮するのを感じます。

 艦娘をやっていて、殿方から可愛いなんて言われたのは初めてでした。

 

「あ、えっとその………………………あ、俺永井っていうから!よろしく!」

 

「え?あ……………榛名、と申します。よろしくお願いします」

 

 私は慣れていないが故にぎこちない反応しか彼に返すことができず、内心自分の奥手さにやきもきするばかりでした。

 

 

 

=====

 

金剛 夜見島/港へ続く林道

   初日 03:23:30

 

=====

 

 

「Damn………!」

 

 私は筑摩を肩に担ぎ、森の中を駆けていた。

 背中は汗と血でじっとりと濡れ、背後からは銃声が響いてくる。

 

 耳許を弾丸が掠めるのを感じるが、振り返っている暇はなかった。

 

「筑摩サン!!生きてマスカ!?」

 

「──えぇ、まだ………」

 

「まだもクソもないデス!!!弱音はNOなんだからネッ!!!」

 

 筑摩から返ってくる声はあまりにも力無く、私は急がねばと走る速度を上げた。

 

「利根サンどこいるネッ…!」

 

 筑摩の容態は控え目にいって悪い。

 手遅れになる前に、せめて一目でもいいから姉に会わせてあげたい。妹を持つ身として、そう思った。

 

 筑摩は腹部を撃たれていた。それも、機関銃で撃たれたかのような蜂の巣だ。

 私が見つけた時にはもう虫の息で、彼女の周りには血溜まりが出来ていた程だ。

 

「金剛さん──お願いが……」

 

「NO!そのお願いは聞けないネ!!」

 

 次に何を言うかなんて分かりきっていた。私は筑摩を黙らせ、港への道を急ぐ。

 もしかしたら、そこに利根がいるかもしれない。それに、誰か味方の艦娘がいれば筑摩の処置をしてくれるかもしれなかったからだ。

 私はこの時ほど応急セットを持ち歩いていない事を悔いたことはなかった。

 

「ッ!?───うわッ」

 

 夜道を全力疾走していたせいと、焦りで注意力が鈍っていたせいで、木の根に足をとられた私は盛大に転んでしまう。

 しかも、運悪く坂になっていたせいで私は数mも斜面を転がり落ち、大きな岩にぶつかってやっと止まることができた。

 

「ぐ───つぅぅぅぅ…………Shit!!!Shit!!!Shit!!!────これしきッ、アアアアアッ!!」

 

 岩に強打した左腕に鋭い痛みが走り、全身打撲で体が悲鳴を挙げる。しかし、こんなところで転がっている訳にはいかなかった。

 私は無理矢理足を地面に突き立て、落としてしまった筑摩のもとへ戻ろうと斜面を這い上がった。

 左腕は力が入らず、額は少し割れたのか血が滴る。体はいい加減休ませろと抗議してくるが、それでも瀕死の筑摩よりはマシと自分を叱咤した。 

 

「筑摩サン!!」

 

 斜面をかけ上がったところで筑摩を見つけ、私と一緒に転がり落ちていなかったことに胸を撫で下ろす。そして、再び担ぎ上げようと屈んだ。

 しかし、左腕は言うことを聞かずダラリとぶら下がったまま。右腕だけで筑摩を担ぐのは無理があった。やむ無く筑摩の片腕を取り、それを私の肩に回す。

 

「立つデェェス、あと──チョットなんだから!!!」

 

 全力で筑摩の体を引っ張り起こし、歩かない筑摩を引き摺りながらゆっくりと斜面を降りる。

 気づいた時にはなぜか銃声が止み、私は銃撃が止んでいる間に少しでも距離を稼ごうと歩き続けた。

 

「───ほら……筑摩サン、港が見えた…デスヨ?」

 

 木々の間から防波堤を見て、私は隣の筑摩に声をかける。

 

「──筑摩サン?筑摩サン!返事するデス!!!」

 

 返答のない筑摩に嫌な予感がし、私は筑摩を揺さぶり叫んだ。

 筑摩はただ揺られるばかりで、声を出す気配はなかった。

 

「……………My god…Oh my god………Oh my god…ッ!!!」

 

 何のためにここまで来たのか……そんな徒労感よりも、死に目に姉に会わせてあげられなかったことの方が心に重くのし掛かった。

 私があの時転んでいなければ……

 応急セットを携帯していれば…

 刺し違えてでも敵に立ち向かっていれば……

 

 自分の選択への後悔と筑摩への申し訳無さ、行き場のない感情に私は歯を食い縛る。

 

「Sorry……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ筑摩サン…利根サン………」

 

【───金剛─さん───】

 

「!!──筑摩サン!?生きて゛ッ──What's…this…………」 

 

【──大変でしょう………もう…楽になってしまいましょうネェ】

 

 突然甦った筑摩に喜ぶも束の間。いきなりナイフを腹に突き立てられた。

 私は訳もわからず、腹に刺さったナイフを見て愕然とする。

 喋ろうとすると口から血が溢れてきてうまく喋れない───

 

「───どう、シ、あがっ───!?」

 

【金剛さん、お辛そうでしたからぁ───さぁ、こちらの世界へ……どうぞぉ~】

 

 ナイフを引き抜かれ、私は体制を崩した。筑摩に見下ろされる格好になる。

 そして、その筑摩の後ろには黒いモヤモヤとした何かが見えた。ソイツらは幽霊のように顔があり、私に向かってじりじりと近寄ってくる。

 私は慌てて後退り、その黒い何かから距離をとる。

 

「な──げほっ─ッ─こ、来ないでっ────Stay away─No!」

 

 血が口から溢れるのも気にせず、私はその黒いナニかへ向け近くの枝や石を拾っては投げつけた。

 

「うッ、アアアアアァァァァァ゛!?」

 

 けど、そのモヤモヤは1つだけではなかったのだ。

 気づいたら周囲には黒いモヤモヤが何体も湧いており、その一体が背後から噛みついてきた。

 そこからはまるで獲物に群がる狼のように、私の体へ次々と噛み付いてくる。

 

 耐え難い苦痛に我を忘れて暴れ抵抗するが、弱った私ではまともに連中を振りほどけなかった。

 

「イタイ…………どうし、テ………………」

 

 私は体を黒いモヤモヤ達に貪られながら、虚ろな瞳で空を見上げ続けるしかなかった。

 

 

 

 

=====

 

翔鶴 貝追崎/第一砲台

   初日 03:03:57

 

=====

 

 

 人のうなり声のような風の音に、私は言い得ぬ不気味さを感じて眉を潜めた。

 

「嫌な音…………赤城さん、誰かいましたか?」

 

「いえ、誰もいないわね………皆、もしかして港へ向かったのかしら?」

 

 赤城さんと私は津波に飲まれ、気づいたらこの集落にいた。

 私達は辺りを見回しながら、人の気配のしない廃墟を歩く。

 どうやら、この島には軍の施設すらあるようだ。それだけでも、島に関する情報を軍部は持っているのでは?

 

「私達が送り込まれた意味……何なのかしら?」

 

「え?」

 

「あぁ、すいません。少し考え事を」

 

 この島にあるこの砲台群。ここに設置してある大砲は決して古いものではなく、第二次大戦頃よりやや古いくらいの要塞砲だった。

 しかも、潮風による錆びはあっても、長い年月による風化は見られない。まるで、ここだけ時が70年前で止まっているようだ。

 

「──この島、軍はすでに存在を知っていたのではないでしょうか?」

 

「?………どうしてそう思うのかしら?」

 

「この大砲……見覚えありませんか、赤城さん。これ、十年式高角砲です。つまり、少なくとも70年前までは、この島を軍が要塞として使用していたということになるんです。」

 

「じゃあ、軍はこの島の存在を知っていて、その上で何の情報も開示していない…と?」

 

「えぇ、一般に対しては…ですけど。私達に配られた作戦資料、覚えていますか?」

 

「!………そういえば、嫌に詳しかったわね。あの地図。」

 

「はい。軍がこの島を要塞として使っていたのであれば、あのくらいの地形図を用意するのは簡単な筈です。それに……あの地図、70年前には有り得ないものまで載っていた。」

 

「!……遊園地ね。」

 

「はい。要塞のある島に、果たして70年も昔からそんなものあるでしょうか。つまり、軍は70年前どころか、この島が消える30年前のことまでしっかり把握しているということです。」

 

「それじゃあ、何故私達にそんな島の偵察を命じたのかしら?」

 

「…………そうですね………………………深海棲艦との関連を警戒した──ってところでしょうか?現状、それが一番濃厚な線な気がします。一つの島が消失……そんな超常現象、起こせるのは深海棲艦くらいですし。」

 

 正直、島にいる以上は理由などどうでもいいことかもしれない。

 けど、私はなぜこの作戦が実施され、自分がこんな状況にいるのか納得できる答えが欲しかったのだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、私は不思議なものを見つけた。

 

「?………焚き火?」

 

 砲台の手前くらいだろうか。

 ドラム缶で作られた囲いの中で、ゴミを燃やしていたのか火がくすぶっていた。ご丁寧に火掻き棒まで添えられている程だ。

 私は火掻き棒を手に取り、それをまじまじと見つめる。

 何故こんなところでゴミが燃やされているのか。こんな非日常的な状況下で、何故かある日常。本来ならないはずの違和感が、その焚き火からは漂っていた。

 

「翔鶴さん、どうしたのソレ。」

 

「いえ………こんな状況で、誰がゴミなんて燃やしてるんだろうと思って……」

 

 赤城さんの問い掛けに、私は焼けた火掻き棒を見せながら答えた。

 赤城さんも不思議に思ったのか焚き火を覗きこむ。

 

「何か変なものが入ってるわけでもない……わね。何なのかしら」

 

 赤城さんの独り言に、私は試しに火掻き棒で灰を弄ってみるが、これといったものはなかった。枝や枯れ葉など、ごくありきたりな燃えるゴミだ。

 

【─────て、き、発見】

 

 焚き火ばかり見てたせいかもしれない。私達は二人とも、背後に近づく何かに気づいていなかった。

 突然棍棒のようなものが私の頭に叩きつけられ、私は痛みと衝撃で地面に崩れた。

 

「───っ、うぐっ……な、に……?」

 

 私の目に写ってきたのは、陸軍兵士の男だった。血まみれで血色のよくない肌ではあるが、その手には角材が握られ、今まさにそれを降り下ろそうとしていた。

 私は咄嗟に飛び退き、角材の一撃をかわして体勢を整えた。

 

「このっ──!!」

 

 手に持っていた火掻き棒を上段から降り下ろし、勢いよく男の後頭部へと叩きつけた。

 火掻き棒は見た目以上に重さがあり、鋭いスパイクも付いている為にその一撃の威力は馬鹿にならない。

 火掻き棒のスパイクが男の頭を捉え、嫌な音と共に男の頭を吹き飛ばす。

 

「うっ…っ───」

 

 まるで割られたスイカのような状態になったのを見て、私は胃からこみ上げるものを感じて思わずえづいてしまう。

 

 

 

「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!」

 

 しかし、突然響いてきた悲鳴に私は我に返った。

 辺りに響いた悲鳴にそちらを向くと、もう一人の兵士が、赤城さんに馬乗りになっていた。

 

「───このッ……やぁぁぁぁ!!!」

 

 私は咄嗟に火掻き棒を振りかぶり、渾身の力を籠めたフルスイングを叩き込む。

 先ほどの比ではない威力が集積され、兵士の頭を捉えた。

 艦娘のフルパワーで叩きつけられた火掻き棒は、まるで刀にでもなったかのように男の頭を()()()()()

 

 そのインパクトの衝撃で兵士は吹き飛ばされ、自由になった赤城さんは両目を押さえて悶える。

 

「うぐぅ……痛、痛い゛っ───たすけ──しょう──かく゛っ」

 

 手で押さえられた両目から血がだらだらと溢れるのを見て、私は悲鳴のような声を出していた。

 あろうことか、赤城さんは両目を潰されていたのだ。

 

「あ、赤城さん!?そんな、目が───止血しなきゃ───あぁ、どうしたら──」

 

 頭がパニックになり、適切な対処方法が思い浮かばない。

 私は必死で沸き上がる感情を抑えながら、苦痛から助けを求める赤城さんの治療を行った。

 

 

 

 




アーカイブ
No.006

=====

陸軍築城本部通達ノ事

昭和十年七月付
豊後水道防衛力強化ヲ喫スル為、豊予要塞各砲台ハ佐伯築城司令部指揮下トナリ戦備増強工事ニ着工ス。

以下定ル各砲台ヲ対象トスル。
丹賀
佐田岬
高島
貝追崎

=====

 昭和10年に発令された豊予要塞各砲台の増強工事計画についての通達。




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初日 04:00:00~05:00:00

※ライフルの仕様を若干変更しました。


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瑞鶴 夜見島遊園地

   初日 04:03:57

 

=====

 

 

 

 

「遊園地って、これが………………大分ちっちゃいのね」

 

 古る寂れた遊園地脇の道路。そこに降り立った私は軽トラのドアを閉めると、車の外へと出た。

 

 加賀さんを歩かせる訳にもいかないため、何か運べる手段を探したら運よく軽トラを見つけたのだ。

 しかも鍵が付きっぱなし、バッテリーも上がっていないという代物だった。燃料も満タンで申し分なく、有り難く使わせてもらっている。

 

「瑞鶴………どうしたの?」

 

「ちょっとね。加賀さん、乗り心地は悪くない?」

 

「上々………とは、言えないわね。流石に」

 

 加賀さんには荷台に乗ってもらっていた。

 民家で拝借した毛布と布団でクッションを作ったが、やはり軽トラの荷台だけあって乗り心地は良くないと思う。

 あとは私の運転が下手じゃないと信じたいところだけど。まぁ、延々と港まで歩くことを考えたらマシだ。

 

 策の向こうの遊園地を眺めながら私は、あそこなら普通の水もあるんじゃないかと思った。

 水じゃなくても、遊園地なら自動販売機の1つや2つあるはずだ。正直喉が渇いてきているし、血を流している加賀さんの場合はもっと深刻だと思う。

 

 私はこの軽トラに積んでいたバールと、漁師小屋で手に入れた刀?を手に持ち、民家で入手したリュックを背負った。

 

「加賀さん、ちょっと遊園地の中を見てくるから。すぐ戻るね」

 

「すぐ、ね………わかったわ。」

 

 本当言うと、加賀さんを軽トラの荷台に放置したまま離れるのは気が進まなかった。けど、遊園地は目と鼻の先で、軽トラに何かあってもすぐに戻ってこれる範囲だったのだ。リスクを冒してでも行く価値はあった。

 

「一応、何かあった時の為に………これ、置いとくよ?」

 

「フッ──ズイズイ丸ね。持っておくわ」

 

 私は刀を加賀さんの脇に置くと、加賀さんはそれを見て冗談っぽく名前を付けた。その様子を見て少し普段の調子に戻ってきているように感じ、私はちょっと安心する。

 

「なによその名前。まぁ、いいけどさ。じゃあ行ってくるわ」

 

 加賀さんに手を振り、私は遊園地と道を隔てている金網の柵をよじ登った。

 

「よっと──ふぅ…」

 

 遊園地は廃墟というには小綺麗で、むしろ寂れているという感じだ。

 子供向けの遊園地らしく、観覧車やコーヒーカップなどのありきたりなアトラクションしかない。敷地も大して広いとは思えなかった。

 

 私は一先ず自販機を探して園内を歩く。すると、かなり古くさい自販機があった。

 瓶詰め清涼飲料の自販機だが、この際なんでも構わない。

 

「…ごめんなさい」

 

 私は一言謝ると、瓶取り出し口からバールを差し込み、テコを使って瓶の留め金をこじ開けた。

 めきめきといって簡単に留め金は壊れたので、私はそこから転がり出てきたジュースをリュックへと失敬する。電気が通っていたのか、ジュースが冷えているのには驚いた。

 

「……………毒味代わりに1本くらい……いいよね?」

 

 冷えている瓶のコーラを目の当たりにして、私は流石に我慢できなかった。

 加賀さんに申し訳ないと思いつつ、自販機本体についた金具を使って王冠を外し、炭酸ガスの薫る液体を喉へと流し込む。

 

「ングッ──ング────ぷはっ、美味しー!………と、そうじゃなかった。」

 喉が渇いていたせいか、一気に中身を飲み干してしまった。

 喉に残る清涼感を感じつつ、私は空き瓶も何かに使えるかもと思いリュックへとしまう。

 持って帰る場合は栓抜きが問題だったが、ドライバーか何かで代用できると思った私はひとまずズラかる事にした。

 

「なんか、この島に来てからコソ泥みたいなことばっかりしてるなぁ……」

 

 立派な自販機荒らしとなった私だが、すでに軽トラの窃盗や盗難をしてることに気づき一人苦笑いする。

 

 そんな時だ。

 メリーゴーランド側から銃声がして、私の足元に弾丸が飛び込んできた。

 

「───!?……くっ」

 

 私は反射的に駆け出し、軽トラを停めている道の方へ舞い戻る。

 相手が銃では、正直バールだと分が悪い。

 

 私は金網をよじ登る前に一度コーヒーカップへ隠れると、息を落ち着かせながら作戦を考えることにした。

 このまま金網を登ると、登っているところを撃たれるかもしれないからだ。

 

「何か………あ、そうだ。」

 

 リュックから先ほどの空き瓶を取り出す。少しでも身軽になるため、飲み物の詰まったリュックは一先ずここに置いておくことにした。

 

「よし………うまくいってよ」

 

 敵の位置はまだしっかりとは把握していないが、銃声や弾が飛来した方向からどの辺にいるかくらいは掴んでいた。

 私は空き瓶とバールを持ち、敵に見つからないよう迂回しながら接近を開始する。

 

 敵の位置は、概ねメリーゴーランドの周辺。ひとまずメリーゴーランド周辺の植え込みまでは見つからずに接近できたが、その先は障害物がなく見つかるリスクが高い。

 私は空き瓶をコーヒーカップ周辺へと投げた。単純な陽動だが、意識はそっちへ向くはずだ。その間に私は小走りで物影から飛び出し、メリーゴーランドへの距離を詰めれるだけ詰める。

 

 走っている最中、遠くで空き瓶が割れる音がした。

 敵は私を見失っているようで、植え込みから出ても撃ってはこない。私はどうにか、メリーゴーランド近くのベンチまで近づくことに成功した。

 しかし、ここまで来たはいいものの敵の姿を捉えてはいなかった。

 

「どこに………────────────!」

 

 私は感覚を研ぎ澄まし、近くにいる筈の相手の気配を探っていると、突然脳裏に別の誰かが見ている光景が浮かんだ。

 まるで古びたビデオのようにノイズがかってはいるが、紛れもなく他人の見ている光景だったし、しかも相手の聞いている音や息づかいまで感じ取れたのだ。

 

「────なに、今の…………一体…………」

 

 突然自分に目覚めた超自然的力に戸惑うが、ふと思い付いたことがあり、再び意識を集中させ相手の気配を探った。

 

 相手の視界がまた脳裏へと浮かび上がり、私はその映像を細かく分析していく。

 手にライフル、視界にはメリーゴーランドの馬が写り、その後ろに隠れているのがわかる。そして、まるで何かを探すように忙しなく移る視線。頻繁に見るのは反対側のコーヒーカップ。

 

 間違いなく、先ほど私を撃ってきた屍人だ。

 そして、その視界から位置を逆算して場所を割り出す。

 私は位置を特定すると、敵の隠れている位置へと接近する。

 

 

 いた。

 バールを握りしめ、私は背を向けている敵の背後へとにじり寄った。

 

「────っ!」

 

 横凪ぎにバールを振り、釘抜き部分で相手のこめかみを捉えた。

 相手の頭が半分吹き飛び、ライフルを取り落として倒れる。

 

「───か、勝った……!」

 

 不思議な力のお陰もあり、ライフルを持つ敵を倒すことに成功する。敵は猟友会の猟師のようで、オレンジ色の派手なベストを着用していた。ライフルも民生用みたいだ。

 私は戦利品をぶんどる兵士のようにライフルを取りあげると、倒れている死体から弾薬の類いがないか探った。

 

「………結構持ってるわね。長期戦になってたらヤバかったかも。」

 

 ベストのポケットからジャラジャラと出てきた弾。その数は軽く50発近くはあり、一体何を狩猟するつもりだったのかと疑問に思うが、今回は有り難く受け取っておくことにする。

 

「思ったより時間食っちゃったし、加賀さん心配してるだろうなぁ………あ、そうだ。」

 

 私は先ほどの力───視界を奪うから取りあえず視界ジャックとでも言うか。それを使って加賀さんの視界を探ってみた。

 

 あった。

 

《瑞鶴………まだ………?まさか、さっきの銃声………でもあの子に限ってそんな………》

 

 加賀さんの独り言がありありと聞き取れる。

 私はこれ以上加賀さんに心配をかけるのは不味いと、飲み物の詰まったリュックと戦利品を手に軽トラへと戻った。

 

 

 

=====

 

翔鶴 夜見島遊園地

   初日 04:45:37

 

=====

 

「何か銃声がなってたけど………大丈夫かしら」

 

 私は独り言を漏らしながら、すっかり使い慣れた火掻き棒を握りしめてバイクを降りた。

 

 バイクだが、先程の砲台周辺に停められていた物を借りてきている。目の見えない赤城さんに連れ添って歩くのは時間がかかるためだ。

 バイクは川崎のKLX250。その軍用仕様で偵察オートと呼ばれる代物であり、無線機用のラックや各種ガードが装備されていた。

 おそらく陸軍の偵察部隊が使っていたものだろうが、乗り手のいなくなったまま放置されたのだろう。

 趣味でバイク、それもオフ車に慣れていてよかったと思う。しかも、私の乗っているバイクと同じ型なので、特に練習もなく動かせる。

 私は各種装備を降ろして赤城さんを後ろに乗せ、ここまで走らせてきていた。

 

 ちなみに遊園地へ来るまでの途中、何体かゾンビ?に出くわしたものの、騎兵のサーベル術の要領で火掻き棒を叩き込んできた。使い慣れたというのはつまりそう言うことだ。

 

「赤城さん、少し様子を見てきます。ここで少し待っていてください。」

 

「えぇ………翔鶴、できれば早く……お願いね?」

 

 タンデムシートに乗せた赤城さんを介助しながらバイクから降ろし、手を添えながら近くの小屋へと連れ添う。

 やはり目が見えないと不安なのか、赤城さんは普段とはまるで別人のように怯えきり、介助する私の手にすがり付いている状態だった。

 

 赤城さんを小屋の脇に座らせると、私はバイクと一緒に入手したゴーグルを着け直し、バイクへと跨がる。

 このままバイクで遊園地に乗り込んでも良かったが、もし銃を持った相手がいた場合は厄介だし、赤城さんを乗せたままではオフ車乗りとしての本領を発揮できないというのもあった。

 

 バイクのエンジンを入れると、頼もしいエンジンの鼓動が全身へと伝わってきた。アクセルを何回か回してエンジンを温め、クラッチを繋いで車体を解き放つ。

 

 地面を蹴りあげるようにバイクは走り出し、私はそれを身につけた運転技術で的確にコントロールした。

 遊園地の改札が見え、フォークのテンションとハンドワーク、体重移動でバイクをフロントアップ───そのまま勢いを着けて前輪タイヤで古錆びたバーをへし折り、遊園地内へと侵入した。

 

 低速で園内を走行していると、やはりというかゾンビがいるのを確認する。赤城さんを連れてこないで正解だったと思った。

 アクセルを開け、バイクに十分な速力と運動量を乗せていく。愛用の火掻き棒を右手に、すれ違い様にスパイクを叩きつけた。

 

【アオゥ゛──】

 

 加速力と重さが乗った一撃は、ただ振るよりも何倍も威力があるのだ。中世、騎兵の突撃が恐れられたのと同じである。

 

【ウオォォォォォォ───!!!】

 

 どこからか雄叫びが聞こえ、ゾンビが私を囲むように増えてきた。

 一旦バイクの速度を弛め、適当な一体へとフロントを向け──一気に発進させる。

 

「やあぁぁぁぁぁっ」

 

 鬨の声ではないが、雄叫びを挙げて突撃する。体当たりの寸前で一瞬フロントアップさせ、前輪をゾンビへと叩きつけて撥ね飛ばした。

 

【お客さ─ま──】

 

 スピードが落ちていたところで正面にもう一体鉈を持ったゾンビが現れ、一瞬攻撃手段に迷う。しかし、相手を岩だと思えばすぐに次の行動が導き出された。

 フローティングターン、前輪を浮かせて後輪立ちにし、体重移動で方向転換するものだ。

 その技は壁や岩があったりすると一瞬止まり、それを支えにして方向変換するという派生がある。つまり、ゾンビを壁にするのだ。

 

 横凪ぎに跳ね上がる前輪が、ゾンビの横腹を捉えて弾き飛ばす。ついでに車体を方向変換し再発進すると、別のゾンビの頭へとさらに火掻き棒を叩き込んだ。

 

 ついで、先程跳ねたゾンビがゆっくりと起き上がった為、更に追い討ちの火掻き棒を振るう。

 

 バイクで突撃し、フローティングターンやジャックナイフ──後輪を上げて前輪を軸に旋回し、火掻き棒ですれ違い様に斬撃。

 この一連の流れで縦横無尽に走り回り、次々と現れるゾンビを蹴散らし続ける。

 

【──うあっ、あぁ───】

 

「これでっ!!」

 

 腰を抜かして怯むゾンビへすれ違い様の一撃を浴びせると、辺りはすっかり静か───周りは死屍累々と化していた。

 

「……………………」

 

 その無惨な光景に、若干良心が痛む。しかしそれ以上に、赤城さんの目を奪った連中への憎しみの方が強い。

 血染めの火掻き棒を軽く払ってラックに挿すと、返り血の付いたゴーグルを外して辺りを見回す。ここに来た本来の目的は、誰か仲間を見つけて合流する事だからだ。ゾンビ狩りはそのついでだった。

 

「よし、これで…………あら?────あの軽トラ、なんで動いて──」

 

 私は遊園地の外の道──柵を隔てた向こうに停車している軽トラックに気づく。

 その軽トラックは、この島に来て見る車の中で初めてエンジンがかかっていたのだ。

 

 私はゴーグルを着け直し、最大限の警戒をしつつバイクを発進させると外の道へ出る。そこからスピードを上げ、その軽トラックの横を通り過ぎた。

 

「─────姉っ!」

 

「───ウソ───あれは……!」

 

 慌ててバイクにブレーキをかけ、アクセルターンで急転回させ元来た方向へ向ける。今度はゆっくりと軽トラックへバイクを寄せ────

 しっかりとその姿を確認した。

 

「翔鶴姉───翔鶴姉ぇっ!!!」

 

「瑞鶴──瑞鶴ッ」

 

 私達はお互いに飛び付く。

 私はバイクを、瑞鶴は軽トラックを飛び下りると、再び合間見えたことを喜び、抱きしめあった。

 

 色んな事がまだ終わっていないけど、今は一先ずこの瞬間を最大限に味わいたかった。

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.007

=====

レミントン Model700 SPS Varmint .308win

 レミントンが発売している民生向けのボルトアクションライフル。
 弾薬には有名な7.62x51mm NATO弾こと、強力な.308winchester弾を使用する。
 4発入り固定式弾倉、リューポルド製スコープとマズルブレーキを装備。

=====

 瑞鶴が狩人の屍人から入手した狩猟用ライフル。
 狩猟用のため軽量だが精度は高い。



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初日 05:00:00~06:00:00

 

=====

 

翔鶴 夜見島遊園地

   初日 05:02:11

 

=====

 

 

 

 私達は一頻り再会を喜んだ後、一先ず遊園地入り口で合流し直すことになった。

 お互いに車とバイクを移動させ、私達はすぐに合流する。

 私は軽トラックの荷台に加賀さんが寝ているのに気づき、バイクの後ろに座っていた赤城さんにその旨を伝えた。

 

「あ、赤城さん!」 

 

 加賀さんも私の後ろに座っている赤城さんに気づいたようで、荷台から降りて近寄ってくる。

 肩に血の滲んだ包帯が巻かれているのを見ると、加賀さんも負傷しているようだ。

 瑞鶴から聞いた話だと殆ど動けないとの事だったが、どうやら安静にしていたお陰で傷の回復が進んでいるらしい。

 

「……………加賀さん…?加賀さん、なのね?」

 

「!!……あ、赤城さん……目が………」

 

 目に包帯を巻いた赤城さんを見て、加賀さんの顔が一気に暗くなる。

 赤城さんは声を頼りにしているので、相手が声を発していないと見つけられない。

 赤城さんは加賀さんを探し、虚空を手でまさぐる。加賀さんもそれに気づき、自分から赤城さんの手を掴んだ。

 

「あぁ……そこに、いたのね」

 

「赤城さん、一体何が………翔鶴、何があったの?」

 

「あのゾンビみたいなのにやられたんです。日本兵……のようでした。」

 

 私はその時のことを思いだし、ハンドルを握る手に力が入ってしまう。

 あの時、もう少し早く私が対応できていれば……そう思うと、目潰しを仕掛けてきた敵に再度強い憎しみが湧いてきた。

 

「私が……私がもう少し、上手くやれていれば…っ!」

 

「……翔鶴、顔が怖いわよ」

 

 加賀さんに嗜められ、私は我に返る。

 すると、加賀さんの声を聞いたのか腰に回っていた赤城さんの手がぎゅっと私を抱き締めてきた。

 

「翔鶴さん、ごめんなさい。私がもっとしっかりしていればこんな事には……」

 

「そんな!………私がすぐに援護をしていれば赤城さんは……」

 

「二人とも、今はそんな事よりも先に話すことがある筈。傷の舐め合いは後でもできる。なら、これからの話をしたほうが建設的だわ。」

 

「そ、そうだよ!あ───実は、こんなもの見つけてきたんだ………はい!」

 

「「「コーラ!?」」」

 

加賀さんが一括してきて、私達は黙る。

 瑞鶴も同意するように頷き、更には瓶詰めのコーラを出してきたことで、重苦しい空気は僅かに軽くなった。

 私達は瑞鶴が持ってきたコーラを飲みながら、今後の行動について話し合う。

 

「私達以外で誰か見た………人は、いないわよね?」

 

「いえ、一応ここの住民?がいるみたい。狂ってたけど。ソイツに撃たれたわ」

 

 つまり、加賀さんを撃った住人もこの島のどこかにいるということ。

 もし出会したとき、説得や対話に応じてくれればいいが……恐らく不可能だろう。

 瑞鶴もそう思っていたのか、仲間の捜索を提案してきた。

 

「やっぱり、艦娘の生存者を探すのが無難だよね。」

 

「水雷戦隊の人達は上手く脱出できたと思いたいけど……憶測のみで動くのは禁物ね。となると、今この島にいるのは私達の艦隊と、行方不明の水雷戦隊ってことになるわ。」

 

 どこにいるかは全く検討もつかないが、それは他の皆も同じということだ。

 ただ、固まって動いていた方がいいのは皆既に承知している。他の艦娘を探すために再びバラバラになるのは極力控えることで意見は一致した。

 

「次に連中………個人的に屍人と呼んでるのだけど、その情報と対策を考えましょう。」

 

 加賀さんがあのゾンビのことを屍人と命名していた。何れにせよ名前は必要なので、一先ずは屍人と呼ぶことにする。

 

「屍人……ね。一先ず、強さは常人と同じくらい。動きはゾンビみたいで鈍い…ってところかしら。」

 

「けど、標的を見つけるとかなりの動きをする奴もいるわ。私もそれで目をやられたから、油断はできない。極力間合いをとって対処するほうが良さそうね。」

 

「なら、私が手に入れたライフルが役に立つかも。加賀さんは射撃得意な方?」

 

「そうね……可もなく不可もなく……ってところかしら。」

 

「なら私が撃つわ。本当は赤城さんがいいんだろうけど、目が………」

 

 赤城さんは趣味で射撃をやっていて、軍民問わず大会に出るような腕前だった。しかし、赤城さんは目が使えないし、そもそもクレー射撃が専門だった。

 

「瑞鶴さん、仮に私の目が無事だとしても、散弾銃とライフルでは挙動が違うわ。あなたがやりなさい。運転は………加賀さん、できそう?」

 

「少し傷が痛いけど、そのくらいなら雑作もないわ。戦闘では役立たずだろうから、私がやります。」

 

「翔鶴さんは前衛で偵察………どうかしら?」

 

「そうですね……簡単な威力偵察くらいは出来ますから。趣味乗りの腕前ですが、やらせて頂きます。」

 

「また翔鶴姉謙遜しちゃって。滅茶苦茶上手いのにそんな事言ってると、また嫌味言われちゃうよ?」

 

「うーん………」

 

「翔鶴さん、オフロードバイクに乗ると人が変わったと思うくらい運転上手いものね。頼りにしてるわよ?」

 

「赤城さんまでそんな………」

 

 以前、研修で陸軍の偵察オート隊のバイク走行を見る機会があった。

 その後、試しに乗らせてくれるとの事だったので周りの推薦もあり走らせてみたら、私の運転を見た偵察オート隊に"化け物級"と呼ばれてしまった事がある。

 

 

 

 

「あ、それと………何か、変な能力が使えるようになったのよね。他の人の見ている光景が見える、といえばいいかしら?」

 

 加賀さんが思い出したように言うと、瑞鶴もそれに覚えがあるという風に頷いた。

 

「それって、視界ジャックの事?私も使えるよ、ソレ」

 

 そう言うなり、瑞鶴は目を積むった。

 そして───

 

「見えた………これ、加賀さんの視界かな?赤城さんと翔鶴姉が見えるし……」

 

「…………こう、他人に視界を盗み見られるのって、変な感じね。」

 

 加賀さんが複雑そうに言っている辺り、瑞鶴は本当に加賀さんの視界を見ているらしい。

 

「瑞鶴、どうやってるのそれ…?」

 

「うーん……なんかこう、見たい相手の意識を見つけて潜り込む感じかな?」

 

「そうね……私も、瑞鶴の安否が気になっていたら使えるようになったわ。見たい相手を意識すると、その視界を盗み見れる──ということかしら。」

 

 加賀さんの解説にそれとなく合点がいった私は、取り合えず瑞鶴の視界を見てみようと意識を巡らせた。

 すると、瑞鶴が見ているとおぼしき視界が脳裏に映り込んできたのだ。これには驚くしかなかった。

 

「嘘……本当に見えたわ。まさか他の人のも……」

 

 試しに意識を周囲に向けていくと、色々な視界が脳裏に飛び込んでくる。

 その中には、赤城さんのものと思われる真っ暗な視界や、近くにいると思われる屍人達の視界も見ることができた。

 

「翔鶴さんも使えるの……?─────────嘘、み……見える………」

 

 赤城さんも試していたようだが、成功した瞬間、あまりの衝撃に絶句していた。

 そして、まるで目が見えているかのようにバイクから降り、加賀さんの隣まで歩いてみせたのだ。

 

「赤城さん、今誰の視界を?」

 

「皆のよ。組み合わせて使えば、視界をかなり補えるわ……!あぁ、嘘みたい……もう、見えないと思ってたのに

──」

 

 赤城さんは包帯で閉ざされた自分の目を触り、鏡の前で身形を整えるように服装を正していた。

 見るからに嬉しそうな様子で、久々に笑顔が見れたと思う。

 しかし、その笑顔はすぐに一変して険しい顔となった。

 

「ん?これは───遊園地内?………屍人がこんなに遊園地内にいるなんて──」

 

「えっ!?そんな、翔鶴姉が皆倒した筈じゃ────嘘でしょ………」

 

「っ───────甦ってる………この屍人、私が跳ねた屍人よ。」

 

 私も視界ジャックで遊園地の気配を探ると、跳ねた筈の屍人が蘇り、遊園地内を徘徊していた。

 

「連中……不死身なの?」

 

「いえ、違うわ……甦ってるのと、甦ってないのがいるもの。何か───」

 

 赤城さんの言葉に、私は再び視界ジャックを使った。すると、屍人の視界のすみに、時折屍人の死骸が写り込む。

 屍人の死骸は、首から上が無かったり、頭が半分になっているものだった。

 

「ある程度以上のダメージで体が損傷すると、復活できない?」

 

「それが妥当………でしょうね。」

 

 私の予測に、赤城さんは苦虫を噛み潰したように答える。

 つまり、普通に致命傷を負わせるくらいでは完全には殺せず復活するということ。

 確実な方法は、少なくとも頭部を大破させるか、可能なら体をバラバラにしたり燃やすなどして始末してしまうしかない。

 

「…………少し、試してみたいことがあるわ。皆、私の指示したものを集めてくれないかしら?」

 

 対処方法を皆が考える中、加賀さんが一人思い付いたように言った。

 加賀さんが集めてほしいものを私達に言うと、赤城さんが素早く作業を振り分け指示する。

 私達は早速もの集めと作業を行い、しばらくして4本の火炎瓶が完成した。

 

「これで──適当な奴を燃やしてみましょう。普通の火炎瓶と、私特製の火炎瓶。それぞれの効力を見るわ。」

 

「わかりました。なら、その役目は私が最適ですね。」

 

 物集めのためにバイクで走り回ってきたばかり故、エンジンは暖まっている。

 私は加賀さんから特製火炎瓶とライターを受け取り、園内へとバイクを走らせた。

 

 視界ジャックで適当な屍人を見つけると、一本目の火炎瓶──ただ灯油とガソリンを混ぜただけのものに火を点け、すれ違い様に屍人へ投げつけた。

 炎が屍人を包み込み、薄汚れた衣服に引火して燃え上がる。

 声にもならない悲鳴を上げながらその屍人は倒れた。炎はすぐに鎮火してしまったが、一応倒すことはできるようだ。

 

「次は───よし。」

 

 炎を見たのだろう。二体目の屍人が駆け寄ってくるのを見て、私は二本目の火炎瓶に火を点けた。加賀さん特製の、色んな混ぜ物が加えられた火炎瓶だ。

 

「えいっ!」

 

 タイミングを見計らって、突っ込んでくる屍人へ火炎瓶を投げつけた。

 すると、先程とは比べ物にならない爆発的な燃焼──しかも、炎の温度が高いことを示す白い炎が巻き起こり、屍人を包み込む。

 

【オォォォオォォォ゛】

 

 まるで溶けるかのように屍人は地面へ崩れるが、更に炎は屍人を焼き続けていた。

 

【あつい──あつい──】

 

 しばらく燃え上がる屍人を眺めていると、今度は通常の火炎瓶で倒した屍人が起き上がってくる。

 全身焼け爛れて尚甦る相手に戦慄したが、私はトドメを刺すべく渾身の力で火掻き棒を振るった。

 

 

 

 

 

「…………すごい炎………加賀さん、アレなんなの?」

 

「ナパーム剤にテルミット反応を起こす材料を混ぜたのよ。そうすると、燃焼温度は3000度くらいになる。焼くというより、熱で溶かすようなものね。しかも、ナパーム剤だから燃料は粘着質で相手に張り付く。一度火が点けば、燃え尽きるまでは水をかけても消えないわ。」

 

 戻って効果を報告すると、加賀さんはあの凄まじい火炎瓶の仕組みを事細かに説明してくれた。

 集めた材料が材料だけに正直あそこまでの威力は想像していなかったが、目の前で溶けていく屍人を見てその認識はすぐに改めた。

 

「なんというか……よく知ってたよね加賀さん。」

 

「知識として知っていた。それだけよ、瑞鶴。使えるものは使うべき。さぁ────材料はまだ沢山あるわ。皆、手伝って。」

 

 

 

 

=====

 

浜風 貝追崎/陸軍桟橋

   初日 05:54:58

 

=====

 

 

 

「浜風ちゃん、足の様子はどうだい?」

 

「休んだお陰で、もう何ともないようです。その………藤田さん、ご迷惑ばかりかけてしまって─」

 

「なぁに、お巡りさんは大丈夫だ。それより、あともう少しで日の出だ。そしたら、船でこの島を出よう。それまでは休んでなさい。」

 

 荒波にもまれ、津波に飲まれ、そうして桟橋に流れ着いていた私を助けてくれたのは、心優しい警察官のおじさんでした。

 足を挫いていましたが、藤田さんはそんな私を介抱し、安全な場所まで抱えて運んでくれたのです。

 適当な民家を見つけた藤田さんは、そこで休むことを提案してくれました。

 私は大丈夫だと言いましたが、藤田さんの優しさに負け布団を掛けられていたのを覚えています。

……………父親とはこう言うものなのかと、私は思いました。

 

 

 

 民家の中は静かで、藤田さんは別の部屋で見張りをしてくれています。

 私は一緒に流れ着いた無事な荷物を片手に、足音を消して静かに部屋を出ました。

 

「…………さすがに、されっぱなしでは後味が悪いわね。」

 

 時間を見るともうすぐ6時、基地なら総員起こしがかかる頃です。

 私は民家の台所へと抜け、戸棚などを少し物色しました。こういう民家なら、必ずある筈───

 

「あった……」

 

 鍋がいくつかに食器類。

 ガスコンロも見つけ、私は早速準備を始めました。

 

 

 

 

 

「藤田さん。」

 

「うん?浜風ちゃん、もう起きたのかい?」

 

「はい。実は、少しおなかが空いたので………藤田さんもどうですか?」

 

「えぇ?」

 

 藤田さんは要領を得ないらしく、首をかしげながら私に着いてきました。

 到着したのは居間、そこには丸いちゃぶ台。

 

「───俺は、夢でも見てるのかな?」

 

「夢ではないと思いますよ。さぁ、お腹も空きましたから」

 

 ちゃぶ台の上には、食器によそられた白いご飯と味噌汁、付け合わせの海苔。おかずはさんま蒲焼きと、本来は昼用のハヤシハンバーグ。

 戦闘糧食を2食分湯煎して食器に盛り付けただけですが、食は見た目も重要です。

 本当は手料理を振る舞いたいところですが、こんな状況で贅沢は言えません。

 

「いただきます。」

 

「い、頂きます……」

 

 藤田さんは狐にでも摘ままれたかというような顔でご飯を一口食べましたが、すぐに表情を変えてご飯を食べ始めました。手料理ではないですが、少し嬉しいです。

 

「うまい……うまいなぁ……メシなんか食えないと思ってたんだけどなぁ…」

 

「喜んでいただけてよかったです。お代わりはないですけど、しっかり食べてくださいね。」

 

「────っ、俺はこんな幸せで─いいのかよ畜生っ──」

 

「ふ、藤田さん!?なぜ泣くのですか!」

 

「浜風ちゃんの料理がうますぎるんだよぉ…!俺は娘にすら料理作ってもらったことがないくらいなのに」

 

「………………そう、なんですね」

 

 まさか泣くほど美味しいと思ってもらえるなんて……

 手料理でなかったのが本当に残念です。

 

 




アーカイブ
No.008

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藤田茂の警察手帳

階級 巡査部長
氏名 藤田茂

────────────────────────

昭和二十六年 
 単身、夜見島を出る。翌年母死亡。

昭和四十五年 
 夜見島港閉鎖、同年父死亡。以後、夜見島に戻らず。

昭和五十年  
 夜見島小中学校全焼

昭和五十一年 
 海底ケーブル切断による大規模な停電。
 夜見島島民消失事件。
 安全面の問題から夜見島上陸禁止に。

昭和六十一年 
 島に若い女の姿を見たと漁師達の噂→調べてみる必要有り。

=====

 藤田茂の警察手帳。
 彼が夜見島を訪れた理由が書かれている。
 また、この警察手帳は2002年10月1日のデザイン変更以前のものとなっている。


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初日 06:00:00~07:00:00

※浦風/利根と金剛の話を修正しました。


=====

 

榛名 陸の船/上甲板

   初日 06:12:21

 

=====

 

 

 

 傷の痛みもだいぶマシになってきたため、私は永井くんに頼んで上甲板に連れ出してもらいました。

 時計はすでに6時、日の出を迎えていておかしくない時間でした。

 

「嘘、どうなって………」

 

「……………この島、朝が来ないんだ。少し明るくはなるんだけど。」

 

 上甲板に出た私の目には、まるで夕暮れ時のような、赤黒い空が写っていました。

 確かに夜に比べれば明るいですが、朝日の光りなどはまったく差していないような状態です。

 

「海も見えるんだけど………何て言うか、真っ赤なんだよな。朝焼けでって感じじゃないし。」

 

 そう言われ、私は海の方を向きました。

 

「!?……海、が………」

 

 海は、まるでそれがすべて赤い水にでもなってしまったかのように赤く染まり、見えていい筈の沖ノ島は消えていました。

 見渡す限り、赤い水平線がどこまでも続いているような状態でした。

 

「……………この世界は、一体………」

 

「俺もわかんないけど……少なくとも現実の世界ではない、と思う。多分」

 

「そんな………では、どうやって帰還すれば──」

 

「………………正直、検討もつかねぇ。」

 

 永井くんの言葉に、私は言い様のない不安を覚えました。もしかしたら───いえ、もしかしなくても……このまま元の世界へ帰れないのでは…?

 

 そう思ってしまったのです。

 金剛お姉さまならこういう時でも気丈に振る舞えるのでしょうが、私にはとても無理でした。

 空気が重苦しくなる中、永井くんが気まずそうにしているのに気づいた私は、場を繕おうと一先ず探索を提案しました。

 

「…………とりあえず、何か情報を収集してみましょう。まだ帰る方法がないと決まった訳じゃありませんから」

 

「……そう、だね。よし、ちょっと準備してくる。」

 

 永井くんが準備のため士官室へ戻る間、私は自衛用の武器を探すことにしました。このまま若い兵士におんぶに抱っこでは、戦艦の名が泣きますから。

 

 

 

=====

 

 

川内 金鉱社宅

   初日 06:31:00

 

=====

 

 

「────朝、かな」

 

 もうこの島に来て何度目の朝だろうか。朝といっても、この島に朝日は昇らないが。

 私は見慣れない天井を見上げながら、ゆっくりと周りを見渡した。

 

「吹雪、初雪に………深雪……」

 

 日課になりつつある人員掌握。

 しかし、首に包帯を巻かれた深雪と、ここにいない白雪に気づき、思い出したくもない昨日の記憶が蘇った。

 

「───白雪、っ」

 

「…………お目覚め、ですか。川内姉さん。」

 

「………神通…?」

 

 記憶にない人物が部屋に現れる。

 形式的には自分の妹にあたる神通は、起きた私に気づくとそっと枕元に座った。

 

「お聞きしたいこともあるでしょう。それとも、私から報告しましょうか?」

 

「………いや、いいよ。白雪の事なら、多分だけど…わかってるからさ。深雪、助けてくれたんだね。ありがとう。」

 

「お気になさらず……任務ですからね。」

 

「そう……」

 

 初めて喋る姉妹艦はあくまでも淡々としていて、そこに姉妹間の親しみやすさのようなものはあまりなかった。

 私は気だるさの残る体を無理矢理起き上がらせると、周囲の見回りに向かうことにした。

 神通といると、どうも居心地の悪さという、よそよそしさを感じる自分がいたからだ。

 しかし、神通は部屋を出ようとする私を呼び留めた。

 

「お待ちください。」

 

「………何、かな?」

 

「哨戒ですか?なら、これを持っていくと良いですよ。」

 

 神通が、僅かに血の付いた鞘に入った刃物と、更に拳銃の入ったホルスターを渡してくる。

 刃物は見たことのない大柄な細身の鉈で、刃渡りだけで50cmはありそうな代物だった。

 

「マチェットとUSP──陸軍の兵士()()()()()から鹵獲した物です。あの鉈では戦いにくいでしょうから。」

 

 確かに、使っている鉈は赤錆て最早鈍器としてしか使えなかった。それを考えれば、見るからに切れ味のよさそうなマチェットと拳銃のほうがいいに決まっている。

 

「あ、ありがとう。でも、神通の分は──」

 

「私はすでに持っておりますから。この子達の分も、既に調達済みです。」

 

 そう言うなり、神通は小型のサブマシンガン──機関部にH&K MP7と銘の入った銃を見せる。

 それに、玄関先には89式小銃が数丁と、その予備弾薬が入った弾倉入れと弾帯が置かれていた。

 

「小銃が良いならソチラを。ただし、銃声で連中が寄ってくるのでその点にはご注意下さい。」

 

「なんか、色々と……ありがとう。」

 

 どうやって手に入れたのかなど聞くまでもない。

 神通が枕元に座った時、彼女からはキツい血の臭いがしていた。

 服に付いた返り血は上手く誤魔化しているのだろうが、臭いまでは取れなかったらしい。

 私は一先ず新たに手に入れた武器を纏い、部屋の外へと出た。神通が、私の背中を見て一人言を溢していたなど知らずに。

 

 

 

 

「────やはり、姿が同じだと重ねてしまいますね…………あなたの任務が部下を連れ帰り無事生還する事だと、忘れないでほしいものです。」

 

 

 

=====

 

利根 夜見島港/船小屋

   初日 06:50:45

 

=====

 

 

 

「大丈夫かのう……」

 

「やれることはやったけぇ、後は金剛姉さんを信じるだけじゃ。しかしまぁ、よくこの怪我で動けたもんじゃ」

 

 もう夜が明けてもいいくらいなのに朝焼けのような空の中、我輩は浦風と一仕事終えほっと息をついていた。

 というのも、少し前に森の中から金剛が現れたのだ。血みどろで。

 相当ダメージを負っていたのか、歩き方はまるで"連中"のような状態であり、浦風が楽にしてあげたいと危うく撃ちかけたくらいだ。

 我輩は一先ずそれを諫め、ひとまず接近して様子を見に行くことにした。

 そして、喉元に銃剣を突きつけれるような距離まで近寄った。我輩達に気づいた金剛は、そこで力尽きたかのように倒れたのだ。

 それを見て慌て慌てる浦風を宥め、二人で金剛を運んだ。

 

 手近な小屋へ移すと簡単なベッドを作り、使えるものは何でも使って可能な限りの治療を施し今に至る。

 

「一体、何があったんじゃろうねぇ?金剛姉さん」

 

「噛み傷があったからのう。野犬にでも襲われたのじゃろうか?しかし、それじゃと腹の刺し傷の説明がつかんしのう……」

 

 全身包帯まみれになった金剛を眺めながら、我輩と浦風は首をかしげていた。

 金剛は我輩と浦風を見るなりすぐに気を失った為、事情は聞けず終いなのだ。

 

 衰弱具合からしばらく金剛は起きそうにないので、結局我輩と浦風は港に留まる事にした。仲間が来るかもしれないからだ。

 

 浦風はサンパチを手に取り小屋の外へ見張りに出る。我輩はまともな武器がないので、自然と金剛の看病役となった。

 

「死ぬなよ金剛……まだ、艦隊の仲間はお主以外見つけておらんのじゃからな」

 

 

 

 

=====

 

浜風 貝追崎/陸軍桟橋

   初日 07:00:47

 

=====

 

 

 

「嘘だろ………勘弁してくれよ」

 

「海が………これは、一体……」

 

 見渡す限り一面が真っ赤に染まった海を前にして、私と藤田さんは衝撃を受けていました。

 

 藤田さんがこの島に来るのに使ったボートは桟橋にあり無事でしたが、流石にこんな有り様の海に船出しようとは思えません。

 藤田さん曰く、ある筈の沖ノ島も、見えている筈の四国も見えないようなのです。つまり、ここは完全な異世界。

 下手に海へ出ようものなら、そのまま帰ってこれなくなる可能性もありました。

 

「万事休す………か。」

 

 藤田さんが独り言を呟きながら頭を抱えています。

 私もどうすればいいかわからなくなり、押し黙るばかりです。

 しかし、海を眺めているとふと仲間達のことを思い出しました。 

 

「藤田さん、この船を使って島を一周してみませんか?私たちの他にも生存者がいるかもしれません。」

 

「生存者……かぁ。そうだな、もしかしたらいるかもしれん。よし、わかった。やれるだけのことはやってみよう!」

 

 藤田さんはそう言うと、早速船を動かす準備を始めました。

 ボートと言っても決して船外機で動くような小さい物ではなく、警察用のプレジャーボートです。私もわかる範囲で準備を手伝いました。

 

「よし、エンジンの調子もよさそうだ。浜風ちゃん、モヤイ縄を解いてくれるか?」

 

「わかりました。よっと───ん?え…………あれは………」

 

 私はふと、桟橋に人がいるのに気づきました。作業で近づいてくるのに気づかなかったようです。

 しかも、その人は私がよく知る人物でもありました。

 

「──磯風っ!」

 

 私が見間違える筈がありませんでした。艦隊の仲間であり、姉妹艦である磯風。

 しかし、私はすぐに磯風の異変に気づきました。

 

【───あぁ、浜風か。誰かと思った。よく見えなくてな─】

 

 磯風の右目が、ぽっかりと穴が開き無くなっていたのです。しかも、残った左目からは血の涙が流れ、肌も青白くなっていました。

 

「い、磯風──目が……」

 

【なぁに、少しな。それにな、浜風……なかなか、いい気分なんだ。お前も……こっちに来るといい】

 

 そう言うなり、磯風は突然私に飛びかかってきました。

 私は咄嗟に避けてやり過ごしますが、磯風の手に血に濡れた包丁が握られているのに気づきます。

 

「い、磯風!何のつもりですか!」

 

【何のつもり…?そりゃ、お前をこっち側にするためさ。いいもんだぞ、なかなか。何、痛いのは一瞬だ──人も何人かこっち側にしてやったんだ。我ながら上手い方だと思うぞ?】

 

「人!?ま、まさか磯風……あなたは!?」

 

 包丁による攻撃を躱しながら、磯風に問いました。答えはわかりきっていましたが、私はそれでも信じられなかったのです。

 

【そうだ、殺したよ──】

 

「っ───」

 

 磯風の一撃が頬を掠め、血がにじむのがわかります。その一撃の迷いのなさに、磯風は本気で私を殺しにかかっている事がわかりました。

 徒手格闘の技術は磯風のほうが上──間合いを詰められ、組みつかれたら最後です。

 

「は、浜風ちゃん!こっちだ!」

 

 藤田さんが警棒を片手に船から降りてきます。

 しかし、警棒程度で磯風を抑えられる筈がありません。

 

「ダメです、藤田さんボートに!ボートに戻ってください!」

 

【脇が留守だぞ!】

 

「ぐふっ──!?」

 

 磯風の回し蹴りが私の脇腹を捉え、私は桟橋の反対側まで吹き飛ばされました。咄嗟に桟橋の縁に掴まってどうにか海には落ちずに済んだものの、桟橋にぶら下がるような格好となりました。

 

「浜風ちゃん!畜生───大人しくしろぉ!!」

 

 藤田さんが警棒を片手に磯風へ叫びます。その様は、まさに犯人と対峙する本職の警察官でした。

 しかし、藤田さんが手に負えるような相手でないことはわかりきっています。私は死に物狂いで桟橋へ這い上がりました。

 

【誰だ貴様……まぁ、この際誰でもいい。でやぁっ──!】

 

 磯風が、包丁による突きの一撃を繰り出し、藤田さんに迫ります。藤田さんは警棒を構え攻撃を往なす体制を取りました。しかし、その体制を取らせるのが目的な事くらいはわかります。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 その磯風に飛び掛かり、揉みくちゃになりながら磯風を藤田さんから引き離しました。

 磯風は飛びついた私にチャンスとばかりに組み付き、上を取ってきました。足で両腕を抑えられ、馬乗りされて身動きの取れない私に磯風は言い放ちました。

 

【飛んで火に入る夏の虫とは、お前の事だな】

 

「ひっ───あぁぁあ゛あぁあぁぁぁあ!?」

 

 ギラつく刃が右目へと飛び込んできて、あまりの痛みに私は悲鳴を抑えられませんでした。

 私の右目から迸った鮮血が頬を伝って桟橋に流れ落ちていきます。

 

【これでオソロイだぁ!ハハハハハハ!さぁ、次は心臓を─がっ】

 

 乾いた音が響き、磯風のこめかみから肉片と血が飛び散りました。

 力なく磯風は崩れ、私は開放されましたが、右目の痛みのせいで動けません。

 

「───っ、つ……使っちまった………くそぉ………浜風ちゃん、大丈夫か!?」

 

 藤田さんが硝煙を燻らせる拳銃を片手に、右目を抑えて踞る私へと駆け寄ってきます。

 私は自分の手袋を使って右目を抑えながら藤田さんへ言いました。

 

「船──海の上なら、安全です──っ」

 

「お、おぉ!わかった!我慢しろ、すぐ手当てしてやっからな!頑張るんだぞ!」

 

 そう言うなり、藤田さんはすぐに私を抱えあげ船へと私を乗せました。

 藤田さんはモヤイ縄を解いてすぐにボートを発進させ、すぐに桟橋を離れました。

 まだ桟橋が見えるような位置でしたが、私はそこで戦慄する光景を見てしまいました。

 

 頭を撃たれたはずの磯風が、桟橋に立っていたのです。

 

【浜風ェ!!鬼ごっこは始まったばかりだ!精々逃げ回るといいさ───絶対に捕まえてやるからなぁ!!】

 

 操船している藤田さんには聞こえなかったようですが、その言葉を聞いた私は、磯風やこの島への恐怖で心を埋め尽くされます。

 兎に角今は、船で磯風から離れることができたことに安堵しつつ、甲板の上で震えることしか出来ませんでした。

 

 




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No.009

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夜見島古事ノ伝-奇しき印顕す縁-

古の者、闇に閉ざされし地の底より悪しき念を送りて人心惑わす。又、人の目を通じ現を覗き見するなり。
其の念に感応する者あれば奇しき印顕れ、其の者、幻に苛まれん。此は古の者の仕業なり。

=====

夜見島に伝わる古文書、夜見島古事ノ伝に記載されている伝承の1つ。
視界ジャックに関する記述がある。



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初日 07:00:00~08:00:00

 

=====

 

榛名 瓜生ヶ森

   初日 07:22:54

 

=====

 

 

 私は適当な武器を見つけ、永井くんと合流しました。

 永井くんは大きなバックパックを背負っており驚きましたが、他にもまだあると言っていたので見てみると、彼が集めたであろう品々が士官室隅に積まれていました。

 

 流石に彼だけに荷物を持たせるのは気が引けるので、私も荷物を持つことにします。

 

「えぇ!?結構重いけど大丈夫?」

 

「大丈夫です!」

 

 永井くんにも荷造りを手伝ってもらい、彼が量と重さで妥協せざるを得なかった品をバックパックへ詰めました。

 大体30kgくらいになりましたが、そのくらいなら背負っていても支障ありません。

 

 私は永井くんの真似をして頭上を通すようにバックパックを背負い、準備を完了させました。

 永井くんの驚いた顔は中々印象深いですね。

 

 二人で上甲板に出ると、永井くんが見つけたラッタルで地上へと降ります。

 

………この船、見るからに軍艦ですね。しかも古い型の。

 

 

「榛名…ちゃん?荷物大丈夫?」

 

 永井くんがおずおずと聞いてきます。

 けど、私も今日は不思議なくらい体が軽かったのです。傷も大した痛みはないし、荷物もいつもの艤装に比べれば軽いものです。

 

「大丈夫ですよ、永井くん。前気を付けてくださいね」

 

「あぁ、うん……」

 

 どことなくぎこちない永井くんに私は首を傾げますが、そうこうしているうちに地上へ着きました。

 

 地上は森となっており、木々に光が遮られているのもあってか、森の中は薄暗くなっていました。

 

「よし………とりあえず、ここからどうする?」

 

「……………一先ず、ここから西にある小学校へ行ってみませんか?何か資料になるものがあるかもしれません。」

 

「小学校かぁ……よし、了解。あ、それと……」

 

「はい?」

 

「この森、黒いモヤモヤしたのとゾンビみたいな連中がいるから、見つけたら教えて。」

 

「敵……なんですね?わかりました。」

 

 この森は敵の勢力圏内。油断すると昨日のような事態になることを改めて認識し直し、私と永井くんは森の中を歩き始めました。

 

 

 

 

「榛名ちゃんってさ、どうして艦娘になったの?」

 

「え……?艦娘に関することは軍機なのであまり答えられませんが───皆を守る力が欲しいと思ったんです。在り来たりですけど、それが私の戦う理由……ですね」

 

「そっか………それ聞いちゃうと、ちょっと恥ずかしくなっちゃうな。俺なんか、飯が食えて金が貰えるからだし」

 

「……………やはり、民間は大変なのですね。ごめんなさい、私達がもう少ししっかりしていれば───」

 

「そ、そんな事ないって!艦娘のお陰で敵もだいぶ減ってるみたいだしさ。そのうち、この戦争も終わるって。」

 

 二人で森の中を歩きながら、私と永井くんは色んなお話をしました。好きな食べ物や友達、仲間のこと、普段の生活、趣味────

 普段はあまり話す機会のない若い兵士。聞いていると興味深いものがありました。

 そんな風に話しながら歩いていたら、気づけば森の終わりまで来ていたようです。

 

「意外と……出くわさなかったな……」

 

「そうですね。ずっと身構えてたんですが……」

 

 しかし、戦艦の勘というか、敵の気配を察した私はゆっくりとバックパックを降ろして周囲を見渡しました。

 

「どうやら、待ち伏せされたようです……!」

 

「えっ!?………あ!」

 

 永井くんが私の言葉に驚く中、私は船で見つけてきた武器──九五色軍刀の鯉口を切りました。

 もう少しマシな武器を探しましたが、私の捜索力不足でこれ以上のものは見つからず仕舞いだったのです。

 

 ですが───私ならこれで十分です。永井くんが銃を構えるよりも早く飛び出し、敵との距離を詰めます。

 

「───やあっ!!」

 

 茂みのなかから現れる敵の姿……まるでホラー映画に出てくる歩く屍のような敵へ向け、渾身の抜刀斬りを放ちます。

 空気を裂く甲高い音が響き、刃が敵を捉えた感触もしっかりと伝わってきました。

 余興でスイカを斬った時のような感触と共に、歩く屍は頭を失って崩れます。

 

 もう一体の屍が右から、錆びた鉄パイプを振り上げて襲いかかってきました。

 私は体をバネのように捻り、右足を軸にした回転からの水平斬りで敵の両腕を断つと、続け様に右足を斬りつけ、体勢を崩した相手の首へ上段から刀を降り降ろしました。

 

 自慢ではありませんが、戦艦娘故に膂力には自信があります。

 その膂力を最大限に活かした刀の一撃は、相手の体躯を容易く両断する威力を発揮しました。

 

 迫る敵へ向け、突きを放ち、不意打ちの蹴りを叩き込む。

 周囲の木々へ屍を叩きつけ、そこへ撫で斬りして頭を斬り飛ばし、組み着かれれば放り投げて首を切り裂き、時折簡単な小手技で手足を封じ、制圧──トドメの断頭。

 

 戦艦娘のパワーを活かし、自然に身に付けた我流の剣術。

 本来なら弾切れ後の白兵戦時に使っている技ですが……芸は身を助ける、ですね。

 

 それを繰り返していれば、あっという間に屍の山が出来上がりました。

 さすがにこの数を相手にすると疲れたので、上がった息を落ち着かせます。

 

「す、すげぇ………………」

 

 永井くんは、そんな私を見て呆然としていました。

 手に持つ小銃から煙が立ち上っている所を見ると、私の死角を援護してくれていたようです。

 

「ありがとうございます永井くん。援護、助かりました。…………鼻血が出てますけど、大丈夫ですか?」

 

「え!?あ、うん………」

 

 永井くんが慌てて鼻血を拭きます。殴られたのでしょうか?大事無さそうでよかったです。

 

 

 

=====

 

金剛 夜見島港/船小屋

   初日 07:31:01

 

=====

 

 

 

「うぐっ…………Shit───ッ!」

 

 私は全身の激痛と、突然鳴り響いた銃声で目を覚ました。

 全身に包帯が巻かれているのを見て、私は朦朧とする頭で霞んでいる記憶を掘り起こす。 

 

 死ぬと思っていた間際、突然明るくなった森。

 すると、黒いモヤモヤ達は慌てたように私のそばから離れていった。

 筑摩はその光を見て恨めしそうに目を細めていたが、何かビクンと体を震わせると私に背を向けて歩き出し、フラフラと崖から転がり落ちていったのだ。

 そのあまりに不可解な光景に私は混乱しながらも、一先ず自分が寸手のところで命を拾った事に気づき、渾身の力を振り絞って港へ向かったのだ。

 そこに仲間がいることに賭けて。

 

 そして、私はその賭けに勝った。港に辿り着くと、利根と浦風に会えたのだ。安心しきった私は、言葉を紡ぐ間もなく意識を手放し、気を失った。それくらい、私は気力を使い果たしていたのだ。

 

 

「うむ、やはりコレは良い銃じゃな。ちと槓捍が硬いのが難点じゃ、が────こ、金剛!起きたのか!」

 

「こ、金剛姉さん!調子はどげぇかのぅ!?」

 

 煙を棚引かせるサンパチ銃を片手に、利根と浦風が入ってくる。二人は私が起きているのに気づくとすぐに駆け寄ってきた。

 

「調子は───あんまり、良くないデース……」

 

「ぶち心配したんじゃけぇ………よかったわ──」

 

 浦風はほっとしたように胸を撫で下ろしていた。恐らく、私の生存が気になっていたのかもしれない。元々、姉さん姉さんと慕ってくれていた駆逐艦だ。

 

「浦風、我輩が引き留めてよかったのぅ」

 

「うぅ…ありがとの利根さん………もしあん時ウチが撃っちょったらと思うと……震えが止まらんけぇ」

 

 利根が呆れたように言う。浦風はその一言で顔をしかめ、持っていたサンパチに目をやった。

 

「………どういうことデース、浦風?」

 

「ウチは金剛姉さんが連中になっちょったらと思うたら………何がなんでも楽にしてやらんとと思うたんじゃ。金剛姉さん、歩き方が連中みたいやったけぇ……」

 

「連中…………あぁ」

 

 私は連中というのに納得するのと、その連中に筑摩がなってしまったことを思い出した。

 利根にその事を告げるべきかどうか。それに、筑摩が取った謎の行動も気になり、私はしばらく考え込む。

 しかし、いきなり遭遇するよりはまだ予め知っている方がマシだろうと私は話すことにした。

 

「…………利根、よく聞くデス。筑摩が、連中の仲間になりマシタ」

 

「!?…………そ、そう……か…………う、うむ………………」

 

「金剛姉さん、筑摩さんに何があったんじゃ?」

 

「私が見つけた時には、腹を撃たれて重傷だったネ。それで港まで運んでたんデスガ……多分、運んでる途中に息絶えていたんだと思いマス。それで…………様子を見ていたら、突然私を刺してきたんデス。お腹のこれはその時のデース………」

 

 私は自分の腹の傷を擦る。縫われてはいるが、ナイフで刺された傷はそう簡単には治らない。他の傷の痛みはマシになったとはいえ、触ると相変わらず激痛が走った。

 

「…………なんちゅうことじゃ………艦娘も、連中になるんか………」

 

 利根は私の話を聞いてしばらくは理解が追い付いていなかったが、手に持つサンパチがカタカタと震えている所を見ると相当なショックを受けていた。

 浦風も艦娘が連中になると知ってショックを受けているようで、顔を真っ青にしている。恐らく、空母や水雷戦隊の安否が気になっているのだろう。 

 

「…………早く皆を見つけて脱出しないと……大変な事になりマス。このままだと、犠牲者は増える一方ネ」

 

 この状況では、とてもじゃないが捜索など無理である。水雷戦隊には悪いが、まずは自分達が生還することを第一に考えなければならない。

 兎に角味方の合流して全員を安否を確認しなければ……

 

「!………皆、誰か来よった………」

 

 ふと外を見た浦風の声のトーンが1つ落ち、それに伴って全員が身構えた。

 浦風がサンパチの安全装置を掌底で解除して構えると、利根もそれに続くように銃剣をサンパチに取り付ける。

 私は武器もなくまともに戦う力もないが、せめて自衛くらいはできるように、近場にあった鋏を手に取った。

 

 小屋の隙間から銃口を突きだし、浦風は静かに息を殺して照準を合わせているようだ。しかし、唾を飲む音が聞こえ、浦風は隣の利根へ声をかけた。

 

「利根さん、あんたは下がった方がええかもしれん。」

 

「……どういうことじゃ。我輩では何か不満でもあるか?今は怒りを抑えるので手一杯───」

 

「──外におるのは、筑摩さんじゃ」

 

「!?……………そ、そうか…………我輩も、見てよいか?」

 

 そう言うと、利根は扉を少し開けて外を見る。

 そして、大きく息を飲むと目をしばらく瞑った。

 

「────浦風、我輩がやる。我輩は………筑摩のお姉ちゃんなのじゃ。我輩が、終わらせてやらねばならん……!」

 

「……利根サン、大丈夫デスカ?」

 

「大丈夫なわけ、なかろう……!今から妹を殺すんじゃぞ…」

 

 利根は小さく、けれども悲痛な声を絞り出す。

 堅く瞑った目からは涙が迸っていた。

 

 私は浦風に目線をやるが、浦風は引き金に指をかけたまま固まっている。決めかねているらしい。

 

「……………利根さん、早うした方がええ。仲間を呼ばれると、もうあんたの手には負えんなるけぇ。」

 

「!!…………っ───わかった。浦風、もしもの時は……頼む。」

 

 そう言うと、利根は意を決したらしい。

 サンパチをかかえ、静かに外へと出ていった。

 

 

 

=====

 

利根 夜見島港/ドルフィン桟橋

   初日 07:42:00

 

=====

 

 

 

「………筑摩。そこに止まるのじゃ」

 

【──あら、姉さん!ここに居たのねぇ……フフフ】

 

 我輩は、サンパチの銃口を向けながら筑摩に告げた。

 銃を支える手はガタガタと震え、動悸も激しくなる一方だ。

 筑摩は制止も聞かず、ユラユラと我輩へ近寄ってくる。我輩はその様子を見て、一段と声を張り上げた。

 

「止まらぬかッ!!いくら筑摩であっても、我輩はッ!──お姉ちゃんは、撃つぞ……!」

 

【利根姉さんには無理。私を撃つなんて出来っこなーい】

 

「うっ……くっ!」

 

【だって、姉さんは私を愛しているから。だから撃てない。辛いでしょ姉さん?さぁ、こっちへ来ましょう?痛いのは一瞬だけですからぁ…………っ!】

 

「───ッ!ハァ………ハァ…………お主は、筑摩ではないっ!!次は頭じゃ!筑摩の苦しみは、我輩がここで終わらせる!!」

 

 悔しいが、その通りだ。

 我輩は筑摩を…撃つことなどできなかった。

 しかし、筑摩の顔をした何かが筑摩の口を使って喋っている事に、腸は煮え繰り返っていたのだ。

 怒りにまかせて引き金を絞り、放った弾丸は筑摩の頬を掠めて虚空へと消えた。

 

 それでも、我輩が撃たないと思っていた筑摩の顔を借りたナニかには効果覿面だったようだ。

 掌で叩くように素早く槓捍を動作させ、新しい弾を薬室に送り込む。

 その一連の金属音と、撃ち空薬莢が地面に落ちる音だけが港へ響いた。

 

【───利根姉さん………】

 

「何じゃ!!」

 

 静かに言う筑摩に、我輩は怒鳴り付けるように言う。

 自分でも脳に血が上っているのがわかるが、とても冷静でいられる気分ではなかった。

 

【………それで、終わりですか?撃たないのですか?】

 

「っ!………撃つ…!撃たねば、ならんのじゃ………!そうでなければ、我輩はッ───ただの、妹も守れぬ愚か者ではないか………せめて最後は…………」

 

【なら、早く撃ちなさいな。私の最愛の姉は、そんなこともできない臆病者ですか。能書きを垂らすだけの、この臆病者!】

 

「───っ………うわあぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

【ぐっ────それでこそ、私の………ねぇさ───】

 

 筑摩の剣幕に、我輩は気づいたら引き金を引いていた。絶叫と共に放たれた弾丸は、そのまま筑摩の胸を撃ち抜いていた。

 我輩は自分が今妹を撃ち殺したことに気づき、サンパチを放り出して筑摩の元へと駆け寄る。

 

「ちくま………ちくまぁ──なんでじゃ!なんで、こうなるんじゃあッッッ!!」

 

 私は我を忘れて泣き、心に溜まった痛みを吐き出すように叫んだ。  

 涙を止めようとしても止まらない。

 

 我輩は死んだ妹の胸にすがり付き泣き叫ぶ。

 すると、下から声がしたのだ。

 

【───ねぇさん………ねぇさ……ん】

 

「───っ、ちくま…筑摩か!?」

 

【最後の──お願い………きいてくだ…私……ころ、して……】

 

「───む、無理じゃ!我輩にはもう………できん!こんなの嫌じゃ!筑摩が死ぬのをもう見たくは」

 

【お願い─!辛い……辛いの………だから………】

 

 一瞬だった。

 我輩の脇腹に、鋭い痛みが走る。

 そこへと伸びる筑摩の腕を見て、自分が何をされたか察した。

 

「───そう─か───お姉ちゃんは……ダメなやつじゃ……」

 

 ジリジリとした痛みが、抉られるような痛みへと変わる。刃物が引き抜かれ、血がどくどくと溢れだした。

 我輩は筑摩が何を思って最期を我輩に託したのか察し、我輩はゆっくりと手を筑摩の首に添えた。

 

 再び、脇腹に鋭い痛みが走る。

 筑摩の顔をしたナニカは、険しい形相で我輩に攻撃を続けていた。

 しかし、我輩は馬乗りになって筑摩を抑え込むと、渾身の力を両手に集中させる。

 

【──あ、かっ………】

 

「ちくま───許せ──お姉ちゃんの……不甲斐なさを…」

 

 最後の反抗に出た筑摩の、暴れ馬のように跳ねる体を抑え込みながら、我輩は筑摩が息絶えるまで首を締め上げた。

 もう、約束を反故にすることはできない。我輩は、せめて最後は姉としての矜持を守りたかった。

 脇腹は興奮からか痛みがなく、手も頭も痺れている。

 

 けれど、筑摩が動かなくなるまで我輩は手を緩めなかった。

 

「………………筑摩、さよならじゃ。」

 

 息絶えた筑摩を見て、我輩は一言だけ呟くと筑摩の上を退いた。

 気づけば隣には浦風がおり、筑摩が使っていたであろうナイフを手に持っていた。

 浦風は我輩に代わって筑摩の首に指を当て脈を採る。その間に我輩は取り落としたサンパチを拾うと、排莢させてから銃剣を外して再び筑摩の元へ歩み寄った。

 

「………筑摩さん、息を引き取ったけぇ───ッ」

 

 浦風は短くそう言うと、静かに掌で涙を拭った。我輩はそれを聞き、ゆっくりと俯く。

 

「───そう、か。なぁ、浦風。筑摩は、ちゃんと天国まで行けるかのぅ……?」

 

「そ、そりゃもちろん行け──と、利根さん待つんじゃ!!」

 

「我輩は…お姉ちゃんじゃからの。筑摩を一人では行かせん」

 

 咽に銃口を当て、引き金を引く。

 乾いた銃声と浦風の絶叫が、我輩の聞いた最後の音となった。

 偶然か運命のいたずらなのか、我輩は筑摩の胸に抱かれるように倒れる。結局、我輩は最後まで妹に甘えずにはいられないらしい。

 我輩はその柔らかさを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

=====

 

瑞鶴 夜見島港/ドルフィン桟橋

   初日 07:58:59

 

=====

 

 

 

「な………何があったのよ…これ……」

 

 私達が港に着いた時には、すでに全てが終わっていた。

 折り重なるように倒れている利根型姉妹。その傍らで涙を流す浦風と包帯まみれの金剛。

 自分達が悠長にしていた間に何が起こっていたのかに気づく。悲しみにくれる仲間に、私達は合わせられる顔がなかった。

 

 

 

 




アーカイブ
No.010

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九五式軍刀
官給品で、儀礼用途ではなく実戦使用を前提として作られている軍刀。頑丈で通常の日本刀とは仕組みが異なる部分も多い。

=====

榛名が入手した軍刀。
形式は初期型で、仕上がりもよく状態も良好。
錆止めの椿油が薫る一振り。


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初日 08:00:00~09:00:00

※文章におかしな部分があったので修正しました。


 

=====

 

利根 ???/???

   ??? ???

 

=====

 

 

 

「────そうか、ここが………あの世………」

 

 死んだ。

 自分で引き金を引いたから覚えている。

 我輩が目を覚ますと、そこは一面に彼岸花の咲いた世界だった。全体的に霧で覆われ、見通しは良くない。

 

 体の感覚は曖昧で、自分の体だけが見えるような状態。

 

 我輩はそれとなく前へ進む。意思によって移動できるようで、この謎の世界をしばし探索してみようと思ったのだ。

 朧気に感じる地面の感覚。踏んでいる感触は河川敷の砂利に近いのだろうか。

 我輩はここが俗に言う三途の川に続く道かと思い、歩を進めていった。

 

 そして──

 

「──姉さん。」

 

「!──筑摩………」

 

 道の途中に、妹が佇んでいた。

 妹は悲しそうな表情で我輩を見据え、ゆっくりと近寄ってくる。

 

「───なぜ、来てしまったのですか。」

 

「………我輩は………ただ……」

 

「同情のつもりですか?姉としての矜持ですか?私が、そんなもので喜ぶわけないでしょう。」

 

「…………………」

 

 筑摩は静かに、しかし強い口調で我輩に言った。怒っていたのだ。

 我輩は二の句も告げず、ただ俯いた。

 

「姉さん………私達艦娘は、艦という大きな魂から分霊され、依り代に宿り産み出される存在。魂がまだ己の肉体を失っていなければ、蘇ることすらできます。」

 

「………我輩とて知っておる。ならば、何故筑摩は戻らなんだ……我輩を一人にする気か!」

 

 艦娘の本質は魂──艦魂(ふなだま)であって、肉体はただの器。

 器は人より少し頑丈なくらいで、本質的には同じ。

 しかし、人の魂は水のようなもので、器が一度壊れ中身が溢れれば元には戻れない。

 しかし、艦魂は溢れても器を直しさえすれば元に戻すことができた。

 

 その条件は、我輩も筑摩も同じはず。

 では、何故筑摩は肉体に戻ろうとしない?

 

「今ならまだ間に合う。我輩ともう一度生きるのじゃ、筑摩!」

 

「できないのです、姉さん。姉さんはともかく、器を汚された私は、もう戻ることができません。」

 

「!?──ど、どういうことじゃ!」

 

「艦娘の肉体や艤装が如何にして作られるか、姉さんはご存知ですか?」

 

「───人の肉体であろう。それも、魂の脱け殻となったものじゃ。」

 

 正確には、依り代に適するものという条件も付加される。誰でもいいのならば、今ごろ世界中に艦娘が溢れているだろう。

 

「この島は穢れにまみれている。そして、あの黒いモヤモヤとしたものが持つ酷い穢れ。あれもまた艦娘と同じく、魂の脱け殻を殻とするものでもあるんです。」

 

「なんじゃと!」

 

 筑摩の体は、あの黒いモヤモヤに憑かれたお陰で艦娘の器には適さなくなった。つまりそう言うことなのだろう。

 

 艦魂は穢れた器にはいられなくなる。

 それを聞いて、我輩は轟沈もまた深海棲艦の穢れを浴びすぎる──つまり、深海棲艦の穢れた砲弾に被弾し、それによって器に適さなくなったことで起こるものなのだと納得した。

 

「………頭がなくなっても大丈夫なのに、なぜ艦娘は轟沈するのか……納得がいった気がするのじゃ」

 

 多少の被弾なら、入渠によって穢れを(みそ)ぐことで綺麗にすることができる。

 

 更に、艦娘は魂あるかぎりはその入れ物たる肉体も驚異的な修復力によって再生されるのだ。

 逆に言えば、魂が離れた後の器は人の体と変わらなくなる。穢れを受けるというのは、艦娘にとっては大きな致命傷になるのだ。

 

「では、筑摩が戻ってこれたのは何故じゃ?一時的にじゃが、お主正気を取り戻していたであろう」

 

「朝日、です。利根姉さん。連中は、酷く光に弱い。()()()()()()()()()()()、連中はそれだけでかなり弱まる。その隙をついて、一時的に戻ることができたのですよ。しかし、その結果が───これです。」

 

「!?───筑摩、お主………」

 

 筑摩の半身──といっても体ではなく魂を抽象的に表現したものであるが──は、まるで煤けたように黒くなっていた。

 あれが無理矢理肉体に戻り、連中の穢れを受けた結果なのだろう。

 

「連中の穢れは、まるで汚泥──いや、タールのように真っ黒で穢らわしく、このように粘りついて取れぬのです。私は……艦魂に戻ることすら、拒否されてしまいました……」

 

「そ、そんな………艦魂に戻れぬと、どうなるのじゃ……」

 

 筑摩いわく、肉体から離れた艦魂は、大きな艦魂の集合体へと戻るらしい。そして、艦娘として再び新たな生を受ける時を待つのだそうだ。

 

 それを拒否されればどうなるか?

 筑摩の魂は新しい体も得られず、地縛霊のように永遠とこの場所を漂う存在と化してしまう。

 

「────筑摩、我輩の体へ来い!魂が一つ増えたところで、全く問題あるまい。魂の穢れがなんじゃ!筑摩、さぁ!」

 

「ダメです、利根姉さん。あなたの体も、魂も穢れてしまいます。」

 

「禊げばよかろう!海でもなんでも───あ」

 

 我輩は気づいてしまった。

 あの島に、穢れを禊ぐことのできる場所などないことを。

 

「良いのです、利根姉さん。私は、最後にあなたに会えただけでも満足なのですから。…………さぁ、お戻りください。道は開けました。」

 

「ッ───嫌じゃ……お主と、もう会えなくなるではないか!ならば我輩もここに残り、後から来る者へ案内を」

 

「利根姉さん。その役目は私がやります。私の無念、どうか現世(うつしよ)に持って帰ってはくださいませんか?残された、仲間のためにも。」

 

「っ、嫌じゃ─嫌───」

 

「姉さん!!」

 

「──っく…………筑摩、必ずお主の体は連れて帰る。禊ぐ術も見つける!じゃから、絶対にここで待っておれ!!待っておるのじゃぞ!!よいな!!」

 

「──はい、お待ちしておりますから。利根姉さん───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=====

 

利根 夜見島港/ドルフィン桟橋

   初日 08:22:00

 

=====

 

 

 

「────うぅ………」

 

「!?──み、皆!!と、利根さんが生き返った!!」

 

 瑞鶴の叫び声により、我輩の意識は次第に覚醒する。

 首に違和感が残るが、それよりも先に我輩は周囲を見渡した。

 

 そして──

 

「このバカタレッ、何考えとるんじゃ!!!」

 

「そうデス!!!自分で死ぬなんてアホじゃないデスカ!!!」

 

 目覚め一番、浦風に殴られた。続けざまに金剛にも殴られる。

 

「………すまぬ。筑摩のことで頭がどうにかしておったわ」

 

 我輩は頬に感じる痛みに俯きながら、浦風と金剛に謝る。

 浦風も金剛もまだ何か言いたげな表情だったが、それを合流したのであろう加賀と赤城が制した。

 

「………利根さん、あなたの行いは決して誉められたものではないわ。浦風さんの持っていた応急修復材がなければ、あなたは屍人になっていた。逆を言えば、誰かを救えるかもしれない修復材を、あなたの行いで一つ無駄にしたということなの。」

 

「………うむ。同じことをあの世で筑摩にも叱られてきたわ」

 

「そう………あなたが死んでは、筑摩さんも浮かばれないと思うわ。」

 

 赤城には妄言の類いに受けとられたかもしれないが、我輩は実際に筑摩と喋ったのだ。もしそれが走馬灯や夢の類いであればそれまでだが、あの情報については一考の価値があると思いたい。

 

「……軽率な行いに関しては反省しておる。我輩は阿呆じゃ。しかし、その阿呆が言う戯言。少し聞いてはくれぬか」

 

 我輩はあの世で筑摩から聞いたことを話す。

 艦魂、穢れを持つ黒いモヤモヤ─加賀達は屍霊と呼んでいた──、艦娘の死の意味………

 

 すべてを話し終えた時、全員が呆然としていた。

 しかし、誰一人としてそれを戯言とは受け取らなかったようだ。

 

「…………興味深い話だけど──そうなると、致命傷を負ったとしても屍霊さえ寄せ付けなければ私達は甦れる、ということ?」

 

「You are right.私達艦娘の自己治癒力はヒトの何倍もありますからネ。例え頭がふっ飛んでも、安静にしていれば2~3日で元通りヨ。」

 

「けど、筑摩さんは屍霊によって肉体が穢されたから、元に戻ることができない。戻るには肉体の禊が必要………ということよね」

 

 加賀が首を傾げながら言う。それを金剛がだめ押しすると、瑞鶴が更に補足した。

 我輩はそれを聞いて頷き、更に付け足す。

 

「そうじゃ。禊は鎮守府の入渠風呂があればできぬことはないじゃろう……屍霊に取り憑かれさえせねば、筑摩も元に戻れたのじゃろうが……」

 

「──あの、何故艦娘に屍霊が取り憑けるのでしょうか?人の場合は、致命傷を受けて死亡し脱け殻になるから入り込めると納得できます。ですが、さっきの説明を鑑みれば、艦娘の場合は致命傷を負ったとしても死ぬことはないことになります。先客がいるのに、どうやって屍霊は入り込んだのでしょうか?」

 

 翔鶴が疑問を口にする。

 確かに、強力な不死性があるなら魂が離れることはない筈。深海棲艦の砲弾で穢れが蓄積した訳でもないのにだ。

 

「………金剛さん。筑摩さんが屍霊に取り憑かれるところ、見ていませんか?」

 

「Hmm───私は崖から転げ落ちてたからネ…………そういえば、筑摩を見つけた時は雨が降ってたネ。それで泥濘に足を取られた記憶がアリマース。」

 

 金剛が言った雨というワード。

 我輩はそらを聞いて空を見上げ、次いで海を見た。そして、あることを思い出したのだ。

 

「赤い雨……赤い海─────ま、まさか………」

 

「どうしたんじゃ、利根さん」

 

「皆、姫級深海棲艦が現れた海域は赤く染まり、艤装を蝕んでいたのを覚えておるか?」

 

 姫級深海棲艦は、その支配海域を真っ赤に染め上げてしまうという特徴がある。

 そうした真っ赤な海は変色海域と呼ばれ、長くいればいるだけ艤装を蝕むという性質を持っていたのだ。

 そのせいで、姫級討伐は戦闘に時間制限がついて、そのせいで姫級を仕留めるには何回かに分けて攻撃を仕掛けないといけなかった。

 

「この島の赤い雨に赤い海……水という水がすべて赤に染まっている。もしこれが、変色海域と同質のものとすれば………」

 

 我輩は、この赤い水が持つ性質に気づいた。

 筑摩の言った、この島にまみれた穢れ。もし、筑摩が傷を負った時、赤い水を取り込む要因があったら?

 

「体内に取り込めば穢れが蓄積され、艦魂が弱まる………」

 

 赤城が青ざめた顔で口にした言葉に、皆その意味を理解し戦慄した。

 

 赤い水によって、艦魂は穢れを受けていく。 

 もしそうなのだとすれば、赤い水を飲むことはまず有り得ない。そして、傷を負ったとしても水で傷口を洗うことも避けなければならない。体内に取り入れれば入れた分だけ、穢れは蓄積し、着実に自分を蝕んでいく。

 

 この島を早く脱出しなければ、餓えと渇きによって最終的には屍人となってしまうということなのだ。

 

「…………皆さん、兎に角作戦を練りましょう。このままでは、私達は遅かれ早かれ全滅です。そうなる前に、ここを脱出する手立てを考えなければ──」

 

 赤城の言葉に、皆黙って頷いた。

 手立てなくとも、抗い続けなければ生き残れない。

 命ある者にとって、この島は地獄以外の何物でもないのだから。

 

 




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No.011

=====

広辞苑
【禊(みそぎ)】
身に罪または穢れのあるときや重大な神事などに従う前に、川や海で身を洗い清めること。

=====

 広辞苑に記載されている禊の項。


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初日 09:00:00~12:00:00

 

 

=====

 

榛名 夜見島小中学校

   初日 09:12:34

 

=====

 

 

 

「思ったより、寂れてますね………」

 

「というか、廃墟じゃん……」

 

 何か手がかりが掴めるかもとこの地を訪れましたが、そこには小中学校とは名ばかりの、廃墟と化した建物がありました。

 木材などは黒こげになっているところをみると、どうやら火災で焼失したようです。

 

「手詰まり……ですね」

 

 私も永井くんも、落胆を禁じ得ませんでした。

 他にこの島の資料を置いていそうな場所など想像がつきません。

 しばらく途方に暮れていた私達でしたが、駄目元で廃墟を探索してみることにしました。

 ボロボロの扉を開けて中へ入ると、焼けた廊下が奥へと続いています。

 永井くんがL字ライトを点灯させ、先行して奥に進み始めました。私も刀を抜いて臨戦体勢を取り、不意の接敵に備えました。

 

「……誰かいる」

 

 永井くんの一言に、私は身構えます。

 何か足音のような、堅いものが床を踏む音が奥からしていました。

 

「永井くん、進みましょう。後衛をお願いします……」

 

「了解…気をつけてね」

 

 永井くんが銃を構える傍らで、私は身軽になるためにバックパックを下ろします。永井くんもそれに続いてバックパックを下ろすと、私達は前進を始めました。

 

【だれか。】

 

「──!…………」

 

【だれかだれか……よし、撃ちますよ】

 

 反対側の扉からでした。

 いままで聞いてきた、歩く屍とははっきり違う明確な意思をもった声。

 永井くんは誰何された時点で、何か手榴弾のようなものを取り出していました。そして、そのピンを抜くと反対側の扉へ向け投げつけました。

 

「目を瞑れ!!」

 

「っ!」

 

 永井くんの鋭い声に咄嗟に目を瞑ると、次の瞬間にはすさまじい閃光が部屋を明るく照らし出しました。

 

【ぎゃあぁぁぁぁ】

 

 相手の悶絶するような悲鳴が聞こえた時には、永井くんはすでに反対側の扉へと走り出しています。

 私もそれに気づいて続くと、部屋の中へ突入しました。

 

 部屋の中にいたのは、歩く屍とも異なる真っ黒な布で全身を覆った何かでした。

 その何かが何であるかもわからないうちに、永井くんはソイツへと発砲します。

 銃弾を撃ち込まれ、その何かは身動きを止めました。それを確認してから、永井くんは私に説明し始めます。

 

「───ゾンビにも二種類いてさ。片方はさっきも見た血の涙を流してるやつ。そして、もう一種類がこの黒いミノムシみたいなやつなんだ。」

 

「…………」

 

 まさか二種類いるとは思いませんでした。

 普段見かける歩く屍と違い、倒れているコイツは全身を布や服で覆ってまるでミノムシのようになっています。所々見える肌は青白いを通り越して真っ白で、血のような黒い何かが目や鼻から溢れていました。

 

 永井くんはナイフで倒れている相手の皮を剥ぎ取るように布を引き剥がしていき、身体を露出させていきます。

 

「な、永井くん!何を…!」

 

「コイツら、普通のやつらより復活のスピードが早いんだよ。あと、光に滅茶苦茶弱い。だから、こうやって布とかで全身を固めてる。これをひっぺがしておくだけでもコイツらには相当なダメージになるんだ。」

 

 布を剥ぎ取った後、永井くんはソイツを担いで外へと放り捨てました。

 その様子を見てふと、私は思い付きます。

 

「あの………身ぐるみ剥がさなくても、可燃物まみれなんですからそのまま火を点けた方が早いんじゃ………」

 

「あ。」

 

 

 

=====

 

浜風 夜見島沿岸/警ら艇

   初日 09:46:02

 

=====

 

 

 

「浜風ちゃん、大丈夫か?」

 

「───だいぶ、痛みは引いてきました。貴重な医薬品を使っていただいてありがとうございます。」

 

「そんなことを怪我人が、ましてや女の子が心配することじゃないよ。さぁ、船室でゆっくり休んでなさい。錨も下ろしたし、海の上だから安全だ。」

 

 藤田さんに簡単な応急処置をしてもらい、私は船室に寝かされていた。

 船は波に揺られる以外は静かで、むしろその動揺が私には心地よかった。

 磯風も海の上までは追ってこれないとすっかり安心してしまい、戦闘の疲れもあって次第に瞼が重くなる。周囲は相変わらず薄暗く、それがまた一段と眠気を誘った。

 

「………なんだありゃ……女?」

 

 ウイングの藤田さんの声に、私はハッと目が覚めるとすぐに甲板に出た。

 無償に嫌な予感がしたのだ。

 

 そして、その嫌な予感は的中してしまった。

 

「重巡リ級!?深海棲艦がなぜこんなところに………」

 

 すっかり見慣れている、私達が戦火を交える相手。まさかこの場所にもいるなど誰が想像しただろうか。

 赤い海を航行し、重巡リ級は私と藤田さんの乗る船へとまっすぐ近づいてきていた。

 

「藤田さん、早く船を出して下さい!あれに襲われては一堪りもありません!」

 

「お、おう!浜風ちゃん、錨を上げてくれ!」

 

「了解!」

 

 船の舳先へ走り、急いで錨を引き揚げる。

 藤田さんは船のエンジンを回すと、すぐに船を発進させた。

 

「藤田さん!武器は──武器は何かないんですか!?」

 

「俺の拳銃が関の山だ!兎に角振り切る!」

 

 駆逐艦の私が単艦で重巡を相手取るのは不利だ。

 しかも、あの津波で艤装が大破している私では、現状駆逐艦級にすらまともに対抗できない。

 

──しかし。

 砲は二基失ったが、武器弾薬はまだ艤装内に残されている。

 このまま逃げていても、じきに追い付かれるだろう。射程内に入れば砲撃される。

 まともなスプリンター防御もないこの船では、まず一撃で大破だ。

 

 藤田さんと自分の身を守るには、やるしかない。

 私は手近にあった緊急用の手斧を拾いあげると、船の縁に立つ。

 

「──艤装、発動。」

 

 格納状態だった艤装をその身に顕現させると、すばやく海へと飛び降りた。

 

「浜風ちゃん!?う、嘘だろ………どうなってんだおい……!」

 

「説明は後でしますから、兎に角今はあれから距離を取ってください!早く!!」

 

 疾走する船の横を並走する形で、私は航走を開始した。

 そして、隣の藤田さんに向け叫んだ後、海軍式の挙手の敬礼をして反転、重巡リ級へと向かう。

 

「………目標正面、右舷反航戦!機関一杯、最大戦速っ!!───やあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 手斧を握り締め、最大戦速で敵目掛け突撃する。

 リ級が主砲の発砲を開始し、周囲にいくつもの水柱が立ち上がった。破片が空気を切り裂き、四方八方へ飛び交う。

 

 訓練で鍛えた之字運動で敵弾を回避し、リ級との距離を順当に詰めていく。そして、魚雷発射管を作動させ雷撃のタイミングを図った。

 

「右舷雷撃戦、撃ち方───てぇっ!」

 

 魚雷が発射管から打ち出され、海面へと突入する。

 発射雷数は4。海中に潜った酸素魚雷が熱走を開始し、薄い航跡がリ級へと伸びていく。

 

 私はリ級の装甲を12.7cm砲で破れる距離まで近づくと、艤装に残った1基の砲を使って砲撃を開始した。

 

 唸りをあげて砲弾が飛び、リ級の装甲へ命中する。爆発と共に装甲が弾け、穴を穿った。しかし、一発程度では致命傷には程遠い。

 

「沈め、沈めぇッ!!」

 

 半狂乱になり、私は主砲を撃ち続けた。

 敵の砲撃によるスプリンターで服も艤装も傷だらけだ。重巡の装甲を撃ち抜ける距離にいるということは、私は一撃でも貰えばその瞬間轟沈するのだ。

 敵が発砲するたびに、私は震え上がる体に鞭打った。

 

 魚雷はまだか?まだ到達しないのか?

 その時間が待ち遠しくて、私は気が狂いそうになる。

 

「──!────────ッ──」

 

 敵弾が來叉し、水柱が周囲に巻き上がった。

 スプリンターが容赦なく体を引き裂き、私は声にならない悲鳴を上げる。

 しかし、敵もまた同時に水柱へ包まれていた。

 

 魚雷が命中したようで、リ級はバラバラに吹き飛ばされる。

 艤装の残骸や肉片が降り注ぐ中、上半身だけになったネ級へ向け、私は手斧を振り上げた。

 

「────っ!!」

 

 手斧がリ級にトドメを刺し、そのまま海へと消えていく。

 

 静けさを取り戻す海に、小型船舶用エンジンの音が響く。

 私は、困難な戦いに無事勝ったようだ。

 

 

「浜風ちゃーん!!!」

 

 藤田さんの心配そうな声が聞こえる。

 私はうっすらと笑みを浮かべて手を振ると、痛みに堪えながら藤田さんの船へと向かった。

 

 

 

=====

 

赤城 瓜生ヶ森

   初日 11:08:11

 

=====

 

 

 

「本当に、やるんですね?」

 

「うむ、やむを得んからな。筑摩には申し訳ないが………」

 

 私は利根さんの返答に頷き、軽トラの荷台から筑摩さんの体を降ろすのを手伝った。

 加賀さんが運転席から心配そうに見つめ、その遠方ではバイクに跨がった翔鶴さんと、その後ろに乗った瑞鶴さんが控えている。

 

 ()()()()()を施した筑摩さんの肉体を森の中を走る林道に置くと、私達はそれから距離をとる。

 瑞鶴さんがライフルを構え、筑摩さんの肉体に照準を合わせた。

 

 私達がやろうとしていることは、最早死者への冒涜だろう。

 しかし、この島から筑摩さんを連れて帰るにはやむを得ない措置なのだ。

 

 私達はその時が来るのを待ち、じっと筑摩さんの肉体を見守った。

 

 

「……………………来た。」

 

 ライフルのスコープで監視を行っていた瑞鶴さんがいち早く異変に気づき、皆へ知らせてくる。

 

 林道に置かれた筑摩さんの肉体に、屍霊が群がってきた。

 屍霊たちはしばらく筑摩さんの肉体の周りを蠢いたが、そのうちの一匹が周りの屍霊を押し退け、筑摩さんの体へ取り憑くように溶けていく。 

 利根さんが悔しそうに歯を食い縛り、固く握り締めた手からうっすら血が滲む。

 

 その思いは、私達誰もが共感する思いだった。

 

【───ぅぅ………小細工を……姉さん──姉さん──この縄を解いてくださぁい──】 

 

 筑摩さんの声を借りた屍霊が、利根さんへと喋りかけてきた。

 私達はお互いに目配せすると、皆事前に打合せしていた行動へと移る。

 

 加賀さんが軽トラのヘッドライトをハイビームで点灯し、筑摩さんの肉体を照らした。

 何とも許容しがたい悲鳴を上げて、屍霊たちが筑摩さんの周りから霧散していく。

 

 加賀さんはそのまま軽トラを発進させると、筑摩さんの手前に付ける。翔鶴さんたちもバイクで追随してきた。

 

【──やめてください姉さん─ちょっと──ちょっ、むがっ】

 

「黙れ!筑摩の口を勝手に使うでないわ!」

 

 翔鶴さんと瑞鶴さんが屍人化した筑摩さんの頭と口を抑え、利根さんがその口に適当な布切れを詰め込んで猿ぐつわにし、更には黒い布で目隠しも追加した。

 手足はすでに拘束してあるので、よっぽどのことがない限りは抜け出せないだろう。

 

 私達も軽トラから降りて筑摩さんの肉体を持ち上げると、皆で協力して大きなずだ袋に筑摩さんの体を押し込んだ。

 人一人が入るような大きなずだ袋で、口を縄で縛り、さらに袋の上から帯や縄で筑摩さんの肉体を縛り上げる。

 

 筑摩さんはじたばたと暴れるが、ずだ袋に入れられている上に縛り上げられていてはまともな抵抗すらできないだろう。

 私達はずだ袋を軽トラの荷台に積み直すと、港で待機している金剛さんと浦風さんの元へ戻った。

 

「これでうまく行くといいのだけれど──筑摩さんには、何か悪いわね」

 

 ハンドルを握りながら、加賀さんが私に言う。

 肉体を腐敗させないよう、この方法を思い付いたのは加賀さんだった。

 満足な冷凍設備もないこの島で、魂が離れた状態の艦娘を保存しておくことなど不可能だった。

 魂がなければ、艦娘の不死性は失われ肉体は腐敗を始める。そうなれば、穢れ云々以前に器として使い物にならなくなるのだ。

 そこで考えられた苦肉の策が、敢えて屍人化させることで肉体を保存するというものだった。

 

 そのために筑摩さんの手足を頑丈なワイヤーで縛り、ああして屍霊に取り憑かせたのだ。

 屍人化していれば、一先ず艦娘の不死性は保たれる。

 その状態を保っていれば、脱出後に肉体を禊ぎ筑摩さんを元に戻すことができるという考えだった。

 

 現状、それ以外に肉体を保存する手立てはない。

 利根さんは渋ったが、最後は折れてくれている。

 

「──仕方ないわよ。こうするしか方法がないんだもの…………加賀さん。万が一私が屍人化した時は、お願いするわね。」

 

「縁起でもないこと言わないで赤城さん。これ以上、犠牲は出させないわ。」

 

 加賀さんの言葉に、私は黙って頷く。

 脱出の手立てはまだないが、兎に角無事に生還することが第一だった。

 そのためには、どうやってでも生き延びなければ。

 

 

 

 




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No.012

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宿毛新聞 昭和五十一年七月三十一日夕刊

『夜見島の廃校全焼』
校舎に放火、二十八歳男を逮捕

 三十一日午前二時ごろ、離島・夜見島の夜見島小中学校が全焼した。
(略)県警は建造物等放火の疑いで住所不定、無職の宇城益三容疑者(二十八)を逮捕した。

 同容疑者は前日島に上陸し、夜見島小中学校に侵入。教室内のカーテンなどにライターで火をつけ、廃校を全焼させた疑い。
 宇城容疑者は、調べに対して「夜になり教室内で寝ていたら、赤黒い化け物が襲ってきたのでライターを投げつけた」などと意味不明の供述を続けており、精神鑑定も視野に入れて捜査を進める方針───

=====

 昭和51年7月31日発行の新聞の一面。
 


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初日 12:00:00~14:00:00

 

 

=====

 

川内 夜見島金鉱社宅 

   初日 12:54:06

 

=====

 

 

 

「──ごちそうさまでした。」

 

 この島に来て何度めかの食事を終える。

 今日のメニューはツナ入りお握り。缶詰とレトルト、それに塩を組み合わせた吹雪のお手製だ。

 

 擱座した哨戒艇を見つけることができたのは本当に幸運だった。でなければ飢え死にしていたところだろう。

 まぁ、そこで白雪が撃たれたのだが。

 

「…………そろそろ、量も心許なくなってきましたね。」

 

「………そうだね。また、調達に行かないといけないかな。」

 

 今日の食事当番だった吹雪が私に言ってくる。

 調達した分の食糧の残りはあと一日か二日持てばいいくらいの量になっていた。水も底をつきる寸前。

 

 この島で飲料水を調達するのは本当に一苦労なのだ。

 水がないわけではない。しかし、水という水はすべて真っ赤に染まっており、とても飲む気にはなれなかった。

 

 けど中には透明な水もあり、それなら飲むことができる。例えば瓶やペットボトルに入っている水は透明なままだった。

 哨戒艇で見つけた水は真水タンクに入っていたものだ。それを水筒やポリバケツに汲んできている。

 

 哨戒艇に行けばまた水や食糧を補充できるだろうが、あそこは狙撃手が徘徊しているため、接近にはリスクが伴った。

 それでも、補充に行かなければ物資はじき底をつく。

 

「………神通と私で調達に行くよ。吹雪は初雪と待っていてほしい。まだ深雪が動かせないし。」

 

「……ですけど、人手は多いほうがいい筈です。私も行きます。」

 

「吹雪………吹雪が来たら、ここは初雪だけになっちゃうでしょ?初雪だけで深雪を守るのは大変だと思わない?」

 

「う……」

 

「わかったなら、ここで待っててよ。量は、私と神通でどうにかするからさ。代わりに、ここの見張りをしてほしいんだ。」

 

 落ち込む吹雪を励まし、彼女をつれて私は外で見張りをしている神通の元へ行った。

 神通は監視所───最上階の階段踊り場に佇み、吹雪が作ったツナ入りお握りを片手に外を睨んでいた。

 

「神通。相談があるんだけど…」

 

「何でしょう?」

 

 私は神通に物資の量が残り少ない事、技量や人員的に動けるのは私と神通しかいないことを告げ協力を頼んだ。

 神通も快諾してくれ、見張りを吹雪と交代すると下へ降りる。

 

「──吹雪さん、お握りごちそうさま。美味しかったですよ」

 

「──あ、ありがとうございます!」

 

 下へ向かう前に、後ろに控えていた吹雪へと神通は一言感謝を告げた。

 それを聞いて、吹雪は嬉しそうにはにかむ。まだ距離はあるようだが、少しずつその間は縮まってきているようだ。

 

 私は吹雪に、下から持ってきた89式小銃を託すと続いて下へ降りる。

 

 昇降口に張られた大きな瓦礫のバリケードの前で神通は待っていた。

 神通は運搬用のバックパックや水筒をまとめて背負っており、手にはMP7サブマシンガン。

 私は水瓶代わりに使っている45Lポリバケツを担いでいるので、武器は必要最小限だ。 

 

「擱座している哨戒艇はここから3km。そこそこあるから、荷物を運ぶことを考えると何か運搬手段を確保したいな。」

 

「リヤカーか猫車……あれば車が理想ですね。道すがら探してみましょう。」

 

 私達は軽く打ち合わせをしてから出発すると、だいぶ制圧の進んだ団地の中を抜けていく。

 神通には死骸を始末しないと敵は復活することを伝えたので、それ以降はこの団地内の敵も随分と数を減らしていた。

 前は海に捨てていたが、今は別の方法で始末している。その始末というのが胸糞悪い事この上ないが。

 倒した敵を針金や番線で手足を縛ってから団地の屋上へ運び、そこに結わえ付けた縄を首に掛け突き落とす。すると、その自重から来る衝撃で首が跳ぶのだ。

 

 今日に入ってから私と神通でやり始めたが、これがかなり効率よく敵を駆逐できる方法だった。首が跳んだ死体は甦らないからだ。

 神通が89式で屋上から敵を撃ち、その銃声で寄ってくる敵をさらに始末する。私は下にいて、神通から貰った武器で自衛しつつ、撃たれた敵の手足を番線で縛る。

 そうして溜まった死骸の首を一体ずつ跳ねる。屋上へは首に掛けた縄で引っ張り上げるから一石二鳥だ。

 

 敵が銃を持っている時もあるが、こちらにも銃はある。

 先手必勝、一撃必殺。

 神通の凄まじさ──高所というのもあるが、隠れている敵すら見つけて的確に撃ち抜く──もあって、制圧作業はルーチンワークと化していた。

 死骸は団地内のマンホールに捨てているのだが、そのマンホールがすぐ一杯になるくらいには効率が良い。

 

 私はマンホール内を埋め尽くした敵の死骸を見て、ざまぁみろと思った。

 しかし、そう思えてしまう自分が嫌で仕方なかった。

 

 私達の頭は、この島に来てから理性のタガが外れてしまったのだろう。

 この方法で敵を始末していると、ふと提督や他の艦娘に知られた時のことが頭によぎる。すると、途端に自分のやっている行為が恐ろしくなるのだ。良心の呵責というやつだろう。

 口には出さないが、神通も同じだと思う。

 血にまみれた姿を仲間や友達に見られたら──

 

 これは生き残るため仕方がないこと。

 そう思っていなければ、私たちは良心に押し潰される。

 自分で思っている以上に、私は追い詰められているのかもしれない。

 

「………川内姉さん。顔が怖いですよ」

 

「え、あぁ………ちょっと考え事してた。死体置き場………どうしよっか?」

 

「…………マンホールなら団地内にいくらでもあります。下水管は連中が這い回れるほど太くはないですし、この際どこでもいいかと。」

 

「そうだね…………………………神通はさ、部下の安否……気にならないの?」

 

「…………気にはなります。けど…任務もある以上致し方ありません。」

 

「……………そっか。探しに行きたかったらさ、行っていいと思うよ。私達は拠点に残ってるし。心配なんでしょ?」

 

「…………………」

 

 神通は私と同じ部隊を預かる身だ。気持ちはわかると思いたい。

 当然部下の安否だって気になっているだろう。

 

 思えば、神通にはずっと助けられてばかりだ。彼女だって負担は小さくないはず。なら、そろそろ神通の手助けもしてあげたいと思う。

 

「……お気持ちは嬉しいですが、今はあなた達が優先です。私は座して待つ。その程度には、部下を信頼していますから。」

 

 しかし、神通は拒否した。

 私はそれを聞くと無理に勧めることもできず、閉口してしまう。

 

「………わかった。探したくなったらいつでも言ってよ。力になるからさ。」

 

 まだ、私と神通の間には距離がある。

 それでも、段々とその距離は埋まりつつあると感じた。私の思い込みかもしれないけど。

 

 しばらく歩いていると、神通が何かを察して立ち止まり、私を連れて脇道の物影に隠れた。

 

「どうしたの?」

 

「敵です。狙撃手ですけど………あの家の二階で待ち構えてますね。」

 

 私達の歩いていた道の600mくらい先にある家屋を指さし、神通は言った。私はじっとその家を見るが、狙撃手らしきものは見つけられない。

 

「…………どこ?」

 

「巧妙に偽装していますね。ここからではまず見えないでしょう────ッ、此方に気づいてますね。」

 

「…………ねぇ、こっちから見えないならどうやって気づいたのさ?」

 

「?………川内姉さんは使えないんですか?」

 

 神通が不思議そうに言う。

 私が訳がわからないという顔をしてたので、神通が説明してくれた。

 神通は敵の視界を覗き見る能力が使えるらしく、それで今まで隠れている敵や接近する敵を見つけては対処していたらしい。

 

 試しに私もやってみると、私達を狙っているだろう敵の視界を見ることができた。

 家屋の二階らしきところに隠れ、手に持つライフル───あの特徴的な照準器は九九式短小銃だ──で私達の潜む物陰を狙っていた。

 そして、その視界に私達の隠れている小屋以外にもあるものが写り、私は策が浮かんだ。

 

「………神通、この小屋の向こうにジープがある。」

 

「それはそうですが………まずはあの敵をどうにかしなければ。」

 

「そのジープ、よく見てみなよ。いいものが載ってる。」

 

「?…………………これは……」

 

 そのジープは決して新しい型ではないが、その車体にはある物が積まれていた。

 

 M40 106mm無反動砲。ジープの方はケネディジープと呼ばれるタイプだ。

 米軍の兵器が何故ここにあるかわからないが、あるなら使わせてもらうのがセオリーである。

 幸いにして、ジープのフロントはあの家屋を向いている。砲の旋回ハンドルを調整すれば、その射界に敵を収められるだろう。

 

「神通、あれの使い方は知ってる?」

 

「陸上兵器には疎いので、詳細は………」

 

「………私、結構兵器マニアだったりするんだよね。うちの警備府って暇だしさ。」

 

「……………わかりました。敵の注意を引きます………確実に仕留めてくださいね?」

 

「任された。やってやるよ」

 

 神通は苦笑いを浮かべながら頷くと、素早く物陰から飛び出した。

 するとすぐ乾いた銃声が響く。

 

 私は神通が撃たれる前に敵を吹き飛ばすべく、ジープへと駆け出した。

 狙いが気取られないように静かに、且つ素早くジープに取り付く。

 この手のジープには必ず即応弾が載っているのだ。私はミリタリー雑誌で見た記憶を頼りに即応弾ラックから砲弾を取り出すと、M40のアズベリー式尾栓を開け砲弾を押し込んだ。

 

「頼むから動いてよ………一発でいいからさ」

 

 旋回ハンドルに手を添え、回す。錆びてはいないようで、無事動いてくれた。

 内心でガッツポーズをしつつ、照準器を覗いて狙いを合わせる。

 その時だった。再び銃声が響いてくる。

 

 それを聞いてふと神通が心配になった私は、一旦作業を止めて神通の視界を探った。

 

「────!?」

 

 神通の視界が写り、飛び込んでくる光景。

 それは、足から血を拭き出して倒れている神通の姿だった。呼吸が荒く、視線は家屋に釘付け。

 私は、自分の判断の甘さを悟る。

 

「あぁぁぁあっ─────」

 

 私は反射的に助けにいこうとするが、再びの銃声と神通の悲鳴を聞くとすぐに無反動砲の照準作業に戻った。

 

────今から走り出しても神通のところに辿り着くのに何秒かかる!

 それよりも作業を急げ!

 奴に砲弾をお見舞いするまで、ここを離れるな!

 

「くっ、っ…落ち着け、落ち着けっ!」

 

 自分に必死に言い聞かせ、私は砲を操作し続けた。

 震える手でハンドルを操作し、照準器を睨む。

 

─────見えた。

 

素早く砲の後ろに目線をやり、障害物がないことを確認する。

 植え込みがあるが、この程度なら問題ない。私は引き金を引いた。

 

「食らえこの野郎ッ……くたばれェ!!」

 

 私の悪態と、無反動砲特有の強烈な発射音と爆風が辺りを包む。

 

 打ち出された砲弾が家屋へとまっすぐに吸い込まれた。

 一撃で戦車を吹き飛ばせる砲弾が命中する。

 粉々に吹き飛ぶ家屋。

 

「よし……!神通───」

 

 家屋が吹き飛ばされたのを確認し、私は神通の元へ駆け出した。

 元はといえば私が囮作戦を採ったのが原因なのだ。神通への申し訳なさが募る。

 

「神通!!────────っ、嘘……でしょ……」

 

 神通は胸を撃たれていた。

 目は虚ろで、虚空を見ている。

 

 私は自分のやってしまった失敗が取り返しのつかないものであると察し、体の力が抜けた。

 

「────もう、やだ──なんで、こんな……神通ごめん……ごめんなさい………」

 

 力なく横たわる妹に向け謝罪する。

 私はその体にすがり付き、ただ謝り続けた。

 

 そのせいだろう。

 まさか、私達を狙っている銃口がもう1つあったことに、私は気づけなかった。

 

「────えっ──?」

 

 突然、胸から血が噴き出した。

 撃たれたと気づいた時には、私は神通に折り重なるように倒れていた。

 体の中が血で溢れていくのを感じる。それが気管に達すると、途端に息ができなくなった。

 まさか、血で溺れるとは思わなかった。

 

 口から血が溢れだし、視界がどんどんと霞がかっていく。

 私は神通や残される吹雪たち、自分達のために駆けずり回ってくれた提督への申し訳なさを思い浮かべながら、自分が死ぬのを待った。

 

 

 

───────川内、晩飯はラーメンだからな。早く帰って食いに行くぞ。

 

 

 

「──────提……督………────い、や───だ────」

 

 まだ、死にたくない。

 私はそう思った。まだ、死ぬわけにはいかない。

 

 冷たくなっていく全身に、僅かに力が戻る。

 私は気力を震い興すと、敵の視界を探った。

 

 見つけた。

 ゆっくりと近づいてくる。

 

 トドメを刺すつもりか?

 だが、そう簡単にやられてたまるか。

 私は僅かに動く左手をゆっくりと動かし、腰のマチェットに添えた。音がたたないように留め具を外す。

 

 視界が私と神通を見下ろす位置に来る。

 私と神通を品定めするように動く視線。

 

「───っ!!!!!」

 

 全身の力をみなぎらせ、地面から跳ね上がる。自分でもびっくりするくらい速く飛び起きると、体をきりもみに回転させながらマチェットを振り抜いた。

 強い衝撃に合わせて火花が散る。

 

【まだ生きていたのか!?】

 

「くっ────ッ」

 

 敵はライフルを盾にしたようだ。

 堅い削り出しの機関部にマチェットが当り、刃が折れて弾け飛んでいた。

 私は諦めず、喉に溜まった血を相手の顔に吹き掛ける。それに面食らったように相手は後ずさるが、そこへもうひとつの影が割り込む。

 

「やぁぁぁ!!」

 

 鈍い音と共に、ネイルハンマーの尖端が敵の頭へ突き刺さる。

 神通だった。般若の形相を浮かべ、敵へ肉薄していた。

 

「「食らえ!!!」」

 

 ほぼ同時のタイミングで、神通のMP7と私の9mm拳銃が構えられる。

 発砲も同時だった。

 

【ぐあっ───】

 

 二射線の銃弾が複数発胸に叩き込まれ、敵はライフルを落として崩れる。

 

 その崩れた敵へ私はゆっくり近寄ると、その腰にしまわれていたナイフを奪い取り、相手の首に押し付ける。

 その峰を神通の足が踏みつけ、相手の首は割られた薪のように分断された。

 

「─────」

 

「─────」

 

 沈黙した敵を見て、お互いに目配せする。

 お互い血みどろでボロボロだったが、命はまだあるようだ。

 私と神通はニヤリと笑みを浮かべると、お互いに肩を貸しあってジープへと向かった。

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.013

=====

M825
 フォード・モーター社がアメリカ陸軍および海兵隊向けに開発した1/4トン積の軍用車両のバリエーションの1つ。
 元となったM151は、MBやM38などのいわゆるジープの後継となる小型汎用車両で、俗に「ケネディジープ」と呼ばれている。
 M825は、そのM151にM40無反動砲を搭載したモデル。

=====

 川内が見つけたジープ。


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初日 14:00:00~16:00:00

 

=====

 

磯風 瓜生ヶ森

   初日 14:00:45

 

=====

 

 

 

【───────はは】

 

 最高に気分が高揚している。

 この体は凄いことばかりだ。地の連中はこんなものを独占しているのかと思うと腹が立つな。

 

 この体の元の持ち主の記憶が流入してくるが、まあ取り扱い説明書のようなものだ。

 

 艦娘───まだ仲間がいるのか。いいぞ、我等にもっとこの殻をよこせ。

 

「動くな」

 

 ライトの光が当てられ、私は苦々しげにその方向を見た。

 銃を構えた迷彩服の男が近づいてくる。

 艦娘ではないのが残念だな。まぁ、同胞の殻が増えると思えばいいか。

 

 私は持っていたナイフを持ち直し、その男目掛けて投げつけた。

 

「──!」

 

 男は咄嗟に銃でナイフを弾くが、私はその隙に男との距離を詰めて銃を掴む。 

 

【人間が邪魔をするな。大人しくしていれば楽に死なせてやるものを】

 

「────お前、イモムシ型じゃない割りにはよく喋るな。」

 

【ふふふ……これは状態の良い殻だからな。私は運がいい】

 

「訳わかんないこと言ってる所で悪いけどさ……」

 

 胸に鋭い衝撃が走る。男の手には拳銃。どうやら撃たれたらしい。

 

 まずいな……殻が使えなくなる前に修復しなければ。

 

 私はきびすを返すとその男から逃走した。

 銃弾が飛んでくるが、この体は飛ぶように走れるのだ。銃弾なぞ容易く避けれる。

 

 私は適当な木陰へと逃げ込むと、一旦休んで殻を修復させることにした。 

 この体は傷の治りも早い。この程度の傷ならたちどころに塞がるはずだ。

 

【────海の者の割には、贅沢な殻を持っているな。】

 

【……………何の用だ。協定を反故にする気か?】

 

 チッ……

 ハイエナどもめ。私の殻を奪いに来たのか?

 私の周りを地の無垢たちが取り囲む。まだ黒い衣を着てないところを見ると生まれたてなのだろう。

 

【協定は人間の殻に対してのみ。その殻はお前たちには贅沢すぎる。我々が使わせてもらおう】

 

【鉄の殻を独占していて何を言うか。殻を使う技を見出だしたのは我々だ。それに、母様を復活させたのも我々だぞ。】

 

【その母様が協定を決められたのだ。お前たちは大人しくこの島を守っていればいい。人間の殻に籠ってな】

 

【言わせておけば──我等を置いていった挙げ句、あまつさえ不当に扱う。やはりお前たちは許せん。協定など無意味だ】

 

 地の者たちはまだ無垢。強力な殻を持つ私には敵わない。

 私は懐に仕込んだバタフライナイフを出すと、それを振り回して無垢の者たちを切り払った。

 

 非難の声が挙がるが関係ない。

 この体さえあれば、地の者に屈する必要もない。我々海の者の地位を上げるには丁度よい機会だ。

 この島にいる艦娘は、我等海の同胞が頂く。

 

 一頻り暴れると、無垢の者たちは蜘蛛の子を散らすように退散した。

 私はそれが痛快で一人笑みをこぼす。

 

 しかし、無垢の者たちもただで退いた訳ではないらしい。

 先程の人間を呼んだのだろう。迷彩服の男が銃を構えたまま木を掻き分けてやってきた。

 

【あくまで邪魔立てするか………おのれ】

 

「かくれんぼは終わりだ。じっとしてろ」

 

 銃口が突きつけられ、私は壁際に追い詰められた。

 男の後ろでは、地の者たちがまるで私の死を待つかのように見ている。

 

【………私を撃っても、また甦るぞ?】

 

「なら、その前にお前の体を爆破する。」

 

【どうかな…………なぁ、私と取引しないか?】

 

「………何ふざけた事言ってる。」

 

【私の命を保障しろ。代わりにこの島からの帰り方を教えてやる。だから、まずは後ろにいる連中を蹴散らしてくれ。私も手伝う】

 

「…………」

 

 男は黙って振り向くと、ライトの光を地の者たちに浴びせた。地の者たちが光を浴びて蒸発し溶けていく。

 

「お前の助けなどいらない。が……取引には乗ってやる。帰り方を教えろ」

 

【……………わかった。まずはその銃を下ろせ。】

 

 男が銃口を下げる。

 思いの外素直で面食らったが、ここから出たい欲求が勝ったのだろうと勝手に推測した。

 

【あの鉄塔、あれに昇るといい。そこから顕界へ出れる。】

 

「……………」

 

【さぁ、取引は成立だ。お互い、ここは見なかったことにしようじゃないか。】

 

「……………」

 

 男が背を見せ、私から遠ざかる。

 が、この体はその男からの殺気を敏感に感じ取っていた。

 案の定、男は振り返り様に銃口を向けてきた。

 私はその銃口を掴んで上に反らすと、男のホルスターから素早く拳銃を奪い取って額に突きつけた。

 

「─────やるじゃない。」

 

【殺気が駄々漏れだよ。】

 

 

 

=====

 

翔鶴 夜見島港/夜見島金鉱(株)2F

   初日 15:08:11

 

=====

 

 

 

「よし、入ったわ。」

 

 赤城さんの声に、事務所にいた全員が振り向く。

 赤城さんは艤装を顕現させ、艤装妖精からの連絡を待っていた。

 

 この島に来てからずっと、通信手段がない状態になっている。

 本部との通信が途絶している為、無線機材は使えないものと思っていたのだ。

 しかし実際は、感度が極端に悪いだけで使えたのである。残念ながら島外からの電波信号は受信できなかったが。

 

 この夜見島金鉱の事務所ビルに本拠地を据えた後、連絡手段の話となり無線通信ができないか試した結果、艤装を顕現させた私と瑞鶴の間でモールス信号による通信を行うことに成功した。

 モールスなら、無線電話やデータ通信が不可能な環境でも最低限の情報なら確実に伝達できるのだ。

 本来なら艦隊内無線電話で済むような距離ではあるが、それでも通信手段がまったく無いよりはあったほうがいい。

 

「───ワレカガ、アオノクヨリハツデンチュウ……カンアリヤ──…………入電成功ね。浦風さん」

 

「はいよー」

 

 赤城さんが加賀さんからの連絡を受け取る。赤城さんの声に、となりの浦風が地図へ印を書き込んだ。地図といっても、紙に略地図と地名、道路や情報などをざっくりと書き込んだものだが。

 

 現在はどこまでならモールス信号による交信が可能であるか調べる為、加賀さんと瑞鶴の二人組に島のあちこちへ行ってもらい、そこから無電を打って貰っていた。

 無論移動手段は軽トラで、同時平行で仲間の探索も行ってもらっている。

 

 今のところはすべての地点からの入電に成功しており、残すは島の西部のみとなった。

 移動にかかる所要時間を考えて、次の交信までは10分ほどある。

 私は下へ降りて、加賀炎(かがえん)ビン(加賀さん特製ナパーム&テルミット火炎ビンの略、瑞鶴命名。長いので加賀炎に省略)を製造している利根さんと金剛さんを手伝うことにした。

 ちょうどこのビルの地下で大量のビールビンと一升ビン、灯油とガソリンの備蓄を見つけたのだ。添加物は余分に集めていたので増産は可能だった。

 

「お二人とも、首尾はどうですか?」

 

「順調ネ。もう2ダースは作ったヨ」

 

 作っていると手が油まみれになるので軍手(これも地下で見つけた)を嵌めた二人は、じょうごを使って燃料と添加物を器用に混ぜていた。

 流れ作業になっているらしく、利根さんと金剛さんで持っている薬品が違う。

 

「作ったは良いが、本当に効くのか?」

 

「加賀炎はなかなか強力ですよ。一度使った私が保証します」

 

 目の前で爆発的に燃える炎の凄まじさは圧巻だった。威力としては問題なしだと思う。

 私は利根さん達としばらく作業した後、再び上の階に戻った。

 

「赤城さん、電文は来てませんか?」

 

「いえ、まだね。いや───感あり。来たわ。えっと………ワレイソカゼ、キカンラハドコニアリヤ……………え?」

 

「!………磯風さんからの、電文?」

 

 

 突然の電文に、私のほかに事務所にいた浦風さんが飛び上がった。

 

「返信してきたっちゅうことは、艤装を使っとるんじゃろうか?」

 

「その可能性が高いわね。他に無電設備なんてこの島には……」

 

 磯風さんからの電文を受けた私達は、一先ず加賀さん達にも電文を飛ばして情報を共有する。

 加賀さんと瑞鶴からもこちらに戻ると連絡があり、私達は磯風さんを出迎えるための準備を始めた。

 赤城さんが返信を打つよう、妖精に指示を出した。

 

「ワレアカギ、シュウケツチテンニテマツ……よし、打電して」

 

 

 

=====

 

榛名 夜見島/瓜生ヶ森

   初日 15:25:45

 

=====

 

 

 

「………すこし、暗くなりましたね。」

 

「そうだね………もう1530だから、連中が活発に動き出すかも」

 

 もともと辺りは暗いですが、それに拍車をかけて暗くなった気がします。

 永井くん曰く暗くなればなるほど敵は活発に動き出すらしく、私はこれから戦闘が増えることを考えると少し気落ちしました。

 私達は小中学校での探索が不発に終わったこともあり、一旦船に戻って夜を過ごすことになりました。夜に行動するとひっきりなしに敵と遭遇するのだそうです。

 

 私達は船のある森の中を進んでいましたが、ふと道の脇に一台の大きな軍用車が停めてあるのに気づきました。

 

「高機?…三沢少佐が乗り捨てたってことか?まぁいいや。二人になったし、足があったほうがいいよね?」

 

 そういうと永井くんは、停められていた車の中をライトで照らしました。車内を確認しているようです。

 

「やっぱそのまんまだな………まぁいいや。周りにはいねぇみたいだし。ほら、榛名ちゃん乗って。」

 

 永井くんが勧めてくるので、荷物を後ろに積んでから助手席へと乗り込みました。車内は普通の車よりかなり広々としていて、このまま中で寝転がれそうな程です。

 永井くんは慣れた手つきで車のエンジンをかけ発進させました。薄暗い森の道を走らせながら、隣の永井くんが話し掛けてきます。

 

「高機乗るの初めて?」

 

「はい。軍用車に乗ることは少ないので新鮮ですね。」

 

「え?普段どうやって移動してるの?」

 

「公務ではバスかヘリ、外出の時は公共交通機関か、免許持ってる子は軍の用意した車を使ってます。」 

 

 こういった本物の軍用車に乗る機会は本当に少ないのです。基本的にはバス、急ぎなら軍のヘリを使うし、少人数なら公用車に有りがちな黒いセダンです。

 しかし、永井くんは移動手段とは別の部分に反応しました。

 

「へぇ………って、艦娘って普通に外出してるの!?」

 

「していますよ。私達も四六時中基地内だと息が詰まりますし」

 

 私達も普通の軍人同様、申請さえ出せば外出や外泊が可能です。昔は出来なかったのですが、今は艦娘の数も増えて福利厚生も重視されるようになりました。

 

「そうなんだ………じゃあ、鎮守府近くで若い女の子いたら艦娘だったり──」

 

「可能性は高いですね。近場に外出してる子も多いですから」

 

 ちょっとした外食や買い物のために外出する子も多いです。故に鎮守府近辺では知り合いの艦娘に会うことも珍しくありません。

 永井くんはこくこくと一人頷いていましたが、何か気になることでもあるのでしょうか?

 

「─────うおっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 突然、人影が脇道から飛び出してきました。永井くんのハンドル操作が追い付かず、その人影を車は盛大に撥ね飛ばします。

 ブレーキが効いて車が止まった頃には、数メートル先にその人影が転がっていました。

 

「迷彩服?」

 

 跳ねられた人は永井くんと同じ迷彩服を着用したスキンヘッドの男性でした。

 私には見覚えがあります。永井くんは当然ながら誰かわかったようで、大急ぎで車から降りてその人のもとへと駆け寄りました。

 

「少佐!三沢少佐!」

 

 永井くんが揺さぶりますが、倒れている三沢さんはピクリとも動きません。

 しかし、私はその額に銃弾の痕があることに気づき、腰の刀に手を添えました。

 

「やべぇ……やべぇよ………」

 

「永井くん、この人変です。少し距離をとりましょう」

 

「え?」

 

 私の声に、永井くんは疑問に思いつつも離れました。

 案の定、私の予感は的中します。

 

 三沢さんはむくりと起き上がると、ゆらゆらとこちらを向きました。

 

【────なーがいくーん──一緒に遊びましょうっ!】

 

 私はとっさに駆け出すと、永井くんを突き飛ばして前に出ました。

 そのすぐ後、乾いた銃声が森に木霊します。

 

「あうっ───」

 

 胸に痛みを感じ、私は小さく悲鳴を漏らしました。

 銃声と痛みで、何をされたかわかります。それは永井くんも同じようでした。

 血が溢れてきて、私は足に力が入らなくなり腰から崩れました。永井くんが私を寸でのところで抱き止めます。

 

「は、榛名ちゃん!!───────てめぇ………三ィ沢ァァァ!」

 

 永井くんは私を抱えながら、足につけていたホルスターから拳銃を抜き放って三沢さんに向けました。耳が痛くなるほどの絶叫です。

 銃声が交差し、一方は在らぬ方向へ、もう一方は相手の頭へと撃ち込まれます。

 

 ぐらりとふらつき倒れる敵。

 永井くんは、かつての上官の眉間を的確に撃ち抜いていました。日頃の訓練の賜物というものでしょう。

 

 私は心臓が撃たれたということもあり、体内から血が流れ出すぎたせいで頭が朦朧としてきました。

 永井くんが必死に呼び掛けているのがわかりますが、うまく呂律が回りません。 

 

「榛名ちゃん、榛名ちゃん!!」

 

「──────はる、なは───大丈夫───で、す───」

 

 どうにか言葉を紡ぎだし、私は意識を失いました。

 永井くんに誤解させてしまいそうで私は心苦しかったです。 

 

 

 

 




アーカイブ
No.014

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軍人手帳

下記の者は日本陸軍軍人であることを証明する。
陸軍幕僚長
階級 少佐
氏名 三沢岳明

=====

三沢岳明の軍人手帳。
公的な身分証明書として機能する。



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初日 16:00:00~16:30:00

=====

 

赤城 夜見島金鉱(株)

   初日 16:03:57

 

=====

 

 

「…………遅いわね。」

 

 私は見張りの浦風さんの視界を見ながらポツリと呟いた。

 磯風さんに返信を打ってからだいぶ経ったが、いまだにここには姿を見せていない。

 集結地点は本来港なのだが、陸からの経路なら必ずここを通るため見過ごす可能性は低い。海から来た時のため翔鶴さんに港へ行って貰ってはいるが、その翔鶴さんからも連絡はなかった。

 

 私は空を見る。空は一段と暗くなり、夜と言っていいような暗さになっていた。

 妖精さんが時刻を報告してくれる。すると、日没の時間にはかなり早かった。ここが日本周辺ならの話だが。

 しかし、この暗さと屍人の性質を鑑みればそろそろ活発に動き出すことになる。そうなる前にできれば合流しておきたかった。

 

「!───し、屍人!」

 

 浦風さんの視界に写る人影。

 森からフラりと出てきたのは一匹の屍人だった。磯風さんかと思ったが、どうみてもただの屍人だった。

 古い日本兵の格好をしている。

 

 それを見て酷く悪寒がした私は、一旦浦風さんの目から離れて周囲の気配を探った。

 そして───

 

「!!??─────て、敵襲!」

 

 私は室内にいる全員に聞こえる程度の声を張り上げる。

 視界ジャックで見たのは、驚くほど数多くの屍人たちだったのだ。

 

 私の声を聞いて、何事かと他の艦娘達が集まってきた。

 

「…………かなりの数に囲まれました。皆さん、応戦の準備を。地下室から使えそうな物を上にあげて、下にバリケードを作って!銃撃戦になるから、窓には極力近づかないように!」

 

 そう言うと、私は艤装妖精を通じて無電を打つ。港の翔鶴さんと、帰ってきてすぐにもう一度見回りへ行ってもらった加賀さん達宛だ。

 

「赤城より各艦、本拠地敵襲を受けこれと交戦す。戦力差大につき至急帰還求む──よし。」

 

 打電を終えると、私も下の手伝いに走った。

 地下室からバリケードに使えそうな機材や武器になりそうなもの、そして利根さんと金剛さんが作った大量の加賀炎ビンをケースごと上の階に搬入する。

 そして、バリケードを構築しようと入り口へ向かった。

 

「机と角材でドアを内側から塞ぐネ!私は外にあるトラックを前に着けるから!赤城手伝って!」

 

 金剛さんが走りだし、外に停めてあったトラックの運転席に飛び込んだ。サイドブレーキを解除させ、素早く後ろへと回る。私は金剛さんに連れられ、トラックの後ろへとついた。

 

「押すよ!せーのっ!!」

 

 戦艦と空母、艤装を展開させればトラックなど簡単に動かせる出力が出るのだ。

 私達はまるで手押し車かのようにトラックを押してビルの入り口に着けた。かなり大きなトラックであり、退けるには相当な労力がいるはずだ。トラックは横向きに付けてあるので、車体の下を潜れば入り口に入れる。

 

 その時、私たちの後方からエンジン音が迫ってきた。

 金剛さんの視界を借りると、翔鶴さんがバイクで戻ってきたらしい。

 翔鶴さんは建物近くにバイクを止めると、2階にいる私に向けて大声で叫んだ。

 

「何事ですか!?」

 

「敵襲よ!バイクを裏口から中へ入れて!」

 

「了解しました!」

 

 翔鶴さんの問い掛けに返答し、私達は入り口に入るとドアを閉め、用意していた資材──タンスやロッカー、テーブルなどでバリケードを作った。

 これなら、むこうがブルドーザーでも持ってこない限りは大丈夫だろう。

 翔鶴さんも裏口からバイクを乗り入れたらしく、浦風さんとバリケードを作っていた。

 

 バリケードを作り終えると、私達はすぐに上の階へ移動し武器や装備を整える。

 私は浦風さんに外を見てもらい、状況を確認した。

 

「嘘でしょ………なんて数」

 

 浦風さんの視界から外を見た私は、この港へと押し寄せていた屍人の数に愕然とする。幸い位置的に侵攻ルートは一ヶ所のみに絞れているのだが、それでもこの数は厄介だ。

 

「ど、どうするんじゃ赤城さん………」

 

「…………金剛さん、利根さん。艤装に弾薬は残っていますか?」

 

「その辺はバッチリね!使ってないからたんまりあるヨ!」

 

 戦艦娘の艤装はかなりの重量なので、陸上で展開すると走るのもやっとという重さになるのだ。そのお蔭で金剛さんは強力な武装をいまだ使っていない。

 利根さんはそもそも交戦の機会が少なかったせいで艤装を使っていなかった。

 

 私は手元にあるライフル2丁と加賀炎を見ながら作戦を練り上げる。

 陸戦の経験などないが、一応訓練の経験や知識はあった。

 

「……………よし、迎撃を開始しましょう。金剛さんと利根さんは屋上へ。残りは私とここで戦います。各自、ライフルと鉄パイプ槍を持っておいてください。」

 

 鉄パイプ槍とは、竹槍の鉄パイプ版で全長は3mほどある。径は水道管用の細身の物を使ったので振り回しやすく、突き刺しやすい。グラインダーで作った粗削りな代物だが実用性は十分なはずだ。

 

 金剛さんと利根さんは頷くと素早く上の階へ移動する。

 私も一振り鉄パイプ槍を持つと窓際に陣取った。浦風さんと翔鶴さんも窓際に来るとライフルを構える。

 各自が戦闘配置に着くのを待ち、私は号令をかける。

 

「戦闘始め!」

 

 私が叫ぶと同時に、屋上から金剛さんの声が聞こえてきた。凄まじい轟音と共に。

 

「────全砲門、Fire!!!」

 

 爆風が下の階にも風となって伝わり、飛んでいく砲弾が見えた。

 そして、打ち上げられた花火のように空中で炸裂し、大量の赤い火が地面へと降り注ぐ。

 三式弾だ。

 

 その砲撃で、下にいた屍人や可燃性の建造物に火が着いていく。更には、焼夷弾子と共に混合された通常弾子が遅れて着弾し、次々と屍人を吹き飛ばしていった。

 

「たーまーやぁー!さっすが金剛姉さんじゃ!」

 

 浦風さんが感嘆の声を挙げる。続いて利根さんが、金剛さんの主砲装填の間を埋めるべく発砲した。

 先程と比べれば控えめな衝撃だが、それでも威力は十二分にある。

 砲弾は通常弾らしく地面へと着弾し、爆発と共に土砂と破片を撒き散らした。

 屍人が次々と吹き飛ばされ、パッと見ただけでもかなり数を減らしたように見える。

 

 私は状況を確認するため視界ジャックを巡らし、周辺の敵位置を確認した。

 先程見たときよりは数が減ったが、まだまだ敵はいるようだ。

 私は再び浦風さんの視界へと切り替えると外の様子を見た。砲撃はいまだに続いており、金剛さんの第三斉射が着弾したところのようだ。

 

 砂煙が晴れる頃には、動いている屍人はチラホラとしかいなかった。残りはまだ遠くに隠れているようだ。

 

「翔鶴さんと浦風さん、残敵の掃討を。」

 

「あいわかったけぇ。そりゃ!」

 

「わかりました!」

 

 ライフルを構え、浦風さんと翔鶴さんが発砲を開始する。一発撃つごとに確実に敵は数を減らしていった。

 時折敵が撃ち返してくるが、屋上の金剛さん達を狙っての射撃らしくこちらには一発も飛んでこない。

 無論、艤装を展開した艦娘の防御力は銃弾程度ではびくともしないので焼け石に水である。

 

 さすがに敵を萎縮したのか、私たちの前には現れなくなる。

 その代わり、銃弾が散発的にビルへ撃ち込まれ始めた。ところとごろで土埃が立つが、浦風さんは敵の射手を見つけることができないでいた。

 

「ど、どこにおるんじゃ!」

 

「浦風さん、視界ジャックです。どこに潜んでいるか推測してください。むこうが撃てるということは、射線が通る以上はこちらからも撃てます。」

 

 そういうと、私は視界ジャックで再び敵の位置を探る。

 殆どの屍人がライフルを構え、屋内や物陰から発砲していた。

 まずは屋内の屍人から殲滅しなければ。

 浦風さんが私の助言に発砲を開始する。

 しかし、敵もずっと頭を出しているわけではないため命中しなかった。

 

 私は翔鶴さんに発砲を止めさせると屋上の金剛さん達の元へ連れていってくれるよう頼む。

 翔鶴さんの肩に掴まり、屋上への階段を上った。

 屋上に出ると、利根さんと金剛さんは艤装を格納して伏せていた。一方的に撃たれるだけのため流石に弾が煩わしくなったらしい。

 

「二人とも聞いてください。敵の位置を割り出して、一ヶ所ずつ砲撃で潰します。私の言った座標へ射撃を」

 

「うむ、やっとお返しができるわ」

 

 利根さんと金剛さんが艤装を出し、準備を完了させる。

 私は視界ジャックを使い、最初の標的の位置を割り出した。

 

「ここから200m先の建屋内。入り口にドラム缶がある建屋です。」

 

「了解した!砲撃、開始じゃ!」

 

 利根さんの20cm砲が火を噴き、一発の砲弾が私の指定した建屋へと撃ち込まれた。

 建屋が吹き飛ばされ、炎と煙が巻き上がる。

 

「赤城、次の目標ネ!敵が逃げるヨ!」

 

「待ってください─────ここから220m、2時の方向二階建ての建物、二階部分です」

 

「Copy that!Fire!!」

 

 今度は金剛さんの36cm砲が放たれ、その砲弾が着弾した建物が粉々に吹き飛んだ。

 

「───命中。次の目標は──磯風さんから入電?」

 

 金剛さんの砲撃による戦価を確認していると、磯風さんからの緊急電文が入ってくる。

 私は射撃管制を翔鶴さんに任せ、電文を読み上げた。

 

「────ワレ、テキチュウニコリツ。キュウエンモトム。バショハシャタクホウメン────!?」

 

「ま、まずいことになったのぅ……」

 

 私の声に利根さんが反応する。

 私は頭を抱えた。現状、割ける戦力などない。何より危険すぎる。

 敵が建物や物陰に隠れてうようよいるような状況で磯風さんの救出に向かうなど至難の技だった。

 しかし、かといって仲間の救出に行かなければ磯風さんがやられてしまうかもしれない。筑摩さんのような悲劇は二度と繰り返したくなかった。

 

「赤城さん、私が行きます」

 

 翔鶴さんが言ってくる。

 機動力の高い翔鶴さんなら確かにこの包囲網を突破して救援に迎えるかもしれない。

 しかし、機動力が高いと言っても被弾しない訳ではないのだ。万が一翔鶴さんが被弾すれば、こちらから救援を出す余裕はない。

 

「迷っている間にも磯風さんは追いつめられています。万が一私が被弾した場合は、救援の必要はありません。這ってでも帰ってきますから。」

 

「………危険な任務よ。わかっているの?」

 

「……はい」

 

 頷く翔鶴さんを見て、私はしばらく考えると結論を出した。

 

「翔鶴さんを救援に向かわせます!各員は翔鶴さんの発進援護を!!──翔鶴さん、支援砲撃が欲しい場合は連絡をして頂戴……磯風さんのこと、お願いするわね」

 

「了解!」

 

 翔鶴さんが下へ降りる。

 私は翔鶴さんの進路を少しでも安全な状態にするべく、隠れている敵へのピンポイント砲撃を繰り返すことにした。

 現状、目の見えない私にできるのはこれくらいだからだ。視界ジャックを使い潜んでいる地点を割り出す。一体一体やっていては時間がかかるので、可能な限り多くの標的を見つけ出し、頭の中に位置を記録した。

 私は指示を待っている利根さんと金剛さんに、砲撃の指示を出す。

 

「翔鶴さんの進路の安全を確保します!主砲撃ち方用意、旗艦指示の目標───」

 

 さながらイージスシステムの如く、同時目標捕捉・同時攻撃を敢行する。

 それまで散発的だった砲声が一気に鳴り響き始めた。

 

 

 

=====

 

翔鶴 夜見島金鉱(株)1F

   初日 16:21:55

 

=====

 

 

 

 浦風さんと一緒にバリケードの資材をどけ終えると、私は一息ついてからバイクのエンジンに火を入れた。

 愛用の火掻き棒を腰に挿し、荷物ラックに数発の加賀炎を携帯しておく。

 先程から砲声が何度も響いているので、赤城さん達が砲撃で敵を倒して進路の安全を確保してくれているのだろう。

 

「翔鶴さん、気をつけて」

 

「えぇ。浦風さんも大変だと思うけど、裏口の閉鎖をお願いします。」

 

「了解じゃ。その辺は任しといてつかぁさい。」

 

 浦風さんには、私が発進した後すぐ裏口を塞いでもらう。私は磯風さんを拾った後、時間的にそろそろ近くまで戻ってきている瑞鶴達と合流するつもりだったのだ。

 

 ここの倉庫で見つけた黒い革のグローブを手にはめ、ゴーグルを着ける。

 バイクのスロットルを何回か噴かし、エンジンを温めた。

 

「翔鶴さん、準備はええね?ドア開けるけぇ───磯風を頼みます!」

 

 浦風さんが裏口のドアを開放する。

 私は浦風さんにサムズアップを見せると、クラッチをつないで勢いよくバイクを発進させた。

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.014

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港職員の日記

昭和四十五年五月二十七日 池田 印
開発反対派が設置した看板は全て破棄。
代表の太田常雄氏に対し厳重注意。

昭和四十五年五月二十九日 池田 印
職員の間で、深夜に山を歩く女の噂が広がっている。
妨害運動による心理的圧迫が生み出した幻想か?

昭和四十五年五月三十日 池田 印
本社から視察一行到着。
今年に入ってから採掘量が激減している件についての視察との事。

昭和四十五年六月四日 池田 印
本社協議の結果、採掘量の低下が著しく近日中に閉鉱との事。
夜見島港施設も閉鎖の準備に入る。
本日が最後の輸送船出港日。

こんな島とはもうおさらばだ。せいせいする。
家族と一緒に本土に帰れる、万歳!
いくら団地を建てようが遊戯施設を建てようが無駄!
こんな気味悪い島に人が居着くわけ無い!

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 夜見島金鉱株式会社の社員が記した日記。



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初日 16:30:00~17:00:00

=====

 

磯風 夜見島港/消防団詰所

   初日 16:31:10

 

=====

 

 

 

 予想外だった。

 あの数を持ってすれば、即座に艦娘の殻を入手できる筈だったのだ。

 しかし、艦娘達は予想以上に強力だった。突入組は全滅し、今は援護に置いていた狙撃部隊で何とか攻撃を仕掛けている状況だ。だが、それも艦娘の反撃によって徐々に潰されている。

 

 作戦は完璧な筈だった。

 数を持っての奇襲攻撃。島中の戦闘向き屍人達を動員し、水増しに下水道にいた無垢達も併せて結構な兵力を確保していた。

 敵勢力や敵陣地も調査済み。それが、何かのミスで奇襲がバレ、こちらも予想だにしていなかった敵火力によって押し潰されたのだ。

 大砲を持っているなど想定外だ。連中の武器は火炎瓶と銃が何丁かあるくらいだと見ていたのだ。

 

 やむなく、私は予備の作戦を発動させた。予備故に確実性はあまりないが。

 艦娘が使う電波周波数は殻の記憶から習得済みだ。後は適当な無線機で救援を要請すれば、運が良ければ連中の方からやって来る。

 そういう運頼みの作戦なのだ。これに引っ掛かれば、連中は筋金入りのお人好し(バカ)である。

 

 まぁ、どうやら本当にお人好しのようだが。

 同胞の一人がこちらへ近づいてくる艦娘を一人見つけたと報せてきた。

 エンジンの音が近づいてくるところをみると、バイク乗りの白髪女か?

 確か翔鶴といったな。記憶によれば中々強力な艦娘のようだ。いい獲物が釣れた。

 

 さて、では早速憐れな子羊を演じるとしようか。釣れた時に備えて準備はしてあるからな。

 

【おあぁぁぁぁぁあ】

 

 ビンが割れる音と、花火が燃えるような音が聞こえ、続いて同胞の断末魔。どうやらやってくれたらしい。

 

 白髪女は詰所の前にバイクを付けると、片手に懐中電灯、もう片方に何とも頼り無さげな火掻き棒を持って室内に入ってきた。

 下にいた見張りはすでに後退させ、他の同胞達は別の部屋に隠れている。つまり、部屋には私一人だ。

 

「磯風さん!」

 

【………翔鶴、か……すまない】

 

 私はさも怪我したという風に、身体中に包帯を巻いていた。当然殻のガタを隠すためだが、見た目に違いはわからないだろう。

 

「酷い怪我──大丈夫?立てますか?」

 

【あぁ、何とか……】

 

 翔鶴は私の腕を自分の肩に回し、私を立たせた。その表情はとても心配げといった感じだ。騙されているとは露程も思っていない。

 さぁ、作戦を始めようか。

 

【……………】

 

「──っ!?」

 

 私は室内を出る一歩手前のところで、肩を貸していた翔鶴の腕を背中側に捻り上げ、足をかけて地面に転倒させた。そのまま腹這いに押し倒してのしかかる。

 

「い、磯風さん!?何のつもりよ!!」

 

【悪いな翔鶴、これがこちらの狙いだよ。出てこい】

 

 ジタバタと抵抗する翔鶴を床に押し付けながら、奥の部屋の同胞達を呼び寄せる。

 部屋からゾロゾロと出てきた同胞達に命じて、翔鶴の四肢を番線で締め上げさせた。血が滲むぐらいにきつく巻いたため、翔鶴は苦悶の声を出す。

 

「痛っ!?」

 

【翔鶴、鮎の友釣りを知っているか?生きた鮎をエサにする釣り方だよ。】

 

「うぐっ───あなた、磯風さんじゃ……ない!?」

 

 今更気づいても遅い。

 さて、コイツら艦娘の体は我々が使うには刺激がキツすぎる。よって、赤い水に晒しておかなければとてもじゃないが殻としては使えない。

 

 私は手足を縛られた翔鶴を抱え、詰所内に用意した特製ドラム缶風呂にまで持ってくる。

 中に赤い水が満たされているのに気づいた翔鶴は、更に身を捩って抵抗してきた。

 

「何する気よ!この!!」

 

【お前達の体は、我々が使うには少々刺激が強すぎるんでな。下拵えさ】

 

 私は翔鶴をドラム缶風呂へ放り込む前に一度床におろし、口に猿轡を噛ませた。口を閉じれないようにするためだ。

 

【では、よく浸かってくれ。ちと冷たいだろうがな】

 

「ンン゛!!──ンンンッ───!!?」

 

 私は翔鶴をドラム缶の中へ放り込むと、同胞達と一緒に暴れる翔鶴を無理矢理蓋で押し込んで閉じ、番線で締め上げ固定した。

 蓋に付いたキャップから更に中へ赤い水をホースで継ぎ足し、キャップを閉める。

 これで艦娘の水漬けの完成だ。

 中で翔鶴が暴れているようだが、それも5分もすると静かになった。酸欠で気絶したのだろう。

 

【さて───次は誰が釣れるかな?】

 

 私は思いの外上手くいった作戦にほくそ笑みながら、次の獲物を釣り上げるべく無線機を取った。

 

 

 

=====

 

赤城 夜見島金鉱(株)2F

   初日 16:38:02

 

=====

 

 

 

「───制圧完了………この周辺に敵はもういないわ。」

 

 肉の焼ける臭いと硝煙の香りが鼻をつく。

 視界ジャックで見つけた場所へ片っ端から砲弾を叩き込んでいると、ついに視界ジャックに気配が掛からなくなった。

 金剛さんと利根さんは私の一言に大きく息をつくと、艤装を格納した。

 

「翔鶴はもう磯風と合流しておるじゃろうか?」

 

「早ければもう帰ってくるはずデース。赤城、まだ連絡はないですカ?」

 

「いえ、無電の方にはまだ何も…………視界ジャックならかかるかしら?」

 

 私はそう言うと、翔鶴さんの気配を探して視界ジャックを行った。

 自慢ではないが、私はかなり遠くの人物の視界まで見ることができる。実験だとだいたい5km先の加賀さんの視界すら見ることができた。それがわかった時には利根さんから"さすが空母じゃ"と言われるほどだ。

 

 私は静かになった港で精神を集中させ、翔鶴さんの気配を探った。

 翔鶴さんの気配は思ったよりも近くにあり、私は早速視界ジャックを行う。

 

「───!?──な、何これ」

 

「What?」

 

 金剛さんがいぶかしむような声を出すが、私はそれに応えるどころではなかった。

 翔鶴さんの視界は、まるで深海にでも潜っているかのように真っ暗だったのだ。翔鶴さんの息づかいはまったく聞こえず、代わりに水の中に潜っている時のような音が聞こえる。

 明らかに尋常な様子ではなかった。

 

「───翔鶴さんの身に、何かあったわ。どこか、水の中にいる。」

 

「なんじゃと!?この島で潜れる水なんて、この辺じゃ海くらいではないか!穢れがたまってとんでもないことになるぞ!」

 

 利根さんが息巻く。この島の穢れについて人一倍敏感になっている利根さんからすれば、海に入るなど論外なのだ。興奮する利根さんを金剛さんが宥めるが、金剛さんも明らかに動揺していた。

 

「落ち着くデス利根さん!赤城、翔鶴はどこにいるかわかりマスカ?」

 

「海ではないわ……どちらかというと、風呂か何か容器の中に…………気配は磯風さんとの合流地点からするし………!」

 

 検討がつかずいぶかしむ私の元に入電が入る。

 発電は磯風さんからであった。

 

「………ショウカクフショウニツキウゴケズ、キュウエンヲコウ…………」

 

「HeyHeyHey!!!ちょっと待つデス、翔鶴は水の中にいるんじゃないのデスカ!?この島に入渠施設なんてないハズね!」

 

「赤城、何かおかしいぞ!?どうなっておるのじゃこれは!」

 

「…………考えたくはないけど、仮説は浮かんだわ。最悪なやつがね………」

 

 私は嫌な予感を通り越し、自分のミスを痛感していた。

 磯風さんは、すでにコチラ側ではなかったのかもしれない。そして、私たちは磯風さんの姿を借りたナニカにまんまと騙され………その罠に嵌まった。

 その犠牲者が翔鶴さんということも含め、私は自分の判断の甘さを悔いた。

 少しでもその可能性を考えていれば、こんなことには……!

 

「……………翔鶴さんは捕まった。磯風さんの皮を被った、敵に。私が救出に行くわ」

 

「お主何を言っておるのじゃ!?目が見えぬ状態で敵に挑むなど無謀であろうが!」

 

「そうデース!救出するにしても、まずは加賀と瑞鶴を待って」

 

「そんなことしてる場合じゃないのよ!翔鶴さんの視界を見たけど、あれは拷問か何かで間違いないわ!あぁもう…!私は瑞鶴さんになんて言ったら─」

 

 私は取り乱していた。

 私の指示で敵の元へ向かい、捕まって拷問されている。今こうしている間にも、翔鶴さんは苦痛を味わっているのだ。私の指示のせいで!

 

 頭の中では、策が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返している。どれも有効な手立てにはならない!一体どうすれば───

 

「歯ァ食い縛るデス!!」

 

 金剛さんの怒鳴り声が聞こえ、私は右頬に感じた衝撃と共に宙を舞っていた。

 右頬がジリジリと痛み、切れたのか口から血の味がする。しかし、それ以上に怒鳴る金剛さんの声が頭を支配した。

 

「責任を負うのは結構デス!!ケドネ、今やるべきは翔鶴の救出に最善を尽くすことデス!Understand!?」

 

「………………」

 

 金剛さんの視界に、右頬を抑えて無様に這いつくばる私が写っていた。金剛さんは私の襟首を掴み激しく揺さぶりながら声を張り上げている。

 その通りだ。間違っていない。

 

 けど、今指揮を執るつもりには到底なれなかった。自分の指揮で翔鶴さんを犠牲にしたのに、これ以上私の指揮で仲間を危険に曝すなど………

 

「Hello!?聞こえてるネ!?もう一発殴ってもいいんデスヨ!!You know that,right!!」

 

「金剛!!やめるんじゃ、赤城も反省しておる!」

 

「───Holy fucッ……………」

 

 利根さんが引き留め、金剛さんは悪態をつきながら石を蹴り飛ばしていた。

 利根さんは私を見ながら、静かに諭すよう語りかけてくる。

 

「…………赤城、失態を恥じるのはわかる。しかしじゃな、それでも尚、お主は艦隊の旗艦…リーダーなのじゃ。お主の指揮の上手さは皆が知っておる。作戦立案の素晴らしさもじゃ………今は、翔鶴を救うことにお主の全力を使うべきではないか?」

 

 そういうと、利根さんは私に手を差し伸べた。

 私が利根さんの手をとると、利根さんは私を引き起こす。私は真っ白になった頭の中を整理するため大きく深呼吸した。

 

「………向こうの逆手に取りましょう。次は私が行きます。」

 

「赤城、お主なぁ……」

 

「戦力を考えれば、これが打倒だわ。私が磯風さ──標的に接触し、その隙に浦風さんが標的を狙撃。利根さんと金剛さんが翔鶴さんを救出する。」

 

「…………相分かった。しかしじゃ赤城、お主戦力の勘定を間違えておるのではないか?」

 

 利根さんが山側を指差す。するとそこに、フロントがぼこぼこに凹んで血濡れ化粧を纏った軽トラが一台、走ってくるのが見えたのだ。

 

 

 

=====

 

加賀 夜見島金鉱(株)/駐車場

   初日 16:45:02

 

=====

 

 

 

「状況は把握したわ。赤城さん、盲点だったわね。」

 

「……………」

 

 加賀さんは私から簡単な状況説明を受け、淡々と応えた。加賀さんの視界の端には、取り乱す瑞鶴さんを宥める利根さんと金剛さんが写っている。

 瑞鶴さんが取り乱すのは当然だ。実の姉が死ぬかもしれないのだから。

 

 加賀さんは頷くと、軽トラの運転席に乗り込んだ。助手席には浦風さんが乗り込む。

 浦風さんはどこかに仕込んでいたのか短刀(ドス)を取りだし、片目を瞑って刃の状態を確かめていた。

 運転席の加賀さんが窓を開け、近くにいた私に話しかけてくる。

 

「赤城さん、浦風が囮役になるわ。徒手格闘に強い磯風に対抗するには、それなりに対応できる者がいい。」

 

 磯風さんは格闘術においては相当な手練れで、徒手格闘術の教導資格を持っている程だった。

 そんな相手に盲目の艦娘が丸腰で挑むなど、確かに無謀すぎる。浦風さんは教導資格こそ持っていないが、ナイフ格闘の上段者であり、ナイフを持っている状況なら互角以上に持ち込めるだろう。

 

 私も一度は浦風さんを囮役にと考えたが、失敗の手前言い出すことができなかった。加賀さんはそれを汲んでくれたらしい。

 私はそんな加賀さんの好意に甘える形で、いままで通りの全体指揮を執ることとなった。

 

「あ、赤城さん…………」

 

「──瑞鶴さん………」

 

「……翔鶴姉は…助かるんだよ、ね?」

 

 瑞鶴さんの問いかけに私は口を紡ぐしかなかった。

 何せ、どうなるかなど私にも想像がつかないのだ。いや、最悪な結果なら想像がつくが。

 

「………瑞鶴さん、もし……もしも、最悪の結果になった時は。私をどうしてくれても構わないわ。あなたにはその権利がある。」

 

「……………」

 

「けど、それまでは私に力を貸してほしい。どうなろうと、最善は尽くすから。どうか、お願い。」

 

 私は瑞鶴に頭を下げる。

 瑞鶴さんは返事こそしなかったが、静かに頷くと軽トラの荷台に乗った。軽トラの荷台にはすでに金剛さんと利根さんが乗り込んでおり、私も瑞鶴に続いて荷台へと乗り込む。

 その私を、金剛さんが力強く引っ張りあげた。

 

「………さっきは、殴って悪かったです。翔鶴さん、絶対に助けましょう。」

 

「…………えぇ。勿論」

 

 

 

 

 




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No.016

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普通自動車免許証

氏名 加賀美咲  平成○○年07月19日生
本籍 兵庫県神戸市中央区東川崎町3丁目1番1号
住所 長崎県佐世保市平瀬町18番地 ○棟○号室
交付 平成○○年07月30日

平成○○年9月3日まで有効

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 加賀の運転免許証。


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初日 17:00:00~17:30:00

 

=====

 

磯風 夜見島港/消防団詰所

   初日 17:01:02

 

=====

 

 

 

「────磯風、おるか?」

 

 もう一匹、餌にかかってきた。

 どうやら艦娘というのは本当に仲間思いな連中らしい。一人すでにこちらの手中に落ちたというのに、疑いもせず助けに来たようだ。

 詰所の戸口に立つ青髪に袖まくりの艦娘だった。磯風の親友、浦風である。

 私はさも待っていたという風に浦風に話し掛けた。

 

【浦風……すまない、手間をかけるな。】

 

 私の声に、浦風は手を振ると実に自然な様子で答えた。

 

「気にするこたぁないけぇ。ウチとアンタの仲やろ?翔鶴さんはどこにおるんじゃ?」

 

【あぁ……翔鶴なら奥にいる。寝かせてある】

 

 当然出任せだ。まぁ、嘘は言っていないが。翔鶴のドラム缶詰めならそこにある。

 浦風の台詞を聞くと、私より先に翔鶴を搬出するつもりのようだ。まぁ、その場合のプランも考えているので問題ない。影に潜んでいる同胞達に組みつかせ、それで終わりだ。

 

 浦風が奥へと歩を進める。するど、彼女のスカートから空き缶のようなものがゴロンと転がり落ちてきた。

 

 思わず私はそれに注視するが、それが間違いだったようだ。

 空き缶のようなものは凄まじい閃光と共に炸裂し、私の視覚を奪い取った。地の連中ならそれを見ただけで蒸発してしまいそうな眩さに、私は視力を取り戻そうと何度も瞬いた。

 

──ふと、体が殺気を感じ取って反射的に体を仰け反らせる。

 なにかが空を切る音がして、前髪を数本切り落としていった。

 

【!?………】

 

 続けざまに振りかかる刃の気配を感じ取り、私は懐に仕込んでいたナイフでそれを弾いた。

 鈍い衝撃が手を揺らす。

 

「───流石じゃ、ウチの一の太刀を避けたな………」

 

 目が光を取り戻してくると、ドスを手に持った浦風が突きを繰り出してくるのが見えた。

 なんの迷いもない、殺意の籠った一突きである。

 

 私は再びそれを弾き上げると、自分の作戦の失敗を悟った。

 

【───バレていたのか】

 

「当たり前じゃアホ。おどりゃ、ウチのダチの敵きやけんの………楽には死なさんぞボケがぁ!!」

 

 ドスを震わせながら、浦風は先程まで隠していた殺意を爆発させてきた。その咆哮に一瞬身がすくむが、私はニヤリと笑うと相手を挑発した。

 

【すでに死んでる身でね。お前の友の体、なかなか使い勝手がいいぞ?】

 

「───死なんなら、そん口利けんようにしたらぁ!!うりゃあっ!!」

 

 安い挑発に乗ってくる浦風だったが、ドス捌きは見事なものだった。油断すると簡単に身を持っていかれるだろう。

 

 トリッキーな動きの数々は次の手を読ませず、予想外の一手があらぬ方向から襲いかかる。そんな戦い方だった。

 

…………正直、恐ろしいと思った。

 しかし、殻の反射的な身のこなしと感覚がそれを見切っているかのように避け、反撃のナイフを繰り出す。

 その一撃一撃は確実に浦風の体を捉え、薄くながらも切り傷を与えていった。

 

「──うらぁ!!」

 

 刃をナイフで捉えた瞬間、足の一撃が私の腹に突き刺さる。私はぐっと堪えると、その足を掴んでナイフを突き立てようとした。しかし、そうしようと思ったら一瞬体が強張ったのだ。まるで、意思と脊髄反射が相反しあっているように、体が硬直した。

 私は判断を間違えたのだ。それは自らの殻と、そして結果が教えてくれた。

 浦風の浮き上がったもう片方の足が私の顔面を捉える。鼻っ面を砕くような一撃に、私の脳は揺さぶられた。

 

 そして、その衝撃によって私は浦風の足を放してしまったのだ。

 次の瞬間には、フリーになった浦風の左足が鋭い蹴りを放ち、私の手にあったナイフを弾き飛ばしていた。

 

 手がビリビリと痺れ、私は思わず浦風から逃走した。武器がなくても、この体なら徒手で戦える。しかし、私の意思がそれを許さなかった。恐怖したのだ。

 

 詰所の奥へと逃げこむと、私は同胞達に銃を構えさせた。私も奪い取ったライフルを片手に浦風を待つ。しかし、浦風は追ってはこなかった。

 

 その代わり、別の人物が扉を叩き割るようにして現れる。私は同胞達に射撃するよう号令を飛ばそうとしたが、それよりも早く炎が私たちを包んでいた。

 

【───!?】

 

「Burn, baby──burn!」

 

 炎に巻かれながら、私は扉に立つ者を見た。白服に英語訛り──金剛だ。

 彼女は背中に火炎放射器を背負い、その噴射口を私達に向けている。その笑みは、まるで悪魔のように見えた。金剛は噴射口を僅かに室内側へ入れると、更にもう一発、引き金を引く。

 

 点火された粘着性のガソリン燃料が私達を襲い、容赦ない熱と激しく燃える炎によって私達を焼き上げていった。

 

 部屋が阿鼻叫喚に包まれ、同胞達が次々と殻を失って倒れていく。

 私はなまじ再生力の高い殻な分、死によって苦痛から逃れることが出来ない。

 苦痛に悶える私に、今度は白粉が勢いよく吹き掛けられる。炎こそ沈下したが、その白粉の勢いに私はまったく立ち上がれなかった。

 

【──ごほっ、ごほっ──】

 

 白く霧のように霞がかった中で、私は金剛ともう一人、消火器を携えた人物がいるのに気づく。

 瑞鶴だった。捕らえた翔鶴の妹であることは知っている。

 そして、彼女が怒りに表情を歪めていることも。

 

「…………言いなさい。翔鶴姉は、どこ?」

 

【───────】

 

 熱によって声帯がやられたのか声がでない。私が答えないのを見て、瑞鶴は懐に持っていた刀のような物を抜くと、私の喉元に突きつける。

 

「早く言いなさい。私は頭に来てるのよ」

 

【───ご──】

 

 私は体の再生が徐々に始まっているのを感じ取り、時間稼ぎを行うことにした。

 幸い、手のライフルが焼けていない。まだ弾は出るだろう。

 声がでないフリをして時間を稼いでいると、瑞鶴も段々と苛立ちを強めているようだった。刃が当たる感触が強くなる。これ以上引き伸ばせば私の首を跳ねにかかるだろう。

 

 しかし、引き延ばしは上手くいった。

 

【─────バカめ】

 

 焼けただれた顔でほくそ笑むと、私は手に持っていたライフルの引き金を引いた。

 セレクターはアタレのレの位置。ライフルの銘は64式小銃。

 

 凄まじい衝撃と共に、狭い部屋に7.62mm弾の銃声が反響する。

 私は身をよじりながら弾道を修正し、ドラム缶をその射線に捉えた。

 火花が飛び散り、ドラム缶に数ヵ所穴が空く。それで十分だ。

 

 ドラム缶に空いた穴から赤い水が四方八方に零れ出るのを見て、私はにんまりとした。

 弾丸がドラム缶ごと翔鶴の体を貫通したということがわかったからだ。

 私はニヤニヤとしながら、瑞鶴を挑発するように叫んだ。

 

【───お前の姉はあの中だ!ハハハハハハハハ】

 

「ッ──────アア゛アァァァァァアッ!!」

 

 瑞鶴の怒りの咆哮と、振り下ろされた刃が殻の首を分断する感触。

 しかし、私は勝ちを確信したのだ。新しい殻はすぐそこにある。すぐに甦ると。

 

 殻から解き放たれ、私はドラム缶の中の翔鶴へと向かった。死んでいる翔鶴の殻に乗り移り、妹を殺してその殻も我が物にする。それを考えると、私は愉快でたまらなかった。

 

 私は翔鶴に取り憑こうとドラム缶に這いよる。蓋は閉まったままだが、まぁこの際亡骸に取り付ければいい。

 連中が蓋を破った瞬間逃げればそれで終わりだ。

 

 霊体であれば、弾痕のような小さな穴からでも侵入できる。

 私は自分が空けた穴からドラム缶の中に入ると、ぐったりとした翔鶴の体に取りついた。

 

 

 

 しかし、取り憑いたと思ったのに─────私は自分の取り憑こうとしている相手のしぶとさを知らなかった。

 

 視界が真っ白になり、その後見えたのは…………

 穴だらけになって黒煙や炎を吐きながら、それでも尚大海原を突き進む鋼鉄の空母の姿だった。

 私はその波を掻き分ける鋭い舳先に押し潰され、そのまま海の藻屑と消えた。

 

 

 

=====

 

赤城 夜見島港/消防団詰所

   初日 17:11:04

 

=====

 

 

 

「硬っ、外れないネッ───」

 

「嫌だ嫌だ、嫌だ───翔鶴姉っ!!」

 

 私が室内に突入すると、金剛さんと瑞鶴さんがドラム缶にくくりつけられた番線を外そうと躍起になっていた。

 私の後に続いて入ってきた加賀さんが、それを見てすぐに車へと戻る。視界を失った私は咄嗟に瑞鶴さんの視界へと切り替え、ドラム缶へと近寄った。

 

 部屋の様子は惨憺たるものだった。

 まるで空襲にでもあったかのような黒焦げの死体がいくつも転がっており、磯風さんの死体は焼けただれている上、首は離れたところに転がっていた。

 

 瑞鶴さんの近くに血の付いた鮪包丁が転がっているのを見て、私は何が起こったのか悟った。

 そして。散らばる薬莢と、磯風さんの死体の手にある小銃。穴の空いたドラム缶。

 

 私は最悪の事態が更に悪化していることに最早目眩を覚えたが、寸でのところで踏みとどまった。

 

「───瑞鶴、退きなさい。」

 

 加賀さんがペンチを片手に戻ってきて、それで素早く番線を切断していく。

 番線が弾かれるように外れていき、蓋が緩む。加賀さんはその蓋をペンチで挟むと、素早く取り除いた。

 

「!!?……………ドラム缶を倒しましょう!」

 

 加賀さんは金剛さんと協力し、ドラム缶を横に倒した。

 ドラム缶から残った水が流れ出し、なにか重いものが中でゴトリと転がる音がした。

 

「────嘘よ………嫌………」

 

 瑞鶴さんは真っ青になり、力なく膝から崩れる。

 ドラム缶からは、青白くなった翔鶴さんの頭が除いていた。

 加賀さんが顔をしかめながら───目に悲しみと怒りを滲ませながら、ドラム缶からぐったりとした翔鶴さんを引っ張り出していく。

 ドラム缶から引き出された翔鶴さんの、あまりに惨たらしい姿に私は絶句した。

 

 手足を番線で締め上げられ、体には、ドラム缶ごと彼女を撃ち抜いた銃弾の後がいくつも刻まれている。口には猿轡が噛まされてた。

 口が閉じられない状態で水の中に放り込まれれば、入ってくる水を拒むことができずすぐに溺れると聞く。

 それは、普通に溺れる何倍もの恐怖と苦痛だっただろう。

 彼女のうっすらと開いた目と、私は目線が合う。

 私には、まるでそれが私を酷く非難しているように思えて思わず後ずさった。

 

「────翔鶴姉──こんな─嫌───」

 

 気づくと、瑞鶴さんが動かない姉の体にすがり付いて泣いていた。

 猿轡や手足の戒めは、いつの間にか加賀さんによって外されていた。

 

「──────────────────ズイ───カク───」

 

 悲しみに静まり返っていたお陰だろう。

 微かに、空気が零れるような声が、翔鶴さんから聞こえたのだ。それに続くように、翔鶴さんの胸が微かに上下し始めたのを見て、私はすぐに車へと彼女を移した。

 

 私はこの奇跡を目の当たりにして驚愕し、この島に来て初めて歓喜した。

 

 

 

=====

 

浜風 蒼ノ久集落/蒼ノ久漁港

   初日 17:16:54

 

=====

 

 

 

「………誰も、いないですね。」

 

「…………まぁ、そうだよなぁ」

 

 私は、藤田さんと共に港へと上陸した。

 暫くぶりの陸の感触にホッとする。この島では海の上ですら安全ではないとわかった為、尚更だ。

 暫く海戦の反動で疲れきり船で眠っていたが、目が覚めると船は港に付けられていた。あの海戦の後、藤田さんはすぐにこの港へと船を入港させたらしい。

 

 藤田さんには、すべて話した。

 艦娘のこと。私が艦娘として敵と戦ってきたこと。この島に来た理由。

 

 それを聞き終えた藤田さんは、一言だけ呟いたのを覚えている。

───こんな女の子を戦わせるなんて、日本はどうなっちまったんだ──と。 

 

 藤田さんについても、驚愕の事実が判明した。

 藤田さんは、私達から見て32年も前の人だったのだ。

 この32年というのは、藤田さんと私がそれぞれ認識していた年の差である。 

 

 私は、今が平成30年と。藤田さんは、今が昭和61年だと思っていたのだ。

 藤田さんからすれば、私は未来からやって来たということになる。

 

「………浜風ちゃん。日本は……30年後の日本は、どうなってるんだ?」

 

「………包み隠さずいえば、戦争中です。でも、敵はアメリカでも、ソ連でもありません。未知の生命体………いえ、そうとも言えないような何かです。」

 

「………そうか。日本はまた、戦争することになるのか。やっと綺麗に復興したと思ってたのに、やんなっちまうなぁ……」

 

 藤田さんの歳を考えれば戦前か戦中に生まれ、朧気に戦争の時代を覚えているだろう。 

 私達艦娘にも、そういう朧気な記憶がある。前世の記憶とも言うべき、艦魂の記憶だ。

 そう考えると、藤田さんの思いも少しはわかる気がした。

 

「………今日は色々有りすぎて疲れちまったなぁ………浜風ちゃん、今日はもう探索はやめとこう。船室で休んだほうがいい。おじさんも疲れちまった。」

 

「………そう、ですね。では、私が何か食べれそうなものを見つけてきます。」

 

「えっ?あ、浜風ちゃん!」

 

 幸い、船で休んでいたお陰で体力は回復している。

 疲れきった時には、やはり食事が一番だ。

 藤田さんの為にも、何か真っ当な食事を用意しなければ。

 

 

 

 




アーカイブ
No.017

=====

お父さんへ

ごめんなさい、お母さんと私は家に残ります。
赴任先には一人で行って下さい。
お父さんにとっては地元に近い場所なんですよね。

思い出すと、私達のことはいつも二の次だったね。
いつもいつも仕事のことばっかり。
刑事ドラマみたいに上手くなんかいくわけないのに。
お父さんは良い格好したいだけだったんじゃないの?
結局、職場にも居場所が無くなっちゃったね。

それに振り回されてお母さんは倒れるまで働いて…。

私、大学進学は諦めて働くことにしました。
お父さんには頼らないで頑張ります。

朝子

=====

藤田茂宛の手紙。


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初日 17:30:00~18:00:00

=====

 

翔鶴 夜見島港/消防団詰所

   初日 17:31:22

 

=====

 

 

 

「───ゲホッゲホッ─」

 

 息が戻った後、私は肺から時折溢れてくる赤い水を吐き出していた。背中を瑞鶴がさすってくれている。

 あの後、私は車で拠点へと運ばれていた。バイクは浦風さんが乗って帰ってきたらしく、近くに停まっている。

 

 まだ全身に体温が戻らず、体は冬の海に出た後のように冷たい。加賀さんがどこからか見つけてきた毛布を肩にかけてくれると、利根さんが起こした焚き火の傍まで連れていってくれた。

 私は火にあたりながら、隣の瑞鶴に問いかける。声はやっと出てきたようなか細いものだった。

 

「───瑞鶴………私、ちゃんと生きてるのよ……ね?」

 

「あ、当たり前じゃない……!」

 

 自分が生きているのが正直信じられなかった。

 手足を縛られ、水の入ったドラム缶に詰め込まれていたのだ。もがいてももがいても出ることは敵わず、口からはとめどなく水が体内へ流れ込んできた。

 想像を絶する苦しみに、私は絶望した。

 

 光はなく、息もできず、冷たくひたすら痛い。

 あの時のことを思い出すと、それだけで気が狂いそうになる。

 あまりの苦痛に、最後は早く死にたいと願うほどだった。そうして気を失い、私は生死の境をさ迷うこととなった。

 

 

 

───そして、私は見たのだ。あの世という場所を。

 私はうっすらとだが、そこで筑摩さんに出会い話をしたのを覚えている。

 彼女と話しているうちに、無性に気になったのは残してきた仲間や瑞鶴のことだった。

 もう二度と会えないと思うと、それだけでひたすらに悲しかった。

 

 そんな悲嘆にくれる私に、筑摩さんは二つの道を示してきた。

 片方は、このままあの世の道を進んで艦魂へと戻る道。再び艦娘として生を受けるまで、翔鶴という大きな艦魂になって安らぎを得る。

 もう一方は、仲間たちや最愛の妹のいる現世へと戻り、苦痛を覚悟して助けを待つ。

 

 あの苦痛を、いつ来るかわからない助けが来るまで受け続けなければならないと考えると、私はそれだけで足がすくんだ。

 筑摩さんは、それは普通の反応であり、このまま安らぎを得ても誰も非難はしないと言ってくれた。しかし、一度艦魂へ戻ればいままでの記憶は何もかも消えて一つの個としての自分は失うと言われた。

 

 いままで気づいてきた経験も思い出も、何もかも失う。瑞鶴のことも、私という個が瑞鶴と作ってきた関係ではなく、艦魂が持つ瑞鶴と翔鶴の関係に戻るということだ。

 一からの振り出し。

 

 次に生を受けて艦娘となり、再び瑞鶴と会うことができたとしても、私は覚えてはいないのだろう。瑞鶴を、私は翔鶴型2番艦としてしか認識しないのだ。

 

 そして、私は来た道を戻る決心をした。

 まだ引き返せるチャンスがあるのなら、私はそれを掴みたいと思ったのだ。

 

 私は、現世へと戻った。

 肉体の感覚が戻り、耐えがたい苦痛が全身を襲った。あの選択を一瞬後悔するが、私はひたすらに耐えて待ち続けた。

 

 脳裏に、艦魂としてのかつての記憶が浮かぶ。最期となったあの戦いでも、私は生還するためにひたすら全力で海を走っていた。

 トドメの魚雷を受けて尚、私は浮かび続けようとしたことを思い出す。それでも、急速に流れ込む海水の重さには勝てず、海へと沈んだ。

 急速に大傾斜を起こし、地獄の釜と化したエレベーターへと飲み込まれていく乗組員達の悲鳴、断末魔。

 傷を負っても尚ひたすら戦い続けてきた私の最後は、あまりにも惨いものだった。

 無念だった。

 

 朦朧とする脳裏に、あの後の顛末が浮かぶ。

 私が沈んだ後、瑞鶴は囮として戦場に散った。空母本来の役割は与えられず、それでも囮として役目を果たした。

 私は、そんな妹の最期が哀れで仕方なかった。

 

 だから、今生を受け人の体を頂いた時、私は最後まで瑞鶴を守り抜くと決めていた。

 前世の無念、今世の決意、妹への愛情、いくつもの思い出。

 

 それが、苦痛で歪みそうになる私の精神を支え続けたのだ。

 

 死んでたまるか、死んでたまるかと自分に言い聞かせながら、私はひたすら暗闇で待った。

 

 そして、ドラム缶の檻に穴が開き、何かが体を貫く衝撃と、急速に減る水位を感じて、私は耐え抜いたことを悟ったのだ。

 

 何か黒いものが私にまとわりついてきたが、私は歯牙にもかけなかった。

 

 視界に光が戻り、口に付いていた栓が取れ、肺から水が流れ出していくのを感じる。

 手足の戒めが解け体が力を取り戻してきて目に入った妹の姿。

 私は、肺に戻ってきた僅かな空気を絞り出して、再開の喜びを口に出していた。

 

 

 

「……………瑞鶴のお陰で、私は生きられたわ。どんなに苦しくても、耐えられた。」

 

「………そう、なんだ……」

 

 瑞鶴は嬉しそうに言うと、濡れた私の体を抱き覚める。

 私は瑞鶴が濡れてしまうと引き離そうとするが、瑞鶴はそれを拒むように強く抱き締めてきた。

 

「瑞鶴、あなたが濡れちゃうわ」

 

「別にいいよ…………翔鶴姉、戻ってきてくれて…ありがとう。」

 

「───えぇ。あなたも、助けてくれてありがとう。」

 

 私も瑞鶴を抱き締め返す。

 その時初めて、私は戻ってきてよかったと思ったのだ。

 

 

 

=====

 

赤城 夜見島金鉱(株)1F

   初日 17:48:51

 

=====

 

 

 

「───ひと先ず、一段落ね。」

 

「………ええ。」

 

 加賀さんの声に、私は静かに相づちを打った。

 私達は翔鶴さんを連れて帰ると、加賀さんと二人で屋内に入っていた。

 外では焚き火の明かりが煌めくように燃え上がっているが、中は照明もなく真っ暗だ。僅かに窓から入る炎の明かりだけが、室内をうっすらと照らしていた。

 

「…………赤城さんだけの責任ではないわ。誰も、磯風が屍人になっているなど考えもしなかった。屍人が無線機を使って嘘の救援要請をするなんてことも。」

 

「……えぇ。だけど……」

 

「はぁ…………赤城さん、はい。」

 

 加賀さんは溜め息をつくと、私に缶コーヒーを差し出してくる。手に持ってみるとほんのりと温かく、よくこんな貴重品を見つけたものだと驚いた。

 

「瑞鶴と商店を物色してきたの。そこで見つけたわ。温かいのは、私が火で湯煎したから…………赤城さん、あなたは少し気を休めたほうがいい。気を張りすぎて疲れているのよ。」

 

「加賀さん………」

 

 私は加賀さんから受け取った缶コーヒーのタブを開ける。小気味良い開栓音と共に、コーヒーの芳しい香りが鼻をくすぐった。

 

 一口煽ると、疲れきった体に染み込むようにコーヒーが流れ込んでくる。

 砂糖の甘さとコーヒーの苦味が舌に感じられ、私はほんの少しだけ気分が楽になった。

 よほど体は水分と糖分を欲していたのか、すぐに缶コーヒーは空になる。私は空き缶を傾けても出てこない中身に少し残念な気持ちになったが、こんな島で温かいコーヒーを飲むなんて贅沢ができたことに感謝しなければと首を振った。

 

「…………ありがとう、加賀さん。お陰で生き返ったわ。」

 

「それでいいわ。さぁ、今後の事について下で打ち合わせしましょう。赤城さんは、5航戦に言いたいこともあるだろうしね。」

 

「………ええ。」

 

 加賀さんに促されるままに、私は外へ出る。

 外では、私同様に缶コーヒーの缶を手にした仲間たちがいた。どうやら、瑞鶴さんが皆に缶コーヒーを振る舞っていたらしい。

 焚き火には、沸騰するお湯が入った鍋がくべられていた。

 

 私は大きく息を吸うと、翔鶴さんに頭を下げた。

 

「翔鶴さん、私の采配のせいであんな目に遭ったこと。深く謝るわ。………………ごめんなさい。」

 

「……………まったく恨んでいなかったかといえば、嘘になります。けど、誰も──あの屍人と対面した私も見抜けなかったことです。赤城さんが悪いわけじゃないのは、重々承知しています…………ですから、頭を上げてください。」

 

 私はそう言われ、ゆっくりと頭をあげる。

 加賀さんの視界越しに見た翔鶴さんの顔は、酷くやつれ弱々しい様子だったが、それでも薄く笑みを浮かべていた。

 

「………ありがとう、翔鶴さん。」

 

 私は礼を述べると、焚き火を囲う仲間の輪に加わった。

 まだ全部解決したわけではない。それどころか、まだ問題は山積みなのが現状だ。

 こんなところでクヨクヨなどしていられない。

 

「………皆さん、もうわかっているとは思いますが…敵は、思った以上に狡猾な存在です。私達も生半可な覚悟で望めば全滅も有り得る。ですから、これより脱出に向けた作戦会議を執り行おうと思います。よろしいですか?」

 

 私が音頭を取り、脱出に向けた作戦会議を始めた。

 しかし、これといって情報もない以上、ここから脱出する方法など検討もつかない。仲間を探そうにも、無線を使う方法はリスクがある。

 目下、問題は今日をどう生き延びるかに移った。

 

「現状、水の確保が最優先な気がシマース。食料はどうにか手に入りそうネ。」

 

「ええ。案外、この島には普通に動植物がいる。私達にとっては毒の赤い水も、彼らには影響ないみたいね。」

 

 加賀さんが、軽トラから何かを取ってくる。見てみると、なんとキジの死骸だった。

 金剛さんと利根さんの砲撃に巻き込まれようで、戦闘のあった地区に転がっていたらしい。

 一先ず今晩は飢えから解放されるようだ。

 

「しかし水か………何かないかのう。そもそも、この赤い水が飲むとまずいものかはまだ決まっとらんしのう。」

 

「けど、まだ誰も飲んでないんでしょ?」

 

 利根さんの呟きに、瑞鶴が口を挟む。

 赤い水を飲むなど、そもそも発想したことがなかった。見るからに体に悪そうだからだ。

 故に、どんなに喉が渇いていても誰も口にしていなかった。

 

「……………味は、普通の水です。ですが、飲むのは避けたほうがいいです。飲めば飲むほど、焼けるような痛みが全身に広がります。」

 

「「「…………………」」」

 

 飲んだことのある翔鶴さんが弱々しげに言う。溺れるほど大量に飲んだ翔鶴さんの意見だから間違いないだろう。

 その翔鶴さんは見るからに衰弱していた。

 艦娘は万が一溺れても、時間がたてば回復するようにできていた。

 しかし彼女はまだ然程時間が経過していないとはいえ、回復率が芳しくない。やはり私達の体にはよくないもののようだ。

 

 となると、飲み水の確保は死活問題だ。

 これ以上ジュースやコーヒーで繋ぐのは無理がある。人間同様、水がなければ私達艦娘も生死に直結してくるのだ。

 しかし、私達はそれについて何らの打開策も浮かばなかった。ただ無意味に時間だけが過ぎていく。

 

「────!」

 

 脳裏に、ふと誰かの視界が写る。

 私は盲目という状態ゆえ、それを逆に利用して常にレーダーのように視界ジャックを張り巡らせていた。

 誰も喋らなくなり、集中力が自ずとそちらへいった事でその視界を捉えることが出来たのだろう。

 

「…………誰か、近づいてきますね。皆さん、念のため戦闘体勢を。瑞鶴さんは翔鶴さんを連れて屋内へ。ライフルを忘れないように。」

 

 私はそれだけ指示を出すと、近くに置いていた鉄パイプ槍を手探りで取り、杖代わりにして移動する。

 加賀さんがそれに気付いて素早く視界を提供してくれたので、私はそれを利用して軽トラの荷台まで移動した。

 荷台に積んでいた長物を手に取り、薬室を開いて弾を装填する。これは視界がなくても、身に染み付いた動作ゆえ素早くできる。

 私が持っているのは、先程の襲撃でやってきた敵屍人の一人が持っていた上下二連式の散弾銃である。12番径で装弾数は2発だが、やろうと思えば連射もできる。

 趣味のクレー射撃で扱い慣れたミロク製故、その扱い方もクセも熟知しているのだ。

 

「赤城さん、見える?」

 

「────えぇ、見えます。」

 

 加賀さんが二人羽織のような位置にまで体を寄せてきて、私の耳元で囁いた。

 これだけ近ければ、加賀さんの視界は私の視界も同然だ。

 

 加賀さんの視界に写る、静まり返った暗い道。そこを、用心深く探るようにライトの光が照らす。

 

 ライトを使う屍人を、私達はまだ確認していない。

 屍人の可能性も思慮には入れておくが、私は一先ず声をかけた。

 

「誰か!!答えなければ撃ちます!」

 

 ミロクを構え、私は正体不明の視界の持ち主が来る方向を注視した。加賀さんの視界と交互に見分け、物音なども参考にして相手の状態を掴む。

 相手の視界は、酷く戸惑ったように揺れ動いていた。

 

「う、撃たないでくれ!まだ生きてる!」

 

「…………手を上げて、ゆっくり出てきなさい。」

 

 声は若い少女のものであり、酷く怯えているようだった。

 ライトを揺らしながら、ゆっくりとその姿を表す。

 

「……………吹雪型?」

 

 加賀さんの声に、私は同意するように頷いた。脅威度が下がった為、私は銃口を僅かに下げて質問する。

 

「あなた、佐伯警備府の艦娘?」

 

「そ、そうだよ!私は深雪、こっちは初雪!」

 

「み、味方だから…!撃たないで……!」

 

 二人は自分達が味方だとアピールするように両手を高々と上げる。軽トラのライトに照らされた顔は、二人とも真っ青だった。

 

「一応、味方かどうかチェックさせて貰うわ。浦風さん。」

 

 私の指示に、浦風さんがドスを抜きながらにじりよる。

 二人は声にならない悲鳴を上げたが、その場からは動かなかった。

 

「……悪く思わんでよ、一応チェックじゃけ。」

 

 ドスを突き出せるよう構えながら、浦風さんは深雪の首に手を添えた。

 

「…………温かいの。皆、味方じゃ!艦娘で間違いない!」

 

 浦風さんの一声に、私達を包んでいた空気は一気に柔らかくなった。

 全員が焚き火の回りに集まり直すのを横目に、私は加賀さんと二人で深雪さんたちに近寄った。

 

「あ、あのー………」

 

「脅かすような真似してごめんなさい。私達も仲間をだいぶやられたから………あなたたちは、どうしてここへ?」

 

「………焚き火の火が見えた。その前に砲声も聞こえていたから、間違いないと思って。だから、二人で確かめに来た………味方かどうか。」

 

 初雪さんのほうが、一定のトーンで説明してくれた。

 深雪さんも同様だと頷いているので間違いないだろう。

 

 私達はここまで来て漸く、任務の一つであった水雷戦隊の発見を達成したようだ。

 

 

 




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No.018

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月刊広報青葉 第○○号

海軍射撃競技大会クレー射撃部門
赤城(佐世保鎮守府属)、栄えある女子一位獲得!

賞状を手にした赤城の写真。

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艦娘の間で広く読まれている部内広報誌の一つ。




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初日 18:00:00~19:00:00

 

 

=====

 

赤城 夜見島金鉱社宅

   初日 18:00:47

 

=====

 

 

 

「そう、白雪さんがお亡くなりに………」

 

「うん………もう帰ってこないからって、神通さんがこれを……」

 

 初雪さんが、二つのヘアゴムをスカートのポケットから出す。白雪さんの形見らしい。

 浦風さんの視界からしか見えないが、それを見る初雪さんの顔は悲痛なものだった。

 

 私達は深雪さんと初雪さんから、行方不明の水雷戦隊のことや神通さんのことを聞き出した。

 そこで、私は加賀さんと浦風さんと共に団地方面へと向かっていた。今は浦風さんと初雪さんと共に荷台に揺られている。加賀さんの隣の助手席には深雪さんが座り、道案内をしていた。

 

 社宅に到着すると、団地入り口には廃車や瓦礫を組み合わせた仰々しいバリケードが作られていた。その手前には無反動砲を積んだジープが停めらている。

 

「………ここからは、歩き……」

 

 軽トラが止まると、初雪さんは荷台から降りて廃車のトラックまで行き、そのドアを開いてキャビンの中を通った。どうやらそこが通り道らしい。

 

 運転席から降りてきた深雪さんもそれに続き、私達も後を追った。浦風さんには万が一を考えて軽トラに残ってもらう。

 団地の中に屍人の気配はまったくと言っていいほどなく、多少の交戦を想定していた私達は拍子抜けさせられる。

 

 団地の一棟にまで行くと、昇降口前のバリケードをよじ登って初雪さんは中へ入った。私達も後に続く。

 

「──誰」

 

「初雪」

 

 ちょうど階段の踊り場になる部分で、隣の階段に隠れて見えない位置から声がかかる。初雪さんがそれに答えると、金属バットを持った駆逐艦、吹雪さんが出てきた。

 

「おかえり初雪ちゃん──って、え?」

 

「こんにちは……というところかしら。」

 

 初雪さんの後に続いていた私達を見て、吹雪さんは目を丸くしていた。初雪さんが他の誰かを連れてくるなど露ほども思っていなかったのだろう。

 

「えっと………」

 

「神通さんの仲間よ。会わせてもらえる?」

 

 私がそう言うと、吹雪さんは急いで私達を部屋へと案内した。どうやら緊張しているようだ。

 

「神通さん!川内さん!」

 

「───何、吹雪────!?」

 

 吹雪さんに続いて部屋へ入ってきた私達に、布団で寝ていた川内さんが驚く。隣の神通さんもその声に目覚めたようで、横になっていた体をゆっくり起こすと私に敬礼してきた。

 

「……神通さん、無事でよかったわ。」

 

「赤城さんもよくご無事で。私はお恥ずかしながらこんな有り様ですが………赤城さん、その目はまさか………」

 

「敵にやられたわ。今は妙な力のお陰でどうにか見えてるけれど。」

 

「そうですか………」

 

 神通さんも負けず劣らずボロボロで、包帯まみれになっていた。 

 

「お気づきかと思いますが、彼女らが例の──」

 

「ええ。これで、残りは浜風さんと榛名さんだけだわ。」

 

 まだ合流していない二人の名を出すと、神通さんはそこから他の仲間は既に合流していることを察したようだ。

 二人と合流できれば、後はこの島からの脱出を図るのみとなる。

 

「二人とはまだ連絡がつかないという事ですか……()()()いないといいのですが……」

 

「………………」

 

 正直言って、私は二人がまだ生きている可能性が低いと考えていた。既に白雪さんも含めれば三人屍人となり、全員が単独行動中に屍人となっているのだ。

 この島に私達以外の生存者がいる可能性は低く、となれば単独行動している率が高い。生存しているかしていないかを天秤にかけるなら、確率的には前者の方に傾くだろう。

 

「…………あの……」

 

 川内さんがおずおずと話に入ってくる。私は彼女にも敬礼すると、知っているとは思うが一応名を名乗った。

 

「──あぁ、名乗るのが遅れてしまいましたね。

私は赤城、一応あなた達の捜索を命ぜられてきたのだけれど───この有り様よ。」

 

 ミイラ取りがミイラにではないが、私達は川内さん達に負けず劣らずボロボロなのだ。

 

「……その辺は神通から聞いてる。来てくれてありがとう。それだけでも、私らは助かるよ。あ、そうだ。吹雪──」

 

 川内さんはそう言うと、吹雪さんに何か指示を出したようだ。

 すると、吹雪さんが湯呑みを人数分お盆に乗せて持ってきた。お盆や湯呑みはここで見つけたのだろうが、その中に入っているものを見て私は驚いた。

 

「!!───み、水?」

 

「え?あ──えっと、川内さんが見つけてきたんです。毒とかは入ってないですよ?」

 

 湯呑みを一つ手に取り、中に注がれた水をつぶさに見る。見た目は普通の透明な水であり、臭いも普通だった。

 私は試しに一口飲んでみるが、味も普通だ。翔鶴さんが言っていたような、焼けつくような痛みは感じられない。

 

「!───水、だわ。」

 

「赤城さん、私もいいかしら?」

 

 私の反応を見て、加賀さんも吹雪さんから湯呑みを一つ貰うと水を煽った。

 そして、私同様の反応をする。

 

「………本物の水ね。どこで手に入れたの?」

 

「……………怪我の功名、ってやつかな。」

 

 加賀さんの質問に、川内さんが答えた。

 川内さんは神通さんと二人で物資調達に行ったが、そこで屍人に狙撃され負傷。

 敵を撃破した後、傷の深さから物資調達は諦め一旦引き返すことにしたが、流石に途中で休憩することにしたらしい。

 そのために寄ったのが団地の東側にある神社だったのだが、そこを流れていた小川の水が透明な事に気づいたのだとか。

 

 試しに飲んでみると、普通の水だった。なぜ普通の水とわかるかといえば、川内さんは一度赤い水を飲んだことがあるらしい。その時に感じた痛みと吐き気が無く、普通の水だとわかったのだとか。

 そのため、持ってきていたポリバケツに水を汲んで持って帰ったのだそうだ。

 

「透明な水がこの島にあるなんて………」

 

「私も見つけたときはそう思ったよ。この島にある水は何もかも全部赤い水になってるのに、あの小川の水だけ透明なのは明らかに不自然だって。でも、正直水がないのは死活問題だったしさ……」

 

 川内さんは違和感を感じつつも背に腹は代えられないと、例え不自然でもその水を使うことにしたのだそうだ。

 私はその透明な水が流れる小川の事が気になり、すぐ調べに行きたい衝動に駆られる。

 ただの勘だが、その小川の秘密を解くことが事態打開のヒントになると告げているのだ。

 

「……気になるわね。調べに行きたいところだけど………」

 

「まずは仲間に報告ね。私が打電しておくわ。居眠りしていなければ金剛が伝えてくれるはずよ。」

 

 そう言うと、加賀さんは艤装を出して無電を打つ。

 その間、私は川内さんと神通さんに拠点の事について話すことにした。

 

「さてと……この後どうするかなんだけれど………私達の拠点は夜見島港にあるの。今後の事も考えたら合流した方が良さそうだけど──」

 

「…この団地内は、私が掃討を完了しています。安全地帯と言っていいでしょう。そちらはどうですか?」

 

「夜見島港も制圧下にあるわ。綺麗に周りの屍人を片付けたられたの。」

 

「屍人?………」

 

「呼称は必要でしょう?さて、となると………この周辺一帯は私達の勢力圏にあるということね。」

 

 夜見島港と夜見島金鉱社宅は殆ど隣接していると言っていい。つまり、島の南側一帯は現状屍人のいない地域ということになる。

 そうなると、拠点を手放すということはその勢力圏を手放すということになるのだ。

 

「……一先ず今夜は現状維持としましょう。夜見島港側のバリケードは撤去をお願いしてもいい?」

 

「了解しました。」

 

 自由に動きやすいというだけでも、かなり有り難い。

 実際、加賀さんと瑞鶴さんが無線のテストで島を廻った際には交戦する機会が幾度もあったのだそうだ。

 

「赤城さん、金剛さんから返信です。あれば、飲み水をいくらかわけて貰ってほしいとの事です。」

 

「わかったわ。川内さん、申し訳ないんだけど──」

 

「飲み水?わかった。けど、こっちも量が無限にあるわけじゃないからさ。一升瓶1ケース分でどう?」

 

「恩に着るわ。それと神通さん──」

 

「無線ですか?わかりました、テストで打電してみましょう。周波数はいつものですね?」

 

 神通さんは私が言わんとしたことを察してくれたのか、艤装を展開して無線通信を開始した。

 これで連絡手段については問題なさそうだ。その間、加賀さんは吹雪さんと共に水を一升瓶に分けるのを手伝っていた。

 

 

 

 

「────それじゃ、一先ず今夜はこれで。浦風さん、護衛頼んだわ。」

 

「任せてつかぁさい。ウチと神通さんがおりゃ百人力じゃけ!」

 

「浦風さん、気張りすぎないように。赤城さん、大丈夫だろうとは思いますが、道中お気をつけて。」

 

 私は川内さんや神通さんと話し合い、一先ず今夜はお互いの拠点で休むということになった。

 披露の蓄積はもうすでに無視できないレベルになっていたのだ。

 

 私達はお裾分けの水を軽トラに積むと、水雷戦隊組と別れて港の拠点へと帰る。

 帰りの道は随分と暗くなっており、私は加賀さんと二人車に揺られていった。

 

 

 

=====

 

金剛 夜見島金鉱(株)駐車場

   初日 18:45:09

 

=====

 

 

 

「よーし、いい感じに焼けてるネ」

 

「おぉ、旨そうな匂いじゃのう!」

 

 私達は赤城さん達が水雷戦隊の拠点へ向かった後、持ち帰ってきた雉を捌いて焼いていた。

 やはり何かお腹に入れなければ疲労は溜まるばかりだ。思えば昨日から何も食べていない。食べれる時には食べる。腹が減っては戦はできぬだ。

 

 鳥の捌き方はサバイバル講座で知っていたし、ナイフもあった。瑞鶴達が塩を見つけてきたので、味もそのままよりは良くなる筈だ。

 ぶつ切りにした肉を適当に拾ってきた細竹や枝に刺し、塩をまぶして焼く。雉の焼鳥だ。

 肉が焼けるいい音と、それに伴って香ばしいジューシーな香りが漂ってきて、私と利根は忘れていた空腹感を思い出した。  

 

「よーし、こんな感じデス………瑞鶴、翔鶴!ご飯ヨー!」

 

 私が建物へ向け叫ぶと、瑞鶴は翔鶴に肩を貸しながら外へ出てきた。

 翔鶴はびっくりするほど生気のない顔をしており、見るからにしんどそうな様子だった。

 

「赤城も加賀も何しとるんじゃろうか?水を持ってきてくれればよいが……」

 

「無いなら無いでまだ手はあるネ。兎に角翔鶴には水分がいるヨ。毒ならとにかく出さないと不味いデース」

 

 最悪の事態に備えて雉から抜いた血は取ってあり、鍋に移して痛まないよう軽く温めていた。あれでも何も飲まないよりはマシだ。

 塩分濃度が高い水でもある程度は水分補給になる。500mlまでなら海水や血液を水分補給に使うことができるのだ。そういったものは利尿作用が高いので、体内の毒素排出にも使えるかもしれない。

 まぁ、毒素というよりは穢れなので、普通の毒素排出の方法が通じるかは未知数なのだが。

 

「翔鶴、無理でも食べた方がいいデス。じゃないと体は弱る一方だヨ」

 

「はい……食欲がないわけではないので大丈夫です」

 

 焼けた串を翔鶴に渡す。翔鶴は弱々しい手で受け取ると、それを口に運んだ。

 普通に食べている所を見ると、どうやら病気や怪我で弱っているのとは訳が違うらしい。

 銃弾による傷は既に塞がっているようで、痛みをこらえているというよりは病気で衰弱していっているというような雰囲気だった。

 

「翔鶴姉、骨とかに気を付けてね?金剛さん、私も貰える?」

 

「勿論ヨ。好きなの取るといいけど、一人三本までネ」

 

 瑞鶴は翔鶴を心配そうに見つめるも、目の前で美味しそうに焼けている肉の誘惑には勝てなかったようだ。

 瑞鶴が串を手に取ると、それに合わせて私と利根も串を取った。火に当たっていたので串も結構熱くなっている。

 

「赤城さん達には悪いけど、先に食べマショウ。いただきマース───」

 

 冷めてしまう前に、私達は串の肉へとかぶりついた。

 口のなかに旨味と塩味が広がり、空腹だったということもあって幸福感が全身に伝わるのを感じた。

 

「───ンンンン!Fantastic!」

 

「──旨ぁ~!」

 

「最高じゃない……!」

 

 皆同じことを感じていたらしい。私達は三者三様に感想を口に出していた。

 青白かった翔鶴も、その美味しさを噛み締めるように食べているようだ。

 

「………サバイバルで、食は生き延びるために最も重要な要素と聞いたことがある。まさに、そうじゃな。」

 

「確かに、活力が充填されている感じがするわね。」

 

「なら、それに百薬の長も追加するネ!いいもん見つけてきたノヨ」

 

 私は、拠点の地下室で見つけたウイスキーの瓶を取り出した。加賀炎作りの材料集めの際見つけて、こっそり隠していたのだ。

 

「う、ウイスキーじゃない!どこで見つけたのよ?」

 

「地下室ネ!井戸水で冷やしておいたから絶対美味しいネー……明日に差し支えない程度に飲むデスヨ?Savvy?」

 

「わかっておるわかっておる!ささ、杯を持ってくるから飲もうぞ!翔鶴もいるであろう?」

 

「……い、いります……」

 

 皆、ウイスキーを見てテンションが上がっていた。そりゃそうだろう。この島でウイスキーを飲めるなんて、誰も考えていなかったのだから。

 

 その時だった。

 車のエンジン音がして、軽トラが帰ってきたのは。

 

「──あらあら、何か美味しそうなものを召し上がっておられるわね?」

 

「若干──若干ですが、頭にきました。」

 

 車から降りてきた二人が、めざとく雉の焼鳥を見つける。

 私は自分達を差し置かれて若干不機嫌な二人を手招きし、焚き火の前に座らせると焼き立ての串を二人に手渡した。

 

 そのすぐ後、利根がこれまた地下室で見つけた猪口を人数分持って戻ってくる。私は猪口を晒で拭き、それにウイスキーを注いでいった。

 

「ま、まさかこれはウイスキーでは………」

 

「そのまさかじゃ。金剛が見つけてきたのでのう」

 

 赤城は、手に持つ猪口に注がれた黄金色の液体を見て喉を鳴らす。

 その液体は焚き火の明かりを受けてキラキラと煌めき、一層その魅力を掻き立てていた。

 

「さーて………それじゃ、我が艦隊旗艦の赤城サン?一つ音頭をヨロシク、ネ」

 

「そうね……………………私達は、未曾有の事態に巻き込まれているわ。それは皆重々承知していると思う。この先、この仲間が一人もかけずにいられるかはわからないし、無事に帰れるかもわからないわ。」

 

 

「「「「………………………」」」」

 

「……だから、可能な限り──足掻きましょう。絶対に生き延びる。どんなに苦しくても、最後の一瞬まで抗うの。私は、そうこの杯に誓うわ。皆はどう?」

 

「言われなくとも、皆同じ思いです。赤城さん。」

 

「そうじゃ。それに、皆座して死を待つ愚か者ではないわ。我輩はそう信じておる。」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃない、利根さん」

 

 盛り上がる皆の傍らで、翔鶴は一人静かに杯を見つめていた。何か物憂げな表情に、私は首をかしげる。

 

「…………………………この杯が、私達の水杯にならなければ良いのですが───」

 

「翔鶴!何弱音言ってるデース!水杯は水杯でも、覚悟を示すためのモノネ!Don't worry!」

 

 翔鶴が吐露した不安。

 私はそれを強引に揉み消すように翔鶴の背中をぶっ叩く。

 赤城はそれを見て、杯を大事そうに持ち直すとこう言った。

 

「なら、この杯は皆懐に御守りとして持っておきましょうか。では、誓いを籠めて───」

 

 皆、静かに杯を口につける。

 体の中に熱いものが流れ込み、それが目の前の焚き火のようにメラメラと燃え上がるのを感じた。

 皆一言も喋らないが、生き残るという誓いは確かに杯に宿ったと思う。

 胸にその思いを刻むよう、私は皆と共に杯を大事に懐へしまった。

 

 

 

 




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No.019

=====

キジ【雉・雉子】

キジ目キジ科の鳥。
日本を含むユーラシア大陸に分布する鳥類であり、日本においても馴染み深い存在のため国鳥に指定されている。
その肉は日本の歴史の中で、食用肉では最高のものとされる。
平安時代には貴族社会のハレの饗膳、宮中の元日の儀式にも添えられてきた伝統の食材となっている。
高タンパクかつ低脂質でヘルシー。味もクセがなく食べやすい。


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初日 19:00:00~20:00:00

=====

 

翔鶴 夜見島金鉱(株) 2F

   初日 19:22:34

 

=====

 

 

 

 私は一人、ビルの2階部分にいる。床に寝転がり、一人うなされていた。

 酷く頭痛がして、熱病にでもかかったかのように意識は朦朧とする。

 決して先程のウイスキーで酔った訳ではない。あの程度の量で酔うほど私は弱くないと思う。しかし、この感じは酔いに似ていた。悪酔いをもっと悪くしたような感じだ。

 

 うっなり意識を手放すと、そのまま魂が抜けていきそうな気がした。

 

───────よこせ──

 

「!?───」

 

 そう聞こえた気がして、私は飛び起きると周囲を見渡した。

 しかし、周りには誰もおらず、様子も先程と変わりなかった。

 

「幻聴………」

 

 そう思った。

 私はどうやら、自分が思っているよりもずっと酷い状態らしい。

 疲れているのだと思い、私は寝付こうと再び横になった。途端に眠気がきて、瞼がぐっと重くなる。

 

───体をよこせ───

 

「────っ」

 

 やはり聞こえた。

 耳ではなく、頭の中に直接響いてくるような感じだった。

 

─体をよこせ──翔鶴───

 

「───嫌よ……誰なの一体……」

 

───よこせ──よこせ──お前の体─────

 

 声が壊れたオーディオプレイヤーのように幾度となく響き渡り、私は頭を抱えた。

 そうした所で声が消える訳ではないものの、そうでもしないと謎の声に心が負けてしまいそうだったのだ。

 

────よこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせ──────

 

 

──お前の体、よこせ

 

 

「うるさい、うるさいっ………」

 

 もはや拷問だった。

 声の音量は耳鳴りほどだったものが最早エンジンの爆音を間近で聞かされているようになり、しかもそれが途切れもなく続く。

 恐らく私の心が負けたとき、本当に私の体は盗られてしまうのだろう。

 

 鳴り響く声の攻撃に、酷かった頭痛は輪をかけて酷くなった。痛みに耐えるため、私は固く目を瞑り歯を食い縛る。痛みから目に涙が浮かび、それが溢れた。

 頭が金槌でずっと殴られているような痛みだった。酔いもどんどんと酷くなり、自分の体が自分の体ではないような、謎の浮遊感が襲ってくる。

 

「──うぅっ、う────」

 

 嫌な想像が頭をよぎる。

 このまま、私は屍人になってしまうのではないかと思ってしまうのだ。

 屍霊に体を渡したつもりはないが、実は私が気づいていないだけで屍霊は既に私に取り憑いているのではないか?

 もしそうなのだとしたら、今考えている私はこの体から今にも弾き出されようとしているのではないかと思った。

 

───ピトッ

 

 私の体に何かが触れた。

 私はそれを感じて、恐る恐る目を開ける。

 

「──────いやあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 黒い人のような影が、私に覆い被さろうとしていた。

 屍霊が筑摩さんの体に取り憑いていく光景が脳裏に甦り、私は咄嗟に後ろへ飛び退く。

 自分が屍人になる光景を想像し、私は戦慄した。あの影に取り憑かれれば、それが現実のものとなる。

 恐怖でしかなかった。

 その影が私に飛び付いてきて、私は慌てて振りほどこうとした。

 

「いや、いやぁっ!!放してよ!!」

 

 がむしゃらに手足を振り回し、取り憑かれないよう抵抗する。声にならない悲鳴を口から出しながら、私はひたすらその影から離れようともがいた。

 

 

 

 

「翔鶴姉ぇ!!!」

 

 聞き覚えのある声がして、私は我に帰る。

 影は瑞鶴だった。息を荒げながら私にしがみつき、目から涙を流していた。

 周りには赤城さんや加賀さんもいて、急いで来たのか肩で息をしていた。

 

「───ず、ずいかく……?」

 

「…………翔鶴姉、大丈夫……大丈夫だから……」

 

 瑞鶴に宥められ、私は自分が幻覚を見て酷く暴れていたことに気づく。

 瑞鶴の服には血が付き、私は瑞鶴に怪我させたのではと慌てる。しかし、その血は瑞鶴のものではなかった。

 

「……………翔鶴さん、目から血が………」

 

「…え……………」

 

 そう言われ、私は手の甲で目を拭った。

 手の甲についたのは、透明な涙ではなく赤い血だった。

 

 目から血を流すなど、最早屍人ではないか………

 

「…………わ……私、屍人になる……の……?」

 

 自分に課せられた運命を信じられず、私は瑞鶴や周りの仲間に問い掛けた。

 声が震え、涙なのか血なのかわからないものが目から溢れていく。恐怖と悲しみが、私の心を真っ黒に染めていくのを感じた。

 

「い………嫌……そんな……嫌っ……嫌よ……屍人になんか……なりたくない……っ………」

 

 体がガタガタと震え、歯の根が合わなくなる。

 ひたすらに怖かった。

 屍人になった者の末路が頭に過り、それが更に恐怖を掻き立てていく。

 私が倒した数々の屍人達、袋に詰められて地下室に閉じ込められた筑摩さん、操られて凶行におよび、最後は首を切り飛ばされた磯風さん…………

 

 私もそうなるのかと思うと、ひたすらに怖くなる。

 

「大丈夫だよ!翔鶴姉は屍人になんかならないよ!」

 

 瑞鶴の励ましの声も、屍人から戻る方法もない状況下ではただの気休めでしかなかった。

 他の者の励ましの声は耳にすら入ってこない。

 それくらい、私は追い詰められていた。

 

 

 

「……………翔鶴さんを拘束しましょう。」

 

 加賀さんが赤城さんに耳打ちした言葉に、私は身を固くした。偶然、視界ジャックによって加賀さんの視界を見たのだ。なぜ見ようとしたのかはわからない。

 しかし、私は今それを深く考えている余裕はなかった。

 実質の死刑宣告であり、拘束されれば後は座して死を待つ事になる。

 

 筑摩さんの隣で拘束され、自分が自分でなくなる瞬間をひたすら待ち、そして自分でなくなった後もひたすら待つ。

 私はあのドラム缶で水漬けされた時間で十分なくらい耐えたのだ。それなのに、更にこの仕打ち。

 もう、私は恐怖と苦しみに耐えるのは嫌だった。

 

 そう思った私は、咄嗟に駆け出していた。

 自分でも吃驚するほど素早く、仲間達の脇をすり抜けて外へ飛び出す。瑞鶴の私を呼ぶ声が聞こえるが、私は一度も振り返らなかった。

 そして、流れるようにバイクへ飛び乗ると一目散に港を飛び出していった。

 

 この後に待つ自分の運命など知らず、私はバイクを走らせ続ける。

 仲間達から逃げた時点で、私の行く末など既に決められていたのだ。

 

 

 

=====

 

赤城 夜見島港

   初日 19:46:56

 

=====

 

 

 

「一体どこに───」

 

 視界ジャックをフル活用し、翔鶴さんの視界を探る。

 私達は、咄嗟に飛び出していった翔鶴さんを探していた。

 翔鶴さんにはバイクがある。あの機動力があれば、島のどこにだって行けてしまう。捜索範囲は恐ろしく膨大なのだ。

 ましてや、向こうが私達から逃げ回っているとなれば尚更発見は困難だった。

 

 加賀さんからの意見具申、それを聴いた直後の脱走。

 恐らく、翔鶴さんの耳にも聞こえたのだろう。

 

 只でさえドラム缶詰めにあって弱っている翔鶴さんが、そんな事を聞けば逃げ出すのは当然だ。

 

 普段の彼女は聡明で、こんな無茶苦茶な選択などしない。よほど追い詰められ錯乱していたのだろう。

 悲鳴を聞き付けて様子を見にいった時、翔鶴さんは酷くなにかに怯えながら暴れ、瑞鶴さんがそれを取り抑えているという状態だった。

 あの時の彼女には、妹の瑞鶴さんさえ何か怪物のようなものに見えていたのだろう。

 精神をすり減らし、まともな判断もできなくなり、逃走した。

 恐らく、そういうことなのだと思う。

 

「赤城さん…………」

 

 瑞鶴さんが私に声をかけてくる。

 瑞鶴さんの声は、酷く疲れきったという風に掠れていた。目元には涙の跡がある。

 彼女の心もまた、擦りきれる寸前なのかもしれない。

 

「………何、かしら」

 

「翔鶴姉に電文を打ったんだけど、返信がないの………翔鶴姉、どこに行っちゃったんだろう………」

 

「…………きっと、見つかるから。大丈夫よ」

 

 私は口ではそう言うが、どこにも見つかる確証などなかった。もしかしたら、次に合間見えた時には屍人として再会する可能性もあるのだ。

 そうならない為にも、一刻も早く見つけなければと思う。思うが───

 

 手段など、浮かばなかった。

 

 

 

=====

 

浜風 蒼ノ久漁港

   初日 19:47:21

 

=====

 

 

「───ご馳走さまでした。」

 

 私と藤田さんは夕食を終えると、揃って合掌していた。

 この島に食べるものなどと思っていたが、探すと案外あるものだということに驚かされた。

 山菜や畑に植わっていた野菜、サツマイモ、いよかん。民家で入手した味噌や醤油などの調味料と食器、調理器具類。それだけあれば中々上等な料理が作れるのだ。

 

 お米こそなかったが代わりにサツマイモを蒸かし、船に積まれていた飲料水を使って山菜とネギの味噌汁、カボチャの南京煮。

 更に、民家から拝借した梅干しと畑から採ってきたいよかんを付ければ中々豪華な夕食である。

 

 美味しい食事は心に余裕を持たせ、より良い活力を生む。ただ栄養を接種する為とは違うのだ。

 少なくとも私はそう思うし、そうだ。藤田さんの幸せそうな表情からして、彼もそうだと思いたい。

 

「あぁ───夢みてぇだ…………」

 

「夢、ですか?」

 

 藤田さんの呟きに、私は首をかしげた。

 

「そうさ。今日は悪い夢みてえなことばっかりで、何が現実かわかったもんじゃない。けど、こんな状況なのに美味い飯が食えるなんて、逆にこれが夢じゃないのかと思えてきたんだ。」

 

 この島に来てから普通ならあり得ないことばかり。

 死んだ人間が歩き回り、水は海も何もかも赤くなり、陽の光が依然として届かぬままの空。

 そして、異なる時間を過ごしている筈の私と藤田さんが出会ったこと。

 

 確かに、夢のような荒唐無稽な話だ。けど、それは間違いなく現実であり、私達はその中で生きている。

 そうなってくると、むしろこんな絶望的な状況で美味しい食事を、安心して食べられるという事が逆に夢であるかのように思えてくる。

 

 もしかして、私は本当に夢を見てるかもしれないと思うと、自分の頬をつねってみた。

 痛い。

 

「どうしたんだい、頬をつねったりして」

 

「いえ、夢かどうか確かめてみました。痛かったです」

 

 私がそう言うと、藤田さんは笑いながら私の頭を撫でる。

 その手が暖かくて、私はとても温かい気持ちになった。

 こんな状況で見つけた小さな幸せ、なのだろうか。なら、今はその小さな幸せに甘えていたいと思う。

 この幸せが味わえなくなる前に。

 

 

 

=====

 

榛名 瀬礼洲/陸の船

   初日 19:52:41

 

=====

 

 

 

「……………!………随分、寝ていたようですね…」

 

 気がつくと、私はまたベッドの上に寝かされていました。

 灯りがつけられ、見覚えのある天井が目に入ってきます。それから鑑みるに、どうやら拠点の船まで戻ってきたようです。

 先程まで車の中だったような気がしますが、どうやら永井くんがここまで運んできてくれたのでしょう。

 

 胸の傷はきれいに癒えていましたが、永井くんにショックな思いをさせてしまったのが心残りです。

 そういえば、彼は今どこにいるのでしょうか?

 

「探してみましょうか………」

 

 一先ずこの場所の探索を行うことにしました。

 この船はかなり広いようなので、私は手近な一室から調べていくことにしました。

 私は部屋から出ようとして、戸口の扉を引きます。しかし、押しても引いてもダメでした。

 

「……………………えいっ!」

 

何かロックが外側からかかっているようなので、私は思いきり扉を蹴飛ばしました。

 何か木材が折れるような音がして、扉が勢いよく開け放たれます。目の前の通路は灯りが付いておらず真っ暗でした。私はベッド脇に置いてあった懐中時計を手に取り、通路へと出ます。

 

 

 

 一つ一つしらみ潰しに探していくと、薄明かりが扉から漏れている部屋がありました。ひょっとしてと思い、わたしはその部屋へと近寄ります。

 

「永井くん、いますか?」

 

「うぇっ!?」

 

 私が声をかけると、永井くんは驚いたように飛び上がり、座っていた椅子から転がり落ちました。

 そして、慌てた様子でなにかを拾いあげると、それを私に向けてきます。

 

「ちょ、ちょっと!私ですよ!?榛名です!」

 

「!?────あ、あれ…どうなってるんだ?」

 

 永井くんが銃を向けてきたので、私は慌てて両手を上げ敵意がないことを示しました。

 その様子が永井くんには腑に落ちなかったようで、首をかしげながら銃を下ろしました。

 

 何かおかしいと思い、訳を聞きます。

 すると、私が死んだと思い適当な部屋に隔離しておいたのだそうです。

 案の定、私が死んだものと誤解していたようでした。

 

「…………その、艦娘は拳銃で撃たれたくらいでは死にませんので………」

 

「………………そ、そうなんだ………」

 

 永井くんはだいぶ衝撃を受けているようでした。まだ私が生きてることも半信半疑のようです。

 私はふと、永井くんが座っていた場所に目がいきました。

 机の上に積まれた古い書籍。

 それが気になり、手に取ってみます。

 

「夜見島古事ノ伝……………古文書ですか。」

 

「は、榛名ちゃんそれ読めるの!?」

 

「読めますよ。榛名、こう見えて歴史好きなんです。」

 

「………………そ、そうなんだ………」

 

 永井くんは面食らいっぱなしなようで、そんな様子が少し可笑しいと感じてしまいます。

 しかし、彼か、それとも他の誰かが集めたのか………

 何にせよ、この古い字体で書かれた本に何か手がかりがあるような気がしてなりません。

 早速、中を読んでみることにしましょうか。

 

 

 




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No.020

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夜見島いよかん

夜見島の特産品。通常のいよかんと比べ皮が黒く、実が赤いのが特徴。味はブラッドオレンジに似る。
島が海に沈んだ後は絶版となり、その苗木については一部プレミアがついて取引されている。

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夜見島で栽培されているいよかんの改良品種。
ただ皮が黒いだけのブラッドオレンジと言う人もいる。


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初日 20:00:00~21:00:00

 

 

 

=====

 

赤城 夜見島港/地獄段

   初日 20:10:09

 

=====

 

 

 

「……………ダメね。一端、捜索を打ち切りましょう。」

 

 私の一言に、利根さんは無言で頷くと他の方面を捜索している加賀さんや本拠地で見張りをしている金剛さんに無電を打ってもらった。

 

 あれから私達は捜索範囲を広げ、水雷戦隊にも協力を要請して翔鶴さんを探したが、依然として捕捉していなかった。

 最早、どうしようもない。これ以上の捜索は私達が逆に疲弊するし、敵の徘徊するこの島で長時間の少人数行動はリスクが高すぎるのだ。

 

 私は皆を優先することに決める。これ以上、犠牲は出せないと判断し、私は利根さんと共に本拠地へ帰還した。

 

 

 

 

「翔鶴がいなくなったとなると、私達の戦力は大幅ダウンデース………」

 

 私達は本拠地に帰還すると、艤装の重さゆえ待機となっていた金剛さんと話していた。

 金剛さんの言うとおり翔鶴さんの機動力と遊撃力は頼りになっていただけに、その戦力が使えなくなったのはかなり痛手である。

 単純に仲間としても、彼女とは長い付き合いだ。空母艦娘としても有能で、同じ艦隊になれば彼女が自然とサブリーダーとなり、後ろから私の指示を的確に伝達し遂行してくれる頼もしい存在だった。

 

「ええ…………けど、これ以上の捜索は私達が逆に危険になる。もしかしたら、翔鶴さんもどこかで頭を冷やして戻ってくるかもしれない。今はそれを祈るしかないわ。」

 

 私は旗艦、リーダーなのだ。全員を生きて帰らせなければいけない。

 だが、もう全員というのは不可能になってしまった。ならば、少しでも多く生存者を帰すよう努めるのが私の責務である。その為には、非情にもならなければ………

 

 

 そうこうしているうちに、加賀さんと共に遠方へ捜索に出ていた瑞鶴さんから連絡が入った。

 私はその電文を見て、我が目を疑う事になる。

 

「……カガトオボシキカンムスヲハッケン、シジヲコウ…………え?」

 

 電文の意味がよくわからず、私は再度打電するよう要請する。すぐに返信が来るが、まったく同じ内容だった。

 

 私は対応をどうするか検討するが、すぐに新たな電文が舞い込んできた。

 

「──カガ、モウイッポウノカガトセッショク。ヨウスガヘン───オウエンヲコウ──」

 

 私は訳がわからなくなり、少しでも状況を掴むため視界ジャックを行った。

 比較的近場であったのか、瑞鶴さんの気配を掴まえることに成功する。脳裏に瑞鶴さんの視界が開け、私は絶句した。

 

 瑞鶴さんの視界には、加賀さんが二人写っていた。

 運転席から降りた加賀さんは、もう一人の加賀さんと対峙しているようだ。

 

 瑞鶴さんの視界の端に鉄塔らしきものが見え、そこがここから少し離れた四鳴山ということがわかる。

 

 あの鉄塔はあまりにも不気味すぎ、また屍人の気配が多かったことから接近を避けていたのだ。

 鉄塔と言うより、何かの儀式の場所のような巨木と鉄骨が入り交じった謎の建築物。

 その天辺には禍々しい赤黒い雲が渦巻き、遠方から見るとまるで墓場から出てきた亡霊のようにも見えた。

 

 もう一人の加賀さんが、後ずさる加賀さんに抱き付く。

 一体どういうことなのだろうか?

 

 私はますます訳がわからなくなる。兎に角現場に向かわなければ話にならないと、私は金剛さんと利根さんに声をかけた。

 

 

 

=====

 

瑞鶴 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 20:12:54

 

=====

 

 

 

 赤城さんからの返信が来ず、私は焦燥感に駆られた。

 目の前で起こっている異常事態に、私は目を疑う。

 しかし、それは確かに現実だった。

 

 加賀さんが二人いる。

 しかも、片方が幻覚とかそういうのじゃない。確かにそこに立っていて、そして加賀さんに抱きついていたのだ。

 

 私は見ていられなくなり、レミントンを片手に運転席を降りて加賀さんに駆け寄った。

 

「加賀さん!」

 

「──瑞鶴!っ、離れなさい土佐!」

 

「…嫌よ、ずっと会いたかった……姉さん……」

 

 

 私はそれを聞いて首をかしげた。

 土佐?

 私の知る限りでは、条約によって破棄された未成戦艦。そして、加賀さんの妹となる筈だった艦。

 

 姉妹艦の容姿が瓜二つという事例など聞いたことがない。

 こんな島で、こんな状況下では怪しさの方が強かった。加賀さんも同様に感じているらしく、執拗にしがみついてくる土佐を振りほどこうともがいている。

 

「──どうして私を拒絶するの、姉さん?」

 

「どうしてって、あなたが土佐である保証なんてどこにもないでしょう!?信じてなんて言う方が無理よ!」

 

 加賀さんの怒鳴り声に、土佐は悲しそうな表情を浮かべた。

 それだけ見れば、彼女が本物の土佐だと思うかもしれない。しかしこんな状況で、しかも磯風や筑摩さんが屍人となり仲間を襲うという事件があった後なのだ。

 私は加賀さんを土佐から守るべく、いつでも発砲できるようレミントンの安全装置を解除した。

 

「姉さん、ねぇ、姉さん───やっと会えた、大事な大事な姉さん………私と、ずっと一緒にいましょう?」

 

「な、何を!───この、いい加減に!」

 

 加賀さんが、渾身の力を籠めて土佐を突き飛ばした。

 私はレミントンの銃口を土佐に向けると、加賀さんと土佐の間に割って入った。

 

「加賀さん、車に…!こいつ、普通じゃないわ……」

 

「えぇ、そうね………」

 

 ライフルを向けられた土佐は私を恨めしそうに睨み、ゆらりと立ち上がる。

 私はスコープのレンズに写るクロスヘアを土佐の眉間に合わせた。

 

「────そう、あなたも邪魔するのね………?」

 

 スコープに写る土佐の瞳が、私を睨み付ける。

 それと目が合い背筋に悪寒が走るが、気圧されまいと引き金に指をかけた。

 

 突如、土佐は空を仰ぐと何かブツブツと呟く。

 まるで彼女の行動や意図が読めない。何をする気だ……?

 

「……………………………………?」

 

「!………瑞鶴、上!」

 

 車に下がっていた加賀さんの声に、私は空を見上げた。

 それを見た瞬間、感じたことのない感情──強いて言えば、気持ち悪さと怖さを合わせたようなものが心の底から沸き上がった。

 

 赤い空を泳ぐ、巨大な魚のようなもの。

 しかし、人魚とでも言えばいいのだろうか。その魚は薄桃色の体躯を持ち、人の──女の顔があった。

 それはするようと空を降りてくると、私達の目の前に着地する。間近で見る異形の怪物に、私は恐怖で足がすくんでしまう。

 

 近くで見るとかなり大きい。

 私は銃口を向けるが、その人魚はまるで意に介さないとでも言うかのように土佐と見つめあっていた。

 

「瑞鶴!」 

 

 加賀さんが私の袂を引く。加賀さんの顔にも恐怖の表情が浮かんでいた。

 私の五感が、ここから早く逃げろと告げている。それは加賀さんも同じなのだろう。

 しかし、体が言うことを聞かないのだ。まるで金縛りにでもあったかのように、私は銃口を人魚に向けたまま硬直していた。

 

「────姉さん、ねぇ……姉さん……さぁ、母様と一つになりましょう…そうしたら、ずっと一緒にいられるから………」

 

 土佐の瞳が、加賀さんを捉えた。出てくるのを待っていたという風に。

 加賀さんが僅かに後退り、私の袂を引く力が強くなるのを感じた。

 

 土佐の後ろにいる人魚の顔も、加賀さんを向く。

 ソイツは、笑みを浮かべていた。

 背筋が凍りつくような不気味な笑み。明らかに加賀さんを狙っていた。

 

 私は自分を叱咤する。動かない体に動くよう命じ、銃口を無理矢理動かして人魚の顔に向けた。

 

「───!!」

 

 引き金に絞る。

 腹に響く銃声がして、人魚の顔に穴が開いた。それでも飽きたらず、二発、三発と連発する。

 薬室から蹴り出された薬莢が、流れ星のように宙を舞っていった。

 

 人魚はぐらりと頭を垂れるが、倒れない。

 しかし、わずかな変化があった。

 

 人魚の腹が縦に裂け、赤黒い腸と血が溢れてくる。それと一緒に、何かがボトリと落ちてきた。自然と瞳がそれを見る。見たことを後悔したが。

 それは、血にまみれた人間の男だった。誰かは知らない。しかし、額には弾丸の跡──私が人魚の顔を撃ったのと同じ位置に穴が開いていた。

 

「───姉さん、来て──母様も待っているわ──」

 

 土佐の声がして、急に袂を引く力が弱まった。

 加賀さんが虚ろな瞳でフラフラと、あの異形に近寄り始めたのだ。私はすぐ、加賀さんは操られているのだと察した。

 

 先程の銃声で、体は動くようになった。

 私は駆け出すと、今度は加賀さんの袂を引っ張る。

 

「加賀さんダメ!」

 

 フラフラとしていた加賀さんに、私の声が届く。一瞬動きが止まるが、土佐の声で再び歩き始めた。

 

「───姉さん、こっちよ───」

 

 まるで幼子をあやすように、土佐が手招きする。私は慌てて加賀さんの前に出ると、進もうとする加賀さんを押し止めた。

 

「加賀さん!目を覚ましてよ!」

 

 私は加賀さんの耳許で怒鳴る。

 明らかに、あの人魚と加賀さんを接触させるとまずい。それだけはわかった。

 

 翔鶴姉はいなくなってしまった。

 その上加賀さんまでいなくなるなんて、私には耐えられない。何とか押し止めなければ………

 

「────ず、いかく?───はっ!私、何を…」

 

「!…加賀さん、早く逃げよう!ここヤバイよ!」

 

 加賀さんの瞳に光が戻る。

 私はホッと安堵すると、早く逃げるよう急かした。

 

 その時だ。

 何か生暖かい物が、私の首に絡み付いた。

 

「───かはっ!?」

 

「───母様、待てないのね………残念だけど、姉さん……また会いに来るわ───」

 

 土佐の声が響く。

 どういう事なのか理解するよりも先に、私の体には赤黒い大蛇のようなもの───記憶が正しければ、あの人魚の腹からこぼれでた腸が絡み付いていた。

 ぬるぬるとした血で滑ってライフルを取り落とすが、私は気に求めずに腸を外そうともがいた。

 

「───ひっ!?い、いや──」

 

 背筋に悪寒が走り、私は咄嗟に後ろを振り返る。

 そこにはあの人魚がいて、ポッカリと開いていた腹腔が迫っていた。

 

 瞳から涙が迸る。

 どうしようもない恐怖に、私は悲鳴をあげようとした。しかし、恐怖のあまり悲鳴すら出てこない。

 やっと声が出た時には、私は人魚の腹の中に取り込まれていた。あっという間だった。

 

「翔鶴姉──助けて……………」

 

 視界が真っ暗闇に包まれ、不気味な肉の感触に全身が包まれる。

 それから数秒としないうちに、私は自分の意識を手放した。

 

 

 

 

=====

 

加賀 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 20:24:04

 

=====

 

 

 

「───ず、瑞鶴────」

 

 目の前で、瑞鶴が異形の人魚に呑まれた。

 私はその瞬間、衝撃と悲しみで声にならない悲鳴をあげていた。

 

 土佐はいつの間にかいなくなり、人魚も満足したように空へ飛び上がる。

 残されたのは私一人だった。

 

 膝から力が抜け、がくりと崩れる。

 頭が混乱して、どうすればいいのかわからない。

 

「───加賀さん!」

 

 赤城さんの声がして、私は振り向く。

 やってきた赤城さんに、気づいたら私は抱き着いていた。

 

「赤城さん………瑞鶴が……瑞鶴が………!」

 

 震える声で赤城さんに言う。

 私は酷く同様に、無様に狼狽えていた。どうすればいいのかわからず、赤城さんにすがる。

 

 そんな私の背中を、赤城さんは宥めるようにさすった。

 赤城さんの表情───包帯で目を覆っていて分かりにくいが、それでもわかったのは悲痛な感情だった。

 赤城さんもどうすればいいのかわからなくなっているのだろう。

 

 私達は利根が運転する軽トラに乗り、その場を後にする。どうすればいいかはわからないが、この場に留まるのだけは嫌だった。

 

 

 

 

=====

 

翔鶴 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 20:44:06

 

=====

 

 

 

 私は宛てもなくこの島を走り回っていた。

 そうでもしないと、気が狂いそうになるのだ。

 

 道中で時折見かける屍人。

 その姿を見て、私はその度にそれが自分の未来であるように思えた。それを拒絶するかのように、私は火掻き棒を振るう。 

 そうしているうちに酷く疲れが溜まり、頭の痛みや酔いも酷くなっていった。

 

「───────あっ──!?」

 

 体が限界を迎えたのか、道に落ちていた何かを避けようとしてハンドルを切った拍子にバイクが滑り転倒する。

 

 私はバイクから放り出され、泥濘に叩きつけられた。

 

「…………っう…………………っ、もう………いや………嫌……」

 

 全身に響く痛みに身をちぢこませながら、私はひたすら苦しい自分の生を否定し始めていた。

 それぐらい、自分の行く末に絶望していた。

 

 立ち上がることもせず、私は泥塗れのまま泣き続ける。

 私の目から透明な涙はもう流れず、溢れてくるのは血の涙だけだった。

 瞳から溢れる赤い涙は絶望に染まった心を現しているようで、それがもっと嫌になる。

 

 

 

 地面に投げ出されてからしばらく経った。

 ふと、私は近くに銃が落ちているのに気がつく。

 私はそれに手を伸ばし、自分の近くに手繰り寄せた。

 

 見覚えのある銃だった。

 確か、瑞鶴が持っていたものだ。なんでこんなところに…………

 

 この島で武器を落とすなんて自殺行為。

 その武器を落とす状況などかなり限られる。

 

 嫌な想像をしてしまった。

 銃に付いた血。道端に落ちている。

 

 それだけで、私は何があったか察する。

 ここに死体がないのは、この島なら十分にあり得る。死ねば体は乗っ取られ、そのまま歩き回るからだ。

 

 どうやら、私は瑞鶴に先を越されたらしい。

 悲しみが胸から込み上げてきて、私は妹の形見となった銃を抱き締めた。

 

 止めどなく溢れてくる悲しみを流しながら、私はふと別の感情が沸き上がる。

 妹が私と同類になった。これで、妹を襲わずに済む。

 そんな安心感がして、私は不思議と笑みを浮かべていた。

 これでまた、姉妹一緒にいられる。そう思うと、悲しみが少し和らいでいくのだ。

 

 とうとう私の心は壊れてしまったらしい。

 妹を失った悲しみで涙を流し、妙な安心感から笑う。感情が乱雑に駆け巡り、頭は正常に機能することをやめた。

 

 

 私は抱き締めていたライフルを見る。

 妹が、私を呼んだ気がしたのだ。

 

「……………瑞鶴、いいの……?」

 

 そう呟くと、私は目を瞑る。

 ライフルの銃口が、自然と自分の眉間に向いた。

 

 

 

 

 




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No.021

=====

母胎の鱗

奇妙な鈍い光を発している薄桃色の鱗。
鱗の大きさから推測すると、体長10メートルを超える巨大生物の一部であると考えられる。

=====

母胎から剥がれ落ちた鱗。



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初日 21:00:00~22:00:00

=====

 

榛名 瀬礼洲/陸の船

   初日 21:14:58

 

=====

 

 

 

「潮凪…………それが、鍵って事?」

 

「はい、ここの部分に記述があるんです────赤い津波来たりし時、島長此を滅爻樹より作りし潮凪をもって撃ち祓う。津波たちまちに崩れ、さながら潮凪の如く海原は平ららかになりにける。此を見て、ある者がこれを潮凪と銘する──どうも武器のようですね。あの赤い津波についてもこの中に記述がありましたし、島長………おそらく綱元の太田家歴代当主が潮凪を使ってこの島を赤い津波から守ってきたと考えられます。」

 

 昭和63年に海没した夜見島。しかし、この古文書には赤い津波が来襲したという記述が幾度となく書かれていました。

 その度に、太田家当主が潮凪を使ってこの島を守ってきたのでしょう。

 私は潮凪についての記述が更にないか調べていくと、他にもそれらしきものが書かれているのを見つけました。

 

「───潮凪は、一度江戸期の刀狩りで取り上げられそうになったことがあるみたいですね。その為、御前立ちとして刀を置く───とあります。厄介ですね……」

 

 ダミーの刀があるということは、本物がどこかにあるということ。

 問題は、その本物がどこにしまわれているのかです。

 一般的に、御前立ちとは神体の前に据えられる代わりの仏像や宝具などを指す言葉です。

 しかし、取られかけたからそのダミーとして据えられた場合は、本物は別の場所に安置するのが普通でしょう。

 

 

 他にも潮凪についての記述がないか調べますが、これといったものは見つかりませんでした。

 気になるところといえば、滅爻樹で出来ているという所でしょうか?刀が木製というのも変なものです。

 

 滅爻樹そのものについても、だいぶ興味を引かれます。

 この島で生まれた新生児には、その名を刻んだ滅爻樹と呼ばれる神木の枝が与えられるという風習があるようです。

 滅爻樹の樹木自体は既に存在せず、その枝のみが存在するとなっていました。四鳴山へ枝を取りにいく行事を「滅爻樹迎え」と呼ぶようで、代々太田家当主が枝を探し新生児に与える役目を負うようです。

 滅爻樹信仰は、邪気、不浄を浄化する木としての神木信仰の変形と考えられますが、私が気になったのは滅爻樹迎えです。

 

 原木が存在しないのなら、一体枝はどこからやってくるのでしょうか?

 この文書の書かれた時期はよくわかりませんが、少なくとも江戸期以前の古いものです。その時代から新生児が生まれる度に滅爻樹の枝を拾っていたなら、木がない以上は枝が枯渇する筈です。

 

 私は、今日ちらりと見た四鳴山を思い出しました。

 山にあった不気味な鉄塔。それにまとわりつくように映えていた巨木。

 もしや、あれが滅爻樹なのでは?

 

「…………滅爻樹の木は異界にある。異界から現実世界に枝が落ちている?でも、それだとすべてのものが上に落ちなければ説明が…………滅爻樹迎え………太田家当主のみ…………まさか、太田家当主は滅爻樹の枝を拾いに、異界へ来ていた?」

 

 私は一人、考えを整理するべく独り言を並べます。

 もし太田家当主が異界へ来ていたのなら、何か行き来する為の手段もあるはずです。

 それが何なのか気になりますが、あくまで仮説の上での話。

 しかし、その滅爻樹が歩く屍に効くらしき記述もありました。

 埋葬される際、滅爻樹で悪しきものから死体を守り清める。そういう風習があるのを見つけました。

 つまり、滅爻樹の枝があれば屍に何らかのダメージを与えられる。そういう風にも取れます。現状、死体を破壊する以外連中の復活を阻止する方法がないので、試す価値はありそうです。

 

 更にもう1つ気になったのが、使い女。

 海からやって来て、若い男をたぶらかすという妖怪の類いです。

 使い女は海に落ちて死んだ女や、海に近寄った妊婦から生まれた赤子がなるらしく、光を浴びるとたちまち泡となるので、夜に海から若い女が来ても決して戸を開けてはいけないとなっています。

 

 しかし、この使い女というのがまるで艦娘のようだと思いました。

 艦娘も、最初は人の死体から作られる存在だったのです。艦魂の依り代として。

 その後、艦娘としての適正がある少女が全国的に見つかるようになり死体は使われなくなりましたが、この記述を見ると何か繋がりがありそうです。

 まぁ、私達は光を浴びても泡にはなりませんが。

 

「…………一先ず、潮凪を探すことから始めましょうか。ないことにはどうにもなりません。」

 

「………………」

 

………………永井くんは、気づいたら寝ていました。少しムッとなります。

 

 

 

 

=====

 

利根 夜見島港

   初日 21:18:36

 

=====

 

 

 

「……………赤城よ、心の整理はついたか?」

 

 港に座り込んだ赤城へ、我輩は話しかけた。

 もう座り込んでから随分と立つ。

 

 事が深刻なのは我輩も重々招致である。翔鶴に続き瑞鶴までもいなくなり、戦力は目減りしていく一方なのだ。

 加賀は変な気を起こさないよう金剛が見張っている。これ以上の損失は避けたいし、何より赤城の心労が酷い。

 

 赤城は疲れきっていた。

 次から次へとやってくる緊急事態に加え、仲間の艦娘の喪失。新たな驚異の出現。

 旗艦であるという責任が重くのし掛かり、赤城の精神はゴリゴリと削れているのだろう。

 浜風や榛名の安否は怪しい故、現状の生存者は赤城含め6名。

 当初の半分。

 演習なら全滅と見なされ敗北判定を貰う。

 

 行方不明の水雷戦隊を救出できたとはいえ、それでも6名が戦死ないし行方不明というのは大きい。

 

 普段は頼もしい赤城の後ろ姿も、今は酷く小さく見えた。

 

「…………利根さん、私はどうしたらいいのかしら………」

 

「…………詰め腹を切るのはよせ、敵が増えるだけじゃ。…………やはり、脱出の手段を探るのが妥当じゃろう。我輩はその糸口、あの山にあると見た。」

 

 俯いていた赤城だが、その視線が我輩に向く。

 泣き張らしたのか腫れぼったい瞳は、まるですがるように我輩を見ていた。

 

「…………我輩があの山で転けたのを覚えておるか?泥濘に滑って仰向けに転んだやつじゃ。」

 

「…………」

 

 加賀達の救援に向かう途中じゃった。川内にジープで山の麓まで送ってもらい、そこから山道を登ったのだ。

 その途中、我輩は不覚にも泥濘に足を取られて盛大に転けた。

 

「その時、偶々空が見えてのう………その空に、もう1つこの島が映っておったのじゃ。まるで水鏡のようにの。」

 

 転けた後、見上げた空。

 その空………厳密には鉄塔の先端部分から広がるように、もうひとつの島が映っていた。蜃気楼とは思えない。

 水鏡に映った島には、幾つかの灯りが見えたのだ。上空を飛ぶヘリコプターと、そこから放たれるサーチライトの光も。

 夜目が利いて良かったと思う。

 

 我輩は咄嗟に艤装を展開させた。

 そして、一機だけだった飛行可能な水偵を飛ばしたのだ。

 波を被った水偵から無事な部品を寄せ集め、一機の使用可能な機体に仕立てていたことが功を奏した。

 

 託した任務は、救助要請と生存報告。そして赤い津波への注意。

 

 そして、特攻じみた調査。

 あの水鏡を通過できるかという任務だった。

 

 突入を意味するト連送を受信してから、返信はない。

 成功したか失敗したか、後は結果を待つのみだった。

 

「水偵を飛ばしてから大分経つ。上手くいけば、あの水偵は向こうの世界に着いている頃じゃろうて。赤城、まだ悲観に暮れるべき時ではないぞ?」

 

「…………利根さん」

 

 赤城の瞳に、希望の光が戻る。

 そうだ。

 我輩達だけでも生きて帰らねば、散った者たちに示しがつかない。

 

「────これでよいのじゃろう、筑摩……………」

 

 我輩は、すでにいない妹の名を呟く。

 屍はまだある。生きて帰れたら、必ず元に戻すと誓ってきたのだ。

 我輩は、こんなところで折れてはおられぬ。

 

 

 

=====

 

吹雪 夜見島金鉱社宅/ハ号棟

   初日 21:31:22

 

=====

 

 

 

「おぉー、えらい旨そうじゃあ!」

 

「すいません、遅くなっちゃって」

 

 盛り付けたカレーがほっこりと湯気を立ち上らせる。

 この島に来てからというもの、私が料理する頻度がとても多い。

 皆美味しいといって食べてくれるから悪い気はしないけど、そんなに美味しいのだろうか?

 

「………まさかこの島でこんなカレーが食べれるとは思いませんでした………どうやって材料を?」

 

 神通さんがカレーをまじまじと見ながら聞いてきた。

 物静かな人だけど、その瞳は子供のように爛々と輝いている。

 

「あ、はい。根菜類は畑から貰ってきて、ソースは糧食のカレーとカレー粉を使って作りました。お肉はスパム缶です。」

 

「へぇー!よく集めたもんだよ。さすが吹雪!」

 

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 川内さんに誉めてもらって、私は照れた。

 でも、カレーが作れたのは川内さんと神通さんが水を沢山見つけてきてくれたお陰でもある。

 いままでなら、大量の水を使う料理などとてもじゃないが作れなかったのだ。

 ご飯だって水は少なめにして炊いたし、研ぐことができないので糠はそのままだった。

 少しでも柔らかくしようと含水時間を増やしたりしたが、それでも強飯のような歯ごたえでお世辞にも美味しいご飯ではなかった。

 

「うまぁ!こりゃ、こっち来て正解じゃ!」

 

「浦風、行儀が悪いですよ。」

 

「美味しい……!」

 

「吹雪様様だよ全くー」

 

 皆口々に感想を言ってくれるので、私も作った甲斐がある。こんな状況だけど、それでも皆が笑っていてくれるのが一番だと思った。

 

「───ほらほら、あんまし騒ぐなよ?敵は蹴散らしてるけど、全部いなくなった訳じゃないんだからさ。」

 

 川内さんの一括で、私達は少し声のボリュームを落とした。

 それでも、皆食べながら口々に喋り続ける。

 その光景はまるで警備府の食堂のようだった。

 

 私も一口食べる。

 カレーの旨みとコクが舌に触っていい感じだ。

 

「美味ひぃ~」

 

 あまりに美味しくて、ひとりでに感想を漏らした。

 そのまま、川内さん館が汲んできた水を一口煽る。

 喉を通る水が冷たくて美味しい。

 

 いままで好きに飲めなかった分、その一口が一際美味しく感じられた。

 

 

 

 

=====

 

翔鶴 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 21:55:01

 

=====

 

 

 

「─────────」

 

 私は、ただ呆然として空を見上げていた。四肢を地に投げ出し、傍らには薬室が開いたままのライフルが転がっている。

 

 不発だった。

 まるで瑞鶴から生きろと言われているかのように、銃は火を吹かなかったのだ。

 槓捍を起こし、不発弾を吐き出して新たな弾を籠めようとすると、今度は装弾不良を起こす。

 弾が下の弾と噛み合い、槓捍は固着して動かなくなった。その故障を排除しようと操作をしていると、ふと堪らなく虚しくなったのだ。

 予備の弾はスリングにジャラジャラと付いている。しかし、それを弾倉に込めてまで死のうとは思えなかった。

 

 相変わらず目からこぼれだしてくる血。

 白かった道着もすっかり血濡れになってしまった。

 

 私はどうすればいいのか、もうわからなかった。

 

「──────!」

 

 ガサガサと、周囲から音がする。

 見回すのも気だるくて、私は視界ジャックを使った。

 

 周りに多くの気配があり、それが一様に私へと向かって突き進んでいた。

 囲まれていた。  

 

 周りの森から現れる、黒い布を纏った白い蛞蝓のような怪物達。

 それを見て、私は薄く笑みを溢す。

 

 どうせ死のうとしていた命だ。

 せめて、最後に一花咲かせてみたい。

 

 私はライフルを手に取ると、それを杖にする。

 ゆっくりと起き上がると、周りを取り囲む連中をぐるりと睨み付けた。

 銃床を地面に着け、槓捍を足で軽く蹴りつける。

 先程までの固着が嘘のように、弾倉から弾が弾き出された。

 

「────戦えと。そう言いたいのね、瑞鶴…………」

 

 私は一人呟くと、薬室が開放された状態のライフルを見る。精巧な作りの銃身が空を睨んでいた。

 

 私はライフルの銃身を掴んで宙へと振り上げ、慣性で跳ね上がってきた銃を両手で掴むと薬室を閉鎖する。

 そのままの勢いで銃を蛞蝓に向けると、私は引き金を引いた。

 反動と鋭い銃声がして、蛞蝓の脳蓋が吹き飛ぶ。

 

「──宣戦布告よ………この私の体が欲しいなら、力づくで奪うことね。ただでは、くれてやらないけどね。」

 

 ライフルのスリングを腕に通し、そのまま放り投げるようにして背中へ袈裟に納める。

 腰に差した愛用の火掻き棒を片手に、私は手近な蛞蝓へと殴りかかった。

 

 蛞蝓の頭部を叩き割り、次の獲物へと標的を切り替える。他の蛞蝓達が襲い掛かってくると、私は四肢を振り回して次々と返り討ちにした。

 

 がむしゃらだった。

 さっきまで死のうとしていたのに、不思議と力が湧いてくるのだ。

 蹴りつけ、殴りつけ、投げ飛ばす。

 普段の自分からは想像できない程の暴れ方に、私自身が驚いた。

 

 そうしていると、気づいたら周りの蛞蝓達は皆虫の息になっていた。

 私は息を荒げながら、目から血が迸るのも構わずに辺りを見回す。

 

 すると、周りには蛞蝓達の代わりに、今度は屍人のようで屍人ではない何かが現れていた。

 手に手に武器を持ち、ジリジリと近付いてくる。

 

「…………………………」

 

 私は連中を無言で睨みながら、血に染まった火掻き棒を構え直した。

 

 竹槍を構えた屍人が脇から私に突っ込んでくるのが見えて、私は避けようと身構える。

 しかし、連中はその瞬間を狡猾に狙っていたようだった。

 続けざまの銃声と、正面から体を次々と抜けていく鉛弾の雨。

 

「─────か、はっ─!?」

 

 口から血が溢れてきて、体に力が入らなくなり膝から崩れる。右目に弾丸が飛び込んできて、凄まじい衝撃に昏倒しかけた。

 地面に倒れこむ私に、追撃の連射が襲いかかった。

 地面を銃弾が抉り、血と砂が千切れ飛んでいく。

 

「──────」

 

 身体中から、ドクドクと血が流れ出していくのを感じた。痛みは感じない。右目から頭を撃ち抜かれたせいで完全に麻痺していた。

 機関銃で撃たれた私は、朦朧とする意識で体を引き摺る。

 被弾した数はさっぱりわからない。しかし、人間なら即死する程度の弾を浴びたのはわかった。

 

 それでも、私は死ななかった。

 死ねなかった。

 

「………………い……きる…………」

 

 血と共に漏れる声。

 火掻き棒を握りしめ、まだ動かんとして体に力を籠めた。  

 

 その直後だった。

 青白い炎が辺りの敵を包み込んでいく。

 ここが一瞬地獄になったのかと思うほどの、凄まじい煉獄の炎だった。

 

「───────────」

 

 青白い業火に、しばし私は魅了される。

 そして、周りから敵がいなくなったことによる安心感と、体がボロボロとなり限界を迎えていたせいで、ゆっくりと霞がかるように私の意識は消失した。

 一人の少年の声を最後に、私の意識は途絶える。

 

「これしか方法がない──────ごめん。」

 

 

 

 

  




アーカイブ
No.022

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夜見島民話集

夜見島民話研究会編纂
昭和42年出版
海辺より穢れ這い寄り仇為す事

島の老女の語りしには蒼ノ久の浜に貧しき漁師の夫婦あり。ある日、子を孕みし妻、海辺にて夫の帰りを待ち侘びぬ。
妊婦、海に入らば必ずや災いを宿すという伝えの禁を犯し、夫恋しさに海に足を踏み入れたり。
其の夜、夫は此事を知りて大いに怒り妻涙を流し許しを乞う。
生まれし子は切り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めるが決まりと太田の某が伝えたるが、妻其れを守らず。
赤子育ち、或る年、穢れの依り代となりたる証し現したり。
太田の某、神木を用い其れを祓いたれば、忽ち、穢れ消え失せ天に昇り去れり。

=====

夜見島に伝わる民話を集めた本の一説。


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初日 22:00:00~翌日 01:00:00

※アーカイブを前話のものと入れ替えました。ご注意ください。


=====

 

翔鶴 ???/???

   ???????

 

=====

 

 

 青い世界───

 地も空も絵にかいたような美しさで、緑と青のコントラストが美しい。忘れ去られたかのように、古い郵便ポストがポツンと佇んでいる。

 

「───こっち。」

 

 ふと、後ろから声をかけられる。

 振り返ると、そこには真っ黒な女の子がいた。緑色のジャケットを着た男の子と手を繋いでいる。

 

「………悪い、君の傷酷かったから、他に手が思い付かなかったんだ…………ごめん。」

 

 緑色のジャケットを着た男の子が喋る。

 私はその声が、意識が途切れる前に聞いた最後の声と一致した。

 

 何となく、この人が誰なのかわかる。

 何故かはわからないが、うっすらとこの人の記憶が私の頭へと流入してくるのだ。

 

「────ここは、どこでしょうか?」

 

「…………私達の世界。あなたも、私達と同じ血を受けた人間になったって事。」

 

 黒い女の子が話す。

 同じ血を受けたとはどういうことなのだろうか?

 

「俺の血を、君に託したんだ。俺とこの子……美耶子って言うんだけど、ちょっと特殊な血でさ。体よく言えば不老不死なんだ。この血を受けると、まず死ななくなる。」

 

 どうやらこの男の子は、瀕死の傷を負った私をその血で救ってくれたらしい。

 しかし、それだと今の私は不老不死と言うことになる。

 

 再び、男の子が喋る。

 

「………現実世界に帰ったら、一つ頼みがある。」

 

「何でしょうか?」

 

「………宇理炎───土の人形を君に託した。それで、俺を焼いてくれ。」

 

「え………?」

 

 まずなんの事かわからなかったが、少なくとも男の子に自分を殺してくれと頼まれていることだけは理解した。

 

「わかんないよな………でも、使い方は多分わかると思うんだ。俺もそうだったし。」

 

「い……いえ、何故あなたを焼かなければならないんでしょうか?私にはそこが疑問なんですが……」

 

 私の疑問に、男の子は深くため息をつくと答えてくれる。

 私の中に流入した記憶には、その男の子が辿ってきた戦いの記憶が驚くほど数多くあった。それも、途方もない時間を、一人で。

 孤独に戦い続けることがどれ程辛いものだろうか。

 

「………………………信じられないと思うけど。俺さ、数えきれないくらい世界を渡り歩いたんだ。多分、この世界が最後になる。けど、流石にもう疲れたんだ。宇理炎は自分には使えない。だから、君が俺を終わらせてくれ。頼む」

 

「…………………………」

 

 終わらせてあげたいとは思う。

 しかしそれは、この最後の世界を代わりに私が終わらせなければならないという事だ。

 私に、できるのだろうか?

………いや、しなければならない。もう後戻りは出来ないところに来たのだ。なら、残してきた皆の為にも私がやらなければ。

 私は、肯定の意で静かに頷いた。

 男の子は小さくありがとうと言うと、もう一つ頼み事をしてくる。

 

「………それと、もし()()に戻れたらなんだけど………俺のウォークマン、親に渡してくれないかな?住所とか、裏に書いてあるし」

 

「……………………わかりました。」

 

 突然いなくなってしまった事に、彼も負い目を感じていたのだろう。

 私は快く引き受けた。

 どちらにせよ、現実に戻ることを目指さねばならないのだ。目標があるほうがいい。

 

「そういえば、あなたの名前は?」

 

「……………SDK、でいい?」

 

 なんだそれはと思うが、何故そんな風に名乗るのかも少しわかる気がした。

 私は微笑むと、後の事は任せてほしいという風に首を振った。

 

 二人はそれを見て頷くと、私から背を向けて歩き出す。

 とても、仲の良さそうな二人だった。

 

「行こうか、美耶子」

 

「うん………」

 

 

 

 

 私は、相も変わらず土の上で目覚めた。

 もう、痛みも酔いもない。何故かまだ血の涙は溢れているが。

 

 手に感触があり、私はちらりと見た。

 先程の男の子が私の手を握ったまま、傍らに倒れている。握った掌から血が溢れているのを見ると、ここから例の血を受け渡されたらしい。

 

 私は起き上がると、彼が身に付けているものから遺留品になりそうなものを外し、身なりを綺麗に整える。

 姿勢を整えて両手を組ませると、私は宇理炎と呼ばれた土の人形を手にした。

 

 私の中のなにかに呼応するかのように、宇理炎が淡い光を放った。

 どうすればいいか、不思議と理解する。

 

「…………終わらせます。SDKさん───長い間、お疲れさまでした。」

 

 宇理炎を空高く掲げる。すると、宇理炎は青白い光を放ち、それに呼応するかのように空から流星のような青い火球が降ってきた。

 

 眩い光と炎に包まれ、男の子は燃え上がり消えていく。

 それを眺めながら、私は姿勢を正し挙手の敬礼を送る。

 

───ふと、炎の中に手を繋いで歩いていく二人の姿が見えたような気がして、私は少し微笑ましく思った。

 

 

 

 

 

=====

 

赤城 夜見島金鉱(株) 2F

   翌日 00:00:01

 

=====

 

 

 

「…………………何!?」

 

 突然鳴り響いたサイレンの音に私は飛び起きる。

 この音には聞き覚えがあった。嫌な記憶しかないが。

 

 私は横になっていたソファから離れ、見張りの利根さんの視界を借りた。

 

 想像通り、あの赤い津波が迫ってきていた。

 利根さんが慌ててこっちに掛けてくる。

 

「あ、赤城!まずい、まずいぞ!」

 

「わかっています……!全員屋上へ!一ヶ所に固まって艤装展開!」

 

 私の指示に、金剛さんと加賀さんも応じて建物の屋上へと出た。私も利根さんに補助してもらいながら急いで屋上へ出る。

 

 迫り来る津波に、誰も恐怖していた。

 全員艤装を顕現させ、バラバラにされないよう各々手を繋ぎ合わせる。

 

「死んでも放さないヨ!!もうバラバラはイヤネ!!」

 

「当たり前です……!」

 

「うおぉぉぉぉぉ!来る来る来るのじゃ!!」

 

「っ………どれだけ私達を弄ぶつもりですかっ……!この島はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 迫り来る津波に、感情を剥き出しにして吼えた。 

 負け犬の遠吠えだろうが構わない。

 最後まで足掻くしか、私達には残されていないのだ。

 

 

 

=====

 

浜風 蒼ノ久漁港

   翌日 00:00:04

 

=====

 

 

 

「─────!」

 

 サイレンの音に飛び起き、私は周囲を見回しました。

 舷窓から見える赤い津波に、起きてきた藤田さんと共に驚愕します。

 

「ま、まずいぞこりゃあ……!船を沖合いに出さねぇと」

 

「い、今からで間に合いますか!?」

 

「やるしかねぇ!」

 

 それを聞くなり、私は船を繋いでいるモヤイ縄を解きに走りました。

 岸壁に飛び移り、ダビットから縄を急いで外すと船に飛び乗ります。

 その間に藤田さんがエンジンを回したようで、船は速度を上げて港から出ていきました。

 舳先が潮を掻き分け赤い海を突き進みますが、津波は眼前へと迫ってきています。

 もう少し沖合いにでないと、乗り越えるのは困難です。

 

「思ったより津波が速い…………こうなったら!」

 

 私は艤装を展開し、船の後方へ付くと機関を一杯に作動させ船を押します。

 

 大破してはいますが、機関は生きています。船は速度を増し、津波へと突進していきました。

 

 

 

=====

 

神通 夜見島金鉱社宅 ハ号棟

   翌日 00:00:12

 

=====

 

 

 

「まずい、津波が来る………」

 

 私はサイレンの音に目覚めると、一目散に見張り台へ走っていた。

 遠方に、巨大な赤い津波が見える。

 後からやってきた川内姉さんは、それを見ながら気になることを呟いた。

 

「また、誰か飲み込んだんだ………」

 

「………どういうことです?」

 

「あの津波は幻覚だよ。現実には存在しないから、波に呑まれることはない。あれが来るのは午前0時。そして、新しい犠牲者がこの場所にやってくるんだ。」

 

 流石に長いことこの島にいる為か、川内姉さんは落ち着き払った目で迫る津波を眺めていた。

 私はその様子を見て警戒を解き、部屋へと戻る。

 いくら幻覚とはいえ、津波に呑まれるのはあまり気持ちのよいものではないからだ。

 

 部屋へ戻ると、川内姉さんは続きを話してくれた。

 

「この前までは、仮説でしかなかったんだ。けど、神通達が来てから確証に変わった。現実の島に獲物をおびき寄せて、ああやって津波で呑み込む。」

 

「──狙いは、人間の体?」

 

「それもあるだろうけど、それには私らも含まれてるし、多分私らが本命だと思うよ。連中は肉体が欲しいんだ。だから、日本近海にまで現れてるんだと思う。私達が無視できないように。」

 

「………ここは、鼠取りカゴ。ですか」

 

「そうだろうね。ここにいれておけば、後は勝手に弱る。そうして弱りきったところに……取り憑くってところじゃないかな。」

 

「胸糞悪い………」

 

「あぁ、胸糞悪い。だけど、こうとも言うじゃん。窮鼠猫を噛むってね。」

 

「────ふふっ、ええ……噛んでやりましょうか。私達はただでは屈しない。」

 

「そうだね………さてと、仲間も増えたと思う。電文が使えるとわかったことだし、早速呼び掛けてみようか。」

 

 

 

 

=====

 

野分 蒼ノ久漁港沖

   翌日 00:12:14

 

=====

 

 

 

「…………………ここは………」

 

 巨大な津波に飲まれ、私は気づくと先程とは別の地点を航行していた。

 記憶が正しければ、私は島の北部沿岸を航行していたはず……

 

 僚艦の舞風の姿も見当たらないが、一体私はどこにきてしまったのだろうか。

 島の稜線からはわからないが、港については見覚えがある。間違っていなければ島の西側だ。

 

 何故ここに飛ばされたのかはわからないが、飛ばされた以上は仕方がない。

 

 私達は、作戦参加前にしつこく上陸禁止を言い渡されている。

 任務は一つ、佐世保の空母機動部隊の捜索だ。島の沖合いを航行し、洋上から誰かいないか監視・捜索するのだ。

 

 しかしこうなった以上、任務続行は難しいと判断した。僚艦もおらず、丸一日かけて監視を行っても島には誰一人いなかったのだ。

 上空からヘリで捜索する部隊もいたが、そちらの方にも動きがあった様子はなかった。

 

「司令部へ打電──野分、僚艦行方不明につき単独航行中。作戦続行は困難につき、これより帰投する───よし」

 

 通信妖精に打電を伝達すると、私は進路を島の北側へ向ける。宿毛へ向かうためだ。

 

 

「………………えっ!?それは本当なの?」

 

 通信妖精が、艦隊通信用の周波数に打電があったと報告してくる。返電にしてはかなり早い。

 そう思いつつ妖精の報告を聞くが、電文の内容は予想だにしない驚くべきものだった。

 

 シマシュウヘンヲコウコウスルカクカンハミナミノミナトヘシュウケツセヨ

 

 誰からかはわからないが、兎に角艦娘が発電していることはわかった。

 こんな状況のため、できれば単独航行は避けたいのが本音だ。罠である可能性は否定できないが、私は進路を南へ変え、一先ず港を目指すことにした。

 

 

 

=====

 

金剛 夜見島金鉱(株) 屋上

   翌日 00:24:56

 

=====

 

 

 

「─────Oh、本当に誰か来たネ。」

 

 津波を食らった後、私達は何事もなかったかのように屋上にいた。どうやら津波は幻覚らしく、濁流に呑まれるということはないようだ。

 津波の直後、川内からの具申を受けた私達は屋上に這いつくばっていた。

 何をしているのかというと、港周辺海域の見張りである。川内から、先程の津波で誰か新しい艦娘がこの島に来ているかもしれないと報告してきたのだ。

 そのためこうして待っているのだが、本当に誰か来るとは思わなかった。

 

「誰かわかりますか?」

 

 赤城が言うので、私は目を凝らして確認する。

 銀髪に小さな体。海を航行している以上は艦娘で間違いなく、体格や艤装からして駆逐艦クラス。

 記憶にも覚えがある。

 

「─────Oh my god.あれは浜風ネ。」

 

「………よ、よかった……生きてたのね…」

 

 赤城の安堵の声が聞こえる。

 死んだと思っていたので、その生存が確認されたのは余程嬉しかったようだ。

 

 私はまだ喜ぶのは早いと、浜風の動きをつぶさに観察した。

 磯風のように屍人化している可能性もあるのだ。もしかしたら、コチラの電文を掴んでやってきた可能性もあった。

 

 変な動きを見せた瞬間、私は撃つつもりで艤装を顕現させる。

 浜風は港内に入ってくると、辺りを見渡して周囲の安全を確認しているように見えた。

 ここから見る限りでは怪しい動きはない。

 

「………赤城、一度電文を送ってみるヨ。こっちにくるように。私が迎えにいくから」

 

「そうね………わかった、やってみましょう」

 

 赤城が電文を発するのを見て、私は下の階へと降りた。

 戦艦娘の私なら、万が一交戦になっても火力で圧倒できる。装甲も魚雷の使えない駆逐艦娘相手なら十二分に強力だ。

 下の階で見張りをしている加賀と利根の横をすり抜け、私は近くで見つけた自転車に飛び乗ると港へ向かった。

 勿論、自転車がペシャンコにならないよう艤装はしまってあるが。

 

 

「───Hey!浜風!」

 

「─!こ、金剛さん!」

 

 浜風は私を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 一人で心細かったのかもしれないと思い、私は浜風を抱き締める。

 浜風は片目を隠すような髪型をしているが、今はそこからチラリと包帯が見える。

 どうやら、傷を負っているようだ。

 

「傷はあるけど、屍人にはなってないみたいネ………」

 

 浜風の状態を観察し、私は事務所ビルへ向け発光信号を飛ばした。異常なし、と。

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.023

=====

─の人─探して下さ──

────8月2──土───畳式マ──バイクで自宅を出た後、行方不明になり────

【氏名】───
【生年────年7月26日生(16歳)
【血液型】O型
【─────170cm 体重60kg
【失踪当時の服装】モスグリーン色の半袖シャツ──Tシャツ──ジーンズ。白いスニーカー。

心当たり─────警察署、もしくは最寄り警察署にお知ら────

=====

人捜しの貼り紙。
劣化が激しく、読み取れない箇所がある。


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翌日 01:00:00~02:00:00

=====

 

野分 夜見島/潮降浜沖

   翌日 01:03:12

 

=====

 

 

 

「っ───なぜ、こんなところに!」

 

 砲弾の応酬によって立ち上がる水飛沫。

 私は砲で牽制を入れつつ全速で後退していた。

 

 電文に応じて港へ向かっていると、突如砲撃を受けたのだ。

 深海棲艦だった。

 

 駆逐艦級と重巡級が混じっており、執拗に追撃してくる。之字運動を取りながら走り、私は敵弾回避を続けた。

 

 艤装も破損している上、敵は数が多い。正面から交戦するのは困難だった。

 

「────至急!救援要請、ワレ野分、敵艦から攻撃を受けている!送って!」

 

 通信妖精に電文を打つように言うと、牽制で砲を何発か撃つ。夾叉には持ち込めたが、命中はしていなかった。

 

「───、陸へ逃げるか──」

 

 このまま逃げ続けても不利であることに代わりはない。視界の右端に砂浜が見えた私は、一か八か砂浜へと舵を切り陸へ逃げることにした。

 

 上陸間際を砲撃されないよう、煙幕を焚いて砂浜周辺を覆う。風向きにもよるが、これである程度は視界を遮れるだろう。

 

 私は急速に舵を切り、その勢いで砂浜に乗り上げるように上陸した。艤装を急いで格納し、島の奥へと逃げる。

 

 不思議と敵は一発も撃ってこず、私はそれを疑問に思いつつも道を進む。

 一先ずは難を逃れたと感じ、ホッと息をついた。

 

 

「───お、これはいいところに………少し借ります。」

 

 道端に自転車が乗り捨てられていたので、私は使えるかどうかざっくりと点検する。タイヤもブレーキもあまり良い状態とは言えなかったが、走る分には問題なさそうだった。

 

 鍵もかかっていなかったので、私はスタンドを外してその自転車にまたがる。

 一先ずは陸路で南の港を目指すことにした。海は現状リスクが高過ぎるのだ。

 

「………よし、行こう………」

 

 私は自転車を漕ぎ、海から極力離れるような道を選んで進んだ。

 走りながら、視界に写る空や海を見る。

 津波に呑まれる前とはまるで一変した、赤い世界。言いようのない不気味さを感じ、私は早く仲間と合流したい思いから漕ぐ速度を上げた。

 

 

 

=====

 

嵐 夜見島/瓜生ヶ森沖

  翌日 01:08:44

 

=====

 

 

 

「よかったよかった、すぐ萩に会えて!こりゃ俺の日頃の行いの良さかな?」

 

「下らないこと言ってないで、天龍さん達と野分達探しましょ?何か砲声もするし、嫌な予感がする……」

 

「………あぁ、そうだな。それに、この赤い海も長いこといるのはヤバそうだ。行こうぜ」

 

 津波に呑まれた後、運よく萩風と合流できた俺はすぐ、他の仲間を探すため海を進んだ。

 

 危険な任務だってことはわかってた。

 けど、それ以上に赤城さんや翔鶴さん達が心配だったし、17駆に護衛役を取られて悔しいところもあったんだ。

 空母の護衛は俺達4駆の十八番だ。ちんけなプライドかもしれねぇけど、俺はそれだけは譲れねえ。

 だから、提督に直談判して捜索任務に志願した。 

 

 そんな俺を待ってたのは、想像以上にヤバい状況だったけど。

 島に近づいただけで海は荒れるし、それでも気合いで監視任務を続行した挙げ句にあの津波だ。

 気づいたら、周り一面真っ赤な海に赤黒い空。

 

 不気味すぎて正直怖い。只でさえ夜は嫌いなのに、ここの夜はトラウマになりそうなレベルだ。

 赤い海はまるで姫級深海棲艦がいるような海域にそっくりで、もしかしたら本当に姫級がいるのではないかと身構えてしまう。

 

 けど、俺が言い出して来たんだ。

 言い出しっぺがビビってどうすると自分を叱咤し、俺は海を突き進む。

 今は萩が隣に居てくれるお陰か、恐怖心はだいぶマシだ。萩だって怖いはず。俺が付いていてやらねぇと。

 

 

「………なぁ萩。もしかしてなんだけどさ………翔鶴さん達が見つからないの、ひょっとして()()にいるからじゃないか?」

 

「此方?」

 

「だってさ、ここどう考えてもさっきと同じ場所じゃないぞ?捜索隊のヘリもいなくなっちまったし。突然消えるなんてありえるか?」

 

「…………確かにそうだけど………じゃあ、上陸してみるってこと?」

 

「………一応、上陸してみたほうがいいと思うんだ。もしかしたら、翔鶴さん達がいるかもしれないしさ。」

 

 海の上が怖いわけじゃない。

 だけど、このまま海の上を走っていても埒が明かない気がするんだ。

 司令からは上陸を避けるように言われてる。けど、もし生きている可能性があるなら、一応探してみたほうがいいと思った。

 

「………………………………一先ず、仲間との合流を優先しましょう。話はそれからだわ。」

 

「あぁ。例の電文の件もあるし、とりあえず港に行ってみるか。」

 

 津波に呑まれた直後入ってきた謎の電文。

 最近は深海棲艦が罠として偽の電文を発することもあるので、最大限の注意が必要だった。

 だから、あえてすぐには反応していない。今なら萩もいるし、偵察がてら見に行くのは問題ないだろう。

 

「他の仲間も港にいればいいけど、私達みたいに警戒してる可能性も高いから………誰かいる可能性は五分────」

 

 萩が話している最中、空気を切り裂く音がして俺は咄嗟に萩を引っ張った。

 衝撃音と共に水柱が上がり、スプリンターが飛び散る。

 

「─!?、どこから─」

 

「島側から砲声が聞こえた!島の方から撃ってきてる!」

 

 二発目が飛んでくる音がして再び水柱が立つ。

 破片の一つがこめかみを掠め、痛みと共に血飛沫が散った。

 

「痛てっ!───くそっ、夾叉してる!兎に角逃げるぞ萩っ!!」

 

「嵐!?」

 

 萩が心配してくるが、今はそれどころじゃない。

 兎に角砲撃から逃げるべく戦速を上げた。

 

 島からの砲撃となると、どこかに深海棲艦が潜んでいるのだろう。

 なら、距離を開けて射界の外に逃れるしかない。

 

「────嵐、4時方向から雷跡6つ!!」

 

「くそっ、こんな時に!」

 

 深海棲艦からのものとおぼしき雷撃に、俺は急速転舵してやり過ごした。

 すぐに雷撃してきた敵艦を探すが、どこにも見当たらない。

 

「おいおいおい、潜水艦かよっ!何なんだこの島は!」

 

 姿が見えないということは、十中八九潜航できる潜水艦からだ。

 対潜戦闘は速力を落とさなければソナーが使えず、今は相手にしている暇がない。

 

 再び風切り音がして、私は転舵する。

 しかし、私は風切り音にばかり気をとられ過ぎていた。 

 

「あ、嵐!前!」

 

「えっ───おい、嘘だろ──」

 

 私達は、どうやら敵の策に上手いこと嵌まってしまったのだろう。

 正面から現れたのは、深海棲艦の一個艦隊だった。

 

 重巡が2隻に雷巡1隻、残りは駆逐。それでも、俺ら二人だけでは荷が重い相手だ。

 

「………待ち伏せ……ね………」

 

「………あの夜みたいだ………畜生」

 

 前世、俺と萩が沈んだ時とまるで同じ状況。しかも、今回は相手が多い。こっちは多勢に無勢だ。

 萩も俺も血の気が引いていくのを感じる。

 諦めるわけにはいかないといっても、足がすくんだ。

 

「───は、萩─魚雷、残ってる?」

 

「………8本あるわ。どうする?」

 

「16射線ぶつけて、隊列崩れるのを祈るしかない。崩れたらそこを突破して島に逃げ込もう。」

 

 正直いって、博打でしかない作戦だ。

 魚雷が到達するまでは、私らはひたすら砲撃を避けるしかなくなる。

 それでも、これしか方法がない。ぐずぐすしてたらまた潜水艦に狙われる。

 

「いくぞ………魚雷、斉射っ!」

 

「お願い!」

 

 俺と萩、合わせて16本の魚雷が撃ち出され水中を走る。

 射程が長い酸素魚雷故、敵の砲撃圏外からでも雷撃はできるのだ。問題は当たるかだが。

 

 雷撃と同時に、自分達が放った魚雷に追随するように俺達は突撃を始めた。

 主砲を構え、可能な限り最大の発射速度で弾を撃ちまくる。

 敵艦隊も砲撃を開始し、こっちの倍の数の砲弾が私達を包むように降り注いだ。

 

「きゃあっ」

 

「くそっ、好き放題やりやがってぇぇぇぇ!!」

 

 飛び散る波しぶきと破片の中を掻い潜りながら、俺は突進を続けた。体の所々が痛むので、いくらか貰ってるだろう。

 だが、歩みを止めるわけにはいかない。

 大きめの緩やかな之字運動をしながら、俺は水柱を寸でのところで躱し続けた。

 敵の弾幕も激しくなり、対空機銃すら撃ちかけてくる。

 こちらも負けじと対空機銃を射撃に加え応戦した。

 

「っ───よし!そのまま崩れろ!」

 

 敵艦隊のど真ん中に大きな水柱が上がり、こちらの魚雷がどいつかに命中したのがわかる。

 戦果を確認するのも忘れ、私は敵艦隊へと肉薄した。

 

「どぉけぇぇえぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 叫びながら、手近な駆逐艦に至近距離で砲撃を浴びせる。

 向こうもこちらも至近距離、もはや白兵戦の間合いだ。

 こちらが少しでも撃つのが遅れれば、向こうの弾がこっちの体を引き千切るだろう。

 反射に身を任せ、本能の赴くままに砲撃して敵中を突破した。

 

 そのまま煙幕を焚き、追撃を妨害する。

 島はあと少しだ。

 

「───よし、やったな萩っ!────萩?」

 

 隣にいると思っていた萩が、ふと気づくといなかった。

 俺の中を嫌な予感が駆け巡り、咄嗟に振り向いた。

 

 自分の撒いた煙幕のせいでよく見えない。

 もしや落伍したのではと、私は必死に目を凝らした。

 

 時間にして僅か30秒くらい。

 だが、それでも煙幕の中から出てこない萩に、俺は進路を反転させ来た道を戻った。

 

「───────!?」

 

 萩は、敵に捕まっていた。

 ボロボロで身体中から血を流し、敵艦に囲まれている。萩は俺に気づくと、口をあけて何かを呟いた。

 

───逃げて

 そう呟いているのがわかった。その悲しそうな顔に、重巡の砲が突き付けられる。

 

「────っ、萩ぃッ!!やめろぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 私は咄嗟に駆け出し、ベルトの探照灯を照射させる。注意を引き、ついでに目眩ましにもなるからだ。

 爆雷を引っ張りだし、俺を撃とうとした駆逐艦の口へ投げつける。衝撃で爆雷が爆発し、駆逐艦は口から黒煙を吐いて沈んだ。

 

 私は萩に砲を突きつけている重巡に組み付くと、持っていた主砲で敵の頭を殴り付けた。中の妖精には退避してもらっているから、お構いなしにぶん殴った。

 火花と鈍い金属音がして、重巡がふらつく。しかし、駆逐艦の私ごときの殴打では流石に昏倒させられなかった。逆に、逆上した敵重巡がその腕の艤装を私の腹に叩きつけてきた。

 

「───がはっ──」

 

 骨や肋が軋むのを感じ、体の中の空気がすべて口から吐き出される。意識も一瞬飛びかけた。

 ふらついた私を敵重巡が逃がすわけもなく、首を掴まれて吊り上げられる。

 

「ぐ、う………」

 

 とんでもない握力だと思った。首がメキメキと軋むのが聞こえ、意識がドンドンと混濁していく。

 このまま絞め殺されるのかと思っていたら、悔しくて涙が出てきた。

 これじゃ、俺は犬死にじゃないか…………

 

 

「────は────ぎ────」

 

 このまま死ぬのかと思うと、情けなかった。助けたい仲間も救えず、私は死んでいくのだ。

 

 

 霞んでいく視界の中、ふと目に人影が写る。

 海面に白い何かが立っているように見えた。

 

 

 

 

=====

 

萩風 夜見島/瓜生ヶ森沖

   翌日 01:14:20

 

=====

 

 

 

 嵐が、私の目の前で殺される。

 私の頭は発狂寸前だった。  

 

 逃げてと言ったのに、嵐は戻ってきた。

 元から仲間を見捨てることのできない子だと思っていたから、最後の力を振り絞って逃げてと言ったのに。

 

 私のミスで、嵐が死ぬ。

 嵐のように上手く敵を潜り抜けることができていたら、嵐は死なずに済んだのに。

 

 首を絞められぐったりしている嵐を見て、私の心はグチャグチャに掻き乱された。

 

「───あらし──あらしっ───」

 

 呼び掛け続けるが、嵐から返事はなかった。

 叫び続ける私の頭に、今度はお前の番だと言うように砲が突き付けられる。

 

 私はその感触を感じ、自分の終わりを悟った。

 普通はそうだろう。

 

 けど、ここは普通じゃなかったのだ。

 

 私に砲を突きつけていた駆逐艦が、青白い炎に包まれ溶けていった。

 あまりの衝撃に声が出ない。

 

 あっという間だった。次々と駆逐艦が炎に包まれては、溶鉱炉に放り込まれた屑鉄のように溶け落ちていく。

 

 嵐を撃った敵の重巡も、その一瞬の出来事に混乱しているようだった。

 その重巡は嵐を手放すと、砲を構える。

 何か標的がいるようで、私はそちらを振り返った。

 

 

 そこには、翔鶴さんが佇んでいた。

 けど、私が知っているあの心優しい翔鶴さんとはまるで雰囲気が違った。

 

 見慣れた紅白の装束はボロボロで、目から血の涙を流している姿はまるで怨霊のようであり、私は思わず恐怖する。

 

 翔鶴さんは腰に差していた刀を鞘から抜き放つと、敵の重巡に突進する。

 重巡は砲を放つが、翔鶴さんはそれを避けながら懐に入ると、刀を横一線に薙いだ。

 

 次の瞬間には、まるで豆腐でも切ったかのように敵の重巡が分断されていた。

 重巡の死骸が赤い海に沈んでいく。

 

「────し、翔鶴さん……?」

 

「………………………」

 

 翔鶴さんは刀を鞘に納めると、海に浮かんでいる嵐を抱き上げる。

 そして、私の元へ来ると静かに口を開いた。

 

「───立てますか?」

 

「…………は、はい……」

 

 久しぶりに聞いた翔鶴さんの声は、私が聞いてきた声と変わらなかった。しかし、その雰囲気はどこか寂しげで、悲しそうだった。

 

 

 

  




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No.024

=====

焔薙

神代家の家宝として保管されていた打刀。
隕鉄を使用して鍛えられており、尋常ではない強度と耐蝕性を誇る。
また霊獣木る伝が宿っている為、その刃は神の体躯すら両断する切れ味を持つ。

=====

翔鶴が須田恭也から譲り受けた刀。


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翌日 02:00:00~03:00:00

=====

 

天龍 碑足/夜見島遊園地

   翌日 02:16:58

 

=====

 

 

 

「………やべぇな。来たはいいけど、誰とも出くわさねぇ………」

 

 暗く、寂れて人っ子一人いない遊園地。遊具の軋む音が何かの呻き声にも聞こえて、俺は青ざめた。

 正直、こういうのはマジで苦手だ。深海棲艦とかなら全然怖くねぇし、ゴキブリとかクモとかも平気だ。けど、こういう薄気味悪いものはどうにも克服できない。

 

 津波に飲まれた後、海が真っ赤に染まっていてビビった俺は、逃げるようにこの島へ上陸していた。

 それで、島の北部に観覧車が見えたからあそこなら誰かいるかもしれないと来てみたが、予想は完全に外れてしまったらしい。

 

 懐中電灯の類いは持っていないし、探照灯をライト代わりに使うと炭素棒を無駄遣いして肝心なときに使えなくなる。

 結果、夜戦で馴らした夜目に頼るしかない。普段なら別にそれでも構わないが、この状況だと心細くて仕方がなかった。

 

「────天龍………ちゃん…?」

 

「!─た、龍田!」

 

 聞き覚えのある声がして、俺は声のした鉄柵の方を見る。

 そこには、龍田が鉄柵に踞るようにして座っていた。何故か鉄柵の上に園芸用のシャワーホースがくくりつけられ、そこから出る水で龍田はびしょ濡れだった。

 俺はそのシャワーを止めるとすぐ、龍田の元へ駆け寄った。

 

「よかった、誰かいると思ってたからな!俺の勘もなかなか……」

 

「天龍ちゃん………早く、ここから逃げて」

 

「え?」

 

 龍田のいつになく真剣な物言いに、俺は嫌な予感がした。

 暗くてよく見えないが、音は聞こえる。

 龍田は何か苦しそうに息をし、時折呻いていた。

 龍田がこんな様子になるのは見たことがない。

 

「お、おい…龍田どうしたんだよ?腹でも痛いのか…?」

 

「………お願いだから、早く行って。()()が来る……」 

 

「連中……?と、兎に角逃げりゃいいんだな?よし、俺が背負って──」

 

「うっ゛っ、くっぅ────」

 

 動けないのかと思い、背負って逃げようと龍田を引き起こそうとした。

 しかし、手に伝わってきたのは何かが龍田と鉄柵を縛り付け、それごと引っ張ってるような感触だった。さらには被弾しても出さないような龍田の呻き声。

 いよいよ、俺は異変を察し始めた。

 

「お、おいどうなって──っ痛」

 

 原因を探ろうと龍田の体を触っていたら、何かの棘が指に刺さる。

 俺はここまできて漸く、その棘が何か察した。

 

「───ゆ、有刺鉄線!?た、龍田!おい大丈夫なのか!」

 

「これが、大丈夫に見える……?」

 

 若干トゲのある龍田の物言い。

 普段からトゲはあるが、今日はそれに余裕がない。俺はすぐに有刺鉄線を切ろうと愛用の剣を抜いた。

 

「──ま、待ってろ!すぐに切ってやる!」

 

「………………いいから」

 

「何言って──」

 

「───お願いだから早く逃げてよ!天龍ちゃんも捕まっちゃう──私は………()()()()なのよ………」

 

「────っ、そんなんで、お前置いて逃げられるかよ!黙って待ってろ!」

 

 龍田の激しい口調に気圧されるが、俺はそれを振り払うよう静かに怒鳴り返した。

 剣を有刺鉄線の下に差し込もうとするが、思ったよりもキツく絞められており剣が入っていかない。

 自分の中でひどく焦りが生じる。

 今の俺は釣り餌に寄ってきた魚だ。今にも敵が襲ってくるかもしれないと思うと、手先が震えて上手く作業が出来なかった。

 

「畜生っ──」

 

 俺はアプローチを変え、立ち上がると剣を上段に構える。

 やれる。普段から深海棲艦をぶった斬ってきた俺なら───

 

「オラァッ!!」

 

 振り下ろした刃が、所々錆びて脆くなった鉄柵を切り裂いた。火花と金属音を撒き散らし、鈍い衝撃で手が痺れる。

 けど、これで終わりじゃない。鉄柵をもう一ヵ所切らないと龍田を逃がせないのだ。

 

「──っ、ここだ!ヤアァッ!!」

 

 急いで位置を変え、再び上段から剣を振り下ろした。

 龍田が分断された鉄柵ごと自由の身になったのを確認し、俺は龍田の正面に回る。

 

「て、天龍ちゃん───」

 

「お前を見捨てたりなんかしねぇ!待ってろ、絶対助けるからな!」

 

 龍田の不安そうな声を掻き消すように言うと、剣を鞘に納めてから龍田を背負った。鉄柵ごとだ。

 

「───ッ!」

 

「うっ──」

 

 ずっしりとした重さと一緒に、龍田を戒めている有刺鉄線が背中に突き刺さってくる。

 けど、そんなことで俺は挫けたりしない。龍田はこの何倍も痛いのだと思えば、俺は弱音を吐く気も起きない。

 軽く小走りで走り出し、俺は遊園地の外を目指した。

 

 思えば、連中はこの時を待っていたのかもしれない。

 私がまともに反撃できなくなるこの状況を。

 

 

 突然、私の後ろで道が爆ぜた。

 コンクリートの破片と鉄の断片が撒き散らされ、爆風に押されて俺と龍田は吹き飛ばされていた。固い地面に着地し、俺は龍田と離ればなれになる。

 

 耳が爆風のせいで一時的に音を拾えなくなり、私はフラフラとする頭で周囲を見回した。

 

「────っ、クソ───たつ……た……」

 

 腰に差していた剣を抜き、私は龍田を探して走り出した。幸い体は大した怪我もなく、破片で受けた切り傷がチラホラとあるくらいだ。

 アドレナリンが脳で沸騰し、お陰で痛みもない。

 

 龍田はすぐ近くで見つかった。

 爆風で有刺鉄線が千切れたのか、鉄柵からは解放されていた。

 ただ、ボロボロだった。

 

 盾になってしまったのだ、龍田は。

 

「!?──龍田ァッ!!」

 

 龍田の側に駆け寄ると、俺は龍田を揺り動かす。

 身体中に破片が刺さり、龍田はぐったりとして動かなかった。

 私は涙を目に浮かべながら、龍田を抱き上げようとする。しかし、それを飛来した銃弾の雨が拒んだ。

 

 無数の風切り音と跳弾した弾が暴れ回る音に、俺は龍田を庇うように身を屈めた。

 

 艤装を展開して反撃したいところだが、艤装を展開すると動きが鈍ってあの砲撃に対応できなくなるかもしれない。

 しかし、飛び道具の類いは持っていなかった。

 やむなく私は艤装を展開して14cm砲で反撃に出る。頭部艤装の探照灯を点灯させ、私は立ち上がった。

 

「───失せろオラァ!!」

 

 探照灯の強烈な光が闇夜を切り裂き、撃ってきている敵の位置がわかった。敵は探照灯に怯んだらしく、銃火が一瞬止んだ。

 その隙に狙いをつけると背中の艤装が火を吹き、敵の潜んでいる植え込みの一つに砲弾が叩き込まれ爆発する。

 敵がコンクリートの一部と共に吹き飛び若干勢いが弱まったが、まだ敵は撃ってきていた。

 

「───っ、まだまだ!」

 

 もう一発お見舞いしようと主砲を構えるが、足元に何か固い金属性のものが転がるような音がした。

 俺は咄嗟にそれを蹴飛ばす。

 

 こんな状況で投げられてくるのは十中八九手榴弾なのだ。案の定、蹴り飛ばされて有らぬ方向へ飛んでいったものは手榴弾であり、蹴り飛ばしてから2秒くらいで炸裂した。

 

 俺は向こうに投げ返してやればよかったと若干後悔しつつ、再び主砲を放つ。

 さっきので精神は昂っているのだ。俺は着弾と同時に艤装を格納して駆け出すと、敵の撃っていた位置へ飛び込んだ。

 剣を抜き放ち、ライフルを携えた黒い布のお化けに飛び蹴りを見舞う。

 

 

 派手に吹っ飛んだ敵を尻目に、俺は近くにいた敵を次々と薙ぐように切りつけた。

 まさか俺が突撃してくるとは思われていなかったようで、敵は混乱している。撃ち返す暇もなく、呆気なく剣撃に呑まれていった。

 

「オラッ、テメぇらマジで容赦しねぇからな!!」

 

 倒れた敵を足蹴にしながら、俺はそいつの持っている軽機関銃を取り上げると腰だめに構えた。さっき蹴り飛ばした奴が起き上がりつつあったので、素早く短連射を浴びせる。ついでに他の連中にも掃射を浴びせてトドメを刺した。

 他の敵が俺に気づいたようで、俺が隠れていた場所に向かっていた弾がこちらへ向く。

 俺は伏せながら軽機関銃で撃ち返すが、弾倉式なのですぐに弾切れしてしまった。

 

「チッ───」

 

 舌打ちしながら、俺は適当に落ちているライフルを拾いあげ、大した狙いをつけるわけでもなく次々と発砲する。

 すぐに弾切れになるので2~3丁ほど拾っては撃ちを繰り返した。

 埒が明かないと思い、再び艤装を展開させる。主砲の一撃でおわりだと思っていたが、ふとそこに手榴弾が飛んでくるのが見えた。

 俺は持っていたライフルを咄嗟にひっくり返すと、バッティングの要領で手榴弾を打ち返す。

 バッティングセンターに行っていてよかったと思った。

 

 快音と共に手榴弾が打ち返され、敵の陣地へと戻される。偶然というか、手榴弾は地面に着地する前に炸裂した。

 

 向こうの陣地が沈黙したのを確認して、俺はそちらへと陣地を変更する。手榴弾にやられミンチとなった敵を踏みしめながら、俺はまだ撃ってくる敵へ向け探照灯を照射し、続けて主砲を射撃した。

 爆風がそこに潜んでいた敵を消し飛ばし、それを最後に銃声は止んだ。

 

 敵が撃ってこなくなり、俺は龍田の元へ戻る。しかし、龍田がいた筈の場所には何も残っていなかった。

 

「─────ッ、クソォォォォォ!龍田、どこだぁ!」

 

 俺が離れた隙に、龍田はどこかへ隠れたのだろうか?

 まさか敵が生き残っていたのでは?そうなら拐われた可能性もある。

 

 俺は駆け足で龍田が隠れていそうな物陰をしらみ潰しに探した。探した箇所が増えていくうちに、段々と焦りは強くなっていく。

 鉄柵に有刺鉄線で縛り付けられ、シャワーでびしょ濡れ。挙げ句、砲撃を喰らっているのだ。早く処置しないと死んでしまう。

 

 

 

 

 俺は龍田を探し周り、ほぼ園内全域を捜索する。けど、龍田は見つからなかった。

 

「…………どこ行ったんだよ、龍田………」

 

 流石に走り回りすぎて疲れ、近くのベンチに腰を下ろした。

 

 それから暫く経った頃だろうか。

 俺は後ろから声をかけられた。その声に、俺は即座に振り向く。

 

【───天龍ちゃん】

 

「龍田!────お前、どうし……」

 

 ベンチの背後には龍田がいた。いや、龍田のような誰かだった。

 

 色白を通り越して水死体のように真っ白な肌と黒く濁った目。口や目から流れる黒い液体。

 何より、顔を覆うターバンのような黒い布。足もタイツのようなもので完全に肌を覆い、その姿は真っ黒だった。

 まるで、さっきまで戦っていた敵のような格好。

 

【───天龍ちゃーん、あーそびーましょーうー】

 

「─っ!」

 

 龍田の愛用している槍の代わりに、着剣した三八式がつき出されてくる。

 俺は急いで身を捻り躱すと、龍田から距離を取った。

 

 最悪な事この上ない。龍田が敵?冗談だろ……

 龍田の追撃の突きを出し、俺は剣で弾いて応戦した。剣で銃剣を弾き、身を捻って避けるを繰り返す。

 なんで龍田が俺を攻撃してくるかはわからないが、その一撃一撃には明確な殺意が宿っていた。油断すれば殺られる。

 

「──っ、龍田やめろ!冗談じゃ済まねぇぞ……!」

 

【うふふ………これが冗談だと思う?】

 

 龍田はニヤニヤと笑いながら、銃剣を大振りに振るって足払いをかけてくる。俺は僅かに飛んでそれを避け、剣の峰で銃剣を持つ龍田の手を打った。

 

 銃剣を弾き飛ばし、丸腰となった龍田に刃を突きつける。

 

「────さぁ、これで詰んだ。降参しろ」

 

【あらあら、優しいのねぇ。流石天龍ちゃん】

 

 抜かった。

 龍田がにこやかに笑みを浮かべ、一瞬元に戻ったと油断した。そのわずかな一瞬で龍田は俺の剣を掴み、懐に仕込んでいただろうナイフで一閃する。

 

 剣を持っていた右腕が、切り飛ばされた。

 

「っ、あぁぁぁ゛!!」

 

 吹き出す鮮血を抑えながら俺は呻く。しかし、呻きながらも龍田から逃げることに成功した。

 龍田が取り落としていた銃剣を拾い上げていた隙に、俺はできる限りの全速力で逃げたのだ。

 

【天龍ちゃーん、どこいくのー?】

 

 龍田の声がするが、俺は振り向かなかった。

 色々一気にありすぎて他の事を考える余裕もないが、兎に角龍田を救う筈が追いかけられることになったのはよくわかった。

 そして、捕まったら俺も龍田と同じ状態にされることも。

 

「くそっ─くそっくそっくそぉっ!!!」

 

 走りながら悪態をつくが、気持ちは全く収まらない。

 敵となった龍田に敗北し逃げる俺の姿は、負け犬のようで酷く惨めだった。

 

 

 

 

=====

 

榛名 瀬礼洲/陸の船

   翌日 02:34:05

 

=====

 

 

 

 

「───────!」

 

 寝台で仮眠を取っていた時でした。

 何か悲鳴のような音が聞こえ、私は目が覚めます。

 

 悲鳴は若い女の子のものでした。つまり、誰か他に生存者がこの船にいるということです。

 もしかすると、敵の屍の罠かもしれません。しかし、どちらにせよ確認しないことには安全を確保できません。

 

 一人で行くと何かあった時厄介なので、私は別の部屋で寝ている永井くんを起こしに行きました。

 

「永井くん、起きてください。」

 

「…………っ、何?」

 

 さすがは軍人というか、私が少し呼び掛けただけですぐに起きました。それに感心しつつ、私は悲鳴が聞こえたので捜索に向かう旨を伝えます。

 

「じゃあ、俺も行くよ。もし榛名ちゃんに何かあったら大変だしさ。」

 

 そういうと、永井くんは簡単な装備を手早く身に付けて小銃を持ちました。

 私も武器の軍刀を腰に帯び、懐中電灯を片手に外へ出ます。

 目指すは悲鳴が聞こえた外舷の通路です。 

 

 居住区画を離れ少し歩いたところで、走る足音がして私達は立ち止まりました。

 足音は複数人のもので、船内にかなりの人数が入り込んでいるようです。

 思ったよりも厄介そうな状況であることを認識し、私は集中力を研ぎ澄ましました。

 

 後ろにいた永井くんから、近くに一人いると手信号で合図してきます。

 私は頷くと、手信号で示された曲がり角付近までゆっくりと近寄りました。

 

 軍刀を静かに鞘から抜き、一気に曲がり角から躍り出ます。

 イモムシ型の屍を確認し、私は素早く刃を斜めに振り上げました。鈍い感触と共に相手の首が飛んでいきます。

 

「────おぉ、流石──」

 

 感心する永井くんに、別の物陰からもう一体現れて襲いかかりました。

 永井くんはそれに反応して、振り向き様に小銃の床尾板で屍を殴り付け昏倒させます。それに続くように、私が倒れた相手の首へ刃を突き立てました。

 

「フォローありがと、助かった」

 

「いい連携でしたね」

 

 二人で頷き合うと、再び捜索を開始しました。

 生存者がどこかにいるかもしれないと思うと、出会い頭に素早く味方か敵か判別しないといけないので大変です。

 敵の気配を警戒しつつ、私は物音の一つにまで細心の注意を払いました。

 

 

 航海室の周辺まで来たところでしょうか。再び悲鳴が聞こえ、私達はすぐに駆け出しました。

 航海室に突入すると、中には一人の女の子を取り囲む複数の屍達を確認しました。

 

「──こっちです!!」

 

 女の子に一番近い屍を、私は軍刀の刃を首筋に当てながら押し退けました。壁に屍を押し付け、首筋に充てた刃に手を添えながら素早く引きます。

 頸動脈や気管を切断し、屍は体液を吹き出しながら倒れました。

 振り向くと、永井くんが雄叫びを挙げながら銃剣を屍の胸へ突き刺しています。その傍らには、殴り飛ばされたのかもう一体の屍が伸びていました。

 私はその一体に狙いを定め、素早く組みつくと相手の首を跳ねます。

 

【おおぉぉぉぉっ!!】

 

 叫び声が聞こえ、振り返ると刀を振り上げた屍が私に襲いかかってきていました。

 その一撃を軍刀で受け、身体を捌いて往なします。

 暫くはお互いに出方をみてにらみ合いますが、敵が先に動くと一撃斬り込んできました。

 私もその攻撃を真っ正面から受けつばぜり合いとなります。思ったよりも敵の力が強く、つばぜり合いから抜け出すことが中々できません。

 

「────ッ、そこ!」

 

 相手が足を僅かに上げた瞬間に、私は軍刀を引いて相手の体勢を崩しました。

 前へよろめく敵の背後に潜り込むと、低めの一閃で両足を膝下から両断しました。

 

 床へ倒れる敵の背中にそのままのし掛かり、首の下に軍刀を潜らせて頭を掴み押し付け、そのまま横へ引き抜きます。

 床に血が迸り、敵はすぐに動かなくなりました。

 

 

「──は、榛名ちゃんスゲェ─侍じゃん、女侍」

 

「ふぅ──ざっとこんなもんですよ」

 

 永井くんの誉め言葉にこそばゆくなりながら、私は襲われていた女の子を見ます。

 ポカンとして放心状態でしたが、私にはその子に見覚えがありました。

 

「舞風さん?」

 

「…………………」

 

 

 

 




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No.024

=====

夜見島遊園 YAMIJIMA AMUSEMENT PARK

①観覧車
利用時間/9時~16時30分
乗り物券/子供…1枚 大人…2枚

②コーヒーカップ
利用時間/9時~16時30分
乗り物券/子供…1枚 大人…2枚

③メリーゴーランド
利用時間/9時~16時30分
乗り物券/子供…1枚 大人…2枚

④お花の広場
春はチューリップ、夏はひまわり、秋はコスモスが咲き乱れるお花の広場です。

⑤噴水広場
噴水広場では、夏は水遊びが楽しめます。

⑥券売機
遊戯施設の利用に、乗り物券(1枚50円)が必要です。

=====

夜見島遊園地にある案内図が描かれた看板。


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翌日 03:00:00~05:00:00

 

 

 

=====

 

翔鶴 瓜生森/瀬礼洲

   翌日 03:05:18

 

=====

 

 

 

「………………………」

 

 海の上で嵐さんと萩風さんを助け、二人が動けるのを待ってから連れ立って歩いていた。目的地がある訳でもないが、一先ず休めそうな場所を探している。

 二人とも怪我はあったものの、所持していたファストエイドキットのお陰で動く分には問題ない程度にまで回復していた。

 二人には私の知る限りのこの島の詳細について教えたが、二人ともまだ飲み込んでいる様子ではない。

 

 それに、二人は少し私を恐れているようにも感じる。

 以前に鎮守府で会った時より、二人との間に距離を感じたのだ。

 それだけ自分が変わってしまったのかもと思うと、私もなんとも言えない気持ちになった。

 

 愛馬の偵察オートを押して歩きながら、私は連れ添って歩いている二人を見た。

 普段は明るい二人の顔は暗く、不安に今にも押し潰されそうな様子だった。

 

「…………………あれは……」

 

 ふと、私は道の片隅に大きなバイクが停車しているのを見つけた。サイドカー付きの大型車だ。

 

 傍らに偵察オートを停め、それをよく見ようと懐中電灯を灯す。

 かなりの年代物のようだが、まだ新品同然のような新しさだ。

 

「す、すげぇ……軍用の陸王だ。こんな代物がなんでこんなところに……」

 

 後ろを歩いていた嵐さんが前に出てくると、興味深そうに陸王を見ていた。

 彼女も結構なバイク好きで、その知識はマニアの部類に入ってくるだろう。

 私も名前なら聞いたことがある。相当古いバイクであり、普通は博物館などに展示されているような代物だった。

 

「エンジンが温かい………誰か乗ってたのか?」

 

 嵐さんは陸王のエンジンに手をかざし、その熱を感じ取っていた。

 この島にはバイクを操る屍人もいる。私は焔薙に手をかけ、周辺を視界ジャックで探った。しかし、敵の気配は近くにはない。少なくとも、ここで大騒ぎしない限り敵は寄ってこないだろう。

 

「敵は周りにはいない。となると…………この船の中に入っていったという事になるわね。」

 

 道の先に横たわる、謎の船。

 森の中になんでこんな代物があるのかわからないが、少なくとも陸王に乗っていた敵が中に入っていった事は確からしい。

 もしかしたら生存者かもしれないが、その可能性は限りなく低かった。

 

「…………嵐さん、萩風さんをお願いできる?私は、この船の中を調べるわ」

 

「ひ、一人でですか?」

 

 嵐さんが心配そうに聞いてくるが、私は静かに頷く。

 

「周辺に敵はいない。ここで静かにしていれば襲われる可能性は低いわ。それに、そろそろ休める場所を探さないといけないもの。」

 

 私の言葉に、二人は黙ったまま頷く。

 そうは言ったが、実際のところは着いてこられても足手まといというのが理由だった。それは二人もわかっているようで、それ以上文句は言ってこない。

 

 

「嵐さん──この陸王、使えるようにしてもらっていい?使えれば、だいぶ移動が楽になるから」

 

「り、了解っす。いくらか知ってるんで、何とかものにして見せますよ」

 

 嵐さんの答えに私は頷くと、船の方へと歩を進める。これ見よがしに舷側タラップが降りており、そこから船内へと入っていった。

 

 甲板は広々としているが人はおらず閑散としている。

 私は焔薙を片手に艦内へと歩を進めていった。

 

 陰鬱としているのかと思いきや、艦内は思ったより綺麗で驚かされる。

 私は視界ジャックを駆使して物陰に潜む敵を仕留めながらゆっくりと奥へ進んだ。

 

「……………!」

 

 視界ジャックを使っていると、ふと明るい部屋にいる光景が浮かぶ。会話の内容も普通で、そして何よりその視界に写る人物に見覚えがあった。

 

「──榛名さん?」

 

 どうやら、彼女はここに身を潜めていたらしい。どうりで見つからない訳だ。となると、この視界は誰のものだろうか?

 

 何にせよ合流しないことには意味がない。

 私は気配のする方向へと通路を進み、光の漏れている扉を見つけた。

 

 私は扉を叩く前に自分の目を拾った手拭いで拭う。血の涙など流していたら間違いなく誤解されるからだ。そろそろこの涙が鬱陶しくなってくるが、止まらないものは仕方がない。

 

 私は目元を拭い終えると、その扉を軽くノックした。

 

「翔鶴です。榛名さん、開けてもらえませんか?」

 

「!────」

 

 中で物音がして暫くの後、扉がゆっくりと開いた。

 そこには、警戒した面持ちの榛名さんが抜き身の刀を携えて立っていた。

 

 敵ではないとアピールするため、私は持っていた焔薙を床に置き両手を揚げる。

 

「大丈夫です。私は屍人になっておりません。」

 

「本当ですか?随分と血に汚れられておりますが……」

 

 いつになく強気な榛名さんの威圧に私は僅かにたじろぐ。榛名さんと暫く睨み合いとなってしまい、治まっていた血の涙が一筋こぼれ落ちた。

 私はその感覚にドキリとなるが、それよりも早く首筋に刃が当てられる。

 

「その涙…………どう説明されるおつもりです?」

 

「………………これは、なんと言えばいいか………拒絶反応、でしょうか?」

 

 私は少し前より考えていた推論を話した。

 私が屍人にされかけた事、その際に赤い水が体内に大量に入ったこと。

 そして、艦娘の体が毒素である赤い水を排出するために涙として流し出している可能性。

 

 流石にSDKさんから血を貰った話は控えたが、これで納得してもらわなければ後退するしかない。

 榛名さんは暫く考えた後、ゆっくりと刀を下げた。

 

「今はその言葉を信じましょう。しかし………その言葉が偽りだった時は、容赦なくあなたの首を跳ねます。」

 

 榛名さんは刀を鞘に納めながら、釘を指すように言った。私は頷くと、床に置いた焔薙と形見のライフルを榛名さんに差し出す。

 

「これが誓いの証です。武器がない私の首を跳ねるのは簡単でしょう?」

 

 榛名さんは黙って受け取ると、それを傍らに置いた。流石にここまですると榛名さんも警戒を解いたらしく、いつもの調子に戻っていた。

 

「武器を素直に渡してくるところをみると、屍ではなさそうですね。翔鶴さん、失礼致しました。どうか御容赦を」

 

「えーと………………榛名ちゃんの、知り合い?」

 

 奥の方に隠れていたのか、陸軍の若い兵士が出てくる。その背中の後ろには舞風さんがいた。どうやら彼女の視界が視界ジャックに掛かったらしい。

 

「えぇ、彼女は私の艦隊の知り合いです。さて、翔鶴さんは何故ここへ?何か目的がなければこんな船に入ってこようとは思わないでしょう?」

 

「目的は、保護した駆逐艦二名………嵐さんと萩風さんを休ませる為ですが、舞風さんがいるなら話は早そうですね。ここは一つ、協力をお願いしたいのですが……」

 

「元より同じ艦隊の仲間ですから、協力については異論ありません。嵐さんと萩風さんを迎えに行きましょうか」

 

 

 

 

 思ったよりも榛名さんは協力的であった事もあり、話はトントン拍子に進んだ。

 若干後ろの二人が空気だった感もするが、私が連れてきた嵐さんと萩風さんとの再会で舞風さんが喜んでいたので良しとする。

 

 かくいう私は、榛名さんと先程の陸軍兵士、永井さんとの情報交換を進めていた。

 屍人や闇人──榛名さん達がイモムシ型と呼んでいた連中に付けた仮称──の弱点や倒し方。

 SDKさんの記憶から得た、闇人達が現世を支配しようとしていること。この島がその侵攻の橋頭堡となっていること。その為に、人間や艦娘の身体を欲しがっていることなど、持てる情報は可能な限り共有した。

 

「それと、気になることがひとつあります。これはまだ確信に至ってないのですが、どうも闇人と深海棲艦は同じものではないかと思えてならないのです。」

 

 私が先程交戦した深海棲艦。

 偶然この島の怪異に呑まれたにしては数が多い上に統率が取れており、しかも計画的に艦娘を追い込んでいるように思えた。

 何より、艦娘の身体を欲しがるというのが気になるのだ。

 ただ光から身を守るだけなら人間の身体で十分なはず。榛名さんからもたらされた情報で、闇人は死んでもすぐに復活することがわかっており、不死性というのはメリットになり得ない。

 希に倒された深海棲艦が艦娘になるという現象があり、その逆を考えれば、関連性は十分に有り得る。海の底に沈んだ艦娘に闇人が取り憑く様など容易に想像がついた。

 

「…………つまり、深海棲艦は闇人が取りついた艦娘……ってことか?にしては、随分と数が多いような……」

 

「なら、船の残骸を殻とするというのはどうでしょうか?その一段上が、艦娘に取り憑く。深海棲艦が艦娘になるのは姫級を討伐した後が多いと聞きます。姫級の数を鑑みれば納得の数字かもしれません。」

 

「……………連中の侵攻は、まず海から……そして、人間の死骸を確保して陸へと進出するつもりなんでしょうね。日本の内海にこの島を出現させたということは、その準備が整いつつある、若しくは何か他に目的がある……?」

 

「一つ気になったんだけど、姫級って強いの?」

 

「そうですね、艦隊が束になってかからないといけないくらいには──」

 

「それ、数がいればわざわざ闇人増やさなくてもよくならないか?」

 

 永井さんの発言で、私は艦娘の確保が連中のの狙いなのではと推測した。

 この島に艦娘をおびき寄せて閉じ込め、あわよくば身体を手に入れる。手に入らなくても、艦娘を捕虜として拘束できるし、じきにこの島の穢れで弱る。

 この怪異が巧妙な作戦であると気づくのに十分だった。私は二人にもその旨を説明し、早急な脱出を図ることにした。もうこの島でうかうかなどしていられないのだ。

 もしかしたら、私達がこの島に囚われている間に深海棲艦の大規模侵攻が現実世界で起きているかもしれない。

 

 私は立ち上がると、一度甲板の方へと出て空を睨んだ。四鳴山の頂上に聳える不気味な鉄塔。その鉄塔の先端から広がるように降り注ぐ赤い光。

 

 どう考えても、脱出の手段はあそこにしかないように思えた。それに、SDKさんが彼処を通ってこの島に来たことが記憶に垣間見え、それは確証に変わる。

 深海棲艦を現実世界に出現させられるのなら、こちらから出ることもできる筈だ。

 私は四鳴山を睨みながら、一人策を練る。

 

 

「…………瑞鶴──」

 

 四鳴山を眺めていると、ふと瑞鶴の事が頭に浮かんだ。もし自分が仲間から離れなければ、瑞鶴を助けられたかもしれない。

 いくら屍人を斬っても、瑞鶴を失ったこの心が晴れることはなかった。それ故、仲間から逃げたあの時の選択を後悔する。あの山を見ると、まるで瑞鶴からそれを責められているような気がして、気づいたら懺悔の言葉を口にしていた。

 

「───っ、ごめん瑞鶴………お姉ちゃんのせいで……」

 

 すると、脳裏に視界が浮かんだ。視界ジャックを使ったわけではなく、突然だった。

 その視界に写るのは、私の背中。

 

 私は咄嗟に振り向くが、そこには誰もいなかった。

 

「誰なの……?」

 

 虚空に話し掛けるように私は呟く。

 端からみれば気が狂ったように思われるかもしれないが、私はそこに誰かがいるような気がしたのだ。

 

 私は、もう一度あの視界を見ようと試みた。視界ジャックを使い、周囲の気配を探る。すると、すぐに視界が浮かんだ。

 その視界は、私を見るように正面に立っていた。

 その視界に、うっすらと透けた手が写り、私の頬に触れる。頬には何の感触も感じないが、何かの気配のようなものは感じとることができた。

 

『翔鶴姉、泣かないでよ…』

 

 確かに、聞こえた気がした。

 視界ジャックを使うと聞こえてくる相手の聴いている音。私の耳にではなく、脳裏にしっかりと声が響いてくるのだ。聞き間違えではない。

 

「瑞鶴っ!そこに、いるの……?」

 

『ここにいるよ。会いたかった……』

 

 視界ジャック越しに感じる、妹の声。

 私は触れることができないとわかっていても、手を伸ばして虚空を探った。

 

「─────あぁ、どうして私は気づかなかったのかしら……こんなに、近くに………瑞鶴……」

 

『翔鶴姉、泣きすぎだよ。私はずっと一緒にいるからさ。涙、拭きなよ』

 

 瑞鶴に言われ、目元を拭う。

 拭った涙は、いつのまにか透明に戻っていた。

 

 




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No.025

=====

鉄塔の絵

鉄塔建設時に建設に関わった作業員達が描いた絵。
別々の人間が共通のイメージを同時に描くという奇妙な現象は作業員達の間に不安を引き起こした。
このような通常の因果律を超えた偶然の一致を心理学用語でシンクロニシティ(共時性)と呼ぶ。

=====

不気味な鉄塔の絵。


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翌日 05:00:00~07:00:00

=====

 

赤城 夜見島金鉱(株) 2F

   翌日 05:50:12

 

=====

 

 

 

「…………………!…………エンジン音?」

 

 短いながらも睡眠を取っていると、ふと外から複数台のエンジンの音が響いてくるのに気づいて目が覚めた。

 私はそのエンジン音に聞き覚えがあり、急いで窓際に駆け寄る。見張りの利根さんの視界を探し、外の光景を見た。

 

 翔鶴さんだった。

 厳密には翔鶴さんだけではなく、その後ろに大型バイクに跨がった嵐さんと萩風さん、更には陸軍の高機動車が続いていた。

 他の皆も何事かと起き出してきたようで、ビルの二階に集まってくる。

 

 私は加賀さんの視界を借りながら外へと出た。

 翔鶴さんは私達を見つけると、そのすぐ前にバイクを停める。

 翔鶴さんの瞳に血の涙はもうなかった。

 

「─────すいません、戻るのが遅くなりました。」

 

 翔鶴さんはバイクを降りると、私達の前に立つ。

 彼女は私達に向かって深々と頭を下げてきた。

 

 当初は色々と言うつもりだったが、今となっては彼女が無事で良かったと思う。

 それに瑞鶴さんの件もあるため、私達に彼女を叱責する権利などない。

 

「生きていてくれればそれでいいわ………生存者を見つけてきてくれたのね?」

 

 私の問いかけに翔鶴さんは頷く。

 その後ろでは、高機動車から降りてきた榛名さんと金剛さんが抱き合っていたところだった。

 

「榛名!よく無事で───本当に良かった─Thank God……!」

 

「お姉さまも、ご無事でよかった……」

 

 二人はお互いの存在を確かめるように固く抱き締め喜び合う。

 その傍らには、恐らく榛名さんと行動を共にしていたのであろう若い陸軍の兵士がいて、二人の様子を見て嬉しそうに頷いていた。

 

 死んだと思っていた仲間が数名無事だったことで、私の心は僅かにだが晴れた。

 しかし、無事でない仲間もいる。

 

 ふと加賀さんが翔鶴さんに歩み寄ると、その視界が地面を見た。頭を垂れたのだ。

 

「翔鶴………瑞鶴が、死んだわ。あの子の死は私の責任でもある。許してくれとは言わないわ。けど………その怒りを私にぶつけるのは、この島から脱出してからにしてほしい。私も、島を出ることができたら甘んじて仕打ちは受ける。」

 

「…………………加賀さん、頭を上げてください。瑞鶴がいなくなったのは、私が逃亡した結果でもあります。それに───瑞鶴は、ここにいますから。」

 

「え…………?」

 

 そう言うと、翔鶴さんは虚空を見た。

 それだけなら、ついに気が狂ったのかと思ってしまうだろう。しかし、私はちょうどその時別の視界を捉えていたのだ。

 その視界には翔鶴さんが写っていて、その視線はこちらへと向かっていた。

 もちろん、その場所には誰もいない。

 誰もいないのに、何故か視界を捉えることができる。

 

 それだけで、私は翔鶴さんが言っている意味を察した。

 

 

「翔鶴、何を言って────」

 

 加賀さんは戸惑った様子で翔鶴さんに言うが、私がそれを遮った。

 

「加賀さん、視界ジャックを使ってください。そこに───瑞鶴さんがいます。どういう理屈かは不明ですが……」

 

「え?……………」

 

 加賀さんは半信半疑という風だったが、それでも目を瞑り視界ジャックを始めたようだ。

 

「…………………!?…………瑞鶴……なの?そこにいるの?」

 

 加賀さんも、瑞鶴さんがいるであろう場所へ向け声をかけていた。加賀さんは虚空を手でまさぐっていました。その瞳には涙を浮かべている。

 

「瑞鶴、やっと見つけた……!ごめんなさい………私のせいで……」

 

 項垂れる加賀さんに、霊体となった瑞鶴さんは優しく寄りかかっていた。

 瑞鶴さんの声が、視界ジャック越しに聞こえてくる。

 

『泣かないでよ、加賀さん。私はここにいるんだから……』

 

 それを聞いた加賀さんは、声を圧し殺すこともなく泣いていた。

 

 

 

 

 私は把握しているほぼすべての艦娘がここに集結したことを認識する。

 まだ合流していないのは、新たに合流した嵐さん達第4駆逐隊の一人である野分さんと、彼女達を率いていたという天龍型姉妹のみ。

 可能であれば救出したいところだが、現状どこにいるかもわからない以上はどうしようもない。

 

「込み入っているところ悪いんですけど………」

 

 今後の行動を考えていた私に、榛名さんと行動を共にしていた陸軍兵士の永井兵長が話し掛けてくる。榛名さんも一緒だった。

 私は何かと彼らを見ると、榛名さんが一冊の古い本を差し出してきた。

 

「これは?」

 

「榛名ちゃんが調べてくれたんですが、潮凪とかいう武器があるらしくて。どうも脱出に使えるそうなんですけど……」

 

「この本の記述によると、潮凪にはあの赤い津波を打ち払う力があるようです。私達が拐われたのはあの赤い津波に呑まれたからですよね?なら、津波をどうにかできるこの武器を使えばあるいは──」

 

「この異界から、脱出できる……ですか。確固たる手段がない以上は調べてみる必要がありそうですね。でも、問題はその潮凪がどこにあるかですが」

 

 潮凪の在処については、榛名さん達もまだ掴んでいないらしかった。

 現在、脱出の手段として最有力なのはあの鉄塔だ。利根さんの水偵が突入できたところを見ると、あの空に開いた穴は通行可能という事らしい。しかし、その先がどうなっているかなど想像もつかないのだ。侵入したはいいが、無事に帰れる保証はどこにもない。

 潮凪が津波を払うというのならそれに賭けてみたいところだった。すると、思わぬところから情報が出てきた。

 

「潮凪?あの潮凪かい?」

 

 浜風さんと共に行動していた警官の藤田巡査部長が、潮凪の単語に覚えがあるのか私に聞いてきた。

 

「えぇ。何かわかることが?」

 

「潮凪ってのは、お神楽の時に小道具で登場する弓なんだよ。ほら、ここからちょっと行くと神社があるだろ?あそこで大祭の時にお神楽が舞われてたんだよ。その演目に、潮払いってのがあってねぇ。」

 

 藤田さんの話では、神楽の演目である潮払いというのは、巫女が弓を片手に押し寄せる津波を打ち払うというものらしい。巫女は弓を片手に現れる鬼達を浄化して人に戻し、更に弦を鳴らして津波を払うというものだそうだ。

 

「他所じゃヤマタノオロチ退治とかがトリだけど、この島のお神楽では潮払いが最後の演目なんだよ。それで、巫女さんが大蛇を倒してお仕舞いって感じだな。」

 

 藤田さんは懐かしそうにその話をするが、途中でなにかに気づいたのか榛名さんが声を上げた。

 

「それで弓なんだ……!なんで木なんだろうと思ってたけど、それなら納得できます!」

 

 榛名さんはそのお神楽の演目の流れを更に詳しく藤田さんから聞き出し、それを現在の状況や古文書に当てはめていった。

 そして、そこから更に仮説を立てて話始める。

 

「この古文書にも、その神楽の元となった伝承が書かれています。ただ、巫女に仕留められるのは大蛇ではなく人魚なんです。この人魚、恐らく赤城さん達が出くわした奴のことです。」

 

「じゃあ、倒されていないということ?」

 

「潮凪だけでは倒せない……ということでしょうか?」

 

「いや、神楽じゃ倒してた筈だよ。こう、大蛇の首を巫女さんが刀で跳ねるんだ。刀はたしか、巫女さんがいつの間にか持ってて………えっとなぁ、名前は確か………………あぁ、焔薙だ。確か焔薙って神主さんが言ってたのを覚えてるよ。」

 

「えっ…?」

 

 そこでふと、蚊帳の外にいた翔鶴さんが声を上げた。すると、翔鶴さんは背中に背負っていた刀を下ろしてこちらへ歩み寄ってくる。

 

「焔薙というのは……本当ですか?」

 

「んん、そうだよ。確かそうだった筈だ。俺はあのお神楽が大好きでしっかり覚えるんだよ。あぁ、そうそう。君みたいな格好の巫女さんがね──」

 

「ちょっと待ってください。その巫女の名前とか、ありますよね?ヤマタノオロチを倒したのはスサノオノミコトですし。英雄譚なら英雄の名があるはずです。」

 

「ん?えっと確か─────────鶴の巫女だよ。白くて長い髪に、赤い襷掛けで袴が短くて…………って、まんまだなこりゃ。」

 

 藤田さんの言葉に、周囲は凍りついていた。

 あまりにも、その神楽や伝承の話が出来すぎているのだ。

 鶴の巫女という名に、白髪に特徴的な装束。弓を使い、そして神楽に登場する刀と全く同じ銘の、恐らく本物の刀を持っている。

 偶然にしては、出来すぎている。

 

「─────あの、これは仮説なんですけど………」

 

 榛名さんが古文書を片手に、翔鶴さんを見ていた。

 

「鶴の巫女って、翔鶴さんなのでは?」

 

 

 

 

=====

 

野分 夜見島小中学校/倉庫

   翌日 06:36:12

 

=====

 

 

 

「天龍さん、体の具合はいかがですか?」

 

「あんまり……よくは、ねぇ…なぁ…………痛ぇ」

 

 私は港に向かう途中、天龍さんを救助していた。

 天龍さんは右腕を失っており、顔面蒼白になって道を歩いていたのだ。

 大量失血で下手に動かせなかった為、やむなく港行きを諦めて隠れられそうな場所を探した結果この場所に行き着いた。

 天龍さんは右腕の切断面より上を自転車のゴムチューブと枝で作った止血帯で縛っており、そのお陰か出血は収まっている。

 しかし、輸血しなければ血液不足で身体がまともに機能しない。普通の人間なら等の昔に出血性ショックで死んでいておかしくない量の血を流したのだ。当然血液不足で循環器系は機能不全、脳に酸素が回らずフラフラな状態の筈。

 

 兎に角輸液だけでも点滴したいが、今はそんな持ち合わせはない。メディック役は龍田さんと持ち回りだったが、今日は運悪く龍田さんの番だった。当然、メディカルバッグは龍田さんが持っている筈だ。

 その龍田さんは、天龍さんに手傷を負わせた張本人。接触など危険すぎる。

 

 ほんの数時間前まで普通に談笑していた筈の龍田さんが、今や敵。私はそれを天龍さんから聞かされた時、あまりの衝撃に卒倒してしまいそうだった。

 

 艦娘同士なら血はそのまま輸血できる。人間のようにRHを見る必要はない。その気になれば自分の血を天龍さんに回すこともできるのだ。

 しかしその為の道具はないし、何より輸血中は護衛役がおらず無防備になる。今のこのような状況で、そんな事は出来なかった。

 

「せめて高速修復材があれば……」

 

 無い物ねだりをしてもしょうがないが、それでも言わずにはいられなかった。

 しかし、私はふとあることに気づく。

 港への集結を呼び掛ける無電。もしそこに仲間の艦娘がいるのなら、ひょっとすれば医療用品もあるかもしれない。

 この場所から港まではさほど遠くはない筈だ。行ってみる価値はある。

 

「天龍さん、私は港へ行ってみます。もし仲間がいれば、救援を望めるかもしれません。」

 

「……………わかった。すまねぇが、何か武器をくれないか…?」

 

「武器、ですか?それなら……」

 

 そう言われ、私は駆逐艦用の12.7cm連装砲を天龍さんに手渡した。天龍さんはそれを受け取ると、無事な方の腕に嵌める。

 

「俺がこんなこと、言えた義理じゃねぇが────気を付けろよ。」

 

「はい。野分、行ってきますね。」

 

 天龍さんに見送られ、私は倉庫の外へと出る。幸い外に敵はおらず、私は停めていた自転車に跨がった。

 

「進路よし───」

 

 誰もいない、荒れ果てた運動場を自転車で駆け抜ける。港を目指し、少しでも早く天龍さんを助けるために私は立ち漕ぎし、ペダルを何度も踏み込んだ。

 

 




アーカイブ
No.025

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潮払イノ事

鶴の巫女、潮凪と云ふ弓でひとたび矢を射かけ赤き大浪を払いけり。波間に出でたあやかし、この矢を受け海の底へと逃ぐる。

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 夜見島に伝わる神楽の演目の元となった伝承。

 


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